雪歩「ダメダメの私とダメダメなプロデューサー」(344)

高木「オッホン、諸君、おはよう」

 事務所のドアから入ってきた社長はそう挨拶しました。

 ドアの近くにいた私は、めったに事務所に来ない社長の登場に、慌てて真ちゃんの後ろに隠れて顔だけを出します。そんな私の様子を見て、少し落ち込んだ表情を見せました。

 うぅ……ごめんなさい。でも、やっぱり男の人は苦手なんですぅ。

高木「今日は諸君に伝えるべきことがある。
なんと今日、765プロに一人のプロデューサーが加わることになった。
……入ってきたまえ」

 社長に促されると、また一人事務所に入ってきました。

雪歩「……ひぃっ」

 その人を見た瞬間私は思わず悲鳴をあげてました。その理由は私の知っている人だからではありません。私の知らない、知らない……男の人でしたから。



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高木「では紹介しよう。
彼が今日から我が765プロのプロデューサーだ」

P「は、はじめまして! 今日からよろしくお願いします!」

 男の人はものすごい勢いで頭を下げます。思えばここで違和感をか感じるべきだったのかもしれませんが、私にそんなことできる余裕はなく、これから男のプロデューサーがつくと聞いただけで倒れそうでした。

春香「はじめまして、プロデューサーさん! これからよろしくお願いしますね!」

 突然の報告に皆が驚いている中、春香ちゃんがプロデューサーに近づいて笑顔で挨拶を返しました。人当たりのいい春香ちゃんはこういうときとても頼りになります。

 ……やっぱり春香ちゃんはすごいなぁ。

 私がそう思っていると、

P「ひっ……」

 顔を上げたプロデューサーが、どこかで聞いたことがある言葉を発してたじろぎました。その顔には何故か強張っています。

春香「えっ…と……」

 これにはさすがの春香ちゃんも困ったんだと思います。笑顔は張り付いたままですが、口の端がひくついていました。

 春香ちゃんに何か問題があったようには見えません。しかし、何故かたじろいだプロデューサーによって、場には気まずい雰囲気が漂いました。

高木「……えー、オッホン」

 仕切り直すように、社長がせきばらいをしてプロデューサーと春香ちゃんの間に割り込みます。

高木「天海君、彼が失礼なことをしてすまないね。
……実は彼、軽度の女性恐怖症なのだよ」

 ……ああ、そうだったんですね。プロデューサーのどこかで聞いた言葉も、考えれば自分で発した言葉でした。それなら納得ですぅ。……って、

「「「えぇーーーー!?」」」

 その時のアイドル皆の驚きは、下のタルキ亭まで届いたそうですぅ。

伊織「すぐにあのプロデューサーを辞めさせるべきよ!」

 プロデューサーが来て1ヶ月が過ぎたある日、撮影から帰ってきた伊織ちゃんは何故か怒っていました。

真「い、伊織! なんてことを言うんだ!」

 それなりに大きい声だったので、私の隣に座っていた真ちゃんは慌てて窓際にあるプロデューサーの席を確認します。幸いプロデューサーはいませんでした。

伊織「ふん、心配しなくてもあいつなら今社長室にいるわよ。親子で何か話しているみたいね」

 伊織ちゃんは腹立たしそうに言いながら私たちの対面に座ります。

雪歩「親子って、プロデューサーのお父さんとお母さんが来てるの?」

 もしもプロデューサーの父さんが挨拶にきたらどうしよう。まだプロデューサーにも慣れてないのに、これ以上男の人に会うなんて耐えられません。

伊織「違うわよ!
あのプロデューサーの父親が社長なのよ」

 ……ほっ、良かった。社長ならまだ大丈夫そうですぅ。……って、

真・雪歩「「えーーーー!?」」

 先月注意されたばかりだったのに、また大声を出してしまいましたが、他の人は仕事や学校でいなかったので、タルキ亭には届かなかったと思います。

伊織「おかしいと思ったのよ。いくらプロデュース経験があるからって、女が苦手なのに女しかいないアイドル事務所に来るなんて。でも親子なら納得いったわ。
私は大人になってまで親を頼りたくないけどね」

 プロデューサーは以前、他のプロダクションにもいたそうですが、女性恐怖症が災いしてそのほとんどに一ヶ月くらいでクビにされたと聞きました。
 けど、だからといって親の会社に入れてもらうというのは、親ではなく自分の力で何かを掴みたいからアイドルになった伊織ちゃんとしては許せないことなのかもしれません。

真「伊織、それ本当なの?」

伊織「本当よ。撮影が終わった後社長に呼ばれていたからさっき行ったわ。だけど、社長室から話し声が聞こえてから、いったん事務所に戻ることにしたんだけど中からあいつと社長が会話が聞こえたの。そしてあいつは社長のことをお父さんって呼んでいたわ。
それに、小鳥も驚いていないところを見るに間違いないわね」

 ソファから身を乗り出した真ちゃんに伊織ちゃんは自信を持って言いました。
 そういえば、小鳥さんは驚いていません。

真「小鳥さん、伊織の話って本当何ですか?」

 小鳥さんはパソコンで仕事をしていて、私たちの会話には加わっていませんでしたが、聞こえてはいたはずです。
 仕事の邪魔になるとわかっていましたけど、これは私も気になりました。

小鳥「……えぇ、たしかに伊織ちゃんの言ったことは間違ってないわ。でもプロデューサーさんだって頑張っているし、社長だって息子だから贔屓したわけじゃないと思うの。お仕事だってプロデューサーさんのおかげで少しずつ増えてきてるでしょ?」

伊織「プロデューサーが増えたんだから仕事も増えるのは当たり前でしょ」

 伊織ちゃんは少しも譲る気はないようです。

雪歩「……伊織ちゃんはプロデューサーの何が嫌なのかな? 社長とプロデューサーが親子なのは本当に関係ないよね……?」

 伊織ちゃんはたとえプロデューサーのように自分で主義とは反する人がいても、自分の主義を押しつけたり、それを理由に批判するような子ではないはずです。だから他に理由があると思ったんだけど……

伊織「それは……」

 やっぱり他の理由もあったようですが、言い辛いみたいで口をもごもごさせています。

小鳥「私もいつもの伊織ちゃんらしくないと思うわ。
……撮影先で何かあったのかしら?」

 小鳥さんが優しい声色で促すと伊織ちゃんも決心がついたみたいです。やっぱりこういうのは年のこ……い、いえ、なんでもないですぅ!

伊織「……今日一緒に撮った子がが妙に怯えていたからわけを聞いたのよ。そしたら何て言ったと思う? 765プロのアイドルは可愛い顔してプロデューサーを虐めている腹黒集団だって」

 苦々しく言う伊織ちゃんを見て他の皆も他の事務所のアイドルから避けられている感じがするって聞いたことを思いだしました。

 私たちは基本的には電車や律子さんに送り迎えしてもらっていますが、都合でたまにプロデューサーが来てくれるときもあります。その時私の場合はプロデューサーとお互いちぐはぐとした喜劇をみせるのですが、たぶんプロデューサーは他の皆を相手しているときも似たようなことをしているのかもしれません。そしてその様子をたまたまみたアイドルが勘違いしたんだと思います。

伊織「しかも、その筆頭は私ってことになっているのよ? 春香ならともかく、納得いかないわ!」

 それは春香ちゃんに失礼だと思いますぅ。
 伊織ちゃんが主犯になっているのは、美希ちゃんとはちょっと違う、普段の彼女のストレートな物言いが原因じゃないかな。

伊織「だから765プロの評判を下げないためにもあいつは辞めさせるべきだわ」

 だけど愚痴をこぼしているうちに少し落ちついてきたのでしょうか、伊織ちゃんは口ではそう言っていましたけど、ここに帰ってきたときのような怒りは感じられません。

真「ボクだって似たようなの聞いたことあるけど、所詮噂じゃないか。たしかにプロデューサーにも悪いところはあるけど、女嫌いなんだし仕方ないことだろ? それに伊織がそういうふうに思われているのは、伊織が普段プロデューサーにジュースを買わさせたりするからじゃないか」

伊織「うっ、……それは……」

 伊織ちゃんは痛いところをつかれて言葉はつまります。

 きっと伊織ちゃんだって頭ではわかっています。でも、同じ年くらいの子にそんなふうに思われたのがショックでつい誰かに当たらずにはいられなかったのでしょう。

 ともかく、この場はこれで終わりでしょう。今日はまだきりかえられなくても、明日には伊織ちゃんもいつも通りに戻っている……そう私は思っていました。

 今思えば私たちは考えるべきだったんです。伊織ちゃんが社長室に呼ばれていて引き返したなら、そのうちまた呼ばれるということ。そして、その入れ替わりとしてプロデューサーが事務所に戻ってくるということを……

伊織「と、とにかく! 私はあんなやつが私たちのプロデューサーだなんて絶対に認めな……い……」

 伊織ちゃんの言葉は尻すぼみに消えていき目線が私や真ちゃんではない方向に向いています。それを追うと事務所のドアにたどり着き、そこにはドアを開けた状態で固まっているプロデューサーがいて、それにつられるように私も真ちゃんも小鳥さんもそして伊織ちゃんも固まってしまいました。

とりあえず、今日はここで終了です

リロードして思ったけど、すごい読みづらいですねすみません

期待。

読みやすいSS探して改行の文字数決めたらいいと思うな。やふぅ。

雪歩メインになるのか?
続き期待

雪歩メインが少ないからそうならうれしいなって

>>5
×真「本当何ですか?」
○真「本当なんですか?」

>>6
×雪歩「本当に関係ないよね……?」
○雪歩「本当は関係ないよね……?」

>>7
×伊織「一緒に撮った子がが」
○伊織「一緒に撮った子が」

>>8
×痛いところをつかれて言葉はつまります。
○痛いところをつかれて言葉がつまります。

間違い多過ぎですみませんでした

>>11
頑張ってみます

>>13
>>15
基本、雪歩とPに+αで765プロのアイドルを絡ませて進めていくつもりです

>>4
×伊織「社長室から話し声が聞こえてから」
○伊織「社長室から話し声が聞こえたから」

>>8
×伊織「あいつは辞めさせるべき」
○伊織「あいつを辞めさせるべき」

誤字が多過ぎて死にたい

それでは投下します

P「は、萩原さんは今してみたい仕事ってあるかな……?」

 あの後、皆が固まった状態から沈黙を破ったのは意外にもプロデューサーで、伊織ちゃんを社長室に行くように促しました。
 伊織ちゃんは何も言わずに出て行きましたけど、内心凄く後悔をしているはずです。

雪歩「え、えっと……してみたいのは特にないですけど、犬と男の人と一緒なのはやっぱり無理かもですぅ……」

 そして今、私はプロデューサーとソファに向かい合って……
ではなく、対角線上に座って面談をしています。

 この面談はプロデューサーの女性恐怖症の克服と、アイドルの要望調査を目的として始められたもので、
それぞれ二週間ごとにまわってきて今日は私の番です。

P「わ、わかった。萩原さんにはそういう仕事があまりいかないように頑張るよ」

雪歩「は、はい! よろしくお願いしますぅ……」

 お互いに警戒しあい、探り探りの私とプロデューサーの会話はやっぱりどこかおかしくて、
以前律子さんに日本語を覚え始めた外国人同士みたいと笑われたこともありました。

P「……それで、どうかな……? その……最近の調子は……?」

雪歩「だ、大丈夫ですぅ……」

P「そ、そう……」

 要望調査が終わったので面談の最低限することは終わりましたが、
あまりに早く終わっては目的のもう一つがいつまでも達成できないので少なくとも十分間は話すことを義務付けられています。
 この十分に他の皆は自分から話したり、
千早さんは自分の歌の批評をしてもらったり、
美希ちゃんはずっと寝ていますが、
どれもできない私には物凄く長く感じます。

 前回は、約九分間沈黙が続きました。

 今日こそ何とかしないとと頭を働かせますが、ダメダメの私の頭では何も思い浮かびそうもありません。

 ……うぅ、お父さん以外の男の人との会話なんて何を話せばいいか……お父さん……?

 先ほどの伊織ちゃんの話を思い出し、これの真偽を聞くという考えが脳裏をかすめますが、慌てて消しました。
 小鳥さんから答えを聞いていますが、たしかにこれは話の種になるかもしれません。
 ですが、これは簡単に聞けないことぐらいダメダメの私でもわかります。

 ……けど、それ以外何も思い浮かばず、また消そうとすればするほどその質問を強く意識してしまいます。
 そして私の中の悪魔がささやきに耳を傾けてしまいました。

 ……直接は無理だけど、……遠回しに聞けば大丈夫…かな? も、もしプロデューサーが少しでも渋ったら取り下げれば……

 私はその甘言に逆らうことはできませんでした。

雪歩「あ、あの……」

P「……萩原さん」

雪歩「は、はい!」

 ですが、その前にプロデューサーが潰してくれました。

P「萩原さんは菊地さんと仲が良いよね?」

雪歩「……はい」

 どうして真ちゃんが出てくるんだろう……?

P「実は昨日、菊地さんと面談したときに、菊地さんはフリフリのスカートをはく仕事をしたいって言ったんだ。
プロデューサーとしてなるべくアイドルの意見は尊重したいけど、個人的にはどうも合わない……
あっ! 合わないというのは菊地さんにスカートがという意味じゃなくて、スカートじゃ菊地さんの良さが引き出せないというか……、
そういう仕事ならわざわざ菊地さんにさせる必要はないと思うんだ。

だから一応、菊地さんと仲の良い萩原さんの意見を聞きたいんだけど……」

 …………真…ちゃん…が……スカート……? ……フリフリ…の…スカート……を…真ちゃん……が……?

 私の中で何かが弾けました。

雪歩「だ、駄目ですぅ!!」

P「えっ……?」

 この時の私は真ちゃんのピンチになりふり構っていられませんでした。

雪歩「絶対に真ちゃんにスカートをはかせたら駄目です!
真ちゃんはかっこ良くて、可愛くて、わた…皆の王子様なんです!
真ちゃんがフリフリのスカートをはいてもかっこ良くも可愛くもありません! 誰も特しません!
真ちゃんにスカートをはかせるというのなら、たとえプロデューサーでも絶対に許しません!
穴掘って埋めてやりますぅ!!」

P「は、萩原さん……!?
わ、わかった! わかったから落ちついて!
とりあえず、す、スコップを下げて!」

 私の必死の説得が通じたのか、プロデューサーは真ちゃんにはフリフリのスカートをはくような仕事をさせないと約束してくれました。

 ……良かった。これで一安心ですぅ。

P「それで、その……近いんだけど……大丈夫?」

雪歩「……えっ……?」

 大股三歩。それがこの一ヶ月かけて出した私がプロデューサーに近づける限界で、今までこの距離を侵したことはありませんでした。
 けど、真ちゃんの危機に我を忘れた私はいつの間にかそれを破り、
プロデューサーと一歩分の距離もないところでスコップを高々と上げていました。

雪歩「す……す、すみませーん!!」

 私は慌ててソファのもといた位置に座ります。

雪歩「本当に、本当にすみませんでした」

P「い、いや、大丈夫だから。
気にしないで良いよ」

 プロデューサーはそう言ってくれましたけど、そんなわけありません。
 顔色はあきらかに悪くなっています。
 これがもし逆で私が男の人にされたと考えるとそれだけで恐ろしく、
それをプロデューサーにしたのだと思うと本当に穴掘って埋まりたくなりました。

 だけど、私が今日一番穴掘って埋まりたくなったのは次にしてしまったことでした。

P「萩原さん」

雪歩「……はい」

P「えっと、その……僕が菊地さんのことを相談しようとしていたとき、萩原さんも何か言いかけていたよね?
あれって何だったのかな……?」

雪歩「えっと……それは……、プロデューサーと社長が本当に親子なの……か……!」

 さっきまでは、プロデューサーの家族ってどんな感じですか? って尋ねるつもりでした。

 だけどそのときの私の中は罪悪感でいっぱいで、プロデューサーからの質問をほとんど反射的に答えてしまい、
それに気づいたのもプロデューサーの顔が変わったのを見てからでした。

P「そ、それは……」

雪歩「ごめんなさい!」

 もう限界でした。

雪歩「ごめんなさい! ごめんなさい!」

P「萩原さん……?」

 私の心の中はプロデューサーへの罪悪感や、ダメダメの自分への事故嫌悪でぐちゃぐちゃで、弱虫の私には涙をこらえることができませんでした。

雪歩「……うぅ、ごめんなさい。
……ぐすっ、プロデューサー……ごめんなさい」

 私は謝りました。自分から言っておきながら何を謝っているのかわかりません。
 だけど、謝らないといけない気がして、俯いて止まらない涙を手の甲で拭いながら私は謝り続けます。

P「萩原さん……」

真「……雪歩っ!」

 私の泣く声が聞こえたみたいで、真ちゃんが来てくれました。
 普段ならとっても嬉しいことです。だけど今は……

真「プロデューサー! 雪歩に何をしたんですか!」

 違うの真ちゃん!
 プロデューサーは何も悪くない。私が悪いの!
 私が……私が……!

 言葉を出そうとする思いとは裏腹に、今の状況を作り出してしまったという事故嫌悪が涙を増幅させて阻害します。

真「どうして答えないんですか! プロデューサー!」

 真ちゃんの言葉に怒気がこもります。
 だけど私自身ですら泣いてる理由がわからないのに、プロデューサーが答えられるはずがありません。
なのに……

P「それは、その……僕が萩原さんに近づき過ぎたからだと思う。
接触はなかったけど、だいぶ近かったから怖い思いをさせちゃったんだ……だから……」

真「雪歩、本当なのかい?」

 本当のはずがありません。
 近づいたのは私のはずなのに、怖かったのはプロデューサーのはずなのに……!
 唯一真実を語れる私の口は自分の嗚咽のみを吐き出し、首を振るという単純な意思動作すら忘れた私は、ただ泣きじゃくることしかできませんでした。

真「……プロデューサー。
ボクにはプロデューサーが雪歩を怖がらせるためにわざと近づくような人だとは思いません。
だけど気をつけてください。雪歩は繊細なんです」

P「……ああ、僕も二度とこんなことがないように気をつける。
萩原さんも今日は本当にごめん」

 プロデューサーに謝られるということが、さらに私を惨めにする気がして、
まだしばらくは泣き止めそうにありませんでした。

P「と、とりあえず今日の面談はこれで終わりにしようか。
菊地さん、萩原さんをお願いしていいかな……?」

真「……はい」

 そう言ってプロデューサーは自分の机に行き、私はソファで真ちゃんに慰めてもらいます。

 ……今日はもう無理だけど、明日はちゃんとプロデューサーに謝らないと。
 その前に真ちゃんの誤解を解こう。

 夜のとばりが下り始めたころ、ようやく泣きやめた私が決心して真ちゃんに向き合います。
ですが、

バンッ!!

 荒々しく開けられたドアの音に驚いて、縮こまってしまいました。

伊織「あれがあんたのやり方ってわけね」

 音元の方では、伊織ちゃんが今日はじめて事務所にきたときと同じ、
いいえ、それ以上に怒って現れました。

伊織「いいわ、やってやるわ!
絶対に……絶対に後悔させてやるんだから!」

 伊織ちゃんは指を突きつけプロデューサーに突然の宣戦布告をします。

 だけどたぶんプロデューサーも真ちゃんも小鳥さんももちろん私も、
何にたいしてなのかはわかりませんでした。

以上で今回の投下は終了です。

まだ読みづらいと思いますが、改善するんで、よろしくお願いします

>>25
×事故嫌悪
○自己嫌悪

投下します

春香「うわぁ、伊織たちまたテレビに出てるよ。すごいね!」

 伊織ちゃんがプロデューサーに宣戦布告から、一ヶ月が過ぎました。

 あの日、伊織ちゃんは一方的に言いたいことだけ言うと、一つだけ鼻を鳴らしてさっさと帰っていった様子はまるで嵐のようでした。

 そして、私は未だにのことをプロデューサーに謝れておらず、面と向かいあうと以前にも増して気まずい雰囲気が漂います。

春香「いいなー竜宮小町。私も早くテレビに出たいなあー」

雪歩「……そうだね」

 伊織ちゃん、亜美ちゃん、あずささんの三人に、律子さんをメインプロデューサーとして発足したアイドルユニット竜宮小町。
 このユニットが活動を始めたのはここ最近からのはずですが、デビューするやいなやまたたくまに人気を上げ、今は765プロの稼ぎ頭として存在しています。

P「天海さん、ちょっといいかな……?」

春香「はい!」

 春香ちゃんがいなくなった後も私はぼんやりとテレビを見つづけました。

 伊織ちゃん……

 あの日、伊織ちゃんが社長室に呼ばれたのはどうやら竜宮小町のことだったらしく、その後プロデューサーに啖呵を切った理由を伊織ちゃんは話してくれなかったけど、今ならなんとなくわかります。

 竜宮小町が律子さんをメインプロデューサーとしているなら、逆をいえば竜宮小町の三人はプロデューサーさんの担当から外れたことになります。
 もちろんプロデューサーが二人しかいない765プロですから、まったくのノータッチというわけでもないですが、竜宮の三人の仕事は律子さんに一任されるでしょうし、ここ最近の様子を見るにそうなってきています。

 そして、伊織ちゃんはそれをプロデューサーが自分のことを嫌っているからプロデュース担当から外れたと思っていたんじゃないでしょうか。

 当然ながら、嫌いだからプロデュース担当を外れるなんて普通に考えればそんなことあるはずがないとわかりますし、プロデューサーが特別伊織ちゃんを嫌っているということもないと思います。
 でも、あの時の社長室に行く伊織ちゃんの様子からみるに、きっと頭の中がぐちゃぐちゃで落ち着いて考えることなんてできなくて、考えが悪い方向にいったんだと思います。……私もそうでしたから。

春香「雪歩ー! やったよー!」

 春香ちゃんが嬉しそうにソファに戻ってきて、持っていた紙を私に見えるように机に置いてくれました。

春香「CMだよ! CM!
以前一緒に受けたオーディション私たち受かってたよ!」

 春香ちゃんの言うとおり、紙はオーディションの合格者通知でそこには私と春香ちゃんの名前が書かれていました。

雪歩「やったね、春香ちゃん」

春香「うん! 一緒に頑張ろうね!」

 私も春香ちゃんもメインではありませんが、久しぶりにテレビに映るお仕事です。

雪歩「春香ちゃん、そっちの紙は……?」

 春香ちゃんがもう一枚紙を持っていることに気がつきました。

春香「あ! えーと、この紙は私が一人で受けた別のオーディションの紙で……えへへっ、なんと! ……落ちちゃいましたー」

雪歩「あっ……ご、ごめんね」

春香「い、いや、謝らなくていいんだよ!?
落ちちゃったのは私の実力が足りないからだし、逆にこのCMに全力を出せるから、ね?」

 また私はやってしまいました。
 春香ちゃんは優しいし、ポジティブだからそう言ってくれますが、オーディションに落ちて辛くないはずがありません。

 ……なんで私はこういうことを言っちゃうのかな。
 ……うぅ、……私なんて……私なんて……!

春香「……雪歩はね、気にしすぎなんだと思うよ」

雪歩「えっ……?」

春香「たしかに無神経なことを言われたらカチンとくることもあるよ?
でも、それが相手に悪気がないときは仕方ないと思うし、言われたらほうもその場合は許してあげるべきなんだと思う……もちろん、限度はあるけどね?

私としてはたとえ相手を傷つけてしまっても、相手なら自分を許してくれると思うのも相手を信じることなんじゃないかな。
雪歩は私が信じられない?」

雪歩「そ、そんなわけないですぅ!」

春香「うん! 私も雪歩を信じているよ。
……だから雪歩ももう少し私や周りの皆を頼ってもいいと思うな。」

 そう言って微笑みかけてくれる春香ちゃんは温かくて、私の凍りついた心が融けていくようでした。

 思えば私は、犬がいたり、男の記者さんからインタビューを受けるときは皆に助けてもらっているのに、そのくせ自分は皆の顔色を伺ってばかりで、皆を信じきれていませんでした。

 プロデューサーのことだってそうです。きっとあの日のことをプロデューサーは怒っていないでしょう。
 でも謝りたいと思うのは私のエゴで、私は謝って自分の気持ちを楽にしたいだけなんです。

雪歩「うん。春香ちゃんありがとう」

春香「えへへっ、どういたしまして。
真と早く仲直りしないと駄目だよ?」

雪歩「うん!」

 あの日以来、私は真ちゃんとも少し気まずくなっていました。
 その理由は、慰めてもらった後、真ちゃんには私が悪いということを伝えましたが、だったらどうして泣いていたのかと聞かれて答えることができなかったからです。

 今までの私ならこういうときは逃げて誰かが助けてくれるのを待っていたでしょう。
 けど春香ちゃんのおかげで決心がつきました。

雪歩「あのね、春香ちゃん」

 これを言ったら春香ちゃんに迷惑をかけてしまうでしょう。

春香「ん? 何?」

 でも、大丈夫です。だって、

雪歩「お願いがあるんだけど……いいかな……?」

 ダメダメな私はダメダメな自分を信じることはできないけど、

春香「うん!」

 信じれる仲間はいますから。

短いですが、今回の投下は終了です。

とりあえず、書き方は今回ので固定ということで、もし見辛かったら言ってください

>>24

×事故嫌悪
○自己嫌悪

二回も事故っていたとは……

それでは投下します

真「お疲れ様でしたー」

「おつかれー」

 無事に撮影を終え、スタッフに挨拶したボクはスタジオを後にする。

 楽屋に向かう廊下を進むたびにすれ違った人に振り返られて恥ずかしくなるけど、それが全員女の子だから喜べばいいのか少し複雑だ。

真「やっぱりこの格好が原因なのかな」

 楽屋に入り、鏡の前にたって自分の服装を確認する。
 今ボクが着ているのは可愛らしいフリフリの衣装……ではなく、女の子をキャーキャー言わせるかっこいい衣装だ。

真「うぅ、ボクが男らしいのも、フリフリの衣装を着れないのも、全部父さんのせいだー!」

 ボクが生まれたころから男らしくしつけたお父さん。
 人としてはまともだし、尊敬もしているけど、このことに関しては恨んでいる。

真「……はあ、ボクを女の子として見てくれる人なんて……いるけど……」

 プロデューサーの顔が頭に浮かんだ。だけど、

真「怯えられて女として見られるくらいなら、男扱いされたほうがましだよ……」

 プロデューサーは来た当初からアイドルの皆たちのことを知っていて、ボクにも皆と同じ反応を見せた。

真「……よし!
女の子らしくなるぞー!」

 へこんでばかりもいられないので、目標を口にして自分を鼓舞する。
 面談のとき、プロデューサーはボクの望みを叶える難しいって言ったけど、同時にボクが女の子らしくなったら検討するということも言ってくれた。

真「そのためにもまず今日発売の……あ!」

 かばんの一部が振動しているのに気づき中から携帯を取り出す。相手は……

真「もしもし」

雪歩「……もしもし、真ちゃん?」

 萩原雪歩。ボクの親友であり敵であり目標。

 出会いは街でナンパされて困っている子をボクが助けたらそれが雪歩だったというものだけど、どんな形で会ったにしてもボクたちは親友になっていたと思う。

雪歩「撮影終わった……?」

真「うん。ちょうど今終わったところ」

雪歩「来週出る雑誌だよね? えへへ、また私の真ちゃんコレクションが増えちゃうよ」

真「はは……」

 だけど、お父さんと同じでボクをかっこよくさせようという点では敵。

真「雪歩は今日、春香と一緒に受けたオーディションの結果発表でしょ?
電話してきたってことは……」

雪歩「うん、受かったよ。春香ちゃんも一緒」

真「おめでとう雪歩。春香にも言っておいてよ」

雪歩「うん」

真「CMのコンセプトは草原の乙女だっけ?
……うん、雪歩なら似合うよ」

雪歩「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 そして、ボクが知っている一番女の子らしい女の子という点で目標。
 たしかに色気ならあずささんや貴音のほうがあるけど、雪歩の繊細であり、守ってあげたくなる雰囲気のほうがボクの目指す女の子には近い。

雪歩「でもね、今日電話したのはオーディションのことだけじゃないの。
実は真ちゃんに言いたいことがあって」

真「言いたいこと……?」

 いつもとは違う雪歩の様子に気づく。たしかに最近は雪歩と少し気まずくなったこともあるけど、今までだってあったことだ。
 いつもはいつの間にか解決していたし、今回もそうなると思っていて、こんなふうに雪歩から何かをしかけてくるのは初めてだった。

真「……電話越しじゃないと言えないこと……?」

雪歩「ううん。後で真ちゃんと会ったときにもちゃんと言うけど、とりあえずすぐに言いたくて。
……あのね、真ちゃん、ごめんなさい……それと、ありがとう」

真「え、あ……うん、どういたしまして……?」

 雪歩が電話をくれることは珍しくないし、電話の途中でお礼や謝ったりすることも珍しくない。
でも、今のようにそれらを言うために電話をくれたことは初めてだった。

雪歩「ふふ…、変な真ちゃん」

真「へ、変なのは雪歩のほうじゃないか! 急に電話をかけてきて。
それに、思わずどういたしましてってかえしちゃったけど、いったい何のことかわかんないよ! 今日、ボク、雪歩に何かしたっけ?」

雪歩「ううん、今日じゃなくても真ちゃんはいつも私にしてくれているよ。
でも今のは違うの。一ヶ月前言えなかったやつなの」

真「一ヶ月前……?」

雪歩「うん、ほら一ヶ月前、プロデューサーと話していて、泣きだした私を真ちゃんが助けにきて慰めてくれたくれたのに私お礼言えてなかったでしょ?」

真「え、あぁ……そういえばそうだったね」

 正直言うと、あの日はプロデューサーと社長の関係に驚いたり、言いたいことだけ言って去っていた伊織のフォローを女性恐怖症のプロデューサーにどうしようかと悩んだり、いろいろんなことがあって雪歩にお礼を言われたかどうかは覚えていなかった。

真「じゃあ、ごめんなさいっていうのは、ありがとうって言うのが遅れたこと……?」

雪歩「それも一応あるけど、そうじゃないよ。
ごめんなさいっていうのは、普段の私と真ちゃんのこと」

 ボクは雪歩から謝罪の言葉を聞くのが嫌いだった。
 雪歩が謝るときはいつも卑屈で自己嫌悪に満ちていて、自分のことをダメダメだと批評する。
 親友を悪く言われることは、たとえそれが本人であってもボクにとっては許せないことで、それで以前雪歩と気まずくなったことがあって、結局仲直りはできたけど雪歩が自分を悪く言うのをなおすことはできなかった。

 だけど今の雪歩は今までとは違う予感がした。

雪歩「あのね、真ちゃん。今さらだけど私は真ちゃんに甘えていたの。
犬がいたら犬を真ちゃんにどっかに連れていってもらって、男の人と会うときは真ちゃんの背中に隠してもらって……
ダメダメな私はありがとうとごめんねを言いながらずっと真ちゃんに守ってもらってた、甘えてた。
……でもそれはもういいの」

 雪歩にそう言われたとき、何故か胸が締め付けられるように痛くなった。

雪歩「私は当然のように真ちゃんに甘えてた……でもそれは違うよね? 私ばっかり真ちゃんに頼るのは間違っているよね?
真ちゃんだって誰かに頼りたいときや助けてほしいときはあったよね?

でも私が頼ってしまったせいで真ちゃんは誰にも頼れなかった。

だからさっき言ったごめんなさいはそのことについてなの。
真ちゃん、ごめんなさい……本当にごめんなさい…………」

 携帯越しに聞こえる雪歩の声には涙が混じりこんでいて、いつもならもうしゃべるのをやめさせるけれど、ボクは何も言えなかった。

 だって雪歩の言っていたことは本当だから。

雪歩「……だからね真ちゃん、……私、強くなりたい」

 ……やめて……、やめてよ雪歩……

雪歩「真ちゃんが頼ってくれるように……、頼ってくれなくても助けられるように……」

 それ以上言われたら……ボクは……ボクは……!

雪歩「……だって私たち友達でしょ……?」

 その言葉を聞いたとき、ボクの中で何かが崩れ落ちた。

真「…………よ、……」

雪歩「……え?」

真「都合が良すぎるんだよっ! 雪歩はっ!」

 限界だった。どうしようもなかった。
 望んでしたことだった、絶対に後悔はないと言えることだった、けど雪歩と友達になるということはボクから多くのことを奪っていた。

真「今まで散々ボクに頼ってきて、守ってもらって……
今さら自分も頑張るから友達だなんて、むしがいいにもほどがあるよ!」

 崩れ落ちたのは、雪歩のためにつくった自分だった。
 雪歩はボクが守らないといけない。そういう使命感のもとに今まで必死に抑えてきた自分の弱さが雪歩の言葉によって溢れて止まらなかった。

 でも、

雪歩「たしかにむしがいいよね、卑怯だよね……でも、大丈夫。
だって私と真ちゃんは友達だもん」

 いつもはこれだけ言えば必ず涙ぐんで縮みこむはずの雪歩の声が、今は強くはっきりと聞こえた。

真「……どうしてこれだけ言われて大丈夫だなん、友達だなんて言えるのさ……」

雪歩「それはね、私、信じているから」

真「信じているって何を……?」

雪歩「真ちゃんを。
……私ってダメダメだから自分を信じることは難しいけど、私の一番大好きな真ちゃんなら私は一番信じられるから」

 ボクは中から溢れ出ていた激情が穏やかにおさまっていくのを感じた。

 ……ああ、そうかボクは……

 落ち着いていく中でボクはどうして怒ったのかを考えると、なんてことのない普通な答えにたどり着く。

 ボクは雪歩と友達でいたかったのだ。

 自惚れかもしれないけど、今までボクが雪歩を守ってきた。それに関して見返りを求めたことはないし、これからも求めるつもりもない。ボクらにとっての友情はそうであるべきで、これは正しいと思ってた。

 でも雪歩は言った。違うと言った。変わると言った。もうボクに守られないと言った。
 そしてその理由を友達だからと言った。

 だからボクは怒らずにはいられなかったのだ。

 今までのボクの努力が無駄だと言われた気がして……今までのボクたちの友情は間違ってるって言われた気がして……

 けれどもそれも違った。雪歩は今までのボクたちを否定するのではなく、新しく進もうと言ってくれているのだ。

 その証拠に雪歩はボクを信じてくれている。

真「……はは、なんだよそれ。無茶苦茶じゃないか」

 たった今敵になろうとしたボクを一番に信じてくれている。

雪歩「無茶苦茶じゃないよぉ。
私は一番信じられる人を信じるだけだよ」

 今まで雪歩のすごいところはたくさん見てきた。

 レッスンで弱音を吐くことはあっても逃げ出すことはないところや、本番に緊張して手や声が震えていても最後まで必ずやりきるところ。

真「……わかったよ。ボクの負けだ。
これからもよろしくね雪歩」

 でも、

雪歩「うん! よろしくね、真ちゃん!」

 このときの雪歩が今までの中で一番すごかったってボクは断言できる。

今回の投下は以上です。

なんかこのまま最終回まで一直線みたいな雰囲気ですが、別にそんなことはありません。

次の投下までは少しあくかもしれませんが、ご容赦ください

>>58

×真「大丈夫だなん、」
○真「大丈夫だなんて、」

思ってたよりなんとかなったので投下します

 古びたドアの前に立ち一度深呼吸をいれる。

 これで何度めになるかわからない新入社員としての挨拶。

 しかし今回はいつもとは違う。
 それは職場にいるのが女の子ばかりだからだけではない。父さんの会社だからだ。

P「……よし!」

 身嗜みが整っているのを確認し、父さん……いや、社長からの呼び出しを待つ。

高木「……入ってきたまえ」

 ドアの向こうから社長の合図が入り、意を決して中に入る。俺の765プロでのプロデューサー活動が幕をあげた。

「ひぃっ……」

 事務所に入った瞬間、どこか聞いたことのある言葉が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。

高木「では紹介しよう。
  彼が今日から我が765プロのプロデューサーだ」

 事務所にいる皆の目がいっせいに俺のところに集まる。それだけで背中には嫌な汗が流れ出し、逃げたくなるが、気合いで捩じ伏せる。

P「は、はじめまして! 今日からよろしくお願いします!」

 顔を上げたままだと精神的に良くないので挨拶の一礼という名目で頭を下げる。
 やはりいつものように最初の言葉を吃ってしまったが、そこまでの悪印象はないだろう。

 しかし、アイドルたちからの返答は何もなく、背中を流れる汗の量が増す。

 ……何かやってしまっただろうか?

 沈黙した場に耐えられなくて胃がキリキリと痛み始めたとき、

春香「はじめまして、プロデューサーさん! これからよろしくお願いしますね!」

 元気な声が沈黙を破ってくれた。

 この声は……天海春香さん……だっけ?

 ここに入社するさいにあたって、事前に確認したアイドルたちの資料をもとに声の主を特定する。

 たしか彼女はここのリーダー的役割を担っていて、人当たりも良かったはずだ。きっと気を遣ってくれたのだろう。

 心の中で感謝を呟きながら、いつまでも下げてるわけにはいかない顔を上げる。

 今思えば俺は気づくべきだったのだろう。声がだいぶ近くから聞こえたことに。

P「ひっ……」

 顔を上げた瞬間、いつの間にか近づいていた天海さんに驚き、反射的にたじろいでしまう。

春香「えっ…と……」

 ……やってしまった!

 天海さんの顔は明らかに困惑していて、早く何かフォローをいれなければいけないのだが、焦りやらなんやらで言葉出ず、気まずい雰囲気が漂う。
 これなら沈黙でもさっきのほうが良かっただろう。少なくとも今のように悪印象を与えることはなかったはずだ。

高木「……えー、オッホン」

 見かねた社長が助け舟を出す。

高木「天海君、彼が失礼なことをしてすまないね。
  ……実は彼、軽度の女性恐怖症なのだよ」

 言われた。言われてしまった。そのうちどころかすぐにばれるだろう俺の秘密。

 でも俺はこれを周りに知られたくない気持ちもひそかにあった。

 他の事務所ではだいたい俺の女性恐怖症を知ると、奇異の目を向けてきたり、不快感をあらわにしてくるのだ。

 今さっきの己を省みるに、彼女も同様の反応をしてもおかしくない。

 けど、

「「「えぇーーーー!?」」」

 俺の予想とは逆に聞こえたのは純粋な驚きだった。

 初日の業務終了後、社長に来るように呼ばれていた俺は社長室に向かった。

P「社長お疲れ様です」

高木「うむ、お疲れ」

 業務時間が終わったとはいえ、会社にいる間は上司と部下の関係を貫くべきだろう。

高木「……で、どうかね? 我が765プロの誇るアイドルたちへの感想は?」

P「そうですね……、まだ初日だからあまりわかりませんが、全員とても魅力的な良い子たちだと思います」

 この言葉に本心から出た言葉だ。

 アイドルたちが驚いた後、俺は自分の女性恐怖症の程度を説明した。

 距離に関しては基本、触られない限り大丈夫だということ、テンポは悪いが会話もできるということ。
 急に近づかれたり、後ろから声をかけられると弱いということ、しゃべりはじめは高確率で吃るということ。

 女性恐怖症であると知った後も俺が今まで他の事務所で受けてきたような態度をしてきた子はほとんどいなかった。
 特に天海さんはあれだけの失礼を受けたにも関わらず、積極的に俺とアイドルの仲を取り持とうとしてくれたことには感謝してもしきれない。

 彼女たちが俺に関して理解があったのは、仲間内に男性恐怖症の萩原さんがいるからということもあっただろうが、接しているうちにもとから彼女たちは他人を受け入れられる優しい性格の持ち主だということがわかった。

 だけども、全員が好意的な態度を示してくれたわけでもない。

 水瀬さんは俺を訝しそうに見てきたし、如月さんはレッスンへとすぐに消えた。星井さんはずっと寝ていたし、萩原さんは……常に菊地さんか誰かの後ろに隠れていて、ついぞまともに顔を見ることはできなかった。

 でも最初に俺がおかしてしまった過ちを考えれば、この程度ですんだことは奇跡に近いとも言える。
 以前いた事務所の中に春香さんにしてしまったのと同じようなことをしてしまい、それがたまたま上司だったのですぐに辞めざるをえないところもあったのだから。

高木「そうだろう。
  なにせ、私がティン! ときた自慢のアイドル諸君だからな」

 765プロのアイドルの採用方法は社長の独断だ。面接もスカウトも全て社長が行い、誰もそれに関して文句を言わない。
 それだけを聞くとワンマンの敏腕社長な感じがするが、獲得アイドルの根拠が社長がティン! ときただからいまいち説得力に欠ける。

 けどまあ、俺はそれを批判することなんてできないが。

P「ところで社長、一つ聞きたいことがあるのですが……」

高木「なんだね?」

P「今日から私が入社することを誰にも言ってなかったんじゃないですか?」

 社長の顔が固まり、心の中でやっぱりな。とため息をつく。

 沈黙が続いていたとき、頭を下げながら俺が何かしたのかと思ったが、沈黙の理由はそうではなかった。ただ今日俺が来ることをだれも知らなかったのだ。

高木「そ、そうだったかね……?
  音無君や秋月君には言ったはずなのだが……」

P「小鳥さんと秋月さんは私がそのうち来ることは知っていましたが、今日来ることは知りませんでした」

高木「そ、そうだったのか……」

 社長……いや、父さんは仕事はできるのだが、やはりどこか抜けている。

P「そして社長、もう一つ言いたいことがあるのですが」

高木「な、なんだね……?」

 俺の緊張したら吃る癖はきっとこの人から受け継いだのだろう。

P「ありがとうございました。天海さんにたじろいで気まずくなった私を助けていただいて」

 たとえ沈黙した場になったのは社長の非だとしても、そのあとのことは完全に自分の非である。

高木「う、うむ。社長として当然のことをしたまでだ」

 本来なら先にこっちを言うべきなのだろうが、父さんは下げてから上げたほうが機嫌が良いのだ。

高木「……それでこれから君はどのようなプロデュース活動をしていくつもりだ?」

P「はい、とりあえずしばらくの間は765プロに慣れようと思います。
 基本的な活動としては小鳥さんと事務処理を担当しつつ、秋月さんを見て765プロ流のプロデュース技術を学ぶつもりです。後、各アイドルと面談をしたいと思っています」

高木「面談……かね?」

P「はい。前いたところでもしていたことで、効果はあると思います。

 一応、そことはプロデュース方法が違うので中身を変えなければいけませんが、とりあえずはアイドル皆の要望調査とメンタルケア……と言っても、話を聞くぐらいしかできませんがそれを実施したいと思います。」

高木「うむ、わかった。それでいいだろう。
  それと、面談のほうは私からアイドル諸君に言っておこう。アイドル諸君は皆いい子だが、来たばっかりの君に言われて始めるより、私から言ったほうが反発も少ないだろうからね」

P「はい、お願いします!」

高木「では明日からもよろしく頼むよ」

P「はい、社長の期待にこたえられるように頑張ります」

高木「……」

 一礼して社長室を出る。そのときちらりと見えた父さんの顔から複雑そうな表情が見えたのは気のせいだろうか。

今回の投下は以上です。

話の大半がPと社長の会話という誰特の内容だったのでsage進行にさせていただきました。

書き溜めは基本作らないのではっきりとはわかりませんが、雪歩が登場するのはちょっと先になるかもしれません

投下

 俺が765プロに入って一ヶ月が経った。

P「あっ、秋月さん」

律子「……」

 聞こえなかったのだろうか。

P「秋月さん!」

律子「……」

 今度は強めに言ったから、聞こえなかったってことはないだろう。けど返事をしないということは……

P「……律子さん」

律子「はい、なんですか? 後、さん付けしなくてもいいですよ」

 やはりというべきか、秋月さんは名前で呼ばないと反応してくれない。

律子『私のほうが年下ですから、さん付けせずに名前で呼んでください』

 入社してからしばらくしてに彼女はそう言ったのだが、女性だけでなく男性にも名字にさん付けがデフォルトで、仲の良い友達すら名字呼びの俺にとっては出会って数日しか経っていない人のことを名前で呼ぶというのはしっくりこなかったので、俺の普段通りにしていたのだが、どうやら相手は我慢できなくなったようだ。

P「はは……、頑張ります」

 たぶんさん付けを外すのは無理ですけど、という言葉は飲み込んだ。

P「これの件についてのことなんですだけど……」

律子「ああ、これはですね……」

 意外にもというべきではないかもしれないけど、俺の765プロでの業務は順調だった。
 最近少しずつ仕事が増えてきたとはいえ、元々二人でもまわせていたところに俺が無理矢理入ったという形だから、負担も少なく、事務処理のほうでは以前いたところからもらっていたソフトを使って効率を良くしたら、お礼まで言われてしまった。

律子「……というわけです。わかりましたか?」

P「……はい。わかりました。ありがとうございました」

 しかし多少慣れたとはいえやっぱり会話になると、多少のぶつ切り感を出してしまう。

 一ヶ月間秋月さんのプロデュース活動や過去の記録を見て、ここ765プロでのアイドルたちの売り出しかたはおそらく個々の個性を最大限に出させることだろうということが予測がついた。

 短所を隠すのではなく、長所を活かしたアイドルの育成。
 それは理想的であり、また甘いとも言われそうなものだが、過去の資料を見た限り個々の持ち味を発揮したときの様子は悪くない。
 ただ、レッスン不足だったり、経験不足だったり、プロダクションのサポートが弱かったりしていまいち有名になれないが、それはこれからレッスンや仕事をしていくうちになんとかなるものだし、仕事が増えればプロダクションとして充分なサポートもできる。そしてアイドルたちにその機会を与えてやるのがプロデューサーとしての職務だろう。

 そして、各アイドルたちの個性が重なっていないところもこの理想が実現できている要因のはずだ。

律子「どういたしまして。

  それじゃあ私は外のほうに行きますんで後のことはお願いしますね」

P「はい。頑張ってきてください」

律子「……後それと、例の件なんですけど……」

P「ああ、その件でしたら俺も悪くないと思います。
 俺のほうからも一応、社長に進言しておきますよ」

 おそるおそる聞いてきた秋月さんは俺がそう言うとホッとしたようで、安心した様子で事務所を後にした。

 数時間後、俺は社長室にいた。

P「……以上が今回の報告になります」

 用件は定期報告。いくらアイドルたちの活動や方針がプロデューサーに一任されてるとはいえ、社長に報告はいれないといけない。

高木「うむ、ご苦労。
  これからも頑張ってくれ」

P「はい。後、社長に言っておきたいことがあります」

 俺はいつもなら定期報告がすんだらすぐに退室するため、社長は怪訝そうな顔をした。

高木「なにかね……?」

P「私は秋月さんの計画に賛成です」

 そう言うと、社長はさらに険しそうな顔をする。

高木「君もかね……?」

P「はい、秋月さんがメインプロデューサーについて、水瀬伊織、双海亜美、三浦あずさの三人でアイドルユニットを作って売り出す。
間違いなくこれは765プロのプラスになるプロジェクトです」

高木「……」

P「この時代、アイドルとしてソロとして活躍するにはそれ相当の実力が必要です。
 彼女たちは素質はありますが、まだ実力が足りません。またそれはプロダクションにも言えることです。

 ここで765プロのアイドルユニットとして活躍することは、彼女たちの足りない実力を補うことはもちろん、ソロで活躍させるよりもプロダクションの名前を広めることができます」

高木「この三人で良いと思った理由は……?」

P「765プロがアイドル事務所であるとしらしめるためです。

 双海姉妹の中でも亜美のほうを入れたのは、双海姉妹を双子として売り出すとたしかに需要はありますが、彼女たちはまだ子供で若い。
 もしかしたら将来どちらかが別の道に進みたい、となったとき双子として売り出していると、必然的にもう一方も辞めざるをえません。
 それを回避するために双海姉妹は二人を差別化させて売り出す必要がありますし、双海姉妹なら二人とも一人でやっていける素質はあります。
 亜美のほうを入れたのは単純に真美のほうがまだ聞き分けができて、ソロでも大丈夫だと踏みました。

 次に三浦さんを入れたのは彼女なら亜美の面倒を見てくれるだろうということと、ギャップを狙ったからです。
 現在彼女の仕事のオファーの比重はグラビアに偏っていて、それ自体は悪いことではないんですが、765プロでも有数の歌唱力を持っているということを忘れられるのは、もったいない。
 でもユニットとして活躍することで彼女はビジュアルだけじゃないと改めて周知させることができます。

 最後に水瀬さんですが、ユニットのリーダーとして彼女以上の適任はいないと思います。
 家の生まれが関係あるのかわかりませんが、彼女はリーダーシップがありますし、周りをまとめる能力もあり、またアイドルとしても正統派として活動しています。
 そう言うと、天海さんでも言いように思われますが、彼女は意外と年上に弱い。それに、彼女は周りを引っ張るというより周りと一緒に進んでいくタイプで、ユニットを組むなら萩原さんや菊地さん、高槻さんなどと組ませたほうがうまくいくでしょう。
 そして水瀬さんはたまに自分を追い詰めすぎてどうしようもなくなるときがあります。そのときに落ち着かせる役をあずささん、気楽にさせる役を双海さんがうまくやってくれるでしょう。

 そしてこの三人だからこそ765プロがヤング、アダルト、音楽専門、ダンス専門、バラエティー、演技、どれか一つのジャンルに絞られることなく純粋なアイドル事務所としての名を高めることができます」

 俺がプロデュースするユニットではないものの、何も考えずに賛成したわけではない。

 だが、社長は納得するそぶりをなかなか見せない。

高木「その三人の良さはわかった。だが実を言うと私の心配はそこではない。

  秋月君がメインプロデューサーということは、最低でもデビューする前と、した後のしばらくの間、彼女はユニットにつきっきりになるだろう。
  そうなった場合他のアイドルはどうなる? お前一人で残りの彼女たちをプロデュースできるのか?」

 社長は何故か父親としての顔を見せはじめていた。

P「できます」

 ここ最近は実際に彼女たちの仕事もとってきている。ユニットが軌道に乗るまでは多少の仕事の減少はあるだろうからというわけでもないが、俺一人でもなんとかなる自信はあった。

高木「はたして、本当にできるかな?」

P「できます……いいえ、してみせます」

 だが、意味深に言う社長……いや、父さんに不快感を募らせる。

高木「どこからその自信はくると言うんだ?」

P「父さん!
 父さんはどうして俺を信じてくれないんだよ!」

 いきなり意地が悪くなった父親にわかがわからなり、つい叫んでしまう。

 部屋の外から何か物音が聞こえたのは気のせいだろうか。

高木「信じるか……では逆に聞くが、お前はアイドルたちに信じられているのか? 萩原君には未だにお互いに近づけないんだろう?」

P「それは……」

 真実だった。

 この一ヶ月のかいあってか、萩原さんは俺の前でも姿を現してくれるようになった。しかし、未だ大股で三歩以上間をあけないといけないし、会話もあまりうまくいっていない。
 他のアイドルに関しても未だに彼女たちに慣れきっていない俺にたいして信じてくれなんて厚かましいことは言えない。

高木「お前の言葉が嘘になったとき、犠牲になるのはお前ではない、アイドルなんだよ。

  たしかにアイドル諸君は皆いい子だ。お前という人間を理解し、認めているだろう。
  だが、だからといって彼女たちがお前をプロデューサーとして認めているか、信じているかは別物なんだよ」

 その言葉に俺は何も返すことができなかった。

P「……失礼しました」

 結局、俺は何も言えずに社長室を後にする。父さん……いや、社長に出ていくときにもし水瀬さんがもし事務所にいたら社長室に呼ぶように言われたが、今の状態でそれを覚えていられるかはわからなかった。

P「もう夕方か……」

 階段の突き出たところに立ち止まって茜色に染まる街を見る。きれいだとか何か感想を持つべきなのだろうけど、俺の頭の中ではさっきの父さんの言葉が何回もリフレインしていた。

 事務所に入る前、中で誰かが話し合っているのが聞こえた。

真「……じゃないか」

伊織「うっ、……それは……」

 この声は……菊地さんと、水瀬さん……?

 どうやら俺の頭はそこまで酷くなかったらしく、社長が言ったことを思い出し、ドアを開ける。
 が、

伊織「と、とにかく! 私はあんなやつが私たちのプロデューサーだなんて絶対に認めな……い……」

 水瀬さんの言葉に俺はとびらを開いた状態で動きが止まってしまった。

 頭の中では社長の言葉か嫌になるほど繰り返されていた。

今回の投下は以上です。

>>77

×入社してからしばらくしてに彼女は
○入社してからしばらくして彼女は

>>85
×父親にわかがわからなり
○父さんにわけがわからなり

>>86
×もし水瀬さんがもし事務所に
○もし水瀬さんが事務所に

>>85

×高木「お互いに近づけないんだろう?」

○高木「お互いに近づくことができないんだろう?」


訂正しても直ってなおところあるぞww

>>69

×この言葉に本心から出た言葉だ。
○この言葉は本心から出た言葉だ。

>>85

×父親にわかがわからなり
○父さんにわけがわからくなり

>>92

ありがとうございました

誤字ばっかで本当にすみません

投下します

 そのときのことはよく覚えていない。

 そのとき俺は何を見ていたのだろう。
 何が聞こえていたのだろう。
 何が臭い、何に触れていたのだろう。

 ただ覚えているのは心臓が締め付けられるような痛み。
 そして、頭がくらくらとして自分が立っているのか座っているのか、上はどこなのか足は本当に下にあるのか、自分はまだドアノブを握っているのかまたはもう離しているのか……それすらわからず、ただ無重力空間に投げ出されたような浮翌遊感のみだった。

 声が聞こえた。

P「……水瀬さん、社長が呼んでいるから、行ってきてくれないかな……?」

 それが自分のだとわかると驚くと同時に、ホッとした。
 どうやら平静を保てていたようだ。

伊織「……」

 水瀬さんは俺の横を無言で通り抜けていく。
 出ていくまでの間、彼女はずっと俯いていたのはありがたかった。
 今の状態で彼女の顔を見る勇気はなかったから。



 慣れてはいるつもりだった。水瀬さんが言ったような……いや、それ以上のことを言われるなんていくらでもあった。
 ただここの子たちが皆予想以上にいい子過ぎて、いつの間にか気が緩んでいたのかもしれない。

真「……プ、プロデューサー」

小鳥「プロデューサーさん……」

 菊地さんと小鳥さんが、何か言いたそうな視線を向けているのを感じる。だけど、

P「……だ、大丈夫…です、大丈夫…大丈夫……」

 それに向き合う勇気もまたなくて、俺は自分の席へと逃げた。

P「は、萩原さんは今してみたい仕事ってあるかな……?」

雪歩「え、えっと……してみたいのは特にないですけど、犬と男の人と一緒なのはやっぱり無理かもですぅ……」

 自分の席で心を落ち着かせた後、面談を開始する。今日は萩原さんだ。

P「わ、わかった。萩原さんにはそういう仕事があまりいかないように頑張るよ」

雪歩「は、はい! よろしくお願いしますぅ……」

 そうは言ったものの、もちろん、今の765プロが仕事を選り好みできるわけないし、よしんばできたとしても、犬ならともかく男性と関わらない仕事となるとそうとう限られてくる。
 だけど俺から男に慣れろなんて言うわけにいかないし、言えるはずもない。
 これから経験を積み重ねていくうちに彼女自身でどうにかしてくれるのを願うしかない。

P「……それで、どうかな……? その……最近の調子は……?」

雪歩「だ、大丈夫ですぅ……」

P「そ、そう……」

 道のりはだいぶ険しそうだ。
 お互いに……

P「実は昨日、菊地さんと面談したときに、菊地さんはフリフリのスカートをはく仕事をしたいって言ったんだ。
プロデューサーとしてなるべくアイドルの意見は尊重したいけど、個人的にはどうも合わない……
あっ! 合わないというのは菊地さんにスカートがという意味じゃなくて、スカートじゃ菊地さんの良さが引き出せないというか……、
そういう仕事ならわざわざ菊地さんにさせる必要はないと思うんだ。

だから一応、菊地さんと仲の良い萩原さんの意見を聞きたいんだけど……」

 萩原さんと菊地さんが、仲がいいということはここに来てわりとすぐにわかったことだ。
 清楚な萩原さんと凛々しい菊地さん。二人はまるでタイプが違う動と静のアイドルだが、磁石のN極とS極がくっつくように仲が良い。
 だから、萩原さんは菊地さんの要望には賛成するんだろうなと思っていた。
 が、

雪歩「だ、駄目ですぅ!!」

P「えっ……?」

 俺は目の前の少女が変化したのがわかった。

雪歩「絶対に真ちゃんにスカートをはかせたら駄目です!
真ちゃんはかっこ良くて、可愛くて、わた…皆の王子様なんです!
真ちゃんがフリフリのスカートをはいてもかっこ良くも可愛くもありません! 誰も特しません!
真ちゃんにスカートをはかせるというのなら、たとえプロデューサーでも絶対に許しません!
穴掘って埋めてやりますぅ!!」

 豹変したと言えば正しいのだろうか、普段の被捕食であるはずの彼女が、どこからか取り出したスコップを片手に迫ってきた。
 精彩が消えた瞳は完全に捕食者のそれである。

P「は、萩原さん……!?
わ、わかった! わかったから落ちついて!
とりあえず、す、スコップを下げて!」

 今まで大股三歩より内に近づかないという禁をあっさりと破った今の彼女に、言葉が通じているかはわからないが、このままやられるわけにもいかない。

『…………え、い………ばっ!』

 一瞬、頭の中で何か流れたような気がする。

P「それで、その……近いんだけど……大丈夫?」
 幸いにも、萩原さんはそのスコップを振るうことなく下ろしてくれた。

雪歩「……えっ……?」

 正気に戻ったのか、彼女の目に光が戻る。
 そして自分の状況を確認した彼女は、疑問、驚き、怯えと次々と表情を変えていき、

雪歩「す……す、すみませーん!!」

 慌ててソファの元いた位置に戻っていった。

雪歩「本当に、本当にすみませんでした」

 半泣きになりながらも謝る様子はいつもの彼女で少し安心する。

P「い、いや、大丈夫だから。
気にしないで良いよ」

 フォローを入れるが、彼女の顔は晴れない。ここは話題を変えるべきだろう。

P「萩原さん」

雪歩「……はい」

P「えっと、その……僕が菊地さんのことを相談しようとしていたとき、萩原さんも何か言いかけていたよね?
あれって何だったのかな……?」

 さっき彼女の言葉を断ち切ってしまったときは悪いと思って先に言わせようと考えたが、彼女の性格から彼女も俺に先に言わせようと促すと思い、先に言わせてもらった。
 この時はいい話題転換になると思っていたのだが、

雪歩「えっと……それは……、プロデューサーと社長が本当に親子なの……か……!」

P「そ、それは……」

 予想外の質問に返答を見失ってしまった。

 隠すつもりはなかった……と言えば嘘になる。
 社長の息子が入社したということに対して、たいていの人が持つイメージは良くはなく、女性に対してうまく接することができない俺は、俺個人として信頼を得るためにもそのことをできるだけ隠しておきたかった。

 だけど、聞かれてしまった以上、下手に嘘をついて隠すほうが逆に信頼を落とすだろう。信頼されているかはわからないが。

 後の判断は彼女たちに任せて俺は肯定しようとした。

雪歩「ごめんなさい!」

 しかし、俺は何故か謝られてしまった。

雪歩「ごめんなさい! ごめんなさい!」

P「萩原さん……?」

 泣きながら謝る萩原さん。しかし、俺は何故謝られているのか検討もつかない。

雪歩「……うぅ、ごめんなさい。
……ぐすっ、プロデューサー……ごめんなさい」

P「萩原さん……」

 ボロボロに泣く萩原さんに罪悪感が湧くものの、何もすることができない。
 女性恐怖症の俺に女性の泣き止ませ方なんてわからないし、泣かせたのは俺だ。
 彼女の涙を止めるには王子様が必要なのだろう。そう、例えば、

真「……雪歩っ!」

 彼女のような。

真「プロデューサー! 雪歩に何をしたんですか!」

 菊地さんから見えたのは、親友を傷つけられた憤怒と憎悪。
 どちらもここに来てから彼女からは向けられるのが初めての感情だった。

真「どうして答えないんですか! プロデューサー!」

P「それは、その……僕が萩原さんに近づき過ぎたからだと思う。
 接触はなかったけど、だいぶ近かったから怖い思いをさせちゃったんだ……だから……」

 今にも飛びかかってきそうな彼女に、自分なりに考えた理由を告げる。
 本来なら彼女を泣かせたお詫びに一発は殴られるべきなのかもしれないが、今殴られたら二度と立ち上がれない気がする。

 頭の中で再度さっきの言葉が流れていた。

真「……プロデューサー。
 ボクにはプロデューサーが雪歩を怖がらせるためにわざと近づくような人だとは思いません。
 だけど気をつけてください。雪歩は繊細なんです」

P「……ああ、僕も二度とこんなことがないように気をつける。
 萩原さんも今日は本当にごめん」

高木『たしかにアイドル諸君は皆いい子だ。お前という人間を理解し、認めているだろう。
  だが、だからといって彼女たちがお前をプロデューサーとして認めているか、信じているかは別物なんだよ』

伊織『と、とにかく! 私はあんなやつが私たちのプロデューサーだなんて絶対に認めな……い……』

 呪いのようにそれらの言葉が頭の中で繰り返される。

P「と、とりあえず今日の面談はこれで終わりにしようか。
 菊地さん、萩原さんをお願いしていいかな……?」

真「……はい」

 そうしてまた俺は自分の席へと逃げた。そのとき久しぶりに胃から込み上げてくる気配を感じたが、慣れでおさえつける。家に帰るまでは我慢しないといけないだろう。

 日が沈み、空より街のほうが明るくなった頃、荒々しく事務所のドアが開かれた。

伊織「あれがあんたのやり方ってわけね」

 そこに立っていたのは水瀬さん。彼女もまた怒りを持って俺を睨むと、近づいてくる。

 そして俺の目の前に来ると、人差し指で俺をビシッと指す。そのとき思わず体がビクッと反応してしまった。

伊織「いいわ、やってやるわ!
絶対に……絶対に後悔させてやるんだから!」

 勢いよく言った水瀬さんだが、俺にはなんのことだかわからなかった。

今回の投下は以上です

所々言葉が丸々抜けてる箇所がありますが、それは文が思いつかなかったところです。だから、投下ミスではありません。

>>107

これの言葉っていうのは、台詞のことです。

念のため……

>>96

×浮翌翌翌遊感
○浮翌遊感

>>110
sagaを入れ忘れてるな
メール欄に入れるといい
浮遊感

>>96

×浮翌遊感
○浮遊感

>>111

ありがとうございました

投下します

 結果からいえば、秋月さんのプロジェクトは成功した。

 水瀬さん、三浦さん、双海亜美さんの三人で構成されたアイドルユニット竜宮小町は、俺の予想を上回る勢いで世間に広まり、またたくまに人気グループの一つとして数えられるようになった。

 今、事務所内で天海さんと萩原さんが、テレビを見ているが、たしかあれにも竜宮小町は出ていたはずだ。

小鳥「……お茶です」

P「ありがとうございます、小鳥さん」

小鳥「いえ……」

 そして、そのおこぼれを預かるように765プロ自体の評判も高まり、当初懸念されていた他のアイドルたちの仕事の減少もほとんどない。
 竜宮小町の結成は確実に765プロを良い方向へと導いていた。

高木『私がいつ反対したかね?』

 一ヶ月前のあの日、社長が水瀬さんを呼んだのは竜宮小町の件だったようで、当然驚いた俺は社長に詰め寄るとそう言われた。

 どうやら社長は最初から竜宮小町に賛成だったらしく、あの日の時点ですでに竜宮小町というユニット名まで決めていたそうだ。

 だったらどうしてあの日あそこまで俺に厳しく当たったのかだが、社長の言ったことは間違いじゃない。
 俺の失敗で迷惑を被るのは俺じゃない。アイドルたちなのだ。
 覚悟しているのか聞きたかったのだろう。

P「天海さん、ちょっといいかな……?」

春香「はい!」

 天海さんを呼び、さっきFAXで届いたオーディションの結果通知を準備する。

P「えっと……、天海さんがこの前受けたオーディションの結果が届いたんだけど……」

 片方は受かって、片方は落ちている。
 どちらを先に渡すべきかなんて駆け引きできないので、二ついっぺんに手渡す。

 受けとった天海さんは、最初に嬉しそうな顔をした後、次にがっくりとうなだれた。

P「あの……、その、天海さん……ごめん……」

 厳しいとは感じていた。しかし望みがまったくなかったわけでもない。
 彼女を落としてしまったのは俺の力不足が原因だ。

P「えっと、次はもっとサポートできるようにするから……」

春香「プロデューサーさん!」

P「は、はい……!?」

春香「間違っていますよ」

P「……え?」

春香「落ちこんでいる女の子がいるとき、かける言葉はごめん、じゃありません。次は頑張ろうね、ですよ。」

P「で、でも僕のせいで天海さんが、落ちてしまったわけだし……」

春香「もうプロデューサーさん、そういうの正直めんどくさいですよ」

P「うぐっ……」

 天海さんは変わらず俺に話しかけてきてくれるため、お互いにだいぶ慣れてきて、ここ最近は軽く毒を吐かれることもある。もちろんこれくらいなら軽い冗談だとわかるが。

春香「私だってオーディションを受けたとき、ちょっと厳しいっていうことはわかっていました。
  だから落ちたのは私たちの力が足りなかったからです。プロデューサーさんだけのせいじゃありませんよ」

P「……天海さん、ありがとう。
 じゃあその……、次も一緒に頑張ろうね」

春香「はい!
  それじゃあ私、雪歩にも伝えておきますね」

 いつもの笑顔で天海さんは萩原さんのところへと戻っていった。

 俺より彼女のほうが切り替えがうまいのかもしれない。

 だが、天海さんはそう言ってくれたものの、俺の中で納得したわけではない。
 彼女が言った実力が足りないのだって結局はプロデューサーの俺が彼女の魅力を引き出させる環境を作り出せなかったからだし、対策も十分にできていたとは言いがたい。レッスンだって先生はいたものの、俺のほうからも他に何かアドバイスできたのではないだろうかと思わずにはいられない。

P「……頑張らないと……」

 社長の言葉を再度心に刻む。

 俺が失敗したとき犠牲になるのは自分ではない、アイドルなんだと。

短いですが今回は以上です。

もっと書き溜めしてから投下しようとも思いましたが、心が折れそうなのでやめました。

なるべく、一まとまりごとに投下するので許してください。

投下します

 ある日、俺はとあるスタジオの近くの喫茶店に来ていた。

「コーヒーお待たせしました」

P「ありがとうございます」

 お店だというのに、ついついお礼を言うのはいつもの癖だ。
 というのも俺は元々こういう喫茶店みたいなところに来ることがほとんどない。理由は単純で、頼んだ物を運んでくるのがウェイトレス……つまり女性だからである。

 そんな俺がどうして珍しく喫茶店にいるのかというと、担当しているアイドルからのお誘いが原因だった。

春香『プロデューサーさん! お昼一緒に食べましょう!』

 天海さんの出るCMのスタジオにたまたま用事があるので送ったらそう言われ、日頃の恩とかいろいろと考えると断れるはずもなかった俺は承諾した。

P「天海さん遅いな……」

 天海さんは喫茶店に入り、注文した後すぐにトイレへ消えていった。
 まだCM撮影までの余裕はあるが、あまり長居するのも良くないだろう。

『今日のゲストはなんと! 今や知らない者はいない人気絶頂のアイドルグループ、ジュピターの皆さんです!』

 備え付けられたテレビをぼんやりと眺めるとそこにジュピターが映った。
 961プロ所属のアイドルグループの彼らは半年前にデビューしたと思いきや、飛ぶ鳥を落とす勢いでメディアを占領し、今や押しも押されぬトップクラスのアイドルユニットとしての地位を築いている。

 そして俺は彼女たちをジュピター……いや、それ以上の位置まで連れていかなければいかない。
 そうでなければ、俺は……

「……プロデューサー」

 そう呼ばれたとき俺はてっきり天海さんが戻ってきたのかと思った。なぜならここには天海さんと二人で来たのであって、俺のことをプロデューサーと呼ぶ人は限られているからだ。
 だけど天海さんは、俺のことをさん付けで呼ぶ。

 だから多少の違和感を感じたのだが、だからといって、

P「……萩原……さん……?」

 彼女が立っていたことにはさすがに驚いた。

超短いですが、今回は以上です。

次でようやく雪歩視点に戻る予定

有言不実行

投下します

 視線を戻した先に彼女を見つけたとき、最初は見間違いかと思った。

 たしかに彼女は天海さんと同じCMに出演するからこの付近にいておかしくないし、学校からスタジオに行く途中という可能性もある。実際に彼女は制服だ。
 しかし、だからといって彼女がスタジオに行く途中で喫茶店にいる俺に気づいただけならまだしも、声をかけてくるとは思えない。
 彼女を泣かしてしまった日以降、お互いに気まずさが増し、しゃべること自体が難しくなっていた。面談も一応行われたが、必ず菊地さんも一緒で面と向かって二人きりになることはほとんどなかった、というよりも避けていたほどだ。

 そういう理由があるから俺は今の現状を受け入れがたかった。
 だけどやはり俺の目の前に萩原さんは立っている。

P「えっと……、こんにちは、萩原さん」

雪歩「こ、こんにちは……」

 念のためというわけではないが、とりあえず挨拶をする。彼女らしい少し繊細で儚い声が聞こえ、俺の見間違いでないよことを証明した。

P「何か……用事かな……?」

 言ってからこれは違うかなと思った。もし用事なら、今までしてきたようにメールですますだろう。

 となると、俺が思い当たったのは今はこの場にいないもう一人の子である。

P「……もしかして、天海さんに用事かな…?
 今、彼女はちょっとトイレに行ってて、もう少ししたら戻ってくると思うんだけど……」

 よくよく考えればわかることだ。
 俺みたいな女性恐怖症のやつと一緒に食事をとろうとする女性は普通はいないだろう。だから天海さんには何か企みがあって、それがきっとこれなのだ。
 皆の仲が良いことを善しとする彼女は、俺と萩原さんの仲を心配して俺を食事に誘い、同時に萩原さんも食事に誘って今のように鉢合わせさせて俺と萩原さんの関係が少しでも良くなることを狙ったのかもしれない。

 そう思ったのだが、

雪歩「……違うんです。今日私はプロデューサーに用事があってここに来ました」

 そう言われ、思わず驚くと同時に、あることに気づく。

雪歩「あ、あのプロデューサー……」

P「萩原さん」

雪歩「は、はいっ……?」

 彼女の言葉を遮って悪いとは思う。だけど、これは今すぐに言わないといけないだろう。

P「えっと、その……」

雪歩「……どうかしましたか……?」

 なるべくなら自分で気づいて欲しかったが、それは無理のようだ。

 ……言うしかないか。

P「とりあえず、席につこうか。
 後ろで店員さんが困ってる」

雪歩「へ……?」

 萩原さんが後ろを振り返ると、通路を防がれて苦笑いをしていたウェイトレスと目が合った。

雪歩「す、すいませーん!!」

 彼女は羞恥でみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げ、急いで俺の対面の席に座る。

 幸い、ウェイトレスは怒ることなく、顔が真っ赤な彼女に優しく気にしていないと微笑んで言ってくれた。

今回は以上です。

>>138

×思わず驚く
○驚く

>>139

×通路を防がれて
○通路を塞がれて

投下します

P「萩原さんは何を頼む……?」

雪歩「お、お茶でお願いします……」

 明らかに気を使ってくれているプロデューサーに、私は未だ熱い顔を見られないように俯いて答えました。

 ……うう、穴掘って埋まりたいですぅ。

 いつもの私ならすでに穴掘って埋まっているところですが、今日は不幸にも学校で持ち物検査があって、マイスコップとマイシャベルがとられてしまったのでそれは叶いそうもありません。本当はその気になれば道具なんて使わなくても掘れますが、制服が汚れちゃうのでそれも諦めるしかありませんでした。

 うう、残念ですぅ。

P「……萩原さん、大丈夫?」

雪歩「は、はい…なんとか……」

 注文したお茶を飲んだところでようやく私は落ち着くことができました。

P「それで萩原さん。さっき言いかけたことって……」

雪歩「えっと、あのそれは……」

 さっきは言えそうだったのに、失敗してしまったことが尾を引いて今度はなかなか言い出せなくなってしまいました。

 頑張ると決めた私でしたが、やっぱり生来の性格を変えるのは難しいです。

雪歩「その……わ、私っ、私はっ……!」

 何を言うかは決めてるいるのに、必ず言うと決めたのに、上手く言葉が出ないこの状況は何も言えなくて泣くことしかできなかったあの日とまったく同じです。

 や、やっぱり私なんて……

 私は必死に堪えてはいましたが、また泣きそうになっていました。そしたら、

P「萩原さん、とりあえずとまろう。
 言えないときに無理に言おうとしても言えないよ」

 またプロデューサーが助けてくれました。

P「僕も経験があるからわかるけど、こういうときは言おうと決めたことを全部言うんじゃなくて、まずは一番言いたいことを言うべきなんだ。
 大丈夫、言葉が支離滅裂になったり、時間がかかったとしても僕はちゃんと聞くから、逃げないから。
 だから今は言うのを止めよう」

 プロデューサーがそう言ってくれたおかげで、私は少し楽になることができました。

もう一回お茶を飲んだところである質問をすることを決めます。
 それは今浮かんだ質問で、本来なら尋ねる必要はなかったかもしれませんが、でもプロデューサーが一番言いたいことから言ったほうがいいと言ってくれました。だから……

雪歩「……あの、プロデューサー。
  ……どうして私にここまでしてくれるんですか……?」

 自分でもめんどくさい性格だとわかります。質問しておきながら答えを聞くのも怖いです。
 でもこれだけはどうしても聞きたくなりました。

P「それはその……、僕も萩原さんと同じ異性恐怖症を持ってるから。それに、何より……何より僕は、君たちのプロデューサー……だからね」

 プロデューサーにそう言ってもらえたとき、私は自分の頬に温かい何かが流れるのを感じました。

P「は、萩原さん!?」

雪歩「あ、こ、これは違うんです!」

 いつの間にか流れ出していた涙の弁明を慌ててします。

P「ご、ごめん……。
 なんか偉そうだったよね……?」

雪歩「い、いいえっ」

P「萩原さんには不快な思いさせちゃっているよね。本当にごめん」

雪歩「だ、だから違うんですっ! これは嬉し涙です!!」

 私にしては珍しく大声を出してしまい、近くの席人たちを驚かせてしまいました。

 プロデューサーは嬉し涙と言われて納得していないみたいでしたけど、私は本当に嬉しくて泣きました。
 泣き出した日以降もプロデューサーが私のために仕事を取ってきてくれたり、メールでレッスンのアドバイスをくれたりしてわかってはいることでした。でも今プロデューサーが私のプロデューサーだと言ってくれたことが、私のことを見捨ててないって言ってくれたことが私にとっては、涙が出るほど嬉しいことでしたから。

今回の投下は以上です

>>148
>P「萩原さん、とりあえずとまろう。
「休憩」ですね。

>>155
ですね。
どうして休憩しようという言葉が出てこなかったんだろう、なんだよ、とまろうって……orz

投下します

雪歩「プロデューサーすみませんでした。突然泣き出しちゃって」

P「い、いや……僕としても萩原さんに嫌な思いをさせたわけじゃないってわかってよかったよ」

 嬉し泣きだからでしょうか、私にしてはけっこうすぐに泣き止め、プロデューサーはホッとした様子を見せました。

雪歩「そ、それでプロデューサー……私、その……プロデューサーに言いたいことがあって……」

P「あっ……その、大丈夫……?
 無理しなくていいんだよ? 今日じゃなくても、また後日、日を改めればいいし、場所的にもここじゃなくて事務所のほうが……」

雪歩「い、いえ、大丈夫ですっ!」

 たしかに事務所ならたいてい誰かはいますし、少なくとも小鳥さんはいます。
 でもそうしたらダメダメの私はきっと皆に頼ってしまってきっとまた言えなくなってしまいます。
 それに今回のチャンスを潰してしまうことは、わざわざ私のお願いを聞いて今の状況をつくってくれた春香ちゃんに申し訳が立ちません。

 私が覚悟を決めると、それが伝わったのかプロデューサーも緊張した面持ちになりました。

雪歩「プロデューサー、あの、その……すみませんでした。
  あの日、面談の途中で勝手に泣き出しちゃって」

P「面談って……僕が菊地さんのことについて相談したときのことかな?」

雪歩「……はい」

 プロデューサーはきっとこのことを怒ってないはずだから、この謝罪はただの自己満足かもしれません。
 でも、相手を傷つけたり、相手に悪いことをしたと思ったら謝る。それが私がお父さんとお母さんから教えられたことの一つですから。

P「……あれはしかたないよ。
 萩原さんが男嫌いというのは皆知っているし、僕だって配慮が足りなかった。
 萩原さんのせいじゃないよ」

 プロデューサーは私が傷つかないように言ってくれるのがわかります。以前の私だったらせっかくプロデューサーが気を使ってくれているんだから、などと理由をつけて甘えていたでしょう。
 でも、

雪歩「……あの、プロデューサー……
  プロデューサーはその……どうして私がアイドルになったか知っていますか……?」

 唐突に話題を変えられて、プロデューサーは少し困惑しているようでした。

P「えっ……?
 えっと、たしか……萩原さんは自分を変えたいからアイドルになった……だよね……?」

 それでも間違いなく答えてくれることに、プロデューサーの言葉が嘘でないとわかり少し嬉しくなります。

雪歩「はい。私、自分に自信が持てなくて、弱虫で泣き虫で貧相でダメダメな今の自分を変えて、自信が持てるような自分になりたくてアイドルになりました。

  でも私、気づいたんです。
  私、自分を変えたいって言っておきながら、男の人や犬と出くわすと皆を頼ったり、逃げたりして、結局は自分の変える努力は何もしてこなかったって……
 こんなんじゃ駄目ですよね」

 実際に言うことで、自分のダメダメさを改めて認識します。

雪歩「……だけど、私、変わりたいんです。今度こそ、本当の本気で……

  だ、だからプロデューサー……私、プロデューサーにお願いがあるんです!」

 ここから先を言うのはもの凄く勇気がいります。厚かましいお願いですし、私みたいなダメダメにはとうてい不可能な夢なのかもしれません。見捨てられてもおかしくありません。
 でも、

P『僕は、君たちのプロデューサー……だからね』

 私はプロデューサーの言葉を信じたい。

 決意は固まりました。

雪歩「……わ、私を……トップアイドルにしてください!!」

今回の投下は以上です。

次で前半ラストの予定

>>159
そういう意味じゃなくて
普通の「止まろう」なり「休憩」
というのを
ラブホ的な「泊まろう」なり「休憩」
な意味にしてしまおうとしてるだけな気が

いや、休憩しようより止まろうの方が自然じゃないか?

落ち着こうあたりがベストな気がするが


ここから雪歩とプロデューサーがどう頑張っていくのか
プロデューサーと他のアイドルたちの関係はどうなるのか
楽しみにしてます

>>164
そういう意味だったのか
なんか一人で騙されてしまった

>>165
そう言われるとそう思えてきた

>>167
そうですね
……別にこれには違う意味とかないよね……?

>>168
これは一応、雪歩SSなので全てのアイドルとPの会話はカバーできないかもしれません

投下します

P「……いいよ」

 返答はすぐにきたため、私は一瞬なんのことなのかわかりませんでした。

雪歩「えっ……?」

P「萩原さんが本当にそうなりたいって言うのなら、僕は頑張って萩原さんをトップアイドルにしてみせる」

 プロデューサーにしては、らしくない強気な発言でした。

P「……って言っても、今の僕はまだまだ力不足だから、今すぐにっていうのは不可能だし、絶対にって確約してあげることはできない。
 でも僕は全力で萩原さんがトップアイドルになるためのサポートをするつもりだよ。
 ……あ! ぜ、全力でやるって言ったけど、だからといって別に今までを手を抜いていたわけじゃないよ……?」

 プロデューサーがこれまで手を抜いていると思ったことはありません。
 私が事務所帰っても、たいてい働いているのを見ますし、たまにいないときでも外回りやレッスンに行っているらしく、私や皆は出勤中や帰宅中のプロデューサーの姿を見たことなかったですから。

雪歩「あの、その……」

P「ん? どうかしたかな……?」

雪歩「わ、笑わないんですか……?」

P「笑うって……何をかな……?」

雪歩「えっと、その……ダメダメな私なんかが、トップアイドルになりたいだなんて……」

 いくら私でも、トップアイドルというのが誰でもなれるわけではないことは知っているつもりです。
 そうとうな才能を持った人がそうとうな練習を積み、それでもなれることなく芸能界を去ることが少なくない……トップアイドルというのはそれほどのものに位置付けられているはずです。

 だから私はトップアイドルになると言うときに、凄く勇気が必要だったのですが、プロデューサーは無理だと否定も、驚くこともせずにあっさりと肯定して返してくれたことは逆に不安に感じられました。
 でも、

P「笑わないよ、絶対に……
 だって僕の目標は萩原さんだけでなく、天海さん、菊地さん、水瀬さん……事務所の皆をトップアイドルにすることだし、それに皆ならそこまでいける素質は持っていると僕は思っているよ」

 嘘を言ってるふうにはまったく感じられないほど真面目に、プロデューサーはそう言いきりました。

雪歩「で、でも、皆はともかく……私なんて……」

 歌唱力が高い千早ちゃんや、その気になればなんでもこなせる美希ちゃん、それ以外にも私とは比べものにならないほどすごい皆ならトップアイドルになれるでしょう。だけど貧相でちんちくりんな私まで皆と同じようになれるとは思えません。

P「……大丈夫。自覚していないだけで萩原さんには萩原さんの良さがあるよ。

 だから、その……僕を……き、君のプロデューサーを信じてくれない……かな……?」

 プロデューサーの声は最後のほうは震えていましたが、その言葉を聞いて私は気づかされました。私はプロデューサーを信じたいって思っていながら、結局土壇場でプロデューサーを信じきれていません。

 ……駄目だよね、こんなんじゃ。

 信じることは簡単です。でも肝心なところで信じれなかったらそれは本当に信じているとは言えません。

雪歩「わ、わかりました。私、プロデューサーを信じます!
  だ、だからプロデューサー、私と約束してください!」

P「……約束?」

 あまり自覚はありませんでしたが、この時の私は、初めてお父さん以外の男性と長くしゃべって少し興奮状態にあったと思います。

雪歩「は、はい! 私、頑張ります! 頑張ってトップアイドル目指します!
  だからプロデューサーは私をトップアイドルにしてください!」

P「う、うん……わかった。約束しよう」

 プロデューサーはそう言うと、右手の小指を差し出しました。

雪歩「えっ……?」

 私がキョトンとしていると、プロデューサーは慌てて気づいたように右手を引っ込めました。

P「い、今のは癖というか、なんというか……
 僕はお父さん……って、萩原さんは僕の父さんが社長だってことを知っているよね?」

雪歩「は、はい……」

 あの日のことを思いだし、少し動揺しましたがなんとか平静を装いました。

P「僕が小さい時、社長はプロデューサーをやっていたんだけど、仕事が忙しくてあまり帰って来ない人だった。
 たまにの休日に一緒に遊ぶ約束をするとき口約束だけだと不安だから、指切りやっていたんだ。

 だ、だからその……さっきのは約束ってことでつい昔の癖がでちゃったというか、なんというか……」

 苦笑いをしてごまかすプロデューサーに、私は右手の小指を差し出しました。

P「……えっ?」

雪歩「し、しましょう! 指切り!」

 今度はキョトンとしたプロデューサーに私は勇気を振り絞って言いました。

P「は、萩原さん……」

雪歩「だ、大丈夫です! 逃げたり、泣き出したりしませんからっ!」

 事故ではなく、私からの意図した男性との接触。恐怖か緊張か羞恥か、小指だけというのに私の手は震え、顔は熱くなり、心臓は飛び出しそうなくらい強く脈動します。

 とても顔を上げられる状態じゃなかったので俯いてしまいましたが、右手を戻す真似はなんとしても避けました。

雪歩「……!」

 そして、俯いてから数瞬にも、数十分にも感じられた時間の後、私の小指に大きくて温かいものが絡まるのを感じました。

P「萩原さん……ありがとう」

 私は俯いた状態のままでしたが、プロデューサーが優しそうな顔で言ってくれているのは予想がつきます。

雪歩「…………さい……」

P「へっ……?」

雪歩「……ゆ、雪歩って言ってください!」

 何故この時にそう言ったのか、後になってもわかりません。ただ、そう言わずにはいられなかった気がしていました。

P「……わ、わかったよ。じゃあ、その……雪歩…さん」

雪歩「雪歩ですぅ!」

P「……ゆ、雪歩…………ちゃん。
 ……こ、これ以上は勘弁してくれないかな……? そもそも僕は女の子を名前で呼ぶことはあまり慣れていないんだよ」

 私には意外と負けず嫌いなところや意地っ張りなところがあるようで、それが反応してしまいました。

雪歩「でもプロデューサーは小鳥さんには事務所にきてすぐに名前で呼んでいたじゃないですか」

P「小鳥さんはその、父さ……社長がプロデューサーのころ、小鳥さんをプロデュースしていたから俺も面識はあって、その頃から小鳥さんって呼んでいたんだよ」

雪歩「そうだったんですか……?」

 たしかに以前、小鳥さんもアイドルやっていたと聞きましたが、社長がプロデュースしていたとは驚きです。

P「だから、しばらくは雪歩ちゃんでいいかな?
 慣れてきたら呼び捨てでも呼べるようにしていくから」

雪歩「……はい、わかりました」

 納得したわけではありませんが、とりあえず妥協しました。

P「えっと、それじゃあ改めて……これからよろしくね雪歩ちゃん。
 一緒にトップアイドル目指して頑張ろう」

雪歩「はい、よろしくお願いします。プロデューサー」

 私たちは繋いだ小指を少しだけお互いに強めました。

 実を言うと、この時私は未だに顔を上げれていなかったので、俯いた私とプロデューサーが小指を繋いだまま話をしていたのは、周りから見てとてもシュールだったと思います。

「……面妖な」

 遠くで貴音さんが呟いているような気がしました。

今回の投下は以上です。

またもや有言不実行で、前半ラストは次になります

投下します

P「そろそろ出ようか。忘れ物はない……よね?」

雪歩「はい」

 思っていたより時間は経っていたようで、私とプロデューサーのお話が終わったときにはそろそろスタジオに向かわないといけない時刻でした。

P「……それにしても、意外だなー
 はぎ……、雪歩ちゃんから今日のことをお願いしていたなんて。
 てっきり天海さんが仕組んだんだと思っていたよ」

 どうやらプロデューサーは今日の一件を春香ちゃんの計画だと思っていたみたいで、でも普段の様子から考えるにそれも当然だと思います。それに、私が今日のことをしようと思ったのは春香ちゃんの言葉のおかげでしたから、あながち間違ってもいないかもしれません。

 時間も時間だったので、会計を終えた私たちはお店の外に出ました。

P「天海さんなんだって?」

雪歩「今すぐこっちに来るそうです」

 今回、プロデューサーと話すにあたって、私は悪いとは思ったものの春香ちゃんには喫茶店のコンビニにいてもらうことをお願いしました。
 その理由は事務所でしないのと同じで自分を奮い立たせるためで、心配そうに「店のトイレにでもいようか?」と言ってくれた春香ちゃんもその理由を聞いて納得してくれました。



雪歩「あ、春香ちゃん」

P「……どこかな?」

雪歩「えっと……向こうの、道路を挟んで奥のコンビニにいます」

P「そう、ありがとう。
 それじゃあ待っていようか」

 プロデューサーは少し視力が弱いみたいで眼鏡をかけているんですが、それでもそれほど遠くは見えないみたいです。なので、私が春香ちゃんの位置をナビしてあげます。

 喫茶店からのスタジオとコンビニでは逆方向なので私たちは止まって春香ちゃんを待つことにしました。

雪歩「……あ、春香ちゃん驚いています」

 さっき約束したとはいえ、やはり二人きりで無言だと気まずさを感じる私は、見えないプロデューサーに春香ちゃんを実況することで沈黙を阻止します。

P「今、僕と雪歩ちゃんのがけっこう近いから、だからだろうね」

 お会計のときに気づいたのですが、私はプロデューサーに近づけるようになっていました。
 接触はまだ難しいですし、大股一歩は距離が必要ですけど、それでも今までと比べたら大進歩です。

 また、どうしてそんな急にできるようになったか考えると、指切りの功績はたしかに大きいですが、喫茶店で私たちの位置が原因だと思います。喫茶店で向かいあって座るのなんて大股一歩分の距離もありませんから。

春香「雪歩ー! プロデューサーさーん!」

 道路を渡り終わり、春香ちゃんは笑顔でこちらに駆け寄ってきます。
 ですが、

雪歩「! 春香ちゃん、危ない!!」

 危険に気づいた私は慌てて叫びました。

春香「ふぇ……? キャッ……!」

ドン!

 けど遅くて、叫び虚しく春香ちゃんは別のお店から出てきた人とぶつかり、お互いに倒れてしまいました。

雪歩「春香ちゃん! 大丈夫?」

P「天海さん、怪我はない?」

 私とプロデューサーは急いで二人に近づきました。

春香「いたたたた……
  私のほうは大丈夫ですそっちの方は……?」

「いっつ……
……気をつけろよな」

雪歩「ひぃっ……」

 幸い二人とも怪我はないようでしたけど、春香ちゃんがぶつかった相手が男性だったことに驚いて私は思わず声をあげてしまいました。

P「うちのアイドルがご迷惑をおかけしました」

 プロデューサーが男の人に向かって謝ります。

「あんたが保護者か……って、あんたは!?」

P「……と、冬馬……?」
 春香ちゃんがぶつかった相手はなんとジュピターの天ヶ瀬冬馬君でした。
 そして、プロデューサーと冬馬君はお互いに驚いた顔で止まります。

春香「ぷ、プロデューサーさん……?」

 立ち上がりながら不安そうに春香ちゃんが問いかけました。

冬馬「プロデューサー……? ……へえ、お前どこの事務所だよ」

 ですが、何故か冬馬君が反応し、立ちあがって春香ちゃんに尋ねます。口元は笑っていましたが、目は完全に怒っていました。

春香「な、765プロですけど……」

冬馬「! やっぱり黒井のおっさんが言ってたことは正しかったのかよ……
  本当にどうしようもねえな、765プロは……」

 冬馬君はそう呟くとプロデューサーのほうに向き直ります。

冬馬「いいか、俺達は実力でトップアイドルになる。
  あんたみたいなスパイを送ってくる汚い765プロになんか絶対に負けねえからな!」

 そう言って去っていく冬馬君をプロデューサーは複雑そうな顔で見ていました。

投下&前半終了

未だに最後をどうするのか思いつかないので、後半投下まではしばらく間があくかもしれません

投下します

投下しますが、今日から投下するのは話の大筋にはあまり関係ありません

後半投下するときはまた、後半投下しますといいます

では投下

伊織「はあ? なんで私がまだそんなことやらないといけないのよ!」

律子「伊織、うるさいわよ」

 ある日の午後、スタジオ収録の終えた伊織と一緒に私は事務所へと帰っていた。

伊織「嫌よ! 嫌! 絶対、嫌!
  この水瀬伊織ちゃんに面談なんかいらないわ!」

律子「もう、わがまま言わないの」

 伊織が嫌だと駄々をこねているのは事務所に帰ってからの予定。
 伊織にプロデューサーと面談しなさいと言ったら、こうなった。

伊織「だいたい、私はもうあいつのプロデュース担当から外れたじゃない。なのになんであいつとの面談は継続されるのよ」

 後部座席にいる伊織はあきらかに不機嫌だ。
 こういうときにあずささんがいて、うまく宥めてくれたら良いのにと思うのは悪いことだろうか。

律子「プロデュース担当から外れた、ね……
  誰がそんなこと言ったの?」

伊織「えっ!?
   だ、誰がって……、竜宮小町のプロデューサーは律子でしょ?」

律子「そうね、竜宮小町のほうはとりあえず、私が全部取り締まっているわ」

伊織「だ、だったら……」

律子「でもね、竜宮じゃない三人それぞれの仕事は別よ。
  今日のを含めてあんた達、各自の仕事の半分はプロデューサーがとってきたわ」

 驚きと困惑の顔をする伊織。
 そういえば、ここ最近伊織とプロデューサーの仲が悪いというか、
伊織が一方的に避けていたような気がする。

律子「……なるほど、そういうことね」

 そう呟くと共に、何をやっているんだと二人に思わずにはいられない。

伊織「う、嘘……」

律子「本当よ。オーディション用の書類を送ったり、
 オファーであんたたちに良さそうなのをいくつか見繕ってもらっているわ。
  で、私のほうで竜宮小町のほうと重ならないように最終調節してるってわけ」

 伊織は最初の勢いはどこへやら、すっかり大人しくなっている。
 そういうところを見ると、竜宮のリーダーとして皆を引っ張ってる彼女だけど、
やっぱり子供なんだと再認識したりする。

伊織「……どうして律子が全部やらないのよ」

 微妙に理不尽な呟きが聞こえた。

律子「最初は私もそのつもりだったわよ。
  でも、竜宮の人気が私やプロデューサーの予想を越えて急速に高まってそうも言えなくなっちゃって……
  言っとくけど、これは伊織のせいだからね」

伊織「わ、私!?」

律子「そうよ。伊織は竜宮が決まってから練習頑張っていたじゃない。
  あんたは765プロでもしっかり者のほうだし、竜宮のリーダーに選んだぐらい期待してたけど、
 正直ここまでとは思っていなかったわ。
 でも最近、疲れが溜まってるみたいだから体調管理に気をつけなさいよ」

 伊織は竜宮決定後、ずっと鬼気迫る勢いでレッスンをやっていた。
 元々レッスンをしっかりやる子だから多少無茶してもなんとかなるし、
 結果的にプラスに働いていたからあまり強くは言わなかったが、ここ数日は少し空回り気味だった。
 だから心配していたんだけど、伊織がこうなった理由が知れてよかった。
 これを今日なんとかすれば伊織がこれ以上溜め込むこともないはず。

律子「とりあえず、今日は事務所に帰ったら、面談やってさっさと帰って、さっさと寝る! 明日は今日以上にハードよ」

 そう言うと伊織はがっくりとうなだれる。納得したわけではないが、理解はしてくれたのだろう。

律子「後それと、プロデューサーに謝っておきなさいよ」

 事務所のある建物の近くにある道路に停めると私と伊織のドライブは終了した。

伊織「ど、どうしていきなりそんなこと言うのよ!」

律子「あんた、プロデューサーと最近顔合わせようとしないじゃない。
  気づいてないと思った?」

 そうは言ったものの半分本当で、半分嘘である。
 今思い返せばそうだったなぐらいでその時から意識していたわけではない。

伊織「だからってなんで私から……」

律子「プロデューサーは女性恐怖症だけど、女の子に失礼なことをするタイプじゃないでしょ。
  それにあんたのほうも、もしそんなことをされたら顔を合わせないようにするだけのような子でもないし」

伊織「……やけにあいつのかたを持つわね。あいつと何かあったの?」

律子「別に言うほどのことはないわよ。
  それと伊織、否定しないってことはやっぱり謝ることあるのね」

 図星をつかれた伊織は顔を真っ赤にして車から出ていった。

 伊織はひねくれ者だけど根はいい子だ。ここまで言えばきっと謝るはず。

 私は再びエンジンをかけ、道路沿いに停めていた車を動かした。

律子「言うほどのことはなかい……か……」

 車内でさっき自分が言った言葉を繰り返す。この言葉も半分は本当で半分は嘘だ。

 それは私とプロデューサーの間に何かあったわけではない。私の中で勝手にあったことだ。

 当初、私はプロデューサーが765プロに入ることを否定していた。

律子「……だって、しかたないわよね……」

 誰も聞いていないし、誰も知らないけどなんとなく口に出して自己擁護する。

律子「プロデューサーが前いたプロダクションが961プロだもの……」

 私の呟きは誰に聞かれることもなく消えた。

今回の投下は以上です

投下して読み直しているうちに、律子ってこんな口調だったっけってなったことは秘密

違和感あったら教えてください

>>197

×律子「言うほどのことはなかい……」

○律子「言うほどのことはない……」

短編というか面談編

投下

P「あ、天海さんはどんな仕事がしたいかな……?」

 プロデューサーさんが入って数日後、社長の命令で私たちとプロデューサーさんとで面談することになりました。

 そしてトップバッターはもちろん私です。

春香「そうですね……、基本どんな仕事でもしてみたいですけど……
  ……あ! そういえばありました!」

P「な、何かな……?」

春香「ライブですよ! ライブ!」

P「ライブかあ……、ライブの仕事はたまにあるけど、それを増やしてほしいってことかな……?」

春香「……たしかにライブの仕事は今もありますけど、
 それって他のアイドルや歌手の前座だったりするじゃないですか。だから……」

P「自分メインのライブがしたい……?」

春香「ち、違いますよ! そういうのじゃなくて、えっと……」

 自分の頭をフル稼働させて自分のしたいこと、気持ちを言葉でまとめてみます。

春香「765プロのライブで、765プロの皆と一緒に歌いたいです」

P「皆……?」

春香「はい! 皆で一緒にライブに向けてレッスンして、
 たくさんのファンの前で皆と一緒に歌って、踊って……
  きっと凄く楽しいと思うんです!」

 小さい頃からの私の夢。アイドルになって皆と一緒に歌って、踊ること。

P「天海さんのやりたいことはわかったよ。……だけどそれは……」

春香「今の765プロじゃ厳しいですか?」

 言い辛そうなプロデューサーの言葉を先読みして口に出すと、
プロデューサーさんは、驚いた後に申し訳なさそうな顔をして謝ってきました。

春香「私だってわかってますよそれくらい。
  ……だからいつかでいいんです。いつか、私の望みが実現できたらいいなって……
  そんな夢を見るくらいならいいですよね?」

 私はてっきりプロデューサーさんのことだからここは、いいよって言うか、また謝ってくると思いました。

P「……いや。夢見るだけじゃだめだ。夢だけで終わらせるだけじゃだめだ。
 必ず実現させよう。天海さんのその夢」

 だからプロデューサーさんがそう言ったとき、驚くと同時に、
意外と自信家なのかなって思っちゃいました。でも、

春香「えへへ、それじゃあ期待しちゃいますよ? プロデューサーさん?」

 私は自然と笑顔になっていました。

 私の夢を周りに言ったとき、馬鹿する人はあまりいませんでしたし、
皆頑張ってねって応援してくれましたが、やっぱり他人事みたいな感じでした。

 だからこの時プロデューサーが私の夢をサポートしてあげるって、叶えてあげるって言ってくれて、
私はとても嬉しかったんです。

投下終了

しばらく面談編が続くかも……?

もっとがっつり面談してもいいよ
Pとアイドル両方掘り下げられて面白い

>>211-212
まったく偉そうに見えませんでしたから大丈夫です

投下します

P「き、如月さんはどんな仕事がしたいかな……?」

 面談はいつもこの典型文から始まる。最初にプロデューサーが吃るのももはやお約束だ。

千早「……そうですね、私としてはやっぱり歌う仕事を……正直、歌以外の仕事はしたくありません……」

 返す私も典型文。前回も同じ言葉を同じリズムで言った。
 他の皆ならもう少し愛想良く返すかもしれないけど、
私にはそういうのは無理だとわかっているからあえて愛想良くしようとも思わない。

P「歌か……、たしかに千早さんは歌に関して熱心で真剣なのは知ってるけど……
 他にしてみたい仕事はないかな……?」

千早「ありません」

P「ほ、他の仕事を経験してみることで、歌にもいかせるかも……」

千早「けっこうです。自分の歌の足りないところはわかっているつもりですから」

 他の仕事の経験が歌にいかせる。私はそう言われるのが大嫌いだった。
 それは別に経験自体を軽視しているわけではない。言う側の人が歌のことを軽視しているからだ。
 何がどう歌にとってプラスになるのかも言わずに、
ただ漠然と他の仕事をすれば歌も良くなると言われても私にはどうしてもそれが本当だとは思えない。
 それに私は自身の歌の技術の未熟さを知っている。
 それを治すこともせずに他の仕事をすれば歌が良くなると言われても、私が納得できるはずもなかった。

千早「……別に、歌以外の仕事でやりたいものはないって言ってるだけで、歌以外はやらないと言うつもりもありません。
 仕事もレッスンもしっかりやるつもりです」

 私だって芸能界が実力だけでもどうにもならないことを知っている。
 したい仕事だけをしてやっていけるとは思っていない。
 それに私は歌手じゃなくてアイドルだ。
 歌以外のことにも力を入れないといけず、またそれも一応は人並みにはやってきたつもりだった。

P「……うん、如月さんにそう言ってもらって僕も助かるよ……」

 そう言ったきり、私とプロデューサーは沈黙する。

 たしか前回こうなった時、私はこれ以上話すことなくて時間の無駄だからレッスンに行ったら、律子と春香に怒られた。
 曰く、面談はプロデューサーの女性恐怖症克服だけじゃなく、
私と萩原さんのコミュニケーション技術の向上も目的らしい。

 ……私ってそんなに酷いかしら……?
 無愛想なのは理解しているつもりだけど……

 そして私の行動が原因で、私と萩原さんは十分間はプロデューサーと話すことを強いられた。

 ……ごめんね、萩原さん。

今回の投下は以上です。

後半の構想をしつつなので、短いのばっかり続きますが、ご了承ください

>>216

×P「たしかに千早さん」

○P「たしかに如月さん」

投下

千早「……プロデューサーは私の歌を聞いたこと、ありますか?」

 しかたないので私から話題を出す。

 プロデューサーはレッスンとかをたまに見に来ることがあるから、
当然答えは聞かなくてもわかっていた。これは確認だ。

P「……え? あ、うん。一応、アイドル皆の歌は一通り聞いたことあるよ」

千早「では、私の歌の感想を言ってください。
  できましたら、改善点も言っていただけたら嬉しいです……」

 私はそう言ったけど、実のところまったく期待していなかった。

 プロデューサーはレッスンを見に来たとき、メールとかでアドバイスをくれるけど、音楽は専門じゃないのかたいてい技術的なものは少なく、
たとえあったとしてもそれはすでにレッスンの先生に言われたことや、私自身気づいていたことが多い。
 だけどそれでもこの無駄な時間を潰すことはできるはずだとは思っていた。

P「改善点か……そうだね、如月さんもわかっていると思うけど、僕はあまり音楽方面には明るくない。
 それこそレッスンの先生はともかく、如月さんよりも知識が足りないと思う。

 だから今回は、一プロデューサー、一視聴者としての意見を言わせてもらうよ?」

千早「はい」

P「……まずは、……そう、如月さん歌に自分を入れ込み過ぎるところがあるよね?
 そこは直したほうが良いと思うよ」

千早「……適当に歌えってことですか?」

 私自身では歌への入れ込みが足りてない気がしていたので、
プロデューサーにそう言われたことに怒りを感じた。

P「へ? あ、あー……誤解させちゃってごめん。そういうつもりじゃないんだ」

千早「だったら、どういうつもりなんですか」

P「歌に入れ込むこと自体は悪いことではないし、それが如月さんの歌の強みなんだとも思う。
 だけど今の如月さんは切り替えができてないよね?」

千早「切り替えですか……?」

P「うん、今までのライブとかを見るかぎり、如月さんは一曲目はともかく、二曲目になると極端というほどではないけどレベルが下がる。
 最初はそれをスタミナ不足かなって考えていたんだけど、いつも二曲目の途中からは一曲目と同じレベルに戻っているんだ。

 それはどうしてだろうって考えてみたら、たぶん如月さんは一曲目の入れ込みを二曲目に引きずっているんじゃないかなと思ったんだけど……」

千早「……たしかに、その通りかもしれません……」

 心当たりはあった。
 私は歌い終わってもその歌の余韻に浸っていて、そのまま次歌うときもある。
 でも、今までそれで次の曲に入り込むのが遅くなっているとは気づいていなかった。

P「……だから手を抜くというよりも、ラストでは少しずつ入れ込んだ気持ちを抑えていったら良いと思うんだ」

千早「……そうですね。私自身もそういう必要があると感じました」

 たしかにこういうのは普通のレッスンなどではわからない、プロデューサーから見た改善点なのだろう。

投下終了

P「三浦さんは今したい仕事はありますか……?」

 プロデューサーさんが765プロに来て数ヶ月が経ちました。
 プロデューサーさんもようやく慣れてきたんでしょう。
 最近は面談でも最初に吃ることは少なくなってきた気がします。

あずさ「そうですね~。
   竜宮小町でけっこういろんな仕事をしているのでこれといって特には……
   あ! ○○さんの番組に出ることはできるでしょうか?」

P「○○さんっていいますと……あの占い番組ですか?」

あずさ「はい、そうです。
   ○○さんって最近よく取り上げられているじゃないですか。
   だから私も占ってほしいな~なんて思いまして……」

 ○○さんの占いはよく当たることはもちろん、アドバイス上手であることでも有名で、
毎週その番組を見ている私は一度でいいから占ってほしいと思っていました。

 ですが、プロデューサーさんは考え込むしぐさを見せます。
 普段なら多少無理なお願いをしても頑張るって言ってくれますから、
今回みたいな難色を示す反応は珍しく、私は少し不安になりました。

あずさ「あ、あの、無理なら無理って言ってくれてもいいですよ?」

P「へっ? あっ、いや……、そこまで無理というわけではないと思うんですけど……」

 それからさらに少しの間プロデューサーさんは考えていましたが、やがておずおずと言い出しました。

P「……えっと、すみません。失礼を承知で聞きます。
 その、占ってもらう内容について教えていただきませんか?
 も、もちろん僕に言うのが無理なら、秋月さんに言ってもらえばけっこうですので……」

 その言い方で私はプロデューサーさんが何を心配しているのかわかりました。

あずさ「うふふ……、大丈夫ですよ、プロデューサーさん。
   私だってアイドルですから、恋愛面について占ってもらうつもりはありません。
   番組で占ってもらうのは仕事運、私たち竜宮小町や765プロ皆の今後のことですよ」

 私の予想は当たっていたみたいで、プロデューサーさんから悩んでいる様子がなくなりました。

P「すみません、疑ってしまって……」

あずさ「いえいえ、気にしないでください。
   それに私はプロデューサーさんと律子さんに感謝しているんですよ? 私のお願いを叶えてもらって……」

 私が初めて面談したとき、私はプロデューサーさんにグラビア以外の仕事を増やしてもらうようにお願いしました。
 グラビアの仕事が嫌だったというわけではありませんですが、グラビアだけで有名になっていくことを私は望んでいなかったから……

 それからしばらくして、律子さんが竜宮小町の結成して、そのメンバーに私がいて驚くと同時に、お願いを聞いてもらえたことを嬉し思っちゃいました。
 律子さんは年長者の私がリーダーじゃないことを謝ってきましたけど、
私自身はリーダーに固執するつもりはありませんでしたし、
……これ言ったら大人として恥ずかしいですけど、私より伊織ちゃんのほうがしっかり者である気がしますから。

P「僕としてもそう言ってもらえて嬉しいです。
 ○○さんの番組のほう、なんとかかけあってみます」

あずさ「ありがとうございます、プロデューサーさん」

 今だってそうです。プロデューサーさんは私のわがままを聞くかどうかではなく、
内容について悩んでくれていました。

律子「あずささーん、そろそろスタジオに向かう時間です」

あずさ「あらあら~」

P「今日の面談はこれで終わりですね。
 三浦さん、お仕事頑張ってきてください」

あずさ「はい、プロデューサーさんも体には気をつけてくださいね」

 だから私は頑張ろうと思います。

 アイドルを続けることで私の運命の人は現れるかわからないけど、
私の運命をサポートしてくれる二人に恩返しがしたいですから。

千早「……次は?」

P「へっ?」

千早「次はなんですか? ……その、プロデューサーはまずと言ったので……」

 まずというからには続きもあるはずで、私はそれを聞きたかった。
 さきほどまでプロデューサーを見くびっていた私は現金なのだろう。
 でも、歌に対して少しでもプラスになるのなら、私は貪欲でいたい。

P「そうだね、じゃあ次は……と言っても、今は後これだけしか思い浮かばないんだけど、
 これは一視聴者としての意見として聞いてほしい。
 如月さんの歌って難しいと僕は思うんだ」

千早「難しい……ですか?」

 歌にずっと力を注いできた私は、自分の歌に対しての評価をたくさん聞いてきた。
 それは賛辞を受けたことも多かったけど、もちろん批判もなかったわけではない。
 でも、今まで私の歌が難しいと批評を受けたことは初めてのことだった。

P「如月さんは、歌うときにでどういうことを気をつけているか教えてくれないかな?
 あっ! 技術的なことは除いて言ってくれると助かるんだけど……」

千早「それはえっと……そうですね、曲のイメージを崩さないように……でしょうか。
  歌、一曲一曲の歌詞や音程に作曲者の思いがあるはずですから、
 なるべくそれを間違えることなく伝えようとは心がけています」

 私の言葉にプロデューサーは納得したように頷きました。

P「うん、如月さんの言っていることは間違いじゃない。
 間違いじゃないけど、それじゃあ駄目だと僕は思うよ」

千早「どういう意味ですか……?」

 プロデューサーのもったいつけた言い回しをじれったく感じる。

P「如月さんはさっき自分で言ってくれたように、曲を大切にしているんだと思う。
 作曲者の意図を正確に理解して、正確にそれを伝えている。
 けど……いや、だからこそ曲のイメージをそのままで伝えすぎて、聞き手には難しいんだ。
 聞き手にも曲を理解できる能力が必要とされるから」

千早「……では、レベルを落としてでもファンがわかるように歌えと……?」

P「荒く言えばそうなるのかもしれない。
 僕としては作曲者の思いを如月さんが観客に教え説くように歌うことを心がけて欲しいんだ」

千早「……プロデューサーの言ってることはわかります。
  でもそれは、作曲者に失礼なんじゃないでしょうか?」

 たとえどんなに頑張っても私という媒介が入る以上、
完全に作曲者の思いを伝えるということは不可能で、それは私が歌うさいに絶対に避けていることだ。

P「たしかに如月さんの言う通りかもしれない。
 でも、歌手が何故アーティストと呼ばれるのか考えてほしい。

 本当にその曲について理解したいのなら、歌なんて聞かずに楽譜と歌詞だけを見ればいい。
 それなのに人が歌を聞くのは、歌手をアーティストとして呼ぶのは、
歌い手が作曲者の代弁者ではなく、曲の表現者だからじゃないかな?」

 プロデューサーの言っていることが正論に聞こえて私は何も返せなかった。
 たしかにアーティストの定義は自分の感情を表現する人達のことであって、私のように他者の代弁をする人ではない。
 私は歌手を目指しているというのに、そんなことも忘れていた。

P「作曲者の思いを十分に理解して、そこに自分の思いも上乗せして歌う。
 ……これが心を込めて歌うって言葉の意味だと僕は思う。

 だから如月さんには、如月さんの歌を望んでいる人達に、如月さんの思いを乗せて歌ってほしい。

 如月さんが歌を届けたい相手もきっとそれを望んでいるはずだから……」

 私が歌を届けたい相手、それは……

千早「……ありがとうございました」

P「へっ? あっ、いや、礼は言わなくていいよ? プロデューサーとして当たり前のことをしただけだし。
 それに結局、どちらとも具体的なアドバイスは何も言えなかったし……ごめんね」

千早「いえ、私にとって一番大事なことを思い出させていただいただけで満足です。
  後、プロデューサーに一つお願いしてもいいですか?」

 私は現金な嫌な人であるだろう。

P「な、何……?」

 でも、歌のことに関して貪欲でいたい。

千早「もし私が今日のことを忘れていたらまた思い出させていただけませんか?」

 だって私には歌を届けたい相手がいるのだから。

P「水瀬さんは今どんな仕事がしてみたいかな……?」

 久しぶりの面談。

 社長から竜宮のことを聞いて、こいつに宣戦布告して以来何かと理由をつけてやらなくて、
こいつとこうして顔を見合わせたのも懐かしい気がする。
 だけどそんな感慨にふける間もなく、私の頭の中はあることで占められていた。

 ……ど、どう言い出せば言いのかしら……?

 さっき車内で律子に言われたことを思い返す。

 別に私はプロデューサーを避けているつもりなんて少しも……少しはあったかもしれないけど、
私が謝ることなんて少しも……少しはあったかもしれない。

 こ、これは……そう! しかたないことなのよ!

 私としては別にプロデューサーとはこのままでもいいけど、
それだと体面的に良くないし、いつまでも律子に小言を言われるのはしゃくだ。

 し、しかたないわね、伊織ちゃんが直々に謝ってやろうじゃない。

 ここは一つ私が大人な対応をしようと思い、言葉を出そうとする。
 だけど、

 ……なんて言って謝ろうかしら……

 肝心な謝罪の言葉が見つからなかった。

 それに今の状況からいきなり謝ったところでこいつにはなんのことだかわからない……今の状況……?

P「み、水瀬さん……?」

伊織「ひ、ひゃい!?」

 すっかり別のことを考えていた私はプロデューサーの声で一気に現在に引き戻される。
 そのさいに声が裏返ってしまったことは顔の熱さを感じられるほど恥ずかしかった。

P「えっと……、水瀬さんが今してみたい仕事を聞きたいんだけど……」

伊織「わ、わかってるわよ! だから今考えてるじゃない!」

P「ご、ごめん……」

 思わずまったくの嘘を言ってしまったことに後悔しつつも、
思考を切り替えて自分のしたい仕事について考えてみる。

 でも、今の私は竜宮小町もソロでの活動もそれなりに満足していて、
これといった不満もなく、またとりわけにやりたい仕事というのもなかった。

伊織「……どうなのよ?」

P「……へっ?」

伊織「あ、あんたはどうなのよ? 私にさせてみたい仕事ってないわけ?
  あんただって一応、私のプロデュースをしているんでしょ……?」

 思いつきそうもなかったので、結局私はそう言って逃げてしまった。

P「……そうだね、僕としてはこれというのはない……
 いや、むしろ全部やってほしいと思っているよ」

伊織「ぜ、全部ってどういう意味よ。無茶苦茶じゃない」

 今でさえ、けっこうきつくて、最近疲れが溜まっているというのに、
プロデュースが真顔でそう言ってきたから驚かずにはいられなかった。

P「全部って言うのは言い方が悪かっね、ごめん。
 僕としては、いろんな仕事をしてほしいって言いたかったんだ」

伊織「それはまあ、わかったけど……」

 いろいろな仕事を経験することが大事だということは私もわかっていたから、否定をするつもりはない。

 けど以前、春香や千早は面談の後嬉しそうにしていたから何かあるんじゃないかと思っていたけど、
案外普通だと思った。

P「自分の武器をわかっている三浦さんや如月さん、特殊な個性を持っている菊地さんはともかく、
 水瀬さん、高槻さん、双海さんたちと星井さんを含めた中学生の皆にはこれから仕事をしていくうえで自分の武器を見つけていってほしい」

伊織「真美や亜美はなんとなくわかるけど、美希もなの?」

 あまり認めたくないけど美希は天才だ。
 たいていのことならたいして練習もしていないのにこなしてみせるし、
やる気を出せば振り付けを一回見ただけで覚えるくらいの集中力を持っている。
 歌は千早、踊りは真や響、アイドルとしての華は貴音のほうがそれぞれでは勝っているし、協調性もあまりないけど、
個人の総合力でいったら765プロでの一番は間違いなく美希である。

 それにどういうわけか最近は美希がやる気を出しはじめていて、
相変わらずすぐ寝る癖は直っていないが、レッスンをサボることは少なくなっていた。

P「たしかに星井さんはなんでもうまくこなせるからすでに武器を持っていると錯覚しちゃうかもしれない。
 けど、今の彼女はまだ道具がうまく使える状態で、自分の武器というわけではない。
 そういう点では星井さんと水瀬さんは似ていると思うよ」

伊織「私と美希が……?」

 美希と私は正反対とまではいかなくても、似ていると言われるような関係ではないと思っていた。

P「うん、水瀬さんは客観的な自己分析、星井さんは感覚という違いはあるだろうけど、
二人とも自分の魅力に気づいていて、さらにそれを活かす方法も二人は知ってる。
 そして、でも二人ともまだ自分の武器を見つけきれていないというところが似ているんだよ」

 プロデューサーの説明に妙に納得している自分がいて、そういえばそうだと思える。

P「仕事をこなしていくうちに自分の武器が見つかると思うし、これから成長していくにつれて新しい魅力が生まれるかもしれない。
 その時のためにも今は可能性を狭めず、いろんな仕事をやっていってほしいんだ」

伊織「あんたの言いたいことはわかったわ。納得もした。
  ……でも具体的にはどうすればいいわけ?
  私は今のまま、竜宮で活動続ければいいのかしら?」

 現在の時点でそれなりに幅広く活動していると思う。
 竜宮での活動がメインだから演劇関係の仕事はあまりないけど、それでもたいていの仕事は経験している。

P「そうだね、秋月さんも僕と同じように考えてプロデュースしてくれているから、
 今のままこなしていければ問題ないとは思う。
 ……でも、僕個人の考えとして、そろそろ水瀬さんに少し変化を持たせてもいいと思うんだ」

伊織「変化って……?」

P「今のイメージを保ちながら、新しい魅力をみせるってことかな」

伊織「それって難しくない?」

 ただ変えるだけなら話は楽だ。話し方を変えたり、突飛的な服やメイクにすればとりあえずは変われる。
 だけどそれは一般的に、変化というよりもキャラ崩壊と呼ばれるもので、こいつが言う変化がそういうことではないということはさすがにわかる。

P「たしかに難しいかもしれない。
 でも765プロの中で実際にそれをやりはじめている人もいるよ」

伊織「誰……?」

P「天海さんだよ」

伊織「……私にドジっ子になれって言うつもり?」

 たしかにドジっ子ならイメージを保ちつつ変化を見せられるかもしれない。
 しかし私には春香レベルのドジを身につけられる自信なんてなかった。

P「違うよ。
 天海さんはあくまで例であって、それを水瀬さんに強制するつもりはない」

P「それに、天海さんは元々ドジっ子として知られているからドジを変化とはいえない。
 天海さんの変化というのは毒舌のことだだよ」

伊織「毒舌って……」

 そういえばラジオなどのトーク番組で春香はたまにぼそっと黒い発言をする。

 でも、

伊織「それってイメージ崩れてないかしら?」

 こいつが言ったことと反する気がする。
 私だってそうだ。最初は本当に春香がドジだと思っていたけど、
春香と過ごしているうちにわざとじゃないかと思いはじめた。
 というか、あれだけ転んで怪我を負わないのはわざととしか思えない。

P「いや、そう思えるかもしれないけど実はそうでもない

 たしかに天海さんが黒いところを見せていくうちに彼女のドジがわざとではないかと疑う人もいる」

P「でもドジなキャラがわざとかどうか疑われるのは日頃からだし、
結局のところ、彼女がドジなキャラということに変わりなく、ファンにそれが受け入れている。

 だから水瀬さんにもそういう変化を持ってほしい。
 今の水瀬さんはその……少しおしとやか過ぎると思うから」

伊織「素直に猫かぶってるって言いなさいよ」

P「それは、その……ごめん。
 でも普段の水瀬さんもすごく魅力的だと思うよ」

伊織「ば、馬鹿じゃないの!
  このスーパーアイドル水瀬伊織ちゃんが可愛いのは当たり前でしょ!」

 怒ったふりをして顔をそっぽに向けたけど、心の中では喜んでいる自分がいた。

 765プロの皆は全くというわけではないにしろ、基本的に素の自分で仕事に当たっているのにたいして、
私は唯一テレビ用の顔をつくっている。

 私はそれを当然だと思っていたし、実際に共演したアイドルで私と同じ境遇な人は多く、
765プロがアイドルを自由にさせすぎているとは理解している。

 それでも内心では本当の自分で仕事に当たれて、そして認めてもらえている皆が羨ましかった。

 だけど最初に自分を偽ってしまった私は、変なプライドが邪魔したし、
もし素の私が受け入れられなかったらどうしようかと怖くて何もできなかった。

 だからこいつにそう言ってもらえて少しだけ救われた気がした。

P「そうだね。
 それで水瀬さんに合う変化として、
これから小悪魔的を見せていくのはどうかな?」

伊織「小悪魔ねえ……」

 勧められたけど、私にはあまりぴんとこなかった。
 小悪魔って言われるとあずさみたいに色香で人を惑わすようなイメージがあって、
私では……「今は」まだ「成長途中」の私ではあまり合わない気がする。

P「小悪魔的な要素は何も容姿だけで決まるものじゃないよ。
 仕草や表情、言動のそのもので人を魅了することだってできる」

 私の考えていることがわかったのか、プロデューサーは付け加えた。

P「天海さんが毒のあるアイドルとしたら、水瀬さんは棘のあるアイドルっていった感じかな?
 言動に少しの小生意気さを付ければきっともっと良くなるよ」

 仕事の話になると饒舌になるのか、いつもの私に怯えているプロデューサーの姿はなかった。

P「もちろん水瀬さんが違う変化がいいならそっち優先でいいし、
プロデューサーの秋月さんとも相談するべきだと思う。
 急がなくていいから、これから水瀬さんは自分に合う変化を考えてみてくれないかな?」

伊織「わかったわ……」

 結局私は一人相撲していただけなのだろう。
 勝手にこいつが自分のことを嫌っていると思い込んでいて、
私もこいつのことを嫌おうとしていた。
 相手に嫌いと言われても傷つかない一番の方法は、自分も相手のことを嫌いだと思っていることだから。

 でも違った。
 プロデューサーは私のことを嫌ってなんかいない、むしろ見守っていてくれたのだ。
 そうでなければこんなふうにアドバイスをくれることはない。

P「僕からの話としては以上で終わりなんだけど、水瀬さんは他に何かある……?」

 今なら謝れる気がした。

伊織「……なさい」

P「……へっ?」

伊織「ごめんなさいって言ったの! 一回で聞きなさいよ!」

P「ご、ごめん……」

伊織「まったく、あんたって……あっ…」

 縮こまったプロデューサーを見て自分の失態に気づく。

 ……なんで謝る私がきれてるのよ……

伊織「い、今のは無し! わかった!?」

P「う、うん……」

 かなり強引に状態を元に戻そうとする。
 もちろん狙い通りにいくはずはなく気まずい空気が場に漂っていたけど、もうこのまま言うしかない。

伊織「えっと……その…っ、前にあんたのことをプロデューサーとして認めないって言って……ごめんなさい」

 言い終わってから頭を下げる。
 それは謝罪だから自然にというより、こいつの顔を見るのが怖かったからだ。
 こいつが誰かを怒ることはないとわかっていても、怖いものは怖かった。

P「……ああ、あの日の件は別に気にしてないよ。
 あの日、菊地さんから事情は聞いたし、その……僕のほうもごめん」

伊織「なんであんたが謝るのよ」

 反射的に顔を上げる。
 やっぱりプロデューサーは怒っておらず、むしろ申し訳なさそうにしていた。

P「僕のせいで変な噂たって、水瀬さんたちに嫌な思いをさせちゃったから……」

伊織「別に気にしてないわよ。
それに……その、私のあんたへの態度も悪かったと思うし」

 ちなみに私たちがこいつを虐めているという噂は、
芸能界の日々の噂の多さと、アイドル以外のスタッフなどにはプロデューサーの事情は知られていたことによって、すぐに消えた。

P「いや、僕が悪いんだよ、僕がもっとしっかりしていれば……」

 何かに取り付かれたようにつぶやくこいつに、
私は何かを言うべきだったのかもしれない。

伊織「……あんたってどうしてプロデューサーになったの……?」

 でも、今までこいつから逃げてきた私にはなんて言えば良いのかわからず、
そう言ってごまかすしかなかった。

P「……僕がプロデューサーになった理由、そうだね……」

 幸いうまくいったようで、こっそり心の中で安堵する。

伊織「……自分を変えたいという理由なのかしら……?」

 雪歩と同じ異性恐怖症ということから、安直ながらそう予想した。

P「ああ、それは萩原さんの理由だよね……?
 そうだね、似てるといえば似てるかもしれないけどちょっと違う。
 僕は羨ましかったんだ……」

 羨ましかった。

 そう言ったこいつに、私はその羨む対象がアイドルなのかと思った。
 本当はアイドルになりたかったけど、アイドルになれなかったから、
代わりにプロデューサーになったのかと。

 でも、なんとなくそれは違うと思った。
 アイドルに対して羨む程度なら、わざわざプロデューサーになったりしないだろう。
 それにプロデューサーという職はアイドルになれなかったから、
じゃあ代わりにと言えるほどたやすいもののはずはないし、
こいつならなおさらだ。
 女性恐怖症なのに、営業やコミュニケーションなど人付き合いが基本のこの職に就くはずがない。

伊織「あんた、それってどうい……」

美希「ただいま帰ったの!」

 私の言葉を遮るように美希が元気良く帰ってきた。

美希「あれ? デコちゃんがプロデューサーと面談してるの。珍しいの!
  これは明日雨でも降っちゃうのかな? なんて、あはっ!」

伊織「デコちゃん言うな!
  ていうか、あんた今日仕事あったはずでしょ? 早すぎない?
  まさか……」

 美希は気分が乗らないとレッスンや仕事でも休むことがある
ということを知っている私は、嫌な予感を感じ焦って問い詰める。
 私はプロデューサーではないけれど、皆がちゃんとやっているのか気になってしまう。
 そのことを律子に言ったら、リーダー体質と言われたことがあった。

美希「違うよ。
  美希がちょっと頑張ったら、カメラマンの人が一発でOKくれたの。
  つまり、美希の実力ってことなの!
  そのうち、美希一人で竜宮小町を追い抜いちゃうの、あはっ!」

 生意気にそう言った美希だけど、それを生意気で終わらせないほど最近の美希頑張っていた。
 元々才能はあるということは知っていたけど、正直やる気を出すだけでここまでになるとは思っていなかった。
 竜宮以外は細かい仕事が多いので人気はあまりでていなかったけど、
もし何か大きな仕事が成功したとき一番に名前が売れるのは美希かもしれない。

美希「デコちゃんもプロデューサーももう面談しないなら早くどいてほしいな。
  美希、今日は頑張ったからもう眠らせてほしいの。あふぅ」

 美希は私の返事を待たずして隣に寝そべる。

伊織「あんたねえ! ってもう寝てるし……」

 あまりのわがままぶりに、怒りを通り越して呆れてしまう。

P「あはは……、今日のところはここまでにしようか。
 水瀬さん、僕が今日言ったこと考えてみてね。
 急ぐ必要はないし、相談にものるから」

伊織「……わかったわ。
  あんたも私のプロデューサーならしっかりしなさいよね」

 いまさらさっき言いかけたことをまた言う気にはなれなかった。

P「うん、よろしくね」

伊織「にひひっ、いい返事じゃない」

 こうして私とプロデューサーの仲直り? は成功した。

雪歩「はぁ、はぁ……」

真「ゆ、雪歩、大丈夫……?」

P「雪歩ちゃん……無理はしなくていいんだよ……?」

 真ちゃんとプロデューサーが心配そうに私を見てきます。
 本当ならその言葉に甘えて今すぐこんなことをやめたいです。でも、

雪歩「だ、大丈夫……、大丈夫ですから、プロデューサー……
  も、もう一回お願いしますぅ!」

 変わると決めたから、頑張るって約束したから。
 この二人の前で逃げ出すわけにはいきません。

P「……わかったよ。
 真さん、雪歩ちゃんをよろしく」

真「はい。……雪歩、いくよ……!」

雪歩「う、うん……!」

 真ちゃんが私の服を掴む力が強くなります。
 そして私も同じように真ちゃんの服を掴む力を強くして覚悟を決めました。

P「……3」

真「…2」

雪歩「い、1!」

 再び、プロデューサーがそれをそっとテーブルの上に置きました。

雪歩「…………」

真「……」

P「……」

雪歩「…………」

真「……ゆ、雪歩……?」

P「……雪歩ちゃん……?」

雪歩「……」

真「……やった……?」

P「……!」

雪歩「……」

真「……や、やった……やりましたよ! プロデューサー!」

P「……いや、真さん、雪歩ちゃんの様子をよく確かめてほしい」

雪歩「……」

真「……えっ!?
 そ、そんな……ま、まさか……!」

雪歩「……」

P「そう、雪歩ちゃんは……」

雪歩「……」

P「……すでに、気絶している」

雪歩「……」

真「ゆ、雪歩ーー!!」

P「雪歩ちゃん、今度の仕事の話なんだけど……覚えてる?」

 ある日、レッスン終わりの私にプロデューサーが話しかけてきました。

雪歩「はい、たしか写真のCM撮影……ですよね?」

 この前の春香ちゃんと一緒に出たやつが、なかなか良い評価をいただけて、
私は再びCMから、春香ちゃんはバラエティー番組へのオファーをもらっていました。

P「うん、そのことなんだけど……」

 言おうとしているんだけど言いづらそうにするプロデューサー。
 私の中で不安が募ります。

雪歩「も、もしかして私、何かしましたか?」

 不安が募るとどうしても悪い方向に考えてしまい、
もしかして私がだめだめだから、仕事がなくなったという考えが頭をよぎりました。

P「あっ! いや、そんなことはないんだけど……雪歩ちゃんって犬が苦手だよね?」

雪歩「は、はい……」

 たしかに犬は大の苦手ですが、どうして急に犬が出てくるのでしょうか?

 そう考えていると、プロデューサーはおもむろに口を開きました。

P「……実はその撮影で犬が出てくるらしいんだけど」

 ああ、そういうことだったんですね。それなら言いづらそうにしていたのも、犬が出てきたのも納得ですぅ……って、……あれ?

雪歩「犬?」

P「うん、犬。」

雪歩「い、犬ですか? 聞き間違いや、勘違いじゃなく、あの……」

P「うん、間違いなくあの動物の犬。……で、でもね雪歩ちゃん」

雪歩「む、む……」

P「あの……萩原さん……?」

雪歩「無理ですぅー!
  私なんて、穴掘って埋まってますーーー!!」

P「は、萩原さん落ち着いて! ここで穴を掘るのはだめだからーっ!」

真「ゆ、雪歩ー!?」

 私の叫びを聞いて来てくれた真ちゃんが、穴を掘ろうとしていた私をおさえてくれたので、
なんとかレッスンスタジオに穴が空くことはありませんでした。

雪歩「う、うぅ……ん」

真「あ、雪歩気がついた……?」

 いつの間に眠っていたのか、私が目を開けると事務所の天井と真ちゃんの顔が見えました。
 体の感触からして私は今ソファーにいるんだと思います。

 えへへ、やっぱり真ちゃんはかっこいいなあ……

 下から見上げて見る真ちゃんの顔はとても凛々しくて、このまま時が止まったらいいのになーなんて思っちゃいます。

真「大丈夫?」

雪歩「うん、ばっちり! 今日も真ちゃんはかっこいいよ!」

真「いや、僕のことどうでもいいんだけど……」

雪歩「どうでもよくなんてないよぉ!
  真ちゃんに何かあったら私…、私……」

真「……そういう意味じゃないんだけど……
 まあいいや、その様子だと大丈夫……だよね……?」

 真ちゃんが対面のソファーに座ったから、私はさっきの光景を名残惜しみつつも身体を起こしました。

真「雪歩、覚えてる……?」

雪歩「……何のこと? あっ……」

 真ちゃんがテーブルの上にある物を近づけると、私は全てを思い出しました。

雪歩「……そっか、私、気絶してたんだね」

 テーブルの上に置かれてあるのは一枚の裏返された写真。
 裏返されているのは、さっき私がそれを見て気絶したからでしょう。

 だって写真に写っているのは、私の苦手とする犬ですから。

真「プロデューサー! 雪歩、起きましたー」

P「ありがとう。それと、真さんもそろそろ出発の時間だけど、準備できた?」

 私が気絶している間、プロデューサーは仕事に戻っていたみたいでした。

真「はい、もうばっちりですよ!
 今日はプロデューサーが送ってくれるんですよね?」

P「うん、こっちも大丈夫だからそろそろいこうか」

真「はい!
 じゃあ雪歩、僕は今から仕事だけど、特訓頑張って。
 僕もまた手伝うからさ」

雪歩「うん。真ちゃんも頑張ってね」

 仕事に行ったプロデューサーと真ちゃんを見送った後、気合いを入れ直します。

 私も頑張らないと!

響「はいさーい! 次は自分が雪歩を手伝うぞー!」

雪歩「よろしくね、響ちゃん」

 真ちゃんとプロデューサーがいない後も特訓は続けます。
 ただ私一人での特訓は難しいから、今度は響ちゃんに手伝ってもらうことにしました。

響「それじゃあ、いっくぞー!」

雪歩「ちょ、ちょっと待って響ちゃん!」

 すぐに写真をひっくり返そう響ちゃんの手を慌てて押さえました。

響「うわ! い、いきなり何するんだ!」

雪歩「ごめん、響ちゃん。でも、ちょっとだけ待ってもらってもいいかな?」

響「うん、いいけど……」

 さすがに心の準備なしでは難しいから、私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせました。

雪歩「……うん、いいよ」

響「わかった、いくよ……!」

響「……3!」

雪歩「…に、2」

響「1!」

 響ちゃんが写真をひっくり返しました。

雪歩「…………も、」

響「も……?」

雪歩「……も、もう無理ですぅ……」

 私が何とか声を出すと、響ちゃんが写真をを裏返してくれて特訓は終わりです。
 なんとか気絶をせずにすみました。

千早「一分十二秒……萩原さん、今日の最長記録よ。おめでとう」

 千早ちゃんは特訓を始めて数回した後に事務所に戻ってきて、
特別の手伝いとして私が写真を見ている時間を計測してくれていました。

雪歩「……ぁ、ありがとうございますぅ……」

 本当はもっとしっかりお礼を言いたかったけど、精神力を使い果たした私にはこれが精一杯です。

響「雪歩、やったぞー。この調子でいけば、撮影まで間に合うさー」

雪歩「響ちゃんもありがとう」

 自分のことのように喜んでくれる響ちゃんに励まされて、少しだけ元気が戻りました。

千早「……それにしても萩原さんも大変ね。
  CMで、犬の写真を持ってないといけないなんて」

 結局、プロデューサーの犬が出てくる発言の真相は、撮影中私が犬の写った写真を持っているということでした。

雪歩「うん、でも仕事だから……」

 実物に会うのと比べるとまだましだけど、写真に写った犬にすら恐怖を覚える私にはこうやって特訓をして少しずつ慣れていくしかありません。

千早「そうね、仕事……だものね。
  我那覇さんは家で動物を飼っているのよね? 何か萩原さんにアドバイスができないかしら?」

響「えっ……じ、自分がか!?
 ……うーん、たしかに自分はハム蔵やイヌ美たちと一緒に暮らしているし、
喧嘩だって時々して嫌いになることはあるけど、雪歩みたいに怖がる嫌い方をしたことないからなー
 正直、自分には犬を怖がる雪歩の気持ちわからないさー」

雪歩「うう、そうだよね。だめだめな私の気持ちなんて……」

響「い、いや、今のはそういう意味で言ったわけじゃないぞ!?
 あっ! そうだ! どうして雪歩は犬が苦手なんだ?
 それがわかれば自分もアドバイスできると思うぞ!」

雪歩「私が犬嫌いな理由……」

 基本、犬や男の人に怯えていただけの私に響ちゃんの言葉は盲点をついていました。
 たしかに嫌いの理由を考えて、それを克服できれば根本的に治すことができるでしょう。
 私は改めて自分の恐怖の原因について考えてみます。
 だけど、

雪歩「……わからない」

響「わからない……?」

千早「……嫌っている理由がわからないということかしら?」

雪歩「ううん、違うの。
  わからないから、嫌いなんだと思う」

 その原因がどうしようもないとわかったとき、私は無理だと思ってしまいました。

雪歩「響ちゃんと千早ちゃんは幽霊って好き? それとも嫌い?」

 考えをそのまま言葉にするのが難しくて、遠回りで伝えることになってしまいます。

響「……自分は貴音ほどじゃないけど、幽霊とかあんまり好きじゃないぞ」

千早「……私は幽霊とかそこまで信じてないから、好きとか嫌いとか考えたことないけど、
 ……そうね、我那覇さんと同じで好意的印象は持っていないわ」

 急な話題転換だけど二人とも答えてくれました。

雪歩「そうだよね、私も幽霊は好きじゃない。
  でも、幽霊を好きじゃない理由って言える?」

響「えっ、それは……」

千早「……できないわね。
  好きな理由はないけど、嫌いな理由もない。
  だけど幽霊には良い印象を持てない……」

 千早ちゃんは私の言おうとしていることに気づいたのかな?

雪歩「だよね、説明できないよね。
  だって私たちは説明できるほど幽霊のことについて知らないから。
  知らない、わからないからこその恐怖。幽霊の怖さってそういうものなんじゃないかな?」

 全ての人がそうとは思わないけど、幽霊が怖いってこういうことだと思っています。

雪歩「そして私にとって幽霊と犬は同じようなものなんだと思う。
  私は犬を嫌いになるほど犬のことを知らない。でも怖い。
  そういうどうしようもないものがあって、私は幽霊も犬も好きになれないんだと思う」

 今言ったことは私が男の人に対して思っていることにも当てはまる。

 私は怖い。幽霊や犬、男の人が。
 でも一番に怖いのは自分が知らないことやわからないものだ。
 理解できないのは怖い事だし、理解できないものを許容することは恐ろしい。

 そしてそれを理解しようとしても、それは私の知っている世界を壊すことになるかもしれない。
 もし私の世界が壊れてしまったら、私は私のままでいられないだろう。だから、私は……

千早「……」

響「……それは間違っていると思うぞ」

雪歩「……えっ!?」

千早「……!」

 俯きながら、声を絞り出した響ちゃんに、私と千早ちゃんが驚きながら視線を向けました。

響「……自分、難しいことはよくわからないし、幽霊好きじゃないから偉そうなことはいえない。
 それに雪歩が言った幽霊は例えだってわかってる。

 ……でも、雪歩の言ってることは間違ってる……と思う。
 幽霊と犬を同じ扱いにしてほしくないぞ」

 顔を上げた響ちゃんはまだ迷いながらもしっかりとした目で私を見つめてきます。

雪歩「動物を飼っている響ちゃんには私の気持ちなんてわからないよ……」

 響ちゃんの言葉に、私は私が信じている世界が壊されるように感じて、言い返しました。
 だけど、

響「違う。自分が犬美たちと暮らしているのは関係ない。
 それに自分にも雪歩の気持ちは少しはわかると思う。
 だって自分も昔、雪歩と同じだったから……」

 少し恥じらいながら響ちゃんは続けます。

響「自分、昔から動物を好きだったわけじゃないんだ。
 小さい頃は見ることはできたけど、触れることにはまだ抵抗があって、大きい動物は怖くて触れなかった。
 そんなときなんだ、ハム蔵に会ったのは」

響「にぃにが怪我したハムスターを連れて帰ってきてそれがハム蔵でさ、
 治療した後ハム蔵を家のほうで飼うことにしたんだけど、自分はなかなかハム蔵と仲良くなれなかった。
 ていうのも治療が終わった後、触ろうとしたらさハム蔵に噛まれてそれがトラウマになっちゃって……」

 響ちゃんの頭に乗っていたハム蔵が肩のほうにおりてきました。

ハム蔵「ヂュイヂュイ」

響「ああ! もうその件についてはとっくに許してるから大丈夫さー!
 ……でも、当時はそれが原因で他の動物も怖かった。そしたらにぃにに言われたんだ『動物の気持ちを考えてやれ』って」

響「自分が動物に対して怖いって思っていると、動物はそれと同じ……いや、それ以上に怖いって思うんだぞ。
 だって人間のほうが体が大きいし、動物たちはいきなり見知らないところに来たんだから当然のことさ。
 もしも自分が動物たちと同じような状況になったとき、
そんなとき自分ならどうされたいのか、どうされれば恐怖はなくなるのか、
それを考えて行動してやれってにぃにに言われて、
 それからなんだ、自分がハム蔵や犬美たちと仲良くなっていくことができたのは」

 私は今まで響はもとから動物が好きだったんだろうと勘違いしていただけに、
響ちゃんの話に驚くと同時に私の心の弱さをぐさりと刺された気がしました。

響「幽霊はいるかもしれないし、心もあるかもしれない。
 でも、犬たちは『かもしれない』じゃなくて本当にあるんだ。
 見えるし、聞こえるし、感じられる。本当にそこにいるし、たしかに心だってある。

 だから……だから自分は幽霊と犬を同じにして、
好きになれないなんて雪歩に言ってほしくない。

 相手がいるなら必ずわかりあえることができるはずだから……」

雪歩「……できるのかな、私に……」

 響ちゃんの言ったこと全てを認めたわけではなかったけど、
気がつけば言葉が自然に出ていました。

響「なんくるないさー!
 自分、最近の雪歩なら頑張っているからできると思うぞ。
 千早もそう思うよね?」

千早「……」

 声がかかったけれど、千早ちゃんは思案顔で何か悩んでいるようでした。

響「千早……?」

千早「え、あっ! ……え、ええ、そうね。
  私も我那覇さんと同じで今の萩原さんなら大丈夫だと思うわ」

 どこか取り繕ったように言った千早ちゃんだったけど、嘘は感じられません。

雪歩「二人共、ありがとう……」

 二人がそう言ってくれるのは嬉しかった反面、期待されることに慣れていない私は多少の重圧を感じます。

 すると、響ちゃんが近づいてきて笑顔を見せました。

響「雪歩、なんくるないさー!」

雪歩「……なんくる…ないさー……?」

 そういえばさっきも言ってたけど、これってどういう意味なんだろう。

響「うん、『なんくるないさ』は沖縄の方言で、『なんとかなる』って意味なんだ。
 自分いろいろ偉そうに言ったけどまだまだこれからだし、
雪歩もそんなに気負わなくても、この言葉のように自分のペースでやっていったらいいと思うぞ。」

雪歩「……なんくる、ないさ」

 意味を確かめるように復唱すると、
聞き慣れない言葉はずだけど、どこか温かみを感じました。

雪歩「……うん。
  響ちゃん、千早ちゃん、私、頑張るね」

響「自分も雪歩に負けるつもりないさー!」

千早「ええ、頑張りましょう。お互いに」

雪歩「……なんくるない、なんくるない」

 ……落ち着ついて、落ち着ついて。

真美「いっけ→ゆきぴょーん!」

真「頑張れ、雪歩!
 今回ならいけるよ!」

雪歩「……な、なんくるない、なんくるない……」

 平常心、平常心。

真美「そっこだ→!」

真「後少しだよ雪歩!」

雪歩「……なんくるない、なんくるない……!」

 後ちょっと……い、いける……!

真美「……あっ、犬美だ」

雪歩「ひぃっ!?」

真「あっ」

真美「あぁ……」

雪歩「えっ? ……あっ!」

真美「……特訓、なかなかうまくいかないね」

 撮影まで一週間をきったある日、私の特訓はまだ続いていました。
 でもまったく進歩がなかったわけではありません。
 犬の写真を見ることにはだいぶ慣れることができ、特訓は次の段階へと進んでいました。

真「今のは真美が悪いじゃないか。後ちょっとで触れたのにさ」

 次の特訓は写真に写っている犬に触ること。

 撮影で持つ写真立てなどの額縁に入っているから直接触れる必要はありません。
 だけど、本番での緊張とかも含めて写真の犬に触れる程度の準備はしておくことに決まりました。

真美「えー、真美はゆきぴょんに言われた通り、時間になったから驚かしただけだYO→」

真「だからって犬美を出したら驚くよりも怖がるじゃないか」

 今日のお手伝いしてくれているのは真ちゃんと真美ちゃん。

 真ちゃんには私を支えてもらうように、真美ちゃんには一定時間がたつと私を驚かしてもらうようにお願いしました。

真美「そんなこと言われても、真美のほうだって大変なんだよ?
  あまり過激なことはできないし、同じネタを使うわけにもいかないからねー」

 驚かしてもらうのは、触るまで時間をかけすぎないように自分を奮い立たせるため。
 それと撮影中に不測なことが起こっても大丈夫なようにということだったんですけど、
私が何回もしている間に思った以上に真美ちゃんの負担になっていたみたいです。

真「それはわかってる、けど……」

真美「相変わらずまこちんはゆきぴょんに対して過保護ですなー
  そんなんじゃ、王子様というよりお父さんって感じだYO→」

真「なんだとー」

雪歩「真ちゃん」

 二人の空気が怪しくなったのを感じ取って私は真ちゃんに声をかけました。

真「雪歩……何?」

雪歩「真ちゃんが私を心配してくれるのは嬉しいけど、
 真美ちゃんだって私のために手伝ってくれているんだし、
 それに私からお願いしたことだから、真美ちゃんを怒らないであげて」

真「……うん」

 765プロは皆、仲が良いですが、たまに小さな喧嘩をすることもあります。
 喧嘩そのものは否定しませんし、喧嘩することでお互いわかりあえることもあるでしょう。
 でも、私が原因で喧嘩なんて二人にはしてほしくありません。

雪歩「真美ちゃんごめんね。
  でももうちょっとつきあってもらってもいいかな? 私、頑張るから。

  それと、真ちゃんはお父さんなんかじゃないよ。
  だってこんなにかっこよくて可愛いもん。
  だから真ちゃんに謝って、ね?」

真美「う、うん……まこちん、ごめんなさい」

 真美ちゃんのほうも悪いと思っていたのか、素直に謝ります。

真「い、いや……ボクのほうもごめん……」

 真ちゃんもすぐに謝ってこの場はおさまりました。

 このあとも特訓は続きました。
 始めは多少の気まずさはあったけど、じょじょにいつもの二人に戻っていったようです。

 けど私のほうは結局、この日も写真の犬に触ることは叶いませんでした。

雪歩「ふう……」

 ある日の仕事帰り、私は事務所から駅に行くまでの道のりを一人歩いていました。
 いつもなら律子さんやプロデューサーに送ってもらうか、タクシーで帰るのですが、
今日は時間帯的にも早く、まだ日が出ているので歩くことに決めました。

雪歩「後、三日……」

 撮影日は三日後に迫っていましたがこの日も特訓は失敗してしまっていて、
未だに犬の写真を触ることはできていません。

雪歩「なんくる…ないさ……」

 響ちゃんは自分のペースで頑張ればいいと言ってくれたけど、
だからといって仕事に間に合わなければプロとしては失格でしょう。
 プロデューサーは私の持つ写真の被写体を変えるように向こうに打診しようかと言ってくれましたが、
生意気にもその手は使いたくなかった私はもう少しだけ待ってもらえるようにお願いしました。
 だって、ここで逃げたら真ちゃんやプロデューサーにした約束が果たせない気がしたから。

 でも時間は無情に過ぎていき、私に残された時間はわずかしかありません。

雪歩「やっぱり、私なんて……」

 公園に街頭が灯り始め、それをぼんやり眺めながら通り過ぎていると、

「ぽ、ぽえー!」

 公園から謎の声が聞こえました。

雪歩「な、なに……!?」

 聞こえた声は悲鳴にも聞こえ、思わず体をこわばらせながら声のもとを探ると、
地面でなにやら黒く蠢いているものを見つけました。

雪歩「ひぃ……
   あ、あれは……カラス……?」

 見つけた黒い塊に悲鳴をあげながらよく観察してみると、どうやらその正体は数羽のカラスだったようです。

雪歩「どうして……?」

 さっきの声からして、あの鳴き方はあきらかにカラスのものではありません。
 それに、カラスが地面で集団をつくっているのは変です。
 そう思ってよくそのカラスたちがいるところを観察してみると、
なにやら光るものとちっちゃな手足が見えました。

雪歩「あれは……ゆきぽ……?」

 カラスたちの合間からゆきぽと呼ばれるぷちますという種族の中の一体が見えました。
 ぷちますとは最近になって現れた生物でその生態系やどこから来たのかはいっさいの謎、
ただ何故かその姿形が765プロのアイドルに似ている不思議な生き物です。

ゆきぽ「ぽ、ぽー!」

 どうやらゆきぽがカラスたちの標的になっているみたいで、カラスの集団の中苦しそうにもがいていました。

雪歩「ど、どうしたら……」

 助けを呼ぼうにも周囲に人は見当たりませんし、ゆきぽが自力でカラスの集団から逃れるのは難しそうです。

雪歩「な、なんくるないさ……」

ゆきぽ「ぽえー、ぽえ!」

雪歩「な、なんくるう……わ、わ」

ゆきぽ「ぽ、ぱぅー……」

雪歩「悪い子は穴掘って埋めちゃいますーーーー!!」

カラス「か、カーーー!?」

 意を決してやぶれかぶれに突撃すると、驚いたカラスはどこかへ飛んで行きました。

雪歩「よ、よかったぁ……」

 振りかざしていたシャベルを置いてホッと安心します。
 私は驚かした側だったけどカラスが逃げてくれなかったら私から逃げていたでしょう。

ゆきぽ「ぽ、ぽえ……」

 視線をゆきぽに戻してみると、ゆきぽは震えながら立っていてさらに怪我までしています。

雪歩「だ、大丈夫……?」

ゆきぽ「ぽ!? ぽ、ぽー!」

 私が思わず手を伸ばすとゆきぽの背中に隠れていたものが一閃、私の手に鋭い衝撃がはしりました。

雪歩「痛っ……」

 どうやらゆきいぽが隠し持っていたのはスコップだったんですけど、
そんなことはどうでもよくて、傷つけられたことにより私はゆきぽに対して恐怖を覚えました。

雪歩(やっぱり私には動物を好きになることは……)

 けど、

ゆきぽ「ぽ、ぽー!!」

 傷つけたはずのゆきぽが声をあげ、目じりに涙をたくわえながらおたおたと慌てはじめました。

雪歩「だ、大丈夫、大丈夫だから……ね?」

 その慌てっぷりに逆に冷静になれた私は、
後からじわじわとくる痛みに耐えながらゆきぽを慰めます。

ゆきぽ「ぽ、ぽえ……?」

 ゆきぽもなんとか落ち着いたみたいで、心配そうに私を見ています。

ゆきぽ「ぽー……」

 謝りながら恐怖を感じているのか体を震わせながら頭を下げるゆきぽは私に響ちゃんの話を思い出させました。

雪歩「……病院……いこっか」

ゆきぽ「ぽー? ……ぷぃー」

 おそるおそるではありましたけど勇気を出してもう一度手を差し出すと、
ゆきぽはおずおずと私の手を握り返してくれました。

>>305
×ゆきいぽが隠し持っていた
○ゆきぽが隠し持っていた


ゆきぽ「ぷぃー……?」

雪歩「うん、もう大丈夫だよ?」

 病院帰り、治療をうけた私とゆきぽは並んで歩いていました。

ゆきぽ「ぽー……」

雪歩「平気だよ、それにね……」

ゆきぽ「ぽー?」

雪歩「おそろい、だから……ね?」

ゆきぽ「ぱぅー」

 しょんぼりとしていたゆきぽに、お互い貼ってもらったバンドエイドを見せると、
ゆきぽは恥ずかしそうにしながらも少し元気がでたようでした。

 ゆきぽと会話をしている私でしたけど、だからといってゆきぽの言っていることを理解しているわけではありません。
 仕草や声色、そして私がゆきぽだったらどう思うかを考え、それにあてはめてしゃべっているだけです。

雪歩(きっと、響ちゃんもこうやって……)

 私は今まで響ちゃんがハム蔵や犬美たちの言っていることがわかるのはハム蔵たちの言葉を理解しているからだと思っていました。
 だけど、響ちゃんの過去を聞いて、私自身こうしてゆきぽと会話することで、
たとえ言葉自体を理解していなくても意思疎通をすることはできるのだとわかりました。

ゆきぽ「ぷぃー」

 ゆきぽはさっきの公園の中にある雑木林の手前で立ち止まりました。

雪歩「……ここでお別れなんだね?」

ゆきぽ「ぽえ」

 ゆきぽは肯定しましたけど、ここで別れた後もゆきぽは移動を続けるでしょう。
 ぷちどるたちのすみかは都市伝説級の謎ですから。

 移動している間に怪我が悪化しないか心配でしたけど、お医者さんが言うにはぷちどるたちの生命力は高く、
多少の怪我ぐらいなら心配いらないと言ってくれましたからそれを信じたいと思います。

雪歩「今度は周りをよく確認して寝なくちゃだめだよ」

ゆきぽ「ぽ、ぽえ……」

 今回ゆきぽがカラスに襲われたのはスコップが原因だったみたいです。
 ゆきぽの習性としてよく眠ることが知られていますがその寝相は悪く、
寝ている間に普段隠しているスコップが露出し、光物を狙うカラスに襲われたようです。
 でも本来ならゆきぽはカラスを撃退できるほど身体能力に優れていますが、カラスの狙いがスコップである以上、
むやみに振り回せばカラスを傷つけてしまうためどうしようもなかったようです。

ゆきぽ「ぽえ」

雪歩「じゃあね……」

 ゆきぽは丁寧にお辞儀をした後、「しめじ」と書かれた段ボールを持ちながら雑木林の中に消えていき、
私も見えなくなるまで見送りました。

雪歩「ありがとう、ゆきぽ……」

 最後にゆきぽが言ったのはたぶん感謝の言葉だったと思いますけど感謝したいのは私の方でした。

 だって……

P「…………雪歩ちゃーん!」

雪歩「ひ、ひゃいっ!?」

 遠くから聞こえた呼び声に驚きながら振り返ると、プロデューサーが公園に入ってくるのが見えました。

P「……本当に見つかって良かったよ」

雪歩「うう、すいません……」

 私のもとに走ってきたプロデューサーはいったん呼吸を整えた後から事情を話してくれました。
 それによると今日は早く帰るって言ったのになかなか帰ってこない私を心配して、
お父さんが事務所に連絡をし、プロデューサーが
聞きこみながら探し回っていたそうです。

P「いや、雪歩ちゃんが無事で良かったよ。
 それより何回か連絡入れたと思うんだけど、携帯は?」

雪歩「携帯……はっ! す、すみません! 電源を切っちゃっていました」

 病院に入るときに切った携帯の電源を入れると、たしかにプロデューサーの言う通りお父さんと事務所、
プロデューサーと真ちゃんの着信履歴が表示されました。

雪歩「ど、どうしよう。真ちゃんまで……」

P「大丈夫だよ。皆心配しているだけだから。
 まず雪歩ちゃんは真さんに連絡入れなよ。僕は親御さんのほうに連絡いれるからさ」

雪歩「は、はい……」

 携帯を操作しながらちらりと覗き見たプロデューサーは汗だくで、どれほど私を探して走りまわったのかがわかります。
 だけどプロデューサーは私が何をしていたのか、なぜ怪我をしているのかは決して聞かず、
ただ私を見つけた時に怪我の具合を心配してくれました。

P「……雪歩ちゃん?」

雪歩「は、はい?」

P「ぼうってしているけど、どうかした? もしかして気分が悪い?」

雪歩「い、いえ、大丈夫ですぅ!」

 とりあえず今はこれ以上皆に心配をかけないためにもプロデューサーの言うとおりすぐに連絡して、帰るべきでしょう。

雪歩「……」

 けど、

P「ええっと、番号は……」

雪歩「……ちょ、ちょっと待ってください!」

 携帯を操作しているプロデューサーの腕を急いで掴み、通話を阻止しました。

P「ゆ、雪歩ちゃん……?」

 これ以上皆に迷惑をかけるのは気が引けるけど、今を逃したらもう無理な気がするから。

雪歩「お父さんに連絡したらたぶんすぐ帰るように言われちゃいます。

   だ、だけどその前に……私、プロデューサーに連れて行ってもらいところがあるんです!」

 私は私のために無理をお願いすることにしました。

真「……プロデューサー、あの日、雪歩に何をしたんですか?」

 ある日の収録帰り、
久しぶりにプロデューサーに送ってもらうことになったボクはずっと気になっていることを再度プロデューサーに尋ねた。

P「何をって……僕は」

真「「何もしていない」と言うのはなしですよ」

 プロデューサーの言うことを先読みしてニヤリと笑うと、プロデューサーは苦笑いを浮かべる。

真「へへっ、今日こそは聞きだしてみせますよ」

 事務所で聞いているときは何かと用事をつけて逃げられていたけど、車内なら逃げられることもない。

P「本当に何もしていないんだけどなあ……」

真「だったらどうして雪歩が急に犬の写真を触れるようになっていたんですか?」

 雪歩に連絡がつかなくて探し回っていたあの日、結局雪歩はプロデューサーが見つけてくれて一件落着に見えた。
 だけどその翌日、雪歩が今まで全く触れなかった犬の写真を躊躇わず触れるようになっていたとき驚くよりも先に呆然とした。
 収録のほうもそのまま上手くいったみたいで喜ばしいことなんだけど、
それよりもボクはどうして雪歩が変われたのか不思議に思った。

真「それにその時プロデューサーがも一緒にいたのに驚いていなかったじゃないですか」

 ボクが探偵よろしく証拠を突きつけるとプロデューサーは一瞬目を見開いた後、軽く笑う。
 
P「驚いたなあ、まさか気付かれていたなんて……」

 プロデューサーの言ったことは失礼でカチンときたけど、
実を言うと気付いたのはたまたまその場にいた律子だったから、何も言わないことにする。

真「そう言うってことはやっぱり何かしたんですね?」

P「したって言ってもたいしたことじゃないよ?」

真「そうだとしても教えてください。雪歩に何をしたんですか?」

P「したというか、なんというか……雪歩ちゃんに頼まれてペットショップに連れていったんだ」

真「ぺ、ペットショップですか!? それも雪歩からなんて……」

 自分から尋ねておきながら、プロデューサーの返答に情けなく聞き返すことしかできない。
 それほどボクにとっては雪歩からペットショップに行くなんて予想外だった。
 だってペットショップには必ずといっていいほど雪歩が苦手とする犬がいるのだから。

真「そ、それで」

P「……それで?」

真「それで雪歩に何をしたんですか? まさか連れて行っただけじゃないですよね?」

 今のボクなら何かを答えれば、たとえそれがあきらかな嘘をつかれても信じていた思う。
 だけど、

P「それだけだよ」

真「えっ……う、嘘ですよね?」

P「いや、嘘じゃない。本当に僕は連れて行っただけだから何もしていないって言ったんだ。

 そして雪歩ちゃんはペットショップに入るやいなや、一直線に犬のコーナーに行って犬に触れた。
 相手は子犬だったし、すぐに手を引っ込めたけどたしかに雪歩ちゃんは犬に触った。
 だから僕は翌日に雪歩ちゃんが写真の犬に触れても驚かなかったんだ。

 もちろん、ペットショップのときはさすがに驚いたけどね」

 ここまでくると、プロデューサーが嘘をついているんじゃないかと思って疑ってみたけど、そんな様子は読み取れない。
 というより、もともと人を疑う経験が少ないボクには無理だとわかってあっさり白旗を上げることにした。

真「もしプロデューサーの言う通りなら、じゃあどうやって雪歩は犬嫌いを克服したんだろう……」

P「……聞いてみればいいんじゃないかな?」

真「えっ……?」

P「わからなくて悩んでいるくらいなら、本人に直接聞いたほうがいいんじゃないかな?」

真「聞いてみる……」

 プロデューサーがあっさり言ったことは言われてみれば単純なことで、
逆にどうしてこれが最初に思いつかなったのか不思議に思う。

真「……ですね、そうですよね。ボク、雪歩に直接聞くことにします!」

 ボクが雪歩から響の過去とゆきぽのことを聞くのは後の話だ。

 ある日の昼下がり、休憩のために立ち寄った公園のベンチで一人お茶を飲んでいた。

P「……やっぱり、違うかな」

 ペットボトルのお茶に、物足りなさ感じるのは最近雪歩ちゃんのいれてくれたお茶を飲むようになったからだろうか。

P「変わったのは味じゃなくて俺の舌。いや、それ以上に雪歩ちゃん自身だよな」

 雪歩ちゃんとペットショップに行った日、彼女が犬に触ることができたことにも驚いたが、
それと同じぐらい驚いたのは彼女が電話をかけることを阻止するため俺の腕をつかんだことだった。
 きっと彼女は無意識のうちだっただろうし、覚えてもいないだろうけどあのときの感触は今でも忘れない。
 そして雪歩ちゃんがお茶をいれてくれるようになったのもこの翌日からであった。

 やはり俺と会う前にあった何かが彼女を変えたのだろう。


「ぽぇ……」

P「ん……?」

 考え事をしていると声が聞こえて、周りを見渡してみたけど音源になりそうなものは見当たらない。

P「気のせいなのか……?」

「ぽ……」

 空耳かと疑ったけどそういうわけではないらしく、声は俺の下のほうから聞こえた。

P「これは……ゆきぽ……?」

 ベンチの下をのぞくと、まず「きのこ」と書かれた段ボールが見えて、その次に中で寝ているゆきぽが見えた。

ゆきぽ「ぷぃ……」

 声を出したとき大きく身動きしたから起こしたんじゃないかと焦ったが、どうやら寝相のようだ。

P「どうしてこんなところにゆきぽが……あれ? これは……?」

 ゆきぽの体にはバンドエイドが貼られていて、しかもそれは昨日今日のものではなく少し時間が経っているように見えた。

P「そういえば雪歩ちゃんもあの日……それにここは……」

 適当に立ち寄ったところだったから気にはしてなかったけど、
俺がいるのは雪歩ちゃんをみつけた公園だったことに気付いた。


ゆきぽ「ぽ……」

 ちなみにゆきぽをはじめとしたぷちますはその稀少さゆえに捕まえてマニアに売れば高く売れる。
 また売らなくても事務所で飼って、ぷちますのいる事務所として広めたのなら
それなりの宣伝成果効果もあるだろう。
 でも、

P「邪魔してごめん。お詫びにこれを置いていくよ」

 捕まえることが恩を裏切るような気がして寝ているゆきぽのそばに、
さっきの少ししか飲んでいないお茶のペットボトルを置くと公園の外へと足を向ける。

P「ありがとう……ゆきぽ」

 どうしてかは説明できないけど、不思議と浮かんだ感謝の言葉を呟くと、

「ぽえ」

 返事が聞こえた気がした。

雪歩「ら、ライブ……って本当?」

 七月末日、夏本番をむかえ日本特有の蒸し暑さが厳しく感じる頃、
汗をかきながら事務所に到着した私の耳に大きなニュースが飛び込んできました。

春香「うん! プロデューサーから直接聞いたし、間違いないよ!
   まあ、メインは伊織たち竜宮小町みたいだけどね……
   でも初の765プロ単独ライブだよ!」

 私に教えてくれた春香ちゃんのテンションは高くて、電話中であった小鳥さんに注意されてしまうほどだったけど、
春香ちゃんがどれほど嬉しいのかは私にもわかります。

 いままで個人や少人数でステージに立ったことはあったけど、あくまでそれは前座の役割で主役は私達とは違う誰かです。
 手を抜いたことはなかったけど、やっぱり自分以外の大喝さいを聞くたびに悔しくてまたうらやましくも思っていました。
 でも今回は違います。たとえ今回のライブのメインは竜宮小町だとしとも、
聞きに来てくれる人たちは765プロのファンであり、私たちは誰かの前座でもありません。
 そんなふうに皆で一緒に歌えることはすごく嬉しくて、すごく誇らしいことでした。


真「ライブかあ……よーし、そこで頑張って有名になれればボクもふりふりの衣装が着られるように……」

雪歩「そ、それはありえないですぅ!」

美希「ミキ的にも、それはないと思うな」

 ライブのことを後から来た真ちゃんと美希ちゃんにも伝えると、二人とも喜んでくれました.
 だけど真ちゃんの発言はみすごせません。

真「どうして雪歩と美希は最後まで言ってないのに否定するのさ!
  ……春香はそんなこと思わないよね?」

春香「えぇっ、わ、私!? えーと、あはははは……
   し、収録に行かなくちゃ!」

真「春香!? ちょっと待ってよ!」

 春香ちゃんにも見捨てられた真ちゃんはしばらくの間少しへこんじゃって、
そんな姿を見るのは辛かったけど、私にも譲れない意地があります。

真「そんな意地いらないよ……」

 譲れませんー!


「萩原さん、ステップが遅れているわよ」

雪歩「は、はぃ……!」

「高槻さんも、周りと動きをあわせて」

やよい「はわっ! は、はい!」

 八月に入るとライブに向けて全体練習が始まりました。

 高層ビル群に囲まれたせいでレッスンスタジオが熱気に包まれている中、
毎日ジャージが汗でびっしょりになるまでレッスンを積み重ねます。
 夏休みを返上してレッスンに費やす日々を辛いと思いと言えば嘘ですけど、
ライブという明確な目標のおかげでモチベーションを保ち続けることができました。
 だけど、

「萩原さん、顔を上げて」

雪歩「はぁはぁ、はぃ」

「高槻さん、足が逆」

やよい「ご、ごめんなさい!」

 明らかに私が足を引っ張っていて、連日うまくいかない日が続きました。


真「はいこれ」

雪歩「あ、ありがとう、真ちゃん」

 休憩中、体力が果てて座り込んでいる私に真ちゃんがスポーツドリンクを持ってきてくれました。

真「大丈夫?」

雪歩「うん……迷惑かけちゃってごめんね、次はもっと頑張るから」

 真ちゃんはレッスン中、隣で踊りながらずっと私のほうを気にかけてくれています。

真「それはいいけど……雪歩、」

「そろそろ再開するわよ」

雪歩「はい! ……真ちゃん何かな?」

真「……ううん、なんでもないんだ、なんでも……」

雪歩「はぁはぁ……」

真「雪歩……」

 八月も中盤に入るころ、レッスンはますます激しさをまして、
毎日筋肉痛に悩まされる日々が続いていました。

P「レッスンの状況はどうですか?」

「そうですね、皆頑張ってはいますけど、
現在のこの調子じゃ本番までに完成させるのは、正直、難しいかもしれません。
 部分的にでも難易度を下げてみてはいかかでしょうか?」

P「そう、ですか……
 うーん、ライブまで後半月、それも一つの手ですよね……」

 プロデューサーとトレーナーの話し声が聞こえてくる中、
悩みの元凶である私は申し訳なさから顔を伏せていると、

美希「ミキ、それは嫌なの!」

 はっきりとした声で美希ちゃんが言いました。

美希「今度のライブを見に来てくれるファンはミキたちを見に来てくれるんだよね?
   だったらミキはいっぱいキラキラしているところを見せたいし、見せるべきだと思うな。
   だから、手を抜くのは反対なの」

 皆が美希ちゃんを見ている中、私も美希ちゃんを見てやっぱり前と変わったと思いました。

 以前の美希ちゃんは何事もそつなくこなせる分、レッスンをさぼる癖があって、
今の難易度を下げることに反対なんてしなかったでしょう。

 でも最近の頑張りは凄くて、自分の仕事をこなすどころか、
ブッキングが入って出れなくなった人のフォローをこなすほど活躍していて、
竜宮小町に次いで765プロを引っ張っています。

 そんな美希ちゃんの姿勢が今の言葉に表れていました。


「……星井さん、気持ちはわかるわ。私だってあなたたちに手を抜けなんて言いたくない。
 でも、それにこだわって結局パフォーマンスが未完成のままステージに上がるのは、
アイドルとして正しいことなのかしら?」

美希「そ、それは……」

 言いよどむ美希ちゃんでしたが、実際のところ、
美希ちゃんのパフォーマンスは個人も全体も完成しかけていて、
本当なら手を抜く必要なんてありません。

 だけど手を抜かないといけないのは誰か足を引っ張る人がいるからであって、
それは確実に私であって、

雪歩「わ、私……」

 もし私がライブにでなければ手を抜く必要も、パフォーマンスの未完成を危惧することもありません。
 そう考えると私が何を言えばいいかなんてすぐにわかりました。

雪歩「私……」

 しかし頭では分かっているのに、続きの言葉が出ないのは、
未練なのでしょうか、皆においていかれることの恐怖からなのでしょうか。

 けど、私がいて皆に迷惑をかけるくらいなら……

雪歩「私、ライブに……」

 「出ません」そう言おうとしたとき、隣にいる真ちゃんの不安そうな顔が見えて、

雪歩『……だからね真ちゃん、……私、強くなりたい』

雪歩「私、ライブに間に合わせます。間に合わせてみせます。
   だから少しだけ……もう少しだけ待ってください」

 気がついたら、違うことを言っていました。

美希「雪歩……」

「萩原さん……」

二人の呼び声が他人事のように聞こえる中、私は自分の言ったことに驚きつつも、
言う直前で思い出した真ちゃんとの約束を思い返します。

 ……そうだ、私、強くなるんだ。

P「……あと少しの間だけこのまま様子をみてもらえないでしょうか?
 本当に無理そうなら、そのときにまたお願いしますから」

「……はい、わかりました。
 私も、彼女たちに悔いを残してほしくないですから。
 萩原さん、やれるのね……?」

雪歩「……はい」

 強く……!


貴音「雪歩」

雪歩「はぁはぁ……四条さん……なんですか?」

 レッスン後、体力が尽きて床に座り込んでいると四条さんが来ました。
 私と同じレッスンを受けて汗こそかいているけれど、疲れているそぶりを見せないのはさすがだと思います。

貴音「強くなりましたね」

雪歩「えぇっ!? そ、そんなことありませんよぉ。
   私なんてだめだめで、今日のレッスンも皆の足を引っ張りましたし……」

 褒められる要素がなかったのもそうですが、普段お世辞を言うことのない四条さんだけに、
褒められると少し混乱してしまいます。

貴音「いいえ、そういうことではありません。
   たしかにれっすんはまだまだのようですが、
  私が言いたいのは心構えのことです」

雪歩「心構えですか……?」

貴音「ええ。あなたがらいぶまでに間に合わせると言ったとき、
   失礼ですが私はあなたがらいぶに出ないと言うのではないかと思いました。
   いえ、以前のあなたならそう言っていたと思うのです」

 やっぱり四条さんには見破られていたようです。


貴音「しかしあなたは何がなんでもやり遂げると強い意志を見せてくれました。
   どうやら私はあなたのことを見くびっていたようですね」

雪歩「……いえ、四条さんの思ったことは間違っていないです。
   私はあの時、直前までライブに出ないって言うつもりでしたから」

貴音「はて、ではどうして……?」

雪歩「約束したんです。真ちゃんと。
   強くなるって、頑張るって……
   その約束があったからあの時頑張るって無意識に出ただけで、
  私が強くなったわけじゃないと思います」

 本当に強い人ならそんな約束なんてなくても、頑張れるはずですし、やり遂げられるはずです。
 だからこんな約束にすがっている私が強いはずなんてなく、四条さんにも失望されるのではないかと思ったのに、
四条さんは穏やかな笑顔をしていました。

貴音「……真、強くなりましたね」

 発音的に真ちゃんのことではありません。

雪歩「そ、そんなことありません! だって……」

貴音「自分をそんなに卑下するものではありませんよ。
   それに、約束があったとしても雪歩、あなたが自分からやると言った事実は変わりません。
   違いますか?」

 たまに感じる四条さんの説得力……というより、信じられる魔翌力がある言葉に、
わかっていながらも不思議と自信がついた気がしました。

雪歩「私、強くなれているんでしょうか……?」

貴音「ええ、私が保証します」

雪歩「……どうして四条さんはそうやって断言できるんですか?」

 一瞬のためらいもなく答えられる四条さんの強さが知りたくて、尋ねると、

貴音「それは、トップシークレットです」

 四条さんはいつもの微笑みで答えました。

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