魔王「暇だな」(862)


魔王「ついに、魔王にまで登りつめてしまった」

側近「おー、おめでとう。王座に腰掛けるその姿、中々様になってるぜ」

魔王「ふん。全く喜ばしくないな」

側近「しかし、結局お前は死ねなかったわけだ」

魔王「ああ。誰も俺の息の根を止めてくれはしなかった。心の臓を潰してくれなかった。魔物といえども、俺にとっては蟻と大差ない奴等ばかりだ」

側近「蟻は侮れないけどな。特に群れた時は」

魔王「そうかもな」


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側近「これからどうする? お前は魔王としての職務を果たすつもりなんてないだろ? 色々と面倒そうだぜ。それぞれの魔族の最高統治者として、魔族間の摩擦を減らしたり、封建的な制度を廃止したり、魔族たちにより良い生活を提供したりしなきゃいけない。軍も解体だな。お前がいれば必要ないし」

魔王「多忙だな」

側近「他人事みたいに言いやがって。魔族どうしの遺恨は相当根深いし、社会制度も全くなってない。こいつら、法はもちろん、貨幣の概念すらないんだぜ。骨が折れる仕事になる」

魔王「面倒事は全てお前に任せる。そのためにお前がいるんだからな」

側近「わーってるよ。時間はめちゃくちゃかかるだろうが、中々楽しそうな暇潰しにはなるだろうよ。そんじゃ、俺は早速働いて来るよ。自由にやらせてもらうかんな」

魔王「好きにしろ」

魔王「暇だな」

暇を持て余した彼は、腰掛けたまま視線を部屋中に移す。前王の間をそのまま譲渡された為、己の私物などは一切なかった。

豪奢ではあるが陰鬱な空気を漂わす部屋。魔獣の毛皮をなめしたカーペットに、幾多もの獣骨を加工して作られた重厚な王座。見事な逸品ばかりであるが、どれも彼の趣味ではなかった。

魔王(俺を殺せる者は、この世に誰もいない。……俺はこのまま、悠久の時を虚ろに過ごすのか)

魔王は溜息を吐く。

魔王(人間の国に攻め込むか? 魔族は瘴気がない土地では長くは生きられないから俺と側近の二人でだ。個は弱いが、集団になればそれなりの実力を持つ。それに人間は多い)

そこまで思考して、魔王は再び溜息を零して中断した。

魔王(人間ではいくら群れようが広範型の魔法一つで殲滅できてしまう。蟻を踏み潰すのはあまりに容易い。そしてくだらない)

立ち上がり、窓を開け放つ。窓枠は勿論、はめ込まれた硝子一枚一枚にも、壮麗な細工がなされていた。

辺り一面が灰色に霞がかっている。

瘴気だ。

人間には猛毒。体内を蝕み、細胞を壊死させて絶命に至らせる。

しかし、魔物にとっては生命の源だ。魔物の肉体が、人間と比較して極めて優れているのは、瘴気を分解してエネルギーを取り出す器官があるからだ。人間にもごく稀に同じ器官を持つ者がいるのだが。

「俺は、人間でも魔物でも神でもない。……あまりに不安定だ」

魔王はもう終焉を迎えたかった。

この世には彼を満たしてくれるものなど無かった。全てを屈服できるような圧倒的な力を持っていながら、彼の望みは何一つ叶わないままだった。そんな彼にはもはや、生きる意味も活力もなかった。

魔王(俺と同じ程度の強さを持つ者。そんなもの、俺自身しかいない。……俺自身?)

そこでふと、一条の光とも言える案が、魔王の脳裏に浮かぶ。それはあまりに禍々しい光だった。

側近「それで。どうして俺を呼び戻したんだ? 今は、全魔族の族長を招集して、討論してたってのに。鬼人のオッサンなんてお前が呼びに来た時、射殺すようにガンくれてたぞ」

魔王「奴の弟を殺してしまったからな。まあ、あれは副族長が降参しないのが悪いんだが」

側近「で、何の用だよ。早く戻らなきゃいけねぇんだが」

魔王「名案が浮かんだ。俺を殺すためのな」

側近「……へぇ。詳しく聞こうか」

魔王「俺を殺せる者がこの世に一人いる」

側近「誰だ?」

魔王「俺自身だ」

側近「お前、そんなことを言うために呼び戻したのかよ」

魔王「ああ。つまり、俺を増やせば良いんだ。幸い、人間としての生殖機能も残存してるしな」

側近「……ああ! なるほどな。つまり、子供を作るのか」

魔王「ああ。俺と同等の……いや、俺を超える俺ーー『勇者』をな」

側近「でっかい目標だな。でも、結構時間がかかるんじゃないか?」

魔王「たかが数十年。長くても百年程度。はした時間だ」

側近「自分を殺すために子供を育てる。変態的だな。いや、世の中の親という生き物は皆そうなのかもな」

魔王「無駄口を叩かずに、さっさと俺の子を残すのに相応しい者を考えろ」

側近「それくらい自分でやれよ。全く。ーーそうだな、鬼人なんてどうだ? 片腕で、巨山を持ち上げ、大河を叩き割るような怪力の持ち主だぞ。雌自体はそこまではいかないけどな。それに人型だし、美人が結構いる。巨乳だしな!」

魔王「ふむ。しかし、族長が許可を出すとは思えないな。今は魔族たちと諍いを起こしたくない。あれは後々使えそうだからな」

側近「あー、確かに。鬼人族は同族の目上の者をめちゃくちゃ敬うからな。族長が反対したら絶対に無理だろ」

魔王「他に候補は?」

側近「サキュバスとか? やはりエロいしな! 巨乳だし! 美人だし! 超絶ビッチだけど! 族長もすげービッチ臭いこと。美人だけど」

魔王「あれは実力が人間と大差ない。それに奴等は同族のインキュバスとの性行為でしか受精しないだろ」

側近「あー、そうだったけな」

魔王「他は?」

側近「んー、ヴァンパイア? 美人が多いし、それなりに強い。まあ、特定の攻撃には滅法弱いけどな。でも巨乳! しかし族長はダンディーなオッサンだった」

魔王「微妙だな。正直素質はあまりないだろ」

魔王「他は?」

側近「後の魔族はそんなに美人……てか人型が少ないんだよな。人魚ちゃんたちは弱すぎるし。ぶっちゃけ人間以下だし。……あ!」

魔王「何だ?」

側近「巨乳に囚われ過ぎて忘れてた。いるじゃん、最適な種族が。魔物ではないけどな」

魔王「ふむ」

側近「でも、めちゃくちゃ美人ではあるけど貧乳だぞ?」

魔王「そんな些末なことに気を病んでるのはお前ぐらいだ」

側近「何だと! 巨乳は大事な要素だろうが! 巨乳が世界を包み込んでるんだろうが!」

魔王「意味不明なことを言ってないで、さっさと核心を口にしろ」

側近「エルフ」

魔王「エルフ。なるほどな」

側近「身体能力は人間よりも幾分優れてるだけだが、お前と同じように魔法を使える。世界で魔法を使えるのは俺とお前とエルフくらいなもんだ」

魔王「よし、エルフにするか。何処に居を構えているんだ?」

側近「魔の国寄りの、人魔国の境界線付近だ。鬱蒼とした森の中にひっそりと暮らしてるらしい」

魔王「魔物でないのに、瘴気を吸って大丈夫なのか?」

側近「人間よりは耐性があるらしい。何より、あいつらが崇める『力の塊』が、瘴気に対する絶対的な障壁になってるんだろうよ。あいつらは『力の塊』を神とでも呼んでるんだろうな。」

魔王「……ふん」

側近「エルフのいる森の詳しい場所は知らん。あいつらは森の中で閉鎖的に生きてるからな」

魔王「それくらいは自分で見つける。じゃあな」

側近「おう、がんば……もういねぇし。相変わらず瞬間転移は便利そうだな」

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側近と別れて数時間経ち、魔王は険しい森の中を探索していた。辺りは城の周囲に比べて、霞が薄い。この辺りが人間の国に近い証だ。

魔王は立ち止まる。奇妙な土地を発見したからだ。

魔王(瘴気が局地的に晴れている。しかも、他の生物を拒むようなこの感覚。ここだな)

魔王は、霞の晴れた明瞭な地に踏み入って行く。

ある地点で、彼の身体が『何か』に、拒絶されるように強く弾かれた。吹き飛び、後方にあった巨大な樹木の幹に激しく衝突する。

魔王「油断したか」

起き上がり前方を見遣るが、眼前には特に奇異なものはなかった。

魔王は吹き飛ばされた地点の僅か前に立って手を差し出す。炸裂音が響き、彼の手が白い火花を散らす。

魔王「『拒絶の呪』か。高度な術にも関わらず、この威力。そして力の伝導具合から鑑みる規模範囲。逸材といえる魔法の使い手だな。ーー気に入った! もし女ならば俺の子を産ませてやろう!」

尊大にそう告げて、彼は腕を前方に押し込む。火花は激しさを増し、ほとんど閃光となっていた。

脚を踏み込む。彼の身体はまるで恒星のように煌く。

雄叫びを上げながら、彼は更に突き進む。

やがて、煌めきは消えた。

魔王「久しぶりに楽しめたぞ」

魔王は肩で荒く息をしながらも、心底愉快そうな顔をする。

エルフA「動くな」

エルフB「貴様、何者だ? 外見は人間のようだが、あの『拒絶の呪』を打ち破ったその力。人間では到底あるまい」

突如、二人のエルフが現れた。一人は巨木の影に、もう一人は別の緑葉生い茂る樹の枝に。双方とも弓に矢をつがえ、魔王に狙いを定めていた。

魔王(こいつら、『隠滅の呪』を使ってたのか。道理で気付けないわけだ)

魔王「俺が何者であろうとお前らには関係ないだろう。最も、お前らの内、どちらかがこの結界を張ったのなら話は別だが」

エルフA「私たちをあんなバケモノと一緒にするな」

エルフB「喋り過ぎだ。とにかく、貴様には死んでもらう」

エルフの言葉を聞いて、魔王は噴き出した。

魔王「俺を殺すだと? できるものならやってみろ。ほら、眉間を撃ち抜いてみろ。首でも、心の臓でも良いぞ。俺は一歩も動かない」

エルフA「な……」

魔王「そもそも最初から殺す算段なら予告なしで来い。エルフというのも存外愚鈍な種のようだな。貴様らがバケモノと呼ぶ奴はもう少し骨があるのか?」

空を切る音がして。

魔王の全身を数多の矢が貫いていた。

待ち構えていたエルフは二人だけではなく、およそ三十。三十もの矢が一斉に魔王を攻撃した。眼球、鼻、口、耳、喉、心の臓、四肢。彼を形作るあらゆる器官が一瞬にして穿たれる。

矢には、魔法が込められて、通常の数倍もの殺傷力を持っているらしかった。

エルフA「何だったんだこいつは? バケモノに興味があったようだが」

エルフB「何でも良いさ。始末したんだ」

エルフC「立ったまま絶命してるわ。中々に滑稽ね」

エルフD「しかし、どうして『拒絶の呪』を抜けてこられたんだ?」

エルフE「どうせバケモノがサボったんでしょ」

魔王「それは違うな」

魔王の全身を突き刺していた矢が爆散する。穿たれた穴が、急速に埋められていく。

数秒後には、普段通りの魔王が威厳をたたえて立っていた。

魔王「張られた結界は、少なくともお前たちの矢よりも俺を苦しめた」

エルフA「バ、バケモノ……!」

魔王「褒め言葉だ。ありがとう。散れ」

禍々しい闇がエルフたちを包み、次の瞬間に閃光となった。

多大な衝撃が森を揺らす。まるで断末魔の悲鳴を上げているようだった。

舞い上がった粉塵が晴れた頃、魔王の眼前は焦土と化していた。

瞬間的に身を保護するための魔法でも使ったのか、四肢のみが炭化している死体や、頭部と思われる肉片が残っている。しかし生者は彼一人だけだった。

魔王「雑魚が」

無機質にそう告げて、更に奥へと歩を進める。

そして、虐殺が始まった。

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エルフが住まう森の中央に彼らが神木と崇める、雲を纏うほどの巨木が鎮座していた。

神木以外の土地は、全て魔王の暴力によって荒廃しきっていた。

頭蓋がひしゃげて、脳漿を周辺に散らす少女の死体。下半身は焼失して、上半身は燻っている少年だった物。持ち主不明の、血が脈打っていたころは陶器のように美しかったであろう右腕。倒壊した建造物。

積み重ねられた瓦礫はまるで彼らを弔う墓標のようであった。

魔王「ここか」

神木の洞を見つけ、中に入って行く。

魔王「っ! ……ほう」

前触れもなく彼の脇腹が大きく抉られた。肉片は何処にも見当たらず、消失していた。傷口は瞬時には塞がらず、滴る鮮血は彼の衣服を汚していく。

魔王(物理的損傷だけではなく、霊的損傷を兼ねてるのか。修復に時間がかかるな)

更に全身が削がれる。しかし、血に塗れながらも彼は愉快そうに喉を鳴らす。

魔王「無駄だ。魔法だけでは俺を倒せん。『防壁の呪』も発動したしな」

彼の身体がそれ以上傷つくことはなかった。同時に急速な治癒も始まる。

エルフ「ゆるせない」

魔王「……おやおや。随分と可愛らしいバケモノだな」

洞の中には、頭の先から爪先まで純白の、幼いエルフがいた。頭髪、柔肌、纏う装束。全てが白かった。唯一の異色である大粒の宝石を思わせる碧眼は、彼を静かに睨みつけていた。

エルフ「なにゆえ、われらをおそう?」

魔王「強い女を見つけだすためだ。俺の子を産むのに相応しいな」

彼の言葉を聞いて、エルフは憤怒する。

エルフ「そのようなくだらない理由で、みなをころしたのか!!」

魔王は目に付く者を端から『除去』していった。邪魔な青草を刈り取る農夫のように。

魔王「俺にとっては、とても重大な事柄だ」

素っ気なく答えてから、彼は首をかしげた。

魔王「何故お前が激怒するのだ? お前は他のエルフに、神とやらの生贄にされたのだろう?」

エルフ「そんなものではない! わたしは『神の器』! 民をまもり、みちびくそんざいだ!」

魔王は失笑する。

殺戮の途中、命乞いをするエルフの一人から、眼前のエルフに関する情報を聞き出していた。エルフは誇り高い種族だが、死の恐怖を超越できるような戦闘種族ではなかった。結局、聞き出した後に全身を腐敗させて処理したが。

魔王「『神の器』。エルフたちが神と崇める『力の塊』を統制するために、『力の塊』の断片を身に注ぎ、強大な魔法士となってエルフ全員を救う者」

エルフ「なにゆえ、知っている?」

魔王「善良なここの民に聞いたのだ。今は大地の肥やしになっているがな」

エルフが火球を放つ。魔王の身体よりも大きな直径をした蒼白の火だ。

魔王は微動だにせず、彼女の怒りを具象化したような火焔の球を被った。

魔王「無駄だ。まあ、そんなことは良い。お前の質問に答えたんだ。俺の質問にも答えてもらおう」

顔色一つ変えずに彼はそう告げる。

その姿にエルフは慄く。

エルフ「……バケモノ」

魔王「そう、バケモノだ。お前と同じな」

その言葉にエルフは顔をしかめた。

エルフ「……きさまといっしょにするな。……わたしは民をまもり、みちびくそんざい」

魔王「滑稽だな。そのような甘言に唆されて、このように人柱をしているのか。聞いた話によると、生まれ持った魔法の素質が強大過ぎて、周囲からバケモノ扱いされていたんだろう?」

エルフ「だからなんだと言うんだ? わたしはひつようとされていたんだ」

魔王「……そうか。なるほどな」

魔王はエルフの態度を見て、納得したように頷いた。

魔王「お前は、居場所が欲しかったのだろう? バケモノ扱いされ、疎まれるのが苦しくて、誰かの必要となる存在になりたかったのだろう? 見た目と同じくらい可愛らしい精神の持ち主だな」

エルフ「き、きさまになにが分かる!!」

魔王「何も分からんさ。俺は魔王だからな。他人の感情になんて興味ない」

エルフ「魔王……だと?」

大粒の瞳を更に大きくして、エルフは驚愕する。

魔王「ああ。まあ、お見合いはこの程度にしよう」

告げて、魔王はエルフに近寄る。

エルフ「く、くるな! い、いや……」

魔王「少し眠っていろ。『昏倒の呪』」

魔王は少女の頭に優しく触れ、意識を刈り取った。

目を瞑り、少女は完全な純白と化した。

魔王「ほとんど効いてないようだな。まあ、良い。帰るか」

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側近「……いや、エルフは貧乳だが、美人だから問題ない。でもな、見た目年齢十歳以下の幼女を嫁にする魔王ってどうなのよ?」

魔王「どうなんだろうな?」

側近「変態だよ! お前がロリコンだったなんて!」

魔王「小児性愛なんて持ち合わせてない。純粋にこの娘の才能と実力が気に入った。成長するのを待つさ」

側近「この年齢のエルフが子供を産めるようになるまでおよそ五十年。子宮が成熟しきるまで大体百年はかかるぞ」

魔王「待つさ。百年も三日も変わらん」

側近「いや、大分変わるから。まあ、めちゃくちゃ美幼女だし、将来が楽しみではあるな」

側近「問題は自殺したりしないか、だな。エルフを皆殺しにしてきたんだろ? 今は絶望の淵にいるんだろうな」

魔王「それは問題ない。『抑制の呪』で自分の身に危険が及ぶような行為はしないようにしている」

側近「相変わらず強力な魔法は便利だな。ついでに『蠱惑の呪』でベタ惚れにしておいたら? 『お兄ちゃん!』とか呼ばせたりさ」

魔王「お前の方が明らかに変態だろう。今のところは素のままで対応しておこうと考えている」

側近「へえー、他人に興味を持つなんて珍しいな」

魔王「何、ちょっと思うところがあってな。それに、何でも魔法ですませたら、つまらないだろう? 過程を楽しむことにこそ意味がある」

側近「ふうん。そういえば瘴気は大丈夫なのか?」

魔王「あいつは『力の塊』を身に宿している。それを駆使して無意識的に浄化してるんだろう」

側近「なるほどな。ま、頑張って。俺は法の草案を練ってくるよ」

魔王「目覚めたか」

城内の端麗な部屋。純白のシーツの上に純白の少女。

エルフ「どうして、きさまはわたしを生かしてるんだ?」

か細い声で少女は問う。

魔王「お前を妻にするためだ。さっきも言ったと思ったんだが」

エルフ「きさま、『ろりこん』というやつなのか?」

魔王「違う。意外に耳年増な娘だな」

エルフ「きさまにむすめと言われる年ではない」

魔王「俺からみたら、外見も年齢もまだまだ幼い」

エルフ「そのようなおさないものと、け、けっこんしようとするきさまはヘンタイだな」

魔王「どうとでも言え。ところで腹は減ってないか?」

エルフ「ふん。このような所でごはんを食べるくらいなら、しんだ方がましだ。そもそもわたしたちは木の実や、野草しか食べない」

魔王「さきほど調べてきたが、エルフは小食らしいな。しかし、あまり意地を張るなよ。餓死は死の中でも一番苦しいからな。肉体も精神も」

エルフ「ふん」

魔王「まあ、いい。専属の使用人をつけるか?」

エルフ「いらない。失せろ」

魔王「……そうか。分かった」

魔王(思ったより打ちひしがれてないな。まだ実感が湧いてないのか?)

側近「今日の労働はもうやめだ。あー、疲れた」

魔王「ご苦労」

側近「あん? エルフちゃんとこにいなくていいんか?」

魔王「そうだな。もう一度行ってみるか」

側近「城の案内とかもしてやったら?」

魔王「ああ、忘れてた」

側近「おいおい。奥さんは大事にしろよな」

魔王「うるさいな」

魔王「入るぞ」

部屋のドアをノックしてそう確認する。

エルフ「っ! ま、まて。今はだめだ」

魔王「……泣いてるのか?」

声に混じる震えから、彼はそう推測した。

エルフ「な、ないてない」

魔王「……入るぞ」

少女は制止の声をあげるが、それを聞き流して彼は扉を開く。

エルフ「……」

魔王「美しい泣き顔だな」

エルフ「っ! きさまをころす!」

激昂して、少女は叫ぶ。

魔王「そうか。やってみろ」

少女は魔法も使わず、魔王に駆け寄っていく。

彼は一瞬目を見開くが、すぐに元の表情に戻る。突進してくる少女が怪我をしないように優しく包みながら、後ろに倒れた。結果的に、馬乗りされる形になる。

エルフ「わたしの手で! きさまをころす!」

魔王「殺せるなら殺せ」

少女は小さな拳を振りあげて、彼の顔面に叩きつけようとするが、振り下ろす途中で腕を掴まれる。

魔王「拳を握るのはやめておけ。拳を痛めてしまう。下手をすれば骨を折る。平手にしておけ」

エルフ「……っ!」

甲高い音が部屋に響く。一度だけでなく何度も。少女の荒い息遣いと共に。

やがて、皮膚を叩く音は鳴り止み、少女の嗚咽の声のみが響く。

魔王は何も言わず、少女の柔和な髪を撫でる。

エルフ「なんなのだ? きさまは、ほんとうになんなのだ? わたしをこんなにくるしめて、なにがしたいのだ?」

魔王「何なのだろうな。俺は」

彼は曖昧な過去を逡巡する。

人間だったときの記憶。
奴隷の記憶。
魔物に近しい存在になったときの記憶。迫害の記憶。
『力の塊』に侵されたときの記憶。
恍惚、そして虚ろな記憶。

魔王「俺は何なのだろうな。お前は知らないか?」

少女に問う。ーー返事はなかった。

エルフ「……」

魔王「眠ったのか」

呟き、静かに抱きかかえて、ベットに運ぶ。

魔王「良い眠りを」

呟いて、彼は部屋を後にした。

側近「あーたらしーいあさがきたー!」

魔王「随分と元気だな」

側近「そうか? 俺はいつもこんな感じだろ。それより、エルフちゃんを起こさなく良いのか? 仲良くなるには触れ合いが大事だぜ」

魔王「あまり付き纏っても鬱陶しいと思うが。まあ、行ってくる」

側近「いってらー。さて、俺も仕事すっかな」

魔王「入るぞ」

エルフ「きゃ……!」

ノックをせずに入ると、少女が魔王が用意した衣服に着替えているところだった。下着姿で、上半身は何も身につけていなかった。

魔王「着替えの途中だったか。下着も用意してあったと思うが、その胸ではまだ必要ないのではないか?」

エルフ「でてけ!」

魔王「恥ずかしがる必要などないのだがな。分かった」

暫く間を空けて、改めて部屋に入り直す。

魔王「ほう。そのドレス、似合ってるな。お前も気に入ったようだし」

エルフ「べ、べつに気に入ってなんかいない。神衣しか、きたことがないから気になっただけだ」

魔王「そうか。朝餉の準備ができている」

エルフ「きのうの言葉をわすれたのか?」

魔王「やはり食べないか。一応確認するために来ただけだ。それでは城内を案内しよう。ついてこい」

エルフは憎しみの目を向けつつも、彼に従う。

城内を歩き回りながら、少女に簡単な説明をする。少女はつまらなそうな顔で彼を睨んでいたが、書斎を目にした途端に嬉々とした顔色になる。

エルフ「すごい本のりょう!」

魔王「暇なら本を読んでいてもいい。持ち出しても良いが、ちゃんと戻せよ」

エルフ「すごい。こんなにたくさんの本があるなんて。これ、おもしろそう。これも、これも……」

魔王「聞いてるのか? ……まあ、良い。ーー笑った顔が一番良いな」

呟きは、少女の耳には届かなかったようだ。

魔王(一人で戻れるな)

そう考えて、彼は書斎を後にする。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

エルフ「あれ? あいつがいない」

満足の行くまで本に浸った後、少女は魔王の姿が書斎に見当たらないことに気づく。

陽は沈みかけ、大きな陰を至る所に落としている時刻だった。

エルフ「……どこ?」

不安に駆られ、広い書斎を忙しなく動きながら彼の姿を探す。しかし、どこにも見当たらず、彼女の不安は増長していく。

この広大な城内で少女が知る者は唯一、彼のみであった。いや、今や世界で彼だけであった。それほどにまで彼は残虐な行いをして。それほどにまで少女の知る世界は狭かった。

エルフ「……っ」

意を決して、少女は書斎を出る。

彼女にとってそれは多大な気力を必要とした。

「何だ? この稚児は?」

部屋を出た途端、男に遭遇した。

少女の四倍は優にある背丈に、獰猛に肉を引きちぎるであろう筋肉を兼ね備えた偉丈夫であった。

鬼人族長「……エルフか? どうしてこの城にいる?」

エルフ「あ……」

驚きと恐怖で咄嗟に言葉が出なかった。

鬼人族長「忍び込んだのか? ならば排除するだけだが」

彼の殺気に、彼女は魔法を使うことも忘れて竦む。

「そのエルフは俺の妻となる者だ」

鬼人族長「……これは新王殿」

全身が泥に塗れた魔王が、回廊の曲がり角から現れた。

鬼人族長「おやおや。砂遊びでもなさっていたのですか?」

大男は嘲りの笑みを浮かべる。

魔王「当たらずも遠からずというところだ。ーーおいエルフ、行くぞ」

呼ばれ、少女は彼の元に小走りで駆け寄り、後ろに隠れる。

鬼人族長「小児趣味だったのですね」

魔王「好きに言え」

適当にあしらわれたのが気に食わなかったのか、魔人の男は鼻を鳴らして去って行く。

エルフ「どこに行ってたんだ? どろだらけだ」

翠玉の瞳で彼を睨みつけながら、少女は問う。

魔王「野暮用だ。お前があまりに熱中していたから暇でな」

エルフ「……ふ、ふん。それより手下のきょーいくがなってない。あやまってもらってない」

魔王「確かにな。奴はとりわけ俺のことを憎んでいるだろうしな。殺したいほどに」

エルフ「……どうしてだ?」

魔王「奴の弟を殺したからだ」

エルフ「……あくま」

魔王「魔王だ」

魔王「そろそろ夕餉の刻限だ。行くぞ」

エルフ「きさまと同じごはんなど食べない」

魔王「いいから来い」

エルフ「っ!」

彼は少女の手を掴もうとする。しかし、触れることはなかった。

伸ばされた彼の右手が手首から切断されたからだ。夥しい血液が、彼の泥だらけの服と、滑らかなカーペットを紅く染めていく。

エルフ「あ……」

魔王「相変わらず凄まじい魔法だ。修復に時間がかかる」

エルフ「い、いたくないのか?」

魔王「痛いさ。しかし響かない。緊急信号がな。生命を失う恐怖を感じないのだ」

少女の顔色は蒼白だった。無意識的に他者を傷付けたことが恐ろしかったらしい。たとえ、傷付けたのが一族を皆殺しにした男だとしても。

魔王「気に病むな。しかし、あまり血を流させないでくれ。洗濯と清掃をする使用人が大変だろう?」

エルフ「……くるってる」

魔王「そうだな。ほら、食堂に行くぞ。それが嫌ならお前の部屋に食事を運ぶが」

エルフ「……」

魔王「……取り敢えずお前は部屋に戻れ」

少女は頷きもしなかったが、自身の部屋の方へと歩き始める。

切断された右手を魔法で小鳥に変えてから、魔王は食堂に向かった。右手は出血が止まり、復元し始めていた。

側近「うがー、疲れた。うわ、何でそんなに泥だらけなんだ?」

魔王「ちょっとな。随分とやつれてるな」

側近「鬼人族のオッサンが怒鳴り込みに来たんだよ。昨日仕上げた法の草案を各族長に送付したんだが、気に入らなかったらしい。その対応と法の改定をしてたんだ」

魔王「ああ、さっき会ったぞ」

側近「お、もしかして闘いに発展して、殺したりしちゃった?」

魔王「軽く言葉を交わしただけだ」

側近「なんだ」

側近「ところでエルフちゃんは?」

魔王「自室にいる。今から食事を届けるところだ」

側近「ん、それ? ……ははあ、結構エルフちゃんに入れ込んでるんだな」

魔王「そう、かもしれないな」

側近「ま、頑張れ」

魔王「言われるまでもないさ」

少女は整えられたベッドの上で膝を抱えて丸くなっていた。シワ一つなく伸ばされた純白のシーツに指先を這わせる。

魔王「入るぞ」

ドアが開き、魔王が部屋に入ってくる。手にはーー

エルフ「……どうして木の実が?」

魔王「今日、採取してきた。野草も数種類あるぞ」

エルフ「やぼよう、って」

魔王「まあ、これも一つだ。ほら食べろ」

エルフ「……いらない」

少女は彼から視線を外し、宵闇と霞で不明瞭な窓の外を眺める。

魔王「そうか。なら俺が食そう。ふむ、淡白な味だな」

木の実の一つを口にして、彼はそう評価づける。

魔王「これは仄かに甘いな。これは少し酸味が効いている。それに若干苦い。これは中々に濃厚だ。植物性タンパクに富んでいそうだな」

次々と、木の実を口にしながら感想を述べる。

エルフ「……わ、わたしにもよこせ」

窓に目を向けたまま少女は言う。

魔王「お前に食べてもらうために採取してきたのだ。好きにしろ」

少女は木の実を手に取り、小さくて端正な口に運ぶ。

魔王「久しぶりの食事だろう? 美味いか?」

少女は何も言わない。ただ、澄んだ翠の瞳から雫を一粒零した。

エルフ「……どうして? かなしんでいるのに、こんなにもさびしいのに、おなかがすくんだ?」

ポロポロと。大粒の涙が零れる。一族を殺した者から施された食物を食べて生き永らえる自分への羞恥から零れる涙だった。

魔王「生きてるからだ。そして、お前が生命を尊重できるからだ。『己』という、主観上最も大切な生命をな」

エルフ「わたしは……」

少女は途中で口をつぐみ、膝に顔を埋める。

魔王「どうした?」

エルフ「一人にして。話したくない」

魔王「……そうか」

魔王は部屋を後にする。

ドアが閉まってからも、少女は膝に顔を埋めたままだった。


区切りが良いのでここまでにします。
現時点では二部構成の予定ですが、書き溜めは一部の一部しかないです。

一応、明日の午後辺りに再開します。

少女を城に連れ込んでから十日ほど過ぎた。

相変わらず、少女は魔王を拒絶する素振りを見せるが、会話を交わす機会は大分増えていた。その口調も柔和なものになりつつあった。

少女は書斎で読書をしていた。彼女は一日のほとんどを読書に費やしている。

魔王は少し離れたところから、頬杖をつきながら彼女の読書する姿を眺めていた。近頃の彼の日課だった。

基本的に、少女は一度活字を読み始めると、魔王の存在など忘れてしまうようであった。

彼女は今、挿絵付きの、魔物の生態や特徴などを記した図鑑を読んでいる。

エルフ「『まもの』とはそもそもなに?」

珍しいことに、読書中の少女が魔王に話しかける。

魔王「瘴気を分解してエネルギーを摂取する器官を持つ者が『魔物』だ。更に、理性を兼ね備える者を『魔族』、持たない者を『魔獣』と区分する。植物は『魔草木』と呼ぶ。もっとも、人間にも魔物と同じ器官を持つ者が僅かばかりいるが」

エルフ「じゃあ『しょーき』は、なに?」

魔王「瘴気の詳細は分かっていない。魔の国の中心部に、この城からそう遠くないところに、大地の亀裂がいくつかあって、そこから絶えず噴出している。世界のおよそ半分まで瘴気は散在していて、魔物の住まう土地となっているな」

エルフ「きれつ」

魔王「興味があるなら行ってみるか? この城の近くに、巨大なものがあるが」

エルフ「うん」

魔王「じゃあ行くぞ」

魔王は少女に触れる。目的の場所まで瞬間的に転移するためだ。

エルフ「『転移の呪』をつかうの?」

魔王「ああ」

エルフ「わたしにおしえて」

魔王「今は無理だ。あちこちへと、勝手に出歩かれると困るからな。世の中は危険に満ちてるからな」

エルフ「きさまいじょうの、きけんなんてない」

魔王「かもな。しかし少なくとも俺はお前に危害を加えるような真似はしない。そして、他の魔物も人間も、エルフを食糧にしたり奴隷にしたりするだろう」

エルフ「……」

魔王「俺のしたことを許せなんて言わない。一生恨め。発作的に苦しくなったら好きなだけ傷つけろ。だが、俺はお前の味方だ。この言葉だけは信じてくれ」

しばらく静寂が続き、やがて、それを破って少女は訥々と語り始めた。

エルフ「……わたしは、物心ついたときからバケモノとよばれていた」

自身の過去。思い出すのも忌まわしい記憶。それを憎むべき者に向かって吐き出す。

エルフ「……おさないとき、お母さんを、ころしてしまった。まほうが、ぼうはつ、した」

少女は僅か一桁の年で人を、実の母を殺した。あまりに多大な素質で。

他のエルフ達は少女をバケモノ扱いした。父親でさえも彼女を忌み嫌った。

エルフ「だから、わたしは『神の器』になることをのぞんだ。わたしの力は、そしてわたしは、みなの役に立てると知ってほしかったから。みなに、わたしをひつようとしてほしかったから」

エルフは神を崇め、神に仕える種族だ。神の力によって魔法を使い、身を護り、敵を殲滅する。

少女は『神の器』と呼称される存在だった。言葉通り、その身に神を内包し、森とエルフを守護する存在。

それは人柱だった。

エルフ「……わたしは、こわい。自分が。ーーきさまを、心からは、にくんでいないんだ。なかまをころされたのに。うらまなければいけないはずなのに」

少女の華奢な体が震える。

罪悪感。それが彼女を苛んでいた。

魔王は彼女を腕の中に優しく包み込んだ。抵抗はなかった。ただ、彼女は小動物のように身体を強張らせた。

魔王「当たり前だ。俺が殺したのはお前の仲間などではないからな。ただの矮小で傲慢な生物だ」

優しい声音と彼の体温に、彼女は安心したように硬直を解いたが、すぐに彼の体を突き放す。

エルフ「でも、きさまの行いは正しくない」

魔王「……その通りだ」

魔王は小さく首肯して、魔法で瞬間転移した。

大地が、両端が視認できないほど大きく裂け、黒煙を勢いよく吐き出していた。
瘴気の発生場所としては最大規模のものであった。

魔物の生命の根源。人間にとっての猛毒。

エルフ「すごい」

魔王「だろう? 一秒も絶えることなく噴き出している。瘴気が途絶えれば、魔物は死滅するからな。文字通りの『生命線』だ。いや、線と呼ぶにしては幅が広いか」

エルフ「きさまも、しぬの?」

魔王「瘴気が無くなったくらいでは死なんさ。そもそも俺は魔物に分類されるかも怪しい。ーーそうだな。お前の身の上を聞かせてもらったのだし、俺の昔話でも話そう」

黒煙に目を向けたまま、魔王は自身の過去を静かに切り出す。

魔王「この世に生を受けた時は、人間だった。豪農の奴隷夫婦の間に産まれて、物心ついた時には働かされていた」

黒煙を無心に見つめる彼の顔には、如何な表情も読み取れなかった。

魔王「十代の半ばほどだったか、過酷な労働で体を壊した。使い物にならなくなった俺は境界付近の森に棄てられ、生涯を閉じるはずだった」

少女はひたすら沈黙し、彼の言葉に耳を傾けている。

「しかし、瘴気に満ちた土地でも俺は死ななかった。むしろ俺の弱り切った体は健康になっていった」

エルフ「……まものとおなじ『器官』を持つニンゲン」

魔王「その通りだ。その後、俺は魔物として生きた。現在住んでいる城を造るのにも携わった。しかし結局、奴隷と同じ扱いだった。人間であった故に迫害もされた」

彼は数歩、裂け目に近づく。目と鼻の先に高濃度の瘴気があった。
上空まで舞い上がった瘴気は拡散して、世界の半分を埋め尽くす。

魔王「極度の疲労と猛烈な飢餓に耐えられなくて死ぬことを決めた。そしてある時、この穴に落ちてみた。最低な生涯を終えるには、『最低』であろう場所が相応だと思ったからだ」

そう口にしてから、魔王は裂け目を指差しながら問う。

魔王「この底には何があったと思う?」

少女は熟考してから躊躇いがちに答える。

エルフ「『しょーき』をはきだす大きな『まもの』」

魔王「ふむ。当たらずも遠からずだな。ーーこの下には、『力の塊』があった」



エルフ「ちからのかたまり?」

魔王「お前たちエルフが神と崇めていたものだ。『それ』は形などなく、意思もなく、ただ悠然と存在していた。瘴気は『それ』から生まれていた」

少女は懐疑的な視線を向けてから、強くかぶりを振った。少女の身体に宿っている『神の力』は清浄なものであったからだ。

魔王「信じられないのも無理はない。しかし、おかしいと思わないのか? お前の体に押し込まれた『神』とやらは、あまりにも清浄すぎるだろう? 吐き出しているのだ。瘴気を。不浄を」

そこまで述べて、魔王は苦笑した。

魔王「話が逸れたな。その後、一度意識が途切れた。次に覚醒した時、今と同じような力を手に入れていた」

エルフ「……かみのちから、なの?」

魔王「そうとも言えるな。初めは楽しんださ。人間も含め、今まで俺を苦しめてた者たちをみんな惨殺してやった。色々な物を破壊してやった。ーーでもすぐに虚しくなった」

魔王は裂け目から、少女の下に戻る。

少女は碧眼を彼に向ける。その瞳がどのような感情を湛えているのか、彼には予想できなかった。ただ、肯定的なものではないことだけは分かっていた。

魔王「それで、死ぬために魔王になろうとしたんだ。魔王になるには、前王を倒さなければいけない。しかも前王に挑む前に、魔獣の首を千個捧げ、全魔族の副族長と同時に戦って勝利し、側近を倒す必要があった。ーーどいつも弱かった。前王すらもな」

エルフ「そして、まおーになったの?」

魔王「ああ。誰も殺してくれなかったことに悲嘆した俺は、自分を殺してくれる『自分』を欲した。つまり、自分の子に息の根を止めてもらおうと考えたんだ」

エルフ「そのために、わたしを?」

魔王「ああ。これで、俺の話は終わりだ」

エルフ「……かえる」

魔王「そうか。行くぞ」

二人は再び城へと転移する。

エルフ「きさまは、わたしを見てはいないんだな」

魔王「ん?」

エルフ「……なんでもない。わたしは本をよむ。じゃまをするな」

そう言い捨て、少女は書斎へと駆け出す。小さな後姿は、彼を拒絶しているようだった。

側近「だっからさー! 封建制度は撤廃しなきゃいけないの! 中央集権にして、他は平等! 鬼人族だけに、特権はないわけ! それに軍なんて魔王様には必要ないの!お分かり!?」

鬼人族長「ふざけるな! 我々は代々魔王殿に仕えてきたのだぞ! その我々から領土と民を奪うのから! 貴様では話にならん! 新王殿を呼べ!」

側近「この件は俺に一任されてるの! 魔王様の眷族なら俺の言うことを聞かなきゃいけないの! それに他の種族は概ねこの案に賛成しているんですぅ!」

魔王「騒がしいな」

鬼人族長「……ふん、私は貴様を王などと認めんぞ」

そう吐き捨て、族長は退室する。

側近「はあ、疲れた」

魔王「ずいぶん熱くなってたな」

側近「だってあのオッチャン、何回説明しても納得しねーんだもん。他の族長たちはなんやかんやで納得してくれたのにな」

魔王「他の曲者どもを説得できるだけ流石だろう」

側近「そりゃ敏腕ですもの。しかし、あのオッチャン、反旗を翻したりするかもな。元々お前に対して怨恨を持ってるし」

魔王「そうかもな」

側近「その場合はサクッとやっちまって。もう我慢の限界だぜ」

魔王「ああ。まあ、貴様に全てを任せているしな。それくらいはやるさ」

側近「二十年の間に社会インフラを整えて、ここを人間の国を超える国家にしてやる。五十年後には、『魔の国』ではなく『まほろば』と呼ばれる国だ」

魔王「ずいぶんと入れ込んでるな」

側近「お前がエルフちゃんに熱心なのと同じだよ」

魔王「ふむ。そういえば先ほど、あいつに『私のことを見ていない』と言われたんだが」

側近「あん? 前後を教えてもらわんと何も分からん」

魔王「確か、俺の計画を話して、それに対して『そのために私を連れてきたのか?』と訊かれたから、それを肯定した。そうしたら、さっきの台詞を口にした後、機嫌を悪くした」

側近「あー、あれだな」

魔王「どれだ?」

側近「お前、アホ」

側近「そこは違うと言っておけよ。お前だけを見てるって」

魔王「そんなものか?」

側近「そんなもんだ。世の中ってのはシンプルだからな」

魔王「……分かった。今から言ってくる」

側近「いやいや、何も分かってないだろ。今から言っても遅いから」

魔王「じゃあどうすれば良い?」

側近「それぐらい分かれよな。ま、自分で考えんしゃい。ベターもベストも推測できるかもしれんが、正解は当人しか分からないもんだ」

魔王「……分かった」

少女はいまだに書斎で読書をしていた。小さな身体に不釣り合いなサイズの本を熱心に見つめていた。

その本の文字は少女の知る言語では無いはずだが、様子から察するに魔法を使って解読しているようだった。

魔王「その本は俺が書いたものか? よく見つけたな」

いきなり声をかけられ、少女は驚いた顔を彼に向けるが、すぐに不機嫌な表情になって本に視線を戻す。

魔王「『転移の呪』の項を見ているのか。それはひどく複雑で、修得するのは難しいぞ」

エルフ「みっかもあれば、できるようになる」

彼の方を見向きもしないまま、少女は答える。

魔王「それは凄まじいな。お前の才能には驚かされてばかりだ」

エルフ「……やめさせないの?」

魔王「気が変わった。好きなだけ好きなことをしろ」

少女は一層不機嫌な顔になる。

エルフ「やはり、きさまはわたしことなど、どうでもいいんだな」

魔王「そんなことはない。お前に子を産んでもらうのは百年ほど先だ。故に、今最も大切なのはお前だ」

エルフ「けっきょく、きさまはわたしのチカラがほしいのだろう? わたしではなく」

魔王「そうだな。……でも、お前といるのは楽しいさ。『生きてる』と実感できる。自分が何者かは分からないが、『生き物』だとは再認識した」

エルフ「……」

魔王「今更、遅いのだろうがな。正常を取り戻すには手を汚し過ぎた。壊し過ぎた。殺し過ぎた」

エルフ「……これからきさまは、だれもころすな。ケモノいっぴきーームシ一匹もだ」

魔王「……なに?」

エルフ「生きてると、じっかんしてるんだろう?」

魔王「あ、ああ」

エルフ「なら、いのちの大切さをおもいだしただろう?」

魔王は、今から少女を殺せるかシミュレートしてみる。純白な肌を紅く染め、翠玉の如き瞳を握り潰す。腹を一文字に裂き、滑った小腸を引きずり出すーー

ーーできる訳がなかった。

代わりはいるはずなのに。少女を喪うのが、途轍もなく恐ろしかった。

魔王「……ああ」

彼の心情を表すように、指先が震える。

エルフ「きょうは一人でごはんをたべる」

少女は両腕で本を抱きしめながら、書斎を後にした。

孤独な書斎に、魔王は一人佇む。

魔王(生命の重さ。そうか)

魔王は慄く。

魔王(あのエルフを殺せない。大切だから)

そのことに気づいたからこそ、彼は震えていた。心底恐怖したように。

エルフたち、鬼人副族長、その他多くの顔が浮かぶ。彼が屠ってきた者たちだ。

魔王(俺は、殺したんだ。誰かが大切に思っていた誰かを)

ーー彼は、自分の罪を初めて痛感した。

二日が経った。

鬼人族長は、城門の近くにいた。

死ぬ覚悟はできていた。今日のことについて、一族の誰にも何一つ話さなかった。妻と息子にさえも。

目的はーー魔王は眼前にいた。

魔王「来たか。しかし、果たし状を送り付けてくるとは随分と楽天家だな。殺すのなら、不意をつけば良いものを」

昨日、鬼の長は、王に決闘を申し込む書状を送り付けていた。新王の政策が、彼等の権威と誇りをあまりに蔑ろにするものだからだ。

そして。

実弟の仇をとるため、彼は魔王に命を賭して挑む。

鬼人族長「誇り高き我々が、そのような姑息な手法を使うわけがなかろう」

魔王「ふむ。流石は魔族最強の一族を束ねる者。しかし、素手で俺に挑む気か?」

鬼人族長「身体自体が洗練された武器だ。主こそ、手ぶらではないか」

魔王「俺に武器など必要ない」

鬼人族長「甘くみたことを後悔するなよ」

魔王「甘くなど見ていないさ」

鬼人族長「ふん。ーーいくぞ!」

先手を打ったのは鬼人だった。巨体に纏う、あまりに獰猛な筋肉をもって殴りかかる。無駄な所作はなく、最速で魔王の顎を穿つ。

魔王「……っ」

それで終わらず、宙に浮かびかけた彼の首根を掴み、強烈な頭突きを食らわせる。

打撃音と、頭蓋のひしゃげる音が響く。

最後に彼の首根を離し、無防備な鳩尾へと、右足を軸にした凄烈な後ろ回し蹴りを放った。

水を切る石のように、魔王の身体は幾度も跳ね、やがて静止した。

鮮やかな連撃を決めつつも、鬼人の顔は晴れない。

魔王はゆっくりと起き上がり、巨漢の下に向かって緩慢に歩み出す。身体のどこにも傷はなかった。俯いているため、表情は見えない。

鬼人族長「バケモノが!」

叫び、馬乗りになりながら再び殴りかかる。

幾多もの猛打を浴びせ、顔面を、肉を、骨を、幾度も壊すが、瞬時に修復される。

圧倒的な暴力を振るいつつ、漢は怯えていた。暴力を振るわれている男に。

鬼人族長「何故だ……! 何故なのだ!」

暴力を振るい続けたまま、戦慄する。彼の再生能力にではない。そのことについては以前に彼の戦闘を観て、知っていた。故に、彼は勝つ見込みなど万一もないことを理解していた。それでも誇りのために闘うことを決めたのだ。

彼が慄いたのは、

鬼人族長「どうして反撃しない!? どうして……そんなに穏やかな顔をしている?」

魔王の表情だった。グチャグチャに歪んだ『それ』を、表情と形容するのは難しいが。

魔王「痛いからだ。お前の怒りが、憎しみが、堪らなく痛い」

鬼人族の長は、手を止めた。

魔王「どうして手を止める? 貴様は暴力を振るい続けろ。貴様の怒りは、憎しみは、その程度のものなのか?」

鬼人族長「……っ!!」

怒声を上げ、殴る。殴る。殴る。

血塗れになりながら、それでも魔王は穏やかに微笑む。全てを受容するように。

やがて、拳が止まった。

鬼人族長「……私の負けだ」

そう告げて、彼は立ち上がる。

魔王「俺は貴様の大事な存在を殺したのだぞ。この程度で憎しみが消えたのか?」

鬼人族長「消えんさ。だが、もう良いのだ。憎悪や怒りよりも、哀しみと、虚しさが心を埋めるのだ。その時点で、私は負けたのだ」

魔王「……ならば、俺に従ってもらうぞ」

鬼人族長「一族が服従するかは、残った者たちが決めるだろう。だが、私はここで命を絶つ。敗者に生など有り得ない」

鬼人は心臓を突くために、刃よりも鋭い手を自分の胸に刺そうとする。

しかし、彼の身体に己の刃が刺さることは無かった。

魔王が彼を抱きしめるような形で庇ったからだ。

鬼人族長「……何故、邪魔をする? 何故、私の誇りを傷つける!? 何故だ!?」

胸を貫かれ、吐血しながらも、彼は柔和な表情で言う。

魔王「愛おしい者と約束したのだ。『もう誰も殺さない』とな。見殺しにすれば、俺はお前を殺したことと変わらないからな」

大男の逞しい腕を身体から引き抜く。抜けると同時、傷の修復が始まった。

魔王「それに、お前の誇りなど知らぬ。俺は魔王だぞ。そして勝者だ。お前を支配する者だ。今ではお前の生命すら俺の物だ。勝手に死ぬことなど許さん!」

鬼人族長「……なんと高慢な」

魔王「好きに言え」

魔王「確かにお前の一族は今までの栄華を失う。他の一族を含め、辛酸を舐めさせてしまうこともあるだろう。ーーだが、約束しよう。俺は国を、民を豊かにする。幸せにする。もちろんお前たちもだ。王として、一人の魔物として、お前に誓う」

その眼に宿る確固たる自信と圧倒的な威厳に、鬼人族長はしばらく閉口していたが、数歩下がり傅く。

鬼人族長「王。この身。貴殿のために尽くさせていただく!」

魔王「ああ。頼むぞ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

側近「すげーな。鬼人族の反乱は避けられないもんだと思ってたんだが、万事がうまくいったぜ」

魔王「見事に丸く収まったな。これからはお前だけでなく俺も政に関わろう。今まで任せっ放しですまなかった」

側近「気にすんな。しかし、王としての自覚が出てきたんだな。死ぬために魔王になったくせに」

魔王「まあな」

側近「今でも死にたいか? エルフちゃんとの子どもに、殺されたいか?」

魔王「……いや。今は生きていることが嬉しいさ」

側近「はは、情が完全に移っちまってるな。お前の価値観が変わったのもエルフちゃんのおかげなんだろ?」

魔王「そうかもな」

側近「変わろうとすりゃ、変われるもんだな。俺個人として言わせてもらえば、今のお前の方が素敵だぜ」

魔王「そうか。それじゃ、これからも政の主軸部分は頼んだぞ」

側近「おう。一緒に頑張ろうぜ。ご主人様よ」

少女は、いつもと同じように書斎で読書をしていた。魔王の姿に気づき、顔を上げる。彼の顔を合わせるのは二日振りのことだった。

魔王「『転移の呪』は修得できたか?」

少女「もうすこし。ーーさっきのたたかい、どうしてころさなかったの?」

魔王「見てたのか?」

少女は首肯する。

魔王「お前と約束したからだ。誰も殺さないとな。それに、生命の大切さをやっと知ったからな」

少女「……そう」

魔王「お前のおかげだ。……ありがとう」

照れ臭そうに彼は礼を述べる。

少女も白い頬を上気させ、それを隠すように本に目を戻した。

魔王「これから多忙になる。こうやって顔を合わせる数も減るだろう」

エルフ「……そう」

魔王「時間があれば会うようにはするが」

エルフ「べつに、あわなくてもいい」

魔王「む。……今、少し嘘を吐いた。少しでも時間があればお前に会いたいのだ。こうやって話をしたいのだ」

エルフ「……どうして? わたしは、あなたにつめたくしてるのに」

魔王「『あなた』と呼んでくれたのは始めてだな」

彼は微笑みながら言う。

エルフ「そ、それはミス」

慌てて訂正して、少女は本を抱え、書斎を後にしようとする。

魔王「今日は共に食事しよう」

エルフ「……べつにいいけど」

魔王「しかし、木の実ばかりでは飽きるのだが」

エルフ「なら、たべなくていい」

魔王「いや、食べるが。あまり冷たくしないでくれ。傷つくぞ」

彼の言葉にエルフは目を細めた。

エルフ「いがいにメンタルよわいね」

魔王「ああ。シャボン玉くらい脆いぞ」

エルフ「シャボンだま?」

魔王「知らないのか? 泡みたいなものだ。今、魔法でーーいや、今度一緒にやろう。その方が楽しいだろう」

エルフ「よくわからないけど、たのしみにしてる」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

翌日。

少女は自室にいた。朝食をすまし、現在は転移魔法の確認をしていた。

魔王は、側近と鬼人族の長を交えて、政策について話し合っていた。

エルフ「……すごいふくざつ。まおーは、どうしてかんたんそうにできてたんだろ?」

眉根を寄せながら、少女は呟く。

何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく完全に理解し、完璧に修得できた。

「……かくごをきめなきゃ。『あそこ』にいかなきゃ、自分の心がわからないまま」

少女は様々な葛藤と不安を抱えていた。それを解決するためーー悪化する危険性も覚悟したうえでーーある場所に向かおうとしていた。

何度も深呼吸をしてから、詠唱を唱える。

詠唱終了と共に、少女の身体は虚空に消えた。

エルフ「……どういうこと?」

少女は眼前に広がる光景に小首をかしげる。

少女が訪れたのは、生地である森。

エルフ「わたしがいなかったのに、『しょーき』がない」

少女の魔法によって守護されていない今、森は瘴気に満ちて退廃しているはずだった。美しい木々は枯れ、魔草木に養分を吸い取られる侵略の図が展開しているはずだった。

しかし、森の大気は清浄なままで、エルフの一族が存命していた時と変わっていなかった。

「おいおい。どちらさんですか?」

上空より声が聞こえ、少女は上を見上げる。

小鳥がいた。今まで森に獣などは一切いなかった。

魔鳥「あん? もしかしてエルフの嬢ちゃんか?」

小鳥が、近くに生えている樹木の枝に止まり、そう声をかけてきた。

魔鳥「俺は敵じゃねーぞ。ここを護ってんだ。森の守護者ってな。イカすだろ」

エルフ「まもってる?」

魔鳥「おう。ご主人様の命令でな。ま、深く気にすんな。入りたいなら入りゃ良い。元々、あんたらの森だしな」

それだけ言って小鳥は再び飛び立つ。

エルフ「……なんなんだろ?」

しばらく、上空を気ままに飛び回る小鳥を観察していたが、気を取り直して奥へと歩みを進めた。

エルフ「『浄化の呪』がはつどうしてる。だれが?」

不可解な事態に混乱しながらも、森の中央部まで、突き進む。

神木がある開けた場所まで来て、少女の足が止まった。

エルフ「……おはか?」

神木の周囲に等間隔で並んだ墓石。瓦礫などもなく、全壊したはずの森は整然としている。

このようなことをする者を、少女は一人しか知らなかった。

「ここにいたのか。探したぞ。本当に三日で『転移の呪』を修得するとは」

後ろから、声をかけられた。

エルフ「まおー。これはあなたがしたの?」

魔王「ああ。お前を連れ去った翌日にな」

エルフ「だから、どろまみれだったんだ」

魔王「そういうことだ。あの鳥にここを見張らせてたのも俺だ。ここに、『浄化の呪』をかけていたのもな」

あの小鳥は、少女が切断した魔王の右手が変容した存在だったが、少女は知る由も無い。

魔王「しかし、どうして俺の分身はあんなに饒舌な奴らばかりなんだ? 俺があまり喋らないからか?」

エルフ「……どうして?」

魔王「ん?」

エルフ「どうしてそこまでするの? あなたには、かんけいないのに」

魔王「……俺にも分からん。気まぐれだ。ただ、今ならそれで良かったのだと思える。ーーああ、そうだ。ほら」

魔王は手にもっていた物を少女に差し出す。

彼の手に握られていたのは、小さな容器と筒状の短小な棒。

魔王「シャボン玉を飛ばそう」

エルフ「シャボンだま?」

魔王「ああ」

エルフ「どうやるの?」

彼は棒の先端を容器に入れる。容器の中には、粘性のある液体が詰められていた。

口に棒を咥え、息を吹く。大小様々の透明な球が、虹色の光を纏いながら宙に舞う。

エルフ「……きれい」

少女はシャボン玉に見惚れながら、反射的といった様子でそう呟く。

魔王「やってみると良い」

彼は、棒と容器を少女に手渡す。少女は躊躇いがちに、彼の真似をする。

シャボン玉ができたのを見て、嬉しそうな顔になり、更にシャボン玉を作る。

エルフ「『たましい』はこんな形なのかな?」

魔王「見たことがないから分からないが、そうかもな」

エルフ「だったら、『たましい』のあつまるところは、とてもきれいだね」

少女は思い巡らす。魂が集う処。数多ののシャボン玉に包まれた世界。自分の知る者もそこにいる。母もいるかもしれない。

エルフ「でも、いきたくない」

そのような幻想的な世界は、少女には必要ない。魅了もしない。

魔王「俺は行ってみたいな。そこに行きたくても行けないから」

エルフ「えー」

エルフ「ーーここにきて、よかった」

シャボン玉をたくさん作りながら、彼女は告げる。

魔王「何故だ?」

エルフ「ここにきたのは、自分のきもちが分かるようになるため」

魔王「分かったのか?」

少女は小さく肯く。

エルフ「わたしはやはり、いちぞくがほろんでも、くるしくない。まおーをにくんでもない」

魔王「……そうか」

エルフ「でもやっぱり、かなしい。だから、まおーはだれもころさないで。かなしい人をふやさないで」

魔王「ああ、誰も殺さないさ。神には誓わんが、お前に誓おう」

エルフ「それと。ここを、きれいなままにしてて。やっぱり、大切なところだから」

シャボン玉が割れる。魂が違う世界に導かれるようだった。

魔王「任せろ。お前が望むなら永劫にここを護る」

エルフ「ありがとう」

少女は柔和に微笑む。それから晴天を仰ぎ、ポツリと呟く。

エルフ「すきなんだとおもう。まおーのことが」

それはおそらく恋愛感情とは別の愛。

魔王「俺も好きだ」

そして、彼の思いもまた、恋愛感情とは言い難かった。

エルフ「おそろいだね」

そう言って、あどけなく笑う少女にはーー二人にはまだ必要無かった。

それでもいつかは結ばれるだろう。愛の契りを結ぶだろう。身を重ねるだろう。

その時まで。
彼らは互いの時間を重ねてゆく。そして心を交わしてゆく。



エルフ「かえろう。少しあるいて」

魔王「分かった」

エルフ「木の実じゃないごはんも食べてみる」

魔王「そうか。俺は木の実と野草はもう飽きたからな。嬉しい限りだ」

二人は穏やかな陽光に包まれた森の中を並んで歩いていく。
時間は緩やかに流れ、心地良い一陣の風が吹く。

魔王「暇だな」

エルフ「すばらしいことだよ。きっと」

エルフ「かえろう。少しあるいて」

魔王「分かった」

エルフ「木の実じゃないごはんも食べてみる」

魔王「そうか。俺は木の実と野草はもう飽きたからな。嬉しい限りだ」

二人は穏やかな陽光に包まれた森の中を並んで歩いていく。
時間は緩やかに流れ、心地良い一陣の風が吹く。

魔王「暇だな」

エルフ「すばらしいことだよ。きっと」

連投してしまった。

書き溜めも残り僅かなので、区切りが良いところで切ります。
次からはエルフのセリフも読みやすくなると思います。

まだ一部は続く予定です。


追伸で、次の投下は書き溜めがある程度出来上がってからにします。即興は苦手なので。

目標は二週間後くらいです。


予定よりも早く一部が書き終わりました。

今から投下します。

時は過ぎる。
止まりもせず、急ぎもせず、ただ正確に。

世界は周り続け、変化し続ける。

人が、赤児から大人になるほどの時間が流れた。

魔の国においても大小の変化。栄華。衰退。

テスト

そして城はーー

魔王「エルフ! それは俺の分のケーキだぞ!」

エルフ「貴方の物は私の物だよ」

側近「なははは! 魔王でも妻には支配されてんのな!」

鬼人族長「王殿。私のケーキを差し出しましょう」

使用人「ボクがいただくよ。魔王様は一切食べなくても平気なんでしょ?」

賑やかさを増していた。

鬼人族長「卑しいタヌキめ。私は王殿に献上しようとしたんだ」

鬼人族の長は相変わらず剛健で、その筋肉は全く衰えていない。外見の変化は若干白髪が増えた程度であろうか。

しかし、内面は大分変わっていた。魔王への忠誠心は高く、魔王の腹心の部下として日々活動している。

使用人「タヌキじゃなくて、キツネだってば。この立派な耳を見てそんなことも分からないなんて耄碌してるんじゃないの?」

数年前からこの城で働いてる使用人が、小馬鹿にしたような態度で言う。

少女と女性の中間と言った外見年齢で、長くて尖った橙色の耳と、柔らかそうな質感の四本の尾が特徴的だ。

鬼人族長「使用人如きが調子に乗るなよ。そもそも貴様のような、魔王様のご命を狙っていた者をこうして登用するのも私は反対だったんだ」

側近「あー、やめろやめろ。オッチャン、それそのまんま自分に返ってくる言葉だからね。キツネちゃんもオッチャンをそんなに馬鹿にしないの。せっかく美味しいケーキを食べてるんだから」

使用人「側近がボクにケーキをくれたら考えてあげる」

側近「あー、好きなだけ罵倒すれば良いと思うよ? 俺の知ったこっちゃない」

側近は全く変わっていない。

魔王「変わり身が早いな」

エルフ「キツネちゃん、私の半分個しよ。一人じゃ食べ切れないから」

エルフも成長した。未だに少女のままだったが、出会った当初よりも背が伸び、顔立ちの幼さも幾分減った。
多くの書物を読み耽り、今では魔王よりも博識だ。

使用人「わー、エルフちゃんありがとう!」

魔王「いや、それ俺のケーキ……まあ、良いか」

魔王も特に変わっていなかった。毒気を抜かれたぐらいだろうか。

鬼人族長「王殿。一国の主たる者、妥協はいけませんぞ」

魔王「妥協は必要だろう。意地で道理を引っ込めてはダメだ」

側近「尻に敷かれてる魔王が何言っても全く響かないな」

魔王「うるさいな。そろそろ休憩時間を終わりにしよう」

使用人「また、掃除かー。メンドいなー」

鬼人族長「口じゃなくて手を動かせ」

使用人「分かってますよー」

溜息を吐きながら、使用人は部屋を後にする。

エルフ「お仕事、頑張ってね」

魔王「ああ」

魔王に小さく手を振って、少女も立ち去る。おそらく書斎に向かうのだろう。

三人になり、会議を再開する。

鬼人族長「逆賊どもの話だったか」

側近「逆賊というよりも抵抗軍だな。ご存知の通り、現在魔の国は封建制を廃止して、魔王一人のみを支配者においた絶対王制だ。これは今の人間たちと同じだな」

魔王「それで」

側近「ただ俺たちは、人間たちと違って奴隷制を廃止した。魔王たっての希望でな。まぁ、俺も賛成だが」

鬼人族長「私もだ。ゴブリン、ハルピュイア、コボルト。力が弱いとはいえ、同じ魔族を道具のように扱うなど許せる所業ではない。強者は弱者の上に立つが、それは弱者を虐げるためではなく、導くためだ」

側近「その通りだ。でも残念なことに皆がオッチャンと同意見ではないんだよな。その同意見でない奴等ーー奴隷を使役して甘い汁を啜ってた牛人族や馬人族が抵抗軍の主要メンバーだ。残りはラミアとかサラマンダーとかケットシーとか様々だ」

魔王「抵抗軍の所在は分かっているから、不穏な動きを見せたら無力化できるぞ」

魔王は監視のため、世界中に自分の分身を散在させている。それは鼠であったり、鳥であったり、樹木であったりする。

その一つが、抵抗軍の所在を見つけ、監視を続けている。

分身自体もそれなりの戦闘力を持っているが、今回の抵抗軍のような大規模な力を相手取る時は、彼自身が戦った方が確実だ。

側近「まあ、任せるさ。出さなくて良い犠牲を出したりするなよ」

魔王「分かってるさ」

側近「次にインフラの案件だな。やはり科学にしろ、産業にしろ、発展させるのに必要なのは優秀な人材だ。そして、優秀な人材を育成するためには教育が必要だ」

鬼人族長「教育のためには学校が必要だな」

側近「その通りだ。この二十年の間に、学校は人間の国よりは増やすことができた。けど、目標は国民全員に教育を施すこと。まだまだ圧倒的に足りてない」

魔王「なら増やすまでだろ」

側近「そうなんですよ。しかし、唯一にして最大の難関が一つ」

鬼人族長「なんだ?」

側近「お金が足りません」

この二十年の間に、魔族の間では共通の紙幣が流通している。貨幣の概念が無かった魔の国に貨幣が用いられるようになったのは、ひとえに側近の奮励の賜物であった。

鬼人族長「増やせば良いではないか。造幣の権限を持っているのも我々だろう?」

側近「限界まで造ってるんだわ。これ以上はハイパーインフレが起こっちゃう。大混乱だよ、大混乱」

魔王「なら、俺が魔法で建てるか」

側近「それは純粋に有り難いんだけどな。個人のみ、しかも短時間で大規模な校舎を建てるなんて人間なんかにはできない芸当だし」

鬼人族長「流石は王殿。我々一族もお力添え致します」

側近「でもね、校舎を造るだけじゃダメなんだよ。維持費。教員の雇用費。老朽化した校舎の修繕費。もうね、やばいね。教師も不足してるし。しかも、学校だけじゃダメだからね。医療機関、道路、橋。他にも整えなきゃいけないインフラは一杯あるから」

魔王「土木関係は俺が身を粉にすれば、まあ、何とかなるかもしれないが、医療機関はな」

鬼人族長「私も土木関係なら力になれそうですが、医療は……。治すより壊す方が得意ですので」

魔王「そんなに金がないのか?」

側近「財政を管理する俺が言うんだから、残念なことに間違いない。てか、多忙過ぎだろ、俺。過労で死ぬんじゃないの?」

鬼人族長「具体的にどれくらい困窮しているのだ?」

側近「あシカトですか。あー、王座あったよな? 最近使ってなかったあの豪華な奴」

魔王「ああ」

鬼人族長「前王殿が大切にしていらしたあの王座か」

側近「うん。あれ、売却した」

二人は絶句した。

ーーーーーー
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ーー

深夜。

魔王はひどく疲弊した表情で廊下を歩く。彼は自室に向かっていた。

会議の後、鬼人の一族と共に、彼は道路を建設していた。

資産を増やすためには国民全体が一層豊かになる必要がある。その為には経済の発展、その土台である交通の発展が不可欠だからだ。

鬼人族の剛力と魔王の魔法により、魔草木の群体がはこびる土地や、不毛な荒地を均し、固める。魔法により路面をコーティングする。その作業を延々と繰り返していた。

更に彼は、空き時間を見つけては、人通りの多いと予測できる箇所の河川に橋を数本架けた。

いくら彼といえど、あまりに魔法を酷使すれば力が不足する。

それだけでなく、労働のために自身の分身を限界まで増やした。これはかなりの危険を擁する。

本体が分身よりも弱体化してはいけない。逆に取り込まれてしまうからだ。

一番強力な分身は己の三割ほどの力を持つ。そして、今の彼はそれより僅かに強いだけだ。

魔王(今、エルフと戦ったら殺されるな)

そう自嘲しながら、彼は自室に入る。

エルフ「お帰りなさい。随分遅かったんだね」

彼のベッドにエルフが寝転がっていた。毛布に包まって遊んでいたのか、細く柔らかい髪の毛が乱れていた。

魔王「……どうして、いるんだ?」

エルフ「奥さんが旦那さんの部屋にいちゃダメなの?」

魔王「そんなことは無いが」

彼はベッドに腰掛ける。

エルフ「だったら良いじゃない。忙しいのは知ってるけど、たまには構ってくれないと寂しい。寂し過ぎて、貴方の脇腹を抉っちゃうかも」

魔王は恐怖する。今そんなことをすれば、致命傷になりうる可能性もあった。

エルフ「そんなに怖がらないで。そんなことしないから。でも寂しいのは本当。意地悪したくもなる」

少女は魔王に抱きつく。彼も抱き締め返し、乱れた髪を手で慈しむように梳く。

魔王「寂しい思いをさせてすまない」

エルフ「大丈夫。キツネちゃんもいるし。本もあるし。でもやっぱり魔王は別だから」

少女が彼に抱いている感情は複雑だ。それは恋愛感情と家族愛の中間。

少女はそのことに気付いていない。

いや、無自覚的に気付いてはいるのだろう。しかし、直視はしていない。

エルフ「今日はね、魔物の説話集を読んだんだ。人魚と人間の恋物語は基本的に悲劇で終わるんだよ。愛する心は種族を越えられるはずなのに」

魔王「そう、だな」

魔王は猛烈な眠気に思考能力を奪われ、少女の言葉が理解できなくなりつつあった。

エルフ「きっと人間は、愛することに対して臆病になりやすいんだね。……眠っちゃった?」

魔王は安らかな寝息を立てて、眠りに堕ちていた。眠りながらも、少女を抱き締めたままだ。

エルフ「最近、ずっと疲れてるなぁ」

心配そうに彼女は呟く。

彼の胸に耳を当てる。心臓が脈打つのが聞き取れた。

エルフ「力、また弱くなってるみたい。今じゃ私よりも弱いかもしれない」

彼女の魔法士としての実力は年々飛躍的に伸び、魔王の魔力を遠くでも感知できるようになっていた。

故に、彼女は魔王が魔法を酷使していたのを知って、彼の身を懸念していた。

エルフ「無理しないでね」

呟き、魔法により照明を落とし、毛布を操作して自分たちの身にかける。

エルフ「おやすみなさい。良い眠りを」

こうして、夜は過ぎていく。

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一週間経っても、道路建設は続いている。現在の進行状況では、魔の国全域に道路を敷くのは、十年以上かかると推測できた。

今作業しているのは魔王と族長の二人だけだ。他の鬼人族はそれぞれの本業に従事している。また、魔王の分身は他の土木仕事に勤しんでいる。

人間では比較にならないほどの速度で、人間達よりも遥かに優良な路を作っていく。

しかし、終わりの見えない作業に二人の顔色は優れない。

側近は側近で、過酷なデスクワークに取り組んでいる。彼に自由時間など一切無かった。彼自身はそれに不満は無いのだが。



『それ』は、二人が休憩している時に訪れた。

鬼人族長「……な、何だ!?」

魔王「……夜に、なった?」

二人は戸惑う。今は正午をやや過ぎた時間だ。魔の国は、霞に包まれて普段から薄暗い。

しかし、今辺りを覆っているのは漆黒。

暴風が吹き荒ぶ。雷鳴が鳴り響く。

鬼人族長「何が起きているんだ!?」

魔王「……まさか」

側近「やっばいねー。これは冗談抜きでやばい。魔の国終わっちゃう? いや、世界終わっちゃう?」

側近は窓の外を眺めながらそう口にする。その表情には口調ほどの余裕はなかった。

使用人「ねー! 向こうの『あれ』何なの!?」

使用人が慌てた様子で、執務室に駆け込んできた。

エルフ「側近! 『あれ』ってもしかして伝説の……!」

使用人より僅差で遅れて、慌ただしく少女が入室してくる。険しい表情をしていた。

側近「多分エルフちゃんの予想通りだね。実在するとは思ってなかったけど」

使用人「勿体ぶらないで教えてよー。 ボクだけ仲間外れなんてヒドイよ」

側近「あー、あれね、多分ーー」

『それ』は魔の国の三分の一を覆っていた。

全ての魔物は空を見上げ、『それ』の真下にいる者は急に闇に包まれたことに戸惑い、『それ』を離れたところから見る者は、戦慄した。

『それ』は物であった。更に具体的に言えば生物であった。とぐろを巻いて、地表を見下ろしていた。

突如として発生した雷、暴風、竜巻。
それらは、『それ』が大気中を猛烈な速度で移動したことによって生じた気流の乱れが原因の異常気象だ。

神に等しい存在。世界を俯瞰する存在。世界最古にして最強の存在。

魔王「……こいつ、龍か!?」

鬼人族長「龍!?」

両腕で暴風から顔を保護しながら、彼らは声を荒げて会話する。

「ふむ。君が国の統治者だね」

闇が忽然と霧消して、再び陽の光が差し始める。

「ああ、空の状態なら私が整えておいたよ。迷惑だろうからね。私は他生物のことも慮れる性質なのさ」

魔王達の眼前には女性が立っていた。ひどく妖艶な雰囲気を漂わせ、同時に全てを屈服させるような威厳も纏っていた。

魔王は、二つのみを残して分身の力を自身に戻す。

眼前に佇む女性の実力は圧倒的に、先ほどまでの彼よりも格上だったからだ。そして、約七割の力でも、少なくとも勝つことはできないだろうと分析した。

魔王「何者だ?」

「何てことは無い。変わり映えしないただの龍さ」

そう言って、彼女はーー人型となった龍は愉快そうに喉を鳴らす。

鬼人族長「先程まで上空にいたのも貴様か?」

龍「その通り。ーーさて、行こうか」

魔王「……何処にだ?」

龍「何処って、決まってるじゃないか」

彼女はキョトンとした顔になる。

龍「君たちのお城だよ。お茶くらいご馳走してくれるだろう?」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

龍は人跡未踏の地ーー世界の端と言える場所で暮らしていた。

個体数は一。彼女のみである。

魔物が誕生する以前より生きている。

世界を見渡す力により、この世界を終始覗き見るのが趣味だ。また不老でもある。

起きている時間よりも寝ている時間の方が長い。

そして、人型にもなれる。

龍「私のことについてはもう満足したかい?」

そう締め括って、彼女は優雅に茶を啜る。

客間には、彼女の他に五人いた。

側近「他にも訊きたいことは色々あるけどな」

鬼人族長「我々が最も訊きたいのは貴様の目的だ」

側近「さすがオッチャン、よく分かってる」

龍「目的ね」

彼女はしばらく目を瞑る。

龍「魔王の伴侶になることかな」

やがて目を開き、微笑みを浮かべながら告げた。

魔王「……はあ?」

龍「支配者の妻。中々に愉快な肩書きじゃないかい? それに、君には興味があるしね」

エルフ「残念だけど、それは無理だよ。魔王には私がいるもの」

少し、不愉快そうな顔で少女は言う。

使用人「龍さん、残念だね。魔王様は中古でした」

魔王「その言い方はやめろ」

龍「ふむ。しかし、寝取るのも一興じゃないかい。……いや、冗談さ。睨むのはやめてくれ。整った顔が台無しだ」

エルフ「原因は貴女」

龍「困ったね」

側近「まあ、悪ふざけは置いといて。本当の目的は何だ? あ、ちなみに俺はどう?」

龍「本当の目的ね。そんな物は無いのだが。君とは良い友達にはなれそうだ」

側近「わーい! 脈無し宣言いただきましたー! ちくしょう!」

鬼人族長「ふざけてるではないか。それではどうして魔の国に来たのだ?」

龍「ふむ。暇だからかな」

側近「暇だからか。暇だから遊びに来て、俺たちは甚大な損失を被ったと。龍ちゃんが起こした異常気象で、農作物がダメになったところが一杯有るんだぜ?」

龍「ふむ。それは悪いことをしてしまったな。久々の遠出だから少し調子に乗ってしまった」

側近「軽い! 謝罪が軽すぎるよ! 龍ちゃんがちょっと調子に乗っちゃったら、俺の仕事がメチャクチャ増えちゃったんだよ! 殺す気か!」

龍「む。……すまない」

魔王「それくらいにしておけ。俺も手伝おう」

側近「あー、そっすねー。頑張りますよ。お仕事しよー。いえーい」

使用人「いつにも増して側近が壊れてるね」

鬼人族長「しかし実際問題として、人手が足りませんな。これ以上は側近でも手が回らないのでは?」

魔王「しかし、政治手腕に長けた者で、俺に忠誠を誓っている魔族など少数だからな」

龍「ふむ。人手が足りないのかい? ならば手伝おう」

側近「えー。役に立つの? もうね、物をぶっ壊すことしかできなそうな気がしてね」

龍「失敬だね。いや、実際にどれくらい有能か見せてあげよう。そうすれば納得するだろう?」

魔王「そう言うのなら道路でも建設してきてくれ」

呆れたような口調で魔王はそう口にする。
期待は微塵もしていなかった。

龍「君達のやり方で良いんだね? それくらいなら数時間で終わるさ」

龍は客間から出て行く。

側近「これ以上の被害だけは生まないでくれ」

数時間後。

五人は、建設された道路を見て閉口した。

側近「……何だこれ?」

魔王「俺たちが一週間かけて建設した道路は一体……」

鬼人族長「なんという……」

エルフ「すごい」

使用人「ピッカピカだねー」

幅広の道は、同じ大地とは思えないほど滑らかで、窪みや突起が一つもなかった。

他の魔物たちも、突如として出来上がった道路にざわめいている。

龍「コーティングしてあるから千年は劣化しないままだよ。交通の主要になると思われる処には全て敷いて来た。ついでに橋も架けておいた。そちらも千年はそのまま使えるだろう」

側近「き、規格外すぎる……」

魔王「……うむ」

龍「伊達に長生きしてないさ。さて、私の有用性は証明できたかな?」

側近「お、おう。……い、いや! 確かに凄いが、これが国中に巡らされているかは怪しい。魔王、分身とコンタクトを取ってくれ」

その言葉に魔王は目を剥き、それから顔をしかめた。

魔王「しまった。今、分身は二つを除いて全部自身に戻してしまった」

エルフ「ああ、なるほど。だから、また力が大きくなってるんだ」

鬼人族長「……む? ということは?」

魔王「ああ。……抵抗軍から目を離してしまった」

苦々しい表情で彼は告げた。

龍が訪れて、一週間が経った。

魔王は再び監視を散らしたが、抵抗軍は所在を変えていた。どうやら監視していたことを気取られていたらしい。至る所を探したが、見つけられないままだ。

龍はあの後、魔の国の発展に協力している。協力期間は彼女の提案で一ヶ月。それ以上は不可能らしい。

しかし、彼女の力により本来なら、数年はかかる成長をたった一週間で果たしてしまった。

彼女は、現行技術とは思えないほどのテクノロジーの知識を有している。

その一つが促成交配だ。
異種同士の魔獣や魔草木を掛け合わせて、より都合の良い種を作る交配。

それに瘴気から抽出できる『魔晶水』を養分として使用することで、従来の数十倍の速度で成長を促し、基本的に他者にとって都合の良い性質を備えている劣性遺伝子を発現しやすくなる。これが促成交配だ。

魔晶水の存在も、その抽出方法も彼女が伝えた。

魔王は少女と共に、書斎で読書をしていた。

正確には彼は読書をしているのでは無い。少女に背もたれ付きの椅子のように身を預けられ、必然的に活字が目に入ってくる状況にあるのだ。

龍が来てから、少し時間に暇ができた彼は少女と過ごす時間が増えていた。

彼女は、彼に密着する頻度が増えた。やはり今まで寂しい思いをさせていたことを痛感して、彼の胸は苦しくなる。

少女を抱き締める。少しタイトに。

エルフ「どうしたの?」

少女は本から目を離し、振り向いて訊ねる。

魔王「いや、もうすぐ業務に戻らなければならないからな。側近だけを働かせるわけにもいかないしな」

エルフ「それで、寂しくなったの?」

少女は笑いながら問いかける。

魔王「まあ、当たらずも遠からずだ」

それ以上は何も言わずに、少女が苦しまない程度に、更に腕力を強めた。

魔王「……そろそろ時間だな」

少女に回していた腕を外し、彼は立ち上がる。

エルフ「頑張ってね」

魔王「ああ」

返事して、ドアを開く。

龍「やあ」

ドアの先に龍が立っていた。

魔王「何の用だ?」

龍「いや、ちょっと調べたい文献があってね。私といえど物忘れをすることはあるから」

魔王「そうか」

頷いて、首をひねる。

少女は二人を見つめていた。その碧玉の瞳に宿る感情がどのようなものか、彼には分からなかった。分からない方が良い気がした。

魔王「まあ、仲良くな」

龍「何を言ってるんだい? 私たちは仲良しさ」

彼女はキョトンとした表情で言う。嘘を吐いてる顔では無く、心からそう思っているようだ。

魔王「……なら、良いんだがな」

龍「ああ、それと」

魔王「何だ?」

龍「君も非道だね。側近君なんて可哀想な存在を造っちゃってさ」

魔王「……そうかもな」

それだけ言って彼は立ち去った。

龍「やあ、エルフちゃん」

エルフ「どうも」

龍「彼と仲が睦まじいんだね。しばらく前から扉の前に立っていたんだが、入り辛くてしょうがなかったよ」

エルフ「ごめんなさい」

龍「いや、良いんだよ。しかし、深い恋仲ほど壊しがいは有ると思わないかい?」

エルフ「歪んでる」

龍「そうかもね。ーーでも君の愛も相当歪んでいるんじゃないかい?」

その言葉に、少女は嫌悪を露わにする。

エルフ「そんなことない」

龍「あるさ。君が彼に向ける愛は性愛かい? それとも親子愛?」

エルフ「……」

龍「考えたこともなかったかい? だから歪んでるんだよ」

龍の全身を覆うように大量の剣が現出し、空中で静止した。

龍「やれやれ。そこらの原子を組み替えて刃物にしたのかい? しかも強力な魔力を付加してあるから霊的な損傷も与えられると。君も大概規格外だね。でも無駄だよ」

龍を囲っていた剣が全て崩れ、消失した。

エルフ「そんな……!?」

龍「すぐに武力を行使するのは頂けないね。力の行き付く先なんて破滅だけさ」

龍は紙とペンを手に取る。

龍「先ほどは文献を調査すると言ったが、あれは嘘でね。私の知り得る知識を少し書き残そうと思ってここに来たんだ。ほら、年を取ると後世に何かを伝えておきたくなるだろう?」

歌うように言って、彼女は椅子に腰掛け文字を書き始める。

エルフ「……貴女の目的は何?」

龍「そんなもの無いと前も言った覚えがあるけどね」

それから小さい声で呟く。

龍「目的を見つけることこそが目的さ」

執務室では側近と使用人が言い争っていた。というよりも戯れていた。

使用人「給与をあげろよー」

側近「そんな余裕はありません。大体充分に払ってるだろうが」

使用人「ボクは働き詰めの側近の分まで遊んでやろうと思ってだね」

側近「そんな心遣いは微塵も嬉しくないわ! そもそも心遣いなのかそれは!?」

魔王「どうして自分のセリフにツッコんでいるのだお前は」

使用人「あ、魔王様。魔王様からもボクの賃金の値上げを訴えてくださいよー」

魔王「側近がノーと言うならノーだ。この国の財政管理者だからな」

使用人「うう……!」

側近「今度ケーキ奢ってやるからそれで良いだろ」

使用人「ほんとうに!? やりー!」

嬉しさを表現するように、使用人は四本の尾をしきりに動かす。

使用人「言ってみるもんだね。それじゃ、ボクは仕事に戻るよ」

使用人が部屋を後にしてから、側近は机に伏す。

側近「あー、キツネちゃんの相手するのも疲れるわー。美少女と話ができるのはこの上なく幸せだけど、最近は今までよりも忙しいからな」

魔王「少し休暇をとっても良いんじゃないか?」

側近「いや。龍ちゃんが手伝ってくれる一ヶ月はメチャクチャ貴重だからな。今は本当に寝る間も惜しんで働く時期だ」

魔王「……ふむ」

側近「どうした?」

魔王「いや、龍がお前のことを可哀想な存在と言ってたからな」

側近「それはあれか? 彼女や嫁候補がいないからか? 独り身で可哀想ってか?」

魔王「お前の存在自体がだろ」

側近「は? 俺が可哀想? え、俺が? 俺って可哀想なの?」

魔王「俺に訊きれても困る。お前がそう思ってないなら良いんじゃないか?」

側近「ん、そうだな。可哀想ねー」

側近「そういやオッチャンは?」

魔王「今日は鬼人族の長としての業務を行うと言っていたな」

側近「俺聞いてないんだけど。まあ、良いや。しかし、オッチャンといい、キツネちゃんといい、丸くなったな」

魔王「まあ、そうだな」

側近「キツネちゃんとエルフちゃん、更には龍ちゃん。随分と華々しくなったな。絵面的にむさいオッチャンはいらねーな」

魔王「あいつもしっかりと業務に貢献しているだろう」

側近「まあ、そうなんだけどよ。ーーそれで、抵抗軍の話だが」

魔王「未だに見つからん。見事に監視の目を潜り抜けられている」

側近「どうして、監視がばれるんだ?」

魔王「よほど探査に長けた者がいるのだろう」

側近「探査に優れた魔族……ああ、ケットシーか?」

魔王「おそらくな。しかも相当な実力者。今までは監視に気付きつつも、素知らぬふりをしていたのだろう」

側近「そして、龍ちゃんが現れた混乱に乗じて隠れ家を変えたと」

魔王「ああ。だが、おそらく城の近くに潜んでいるだろうな」

魔王の言葉に側近は肯く。

側近「だな。奴等に一番必要なのは機動力だ。好機を逃すわけにはいかないからな。そのためには近くに潜り込む必要があると」

魔王「その通り。監視の目を城下の街にも送っている。中々に根性がある奴等のようだからな。早期に無力化した方が良い」

側近「ま、そっちは任せるから頑張ってくれい」

使用人は買い出しの帰りだった。

必要物資の他に、側近の許可を得てケーキを買った。少女と自身と龍の分だ。

彼女は上機嫌で道を往く。四本の尻尾が大きく振られ、彼女の感情を表していた。

「久し振りだな。キツネ」

声を掛けられ、彼女は止まる。

眼前に、巨漢がいた。鬼人と同等の背丈に、丸々と肥えた肉。頭には双角が生えている。馴染みの有る顔であった。しかし、旧友などと言えるような間柄ではなかった。

使用人「……久し振り。相変わらず、無駄にデカイね」

ミノタウロス「ふふ、アンタは少し弱体化したんじゃないか? 飼い猫状態が長いみたいだからな。いや、飼い狐か?」

使用人「……そうかもね」

使用人「それで何の用? 今日の晩御飯のオカズにしてくれって?」

ミノタウロス「そんなに厭うなよ。俺が魔王討伐の軍を組織してるのは知ってるだろう? 俺たちは長い間監視の目に晒されていたのだから」

使用人「らしいね。龍さんが来た時に消息を見失ったって騒いでたよ」

ミノタウロス「そして、わざわざ危険を侵してまでアンタにコンタクトを取ったのは、アンタの情報と力が必要だからだ。我等が義勇軍にな。もちろん報酬は出すぞ」

使用人は吹き出しそうになる。発足理由から目的、戦闘体制まで自己保身の塊でできているであろう組織を、『義勇軍』などと名付ける彼らの神経に。

使用人「悪いけど、今の仕事は城の使用人なんだ。『戯遊軍』なんて興味ないかな。奴隷解放令を出されて窮地に立たされたからって、生命を安売りするのは良く無いんじゃない?」

ミノタウロス「……」

使用人「昔のよしみで、君たちのことは黙っていてあげるよ。まあ、どうせ失敗したところで殺されはしないことを知ってるから安心して行動してるんだろうけど。それじゃあボクは帰るよ」

ミノタウロス「……協力しなかったことを後悔するなよ」

使用人「しないよ。ま、頑張って戯遊を楽しんでおいで」

彼女は牛漢の横をすり抜けて行く。

使用人「ああ、それと。最近、魔王様は弱体化が甚だしいよ。もはや無敵ではないね」

使用人(と、言っても、龍さんという規格外が現れただけで、魔王様本人が弱くなったわけではないけど)


ーーーーーー
ーーーー
ーー

魔王「何をしているんだ?」

夜が更けた頃合い。
魔王は回廊の窓から空を見上げる龍を見つけた。

龍「なに。星を見てるのさ。瘴気のせいで、ほとんど見えないけどね」

外に目を向けたまま、彼女は答える。

龍「良いのかい? 私と話しているとお姫様の顰蹙を買うことになるが」

魔王「そのことだが。要らぬことを吹き込んだようだな」

先ほど彼は、昼間の出来事を少女に告げられた。

龍「それで、君の大事なお姫様は何て言ったんだい?」

魔王「……一人の女性として愛してる、だそうだ。そのような結論を出すにはまだ早すぎるだろうに」

頬を指で掻きながら、彼は言う。

龍「早すぎるのは良いさ。遅すぎるよりは。最適な機会を掴めば最も幸運だが。それで、君はなんて答えたんだい? 有耶無耶にしたりするのは良くないよ」

魔王「……お前に言う必要も無いだろ」

龍「ふふ、その通りだよ。私は世界を隈なく俯瞰できる。君たちのいじらしいやり取りもな。言う必要も有るまい」

魔王「……食えん奴だな」

龍「褒め言葉として受け取っておこう」

魔王「何故、こんなことをしているのだ?」

龍「こんなこと?」

魔王「俺たちへの協力だ」

ああ、と彼女は頷いて、

龍「何故だろう?」

彼の方を向いて微笑んだ。

龍「この世界が例えば大きな動物たちによって支えられているとする。まあ、あり得ないが」

魔王「それで」

龍「その時、君は何か不都合が生じるかい? 大地の奥底に眠る『力の塊』の正体が、古代の生き物だとした場合、君は不都合が生じるかい?」

魔王「いや」

龍「それと一緒さ。私に目的なんか無くても君には関係無いのだよ。君たちといるのは楽しいけれどね」

魔王「そうか?」

龍「そうさ」

彼女は窓とは反対の向きに歩き始める。自室に戻るらしい。

龍「それじゃあ、おやすみ」

魔王「ああ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

龍との契約も残り二週間になっていた。

魔の国は、異常ともいえる発展を遂げるだけの技術と土台を創りつつあった。後は時間のみが必要であった。

側近と鬼人族長は、龍に滞在期間を延長するように懇願したが、彼女は頑なだった。

あの後、龍は少女とも和解して、よく談笑していた。というよりも、龍が少女に色々な昔話を聞かせていた。そこに使用人も混じってガールズトークを展開したりしていた。

抵抗軍は未だに見つからない。かなりの人数を抱えているにも関わらずだ。

鬼人族長「龍殿に言い付けられた品を仕入れておきました。リストに種類と数を記載しています」

龍「うん。これだけあれば充分。薬の調合を教えるよ。後で本にも記しておくけど」

側近「おー、頼むぜ。医療も大事だからな。教育の基礎理論も確立できたし、大分目標に近づいてきたな。ーーしかし、この計画表にある『電気』っていうのを普及できれば工業も生活水準も飛躍的に発展しそうだな。これも瘴気を活用するのが効率的なのか」

龍「瘴気は世界最高の資源だからね。おそらく魔物は人間よりも得してるよ」

使用人「お茶いれたよー。あれ? 魔王様は」

側近「ここら一帯の水源確保の為に、スライム族のとこに行った。試験的に上下水道を整えるんだ。そのうち、わざわざ水を汲みに行く手間も無くなるぞ」

使用人「おー、それはすごい。一杯楽ができるね。でも、魔王様がする仕事ではないよね」

側近「人手が足りないからしょうがないんだよ。スライムたちとの交渉は有る意味骨が折れるからな」

鬼人族長「タヌキめ。若いうちから怠けることばかり考えるんじゃない」

使用人「キツネだって。オッチャンの口煩さには本当に参るね」

鬼人族長「なんだと?」

側近「すぐケンカするんじゃないの」

魔王「邪魔するぞ」

スライム族長「こ、これはま、魔王様! ど、ど、どうしてこのようなところに!? も、もしや、我々をこ、こ、こ、こりょすために!?」

スライム’s「ひいいいぃいぃ!!」

魔王「いや、そのような野蛮を働くために訪れたわけではない」

スライム族長「も、もしや、婚約者を探しをなさっているのですか!?」

スライム’s「な、なんだってー!?」

魔王「どこからそんな話が出てきたんだ。そもそもお前らとでは子どもが作れんだろうに」

スライム族長「と、と言うことはや、やはり、た、食べられてしまうのか!?」

スライム’s「いやああぁぁ!!」

魔王「……お前ら賑やかだなぁ」

彼は溜息を吐いた。

使用人は城下に広がる街のカフェテリアにいた。待ち合わせをしていたのだ。

浮かない表情で、アイスティーに口を付ける。

ミノタウロス「来てくれたか」

巨漢が入店し、彼女の向かいに腰掛ける。彼の体重に耐えきれず、椅子の脚が歪んだが、当の本人は気にしていないようだった。

使用人「ボクの部屋に手紙を置いといてよくそんなことが言えるね。どうやって城内に忍び込んだんだか」

ミノタウロス「ヴァンパイアだよ。あいつらは影から影に移動できるからな。まあ、勘付かれないように必死だったらしいが」

使用人「うわー、お風呂とか覗いてたら殺そう」

ミノタウロス「そんなことよりだ。良い加減行動を起こそうと思ってさ。それにはやっぱりアンタの協力が必要なんだよ。戦力としては勿論、情報もな」

使用人「だから、依頼はお断りだって。今は城の使用人なの」

ミノタウロス「誰が依頼なんて言った?」

使用人「……は?」

ミノタウロス「いやー、苦労したんだぜ。アンタの妹を探し出すの。辺鄙な処に匿いやがって」

使用人の顔に僅かに、そして確かに焦りが浮かぶ。彼女は以前、魔王の暗殺を試みた。それが失敗した時のために、実妹をとある場所に託していた。

使用人「そんな……。見つかるわけがない」

ミノタウロス「そりゃ、人魚族の村にいるとは思わなかったよ。昔に、妖狐族には水中でも呼吸ができる秘術があるとアンタが言っていたのを思い出すまでわな」

使用人「っ!」

ミノタウロス「良い娘だな。人魚を一匹殺したら、自分から俺たちについて来たぜ」

勝ち誇った顔で、牛面の漢は指を一本立てる。

ミノタウロス「アンタに選択肢なんて無いんだ。尤も、妹が死んでも良いなら別だが」

彼女は怒りにわななく。大男はその様子を見て、下卑た笑いを顔に浮かべた。

使用人「……話を聞かせろ」

使用人は城内部の詳細、魔王たちの戦力、彼等のスケジュールをできるだけ事細かに伝えた。

牛漢はそれを聞いて魔王城襲撃の案を練った。

使用人「……随分とボク頼みの計画だな。そんなので上手くいくと思ってるのか?」

彼の計画を聞いて、彼女は苦言を呈す。

ミノタウロス「いくさ。アンタが気取られなければ」

使用人「お前らは魔王さ……魔王を舐めてる」

ミノタウロス「そんなことないさ。俺たちはバケモノの強さを把握してるし、死ぬ覚悟だってできてる」

そう口にして、彼は紅茶を飲み干す。ティーカップは彼の手に有ると、非常に小さく見えた。

ミノタウロス「アンタの情報が確かなら、決行は一週間後だ。少しでも、情報に差異があったら妹を殺す。先ずは可愛らしいお耳だな。刃物でゆっくり削ぎ取ってやる。次は尻尾。尻の肉ごと引き抜いてやる。それから爪を一枚一枚剥がして、最後には×××に熱した鉄の棒をぶち込んでやる。いや、そんなことすれば淫乱な妖狐族は悦んじまうか?」

使用人「……やめてくれ。誤りなんて無い」

ミノタウロス「そうかよ。ああ、そうだ。俺たちに勝利を導く救世主を見せてやる」

彼がそう言い終えると同時に二足歩行する小さな獣人がいた。猫に似た生物だった。

使用人「……ケットシー?」

使用人は怪訝な表情になる。ケットシーは高い探査能力を持っているが、それ以外に特筆すべき点がないからだ。

ケットシー?「ガギ、アガガギュ……」

獣人は虚ろな瞳を周囲に向けながら、しきりに奇声を発する。

ミノタウロス「このケットシーは宿主だ」

使用人「宿主?」

ミノタウロス「『混沌』のだよ」

彼女は絶句する。

ミノタウロス「発見できたのは本当に奇跡だ。運は俺たちに味方してるようだな」

混沌。

生物に分類できるかも怪しい存在。繁殖方法は不明。

魔物に寄生して、肉体の主導権を奪い、その遺伝子を読み取り次第、現在の宿主を殺して、次の宿主へと移る。それを繰り返して進化を繰り返す異端のバケモノ。

ミノタウロス「混沌は無限に強くなれる。前王も混沌だったしな。不意をついてこいつを使えば魔王も倒せるだろう」

ケットシー?「フギャギャギャ、グギギギ」

混沌が、けたたましく笑う。

これからの未来を混沌に導くように。

疲れたので一旦投下終了です。

明日の早朝か、夜に再開する予定です


時間ができたので一気に投下します。

魔王「疲れた」

エルフ「お疲れ様」

側近「何だ? 随分とお疲れちゃんだな?」

魔王「なに。言葉が通じるのに意思が通じない壁にぶつかったのだ」

側近「はは、スライムは面倒な奴らばかりだろ。良い奴らなんだろうけどな」

魔王「とにかく、水源は確保して来たぞ」

側近「ナイスナイス。さっそく龍ちゃんとオッチャンが大工数人を連れて局建設に行ったぞ。ちなみに俺は技術士たちと電気についての打ち合わせをしてた」

エルフ「私だけ役に立ててない」

側近「エルフちゃんはキツネちゃんの手伝いとかしてるから良いんだよ」

側近「あれ、そういえばキツネちゃんは?」

エルフ「昼に出掛けてったよ」

側近「仕事サボってんのかい。給料下げちゃうぜ、全く」

エルフ「でも出掛ける時はあまり楽しそうじゃなかったけど」

側近「ふーん。まあ何にせよ、お仕事はしてもらわんと困る」

使用人「いやっほー! ただいまー!」

使用人が、えらく上機嫌な様子で執務室に駆け込んできた。

使用人「いやー、楽しんで来ちゃったよ! みんなは働いてたのにゴメンね!」

側近「どこ行ってたんだ?」

使用人「色々だよー!」

エルフ「……キツネちゃんどうしたの?」

側近「何かあったのか?」

二人は怪訝な面持ちで訊ねる。

使用人「な、何にもないですよー? あ、ボクはまだお仕事のこってるから行くね!」

そう言い残して、彼女はすぐに立ち去った。

エルフ「……どうしたんだろ?」

魔王「そんなに様子が変だったか?」

エルフと側近は確信に満ちた顔で同時に肯く。

エルフ「大事な友達だから」

キッパリと、彼女は言った。

側近「俺は、まあ、敏腕ですから」

少し歯切れ悪く、彼は言った。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

書斎にて龍は書き物をしていた。自分の知り得る知識の内、魔族に必要であろう知識を遺すためだ。

魔王「精が出るな」

唐突に声を掛けられ、彼女は手を止める。

龍「やあ。どうして真夜中にも関わらず書斎へ来たんだい?」

魔王「何。お前に訊きたいことが有ってだな」

龍「なんだい?」

魔王「お前の正体だ」

彼女の顔から表情が消えた。

龍「そんなことより、君にはもっと気にしなければいけないことが有るんじゃないのかい?」

魔王「そうかもしれない」

魔王「しかし、気になるのだ。お前の正体が。その答えは俺が何者で有るかも示してくれるかもしれない」

龍「自分が何者なのか分かる者なんていないさ。しかし、正体と言われても私は龍だ。それしか言えないよ」

魔王「そうか。ならば、俺の奇天烈な妄想を聞いてくれないか?」

龍「妄想は脳内で垂れ流すのが一番だと思うけどね。取り敢えず聞いてあげるよ」

魔王「この世界には、古代に栄えた文明があった」

龍「ロマンチックだね」

魔王「優れた文明は優れた技術を生みだした」

龍「失伝技術のことかな。それもロマンチックだね」

魔王「例えば促成交配」

龍「……」

魔王「それに必要な魔晶水。それどころか、瘴気、ひいては『力の塊』すらもその技術かもしれない」

龍「なるほどね」

魔王「龍。お前は、古代人なのか?」

彼女はしばらく何も言わなかった。

長い間を空けて、

龍「……ぷっ」

彼女は噴き出した。

龍「いやー、面白い。魔王君、君は人を笑わせる天才だね」

魔王「そんなに面白かったか?」

龍「ああ、最高さ」

龍「ボクは生まれた時から龍さ。人型にはなれるけど人であったことはないよ」

魔王「そうか。いや変なことを言ってすまない」

龍「むしろ楽しませてもらったけどね」

魔王「話はそれだけだ。お前も早めに寝ろよ。おやすみ」

龍「心配ありがとう。おやすみ」

彼は書斎のドアを閉める。

龍「君たちの安穏は長くないかもしれないね。私の安穏も長くないけれど」

彼女は肩を竦めながら呟いた。

使用人は以前、よく名の知られた殺し屋だった。膨大な依頼を受け、数多の者を暗殺してきた。

そのきっかけは、前王の時代。一族の里が他部族に攻め込まれ潰滅したことによる。

妹とともに生き残った彼女は、依頼を受け、報酬の代わりに標的を殺す。それを繰り返して生計を立てていた。それが最も手っ取り早かった。抵抗軍を統べる牛男はそんな彼女の顧客の一人だった。

数年前、魔王と対立していた一族から多大な報酬と引き換えに彼の暗殺を依頼された。

彼女は殺害に失敗し、捕縛された。本来は処刑されて然るべきだったが、魔王の厚意でこうして城の使用人として働いている。

使用人(ボクはバカだ。城のみんなが危害を加えないと、とっくの昔に知っていたのに、妹を迎えにいかなかった)

簡素なベッドでうつ伏せになりながら、彼女は後悔と共に、自己の中で撞着を繰り返す。

裏切る。血に汚れた自分を受け容れてくれた魔王たちを。
見捨てる。唯一の肉親である妹を。
いっそ全てを放棄する。考えることも行動することも。
様々な感情が錯綜して彼女を苦しめていた。

彼女の部屋のドアがノックされた。音源の位置が低いことと、ノック音の小ささから、扉を叩いたのは少女だと判断した。

使用人「……どうぞー」

ベッドから起き上がり、笑顔を作って待ち構える。案の定、ドアを開けて室内に入ってきたのは少女だった。

エルフ「遅くにごめんね」

使用人「起きてたから大丈夫だよ。どうしたの?」

努めて平静を装い、用件を促す。

エルフ「今日のキツネちゃん、様子がおかしかったから。街で何か有ったの?」

使用人「別に。ちょっと調子が悪いだけだよ」

彼女は笑って誤魔化すが、少女はかぶりを振った。

エルフ「嘘だよ。キツネちゃんは嘘を吐く時、耳がピコピコ動くんだから」

彼女は思わず己の耳に手を当てる。

エルフ「ごめん。カマかけたんだ。でも、やっぱり嘘を吐いてるんだね」

彼女は驚き、それからムッとした顔になる。

使用人「そーいうのは良く無いよ」

エルフ「ご、ごめんなさい」

少女はひどく焦った様子で謝罪する。その狼狽ぶりは、使用人の方が申し訳なるほどだった。

エルフ「で、でも、キツネちゃんが凄く辛そうな顔をしていたから、力になりたくて。私、キツネちゃんが大切だから」

使用人「……エルフちゃんは、魔王様が一番大切でしょうに」

少女の言葉に、涙腺が緩みそうになるのを堪える為、そう茶化す。

エルフ「ま、魔王は、ほら、その。……今は関係ないよ。大事なのはどうしてキツネちゃんが困ってるのかだよ」

使用人「……今は何も言えないよ」

少女が親身になればなるほど、彼女の中の葛藤は尚更大きくなる。
それに、抵抗軍の監視が無いとも言い切れなかった。

エルフ「……そう。だけど一人で抱え込んだりしないでね。私たちは友達なんだから」

使用人「あはは、それは違うよ。ボクたちは主従関係。敬語は使ってないけどね」

しかし、少女は強くかぶりを振る。

エルフ「違うよ。主従関係は確かに有るけど、それでも私たちは友達だよ。キツネちゃんのことを他人だとは思えないもの。キツネちゃんが楽しそうなら私も楽しいし、キツネちゃんが悲しかったら、私も悲しい」

使用人「……」

エルフ「キツネちゃんとお話する時間は凄く大切な時間。一緒にケーキを食べたりするのも凄く大切な時間。そう思ってたのは私だけなの?」

使用人「そんなことない! ボクだって……!」

少女は微笑む。その柔和な顔は、妖狐の苦悩する心を安らかにした。

エルフ「嬉しい。話はそれだけ。おやすみ」

使用人「……うん。おやすみ」

使用人「友達、か」

少女が部屋を去った後、彼女は呟く。頬に雫が伝っていた。

使用人「ボクは……。ごめん」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

一週間は慌ただしいままに過ぎて行った。

契約最終日の前日。執務室には龍と側近の二人がいた。他はそれぞれの職分を遂行している。

側近「大瘴溝に建設した発電所は再来週から試運転する予定だ」

龍「ふむ。私は見届けられそうにないな」

側近「もうちょいこの国に居ても良いんだぜ。むしろ居てくれ」

龍「君もしつこいね。それは無理なんだ」



側近「まあ、断られることは知ってたけどな。まあ、今度暇な時に遊びに来いよ」

龍「……そうだね。そういえば君に幾つか訊きたいことが有ったんだ」

側近「ん、何だ? 好きな女の子のタイプか? 巨乳だな。顔を埋めて癒されたいね。おっぱいには幸せが詰まってる」

龍「そんなことは訊いてないよ。君はどうしてこんなにも国を発展させようとするんだい?」

側近「んー、何でだろうな。暇つぶし、かな」

龍「暇つぶしにここまで熱くなるものかい?」

側近「何事も全力でやりたい主義なんでね」

龍「そうかい。しかし、君がいくら全力を尽くして国を発展させようが、民を幸せにしようが、悲劇は必ず起こる。例えば、この前にも人魚が殺害されたりもしただろう?」

側近「抵抗軍の仕業と思われる人魚族への襲撃か。多くの被害者が出てしまったな」

龍「これは君たちがいるせいで起きた事件とも言えるわけだ」

側近「そうだな。俺たちが早期的に抵抗軍を無力化していれば、こんなことは起こらなかった。俺たちのミスだ」

龍「ふむ」

側近「でも、仕方ねぇだろ。俺たちは全知全能じゃねぇんだ。できることをやる。それだけだ。それにクソッタレな世の中だからこそ変えがいが有るんだよ」

龍「そうかい。次に訊きたいのは君の存在そのものさ」

側近「どういう意味かよく分からないな」

龍「自分が不安定な存在だとは思わないのかい? 自分勝手に造られて、自分勝手に押し付けられた目的を果たさなきゃいけない」

側近「いや、別に思わねーけど。龍ちゃんは長生きしてるくせに分かってないな」

龍「何がだい?」

側近「俺だけに限らず、生物は皆自分勝手に生命を押し付けられてるだろ。そしてそれを当然だと思ってるだろ。俺だって同じさ。生命を与えられた。だったら自分のやりたいことをやるまでだ」

龍「それが先進社会国の創建だと?」

側近「おう。高度な知能生物は他の生物には持たない性質を持つからな」

龍「利他心かい?」

側近「ご名答。皆を幸せにしたい。そんな欲求が俺にだって有るんだ。もちろん俺だって幸せにはなりたいけどな。幸せを目指すことこそが幸せなんだろうよ」

龍「……良いね。その貪欲さを私も見習いたいね」

側近「おう、見習え見習え。欲深く生きようぜ。自分を満たす為に生きてんだからな」

龍「そう、だね。……先ほどの人魚族の件だが、抵抗軍は人魚たちが匿ってた妖狐を連れて行ったらしいね」

側近「ああ。キツネちゃんの妹だろうな」

龍「おや、気付いてたのかい?」

側近「敏腕ですから。妖狐族ってのは今や稀少だし、キツネちゃんはずっと前に妹がいるって言ってた。それに、抵抗軍のリーダーはキツネちゃんの昔の顧客だったようだ」

龍「やれやれ。君は素晴らしい調査力と推理力の持ち主だね。それじゃあ、使用人が反旗を翻した者たちと内通してるのも察してるのかな?」

側近「そうだろうとは思ってたが、マジだったか。粗方、協力しなかったら妹を殺すぞー! とでも脅されてるんだろ?」

龍「その通りさ。君はどうするつもりなんだい?」

側近「キツネちゃんの意思を尊重するさ。俺たちを裏切ろうと、俺たちの味方になろうとな。キツネちゃんに敵が有利な場所まで誘われたら颯爽と向かうし、力を貸してくれと言われたら全力で助けるつもりだぜ」

龍「ふむ。君は彼女が大切なんだね」

側近「そうだな。さっきは利他心とか色々のたまったけど、結局目の前で困ってる奴を見捨てらんないだけだ。小さい存在なんでね」

龍「小さいかもしれないけれど、私は好きだよ、君の考え方」

側近「おう。ありがとな」

龍「もっと早く、君たちと出会いたかったものだ」

少しだけ寂しそうに彼女は笑った。

側近「お前……。遅くなんかないだろ。確かに、一緒に過ごした時間は短かったけど、その時間は確かに存在したんだ」

龍「……ふふ、そうだね」

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使用人は熟考を重ねた。

結果、彼女は裏切ることを決めた。

彼女なりの覚悟であった。静かで、そして確固とした決意であった。

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龍が来てから一月が経った。

彼女は、光溢れる森を歩いていた。微風が彼女の頬を僅かな間撫でて、通り過ぎていく。

魔鳥「おいおい、綺麗なお姉さん。ご主人様の命令でここは立ち入り禁止ですぜ」

龍「君は、魔王の分身だね」

魔鳥「お? 俺とご主人様のことを知ってるんですかい? だったら入っても良いと思いますぜ。綺麗な女性ですしね。後で叱られる時は、無理やり押さえつけられたとでも言っときます」

龍「ふふ、そうすると良い」

エルフの森。瘴気がはこびる場所の内、最も清浄な場所。

彼女は奥へと進んでいく。

龍「待たせたね。存外、書き記すことが多くてね、手間取ってしまった」

魔王とエルフは地中より飛び出た神木の根の一つに腰掛けていた。

魔王「そんなに待ってないさ」

エルフ「うん。待ってないよ」

龍「契約最終日なのに働かなくて良いのかな」

魔王「良いさ。お前は一ヶ月間充分すぎるほど働いた」

エルフ「今日くらいはノンビリしようよ」

龍「私は今までずっとノンビリしてたんだけどね」

魔王「それこそ、死の一ヶ月前まで、か」

龍「……どうして知ってるんだい?」

魔王「憶測だ。今まで傍観を決め込んでいた者が急に動き出す。自分のいた痕跡を遺そうとする。どれも死を自覚した存在がすることだ。それに、そもそもお前は最初の説明で不老とは言っても不死とは言ってなかった」

龍「……中々の洞察力だね。恐れ入ったよ。やはり君あっての側近君だ」

エルフ「本当、だったんだ」

龍「そうだよ」

彼女は温和な表情で肯いて、

龍「せっかくだからさ、私の話を聞いてくれないかい? 長くなるかもしれないけれど。本当は話すつもりなんて無かったんだけれどね」

二人は無言で首肯する。

龍「何処から話そうかな。……結論から言わせてもらえば、今から一時間後に私の生命活動は停止するんだ。だから予定では途中で住処に帰ったように思わせるつもりだったんだ」

エルフ「一時間後!?」

龍「正確には59分02秒だけどね」

魔王「どうして自分の死ぬ時間が正確に分かる?」

龍「体内時計、と言えるかな。とても正確な物だよ。ーー魔王君の言うとおり、私は古代に生まれた。尤も、人間ではなく兵器としてね」

龍「私は大陸制圧を目的として開発された飛行型生体兵器だ。人智を超越した存在である龍をモチーフにしている。尤も、開発者たちは『ドラゴン』と揶揄していたが」

彼女は己の出自を、製造の根源を平坦な声音で語る。

龍「しかし、一度も兵器としての役割を果たしたことは無かったよ。私が造られてすぐ、この世界の生物は一度完全に死に絶えたからね。コアーー君たちは『力の塊』と呼んでたかなーーが暴走したんだ」

エルフ「コア?」

少女が訊き返す。

龍「私が造られる少し前に、世界そのものを一つのユニバーサルアイテムにしようという試みがあったんだ。その結果、この世界の内部に手を加えた。それがコアだよ」

魔王「大仰なことをしたものだ」

龍「その通りだ。コアは無尽蔵のエネルギーを効率良く産出した。私もコアからエネルギーを取り出して生命を維持してるしね。……しかし、全く計算外であった副産物の瘴気が当時、世界全域を包みこんだ。猛毒を得意のテクノロジーで打開する暇もなく、全ての生物は私を除いて滅んだ」

魔王「世界の支配者たちのエゴに巻き込まれた生物たちは良い迷惑だな」

龍「孤独な私は、永い眠りと、朧な覚醒を反復した。何時の間にか世界は再び生物が溢れ、生命に満ちていた。半分にまで減少した瘴気に適応した生物まで存在していたんだ。そして、二十年前に再び目を覚ました。」

エルフ「私が魔王と出会った頃だね」

龍「君たちの出会いも見ていたよ。そして、君たちの存在に興味を持ったからこうして接近したのさ」

魔王「俺たちに興味を? 何故だ?」

龍「ふむ。それを説明する前に、少し無駄話をしよう。私は君たちに失伝したテクノロジーを伝えることに少し躊躇していたんだ。世界を崩壊させる原因だったからね」

エルフ「うん」

龍「でも私の私欲のために教えた。死を間近にして、私がいた『跡』を遺したいという欲のために」

そこまで言って、「それに」、と続ける。

龍「君たちなら過ちを犯しても、必ず挽回できると踏んだから。きっと良い方向に導いてくれると。だから伝えたんだ。これで無駄話は終わりだ」

彼女は話を本題に戻す。

龍「君たちに関心を示した理由。それは君たちがコアに選ばれた者だからだ。君らは魔法として使っているけれど、その力は間違いなくコアの力。ーー世界自体の力」

魔王「俺の質問には答えてないだろう?」

彼女の真意が分からず、魔王は怪訝な顔になる。

龍「なに、私のささやかな願いを叶えて欲しいのさ。あと四十五分ほどね」

エルフ「……どんな願いなの?」

龍「私と戦って欲しい」

雑用を頼むような軽い口調で彼女は告げた。

龍「考えてもみてくれ。私は兵器なんだよ? その存在の本分も満たせずに生命を停止するのはあまりにも虚しいじゃないか。……本当はそんなことを頼むつもりは無かったけれど、少し欲深くなろうと思ってね」

エルフ「そ、そんな」

魔王「……良いだろう。俺が相手してやる」

魔王は承諾して、小鳥ともう一つを除いて、散らしていた分身の力を身に戻す。

エルフ「ち、ちょっと魔王!」

龍「有り難う。こんな死に損ないの願いを叶えてくれて」

魔王「礼を言うのは俺の方だ。死にゆくお前の為に何かをできる。俺は無力感に打ちひしがれることも、自己の呵責に苦しめられることもないわけだ」

龍「……ふふ、君は優しいね」

柔和な表情で彼女は呟いた。

エルフ「……『防壁の呪』、『猛撃の呪』、『緩和の呪』、『敏捷の呪』」

魔王の言葉を耳にして俯いていた少女が、魔王に多くの呪文をかける。いずれも彼の力を高めるものばかりだった。

エルフ「……これが今の私にできること。本当は嫌だけど、龍さんが切実な望みなら、私も力になりたい」

龍「ふふ、君も優しいな。……場所は上空で良いかい? 無用な被害は生みたくないしね」

魔王「ああ。……手は抜かんぞ。殺す気概でいく」

龍「私も同じさ」

魔王は空へと転移する。
龍も人型のまま後を追う。

瘴気の霞を突き抜け、更に、更に、上っていく。?

青と黒の中間。紺碧の空間に人影を見つけ、彼女は体に内包している亜空間から肉体を取り出し、展開して、瞬く間に極大の蛇にも似た龍と化す。

魔王「あまり小さいと戦いづらいだろう? 『焔纏の呪』」

言って、彼は全身を青白い光の膜で包む。澄んだ空気のようでも、淀みのない水のようでもある膜だった。しかし、それは焔。

その焔は龍の細長な胴の直径にも及ぶほど膨張する。

龍が啼く。その咆哮は世界を震わせる。

強敵を目前にしての、歓喜の声だった。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

ミノタウロスは憤慨していた。同時に恐怖していた。

彼ら義勇軍は城の前門にいた。その数は約五百。

使用人の情報では、今日は魔王とその側近たちがおらず、魔王の妃候補のエルフと、使用人の二人しかいないはずだった。そのエルフも使用人が無力化させているはずだった。

しかし、妖狐は城の門前にいる。異常に肥大した尻尾を九つ生やし、眼を紅く光らせる一匹の獣として。

四本の足で地を掴み、その犬歯は喰らう肉を品定めしているようだった。

九尾「通常の掃除なら『空孤』が適してるけど、『生ゴミ』は、『九尾』のが適してるよね。ああ、城には今誰もいないよ。だから君たちを殺すのはボクだけだから安心して」

ミノタウロス「……裏切ったのかよ。妹がどうなっても良いのか」

九尾は嘲る。

九尾「元々、生かしてなかったくせに? 最初はすんごく悩んだけどね。お前が最低最悪のド腐れ野郎だってことを思い出したんだ。どうせ、もう生きてないんでしょ?」

ミノタウロス「バカが。手も出さずに生かしてるっての。アンタの怒りは買いたくないからな。だが、ブチ切れた。アンタも、アンタの妹もブチ殺す。殺した後に穴という穴にブチ込んでやるよ。妹の方は犯しながら身体を刃物で削いでやる」

九尾は目を丸くして、それから笑う。

九尾「何だ。助けれる可能性が有るじゃん。絶望して損した」

ケンタロウス「この状況で随分と強気ですね。五百対一ですよ? まあ、死んだ後は剥製にでもーー」

空を切る音が響いて。

半人半馬が細切れになった。

尾の一つが伸びて、肉を裂き、健を砕き、骨を断ったのだ。

唐突な出来事に周りはざわめく。混乱している間にも死体の数は更に増していく。

ミノタウロス「怯むな! 威力はあれど、アイツ自身は一撃で沈む! 退いたら死ぬぞ!」

九尾「やれるものならやってみなよ!」

柘榴のように、顔が半分に割れたミノタウロスの死体。ケンタロウスの馬部分である下半身が打ち捨てられている。

九尾は壁際によって死角を減らす。いくら五百いようとも、同時に攻めてくるのは精々四人。それに対処できれば理論上問題はなかった。

九尾(集中。乱れたら負ける)

精神の極致。一切の雑念を振り払う。妹のことすらも忘れて、彼女は無心だった。

今の彼女は敵を排除する精密機械となっていた。殺し屋をしていた時よりも遥かに研ぎ澄まされた殺意を秘めながら。

殺す。殺す。殺す。斬り殺す。焼き殺す。絞め殺す。殺す。殺す。殺す。

火炎が彼女に襲いかかった。彼女は顔色一つ変えずに、尾の一つで薙ぎ払った。炎如きに損傷を被る尾では無いからだ。

九尾「……っ!?」

薙ぎ払った火球が尻尾に燃え移る。焦りが生まれ集中が途切れる。

サラマンダー「にししし、俺さんの炎は一度燃え移ったら、生命を焼くまで拡がるぜ」

しかし、彼女は直ぐに冷静を取り戻し、尾を切り離す。

サラマンダー「にゃに!? それ取り外せんのかよ!?」

ミノタウロス「おい、サラマンダー! ケットシーを焼け! それで終わりだ!」

サラマンダー「んあ? ああ、混沌を解放すんのか。任せろ! ケットシー悪いな!」

不細工な火蜥蜴は、後方に待機していた混沌を内包した猫人に火を吐き、その毛に包まれた全身を焼く。

混沌「がぎぎぎ!」

炭化したケットシーから黒いヘドロのような物体が蠢きながら出てくる。ヘドロの中心には、薄く紅い球が視えた。その気色悪さは場を戦慄させた。

サラマンダー「うへー、キモイな。……え?」

ヘドロが火蜥蜴のところまで這いずり、足下まで辿り着くと、彼の口の中に勢い良く飛び込んだ。

サラマンダー「がば!? ぐ……がっ!!」

窒息したのか、火蜥蜴は悶え、それから体を痙攣させた。

ミノタウロス「混沌はその宿主を殺した者を宿主にするんだ」

やがて痙攣は止み、『バケモノ』はおぞましい笑みを浮かべた。

ミノタウロス「混沌! 奴を焼き殺せ!」

混沌「がぎぎ!」

火蜥蜴の肉体を奪った混沌は九尾に向かって炎を吐く。先程のものより数十倍も巨大な火球だった。

九尾「……っ!」

ミノタウロス「混沌は魔物が持つ力を限界まで高めるんだ。己の身が壊れることなど一切顧みずな」

九尾は七つの尾で、火球を防ぐ。それからすぐさま燃える尾を切断する。

ミノタウロス「ははっ! 自慢の尾はもう一本しか無いのかよ。これなら俺でも勝てるぜ! おい、お前らは手を出すなよ! 俺の獲物だ!」

叫んで、牛男は勝ち誇った顔で手に握られた槌を妖狐に振り下ろす。

彼女は一本になってしまった尾で受け止める。

妖狐「お前なんかに負けるか!」

顔を歪めつつも、彼女は牛男を睨む。

ミノタウロス「その威勢がいつまで持つかな? しかし、これなら生きてるアンタを犯せそうだな。屍姦は反応がないからなぁ。実はな、初めてアンタを見てからその顔を俺の手で苦痛に歪めさせたかったんだ。絶望した顔で俺のモノを咥えさせたかったんだ」

妖狐「最低の告白だね。家畜にレイプされるくらいなら死んだ方がずっとマシだよ」

ミノタウロス「突っ張ねろ。それだけ屈伏させがいがある」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

妖狐「……くっ」

最後の尾を引き千切られ、何度も殴られ、彼女は地に臥した。しなやかな獣の姿から人型に戻っていた。

ミノタウロス「は、勝ちだ」

荒く息を着きながら、牛人は笑う。身体中が血に塗れて満身創痍といえた。しかし、それでもまだ余力を残しているようだ。

か弱い女を己の慰み者にするくらいには。

ミノタウロス「お愉しみの時間だ」

妖狐の上に覆いかぶさりながら、彼は下卑た笑いを浮かべる。

妖狐「や、めろ……!」

ミノタウロス「すぐにアンタも気持ち良くなるさ」

妖狐「い、や……」

彼女は両腕で彼の身体を押し退けようとする。しかし、彼女の力では巨体は微塵も動かなかった。

ミノタウロス「いい加減うざってぇな! 静かにしてろ!」

巨漢は隆々とした腕で彼女の胸を殴る。

妖狐「うあ……」

もう一発殴ろうとして、

「はーい、やめろやめろ」

振り上げられたミノタウロスの腕が吹き飛んだ。

ミノタウロス「がっ……!?」

牛男は飛び上がり、声が聞こえた方へ目を向ける。

側近「あー、間に合ったか? 良かった良かった」

そこに軽薄な笑みを浮かべた男が立っていた。

妖狐「そっ、きん?」

側近「はいはい、皆大好き側近さんですよー」

妖狐「ど、う……して?」

今朝、彼女は側近に中途半端に事情を伝え、抵抗軍の虚偽の所在を教えた。ここから往復で半日以上離れた場所だ。側近と鬼人族の長は二人でそこに向かったはずだった。

側近「いやー、頑張った。オッチャンと一緒に全力ダッシュだぜ。俺も転移魔法が使えれば良かったのにな」

ミノタウロス「ごちゃごちゃ煩いんだよ! 死ね!」

牛人は槌を振りかぶって、彼に迫る。

側近「おいおい、やめてくれよ。俺はあんまり強く無いんだぜ。ーーだって」

彼は肩を竦める。やけに芝居がかった所作だった。

側近「魔王の三割だから」

ミノタウロスの体が吹き飛ぶ。

側近「全身の関節を外した。ちょっと悶絶してろな」

抵抗軍の生き残りが、同時に彼を襲撃する。

側近「なー、もしかしたら殺されはしないとか思ってんのかもしれないけどさ」

彼に向かって来た者全員が血飛沫を散らしながら吹き飛ぶ。

側近「不殺をスローガンにしてるのは魔王だけだからな。俺は殺すよ? かなーりご立腹だしな」

側近は妖狐の傍に寄り、治癒魔法をかける。他の者は微動だにしなかった。

側近「あのな、キツネちゃん。俺は君に対して凄く苛ついてるんだぜ?」

側近の治癒魔法はあまり強力ではない。そもそも彼は魔法自体が得意ではないからだ。それでも彼女の傷を確かに癒していく。

妖狐「……騙してごめん」

彼は溜息を吐く。

側近「キツネちゃん、違うんだよ。俺が怒ってるのはそのことじゃないんだ。キツネちゃんが嘘をついてたのは知ってたんだ。だからわざと騙されたんだよ」

側近「でも向かった場所には抵抗軍がいなかったんだよ。いやー、焦ったね。キツネちゃんは俺たちも抵抗軍も裏切ったんだ。独りで全部片をつけるつもりだったんだ?」

妖狐「……だって、こうなったのはボクの責任だから」

側近「ふざけんなよ! 一人で抱え込んでんじゃねぇ! 俺はお前の苦しい決意がどんなものでも受け入れるつもりでいたんだよ! 頼ってくれても、裏切ってくれても良かった! だけどな!自分を犠牲にしようとすんな! それが一番ムカつくんだよ!」

妖狐「ごめん、なさい……」

涙を零す彼女の頭を、彼は優しく撫で回す。

側近「分かれば良いんだよ、『命大事に』ってな」

側近は立ち上がり、声に鳴らぬ声を上げて悶えているミノタウロスにかけた魔法を解呪する。

側近「取り敢えず家畜君は、死んだ方がマシだと思わせてから殺すから」

ミノタウロス「……調子に乗るなよ! 混沌、やれ!」

側近「ん、混沌がいるのか?」

混沌「ガギグギ!」

火蜥蜴と化している混沌が、強力な炎を吐く。

側近は上に大きく跳んで躱す。魔法を一切使わないで行った動作だった。

側近「メンドいのが居るな。でも前王と違って、人間は吸収してないみたいだから低知能でまだ楽かな。取り敢えず、『束縛の呪』」

混沌「ガ……!?」

混沌は石になったように動かなくなる。

側近「はい、無力化。これが切り札か?」

ミノタウロス「く、くそ……! そ、そうだ、妹! 妹がどうなっても良いのかよ! ヴァンパイアが、影を通ってアジトに戻ったぜ! 俺たちから連絡がなかったら妹を殺すぜ!」

側近は噴き出す。

側近「どんだけ必死なんだよ。あー、お前たちのアジトね、もう無くなってるんじゃない? 城下の街の安宿だろ」

ミノタウロス「な……」

鬼人族長「何だ、まだやっていたのか。隠れ処の奴らなら始末したぞ。タヌキの妹も連れて来た」

牛男と同等の巨躯をした男が、気を失っているらしい妖狐の少女を抱えて歩み寄ってくる。

ミノタウロス「ちくしょう。 くそが……!」

側近「それが最期の言葉かよ。もうちょい名言を遺せよな。まあ、良いけど」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

龍「どうやら、全てが丸く収まりそうだね」

龍が人型に戻り、呟く。通常通りで、傷一つ無かった。

同時に続いていた死闘が終わった。

魔王「世界俯瞰か」

全身を血に濡らし、半死半生の彼が言う。超再生能力が無ければ何万回殺されていたか、魔の国から視える月のように朦朧とした彼の頭では分からなかった。

龍「君たちの仲間は素晴らしいね。側近君は私と似た存在だと思っていたけれど、全然違ったようだ。彼は大切なものを持っているのだから。それは不変ではないけれど」

魔王「普遍であっても良いが、不変である必要は無いだろう。安穏と停滞は世界を腐敗させる要素だ」

龍「ふふ、そうだね。……残り4分17秒。もう満足したよ」

魔王「致命的な損傷を全く与えられなかったけどな」

龍「私相手に個人で良くやったよ。私が消滅した後は、間違いなく世界最強だね」

魔王「俺の中では、死ぬまで二番としか思えないだろうけどな」

龍「ふふ。さて、君とエルフ君は仲間たちの処に行くといい。どうやら君たちの力が必要な状況らしいよ。それに私の最期は、皆で見守って欲しいしね」

魔王「それで良いのか?」

龍「ああ、充分さ。この上なくね」

魔王「……分かった。それじゃあな」

魔王は少女の処に瞬間転移する。少女を連れてから仲間たちの下に向かうのだろう。

龍「死後というものが実在するなら、君たちといつか再会する時を楽しみにしてるよ」

彼女は目を細めながら呟いた。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

側近「おいおい、メンドくせぇことになったな」

彼は呆れたように肩を竦めた。

使用人と、鬼人族の長の顔には驚愕と焦り。

眼前に、城と同等の黒い山。

正確には、山ではなく肉。

厳密には、無数の、毛の生えた触手を蠢かせる環形動物がとぐろを巻いていた。

混沌だった。

火蜥蜴に寄生していた混沌は、側近の拘束魔法から火蜥蜴の体を食んで穴を穿ち、抜け出てきた。

そして、暴走を始めた。一定数の遺伝子を喰らって、変態したらしい。

辺りの屍を貪って、形状を変えながら急速に肥大化した。

それから、牛人を含めて抵抗軍の生き残りを触手で絡め取った。触手自体にも遺伝子を読み取る力が有るようで、彼らの身体が干からびて吸収されるほど、混沌は大きさを増していった。山と見紛うほどに。

側近「ミミズみたいだな。いやー、混沌てのは随分と多様な容貌に進化するもんなんだ。新発見だぜ。しかしグロテスク過ぎるだろ」

笑いながら、呑気な口調で彼は言う。しかし、その目は険しく、脳裡では必死に対抗策を練っていた。

混沌は紐状の身体を伸ばし、ある方向に這うように進み始めた。その先にはーー

鬼人族長「こいつ、更なる肉を求めて城下の街に行くつもりか!?」

とぐろを巻いていたのは高い視点から周囲を窺うためだったらしい。

側近「ヤバイね。あいつに俺の魔法が効くか? ……やってみるか」

使用人「でも、殺そうとしたら側近が狙われるんじゃ……!」

混沌は、宿主を殺した者を次の宿主にしようとする。今でもその性質を備えている可能性は充分に有った。

側近「それでも誰かがこいつを倒さなきゃならないからなー。ま、なるようにしかならないだろ」

彼がそう言った直後、十数の触手が側近たちに襲いかかる。

側近「来たぞ! オッチャン、キツネちゃんの妹を守れよ! キツネちゃん、俺の後ろに下がれ!」

叫び、彼は魔法で触手を輪切りにした。

切断されて地面に落ちた触手は、ヒクヒクと痙攣してから、幼体時のヘドロのようになって、尚側近たちを捕食しようとする。

側近「だー、駆除できんのかこれ?」

顔をしかめながらも、魔法で焼く。しかし、混沌の欠片は全く動じずに更に襲いかかる。

仕方なく、彼は拘束呪文をかけた。それでやっと大人しくなる。

しかし、混沌本体は更に街に近づいていた。どうやら側近たちへの興味はもう無いらしい。

側近「あいつ本体に『束縛の呪』をかけるのは俺の力じゃ無理そうだ」

鬼人族長「何か手は無いのか?」

側近「あいつの核となる部位を潰せば始末できるかも。でも何処にあるかも分からない。そもそも実在するのかも確証もない」

使用人「……ボク、核を見たかもしれない」

鬼人族長「本当か?」

使用人「あれが小さい姿の時に、紅い丸を見たんだ。もしかしたら核かも」

側近「俺たちが見た時には無かったから、大分中心に有るみたいだな」

鬼人族長「どうやって核を破壊する?」

混沌は更に移動する。街は目前に迫っていた。

その後を追いながら、彼らは対策を練る。

側近「魔法で撃ち抜くさ。問題はあいつに触った途端に吸収される可能性もあるから、どうやって核を露出させるかだ。表皮から撃ち抜くのは無理そうだしな」

使用人「……ボクがやるよ。全力をぶつければ、もしかしたらできるかもしれない」

彼女の提案に、しかし側近たちはかぶりを振った。

側近「そんな自殺行為は許しません。さっきも言ったでしょ」

鬼人族長「その通りだ。その場合、お前は確実に死ぬ。しかし、お前には妹がいるのだぞ。不幸な目に遭わせてしまった分も幸せにしてやらなければいけないだろう」

使用人「でも……!」

鬼人族長「私がやる。何、死ぬ気は毛頭ない。死ぬとも思わない」

側近「……そうか。オッチャン、頼むぜ」

鬼人族長「任せろ。私は魔族最強の一族を束ねる者だぞ」

使用人に彼女の妹を渡し、彼は肩を数度回した。

鬼人族長「私があいつに突っ込むから後ろをついて来い。殴って核が現れたら砕け」

側近「作戦も何もあったもんじゃないな。ま、シンプルで良いな」

男たちはニヤリと笑い合う。

鬼人族長「ーーいくぞ!」

鬼は駆ける。無数の触手が伸びて彼を絡め取ろうとするが、全てを軽やかに躱して更に近づいていく。

鬼人族長(中心。正確に、精密に、探る。私自身が奴を殺すつもりでいく)

地を後方へと蹴る。強靭でしなやかな肉体が生み出した衝撃が反発して、彼の身体は更に前へと推進する。

混沌の間近まで来て、彼は瞬時に立ち止まる。それから地面を数度踏みつけ、巨岩を作り出し、それを上空へと蹴り上げた。

迫っていた触手を横に跳んで躱し、彼も全身の筋肉をバネと化して上へと跳ぶ。

上空へと蹴り上げた岩に両足を乗せて、混沌の背中とも呼ぶべき場所に向かって、更に大岩を足場に跳ぶ。

鬼人はその鋼をも超越している硬度であろう拳を握りしめる。圧倒的な殺意と、覚悟を以って。

鬼人族長「片腕はくれてやる」

言って、推進ベクトルを上乗せした、極大な破壊力がある拳を打ちつけた。

混沌の全身が仰け反り、喘ぐように身体を震わせる。中心に、大きく穿たれた穴。その中にあるテラテラと輝く紅球。

鬼人族長「あったぞ! 核だ!」

叫んで告げてから、彼は自身の右手を左手の手刀で切り落とす。既に、混沌に侵食されていた。

切断した腕を踏み、上斜め後方に跳ぶ。

鬼人族長「側近!」

後ろに控えている側近に声をかける。

側近「分かってるよ」

その二言で全ての意思が疎通できた。それほど長い間彼らは時間を共有していた。

側近が巨躯の許まで跳躍して、鬼人の隻腕を掴む。

それから、身体を素早く捌き、側近は両足を彼の隻腕に乗せた。

鬼人族長「行って来い」

側近「おう」

側近が、彼の腕を蹴り、鬼人が、腕を押し出す。

穿たれた穴は早くも塞がり始めていた。

彼は己の身体に透明な焔を纏う。全てを焦がす聖なる焔を。

側近「『焔纒の呪』。なんかこれを使いたい気分なんだよな。魔王が使ってんのかな?」

暢気な声音で呟きながら、混沌の生命の根幹目掛けて彼は突っ込む。

側近「ーーいくぜ」

流星は吠えながら、生命を貫き、焼き尽くした。

混沌が崩れ始めた。触手は溶解を始め、大地を汚す。全身も少しずつ綻び始める。

しかし、ヘドロは未だ意思を持っているようで、街を目指して進んでいく。

側近「即死は無理だったか。あいつが死ぬことは間違いねーけど、このままじゃ被害が拡がっちまう」

鬼人族長「このままでは街の住人が喰われるぞ!」

妖狐「どうしたら……!」

「心配しないで」

混沌が眩い光に包まれる。余りの眩しさに全員が目を閉じた。

次に目を開けた時、そこに混沌は無く、代わりに見慣れた少女がいた。

エルフ「これで、もう大丈夫だよ」

側近「おー、一件落着。良かった良かった。あれ、魔王は?」

エルフ「大瘴溝で少し濃い瘴気に当たってるよ。龍さんと戦って、今は転移魔法を使えるかも怪しいくらい弱ってるから」

鬼人族長「戦う?」

少女は事の顛末を手短に話す。

使用人「……じゃあ、龍ちゃんはもうすぐ死んじゃうの?」

鬼人族長「……信じられん」

側近「まあ、本当だろうよ」

魔王「すまない、遅れた。少しは回復したぞ」

魔王が彼等の下に転移してくる。同時に少し離れた場所で、小規模な爆発を起こす。

魔王「混沌の欠片が結構いたぞ。後始末はしっかりな」

側近「べ、別に忘れてなんかなかったし。一件落着なんて言ってねーし」

使用人「あれ? 言ったよね?」

鬼人族長「言ったな」

エルフ「言ったね」

側近「もう良いから! それで、龍ちゃんは最期を見届けて欲しいって言ってたんだろ? 肝心の龍ちゃんは?」

魔王「詳しくは知らん。だが、待ってれば良いだろう」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

私は、駆け上る。

空を。

大気を。

天を。

魂というものが実在するのならば、私にも有るのだろうか。

そのようことを思考しながら。

三秒。

私に残された時間。

生命の時間。

何を考えよう。

何を想起しよう。

悠久の時を漂った。

久遠の脈動は今にも止まる。

劫の単位に識を置いていた過去。

刹那を見出す今。

別れの言葉を考える。

世界への。

私を受け入れてくれた者たちへの。

様々な言葉。

様々な感情。

それらは全てが無限であり、夢幻。

空であり色。

色であり空。

龍「有り難う」

だから、それだけ。

それだけで全てを内包し。

全てはそれを内包していた。

終了の時間。

身体は塵となる。

痛みは無い。

恐怖も無い。

有るのは幾許かの寂寥。

圧倒的な安らぎ。

彼等は、私だった物を見るのだろう。

それは、私と言えるのだろうか。

ーーいや。

それは彼等が見つける答え。

私の関わる余地は無い。

意識が溶ける。

個は全になる。

世界に還る。

世界の一部は世界そのものとなる。

そしてーー

ーーーーーー
ーーーー
ーー

エルフ「……綺麗」

使用人「……すごいね」

鬼人族長「これは……」

側近「龍、か」

魔王「最期まで、愉しませてくれる奴だ」

上空から白い粒が舞い降りていた。

その光景に誰もが空を見上げ、感嘆する。

『彼女』はしんしんと降り注ぎ、地表を純白に染め上げるだろう。

最後の贈り物だった。

夜が更ける。

魔王と少女は、窓から共に未だに降り注ぐ塵を眺めていた。

エルフ「誰でもいつかは死んでしまうんだね。当たり前のことだけど、やっぱり哀しいよ」

彼の隣で、少女は消え入りそうな声で呟く。

魔王「俺は羨ましいけどな。俺もいつかは死ねれば良いが」

エルフ「私は嫌だよ。魔王に死んで欲しくない。私の傍にいて欲しい」

少女は彼に抱きつく。それは遠くに行かないように縛り付けるようだった。

魔王「無理だ。俺が死なずともお前が死ぬ」

エルフ「私も不死になる。一緒に生き続ける道を探す」

魔王「それはダメだ」

強い口調で彼は拒否する。

魔王「生物は死ぬ。いや、生物でなくとも物は死ぬ。それに逆らうのは不幸だ」

エルフ「そんなこと……」

彼は少女を抱き締め返し、小さく告げる。

魔王「お前が不幸になるのは辛い。きっと限り有る生にこそ、揺るがない幸せが有るのだ」

エルフ「……ちゅー、して」

魔王「……は?」

唐突な少女の言葉に、彼は間抜けな表情をする。今まで一度も口付けを交わしたことは無かった。

エルフ「してくれれば、魔王の言葉を理解できる気がするから」

少女は体を少し離している。それから薄翠色の瞳を閉じ、薄桃色の唇を少し突き出す。

どうしてキスで理解できるか、彼には分からなかったが、少女の紅色の差した頬を指先でなぞって、後頭部を掌で軽く掴む。

そして零距離。

魔王「理解できたか?」

エルフ「うん。苦しいほどに」

少女は涙を零しながら、微笑む。

魔王「いつか、お前との誓いを破らなければいけない日が来る。それは何十年後か、何百年後か、何千年後かは分からない。しかし、必然だ」

エルフ「うん」

魔王「それは俺の死ぬ日でも有ると思う」

エルフ「……そう。私は一つ決めたよ」

魔王「何をだ?」

エルフ「それは秘密。魔王が死んだ時に教えるよ」

魔王「いや、それでは分からんだろ」

二人は笑いあった。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

それから、月が満ち欠けを一通り繰り返す時間を経た。

使用人は妹を連れて、城を後にした。魔の国中を旅するらしい。彼女との涙ながらの別れを生涯エルフは忘れないだろう。側近は何かを言いたそうにしていたが、結局、笑って見送っただけだった。

それ以外は特に変わり無かった。側近はいつも通り、過酷なデスクワークに従事して、エルフは書斎で読書をして、魔王と鬼人族の長は問題が発生した地を訪ねていた。

有力な魔族から、実質隷属化されていた魔族の解放する為だ。

鬼人族長「やはり、差別問題というのは簡単には根絶できないモノですな」

魔王「そうだな。それでも確かに改善に向かっているはずなのだから、力を尽くすしかないさ」

鬼人族長「そうですな。……たまによく思うのです。もう少し遅く生まれたかったと」

少し自嘲気味に鬼人は言う。

魔王「何故だ?」

鬼人族長「私は、王殿や側近が尽力して創る良い国の完成を見届けることができないからです」

魔王「そんなことは無いだろう。それにお前だって貢献している」

鬼人族長「ありがとうございます。しかし、私の体は確実に老いています。死も決して遠いモノでは有りません」

魔王「ふむ」

鬼人族長「しかし、私は同時に嬉しくも有ります。最も有用な年代に、こうして土台を造る仕事に取り組めるのですから」

魔王「本当に助けられてるさ」

鬼人族長「恐悦至極です。……良い国を造ってください。それだけが私の生涯の願いです」

魔王「当たり前だ。昔に誓っただろう」

鬼人族長「ふふ、そうでしたな」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

側近「あー、疲れた。今日はもうお終い」

魔王「御苦労」

側近「おう、そっちもお疲れ。いやー、疲れたね。巨乳に癒されたいね」

魔王「キツネに会いたいの間違いじゃないのか」

側近「……あー、もうやめてくれよ。いーんだよ。俺は国の発展で忙しいんだよ。不幸にしちまうだけだ。そんなことより、エルフちゃんのところにでも行けよ。ロリコン大王め」

魔王「その呼び方はやめろ。……これからも頼むぞ。お前は俺の右腕なのだから」

側近「何だよいきなり。出自的に言えば、右腕ではなくて右上半身だろうに。……まあ、任せろ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

少女は書斎にいた。

魔王「本当に本が好きだな」

エルフ「あ、おかえり。好きだよ。楽しいもの」

魔王「そうか。だが、外の世界にはもっと楽しいものが有るかもしれないぞ」

エルフ「確かにそうかも。今度、一緒に行こうよ。その方がきっと楽しいから」

魔王「そうだな。まあ、そのうち暇があったらな。……いや、明日にでも行くか。暇は作るものだ」

エルフ「いきなりどうしたの?」

魔王「そんな気分になっただけだ。何処に行く? 人間の国などは一度も行ったことが無いだろう?」

エルフ「行ってみたい。人間が書いた本もここにはほとんど無いし、何冊か欲しいな」

魔王「結局、行き着く先は本なんだな」

日々は続く。

平等に。そして不等に。

死に行く者たち。生まれ来る者たち。

世界は今日も普遍で、不変では無かった。

彼等の話も続いていく。

静かに。そして確かに。

エルフ「魔王」

魔王「何だ?」

エルフ「この世界で一番好きなモノは何?」

魔王「お前だな」

エルフ「そ、そう。じゃ、じゃあ二番目は?」

魔王「それはーー」


一部終了です。

二部は主役たちが変わる予定です。


次に投下するのはかなり後になると思います。
具体的な構想があまりできあがってないので。

あげてしまった……。


一部ラストの魔王のセリフは、タイトルに回帰します。
念のため。

二部を少しだけ投下します。
まだ未完です。

吐き気を催す異臭がした。

血の臭いだった。

幾つかの塊があった。

肉だった。

血と肉は父と母だった。

父と母を形成していた物だった。

壁には夥しい血痕と、細切れになった肉がらあった。

殺されていた。

喰われていた。

始まりだった。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

城の一室に、ベッドの軋む音と女の嬌声が響く。

彼女は廊下に立って、ドア一枚を隔ててそれらを耳にしていた。

獣の交わる声。

快楽を求め、肉を貪る雄と雌。

最初こそ戸惑ったものの、今では慣れてしまった。それでも不快を感じずにはいられなかったが。

彼女は奴隷だ。今は獣と化している男の。そのことは不本意であったが、本意であった。

彼女は、己の頸部に手を遣る。熱のある肌ではなく、冷たくて硬質な物が手に触れた。

彼女の尊厳を蹂躙するもの。

首輪だった。

しばらくして、音が失せたかと思えば、娼婦が部屋から出てきた。

獣臭い香りを漂わせながら、娼婦は入室する時と同じように彼女を冷やかに一瞥してから立ち去る。

「おう、奴隷。盗み聴きとは良い趣味してるな」

娼婦に続き、部屋から二十歳ほどの青年が半裸のまま出てくる。細いながらも逞しい、鍛えられた肉体は汗ばんでいた。顔には軽薄な笑みが浮かんでいる。

ハーフ「そんなことしていない」

唐突に、青年は彼女の腹を殴る。

彼女は噎せながら、腹を抱えて屈む。更に追撃として、屈んだことで仰向いた後頭部に拳が叩き込まれる。

あまりの衝撃に、彼女は床に崩れ落ちた。

「おいおい。立場を弁えろよ奴隷。愚図でも理解できるだろ? その首輪の意味がよ」

彼女の頭を踏みつけながら、青年は言う。顔には嗜虐心など無く、憐れみもなく、ただ無表情。声音は平坦であった。

彼女はくぐもった声を漏らす。顔は苦痛に歪んでいた。

「勇者殿、それくらいにしておけ」

後方よりかけられた声に、青年はーー勇者は足を退かす。

勇者「これは、将校様。本日も見目麗しい」

彼は後ろを振り向き、再び軽薄な笑みを浮かべた。

彼の眼前に、正装した王国軍少尉と、その従者の青年が佇んでいた。

少尉「もうすぐ陛下との拝謁の時間だ。貴方もすぐに着替えよ」

勇者「はいはい、分かってますよ」

少尉「それと。女遊びも大概にしておけ。貴方は勅命を授かった者。あまり粗相を働くな」

勇者「あー、はいはい。まあ、俺としては将校さんとも濃密な時間を過ごしてみたいものですがね」

その言葉に、少尉の後ろに控えていた従者が、少尉の前に出る。腰に差した剣に手をかけ、いつでも臨戦体制に入れる姿勢を取る。その眼には剣よりも鋭い殺意が宿っていた。

少尉「やめろ。下がれ」

彼女の言葉におずおずと従者は下がる。

勇者「……いい部下をお持ちで。俺の所有する木偶と交換して欲しいくらいだ」

少尉「そこの女性はハーフエルフだろう? エルフの血は半分とはいえ、稀少な存在では無いか」

勇者「まあ、魔法を使えるのは助かるんですけどね。色々と手のかかる奴隷ですよ。それじゃあ、俺は着替えてくるんで後ほど」

勇者は部屋の中に戻り、ドアを閉める。

少尉は膝をついている彼女に歩み寄る。

少尉「大丈夫か?」

ハーフ「いつものことだ」

従者「……あいつは最低ですが、貴女も横柄な話し方を直した方が良いのでは無いですか?」

ハーフ「……お前が関わることではない」

彼女の言葉に従者は顔を曇らせたが、それ以上何も言わなかった。

少尉「私たちが勇者に同行するのだから、これからは、虐げられないだろう。安心すると良い」

ハーフ「……人間の言葉など信じられるか」

そう言って、彼女は身震いする。それは己の体に流れる人間の血を忌む行為だった。彼女は人間としてではなく、エルフとして生きることを己に固く誓っているのだ。

従者「信じてください。少なくとも僕たちのことは。共闘するのですから」

ハーフ「……ふん」

彼の言葉に、ハーフエルフは視線を床に逸らす。これ以上の意思疎通を拒む素振りだった。

少尉「それでは失礼する」

拒絶を汲み取った少尉がそう声をかけて離れて行く。従者もそれに続いた。

二人が場を後にしても、彼女は俯いたままだった。

ハーフエルフの姿見えなくなったところで少尉は立ち止まり、従者に声をかける。

少尉「あまり好戦的になるな。勇者殿はこれからの戦友だぞ」

従者「申し訳ありません。……しかし、少尉様に不届きを働く者を許すことなどできません」

少尉「気持ちは有難いが、私はお前に対してそのようなことは望んでいない。そもそも私は軍人だ。お前が出張る謂れもない」

従者「……はい。申し訳ありませんでした」

少尉「分かれば良い。行くぞ」

二人は再び歩き出す。

少尉「昨日も言ったが、お前も陛下と拝謁することなっている。粗相の無いようにな」

廊下を歩いたまま、彼女は念を押すように言った。

従者「存じております」


ーーーーーー
ーーーー
ーー

勇者とハーフエルフ、少尉と従者は荘厳な一室にて傅いていた。弓形の大窓からは陽光が注ぎ、床を照らしていた。

彼らの前には、豪奢な衣装に身を包んだ初老の男。国を統べる王が座していた。

王「久しぶりだな、勇者よ。会うのは数年振りだな。大きくなった」

勇者「有難うございます」

王は勇者の故郷ついて色々と尋ねたりした。礼儀として訊いているような気のない口調で。

王「ーーさて。其方たちを呼び出した理由は既に承知でいよう?」

区切りが良いところで、王は本題に入る。

王「勇者よ。其方の偉力を民の為、人間の為に寄与して欲しいのだ。人類最大の任に当たるという形で」

勇者「はっ。 光栄の極みでございます。尽力を以て、任に当たらせていただきます」

恭しく彼は告げる。

王「うむ。お前は天がお召しになった神の子だからな。必ずや任を果たしてくれると信じている」

王は満足気にうなずき、視線を少尉へと向ける。

王「少尉。其方の勇名はかねがね耳にしている。女がてらに戦場の最前線を駆け、自身の背丈の数倍もある大剣を振るって、銃や大砲を遙かに凌駕する戦果を残しているとな」

少尉「恐縮でこざいます。しかし、それは些か大仰でございます」

王「そうなのか? しかし、ふむ。話を聞く限りは男にも勝る厳めしい巨躯の持ち主だと思っていたが、随分と可憐で美しいな」

少尉「有難うございます」

王の言葉に仏頂面のまま、彼女は頭を垂れる。

王「其方たち従者も、二人の支援に尽力せよ」

従者「はっ」

ハーフ「……」

王「おや? どうしたのだ?」

勇者「彼女は亞者でありまして。しかし実力は素晴らしいので御安心ください」

無言でいたハーフエルフを訝しんだ王に、勇者はそう説明する。王は合点がいった顔でうなずいた。

王「そうか。ーーそれでは恃んだぞ。災厄の主をーー魔王を討伐するのだ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

勇者「何黙ってたんだよ。返事するくらい犬でもできるぞ。一々言い訳を考える俺の身にもなれよ」

用意された城の部屋にて、勇者はハーフエルフを足蹴にしながら淡々と語る。

ハーフ「あ、あんな奴に従ってたまるか……」

彼女は床に伏しながら、呻くように言う。更に強く蹴られるかと思ったが、意外にも彼の足が止まった。

勇者「それは同意だな。あんなジジイ、傅くのだって屈辱だ。地位と保身しか考えてねーからな。ま、周りには多くの軍事国。国内にも反乱因子。王朝もそのうち瓦解するんだろうな」

つまらなそうな口調でそう言って。

彼はハーフエルフの腹部に強く蹴りを入れる。

勇者「それと、敬語忘れんな。畜生以下が」

彼女は呻き、胃液を大量に吐き出す。透明な液体だけで、固形物は一切無かった。二日ほど何も口にしていないためだ。

勇者「汚いな。ちゃんと、舐めて掃除しろよ」

彼女の頬を、胃液が散乱した床に押し付けながら、仏頂面で彼は言う。

勇者「しかし、魔王か。やっぱり強いのかね」

彼女の頬を床にねじ込むように押し付けながら、彼はぼんやりと呟く。

人間は魔物の詳細を把握していない。解っているのは、人間にとって猛毒である瘴気が、魔物には必須であることと、魔物は人間よりも強靭で長命な種が多いことぐらいだ。最近は魔草木に、普通の植物には見られない器官があるのを発見されたりもしたが、未だ謎のままで研究が進められている。

しかし、魔王については幾つかの伝承があった。

かなり昔、魔王と名乗る人型の魔物が、瘴気の境界付近で隆盛していた豪農を一瞬にして虐殺したらしい。真偽は定かで無いが、身に被った損傷が瞬時に治り、一撃で広大な田畑を消し飛ばしたらしい。

伝承の魔物が本物の魔王かは分からないが、相当な実力者ではあるようだ。

勇者「まあでも、極論を言えば、例え世界一強い奴だろうが、魔物なら俺には勝てないんだよ」

ハーフ「だろうな。……でしょうね」

勇者「お、良い子になったな。最初のは見逃してあげるぜ」

勇者は彼女の顔から足を退ける。

勇者「にしても、お前の魔王に対する憎悪には感服するぜ。これだけの暴力を振るわれても、未だ俺に尻尾を振ってるんだから」

ハーフ「奴を殺すまでは死ねない」

起き上がり、眼を炯炯と光らせて力強くそう口にする。

勇者「ふうん。殊勝だな。お前自身が直接危害を被ったわけでもないのに」

彼はそう褒めて、もう一度彼女の腹を蹴る。

勇者「でも、取り敢えず敬語使おうぜ。それとも、実は暴力振るって欲しくてやってんの?」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

深夜。

少尉に用意された部屋のドアがノックされた。

規則的な律動で二つ。柔らかくて耳につかない程度の音量だった。

従者「僕です。御時間よろしいでしょうか?」

少尉「ああ。入って良いぞ」

従者「失礼します」

彼は室内に足を踏み入れ、一礼してから彼女の許まで足を運ぶ。

少尉「何の用だ?」

従者「私事なんですが……」

歯切れ悪く用件を切り出す。彼にしては珍しいことだった。

少尉「……何だ?」

平時とは異なった彼の様子に彼女は怪訝な顔で問う。

従者「その、一度外を歩きませんか?」

少尉「別に構わないが」

手入れの行き届いた庭園には多くの一年草が植えられ、黄、橙、暗赤などで鮮やかに彩られていた。

上空には上弦の月。

今日は輝度が高く、辺り一面の輪郭が細部まで視認できた。

少尉「風がだいぶ冷たいな」

彼女は空を仰ぎながら呟く。

彼女の白い肌と、艶やかな金色の髪にも月光が注ぎ、彼女を透明にする。

透き通るほどの美しさに、従者は目を細めて彼女を見つめていた。

従者「寒いのなら上着を『出し』ましょうか?」

彼の配慮に、彼女は軽くかぶりを振って答える。

少尉「これくらいなら必要ない。それより、どうして外に?」

従者「えーと、……少し歩きましょうか」

少尉「本当にどうしたんだ?」

二人は庭園を歩き始める。いつもは彼女よりも数歩後ろを歩く彼が、今日は彼女と並んでいた。

従者「少尉様に出会って、もう八年ですね」

少尉「そんなに経ったか。懐かしいな。当時はまだ新兵で、将校にまで昇りつめるとは思いもしなかった」

彼女の母は、彼女が物心もつかない内に亡くなり、傭兵であった父も、彼女が十の齢の時に戦死した。

生きる為に、貴族の奉公で雑用などを務めて、兵士となり、己の実力一つで、男女の差、貴賎の差を乗り越えて昇進してきた。そして、ある時に従者と出会った。あまり良い出会い方ではなかった。

従者「僕にとって、少尉様は人生の恩人です。生命を救ってくれただけでなく、身寄りを無くした僕を引き取ってくれたのですから。感謝してもしきれません」

少尉「……そうか」

唐突な言葉に、彼女は不機嫌そうな顔をする。戸惑った時に見せる癖だった。

少尉「それで。そんなことを言う為に外に誘ったのか?」

従者「……違います」

呟くように答えて、彼は立ち止まり、空を見上げる。

従者「月が綺麗ですね」

彼女も同じように再び空を仰ぐ。

少尉「ああ。見事な半円だな」

暫くの間、二人して上弦の月を眺めていた。

やがて、従者が顔を彼女に向ける。目には強い決意があった。

従者「魔王を倒したら、僕と結婚してください」

少尉は、半分の月から彼に視線を移す。

少尉「くだらない冗談を口にするな」

従者「本気です。身分が違うのは知っています。年齢だって五つ違います。それでも、貴女のことを切実に愛しています」

その顔は真剣で、冗談などを口にしていないことを告げていた。

少尉「……悪いが応えられない。応える資格がない」

従者「そんなこと……」

少尉「有るさ。ーーとにかく、今は魔王討伐のことだけを考えろ。雑念は死をもたらすぞ」

従者「……分かっています」

少尉「なら良い。私は部屋に戻る。早朝には出発なのだから、早く寝るようにな」

従者「はい。……一つだけ訊かせてください」

立ち去ろうとする彼女に、彼は声をかける。

少尉「何だ?」

立ち止まり、振り返りもせずに彼女は促す。

従者「魔王を討伐した後、もう一度プロポーズしてもよろしいですか?」

長い間を明けて、

少尉「勝手にすればいい」

それだけ言った。

今日は終了です。
もう少し書き溜めてからの方が良かったですね。

来週の休日にまた投下します。


自分は勇者のキャラが結構気に入ってるんですけどね。愛嬌あるじゃないですか。

平日ですが投下します

ーーーーーー
ーーーー
ーー

四人は馬車に揺られていた。
二人用の座席が向かい合った型の馬車で、勇者と従者、少尉とハーフエルフが組になって座っている。

勇者「楽しい遠足になりそうだな。日帰りで充分だけど」

愉快そうに彼は言う。

少尉「この任務がいつまで続くかは定かでは無いが、少なくとも日帰りとはいかないだろうな」

勇者「それはどうでしょうね。しかし、魔王の所在はおろか、魔の国の大まかな地図もない。幾ら何でも無謀が過ぎるな」

従者「それでも、魔王を倒さなければいけません。」

勇者「ーーなんで?」

真顔で彼は訊く。従者が驚いて目を剥いた。

従者「……それは人間に害を及ぼす魔物を滅ぼす為、瘴気を地上から消除する為です」

勇者「魔物の被害なんて戦争犠牲者の何千分の一だろ。それに、当然のように皆信じてるけど、魔王を殺せば本当に瘴気は止むのか??都合が良いようにそう思い込んでるだけじゃないのか?」

従者「そ、それはそうですが」

少尉「私が答えよう。それが任務だからだ。それ以外にはどのような意義も理由も必要ない」

勇者「おー、カッコいい。流石は軍人様」

茶化す彼を無視して、彼女は続ける。

少尉「それに、貴方は世界で唯一の『破魔』の力を持つ者。魔王を倒すのが貴方の運命のはずだ」

勇者「……運命論はあまり好きじゃないね。そもそも運命って言葉が好きじゃない。そんなもの自分の行いに無責任な奴が吐く言葉だ」

少尉「……」

彼は軽薄な笑みを浮かべたまま続ける。

勇者「それに宗教や神なんて物も気に食わないね。あんなもん、弱者の拠り所に過ぎない」

従者「人間は等しく弱いものでしょう」

勇者「はは、そうだな」

馬車が止まる。

少尉「着いたのか」

馬車の扉が開けられる。一面髭面の男が現れる。馬車の運転手だ。

運転手「これ以上は瘴気が濃すぎて、あっしも、馬もダメでさぁ」

彼は疲弊し切った声音で告げる。確かに顔色も優れなかった。

勇者「おいおい、こっちは命を賭して任務に当たってんだぜ? お前も命かけて仕事に取り組めよ」

運転手「な……」

少尉「勇者殿」

少尉は彼の名を呼んで諌める。

勇者は肩を竦めた。

勇者「冗談ですよ。お疲れさん」

勇者を先導に、四人は馬車から降りる。

辺り一面、草一つ生えずに荒廃としている。普通植物には瘴気が濃すぎ、魔草木には瘴気が薄すぎるのだ。

運転手「へ、へぇ。あっしはこれで失礼します。御武運の長久を祈ってまさぁ」

勇者「運命は好きじゃないっての。失せろ」

不快な顔を浮かべながらも運転手は一礼する。それから馬を駆って逃げるように去って行った。

勇者「ーーさて」

彼は咳払いして、三人の視線を集める。それから八歩ほど前に歩き、三人の方を振り向いた。

勇者「私から、重大なお知らせがあります。落ち着いて聞いてください」

ひどく芝居がかっていて、三人とも顔をしかめた。

少尉「何だ?」

ハーフ「……?」




勇者「俺、魔王倒す気ないから」

従者「……は?」

勇者「魔王とか興味ないんだよ。任務を果たすつもりなんて毛頭ないね。大体三人と一匹だけでこんな任務おかしいだろ。死ねと言われてんのと変わんねーよ」

少尉「……」

勇者「ジジイには反逆者として追われるだろうが、どうせ数年もしない内に内乱が起きて有耶無耶になるさ。ならなければ国外逃亡してもいいしな。あんな耄碌ジジイの戯言で時間の無駄遣いなんてしたくないね。」

ハーフ「ふ、ふざけるな! 何の為に今まで貴様の言い成りになってたと思っている!?」

ハーフエルフは激昂する。しかし、彼は涼しい顔をしたままだった。

勇者「だから契約はお終い。君は俺の奴隷じゃなくなりました。そちらの将校様と一緒に魔王を殺せば良いんじゃない? 将校様は強いと思うぜ」

ハーフ「な……!?」

目を剥く彼女を顧みず、彼は続ける。

勇者「まあ、俺に着いてきたいなら来い。勿論奴隷待遇だけどな。今度は首輪じゃなくて、焼き鏝で『勇者の家畜』とでも烙印を入れるか?」

少尉「ーー任を降りるというのは本気か?」

目を瞑りながら、彼女は平坦な口調で問う。

勇者「おう。将校さまも来るか? できれば二人で甘い時を過ごしーー」

彼が言い終わるよりも先に、少尉は動く いた。

人間離れした速度で走りつつも、帯刀していた刃渡り六十程の片手剣を抜き出して、構える。

それを見た勇者も、帯刀していた小剣を抜く。手慣れた動作だったが、彼女の凄まじい速さには及ばず、辛うじて彼女の剣を受け止める体制しか取れない。

鋼と鋼が衝突し、けたたましい金属音が周囲に響く。

勇者は激突の瞬間、後方に大きく跳んだが、彼の小剣は原型を留めないほどにまで砕かれた。

彼の身体は吹き飛び、砂埃を舞い上げながら、やがて止まる。砂塵によって彼の姿は視認できなかったが死んではいないだろう。

少尉「従者、過大剣を『出せ』。裏切り者には断首が似合う」

片手剣を収納しながら、彼女は命令する。

従者「了解しました」

従者は宙に手を伸ばした。

ハーフ「……え?」

ハーフエルフは怪訝な表情で、従者を凝視した。

彼の手首が虚空で消失したからだ。

従者「どうぞ」

彼が腕を引くと、虚空から再び手首が現る。その手には非常に肉厚で、人間の背丈の三倍はあるであろう余りにも大き過ぎる武骨な剣が握られていた。

どんな屈強な男でも到底扱え無いであろうが、彼は平然とした様子で過大剣を片手で持ち、それを少尉に手渡す。

彼女もまた、片手で剣の柄を掴み、構える。

砂塵は上がったままだった。

勇者「いってぇな。どうやら、瘴気をエネルギーにできるみたいだな。名付けるなら魔物人間。略して魔人ってな。人間じゃ勝ち目がねーな」

やがて舞い上がった砂埃が晴れ、勇者の姿が見えた。

勇者「だが、だからこそ俺に勝てない。どんな鋼の塊を振り回そうとな」

勇者の背後、肩甲骨と脊椎の中間辺りから、双の不透明な光柱が溢れ出ていた。

正確には、天を穿つような鈍い白色の顆粒の集合体。

例えるならば、光の翼。

少尉「それが、破魔の力か」

勇者「そうそう。それじゃ、食らってみ」

乳白色の翼の一方が、異常に伸長する。伸びながらも大樹の枝の如く別れ、彼女に迫る。

彼女は横に大きく移動して、回避した。

しかし、すぐにもう一方が襲い来る。

少尉「く……速いな」

彼女は上に跳ぶ。次の回避方法を無くす悪手であったが、それ以外に方法が無かった。

横から、一陣目の翼が再び彼女を襲う。

少尉「く……」

窮策として、過大剣の腹を盾にする。

勇者「残念だったな」


翼は、過大剣を透過した。


少尉「……っ!?」

透過した翼は彼女の腹を何箇所も貫く。彼女は口から血を零す。

勇者「破魔の力は魔物以外の物質を透過するんだよ。つまり、あんたはやっぱり人間から生まれた魔物ってことだな」

言葉と同時に翼が霧散する。

従者「少尉様!」

勇者「破魔翼を食らったら魔物は即死すんだよ。何しようと手遅れだ」

従者は彼の言葉に一切耳を傾けず、少尉の許に駆け寄って、脈拍と呼吸を確認する。

脈はある。
呼吸も不規則ながらしている。

勇者「あ、生きてんのか。やっぱり完全な魔物ってわけではないんだな」

従者は宙に手を伸ばし、特異空間から、応急処置に使えるものを探す。

勇者「……何だその力?」

ハーフ「……魔法? どうして人間が使える?」

答えず、彼は水筒と消毒液を取り出す。更に清潔なガーゼと包帯を取り出す。

勇者「ふうん。便利な力だ。人間補給庫ってところか。お前は使えないのか?」

ハーフ「無理だ。あんな魔法は初めて見た」

従者「手伝ってください! 手が足りないんです!」

衣服に傷は無かったが、腹部に五箇所の刺創があった。白い肌を紅に染める夥しい血のせいで、内部の損傷程度が判断できないが、貫通しているものは無かった。内臓に達しているかは分からない。

従者「圧迫するのに手が足りません! この人を助ける手伝いをしてください!」

勇者「俺がやったのに俺が助けるわけないじゃん。いっそお前も殺してあげようか? 将校様と同じ魔人みたいだしな」

従者「死ぬつもりなどない! この人も死なせない!」

ハーフエルフが彼等に近づく。倒れている彼女の許に辿り着くと、呪文を詠唱した。

淡く青白い光が彼女を包む。

ハーフ「内部の傷を治癒させた。後はお前と彼女次第だ」

相変わらず出血していたが、確かにその量は減少していた。

従者「あ、有難うございます!」

再びガーゼを当てて刺創を圧迫する。周辺の肌の色も思慮に入れながら、圧迫する為の包帯を巻く。

勇者「……くだらねーな。必死こいて生に食らいついてろ」
?
そう吐き捨てて、彼は立ち去ろうとする。

ハーフ「待て。私も行く」

彼女は立ち上がり、彼の後を追う。

従者「な……!?」

勇者「ふーん。なら奴隷契約再開な」

ハーフ「ああ」

勇者は彼女の細く柔らかい髪の毛を鷲掴みにして、彼女の顔を己の顔へと近づける。

勇者「敬語」

ハーフ「う……はい」

満足した顔になり、彼は髪の毛を放す。

従者「どうして!?」

ハーフ「私は絶対に魔王を殺す。その為ならどんな苦痛も耐えてやる」

彼女の目には確固たる信念が宿っていた。執念の方が適切だろうか。

それを感じ取った従者は、それ以上何も言えなかった。

勇者「まあ、現時点では倒すつもりなんて全然ないけどな。取り敢えず帰るか」



「ダメだよ」


勇者の眼前に、突如として何者かが現れた。

勇者「……」

何も言わず、彼は破魔翼を発現して臨戦体制に入る。

突如現れた者は黒いローブに身を包み、フードを深く被っている為、外見は一切分からない。

ただ、その大きさと輪郭の細さは人間の女性に酷似していた。声も女性的な高音だった。

黒ローブ「……貴方の力は魔王に届き得る唯一の刃。だから帰らせるわけにはいかない」

勇者「……よく分からないな。何者だ?」

黒ローブ「何だって良い。どうだって良い。だけど帰らせない」

黒ローブのそれは一歩彼に近づく。

瞬間。

枝分かれした破魔翼が降り注ぐ。

しかし、そこに彼女はいなかった。

黒ローブ「後ろいただき」

彼女は勇者の背後に転移して、彼に触れる。

黒ローブ「『転移の呪』。……発動しない?」

勇者「選択的に魔法を無効化できるんだよ」

そう言って、振り返り様に殴ろうとするが、その前に彼女は再び瞬間転移した。

黒ローブ「破魔の力ーー『コア』への強力な抑止力。でも、対処は簡単」

呟きと同時に、手を地面に着ける。すると、彼の周囲の大地が割れた。

勇者「あ?」

黒ローブ「『転移の呪』」

勇者の姿が消える。彼が踏みしめていた大地ごと。後に残ったのは巨大な正方形の穴だけだ。

黒ローブ「土台ごと飛ばせば関係ないよ」

ハーフ「……転移魔法。実在したのか」

茫然として呟く。黒ローブが何者かという疑問も忘れて、ただ彼女に見入る。

黒ローブ「そうだよ」

それだけ言って、今度は彼女の背後に瞬間移動して、彼女に触れる。

黒ローブ「貴女は……いや、何でもないよ」

それ以上は何も言わず、彼女のことも飛ばす。

従者は、少尉の刺創を圧迫しながら途方に暮れていた。

この状況では勝算は皆無だった。

黒ローブを被った誰かは、立ち止まって二人を凝視するようにしていた。

黒ローブ「……まあ、今は良いか」

そう言い残して、彼女は姿を消した。

従者「……どうすれば良いんだ」

後に残された従者は茫然とした顔で呟いた。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

女は黒ローブのフードを外した。

その素顔は大層美しい女性。透き通るような銀髪に、水を弾くであろう瑞々しく白い柔肌。翡翠色の瞳は、他のどのような宝石さえ霞むほどに美しい。

エルフ「ただいま」

魔王「おかえり」

エルフ「『あの子』に会って来たよ」

魔王「……そうか」

彼は神妙な顔で呟く。

魔王「俺が死ぬ日も近いな」

エルフ「悲しいことを言わないで」

魔王「……すまない。そんなつもりは無かったんだが」

魔王は彼女を抱き寄せる。

美しいこの女性を抱けるのは世界で彼だけだ。

口付けを交わす。

彼女の口から甘い吐息が漏れた。

エルフ「ふふ。初めてキスしてくれた時に誓ったことを想い出したよ」

魔王「教えてくれなかった奴か?」

エルフ「うん。とっても大事な誓い」

微笑み、今度は彼女から口付けした。


ーーーーーー
ーーーー
ーー


短いですが今日はこの辺りで。
批判も質問も大歓迎です。
ネタバレにならない程度でしか答えられませんが。


今思えば、このSSを書こうと思った発端は、
「ぐへへ、陵辱、陵辱??!」
のような邪念からでした。

投下します。

勇者「何処だよここ?」

彼は辺りを見渡す。一面木々に囲まれている場所だった。

見知った針葉樹とは比べ物にならないほど太い幹に、血を連想させる色合いの葉をつけた大木が密集していた。魔草木の一種だ。

彼は正方形の土塊の上に胡座をかいていた。

霞が濃い。瘴気が充満している証拠だ。

彼自身は瘴気を浄化するだけで、瘴気をエネルギーとしては取り出せない。故に人間の枠を超えた運動能力は具有していない。

今いる森そのものが一つの生命であるかのように、熱が立ち込めている。蠢いている。

彼は溜息を吐いた。

瘴気の濃度から推し量るに、現在地は人間の居住地から大分遠いだろう。

彼の脳裡には様々な憂慮が浮かんでいた。

生命の危険。

食事。

水。

安全地帯。

病。

そして、何よりーー

勇者「女が抱けねぇ」

彼はもう一度溜息を吐いた。

暫くの間、土塊の上に座ったままだったが、やがて立ち上がり、下に降りる。

勇者「どうすっかな」

呑気な口調で彼は言う。

勇者「奴隷もいねーし、意外にヤバイな。暇潰しもできないし。ーーおっと」

彼の眼前に魔物が現れた。

黒い毛に、八本の強靭な脚。鎌状の鋏角に、八個の赤い複眼。彼の二倍はありそうな大蜘蛛だった。

徘徊性の種らしく、移動速度は勇者よりも早い。

勇者「蜘蛛の魔物。食えんのか?」

己を捕食しようとしている魔虫を、しかし彼は食糧としか見ていなかった。

大蜘蛛は彼に接近する。

噛み付き、麻痺毒を注入して身動きを取れなくする。それから消化液で溶かし、体液を貪る。それが大蜘蛛の定まった捕食方法だ。

その為の初動作であった。

しかし、それ以降の動作は果たされなかった。

煌めく顆粒の集合体にその身体を八つ裂きにされたからだ。

勇者「んー、問題はどうやって調理するかだな」

破魔翼を消散させて、彼は首をかしげる。

勇者「蜘蛛か。食うのいつ振りかな」

彼は蜘蛛の内臓の一つをを取り出して一口食べる。黄色で人間の足の裏ほどの大きさの内臓だ。

口に含んだ途端、言いようのない生臭さと味蕾を痺れされるような酸味が広がり、顔をしかめた。

勇者「生はやっぱしキツイか。でも火起こすのもメンドいしな」

暫く思考して、結局生で食べることを決めた。

彼がハーフエルフと合流したのはそれから、一時間あまり経ってからだった。

ハーフ「……それを食べたのか?」

残骸から彼が蜘蛛を食べたことを推測した彼女は、青褪めた顔で訊く。

勇者「凄え腹減ってたからな。てか、もっと早く来いよ。焼いて食った方が幾分マシだったろうに」

彼女は顔をしかめながら、かぶりを振った。

ハーフ「……いかれてる」

勇者「なんで? 動物が動物を喰う。肉が肉を喰う。生命が生命を喰う。当然のことだろ」

ハーフ「……」

勇者「あと、お前奴隷に戻ったろ? だから敬語使えよ。今は気分が悪いから見逃してやるけど」

そう言って、彼は伸びをした。

勇者「取り敢えず暗いから火点けろ」

ハーフエルフの魔力を燃料に火を焚く。薪になりそうな枯れ葉や枯れ枝が無かったからだ。

彼女は勇者と合流する前に、野草を口にしたが、それだけで三日も絶食状態の彼女が満たされるわけが無かった。その上、魔力を継続的に消費している為、彼女は酷く疲弊していた。

勇者「死にたいか?」

炎を隔たりとして、彼女の向かいにある大木にもたれた勇者が問う。その顔は炎の揺らめきで陰影が色濃く浮かんでいた。

頼りない炎で、一層深さを増した闇。遠くから聞こえる魔物の咆哮。森独特の粘つくような青臭さ。

知的生物の支配力など微塵も無かった。

完全なる自然。絶対的な掟が敷かれた場所。

彼女は首を横に振った。

勇者「なら肉を食え。草食動物のエルフは草しか食べないなんて言ってる場合じゃねぇ。特にお前はエルフと獣姦する変態人間の血を受け継いでるグロテスクな雑種だ。動物タンパク質も必要だろうが」

ハーフ「……」

勇者「……ちっ。しょうがねーから暫くはタメ口を赦してやる。だから命令だ。絶対に死ぬな。不本意だが、魔の国から抜け出すのにお前の力が必要な時なんだよ」

ハーフ「……魔王を殺すまでは死なない」

勇者「だったら糞を食ってでも生きるつもりでいろ」

ハーフ「貴様は魔の国から脱出するつもりなのだろう?」

勇者「当たり前だろ。ここには女がいねぇ」

ハーフ「ならば無理だ。どうせ魔王を殺すつもりなんて皆無なのだろう?」

勇者「……それでも俺以外には魔王を倒せないだろ」

ハーフ「ーー本当か?」

勇者「あ?」

ハーフ「正直、私は貴様に失望した。もしも転移魔法で飛ばされたのが遥か上空だとしたら、今頃貴様の飛び散った内臓や肉は魔物に貪られていただろうな」

更に彼女は続ける。

ハーフ「あの黒いローブに身を包んだ者が魔王だとしたら、貴様に勝ち目があったようには見えなかった。それほどの完敗だった。もはや、貴様の力が絶対的だとは思えない」

彼女は締め括りの言葉として、

ハーフ「貴様の奴隷は止めだ」

そう口にして、首輪を魔法で風化させた。

砂となった首輪は大気に霧散して消えていった。

勇者はゆっくりと立ち上がり、焚火を迂回して彼女の前に立つ。陰でその表情は見えなかった。

それから、彼女の細い首へと手を回し、強く締める。

勇者「調子にのるんじゃねーぞ。俺はいつでもお前を殺せるんだ。こんな風にな」

平坦な声音で彼は言う。しかし、締める力は殺意を帯びていた。

呻き声をあげながら、彼女は勇者の腕を掴む。しかし、華奢な彼女の腕では一分たりとも動かせなかった。

勇者は唐突に、彼女の首から手を放す。

辺りには闇が満ちていた。彼女の魔法が生み出していた炎が消えたのだ。

勇者「さっさと点け直せよ」

暫くの間、ハーフエルフは激しく咳き込んでいたが、やがて再び火を起こす。彼の為では無く、自分の為だ。

暫くの間、二人は無言だった。

勇者「ーー殺してやるよ」

やがて勇者が言った。伏しがちな瞳には妖しい光が浮かんでいた。それが、炎の揺らめきなのか、それとも彼の感情の具現なのか彼女には判断がつかなかった。

ハーフ「……なに?」

勇者「殺してやるよ。魔王を」

彼は告げる。静かだが、確固とした意思を帯びた声音だった。

勇者「木偶に嘲笑されて流せるほど、俺は寛容じゃない。それに、元々いつかは魔王を殺すつもりでいたんだ。まだ先の予定だったが気が変わった」

彼は本能主体で生きている。故に彼の行動目的は単純だ。欲求を満たす。つまりは彼女に傷つけられた自尊心を満たす。

それだけだ。

勇者「奴隷契約は止めで良い。今からは協力関係だ。魔王を討伐する為のな」

彼女は暫く黙考し、

ハーフ「……良いだろう」

小さな声で答えた。

ハーフ「結局、貴様以外に当ては無いんだ」

勇者「……ふん、契約成立だな。俺が主導者で良いだろ」

ハーフ「ああ」

彼女は肯き、

ハーフ「しかし、私には貴様という人間が良く分からない」

不可解な面持ちで呟く。

勇者「そりゃ、お前が木偶だからだ。操り人形には人間様の高次な思想と感情を理解できないだろ」

ハーフ「木偶か。確かにエルフは神の操り人形だ。だが、人間も神の操り人形に過ぎないだろう」

神の力を世に現出する為の媒介。それがエルフの存在意義だ。エルフが使用する魔法も神の力を具現化したものの一つに過ぎない。それ故に勇者はエルフを木偶と呼ぶ。

しかし、人間は神が与えた生という運命に弄ばれる操り人形だと、彼女は言う。

勇者「神なんていねーよ。生物の弱さが創り出した物だからな。宗教と同じだ。あれには違う意義もあるが。……待てよ。その意見からいくと、お前はエルフという木偶と人間という木偶から産まれた『木偶の中の木偶』か。すげーな」

ハーフ「ほざいてろ。大体、貴様だって人間よりも上位の存在のように振る舞って、他人を見下して軽蔑してるだろう」

彼女の言葉に勇者の顔から笑みが消える。

勇者「……意外に良く見てるな。やっぱ、端麗な容姿は獣すらも惹きつけるんだな」

ハーフ「阿呆が」

勇者「畜生に言われたくないな。……そもそも、俺の『人間』の定義は種族が人間で、その中でも優秀で、美人な女だけだ。後は畜生だ」

ハーフ「偏見と無意味な誇り。貴様は正に人間だな」

彼女は冷淡に言った。しかし、勇者は再び小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

勇者「エルフもそうだったかもしれないだろ。大体、お前が知ってるエルフなんて親ぐらいのくせに。しかも片親だ」

ハーフ「それが何だというんだ」

勇者「知らない物を想像で語ってんじゃねーよ。それこそ人間じゃねーか。お前には人間の血が流れてる。これは紛うことのない事実だ。それを認めないのも人間の血の遺伝じゃねーのか?」

ハーフエルフは彼を睨みつける。しかし、暴力を振るおうとはしなかった。長い間の迫害で、無意識レベルで彼に屈伏しているのだ。

勇者「お前が魔王を殺そうとするのは、自分が被ったわけでもない憎悪の為だろ」

彼女は無言だ。そして、それは肯定だった。

勇者「本来、お前が憎むのは魔王以上に俺で無ければいけねーんだよ。それも分からないからお前は愚図なんだ。先祖が何だってんだ。今を生きてるのはお前だろうが」

彼は若干苛ついたように言った。それから、いつになく喋り過ぎた自分に気付き、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

勇者「……俺は寝る。今日はお前が一晩中起きて火を焚いてろ。明日は俺が夜番をする」

ハーフ「……隔日交代か」

勇者「ああ。くれぐれも寝るなよ」

そう念を押して彼は目を閉じる。



ハーフ「こいつは、大層な変わり者だな」

暫くして、眠りに落ちた彼の顔を見て彼女は呟いた。

ハーフ「……どうして魔王がここまで憎いのか、私にも分からない。だが、頭の中から聞こえてくるんだ。『魔王を憎め。殺せ』とな」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

「たすけて」

泣きながら少年は懇願する。

十歳くらいの少年だった。

悲鳴が、怒号が、銃声が、嗤いが、響いている。

不協和音。

街中が火に包まれていた。

隣接している小国との戦争。

小国で第二の発展地であるこの街を陥落すれば、殆ど小国を制圧したようなものだった。

敵の兵士は全滅状態。私たちの勝利だ。

今行っているのは殆ど略奪行為、及び虐殺。奴隷の収集に、強姦。

無法の地。人間が知恵のある貪欲な獣となる地。集団殺人を許可された地。

それが戦場だ。

「たすけて」

少年の額に穴が空いた。血と脳漿が垂れ流される。

振り向けば、傭兵が笑っていた。

手には最近発明された銃という兵器。王は大仰な信頼を得寄せているらしいが、扱いが難解で、実戦では弩や弓の方が功績をあげている。

「バケモノのくせに躊躇うなよ。やっぱり女に戦場は向いてないぜ」

彼はそう言って笑う。口調は別とした他の者に比べれば、穏やかで紳士的な言い回しだった。

すぐに彼は行ってしまう。未だ殺し足りないらしい。

少年から目が離せなかった。

少年だった肉から目が離せなかった。

死体など飽きるほど見たのに。多くの人間を殺したのに。

従者と始めて出会った時、彼はこの少年と同じくらいの年頃だった。

今回、彼は後衛で待機している。

今の私を見られずにすんで良かった。

今の私はひどい顔をしているだろうから。


事切れている少年の眼窩から、雫が零れた。

ーー何故、この子は殺された?

ーー従者と、この少年の生死は何処で区別された?

それを皮切りに様々な生死に対する疑問が沸き起こる。戦場には邪魔なモノだ。

ーー何故、人は人を殺す?

運命だからだ。それ以上は考える必要も無い。

ーー何故、私は人を殺す?

運命だからだ。雑念は消えろ。

ーー何故、人を殺してまで私は生きる?

消えろ。

ーー何故、人は生きる?

ーー何故、人は死ぬ?

ーー何故、私は生きている?

ーー何故、私は死を躊躇う?

何故??

何故??

何故?

何故?

何故?

知りたくもない。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

少尉は目を覚ました。

「目覚めたみたいじゃの」

嗄れた男の声が彼女の鼓膜を揺らす。

彼女は小屋の中にいた。床、壁紙、天井全てが白で統一された清潔感溢れる小屋だ。その清潔感は殺風景ともいえた。

身体を起こそうとすると、激痛が彼女の身体を襲った。整った顔を顰めながら、呻き声を漏らす。

「無理は良くないの。死んでも可笑しくない状態だったんじゃ。まあ、この小屋は絶対に安全じゃからの。安心して休みなさい」

少尉「貴方は?」

再び横になり、顔を僅かに傾けて彼女は問う。

ドワーフ「ドワーフって種族を知っとるかの? そいつの老いぼれじゃ」

彼女はその種族の名を耳にしたことがあった。

エルフと同じく、魔物でも人間でもない亜人。

長命で、高度な冶金技術や金属加工技術を持っているらしいが、人間の領土では姿を確認されたことがない。伝聞が残っているだけだ。

老人は非常に小柄で、彼女の背丈の半分もない。

白髭をたくわえていて、肌には大木の年輪ほどの深い皺が刻まれている。つぶらな青玉のような瞳は彼女を見つめていた。

土に塗れた擦り切れた服を身に着けているが、頭には新品同然の、可愛いらしい花柄を刺繍された白のハットを被っていた。

ドワーフ「うん? この帽子かね? 昔にお姫様から貰ったんじゃ。ハゲ隠しにな」

そう言って老人は愉快げに顔の皺を増やした。

少尉「どうして、人間の言語を? ……いえ、それよりも従者はどこにおられますか?」

ドワーフ「ワシの話は流してしまうんか。あの若造なら、ワシとの交換条件を果たしにいったぞ」

少尉「交換条件?」

彼女はそのまま繰り返す。

ドワーフ「若造が戻って来たら話すわい。しかし、好青年じゃのう。それに余程アンタを好いとるようじゃ」

少尉「……」

やがて従者が戻って来た。ひどく疲弊している。擦過傷や咬傷もあった。

従者「戻りました」

ドワーフ「お疲れさん。頼んだモノは?」

彼は特異空間に手を入れて、死んだ魔物を取り出す。金色の体毛に、凶暴な双角を生やした獅子に似た魔物だ。

ドワーフ「ほほう。本当に仕留めるとはな。まあ、閉まっておけ。それとアンタの主人が目を覚ましたぞ」

従者「え!? 少尉様が!」

彼は疲れも忘れたように、彼女の許に駆け寄る。

従者「良かった! 本当に良かった……!」

彼は涙ぐむ。

少尉「な、泣くな」

久しぶりに見た彼の涙に、彼女は戸惑う。

従者「す、すいません。でも、嬉しくて! あ、お食事の用意をしますね。二日も絶食だったんですから」

少尉「あ、ああ」

従者が自在に扱える特異空間は非常に有用だ。

収納できる量は無限に等しい上、彼が片手で持てるモノなら何でも収納できる。

何よりも、異空間内には時間という概念が存在しない。つまり、収納してる間は、物質は時間から開放される。

故に、彼等は数年前にできた料理を新鮮なまま食すことができる。

ドワーフ「人間の食べ物も中々旨いのう」

少尉「お前のその能力は本当に不思議だな。大変助かってるが」

空間から取り出された温かいスープを口にしながら彼女は言う。起き上がることができない為、従者に食べさせて貰っている。最初こそ恥ずかしがっていたが、もう慣れたらしい。

従者「恐縮です。おかわりはたくさん有るので遠慮しないでください。二人なら二年分近くの食糧が有りますし」

少尉「二年、か。多過ぎるな。それよりも私が倒れた後の話を聞かせてくれ」

従者「分かりました」

勇者たちと別れてから、一週間が経っていた。最初の五日間、従者は彼女を特異空間に収納して独りで魔の国の樹海を彷徨っていた。

五日目の夜にドワーフの老人と出会い、交換条件の許、色々と協力して貰っている。

彼女達のいる小屋は老人の所有しているもので、携帯できるサイズにまで圧縮できるという人智を超えた技術品だ。

老人が提示した交換条件は、老人が指定した魔族を数体、従者が狩ってくるというものだった。

少尉の記憶が曖昧な為、勇者の能力の概要も話す。それから、突如現れた黒ローブの女のことも。

彼が全て話し終えるまで、彼女は一言も口を挟まずに耳を傾けていた。

少尉「黒ローブは何者だ? もしや、魔王本人か?」

従者「いえ、こちらの御尊老が仰るには、魔王は人間の男性に酷似してるらしいです。それが本当なら違うのではないでしょうか」

少尉は小柄な老人に目を遣る。

少尉「魔王をご存知なのですか?」

ドワーフ「まあの。黒ローブの女性についても心当たりはある」

少尉「詳しくお聞かせください」

ドワーフ「断る。アンタらにその資格が有るようには見えんからのう。若造には金獅子を狩ってきて貰ったが、それは安全地帯を提供するという交換条件の許じゃ。教える謂れはないの」

従者「僕も訊ねてみましたが、ずっとこのような状態です」

ドワーフ「アンタら、魔王を討とうとしているんじゃって? 止めといた方がええの」

老人は神妙な顔付きで言った。

少尉「死ぬ覚悟はできております」

一切動じずに彼女は告げる。しかし、老人は呆れたような顔で、肩を竦めただけだった。

ドワーフ「分かっとらんのう。魔王本人には殺されんよ。彼奴は不殺を主義に置いとるからな」

従者「その口振り、魔王と親しいのですか?」

ドワーフ「一時、魔の国と対立してな、戦争寸前までいったんじゃよ。いや、戦争は確かに起きた」

彼は少しだけ昔話を語る。

半世紀ほど前に、矮人族と魔族の間で戦争の火種が生まれた。

魔族が、ドワーフが住処としている天を貫く高山の鉱物資源を欲したのだ。

その山では瘴気及び不思議な力を多分に含んだ鉱石が採掘できる。魔族は技術産業発展の為にそれらを必要とした。

しかしドワーフにとって、その山は生活の場であり、神聖な場であった。

利が違えば、対立する。対立すれば、戦争が起きる。

平和的な解決方法を経験したことが無い矮人族にとっては当たり前の流れだった。

しかし魔族は、魔王は違った。

戦争に向けて態勢を整えていたドワーフ達の砦に、彼は独りで赴いた。

矮人達は愕然として慄いたが、一斉に彼に襲い掛かった。肉を裂き、突き刺し、骨を砕く。修羅と化していた。

しかし、彼は一切抵抗しなかった。

少しだけ苦痛に顔を歪め、後は全てを受け容れるような穏やかな顔をしていた。

数日も続き、皆が疲弊しはじめた時に彼は言った。

「俺はこの通りのバケモノだ。しかし、だからこそ『暴力を振るわないという暴力』を用いるんだ。ドワーフ達よ。この戦争、俺の勝ちで良いか」

再び、彼に暴力が振るわれた。

一ヶ月近く経ち、遂に誰もが武器を降ろした。

矮人達は負けを認めた。無抵抗の者を傷つけることに彼らの心は耐えきれなかったのだ。

しかし、魔族達は矮人領を併合こそしたものの、迫害や不平等な条約を結んだりはしなかった。

様々な分野で提携して、互いに発展し合うことができた。

魔族の産業技術は躍進し、ドワーフの教育や医療も高度化した。

魔族が人間の言葉を公用語として使用する。その言語教育をそのまま流用したから、ドワーフは人間の言語を使うのだ。

今も魔族とドワーフは友好関係にある。

矮人たちは、この出来事を『美しい戦争』と呼んで語り継いでいる。

ドワーフ「ワシは彼奴以上の王を知らん。そして、彼奴を殺そうなどと画策しても徒労に終わるじゃろう」

従者「その話が本当なら、聖人ですね」

少尉「どんな人格者であれ、殺すさ。任務だからな」

ドワーフ「ふむ、余程の愛国者じゃな」

少尉「ふん、国や王はどうでも良い。私はーー」

口にして、失言だと思ったのか閉口する。

従者「少尉様……」

沈痛な面持ちで、彼は呟く。彼女は呼び掛けに答えなかった。

少尉「しかし、魔物と協力関係なら狩ったりして良いのですか?」

従者「あ! た、確かに」

ドワーフ「ああ、それなら心配要らん」

彼は魔物の概要と、魔族と魔獣などの違いを簡単に説明する。

それから、瘴気のことについても。

従者「魔王を倒しても瘴気は無くならないのですか」

彼は勇者と交わした会話で、その可能性も考えてはいたが、やはり任務に対する気勢は削がれた。

一方、少尉は眉一つ動かさなかった。

ドワーフ「アンタらは今後どうするつもりかの? 傷が治るまでは此処に滞在してよいが、その後ワシは帰るぞ」

少尉「魔王の討伐に決まってるだろう。それが任務であることには変わりない」

ドワーフ「所在を知っているのか?」

少尉「それは……」

従者「ーー貴方にお供させてください」

少尉「何勝手なことを……っ!」

身体を起こそうとした少尉が、激痛に苦悶の表情を浮かべる。

従者「無茶をなさらないでください。体に響きますよ」

少尉「お前が勝手なことを言うからだ」

顔をしかめた彼女に、従者は穏やかな声音で諭す。

従者「遠回りにはなってしまいますが、先ずは情報収集をするべきです」

少尉「……別に、ドワーフ殿の後を追従することに反対しているわけではない。お前が独断で判断したことについて憤ってるのだ」

従者「……申し訳有りません」

彼は頭を下げる。

少尉「……いや、謝る必要はない。実は八つ当たりに近い。あまり好ましくない夢を見てな」

歯切れ悪く彼女は打ち明ける。

ドワーフ「まあ、ついてきてもええぞ。アンタらは相当な手練のようだしのう」

少尉「有難うございます。出発は明日でよろしいです」

従者「もっと養生なさってからの方がよろしいのではないですか?」

少尉「明日には殆ど全快するさ。お前の作った料理も口にしたしな。やはり毎日食べたいくらい美味いな」

そう言って、彼女は笑う。

従者「べ、別に、構いませんが……」

彼は頬を紅くして、はにかんだ。

ドワーフ「普通は逆だと思うんじゃがなぁ」

老人は肩を竦めて呟いた。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

勇者とハーフエルフは森の中を突き進んでいた。

昨日から森の性質や形態が一変した。

それまでは魔物らしい動植物が多かったが、現在彷徨っている森は彼等が見知っている草木に似た植物で構成されていた。更に動物の数は減り、瘴気も薄くなっていた。

木漏れ日の中、勇者はこの上なく微妙な面持ちで歩みを進めている。

彼はハーフエルフを先導していた。

また、現在彼の肩からは破魔翼が現出している。

そして、その破魔翼を後方にいるハーフエルフに突き刺していた。

彼の善意であった。

勇者(これ、人間の国に向かってるよなぁ)

太陽と体内時計で方角を割り出しながら、何となく彼の好きな南へと進んで二週間が経ったが、どうやら魔の国の中心どころか、人間の国に向かってるようだった。

勇者(いや、俺悪くねーよ! だって全く分からないところに飛ばされたんだもん! しょうがねーだろ!)

自身に言い訳しながら、彼は更に前へと進む。

しかし、悪いことばかりでは決して無かった。寧ろ、今の状況ではかなり望ましいとも言えた。

勇者は歩みを進めたまま、後ろを振り向く。

ハーフ「はあ……はあ……」

酷く疲れた顔で息を切らし、若干おぼつかない足取りながらも、ハーフエルフは彼の後に続いている。

勇者(顔色、少しは良くなったか)

勇者は幾分安堵した面持ちになる。

ハーフエルフが倒れたのは三日前だった。

確かに魔の国に来てから、彼女の顔色は悪かった。しかし、そのことに気付いてからも勇者は彼女を顧みることなど微塵もなく、ずっと進み続けて来た。

倒れた時も、そこまで心配していなかった。殴って無理やり進ませようとも思った。

しかし、致死量ともいえる喀血をした時は流石に青褪めた。

すぐに理由に思い至った。

彼女は瘴気を浄化できないのだ。

今までは、人間よりも僅かばかり高い耐性で、しのいできたのだ。

しかし、その限界が訪れた。

勇者は彼女の体内に溜まった瘴気を浄化した。そして、今も常に浄化している。破魔翼を彼女に刺しているのはこの為だ。

しかし、瘴気によって一度破壊された体は直ぐには治らない。彼女の身体は壊れかけていた。

勇者(俺もまだまだ未熟だな)

彼は痛切に自身の力量不足を実感していた。

魔物に対するジョーカーでありながら、彼女が瘴気に苦しんでいることに気付かなかったこと。


そしてーー


勇者(こいつ、自分からエルフ族の木偶になっているわけじゃなかった)

彼女には『或る魔法』がかけられていた。『呪縛』の方が適切かもしれない。

おそらくは彼女の親が刻んだのであろう恒常魔法。

魔王に対して、常に憎しみを、殺意を抱くような呪いをかけられていた。本人の人格を蔑ろにするほど強力なものだった。

そのことにも、勇者は破魔翼を彼女に使うまで気付かなかった。

勇者(人形を操っていたのは神じゃなくて親。赤児の頃から脳にかけられちゃ、自分ではどうしようもないわな)

ハーフエルフが倒れた。

勇者「おい、大丈夫か?」

顔色からして、極度の疲労の為らしい。血を吐いておらず、少しだけ彼は安心する。しかし、予断を許さぬ状況には変わりなかった。

ここまで来れたのも奇跡みたいなものだった。

勇者「……ちっ」

彼女を背負い、彼は進む。

彼自身も既に満身創痍だった。破魔翼を恒常的に現出するのは相当の負担だ。

よろめきながら、それでも前を目指し続ける。

勇者「……何でこんなに頑張ってんだ? 見捨てりゃいいのに」

しみじみと呟く。

呟いただけだった。

二人は昨日から食糧を口にしていない。破魔翼を戦闘に使えず、追い払うので精一杯だったからだ。

空腹と疲労で半死半生だった。

彼は生に対してはどこまでも実直だ。

泥を啜っても、虫を口にしてでも彼は生きようとする。実際、両親が死んで、王に破魔の力を見せるまではそうやって生きてきた。

しかし、そんな彼が己に多大な負担をかけているハーフエルフを棄てずに背負っている。余りにも不遇な彼女への同情だけでは無いのかもしれない。

やがて、口を動かすどころか、思考することも止めた。動かしている足は本当に進んでいるのかも分からなくなっていた。

それでも、彼女を背負ったまま、彼は感覚が無くなった足を前に出す。

既に陽は落ち、辺りは暗い。発光する彼の純白の翼のみが明るい。

足は言うまでも無く、手の感覚も腰の感覚も無くなっていた。

それでも彼女を離さなかった。

ふと。

瘴気が完全に絶えた。

辿り着いたのは人間の土地よりも遥かに清浄な地。

彼は暫く茫然とした後、彼女を草の上にできるだけ静かに落とし、自分も土に倒れ込む。

ひどく眠かった。

このまま寝たら、永遠に起きれないだろうと自覚しつつも、その誘惑に抗うのは至難だった。

目を瞑る。

しかし、眠らなかった。

眠ることができなかった。

「おーい、ここは立ち入り禁止だぜ」

騒がしい声が上空より聞こえたからだ。

彼は何とか体を起こし、声の出処に目を向ける。

青空を、灰色の小鳥が気持ち良さげに飛んでいた。

魔鳥「ここはエルフの森だぜ。さっさと立ち去れ。じゃねーと鳥の巣にするぜ」

勇者「……エルフの森。……なら、こいつは入る資格があるだろ。……エルフの血が流れてるんだからな」

掠れた声で何とか呟く。

魔鳥「ん? その綺麗なねーちゃんは混血なのか? ふむむ。嘘かもしれんけど、綺麗なねーちゃんだから許可してやんよ。特別だぞ特別」

勇者「……鳥が、木偶に、欲情、すんの、かよ」

魔鳥「あん? ムカつくなこんにゃろー。瀕死のくせに喋りやがって」

しかし、彼は答えずにもう一度体を地に放る。

魔鳥「ここで死なれても困るんだがな」

魔鳥は彼の頭の上に止まる。しかし、彼は気を失っているようで全く反応しない。

魔鳥「……こいつが噂の勇者か。コアへの抵抗力。言うなれば『神のカルマ』とでも呼ぶべき存在かな。今なら簡単に息の根を止めれんな」

ハーフ「……やめて」

魔鳥「お、綺麗なねーちゃん。起きたのかよ」

ハーフ「……その人を殺さないで」

息も絶え絶えに彼女は懇願する。

魔鳥「綺麗なねーちゃんの願いでもそれは無理だな。こいつを生かすと俺の身も危ういんだ」

ハーフ「……お願い。その人を殺さないで」

悲痛な面持ちで彼女は哀願する。

魔鳥「ぐぬぬ。い、いや、無理だ。俺だって死にたくねーもん」

ハーフ「……お願い」

彼女は涙を零す。

魔鳥「ぐああああ! 分かったよ! 分かっちゃったよ!! 分かってしまったから泣くな! 泣き顔も素敵だけど、多分笑顔の方が万倍も素敵だろ! だから泣くな!」

ハーフ「……ありがとう」

そう涙を目尻に溜めたまま、
彼女は微笑む。それから、また目を瞑った。

魔鳥「泣き笑いなんて反則だろ……」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

目醒めた時、勇者の目に映ったのは、彼の顔を覗き込むハーフエルフの顔だった。

薄暗い空間に彼等は居た。

勇者「……ああ、生きてたのか」

ハーフ「貴様こそ」

勇者「俺に死ぬ要素なんてないだろ。木偶じゃあるまいし」

ハーフ「ふん、それだけ言えれば元気だな」

彼女が平常であることに内心安堵して、彼は更に罵倒する。

勇者「大体、途中で気を失ってんじゃねーぞ愚図。本当にダメな雑種だな」

魔鳥「ゴッドバーーーード!!」

小鳥が、凄まじい速度で彼の額に頭突きを食らわせた。

勇者「ぐあああ!」

彼は余りの痛みに悶絶する。

魔鳥「啄まれなかっただけ感謝しやがれ。綺麗なねーちゃんに向かって、よくそんなことが言えるな。お前が倒れて何日経ったと思う?」

小鳥が激昂しながら捲し立てる。

魔鳥「三日だよ、三日! その間、ねーちゃんはお前の看病してたんだぞ。魔法で体を癒したり、体を拭いてやったり、お前の手を祈ったりしてたんだぞ。羨ましい」

ハーフ「お、おい! 言うな!」

彼女は顔を紅くして声を荒げる。

勇者「……はあ?」

勇者は驚く。それと同時に苛立ちを覚えた。

勇者「お前、やっぱ馬鹿だな」

魔鳥「馬鹿って言う奴が馬鹿なんだよ! この馬鹿! デコに穴開けるぞ!」

勇者「うるせーよ。……ちっ」

苛立たしげに立ち上がり、光が射し込む入り口を出る。

久方の太陽光が目に沁みた。振り返れば、余りにも巨大な大樹。今までは瘴気で見えていなかったが、雲を纏っていそうなほどに高い。

今まで寝ていたところは大樹の洞だった。

この森には人間の領土よりも圧倒的に清浄な空気が満ちている。

余りにも穏やかで、動きが全くない。

時が止まったようで、世界に独りしかいないようだった。

全ての動物が死に絶えた後に広がるのはこのような景色なのだろうか。

そんなことを思考しながら、彼は伸びをした。

穏やかな日差しと、爽やかな風が、彼の苛立ちや、その他の感情を消していく。

ハーフエルフが洞から出てきた。

続いて魔鳥も飛び出て、離れた場所まで飛んで行った。森の見廻りに行ったのかもしれない。もしくは餌探しか。

勇者「ーーこれからどうするつもりだ?」

彼は碧空を仰ぎながら訊く。

勇者「魔王を倒すつもりはあるのか?」

『殺す』という言葉は穏やかなこの場所には相応しくないように思えて、彼は別の言葉を使った。

ハーフ「……分からない。今まで魔王のことだけを考えていた。魔王への憎しみだけで生きていた」

彼女は途方に暮れた様子で呟く。

ハーフ「でも、今は無いんだ。憎まなければいけないと思っても、微塵も憎悪が湧き上がらない」

勇者「……心変わりしやすい奴だな。『確固とした自分』ってのを持った方が良いんじゃねーの?」

ハーフ「ーーならば貴様についていく」

彼女の言葉に勇者は目を剥いた。

勇者「どうしてそうなるんだよ。マジで阿保だな」

ハーフ「貴様の言う通り、私は自分というものがよく分からなくなった。だから、確固たる己を持った貴様の近くにいたいのだ」

それに、と彼女は続ける。

ハーフ「倒れた時、夢を見たのだ。純白の翼が、私の憎悪を薙ぎ払う夢を。温かくて大きな背中に背負われた夢を」

勇者「……ちっ。勝手にしやがれ。どうせ暫くは此処に滞在するつもりだ」

吐き捨てるように呟いて、彼はもう一度洞に戻った。

洞に入る前に立ち止まり、振り返らずに訊く。

勇者「お前は人間なのか? それともエルフなのか?」

彼女は質問の意味が直ぐには理解できなかったのか、目を瞬かせた。それから、微笑みながら断言した。

ハーフ「両方だ」

ーーーーーー
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ーー

今日は終了です。
勇者はハーフがデレるほどツンデレになるようです。
書き溜めが無くなりそうで焦ります。
批判や質問ドシドシ待ってます。

性描写はあまり期待しないでください。
いやほんとに。

本当に腐れた人間というのは少数ではないでしょうか。

投下します。

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ーー

母が私を睨んでいた。

私は母の顔を殆ど憶えてない。

しかし、目の前で笑っている女性は確かに母親だった。

母親は父親に変わった。

酒を呑むと、赤くなって大笑いしていたことを鮮明に憶えている。

しかし、今は修羅の顔で私に怒鳴っていた。

修羅は少年に変わった。

私の目の前で頭に風穴を開けて息絶えた少年だった。

とても哀しい顔で私を見つめてくる。

少年は拡散して様々な情景となる。

頭の無い死体。私が斬り落としたものだ。

焼け爛れた肉。臭いまで甦りそうだ。

破壊された街。かつての繁栄は完全に蹂躙されていた。

女を凌辱する同軍の兵士。

虚ろな目をした捕虜。

瀕死状態にある自国の兵士。

過大剣を寄贈してくれた鍛冶屋。

凱旋に熱狂した民衆。

共に鍛錬した兵士。

奉公した貴族。

王。

勇者とハーフエルフ。

全員が私を睨んでいた。

蔑んでいた。

「殺人鬼」

「バケモノ」

「お前は許されない」

「魔物よりも魔物だな」

「その血塗れの手で他者に触れるのか?」

「お前に幸福なんて有り得ない」




「たすけて」


呪詛を聴かなくても知ってるさ。

生きる価値なんてない。

生きる目的なんてない。

殺すことしかできない。

誰も幸せにできない。

幸せになんてなれない。

どうせ、幾許も無い生命だ。

他人よりも少し早く気づいただけ。

いつかは皆が気づくこと。

「僕と結婚してください」

彼の言葉が浮かび上がる。最近のことにも関わらず、遥か大昔のことに思えた。それに連なって次々と思い出していく。

上限の月。精一杯色を灯した一年草。冷たい風。そして、真剣な彼の瞳。

初めて出逢った時、怯え切っていた瞳は、強い意思を宿すようになっていた。

背丈も随分前に抜かれた。剣の腕ではまだ私の方が上だが、生きている間に越えられるかもしれない。

プロポーズに応える資格は無い。

光満ち溢れる路を往く資格などない。

彼は私の罪そのものだから。

私は彼が最も憎むべき存在だから。

それも運命だ。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

少尉は目を覚ます。

ドワーフの老人が携帯する小屋の中にいた。

現在は真夜中のようで、辺りは暗闇と森の獣が蠢く気配に包まれている。

隣では従者が安らかな寝息を立てていた。普段は凛とした佇まいだが、今は幼い子供のようだ。

少尉「……っ」

今の彼女にはその顔を見つめることができなかった。

彼女は小屋の扉を開けて外に出る。外の冷たさを帯びた空気を吸いたかった。

霞の果てに、上弦の月が朧に浮かんでいた。

出発から一ヶ月が経っていた。

未だ魔王の所在を掴むことはできずにいる。老人の話によれば、この樹海以外は相当な発展を遂げているらしいが、今のところ彼女たちは広大な樹海以外の場所を見ていない。

ドワーフの老人が小屋の近くにある大樹の切株に腰掛けて、月見酒をしていた。彼は少尉の存在に気付き、酒の詰まった瓶を投げ渡した。

ドワーフ「イケる口じゃろ。一杯付き合え」

少尉は無言で彼と同じ切株に腰掛け、受け取った酒を飲んだ。

強烈な苦味が口に広がり、彼女は顔をしかめて噎せる。

ドワーフ「ドワーフ族伝統の酒じゃ。初めて飲む者は皆同じような反応をするのう」

老人は愉快そうにうなずく。それから、別の酒瓶を彼女に渡した。

ドワーフ「魔の国で作られとる酒じゃ。これならアンタでも飲めるだろう」

彼女は猜疑の瞳を向けるが、彼は飄々とした態度で再び酒を呷る。

仕方なく彼女は手渡された酒に口をつけた。

程良い苦味と清爽とした後味。初めて口にするような美酒だった。

少尉「美味い」

ドワーフ「ふふ、ワシの故友もその酒が好きじゃったな。隻腕の偉丈夫じゃった。こうやって、よく酒を酌み交わしたものじゃ」

昔の情景を想い出すように、彼は目を細め、それから自嘲気味な溜息を吐いた。

ドワーフ「いかんな。歳を取ると、昔のことばかり考えてしまう。若い頃は、説教臭い老人と、過去に妄執する老人にだけはなりとうないと思ってたんじゃが」

少尉「そういうものですか」

ドワーフ「ああ。まあ、老い先短い命。少しくらいは許されるじゃろう」

少尉「……」

彼女は無言で酒を口にした。

老いた矮人は月を仰いだまま彼女に声をかける。

ドワーフ「ーー腹を割って話をしよう。アンタはどうしていつも悲愴な面持ちをしとる? 何がアンタを苦しめとるんじゃ?」

少尉「……浮かない顔をしていましたか?」

老人は半分の月に目に向けながら肯いた。

少尉は暫く沈黙していたが、やがて口を開く。

少尉「……私は軍人です。敵を、人を殺すのが仕事です。実際多くの者を殺してきたし、多くの者が死ぬのを目にしました」

ドワーフ「人間の世界は物騒じゃのう」

少尉「ええ。多くの者が様々な理由で人を殺します。
国の為、地位の為、愛する者を守る為、金の為、破壊欲動を満たす為。
私も様々な建前で人を殺しました」

そう言ってから、彼女は顔を歪めた。

少尉「しかし、心の底では何一つ理由が無かった。
大義は元より、身近な理由すら私には無かった。
殺さなければ生きられないなら、自分が死んでも良かった。
そして、どうして私は今も生きているのか、分からないのです」

彼女は声に嘲りを交えながら続ける。

少尉「だが、それも終わりです。私の命はあと一年も経たぬ内に終焉を迎えるでしょう」

彼女の母親は二十五歳ほどで亡くなった。

母の家系は今でこそ没落したが、昔はそれなりに栄華した貴族の家柄だった。そして瘴気への耐性を持った者が非常に多かった。

瘴気に耐性を持った者は、常軌を逸した戦闘能力を備えている。しかし、その殆どが齢二十五程で亡くなってしまったらしい。

結局、人間は魔物と同じような身体にはなれないようだ。

その話は自身の父親から聞いた。父は結婚前に母から打ち明けられたらしい。それでも母と結婚したらしいが。正直、父親は生まれてくる子のことも考えるべきだった。

彼女もまた瘴気に耐え得る者。
類稀な運動能力を持つ者。
非常に短命であろう者。

少尉「運命です。私に殺された者はそうなる運命だった。私がもうすぐ死ぬのも運命なのです」

彼女はそう締め括った。

ドワーフ「……あんた、バカじゃなぁ」

老人は目を細めてしみじみと呟いた。子の愚行を愛おしむ親のような顔だった。

ドワーフ「アンタは本当に人を殺すしか能がないと思っとるのか?」

少尉「ええ」

ドワーフ「ならば、アンタに従っとる若造はそんなアンタを慕っとるのか?」

彼女は一瞬顔を歪めるが、すぐさま平然とした顔に戻る。

少尉「……あいつに私のことなんて分からないでしょう。私のことを盲目的に慕っているだけだ。何一つ理解してない」

ドワーフ「そうかのう」

ドワーフ「魔王を殺しにいくのは何故じゃ? 魔王を殺したところで瘴気は止まぬことはこの前に話したじゃろ」

少尉「ええ。しかし魔王には昔から関心がありました。いつか会ってみたいと思っていたのです。もしかしたら運命なのかもしれません」

ドワーフ「何でも運命で片付けようとするのはよろしくないのう。まるで恋する乙女じゃ」

少尉「まあ、ある意味ではそうなのかもしれませんね」

そう二人で笑い合った。

上弦の月は二人を照らしていた。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

翌日の夕刻。

従者と老人は野草を摘んでいた。食料のストックが多いに越したことは無いと考えたからだ。

老いた矮人の話では、ドワーフの住まう高山まで間近な処まで迫っているらしい。

少尉は小屋で待機している。剣の手入れでもしているだろう。

ドワーフ「どうしてアンタは食用にできる野草や木の実が分かるんじゃ?」

従者「生まれつきの才能です。異空間を操れるのも生まれつきですが。瘴気を力に変えられるからでしょうか」

ドワーフ「凄いのう。ワシらも瘴気に耐性は有るが、魔物と違ってエネルギーには変換できんからの」

感心したようにうなずいてから、老人は問いかけた。

ドワーフ「もしもアンタが一年もしない内に死ぬとしたら、どうする?」

従者「いきなりどうしたんですか?」

ドワーフ「ワシはいつ死ぬか分からんからな。やりたいことをやっとこうと思ったんじゃ。その参考にしようと思ってのう」

従者「もっと長生きなさりそうですけどね。うーん、やはり少尉様にお仕えしたいですね。参考にはならないでしょうけれど」

ドワーフ「本当に愛してるんじゃのう」

従者「ええ。素敵な方ですから。ーーそれに、あの人はあまりに誠実で優しいですから」

ドワーフ「ほう。詳しく聴きたいのう」

従者「少尉様は運命という言葉を頻繁に使うんですよ。でも、心の中ではその言葉を用いて逃げている自分を自覚しているんです」

野草を摘みながら彼は言う。

従者「そして、そんな自分が許せないんだと思います。故に、自分は幸せになってはいけないと考えているんでしょう」

ドワーフ「……よく分かるのう」

従者「全部憶測ですよ。好きな人のことは嫌でも考えてしまいますから」

そう言って、彼は照れ臭そうに笑う。

ドワーフ「……彼女を導いてやれよ。アンタが思っとる以上にあの娘は脆いぞ。見守るだけが正しいと思うな」

従者「そう、ですかね」

ドワーフ「それに、彼女が抱えとる苦しみはアンタの推測以上に深い気がするのう。それを掬ってやれるのも、救ってやれるのもアンタだけじゃ」

従者「僕が……」

ドワーフ「ああ。ーーところで、結構集めたんじゃが、これらは食えるかの?」

老人は野草を詰めた袋を従者に見せる。

従者「……ほとんど有毒です」

今日は終了です。
途中に間隔が空いたのは食事の為です。サーセン。
構想はほぼできあがってるので、これからは投下頻度を上げていきたいです。

ほぼ台本じゃん

>>361
全く以てその通りです。
もう少し地の文を増やしたいとは思ってるんですけどね。
精進します。

>>361
自分は文句いえるほど、これだけのSS書く能力も無いくせに偉そうに批判かよ・・・
こういう書き込み見るたび
読ませてもらってる身なんだから、文句言わずに温かく見守ってやれよって思うのは自分だけか?
ID:xuQgT+eIOみたいな奴のせいで、過去にどれだけのSSスレが潰れて消えていったか・・・

>>463さん
読んで貰えるだけでとても嬉しいです。
更にレスをくれるならどんな批判でも感無量なんです。
勿論、>>463さんに読んで貰ってることにも感激してます。

>>363でした。
は、恥ずかしい……。

地の文が好きだと某スレに書いたら、
作者本人からここを勧められたんだよカスが


>>367
正直スマンかった。

投下します。
軽く性描写があるので苦手な人は注意してください。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

魔鳥「元気になったんだから、屑男は出てけよ。ここはエルフの森だぞ」

勇者「うるせーよ。別に良いだろうが。お前だってエルフじゃねーだろ。てか、お前の正体は何だよ?」

魔鳥「黙秘権を行使する」

勇者「畜生にそんな権利有るわけないだろ」

魔鳥「何だと、この下種! ハーフちゃんに今までお前がしてきたことを聞いたぞ。屑の所業だこの鬼畜!」

勇者「奴隷に暴力を振るって何が悪いんだよ。奴隷てのは主人の所有物だぞ」

彼は肩を竦めてそう口にする。

勇者は半年ほど前、奴隷貿易で繁栄している都市を訪れた際に、奴隷商人から彼女を買った。

美しい女であったが、凶暴で調教できない上、それどころかいつ逆襲されるかも分からず、扱いに困っていたらしい。
その結果、破格の値段で買い取った。それでも人間の奴隷の三倍はしたが。

魔鳥「阿保か。人道的に許されるわけないだろ。魔の国じゃとっくの昔に廃止されたわ」

勇者「畜生が倫理を語ってんじゃねーよ。どうせ廃止されたと言っても、名前を変えた奴隷制が蔓延ってるんだろ」

ハーフ「……香草を摘んでくる」

彼女は彼等の口喧嘩に呆れたようで、溜息を吐いて洞から出て行った。若しくは自分のことを話題にされて不快だったのかもしれない。

魔鳥は彼女が洞から遠ざかったのを確認して、何故か畏まった。その目は獲物を狙う猛禽類に類するものへと変貌していた。

魔鳥「お前はハーフちゃんに欲情しないのか?」

勇者「いきなり何を言うかと思ったら。欲情するわけねーだろ」

魔鳥「マジかよ。お前、女癖が悪いらしいじゃねーか。どうしてハーフちゃんには手を出さないんだよ。あんな美人を抱くために人間たちは大金を積むと聞いたぞ」

勇者「それは正しい情報だけどな。だが、俺は全うな人間だ。異種族に発情するかよ」

魔鳥「エルフと人間に差異はあまり無いだろ。それにハーフちゃんは半分人間だぞ」

勇者「……それは、そうだが」

勇者は煮え切らない返事をする。彼としては今更彼女を人間と呼ぶのには抵抗があった。

勇者「……外出てくる。」

鳥と顔を合わせているのが気まずくなり、彼は立ち上がり洞を出る。

魔鳥「自慰行為なら森の外でしろよ。汚れるから」

勇者「阿保か」

曇り空だった。

勇者の胸中も鉛色だった。

勇者(ハーフエルフ、か)

彼女のことを考える。

どちらでも有るということは、どちらでも無いともいえる。曖昧な存在。

勇者(大体の人間もそうだな)

何処に属しているのか、何を為すのか、誰と分かり合うのか、何故生きるのか、どうして生を受けたのか。

それを把握している人間など皆無だ。理解できていると思っているのはただの勘違いだ。そして、それで良いのだ。

勇者(思考が脱線したな。……あれ? あいつの何を考えてたんだ?)

彼は首を傾げた。

半分は人間で、半分はエルフ。そのことに葛藤するのは彼女だけで充分のはずだ。
彼が熟考する事柄では無かった。

しかし、憂いを帯びた瞳が、風に靡く亜麻色の細い髪が、僅かに人間より大きい耳が、貌の良い唇が、通った鼻筋が、滑らかな顎の輪郭が、透き通るような肌が、華奢な線が、堪らなく彼の裡を埋め尽くす。
彼女以外何も考えられなくする。

彼の足が止まった。

勇者「そうか」

唐突に勇者は気付く。




勇者「俺はあいつを抱きたいんだ」



口にして、彼は頭を軽く掻き毟りながら嗤う。

勇者「あー、本能完全是認主義を掲げている俺がどうして自分の欲求に気付かなかったんだよ」

今まで、彼はハーフエルフを家畜同然にしか見ていなかった。

彼女は己が人間であることを否定し、純粋な妖人であるかのように振る舞っていたからだ。

それが気に入らなかったし、嘲笑もしていた。

しかし、彼女が人間でも有ろうとするなら話は変わる。

勇者「……気付きたくないって欲求もあったんだな」

意識的に気付かないようにはしていた。しかし、生理的な本能を自覚してしまった今、彼は途方も無く苦しい。

勇者(……考えなけりゃ良かった)

陰鬱な面持ちで吐息を漏らす。それから、憂さ晴らしと食料調達の為に、彼は瘴気に満ちた土地へと向かった。

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勇者「持ち帰るのが一番大変だよなぁ」

人間ほどの体長をした怪鳥を引き摺りながら、彼は呟く。欲求は少し解消されたようで、先刻よりは幾分晴れやかな表情だ。

エルフの森に再び戻ると、香草を摘んでいたハーフエルフが彼に気付いて視線を向ける。

ハーフ「……その鳥、未だ生きてるのか」

勇者「おう、気絶させただけだ」

勇者が怪鳥を殺さずにいた。理由は至極単純だった。

勇者「血抜きとか、熟成をしないと味が悪いからな。どうせなら美味い肉が喰いたいだろ」

ハーフエルフは複雑な表情で閉口する。

勇者「お前も手伝え。殺した後に、腐敗しないように冷やせばそれで良い。他のことは俺がやる」

魔鳥「はい、ストップ! お前はエルフの森に魔物を持ち込んだ上、血で汚すつもりなのか!」

小鳥が喧しい声をあげながら、彼らの近くにあった木の枝に降り立つ。

勇者「別に良いだろ。俺は勿論、ハーフエルフにも動物タンパク質は必要なんだ」

魔鳥「だとしても、この森を汚すわけにはいかねーんだよ。此処の清浄と秩序を保つのが俺の存在理由だからな」

ハーフ「ーー血は、汚いのか?」

彼女がポツリと呟いた。

魔鳥「え?」

ハーフ「血は大地に還り、植物の糧となる。この森の木々がこうして繁っているのも、血と肉が大地に還ったからだ。それなのに、血は汚いのか?」

詰る口調では無く、素朴に疑問を訊く口振りだった。純粋に答えを求める声音だった。

故に小さな鳥は困惑する。

魔鳥「いや、ほら、その、還るまでが汚いっていうかさ。えっと、その、あー」

彼は返答に窮して、

魔鳥「いいよ、もう。その代わり、ちゃんと埋めろよ」

結局、妥協した。

陽が暮れて、二人は大樹の前で火を囲んでいた。

満月の夜であった。

魔鳥はいなかった。この辺りは夜行性の魔物の方が多い為、小さな鳥は夜になるといつも森の見張りに行く。今日も例外ではなかった。

魔鳥を彼女が言い負かした後、勇者は吊るした怪鳥の首にある動脈を破魔翼で裂いて血を抜き、羽を毟った。ハーフエルフは魔法で肉が傷まないように冷やした。

そして、その肉の熟成を待っている内に夜が訪れてしまった。

時間をかけて仕込んだ肉は、勇者が破魔翼で解体した。そしてハーフエルフが採った香草に包んで、串に刺して焼いている。串は木の枝をそのまま用いた。

勇者「そろそろ食えるな」

彼は地に挿していた串を抜いて、一口食べる。

肉の旨味と迸る肉汁に、ハーブの辛味と苦味がアクセントになる。空腹の身体に悦びが伝播していくようだった。

勇者「やっぱ、蜘蛛より美味いな」

ハーフ「それは比較対象がおかしいだろう」

彼女も香草焼きを口にする。少しだけその口許が綻んだ。

食事を終えた後骨と内臓を土に埋めてから、勇者は森に流れる小川で水を浴びた。ハーフエルフは彼よりも先に入って洞に戻っていた。

その小川は飲料水としても利用できた。ハーフエルフの魔法で一度殺菌するという手間はかかるのだが。

洗髪には香草から抽出したものを使った。清涼な香りが鼻腔を刺激する。

ーーいつまでここに居れば良い?

髪を洗いながら彼は呟く。

ハーフエルフは彼についていくと言った。だが、彼女の身体が長期間瘴気晒されて保つわけがない。

そして、何よりも『確固たる自分』なんて彼には無かった。

獣として扱い、虐げてきた彼女に対して劣情を抱くような自分に、そんなものが有るようには思えなかった。

自己破壊の欲動に駆られて、勇者は小川のせせらぎの中に身を投げ打つ。感覚器官に冷水が侵入した。このまま、水と同化してしまいたいと彼は考えた。

五分ほど経って、勇者は荒い呼吸をしながら水から首をもたげた。

それから、嗤う。

なんだ、生存欲だけはあるじゃないか、と。

ハーフ「遅かったな」

洞に戻ると、漆黒の闇から声をかけられた。目を凝らせば女性の輪郭が朧に浮かんでいた。

彼女はもう眠っていると決めつけていた勇者は目を丸くした。濃い闇の為に表情を見られることがないからか、彼にしてはいつもより大袈裟な反応だった。

勇者「起きてたのか」

ハーフ「考え事をしていた」

曖昧な返事をして、勇者は入口付近に腰を下ろす。

ハーフ「……眠らないのか?」

暫しの沈黙の後、彼女が声をかけた。

勇者「寝るさ。睡眠は重要だ」

しかし、彼は上体を起こしたままで横になろうとはしなかった。

再び沈黙が訪れる。静か過ぎて耳が痛い程だった。

やがて、

勇者「俺は魔王を倒す」

彼はポツリと呟いた。

闇の中で彼女の息を呑む音が聞こえた。

ハーフ「……前も言っていたが何故だ? 軍人には倒すつもりがないと言っていただろう」

抑揚のない声で彼女は問う。

勇者「『今は』が入るんだよ。驚かせる為に付けなかったけどな」

ハーフ「半分しか答えてないぞ。何故、魔王を倒すのだ?」

勇者「それが運命だからだ。いや、宿命と言った方が適切か」

彼は破魔翼を現出する。顆粒状の発光体が、月よりも明るく、そして鈍く輝いていた。

洞に満ちた光で彼女の姿が視認できた。昼の雲は何時の間にか彼の心の蟠りと同じように流れていた。

彼女は上体を起こし、彼を見つめていた。その顔はやはり疑問に曇ったままだ。

ハーフ「貴様は運命という言葉は嫌いだと言ってただろう」

勇者「『嫌い』と、『信じない』は違うんだよ。俺は嫌というほど運命を認知してる。そして、俺に宿る運命は『魔を祓うこと』。この翼が何よりの証明だ」

勇者は己の裡から生える翼の末端に触れようとする。しかし、その指先は透過した。

ハーフ「私も付いていく」

勇者「それは駄目だ」

勇者は断言する。一切の抗弁を断ち切るように。

勇者「瘴気に耐性もない奴を連れて行っても、足手まといなんだよ」

突き放すように彼は続けた。

ハーフ「……私たちは協力関係だろう」

勇者「それも今日を入れて三日で終わりだ。三日後には旅立つ。道は分からねーが、この俺なら何とかなるだろ」

彼女は立ち上がり、勇者に詰め寄り襟首を掴む。
しかし彼女の激昂に、彼は面倒そうな顔をしただけだった。

ハーフ「どうして、貴様は私を裏切る?」

勇者「さあな。人間の高度な思考を理解できるようになったらもう一度訊きに来れば良い」

彼女が一際大きな音を立てて息を吸う。殴られることを覚悟して、彼は目を瞑った。

しかし、痛みも衝撃も訪れなかった。

代わりに、柔らかな温もりとハーブの香気。勇者が使用した洗髪剤と同じ匂いだった。

彼女は勇者に抱きついていた。

ハーフ「私を独りにしないで。貴方が救ってくれたんだから、貴方の側にいさせてよ」

涙声で彼女は懇願する。

勇者「俺、は……」

彼の裡で様々な激情が渦巻いていた。
この弱い女を支配したい。
この脆い女を蹂躙したい。
この美しい女を穢したい。

何よりも、彼女が堪らなく愛おしかった。

勇者「ーーお前は此処が一番似合うんだよ。此処で笑ってる姿がな」

切実な言葉だった。
切実な想いだった。

ハーフ「……でも、独りじゃ笑えないよ。貴方が居てくれなきゃ、笑えないよ」

彼女の震えが彼の体に伝わった。
涙声が彼の鼓膜と心を揺さぶった。

彼は慈しむように両腕で彼女を包み込む。

そのまま、優しく押し倒した。

抵抗せずに、彼女は濡れた瞳で勇者を見つめる。

彼女の細く、白い首筋に口付けをする。

彼女は身体を強張らせた。驚きと緊張の為か、呼吸が少し荒くなっていた。

落ち着かせるように、彼女の頭を慰撫する。亜麻色の細い髪は触っているだけで満たされそうなほどに心地良い手触りをしていた。

破魔翼は現出したままで、彼女の肢体と貌に光を射す。

やがて身体の強張りが解けた。
彼女は今、頬を紅色に染めて、大きな瞳を固く閉じていた。

髪にも口付けをする。

勇者(正しいのだろうか?)

彼女を抱くことに躊躇い覚える。しかし、その思考はすぐに融解して消失していく。

彼女の全てを知りたかった。
全てを貪りたかった。

勇者(これは、肉欲か?)

確かに、彼女は美しい。実際、彼は欲情しているし、彼の身体はそれを示していた。

だが、彼女が他の男ーー例えば少尉の従者に抱かれていたら、彼は怒り狂うだろう。楽しげに会話するだけでも少なくとも面白い気持ちにはならないだろう。

本当に性愛だけなのだろうか。

勇者(俺はーー)

激情に身を任せて、彼女をタイトに抱き締めた。離れてしまわないように。個になるように。

呼吸ができないくらいに胸が苦しかった。
数多くの女を抱きながら、初めてのことだった。

ハーフ「んっ……」

彼女は少し苦しそうな、されど甘い声を漏らす。

彼女の腕や腹部を上下が繋がった服の上から愛撫する。少し悶えながらも彼女はそれを受け容れる。甘い吐息が尚更彼の激情を膨らませた。

それから手を控え目な乳房の少し上ーー乳腺に持っていき、親指を主軸に弄る。

ハーフ「……ぁ」

僅かばかり、甘美の声が漏れた。

両手で弄っている内にも彼女の反応は増していく。感度は常人よりもかなり高いらしい。

勇者「脱がすぞ」

ハーフ「は、はずかしいからまって」

しかし、彼は制止の声を無視して、彼女が身に着けていた粗末なワンピースを脱がした。

彼女の白い肌が、月光と破魔の光に照らされる。

ハーフ「ぁ……んっ」

彼は露わになった形の良い乳房を下側から触っていく。

彼女の肌は緊張の為か、少し汗ばんでいた。

小振りながらも柔らかい乳房を愉しみながら、彼は次第に中心へと手を寄せていく。

彼女の嬌声も大きくなっていく。

そして、彼の指先が桜色の乳頭に触れた。

ハーフ「ーーーーっ!?」

瞬間、彼女の呼吸が止まり、身体が跳ねた。

勇者「これだけでイったのか? 凄え感度だな」

しっとりと吸い付く肌を手で堪能しながら言って、彼は彼女の柔肌に舌を這わせる。

細く浮き出た鎖骨から、胸までのラインを丁寧に汚していく。彼女の肌からは甘い香りがして、彼の獣欲を増長させた。

ハーフ「ぁん………ん……っ」?

左の乳首を口の中で転がし、片手で右の乳首を優しく刺激する。

更に左手で引き締まった臀部を揉みしだく。

ハーフ「んあ……ふぁ……んっ!」

勇者「蕩けた顔しやがって」

ハーフ「ぁ……して、なっ……んっ!? や、やだ!」

彼は、彼女の両太腿を掴んで上げる。

彼女は瞳を潤ませながら、かぶりを振るが、本気の抵抗はしなかった。

勇者「グチャグチャだな」

彼は指で陰唇を擦る。粘性の低い分泌液が、彼の指を汚した。

彼女は一際甲高い声を出す。

人差し指をゆっくりと彼女の中に挿し込んだ。未だ男を受け容れたことがない彼女の花弁はかなり窮屈で、ならす必要があった。

ハーフ「っ……ぁ……あっ……ん!」

回転運動を加えたり、第二関節から折り曲げたりと、指を駆使して彼女に快感を与える。

一方で乳首を摩って刺激を加えることも忘れない。



ある程度解したところで、彼は指を抜く。
その間に、彼女は幾度か軽く達していた。

勇者「……もう、いいか」

息を荒くしながら呟き、怒張した自身を彼女の花弁に押し当てる。

ハーフ「ま、まって……」

彼女は慌てた声で制止をかける。

勇者「なんだよ。今更止めねぇぞ」

ハーフ「キ、キスがまだだから……」

彼女の言葉に彼は目を丸くして、それから噴き出す。

勇者「意外に乙女だな」

ハーフ「……ふつうに乙女だ」

少し拗ねた顔をした彼女の唇に、彼はキスをする。

ハーフ「ん……」

彼女は目を細めて恍惚とした表情を浮かべる。

唇を離した。

勇者「どうだ?」

ハーフ「……もう一回」

今度は彼女から口付けした。

勇者「魔法で痛みを消した方が良いんじゃないか」

啄むようなキスを幾度も繰り返した後、彼は彼女に言う。

破瓜の痛みに配慮しての言葉だった。

しかし、彼女は首を振る。

ハーフ「痛みも大事なものだと思うから」

勇者「……お前がそう言うなら良いんだけどな」

もう一度口付けを交わして、

勇者「愛してる」

彼は呟いた。


そして繋がった。

今日は終了です。
完全に書き溜めが無くなったので次の投下は遅くなりそうです。

三日ほど入院してましたHAHAHA.
麻酔って目覚めた後、全身が痒くなるんですね。
良い経験になりました。



投下します。

ーーーーーー
ーーーー
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そんなに聞きたいのなら、話してやる。

私の深淵を。

お前の知らない最悪の事実を。

私が軍人になったばかりのことだった。

私を含めた小隊は或る民家を訪れた。
国土の外れーー魔の国に近しい土地にある寒村の民家だ。

尤も訪問などという穏便なものでは全く無かった。

隊員たちは使命感に高揚としていた。
私も少なからず逆上せていた。

陛下直々の命令の為だった。
それは簡単な任務だった。
そして最低な業務だった。

先ず、その家の主人を手早く捕縛した。服装は質素だったが、何処か気品を感じさせる男だった。

そして、男を人質に妻を殺した。

女は異常な存在だったらしい。
掌から炎を出したり、鉄を腐食させたりできたらしい。

今なら、その面妖な力は魔法だと分かる。
彼女がエルフ、若しくはハーフエルフに類する存在だったことも。

しかし、夫を人質に取られた彼女は何の抵抗もできなかった。

彼女は美しかった。
その透き通るような美貌は女の私から見ても心惹かれた。

上官を含めた隊員たちはその女を輪姦した。
信じられない事にそれも任務の内容だった。
女を犯し、それを夫に見せつける。
そんな任務だった。

陛下は彼女、若しくはその夫に相当な恨みを抱いていたらしい。

私は夫が暴れないように押さえつけていた。

「殺す。殺してやる」

男は喉が潰れそうなほどに叫んでいた。
修羅の顔だった。

私は正直、見ているものが現実とは思えなかった。

心の大部分は夢見心地だったが、僅かに機能した冷徹の部分で、男を押さえつけるという任務を遂行していた。

ーーああ、そうか。

夢に出てきた『母』は『彼女』だった。

夢に出てきた『父』の表情は『彼』だった。

今気付いた。

……いや、私の話だ。

お前には関係ない。

関係ないんだ。

女は虐殺された。
犯されながら、ナイフで解体された。手足をもがれ、割かれた腹から内臓を取り出されていた。

彼女は、その断末魔すら底知れず美しかった。

どの段階で彼女が生き絶えたかは分からないが、最終的に子宮を摘出されていた。

人間というのは、大義と正義の為ならどこまでも凶悪になれるらしい。

悪魔たちーーいや、その残忍性も含めて人間かもしれないーーは、子宮が自分たちの白濁液で穢されている事に歓声をあげていた。

その時は穢された子宮すらも神々しく見えた。

夫は私が殺した。
頸動脈を断った。
一思いに殺してやるのが唯一の救いだと思ったからだ。

その時、私は初めて人間を殺した。
思いの外、呆気ないものだった。

「何故だ。何故なのだ」

彼は慟哭しながら呪詛の言葉を呟いた。
そして事切れた。

それで終わるはずだった。
私たちは再び軍人としての日常に戻るはずだった。

しかし、民家を後にしようとする私たちの前に魔物が現れた。

この寒村は時折魔物に襲撃されることがあるとは一応は聞いていた。
しかし、そんな微塵の可能性に誰も対魔物用の装備を整えようとはしなかった。

魔物は、狼に似た巨大な獣だった。
ひどく空腹のようで、牙を剥き出しにして私たちを睨んでいた。

あまりの恐ろしさに、私は他の者を残して独りだけ逃げてしまった。

無我夢中で走った。
そして、途中で少年とぶつかった。

女と、私が殺した男に似た顔立ちの少年だ。
それまで私を駆り立てていた恐怖とはまた別の恐怖が私を襲った。

少年は、丁寧に謝罪の言葉を述べていたようだったが、私の耳には入らなかった。

それから少年は血に塗れているであろう民家に向かった。

暫くの間茫然としていたが、やがて道を引き返した。

少年は玄関の前で尻餅をついていた。扉は開け放れている。

餓狼は肉を貪っていた。
部屋中が血に染まっていた。
『どれ』が『誰』だったのかもう分からなくなっていた。
肉の数が圧倒的に足りなかった。
どうやら狼の糧となったようだ。

壁などにこびりついた肉は少年の両親か、それとも私の仲間か判断がつかなかった。

「たすけて」

少年は誰にとも無く哀願した。

我を忘れて餓狼を斬り伏せた。
恐怖を忘れていた。

呆気ないことに、獣は一撃で絶命した。

私は少年を引き取った。
任務の対象は二人だけで、その子供には及んで無かった。
尤もあの夫婦に子供がいたと、陛下が存じていなかっただけなのだろうが。

それは贖いであった。
誤魔化しでもあった。
そして慰めであった。

いずれにせよ、決して少年を想ってでは無かった。



……本来は話すつもりなど無かった。

しかし、告げて良かったのかもしれない。

私が死んだ後に知れば、お前は憎悪の矛先を誰に向ければ良いのか分からず、煩悶することになるからな。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

少尉と従者は矮人が一週間前から住まう集落にいた。

天高く聳える大山の麓に群集していて、背丈の小さい者たちの村だけ有って、建物は精巧だが人間が過ごすには些か小さい住居が殆どだ。

二人は、来訪してきた魔族の為に建てられた宿舎に泊まっていた。大型の種族でも快適なように天井が高く、間取りが広い。

共に行動していた老人は矮人族の長だったらしく、二人は甚く歓迎された。

手厚くもてなされ、最も良い部屋を二つ用意された。
しかし、建物の外には常に見張りが居る。

実質、軟禁状態だった。

そして、二人は今、少尉に充てがわれた部屋にいる。

少尉は人間が座るには大きい椅子に腰掛けていた。

従者は彼女の前に立っていた。

大きな半円筒形の窓から夕陽が射し込んでいる。

彼の顔からは表情が消えていた。
頬には雫が流れている。

少尉「どうした? お前が聞いたがっていた私の深淵だぞ」

彼女は微笑む。

彼は荒い呼吸をしながら、彼女を睨みつける。身体がわななき、今にも発狂しそうだった。

少尉「お前の母親は魔物に殺されたんじゃない。陵辱の果て、私たちに殺された。父親は私が手にかけた」

彼女は歌うように言った。
呪いのような歌で、彼の心を揺さぶった。

少尉「……お前は悪魔に恋してたんだ」

従者「っ!!」

その言葉に、彼は背を向けて部屋から出て行った。
扉が大音を立てて閉じられる。

少尉「……どうして、そんなにもお前は優しいんだ。お前には私を殺すだけの権利があるのに」

彼女は消え入りそうな声で呟いた。
窓の外は活気に満ちていたが、彼女のいる部屋はどこまでも静謐で冷たかった。

それから、血を吐いた。

少尉(……私も長くないな。今から此処を出ても、魔王に辿り着くよりも早く死んでしまうだろう)

冷静に思考しながら、血を腕で拭い、激しい咳を数度した。

勇者の破魔翼で身体を貫かれて以来、体調が優れなかった。

しかし、喀血するようになったのはこの土地に来てからだ。
おそらく平穏な処に来て安心してしまったからだろう。

従者に全てを話したのは、自分の死期が近いことを悟ったからだ。

少尉「これも、運命か。ーー結局、私は運命に逆らえないのだな」

彼女は自嘲するように呟いた。

「いやー、人間はひっどいことするな」

少尉「……誰だ?」

部屋の外、扉の前から妙に明るい男の声が聞こえた。

「あー、入って良いすか?」

少尉が沈黙していると、やがて扉が開いた。

「沈黙の肯定ってことで、失礼しまーす。いやー、どうもどうも。皆の大好きな魔王の側近です」

その言葉を受けて、少尉は腰に差した片手剣を抜き、構える。

側近「おー、ストップ。今は戦わねーよ」

側近は両手をあげて、無抵抗を示す。
尚も剣をしまわない彼女に、側近は溜息を吐き、手を上げたまま床に腰を下ろした。

どうやら彼女が血を吐いたことには気付いてないようだ。

側近「早速本題に入るけど、お前が告げた話、俺たちはとっくに知ってたんだぜ」

彼の言葉に彼女は眉をひそめた。

少尉「どういうことだ」

側近「お前たちが殺したのは、我等がお姫様ーー魔王の娘なんだよ。全く。酷い事するぜ」

彼は大袈裟に肩を竦め、呑気な口調で告げる。

彼女は目を剥いた。

側近「あん? 知らなかったのかよ? 俺たちは憎しみの対象も完全に把握してたってのに」

彼は手を下ろし、呆れた顔で言う。

しかし、彼女は彼が手を下ろしたことにも気付かないほど、茫然自失としていた。

少尉「……何故」

側近「あん?」

少尉の掠れた声に、彼は首を傾げた。

少尉「何故、娘を殺されて、魔王は人間に復讐をしなかったのだ。 娘を愛していなかったのか」

側近「まさか。魔王もエルフちゃんも娘を深く愛してたぜ。
知ってるか? エルフってのは同族以外の子を産むと、もう子宮が本来の機能を果たさなくなるんだ。
つまり、彼女は大事な一人娘だった訳だ」

笑顔にも関わらず薄ら寒い雰囲気を纏う彼に、彼女は肌が粟立つのを自覚した。

側近は陽気な口調で続ける。

側近「それに俺だって、鬼のオッチャンだって、俺の奥さんだって、ドワーフのジッチャンだって慈しんでたさ。
ジッチャンなんて、未だに貰った花柄の帽子を着けてるんだぜ。似合って無くて笑えるよな。
俺もブレスレットを貰ったんだが、娘にあげた」

少尉「……ならば何故」

側近「そりゃ」

彼は苦笑しながら言った。

側近「復讐は更なる哀しみしか生まないからだろ」

少尉「……本気で言ってるのか?」

わななきながら、確認する。

側近「魔王がそう言ったんだよ」

少尉「……ふざけるな! そんなの詭弁だ!?綺麗事だ!」

彼女は激昂した。
奥底に抑え込んでいたものが表出したのだ。

少尉「憎悪を! 悲哀を! 絶望を! 感情を理屈で割り切れるわけ無いだろう!」

自分がそのような言葉を叫ぶ権利が無い事は重々承知していた。
見ていたのだ。自分も殺したようなものなのだ。

魔王の英雄譚は何度も老人から聞いた。
故に彼が人格者であることも知っていた。


だからこそーー

少尉「無抵抗が正しいのか! 諦念することが正しいのか! そんな訳無いだろう!?
人間を恨め! 私を恨め! 同じ様に殺せ!」

彼女は慟哭する。

あまりにも優しい者たちの為に。



片手剣を投げ捨て、膝を着いた。

美しい顔は、涙で濡れていた。

側近は初めて不機嫌な表情を見せた。

側近「……何だよ。お前、やっぱり優しい奴じゃん。嬲り殺してやるつもりだったのに、気勢が削がれちまった」

彼は立ち上がり、膝を着いた少尉を見据える。

側近「ーー集落の外に来い。
心持ちがどうであれ、俺はお前と戦わなければいけない。
そして、お前も罪を感じているなら全力で殺しに来い。
じゃないと意味が無いんだ」

言って、彼は踵を返して立ち去る。

扉が閉まっても、彼女は膝を着いたままだった。

もう一度夥しい血を吐いた。カーペットが変色する。

彼女の負の心を全て吐き出したような黒い血だった。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

「は、初めまして従兄さん。……あれ? もしかして私が伯母なのかな? ……ま、まあ、従兄さんで良いですよね!」

陽が殆ど沈んだ頃、宿舎の裏口の階段に腰掛けて俯いていた青年に、少女が声をかけた。

青年「……何の話をしているのかよく分からないよ」

彼は面を上げて、自分に声をかけた少女に目を向ける。

利発そうな十歳ほどの少女が立っていた。

初対面の少女だった。

可愛らしい人間に似た姿をしていたが、丸みを帯びた尾と獣の耳が生えている。
腕には花柄のブレスレットを着けていた。

魔物であったが、不思議と彼はあまり驚かなかったし、嫌悪感も抱かなかった。
むしろ少女に対して親しい気持ちすらした。

半狐「え、えっと、半狐と言います」

そう名乗って、彼女はおずおずと頭を下げる。

青年「……こんにちは。迷子かな?」

半狐「ち、違います。これでも私は十七歳ですよ」

彼は眉をひそめた。
彼女の見た目は明らかに二次性徴前の人間の少女だったからだ。

青年(発育障害?)

半狐「に、人間と一緒にしないでください! 私は半分しか妖狐の血が流れてませんけど、それでも千年は悠に生きるんですから! 発育障害じゃ有りません!」

少女はやや吊り上がった目を更に吊り上げて憤慨する。

考えていたことを咎められて、彼は困惑するばかりだ。

少女はハッとした顔になり、沈黙する。
それからばつが悪そうに告げた。

半狐「……えーと、私は読心術が使えるんです。いつもは使わないんですけど、従兄さんのことが知りたくて使っちゃいました。ご、ごめんなさい」

彼は驚いたが、少女が魔物であることを思い出し、納得して肯いた。
それから自嘲的な微笑みを浮かべる。

青年「……僕の心を読んだの? はは、なら憂鬱な気持ちにさせちゃったね、こっちこそゴメン」

半狐「そんなことないですよ!」

少女は声を大きくしてかぶりを振った。

半狐「全てを把握してる訳では有りませんが、従兄さんが凄く苦しんでるのは分かりました。そして、それが他人の為で有ることも」

彼女は目を潤ませる。

半狐「ずっと会ってみたかった従兄さんが、とても優しい人で良かったです」

深い色をした瞳から大粒の涙を流す彼女に、悩める青年は目を細めた。

他人の心を読める力を持つということは、他人の薄汚い欲望や本音を知ると機会が激増するということだ。

それにも関わらず、こんな素直に泣けるのは優しい者たちに囲まれて育ったということだ。

それだけで自分を『従兄さん』と呼ぶ謎めいた少女に好感が持てた。

愛おしさすら感じた。



そして、この少女なら正解を教えてくれる気がした。

青年「……僕は、何が正しいのか分からなくなった。自分さえも」

彼はポツリと呟いた。
少尉の話を聞いてから彼はずっとそのことを考えて途方に暮れていた。

青年「僕に答えを教えて欲しい」

半狐は暫く沈黙した後、瞳に強い光を浮かべて言った。

半狐「正解、不正解なんて有りませんよ。大切なのは、正しいと信じることです」

彼は暫く惚けた顔をしていたが、やがて勇ましい顔立ちになる。

青年「信じる。……そうか。そうだよね。そうしないと何も始まらないよね。何を悩んでたんだろう」

彼は立ち上がる。

青年「有り難う。僕は訊かなきゃいけないし、言わなきゃいけないんだ。やっと思い出せたよ」

彼は笑顔で礼を言って、宿舎の中へと駆けた。

半狐「……私も信じるよ。従兄さんも、お父さんも」

その場に取り残された少女は呟いた。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

側近「現王が就任してから百六十年以上経った」

側近と少尉は集落から少し離れた荒野で対峙していた。
宿舎の見張りはいなくなっていた。
側近が追い払ったらしい。

彼らの周囲では篝火が紅く燃えていた。

側近「つまり俺が側近になってから百六十年が経ったわけだ」

彼は自身の両腕を肉厚の刃に変える。
『斬手の呪』と命名された、彼が創作した魔法だ。

側近「様々な奴らと様々な政策を行って、国の発展に全力を尽くしてきた。
特に龍ちゃんの協力はでかかったな。いやー、楽しかった」

少尉も片手剣を抜く。
従者がいない今、彼女の得物は刃渡り六十ほどの片手剣のみであった。

側近「そして、極めて高い文明水準を獲得できた魔の国が最後にめざしたことは何だと思う?」

側近が駆ける。
そして、凄まじい速度で彼女に斬りかかった。

少尉は剣先で弾く。彼の片手を弾いた後、生じた隙を見逃さずに剣を打ち込む。

側近「俺や魔王が権力を手放すことさ。
絶対強者がいつまでも居座ってたら、いなくなった時一気に瓦解しちまうからな」

金属音が幾度も鳴り響く。

身体能力は魔法で増強しているらしい側近の方が上。
剣術は研鑽を研鑽している少尉の方が上だった。

側近「ようやく権力の分立が終わって、俺も暇ができた。今は奥さんと娘もいて、幸せな日々だ。完全に仕事が無くなった訳じゃないけどな」

彼の両腕と彼女の片手剣が鍔迫り合いになる。

少尉は歯を食いしばっていたが、側近は至って涼しい顔をしていた。

側近「今回、ドワーフの集落を訪れたのはあくまでも私用だ。お前らに会いたくてな。……あいつは良い子に育ったな。流石魔王とエルフちゃんの孫だ」

側近は足を蹴り上げる。

少尉「っ!?」

彼女は横に跳んでそれを避けた。
蹴り上げた足も刃となっていた。

側近「お、よく躱したな」

彼は足にかけた魔法を解除して、再び斬りかかる。

側近「あーあ。結局、『まほろば』にはできなかったけどな。戦争に比べたら小規模ながらも悲しい事件は無くならないし。まあ、誰もが幸せな世の中なんて誰も幸せじゃないか」

彼は怒涛の連撃を振るう。
型など無い素人の戦い方だったが、圧倒的な身体能力で彼女の剣術を凌駕する。

少尉は完全に圧倒されていた。

側近「しかし、死ねないってのも可哀想だよな。良い加減殺してやるのも優しさだと思うだろ?」

少尉「ーーっ」

やがて、側近の腕が彼女の胸を貫く。

彼女のたおやかな指先から剣が落ち、乾いた音を立てた。

側近「何だ、終わりかよ」

つまらなそうに彼は呟いた。

そして、手を引き抜こうとしてーー

側近「……」

抜けなかった。

彼女が傷口で腕を抑え付けているのだ。

彼女は更に一歩前へと踏み出した。
刃が尚更深く刺さっても、彼女は怯まなかった。

少尉「これも、運命だ」

そしてーー

側近「ーーーーっ!!」



彼の心臓を手で抉り出した。

魔法が解け、正常に戻った彼の手が抜けて、支えを失った少尉は後ろ向きに倒れこむ。

側近「……お見事。これで俺の役割はお終いだな」

大量に汗をかきながらも、彼は口角を上げる。胸は血で紅くなっていた。

青年「少尉様!」

半狐「……お父さん」

二人が駆け寄ってきた。

青年「辛うじて生きてる! でもどうすれば……!」

側近「特異空間にでも突っ込んどけ。魔王、若しくはエルフちゃんなら充分治せるさ」

側近は胸から夥しい血を流しながら言う。

彼は慌ただしく少尉を『収納』した。

側近「いやぁ半狐、ゴメンな。父さん死んじゃうから、後の説明よろしくな」

笑いながら、極めて明るい口調で彼は言った。
半死半生にも関わらず穏やかなのは、痛みを魔法で消している為らしい。

半狐「……お父さん」

彼に歩み寄り、少女は号泣する。

彼は微笑みを浮かべたまま、娘の涙を親指で優しく拭った。

側近「はいはい、お前の大好きなお父さんですよ。……キツネちゃんに、伝えてくれ。『愛してる』ってな。あと、お前はお母さんの分まで巨乳になれよ」

半狐「……バカ」

側近「知ってるよ……」

笑顔のまま、血だまりに彼は倒れる。




そして、そのまま起き上がることは無かった。


長い時間が経った。
いや、彼らがそう感じただけで、実際は一分も経ってないのかもしれない。

ドワーフ「……何ということじゃ。まさか、側近が亡くなるとはのう」

気付けば、矮人の族長が彼等の背後に佇んでいた。いつも通り花柄のハットを身に着けている。
その手には武器。
その顔には憎悪。

ドワーフ「アンタらは此処で飼い殺しにする予定だったんじゃが」

族長の老人は自身の背丈ほどの長剣を握っていた。
不思議な形状の剣だった。
炎の揺らめきをそのまま写し取って刃にしたような形だ。

青年は生唾を飲み込んだ。
その武器は鋭さよりも歪な傷口を作ることに特化した武器だった。
つまり、即死よりも衰弱死を、死よりも痛みを与えることを目的としているのだ。

ドワーフ「森の中で貴様を見付けたとき、何か懐かしいものを感じた。しかし、見捨ててしまえば良かったんじゃ。人間なぞ災厄を運ぶ、魔獣よりも下卑た獣じゃ」

老人は一歩彼に近付く。

ドワーフ「人間にお姫様は殺されたんじゃ。あんな純粋に笑う娘を、辱めながら殺すなんて許せん」

彼は波形剣を構える。
目の前で途方に暮れる青年が人間の罪の塊であるかのように。

ドワーフ「人間の背負う業は余りに重い。ワシが少しだけ払ってやろう」

老人は消えない憎悪と憤怒の熱に浮かされたような覚束ない足取りで、青年に飛び掛かる。

しかし、その剣が振り落とされることは無かった。

ドワーフ「……何故じゃ? 何故庇う!? 此奴はお前の父を殺した人間の仲間じゃぞ!!」

老人は吼える。

青年と老人の間に少女が立ちはだかっていた。
憎しみで振られた剣を阻んでいた。

半狐「私の話を聴いてください」

凛とした声音で言った。

半狐「父の想いを聴いてください」

寝ます。
今日のそのうちにまた投下すると思います。
おやすみなさい。

乙!
側近死んじゃったかー
鬼族のオッサンの方が早死にしそうだったけどなー

側近が死んだところで、魔王の分身だから問題ない、生き返る
きっと 多分

乙です
幾つか疑問はあるけど、大団円フラグだと思っておこう

乙でした
あと、全身麻酔するようなエライ目にあってるんだから
とりあえず、体を養生するようにして、無理はしないよーにね

魔族と違い、人間はあっさり逝く時は逝っちゃうからね

>>428
鬼のオッチャンは既に死んでます。
本編で書く機会がないと思うので此処で に書きます。

>>429
側近はきっと生き返るさ! ……うん。多分。

>>431
疑問を解消できるように頑張ります。
万人が大団円と思えるような結末ではないかもです。

>>432
有難うございます。
養生します。


投下します。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

勇者は険しい顔つきをしていた。

エルフの森に程近い、瘴気に満ちた森がざわめいていた。
怯えていたのだ。
獣が、樹が、森そのものが。

この森だけで無く、魔の国全域がそうなのであろう。

三日前から強大な力が魔の国に現れた。
おそらく魔王だろう。

国全体がその純粋な力の大きさに怯えているのだ。

しかし、勇者が険しい顔つきをしていたのはその為ではなかった。


彼は破魔の翼を顕現していた。

眼前には獣。

彼が初めて目にする魔物だった。

細長の胴に、蹄のあるしなやかな脚。毛並みは美しい漆黒。
馬によく似ていた。

しかし、突き出た猛々しい角と背に生えた翼が、人間の国に住む生物との一線を画する隔たりだった。

一角獣?「ガギギ! グギャギャギャ!」

獣がけたたましく啼いた。

勇者「見た目に反してキモい啼き声だな」

言って、彼は翼を振るう。

しかし獣に避けられ、翼は周囲の瘴気を浄化しただけだった。

勇者「ちょこまかと。ウザってー奴だな」

もう一方の翼を振るう。

それも飛んで躱される。

そしてまた一方をーー

暫くそれを繰り返して、勇者は翼を自身に寄せた。
無闇に振るっても無駄だと悟ったからだ。

そもそも、彼の目的は食料調達である為、奇妙な一角獣に固執する必要もなかった。


勇者は未だエルフの森に滞在していた。

魔王の力が増して以来、自身の中で抑え難いほどに魔王打倒の渇望が昂ぶるのを感じていた。
しかし、ハーフエルフ共にいたいという本能と、理性で何とかそれを組み伏せている。
耐え難い本能を無理やり抑えるのは彼にとって非常に珍しいことだった。

間違い無く勇者は彼女を愛していた。
宿命も、主義もかなぐり捨てる程にまで。
彼は決して認めようとはしないが。

一角獣?「ガギギ!」

攻撃してこない勇者に痺れを切らしたのか、一角獣が突進してきた。
肉体の限界を超えたような凄まじい速度だった。

勇者「っ!」

辛うじて翼を振るう。

その一撃は一角獣の頭を削ぎ落とした。

獣の体が硬直し、痙攣する。

更に翼を叩きつけ、胴を両断した。

一角獣は動かなくなった。
絶命したらしい。

勇者(何だったんだ、こいつは?)

疑問に思い、勇者は首を捻る。

この獣の行動目的が全く理解できなかった。

本能というのは単純で明快だ。
本能で生きる獣も単純明快だ。

しかし、この獣からは捕食するつもりも敵意も見られなかった。

ただ現れて彼を挑発し、攻撃を避けていただけだ。しかも、肉体の限界を凌駕するような回避方法で。

まるで彼を観察するように。
品定めするように。

勇者(どうでも良いか)

彼は大きく息を吐いて、破魔翼を消した。

瞬間ーー




混沌「ガギギ!」



屍体から黒いヘドロのような生物が飛び出した。

それは勇者の口に素早く侵入した。

勇者「がっ!?」

慌てて彼は口の中に手を突っ込むが、既に泥状の生物は喉の奥だった。

破魔の力を顕現するよりも先に、彼は気を失った。


やがて、
倒れた彼の身体は再び起き上がった。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

ハーフエルフは駆けていた。

浄化された森から不浄の森へと。

瘴気への対抗手段も持たないままに。

顔色は蒼白としていた。
しかし、それは瘴気の為ではなかった。

眼には焦燥。そして戦慄。

息を荒げながら走る。

彼の許へ。

巨大な翼が振るわれていた。
エルフの森からでも見える程に巨大な翼が。

白い翼では無かった。
彼女のよく知る乳白色では無かった。

漆黒の翼だった。
破壊と混沌をもたらす絶対的な黒だった。

辿り着く。

瘴気は浄化されているようだ。

そして、森も破壊されていた。

「ガギ……グギ」

翼の発端はうずくまっていた。
その背中からは黒が止め処無く溢れていた。

ハーフ「……勇者!」

彼女は叫んだ。

彼の反応は無かった。

ただ、翼が彼女に襲い掛かった。

彼女は大きく横に跳んで何とか回避する。

黒翼は深く地面を穿った。

ハーフ「……魔物にしか効かないんじゃないのか」

自身の足を見ながら呟く。
翼によって大きな傷ができていた。
血が溢れ出す。

彼女は這いずるようにして彼に近付く。

「ガギギ、グギ」

彼の口から悍ましい音が漏れた。

それでも這う。

再び、翼が襲いかかる。

黒翼は彼女の片腕を無慈悲に破断した。

痛みに絶叫するが、それでも進む。





彼に辿り着いた時、彼女の体は半分以上無くなっていた。

辛うじて胴と腕が一本繋がっているだけだ。
絶命まで数秒も無い。

ハーフ「ゆ……しゃ……」

そして、彼に触れた。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

『オレ』が喰われていた。

喰っているのは『オレ』に似た何か。

そしてそれを『俺』が眺めていた。

喰われているのは肥え太った『オレ』だ。
虚ろな眼差しで喰われていた。

喰っているのは『オレ』に似た姿をした奴だ。
ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべていた。

眺めているのは『俺』だ。
少年の姿。
みすぼらしい服装からまだ泥を啜って生きていた頃だってことは分かった。

「お前も喰われようぜ」

『オレ』は言った。
肥え太った肉は忽ち貪られ、骨が見えていた。
その顔は恍惚としていた。

奴はひたすら喰い続けていた。
もう少し上品に喰えないのだろうか。
咀嚼音が耳に障る。

俺は破魔の力を出そうとするが、出ない。
生来、俺と共にあった翼は失われた。
傍観することしかできない。

やがて、『オレ』は完全に喰われた。

奴はまだ喰い足りないらしい。

俺に目を付けた。

どうしようもない。

俺は破魔の力が無ければ何もできない。

破魔の力があったからこそ、戦争で孤児になっていた俺は王に拾われた。
俺は今まで魔物を虐殺できた。

しかし、生身ではどうしようもない。

喰われてしまうか。

肥えた『オレ』も気持ち良さそうな顔をしていたし。

まるで交わっている時の女の顔だった。

ーー女?

飛び掛ってきた俺の姿をした怪物を避けて、考える。

女。

大切な者?

……いや、俺に限って違うか。

愛なんて無いさ。

ーー『愛してる』

そんなこと、言っただろうか。

もしかしたら行為の途中に成り行きで言ったかもしれない。

しかし、俺は誰も愛したことなんてないはずだ。

結局、自分でさえも甘やかすだけで愛せなかった。

ーー『両方だ』

……誰の言葉だ?

結構、いや、とても大切な意味を持つ言葉だった気がするんだが。

……おかしい。

そんな奴はいないはずだ。

奴が再び、飛び掛かってくる。
次は躱せなかった。

馬乗りされる。
騎乗位は見下されてるようで好きじゃない。
しかも、野郎だしな。

いや、そんなことよりも大切なことを思い出せ。

暴力。

吐瀉物。

首輪。

奴隷。


首筋を喰われた。
痛みは無かった。

思考再開。

満月。

火。

蜘蛛。


疑問の顔。

綻んだ顔。

香草の匂い。

柔らかな感触。

ーー独りにしないで。

あ、思い出した。

邪魔だな。
どけよ。

『オレ』も返せ。
あれだって『俺』だろ。

おい、どけって。
喰うなよ。

待ってる奴がいるんだよ。
おい。
おいってば。

「勇者」

あん?

何でお前が此処にいるんだ?

あ、どけるの手伝ってくれ。
こいつ、重いんだ。

「分かった」

おお、すげー力だな。

「まさに全力だから」

……どういう意味だ?

「そのままの意味」

?おい、また起き上がってきたぞ。

「何度でも倒せばいい」

何か強気だな。

「失うものは何もないから」

……お前。

「そう、死んだよ。肉体は。魔力と意識だけ持ってきた。意識も直ぐに無くなるだろうけど」

……俺のせいか?

「私が望んだこと。気にしないで」

……まあ、お前がそう言うなら気にしねーよ。

「また来たよ」

そうだな。
さて、と。
お、出た出た。

「……やはり、翼は白い方が似合う」

他に何色が有るんだよ。

「黒とか」

それも良いな。

「私の身体は黒翼で消されたけど」

よく分からないが悪かった。
さて、クレイジー野郎は消えろ。

「消えないね」

あー、まあ吸収してやるか。

「そんなことできるのか?」

多分できる。
……ほら、できた。

「凄い」

だろ?

……あ、意識が遠のいてきた。

「帰る時だね」

お前は?

「此処にいるよ」

……そうか。

「独りじゃないから大丈夫」

むしろ、一つになっちまったけどな。

「貴方となら嬉しいよ」

……あー、はいはい。

ああ、一応言っとくわ。

「何?」

愛してる。

「……私もだよ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

勇者は眼が覚めた。

体に活力が満ちていた。

起き上がり、周囲を見渡す。
森は原型を留めていなかった。
生物もいなかった。
あらゆるものが破壊され、綯い交ぜにされ、混沌だけが満ちていた。

ハーフエルフの亡骸はどこにも見当たらなかった。

彼は左の翼を展開する。
漆黒の翼だった。

続いて右の翼も。
鈍く光る白の翼だった。

彼は双翼が圧倒的な力を保持していることを自覚した。

彼は己の使命を把握していた。

「待てよ」

エルフの森を守護している小鳥が彼の許に飛んできた。

魔鳥「……お前は悪い奴じゃねー。でも、俺にはお前を殺す宿命がある」

勇者「見逃してやる。失せろ」

魔鳥「ナメるな。俺だって魔王の分身だ」

勇者「……ふうん。森を保護してたのは魔王だったのか」

魔鳥「お前には関係ない。行くぜ、神のカルマよ」

魔鳥は彼に突撃する。

彼は少しだけ悲しそうな顔をして、白の翼を振るった。

小さな鳥を屠るにはそれで充分だった。

魔鳥「それで良いんだ。……あばよ」

穏やかな声音で呟いて、小鳥は塵になった。

彼は上空に跳躍する。
およそ陸上生物とは思えない高さまで浮上した後、両翼を無造作に振るった。

それは『羽ばたく』というには余りに稚拙だったが、それでも彼の身体を急激に推進させた。

凄まじい風圧を全身に受けながらも、彼は平然とした顔のまま進んで行く。

空腹も疲労も全く感じていない。
彼の身体からそういった生物的要素が乖離してしまったようだった。

勇者「魔王」

彼は呟く。

己の宿命を。

自分の向かうべき道を。

終了です。
今週中には本編を完結したいです。

本編は600前後で終わりそうです。
早く番外でギャグを書きたい。

投下します。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

青年と半狐は魔獣が牽引する車に揺られていた。
一週間前に、矮人族の長が貸したものだ。

牽引してるのは、品種改良によって従順で穏やかな性質を備えるようになった牛に似た獣だった。
しかし、その毛色は白銀色で、筋骨は大きく隆起していて、角は無い。
非常に力強く、速かった。

矮人族の若者が獣に跨り、手綱を握っている。

魔王の力が、日増しに強まっていくのを青年は感じていた。

半狐「今日の夕方には魔王様のお城に到着すると思います。あと一時間くらいでしょうか」

ポツリと告げた少女に、青年は目を向ける。

人間には無い尾と、人間とは異なった耳があった。
それ以外は彼のよく知る人間と遜色無い。
敢えて挙げるならば、その瞳だろうか。

彼女の瞳は深い色をしている。
それは暗喩だったが、事実かもしれなかった。

同時に彼女が語った事実、及びそれに関連する事柄が脳裡に浮かんだ。

青年は魔王の孫で有ったこと。

少尉は魔王の娘を殺すのに関わった人間の一人で有ったこと。

少女の父親である側近は魔王の分身であること。
そして、魔王が完全体に戻る為に、彼は心の中で死を望んでいたこと。
そして、魔王の娘を殺した者との戦いに死に場所を決めていたこと。

少女がドワーフの集落まで、父親に連れてこられたのは、元々彼の死後に様々な説明をさせる為だったらしい。

魔王とその妃が、青年に会いたがっていること。

彼女が全てを語り終えた時、矮人族の長は武器を降ろした。
側近の想いと、青年が魔王の孫であることを知ったからだった。

そして、獣車を貸してその日の内に彼らを送り出した。

共に揺られながら、彼は半狐からたくさんの話を聴いた。

彼女は心が読めるからか、喋るのが非常に巧みだった。

別に読まなくても、対話している相手が望む話題が分かるらしい。

そのおかげで、青年は直ぐに自身が知らなかった境遇を把握できた。
そして、自身が為すべきことについて思考を巡らせた。

他愛のない話もした。

魔の国の珍しい観光地や、珍しい種族。人間にとって未知の科学技術などについてだ。

青年が人間の国のことについて話したりもした。

彼女は興味深そうに聴いていた。

相槌を打つのも上手だった。
彼が望む処で望む反応を返してくれた。

彼女が他者に好感を与えるのが上手いのは当たり前といえば当たり前だった。

だが、同時に物足りなさも感じた。
余りに会話が予定調和過ぎるのだ。
順調に進み過ぎると物事はつまらなく感じるものだ。

彼は、彼女がそのような能力を持つことを不憫に思った。
そして、直後にその思考が彼女にも伝わったことを察して罪悪も感じた。

しかし、彼女は何でもないように振舞った。
きっとそう思われるのも慣れてるのだろう。

青年「魔王はお年寄りなの?」

半狐「全然。何千年と生きているらしいですけれど、若々しいですよ」

青年「じゃあ、その奥さんは?」

半狐「凄く綺麗なお方ですよ。昔から母と仲が良いそうです」

そのことが自分の栄誉であるかのように、彼女は誇らしげに言う。

その様子に彼は笑みを零してしまう。

半狐「え? わ、私、何か粗相を働きました?」

青年「いや、可愛らしいと思って」

その言葉に彼女は頬を紅くするが、不機嫌そうに少し眉を吊り上げた。

半狐「こ、子供扱いはやめてくださいよ。一つしか違わないんですから」

青年「ごめん。……しかし、魔王は少尉様を助けてくれるだろうか」

少女に訊くというよりは、消し様がない不安の呟きだった。

半狐「……それは分かりません。おそらく一筋縄では行かないでしょう」

青年「そうだよね」

青年は大きく吐息を漏らした。

青年「しかし、魔王か。先入観で極悪な奴だと決め込んでいたけど、そんなことは無いみたいだね。むしろ聖王と名乗った方が良いかもしれない」

半狐「でも、エルフさんと出会う前は暴虐の限りを尽くしていたようですけどね」

青年「そうなの? 奥さんとの出逢いが大きかったんだ?」

半狐「素敵な方ですからね。冷徹だった魔王様の心を揺さぶったんですよ、きっと」

青年は自身の祖母に当たる人物について想像を巡らす。
しかし母の顔しか思い浮かばなかった。

半狐「魔王様はエルフさんをまだ私くらいの外見の時から妻にしようとしていたらしいです」

その言葉に彼は眉を吊り上げた。

青年「少女趣味持ちなの? どんな人格者でもそれはちょっと……」

半狐「いえ、エルフさん以外を愛したことは無いらしいですよ。そ、その、む、結ばれたのも大人になってからだそうですし」

少女は後半、少し歯切れ悪く言う。

青年「純愛だね。でも、僕の祖父と祖母の話だとすると余り感動できないね」

半狐「そういうものですか?」

青年「そういうものだよ」

彼は苦笑しながら肯いた。

半狐「やっぱり従兄さんも巨乳の方が好みですか?」

青年「え? いきなり何?」

半狐「お父さんがよく言っていたんです。『巨乳が嫌いな男なんていない』って」

青年「そ、そう」

半狐「やっぱり従兄さんもですか?」

青年「え、えーと」

青年「あれ? 読心できるなら質問する必要もないんじゃない?」

半狐「余り使いたくはないんです。心は隔たりがあるからこそ、貴いですから」

彼は感心したように肯いた。

半狐「それでも、つい頼ってしまいがちになるんですけどね」

彼女は恥ずかしそうに頭をかく。
それから神妙な表情で言った。

半狐「しかし、人間とは面妖に生き物ですね」

青年は眉を上げ、怪訝そうな瞳を向けた。

半狐「人間は私たち魔物に比べて短命らしいですね」

青年「そうだね」

半狐「お父さんはよく言ってました。人間と魔族は分かち合えないと。価値観と欲望の深さが絶対的な差異があると。魔王様の『美しい戦争』は人間には通用しないと」

青年「……そうだね」

魔王の用いる『暴力を振るわないという暴力』を人間に行使したところで、勝利できない。
人間は博愛主義者と無抵抗の者は貪ることしかできない。
仮に感化できたとしても、別の者が暴力を振るうだけだ。

半狐「人間なんて滅んでしまった方が良いとも言ってました。仮に、人間と魔族が同じ地に住んでいたら、どちらかを消さなくてはいかなかったとも」

青年「……人間は弱いよ。しかも、弱いことに開き直って、強くなることを怠けやすいしね」

彼は哀しそうな顔で言った。

車窓からは街が見えた。
青年の住まう国とは比べ物にならないほど、美しい住居が並ぶ街だ。
そして広大だった。

此処に至るまでにも幾つかの街を目にしたが、この規模のものは初見だった。

相当高い山巓からでないと、この街は一望できないだろう。

青年「凄いね。こんな街は初めて見た」

半狐「私が生まれた街です。この街の中央に丘があって、そこに魔王様のお城が有ります」

幅広で、美しく敷かれた道路には絶え間なく獣車が行き交っている。
ちらほらと金属の塊も走行していた。

歩行者も多い。

トロール。
オーク。
ニンフ。
アラクネ。
デュラハン。
グール。

様々な種族が独りで、若しくは同種族、異種族同士で談話しながら歩いていた。

青年「……幸せそうだね」

半狐「今日は休日ですから。家族で穏やかに過ごしたり、友人や恋人と楽しい時を過ごしたりするのでしょう」

青年「平和だね」

半狐「従兄さんもこの国で暮らしませんか?」

彼女は真剣な顔でそう提案した。

暫く車窓の外の賑やかな風景を眺めながら、しかし彼はかぶりを振った。

青年「今はそんな気にはなれないかな。
魔王の血が流れようと、エルフの血が流れようと、やっぱり僕は人間だ。そして、人間以外の生き方を簡単には選べない」

半狐「そうですか……。しかし、人間は心変わりしやすいものと聞いています。思い直すことがあったら、遠慮せずに来てくださいね」

青年「そうさせてもらうよ」

半狐「……すいません」

唐突に彼女は頭を下げる。

半狐「一つだけ、魔王様について内緒にしていることが有るんです」

青年「何?」

半狐「言えません。重大なことでは無いような気もしますが、お父さんとの約束ですから。でも、秘密にしてることくらいは言っておこうと思って」

彼女は申し訳なさそうな顔で、もう一度頭を下げた。

半狐「むしろ困惑させちゃいましたよね。ごめんなさい」

青年「良いよ。僕からしたら半狐ちゃんは優し過ぎるよ」

半狐「……有難うございます。でも従兄さんも優しいですよ」

そう言って、やはり彼女は頭を下げた。

彼は気まずさを感じて車窓に再び目を向けた。

ーーーー空を何かが横切った。

青年「……え?」

青年は空を仰ぎながら素っ頓狂な声を出した。

瞬きした次の瞬間にはもう跡形も無くなっている。

しかし、彼はそれを僅かの時間視認できた。

それは黒い翼と白い翼を生やしていた。


答えを求めるように、視線を少女に向ける。

しかし、少女もまた放心したように空を見ていた。

街の住民たちも一様に空を見上げていた。

青年「今のは……」

半孤「……分かりません」

青年「……行けば分かるか」

彼らは進んで行く。


終わりは近かった。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

勇者は地に降り立った。

大地を踏みしめるのは四日ぶりだった。

「今宵は上弦の月だな。今は夕陽を楽しむ時間だが」

魔王の住まう城の前だった。

「ふむ、混沌は再びこの地に来たか。しかも、今回は破魔の者同伴で」

男は独りで青々と茂った芝生の上に佇んでいた。

若い優男だった。
しかし、彼の纏う雰囲気は尋常では無かった。
自身が魔王だと、万人に気付かせるほどに。


勇者「魔王よ、初めまして」

彼は恭しく頭を下げる。

魔王「礼儀正しいな。勇者よ」

魔を統べる男は微笑んだ。

勇者「王は城の中にいるのが普通では?」

魔王「大切な者が城にいるのだ。城内で戦うわけにはいかない」

勇者「ほう? 興味深い」

魔王「気にするな。お前が倒さなければいけないのはあくまでも『魔王』のはずだ」

勇者「……まあ、良いさ。俺だってこんなに立派な城を壊すのは心苦しいしな」

魔王「ふふ。ーーしかし、長いこと離れていたせいか、俺の力なのに中々体に馴染まない。お陰で、多くの者を恐怖させてしまっている」

勇者「あの、クソうるさい鳥公か」

魔王「ああ、奴もだ。さて、無駄話は終わりにしようか」

勇者「話が早くて助かる」

勇者は左方の黒翼で彼のいる地点を薙いだ。
芝生が消し飛び、褐色の土が剥き出しになる。

魔王の姿は無かった。

魔王「魔鳥はお前の存在を知った時に、お前を『神のカルマ』と呼んだ。しかし、それは誤りだろう。明らかに業を背負っているのは俺だ」

魔王は最初の地点の僅か上空にいた。

魔王「俺が業。そうすると、お前はそれを払う経だな」

魔王は紫電を放つ。
雷の線は幾重にも重なり、収束して、無慈悲の槍となる。

勇者「そんなこと、どうでもいいだろ」

雷槍を、勇者は容易く純白の翼で払った。

その間に、魔王は再び元の位置に転移する。

魔王「それもそうだ」

勇者は黒翼を地を伝うようにして、魔王へと向かわせる。

魔王「なあ、勇者よ。お前はどうして戦う」

魔王は自身の脚力で横に動き、躱す。
魔法で異常なまでに肉体を強化しているらしく、およそ生物とは思えない速度だった。

勇者「宿命だよ。生きることに疑問を持つ奴はいないだろ。持ったところで結局は生きるんだ。それと同じだよ」

腱が断裂する音が響いた。
魔王の体は魔法での肉体増強で多大な過負荷がかかっているらしい。
尤も、千切れた先から修復されているが。

魔王は地面より無数の土の杭を生み出し、勇者の身体を穿とうとする。

勇者「逆に訊くが、それだけの力が有ってどうして世界の半分で満足している? お前も瘴気無いところでは生きられない、若しくは弱体化するのか」

右方の白翼を盾にして土杭を防ぐ。
両の翼はどのような形状にもなるらしい。
杭は只の土に戻る。

魔王「そんなことは無いさ。人間を狙わないのは彼奴らを統治したら、業務に忙殺されるからだ。暇は大切だからな」

魔王は勇者のいる地点に小規模の爆発を起こす。
更に、巨大な火球を放った。

勇者「暇も必要だが、刺激がないのはつまんねーだろ」

勇者はやはり翼で防ぐ。
体には塵一つ付着していなかった。

勇者は反撃として、両翼を打ち込んだ。
幾多にも細かく枝分かれした白と黒は、魔王へと一直線に伸びる。

魔王「大昔は俺もそう考えていた。しかし、不老不死だと価値観が変わるんだ。
刹那の享楽など要らなくなる。人間はそれを求めるあまりに、他の全てを蔑ろにする嫌いがあるな」

しかし、魔王は勇者の背後に転移した。
手を伸ばせば届く距離まで。

魔王「終わりか。勇者も呆気ないものだな」

勇者「終わるのはお前だ」

魔王「っ!?」

魔王は大きく後方に跳ぶ。
肩口から出血していた。

勇者は新たに白黒二対の翼を顕現させた。
翼は上下と左右で色が違い合っている。

小さな四枚の翼は瞬く間に巨大化し、最初の一対と同等のサイズにまで肥大した。

勇者「人間は刹那に価値を見出すから進化を続けるんだ」

魔王の肩口の傷は修復されない。
血は何とか凝固したが、傷口は開いたままだった。

魔王「……霊的損傷の極致。やはりお前は、俺の命に届き得る唯一の刃だ」

勇者は四枚の翼を振るう。
更に残りの二枚は迎撃態勢に入っていた。

魔王は紙一重で回避し続ける。
魔法で感覚を研ぎ澄ましていたが、それでも反撃の機会を見出せずにいた。

勇者「なあ、魔の王様。
俺は愛なんて存在しないと思ってたけどさ。
そんなことは無かったよ。
今じゃ生きる上でこれほど大切なものは無いとすら思える」

勇者の翼が、魔王の頬を掠めた。
流れ出た血は直ぐに止まるが、傷は修復されない。

しかし、魔王は涼しい顔をしていた。

魔王「そうだな。全く持って同意だ」

魔王は勇者へと駆け出す。
迫った翼爪を掴み、捻じ曲げた。

勇者「な!?」

魔王「損傷を受けて、ようやく身体が危機感を示したらしい。力も馴染んだ。もう小手先の攻撃は効かん」

魔王は更に突き進む。

勇者は一瞬逡巡して、自身も前へと足を踏み出す。

激突する。

閃光が走り、直後に翼が粉砕した。

双方の体が吹き飛ぶ。

丘が割れていた。

街と城に被害が無かったのは奇蹟だ。

起き上がったのは魔王だった。
翼による損傷以外は修復されていて、新しい傷は脇腹が多少抉られた程度だった。

勇者は倒れたままだった。
混沌を内包することで肉体も強靭になっていたが、今の激突に耐え得る強度には達していなかった。

魔王「勝ち、か。七割のままでは負けていたな」

脇腹の傷を見て呟く。
その傷に何処か懐かしさを覚えた。

魔王「やはり、人間は蟻と変わらんか」



勇者「舐めん、なよ……」

六枚の翼が再び現れた。

魔王「ーー未だ戦えるか。今の発言は撤回しよう。お前は俺と同等だ」

勇者「そりゃ……どうも……」

勇者は翼を天高く振り上げる。

柱のような翼は散って、夥しい羽へと変貌した。

空が光の羽で埋まっていた。

勇者「死力……だ。民が、大事なら、逃げるな……」

白と黒は雪のように降り落ちてくる。

街に降れば、全ての平穏が虚無に還るのが分かった。

魔王「逃げんさ。勇者、お前の全力を受けてやる」

翼が、魔王の肩に落ちる。


瞬間。


炸裂した。

夥しい羽から幾多もの樹状突起が飛び出す。
それらは互いに繋がり、連なり、一つになった。

それは華だった。

それは樹だった。

それは光だった。

それは螺旋だった。

それは柱だった。

それは月だった。

それは蛇だった。

それは生命だった。

それは世界だった。


そして、それは『彼』であった。

そして、『彼女』でもあった。


全ての羽が同時に姿を消した時、
勇者の体は細かな粒子になり、
世界へと還元されていた。






そして、『魔王』も消えた。


投下終了です。
やっぱり600いかなそうです。

後はエピローグと番外編だけか

おつおつ
なんだか早くギャグが読みたい気分です

エルフちゃん悲しませるようなことは絶対やめてくれよなっ!
おじさんとの約束だぜっ!

>>489
エピローグ前にもう少しだけ有ると思います。

>>490
あと少しだけなんちゃってシリアスにお付き合いください。

>>491
おそらく大丈夫です。
約束はできませんが。

投下します。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

王城近辺に謎の翼が現れ、城下の街は急遽として厳戒態勢を敷かれた。

その結果、誰独りとして城を向かう者はいなかった。

彼等を除けば。


青年と半狐は薄闇の路を走っていた。
駆けているのは、弧を描いた細路地だった。

白と黒の翼が振るわれ始めてから、獣車を降り、こうして走っている。

途中に老舗のケーキ屋や喫茶店などがあったが、二人は目もくれなかった。

青年は不審と焦燥の気持ちに駆られていた。
あれ程に自己顕示していた魔王の力が消失したのだ。

半狐「この通りを抜ければ、魔王様の城へと続く丘に着きます!」

少女は若干息を上げながら叫んだ。
彼女の顔にもやはり焦燥が滲んでいた。

路地を抜けて、眺望が開けた時、広がっているのは荒土だった。

「ーー来たか」

そこに男は佇んでいた。
上弦の月を眺めていたらしい。

青年「……貴方が魔王か?」

「違う、と言っておきたい。『魔王』は死んだ。神ーー『コア』が生み出した世界の『魔王』は消え失せた。『俺』は只の残滓に過ぎない」

青年「……訳が分からない」

「分からなくて良い。分からない方が良い。
ーーそうだな。名乗るならば何と名乗ろうか」

彼は暫く考えるように、顎に手を当て、視線を上に向けた。

やがて、手を下ろし、視線を彼に戻した。

男「お前の祖父だ。……些か安直過ぎたか?」

青年「……貴方が何者であろうと関係有りません。僕は少尉様を治癒して欲しくて此処まで来たのです」

男「つれんな。生憎、俺はもう魔法は使えない。エルフなら治せるだろうが」

青年「なら、その方に会わせてください」

男「ああ、良いさ。城内にいるぞ」

青年「そうですか。有難うございます」

一礼して、青年は祖父である男の横をすり抜けようと一歩前に進む。

しかし、男は片手を上げてそれを阻んだ。

男「待て。先に進んで良いと誰が言った」

青年「……え?」

男「俺を倒してから行け。何もせずに、何かを得られると思うな」

男は不敵に笑いながら、言う。

青年「貴方と戦え、と?」

男は肯いた。

青年「貴方は僕の祖父なのでしょう?」

男は肯いた。

青年「それでもですか?」

男は肯いた。

青年は腰に差していた短剣を抜いた。
そして構える。

男「俺にも剣を貸してくれ。
生憎と持ち合わせていないんだ」

青年は目を丸くして、それから呆れ顔になる。

青年「訳が分からない。何故、敵に武器を与えなければいけないんですか」

男「別に良いだろう」

青年「良くないですよ」

彼は困惑するが、構わずに斬りかかろうと前方に重心を移動させる。


半狐「……貸して、あげてください」

半狐は大粒の涙を大量に零していた。
あどけない顔は涙で濡れていた。

青年の困惑が増した。

半狐「……魔王様に、剣を貸して、全力で、戦ってください……」

涙声で彼女は懇願する。

男「お前は優しい子に育ったな。俺の心を読んで、俺の為に泣いてくれてるのだろう」

半狐「……」


青年「……分かりましたよ」

彼は特異空間から短剣を出して、男に放った。

男「有難う。しかし、並外れた魔法だな。
常に全魔力を消費し続けることで恒常的に異空間を創り出す。
お前にしかできない芸当だ。
魔法名は『空操の呪』でどうだ?」

青年「この力が魔法かどうかなんて大した問題じゃないです」

構え直しながら、青年は言った。

男「そうか」

男も剣を構える。

男「俺は素人だ。お手柔らかに頼むぞ」

青年「あー、調子狂うなぁ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

二人の戦いを見て、半狐は心が張り裂けそうだった。
悲しみ。
そして、それ以上の愛おしさで。


男「おお、怖い! これが死の恐怖か。懐かしいなぁ」

青年「変な人ですね!」

鋼を打ち合いながら、二人は会話を交わす。

男は笑顔だった。
心の底から笑っていた。

彼の心を読んで、半狐は再び涙腺が緩むのを自覚した。


男「瘴気に耐性が有るなら、魔の国に住んでも良いんじゃないか? 俺の頃と違って迫害されることは無いだろうし」

青年「考えておきますよ!」

男「それに新王が側近に登用してくれるかもしれないぞ」

青年「新王がいるんですか!?」

男「ああ。半狐の母親だ」

青年「それは、驚きです!」

男「敬語なんか使うな。それに『お祖父ちゃん』と呼んでも良いぞ。お前が幼い頃、一度会ったことがあるんだ。その時はそう呼んでくれたものだが」

明らかに男が押されている。
いつ斬り殺されてもおかしくなかった。
それでも彼は笑っていた。

青年「そんな記憶は有りません! 祖父だろうと、少尉様を救う為なら容赦しませんよ!」

二人は確かに殺し合っている。
半狐には、二人の戦いが仲良く戯れているようにしか見えなかった。

男は勿論、青年すらも何処か楽しそうに見えた。

故に彼女はまた涙を流す。
この戦いの終わりを想って。


男「愛してるのだな」

青年「そうですよ!」

男「そうか。幸せになれよ」

青年「一度振られたんです! だからもう一度告白するんです!」

男「そうか。なに、お前なら大丈夫だ」

青年「そうですか! 有難うございます!」

やがて、青年の短剣が男の胸を貫いた。

男の手から剣が落ち、同時に彼の身体も崩れ落ちる。

男「やっと、逝けるか……」

穏やかな声で彼は呟いた。

青年「……死にたかったのですか?」

男「ああ……」

青年「半狐ちゃんの言っていた『内緒』って……」

少女は泣いたまま、黙って肯いた。

青年「……どうして死ぬつもりだったのですか?」

魔王「はん、こ……」

絞り出すようにそれだけ口にした。

半狐「……あまりに長く生きたからだ。それに俺は昔から己の子に殺して欲しかったからだ」

死に瀕している彼の心を読んだ少女が代弁する。

半狐「……全員に感謝の気持ちを抱きながら、逝けることを誇らしく想う」

少女は震える声で続ける。

半狐「願わくは、アイツの誓いを知りたかった。
だから、お前が代わりに聞いてくれ」

青年「……」

半狐「強く生きろよ」

彼女はそう締め括った。

そして。


魔王だった男は、事切れた。

二人は暫く彼の亡骸の前に佇んでいたが、やがて城へと歩み始めた。

半狐「エルフさんの居場所はおそらく分かります」

青年「進むしかないよね」

自身を叱咤するように呟く。

青年「有難う。お祖父ちゃん」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

「ボクが新王で良いのかなぁ」

「キツネちゃん以上に適任はいないよ。魔王も側近もそう言ってたじゃない」

「んー、荷が重いよ。元は使用人に過ぎなかったのにさ」

「関係無いよ」

「そうかなぁ。まあ、気を張らずに頑張るよ」

「うん。……そろそろあの子が来るみたい」

「そう。じゃあ、ボクはこれで。……さようなら」

「うん。さようなら」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

広い部屋だった。
一面に本棚が有り、膨大な書物が閲覧できるようになっていた。

並んだ五つの大きな机一つ一つに、椅子が十個割り当てられている。

少し離れた場所には大人数で座れるソファーもあった。

城の前で亡くなったはずの男はそのソファーに横たわっていた。
血塗れだったはずの服は清潔になっている。

彼は膝枕をされていた。
膝枕しているのは美しい女性だった。

青年「……母さん?」

記憶にある母の貌に酷似していたことから、思わず彼はそう声をかける。

「もう生きてないとしても。
魂の無い抜け殻だとしても。
やっぱり魔王は魔王で、私の愛する人には変わらないよ」

彼女は静かにそう言って、二度と目覚めない男の頬をたおやかな指で撫でた。

蠱惑的で、美しい動作だった。
神聖さすら感じさせた。

伏せられていた面が上がる。
男の顔を見つめていた翠の瞳が、青年を捉える。

エルフ「大きくなったね」

青年「ーー」

彼は何と答えれば良いか分からなかった。
暫く逡巡した後、さっさと要件を切り出すことにした。

青年「助けて貰いたい方がいます」

エルフ「分かってる。私たちの子を、貴方のお母さんを殺した人でしょう」

その言葉に、青年は苦い顔をしながら肯いた。

エルフ「意地悪な言い方をしてごめんね。少し放心気味だから」

青年「いえ。事実ですから」

エルフは魔法で椅子を宙に浮かべ、自身の座るソファーの前に置いた。

エルフ「取り敢えず座って」

彼は椅子に腰掛ける。


半狐は書斎の外で待っている。
彼女が待機することを申し出たのだ。

エルフ「少し話をしても良い?」

青年「どうぞ」

エルフは魔法で一冊の本を取り寄せる。
黄ばんだ白色の固表紙で装丁されている分厚い本だった。

エルフ「この本は魔族の説話集なの」

彼女は本を開く。
青年の知る言語では無かった。

エルフ「昔、貴方のお母さんに読み聞かせてあげてたんだ。あの娘は特に人魚と人間の恋愛の話が好きだった」

青年は自身の母親を想い出す。
眼前の女性に似て美人だった。

エルフ「人魚と人間の物語は、決まって悲しい結末に終わるの。『どうして?』って訊かれた時、『人間は愛することに対して臆病だから』って私は答えた」

青年「……」

エルフ「大人になった彼女は人間の国へと出て行った。ハッピーエンドを自分で作ってみせる、人間との愛が成り立つことを証明してやると言い残してね」

青年「母さんが、そんなことを」

エルフ「私はあの娘が家を出てから一度しか会ってないけれど、少なくとも幸せに見えた。貴方から見ても幸せに見えた?」

青年は父と母を思い出す。
二人とも、笑顔だった。

青年「幸せでした。少なくとも亡くなる前日まで、父さんと母さんは笑っていました」

彼は確信に満ちた声音で告げた。

彼女は少しだけ顔を綻ばせて肯いた。


エルフ「魔王と戦ってくれて有難う」

青年「はあ……」

彼は彼女の膝で眠るように横たわっている男の顔を見た。
殺したにも関わらず、礼を言われる謂れが分からなかった。

エルフ「魔王は死にたがりだから。私を妻にしたのも、元々は自分を殺してくれる子を産ませる為だったんだしね」

青年「非道いですね」

エルフ「でも愛してくれたから。
幸せにしてくれたし。娘も溺愛してたよ」

勿論、貴方のことも、と彼女は言った。

彼は閉口する。
自分がその男を殺したのだ。
何も言えるわけが無かった。

エルフ「話したいことは幾らでも有るけど、これだけでもう充分だよ。治してあげる」

青年「……! あ、有難うございます!」

彼は勢い良く立ち上がり、頭を深々と下げる。
それから、特異空間より、瀕死の彼女を取り出した。

ひどく衰弱していて、意識がない。
時間が止まっているとはいえ、長い間この状態で放置していたことに、彼は罪悪感を覚えた。

エルフは彼女に手を翳す。

急速に傷が癒える。
更に数秒後には、傷は完全に塞がった。

苦悶に満ちた表情が安らかになる。

青年「良かった……!」

青年は歓喜しながら、彼女をエルフたちとは別のソファーにそっと横たえた。

しかし、エルフの表情は晴れない。

エルフ「彼女、どっちにしろ長くないよ」

静かに告げた。

エルフ「先天的な体質みたい。
凄く不完全に瘴気を取り込んでる」

青年「……どうにかならないのですか? 魔法で治せませんか?」

彼は上ずった声で訊く。

エルフ「彼女の体の構造を魔法で組み替えたとしても、一時的な解決手段にしかならない。気休めに過ぎないよ」

そう口にして、彼女は掌に収まる程度の小さな円環を彼に放った。

エルフ「魔鉱石で作った魔具だよ。二回分の『転移の呪』が籠ってる」

それは銀に似た光沢を放っていた。
表面には縄文が刻まれていた。

エルフ「手段が無いわけじゃないよ。
或る方法を使えば、人間の一生程度なら生きられるようにできると思う」

青年「それで充分です。その方法とは?」

エルフ「貴方の『空想の呪』と同じ方法だよ」

エルフ「私の全生命力を用いた恒常魔法を施すの」

青年「……?」

エルフ「私の生命を犠牲に彼女を救うってことだよ」

青年は絶句した。


エルフは動かない男の体を腕で起こして、ソファーにもたれさせる。
痩身の彼女には、中々の労働だった。

それから白紙と、羽根ペンを魔法で引き寄せる。

青年「それ以外に、方法は無いのですか……?」

エルフ「探せば有るかもしれないね」

彼女は紙に図形と記号を書き込んでいく。
どうやら魔法陣を作図しているらしい。

青年「だったら……」

エルフ「でも、良いの。昔、誓ったから」

青年「誓い? ……彼が知りたがっていたものですか?」

エルフ「うん」




エルフ「私は魔王の為に生きた。
だから、私の為に魔王と死ぬの」



彼女は微笑みながら告げた。
それはおよそ百四十年も前に、自身に課した誓いだった。

エルフ「だから、貴方たちが帰る為の分と、非常用の分の『転移の呪』を詰めた魔具を先に渡したの」

青年「……魔王は、お祖父ちゃんは貴女に生きて欲しいと思っていたはずです」

ソファーにもたれている亡骸に目を向けながら、彼は言う。

エルフ「良いの。私も充分生きたもの。我儘なのは承知してるよ」

青年「でも! でも……」

エルフ「貴方は正しいよ。でも、正しいことが全てじゃないから。」

やがて、彼女は筆を置いた。
魔法陣が完成したらしい。

エルフ「貴方は正しさを貫いてね」

彼女は呪文を詠唱する。

長い詠唱だった。

彼女が結びの言霊を唱えた時、魔法陣の文字が少尉の体に入っていった。



終わった時、彼女は魔王の肩に、そっともたれかかっていた。

二人とも穏やかな顔をしていた。

二人で仲睦まじく眠っていた。

ひどく静かに、時が流れていた。

もしかしたらこの場所だけ、時間が止まっているのかもしれなかった。



彼は泣いていた。

自分が何故泣いているのか分からなかった。

ただ、悲しみだけの涙では無い気がした。

投下終了です。

たくさんのレス有難うごさいます。
一つ一つ丁寧に読ませていただいてます。
チベットに台風は来ませんでした。

投下します。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

夜が更けた。

青年「それじゃあ、少尉様を頼むね」

城の一室のベッドに少尉を寝かし、彼は半狐に言う。
彼女は、もう暫くは昏倒しているだろう。

部屋の使用については新しい魔王の許可を得ていた。

半狐「はい。……あの、本当に行くんですか?」

彼は静かに肯いた。

半狐「彼女が目覚めてからでもよろしいんじゃ無いですか?」

青年「その方が良いんだろうけどね。でと、独りで行った方が良い気がするから」

彼は一旦従属している国に帰還しようとしていた。

エルフに貰った円環の使用法は何故か知っている。
最初から自分の中に存在していたのかもしれない。

半狐「ちゃんと、戻ってきてくださいね」

彼女は深い色の瞳を向けながら、そう念を押した。
それから、ベッドで眠り続ける女性の顔を見下ろした。

半狐「……悔しいです」

青年「うん?」

半狐「貴方の心には彼女しかいないことがです。これでは想いを告げる前に振られたようなものじゃないですか」

怒りと自嘲、そして悲しみを綯い交ぜにした表情だった。

彼は何を言って良いか分からず、困惑する。

青年「気持ちは凄く嬉しいよ。有難う」

やがてそれだけ口にした。

半狐「ふふ、やっぱり従兄さんは優しいですね。ーー行ってらっしゃい」

青年「うん、行ってきます」

彼は『転移の呪』を発動させる。
そして、その姿は虚空に消えた。

半狐「……でも、簡単には諦めませんからね」

少女は決然とした声音で呟いた。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

青年は城の地下牢を目指していた。

多くの兵士が横たわっている。
皆、彼が一撃で気絶させた者たちだ。
その数はおよそ二十。

尋常の警備数では無かった。

青年(逃亡する時は『転移の呪』を使えば大丈夫かな。帰る頃には少尉様は起きているだろうか)

そう顧慮しながら、暗闇をできるだけ忍び足で駆けていく。

目標は近かった。


やがて、最深にある牢獄に到着した。

そこに至るまでにも更に十以上の見張りの兵を昏倒させた。

目的の監獄前には兵士が二人いる。
屈強な男だ。

しかし、青年は人間離れした速度で一人を闇討ちして、もう一人も一撃で眠らせた。

増援は無い。
誰独りとして声をあげる間も無く気絶させられたからだ。


「……助けに来たのか?」

牢内の人物が言った。

青年「いいえ、違います。ーー陛下」

国では革命が起きていた。

元々、食糧危機、重税、一部身分の特権など、様々な問題を抱えていたのだ。
また、諸外国でも啓蒙思想が広まりつつあった。

王制崩壊の因子は確かに内に潜んでいた。
或る事を発端にそれが表出化しただけのこと。
起こるべくして起こった革命だった。

しかし、彼にとってそれは大きな問題では無かった。


青年「魔王を倒しました。僕自身の手で」

王「……ああ、お前は少尉の従者か。それでは世界から瘴気が消え失せたのか」

彼はかぶりを振った。

青年「いえ。魔王と瘴気には直接的繋がりは有りませんでした。瘴気は未だ世界に存在しています」

王「そうか……。魔王討伐は無駄だったということか。ふふ、私の行うことは無駄に終わってばかりだ」

彼は自嘲する。
どうやら牢に入ってから自嘲癖がついたらしかった。

青年は冷ややかな顔で、惨めな王を見つめていた。

青年「三日後に処刑されるそうですね」

彼は牢に侵入する前に、知人から革命関連の情報を聞いた。
知人は熱っぽく語っていたが、彼はあまり耳を傾けていなかった。

王都全体が熱に浮かれて、最早魔王討伐など誰の耳にも留まる内容では無かった。


王「ああ。断頭台でな」

彼は、やはり嘲りの笑みを浮かべながら、自身の首を指先で軽く叩いた。
ここを切断されることを示したかったらしい。

王「それで、貴様はどうして此処に来たのだ? 私はもう褒賞を与えられんぞ」

青年「そんなものは要りません。
僕は貴方に訊きたいことが一つだけ有るのです
その為に来ました」

王は怪訝そうに彼を見た。

王「それだけの為に、厳重に警備された此処まで来たのか?」

彼は肯いた。

王「よほど酔狂な男なのか、よほど大事な事らしいな。話してみよ」

彼は微笑みながら、尊大な口調で言った。
牢獄でも、粗末な服を着ていても、王としての威厳は誇示するらしい。

青年「八年前に或る夫婦を殺すよう、兵に命じたそうですね」

王の顔から表情が消えた。

王「もしやお前は……」

彼は掠れた声を出した。

青年「ええ。僕はその夫婦の子です」

王「……確かに似ている。
何故気付かなかったのだろう。
そうかお前が。そうか……」

王はやはり自嘲的に微笑む。


暫く沈黙が続いた。


やがて、王がそれを破った。

青年を驚愕させる一言で。




王「お前は私の甥だ」



青年「……なに?」

王「貴様の親父は私の弟だ」


王は語る。

青年の知らない昔話を。

少尉も知らなかったであろう過去を。

魔王もエルフも語らなかった人間について。

長男と次男は十の年齢差があった。

次男は優秀だった。
とても聡明で、配慮ができる少年だった。
カリスマ性もあった。

次男を知る者は皆、次男の生まれの悪さを嘆いていた。
王としての素質に満ち溢れながら王位を継承できない彼の不幸を、長男の非難と共に語っていた。

長男は十も歳が離れている弟に劣等心を抱いていた。

次第に、それは醜悪な嫉妬へと形を変えていった。



転機が訪れたのは、次男が十八の時だった。

長男の戴冠式が執り行われている最中だった。

王「驚愕。困惑。恐怖。怒り。
そして何よりも、女の美しさに目を奪われた」

突如として一人の女性が姿を現した。
まるで、最初からその場にいたかのように、次男の隣へと出現したのだ。

それが、二人の馴れ初めだった。

以来、女と次男は逢瀬を重ねた。

彼女は神出鬼没だった。
何時の間にか次男の部屋にいたと思えば、次の瞬間には姿を消していた。

城の者たちは彼女を魔物の一種と恐れていた。
そして、次男に注意を促した。
危険だから会わないようにも進言した。

しかし、彼もまた彼女に惹かれていた。

二人は恋仲にあった。


或る時、彼は城から姿を消した。

皆、彼女と駆け落ちしたのだと覚った。

国中を捜索したが、結局見つからなかった。

このことは国の一部の者だけが知る秘密となった。

王「私も、彼女に心惹かれていたのだ。
彼女の艶かしい姿態に心奪われていたのだ。
あどけない笑みに心焦がしていたのだ」

正体の知れぬ女への狂おしい愛は、いつからか不細工な憎しみと化した。

次男への劣等感も増していた。

そして、修羅が生まれた。


王「見つけ出すのに八年かかった。
それからは、お前も知っているだろう」

こうして彼の語りは終わった。



青年は泣いていた。

青年「どうして、人間はこんなにも弱い??
どうして、正しく生きられないんだ?」

涙声で呟く。
それから、祖父母の最期の言葉を想い出し、涙を拭った。

青年「僕の母は、魔王の娘です」

その言葉に王は目を見開き、それから大笑いをした。
彼は笑いながら地を転げ回る。

およそ王とは思えない行いだった。


王「滑稽だな! お前は両親を殺すよう仕向けた叔父に命じられ、自分の祖父を殺したのだ! しかも、八年間も殺した張本人に従っていたときた! お前は運命に弄ばれて、滑稽に踊る道化だ! あっはははは!!」

彼はこの上無く愉快そうにゲラゲラと笑う。

青年「……」

王が笑っている間、彼は沈黙していた。



やがて、王は笑うのをやめた。
疲れたらしく、呼吸が若干乱れている。

王「……殺せ。復讐を終え、この戯曲は終焉を迎えるだろう」


暫く間を開けて、青年は特異空間より抜き身の短剣を出す。

青年「『空操の呪』と、お祖父ちゃんが名付けてくれました。
貴方には関係有りませんが」

青年は短剣を強く握る。




それから、それを牢内の床に放った。


王「……何のつもりだ」

青年「餞別です。
貴方の言葉を借りるなら、運命に弄ばれた道化から、激情に弄ばれた道化への。処刑は屈辱でしょうから」

喧しい声が響く。
上の兵士が、侵入者がいることにようやく気付いたらしい。

青年「僕はそろそろ行きます」

青年は特異空間より、転移する為の円環を取り出す。


青年「ああ、そうだ。最後に言いましょう。
僕たちは道化なんかでは有りません。
僕たちは戯曲を織りなしてなどいません。
僕は、僕の人生を行きます
僕は、強く正しく生きます」


そう言い残して、彼は姿を消した。



残された王は短剣を手に取る。


それから、牢の外に放った。

王「……私も、逃げないことにしよう。
さらばだ、優しい青年よ」

投下終了です。
次でエピローグです。


さてと、晩飯でも食うか
これの更新が楽しみで飯を忘れてたぜ

魔王、エルフと新魔王誕生で閉めて欲しいけど

乙です
イマイチ青年に感情移入ができなかったけど
なかなか良いキャラやね

>>552
有難うございます。
米粒はしっかり噛んでください。

>>553
ご期待には添えなそうです。

>>554
青年は魔王の子だということを隠す為に描写を減らしてました。
感情移入できないのは、そのせいでキャラを掘り下げられてないからですね。
因みに、じ『ゅうしゃ』→『ゆうしゃ』という発想で、彼は従者になってました。

レス有難うございます。
勉強になります。


投下します。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

「何故、私が生き残ったのだ」

全てを聴き終えた時、彼女は平坦な声音でそう問うた。

室内には二人しかいなかった。

彼女は窓から上弦の月を見上げていた。

黄金の糸が如き艶やかな髪に、月光が注ぐ。

「私よりも生きるべき者たちがいたはずだ」

青年は彼女の後姿を、沈黙しながら見つめていた。

「運命、なんて嘘だ。それは逃げ道に過ぎない。とっくの昔に自覚していた」

彼女の声音は張り詰められた糸のように直線で、今にも切れそうな危うさを帯びていた。

「死を確信した時、やっと逃げられると思った。
なのに、今もこうして息をしている。霞んだ半円を眺めている」

魔王討伐の任に着いてから二ヶ月が経っていた。

「私が生き残ったのは、償いの為だろうか。それとも、苦しむ為なのだろうか」

そして、彼が彼女にプロポーズしてから二ヶ月が経っていた。

「教えてくれ」

「僕が知る由も有りません」

彼女の静かな問いに、彼も静かな声音で答えた。
静かながら苛立ちが含まれていた。

「……私はお前の両親を殺した。母親に至っては強姦しながら殺した。憎んでいないのか」

「憎いですよ。貴女は家族の幸せを壊した。
そして哀しいです。貴女は僕の信頼を裏切った」

彼は本音を告げる。

「……それでも、お前は私を愛しているのか」

「ええ」

それも本心だった。

「……狂ってる」

彼女は振り返り、青年へ顔を向ける。

月の逆光でその顔はよく見えない。

「そうでしょうか」

「矛盾してるじゃないか」

「それは確かですね。僕自身も苦しいです。
破壊行為、若しくは自傷行為に及びたいところです」

淡々と告げるが、彼の心は酷く揺れ動いている。

彼女も、それを悟っていた。

「なら、私を殺せば良い」

「それも吝かでは有りませんね。でも、やめておきます」

「何故だ」

「正しく無いと思うからです」

「……もういい。なら、お前にこの身を捧げよう。
慰みに使っても良いし、暴力を振るっても良い。
母親と同じように殺しても良い。その時は解体の順番も教えるさ。
私はそれが正しいと思う。」

声音の糸は張り詰められたままだ
緊張度は増している。

「なるほど。因みに、本心から仰ってますか?」

「……ああ。私に生きる価値なんて無いからな。
だから、お前の好きなように使って欲しい」

「素敵な提案ですね。もう一つ質問してもよろしいですか」

「私に拒否権なんて無いさ。口調は許してくれ。腹立たしいかも知れないがすぐには矯正できそうにない」

「八年ですからね。僕は八年間も貴女と共に有った。
人生の五割弱ですよ」

「……私を好くのも、当然の成り行きかもしれないが、私の他にも女は腐る程いる。八年なんか抹消してしまう女もな」

「……あまり、苛々することを仰って欲しくないですね。
これでも必死に抑えてるんですよ」

「抑えなくて良い。殴ろうが蹴ろうが、斬ろうが勝手にしろ」

「ああもう、腹立つな。……まあ、良いです。
質問に答えてください」

「なんだ」

「八年の間に、罪や咎、罰を抜きにして『僕』を見てくれたことが有りましたか。
一人の人間として『僕』を見てくれたことが有りましたか」

「……不可解な質問だな」

「良いから正直に答えてください。
僕にとっては非常に重要なんですよ、これ」

「……有るに決まっているだろう。
お前の成長は嬉しいし、剣術で負ける日が来ないか不安に思ったことも有る。立派に育ったとも思う」

彼女の言葉に、彼は微笑みながらうなずいた。


「そうですか」

「だったら僕はやはり貴女を愛します。やはり望みが微塵も無ければ不安になりますからね」

彼女は悲痛な面持ちになる。

「……私は許されないんだ。幸せになってはいけないんだ……」

糸は切れた。
消え入りそうな声。
涙声。

「やっと、弱音を見せてくれましたね」

呟き、静かな声音で続けて言う。

「ーー少し、汚い言葉を使ったり大声を出します。
お許しください」

彼は最初に頭を下げて、彼女の細く白い手首を掴む。

それから大きく息を吸った。

そしてーー






青年「馬ッッッ鹿じゃねぇの!!!!!」




青年「いい加減にしろよ! 生きる意味を教えろだと!? そんなもん知るかよ! こっちが訊きてぇよ!」

青年「僕だって強く生きる方法なんて分かんねぇよ!?
正しい生き方なんてもっと分かんねぇよ!?
でも、生きるしかないだろうが!?
臆病を強がりで誤魔化して!?
自分が正しいことを信じて!?
生き続けるしかないだろうが!!」

「っ」

彼は尚も、喉が張り裂けんばかりに叫び続ける。

青年「許されなくて当たり前だろうが!
不幸を噛みしめるのも当たり前だろうが!
好きなだけ、生き残った悲しみを咽べよ!
好きなだけ、生き残った苦しみに悶えろよ!
でも、いつまでも立ち止まってんじゃねぇよ! 」

青年「罪を背負えよ! 重苦に潰されろ!
運命に弄ばれろ! 滑稽なワルツを踊れ!
でも、進むんだよ!進んで! 進んで!
いつか終わりが来るまで進み続けるんだよ!
僕たちにはそれしかできねぇだろうが!!」


彼女の手を引き、彼女を抱き締める。


青年「こんなことしか、僕には言えません」

青年が叫び終えた後には、世界の終焉が訪れたかの如き静寂。


彼女は涙で濡れた顔を上げた。

彼の顔は優しく彼女を見ていた。

もう助けを求めていた少年はいなかった。

「ひどい言葉遣いだ」

彼の胸に顔を埋めながら呟く。

青年「すいません」

「お前の言葉で、私の罪が消えたわけでも、お前の憎しみが消えたわけでもない」

青年「全くその通りです。何も変わっていないです」

「そうだ。……でも、有難う」

彼女は抱き締め返した。


青年「貴女の為なら当然です。
貴女を愛することが正しいと、僕は信じてますから」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

魔王「いやぁ、昨日は魂の叫びを聞いちゃったよ」

執務室の中には四人がいた。
新しい魔王は机で書類を処理している。

半狐「ちょ、ちょっとお母さん」

青年「うわ、恥ずかしい……」

半狐「そんなことないですよ。かっこ良かったです」

魔王「旦那のことを思い出しちゃったよ。ボクも説教されたことあったからねー」

そう言って、新任の王は思い出したようにうなずいた。

魔王「そうそう。君たち二人には魔の国で働いてもらうから。魔王様と旦那を殺されたせいで、こっちは凄く忙しいんだから。鬼の手も借りたいくらいだよ」

彼女は明るい口調で言った。

半狐は自身の母親の心を読んで、一瞬悲しそうな顔をするが、直ぐに取り繕った。

魔王「旦那を殺してくれちゃった女の人には、側近……いや臣になってもらおうかな。かなり多忙だよ。生きる意味なんて考える時間も無くなるくらいに」

臣「……分かりました」

彼女は恭しく頭を下げた。

魔王「魔王様の孫は書斎の司書ね。一般に公開されてるから忙しいよ」

司書「頑張ります」

魔王「あ。あと娘を貰って。この娘、君のことが大好きだから」

半狐「ちょっとお母さん!?」

魔王「良い子だよ。家事はボクが仕込んだし、気配りは完璧過ぎて不安になるくらい。未だ幼児体型だけど、将来性は有るよ」

半狐「ホントに止めて!」

司書「素晴らしい娘さんであることは存じてます。しかし、僕には愛する人が既にいるので」

魔王「それが一人だけなんて決まってないでしょ」

司書「重婚は犯罪ですから」

魔王「此処ではそんなこと無かったりするけど」

司書「いや、でも」

臣「別に、もう一人くらいなら私は構わないぞ」

司書・半狐「「えっ」」

魔王「おお、金髪ちゃんは話が分かるね。
半狐は他に女がいたら駄目?」

半狐「えと、ちゃんと大切にしてくれるなら……」

司書「えっ」

魔王「やったね司書くん。両手に花だよ」

臣「これからよろしくな」

半狐「ふ、不束者ですが、末長くお願いします」

魔王「じゃあ、魔王が婚姻を認める。
はい、これで君たちは夫婦だね」

司書「ちょっと待ってください! 本当にですか!?
ちょっと待とうよ! いやホントに!」

慌てふためく彼を見て、魔王は満足気に四本の尻尾を振る。

魔王「さて、と。旦那の骨壷を持って来なきゃいけないし、魔王様とエルフちゃんの墓も造らないと。でも。今日中に仕上げなきゃいかない書類も有るし。
……忙しいなぁ。魔王やめたい」

彼女は机に伏せる。

半狐「弱音を吐くのが早すぎるよお母さん」

魔王「働きたくないよぉ。半狐、魔王継がない?」

半狐「無理だよぉ。もう少しだけ頑張ろ! ねっ? お母さんならできるから」

臣「私もできることから、お手伝いします」



司書「これで良いのか。いや、駄目だろ。いや、でも悪い気はしない。いや、でも……」

魔王「うるさいよー」

司書「あ、すいません。……まあ、良いか」


こうして、日々は続いて行く。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

光の泡が浮かんでいた。
無数の泡は天への道を形作っていた。

エルフと魔王はその道を登っていた。

エルフ「シャボン玉みたいだね」

光の泡を見て、彼女は言った。
その姿は少女の頃に戻っていた。

魔王「そうだな。しかし、この道は何処に通じてるんだろうか」

エルフ「多分、天国じゃない?」

魔王「まあ、そうだろうな。しかし、魔を統べた俺が天国行きとはな」

肩を竦めながら呟いて、後ろを振り返る。

地上は遥か下だった。

彼等の他にも何人も光の道を歩いていた。

魔王「勇者もいるな」

エルフ「本当だ。共に行動していた人と一緒みたいだね。あ、魔鳥もいる」

魔王「随分と仲が良さそうだな。まあ、良いか」

彼等は再び前を向く。

やがて、光の中へと辿り着いた。

龍「やあ、久し振りだね」

鬼人族長「お迎えに参りました」

エルフ「わあ、久し振り!」

魔王「お前等……!」

思わぬ再開に二人は声を上げる。

龍は生前の姿のままだった。

鬼の長は出会った当時の壮年の姿で、隻腕だった。

龍「さて、行こうか。愉快な仲間が首を長くして待ってるよ」

側近「おっす。待ってるのが退屈だったから来ちゃったぜ」

エルフ「愉快な仲間も来たみたいだね」

魔王「失せろ」

側近「やだ、酷い」

彼等は光の奔流に身を任せる。
辿り着いたのは、地上によく似た世界だ。
空は明るいが太陽は無い。

娘「お父さんもお母さんも久し振り!」

夫「久方振りです」

魔王とエルフの娘に、その夫もいた。
楽しそうに駆け寄ってくる。


エルフA「私、足の中指だけ動かせるぞ」

ミノタウロス「えっ、凄くね。あ、知ってる奴が来た」

エルフB「私たちを殺した奴か。久し振りだな」

彼が屠った者も、敵対していた者もいた。
皆が穏和な顔をしている。
憎しみはとっくの昔に風化したようだ。


側近「天国が『まほろば』なら、やっぱり地上には無い方が良いよな。永遠なんて、ちょっとの期間で充分だ」

側近は独り納得したようにうなずいていた。

魔王は溜息を吐く。

魔王「これは生き急ぐ必要も無かったな。まさか、死後もこうして存在するとは」

エルフ「そうだね。私は魔王といられて嬉しいけれど」

魔王「……まあ、俺もだが」

答えて、彼は大きく伸びをする。

それから大袈裟に肩を下ろして、ぼんやりと呟いた。


魔王「暇だな」





終わりは、果てしない。



おしまいです。
完結できて良かった。
批判・質問があれば気軽に書いてください。

あれはフェイクを入れたかっただけです。
実際は彼女が瘴気に耐性を持っていないことと、呪で操られていることに驚いただけです。

乙でした。
最後の投下で割り込みする感じになってすまんです

もうじき夏本番だし、身体しっかり治しなよ

乙っした
楽しかったぜぃ!!

>>590
明日には抜糸もして、健康体に戻りますから大丈夫です。
労りの言葉を有難うございます。

>>591
有難うございます。
近日中の番外編もお付き合いいただけると幸いです。


エルフちゃん幸せ
皆も幸せ

良かった良かったありがとう

乙。

側近が最初鬱陶しかったのに気付けば清涼剤…
いい話を有り難うございます



さて、もう一度頭から読むか

>>597
途中でキャラを殺しても、最後は救いたいと思った結果の終わり方です。

>>598
側近は物語を動かしてくれるし、息抜きもさせてくれる万能なキャラでした。
もう一度読んでくださるなんて、これ以上ない賛辞です。
有難うございます。

>>1
まさかSSで泣く日が来るとは…
超乙!


魅力ある濃厚なキャラたちと濃い話の展開、そして世界観に、ワクワクしました。乙でした。

>>576
鬼の手をかりる?
猫の手じゃないの??

>>602
そこはわざとだろう
魔界流諺か、前魔王や前魔王の娘夫婦、夫を殺した相手を鬼と皮肉ってると感じたけどな

>>600>>601
有難うございます。

>>602
鬼の手はわざとです。
>>603を見て「成る程」と思ってしまったのは内緒です。

番外編をちびっと投下します。

側近「四天王を編成しようぜ!」ドンッ

鬼人族長「急にどうした?」ガツガツ

魔王「働き過ぎでおかしくなったか?」パクパク

側近「魔王といえば四天王だろ。風火水土に対応してます的なアレが必要だろ」アリガチー

使用人「ボクは魔法は使えないよ。妖術なら使えるけど」パクパク

エルフ「そもそも魔法に風火水土なんて無いけどね」チビチビ

側近「とにかく! 魔王といったら四天王なの!」オウドーナノ!

魔王「バウムクーヘン美味いな」モグモグ

エルフ「だね」チビチビ

側近「話を聴けよ!!」ツクエバンッ

鬼人族長「騒がしいな。誰を四天王にするというのだ?」ヤレヤレ

側近「それを決めるんだよ」フンスッ

使用人「未定じゃん。せめて決めてから言いなよ」モラッタ!

側近「一緒に決めようぜ。冷たいなぁ」ヤメテ!

エルフ「魔王を抜いたら此処に四人しかいないよ」チビチビモグモグ

魔王「確かにな」ゴチソウサマ

使用人「このメンバーで四天王って。エルフちゃんも戦闘要因にしちゃうわけ」ヨコセヨー

側近「なに。魔王の次に強いから問題無い」ダガコトワル!

鬼人族長「側近が最弱じゃないか?」ホソイシナ

使用人「側近は戦闘要因ってわけじゃないでしょ」シッポサワラセテアゲルヨー

側近「俺は思考力と判断力に重点が置かれたんだよ。戦闘を期待されても困るぜ」メッチャキモチヨサソウ…

鬼人族長「それで、四天王はどうするのだ」オチャノミタイ

側近「流石オッチャン。ずれた話を戻してくれる」ヤルヨー

使用人「この四人になるなら、別に話題に出す必要が無かったじゃん」ワーイ?シッポドーゾ

側近「いや、異名を付けようと思ったんだよ」ナントイウテザワリ…

エルフ「異名?」ゴチソウサマ

側近「こう、爆炎のソソッキン! みたいな」?キリッ ?デモシッポモフモフ

魔王「うわ……」ドンビキ

エルフ「う、うん……」サスガニナイヨ…

鬼人族長「お前の発想力は稚児と同等か」ジブンデイレルカ

使用人「思った以上にダサかったね」オイシー

側近「壊天のダイオーガ! とか」ヨクナイ?

鬼人族長「誰の異名だ?」ミナモドウゾ

側近「オッチャンだよ」アリガト

使用人「だったら『喫茶店のオッチャン』の方がしっくりこない?」ゴチソーサマシッポオシマイネ

エルフ「それは最早四天王じゃないと思うよ」アリガトウ

魔王「『海底のダイオウイカ』でも良くないか」ドウモ

側近「確かに語感は似てるけどさ、イカじゃん」シッポー!

側近「キツネちゃんは、うーん」アノテザワリヤバイ…

使用人「異名なんて殺し屋時代のがいっぱい有るけどね」ボクノオチャハ?

鬼人族長「随分と名の有る殺し屋だったらしいな」ジブンデイレロアホダヌキ

使用人「魔族でも最強の部類に入る妖狐族だしね」キツネダ! クソジジイ!

側近「キツネちゃんは、戦浄のミズヨーコ! とか」ゾクセイハミズ

エルフ「……それも無いよ」マオウノウデギュー

魔王「戦場と洗浄が掛かっているのか……?」アタマナデナデ

鬼人族長「ははは、相応ではないか」ジジイデハナイ!

使用人「水中でも呼吸できる妖術は有るけどさ。『ミズヨーコ』は無いよ」クソジジイデショ?

側近「結構好きなんだけどなぁ」ケンカシナイノ

魔王「どうでもいいが、『洗浄のミズヨーコ』と『ジョンとオノヨーコ』って似てないか?」カミノケヤワラカイナ

側近「響きは似てるけど、誰だよ?」マジデ

話より尻尾かあんたらww

エルフ「私は?」アリガト

側近「大魔法少女エルフちゃん! で良くないか?」ステキナヒビキ

鬼人族長「『ちゃん』まで異名なのか」チッ、オチャダ

使用人「それはもう四天王じゃないよね」アリガト、ツンデレジジイ

側近「それで、もしも勇者が攻めて来た時、誰が最初に行く?」ダイジナヤクダヨ

鬼人族長「お前だろ。強さの序列的に」ウルサイ、アホダヌキ

使用人「ボクは『奴は四天王で最弱だ』っていう役割が良いな」キ・ツ・ネ ダ!

側近「あれ? 俺が負ける前提なのかよ?」ヤメナサイッテ

エルフ「側近って噛ませ犬っぽいしね」ギュースルノシアワセ

魔王「確かにな」マア、オレモ

側近「ははは、泣いていい?」グスッ

使用人「もう泣いてるじゃん」メンタルヨワッ

ーーーーーー
ーーーー
ーー

魔王「ふぁ?」

彼女は目を覚ます。
自身の寝室だった。

魔王(……懐かしい夢を見ちゃったなぁ。龍ちゃんが来るちょっと前かな)

陽光が窓から射し込む。
朝が訪れていた。

魔王(皆、ボクを置いてくんだから)

枕に顔を埋める。

魔王(こんな辛い別れを繰り返すんだから、長寿も良いもんじゃないね。魔王様の気持ちが、ボクにも少し分かる)

彼女は起き上がり、着替え始める。
王といえど、豪華な衣装は纏わない。
前王もそうだった。

魔王(あの世で仲良くやってそうだなぁ。羨ましい)

天国で騒いでる彼らを想像しながら寝巻きを脱ぐ。

着替え終わり、彼女は寝室を出た。

魔王「ま、ボクだって終わりが来るまで進み続けるしかないよね」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

その言葉を耳にして、臣と司書は眉をひそめた。

臣「よく分からないのですが」

司書「急にどうしたんですか?」

朝餉の為に、三人は食堂に会していた。
半狐は作った食事を配膳する為、厨房にいた。

魔王「そのままの意味だよ。人数は足りないから補強しないとね」

半狐「お待たせしました。どうしたんですか?」

食事を運ん来た少女は、二人の顔を見て訊ねる。

魔王「ちょっと提案したんだよ。半狐にも言っておこうかな」

彼女が愉快そうな調子で、先程と同じ言葉を繰り返した。


魔王「四天王を編成しよう」

番外編1は終了です。
こんな短編を幾つか書きます。

番外編を漫画で読みたいwww
お前等真面目に会話しろwwwww

鬼のおっちゃん結構好きだったんだよね
単純に嬉しい
鬼におっちゃんの子やら孫やらはいないのかしらね

>>618
従者達の子孫で再結成ってなんか良いな

>>610
側近「キツネちゃんの尻尾は手触りが良すぎるんだよ。まさに魔性! 魔物だけに! なんつって!」
側近「…………ごめんなさい」

>>617
自分の、のび太くん画力ではどうしようもないです。

>>618
番外編3でできるだけ書いていきたいです。

>>619
何事でも後代に繋がっていくのは素敵ですよね。

番外編2をちびっと投下します。

龍「世界が滅んでしまったか」ヤレヤレ

龍「……することもないし、宙を遊泳しようかな」ヘンシン!

龍「しかし、どこまでも発展した結果がこれか。
せっかく不老不死を手に入れたのに。進化の果ては破滅のようだね」ザンネンダッタネ

龍「地上には全自動の機械たち。御主人様もいないのに、未だ稼働中か」ケナゲダネ

龍「しかし、原子を好きに変換できるからって金をこんなに錬成する必要は無かったろうに。黄金だけで街を作るなんて酔狂なことをしたものだ」メガイタイ…

龍「それにしても、やっと『世界』を改造して、完全な球形、完全な回転を得て、不変の世界を手に入れたのに、世界そのものに殺されるなんてね」ヒニクダネ

龍「強欲は身を滅ぼすとは、発展前の人間はよく言ったものだ。せめて無尽蔵のエネルギーくらいは諦めた方が良かったね」ヨクバリハヨクナイ

龍「……まあ、今更か。どれ、可哀想な機械たちと死んだ黄金の街を還してやろうかな」ファイアー!

龍「そうだ。どうせなら、地表全てを壊そう。零に戻そう」イクスプロージョン!

龍「いい暇つぶしになった」タノシカッター

龍「さて、何をしようかな。……おや」アレハ

天使「……」フワフワ

龍「天候を操作する為の機関か。確か、聖書の天使と同数いるんだったかな」オオイナ

龍「面白い。神の敵であるドラゴンさんが戦ってやろう」リュウダケド

天使「自己防衛の為、自己防衛機能を使用します」ムヒョウジョウ

龍「お、そうこなくっちゃ」ワクワク

天使「絶対領域を展開します」ボウギョ!

龍「私は最新にして最後の兵器だよ。そんなシールドでは私の炎は防げないよ」ファイアー!

天使「ーー」ヤラレター

龍「悪は勝つ! ついでだから、天使を全て堕としてしまおう。
堕天の前に粒子になってしまうだろうけど」フンスッ

龍「中々楽しかったよ」ミカエルガツヨカッター

龍「……やることがないね。尤も私はネタ兵器だから、人間たちが生きてたとしても自宅警備員だったかな」ゴロゴロシテルダケ
?
龍「どうせなら、宇宙にでも行きたかったな。でも私は『コア』からエネルギーを得てるから無理だね」ザンネンダ

龍「そもそも私は明確な目的があって造られたわけでも無いしね。酔狂な開発者たちの娯楽だよ」アソビダヨアソビ

龍「……取りあえず人型に戻っておこうかな」チッチャクナリマース


龍「そうだ。瘴気の研究でもしよう」メイアンダ

龍「未知のものを調べる。大変重要なことだ」ウンウン

龍「思い立ったが吉日だね。早速行動だ」ヤルゾー





龍「ふむふむ、やはりコアから放出されるだけ有って、高エネルギーだね」メガネモツクッテミタ

龍「抽出したら、液状になったよ。飲んでみるか」フンイキッテダイジ

龍「ふむふむ、私に人間と同じ味覚があったら、吐き出してたいたね。あ、人間はとっくに味覚なんて無かったか。口から食べなくなっていたしね」メガネクイッ

龍「この環境下で再び生物が生まれるのかな?」デモジャマ

龍「もっと研究するか」ヤッパイラネ





龍「飽きた。こんなもの調べても私には利用しようもないよ」グダー

龍「独りはつまらないね」ジメンゴロゴロ

龍「そうだ。私が生物を創りだそう」メイアンダー

龍「あ、既存の生物じゃ瘴気に耐えられないか」シマッタ

龍「……寝よう。ぐっすり眠ろう」オヤスミ





龍「……私の残り稼働時間を見る限り、相当な時を経たな。瘴気は消えていない。生物は一切いない」セカイフカン

龍「独りぼっちのままか」

龍「コアめ。私以外殺しやがって。寂しいんだぞ!」

龍「いや、悪いのは人間か。うん、そうだね」ソウダッタ

龍「……独りで何言ってるんだろう」

龍「……寝るか」





龍「何も変わってない。稼働時間はまだ腐るくらいある。起きる度に土中なのも嫌だ」ホリオコシッ

龍「暇だね」ハァ…

龍「ちょっと地表に八つ当たりしてやろう」ハカイコーセン!





龍「虚しい」

龍「そもそも私に感情なんて付けたのが間違いなんだ」

龍「きっと世界政府が発足する前に存在していた極東の島国の末裔が、私を造ったに違いないね」ヘンタイノクニダッタソウナ

龍「だから、生殖器まであるんだ」ツカイミチネー

龍「兵器に感情やら生殖器やら変なオプション付けやがって。人道的にどうなんですかー!?」

龍「……何を言ってるんだろう私は」

龍「糞人間でいいから居てくれよ」


龍「そうだ! 瘴気の発生場所を無くせば良いんだ!」メイアンダー!

龍「龍ちゃん、あったまいい!」スゴイ!エライ!

龍「早速、やるぜ! 全部、塞いでやるぜ!」キャッホーイ

龍「興奮し過ぎて口調がヤバイ!」オッシャー



龍「ふふふ、これで全部塞げたね」ヤリトゲタゼ!

龍「瘴気もかなり減った。生物復活も充分有り得るね」ウンウン

龍「長い時間が掛かることは間違い無いけど」ショウガナイネ


龍「……独りじゃなくなるんだ」

龍「楽しみで中々眠れない」ワクワク

龍「うまいこと運んで知的生物が生まれたら、頑張って溶け込もう」ガンバロー

龍「疎まれても全然堪えないだろうし、暴力すら優しいと思えるんだろうね」ヘンタイダー


龍「ーーうまくいきますように」オヤスミ




龍「無理やり抑えたところで、無駄だったんだね」

龍「何も変わってない。大地は荒廃。生物はいない。瘴気はいっぱい」

龍「どうしようもないね」

龍「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

龍「ふざけろよ!!」ヘンシン!

龍「もう、無理だ!無理無理無理無理!」

龍「世界なんて壊してやる! コアごと私も死ぬ!」

龍「砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ!!」

龍「もう充分だよ! これ以上生きてられるか!」

龍「兵器なんだから停止装置くらい付けろよ!
何で時限なんだよ! ×××なんて付けてんじゃねぇ!
オスなんていねぇだろうが! メスすらいねぇだろうが!」

龍「こんなポンコツ造ってんじゃねーよ!」

龍「もう知らね! なんも知らね!」

龍「自分の尻尾を噛んでウロボロス! なんつって!」

龍「あっははは! 楽しい! 楽しいなぁ!」

龍「このまま、発狂させてくれ! 頼むよ!
?狂わせてくれ! もう限界なんだ!?
悠久の孤独なんて耐えられるわけないだろバーカ!」

龍「……興奮抑制のホルモンが分泌され始めた。
発狂もできない、と」


龍「……もうやめてよ。寂しいよ。辛いよ。苦しいよ。
もう生きたくない。独りは嫌だよ」ポロポロ

龍「私が何をしたっていうの?」

龍「どうして狂うことも許されないの?
正常な思考のまま生きなければいけないの?」

龍「誰か教えてよ」



龍「……眠ろう」

龍「このまま、目覚めなければ良いのに」


龍「ーーーー」





龍(……総生命活動時間の半分以上も眠ったか。今は深い土の中。文字通りの生きた化石だな)オキチャッタ…

龍「……一応、出るか」ホリオコシ…

龍「……!! 瘴気が減っている。そして、生命がいる!!」マジカ!

龍「凄い! 生命凄い! 感動した! 龍ちゃん感動しちゃった!」ウオー

龍「おお! まだ原始的な生物だな! でも凄い! 凄い! 凄い!」

龍「研究しなければ! 瘴気を取り込んでる生物もいる!
凄い! やるしかない!」

龍「全部だ! 全部知り尽くしてやる!」





龍「瘴気が世界の約半分までにしか拡がっていない。八つ当たりのせいで、コアの内部に僅かな歪みが生まれたせいらしい」ナルホドナー

龍「永遠不変の場所では無くなったが、なんの因果か再び生命が生まれた」

龍「やはり、『完全』の中に生命は有り得ないのだな」

龍「疲れた。しかし、現時点での全てを把握した」フー

龍「ちょっとだけ眠るか。まだ知的生物は生まれそうにないし」オハナシヲシタイ

龍「残された時間はかなり減ってきた。
誕生が間に合うか不安だな」ダイジョウブカナ?

龍「取り敢えず信じて寝よう」オヤスミ





龍「残り時間が僅かだ。想定よりも寝てしまった」シマッタ

龍「あと千五百年ほどか。本格的に眠ればすぐに過ぎる時間だな」

龍「ーー知的生物が誕生している。長かったなぁ」ホロリ

龍「ちょっと遊泳してくるか」ヘンシン!

龍「前人類に酷似した種族がいるな。瘴気の耐性は圧倒的に違うが」スイー

龍「瘴気を取り込むようになった生物も進化したのか。前時代とは違う進化だね」スイー

龍「驚いてるなぁ。まあ、当然か」フフフ

龍「人間と話をしようかな。なに、言語なんて所詮記号さ。パターンが分かれば習得は容易い」カシコインダゾー

龍「ついでに良いことをしてやろう。龍だしね」カミデスヨ

龍「あれ、元の口調ってどんなのだっけ?」アレー?


龍「まず、一人称は何だったかな。俺、儂、我、僕、ワッチ、アタシ、アタクシ、俺様、小生、我輩、私」イッパイダネ

龍「無難に私で良いか」

龍「言葉遣いはどうだったかな。例えば『落ち着く』の命令形」

龍「落ち着け。落ち着こうか。落ち着くべきだ。騒げば殺す。落ち着いてくれ。落ち着いてくださいです。もちつけ。荒ぶり昂ぶる魂よ、鎮まれ」サイゴノチガウネ

龍「……まあ、何とかなるか」





龍「噛みまくってしまった」ショボーン

龍「これがコミュ障というやつか。怖がらせるだけ怖がらせてしまった」ナンテコッタイ


龍「でも取り敢えずやることはやった。良いこともした」ウン、ヤッタ

龍「……疲れた。また少し仮眠を取ろうかな」ゴロン

龍「すぐ目覚めるだろうしね」コレハフラグ…?





龍「残り二十年ほどか。随分と早く起きれたみたいだね」ソンナノナカッタ!


龍「……面白い存在がいるな」ホウホウ

龍「魔王、か。コアと密接に繋がってる。エルフという種族もコアの力を引き出せるようだが、彼は全く別物だね」フムフム

龍「面白い。進化の果てを超えた存在といっても過言じゃないくらいだ」クツクツ

龍「寂しいからか、分身を生み出しているようだ。……私もそうすれば良かったじゃないか!」ソノテガアッタカ!


龍「私ってアホの子だな。実際は変態の子だが」カイハツシャテキニ

龍「それよりも観察するか」フカン!


龍「彼も死にたがりか。千年くらい生きたみたいだけど、私からしたらまだまだだね」ヤレヤレ

龍「……何で誇らしげなんだ私は」





龍「エルフの少女を手懐けたか。中々のロリコン紳士だな」クツクツ





龍「仲間が増えていくな。どうせいつかは別れるのに」ヤレヤレ


龍「……でも、羨ましい」





龍「生命活動の持続時間も残り一ヶ月。あれだけの膨大な時間を私は過ごしてしまったのか」スゲー

龍「……このまま、生命活動が終わって良いのだろうか」

龍「誰も私を知らない。誰も私を必要としていない」

龍「それで良いのだろうか」

龍「ーーよし」

龍「私も何かを残していくさ」

龍「誰かに必要とされて。誰かの役に立って。
そして消えていきたい」

龍「……魔王、そしてその仲間たちは」

龍「私を受け入れてくれるだろうか」

龍「謎と神秘に満ちた雰囲気を押し出していこうかな。

龍「あまり、フレンドリーにいきすぎるとまた噛みそうだ。少し距離を置いた感じで……でも一ヶ月しかないから、愛嬌もみせなきゃ」

龍「……まあ、頑張ろう」




龍「行くか」

番外編2終了です。
こうして一部に繋がります。
次の番外編でラストの予定です。

そう言えば現魔王の妹はどうしたんだ?

>>642
番外編3で回収する予定です。
登場はしないと思います。


オッチャンの一人称編なんて需要有るのかしら?
無くても供給しますけれど。

需要有るなら俄然頑張ります。
地味に長くなりそうなので、気長に待っててください。

今更ながらスレタイが地味ですよね。
もっと目を引くタイトルにすれば良かった。

投下します。

私は城を頂端に構えた丘を登っていた。
この丘を踏みしめるのも一年振りのことだ。

現在は朝の早い時間だが、初夏の陽光は既に薄紫の霞を貫いて大地に注いでいる。

左手には土産として購入した、城下街に店を構えている菓子屋のフルーツケーキが入った箱を携えている。

姫様の好物だ。
彼女が満面の笑みで、土産を喜ぶ姿を想像すると、自然と私の顔が綻んだ。

私も随分と丸くなったものだ。
国一番の戦士。歴代最強の鬼人とまで称せられた自分は既にいない。



ーー正直なところ、城を訪れるのは心苦しかった。



私の全盛期はとうに過ぎたが、それでも側近程度なら未だ勝てるだろう。

元々鬼人族は、矮人族のように老齢の姿になることなく、壮年の姿のまま死んでいく種族だ。

しかし、それでも肉体は確実に老い、集中力は途切れるようになる。

それは私も例に漏れない。

その為、私は一年前に王殿の侍従を辞した。

老兵が老害と変わる前に。


故に、今回王殿に召還されたことが辛いのだ。

勿論、老いても信を置いていただいていることは無上の喜びだ。
一世紀以上もの間、仕えたことを認められているということだ。

しかし今の私では、それに応えられるとは思えなかった。

数日前に、自分の老化を痛感したばかりなのだから尚更だ。

信頼を裏切ることよりも恐ろしいものは此の世に無い。



姫「オッチャン! 久しぶり! 会いたかった!」

姫様が門前で私を出迎えた。
その可愛らしい笑顔に、つい先ほどまで胸中を占めていた憂いが吹き飛ばされる。

姫様は側近の影響で私のことを『オッチャン』と呼ぶ。
嫌悪感は全く無い。むしろ喜ばしい。

鬼人族長「つい最近、弊屋にいらっしゃったばかりでは無いですか」
?
姫「でも、去年までは毎日来てたのに、今は全然来ないし」

姫様は拗ねた顔をする。
唇を軽く突き出しているのが可愛らしい。

鬼人族長「申し訳有りません。お詫びといってはなんですが、姫様の好きなフルーツケーキを買って参りましたぞ」

彼女は、大粒で美しい瞳を更に大きくした。
そして満面の笑みを浮かべる。

姫「オッチャン、ありがとう!」

鬼人族長「喜んで頂けて幸いです」

姫「中にいこ!」

姫様は私の手を掴み、転移の魔法を使った。

私は魔法に明るく無いが、彼女の才能が突出していることは、王殿と妃様の驚き振りを見れば分かった。

今の姫様の外見は龍殿が来た時の妃様程度だろうか。
こうして思い返してみると、妃様も姫様も随分と大きくなられた。



転移先は執務室だった。

側近が複数の資料に目を通している。
その顔には疲労が色濃く滲んでいた。

鬼人族長「久しいな。元気にしていたか」

側近「お、久しぶりだなオッチャン。募る話も有るけど、忙しいから後でな」

側近はそれだけ言って、また資料を読み始める。

国内は今まで王殿が掌握していた権力を分立している最中で、かなり慌ただしい。
その為、側近の業務の多忙振りも今が佳境らしい。



妃様が執務室の扉を開けて、中に入って来た。

膝を着き、頭を深く下げた。
私の背丈は、これでようやく妃様の背丈より低くなる。

エルフ「久しぶり」

鬼人族長「お久しぶりでございます」

下げていた頭を上げ、立ち上がる。

世間話を軽く交わしてから、妃様は本題を切り出す。

エルフ「族長さんにお願いがあるの。本当は魔王が話すはずだったんだけど、急な用件で出ちゃったから」

鬼人族長「左様ですか。それで、如何な用件でしょうか」

エルフ「実は、或る女の子の面倒を見て欲しいの。
ちょっと訳有りの子みたいでね。
施設も造って有るんだけど、面倒を見れる人がいないんだ。
それで、おそらく族長さんが適任だろうって話になってね」

任務の内容に思わず怪訝な表情をしてしまうが、直ぐに消す。

鬼人族長「ふむ。分かりました。しかし、あまり私に向いている仕事とは思えないのですが」

唐突な話で理解が追いつかないが、命令されたからには遂行するのが私の信条だ。

取り敢えず詳細を聴かなければ。

側近「オッチャンならできるさ」

側近が目もくれずに言う。

こいつは何を根拠にそう宣っているのか。

姫「できるよ!」

姫様に断言してもらえば何でもできるように思える。

側近「差別を受けた気分なんだが、何故でしょ?」

鬼人族長「側近だからだろう」

エルフ「側近だからね」

姫「側近だからだもん!」

側近「ははは、泣けるぜ」

確かに奴の涙腺が緩んでいるようだが、私の知ったことではない。

私にとって現在の最重要は任の詳細だ。


姫様がケーキの箱を物欲しげに凝視している。

取り敢えず、土産を妃様に差し出した方が良いだろう。

エルフ「お土産有難う。でも、私たちの分は良いよ。その女の子と娘と三人で食べて」

鬼人族長「ふむ。了解しました」

側近「俺の分は残しといて。と、言いたいところだが飯食う暇もないからいいや」

鬼人族長「過労死するなよ」

側近「ありがとよ。でも倒れたら魔王かエルフちゃんが何とかしてくれるから大丈夫だ」

倒れる前に休息を取るべきなのだが、奴は言っても聞かないだろう。
軽薄な振る舞いをしながらも、強情で頑固な男なのだ。

私も他人のことはあまり言えないが。

姫「それじゃ、しゅっぱーつ!」

姫様が私の隻腕に触れ、転移魔法を使う。

鬼人族長「姫様、私は殆ど何も訊いていないのですが。あのーー」

しかし、私の言葉は流される。

次の瞬間には見知らぬ山の頂にいた。
初夏にも関わらず冷涼とした土地だ。

瘴気の濃度が城周辺よりも薄く、視界はかなり明瞭だ。
人間の国に近しい土地なのだろう。

太陽光が強く、目が焼け付くように痛んだ。
直ぐに慣れれば良いが。

南の方角に急峻の山が見えた。
天を貫く霊峰だ。

鬼人族長「あれは矮人族の崇める高山か」

あの峻険が南に位置するということは、此処は国の最北端だ。
冷涼であることに納得がいく。

矮人族の長と久方振りに酒を酌み交わしたいところだが、勅命を受けたからには自粛するしかない。

姫「中に入ろーよ」

姫様に裾を摘ままれ、私は建造物に目を向ける。

木造の簡易的な宿泊施設が設けられていた。

その左には、薪小屋と簡易的な風呂場。

右側には、やはり簡易的に作られた厨房と思われる小屋。

姫様と共に入口に向かう。

素朴な木造の小屋だ。

この場所で、件の幼児と二人で過ごせば良いのだろうか。

任務の期間も訊いていない。
そもそも、幼児がどのような身分、境遇なのかも分からない。



室内から、異様な音が聞こえた。

大きな何かが壊れている音だ。

姫様が、扉に手をかける。


しかし、彼女がドアを引く前に、内側から何者かが勢いよくドアを押した。

瞬間的に左手に持っていたケーキの箱を上に放り、姫様を引き寄せる。

それと同時に、撃退の為に右足を蹴り上げる。

しかし、対象に当てる前に辛うじて止めた。


出て来たのは、二十年ほど前から城で働いてる鳥人族の使用人だった。

彼女は血塗れだった。
ひどく震えていて、瞳の焦点が定まっていない。

鬼人族長「彼女を城に送ってください。できれば執務室に」

口早に告げる。

姫様は混乱しているようだったが、彼女を魔法で転移させる。

彼女は瀕死だった。
執務室なら、側近か妃様が治癒の魔法をかけるだろう。

姫様は何故か治癒の魔法が使えないそうだ。
ならば、それが打てる最善策だろう。

落ちてきたフルーツケーキの箱を、衝撃を殺すように掴む。
中身は無事だろう。
これくらいの芸当なら老いてもできる。


申し訳ないが、姫様に箱を持たせる。
それから外で待機するように促す。

使用人に傷を負わせた者がこの先に居るからだ。


ドアを開ける。

室内に光源は無い。
窓は少し暗いクリーム色のカーテンで閉ざされていた。

灯りは開けたドアから射し込む陽光だけだ。

室内は荒れていた。
生物の仕業というよりも、自然災害が訪れたかのような荒れ方だ。

特に木製のテーブルが悲惨な状態になっている。
喧しい音の正体はこれが壊れる音だったようだ。


光は薄暗い室内を嘗めるように照らしていき、それは室内の者にまで届く。

姫様よりも小柄な娘が、圧倒的な敵意を持って、私を睨んでいた。


観察と分析を始める。
強者と思われる者と対峙した時の癖だ。

見た目は人間や亜人に酷似している。
しかし、纏う雰囲気は明らかに魔物だ。

王殿や妃様、姫様に矮人族は、魔族とはどこか微かに異なった雰囲気を持つ。

彼女にはそれがない。


観察を続ける内に気付く。

娘は、私と対峙した際の小型の魔獣に似ていた。
牙を剥き出し、唸り声を上げて己を鼓舞する猛獣に。

逃げるか、戦うかを余裕の無い思考で考えている獣に。



この娘は怯えている。

この類を仕留めるのは、手負いの獣と同じくらい面倒だ。
撃退するだけなら簡単なのだが。

……いや。

私が面倒を見る少女とは彼女のことだろう。
敵では無いのだ。

故にこの警戒を解かなければいけない。



しかし、どうすれば良いのだろうか。

この娘から警戒と恐怖を除去しなければいけないのは分かるが、具体的な策が浮かばない。

ただでさえ、偉丈夫である私は威圧感を与えてしまうのだ。

私は、自身の三倍はある敵相手でも怯まないと自負しているが、この幼児は勇猛果敢な鬼人では無い。

怯えるのも至極当然だ。

更に隻腕で、我ながら厳めしい顔をしている。


成る程。絶望的な状況だ。

鬼人族長「カーテンを開けてもよろしいか」

彼女は一瞬体を硬直させるが、それ以外に返事は無い。

鬼人族長「入室させてもらう。カーテンを開けるだけだ」

一歩、中に踏み出す。

驚かせないように緩慢な速度で窓の前まで歩み、辿り着く。

彼女の迎撃領域まで侵入していることをその気配から察知する。

尚更ゆっくりとした動作で、カーテンを開ける。
すりガラスにも大きな亀裂が入っていた。

それから遅々とした歩みで再びドアまで戻る。

迎撃領域に入ったことで分かったが、この小屋の中全域が彼女の警戒領域らしい。

幼児にしては広過ぎる。

どうしたものか。

姫「オッチャンまだー?」

鬼人族長「相当時間がかかりそうです」

姫様は帰った方が良いのかもしれない。

元々、此処に私を運び、室内の彼女とケーキを食べる予定だったようだが、これでは無理だろう。

姫「中に居るの?」

鬼人族長「ええ、まあ」

姫「会ってくる!」

そう言って、姫様はバンガローの中へと駆け出す。

鬼人族長「姫様!」

制止の声を上げるが、彼女は止まらない。

瞬間、真空の刃が部屋に満ちる。
娘が使ったらしい。

私がよく目にしている力だ。

鬼人族長「魔法!? 姫様!」

風の刃は姫様に襲いかかる。
慌てて駆け寄るが、間に合わないだろう。

姫様に怪我、ないしは死なせてしまったら、私の生命を差し出しても贖いに足りない。

しかし、鎌風は打ち消される。

姫「アナタも魔法が使えるんだ。でも独流みたいだね」

言葉から察するに、どうやら姫様が鎌風打ち消したらしい。

「……あなたもナーガなの?」

魔族間で公用語となっている、人語では無かった。

私には理解できる言語だったが、姫様は理解できなかったようだ。

殆ど知られていない言語で、姫様が存じていないのも当然だ。

その言語は或る種族の間でしか、用いられないのだ。

娘の見た目はその種族とはかけ離れていたが、それにも見当が着いた。
おそらく私の考えは正しいだろう。

無駄に五百年近く生きているわけではない。

姫「えーと、『解言の呪』。こんにちは。言葉分かる?」

少女は目を剥いた。
様子から察するに、急に言葉が理解できるようになって驚いたらしい。

ということは、私のさっきの言葉も理解されていなかったということだ。

それでも攻撃しなかったということは中々慎重な性格らしい。

姫「ケーキを食べよう!」

「……ケーキ? それなに?」

姫「おいしーものだよ。でもその前に、お部屋の中をキレイにしなきゃ」

姫様は魔法を使う。

部屋が片付いていく。
テーブルは元の形に戻り、すりガラスのヒビは消える。

どうやら物を修復する魔法と、生物を治癒する魔法とでは系統が違うらしい。

姫様の存在は魔法を解き明かす鍵になると、以前に王殿が口にしていたことを思い出した。

私はふと気付く。

修復の魔法をかけた時、テーブルは木材と他の部品にまで戻らない。

これは魂の逆説的証明にならないだろうか。

『魂とは万物構成の要素』だというのが私の持論だ。

魂が形を定めているから万物は形を為しているのだ。

『テーブルの魂』というものが有るから、木材では無くテーブルの形に戻るのだ。

……いや、今は関係の無い話だ。

そもそも魔法の機構を知り得ない私には証明する手段が無い。


やがて、部屋が完全に復元された。

「……ほんとに、おなじ力なの?」

姫「そうだよ。アナタのは未だ形になってないみたいだから後で教えてあげる。
それよりケーキ食べよ! おいしーんだよフルーツケーキ」

「あ……」

姫様が娘の手を力?く引いた。



……やはり、王殿の子だ。

幼いながらに強かな心を持っている。


ただ、あまり危険なことをしないで欲しい。

ただでさえ短い私の寿命が更に縮んでしまう。




私は包丁でカットしたフルーツケーキを、席に着いてる二人に差し出す。

姫「オッチャンは食べないの?」

鬼人族長「ふふ。私は既にたくさん食べてしまったのです」

姫「えー! ずるいよ!」

鬼人族長「おかわりしても良いので、許してください」

姫「ほんと!? やったー!」

姫様は満面の笑みを浮かべる。

感情表現に乏しい者たちに囲まれながらも、これだけ純粋に育ってくれたのは非常に嬉しい。

私も早く孫の顔が見たいが、長男も次男も契りを結ぶような女性はいない。

彼奴らの顔を思い浮かべると共に、数日前に言われた言葉も連なって思い出す。

陰鬱な心持ちになるが、直ぐに振り払う。

任務に当たっている最中に、マイナスにしかならない雑念は不要だ。

娘に目を向ける。
彼女はケーキを凝視しているが、手を付けようとしない。

姫「おいしーよ。でも、次はシュークリームが食べたいなぁ」

鬼人族長「またの機会に買って参ります」

姫「やったー!」

他の者には姫様を甘やかし過ぎだと言われるが、それも仕方ないだろう。

私は姫様にとって祖父のような存在で有りたい。



「……たべて、いいの?」

鬼人族長「遠慮は要らない。存分に食べなさい」

彼女と同じ言語を用いて言う。

姫「……? 何語で喋ったの?」


鬼人族長「蛇人族の固有言語です」

姫「あの下半身がヘビの人たちのこと?」

鬼人族長「その通りです。ラミアとも呼ばれてますな」

姫「でもこの子は足が有るよ?」

それは彼女の前で言って良い事では無いだろう。

しかし、姫様がそう発言した発端は私に有るのだ。
猛省しよう。

「……わたしは、ナーガだから」

ポツリと娘が告げた。


……やはり、彼女は蛇神か。

蛇人で有りながら、鱗の肌も尾も持たずに足を持ち、面妖な力を行使する特異な存在。

その面妖な力の正体は魔法だったのか。

あまり好ましい存在とは思えない。

姫「じゃあ、ナーちゃんって呼んで良い?」

ナーガ「……ナーちゃん?」

姫「そう! ナーちゃんもケーキを食べて!」

姫様にそこまで言われて、彼女はようやくケーキに手を付ける。

ナーガ「……おいしい」

驚嘆したように呟く。
その表情は、やはりただの娘だ。

ナーガ「……っ」

唐突に彼女は涙を流す。

姫「ナーちゃん、どうしたの……?」

姫様は慌てた様子で訊ねる。

ナーガ「わ、わか、わかんない……」


ナーガの嗚咽は、しばらく止まらなかった。

王殿が小屋を訪れたのは、姫様たちがケーキを食べ終えてからのことだった。

手短な挨拶を交わす。
鳥人族の使用人は命に別条はないらしい。

魔王「あの娘の正体は聞いたか?」

王殿は、少し離れた場所で魔法の訓練をしているらしい二人を眺めながら訊く。

鬼人族長「ナーガでしょう?」

魔王「その通り、蛇神だ。
ーー鬼人族と蛇人族は不仲だったな」

王殿はそれを存じながら、私に蛇神の面倒を見ろと命じているのか。

魔王「……あの娘は、一族に迫害されていたらしい」

私は耳を疑う。

鬼人族長「まさか。彼奴らはナーガを崇めるはず。現に、数百年前のナーガはまさに神として蛇人族に崇められていましたぞ」

ナーガは何時の時代も存在するわけではない。

数百年前に存在していた一つ前の蛇神は、鬼人族と蛇人族間の戦争で他のラミア共を先導していた。

前王の時代の話だ。

魔王「戦争があったのだろう? 当時の私は人間の国にいたから文献で知るのみだが」

私は神妙な顔で肯く。

魔王「そして鬼人族は勝った」

鬼人族長「その通りです」

互いに総力を尽くす戦いだったが、私たちは勝利した。

蛇人族は蛇神が討ち取られて戦意を喪失したのだ。

魔王「その結果、蛇神は迫害されるに至った」

鬼人族長「真ですか?」

魔王「ああ。どうやら戦争の発端も敗因も蛇神に有ると考え、憎むようになったらしい」

あの当時は戦争が至極当然の時代で、誰が発端も無いだろう。

おそらく、何かに責を負わせなければやり切れなかったのだろう。

その転嫁先を敗戦の原因になった蛇神にしたのだろうか。

……そうだとしたら、今回のナーガの件は鬼人族にも因果の有る事柄だ。



魔王「あの娘を城に連れてきたのはキツネだ。つい昨日のことだ。
キツネもあの娘の魔法で怪我を負っていた」

アホダヌキめ。
久方振りに帰ってきたと思ったら厄介事を持って来たか。

一体、今は何をしているのだ。

魔王「酷い有様だったらしい。話によれば教育は全く受けさせず、食事も与えなかったそうだ。それでも死ななかったらしいが」

人語を理解していないのはその為か。



ケーキを食した時のナーガの涙を思い出す。

少し、胸が痛んだ。

魔王「魔法を使える貴重な存在だ。大事にしたい。
故に、お前にはナーガを保護してもらいたい。
有る程度心を開いたら、後は城で預かろう」



王殿は告げる。



魔王「これが、お前に命じる最後の任務だ」



……最後の任務。



様々な業務を行ってきた。

壊す。捕まえる。殺す。建てる。



皮肉なことに、その最後は心を“治す”らしい。



思わず苦笑を漏らす。

魔王「どうしたのだ」

怪訝な目を向ける王殿に、何でも無いというように首を振った。

王殿は眉をひそめたが、それ以上は追及してこなかった。

魔王「娘も、自分と同じように魔法を使える娘を見つけて嬉しいようだ」

鬼人族長「そのようですね」

魔王「……あの子は治癒の魔法を使えないのを気にしてるようだ。
得手不得手が有るのだから、気に留める必要も有るまいに」

姫様に目を向けながら『彼』は言う。

優しい眼をしていた。

私は、そんな『彼』のことも好ましいと思った。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

番外編3を書いていたはずが、1.5部を書き始めていました。
もう少しだけお付き合いください。

次の投下は三日以内の予定です。

ハーフエルフの生い立ちは明かされないの?

ーーーーーー
ーーーー
ーー

王殿の助力を得て、自宅から生活必需品をバンガローに運び込んだ。

息子たちにはしばらく帰らない旨を書き残してきた。


陽は大分前に沈んだ。

王殿と姫様は夕餉の後に帰った。

小屋には電気は通っておらず、頼りないランプのみで夜を過ごすしか無い。

必然的に就寝時間も早くなるだろう。


私は釜風呂を沸かしていた。

釜は私の体躯が入るほど大きくない。

必然的に私は冷水と残り湯で体を洗うことになる。

そのことに不満は特に無い。

私の体が入る容量の釜を温めようとしたら、膨大な薪が必要になる。

それを用意するのも面倒だ。
その癖、追い焚きも不可能な為、直ぐに冷めてしまう。

それに冷水も湯も、私にとってはあまり変わらないのだ。

薪小屋には、幹の状態の薪が多少蓄えられていた。

水源も近くに有り、水に困ることは無さそうだ。


風呂が湧いた。

小屋内のナーガに、風呂が沸いたことを伝える。

彼女は恐る恐る風呂に近寄ってきた。

まだ心を開いてはいないようだ。


彼女が風呂に入っている間に、私は彼女が着ていた服を洗う。

着ていた服は姫様のお下がりだ。
清潔ながらも、豪奢な服では無い。


干した後は、布団を敷いた。

その後にもう一度水を汲む。


風呂から上がったナーガにバスタオルを渡す。

彼女の体はひどく赤味を帯びている。
足が生えていても、一応変温動物であることに変わりはないようだ。

全く体を拭こうとしない為、私が拭いてやる。

彼女は色々と常識が欠落しているようだ。



着替え終えた彼女が小屋に入ったのを見届けて、少し小屋の周囲を徘徊する。

暗闇の中に少なからず小型の魔獣が潜んでいた。

見つけ次第殺して、木の枝で串刺しにして晒しておく。

テリトリーを示す為だ。

身の危険を察知すれば、複雑な思考をしない魔獣でも流石に近寄らなくなる。

それから戻って、残り湯と冷水で手早く体を洗う。

私が今日着ていた服は、明日洗えば良いだろう。

バンガローの中に入り、扉の近くの壁にもたれる。

鬼人族は横になって安眠する種族では無い。
私もその例に漏れない。


ナーガ「……あの」

ナーガが私に声をかけた。
彼女から声をかけてきたのは初めてのことだった。

鬼人族長「どうした?」

できるだけ柔らかい声音を出すように努力して訊く。

ナーガ「……これからどうなるの」

どうやら自分の処遇について訊ねているらしい。

私の知るところでは無い。

鬼人族長「ナーガはどうしたいのだ? それが大事だろう」

彼女の望みを、王殿は聞き入れてくれるだろう。

蛇人族の許に戻りたくないなら引き取るであろうし、戻りたければ戻らせるだろう。

王殿はそのような方だ。


長い沈黙があった。

ナーガ「……わかんない」

鬼人族長「そうか。それも当然だろう」

焦る必要は無いだろう。
彼女はたくさんの時間を有しているはずなのだ。


ナーガ「つかれた……」

鬼人族長「ぐっすり眠ると良い。おやすみ」

ナーガ「……ん」


間も無く、小さな寝息が聞こえてきた。


この任務、私が一番適任で有ることは間違い無いだろう。

蛇人族の言語を習得していて、魔法への理解も他より有る。

この二つは大きな利点だ。

尤も、この二つを除けば、私の有する利点は皆無と言っても良いが。




しかし、やはり姫様の存在は大きかった。

彼女がいなければ未だに私は彼女に睨まれていたのかもしれない。


もしかしたら、彼女が差し伸べた手は、ナーガには実際以上の意味を与えたのかもしれない。

というのも、午前に比べて彼女の顔が幾分柔和になったからだ。

この調子で、食と住を共にしていれば、やがて連帯感が生まれ、仲間意識が芽生えて私にも心を開くだろう。


最後の任務だ。


完璧に遂行してみせよう。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

暁の刻限。

私は、仮想敵である側近を五回ほど屠った。

仮想敵に物足りなさを感じつつも、三時間に及ぶ鍛錬を終える。

全盛期には三時間睡眠で充分だったが、今となっては五時間近くの睡眠が必要となっていた。

やはり年は取りたく無い。



物心ついた時から、ずっと肉体を鍛えてきた。

冷たい煌めきを放つ刃を丹念に研ぐように、肉体を洗練してきた。

そして、この身が動かなくなるその時まで続けていく。


釜風呂を設置している場所まで向かう。
そばに、水をタンクで汲んでいるからだ。

早々と汗を流して、朝食を作らなければいけない。

汗を流し終えた後、勝手で朝食を作り始める。

通電していない為、王殿が持ち込んだ食材は常温でも日持ちしそうなものばかりだ。


最近は電気に頼りがちだが、元々は全く電気無しでやってきたのだから不便は大して感じない。


隻腕で調理するのにはとっくに慣れている。

利き腕では無かった左腕も、今では以前の右腕よりも器用に動く。

失うことで得るものが有るのだ。
逆もまた然りだが。


半世紀も前に妻が亡くなってから、こうして勝手に立つようになった。

今では料理の腕にも、それなりの自負がある。

しかし、彼女の料理に及ぶことは永遠に無いだろう。

反論されても、誰の理解も得られずとも私は確信しているからだ。


妻の料理は今も昔も世界で一番だ、と。

ナーガが小屋から出て来た。

眠そうに眼を瞬いている。

鬼人族長「おはよう」

蛇人の言語で挨拶する。

ナーガ「……」

彼女は無言だ。
まだ打ち解けられていないことを再認識する。

鬼人族長「もうすぐ食事が出来上がる。着替えて顔を洗ってきなさい」

娘は無言のままだったが、私の指示通りに動き始める。

キノコのスープを底深い皿に盛り付けながら、私は空いた時間をどう使うかを思案する。

王の侍従を辞してからの一年の内、最初の半年は修行として森に篭った。

後の半年は鬼人の少年達を指導したり、無償労働をしたりしていた。

着替えて顔を洗い終えたナーガが厨房の外から、私を覗き見ていた。

昨日はよほど疲れていたらしい為、同じ小屋で眠ったが、今は同じ室内に居たくないようだ。

鬼人族長「用意できたぞ。自分の分は自分で小屋に運びなさい」

ナーガを甘やかすつもりはない。
過去にどんな辛い境遇に有ったとしても今は関係無いのだ。

私が入口に近付くと、娘は小動物のように逃げ出した。

バンガロー内のテーブルに腰掛けながら、ナーガを待つ。

ドアは開け放ったままにしていた。

小さな蛇神はやはり小屋のドアから私を窺い、中に入ってこようとしない。

鬼人族長「入ってきなさい。私は何も危害を加えない」

暫くして、ナーガは警戒しながら入って来る。

それだけ無闇に警戒していたら、疲弊してしまうだろう。

鬼人族長「座りなさい。早くしないと食事が冷めてしまう」

テーブルの前に立ち尽くしていた少女は、その言葉を聞いてようやく椅子に腰かけた。

ナーガ「……たべて、いいの?」

ナーガは食事の度に許可を求める。

面倒な娘だ。

しかし、それを微塵も顔に出さないように努める。

鬼人族長「その為に作ったのだ。これからは許可を取る必要は無い」

言って、スープを口にした。

それからパンを噛み切って咀嚼する。

しかし、ナーガは一向に手を付けようとしない。



鬼人族長「……お前のことはよく知らない。
それにお前も私のことを知らないだろう」

娘は、全てを見透かそうとするように私を凝視する。

鬼人族長「しかし、私は味方だ。だから信頼して欲しい」

その瞳に、真摯な気持ちで応える。

閉ざされた心に届けば良いのだが。



彼女は長い間を空けてから、やがて、微かに肯いた。

そして、パンを小さな口で食べ始めた。

私が食べ終えた時、ナーガは未だ一品も完食してなかった。

あまりに遅いような気もするが急かしたりはせずに、これからどうするかを再思考する。

色々と案が浮かんではいたが、結局決めあぐねていた。



ナーガ「おなか、いっぱい……」

苦しげな呟きに、思考が遮られた。

食事は半分以上残っていた。

顔を見るに、満腹なのは確かなようだ。

鬼人族長「今日は随分と少食だな」

昨日は完食していた。
今日も殆ど同じ量のはずだが。

ナーガ「きのうの、のこってる……」

まだ腹の中に未消化分が残っているらしい。

私は多くの魔族の生活様式や、特徴や生態を熟知している。

異種族同士が同居する為には、相手を理解することが大前提であるからだ。

今の初等学校では、人語の授業と共に教育課程に含まれている。
因みに、現在の教育課程を作ったのは龍殿と側近だ。

尤も、私にとっては戦闘を有利に進める為の要素としての意味合いが強いのだが。

……話が逸れた。


つまり、彼女は私が知るラミア族の食事量よりも遥かに少ないのだ。

蛇神は外見的な差異が有っても、そこまで肉体構造が違うわけでは無いと思うが。

鬼人族長「いつもそんなに少食なのか?」

ナーガ「こんなに、たべるの、はじめて。
からだ、びっくりしてる」

……大した量では無いはずだ。
今まで、どれだけ少ない食糧で生き抜いてきたというのだ。

鬼人族長「無理はしなくても良い。
お前が残した分は私が食べよう」

食べかけの皿を取ろうと手を伸ばしたら、指先が血塗れになった。

ナーガ「あ……」

極小の鎌風のせいだ。
どうやら彼女の魔法らしい。

様子から察するに、無意識的に使ってしまったようだ。

同年代の姫様は別として、大人に手を向けられるのは恐ろしいらしい。
図体の大きい私ならば尚更だろう。

テーブルが私の血で汚れていく。

娘のただでさえ蒼白な顔色からは、尚更血の気が引いていく。

鬼人族長「気にしなくて良いぞ」

傷は深いが切断したわけでないから、そのうち治癒するはずだ。

それよりも娘の不安や恐怖を取り除くことが先決だ。

ナーガ「ごめんなさい……」

鬼人族長「謝れるのは偉いぞ。良い子だな」

ナーガが残した分も食べた後は、食器を洗った。

娘にも手伝わせる。

指先負傷の為、ナーガが食器を洗い、濯いで、私は拭いて収納した。

娘は中々手慣れていた。

話を聞けば、蛇人族の長の許で雑用を強制されていたらしい。


現在の蛇人族の長は、当時の戦争経験者だったはずだ。

蛇神への遺恨も根深いのかもしれない。


食器を洗い終えた後、ナーガをテーブルに座らせた。

空いた時間にすべきことを決めたのだ。


ナーガ「べんきょう?」

娘は歌うように言った。
透き通った声だ。
一日過ごして気付いたが、彼女は中々美しい声をしている。

顔から察するに、意味を知らないらしい。

鬼人族長「お前に言葉を教える。人語も、蛇人の言語もだ」

知とは大きな力だ。

戦闘力にも成り得る。

実際の側近は私よりも賢い分、仮想よりも強いように。

そして、知を得る為には言葉が必要だ。

言葉では語れない物以外は、言葉で語れるのだから。


娘は、曖昧な表情でうなずいた。

実際に教えていった方が早いだろう。

先ずは彼女の語彙力を調べておくか。



正直、失敗した。

彼女が知っている単語は非常に少ない。

そして、知っている単語もロクなものでは無かった。


有りとあらゆる罵声。

彼女はそれを歌うように声にした。

深い意味を理解していないのだろうが、中傷や悪意を孕んだ言葉だということは察しているようだ。

それの意味を教えるのも、人語に訳すのも難しい。

迷った結果、『屑』などは、本来のの意味で教えることにした。

彼女は賢いようで、本来の意味から揶揄としての意味を感じ取ってしまったらしい。

方針を転換して、実際に目の当たりにしているものから人語を教えることにした。

家、テーブル、椅子、ベッド…………。

一度聞いただけで覚えていく。

やはり聡明な娘だ。

終了です。
次回はできるだけ早めに投下できるように努めます

>>690
胸糞悪くて救いの無い過去話はもう書きたくないです。

半角は一度使ってみたかったのです。

読み返してみて、>>622
天使「自己防衛の為、自己防衛機能を使用します」は、
天使「自己保存の為、自己防衛機能を使用します」
の方が適切ですね。今更ですが。


投下します。

姫様と妃様が遊びに来たのは、昼食を食べ終えて、ちょうど午後の勉強を開始しようとしたところだった。

姫様は手にケーキの箱を持っていた。

姫「シュークリーム買ってきたよ。
皆で食べよ!」

鬼人族長「おお。有難うございます」

ナーガ「シュークリーム?」

姫「おいしーものだよ」


四人でテーブルを囲み、皿に取り分けられたシュークリームを食べる。

私からすれば量は少ないが、その分も味わって食べた。




エルフ「一日経ったけれど、どう?」

小屋の前で魔法の特訓をする少女二人を眺めながら、妃様は訊ねた。

鬼人族長「中々に難儀ですな」

そう応えて、手を見せる。

エルフ「酷い傷……。骨が見えそうだよ」

妃様は気付いていなかったようで、顔をしかめた。

エルフ「ごめんね。直ぐに気づいてあげられなくて」

鬼人族長「いえいえ」

私が、戦闘技術の応用で手に注意を向けられないように振舞っていたのだから、妃様が謝る謂れもない。

エルフ「どうして傷を負ったの?」

私は事の顛末を手短に話した。

エルフ「……ナーちゃんは、昔の私に似ているね」

姫様の影響か、妃様もあの娘をその愛称で呼ぶらしい。

エルフ「私も魔王の手を斬り落としたことがあったんだ。
多分、あの娘は本能的に拒絶してしまったんだと思う。
私も同じだったから分かる気がするの」

妃様も凄絶な過去を経て、此処にいる。
詳細は分からないが、エルフの中でも特別な存在だったらしい。

エルフ「そして私は魔王に救ってもらった。
だから確信を持てるの。
今の族長さんなら、あの子を救えるって」

鬼人族長「……それは違いますな」

エルフ「え?」

鬼人族長「私は護り、道を示すことしかできません。
ナーガを救うのはナーガ自身です」

口にしてから、頭を下げる。

鬼人族長「差し出がましいですな。すいません」

エルフ「ううん。族長さんは正しいよ」

妃様は微笑む。

真に美しくなられた。

エルフ「指、治すね。
戦闘の傷じゃなくて、事故だから良いよね?
ナーちゃんも、罪悪感に苦しまなくてすむだろうし」

鬼人族の誇りとして、戦闘で被った傷は最低限の治療しかしない。
誇りであり、相手への礼儀でもある。

右腕も、当時生やそうとすればできたそうだが、断った。

しかし、今回は戦傷ではなく、事故の負傷だ。

鬼人族長「そうですな。お願い致します」


妃様が唱えた治癒の魔法で私の指先は急速に肉を取り戻す。

その様子から植物の発芽を思い浮かべた。

傷があった箇所が燃えるように熱い。

王殿は修復の度に、この熱に身を焦がしているのだろうか。

姫「こういうところにはねー。オバケがいるんだよ!
青白い炎が、ぼわー、って!
あと、ブキミな人が立ってるんだよ!」

姫様は、魔法で炎を出したり、砂を集めて形を成したりして、ナーガに語る。

砂は屍人の姿を形成していた。

魔物の屍体と泥に、体液を注ぐことで繁殖する種族だ。
戦闘力は低いが、耐久性が異常に高い。

尤も、屍人族は不死ではない。
来る時が来たら死ぬ。

ナーガ「オバケ……」

娘は、蒼白な顔を引きつらせている。
年甲斐の有る側面に、顔が綻んだ。

エルフ「娘も、ナーちゃんと居ると凄く楽しそう。
あの子、自分のお小遣いでシュークリームを買ったんだよ。
ナーちゃんに食べさせてあげたいって」

鬼人族長「なんと……」

屈託なく笑う姫様を見つめる。

本当に優しい娘に育った。

少し、涙腺が緩む。

エルフ「鬼の目にも泪、だね」

鬼人族長「……ふふ、そうですな」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

ナーガはようやく眠った。

昼に姫様からオバケの話を聞いて、恐ろしくなったらしい。

風呂の時も、トイレの時も近くにいるように懇願された。

私よりもオバケの方が怖いらしい。

幾分複雑な気分だ。

しかし、存在しない敵のおかげで、私たちの距離はかなり近づいた。

それは喜ぶべきことだろう。



耳鳴りするほど、静かな夜だ。

おかしい。

普段は様々な生物の声が充ちていて、中々に騒がしいはずだ。

どうして今夜は全くの無音なのだろうか。

ーーああ、なるほど。


眠っているナーガに緩く握られた手を、彼女が起きないよう静かに抜く。

それから、音を立てずに扉の前まで歩き、やはり音を立てないように扉を開けて、小屋の外に出た。

音を忍ばせるのも、やはり戦闘技術の一つだ。
暗殺や隠密において必須ともいえる。
他にも用途は広い。


温い風が靡く。

風は、私の頬を掠めて何処までも流れていく。


眼前の暗闇に、青白い炎が二つ。

螺旋を描きながら小屋へと近寄って来る。


オバケなどではない。

鬼人族長「久し振りだな。アホダヌキ」

妖狐「キツネだよ、クソジジイ」

蒼の双炎が描く螺旋の中心には、キツネがいた。

恒例となっている挨拶を交わす。


山が静かなのは、周囲の獣が彼女の放つ雰囲気を気取り、大人しくしているからだ。

比較的穏和な獣たちが怯えるのも無理ない。

キツネは、最凶の獣でもあるのだから。


鬼人族長「元気そうだな」

妖狐「まあね。オッチャンは老けたね。髪の毛が殆ど真っ白だ。
鬼人族は、髪が全て白くなった頃が今際って聞くけど」

鬼人族長「よく知ってるな」

彼女の言通り、鬼人族は白髪のみになった頃が、死の目安だ。

私の寿命も、両の指で数えるほどだろう。

私には片側の指しか無いが。


妖狐「ボクも伊達に長生きしてないからね。
ほら、お酒持ってきたよ」

彼女は携えている鞄から酒瓶を取り出し、私に放った。

受け取り、匂いを嗅ぐ。

鬼人族長「矮人族の地酒では無いな」

以前に、矮人族の長が飲んでいた酒を口にして、酷く噎せたことがあった。

あれはクセが強すぎる。

妖狐「残念ながら違うよ。
新しく造られたお酒。名付けて『鬼殺し』。
命名者はボクだよ。
あ、オッチャンが飲んでも大丈夫だから安心して」

鬼人族長「随分と物騒な酒名だ」

蓋を開けて、中身を呷る。

癖のない味だ。酒精度は高くなさそうだ。

鬼人族長「悪くは無いんじゃないか。これでは鬼を殺せないが」

妖狐「なるほどね。
じゃあほら、オッチャンの大好きなヤツだよ」

もう一瓶、彼女は私に放った。
それから、近くにあった倒木に腰掛ける。

私は小指と薬指で空になった酒瓶の口を挟み、中指と薬指で新しく投げられた酒瓶を掴む。

妖狐「相変わらず凄いね」

鬼人族長「これくらい造作でもない」

美酒を口にしながら、キツネと会話を交わす。

鬼人族長「お前は今、何をしているのだ。
また、厄介事を持ってきたようだが」

彼女は十年に一度くらい、思い出したように城を訪れる。

しかし、満足に話をする暇もなく、彼女は再び旅に出て行く。

忙しない奴だ。

妖狐「各地を放浪としながら、人助けとかしてるよ。
特に人魚族には迷惑かけたし、十年近く色々と助力したね」

鬼人族長「それは前に聞いたな。
今、何をしているのかと訊いているんだ」


妖狐「……オッチャンは口が固いよね」

彼女は神妙な顔になる。

鬼人族長「……また厄介事か」

妖狐「最近『商会』を設立したんだ。
裏稼業で生計を立ててる者たちのね」

鬼人族長「……ほう」


彼女は放浪と同時に、一世紀もかけて、賊や殺し屋など各地の成らず者を集めて、裏の組合を作ったらしい。

限りなく平和になろうとも、表の社会に馴染めない者は、やはり存在するのだ。

その者たちが一つの組織になれば、新たな秩序が生まれ、治安は改善される。

更に適正な距離を保てば、一つの抑止力としても作用するのだ。

妖狐「魔王様は素晴らしいよ。暴力を振るわない暴力。
誰にでもできることじゃないよ。
いや、魔王様にしかできない」

酒を断続的に飲みながら、彼女は語る。

狐火は彼女の周囲をゆっくりと旋回したままだ。

妖狐「でも、やっぱり足りないよ。
優しさだけじゃ足りない。暴力も必要なんだよ」

彼女が息巻く言葉には、彼女の裡に有る熱がこもっていた。

夢を語る若者の瞳をしていた。



私も反対ではなかった。

王殿の戦い方は素晴らしい。

しかし、彼女の言葉もまた正しい。

力が開く未来も数多く有る。

それは確かだ。

キツネ自身、血に濡れる仕事を行ってきたからこそ、言えるのかもしれない。

鬼人族長「しかし、もしも私の眼前で誰かを襲撃していたら、全力でねじ伏せるぞ。弱者に暴力を振るっていてもな」

妖狐「それで良いよ。
『商会』のメンバーは結局、日陰者なんだから。
世に憚っちゃダメなんだよ」

空になった酒瓶を所在なげに弄びながら、彼女は呟く。

妖狐「このことは内密にね。
オッチャン以外の城の皆には言ってないんだから」

私はもう城の者とは言えないが。

鬼人族長「お前は商会に加入しているのか」

私の問いにキツネは首をふった。

妖狐「理事か顧問に就くよう強く誘われたけど断ったよ。
また城の使用人として働かせてもらうつもり。
ボクが目指す未来は『商会』にはないからね」

鬼人族長「なるほど。側近の隣ということか」

妖狐「にゃっ!?」

キツネの頬が紅くなる。

まだ酒は飲み始めたばかりだ。
酒精の所為ではないだろう。

それに、尻尾のばたつきも激しい。

鬼人族長「お前はネコじゃなくて、タヌキだろう」

妖狐「キツネだよ!
……なんでそんな恥ずかしいことをサラリと言っちゃうの」



妖狐「……実はね、三日前にプロポーズされたんだ」

鬼人族長「ほう! やっとか!」

初耳だった。
自分のことのように喜ばしい。

妖狐「今の忙しい時期が終わったら結婚しようって。
後でもう一度正式にプロポーズするとも言われた」

生娘のように照れながら、彼女は告げる。

なるほど。
側近がいつも以上に根を詰めて業務に取り組んでるわけだ。

鬼人族長「幸せになれよ」

妖狐「エルフちゃんにも、妹にも言われたよ」

彼女の妹は成長して、二十年ほど前に妖狐族の生き残りと結婚したらしい。

今では一児の母だそうだ。

妖狐「でも、正直不安だよ。
ボクは、幸せになる権利が有るのか分からないよ」

私は噴き出してしまう。

鬼人族長「アホダヌキも、そんな殊勝なことを考えるのだな」

妖狐「ボクは本気で悩んでるんだけど。
クソジジイの助言が欲しいほどに」

彼女は目を吊り上げる。

私は肩を竦めた。

鬼人族長「幸せになる権利なんて誰にもない。
幸せになれるのは、幸せを望む者だけだ。
望むことこそが幸せの種子となるのだからな」

彼女は顔から怒りを消した。

鬼人族長「それに、例えば『商会』のことを隠したところで、側近にはバレるぞ。彼奴は自他ともに認める敏腕だからな」

妖狐「……そう、だよね」

鬼人族長「そして、知った上でお前を嫌いになるとは微塵も思わないな。そんなに器量の狭い漢ではないことくらい、お前も充分に承知しているだろう」

私の言葉に妖狐は肯き、それから笑う。

妖狐「流石オッチャン。無駄に老けてないね」

彼女の顔の曇りは、少なくとも表面上は消えた。

鬼人族長「嬉しい言葉だな。
良き未来が有ることを祈って、改めて乾杯といくか」

妖狐「おー」

彼女は、鞄から新しく酒瓶を十本も取り出す。

どれだけ飲むつもりでいたのだ。



有る程度酒を飲んでから、ナーガのことについて訊ねた。

キツネは酔いが回ったのか、若干舌足らずになりながら、娘を保護するに至った経緯を語った。

蛇人族は蛇神を憎んでいる。

特に、戦争経験者ほどそのきらいが強い。

現在の族長はナーガを殺そうと画策していたらしい。

しかし、殺したら呪われるという迷信や、ナーガ自身の魔法による抵抗で誰も彼女を殺せなかった。

絶食させても死なず、恨まれることを恐れた族長は、彼女に最低限の食事を与え、雑用係として酷使した。

キツネが、放浪の旅でラミアの村を訪れた時、ナーガは衰弱しながらも、外で族長の屋敷の壁を掃除していたらしい。


キツネは、族長に話を聞いた。

ひたすら、蛇神が忌むべき存在であることを語られたらしい。
蛇人族を滅ぼす存在とも言っていたそうだ。

キツネは、ナーガを引き取ることを提案したが、にべも無く断られたそうだ。

仕方なく、無断で連れだしたらしい。

その際にナーガから魔法の抵抗を受けたが、何とか城まで連れて行き、今に至る。


妖狐「蛇人族はきっとあの娘を探してるよ。
手許に置いていないと不安でしょうがないんだと思う。
実際、城まで遣いが訪ねてきたらしいし」

なるほど、だからこんな僻地で保護しているのか。


私は溜息を吐いた。

鬼人族長「お前のせいで、王殿と蛇人族の間に軋轢を生じたぞ」

私の言葉に彼女は顔を険しくする。

妖狐「じゃあ、そのままで良かったっていうの?
あの娘は奴隷のように扱われながら、何も知らないまま死んでいけば良かったの?
ボクは自分が間違ったことをしたとは全く思わないよ」

鬼人族長「それはお前の価値観だ。
異種族をお前と同じ定規で測るな。
互いの価値観を理解し、尊重することが大事なのだ」

妖狐「誰かを迫害することを是とする価値観なんて認められるわけないよ。
異種族を理解することの大切さは充分知ってるよ。
でも理解した上で、お互いの価値観を練磨していくことが、本当に分かり合うってことじゃないの」

若干声を荒げながら、彼女は捲し立てた。

怒りのあまり、酔いが醒めたようだ。

鬼人族長「……そうだな。
私が間違っていた。今回はお前の言葉が正しい」

妖狐「別にオッチャンの考え方に反対してるわけじゃないよ。
ただ、あの娘が迫害されていることを、迎合するようなオッチャンの言葉が嫌なだけ」

彼女はいつもの表情に戻り、再び酒を呷った。

妖狐「鬼人族は鬼だけど、どの種族よりも誇り高い精神を持って生きている種族でしょ。
そんな鬼人族の長が苦しんでいる少女を見捨てたら、何を信じて良いか分からなくなるよ」

鬼人族長「……ああ。その通りだ。
全く持って、その通りだ」

私も酒瓶一本を一気に飲み干す。


妖狐「蛇人族がこの場所を突き止める可能性だって零じゃない。
でも、オッチャンなら大丈夫だよね」

鬼人族長「当たり前だろう。
老いても、私は魔族最強である一族の長だぞ」

それは私の誇りであり、自己証明だ。

簡単には譲らない。

妖狐「お互いのこれからを願って、もう一度カンパーイ!」

キツネは更に酒瓶を取り出す。

良いさ。最後まで付き合ってやろう。


こうして、初夏の夜を飲み明かした。

終了です。
二日に一回ペースを維持していきたいです。

オッチャンは皆のオッチャンです。
投下します。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

私の首が巨腕に折られた。

私の手は、相手の胸の薄皮を軽く抉っただけだ。

敗北だ。


技では負けていない。

しかし体力、身体能力、瞬時の判断力で負けている。

通算勝率は五割程度か。


……くそっ。年は取りたくない。


鍛錬を終える。

汗を流して、朝食を作らなければいけない。


一息吐いたところで気配を感じ、後ろを振り向いた。

鬼人族長「起きてたのか」

ナーガが樹の幹に隠れるようにして、私を窺っていた。
まだ着替えていない。

仮想敵との戦闘に集中していた為、気付かなかった。


この娘との生活も、もう一ヶ月になる。

季節は真夏になった。

尤もこの地域は比較的冷涼だが。

ナーガ「毎日してるの? いつも、朝いない」

人間の言語で私に訊ねる。
この一ヶ月で、娘は人間の言語をだいぶ流暢に喋れるようになっていた。

鬼人族長「まあな。私は汗を流してくるから、着替えて待ってなさい。朝食はまだ暫く時間がかかる」

ナーガ「わかった」

ナーガは肯いて、小屋へと戻っていく。



ナーガ「すごくキレイな動きだった」

朝食のパンを小さな口で頬張りながら、彼女は言う。
食べる量もだいぶ増えていた。
私からすればそれでも少ないが。

鬼人族長「口に物を入れながら喋るのはやめなさい。
パンの欠片が飛び散っているだろう。
無駄な動作を極限まで削ってるからな。
無駄がないものは美しい」

言って、川で捕まえた魚の塩焼きを口にする。

ナーガ「あれは、なにをしてたの?」

鬼人族長「鍛錬だ」

ナーガ「たんれん?」

歌うように娘は繰り返した。

同じ単語にも関わらず、この少女が言うと美しく聞こえるのは何故だろうか。

鬼人族長「身体を強くしていたのだ」

ナーガ「どうして?」

鬼人族長「色々と理由は有る」

ナーガは俯く。何かを考え始めたようだ。

その間に私はサラダを平らげる。

ナーガ「……復讐もできる?」

鬼人族長「……そのような言葉をどこで覚えたのだ」

ナーガ「百科事典にのってた」

娘に様々なことを教える為に、百科事典を妃様に購入してもらっていた。

娘は自主勉強で、その単語を覚えたらしい。
勉強熱心なのは良いことだが。

鬼人族長「復讐か。蛇人族が憎いか?」

私の問いに彼女は肯く。

憎しみを抱くのは当然だ。

鬼人族長「復讐はやめておきなさい」

ナーガ「……どうして」

鬼人族長「実際に復讐したことがあるからだ。
その行為の無意味さをよく知っている」

ナーガ「……だれに復讐したの?」

鬼人族長「王殿だ。弟を殺されてな」

実際は他にも理由は有るが、最大の原因は副族長であった弟を殺された恨みだった。

鬼人族長「憎しみが消えるわけでもなく、ただ虚しさだけが募った。
もう一度言おう。復讐はやめておきなさい」

ナーガ「……」

鬼人族長「憎しみを棄てるなとも、我慢するなとも言わない。
お前の大事な感情だ。生きる原動力にもなる」

鬼人族長「だが、囚われるな。それを攻撃に使うな。
お前には素晴らしい未来が有るはずなのだから」

ナーガ「……よく分からない」

説明が難しい。

何百年も生きてきたにも関わらず、小さな娘にこんな些細な事柄も満足に教えてやれない。

鬼人族長「……いや、復讐はもう良い。
私が、お前にそんなことを忘れるほど素晴らしい世界を教えてやる。
その後で、まだ復讐がしたいというのなら私は止めんさ」

ナーガ「……分かった」

彼女は曖昧に肯いて、またパンを頬張り始めた。


素晴らしい世界を教える。

私にできるのだろうか。

姫「さーんーぽー! たーんーけーん!」

森の中を三人で探索する。

今日は魔法の特訓は休みにするらしい。

陽気に歌いながら、姫様は突き進む。

その後ろにナーガ、私と続いている。


太陽が頂点まで昇った後、下り始めた時間だ。

二日前に新しく魔獣を串刺しにした。

故に魔獣が辺りに出没する可能性は低いだろう。

しかし、万一に備えて私も同伴する。

串刺し屍体を姫様たちが発見しないように、密かに誘導する必要もある。

姫「夏はね! カッコ良い虫さんがたくさんいるんだよ!
ツノとかもってるの!」

ナーガは真剣な顔で姫様の話を聞いている。

姫「しかも飛んだりもするんだよ!」

ナーガ「すごい」

姫「でしょ! 夏は楽しいことがいっぱい有るんだよ」

ナーガ「うん。教えてほしい」

娘の声は小さいが、その眼は輝いている。

姫「もちろんだよ!」

同年代から学ぶことも多々あるだろう。
私が教えなくても、彼女は素晴らしい世界を見つけるかもしれない。



木の実を採ったり、小さな昆虫を長々と観察したりしながら、森の散策を続ける。

ナーガ「虫をつかまえちゃダメなの?」

姫「お父さんがね、生き物を殺しちゃダメって言ってたからね。
それに、虫さんも自由じゃなくなったら、かわいそうだよ」

ナーガ「そっか……。……そうだよね」

ナーガは何度もうなずく。

姫様の言葉から、本来の意味以上の訓戒を得たようだ。



瀕死の小鳥を発見したのはそれから暫くしてのことだった。

樹の下で、終焉を静かに待つかの如くうずくまっていた。

獣に襲われ、何とか逃げのびたが、致命傷を負ってしまったといったところか。

深々とした裂傷が、鳥の生命が残り僅かであることを示していた。

姫「……たすけられないかな?」

姫様は翳った瞳を私に向けた。

治癒の魔法が使えないとしても、救ってやりたいようだ。

鬼人族長「……無理ですな。衰弱していますし、傷も深い」

姫「……」

姫様は哀しい瞳を小鳥に向ける。

それから、自分の無力さを戒めるように小さな拳に力を込めていた。


自力ではどうしようもないことは、往々にしてある。

それらを乗り越えるのも確かな強さだろう。

ナーガが小鳥の前に歩み出た。

それから膝を着いて、両の手を小鳥に翳した。

そして、呪を詠唱する。

姫「……ナーちゃん?」

ナーガ「『治癒の呪』」

小鳥の体に刻まれた赤の線が、急速に癒えていく。

小鳥は体を起こし、それから頼りないながらも、確かな羽ばたきで飛んでいった。

姫「……っ」

姫様は一瞬、悲痛な面持ちになった。
しかし直ぐに消す。

姫「ナーちゃん、すごいよ!
教えた魔法を使えるようになったんだね!
ししょーとして、鼻が高いよ!」

ナーガ「ありがとう……」

はにかみながら、彼女は微笑む。

それから、言葉を求めるように私へと目を向けた。

鬼人族長「すごいぞ。私では救えなかったからな」

ナーガ「うん……」

娘は眠そうに目を擦る。

魔法の行使はかなり堪えるようだ。
徐々に慣れていくのだろうか。

姫「オッチャン、戻ろ」

鬼人族長「そうですな。ほらナーガ、おぶされ」

ナーガを背負い、小屋まで引き返した。

姫「ねえ、オッチャン」

鬼人族長「何でしょうか」

ナーガが眠った後、姫様と私は椅子に座って、束の間の休息をとっていた。

もう暫くしたら、夕食を作り始めなければいけない。

姫「わたしは、優しくないのかな」

姫様は呟いた。

姫「『治癒の呪』が使えないのは、わたしが優しくないからなのかな」

鬼人族長「そんなことは絶対に有りませんぞ」

姫「でも、ナーちゃんは使えたし。
それに、ナーちゃんが『治癒の呪』を使ったとき、心がすごくモヤモヤしたの。
これって、わたしが優しくないからだよね」

鬼人族長「違いますぞ。絶対に違います。
当たり前のことです。
追い抜かれるのは悔しくて当たり前です」

私自身、同じ気持ちを痛感してるのだ。

それでも、それを笑って祝福してあげられる姫様が優しくないとしたら、一体誰が優しいというのだ。


姫様の優しさは純粋だ。

王殿の優しさにも、妃様の慈愛にも、側近の笑顔にも、翳りがある。

勿論、私にもキツネにも。

哀しみを経験して、罪悪を背負い、それでも生きていく為に優しく有ろうとするのだ。

それが素晴らしいことであるのは否定しようがない。

しかし、姫様の優しさは翳りなどなくて、どこまでも透き通っているのだ。

それはこの上なく貴いことだろう。

鬼人族長「姫様は多くの者に優しくしていますよ。
私もその一人です。
姫様にいただいたシュークリーム、とても美味でしたぞ」

姫「そうなの、かな」

涙声で姫様は呟く。

鬼人族長「それに、姫様はナーガを救いました」

姫「ナーちゃんを?」

私は力強く肯く。

鬼人族長「初めて出会った時、ナーガに手を差し伸べたでしょう。
あれを優しさと言わずに何と言いましょうか」

姫様は肩を振るわせながら俯いている。

雫が落ちるのが見えた。

鬼人族長「王殿が仰っておりましたぞ。
魔法には向き不向きがあると。ただそれだけのことです。
それに、側近でさえも治癒の魔法を使えるのです。
優しさは関係ないでしょう」

姫「……うん!」

姫様は涙を腕で力強く擦り、満面の笑みで笑った。

鬼人族長「鼻水が出ていますぞ」

そう言って、ティッシュを差し出した。


この少女に、多大な幸せがあることを切に願う。



ナーガが目覚めたのは、ちょうど夕食を作り終えた頃だった。

ナーガ「姫ちゃんは?」

鬼人族長「お帰りになられた。もう夕餉ができたぞ」

ナーガ「ん……」




食事を終えて、ナーガが風呂に入った後、私は水を補給した。

そして、体を流す。

それから娘と私の衣類を洗濯して、干した。


ナーガ「オッチャン」

小屋に戻ると、ナーガに声をかけられた。

鬼人族長「起きてたのか」

いつもなら寝ている時間だが、今日は仮眠をとったせいか、まだ眠くないらしい。

ナーガ「……復讐は、やめることにした」

鬼人族長「そうか」

寝る為、入口の壁にもたれる。

ナーガ「朝に言ったこと、今なら分かりそう。
わたしにも、できることがあると思えたから」

鬼人族長「勿論あるさ。小鳥の生命を救ったしな」

ナーガ「ーーーーでも、私も強くなりたい。
だから、私も『たんれん』したい」

鬼人族長「……何の為に強さを求める。
それが重要だ」

娘は暫く黙考し、やがて言った。

ナーガ「……よく分かんない。
でも、オッチャンみたいになりたいから」

なるほど。

鬼人族長「良いだろう。私の指導は厳しいぞ。
鬼人族の童も音を上げるからな」

同一化。

今はそれで充分だろう。

ナーガ「うん。がんばる」


老いていく私にできることは、後進を育てること。

技術を、意思を、魂を継いでもらうこと。

そしてそれが、この娘の未来を切り拓く力となれば良い。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

また、負けた。

くそっ。


一人での鍛錬を終える。

風が冷たい。

今朝は雪を連れてきてはいないが、夜になればまた雪が降るかもしれない。


火照った体を冷水で流す。

夏よりも多少冷たく感じる。

しかし、凍えるほどではない。



朝食を作り終え、小屋へと運ぶ。

陽はだいぶ前に昇った。

ナーガはようやく目を覚ました。

蛇人族は、冬眠とまではいかないが、冬はやはり動作が緩慢になり、小食になる。

そして、目覚めは陽が昇り気温が上がってからになる。

ナーガもその例に漏れない。

秋には私と同じほどの食事を食べる健啖家だったが、今ではスープ一杯で満腹になるらしい。

ナーガ「おはよう」

鬼人族長「おはよう。寒くないか?」

ナーガ「だいじょうぶ」

彼女は立ち上がり、テーブルに座る。

最近は食事の後に着替えなどを行うようになった。

ナーガ「鍛錬おつかれさま。
暖かくなったら、わたしもまた鍛錬する」

鬼人族長「そうだな」

娘は緩慢にスープを食べる。

三ヶ月ほど格闘術を教え込んだが、かなり筋が良い。

尤も、娘の力では実践で役に立たないだろう。

しかし実際の強さではなく、心の強さを養えればそれで良い。

私も朝食に手を付けた。

洗い物をして、多くの雑用をこなす。

昨日は、薪の原料として大樹を伐採した。

姫様に乾燥させる魔法をかけてもらった為、直ぐに使えるだろう。

あと一年は大丈夫だ。

水も心配はない。

最近はナーガも水を浄化させる魔法を覚えたからだ。

他にも娘は多くの魔法を覚えた。

才能は姫様には及ばないようだが、努力家であるのは確かだ。

毎日のように室内で魔法を操る訓練をしている。




王殿が訪れたのは、雑用が終わって一息着いた時だった。

挨拶を交わし、下げていた頭を上げる。

魔王「娘がいつも世話になっているな」

鬼人族長「私こそ、姫様には活力をいただいております」

魔王「あの娘は元気が良いからな。
俺にもエルフにも似なかった。顔はエルフによく似ているが」

王殿は咳払いする。

魔王「それで、ナーガのことだが。
まだ暫くは保護してもらって良いか?
ラミアたちも存外しつこく城を訪れるからな」

鬼人族長「了解しました」

魔王「奴等も冬になったら、あまり活動的にはならないだろうがな」

鬼人族長「左様でございますな」

魔王「それでは頼むぞ。娘も後でこちらに来るだろう
よろしくやってくれ」

鬼人族長「分かりました。
ーーところで、キツネと側近はいつ式を上げるのでしょう」

魔王「分からんが、あと半年近くは多忙そうだ」

鬼人族長「まったく。私が死ぬ前に上げてほしいものです」

王殿は顔を綻ばせる。

魔王「それは流石に大丈夫だろう。
それでは、頼んだぞ」

王殿は別れの挨拶もそこそこに転移する。

やはり、側近と同じように多忙らしい。

重大な任を負ってるとしても、そこにもう肩を並べられない自分が情けなく、悔しい。

ナーガは本を読んでいた。

妃様が公用語に翻訳した魔物の説話集だ。

元本は多数の言語で書かれており、私でも全てを読むことはできなかった。

今では、幼児でも大体は読める。

妃様の成した偉業の一つだ。

ナーガ「あ、お茶いれる」

娘は緩慢に立ち上がり、茶葉を包んだ薄紙の袋をコップに入れた。

鬼人族長「ありがとう。火傷するなよ」

最近はいつも茶を淹れてくれるが、毎回火傷しないか心配だ。

私には生意気な息子たちしかいなくてよかった。

娘がいたら、大層な親馬鹿になっていただろう。

ナーガ「だいじょうぶ。なれてるから」

ナーガは魔法で沸かしていた湯をコップになみなみと注ぐ。

それから私の前のテーブルに置いた。

鬼人族長「ありがとう」

ナーガ「うん。熱いから気を付けて」

微笑みながら言った。

最近は表情が豊かになった。
姫様の影響だろう。

それに随分と流暢に話せるようになっていた。

何時の間にか姫様との会話にも、言語のズレを修整する魔法が使われなくなっていた。

成長していることを深く実感する。

……最早私が娘を保護する理由もないのかもしれない。

ナーガ「……なに?」

自身が凝視されていることを不審に思ったのか、娘は小首を傾げた。

鬼人族長「なんでもないさ。
お前も成長しているなと、しみじみと思っただけだ」

ナーガ「そう?」

鬼人族長「ああ」

ナーガ「そのうちオッチャンくらい大きくなる?」

そんなに大きくならなくて良いだろう。

お茶を啜った。



姫様が訪れた時、ナーガは私の片足を椅子にして、私の上体を背もたれにして本を読んでいた。

最近は私に密着してくることが多い。

熱源に触れていると、あまり眠くならないそうだ。

姫「ナーちゃんズルい! わたしもオッチャンの片足もーらい!」

姫様も私の片足に乗っかる。

両手に花。

いや、両足に花。

いやいや、両足に蕾だろうか。


私は大層な幸せ者だろう。



……もう王殿の横には並べない。

もうすぐ鬼人族の長も務まらなくなるだろう。

それでも、この前途ある娘たちの成長をこんなに近くで見届けられるのだ。

誇らしいことだろう。


私はこの生命続く限り二人を護る。


そしに、二人に聖い幸福があることを深く祈る。

一旦休憩です。

今日中に全部投下する予定です。
無理かもしれません。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

鬼人族長「だいぶ洗練されてきたな」

ナーガ「ほんと?」

湯上りのように体を赤くしたラミアが、荒く息を吐きながら確認する。

鬼人族長「ああ、一年で随分と上達した」

彼女は満面の笑みを浮かべる。

ナーガ「鍛錬で、オッチャンに褒められたの初めて」

そうだったろうか。

……娘が言うのならそうなのだろう。

鬼人族長「しかし、お前のその戦闘様式は世界で唯一だろうな。
もっと鍛えれば実戦でも使えるかもしれない」

最初は強い精神力が身につけばそれで良いと思っていたが、この娘には相当な才能があった。

ナーガ「うん。がんばる」


鬼人族長「そろそろ風呂の時間だな。
湯を沸かしてくる」

ナーガと暮らし始めて、一年が過ぎた。

この一年間で彼女は飛躍的な成長を遂げた。

そして、これからも成長を続けるだろう。


そして対照的に、私の体も静かに、そして確かに老化を続けていく。

あとどれだけの季節を越えられるだろうか。



ナーガ「ねえ、オッチャン」

布団に入ったナーガが私を呼んだ。

鬼人族長「なんだ」

ナーガ「明日も、明後日も、これからもそばにいて」

鬼人族長「急にどうしたのだ」

ナーガ「ん、なんとなく」

鬼人族長「そうか」

夜は感傷的になりやすい。

娘も、夜がもたらす寂寥に胸を締め付けられたのだろう。

鬼人族長「まあ、約束はできないな」

ナーガ「…………」

沈黙が返事らしい。
もしくは続きの言葉を促しているのだろうか。

鬼人族長「取り敢えず、私が死ぬまでは一緒にいてやろう」

ナーガ「死ぬ……」

鬼人族長「うむ。別れを告げなければいけない時まで、そばにいよう」

ナーガ「オッチャンがいなくなったら悲しい」

鬼人族長「別れとはそういうものだからな。
だが、誰かに見送ってもらえるなら幸せなのかもしれない」

人を遺して死ねるならば、それは素晴らしい人生といえるだろう。

少なくとも私はそう考える。

鬼人族長「まあ、簡単には死なんさ。
私は強いからな」

ナーガ「……うん。オッチャンは強いもんね。安心した」

鬼人族長「ならば眠りなさい。明日もやることはたくさん有る」

ナーガ「うん。おやすみ」

鬼人族長「おやすみ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

鬼人副族長が訪れたのは、朝食を食べ終え、その洗い物をちょうど終了した時だった。

私よりも僅かばかり高い背を有している。
髪は漆黒だ。


私が最も仮想敵に配置する漢だ。


そして、私の一番上の息子だ。

長男「一年ぶりだな。親父よ」

鬼人族長「……どうして此処が分かった」

長男「なに。鳥人族の使用人に聞いたのさ。
急用があって親父に会いたい言ったら教えてくれたのさ」

なるほど、彼女か。

あの使用人は一月ほど前に、姫様と共に訪れた。

その時にナーガが、負傷させてしまったことを謝罪した。

副族長は私の後ろにいるナーガに視線を向ける。

長男「蛇神か。確か、鬼蛇戦争の時に祖父と相討ちしたのが蛇神なんだっけか?」

ナーガ「……え?」

鬼人族長「そんなことはどうでも良いだろう。
ナーガ、小屋の中に戻ってなさい。
これは親子ではなく、鬼人族同志の話のようだ」

ナーガは逡巡したが、バンガローへと戻って行った。

長男「相変わらず勘は良いな。
察しの通り、親子の話ではない。
尤も、“話”というほど穏便でも無いけどな」

鬼人族長「だったら、敬語を使え。不敬者め」

副族長はその幅広な肩を竦めた。

長男「肩書きばかりの老鬼人に使う敬語なんてない。
さっさと族長の座を俺に明け渡せ」

言って、副族長は封筒を投げ付けた。

果たし状だ。

鬼人族の伝統に則ってきたということは、本気らしい。

長男「親父が王殿の任務を遂行してからにしようとしていたんだが、あまりに遅すぎるからな。
くたばっちまう前に、認めてもらおうと思ってよ」

随分と生意気に育ったものだ。

鬼人族長「ふん、良いだろう。受けて立ってやる。
期日はいつだ」

果たし状の封を開け、紙を見る。



白紙だった。

鬼人族長「……どういうつもりだ」

長男「こういうつもりだ」

副族長は私に接近する。
私は紙を放り、迎撃態勢を取る。
副族長が左腕で殴りかかる。
早い。防ぐしかない。
左腕で受ける。
しかし右側から顎を穿たれた。

右腕で殴られたらしい。

鬼人族長「ーーーーっ」

強烈な衝撃に視界が黒く染まり、意識が遠のく。
しかし、気合いで踏みとどまる。

首根を掴まれ、浮き上がった体を地に激しく叩きつけられた。
鍬を地に落とす農夫のような勢いだ。

仮想敵として戦っていた時の何倍も速く、一撃が重い。

最後に闘った時は、全く本気ではなかったらしい。

両足の骨を折られる。
脛の骨も大腿の骨も。
更に腱を絶たれた。

絶叫してしまう。
くそっ。
痛みに喘ぐなど屈辱だ。

更に踏みつけられる。

舐めるな。
腹筋だけで起き上がり、左腕で腹を殴る。

長男「くっ……」

顔を歪めつつも、副族長は私の隻腕を掴み、もう一度地に叩きつけた。

更に左腕の骨を踏み折る。
軽快な音色を鳴らしながら、私の腕はあらぬ方向に曲がる。

胸を踏まれる。
あまりの力強さに呼吸が止まった。
おそらく肋骨が折れた。

咳き込んだ瞬間血を吐いた。
折れた肋骨が肺に刺さったらしい。

更に、踏まれる。
地を均すように。
執拗に。

ナーガ「やめて……!!」

悲痛な声が、遠ざかった私の意識を呼び戻した。

副族長の足が私の体から退けられた。

ナーガが私に駆け寄ってきたのが視界の端に映った。

ナーガ「オッチャンに暴力をふるわないで!!」

娘が私の体に覆い被さる。

もう体に感覚がなく、ナーガの感触も分からない。

副族長の大笑いする声が耳に障った。

長男「親父! そんな小さな少女に護られて良いのかよ!
情けねぇ! 情けねぇよ!お前はもう俺の親父じゃねぇ!
誇り高い鬼人とも認めねぇぞ!」

ナーガ「オッチャンを悪く言うな! このバカヤロー!」

長男「なんだと。このクソガキ」

ナーガ「ひっ。……オッチャンに謝れ!」

長男が指の骨を鳴らすのが聞こえた。

鬼人族長「やめろ」

本当に己の身体かと疑うほど重い上体を起こし、副族長を睨む。

更に隻腕と胸でナーガを包み込む。

鬼人族長「ナーガに手を出したら殺すぞ」

彼女を傷つける者は、副族長でも息子でもなく、ただの駆逐すべき敵だ。

長男「……弱いくせによくそれだけの迫力が出せるな。
威勢だけで族長になったんじゃねぇの。
そういや、親父の代替わりは族長死亡で繰り上がりか」

鬼人族長「この娘に危害を加えるなら殺す」

長男「……ふん。決闘は来月だ。傷も癒えてるだろう。
癒えてなければ、魔法で治してもらえば良いさ。
お前には鬼人族の誇りなんてないだろうからな」

ナーガ「弱い犬ほどよく吠える」

長男「あ? ……ふん。遺言でも遺しておくんだな」

副族長は森を立ち去って行った。


姿が見えなくなり、安心した私は身を再び地に投げ出す。

そのまま、意識を失った。


目覚めた時、相変わらず激しいながらも、身体の痛みが幾分鎮まっていることに気付いた。

ナーガが治癒の魔法をかけたらしい。

ナーガ「オッチャンごめんね……。
『治癒の呪』は三回以上かけると逆に害になるらしいから。
ごめんね……」

ナーガが泣きながら謝る。

鬼人族長「なぜ、あやまる。
むしろ、れいをいわなければ。
ありがとう」

くぐもった声で何とか告げた。

「見つけたぞ。蛇神よ」

男の声がした。
副族長ではない。

嗄れた声だ。
そして、口にしているその言語は蛇人族のものだった。

ラミア「随分と手間取らせおって」

ラミアの集団が私たちを取り囲んでいた。

数は二十ほどか。
視界が霞んでちゃんと視認できない。

ラミア「あの鬼人を尾行して正解だった」

集団の代表者と思われる老蛇人が、蛇人族の言語で喋る。

あの大馬鹿者のせいか。
彼奴、尾行されていることに気付いていたにも関わらず放置したな。

ナーガ「あ……」

護らなければいけない。

体を起こして、戦わなければいけない。

しかし、激痛がそれを妨げる。

立て。

立つのだ。

立ち上がれ。

くそっ。私は戦士だぞ。

くそっ! 私は鬼だぞ!



ナーガ「オッチャン、今までありがとう」



その言葉に力が奪われた。

どうして、そんなにも優しい声音を出せるのだ?

どうして、そんなにも哀しい声音を出せるのだ?


ナーガ「わたしは、貴方たちのもとに戻る。
だから、オッチャンには手を出さないで」

やめろ。

ふざけるのもいい加減にしろ。

護るのは私だ。

お前ではない。

ラミア「ほう。舌がまわるようになったな。
その老いた鬼に何を仕込まれたのだか。
粗方、ラミアが酷薄だとか吹聴されたか?
鬼人族は図体だけでかい塵のくせに」

ナーガ「貴方たちが酷薄なのは事実。
そして、オッチャンの悪口を言うな……!」

ラミア「……っ。ふん、呪われた存在が吠えおって。
まあ、良い。素直に私たちについてくるなら、その老いた鬼人には手を出さない。
私たちは誓いを違えはしない。それがナーガだとしても」

それは事実だろう。

蛇人族もまた、誇り高い種族だ。

鬼人族長「ナーガ……。だめだ」

ナーガ「……オッチャン、しっかり休んでね。
一年間、本当にありがとう。
姫ちゃんにも伝えておいて」

ナーガは微笑み、私のそばから離れていく。


歯を食いしばって伸ばした手は、空を切って終わった。




「ーーーーさようなら」



陽は、空の一番上まで昇った。

私の体を焦がす。

そうだ。焦がしてくれ。

私を灰にしてくれ。

もういっそのこと全てを忘れさせてくれ。

私はもう生きていたくない。

隻腕では娘を護れなかった。

私に護れるものなど何もない。

図々しく鳴る心の臓よ。

脈動を止めろ。

骨に突き破られた肺よ。

呼吸を封じろ。

もう、何もできない。

老いた私はもっと早く死ぬべきだった。

いや、そもそも私には何もできないのだ。


もう、考えたくない。

何も。


消えてしまいたい。


全てを。

無くせばいい。




「オッチャン!? だいじょうぶ!?」



聞き慣れた声が響く。

優しさに満ちた高音だ。


その声は、体に力を戻した。


その声は、心に火を灯した。


「お願いがあります……」

声を絞り出す。

「な、なに?」

「私ならできる、と、言ってください。
笑顔で、言ってください」

「え?」

「できる、と。笑顔で」

「……うん!」




姫「できるよ!」



ああ。

その言葉だけで。

私の体は再び立ち上がれるのだ。


護れなかった。

ならば。

取り返して、また護る。

単純じゃないか。

私の体はまだ動くのだ。


ナーガを救うのはナーガ自身だ。

そして、ナーガは救われたはずなのだ。

それを再び妨げるならば。


鬼が相手してやる。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

獣が引く車に揺られていた。

月明かりの眩しい夜だ。


ナーガと離れてから、三日が経った。

体の痛みは殆ど癒えていない。

それでも目指す。


この獣車は、『商会』のものだ。

姫様に、キツネにだけナーガのことを伝えるよう頼んだのだ。

その結果、一日経ってから獣車を借りることができた。


キツネの頼みだからタダ働きでいいと、『商会』からの派遣者は言った。

彼奴も存外人望がある。

意外と王の素質も有るのかもしれない。



姫様には、直ぐにナーガを連れて帰るといった。

来週には、また遊べるとも。

姫様は心配そうな顔をしていたが、肯いてくれた。

やはり優しい娘だ。


姫様の為にも、ナーガを取り返さなくてはいけない。

勿論、ナーガ自身の為にも。

何よりも私自身の為に。


ラミアの村まであと僅かだ。

グール「着きましたぜ」

魔獣が止まり、手綱を握っていた屍人が車のドアを開ける。

鬼人族長「ありがとう。すまないな」

グール「いえ。……しかし、本当にその体で大丈夫ですかい。
腐ってるオイラが言うのも何ですが」

鬼人族長「大丈夫だ。
しかし、本当に慈善活動させてしまうのも、申し訳ない。
後で、必ず謝礼はする」

グール「はあ。そこまで言ってもらえるなら貰っておきやす」

痛む体を叱咤して、車を降りる。

グール「頑張ってくだせぇ。オイラは待機してまさぁ」

もう一度礼を言い、村へと未だ折れたままの足を踏み出した。

すぐさま、蛇人に囲まれた。

鬼人族長「邪魔だ。私は族長に用が有るのだ」

村といっても、非常に大規模だ。

蛇人族の六割以上が未だにこの地で暮らし、共同体を形成している。


族長の屋敷は見えない。

まだまだ奥に有るようだ。

「満身創痍の老鬼人に何ができるというのだ」

鬼人族長「ナーガを連れ出すさ。
狭い世界に閉じ込めさせてたまるか」

威勢の良い若者の蛇人が蛇の下半身をうねらせて迫る。

私はその首根を素早く掴み、ラミアの集団に勢いよく投げ付けた。

全身が痛む。

しかし、そんなことはもういいのだ。

鬼人族長「瀕死だからな。
殺さないよう手加減する余裕もない。
死んでも良い奴だけかかってこい」

私は鬼だ。

覚悟すれば、幾らでも戦える。


死ぬ覚悟さえすれば。


ラミアたちが一斉に襲い掛かる。

私は、吼えながら前へと走り出した。

薙ぎ払う。

振り払う。

邪魔だ。

退け。

消えろ。

妨げるな。

立ちはだかるな。

前しか用はない。



愚直に進む。

ナーガのもとまで。

噛まれる。

ラミアの毒は神経性の麻痺毒だ。


……知るか。


進む。

進む。

体が重い。

進む。

進む。

意識が遠のく。

視界の歪みがあまりに酷い。

何時の間にか耳は音を拾わなくなっていた。

全身が震える。

まだ。

まだ……。

膝を着く。

それでも、進む。

くそっ。

まだ。

まだ……!




「『治癒の呪』!」


身体が急速に癒えていく。

朦朧とした意識が、全身を駆け巡る熱で呼び覚まされる。

強力な治癒の魔法だ。


側近「はいはい、皆大好き側近ですよー。
久しぶりだなオッチャン」

鬼人族長「どうしてここに……?」

民家の屋根の上に、側近が立っていた。
いつも通りの軽薄な笑みを浮かべている。

顔に疲労はなかった。

多忙とも別れを告げたらしい。

側近「姫ちゃんと、キツネちゃんの会話を盗み聞きしちゃった。
なんで俺を頼らないかなぁ」

側近は芝居がかった溜息を漏らす。

側近「ところで姫ちゃんに頼んで此処に飛ばして貰ったけど、どうよ。カッコ良くない?」

……大馬鹿が。

鬼人族長「最高にカッコいいではないか!?
お前には似合わん!」

側近「そりゃ残念。
あ、オッチャン。今の治癒魔法は事故だからな。
ただの事故。治そうとして治したわけじゃないから。
事故なんだから誇りとか気にしなくて良いぜ」

どんな言い分だ。

鬼人族長「そうか! 事故か!
?事故ならしょうがないな!
どんどん事故を起こしてくれ!」

側近「ほいきた。『治癒の呪』。『治癒の呪』。
わー、ごめんよオッチャン。三回も間違ってかけちまった。
もう間違えないようにするよ」

鬼人族長「はははは!! 側近は間抜けだな!
だが気分が良いから許そう!」

側近「そりゃ、どうも」

楽しい。

最高に楽しいぞ、側近。

周りの蛇人共が引いている。

良いぞ。

そのまま道を開けろ。

奴等の士気はまだまだ高い。

だが、私の身体もだいぶ癒えた。

邪魔をするなら全て薙ぎ倒してやる。

鬼人族長「キツネとの挙式はいつだ!」

側近「来月くらいかな。
当たり前だけど、オッチャンも招待するからな」

鬼人族長「楽しみにしているぞ!」

迫ってきたラミアを放り投げながら、私は笑う。

側近「はいはい。俺も久々に暴れるか」


「必要ない」


鬼人族長「……王殿」

王殿が、私の隣に現れる。

魔王「大変だったようだな」

鬼人族長「申し訳ありません。
任務を果たすことができませんでした」

膝を着き、頭を深く下げる。

魔王「ならば、もう一度果たせ。
やり直しなど幾らでもできるだろう」

鬼人族長「……はっ!」


魔王「ラミアたちよ!
暴力を振るうのなら、この俺に幾らでも振るえ!
私は魔を統べる王だ! お前たちの全てを掌握する者だ!
お前たちの暴力如き、全て受け入れて微笑んでやるわ!」

そのあまりの威厳に、周囲のラミアたちは沈黙し、やがて武器を降ろして平伏した。

側近「すげぇな。死ぬ為に王になった男とは思えないね」

鬼人族長「全くだ。
ーーーー私は前に進むぞ」

側近「おう。頑張れ老雄」

魔王「取り返してこい」

激励の言葉を背に、私は更に前へと駆けていく。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

鬼人族長「勝手に入ってすまないな。蛇人の族長よ」

ナーガ「……オッチャン! だいじょうぶ!?」

ナーガが私を見て声を上げた。

粗末な服を着せられ、首輪をつけられている。

裾から見える腕や足には青痣ができていた。

鬼人族長「ああ、大丈夫だ。
今、その首輪を千切って助けてやる」

堪え難い怒りを胸に抱きながら、蛇人族の長へと目を向ける。

全身が白い老いたラミアは、唯一別色である紅い眼で、私を睨む。

鬼人族長「ナーガを解放しろ」

蛇人族長「断る。この娘は呪われた存在だ」

鬼人族長「そう決めつけている貴様の心が呪われているぞ。
いつまで戦争を引きずるのだ」

蛇人族長「勝者である鬼人族には分かるまい」

鬼人族長「分からぬさ。
だが、蛇神を迫害することがおかしいことくらいは稚児でも分かる」

蛇人族長「蛇神のせいで我等は戦争に負けたのだ……!
ナーガが死ななければ我々が勝っていた……!」

鬼人族長「それはどうかな。
蛇神は、私の父である先代族長と相討ちだった。
我々の士気も勿論下がった。
だがな、我々は勝ったんだ」

蛇人族長「何が言いたいのだ!」

鬼人族長「貴様らの敗因は貴様ら自身に他ならないだろう。
ナーガに依存していたことがあの戦争の勝敗を分けたのだ」

蛇人族長「きさま……!」

鬼人族長「更に言わせてもらえば、貴様らは未だに蛇神に頼りきりだ。
ナーガを迫害することで、責任や真相から逃げていただけだろう。
どこまで脆弱で、卑屈で、愚鈍で、矮小なのだ」

老いたラミアは蛇行しながら、私へと迫る。

私はその腕を掴んで、部屋の隅まで放った。

鬼人族長「話にならんぞ。ナーガは私が引き取らせてもらう」

娘を拘束していた首輪を千切る。

ナーガ「オッチャン……」

娘は泣いていた。

鬼人族長「泣くな。帰るぞ」

ナーガ「……うん!」



蛇人族長「ーー我はどうすれば良かったのだ」

倒れこんだままのラミアの長が、途方に暮れたように呟いた。

蛇人族長「我々はナーガ様に心酔しきっていた。
だからナーガ様が討たれた時、もう戦えなくなっていた」

蛇人族長「そして崇拝していたものを卑しめ、守るべき幼子を傷つけた。
どうすれば我々は誇りを歪めずにいられたのだ」

やはり、自分たちが間違っていることは悟っていたらしい。

鬼人族長「自分で考えればいいだろう。
無駄に長生きしているわけでもないのだから」

蛇人は暫く沈黙し、やがて再び呟いた。

蛇人族長「分からんよ。教えてくれ。
我々はどうして間違えたのだ」

ナーガは老いたラミアに寄り、手を差し伸べた。

族長の赤眼が見開かれた。

ナーガ「後悔しても遅いよ。
だから、今を頑張ろう。
世界はすごくキレイだから」

ナーガの透き通る声に、蛇人族の長は再び黙り込み、やがて笑う。


そして、娘の手を取った。

蛇人族長「今更、何も頑張ることなどないわ」

彼は体を起こす。

蛇人族長「だから、幼きナーガよ。
お前の頑張る姿を見せてくれ。
我はそれを見届けたい」

やはり、彼もまた誇り高く、そして未来を信じる漢だった。

ナーガ「……うん!」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

長男「一ヶ月で傷は癒えたようだな。親父よ」

鬼人族長「ああ。お前のせいで色々と大変だったぞ」

私と副族長は同じ場所で対峙していた。

ナーガと姫様もいるが、危険な為、小屋の中に退避させた。

二週間ほどの療養で傷は治っていた。

勿論止められようがその間も鍛錬は行い続けた。

長男「決闘は伝統に則って戦闘不能にしたら勝ちだ。
尤も、俺は親父を殺すつもりだがな」

鬼人族長「ふん」

長男「鬼人族長の座、俺が貰い受ける」

鬼人族長「奪い取ってみろ。馬鹿息子が」

長男「死ぬ覚悟はできてるみたいだな。
あの世でお袋に土下座してこい。
今まで多大な迷惑をかけたのだからな」

鬼人族長「お前に言われるまでもないわ。
それに、それはお前の方が早いかもしれないな」

副族長は私に殴りかかる。
突き出された右腕を、上体を下げて紙一重で避けた。

早いが、視える。
一ヶ月前に殴られたのも無駄ではなかった。

掬うような左腕の突き上げが迫る。
左腕を使って、何とか受け流す。
やはり一撃が重い。

左足が蹴り上げられる。
同時に伸ばされた右腕を折って、肘打ちもしかけてくる。

私は副族長の軸足となっている右足へと身体をできる限り丸めて転がり込んだ。
そしてしゃがんだまま、無防備な軸足に地を薙ぐような回し蹴