魔王「わたし、もうやめた」(1000)


・魔王系のSSです。
・不定期更新でまったり投下になると思います。
・台本形式ではありますが、一人称での地の文が多いです。
 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1332350718(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)


大臣「は?」

 わたしがそう呟くと、大臣である“動く石像”-ガーゴイル-が酷くまぬけな声をあげた。

魔王「世界征服、やめた」

 言葉の続きを発する。私はもう、世界征服をしませんと言う宣言を。

 魔王城。謁見の間。
 赤くてふわふわの絨毯が敷き詰められたこの部屋は“謁見”と言う単語を用いていながら、全く持って機能していなかった。
 魔王であるわたしに謁見を求める者なんて殆どと言って良いほどいない。


 せいぜい、魔界にある各国の実力者が人間界の侵略云々の話しを年に数回しにくる程度。
 正直に言ってこの椅子……玉座に魔王が鎮座し続ける意味なんて格式や伝統、しきたりとかそう言った類の理由しかなかった。

 最低でも1日3時間はこの椅子に腰を下ろしていなければいけない。
 なんのアルバイトだよ、もう。

大臣「な、なにを仰っているのか……」

魔王「ん。世界征服をするのを止めます」

 玉座から立ち上がる。分厚い絨毯に足がめり込んだ。贅沢品は好きじゃないけれど、この感触は好きだった。
 今日も3時間キッチリ椅子に座っていたし、業務は終了。
 さっさとこのつまらない部屋から出て自分の部屋へ戻ろう。読みかけの本を読破しちゃわないと。


大臣「ちょっ! ちょっとお待ちを!!」

魔王「わっ」

 足を踏み出そうとした瞬間、ガーゴイルが身を乗り出し私の行く手を阻んできた。
 両肩をその石で出来た腕で鷲掴み、むりやりに玉座へ座らされる。

 いきなりのガーゴイル顔面ドアップは心臓に悪いから止めて欲しい。
 腕の良い彫刻師を雇って、顔を整形してもらった方が良いんじゃないかな? 確か1000年以上も生きてるんだし、そろそろその顔にも飽きたでしょう。
 これを期にもっと可愛い顔にした方が良いと思うな。


大臣「貴女様は、ご自分がなにを仰られているのかわかっているのですか?」

魔王「うん」

大臣「魔王様なのですよ? 魔界の、魔族の頂点におわす方なのですよ?」

魔王「知ってるよ。なにを今さら」

 魔王。魔族を統べる王様。一番偉い人……人? 人じゃないか、人間じゃないし。
 でも、私の外見は人間タイプだからあながち間違ってはいないかな? ってどうでも良いか。


大臣「ご冗談ですよね?」

魔王「どれの、なにが?」

 疑問文に対して疑問文で返答するのは少し頭が悪いかな、と思ったけれど仕方ない。
 ガーゴイルの台詞には言葉が足りなさ過ぎるのだから。

 1を説明して10を理解しろと言う方が無茶だってことに気付くべきだよね。
 短い言葉で全てを察するほど、わたしはまだ長く生きていないんだから。


大臣「世界征服を止めると言ったことです!」

魔王「さすがのわたしも、冗談でそんなことを言わないよ」

 冗談が嫌いなわけじゃないけれど、自分の立場を踏まえた上での発言の重みは理解しているつもりだった。
 だから「世界征服をやめた」と言うのは本気で、冗談じゃない。

大臣「それこそ冗談じゃありません! なにを言ってるんですか!?」

魔王「あーもう。うるさいなあ……耳元でキャンキャン怒鳴らないでよ」

 ガーゴイルの黄色い瞳が、赤色に染まっている。興奮している証拠だった。


大臣「あっ、貴女様はっ! 先代であるお父上の、大魔王様の跡継ぎなのですよ!?」

魔王「わーかってるって。だからこうして、この椅子に座ってるんでしょう」

 先代の魔王……私の父が寿命で死んでから一年経った。
 その父には子供が13人いた。私と……(全員紹介するの面倒だなあ)兄とか姉とか。私は末の娘と言うやつ。

 父が死んでからは王位継承問題がどうたらで、とても大変だった記憶がある。
 昔からの取り決めで、魔王は一番の実力者であることが条件として決められていた。
 実力者。ぶっちゃけると一番、喧嘩が強い人が王様になれってこと。


 形式としては総当り戦での力比べ。
 全ての兄姉と戦い、一番勝利の数を挙げた者が王になると言うシンプルなものだった。

 優勝者は説明するまでもなく、このわたし。
 12戦12勝無敗。

 大魔王である父の魔力、腕力は全てがわたしに継承されていた。
 幸か不幸か、兄や姉とわたしとでは勝負にすらならないほどの実力が開いている。
 古参の臣下から聞いた話しでは、父の全盛期と同等の力をわたしは持っているらしい。全然嬉しくない。

 わざと負けようとも思ったけれど、そんなことが出来る雰囲気でもなく……結局、わたしは望まないままこの地位に就いてしまった。


大臣「でしたらなぜそのような発言をっ!」

魔王「いやあ……一年は頑張ったし、そろそろやりたいようにやろうかなって」

大臣「なんと…………」

 15歳で魔王に就任して、今は16歳。
 一年も魔王として頑張ったんだし、そろそろ良いんじゃないかと思い始めていた。

 最初からわたしが魔王として玉座に着くことが間違っている。
 わたしのようなティーンエイジャーに勤まるような仕事じゃない。

 超長寿である、魔王の系譜からすれば16歳のわたしなんて産まれたてもいいところだ。
 兄や姉の年齢はゆうに100を越え、わたしの何倍も生きている。
 確実に人選ミスであり、魔王チョイスを失敗していた。


魔王「だから、わたしは世界征服をやめます」

大臣「魔王様…………」

魔王「人間界のどこぞの国がどうたら、とか興味ないしね。と言うか、人間が嫌いじゃないし」

 なんで人間と魔族が敵対してるのかも理解できなかった。
 お互いが、お互いの領地を侵犯しなければ良いじゃない。それで幸せ、みんなハッピー。


大臣「人間は我々の天敵ですぞ! 魔族の中には人間を主食としている者だっております!」

魔王「おえー……わたしは無理。わたしって人型じゃん? 無理だよ、人間を食べるとか……牛とか豚で良いじゃん」

 大臣の言うとおり、魔族の中には人間を食べる者も少なくない。
 けれども、人間しか食べられないと言うわけでもない。牛でも豚でも、鳥だって食べることが出来る。

 人間よろしく魔界にだって、そう言った牧畜を生業にしている魔族がいるのだからわざわざ人間を食べなくってもねえ。
 食べれば良いじゃない、鳥や牛や豚をさ。


大臣「魔王様がそのような考えをお持ちになられても、人間はそうではありません! 勇者が魔王様の命を狙いにいつ現れるか!」

魔王「勇者……ねえ」

 人間界には時折り“勇者”と呼ばれる者が現れる。
 普通の人間とは異なり、魔力が高く力も強い。天から愛されたかのような力を持つ者が“勇者”と呼ばれ、英雄視されている。
 そんな勇者は世界を平和に導くために、悪の権化(になった覚えはないのだけれど)である魔王を討伐しに魔界へと侵入してくる……と言うのが大昔からのセオリー。

魔王「来たことないじゃん。勇者」

 魔王一年生。未だ、勇者の来訪なし。


大臣「そ、それはそうですが……」

 人間界に勇者と呼ばれる人間は一人や二人ではない。結構な数、その称号を持つものがいるとか話しを聞いている。
 実際のところ、勇者の力量もピンキリで“一般人よりは強いけれど……”程度も少なくないらしい。

 もちろん、中には本当に強くて魔王と対等に戦えるほどの者もいるらしいけどここ数千年は現れてないとか。
 それどころか魔界に足を踏み入れられるレベルの勇者すら現れてないと言うのだから笑える。


魔王「勇者なんて気にする必要ないよ」

 魔王の最大の敵である勇者。けれども、魔族最大の敵は勇者ではなく人類そのものだった。
 生物として魔族は人類よりも(腕力と言う意味で)優れている。頭脳は同程度。

 お互いの種族は昔から天敵であるといがみ合っている。
 なぜか? それは前述でも述べたとおり、わたしには理解できない。そんなことは考えたい人たちで楽しめば良いと思う。


 世界の広さを数字で表すとしたら10。その内、魔界の広さは1。人間界は9。
 つまり、世界の殆どは人間が統括している。

 いくら魔族の力が強くとも、人口比……物量、兵力差を考えると魔族は手も足も出ないのだ。
 だから侵略する際は、小さな村からコツコツと密かに行われる。

 侵略が人類の大国に知られれば、軍隊を導入されて戦争になる。戦争になれば物量に勝るものはなく、最終的に魔族は敗退する。
 魔王であるわたしが戦場に行けばまた結果は違うのだけれど、そう簡単に大将が前線に出ることも出来ずこれまた面倒くさい。


 視点を変えてみよう。
 逆に、人類が魔界を侵略しにこないのか? 答えはノー。
 人類は魔界に足を踏み入れることが出来ない。理由は強烈な瘴気……毒ガスが蔓延しているからだった。

 この境界線から入れば魔界ですよー。なんて言う決まりはなく、ここも面倒だから省略するけれど色々な手順を踏まないと魔界に来ることは出来ない。
 その面倒な手順を軍隊の兵隊一人一人が行えるはずもなく、人類は魔界を攻め込むことが出来なかった。

 瘴気に倒れることもなく、魔族の棟梁である魔王を駆逐出来るのは“勇者”だけであり、故に魔族が本当に恐れているのは勇者だけだった。
 勇者をマークしていれば魔族が種として敗れることはない。

 長々と説明してしまったけれど、つまりは──。
 


魔王「勇者出てこないから大丈夫だよ。わたしが殺される心配はないよ」

大臣「そう言う意味ではなく……」

魔王「侵略しなければ、向こうだって躍起にならないよ。この一年も平和だったし」

大臣「ですが、そう言うわけにも……私いがいの臣下もきっと反対を……」

魔王「魔王であるわたしが、やめたって言ってるんだよ?」

大臣「魔王様……」

 魔王。魔界で一番強いヤツ。
 大臣だとか、臣下だとか魔王城にはそれなりに強いのがいる。


魔王「じゃあ、ガーゴイルがわたしと戦ってとめる?」

大臣「そんな……あまり困らせないで下さい……」

 オロオロとし始めるガーゴイル。

 魔界にも人間界と同じように、取り決め。法律のようなものが存在する。
 魔界の法律は魔王が決める。小難しいものではない、やって良いこと。悪いこと。それだけを簡単に決める。

 人間界のようにガンジガラメではないし、大変なものでもないけれどそれでもルールは存在し破った者には罰が下される。
 罰を下すものは誰か? 魔王だ。

 魔界での“法”とはつまるところ、魔王であるわたしなのだ。
 そのわたしが「世界征服をやめた」と言えば他の魔族は従うしかない。
 例えどんなに納得がいかなくとも、それが魔王の出したオーダーであれば飲み込むほかないのだ。


魔王「ガーゴイル。私は世界征服をやめるとは言ったけれど、魔王をやめるとは言ってないよ」

大臣「ですが……」

 魔王の特権。
 この面白さの欠片もない地位だけれど、一つだけ長所があった。

魔王「魔王の命令は絶対だよ」

大臣「……」
 


 その絶対的な力を前に、逆らえる魔族なんていやしない。
 例え無茶苦茶な命令であろうとも、その指示は履行される。

 もちろん、最低限の常識は踏まえているつもりではいるのでおかしな命令をするつもりはない。
 ただ、現時点のわたしの考えでは“世界征服”は無意味なものであり、魔族と言う種を挙げて遂行したいとはとてもじゃないけど思えなかった。

魔王「さあ、ガーゴイルよ。動く魔像よ。大臣よ。魔王であるわたしは命令を下したよ」

大臣「……ハッ」


 可哀想に。命令とハッキリ口にされてしまえば、ガーゴイルは反論することすら許されない。
 命令が不服で反旗を翻したいのであれば、わたしに勝負を挑み、倒し、その者が魔王になれば良い。

 魔王とは基本的に世襲制ではあるけれど、魔王より強い者がいれば交代は出来る。
 まあ、代々続く魔王の系譜に匹敵する力を持った魔族なんていやしないけど。

魔王「うんうん」

 さて、明日からちょっと大変かもしれない。
 この命令が行き渡れば自然と反抗心を燃やす臣下が出てくることだろう。

 元々、わたしのような幼子が魔王に就くと言う点で敵は多かったんだけどね。
 そこはほら、魔族と言う種族は力こそ全てだから反抗したくても出来ないってのが臣下たちの正直な内心でしょう。


大臣「本日より、人間界への侵攻は中止との通達を全軍に発令いたします……」

魔王「うん、お願い。世界征服はやめ、自由にしなさい、と。ああ、当然だけれど自由と無法を履き違えたお馬鹿さんがいたらわたしが直々に処罰する旨も忘れずに」

 自由。と言われて人間界に赴き虐殺を楽しむお馬鹿さんがいたら大変だからね。
 わたしとしては、人類とはなるべく喧嘩をしたくないので騒ぎは起こしたくないのが本音。

 むしろ魔族は人類にこそ学ぶべき点が多いのじゃないかとすら思っている。
 活字を読むのが好きなわたしは、しばしば人間界の書物を読み漁ることがある。

 紅茶と呼ばれる香りの良い飲み物や、不思議な調味料や器具を使った調理法。魔族とは違った進歩を見せた機械類。
 余暇の素敵な使い方など目を見張るものばかりだ。

 いつの日か魔王と言う立場ではなく、わたし個人として人間界に降り立ち文化を拝見したいと思っている。
 


 しかし、現状ではそれが困難であることをわたしは理解している。
 魔王と言う立場で人間界に足を踏み入れる。それはイコール戦争であり、最終決戦と魔族全体が勘違いしても仕方がない行為なのだから。

 だから、そう言った考えを変えさせる。
 両種族の共存だなんて馬鹿げた妄想を口にする気はない。

 私の目標は……ええと、なんだっけかな。
 ……そう! たまに人間界へ遊びに行って美味しい物を食べたり飲んだり、観光したりすることが出来る世の中(魔界)にしたい。

 魔王であるわたしが、気軽にそれを出来る程度に。
 それだけなのだ。


 たったそれだけのことをしたいがために、魔王であるわたしは前代未聞の命令を発した。
 文句は言わせない。
 いや、言いたければどうぞ。力でねじ伏せるだけだからね。
 前代魔王である父から授かった力はこんなことにしか役に立たないけれど、あえてわたしは心の中で感謝を唱えた。

 大魔王様、万歳。
 魔界、万歳。

 さあ、危険な日々とはお別れして楽しい毎日を暮らせるように変えていこうじゃない。
 魔族のみんな。
 命をかけて、人間界へと侵攻する必要はなくなったのだよ。

投下終了です。
次回書けたらまた投下しに来ます。

期待



魔界の革命者、魔王ちゃん

いいね。続き期待します

相対性理論かと思ったら本当にそうだった

期待乙

魔王すげぇかわいい
期待してる

乙期待

面白いね、期待
だが大臣がガーゴイルかよwwww

投下します。

>>25 つづき。



 魔界の空は今日も濁っていた。曇天模様。
 魔王城の最上階から見渡す景色はいつもと代わり栄えせず、楽しさの欠片も感じられない。

 そこかしこから溢れ出てくる瘴気も心地が良いとは思えなかった。
 わたしは魔王であるのにどうしてこうも魔界が肌に合わないのだろう。

 行ったこともないけれど、きっとわたしは人間界の方が合っているのだと思う。


 この世に生を受けて16年。未だ肌に馴染まないこの世界。
 ならば、自分の住みよい環境に変えていこうと思い立ったのが先日。

 やはり、問題は向こうから歩いてきた。
 魔王城に住む魔物たち。大臣のガーゴイルもそうだけれど、高位に位置する魔物からのブーイングは凄まじいものがあった。

 基本的に城に住む者は、1000歳を越える古参たちだ。
 古い考えの持ち主が多く、わたしの考えには納得できないのだろう。
 


 しかし、納得はいかずともソコはほら、しきたりとかを重んじる連中なわけで“命令”と言えば口を塞ぐ他なかった。
 良いね。命令。

 今までは気を使ってあまり実行したことはなかったけれど、実に気分が良い。
 命令と言う行為には責任が付きまとう。って言うのはなにかの本で読んだ。

 なんの本だったかな……? まあ良いや。
 上の者が下の者を命令で押さえつける場合、色々な問題が後に生じるとか書いてあった気がする。
 


魔王「お……これはこれは、壮観な眺めだね」

 景色に変化があった。
 大平原から大量の砂埃が舞い、地鳴りのような音が世界を揺らす。

 蹄の音だった。
 平原を埋め尽くすほどの大軍隊。

 第一魔甲騎兵軍のお出ましだった。
 


大臣「魔王様……まもなく、騎兵将軍が謁見に参られます」

魔王「うん。ここから見えてる。見てご覧よ、ハハッ。栄えある第一騎兵軍総出で来たらしい」

大臣「……」

魔王「心配しないでも大丈夫。彼の性格は……うん、理解しているつもりだよ。少なくとも、平和的な人格じゃあない」

大臣「謁見を要望してきたからには、何かしらの意図があるかと」

魔王「だろうね」

大臣「魔王様……」

魔王「大丈夫。ガーゴイル、わたしは魔王なのだよ」
 



 ─魔王城 謁見の間─


魔王「良く来た。デュラハン将軍」

デュラ「ハッ。閣下もご健在でなによりです」

 閣下。閣下ねえ……将軍と言う地位もそうだけれど、こいつら(魔界全土を含む)も人間被れをしていると思う。
 きっとみんな、どこかで人間と言う生物を羨んでるんじゃないだろうか。

 彼等のそう言った多種多様な名称や、称号は耳にして心地良いものがある。
 どこの誰が最初に“将軍”やらなにやらの名称を使い始めたのかは知らない。

 けれども、それが人間界からの輸入名称であることは明らかだ。
 “世界征服”とはつまり、人間の作り出した文化、文明を我が物顔で使用したいだけじゃないのだろうか。
 


魔王「楽にしなさい」

デュラ「ハッ」

 デュラハンは膝を折って屈んだ状態から、起立状態へと体勢を変えた。
 右腕で頭部を抱えているのだけど、それがまた面白い。

 かしこまる。目上の者に対して頭(こうべ)を垂れると言う。
 これまた人間界から輸入してきたんじゃないかと思われる行動。

 デュラハンは膝を折って姿勢を低くはしていたが、右腕で抱えていた頭部は決して下を向くことがなかった。
 なんとも解りやすい男だ。
 


大臣「将軍。魔王様の御前で帯刀しているのは如何なものかと」

 玉座の横で起立しているガーゴイルが口出しをしてきた。
 デュラハンは自分の身の丈ほどもある、巨大な剣を背中に背負っている。

魔王「いいよ。わたしが許した」

大臣「ですが……」

デュラ「大臣。わたしは騎士である。騎士である私にとって剣とは魂そのものなのだ。間違っても魔王様にこの刃を突きつける気などありはしない」
 


 とかなんとか言っちゃって。
 ならば、その体中から湧き出ている殺気はどう説明するのだろう。

 わたしが気付いていないとでも思っているのだろうか。
 だとすれば、コイツは相当な馬鹿だ。

 今、自分が相対している相手の容姿が小娘だからと言って、その本質を忘れているのじゃないだろうね。
 忘れているのなら、そのまま忘れてもらっても構わないのだけれど。
 


魔王「で、将軍。話しとはなにかな? 面白い話だと嬉しいけど」

デュラ「閣下。茶化さないでいただきたい」

魔王「用件を」

デュラ「世界征服……人間界への侵攻を中止、とはどう言ったことでしょうか」

 正直な男だ。
 本題に入った途端に殺気が増した。
 


 これはもう端から話し合う気などないのだろう。
 だとすれば、わたしとしても無駄な時間は使いたくないのだけど……はあ、面倒だ。

 これからもこう言ったことがあるだろうから、色々と手を打たねばならない。
 そのためには、今がまんしなくちゃいけない。

魔王「言ったとおりだよ。人類への攻撃は前面中止。みな、魔界で自由に暮らしなさい」
 


 魔界の広さが人間界の1/10とは言え、決して狭いわけではない。
 人間界が広すぎるのだ。

 魔界が狭いから領土を拡大したいのじゃない。
 血気盛んな、闘争心の塊のような連中が多いからそう言うことになっているんだと思う。

 まさに、わたしの目の前にいる男のような。
 


デュラ「しかし──」

魔王「──将軍。魔王であるわたしは命令を下したよ。それとも……文句があるのかな?」

 ギリッ。と腕に抱えられた頭部から歯軋りのようなものが聞こえた。
 いよいよもって堪え性のない男だ。

 もう少し頑張って仮面を被ってみれば良いものを。
 その兜はお飾りなのかな。
 


魔王「なければ下がりなさい。大群を率いての謁見、ご苦労だった」

デュラ「小娘が……」

 ぼそり、と頭部が口を動かす。
 ほうら噛み突いてきた。

 最初から噛み付きたくてウズウズしていたのだろう。
 どうやって牙を向けようか考えていたのでしょう? ほら、わたしが機会を作ってあげたよ。
 


魔王「ん? なにかな? 良く聞き取れないが」

デュラ「小娘が粋がるなよ……」

 兜越しに見える、デュラハンの目が赤く光る。
 魔族特有の興奮状態を示していた。

大臣「将軍! いまなんとっ!」

デュラ「大臣! 貴様も貴様だっ! こんな小娘の言いなりになり、馬鹿げた命令を発令しおって!」
 


 小娘。小娘ねえ……いや、自分でもわかっていることだけれど。
 面と向かって言われると少しだけ苛つくよね。

 わたしだって好きで小娘をしているわけじゃない。
 あと1000年も生きれば風格とか出るのだろうか。馬鹿にされ続けるのも趣味じゃないんだけど。
 


魔王「それで……将軍。君は一体どうしたいのかな?」

デュラ「知れたこと。貴様を斬って、俺が魔王となろう」

大臣「なんと馬鹿げたことを……」

魔王「わかった。じゃあ、正式に魔王交代の儀式を行おうか」

 儀式と言う名の戦闘をね。
 


デュラ「ククッ……ここまですんなり行くとはな」

 背中に担いだ大剣を抜こうとするデュラハン。
 ちょっと、ちょっと。ここで闘うつもりなの? それは困る。

魔王「将軍。どうせなら外で戦おう。君の部下にもその勇士を見せ付けるべきだよ」

 外で戦わなければ意味がない。
 ここまで我慢した理由がなくなってしまう。

 デュラハン。君には人柱になってもらう予定なのだから。
 


デュラ「クッ。言って置くが外に待機している軍勢は俺の部下たちだ。貴様に手を貸そうと言う者など一人もおらんぞ」

 わかってる。わかってるよ。
 兵隊の力を借りようとも思っていないし、それは君も同じでしょう。

 この軍勢は自身の力、統率力をわたしに見せつけようと考えてのこと。
 なんと浅はかな考えだろう。

 それもこれも、魔界と言う世界のシステムが頭の良さではなく実力重視だからなのだろうね。
 わたしも今回はそれを活用しようとしているから、デュラハンを馬鹿にする権利はないのかもしれないけれど。
 



 ─魔王城下 大平原─


 わたしとデュラハンを囲うように、総勢一万の軍勢がサークル状に広がっていた。
 大臣であるガーゴイルは翼を広げ上空からこの状況を心配そうに見守っている。

 そう言えば、魔王に一騎打ちを挑む魔物が現れたのは数千年ぶりのことらしい。
 前魔王であるわたしの父の代ではこのようなことは一度もなかったとか。
 


 きっと父は上手くやっていたのだろう。
 しかし、わたしは父ではないし考え方も違う。

 部下との衝突は必然か。

デュラ「俺が勝ったら魔王の座。そして“魔王剣”を頂く」

魔王「どーぞどーぞ」

 “魔王剣”。
 代々魔王の座に就くものへ継承される魔界最強の剣。

 まあ、わたしはあんな物を使う趣味はないから別にいらないんだけど。
 


デュラ「小娘。魔王剣を呼ばなくても良いのか?」

魔王「御気になさらず」

 それにしても、どうして魔王たるわたしに喧嘩を売ろうと思ったのだろうか。
 その理由をちょっとばかり考えてみた。
 


 一つ目の理由は、わたしの容姿だろう。
 人型であり、年齢も若いわたしは見た目だけで見れば人間界の15.6歳の少女と差して代わり映えしない。

 特徴といえば、魔王の系譜を証明する前方に突き出るように伸びた巻き角。
 背中ではなく腰から生えた翼。あとは尻尾。

 その位しか人間と違った部位が見当たらない。
 残念なことに、胸の発育も滞っているらしく女性としての魅力もないのだろう。

 だから、馬鹿にされているのだ。 
 


 そして二つ目。
 恐らくはこれが最大の原因。

 魔王を決める際の子供たちでの総当り戦。
 これは一般的には非公開であり、その内容を他の魔物たちに見せることはない。

 なぜか? 理由はいくつかあった気がするけれど、ええとなんでだったかな。
 闘う訳だから色々な勝ち方、負け方になる。

 例え敗北して、魔王になれなかったとは言え魔王の子は魔王の子。
 威厳、プライド、そう言ったものがある。

 部下である他の魔族たちに敗北した姿を見られるわけにはいかないとか……確か、そんなくだらない理由だったと思う。
 くだらない。実にくだらない。
 


 そんなんだから、わたしの実力を知らない馬鹿がこうして喧嘩を吹っかけてくる。
 わからせてやらねばならない。

 そう言った意味ではデュラハン。君に感謝をせねばならないね。
 一万の大軍勢。二万の瞳をここへ集めてくれたことを。

 思い知らせなければならない。

 魔王の、魔王たる所以を。
 
 デュラハン。君はわたしのとって、とても良い部下だったよ。

 
 

投下終了です。
次回書けたらまた投下しに来ます。

盛り上がるところでorz

とりあえず期待

気になる!!
そしてやっぱ魔王かわいい



この魔王ちゃん、性格的には覇王タイプだな。
己の目的のために邪魔な部下を切り捨てられるとは・・・
惚れるっ!

毎日の更新を目指しているわけではありませんが、書けたので投稿します。

>>60 つづき。



 デュラハンは自身の身の丈よりも長大な大剣を抜刀していた。
 思い切り力を溜めている。

 機を見計らって突進してくるつもりなのだろう。
 恐らくは彼の攻撃手段の中で一番攻撃力が高く、小柄なわたしを一撃で粉砕するに足る技なのだ。

 それに対してわたしは棒立ちだった。
 彼をどう調理するか未だ決めあぐねている。
 


 悪い癖だ。
 直前になって色々と考え始め、ぐだぐだしてしまう。

 わたしは指揮官には向いていないだろうと思った。
 指揮官ではなく魔王だから関係ないか、とも。

デュラハン「……行くぞ」
 


 ああ、来てしまう。
 砂埃をあげながら、その大剣をわたしに突き立てるために。

 わたしは迷っていた。
 あえてその攻撃を受けて、己の頑強さを見せ付けるべきか。

 それとも、一撃で彼を。デュラハンを葬り攻撃力を見せ付けるべきか。
 うーん……。
 


魔王「うっ」

 それにしても、臭い。
 緊張感が漂うシーンだと言うのに間抜けにも顔をしかめてしまった。

 第一魔甲騎兵軍。
 今まさにわたしへと突進してくるデュラハン将軍率いるアンデッドの集団だ。

 屍と化した馬に装備をあてがい、これまた屍と化したアンデッドどもが鎧を着込み馬に跨っている。
 辺りは腐臭で満ちていた。
 


 これだから、アンデッドは……などと思ってしまうほど、臭かった。
 自分で言うのもなんだけれど、わたしはよほど人間的な感性を持っていると思う。

 臭いものは臭い。
 それが例え同胞の、我が子らの放つ匂いだとしてもだ。

 人がどうやって最も効果の高い見せしめをしようかと悩んでいるのに。
 考えているのに。

 臭いんだよ、お前等。
 ああ、ダメだ。イライラしてきた。
 


 いっそ“魔王剣”を呼び出し、一個軍ごと消滅させてやろうかと思うほどに。
 わたしは魔王である前に、女性なのだよ。

 女性の下へ馳せ参じる前に、体臭をどうにかしようとか考えはしないのだろうか。
 デュラハン。お前もだ。臭い臭い臭い、臭いんだよ。

 体を洗え、それが無理ならば鎧を洗え。
 魔王の御前にその薄汚れた格好で姿を現すとはどういうことなのだ。
 


 人間界ではありえないことだ。
 まったくもって、人間界の王族が羨ましい。

 彼等の臣下は少なくとも、清潔ではあるはずだ。

デュラ「小娘が! 闘争のなんたるかをその身を持って知るが良いッ!!」
 


 わたしのイライラは少しばかり限界に達していた。
 頭の中で色々と考えた結果、もう考えは纏まらないだろうという結論が出ている。

 悲しいかな、デュラハンの言うとおりわたしはまだ小娘なのだ。
 理路整然とした思考よりも、感情を優先してしまう。

 だからデュラハン。
 お前は死ね。
 


デュラ「──なっ」

 一瞬で距離を殺す。
 突進してくるデュラハンに対して、わたしも突進してあげた。

魔王「やあ」

 せっかく末期だからと優しい声色で話しかけてあげたと言うのに、デュラハンと来たら返事を返そうともしない。
 連れない男だ。
 


魔王「その臭い体ともお別れだね」

 思い切り腹部にアッパーカットの要領で拳を天に突き上げた。
 パンッ。と小気味良い音が鳴り、デュラハンの体が消滅する。

デュラハン「……」

 胴体が粉々に砕け散り、頭部だけがドンと悲しい音を立てて草原へと転がった。
 頭部にはまだ仕事が残っているからね。
 


魔王「ふう」

 結果、わたしは物理的な攻撃力の差を見せ付けたことになる。
 移動速度もさることながら、魔王とデュラハンではそもそものステータスが段違いなのだ。

 数値化するのであれば、桁が違う。
 象に対して子猫がじゃれ付いてきたようなものだ。

 これで彼等(軍勢)も理解しただろう。
 魔王の魔王たる所以を。
 


 しかし、まだ足りない。
 二万の瞳は、なにが起きたのか把握できていない者がいるからだ。

 圧倒的なスピード。圧倒的な攻撃力を目にしても、その凄さがわからない。
 もっともっと解りやすくしてやらねばならない。

 アンデッドどもは脳まで腐っているのだから、これも仕方ないか。
 


デュラハン「貴様……なっ、なにをした……」

 首だけになったデュラハンが口を開いた。
 なにをしたって……。

魔王「将軍。君の体を殴っただけだよ。そうだね、君の体を屠った技の名称が欲しいのであれば……魔王パンチと言ったところかな」

デュラハン「ふざけるなっ!」

 ふざけているのは、頭だけになった君の姿なのだけれど。
 さてさて。おふざけは終わりにして締めに入ろうか。
 


 えー、あー。
 演説とかは苦手なのだけれど、頑張らないと。

 ここ次第によって、この先こう言った面倒ごとが少しは解消させられる。と思う。
 一万の軍勢に力を示すことにより、魔界全土に今回の騒動は知れ渡るだろう。

 そうなった時、この場にいるアンデッドどもがわたしのことを他の魔物にも話をする。
 反乱、反抗は無駄だ。止めたほうが良いと口を揃えて言うように仕向けなければならない。
 


 最悪だ。
 わたしは力で、恐怖で部下たちを抑えつけようとしている。

 けれども簡便して欲しい。
 命を賭して戦えだなんて命令は発さないのだから。

魔王「諸君。これがわたしの、魔王の力である」

 静まり返った大平原。
 アンデッドどもが見つめる中でわたしは口を開いた。
 


魔王「諸君らの中には、わたしの発した命令……それに対して良い感情を抱いてない者も多いかと思う」

 ほとんどがそう思ってるよね。

魔王「わたしのことを、腑抜けや腰抜け。または闘争を好まない博愛主義者だと思っている者もいるだろう」

 間抜けであることは否定しない。わたしは天才じゃないから。

魔王「見ての通り、私は闘争自体が嫌いではない」

 落ちていたデュラハンの頭部を鷲掴みにして掲げる。
 闘うことは嫌いじゃないよ? 好きじゃないだけだ。嘘は言ってない。
 


デュラ「ぐぅっ……」

魔王「しかし、わたしは人間界への侵攻をしたいとは思わない。理由は……まあ、色々ある」

 個人的な理由がね。

魔王「それに対し、不満を持つ者がいたら遠慮なくわたしの首を取りに来ると良い。相手をしよう」

 さあ、デュラハン将軍。
 最後のご奉公だよ。
 


魔王「ただし。今回のように優しく相手をするのはこれで最後だ」

 わたしの放った言葉の意味が解らないのか、一万の軍勢は首をかしげた。

魔王「将軍。お別れだ」

デュラ「なっ……」

 デュラハンの生首を軍勢の外側へと思い切り放り投げた。
 いくら臭いアンデッドとは言え、同胞だ。

 無闇に殺す趣味を私は持っていない。
 


魔王「来い……“魔王剣”」

 空間が歪み、突き出されたわたしの掌に納まる異形の魔剣。
 それは剣と呼ぶにはあまりにも未完成な物だった。

 刀身も無ければそれを納める鞘も無い。
 鍔も無く、あるのはわたしが握る柄の部分のみ。

 剣とは名ばかりの、ただの棒。
 それは使用者の魔力を喰らい、増幅し、射出する。

 生み出すものは単純なる破壊。
 美意識の欠片もない兵器だった。
 


魔王「さあ、お望みの“魔王剣”だよ」

デュラ「これが……これがまお────」

 魔王剣から放たれる下卑た閃光が平原を包んだ。
 光源の中心部にあったデュラハンの頭部は説明するまでもなく消え去り、平原の地形は不細工に変形していた。

 地が思い切り抉れ、クレーターのような大規模な窪みが作られている。
 ほんの少しだけ魔力を注いだ結果がこれだ。
 


 もし、わたしが全ての魔力を“魔王剣”に喰らわせたのであれば、魔界が一度終わるのは簡単なことかもしれない。
 なんと恐ろしい兵器だろう。

 これは何時の日か処分しなければいけないなと思った。
 っと、まだ仕事は終わってないんだったね。

魔王「さて……諸君らの将軍はただ今を持って跡形も無く消え去ってしまった」

 それこそ塵も残さずに。
 


魔王「魔王であるわたしは今一度、命令を発するよ。この魔界で自由に暮らしなさいと。以上、解れ」

 一瞬の静寂の後、蹄の後が一つ二つと増えていきアンデッドの軍勢は平原から姿を消した。
 理解したのだろう。

 魔王には勝てないと。
 “魔王剣”には勝てないと。

 わたしがデュラハンとの戦いで最初から“魔王剣”を使っていたのであれば、一万の軍勢ごと滅ぼしていたことを。
 それをしなかったわたしの意図を。
 


魔王「ふう……疲れたあ」

大臣「お疲れ様でございます」

 今の今まで空を飛んでいたガーゴイルがわたしの元へと降り立ってきた。

魔王「ガーゴイル。湯を沸かして貰えるかな? 体が臭くっていけない……腐臭が染み付いてしまったよ」

大臣「準備は整ってございます」

魔王「ん。ありがとう」
 


 気の利く石像だ。
 おそらくはデュラハンが謁見しに来た際、その臭さに歪めたわたしの顔を見て察したのだろう。

 熱いシャワーで体を流した後は、湯船にたっぷりと浸かろう。

大臣「──将軍との戦闘の最中にではございましたが、お客様が御出でになられております」

魔王「客? 今日のアポは確かデュラハン将軍だけだったと思うのだけれど」

大臣「ええ、前もっての連絡はなしにいきなりでしたので」

魔王「誰?」
 
 アポイントを取らずにいきなり謁見しにくる者なんてそういない。
 えっ、誰だろう。
 


大臣「“淫魔”-サキュバス-にございます。お土産にと人間界の薔薇を沢山持ってこられましたので、ご勝手ながらバスタブに浮かべておきました」

魔王「サキュバスが!? 薔薇をか、それは嬉しい。早いとこ城に戻ろう」

 薔薇とはサキュバスらしい手土産だ。
 わたしの嗜好をわかっている。

 まったく、突然の来訪とは驚かせて……いや、喜ばせてくれる。
 サキュバスはわたしの、幼少時の教育係だった魔物だ。

 戦闘と、似合わない演説で疲労していたわたしの気持ちは何時の間にか晴やかなものになっていた。
 

おわーり。
投下終了です。
次回書けたらまた投下しに来ます。

>>30
でも突っ込まれてますが、その通りです。

ありがとうございました。

今日のご飯考えるので精いっぱい

わくわく

魔王かわいいよ魔王

やばい、これ期待
完結まで辿り着いて!

淫魔(サキュバス)が姫さんの教育係とか情操教育的に大丈夫なんだろうかとか思った。

毎日の更新を目指しているわけではありませんが、書けたので投稿します。

>>91 つづき。



 サキュバスがわたしの教育係に任命されたのは、まったくもって幸運だった。
 大魔王13番目の子。

 余命幾ばくも無い大魔王の末の娘。
 そんなわたしに期待の目は一切無かった。

 ようするに、出涸らしだと思われたのだ。
 すでに優秀(だと思われていた)な兄さまや姉さまがいたし、わたしには一切期待していなかったのだろう。
 


 そんなわたしに高位の魔族が教育係として就くことは無く、プラプラと暇をしていたサキュバスにその任務が押し付けられた。
 “淫魔”。ようするに、人間の男の……あー、あはん。おほん。

 つまりは、うん。
 説明はいらないかな。

 サキュバスは他の魔族と違って、人類(の雄)と友好な共存関係を築いていた。
 どう友好なのか、と言う言明は避けさせて貰う。魔王とはそれ位の勝手が許される立場なのでね。
 


 命を奪うでもなく、お互いの利益を確保していた。
 ええとつまり……表現が難しいけれど、いわゆる“WIN-WIN”の関係を築いている。

 そんなサキュバスは、魔界で過ごしている時間よりも人間界で過ごしている時間の方が長い。
 自然、わたしはサキュバスから人間界の話しをそれこそ子守唄代わりに聞いていた。

 興味を持ったのはサキュバスの仕事……ではなく、文明としての人間界。
 この晴れることのない曇天に包まれた魔界と比べたら、人間界は極楽浄土にすら思えた。

 そしてわたしの人格形成にもサキュバスは一役買っている。
 母として、いや違うな。姉……? 婆やなんて言ったら怒るかな。

 まあ、わたしとサキュバスはそれに近しい関係だった。
 



 ─魔王城 謁見の魔─


魔王「サキュバス!」

サキュ「魔王様」

 魔王城謁見の間。
 サキュバスは大胆にも玉座に腰掛け、足組をしていた。

 相変わらず自由なやつだ。
 


大臣「サキュバス!」

 ははっ。
 ガーゴイルが怒っている。

魔王「久しいじゃないか、魔王就任以来だから一年ぶりかな。今までなにを?」

サキュ「人間界で男漁りを」

魔王「それでか。また綺麗になっている、少し若返ったか?」

サキュ「お陰様で」

大臣「サキュバス! そこは恐れ多くも玉座であるぞ!?」

 ああもう、ガーゴイルうるさい。
 良いじゃないか、椅子くらいで騒ぐと男としての器が知れるぞ。
 


サキュ「まあ、失礼いたしました」

魔王「良い。どうだい、玉座のすわり心地は」
 
サキュ「悪くはありませんけど、魔王様の好みとは思えませんね」

魔王「まったくだ」

 この取り止めの無い会話も気分が良い。
 サキュバスは相手によって態度を変えない。誰に対してもこうして飄々とした態度を取る。

 さすがにわたしには敬語を使ってくるけれど。
 もう一つ付け加えるのであれば、わたしに魔王らしい口調を教えたのもこのサキュバスだ。
 


魔王「サキュバス。湯あみに付き合え、大臣が土産の薔薇を浮かべてくれている」

サキュ「それは素敵ですね」

魔王「ああ、なんとも素敵だ」

大臣「全く……玉座をなんだと思って……大体、サキュバスは昔から……」

 ガーゴイルがぶつぶつと文句を言っているけれど、無視してしまおう。
 悪いが、わたしの中での優先順位として玉座は決して高いものではない。

 むしろ低位のものなのだ。
 それよりも今は、薔薇が浮かんだ浴槽のほうが魅力的だ。
 



 ─魔王城 大浴場─


 魔王城には大浴場が設置されている。
 巨躯だった父(大魔王)でも手足が伸ばせる大きな風呂。

 しかし、わたしはそれがどうにもしっくりこなかった。
 大浴場の片隅に小さめなバスタブを設置させてそこで入浴している。

 薔薇も勿論、小さなバスタブに浮かべられていた。
 


魔王「うーん……相変わらず不可思議な肉付きをしているね」

サキュ「お褒めの言葉と受け取っても?」

魔王「どうだろう。今のところ、わたしは羨ましいとは思わない」

 突き出た胸部。引き締まった腹部。適度に脂肪が乗った臀部。
 その全てが男どもを魅了してやまないのだろう。
 


サキュ「ふふっ。大丈夫、魔王様もあと2.300年も生きれば成長しますよ」

魔王「それは……喜ぶことなのだろうか」

サキュ「もちろん」

 満面の笑みで返すサキュバス。
 ううん、どうだろう。威厳だとか風格が増すのであれば喜びもあるのかもしれないけれど。
 


サキュ「ほらほら。そんなところで仁王立ちしてないで髪を洗いましょう。アンデッドどもの匂いがすっかり染み付いているのでしょう?」

魔王「そうだった」

 サキュバスの肢体に目を奪われて忘れていた。
 素っ裸で仁王立ちしていたわたしの姿はなんとも間抜けな姿だったことだろう。
 


サキュ「洗ってさしあげますよ。どうぞこちらへ」

魔王「ん」

 ちょこんとサキュバスの前へ腰を下ろす。
 ひんやりとした感覚を一瞬だけ覚え、それが頭部全体を包んだ。

 背中にサキュバスの胸部が当る。柔らかい。
 


魔王「すんすん……」

 自然と鼻が鳴る。良い匂いが鼻腔をくすぐった。
 バスタブから香る薔薇の匂いではない。

 これは……。

魔王「さくら……?」

サキュ「正解。人間界からのお土産です。桜の香りがするシャンプーですよ」

魔王「おお! 良い匂いだ」
 


 サキュバスめ、憎いことをしてくれる。
 わたしの口角は思わず吊りあがり、笑顔になってしまった。

 薔薇の香りに、桜の香り。
 なんと素敵なことだろう。

 さすが人類だ。
 花を愛でる文化とは魔族では考えられない思考である。

 素晴らしい。
 デュラハンとのことで辟易していたわたしの気持ちはもうとっくに洗い流されていた。
 


サキュ「かゆいところはございませんか?」

魔王「ん。全体的に気持ち良い……」

 ああ、それにしても……ああ。
 他人に髪を洗われると言うのはなんと心地の良いことなのだろう。
 


 ガーゴイルではダメだ。
 あんな石像で出来た腕で髪の毛を洗われてはたまったものじゃない。

 アンデッド系の魔族や、獣族でもダメだ。
 そんな連中に髪の毛を洗われてはストレスでその種族ごと滅ぼしてしまうかもしれない。

 サキュバスのしなやかな手つきだからこそ、この快感を味わえるのだろう。
 確か人間界には“美容師”と言う髪切りを生業にしている者もいると聞いた。

 いつか体験したいものだと思った。
 


サキュ「近頃はどうですか?」

魔王「どう、とは? 具体的に言って欲しいね」

サキュ「もう、相変わらず素直じゃないんですから。教育の仕方を間違えたかしら」

魔王「“素直なだけがいい子じゃない”と教えてくれたのはサキュバスだよ」

サキュ「もう」

 お互いが鼻で笑う。
 シャコシャコと髪を洗う音が浴場を響かせている。
 


魔王「悪くは無い。発令した事案が事案だ、良いとも言えないけれどそれなりに上手くやれているつもりだよ」

サキュ「デュラハン将軍との一騎打ちを拝見いたしました。また、強くなられましたね」

魔王「将軍が弱すぎるだけだ。あれは……頭部が切り離されている分、頭の出来が悪かったのだろう」

サキュ「その毒舌は誰に似たのでしょうね?」

魔王「さてね」

 可笑しかった。
 わたしの人格形成を手伝ったのはサキュバスなのだから。
 


サキュ「将軍もあれはあれで、人間界では名の知れた魔族なのですけれどね」

魔王「格好が格好だ。人類の目線で見るのであれば、あの姿形は恐怖を覚えるだろうね。大型の武器も拍車をかけている」

サキュ「姿だけではなく実力も伴なっていたのですが……魔王様から見れば稚児のようなものでしたかね」

魔王「全くだ。あれが将軍を務めていたとなると、我が魔界軍の衰退は目に見えていただろうね」

サキュ「しかし、アンデッドの頭目は将軍ではありません。“死王”-リッチ-がなにを言い出すか──」

魔王「サキュバス。もうその話しは禁止。面白くない」

 こんな話しはガーゴイルとも出来る。
 一年ぶりにサキュバスと会えたと言うのに、こんな面白味の無い連中に話題を取られるのが癪だった。
 


魔王「ねえ。一年間、人間界にいたんでしょう?」

サキュ「もう……魔王様。口調が元に戻っておられますよ?」

 しまった。
 意識していたつもりだったのに。
 


魔王「あ。む……あー……一年間、人間界にいたのだろう?」

サキュ「よろしいかと。はい、そうですよ。お姫様が魔王様になられましたので、私は少しばかり魔族内での序列が上がったのですよ」

魔王「好き勝手にしてると?」

サキュ「有体に申し上げるのであれば、そうですね」

魔王「なんとも羨ましい」

サキュ「はい。ありがとうございます」
 


 心の底から羨ましかった。
 魔王になったわたしは、サキュバスと比べるのであれば間逆の生活を送っている。

 自由に城の外へ出ることも出来ず、散歩をするのもなにかと文句を言われてしまう。
 魔王とは、基本的に城にいなければならないのだそうだ。

 そう言った理解し難い考えもその内に排除していかなくては。
 


魔王「色々と聞かせて欲しいね。人間界のあれやこれを」

サキュ「あら。魔王様も殿方に興味が出てきたので?」

魔王「ちーがーう」

サキュ「ふふっ。髪、流しますよ?」

魔王「うん」
 


 わぷっ。
 頭頂部からお湯をかけられる。

 桜の香りが消えないよう、薔薇が浮かんでいる浴槽からではなく白湯をかけてくれた。
 こういった細かな気遣いが嬉しい。

 余談だが、わたしもサキュバスも髪は長い。
 洗髪した後は巻いてタオルで包まなければ、湯に髪が浸かり痛んでしまう。

 非常に面倒なのだが、ショートカットではダメらしい。
 よくわからない。
 


サキュ「さ、魔王様。角も洗いましょうか?」

魔王「うっ……いっ、いいよ。自分で洗うから」

 角はいけない。
 例えばこの角で岩を串刺しにしたり、大地を二分するのは容易いことだ。

 けれど、たっぷりと石鹸にまみれた人の手で優しく洗われたらどうなることだろう。
 だめだ。耐えられそうにない。
 


サキュ「いけません。汚れが目立っていますよ」

魔王「じっ、自分でやるからいい……」

 自分でやるのもくすぐったいのだ。
 角の手入れは正直、ずさんだった。
 


サキュ「そう言ってやらないから、汚くなっているのですよ。さっ、良い機会です。前身くまなく洗ってさしあげます」

魔王「いっ、いい。いいよ。大丈夫だ、自分で後で洗えるから」

 ジリジリとにじり寄るサキュバス。
 ダメだ、良い予感がしない。

サキュ「私の石鹸テクニックは中々のものなのですよ? 幾人もの殿方を喜ばせてきたのですから──」

 にこやかなサキュバスの笑顔が、今のわたしにはなによりも怖いものに見えた。
 


魔王「あ、あ、あ……」

サキュ「さあ、さあ、さあ」

 わきわきと両手を動かすサキュバス。
 まるで十本の指がそれぞれ独立した生物かのように、うねっている。

魔王「あっ……あああああああああああああああっっ!!」

 魔王らしからぬ、なんとも間抜けな声が大浴場を突き抜け魔王城を響かせた。
 


おわーり。ありがとうございました。
投下終了です。

次回書けたらまた投下しに来ます。
 

おもすろし

おつかれさまー

短めですが、書けたので投稿します。

>>127  つづき。



 完全に忘れていた。失念していた。
 わたしはサキュバスと一緒に入浴するのは好きじゃなかったのだ。

 昔の思い出はどうしても美化してしまうものだと思う。
 辛い思いをしたと言うのに、時が経てばそれを忘れ良い思い出だと錯覚してしまう。

 やはり、わたしの頭は出来の良いものではなかった。
 あんなにも嫌がっていたサキュバスとの入浴を、薔薇の誘惑に我を忘れ自ら誘ってしまったのだから。
 

 
 まさか16歳にもなって角を無理矢理に洗われるとは思ってもみなかった。
 いや、サキュバスからすれば16歳などオムツの取れた幼児程度なのかもしれない。

 わたしはそれほどまでに小娘なのだ。

魔王「散々な目にあった……」

 脱衣所で大の字に横たわる。
 一糸纏わぬ姿だが、バスタオルを巻く気力も残っていなかった。
 


サキュ「魔王様。貴女様ももうレディなのですから、恥じらいを持ちませんと」

 うるさい。
 誰のせいでここまで疲れたと思っているのだ、まったく。

 デュラハン将軍との戦闘より疲れてしまった。
 温まった体の熱を床の冷気が吸い取り心地良い。

 体から湧き出る湯気は薔薇の香気を帯びていて、これまた気分を良くしてくれた。
 角洗いさえなければ完璧な湯あみだったと思った。
 


サキュ「もう……お風邪を召されますよ?」

魔王「魔王は風邪なんて引かない」

 多分。
 今のところ引いたこと無いから大丈夫。だと思う。

サキュ「これもお土産です。どうぞ」

魔王「ん?」

 差し出された茶褐色の液体。
 透明な瓶に入ったそれだが、わたしにはなにかわからなかった。
 


魔王「これは? 甘い匂いがするけど……」

サキュ「“コーヒー牛乳”と呼ばれる人間界の飲み物ですよ」

魔王「“こおひい牛乳”? 牛の乳か」

サキュ「はい。“コーヒー”と言うのは……飲料に風味などを付ける調味料と思っていただければ」

魔王「喉が渇いていたところだ。早速だが飲ませて貰おう」

 ──ゴクリ。

魔王「ッッ!!」
 


 甘い。
 強烈な甘さだった。

 相当な甘さと言って良い。
 けれども、なにか喉に引っかかるほろ苦さのようなものも感じ取れる。

 牛は魔界にもいる。
 人間界とは品種が少し違うけれど、同じようなもののはずだ。

 その乳。牛乳はたまに飲むが、これとは全然違っている。
 多少なりとも甘さはあるが、これほどではない。

 断然甘い。
 美味い。

 感動すら覚える味だった。
 


魔王「サキュバスッ! これは!?」

サキュ「ですから“コーヒー牛乳”ですよ」

 ──ゴクリ。

 二口ほど飲むと、瓶の中はもう半分ほどしか残っていなかった。
 なんたることだ。

 足りない。
 全然足りないぞ。
 


魔王「こんな飲み物が存在するとは……」

サキュ「本当は幼少時から差し上げたかったのですが」

 うん?
 なんだ、その含みのある言い方は。

サキュ「昔の姫様は今よりもお転婆でしたから。このような物があるとわかれば、人間界へと飛び出してしまう恐れがあったので」

魔王「むう……」
 


 今、わたしのことを「魔王様」ではなく「姫様」と言ったな?
 サキュバスだってわたしの口調をとやかく言えない。

 間違えて昔の名称で呼んでいるのだから。
 まあ、良い。わたしも大人だ、重箱の隅を突付く様な真似はよそう。

 それよりも“こおひい牛乳”だ。
 

魔王「ふむー……。確かに、こんな物があるとわかれば飛び出していたかもしれない。凄まじい美味さだ」

サキュ「お気に召したようで。瓶でもう10本ほど持ってまいりましたので、ゆっくりと飲んでくださいな」

魔王「10本! そうか、10本もか」

サキュ「1日で飲んではダメですよ?」

魔王「わっ、わかってる」

 あと10本もあるのか。
 1日1本飲んでも10日間も味わえるなんて。

 角を洗われた不快感など飛んでいってしまった。
 これはしばらく楽しめそうだぞ。
 


魔王「んくっんくっ……ぷう」

 喉越しも良い。
 胃に甘さの混じった液体がドスンと来る。

 これは人間界に行ったら是非ともお腹一杯に飲みたいものだ。
 


サキュ「さ。服を着ませんと体が冷えてしまいますからね」

 そう言ってわたしに肌着を着せてくるサキュバス。
 まったく、これじゃ幼少時とかわらないな。

 でもまあ、一年ぶりだし大目に見てやろう。
 “こおひい牛乳”も美味しかったことだし、角の件も含めて湯に流してやることにした。
 



─ 魔王城 寝室 ─


魔王「今晩は泊まっていけるのだろう?」

サキュバス「ええ」

 湯あみを終えた後、軽い食事をした。
 人間界での出来事。近頃のトレンドなどを聞いた。
 


 サキュバスの口から漏れる言葉はどれも刺激的で、楽しいものだった。
 話を聞けば聞くほどわたしの胸は期待で膨らむ。

 あと何年。
 どれ位か経てば、わたしも人間界へと遊びにいけるのかと。

 実際に体験したい。
 


 そうだな……まずは“美容室”へ行って髪を切ろう。
 その後は“ういんどーしょっぴん”をしつつ、服を買おう。

 歩きつかれたら、適当なお店に入って“紅茶”を飲むのだ。
 一緒に甘い茶菓子なども食べてみたい。

 夜は夜で魔界ではお目にかかれない食事を取りたいものだ。
 ああ、楽しみだ。

 絶対にわたしはそれらを経験してみせるぞ。
 


魔王「さて、後はもう寝るだけだが……」

サキュバス「ええ」

魔王「布団の中でも色々と話しを聞きたい。だが、まず本題から片付けてしまおうか」

サキュバス「……本題?」

 サキュバスがいきなり城へ尋ねてきたのには理由があるはずだ。
 理由もなしに、尋ねてくる理由がない。

 残念ながら、わたしに会い来た。だけでは理由が弱すぎる。
 なにかしらの用件があるから、わざわざ人間界から魔界へと足を運んだのだろう。
 


魔王「とぼけなくても良い」

サキュバス「……」

魔王「あー、なんと言うかな。命令の出し方が我ながらシンプルすぎた。浅はかだったと反省している」

 用件はなんとなしにわかっていた。
 わたしが発した命令。

 「魔界で自由に暮らしなさい」この言葉についてだろう。
 


サキュバス「……はい」

魔王「言葉が足りなかった。察しの良い者なら考えが回るだろうが、察しの良い者など殆どいないのが魔界だ」

サキュバス「仰るとおりです」

 わたしが言いたかったのは「世界征服を止める」「人間界への侵攻、侵略行為を止める」だ。
 突き詰めれば、魔族が人間界へ行かなければ上記の命令は達成される。

 だからわたしは「魔界で自由に暮らしなさい」と言ってしまった。
 


魔王「魔族の中にはサキュバスのように、共存関係で成り立っている者も少なからずいる。捕食者としてではなく、共棲と言う形でだ」

 それを止めろと言うつもりは毛頭ない。
 むしろわたしはそれを歓迎する。

 どちらにも利しかない関係なんて、素敵じゃないか。
 いいぞ、もっとやれと推奨したいくらいだ。
 


サキュバス「魔王様が、それを解っておられて安心しました」

魔王「馬鹿にするな。間抜けだとは自覚しているが、そこまで馬鹿ではない……はずだよ」

サキュバス「相変わらずご自分に対する評価が厳しいのですね」

魔王「わたしは自信家じゃないからね」

 くすりとサキュバスが笑い、「変わらぬようで安心しました」と呟いた。
 1年で性格や考え方が変わるほど、凄まじい毎日は送ってないよと答えた。
 


 こんな一言でサキュバスの不安が解消できたのであればなによりだ。
 ストレートに本題に入らなかったのは、教育係である自分が魔王であるわたしの発言に不安を覚えた。
 と自分から口にするのは不敬だと思ったのだろう。

 まったく、飄々とした性格のくせに妙なところでしっかりとしたやつだ。


 


 しかし、これは由々しき事態でもある。

 わたしに近しい存在である、サキュバスですら不安を覚え1年ぶりに顔を出すほどである。
 他の魔族がわたしの発した命令を勘違いして取る可能性は大いにありえる。

 と言うか、絶対ある。
 命令とはもっと厳格に、誰にでもわかるように発するべきだと思った。

 教訓だ。
 忘れないようにしよう。
 


魔王「サキュバス。お前の不安は解消されたかな」

サキュバス「ええ。これからも“淫魔”としての本分を真っ当できそうでなによりです」

魔王「そうか。それでは不安が解消されたところで、わたしが眠るまでよもやま話に付き合え」

サキュバス「よろこんで」
 


 こうして、ベッドの中で意識がまどろむまでくだらない話をした。
 ダメな男の話しなど、将来わたしが引っかからないようにと色々教えてくれた。

 正直、これは参考になるのか? と疑問を抱かずにはおれない内容もあったが、どの話しも楽しかった。

 サキュバスは明日にも城を離れてまた人間界へと旅立つだろう。

 寂しい気もするけれど……いや、恥ずかしながらこの感情は寂しいと表現するのが一番だろう。
 まったく魔王らしからぬ感情だ。
 


 けど、まあ大丈夫だ。
 さよならだけど最後じゃない。

 幸い、わたしの寿命は殺されなければ相当に長いものだしサキュバスもまた然りだ。
 生きていればまたいくらでも会える。

 ああ、もう眠くなってきたぞ。
 サキュバス。悪いが先に眠る。

 わたしは魔王なのだ。
 先に眠るくらいの我が侭は許せ。
 

おわーり。ありがとうございました。
投下終了です。

次回書けたらまた投下しに来ます。

おもしろい
期待してる

ほのぼのしてていいな

乙乙

短めですが、書けたので投稿します。


*ちゅうい モンスターについて。

 多分>>1はそこまでモンスター、怪物に詳しくありません。
 独断と偏見で名前が出てきますが、そこはそう言うものだと割り切って読んでいただけたら幸いです。

>>157  つづき。



 サキュバスが城を出てから3日が経った。
 土産にと置いて行った“こおひい牛乳”は残り1本となり、わたしの心は寂しさで満ちている。

 どうやら、自分で思っていたよりも堪え性のない性格だったようだ。
 ううむ……どうにかして魔界で“こおひい牛乳”を生産できないものか。

 いや、わたし自らが人間界へと赴けば良い話なのだけれど。
 


魔王「……」

 玉座に腰を据えてそんなことを思っていると、大臣であるガーゴイルが心配してか声をかけてきた。

大臣「なにか、心配ごとでもあるのですか?」

 よほど思いつめた顔をしていたのだろう。
 わたしからすれば重大な問題ではあるが、さすがにそんなことを口に出すわけにはいかない。
 


魔王「ん。いや……まあな」

 お茶を濁した回答をするしかなかった。
 まさか大臣も魔王であるわたしが“こおひい牛乳”が残り1本になってしまったことに悩んでるとは思うまい。

大臣「心中お察しいたします」

魔王「……」
 


 思わず噴出しそうになる。
 ガーゴイルはその風体通り、頭の中までお堅いやつだ。

 そこが良いところでもあるけれど、時折りこういった勘違いをしてきて笑ってしまいそうになる。

大臣「兄上様、姉上様のことでございましょう」

魔王「……う? あ、ああ」
 


 帰ってきた言葉で笑えなくなる。
 そうだった、わたしはそれについて少しばかり悩んでいたのだった。

 “こおひい牛乳”ほどではないけれど。

魔王「兄様に姉様か……」
 


 わたしには兄と姉が総勢で12人もいる。
 その誰もが魔王城の玉座に座る資格を持っていた。

 しかし、魔王はわたしであり彼等は魔王になれなかった。
 そんな彼等が今、なにをしているのか。

 ある者は有権者。高位の魔族として魔界の片隅で統治者となり、ある者は自由気ままに暮らしている。
 魔王の系譜だからと言って全員が全員、同じような思考の持ち主じゃあない。
 


 堅物もいれば、柔和の思考の持ち主もいる。
 魔族として立派な考えの者もいれば、それこそわたしのような者もいる。

 数日前にわたしが発令した命令。
 「世界征服をやめます」宣言。

 これに噛み付いたのは、長兄と長女の二組だった。
 非常に面倒だ。
 


 長兄は堅物で、長女は魔族として立派な考えを持っている。
 そして悲しいかな、彼等は実力者ではなかった。

 どんなに確固たる考えや自信があったとしても、実力を伴なわなければ意味をなさない。
 それは人間界でも言えることだと思うけれど、魔界ではそれがよりいっそうに顕著だ。

 あの二人、頭は良いのだろうが力がない。
 魔力はまあまあだが……それならば、まだアンデッドの棟梁である“死王”-リッチ-の方が厄介である。
 


 12人の兄姉の中で一番強かったのは次女である、3番目の姉様だった。
 彼女は強かった。

 戦闘と言う意味で一番心躍る戦いが出来たのは、兄姉の中で彼女だけだったほどに。
 おそらくは身内の中でわたしに一番近しい力を持っていただろう。

 考え方もしっかりしていたと思う。
 わたしとしては彼女こそが魔王になればと思っていた。
 


魔王「上手くはいかないものだ……」

 しかし現実に玉座へ座っているのはわたしであり、他の兄姉たちではない。
 困ったことに一番、魔王らしからぬ思考の持ち主であるわたしが魔王になってしまったのだ。

大臣「長兄様と長女様が書状を送ってきております。“四王”に動きはありません」

魔王「“ちい姉様”と“四王”さえ同時に動かなければ、どうとでもなるよ」
 


 “ちい姉様”とは前述で話した、3番目の姉のことだ。
 彼女は魔王選定の戦いの後、姿を消した。自由にやっているのだろう、羨ましいことだ。

 そして“四王”これが少しばかり面倒臭い。
 まったく、魔王と呼ばれる王がいると言うのになぜ他にも王がいるのだろうか。

 魔王城を中心に、魔界を大きく四分割しそれぞれ統括している魔族がいる。


 “死王”-リッチ-。
 アンデッドどもの棟梁。

 “獣王”-ベヒモス-
 獣族を束ねる棟梁。

 “龍王”-ヨルムンガンド-
 龍の中の龍。龍族の棟梁。

 “魔人王”-アルカード-
 魔人たちの棟梁。
 


魔王「なあ、ガーゴイル。おかしくないか? 魔王がいると言うのに、なぜ他にも王を冠した者が4人もいる」

大臣「魔界も決して狭くはありません。そして魔族としての種族も多様にございます」

魔王「だから、大別して4種族に別けたのか」

大臣「さようで」

 面倒だ。
 面倒この上ない。


 アンデッド族に属するデュラハン将軍よろしく、この四王たちはわたしを認めていないだろう。
 デュラハンは頭の足りない馬鹿であったために簡単に謀叛……反旗を翻してきたが彼等は違う。

 一体どうやってわたしの足元を掬うか考えているに違いない。
 魔王一年生の小娘の指示になど従ってたまるかと思っているだろう。

 冷静に考えたら腹が立ってきた。
 なにが四王だ。
 


 わたしは魔王だぞ。
 なんで魔王のわたしが悩まねばならぬのだ。

 魔界は実力社会だ。
 そのトップであるわたしが命令したのだから、素直に聞き入れるのが筋と言うものだろう。

 わたしが「もう、やめた」と言っているのだからやめるべきなのだ。
 


魔王「それもこれも……」

 魔王選定の儀。
 戦いを一般公表しないからいけない。

 魔王係累のプライド? なにがプライドだ。
 魔王になったわたしがこうして困っているのだから、意味がないじゃないか。
 


大臣「魔王様?」

魔王「いや、なんでもない……」

 などとガーゴイルに愚痴ったところで仕方が無い。
 格式がどうのこうのと能書きを垂れるに決まっている。

魔王「ふう……兄様や姉様もそうだが、4種族の中だとアンデッドと魔人族が面倒だな」
 


 “死王”-リッチ-。
 狡賢く、利己的な男。

 おそらくはデュラハンをけしかけたのはコイツだろう。
 わたしを倒し、魔王になってしまえとそそのかしたのも。わたしの実力を測るために。

 はっきり言って実力的には4種族の中では一番格下と言えるアンデッド族だが、
 人間界へ侵攻する際、やつ等は災厄とも呼べる力を発揮する。
 


 圧倒的な数。人間を糧として増殖する能力。まさに災厄。
 わたし個人の感想を漏らすのであれば「気色が悪い」。

 リッチがわたしを倒そうとする場合は、まず力を溜めるだろう。
 魔力を溜め、兵力を溜め、魔界をアンデッドで埋め尽くす。

 考えただけで気持ちが悪い。
 


魔王「リッチか……一度直に会って、話しをした方が良いかもしれないな」

大臣「呼び寄せますか?」

魔王「いや。城が臭くなる。デュラハン将軍でそれを学んだ」

大臣「しかし、魔王様自ら出向くとなると……」

魔王「わかってる。なにかしら考える」

 考えただけで不死族連中の臭さを脳が思い出す。
 憂鬱だ。


 そして、もう一種族。

 “魔人王”-アルカード-
 淫魔や、吸血鬼、人狼などを束ねる人型の魔族。

 基本的な能力が種族値として高く、棟梁であるアルカードの魔力は相応に高いと聞いている。
 魔王就任の際に挨拶へ来たきりだが、相当な実力者だった。
 


 少なく見積もっても他の魔王候補だった兄様や姉様よりも強力な魔族であることは間違いない。
 そして頭も切れるだろう。

 厄介だ。
 厄介極まりない。

 どうしてこうも、わたしの身の回りは厄介ごとが多いのだろう。
 


魔王「兄様と姉様。四王の問題……一つ一つ片付けて行かねばならないか」

大臣「それが面倒でしたら、命令を撤廃すると言うことも──」

魔王「いやそれはしない」

 キッパリと断言する。

 わたしはもうやめた。

 世界征服やめた。 
 


 わたしの目標は世界征服などではない。
 人間界に降り立ち、向こうの文化を堪能することなのだ。

 それは支配者として堪能するのではない。
 個体としてそれを楽しみたいのだ。

 そのための障壁があまりにも多く、大きいが……仕方が無い。
 一つ一つ片付けるとしよう。
 


 魔王の寿命は長い。
 一分一秒でも早くこんな辛気臭い魔界から出て行きたい気持ちはあるけれど、我慢しよう。

魔王「まずは……長兄。兄様の問題から片付けようか」

 四王については後回しで良いだろう。
 書状にして文句を送りつけてくる兄姉の処理の方が先だ。

 血を別けた家族……出来ることなら血生臭いことにはしたくないけれど。
 

おわーり。ありがとうございました。
投下終了です。

次回書けたらまた投下しに来ます。

おつんぽー
楽しんでるよ

おつさま
面白いです、続き期待

おつかれー

乙です
魔王の希みが叶う日はくるのかなwwwwww

短めですが、書けたので投稿します。

>>188  つづき。



 なんども同じことを言ってるような気もするが、魔王の寿命は長い。
 そう簡単に寿命が尽きることもないし、体も頑強なので病魔に侵されることもないと言える。

 なにを言いたいかと言うと、だ。
 要するに時間は無限と言い換えて差し支えないほどわたしにはある。

 さっさと問題を解消し人間界へ繰り出したい気持ちはあるのだが、わたしの思考はどうにもぼやけていた。
 なにも急くことはないじゃないか。
 


 のんびり。まったり進行で魔王業を営んでも良いのではないか、と思い始めている。
 わたしは元来、出不精の面倒くさがりやなのだ。

 城の外へ散歩しに行ったりするのは良い。
 わたしが望んで、わたしの気分のために行う行為なのだから。

 しかし、それ以外の外出。
 例えば魔王の業務としてだとか、仕事としてだとかの外出はどうも好きになれない。
 


魔王「むう……」

 今日もお決まりの時間を玉座で過ごす。
 吹き抜けの城内からは、大平原が顔を覗かせていた。

 代わり映えのない風景が広がっている。
 面白味が無い。

 風が吹くか、雨が降るか、雷が振るか程度の違いしかない天候。
 人間界であれば“四季”と言うものがあり、季節によって覗かせる顔の違った天候があるのだそうだ。
 


 なんとも羨ましいね。
 魔界もそうであれば、少しは景色を楽しむと言う感性が魔族にもあったのかもしれない。そう思うと残念でならない。

 大臣であるガーゴイルからしてみれば、天候など雨か雨じゃないかだけわかれば良いと言う。
 まあ彼は石像だからね。

 雨が染みれば体が重くなるし、体に不具合の一つでも出るのだろう。
 ガーゴイルにとって天候などその程度のものなのだ。
 


 景観だってそうだ。
 城内の吹き抜けも景色を楽しむためにあるのじゃない。

 周囲を玉座から見渡せるよう、敵の侵攻を見て取れるようにするため。
 そのためだけに吹き抜けになっている。

大臣「お時間です」

魔王「ん」
 


 何時の間にか3時間が経過していた。
 本日のアルバ……業務は終了だ。

大臣「長兄様のことは如何なさるおつもりですか? あれからしばらく時間が経ちましたが……」

魔王「それは考えている。繊細な問題だからね」

 嘘だ。
 面倒なだけだ。

 わたしは、わたしの生活で今は手一杯なのだ。 
 


大臣「心中お察しいたします」

魔王「ん。魔王城に呼び寄せるのも兄様のプライドを傷つけるだろう、かと言って魔王であるわたし自ら出向くのも……」

大臣「はい。魔王様には面子と言うものがございます」

 それらしい言葉を並べてみたが、ガーゴイルは納得したらしい。
 どうやらわたしは事案を先延ばしにする正当を導き出したようだ。

 しばらくはこれで時間を引き延ばせるだろう。


魔王「わたしは部屋に戻る」

大臣「かしこまりました」

魔王「ではな」

大臣「あっ、魔王様」

魔王「ん?」

 玉座から立ち上がり、背を向けたわたしにガーゴイルが声をかけた。
 その声色には少しばかり含んだものが感じられる。
 


大臣「その……従者どもから色々と相談を承っておりまして」

魔王「ほう」

 なるほど。
 そう言うことか。

大臣「魔王様に炊事や洗濯をされるのはちょっと……と」

魔王「彼女らの領分を侵したりはしないよ。わたしはわたしのことを、自分でやっているに過ぎない」
 


 「世界征服をやめた」と言い放った日から、わたしは自身の炊事洗濯を自分でやるようになった。
 面倒くさがりなわたしであるが、どう言う訳かそれが楽しかった。

 料理の腕前はと言うと、サキュバスに振舞った際、彼女の笑顔が一瞬崩れ去ったので察して然るべきだろう。
 これも時間をかけて上達してみせる。

 掃除、洗濯を目一杯しっかりと。
 ごはんを自分で作る。

 妙に充実した時間経過を感じれた。
 正直、今日のごはんを考えるだけで精一杯になり兄様や姉様、四王のことなど考える暇などないのだ。

 そんなことを考えるよりも、晩御飯のメニューの方が大事なのだ。
 


大臣「しかし……」

魔王「従者長のスキュラだろう? そう言ってるのは。わかった、わたしから説明しておこう」

 魔王城は決して小さな建造物ではない。
 幾人かの従者がいなければ直ぐに埃まみれになってしまう。

 魔王城中の掃除や、洗濯。炊事などをこなす従者隊。
 その長をやっているのがスキュラだった。

 おっとりした性格の娘だ(娘、と言ってもわたしよりも何倍も生きている)が、炊事のスキルは中々に高い。
 その内に彼女から色々と料理ごとだとかを教えて貰おうと思っていたのだ。丁度良い。
 


大臣「魔王様。ご自身が魔界の長たる者だと言うことだけは、お忘れなきように……」

魔王「わかってる。わたしはわかってるつもりなのだけれど、回りはそう思ってない者が多いようだ。それもなんとかしなければね」

大臣「耳が痛とうございます」

魔王「ガーゴイルが悪いわけじゃない。全てはわたしの容姿と年齢のせいなのだ。こればっかりは、仕方が無いさ」

大臣「魔王様の実力は折り紙つきでございます。必ずや、兄上様や姉上様、四王も魔王様に忠誠を誓う日が訪れます」

 忠誠なんて、いらないのだけれど。
 わたしが欲しいのは自身の自由であって、魔界の統治者としての威厳ではない。

 ……が、ここはガーゴイルの言うとおりに従っておこう。
 これ以上、謁見の間にいたいとは思わないしね。
 


魔王「ああ。その日が来るように精々精進するよ」

大臣「わたくしめも、尽力をつくします」

 わたしが精進するのは炊事、洗濯なのだけれど。

 さあ、今日のごはんはなににしようか。
 まずは調理場に顔を出して、食材を別けて貰わねばならないな。
 
 わたしは軽やかな足取りで、気付けばステップを踏みながら謁見の間を後にしていた。
 

おわーり。ありがとうございました。
投下終了です。

次回書けたらまた投下しに来ます。
お仕事がありますので、どんなに早くとも次の更新は日を跨ぐと思います。



魔王になったらなったで苦労が絶えないねえ
魔王になんてならなきゃ自由になれ・・・いや、なんでもない

そのうち勇者が来るな

それにしても魔王かわいい

問題はこの魔王がドラクエでいう
ラスボス扱いなのか、隠しボス扱いなのか だな

くっさ

少し間があきましたが……書けたので投稿します。
まったり続けていきたいとは思いますが、一週間はあかないように頑張るつもりではいます。

>>208  つづき。



 魔王城廊下をせかせかと歩き回っている魔物たちがいる。
 その殆どは人型のスライム娘たちだった。

 ある者は洗濯したての布類を運び、ある者は食事を魔王城に住む魔物へと配膳している。
 魔王であるわたしとすれ違うと顔色を変え、慌しくお辞儀をしてくる。

魔王「ん」

 わたしは右腕を軽く振り、仕事があるのならば気にするなと合図を送った。
 このお辞儀と言う挨拶が鬱陶しくて仕方がなかった。

 効率。で考えるのであれば、目上の者とすれ違うたびにふかぶかとお辞儀をしていたら時間が勿体ない。
 ガーゴイル辺りに言わせたら……また口やかましい御託を並べるのだろうなと思った。
 


スラ娘A「まっ、まおうさまっ!」
スラ娘B「はわわっ」
スラ娘C「こここっ、こんばんわ!」

 歩を進めるほどにスライム娘たちとすれ違う頻度が多くなる。
 それもそのはずだった。

 わたしが向かっている先は従者室なのだから。

 石畳の無骨な廊下を歩ききると突き当たりに大きな木の扉が顔をだす。
 わたしは適当な力加減でその扉を開けた。
 


魔王「邪魔するぞ」

 扉の先には何匹かのスライム娘と、それらを統括する従者長。スキュラが椅子に腰掛けていた。

スラ娘D「じゅっ、じゅうしゃちょー! まおーさまがいらっしゃいました!」

 わたしの登場にいち早く気付いたスライムがスキュラへと大声で声をかけた。
 ゆっくりとスキュラの頭が扉の方へと向けられる。
 


スキュラ「これはこれは……魔王さま。ごきげん……うる……うる……う…………」

魔王「言葉が出てこないのならば無理に吐き出さなくても良い」

スキュラ「それは、ど……どう……どー」

 スキュラ。この娘はしっかり者なのだが、どうも言葉があやふやだった。
 仕事は出来るのだが、指示を飛ばすのが下手……いや、違うな。言葉を紡ぐのが得意じゃないのだろう。

 直下の部下であるスライム娘は手馴れたものだろうが、わたしからすると話しをするのも大変なのだ。
 


魔王「スライムたちは、畏まってないで仕事を続けてくれ。わたしはスキュラに話があるだけだ」

「「「はいっ!!」」」

 これまた元気な声で応答されてしまった。
 どうも従者隊のテンションはわたしに合わない。スキュラに合ってるとも思えないが、そこは置いておこう。わたしが口出しする問題でもない。

魔王「椅子を借りるぞ」

スキュラ「どうもー」

魔王「そこは“どうも”じゃなくて“どうぞ”だろう」

スキュラ「まあまあ」

 と、こんな具合に話しが進む。
 仕事は出来るのだが……。
 


魔王「大臣から話は聞いた」

スキュラ「?」

 首を大きく傾げるスキュラ。
 なんの話しかわかっていないのだろう。

魔王「魔王であるわたしに、従者の仕事である炊事等をされるのは迷惑だ……と」

スキュラ「なー、る。はいー、魔王さまは従者ではないです」

 ないです。と断定されてもな、いやそうなのだけれど。
 ええい、話が進まんな。ガーゴイルはどうやって話を聞いたのだろうか。
 


魔王「わたしは自分のことは自分でやる。従者たちはわたし以外の魔物の世話をしてやってくれ」

 なるべく簡潔に用件を述べた。
 小難しく遠回りした言い方をしていたら日が暮れてしまうと判断したからだ。

スキュラ「わっ、わか……わかっぱー?」

魔王「語尾にクエスチョンはいらん」

 本当にこいつはわかっているのだろうか……不安だ。
 しかしだ、こんな彼女ではあるが炊事等の実力は本物だ。

 メイド服の下から伸びる数多の触手。
 それらが調理の際など、一斉に別々の肯定を作業する様など見物である。

 これでもう少し言葉のチョイスが上手ければ完璧なのだが。
 


スキュラ「ご用件は……い、いじょ……おわり?」

魔王「以上だ」

 早々に会話を切り上げて退散しよう。
 こいつとの会話は疲れる。

魔王「……いや、まて」

 椅子から離れかけた臀部を再び、椅子に押しつけた。
 まだ二点ほど従者長であるスキュラに話す内容があったのを思い出す。

 会話が成立するかと思うと歯痒いが仕方がない。
 


スキュラ「う?」

 用件を口に出そうとした瞬間、さきほどわたしが開けた扉が再び開いた。
 副従者長のアラクネだった。

 アラクネ──スキュラとの違いと言えば下半身が触手ではなく昆虫の、蜘蛛のそれだと言う点だろうか。
 なんだろう。従者と言う職業は手足が多い方が捗るのだろうか。スキュラしかり、アラクネしかり。

 だとしたら、スライム娘たちは一生昇進など出来ないのではないかと思ってしまう。
 ううむ……これは魔王として考えた方が良い事案なのだろうか。

 それともスライム娘たちはそれで満足しているのだろうか。
 わからん。今度、暇で暇で仕方がない時にガーゴイルと話してみよう。
 


アラクネ「あらあ? 魔王様?」

魔王「ああ、邪魔しているぞ」

スキュラ「わあ、アラ……アラ……」

アラクネ「名前を忘れるってどうなのよ、スキュラ」

スキュラ「ごめんごめんご、物忘れ……激しいらか」

アラクネ「語尾が怪しいわよ」

 これはコントなのだろうか。
 わたしは突っ込むことも出来ず、ただ二人のやり取りを傍観していた。
 


アラクネ「おおっと! 魔王様を放ってちゃ不味いわね」

魔王「いや、気にしないでくれ」

 しかしアラクネが登場したのは僥倖だった。
 スキュラと話しをしていたのでは、埒があかない。

 ここはアラクネに相談するとしよう。
 


アラクネ「今日はまたどう言ったご用件でこんなところにまで?」

スキュラ「そ、そりは──」

魔王「──わたしは自分のことは自分でやる。従者たちはわたし以外の魔物の世話をしてやってくれ」

 スキュラがアラクネに説明しようとする前に、自らの口で説明した。
 その方が手っ取り早いだろう。
 


スキュラ「あうあう」

アラクネ「なるほど」

魔王「うむ。大臣……ガーゴイルから言われてな、従者たちが気にしているのであれば気遣いは無用と伝えてくれ」

アラクネ「アイアイサー。しかしまー、なんでそんなことを?」

魔王「……」

 わたしは少しばかり押し黙ったあと、
 


魔王「趣味だ」

 と簡潔に答えた。
 間違ってはいない。

 ずっとやりたかったことだ。
 けれど今までは姫だ魔王だとそんなことはさせて貰えなかった。

 だから「世界征服をやめる」と宣言したその日から、わたしは好き勝手することを決めたのだ。
 まだまだ全然、好き勝手やれていないけれど。
 


アラクネ「ほほー、なんか良く解りませんが了解しました!」

スキュラ「あいあいー」

魔王「それで、だ」

 用件はまだ終わっていない。
 と言うか、アラクネが来てくれたお陰でようやくスタートラインに立ったと言える。

魔王「相談がある」

アラクネ「相談?」

スキュラ「だ、だ……談合?」

 もうスキュラは放っておこう。
 


魔王「うむ、家事についてなのだが」

アラクネ「はいはい、なんでござんしょ」

スキュラ「山椒」

魔王「実を言うとな、洗濯が苦手……と言うよりやり方がわからないのだ」

アラクネ「洗濯……ですか」

スキュラ「わ、わたしは、得意」

 む。
 そんな台詞だけは間違えずに言えるようだな、スキュラ。

 っと、いかんいかん。スキュラのペースに乗せられては話が進まなくなってしまう。
 


魔王「ああ、桶と洗濯板を使って洗ってみたのだが……どうも上手くいかない」

アラクネ「と言うと?」

魔王「洗濯物がズタボロになってしまうのだ」

 初めて洗濯セットを手に入れた日。
 わたしは意気揚々と洗濯を始めた。

 しかし、30分と経たないうちに衣類は全てただのボロボロになった布へと豹変してしまったのだ。
 まずは手初めにと洗い始めた衣類……下着であるパンツは全滅してしまった。

 中にはサキュバスが買って来てくれた人間界のお土産……お気に入りもあったと言うのに。
 


アラクネ「魔王様の力で力いっぱい洗っちゃったんですね……」

スキュラ「うふふ」

魔王「ああ。そのお陰で、わたしは下着が一枚もなくなってしまった」

アラクネ「えっ……じゃあ、今は……どうしているんですか?」

魔王「ん? ないのだから、穿いてないに決まっている」

アラクネ「あらあ……」

スキュラ「きゃー」
 


 残念そうな顔をするアラクネに、顔に手を当てておかしな反応をするスキュラ。
 全てのパンツを布にしてしまったのだから仕方がないではないか。 

 わたしだって好きこのんで下着を穿いてないわけじゃない。
 スースーしすぎて気持ちが悪いくらいだ。

アラクネ「ええと、下着をご所望なのですね?」

魔王「うん? 違うぞ。わたしは洗濯の仕方を教えて欲しいのだ」

アラクネ「でも、今はノーパン……おほん。下着をお召しになられていないと?」

魔王「ああ」

アラクネ「……」
 


 難しい顔を作るアラクネ。
 わたしはなにかおかしなことを言ったのだろうか。

 スキュラは話しに飽きたのか視線をふわふわと泳がせていた。
 大丈夫か、この従者長。

アラクネ「ようがす。洗濯はわたし……よりもスキュラの方が上手なので指導させましょう」

 スキュラが? 大丈夫なのか、こいつで。

スキュラ「あいあい!」

 名指しで指名されて意識を取り戻したのか、力いっぱい返事を返すスキュラ。
 まあ、通訳としてアラクネがいればなんとかなるか。
 


アラクネ「そして、不肖ながらわたくしアラクネが魔王様の下着を編んで差し上げます」

魔王「下着を? なぜだ?」

アラクネ「なぜだ? って……」

 そう問うわたしに対して、あからさまに肩を落すアラクネ。

アラクネ「下着……穿いてないんですよね?」

魔王「ああ。なんなら見せようか」

 立ち上がり、スカートをたくし上げる。
 もちろんそこには何もなく、ただ素肌が露出されるだけだった。
 


アラクネ「ちょっ! 良いです! 別にんなもん疑ってないですから!」

スキュラ「きゃーきゃー」

 疑ってるようなので見せたなのに、失礼な反応をするやつだ。
 わたしはたくし上げたスカートを元に戻し、再び椅子に腰をかけた。

アラクネ「魔王様だってパンツがないと困るでしょう!?」

魔王「ああ、しかしこの間サキュバスに頼んだからな」

アラクネ「サキュバス様に……?」

 前回、サキュバスが泊まった際も勿論わたしは下着を穿いていなかった。
 事情を説明するとサキュバスは笑いながら「では、次回のお土産は下着ですね」と約束してくれた。

 だから、下着を用意する必要もないだろう。
 


アラクネ「……次にサキュバス様がご来城なされるのは?」

魔王「む……いつだろうな。今回は1年ぶりだったから、また1年ほどじゃないか?」

アラクネ「では魔王様は1年間ノーパンでお過ごしに?」

魔王「ないのだから、仕方がないな」

 肩を落すアラクネ。
 どうした、なにをそう落ち込む。

 わたしは下着がないからといって、部下の下着を奪おうとする趣味はないから安心してくれ。
 


アラクネ「……魔王様の下着はわたしが近日中にご用意いたします。蜘蛛の眷属ですので、そう言った編み物は得意なのですよ」

魔王「編み物! そう言うのもやるのか」

アラクネ「ええ。ですので、どうか献上させて下さい。魔王様がノーパンで暮らしているなんて噂が流れたら大変ですから」

魔王「下着を穿いてないことがそんなに重要なのか?」

アラクネ「少なくとも女性にとっては……いいですか、くれぐれも他言してはいけませんよ」

 キツく睨んでくるアラクネ。
 わたしは魔王であると言うのに、なんとなくアラクネの雰囲気に圧倒されてしまった。
 


スキュラ「せ、せっ……せっ! 洗濯……いつ?」

アラクネ「あー、放っておいてごめんね。洗濯はいつ教えれば良いですか魔王様、と言ってます」

魔王「ん……そうだな、今日はもう良い。次、今度は日が傾く前に顔を出すからその時に暇だったら相手をしてくれ」

スキュラ「あいあい!」

 良かった。
 これで洗濯の件はどうにかなりそうだ。
 


 パンツの全滅を受けて、他の衣類は洗濯をしていない。
 サキュバスから貰った香水を振り掛けて誤魔化してはいるが、早いうちに衣類を全て洗ってやらねばな。

 しかもアラクネが下着まで作ってくれると言うのだから運が良い。
 サキュバスが買って来るまで待つつもりだったから助かってしまった。

 なるべくなら可愛いく作って欲しいのだけれど、そこまで注文するのはどうかと思いわたしは口を閉ざした。
 サキュバスであればわたしの好みを理解して選んでくれるのだが……。

 いかん。
 部下と部下を比べてはいかんな。反省しよう。
 


魔王「ああ、それとな」

アラクネ「はいはい。まだなにかおありで?」

スキュラ「よー、よう……ようけ……YO!」

魔王「うむ。料理を教えて欲しい。差し当っては今夜のおかずを自分で作りたい」

 さあ本題だ。
 洗濯、下着と問題を上手く解決できた。
 


 ならば次は料理。
 後はこれさえなんとかなれば、とわたしは思っている。

 未だに包丁を扱うのが怖いわたしは、まともな料理が作れないでいる。
 サキュバスが泊まりに来たときも包丁を必要としない、簡素なものしか用意が出来なかった。

 細かくメニューを言うのであれば、チーズとパンと果物。
 あとはサキュバスのために少量の酒を用意した程度だった。

 専門家であるスキュラやアラクネに師事してもらえば、わたしにも美味しい料理が作れる。
 そう思うと少しだけ胸が熱くなった。
 

おわーり。ありがとうございました。

そして、一つお願いです。
過疎スレではありますがアンカーを取り入れたいと思います。

種類としましては、アンカーで魔王の行動を指定していただく感じです。

例えば、


真面目に考える。
or
今日は適当に過ごす。


こんな選択肢を作りますです。(もっと詳しく行動を書きます)
ので、どちらかを選択して下さい。

選択肢によっては、ずーーーーっとぶらぶらするだけで時が過ぎて物語が終わる可能性もあります。
選択肢によっては、物語がずんずん先に進んで終わる可能性もあります。

と言うことです。
宜しくお願いいたします。

次回、次々回くらいですると思います。
 

スキュラwww

乙。「有能なアホの子」は大好物です!

選択肢選ぶくらいか。良かった。
安価スレになったら悲しい


過疎というよりROM専が多いだけだと思うよ
あと安価やるなら時間を指定した方が人が集まりやすいと思う


安価はやめてくれ
安価スレは嫌いで一切見ないんだよ…

>>251
同じく

>>251
同じく

とある新世紀なロボットアニメの安価スレで、某サードチルドレンの扱いが鬼畜なものになっているのを知っている俺としては安価というのは好きになれないかな。

まぁ、>>1がやりたいというならそれに従うけどね。住人が気を付けて安価して、作者も上手い具合に話を進めてくれればいいのだから。

俺も安価は好きじゃないけど、選択肢を選ぶ程度ならそんなにおかしなことにはならないと思う
本筋が左右されるような場面ではあまりやって欲しくないけど

選択式の安価なら大丈夫じゃないかな
俺は④

個人的には安価は無しがいいかな。。。

>>1です。

なんとも評判がよろしくありませんが、作者は度胸。
と言うことで一つお付き合い下さいませ。

時間を指定した方が良いとのことなので、21時に投下を開始しますです。(今、書いてます)
そして次回分の安価を出して終了したいと思います。

宜しければお付き合い下さいな。

頑張れ!

それでは投下します。

>>246  つづき。



魔王「うむ。料理を教えて欲しい。差し当っては今夜のおかずを自分で作りたい」

 そうわたしが口を開いた次の瞬間、

スキュラ「ごはん」

 スキュラは「ごはん」と呟き、椅子から腰を浮かせた。
 何事かと目を丸くするわたしに対してアラクネが視線を時計に向けろとジェスチャーをしてくる。
 


魔王「うん?」

アラクネ「魔王様。もう間もなく、夕餉の時間でございます」

魔王「うむ。だからわたしもこうして来ている訳で──」

アラクネ「──魔王城の料理を一手に引き受けているスキュラ従者長にとって、大変に忙しい時間になります」

魔王「む」
 


 そうか。失念していた。
 この城の配膳料理は全てがスキュラの手によって作られている。

 スライム娘たちは基本的に調理場に立たない。
 アラクネも同様で、魔王城で調理をする者はスキュラのみとなっていた。

 必然、夕食時ともなればスキュラは大忙しになるだろう。
 わたしは必要ないと言っているが、その他大勢の魔物がこの魔王城に住み着いている。
 


 それらの料理を一人で作らねばならないのだ。
 時間なんていくらあっても足りないだろう。

 例えば仕込みとか……ええと、仕込みとか。
 料理の知識がさほどないので具体的な大変さは想像もつかないが、大変なのだろう。きっと。

 と、するとだ。
 わたしは魔王と言う立場を使って、彼女たちの貴重な時間を潰してしまったことになる。

 むう……。
 少しばかり浅慮だったようだ。
 


魔王「すまぬ。わたしは気付かぬ内に邪魔をしていたようだな」

スキュラ「ど、ド……ドン……マイケル?」

アラクネ「誰よ」

 スキュラの表情に変化はない。
 どうやら怒ってはいないようだ。
 


魔王「また日と時間を改めて来るとしよう。では──」

 そう言い終える前に、スキュラの数多ある触手がわたしの腕を掴んだ。
 吸盤がたくさんついてるそれはギュウッと力強く、身体を持っていかれてしまう。

スキュラ「おうおう」

魔王「お?」

アラクネ「あらあら、魔王様。見て覚えれば良いじゃないですか、と言ってますよ」

 そのままスキュラに引っ張られ、従者室に隣接している大調理場へと案内された。
 



 ─大調理場─


 魔王城、唯一にして(一応)最高の設備を誇る調理場。
 基本的にスキュラ以外の者は出入りを禁止しているその部屋へわたしは通された。

魔王「大丈夫か? 邪魔であれば早々に立ち去るが……」

スキュラ「おけ」

アラクネ「大丈夫ですって」

魔王「そうか……」
 


 なんとなしに申し訳ない気分になってしまう。
 反面、少しだけ楽しみにしている自分もいた。

 スキュラの調理技術、いや妙技とも呼べるそれを生で見たのは一度きり。
 魔王を拝命した際に開かれた催し物でスキュラが腕を振るったのだ。

 どう腕を振るったのか……は、良いな。
 もう間もなく見れるのだから。
 


アラクネ「あ、魔王様。スキュラの“刃圏”に入らないようにお願いします」

魔王「“刃圏”?」

 首を傾げるわたしをアラクネはぐいぐいと引っ張り調理場の端へと追いやった。
 おい、こんなにスキュラから離れてしまっては調理する姿が見えないではないか。
 


アラクネ「魔王様。以前にご覧なられたスキュラの調理姿を思い出して下さいな」

魔王「む? ……ああ、なるほど。そう言うことか」

スキュラ「では、ごはん。つくる、ます」

 脳裏に刻まれたあの日のスキュラを思い出す。
 人型の腕二本。下半身からは無数の触手が伸びている。

 腕二本には鍋とフライパンが握られ、触手たちは包丁を各々が握っている。
 


スキュラ「とー!」

 一斉にスキュラから生える触手が動き始めた。

魔王「おお……」

 ヒュンヒュンと包丁が空を裂く音が聞こえる。
 気が付くと、触手は野菜を刻み、肉を炒め、皿を並べている。

 同時進行で多種多様の料理を次々に完成させ、みるみる内に調理場は食欲をそそる匂いが充満していった。
 調理スピードが異常に早い。

 材料を刻んだ次の瞬間、その材料は熱を通され食材から料理へと変貌している。
 調理場を縦横無尽に駆け回る触手たち。
 


 なるほど“刃圏”とは上手いことを言う。
 それはスキュラの間合いとも呼べるものだった。

 包丁を振り回しているのだから“刃圏”と言うのも頷けるが、そうじゃない。
 触手を目一杯に広げ、増やし、活動させる。

 その有効射程こそが“刃圏”と呼ばれる理由なのだろう。
 今、わたしとアラクネが立っている調理場の四隅。

 ここはスキュラの触手がぎりぎり届かない範囲であった。
 “大調理場”と言うだけあって、この部屋は広い。

 であるにも関わらず一人(の触手)でスペースを全て使い切ってるところはさすがだ。
 これが従者長たるスキュラの実力なのだ。
 


魔王「凄まじいな……」

アラクネ「ほんと。調理と洗濯ではスキュラに敵う者はおりません」

魔王「しかしな、どうにも本体の方を見てしまうと残念だ」

アラクネ「それを言っちゃあお仕舞いですよ、魔王様」

 触手と手の動きは凄い。と素直に呼べるのだ。
 魔族でありながらこの言葉を使うのもどうかと思えるが、神域に達しているとさえ思える。

 が、しかしだ。
 本体を見るとどうにもその感情が揺らいでしまう。
 


スキュラ「じゅー♪ じゅー♪ じゅー♪」

 鼻歌交じりで頭部をフラフラとさせている。
 手足は忙しなく動いていると言うのに、本体である頭と胴体はふわふわとしているのだ。

 なんともアンバランスな魔物である。
 ああ、いや。スキュラと言う種族ではない。

 従者長と言う個体が特殊なのだろう。
 見ようによっては面白いやつだ、今度じっくりと話してみるのも良いかもしれない。
 


スキュラ「おば」

魔王「おば?」

アラクネ「オーバー。終わったよー、と言ってます」

魔王「そうか……それにしても、早い。そして美味そうだ」

スキュラ「ら、ラ……ス、スラー!!」

 スキュラが突然大声を上げた。
 と同時に調理場の扉が音を立てて開く。
 


「「「おつかれさまでございますっ!」」」

 大量に出現するスライム娘たち。
 そうか、料理が完成したから持っていけと言うことか。

 にしてもスキュラめ、どんどんと言語がおかしなことになってないか?

アラクネ「疲れてくると言葉使いがいい加減になっちゃうんですよ」

 だそうだ。
 “スラ”と呼ばれて反応しなければならないスライム娘たちも大変なことだろう。
 


 わたしがその立場であったら不平不満を漏らし、なにかしらの行動を起こしているかもしれない。
 そう思うと……わたしは我が侭なのだろうな。

 でもまあ、魔王だし良いか。
 その辺りは深く考えないことにしよう。きっと良い気分にはならないだろう。

「「「おりょうりをおはこびしますっ!」」」

スキュラ「もっとほっと! ごー! ごー!」

魔王「通訳を頼む」

アラクネ「温かい内に運んでね、だそうです」

魔王「そうか。料理は出来立てが美味しいものな」

アラクネ「ええ」
 


 しかし……。
 これは料理の参考にはならないのじゃないか?

 触手の動きは確かに早かったが、わたしの動体視力はその全てを捉えていた。
 だが、わたしには料理の知識がない。

 見えてはいたが、なにをしているか理解できない。
 ただただ手際の良さを再確認しただけだ。

 見て盗むだと? 冗談は言語だけにしろ。
 素人にそんなハイレベルなことを望んでも無理と言うことに気付いてくれ。
 


 ああ。どうしようか。
 ここは素直に「なにがなんだかわからなかった」と述べるべきだろうか。

 それとも魔王らしく働きを褒め、労い、大変参考になったと見栄を張るべきか。
 どうしよう。

 どうする、どうするわたし。どうすると言うのだ魔王よ。
 色々と思案した結果。

 わたしは──。
 


魔王「スキュラよ、ご苦労だった。その調理技術の高さ、妙技と呼べるそれを堪能できたよ。大変参考になった」

スキュラ「ぶいぶいっ」

アラクネ「さすが魔王様ですね。あの速さで動く触手の動きを目で捉えるなんて」

魔王「視力は良いからな」

 確かに、目は良いのだ。
 けれど問題は動きを見て取れるそれではない。
 


 なにを、どうして、料理になるのかが知りたいのだ。
 あの使っていた葉っぱはなんだ? 肉にふりかけていた粉は? 火の調節の仕方は?

 聞きたいことはやまほどある。
 だがしかし、これは聞ける雰囲気じゃない。

 わたしは自身が決して空気を読める類の人物でないことは把握しているつもりだ。
 だけれど、この場の雰囲気で「では最初から説明してくれ」と言い放つ勇気を所有していたりもしない。
 


 しかもスキュラは疲れている。
 もはや言語ではなく、擬音的なものしか口にしていない。

 説明を求めたところで、無駄だろう。
 アラクネが通訳として働いてくれるかもしれないが、その辺りは無視だ。

 スキュラは疲れている。
 スキュラはわたしの部下だ。

 そしてわたしは上司であり、魔王だ。
 うむ。部下を気遣うのも上司の仕事であろう。

 しかも頼んでる事案が私事であるのならばなおさらだ。
 


魔王「二人とも、今日は邪魔をしたな」

アラクネ「いえいえ」

スキュラ「えいえい」

アラクネ「スキュラ、突っつかないで」

 わたしは爽やかな笑顔を残して、大調理場を後にした。
 



 ──さて。

魔王「夕飯はどうするかな」

 パンとチーズ。干し肉があるから、それを齧って夕飯を済ませるとしよう。
 スキュラの作った料理は美味そうだったな。

 「自分のことは自分でする」と言った手前、一皿わけてくれとも言い出しにくいし。

魔王「むう」

 やはり、わたしは馬鹿なのだろうか。
 せめて最低限の知識をつけてから食事の一人立ちをすればよかったと後悔し始めている。
 


魔王「はあ……」

 謁見の間から従者室までの道のりは軽やかであったはずなのに、調理場から自室へと向かう足はなんとも重たかった。


 下手な見栄。
 張っちゃだめだよ。後悔するよ。
 だけれども、時と場合、立場によるんだなあ。 まおう。
 





……。
…………。
………………。

 
 
 


……翌日。

玉座に腰を下ろし考えを巡らす。


魔王「さて……今日はなにをしようか」


1:魔王城内で部下と話すか。わたしはあまり部下と話してこなかったからな、こう言った活動も必要だろう。


┠─ 1:たまには真面目にガーゴイルと話すか。

┠─ 2:素直になってスキュラに料理を教えて貰おう。

┠─ 3:アラクネがパンツを献上すると言っていたな。

┗─ 4:スライム娘たちと話してみるか。労働環境で不満などあるかもしれない。


2:今日は“四王”について真面目に考えよう。


┠─ 1:死王・リッチについて考えるか。

┠─ 2:獣王・ベヒモスについて考えるか。

┠─ 3:龍王・ヨルムンガンドについて考えるか。

┗─ 4:魔人王・アルカードについて考えるか。


3:ええい、道草を食っている場合ではない。兄姉をなんとかせねばなるまい。

┗─ 1:長兄の問題を処理する。


4:だめだ。どうにも疲れているようだ……。

┗─ 1:今日は完全にオフ。なにもしない宣言を発令する。


魔王「そうだな……>>291にするとしよう」



*選び方。
 例えば、ガーゴイルが可愛くて仕方ないと言う場合は1-1と記入して下さい。
 スキュラであれば1-2、アラクネなら1-3とそう言った具合です。

おわーり。ありがとうございました。
こんな感じでやっていくます。

アルカードって某漫画のチートマンか?


安価なら1ー3

2-1

>>289
ほかの三人みてあり得ないだろ……
アルカードってアルファベットでかいて逆から呼んでみろよ

ご協力ありがとうございました。
2-1で次回は書かせて頂きます。

>>289
アルカード(Alucard)は、ドラキュラ(Dracula)の綴りを逆にしたもの。
古くは映画から、昨今はゲームや漫画などによって、その名称は多彩に使用されている。
wikiより。

似たようなキャラクターばかりかもしれませんが、一応オリジナル魔王系?
と言うことでどこからかキャラを引っ張ってくることはありません。


ありがとうございました。


1ー3

これって選択肢が複雑だし思いっきり安価が本筋絡んでくるな

せっかくいい素材だったんだが…俺には合わなそうだ

1には自分の物語を作って貰いたかった。残念だ

そっとスレを閉じることも出来ないのか

>>1です。
22時には投下します。

>>287  つづき。



 魔界西方領。
 そこが“死王”リッチに分配されている領地であった。

 大地はそのほとんどが死の沼地と化し、およそ生物が生息出来るような地域ではない。
 アンデッドたちの楽園。リッチが支配している土地はそう言った風土だった。

 “生物”はいない。
 西方領に存在する魔物は全てが腐敗しているか、骨のみの魔物であった。
 



 ─死者住まう閨─


 腐臭。腐臭。
 部屋は匂いで満ちていた。この部屋は全てが濁っている。

 匂いが暗い色を帯び、周囲を見渡すことなどできやしない。
 嗅覚を持つものであれば数寸の時で気が狂ってしまいそうな部屋に、その主は住まっていた。
 


リッチ「……」

 キセルから煙を吸い込み吐き出す。
 その紫煙は口からだけではなく、ただの窪みとなっている目や鼻や耳からも吐き出される。

 部屋は腐臭と紫煙、そして亡者の呻きが交じり合い主にとっては最高の環境となっていた。

リッチ「ああ……いかんねえ」

 ぽつりと言葉をこぼす。
 声帯などこの亡者には存在しない。

 どこから発されたのかもわからないその音は、けれど確かにリッチが発した言葉だった。
 


リッチ「デュラハンに入れ知恵をしたのは誰かねえ……」

 ──ギシリ。

 身体を預けていた椅子に重心を傾ける。
 すると、どこからともなく苦しそうな、助けを請うような声が部屋に響いた。

 うう……うう……。

 声の発生源は椅子、そして部屋のあちこちからも聞こえてくる。
 リッチは人間の、それも女性ばかりを“使った”家具を拵えるのが趣味だった。

 魔王から言わせれば悪趣味そのものである。
 肉体を使い、加工し物を作る。

 そして魂までも物に込め、逃がさない。
 死んだ者達は永遠に苦しみと恨みを吐き続ける。無限に続く怨嗟をリッチはこの上なく楽しんでいた。
 


リッチ「ワイト。どう思うね?」

 ワイト。と呼ばれ、それまで部屋の隅で佇んでいた骸骨が口を開いた。

ワイト「デュラハン将軍は確かに頭の良い方ではありませんでした」

リッチ「そうだねえ……」

 うう。うう。
 二種類の骸骨が話す合間を亡者の声が彩る。
 


ワイト「自らの考えのみで動くことはないでしょう」

リッチ「だろうねえ……」

ワイト「死王様のお考え通り、なにものかの入れ知恵かと」

 “死王様”。
 リッチは部下に自らをそう呼ばせていた。

 決して名前では呼ばせない。語らせない。
 名前を呼ばせる。それを許しているのは、自身と同等の地位を持つ他の“四王”。魔王城に住まう幹部ども。そして、魔王だけであった。
 


 他者に“王”と呼ばせることで自らを絶対的な者としていく。
 言霊のそれをリッチは知っている。彼は偉大なる魔法使いでもあった。 

 他の王……“獣王”“龍王”“魔人王”の配下には相当な実力者たちがひしめき合っている。
 その実力は各王らに匹敵しうる者もいた。

 けれど“死王”の配下に実力者はいない。
 アンデッド族での絶対的な力を持つ者はリッチ一人であった。
 


 リッチはそれで良いと考えている。
 王とは一人。

 その一人を除けば後は雑魚であり、王の駒であるべきなのだから。
 駒に意志などいらない。

 だからこそ、駒を大量に保有し増殖させ続けている。
 “魔界西方領 領主 死王リッチ”は魔界で一番の兵力を有していた。
 


リッチ「誰だろうねえ……魔王様を亡き者にしようなんて、不遜な考えを持つのはいけないねえ……」

 わざとらしい声色だった。
 微塵もそのようなことは思っていない、彼にとってそんなことはどうでも良かった。

リッチ「調べなきゃいけないねえ……あたしの駒を勝手に使った者をさ……」

 本音が出る。
 彼は自身の駒。魔族を他者に使われるのを毛嫌いする性質を持っている。

 デュラハンが一万の軍を動かし、王に謁見を申し込んだことをリッチが知ったのは全てが終わった後であった。
 魔界の主たる魔王に一片の塵すら残さずデュラハンが消え去られた後のことである。

 スカスカになった腹部でハラワタが煮えくり返る思いを味わった。
 


リッチ「ダメだよねえ……あたしに黙って動いちゃダメだよねえ……」

ワイト「数は絞れます」

 デュラハンをそそのかしたのは誰か。
 検討を付けるのは簡単だった。

 魔王を嫌っている勢力を考えれば良いだけだ。
 


リッチ「あの野獣と蜥蜴はないだろうねえ……奴等は余程の親王派だよ……」

 野獣とは“獣王”のことを指し、蜥蜴は“龍王”のことを指していた。

ワイト「しかしそれは生前の大魔王様の代まででございます。今の魔王にまで忠誠を誓っているかは定かではありません」

リッチ「そうだねえ……けれど、デュラハンを使うほどじゃないだろうねえ……」

ワイト「では魔人お……あの吸血鬼ですか?」
 


 ワイトが寸出のところで白骨化した口を止め、言い換えた。
 最後まで言い切っていたのなら、その頭部は消えてなくなっていただろう。

 リッチは配下にも他の王を王と呼ぶことを禁じていた。
 例外は大魔王のみ。

 大魔王だけは、どうしても他の呼び名が存在しなかった。
 現大魔王の呼称はなにか。決まっている。

 “小娘”であった。
 


リッチ「あの吸血鬼……なにを考えてるのかねえ……あたしにもさっぱりだよ」

ワイト「他を考えると、小娘の身内……大魔王様のご子息たちでしょうか」

リッチ「その線が強いだろうねえ……」

 うう。うう。
 亡者の呻きだけがその部屋で絶え間なく声を発している。
 


リッチ「ワイト、しばらく様子を見るよ……魔界の各所にグールを放っておきな」

 グール。
 リッチの持つ駒の中でゾンビと双璧を成す量産された兵隊だった。

ワイト「了解いたしました。しかし、グールどもでは他の魔族に嬲り殺されてしまうおそれが……」

リッチ「良いんだよ……壊されたらまた送れば良いんだからねえ……いくらでも送り込んでやれば良いんだよ……」

ワイト「仰せのままに……」

リッチ「ああ、そうだ。新しいデュラハンを作らないとねえ……」
 


 作る。とリッチは口にした。
 アンデッドの軍勢のほとんどは、人間を媒体に繁殖したものかリッチが自ら作り出したものであった。

 “死王”にとってデュラハンを作ることなど造作もないことである。
 問題があるとすれば、生まれたばかりである子らはレベルが低いということであった。

リッチ「どれ……」

 床に転げてあった腐敗の進む死体をワイトに持ってこさせる。
 呪文を唱え、腐乱死体が闇に包まれていく。
 


リッチ「ワイト。鎧を用意しておくれ……」

ワイト「はっ。こちらに」

リッチ「……」

 鎧に魔方陣を描き、死体とそれを融合させる。

 後は──。
 


リッチ「ワイト……」

ワイト「はい」

 ──パンッ。

 と音が鳴り、ワイトの握った剣が鎧と融合したソレの首を切り落とした。
 


リッチ「デュラハン……デュラハン……目覚めなさい……」

デュラ「……」

 むくりと死体だった者が起き上がる。
 首はない。
 


リッチ「今日からお前がデュラハン将軍だよ。レベル上げを頑張んなさいねえ……」

デュラ「……」

 切り落とされて存在しない首を縦に振った。
 まだ言語もわからない。けれど目の前に座す骸骨に逆らってはいけないと本能が警告を鳴らしていた。

リッチ「良い子だ……さ、お行き……」

デュラ「……」
 


 部屋を後にする首無し鎧。
 リッチはデュラハンを複数体作る気はなかった。

 デュラハンはアンデッド族の中でも高位に位置する魔族であった。
 レベルを上げればかなりの強さにまでなる。

 そしてリッチは強大過ぎる力をもった臣下が増えることを好まない。
 だから、デュラハンは常に一体。

 換えの効く駒であった。
 


リッチ「頑張ってもらわなくちゃねえ……」

 うう。うう。
 うう、ううう。

 恨み辛みを孕んだ呻き声。
 亡者住まう城の城主は満足気にキセルをふかした。




……。
…………。
………………。

 
 
 



 ─ 魔王城 謁見の間 ─


魔王「……」

 玉座に座り、何分ほど経ったであろう。
 わたしは“四王”……特に“死王”リッチのことを考えていた。

 デュラハン将軍の謀叛。
 あれは果たしてリッチの企てたことなのだろうか、と。
 


魔王「むう……」

 思わず声が漏れる。
 考えても思考は一向に纏まりを得ない。

 なぜならば、わたしはリッチと言う男(白骨化しているので、性別などわからないが便宜上男としておこう)と一度しか会ったことがないのだ。
 他の“四王”もそうである。

 だから、正直に言えばいくら考えたところでわかりはしない。
 


魔王「リッチ……か」

 その名前に反応したのは玉座の横で石化していたガーゴイル大臣だった。
 特に話しかけなければ、ガーゴイルはわたしが玉座に座っている3時間を石化して過ごしている。

 言うに、わたしが集中出来るようにとのことだ。
 だったらいないほうがありがたいのだけれど、それは言わずにおいている。
 


大臣「魔王様。いま、リッチとお呼びしましたか?」

魔王「む。聞いていたか」

 石化していても耳は生きてるようだな。
 どうでも良い知識がついてしまった。
 


大臣「なにかお考えで?」

魔王「いやなに。デュラハン将軍のことでな」

大臣「なるほど……将軍が自らの意思で謀叛したのか、それともリッチが差し向けたのか……ですな」

魔王「その通りだよ」

 一言で察するところはさすが大臣だ。
 わたしにはその技術がないからそれを期待されても困るけれど、相手がそうであれば説明が少なくて助かる。
 


魔王「どう思う?」

大臣「率直に申し上げるのであれば、判断つきかねます」

魔王「ほう。なぜだ?」

 どうしてもクエスチョンだらけになってしまう。
 どちらかと言えば、こう言ったやりとりをわたしは好まない。

 なんと言うか不毛な会話をしている気がしてしまうのだ。
 最終的に、納得のいく答えなど貰えるとは思えないから。
 


 疑問に対して、期待した答えが貰える。
 そう考えるほどわたしはおめでたい脳をしていない。

 どちらかと言えば……捻くれている性格のため「本当にそうなのか?」と勘繰ってしまう。
 話題が真面目であれば真面目であるほど、その傾向は強く……厄介なことだ。

 まあ、ガーゴイルのことは信用している。
 ここは素直に疑問と回答の応酬をしようじゃないか。
 


大臣「リッチは人間を糧としています。魔王さまの宣言はヤツにとってさぞかし腹の立つものでありましょう」

魔王「……」

 わたしは顎を突き出し、続けろと促した。

大臣「それだけを考えれば充分に可能性はあります。しかし、それによって即座に反旗を翻すとも思えません。

    なぜならば、将軍が一万の軍勢を連れてきたからです」
 


魔王「それは自分の力を誇示したかったのじゃあないか?」

大臣「自分。とはどちらでしょうか、リッチでございますか? 将軍でございますか?」

魔王「む……」

 そうだ。
 わたしはあの時に思ったのだ。

 軍勢を引き連れたのは、彼の。デュラハン自身が統率力を誇示したいが為だったと。
 


大臣「リッチは無駄に軍勢を失うことがそれはもうなによりも嫌っておいでです」

魔王「理由を聞こうか。なぜだ?」

大臣「そう言う性質なのです」

魔王「……」

 ガーゴイルの口ぶりからして、それはアンデッドの長たる者の感情としてではないのだろう。
 恐らくは駒として。自らの駒を消費するのを嫌がる性質の持ち主だとガーゴイルは言っているのだ。

 それならば、頷ける。
 リッチが軍勢をデュラハンに渡し、魔王であるわたしを討伐せよと命ずるか否か。
 


大臣「魔王様のお力を直に拝見したことがないとは言え、一万の軍勢で魔王城が落せるとは思ってないでしょう」

 リッチにとって魔王であるわたしの実力は未知数だ。
 けれど、魔王城に住まう幹部魔族の実力は知っているだろう。

 わたしの横でいつも口煩くしている石像だって相当の力を持っている。
 アンデッド一万の軍勢ならば、時間はかかるだろうが滅せる程度の実力を保持している。

 見えないだろう?
 けれど、大臣と言うのは伊達じゃないらしい。
 


大臣「ですので、動機はある。けれど、実行したと判断するには材料が不足している。と言ったところです」

魔王「ふむ……やはり結局はこうなるか」

 答えは出ない。
 わからない。

大臣「?」

魔王「いい。こちらの話しだ」
 


 長々と話したが、やはり最終的にはこうなってしまった。
 ううむ……時間がちょっと勿体なかった気がするぞ。

 けどまあ、これも魔王の職務と思えば我慢も出来ようか。

 “死王”リッチ……こいつのことは、もう少し考えて調べる必要があるかもしれない。
 人間を糧にしている以上、わたしに反発してくるのは目にみえているのだから。
 


魔王「だ……」

大臣「はい?」

魔王「今日の業務は終了だ。大臣よ」

大臣「……」

 時刻はわたしが玉座に腰を下ろしてから3時間が経過していた。
 すっかりと日も暮れている。
 


魔王「わたしは部屋に戻る。ではな」

大臣「本日もお疲れ様でございました……」

 謁見の間を後にするわたし。
 仕事は終わったけれど、足音は軽快ではない。
 


 わたしの食事内容はまったく改善されていなかった。
 部屋に帰っても味気ないパンと塩気の少ない干し肉に、美味いとは言えないチーズ。

 味に飽きてきた……。
 とは言え、従者室に行くもの考え物だ。

 昨日の今日では顔も出しにくいと言うもの。
 せめて、調理せずとも食べられる物をどこかで調達せねばならない。
 



 ─ 魔王城 私室 ─


 ゴロン、と部屋に寝そべる。
 読みかけの本が散乱し散らかり放題の我が根城。

 この部屋の紹介はまた今度にするとしよう。
 それよりも今は食事だ。
 


魔王「よし」

 ゴロゴロと部屋を転げ回りながら移動する。
 臣下には見せられない姿だと思った。

魔王「ぽちっとな」

 部屋の片隅においてある、粘着質の良くわからない物体を押す。
 ボタン状のそれは“ぶにゅる”と音を立てて形を変形させた。
 


 しばらくして──。

 ──コンコン。

 扉から控えめなノック音がした。

魔王「開いている。入れ」

 流石に身体を起こした。
 扉の方へと視線を移す。スライム娘が扉から緊張した面持ちで顔を出した。
 


スラ娘「おっ、およびでしょーかまおーさま!」

魔王「うむ」

 わたしが押したボタンはスライムを呼び寄せる装置だった。
 これを押せばいつ何時でもスライムたちが部屋へとやってきてくれる。

魔王「すまないが、ここに書いてある品物を持ってきてくれ」

スラ娘「おつかいでございますねっ!? りょーかいしましたーっ!」
 


 お使いと聞いてほっとしたのだろう。
 スライム娘の顔から安堵の表情が漏れている。

 魔王から呼び出されたのだ、きっと怒られるとでも思ったのだろう。
 彼女たち低級の魔族にとって、魔王とはそう言った恐怖の対象でもあるのだ。

 怒ったことなんて一度もないんだけれどね。
 


スラ娘「それではごよーいできましたらもってきますっ! しつれーしました!」

魔王「うむ。手間をかけるな」

 パタンと丁寧に扉が閉められた。

魔王「これで食事は大丈夫と」

 しかし少し情けない。
 自分のことは自分でやると言ったのに、いきなり部下にお使いを頼んでしまっている。
 


魔王「だって今日は真面目に考えたから疲れてしまったのだ……」

 誰に言うでもなく、言い訳を口にする。
 まあ良いじゃないか。

 こんな日もある。
 わたしはスライムが持ってくる食べ物を待つ間、読みかけの本を開いて時間を潰すことにした。
 


 そして気が着けば時間が進み、注文した簡易食料が届けられる。
 ビスケットだった。

 味はほとんどないが、パンと違う食感が嬉しい。

 それを頬張り、腹が膨れたらまた本を読み。
 入浴して、歯を磨き布団に潜る。

魔王「今日もいちにち、お疲れ様」

 そう自分に挨拶をして、目を閉じた。
 




……。
…………。
………………。

 
 
 



──翌日。


布団の中で目を覚ました。


魔王「むう……今日は……なにをしようかなあ……」


1:魔王城内で部下と話すか。わたしはあまり部下と話してこなかったからな、こう言った活動も必要だろう。


┠─ 1:たまには真面目にガーゴイルと話すか。

┠─ 2:素直になってスキュラに料理を教えて貰おう。

┠─ 3:アラクネがパンツを献上すると言っていたな。

┗─ 4:スライム娘たちと話してみるか。労働環境で不満などあるかもしれない。


2:今日も“四王”について真面目に考えよう。


┠─ 1:☆ 一度リッチに会った方が良いだろうか。

┠─ 2:獣王・ベヒモスについて考えるか。

┠─ 3:龍王・ヨルムンガンドについて考えるか。

┗─ 4:魔人王・アルカードについて考えるか。


3:ええい、道草を食っている場合ではない。兄姉をなんとかせねばなるまい。

┗─ 1:長兄の問題を処理する。


4:だめだ。どうにも疲れているようだ……。

┗─ 1:今日は完全にオフ。なにもしない宣言を発令する。


魔王「そうだな……>>350にするとしよう」

おわーり。ありがとうございました。


魔王可愛いなぁ

乙!
死王悪趣味すぎて笑えんww

アラクネさんに仕事して欲しいから3で

1-2で

4-1

ご協力ありがとうございました。
4-1で次回は書かせて頂きます。

いいんだけど、選択肢選んだあとも他の選択肢残すなら安価取る意味なくね?
結局総当たりになるなら上から順番に全部書けば良いのに。

最悪の場合、この先ずっとオフ宣言のニート魔王ちゃんが誕生しかねないよ

書けたので投下します。

はええ

>>345  つづき。



 だめだ。体がだるい。
 なんと表現すれば良いのだろうか。

魔王「……むう」

 どうにも布団から出れそうになかった。
 いや、頑張れば出れるのだ。

 布団から這い出てパジャマを脱ぎ捨て、魔王の黒衣を身に纏う。
 いつも通りの朝。

 けれど、今日はなんとも動く気になれなかった。
 


魔王「……」

 思えばこの1年間。わたしは魔王として1日も休まず働いてきた。
 決して良い魔王ではなかったと自覚している。

 真面目に魔王としての職務を働いたのは年に何日だっただろうか。
 時間計算するのも恐ろしい。
 


 しかし、しかしだ。
 無休で玉座に座り続けていた事実は変わらない。

 わたしは頑張った。
 頑張ってきた。

 頑張ってきた結果、世界征服をしないと言う結論を出したのだ。
 うむ。そうだそうだ。
 


魔王「……休んじゃおう、かなあ」

 ぽつりと誰もいない自室で呟く。
 なんだろうか。

 小さくとも思いを言葉にしただけで決意が固まった気がする。
 不思議だ。

魔王「うん……休んじゃ、おう……」

 布団を強くひっぱり頭までボフリと被る。
 頭の中では小さなわたしが円卓会議を開いていた。
 


まおうA「いや! やすむのはよくない!」
まおうB「なんでだ! いいじゃないかやすんだって!」
まおうC「がーごいるがうるさいよ……?」
まおうD「まおーがやすんじゃだめでしょっ!」
まおうE「あーだるいわー、なんかだるいわー」

 わいわいがやがや。
 ぴーちくぱーちく。

まおうZ「みんなっ! きいてっ!」

 ぴたり。

まおうZ「きっと、つかれているんだよ」

 ざわざわ。

「「「それだっ!!」」」

 なにが“それ”なのかは理解できないが、そうらしい。
 わたしの中で一つの事項が決定された。

魔王「わたしはどうやら疲れているらしい……今日は休もう」
 



 ~魔王の休日~


 休むと決まったのだから、さっそく二度寝を楽しむとしよう。

魔王「くわぁ~……」

 大きなあくびが出ているのだからきっとわたしは眠いのだ。
 体と脳が疲れ、休息を。睡眠を欲しているのだ。

 そうに違いない。
 無理はよくない、だからわたしは二度寝をする。

 そう決めて瞼を閉じた。

 ゆっくりと意識が────。
 


魔王「……寝れない」

 わけがわからなかった。
 休むと決めた。決めたのだ。

 しかしながら、休むと決意したその瞬間から意識が覚醒してしまった。
 眠気は何処へやら。まったくもって眠くない。

 それどころかスッキリしているほどだ。
 不味いぞ……わたしは疲れているはずなのに。
 


魔王「これは、あれか。本で読んだ「日曜日の朝は逆に目が覚めちゃう」と言う人間によくあるあれか」

 日曜日と言うのは人間界で言う休息日だ。
 魔界にはそんな習慣がないのでいまいちよくわからないが、週に一回はなにもしなくて良い日があるらしい。

 なんとも羨ましいことだ。
 是非とも魔界に導入したいシステムの一つでもある。
 


魔王「どうしよう。眠れなくなっちゃった……」

 身体は未だに布団の中にもぐっている。
 気だるさもない。

 休日を素敵に過ごす為には……ええと、どうしよう。
 休んだことがないからわからない。
 


魔王「と、とりあえず起きるか」

 ベッドから這い出る。
 軽く伸びをして周囲を、自室を見渡した。

魔王「ちょっぴり汚いかもしれないな」

 衣類。本類……そして食べかけの食料が散乱している。
 さすがに腐った食べ物や飲み物はないが、綺麗とは言い難い乱雑な部屋になっていた。
 


魔王「掃除……? いや、わざわざ休みの日に掃除って言うのはどうなの」

 わからない。
 なにが正しい休日なのだろうか。

魔王「むう」

 唸る。
 こうしている間にも休日はどんどんと過ぎて行くと言うのに。
 


魔王「着替えよう」

 きっとパジャマはいけない。
 このままパジャマでいては、おそらくだが一瞬で休みが終わってしまう。

 なにもせず、ただぼーっとしているだけで終わってしまう。
 それはよろしくない。

 どうせだったら休みを堪能したいじゃないか。
 


魔王「よし……あとは……」

 着替え完了。
 あとは休日を楽しむだけだ。

魔王「あっ。そうだ」

 大事なことを忘れていた。
 大臣であるガーゴイルに休日の申請をしなければいけないじゃないか。
 


魔王「あー……でもなあ……ガーゴイルだしなあ」

 思わず目を細めてしまう。
 あの石頭は休日申請を受理してくれるだろうか。

 有給の申請を会社に通す人間界の“さらりいまん”になった気分だ。
 これも本で読んだ知識だから詳しくはわからないけれど。

 多分、同じような感覚なのだろうと思う。
 


魔王「“魔眼”を使って騙すか……?」

 いやいやダメだ。
 今日は休日なのだ。

 魔力とかそう言った類の力は行使したくない。
 魔眼禁止。

魔王「どうする……どうする……」

 気付くとわたしは座り込み、どうやってガーゴイルを納得させるかに注力していた。
 過ぎていく時間。
 


魔王「むう……うっ?」

 考えながら視線を泳がせていると、ある物が目に入った。
 ずっと探していた昔読み終わった本だ。

魔王「こんなところに!」

 本棚と本棚の隙間にそれはあった。
 おそらくは本棚の上に乱雑に置いたため、落ちて隙間に挟まったのだろう。
 


魔王「もう一度読みたいと思っていたんだ」

 それは人間が書いた本だった。
 内容は、王様が詐欺師に騙されて裸で町を練り歩くというものだった。

魔王「いやあ、良かった」

 本を手に取り開く。
 ぱらぱらと捲り、ページが欠けてないかをチェックして1ページから目を通していく。
 


魔王「うふふ……ふふ」

 思わず含み笑いをしてしまった。
 この話しは面白い。

魔王「どっこいせっと」

 ベッドに腰をかけて楽な体勢を取る。
 本を読むときはきちんとした姿勢をするよりも、こうして体を崩して楽な格好で読むに限る。

 その方が頭に入るし、楽しめるのだ。
 


魔王「……」

 気付けば熱中し、読みふけっていた。
 そう分厚い本じゃない。

 一冊丸々読んでもそう時間はかからない。
 けれどわたしには悪癖があった。
 


 本を繰り返し何度も読んでしまう癖だ。
 時間を置いて読むのは当然として、読み終わった本をその場で繰り返し読んでしまう。

 だって、面白いものはどのタイミングで読んでも面白いのだから仕方がないじゃないか。
 人間たちのユーモアは素晴らしい。センスの塊だ。

 何度繰り返し読んでも面白い。
 


魔王「ふふ……」

 片手でページを捲り、余った手で昨晩の残り物。
 ビスケットを口に運ぶ。

 完全にベッドに横たわり、足をぷらぷらと前後させながら本を楽しんだ。

魔王「はあ……楽しかった」
 


 ──パタン。

 何度目の再読が終わってからだろうか。
 わたしは本を閉じた。

 そして、時計に目を配る。

魔王「……」
 


 時間が止まった。
 決して本当の時が止まったわけではない。比喩だ。

 わたしの感じている世界が一瞬止まったのだ。
 認識できなかった。

 その時計の針が示す時刻を、わたしは知らない。
 今は朝であるはずだし、今日は休日のはずだ。

 にも関わらず、時計は正午過ぎを指差している。
 


魔王「……」

 えっ。何時間? 何時間が経過しているの?
 ちょっとよくわからない。

 ぐるぐるぐるぐる。
 脳が変な回転をし始める。もはや空転だ。空回りしている。

 空回りしてもなにも思い浮かぶことはない。
 思考停止の現実逃避に他ならなかった。
 


 ──コンコン!! コンコン!!

 逃避中のわたしを、無愛想な音が現実に引き戻した。
 扉がノックされた音だ。

 良い予感はしない。
 従者であればこのような大きい音を出すノックはまずしない。

 で、あれば。
 答えは一つだ。
 


大臣「魔王様? そろそろ玉座に就いていただく時間でございますが」

魔王「……」

 言葉が出ない。
 ああ、わたしはガーゴイルになんと言って休みを貰うんだっけな。

 思い出せ──そうか。
 まだ考えてる途中だったな、そう言えば。


大臣「ちゃんと起きて服を着ているではありませんか」

魔王「あ、ああ……」

大臣「私はてっきり、昨日は真面目な話をしたから疲れて今日は休むとでも言い出すかと思っていましたよ」

魔王「……まさか、な」

大臣「大変申し訳ありません。杞憂でしたな。ささ、謁見の間に参りましょう。今日は少しばかりお時間が押しております」

魔王「ああ、すまない」

大臣「問題はありません。毎日決まった時間を玉座で過ごされれば良いのですから」

魔王「……」
 


 1日3時間。
 何時から座れ、と言う規則はない。

 けれど、朝と夜はあまりよろしくない。
 朝も夜も従者隊がばたばたと動き回り城を掃除したり、あるいは城内の魔物に食事の配膳などを行っているからだ。

 必然、正午前後から夕方までの3時間が業務時間となる。
 そして現在の時刻は正午過ぎ。

 なんとも……なんとも……。
 


魔王「……」

 ガーゴイルに背中を押され謁見の間に足を運ぶ。
 もうだめだ。

 休日所ではない。
 今さらガーゴイルに言い出せないし、この時間から休息だと言い出してもなんだか気分が良くない。

 ああ、わたしの馬鹿め。
 大馬鹿者め。

 なんて愚鈍で、タイミングが悪く、意志薄弱で、決行力がないのだ。
 この失敗を噛み締め、教訓としよう。
 


 次はない。
 次はないからな。

 絶対だ。絶対に次は休息を楽しんでやる。
 何時になるかはわからない。

 だけれど、わたしは決めたぞ。
 この次こそは休息を楽しむのだと。
 


 その為には今のうちに理由を考えておかねばならないな。
 言い淀みなく、スラスラとガーゴイルにそれを吐き出せるように。

 これでしばらくの間は玉座にいる合間、ぼーっとせずに済む。

 言い訳の台詞を考えなければならないのだから。
 




……。
…………。
………………。

 
 
 


 ──翌日。

 布団の中で目を覚ました。
 気分は良くない。

 理由は勿論、昨日の休日計画失敗にある。

魔王「はあ……今日はどうするかな」

 布団の中で思いをめぐらす。
 まだ朝も早い。

 今なら言い訳も考えられるだろうし、真面目なことを考えるにあたって心構えも作れる。


1:魔王城内で部下と話すか。わたしはあまり部下と話してこなかったからな、こう言った活動も必要だろう。


┠─ 1:たまには真面目にガーゴイルと話すか。

┠─ 2:素直になってスキュラに料理を教えて貰おう。

┠─ 3:アラクネがパンツを献上すると言っていたな。

┗─ 4:スライム娘たちと話してみるか。労働環境で不満などあるかもしれない。


2:今日も“四王”について真面目に考えよう。


┠─ 1:☆ 一度リッチに会った方が良いだろうか。

┠─ 2:獣王・ベヒモスについて考えるか。

┠─ 3:龍王・ヨルムンガンドについて考えるか。

┗─ 4:魔人王・アルカードについて考えるか。


3:ええい、道草を食っている場合ではない。兄姉をなんとかせねばなるまい。

┗─ 1:長兄の問題を処理する。


4:だめだ。どうにも疲れているようだ……。

┗─ 1:☆ ガーゴイル! わたしは休む、休むぞお!


魔王「そうだな……>>391にするとしよう」
 

おわーり。ありがとうございました。


2-1

2-1

3-1


皆……魔王はノーパン……………

みんな「だがそれがいい」と思っている。だから選ばれない。そういうことさww

ノーパンの何がいけないんだ!(迫真)

3-1
投下します。

>>387  つづき。



魔王「決めた」

 玉座に腰を下ろし、そう言い放ったのは午前中のことだった。

大臣「はい?」

 石化していた大臣が何事かと口を開く。
 決めた。わたしは決めたのだ。

魔王「今日中に厄介ごとを一つ片付けるよ」

大臣「……魔王様?」

 大臣はわたしがなにを言ってるのか理解出来ないのだろう、首を傾げている。
 


 わたしは今朝、妙に早く起きてしまった。
 と言うのも昨日は休日にする予定だと言うのに、色々な事柄が重なって休めなかった。

 悔しかった。
 どうにかして休日が取りたいわたしであるが、どうにも取れそうにない。

 少しだけ早起きして、ベッドの中であれこれと考えてみた。
 よくよく考えればガーゴイルが許しを出すはずないのだ。

 なにか……そう。なにか余程のことを成し得ないと休日を申請しても受理してもらえないのじゃないかと。
 つまり魔王の。わたしを悩ませる種を一つ解消して「お疲れ様です魔王様」と言う道筋を作ってやれば良いのだ。
 


 目下のところ悩みと言えば休日がないことなのだが、それはもう良い。
 考え方のベクトルを変えよう。

 わたし個人の悩みではなく、魔王としての悩み。
 ううむ……わたし個人と魔王は切っても切れぬ縁なのだから、結局のところわたしの悩みでもあるのだけれど。

 ああ、面倒くさい。
 魔王の悩みと言ったってあれなのだ。世界征服を止めたと言って賛成しない輩が多い────。
 


 そうか。
 それがあった。

 ベッドの中で名案が浮かぶ。
 ちょっと疲れそうだけれど、この問題を一つ解決したならばきっとガーゴイルも休息日を認めることだろう。

 布団から勢いよく飛び出し、わたし専用の魔王服へと袖を通す。
 いつもより数時間早く謁見の間に顔を出し、玉座へ腰掛けたのが数分前。

 わたしは本日執り行う魔王の業務をガーゴイルに告げたのだった。
 


魔王「兄様──長兄の問題を解決する」

大臣「おお……なにか、妙案でも浮かんだのですか?」

魔王「うん。直接に兄様の城へと出向き、わたし自らが話しを付けよう」

大臣「なっ」

 ガーゴイルの嘴が大きく開いた。
 驚いたのだろう。
 


 昔からの魔物からすれば、魔王自らが動くことなどありえないことなのだ。
 魔王とは玉座に座り、魔王城に根差す。

 魔族の象徴であり誇り。
 そのシンボルとでも言える魔王が、自身から配下である魔族の城へと足を伸ばすなど考えられないのだろう。

 確か、以前にそう言った話を聞いた覚えがあった。

魔王「大臣。わたしは決めたのだ」

大臣「魔王様!」
 


 口調はゆったりと。揺ぎなく。
 確固たる決意を相手にわからせるように、しっかりと。

 ガーゴイルよ、わたしは決めたのだ。
 今からしっかりと“魔王モード”な口調にしておかなければいけない。

 最近は気を緩めると、ついつい素が出てしまい口調がだらけてしまっていた。
 先日、サキュバスが来城した時にキツく注意されている。

 この大臣は石で出来ているくせに、口が柔らかい。
 告げ口をしたのだ。

 そのせい(お陰?)で、最近では口調がしっかり安定していると思う。
 ところどころ怪しいところもあるが、それはもうね。“魔王モード”になって気を張っていれば大丈夫だろう。
 


魔王「大臣。わたしは行くぞ」

大臣「魔王様……」

魔王「大甲竜《ダイコウリュウ》を呼べ」

大臣「……」

魔王「なにをしている。わたしは命令を送ったはずだが、復唱が必要か?」

大臣「ハッ。仰せのままに……」
 


 謁見の間から出て行く大臣。
 よし、成功だ。

 いつもだったら口やかましく色々といちゃもんをつけてくるであろう大臣だが、わたしの演技……ではなく“魔王モード”にしてやられたようだ。
 真面目に顔を作って、ほんの少し魔力を発散させて……疲れるけれど、これが一番魔王っぽいのだろう。

 やれやれだ。
 



 ─ 魔王城 大平原 ─


 程なくして現れた大甲竜。
 巨大な甲羅を背負う翼竜の一種。

 その巨体と、堅牢な甲羅を買われて代々魔王の乗り物として愛玩されている。
 背の甲羅を削り座席としているそれは、すわり心地すら良くないものの鉄壁の防御力を誇っていた。
 


魔王「大臣。お前も行くか?」

大臣「当然でございます」

魔王「……無理をしなくても良いよ。結果によっては宜しくないことが起きるかもしれない」

 一瞬。大臣の心境を考えてしまった。
 やはりわたしは捻くれている。
 


大臣「なにを仰いますか。ささ、お手をお引きします」

魔王「……うむ」

 ガーゴイルに手を引かれて大甲竜へと乗り込んだ。

 ふう。
 心遣いは無用らしい。

 では遠慮なく、わたしの邪な願いのために付き合ってもらおうか。
 わたしは再び魔王の仮面を心に被った。

 結局、わたしも魔族なのだ。
 


魔王「出発だ」

大臣「ハッ」

 魔王と大臣を乗せた大甲竜はゆったりとその巨体を浮上させ、兄様が居を構える城へと進路を取った。
 



 ─ 長兄の城 ─


 その城は高山の麓に建てられていた。
 元は大魔王の別荘だったもので、長兄が王位争奪戦に敗れた後に自らが座す居城として現魔王から受領した城である。

 “四王”の領地ではなく、区分で言えば魔王直属の土地。
 王位を得えることが出来なかった一族は大手に振舞うことも出来ず、こうして魔王領で暮らすしかない。

 長兄は全てが気に入らなかった。
 自身が魔王になれなかったこと。末の、出涸らし同然の妹が魔王になったこと。

 まだ幼かった頃、自身の教育係であり魔界屈指の実力者であったガーゴイルが大臣になり、今や出涸らしの配下になっていること。
 全てが気に入らなかった。
 


長兄「チッ……」

 思わず舌が鳴る。
 苛立ちが隠せなかった。

長兄「石像!」

石像「ハッ」

 長兄が座る椅子の隣には石像が立っていた。
 ガーゴイルではなく、人間のそれに近い形状をしている。
 


 実力も“魔王城 大臣 動く魔像”の足元にも及ばない雑魚モンスターである。
 自身の右腕である配下がこのレベルのモンスターであることにも腹が立っていた。

 気に食わない。
 なにもかもが気に食わない。

 大魔王の長男であり、幼少時から最高の教育を受けてきた。
 将来は魔界を背負い覇道を歩むはずだった。

 末の妹により全てが瓦解した。
 

 
長兄「あの小娘が魔王城を出たのは誠なのか!」

石像「ハッ。正午には到着する予定だと連絡が入っております」

長兄「……なにを考えているッッ」

 長兄は魔族らしい魔族と言えた。
 教育係はあの大臣である。

 昔ながらの考えが根幹にあった彼からすれば、末妹である現魔王の行動は全てが理解出来なかった。
 世界征服の中止など論外。

 魔族の存在理由すら否定しそうな命令を出してきたのだから、憤怒せずにはいられなかった。
 


長兄「ガーゴイルめ……なぜ止めない……」

 今回の、魔王来城もそうである。
 本来であれば魔王が、兄妹とは言え自らが出頭するなどあってはならない行為。

 来城をするにしても、幾重にも話し合い日程を決め、段取りを決める。
 ある一定の地位に立っている者であれば当たり前の手順である。

 それを魔王は全てを無視して己が行動を行っている。
 許しがたい行為だった。
 


長兄「(どうするつもりだ……どうするつもりなのだ……)」

 相手は魔王。
 実力の程は体が覚えている。

 全てが理不尽に感じるその絶対的な力。
 まるで父親と対峙しているかのような威圧感を末の妹は保有していた。

 自身には受け継がれなった力。
 20年も生きていない小娘が持つには過ぎた力だった。
 


長兄「間違っている……あれは魔王の器ではない……」

 ギリリと歯軋りをした。
 どう言葉を紡ごうにも頭の中を上滑りしていく。

 わかっていた。
 古い、昔からの教えを叩き込まれてきた長兄は理解している。

 純粋なる力こそが魔界の長たる魔王には必要なのだ。
 自分にはそれはがなく、末妹にはそれがある。

 それ故の苦悩が彼を襲っていた。
 


長兄「力が……俺に力さえあれば……」

 腹の底からの唸り。
 もうしばらくすれば、魔王が来城する。

 突然の訪問。
 きっとそれは、長兄が何度も何度も「世界征服中止」に対する反抗状を送ったからだろう。

 そうしなければいけないと思ったし、そうすることで自らが健在であるとアピールしていた。
 けれど、まさか魔王自らが来訪するとは夢にも思っていなかった。
 


 相容れぬ考えを持つ魔族が顔を突き合わせるとき。
 やることは一つだった。

長兄「まさか……まさか……」

 長兄の脳裏には、自身の体が粉々に砕け散る様がありありと浮かんでいた。
 


つづく。

書け次第、また来ます。ありがとうございました。

乙乙

お疲れ様

乙です。

兄が出てきて面白くなってきた
やっぱりこういう展開も欲しいよなww

投稿します。

>>417  つづき。



 ◇

 魔王と、その長兄の会合はなにもかもが突然だった。
 突然に「今からそちらへ行く」と連絡を入れられ、魔王である末妹が来城する。

 末妹の意図はわかっていた。
 お互いの意見が平行線である以上、魔族である彼等がとる道は一つ。

 闘うほか、他に解決策などなかった。
 



 ─長兄の城─


石像「魔王様が到着なさったようです」

長兄「わかっている。大甲竜の姿はここからでも確認できている」

 誰が見てもわかるような報告をする石造に腹が立っていた。
 この城は魔王城よりも吹き抜けが多い。

 長兄が腰を下ろしている謁見の間からは、360度。
 そして天空にもぽっかりと穴が開いていて見通しがよかった。

 その座から飛来する大甲竜の姿を見逃すはずもない。
 そしてなにより恐ろしく、不愉快なことに末妹の魔力を彼はすでに感知していた。
 


長兄「……」

 やはり、と思う。
 あの小娘は普段から魔力を発散させるような真似はしない。

 どちらかと言えば常日頃は気を張らず、魔力放出を嫌う気があるほどだったと長兄は記憶していた。
 そんな小娘であり末妹であり、自らの主である魔王が魔力を発散させながらこの城へと向かっている。

 予感が確信へとかわっていく。
 


長兄「(やはり……やはりか……)」

 あいつは。
 あの小娘は、魔王は。


 ──俺を殺しに来たのだ。

 
 



……。
…………。
………………。

 
 


魔王「やあ兄様。随分と久しい気もするけれど、お互い息災でなによりです」

長兄「お……お久しぶりです、魔王様」

 長兄は魔王の口ぶりに困惑していた。
 現魔王は彼の妹であるが、この魔界の元首たる魔王である。

 たとえ家族兄妹の関係だとしても、魔王とその配下の関係なのだから妹の口調はもっと魔王たるものであるべきなのだ。
 にも関わらず、魔王の口ぶりは兄妹のものとしている。

 意図が読めない。
 なにを考えているのかわからない以上、迂闊なことは出来ない。

 彼は妹の挨拶に対して、配下として返答した。
 


魔王「嫌だな、兄様。そんな口調はまったくもって似合っていない」

長兄「ご冗談を……」

 汗が頬を伝う。
 似合っていない。と言うのであれば、自身を鑑みてはどうだと長兄は思った。

 その抑え切れていない魔力はどうしたのだと。
 普段は黒い瞳が、赤らみを帯びているのはどう言った訳なのだと。

 もちろん、そう言った思いは全て胸の内に秘め押さえ込んだ。
 生物であれば早死にしたいと思う者は少ない。
 


長兄「ああ、それより立ち話もなんでしょう」

 場所は謁見の間。
 赤い絨毯の上で双方が対面していた。

長兄「石像。椅子をもってこい」

石像「ハッ」

 後ろに控えていた石像に命令を飛ばす。
 魔王の後ろに立っていたガーゴイルの椅子も用意させようかと迷ったが、それは飲み込んだ。

 ガーゴイルにそう言った物が必要ないことを彼は熟知していた。
 それでもその思考が過ぎったのは、今やガーゴイルが彼のお守ではなくこの魔界の大臣と言う立場に就いていたからだった。
 


魔王「いい。石像、椅子はいらないよ」

 椅子を持って来ようと足を動かした石像に声をかけたのは魔王だった。

魔王「わたしはここで良い」

 そう言って絨毯へ乱雑に腰を下ろした。
 後ろではガーゴイルが溜息を吐いている。

 長兄は意味がわからなかった。
 


魔王「兄様はどうぞ玉座に。この城は兄様のものだ、であれば城主が玉座に座るのは当然でしょう」

長兄「……」

 末妹はふてぶてしく赤絨毯の上で胡坐をかいている。
 足の隙間から覗く部分に肌着はなく、衣装の下にはなにも着てないことがすぐにわかった。

 馬鹿にしているのか。
 こちらの反応を伺っているのか。

 例えば下着を穿いてないことを指摘するのは不敬だと称して、無理矢理に処罰するつもりなのか。
 無茶苦茶だと彼は内心で首を振るった。

 結局、その事柄は無視をして玉座に腰を下ろす。
 


長兄「……」

 玉座に座る長兄と、その眼下で絨毯に座る魔王。
 妙な光景だった。

長兄「此度は一体どのようなご用件で……?」

 喉はカラカラだった。
 どう話題を切り出して良いものかもわからず、いきなり核心に触れるような言葉を吐いてしまう。

 そしてやはり、兄としてではなく魔王の配下らしい口ぶりを選択した。
 


魔王「いきなり本題か……兄様らしいと言えば、らしい」

 お互いが無言になる。
 石像とガーゴイルは双方が石化をし、主たちの邪魔をしないようにしていた。

魔王「では……兄様。あなたの意見が聞きたい」

長兄「意見、とは?」

魔王「書状では目を通しているけれど、やはり生の声を聞いておいた方が良いと思って」

長兄「具体的にお伺いしても?」

魔王「腹の探り合いはよそう。わたしは「世界征服をやめる」と言った」

長兄「……」

魔王「兄様と、それから一番上の姉様はこれに反対だと何回か書状を送ってきてどうしようかと頭を悩ませていた」

 そう言うと魔王は懐に閉まっておいた手紙を取り出した。
 数は5通ほどであった。
 


魔王「発令してからそれほど時間も経っていないと言うのに5通も」

長兄「それは──」

魔王「──こんな物は意味がない」

 そう言い切って手に持つ手紙を全て燃やし尽くした。
 魔王の掌で墨と化す手紙。

 燃えさかる炎の色は黒。
 魔王の操る炎は黒く、込められた魔力、温度共に魔界最高峰のものである。
 


 いまこの場でそのような物を見せる必要はない。
 となれば意図があるはずだ。

 手紙とは即ち長兄。
 それを燃やし尽くした黒炎。

 お前などいつでも消し炭に出来るのだと言う魔王のアピールなのだろうと長兄は受け止めた。
 そしてそれは実際にそうであった。

 魔王はそうすることでさっさと話を先に進めたかった。
 長兄の内心など露知らず、面倒事をさっさと片付けて部屋に戻りたいと思っていたのだった。
 


長兄「……」

魔王「さあ、兄様。理由をお聞かせ願おう」

長兄「……」

 どうする。どうする。
 長兄はプレッシャーに圧し潰されそうになっていた。

 魔王は来城前からその巨大な魔力を零れさせている。
 対面してからの威圧感も半端じゃなかった。
 


 石像は石化しているから大丈夫なのだろうが、もし通常の状態で今の魔王と対面していたら直ぐにプレッシャーで潰されていただろう。
 それほどの圧力を今の魔王は発散していた。

 瞳の色も真紅とは呼べないまでも、薄っすらと赤みを射している。
 相手を怯えさせるには充分な脅迫道具であった。

 無理矢理に口を開き、長兄は言葉を捻り出した。
 


長兄「お……私は、魔界のことを思って……」

魔王「“俺”で良いですよ」

 続けて。と促す魔王。

長兄「世界征服とは……魔族にとってやらねばならぬこと……」

魔王「それは種として?」

長兄「無論……」

 長兄は俯いていた。
 もはや魔王の、末妹の瞳を見ることは出来ない。

 見てしまえば圧力に飲まれ、なにも発言できなくなってしまう。
 


魔王「わたしにはそれが理解できない」

 顔を伏せながら長兄は続けた。
 ポツリポツリと独白するように話し始める。

 その口調は段々と長兄らしいものになっていった。

長兄「魔族の本能とは闘争。我々の種の根幹にはそういったものがある……」  

長兄「そして種によっては人間と言う動物を主食。エネルギーとしている者もいる」

魔王「例えば?」

長兄「吸血鬼どもがそれに当るだろう……。やつらは人の血や精を糧としている」

魔王「人間の血液じゃなければダメなのだろうか。例えば、牛や豚や鳥。そう言った種類の血では活動が出来ぬと?」

長兄「出来るだろう。が、味はよろしくない」

魔王「可能ならば問題外だ。彼等を旗本にして反対とする理由にはならない」

長兄「生活のレベルを落としてまで人間を断つ理由はない。やつらは幾らでも増える」

魔王「そうか……やはり、そう言った考えなのでしょうね。兄様も、姉様も」

長兄「……」
 


 魔王の聞きたかったことはそこにあった。
 魔族として種の根幹たる闘争。

 その闘争相手として人間を選択し、勝者の権限によって肉を得る。
 肝心なのは、人間の血肉を摂らなければ死ぬということはないことだった。

 ただ、美味いから。
 そしていくら暴飲暴食しようとも枯渇することのない資源としてみている。
 


 長兄からすれば、人間界を征服し、統制したいのだった。
 彼等は知性がある。

 牛や豚ではない。
 完全に統制できるのであれば、これほど優れた家畜はいない。

 人間を飼育し、増やし、畜生として利用する。

 まだ父である大魔王が生きている時分、長兄がそう言った理想論を説いていたことを魔王は思い出した。
 魔王はその時からその話しが滑稽だと思っていた。
 


 なにが種としての闘争だ。
 結局は腹いっぱい飯を食いたいだけではないか、と。

 矛盾している。
 人間を闘争の相手としているのに家畜化だと?

 完全に家畜化してしまえば闘争など起こるはずもない。
 これは、知性ある昔ながらの魔族によく起こる矛盾の一つだった。

 ふう、と溜息を吐く魔王。
 会話は途切れている。
 


長兄「魔……いや、妹よ」

 長兄の口調は完全に元に戻っていた。
 そして段々と顔を上げ、魔王の顔を直視するまでに至っている。

 恐怖心を拭いきれた訳ではない。
 ただ、言わなくてはならない。兄である自分がこの狂った思考を持つ魔王を矯正せねばならないと考え始めていた。
 


長兄「考え直すのだ。魔族にとって人間界の征服は絶対だ、なくてはならない」

魔王「……」

長兄「そうだ、これからは俺も手伝おうじゃないか。正直に言って妹に魔王の座を奪われ、俺も色々と考えるものがあった」

魔王「……」

長兄「けれど我々は兄妹だ。家族だ。手を取り合おうではないか」

魔王「……」

 魔王は語らない。
 ただただ長兄の吐く言葉を吟味していた。
 


長兄「長女も俺と同じような考えを持っているはずだ。アレにも手伝わせよう」

魔王「……」

長兄「だから妹よ。世界征服をするのだ、父の成し得なかった業を子の我々が果たす──」


魔王「──わたしは、魔王である」


長兄「の……だ……」
 


 長兄の演説を区切るようなタイミングであった。
 しっかりと、はっきりと。

 一種の覚悟を秘めた発声。
 長兄の城に来城して、初めて魔王が魔王らしい口調を長兄である配下に向けて差し向けた。

魔王「長兄よ。魔王であるわたしは命令を下した」

長兄「な……」

魔王「世界征服はやめる、と」

長兄「……」

 長兄の口は完全に塞がった。
 そして、視線も魔王の瞳に釘付けになっている。

 魔王の瞳は真紅に染まっていた。
 

魔王「魔王であるわたしはそう命令したのだが……」

 ゆっくりと立ち上がる。
 長兄から見れば小柄な体型である魔王の体が何倍にも大きく見えた。

魔王「これ以上の話し合いは平行線だろう。了承できないのであれば仕方が無い。」

長兄「……」

魔王「貴様の好きな“種としての根幹”に根付く“闘争”とやらで話しを決めようではないか」

長兄「……」

 長兄の顔色からは血の気が完全にうせていた。
 魔王の放つ魔力は先ほどから比べると段違いに増している。

 ただただ垂れ流しにしている魔力がピリピリと肌を刺し痛く感じるほどに。
 背中は冷たい汗でびっしょりと濡れていた。
 


魔王「どうした。座ったままが趣味なのか?」

長兄「……」

 長兄は動けない。
 言葉を失っている。
 



 魔王は右腕を天高く突き上げた。

 空が呼応し、黒雲立ち込める。
 
 魔界の空はその一角だけが真っ黒な雲に覆われた。

 地が響き、辺りを大きく揺らし始めた。

 全てが魔王の魔力に共鳴し、唸りを上げている。
 


長兄「そ、そんなものを……」

 そんなものを放てば、この城もろとも消えてなくなってしまう。
 そう発言しかけた長兄を他所に、魔王は魔力を爆発させた。

 空が爆ぜる。

 黒雲からは極太の雷撃が柱となり、地を削った。
 削られた大地からはマグマが噴出し、柱となった。

 その雷と焔の柱は城に直撃することなく、城を囲むように放たれた。
 吹き抜けから見える辺り一体が地獄と化す。

 絶え間なく続く雷と焔の挟撃。
 それはまるで虎のアギトのように無慈悲なものだった。
 


長兄「……」

 玉座の上で体が震え上がる。
 情けないことに、魔王の魔力に当てられてしまった。

魔王「良い景色になった」

 魔王の心情とは裏腹な台詞がこぼれ出る。
 地獄に囲まれた長兄の城。

 未だに雷降り注ぎ、焔立ち込める城外は轟音でいっぱいだった。
 


魔王「さて長兄よ。どうする」

 最終勧告だった。

魔王「今一度、命令を下そう。世界征服は中止する。貴様は賛同するや、否や」

長兄「……」

魔王「無言は賛同すると受け取るが」
 


 長兄は無言で首を縦に振るった。

 始めてみる、恐らくは全力の一撃。
 末妹は魔王選定の戦いでもこれほどの攻撃は繰り出さなかった。

 確かに強い。
 桁外れに強いと認識していたが、これほどまでの大魔法を容易に使えるとは思っても見なかった。

 それはかつて、大魔王と呼ばれ全ての魔族がひれ伏した偉大なる父の力だった。
 


魔王「そうか、それは良かった」

長兄「……」

 玉座から動けなくなった長兄を他所に、魔王は纏っていた魔力を発散させた。
 連動するように天変地異は収まり、地獄がその形相を弱めていく。

魔王「やはり兄妹で争いたくはなかったのでね」

 気落ちするような魔王の声色。
 その色は普段どおりの末妹の声だった。
 


魔王「兄様。わたしの仕事はどうやら終わったようです」

長兄「……」

魔王「お騒がせしました」

長兄「あ、ああ……」

 なんとか振り絞る返答。
 それが精一杯だった。


魔王「ああ、それと……できれば兄様の方から姉様へと今回のことを伝えて欲しいのですが」

長兄「……」


 ──また同じようなことをするのも、面倒なので。


 そう言い放ち、魔王は謁見の間を後にした。

 


 魔王と大臣が去ったあと、城は静寂に包まれた。
 直ぐに城回りの焼け野原やマグマを処理しろと命令したため、動く石像を含む全ての魔物が城外へと出向いたためである。

 玉座に一人。
 長兄が頭を力なく垂らし、俯いていた。

長兄「なんと言う力だ……」

 自身が親に見た、比類なき力を妹に感じた。
 あれを越える魔族など、数千年は生まれることはないだろうと。

 謀叛など不可能だとむざむざと見せ付けられてしまった。
 


長兄「なぜだ……なぜあの力がありながら、魔族を導こうとしないのだ……」

 長兄の心情は、奇妙なことに後悔の念で溢れていた。
 憎しみや嫉妬の感情はない。

 自身に妹を説得出来るほどの話術があればと酷く悔やんでいた。
 人間と魔族についてだけではなく、もっと他の話を妹に聞かせるべきだったのだと。

 アレはまだ20年も生きていない。
 超長寿の魔王族にすれば生まれたても良いところである。
 もっと良く聞かせ、納得させるべきだった。
 


長兄「あの力があれば、人間界だけではない……」

 末妹はまだ子供だ。
 時間をかけてゆっくりと考え方を変えさせればあるいは──。

長兄「妖精界も、天界すらも魔族が統治すること叶うやもしれん……」

 そう小さく呟いた台詞を聞いた者は、当人を除き誰一人として存在しなかった。 
 


つづく。

ので、安価もないしsage進行で投稿しました。
ありがとうございました。

おつ

お疲れ様

なんだ安価すれか
頼むからタイトルに【安価】とか入れといてくれよ

文章うまいしキャラも少数で深く掘り下げてるしすごい良さそうなのに……

安価スレは物語の展開がしっちゃかめっちゃかになりやすいから
シリアス物には向かないと思うんだけどな

スレ汚しごめん。もう来ませんから。

>>467
気持ち悪い読者様だな
そもそもここの安価は選択肢制だから破綻はしねえよ

乙です
面白かった

破綻はしなくても話の順序はぐちゃぐちゃになる可能性あるからなあ
例えばアルカードについてもうひと息ってとこまで進んだと思ったら次の日から休みまくったり
唐突に安価始まったんだからそういうの気にする人は結構いると思うよ

オナニーくらい好きにさせろ

黙ってスレを閉じることも出来んのか

少し忙しくなるので書けた分だけ投稿しておきます。

>>463  つづき。



 ◇

 大甲竜の乗り心地は決して良いものではない。
 魔王城から兄様の城は大した距離ではないものの、お尻が痛くなってきた。

 座席が硬いのだ。
 肉体的なダメージがどうこうではなく、気分的なものに左右されているのだろう。

 城を出てから時間はそれほど経っていないのに、もう帰りたくなってきた。
 


魔王「……」

 わたしがそんなことを考えているとは思ってもいないであろうガーゴイルは、神妙な面持ちだった。
 恐らく、この後に行われる兄妹間のやり取りがどう言ったものになるのかを考えているのだろう。

 そしてソレは十中八九、間違っている。
 わたしは兄様を消すつもりなど毛頭ないのだ。

 ただ、ちょっと脅そうとは思っている。
 どうやって脅すかは今朝決めた。
 


 そのために今は“魔王モード”を維持して頑張っているのだ。
 正直ちょっとイライラしてきた。

 この微妙な魔力の匙加減は疲れるし面倒だ。
 魔王を演出するのも楽じゃない。

 これはあれだな、兄様にはこのような面倒事を対処するわたしの気持ちを受け止めて貰わねばならない。
 少しばかり強めに脅しを効かそうじゃないか。

 そんなことを思いながらわたしは兄様の城へと向かった。
 



 ─長兄の城─


 城の前に大甲竜を止め、城内へと足を運ぶ。
 城門には動く石像の群れが理路整然と並んでおり、一斉に頭を下げてきた。

 止めて欲しい。
 そんなことをされても、わたしはどう対処して良いのかわからない。

 早足で城門を抜けて城内へと入って行った。
 


 この城の作りは魔王城と似ていた。
 それもそのはずで、父である大魔王の別荘だったのだからそれも納得出来る。

 吹き抜けが多いこの城は、魔王城よりも辺りの景観を眺めることが出来る。
 これは良い演出が期待できそうだとわたしは思った。

魔王「やあ兄様。随分と久しい気もするけれど、お互い息災でなによりです」

 色々と迷った結果、わたしは妹としての口調を選択した。
 “魔王モード”ではあるけれど、最初から口調をそれらしくするよりも後を考えると効果的だと考えたからだ。

長兄「お……お久しぶりです、魔王様」
 


 ふふ。
 さっそく動揺している。

 兄様のことだから、敬語など使わず兄弟のそれを用いてくるかと思ったが違ったようだ。
 わたしの普段とは違った様子に怯えている様子がありありと見て取れる。

 兄様はガーゴイルと同じく、わたしに粛清されると思っているのだ。
 どうにもおかしい。

 わたしは回りの者たちからそんなに暴君だと思われているのだろうか。
 確かにデュラハン将軍は消し去ったけども。

 魔王になって1年。
 それこそわたしの手で葬った者などデュラハン将軍いがいにいないのだけれど……。
 


長兄「石像。椅子をもってこい」

石像「ハッ」

 絨毯の上で挨拶を交わしていると、兄様が石像へと注文した。
 わたしはそれを要らないと跳ね除けその場に腰を下ろす。

 この行為に意味は特になかった。
 ただ、兄様を動揺させるのが目的だったのだ。
 


魔王「わたしはここで良い」

 腰を下ろした後に気付く。
 わたしは下着を穿いていないのだ。

 しまった。と心の中で絶叫する。
 ここまで培ってきた魔王っぽさと、不気味さが一瞬で瓦解してしまう。
 


長兄「……」

 見えただろうか。
 座るときに方膝を立てて胡坐をかいてしまったものだから、もしかしたら見えてしまったかもしれない。

 さり気なく足を崩し、完全に胡坐をかいて見えなくしたつもりなのだが見えてしまっていたら不味い。
 どうだろう……見えなかっただろうか。

 兄様はそのことについて一切なにも口出しをしてこなかった。
 つまり、セーフ。

 大丈夫だった。
 見えなかったようだ。

 安堵の溜息を内心で吐く。
 この緊張感をたかが下着を穿いているいないでぶち壊されたらたまらない。
 


長兄「此度は一体どのようなご用件で……?」

 兄様が口を開いた。
 声はどこか上擦っていて、落ち着きがない。

 緊張しているようだった。

 わたしはどう返答したら良いものかな、と思考を巡らせ、

魔王「いきなり本題か……兄様らしいと言えば、らしい」

 と適当に答えた。
 てっきり適当な世間話からするものだと思っていたから、少しばかり驚いた。

 兄様の性格を考えれば寄り道などせずに、本題へ斬りかかってくることは想像できた。
 けれど、緊張しているようだしそれをほぐすためにも世間話を……と思っていたわたしはどうやらまだまだ甘いらしい。

 まあ、話しが直ぐに進むのならこっちとしては大助かりだ。
 内心としちゃさっさと終わらせて魔王城に帰りたいのだから。


魔王「では……兄様。あなたの意見が聞きたい」

長兄「意見、とは?」

魔王「書状では目を通しているけれど、やはり生の声を聞いておいた方が良いと思って」

長兄「具体的にお伺いしても?」

魔王「腹の探り合いはよそう。わたしは「世界征服をやめる」と言った」

長兄「……」

魔王「兄様と、それから一番上の姉様はこれに反対だと何回か書状を送ってきてどうしようかと頭を悩ませていた」

 会話が進む。
 ここでちょっとしたアクションを取り入れてみた。

 懐に用意していた手紙を取り出す。
 数は五通。

 全て、兄様がよこしたものだった。
 


魔王「発令してからそれほど時間も経っていないと言うのに5通も」

長兄「それは──」

魔王「──こんな物は意味がない」

 兄様が弁明する余地も与えず、手紙を燃やし尽くした。
 黒炎は一瞬で手紙を飲み込み消し炭へと変化する。

 さて、この行動を兄様はどう捉えるだろうか。
 ちゃんとわたしの意図している脅迫を汲み取ってくれただろうか。

 そうだとこの先も話しが進みやすいのだけれど。
 早いところ用件を済ませて城へ、部屋へと帰りたい。

 わたしの頭の中は大半がそれで占められていた。
 


長兄「……」

 黙る兄様。
 うんうん。ちゃんと汲み取ってくれたらしい。

 頭が悪いわけじゃないから助かる。
 ここで力の差も、こちらの意図も全く読めず掴みかかられたら大変だ。

 本当に面倒なことになる。
 城主を消さなければならないし、兄を殺すと言うのも後味が悪い。
 


魔王「さあ、兄様。理由をお聞かせ願おう」

長兄「……」

 わたしはプレッシャーを強めた。
 早く早く早く。

 どうせなら心根の奥になる、わたしの真意も汲み取って欲しい。
 さっさとこの茶番を済ませてしまいたいと言う気持ちを。
 


長兄「お……私は、魔界のことを思って……」

 けれど真意など汲み取ってくれようはずもなく、兄様は真面目な口調で語り始めた。
 しかしまあ、なれない敬語を使ってるものだからスラスラと言葉が出てこない。

魔王「“俺”で良いですよ」

 そう促して、意見陳述を続けさせた。
 これでもうちょっとスピーディーになるだろう。
 


長兄「世界征服とは……魔族にとってやらねばならぬこと……」

 兄様はわたしの顔を見ようとはしない。
 目を合わせようとしない。

 わたしが発散する圧力、魔力に屈してしまうのを恐れているのだろう。
 賢明な判断だと思った。

 おどおどされて会話が進まないのじゃ面倒だ。
 本来であれば、魔王と会話するにあたって俯いているなど言語道断だろうとガーゴイル辺が言うかもしれない。

 けれど、わたしはそれを咎めずに会話を進めることを優先した。
 


魔王「それは種として?」

長兄「無論……」

魔王「わたしにはそれが理解できない」

 本音をこぼす。
 やはり、それが理解できなかった。
 


 魔族を代表する魔王。それはわたしだ。
 そのわたしが、世界征服を必要としていない。

 なのに長兄は魔族にとって世界征服が必要不可欠と信じて疑わない。
 わたしの意見が魔族の総意だ、と言い張るつもりは毛頭ない。

 しかし、この魔界の棟梁はわたしだ。
 であるのならば、少なくともわたしが納得しなければいけないはずだろう。

 さあ兄さま。
 わたしを納得させたいのなら、どうぞ頑張って下さい。

 時間はもうあまりない。
 わたしは虎視眈々と、脅迫するタイミングを伺っているのだから。
 

つづく。

書けたらまた来ます。

わざわざもう来ません宣言する構ってちゃんがいる中で
こうやって淡々と投下して去っていく作者は好感持てるわ

おつ

そんな事より、魔王が座るために片膝を付いたところの画像はまだか

これ安価でパンツとりにいかないと永遠にノーパンかよ

はいてないまおーさまはステキだとおもいます

魔王可愛いよ魔王

魔王は隠れ裸族かww
http://i.imgur.com/CSE4L.jpg

>>467
>もう来ませんから。

書き込んだ以上、厳守しろよ?
まあ、NGIDしちまうけどな。

もう来ない厨にいちいち構っちゃう厨

いきなり方向性変わって文句言われたりするのは覚悟しなきゃだろ

実際安価しない方が話が面白くなるのは間違いないんだし

普通の[田島「チ○コ破裂するっ!」]から床オナに変えたら文句言われんのか
読者様は偉いすなぁ

文句とか以前にもう来ませんアピールが痛い

って言うか、まるっとバカだわな。
本気なら、黙って去るだけだし。
モロ精神年齢が、かまって厨二歳( ;´Д`)

もういいじゃないか
来ないって言ってるんだから

日付変わってID変えればリセット、とかいわれてもなー

ってかもう来ないって言ってる奴らより、これだから読者様は~とか言っちゃう奴の方がいつまでも粘着してうざいわ

書き手が自分が書いたものを[田島「チ○コ破裂するっ!」]って言うのはいいけど、
読んでる方が[田島「チ○コ破裂するっ!」]って言い方すんのはどうなの?
>>1を擁護するつもりなんだろうけど批判してる奴ら以上に侮辱してるよね

だから田島って誰だよ

ggrks

なんだまた来たのか

[田島「チ○コ破裂するっ!」]

書けたので投下します。

>>492  つづき。


 段々と我が長兄。兄様らしい口調へと戻っていく。
 なにもかもを決め付けたような物言い。

 色々と思うことはあるけれど、まずは全てを聞こうと努力した。

長兄「魔族の本能とは闘争。我々の種の根幹にはそういったものがある……」  

長兄「そして種によっては人間と言う動物を主食。エネルギーとしている者もいる」

魔王「例えば?」
 


 前述の闘争うんぬんは置いておこう。
 それよりも気になったのは後述の方だった。

 わたしは博識ではない。
 魔族全ての種族生態を網羅してはいない。

 人間しか食べられない種族がいると言うのなら是非とも聞いておきたかった。
 少なくとも、わたしは知らないし大臣であるガーゴイルからも聞いた事はなかった。
 


長兄「吸血鬼どもがそれに当るだろう……。やつらは人の血や精を糧としている」

魔王「人間の血液じゃなければダメなのだろうか。例えば、牛や豚や鳥。そう言った種類の血では活動が出来ぬと?」

長兄「出来るだろう。が、味はよろしくない」

 おいおい、兄様。簡便してくれ。
 そのような回答をわたしが望んでいないこと位、あなたならわかるだろうに。

 やはり冷静ではないのだろうか?
 緊張。もしくは恐怖で頭が回らないのか。

 なんにせよ、その回答ではダメだ。
 


魔王「出来るのならば問題外だ。彼等を旗本にして反対とする理由にはならない」

 わたしはハッキリとその主張を斬って捨てた。
 論外だよ、兄様。

長兄「生活のレベルを落としてまで人間を断つ理由はない。やつらは幾らでも増える」

 内心で目を瞑った。
 溜息まで吐きたくなる。

 つまり、それが本音ではないか。
 途端にわたしの胸のうちは残念な気持ちで満たされてしまった。
 


魔王「そうか……やはり、そう言った考えなのでしょうね。兄様も、姉様も」

長兄「……」

 兄様も姉様も人間を食す。
 血や肉や臓物を。

 わたしからすれば考えただけで食欲が失せてしまう。
 理解できない。

 理解出来ない事象を全て排他するつもりはない。
 けれど、この問題は別だ。まったくの別問題だ。

 到底、許容できない。
 


 そうだな……例えば、人間たちが我々魔族を“食料”と認識し、進軍してきたのであればわたしも動こう。
 しかし彼等はそう言ったことをしてこないだろう。

 長い歴史がそれを物語っている。
 結局は魔族側から人間側へちょっかいを出し続けているのだ。今も、昔も。

 くだらない。くだらないよ兄様。
 わたしには、あなたたちの思考が理解できないのだ。

 わたしが魔王でなければ良かったのだろうと心から思う。
 けれど、わたしは魔王になってしまった。

 魔王城の城主になり、玉座に君臨してしまった。
 この紛れもない事実は誰にも曲げられない。

 わたし自身にも。
 


魔王「……ふう」

 色々と思考してみたりもしたけれど、ここまでとしよう。
 この取り止めのない会話を終わりにしようじゃないか。

長兄「魔……いや、妹よ」

 わたしの溜息に合わせて兄様が喋りを再会した。
 口調は完全に戻っている。

 未だに顔は上げないけれど、実に兄様らしい上から目線な声色だった。
 


長兄「考え直すのだ。魔族にとって人間界の征服は絶対だ、なくてはならない」

魔王「……」

 くつくつ。
 思わず笑みが毀れそうになる。

 演説が始まってしまった。
 拝聴者はわたしだけ。

 石像どもはその名の通り、石と化している。
 ガーゴイルであれば耳だけは生きているか。まあどうでも良い。
 


長兄「そうだ、これからは俺も手伝おうじゃないか。正直に言って妹に魔王の座を奪われ、俺も色々と考えるものがあった」

 良いぞ、良い。
 実に良いじゃないか兄様。

 やれば出来るじゃないか。
 わたしは最初からそうあって欲しかったのだ。

 自信満々に、傲慢に、上から目線で、自らを信じて止まない。そう言った口ぶりで話して欲しかったのだ。

 先ほどまでうな垂れていた城主はどこへやら。
 今でははっきりとわたしの目を見て語りかけている。
 


長兄「けれど我々は兄妹だ。家族だ。手を取り合おうではないか」

 さて。
 そろそろタイミングを見計らう時期が来たようだ。

 兄様のお陰で良い感じにストレスも溜まっている。
 演技は必要ないかもしれないなと思った。
 


長兄「長女も俺と同じような考えを持っているはずだ。アレにも手伝わせよう」

魔王「……」

長兄「だから妹よ。世界征服をするのだ、父の成し得なかった業を子の我々が果たす──」

 ──ここだ。

魔王「──わたしは、魔王である」
 


 気持ちよく喋くり倒している兄様の鼻を砕く。
 しっかりと、重く発言した。

 兄様にかける圧力と、魔力を増大させることで喋りを止める。
 ほんの少しだけ言葉に怒気が含まれているが、これは演技ではない。

 兄様の上から目線トークにイラッと来てしまったのだ。
 我ながら子どもだとは思うけれど、この場合に限り上手く作用したから結果オーライとしよう。
 


長兄「の……だ……」 

 兄様の表情が固まった。
 良い顔だ。

 さあ、兄妹の間柄はここまでだよ。
 今からは魔王と、その配下だ。
 


魔王「長兄よ。魔王であるわたしは命令を下した」

長兄「な……」

魔王「世界征服はやめる、と」

長兄「……」

 兄様の口は完全に塞がった。
 ここからはわたしのターン。

 もうずっとわたしのターン。
 


魔王「魔王であるわたしはそう命令したのだが……」

 いかん。
 気分が高揚……いや、興奮してきた。

 両目が熱い。
 きっと瞳の色は真っ赤なことだろう。

 ゆっくりと立ち上がる。
 下着を穿いていないことなど、どうでも良くなっていた。

 立ち上がる際に見えた? そんなものはもう関係ない。
 その程度の失態でこの雰囲気を壊せるのならやってみろ。
 


魔王「これ以上の話し合いは平行線だろう。了承できないのであれば仕方が無い」

長兄「……」

魔王「貴様の好きな“種としての根幹”に根付く“闘争”とやらで話しを決めようではないか」

長兄「……」

 ああ、これは後で自己嫌悪に陥るパターンだ。
 自分で吐いた言葉を反芻して、なんたることだと。

 魔王。魔王。魔王。
 やはり、わたしは魔王であり、魔族なのだろうな。
 


魔王「どうした。座ったままが趣味なのか?」

 演技ではなかった。
 この時の心境として、かかって来るのならかかって来いと思っている。

 興奮状態だった。
 兄様が玉座から立ち上がらなかったのはお互いにとって幸せな結果をもたらしている。

 もし立ち上がっていたら……。
 いや、もしもの話しはよしておこう。
 


長兄「……」

 長兄は動けない。
 言葉を失っている。

魔王「……カカッ」

 喉元から笑いが毀れた。
 おそらく、誰にも聞き取れないほどの小さな笑みだった。

 わたしの小さな体に充満した魔力を解き放つ。
 気持ちよかった。

 天と地。
 それが魔力に呼応して変動する。

 産まれて初めて、極大魔法を発動した。
 魔界は魔王たるわたしの魔力に答え、それに相応しい結果をもたらす。
 


 全てが終わったあと、兄様の顔面は蒼白になり体は震えていた。

 わたしは全身が火傷したような熱さを覚え、魔力を存分に振るった快感が体を駆け巡っている。
 疼く。

 もっと力を使いたいと思ってしまう。

 ──嗚呼、嗚呼。

 これだから嫌なんだ。
 魔力を開放するのは、これだから……。

 吹き抜けから見渡せる地獄のような風景を目にして我に帰る。
 いけない。

 気分が落ち込みそうになるのを堪えて、演技を始めた。
 


魔王「良い景色になった」

 声が上擦ってないか、少しだけドキドキした。
 普段の兄様であれば見抜いたかもしれないが、今の彼は完全に怯えきった子犬だった。

 気付かれていない。

魔王「さて長兄よ。どうする」

 押し切ろうと思った。
 さっさと話をまとめて帰りたかった。
 


魔王「今一度、命令を下そう。世界征服は中止する。貴様は賛同するや、否や」

長兄「……」

 なんで黙ってるの。
 早く答えてよ、もう。

 “魔王モード”はもうとっくに解除されていて、今のわたしは自身への恥ずかしさでいっぱいなのだから。
 


魔王「無言は賛同すると受け取るが」

 無理矢理に話を進めてしまおう。

 そう言うと兄様は首を小さく縦に振った。
 よしよしよし。

 理解してくれたようだ。
 良かった。これで帰れる。
 


魔王「そうか、それは良かった」

 心からの声だった。
 我に返り“魔王モード”が解除された今となっては魔力を発散させ続けているのもキツい。
 
 風船の空気を抜くように、纏っていた魔力を発散させた。
 連動するように城外の地獄も納まっていく。

 うわあ……酷いな、この力。
 


魔王「やはり兄妹で争いたくはなかったのでね」

 台詞は一応出てくるけれど、だめだ。
 なんかもう、だめだった。

 気落ちが収まらない。

魔王「兄様。わたしの仕事はどうやら終わったようです」

長兄「……」

魔王「お騒がせしました」

長兄「あ、ああ……」
 


 挨拶を済ませてさっさと退場しよう。

 ……あー、しまった。
 まだ一つだけ仕事が残っている。

 畜生と呟きたくなる。
 後詰を疎かにしたら、また同じようなことをしなきゃならないじゃないか。

 わたしの馬鹿。

 頑張れ、頑張れわたし。
 最後の気力を振り絞って魔王っぽさを演出した。
 


魔王「ああ、それと……できれば兄様の方から姉様へと今回のことを伝えて欲しいのですが」

長兄「……」

 ──また同じようなことをするのも、面倒なので。

魔王「では」

 そう挨拶して城を出る。
 歩く速度は早かった。走り出したい気持ちを抑えるので精一杯だった。

 そそくさと大甲竜に乗り込み、我が根城へと進路を向けさせる。
 


魔王「……」

 疲れた。
 疲れたよう。

 こんなのは、わたしらしくない。
 多分、魔王になってから一番働いたと思う。
 


大臣「魔王様」

魔王「言うな……」

 ガーゴイルがなにを言いたかったのかは察しが付く。
 今日のわたしの振る舞いは実に魔王をしていたと思う。

 兄様の教育係であったガーゴイルからすれば複雑な心境かもしれないが、大臣としては満足いく態度だったのだろう。
 魔王が指し示す方向性はともかくとして。

 ガーゴイルとはそういったやつだった。
 


魔王「(お風呂に浸かりたい……)」

 恥ずかしさでいっぱいだった。
 ちょっとノリノリになっていた自分が恥ずかしくて仕方がない。

 多分、自分の発散した魔力に酔ってしまったのだろう。
 馬鹿すぎる。

 そして恥ずかしいのと、もう一つ。

 兄様の言っていた“種族としての根幹”。
 それを今日、自分で体感してしまった。

 それがちょっとだけ、悔しかった。

 わたしはどこまで言っても、魔族であり魔王なのかな……と。
 



……。
…………。
………………。


 


魔王「くか……」

 昨日は兄様の城から帰った後、すぐに入浴して就寝した。
 魔力の行使により疲れてしまったのだ。

 消費した魔力量は大したものじゃなかったけれど、なんかもう行為そのもので疲れてしまった。

魔王「むうん……」

 ベッドの中でまどろみの中、意識がゆっくりと覚醒していく。

魔王「ん。朝か……」

 昨日のことが一瞬脳裏を過ぎり、気持ち悪くなった。
 もう少し寝れば忘れられるだろうか。

 さて……今日はどうしようかな。
 


1:魔王城内で部下と話すか。わたしはあまり部下と話してこなかったからな、こう言った活動も必要だろう。


┠─ ×:兄様のことがあった手前、今日はガーゴイルと真面目に話す気分にはなれない。

┠─ 2:素直になってスキュラに料理を教えて貰おう。

┠─ 3:アラクネがパンツを献上すると言っていたな。

┗─ 4:スライム娘たちと話してみるか。労働環境で不満などあるかもしれない。


2:今日は“四王”について真面目に考えよう。


┠─ ×:二日続けての外出とか無理。

┠─ 2:獣王・ベヒモスについて考えるか。

┠─ 3:龍王・ヨルムンガンドについて考えるか。

┗─ 4:魔人王・アルカードについて考えるか。


3:魔王一族

┗─ ×:今は考えたくない。


4:今のわたしには心のケアが必要だよ……。

┗─ 1:☆ ガーゴイル! わたしは休む、休むぞお!


魔王「今日は……>>550にしよう」

おわーり。
あとで自分用の登場人物的なのを投稿しにきます。多くなってわからなくなりそうなので。

4

ありがとうございます。

以下登場人物ですが、絶対ではありませんので参考程度に。
登場人(魔)物


魔王:主人公(ヒロイン) 16歳の小柄な娘。
   魔王1年生で基本的にはやる気がない。油断すると口調が素に戻る。
   人間界の文化に憧れていて、世界征服を中止する。

大臣:ガーゴイル 動く石像。
   大臣と言うだけあって偉い。硬い。岩石族のトップであるが“王”と言う呼称はない。
   石化していても耳は聞こえる。

淫魔:サキュバス 魔王の教育係だった。
   基本的に人間界にいる。
   魔人族。

スキュラ:従者長。
     タコのお化け的なモンスター。
     喋るのが苦手。家事全般担当。獣族。

アラクネ:副従者長。
     蜘蛛のモンスター。
     リネン担当。スキュラの通訳。獣族。

スライム娘たち:いっぱいいる。
        色によって個性がわかれている。スライム族。
        配膳、ベッドメイキング等。

デュラハン(故):頭がなくて、頭が悪い。
         アンデッド族。

デュラハン(新):レベル上げ中。
         アンデッド族。

死王:リッチ。悪趣味な人。
   キセルを吹かしていて色々な穴から煙が出る。
   アンデッド族の頭目。

ワイト:幾らでも替えが効くリッチの駒。アンデッド族。

グール:      ↑同文↑

死霊騎兵:発言無し。デュラハンが引き連れた騎兵たち。アンデッド族。

長兄:魔王の兄姉の一番上の人。兄様(にいさま)。
   魔王からすると悪い意味で古い考えの魔族。
   上から物を言う癖がある。

動く石像:日本の大仏みたいな石像。
     ガーゴイルほど強くなく、頭も悪い。気も利くほうではない。岩石族。

大甲竜:ダイコウリュウ。大型の竜。
    かなりの巨体で、背に甲を背負っておりその防御力は堅牢。
    代々魔王の移動手段として用いられている。


また書けたらきます。


パンツ……

乙ー

21時になったら投下しにきます。

あ~いいっすね~

>>547  つづき。



魔王「起きる……」

 思いのほかバチッと目が醒めた。
 頭まですっぽりと被っていた布団を剥いで、むくりと起き上がる。

魔王「……」

 わたしは決意した。


 ──本日は、休業いたします。

 
 


 そうと決まったら決行あるのみだった。
 わたしは昨日、頑張った。

 おそらくは魔王と言う役職(?)に就いてから一番頑張ったと思う。
 魔界のために頑張ったかと問われれば、限りなくちがうけども。

 わたしはわたしのために頑張っただけなのだけども。
 それでも、まあ頑張った。

 思い出すだけで赤面しそうなほど、恥ずかしい思いもした。
 恥ずかしい台詞を吐いた。

 今のわたしには、休養こそが必要だと判断した。
 


魔王「よし……」

 前回の失敗は教訓となっていた。
 まずは、休養するために邪魔になる要因を除去しなければならない。

 わたしは寝巻きを脱ぎ捨てて、魔王の衣装に袖を通した。
 誠に恥ずかしながら、わたしは寝巻きの他にはこの衣装しか持っていないのだ。

 その代わりと言ってはなんだが、寝巻きの種類は色々とある。
 早く人間界へと足を踏み込み“私服”と言うものが欲しい。

 思考が剃れてしまったが、やることは決まっている。
 わたしの休養を妨げる不安要因。

 大臣であるガーゴイルをなんとかせねばならない。
 


魔王「……」

 時計の針はまだまだ午前中を指し示している。
 具体的な数字で言うのであれば6。

 本来のわたしであれば考えられないほどの早起きだった。

スラ娘A「まっ、まおーさま!?」
スラ娘B「お、おはようございますっ」
 


 廊下ですれ違う従者部隊のスライム娘たち。
 この時間にわたしの姿を見るのは珍しいためか、随分と戸惑っていた。

魔王「おはよう」

 手短に挨拶を済ませ、歩を進めていく。
 目的地は魔王城内にあるガーゴイルの自室だった。

魔王「……ガーゴイルの部屋を訪ねるなど、どれ位ぶりだろう」


 魔王城は基本的に石造りだ。
 廊下もそうだし、壁もそう。

 部分的に木材も使っているけれど、基本的には石材を使っている。
 そしてガーゴイルの部屋は石材100%で出来ていた。

 扉も、なにもかもが石。
 岩石族である彼等は食事も石なのだけど、石で出来たベッドなどどう見えるのだろう。
 


 食料の上で寝ている気分に……まるで、童話に出てくるお菓子の城に住んでるように感じるのだろうか。
 少しだけ羨ましい気分になった。

 と、同時にわたしが今からすることに対してほんのちょっとだけ罪悪感を感じてしまった。
 いやいや。大丈夫だ、魔王よ。

 これは、当然の権利を貰うためにやるのだから。
 


魔王「よし」

 意識を静めて集中する。
 両目がほんの少し熱くなった。

 ──コンコン。

 手に力が入りそうになったが、努めて弱く石の扉をノックした。
 まるで従者が主に気を使って行うような、弱々しいノック。

 束の間の静寂が流れる。

 ──ギゴゴ……。

 独特な、石と石が擦れる音が響いた。
 石扉が開く。
 


大臣「なにかな。従者を呼んだ覚えは──」


魔王『深く、眠れ』


大臣「────」

 朝も早い。眠っていたのだろう。
 目を擦りながら出てきたガーゴイルと目を合わせる。

 それと同時に“魔眼”を発動した。
 命令は単純なもの。

 ただ、深く眠れと命じた。
 


 不意打ちを喰らったガーゴイルは抗う術もなく命令を受け入れる。

大臣「……」

 さすが石像だった。
 立ちながら眠っている。

魔王「ガーゴイル……?」

大臣「……」

魔王「おーい」

大臣「……」

魔王「もしもし?」

大臣「……」

魔王「わたし、今日休むね?」

大臣「……」

魔王「よし」

 


 両目から熱さが引いていく。
 これで準備完了だった。

 ほんの少しだけ頭の隅にあった罪悪感が膨れ上がりそうになったけれど、これで今日は休みだと思うとそんなものは霧散してしまった。
 邪魔者は消えた。少なくとも、明日のこの時間まで丸々24時間は目を醒まさない。

魔王「……」

 思わずスキップしてしまいたくなる衝動を堪えて、自室へと向かう。
 表情を抑えたくとも抑えられない。

 思わず笑顔になってしまう。
 魔王として、破顔するのは良くないとわかっていても抑えられなかった。

 ガーゴイルの部屋から自室に戻る前までの数分間、部下の誰とも遭遇しなかったのは幸いだ。
 こんなわたしを見られたら威厳がなくなってしまう。
 


魔王「ふう……」

 部屋に戻る。
 脱ぎ散らかされた寝巻きが目に入り、再び寝巻きに着替えようかと思ったけれどそれは後だ。

 わたしは盛大にベッドへと寝転んだ。

魔王「ふおおおおおおおおおおおおお」

 ベッドの上で寝転げまわる。
 気分の高揚が抑え切れなかった。
 


魔王「休み! 休み休み休み!」

 枕を抱きかかえて天井を見やる。
 時刻は未だ早朝と表現するに相応しく、時間はいくらでもあった。

魔王「なっ、なにをしよう!?」

 誰に喋るともなく声がこぼれる。
 可能性は無限大だなと思った。


魔王「なーにーをーしーよーおーか……な……っと」


休日・午前中
  ┃
  ┠─ 1:人間は休みの日に掃除をするらしい。いい加減、部屋が汚れてきたし掃除をしよう。
  ┃
  ┠─ 2:早朝は気持ちが良い。散歩でもしてみようか。
  ┃
  ┠─ 3:思い切って完全に読書に当ててみるのはどうだろう? 今から人間界の知識を頭にいれておくのだ。
  ┃
  ┗─ 4:風呂に入ってから二度寝をしよう! わたしは疲れているのだ。


魔王「>>573に決めたっ!」

2

書けたら来ます。ありがとうございました。

魔王かわいい

日付変更したくらいに投下しにきます。

>>572 つづき。


魔王「そうだ、散歩なんてどうだろう」

 魔王になってからと言うのも、自由なんてほとんどなかった。
 元首たるもの常にどっしりと。

 聞こえは良いかもしれないけれど、要するにずっと座ってろ。
 魔王城から出るな。

 それが魔王の仕事だと言われてきた。
 


 まあ、確かにと思う部分はある。
 全てが例え話になってしまうけど、もし仮に人間界から魔界へ勇者が来るとしよう。

 標的はもちろん、魔王である私だろう。
 魔王たるわたしは魔王城の玉座に座っている。

 勇者が魔王を討つために魔界を闊歩している中、散歩している魔王……わたしと遭遇したら。
 ううん。シュールだ。

 護衛もなしにいきなり勇者との戦闘になるのだろうか。
 それを考えると、簡単に魔王城を出るなと言って来る配下たちの言い分はわかる。
 


 わかるけども!
 わたしにだって、やりたいことはある。

 自由に動いて良い日があったって良いじゃないか。
 今日は、そんな日と決めたのだ。

 邪魔なガーゴイルは起きてこない。
 魔王城には他にも配下がいる。けれども、その者たちは全てをガーゴイルに任せてしまっている。

 実質的なわたしの敵となるのはガーゴイルだけなのだ。
 


魔王「くふふ……」

 そんなガーゴイルが今日は眠ってしまっている。
 だから、なにをしても大丈夫。

 勇者どうこうのニュースも耳に入ってこないので万が一もない。
 問題ない。

魔王「散歩なんて久しぶりだな」

 ほんの少しだけ、二度寝行為に後ろ髪を引かれつつもわたしは自室を後にした。
 



 ─ 魔王城 周辺 ─


魔王「ありがとう」

飛竜「ピュイ」

 魔王城で飼われている飛竜を一匹借りて、魔王領南側の雑木林に降り立った。

魔王「少しばかりここで待っててくれ」

飛竜「ピュイ」
 


 優しく喉をさすってやると目を細めて声をもらした。
 可愛いやつだ。

 魔王城には基本的に獣族に属するモンスターと、竜族に属するモンスターが従事している。
 それは昔から“四王”である“獣王”と“龍王”が親王派。

 魔王に強く忠誠を誓っているから自然とその種族が魔王城で従事するようになったと言う。
 

 
魔王「この辺りを歩くのも久々だ」

 魔王城の周辺は大平原が広がっている。
 それを抜けると森や林や山脈、大河など大自然が顔を揃えている。

 南に行けば行くほど自然は豊かになり、それを統治している“獣王”の領地が近くなる。
 わたしは、魔王城領内でも南側にちかい雑木林を歩いていた。

 さすがに他の魔物と顔を合わせるのは良くない。
 この雑木林なら出くわすこともないだろうと、この地を選択した。
 


魔王「ふふ」

 自分の足で気ままに歩く。
 良いじゃないか。

 木は枯れ気味だし、風は冷たい。
 冷たい香りが鼻の奥を刺激する不思議な感じ。

 けれど、不快ではない。
 むしろ清々しい気持ちになった。

 パリパリと枯葉を踏む音と、木々の囀りだけが雑木林内にはある。
 


魔王「なんとも人間的じゃないか」

 目的なんてない。
 ただただ、歩きたいからこの雑木林を歩いている。

 それだけで気分が晴やかなものになっていく。

 昨日は大変な思いをした。
 慣れない言葉遣いを多用したし、魔力も放出した。

 大変に恥ずかしい思いもした。
 そう言ったあれやこれが、流されていく気分になる。
 


魔王「んんっ……」

 大きく背伸びをする。

 城内ではない。
 それだけで、気持ち良くなってしまう。

魔王「子どもの頃はこの辺りを良く歩いたものだけど」

 子ども。
 わたしのそんな台詞を聞けば、大抵の魔物は鼻で笑うだろう。
 


魔王「仕方ないじゃないか。まだ16年しか生きてないのだから」

 年齢。
 わたしに足りないのは、当分の間はこれだろう。

 しかし、これが一番厄介だ。
 なにをしようとも、月日と言うものは人間にとっても魔族にとっても平等に流れている。

魔王「人間は魔族よりも時間系の魔法に優れていると聞くが……」

 それはやはり、魔族よりも寿命が短いからなのだろう。
 なんとかして長く、少しでも長く生きたいと願った結果。

 時間に関する魔法が発達したのだと思う。
 


魔王「寿命を延ばす魔法があるのなら、容姿だけ時間を経過させる魔法もあるかな」

 ううん。どうだろう。
 あったとして、それはわたしが扱える類のものなのだろうか。

魔王「いや、無駄か」

 例え容姿だけ大人になろうとも、中身が伴なわなければ意味がないこと位はわたしにもわかる。
 わたしは自身でも納得してしまうほど、内面が子どもなのだ。
 


魔王「大人と言うのはなんだろう……今度、サキュバスにでも聞いてみようかな」

 そうこぼしておきながら、きっと明確な答えは貰えないだろうなと思った。
 サキュバスのことだ「それは魔王様が大人になればわかりますよ」とでも言うだろう。

 ああ、嫌だ嫌だ。
 大人と言うのは答えを濁す生き物だと言うことだけは知っている。
 


魔王「んっと。気分転換も済んだしそろそろ帰るか。飛竜を待たせているし──ん?」

 時間を気にして、そろそろ帰るかと身体を翻した時。
 視線の端っこになにかが映った。

 咄嗟に身体を木に隠す。
 魔王であるわたしが魔物に見つかるのは宜しくない。

 けれど、誰だろう。
 この雑木林に魔物は生息していないはずなのだ。
 


グールA「あー……」
グールB「あー……」

魔王「あれは……」

 グール。
 アンデッド族の、最下層に位置する魔物だった。
 


魔王「なぜ、こんなところにアンデッドが……」

 アンデッドの領域は西側である。
 南側に近いこの領域にいても不思議じゃ……いや、おかしい。

 アンデッドたちは獣族に嫌われている。
 それは埋葬された同胞を掘り起こし、貪り、アンデッド化させることがあるためだった。

 そのため、西と南とでは境界と言うものが強く認識されている。
 少なくとも、獣族側にとっては。
 


魔王「魔王領にアンデッド……? しかも、グールだと」

 たった2匹のグール。
 なにをするでもなく、ただ徘徊しているだけのようだった。

魔王「気に入らないな。住み分けはしっかりとしているはずなのに」

 竜族は東側に。
 アンデッド族は西側に。

 獣族は南側に。
 魔人族は北側に。

 そして魔王領は、従事する魔物たちが住んでいる。

 アンデッド族は魔王領にただの一匹も従事していない。
 その理由として、殆どの個体が体が腐っていたり、思考が鈍かったりするせいだった。

 逆に言えば、知性ある者は従者になどなりたがらない。
 


魔王「やつら、なにをしている……」

グールA「あー……」
グールB「あー……」

 道にでも迷ったのか。
 それとも、この辺りを自分たちの縄張りにでもしようと言うのか。

 どちらにせよ処理をしなければならないと思った。
 今日のわたしは御忍びである。
 


 この問題を後々にガーゴイルへ報告して、処理させるのも難しい。
 彼は今日一日を忘却しているはずだ。

 つまり、ガーゴイルにとって今日は存在しない日になっている。
 だから今日あったことは報告出来ない。

 わたしが独断で処理をせねばならなかった。
 


魔王「どうしようかな」

 相手はグールだ。
 思考能力などほとんどない。自我もない。

 ん? だったら──。

魔王「消してしまっても良いか」

 なんとも魔族的な考えかなと一瞬思ったが、それならそれでも良いと思った。
 残念なことに、わたしは魔族なのだから。
 


魔王「こっちにも気付いてないみたいだし……」

 こそこそと木の後ろに隠れながら、右手だけをグールに向けた。
 照準を合わせる。

 ──パチンッ。

 中指と親指を擦り合わせ、小気味良い音が鳴った。

 二匹のグールの間で小規模の爆発が起きる。
 その爆発はその後に収束し、グールの肉片共々を引き連れて消え去った。
 


魔王「掃除完了」

 周りの木々が傷ついてないか確認する。
 なんとなしに、自然を傷つけるのは嫌な気分がした。

魔王「大丈夫みたいだ」

 アンデッドの肉片も綺麗に爆発に飲み込まれ、消えてなくなっていた。
 あれらの肉は残ると毒を吐き出し、その場を汚染する。

 そうなると大地を削ってその部分を消滅させるしかなくなる。
 なんとも厄介な魔物だ。

 魔界の西側はそれこそ地獄のような環境だろうなと思った。
 


魔王「念のため、飛竜で辺りを見回ってから帰ろう」

 律儀に雑木林の前で待っていてくれた飛竜にまたがり、雑木林を空から一周する。
 上空の風は少しだけ冷たかった。

飛竜「ピュイ?」

魔王「ああ。大丈夫、用は済んだよ。城へ帰ろうか」

飛竜「ピュイ」
 


 あのグールは一体なんだったのだろう……。
 問題視するべきなのか、それともたまたまなのか。

 ううん……。
 ああ、でもでも。

 今日はお休みだったんだ。
 そう言った贅沢な悩みは玉座に座っている合間だけ楽しめば良い。

 帰ったら熱いシャワーを浴びよう。
 色々と洗い流してから、午後からなにをするか決めようじゃないか。
 



……。
…………。
………………。

 


魔王「ふう」

 魔王城に帰ったらその足で浴場へと赴いた。
 熱いシャワーを頭から浴びて、スッキリする。

 時計に目をやるとまだまだ時間は午前中を指していた。

魔王「朝食をとろう」

 パンを手に取り、はてと頭を傾げる。
 


魔王「今日は、魔王様お休みの日だった……」

 本来ならば、こう言った日にこそ料理とかをするべきなのだろう。
 だけどね? だけれどもさ。

魔王「今日くらいは……いっかなあ……」

 部屋の隅においてある、スライム娘を呼び出す装置に自然と目が行く。
 わたしはその欲求に抗うことが出来ず、ボタンを押し、魔王城に住む者であれば当然の如く頂ける権利を貪ることに決めた。
 


スラ娘C「おっ、お呼びでしょーかっ!」

 ボタンを押してから数分と立たぬうちにスライム娘が顔を出す。
 実に迅速だ。

 やはり従者の質が良い。

魔王「あー、スラ娘。君に重要なことを頼みたい」

スラ娘C「はっ、はひ!」

 重要と聞いて実を竦ませるスライム娘。
 ごめん。ごめんね、とても私的なことなんだけれど、一応わたしにもその……恥じらいと言うものがあるのだよ。
 


魔王「食事をこの部屋へ持ってきて欲しいのだ。出来れば内密に」

スラ娘C「ないみつ……? あっ! 秘密ってことですね!」

魔王「うむ。特に、スキュラやアラクネに漏らしてはいけないよ」

スラ娘C「それは何故でしょう?」

 首を傾げるスラ娘。
 当然の疑問だろう。

 従者を従えているのはスキュラとアラクネだ。
 食事の配膳を頼まれたらその二人に話を通すのが常だろう。

 だがしかし、それをされたらわたしが困るのだ。
 恥ずかしいじゃないか。
 


魔王「理由は言えない。知らなくても良いことだ。そうだな、城の重役にそう言われたと伝えてくれれば良い」

スラ娘「わっ、わかりました!」

魔王「うむ。では頼んだよ」

 脱兎の如く飛び出していくスラ娘。
 これで食事の心配はしなくて済む。

魔王「もうちょっと休みがあれば、自分でも凝った料理をしたいのだけど」

 ベッドに腰を下ろしてから、ゆっくりと体を横に倒す。
 なんだか少し眠かった。
 


魔王「朝ごはん来るまで、少し寝ようかな……」

 早起きに、散歩にシャワー。
 なんだか目がトロンとしてきて、眠くなってきてしまった。

魔王「むうん……食べたら……なに……しよっかなあ……」

 うつらうつらと意識が飛びそうになる。
 むうん……。
 


休日・午後
  ┃
  ┠─ 1:人間は休みの日に掃除をするらしい。いい加減、部屋が汚れてきたし掃除をしよう。
  ┃
  ┠─ 2:午後も散歩しちゃおうかな。今度は渓谷だ!
  ┃
  ┠─ 3:人間界の書物を読み漁ろう!
  ┃
  ┗─ 4:そう言えば魔王城ってどんな魔族が住んでいたかな……たまには練り歩いてみようか。


魔王「ううん……ご飯を食べたら……>>610しようっと……」

おわーり。ありがとうございました。

4

お疲れ様

4 承りました。書けたら来ます。

明日からまた少し忙しくなるので、投稿が遅れるかもしれません。

ううーん・・・やはり物語りとして
話が展開するでもなく、意味のない安価を繰り返すだけに思えるなぁ

今後に期待していいのかどうか
もう少し読んで判断しようかな・・・

ADVのゲームやってるような感覚で読めばいいんじゃないの?
今はイベント消化期間なんだろ

スレは他にいくらでもあるんだから、かまって丸出しで書き込まないで、合わないなら閉じればいいんだよ。
ラーメンブログみたいに、作り手に命令するのが受け手の権利、みたいな発想ってウザいと思う。

リッチあたりにちょっかいかけまくれば嫌でも進むだろ

このスレ構ってちゃん多い気がするんだけど気のせい?

多いな
お前も構ってちゃんだし

話の内容と安価が相性悪くてテンポ悪いな

せめて2択で細かい展開が変わっていくぐらいならな

またNGが増えたわ()

え、なにそのいらん報告
きもいわ

これが噂のかまってちゃんか

ビックリするくらい文句多いなwww

いつでも何処でも多数決、とか学級会みたいなタワゴト抜かすアホに仕立ててきた日教組がニヤニヤしてることだろうな。

田舎もんの俺にはその例えはわからんです

ちょっと批判レスついただけでこれだけ叩けるとか、俺には真似できねーわ
もはや宗教だな。>>1は普通に面白いもの書いてくれてるのに信者様はマジ怖い

批判を叩いてるんじゃなくて構ってちゃんを叩いてるんじゃないの?

ただの日常に見えて世界観やら伏線やら重要そうな情報が散りばめられてるだろうが

1から読んできたがおもしれー 普通にお話もよかったが安価になっても面白さが変わらなくてうれし

どうでもいいから待とうぜ。
せっかく面白いのに外野がとやかく言うと>>1が悩むだろう。
支援。

とにかく面白い
それからが更に楽しみだ

期待して待ってる

土曜も日曜も無く、書く時間が割けませんで申し訳ありません。
本当に短いのですが生存報告ついでに投稿しておきます。


魔王「参ったなあ……」

 誰に言うでもなく、一人でそう呟いた。
 少しだけ体がだるい。

 これはきっと、二度寝してしまったせいだろう。
 時計に目をやるとすでに正午を示していた
 


魔王「……」

 しばし、ベッドの上で呆然とする。
 酷くお腹が減っていた。

 それもそのはず。最後にご飯を食べたのは昨日の晩御飯。
 今日は早起きしたのに朝ごはんを食べずに二度寝してしまった。

 もう、お昼ご飯の時間だった。
 

魔王「アラクネめ……」

 ぽつりと言葉がこぼれた。
 部屋の入り口にはどう見ても朝食とは思えない献立の配膳が済まされている。

 配膳のされ方を見ると、スライム娘が行ったものとは思えなかった。
 決して彼女等を貶めているわけではない。

 ただ、その……気配りと言うやつだろうか。
 わたしは朝食を注文したのだ。
 


 であるのならば、朝方に配膳された朝食が今もなおその場にあるべくはず。
 しかし、配膳された食事内容は昼用。ランチそのものである。

 スライム娘であれば、なにも気にせずに朝食だけを置いといたはずだ。
 なぜなら、わたしが食べるとは一言も言っていないから。

 恐らくはスライム娘の口から出た注文の出方にピーンと来たのだろう。
 朝食を届けに来たのはアラクネなのだ。
 


 そしてその時分にわたしは寝ていた。
 だから、朝食を下げて昼食用を置いて行ったのだろう。

 配膳からまだ温かな湯気が昇っているのが見える。
 届けられたのはつい先ほどのことなのだろう。

 それにしても、なぜアラクネと決め付けたのか。
 スキュラの可能性だってあるし、スラ娘の可能性も僅かだがあるはずだ。
 


 それなのにアラクネと決め付けた理由。
 それは──。

魔王「パンツ……」

 配膳の横には、三角形の布地。
 下着と呼ばれるそれが積まれていたからだった。
 

おわーり。
またちゃんと書いたら来ます。

おつ

穿いてしまうのか…?

住人の選択に任せたら最後まではいてなさそうだしな

まぁ長兄の城で穿いてないという痴態を晒した以上、穿かないという選択肢はありえないなww

短いのですが投下します。

>>639  つづき。


 ベッドからよたよたと立ち上がり、食事の横に置かれたパンツを手に取る。

魔王「ふむ……」

 一番上にあった物を摘まんで見た。
 白地に水色のストライプ……縞模様が入ったものだった。

 形状としてはいたってノーマル。
 わたし個人としては、こう……フリフリが装飾してあるようなタイプが良かったのだけれど。
 


魔王「文句は言えない、か」

 何枚か置いてあったので全ての柄を確認してみた。
 柄はどれもこれも一緒で、違うのは縞の色が桃色だったり薄い黄色だったりの違いだった。

魔王「全てがストライプ模様か。しかし、なんだ……子どもっぽすぎやしないか」

 用意してくれたアラクネの気持ちは嬉しい。
 けれど、どうにも女児用パンツと言う気がするこの下着はわたしの心を震わせる代物ではない。
 


魔王「しかし袖……もとい、股を通さないと言うのも失礼か」

 いつまでも下着を身につけていないのも問題だろう。
 趣味ではないが、わたしはそのパンツに足を通した。

魔王「むッ!」

 なんと言うフィット感。
 下半身を包み込むこの布の感触。

 久々に味わったそれは、なんとも心地良く心を落ちるかせるものだった。
 簡単に言い表すのであれば、気持ちが良い。
 


 サラサラでいて、ふわふわ。
 それでいて、やわやわ。

 思わず、

魔王「ふぉお……」

 などと情けない声を漏らしてしまうほどに、その下着の完成度は高かった。
 あまり可愛いとは思わなかったがこれは良い。

 実に良いパンツだ。
 


魔王「ううむ……さすがアラクネだ」

 そう言えば聞いたことがある。
 アラクネ一族の蜘蛛糸は最高級品質で、それらの糸を紡いで作られる衣類は最上の肌触りと心地良さをもたらすと。

 まさに一級品と言うに違わぬ出来栄えだった。

魔王「今まで気にしてこなかったが、わたしの部屋の布団などもアラクネが作ったのだろうか……」

 魔王城のリネン……要するに、ベッドシーツだとか布団だとかを一手に担っているのが副従者長のアラクネだ。
 だとすれば、わたしの使っている布団のふわふわさも頷ける。
 


魔王「ああ、いや。でもどうなんだ……?」

 布団の外側? 布地を作るのはアラクネかもしれないが、中に詰まっている物。
 鳥の羽のようなものはさすがに違うだろう。

 ううむ……。

魔王「っと」

 いけない。
 また思考が横道を辿ってしまった。

 下着の穿き心地に感動を覚えたのは良いけれど、余計なことまで色々と考えてしまった。
 悪い癖だ。
 


 ──グウ。

 腹の虫が鳴る。
 そうだ。わたしはお腹が減っていたんだった。

 下着に意識を持っていかれたせいですっかりと忘れていた。

魔王「……アラクネに食事のことがばれてしまったな」

 なんとなくバツの悪い表情になる。
 ちょっとだけ恥ずかしさもあった。

 出来ることならば、スキュラやアラクネにはわたしが料理を所望した事実を伏せていたかった。
 自分のことは自分でやると言った手前、恥ずかしいじゃないか。
 


魔王「ま、良いか」

 考えてもしょうがない。
 バレてしまったのなら、それで良い。

 今日は魔王様の休日だ。
 そういうことなのだ。

 わたし自身がそれで納得しているのなら、それで良い。
 うんうん。
 


魔王「さて。それでは頂くとしよう」

 未だに湯気が立ち上っている食事。
 とても美味しそうだった。

 まずは、バスケットに詰められたパンを一つとりそのまま齧る。

魔王「ふもっ……」

 ──美味しい。

 焼きたてだからだろうか?
 バターがふんだんに使われているのか、口の中でなにかが“ジュッ”と音を立てた気がした。

 ああ、これだこれ。
 わたしが今までずっと食べてきたパンの味だった。

 身の回りのことを一人でやると決めた日から、食べられなくなった物の一つ。
 スキュラお手製の焼きたてパンの味だ。
 


魔王「わたしもこうやって作れれば良いのだけど……」

 パンを齧りながらフォークを手に取りサラダに突き刺す。
 真っ赤に熟れた赤い果肉は宝石のようだ。

 新鮮な生野菜を食べるのも久々だった。
 口の中で弾ける果汁が心地良い。
 


魔王「はあ~……美味しい」

 不思議だ。
 食べれば食べるほどお腹が空くような気がする。

 パンにサラダ。
 スープにメインの肉。

 肉は厚く切られたものを炭火で焼いたらしく、実に香ばしい匂いを放っている。
 それに絡まるソースもまた絶品だった。
 
 この城には竜族と獣族が多く住まっているから、肉料理は拘っているのだろう。
 ううむ。美味い。
 


魔王「ご馳走様でした……」

 手を合わせて感謝する。
 久々に人らしい……いや。魔王らしい食事を摂ることが出来た。

 とても美味しかった。
 今度、スキュラ頼んで真面目に料理を教えて貰おう。

 自分であれだけ美味しいものが作れたら、さぞ楽しいことだろうな。
 わたしの当面の目標は料理……あ、いや。

 人間界へ買い物……は、ちょっとハードルが高すぎるか。
 うん。料理、料理の上達を目標に掲げて置こうじゃないか。
 
 どうせなら食材を自分で狩りにいくところから始めたい。
 ガーゴイルがうるさいだろうか? また眠らせて……も、面倒だ。

 そんなことを考えながら、わたしのモーニングランチは終了した。
 



……。
…………。
………………。

 


魔王「ふむ……」

 食事を終え、下着をしまい取り出したるは魔王城の地図。
 ようするに魔王城の部屋割り図だった。

 魔王城にはそれなりの数の魔物が住んでいる。
 魔界の要とも呼べる城に住まう者たち。

 その殆どは、有体に言えば御爺ちゃんたちであった。
 


魔王「竜族は“グランドタートル”の亀爺。獣族は“ケルベロス”……もうよぼよぼで歯がないと言っていたな」

 若い者たちは皆、各々の領域で暮らしている。
 城に引き篭もって暮らすのは性に合わないのだろう。

魔王「魔人族の“ランプの魔人”。あれは爺様ではないが、ただの引き篭もりだしな」

 彼等は城内を練り歩くような行為を殆どしない。
 好きな時間に食い、眠る。

 “ランプの魔人”を除けば、ほとんどが現役を退いた者たちだ。
 もう働きたくはないのだろう。
 


魔王「実に羨ましい」

 もし、働く時が来るとすれば勇者が城に攻め入った時くらいだろう。
 その時は彼らも老体に鞭打ち戦闘に、勇者撃退に駆り出る手筈になっている。

 まあ、そんな事態は起きたことがないんだけども。

魔王「む。この部屋は確か……」
 


 ベッドで寝転がりながら暇つぶしに見ていた魔王城の地図。
 その端の方に目がいった。

 ガーゴイルが住まう地下室のさらに地下。
 最奥にある部屋。

 特別室。

魔王「ここは確か──」

 堕天した天使。

 “堕天使アスモデウス”に割り振られた部屋だった。
 

つづく。  また書けたら来ます。

乙!楽しみだあ

すごく読みやすくて面白い
期待

21時30分位には投下出来ると思います。

>>662  つづき。



魔王「アスモデウス……」

 今は亡き大魔王。
 つまり、わたしの父が客人として向かえた魔物だった。

 “魔物”と形容して良いのかすら定かではない、わたしの知らないなにか。
 魔王として拝命された時ですら、アスモデウスとの会合をガーゴイルは望まなかった。

 当時のわたしは別段興味もなかったし、どうして? とも思わなかった。
 今もまあ、対して興味はない。
 


 けれど、このちょっとした暇。
 ぽっかりと空いた時間を埋めるには丁度良い興味対象だった。

 掃除をしようかとも思ったけれど……いやあ、それはちょっと気分が進まない。
 散らかし放題に見えなくもないが、実は全て目につくところに物があるし。

 うん。
 掃除するほどでもない、大丈夫。

 そんなことよりも──。
 


魔王「堕天した天使か」

 天使。
 天界に住まう者ども。

 人間界にも行ったことがないわたしにとっては、想像も出来ない世界だ。

魔王「魔界に人間界。それに、天界に妖精界」

 ううん。
 世の中は広い。

 一体どれほど広いのか想像もつかない。
 わたしは魔王であるらしいけれど、実は魔界ってとってもちっぽけなものなんじゃないか? と思う時がある。
 


魔界「天界かあ……どんな場所なんだろ」

 ごろん、と楽な体勢でベッドに寝転ぶ。
 見慣れた天井が広がっていた。

 この城には沢山の本がある。
 けれど、その書物の殆どが魔界にまつわるものだ。

 人間界の資料すらないのに、妖精界や天界のことなどを記している本などある訳がない。
 あまりにもわたしは世の中を知らないのだ。

 おいおい、大丈夫か魔界は。
 こんなのが元首をやっていて問題はないのかと問いたくなる気分だ。
 


魔界「妖精界はちょっとだけ小耳に挟んだことはあるんだけどな……」

 花は一年中咲き乱れ、小鳥は心地良い囀りを止め処なく唄う。
 風は春のそれが吹き、妖精は踊りエルフは詩を読むと言う。

 人間からは楽園と呼ばれている世界。
 なんともそそるじゃないか。

魔王「まあ、わたしとしては人間界の文明の方が興味はあるけど……」

 それでも一度位は見てみたいと思える景色だ。
 いつか、行けるのだろうか。
 


魔王「行って見たいな……」

 ぼんやりとした時間が流れる。
 それから決断するのにあまり時間はかからなかった。

魔王「よし」

 “堕天使アスモデウス”に会おう。
 そう思ったのは、食事の消化も未だに終わっていない正午過ぎのことだった。
 



……。
…………。
………………。

 
 


 足取り軽く、魔王城の最地下へと向かう。
 少しばかり楽しくなってきた。

 アスモデウスとは一体どのような人物なのだろうか。
 堕天と言うことは堕ちる前は天使として天界にいたのだろう。

 それが一体どれほど前のことなのかは想像も出来ないが、記憶にある限りを教えて欲しいと思った。
 わたしの知らない世界。
 


 膨れ上がったこの知的好奇心を満たして欲しい。
 天界。天界か、ううん。想像出来ない。

 あることは知っているけれど、それだけ。
 回りの者たちも妖精界や天界のことになると口を塞ぐ。

 魔王として知らなくても良いのか? と以前にガーゴイルへ問うたこともあったけど「まだ時ではありません」と一蹴されてしまった。
 あれは一体どう言う意味だったのだろう。

 その辺もちょっと気になってきた。
 


魔王「ああ、それにしても」

 どうしたことだろう。
 常であればどうでも良いやと思えることも、休日だと思うと食指が伸びてしまうのは。

 これが休日効果と言うものなのだろうか。
 アスモデウスに会うだなんて、今日一日をフリーにでもしなければ絶対に思いつかなかっただろう。

 そう思うとなんだか楽しい気分になってくる。
 さあ、もう直ぐだ。

 この階段を下りれば、地図通り魔王城最下層に辿り着く。
 長い長い階段を下へ下へ降る。
 


魔王「これは……」

 最後の階段。
 それを降り切ると、ぽっかりと空いた空間へ出た。

 広い。
 謁見の間がそのまま地下にも作られたような大きさだった。

 光源は蝋燭が幾つか灯っただけの薄明かりだけ。
 空気も驚くほど重かった。
 


 そんな部屋の中心部は蒼く発光していた。 
 魔王としてどうかと思ったけど、おっかなびっくりその光へと近づく。

 魔方陣だった。


 ──誰ぞ。


魔王「……ッ!?」

 声が聞こえる。
 威圧感のある声だった。

 力のないものであれば、その声だけで体がすくんでしまいそうなほどの圧力。

 ──ああん? 見ない顔だな。
 


魔王「……お前、は」

 いつの間にか魔方陣の上に現れた玉座。
 竜を模したような玉座に腰を下ろす人物。

 真っ黒に塗りたくられた天使の羽。
 流れるような白髪の長い髪。

 わたしの第一印象としては「なんだこの優男は」だった。
 


アスモ「答えよ。汝は誰ぞ?」

魔王「わたしは──」

 答えようと口を開いたが、

アスモ「──ん? いやいや、待て。この魔力……そうか、主は魔王だな」

魔王「む……」

アスモ「しかしまあ、随分と可愛らしく……おお、主はアレの娘か」
 


 “アレ”とはきっと父のことを指しているのだろう。
 大魔王だった父を指し、アレとはまたなんとも。

 それにしても一人でペラペラと良く喋るヤツだ。
 わたしに言葉を入れる隙を与えてくれない。

 困った。
 なんと言えば良いのやら。
 


アスモ「そうか。ヤツにも寿命がきおったか、難儀なことよな」

魔王「……」

アスモ「最後にヤツと会うたのは如何ほど前だったかの……」

 あー……。
 なんだろう、この感じ。

 とってもやりにくい。
 まるで父と話してるようだった。

 なんとも身勝手な自己完結型の会話。
 言葉のキャッチボールになってない。
 


アスモ「ああ、すまんすまん。一人で思い耽っておったわ。余の悪い癖でな、許せ」

魔王「い、や……」

 目が合う。
 ゴクリ、と思わず喉が鳴った。
 
 前身の毛が逆立ちそうだった。
 こいつは、強い。

 わたしと同等。もしくはそれ以上……。

 今まででこんな感覚を味わったのは一度だけ。
 一度目。一人目はわたしの父であり、前代の魔王だった。
 


アスモ「ふむ……暇潰し、であるな」

魔王「な──」

アスモ「なぜわかる、か。それはな、余が余だからよ」

 意味がわからない。
 なんなんだ、こいつは……。

アスモ「にしても、暇潰しで余に会おうとは……無知故か。ガーゴイルの堅物はなにも言っておらなんだか」

魔王「……」

 ガーゴイル? なんで今、ガーゴイルの名前が出てくるのだろう。
 こいつの正体。何者かをわたしに告げていないからだろうか。


アスモ「しかし、ヤツに似ている。正しく娘よな、力も十二分に引き継いでおるわ……顔は、ふん。似ないで助かったものよ」

魔王「む」

 顔? 顔と言ったか。
 わたしと父の顔は似ても似つかないはずだ、比べる時点でおかしい。

アスモ「余と相対しても心屈せぬとは、雛鳥とは言えやりよる」

魔王「なにが言いたい」

 確かに強大な圧力を感じる。
 だがしかし、心折れるとはどういうことだ。

 仮にもわたしは魔王だ。
 プレッシャーに気圧されるほど、柔な肉体も精神も持ち合わせてはいない。
 


アスモ「いやいや、感心しておるのよ。ガーゴイルの余計な浅知恵が入っていたならば、主の態度もまた違っておったであろうからな」

魔王「?」

アスモ「いい、気にするな。主のような態度を余は好ましくさえ思っておるのだからの」

 一体なんなのだ。
 確かに物凄く強い。それはわかる。

 けれど、ちょっとイライラしてきたぞ。
 結局こいつはなにが言いたいんだ。

 少しばかり楽しみにしていたわたしの気分はいつのまにやら萎んでいた。
 うーん……帰ろうかな……どうでも良くなってきちゃった。

 嫌いなんだ。こうやって勝手に喋くり倒すやつって。
 


アスモ「そう嫌な顔を作るでない。近頃は余を召喚しようとする人間も減って退屈していたところよ」

魔王「人間……?」

アスモ「人間と聞いて目を輝かせるか。なにからなにまで、似ておる」

 似てる。とはなんのことだろう。
 言葉から察するに父か。

 しかし、父が人間好きだったとは聞いたことが……む。もしや食事としての人間か?
 だとしたら、似ているとは見当違いも甚だしい。

 わたしは人間を食事として好いてるわけではない。
 純粋に、彼等の文化に興味を抱いているのだ。
 


アスモ「さてさてさて。先ずは腰を下ろせい」

 相変わらず立ちつくすわたしと、玉座に腰を下ろす堕天使。
 魔王よりも魔王らしい彼は指をクイと上にあげた。

 浮かび上がる竜を模した玉座。
 それは彼が腰を下ろすそれと全く同じ物だった。

 わたしは趣味が悪いな、と少しばかり思ったが文句を言わずに腰を下ろした。
 


アスモ「城主である魔王殿に、ケチな椅子を勧められはすまいよ」

魔王「……」

 馬鹿にされたような言い回し、ちょっとだけムッとした。
 初対面だと言うのになんだか馬鹿にされっぱなしのような気さえする。

 むうう……。

アスモ「なんとも心地良き魔力よな。その憤りは閉じ込めておけ、余に向けてもなんら意味はない」

魔王「む」

 いけない。
 カッとなって、少しだけ力んでしまった。

 しかしコイツ……本当に強そうだ。
 なんでこんなのが魔王城の地下に。そして城主であり魔王であるわたしは今まで知らなかったのだろう。
 


アスモ「さて、主はなんぞ知りたいことがあってここへ来たのであろ?」

魔王「む……そう言えば、そうだったな」

アスモ「余は久方ぶりの話し相手が現れて機嫌が良い。そうさな……三つだけ、質問に答えてやろう」

魔王「三つ?」

アスモ「うむ。三つだ、それ位が丁度良い」
 


 三つ。
 三つか。

 なんか完全にペースを握られてしまったし、会話も覚束無いのだけれど。
 どうしよう……。

 せっかくここまで来たのだから、色々と聞くべきなのはわかる。
 と言うか話しが聞きたくてここまで来たのだ。

 しかし、こんな厄介な性格だったとは。
 魔王より偉そうで、魔王よりも強そう。

 ううん。なんだよ、こいつ。
 ガーゴイルってば本当はもっとわたしに教えることが色々とあるんじゃないか?

 サボってるのか、あいつは。
 それともわたしがダメなのか?
 


アスモ「ほれほれ、早よう決めい」

魔王「わかっている。そう急かすな」

アスモ「余に対してそのような振る舞い……悪くない、悪くないぞ魔王よ」

 ああもう、気色が悪い。
 さっさと質問して帰ろう。

 質問は三つだったな。
 ええと……なにを聞こう。
 


1:アスモデウスのこと。

2:父。前代魔王のこと。

3:母親のこと。

4:人間界について。

5:妖精界について。

6:天界について。

7:この先の、未来のことを教えてくれ。

8:わたしの知らないことを教えてくれ。

9:人間になることは可能か。



アスモ「──さあ。選べい」

 
 

*順不同で消化されます。

>>697 >>698 >>699

おわーり。ありがとうございました。

8ィ

8


6

3

3.6.8で承りました。
書けたらまた来ます。ありがとうございました。

追い付いた
俺も安価SSはあんまり好きじゃないが
これは面白いよ
この次は安価取りに参加する

乙です。天使って下っ端でも妙に上から目線で偉そうだようなぁとメガテンシリーズをやってて思った。
ところで、6・8はいいとして、3の母の事ってなんか引っかかるな。普通に考えれば魔王の、ってことになるんだろうけど、誰のって明記されていない以上他の人物の母の話題にもなりかねないし…。考え過ぎかな。

どうでもいいがアスモデウスはどうしても「アスモデちゃん」と呼びたくなる。もにゅぱー。

>>695  つづき。



アスモ「──さあ。選べい」

 面白くない。
 面白くないな。

 自分はなんでも知っているぞと言う、その態度が。
 むうん。

 なにか、なにか良い質問はないだろうか。
 答えに詰まるような、答え難いような。
 


 ああ、そうだ。
 良い質問があった。

 わたしは知らないことがあまりにも多すぎる。
 自覚している程に、多すぎるのだ。

 で、あればだ。
 それを聞いてしまおう。

 さて。この堕天使はなんと答えるのだろう。
 わたしの知らないことを教えて貰おうじゃないか。
 


魔王「決まったぞ、堕天使」

アスモ「なんぞ言うてみよ、魔王」


 ──わたしの知らないことを教えてくれ。


 さあ言ったぞ。
 教えてもらおうじゃないか、堕天使よ。
 


アスモ「クハハッ、存外に賢しいな。魔王よ」

魔王「質問には答えて貰えるのかな」

アスモ「無論よ。いやなに、思いのほか良き質問だったのでな。なるほど、と思っていたところよ」

魔王「では答えてもらおうか。わたしの知らないことを」

アスモ「うむ。……そうさな、魔王よ。主の知る“世”とはどれほどある。答えてみよ」

 “世”? よ? なんだ、よって。
 世界のことだろうか。
 


魔王「人間界。魔界。妖精界。天界」

アスモ「で、あるな」

 正解だったらしい。
 少しだけほっとした。

魔王「なにが言いたい」

アスモ「魔王よ。主はなにも知らぬ、知らされておらぬ」

 回りくどい言い回しだ。
 なにを伝えたいのかさっぱり伝わってこない。

 強いてあげるのであれば、お前は無知だと馬鹿にされているくらいか。
 


魔王「なにも知らないのでな、馬鹿でもわかりやすく教えてくれると助かるんだが」

アスモ「そう拗ねるな。主はまだ若い、若すぎる。今はまだ、齢を重ねる時期だと回りが判断しているのだろうよ」

魔王「……」

アスモ「──が、質問に答えてやると余は言った。答えてやろう」

 そうだ、さっさと答えろ。
 よもや答えられないから時間稼ぎをしている訳じゃあるまいな。
 


アスモ「世界とは人間界を軸に出来ておる。上に妖精界、下に魔界と考えればわかりやすいやもな」

魔王「続けてくれ」

アスモ「そしてさらにその上に天界。ここまでは主も知っておろ?」

魔王「ある、と言うことだけは」

アスモ「うむ。で、あるのならば不思議に思うたことはないかの」

魔王「?」

アスモ「妖精界を上と比喩しておきながら、その天上に天界なる世が存在しておる」

 わたしは黙った。
 一々言葉を挟むのは疲れるし、自身の思考の妨げにもなる。
 


アスモ「人間界の上に妖精界。さらに上に天界。では視線を下に向けてみようかい」

アスモ「人間界の下には魔界。主が君主とした地よな」

魔王「……」

アスモ「はて……。妖精界の上にさらなる世が広がっておると言うに、下の魔界はそこで打ち止めなのかの?」

魔王「おい……」

 まさか。
 いや、そんな。

 そんな馬鹿げた話しがあるのか。
 


アスモ「主が知らんでも無理なきことよ。魔界からあの地へ行ける者など数少ない」

魔王「……」

アスモ「地の獄。堕天者や悪魔が住まう世。“地獄界”が更なる下層で広がっておるのよ」

魔王「……」

 地獄界? 悪魔? なんだそれは。
 確かに知らない。わたしの知らないことだ。

 けれど、だけれど……突拍子も無さ過ぎて俄には信じられなかった。
 


アスモ「魔族と悪魔では根本的に種が違う。例えばガーゴイル。ヤツは岩石族よな? 思考は違えど、同じ姿形の類族がひしめいておるわ」

魔王「……」

アスモ「だが悪魔は違う。常に一種。種族と言う者はおらんのよ」

 理解し難い言葉の羅列が続いている。
 参った。

 どう返答したら良いのかさっぱりわからない。
 まるで狐に化かされているようだ。
 


アスモ「そうそう、魔界の何処ぞに居る“ヨルムンガンド”な。やつも元々は地獄界の者よ」

 ヨルムンガンド……って、あの“龍王”のことか。
 へえ、知らなかった。

 と言うよりもどんな反応をすれば良いのかがわからなかった。

アスモ「さてさてさて。となれば、説明するまでもなく余も地獄界の者だが……その説明は次の質問次第よ」
 
魔王「む」
 


 どうやら一つ目の質問に対する回答は終わったようだった。
 わたしの知らないこと。

 それは……“人間界”“妖精界”“天界”“魔界”。そしてその他に“地獄界”と言う世界が存在していることだった。

 やっぱり、世界はとてつもなく広かった。
 魔界なんてとてもちっぽけだ。

 ああ、ちくしょう。
 回りの者たちはその事実を知っているのだろうか。
 


 少なくとも、ガーゴイルのやつは知っているはずだ。
 だとすれば他の者は? “四王”は知っているのだろうか。

 “龍王”であるヨルムンガンドは知っているだろうな。元々はその世界に住んでいたと言うのなら。
 では“死王”リッチは? やつは知っているのか。

 くそう。
 なんだか置いてけぼりにされた気分だ。

 のけ者にされていたような感じすらする。
 早く部屋に帰って一人で情報を整理したい。
 


 けれど──。

アスモ「──さあ。質問は残り二つぞ。良く考えて問うてみよ」

 あと、二つ。
 あと二つだけ、この堕天使は質問に答えてくれる。

 聞こうじゃないか。
 どうせ今日は休日と決め付けた日だ。

 とことん付き合ってやろうじゃないか。
 わたしは重くなった口を無理矢理こじあけ、


 ──天界について教えてくれ。


 そう言い放った。
 

つづく。
書けたらまた来ます。

おつおつ

フェンリルとヘル登場フラグか

乙!
面白いけどあんまり風呂敷広げすぎると
たたむのが辛くなるから気を付けてねー


今の所風呂敷と言っても世界観の説明が殆どだから広げっぱなしでほって置いても問題なさそうだけど
情報が増えると後二つ決まってるのが辛いな


フェンリルは主神がいなければ…

いやヨルムンガンドがいるから大丈夫か?

まぁそこはデュラハンが男だったこともあるし、適当にはぐらかして…

>>719  つづき。



魔王「“天界”について教えてくれ」

アスモ「……ほう?」

 意外そうな表情を作るアスモデウス。
 なんだろう。

 なにか腑に落ちないのだろうか。
 


魔王「……なにか都合が悪いのか?」

アスモ「いや。少し不思議に思うての」

魔王「?」

アスモ「余は今しがた、主の知らぬ世の話しをした」

魔王「“地獄界”」

アスモ「うむ。にも関わらず、主は“天界”の話しが聞きたいと申した。少しばかり意外での」
 


 って言われても。
 わたしが聞きたいのは“天界”のことであって“地獄界”のことじゃない。

 それとも、ダメなのだろうか。
 話しの続き的に空気を読んで“地獄界”と言うべきだったのだろうか。

 でもその言い分だとアスモデウスのことを知りたい。
 と尋ねる流れになるし、正直そこは興味ない。

 もう、面倒だなあ。
 答えてくれるって言ったんだから、聞かれたことにだけをちゃっちゃと答えれば良いのに。
 


アスモ「何故、主は“地獄界”ではなく“天界”のことを知りたいのかの。余の疑問に答えてくれても良かろ?」

魔王「質問に質問で返すのか。堕天使は」

アスモ「ほんの気紛れよ。それとも聞かれて不都合なことでもあるのかの」

魔王「……“地獄界”だったな」

 重々しく口を開く。
 興味がない理由を説明しなければならないとは、なんとも。
 


魔王「確かにびっくりした。驚いた」

アスモ「で、あろうな」

魔王「だけれど、興味がない」

アスモ「ほう……」

魔王「“地獄界”? 読んで字の如く、地の獄。字面からして気に入らないよ」

アスモ「ふむ」

魔王「わたしの知らない新しい世界がある。それを知れただけで充分だとわたしは判断した」
 


 ──そう。
 それで充分。

 知っているのと、知らないのとでは大きな違いがある。
 今日、わたしは“地獄界”を知った。

 この堕天使の言い方からすると、随分と屈強な者たちが住んでる世界なのだろう。
 危ない世界なのだろう。

 きっと、とても強い者たちがひしめいているのだろう。
 魔王なんて、ちっぽけな存在に思えるほど強大な力を持っているのかもしれない。
 


 ガーゴイル辺りは、その辺を危惧しているのかも。
 わたしが興味を示して“地獄界”に攻め込むぞ、とか言い出したらどうしよう、とか?

 だとすれば、安心しろ。ガーゴイル。
 お前も既に知っているだろうが、わたしはそんな性格じゃない。

 知ろうが知るまいが、他の領域に手を出す癖はないのだよ。
 しかも“地獄界”。なんと気色の悪い響きだ。

 くれると言われても、欲しくない。
 いらない。興味ない。
 


魔王「──よって、それ以上の知識を必要としない。それだけだ」

アスモ「……うむ。うむうむ」

 これで納得して貰えただろうか。
 なんだか飽きてきたし、さっさと“天界”のことを聞いて帰りたいのだけど。

アスモ「天晴れであるな。うむ、魔王よ。その気持ちを忘れるでないぞ」

魔王「……?」

アスモ「“魔界”から“地獄界”へ行くのは“人間界”へ行くよりも容易い。領域が近いと表現すれば良いかの」

魔王「……それで?」

アスモ「興味本位で“地獄界”へ足を踏み入れるのは余からすれば自殺行為よ。魔王、主の力を持ってしてもな」
 


 要するに“地獄界”は“魔界”より凄いんだぞ、ってことを言いたいのだろう。
 はいはい、わかったよ。

 強い、弱いに興味がないんだわたしは。
 そう言う力自慢に無頓着な魔王で申し訳ないと思う気持ちがあるほどに。

アスモ「あちらの住人は“魔界”に興味がない。お互いがなにも干渉せねば、永年と不干渉の関係が続くだろうよ」

魔王「そうか。それはこちらとしてもありがたいよ」

アスモ「で、あるな」

魔王「さあ堕天使よ。そちらの疑問が解消されたのであれば、そろそろこちらの質問に答えて欲しいのだが」

アスモ「うむ。質問は“天界”について……だったの」

魔王「ああ」
 


 やっと本題に入れる。
 質問をしてから、その話題に入るのに時間が掛かりすぎじゃないか?

 なんだか喉も渇いてきた……。

アスモ「む。そう言えば、客人が来たと言うに余としたことが碌なもてなしもせなんだな」

魔王「いや……」

 もう良い。
 もう良いから。

 これ以上、横道にそれないでくれ。
 


アスモ「軽く喉を湿らせる程度よ」

 ──パチン。

 と、アスモデウスが指を鳴らす。
 突然に台座が現れ、液体が満ちた瓶とグラスが2脚。

 まるで透明人間がいるかのように、瓶とグラスが持ち上がり液体が注がれる。
 色は……紫だった。

 なんだろう、これは。
 


アスモ「主も適当に飲むが良い。質は悪いどころか、中々のものよ」

魔王「……」

 ふわふわと空中を浮いて手元に運ばれるグラス。
 葡萄ジュースだろうか。

アスモ「せっかくだ。乾杯といこうかの……我等が会合に、」

魔王「む、う?」

アスモ「乾杯」

魔王「う、うむ」
 


 グラスを前に突き出してくるアスモデウス。
 わたしは流されるままに、見よう見まねでそれに付き合った。

 ぐい。と紫色の液体を飲み干すアスモデウスに習い、わたしもグラスに口をつけた。
 少し喉が渇いていたし、正直うれしかった。

魔王「……ん?」

 なんだ、この味。
 甘く……ない。

 苦い? いや、少し違うな。
 なんだろう。
 


アスモ「……」

 不味くはないんだけれど……ううん。
 不思議な味だ。

魔王「……んくっ」

 まあ喉も渇いていたし、毒でもないようだ。
 好意は好意として受け取り、飲みならら話をきこう。


アスモ「で、“天界”であったな」

魔王「えっ、ああ……うむ」

 なんだか、飲み進めるほどに美味しく感じてきた。
 やっぱり葡萄ジュースじゃないのか、これ。

 あんまし甘くないけど。
 風味はする。気がする。
 


アスモ「端的に言えば、なにもない。と言うのが正しかろうの」

魔王「……」

アスモ「“人間界”そして“妖精界”を見下ろす形で遥か天空に位置する異界。高慢な天使どもが住まっておるわ」

 グラスの中を飲み干すと、勝手に瓶が宙を浮きおかわりを注いでくれる。
 べんりだな。
 


アスモ「ふむ。こうして説明すると特筆すべきこともないのよな……」

魔王「景観は?」

アスモ「む?」

魔王「どんな景色なの?」

 空にあるってことは、良い景色なんだろうな。
 良いなあ、羨ましいなあ。
 


アスモ「ククッ……。そうさな、空に浮かぶ石庭と言えば想像しやすかろ」

魔王「せきてー?」

アスモ「石造りの庭よ。天空にある故な、全てが浮いておるのよ」

魔王「おお……」

アスモ「その領域はの、偉そうにいつも後光が差し掛かり黄金に光り輝いておるわ」

魔王「おお……っ」

 ひっく。
 


アスモ「娯楽もなにもない……天使の奴等ばと来たら、余からすれば面白味の欠片もない連中よ」

魔王「へえ」

アスモ「よって、堕天してしもうたわ」

 ふうん。
 天界も、あんまし面白そうなところじゃなさそうだなあ。

 あ……グラスが空になっちゃった。
 どもども、自動的に注がれるこれ良いなあ。

 んくんくっ。
 はあ……なんだろ、気持ち良くなってきた。

 ふわふわする?
 


アスモ「……」

魔王「へえ」

アスモ「クハハッ」

 アスモデウスが笑ってる。
 なにか可笑しなことでもあったんだろうか。

 自身が堕天したことがそんなに面白かったのかな。
 ううん。

 どうでも良いや。
 あー、なんか気持ち良いなあ。

 この玉座の座りごこひも悪かないし。
 


アスモ「そうか、主は酒が始めてであったか」

魔王「うん?」

アスモ「いやいや、気にするでないよ」

魔王「うん」

アスモ「さてさてさて。“天界”のことなぞ、語ることなど殆どなかったの」

魔王「そうだね……うん、まったくだ」

アスモ「一つだけ言えるのは“天使”も“悪魔”も人間に惹かれとる、と言うことよ」

魔王「……お?」

 人間? いま、人間って言った?
 なんで急に人間が出てきたんだろ。

 ああ、なんだなんだ。
 瞼が重くなってきたよ。
 


アスモ「生きても100年のか弱き生物。けれど、人間は我等の持たぬ進化の可能性を秘めているのよ」

魔王「お?」

アスモ「故に“天使”も“悪魔”も“妖精”も人間に惹かれておる。“魔族”はどちらかと言えば自らの欲求を満たす道具と見ておるようだがの」

魔王「むう」

 なんかちょっとよくわからないけど、それはちがうとおもう。
 わたしも、人間に惹かれてるるしね。

 あーでもなー、リッチとか悪いやつもいるからなー。
 兄様もどっちかと言えば悪いやつかもなあ。

 ……ひっく。
 


アスモ「主の発した、人間世界への侵略を中止する旨は良きことと思う。万が一、征服が達成された暁には“天界”も“地獄界”も黙ってはおらなんだしな」

魔王「へー」

アスモ「主の父。前代の魔王はそのあたりの匙加減が上手かったものよ、身内である魔族を抑えこみ、程よく暴れさせておったわ」

魔王「ほー」

 ごくごく。
 やっぱこれ美味しいかもしれない。

 “こーひーぎうにう”とはまた違った美味しさだな。
 うん。これなんだろう。

 あとでなにか聞いておこう。
 


アスモ「クック……もはや聞いておらなんだな」

魔王「うん?」

アスモ「いやいや。魔王よ、これにて“天界”の話しは仕舞いよ」

魔王「おー」

 やっと終わったか。
 アスモデウスの話しは長いなー。

 このジュースが美味しいから、べつに良いけろ。
 ハッハッハ。

 なんだか面白くなってきた。
 


魔王「くっくっく……」

アスモ「どうかしたかえ?」

魔王「お?」

アスモ「……ふむ。ちょいとばかり、回りすぎているようだの」

 うーん。
 なんだか眠気がどんどこ強くなってきた気がする。

 今日は二度寝もしたし、大丈夫なはずなんだけれど。
 いかんいかん。

 気をしっかりもたないと!
 


アスモ「さて、魔王よ。最後の質問が残っておるのだがの」

魔王「大丈夫。わかってる」

 わかってるから大丈夫。
 次の質問ね、うんうん。

アスモ「これで最後、なにが聞きたいか言うてみよ」

 な、にが……良いかなあ。
 そうだなあ。

 知りたいこと、知らないこと。
 ええと、えーっと。
 


魔王「──さん」

アスモ「む?」

魔王「お母さんって、誰だろう」

 ぼんやりと頭に浮かんだ。
 お母さん。母親。

 ──はて。

 わたしにそんなの、いたっけな。
 


アスモ「母親か……」

魔王「うん」

アスモ「良かろ。その問い、答えて進ぜようぞ」

 なんだか良くわからないけれど。
 教えてくれるらしい。

 あれっ……なにを?
 お? 頭がふわふわして、よく……わかんないや。
 
 まあ、教えてくれるって言うなら素直に教えてもらおう。
 そーしよう。
 

つづく。
書けたらまた来ます。

なんかこの、ヌルッとした雰囲気が初代サガフロンティアっぽくて良い

おつん
休日が酔っ払って終わっちゃうなんて身につまされて嫌だわwwww

>何故地獄ではなく天界なのか

安価だからなんて言えるかwwwwww

>>755  つづき。



 おほー。
 なんだろう、なんかもう良くわからない。

 世界がぐらぐらする。
 気持ちが良い。

 意味もなく腹のそこから笑いが込み上げてくるような、そんな感じ。
 愉快だ。
 


 それと同時に、なにか哀しい感じもする。
 涙が出そうになる。

 それを抑えてるのが多分、魔王としての理性。
 相対している相手が堕天使と言うわけのわからない存在でなければ、泣き崩れていたかもしれない。

 わたしの精神は、わたしが思っているより柔だったのかもしれない。
 うう……。

 うう……。
 この気分の浮き沈みはいったいなんだろう……。
 


アスモ「母親……のう」

魔王「……」

アスモ「さてさて、どこから話したものか」

魔王「ひっく」

アスモ「ククッ……長くはもたんの」

 ……ふう、ふう。
 なんだろう、息苦しくなってきた。

 水分が必要な気がする。
 空になったグラスに注がれる紫色の液体。

 対面でアスモデウスが話しているけれど、わたしは気にせずにそれを飲み干した。
 不思議だ。

 飲んでも飲んでも喉が渇く。
 


アスモ「母親。母親……さてさて、誰の母のことなのか……」

魔王「ひっく」

アスモ「まあ、良い。ここは一つ、前代魔王の子らを産み落とした母について語るとしようかい」

 ぐにゃぐにゃする。
 アスモデウスが分身し始めた。

 なにが始まるんだろう。
 


アスモ「やつは13人の子どもを作った。主が13番目よな」

アスモ「子らの母は1人ではない。それぞれの母を持つ異母兄妹と言うやつよ」

魔王「へえ」

 耳がジンジンする。
 なにを言ってるかは聞こえるけど、わかららい。

 わから、ないよ。

 眠い。
 


アスモ「確か、長兄は“吸血鬼”の母親だったかの。ほれ、先日に主が大きな魔力を放って脅かした者よ」

魔王「うん」

 うん。
 兄様の話しか。

アスモ「そう言えばついこの間も大きな魔力を感じた。“魔王剣”を使ったな?」

魔王「たぶん」

 なんだか、気持ち悪くなってきた。
 ……うっぷ。
 


アスモ「くくっ。……ああ、長兄の話しであったな。あれは随分と小物よ。魔王の力も引き継げず、吸血鬼としても三流よな」

 なんで、アスモデウスは兄様の話しなどしているのだろう。
 と言うかなんの話しをしてたんだっけ。

 ふらふらする。
 もしかして、これって風邪ってやつかな。

 気持ち悪いよ……。
 


アスモ「魔人族の長は“アルカード”であったな。同じ吸血鬼とて格が違う訳だが……くくっ、長兄からしたら面白くないものよな」

魔王「……」

アスモ「前代魔王。最初の御子でありながら魔王にもなれず、四方を守る王にもなれず。“アルカード”に絡まねば良いがの」

魔王「あるかーど……?」

アスモ「うむ。飄々としておるが、切れ者よ。主も気を張っておいて損はないからの」

 はあはあ。
 うう……。

 なんだろう、この込み上げてくるなにか。
 応答するのも億劫になってきたよ。
 


アスモ「そして次に生まれたるが長女。それの母親は竜族であったな」

魔王「……ふうふう」

アスモ「長兄ほど弱くもなかったが、特筆すべき点もなくただただ勝気な娘っ子に……」

魔王「……うっ」


 ──オロロロロロロロロ。


アスモ「……」

魔王「げほっ……おうふ……」
 


 胃と、食道が熱くなった。
 喉が痛い。

 焼けるような痛みだった。


 ──オロロロロロロロロ。

 
 激流のように自分の体から水分が出て行く。
 自らの意思じゃ止められなかった。

 せき止められなかったそれは、びちゃびちゃと気持ち悪い音を立てながら床と服を汚していく。 
 


アスモ「ふむ……」

魔王「はあ、はあ……うっぷ……」

アスモ「気が着けば、この短時間に一瓶空けておったか」

魔王「きもちわるい……」

アスモ「話しも途中であるが、今日はここまでかの」

 口から涎が止まらなかった。
 空いた口が塞がらない。

 瞼も重いし、肩も胃も重い。
 もう全部が重かった。

 風邪か? わたしは急に風邪を引いたのだろうか。
 風邪ってこんなに突然と引くものなのか。

 知らなかった……。
 


アスモ「手ぶらで帰すのも気が引けると言うもの。ほれ、土産よ」

魔王「……」

 アスモデウスがなにを言ってるのかわからなかった。
 わたしはなんだか色々と手一杯で、どうしたら良いか身動きが取れずにいる。

 これって“吐いた”ってやつだよね。
 初めて経験した……気持ち悪い。
 


アスモ「ガチョウの肉と、この指輪をくれてやろうぞ」

魔王「……」

 白い布袋に入った肉と、指輪がふわふわと浮かんでわたしの元へと漂ってきた。

アスモ「その指輪は気配を殺す能力がある。次、この部屋を訪ねてくるときに付けるが良い」

魔王「……」

アスモ「ガーゴイルに見つかると煩いだろうからの」
 


 ああ、だめだ。
 なんだかとても良い物を貰った気がするのに、口が開かないよ。

 部屋に帰らないと。
 すぐにでも帰って眠らなければいけない気がする。

 腰が、足が、体が重い。
 玉座から立ち上がるのにかなりの時間を費やしてしまった。
 


魔王「……くさい」

アスモ「くくっ、吐瀉物とはそういう物よ」

魔王「かえる……」

アスモ「うむ。次、来る時はそうさの……なにかしらの土産が欲しいものよな」

魔王「かんがえとく……」

 吐き出したものはこのままで良いかな、と思ったけれどそれを拭く元気もない。
 まあ大丈夫だろう。

 申し訳ないが、このまま失礼することにした。
 


アスモ「──ああ、玉座にはちゃんと座るようにの」

魔王「……?」

アスモ「ほれ、さっさと帰って休めい」

 足元がよたつく。
 来るときに下ってきた階段を登るのかと思うと、気が遠くなった。

 ぜえ、はあ。
 ぜえ、はあ。

 わたしって体力なかったっけ……。

 


 遠い。
 部屋が凄く、遠い。

 誰だよ。こんなに広く城を設計したのは。
 呼吸するのが辛い。

 口を開いたら、また出てしまいそうだった。
 気持ち悪い気持ち悪い。
 



……。
…………。
………………。

 


 どうやって部屋に戻ったかは記憶にない。
 きっと頑張ったのだろう。

 魔王城最地下にある、堕天使が座すあの間からどうにかしてわたしは自室へと戻ったらしい。

 気付いたら、裸でベッドに横たわっていた。
 服がベッド脇に投げ捨てられている。

 拾い上げるとそれは、臭くって濡れていて、汚れていた。
 スカートの上に吐かれた吐瀉物は貫通して下着も穢していたようだ。

 さっそく一枚、パンツをダメにしてしまったらしい。
 


魔王「……」

 頭がガンガンする。
 殴られているような痛みだ。

魔王「これって……風邪?」

 それと同時に気持ち悪さも平行して続いてる。
 間違いなく風邪だった。

 体中が気だるい。
 こんなの初めてだ。

 時計に目をやると、そろそろガーゴイルが目覚める時間になりつつあった。
 どうしよう。

 わたし、風邪引いてるよねこれ。

 今日も休んだ方が良いんじゃないのかな……。
 


魔王「どうしよ……」

 服を着るのも億劫なほど、色々と面倒だった。 
 昨日一日の記憶は霞が掛かったようで、なんだかとても勿体無いことをした気がする。

 ああ……終わった。
 休日が終わってしまった。

 今日は、今日も……いやいや。

 ……どうしようかな。

 
 

おわーり。書けたらまた来ます。

おつ

オロロロロで吹いた
乙w

スタッフが美味しくいただきました

…食べてやがる


美少女魔王の吐瀉物なら……イケる

綺麗に舐めておきます魔王様

マジキチ

おいついた、支援

短いのですが、選択肢があるので24時に投稿します。
このままsage進行で行こうかと思います。

>>781  つづき。



魔王「……」

 気持ちが悪くて仕方がなったけれど、無理矢理に体を起こして熱いシャワーを浴びた。
 髪先にも少しばかり……その、あれがかかっていたらしく臭っていたからだ。

魔王「うう……」

 ぞんざいに体と髪の毛を拭いて、衣服に袖を通す。
 昨日着ていた服は下着共々ダメだな……洗っても着る気になれない。
 


魔王「まだ気持ち悪い……」

 髪の毛を乾かす気にもなれず、ベッドの上に腰をかけた。
 だめだ。なにもする気になれない。

 気持ち悪い。
 お腹が減った気もするけれど、気分の悪さが先行している。

 なにかしら胃に入れた方が良い気はする。
 するけども、なにを食べたら良いのかがわからない。

 水分? なにか塩っぽいものが欲しい気はしてるんだけど。
 ああ、無理。座ってるのもきつい。横になってしまおう。
 


魔王「うぷっ……うう……」

 嘔吐感があっても吐くものが胃にないようで、気持ち悪さだけが残っていた。
 うう……なんでこんな目に合わなければならないのだろう。

 これが風邪と言うものなんだろうか。
 辛い。辛すぎる……。

 ──コンコン。

 扉からノックの音が響いた。
 音に気付いても身体を起こすことが出来ない。

 億劫だ。
 勝手に開けて入ってきて良いよ。と心の中で思った。
 


大臣「失礼します」

魔王「……」

 入室して来たのは予想通り、ガーゴイルだった。
 ベッドに横たわったままのわたしは声もあげず、ただ手だけを振って起きているという合図を送る。

大臣「魔王様……?」

 常であれば、渋々と立ち上がるわたしが立ち上がらない。
 ガーゴイルが不思議に思ったらしく、近づいてきた。
 


大臣「……魔王様っ!?」

 わたしの顔色を見て、ガーゴイルの表情が一遍した。
 そうか。そんなにわたしの顔色は良くないか。

 そりゃそうだ。風邪だもの。

大臣「魔王様っ!? どうなされました!?」

魔王「む……」

大臣「むっ!?」

魔王「無理……」

大臣「魔王様っ!?」
 


 昨日、ガーゴイルに対して“魔眼”を使用したのだけれど当人は気付いてないのだろうか。
 正直に言って内心では怒られるかと冷や冷やしていたのだけど。

 この様子を見る限りでは大丈夫らしい。
 魔界には人間界のように“日付”の概念もないし、完全に一人で生活してる者からすれば丸一日寝て吹き飛んでも気付かないのだろう。

 そりゃうん百年と生きる種族からしたら、一日なんてなんのことはないか。

魔王「……風邪、多分」

大臣「風邪!? 風邪を召されたのですか!?」

魔王「……無理」

大臣「魔王様がお風邪を召されるなど……なにか重大な呪詛かもしれませんな……」
 


 呪詛? 呪いだって? そんなに大それたものなのだろうか。
 確かに気持ちが悪い。破滅的に最悪な気分だ。

 内臓が全て口から出て行きそうなくらい、気分が悪い。
 けれども、命に関わるのかと問われれば首を捻ってしまう。

大臣「これは念入りに調べた方が良いかもしれません」

魔王「い、いあ……多分、寝てれば大丈夫な気が……」 

大臣「いけません。魔王様のお体はお一人のものではないのです、御身になにかが起きてからでは遅いのです」
 


 “なにかが起きてから~”ってもう起きてるよ。
 って言うのは置いといて。

 静かに眠らせて貰えれば治りそうな気がするんだけど。
 大事にしないんで欲しいんだけど。

大臣「呪いに詳しい者を選別して……」

魔王「……」
 


 ああ、もう勝手にして。
 口を開くのも、瞼を開けているのも限界だ。

 少しだけ眠らせて貰うよ。
 今日もお休みだね、これは。

 連休。

 とっても良い響きだけれど、なんか違う気がする。
 全然、嬉しくない。

 うう、うう。
 気持ち……悪いなあ。


 * 魔王 二日酔いのため 一回休み *


 


Extra
 ┃
 ┠─ 1:デュラハンの剣
 ┃
 ┠─ 2:***による堕天使謁見
 ┃
 ┗─ 3:東方の門


>>805

おわーり。ありがとうございました。
眠ってしまうので応答は出来ませんが、宜しくお願いします。



1

2

3

2で承りました。書けたら来ます。

>>802  つづき。


 時刻は丑三つ時。
 魔王が千鳥足で部屋を出てから随分と時間が経っていた。

 薄ぼんやりと光を放つ魔方陣の上で、堕天使は一人グラスを握る。
 器を満たす紫色の液体を一口だけ口に含み、視線を部屋の隅へとやった。

アスモ「そこな吸血鬼。出て来やれ」

???「……」

アスモ「隠れる気もないのなら、最初から堂々と顔を見せれば良いものよ」

???「失礼。どうお声をかければ良いものかと思案していたところなのですよ」

アスモ「よう言う」
 


 部屋の隅から姿を現したのは黒い外套を纏った男であった。
 黒い髪は中途半端に伸び、整えられていない。

 丁寧な口調とは裏腹に、男が身嗜みに気を使っている類の人物でないことが伺い知れる。

アスモ「“アルカード”。今日は貴様一人かえ?」

 堕天使はその男を“アルカード”と呼んだ。
 “魔人王 アルカード”。魔界北方を預かり守る領主。“四王”が一角であった。
 


アルカ「ええ。知己と会話を交わすのに、お供を付ける必要もないでしょう」

アスモ「くっく……」

 アルカードは堕天使アスモデウスの力量を知っていた。
 魔界の四方を任されている領主であり“魔人王”の肩書きを持つ自身をして、太刀打ち出来ない相手。

 そう認識している。
 それを理解した上で敬意を払い、けれども畏まりすぎもせぬ態度で接していた。

 アスモデウスがそう言った態度を好むことも知っていたからだった。 
 


アスモ「さてさて。魔人王殿は如何な用でこちらに参られたのであろうな」

アルカ「いきなり本題ですか。せっかく美酒を持参したのですから、ゆっくりと酒を酌み交わしたいと思ったのですがね」

 そう言って懐から酒瓶を取り出す吸血鬼。
 瓶の中身はワインだった。

 人間界の代物で、吸い込まれそうなルビー色をしている。
 正真正銘、極上の一品であった。

アスモ「……まあ良い。座れ」

 酒に釣られたのもあったが、アルカードがどのような話題を切り出すのかにも少しだけ興味があった。
 アスモデウスは魔王に座らせたように玉座を用意し、アルカードに腰を下ろさせた。

 数時間前、その場所で魔王が嘔吐したことなど露とも知らぬアルカードはそのまま腰を下ろす。
 アスモデウスはそれが少しだけ面白かった。
 


アルカ「失礼」

アスモ「ほう……言うだけのことはあるわ。なんとも良い酒を持ってきたものよな」

アルカ「並大抵の酒では満足できぬと思いましてね。少しばかり奮発しましたよ」

 グラスに注がれる真紅の液体。
 濃い色のそれは、先だって魔王が口をつけた物とは比べ物にならないほど馥郁たる芳香だった。

 静かにグラスを掲げ、乾杯する男二人。
 会話も他所に酒の香りと味を楽しんだ。
 


アスモ「貴様が来ると夜が暗ろうて仕方がないわ」

アルカ「それは申し訳ない。何分、そう言った質ですので我慢して頂けると幸いなのですが」

 この男には呼び名が幾つもあった。吸血鬼。魔人王。アルカード。
 そして、夜を引き連れる者。

 この男が訪れる場所は総じて夜になる。
 その場所が夜であれば、さらに暗く闇に照らされる。

 アルカードが常駐している魔界の北側は常に日が翳り、夜が滞在していた。
 


アスモ「……」

アルカ「……」

 会話が途切れる。
 酒の美味さもさることながら、お互いがお互いにどう会話を切り出すかを考えていた。

 そしてその思考を楽しんですらいる。
 魔王からすれば“面倒くさい”質の男達であった。

アルカ「──我が親愛なる魔王様」

 口を開いたのはアルカードだった。
 思ってもいないことをすらすらと口にする。
 


アルカ「近頃は忙しく、ご尊顔を賜る機会もなかったもので。お元気でしたか?」

アスモ「よう言う。であれば、今からでも遅くはない。直接に部屋を訪ねてみてはどうよ」

アルカ「恐れ多くも魔王様は婦女子にあられます。私のような男がこのような時間に寝室のドアを叩くなど、とてもとても……」

 アルカードからすれば、二十歳にも満たない小娘である魔王にそのような思いを抱く訳もない。
 遠まわしに、会いたいと思わないと表現していた。
 


アスモ「あれはあれで、先が楽しみな女子よ」

アルカ「……さすがは色欲を司る大悪魔。中々に広い趣味をお持ちで」

アスモ「茶化すでない。余は少女に手を出さぬ」

アルカ「これは失礼」

 お互いに軽口を叩き合う。
 頃合であった。

 酒も程よく回ってきている。
 アルカードは続いて口を開いた。
 


アルカ「正直に申し上げれば、魔王様と御大の会合は色々と考えさせられるものなのですよ」

アスモ「ほう」

アルカ「意図的であるのか、偶然なのか。私にわかるのは、この間に誰が足を踏み入れたか程度のことです」

 言葉のあとに、視線を周囲に散らす。
 この部屋のあらゆる場所に入場者を感知する魔方陣を描いている。そう伝えていた。

 それを伝えてアスモデウスが対処するのであれば仕方がない。
 けれど、この大悪魔と呼ばれる人物がそのような狭量の持ち主でないこともアルカードは知っている。

 第一に、この部屋の主がこのような小細工……魔方陣に気付かぬはずがない。
 見て見ぬ振りをしている以上、許されている行為なのであった。
 


アスモ「これは偶然よ。魔王が興味本位の暇つぶしでこの部屋を見つけ、訪れたに過ぎぬ」

アルカ「なんとも……」

 呆れたような声を発した。
 魔王は自身が誰と謁見したのかを理解していないのだろうと、アルカードは瞬時に理解する。

アルカ「御大と魔王城、そして前代魔王様との間柄は知っているつもりです」

アスモ「ほう」

アルカ「私が知りたいのは、現魔王様と御大のご関係……個人的な支援に繋がるかどうか……」

アスモ「……」
 


 話しの核心。
 アルカードはこの話しをする為だけに“四王”と言う立場でありながら、単身で魔王城最地下にあるアスモデウスの間へとやって来た。

 通常であれば、アルカードのような地位を持つ者は気軽に行動出来ない。
 他の“四王”もそのような真似はしない。

 けれど、アルカードは違った。
 必要であれば、体裁や格式など全てを無視して行動する。

 “四王”の中でも最も自由で、身軽に動ける人物だった。
 


アスモ「魔王が気に入らぬか」

アルカ「……ええ」

 渋々と首を縦に振り質問に対して肯定する。
 ここでアスモデウスに対して虚言を吐くメリットはなかった。

アルカ「私は、縛られるのが嫌いです」

アスモ「……」

アルカ「自由を奪われるのが嫌いです」

 淡々と言葉を吐く。
 その声色に、感情は含まれていない。
 


アルカ「今回の魔王様の命令は、私の自由を著しく奪うものですので……」

アスモ「誅するのかの」

アルカ「滅相もない。そのようなこと、考えてはおりませんよ」

アスモ「……」

 全ての言葉に感情がない。
 表情も変わらず、どこまでが真実かも定かではなかった。
 


アスモ「余は魔王が誰であれ、傷が癒えるまではこの玉座に座すと約定を交わしておる」

アルカ「傷の具合は如何なものですかな?」

アスモ「“明けの明星”から受けた傷ぞ。数千年程度で癒える訳がなかろ」

アルカ「……」

 つまり、魔王が誰に入れ替わろうと堕天使アスモデウスはこの地下の間に居続ける。
 そう言った意味だった。

 更に言葉を読み解くのであれば、現魔王に肩入れするつもりもない。
 そうも言ってる。
 


 アルカードはアスモデウスの言葉をそう捕らえた。
 そしてそれは間違いではない。

 アスモデウスは誰に肩入れするつもりもなかった。
 ただただ、この間の玉座に座り続ける。

 来客があれば対応するし、相手を気に入れば質問に答え土産も持たせる。
 けれどそれまで。

 力を直接に貸すような真似はしなかった。
 


アルカ「結構。そのお言葉を聴けただけで足を運んだ甲斐がありました」

アスモ「……魔王と言うのは伊達ではない。貴様と、その軍勢だけでも100%とは言い切れぬがの」

アルカ「御大はなにか勘違いをなされていますな」

 玉座から腰をあげ、グラスに注がれていた液体を飲み干した。
 美酒が胃を満たす。

 気分が良かった。
 その気分のままに、吸血鬼は今宵最後の言葉を発した。


 ──魔王を打ち滅ぼすのは、いつの世も“人間”と相場が決まっているのですよ。


アスモ「……」
 


 そう言い放ち、アルカードは姿を消した。
 再び魔王城最地下。堕天使アスモデウスの間は彼だけの空間となる。

 魔王城近辺を覆っていた暗い夜も少しだけ開け、星明りが見えるほどになった。

アスモ「くっく……誰も彼も、ほんに面白き者たちよ。誰が最後に玉座へ腰を下ろすのか……楽しみだわえ」


 瓶を満たしていたルビー色の液体はすっかりなくなっていた。
 

 Extra-終
 

おわーり。書けたらまた来ます。

おつ!

いいねいいね
どう完結させるかが今から楽しみでならないよ!

ヘルシングの旦那を思い出すな。
旦那はここまで、器はちっこくないイメージだけど

おいついてしまった
更新期待

知ってるだろうしヘルシングを連想するのも仕方ないけど一応
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89

ヘルシング紹介するとか余計なお世話
知りたかったらggrだろ

リンク読めば分かるが
ヘルシングと全く関係無いぞ

久々に見にきたけどやっぱ面白いよ

>>825  つづき。




 ─ 魔界 東方領 荒野 ─


 うろうろ。

 うろうろ。

???「ない……ない……」

 魔界の東側。
 荒野を歩く一つの人影があった。

 その人影はよたよたと力を感じない歩き方をしている。
 ぶつぶつと呟きながら、下を向き歩いていた。
 


???「ない……剣……私の……」

 ない。ない。
 と口にしながら、地面を見て歩く。

 その姿は人間の女そのものだった。
 服はぼろぼろで、長く伸びた黒髪は手入れがされていないのか艶もなくボロボロ。

 目の下はクマで真っ黒になり、瞳も黒。
 身にまとうボロキレも黒く、彼女の身なりは完全に黒一色。

 遠目から見れば人型の影が彷徨ってるようでしかない。
 その顔立ちは本来であれば美しいものであるのかもしれないが、汚れが酷く本来の顔がわからないほどだった。
 


???「どこ……落としたのかな……」

 うろうろ。

 うろうろ。

 一人、魔界の荒野を歩く。
 手荷物もなく、完全に素手だった。

 こんな魔界のはずれを人間の女性が一人彷徨うはずもない。
 であれば、彼女は人間以外の何者かであった。
 


???「うう……思い、だせない……」

 荒野を歩く。
 靴も穿いてない彼女の足跡は、血に濡れていた。

 大地に足型の血糊が彼女の痕跡を残している。

???「どこ……どこ……」

 ふらふら。

 うろうろ。

 探し物が見つからない。
 どこで無くしてしまったのか、どうしても思い出せなかった。
 


???「もしかして……アッチ……かな……」

 ふらふらと歩みをさらに東へと進める。
 その方角は、東方を守護する“四王”が一人。

 “龍王”ヨルムンガンドが座すと言われている“龍の塒”だった。 

???「……」

 よたよた。

 ふらふら。

 覚束無い足取りで、進路をさらに東へと取る。
 目指す魔界の最果てへと。
 



 ──ポタ、ポタ。


???「あ……血……」

 自分の両手から滴る血に気付く。
 それをベロリと舐め取ると、竜族特有の味がした。

???「そっか……私、戦ってたんだっけ……」

 戦闘をした記憶もない。
 ただ、両手両足がべったりと血に濡れている。

 体はどこも痛くなかった。
 とすれば、その血は全て返り血である。
 


???「……剣がないと……汚れちゃう……」

 気付けば服も返り血で汚れている。
 彼女はほんの少しだけ、汚れた身なりに嫌悪感を抱いた。

 けれど、それもすぐにどうでも良くなった。

???「……あー…………」

 荒野を抜け、渓谷へと入る。
 完全に囲まれていた。

 竜族の兵たち。
 大型の飛竜や、甲冑を纏った竜人騎兵。

 かなりの数が彼女を敵と認識し、敵意を発している。
 


???「あー……もう……」

 気だるそうな声をあげる。
 私はただ、探し物をしているだけなの。そう言葉に出そうとしたが、声に出来ない。

 ざわざわ。
 ざわざわ。

 心がざわつく感じを覚える。
 全身の血が躍動したくて、たまらない。

 完全に包囲されているにも関わらず、彼女はそれを危機と捕らえていなかった。
 


???「あ゛ー……」

 避けがたい戦闘が始まる。
 大群で包囲され、どうやっても逃げれそうにない。


 けれど────彼女の顔は歓喜に震えていた。


 体中の毛が逆立つ。
 体が徐々に、本来の姿を取り戻してゆく。

???「…………」

 一人。
 竜族の大群へと突進する、黒い獣。

 その姿は“狼”そのものだった。
 



……。
…………。
………………。

 



 ─ 魔界 北方領 ─


 魔界の北側。
 北方領を預かり守る領主の性質上、その周辺は常に闇夜に照らされていた。

 崖の上にそびえ立つ、古城。
 人間がイメージを起こす“吸血鬼の住まう城”をそのまま建てたような建築物に、彼は住まっている。

アルカ「……」

 魔方陣からまるで影のようにぬらりと姿を現した吸血鬼。
 そこは城の中枢。

 彼が“四王”の一角として腰を下ろす謁見の間であった。
 


アルカ「……お前か」

???「……」

 視線だけを隅にやる。
 そこに居たのは、全身の毛がほんのりと金色に輝く“人狼”だった。

 “人狼”。“吸血鬼”と双璧を成す魔人族筆頭の種族。
 この魔人族の中で“四王”たる“アルカード”に対抗しうる力を持つ人物でもあった。
 


???「御大はどうだった」

アルカ「いつも通りだよ」

 親しげな口調でお互いが言葉を交わす。
 事実、彼等は親友でもあった。

 幼い頃からお互いに研鑽を重ね、実力をあげてきている。

???「そうか」

アルカ「あの御大が敵に回らなければ、どうとでもなるさ」
 


 軽口をたたきながら玉座へ腰を下ろす。
 人狼はそのまま壁に背中を預け、アルカードの言葉を待った。

アルカ「“王狼大牙”。お前の危惧したことにはなりそうもないよ」

 “王狼大牙”-おうろうたいが-
 それは、人狼の長に与えられる魔人族内の呼称だった。

 稀に生まれる金色の体毛を生やし、巨大な牙を携えた狼。
 一族を束ねる長の宿命を背負った者。

 “魔人王”アルカードの唯一、友人と呼べる存在。
 魔人族の実質No.2の男であった。
 

中途半端なのですが、これで投下終了です。
時間が無く、予想以上にペースが遅くて申し訳ない限りです。書けたらまた来ます。

魔王ちゃんが出てこないと寂しい

>>849  つづき。



 暗がりの城内。
 謁見の間には二つの影があった。

 片方は影そのものと見紛うほどに暗く、もう片一方は金色の光を発している。
 奇妙と言えば奇妙であった。

 “王狼大牙”と呼ばれる“人狼”。
 常は人型をしていて、髪は金髪。瞳は興奮状態でもないのに、燃えるような緋色をしている。

 陰をイメージさせるアルカードとは対極を感じさせる風体の持ち主だった。
 


王狼「どうする」

アルカ「どうする、とは?」

 茶化したようにアルカードが答えた。
 事実、王狼の台詞には言葉が足りていない。

 けれどそれは、最低限の言葉で友が意図を汲み取ってくれると言う自信の表れでもあった。
 王狼はその体質上明るめな風体とは裏腹に口数の少ない人物だった。
 


王狼「……」

アルカ「黙るなよ。悪かった」

 アルカードが、ふうと溜息を吐く。
 堕天使との謁見で少しばかり疲労が溜まっていた。

 相手方に敵意がなくとも、相対するだけで圧力がかかり少なからず体力を持っていかれる。
 堕天使アスモデウスはそれだけの相手だった。
 


王狼「魔王をどうする」

 簡潔に意思を述べる。
 彼にとって、魔王は敬い畏まるべく対象ではない。

 その短い言葉の中には、魔王の生殺に関わる何某が含まれていた。

アルカ「さて。どうしようかね」

王狼「お前が命を下すのであれば、俺が行く」

アルカ「それは無理だな。賭けにすらならない」

王狼「……」

アルカ「アレに対して、暗殺は不可能に近い」
 


 ついこの間のことであった。
 魔王領内で凄まじい魔力の放出を観測した。

 デタラメな攻撃力。魔力量。
 その発生源は魔界を統べる小さな娘だった。

 その日、初めて魔界の住人たちは現代魔王の力を目の当たりにしたことになる。
 “魔王剣”を使った攻撃ではなく、純粋なる自己の魔力行使。

 その力を感じ取ったアルカードは一部始終を“千里眼”で覗いていた。
 恐らくは魔界の実力者たちは全てその光景を目にしていたはずだ。

 魔力行使中の魔王には、一部の隙も見当たらなかった。
 


アルカ「お前も見ていただろう」

王狼「……」

アルカ「アレは、おいそれと手を出せる存在じゃあない」

王狼「では、黙っているのか」

アルカ「黙るのは性に合わない」

 アルカードは悪戯に表情を歪めた。
 まるで、子どものような顔付きだった。
 


アルカ「いつも言ってるだろう? 魔王を倒すのは、人間だと」

王狼「……」

 会話が途切れる。
 吸血鬼と人狼は一瞥し合うと、お互いに謁見の間を後にした。

 前者は安息を求め、棺の中へ。
 後者はなにも語らず、城の外へと歩みを進めた。
 



……。
…………。
………………。

 



 ──オロ……オ、ロ……オゥ。


魔王「っく……」

 熱い。痛い。苦い。
 なんだこれ……なんだこれ……。

 ガーゴイルが「呪いに詳しい者を」と部屋を後にして数十秒後。
 また、波が来た。

 わたしは今、トイレの住人だ。
 便座を抱きかかえ、地べたに腰を下ろしてしまっている。

 涙と嗚咽が止まらない。
 


魔王「うう……」

 内腑から色々なものが込み上げてくる。
 苦しい……。

 もう吐くものなんてないはずなのに、まだ出てくる。
 黒っぽい、黄色っぽいなにか。

 喉の奥が熱くて焼けるようだ。
 なんだよこれ。なんだよう。
 


魔王「頭も痛いし……うっぷっ」

 ──オロロ。

 吐き出される液体。
 まるで自分の体じゃないみたいだった。

 ガーゴイルが言うような呪いでは絶対にないと思う。
 だって魔王のわたしに効くような呪いがあるなんて到底思えないから。

 だとしたら、やっぱりこれは風邪なんだろう。
 


魔王「む、むり……」

 動けない。動きたくない。
 吐くものがないのに、動けばまた胃はなにかを押し出そうとしてくる。

 嫌だ。
 吐きたくない。

 うう……辛い。
 


ガーゴイル「魔王様! 城内で一番呪いに詳しい者をお連れしました!」

 ガーゴイルが大声を発しながら、部屋へと入り込んできた。
 頼むから声のボリュームを落として……。

ガーゴイル「“グランドタートル”です」

 わたしは便座にしがみ付いたまま、頭をゆっくりと後方へ向けた。
 石像に抱えられた老齢の“亀竜”。わたしが亀爺と呼んでいる魔物だった。
 


亀爺「これは……これは……お姫しゃま……おひさし……ぶりでぇ……ございます……」

 ガーゴイルに抱えられたままプルプルと震えている亀爺。
 わたしも限界だが、亀爺も色々と限界だと思った。

ガーゴイル「ではグランドタートル。後は任せた。謁見の間を空ける訳にもいかぬ故、私はこれで失礼する」

亀爺「あー……い……」

ガーゴイル「魔王様、あとはこのグランドタートルに任せますのでどうかご安心を」

 全然安心出来ないのだけど、ガーゴイルが隣で大声を出すよりはマシだ。
 


魔王「うん……わかっ……うっぷ」

 会話をするのも苦しかった。
 体のどこかを動かせば吐き気が襲ってくる。

 苦しい。
 助けて。

亀爺「ええとぉ……」

 のそり、のそり。
 ゆっくりとわたしの方へと歩いてくる亀爺。

 歩みは鈍い。
 大丈夫なのか、本当に……。

 こうして、亀爺によるわたしの診察が始まった。 
 
 

つづく。
書けたらまた来ます。

亀さんのえっちな診察まだー?


便器が羨ましい

>>868  つづき。



 わたしの体調は相変わらず最低で最悪で、便器から離れられなかった。
 ゆっくりと歩を進めトイレへと侵入してくる亀爺。

 もうなんでも良いから、治して欲しい。

亀爺「ひい……ひい……」

 たった数メートルの距離を歩いただけでもう息が荒い。
 わたしより自身の心配をした方が良いんじゃないかと思うほどだった。

 こう言った余計な心配が出来るのだから、わたしの体調もさほど悪くは──。

 
 


魔王「うっ……」

 ──オロロ。

 再び胃から、からく、にがく、焼けるような液体が込み上げて体外へとこぼれ出ていった。
 痛い……。

 口の中も変な感じがして、情けないけれど死んでしまうんじゃないかと思うほど辛い。

亀爺「姫しゃま、わ……わ……ワシの甲羅に手を置いてくだしゃれ……」

 くい、くい、と甲羅から首を伸ばし自身の背を触れと亀爺が言ってきた。
 一体なんの意図があるのかさっぱりわからなかったけれど、便座を抱えていた手をほどいてそのまま亀爺の甲羅へと手を乗せた。
 


亀爺「──────」

 低い、声にならない声を亀爺が発した。
 甲羅が紫色に発光し、文様が浮かび上がってくる。

亀爺「にょ……ううん……」

魔王「……?」

 文様は直ぐに消え、発光も数秒と立たずに消えた。
 甲羅に乗せた手をすぐにどかして良いものかわからず、そのまま待機することにした。
 


亀爺「……?」

 首を傾げる亀爺。
 ちょっと。

 首を傾げたいのはわたしの方だよ。
 いつまでこの体勢を維持しなければならないんだろう、便座を抱えたまま後ろに手をやるのはちょっと辛い。

魔王「亀……爺……?」

亀爺「むう……」

 唸るばかりで返事が帰ってこない。
 考え込んでるようだった。

 そんなにわたしの様態は悪いのだろうか。
 確かに今もなお気持ち悪いけれど。

 そこまで深刻なの……?
 


亀爺「わかりませんなあ……」

魔王「……」

 どうやら、亀爺の甲羅に乗せた掌。
 そこから呪術的な、呪い的ななにかを検知しようとしたらしい。

 けれど、わたしの体からそう言った類のものは一切出てこなかった。
 つまり……この体調不良は“呪い”等の効果によるものではない。

 それがわかっただけだった。
 


亀爺「姫しゃま……お顔の色が優れませんなあ……」

 そりゃあ、体調が悪いんだから顔色が良いはずないよ。
 きっと鏡を見たら相当酷い顔をしているんだと思う。

 それにしても、今さら顔色のことを言って来るなんて亀爺はいよいよじゃないだろうか。
 わたしも、だけれど。

魔王「ありがとう……もう良いから、下がって……」

亀爺「はいー……お役に立てずにい」

魔王「呪いじゃないとわかっただけで、充分だよ」
 


 未だに止まらぬ吐き気を抑え、亀爺と会話する。
 呪いもなにも、わたしは最初から“風邪”だと思っていたんだ。

 それをガーゴイルの石頭が勘違いするから、亀爺が出張る羽目になった。
 迷惑な……ああ、いや。

 体調管理ができなかったわたしにこそ非があるか。
 うう……気持ち悪いなあ、もう。

 ──オロ、ロ。

 思い出したかのように定期的に吐かれる液体。
 喉がイガイガする。

 心なしか声もカスれてきた気がした。
 


亀爺「姫しゃま……」

 心配そうに声をかけてくれる気持ちはありがたい。
 ありがたいんだけど、亀爺の仕事は終わった。

 ならば、さっさと退室して一人にして貰えないだろうか。
 なんとなく情けない気持ちで一杯になってしまう。

魔王「うっ……ぷ、亀爺……ありがとう、わたしはもう一人で平気だから……」

亀爺「お役に立てずう……」

 わたしの気持ちを察してくれてか、亀爺はすぐに反転してくれた。
 ありがたい。

 ここで心配だから付き添います、だとかそう言った気遣いは逆に困ってしまう。
 


亀爺「ひい……」

魔王「……」

亀爺「ふう……」

魔王「……」

亀爺「はあ……ちょっと休憩……」

魔王「……」

 なにせ、亀だから。
 竜とは言え、亀爺は亀だから。

 歩みが遅いのは仕方ない。歳も相当だし。
 だけど、だけれど。
 


亀爺「ふうふう」

魔王「……」

 どうしようもなく、うざい。
 人がゲーゲーしてるのに、なにをふうふうしているんだろうか。

 頭ではわかっているのだけど……。
 最悪の体調が寛容な心を濁ったものにしている。

亀爺「よっこらしょ……」

魔王「……」

亀爺「ひい、はあ……」
 



 ──もう、いい。


 便器から手をはなし、床から腰をあげる。
 口からはだらしなく涎が垂れているけれど、そんなのは無視をする。

 体を動かしたことにより、絶え間なく吐き気が襲って来ているけどこれも無視。
 思い切り口を閉じて部屋の隅にあるスライム娘呼び出し機を思い切り叩いた。
 


亀爺「……?」

 駆け足で便器へと戻る。
 口の中で液体が暴れ、歯がギシギシして気持ちが悪い。

 ──オロッ。

 口腔内に溜まっていた液体を便器に吐き出す。
 少量のくせにこのダメージ。

 攻撃力が高すぎる……。
 


スラ娘「お、およびでしょーか! まおーさまっ!」

 ほどなくしてスライム娘が部屋へとやってきた。
 良い速度だ。やはり教育が行き届いている。

魔王「亀爺を部屋まで送ってあげて……」

 声を振り絞り用件を伝える。
 気持ち悪いのと、口の中がギシギシしているせいで喋るのも億劫だった。
 


亀爺「お心使い……ありがとうごじゃいますう……」
 
スラ娘「りょ、りょーかいしました!」

 ハキハキと答えるスライム娘。
 少しだけ戸惑ったように思えたのが、すこし不安だったけれど……。

スラ娘「しつれいします!」

亀爺「頼むよう……」

スラ娘「うんしょ! うんしょ!」

亀爺「……」

魔王「……」

スラ娘「ううん! ううん!」

亀爺「……」

魔王「……」

スラ娘「ううっ……も、もちあがりません……」
 


 必死で亀爺を持ち上げようとするスラ娘なのだけど、如何せん非力な種族。
 抱きかかえて移動させるどころか、ほんの少しずらすことも出来なかった。

亀爺「すまんのう……」

スラ娘「ごめんなさい……ううっ……わたしがひりきなばっかりに……」

魔王「……アラクネを呼んでくれ」

スラ娘「ふ、ふくじゅうしゃちょーですか?」
 


 アラクネであれば亀爺を持ち上げることは容易いはずだ。
 あれはあれで、力がある。

 スキュラを回避したのは、余計な説明の手間を省くため。
 アラクネであれば状況を見て察してくれると思ったから。

 我ながら良い判断だと思った。

 なんにせよ、早く一人にしてくれないかな。
 今さらだけど便器にしがみ付く魔王の姿はみっともなくていけないよ……。
 


 おわーり。ありがとうございました。


 友人が支援絵を描いてくれたので自慢がてらあっぷしました。

 http://kie.nu/9T4
 http://kie.nu/9T5

 とってもお嬢様ちっく。
 イメージは人それぞれですので、こう言う感じも~程度で見る位が良いかもしれません。

 ともあれ、レスを頂くのも支援絵を頂くのもモチベーションに繋がり大変ありがたく思っています。
 お陰さまで次スレが目前になりました。

 ありがとうございます。

いい友人をお持ちで

酔ってはいてるときって、喉が痛熱いよね…

おつ
俺のイメージはなんとなく短髪だった

原因なんて酒臭いから直ぐに分かりそうなもんだがww
亀爺もガーゴイルも酒は飲まないのかね
それと魔王の胃液とか便器くらいなら溶かしそうwwww

亀爺は老化で嗅覚が衰えた
ガーゴイルはそもそも嗅覚がない
きっとこうだ

…この魔王を倒すのに剣や魔法は必要なさそうだ。
度数キツくて、なおかつジュースみたいに飲みやすい酒でもたらふく飲ませりゃ勝手に急性アル中でポックリ逝ってくれそうだなww

書いといてなんだかヤマタノオロチを退治するみたいなやり口だな。

>>895
耐性つくかもしれないぞ?
酒乱だった場合非常に危険だww

アル中とかチェーンソよりひどすwwwwww

なんとも誰得な展開

>>890  つづき。



 数多いるスライム娘の一匹。
 薄紫色の体をした、やる気はあるけれど空回りする典型的なスライム娘の一人からその報告を受けた私は足早に魔王様のお部屋へと足を運んだ。

 ──コンコン。

 ノックをしても反応がない。
 後ろにいるスライム娘は相変わらず慌てているだけだった。

アラクネ「……?」

 私が首を捻ると、

スラ娘「あっ、あの……」

 遠慮がちにスライム娘が声をかけてきた。

スラ娘「まおーさまはたいへんおからだのぐあいがわるいようなので……」
 


 なるほど。
 そう言った訳だったか。

 なぜ、私が魔王様の自室に“グランドタートル”の爺様を回収しに行かねばならぬのか。
 その理由もわからぬままここまで来ていた。

 スライム娘の説明は簡素。
 「まおーさまのおへやまできてくださいっ!」だけだった。

 理由を尋ねてもスライム娘から事情を聞いていたのでは日が暮れてしまう。
 そのため、私は訳も聴かずこの部屋へと足を運んだんだけど……。
 


アラクネ「失礼しまーすよー?」

 扉を開ける。

 室内にいる住人。
 そして漂う匂いで全てを把握できた自分が我ながら憎かった。

アラクネ「……」

 はあ。と溜息を吐いて、懐から紙とペンを取り出す。
 サラサラと走り書きをしたためてスラ娘に手渡した。
 


アラクネ「これを急いでスキュラへ渡してきてちょうだいな」

スラ娘「はっ、はい!」

 さて……。
 スラ娘を走らせてもう一度部屋を見渡す。

 開け放たれた扉の向こう。便器にしがみ付く我等が君主の魔王様。
 動きの鈍い、亀の御爺ちゃん。

 ──オロ、ロ、ロ。

 うん。

 魔王様はお吐きになっておられる、と。 
 


アラクネ「さて、と」

 一旦、魔王様は放置。
 先に御爺ちゃんをこの部屋から退去させるのが第一目標だと私は判断した。

 全ては、魔王様のために。
 これこそが従者たる自身の務めだとそう思っているからね。ほんっっと、難儀なことだよ。

亀爺「おお……女郎蜘蛛か……」

アラクネ「はいはい、そーでーすよー」

 御爺ちゃんとは話し合わない方が良い。
 付き合うと疲れてしまうからね。
 


アラクネ「お部屋までお連れしますねー」

亀爺「おうおう、悪いねえ……でも、魔王さまが……のう……」

 ちらりと背後にいる魔王様に目を配る御爺ちゃん。
 相変わらず規則的にゲーゲーと魔王様は便器に……うん。

アラクネ「後は私に任せ下さい、大丈夫ですからね」

亀爺「おうおう……すまんねえ……」

アラクネ「いえいえ」

 ヒョイ、と亀爺の思い体を持ち上げる。
 こりゃスライム娘じゃ持ち上がらないわ……。

アラクネ「よっこいせっ……とお」

亀爺「すまんねえ……」

 よっし。
 さっさと御爺ちゃんをお部屋まで運んで従者たる勤めを真っ当しなきゃねっと。
 



……。
…………。
………………。

 


アラクネ「……ふう」

 亀の御爺ちゃんを部屋に運んでから再び魔王様の部屋へ。
 魔王様は相変わらず顔色最悪で最愛の恋人である便器を抱きかかえていた。

アラクネ「すんすん」

 鼻を鳴らす。
 酒臭い。

 魔王様の体調不良……って言うか、これは二日酔いね。
 完全にお酒の飲みすぎでしょう。
 


 どうしてそれが、亀の御爺ちゃん。“グランドタートル”の出番と相成ったのか。
 その想像も容易だった。

 まず、我等が魔族の大臣であるガーゴイル。
 あの方は石像な訳よ。

 食事もなにもかもが石尽くしな人に、嗅覚とかある訳ないよね。
 御爺ちゃんは歳で匂いもわからなかったんでしょう。

アラクネ「魔王様、お加減の程は?」 

魔王「…………最悪」
 


 端的なお答え。
 実にわかりやすい。

 オロオロと吐き気は止まらないし、実際に吐き出してもいる。
 けれど、胃に内容物はもうなにもなくて胃液ばかりが出てくる。

 そのせいで喉は爛れて、声は枯れる。
 気分も体調も全てが最悪なのだろう。

 なんでここまでお酒を飲んだのか……いや、それは私が考えることじゃないか。
 


アラクネ「取り合えず、横になりましょう」

魔王「い、や……ここの方が……」

アラクネ「いえいえ。横になった方が良いのですよ」

魔王「でも、でも……」

アラクネ「だーいじょうぶ。吐きたくなったらいつでもこの箱に吐いて下さいまし」

 魔王様の体を無理矢理に持ち上げてベッドへと運ぶ。
 その隣へゴミ箱を置いてあげる。

 不思議なもので、いつでも吐けると思うと気分って楽になるものよね。
 


魔王「……ふう、ふう」

アラクネ「さ、て」

 魔王様の胃は空っぽのすっからかん。
 吐き気が止まらないから、なにも食べたくないし胃に入れたいとも思ってないだろうなあ。

 体に吸収されやすい飲み物は飲んだ方が良いんだけど。

アラクネ「ちょっと貯蔵庫を拝見しますよー」

 魔王様の返事をまたずに貯蔵庫を空ける。
 小さめな長方形の箱。

 箱下には永遠に冷気を発し続ける氷が設置されていて、貯蔵庫内を冷やす役割を担っている。
 なにか飲み物でも……と思って扉を開くと、お? これは。
 


アラクネ「?」

 閑散としている貯蔵庫内にちょこんと1本。
 透明な瓶に詰められている茶色い液体。これは……?

魔王「そ、それ……は……」

 “こおひい牛乳”と魔王様は死にそうな声で言った。
 なんと人間界の飲み物で、とても甘くて美味しいらしい。最後の1本なんだとか。

 説明不足すぎる説明ではあるけれど、なるほど。
 魔王様はこの飲み物をいたく気に入ってるのね。
 


アラクネ「じゃあ、魔王様。とりあえずコレを飲みましょうか?」

 冷えた瓶を持ってベッド横へと移動する。
 甘いってことは糖分が入ってるんだろうし、吸収も良いでしょう。

魔王「え……」

 しかし顔を濁す主様。
 ぬう、最後の1本と強調していたから名残惜しいのでしょうな。

アラクネ「魔王様が飲まないのであれば、後学のために私が飲んじゃいますけど……」

魔王「や、ちがっ」
 


 あらあら。
 なにこの魔王様。

 弱っているせいかちょっと可愛いんですけど。
 いつもは背伸びしている感じがするちょっと小生意気な……じゃなくて。

 うん。
 歳相応って感じで可愛さを感じてしまう。

アラクネ「飲めばきっと楽になりますから。ね?」

魔王「……うん」

 しょぼん、とした顔付きを作って瓶を受け取る。
 吐いてしまうんじゃないかと言う恐怖と戦いながら、その液体をコクコクと可愛らしく飲み始めた。
 


魔王「ふう、ふう……はあ……」

 あれだけ苦しそうにしていたのに、飲んだ瞬間にちょっとだけ笑顔を覗かせる。
 ふふっ。普段からそうしていればとても可愛らしいのに。

 魔王職って言うのも、大変なのね。

アラクネ「ささ、ゆっくりとで良いので飲み干して下さいな」

魔王「うん」

アラクネ「飲み終わったらまた横になって下さいね。その方が楽ですから」

魔王「うん」

 時間をかけてゆっくりと“こおひい牛乳”を飲み干した魔王様。
 未だに吐き気が襲ってくるのか、体を時々びくつかせながらベッドに横たわる。
 


アラクネ「では魔王様。しばらく目を瞑ってしまいましょう」

魔王「で、でも……ベッドの中で吐きたくは……」

 無意識に吐いてしまうことを恐れている。
 そりゃあ、誰だって自分の寝床を汚くしたいなんて思わない。

アラクネ「私がそばにいるから大丈夫ですよ」

魔王「でも……」

 冷たく絞った手ぬぐいを魔王様のおでこにペタリ。
 貯蔵庫内で冷えていた水で絞っておいたのが役にたった。
 


魔王「ひゃっ」

アラクネ「冷たくて、気持ち良いでしょう?」

魔王「……冷たくて、気持ち良い」

アラクネ「苦しいかもしれませんが、少しだけ眠って。そして起きたら少しだけご飯を食べるんです」

魔王「……」

アラクネ「そうすれば様態はすっかり良くなりますから」

魔王「うん……」

 落ち着いたのだろう。
 魔王様はそれから数分と立たぬ間に、すうすうと寝息を立て始めた。

 さて、さて、さて。
 微笑ましい主様の寝顔を見納めしたところで、部屋中を見渡す。

 なんとも……。
 


アラクネ「凄い散らかりようね」

 服は脱ぎっぱなし。
 本は出しっぱなし。

 ほこりも端に溜まっているし、本棚の上にもほこりが積もっている。
 小さなテーブルの上は食べ散らかした後がそのままだった。

アラクネ「これが、魔界の王が住まう部屋……ねえ」

 時間はまだもうちょっとあるし。

アラクネ「お掃除、しますか」

 私は従者としての仕事を真っ当することにした。

 可愛らしい主様のためにも、ね。 
 

おわーり。書けたらまた来ます。

おつ

ぅ乙!

追いついた

乙乙
魔王きゃわわ

アラクネさんイケメン!
女だけどww

アラクネに一目惚れ

あぁ追いついちゃった…

どどどどどどどどど

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ド

アラクネさんイケメンだけど
下半身蜘蛛なんだよな?

そういうのもあ

もあり

元々は人間だったはずだがもう未練はないのかね

誤爆?

神様よりも織物上手いって自称した女が女神様の反感買ってクモに変えられたってエピソードが

この世界のアラクネがどんな謂われの種族かは解らんが

>>934
勉強になった
ありがと

一つ賢くなったわ

オナニ┣¨┣¨┣¨┣¨ドドト┣¨┣¨┣¨┣¨ド

[田島「チ○コ破裂するっ!」]

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ドド

 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

                            |`ゝ     
                          _//´   
                     |`ゝ  / :;/'
                   _//´  /@,;)ゞ
                 / :;/'     ̄

                /@,;)ゞ             |`ゝ
                 ̄             _//´

  /\___/\                   / :;/'
/ /  u ヽ ::: \                 /@,;)ゞ
|.u(●), 、(●)、 |                  ̄ 
|  ,,ノ(、_, )ヽ、,, u |  にぼしが追ってくる、

| u ,;‐=‐ヽ   .:::::|         たすけて
\  `ニニ´u .:::/
/`ー‐--‐‐―´´\

なんだこのAA

まだー?

     ...| ̄ ̄ | < 続きはまだかね?
   /:::|  ___|       ∧∧    ∧∧
  /::::_|___|_    ( 。_。).  ( 。_。)
  ||:::::::( ・∀・)     /<▽>  /<▽>
  ||::/ <ヽ∞/>\   |::::::;;;;::/  |::::::;;;;::/
  ||::|   <ヽ/>.- |  |:と),__」   |:と),__」
_..||::|   o  o ...|_ξ|:::::::::|    .|::::::::|
\  \__(久)__/_\::::::|    |:::::::|
.||.i\        、__ノフ \|    |:::::::|
.||ヽ .i\ _ __ ____ __ _.\   |::::::|
.|| ゙ヽ i    ハ i ハ i ハ i ハ |  し'_つ
.||   ゙|i~^~^~^~^~^~^~

ん?

まだかな…

そろそろ次いくな…

>>1です。
ごめんなさい、あんまりにも忙しくって生存報告すら出来ませんでした。
短いのですが投下していきます。

>>917  つづき。



 わたしが便器とよろしくやっていると、アラクネが後ろから声をかけてきた。
 体調は今さら言うまでもなく最悪。

 世界は未だにぐらぐらと揺れているし、胃の中は溶鉱炉のように熱く煮えたぎっている。

アラクネ「魔王様、お加減の程は?」 

魔王「…………最悪」

 


 アラクネの質問になんとか言葉を返す。
 体が強制的に半眼にしてくるせいで、視界もぼやけている。

 目を上手にあけられないよ……。

 うう、うう。
 胃も喉も熱い。痛い。なんなの、これ……。
 


アラクネ「取り合えず、横になりましょう」

 横になる? それは無理……と言うよりとってもキツい。
 なんと言っても常時襲ってくるこの吐き気。

 これが厄介で隣に便器がないと落ち着かないみっともない身体に。

 しかし、まあ。
 なんと言うか拒んだのだけれど、アラクネの押しには勝てず結局わたしはベッドへと体を移動させられてしまった。
 


アラクネ「吐きたくなったらいつでもこの箱に吐いて下さいまし」

 そう言って、横にゴミ箱を置いてくれた。
 そうか。最悪の時はここに吐けば良いのか……。

 だったら、横になっても大丈夫かもしれない。

魔王「……ふう、ふう」

アラクネ「さ、て」

 不思議と少しだけ楽になった。
 けれど、気分が楽になっただけで体調だとかそう言うのが楽になったわけじゃない。

 未だに胃はごうごうと音を立てて、燃えているような痛みを発している。
 


アラクネ「ちょっと貯蔵庫を拝見しますよー」

 貯蔵庫?
 こんな時に貯蔵庫を見てどうなるんだろう。

 ああ、だめだ。
 思考がまとまらないや。

 どうぞご勝手に。
 大したものは入ってないけれど、好きなだけ見て良いし、なにか食べたかったり飲みたかったりすれば構わないよ。

 楽しみにしていた最後の“こおひい牛乳”さえ飲まなければ。
 


アラクネ「?」

 はう!
 思ったそばから、アラクネが掲げた“こおひい牛乳”の瓶。

 だめ、止めて。
 それだけは飲まないで、お願いだから。

 はあはあ、と死にそうになりならがらも“こおひい牛乳”の説明をした。
 意図は伝わってないかも知れないが必死さは伝わったはずだ。
 


 よもや、空気を読むスキルに長けたアラクネが勘違いを起こし“こおひい牛乳”を飲み干すような暴挙にでることはあるまい。
 そう思っていると、

アラクネ「じゃあ、魔王様。とりあえずコレを飲みましょうか?」

 なんてことを言いながら、ベッド脇へと移動してきた。
 わたしはなにを言ってるのか一瞬理解できなくて、

魔王「え……」

 と、間抜けな声をあげてしまった。
 だって、それは最後の一本だし……。

 もっとさ、なんて言うか大事に飲みたいし。
 こんな体調が悪いときに飲むだなんて“こおひい牛乳”に失礼じゃないかって、そう思うんだけれど。
 


アラクネ「魔王様が飲まないのであれば、後学のために私が飲んじゃいますけど……」

 はっ? ええ?
 ちょっ、まって。

 意味がわからない。
 なんでそうなるの。

 わかるでしょう? アラクネならわかるでしょう?
 今のわたしじゃ上手く説明できないけどさ、それが大事なものだってわかるでしょう?
 


魔王「や、ちがっ」

 あうあう、と力の入らない両手を掲げて抗議する。
 だめ、やめて、飲まないで。

 飲まないでよう……。

アラクネ「飲めばきっと楽になりますから。ね?」
 

 そう言ったアラクネの顔に、意地悪なものは含まれてなかった。
 わたしの身を案じてそう言っているのだろうと理解できた。

 少しだけ。
 いやかなり勿体ないとは思ったけれど、ほんの少しの沈黙の後に、うんと頷いた。

 ──きゅぽんっ。

 小気味良い音を立てて、瓶から蓋が外れる。
 アラクネがそっと瓶を手渡してくれた。
 


 ゴクリと喉が鳴る。
 正直に言って喉は渇いてる。

 が、胃は痛い。燃えるような痛みを発し続けているし吐き気は尚も現在進行形で襲ってきている。
 吐いてしまったらどうしよう。
 
 ああ、ほのかに香る良い匂い。
 “こおひい”の匂いがわたしを誘惑してくる。

 嘔吐と言う恐怖と戦いながら、恐る恐る瓶の口に唇をつけた。
 ゆっくりと、ゆっくりと液体を口に含み胃に流す。
 


 冷たくって、ほろ苦くって、でもとっても甘い。
 じいん、と身体に染み渡るような感覚を覚えた。

 ──美味しい。

アラクネ「ささ、ゆっくりとで良いので飲み干して下さいな」

魔王「うん」

 美味しい。美味しい。
 やっぱり“こおひい牛乳”は別格だ。
 


アラクネ「飲み終わったらまた横になって下さいね。その方が楽ですから」

魔王「うん」

 勿体ないからゆっくりと。
 吐き出さないようにしっかりと。

 時折り胃の奥から襲ってくる衝動と戦いながら、わたしは茶褐色の液体を飲み干した。

アラクネ「では魔王様。しばらく目を瞑ってしまいましょう」

魔王「で、でも……ベッドの中で吐きたくは……」
 


 ゆっくりと体を倒してベッドへと横たわる。
 確かにこの体勢は楽だ。

 けれど、もし眠ってしまって吐き気が来たら……と思うと怖くて眠れない。
 ベッドで吐きたくないし、なによりも先ほど飲み干した“こおひい牛乳”を吐き出すなんて論外だ。

アラクネ「私がそばにいるから大丈夫ですよ」

魔王「でも……」

 抗議しようとした瞬間、なにかが額の上に落ちてきた。
 


魔王「ひゃっ」

 びっくりした。
 それはとても冷たくて、

アラクネ「冷たくて、気持ち良いでしょう?」

 気持ちが良かった。
 ほんのりと湿り気が残っていて冷たいそれは、おでこから熱を取ってくれている。
 


アラクネ「苦しいかもしれませんが、少しだけ眠って。そして起きたら少しだけご飯を食べるんです」 

 なんとなく、言い返せなかった。
 アラクネの言う通りにした方が良い気がした。

 未だに吐き気は来るけれど“こおひい牛乳”を飲んでから楽になった。
 額に乗った濡れタオルも気持ちが良い。

アラクネ「そうすれば様態はすっかり良くなりますから」

魔王「うん……」
 


 そう返事をして目を閉じる。
 意識はすぐにまどろみ、わたしは眠りについた。

 良かった。
 良かった。

 わたし一人だったら、きっともっと大変な目にあっていたはずだ。
 心底思う。

 わたしは良い魔王ではないけれど、良い配下を持っているなあって。

 そう言えばパンツのお礼もしていなかったっけ?
 起きたら、それもちゃんと言わなくっちゃ。
 


 おわーり。ありがとうございました。

 また友だちが絵をくれたので自慢がてらあっぷしました。
 http://kie.nu/.c6D

 >>1がこれこれこうして、こんな感じに描いて。
 と言ってるわけではなく、友人が妄想で描いてくれたものですので皆様の持つイメージとは違うかもしれませんです。


 遅れてすみませんでした。
 これからもまったりペースでやっていくので、宜しければお付き合い下さい。

おつんつん

乙乙!
まあゆっくりで良いんで

おかえり!
次の投下の後、次スレ立てと誘導URL頼みます

あれ?デジャヴュ?

被ってない?

魔王視点だろクソコテ

>>972
なるへそ

>>1「わたし、もうやめた」

>>974
タヒね

>>964  つづき。



 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。
 アラクネに寝かしつけられて、気持ちが悪いままわたしは目を瞑った。

 そして気付けばゴミ箱を布団の中で抱いている。
 どうやら眠れたようだった。

魔王「……ん」
 


 目は瞑ったまま。
 鼻だけがソレに反応した。

 部屋の何処からか香るそれは、なんだろう。
 嗅いだことのない匂い。

 不快感はない。
 とても良い匂い。どちらかと言えば、食欲をそそるソレだった。
 


魔王「んんっ……」

 ゴミ箱を抱いたまま寝返りをうつ。
 断っておくけれど、体調が全快しているわけじゃない。

 頭はガンガンと殴られているような鈍痛に襲われているし、胃は未だに悲鳴をあげている。
 でも、さっきよりは幾分か楽になっていた。

魔王「あらくねー?」

アラクネ「はいはい、お目覚めになられましたか?」
 


 部屋にアラクネがまだいるのかと思って声をかける。
 当然のように返って来る返答。

 どうやらわたしが眠っている間もずっと部屋にいてくれたらしい。
 未だにひんやりと頭を冷やしているタオルがその証拠だった。

 なんどか取り替えてくれたのだろう。
 本当に良いやつだ。
 


魔王「うんー」

アラクネ「お加減は?」

魔王「微妙……頭痛い、ノドとか胃も……」

アラクネ「ですよねえ」

 布団に入ったまま、部屋を見渡す。
 綺麗になっていた。
 


 わたしがまだ世界征服をやめると宣言する前は、こうしてアラクネが毎日掃除をしてくれていたんだったな。
 服は綺麗に畳まれているし、本棚もちゃんと巻数が見えるように綺麗に並べられている。

 机の上も整頓されているし。
 はあ……わたしって本当にどうしようもない魔王な気がしてきたよ。

 ──っと、思考がそれてしまった。

 気になっていた匂いの元を辿る。
 部屋の中央。食事が用意されていた。
 


魔王「アラクネ、あれは?」

アラクネ「あら。気付かれました?」

 うふふ。と口をあげて笑うアラクネはなにか嬉しそうだった。
 どうしたんだろうか。

アラクネ「魔王様ったらとっても運が良いんですよー」

魔王「?」

アラクネ「珍しく人間界の食材が入荷していたんですよ」

魔王「人間界の……」
 


 人間界。
 そのワードを聞いただけで、自分の体調を忘れてワクワクしてしまう。

 人間界の食材だって?
 だったら美味しいに決まってるじゃないか。

 しかも、アラクネが用意したってことはスキュラが調理したのだろう。
 間違いがない。

 完全に美味しいやつだ。
 


魔王「あ……」

 不意に声が漏れた。
 そう、思い出す。

 今の自分の体調を。
 頭が痛いし、胃が荒れ狂っている。

 こんな状態で食事を摂る? 無理だ。無理に決まっている。
 無理して食べてもオロオロと戻してしまうだろう。

 そんな勿体ないこと、わたしには出来ない。
 


アラクネ「ふっふー」

魔王「……?」

 わたしがしょんぼりしていると、アラクネがニコニコと笑顔を近づけてやってきた。
 確かにわたしが大の人間界贔屓であることはみな知っている。

 それ関係の食べ物や品物を渡されたら大喜びすることも知っているだろう。
 だけれど、今の体調で食べ物を食べるのはちょっとな……。
 


アラクネ「魔王様は体調を心配しておいででしょう?」

魔王「あ、うん……この調子じゃ食べても……」

 吐いてしまう。

アラクネ「それがですね、大丈夫なんですよ」

魔王「?」

アラクネ「魔王様はとっても運が良いと、先ほど申し上げたでしょう?」

魔王「あ、ああ」

アラクネ「我々が仕入れた食材は“味噌”と“しじみ”ですっ」

魔王「みそ? しじみ?」

 なんだそれ。
 聞いた事もない単語だった。
 


アラクネ「えーっとですね、これらの材料を使って作るものがですね、二日酔……えーっと、魔王様の今の体調を回復する効力があるんですよ」

魔王「……」

 二日? うん? 今なにか言いかけた気がしたのだけれど……まあ、良いか。
 と言うことはだ。

 それを食べても吐き出すことはないし、体調も回復する?
 凄い。良いこと尽くめじゃないか。
 


アラクネ「“味噌汁”と言うものなんですがね、いやー美味しいのなんの。私も先ほど味見をしたのですが、魔界にはない味わいでしたよ」

魔王「ゴクッ……」

アラクネ「刻んだ青ネギがまた良いアクセントで──」

 もうだめだ。
 抱えていたゴミ箱をベッドから叩き落す。

 先ほどまでは恋人と言えよう箱も、今は邪魔なだけだった。
 身体が重たい。

 無理矢理に身体をお越し、匂いの発信源まで這い寄る。
 


魔王「はあ、はあ」

アラクネ「ふふ」

 配膳された卓に辿り着く。
 テーブルには椀が一つ置いてあるだけだった。

魔王「これか……」

アラクネ「ええ。フタを取って下さいな」

 椀に手を伸ばして、フタを取る。
 一気に匂いが散乱した。
 


魔王「おお……」

 嗅いだことのない、良い匂い。
 食欲なんてまったくなかったわたしの胃が、びっくりしている。

 早く欲しい。飲みたいと抗議しているようだった。

魔王「いっ、いただきます」

アラクネ「はい。召し上がれ」

 ──ごくっ。

魔王「ぷぁっ……美味しいー……」

 なんだこの味! なんだ!
 美味しい。凄く美味しい。

 説明出来ない味だった。
 


アラクネ「その具も食べれますからね?」

魔王「こ、これか」

アラクネ「“しじみ”と言われている貝です。こぶりですけど、それも美味しいですよー」

魔王「はむ……かたい……」

アラクネ「あっ、殻は食べれませんよ! 中身だけを食べるんです」

魔王「そ、そうか……」 

 それを先に言ってくれ。
 堅くてびっくりしちゃったよ。

 では、気を取り直して。
 


魔王「はむはむ……」

 おっ。柔らかい。
 殻と違って、とても柔らかくて、でも弾力があって、ぐにぐにしてて。

 歯ざわりも良いし、美味しい。

魔王「コクコク……」

 そしてまた汁を飲む。
 時たま現れるネギの食感も絶妙だった。

 匂い、味、歯ざわり。
 全てが美味しい。

 幸せな気分だった。
 


魔王「ぷはー……ご馳走様でした」

アラクネ「お粗末様でした。どうです? 体調の方は」

魔王「ん。頭はまだちょっと痛い」

アラクネ「ですか。でもまあ、結構よくなったみたいですね」

魔王「だいぶマシになったよ。ありがとう」

アラクネ「いえいえ」

 かなり楽になった。

 あれだけオロオロと吐き続けていたのに、コーヒー牛乳からのベッド、仮眠。
 そして味噌汁? のコンボで体調は良い方向に激変した。
 


アラクネ「あとは、水分を摂りつつ眠れば明日にはケロっと治ってますよ」

魔王「風邪と言うのはそんなに簡単に治るのか?」

アラクネ「えっ、えーっと……まぁそんなもんです。はい」

魔王「ふーむ」

アラクネ「(お酒云々は黙っておいた方が良さそうね……)」

 楽になったとは言え油断は禁物だろう。
 風邪がどう言ったものなのかは未だに良くわからないけれど、ぶり返すものかもしれない。

 ここはアラクネの指示にしたがって眠ることにしよう。

アラクネ「はい。枕元に水差しを置いておくので、飲んでくださいね」

魔王「ありがとう」

 ベッドに上がりこむと、アラクネにすっぽりと肩まで布団をかけられた。
 本当にこいつは世話好きで良いやつだなあ。
 


魔王「情けないところを見せてしまったな」

アラクネ「なんのなんの。魔王様のおしめも換えたことがあるんですよ? これ位──」

魔王「なっ!?」

アラクネ「ほらほら。騒がないで下さいな、まだ頭痛が残っているのでしょう?」

魔王「うぐう……」

 起こしかけた上半身をベッドに押し付けられてしまった。
 おしめだとう……?

アラクネ「小さい時分は誰もがそう言った経験をしてるんですから、恥ずかしいことじゃないですよ?」

魔王「で、でも……」

アラクネ「はいはい。おやすみなさい」

魔王「むう……」
 


 有無を言わさず、また額に冷たいタオルを置いてくる。
 くそう。

 最後の最後で、知りたくもない事実を知ってしまった。
 しかしそうか……。

 この魔王城で一番の若輩者はわたし。
 であれば、そう言った……その、おしめ云々も……くう。

 恥ずかしい。
 わたしに記憶がない分、余計に恥ずかしいじゃないか。

 忘れよう。
 寝ちゃおう。

 寝ちゃおう、寝ちゃおう、寝ちゃおう。
 明日からまた、いつも通りの生活を送る為に。

 今は、寝ちゃおう。
 

おわーり。
次スレを建ててきます。

魔王「世界征服、やめた」

次スレです。
宜しければまたお付き合い下さい。

うめ

終わり。
ありがとうございました。

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