男「何飲む?」女「クリームソーダ」(38)


男「またかよ(笑)本当に好きだな」

女「ここのクリームソーダは格別なのさ。君も飲んでみればいいのに」

男「俺はあんまり炭酸飲んじゃダメなの。何回も言ってるだろ」

女「野球選手も大変なもんだね。食事制限が当たり前の全寮制なんて酷だよ」

男「仕方ないさ。上手くなるためにはな」

女「だからと言って喫茶店に来るのにも一苦労だなんてちょっとあんまりだよ」

男「まあな。でも高校によっては恋愛すら認められてないところもあるからな。うちはマシな方だよ」

女「そんなもんかね」


女「ところでどうなんだい?その部活動の方は」

男「ん?あ、あぁ調子は上々だよ。県大会も順調に勝ってるしこのままなら今年も甲子園に出られそうだ」

女「そりゃまあ君の高校は常連校だからね。私が聞きたいのは君の調子だよ」

男「お、俺?そんなもん聞くまでもねぇだろ。一年の時からレギュラーなんだから」

女「そうかい。そりゃよかった」

男「お前の調子はどうなんだ?何か変わった事はあるか?」

女「私は特に何も変わってないよ。まあ強いて言うならこの生活にも慣れたってことかな」

男「そんな悲しいこと言うなよ」


女「悲しいことじゃないよ。絶望から立ち直ったんだから寧ろ喜ばしいことだと思う」

男「ま、まあそうだけどさ」

女「そうだよ。それに殆ど見えない分聴覚が研ぎ澄まされてきていてね。人間ってのは偉大なもんだよ」

男「女...」

女「なんだい?」

男「俺が稼いで少しでもいい医者見つけてやるからな...」

女「ふふっ、先の長い話だね。ありがとう」


男「よし家に着いたぞ女。今ドアの前だからな」

女「いつもすまないね。今からまた遠征だと言うのに」

男「気にすんなよ。いつものことだろ」

女「そうかい、それじゃ気を付けて行ってくれたまえ」

男「ありがとう、行ってくる。応援待ってるからな」

女「あぁ、任せてくれ。期待してるよ」

男「じゃあな」

男「.....」

男「結局言えなかったな...」


男「ただいま」

母「お帰り。お風呂沸いてるよ」

男「おう、でも直ぐに出発しないといけないから」

母「出発?どこにさ」

男「学校に決まってるだろ」

母「あんた肩壊してまだ部活に執着するつもりかい。明日は日曜なんだからゆっくりすりゃいいでしょうに」

男「うるせー。怪我人には怪我人なりにやるべきことがあるの。夜行バスも手配してるから」

母「怪我人ってあんたの怪我はもう...」

男「.....」

母「はぁ...せめてご飯だけでも食べて行き」

男「...分かった」


男「それじゃ行ってくるよ」

母「学業を疎かにするんじゃないよ」

男「分かってるよ。俺がそんな立場じゃないってことは」

母「そんなつもりじゃ....」

男「行ってきます」

母「行ってらっしゃい...」

男「.....」

男「じゃあどんなつもりなんだよ」


翌日

男「おはようございます」

先輩「おぉ、おはよう男。朝早くからトンボありがとな」

男「俺にはやれること限られてますから」

先輩「まあそう卑下するなって。お前も立派な部員だよ」

男「ありがとうございます。そう言ってくれるのは先輩ぐらいですよ」

先輩「そんなことねーよ。皆口にしてないだけだ」

男「それを聞いてホッとしました。俺なんてここにいたら迷惑だと思っていたので」

先輩「そう思ってるのはお前の実力に嫉妬してる連中だけだよ。何か言われたら直ぐ俺に相談しに来い」

男「先輩....ありがとうございます!」

先輩「いいってことよ」


マネージャー「男くん、ボール磨き手伝ってくれる?」

男「分かった」

マネ「ありがとう、男くんのおかげでいつもボールピカピカだよ」

男「俺にできることは限られてるからね」

マネ「またその話?男くん自分のこと悲観的に見過ぎだよ。もっと自信持ってさ!」

男「ありがとう。でもやっぱり肩は治る見込みないしさ」

マネ「治らなくても今こうしてここにいるでしょ!部活の仲間としては今までと変わらないよ」

男「....」


マネ「それより、昨日地元帰ったんでしょ?彼女さんに怪我の話できたの?」

男「あぁ、結局言えなかったよ」

マネ「そう...」

男「....」

マネ「男くん、あのね。男くんの取り柄は野球だけじゃないんだよ」

男「....」

マネ「男くん自分に野球がなくなったら何も残らないと思ってない?」

男「うん...」


マネ「男くんを信頼してる人はもっと別の部分で男くんのことを信頼してるよ」

男「....」

マネ「きっと彼女さんも同じだと思う。彼女さんも男くんの話を真剣に聞いてくれるよ」

男「....」

マネ「キミの彼女なんだからさ。信じてあげなよ」

男「ありがとうマネージャー」

マネ「うん!やっぱりキミは笑ってる方が素敵だよ!」




男「....」

男「電話して正直に話すか...」

男「受け入れてくれるだろうか...」

男「うーん...」

友「何をブツブツ言ってるんだよ」

男「女に俺の怪我を話すか否か」

友「女さんか、懐かしいな。卒業して以来だわ。つーかまだ話してなかったのか?」

男「うん...話そうと思ってた時期に女にもトラブルがあってさ」

友「トラブル!?女さんに何かあったのか?」


男「実はまあその...あいつ失明しそうなんだ」

友「は!?」

男「それで俺がプロになって治療費稼ぐって言った矢先に怪我しちまってさ....」

友「...そりゃ言いづらいわな」

男「そうなんだ...でもいずれ正直に話さないといけないし早い方がいいに決まってるんだが」

友「そうか...まあバレる前に言うことだな。俺に言えるのはそれだけだ」

男「そうだな、ありがとう。今はちょっと心の準備ができてないから今度直接会って言うよ」

友「おう!頑張れ」

男「それじゃ、おやすみ」

友「おやすみ!」

友「.....」

友(これは俺にも運が向いてきたかもな....)


週末

友「久々に地元に帰ってきたよ」

女「そうなんだ。私もびっくりしたよ。突然家に来客があるなんて男ぐらいだからさ」

友「本当に仲良いんだね。羨ましい限りだよ」

女「はは、それで何のようだい?」

友「....」

女「二年ぶりの再会だ。キミが理由もなしに突然押しかけて来るとは思えないんだけど」

友「辛辣だね」

女「そうかな?警戒していると捉えてもらいたい」


友「でも安心して。僕はキミの味方になりたくてここに来たんだ」

女「味方?」

友「うん、女さんさ。その目、治したくないかい?」

女「そりゃ治せるものなら今すぐにでも治したいよ」

友「二年前の僕の告白を受け入れてくれるなら治療費を我が家が負担するよ」

女「それはつまり男と別れろと言いたいのかな?」

友「ま、そうなってしまうね」

女「断る」

友「どうして!断る理由なんてないだろうに」

女「私は男のことを信頼している。それだけさ」


友「その信頼している男に裏切られているから僕は提案しているんだよ?」

女「....」

友「女さんはまだ聞いてないらしいけど、あいつ練習中に怪我したんだ。復帰できないほど酷い怪我をね」

女「....」

友「キミが信頼している男はもうキミの治療費を稼ぐ見込みなんてまるでないんだよ!」

女「....」

友「でも僕は違う!!僕は例えプロになれなかったとしても家柄が男とは違う!!今すぐにでもキミに医者を紹介してその目の治療に取り掛かる準備を整えてあげるよ。どうだい?」

女「断る」


友「....何故!!」

女「まず初めに。私はそういう人の弱みに付け込む人間が一番嫌いだ。今すぐ消えてくれても構わない」

女「二つめ、私は例えこの目が治らなかったとしても男の側にいれるならそれでいいと思う覚悟がある」

女「そして最後に、私は薄々男の怪我には勘付いていたよ。部活の話をする男は言葉の歯切れが悪かったからね」

友「....そうかい」

女「わざわざこんなとこまで来てもらって済まないね」

友「まっ、キミがそう言うならそれもいいさ。僕はこれで帰るよ」

女「それじゃ、男によろしく言っといてくれ」

友「言わないよきっと」

女「....」


翌日

先輩「おい男。マネージャーから聞いたぞ。お前彼女いるんだってな」

男「はい、まあ地元にいるんで遠距離恋愛ですけど」

先輩「その彼女に怪我のこと話せてないらしいな」

男「....はい」

先輩「後ろめたさを感じる気持ちは分かる。でもな、隠されることが一番辛いと思うぞ」

男「そうなんですけど...タイミングが...」

先輩「らしくないな。お前が選んだ女なら受け入れてくれるだろう。それとも何か言えない理由でもあるのか?」

男「はい、実は....」


先輩「なるほど...それは確かに慎重にならざるを得ないな」

男「はい....」

先輩「うーん、そうだなぁ。今俺が言えることは一つしかないな」

男「なんですか?」

先輩「その彼女を本気で好きなら野球辞めろ」

男「そんな!」

先輩「野球辞めてもっと真面目に勉強するか、就職に備えろ。部活に現を抜かしている場合じゃない」

男「.....」

男(やっぱり皆言うことは同じか...)


男「分かりました。俺、監督のところに行ってきます」

先輩「まあ待て。その前に一つ提案がある」

男「提案?」

先輩「来週の県大会決勝にお前の彼女連れて来い」

男「???」

先輩「それまでは部活に残れってことだよ」

男「わ、分かりました」

先輩「そんじゃまた後でな」


先輩「お願いします!!!!」

監督「.....」

監督「お前自分が何を言ってるか分かっているのか?」

先輩「はい!」

監督「じゃあ聞こう。男をベンチに入れて何のメリットがある」

先輩「彼はムードメーカーです!!ベンチに入れることによってチームの士気が高まります!!」

監督「怪我人をベンチに入れてチームの士気が上がるだと?ふざけるな!」

先輩「.....」


監督「それに来週の相手はそんなお遊びをして勝てる相手ではない。どうしても男をベンチに入れたいと言うならば本当の理由を言え」

先輩「....実は、男は来週の試合を機に部活を辞めると言っておるのです」

監督「それがどうした。怪我が原因で辞める部員など今まで何人もいただろう。特別待遇は許されん」

先輩「.....」

監督「どうしても話を聞いて欲しいならその退部する理由を正確に言え」

先輩「....分かりました」


一週間後

男「監督!!!どうして俺がベンチに入ってるんですか!!」

監督「俺の考えに文句があるのか?」

男「俺なんかがベンチにいたらチームの士気が下がります!!」

監督「ほう、だが今のチームの雰囲気を見てみろ」

先輩「お前ら!!!絶対この試合コールドで勝つぞ!!!!!!!」

一同『おおおぉおお!!!!!!』

男「....」


監督「コールドで勝つと言ってるんだ。あいつらのやる気は何処から来てると思う?」

男「それは勿論甲子園出場、そして先輩方の最後の試合にならないようにするためです」

監督「まあ大半はそうだろう。だが、お前のためでもある」

男「俺のため?」

監督「全員知ってるんだ。お前がこの試合を機に退部することをな」

男「!!!!」

監督「部員の門出を祝うためにチーム一丸で戦っているんだ。何もできない結果になるかもしれないが全力で応援するのがお前の務めだろう」

男「ありがとうございます!!!」


一方その頃

女「ここでいいですか?」

母「うん、そこに座席があるから大丈夫。すまないねー、ウチの息子のワガママに付き合わせて」

女「ワガママだなんてとんでもない。楽しみで仕方がないですよ」

母「本当女ちゃんはいい子だねぇ。男にも見習って欲しいぐらい」

女「そんなことないですよ。私は男の足を引っ張ってばかりで」

母「気にしなくていいのよ。あ、そろそろ試合始まるみたいだね。男は出ないだろうけど。ごめんね女ちゃん」

女「いえいえ、お構いなく。男が出なくても応援するのが私の務めです」

女(頑張れ、男...)


先輩「どうだ男、彼女さん来てそうか?」

男「先輩!本当にありがとうございます!女は絶対に来てます!」

先輩「そうか、そりゃよかった。だが俺たちのお膳立てはこれだけじゃない」

男「?」

先輩「まあ見てな。今日はお前が野球をやっててよかったと思える最高の舞台を整えてやるよ」

男「先輩....」

先輩「よーしお前ら!!気合入れていくぞー!!」

一同『おおおぉおおぉ!!!!!』


母「女ちゃん、試合中に悪いんだけど一つだけ聞いていい?」

女「はい、構いませんよ」

母「友君の話、本当に断って良かったのかい?」

女「!!!」

女「....」

母「ごめんね、あなたのお母さんに聞いたの」

女「そうですか...」

母「確かに友君の条件は卑怯かもしれない。でもね、それほどあなたのことを思っているってことだとも思うの」

女「....」

母「友君はいい子よ。男が小さい頃からよく一緒に遊んでくれていたわ」


女「おばさんは...」

女「おばさんは私のような盲目が娘になるのはやはり迷惑でしょうか」

母「....そんなことない。とは言い切れないわ」

母「お金のこともそうだし、孫に遺伝するかもしれないなんて思うと」

母「ちゃんと治療をできる環境にいる方が幸せなんじゃないかなって私は思うの」

女「....」

女「私は男が好きです」

母「....」

女「それが理由ではいけないのでしょうか」

母「....」

母「ありがとう。あんな駄息子を気遣ってくれて」

女「....」

母「あなたの気持ちよく分かったわ。一緒に男を応援しましょ」

女「...!はい!」


男(凄い!打者一巡してる!これはこの回でコールドするかもしれない!)

男(あのチーム相手にこんな大差なんて今まで一回もなかったのに...)

監督「おい、男。そろそろバット持っとけ」

男「....へ?」

監督「友の代打に入るぞ」

男「監督!それは流石に!」

監督「何だ?俺の采配に文句があるのか?」

男「相手チームに失礼です!」

監督「お前はどれだけ自分を低く評価しているんだ。いいからいけ!」

男「わ、分かりました...」


監督「男、自信を持て。お前が納得いくようにバットを振ってこい」

男「監督....」

男「今まで本当にありがとうございました!!!」

監督「....」

監督「それは試合が終わってから言え。お前はまだウチの選手だ」

男「はい!!!」

友「.....」

友(結局何一つあいつに勝てなかったな...)

友(悔しいけど、仕方が無いか)


友「おい男」

男「友...」

友「野球辞めても不貞腐れんなよ。真面目に一生懸命やれ」

男「....」

友「女さんを傷付けたら俺が許さんからな」

男「分かった。友、ありがとう」

友「それじゃ、頑張って来いよ。心から応援してる」

男「おう!!!」


ウグイス嬢『選手の交代をお知らせします。バッター友君に代わりまして、男君』

男(打席に入る前に、気恥ずかしいけどこれだけは伝えたい)

男「女ー!!!!!!聞こえてるかー!!!!!!」

男「これが俺の引退試合だ!!!!今まで応援してくれて本当にありがとう!!!」

投手(なんだこいつ...さっさと打席に入れよ)

男「こい!!!!」


女「おばさん!今どういう状況ですか!」

母「男が打席に入ったわ!ワンアウトでランナー三塁。後1点入れればコールドよ!」

女「そんなタイミングで代打なんて入るものなんですか!」

母「...普通はその必要はないことが多いわ」

女「....」

女「男!!頑張って!!」

母「決めなさい!!男!!」

母「あ、打ったわ!!!」

女「どこに、どこに打ったんですか!」

母「初球をセカンドに。ボテボテだけどこれで試合が決まったわ!!」

女「やった!!!!おめでとう!!!」


先輩「よくやった!!流石男だ!!」

男「先輩!ありがとうございます!」

先輩「これから色々大変になるだろうがめげずに頑張れよ!」

男「はい!苦しいことがあったら今日の思い出を糧に頑張ります!」

先輩「その意気だ!何かあったらまたいつでも相談に乗るからな!」

男「はい!先輩、それと皆さん!今まで本当にありがとうございした!!」


一週間後

男「何飲む?」

女「クリームソーダ」

男「またかよ(笑)本当に好きなんだな」

女「君も飲んでみるといい」

男「そうだな。すみません、クリームソーダ二つください」

店員「かしこまりました」

女「しかしよかったのかい?野球辞めちゃって」

男「あぁ、いいのさ。俺は目指すべきものが見えたからな」

女「野球選手を諦めて何を目指すんだい?」

男「教師さ。教師になって、野球部の顧問になるんだ」


女「野球好きは変わらないんだね。安心したよ」

男「勿論さ。これからも一緒に頑張っていこうな」

女「あぁ、よろしく頼むよ」

男「それと一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

女「なんだい」

男「俺が打席に入る前に言った言葉。聞こえてた?」

女「....」

女「言っただろ。私の耳は人より研ぎ澄まされてきたって」

男「そうか...」

店員「クリームソーダ、お待たせしました」

女「男、本当にありがとう」

終わりです。パワプロで手塩にかけて育てていた選手の肩の爆弾が爆発した悲しみから作りました。

ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom