女「そんなのずるいよ」(32)


高校に入学して1年目の寒い冬、俺に初めての彼女ができた。

初恋は近くのケーキ屋のお姉さん。いつも赤いアクセサリーを身に着けていたお姉さん。

理由を聞くと、名前にアカがはいっているから。彼女は「子供っぽいでしょ?」と笑いながら、小学生でさらに幼い俺に言った。

俺は彼女の笑顔が好きだった。とてもかわいくて、魅力的で、元気な笑顔。

その笑顔を見るために、嫌いなケーキを親にねだった。
俺はスポンジが嫌いだ。

彼女はとてもおとなに見えた。大人なんて何が大人なのかわからないけれど、あれが大人なんだろうと、母親を見ながら思った。俺の母親の笑い方は下品だった。


だからエレベーターで優しく微笑む彼女の胸を必死に吸う夢なんて見たんだろう。あれが俺の性への目覚めだったに違いない。エロさなんてなかった。ただただ安心をおぼえる夢だった。なのになぜか、なぜかとても興奮する夢だった。

それまで誕生日にもクリスマスにも、なにか記念ごとの度にハヤシライスをねだっていた俺は、とにかくケーキが欲しかった。
父親はハヤシライスが嫌いだ。

いつも火曜日にいることは店の前を通っていたときに窓越しに見えていたから知っていた。何とかして彼女と話がしたかった。

きっと彼女はこちらの気持ちに気付いていただろう。きっと母親も。
だから母親はケーキをねだる俺を下品に見つめていたのだ。

母親を説得し何とか火曜日に店に行くと彼女と必死に話をした。子供の話すことだから、学校でのくだらない愚痴や、流行りのゲームの話ばっかりだったが、彼女はとてもきれいな笑顔でその話を聞いていた。俺は彼女が好きだった。


彼女は俺のことを覚えていたのだろうか。男のみじめな勘違いかもしれないが、
彼女は俺が店の前を通るといつも笑ってくれている気がした。
俺は目が悪かった。

そんな彼女と一年がたち、俺は少しは成長したのだろうか、いつも一方通行で彼女の相槌すら待たないマシンガントークから成長できたんだと思いたい。俺は初めて彼女のことを聞いた。

彼女は俺が想像した通りの声だった。とても柔らかで、とても透き通っていて、とても可憐な声。
俺は初めて彼女の声を聞いた気がした。
彼女はしっかりと接客してくれる娘だったのに。


彼女は高校2年生だった。
俺と出会ったのはバイトを始めたばかりの頃だったと言った。
俺にはアルバイトと正社員なんて言われても区別なんて付かなかったから、彼女に「お父さんと同じだね」といった。
初めて彼女の苦い笑顔を見た。
ビタースマイル。
そんな彼女も魅力的だった。

きっと俺も彼女と同じくらいの齢を重ねれば、彼女と同じように笑えるのだろうと思って
いた。なにも知らなかったんだ。


彼女はいつも昼から働いていた。
高校といっても特殊な高校のようだった。それ位は俺にもわかった。
彼女はそれについても説明してくれたが、当時の俺には聞いたことなければ、
意味も想像できない言葉の羅列で理解できなかった。

俺の記憶にも残ってないのだから。

わかったことは料理を学んでいること。
将来はパティシエールになりたいんだということ。
「パティシエじゃないの?」と聞いたら
「男の子に見えちゃうかな?」と彼女は前髪を触りながら言った。
俺は彼女のそのしぐさに見惚れていた。

彼女は、俺に話しかけていた。
きっと俺が女性形を理解できていないことに気付き説明を始めたのだろう。
何かしゃべってくれていたことだけは覚えているのだが、内容は覚えていない。
女性形を知った時に気付いた。推測だ。

別にずるくないよ支援
そして寝る


彼女も見つめられていることに気付いたのだろう。
俺のことを優しく見つめてくれていた。
とても恥ずかしかった。俺も。きっと彼女も。

彼女は俺に「これからもお話ししようよ。」といってくれた。
彼女は昼から働き、夕方6時には仕事が終わるらしかった。
俺は「これから毎週会いに来るよ」と必死に返事をした。

きっと震えていた。
彼女は少し赤くなっていた気がする。
赤い紙でラッピングしていたせいかもしれない。
俺は赤が好きだ。

それから毎週彼女に会いに行った。
彼女は俺の名前を知っていた。

当時は何でだろうと思っていたけれど当然のことだった。
チョコプレートに名前を書いてもらうのだから。


俺はチョコが嫌いだった。というより甘いものが嫌いだった。

名前を教えてもらおうと何度も思った。
彼女のネームプレートに名字は載っていたが難しくて俺には読めなかった。
だからいつも「おねえさん」と呼んでいた。彼女は初めのころ照れていたようにも思う。

とにかく名前を聞こうと思った。でも聞けなかった。とにかく恥ずかしかった。
彼女は自分の名前を俺が知らないとは思わなかったのだろう。

彼女は俺と近くの公園のベンチで30分ほど話をした後に、いつも俺を送ってくれた。
俺は少年誌に載っているラブコメを夢中で読んでいたから、男は女を送るものだと思って
いた。だから送りたかったんだ。


彼女は公園の近くでいつも肉まんとコーヒーを買っていた。
彼女は砂糖もミルクもたっぷりのコーヒー。俺はブラック。
肉まんはカレーだったり、あんまんだったり、ピザまんだったり。

彼女は俺があんまんをあまりおいしそうに食べないことに気付いたのだろう。
いつからかあんまんを買わなくなった。
彼女はあんまんをおいしそうに食べていたのに。

初めて彼女とコンビニに立ち寄った時、
彼女は砂糖もミルクもたっぷりコーヒーを2本と、あんまんを買った。
俺はそのコーヒーがどうしても飲めなくて、泣きながら謝った。

飲むと気持ち悪くなってしまう。何故かずっとそうだった。

彼女はとてもきれいに笑った。
後光が差すっていうのはきっとああいうことを言うんだ。
そして俺に「ごめんね」といって好きな飲み物を聞いた。

俺は緑茶が好きだ。
でも彼女と一緒がよかったんだ。だからブラックコーヒーを頼んだ。

彼女はとても驚いた顔をした後に、「おとなだね」とうらやましそうに言った。
久しぶりに飲んだブラックコーヒーは苦くて、とてもおいしいとは言えない味だったけれど、とてもおいしかった。

俺はブラックコーヒーが大好きだ。


ある火曜日彼女はとびっきり機嫌が良かった。
その日は肉まんは買わなかった。
公園のベンチで俺は「どうしてコーヒーしか買わなかったの?」
と尋ねると、彼女は「じゃじゃーん」という古臭い掛け声、
当時の俺ですら古いと感じた、そんな掛け声とともに、
ポーチから綺麗にラッピングされた長方形のケースをとりだした。

中身はチョコだった。とびっきりの甘いチョコ。
とても彼女らしいチョコだった。
俺は甘いものが嫌いだった。
だというのにそのチョコレートはとてもおいしかったんだ。
「いつもキミはブラックだから」そう言って彼女は俺の感想を待った。

こんなときに言えるのはおいしいしかない、卑怯だと思いながらも俺は
「すごくおいしい。手作り?」と聞いた。
彼女は「当たり前だよ、お父さんとキミのために作ったチョコだよ。」と
すこし気持ちよさそうに、自慢げに言った。

彼女は俺に「君は私のお父さんに似ているの。好みとかしゃべり方とか、あとは名前。」
そう言った。


俺は何とかホワイトデーにお返しをしなくてはと思った
でも俺は料理なんてできないし、母親はお菓子なんて作れないといった。
でも買ったものはどうしても嫌だった。

彼女は、俺に会うたびに「どうしたの?」と聞いてきた。俺はそれだけ焦っていたのだろう。

ホワイトデーの一週間前になっても名案は思い付かなくって、ついに彼女にしゃべってしまった。
彼女は驚いた顔をしながら、「一緒に作ろうよ」といった。

彼女に食べたいものを聞いたところ、「クッキー」と答えた。きっと俺でも作れるものにしてくれたんだろう。

彼女の家で作った。彼女の母親は彼女そっくりで、俺の母親とは大違いだと思った。
それ以上の記憶はない。パニックに陥っていた。ただ、彼女の甘いにおいと柔らかな手の感触だけを鮮明に覚えている。


彼女と出会い三年目の冬。彼女は突然「お別れです」といった。
聞くと彼女はフランスに修業をしに行くんだという。5年もだ。
当時の俺に5年は長すぎた。何せ、俺の小学生人生とほぼ同じ年数だ。

もう永遠に会えないと思った。

彼女は少しさみしげに笑いながら、「また、あのケーキ屋で、あの公園で、会おうね、また」といった。
俺の勘違いでなければ彼女も泣いていた。

結局俺は彼女に告白できなかったんだ。



俺は高校に入学し、毎日あのケーキ屋を通るはずだった。
あのケーキ屋はそこにはなかった。
調べてみるとつぶれたわけではなく移転のようだったが、もう意味はなくなっていた。

俺は成長できていなかった。
あの頃からなにも変わっていない。
彼女の笑顔が忘れられずにただただ5年を待っていた。

俺はゲームが好きだった。なんでもやった。どこでもやった。
教室でもやっていたから、女子からは気持ち悪がられていた。
でも気にはならなかった。
5年たてば彼女と付き合えるだなんて思ってもいなかったけれど、彼女に会えればいいとただそれだけを考えていた。

彼女に恋人ができていたって、結婚していたってかまわないと思っていた。

放課後、いつものように教室でなかのいい友人と3人でゲームをしていた。
いつもは4人でやっていたが、インフルエンザが大流行していた。

ROOMには鍵を設定できるが、今まで人と出会ったことはなかったし、誰か違う人が入ってくる分には構わないと鍵は設定していなかった。

だから彼女と出会えたんだ。


クエストを終えて、広間に戻ってくると、そこには見知らぬプレイヤーがいた。
そいつはただ一言「よろしく」といってそれきり黙った。
装備を確認すると、十分強いプレイヤーのようだったので、参加を認め、一緒に旅だった。

そいつはとてつもなくうまかった。
見惚れるプレイで、まるで動画のスーパープレイでも見ているようだった。
クエストが終わると同時に俺はゲーム機を片手に席を立ち教室中を見まわした。
協力プレイができる範囲はそれほど広くない。
俺の友達は「うまいなー」とはいいつつも、プレイヤーには興味がないようで、ゲーム画面を見つめたままだった。

教室にはいなかった。

急いで廊下に出ると、廊下に備え付けてあるベンチで女の子が一人、座って同じゲーム機を持っていた。
俺は何を言ったのか全く覚えていない。

ただいつのまにか彼女の隣に座り、一緒にゲームをプレイした。

それから彼女とは二人で一緒の時間を過ごすようになった。

彼女はどんなゲームも上手で知らないゲームでも、俺を倒すことすらあった。

彼女はゲームをしているときとても楽しそうで、俺も楽しかった。

彼女はゲームの話をするときとても楽しそうで、俺も楽しかった。

彼女は、俺と話をするときにとても楽しそうで、俺も楽しかった。

こんな感覚、彼女以来だったんだ。


彼女は弓といった。
「苗字はあまり好きではないから、名前で呼んで」と顔を真っ赤にしながら彼女は言った。俺も名乗った。顔を真っ赤にしながら、「苗字は好きじゃないから、名前で呼んで」と。

それから、俺たちは特別な関係になった。
恋人ってことではなく、お互いになくてはならない存在だった。
彼女は友達がいなかった。
もともと社交的な性格じゃなく、それほど友達がほしかったというわけでもないのだろうが、
ずっとゲームをしている気味の悪い娘だと思われていたようだ。

隣のクラスだった。
今までそんなこと知らなかった。体育や、合同授業の際には一緒のクラスになったにも関わらず、覚えていなかった。
彼女は決してきれいではなかったし、かわいくもなかった。

ただ、笑顔は可憐だった。

きっとクラスの男子も彼女の笑顔を見たことはないのだろう。
見ればほっときやしない。
事実、俺としゃべるようになってからは話しかけられることが増えたと彼女は言った。

少し迷惑そうに。少し誇らしげに。


彼女はゲームをするとき、弓をよく使った。
彼女に「弓をよく使うのは名前と一緒だから?」
と尋ねると、彼女は慌てたように、首を振り、その後下をむいた。

俺が彼女に、「そろそろ帰ろうか」というと彼女は小さくうなずき、
その後小さな本当に小さな声で「・・・そうだよ」と。
俺から目をそらし、少し下を向き、顔を真っ赤にしながら、

そう一言だけ言った。

最初何のことか分からずに俺が黙っていると、彼女は俺の沈黙を勝手に解釈し、慌てながら、
「子供っぽいでしょ?」と言った。

俺は「そういうのすごく好きだよ」といった。
その日、それ以上会話をすることはなかった。

少し冷えてきたと感じる、そんな夕方だった。


俺は、彼女が好きだった。
でもいつのまにか彼女が好きになっていた。
きっと恋愛ってそういうものなんだと、俺は思った。
俺は大人ぶっていた。
俺は、彼女に追いつくために必死に大人ぶっていた。
タバコを吸うようになり、お酒も飲んだ。

大人ができて、俺たちにはできないから。

彼女を初めてデートに誘った。
といっても色気も何もなく、ただ、一緒にゲームショップに行こうと。
彼女は顔を真っ赤にしながらうなずいた。

俺はよく着る服を選んだ。
デートという感覚ではなかった。
デートだとわかってはいたけれど、何を着ればいいかわからなくて、頭の中でごまかしていた。

彼女はとてもおしゃれだった。
そして似あっていた。意外だった。
でも、その服からは新品の匂いがしたし、彼女は歩き辛そうにしていたし、動き辛そうだった。

俺は嬉しかった。

後悔していた。


彼女は俺のことをちらちら見ていた。
わかっていた。彼女が何を求めているのか。
俺はラブコメが好きだ。
いつもさらっと読んでいるセリフ。

さらっとなんて言えなかった。

俺達はゲーム屋に入り、いろいろなゲームを見て回り、試台をいじくりまわし遊んだ。
彼女が横で必死にゲームをしている横で俺は一言、
「似合ってるよ。すごくかわいい。」といった。
いえた。
彼女はゲームをしていて、聞こえないふりをしていたが、
指を動かせていなかった。
デートが始まってから1時間が過ぎたころだった。

夜行性の俺たちのデートは15時頃に始まった。
ゲームショップの後に俺たちはレンタルショップに行った。
俺は映画も好きだ。好きな映画は「12人の怒れる男」。
彼女は知らないようで、俺が「今度見に来なよ」と誘った。
かなりどもっていった。
彼女はさわやかな顔して「いいよ」といったが、真っ赤だった。本当にかわいい

俺は「12人の怒れる男」を見ている最中、彼女に告白した。
陪審員8番がナイフを突き刺すシーンで。俺も興奮していた。
彼女は、「嬉しい」といいその後一言もしゃべらなかった。肩と肩が当たった。

その後彼女とはもう一度その映画を見た。彼女は映画を覚えていなかった。
ワンシーンも。「あの時ははじめてきみの家に行って、緊張していたから・・・」。
そしてその日俺たちは初めてキスをしたんだ。


彼女は俺に「タバコ臭いよ」といった。
「いや?」と聞くと
「いやだけど、吸ってもいいよ。吸ってるときはちょっとだけかっこいい気がするから。」
といった。
一週間後「キスの前だけはやめて。」と少し怒ったように言った。


彼女にはくせがあった。
ゲームをしているときでも、
歩いているときでも、
話しているときでも、
一緒に寄り添っているときでもおなかをなでるのだ。
俺は特に気にならなかったし、服がこすれる音が聞いていて心地よかった。
彼女に、「お腹痛いの?我慢しないほうがいいよ」と真剣に行ったときに、初めてたたかれたのを覚えている。
手の甲を。

彼女は少しさみしそうな顔をしていた。

俺はもっと気にするべきだったんだ。彼女の表情に。


俺たちは携帯を持っていたけれど、アドレスを知らなかった。
電話番号は知っていたけれど、お互い持ち歩く癖はなくって、電源が切れた状態のまま放置ということも多々あった。
お互いの連絡はインターネット上のチャットで行っていた。

3学期が終わるころになり、彼女は「お腹が痛い」といい、学校を早退した。
俺は連絡を取ったが、電源は切れていた。彼女はその後一度も来なかった。
彼女がインターネット上にもログインしないので不安に思った俺は、一人で、休日の、彼女の家を訪れた。

かなり勇気がいることだったけれど、不安だった。

初めて彼女のお父さんに会った。母親とは会ったことがあったが、優しい人だった。

二人とも目が真っ赤だった。



俺は、初めて、東京へ行き、とても大きな病院へと入った。
彼女はおびただしい数のコードや器具に囲まれ、静かにほほ笑んだ。

きっと微笑んでいた。

俺はそこでようやく、彼女はもう、死ぬんだと、実感できた。

俺はみっともないことに、彼女に声もかけず、走るように逃げてしまった。

彼女はどう思ったのだろうか。

いつも彼女は体育を見学していたし、保健室にもよく行っていた。
教師も承認していた。
彼女は、「心臓が弱いの」と言っていたが、嘘だった。
おそらく俺についた唯一の嘘だ。
俺は、気付こうと思えばいつでも気付けたはずなのだ。
彼女の様子がおかしいことくらい。
なのに俺は、楽しかったんだ。
変わらないと思っていた。
いなくなることなんてないと思っていた。

一度経験しているにもかかわらず。


気付くと公園に来ていた。昔のようにベンチに座り、コーヒーを飲んだ。
いつ買ったものかもわからない。
煙草に火をつけ、思いっきり吸った。
むせそうになったし、少し気持ち悪かった。
その後コーヒーを飲むと、はきそうになった。

チョコとは大違いだ。

「来てたんだ」と声が聞こえた。
俺は、自分のことじゃないと思っていたので、無視していた。
後ろから頭をどつかれた。怒鳴ろうと、後ろを振り向くと、

彼女がいたんだ。

5年がたっていた。

彼女は俺に「タバコなんて吸うんだ。大人だね。」
といった後すぐに、「あれ?キミってまだ高校生じゃないっけ?」と尋ねた。

俺は「カッコつけてるんだよ」というと、彼女は「お父さんみたい」といい相変わらずきれいに笑った。
俺は、とてもうれしかった。



「顔つきも変わったね。なんだか大人っぽい。」
彼女は感心したようにそばに近寄りながら言った。

俺は彼女のお菓子のような甘い匂いを嗅ぎながら、
「ただ年食っただけだよ、あの頃からなにも成長できてない。」
そう言った。

彼女は少し笑った。
俺はむっとして彼女に突っかかろうとしたが、
彼女が素早く「あの時みたい」そう言ったので、
俺は「あの時?」そう聞いた。

怒りはなくなっていた。

「そうだよ、あのホワイトデーのときの君そっくり。なにかあったんでしょ?お姉さんには話してみなさい。」

俺は彼女の笑顔に弱かった。俺は彼女を母親のように信頼していた。俺にとっての大人は彼女だった。



俺は彼女に隠し事なんてできないんだ。


俺は彼女に弓のことを話した。
彼女はもう死ぬこと。
俺が見て見ぬふりをしていたこと。

彼女は「そっか…彼女出来ちゃったんだ。大人だね」
そう言った後何か考えているようだったがすぐに、
「君のしたいようにするのが一番だよ。それでもわからなかったら、彼女に聞いてみなよ。
なにしてほしいか。君は彼女に何かしてあげたいって思っているんだからさ。
私、ホワイトデーの時、本当にうれしかったんだからさ。
彼女も大喜びだよ。」

彼女はそう言った。
そう言って席を立ち、俺に一枚のメモを渡した。
「連絡先。今は便利でいいね。」と。
「なにかあったらすぐに連絡するように。デートのお誘いでもいいよ。」
と彼女は早口でいい、逃げるように去って行った。


次の日俺は彼女の助言通り、彼女に、弓に会いに来ていた。
弓は再び俺が来たことが意外なようだった。
「どうしてきたの?」弓は申し訳なさそうに言った。
なんでそんな顔するんだよと俺は怒鳴りそうになる気持ちを押さえながら、
「なにしてほしい」とぶっきらぼうに聞いた。

弓は俺が何を言いたいのかわからないようだった。
当然だ。
俺だって、混乱していた。
こんなことが言いたかったわけじゃない。

こんなことをいいに来たわけじゃない。

「お前は俺に何かお願いしてきたことなんてない。いつも俺が好きなようにやらせてくれていた。
いつも俺が居心地がいいように整えてくれていた。

俺は甘えすぎていた。

お前は俺になにをしてほしい。
お前のことを忘れて、幸せになってほしいのか、それともお前のことを思ったまま生き続けてほしいのか、


一緒に死んでほしいのか」


「そんなのずるいよ」そんな声が聞こえた気がした。


弓は「タバコは吸い続けてよ、かっこいいんだからさ。
・・・それから毎日ここにきて、私と一緒にいてよ。」
そう言って弓は眠った。

俺はずっと彼女と一緒にいた。

それからは毎日きた。
ずっといた。
彼女に必死に語りかけた。
彼女は次第に声は出せなくなっていたが、俺が大好きな笑みをずっと浮かべていた。

幸せだった。


弓は死んだ。手紙が届いた。彼女から。死んだら出してほしいと頼まれていたらしい。
一緒に撮った写真と、手紙が。

「さようなら、今までありがとう。

これから、幸せに生きて、あなたが死んだら、私に話してください。

ゲームの話、学校の話、仕事の話、お嫁さんの話、子供の話、辛かったこと、楽しかったこと、いろいろお話してください。

私も向こうで何か面白い話を仕入れておくから。

それでよければ、また向こうで私と一緒になってください。

お嫁さんには悪いけれど、どうかお願いします。」

そう書かれた手紙だった。綺麗に畳んで、丁寧に保存した。

桜舞う公園の中、タバコの煙がゆっくりと空に消えていく。
綺麗な笑みをたたえた女性のように。
きっと幻覚だろう。
俺はそれを眺めているんだ。
満開の笑顔の女性とともに。

彼女の笑顔をまた見るためにとびっきり幸せな笑顔を浮かべて。

終わりです。初めて文章を書いて、初めて投稿しましたが、

必死に書いたにもかかわらず、30レスも行かないとは思いませんでした。

改善点等ご指摘いただければ嬉しいです。

>>6
支援ありがとうございます。もしよければ暇な時にでもちらっと読んで頂けると嬉しいです。

修正です。

1-7   大人なんて何が大人なのか→大人ってことがなんなのか

11-9  ゲームショップに行こうと。→ゲームショップに行こう、と。

18-6  試台→試遊台

18-17  どもっていった→どもって言った

24-11  お姉さんには話してみなさい→お姉さんに話してみなさい

以上だと思います。

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