モバP「アイドルに、恋をした。」 (67)


「プロデューサーさん!あ!そ、その…バレンタインだから、チョコなんです。う、受け取ってください!」


相変わらずの早口と一緒に、冷たそうにかじかんだ手を勢いよく突き出してくる。

そんなに強く握ってたら、チョコレートの箱、潰れちゃうんじゃないかな?

そう思って少し笑っちゃったけど、俯いている彼女は気づかない。


「お!ありがとな、わざわざ…嬉しいよ、美穂」

わざとらしく驚いてみるけど、バレンタインだもん。チョコだよな。

バリバリの義理チョコ。


わかってるよ、
わかってるけど、うるさく高鳴る胸の鼓動は止まってくれそうにない。



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「はぁー…ドキドキしました…変なことしちゃってすいません。
でも、受け取ってもらえて良かったです!」


謝らなくていいのに、変なことだなんて思ってないからさ。
ほんとに嬉しいよ、ありがとな。


なんて言えない。ただ、彼女の頬が少しだけ紅潮しているように見えて、

2月の寒風に揺られるその黒髪を俺は、『可愛い。』と思ってしまう。


アイドルマスターシンデレラガールズでSSです。

のんびりと進めていきます。短くもなく長くもなく、ですかね

Pはかなり若めで想像してみてください。

「プロデューサーとアイドルっていう関係のせいでつまづいちゃう片思い」
みたいな話を意識しましたが、不快になる方がいらっしゃいましたらごめんなさい。


「あの、プロデューサーさん。お仕事中にわざわざありがとうございました!」

美穂は深々とお礼をして、冷たそうな手をこすり合わせる。


親しき仲にも礼儀あり。な品行の良さが美穂の良いところだけど、

もっと砕けてくれてもいいのに、とも思う。


「いやいや良いよ、てかお礼を言いたいのはこっちだし…」


「もう今日はスケジュール入ってないよな、
家まで送って行ってやろうか?」

さりげなく提案してみる。やましい気持ちも…少しはあるけど、

年頃の女の子を一人で帰宅させるのは不安だから。でも、


「あっいえそんな!まだ明るいし、一人で帰れますから」

こうやって遠慮されちゃったりもするんだけど。

遠慮されてるだけだよな?もしかしたら俺、嫌われてるのかな。

いや、そんなことないってわかってるのに、考え出したら止まらない。


『駄目駄目。どこに不審者がいるかわからないんだから。』

って、強引に押し切りたいのは山々なんだけど、

あいにく今日は片付けなきゃならない事務仕事が大量に残っている。


「そうかー?じゃあ、十分気をつけてな!また明日!」

「はい、それじゃ失礼します!」

手を振って、雑踏に紛れていく美穂の背中を見送った。


また明日、当たり前のように会えるだけで幸せな恋だってわかってる。

「でもなぁーっはー」

気持ち悪いためいきが真冬の空に吸い込まれて消えていく。

2月の街は刺すように冷たく、
道行くカップルは手をつないで寄り添っていた。


「…お返し、ちゃんと考えなきゃな」

この手の中のチョコレートが、どんな宝石より価値のある物に感じる。


「あ、お疲れ様ですプロデューサーさん。
書類机の上に積んどきましたから!」

事務所に戻ると、ちひろさんがいつもの営業スマイルで優しく出迎えてくれる。

「積んどいたって…せめて置いといたとかにしてくださいよ…」

机の上には山積みの書類。整理しなきゃいけないスケジュール。

とりあえずソファに腰掛けはするけど、
頭がぼーっとしてしまって何も手に付かない。


なんだかもやもやした気分で、
ストーブの温かささえも煩わしく感じられる。

チョコ、ダメになっちゃうかな。食べなきゃ…もったいないけど。

「はぁ・・・仕事したくないなぁ」


「あれれ、プロデューサーさん落ち込んでます?」

小さな机を挟んで、向かい合うソファにちひろさんも腰掛ける。


「…もしかして、貰えなかったんですか?」

少し間を置いて、いたずらっぽくささやいてくる。

この人は、しっかりしているのに時々子供っぽい。


「貰いましたー。貰いましたよ!…バリ義理チョコですけど」

言葉の最後のほうは小声でごにょごにょとしてしまう。

自分で言っといてなんだけど、
義理チョコ以外のチョコを貰ったら、それはそれで問題なんだって。


「貰えたなら、良かったじゃないですか!その…」

俺が上着のポケットからチョコレートを取り出すと、

ちひろさんがそれを神妙な顔で見つめながら語りだす。


「…美穂ちゃんの、手・作・りチョコレート!」

きゃーっ!と言いたげに口元を抑えるちひろさんに、
何だか気の抜けるような笑いが沸いてくる。


「あのですねぇ…事務員がそうやって煽りますか?普通さぁー」

「だってー、美穂ちゃんきっと頑張って作ったんだろうなぁって思ったんですもん。
プロデューサーさんだって嬉しいですよねー?」

「ちひろさんのチョコは思いっきり市販でしたね」

「忙しかったんですもん!しょうがないじゃないですか!
それに、本命は…私じゃない、ですもんねー?」


きゃっきゃと楽しそうなちひろさんに遊ばれてしまうのは、言われていることが間違っていないから。


美穂が一生懸命チョコレートを作っている姿が簡単に目に浮かんでくる。

その手をチョコで汚したりしながら、

難しい顔を浮かべてレシピとにらめっこしたりしながら、

頑張って作り上げたんだろう。


そしてそれを受け取るのは俺だ。

そりゃ、俺だけじゃない事務所の皆や学校家族にも配るだろうが、

その中の一人に、迷わず選ばれる事。

それは掛け値なしに素敵なことだって思う。

…なんて、純情過ぎる自分に嫌悪感を抱く。


義理チョコくらいで浮かれてるなよ。

成人しても公私のケジメが付けられないのか?

そうだよ、何で俺は美穂からチョコを貰えるんだ?

俺がアイドルプロデューサーで、
美穂をトップアイドルに導くからだろう。だから…


「だいたい俺はプロデューサーなんですから、
アイドルを好きになったりしたらいけないんですよ」

なんて言っても、ちひろさんは
「へぇ~?」ってニヤニヤ笑っていたけれど。

過去作ある?


美穂と初めて出会ったのは、
何の変哲もない普通のオーディションだった。

バリバリの新人プロデューサーだった当時の俺は、

参加者一人一人の表情を穴が開くくらいまで見つめていた。

決心してアイドルを志す子達だから、
皆緊張で潰れそうな顔をしていたのだけれど、

美穂は…特に酷かった。

プレッシャーで弱り果てていて、
泣きそうでさえあったその顔を今でも思い出せる。

>>14
ごめんなさい、モバマスで書くのは初めてですね


噛み噛みの自己紹介が面白くて、
逆にすぐに名前を覚えてしまった。

今、その事で美穂をからかうと、
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする。

そんな彼女の必死の自己紹介を見て、あろう事か俺は…


『この子、可愛いな。』

と、個人的な感情で胸を高鳴らせてしまった。


こんな業界に務めているから
知り合う人は皆美人さんなんだけども、

美穂は一目見ただけで違う何かがあった。

言葉を選ばないで言ってしまうのなら、凄くタイプだった。


それが幸か不幸か、今でもわからないのだけれど。


結局美穂はウチのプロダクションに所属することとなり、

その後順調にアイドル活動をこなしてきた。

彼女は中々筋が良く、
レッスンに対しても真面目で努力家。


最近では結構人気も出てきているみたいから、

俺の目も中々捨てたもんじゃないのかもしれない。


そんな彼女を傍で支え、
彼女の事を知っていくほどに、
この胸に隠した思いを諦めきれなくなる。


例えば、朝挨拶するときの礼儀正しい美穂であったり、

イベントに繰り出す時の意外と芯の強い美穂であったり、

ファンからの手紙に感極まって泣いてしまう、純粋な美穂であったり…


そのどれもが彼女の魅力であり、
純朴な彼女の精一杯なんだろう。


プロデューサーだから、
誰も知らない彼女の一面を知ることが出来る。

ずっと彼女と一緒に歩いて行くことが出来る。

彼女を指導し、トップの座に導くのは俺だ。

他の誰でもない、それだけは誰にも譲らない。


でも、裏を返せば俺は、『プロデューサー』以上になれはしない。


美穂はアイドルなんだから、彼氏とかがいちゃいけない…
と、少なくとも俺は思う。

たぶん美穂もそう思ってくれているはずだ。


何よりも優先して守られなければならない、アイドルの掟。

それでいい、いや、それが当たり前だ…と、
自分を戒める度に自嘲したくなる。


だって、この禁忌を一番破りたがっているのは俺じゃないか。


いつも支えてくれるファンの方々を凄く大切に思う。

ファンの方々が居なければ俺は飯を食っていけないわけだし。

だから、誓ってそれを裏切るようなことは絶対にしない。


でも、何でかな。
いっそこの思いも冷めてしまったほうが楽なのに、


あの日美穂を事務所に引き入れた俺は、
『プロデューサー』になりきれてたのかな?


「プロデューサーさーん、もう資料あがりましたか-?」

考え事にふけっていた頭が、ちひろさんの声で我に返る。

事務仕事の途中でぼんやりとしてしまっていた。

この仕事を今日中に終わらせないといけないのに。


「もう、流石にぼーっとしすぎですよ?」

ほらほら、またイジられたいんですか?
と言いたげなちひろさんに苦笑しつつ、
少し伸びをして書類と向かい合う。


片思いがどうこう言ってないで今はただ働こう。

ファンのために、美穂のために。


……

「プロデューサーさん、お疲れ様でした~」

「おう、気をつけて帰れよー」

事務所から帰宅していく美穂を見送る。


バレンタインデーから3週間程が経ったけれども、
未だにこの胸のほのかな恋心は消えてくれそうにない。


とはいえ最近はプロデュースや雑務の忙しさも増し、
美穂との関係が進展することは無かった。

そもそも暇であったとしても進展してはいけないのだが。


「はぁー…俺も休憩しよ…」

ぐったりとソファに腰掛ける。

自分でスケジュールを管理してアイドルをプロデュースしていくのは中々の激務だ。
その分、やりがいもあるのだけれど。


「お疲れ様です。お茶、入りましたよ。」

さりげないちひろさんの気遣いが疲れた身にありがたい。
軽く会釈してお茶をすする。


「ところでプロデューサーさん、もう3月も一週間過ぎちゃいましたね?」

ちひろさんは俺の向かいに腰掛け、唐突に話を切り出してきた。

「ホワイトデーのお返し、もう用意したんですか?」

「あっ…やばっもうそんな時期か…」

>>26ありがとうございます!


すっかり忘れてた…わけじゃないけど。
そろそろ考えなきゃいけないよな。

美穂が俺の想い人かどうかに関係なく、
バレンタインにチョコを貰ったならしっかりとお返ししてあげるのが男のルールだ。

「もう、ちゃんとしておかないと。
忙しくて用意できなかったなんて言ったら、
美穂ちゃんに泣かれちゃいますよ?」

「別に、美穂だけに返すわけじゃないですけどね…」

情けなく笑ってまたお茶をすする。


実際、美穂にどんなお返しをすればいいのかで頭の中がいっぱいなのに。


「やっぱ」
今度はこちらから話を切り出してみる。

「それなりにちゃんとしたチョコのほうが嬉しいですよね」

デパートとかで売ってる、良くわからない名前のついたチョコとかでいいかな。

あいにく、自分も手作りでお返しするほどの王子様じゃない。


「ええ、そりゃあもう!」

ちひろさんは満面の営業スマイルで答えてくる。


「男性の基本は3倍返しですもんねー?あの子に僕の愛情も3倍、なんて…」

「ちひろさんには板チョコ3枚とかでいいかな」

「ええっちょ…ひどくないですかー」

「冗談ですよ、ちょっとしたやり返しです」


むぅ、とちひろさんは不満そうにふてくされていた。
それがおかしくって笑う。


「お疲れ様です。プロデューサーさん、ちひろさん。」

「あ、トレーナーさんも休憩ですか?」

事務所の別の部屋で仕事をこなしていたトレーナーさんも、
少し休みたい気分のようだ。

「今お茶いれてきますね」

言うが早いかちひろさんは手早く立ち上がりお茶を取りに向かう。

ああやってすぐに仕事モードに入れるのは尊敬すべきところかな。


「ホワイトデーの話してたんですよ」

ちひろさんと入れ替わりでソファに腰掛けたトレーナーさんと、
二人で話し始める。


「ホワイトデーですかー、
プロデューサーさんはたくさんお返ししなきゃいけないから大変ですね」

「ですねー、トレーナーさんにも返しますよ」

自分の境遇を思うと苦笑いが出てきた。

確かに、アイドル事務所なんかで働いてると周りが女性ばかりで大変だ。


「でも、アイドル達も楽しみに待ってると思いますよ、
お返し。皆プロデューサーさんにチョコレート渡せたってはしゃいでましたから」

と言われて、少しドキッとする。

「本当ですか-?照れるなー、それは…」

「ええ、皆言ってましたよ。美穂ちゃんも、
『緊張しましたけど、渡せて良かったです』って嬉しそうでしたもん。」

「へ、へぇー。」


そうなんだ、嬉しそうだったんだ。


嬉しいって言っても、社交辞令だよな。でも、もしかしたら

…もしかしたら、なんて、都合のいい言葉かな。


「ホントですかー?皆優しいなー」

本当は『どんな風に嬉しそうでしたか!?』
って突っ込んでみたかったけど。

俺が密かに美穂へ片思いしてるなんてトレーナーさんは知らないし、
知られてしまったら今後の仕事にも響いてしまうだろう。

ちひろさんにだけはいつの間にか見抜かれていたけど…


「はい、じゃあそんな優しい皆にはしっかりお返ししないといけないですね!」

いつの間にか戻ってきていたちひろさんが、
唐突に声を上げるのでびっくりしてしまった。

「はい、トレーナーさーん」

トレーナーさんにお茶を手渡すちひろさんの表情が確かにニヤついている。

この人、全部聞いたてな。

>>34ヤバい「聞いたてな」は流石に恥ずかしい


「実はですねー?プロデューサーさんが誰かさんに気合の入ったチョコを渡したいとか渡したくないとか」

「はっ?」

ほくそ笑むようなちひろさんと目が合いすっとんきょうな声を上げてしまう。
え、この人何ぶっ込んでんの?


「でー、ちょっとした相談みたいなのを受けてたんですよ-」

ちひろさんはその口元を緩ませ、
面白くて仕方ないと言わんばかりの表情を浮かべている。


一方その言葉を聞いた純粋なトレーナーさんは

「えっ、プロデューサーさん本命の人とかいるんですか!?初耳です!」
なんて目を輝かせている。

「い、いやそういうアレじゃ…」

「なんでもぉ、結構身近な人だったりするらしいんですけど-」

「えーっそれって私も知ってる人ですか?」

「あー、いやですね」

「それが全然教えてくれないんですよ-」


教えてくれないも何もちひろさんは知ってるくせに。

だいたいそれが誰かなんて言えるわけないのに、

あっ言えるわけないからからかってるのかこの鬼悪魔は。


「えー気になるな-、プロデューサーさん秘密ですかー?」

と、悪意の無い表情で聞かれるとつい打ち明けたくもなるが、

「秘密です!てかそういう恋愛相談とかしてませんから!」

こんな秘密、聞かないほうがいいですよ。


「してたじゃないですか-、恋愛相談。
トレーナーさんの意見も聞いたらいいんじゃないですか?」

「いや恋愛相談っていうか…
どんなチョコ送ったら喜んでもらえると思いますかね?っていう」

すっかりちひろさんに乗せられてしまっているけれど、

トレーナーさんは女性ということもあってアイドル達とかなり仲がいいし、
結構的確なアドバイスとかしてくれるかも。


「んー…そうですねー…想いを伝えたいなら」

「いや伝えないですけどね?」

「チョコレートと一緒に何かプレゼントしてみるっていうのはどうですか?
結構そういう子多いんですよ、
ホワイトデーに可愛い小物でお返ししたり…」


なるほど。それは考えつかなかった。

確かにチョコレートに添えて雑貨でもプレゼントしてみたら、
手軽に準備できる上に喜んで貰えるかもしれない。

「小物かぁ…いいですね、それ。やってみようかな」

プランが明白になれば、俄然やる気も出てくる。


「お役に立てたら嬉しいです。
プロデューサーさんなら、結構すんなりイケると思いますよ?」

なんて励ましてくれるのは嬉しいんだけど、

「トレーナーさんの言う通りですよ!思い切ってイケイケドンドンです!」

そう、行きたいのは山々なんだけど。

「いや、だから告白とかじゃないですからね?」

どれだけ想ってても、伝えちゃダメなんだって。


でも、ちひろさんとトレーナーさんにアドバイスして貰えたら、
何だか心が軽くなったような気がした。

アイドル達や優しい同僚に囲まれて、幸せものだな、俺は。




「プレゼントねぇ」

ある日の仕事帰り、少し時間を取って街を歩いてみる。

事務所の皆に配るチョコレートを揃えたら給料がかなり飛んでいってしまったけど。


「まぁ、必要経費と割り切ろう…」

アイドル達からチョコを貰えるような、日本中の男から妬まれる立場なんだから。

「ファンの方々には申し訳ないんだけど」

なんて、いい事ばかりじゃないですけどね。
贅沢な悩みかな。


「何買おっかなー」

大層な量のチョコが入った紙袋を抱えながら、
若者に人気の通りを歩く。

仕事柄ファッションとかには人一倍敏感じゃなきゃいけないんだけど、

どうもこういう場所の空気には慣れない。


「てかスーツ目立つなぁー」

完全に仕事帰りの服装で来てしまったから、
明らかに周りのキャピキャピした学生たちから浮いてしまっている。

この格好で女子に人気の雑貨屋を覗くのは軽く不審者かな。

なんて事を考えながら、
賑わってそうな店の一つに入っていく。


それなりに長いこと美穂といっしょにやってきたから、
ちょっとした物の好みくらいは把握しているつもりだ。

もっとも、美穂はとにかくクマをモチーフにしたキャラクターにご熱心で、
ぬいぐるみやストラップなど身の回りはクマだらけ。

誰がどう見てもクマが好きなんだな、
ってすぐにわかるけど。


いつかの宣材で撮った、大きなテディベアを抱えた美穂の写真を思い出す。

「あんなぬいぐるみをあげるのはデカすぎるかな」

いきなりそんな大きなもの貰っても困るよな。

なんて、一人で可愛い雑貨を見て回るのもそれなりに楽しかった。


けどやっぱり、どこか寂しい。

今この隣に美穂が居てくれたらな。

そりゃ相棒とも言える仕事仲間だから、
一緒に買物をしたりご飯を食べたりしたことは数えきれないほどある。


でも、そうじゃなくて、もっと何も縛られないでさ、


スケジュールを気にしないで、自由に街を巡ってみたり、

取材の記者なんかに構わないで二人で喋ってたり、

俺だって、スーツじゃなくて私服で遊びたいし。

『プロデューサー』じゃない自分の隣に居て欲しい。


美穂は、『プロデューサー』じゃない俺に付いてきてくれるかな?


「…」

目に飛び込んできたのは、
手のひらにのる程小さく可愛らしいクマのぬいぐるみ。

「まぁ、こんなもんでいいかな」

手に取り会計を済ませようとしたが、
その隣に並んでいるキーホルダーが気になった。


おそらく恋人同士を意識したであろう2匹のクマが、
それぞれハートを抱えている。


それぞれ青い服と桃色の服を着た、少し大きめのキーホルダーだ。

1つを好きな相手に渡し、もう一方は自分が持っておくのだろう。

対に作られたこのクマたちがカップルの繋がりを証明する。


…こんなものを買っていくのは幸せな恋人達だけだ。
そう、俺には縁のないような。


「…」
なんだかな。




少しチョコレートの香りに当てられすぎたのかもしれない。




3月14日。ホワイトデー。

男たちが女性に貰った気持ちをたっぷり3倍返しする日。

朝から街もテレビも甘いムードでいっぱいになっていた。

俺はとにかくたくさんの人にチョコレートを配らなければならないので、
朝から両手に紙袋を抱え出勤。

凄まじいモテ男のモノマネさながら、
ちひろさんやトレーナーさん、
知り合いの皆に次々とチョコを渡していった。


でも、本命の…

美穂へのチョコとプレゼントだけは、

初めから仕事が終わった後に渡そうと決めていた。




春の日差しも完全に沈み、街灯が道路を照らす淡い夜。


充実した1日の仕事が終わり、
美穂は家路につこうとしていた。

見送るような振りをして事務所のちょっと遠くまで付いていく。

取り留めのない話で場を繋ぐけど、
事務所から離れる程に緊張してくる。


自分が本当は何をしたいのかわからなくなってくる。

隣で歩く美穂の髪が揺れて、甘い香りが漂うのを感じる。


でも、渡すために用意したチョコレートだから。

一歩踏み出すために用意したプレゼントだから。

高鳴る胸の鼓動を無理やり制する。

一つ呼吸を置いて、さり気なく辺りを見渡す。

今だ、周りには路行く人も誰もいない。

心の中で気合を入れて、
行け。


「あのさ、美穂」

立ち止まって声をかける。

きょとんとした美穂もつられて立ち止まる。

「これ、バレンタインのお返し。遅くなって悪いな」

街灯の下で、美穂に向かってチョコを差し出す。

人気の店で買ってきたんだよ、ちょっと高かったんだから。
なんて言ったりしないけど。

それでも美穂は心底嬉しそうな表情を浮かべて
お礼を言って微笑んでくる。


でもね、とっておきはこれじゃないよ。


「あと、これさ…ちょっとした気持ちなんだけど」

さり気なく振る舞って、可愛く包装してもらったプレゼントを差し出す。

すると美穂はさっきよりもきょとんとした表情で。

「あの、これは…?」

と不思議そうにする。


「何も言わないで、受け取って。開けてみてよ」


少しだけカッコつけて、美穂の目を見つめる。

他には誰もいない。美穂と俺の、ふたりっきり。

お互いに何も言わず、
プレゼントを手渡し、
美穂がその包装をほどいていく。


「伝えたいことがあって渡そうと思ったんだ。」


プレゼントが開けられる。


……

なんて、
カッコつけ過ぎだよな、俺。


「わぁ、可愛い!!くまさんのぬいぐるみですか!?」

相変わらずのオーバーリアクション。

その大げさっぷりに緊張の糸もほどけ、温かい笑いがこみ上げてくる。


そうだよ、友達に渡すような、普通のクマのぬいぐるみ。


「うん。美穂、クマ好きだと思ったから…」

嬉しそうにクマを見つめる美穂に語りかける。

「俺さ、美穂に凄く感謝してるんだ。
一緒にいると楽しいし、こんな俺についてきてくれるし。
美穂のこと、一緒にトップを目指す相棒みたいに思ってるんだ」

ホントだよ。本心だよ。


でも、少しだけ…涙がこみ上げてきて。

目頭が熱くなって、ヤバいな、美穂に見られちゃうかな。


「だから、そのクマ受け取って欲しいんだ。
一緒にトップアイドル目指そうっていう、約束の証かな…?」

ちょっとホントに涙が零れそうになったけど、
それは美穂も同じだったみたい。

「はい!私絶対トップアイドルになりますから!
プロデューサーさんと一緒に…!」


これでいい。
俺はプロデューサーで、美穂はアイドル。

目指すものはただ、トップアイドル、それだけ…


……

「おかえりなさい、プロデューサーさん。」

美穂と別れ事務所に戻ると、
ちひろさんがいつもの笑顔で迎えてくれる。

「お茶どうぞ」

ソファに座り、お茶をすする。

心は晴れ晴れとしてどこか吹っ切れたようだった。


「プロデューサーさんは、優しすぎますよ」

話しかけてくるちひろさんはどこか不満そうだった。


「そうですかね」
「そうですよ」

そうかな?
そうかも。


「でも、いいんですよ、これで。」

一緒にトップアイドルを目指していけるだけで幸せです。


「でもやっぱ」


少しだけためいきを吐いて、気持ちを落ち着かせる。


「諦めきれないかも、ですけどね」




俺はプロデューサーで、彼女はアイドル。

決して叶うことのない、叶えてはいけない恋。


俺は…
仕事を通じて出会った、ひだまりのような彼女に、


アイドルに、恋をした。

モバP「アイドルに、恋をした。」おわり

以上で終わります。
本家春香さんENDのような「Pとアイドルだから結ばれない」
みたいな関係が好きで書いてみようと思った作品ですが
拙いながらも完結させることが出来てよかったです。

ちひろさんいわくホワイトデーにはモバマス内でも何かあるみたいなので
しっかり『お返し』を用意して待つことにしましょうね。

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