棚町「これからどうすんの?」絢辻「あなたこそ」(139)

橘「梨穂子はかわいいなあ!!!」

桜井「じゅ、純一ぃ……声が大きいよぉ」

橘「しまった、梨穂子があまりにかわいいものだからつい……」

桜井「もう……はやく部室行こうよ」

橘「そうだな。部室ならふたりきりだし」

桜井「へ、変なこと言わないでよぉ」



棚町「……ねぇ」

絢辻「なに?」

棚町「あたしたちってなんだったの?」

絢辻「やめて。今はそういうこと言わないで」

棚町「アンタ、これからどうすんの?」

絢辻「どうするってどういう意味?」

棚町「いや、なんていうか……どうやって気持ちの整理つけるか、みたいな?」

絢辻「あなたこそ、どうするつもり?」

棚町「あたしは……よくわかんないわ」

絢辻「そうでしょうね。あたしもよ」

棚町「ま、そりゃそうよねぇ……はぁ、この1ヶ月ってホントなんだったんだろ」

絢辻「だからそういうこと言わないで」

棚町「とりあえずなんか食べに行かない?」

絢辻「どうしてそうなるの?」

棚町「やけ食いってやつよ。それくらいする権利はあるでしょ、今のあたしたち」

絢辻「いやよ、みっともない」

棚町「別にいいわよ、あんたはしなくても。付き合ってくれるだけでいいから」

絢辻「あたしが付き合うメリットがないわね」

棚町「奢るわよ」

絢辻「それなら行こうかしら」

棚町「え、ホントに?」

絢辻「どうして驚くの?」

棚町「いや、まさかホントに来る気になるとは思わなかったから……アンタって意外とゲンキンね」

絢辻「うるさいわね。行くならはやく帰る支度をしましょう」

棚町「クリスマスに誘いがなかった時点でなんか変だとは思ったのよ」

絢辻「……」

棚町「でもアイツ、クリスマスにはちょっと苦手意識あるから今年もそれなのかなって思ったり……ちょっと、聞いてんの?」

絢辻「ねぇ、棚町さん」

棚町「なによ」

絢辻「あたしはあなたの愚痴を聞くために来たわけじゃないんだけど」

棚町「いいでしょーこんくらい。女がふたり、無言でご飯食べててもおかしいじゃない」

絢辻「じゃあせめてもっと盛り上がる話にしてもらえるかしら」

棚町「盛り上がる話ねぇ……」

棚町「あっ。そういえば先月ね、アイツとデートしたのよ。遊園地で」

絢辻「ふーん。それで?」

棚町「そしたらなんかよくわかんないけどあたし男の子になっちゃってさ」

絢辻「本当によくわからないわね」

棚町「それでアイツに抱きつこうとしたら本気で逃げられちゃって」

絢辻「彼に変な趣味がなくて安心したわ」

棚町「いやーあのときのアイツのビビった顔、ホントに面白かった……な……」

絢辻「急に落ち込まないでよ!」

棚町「だってー……最近の面白いことって言ったら全部アイツ関係のことしかないんだもぉん……」

絢辻「はぁ……あたしが悪かったわ。盛り上がるなんてそんな気分になれるわけなかったわね」

棚町「アンタはないわけ? 愚痴りたいこととかさ。遠慮なく言っていいのよ。あたしたちは同志なんだから」

絢辻「あなたに聞いてもらうようなことはないわ」

棚町「そうやってストレスため込むから腹黒になんじゃないの?」

絢辻「余計なお世話よ!」

棚町「そうそう、大声でも出してストレス発散しないと。あ、今からカラオケ行く?」

絢辻「いやよ、あんな騒がしい場所」

棚町「いいじゃないの。たまにシャウトするとすっごく気持ちいいのよ?」

絢辻「あなたひとりで行ってくれば?」

棚町「いいからアンタも来んのよ。ほら、立った立った!」

絢辻「ちょ、ちょっと……!」

棚町「あー歌った歌った。やっぱりカラオケはいいわねー。スッキリしたわ」

絢辻「それはよかったわね」

棚町「ふぅ……でもあれね」

絢辻「なに?」

棚町「なにかしてるときはいいけど、それが終わるとどうしても思い出してテンション下がるわね……」

絢辻「全然スッキリできてないじゃないの……」

棚町「っていうかなんでアンタはそんな涼しい顔できんのよ……」

絢辻「あなたを見てるとこんな見苦しい姿は見せたくないと思えるからかしら」

棚町「あたしを反面教師にすんじゃないわよ……」

棚町「……ホント、どうすればいいのかな」

絢辻「はやく忘れるように努めることね。きっと時間が癒してくれるわ」

棚町「アンタは忘れることにしたの?」

絢辻「さぁ……あたしはどうかしら」

棚町「なによそれ。あたしには忘れろとか言っといて無責任ね」

絢辻「あたしとあなたじゃ境遇が違うでしょ」

棚町「一緒でしょ。アイツを桜井さんに持ってかれたんだから」

絢辻「それでもあなたには他に頼れる人がたくさんいるじゃない」

絢辻「わたしには彼と過ごした少しの時間しか幸せな記憶がないから……忘れられる自信がないの」

棚町「いくらなんでも大げさでしょ」

絢辻「……ふふっ、そう思うわよね。ごめんなさい、今のは聞かなかったことにして」

棚町「なによ、変なの……」

絢辻「あたしも傷心ってことよ」

棚町「まぁよくわかんないけど、そこまで悲観することもないんじゃない? 人生長いんだし、楽しいことだってまだまだあるわよ」

絢辻「あなたみたいにお気楽だったらそうかもしれないわね」

棚町「アンタはネガティブすぎんのよ。毎日勉強ばっかりしてるから気づけないだけでしょ」

絢辻「……もしかして、あたしのこと励ましてるつもり?」

棚町「アンタが人生終わったみたいなこと言ってるからそれはないって言ってるだけ」

絢辻「仮に今後楽しいことがあったとして、いつになるかもわからないでしょ。10年後、20年後かもしれない」

棚町「だからなんでそこまで極端なのよ。カラオケだって楽しかったじゃない」

絢辻「楽しんでたのはあなただけよ」

棚町「え、なに? アンタ楽しくなかったの?」

絢辻「あたしが楽しんでるように見えたの?」

棚町「……わかったわ。ちょっと来なさい」

絢辻「な、なによ急に」

棚町「意地でもアンタに楽しい思いさせてやるわ」

3年後

棚町「あ、来た来た。おーい、詞」

絢辻「はぁ……」

棚町「会って早々ため息とはご挨拶ね」

絢辻「急に呼び出された身にもなってみなさいよ」

棚町「まぁいいじゃない。どうせ帰りでしょ?」

絢辻「それで? 今日はなんの用?」

棚町「詞んち泊めて?」

絢辻「どうせそうだろうとは思ってたわ……」

棚町「あ、お酒発見」

絢辻「それはこの前あなたが買ってきて結局飲まなかったものよ」

棚町「あぁ、なるほど」

絢辻「あたしがお酒買うはずないでしょ」

棚町「詞も飲むでしょ?」

絢辻「あたしは遠慮しておくわ」

棚町「いいから付き合いなさいよ。ひとりで飲むならアンタんち来る意味ないでしょ」

絢辻「無視するなら最初から聞かないでくれる? 余計イラつくから」

棚町「もう試験は終わったんだっけ」

絢辻「それ先週も聞かれたんだけど」

棚町「で、どうなの」

絢辻「一昨日終わったわ」

棚町「じゃあなんで今日大学行ってたの?」

絢辻「図書館で勉強よ」

棚町「テスト終わったのに勉強するなんて物好きねぇ」

絢辻「お絵描きしてるだけで単位がとれるあなたの大学とは違うのよ」

棚町「うわっ、バカにされた」

棚町「でもこれでもう冬休みってことよね」

絢辻「そうなるわね」

棚町「じゃあまたクリスマスはお鍋しよっか」

絢辻「あなた、大学の友人から誘われたりしてないの?」

棚町「してるけど、アンタをひとりにはできないでしょ」

絢辻「いいわよ、気にしないで。むしろひとりにしてほしいわ」

棚町「またまたぁ、そんなこと言ってホントは寂しいくせにぃ」

絢辻「もう言い返すのも面倒だわ」

棚町「アンタはどうせ今年も帰省しないんでしょ?」

絢辻「ええ、もちろん」

棚町「たまには顔見せてあげた方がいいんじゃないの?」

絢辻「今さらあの人たちと顔を合わせる必要がないわ。そのために家を出たんだし」

棚町「相変わらず仲悪いわねぇ」

絢辻「あなたこそどうなの? 帰るの?」

棚町「んーあたしも冬はいいかな。春休みにするわ」

絢辻「あら、珍しい」

棚町「っていうことだから年越しもよろしくね」

絢辻「どうしてそうなるのよ!」

棚町「去年はバイト先で除夜の鐘聞いたからねぇ。あれは虚しかったわ」

絢辻「今年もそうなればよかったのに」

棚町「今年はバイトもないし、アンタと年越し蕎麦でも食べながら過ごそうかなって」

絢辻「なおさら実家に帰ればいいじゃない」

棚町「夫婦水入らずのとこに水差すわけにもいかないでしょ」

絢辻「あなたが父親にまだ慣れてないだけじゃなくて?」

棚町「ま、それもあるけどさ。邪魔したくないってのも本心よ」

絢辻「ご立派だこと。ついでにあなたに巻き込まれるあたしのことも考えてくれると助かるんだけど」

棚町「なに言ってんのよ。アンタのためを思ってそばにいてあげるんじゃない」

絢辻「ありがた迷惑とはこのことね」

棚町「だってアンタ、寂しいと泣いちゃうでしょ?」

絢辻「泣かないわよっ」

棚町「ウソばっか。あたしは忘れてないわよ、屋上で泣いてたこと」

絢辻「昔の話よ。今はもう大丈夫よ、本当に」

棚町「でも心配なの。特にこの季節は」

絢辻「それはあなたもでしょう?」

棚町「まぁね……だからふたりでいるのが一番でしょ?」

絢辻「結局あなたが寂しいだけじゃないの」

棚町「だけじゃないわよ。これでもアンタのことを一番に考えてるんだから。他の子の誘いも断ってんのよ?」

絢辻「はいはい。仕方ないから今年も一緒にいてあげるわ」

棚町「なんか逆転してるし……でも、てんきゅね」

棚町「でもこれで3年連続でアンタとクリスマス過ごすことになるのよねー」

絢辻「そうね。不名誉だわ」

棚町「ちょっとー、こんなにかわいい子を独占できてんだから最高の名誉でしょ」

絢辻「独占? あなたが寄生してるだけではなく?」

棚町「寄生ってアンタね……でもあたし思うのよ。たぶんあたしが詞につきまとわなくても同じふうになってただろうって」

絢辻「どういうこと?」

棚町「アンタのことだから、あたしから連絡なかったらちゃんと生きてるか心配になって様子見に来ちゃうんじゃない?」

絢辻「悔しいけど、たしかにそうなりそうね」

棚町「でしょ? だからあたしは自分から顔見せてその手間を省いてやってんのよ。こう考えると結構ありじゃない?」

絢辻「なによありって。ありかなしかの話じゃないでしょ。もう少し自立しなさい」

棚町「できてるわよ。自炊してるし、掃除も洗濯も毎日欠かさずやってるし」

絢辻「週に一度はうちに来るのはなんなのかしら」

棚町「遊びに来てるだけよ」

絢辻「あたしの家をゲームセンターかなにかと勘違いしてるんじゃないでしょうね」

棚町「だって家にひとりでいてもつまんないんだもん」

絢辻「友人でも呼べばいいでしょ」

棚町「だったらここに来た方が楽しいし」

絢辻「はぁ……あ、こら。2本目はダメよ」

棚町「えー、なんでよ」

絢辻「お酒くさくなるでしょ。どうせ明後日飲むんだから今夜はもうダメ」

棚町「ちぇ……わかったわよ」

絢辻「それよりもそろそろお風呂入れば?」

棚町「アンタのあとでいいわよ」

絢辻「そう? じゃあお先に」

棚町「あ、それともぉ……久々に一緒に入る?」

絢辻「だいぶ酔ってるみたいね。外に出て覚ましてきなさい。鍵はかけておくから」

棚町「開けておいてよ!」

絢辻「まったく……本当にくだらないことしか言わないんだから」

棚町「あたしは時間節約できていいと思うけど」

絢辻「そもそもお湯を張ってないから無理よ」

棚町「なぁーんだ。残念」

絢辻「明日はなにか予定あるの?」

棚町「昼からバイトー」

絢辻「それならあたしと同じ時間に起こせばいいわね」

棚町「うん、よろしく。んじゃあたしコタツで寝るから」

絢辻「風邪ひくわよ。こっちに来なさい」

棚町「いいの?」

絢辻「今さらね。風邪ひかれて看病する方が面倒だわ。はやく来て」

棚町「……ホントにいいの?」

絢辻「ええ。ほら、はやく」

棚町「じゃあお邪魔しまーす」

棚町「はぁー……ぬくぬく」

絢辻「ちょっと、モゾモゾ動かないで。気持ち悪い」

棚町「やっぱりひとり暮らししてるとなんていうの? 人肌の温もり? そういうのが恋しくなっちゃうわよねぇ」

絢辻「だからってあたしを抱き枕にしないでくれる?」

棚町「だって詞、あったかいんだもん」

絢辻「だいたいね、あたしはあなたのせいでひとり暮らしという気がしないわ」

棚町「いいことじゃない。あたしもアンタがいつでも会えるキョリにいてくれて嬉しいもん」

絢辻「もう……バカ。そういうの反則よ」

棚町「アンタはどうなの? 迷惑なだけ?」

絢辻「もしそうだったら、早々に縁切ってるわ」

棚町「あはは、そりゃそうよね」

絢辻「……あなたといると実感できるの」

棚町「なにを?」

絢辻「普通の生活、他愛もないことの中にも幸せは溢れてるんだってこと……あなたの言うとおりだったわ」

棚町「あたし、そんなこと言ったっけ?」

絢辻「もうずっと前……3年前だけどね」

棚町「そうだっけ? 全然覚えてないわ」

絢辻「あたしに絶対楽しい思いさせてやるって言ったのは覚えてる?」

棚町「あーなんかあったような……ふたりでやけ食いしてカラオケ行った日だっけ」

絢辻「やけ食いしてたのはあなただけでしょ」

棚町「アンタ結局一晩中しかめっ面してたわよね。それはよく覚えてるわ」

絢辻「意地でも楽しんでる様子を見せないようにしてたから」

棚町「そのせいで深夜にコメディ映画借りに行くことになったんだけどね、あたしが」

絢辻「あぁ、あの映画は本当に面白くなかったわ。意地でもなんでもなく」

棚町「おっかしいわねぇ。あたしはすっごく笑えたんだけどなぁ」

絢辻「今思えばあの日からずっと、あたしはあなたに幸せをたくさんもらってるのね」

棚町「有言実行、できたかな?」

絢辻「ええ。あなたといるとあたし、とっても楽しいわ」

棚町「そっか。あたしも楽しいよ、詞といると」

絢辻「薫……あなたはあたしの、たったひとりの親友よ」

棚町「……暗くてよかった」

絢辻「え?」

棚町「今あたし絶対顔赤い、嬉しすぎて……っていうかいきなりなんなのよ!? 普段そんなこと絶対言わないくせにぃ!」

絢辻「ふふっ、少し酔っちゃってるのかも……それじゃあ寝るわね。おやすみ」

棚町「はぁ!? あたしはすっかり目ぇ覚めちゃったんだけど! 責任とりなさいよ! こらっ、なにわざとらしい寝息たててんのよ! 起きろってばーっ!」


ナカヨシEND

>>57から

棚町「ね、詞……」

絢辻「はやく寝なさいよ、もう……」

棚町「しようよ」

絢辻「……最初からそのつもりで来たの?」

棚町「そうじゃなかったんだけど……ダメみたい」

絢辻「明後日もまた会うのに」

棚町「ねぇ、いいでしょ? またお酒のせいにしてさ」

絢辻「だからあたしに飲ませたのね? やっぱり最初からそのつもりだったんじゃない」

棚町「我慢しようと思ったよ? でも詞がベッドで寝ていいって言うから」

絢辻「またあたしのせいにするのね」

棚町「ううん、悪いのはお酒……だからお願い、詞」

絢辻「……朝起きられなくなっても知らないわよ」

絢辻「満足した?」

棚町「んー……ちょっと物足りないかも」

絢辻「もう疲れたわ。続きはまた今度ね」

棚町「明後日でもいいの?」

絢辻「あなたがしたいって言うならね」

棚町「じゃあ我慢するわ」

絢辻「最初から我慢してほしかったわね」

棚町「無理よ。アンタがテストあるって言うから、ずっとご無沙汰だったんだから」

絢辻「一週間かそこらじゃない」

棚町「充分長いでしょ」

棚町「シャワーもっかい浴びてこよっかな」

絢辻「好きにしたら? あたしはもう寝るから」

棚町「えー、だったらあたしも寝る」

絢辻「別にあたしに合わせなくてもいいわよ」

棚町「冷たいこと言わないでよ。ほら、腕枕して」

絢辻「そういうのは恋人ができたらしてもらいなさい」

棚町「あたしはアンタにしてもらいたいのよ。ねぇ、してよぉ」

絢辻「気持ち悪い声出さないでよ……仕方ないわね」

棚町「さっすが詞。やっさしぃ」

絢辻「5分したら寝るからね」

棚町「っていうかさ、クリスマス直前に言うのもアレだけど……」

絢辻「だけど、なに?」

棚町「やっぱり付き合おうよ、あたしたち」

絢辻「それは……」

棚町「こんな関係よりよっぽどいいでしょ」

絢辻「そうだけど、でも……」

棚町「まだ決めらんないの?」

絢辻「もう少し待ってもらえないかしら」

棚町「もう結構待ったと思うんだけど」

棚町「いろいろ不安なのはわかるけど、今のままじゃ意味ないでしょ」

絢辻「そういう場当たり的な考え方はよくないわ」

棚町「じゃあなに? アンタみたいに考え込んで結局なにも動かないのがいいわけ?」

絢辻「そうは言ってないわ。答えは必ず出すから待っていてほしいの」

棚町「それっていつ? 明日? 1ヶ月後? それとも1年後?」

絢辻「お願いだから少し落ち着いて」

棚町「アンタがそんな態度だからやきもきしてんでしょうが!」

絢辻「そうね……ごめんなさい」

棚町「謝んないでよ、バカ……」

棚町「はぁ……ごめんね、急かしても意味ないってわかってるはずなのに」

絢辻「ううん、あなたは悪くないの。本当にごめんなさい」

棚町「やっぱりこの時期はダメね。なんか焦っちゃって……トラウマになってんのかな」

絢辻「そうかもね……あたしも似たようなものだもの」

棚町「アンタはまだ怖いの? あたしのこと信じられない?」

絢辻「そんなことない。あなただけは信じてる」

棚町「じゃあなんで? あたしが女だから?」

絢辻「……すごく難しいことだとは思うわ」

棚町「あたしは詞となら大丈夫だって思ってる」

絢辻「そうね……あたしもそう思えるようになりたい」

棚町「……もう寝るわ。おやすみ」

絢辻「うん、おやすみなさい」

翌朝

絢辻「ほら、もう朝よ。起きて」

棚町「うぅ~ん……まだ眠いから寝る」

絢辻「なに言ってるの。バイト行くんでしょ」

棚町「お昼からだし、だいじょぶ……」

絢辻「一度家に帰らないといけないでしょ。はやく起きなさい」

棚町「めんどくさぁい……詞が代わりにバイト行ってよ」

絢辻「あたしは自分のバイトが入ってます。いい加減にしないと叩き起こすわよ」

棚町「わかったわよぉ……ぐっもー」

絢辻「おはよう。1回シャワー浴びたら?」

棚町「ん、そうするわ」

棚町「サッパリしたー。てんきゅ」

絢辻「朝ご飯食べていく?」

棚町「んー今日はいいわ。時間ギリギリかもしれないし、もう帰る」

絢辻「そう。気をつけてね」

棚町「明日は直接ここでいい?」

絢辻「食材買わないといけないし、駅にしましょ」

棚町「買い物ならあたしひとりで平気だけど」

絢辻「あなたひとりだと余計なものを買い込むのが目に見えてるから」

棚町「信用ないわねぇ」

絢辻「去年のことで学習したのよ」

翌日

棚町「お待たせー」

絢辻「少し遅かったわね。なにかあったの?」

棚町「仕事がちょっと長引いちゃって。ごめんね」

絢辻「別にいいわ。あたしも今さっき来たところだから」

棚町「なに? なんか用事あったの?」

絢辻「野暮用よ」

棚町「ちょっとぉ、隠し事? もしかして男と会ってたとか?」

絢辻「そんなわけないでしょ。さっさと買い物済ませるわよ」

棚町「ではでは、今年も女だけのクリスマスを祝してぇ……かんぱーい!」

絢辻「……乾杯」

棚町「テンション低いわねぇ。そんなんじゃ寄る年波に勝てないわよ」

絢辻「ふたりきりで盛り上げるもなにもないでしょ。もう3年目だっていうのに。あとまだ20歳だから」

棚町「ふたりきりのクリスマスはまだ2回目でしょ。1年目は恵子もいたから」

絢辻「あぁ、そういえば……田中さんとは最近連絡とってるの?」

棚町「月一くらいでとってるわよ」

絢辻「どうだって? 元気にやってそう?」

棚町「今年も彼氏できなかったって。あたしたちに混ざりたいって言ってたわ」

絢辻「彼女らしいわね」

棚町「あんたは恵子と電話しないの? 番号は教えてあるんでしょ?」

絢辻「2ヶ月くらい前に一度かかってきたわね」

棚町「なに話したの?」

絢辻「普通の世間話と……あと、あなたが悩んでるから相談にのってあげてって」

棚町「あっ! あー、そういう……」

絢辻「まさかとは思うけど、あたしたちの関係を田中さんに話してはいないわよね?」

棚町「してないって。さすがに言えないわよ。そのときは相手が男って体で相談したはず」

絢辻「ならいいんだけど」

棚町「だいたいなんて説明すんのよ。親友とカラダだけの関係になっちゃいましたとか言えないでしょ」

絢辻「田中さんならそういうのにも憧れそうじゃない? あくまで相手が男性なら、だけど」

棚町「いやーいくら恵子でもそれはないでしょ。たぶん」

棚町「それにしても、あたしたちの関係も随分こじれちゃったよね」

絢辻「もとはと言えばあなたが原因だけどね」

棚町「え、そうだっけ」

絢辻「ちょっと……まさか忘れたとは言わないでしょうね」

棚町「アンタとしちゃったのは覚えてるんだけど、その前の記憶が曖昧なのよね。お酒飲んでたし」

絢辻「呆れた……あんな一大事を忘れるなんて」

棚町「どんな流れだったっけ? 教えてよ」

絢辻「いやよ、恥ずかしい」

棚町「ま、待ってよ。そんな恥ずかしいことしたわけ?」

絢辻「……」

棚町「黙って顔赤らめんじゃないわよーっ!」

8/1

棚町「手が止まってるわよぉ? まだまだこんだけあるんだから、もっと飲みなさいよぉ」

絢辻「あたしはまだ未成年なの。あなたこそあまり飲みすぎないで。介抱するのはあたしなのよ?」

棚町「今日くらいいいじゃない。20歳になったのよ? これでなにも気にすることなくお酒が飲めるのよ?」

絢辻「今までも飲んでたでしょうが」

棚町「19歳354日と20歳には超えられない壁があるのよ!」

絢辻「なんで354日……本当に飲みすぎよ。これ以上はやめておきなさい」

棚町「いやよ、まだ飲む」

絢辻「ダメ。本気で怒るわよ」

棚町「むぅ~……詞のイジワルぅ」

棚町「わかった。もうやめる」

絢辻「うん、いい子ね」

棚町「そのかわり、ぎゅってして?」

絢辻「……は?」

棚町「抱きしめてって言ってんのよ!」

絢辻「なんで急にそうなるのよ……」

棚町「いいでしょ、それくらい!」

絢辻「だからなんであたしが……」

棚町「してくれないなら飲む! 全部飲んでやるー!」

絢辻「ああもう、わかったわよ……」

絢辻「こ、これでいい?」

棚町「うん……あたしね、詞の匂いが好きなの」

絢辻「前も聞いたわ」

棚町「だからアンタのベッドで寝るのも好き」

絢辻「あたしが帰ってきたらあなたが勝手に寝てるものね」

棚町「今日も一緒に寝ようね?」

絢辻「はいはい……あなたの好きにしなさい」

絢辻「もう落ち着いた? 離れていい?」

棚町「……キスってなんだろうね」

絢辻「今度は一体なんなのよ……」

棚町「愛情表現? コミュニケーション? すれば相手の気持ちがわかるの?」

絢辻「さぁ……あたしにはわからないわ」

棚町「じゃあさ……あたしたちでしてみよっか、キス」

絢辻「いくらなんでも酔いすぎよ。今日はもう寝ましょう」

棚町「酔ってなんかないわよ。本気で言ってんの」

絢辻「本気だとしたらなおさら付き合いきれないわね」

棚町「あたしとはキスしたくない?」

絢辻「そういう話じゃないでしょ」

棚町「答えてよ。いやだって言うなら諦めるから」

絢辻「……あなたとだったら、別にいいけど」

棚町「じゃあ、しよ?」

絢辻「してあげるから、もう寝るのよ」

棚町「わかった」

絢辻「はぁ、もう……ほら、目瞑って」

棚町「そのあとは少し覚えてるわ。ベッドの中でもキスして、結局アンタに襲われちゃったのよね」

絢辻「襲ってないわよ! あなたが勝手にその気になっただけでしょ!」

棚町「あれ、おかしいわね……」

絢辻「あの日ほどお酒が怖いと思ったことはないわ」

棚町「言われてみればあの日からアンタに厳しくアルコール管理されてる気がするわね」

絢辻「とにかくなにもかも最悪だったわ。ファーストキスはお酒くさいし、暑苦しくてろくに寝られなかったし」

棚町「なによぉ。あたしの初めて奪っといてその言い草ってひどいわね」

絢辻「あたしだって初めてだったわよ!」

棚町「でもさぁ、アレがなかったら今でもあたしたちはただの友達だったわけでしょ?」

絢辻「そうかもしれないわね」

棚町「だったら気持ちを打ち明けられた分だけマシってもんね」

絢辻「……今の中途半端な関係でも?」

棚町「それは……いやだけど、あたしは待つって決めたし」

絢辻「その間に他に好きな人ができるかもしれないわよ」

棚町「なにそれ……なんでそういうこと言うの? もしかしてアンタ、それを待ってるわけ?」

絢辻「あなたの幸せを考えたら、あたしよりも男性と付き合う方がいいに決まってるわ」

棚町「なに勝手に決めてんのよ……あたしの幸せをアンタが勝手に決めないでよ!」

絢辻「常識で考えたらわかることでしょ」

棚町「そんなの知らないわよ! あたしはアンタと一緒にいるのが一番幸せなの! 常識なんて関係ない!」

絢辻「仮に今付き合っても、いずれ別れるかもしれないわ」

棚町「だからって今好きだって気持ちに嘘つく必要なんてどこにもないでしょ!?」

絢辻「一緒にいたらいやでも醜い部分が見えてくる。そしたら相手に嫌われるかもしれないのよ?」

棚町「それでもお互い好きだったら嫌われないように努力する。好きって気持ちと思いやりを忘れなきゃずっと一緒にいられるはずよ」

絢辻「あなたはあたしにその努力をこれからずっと続けるだけの価値があると思ってるの?」

棚町「価値とか知らないわよ。あたしはアンタが好きだからその努力ができるって思えるし、アンタもきっと同じだって信じてるだけ」

絢辻「なんていうか……すごくポジティブであなたらしい考え方ね」

棚町「アンタがネガティブだからちょうどいいでしょ」

絢辻「そうかもね……ふふっ、あなたにここまで言わせちゃうなんて、あたしって幸せ者ね」

棚町「好きなんだからこれくらい言えるわよ。なんだったらもっと言ってあげるけど」

絢辻「ううん、もう充分だわ……突然だけど、あなたにクリスマスプレゼントがあるの。受け取ってくれる?」

棚町「え、プレゼント?」

絢辻「っていうか受け取りなさい。はい、これ」

棚町「……指輪?」

絢辻「ペアリング。意味はわかるわよね?」

絢辻「実はね、だいぶ前……というより最初に告白されたときから返事は決まってたの」

棚町「は、はぁっ!? なによそれぇ! だったらさっさと答えなさいよ!」

絢辻「でも返事はどうしても今日がよかったの。あたしたちにとって辛い思い出があるこの日が」

棚町「……」

絢辻「これから先、クリスマスを幸せな気持ちで迎えられるように……素敵な思い出で上書きしたかったの」

棚町「だからってアンタ……待たせすぎよ! あたしがどんな気持ちで今日まで過ごしてきたと思ってんの!?」

絢辻「ごめんなさい。その分も含めてこれからあなたを必ず幸せにするから、ね?」

棚町「当たり前でしょ。じゃなかったらアンタのこと一生許さないから」

絢辻「薫、あなたを愛してるわ。これからはずっと一緒よ」

棚町「今までも結構一緒にいたと思うけどね」

絢辻「でもこれからは恋人としてよ」

棚町「結婚はしないの?」

絢辻「卒業したら、ふたりだけで式を挙げましょう」

棚町「結婚指輪も買わないとね」

絢辻「じゃあこれは婚約指輪になるのかしら。それにしては安いけど」

棚町「ところであたしの指のサイズいつ測ったの?」

絢辻「あなたが寝てるときに、こっそりと」

棚町「あぁ、なるほど」

絢辻「でも……今夜は寝かせないわよ?」

棚町「望むところよ」


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