妹「完璧すぎる兄は○○である」 (56)

朝、誰にでも来る朝は相変わらず私の睡眠の邪魔をする。
どんなことであれ、起きなければならない。
家族でさえ、敬語を使うあの人に挨拶を済ませなければならないからだ。


妹「おはよう…ございます」


早速だった。廊下には新品と思えるような制服を身に纏い。
そのまま学校に行けるほど準備を終えた兄がいた。
反面、私は寝起きの髪に、顔を洗っていないだらしない格好。

クラスの男子が見たらさぞかし幻滅するだろう。見てる人なんているとは思えないけど。


兄「ああ、おはよう」


何か言いたげだった。当たり前だ、こんな完璧な人の前でだらしない格好の妹が居たら注意もしたくなるだろう。
ごめんなさい。心の中では素直にいえよう。ただ、この人の前にして言葉では謝るのは嫌だった。


兄「遅れるぞ」


たった一言を告げると、兄は何事もなかったかのように廊下の先にある階段を下りていった。
朝から鬱だ、どうして廊下で会うんだろう?もう少し準備をしてから会えれば特にあんな顔されずに済んだのに。
小さくため息をついてから重い足取りで階段を下りていく。
それから簡単に学校の準備を済ませ、兄が先に行った後をわざと遅らせてから、家を出た。


?「おはうー」


気の抜けるような挨拶とともに、親友と呼んでいいのか未だに迷っている友人(仮)が挨拶をしてくれた。

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妹「うん、おはよう」

友人(仮)「いま、軽く馬鹿にしたでしょー!」


速攻でバレた。油断できない。
彼女は小学生から高校一年までずっと一緒にいる。親友というよりは幼馴染が一番合ってるだろう。
私よりも長い髪にムカつくぐらい整った顔、可愛い?なにそれ、羨ましい。

…羨ましかった。


「みーちゃんだって可愛いのに」


私のあだ名を言いながら余裕の一言。正直に言えよ、私のほうが可愛いって。襲ってやるから。


友人(仮)「怒らないでよぉー」


私はわざと歩く速度を上げて、幼馴染(笑)を置いて行く、負けたくない。負けたくないんだよ。
必死に追いつこうと小走りに歩く彼女の顔は少しだけ赤くなり、登校する男子どもの顔をだらしなくする。



「やっぱ可愛いよな静琉さん」「ああ、天使だよな」


彼女は有名だ。下の名前で呼ばれているのは珍しいが全校生徒の前で名前で呼んで欲しいと言ったのだから当然だ。
生徒副会長、一年生なのに何故か副会長になってしまったのは、家柄なのか、それとも可愛けりゃなんでもいいのかこの学校。

聞こえないふりしながら私は学校に着いた。勝ち負けは、私のボロ負けだ。ボロの意味知ってる?私知らない。


幼馴染(笑)「あ、お兄さんじゃない?」


静琉さん、貴女、気がつかなくて良い事を気がついてしまったね。残念よ。ここでさよなら。


親友(静琉以下親友)「ちょ!苦しいよぉ」


気がついたら首を絞めていた。
暗殺者も唸らせることができると思うほど静かに、息を殺して幼馴染の後ろに回り込み、腕を首にそのまま体重を掛ければ。


兄「何をしている、危ないことをするんじゃない」


おおう、お兄様違うんです。こやつが貴方に気づいてしまったので、口封じするためにこんな事をしてしまったんです。

そんな気持ちを知ってか知らずか、兄の目は細くなり、質問に答えなければいけない気がした。


妹「ただじゃれてるだけです」


苦しい言い訳だった。そう言うと同時に親友の首を開放した。
親友は何か言いたげにこちらを見るが、兄に用事があったのかすぐに兄と話し始める。
私は特に用事がなかったのですぐにその場から離れた。後で教えられたのだけど、兄は私の後ろ姿をずっと見ていたらしい。

…本気で怒ってたんですか?不安になるじゃないですか。

結局、幼馴染なのか親友なのか静琉の立ち位置がよく分からない。私自身混乱している。
そんな意味のない自問自答で、つまらない授業をやり過ごし。
やはり幼馴染は男の子だったらそうしようと、わけのわからない結論を出すと同時に、昼休みになっていた。


妹「詰んだ」

親友「え?何が??」


首をかしげる姿がナチュラル過ぎて襲いそうだった。可愛い。小動物ですか貴女は。
しかしそんなことを行っているほど今の状況は危うい、昼休みにする事といえばまず最初に食事だろう、その後に読書、運動、昼寝。
何したっていい、でも最小にすることは決まっている。食事なんだ。でも私の前にはなにもない空間だけがただ虚しく広がる。


親友「机の上を見たって何もないよ?」


うん、言われなくても分かってる。そうじゃないの親友。私ね、大切なもの忘れてしまったの。


親友 「もしかして…お弁当忘れちゃった?」


はい、その通りです。親友は困った顔で私に問いかけた。
私は腕を組むとどうしたものかと悩む。一つ二つ三つ、買いに行くしかないな。
結論は出た。凛と立ち上がり。教室から出ようとした。引き戸のノブに手を掛け、爽やかな笑顔で勢いよく開く。


妹「行ってきます!」ガラガラ

兄「…どこにだ?」

妹「帰ります」

兄「今から家にか?」


ええ、そうです。この教室に用事がないはずの兄が立っていました。私との距離、数センチ。
目眩がする、顔から血の気が引いていく。地球上のありとあらゆる物を凍らせてしまいそうな兄の目線。それが私を捕えている。
エターナルなんとか?私は終わり?死ぬの?

妹「…」

「おいおい、何事だよ」「キャー、兄さんが来た!」「格好良い!」

クラスはそれぞれの意思で騒ぎ始める。当の私はドン引きですけどね。足も心なしか震えてるような気がしました。


親友「足震えてるけど大丈夫?」


気のせいじゃなかったんですね。心配そうに私の後ろから体を支えてくれる彼女はきっといつかいい奥さんになると思った。
結婚しよ。しかし、そんな夢のような時間は目の前の兄が打ち砕いてくれる。


兄「行くぞ」



兄は私を殺す気なんだと心底思った。後ろからは「なに?知り合いなの?」とか行ってくるし。ええそうです、あれうちの兄です。
今まで黙っててごめんなさい。これからも黙ってますけどね。
だって身内なんてわざわざ知られたくないものなんです。

爽やかな昼下がり、私は親友と誰かと一緒に何かを食べています。誰かなんて?、あはは、一人しか居ないよ。


兄「たまには食堂もいいものだな」

妹「そう…ですね」ガタガタ

親友「大丈夫?みーちゃん」


周りの目線が痛い。兄は学校で人気がある方だ。普通にしているだけなのに絵になると言われる。
一方、私の話は一切聞かない。どちらかといえば親友の話ならよく聞くけど、私自身の話なんて聞いたことないから分ならなかったりもする。
兄はB定食を注文したらしい。日替わりのランチ。今日は魚、私はうどん。そんなことよりだ。味が全くわからない。
食べ物が喉を通らない。恋してんだよ察しろよ、もちろん嘘だ。自由を手に入れるために混乱しながらも脳内でどうするべきか考える。


兄「食べないのか?」


目線が怖いですお兄様。そんなに見つめるなよ。泣くよ?超泣くよ?
返事はしなかったが箸を動かす。それだけで返事だからだ。マナーとしては最悪だけど、今の私には余裕がない。


妹「…」モグモグ


…味しない。ほんとに何を食べてるのかわからなかった。
うどんだけどうどんじゃない。喉越しを楽しむとか美食屋まがいの言葉なんて出ない。
今この場所では何食べたって味なんてしないだろう。緊張でお腹も痛くなってきたし、踏んだり蹴ったりだ。


親友「…会長、今日はどうしたのですか?」

急に私を連れ出したことを疑問に思ったのだろう。親友がその事を問いかけた。
兄は少しだけ考えるような仕草をした後に何事もなかったかのように答えた。


兄「今日は弁当を断ったんだ」


私の家は複雑だ。兄が断るという言い方は、家族としては好ましくないだろう。
しかし、なんでも完璧にこなしてしまう子供は、親にとっては扱いづらい。
家族が兄に対していつも敬語なのがいい例だろう。


兄「妹が、弁当を忘れたのではない理由もそれだ」


なんですと、初耳だ。なんで断ったのかが分からないけど、嫌がらせかと思った。
思ったところで聞くことは出来ない。その刺すような目線からどう聞けばいいのやら。
私にはそんな勇気はない。なんか文句ある?人生負け組でいいっスよ。


親友「どうしてですか?」

兄「…」


兄の箸が止まった。空気も凍った。私の周りだけの空気がマイナスになっていく。
心なしか周囲で食事する人たちの声も小さくなった気がした。
親友は問う。真っ直ぐに兄を見つめてーー。


兄「昼食を抜けば体には少なからず負担が増える。そうなったら午後の授業に支障が出るし、体の防衛機能によりーー」

親友「いえ、そうではなくて嫌がらせで…という意味です」


静琉様、貴女は天然ですか?それとも爆弾を嬉々としてリヤ充に投げることのできる存在なのですか?
私は泣いていたかもしれない。それだけ怖かった。兄がどんな反応するかなんて全く分からなかったからだ。
意を決して、私が見たものは驚くべきものだった。


兄「…い、いや。そうではない」


兄の動揺する姿を初めて見た。普通の兄妹なら普段から見る機会ならいつでもあるだろう。でも何回も言うようだけど私の家族は変わっている。兄は完璧なんだ。良いことであれ悪いことであれ、なんでも家族としてはそつなくこなすことのできる人間。褒め言葉ではない。

そんな兄の動揺する姿は完璧な人間としては人間味に溢れていた。


親友「そうですか、なら良いです」ニコッ

兄「…」


両者の箸が再び動き始める。なにこれ?血で血を洗う戦闘の後に昼休みに突入したかのような緩い雰囲気。
吐きそう。主にストレスで吐く。食堂で女の子が吐いたらさぞかし有名人になれるだろう。「ああ、あの子が」ってな具合に。そうなったら最終奥義を使わざるおえない。登校拒否だ。
三人の冷戦は食事が終わるとともに終戦を迎えた。やった、生きて生還できた。私、教室に戻ったら勉強を一生懸命に頑張ります。もう、偽りの平和でいいから享受したいと思ってます。


兄「後で話がある」

妹「へひ!」

親友「…」プルプル


はいが出なかった。「へひ!」ってなにさカスリもしてないよ。親友は何が面白いのか、先ほどのシリアスとは打って変わって笑うのを堪えている。人間誰だって思ってないことが起きれば同じ反応すると思うんだ。だから笑うのやめろ。


兄「…」タ、タ、タ


兄はクールだった。一言告げると食器を持って返却口へと向かっていく。一方私は、死刑宣告を受けた気分だ。


親友「行っちゃったね」

妹「どうしよう」

親友「後で話があるって事?大丈夫だと思うよ」


何が大丈夫なのか文章にして欲しい。私が安心できるぐらいの言葉をなれべてくれたらいい。
それぐらいしなさいよ。自分勝手、親友に要求する。


親友「教室に戻ろう?」ニコッ

妹「その笑顔は癒されるけど今はやだぁ!」


思わず声が出た。周囲の目線を集める痛い子だ。結果、すごい恥ずかしかった。
親友の出す独特な雰囲気、静琉ワールド。それは周りの空気を幸せな空気に変換する。空気清浄機の機能を持っている。
見ろよあの男子、顔がほの字ですぜ。あの女子、ひぃぃあれはガチだ逃げろ。

時は動き出す。最初っから動いてたけど。できるなら止まって欲しかった。
楽しい時は時間が早いとか言うけど、この時間は早かった。
このまま黙って帰ってしまおうか、いや、兄のことだし黙って帰ろうとしたら校内放送で呼び出すだろう。


妹「諦めるしかない」

親友「え?」


誰に掛けた言葉では無かった。言い聞かせるように出た言葉だ。
たかがそれだけの為に、会うためのだけに、何度も言い聞かせなければならない。


親友「そんなに会うのが嫌なの?」

妹「二人っきりがありえない、多分倒れるかも」

親友「じゃあ、帰っちゃうとか」


いたずらっぽい笑顔で静琉様が提案してくれた。もちろん「はい」と答えた。
さぁ帰ろう、我が家へ。今日はカレーが良いな。


親友「ごめんね、嘘だよ。ちゃんと会わないとダメ」ニコニコ

妹「悪魔ぁあああ」


貴女Sですね。限りなくドが付くほどの人です。だって今日一番の笑顔です。
可愛いから許すけど、そう何回も許さないよ。

嫌がる親友を引っ張りながら兄の教室の前に到着する。いや、ここは本当は兄の教室ではないのではないか?
私はきっと夢を見ていて、ここが兄の教室だったと錯覚していたのだ。つまり、ここは兄の教室ではない。
180度Uターン、親友と目が合う、体を掴まれる。再び180度Uターン。この勢いならトリプルアクセルも狙えたはず。


妹「…む、むり。無理だよ」

親友「ここまで強引に引っ張ってきたんだから頑張ろうね」


怒ってらっしゃる、力任せに後ろから抱きしめられている。もがいても逃げられない、でも胸が当たってますよ?
いいんですか?匂いも嗅いじゃいますよ?うわ、すっごいいい香り。匂いじゃなくて香り。
どんなシャンプー使ったらそんな香りが出るんですか?


親友「ほらほら」コンコン

妹「ちょ!どうしてノックするの!」


さっきから上級生の方々が怪訝そうに見てるのはスルーしてる。後ろの親友は楽しそうだ。
と、ノックの音に気づいて下さった上級生が、ドアを開けてくれた。


上級生「何か用かな?」

妹「ぼ、ボーイッシュ」

上級生「え、あ、うん。初対面で言われたのは初めてだけどありがとう?」


しもた、ミスった。初対面のしかも上級生に対してボーイッシュとか言ってしまった。
見たまんまショートで活発そうだからという理由とテンパっていた答えがこれだ。どうしよう?取り消せませんか?


上級生「後輩だよね?リボンの色からして」

妹「あ、はい。突然失礼しまひた」


うぇあぁ、噛んだ。ハズい。穴があったら親友を投げ込みたい。でもボーイッシュ先輩はけらけらと笑ってくれた。
凄くいい人だ、できるならお友達になりたいタイプ。先輩だからそれは失礼にあたるけど、同学年ならそう思える。


先輩「面白い子だね、ここには用事があってきたのかな?」

妹「えーっと、その…」

先輩「ん?」ニコッ


普通なら怒らててもおかしくはないのに、先輩は答えを待ってくれる。と、先輩の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


兄「来たな、と、静琉も来たのか」

先輩「え?この子達と知り合いなの?」

兄「知り合いもなにも、静琉は副会長だ。もう一人は妹だ」

先輩「ええ、居たの!?似てない!」


確かに似てない。性格も顔も頭の出来も、だからってそんなに驚かないでください。傷つきますから…。


先輩「無愛想な兄なのに、こんな可愛い妹ちゃんが居たんだ」

おういぇい、聞きなれない単語を聞いた。私が可愛いだって?またまたご冗談。
クラスの地味ランキング一位なら過去に何回か取ったことがあるよ。キングオブ地味。最高じゃん、静琉様がいなければボッチ道極めてると思う。


先輩「ねね、メガネ外してみてよ」

妹「え、え、い、いや」


もらい…じゃなくて、私のメガネは一心同体なので外れません。むしろ呪われてるのです。
先輩が聖職者だとしても外せないのです。てか、その手つきをやめて下さい。明らかに擽る気ですよね?


先輩「可愛いなぁ」

親友「嫌がってるので辞めて下さい」ササッ


親友が先輩と私の間に上手く入ってくれたので事なきを得た。もしいなかったら危険だったかもしれない。
顔にコンプレックスがあるのに、この装備を外されたらゾッとする。人には見せられない嫌いな顔。
小学生の時にクラスの男子にブスと言われてからずっとメガネである程度隠してきたんだ。


兄「…」

妹「…うぅ」


お兄様、睨まないで下さい。私何もしてないのにどうして目を細めるんですか?まだ何もしてませんよ…。

結論から言うと、ピンチです。
兄と二人っきりの帰り道。先ゆく兄の後ろをただひたすらに付いて行く。会話はなくて兄の後ろ姿はいつにも増して怖かった。
私が何したって言うんだろう?怒るならさっさと怒って欲しかった。
私のダメなところ的確に指摘して謝らせて欲しい。この気まずい時間を少しでも変化させてくれるなら私はどんなことでもしよう。
混乱する。どうする?その背中を蹴ってしまおうか?ちょっと待ってそれは自殺行為だ。
脳の中、意識、考え、えーっと。なんだろう、どうしよう。


妹「…どうすればいいの」

兄「…」ピタッ


ハッとした。やってしまった。人生最大の衝撃。口に出してしまった。さっきも同じような過ちを犯したのに、それ以上のミス。
自分の考えを目の前の完璧な人に言ってしまった。
肩が緊張で一気に硬直する。足も震え始めた。兄はいつものように、私を蔑むように見つめる。


兄「…」


何も言わない。何か言ってよ!と、言えれば楽になる。
それが出来ないのが私なのだ。昔からそうだった。なんでも出来る兄と出来ない私の待遇。それはそれは酷かった。
どこかの昼ドラのようと言えばすぐに分かるだろう。期待される人とされない人。将来の希望とかで世間は盛り上がる。
同時、将来に希望が無い者は笑い話のネタになる。兄は知らないだろうが近所の人に目の前でその話をされたことがあった。
親にも言ってない。小学生の時の私には大人たちが何を言っているのかの全てを理解はできなかった。
それでもあの笑顔とあの目だけは良い意味なんて一つもない事だけは解った。


兄「…」

妹「…」


時間的にはまだ下校時間だ。生徒達が数人歩いていく中、私と兄の二人が道の真ん中で止まっているのを見てどう思ったのだろう?
映画のワンシーン、ドラマのエンディング前、ミュージカルならこのまま幕が下りてくる。


妹「な、何でもありません」


数分してようやく出た言葉。
テレビならCMでここまで引っ張って結局これかとなるだろう。期待されても困るし、人生を演出するような才能はそもそも持ち合わせていない。良くも悪くも普通。凡人が演じられる人生はこんなものだ。
きっと兄だってそうだろう。つまらない言葉で立ち止まらされてさぞかし苛立っているはずだ。

突然、視界がぼやけた。思わず「え?」と言葉に出した。思考が止まる。考えろ、考えて何が起こったのかすぐに理解するべきだ。
まず最初に視界がぼやけた理由を考えようと思う。「え?」「え??」いや、そうじゃなくて。
落ち着いて顔から何かが離れた事に集中しなければ、右手を顔に、「な、ない!」なんとか搾り出すように声に出した。
兄なんてもう関係ない。最優先するべきはこの顔を隠すことだ。両手で顔を覆いしゃがみこむ。
散々気をつけていたのにあっけなく無くなってしまった。
自分の顔を隠すために、付けていたはずの物が一瞬で消えてしまった。


「落ち着け」


誰かの声。助けてくれるの?こんな私でも助けてくれる人がいる?


「顔を上げて」


見られるのは嫌だ。頭を右へ左へと振る。


「大丈夫、今ここにいるのは俺だけだ」


嘘だ。そうやって見て笑うんだろう。クラスみんなで私を馬鹿にするんだ。


「メガネを取って悪かった」


その一言に驚いて顔を上げる。と、視界が戻ってきた。
目の前、私と同じ目線に兄が居る。でもどこかおかしい。いつもの余裕が無いように見えたからだ。


兄「すまなかった」


たった一言だけのシンプルな謝罪。家に帰った後、一度も話さないまま今日という日が終わった。

始まりと終わりがあって、もし始まってすらなかったら?そんな事を昔考えたことがある。
結論から、人は生まれた時に始まりとして、死んだら終わりと思う。でも人それぞれの転機を始まりとするならば…。


妹「…」


目覚めは最悪だった。結局寝たのは何時なのか、最後に時計を見たのは二時過ぎでそれからしばらくして寝たんだと思う。窓から陽が差し込みカーテンを閉めていなかった事に苛立つ。
今日は休んでしまおうかと思ったけど結局、いつもと変わらない格好で廊下に出る。


兄は居なかった。


今日は早めに学校へ行ったらしい。というのも挨拶を済ませたらすぐに家を出てしまったとか、兄らしくない。…そう思った。
昨日の事を気にしなさそうな兄だと思っていたのに。
早々に食事と学校の準備を済ませて近所の犬に手を振ると柴犬のコロから「わん!」と挨拶を返してもらう。これが毎日の日課だった。

今日は良い日かも知れない。だってコロに挨拶をしてもらえたから自然と笑顔になった。

そんな笑顔も一瞬で消える。ニヤニヤしたまま道端を歩いていたら変態か変人か紳士かに間違えられてしまう。
ボッチは誰にも気づかれずに笑い、クールに去ります。サラリーマンが目を逸らす。見てたんですね?見てたんでしょ?
顔から火が出そうなぐらいに赤くなってるのが分かる。小走りでその場から走り去ろうとした瞬間、視界が暗くなる。


妹「ふぇ?」


なんなのだ?目に関する問題の発生が二日連続で起きるなんて厄日…厄年なのだろうか?
今まで道を照らしていた太陽は影を潜め、メガネは反抗期なのかまた何処かに、代わりに目には柔らかい物が当たっている。
少しヒンヤリしていて気持ちがいい…しかも、昨日の親友とは違ってまたいい香り、頭の感触は少し控えめ?
違う、そうじゃない。そんな冷静に考えてる暇なんて無かった。


妹「ちょ!ちょっと誰ですか!?メ、メガネ!」

?「くっくっく」


そう、気づくべきなのは直接的に目を隠されたこと。でも今回は目隠しを自分でしていない分、隠されてることで冷静になれる。
しかもいたずらっぽい笑い声には記憶があった。


妹「先輩ですよね?なんですかいきなりー!」


先輩「ありゃ?バレちゃっちゃの?ツマンナイナー」


つまらなくて結構です。とりあえず開放してください、ついでにメガネも返してください。
すぐに解放されたものの、メガネを返してもらえず。顔を隠したまま抗議する。
先輩の顔は見てないけど、きっと意地悪な笑みを浮かべているだろう。だって声が意地悪です。


妹「うぅー!」


指の間から先輩を見る。視界がぼやけているけど右手を腰に、左手に何かを持って興味本位といった感じで顔に近づけて観察している…きっとメガネだ。っと私は先輩の意表を突く形で右手を差し出した。もちろん、メガネを奪い返すためだ。


妹「えいっ!」

先輩「よっと」パシッ


うぇああ、捕まった。右手が簡単に掴まれた。ど、どうしよう。とりあえず「離してください」と言ってみるが顔を見せてくれたらいいよとか鬼のような答えを返してくれた。もちろんそれだけは無理。だれが好き好んでトラウマを見せるだろうか?


妹「顔を見せる以外で何とかならないのですか?」

先輩「えー…んー」


どうやらそこまで鬼だったわけでは無いようだ、無難に何かしらの妥協案を考えてくれるようだった。


先輩「なんか片手で目の辺りを隠してるとエッチな雑誌の女の子紹介みたいだね」

妹「なんの話ですか!」


なんも考えてなかった。

先輩「前に私がさ、クラスの男子が見ていた雑誌を取り上げた時にそういう女の子を紹介するコーナー?があってさぁ、妹ちゃんにすごく似てるんだよねー、あ、今の状況がね」

妹「そうなんですか?」

先輩「そうそう」

妹「あの、そのクラスの男子さんはどうなったのですか?」

先輩「やっぱりこういう子が好みなの?って聞いたら顔真っ赤にしてたよ?まさか私がいきなり来てその雑誌を奪うなんて思ってなかったんだろうねーかわいい奴だったよ」


思わず同い年ですよと突っ込みそうになった。でも先輩の方がかなり上手だ。私自身この状況でどうしたらいいか分からない。
しかも心なしかだんだん先輩が気近づいてきてるように感じられる。てか近い。なんでそんな鼻息荒くしてるんですか?耳元ではぁはぁしないでください。


先輩「あむ」

妹「ーーーーっ!」


食われた!食べられた!!食された!!!耳に柔らかな感触、初めての感触だったけど、すぐに甘噛みだと気づく。もちろん叫んだ。
「キャー」なんて女の子らしい声が私から出るとは思わなかった。テンパる。ジタバタするでも逃げられない。てかカミカミするのやめてください。
耳が熱くなるのをすごく感じてしまう。いや、そういう意味ではなく、くすぐったい、ドキドキする。もう混乱してることすらわからなくなるほど混乱していた。


妹「やっ、やめて…下さい…んっ」

?「ちょっ!私の妹に何するんですか!」バッ


やっと解放された。もう少し早く来て欲しかった。私…片耳だけ汚されちゃったよ。


妹「お、おそいよ」

親友「ごめんね、もうちょっと早く来てれば私がしたのに」

妹「…」


どうやら親友も混乱していたようだ。








妹「ちょ、ちょっと!違うでしょ?助けてくれたんでしょ!?」

親友「助けたよ!助けたけど遅かった…だから私が汚れてない方の」


右耳を先輩に甘噛みされたから今度は左?心底ダメだと思った。後ろから羽交い締めにされてるとはいえ、尋常じゃない力で動けない。こいつは女の子?いや、きっとたまに出す火事場の馬鹿力をまた無駄に使ってるに違いない。
私を捕まえる事ではなくて、先輩を遠ざけるぐらいに使って欲しいよ。てか先輩はなんでニヤニヤしてるんですか、そんなに面白いですか今の状況が笑ってる暇があるなら…。いや、止めておこう。この人なら参加するぐらいの勢いで来るだろう。だれか私を助けなさい!


先輩「そんなに暴れると見えちゃうよ?」

妹「何がですか!」

先輩「今日はピンクなんだねー、うん、私好み」

妹「ーっ!」


その突き出した右腕を親指ごとへし折りたい。グットってなんですか!私のパンツ見てんじゃねぇー!おらー!
男子に見られるよりも同性に見られる方が恥ずかしいって知ってるのかこの野郎!先輩だろうと関係ない。大きな声で、喉が枯れてもお構いなしに「助けろおらぁ!」と叫ぶ。我関せずと近くを歩く生徒。サラリーマン。OL。なんて関係ない。とにかくこの暴走する後ろの親友を止められるなら、世界を破壊しても構わない。どんな代償を払おうとも、私の貞操はここで散らすわけにはいかないのだ。


妹「このぉ…いい加減にしろォ!」

親友「え?あ、キャー!」


一人の少女が空中に舞う。どうやら私は何かの波動に目覚めたらしい。ぶん投げられた少女は今日の色を通行人に見せながら「ハウワッ!」おっと近くのサラリーマンが一人、脱落したらしい。先輩が機転を利かせて股間になにか投げたらしい。石ならご愁傷様。きっと生えてくるよ。

スローモーションの世界で少女は華麗に着地する。チッ、顔からダイブすれば良かったのにどす黒い感情が私の中をグルグルと回る。



親友「ごめんなさい、取り乱しました」


親友は投げられたことで意識を取り戻したらしい。どんな気づき方だと心の中でツッコミを入れる。
乱れた服装を直して副会長らしく、いつもの落ち着いた姿に戻っていた。
親友は時折、暴走する。主に私が絡むことで暴走するらしいのだがいまいちスイッチがわからない。そういえばやたらとうちに泊まりにこないかと誘われる時があることを思い出した。結論から行くつもりはないと今、答えを出したところだ。

親友「おはようございます、楓先輩」

先輩「やぁ、昨日ぶりだねぇ」


先ほどの奪い合いが無かったことにされる。たった今、道端で会ったかのように平然と挨拶した。てか楓さんて言うんですね。
昨日は、ボーイッシュ先輩で私の中は登録されていた。名前を聞く暇がなかったから仕方がないことだけど、知れば知るほど私にプラスになるようなことが無いのかもと思った。
全く絡んだことがないのに私の耳を甘噛みしたのだから、普通そっち方面の人かと思ってしまう。
私はもちろんノーマル。だれに説明するでもなく頭の中で答えていた。


妹「おはようございます」

先輩「名前、言ってなかったよね?」


自己紹介してないのに親友が名前を知っていたことに少なからず驚いた様子だった、


親友「知ってますよ、生徒会ですから。それにスポーツ関係ではだれでも知ってると思います」

そんなに有名な人なんだ。というのが本音。引きこもりコンテストに登録してる私には逆の世界の人は特に知らない。興味もない。
でも先輩は「物知りだね」というだけで自分の事には興味がなく、逆に私たちの事が興味津々といった様子だった。


先輩「ねぇねぇクラスはどこのクラス?」

妹「1-Aですけど?」

先輩「そうなんだ、今度遊びにいくね」


素直に『はい』と言えなかった。先輩は同性の私から見てもすごく綺麗な人だ。それなのに飾りっけはなくショートの髪が勿体無いと思いつつ、もし髪を長くしたら?と、その破壊力は脅威だと思った。クラスの男子が女子に隠れてランキングをしているところに乱入して、私のランキングは?って聞いてもすぐに上位三位以内に入れると言える。聞かれた男子は惚れるだろうな。


先輩「いやーいいこと聞いた、学校がつまらなかったら楽しみが増えて嬉しいよ」

妹「…」


どさくさに紛れて頭を撫でないで欲しい。それは姉妹がするようなことだと思います。…嫌じゃないけど。


親友「こほん、みーちゃんの頭を撫でて良いのは私だけです」


初耳だ。てか貴女も参加しないでください、ハゲたらどうするんだ。私より背が低いのにお姉ちゃん見たいな優しい笑顔で撫でるんじゃない。
はたから見たら奇妙な光景だろう、真ん中に私、両脇には私の頭を撫でる謎の人物たち。
学校で変な噂が流れる前に、逃げるように学校へと向かった。

先輩は今さっき知ったけど、親友は恐ろしく運動神経がいい。追いつかれるかと思ったけど結局、学校に着くまでどちらも追いついてこなかった。
それもそれでいいけど、少し納得しない様な妙な感じを覚える。
校門を過ぎて下駄箱へ向かう。クラスメイト数人とすれ違ったけど挨拶は無かった。何時もの事、気にしたって意味がない。
別段いじめられてるわけでもなく無視をされてるわけでもない。話しかければ答えてくれるだろう、自信はもちろんない。

下駄箱から廊下へ、そして自分の教室へと向かう。いつも通り、私は冷静、クールになるぜ。

教室のドアを開き、窓側の一番奥の自分の席に座る。座ると同時に時計を流し目で見ながらその下にある時間割を確認した。最初は古典か…嫌い。
と、誰かと目が合った気がした。気のせいかと思い、意味もなく確認してしまう。今度は確実に目が合った。


女子「…っ!」


一番賑やかな女子グループの一人だ。すぐに目を逸らされる。傷つくなぁ、別に見つめ合うつもりはないけどなんかな…。少しだけため息が出た。
親友はまだ来ない、どこかで生徒会関係で捕まってるのだろうか?
考えながらホームルームが始まるまでの時間を潰す。おっと忘れてた。誰にも話しかけられないように雰囲気を出しとかないと。
鞄から家の棚から選んだ適当な小説を取り出す、今日は何を選んだんだっけ。


「あ、あの」

妹「え?」

女子「ちょ、ちちょっとお話があります」


適当に持ってきた小説を選んでいると先ほどのグループの女子が話しかけてきた。感想は初めての自己紹介でテンパる女の子かと思った。それにしたってテンパりすぎだけど、いつもはしゃいでるのに私に話しけるだけでどうしてそこまで取り乱せるのか聞いてみたい。そんな目の前のモジモジする女の子をつい可愛いと思ってしまった。


妹「ど、どうしたの?」


いかん、私もテンパった。そもそもボッチは基本的にコミュ障と言われてるらしい。重症だとパニック障害だっか、そんなことはどうでもいい。私のほうがコミュ障だと悟られるのがなんとなく嫌で顔だけでも冷静を装う。


誤字が多いし脱字も多いね。脳内保管推奨だ。

テンパってる人を落ち着かせるためにはどうしたら良いのだろう?ふと考える。
だけど、考えたところで助言が出来ないことに気がついて、落ち込んだ。
確か、目の前のクラスメイトは宮坂さんとか言ったかな。話したことはない。一学期の初めの頃だけ宮坂さんから挨拶を数回だけしてもらった気がする。


宮坂「スー、ハー、」


宮坂さんが胸に手を当てて深呼吸をする。気持ちを落ち着かせるためには深呼吸が一番良いのだろう。

なんだか昨日、初めて先輩と対面したときの私と似ているなと思った。
そういえば先輩、あの時に私にどう対応してくれたんだっけかな?確かーー、


妹「ん?」

宮坂「ッ!!」


あくまで自然に微笑むように、先輩が昨日の兄の教室で私に向けてくれた。

例えるなら、私が小学生の頃にドラマで見た。幼い姉妹の姉が、転んでしまって泣いている妹に優しく手を差し伸べたときの安心できる、あの笑顔。

兄と私の関係を考えると憧れたりもした。だからこそ覚えてるのだ。そんな一瞬のワンシーンでも。


反応は…無かった。いや、ないのが反応だった。教室にいる私を含め、全員が止まったような気がした。思わず息を飲む、何か間違ったことをしてしまった時の罪悪感、後悔、動揺。マイナスのイメージが膨らんでいく。私が何をしてしまったのか検討が付かない。


宮坂「…うそ」


嘘とはなんだ嘘とは、いきなり嘘と言われ少し不機嫌になる。ぽかんと口を開けて驚いている宮坂はいつもの彼女のイメージからかけ離れていた。しかし、そんなことはどうでもいい。ちょっといいかしら?どういう意味で言ったのか聞いてやろうじゃないか、こちとら聞くだけでも勇気いるんだ。その辺を分ってほしい。目を細める、睨んでいるわけではない呪おうとしているのだ。
妹の目線に気づき、宮坂は大げさに手を振る。


宮坂「ち、ちがうの。その…美鈴さんって私達と話さなさそうな感じだったから、今の顔、可愛かったし、え、ええ?あれ???わ、私、何言ってるんだろう?ち、違うのそういうこと言いたいわけじゃなくて!」


宮坂はクラスの同意を得ようと後ろに振り向き、グループを作っている女子の一人が宮坂と目があった。だが彼女もまた、急なことに答えられずにしどろもどろになる。そうか、そういえば、人って本当にどうしたらいいかわからない時、ほかの人にキラーパスする生き物だった。しかも相手が答えられないときはどんどんそれが伝染する。
クラスがざわつく。明らかにこの教室だけパンデミックが起っている。病原体は私。まずい状況になった事を今更ながら実感し始めた。
今まで陰に隠れるように過ごしていたのに、何がきっかけでスポットライトが当たるかわからない。


「み、見たよな?」「ああ、すっげぇ」「初めて見た」「美鈴さんって笑うとあんなに可愛かったんだ」「ちょっとずるいよね」


宮坂は顔をヒーターの前にずっといたような人と同じぐらいに真っ赤にする。そして私も負けじと真っ赤にした。お互いが顔を真っ赤にして居る。肝心の聞きたいことを私に聞けず、この騒動の中心人物となってしまった宮坂さんと私は俯いてしまう。
可愛いってなんだよ、誰に言ってんだよ、やめてよ、私を見ないでよ。
目を真っ赤にして今にでも泣き出してしまいそうだった。クラスの人たちは気づいていない。私の中で過去のトラウマが蘇る。あの時の、クラスの笑い声。苦しい、脈が早くなるのが分かる。心臓が全力疾走した時と同じぐらい早く動いていた。


「来て、美鈴」


手を掴まれた。強引にぐいっと引っ張られる。その拍子に立ち上がってしまったせいで椅子が勢いよく倒れる。その音に教室は盛り上がりかけた勢いと止めた。


静琉「驚かせてごめんね!ちょっと生徒会で急ぎの用件があってみーちゃん!手伝って」


それこそ嘘だと気づいていた。私を最初に呼んだとき呼び捨てだったのがいい証拠だ。倒れた椅子を戻さずに廊下へと連れて行かれた。ついでに、下を向いて歩いてねと言われる。親友のお陰で私は、クラスメイトの目の前で泣かずに済んだようだった。

廊下に出ても、そのまま引っ張られていく。別のクラスの人達は不思議そうに見ていた。目的の場所に着いたのか、親友は先に部屋に入っていく。数十秒、数分。部屋に誰も居ないことを確認した親友が出てくる。ここは図書室だった。


親友「何があったの?あり得ないと思うけど、喧嘩でもしちゃった?」


眉間にシワを寄せて、親友が聞いてきた。その問いかけに黙って首を左右に振る。親友はよかったと言うとそのまま、私を抱き締めた。


親友「あーもービックリしたよー。なんか嫌な予感がしたんだよね」


本当に心配してくれたんだと思った。私の胸に顔を埋めてグリグリと押し付けてくる。ふへへ、気持ちええわとかエセ関西弁が聞こえた。前言撤回、こいつ私の胸を堪能してやがる。


腕を押さえつけられる形で抱き締められていた。計算なのか脱出に余計な時間が掛かってしまう。
着崩れた制服を整えて、制裁を加えた親友を見た。


妹「反省した?」

親友「うん」

妹「…感想は?」

親友「マシュマロ思い出した。また大きくなったよね?3ぐらい」


言い当てやがった。普段から計測でもしてるんだろうか?正座しながら得意気に話す親友。

指先で丸を空中に描いてそれを揉む。この野郎、まったく反省をしていない。


妹「バカじゃないの?」

親友「ありがとうございます!」

妹「いや、お礼されるのは可笑しい」


顔を赤らめて満面の笑みだ。犬が遊んで欲しいと尻尾を取れそうなぐらい振るのと似ている。
これ以上、責めたら逆に喜ぶだろう。このバカ、と思わず出た言葉にふへへと返した。私は考えることを一瞬止めた。

正直サボりたい。このまま学校から逃げ出して、空でも眺めてコンビニのからあげさんを食べたい。
新作でたんだっけな?コーンポタージュ味だった気がする。なんだか迷走するアイスを思い出した。
予鈴の音が聞こえる。図書室は何故かスピーカーが壊れていて音が聞こえない。時間的には書物に没頭する学生なんて居なかったから別にいいと思う。だから私はこのチャイムは関係ないと思うんだ…ダメですか?

妹「教室戻りたくない」

親友「ダメです」


笑顔で即答だった。こうなったら絶対に教室に連れ戻す気だとすぐに分かる。親友との距離はそれほど離れていない。仮に全力で逃げたとしてもスペックは向こうの方が上だ。逃げるだけ無駄。

親友「でも、一緒に保健室行くならいいよ?」

妹「…」


罠だ。直感で分かる。紐とつっかえ棒、あとザル見たいなあれで簡単に捕まってた、うさぎを思い出した。うさぎ可愛かったなぁ。
気づけばズルズルと引っ張られていた。向かう場所は明らかに教室ではない。
仕方がないので親友の頭に一発お見舞いする。気がついたようだ。
何事もなかったかのように教室へと向かい。少し緊張しつつ、ドアを引く。クラスはいつもと変わらなかった。


親友「大丈夫…そうだね」


親友が小声で後ろから声をかけてくれた。私は小さく頷く。
また先ほどのようにクラスが静かになってしまったらどうしようもなかっただろう。もしかしたら逃げてしまってたかもしれない。
妹と親友が着席すると同時に入って来た古典の教員が授業を始める。変わらない日が今日も始まろうとしていた。





筈なのに、その期待は授業が終了すると同時に終わった。古典の教員が出ると同時に、廊下から一人の女子生徒が入ってくる。
リボンの色が違う。この学年で色が違うと言えば上級生しかいない。
人懐っこい笑顔で、親友とはまた違った雰囲気を持っている彼女に、とても見覚えがあった。


「やほー、早速遊びにきたよん」ブンブン

クラス男子「うぉおおおおおおお」


クラスの男子が叫ぶ。その後に続いて一部の女子達も歓声を上げた。
私に向けて大袈裟に振っていた手を止めて、驚いた様子で「な、なに?」と言った。

先輩「いやー面白いクラスだよね。これぐらい賑やかだったら私のクラスも楽しいのに」


机の上にあったボールペンを手で器用に回しながら、先輩はクラスを眺める。
クラスはまだ騒がしい。先輩の一つ一つの動作だけで歓声が上がりそうだった。


親友「一時間目の休み時間で来るとは思いませんでした」

先輩「そうかな?楽しいことは、早めに行動した方が長く楽しめると思うよ」


むすっと頬を膨らませて、不機嫌そうに親友が問いかける。先輩は気づいていないのか、元々からこのクラスだったかの様に話を続ける。



先輩「そういえばさっき何かあったの?」

妹「え?」

先輩「だって図書室に入っていったの見たし」

妹「と、特には」


いつ見たんだろうと気になったが先輩は続けて話す。



先輩「ふふん、悩み事なら私に聞きなさい」

親友「結構です!私がいますから」


親友はさっきから不機嫌だ。流石に先輩も気づいたのか静琉の方を見て回していたペンを私の机に置いた。
クラスはその変化に気づかずにバカ騒ぎをやめない。雲行きが悪くなっていくのを今一番感じられる私は居心地が悪かった。


先輩「なるほどなーもしかして私が何かしちゃったみたいなのかな?」


先輩はあくまで優しく微笑みながら話しかけてくれる。勿論、先輩は何一つ悪くはない、ただ私自身が慣れない事をしたお陰で先ほどの騒ぎだ。普通なら親友の悪態に怒ってもいいはずなのにこれが一年違うだけの余裕なのか?この先輩には他の人とは違うものを感じた。


妹「後ででもいいですか?」


恐る恐る聞いてみる。話すにしても人の多いこの場で聞くことでは無かった。

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