魔王「頼んだぞ、勇者!」(363)




魔王城


魔勇者「お任せ下さい! 必ずや、遂行してみせます!」

魔王「うむ、期待しておるぞ」

魔王「私は、この人類との終わりの見えない戦いに、終止符を打ちたい」

魔王「無益で、無意味な争いを止め、共に手を取り合うのだ」

魔王「彼らとなら、それが出来る。私は、そう信じている」

魔勇者「素晴らしきお考えです」

魔王「……お前には、危険な役目を負わせることになってしまった。すまない」

魔勇者「魔王様は、ご自分の責任を果たされたまで。気に病むことはありません」

魔王「…………」

魔王「……勇者よ」

魔勇者「はっ」

魔王「……後悔、していないか」

魔王「……私と、その、幼馴染であるばかりに、お前には、迷惑をかけてきた。今回の人選も、それが加味されていないといえば嘘になる」

魔勇者「……魔王様」

魔王「今更、どうこうすることもできないのは、私が一番良く分かっている。しかし……」

魔勇者「魔王様!」

魔王「!」

魔勇者「失礼ながら、玉座に昇る許可を頂きたく思います」

魔王「……良いだろう、許可する」




魔王「……久しいな。私が、魔王の地位を継いでから、お前とこうして向かい合う機会はめっきり減った」

魔勇者「そうですね、魔王様」

魔王「して、何だ?」

魔勇者「魔王様……いや、魔王」

魔勇者「今度の任務は、これまでとは違う。無事に帰って来れるかどうか、正直あんまり自信がない」

魔王「………」

魔勇者「だから、旅立つ前にこれだけ言っておきたい」

魔勇者「僕は、魔王の幼馴染で、本当に良かった」

魔王「!」

魔勇者「後悔なんて、するわけない。俺は、いつまでも魔王の友達だ」


魔王「勇者……」

魔王「…………」

魔勇者「……玉座に昇る許可を頂いたこと、身に余る光栄だと思っています」

魔勇者「では、行って参ります」ニコ

魔王「! ……ま、待て」ギュ

魔勇者「魔王様、服を掴まれては……」

魔王「お、お前の任務は、人類の長、王と謁見し、同盟関係を築くに値するかどうかを見極めること。そうだな?」

魔勇者「はっ。私は、道中発生する事象についてその全権限を、魔王様より委譲されております」

魔王「……それだけでも、充分に過酷なことは理解している。しかし、私は、お前にもう一つ任務を課そうと思う」

魔勇者「は。何なりと」

魔王「うむ。……第百三十四代魔王の名において、貴様に命ずる」




魔王「生きて帰れ」





城下町


魔勇者「ふぃー。やっぱり魔王城ってのは肩が凝るなぁ」

魔勇者「……さて、と」

魔勇者「うーん。やることは色々あるけど、何から始めようかな」

魔勇者「んー」

魔勇者「……まぁ、まずは仲間集めかな」




酒場

ワイワイガヤガヤ


店主「らっしゃい」

魔勇者「えっと、ブラッドビール一つ」

店主「あいよ。他に、ご注文は?」

魔勇者「名簿を頼む。腕の立つ奴がいるんだ」

店主「……遠出かい?」

魔勇者「まぁ、そんなとこ。あんまり聞かないでくれ」

店主「金は?」

魔勇者「見合う実力があるなら、金に糸目はつけないよ」


店主「…………」

店主「わかった、今持ってくる」

店主「……ただ、お客さん」

魔勇者「?」

店主「名簿ってのは、分厚くてな。酒一杯じゃ、保たないんじゃないかね」

魔勇者「…………」

魔勇者「わかったよ。じゃあ、オオガラスのステーキも頼む」

店主「あいよ、ちょっと待ってな」








魔勇者「うーん……」ゴクゴク

魔勇者「………」ペラ

魔勇者「ふーん……」ムシャムシャ

魔勇者「……」ペラ

魔勇者「ゴブリン、ミノタウロス、ワーウルフに……」

魔勇者「サキュバス、バンパイア、セイレーンと……」

魔勇者「さすがに人型が多いな」


魔勇者「……高ランクだから、もっと魔族がいるかと思ったんだけど、そうでもないんだ」

店主「今は、境界付近が稼ぎ時でね。ここに登録してた魔族は、軍に雇われて、皆そっちにいってるよ」

魔勇者「あ、そうなんだ。タイミング逃しちゃった感じか」

魔勇者(うまく食わされちゃったな。ま、良いけど)ペラ

魔勇者「うーん……何でだろ。どれもピンと来ないな~」

魔勇者「デュラハンね~……」ペラ



?「…………」ゴク

?「ど、どうしたの? な、何か気になること?」モグ

?「ん、何となく、だが……」クンクン

?「金の、匂いがするんだよな」

?「か、金の、匂い……?」

?「そ、そんなことまでわかるんだね。お、お姉ちゃん」

?「…………」

?「お、お姉ちゃん?」

?「……行ってみるか」ガタ

?「! ……ま、待って、お姉ちゃん!」タタ


魔勇者「んー……」ペラ

ゴンッ

客1「痛って! おい! 気をつけ……」

?「おっと、わりい」

ガンッ

客2「何やってんだ、このだぼす……け……」

?「し、失礼いたしたました!」

?「わりい。狭いところはどうも慣れなくてよ」

?「お、お姉ちゃん!」

ザワザワ……


?「はいはいちょっと失礼するよ、お兄さん」ガンッ

?「おっと。おやっさん、ちょっと椅子どけるよ」

店主「おいおい……ちゃんと元に戻せよ?」

?「わかってる」

魔勇者「…………」ペラ

?「…………」

店主「…………」

?「……その、お兄さん?」トントン

魔勇者「ん? え、僕?」

?「そうそう、あんた」


魔勇者「えっと……何か用?」

魔勇者(ふーん、綺麗な人)

?「それ、名簿だろ。護衛でも探してんのかい」

魔勇者「んー、まあ、そんなところだけど……」チラ

魔勇者(腕に火傷の跡。かなり大きいな)

魔勇者(ところどころ古い傷跡もあるし、この人……)

?「……見てくれは合格、か?」ニヤ

魔勇者「! ……すまない、結構な金がかかっているから」

?「良いって、種族柄、そういう視線には慣れてる」


魔勇者「種族柄? そういや、君、種族は?」

魔勇者「見た感じ、魔族っぽくはないけど」

?「…………」パチクリ

魔勇者「え、何? 変なこと言ってる?」

?「……ぷっ、あはははは!」

?「ははは! その目、本気で分かってないんだね」

魔勇者「???」


?「ふー……、ふふっ、あんた、最高だよ」

?「ほら、カウンターの下、見てみな」

魔勇者「……!」

魔勇者(この人……)

魔勇者「……確かに、これは、僕の不注意だったかな」

?「ふふっ、あたしにも分かる。あんたには護衛が必要だよ」

魔勇者「ぐぅの音も出ないな、はは」

?「そこでだ、お兄さん。あんた、あたしを雇っちゃくれないか」

魔勇者「僕が、君を?」

魔勇者(やっぱり、戦えるんだこの人)


?「おう、こう見えても、腕には結構自信あるんだぜ?」

?「ランクは低いが、名簿にも載ってる」

魔勇者「ふーん?」

魔勇者(困ったな、名簿以外に判断要素が無い)

魔勇者(魔王に貰った資金も無限じゃないしなぁ……)

?「なんなら、金はあたしの働きを見てからってんでも良い」

?「食いもんと、どこかに寄るばあいはその宿賃。それだけ保証してくれるんなら、目的地まであんたを送り届けてやる。必ずな」


魔勇者「………」

魔勇者(実力に裏付けされた自信、かな)

?「……どうだ?」

魔勇者(お試し期間か。まぁ、それなら……)

魔勇者「わかった。とりあえず、次の目的地まで頼むよ。そこで、本決めだ」

?「了解だ。まかせてくれ、しっかり守ってやる」

魔勇者「期待してるよ」


?「そういや、自己紹介がまだだったな」

?「あたしの名前は、蜘蛛女。んで、こっちが……」

魔勇者「ん? こっち?」

蜘蛛女「相棒のスライム娘だ。よろしくな」

スライム娘「あ、あの、あ、ありがとうございます」

スライム娘「精一杯、が、頑張りますので、よ、よろしくお願いします!」

魔勇者「…………」

魔勇者「……よ、よろしく」

これは新しいな
期待

まだー?




城下町


魔勇者(ま、まさか、二人だったとは……)

魔勇者(まあ、食費くらいなら、何とかなるけどさ)

魔勇者(……それにしても、不注意が過ぎるな。気を付けないと)

魔勇者「……さて」

蜘蛛女「んで、どこに向かうんだ?」

魔勇者「んー、まずは、青の街まで行こうと思ってる」

蜘蛛女「青の街、か。了解だ」


魔勇者(それにしても……)

スライム娘「………」ジィ

魔勇者「………」チラ

スライム娘「!?」ビク

魔勇者(人型のスライムなんて、初めて見た)

魔勇者(地面が透けて見えてるぞ)

蜘蛛女「……どうした?」スッ

魔勇者「いや、少し珍しいな、と思っただけだよ」

魔勇者(庇った、のか?)

魔勇者「すまない。他意はないんだ」


蜘蛛女「……ま、そう思うのも無理ないか」

蜘蛛女「スライムってのは、長く生き続けると、こいつみたいに形を変える奴が現れるんだ」

蜘蛛女「所詮、低級の魔物だからな。長生きする奴なんて、そうそういない。形が変わるまで生きる奴なんて、それこそ稀だ」

魔勇者「へぇ、そうなのか」

魔勇者(……魔王は、知ってるのかな)

蜘蛛女「だから、多少、警戒心が強いんだ。悪いな」


スライム娘「……っ」コソ

スライム娘「あ、あの……その、ご、ごめんなさい……」

魔勇者「こちらこそ、済まない。……青の街まで、頼めるかな」

スライム娘「も、もちら、もちろんです!」

蜘蛛女「あたしが保証する。こいつは、役に立つ」

魔勇者「……その言葉が、信頼に足るかどうか。しっかり見定めさせてもらうよ」

蜘蛛女「上等だ。必ず認めさせてやるよ」

スライム娘「や、やるよ!」

魔勇者(……この二人、ただの相棒ってわけじゃなさそうだな)






街道


蜘蛛女「さぁて、行くか!」

スライム娘「お、おー……」

魔勇者「はいはい、僕達が行くのはこっちだよ」

蜘蛛女「こっち……って、何でだよ! わざわざ、寂れた道行くことないだろうが!」

スライム娘「あ、青の街、なら、街道をいくのが、あ、安全……」

魔勇者「それは、わかってるよ」

蜘蛛女「だったら、何で……」

魔勇者「安全だったら、君たちの実力が分からないだろ?」

蜘蛛女「!」

蜘蛛女「……ふん、まあ良いさ」

魔勇者「じゃあ、行こうか」






蜘蛛女「……で、結局こうなるのか」

スライム娘「………っ」ガクガク

魔勇者「いやあ、魔王城の権威ってのも、案外弱いね」

魔勇者「街道から少し外れただけでこうなるんだから」

???1「………」

???2「………」

???3「………」

???4~6「………」


蜘蛛女「ちっ」

蜘蛛女(こいつら、隙が無さ過ぎる。只の盗賊じゃねぇな)

蜘蛛女(この人数差じゃ、下手に動けねぇ。……かといって、このままじゃ)

蜘蛛女「……くそがっ!」ブン

???1~6「!」ジリ

蜘蛛女「来るなら来い! 全員まとめて、この槍の餌食にしてやるよ!」


???2~6「………」チラ

???1「………」スッ

蜘蛛女「!」

???1「……そいつを渡せ。そうすれば、命は助けてやる」

蜘蛛女(こいつを?)チラ

魔勇者「………」

蜘蛛女「……呑めない、といったら?」

???1「女子供とて、容赦はしない」チャキ

???2~6「………」チャキ


蜘蛛女「……くっ」

蜘蛛女(短刀か……リーチはこっちの勝ち)

スライム娘「お、お姉ちゃん……」

蜘蛛女「……ふん。おい、奴さん、ああ言ってるが?」

魔勇者「……君たちが、決めれば良い」

魔勇者「僕は、その意見を尊重するよ」

蜘蛛女「………わかった」


???1「……話は、決まったか?」

蜘蛛女「ああ。……スライム娘!」

スライム娘「! わ、わかった!」

???1「……」コク

???2~6「っ」ダッ

蜘蛛女(向かってくるのは、三人か!)


蜘蛛女「うおらっ!」ブン

???2~4「!」ザっ

蜘蛛女「逃すか!」ブン

蜘蛛女(……! 捉えた!)ニイッ

???2・4「!」

???3「……ぐっ」グサ


蜘蛛女「少し熱いが……」ガキン

???3「ぐあぁっ」ガパッ

キィィィィィン

魔勇者(! 槍の先から魔方陣が展開された!?)

蜘蛛女「我慢しろよっ!」ブン

???3「」ズルッ

???2・4「ぐっ」ドサ

蜘蛛女「まとめて死になっ!」

ズガン!

魔勇者「!」

魔勇者(人間爆弾かよ……)


蜘蛛女(残りは!)

???5「シッ!」ヒュン

蜘蛛女「くっそ!」キン

???6「っ」タッ

蜘蛛女「なっ!?」

蜘蛛女(こいつは囮か!)ガギギ


???5「っ!」ググ

蜘蛛女(圧してくるのか……!)

蜘蛛女「このっ……!」

蜘蛛女(間に合わねぇ……!)

蜘蛛女「スライム娘ぇっ!」

スライム娘「ひ、ひゃい!」


???6「」ダッ

スライム娘「ひ、ひぃっ」

スライム娘(ま、まけちゃだめ!)

スライム娘「すう……」

???6「っ」ヒュン

スライム娘(うしろはだめ、まえにだけ……まえに!)ボコボコ

魔勇者「!」

魔勇者(スライム娘の体の表面が……)

魔勇者(……まるで沸騰してるみたいだ)


スライム娘「はあっ!!」

ヒュヒュヒュヒュン

グサグサ グサグサ

???6「ガっ……」プラーン

魔勇者「……」

魔勇者(片や、人間爆弾。片や、自分の体で相手を串刺しか……)

魔勇者(この二人、結構えぐいな……)


???5「!」

蜘蛛女「へっ、油断したな!」ブン

???5「くっ」グラ

蜘蛛女「これで!」ブン

???5「」ドサ


スライム娘「姉さん!」

蜘蛛女「おう、良くやったな、スライム娘」ナデナデ

スライム娘「で、でも、お姉ちゃん、怪我して……」

蜘蛛女「死んでないんだから、大したことねぇよ」

蜘蛛女(……自分で付けた傷なら、そりゃ気づくか)

蜘蛛女「それより、ちゃんと血を抜いとけ。さっきので大分混ざっただろ」

スライム娘「う、うん、わかった」

蜘蛛女「その間に、あたしは、もう一仕事するか」ギロ

???1「!」ジリ


蜘蛛女「気づいてないとでも、思ったか?」

???1「……」

蜘蛛女「………」スッ

???1「……!」

蜘蛛女「……ここは、おとなしく退いちゃくれないか?」

蜘蛛女「あたしたちも、好んで殺り合いたいわけじゃねぇんだ」

???1「……」

蜘蛛女(……どうだ)


魔勇者「いや、それは困る」

蜘蛛女「なっ」

魔勇者「悪いけど、生かして帰すわけにはいかないんだ」

蜘蛛女「な、何で……」

???1「っ」ダッ

蜘蛛女「あっ!」

蜘蛛女(逃げやがった……)


魔勇者「君たちの実力は、充分見せてもらった」

魔勇者「だから、お返しに、僕の実力も見せておくよ」チャキ

蜘蛛女(あれは、東洋の……何てったっけ)

蜘蛛女(ってか、剣なんかでどうすんだよ。もうあんな遠くにいるぞ)

魔勇者「僕の後ろにいてくれ」グッ

蜘蛛女「あ、あぁ」チラ

スライム娘「っ」コク


魔勇者「ふー……ッ」

     シン

魔勇者「……」キン

蜘蛛女「……」

スライム娘「……?」

蜘蛛女「……!」

蜘蛛女(待て待て! こいつ、今剣を納めたのか!?)

蜘蛛女(いつ抜いたんだ? 何をしたんだ?)




???1「」


ズル  ベチャ



蜘蛛女「!」

蜘蛛女(胴体から、真っ二つだと)

魔勇者「っと、これで良し」

スライム娘「………」ガクガク

蜘蛛女(こいつ……)


魔勇者「じゃあ、行こうか」

蜘蛛女「……ちょっと待て」

蜘蛛女「お前、何のためにあたしたちを雇った」

魔勇者「それは、護衛が必要だったからだよ」

蜘蛛女「馬鹿言え」

魔勇者「本当のことなんだけどなー」

蜘蛛女「ふん、納得できねぇな」


魔勇者「うーん……」

魔勇者(青の街までは、納得するしないの問題じゃないんだけど)

魔勇者(まあ、実力は見れたし、バラしても問題はない、か)

魔勇者「……納得できれば、良いんだよね?」

蜘蛛女「……ああ」

魔勇者「僕が、仲間を必要としたのは、それほどの場所に出向くからだよ」

蜘蛛女「場所?」

魔勇者「ああ……僕は、境界を越える」





???


〝???1「」〟


〝 ズル  ベチャ 〟


?「馬鹿な……っ! 魔王軍の精鋭部隊が、こうも容易く!」

?「………落ち着け。まだ手はある」

?「問題は、魔勇者に同行していた者達だ。……あやつら、一体何者なのだ?」

?「あれほどの手練が、城下町に残っていたとは……」

ガチャ

?「!!」


魔王「おや。これは、これは」

?「ま、魔王様……」

魔王「大臣、貴様、一体ここで何をしている?」

大臣「な、何と言われましても……」

大臣「ここは、私の屋敷でございます。そして、私は今日、お暇を頂いております故……」

魔王「とやかく言われる筋合いはない、と?」

大臣「失礼ながら」

魔王「ふむ……」

大臣「………」ゴク


魔王「……大臣、私は、ある噂を耳にしてな」

大臣「……噂、でございますか?」

魔王「ああ、その噂というのはだな、大臣」

魔王「有力者たちが、貴様の屋敷で〝宴〟を開く、というものなのだが……」

大臣「!」

魔王「中には、我が国の政に大きな影響力を持つ者もいると聞いてな。ならば、私が出向かぬわけにもいかぬだろう?」

大臣「そ、それは……」


魔王「ところで、大臣」

大臣「は、はっ」

魔王「客の到着が〝遅れている〟とは思わぬか?」ニヤ

大臣「っ!」

大臣「魔王、貴様……っ!」

魔王「思いのほか、早く化けの皮がはがれたな」

魔王「何か、弁明はあるか?」


大臣「はっ、弁明だと? そんな必要がどこにある!」

大臣「私は、お前を魔王だと認めてはおらん!」

大臣「先代魔王の娘でさえなければ、お前なぞ……!」

魔王「ほう?」

大臣「っ……!」

大臣「ふん、その憎たらしい余裕もここまでだ!」パチン


ヴン ヴン ヴン


?1~12「……」



魔王「これは……」

大臣「〝我々〟の私兵だ」

魔王「私兵?」

大臣「打倒魔王の元に集まった者たちだ。あらゆるところからな」

大臣「中には、魔王軍の精鋭部隊からやってきた者もいる」

魔王「………」

大臣「皆、お前のひ弱な考えに、魔王としての資質を疑っているんだ」


魔王「第一教義、か?」

大臣「よく分かっているじゃないか」

大臣「『強き者に従え』 ……強さのみが、我々の優劣を決める」

魔王「ふん、古臭い考えだ」

大臣「そう思っているのはお前だけだ」

大臣「こうして囲まれているのが、何よりの証拠!」

大臣「さあ、どうする? 魔王よ」

大臣「私としても、出来れば手荒な真似はしたくないのだが?」ニヤ


魔王「………」

魔王「……はぁ…」

大臣「諦めがついたか?」

魔王「……お前の手腕を買っていたところもあったのだがな」

魔王「所詮は、その程度か」

大臣「何ぃ……っ!」ギリ

魔王「良いぞ、かかって来い」

魔王「貴様らに、どちらが正義かを教えてやる」






ドタドタ バタン

?「魔王様っ!?」

魔王「遅かったな、側近」

側近「お一人で向かわれたと聞き、急ぎ救援をと」

側近「屋敷は既に制圧しましたが……」

?1~6「」

 大「」


           臣


側近「……親衛隊は必要ありませんでしたね」


魔王「あの部隊は極秘だ。今後、私の命なしに動かすな」

側近「出過ぎた真似を、以後、心に刻みます」

魔王「だが、お前に何も言わず出てきてしまったのは、私の落ち度か」

側近「………」

魔王「ふん、無言か。まあ、いい」

魔王「鳥娘を喚べ。奴が言うには、私の妨げとなる者たちは至るところにいるらしい」

魔王「魔王城は守りが固い。今狙うなら、勇者だろう」

側近「了解いたしました」


側近「……魔王様」

魔王「ん?」

側近「あれらの処遇は、いかがいたしましょう」

?7~12「……」ザッ

側近「膝をついていますが、あれは、何です?」


魔王「あぁ、あれは……そうだな、親衛隊に入れておけ」

側近「は!? ……あ、いえ、先ほどまで敵対していましたよね?」

魔王「奴らは、第一教義に忠実だ。そして、私の強さを見た」

側近「……なるほど」

魔王「それに、親衛隊なら、こいつらをしっかり仕上げてくれるだろう」ニヤ

魔王「後は……ここの後処理か。手配しておいてくれ」

側近「はっ」

側近「魔王城にお戻りになられますか?」

魔王「うむ」

側近「では、参りましょう」





青の街 

宿屋


ガチャ

宿主「いらっしゃい」

魔勇者「部屋はあるかな?」

宿主「人数は? 一人かい?」

魔勇者「三人なんだけど、できるだけ広い部屋がいいんだ」

宿主「広い部屋、ねぇ……うちは、四人部屋が一番大きいよ」


魔勇者「う~ん……ここ以外に、魔物用の水浴び場がある場所ってある?」

宿主「あまり聞かないね。ほら、ここの領主様は、綺麗好きだから」

魔勇者「……? ごめん、話が見えない」

宿主「まあ、綺麗好きというか、潔癖症かね、あれは」

宿主「……お嫌いなんだよ、魔物が」

魔勇者「ふーん……」

魔勇者(彼女たち……大丈夫か?)


宿主「ここだって、お触れのおかげで建ったようなもんだからねぇ」

魔勇者「ふむ……その、四人部屋なんだけど、寝具を一つどかしてもらえたりするかな」

宿主「え! いや、まぁ、できないことは無いけど……」

魔勇者「じゃ、頼むよ。その分の金は払うからさ」チャリ

宿主「……部屋は、この廊下の先だよ。寝具は後で取りにいくから」

魔勇者「わかった。あ、後、水浴び場は?」

宿主「裏にある。いつでもどうぞ」

魔勇者「ありがとう」


ガチャ

魔勇者「部屋取れたよ。四人部屋だって」

魔勇者「どうにか入れるように工夫してもらうから」

宿主「?」

魔勇者「水浴び場は裏手だって」

宿主「………」

魔勇者「荷物はどうするの。ほら、入った入った」


ガチャ

蜘蛛女「………」

スライム娘「………」オドオド

宿主「」

魔勇者「廊下の先だっていうから、先行ってて」

スライム娘「……」コク

スライム娘「い、行こう、お姉ちゃん」

蜘蛛女「……おう」



宿主「あ、ありゃ、一体……」

魔勇者「まあ、見れば分かると思うけど、そういうことだから、急ぎでお願いね」

宿主「あ、あぁ」


ガチャ

スライム娘「………」

蜘蛛女「………」

スライム娘「お、思ってたよりも広いね」

蜘蛛女「……そうだな」

スライム娘「これなら、か、家具を少し動かせば、お姉ちゃんでもへ、平気かもね?」

蜘蛛女「………」

スライム娘「お、お姉ちゃん?」


蜘蛛女「……ちょっとすっきりしてくる」

スライム娘「な、なら、私も……」

蜘蛛女「……わりぃ、少し、一人にしてくれるか?」

スライム娘「あ……う、うん。わかった」

ガチャ バタン

スライム娘「……お姉ちゃん」





チャポン バシャ

ポタ ポタ

蜘蛛女「………」

〝魔勇者「僕は境界を越える」〟

蜘蛛女「……っ」

〝魔勇者「目的は、人類との和平だよ」〟


蜘蛛女(……和平、だと……っ)ギリ

〝「……おかーさん! ……おとーさん!」〟

〝「……あ………あツ、い……よ…ォ…」〟

蜘蛛女「……ふざ……けんなっ!!」

ガサッ

蜘蛛女「!」


魔勇者「あらら、マズいところに来ちゃったかな」

蜘蛛女「……何だ、覗きか?」

魔勇者「はは、僕は何も見てないよ」

魔勇者「……その全身の火傷の痕はどうしたのか、なんてこれっぽっちも思ってないよ」

蜘蛛女「見てんじゃねーか、変態勇者が」


魔勇者「……人類への憎悪は、それが原因?」

蜘蛛女「お前に……」

魔勇者「関係あるでしょ」

魔勇者「もう決めちゃったから。僕は、生半可な理由で君たちを手放すつもりはないよ」

蜘蛛女「……チッ」


蜘蛛女「……これは、スライム娘を助けたときにできたもんだ」

魔勇者「へぇ」

蜘蛛女「あたしの……いや、あたしたちの集落は、境界の近くにあったんだ」

蜘蛛女「ひっそりと暮らしたい奴らの寄り合い所帯さ。あたしや、スライム娘は、人目を引くからな」

蜘蛛女「境界の近くなら、魔族、魔物はまず寄り付かない。必要以上に騒がなければ、人類に気づかれることもない」

蜘蛛女「のどかで、良い毎日だったよ。あたしは好きだった」

魔勇者「………」


蜘蛛女「でも、無くなっちまった。……奪われたんだ」

蜘蛛女「スライム娘に気づいたのは、ただの偶然だった」

蜘蛛女「必死で逃げていたはずなのに、あいつの声だけ、不思議とはっきり聞こえてよ」

蜘蛛女「燃えて、今にも崩れそうな家の近くで、鳴いてた」

蜘蛛女「熱にあてられて、もう人型を保てなくなってたんだ」

蜘蛛女「手の平ぐらいの大きさになって、両親を探して、鳴いてた」


蜘蛛女「思わず手を伸ばしてたよ。あいつも必死だった。訳も分からず飛びついたんだ」

蜘蛛女「意思をもった熱湯を浴びたようなもんだ。痛みに気づいた時には、もう手遅れだった」

蜘蛛女「逃げないわけにもいかないからな。……がむしゃらになって逃げてくうちに、いつのまにかあたしたちだけになってた」

蜘蛛女「そっからあとは、本当に関係の無い話だ」


魔勇者「……うん。大体分かった」

蜘蛛女「……あたしは、善人ってわけじゃない。死体を見たことも、一度や二度じゃない」

蜘蛛女「だから、邪魔はしない。でも、協力もできない」

魔勇者「………」

蜘蛛女「……悪いな」

魔勇者「いや、無理強いはできないからね」

魔勇者「もうお金払っちゃったから、今日はここに泊まっていってよ」

魔勇者「もうそろそろ、部屋の片付けも終わってるだろうし」

蜘蛛女「わかった。恩に着る」





大通り


魔勇者「うーん……やっぱり、そう上手くはいかないか」

魔勇者「ま、ここで探すか」

魔勇者「えっと、酒場は……っと」

?「もし、魔勇者様でいらっしゃいますか」

魔勇者「……いや、人違いじゃない?」


?「では、魔勇者様に、青の城においで下さるようお伝え願えますか」

魔勇者「城……って、あの真ん中のでっかいやつ?」

?「ええ、この街の統治者、青の女王様の居城でございます」

魔勇者「女王……へぇ、なるほどね」

?「お伝えいただけますか」

魔勇者「わかった。必ず伝えておくよ」

?「ありがとうございます。お待ちしております」






宿屋


スライム娘「………」

蜘蛛女「………」

スライム娘「………」

スライム娘「……か、片付け、上手くいって、よ、良かったね。お姉ちゃん」

蜘蛛女「………あぁ」


スライム娘「………」

スライム娘「………」すぅ はぁ

スライム娘「あ、あの、お姉ちゃん。あ、あの人と、どんな話をしたの?」

蜘蛛女「………」

スライム娘「あの、その、い、嫌なら、別に良いんだけど」

蜘蛛女「………」

スライム娘「お、お姉ちゃん?」


蜘蛛女「……お前は、どう思った?」

スライム娘「! ……ど、どうって?」

蜘蛛女「あいつの、人類と和平を結ぶって話」

スライム娘「………その」

スライム娘「………」

スライム娘「わ、私は、わ、悪くないかなって、思った」

蜘蛛女「……何でだ?」

蜘蛛女「どうしたら、あいつらを許せるんだよ。あたしたちから、家族も、帰る場所も奪った奴らを、どうしたら……!」


スライム娘「ゆ、許すとか、許さないとかじゃ、なくて」

スライム娘「こ、これ以上、わ、私たちみたいな目に合う人たちが、い、いなくなれば、良いなって」

蜘蛛女「!」

スライム娘「で、でも、お姉ちゃんが決めたことなら、わ、私は、別に……」

蜘蛛女「……」

スッ

蜘蛛女 「……」ナデナデ

スライム娘「ふぇ……?」


蜘蛛女「……やさしいな、お前は」

スライム娘「そ、そうかな?」

蜘蛛女「あぁ、流石、あたしの妹だ」クス

スライム娘「……えへへ」

蜘蛛女「……良し、決めた! あたしは、あいつに協力する!」

スライム娘「え、い、良いの?」

蜘蛛女「おう! あいつが帰ってきたら、頼んでみる」

スライム娘「だ、大丈夫かな」

蜘蛛女「頭を下げるさ。あいつも、このまま帰ってこないなんてことはないだろう」

スライム娘「そ、そうだね」



コンコン


蜘蛛女「ん?」

宿主「あの、お客様、今、よろしいですか?」

ガチャ

蜘蛛女「あぁ、何だ……!?」

ガスッ

蜘蛛女「かはっ……」

スライム娘「お姉ちゃん!?」


???「動くな」

スライム娘「!」ビク

???「我々は、この街の治安維持を任されている第十五憲兵団だ」

蜘蛛女「憲兵……だぁ?」

???「……ふむ、間違いないな」カサ

蜘蛛女「ふざけんな、あたしたちは何も……」

ドゴッ

蜘蛛女「ぐっ……」


???「黙れ、汚らしい魔物風情が。半身だからといって、調子に乗るな」

蜘蛛女「何だと……っ!」

バキッ

蜘蛛女「……っ!」

スライム娘「止めてっ!」

???「黙れ、と言ったんだ」

スライム娘「……っ」

???「……ふん。まあ、いい。お前らには、後でゆっくり、礼儀を教えてやる」

蜘蛛女(どうする? とりあえず、こいつらは敵。 しかし、数が多過ぎる)

蜘蛛女(くそっ、油断した、か)

???「お前たちを、国家反逆罪で逮捕する」

反逆も何も国民じゃないんじゃ

取り敢えずの拘束理由ってやつだろう
魔物の国という意味での国家反逆罪かもしれんし






青の城


ギイッ

?「女王様、魔勇者様がおいでになりました」

「そう。すぐに通してちょうだい」

?「畏まりました。……魔勇者様、こちらへ」

カツ カツ

魔勇者「ご拝謁を賜り、光栄です。女王様」

青の女王「ふむ、そなたが勇者か」

魔勇者「はっ」


青の女王「……思ったより、地味ね。危うく、見逃してしまうところだったわ」

魔勇者「まぁ、その、それが狙いだった、と申しましょうか」

青の女王「ふーん……あ、私、堅苦しいの苦手なの。だから、気は使わないわ」

魔勇者「はっ」

青の女王「ま、あなたがどうしようと、あなたの自由だけど」

魔勇者「わかりました」


青の女王「……で、勇者様は、その名に似合わず、こそこそ何をしようとしているのかしら?」

魔勇者「……失礼ながら、その質問にはお答えできません」

青の女王「あら、どうして?」

魔勇者「魔王様より厳命されておりますので」

青の女王「……へぇ」


魔勇者「そもそも、この作戦は、私が勇者であることも含めて、全てが極秘のはず」

魔勇者「私の存在を理解した上で、ここに呼び出すということは、何もかも理解しておられるのでは?」

青の女王「ま、そうなんだけど。一応、言質取っておかないといけないのよ」

青の女王「できれば、あなたから言って欲しかったんだけど」

青の女王「まあ、良いわ。単刀直入に聞く、そして命じるわ」

青の女王「人類との和平、即刻止めてほしいのよ」


魔勇者「……それは、出来かねます」

青の女王「魔王様から命じられているから?」

魔勇者「ご理解感謝します」

青の女王「……ったく、魔王、魔王、魔王って」

青の女王「何か、ムカつくわね。あなた」


魔勇者「…………」

青の女王「はぁ……和平、ね。世間知らずのお嬢様が考えそうなこと」

青の女王「あぁ、あなたも、同類だったわね」

魔勇者「…………」


青の女王「私たちが、どうやって生きてきたのか。あなたは考えたことがある?」

青の女王「皆が、何をして、日々の糧を得ているのか。考えたことがある?」

青の女王「答えは、戦争、よ。今も、昔も、私たちは、争うことで何とか生き残ってきたの」

青の女王「争いが、あらゆる需要を生む。そして、それに応えることで私たちは、発展をみたのよ」

青の女王「いい? 私たちに必要なのは、戦争なの。そこには、勝利も、敗北も無い。あってはならないのよ!」

青の女王「その点、人類って奴らは素晴らしいわ! ひ弱で、非力! それなのに繁殖力だけは、魔物並みだもの」

青の女王「しっかり管理すれば、私たちは、いつまでもこの戦争を続けることができる! 理想的な戦争をね!」


魔勇者「…………」

青の女王「……あなたにもう一度チャンスをあげる。だから、私の言葉に、だまって頷きなさいな」

青の女王「人類との和平、諦めなさい」

魔勇者「…………」


魔勇者「……女王様、お気づきかとは思いますが。あなたの発言は、魔王様に対する反逆に捉えられかねません」

青の女王「ふふっ……反逆? その言葉が力を持つには、魔王が、この国の意思の体現者である必要があるわ」

青の女王「今の魔王にそんな力がある? 誰があんな箱入り娘を認めるというの? 形だけの世襲なんて甘い考えは、この国じゃ通用しないのよ」

青の女王「今、この場において、反逆者は、あなたなの」

青の女王「憲兵!」

ダッダッダッダッダッ

憲兵1~22「………」


魔勇者「……女王様、これは一体何の真似ですか?」

青の女王「知らないの? 反逆罪は、重罪なのよ?」

魔勇者「なるほど、口封じですか」

青の女王「いいえ、罪人を捕えようとしてるのよ」

青の女王「あ、そうそう、仲間がいるのはわかっているわ。薄汚い半身魔族が二匹」

魔勇者「!」


青の女王「あなたは、もしかしたら、と思っていたけど、無駄だったようね」

魔勇者「彼女たちは関係ない! ただの雇われだ!」

青の女王「あら、そうだったの」

魔勇者「っ! 彼女たちは!?」

青の女王「さぁね。殺せ、とは命じてあるけど」

青の女王「殺し方まで、指定してないから」

魔勇者「……てめぇ……」

青の女王「あらあら、乱暴ね。何なら、あなたも殺して上げましょうか?」

魔勇者「やってみろよ……」

青の女王「……フン、殺せ」




「はい、そこまでー。どっちも動かないよーに」

魔勇者「!?」

青の女王「誰だ!」

ヴン

「どもー、魔王軍特務部隊のものでーす」

青の女王「特務、部隊? 聞いたことがないわ」

青の女王「でも、この城の魔法障壁を破ってくるってことは、実力はあるようね」

「えっ、障壁? そんなものあったんだー?」


「まー、いいや。わかったら、無駄な抵抗は……」

青の女王「たかだか一匹のくせに、調子にのらないで」

青の女王「憲兵! そいつも殺せ。逃がすな」

「……ハァ。しょうがないな。……全員しゅーごー!」

ヴン ヴン ヴン ヴン……

?1~22「………」

憲兵1~22「!」

青の女王「なっ!?」


「だから、動くなって言ったの。この場所は、既に我々の支配下にあるのよ」

青の女王「! ど、どこにいった!? あの女は!?」

「あれー、わからないかなー」

ヴン

「ここよ。あなたの、後ろー」

青の女王「ひっ」

「はい、あなたも動かないでね?」






「ふいー、目標確保っと。大丈夫ですかー、勇者さま」

魔勇者「えっと、君……もしかして、鳥娘?」

鳥娘「わ! 覚えててくれたんですねー!」

魔勇者「背中の翼でね。相変わらず、綺麗だ」

鳥娘「えへへ、ありがとうございます」

鳥娘「でも、今は任務中なので、『隊長』でお願いします」


魔勇者「隊長?」

鳥娘「はい! 魔王軍特務部隊の隊長ですー」フンス

魔勇者「特務部隊って……すごいな。エリートじゃないか」

鳥娘「……あれから、私なりに考えたんです。どうしたら、勇者さまと魔王さまのお役に立てるのか」

魔勇者「そ、それで、特務部隊に?」

鳥娘「親衛隊を別にすれば、一番魔王さまの近くにいられますから」


鳥娘「本当は、親衛隊に入りたかったんですけど、ほら、私……」

魔勇者「…………」スッ

鳥娘「!」ナデラレ

魔勇者「……そっか、頑張ったんだね」

鳥娘「……はいっ」

魔勇者「…………」

鳥娘「? どうしたんですか?」


魔勇者「ごめん、色々と聞きたいことはあるんだけど」

魔勇者「人の形をしたスライムと、半人半蜘蛛の女の人を知らないかな?」

魔勇者「短い間だったけど、ここまで、僕を守ってくれた。大事な仲間なんだ」

魔勇者「最後に見たのは、街の入り口にある宿屋なんだけど」

魔勇者「どこにいるのか知りたいんだ」

鳥娘「……勇者さま」


鳥娘「……ふふ、だそうですよー?」

魔勇者「……え?」

ギィッ

蜘蛛女「……よ、よお」

スライム娘「……っ」

魔勇者「二人とも……」


鳥娘「魔王様から、勇者様とそのお仲間を守るように仰せつかっておりましたので」

蜘蛛女「正直、助かったよ。さすがにヤバかったからな」

魔勇者「……ありがとう、鳥娘」

鳥娘「いえいえー、お礼なら、魔王様に。魔王様、勇者様が心配で、城下町を出るまで、こっそり監視させてたんですから」

魔勇者「ふふ、そっか。見られてたのか」

鳥娘「……」クス


蜘蛛女「……で、これから、どうすんだ? 勇者さんよ」

魔勇者「まぁ、まずは仲間探しかな。目的はまだ果たせてないし」

蜘蛛女「おいおい、仲間ならもういるじゃねーか。なぁ?」

スライム娘「…………っ!」コクコク

スライム娘「ふ、二人で、話し合った」

スライム娘「わ、私たち、あなたの旅に、同行する」

スライム娘「……も、もちろん、あなたが良ければ、だけど」


魔勇者「……ありがとう。こちらこそよろしくお願いするよ」

蜘蛛女「よっし、決まりだな!」

鳥娘「仲直り、ですねー。よかったです」

鳥娘「私は、ここの後始末をしなければならないので」

魔勇者「わかった。本当にありがとう」


鳥娘「いえいえー。……あ、そうだ。っと、これ。持っていって下さい」

魔勇者「これは? 丸い石……?」

鳥娘「跳躍魔法の起点となる魔法石です。周囲の魔力を少しずつ吸収して、〝出口〟の起点になりますー」

鳥娘「起動していただければ、いつでも、どこでも、駆けつけますから!」

鳥娘「あ、でも、起動するときは、距離を離して起動して下さいねー。空間の狭間に呑み込まれて帰って来れなくなりますから」

魔勇者「わかった」


鳥娘「……勇者様、どうかご無事で」

魔勇者「うん。……魔王を、頼む」

鳥娘「はい」






鳥娘「ふー……じゃあ、こっちの処理を始めよっか」

青の女王「……ふん」

青の女王「私を連れて、無事にこの街を出られると思っているの?」

鳥娘「まぁ……それなりに」

鳥娘「あ、そうそう。あなたに聞かなきゃいけないことがあったんだった」

鳥娘「彼ら、何か知ってる?」

憲兵1~22「……」


青の女王「何か、とは?」

鳥娘「魔王様への謀反に関して」

青の女王「それを教えたとして、何の得があるの?」

鳥娘「んー……彼らは生き存える、くらいかな。少しの間だけど」

青の女王「話にならないわね。それで私が協力すると思った?」

鳥娘「だよねー」

鳥娘「ま、いっかー。見たところ、あなたが一番深く噛んでそうだし」

鳥娘「消しちゃって」

特務兵1~22 コク

スラァ

ザシュ






青の女王「……私が言えたことじゃないけれど、惨いことするわね」

鳥娘「私たちは、魔王様の影だから」

青の女王「下々の者には、高みの者の影は見えないってわけ」

鳥娘「そーいうこと」

青の女王「意外ね、もっとお子様かと思っていたわ」

鳥娘「あなたたちがどう思おうと、彼女は、魔王なの。わかったー?」


青の女王「その言い方は、不快極まりないけれど、私にぺらぺら話しちゃっていいわけ?」

鳥娘「まー、多少の差こそあれ、あなたもああなるし」

青の女王「あらあら、怖い、怖いわぁ」

青の女王「その認識が甘いのよ」

青の女王「あなたの主にあなたたちを隠してたように、こっちにだって隠し玉があるのよ」

鳥娘「へー」

青の女王「っ……その余裕がどこまで保つか、見物だわ」


鳥娘「……」

鳥娘「まー、じゃ、いきますか」グッ

青の女王「ちょっと、顔は止めてよ? 結構自慢なんだから」

鳥娘「……ふんっ」

グシャッ

青の女王「……え?」


鳥娘「あ、そうそう。言い忘れたけれど」グッ

鳥娘「もうあなたの体とは、お別れだから」ググッ

青の女王「な……ん……」

鳥娘「あなたに隠し玉があるなら、私には、奥の手があるの」

ズボッ

青の女王「……かはっ」

鳥娘「捕まっても逃げられる」

鳥娘「その認識が甘いんだよ」




鳥娘「よっと……〝容れ物〟ちょうだい」

特務兵1 サッ

鳥娘「サンキュー。……これを入れて、封をして……っと」

鳥娘「よーし、吸魂術、かーんせーい!」

特務兵1~22 パチパチ

鳥娘「どうも、どうも」テレ

鳥娘「んじゃー、撤収しますか」

特務兵1~22 コク

ヴン ヴン ヴン ヴン……






宿屋


魔勇者「こんなもんかな」

蜘蛛女「おう、準備終わったか?」

魔勇者「うん、待たせてごめん」

スライム娘「ぜ、全然! わ、私たちも今終わった」

魔勇者「そっか、それなら良かった」

魔勇者「じゃあ、行こうか」

蜘蛛女「おう!」

スライム娘「うん!」

ガチャ バタン







魔王城


側近「……ご報告が御座います、魔王様」

魔王「何だ?」

側近「先日、境界南部防衛大隊において、前線部隊が壊滅しました」

魔王「!」

側近「幸い、前線部隊の報によって、防衛大隊は増援を派遣。前線にはほとんど変化ありません」

魔王「……そうか」


魔王「何があった。激戦区ではないとはいえ、慢心が過ぎるぞ」

側近「それが……」

魔王「?」

側近「慢心が原因であることは否めません。しかし、生き残った兵士たちからの証言によれば……」

魔王「何だ、珍しく歯切れが悪いな」

側近「申し訳ありません。しかし、私にもにわかに信じ難く」

魔王「信じ難い?」


側近「はっ。彼らの証言によると、部隊を壊滅させたのは、わずか四人の人類だ、と」

魔王「何? 四人?」

側近「はっ」

側近「加えて、その内の一人は、勇者と名乗ったとか」


魔王「! ……ついに、来たか」

魔王「境界南部に援軍を送れ。境界の全部隊にも警戒しろと伝えろ」

側近「はっ」

魔王「親衛隊に、城の防備を固めさせろ」

魔王「特務部隊に、その四人についての情報を集めるよう言え」

側近「委細承知」

スタスタスタ バタン

魔王「……」

魔王「間に合ってくれよ」ボソ

魔王(魔勇者……)ギュッ

ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございます。

突然ですが、報告しなければならないことがあります。

これ以降書き溜めたものが尽きてしまい、今以上に更新が遅くなってしまうかもしれません。
ご了承下さい。









境界北部 


霧の森


蜘蛛女「本当に、ここにあるのか? 聞いたことないぞ」

魔勇者「あるはずだよ」

魔勇者「というか、無かったら、僕たちは、命がけで戦線を越えなきゃならなくなる」

蜘蛛女「三人じゃ、無謀にもほどがあるっつーの」

スライム娘「で、でも、転送装置なんて、本当にあるの?」

蜘蛛女「んなもんあったら、真っ先にぶっ壊すけどな、あたしなら」


魔勇者「うん。この戦争が始まってすぐにほとんどが壊されたみたいだよ」

魔勇者「でも、ここのは、この森が、魔族、魔物でさえ迷ってしまうからって、破壊されずに残ってるみたいなんだ」

蜘蛛女「人類が来ても……ってことか」

魔勇者「そういうこと」

蜘蛛女「しかし、こっち側にその装置があるのは、わからなくもないが……」

蜘蛛女「なんで向こう側に、そんな装置があるんだ?」

魔勇者「交流があったんだよ、昔は」


魔勇者「だから、魔王は、人類と和平を結べるって、確信してるんだ」

スライム娘「……」

蜘蛛女「……そんな時代もあったんだな」

魔勇者「ずっと、ずっと昔の話だけどね」

スライム娘「ま、またそうなれると良いね」

蜘蛛女「……そうだな」

魔勇者「そうするためにも、今は前に進もう」

スライム娘「……うん!」



パキッ


魔勇者「!」チラ

蜘蛛女「……」コク

スライム娘「……?」

魔勇者「誰だ!」

スライム娘「!」

魔勇者「大人しく姿をあらわせ! そうすれば、命は助ける!」

魔勇者「出てきてもらえないのなら、この一帯全てを刈り取るしかなくなる!」


シーン……

魔勇者「……仕方ないか」チャキ

?「待って! 今、出て行くから!」

ガサッ

?「そ、そのご、ごめんなさい。話し声が聞こえたものだから」

魔勇者「!」

魔勇者(子供? ……!)

魔勇者「君は誰だ? どこから来た?」スチャ

スライム娘「ゆ、勇者さん!?」


蜘蛛女「お前、何やってんだ! 相手は子供だぞ!」

魔勇者「この森は、人智の及ばない迷いの森だよ?」

魔勇者「そんな場所に、どうして健康そのものの子供がいるのさ?」

魔勇者「……しかも、人類の」

蜘蛛女「!」

スライム娘「じ、人類……?」


魔勇者「さ、答えてよ」

子供?「そ、そんなこと言われても……」

子供?「僕、生まれてからずっとここに住んでるし」

魔勇者「ずっと……?」

魔勇者(どういうこと……?)

蜘蛛女「おい、どうなってんだ。あたしたちは、まだ境界を越えてないはずだろ?」

魔勇者「そのはず、だけど……」


子供?「って、そうじゃなかった」

子供?「僕……ううん、僕たちを助けて!」

魔勇者「助け……?」

魔勇者(この子……何を企んでいるんだ……?)

蜘蛛女「なあ」

魔勇者「何?」

蜘蛛女「とりあえず、武器をから手を離そうぜ? な?」

魔勇者「……」

蜘蛛女「何にせよ、話は聞いておくべきじゃないか?」

魔勇者「……わかった」





子供?「こっちだよ、こっち!」

蜘蛛女「ったく、こういう森は狭くて歩きにくいな」

魔勇者「自分が言ったんだから文句言わない」

蜘蛛女「わぁーってるよ」

スライム娘「あ、あの子、迷いがない」

魔勇者「……」

魔勇者(確かに……。何か目印でもあるのか?)

子供?「早く、早く!」

蜘蛛女「おい、こら、待てって!」

おつ





???


蜘蛛女「な、何だよ、これ……」

スライム娘「……」

魔勇者「……」



男1「ふーっ。 おーい、薪はこれくらいで良いのか?」

蜥蜴女「うん、それぐらいで大丈夫。いつもありがとう」

男1「良いってことよ。お互い様だろ」



老女「すまないね」

スケルトン「……」カラカラ

老女「いつも手伝ってもらっているのに、何のお礼も出来ない」

スケルトン「……」カラカラ

老女「そうかい、そうかい」



男2「また壊れちまったんだが……直してもらえるかね」

ドワーフ「またか……力を入れすぎるなといつも言っとろうに」

男2「す、すまん、すまん」

ドワーフ「まったく……貸せ!」

ドワーフ「ふむ……これなら、少し打ち直せば良いだろう」

男2「本当か!」

ドワーフ「二、三日したらまた来てくれ」

男2「わかった」



魔勇者「人類と魔物が……共存してる?」

スライム娘「ど。どういうこと……?」

子供?「ど、どうしたの? 何だか怖い顔してるよ?」

魔勇者「……ここは、いつからこうなったの?」

子供?「いつから……って、さっきも言ったじゃん」

子供?「生まれてからずっとだよ?」





魔勇者「……」

魔勇者(一体、何がどうなって……)

?「おや、あなた方は?」

スライム娘「!」

?「ここに辿り着いたということは、あなた方も平穏を求めておられるのですね?」

蜘蛛女「ま、まあ、その、そうだよ。なあ?」チラ

魔勇者「……あ、えっと、そうだよ」

スライム娘「……」コク


?「おぉ! それは、素晴らしい! どうぞくつろいで下さい」

?「少々おかしな場所に思えるかもしれませんが……」

?「ここの人々……魔のもの、人類は、皆、互いに助け合って生きています」

?「皆、心優しい者ばかりですから、ご安心を」


魔勇者「……ここのことを教えてもらってもいいかな」

?「ああ、これは失礼しました」

?「ここは、平穏を望む者たちの小さな楽園、霧の女王が見守る霧の集落でございます」

?「そして、私は、未熟ながらこの集落のまとめ役のようなものをしております。集落長と申します」

魔勇者「……僕は、魔勇者。彼女たちは、蜘蛛女とスライム娘。僕の仲間だよ」

集落長「これはこれは、よろしくお願いします」ペコリ

蜘蛛女「お、おう」

スライム娘「お姉ちゃん! ……よ、よろしくお願いします」ペコリ


「集落長! またお客だ! こっちへ来てくれないか」

集落長「おや、まあ、何と珍しい。すみません、ご案内できたら良かったのですが……」

魔勇者「気にしないで、自分たちで勝手に見て回るから」

集落長「そうですか。では……」

魔勇者「……」


子供?「……面白いよね、あの人」

スライム娘「お。面白い?」

子供?「あの人が言ってた〝霧の女王〟なんて、ホントはいないんだよ」

蜘蛛女「そりゃ、どういう……」

子供?「あの人、この森で迷子になって、疲れて動けなくなったとき、助けてもらったんだってさ」

子供?「綺麗な、綺麗な女の人に」

スライム娘「お、女の人……」

子供?「そう。皆、その話を知ってる。でも、その女の人を見たことはないんだ」


子供?「あの人が言うには、その人に憧れて、一目会いたくて、お礼と恩返しがしたくて、ここに住むことにしたんだって」

子供?「そんな人いやしないのに……馬鹿、だよね」ウツムキ

魔勇者「……?」

魔勇者(この子……)

『止めて下さい! あなた方のような人々はこの場所に相応しく無い!』

蜘蛛女「! ……この声は、集落長!?」

スライム娘「な、何かあったみたい」

乙乙。

おっつん




人狼1「おらぁっ!」バキッ

集落長「ぐあっ」

人狼2「はははっ! 人類! この劣等種族が!」

人狼3「放っておけば、害虫のように増えやがって」

人狼3「こりゃあ、駆除、しねぇとなぁ?」


集落長「や、止めて下さい……」

人狼1「あぁ? まだ息があるのか、こいつ」

集落長「わ、私たちは、ただ静かに暮らしたいだけなんです」

集落長「どうか、どうか、放っておいて下さ……」

人狼1「うるせぇ、死ね」ブン

キン

魔勇者「まあ、待ちなよ」


人狼1「あ?」

ブシュ

人狼1「あぁぁぁぁぁ! 腕がぁぁぁぁぁぁ!」

魔勇者「待てって、言ったのに」

人狼1「て、てめぇ……何しやがった!」

魔勇者「何って、その腕見れば分かるでしょ」


人狼2「馬鹿を言え! その距離からその剣が届く訳が無い!」

魔勇者「……まぁ、そうかもね」

人狼3「!」

人狼3(あの野郎、まったく血の匂いがしねぇ……)

人狼3(だってのに、何でこんなに気圧されるんだ……!)

人狼2「ふざけおって! 魔族だからとて、容赦はせん!」ダッ

人狼3「! 待て!」


人狼2「うぉらっ!」ブン

ガキン

人狼2「なっ!?」

魔勇者「……フッ!」ブン

メキメキっ

人狼2「かはっ……」アトズサリ

人狼2「お、お前……それは、一体……」フラッ

ドサッ


魔勇者「……」

人狼3「くっ……」チラ

人狼1「ぐぅっ」

人狼2「……ひゅー……ひゅー……」

人狼3(チッ……馬鹿が……っ)

人狼3「おい、ずらかるぞ!」グイ

人狼2「ぐあつ」

人狼1「くっそ……」ダッ

人狼3「……てめぇら、ぜってー殺す」ダッ







魔勇者「……ふー、危なかった」

魔勇者「集落長、大丈夫ですか?」

集落長「げほっ、げほっ……え、えぇ、助かりました」

魔勇者「ごめんなさい。ここに争いを持ち込んでしまった」

集落長「い、いえ、あなた方に、非はありませんよ……うっ、ごほっ」

魔勇者「!」

魔勇者「誰か! 集落長に手当てを!」

蜥蜴女「は、はいっ!」

男1「おう、担架持ってくる!」





子供?「集落長、大丈夫かな……」

魔勇者「しばらく動けないだろうけど、命に別状はないはずだよ」

子供?「そっか……良かった」

魔勇者「じゃあ、僕たちはもう行くよ」

子供?「え? な、何で?」


魔勇者「ここに、部外者である僕たちが、争いを持ち込んだからだよ」

子供?「それは違うの!!」

魔勇者「うわっ!?」

子供?「あ、ご、ごめんなさい」

魔勇者「だ、大丈夫。でも、一体どうしたの?」

子供?「い、いや、でも、さっきのことは、あなたたちのせいじゃないのは本当だから……」

子供?「……」


魔勇者「?」

子供?「……僕、あいつらの居場所、知ってるんだ」

魔勇者「!」

魔勇者「じゃあ、助けてほしいって言ったのは……」

子供?「……」コク


子供?「……あなたたちにとって、僕たち人類は、憎むべき対象なのかもしれない」

子供?「僕たちなんて、殺されてしまえばいいと思っているかもしれない」

子供?「身勝手なのは、わかってる。 あなたたちに僕たちを助ける義理なんてないことも」

子供?「でも、僕は、あそこで平和を話してたあなたたちに、お願いしたい」

子供?「あいつらを、殺して……」






蜘蛛女「……で、あの子供も頼みを聞いてやることにしたのか?」

魔勇者「うん」

蜘蛛女「何の義理もない、それどころか敵である人類の頼みを?」

魔勇者「……うん」

蜘蛛女「しかも、その頼みが、あの人狼を殺してだって?」

魔勇者「…………」


蜘蛛女「あの年で、殺すとか、中々言わないぞ」

魔勇者「……そう、かも」

蜘蛛女「ってか、おまえ、あいつのことあからさまに疑ってたじゃねぇーか」

蜘蛛女「それをいきなり、どんな風の吹き回しだ?」

スライム娘「し、信じてあげることにしたの……?」

魔勇者「いや、そういうわけでもないんだけど……」


蜘蛛女「んじゃあ、一体何なんだ」

魔勇者「あの子のことは、正直疑ってる。でも……」

蜘蛛女「でも……?」

魔勇者「あの集落を守りたいって気持ちは変わらないかな……って」

蜘蛛女「……」

スライム娘「……」


魔勇者「え、えっと……?」

蜘蛛女「お前、本当にお人好しだよな……」

スライム娘「……」コク

魔勇者「あはは……」

蜘蛛女「ま、良いけどよ。行くんなら、さっさと行こうぜ」

蜘蛛女「あたしたち、ここで止まるわけにはいかないんだろ?」

スライム娘「……!」コクコク

魔勇者「……ありがとう」






子供?「ホント? 本当にやってくれるの?」

魔勇者「ああ、僕も、あの集落を守りたいって気持ちは同じだからね」

蜘蛛女「あたしは、金さえ貰えれば、何だっていいけどな」

スライム娘「もう、お姉ちゃん!」

子供?「……ふふっ、ありがとう。皆、優しいんだね」








人狼の住処


子供?「ほら、あそこ」

魔勇者「あの洞窟?」

子供?「そう。 この前、森で遊んでたら、あいつらが歩いているのを見つけたんだ」

子供?「少し怖かったけど、後を追っていったらあそこに入っていったんだ」

魔勇者「わかった。君はここで待ってて」

子供?「うん、わかった」


魔勇者「……じゃあ、僕たちは行こう」

蜘蛛女「待て待て、どれくらいいるか。知っておいたほうが良い」

蜘蛛女「相手は、人狼だぞ。用心するにこしたことはねぇよ」

子供?「中くらいのが三体。大きいのが一体。リーダーだと思う」

蜘蛛女「……随分詳しいな」

子供?「……見た限りの話だけどね」

魔勇者「わかった、蜘蛛女、スライム娘、行こう」






人狼(大)「……それで、手も足も出ずに逃げ帰ってきたって訳か?」

人狼1「そ、そうだ。し、しかし、あいつ本当に強かったんだ! 信じてくれ!」

人狼(大)「お前がそんな痛手を負ったんだから、きっとそいつは強かったんだろう」

人狼1「ああ、ああ! そうだ、そうなんだ!」

人狼(大)「だが、それが何だ?」


人狼1「! や、止めろ」

人狼(大)「敗北したお前は、もはや不用なんだよ」

人狼1「……しょ」

人狼(大)「ん?」

人狼1「……っくしょ」

人狼1「……ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉ!」

人狼(大)「うるせぇ」ブン

グシャ


人狼1「」

人狼2「わ、私はまだ、ひゅー、たたかえ……」

人狼(大)「人狼3、殺せ」

人狼3「……」コク

人狼2「じ、人狼3、お前、冗談だろう?」

人狼3「……わりぃな」ガッ

メキメキ

人狼2「お、おまえ……っ」

ボキッ


人狼2「」

人狼(大)「人狼3、お前を生かしているのは、お前がまだ戦えるからだ」

人狼(大)「……わかってんな?」

人狼3「ああ……」

人狼3「……わかってらぁ」





魔勇者「……」

蜘蛛女「……」

人狼3「随分早ぇじゃねぇか」

魔勇者「協力者がいてね」

魔勇者「ほかの二人は?」

人狼3「死んだよ」

魔勇者「そっか」

魔勇者「どのみち死んでもらうつもりだったから、好都合かな」

人狼3「そうか」


魔勇者「んじゃあ、君を殺すよ。わかっていると思うけど」

人狼3「そりゃこっちの、セリフだっ」ダッ

魔勇者「! 蜘蛛女!」ザッ

蜘蛛女「分かってる!」ザッ

人狼3「おらぁっ!」ブン

ドガン

魔勇者(地面が……)

魔勇者「さすがに本気だね」


人狼3「俺はまだ死にたくないからなっ!」ブン

魔勇者「よっと」サッ

人狼3「ちょこまか逃げんな!!」

蜘蛛女(背中ががら空きだぜ)ニヤ

蜘蛛女「そこ!」ヒュ

人狼3「ぐあっ」

蜘蛛女(ちっ……浅いか)ザッ


人狼3「くそがっ」ダッ

蜘蛛女「!」

蜘蛛女(速い!)

人狼3「もらったぁぁ」ザン

ガキン

魔勇者「おっとと、危ない危ない」ガギギ

人狼3「ちっ」

人狼3(こいつ……!)


蜘蛛女「お、お前、それ……」

魔勇者「話は後!」

魔勇者「お、らぁっ!」

人狼3「うおっ」

魔勇者(……今っ!)

魔勇者「……シッ」キン


人狼3「ぐっ」ザザッ

人狼3「……」

人狼3「……ははっ、ここまで、か……よ」

ズルッ  ドサッ

魔勇者「……ふー」

蜘蛛女「気ぃ抜くな!」


魔勇者「え、だってさ……」

人狼(大)「」クビダケ

ズル、ズルズル……

スライム娘「ぷはっ」

スライム娘「う、うまくいった」

蜘蛛女「よくやったな!」ナデナデ

スライム娘「え、えへへ」


魔勇者「形を自由に変形させるなんて……まあ、言われてみればそうなんだけど」

蜘蛛女「自慢の妹だからな!」

魔勇者「散々心配してたくせに……」

蜘蛛女「う、うるせぇ!」

スライム娘「ふふ、ありがとう、お姉ちゃん」

蜘蛛女「……おう」

魔勇者「じゃ、行きますか」


蜘蛛女「集落には戻らないのか?」

魔勇者「うん。よく考えてみれば、僕たち、転送装置の場所すら掴めてないわけだし」

蜘蛛女「いや、だからこそ、戻るべきじゃないのか?」

魔勇者「あー……」

魔勇者「そうだね。じゃあ、一旦戻ろうか」


人狼4「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!!」ダッ

蜘蛛女「! 魔勇者、後ろっ!!」

魔勇者「!」スチャ

魔勇者(間に合え……!)

?「お待ち下さい!」

人狼4「! ……あっ」

魔勇者「! ……うわっ」

ドンッ ゴロゴロ……


人狼4「うぐぐ……」

魔勇者「いてて……」

蜘蛛女「魔勇者!」

スライム娘「ま、魔勇者さん……!」

魔勇者「だ、大丈夫大丈夫。転んじゃっただけだから」

?「申し訳ありません。思わず、大きな声を出してしまいました」

蜘蛛女「っ! てめぇは何モンだ!」スチャ

?「……残念ながら、わたくしに名乗れる名前はございません」

蜘蛛女「何だと?」

?「ですが、ある人は、わたくしをこう呼びます……呼んでくれます」

?「……霧の女王、と」

ほう





スライム娘「ほ、本当に、いたん……ですね」

魔勇者「まあ、それも驚きなんだけど……」

蜘蛛娘「あいつしか呼んでなかったのかよ……」

霧の女王「? どうなされたのですか?」

魔勇者「いえ、何でもないです」


霧の女王「兎にも角にも、助けていただいてありがとうございます」ペコリ

霧の女王「わたくし、永らくこの森に住み、自らの能力を以て、この森の守り手のようなこともしてまいりました」

霧の女王「ですが、彼らの獣並みの嗅覚には敵わず……」

魔勇者「囚われの身になった、と」

霧の女王「彼らは、わたくしを利用して、権威の拡大を狙っていたようです」

蜘蛛女「つまりこの森が、霧の森と呼ばれる理由が、あんた?」

霧の女王「ええ」


蜘蛛女「……言っちゃ悪いが、見た感じ華奢な女の子みてぇだけど」

霧の女王「ふふっ、その油断も、わたくしの力を増してくれるのです」

子供?「そうだよ、お姉さん」

蜘蛛女「うおっ、お前どっから……」

子供?「どこを見てるの? 僕はこっちだよ?」

蜘蛛女「!」


蜘蛛女「……言っちゃ悪いが、見た感じ華奢な女の子みてぇだけど」

霧の女王「ふふっ、その油断も、わたくしの力を増してくれるのです」

子供?「そうだよ、お姉さん」

蜘蛛女「うおっ、お前どっから……」

子供?「どこを見てるの? 僕はこっちだよ?」

蜘蛛女「!」

すいません、ミスりました。

続き↓


スライム娘?「こ、こんなことも出来るんだよ。お姉ちゃん?」

蜘蛛女「!?」バッ

スライム娘「!」ブンブン

蜘蛛女?「この森の霧を一度吸い込めば、その者は既にわたくしのもの」

蜘蛛女?「気づかない限り、振り払うことは叶いません」

蜘蛛女「……わ、わかったから、元の姿に戻ってくれねぇか?」


蜘蛛女「その口調で喋ってる自分なんて、むず痒くてしょうがねぇ」

霧の女王「ふふふっ、お分かりいただけたようで何よりですわ」

魔勇者「じゃあ、あの人狼を助けたのは何故ですか?」

人狼4「ひっ、ご、ごめんなさい」

霧の女王「他の人狼と違い、彼は争いを望んでいませんでした」

霧の女王「わたくしを助けてくれ、その援助には、暖かさが垣間見えました」

魔勇者「だから、助けることにしたと」


蜘蛛女「お前に似て、お人好しというか、何と言うか……」

霧の女王「彼は、集落の一員になることを望み、わたくしはそれを許しました」

蜘蛛女「しかし、受け入れてくれるかね。集落を襲った同族を」

魔勇者「霧の女王自ら、事情を説明すれば良いんじゃない?」

魔勇者「集落長も憧れの女王に会えるわけだし」

霧の女王「そ、そんな……それは、出来ません!」

スライム娘「!」ビク


蜘蛛女「ど、どうしたんだ。いきなり大声をだして」

霧の女王「も、申し訳ありません。ですが……」

霧の女王「そ、それは、出来ません」///

蜘蛛女(あぁ、これは……)チラ

スライム娘「!」コクコク

魔勇者「? 名案だと思うんだけどな」

霧の女王「いや、ですが、それは……」

人狼4「あ、あの、俺からもお願いします」

人狼4「俺から言ったところで、本当の信用は得られないでしょうから」

霧の女王「あ、あなたまで!」


蜘蛛女「まあ、まあ」トントン

霧の女王「!」

蜘蛛女「良いじゃねぇか。集落長にお近づきになれるチャンスだぞ?」ボソ

霧の女王「な、何故それを……!」ボソ

スライム娘「み、見てたらわかる」ボソ

霧の女王「ま、真ですか!?」アタフタ

蜘蛛女「せっかく、背中を押されてるんだ。行ってみたらどうだ」

スライム娘「……」コクコク

霧の女王「うう……」






霧の女王「で、では、い、行きましょうか」

人狼4「は、はい」

魔勇者「あの、大丈夫?」

霧の女王「え、ええ、だ……大丈夫ですわ」

蜘蛛女「しっかりな」ニヤ

霧の女王「は、はいぃ」

霧の女王「て、転送装置までの道は開いておきました」

霧の女王「この森が、あなた方を導いてくれるでしょう」

魔勇者「ありがとう」

霧の女王「こちらこそ……では」






転送装置


蜘蛛女「これが、転送装置?」

魔勇者「そう……だよ」

蜘蛛女「何だ、その間は」

蜘蛛女「しっかし、これ、ちゃんと動くのか? 苔むしてて、動きそうにないぞ」

魔勇者「そりゃ、古いからね。でも、形は保ってるから、まだ動く筈だよ」


蜘蛛女「まあ、お前に任せるよ」

魔勇者「了解、ちょっと待ってて」

魔勇者「原理は、跳躍魔法と一緒なんだ」

魔勇者「違いは、出発地と到着地が決まってるってことと、魔力を込めるだけで良いってこと」

魔勇者「そのための場所が、どこかに……っと」


魔勇者「おっ、これかな」

魔勇者「二人とも、ちょっと下がってて」

蜘蛛女「わかった」

スライム娘「……」コク

魔勇者「はぁっ」

ヴン

ヴォン ヴォン ヴォン……

ヴゥゥゥゥン

蜘蛛女「うわ、こりゃ、すごいな」

スライム娘「お、大きな黒い窓……?」

魔勇者「触ると自動的に、吸い込まれるから注意してね」




魔勇者「さて、と、二人とも準備は良い?」

魔勇者「こっから先は、人類の領域だよ」

蜘蛛女「当然!」

スライム娘「や、やるって決めたから……!」

魔勇者「うん……じゃあ、行こうか」




ヴン ヴン ヴン














境界北部(人類側)


大雪山


蜘蛛女「うおっ、寒っ!」

魔勇者「うわわっ、嘘、寒いねー」

スライム娘「」ガクガク


蜘蛛女「馬鹿野郎っ! こういうことは先に言えよ!」

魔勇者「いやぁ、僕もこっち側のことは良く知らなくて」

蜘蛛女「なん……お前なぁ!」

蜘蛛女「どうすんだよこれ!」

魔勇者「とりあえず……下山?」

蜘蛛女「どこに向かってだよ!」


?「……ハアッ!」

魔勇者「!」ザッ

蜘蛛女「!」ザッ

ザン

?「チッ!」

魔勇者(誰だ?)

蜘蛛女(フードの、男? まさか、人類か!?)


?「ッ……!」ザッ

魔勇者(ここで戦うだけ、不利だ)

魔勇者(一気に決める!)スチャ

?「!」カチャ

ヒュン

魔勇者「っ」ザッ

魔勇者(飛び道具!? いや、ナイフか!)


蜘蛛女「くそっ」ブンッ

?「……!」キン

蜘蛛女(あたしたちを相手にこの立ち回り……何者だ、コイツ)

魔勇者(隙をつかなきゃ、駄目だ!)

ザッ

?「!」


魔勇者「そこっ!」キ

ドサッ

蜘蛛女「スライム娘っ!!」

魔勇者「!」バッ

スライム娘「お、お姉ちゃ……」パキパキ

蜘蛛女「しっかりしろ、おい!」


魔勇者(体が凍り始めてる……!)

魔勇者(当たり前じゃないか、こんなところに連れてきたら……)

魔勇者「くそっ」

魔勇者(どうする、どうすればいい)

ザッ

魔勇者「!」

?「……待て」

?「……着いてこい」

魔勇者「……」

?「……その娘、助けたくないのか?」


ほら穴


パチパチ……

?「……どうだ」

スライム娘「う……うぅ……」

蜘蛛女「な、何とか……」

?「……そうか」


魔勇者「すまない、僕のミスだ」

蜘蛛女「そうだな。その通りだ」

魔勇者「……」

蜘蛛女「でも、そんなお前に着いていくと決めたのは、あたしと、この子だ」

蜘蛛女「責められねぇよ」

魔勇者「……ありがとう」


?「……お前たちが、装置を使ってこっちに来たのがわかったからだ」

?「……何も知らない、お前たち魔族が」

魔勇者「僕たちが……何も知らない?」

?「……そうだ」ファサ

魔勇者「!」

魔勇者(あの耳……エルフ?)

?「俺の名は、ダークエルフ」

ダークエルフ「エルフ最後の一人だ」




蜘蛛女「エルフって、あのエルフか?」

ダークエルフ「……人類に与した裏切り者、という意味なら、そうだ」

蜘蛛女「まだ、生き残りがいたなんてな」

蜘蛛女「戦場にもまったく姿を表さないし、とっくに絶滅したと思ってたぜ」

ダークエルフ「……この耳さえ隠せば、人類とほぼ変わらないからな」

ダークエルフ「……最近はともかく、こっちに来た当初は、そこそこいたはずだ」

蜘蛛女「そうだったのか」


魔勇者「それで、最後の一人ってのは、どういうこと?」

ダークエルフ「……言葉通りの意味だ。俺を覗いて、もうエルフは、この世界に存在しない」

ダークエルフ「……その俺でさえ、人類との混血だ。純粋なエルフはもっと昔に途絶えた」

魔勇者「理由は? 人類と揉め事でもあったの?」

ダークエルフ「……簡単に言えば、そうなる」

ダークエルフ「……自らの力を過信しすぎた結果、人類に殲滅されたんだ」

魔勇者「そう、なんだ」

魔勇者(僕たちとの戦いで手一杯かと思っていたけど、人類にそんな力があったなんて)


ダークエルフ「それだけなら、良かったんだがな」ボソ

魔勇者「え?」

ダークエルフ「……いや、何でも無い」

ダークエルフ「……その娘が良くなるまでは、好きなだけいてくれて構わない」

魔勇者「その後は? また、僕たちを襲うの?」

ダークエルフ「……お前たち二人を一人でやるのは骨が折れる」

ダークエルフ「……出来ることなら、このまま帰ってくれると助かる」


魔勇者「帰らないと言ったら?」

ダークエルフ「……その理由を教えてもらってもいいか?」

ダークエルフ「……今になって、たった三人でこちら側に来て、一体何をするつもりなんだ?」

魔勇者「魔王様の命により、人類と和平を結ぶために来たんだ」

ダークエルフ「……和平?」

ダークエルフ「……ふふっ、和平か、そうか」


魔勇者「?」

ダークエルフ「……考えが変わった」

ダークエルフ「……動けるようになり次第、下山する道を教えてやる」

魔勇者「あ、ありがとう……?」

ダークエルフ「……その目で見て、確かめると良い」





数日後


スライム娘「心配かけて、ごめんね。お姉ちゃん」

蜘蛛女「馬鹿言うな。お前の姉なんだ、心配ぐらいさせろ」

魔勇者「二人とも、ごめん」

スライム娘「い、良いんです。着いてくるって決めたのは私たちだから」

魔勇者「……ありがとう」

ダークエルフ「……そろそろ出発するぞ」








魔勇者「道を教えてくれるのはありがたいけれど、どうして気が変わったの?」

ダークエルフ「……証人が欲しくなった」

魔勇者「証人?」

ダークエルフ「……我々の過ちを、見て、聞いて、感じて、後世に伝える者が必要だと思った」

魔勇者「我々の……過ち?」

ダークエルフ「……見たほうが早い。そろそろふもとの村だ」






ふもとの村


蜘蛛女「これが人間たちの、村……」

スライム娘「し、静かだね」

ダークエルフ「……こっちだ」

魔勇者「蜘蛛女、少し、警戒したほうが良いかもしれない」ボソ

蜘蛛女「わかった。でも何でだ?」

魔勇者「あまりに静か過ぎる。僕たちの姿を見て、パニックが起きないはずはない」ボソ

蜘蛛女「! ……た、確かに」


魔勇者「僕たちは、騙されているのかも」ボソ

スライム娘「!」

ダークエルフ「……心配はいらん。この村には、もう誰も住んでいない」

魔勇者「!」

ダークエルフ「……別に、騙すつもりなどない。真実を知ってもらいたいだけだ」

ダークエルフ「……わかったら、着いてこい」




魔勇者「本当に、誰もいない」

蜘蛛女「最近の話じゃねぇぞ。大分時間が経ってる」

魔勇者「境界付近だからあらかじめ避難したってことかな」

蜘蛛女「実った作物を収穫しないでか?」

魔勇者「うーん……」

ダークエルフ「……こうなっているのは、ここだけじゃない」

ダークエルフ「……信じられないかもしれないが、王都以外の全ての居住地も同じ事態になっている」

魔勇者「……どういうこと?」

ダークエルフ「……お前たちが、和平を結ぼうとしている相手は、もう存在しない、ということだ」






ダークエルフ「……当初、人類とエルフの関係は、良好なものだった」

ダークエルフ「……それこそ、俺のような存在が現れるほどにな」

ダークエルフ「……だが、魔物との戦争が激化するにつれて、お互いの間の溝は深くなっていったんだ」

ダークエルフ「……最終的には、互いの発展のために交換しあった技術を使って、争うまでになった」


ダークエルフ「……とはいえ、ここは、人類の領域だ。数も、資源も、比べるべくもなかった」

ダークエルフ「……劣勢だったんだ、エルフは」

ダークエルフ「……なり振りかまっていられなくなったエルフは、ある兵器を開発した」

ダークエルフ「……『人類』を資源に、エルフに忠実な兵士を創り出す」

ダークエルフ「……数と資源の問題を同時に解決する、画期的な兵器だったんだ」


ダークエルフ「……人類から見れば、考え難い蛮行だ。怒りに燃える人類に、エルフは、攻め滅ぼされた。結局な」

ダークエルフ「……しかし、兵器は、人類に鹵獲された。魔物との戦争に使えると考えたんだろう」

ダークエルフ「……その内、あらゆる居住地から人が集められ始めた。徴兵令だといってな」

ダークエルフ「……そして、一人として帰ってこなかった」






魔勇者「そんな……じゃあ、ここの人たちは」

ダークエルフ「……〝兵士〟になったんだろう」

蜘蛛女「……胸くそわりぃ話だな」

ダークエルフ「……言い訳をするつもりはない。エルフは過ちを犯した」

ダークエルフ「……取り返しのつかない過ちを」

スライム娘「……」


ダークエルフ「……真実は話した、証拠も見せた。これから、どうするのかは、お前たち次第だ」

ダークエルフ「……帰るというのなら、装置まで案内する」

魔勇者「……」

魔勇者「僕は、帰らない」

蜘蛛女「!」

スライム娘「!」


魔勇者「もし、人類と和平を結べないなら、戦争が続くことになる」

魔勇者「そして、僕たちは、敵の指令系統の頂点を奇襲するのに、ちょうどいい位置にいる」

魔勇者「僕たちは、王都に向かうよ」

ダークエルフ「……そうか。全てを知っての判断なら、もう止めはしない」

ダークエルフ「……代わりに、俺から頼み事をしよう」

ダークエルフ「……エルフの、俺たちの過ちをどうか、終わらせてくれ」ドゲザ

魔勇者「がんばってみるよ」

乙。











魔勇者「今更だけど、二人とも、本当にごめん」

蜘蛛女「……あたしたちは、雇われた側だからな。文句は言えねぇよ」

蜘蛛女「ただ、一つだけ約束して欲しい」

蜘蛛女「何があっても、スライム娘だけは、生きて向こうに帰してくれ」

蜘蛛女「あたしの都合で、こんな血なまぐさいことしかやらせられなかった」

蜘蛛女「あいつは、もっと良い生き方をすべきなんだ」

魔勇者「……わかった、約束する」







王都


蜘蛛女「こうして見るとよ。人類はもういないんだって、実感するな」

魔勇者「……そうだね。少なくとも、生き物が住んでる雰囲気じゃない」

スライム娘「ど、どうするの?」

魔勇者「進むしか、ない。あの城に、きっと王はいる」

蜘蛛女「よっしゃ、んじゃ、前進!」





王の城


魔勇者「何の抵抗も無く来れちゃったね」

蜘蛛女「これ……誰もいないんじゃねぇのか?」

魔勇者「そんなはずないと思うんだけど……」

スライム娘「で、でもちょっと怖い」

魔勇者「注意は怠らずに行こう、ここは敵の本拠地なんだ」




玉座の間


魔勇者「ここが、玉座みたいだね」

蜘蛛女「やっとだな」

スライム娘「……」グッ

魔勇者「行くよ」

ガチャ  ギィィィ……


魔勇者「!」

ザッ

兵士「……」           兵士「……」

兵士「……」           兵士「……」

兵士「……」           兵士「……」

兵士「……」           兵士「……」

兵士「……」           兵士「……」

兵士「……」           兵士「……」




           王


蜘蛛女「あれが……王」

スライム娘「ね、眠ってるみたい」


王「ん……ああ、客人か。済まない、しばし微睡んでいた」

王「……最近は、我が城を訪れる者もめっきり減った」

王「久々の客人だ。くつろいで……」

王「……何だ、お前たちは」


魔勇者「人類の長、王よ。私は、魔勇者。魔王より、和平の申し入れを伝えに参りました」

魔勇者「後ろの二人は、蜘蛛女とスライム娘、私の仲間でございます」

王「何? 和平?」

王「くっくっくっ……ハーッハッハッ!」

スライム娘「……?」

王「そうか、和平か!」

王「彼らは上手くやっているらしいな。 いやぁ、愉快だ!」


魔勇者「彼ら……?」

王「我らの最精鋭、勇者一行のことだ。今頃は、魔物共を根絶やしにしているのだろう?」

魔勇者「な!」

王「策に困ったお前たちは、和平を申し入れに来たのだろう?」

王「蔑み、嬲り殺しにした相手に頭を下げにな!」






魔王城


ガチャ

兵士「報告します。勇者を名乗る四人組は、城下町を進攻中! 部隊は次々と突破されています!」

側近「! ……魔王様」

魔王「市民の避難を最優先させろ。奴らの狙いは私だ」

兵士「はっ」


側近「しかし、それでは魔王様が!」

魔王「親衛隊がいる」

側近「しかし……!」

魔王「市民の避難に貢献できない部隊は、奴らの足止めにあたれ」

魔王「……これで満足か?」

側近「……はっ」

魔王「……私には、わかる。我が軍に奴らは止められん」

魔王「いずれ、雌雄を決せねばならんだろう。私の手で」






?「ふぅ……さすがに少し疲れたな」

?「馬鹿言え。俺たちが疲れるわけないだろ」

?「気疲れって、意味でしょ。わかるわ、さすがに数が多いもの」

?「困りましたね。精神的なものは、私の管轄外です」


?「んじゃあ、手分けするか?」

?「手分け?」

?「要は、お前が、あの城につければ良いんだろ」

?「だったら、全員がバラバラの方向から進んだほうが良いんじゃねぇかと思ってさ」

?「あら、意外とまともなこと言うのね」


?「いや、それは困りますよ。私はどうすれば良いんですか」

?「さあ? その杖で殴れば良いんじゃないかしら」

?「これは、術式の触媒として働くもので……」

?「あー、はいはい。わかったわよ。じゃあ、あなたはあたしと一緒に来なさいな」

?「助かります」

?「良し、んじゃあ、決まりだな!」


?「いやいや、僕何も言ってないんだけど。一応僕リーダーなんだけど」

?「まぁ、細かいことは良いじゃねぇか」

?「えぇー……」

?「んじゃ、そういうことで、俺こっち」

?「じゃあ、あたしたちはこっちね。頑張って、勇者ちゃん」

?「あ、ち、ちょっと。みんなー」

?「行っちゃった……」

?「はあ、しょうがないな」

勇者「……やりますか」






?「よっ」ザシュ

?「ほっ」ブシャ

?「たぁー」グシャ

?「いやー、楽しい楽しい楽しいねぇ!」

?「このスリル! あいつと一緒じゃ、絶対に味わえないからな」

?「おらおら、もっと来いよ!」

?「この戦士様を愉しませてみせろ!」


「散々仲間を殺してくれちゃってー!」

ヒュン

戦士「うおっ」ザッ

ヴン

鳥娘「ちょっと欲張り過ぎー」

戦士「あっぶねぇ! けど、すっげぇ! 何、その技!」


鳥娘「テンションたっかー」

戦士「おらっ!」ザン

ヴン

鳥娘「っと」

戦士「! 消えた!」

鳥娘「こっち、こっちー」


戦士「! すげぇ、すげぇ、どうやってんだっ!」ブン

ヴン

鳥娘「教えるわけないでしょっ!」ヒュン

戦士「おっと」

戦士「ははっ、良いぞ良いぞ。思ってたのとはちょっと違うが、これはこれで心が踊るぜ!」

鳥娘「悪いけど、あなたばっかりに構ってられないのー」

ヴン ヴン ヴン ヴン

戦士「おぉ、速ぇ速ぇ!」


鳥娘(戦況は不利。ここで手間取ってられない)

鳥娘(吸魂術で一気に決める……!)

戦士「どこだ? どこにいるんだ?」

ヴン

鳥娘(後ろを取った!)

鳥娘「ハァッ!」ズボッ


グッ

ググっ

鳥娘「っ!」ズキっ

鳥娘(何この感覚っ!)ザッ

戦士「おっと、逃がすかよ」ガッ

鳥娘「ぐっ」


戦士「おい、教えてくれよ。さっきの超速移動はどうやったんだ」

戦士「何かの魔術か? え? どうやんだよ?」

鳥娘「あ、あなた、一体何なの……?」

戦士「へっ、知るかよ。んなもんわかるわけねぇだろうが」

戦士「気がついてからずっと囁くんだよ。殺せ、殺せってな」

戦士「止めろ、止めろ。助けて、助けてってなぁ!!」

戦士「あぁぁぁぁぁぁぁっ、うるせえんだよぉぉぉぉぉぉ!!」

鳥娘「っ」


鳥娘(これが、本当に人類なの……?)

戦士「おい、教えろよ! どうやってんだよぉ!」

戦士「! ……わかった、わかったぜ! この翼だな?」

鳥娘「!」

戦士「何で俺は気づかなかったんだ。いかにも、って感じしてるじゃねぇか」

戦士「どうすりゃ良いんだ? え? 羽根を毟れば良いのか? 骨を折れば良いのか?」


鳥娘「い、いや……」

戦士「ああ、そうか。切り落としちまえば良いのか」

鳥娘「や、止めて……!」ジタバタ

戦士「おっとと、やっぱり、羽根を掴まれてちゃ何もできないみてぇだな!」

戦士「じゃあな、お前とのお遊びは、中々楽しかったよ」ブン

ザシュ  ブシュゥゥゥゥゥゥ

鳥娘「ああああああああああああ!」







魔勇者「では、和平は受けて頂けない、ということですね」

王「ふん、今更、何を言う! 」

王「我らは、もう後戻りができないところまで来ているのだ!」

王「我々が覇者となる! お前たちをこの大陸から一掃してやる!」

魔勇者「ならば、仕方がない」チャキ

蜘蛛女「!」ブン

スライム娘「……!」スッ


王「馬鹿共め! ここは、我ら人類の城だぞ! たかが三人で、何が出来る!」

バタン

ザッザッザッ……

兵士1~「……」

スライム娘「か、囲まれた……!」

蜘蛛女「へっ、どいつもこいつも辛気くせぇ顔並べやがって!」

蜘蛛女「あたしたちが、突破口を開く。あんたは、王をやれ」

魔勇者「わかった」


魔勇者(数が多い。いくら彼女たちでも、長くは保たない)

魔勇者(近づいて、確実に、一気に仕留める……!)

蜘蛛女「おっらぁっ!!」ブゥン

スライム娘「……っ!」ヒュンヒュンヒュンヒュン

蜘蛛女「行けっ!!」

魔勇者「っ!」ダッ

王「! ひ、ひぃっ」

魔勇者「覚悟っ!」


王「などと言うと思ったか?」ニヤ

魔勇者「!」ザザッ

王「フン!」ゴッ

魔勇者「がっ……!」

王「言っただろう。我々が覇者となるのだ」






鳥娘「はっ……はっ、はっ……」

鳥娘「っ」ズキン

戦士「先に切り落としたのは、失敗だったか」

戦士「鎧飾りにでもしようと思ったんだが、血で台無しだ」

戦士「ま、良いか。他にもいるだろ」


戦士「よっしゃ、とどめといきますかっ!」ザン

ヴン

ズガッ  ズズズ……

戦士「……え?」

鳥娘「はっ……ゆ、油断したわね……っ!」ズキン

ズキズキズキ……

鳥娘「これで、これで……終わり、よ!」


戦士「な、何しやがんだ! 離せ、離せ!!」

ズズズ……  ズボッ

戦士「」ガクン

ドサッ

鳥娘「っはっ、はっ、はっ……」

鳥娘「痛つ……っ」ズキン


鳥娘(夢じゃ、ないんだよね)

鳥娘(私の翼、勇者様が褒めてくれた私の翼……)

鳥娘「うっ……ぐすっ、ひぐっ……」

鳥娘「無くなっちゃったよぉ……」




鳥娘「う、くっ……」ズキズキ

鳥娘「もう、子供じゃないん、だから」

鳥娘「いつまでも、泣いてられないよねー」

鳥娘「とりあえず、魔王城に……」

ヴン






ドガっ

魔勇者「ぐあっ」

王「どうした、その程度か? 案外もろいものだな、魔物というものは」

王「今まで、手間取っていたのが嘘のようだ」

王「ここで、お前を捻り潰し、反撃の狼煙としてくれる!」


魔勇者「くっ」ザッ

ズガン

王「ふははは、この力、実に素晴らしい」

魔勇者(どうしよう、この人、強い……!)

蜘蛛女「くっ、キリがねぇ……!」

スライム娘「……はあ……はあ……」

魔勇者(二人とも限界が近い)

魔勇者(このままじゃ、やられる)

魔勇者(どうする、どうすればいい)


王「動きが止まっているぞ?」

魔勇者「! しまっ……」ガッ

魔勇者「う、く……」

王「ははは、無様だな」ググっ

魔勇者「か、はっ……」

王「そうだ、常々気になることがあったのだ」

魔勇者(息が……っ)


王「お前たちの体内というのは、どうなっている?」

〝……空間の狭間……呑み込まれる……〟

魔勇者「!」

王「我々と同じなのか? それとも、その強靭さの秘訣は、その体に隠されているのか?」

魔勇者(一か八か、やるしかない)

王「見せてもらいたいのだ。今、ここで!」ブン


魔勇者「オラぁっ!」ケリ

王「ぐあっ」

魔勇者「これでも、食らえっ!」

ズブっ

魔勇者「良し!」ザッ

魔勇者(頼むよ、鳥娘!)


王「な、何をした!」

王「おい、衛兵! こいつらを殺せ!」

ザッ

兵士「……」

王「うっ」

ズズズ……

王「ぐ、ぐああああああああ」

ヴォォォン

魔勇者(起動した!?)


王「これでか、勝ったと……があぁぁぁぁぁぁ!!!」

メキメキ ボキッ グシャ

ズルズル……

魔勇者「や、やった。上手く、いった」


ヴン

鳥娘「勇者、様、おむかえに……」

魔勇者「鳥娘!? どうしたんだ、その怪我!」

鳥娘「細かい話は、後に……」

鳥娘「今、は、魔王城に、早く……!」

魔勇者「わかった。蜘蛛女、スライム娘!」

蜘蛛女「おう! スライム娘、先行け!」

スライム娘「うん!」


ゴゴゴ……

魔勇者「おわっ!?」

スライム娘「きゃっ」

グラグラ……

魔勇者「し、城が、揺れてる!」

鳥娘「崩れるかもしれません! 急いで!」

スライム娘「お姉ちゃん!」




蜘蛛女「しつけぇんだよっ!」ブン

蜘蛛女「待ってろ、今行く!」

ゴゴゴ…… バキ メキ パキパキ……

ズズン

魔勇者「!」

蜘蛛女「!」

魔勇者(玉座の間の床が……!)

蜘蛛女(くそっ、何とか跳べるか?)


ガシ

兵士「……」

蜘蛛女「邪魔すんな!」バキっ

パキパキ……

スライム娘「お姉ちゃん、上!!」

蜘蛛女「!」

グシャッ

蜘蛛女「ぐあぁぁぁ!!」

スライム娘「お姉ちゃん!!」


蜘蛛女(脚が……挟まって、動かねぇ)

蜘蛛女(……ここまで、か)

蜘蛛女「魔勇者!」

魔勇者「今、助けに……!」

蜘蛛女「先行け! すぐには動きそうもねぇ」

スライム娘「そんな、何言ってるの? お姉ちゃん」

蜘蛛女「心配すんな、後から着いてく」ニコ


スライム娘「嫌、嫌だよ! お姉ちゃん!!」

蜘蛛女「魔勇者! 約束、覚えてるよな!」

魔勇者「……わかった」

魔勇者「行こう、スライム娘」

スライム娘「いや! だって、お姉ちゃん、まだ……!」

魔勇者「……くっ」ガシ

スライム娘「離して! いや!」

魔勇者「鳥娘!」

鳥娘「は、はい!」


スライム娘「いや! お姉ちゃん! おねえちゃん!!」

蜘蛛女「生きろよ……」


ヴゥゥゥ……ン

ゴゴゴ……

ザッ ザッ

兵士「……」 兵士「……」 兵士「……」 …………


蜘蛛女「城が崩れようってときに、真面目なこって……」

蜘蛛女「……来な!!」

なんで王がそんなに強いんだ…

おつ

うーん…









魔王城


ヴゥゥゥゥゥン

魔勇者「ここは……魔王城?」

鳥娘「無事に、戻って来れたみたい、です」

ドサ

魔勇者「鳥娘!」

鳥娘「わ、私は大丈夫、です。少し疲れただけ、ですから」

鳥娘「それよりも、魔王様を……」

魔勇者「わかった」


スライム娘「いや……お姉ちゃん……」

魔勇者「スライム娘……」

魔勇者「約束する。この戦いが終わったら、全力でお姉さんを探す」

魔勇者「……だから、今は協力してください」

スライム娘「……」

スライム娘「……わ、わかりました。私、勇者さんを信じます」

スライム娘「行きましょう」






玉座の間


魔王「……ひゅー……ひゅー……」

?「思っていたほどじゃ、なかったな」グイ

魔王「っ……」

?「さすがに、もう声もでないか」

?「まあ、まだ息してることのほうが驚きだけど」


?「……あんなに自信満々だったのにね」

?「それとも、あれは精一杯の強がりだったのかな」

?「さあ、どうしようか。どうしてほしい?」

?「このまま、死ぬのを見ていて欲しい? それとも、今すぐ楽になりたい?」

?「……僕としては、もう少し生きていて欲しいかな」


?「君が死んだら、僕の役目は終わり」

?「……でも、そうなったら、僕は何をすればいい?」

?「僕は……」

ギィィィィ……

?「誰?」

魔王「……あ……」

魔王「……ゆ、う……しゃ……」


?「何言ってるの? 勇者は僕だよ?」

魔勇者「魔王……」

勇者「ってか、喋れたんだ。だったら、もっと相手してくれても良かったのに」

魔王「……ゆ、うしゃ……!」

魔勇者「魔王!」

勇者「え、何この感じ。邪魔? 邪魔なの?」

勇者「ってか、無視しないでよ」


魔勇者「魔王を離せ!!」

勇者「ちょっと、何でそんなに怒ってるの?」

勇者「……まあ、良いけどさ」

メキメキ ボキッ

魔王「あ、ああ……!」

魔勇者「!」

勇者「おっと、手が滑っちゃった」ニヤ


魔勇者「てんめぇぇぇぇぇぇ!」ダッ

勇者「単純なやつ……」ポイ

ドサッ

魔王「うっ……」

スライム娘「ま、魔王様……!」

魔勇者「っ」ザン

勇者「よっ」タッ

勇者「ほらほら、しっかり狙わないと」

魔勇者「っ!!」





スライム娘「魔王様っ!」

スライム娘「!」

魔王「……う……」

スライム娘(酷い……)

スライム娘(た、助けないと……!)


スライム娘(と、とりあえず血を止めなきゃ)

スライム娘(出血がひどいのは、右手足……)

スライム娘(……完全に潰れてる)

スライム娘「!」

スライム娘(私の一部を使えば、どうにか止血できるかも)





魔勇者「ハァッ!!」ザン

勇者「はずれ」

魔勇者「ハァッ!!」

勇者「はずれ」

魔勇者「ハァッ!!」

勇者「はーずれ」


勇者「……ふぁ、何か、つまんないな。君は」

魔勇者「黙れ!」ブン

勇者「魔王のほうが、もっとおもしろかったな」

勇者「強さ的にも、反応的にも」

魔勇者「この、くそ野郎が!!」


勇者「……当然の権利だろ」

勇者「お前たちのしてきたことを思えば、こんなこと!」ザン

魔勇者「!」

ガキン

勇者「お前たちのせいで、人類はめちゃくちゃになった!」

勇者「皆連れて行かれて! ぐちゃぐちゃにされて!」

勇者「もう自分が、誰なのかも分からないんだ!」

勇者「僕は勇者だ! けどそれが何だって言うんだ!」

勇者「僕には、それ以外何もないんだぞ!」ザン

勇者「……だから、仲間みたいな、君と魔王みたいな関係を見るとイライラするんだ」

勇者「自分たちのやったことへの代償も払わず、僕たちがするはずだった、できるはずだった甘ったれた関係を見ると……」

勇者「全部、壊したくなるんだ」


勇者「……当然の権利だろ」

勇者「お前たちのしてきたことを思えば、こんなこと!」ザン

魔勇者「!」

ガキン

勇者「お前たちのせいで、人類はめちゃくちゃになった!」

勇者「皆連れて行かれて! ぐちゃぐちゃにされて!」

勇者「もう自分が、誰なのかも分からないんだ!」

再びのミス すいません↓

魔勇者「はー……はー……」

勇者「へぇ、僕の斬撃を、全部耐えたんだ。意外とやるね」

勇者「肌を硬化させる能力か。良いなぁ、僕もそんな能力が欲しかった」

魔勇者「……余裕、かましちゃって」

勇者「事実だし、仕方ないね」

魔勇者「……ちくしょう」

魔勇者「結構努力したつもりなんだけどな」


魔勇者「世界は広いな、やっぱり」

勇者「何、悟ってんの。これから死ぬんだよ、君」

勇者「あの魔王みたいに」

勇者「何か、必死に応急処置してるみたいだけど、多分無駄だよ」

魔勇者「……」


魔勇者「僕は、死なないよ」

勇者「根拠は?」

魔勇者「……約束、したから」

勇者「約束?」

魔勇者「そう、約束」グッ

勇者「驚いた、まだ立ち上がるんだ」

勇者「約束、かぁ。すごいな」


魔勇者「驚くのは、まだ早いよ」チャキ

魔勇者「勝負は、これからだ」

勇者「……良いよ、相手をしてあげる」

勇者「旅の終わりが遠のくのなら、僕は、何だってするさ」

勇者「で、どうするの? 僕から仕掛けても良いの?」


魔勇者「いや、僕からだよ。……正確には、僕からだった」

勇者「え?」

ブシュゥゥゥ パタッ パタッ

ドチャ

魔勇者「一本、もらい」

勇者「……あ、僕の腕が」

勇者「何か、ちょっとフェアじゃなくない、これ」

魔勇者「平然としてる時点で充分フェアだと思うけど」


勇者「まあ、良いや。これは、授業料ってことで」

ザッ

勇者「要は、その物騒な剣を壊せば良いんでしょ?」ザン

魔勇者「させるか!」

ガキン

勇者「出た、硬化」

ガギギ

勇者「でも、壊せる」


魔勇者「!」ザッ

ポタ……ポタ……

勇者「惜しかったなー。あと少しで、僕と同じにできたのに」

魔勇者「くっ……」

勇者「んじゃ、もう一発!」ザッ

キン

勇者「やっぱり、剣で受けたね」


ベキン

魔勇者「!」

勇者「はい、終了」

魔勇者「……くそ」

勇者「じゃ、あ……ね?」


勇者「え、な……なにこ、れ?」

カラン

魔勇者「!」バッ

グサッ

勇者「……かはっ……?」

勇者「……な、な……んで……?」

ドサッ

魔勇者「……はー、はー……」

ドサッ

何が起きたんだってばよ!?

想像力を働かせるのだ……

妄想なら得意だぜ!

スライムが足止め→グサリでしょ









数ヶ月後


魔王城


カチャ カチャ

?「それで、調査の結果は?」

?「はっ、解剖の結果、『勇者』と名乗った者の体内は、そのほとんどが人工物で置き換えられていることが判明しました」

?「ただ……あの場で突如として停止した原因は不明です」

?「……そうか。なら、また突然動き出す可能性もあるわけだな?」

?「その可能性は充分にあります」


?「では、監視と検査を続けろ。もし、次があるとしたら、我々の滅亡は避けられない」

?「対策を練るんだ」

?「はっ」

?「……他には?」

?「はっ、魔勇者様がいらっしゃっています」

?「わかった、呼んでくれ、側近」

側近「かしこまりました、魔王様」


ガチャ

魔勇者「魔王……」

魔王「勇者、もう体は大丈夫なのか?」

魔勇者「僕のは、ほら、かすり傷だから」

魔王「そうか。それは良かった」

魔勇者「魔王は? もう、その、大丈夫なの?」

魔王「ああ、まだ全快、というわけにはいかないが」


魔勇者「……ごめん」

魔王「何故謝る」

魔勇者「何故って……僕が不甲斐ないばかりに……」

魔王「この義手のことか?」カチャ

魔勇者「……」コク

魔王「泣きそうな顔をするな。……そうだな、触ってみろ」


魔勇者「……」

魔王「良いから、ほら」グイ

魔勇者「……!」

魔王「どうだ? 暖かいだろう?」

魔勇者「……うん」

魔王「ちょうど人肌ぐらいだ」

魔勇者「……うん」


魔王「私も、お前の暖かさを感じる。感じることができる」

魔勇者「金属製なのに?」

魔王「うむ、私は、我が国の発展を身を以て体験している」

魔王「それに、このデザイン。いかにも魔王っぽくて、気に入っている」

魔勇者「そうなんだ」

魔王「……コホン、話が逸れたな。つまり、私が言いたいことは、だ」


魔王「私は、以前の自分と何ら変わりない、ということだ」

魔王「だから、お前が謝る必要はないし、気に病む必要もない」

魔王「わかったな」

魔勇者「……ありがとう」

魔王「礼には及ばん」

魔王「というより、礼を言わねばならないのは、私のほうだ」

魔王「命じた通り、良く、帰ってきてくれた」


魔勇者「……約束、したからね」

魔王「そうか」クス

魔王「……そうだ、何か褒美をとらせよう」

魔勇者「え、良いよ、そんなの。幼馴染なんだし」

魔王「そうはいかん。お前は、人類の王を倒し、我ら魔族滅亡の危機を救ったのだぞ」

魔王「褒美をとらせなければ、民衆が納得しない」


魔勇者「そういわれてもなあ……あ」

魔王「お、何か思いついたか?」

魔勇者「うん、何となく」

魔王「何だ?」

魔勇者「うーん、でもな……」

魔王「遠慮するな、私は魔王だぞ、大抵のことは……」

魔勇者「結婚しよう」

魔王「……え?」









スライム娘「……いい天気」

スライム娘「おはよう、お姉ちゃん」

スライム娘「この花、お姉ちゃんに似合うかと思って、買ってきたんだ」

スライム娘「ここに、置いておくね」

スライム娘「元気にしてた? お姉ちゃん」

スライム娘「私は元気。魔王様や魔勇者さんが良くしてくれるし、あ、そうそう、魔王城に側近っていう人がいてね………」






スライム娘「……ついつい喋り過ぎちゃった。もう、こんな時間」

スライム娘「……」

スライム娘「ねえ、お姉ちゃん?」

スライム娘「私、待ってるんだよ?」

スライム娘「お姉ちゃんを探して、魔勇者さんがどれだけ苦労したか、わかってる?」

スライム娘「ごめんなさい、ごめんなさい……って、何度も謝ってくれた」

スライム娘「八つ当たりしようと思ってたのに、申し訳なくて、できなかったよ」


スライム娘「……お姉ちゃん」

スライム娘「私、どうしたらいいの? お姉ちゃんが……」

スライム娘「……」

スライム娘「お姉ちゃんが、死ん……」

?「勝手に殺すな、縁起でもねぇ」

スライム娘「え……?」

?「後から着いてくって、言っただろ?」


スライム娘「……」

スライム娘「お、遅いよ」

スライム娘「この……馬鹿姉ぇぇぇ!!」ダッ

蜘蛛女「うおっ!?」

スライム娘「どれだけ……どれだけ、心配したと思ってるの!!」

スライム娘「皆を散々心配させて!!」


蜘蛛女「あ、あはは……ごめんな」

スライム娘「もっとちゃんと謝って!」

蜘蛛女「し、心配かけて、すまなかった」

スライム娘「魔勇者さんにも、ちゃんと謝るんだよ?」

蜘蛛女「わかってるよ」


スライム娘「……」

スライム娘「本当に、本当に、お姉ちゃん?」

蜘蛛女「おう、正真正銘あたしだ」

スライム娘「でも、どうやって……?」

蜘蛛女「ああ、あいつが助けてくれたんだ」

スライム娘「あいつ……?」

蜘蛛女「おい、感動の再会は終わったから、遠慮しないで出てこい」


ザッ

スライム娘「!」

ダークエルフ「……」

ダークエルフ「……俺には、別の目的があった。彼女を助けたのは、そのついでだ」

蜘蛛女「そうだな。あたしはついでだった」

蜘蛛女「でも、あたしはこいつに助けられた。それは事実だ」


スライム娘「……」

ダークエルフ「……?」

スライム娘「あ、ありがとうございました」ペコリ

ダークエルフ「……ああ」

スライム娘「それから、お姉ちゃん」

蜘蛛女「な、何だ?」

スライム娘「話したいことはいっぱいあるけど、とりあえずこれだけ」

スライム娘「……おかえりなさい」

蜘蛛女「おう、ただいま」




おわり

おつおつ、よかった

ここまで読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございました。

この作品は、これで完結となります。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

乙でした

欲言えば蜘蛛女がどう助けられたのかが気になる

あと「勇者」のその後もね

乙!

>>1

乙 ダークエルフの目的が気になる



時折、夢を見る。

両親の夢だ。

何てことはない、平凡で、幸せな朝の夢。

その夢を見るたび、俺は、恐怖を覚える。

夢の行き着く先を知っているから。

幸せなのは、最初だけ。これは、悪夢なのだ。

それでも、俺は、その夢を見る。

一瞬の幸せを感じるために。

俺は、過ちの苦い記憶を噛み締めるのだ。






魔王「頼んだぞ、勇者!」番外編 『過ち』

coming soon…?

お?

おお?!


?「――ルフ。起きなさい、もう朝よ」

?「エルフ?」

エルフ「……もう少し、寝かせて」

?「またお父さんといたの?」

?「もう、ちゃんと寝かせるようにって言ってあるのに……」


エルフ「……ぐぅ」

?「あ、こら! ちゃんと起きれないなら、今後、お父さんといるのは禁止にしますよ」

ガバっ

エルフ「……起きたよ、お母さん」

エルフ母「良い子ね」ニコ


エルフ「……ぐぅ」

?「あ、こら! ちゃんと起きれないなら、今後、お父さんといるのは禁止にしますよ」

ガバっ

エルフ「……起きたよ、お母さん」

エルフ母「良い子ね」ニコ

多重ミス、申し訳ありません。↓


俺には、人間の父と、エルフの母がいた。

二人とも研究者で、出会ったのも同じ職場で働いていたのがきっかけらしい。

とはいえ、結婚して俺が生まれてから、母の方は、研究ばかりしているわけにもいかなかったようだが。


エルフ母「はい、朝ご飯」

父「お、今日もおいしそうだ。よし、ダークエルフ」

エルフ「……うん」

父「せーの」

「「いただきまーす」」



エルフ「……お父さん、今日は?」

父「うん、今関わっている案件が大詰めでね。今日は帰りが遅くなりそうだ」

エルフ「……そっか」


父は、機械いじりが好きだった。家の一室を工房にして、これといった目的のない、小さな機械を作っては、俺に見せてくれた。

子供の頃の俺は、かたかたと動くそれらにすっかり魅了され、父と一緒に拙い手で、真似事をしたりもした。



父「そうしょげるな。これが終われば、多分休みが取れる」

エルフ「!」キラキラ

父「ははっ、だから、それまで待てるな?」

エルフ「うん!」

エルフ母「ちゃんと時間には寝かせて下さいね。それが出来ないなら……」

父「すまない。つい、時間を忘れてしまって。次からは気をつけるから」

エルフ「っ」コクコク



父と母、そして俺。三人での暮らしは、幸せで、おそらく、他人より裕福だった。

子供の俺は、その日々がずっと続くと信じて疑わなかった。いや、この日々が終わりを告げることがあるということすら、理解していなかった。






しばらくして、自分が、エルフよりも耳が短く、人より肌の色が薄く、瞳が病的なまでに紅いことに気づいた頃、両親の間に流れる不穏な空気を、俺は、感じ取った。


エルフ母「どうでした?」

父「駄目だ、街では、エルフへの不信感が高まっている」

父「もうお前は、街に下りないほうがいいかもしれない」

エルフ母「そうですか……」

父「すまない。こんなことになるなんて」

エルフ母「いえ、あなたが気に病むことではないわ」

エルフ母「それより、あなたは大丈夫なの?」

父「わからん」

エルフ母「そう……気をつけてね」

父「ああ、わかってる」



突然の悪夢に、眠れなくなったとき聞こえた会話。

人とエルフの仲が悪くなっている、ということ以外、何も分からなかったが、何故か、扉を開けて両親に悪夢のことを伝えることはしなかった。

してはいけないような気がしたのだ。






ある日、父が額から血を流して帰ってきた。

俺も、母も、大慌てで手当てをし、何があったのかと問いつめた。


父「石を投げられたよ。まさか、そんなことをされるとは思わなくてね。見事に当たってしまった」


ははは、と父は何でもないことのように笑っていたが、そうではないのは、誰の目にも明らかだった。

エルフである母と、混血である俺にとって、この場所が安全とは言えなくなっている。

時が来たのね、と母が言った。

その日の内に、俺たちは、出立の準備をして、家を離れた。

俺と母は、エルフの里へ。父は、他の街へ。

いつか必ず、あの家に戻ると誓って。






エルフの里は、俺たちを受け入れはしてくれたものの、歓迎、というわけにはいかないようだった。

里に着く頃には、人とエルフの間の溝は、修復不可能なものになっていた。

久々の帰郷となる母の言葉が、耳を刺した。

エルフ母「森が、泣いてる……」

エルフ「? ……お母さん?」

エルフ母「何でもないわ。行きましょう」

皆の間に流れる不安と緊張。俺たちに向けられる疑惑と嫌悪。

見張り台を作るために必要以上の木が切り倒され、兵士の装備を打つ鎚の音が、静かな森に何時までも響いていた。




里の中にいても、周囲の環境の危うさは、そう変わらなかった。

ただ単に、その危うさを担うものが人からエルフに変わった、というだけのことだった。

人との混血である俺は、やはり良い目で見られることはなかった。

外に出れば、必ず監視がついたし、取引も冷遇されることが多かった。

その内に、ダークエルフ――堕ちたエルフと陰で呼ばれていることを知った。

不思議と、驚かなかった。

そのころには、エルフにとって、人類がどういうものとして見られているか、わかっていたからかもしれない。

人との混血。エルフたちからすれば、その事実だけで、俺と母は、忌むべき対象なのだった。

それに加えて、外見もエルフと大きく異なる俺は、気味悪がられて当然だった。



エルフ「……母さん、俺、俺……っ」

エルフ母「っ」ギュ

エルフ母「良いの、良いのよ……」

エルフ「……ぐすっ……ひぐっ……」ポロポロ



それからは、あまり外に出ることも無くなり、家に引きこもることが多くなった。

棄てられた廃材を取ってきては、取り留めの無いものを作った。

いつかあの家に戻ったとき、父に褒めてもらうために。

自分の中の魔力の扱い方がわかってくると、より複雑に動くものも作れるようになった。

それを見て、母は、微笑んだ。


エルフ母「機械と魔法の融合。それが、お父さんとお母さんの目指していたものだったのよ」

エルフ「……機械と魔法……」

エルフ母「そう、人の作る機械は、燃料を必要とする。でも、燃料は、森を汚してしまう」

エルフ母「だから、燃料の代わりに魔力を使って機械を動かそうと思ったの」

エルフ母「自分たちの体に宿る魔力を使えば、森を汚すことなく、機械を動かせるんじゃないかって」

エルフ「……そう、なんだ」

エルフ母「あなたはやっぱり、私たちの子供ね」


そういって、母は、俺の頭を優しく撫でた。

その温もりを今でもこうして思い出す。




ある日の昼間、俺は、取り押さえられた。

エルフであることは確かだったが、見知らぬ顔の男たちだ。

言葉を発しようと、口を開いただけで殴られた。

そのまま引きずられるように、連れて行かれた先には、母がいた。


エルフ母「エルフ!」

エルフ「……母、さん?」


そこは、里の風景とは似ても似つかない場所だった。

どちらかといえば、人類の施設のような雰囲気を漂わせている。

金属の床の冷たさに、体が震えた。


半円形の部屋には大きな筒が並べられており、その中央の壁には、大きな球体がはめ込まれている。

その前に、母はいた。

険しい表情で、俺の傍らに立つ人物を睨みつける。

エルフ母「エルフは、関係ないでしょう!?」

エルフ母「今すぐ、手を離して!!」

「それはできない。理由は分かっていると思うが?」

エルフ母「脅すつもりなの?」

「ああ」

「我々は、この戦いに勝利しなければならない」

「そのためには、使えるものは何でも使う」

首もとにひやりとした感覚。

男が、抜いた短剣の刃を、俺の首に押当てていた。



エルフ母「止めて!!」


母の悲痛な顔は見るに絶えず、俺は顔をそむけようとした。

しかし、男がそれを許さない。短剣に込める力を強め、生暖かい感触が、首もとにじわりと広がった。


「まあ、結論を急ぐ必要はない」

「ゆっくり、考えると良い。……連れてけ!」

エルフ母「エルフ!!」

エルフ「お母さん!!」


乱暴に引きずられながら、俺と母は、互いの名を叫び続けた。




俺は、牢屋のような部屋に入れられ、置き去りにされた。

毎日一食、祖末な食事が配給される。それ以外は、何もない、誰もいない。

ただ暗闇だけが、そこにあった。








エルフ母「エルフ……?」

エルフ「……お母さん?」



母が来たのはいつ頃なのか。暗闇の中でそれを知るのは、困難だった。

分かるのは、配給の回数が数え切れなくなったころだということだけだ。


エルフ母「ああ、エルフ! 奴らに何をされたの?」

エルフ「何も……おなかが空いているだけだよ」


エルフ母「……」ギリ

エルフ「……お母さん?」

エルフ母「……あなただけは、あなただけは」

エルフ母「絶対に助ける、絶対によ……!」


その時の、母の瞳に尋常ではない光を見たような気がする。

朧げな意識の中では、何もかもあやふやだ。


エルフ母「エルフ、あなたは強い子よね」

エルフ「……?」

エルフ母「いいえ、あなたは強い子よ。何があっても、絶対生き残る」

エルフ母「わたしとお父さんの息子ですもの」


母と会ったのは、それが最後だった。



牢屋を出るまでの最後の何日かは、食事さえ出なくなった。

外の様子も分からないまま、ただ時間だけが過ぎ、体と精神は衰弱していく。

抗い難い眠気と共に死が近づいてくるのを感じた。

そのときだった。


「……エルフ、だいじょぶか」


扉が開かれ、何者かの声が聞こえた。

もう、それに言葉を返すだけの力は残っていなかったが。


「エル、ふ、えるフ」


しばらく揺すられ、持ち上げられる。肩に担がれた格好になったようだった。


「……絶たいニ助けテヤる」


その声にどこか懐かしい響きを感じ、俺は、微かな抵抗すら止め、微睡みの中に落ちていった。







「……!」

懐かしい、夢を見た。

両親の夢だ。

何てことはない、平凡で、悲しい夢

行き着く先は、孤独。

暗く寂しい、孤独。


「……」

あれから、俺は、必死に生きた。

そして、生き残った。

これが、幸福なのか、それとも、不幸なのか。俺にはわからない。

ふと、あの三人組の姿が目に浮かんだ。

人類との和平を謳った彼らは、今、城に着いているころだろうか。

「……和平、か」

あの時、その考えを唱える者はでなかったのだろうか。

それまで、何の問題もなく出来ていたのだから。

あの時、人とエルフが手を取り合っていれば……。

いや、もう、過ぎたことだ。考えるのはよそう。

今、俺が成すべきは、やはりただ一つ。

立ち上がり、服の汚れを軽く払うと、俺は、歩き出した。

王の城に向かって。





蜘蛛女「さて……」

死ぬ覚悟はできた。後は、命の限りやるだけだ。

敵は、とりあえず六人。その後ろに見える奴らは意識の外に置く。どの道、相手にできない。

「……」

虚ろな目。表情のない顔。まるで人形のような兵士たち。

それらが、間合いを計るようにじりじりと近づいてくる。


それぞれが剣や槍を持ち、軽装ながら鎧を身につけている。

対するあたしも、槍を持ち、奴らより分厚い鎧を着けてはいるが、味方はいないし、怪我もしてる。

横目で、落ちてきた天井の下敷きになった足を見やる。

酷い痛みだが、足の感覚はない。おそらく、もう使い物にはならないだろう。

なるべく早いうちに処理したいが、この数の敵を前にして、不用意には動けない。


槍を振り回して、牽制。

普通なら、多少なりともビビるもんだが。

蜘蛛女「チッ……眉一つ動かさねぇか」

くそがっ。

どうする。こっちは動けない。相手は向かってくるだけで良い。

間合いを計り終えて、兵士たちの動きが止まる。

緊張がはしる。動けば、血が流れる。

だれが最初に、血を流すか。



「!」


先に仕掛けてきたのは、やはり向こうだった。

槍を持った兵士が、単純な突きを繰り出す。

いなし、相手の槍を掴み、ぐいと引く。

体勢を崩した相手の首を、短く持った槍の穂先で切り裂く。

ごぼごぼと音を立てながら倒れた兵士の体を、足で潰しながら、つられて間合いに入った奴らを、纏めて薙ぎ払う。


残りは、六人。とりあえず。

「……じり貧じゃねぇか、よっ!」

次々に向かってくる兵士たちの物量に、体力がゆっくりと消費されていく。

体に届く刃が増え、自分が死に近づいていくのをまざまざと感じる。

やっぱり、駄目だったか。

心が、生きることを諦める。死の覚悟が、あたしの耳元で囁く。

さあ、こっちにおいで。

動揺。一瞬の隙が、あたしの喉元を狙う。


「っ」

体を無理矢理ひねって、すんでのところで穂先をかわす。

お返しに、あたしの突きをくれてやる。その穂先は、相手の体に深々と刺さった。

「はあっ……はあっ……」

槍を引き抜こうとした手が震える。力がまるで入らない。

「……くそが」

槍が手を離れ、床に落ちる。跳ねる音が、虚しく響く。

終わり。自分の最期を感じ、あたしはそっと目を閉じた。



ガラスの割れる鋭い音。何かが風を切る音。床の上をころころと転がる音。

魔力が放出されるときのヴンという独特の音がそこかしこで上がる。


「……大丈夫か」


どこか聞き覚えのある声に、目を開けると、そこに奴がいた。


蜘蛛女「お前、どうして……」


エルフ最後の、こっち側でただ一人の生き残り。


ダークエルフ「……やるべきことを、思い出したんだ」


周囲を見やると、あれだけいた兵士が全員倒れていた。中には、ばちばちと紫色の火花を上げる兵士もいる。



蜘蛛女「……一体、どうやったんだ?」

ダークエルフ「……これを使った」


エルフが懐から取り出したのは、金属でできた不格好な石のようなものだった。表面は継ぎ接ぎだらけで、管がいくつか飛び出している。


ダークエルフ「……奴らの動力源は、外部から送られてくる魔力だ」

ダークエルフ「……なら、その魔力の供給を絶ってやれば良い」

蜘蛛女「何でそれを知ってんだ?」


あたしの問いに、エルフは背後にできた、底の見えない大きな溝を見下ろすように立ち、言った。


ダークエルフ「……俺なら、そう作るからだ」


蜘蛛女「……?」

ダークエルフ「……俺のことはいい。お前は大丈夫なのか」

蜘蛛女「大丈夫……とは言えねぇな」

ダークエルフ「……動けるか」

蜘蛛女「この足をどうにかしないことには、無理だな」

ダークエルフ「……俺は、どうすればいい」

蜘蛛女「この足は、もう使い物にならねぇ」

蜘蛛女「切り落とすしかねぇんだが、情け無いことにもう手に力が入らなねぇ」

ダークエルフ「……わかった」


手近な剣を拾い上げ、エルフはあたしの潰れた足に近づく。


蜘蛛女「節からやってくれ。その方が楽に切れる」


エルフは黙って頷き、剣を振り上げ、潰れた足に突き立てた。


蜘蛛女「ぐうぅぅぅっ!!」

ある程度慣れているとはいえ、凄まじい痛みが足から全身に伝わる。

食いしばった歯の隙間から、自分のものとは信じ難い唸り声が漏れる。

しばらく経って、あたしはやっと拘束から解き放たれた。


蜘蛛女「はあっ……はあっ……」

ダークエルフ「……今、手当てしてやる」





ダークエルフ「……どうだ?」

蜘蛛女「なん……とか、なる」

ダークエルフ「……歩けるか」

蜘蛛女「多分な」

ダークエルフ「……なら、早くここを離れろ」

蜘蛛女「あんたは?」

ダークエルフ「……俺には、まだやるべきことがある」

蜘蛛女「わかった」



その後、崩れ行く城の外で再び出会うまで、エルフが何をしていたのか、あたしは知らない。

でも、その時の奴の表情は、どこか悲しく、寂しげだった。

キテタ

おつおつ

まだー?

続きは?

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