梓「憧憬」(158)

律「中野さんが入ってくれたおかげで、私達も部に復帰だな」

梓「えっ」

澪「もしかして知らなかった? 私たちは今まで同好会だったんだ」

律「うんうん。4人集まらなくてなあ……」

梓「そうでしたか……」

律「あぁ、これで申請書生活ともおさらばだ」

梓「申請書?」

澪「あぁ、同好会は申請書を提出しないと教室を使わせてもらえないんだ。

律「それも昨日までの話! 今日からここが私たちの部室だ!」

澪「あぁ、これから基本自由にこの部屋を使っていいらしい」

梓「なるほど……それでいつもはどんな練習をしてるんですか?」

律「えっと、それはなぁ……」

澪「あぁ……」

梓「うん?」

律「基本的に練習してなかったんだ……」

梓「えっ……」

ガラッ

唯「こんにちはー、あれ、この子は」

澪「あぁ、新入部員の中野さんだ」

唯「か、かわいい…」

梓「えっと、中野梓です」

唯「私は平沢唯だよ。よろしくねー」

梓「平沢先輩はギターですよね」

唯「え、どうして知ってるの?」

梓「去年の文化祭ライブ見てましたから」

澪「ああ、あれ見てたんだ」

梓「はい。ところ平沢先輩のギターはどこに?」

唯「まだギターはないんだ」

梓「えっ、でも文化祭で……」

律「あの時は期間限定でレンタルしてたんだ」

澪「ああ、お金が足りなくてまだ買えてないんだ」

唯「えへへ」

澪「って笑い事じゃないぞ」

唯「でも、バイトの面接、ことごとく落とされちゃって……」

梓「はあ……じゃあ練習は……」

澪「とりあえず3人で合わせてみるか」

律「お、おう」

梓「そうですね」

◇◇◇

梓(はあ…どうしよう。はやまっちゃったかな)

梓(3人で合わせてみたけど、全然しっくりこなかった)

梓(きっと田井中先輩も秋山先輩もろくに練習してこなかったんだろう)

梓(唯先輩なんて自分の楽器すらないし)

梓(でも届出もう出しちゃったし……)

梓(私が抜けたら同好会に戻っちゃうし……)

梓(先輩たち喜んでたのに、今更抜けるのも悪いような……)

梓(うーん………)

トボトボ

トボトボ

トボトボ

梓(……あれ?)

梓(こんなところにカフェが出来たんだ)

梓(うん……気分転換に甘いものでも食べていこうかな)

◇◇◇

カランカラン

梓「こんにちは」

店員「いらっしゃいませ」

店員「どうぞお好きな席におすわりください」

梓(窓際の席でいいかな)トコトコ

店員「こちらメニューとなっております。注文が決まりましたら、お声かけください」スッ

梓「はい」

梓(若い店員さんだな……1人でやってるのかな……)

梓(落ち着いた感じのお店……うん、いい雰囲気のお店だな)

梓(内装はあんまり新しそうに見えないけど……前からこんなお店あったのかな?)

梓(お客さんは私を含めて4組)

梓(メニューは……色んな紅茶がある。コーヒーより紅茶の店なのかな)

梓(うん……600円のケーキセットにしよう)

店員「ご注文はおきまりでしょうか?」

梓「あっ、はい。このケーキセットをお願いします」

店員「ケーキセットですね。お飲み物はどれに致しましょうか」

梓「紅茶で」

店員「では、こちらからお選びください」ペラッ

梓(自由に選べるんだ……でも紅茶の名前なんてわからないし……)

梓「えっと……おすすめとかありますか」

店員「そうですね。本日のケーキは和栗のモンブランとなっておりますので、ディンブラなどいかがでしょうか?」

梓「それでお願いします」

店員「はい。かしこまりました」

◇◇◇

店員「おまたせいたしました、こちら和栗のモンブランとディンブラとなっております」

梓「ありがとうございます」

店員「では、ごゆっくりどうぞ」ニコッ

梓(良い香りの紅茶……うん、これは期待できそう)

梓(まずはモンブランから……うん……うん……可もなく不可もなくってところかな……うん)

梓(紅茶のほうは……)

梓(……)

梓(紅茶ってこんなに美味しいものだったんだ……)

梓(落ち着いてて悪くないお店だな……)

梓(……ちょっと落ち着いてきた)

梓(先のこと、ちょっと真面目に考えてみよう)

梓(この先、軽音部を続けたとして……)

梓(練習はたぶんできる。しばらくは唯先輩抜きになるけど)

梓(去年のことを考えると、文化祭ではみんなでライブができる)

梓(オリジナル曲は……作詞作曲できる人いるのかな?)

梓(去年の文化祭はコピー曲だったけど)

梓(うん……よく考えてみれば、そこまで条件は悪くないかも)

梓(うん……うん……)

梓(……zzz)

店員「あら」

◇◇◇

トントン

梓(……?)

トントン

梓(……あれ?)

梓「……ハッ」

店員「おめざめになられましたか?」

梓「ご、ごめんなさい。私、眠っちゃったみたいで」

店員「ぐっすり眠っていたので起こすのも悪いような気がしまして」

店員「ですがそろそろ親御さんも心配する時間でしょうし」

梓(えっと……6時20分?)

梓(まだ心配されるような時間じゃないかな)

梓「ふぅ……」

店員「まだ大丈夫でしたか」ニコ

梓「あの……ひょっとしてもう閉店時間ですか?」

店員「あ、はい。20分ほど前に」

店員「でも大丈夫ですよ。閉店作業は7時からと決めてますので」

梓「そうですか……あの」

店員「どうしました?」

梓「お湯がわいてるみたいですが……」

店員「いけないいけない」トトッ

梓「……」

梓(ちょっとついていってみよう)

梓(カウンターで……あっ、ミルクティーを作ってるのかな)

梓「ミルクティーですか?」

店員「はい。あの、良かったらですけど、お客さんも飲んでみますか?」

梓「えっ」

店員「もちろんサービスです。一度使った茶葉で作っているので」

梓(断るのがマナーだろうけど、ここの紅茶美味しかったし……)

梓「いただきます」

店員「残り物のケーキも食べますか? 実は紅茶のシフォンが残ってしまいまして」

梓「えっと……いいんですか?」

店員「余ったら、生ゴミとして廃棄するか、私のお肉になるかの二択ですから」

梓「なら、いただきます」

店員「では、お席でお待ちください」

梓「はい」

◇◇◇

店員「ご一緒してもいいですか?」

梓「はい」

店員「どうぞ」

梓「あの……」

店員「どうしました?」

梓「どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」

店員「私、親切でしょうか?」

梓「はい。寝たまま放っておいてくれました」

店員「ファミレスのスタッフさんでも起こさない人は起こさないとおもいますよ」

梓「それに、ケーキや紅茶まで……」

店員「どうせ捨てちゃうものですから」

梓「……」

店員「ごめんなさい。お客さんを否定したいわけじゃないんです。そうですね……」

梓「……?」

店員「お客さんみたいな同年代の人はあまりお店に来てくれませんから」

梓「そうなんですか?」

店員「はい。このお店、紅茶は700円からですし、高校生の方はほとんどいらっしゃらないんです」

店員「お客さんは桜ヶ丘高校の人ですよね?」

梓「はい。店員さんはおいくつですか?」

店員「17です」

梓「若いんですね。高校は?」

店員「行ってないんです。どうしてもこのお店を守りたかったから……」

店員「あっ、そろそろ食べませんか。ミルクティーが冷めちゃいますから」

梓「あ、はい……」

梓「……おいしい」

店員「ありがとうございます」ニコッ

梓「ケーキは……うん……」

店員「お口に合いませんでしたか?」

梓「いえ、紅茶がおいしすぎるから」

店員「そうですか」

梓「はい」

梓「……」゙

店員「……浮かなそうな顔をしていますが、何か至らない点でもありましたか?」

梓「あっ、いえ、なんでもないんです。あっ、なんでもなくはないかな」

店員「……?」

梓「実は部活のことをちょっと思い出して……」

◇◇◇

店員「なるほど……他に入りたい部活はありますか?」

梓「特には」

店員「なら、しばらく軽音部で過ごしてみてはどうでしょうか?」

店員「意外と楽しいかもしれませんし」

梓「そうかな」

店員「はい、きっと」

梓「なんだかそんな気がしてきました」

梓「……そろそろ7時なので帰ります。……また来てもいいですか?」

店員「はい。またのご来店おまちしております」

梓「じゃあ……」

◇◇◇

梓(私は荷物を持ってお店を出ることにした)

梓(眠ってしまったのは失敗だったけど、そのおかげでミルクティーとケーキをご馳走になれた)

梓(ちょっと恥ずかしかったけど、優しい店員さんとおしゃべりできてよかった)

梓(また来ようと思って店を出ようとしたとき――)

梓(店員さんから思いもよらない提案をされた)

◇◇◇

店員「あの……お客様」

梓「……?」

店員「大変あつかましいお願いで、非常識かもしれませんが……」

梓「な、なんでしょうか」

店員「あ……えっと」

梓「……」

店員「私とお友達になっていただけませんか?」

梓「え」

店員「私とお友達に……」

店員「ごめんなさい。やっぱり非常識過ぎますよね」

梓(店員さん、顔が真っ赤だ)

梓(金髪で、ちょっと眉毛が太い、きれいな店員さん)

梓(どうして私なんかと友達になりたいんだろう?)

梓(だけど――)

梓「私、中野梓っていいます」

店員「えっ」

梓「中野梓です」

店員「中野梓さん……」

梓「店員さんの名前を教えてもらえますか?」

店員「琴吹紬といいます」

梓「じゃあ琴吹さん。これから友達ですね」

梓(店員さんは顔をさらに真っ赤にしたあと、下を向いた)

梓(表情を見られたくないのかも)

梓(それから、満面の笑顔でこっちを向いた)

紬「えへへ、友だちができちゃった。これからよろしくね、中野さん」

梓「私なんかが友達でいいんですか?」

紬「もちろん! 中野さんこそ私みたいな人が友達でいいの?」

梓「はい、琴吹さん」

紬「あ、中野さんの部活って何時に終わるのかしら?」

梓「えーっと、5時から6時の間だって聞きました」

紬「そう……なら気が向いたら6時から7時の間にお店に来て」

紬「今日みたいにミルクティーと余ったケーキをご馳走するから♪」

>>22
ミスった
店員「17です」を店員「16です」に脳内変換してくれ

◇一ヶ月後◇

梓「こんにちはー」

紬「あら、いらっしゃい」

紬「今日も来てくれたんだ」

梓「今日もいいですか?」

紬「ええ、今ミルクティーとケーキを用意するから待ってて」

梓「はい」

紬「ふふふーん♪」

梓(鼻歌を歌いながら作ってる…)

梓(琴吹さん機嫌いいなぁ)

紬「はい、お待たせしました」

梓「ありがとうございます」

紬「うふふ」

梓「なんだか機嫌いいですね?」

紬「だって友達がきてくれたんですもの」

梓「友達なら会いに来るのは当然です」

紬「そうなの?」

梓「はい」

紬「でも大丈夫? 週に3回ぐらい来てくれてるけど」

紬「親御さんは心配しない?」

梓「部活で遅くなってると思っているので大丈夫です」

紬「そうなんだ」

梓「琴吹さんこそ迷惑じゃないですか?」

梓「私、お金払ってないですし」

紬「いいのよ残り物だし。それに中野さん、たまに営業中に来てくれるじゃない」

紬「無理しなくていいのよ。お金に余裕ないでしょうし」

梓「私、このお店好きですから、部活がない日は早めに来てるんです」

梓「なんだかいいじゃないですが、このお店」

梓「ちょっと懐かしい木の匂いがして」

梓「テーブルや椅子は使い込まれてるけどピカピカで」

梓「琴吹さんが本当にこの御店を大事にしてるんだなってわかって、私、好きです」

紬「……」

梓「琴吹さん?」

紬「……」

梓「……琴吹さん?」

紬「ご、ごめんなさい。ちょっとポーっとしちゃって」

梓「そうですか」

紬「うん。お店を褒めてもらうのが嬉しくて」

梓「もちろん店員さんも素敵です」

紬「あら、褒めても何も出てこないわよ」

梓「もうミルクティーとケーキをもらってます」

紬「そうだったね」

梓「ともかく、このお店が好きだから、営業中に来て本を読むのも好きなんです」

紬「それは嬉しいわ」

梓「はい。それに色んな紅茶を飲めますし」

紬「ごめんなさい。いつもミルクティーしか出せなくて」

梓「そ、そういう意味じゃありません」

紬「本当はいろいろ出してあげたいけど、茶葉は値の張るものを使ってるから」

梓「やっぱりそうなんですか?」

紬「ええ、この価格帯でこのグレードの茶葉を使ってるお店は、そうはないと思うわ」

梓「経営のほう、大丈夫なんですか?」

紬「うん。その分、ケーキはコストカットしてるから」

紬「製菓工場で作られたものを安く仕入れてるの」

紬「実はコンビニなんかで売られてるのとラインが違うだけ」

梓「なるほど……」

紬「ケーキ、あんまり美味しくなくてごめんね」

梓「でも紅茶と一緒に食べると、そう悪くないです」

紬「そう言ってもらえると嬉しいわ」

紬「あっ、そうだ。中野さん、部活は最近どう?」

梓「うーん。相変わらずですね。特に唯先輩」

紬「どんな感じなの?」

梓「私達が練習してると、それを子守唄に眠ってます」

紬「マイペースなんだね」

梓「はい。ちょっとマイペース過ぎて困ります」

紬「4人で練習できる日は遠いのかしら」

梓「そうですねぇ……」

紬「他の先輩は?」

梓「律先輩は……相変わらずですね」

紬「不真面目なの?」

梓「はい。でも練習は真面目にやってくれますし、腕もだいぶ戻ってきたみたいです?」

紬「戻ってきた?」

梓「しばらく練習してなかったから鈍ってただけみたいです」

紬「そうなんだ。中野さんの憧れの先輩はどう?」

梓「あ、憧れだなんて」

紬「だって、そうなんでしょう」

梓「はい。確かに去年の文化祭で見て素敵だなって」

梓「でも、そういうのじゃないです」

紬「そういうのって?」

梓「そういうのです」

紬「そっかぁ」

梓「澪先輩は相変わらず真面目ないい先輩です」

梓「真面目過ぎるのが玉に瑕ですが……」

紬「真面目すぎるんだ?」

梓「私と少し似てるかもしれません」

紬「ふぅん。一度会ってみたいわ。中野さんの先輩たち」

梓「……」

紬「ねぇ、今度連れてきてみてよ」

梓「それは……いやです」

紬「いやなんだ?」

梓「はい」

紬「……よかったら理由を聞かせてもらっていい?」

梓「いいですけど、笑わないでくださいね」

紬「うん」

梓「このお店のこと、隠れ家みたいだなって思ってるんです」

梓「だから、先輩たちにはあんまり知られたくないというか……」

紬「……そっかぁ、なら仕方ないね」

◇◇◇

梓(それからも私は週3回のペースで琴吹さんのお店に通い続けた)

梓(部活がない日は4時頃に店に行ってケーキセットを注文する)

梓(そして本を読みながら紅茶一杯で2時間粘る)

梓(部活がある日は部活が終わってから6時頃に行く)

梓(琴吹さんがお店を閉めたあと、ミルクティーを飲みながら、ふたりでおしゃべりする)

梓(琴吹さん、紅茶の知識はすごいけど意外と世間知らずな人だ)

梓(優しい人だけど、ちょっと変わったところもある)

梓(特に笑いのツボがずれている気がする)

梓(部活の方はあまり変わってない)

梓(唯先輩は相変わらずギターがないので練習に参加できない)

梓(私たちの演奏を子守唄にソファーで寝ていることが多い)

梓(……あの騒音の中でよく眠れると感心する)

梓(澪先輩は特に練習熱心で、最近メキメキ上達してる)

梓(律先輩は相変わらずあんまり上手くない)

梓(それでも以前よりはだいぶマシになった)

梓(でも、そんな状況も少しずつ変わりはじめていたんです)

◇◇◇

梓「こんにちはー」

唯「あっ、あずにゃんだー」

律「おっ、きたか」

澪「あぁ、さっそく練習するか」

唯「ねぇ、あずにゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」

梓「なんですか、唯先輩」

唯「あずにゃんのギターちょっと貸してくれない?」

梓「え……」

梓(……唯先輩も私達に触発されて練習したくなったのかな)

梓(うん。これはいい傾向かも)

梓「はい、いいですよ」

◇◇◇

律「今日はこれくらいにしておくか」

唯「あずにゃんありがとー」

梓「いいですけど、そろそろ唯先輩も自分のギター買ったらどうですか?」

唯「うーん。でも雇ってくれるところが見つからなくて」

澪「そろそろ本気で考えないとまずいな」

律「あぁ」

梓「……じゃあ私は先に帰ります。さようなら」

唯「いっちゃった……」

律「なぁ、梓って部活終わるとすぐに帰るけど、何か用事でもあるのかな」

澪「馴れ合いたくないだけじゃないのか?」

唯「でもあずにゃん楽しそうに出てったね」

律「……!」ピコーン

◇◇◇

紬「そう。唯ちゃんがやる気を出したんだ」

梓「はい。でもバイトが見つからないって。琴吹さんはどう思いますか?」

紬「う~ん。そうねぇ、唯ちゃんってどんな子?」

梓「ちょっと変わった人です。すぐに抱きついてくるし」

紬「もしかしたら中野さんのことが好きなのかしら?」

梓「それはないと思います。私以外にも抱きつきますし」

紬「そうなんだ……。あら」

梓「どうしました?」

紬「軽音部の先輩って3人よね」

梓「そうですが……それが?」

紬「ふふふ。あれ」

梓「えっ、先輩達!?」

◇◇◇

唯「なるほどなるほど。あずにゃんはこっそりこの店員さんと密会してたわけだねー」

紬「あずにゃん?」

梓「き、気にしないでください!」

紬「え、ええ」

澪「ごめんなさい店員さん。こいつがどうしても追いかけたいって言うから」

律「澪も乗り気だったじゃないか」

澪「だって……気になるじゃないか」

紬「ううん。いいのよ。どうぞ、みんなの分のミルクティー」

唯「……なにこれ、おいしー」

律「あぁ、美味いな」

澪「うん……うん……美味しいですね」

紬「ありがとうございます」

唯「それであずにゃんと店員さんはどんな関係なの?」

梓「それは……」

紬「よくぞ聞いてくれました!」

唯「店員さん?」

紬「私と中野さんは友達なのよー」

唯「ほうほう」

律「へぇ~梓がねぇ……」

梓「むっ……どういう意味ですか」

律「わるい。あんまり外で友達作るタイプには見えなかったから」

紬「実は、私が友達になってほしいってお願いしたの」

澪「そうなんですか?」

紬「ええ、中野さんがお客さんとしてお店にきてくれたときお願いしたんだ」

唯「ひとめぼれ?」

紬「うんっ!」

梓「ち、違う意味に聞こえるからやめてください」

紬「っ……ごめんなさい……」

梓「お、お落ち込まないでください」

紬「……うん」

梓「それで先輩方は何をしにきたんですか?」

律「何をしにきたって言っても……なぁ……」

澪「あぁ……梓を追いかけてきただけだよ」

紬「そうなんだ」

唯「うん。そうだよー。あずにゃんに想い人でもいるんじゃないかって思って」

梓「」ブブーッ

紬「な、中野さん、大丈夫」フキフキ

梓「な、なんとか……」

紬「口元も汚れてるわ」フキフキ

梓「ありがとうございます」

紬「うふふ。でも残念ね。想い人じゃなくてただの友達で」

唯「そうなのかなぁ……」

紬「……?」

澪「なぁ、律」

律「あぁ」

紬「どうしました?」

澪「いえ、そろそろ帰ろうかと」

紬「もう遅い時間だからね」

唯「店員さん。今日はご馳走様」

澪「ご馳走様でした」

律「ご馳走様」

紬「いいえ、どうしまして……」

紬「……」

梓「……」

梓(琴吹さんはきっと「またきて欲しい」と言いたい)

梓(でも私が「隠れ家みたいに思ってる」と言ったのを気にして、言い出せないんだ)

梓(……琴吹さんは友達を作りたがってる)

梓(だったら……)

梓「あのっ!」

律「どうした、梓?」

梓「また、みんなで来ませんか?」

紬「な、中野さん?」

梓「琴吹さんは迷惑ですか?」

紬「ううん。全然そんなことないけど」

梓「なら……」

律「あぁ、そうだな」

澪「またお邪魔させてもらいます」

唯「うん。それじゃあ店員さん、ばいばーい」

紬「あ、さようなら……」

◇◇◇

律「なぁ、梓。なんでみんなでまた来ようって言ったんだ?」

澪「うん。迷惑じゃないって言ってたけど、実際は……」

梓「琴吹さん、私に友達になってほしいっていったんです」

唯「どういうこと?」

梓「琴吹さん16歳なのにお店をひらいてて……きっともっと友達を作って遊びたいのに……」

澪「なるほど……」

唯「あずにゃんは優しいんだね」

梓「先輩たちにお願いです。できれば琴吹さんの友達になってあげて欲しいんです」

梓「無理にとは言いませんが……」

澪「そういうことなら大歓迎だ。なぁ、律」

律「あぁ、ミルクティー美味しかったし」

唯「うんうん。ケーキもとっても美味しかったし」

律・澪・梓「えっ」

唯「あっ、そうだ。私忘れたことがあるから、ちょっとお店に戻るよ」

唯「ばいばい、りっちゃん、みおちゃん、あずにゃん」

律「なんだったんだ?」

澪「さぁ?」


梓(次の日、部活に行くと唯先輩がニコニコ顔で迎えてくれました)

梓(「バイトが決まったよあずにゃん」って)

梓(そしてバイト先は……琴吹さんのお店でした)

梓(……)

梓(バイト募集中なら、私にやらせてくれればよかったのに……)

◇1ヶ月後◇

梓「こんにちはー」

唯「あっ、あずにゃんだー」ダキッ

梓「まったくもー唯先輩は」

紬「あら、いらっしゃい、中野さん」

梓「こんにちは、琴吹さん」

唯「ムギちゃんお仕事終わったの?」

紬「ええ、食器も洗ったし、後はミルクティーを入れるだけ」

唯「ムギちゃんもぎゅー」ダキッ

紬「あらあら」

梓「な、なっ……」

唯「ムギちゃんはねー、抱きつくととってもいい匂いがするんだよ」

紬「紅茶の匂いかしらねー」

唯「どうだろうねー」

◇◇◇

紬「はい、ミルクティーと抹茶のスフレ」

唯「ありがとー」

梓「ありがとうございます」

紬「あっ、唯ちゃん。今、給与明細渡しちゃっていいかな」

唯「うん」

紬「はい、これ。お金は銀行に振り込んであるから」

唯「えーっと……こんなにいいの?」

紬「ええ、唯ちゃんには一杯助けてもらっちゃったから」

唯「そうかな? 私、あんまり役にたたなかったとおもうけど」

梓「バイトなんて雇って、お店のほうは大丈夫なんですか?」

紬「ええ、大丈夫よ。バイト代を差し引いても利益は増えたんだから」

梓「本当ですか?」

紬「唯ちゃんが桜ヶ丘の生徒さんに宣伝してくれたおかげで、高校生のお客さんも来てくれるようになったし」

紬「唯ちゃん目当てだと思われる男性客もぽつぽつ出てきたから」

梓「なるほど……」

唯「これでやっとギー太を買えるよ」

紬「ギー太?」

唯「うん。私の楽器の名前だよ」

梓「買う前から名前を決めてたんですか?」

唯「うんっ!」

紬「そう。じゃあもうバイト辞めちゃうのかしら?」

唯「う~ん。どうしようかな」

梓「どうしようかな、じゃないです。バイトやってたら部活に出れないじゃないですか」

唯「あ、そっかぁ」

梓「そっかぁじゃありません。ここ一ヶ月ほどずっと休んでたんですから」

梓「これからは真面目に部活に出てください」

紬「中野さんは唯ちゃんがいなくて寂しかったんだね」

梓「そ、そんなんじゃありません」

唯「もう、あずにゃんってば」ダキッ

梓「う、うぐっ…」

紬「じゃあやっぱりバイトは今日までかしら」

唯「う~ん。ねぇ、週1日だけ働くのは駄目?」

紬「週1? あっ、火曜日は部活がないんだっけ?」

唯「うん」

梓「そ、それなら!」

梓「私も働かせてください!」

紬「中野さん? えーっと……うーん……」

梓「あっ、迷惑ですよね。そうですよね。火曜日だけ3人もいても……」

紬「ううん。中野さん目当てで来てくれるお客さんも出てくると思うから、それはいいんだけど」

紬「週1回の2時間労働だと、月給1万円行かないぐらいだけど、それでもいいの?」

梓「全然いいです!」

紬「唯ちゃんは?」

唯「1万円でもあるとないとじゃ大違いだよー」

紬「そう。なら、お願いしちゃおうかしら」

紬「中野さん、来週の火曜日までに振込用の銀行口座と履歴書持ってきてね」

梓「ありがとうございます」

紬「うふふ。中野さんと一緒に働く日がくるなんて」

梓「あの、本当に迷惑じゃなかったですか?」

紬「ええ、そのかわり、友達を沢山連れてきてね」

梓「たくさん……ですか」

紬「ご、ごめんさい。無理ならいいのよ」

梓「いいえ、任せてください」

梓「不肖、中野梓。全身全霊で友達を連れてきますから」

唯「でもあずにゃんの友達って憂とじゅ――むぐむぐ」

梓「唯先輩は黙っててください!」

紬「うふふ。賑やかになりそうねー」

◇◇◇

梓(こうして唯先輩は無事に楽器を手に入れました)

梓(ギターを手に入れた唯先輩は、毎晩夜遅くまで練習しているそうです)

梓(憂がうれしそうに話してくれました)

梓(メキメキ上達していく唯先輩に触発されたのか、律先輩と澪先輩も熱心に練習するようになりました)

梓(以前は雑談7割だった軽音部)

梓(今では雑談3割、練習7割になってしまった)

梓(この調子なら文化祭では素晴らしい演奏ができそうです)

梓(バイトのほうはあまり堅調とは言えません)

梓(自分で言うのもなんですが、私はあまり器用じゃないです)

梓(そのせいで琴吹さんと唯先輩にかなり迷惑をかけています)

梓(琴吹さんは、週一だから馴れるのに時間がかかるのよ、とフォローしてくれました)

梓(だけど、私は肩身が狭かった)

梓(笑顔で接客できない)

梓(食器を洗うペースも、後片付けのペースも遅い)

梓(こんなんじゃ、友だちとして琴吹さんを支えてあげられない)

梓(そう考えた私は……)

◇◇◇

紬「2人だけでお話をしたいって聞いたけど、どんなご用事かしら」

梓「あの……私、役立ってます?」

紬「バイトのお話?」

梓「はい」

紬「ええ、中野さんのおかげで来てくれる固定客さんも増えてきたし」

梓「そういうんじゃなくて、バイトの仕事としてです」

紬「それは……しょうがないわ。まだ慣れていないもの」

梓「でも役に立ちたいんです」

梓「琴吹さんの友だちとして……支えたいんです」

紬「中野さん……そんなふうに考えてくれてたんだ」

梓「……はい」

紬「中野さんが友達でいてくれるだけで、私はすごく嬉しいんだよ」

梓「でも、今では唯先輩だって友達ですし、律先輩は澪先輩だって……」

紬「確かに友達は増えたけど、みんな中野さんが連れてきてくれたんだよ」

紬「唯ちゃんと出会えたのも、律さんと出会えたのも、澪さんと出会えたのも」

紬「みんなみんな中野さんのおかげだから」

梓「私はきっかけを作っただけです」

梓「最近は琴吹さん、唯先輩とすごく仲いいですし」

紬「……」

梓「……」

紬「ねぇ、中野さん」

梓「……」

紬「私ね、最近すっごく楽しいの。友達も増えたし、お店も前より繁盛してるし」

梓「……」

紬「でもね、やっぱり中野さんと2人でいるときが一番好きなんだ」

紬「やっぱりね。中野さんは私にとって特別な友達だから」

紬「中野さんは傍にいてくれるだけで、私の特別だから」

紬「だからね、そんなに悩まないで欲しい」

紬「中野さんが辛そうにしてると……私もね……」

紬「なんだか……」グスッ

梓「な、泣かないでください」

紬「だ、だって……中野さんがそんなふうに考えてたなんて……」

梓「そんなに泣かれると、私まで泣きたくなってしまいます」

紬「中野さん……」

梓「琴吹さん……」

◇一時間後◇

紬「こんなに泣いたの2年ぶりかしら」

梓「2年ぶり?」

紬「ええ、御父様が亡くなった時以来」

梓「そうでしたか」

紬「うん」

紬「御父様が死んだとき、引き取ろうって話をしてくれた親戚は何人かいたんだ」

紬「でも、このお店を選んだ」

紬「私、好きだったんだ。このお店」

紬「お客さんがきて、おいしい紅茶を飲んで、のんびりしていくだけ」

紬「でもなんだかあったかいの」

紬「そういうお店を守りたかったんだ」

紬「だから中学を卒業すると同時に、このお店を引き継いだ」

紬「保証人とかは親戚の人がやってくれたんだけどね」

紬「幸い取引先は、御父様のツテでなんとかなってしまって」

紬「こうやってお店を開けたんだ」

梓「そうでしたか……」

紬「うん。でもお店を開くとき、全部諦めたつもりだった」

梓「諦めた?」

紬「友達を作ってその……高校生らしい楽しみ方をすること」

紬「でも中野さんのおかげで、私は両方手に入れてしまった」

紬「素敵なお店と、素敵な友達」

紬「だから、どこまでいっても中野さんは特別なんだよ」

紬「中野さんは、私にとって幸運の女神だから」

梓「女神なんかじゃないです」

紬「黒猫さんかしら?」

梓「黒猫でもないです」

紬「なら、なぁに?」

梓「私は人間です」

紬「人間?」

梓「はい。悩んでるだけのただの人間です」

梓「琴吹さんがどう考えていても、私は私の方法で支えたいんです」

紬「……そう」

梓「だから、お願いがあります」

紬「うん……」

梓「土日もシフトを入れたいんです!」

◇◇◇

梓(単純に労働時間を増やす。それが私の出した結論でした)

梓(慣れるのに時間がかかるなら、時間を増やせばいいんです)

梓(ちゃんと仕事が出来るようになれば、琴吹さんを支えられる)

梓(少し遠回りになってしまったけど、琴吹さんは快諾してくれました)

梓(でも遠回りしたおかげで、少しだけ琴吹さんの内側に触れられた気がします)


梓(私は琴吹さんにとって特別)


梓(その言葉を何度か反芻して、やっと気づきました)

梓(私にとっても琴吹さんは特別だって)

◇夏休み◇

梓「こんにちはー」

紬「こんにちは中野さん。今日もよろしくお願いします」

梓「よろしくお願いします」

紬「ふふ」

梓「どうしました? なんだか嬉しそうですけど」

紬「夏休みの間は毎日中野さんに会えて嬉しいな―って」

梓「私も友達と会えて嬉しいです」

紬「じゃあ今日も張り切って働きましょう!」

梓「はいっ!」

◇◇◇

紬「ふぅ……やっと終わった」

梓「空調は効いてるのに、なんだか疲れました」

紬「気温差のせいかしら。エアコンが入っててもつかれるのよねー夏は」

紬「あっ、今日はアイスミルクティーでいいかな?」

梓「はい」

梓「……」

梓(……そういえばアレ)

梓(アレって……アレだよね)

紬「はい、お待ちどうさま」

梓「あの……アレって」

紬「ええ、ピアノよ」

梓「やっぱり……弾かないんですか?」

紬「中学卒業するまでは弾いてたんだけどね、今ではさっぱり」

梓「ちょっとだけ弾いてもらえませんか?」

紬「えー」

梓「お願いします」

紬「うーん」

梓「友だちからのお願いです」

紬「中野さんの意地悪」

梓「そ、そんな……」

紬「ふふ、冗談よ。ちょっと待ってて」

梓(琴吹さんはカバーを外し、ピアノの前に腰掛けた)

梓(ピント伸びた背筋、やわらかな手つき、とても様になっている)

梓(つむがれた曲は、トルコ行進曲)

梓(明るくて軽快な曲)

梓(琴吹さんが弾くと、どこか懐かしい感じがする)

梓(確かに何度かミスをしたけど、きっとこの人は)

梓(……)

紬「どうかしら?」

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梓「とっても素敵でした」

紬「ふふ。お世辞でも嬉しいわ」

梓「でもこんなに弾けるのに勿体無いです」

紬「実はね、最近ちょっとだけ音楽に触れる機会があったから」

梓「?」

紬「この前澪さんが家に泊りにきたの。作曲について教えて欲しいって」

梓「えっ、澪先輩が」

紬「うん。突然だからびっくりしちゃった」

紬「でも、すっごく楽しかった。お菓子を買い込んで、夜までずっと音楽の話をしたんだよ」

紬「澪さんってすごいイイ子よね。真面目で優しくて綺麗で……」

梓「ま、まぁいいです」

紬「……?」

梓「それにしても琴吹さん、作曲なんてできるんですか?」

紬「ええ、中学校の頃は、合唱コンクールにオリジナル曲で参加したのよ」

梓「それはすごいです」

紬「うん。テレビ局の取材もきたのよー」

梓「へぇ」

紬「でも、人に教えるのは難しいわ。結局澪ちゃんも修得できなかったし」

梓「ねぇ琴吹さん。今度文化祭があるんですが」

紬「ライブをやるのよね?」

梓「はいっ、それでオリジナル曲をやりたいなって話になってるんです」

紬「ええ、それで澪ちゃんがきたのよね」

梓「いっそのこと琴吹さんが作曲やりませんか?」

紬「部外者がやってもいいのかしら?」

梓「問題ないと思います」

梓「先輩たちにも相談しないといけませんが……」

紬「中野さん」

梓「なんですか?」

紬「中野さんは、私が作った曲で演りたい?」

梓「はいっ!」

紬「……なら、みんなと相談ね」

◇◇◇

梓(相談の結果、作曲琴吹さん、作詞澪先輩でオリジナル曲を作ることになった)

梓(しばらくは閉店後、お店に楽器を持ち寄って曲を作る日々が続いた)

梓(ギター、私と唯先輩)

梓(ドラム、律先輩)

梓(ベース、澪先輩)

梓(ピアノ、琴吹さん)

梓(このメンバーでバンドが出来たら、きっと楽しいと思う)

梓(もちろん無理だとはわかっているけど)

梓(でも、この時間だけは)

梓(文化祭までの短い時間だけは)

梓(この5人で音楽をやっていられる)

梓(そんな、夢のような時間でした)

◇文化祭当日◇

紬「……」ニコニコ

梓(あっ、琴吹さんだ。来てくれたんだ)

唯「あずにゃんいよいよだね」

澪「あぁ、つむぎさんも来てるみたいだし、オリジナル曲を含めて3曲全部」

律「ばっちり決めてやろうぜ」

梓「はいです」

唯「さっ、あずにゃん、りっちゃん、みおちゃん、幕があがるよ!」

律・澪・梓「……」

ワー

ワー

ワー

…………
……

◇文化祭後◇

みんな「カンパーイ」

澪「よかったんですか?」

紬「もちろん。打ち上げにお店を使ってもらえるなんて嬉しいわ」

紬「クラスメイトの人も、こんなに沢山連れてきてくれて……」

紬「でも良かったのかしら? 打ち上げっぽいものはあんまり出せないんだけど」

澪「ジュースだけで十分だよ」

紬「お酒とかは?」

澪「新聞を飾ることになっちゃう」

紬「そう。でも今回は楽しかったわ」

澪「うん。私も」

紬「澪さんも?」

澪「私、ずっと作詞がやりたかったんだ」

紬「そうなんだ」

澪「でも作曲をやってくれる人がいなかったから、今までできなかったんだ」

澪「本当につむぎさんには感謝してるよ」

紬「それはよかった」

澪「ねぇ、つむぎさん。またオリジナル曲を作ろうと思ってるんだけど、どうかな」

紬「うーん。どうしようかな」

澪「か、快諾してくれないの」

紬「ごめんなさい。でもお願いがあるんだ」

澪「なに?」

紬「澪さんって友達を呼ぶ時、基本的に呼び捨てよね」

紬「唯、律、梓って」

澪「うん」

紬「私のことも呼び捨てにして欲しいの」

澪「そっか……じゃあムギ」

紬「ありがとう澪さん」

澪「だめ!」

紬「えっ」

澪「ムギも私のこと呼び捨てにしてよ。友達でしょ?」

紬「う~ん、それじゃあ澪ちゃんでどう?」

澪「うんうん」

澪「じゃあ交渉成立ってことで」

紬「うふふ。でも嬉しいわ。私もみんなと一緒に音楽ができて」

澪「ああ、私もムギと音楽が出来て楽しいよ」

澪「それにさ……」

唯「はいはいちゅーもーく」

紬「あら」

澪「ふふふ」

唯「今から軽音部主催でスペシャルライブを開催しまーす」

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唯「まずはギターの私、平沢唯」

唯「せーだいな拍手をお願いしまーす」

アハハ 
ガンバッテーオネエチャーン
ユイ‐ガンバリナサイヨ‐
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唯「次は同じくギターのあずにゃんこと、中野梓」

梓「よろしくお願いします」

ガンバッテアズサチャーン
アズサガンバレ‐
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唯「次は軽音部の良心、美人の澪ちゃんこと、秋山澪」

澪「な、なんだその紹介は!! ……よろしく頼むよ」

キャーキャーミオチャーン
ミオチャーンケッコンシテ‐
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唯「そしてりっちゃんこと、田井中律」

律「私だけ手抜きじゃないか? まぁ、いっか」

リッチャンガンバッテ
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唯「そして最後に……軽音部名誉部員、ムギちゃんこと琴吹紬」

紬「えっ」

唯「ほら、ムギちゃん、おいでよ!」

梓「きてください、琴吹さん!」

紬「わ、私?」

唯「うん。みんなで決めたんだ。琴吹さんに名誉部員になってもらおうって」

紬「私なんかでいいの?」

梓「琴吹さんじゃないと駄目なんです。だから――」

紬「……えーっと、先ほど紹介してもらいました軽音部名誉部員の琴吹紬です」

紬「よろしくお願いします!」

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唯「では聞いてください」

唯「作詞秋山澪、作曲琴吹紬で紅茶はごはん」


ワーワー

ワーワー

ワーワー

ワーワー

ワーワー

ワーワー

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◇◇◇

紬「終わったね」

梓「はい」

紬「とっても楽しかったわ」

梓「私もです」

紬「また来年も、こうやって盛り上がれるといいね」

梓「もちろんです。だって」

紬「私も名誉部員にされちゃったからね」

梓「はい。もう逃がしません」

紬「でもね……」

梓「はい……」

紬「ひどい演奏だったね」

梓「はい。あんな酷い演奏になるとは思ってもいませんでした」

紬「個々の演奏はそんなに悪くないんだけど、音がバラバラ」

梓「よくブーイングされなかったものです」

紬「そこはほら、唯ちゃん達の友達だから」

梓「来年はちゃんと練習できるといいです」

紬「ええ、それは大丈夫。店の経営も安定してきたし」

梓「本当ですか?」

紬「ええ、桜ヶ丘の生徒を通して口コミで広がってるみたい」

紬「ケーキは微妙だけど、紅茶はとっても美味いお店だって」

梓「なるほど」

梓「あの、琴吹さん」

紬「なぁに」

梓「さっき澪先輩と『ムギ』『澪ちゃん』って呼び合ってましたよね」

紬「ええ、澪ちゃんにお願いしたの」

梓「琴吹さんからでしたか……」

紬「うん。なにかまずかったかしら」

梓「そうじゃないんです。でも……」

紬「……?」

梓「どうして私には言ってくれないんですか、そういうこと」

紬「あっ……それは……」

梓「はい」

紬「なんだか『中野さん』って呼ぶのが気に入っちゃったの」

梓「気に入っちゃいましたか」

紬「うん」

梓「けど私はそろそろ……友達なんですから」

紬「そうよね。中野さんとは友達。なら」

梓「……」

紬「あずさちゃん」

梓「……あずさちゃん」

紬「うん。どうかな」

梓「あ、はい。いいと思います」

紬「うん。あずさちゃん。うん。いい響きかも」

梓「……」

梓「……つむぎさん」

紬「さん付けなんだ」

梓「……つむぎさん」

紬「はぁい」

梓「……つむぎさん……つむぎさん……つむぎさん」

◇◇◇

律「なんだ梓、こんなところに呼び出して」

梓「律先輩、来てくれましたか」

律「もしかして愛の告白とか?」

梓「近からず遠からずってところです」

律「えっ……いやいや、ちょっと待て。梓が私に?」

梓「いえ、律先輩にじゃなくて……」

律「あぁ、ひょっとしてムギのことか?」

梓「えっ?」

律「見てればわかるよ。そんな感じはしてたし」

梓「そうですか?」

律「ううん。恋愛感情があるのかはわからなかった」

律「でも梓が恋愛感情を抱くとしたらムギかなって」

梓「意外と鋭いんですね。律先輩って」

律「他の奴らに聞いても同じこと言うと思うけど」

律「でもなんで私に相談するんだ?」

梓「口が堅そうでしたから」

律「ふむふむ。それでなんの相談なんだ?」

梓「はい。最近私、つむぎさんって呼ぶようにしたんです」

律「前までなんて呼んでたっけ?」

梓「琴吹さんです」

律「あー、そういやそうだったな」

梓「はい。で、つむぎさんって呼ぶようになってから……」

梓「まともに顔を見られなくなっちゃったんです」

律「ふむ」

梓「とっても優しくて、あったかい、あの笑顔を見ると、もうどうしようもなく顔が真っ赤になっちゃって」

律「それは恋だな」

梓「やっぱりそうですか?」

律「うん。間違いない」

梓「でも、どうすればいいんでしょう。つむぎさん、引かないかな?」

律「あぁ、ムギは女子校じゃないもんな」

梓「はい。女子校は結構そういうことに理解のある人が多いですけど」

梓「つむぎさんは違うので」

律「正直、私にはっきりしたことは言えない」

梓「そうですか……」

律「でも、梓の思うようにやってみればいいんじゃないか」

律「そんなに悪いことにならない……とは保証できないけど」

律「悪いことになったら、軽音部全員で全力でフォローするからさ」

梓「律先輩……」

律「なんだ?」

梓「やっぱり律先輩は腐っても軽音部の部長ですね」

律「腐ってもは余計だ」

梓「あはは」

◇◇◇

紬「梓ちゃん」

紬「梓ちゃんってば」

梓「……」ハッ

紬「あっ、気づいた?」

梓「はい、琴吹さん」

紬「琴吹さんじゃなくてつむぎさんでしょ」

梓「……つむぎさん」

紬「うんうん。それでどうしたの」

梓「……」

紬「……」

梓「……」

紬「ふふ、ねぇ、梓ちゃん」

梓「あ、へっ?」

紬「私ね、最近想像するんだ。もし私が桜ヶ丘高校に入ってたらどうなったんだろうって」

梓「あっ、あのっ!」

紬「どうしたの?」

梓「私も想像します。その……つむぎさんが桜ヶ丘高校の先輩だったらどうなってたんだろうって」

紬「梓ちゃんも? ……それは嬉しいわ」

梓「はい。そしたら軽音部でもっと……」

紬「でも梓ちゃん。私が軽音部部員だったらこのお茶は飲めないわよ」

梓「そこは、ほら……つむぎさんって御嬢様っぽいじゃないですか?」

紬「そう?」

梓「礼儀正しいですし、ちょっと世間知らずなところもありますし」

紬「私が御嬢様だったらかぁ……部室にティーセットとか持ち込んじゃうのかしら」

梓「はい。それで毎日美味しいお茶を振舞ってくれるんです」

紬「ふふ。お茶菓子も持っていかなきゃ。御嬢様ならもっと美味しいケーキを持っていけるわね」

梓「太っちゃいますね」

紬「そうね。私や澪ちゃんは苦労しそう」

梓「でも、桜ヶ丘高校の先輩だったとしたら、来年いなくなっちゃいますね」

紬「そうね。よく考えれば唯ちゃん達来年で卒業なのね」

梓「はい……」

紬「そしたら梓ちゃんはひとりだけかぁ、勧誘大丈夫かしら」

梓「どうでしょう」

紬「私が御嬢様だったら、こっそり召使の子を送り込んじゃうかしら」

紬「そして梓ちゃんをサポートさせるの。うん。きっとそうするわ!」

梓「ふふっ。ありがとうございます」

紬「……ひょっとしてそのこと? 来年唯ちゃんたちが卒業しちゃうから」

梓「いいえ、違います。あの、」

梓「私、」

梓「私は、」

梓「私は、好きになっちゃったみたいなんです」

梓「つむぎさんのこと!」

紬「それは、そういう意味で?」

梓「はい」

紬「うん」

紬「うん」

紬「うん」

紬「ごめんね。告白されたことなんてなかったから混乱してる」

梓「あっ、はい」

紬「……私、どうすればいいのかな」

梓「別に振ってくれても……」

紬「私ね、梓ちゃんのこと大好き」

紬「けど、恋愛感情として好きかはわからない」

紬「でもね、梓ちゃんに告白されて嫌な感じは全然しなかったの」

紬「むしろ嬉しかった」

梓「嬉しかった?」

紬「うん。梓ちゃんが私のことを好きでいてくれて嬉しかった」

梓「……」

紬「だからね、恋愛ってなんなのか、私にはわからないけど」

紬「それでもいいなら、私と付き合ってみる?」

梓「はいっ!」

紬「うふふ。彼女かー」

梓「彼女同士です」

紬「なんだか高校生やってるみたい。音楽やって恋をして」

紬「梓ちゃんって本当になんでも持ってきてくれるんだね」

梓「私は、ただ傍にいたいだけです」

紬「ねぇ、梓ちゃん」

梓「なんですか? つむぎさん」

紬「キス、してみない?」

梓「キスですか?」

紬「そしたら少しは恋についてわかるかもしれないから」

梓「そうですね。2人で恋について勉強して行きましょう」

紬「うん……」

チュ

紬「あっ……」


梓(私はつむぎさんのおデコにキスをした)

梓(口へのキスは、本当の恋になるまでおあずけ)

梓(私の顔は真っ赤だったと思う)

梓(つむぎさんの顔もほんのりピンク色だったと思う)

梓(私がそう望んだからかもしれないけど)

梓(確かに、ピンク色に見えたんです)

◇◇◇

梓(文化祭が終わり、私たちは日常に戻りました)

梓(週三回のバイトは続けています)

梓(唯先輩も週一でバイトは続けています)

梓(なんでも今のうちから労働に慣れておきたいらしいです)

梓(たまに家事を手伝ってくれるようになったと、憂が感動していたのが感慨深かった)

梓(冬はつむぎさんを含め5人で、ライブハウスでライブをしました)

梓(澪先輩とつむぎさんのコンビで作ったオリジナル曲は、なかなかの出来で)

梓(オーディエンスを大いに盛り上げたのでした)

梓(つむぎさんとの関係も順風満帆でした)

梓(まだ恋人関係とは呼べないかもしれないけれど、とてもあたたかい時間を過ごしていました)

梓(すべてが上手く行きすぎていて)

梓(私はあたりまえに、こんな時間が続くのだと思っていたんです)

梓(少なくとも唯先輩たちが卒業するまではずっと)

梓(ううん。唯先輩が卒業したって、私が桜ヶ丘にいる間は、こんな感じの日々が続くと思っていました)

梓(でも、それは違ったんです)

梓(思っているよりずっと簡単に日常は壊れてしまう)

梓(そのことを、私は知らなかったんです)

◇◇◇

梓(4月、私が2年生になってすぐ、つむぎさんからメールが来ました)

梓(1週間ほどお店を休みにするとのこと)

梓(理由は書いてありませんでしたが、つむぎさんにも用事はあるのでしょう)

梓(私はそう思い、深くは考えませんでした)

梓(1週間後、私はつむぎさんに呼び出されました)

梓(バイトのためではなく、話し合いのために)


紬「まずはダージリンでもどうぞ」

梓「いいんですか?」

紬「ええ、今日は特別だから」

梓「はぁ。それで、お話って」

紬「梓ちゃん、私、梓ちゃんに謝らないといけないの」

梓「……詳しく話してもらえますか?」

紬「このお店を閉めることになったの」

梓「えっ。なんで! どうして!?」

紬「茶葉を仕入れてた貿易業をやってた会社が潰れちゃったから」

紬「現地での内需拡大と中国での消費量増大で、茶葉の市場価格が上がったんだけど、価格転嫁に失敗したそうで……」

梓「じゃ、じゃあ、違う会社から仕入れれば!」

紬「私も考えて、いろんな会社をまわったわ」

紬「でも、駄目。今までの取引してた会社が特別だったの」

紬「今までと同じグレードの茶葉を仕入れようとしたら、価格が二倍になっちゃう」

紬「これじゃあ、お店にお客さんは来てくれない」

梓「で、でも。他のお店は……」

紬「ケーキが美味しいとか、そういう付加価値があればなんとかなるんだろうけど」

紬「高級住宅街でもない、この街で、価格を倍に上げたら来てくれるお客さんはほとんどいなくなってしまう」

紬「だからといって紅茶のグレードを下げたら、何の取り柄もないお店になってしまう」

紬「だから、お金に余裕があるうちに、お店を畳むことにしたの」

梓「……お父さん」

紬「え」

梓「お父さんのお店じゃなかったんですか?」

紬「うん……」

梓「だったら最後まで」

紬「……」グスッ

梓「つ、つむぎさん」

紬「どうしようもないの……このままお店を続けても……」グスッ

紬「きっと借金だらけになってしまう……」グスッ

紬「それくらいならお店を畳んで再起をはかったようが……」グスッ

紬「御父様……ここは御父様のお店……」グスッ

紬「私……私は……」グスッ

紬「……」グスッ

梓「……」

◇◇◇

梓(つむぎさんは悩んでいる)

梓(このお店と一緒に心中するか、それともいつかお店を取り戻す道を選ぶか)

梓(私には答えなんてわからない)

梓(いますぐ、つむぎさんの前に答えをあげたかった)

梓(お金でもいい、卓越したアイディアでもいい)

梓(つむぎさんを救ってあげられる何かが欲しかった)

梓(でも、そんなものはない)

梓(私には手を差し伸べることなどできない)

梓(それがとても悔しかった)

梓「お店を閉じて、どうするつもりですか?」

紬「……お金をためながら、お菓子の勉強をしようと思うの」

梓「お菓子ですか?」

紬「うん。おいしいお菓子と、おいしい紅茶、その二つがお店には必要だと思うから」

梓「お金をためて……」

紬「うん。そして立地条件のいいところにお店を立てれば……」

紬「お店を再開できるかもしれない」

梓「……」

紬「だから、どちらにしても御父様のお店は完全に捨てることになるの」

紬「それは絶対」

紬「絶対に捨てないといけないんだ」

梓「つむぎさん……」ギュッ

紬「あずさちゃん?」

梓「泣いてください」

紬「どうして?」

梓「悲しい時は泣いてください」

紬「あずさちゃん……」

梓「じゃないと私が泣いてしまいます」

紬「じゃあ、泣かせてもらうね」

梓「はい。好きなだけ泣いてください」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

◇◇◇

梓「落ち着きましたか?」

紬「うん……えへへ」

梓「え」

紬「あずさちゃんって優しいんだね」

梓「そ、そんなんじゃないです」

紬「あずさちゃんが恋人でよかった」

梓「もうっ」

紬「でもお別れだね」

梓「えっ」

紬「お店をたたんだら遠い街に行っちゃうんだ」

梓「……」

紬「ごめんね、梓ちゃん」

梓「私、つむぎさんを手放すつもりありませんから」

紬「駄目よ。この街でできることには限界があるもの」

梓「いいです。離れても」

梓「離れたってつむぎさんのこと、忘れませんから」

梓「それに別れてもあげません」

梓「ずっとずっと恋人のままです」

梓「遠くに行ったって、ずっと恋人のままです」

梓「私以外の好きな人を作ったら浮気ですから」

梓「だから……」

紬「梓ちゃん……いいの?」

梓「こっちの台詞です」

紬「5年後」

紬「5年後、もう一度お店を開くから

紬「お店の名前は『放課後ティータイム』」

紬「今の時代だもの。インターネットで調べれば簡単に見つけられるわ」

紬「その時まだ梓ちゃんが私を想ってくれるなら、どんなに遠くても会いに来て」

紬「そこからもう一度始めましょう」

梓「約束、してくれますか?」

紬「ええ、約束」

梓「やぶっちゃ嫌です」

紬「破ったらハリセンボン飲むわ」

梓「駄目です。破ったら未来永劫つむぎさんは私のものです」

紬「あら、怖い。まるで呪いね」

梓「だから、絶対に守ってください」

紬「そう。じゃあ私も呪いをかけてあげる」

梓「呪いですか?」

紬「ええ、呪い」

梓「どんな呪いですか?」

紬「私のことを忘れられなくなる呪い」

梓「もう呪われてます」

紬「それなら更に呪ってあげる」

梓「そういうことなら大歓迎です」

紬「あずさちゃん、こっちに来て」

梓「はい……」


梓(私たちは、大人のキスをした)

梓(ファースト・キスは優しくて甘いミルクティーの味がした)

◇◇◇

梓(1週間後、送別会をやって、つむぎさんは遠くの街に引っ越していった)

梓(唯先輩は泣いていた。いつの間にか仲良くなっていた憂も泣いていた)

梓(律先輩は笑っていた。笑って送り出したいという、律先輩なりの優しさだろう)

梓(澪先輩は和先輩に慰められていた)

梓(そして私は泣かずに済んだ)

梓(きっとまた会えるから)

梓(絶対に会えるから)

梓(だから、泣かなくていいから)

梓(その夜、私は夢を見た)

◇◇◇

梓(あれ……ここは……部室?)

梓(私、寝ちゃったんだ……)

梓(先輩たちは……あれ、やけにソファが柔らかいけど)

梓(……え)

紬「あら、お目覚め」

梓「えっ、つむぎさん?」

紬「うふふ。梓ちゃん。ぐっすり眠ってたわ」

梓「……って膝枕?」

紬「ええ、膝枕。梓ちゃん、好きでしょ」

梓「はぁ……まあ気持ちいいですけど」

紬「うふふ」

梓「どうしてつむぎさんがここに?」

紬「ねぇ、なんで私のことをつむぎさんって呼ぶの?」

梓「えっ」

紬「いつもみたいにムギ先輩って呼んでくれないのかしら?」

梓「むぎせんぱい?」

紬「ええ」

梓「……むぎせんぱい」

紬「うん」ニコッ

梓「……これは夢なんだ」

紬「え」

梓「つむぎさんが先輩で、私が後輩で、一緒に軽音部をやってて」

紬「どういうこと?」

梓「そうですね。では、お話します……」

◇◇◇

紬「じゃああずさちゃんは私が知ってる梓ちゃんじゃないんだね」

梓「はい。ムギ先輩はつむぎさんじゃない」

紬「でもあずさちゃんはつむぎさんと別れちゃったのよね」

梓「……」

紬「それなら、ずっと夢の中にいてもいいんじゃない?」

梓「……ムギ先輩はつむぎさんじゃないです」

紬「……」

梓「それに……私はずっとつむぎさんと居ました」

梓「ずっとずっと琴吹さんって呼んでて、それからつむぎさんになって、私の恋人になってくれて」

梓「うまくはいえないけど、私はつむぎさんのモノなんです」

紬「モノだなんてあずさちゃんだいたん!」

梓「そ、そうですか?」

紬「ええ、でもそうね。私も私の梓ちゃん以外愛せそうにないし」

梓「ムギ先輩達も両思いなんですか?」

紬「私から告白したの。梓ちゃんから好きだって言ってもらったことはないんだけど」

梓「そうなんですか」

紬「うん」

梓「私も、つむぎさんから好きだって言ってもらったことはないんです」

紬「そっかぁ、大変だね、お互い」

梓「そうでもないです……あれ」

紬「どうしたの?」

梓「なんだか眠く……」

紬「そう。おやすみなさい、あずさちゃん」

梓「……」

梓「……あれ、ムギ先輩?」

紬「ふふ、お帰りなさい、梓ちゃん」

◇◇◇

梓(つむぎさんは私達に曲を1つだけ残してくれた)

梓(それをなんとか習得して、文化祭では演奏した)

梓(私は、純や憂と遊びに行くことが多くなった)

梓(つむぎさんがいなくなっても、2人は気遣うような真似はしなかった)

梓(それが、とても嬉しかった)

梓(やがて、唯先輩たちが卒業し、私は部長になった)

梓(憂、純が入ってくれた上、新入部員を獲得できたおかげで、軽音部は続いている)

梓(あのお店でみんなでお茶を飲めないのは残念だけど)

梓(それでも、私はなんとかやっていけてる)

梓(大学はN女子大を受けることにした)

梓(この大学を選んだ理由は二つある)

梓(ひとつは唯先輩たちがいるから)

梓(もうひとつは、経営学の教授が有名だから)

梓(なんでも個人経営向けのコンサル業で名をあげた、有名人らしい)

梓(モチベーションが高かったからか、私は特待生扱いでN女子大に入学できた)

梓(入学式の後、唯先輩たちに学食へ呼び出された)

梓(サークルの歓迎会をしてくれるらしい)

梓(勉強は重要だけど、大学生活を楽しむことだって大切だと思う)

梓(そうしたほうが、つむぎさんもきっと喜んでくれるから)

◇◇◇

パンパンパーン

唯「私たちのサークルへようこそ、あずにゃん」

澪「よくきたな梓」

律「あぁ、歓迎するよ」

梓「はい。これから4年……あっ、3年間よろしくお願いします」

律「なんだかんだ言ってたけど、結局梓もN女子大にきたんだな」

梓「はい。ここの経営学の先生が書いてる本を読んで感銘を受けたので」

澪「へぇ……真面目な理由なんだな」

サッ

梓「……えっ」

梓(突然、私の視界が遮られた)

?「だーれだ?」

梓「視界が……め、めかくし?」

?「10、9、8、7」

梓「な、なんで……」

?「6、5、4」

唯「あずにゃん、ヒントをあげるよ」

律「私たちのサークルのキーボード兼作曲担当」

澪「製菓専門学校からの助っ人」

?「3、2、1」

梓「つむぎさん……」

紬「ただいま、あずさちゃん」

梓「……」グスッ

紬「……あずさちゃん?」

梓「ひ、酷いです、今まで黙ってて、こんな……こんな……」

紬「ご、ごめんなさい。でも驚かせたかったの」

梓「こんなの……こんなの……嬉しすぎます」

紬「ええ、私もとっても嬉しいわ」

梓「むぅ……責任とってキスしてください」

紬「ここで?」

梓「はい。ここで」

律「お、おい。ここは学食だぞ」

梓(学食のどまんなか)

梓(私とつむぎさんは熱烈なキスをした)

梓(舌を絡めたねちっこいキス)

梓(優しくて甘いキス)

梓(やっぱりミルクティーの味だった)

梓(噂は3日で大学中に広まり、2人は注目の的となった)

梓(でも、そんなことはどうでもいい)

梓(だって……)


紬「早く私のお店を再開したいわね」

梓「間違えちゃ駄目です」

梓「『私たちの』お店ですから」

紬「……! うんっ!!」


おしまいっ!

誕生日なのに誰も呪ってくれないのでムギちゃんと梓ちゃんにいちゃついてもらった。ちょっと呪い水ガブ飲みしてくる

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