勇者「勇者の本当の敵は魔王じゃなかったのかもしれない」(739)


このssは勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」の続編ssです

本来はss速報vipでやってたものですが、ss速報が鯖落ちしたのでこちらでやっていこうと思います
なるべく早く終わらせます


  「お前は勇者と魔王の争いに疑問を持たないのか?」

勇者「なにがだ?」

  「歴史を紐解いていけばわかる。勇者と魔王は最終的に必ず殺し合っている」

勇者「勇者と魔王が争うのは自然なことじゃないのか」

  「過去の結果だけを見ればな。だが、本当にその争いは必要だったか?」

勇者「必要じゃなかったら、争いは起きなかっただろ」

  「まだ、魔物に知性がなく、本能のままに生きていた時代なら理解もできる」

勇者「……」

  「だが、魔物たちも時代の流れの中で知性を得た。言語も理解できるようになった」

勇者「なにが言いたいんだ?」

  「勇者と魔王の争いは仕組まれていた」



勇者「仕組まれていた?」

   「魔王は勇者には勝てない。それは歴史が証明している」

勇者「そのことに魔物たちが気づかないわけがない、か」

   「おそらく人類側にもいた。勇者対魔王という対立構造に疑問をもつ者が」

勇者「……」

   「魔物は人類の敵と、俺たちは生まれたときから刷り込まれていた。ある種の洗脳と言ってもいい」

勇者「洗脳」

   「そう、みんな洗脳にかかっていた」



   「――かつて勇者だった俺も含めて」





魔法使い「……ぷはっ。やっぱりお酒はこういうとこで飲んだほうがうまいわね」

僧侶「飲むペース、早くないか?」

魔法使い「酒場に来るのなんて久々だったから、ついね。ふふっ、おいしい」

僧侶「研究のほうが忙しいのか?」

魔法使い「仕事はたいしたことないわ。個人的な調べ物が、ちょっとね。あなたは?」

僧侶「私も報告するようなことは特にないな。赤ん坊の洗礼式が昨日あったが……って、興味ないか」

魔法使い「幼児洗礼ね。教会の権威が失墜したと言われて五百年……。
      個人的な意見だけど、国民に洗礼の義務がなかったら、教会そのものが廃れていたんじゃないかしら?」

僧侶「たしかに社会的な求心力や世俗的権威は昔に比べれば堕ちた。だが、信仰そのものが消えたわけじゃない」



魔法使い「勇者と魔王が生きていた時代の教会は、その権威もすごかったそうね」

僧侶「教会がなかったら、人類は魔族に滅ぼされていたと言われてるからな」

魔法使い「ところでひとつ疑問が浮かんだのだけど」

僧侶「なんだ?」

魔法使い「勇者は生まれる前から決まっているのか。あるいは、生まれてから決まるのか、どっちだと思う?」

僧侶「私は……前者だ」

魔法使い「生まれる前から勇者として選ばれている、ね」

僧侶「『この世界は勇者と魔王のためだけに存在している』って言い伝えもあるくらいだ」



魔法使い「ふふっ、なるほど。あら、もう空になっちゃったわね。ここのお酒薄くない?」
  
僧侶「飲んでないから知らない。でも、見たところしっかり酔ってるぞ」

魔法使い「そう?  でもまあ……勇者は生まれる前から決まっている方が色々納得よね」

僧侶「歴代の勇者が、勇者と認められる過程は様々だ。だが、彼らはなるべくしてなったんだと思う」

魔法使い「勇者って偉大よね」

僧侶「偉大?」

魔法使い「だって、記録によれば魔王を絶対に倒してるんでしょ」



魔法使い「私たちの今の生活があるのは勇者が魔王より強いおかげ。感謝しないとね」

僧侶「そうだな」



戦士「お待たせー。って、すっかり魔法使いはできあがっているね」



魔法使い「ふふっ、まあね」

僧侶「ずいぶんと遅かったな」

戦士「ホントにごめんよ。ていうか久しぶりだねー、僧侶ちゃん」

僧侶「ああ。遅くなったのは仕事のせいか?」

戦士「仕事のせいっていうか、趣味のせいかな?」



僧侶「演劇のほうか」

戦士「いやあ、スケジュール管理に、上演作品の時間決めとか、全然うまくいかなくてね」

僧侶「そうか」

戦士「しかも当時の管理者たちに施設の機材について聞いたら、使い方がわからないって言い出すんだ」

僧侶「使い方がわからないって、自分たちの施設だったのに?」

戦士「開館のときにしか援助金が出ないからって、無理に機材を買ったのが祟ったんだ。困ったもんだよ」

僧侶「大変だな」

戦士「でしょ?  ほかにも……」

僧侶「戦士。お前の愚痴を聞きにきたんじゃないぞ、私は」

魔法使い「そうね。そこらへんにしておいたら?」



戦士「ごめんごめん。ここらへんにしておこうか」

僧侶「それで、私と魔法使いを呼び出した理由はなんだ?」

戦士「理由はふたつある」

魔法使い「ふたつ?」

戦士「『彼』が遠征から帰ってきてる」

僧侶「……帰ってきてる?」

戦士「そう。二日前にね」

魔法使い「あら。もう帰ってきてから二日も経っているの?」

戦士「うん。帰ってからもドタバタしていたみたいだね」

魔法使い「まあ、敵が敵だからね」

僧侶「それで?」

戦士「ん?」



僧侶「『ん?』じゃなくて。アイツとはいつ会えるんだ?」

戦士「うんうん、そうだよね。やっぱり僧侶ちゃんは早く会いたいよね?」

僧侶「なんだその顔は?」

戦士「いやいやべつに?」

魔法使い「ふふふっ。少し顔が赤いわよ?」

僧侶「…………勝手に言ってろ」

戦士「で、ふたつ目の呼び出し理由は――」

戦士「悪いねふたりとも。今からおシゴトだ」





    「お前はどこまで知っていた?」

勇者「勇者と魔王の争いが、仕組まれていたことはある手記で知った」

    「ならば、その争いを仕組んだのが人類側だってこともわかってるはずだ。
     俺は勇者である以前に単なるピエロだったんだ」

勇者「……」

    「愚かな俺は、結局真相に気づけなかった」

勇者「けど、もう終わった話だろ?」

    「終わっていない。過ちは延々と続いている」

勇者「なにを言っている……?」

    「真実を知りたいか、勇者?」

勇者「オレは……」


薬師「勇者様!」


    「……追っ手か。またいつか会おう――勇者」





薬師「勇者様、お怪我はありませんか……って、だ、大丈夫ですか?」

勇者「なんとかな……イテテ」

薬師「も、申し訳ありません。私がかけつけるのが遅れたばかりに……!」

勇者「お前は悪くないし、こうして生きてる。結果オーライだ」

薬師「肩を貸します。立てますか?」

勇者「大丈夫だよ。からだの頑丈さには自身ありだぜ」

薬師「そう言って毎回、むやみやたらにケガしてませんか?」

勇者「まあ、たしかに。あ、ほかのみんなはどうした?」

薬師「この付近に教会があったため、そちらへ向かわせました」



勇者「とりあえずオレたちも合流す……!?」



ウルフ「……」



薬師「完全に囲まれてますね、私たち」

勇者「気づかなかった。気配はあったか?」

薬師「いいえ。それにこのウルフたち、私たちを襲う気満々です」

勇者「なんで魔物が……って、今は考えてもしょうがないか。いけるか?」

薬師「私は大丈夫です。しかし、勇者様は大丈夫ですか? なんなら私が囮になって……」

勇者「そんなことさせられるわけないだろ? 」



薬師「……そう言うと思ってました」

勇者「これが終わったら今日はしっかり休む。ただし、このウルフたちを倒したら、だけどな!」

薬師「もう! 少しは 自分をいたわってくださいよね!」



  「ほーんと、そちらのお嬢さんの言うとおりだと思うよ」


 一体のウルフが勇者に飛びかかろうとしたときだった。
 そのウルフは青い火球によって大きく吹っ飛んだ。


勇者「……へ?」


僧侶「この森が私の教会の近くでよかった」

魔法使い「……そのおかげで、早く見つけれた」


勇者「お前ら……」


戦士「半年ぶりかな。元気かい――勇者くん?」





僧侶「意外とあっさり片づいたな」

戦士「まあ、魔物の群れとは言ってもしょせんはウルフだからね」

勇者「みんなが来てくれて助かった」

薬師「本当にありがとうございました」

戦士「まったく。久々の再開だから、ちょっとしたサプライズでもしようと思ったら、こっちが驚かされたよ」

勇者「ていうか、どうしてお前らがこんなとこにいるんだ?」

戦士「陛下からキミたちのバックアップを頼まれてね」

魔法使い「……急いできた」

勇者「そういうことか。いやあ、しかし本当に久々だな!」

僧侶「半年ぶりか。少しはなにか変化もあるかと思ったけど……」

魔法使い「……特に、見当たらない」



戦士「むしろ少しバカっぽくなってない?」

勇者「お前らな!」

僧侶「ふっ……」

勇者「……僧侶?」

僧侶「いや。たった半年なのに、このパーティの会話がずいぶんと懐かしい感じがしたんだ」

魔法使い「……そうね」

勇者「……半年、ぶりか」



勇者(オレが戦士、僧侶、魔法使いと魔界へ行ってから半年以上になるのか)

勇者(あっという間だったな)





勇者(半年前。魔界から帰ってきたオレたちは真っ先に王様のもとへ行った)




戦士『ただいま帰還しました』

王『無事でなによりだ。ご苦労だったな』

戦士『はっ』

王『魔界について色々聞きたいことはあるが。魔王とは接触できたのか、僧侶?』

僧侶『あ、は、はい!  その件につきましてですが!  魔界におきまして私たちは魔王その人と親しく……』

戦士『陛下、その前に一つお尋ねしたいことが』

僧侶『……?』

王『なんだ?』

戦士『勇者のことでお尋ねしたいことがあります』

勇者『……!』



王『すでにこの勇者の正体はつかんでいるか』

戦士『はい。彼の処置についてはどうなさるつもりでしょうか?』

王『そういうことか。報告書がこちらに届いてなかったが……この勇者の今後を案じてのことだったか』

勇者『どういうことだ?』

王『よかったな、勇者。卿のパーティはとても仲間思いだったということだ』

勇者『はあ……』

王『安心しろ。勇者にはこれからやってもらいたいことがあるからな』

勇者『会話がよく見えないんだが、えっと……』

僧侶『勇者様。今は静観なさっていてくださいまし』

勇者『え、ああ……わかった』



戦士『陛下。その言葉は彼に対してなにもしないと、受け取ってよいということでしょうか?』

王『そうだ。その代わりにこれから新たな任務についてもらう』

勇者『新たな任務?』

王『卿は自分の正体を知ったな。自分が造られた存在だと』

勇者『……はい』

王『実は卿らがこの国を出てから、封印された『本物の勇者』を復活させた』

勇者『本物の勇者!?』

王『最後まで聞け。その『本物の勇者』……『真勇者』とでも呼ぼうか。
  彼を復活させたのは、戦況をひっくり返すためにどうしても必要だったからだ』



王『だが、真勇者は一週間前に消息を絶った』

魔法使い『やはり本当の勇者は生きていた、か……』

王『真勇者は余の側近を一人殺して逃走した。今のところ、手がかりらしい手がかりもない』

勇者『ほ、本物の勇者が人殺しをしたっていうのか!?』

王『そうだ。だがそれは肝要なことではない。卿には真勇者の捕獲任務に就いてもらう』

勇者『ひとりで本物の勇者を追うんですか?』

王『そんなわけはなかろう』

僧侶『わたくしたちが随行するということでしょうか、陛下?』

王『ちがう。僧侶、戦士、魔法使い。卿らには魔界について聞くことが山ほどある』



勇者『他のヤツらと、ってことですか?』

王『余が選出した者たちとだ。実力、経験ともに優れた者たちだ』

勇者『……』

戦士『陛下、個人的な疑問が色々と残っているのですが』

王『……この任務に卿らは一切関係ない。今回の件は場合によっては大事に至る可能性もある』

戦士『我々に教える情報はなにもない、ということですね』

王『そうだ。無論、このことは他言無用だ。それと――』





王『戦士、魔法使い、僧侶。三人には以降、監視をつけさせてもらう……以上だ』





戦士「まあ色々あったけど、とりあえずおかえり勇者くん!  カンパーイ!」

勇者「おう!  サンキュー!」

戦士「ところで勇者くん」

勇者「なんだよ、急にマジメな顔して」

戦士「そちらのお嬢さんを紹介してくれないかい?」

薬師「あ、私ですか? そういえばきちんとした紹介をしていませんでしたね、失礼しました」



薬師「私は薬師というものです。勇者様の護衛、及び監視として例の追跡任務に就いております」

戦士「ほほう。ちなみに勇者くん。ボクは今、並々ならぬ怒りを感じているとこだよ」

勇者「なんかオレ、したっけ?」

戦士「キミも知ってのとおり、ボクや僧侶ちゃんにも魔界から戻って以降は監視がついてるのは知ってるよね?」

勇者「うん。それがどうしたんだ?」

戦士「ボクの監視役は調べたところ、むさくるしいオジサマだったわけだよ」

勇者「うん」

戦士「うん、じゃない。どうしてキミの監視役はこんな可憐なレディなんだい?」

薬師「そ、そんな……可憐だなんてやめてください、恥ずかしいです」

戦士「まさに淑女といった風情。この人が勇者くんの護衛って……うん」

勇者「結局なにが言いたいんだよ?」

戦士「おかしいだろ!  どうしてボクとキミでこんなに監視役にちがいがあるんだい!?」

勇者「知らねーよ。ていうか監視役ってだけで、べつにそのオッサンと関わりはないんだろ?」

戦士「まあね。でも、どうせなら美女に見守ってもらいたいというのが、男の性でしょ?」



戦士「しかも可憐なだけじゃない。そのプロポーション……すばらしいの一言だね」

薬師「ど、どこ見てるんですか!?」

戦士「ボクとしたことが、失礼。とにかく勇者くん。ボクはキミが憎いよ。
   こんなイタイケなお嬢さんと旅ができただなんて……」

薬師「……あの、お言葉ですけど私のほうが戦士様より年上ですよ」

戦士「え、そうなの?」

薬師「よく間違えられるんですけどね」

戦士「いや、これは申し訳ない。ボクとしたことが一生の不覚だったね」

勇者「薬師はすごい頭いいんだ。なんでも知ってるし」

戦士「へえ……薬師ちゃんは普段はなにやってるんだい?」

薬師「私、薬師であると同時に図書館司書もやっておりまして」



戦士「それはまた変わってるね」

薬師「と言うより、もと薬師だったと言ったほうが正解もしれませんね。現在は司書の仕事一本ですね」

戦士「へえ。どこの図書館に勤務してるの?  今度遊びにいっちゃおうかな?」

薬師「国立中央図書館の第三番館です」

戦士「……え!?」

勇者「どうしたんだよ、そんなにのけぞって?」

戦士「……国立図書館に勤めているだけでも、普通にすごいことなんだよ」

勇者「そうなのか。あんまりすごさがわからないな」

戦士「しかも、一般ではまずお目にかかれない蔵書が保管されていると言われる第三番館で働いているなんて……」

勇者「そんなにすごいのか?」

戦士「第三番館の資料は本当に貴重なんだ。
   だから魔法による窃盗とかを防ぐために、魔術プロテクトが建物自体に施されている」



戦士「ただ美人なだけじゃなく、頭脳明晰だなんて……ますます勇者くんが憎いよ」

勇者「薬師がすごいのは知ってたけど、戦士が褒めるってことはよっぽどなんだな」

薬師「そんなに褒められるのはちょっと……あ、そういえば」

勇者「ん?」

薬師「勇者様のかつてのパーティメンバーだった、僧侶様と魔法使い様は?」

勇者「魔法使いはなんか用事があるとか言って帰っちゃったな」

戦士「僧侶ちゃんは……真勇者が侵入した教会で勤めていることもあって、ずっと取り調べを受けているね」

勇者「真勇者のことを調べるためとはいえ、もう一日経つのにな……」

戦士「それだけ真勇者を捕まえるのに必死ってことだよ」



薬師「真勇者様は、いったいなにを考えられているんでしょう?」

戦士「さあね?  同じ勇者としてどうだい、勇者くん」

勇者「わかってたら、とっくに捕まえてるよ。だいたいオレは勇者じゃない」

戦士「ああ、そうだったね。普通より頭の悪い勇者だったね」

勇者「んだとお!  ていうかさっきから戦士、全然飲んでないだろ!」

戦士「それがどうしたの?」

勇者「飲み比べ勝負だ」

戦士「へえ。いいのかい?  魔界でゴブリンとやりあったとき、ボクは圧勝してるんだよ?」

勇者「自分でイカサマして勝ったって言ってただろ?」



戦士「まさか勇者くんが、そのことを覚えているなんて……驚いたよ」

勇者「絶対にバカにしてるだろ!  もういい、とにかく勝負だ!」

戦士「いいよ。その勝負、受けてあげるよ」

薬師「ゆ、勇者様も戦士様も飲み過ぎはよくありませんよ」

勇者「いや、これだけは譲れない」

薬師「というか勇者様、飲み比べとかしたことないんじゃあ……」

戦士「漢の勝負……正々堂々勝負!」

勇者「おう!」





勇者「うぅー、ダメだ……ぎもぢわるい…………トイレぇ……」

戦士「はっはっは。まったく、ボクに勝とうなんて無理難題を自分に課すとはねえ」

勇者「くっそぉ……おぼえてろょ…………」

薬師「もおっ。 勇者様ったら無理しちゃダメってあれほど言ったのに……」

戦士「ホントだね。しかもボクがイカサマできるって知ってたのに引っかかてるしね」

薬師「い、イカサマしてたんですか?」

戦士「まあね。勝負っていうのは正々堂々卑怯な手を使って勝つものなんだよ」

薬師「……はあ」



薬師「それにしても勇者様が、あんなに生き生きしてる姿は久々に見ました」

戦士「そういえば、遠征任務中はどうだったんだい?」

薬師「勇者様に同行したのは私を含めて五人だったんです。ターゲットがターゲットなだけによりすぐりの人材で構成されてたんですが……」

戦士「どういう人間が選出されてたかは、想像がつくね」

薬師「ええ。腕利きではありましたが、性格的に勇者様と合わない方たちでした」

戦士「色々と苦労をしいられたようだね」

薬師「ええ。でも、あなたや僧侶様や魔法使い様のことを話してるときの勇者様はとても楽しそうでした」

戦士「……そっか」

薬師「ええ。早く真勇者様をつかまえて、みんなに会いたいって言ってました」



戦士「薬師ちゃん、キミを呼び出したのにはきちんとした理由があるんだ」

薬師「……交流を深めることが目的でないことはわかっていました」

戦士「さすがだね。実は真勇者捕獲のことなんだけど」

薬師「はい」

戦士「真勇者によって、キミたちの部隊で任務続行が不可能になったものもいるね?」

薬師「ええ。三名脱落しました」

戦士「そして、うちのギルドの連中がいくつかのルートを閉鎖をしたり、主要幹線の検問を行っている」

薬師「……それでも、ターゲットを捕まえるのは困難でしょうね」

戦士「もちろん。転移の魔法陣とかを使われていたらそんなものも意味がない」



戦士「ほかにも色んな要素を考慮して、真勇者捕獲のメンツは変更になった」

薬師「そのメンバーを言い当ててみましょうか?」

戦士「どうぞ」

薬師「勇者様、戦士様、僧侶様、魔法使い様、そして――私ですね」

戦士「そういうこと。というわけでよろしく頼むよ」

薬師「こちらこそよろしくおねがいしますね」





勇者「……ううぅ…………これが、酔うってことか……」

勇者(まいったな。薬師も戦士も明日早いらしかったから、帰ってもらったけど……)



薬師『本当に大丈夫ですか?  宿まで送っていきますよ?』

勇者『ま、まだ……仕事残ってるんだろ……?』

薬師『そうですが……』

戦士『まあ今後はボクに飲み勝負なんて挑もうと思わないことだね』

薬師『……戦士様』



勇者「こんなときに魔法使いがいてくれればなあ……とっ、おっと……」

勇者(これがうわさの『千鳥足』か……ううぅ……)

僧侶「こんなところでどうなさいましたか、勇者様?」

勇者「……僧侶?」



僧侶「まあ! お酒臭いですわ、勇者様」

勇者「それは……今まで飲んでたからなんだけど、口調が変だぞ」

僧侶「……すまない。今の今まで信徒の方と話していたから口調が……飲みすぎたのか?」

勇者「ちょっと調子に乗りすぎた」

僧侶「仕方ないな。ほら、肩を貸してやる」

勇者「っと、サンキュ」

僧侶「こんな時間だ。さすがに今日はもうやることもないだろ?」

勇者「うん。あとは宿に帰って寝るだけだ」



僧侶「送っていく」

勇者「なんか申し訳ないな」

僧侶「まったくだ。泥酔することほどバカなこともないぞ」

勇者「そうだな」

僧侶「…………」

勇者「僧侶?」

僧侶「……あー、その、なんだ」

勇者「なんだ、ってなんだよ?」

僧侶「……その、もし迷惑じゃなかったら……なんだが……」

勇者「うん」

僧侶「私の家に寄ってかないか?」





勇者「ここが僧侶の家なのか?」

僧侶「借家だ。狭いところだが、ひとりで暮らすには十分すぎるサイズだ」

勇者「なんか、魔界で最初に借りた家を思い出すな」

僧侶「そういえば、そんなこともあったな」

勇者「んー、夜風に当たったらだいぶ楽になったよ」

僧侶「そうか……あっ!」

勇者「うわっ!? 急にどうした?」

僧侶「…………勇者」

勇者「なんだ?」

僧侶「連れてきておいてなんなんだが、少々ここで待っていてくれないか?」



勇者「どうして?」

僧侶「それは……ちょっと家が人を迎え入れられる状態じゃない気がして……」

勇者「気にするなよ。オレと僧侶の仲だろ?」

僧侶「……ダメだ。今の状態ではとても客をもてなすことなどできない」

勇者「いや、客って……」

僧侶「頼む。私がいいって言うまでそこで待っていてくれ」

勇者「わ、わかった」


勇者(なんだろ?  なんかオレに見られると困るもんでもあるのかな?)





勇者(結局一時間近く、家の外で待ってようやく僧侶の家に入ることが許された)

勇者(途中ですごい物音が聞こえたり、悲鳴が聞こえた気がしたけど……)



僧侶「さあ、入ってくれ」

勇者「へえ、ここが僧侶の家かあ」

僧侶「狭いし、なにもない部屋だけどな」

勇者「いや、でもキレイだしなんか落ち着くな」

僧侶「……ありがとう。とりあえずソファにでもかけてくれ」

勇者「おう。でもなんで僧侶がひとり暮らししてるんだ?  教会の寮は?」

僧侶「魔界から戻って以降は、魔界についての報告のせいで街に来ることが増えてな。
    私の勤めている教会は、山にあるだろ?」



勇者「ああ、そういうことか。たしかにあそこから毎回通ってたら大変だもんな」

僧侶「だから街と教会、両方に通いやすいここで下宿することにしたんだ。もちろん、許可をもらって」

勇者「そうか。色々と大変なんだな」

僧侶「寮生活とちがって気楽だが、その分色々と自分のだらしなさに気づかされるな」

勇者「僧侶ってだらしないのか?」

僧侶「…………」



勇者「そういや、今日ってずっと取り調べを受けてたんじゃないのか?」

僧侶「そうだが、取り調べそのものは夕刻には終わっていたんだ。だけど……」

勇者「なにかあったのか?」

僧侶「信徒の方と会ったって、さっき話しただろ?」

勇者「うん」

僧侶「それで色々と話を聞いていたら、あんな時間になって……」

勇者「僧侶って教会とかで働いているときは、そんなしゃべり方じゃないんだよな?」

僧侶「シスターがこんな話し方をしていたら、それだけで色々言われてしまう。お前も最初、私の口調で質問してきただろ?」

勇者「あー、そう言われてみればそうだな」



僧侶「常に演技しているようで疲れるが、こういう職に就いてしまった以上は仕方がない」

勇者「シスターやめて、ギルドの仕事だけやればいいのに」

僧侶「簡単に言うな……そういう勇者、お前はどうだったんだ?」

勇者「なにが?」

僧侶「遠征任務のことだ。この半年、ずっと真勇者を追っていたわけだろ」

勇者「んー、色々ありすぎてうまく言えないんだけどさ。世の中には色んな人がいるんだなって思ったよ」

僧侶「……感慨深げな口調だな。やっぱり大変だったのか?」

勇者「まあ大変だったんだろけど、必死すぎてそれすら実感できなかったな」

僧侶「この街に帰ってきて落ち着いて、ようやく実感できたってところか」

勇者「そんな感じだな。でも、いい経験になったよ」



僧侶「…………真勇者、か」

勇者「僧侶?」

僧侶「いや、真勇者は陛下が蘇らせたらしいが……色々と引っかかることがある」

勇者「引っかかること?」

僧侶「なぜ真勇者は封印されていたのか。そもそも、そいつはいつの時代の勇者だったのかとかな」

勇者「そこらへんはオレたちも教えられていない」

僧侶「お前は真勇者と接触したことがあるんだったな?」

勇者「うん、昨日も含めて三回。でもまともに言葉を交わしたのは昨日が初めてだった」

僧侶「なにを話したんだ?」

勇者「アイツは魔王と勇者の争いは仕組まれていたって言っていた」



僧侶「仕組まれていた?」

勇者「この手記を見てほしいんだ」

僧侶「これは……お前が魔界から持ち帰ったものだったな」

勇者「この手記によると、人間と魔物は裏でつながりがあったみたいだ」

僧侶「……少し読ませてくれないか?」

勇者「うん」



僧侶「勇者も魔王も時代の流れとともに強くなって、いずれは世界を滅ぼす可能性がある……これは以前にも聞いた話だったな。
   勇者が自身の力扱えるようにするために、国側は勇者たちに冒険させた」

勇者「魔物側はこれを知っていて、勇者が自分の力を制御できるようにするためのお膳立てをした」

僧侶「教会を襲わなかったり、最初から魔王自ら勇者たちを襲わないのもこのためか」

勇者「でも、最初からこんな自作自演じみたことがあったわけじゃないみたいだ」

僧侶「そうだな。手記に書かれていることが真実なら、途中からこのような形になったようだな」

勇者「そして、それを知ってるのは王様とかそういうえらい人のごく一部と魔王たちだけ」

僧侶「真勇者はこのことを知っているってことか」

勇者「うん。それに、アイツはこんなことも言っていた」



勇者「『過ちは延々と続いている』って」

僧侶「……よくわからないな」

勇者「うん」

僧侶「過ちは今も続いているというが、勇者はずっと生まれていなかった」

勇者「だいたい五百年ぐらい、だっけ?」

僧侶「ああ。どうして勇者が生まれなかったのか、その謎は今なお解明されていない」

勇者「うーん、なんか頭痛くなってきた」

僧侶「大丈夫か? 酒を飲んだときは水を飲むといいらしいが」

勇者「いや、そっちじゃない。難しい話をずっとしてたから……」

僧侶「……お前らしいな。作り置きしたスープがあるがいるか?」

勇者「僧侶の手作りだったら飲みたいな」

僧侶「そうか、ちょっと待ってろ」





勇者「うまい……!」

僧侶「牡蠣と刻んだ人参、それから鶏肉、あとコンソメなども使っているんだが、どうだ?」

勇者「いやあ、からだに染みる感じがしていいな」

僧侶「口にあったなら、なによりだ」

勇者「……うまく言えないんだけどさ」

僧侶「うん?」

勇者「なんか久しぶりに本当においしいものを食べたって気がする」

僧侶「……そうか。まだあるから、よかったらおかわりしてくれ」

勇者「おう」


♪一週間後


戦士「さて、ようやく真勇者の足取りを掴めた。ボクら五人でこれから調査に行くわけだけど、質問はあるかい?」

僧侶「向かう場所はいったいどこなんだ?」

戦士「ある教会だよ。ここからけっこう遠いところだから、特別に魔法陣を使って現地まで行く」

勇者「真勇者が教会で目撃されたってことなのか?」

戦士「そのとおりだね」

薬師「あの、すみません。私からもひとつ質問いいですか?」

戦士「いいよいいよ、バンバン質問しちゃって薬師ちゃん」

薬師「ありがとうございます。教会というのはいったいどちらの教会なんでしょうか?」

戦士「――っていう街の教会だよ」

僧侶「どこかで聞いたことがある名前だな」



魔法使い「……昔は名所だった」

勇者「魔法使い?」

戦士「そう、そのとおり。全世界でも唯一と言っていい珍しい教会だよ」

勇者「どう珍しいんだよ?」






魔法使い「……勇者と魔王が、同時に死んだ教会」





戦士「実は最近、脚本作りのためにあるルートからいくつか『冒険の書』を手に入れたんだ」

僧侶「『冒険の書』ならそこらへんの書店でも購入できるだろ?」

戦士「僧侶ちゃんの言うとおりなんだけどね。でも市販のってかなり内容がかたよってるんだよ」

僧侶「私は子供のころに、生々しく事実が綴られていた冒険の書を読んだことあるが……」

戦士「それ違法なヤツなんじゃないの?」

僧侶「ありえるかもな」

戦士「個人的に一番知りたい旅の後のこととか、絶対に記載されてないしね」

勇者「冒険の書ってどんなことが書かれてるんだ?」





戦士「実は最近、脚本作りのためにあるルートからいくつか『冒険の書』を手に入れたんだ」

僧侶「『冒険の書』ならそこらへんの書店でも購入できるだろ?」

戦士「僧侶ちゃんの言うとおりなんだけどね。でも市販のってかなり内容がかたよってるんだよ」

僧侶「私は子供のころに、生々しく事実が綴られていた冒険の書を読んだことあるが……」

戦士「それ違法なヤツなんじゃないの?」

僧侶「ありえるかもな」

戦士「個人的に一番知りたい旅の後のこととか、絶対に記載されてないしね」

勇者「冒険の書ってどんなことが書かれてるんだ?」



戦士「市販のものは基本的に旅行記みたいな感じかな。勇者くんが期待しているようなものじゃないよ」

勇者「魔物との戦いについて書かれてるわけじゃないのか」

戦士「そういうこと」

僧侶「魔物と言えば、先日のウルフたちはなぜ勇者たちを襲ったんだろうな」

薬師「たしかに。おかしいですね」

勇者「ん?  なんで?」

魔法使い「……現代において、魔物は魔術による、施しを受けている」

勇者「ああ、そういえば初期の初期に聞いた気がするな」

薬師「そこにいるスライムなどは完全にしつけを受けておりますので、基本的になにもしてきません」

スライム「……」



勇者「なんていうか平和だな」

戦士「急に立ち止まってなにやってるんだい、勇者くん?」

勇者「……いや、本当に襲ってこないのかなって思って……って、痛ええっ!」

薬師「だ、大丈夫ですか勇者様!?  鼻血が出てます!」

勇者「ツンツンし続けただけなのに、顔面にタックルしてきたぞ……!」

戦士「そりゃあ魔物にも感情はあるからね。勇者くんだって、ボクにバカって言われ続けたら殴りたくもなるでしょ?」

勇者「そういうことか……」

薬師「でも、なにもしないかぎりは、魔物が人を襲うことはありません」

魔法使い「……そのとおり」



僧侶「薬師は魔物に関連した薬に携わっているのか?」

薬師「いえ、私自身は基本的に人体に効くものしか扱っておりません」

勇者「薬師の薬は本当によく効くんだよ」

戦士「まあうちの国の医療技術は、他国の追随を許さないしね」

勇者「そうなのか?」

薬師「ヒト由来の血液製剤の製造をはじめ、慢性的な病に対する治療法が私たちの国ほど確立されている国は、そうないでしょうね。
   ほかにも因子補充療法や、それに伴ってできるインヒビターの対策などもすでに研究されてますしね」

勇者「えーと……」

薬師「それに、私たちの国が最初なんですよ」

勇者「なにが?」

薬師「魔術による肉体治療の欠陥について発見したことです」



魔法使い「……ほかにも、魔物研究においても、他国より、優れている点は多い」

戦士「そうだね。魔物のしつけが行き渡りすぎているせいで、チキンしかいないって揶揄する連中もいるからね」

僧侶「…………」

勇者「僧侶?」

僧侶「ん?  ああ……」

勇者「どうした、急に黙りこんで」

僧侶「いや、少し考えてた。仮に昔の勇者が現状を知ったらどう思うのか」

勇者「らくでいいなあ、とか?」

魔法使い「……単純」



僧侶「それに、なんだか自分たちの国なのに奇妙な違和感を覚えてな」

戦士「違和感?  なにが奇妙なんだい?」

僧侶「アンバランスというか……うまく言えないが、不自然な気がしてならない」

戦士「不自然、ねえ」

薬師「あっ、目的地が見えてきましたね」

勇者「なんだかんだ魔法陣を出てからも、けっこう歩いたよなあ」

魔法使い「……ここが、例の教会のある、街」





勇者「これが、かつての名所って言われた教会なのか?」

戦士「そうだよ。なんだか不服そうだね」

勇者「もっとすごい教会なのかなって思ってたからな。いたって普通だな」

戦士「この教会はかなり昔に建て直されたものなんだ。とんでもないことが発覚したせいでね」

薬師「とんでもないこととはなんですか?」

僧侶「この教会の地下で、五体バラバラにされた死体が大量に冷凍保存されていたらしい」

勇者「……え」

薬師「そんな恐ろしいことが……」

戦士「しかも人間の死体だけじゃなく、魔物の死体まで保管されていたそうだよ」

魔法使い「……その事件が、発覚して、教会は一度、取り壊された」

勇者(あれ?  この話ってどこかで聞いたことがあるような……)



薬師「こぢんまりとした教会という印象ですが、ここにはなにかあるんですか?」

戦士「わりと急な話だったから、完全には調べられてないんだけど、ちょっとだけ資料が用意できたから見てほしい」

勇者「なんだこの絵?」

戦士「当時の兵士たちの目撃証言をもとに書かれた絵だよ」

勇者「なんとなく戦士と魔法使いと僧侶が描かれてるのはわかるけど……」

僧侶「この地面に倒れているのは、女性っぽいな。あと神父らしき男もいるな」

魔法使い「……魔物も描いてある」

戦士「実はその倒れている女性は魔王なんだよ。そして、その魔物は勇者」

勇者「はあ?  魔王はともかく、このへんてこりんな魔物が勇者?」


戦士「そういう反応をするだろうとは思ったよ。勇者くん、例の手記はもってるかい?」

勇者「ああ。これがどうかしたのか?」

戦士「ちょっと貸して。ええっと、このページを見て」



『教会神父が逮捕された事件のようだが、その内容と見出しは実にセンセーショナルだった。
 この神父の教会の地下には五体バラバラの人間の死体が冷凍保存されていたらしい。
 しかも、人間だけでなく魔物の死体までも。
  さらに驚きなのはこの教会はかつての勇者と魔王が争い息絶えた、いわゆる名所らしかった』


勇者「思い出した!  今の話、どこかで聞いた覚えあると思ったら、姫様の手記に載ってたんだ!」

僧侶「伯爵邸でこの内容を全員で読んだな」

薬師「話に割りこんですみません。その手記はいったいなんなんですか?」



勇者「そういえば、薬師には一度も見せたことなかったな。これ、ある姫様の手記なんだ」

薬師「そうだったんですか」

戦士「ちなみに続きはこんなふうになっている」




『しかし、内容は明らかに隠蔽されていた。
 私は側近の人に頼んで、その神父の資料を集めてもらうことにした。
 そうして私が辿り着いた真実は、あまりにも恐ろしいものだった。
 この神父は勇者と魔王を篭絡し、見事に殺してしまった。あまりにも鮮やか過ぎる犯行』




僧侶「この手記が正しいのだとすれば、この魔物は勇者ということか?」

戦士「おそらくね。この絵画資料の裏付けとして、ほかの記録も引っ張ってきた」

僧侶「……特に齟齬なども見当たらない、か」

戦士「手記に書かれてるとおり、記録は隠蔽されてるみたい。この事件の全容はわからないんだ」



薬師「事件の詳細がわかれば、真勇者様の手がかりもつかめるかもしれませんね」

戦士「その可能性はかなりあるね」

勇者「んー」

魔法使い「……どうしたの?」

勇者「なんかおかしくないか、この絵?」

僧侶「特におかしなところは見当たらないが」

戦士「魔物の姿をした勇者。魔王。当時の戦士と魔法使いと僧侶。そして神父……」

魔法使い「……記録とも一致、している」

勇者「いや、記録との矛盾とかそういうことじゃなくて……」



市警「た、大変です!」



戦士「えらく騒がしいね。どうしたんだい?」

市警「ま、魔物が……!  見たこともない魔物が街付近まで来てるんですっ!」

僧侶「魔物?」

市警「すでにその魔物のせいで、怪我人が何名か出ています……!  我々ではとても……っ!」

勇者「とにかくその場所に向かおう!」

戦士「薬師ちゃんと魔法使いは念のため、街の市警と協力して一般人の避難を!」

薬師「わかりました!」

戦士「キミ!  その魔物が出たって場所まで案内して!」

市警「は、はい!」





戦士「案内ご苦労だったね。キミも避難の方に回ってくれて構わないよ」

市警「はい!  あとはよろしくおねがいします!」

勇者「この魔物って……ゴーレム?」

僧侶「魔界にしかいないはずのコイツらがなぜ……」

戦士「考えるのはあとだよ。全部で八体、さっさと片づけようか!」

僧侶「なにがなんでも、街への侵入だけは避けるぞ!」

勇者「言われなくても!」



 すでに勇者は剣を鞘から抜いていた。
 並みの大人よりもずっと大きな土の魔物へと突進する。


 魔力を込めた剣を渾身の力で振り下ろす。ゴーレムの腕が地面を転がる。


勇者「このゴーレム、魔界でやりあったヤツよりずっと弱い!」

僧侶「どうやらそうみたいだな」


 ゴーレムの腕が、勇者に向かって振り下ろされる。
 勇者はそれをなんなく避けると、剣を振るってゴーレムの胴体を薙いだ。



勇者「これなら楽勝……のわぁっ!?」


 勇者の鼻先を青い炎が掠めた。炎はそのままゴーレムに直撃して、胴体に大きな風穴を作る。
 唸り声をあげて魔物が地面へと倒れ伏す。


勇者「なにすんだよ!?」

戦士「ごめんごめん、わざとじゃないよ?」

僧侶「しゃべってる場合じゃないっ」

戦士「そうだね。あと五体か。やっぱりゴーレムは火に弱いみたいだね」


 軽口を叩きつつも、戦士は次々と魔術による炎をゴーレムへと飛ばしていく。
 火によって巨体がのけ反った隙をついて、僧侶がゴーレムの懐に飛びこむ。
 炎の拳がゴーレムに直撃する。巨体は仰向けに倒れてしばらく痙攣したが、やがて動かなくなった。



僧侶「『ほのおのパンチ』……魔界から帰って以降は、使ってなかったが問題はないな」

勇者「よし! あと四体!」


 残りのゴーレムを全部倒すのに、時間はさほどかからなかった。

 
 最期の一体は三人がかりだったせいか、あっさりと終わった。


僧侶「ずいぶんとあっけなかったな」

戦士「そうだね。魔物じたいはボクらの敵じゃなかったけど、問題はそこじゃないね」

勇者「なんで魔界にしかいないはずのゴーレムが、この街にいるのか、ってことか」



?「――気になるかい?」



勇者「……おまえは!」



戦士「どこかで見たことあるなと思ったら、例の赤ローブのひとりだね」

?「久しぶりだねえ。私のことを覚えていてくれたんだねえ」

勇者「忘れるわけないだろ。こっちは危うく殺されかけたんだ」

戦士「そうなの?」
勇者「魔界で牢屋に捕まった時があっただろ?」

戦士「懐かしいね。全員、牢屋に入れられちゃったんだよね」

勇者「あのときオレだけ牢屋から脱出したよな。その際にコイツとやりあったんだ」

?「あのときは逃げられたけど、今度はそうはさせないんだよねえ」



僧侶「そもそもなぜここにいる?」

?「答える義理はないねえ。それにキミのような尼僧は好みじゃないし」

勇者「話が長いっ!  とにかく捕まえればいいんだろ!」


 勇者が赤ローブに飛びかかろうとしたときだった。低い唸り声。
 倒したはずのゴーレムたちが、のっそりとからだを起こしはじめる。


僧侶「なに……?」

?「ゴーレムは魔物というより、むしろ兵器といったほうがいいコイツらは魔力を注げばいくらでも復活できるしねえ」

戦士「そういえば魔界でもそうだったね。勇者くん、もうやることはわかったね?」

勇者「ああ! コイツを叩く!」



?「ふっ、軽口叩いてる場合か?」


 赤ローブの人差し指の先端が光り輝く。眩い光は瞬く間に光弾と化し、勇者めがけて放たれる。

 横っ飛びに飛んでこれを避ける。光の球が地面を深くうがつ。
 まともに当たっていれば、ただではすまなかっただろう。


勇者「あぶなっ!」


 ゴーレムと交戦している戦士と僧侶の力を借りることはできない。
 次々と繰り出される光球をなんとかやりすごす。


?「防戦一方だねえ……哀れな勇者だ」


 遠距離攻撃が使えない勇者にとって、赤ローブはまさに天敵だった。



勇者「なめんなよっ!」


 光の球の間隙をぬって、剣を敵に向かって投擲する。普通の人間には真似できない芸当だった。
 赤ローブの男の目が驚愕に見開かれる。


?「なっ……!?」


 赤ローブの男が咄嗟に剣を避けたことで、大きな隙ができた。
 跳んで距離をつめる。剣の代わりに、右足を思いっきり振り上げた。

 はっきりとした手応えが足に伝わってくる。赤ローブが後方へと吹っ飛んだ。


?「……っ!」

勇者「どうだ、少しはオレも成長しただろ」

?「ふっ……成長ねえ」



 赤ローブの男の指が、再び勇者に向けられる。
 敵の攻撃をかわそうとして、男の視線が自分の背後へと向けられていることに気づく。


勇者「しまった……!」


 赤ローブの狙いがゴーレムと交戦している僧侶だと理解し、無意識に射線上に飛び出していた。


?「ねえ? 本当に甘いよねえ?」

勇者「ぐっ……」


 放たれた光弾を避ける術が勇者にはなかった。だが、勇者に光球が当たることはなかった。
 勇者の目の前で光がはじける。淡い影がふたつ、にじむように現れた。



薬師「この前のことといい、度重なる遅参、まことに申し訳ございません勇者様」

魔法使い「……お待たせ」


勇者「薬師に魔法使い!」

戦士「やっぱり保険はかけておくものだね」

魔法使い「……魔法陣の仕込み、しといて、正解だった」

?「なぜだ……なぜキサマが……」


 光の球の進行を阻んでいたのは、薬師が身にまとうローブだった。
 独自の意識を持っているかのように、ローブははためいて光弾を受け止めていた。



薬師「勇者様に手出しはさせません」

僧侶「お前のゴーレムは倒した。この人数差でまだやるか?」

戦士「おとなしく投降してくれると嬉しいんだけどなあ」

?「ふっ、今回のところは私が引いてあげよう。だが、次はない――」

勇者「待てっ……!」

僧侶「魔法陣……前もって準備はしてあったか」

勇者「だあぁもうっ! また逃げられた……!」





僧侶「んっ……怪我人の手当は終わったのか?」

薬師「はい。市警の方々も手伝ってくださったので、助かりました」

魔法使い「んっ……ぅんっ」

薬師「……この宿のミートパイ、おいしいですね」

僧侶「……そうだな」

魔法使い「……」

僧侶「……」

薬師「……えっと、勇者様と戦士様はどちらに?」

僧侶「あの二人なら、おそらく訓練でもしてると思う」

薬師「なんだかんだ仲がいいですよね、勇者様と戦士様」

魔法使い「……うん」



僧侶「……」

薬師「あっ。あと二、三日はこの街に滞在するみたいですね?」

僧侶「……真勇者のこともあるが、今回のゴーレムのこともあるしな」

魔法使い「……」

薬師「……」

僧侶「……」

僧侶(なぜか会話が続かない。気まずい……どっかに消えてしまいたい)



薬師「そ、そういえば、おふたりは付き合いは長いんですか?」

魔法使い「……半年」

薬師「じゃあそこまで長いわけではないんですね」

僧侶「急ごしらえのパーティだったからな、私たち……魔法使い」

魔法使い「……なに?」

僧侶「アルコールの類はもってるだろ?」

魔法使い「……飲みたいの?」

僧侶「今さら飲みたいって、私が言うと思うか?」

魔法使い「……ちがうの?」

薬師「お言葉ですが、いちおう今も任務中ですよ?」

僧侶「そうなんだが……魔術でアルコール分解できるんだから飲んでくれないか?」



魔法使い「喜んで……んっ」

薬師「……あの、どのようなお酒かは知りませんが、勢いよく飲み過ぎでは?」

僧侶「大丈夫。それに……」

魔法使い「……ふふっ、僧侶。気まずいからって、私にお酒を飲ませるなんてね」

薬師「ま、魔法使い様?」

僧侶「魔法使いはこのとおり、酒を摂取すると豹変する」

魔法使い「豹変ではないわ。ただ、お酒を飲むと、言葉が脳みそにぷかぷか浮いてくるの」

薬師「ようは、アルコールで気分がよくなって、普段より舌が回るということですね」

魔法使い「身も蓋もない言い方をするわね」

薬師「すみません……」



魔法使い「気にしないで。事実そのものだから。それより、ひとつ聞いていい?」

薬師「はい、なんですか?」

魔法使い「例の赤いローブの男の魔術を防いだワザは、なんだったのかしら?」

薬師「怪我した人の傷口の縫合に糸を使いますよね?  ただ、太い糸だとどうしても傷が残ってしまうんです」

僧侶「たしかに下手な医者にやられると、傷口もけっこう残るな」

魔法使い「最近では細い糸による縫合もできるんでしょ?」

薬師「ええ。でも切れてしまうことがあるんです。だから、魔力を注入して補強してあげるんです」

魔法使い「あのときは、それの応用でローブの繊維に魔力を流しこんだってことね」

僧侶「糸に魔力を流しこむって……そんなことができるのか?」

薬師「簡単ではありませんけど、不可能ではないですよ。そうですね……えいっ」



魔法使い「あら。キレイで長い髪なのにもったいない」

薬師「今、一本だけ抜いたこの髪に魔力を流し込むと、こんな感じになります」

魔法使い「面白いわね。まるで生物みたい。あっちこっちに動くのね」

僧侶「そういえば、まだあのときのお礼を言ってなかったな」

薬師「そんなお礼だなんて……」

僧侶「ありがとう。薬師がいなかったら、私も勇者も大怪我を負っていた」

薬師「お役に立てたなら、よかったです。あの、私からも質問いいですか?」

魔法使い「なにかしら?」

薬師「…………えっと、やっぱりいいです」

魔法使い「聞きにくいことなの?」



薬師「い、いえ。ただ、あまりにくだらない質問だったので……」

魔法使い「ひょっとして勇者のこととか?」

僧侶「!?」

薬師「え、ええ!?  な、なんでわかったんですか?  魔法ですか?」

魔法使い「そんなに驚かなくても。まあ、魔法と言えば魔法かもね」

薬師「魔法による読心術、ということでしょうか?」

魔法使い「いいえ。女のカンよ」

薬師「当てずっぽうってことですか?」

魔法使い「正解。なんとなく言ってみたのだけど、図星だったみたいね」

薬師「……まあ、そうですね」

魔法使い「でも、私たちも彼のこと詳しいわけじゃないわよ」



僧侶「むしろ、勇者のことに関しては薬師のほうが知ってるんじゃないか?」

薬師「一緒にいる時間はみなさんより長いですけど……」

魔法使い「長いけど?」

薬師「みなさんと再開してからの勇者様は、すごく生き生きしてるので、気になったんです」

僧侶「でも、この前勇者とふたりで話したとき、薬師のことをけっこう話していたよ」

薬師「なにを話されたんでしょう?」

僧侶「いや、色々と話したが、自分の妹でも褒めるような感じだったな」

薬師「妹って、私のほうが年上なのに……」」

魔法使い「僧侶、なんだかつまらなそうな顔してるわね」

僧侶「……もとからこういう顔だ」



魔法使い「そう。逆にあなたは嬉しそうね。心なしか顔も赤いわよ」

薬師「そ、そうですか……」

魔法使い「ふふっ、彼ったらモテモテね。
     そうそう、せっかく話もはずんできたし、もうひとつ聞いてもいい?」

薬師「私ですか?」

魔法使い「ええ。薬師のあなたが、なぜ今は図書館勤務をしてるのか、少し気になったの」

薬師「それは……」

僧侶「答えづらい質問だったら、答えなくていい。誰にだって秘密はある」

薬師「いえ、そんな大した話でもないんです。ただ、挫折しただけですから」

魔法使い「挫折?」

薬師「本当は医者になりたかったんです。でも、私には才能がなくて諦めたんです」



薬師「学費を稼ぐために、図書館で働いていたんですけど気づいたら……」

魔法使い「なるほど。目的と手段が入れ替わってしまったってことね」

薬師「そうですね。でも、今の仕事もすごくやりごたえありますし、こちらのほうが断然、向いていたようなので」

僧侶「すごいな」

薬師「え?」

僧侶「私は中途半端な人間だから。あの図書館で働けるってことはそれだけで、すごいことだ」

薬師「そんな中途半端だなんて……僧侶様の炎の攻撃はすごかったですよ!」

僧侶「あの『ほのおのパンチ』がまさしく中途半端の証なんだけどな」

薬師「そうなんですか?」

魔法使い「この子、一見真面目で勤勉そうに見えるけど、けっこう面白いのよ。ねえ?」



薬師「そうなんですか?」

僧侶「……いや、まあ、否定はできないかも」

薬師「よかったらその話、聞かせてもらえませんか!」

僧侶「いや、聞いても時間を浪費するだけだぞ」

薬師「そんなことないです!  
   ……って、すみません。急に聞かれても困りますよね」

僧侶「そんなことはないけど」

薬師「私、仕事の関係とかで同年代の友達がほとんどいなくて……だから楽しくて、つい」

僧侶「……いいよ、話す」

薬師「本当ですか!?」

魔法使い「ふふっ、よかったじゃない。恥ずかしい話を聞いてもらえて」

僧侶「うるさい」





戦士「少しは腕をあげたようだけど、まだまだボクには及ばないね」

勇者「くっ……今回こそは、と思ったのに」

戦士「まあもっと修練を積むことだね」

勇者「も、もう一回だ!  次やればたぶん勝てる!」

戦士「勘弁してよ。ボクはもうヘトヘトだよ」

勇者「オレはまだ全然余裕あるぞ」

戦士「勇者くんは無駄に体力はあるからね」

勇者「……体力はあればあるほどいいんだよ」

戦士「うん?」

勇者「半年間、真勇者を追ってわかったよ。旅って本当に大変なんだって」

戦士「……そうだね」



勇者「冒険とかってもっと楽しいものかと思ったけど、本当につらかった」

戦士「珍しいね。勇者くんがそんなことを言うなんて」

勇者「ん、ああ……ちょっとな」

戦士「まあ、キミも色々と思うことがあったんだね」

勇者「…………」

戦士「ところで勇者くん、キミのもってる例の手記を見せてくれないかい?」

勇者「ん?  べつにいいけど。ほい」

戦士「ありがとう」

勇者「手記になにかあるのか」

戦士「ごめん。ちょっと黙ってくれるかい」

勇者「……はい」



勇者(五分ぐらい沈黙したところで、戦士が手記を閉じた)

戦士「やっぱり」

勇者「なにがやっぱり、なんだよ」

戦士「勇者くん。手記のこの例のページは見たことあるかい?」

勇者「ひととおりは読んだけど、これは……」


『……XXX年、魔王と勇者激しく争う。


 ……XXX年、新たな魔王と勇者、激闘する。両者の争いにより争いにより小さな集落が滅ぶ。


 ……XXX年、魔王と勇者この世に生を受け、村を舞台に闘う。死者数百人。


 ……XXX年、魔王と勇者また復活、街で死闘を繰り広げその地を破滅に追い込む。死者数千人。


 ……XXX年、何度目の復活か不明、勇者と魔王因縁の争いにより山を二つ消滅させる。


 ……XXX年、ひたすら続く争い、勇者と魔王、魔王が建設させた魔王城にて決闘。魔王城とともに魔王を、勇者が滅ぼす』



戦士「今回調べた教会はね、勇者と魔王が争った際に一回崩壊したんだ」

勇者「勇者と魔王が戦ったのが理由か?」

戦士「うん。だけどね、教会の崩壊以外はこれといって、被害はなかったんだ」

勇者「……それが問題あるのか?」

戦士「おかしくないかい?  この手記の記録によれば、勇者は山とか吹っ飛ばしてるんだよ」

勇者「……教会が壊れるぐらいの被害しかないってことは、おかしいってことか」

戦士「うん」

勇者「そういえば、魔王も似たようなことを言ってたな。でも、これってどういうことなんだ?」

戦士「この勇者と魔王がたまたま弱かったのか……」

勇者「……待てよ」

戦士「なにかわかったのかい?」

勇者「関係あるかわからないけど、手記に昔の魔王と姫様の会話が載ってるんだ」





『魔王対勇者……この対立構造ってある意味、もっとも 犠牲の出ない形なの。
 軍隊は街を守る。そういう名目で動かない。そして、勇者たち一行だけが、魔王たちを倒しに行く』

『まるで魔王への貢物のようだな。それだけを聞いていると』

『ある意味そうなのかもね。それに色々と奇妙よね……』

『どういう意味だ?』

『だって、少人数でパーティを組ませているのは、本来勇者一行の存在を魔物たちに知られないためよね?』

『……そーなんだろうな』

『でも国民は勇者という存在がなければ、不満が出る……絶対に存在する回復魔法を使える者の存在……確実にそろう勇者パーティ……』



  近年、回復魔法について疑問の声があがっている。魔法による回復の人体への影響。
  勇者様と魔王の戦いはまるで誰かに仕組まれているようだ。
 しかも、なるべく犠牲を出さない形をとっている。



『よく、これだけ、きちんと勇者様たちの記録が残ってるわよね』

『ん、そうだな。誰が記録を残しているんだろうな』


 戦い続ける勇者様と魔王。
  犠牲を出さない最小限の戦争。
  半永久的な争い。
  誰かによって記され続ける記録。



『そう、まるで誰かが勇者様と魔王の争いを仕組んでるみたい』


 積み上げられた記録を私は見た。なにかが、おかしい。



 ※



勇者「今回のことと関係があるかな?」

戦士「……」

勇者「戦士?」

戦士「……女王はなにかに気づいていたんだ」

勇者「真勇者も、勇者と魔王の争いが仕組まれているって言っていたな」

戦士「ふうむ。謎は解決するどころか、さらに増えたね」

勇者「勇者と魔王の記録って、冒険の書のことじゃないのか?」

戦士「いや。おそらく、それとはまたちがう記録が存在してたんだよ」

勇者「なんのために?」

戦士「ボクが知ってるわけないでしょ。そういえば、勇者くん」

勇者「なんだ?」



戦士「例の絵画資料を見たとき、なにかがおかしいって言ってたじゃん。なにがおかしいと思ったんだい?」

勇者「大したことじゃないぞ。あの絵に書かれていたのって、たしか……」

戦士「魔物化した勇者。魔王の死体。当時の戦士と魔法使いと僧侶。あとは神父だね」

勇者「そうそう、それ」

戦士「それで、この中のなにがおかしいんだい?」

勇者「いや、この中におかしなものなんてないぞ」

戦士「どういうこと?」

勇者「逆だよ。本来なきゃいけないものが、ないんだよ」

戦士「なにが?」

勇者「勇者の本当のからだ」

戦士「……あっ」



勇者「記録の方にも書かれてなかったんだろ?  勇者のからだはどこ行ったんだ?」

戦士「……たしかに。記録では勇者のからだについて、一切触れていない」

勇者「それにしても、戦士」

戦士「なんだい?」

勇者「バカなオレでも気づけたのに、お前は気づくことできなかったんだな?」

戦士「……ほほう、それはボクをバカにしているのかな?」

勇者「いやいや、バカなオレが頭脳明晰な戦士をバカにするわけないだろ?」

戦士「普段から頭を酷使していると、簡単なことを見落とすものなんだよ」

勇者「……それは普段、オレが頭を使っていないってことか?」



戦士「いやいや、戦闘専門の勇者くんがこの事実に気づいたことは見事だよ、本当に」

勇者「っんだとお!」

戦士「まあでも、なにを調べるべきか、少し見えてきたよ」

勇者「オレのおかげで、だろ?」

戦士「そういうことにしておいてあげよう」



戦士「まあ、小難しいことを考えるのはここらへんにしておこうか」

勇者「腹減ったな。アイツら先にご飯食べてるよな?」

戦士「その前に勇者くん」

勇者「ん?」

戦士「さっきよりも、もっとマジメな話をしよう」

勇者「さっきよりマジメな話?」

戦士「勇者くんは『女の子』には興味ないのかい?」

勇者「は?」

戦士「キミとはこの手の話はしてこなかっただろ。気になるんだよねえ」

勇者「女かあ。そこらへんはよくわからないんだよなあ」



戦士「はあ……勇者くん、キミはそれでも男なのかい?」

勇者「そんなこと言われてもなあ」

戦士「男の人生の半分を決めるのは女だよ?」

勇者「そ、そうなのか?」

戦士「僧侶ちゃんなんてどうだい?  彼女は料理上手だし、シスターだしなかなかいいと思うけど」

勇者「どうだい、とか言われてもなあ。よくわからん」

戦士「情けない。じゃあ、薬師ちゃんは?」

勇者「薬師?」

戦士「半年近く、苦楽をともにしてきたんでしょ?   それなりになにかあったでしょ?」

勇者「うーん。そういや、一回、裸を見かけたな」

戦士「な、なんだって!?  あのナイスバディを生で拝んだのかい!?」



勇者「いや、完全にってわけじゃないぞ。チラッ……ぐらい?」

戦士「……感想は?」

勇者「うーん、胸が大きかったとか?」

戦士「いいなあ!  勇者くんもときめいただろ?」

勇者「珍しく薬師に怒られたから、それどころじゃなかった」

戦士「信じられない。ボクが勇者くんの立場ならなあ……」

勇者「女とか恋とかってそんなに重要なのか?」

戦士「人生を豊かにするもので、大人になるために必要なものだよ」

勇者「ほほう。お前も恋とかそういうのをしてるのか?」

戦士「ボクはモテるからね。まあ、恋とかって無理してするものじゃないけどね」

勇者「……恋愛か」



戦士「そうだ、勇者くん」

勇者「なんだ、そのニヤニヤ顔は?」

戦士「さっきの薬師ちゃんの話で、ある有名なクイズを思い出したんだよ」

勇者「クイズ?  どんなクイズなんだ?」



戦士「問題。胸が大きい女性はお尻も大きい。なぜでしょうか?」




勇者「……なんでだ」

戦士「実に簡単なクイズだし、立派な大人なら誰でも答えられるものだよ」

勇者「むぅ……」

戦士「ああ、そうそう。ちょっとこの手記借りるね。一通り、内容に目を通しておきたい」





僧侶「……というわけなんだ」

薬師「なんだか意外ですね。僧侶様が勇者になることに憧れていたなんて」

僧侶「なぜか今は教会で祈りを捧げているけどな」

魔法使い「……あら、彼が戻ってきたわね」

勇者「やっぱり先に食べてたか」

僧侶「戦士はどうしたんだ?」

勇者「自分の部屋に戻るって。なんか考えたいことがあるって」

薬師「勇者様、擦り傷がまた増えていますよ?」

勇者「戦士にボコボコにされたんだよ」

魔法使い「魔界にいたときも、ずっと手合わせをしてたわね」



僧侶「……」

勇者「どうした、僧侶?」

僧侶「ん……いや、べつに……」

勇者「?」

魔法使い「ふふっ……どうしちゃったのかしらね」

勇者(しっかし、戦士が出してきたクイズの答えが全くわからないな)

薬師「難しい顔されていますけど、なにか考えごとですか?」

勇者「……うん、ちょっとな」





勇者「……ごちそうさま、っと」

魔法使い「食べながらもずっと考えごとをしてたようだけど。なんなら相談に乗るわよ?」

勇者「でも、戦士に言われたんだよな」

魔法使い「なんて?」

勇者「このクイズは立派な大人なら、誰にだってわかるって」

薬師「どんなクイズなんですか?」

勇者「『胸が大きい女性はお尻も大きい、なぜでしょうか?』って、クイズなんだけど」

薬師「……な、なんて会話をしてるんですか!」

魔法使い「また戦士も、くだらないこと言ってるわね」

勇者「考えているんだけど、わかんないんだよな。僧侶」

僧侶「……なんだ」



勇者「僧侶はわかるか?」

僧侶「なぜ私に聞く……?」

勇者「特に理由はないけど……って、僧侶にわかるわけないか」

僧侶「……は?」

勇者「だって僧侶ってちっさいじゃん」

薬師「ゆ、勇者様……!」

勇者「へ?」

僧侶「……部屋に戻って寝る」





勇者(その後、薬師に謝罪をしてください、と言われて十分ほど黙りこむ僧侶に謝り続けた)

勇者(なにがダメだったんだろ?)

休憩




王「卿の持っている手記を余に渡せ」


勇者(例の教会から帰ってきたら、王様に呼び出されてそんなことを言われた)


勇者「え……?」

王「卿が持っている姫の手記だ」

勇者「あれ?  オレ見せてませんでしたっけ?」

王「とぼけるな」

勇者「……」

王「どうした?  なにか不服なことでもあるのか?」

勇者「いや、そういうわけじゃないけど」

王「複写を終わらせしだい、手記は卿に返す」

勇者「……わかりました」

王「安心しろ。この手記の複写に関しては、薬師に託す」





戦士「勇者くん」

勇者「なんだよ?」

戦士「あの手記を赤の他人に渡すことに抵抗があるのかい?」

勇者「よくわかんないけど、なんかイヤだなあと思ったんだよ」

戦士「だからって陛下相手にあの態度はまずいよ」

勇者「わかってるよ」

戦士「だったらいいんだけどね」

勇者「あの手記のこと、王様には話したことないのに。なんでバレたんだろ?」

戦士「……監視のせいかもね」

勇者「監視?」

戦士「魔界から帰ってきてからは、ボクらには監視がついてるでしょ」



勇者「そいつらに見られていたってことか?」

戦士「断言はできないけどね。可能性としてはあると思う」

勇者「むぅ……」

戦士「まあいいじゃん。薬師ちゃんの手に渡ったんだし」

勇者「そーだな。ていうか戦士、これからの予定は?」

戦士「なんだい?  ボクの予定を聞いてどうする気だい?」

勇者「真勇者が現れない限りは、今は休暇ってことになってるんだよ」

戦士「つまり暇なわけね」

勇者「そういうこと。もう今日は王様への報告もすんだし、用事もないんだ」

戦士「生憎だけどボクは忙しいんだよ。ギルドの方の報告書のまとめの時期だしね」

勇者「ふうん、大変なんだな」



戦士「ほかにも個人的な用事もあるしね」

勇者「せっかくだから一緒に昼飯でも食おうと思ったのに」

戦士「なにが悲しくて男とふたりっきりで、食事しなきゃならないんだい」

勇者「そういや、あのクイズの答えって結局なんなんだ?」

戦士「ああ、アレ? 勇者くん。あの程度のクイズをまだ解けていなかったのかい?」

勇者「…………やっぱり自力で解く」

戦士「はははは、がんばりたまえ」





勇者(……それにしても、ひとりだとなにしていいか、わからないな)

勇者(とりあえずはご飯食べに行って……それからどうしよ)


勇者「暇だけど、暇のつぶしかたがわからない……」

薬師「お暇なんですか?」

勇者「のわあっ!?」

薬師「そんなに驚かなくても……突然、背後からすみません」

勇者「び、びっくりした」

薬師「ふふっ。こんなところで立ち止まってどうしたんですか?」

勇者「ちょっとこれからどうしようか、考えてたんだ」

薬師「ひょっとして用事でもあるんですか?」



勇者「ぜんぜんっ。暇すぎて困ってんだ」

薬師「偶然ですね。私も今日は休暇を頂いたんです」

薬師「もし時間があるのでしたら、そこのカフェでお食事しませんか?」

勇者「……カフェか」

薬師「カフェはダメなんですか……?」

勇者「ちがうちがう。ただ、魔界に行ったときのことを少しだけ思い出したんだ」

薬師「どうしてですか?」

勇者「魔界ではじめて入った店もカフェだったんだよ」

勇者「よし、せっかくだし行こうぜ」





薬師「うーん……」

勇者「……」

薬師「こっちのほうが……でも、こっちも捨てがたい…………いっそふたつとも……」

勇者「薬師?」

薬師「あ、はい!  どうしました?」

勇者「いや、なんかメニュー見て、ずっとうなってるから」

薬師「すみません。どれにしようか決められなくて……」

勇者「これってデザートメニューだよな?」

薬師「はい。今日のお昼は、パンケーキにしようと思いまして……ふたつ」

勇者「え?   ふたつ食べるのか?」

薬師「料理の代わりに、パンケーキふたつを食べようと思ったんですけど……」



薬師「食べすぎ……ですよね、やっぱり」

勇者「食べれるなら、食べればいいんじゃないか?」

薬師「うーん、そうなんですけど……」

勇者「……そんなに自分の胸を見てどうしたんだ?」

薬師「ち、ちがいます!  お腹を見てたんですっ」

勇者「あ、そっか」

薬師「……食べ過ぎると、その、お腹にお肉がついてしまいますので」

勇者「腹に肉がつくのがダメなのか?」

薬師「ダメというか、イヤというか、まあできるなら回避したいです」

勇者「じゃあ食べるのをやめればいいじゃん」

薬師「……それができたら人間は苦労しません」



薬師「……で、結局ふたつ頼んじゃいましたけど」

勇者「すごいなあ、このパンケーキ」

薬師「そうですね。ホイップクリームの多さがすごいですね」

勇者「これ、クリームの高さが二十センチぐらいあるよな」

薬師「はい……んっ、甘くておいしい……幸せです」

勇者「本当に嬉しそうだな」

薬師「私、こういう店、知らなかったんです。でも僧侶様が教えてくださって」

勇者「僧侶もこういうのを食べるんだな、なんか意外だ」

薬師「とっても幸せです……ふふっ」

勇者「そんなにおいしいのか?」



薬師「食べてみますか?」

勇者「いいの?」

薬師「はい。それにもう一個のパンケーキがあとからきますし」

勇者「じゃあお言葉に甘えて」

薬師「えっと……はい」

勇者「……なんだ?」

薬師「……そ、その……いわゆる『あーん』というものです」

勇者「あーん?」

薬師「細かいことはいいので、はい!」

勇者「んぐっ!?」

薬師「あ、す、すみませんっ! い、勢いが……」

勇者「ゲホッゲホ……ちょ、ちょっとびっくりしたぞ」

薬師「も、申し訳ありません」



勇者「でも甘いものっておいしいんだな」

薬師「せっかくだからコーヒーもいかがですか?」

勇者「コーヒーは……あんまり好きじゃない」

薬師「好き嫌いしない勇者様が珍しいですね」

勇者「オレには苦いだけの液体にしか思えないんだよ」

薬師「……試しに今、飲んでみてください」

勇者「えー……」

薬師「大丈夫ですから。たぶん、普段よりちょっとだけおいしく思えますよ」

勇者「……わかった」

薬師「はい、どうぞ」

勇者「……本当だ。よくわからないけど、普段よりおいしい」



薬師「コーヒーって、甘いものと一緒に飲んだほうがおいしく飲めるんです」

勇者「不思議だな。でも、普段よりおいしく感じるな」

薬師「甘すぎて食べられないものも、コーヒーがあると食べられるんです」

勇者「へえ」

薬師「特に甘いものには、飲みやすいドリップコーヒーをおすすめします」

勇者「コーヒーの種類はよくわかんないな」

薬師「じゃあ今度は、一緒においしい水出しコーヒーがある店に行きますか?」

勇者「オレと?」

薬師「……勇者様以外に誰がいるんですか?」

勇者「いや、そうなんだけどさ」

薬師「いや、ですか?」

勇者「そんなことないよ。むしろ暇なときは誘ってほしい」



薬師「よかった」

勇者「ん?」

薬師「いえ、もし断られたらどうしよかと思いまして」

勇者「なんでオレが断ると思ったんだ?」

薬師「ある種の心理の働き、です」

勇者「へ?」

薬師「……なんでもです」

勇者「どういうことか気になるぞ」

薬師「き、気にしないでください。ほら、早く食べないと冷めますよ」

勇者「ん、そうだな」



勇者「それにしてもさ」

薬師「?」

勇者「料理ひとつにしても、オレにはわからないことだらけだ」

薬師「勇者様?」

勇者「オレってなんにも知らないんだって、なにかある度に思うんだ」

薬師「それは勇者様だけではありませんよ」

勇者「そんなことないだろ。薬師は頭いいし」

薬師「たしかに勉強は人並み以上にできるかもしれません」

勇者「オレは勉強をしたことすらないからな」

薬師「でも、私も間違いなく知らないことのほうが、知ってることより多いですよ」

勇者「薬師でも?」



薬師「みんなそうです。人生って知らないことを知るための時間だと思うんです」

勇者「知らないことを知る……」

薬師「もちろん、人が生きていく理由は、人の数だけあると思いますけど」

勇者「薬師にもあるのか、その生きる理由っていうのが」

薬師「……あるとは思います。はっきりとは、わかりませんけど」

勇者「どうしてだ?  自分のことだろ」

薬師「自分のことだから、と言ったほうがいいかもしれません」

勇者「…………」

薬師「私には成し遂げたいことがあるんです」

勇者「夢ってことか?」

薬師「夢とはちょっとちがうかもしれません」



薬師「でも、生きているうちには果たしたいことです」

勇者「どんなことなんだ?」

薬師「……秘密です」

勇者「ええー、教えてくれないのか」

薬師「ごめんなさい。でも……ときどき、迷うことがあるんです」

勇者「迷う?」

薬師「はい。自分のしようとしていることは本当に正しいことなのかって。
   でも、そんな疑問を抱きながらも、そこへ進むことをやめられないんです」

勇者「……誰でもそうなのかな?」

薬師「え?」

勇者「オレは自分がどういう存在なのかを知らない」



勇者「だからってわけじゃないけど、なんて言うのかな……。
   普通の人もそうやって自分自身のことがわからないってことあるんだな」

薬師「そうですよ」

勇者「そうなのか」

薬師「誰だって色んなことに迷いながら、前に向かって生きてるんです」

勇者「……オレもどんどん進んでいかなきゃな」

薬師「そのとおりです……あっ、次のパンケーキがきましたね」

勇者「しかし、ホントにすごい量の生クリームだな。食べきれるのか?」

薬師「困ったことにたぶん、ペロッと食べられると思います。でも……」

勇者「でも?」

薬師「いいえ! これも葛藤の末に導き出した選択肢です……!」

勇者(明日から減らせば大丈夫、と言って薬師は宣言通りペロッとパンケーキを食べきった)





勇者(薬師は用事を思い出したため、途中でわかれた)

勇者(それで、現在オレは書店で本を探していた)



勇者「って言っても、べつになにか目的の本があるわけじゃないんだよな」

女の子「なんでブツブツ言ってるの?」

勇者「えっと、キミは?」

女の子「お兄ちゃんが立ってるとこが、あたしの見たいコーナーなの」

勇者「……つまり?」

女の子「どいて」

勇者「お、おう」


勇者(なんて失礼な子どもなんだ……って、この程度のことで怒っちゃダメだな)


勇者「大人の対応、大人の対応っと」



女の子「ねえ、お兄ちゃん」

勇者「なんだよ?」

女の子「手が届かないから取って」

勇者「どれだよ?」

女の子「そこじゃない……そう、それ」

勇者「なんだこれ……小説みたいだけど」

女の子「そう。娯楽小説。恋愛についての」

勇者「恋愛ねえ。誰が読むんだよ?」

女の子「私に決まってるでしょ」

勇者「え!?  子どもが恋愛についての本を読むのか?」

女の子「これぐらい普通よ」



勇者「でも、どうせ恋愛とか言われても、わからないだろ?」

女の子「なんでわからないの?」

勇者「……だって難しいんだろ、恋愛って」

女の子「そうだね。恋愛における心の機微とか、お兄ちゃんには理解できないかもね」

勇者「……ば、バカにしてるのか?」

女の子「ほら。自分が馬鹿にされているかどうかすら、判別ついてないし」

勇者「じゃあキミは恋愛というものを経験したことがあるのか?」

女の子「それは……」

勇者「なんだ?  キミも経験がないんじゃあ、えらそうに語っちゃダメだろ」

女の子「さいてー」

勇者「は?」



女の子「レディに対して普通そういうことを聞く?」

勇者「レディって……キミ、明らかに子どもだろ」

僧侶「勇者様、こんなところでなにをなさっているんですか?」



勇者「僧侶……なんでここに?」

僧侶「わたくしは使徒職の関係でこれから……」

女の子「あっ!  シスターだ!」

僧侶「お久しぶりですわね」

女の子「えへへ、久しぶり。最近全然会わないから、寂しかったんだよ」

僧侶「最近はべつの仕事で忙しくて……元気でしたか?」

女の子「うんっ。またシスターのお話を聞きたいなあ」

僧侶「また時間が空いているときにでも、教会へいらしてください」



勇者「……ふたりは知り合いなのか?」

女の子「そうだよ。ていうかお兄ちゃんこそ、シスターと知り合いなの?」

勇者「まあな」

女の子「こんな人がシスターみたいな素敵な人と知り合いだなんて……変なの」

勇者「はあ?」

僧侶「今日は本を買いにきたのですか?」

女の子「うんっ。シスターのおすすめしてくれた本を買いにきたの」


勇者(それからしばらく、女の子と僧侶が話しているのをオレは眺めていた)





勇者「あんな女の子でも恋愛について、興味があるんだな」

僧侶「むしろあの年頃の子どもだからこそだろう」

勇者「恋愛なんてオレでもまったく理解できないのに」

僧侶「……ひとつ言っておくが、私は恋愛小説を彼女に薦めたわけじゃないからな」

勇者「え?」

僧侶「恋愛のことを扱った神話についての本を薦めたんだ」

勇者「……そうか」

僧侶「勘違いするなよ」

勇者「勘違い?」

僧侶「……べつに。ただ、恋愛小説を読んでいるわけじゃないと言いたかっただけだ」

勇者「はあ……」

僧侶「もういい。今の話は忘れて」



勇者「ていうか、今は仕事の途中か?」

僧侶「ああ。使徒職のほうでちょっとした訪問をしていたんだ」

勇者「そうか。オレと話していて大丈夫か?」

僧侶「予定よりだいぶ仕事が早く進んでいるから、多少は大丈夫だ」

勇者「ならいいんだけどさ」

僧侶「勇者は本でも探していたのか?」

勇者「まあ、そんなとこ」

僧侶「どんな本を探していたんだ?」

勇者「いや、目的の本があったわけじゃないんだ」

僧侶「おすすめの本でも教えようか?」

勇者「そうだなあ……そうだ。恋愛についてわかる本ってあるか?」

僧侶「……どうしたんだ、勇者?」



勇者「なにがだよ?」

僧侶「お前が恋愛についての本を読みたいなんて……す、好きな人でもできた……とか?」

勇者「いや、あんな子どもでも、恋愛に興味をもつんだと思ったら気になってきた」

僧侶「そ、そうか……」

勇者「……?」

僧侶「そうだな。おすすめならいくつか……」

勇者「あれ? 僧侶って恋愛の本とか読まないんだっけ?」

僧侶「それは……」

勇者「今そうやって言ったもんな」

僧侶「……」



僧侶「というか、どうして恋愛なんてものにお前が興味をもつんだ?」

勇者「どうしてとか言われてもなあ。なんとなく?」

僧侶「なんとなく、か」

勇者「オレって知らないことだらけだろ」

僧侶「……そうかもな」

勇者「だから、とりあえず興味をもったことから知ろうかなって思ったんだ」

僧侶「恋愛に興味をもったってことか?」

勇者「ああ」

僧侶「……まあ、いいんじゃないか」



僧侶「……ひとつ、戦士からの伝言があることを忘れていた」

勇者「戦士から?」

僧侶「お前と会う前に遭遇したんだが、二日後に魔界から密使が来るらしい」

勇者「魔界から遣いのヤツが来て、なにするんだ?」

僧侶「忘れたのか?  例の街を襲ったゴーレムのことを」

勇者「あっ」

僧侶「もともと、訪問は前から決まっていたそうだ。
   だが来てもらう日を急遽早くしてもらったらしい」

勇者「もとからオレたちの国に来ることは決まっていたってことか」

僧侶「おそらく、本来は答礼訪問のようなものだったのだろう」

勇者「でも、オレたちの国には存在しないゴーレムが出て、予定変更したってことか」

僧侶「そういうことだ」

勇者「……魔界か。懐かしいな」



僧侶「まだ半年しか経ってないぞ」

勇者「半年でも、オレにはすごく長い時間に感じるよ」

僧侶「そのうち、その半年が短く感じるようになる」

勇者「短くなるって……半年は半年だろ?」

僧侶「十年前の半年と、今の半年では長さがまったくちがう」

勇者「そうなのか」

僧侶「少なくとも私の場合はそうだった」

勇者「オレもそうなるのかな」

僧侶「……どうだろうな」



勇者「今ので思い出したけど、僧侶が前に言ってたことってなんなんだ?」

僧侶「なんのことだ?」

勇者「前に行った街に入る前に、違和感がどうとか言ってただろ?」

僧侶「医療のことや魔物のことを話したときのことか」

勇者「そうそう」

僧侶「……あくまで個人的な感想だ」

勇者「どういうことだ?」

僧侶「私たちの国は、もともと魔術によって繁栄した国だ」

勇者「それぐらいならオレも知ってるよ」

僧侶「だから、化学兵器やその類の技術は決して進んではいない」



僧侶「私たちが魔界を訪問したのも、彼らの技術を自分たちのものにするためだ」

勇者「そうだったな」

僧侶「魔術に頼りきっていたからこそ、このような状況に陥った」

勇者「自然な流れだな」

僧侶「ここまではな。では、どうして医療技術だけは異様に発達している?」

勇者「……なんでだ?」

僧侶「私にもわからない」

勇者「僧侶にもわからないのか」

僧侶「わからないからこそ、違和感を覚えるんだ」



僧侶「私たちが魔界を訪問したのも、彼らの技術を自分たちのものにするためだ」

勇者「そうだったな」

僧侶「魔術に頼りきっていたからこそ、このような状況に陥った」

勇者「自然な流れだな」

僧侶「ここまではな。では、どうして医療技術だけは異様に発達している?」

勇者「……なんでだ?」

僧侶「私にもわからない」

勇者「僧侶にもわからないのか」

僧侶「わからないからこそ、違和感を覚えるんだ」



僧侶「魔術大国である国が、医療に関してはそれの使用を禁止された。
   それにも関わらず、医術の進歩は凄まじいものだ」

勇者「でも、薬師が言ってたぞ。最近は魔術を使った治療が見直されてるって」

僧侶「おそらくそれは、薬品の精製に魔術を用いるということだろう」

僧侶「どちらにしよう、うちの医療発達の初期段階に魔術は使われてないはずだ」

勇者「じゃあ、魔物についての違和感はなんなんだ?」

僧侶「同じような理由だ。うちの国だけなんだ」

勇者「なにが?」

僧侶「ここまで魔物の管理がきちんとしているのは」

勇者「ほかの国はちがうのか」

僧侶「少なくとも、私たちの国のような魔物体制の国はない」



勇者「でも、医術の発達は悪いことじゃないだろ?」

僧侶「もちろんだ。だから先に言ったとおりだ」

勇者「個人的な感想ってことか」

僧侶「そうだ、ただの尼僧の戯言だ」

勇者「戯言ではないと思うけどな。言われてみれば、そのとおりかもって思った」

僧侶「本当か?」

勇者「その顔は信用してないだろ」

僧侶「……どんな顔をしている、私」

勇者「なんかニヤけるのをこらえている、みたいな感じだ」

僧侶「……たぶんそれは、嬉しいからだと思う」

勇者「え?」

僧侶「今のは忘れてくれ」



勇者「まあ、でも僧侶が言っていたアンバランスっていうのは……」

僧侶「そう、医療技術と兵器技術の発展スピードの差のことだ」

勇者「やっぱりすごいな僧侶。こんなことに気づけるなんてさ」

僧侶「たいしたことじゃないし、褒めなくていい」

勇者「本当に褒められるのが苦手なんだな……ん、アンバランス?」

僧侶「勇者?」

勇者「ちょっと待ってくれ。アンバランス……もしかして……」

僧侶「どうした?」

勇者「ああぁっ!  わかった!  そういうことだったんだ!」

僧侶「なにかわかったのか?」

勇者「おう!  戦士の出したクイズの答えがわかったんだ!」

僧侶「は……?」



僧侶「戦士が出したクイズって……」

勇者「そうだ。胸が大きい女性は尻も大きい、その理由はなにか!」

僧侶「……」

勇者「そう、バランスだったんだ!」

僧侶「…………」

勇者「胸が大きいとその分、前に体重がかかるだろ?」

僧侶「………………」

勇者「だからバランスをとるために、尻を大きくしなきゃならないっ!」

僧侶「……………………」



僧侶「……で?  それは本当に正解なのか?」

勇者「たぶん間違いない」

僧侶「嬉しそうだな」

勇者「戦士のヤツを見返せるからな。でもなあ……」

僧侶「……なんだ?」

勇者「これが本当の正解じゃない可能性もあるな。そうだ、僧侶」

僧侶「?」

勇者「僧侶って尻小さいか?  僧侶の尻が小さければ……」



勇者(オレは言葉を失った。僧侶の顔があまりにもコワかったからだ)

勇者(オレは二十分ほど説教を受けた。僧侶は途中からなぜか敬語になっていた)

勇者(今後、僧侶の前ではからだのことを言うのだけは絶対にやめようとオレは誓った)





戦士「相変わらず、パッと見はなにもないように見える部屋だね」

魔法使い「……はい。頼まれていたもの」

戦士「これ一冊しかないのかい?」

魔法使い「……これしか、ない」

戦士「まあ記録があっただけよかった。帰ってから読ませてもらうよ」

魔法使い「うん」

戦士「ここのところ、ずっと研究室に通ってるみたいだけど?」

魔法使い「表向きは、個人的な研究をしている……ということになっている」

戦士「実際は?」

魔法使い「……陛下からの勅命で、五百年前の災厄時の魔物について、調べている」

戦士「具体的にはなにを調べてるの?」

魔法使い「……具体的には、どのように魔物たちが、暴走したか」



戦士「なぜ今さらそんなことを……」

魔法使い「……」

戦士「あの王様もホント、考えていることがわからないね」

魔法使い「……研究についている者は、私以外にも、かなりいる」

戦士「五百年前のことに、そこそこの人員を割いているってことか」

魔法使い「うん」

戦士「謎は増えていくばかりだ。これ見てよ」

魔法使い「……この用紙は?」

戦士「災厄が起きる以前の教会の資料だよ」

魔法使い「……これだけの額が、教会に使われていた?」

戦士「建設や維持、その他諸々の教会にかけられた費用なんだけどね」

魔法使い「……多すぎる」

戦士「素人目に見ても多いってわかる額……明らかにおかしいよね」



魔法使い「かつての教会の権力は、凄まじかった。けど……」

戦士「独立した機関だった教会は、災厄以降は国の傘下に入った。
   災厄がなかったら、今の教会はもっとすごかったかもね」

魔法使い「……戦士も、色々調べものを?」

戦士「まあね。それと、二日後に魔界から使者が来る」

魔法使い「そう」

戦士「それでね、ボクらがその使者を迎えにいくことになった」

魔法使い「……魔界に関わりが、あるから?」

戦士「おそらく。おっと、そろそろ時間だ」

魔法使い「……仕事?」

戦士「今も仕事の合間を縫って魔法使いの家に来たんだよ」

魔法使い「……がんばって」

戦士「キミも体調に気をつけてよ」

魔法使い「……お互い様」


♪二日後


勇者「潮風が気持ちよかったあ。やっぱり船はいいな」

僧侶「相変わらず、この港の船はひどい有様だがな」

勇者「半年前よりボロボロになってないか?」

魔法使い「……」



勇者(魔界の使者を迎えに行く任務。パーティはオレと僧侶と魔法使いの三人)

勇者(いちおう極秘任務らしい)

勇者(だから、この任務について知っているのは、オレたちのパーティとごく一部)



勇者「前回使った転移用魔法陣を使うのか?」

魔法使い「……ちがう。アレは、もう、使い物にならない」

勇者「あ、そっか。アレは壊したんだったな」

僧侶「この街には魔物が経営するダミー会社がある。前回とはちがう会社を使うそうだ」

勇者「魔物が経営する会社って何件あるんだよ」

魔法使い「……五本の指で足りる程度、だと思う」

勇者「ふうん。まあそんなもんか」



勇者「で、その会社はどこに……」

露天商「お兄さん、お姉さんたち」

勇者「ん?」

露天商「よかったらなにかどうですか?  潮風を浴びながらの食事はいいものですよ」

勇者「ドライマンゴーか……って、港のそばなのに魚介類関係ないんだな」

魔法使い「イヤ」

勇者「魔法使い?」

魔法使い「ドライマンゴー、きらい」

勇者「だ、そうだ。悪いね」

露天商「こりゃあ残念。街の陰気臭さが私の運気を下げてるようですなあ」



露天商「私は旅商いなんですがね。港に期待して足を運んだのにこのざまですわ」

勇者「たしかに、歩いている人も少ないな」

露天商「老朽船しかない港ですからね」

勇者「改めて見てみると、本当にボロボロだな」

露天商「それに『陸にあがった海の者』が溢れてるせいで、潮風もしょっぱいですわ」

勇者「ん?」

僧侶「船がこれでは、海兵も活躍できないってことだ」

勇者「なるほど」

露天商「そのせいか、本当に殺伐としてますよ、この街。
    さっきもおっかない雰囲気の人が私の目の前を横切っていきました」

勇者「そうなのか」

露天商「ええ。あんなに恐ろしい雰囲気の持ち主を見たのは、はじめてです」





勇者(オレたちは予定通り、ダミー会社へ行き魔法陣を展開した。だけど……)


魔法使い「おかしい」

ハーピー「な、なにがでしょうか?」

魔法使い「魔法陣は、もう展開しているはずなのに……」

僧侶「予定時刻をだいぶ過ぎているな。なにか聞いているか?」

ハーピー「い、いえ。あたしたちはなにも聞いていないです」

魔法使い「……」

勇者「どうした?  食い入るように魔法陣を見てるけど」

魔法使い「これは……」

僧侶「魔法使い?」

ハーピー「な、なんでしょうか?」


 魔法陣を観察していた魔法使いは、立ち上がると杖をハーピーの額へと突きつける。



勇者「な、なにをやってんだ!?」

魔法使い「この魔法陣。一度、展開している可能性が、ある」

僧侶「なに?」

ハーピー「あ、あたしは本当になにも……し、信じてくださいっ!」

魔法使い「手荒な真似はしたくない」

勇者「ちょ、ちょっと待った魔法使い!  もしかしたら手違いの可能性もあるだろ!?」


 勇者は室温が急激に下がっていることに気づいた。霜が室内全体を覆っている。
 唯一の出口である扉は、完全に凍りついていた。


魔法使い「本当に、なにも知らない?」

ハーピー「は、はい!  あ、あたしたちはしょせん末端ですし……!」

僧侶「どうする魔法使い?」

魔法使い「……本当に知らない?」

ハーピー「ほ、本当ですっ!  我らが魔王様に誓います!」



僧侶「魔王に誓われてもな」

勇者「魔法使い、オレから提案がある」

魔法使い「……どんな?」

勇者「とりあえずハーピーたちにはここにいてもらう。で、オレたちは街で使者を探す」

僧侶「彼女にはどうしてもらうんだ?」

ハーピー「あ、あの……」

勇者「手荒な真似はしない。魔法使いの氷の魔法で、扉を塞いでおけばいいだろ」

魔法使い「それだけでは不安。私が、見張っている」

僧侶「……それが妥当か。それにしても」

勇者「ん?  なんだ?」

僧侶「少しはそういうふうに、脳みそを使えるようになったんだな」



勇者「……脳みそ?」

僧侶「ついでに、発言についても少しは脳みそを使ってくれると嬉しいな」

勇者「えっと、はい……?」

僧侶「まあいい。魔法使い、ここを頼む」

勇者「そ、そうだな。オレたちは使者を探しにいこう!」

魔法使い「……勇者、手を出して」

勇者「なんだ?」

魔法使い「保険を、かけておく」


勇者(そう言うと、魔法使いはオレの手のひらに、自分のそれを重ねた)





僧侶「手分けして探そう。勇者は港付近を頼む」

勇者「了解。……僧侶」

僧侶「どうした?」

勇者「いや、やっぱりなんでもない」

僧侶「なんだ。珍しく歯切れが悪いな」

勇者「ていうか、こんなとこで話をしてる場合じゃないな」

僧侶「ああ。一時間経過したらお互い、さっきの場所に戻る。それでいいな?」

勇者「わかった」






勇者(道歩いてる人がホント、全然いないな)

勇者(ていうか、手分けして探そうとか言ったけど、いったいどう探せばいいんだ)



勇者「どうするかな……ぅおっ!?」

児女「イタタ……ご、ごめんなさいっ……!」

勇者「こっちこそ、よそ見しててごめんな。立てる?」

児女「あ、すみません」

勇者「あとこれ……」

児女「あ、お父さんに届けるお弁当。ありがとうございます!」



勇者「今ので中身、崩れてないかな」

児女「たぶん、大丈夫だと思います」

勇者「お父さんに届ける弁当って……」

児女「お父さんがお弁当を忘れちゃって。だから仕事場に届けてあげるんです」

勇者「……どんな仕事をしてるの、お父さん」

児女「船を造るお仕事してるんです」

勇者「船って……あの港の船?」



児女「そうですよ。
   あっ、今あんなにボロボロなのにって思いましたね?」

勇者「……い、いや?  そんなことないよ?」

児女「ウソつかなくていいですよ」

勇者(なんで女ってそういうのがわかるのかな)

勇者「……そうだ。ここらへんで魔物を見たりしなかった?」

児女「魔物ですか?」

勇者「うん」

児女「あたしもさっき、外に出たばっかりだから……」

勇者「そっか……」



児女「でも、魔物さんは街には入ってこないんですよね?」

勇者「そうなんだけど……あ、いや、そうだな」

勇者(いかんいかん。迂闊なこと言って、今回のことがバレたら大惨事なんだ)

勇者「引き止めてごめんね。ありがとう」

児女「ううん。あたしの方こそぶつかってごめんなさい」

勇者「じゃあオレ、そろそろ……っ!?」

児女「どうかしましたか?」



勇者(なんだこの感覚……覚えがある……これは…………)



勇者「お父さんに仕事ガンバレって伝えといて!」

児女「え?  ……あ、はい?」


勇者(この感覚……まさか……!)






戦士「ふぅ……」

側近「陛下への謁見はキミでも神経を使うみたいだね」

戦士「ええ、まあ」

側近「成長したとはいえ、まだまだ青いね」

戦士「そうですね」

側近「かつては僕の教え子だった君が、今ではギルドの統括をしているなんてね」

戦士「……その節はご指導御鞭撻賜りありがとうございました」

側近「そこまで畏まらなくていい。昔みたいに普通に話してくれて構わない」

戦士「では、お言葉に甘えさせてもらうついでに、ひとつ聞いてもいいですか?」

側近「なにかな?」

戦士「真勇者についてです」



側近「ふむ。現在血眼で探している存在だね」

戦士「その真勇者が殺害したという、陛下の側近について聞きたいのですが」

側近「理由を聞かせてもらってもいいかな?」

戦士「真勇者の捕獲任務を現在任されていますが、正直わからないことだらけです」

側近「君にしては珍しく、弱気な表情をしているじゃないか」

戦士「ここのところ、つまづいているからかもしれません」

側近「人生なんてそんなもんだろう。君は恵まれているよ」

戦士「…………。
   そうかもしれませんね」

側近「しかし僕に聞かなくても、君のことだ。ある程度は調べがついてるだろ?」

戦士「いちおうは」



戦士「その人、ある開発室の責任者だそうですね」

側近「……相変わらず君は回りくどいな。僕もそれほど暇ではないんだよ?」

戦士「すみません、回りくどいのは性分です。
   で、その人は陛下の側近であり、魔物学研究所の責任者だそうですね。
   ほかにも人事の采配も、一部はその人が担っていたらしいですね」

側近「ああ」

戦士「調書も見ました。死体は粉砕機にかけられたみたいに刻まれていたらしいですね」

側近「そのとおり。個人の判別が不可能なほどの有様だった。
   まあ彼が身につけていたメダイのおかげで、特定できたがね」

戦士「その人が真勇者に殺害された理由に、心当たりはありますか?」

側近「ないね。そもそも彼とは事務的な会話しかしたことがない」

戦士「そうですか。はぁ……」



側近「ため息をつくのは感心しないな」

戦士「申し訳ありません。ただ、アテが外れたものですから……」

側近「これぐらいでへこたれるなよ、親愛なる我が弟子よ」

戦士「わかってます」

側近「しかし、その側近のことなら僕に聞くより陛下に聞くべきだろう」

戦士「それはそうですが……」

側近「ほう。これまた珍しい顔をしているね」

戦士「……なんだか嬉しそうですね、先生」

側近「そうかい?  まあ、僕もそろそろ戻るよ」

戦士「今日はありがとうございました」

戦士(まったく、情報が足りなすぎる……)





勇者「教会、か」

勇者(とりあえず勢いに任せて走ってたら、教会にたどり着いたけど)

勇者(しかし、ここの教会は船に似てすごいボロいな)

勇者(…………やっぱり)

勇者(この感覚……『ヤツ』がいるのか?)


   『――入ってきたらどうだ?』


勇者「!!」

勇者(一瞬だけ迷ってから、オレは教会の扉を開いた)


キイイイィ――


真勇者「来たか」

勇者「やっぱりお前だったか」



真勇者「よく俺がここにいるとわかったな」

勇者「まあな」

真勇者「お前の能力か……まあ、そんなことはどうでもいいか」

勇者「…………」

真勇者「だが、ひとりで俺の前にのこのこ現れた理由がわからんな」

勇者「……オレもそう思うよ」

真勇者「今すぐここを去るなら、見逃してやる」

勇者「ここでなにをする気だ?  いや、そもそもこの教会にいた人たちは?」

真勇者「……忠告無視か。まあいい」


 勇者は息をのんだ。真勇者がゆったりとした動作で鞘から剣を引き抜く。
 ステンドグラスの窓から差し込んだ陽をまとって、剣が鈍く輝いた。


真勇者「とりあえず、おとなしくなってもらおうか」





 防戦一方だった。勇者は真勇者の攻撃を受けきるだけで精一杯だった。
 真勇者の剣が地面を穿つ。
 とっさに飛び退いてやり過ごしたが、あまりの衝撃に足もとがふらつく。


真勇者「いつまでそうやって逃げているつもりだ」

勇者「……くっ!」


 真勇者が地面に着地すると同時に、片足を軸にからだと剣を大きく旋回させる。
 これも、かろうじて勇者はかわした。いや、ちがう。
 敵の長剣が、帯電してることに気づく。静電気の弾ける音。


 目の前が真っ白に染まる。


勇者「――っ!」



 つま先から頭頂部まで、電流が突き抜ける。
 全身を襲う強烈な痺れに勇者は、地面にくずおれる。


真勇者「弱い。やはり偽物は偽物でしかないな」

勇者「ぐっ……」

真勇者「今はお前に構っている暇はない」

勇者(くそっ……からだが痺れて…………)



 キイイイィ――



??「おやおや、思いのほかあっさりと決着がつきましたねえ」

真勇者「遅かったな」


勇者(誰だ……?)


??「さすがは本物の勇者様。見事な手並みだったようですね」

真勇者「……これからこの教会に例のものがあるか、確認する」

??「ええ。おねがいしますよ」

真勇者「……」


勇者(なにをやっている?  剣を……地面に突き刺してる……?)


真勇者「…………ダメだな」



??「どうやらそのようですね」

真勇者「ここにもないか」

??「先に戻っていてくれて構いませんよ」

真勇者「お前は?」

??「現在の勇者様のご尊顔を拝見してきます」

真勇者「……」


勇者(真勇者が……いなくなった。魔法陣か?)



??「なんて挨拶するのが正解なんですかね?」

勇者(くそっ……からだの痺れのせいで舌が……)

??「とりあえず、こんにちは」

勇者「……」

??「ずいぶん、あっさりとやられたようですね。本当に君そのものは弱すぎる」

勇者(なんなんだコイツ? 赤いローブ……まさか、あの連中の仲間?)

??「しかし君が中で飼っているアレを開放すれば、彼にも勝てるかもしれませんよ?」

勇者(なんなんだこの男? オレの額に指を当てて…………)

??「当初の予定通り、君には覚醒してもらいますよ」

勇者「……っ!」

勇者(……からだが、熱い……血がたぎるようなこの感覚は……)

??「……?
   おかしいですね。では、もうひとつの布石を」



 不意に視界の片隅で光が弾ける。遅れて、低い唸り声が教会に響く。


??「私はお暇させていただきます。あとは、せいぜい頑張ってください」


 足音が遠のいていく。からだの痺れに逆らって無理やり顔をあげる。
 目の前にいたのは単眼の巨人――サイクロプスだった。


勇者(なんで魔物が!?  さっきの光は転移の魔法陣のものだったのか)


 どうにかして、からだを起こそうとするが、指先がかろうじて動く程度だった。
 サイクロプスの隻眼が勇者をとらえる。

勇者(やばい――)

 魔物の口の端がもちあがる。サイクロプスが地面を蹴った。
 魔物の鋭い爪が、地面に倒れ伏す勇者の背中目がけて振り下ろされる。


勇者「……っ!」


 だが、魔物の爪が勇者の背中を貫くことはなかった。
 目の前で光が弾けた。勇者はその光の眩しさに思わず目を閉じる。


   「――私、前にもこんな感じの登場の仕方をしましたね」


勇者「え……?」


 まぶたを持ち上げた。その長い髪には、見覚えがあった。


勇者(なんで、薬師がここに?)

薬師「……間一髪でしたね、勇者様」


 さらに不可解なことが起きていた。
 魔物は、時が止まったかのように、勇者を襲おうとした体勢で静止していた。


薬師「お怪我はありませんか?  ……勇者様?」

勇者(からだが熱い上に、痺れのせいで喋れない……!)

薬師「すみません、失礼します。
   ……たぶん、すぐにからだの状態もよくなると思います」


勇者(薬師の言ったとおり、一分もしないうちに痺れと熱が引いていった)


薬師「……よかった。立てますか?」

勇者「あ、ああ。なんとか。薬師がいなかったら、オレ、死んでたかも」

薬師「魔法使い様のおかげです」

勇者「魔法使い?」

薬師「勇者様の手のひらに、魔法陣を仕込んでいてくれたんです」

勇者「あれはそういうことだったのか」

薬師「もともと、私は後から合流する予定だったんです。
   それで、魔法使い様から事情を聞いて、魔法陣を利用して勇者様のもとへ来たんです」

勇者「あの状況で、よくとっさに対応できたな……」

薬師「はい、自分でもよくできたなって思います」

勇者「ていうか、この魔物はどうなってんだ?  ピクリとも動かないぞ」

薬師「ちょっと劇薬を注入しました」

勇者「……劇薬?」

薬師「はい」

勇者「どうやって……」



サイクロプス「うおおおおおおおおおおおぉっ――!!」



勇者「!!」

薬師「なぜ……!?  薬は完全に回っていたはずなのに……!」


 糸のようなものが切れる音を、サイクロプスの雄叫びがかき消す。


勇者「薬師、下がってい……」


 勇者の言葉はそこで途切れた。すでにサイクロプスの拳が迫っていた。
 身を低くして、これを避ける。魔物の拳がなにもない空間を薙ぐ。
 勇者は剣を勢いよく振り上げた。肉が避ける音。


 魔物の悲鳴が狭い教会にこだまする。魔物が床に倒れ伏す。



薬師「お見事……」

勇者「ああ……っと、まだふらつくな」

薬師「もとの状態になるには、まだ時間がかかりますね」

勇者「とりあえず、一回みんなと合流しよう」

薬師「――勇者様ふせて!」


 薬師が頭を押さえつけなかったら、勇者の顔は消し飛んでいたかもしれない。
 勇者の頭上を、再び起き上がったサイクロプスの腕が通過する。



勇者「なんでだ!?  たしかに倒したはずなのに!」


 サイクロプスの傷口は完全に塞がっていた。魔物が大きく跳躍する。
 頭上から蹴りが来る、と思ったがその予想は大きく外れた。
 大きく開かれた口から、巨大な火の塊が吐き出された。

 火球が地面に叩きつけられる。熱風が勇者の全身を叩く。


勇者(しまった、今の炎はおとりだったのか!)

勇者「くそっ、逃げられた!  早くヤツを捕まえないと街の人たちが危ない!」

薬師「ええ、急ぎましょう」


勇者(オレと薬師は逃げた魔物を追って、教会を飛び出した)


勇者「だけど、なんでサイクロプスが火を吐くんだ」

薬師「わかりません。本来ならありえないんですが」

勇者「いや、とにかく今は追おう」

薬師「はいっ!」





勇者「なんだよ、これ」

薬師「あぁ……」


勇者(港が火の海になっていた。すでに怪我している人が何人かいた)


勇者「……コイツはオレが引きつける。
   だから薬師は怪我してる人を運ぶのと手当を頼む」

薬師「わかりました。……無理だけはしないように」

勇者「それこそ無理だ」

薬師「じゃあ……絶対にまたあとで会いましょう」

勇者「了解!」





 はっきりとした手応えがあった。
 勇者の剣はたしかにサイクロプスの腕を切り裂いた。


勇者「なんだよこれ!?」


 魔物の腕の切り裂かれた部分が、不自然に盛り上がる。
 切断面から液状化した腕が生えると、のたくって膨れ上がった。
 サイクロプスの腕は一瞬で再生していた。ただし、本来のものよりも遥かに肥大化している。


 ことごとく自分の知っているサイクロプスとは異なっている。

 また、魔物が炎を吐き出してくる。横転して避ける。

 怪我人の救助をしている薬師のために、ひたすら敵を引きつけていたのが祟ったらしい。
 すでに体力が限界に来ていた。再び火球が勇者目がけて放たれる。


勇者「……っ!?」


 もう一度避けようとしたときだった。
 足がなにかにつかまれて、地面につんのめりそうになる。触手だった。
 いったいどこから?  その疑問を焼き払うように勇者の眼前に火の塊が迫る。



勇者(避けきれない――!)


   「情けないなあ、お兄さん」


勇者「……え?」


 激しい空気の渦が、炎の進行を阻んでいた。
 それどころか、空気の奔流は火球をサイクロプスへと跳ね返す。
 
 直撃。地の底から響くような唸り声。
 火だるまと化した魔物は、のたうち回るとやがて、沈黙した。


    「こんなのに手こずるなんてね。それでよく私を倒したよね」


 振り返ると小柄な少女が、得意げな顔をしていた。
 まだ幼さの残る声。爛々と輝く赤い瞳。
 太陽の光を鮮やかにはじく黄金の髪。


少女「久しぶりだね、お兄さん」


 魔族たちの長であり、魔界の統治者である少女はにっこりと微笑んだ。


勇者「なんでお前がここに……?」

少女「だって、魔界からの使者って私なんだもん」

勇者「で、でも魔王であるお前が……」

少女「理由を説明するのはあと。
   それより、お兄さんはパーティのもとへ行ったほうがいい」

勇者「そうだ、怪我人の手当を手伝わなきゃ……!」

少女「このサイクロプスは私が見張っておく」

勇者「ありがとう!」



少女「……相変わらずみたいだね」





魔法使い「……応急処置はこれでいい?」

薬師「あとは怪我している部分を、心臓より高い位置で固定してくださいっ!」

魔法使い「わかった」

僧侶「薬師!  すまないっ、今すぐこっちに来てくれ!」

薬師「今行きますっ!」



僧侶(私たちは、魔物によって怪我した人たちの手当を手伝っていた)



僧侶「この子なんだが……」

児女「……」

僧侶「出血が酷い上に、医者もまだ……」

薬師「……まずい」



僧侶「薬師?」

薬師「この子、息が……早くお医者様を呼ばないと危険です!」

僧侶「だが、医者は今は……」

薬師「……私たちでなんとかするしかない、か」

僧侶「だけどどうすれば……し、止血か?」

薬師「止血はあとです!  とにかく今は心臓マッサージを……いや、血中酸素のことを考えれば……」

僧侶「私は……?」

薬師「なにか布をもってきてください!  ただし脱脂綿のような繊維の残るものではダメです!」

僧侶「わ、わかった」

薬師「絶対に死なせない……絶対に……!」





僧侶「……止血開始時間はこれであっているか?」

薬師「はい。あと包帯とガーゼをもう一度おねがいします」

僧侶「わかった。とってくる」

勇者「た、助かったんだよな?」

薬師「……おそらく。ただ……出血が酷いので早く輸血をしないと……」



魔法使い「……なんとか間に合った」



僧侶「魔法使い?」

魔法使い「医者の手配が完了した。魔法陣でこれから彼女を運ぶ」

薬師「よかった……ありがとうございます、魔法使い様!」

魔法使い「……あなたのほうこそ。お手柄」



男性「あ、あの……」

薬師「……あなたは?」

男性「娘を助けてくださってありがとうございます!  ほ、本当になんとお礼を言ったら良いのか……」

薬師「お父さんだったんですね」

男性「あなたがいなければ、娘は……」

薬師「そんな……顔をあげてください。
   それより、今は娘さんについていてあげてください」

男性「はい……!  本当にありがとうございました!」


勇者(薬師が助けた女の子のお父さんは、もう一度頭を下げて去っていった)


薬師「……ぁ」

勇者「だ、大丈夫か、薬師?」

薬師「……ごめんなさい。安心したみたいで……まだ完全に終わっていないのに」

僧侶「いや、薬師がいなかったら彼女は助からなかったかもしれない」

勇者「僧侶はずっとうろたえてたもんな」

僧侶「……うるさい」

魔法使い「勇者も、テンパってた」

勇者「それはそうなんだけど……」


少女「ねえねえ、私のこと忘れてない?」


勇者「うわっ!?  きゅ、急に現れるなよ」

少女「予想より時間がかかったからね。それと、サイクロプスは王都へ搬送されたよ」

薬師「あなたは……先ほど、手当を手伝ってくれていた方ですよね?」

少女「そうだよ」



勇者「ん?  どういうことだ?  ていうか、僧侶と魔法使いは驚かないのか?」

魔法使い「……驚いた。けど」

僧侶「私たちはさっき、会っているからな」

少女「そういうこと」

勇者「そうか……って、そうかじゃねえよ」

少女「なに?  相変わらずテンション高いね」

勇者「お前、なんで予定時刻にここに来なかったんだよ?」

少女「この国の現状が気になってね。迎えが来たら、自由に観光もできないでしょ?
   だから三日前からこっちに滞在してたんだ」

魔法使い「三日前……」

僧侶「その話が本当だとしたら、フライングどころじゃないな」



薬師「話がまったく見えないんですが……」

勇者「どう説明したらいいのかな……」

少女「市警とかも出てきて落ち着いたようだし、そろそろ皇帝のもとへ案内してくれる?」

勇者「使者ってお前だけなのか?」

少女「ああ、そうだった。実は同伴者がいるんだよ。出ておいで」


   「……初めまして」


勇者(あれ?  普通の男にしか見えないんだけど、これが魔界からの使者なのか)

僧侶「とりあえず、街を出よう」





勇者「竜人っていうのか?」

竜人「ええ、そうです」

勇者「その、人間にしか見えないんだけど、本当に魔族なんだよな?」

竜人「これを見ていただければ」

勇者「わっ! 腕にウロコが……」

魔法使い「へえ……」

僧侶「使者としてこちらに来ているのは二人だけなのか?」

少女「この国がいつかやったプロパガンダ遠征とちがって、魔法陣で移動できるからね」

勇者「プロパ……なんだそれ?」

僧侶「二年前、戦意高揚と海兵訓練を目的とした、軍艦での遠征が行われたんだ。
   結局失敗し、前皇帝が引きずり下ろされるきっかけになっただけで終わったが」



勇者「船で旅か。なんか大変そうだな」

少女「その遠征については、悲惨すぎて魔界にまで、色々と噂が流れたからね」

薬師「……」

勇者「薬師?」

薬師「は、はい。……なんですか?」

勇者「いや、さっきからなんか気分が悪そうだし、ずっと黙ってるから……」

薬師「心配かけてすみません。少し疲れちゃって」

勇者「そうか。疲れたんなら、言えよ。おぶってやるからさ」

薬師「それはちょっと……じゃあ、どうしてもって場合は、おねがいします」

勇者「おう」



僧侶「ひとつ思ったんだが」

少女「なに?」

僧侶「魔王であるお前が、この国に直接来るってまずくないか?」

少女「ああ、そのこと?」

竜人「……」

少女「そこらへんは気にしなくていいよ」

勇者「そうなのか?」

少女「うん。私、魔王やめたから」





側近「今回の謁見、使者の者たちと勇者に限らせてもらう」

僧侶「なぜ私たちは……」

側近「陛下がそうおっしゃったからだ」

勇者「ていうか、オレが話に参加するの?」

少女「まあ、なんでもいいけどね」

竜人「……」

勇者「とりあえず行ってくる」

薬師「はい。お待ちしております」


勇者(魔界から帰ってきたオレたちは、竜人たちを連れて宮廷まで来た)

勇者(なんでこれにオレが参加するんだろ)


戦士「……」

勇者(しかも、なぜか戦士もいるし……)



勇者「王様、使者を連れてきました」

王「ご苦労だった。話は既に聞いている。色々と大変だったようだな」

勇者「まあ……はい」

勇者(よくよく考えたら、魔王がうちの国の王様と対面するってすごいことかも)

王「そなたが魔界からの使者か」

竜人「はじめまして。ご尊顔を拝し奉り、恐懼の極みにございます」

王「らくにしてくれていい。それにしても……久しぶりだな」

勇者「え?」

少女「そうだね。最後に会ったのはいつだっけ?」

王「二百年……いや、もっと前か」

勇者「え?  え?  どういうことだよ、ふたりは知り合いなのか?」



少女「知り合い……というよりは同族って言ったほうが正しいかな」

勇者「同族?」

王「まあ、わかるわけねえか」

勇者「お、王様?」

王「ったく、本当なら国王なんざ俺の柄じゃないんだけどな」

勇者(な、なんだ?  普段と口調が全然ちがうぞ)

王「驚いたか、勇者?」

勇者(普段の仏頂面とは全然ちがう。なんでこの人、こんなにニヤニヤしてんだ)

勇者「……よくわからないんですけど、つまりどういうことなんですか?」

王「説明めんどくせえな」

勇者「は?  いや、説明してもらわなきゃわからないんだけど」

王「……冗談だ。お前、俺の代わりに説明してくれよ」

少女「なんで私が、と言いたいところだけど。お兄さん」



勇者「ん?」

少女「そもそも疑問に思うことはない?」

勇者「なにを?」

少女「この国と私の国……つまり、魔界のつながりについて」

勇者「……そういえば、どうやって魔界とうちの国がつながったのかは気になってたな。
   ああ、あと魔界の魔物が経営する会社も」

少女「それらの答えは簡単。最初のパイプを築いたのは、私と彼だから」

王「もうずっと、遥か昔だがな」

勇者「築いた?  王様は……いったいなにものなんですか?」

王「わからねえかなあ」

勇者「うーんと、えっと……」

王「じゃあ、俺から質問だ。その女の正体はなんだ?」



勇者「正体?」

少女「……そう、私の正体」

勇者「魔王……大昔にオレと同じで人工的に造られた」

王「そうだ。勇者、お前は例の女王の手記を読んでいるな?」

勇者「読みましたけど。なにか関係があるんですか?」

王「『災厄の女王』が、勇者と魔王の混合体を作ろうとしたことは知っているな?」」

勇者「もちろん」

王「そしてそれが失敗して、代案としてできたのがその偽魔王だ」

少女「……」

王「女王が造ろうとしたのは魔王だけか?  そんなわけないよなあ」

勇者「じゃあ、王様の正体は……」

王「そう。お前の同類だ。人工勇者、あるいは偽勇者とでも言おうか」



王「当時、一切国交がなかった魔界との交流を念の為に作っておいた」

少女「私たちでね。まあ具体的な説明は省かせてもらうけど」

王「俺もコイツもメタモルフォーゼの能力があるから、それをうまく利用したとだけ言っておく

勇者「はあ……」

戦士「私からも質問いいですか?」

王「そんな堅苦しくなくていいぞ。今だけは、だが」

戦士「……どうして、あなたは今になって国王なんてものをやっているんですか?」

王「勇者がこの五百年間、一度も現れていない謎を解くためだ」

戦士「それで魔法使いや、その他の人間に、例の災厄について調べさせているんですね」

王「真勇者を復活させたのも、謎の解明のためだ」

戦士「だけど、逃げられてしまった」

勇者「そうだ、真勇者の正体を王様は本当に知らないのか?」



王「さあな」

少女「……素直じゃないなあ。協力者である彼らに隠す理由はないはずだよ」

王「……」

戦士「真勇者の正体は五百年前の勇者……最後の勇者じゃないんですか?」

王「ほう。単なる当てずっぽうってわけでもなさそうだな。根拠を言ってみろ」

戦士「魔法使いに、五百年前に起きた災厄について調べさせていること。
   そして、陛下が『災厄の女王』の手記を読みたがったこと。以上のふたつです」

王「……正解だ。真勇者の正体は、五百年前の勇者だ」

勇者「じゃあ、あの女王の時代の勇者ってことか」

王「そうだ」



王「だが、わからないことばかりだ。どうしてヤツは記憶を失っていたのか。
  なぜヤツは逃げ出したのか、俺の側近を殺した理由も全くわからない」

戦士「その殺された側近は、ある研究機関の責任者だったそうですね」

王「そのとおりだ」

勇者「ある研究機関ってなんだ?」

戦士「魔物研究や生態研究。そのほかにも、勇者や魔王の研究も行っていたとこだよ」

勇者「じゃあ! その人なら、オレのことも知っていた可能性があるのか?」

戦士「断言はできないけど、ありえることだとは思う」

王「俺も国王になってからは公務に追われていて、しばらくは勇者どころじゃなかった。
   おそらく最も真実を知っていた側近だ。そのせいで殺害されたのかもしれない」

少女「ずいぶんとその側近を買っていたみたいだね」

王「ヤツには色々と助けられたからな」



王「魔界へ行くメンバーの采配をしたのも、あの男だった。
   というか、人事なんかに関してはほとんどヤツにまかせていたんだ」

少女「こりゃダメな王様だね」

王「うるせえ」

戦士「じゃあ、例の新興宗教団体の連中をボクらのバックアップに指定したのも……」

王「もちろんヤツだ。だが、どうしてあのような者たちを、選択したかは不明だ」

少女「すべては闇の中ってことだね」

勇者「ちょっと待った。新興宗教団体ってなんだよ?」

戦士「忘れたのかい?  あの赤ローブの連中のことだよ。説明したでしょ?」

勇者「そういや、魔界で説明されたような……そうだ、赤いローブで思い出した!」

王「……なんだ?」

勇者「オレ、あの街の教会で真勇者と戦ったんだ」

王「なんだと?」



勇者(オレは真勇者と戦ったことと、そのあと、赤いローブの男が現れたことを話した)


王「これでヤツに仲間がいることが確定したな」

勇者「知っていたのか?」

戦士「街の市警の警備を平気でかいくぐって現れたりしてたからね」

王「そして、また教会か」

戦士「そちらの予想も、ほぼ当たっていると考えていいと思います」

勇者「どういうことだ?」

戦士「勇者くんが今回真勇者と交戦したのは?」

勇者「……教会」

戦士「前回、真勇者の目撃証言があったのは?」

勇者「……教会だ」

戦士「勇者くんが国に帰ってきてすぐ、真勇者と会った森の付近にあったのは?」

勇者「……教会ですな」



勇者「ってことは、真勇者はずっと教会を調べているってことか」

戦士「どういう理由で、そうしてるのかはわからないけどね」

王「謎だらけだ」

勇者「その側近の人以外にも、研究に関わっているヤツらに聞くのは?」

戦士「研究の根幹に関わっていた賢者は、爆発事故で全員亡くなっている」

勇者「え……?」

戦士「前にも説明したでしょ?」

勇者「……したっけ?」



戦士「魔界に行くメンバーの選ばれた理由を、勇者くんが質問してきたときにね」

勇者「お前、記憶力いいな」

戦士「勇者くん、ニワトリ頭は髪型だけにしなよ」

勇者「どういう意味だよ!」


王「ほかになにか、報告するべきことはあるか?」

勇者「えっと……サイクロプスはどうなった?」

戦士「すでに機関に回されてるよ」

勇者「あの魔物、異様に強かったし色々変だったんだ」

少女「私がいなかったら危なかったもんね」

勇者「あのときは助かったよ。あと、気になることがもうひとつある」

王「どんな小さなことでもいい、言ってくれ」

勇者「真勇者とその赤ローブのヤツは、オレが教会に来たことに驚かなかったんだよ」

戦士「どういうことだい?」

勇者「なんていうか、まるでオレがあの街に来ることを知っていたような……」

戦士「今回の任務は極秘で、知ってる者はほぼいないってこと、覚えてるよね?」

勇者「だからこそ、言ったんだよ」

少女「その話が本当だとしたら……」

王「厄介ごとは増えてく一方だな、めんどくせえ」





勇者(その後、オレと戦士と魔王は謁見が終わって王の間を出た)



勇者「竜人に全部まかせちゃったけど、よかったのか?」

少女「はじめから私はオマケだよ。言ったでしょ、魔王はやめたって」

戦士「魔王をやめたってどういうことなんだい?」

少女「皇帝をやめたってこと。今はただの女の子ってわけ」

戦士「女の子って……」

少女「見た目がこれなんだから、ウソではないでしょ?」

勇者「なんで魔王をやめたんだ?」

少女「前にも言ったとおり、寿命が近づいているからだよ」

勇者「死ぬ、のか?」

少女「まあ、まだ大丈夫だよ」



少女「前にも言ったかもしれないけど、物事はなんでも移り変わってゆくべきなんだよ」

勇者「そう、なのかな……」

少女「単なる持論だけどね」

戦士「単なる持論でも、生きてる年数が年数だけに含蓄があるね」

少女「褒め言葉として受け取っておいてあげる」

勇者「……魔王をやめて、どうするんだ?」

少女「あてのない旅をするよ」

勇者「旅?」

少女「そう。人生の最期だからね。自由気ままに放浪する」


戦士「当然、新しい魔王となる存在はいるんだよね?」

少女「もちろん。この半年でなんとか、引き継ぎを終えたよ」

戦士「魔王をやめたキミにおねがいがある」

少女「なあに?」

戦士「魔界にはこちらになかった文献や資料がかなりあったよね」

少女「ふうん、なにか知りたいことがあるのかな?」

戦士「勇者に関する文献もキミなら持っているよね?」

少女「あるよ、おそらくお兄さんが予想しているより。欲しいの?」

戦士「欲しい。勇者の旅の記録の詳細が書かれているものがいい」

少女「まだあげるとは言ってないよ?」

戦士「どうしても欲しい。交換条件があるっていうなら、それを飲もう」


勇者(珍しいな。戦士がこんなふうに言うなんて)



少女「私はなにかに必死になってる人、嫌いじゃないよ」

戦士「それはオッケーと受け取っていいのかな?」

少女「……いいよ」

戦士「ありがとう。じゃあ、ついでにもうひとつお願いしていいかい?」

少女「内容による」

戦士「魔王を倒したそのあとの勇者について知りたいんだ」

勇者「魔王を倒したあとの勇者のことがなにか関係があるのか?」

戦士「ボクの予想が正しければ、ね」

少女「……本当はイヤだけど、特別にそれに関連した書籍も探してくるよ」

戦士「いやあ、さすが魔王様だ。懐が広い」

少女「がんばっている若者のために、少しだけ力を貸してあげるよ」



戦士「いつごろに資料は持ってこられる?」

少女「急ぎのようだし、明日の早朝には持ってきてあげる」

戦士「オッケー……っと、ボクはこれからちょっとした調査があるから失礼するよ」

勇者「相変わらず忙しいんだな」

戦士「まあ忙しいことは幸せなことだから、……じゃあ、またね」

少女「彼も大変みたいだね。お兄さんは私と話をしていて大丈夫?」

勇者「とりあえず、報告も終わったし今日の仕事は終わりかな」

少女「ふうん、そう」

勇者「……さっきの話の続きなんだけどさ」



勇者「魔王やめるって言ったけど、あの本物の魔王はどうしたんだ?」

少女「……彼はまだかろうじて生きてる。私より先に逝くだろうけどね」

勇者「見捨てたのか?  それとも実はお前が旅する理由って、実は魔王のために……」

少女「ちがうよ。私の最期の旅と彼は関係ないよ」

勇者「でも、お前は魔王を復活させることにこだわっていたじゃないか」

少女「たしかに、前まではね。けど、いいかげん解放してあげるべきだと思ったんだ」

勇者「解放……?」

少女「彼を休ませてあげようって。安らかに眠ってもらおうって思ったの」

勇者「……」

少女「今まで彼を無理やり延命させて、世界を、魔界を、私が守っていこうと思った」



少女「『あの人』にもそうやって頼まれたから」

勇者「『災厄の女王』……いや、姫様か」


少女「それが生まれたときからの使命で、それは私にしかできないことだと思ってた。
   でも、そうじゃないってようやく気づけたんだ。
   あの魔界は私だけで築いたんじゃないって。
   私がいなくなっても、新しい魔王が生まれても、うまくやっていける」


少女「私はそう信じたの」

勇者「……だから、お前は旅に出るのか?」

少女「そう。自分探しの旅だよ」

勇者「自分探し?」

少女「魔王でもなく、魔界の統治者でもなく、最後に『私』として生きてみようと思う」

勇者「そういうのって世捨て人って言うのか?」

少女「ちがうけど、まあ近いものはあるかもね」

勇者「……なんか、かっこいいな」

少女「かっこいい?」



勇者「オレはまだ自分がどうしたいかわからないからさ」

少女「色々と迷ってるみたいだね」

勇者「わかるのか?」

少女「何年生きてると思ってんの?」

勇者「それもそうだな」

少女「でもそんなものだよ、人生なんてものは」

勇者「そうなのか?」

少女「私もそうだったし、『あの人』もそうだった。ずっと迷い続けてた」

勇者「姫様もそうだったのか」

少女「『あの人』は泣いてばかりだった。でもね、絶対に立ち止まらなかった」



少女「悩んでばかりだったけど、それでも自分の信じた道を歩き続けた。
   私も彼女にならってそうしてきたつもり」

勇者「残りの時間も、そうやって生きていくのか?」

少女「まあね。ただ……」

勇者「?」

少女「少しだけペースは落ちるかもしれないけどね」

勇者「そっか」

少女「色々とお兄さんも考えているみたいだけど、それでいいんだよ」

勇者「……そうなのかな」

少女「私たちが歩く道は、ただまっすぐ伸びているわけじゃないんだもの」



勇者(そう言って魔王だった彼女は、なにかを懐かしむように目を細めた)





勇者(宮殿を出ると、薬師が出迎えてくれた)



勇者「お待たせ……あれ?  僧侶と魔法使いは?」

薬師「魔法使い様はサイクロプスの研究に駆り出されて、僧侶様は今回のことで報告へ行きました」

勇者「そっか。お前はこれからどうするんだ?」

少女「私?  私は頼まれた資料を取りに、もう一度魔界へ戻るよ……やだなあ」

勇者「めんどくさいのか?」

少女「そうじゃない。わりと感動的な別れ方をしてきたから、戻りづらい……」

勇者「……よくわかんないけど、そんなにイヤなのか」

少女「カッコつけたのが台無しになるからね」

薬師「……」

少女「なにか用かなお姉さん?」



薬師「あ、いえ……」

少女「そんなに熱心に見られると困っちゃうな」

薬師「失礼しました。その、綺麗な髪だなと思って」

少女「ありがとね。
   ……さて、そろそろ戻らないと。明日の朝に間に合わなくなっちゃう」

勇者「送ってこうか?」

少女「その必要はないよ。それに……」

勇者「それに?」

少女「そっちのお姉さんがなんだか、さっきから怖いからね」

薬師「……気のせいだと思いますよ」

勇者「ん?  まあ、そう言うならここでお別れか」

少女「じゃあね。がんばって前に進みなよ――勇者」

勇者「……おう!」





薬師「今日はもうこれで仕事は終わったので、よかったら一緒に食事どうですか?」

勇者「そうだな。行こうか」

薬師「はい。……あの、あの人となにを話していたんですか?」

勇者「魔王のことか?」

薬師「はい」

勇者「なんていうか……タメになる話、かな」

薬師「タメになる話ですか」

勇者「やっぱり長く生きている人ってすごいなあ、みたいな?」

薬師「……私も勇者様よりは長く生きていますよ」

勇者「それはそうだけど……あ、でもたしかに薬師はすごかったな」

薬師「え?」



勇者「薬師のおかげで、魔物に襲われた人たちみんな、助かったろ?」

薬師「あれは私の力だけではありませんよ。でも、ありがとうございます」

勇者「オレなんて慌てふためくことしかできなかったし、本当にすごいと思うよ」

薬師「そんなに慌てふためいていたんですか?」

勇者「見てなかった?」

薬師「それどころじゃなかったので……」

勇者「そっか……けど、カッコ悪かったし見られなくてよかったよ」

薬師「そうかもしれませんね」

勇者「でも、本当にすごいな薬師は。ああいう手当って経験積めばできるようになるのか?」

薬師「そうですね。私の場合、一時期は医者を志していたこともあったので」



薬師「それに、そういうことができなかったら、勇者様の護衛にも選ばれませんでした」

勇者「言われてみればそうだな。うん、今回のことで経験って大事なんだって思ったよ」

薬師「勇者様はこれからしていけばいいんですよ」

勇者「もちろん、これからの時間の中で色んなことを知っていくつもりだ」

薬師「色んなことを知る、ですか?」

勇者「そうだけど……どうした?」

薬師「知ることは大事だと思います。でも、知る必要のないことってあると思うんです」

勇者「知る必要のないこと?」

薬師「はい。知りたくないことや、経験したくないこと。
   もっとわかりやすく言えば、記憶から消し去りたいこと」

勇者「記憶から消し去りたいこと、か」



薬師「忘れられるなら、忘れたいってことありませんか?」

勇者「オレはないな。むしろどんなことでも覚えていたい」

薬師「……そうですか」

勇者「変かな?」

薬師「わかりません」

勇者「……すまん」

薬師「なんで謝るんですか?」

勇者「いや、なんとなく薬師の顔が怖かったから」

薬師「そうですか?
   じゃあ、この話はおしまい!  おいしいものを食べに行きましょう!」

勇者「へ?」

薬師「私、お腹すいてきちゃいました。早く食べに行きましょう」


勇者(そう言うと、薬師はオレの手を引いて歩き出した)


♪翌日



王「昨日でお前とは最後だと思ったんだがな」

少女「どの道、もう会うこともないし。最後に同胞の顔を見たくなったのよ」

王「……本当にすべてを放り投げちまうのか?」

少女「放り投げたんじゃない。託したのよ」

王「俺には違いがわからんな」

少女「……魔界に住む者たちは、皆私の子どもも同然。親から子へと使命を託したの」

王「自由奔放に生きてきた俺にはわからんな」

少女「そうかもね。……『勇者』をおねがい」

王「それはどっちの『勇者』だ?」



少女「…………もう行く。さようなら」

王「……さらばだ、姉弟よ」


王(改めて見ると、この女の後ろ姿は『災厄の女王』そっくりだな)

王(託す、か。本当なら自分でどうにかしたかっただろうに……)


王「寿命、か」





戦士「……んっ、さすがに疲れたな」

戦士(まあ、彼女には感謝しないとね)



少女『資料はこれですべてかな』

戦士『うわあ、すごい量だね』

少女『とは言っても、大半は関係あるかどうか、微妙な資料ばかりだけどね』

戦士『しかし、この量をどうやって運んだの?』

少女『転移用の魔法陣を使っただけだよ』

戦士『まあ、そうするしかないか』



少女『……ひとつ、私からも頼みたいこともあるんだけどいいかな?』

戦士『もちろん。できるかぎりのお礼はするつもりだよ』

少女『勇者のからだを一回検査してほしい』

戦士『え?』

少女『それだけでいい』



少女『私の勘違いかもしれない。けど、彼の力が弱まっている気がするんだ』

戦士『それはどういう……』

少女『わからない』

戦士『……なにか彼のからだにまずいことが起きているってこと?』

少女『そうとはかぎらない』

戦士『キミは彼の正体をどこまでわかっている?』

少女『ひとつ確かなのは、キメラ的な存在であるってこと』

戦士『それはボクも知っている。それ以外のことだよ』

少女『彼のからだから感じる力は、三つある』

戦士『三つ?』

少女『ふたりの勇者の力がふたつ。そして…‥魔王』



戦士『キミがかつて勇者くんから力を奪おうとしたのは……』

少女『そう、彼の中に眠る魔王の力を奪おうとしたから』

戦士『そして、勇者くんには八百年前の勇者としての記憶が断片的にある』

少女『でも、それ以外にも彼の中には眠っている力がある……かもしれない』

戦士『……うーん、困ったことに謎は増えていくばかりだ』

少女『勇者の正体ってそんなに重要なこと?』

戦士『え?』

少女『勇者はキミの仲間でしょ? それでダメなの?』

戦士『……そうだね。彼はボクらの仲間で友達だ』



少女『そろそろ行くね。若者よ、がんばってよ』

戦士『なにを?』

少女『なにもかも、だよ』



戦士(彼女がくれた資料のおかげだ)

戦士「勇者と魔王の仕組まれた争いの意味、見えてきたよ」





勇者「勇者と魔王の争いについて、わかったことがある?」

戦士「うん。すでに陛下には報告書を渡しておいた。
   で、キミらにも話をしていいという許可も出た」

薬師「真勇者様にも関係があることなんですか?」

戦士「おそらく」

僧侶「勇者と魔王は争ってきた。しかし、それは仕組まれていたって話だったが」

戦士「順に説明していく。まず最初に、この争いを仕組んだのは人間側なんだ」

勇者「勇者と魔王はどんどん強くなるから、世界を滅ぼさないように裏でつながってたんだよな」

戦士「そのとおりだよ」

薬師「裏でつながっていたのなら、どうして両者は争っていたのでしょうか?」

戦士「魔物は危険な存在だと、当時の人たちは教えこまれていたんだよ」

戦士「ましてその魔物の頂点に君臨する魔王は、人類にとって絶対的な敵だった」

戦士「魔王を殺さないと国民から不満が出る。国にとって国民の支持は必要なもの」

戦士「だから、どうしても勇者と魔王の争いはせざるを得なかった」



薬師「魔物側は人類に上手に篭絡されたってことですよね?」

戦士「そうなるね」

薬師「しかしなぜ、魔王は最初から勇者様を殺そうとしなかったのでしょうか?」

戦士「それをすると勇者が暴走する可能性があったんだ」

薬師「どういうことですか?」

戦士「もともと勇者の潜在能力は魔王を凌駕していた」

戦士「でも、勇者は自身の力を最初から上手に使うことができなかった」

僧侶「だから勇者に冒険を強いたのか」

勇者「その冒険で勇者を成長させて、力を扱えるようにしたんだよな」

戦士「当時の魔物たちっていうのは、魔王城のそばに生息するものほど強かったんだ」

魔法使い「……弱い魔物は、人類側へと押しやられていた」

薬師「勇者様たちが魔王城へと近づくごとに敵は強くなるってことですね」

戦士「そう。人類は魔物たちの秩序を上手に利用して、勇者を成長させたってわけ」



僧侶「力を制御しても、山一つ吹き飛ばしたりするのに……」

戦士「勇者の力が暴走していたら、と考えると怖いよね」

魔法使い「……そのための魔王城」

戦士「そうだね。魔王城を魔術によって堅牢に作ることで、被害を減らした」

勇者「そういや、魔王の側近の中には人間もいたんだよな。手記に書いてあった」

戦士「魔物側と人間側を行き来できる人間を作ることで、争いを起こしやすくしたんだね」

僧侶「……おかしくないか?」

戦士「なにがだい?」

僧侶「そこまで人間が魔物側に関わっていたなら、制圧することもできたんじゃないか?」

僧侶「魔王に姫を誘拐させて、魔物への敵意を助長させた理由もわからないし」

薬師「たしかに。勇者様を絶対に冒険させる必要はあったんですか?」

戦士「あったんだよ。人類を守るなんて、表向きの理由にすぎなかったんだから」



僧侶「力を制御しても、山一つ吹き飛ばしたりするのに……」

戦士「勇者の力が暴走していたら、と考えると怖いよね」

魔法使い「……そのための魔王城」

戦士「そうだね。魔王城を魔術によって堅牢に作ることで、被害を減らした」

勇者「そういや、魔王の側近の中には人間もいたんだよな。手記に書いてあった」

戦士「魔物側と人間側を行き来できる人間を作ることで、争いを起こしやすくしたんだね」

僧侶「……おかしくないか?」

戦士「なにがだい?」

僧侶「そこまで人間が魔物側に関わっていたなら、制圧することもできたんじゃないか?」

僧侶「魔王に姫を誘拐させて、魔物への敵意を助長させた理由もわからないし」

薬師「たしかに。勇者様を絶対に冒険させる必要はあったんですか?」

戦士「あったんだよ。人類を守るなんて、表向きの理由にすぎなかったんだから」



戦士「これは彼女が魔界からもってきた資料をまとめたものだよ」

戦士「冒険の書をはじめ、うちの国の資料には絶対に書かれていないことが載っていた」

勇者「歴代の勇者の、魔王を倒したそのあとについて?」

僧侶「これは……ほぼすべての勇者が戦争に駆り出されている……!」

魔法使い「…… なるほど」

戦士「今も昔もボクらの国は魔術大国として名を馳せている。それはひとえに戦争の勝利のおかげだ」

薬師「戦争の勝利の裏には、勇者様が存在していたってことですね」

戦士「勇者魔王の争いを仕組んだ目的」








戦士「それは――勇者という最強の人間兵器を作るためだったんだ」



僧侶「歴代の勇者は魔王を倒してから、ほとんどが十年も経たずに死んでいる。そのわけは……」

戦士「一説によれば、回復魔法の副作用と言われてるね」

戦士「戦争に参加していたってことは、やっぱり回復魔法は頻繁に浴びていたはずだよ」

薬師「じゃあ、その説じたいは間違ってないってことですね」

戦士「勇者の仲間もほとんどが戦争に参加していた。だから、回復役は絶対にいたはず」

勇者「……アイツが言ってたことは、こういうことだったんだ」

戦士「勇者くん?」

勇者「真勇者が言ってた。自分はピエロにすぎなかったって」

僧侶「ピエロ、か。たしかに当事者からすれば、そうなのかもしれないな」

勇者「勇者だから、きっと戦争からも逃げなかったんだろうな……」



戦士「……ひとつ、謎が解けたかわりに、実はもうひとつ謎が増えたんだ」

戦士「歴代の勇者には戦争参加以外にも、もうひとつ共通点がある」

魔法使い「全員、一度は教会のお世話になっている……でしょ?」

僧侶「……ほんとだ。全員、一度は必ず死んでいる」

戦士「そう、それが不思議で仕方がない。ひとりならまだしもねえ」

勇者「これも仕組まれていたってことか?」

戦士「断言はできない。
   けど、戦争の貴重な兵器を失うような真似をさせる理由が浮かばない」

戦士「たしかなのは真勇者は、なにかを知っている可能性があるってこと」

勇者「そういえば、アイツは過ちは今も続いているって言ってたな……」

戦士「もしかしたら、五百年間勇者が生まれなかったわけを彼は知っているかもしれない」

勇者「さらに真実を知るためには、アイツをつかまえなきゃいけないってことか」





??「今回もアテが外れましたね」

真勇者「……次の場所へ行くぞ」

??「やはり、もっと手がかりが必要なのかもしれませんね」

真勇者「なにかあるのか?」

??「前々から調べていることがあります」

真勇者「……」

??「それにグズグズしていると、敵に我々の目的を看破されるかもしれませんしね」

真勇者「……前回訪れた教会には、すでに警備兵がいた」

??「我々が教会を調べていることは、バレていると考えていいでしょうね」

真勇者「急がなければマズイか」

??「ええ。敵の捜査の手も厳しくなっていますしね」



真勇者「ひとつ聞いてもいいか?」

??「どうぞ」

真勇者「なぜお前は俺に協力する?」

??「私は間違いを是正したいだけです」

真勇者「……」

??「そして、その手段があなたの目的と一致しただけです」

真勇者「そうか」

??「私があなたに真実を教えたのも、私の目的を達成するためですから」

真勇者「……お前は何者なんだ?」

??「その質問にはお答えできません」

真勇者「どうしてだ?」

??「自分でも何者かわからないからですよ。あなたとちがってね」

真勇者「……。少し出てくる」



??「あの人もからだが動かせるときは落ち着きがない」

???「報告があります」

??「おや、戻りましたか」

???「はい」

??「で、いったいなにかあったんですか?」

???「実は……」






勇者「……なんで血を抜いたんだ?」

戦士「ギルドに所属する人は、血液検査を受ける義務があるんだよ」

勇者「へえ。なんか面倒だな」

戦士「魔法使いから、聞いておきたいことはないかい?」

魔法使い「……真勇者を追う旅をしていたときのこと、聞いておきたい」

勇者「旅のことなら、報告書出したぞ」

魔法使い「聞きたいのは、からだのコンディション」

勇者「そんなの覚えてないぞ」

戦士「勇者くんが健康管理をしているわけないよねえ」

勇者「うるせえ」

魔法使い「……薬師なら知ってるかも」



勇者「そういえば、真勇者を追ってたときは体調とかけっこう気にしててくれたな」

魔法使い「彼女に聞くべき」

戦士「そのほうが早そうだね」

勇者「なあ」

戦士「なに?」

勇者「真勇者のことはどうなったんだ?」

戦士「焦る気持ちはわかるけど、まだあれから三日しか経ってないんだよ?」

勇者「そうだけど」

戦士「それに、勇者くんは真勇者にコテンパンにやられたんだろ?」

勇者「……それは、まあ、ねえ?」

戦士「真勇者を発見しても、今のままじゃあやられちゃうよ?」

勇者「ぐっ……」



魔法使い「これ、貸してあげる」

勇者「なにこれ?」

魔法使い「……かつての勇者たちの戦闘記録」

勇者「へえ……勇者の戦い方とかが載ってるんだな」

戦士「魔王の持ってきてくれた資料なんだけど、なかなか興味深かったよ」

勇者「サンキュー。あとで読んでみるよ」

魔法使い「うん」

勇者「なんか今日の魔法使い、そわそわしてないか?」

戦士「あ、勇者くんも気づいた?」

魔法使い「……あとから、来客がある」

戦士「ちなみに誰が来るの?」

魔法使い「……竜人」



戦士「ああ、そういうことね」

勇者「どういうことだ?」

戦士「彼女の趣味だよ」

魔法使い「そういうこと」

勇者「だから、どういうことだよ。というか、いつの間に竜人と交流してたんだ?」

魔法使い「昨日」

勇者「ふうん。オレも竜人とは少し話したけど、アイツ、無口だよな」

戦士「勇者くんとちがってクールだよね」

勇者「へいへい。でも、無口な竜人と魔法使いがなに話すんだ?」

魔法使い「会話が目的じゃない」

勇者「じゃあなにするんだ?」

魔法使い「……彼のからだを観察させてもらう」






戦士「ボクは薬師ちゃんのとこ行ってくるから、お先に失礼するよ」

魔法使い「……バイバイ」

戦士「勇者くんもできるかぎり訓練しておくように」

勇者「おう、そのうちお前を打ち負かすためにガンバる」

戦士「ボク、おじいちゃんになるころには剣を手放してるよ」



勇者(……という、言葉を残して戦士は魔法使いの家を出ていった)



魔法使い「……時間ある?」

勇者「ん、なんだ?」

魔法使い「……本の整理を頼みたい」

勇者「いいけど、この部屋に本なんてほとんどないぞ」

魔法使い「今、出す」

勇者「へ?  ……うわああぁ!?」

魔法使い「ごめん。間違えた」



勇者「な、なんで急に床から大量の本が出てくるんだ!?」

魔法使い「……魔法陣で転送してきた」

勇者「ものがあんまりない部屋だなと思ってたけど……」

魔法使い「専用の書庫に移していただけ」

勇者「ていうか、すごい量だな」

魔法使い「……自分でも、そう思う」

勇者「これを整理するのか……」

魔法使い「ジャンルごとにわけてほしい」

勇者「……了解」





魔法使い「早い」

勇者「おう。この量をこんなに早く整理できるとは、自分でもびっくりだ」

魔法使い「……ありがと」

勇者「ただ、さすがに少し疲れたな」

魔法使い「おつかれ」

勇者「それにしても、部屋でも個性って出るんだな」

魔法使い「……?」

勇者「こっちに帰ってきてから、僧侶の家に一度だけ行ったことがあるんだ」

魔法使い「そう」

勇者「僧侶は几帳面なのな。部屋がすごいキレイだったんだ」

魔法使い「え?」



魔法使い「……彼女の部屋、キレイだったの?」

勇者「うん」

魔法使い「……部屋に入るとき、待たされたりしなかった?」

勇者「すごいな。なんでわかったんだ?」

魔法使い「女のカン」

勇者「女のカンか」

魔法使い「男には理解できないモノ」

勇者「男には理解できない、か。女って難しいよなあ」

魔法使い「……これで勉強する?」

勇者「この本は?」

魔法使い「僧侶が、私の家に忘れていった恋愛小説」



勇者(なぜかこの瞬間、魔法使いがニヤっとした気がした)





僧侶「くしゅんっ……失礼」

薬師「風邪、ですか?」

僧侶「体調管理には人一倍気をつけているつもりなのに……」

戦士「おっ。本当にこのカフェにいた」

僧侶「戦士……どうしたんだ?」

戦士「僧侶ちゃんも一緒なんだね」

薬師「こんにちは、戦士様」

戦士「ふたりで食事?」

僧侶「私は魔界の件で呼び出された帰り。薬師は昼休憩で、さっきたまたま会ったんだ」

戦士「ボクもご一緒していいかな?」

薬師「もちろんです」



僧侶「戦士」

戦士「ん?」

僧侶「私か薬師になにか用があるから来たんだろ?」

戦士「さすが僧侶ちゃん。実は薬師ちゃんに頼みたいことがあってね」

薬師「私でできることなら、なんでも頼まれますよ」

戦士「ありがとう。とは言っても、そんな難しい話じゃない
    勇者くんの冒険中の健康管理の記録とかってあったりする?」

薬師「はい、いちおう記録しておくように言われていたので」

僧侶「健康管理の記録って、勇者になにかあったのか?」

戦士「……魔法使いが彼の記録を見たいって言ってね。知的好奇心かな?」

僧侶「……そうか」

薬師「その記録、持ち出しに手続きがいるので時間を頂いてもいいですか?」

戦士「うん、手間をかけさせて悪いね」



戦士「それと、個人的なおねがいもあるんだけどいいかな?」

薬師「個人的なおねがい?」

戦士「キミが勤めている図書館から資料を引っぱってきたりとかできる?」

薬師「……ごめんなさい。それはさすがに私では……」

戦士「国立中央図書館の第三番館の資料は、外への持ち出しは禁止されてるもんね」

僧侶「職員が中身を見ることもできないと聞いたが?」

薬師「そのとおりです。そもそもあそこに保管されてるものは、紙媒体ですらないんです」

戦士「紙媒体じゃないって……あそこにある資料はどうなってるの?」

薬師「すみません。これ以上は……」

戦士「そっか」



戦士(あそこになんらかの手がかりがあると踏んでいたけど……)



女の子「あー!  シスターだ!」

戦士「ん?」

僧侶「こんにちは。あなたもここでお昼ご飯ですか?」

女の子「うんっ。シスターも?」

僧侶「ええ」

女の子「この前の変なお兄さんと今日は一緒じゃないんだね」

戦士「変なお兄さん?」

僧侶「えっと…‥あとで説明します」

女の子「さっきね、図書館の前で変な人がいたんだよ」

僧侶「変な人?」

女の子「うん。ずっと図書館の前でボーッとしてる男の人がいたんだ」



薬師「図書館の前でボーッとですか……」

僧侶「心当たり、ありますか?」

薬師「いいえ。少なくとも私は見てないです」

戦士「ていうかべつに、図書館の前でボーッとするぐらい、よくないかい?」

女の子「絶対におかしいよー」

僧侶「そうですね。おかしいかも」

薬師「じゃあ、あとで私が確認してみます」

女の子「ほんと?」

薬師「はい。私は図書館勤務なので」

女の子「おねがいっ。変な人がいたら、図書館行くの怖いもんね」





戦士「それにしても、一瞬でよくあんなにコロっと変われるもんだね」

僧侶「……まあな」

薬師「私も僧侶様の変化に驚いてしましました」

店員「お待たせしました。ストロベリーホイップクリームパンケーキになります」

薬師「あ、私です……どうかしましたか戦士様?」

戦士「いや、すごい量の生クリームだなと思ってね」

僧侶「ひと皿食べれば、その日はなにも食べれなくなるがおいしいぞ」

薬師「ふた皿ぐらいなら食べれちゃいますけど」

僧侶「……そうか」

戦士「ま、まあとりあえず、ボクもなにか注文しようかな」



戦士(このパンケーキをふた皿って……ボクなんて半分も食べれなさそうなのに)





勇者『どうやら、これで敵は片付いたみたいだな』

戦士『また俺の獲物を奪いやがったな』

勇者『いちいち魔物と戦う度に競う必要ないだろ』

戦士『俺にはあるんだよ』

魔法使い『はいはい。ふたりとも仲良くね』

僧侶『そうですわ。魔王の城はすぐそこです。気を引き締めましょう』

戦士『わぁってるよ!  まあでも、ようやくたどり着いたんだな』

勇者『そうだな。ここまで長かった』

魔法使い『ほんとだね。なんか感慨深いね』

僧侶『これからが本番ですけどね』



勇者『そうだ。俺たちで魔王を倒して姫様を取り返す』

戦士『言われるまでもねえよ』

僧侶『魔王は私たちの宿敵ですからね』

魔法使い『そうね。必ず倒さなきゃ』

勇者『…………』

魔法使い『どうしたの勇者?』

戦士『まさかここに来て、ビビってんじゃねえだろうな?』

勇者『ちがう。ひとつ、みんなに言っておこうと思ったんだ』

僧侶『道具の確認とかでしょうか?』

勇者『いや、そんなことは今さら言うまでもないだろ?』

戦士『あたりめえだろ』

勇者『おそらく、魔王城に行けば話している余裕もないだろうしな』



勇者『ここまで色々ありがとう』

魔法使い『勇者、急にどうしちゃったの?』

戦士『まだ魔王倒してねえのに、礼言うなよ』

勇者『そうなんだけど、どうしても今のうちに言っておきたかったんだ』

僧侶『勇者様……』

勇者『魔王を倒して、姫様を連れ戻して、必ず生きて帰るぞ』

戦士『おう!』

魔法使い『もちろんっ!』

僧侶『はいっ!』



勇者「……夢、か」


勇者(ここんとこ、この類の夢はずっと見てなかったのにな)

勇者(ていうか、いつの間に寝たんだろ)

勇者(魔法使いの家を出て、それで宿舎に帰ったんだよな)

勇者(たしか魔法使いから借りた、恋愛の本を読んで……)

勇者(そこから記憶がないから、そこらへんで寝たのか)


勇者「とりあえずからだ動かすか」





勇者「竜人?」

竜人「……勇者殿か」

勇者「なんで宿舎の庭に竜神がいるんだ?」

竜人「こちらに滞在中は、この宿舎の一室を借りることになってます」

勇者「なるほど。そういえば、魔法使いには会ったか?」

竜人「……!」

勇者「どうした?  急に顔色が悪くなったぞ」

竜人「……あれは恐ろしい女だ」

勇者「へ?」

竜人「人間に畏怖の感情を抱いたのは初めてでした」

勇者「なにされたんだ?」

竜人「……言いたくありません」



勇者「そんなにアレだったのか」

竜人「……ええ」

勇者(なにやったんだ、魔法使い)

竜人「勇者殿は今までなにをしていたのですか?」

勇者「恋愛小説読んでたら寝ちゃって。今起きたところ」

竜人「恋愛小説?  アレは男が読むものなのですか?」

勇者「正直言ってオレにも全然内容がわか……」



女の子『恋愛における心の機微とか、お兄ちゃんには理解できないかもね』



勇者「……」

竜人「勇者殿?」

勇者「……いや、アレは奥が深いよ。うん」



竜人「はあ」

勇者「ココロノキビ?  あー、なんていうか、とにかくそんな感じの勉強になるね」

竜人「ほう。そうなんですか」

勇者「キミも読んだほうがいいぞ?」

竜人「そうかもしれませんね」

勇者「うんうん、読んだほうがいい」

竜人「よく妻に言われますしね、デリカシーがないと」

勇者「そうそう……って、つ、妻?」

勇者「奥さんがいるのか?」

竜人「はい」



勇者「妻がいるってことは……恋愛の経験があるってこと?」

竜人「当然でしょう。そこそこの交際期間を経て、結婚しましたから」

勇者「……へえ」

竜人「しかし最近はいささかギスギスしているというか……」

勇者「……」

竜人「アドバイスがあるのなら是非聞きたいですね」

勇者「え?  ぁ、ぅん……」

竜人「勇者殿、汗がすごいが大丈夫ですか?」

勇者「だ、大丈夫。やっぱりさ、夫婦のことは夫婦で解決しなきゃ……じゃない?」

竜人「さすがは恋愛に熟知している勇者殿だ。そのとおりですな」

勇者「あ、あはは……」



勇者「ち、ちなみに奥さんとの恋愛は楽しかった?」

竜人「まあ、特に最初は。アタックされる側でしたしね」

勇者(なんだよ、アタックって。恋愛って過激なのか?)

竜人「妻には、クールなところに惚れたと言われました」

勇者「クールか」

勇者(戦士にはクールじゃないとか、馬鹿にされることがあるなオレ)

竜人「口下手なのを、そういうふうに捉えられて最初は困りましたけどね」

勇者「なるほど。そうかそうか。それじゃあ修行するかなあ」

竜人「話の途中じゃないですか」

勇者「恋愛っていうのは、一朝一夕ではどうにもならないのさ。
    だから今は修行するんだよ」

竜人「イマイチ理解できませんが、アドバイスのお礼に付き合いましょうか?」

勇者「ああ、頼む」

勇者(クール、か)






戦士「特にあやしい人は見当たらないけどね」

女の子「私がカフェ行くまではいたのに」

僧侶「また今度調べてみましょう。今日は、帰りましょう?」

女の子「……うん」

薬師「私がいちおう職員に聞いておくので、安心してください」

女の子「おねがいね、お姉ちゃん」

僧侶「では、私とこの子はこれで失礼します」

戦士「うん、まったねー」



薬師「僧侶様にも戦士様にも、結局ついてきてもらっちゃいましたね」

戦士「気にしなくていいよ。もう一度ここに来るつもりだったし」

薬師「図書館には入れませんよ?」

戦士「わかってるよ。やっぱり侵入は不可能みたいだね、これ」

薬師「物騒なこと言わないでください」

戦士「冗談じゃないとしたら?」

薬師「万が一、侵入できても資料の持ち出しは不可能ですよ?」

戦士「それなんだよね。こんな立派な建物なのに、出入り口が一箇所しかないなんてね」

薬師「その唯一の出入り口には腕利きの警備の方もいます」

戦士「警備の無効化も無理っぽいし、できても次の対策も打ってありそうだね」

薬師「しかも、極めつけは魔術があの空間では使えないってことです」



戦士「魔術プロテクトだね」

薬師「ひょっとしたら武器に魔力を流しこむぐらいなら、できるかもしれませんが」

戦士「そんなことができても意味はなさそうだ」

薬師「焼け石に水でしょうね」

戦士「なるほど。こっちからのアプローチはあきらめるしかないか」

薬師「ええ」

戦士「けど、真勇者と例の宗教グループは必ず捕まえてみせる」

薬師「足がかりになりそうなものはあるんですか?」

戦士「……今のところはないに等しい。
   しかも、敵にこちらの情報が漏れている可能性がある」

薬師「なんだか、状況がかえって悪いような気がしますけど」

戦士「そんなことはないよ。情報が漏れる場所があるなら、そこから敵をたどればいい」

薬師「なるほど」





戦士『――真勇者と例の宗教グループは必ず捕まえてみせる』


??「……だ、そうですよ」

?「腹が立つねえ。あの戦士」

??「勇者パーティの中では一番のキレ者で、厄介かもしれません」

?「いずれは先手を取られる可能性があるかもねえ」

??「しかもタチが悪いことに腕も悪くない」

?「キレ者ねえ。私はああいう調子に乗ってるヤツが、とても気に食わない」

??「見た目や言動に騙されてませんか?  あの戦士、スキがありませんよ」

?「ならば、そのキレ者ができなかったことをしてやろう」

??「ようやく手はずが整ったのですか?」

?「ああ。あの中央図書館から例の資料を奪う」

??「間違ってもしくじらないようにお願いしまよ」

?「ふん、誰に向かってものを言っている」


♪二日後



勇者「珍しいな。お前がオレをランチに誘うなんて」

戦士「そうだね」

勇者「いやあ、でもさっきまで訓練してたから腹減ったな」

戦士「先にメニュー選んじゃいなよ」

勇者「おう。でもはじめて来る店だからよくわからないな」

戦士「量が一番多いのは、Bランチだよ。ていうかそれにしなよ」

勇者「おいしいのか?」

戦士「勇者くんは量が多ければ、味なんて気にしないでしょ?」

勇者「そんなことねえ……」

勇者(……っと、クールにいかなきゃな)

勇者「……ふっ、そんなことないぜ」

戦士「ん?  ……まあいっか」



勇者「それで、オレを呼び出した理由はなんだ?」

戦士「今後の方針について話しておこうと思ってね」

勇者「今後の方針?」

戦士「真勇者とその仲間をどう捕まえるか、って話」

勇者「なにか対策があるのか?」

戦士「いや、正直今は対策らしいものはないよ」

勇者「教会の警備はさせてるんだよな?」

戦士「だけど、全部じゃない」

勇者「どうして?」

戦士「数が多すぎるからだよ」



勇者「そんなにあるのか?」

戦士「半分以上は機能していないけどね」

勇者「そうなのか」

戦士「それに、市警軍では真勇者やその仲間の連中を捕まえるのは不可能だ」

勇者「どうして?」

戦士「戦力としては弱すぎるし、その市警の中に敵が潜伏しているかもしれない」

勇者「そうか、下手したらオレたちの身近にいる可能性もあるもんな」

戦士「……おかしいな」

勇者「なんかあったのか?」

戦士「実は薬師ちゃんにもここに来てもらうように言ってたんだけど」

勇者「薬師が遅刻なんて珍しいな」



戦士「それに、街の様子が変じゃない?」

勇者「言われてみると、なんか騒がしいような……」

戦士「とりあえず店を出ようか」

店主「あれ?  兄ちゃんたち帰っちゃうの?」

戦士「ちょっと野暮用を思い出してね」

店主「なんだよ、もうランチできちゃうよ」

戦士「そうなの? バイトの子のまかないとして出してあげれば?」



「お、おい!  やべえぞ!」

「中央図書館で爆発事故があったってよ!」



勇者「戦士!」

戦士「……急ごう!」





勇者「な、なんだよこれ……」

戦士「……」



勇者(国立中央図書館、第三番館は一部が火事になっていた)



勇者「この死んでる魔物たちは……」

戦士「キミっ!」

   「戦士殿! ご無沙汰しており……」

戦士「挨拶はいい。なにがあったのか教えて欲しい」

   「私も完全に状況を把握しているわけではありません。ただ……」


勇者(突然街に現れた巨大な魔物が、図書館を襲い始めたらしい)

勇者(たまたまギルドの連中がその場にいて、なんとか仕留めることに成功したらしい)



戦士「図書館の職員の避難は?」

   「おそらく、完全に終わったと思います」

戦士「ありがとう。街の住人の避難と消火作業を引き続き頼んだ」

   「了解です!」

戦士「ボクらも住人の誘導を……勇者くん?」

勇者「あれ、職員の人たちか?」

戦士「それがどうしたの?」

勇者「薬師がどこにも見当たらない。戦士が指定した時間にも来てないんだろ?」

戦士「念のために聞いておこうか」



戦士「第三番館に勤務している薬師がどうなっているかわかる?」

職員「あなたは……?」

戦士「彼女の知り合いだ」

職員1「……そういえば、見てないな」

勇者「薬師は今日、働いてたのか?」

職員2「え、ええ……そうです」

職員3「我々も逃げるのに必死だったもので……」

戦士「勇者くん、警備兵に聞いたほうが早いかもしれない」

勇者「そうだな」



勇者「あの、すみません!」

警備兵1「なんだキミたちは」

勇者「えっと……薬師っていう髪が長くて小柄で、その……」

戦士「ここの職員が全員きちんと避難したかどうか、確認できる?」

警備兵1「いや、まだゴタゴタしていて確認は取れてないが……」

戦士「リストみたいなのあるでしょ?」

警備兵2「今日の勤務リストがここにある。名前はなんて言った?」

勇者「薬師!」

警備兵2「…………まだ、ここから出ていない」

勇者「ほかの出口から脱出したとかは!?」

戦士「それはありえない。第三番館の出入り口はここしかないんだ」



勇者「じゃあまだ中にいるかもしれないってことか!?」

戦士「……おそらく」

勇者「中に入らせてくれ!  仲間がいるかもしれないんだっ!」

警備兵1「……どうする?」

警備兵2「…………」

勇者「どうなんだよ!?  通さないって言うなら……!」

警備兵「入ってもいい」

勇者「本当か!?」

警備兵「ただし職員をひとり、つれていけ」

勇者「ありがとう! 戦士、急ぐぞ!」





戦士「……これが第三番館」

勇者「なに口ポカンと開けてんだ。急がないと!」

戦士「わかってるよ。ちょっと様子を見てたのさ」

勇者「見た感じ、なんにもないだろ」

戦士「この館はとても丈夫に作られてるみたいだね。彼女がどこにいるかわかる?」

職員「ええ。こちらになります」


勇者(オレたちは薬師がいるところへと案内してもらった)


勇者「この部屋に薬師がいるのか?」

職員「そうです」

勇者「ぐっ……重い! なんだこの扉?」

職員「すべての部屋の扉は非常に頑丈な作りになっています。なので……」

勇者「薬師!  おい、薬師!  おいっ!」



戦士「……これだけ乱暴に扉を叩いてるのに、反応がないなんて」

勇者「ほんとにここであってるのか!?」

職員「そのはずです……」

戦士「それにここに来るまでに、扉が閉まっていた部屋はここだけだったけど」

職員「ええ。本来ならこの時間帯は、扉を閉めたりはしないはずなんですが」

勇者「なんでだ!  どんなに引っ張ってもこの扉、開かないぞ」

戦士「鍵がかかってるの?」

職員「中からは鍵はかけられません。だいたいここの鍵は南京錠ですし」

戦士「その南京錠はどこにある……って、まさかこれ?」

職員「それです」

戦士「大きいな。でも魔術が使えないここでは、シンプルな鍵のほうがいいかもね」



勇者「くそっ!  どうなってんだ!?」

戦士「勇者くんの力でも開けられないなんて……」

勇者「さっきから反応がない。本当にここに薬師がいるのか?」

職員「お、おそらく」

戦士「ちなみにここの扉が横引きなのは、わかってるよね?」

勇者「さすがにわかるわ!」

戦士「……ここの扉を破壊するっていうのはダメかな?」

職員「え!?」

戦士「さっさとこの扉を破壊して、中を確認したほうがいい気がするんだ」

勇者「オレもその案に賛成だ」



職員「で、ですがそれは……」

戦士「責任はこちらの彼がとるから大丈夫」

勇者「おう。なにか言われたらオレがやったって言え」

戦士「…………。このように勇者くんも言っているわけだしさ」

職員「しかし……」

戦士「人の命がかかってるんだけど?」

職員「わ、わかりました……」

戦士「ありがとう。けど……無理か」

勇者「なにが無理なんだ?」

戦士「魔術を使うのが、だよ」



戦士「全然魔力を操ることができない」

勇者「なんで!?」

職員「魔術による窃盗などの防衛策として、プロテクトがかかっているんです」

勇者「ぷ、プロテクト?」

戦士「ようはこの空間では一切魔術が使えないってこと」

勇者「こんな分厚い扉を、魔術なしで壊さなきゃいけないのか」

戦士「それどころか魔力を操ることも……いや、それならできるかも。勇者くん」

勇者「おう」

戦士「剣に魔力を流しこむぐらいなら、できるかもしれない」

勇者「やってみる」



勇者「……っ!  魔力が上手く操れない」

戦士「やっぱりこの空間では難しいか……」

勇者(だけど、こうしてる間にもひょっとしたら薬師は……!)

勇者「――っ」

戦士「扉に触れてどうするんだ?」



勇者(集中しろ。扉に魔力を流しこんで破壊する……自分の全魔力をぶつける感覚……!)



戦士「……!  勇者くん、それならいけるっ!」

勇者「――うおおおおおおぉっ!」


勇者(扉に亀裂が走る。そして)


戦士「よし!  あとは蹴りでいっちょあが……」

勇者「なっ……」



勇者(粉々に壊れた扉の先にあった部屋)

勇者(そこでオレたちが見たのは……)

勇者「あ、あぁ……」



薬師「……」



勇者(部屋の床に散らばる髪。赤い血。鉄の匂い)



勇者「な、なんだよこれ……」



勇者(オレが見たのは、長い髪を切り裂かれて、血だらけで横たわっている薬師だった)





勇者(なにが起きているか、オレには理解できなかった)

勇者(薬師が死んでいる?)

勇者(薬師――)



戦士「勇者!!」



勇者「……!」

戦士「出血はひどいけどまだ息はある!」

勇者「ぁ、あぁ…………た、助かるのか……」

戦士「ボサッとするな!」


勇者(そうだ、なにをやってるんだ!  薬師を病院へ運ばないと……)





勇者『気絶した人の運び方?』

薬師『ええ。今後、真勇者様を追うときに必要になってくる知識だと思うんです』

勇者『そうなの?』

薬師『おそらくこのパーティでも、負傷者は出てくるでしょうし』

勇者『コイツらみんな強いのに?』

薬師『相手はもっと強いでしょう?』

勇者『そっか。でも、人の運び方にも決まりみたいなのがあるんだな』

薬師『搬送の仕方ひとつで、助かる命が助からなかったり……その逆もあります』

勇者『そうだな。目の前で人が死ぬのはつらいよな』

薬師『ええ。助けられる命なら、絶対に助けたいです』

勇者『薬師。じゃあ、搬送の仕方を教えてくれ』

薬師『はい』








警備兵2「……どうした、なにがあった?」

勇者「仲間が誰かに襲われたんだ!  一番近くの病院はどこ!?」

警備兵1「待て」

勇者「なんだ!?  早く病院へ運ばないと……!」

警備兵1「ここを出るには、所持品検査が必要だ」

勇者「人の命がかかってんだぞっ!  そんなことしてる場合かよ!」

警備兵1「人の命以上に重要なものがここにはあるんだ」

戦士「勇者くん。ボクらは所持品検査を受けよう」

勇者「な、なに言ってんだ!?」

戦士「その代わり、誰でもいいから彼女を病院へ搬送してくれ」



警備兵1「どうします?」

警備兵2「……一刻を争う事態だ。いいだろう」

戦士「ありがとう、助かる」



勇者(薬師は職員の方たちに搬送されていった)

戦士「さっさと検査するなら、してくれるかい?」

勇者「そうだ。オレたちも薬師のとこへ……」

戦士「ちがう。彼女のことは病院側にまかせるしかない」

警備兵1「……手を挙げろ」



勇者(オレたちは持ち物検査を受けて、なにも持っていないことを証明した)

勇者「病院へ行かないなら、どうするんだよ!?」

戦士「キミの気持ちはわかる。けど、魔物を調べなければいけない」



戦士「次の犠牲者を出すわけにはいかないしね」

勇者「…………わかった」

警備兵2「待て。中でなにがあった?」

戦士「ボクらの同行者である彼から聞くっていうのはダメ?」

職員「え? わ、私ですか……」

警備兵2「お前たちは重要参考人だ。全員に聞くに決まっているだろ」

勇者「オレたちが行ったときには薬師は……!」

警備兵2「無実証明がしたいなら、状況をきちんと説明しろ」

戦士「仕方ないね」


勇者(戦士は言われたとおり、警備のオッサンに状況を説明した)



警備兵2「お前たちが駆けつけた時点では、扉は閉まっていたんだな」

戦士「しかもそこは、いわゆる密室だった」

警備兵2「……これから図書館の職員にも、話を聞く」

勇者「アンタらで実際に現場を見にいかないのかよ?」

警備兵2「あそこに入れるのは、限られた人間だけだ。我々も例外じゃない」

勇者「こんなときまで?」

警備兵2「こんなときだからだ。それに、こんなことは前代未聞だ」

戦士「前代未聞ねえ」

警備兵2「とにかくお前たちはここで……」



勇者「ちょっと待った。アレ……」

戦士「え?」


 不意に白い光が、勇者たちの目の前で爆ぜる。魔法陣のそれだった。
 視界がもとに戻った時には赤いウロコの大蛇が出現していた。



戦士「……フレイムドラゴンか」

勇者「ドラゴン?  蛇だろ?」

戦士「ああだ名だよ。火を吐くから気をつけたほうがいい」

警備兵2「魔法陣……なぜこんな場所に」

戦士「とりあえず、コイツを片付けよう」

勇者「ああ」



勇者(ん?  なんか強烈な視線を感じるような……アレは……)



勇者「戦士、あのでっかい蛇の背後」

戦士「……赤いローブだねえ。ずいぶんと目立つなあ」

勇者「今回のことに関係あるんじゃないか」

戦士「十中八九、あると見て間違いないと思うよ」

勇者「……! 赤ローブのヤツ、逃げたぞっ!」

戦士「……」

勇者「くそっ、あの蛇さえいなければすぐに追えるのに!」

戦士「ドラゴンはここにいる人たちにまかせよう」

勇者「大丈夫なのか?」

戦士「彼らだってギルドの一員だ。頭数もそろってる、なんとかなるよ」



警備兵2「お前たちどこへ行く気だ?」

戦士「今回の魔物騒動の犯人と思わしき人間がいたんだよ」

警備兵2「根拠はなんだ?」

戦士「悪いけどそれは説明できない」

警備兵2「なに?」

勇者「説明はあと!  早くアイツを追うぞ!」

戦士「ボクらは逃げたりしないから安心しなよ!」

警備兵2「おいっ!  お前らっ……!」



勇者(オレと戦士は、蛇を避けて赤ローブを追った)

勇者(背後で警備のオッサンがなにかを言っていたけど、もちろん無視した)





戦士「勇者くん。先に言っておく」

勇者「なんだ?」

戦士「おそらくこれは陽動の類だ」

勇者「敵の罠ってことか」

戦士「そうだ。だから場合によっては逃げるからね」

勇者「だけど、逃げてどうすんだよ?」

戦士「さすがのボクでもすぐには浮かばないよ」

勇者「もしかしたら、薬師を襲ったのは赤ローブの連中かもしれないんだ……」

戦士「ボクも勇者くんと同じ考えだ。だけど冷静に対処しないと、ボクらも危険だ」

勇者「……わかってる」

戦士「見えた!」


 ようやく赤いローブを視界にとらえる。
 戦士は敵の背中へ目がけて、青い炎を飛ばした。



?「ふっ、ようやく追いついたか」

戦士「悪いけど、つかまってくれないかな?」

?「どうしようねえ」

勇者「……お前か、薬師を殺そうとしたのは?」

?「あれ?  彼女死んでないの?  おかしいなあ」

勇者「……」

?「まあ私も人間だ。もしかしたら良心が、彼女の死を引き止めたのかもねえ」



勇者「――ふっざけるなああああぁっ!」



戦士「よせっ!  迂闊に……」

?「予想通りすぎる反応だ。つまり、攻撃はとおらない」

勇者「ちっ……!」

ゴーレム「……うぅぅ」



戦士「また魔法陣で魔物を呼び寄せるやり方か。芸がないんじゃない?」

?「身を助けるのは芸じゃない。確固たる戦術だ」

勇者「いいかげん、この展開は飽きたんだよ!」

?「そう?  まあせいぜいがんばってくれよ。私は帰る」

勇者「……逃げられた」

戦士「しかも敵の置き土産は土の魔物ときた。最悪だね」

勇者「だけどこの数なら、倒せる!」

戦士「そうだね。さっさと終わらせよう」

勇者「いくぞゴーレムっ!」





戦士「ずいぶんと時間を食ったね」

勇者「ああ」



勇者(オレと戦士はゴーレムを倒し、街へと戻る道を走っていた)

勇者「結局アイツはなにが目的だったんだ」

戦士「ボクらを殺すための陽動にしては、中途半端だったしね」

勇者「街から遠ざけたかったとか?」

戦士「なんのために?」

勇者「知らん」

戦士「はあ……けど、なにかイヤな予感がする」

勇者「不吉なこと言うなよ」

戦士「仕方ないでしょ。胸騒ぎがするんだから」



警備兵2「戻ってきたか」

戦士「なんとかね」

警備兵2「その様子を見るかぎり、成果はなかったようだな」

戦士「ボクたちにもよくわからないんだよ」

勇者「つか、取り調べが終わったなら、病院へ行きたいんだけど」

警備兵2「ノコノコ戻ってきてなにを言うかと思えば、そんなことか」

勇者「……?」

警備兵2「よく逃げなかったな」

戦士「……どういう意味?」

警備兵2「お前たちに報告するべきことが、三つある」



勇者「報告するべきこと?」

警備兵2「ああ」

戦士「さっさと教えてくれない?  こっちも暇じゃないんだよ」

警備兵2「そうか。だったらまずひとつ、図書館の資料が盗まれた」

戦士「……なんだって?」

警備兵2「ふたつ目。ここから一番近い病院が、何者かによる襲撃を受けた」

勇者「……うそだろ?  や、薬師は!?  薬師は無事なのか!?」

警備兵2「さらわれたそうだ」

勇者「…………え?」

警備兵2「詳細はまだ不明だ。だが、何者かによってさらわれたらしい」

勇者「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」



戦士「……三つ目は?」

警備兵2「三つ目か。三つ目は……」

勇者「そんなことより、敵を追わないとっ!」

警備兵2「……お前がか?」

勇者「当たり前だろうが!  薬師は重傷だったんだぞ!  早くしないと……」

警備兵2「すでにギルドの者が追跡してる。それに、お前はなにもできない」

勇者「どういうことだ!?」

戦士「……そういうことか。やられたよ」

勇者「なにがだよ!?」

警備兵2「三つ目は、お前たち自身に関わることだ」



警備兵2「――お前たちふたりを、殺人未遂容疑で逮捕する」





戦士『まさか一年で二回も牢屋に入れられるなんてね』

勇者「意味がわかんねえ。なんでオレたちが薬師を襲った犯人されてんだ!?」

戦士『ハメられたね。完全に』

勇者「敵の罠にハマったってことか?」

戦士『うん。まあ、どこまでが罠だったのかはわからないけど』

勇者「あの赤ローブの陽動も、このための罠だったのか?」

戦士『おそらく。まあけど、慌てることはない』

勇者「お前って本当にいつでも余裕だな」

戦士『いや、正直今回はそこまで余裕はないよ』

勇者「そうなのか?」

戦士『うん。ただ、うろたえるボクなんて見たくないでしょ?』



勇者「いや、個人的には一度ぐらい見てみたい」

戦士『ボクが慌てふためくことがあっても、勇者くんは見れないよ』

勇者「なんでだ?」

戦士『そのときには、勇者くんも驚きすぎて目が飛び出ちゃうからね』

勇者「どういう意味だよ」

戦士『そういう意味さ。まあ、今回はそうはならないだろうけど』

勇者「なにか脱出のプランでもあるのか?」

戦士『そんなものはないけど、申し開きの機会はあるでしょ。
   不幸中の幸い、ボクらが第三番館に入ったときは職員も一緒だったでしょ?』

勇者「そうか!  そいつにオレたちの無実を証明してもらえばいいのか」

戦士『無実を証明できるかは、微妙だけどね』



勇者「なんで?」

戦士『グルだとか言われたら、それまでかもしれない』

勇者「そんなことある……」


キイイイィ……


警備兵2「独房の居心地はどうだ?」

戦士『最悪だね』

勇者「……つうか、アンタ、図書館警備が仕事じゃねえのかよ?」

警備兵2「ずっと突っ立ってると腰に来るんでね」

戦士『ボクらが重要参考人から、容疑者になったわけを聞きたいんだけど』

警備兵2「とぼけたって無駄だ」

勇者「なにもとぼけてねえよ!」



戦士『申し開きの機会が欲しいんだけど』

警備兵2「ほう」

戦士『第三番館に入ったとき、ボクらには同行者がいた』

警備兵2「ああ、彼のことを言っているのか」

戦士『彼がボクらの無実を証明してくれるはずだ』

勇者「そうだそうだ!」

警備兵2「それは無理な話だ」

戦士『彼もグルだとでも言いたいのかい?』

警備兵2「ちがう。死人はなにも語らないからだ」

勇者「死人って……」

警備兵2「お前たちの同行者は殺害されたからな」



?*




?m?*?u?Eメ?*?**m?*?A?*?A?*?*?*?*?I?H?v

???@*g?*?u?c?c?**t?**E?l?*???*?e?^?*?v

?m?*?u?*?*?*?*?*?*?*?I?H?v



?m?*?i???@*g?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?\?\?j

?m?*?u*??*?*?*???*?e?^?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?c?c?v

?m?*?u???*?*?*?*?*?A?a?@?**P???*?*?*?**t?*?*メ?*?*?A?*?*?*?*?*?v

???@*g?*?u?a?@?*?*?*?**?*?*?*?A?*?*?*?*?*?*?*?*?*?c?c?v

?m?*?u?*?*?*?*?*?**E?l?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?v

???@*g?*?u?c?c?v

?m?*?u?*?*?*?**???*?*?*?*?*?H?v








僧侶「勇者と戦士が、つ、捕まった!?」

魔法使い「……薬師の殺人未遂の容疑で」

僧侶「どういうことだ!?」



僧侶(魔法使いのとつとつとした語りをまとめると――)

僧侶「資料の窃盗の容疑までかけられてしまい……」

僧侶「挙句の果てに、病院は襲撃されて薬師は何者かに連れ去られた」

魔法使い「病院の件も下手したら、あのふたりのせいに……」

僧侶「あのふたりが殺人なんてするわけがない」

魔法使い「……」

僧侶「そもそも証拠はあるのか?」



魔法使い「……職員以外で、第三番館に入ったのは、あのふたりのみだった」

僧侶「それだけ?」

魔法使い「図書館から出たのち、一度あのふたりは『逃亡』したらしい」

僧侶「一度逃亡した……?」

魔法使い「逃亡したと思われた。しかし、のちに戻ってきた」

僧侶「メチャクチャだ。意味がわからない」

魔法使い「それから、赤いローブの目撃証言がある」

僧侶「赤いローブ?」

魔法使い「うん」

僧侶「勇者と戦士は敵にハメられたってことか?」

魔法使い「ありえる」



僧侶「たしかに言われてみれば奇妙だ」

僧侶「そもそも、第三番館にあのふたりはどうやって入ったんだ?」

魔法使い「……図書館職員をひとり、同行させた」

僧侶「いくら非常事態だったからって、それだけであそこに入れたのか?」

魔法使い「げんに入って捕まっている」

僧侶「だったらその同行者が証言すれば、無実を証明できるんじゃないか?」

魔法使い「同行者は、殺害された。
     あのふたりが街を出ている間に、その同行者は消えた、らしい」

僧侶「……。
   勇者と戦士は赤ローブを発見して追ったのかも」

魔法使い「おそらく、そう」



僧侶「こうは考えられないか?」

僧侶「赤ローブは単なる陽動で、ふたりを誰にも目撃されない状況を作った」

魔法使い「……そして、唯一、無実証明ができる、職員の口を封じた」

僧侶「陛下ならこの状況をどうにかできないか?」

魔法使い「……陛下は公務で、ここをはなれている。それに」

魔法使い「陛下が敵でない、という保障はない」



僧侶(私は思わずベッドの上に座りこんでしまった)



魔法使い「……大丈夫?」

僧侶「ごめん……腰がぬけた」



僧侶「考えが甘かったのかもしれない」

魔法使い「……」

僧侶「少しずつでも敵を追い詰めている気がしていた」

魔法使い「怖いの?」

僧侶「少し。いや、少しじゃないか」

魔法使い「……私も、ちょっと、怖い」

僧侶「だけど、私たち以外では、あのふたりを助けられないかもしれない」

魔法使い「これから、どうする?」

僧侶「私たちはすでに腹の中で、敵を飼っていた可能性がある」

魔法使い「うん」

僧侶「……こんな状況で、いったいどうしろっていうんだ?」








勇者「味方側に敵がいる?」

戦士『ほぼまちがいなくね』

勇者「どうしてそう言い切れるんだよ?」

戦士『今思うと、ボクらはあっさりと第三番館に入れた』

勇者「そういや、あの警備兵のおっさんが通してくれたんだよな」

戦士『それに、薬師ちゃんが病院から連れ去られたことも、だ。
   敵は初めから薬師ちゃんを殺すつもりではなかった』

勇者「だったらなんで……」

戦士『こうしてボクらを捕まえるためかな。あの陽動も含めてね』

勇者「……全然オレには状況が理解できねえよ」

戦士『不本意ながら、今回はボクも同じだ』



戦士『ホント、最近はなにやっても上手くいかなくて困るよ』

勇者「戦士?」

戦士『演劇と一緒だ。演者や演出家だけが相手かと思ってたら。
   実際には相手にするものが多すぎてね』

勇者「なんの話だよ?」

戦士『気づくと自分の理想や描いてきたものとは、まるでちがうものになっている』

勇者「……」

戦士『まあ、うまくいかないのは珍しいことではないけどね』

勇者「……」

戦士『ごめん、単なる愚痴だ』

勇者「……まだだったな」

戦士『え?』



勇者「約束しただろ?  お前の脚本作りにいつか協力するって」

戦士『そうじゃん。まだ勇者くん、ボクとの約束を守ってないじゃん』

勇者「おう」

戦士『ボクひとりじゃあ、勇者くん主役の物語を書くのは難しいからね』

勇者「やっぱりオレのすごさを再現するのは難しいかあ」

戦士『……勇者くんは動物の気持ちがわかるかい?』

勇者「なんだ薮から棒に。わかるわけないだろ」

戦士『ボクも勇者くんの思考回路がわからないんだよ』

勇者「……お前、オレを動物並みにバカだって言ってんのか?」

戦士『さすがにそれは失礼だったね。動物に』

勇者「おいっ!」



勇者「ていうか僧侶や魔法使いとの約束も、結局果たせてないな」

戦士『魔界から帰ってきて、すぐに真勇者捕獲任務についたからね』

勇者「オレも戦士も、なんでこんなとこにいるんだろうな」

戦士『おや、さすがの勇者くんもちょっと弱気かい?』

勇者「……お前もさっき愚痴ってただろ」

戦士『まあね』

勇者「ここをなんとかして出なきゃいけないんだ。薬師も助けないと……」

戦士『そのとおりだ。だけど、どうするかなあ』

勇者「ここにも魔術プロテクトとかいうのが、かかってるんだよな?」

戦士『もちろん。ボクらは今犯罪者だしね』



――キイイィ



勇者「またアンタか。なんか用かよ?」

警備兵2「出ろ」

戦士『ボクは出してくれないのかい?』

警備兵2「残念ながらな」

戦士『資料は本当に盗まれたのかい?』

警備兵「……嘘を言ってどうする?」

戦士『あそこから資料を盗むのはまず無理だ』

警備兵2「……」

戦士『出入り口がひとつしかない、という極めてシンプルな構造
   しかも出入り口にはキミらがいたし、どうやって盗むんだい?』

警備兵2「自分に聞くんだな」

戦士『そっちの罪も被らなきゃいけないのかい?』

警備兵2「さあな。行くぞ」


――キイイィ


勇者「またアンタか。なんか用かよ?」

警備兵2「出ろ」

戦士『ボクは出してくれないのかい?』

警備兵2「残念ながらな」

戦士『資料は本当に盗まれたのかい?』

警備兵「……嘘を言ってどうする?」

戦士『あそこから資料を盗むのはまず無理だ』

警備兵2「……」

戦士『出入り口がひとつしかない、という極めてシンプルな構造
   しかも出入り口にはキミらがいたし、どうやって盗むんだい?』

警備兵2「自分に聞くんだな」

戦士『そっちの罪も被らなきゃいけないのかい?』

警備兵2「さあな。行くぞ」





勇者「ここは……」

勇者(牢屋を出て、階段を上がってきて連れてこられた場所は、なにかの実験室だった)

警備兵2「連れてまいりました」

??「ご苦労様です。あなたは持ち場へ戻ってください」

警備兵2「はっ!」

勇者「こんな場所で申し開きするのか?」

??「こんな場所で申し開きすると思いますか?」

勇者「しないよなあ。ていうか、なんで赤ローブがいるんだよ」

勇者(戦士が言っていたことは、当たってたってことか)

??「どうしてでしょうね?」

勇者「……この手枷、外してくれたりしないよな?」

??「あなたはすぐ暴れそうなんで、ダメです」



勇者「アンタ、真勇者と一緒にいたヤツだよな?」

??「覚えてくれていましたか」

勇者「薬師をどうした?」

??「知りませんねえ。誰ですかその人は?」

勇者「とぼけんな。どうせアンタらが薬師を誘拐したんだろ」

??「仮に……我々が彼女を誘拐したとしたらどうします?」

勇者「取り返すに決まってるだろうが」

??「どうやって?」


勇者(手枷をされている上に、武器もない)


??「今、あなたは私をどうやって無効化しようか考えている。そうですね?」

勇者「そうだよ」



??「できれば穏便にすませたいんですよ」

勇者「だったらオレを解放しろ。そうしたら見逃してやる」

??「あなたを捕まえるために、手間暇かけたんですよ。逃すわけないでしょう」


勇者(オレが目的?)


??「ではこうしましょう。
   私の言うとおりにしてくだされば、彼女を開放してあげましょう」

勇者「なにをさせる気だ?」

??「べつに。その椅子に座るだけでいいですよ」

勇者「……アンタはオレのことをなにか知ってるのか?」

??「あなたよりは知っている、かもしれませんね」


勇者(敵の言うとおりにして、オレはどうなる?  だけど……)


??「さっさと座ってもらえますか?  彼女を早く助けたいでしょ」

勇者「……わかった」


??「座りましたね」

勇者「なっ……なんだ!?」


勇者(椅子に座った瞬間、触手のようなものがオレのからだに巻き付いた)


??「さて、そろそろ解放させてもらいましょうか」

勇者「……っ!」

??「あなたの中に眠るものを呼び覚ましてあげましょう」



勇者「――――っ!!」







勇者『……ハァハァ、勝負ありだ魔王。ボクの、勝ちだ……!』


魔王『なぜだっ……なぜっ…………なぜ格下の勇者ごときにこの私が……?
   ……ヤツの剣がなぜわ、ワタしの、ムネを突き、ツキサしてイる……?』


魔王『あああぁ……み、ず……ああぁぁ…………』


勇者『か、勝ったのか……?』


神父『おめでとうございます、勇者様。あなたの勝ちです』


勇者『信じられない、ボクがあの魔王を倒したなんて……』


神父『信じられないかもしれませんが、これは夢でもなんでもありません。
   事実です、あなたのおかげで世界は救われたのです』




魔法使い『あ、あれは……!?』

兵士『魔物だ!  おそらく相当に強い魔物だ、全隊員、魔法を打ち込め!』

魔法使い『あたしも応援する! いくよっ!』

戦士『こんなときに勇者はなにやってやがんだ!』

僧侶『今はあの魔物を倒すのが先決です、わたくしたちも続きましょう』

尼僧『神父様逃げてください!』

勇者『みんな、なにを言ってるんだ?
   魔王ならボクが倒したし、それにそこに倒れてるじゃないか……!』


勇者(なんだ今の記憶は……)

勇者(今まで見てきた記憶とちがう)

勇者(だけど、覚えがある……)

勇者(支離滅裂すぎて意味がわからない!)

勇者(また記憶が……)

勇者(今度は……)




勇者『この剣が、俺が勇者として認められた証、か』

戦士『それが勇者の証の剣なのか?』

勇者『よくわからんが、俺にしか扱えないらしい』

魔法使い『見た目は普通の剣なのにね』

僧侶『これといった力も感じませんね』

戦士『これで偽物だったら、ブチギレるからな』

魔法使い『さすがにそれは勘弁だよ。あんなに苦労したんだよ』

僧侶『また教会に送りこまれるかと思いました』

勇者『勇者の剣、か』

魔法使い『言い伝えでは形状にとらわれない、伝説の秘宝とか言われてたけど』

戦士『バリバリ剣の形じゃねーかよ』

勇者『たしかに』





勇者『なぜこれほどの数の魔物が……!』


少女『陛下! しっかりして!
  勇者、なんとか……なんとかならないの!?』


勇者『今治癒しているがダメだ……!
   毒が酷すぎる!  解毒しようとしているが間に合わない……!』


少女『誰か……誰かいないの!?  回復魔法を使える者は……!?』


勇者『無理だ。大半の魔法使いが異端審問局に捕まってる。
   そうじゃない連中もあちこちに駆り出されている……くそっ!』


少女『……私が彼女を助ける』




勇者(頭が割れそうだ……!)

勇者(なんなんだこの記憶は!?)

勇者(オレの記憶じゃない)

勇者(でも、同時に自分の記憶じゃないのに懐かしくも感じる)

勇者(――まただ。また記憶が……!)




勇者『なんのつもりだ、姫』

姫『勇者様、話を聞いてくださいませんか?』

勇者『話ならあとで聞く。今は魔王の討伐が先だ』

魔王『姫……人間、そこをどけ。この魔王と勇者の戦いは、まだ終わっていない』

姫『あなたは黙って!』

勇者『……なぜ魔王を庇う?  あと少しで倒せるんだぞ』

姫『それではダメなんです!  私たちは踊らされているだけなんです!』

勇者『なにを言っている……?』

魔王『姫、そのことは黙っていろと……オレが殺されてからでも……』

姫『うるさいっ!  あなたは黙ってて……!』

勇者『もう一度言う、姫。そこをどいてくれ』

姫『イヤです。勇者様が話を聞いて下さるまで、私はここから一歩も動きません!』




勇者「――っはぁはぁ……なんだ…………い、今のは……?」

??「おかしいですね。あなたの力を無理やり覚醒させようとしたのに……」

勇者「お前はオレのなにを知っている!?」

??「そんなことを知ってどうするんですか?」

勇者「……オレは、オレが何者かがわからない」

??「くだらない」

勇者「くだらない?」

??「ええ。なぜ自分にアイデンティティを求めるのですか?」

勇者「……」

??「不確実で流動的な存在である人間が、自分に価値を見出す必要がありますか?」

勇者「なにが言いたい?」

??「私も自分が何者かわからない」


??「たとえば……これを見てどう思いますか?」

勇者「……!」



勇者(赤いローブのヤツが腕をむき出しにしたとたん、肩の部分が盛り上がった)

勇者(そして、もうひとつの腕がそこから生えてきた)

勇者(オークのように巨大な腕だ)


勇者「なんだよその腕……」

??「私のからだは実験に使われたんですよ。
   どうです、私の見方が少し変わったでしょ?」

勇者「……だから、なんだって言うんだ」

??「人間は思考や感情というものを持っているがゆえに、不確かで不完全なんです」

??「常に流れ、流されて変化していく」

??「そんな不確かな生き物である人間には、正体や存在意義などないんですよ」


勇者「アンタの言ってることが、これっぽっちも理解できない」

??「まあ、あなたと私では相容れないでしょうね」

勇者「ちがう。オレ、バカだからさ」

??「へえ……それで?」

勇者「アンタの言ってることは難しすぎて、全然わからないって言ってんだよ」

??「……あなた、自分の正体が知りたくて私に質問したんでしょう?」

勇者「質問に答えるなら、もっと噛み砕いて教えろ」

??「お断りします。もう会話は終わりにしましょう」

勇者「……たぶんだけど、アンタとは仲良くなれないと思う」

??「私も勇者という存在には、嫌悪感しか覚えないのでけっこうです」


??「できれば穏便にすませたかったのですがね」


勇者(赤いローブの男が、オレに注射器のようなものを突き刺した)


勇者「……っ!」

??「あなたの力をすべていただきますよ」

勇者「あ、あぁ…………」


勇者(やばい……全身の血が沸騰してるみたいだ…………魔力が……)

勇者(オレの中のなにかたちが暴走する……っ!)


??「どこまで耐えられますかね」

勇者「ぐっ……うぐっ……ああああぁぁっ…………!」

勇者(からだの中の魔力が、膨れ上がって……おさえつけられない……!)


??「さあ、あなたの本当の姿を見せてください」


勇者(落ち着け……!  膨れ上がった魔力を……放出、するっ!)


勇者「ぅううおおあああああああああああっ!」


??「な、に……?」


勇者(魔術プロテクトとやらが、かかっていても……これなら……!)

勇者(全身から溢れそうになる魔力を、全部解き放つ……!)


 全身に張り付いていた触手が、膨大な魔力を流しこまれて膨れ上がる。
 ミチミチと音を立てて、触手がちぎれる。



勇者「はぁはぁ……危うく爆発するところだったぞ」

??「なかなか器用に魔力を使いますね」

勇者「オレさ。魔術が使えないんだよ」

??「歴代の勇者とはえらいちがいですね」

勇者「ああ。だから、その代わりに魔力を使う練習をひたすらしたんだよ」


勇者「今回ばかりは魔術が使えなくて、よかったと思ったよ」

??「で、抵抗するつもりですか?」

勇者「アンタを倒して、薬師を助け出す」

??「そんなフラフラな状態で、よくそんな口が叩けますね」

勇者「あと、ついでに戦士も助けなきゃな」


勇者(とは言っても、魔力をいっきに放出したせいでフラフラする)

勇者(武器もないし、さっさと決着つけないと――)


??「あなた、私に勝てると思ってるんですか?」

勇者(はやっ……!)


 気づいたときには赤いローブが目の前にいた。
 魔力を放出していたのが、かえって功を奏したらしい。
 足もとがふらついて、地面に尻餅をつく。敵の横薙ぎの短剣を避けることができた。


勇者(この狭い空間の中じゃあ、逃げることもできない)


 飛び起きる。ふらつく足を叱咤して、敵にとびかかる。
 相手の顔面に向けて拳をはなつ。


??「むだ、ですよ」


 赤ローブの顔をとらえたと思った。実際にとらえられたのは、自分の手首だった。
 人間離れした膂力で、投げ飛ばされる。背中から地面に叩きつけられる。


勇者「かはっ……!」

??「無駄ですよ。そんな状態で勝てるわけないでしょう?」



 背中を走る激痛と強烈なしびれを無視して、無理やりからだを起こす。
 からだが熱い。なにかがおかしい。


勇者(もしかしてまた魔力が……)


??「あきらめてはくれませんかね?」

勇者「……そっちこそ、見逃してくれないか?」

??「話になりませんね」


 出口は敵の背後にある。赤ローブの男にスキらしいスキは見当たらない。


??「……ほう、魔力がじょじょに戻りつつありますね」

勇者「わかるんだな」

??「あなたの魔力は極めて特殊ですからね」


勇者(だけど、魔力が戻ってきてもここじゃあ武器に流しこむぐらいしか……)


 赤ローブがナイフを投擲する。慌てて飛び退く。
 地面を蹴る。敵の拳をかいくぐって懐に飛びこむ。


勇者「もらった!」


 勇者が低い体勢から蹴りを繰り出す。だが、致命傷にはほど遠い。


??「魔術が使えないというのは厄介ですね」


 オークの腕を思わす敵のそれが、勇者へと振り下ろされる。
 なんとか避けたが、足もとからの衝撃でバランスを崩す。

 脇腹を鉄球でもぶつけられたような衝撃が襲う。からだが吹っ飛ぶ。


??「これで終わりですね」


 敵の巨大な腕に殴られたと気づいたときには、勇者は地面を転がっていた。


勇者「アンタのからだ……なんか覚えがあると思ったら……」

??「……」

勇者「オレのからだにそっくりだな」

??「それが遺言ですか?」


勇者(死ぬ、のか……オレ?)

勇者(だけどここで死んだら誰が、薬師を助けるんだ?)

勇者(オレが助けなきゃ……オレが助けるんだ!)


 脳裏に薬師の血だらけで横たわる姿が浮かぶ。

 それがヒントになった。


勇者「まだ、終わってない……」

??「……っ!?」


 勇者の手のひらに魔力が集約する。
 そしてそれを地面へと叩きつけた。


勇者(あの図書館よりは魔力を捻り出しやすい)

勇者(だから、この床に魔力を注いでやれば……)


 床につけた手から全魔力を放出する。地面に亀裂が走る。


??「なにをしようとしているかは知りませんが、やらせませんっ!」


勇者(ここだっ!)


 振り下ろされた拳を、勇者はからだを思いっきり旋回して紙一重でかわす。
 拳が地面に叩きつけられた。
 強烈な衝撃に続いて、床が崩落する。


??「しまっ……」


 赤ローブがバランスを崩して、わずかにスキが生まれた。
 素早く跳ね起きる。
 同時にローブをつかんで引き寄せ、敵のみぞおちに蹴りを食らわす。


??「……っ!」

勇者「今のうちに穴から退散っ!」

勇者(カッコ悪いけどしかたない。今はとにかく逃げる!)







竜人「あなた方の話の内容はだいたい理解できました。
   薬師殿を助けるために、私を選んだ理由も」

僧侶「本当にすまない」

竜人「いや、まあ、気にしないでください」

魔法使い「……目撃証言が正しければ、ここらへんのはず」



僧侶(私と魔法使い、そして竜人は薬師救出のために動き出していた)


僧侶『こんな状況で、いったいどうしろって言うんだ?』

魔法使い『……言い忘れていたことがあった』

僧侶『なんだ?』

魔法使い『……いい報せでは、ない』

僧侶『この上、まだ悪い報せがあるのか』

魔法使い『あなたが、私の家に置いていった小説』

僧侶『それがどうした?』

魔法使い『……勇者に渡した』

僧侶『それ、今は関係なくないか。
   ……あれ?  その小説って……』

魔法使い『恋愛小説』

僧侶『は?』


僧侶『な、なななななんで勇者にアレを渡したんだ?』

魔法使い『彼が一番、あなたに会う頻度が高いと思ったから』

僧侶『い、いつ渡した!?』

魔法使い『二日前』

僧侶『二日も前!?』

魔法使い『うん』

僧侶『あ、あぁ……』

魔法使い『……もしかしたら、今ごろ勇者は、戦士に話しているかも』

僧侶『わ、私があんなものを読んでいたことを知られる、だと……』


僧侶『誤解を解かなきゃ……』

魔法使い『誤解?』

僧侶『そ、そうだ。私がああいうものを好んで読んでいると思われてしまう……!』

魔法使い『ちがうの?』

僧侶『ちがう!  あれはなんていうか……』

魔法使い『誤解を解くなら、あのふたりを助けないといけない』

僧侶『わ、わかっていますわ!』

魔法使い『……動揺している?』

僧侶『していないですわ!』

魔法使い『……もうひとつ、報せがある』

僧侶『まだあるのかです!?』

魔法使い『……言葉がおかしくなってる』


魔法使い『何名かが追跡して、薬師の途中までの足取りはつかめている』

僧侶『途中までの足取り、か』

魔法使い『罠の可能性も、ある』

僧侶『その話は誰から聞いた?』

魔法使い『人づて。だから正確には不明』

僧侶『混乱している今の状況だ。侵入している敵の罠、という可能性もあるな』

魔法使い『……でも、敵の罠があるなら、それが足がかりになる』

僧侶『そうだな。問題は私たちだけで、敵を追うのかってことだ』

魔法使い『ひとり、協力者として適した人材が、いる』

僧侶『この状況で信用できる協力者がいるのか?』

魔法使い『……竜人』


僧侶(魔界から来た竜人なら、敵の仲間やその類でない可能性は高い)



僧侶「どうして私たちに協力してくれるんだ?」

竜人「えっと、まあ……困っている人は見捨てられない性分なもので」

僧侶「それだけ?」

魔法使い「僧侶」

僧侶「なんだ?」

魔法使い「彼は、寛容寛大な人だから、気にしなくていい」

竜人「え、ええ。そうなんですよ……」

僧侶「そうか。とにかく、協力に感謝する」


竜人「ここよりさらに行くと、渓谷があるんですか?」

僧侶「そうだ。なかなかの景色が堪能できる」

竜人「魔法陣がなかったら、移動には相当時間がかかったでしょうね」

僧侶「そうだな」

魔法使い「ふたりとも、止まって」

僧侶「……どうした?」

魔法使い「魔物が近くにいる」

竜人「この国の魔物は、人を襲わないから大丈夫なのでは?」

僧侶「いや、さすがにここまで来ると管理が及んでいない魔物もいる」

魔法使い「……グリズリー。しかも、一体じゃない」

僧侶「これは……囲まれてる?」


グリズリー「……」

僧侶「おかしい」

竜人「なにか奇妙なことでも?」

僧侶「グリズリーはそのナリとは裏腹にとても臆病な魔物なんだ」

魔法使い「……人目につくことを、極端に嫌う魔物」

竜人「それが我々を囲っているということは……」

僧侶「罠にはハマった。だが、同時に正解でもあったわけだ」

魔法使い「構えて。来る」


 魔物たちが構える。
 夜空がひび割れそうなほどの咆哮が、木々を震わす。


魔法使い「……僧侶」

僧侶「久々にアレをやってみるか」

竜人「なにもしないほうがいいみたいですね」

僧侶「ああ。ここは私と魔法使いにまかせてくれ」


 魔法使いが懐から杖を取り出す。それが合図となったらしい。
 熊に酷似した魔物が飛びかかってくる。


僧侶「来た」

魔法使い「わかっている」


 土の地面から次々と巨大な水柱があがり、魔物たちの進行を阻んだ。


魔法使い「発動」


 僧侶たちの足もとが光る。一瞬で巨大な魔法陣が展開される。


魔法使い「準備はできた」


 湧き上がった水が、魔法陣を中心に円を描くように渦巻いて、魔物たちを飲みこんだ。


僧侶「終わりだ」


 僧侶は雷をまとった拳を水流に突っ込む。
 電気の奔流が水を伝い、魔物たちを感電させた。


竜人「お見事」

僧侶「これをやったのも魔界以来か」

魔法使い「久々」

竜人「この魔物たちは無事なのですか?」

魔法使い「彼らは気絶しているだけ」

竜人「そうですか」

僧侶「とりあえず先へす……」


僧侶(……そうだ。アイツはなぜ知っていた?)


?「やはり、コイツらではダメだったねえ」

僧侶「……ずいぶんあっさりと出てきたな」

?「そっちこそ簡単に誘いにのってきたじゃないか」


竜人「例の宗教の一味ですか?」

僧侶「そうだ。そして私たちは案の定、罠にかかったらしい」

竜人「しかし、この者ひとりなら我々で……」

魔法使い「ひとり、じゃない」

?「そのとおり。きちんと準備は整えてある」


 地の底から響くような唸り声が、どこからか聞こえてくる。


僧侶「下だ!」

 僧侶が叫んだのと、地面が勢いよく隆起したのはほとんど同時だった。
 間一髪、なんとか飛び退いてかわす。


 低い唸り声は実際に地面から響いたものだった。


僧侶「これは……」


 地面から生えた突起が次々と形を変化させていく。
 瞬く間にそれは土の魔物へと姿を変えた。


魔法使い「……ゴーレム」


 おびただしい数のゴーレムが、三人に向かってくる。


??「ここでお前たちには死んでもらうよ」







 獣じみた叫びとともにゴーレムがのけぞった。
 さらに胴体に炎の拳を叩きこむ。魔物は胴体から瓦解して、土へと還っていく。
 だが倒したそばから新たなゴーレムが、地面から生まれてくる。


僧侶「キリがない……!」

?「しぶといねえ。あと、どれだけもつかなあ?」


 間一髪で赤ローブが放った光弾をかわす。

 敵はゴーレムだけではない。すでに僧侶の体力は限界に近づいていた。


竜人「このままではまずいですな」


 竜人がゴーレムの首を、自身の爪で切り落とす。実に鮮やかな動作だった。
 だがどんなに倒しても、魔物の数は減らない。


魔法使い「……本体を叩かないと、ダメ」


 そんなことはわかりきっていた。
 だが、大量のゴーレムに行く手を阻まれて、赤ローブに攻撃できない。


魔法使い「――――」


 魔法使いが小さくつぶやく。空気が冷えていくのを感じた。

 突如、大量の氷の突起が地面から現れる。
 吹っ飛ばされたゴーレムたちが宙を舞う。


?「これはすごい。素直に驚いた」

魔法使い「今」

僧侶「ああ!」

竜人「了解!」


 僧侶と竜人がいっせいに赤ローブへ飛びかかる。


?「惜しかったねえ」

僧侶「なっ!?」

 巨大な土のかたまりが空から降ってくる。
 ギリギリで踏みとどまっていなければ、僧侶はその土塊に押しつぶされていただろう。

 巨大な土くれは、やはりゴーレムへと姿を変えた。


僧侶(まずいっ……!)


 すでに体力が底をついていたのだろう。
 足がもつれる。迫り来るゴーレムの拳。
 僧侶は反射的に目を閉じていた。


 だが、覚悟していた衝撃は襲ってこなかった。


 かわりに熱風が、肌を突き刺した。


僧侶「え?」


 まぶたを持ち上げると、土の魔物が炎上していた。
 魔法使いの魔術かと思ったが、彼女は火の魔術は不得手だったはず。



王「やっぱり保険はかけておいて正解だったな」



魔法使い「……!」

僧侶「な、なんで……」

竜人「なぜあなたがここに?」


王「驚くんじゃなくて喜べよ。直々に助けに来てやったんだからよ――この俺が」





勇者(あれ?)

勇者(これもしかして道に迷ったんじゃないか?)

勇者(普通に階段をのぼってきたから、降りれば牢屋に戻れると思ったのに)

勇者(ていうか、よく考えたらあの階段はずいぶんと複雑だったような……)

勇者(とりあえず逃げるために、テキトーにうろちょろしてたけど)

勇者(これじゃあ戦士を助けにいけない……!)

勇者「ど、どうしよ……」


戦士『あーもうホント勇者くんってバカ。アホでマヌケでニワトリ頭だねえ』


勇者(アイツが馬鹿にする顔が浮かぶようだ)

勇者「……落ち着けオレ。クールだ、クール!」


勇者(なんかケモノ臭いと思ったら、ケージの中に魔物がいる)

勇者(ここって牢獄じゃないのか?)


魔物「ウウゥゥゥ……」


勇者(しかも魔物は、みんな凶暴性をなくしてるって聞いてたけどコイツら……)

勇者(今にも襲いかかってきそうだ)

勇者(足音が近づいてくる! まずい、まだ本調子じゃないし武器もない)

勇者(まずい。赤ローブが近づいてくる)

勇者(しかも行き止まりだ。どうすれば……いや、こうなったら……)

勇者(もう一回この壁を、魔力を流しこんで破壊する)




戦士「で、何回か壁やら地面やらを破壊してここまで戻ってきた、と」

勇者「そういうことだ」

戦士「あのねえ、勇者くん」

勇者「礼ならあとにしろよ。それより……」

戦士「いや、たしかに助け出してくれたお礼を素直に言いたかったよ」

勇者「ん?」

戦士「でも施設をぶっ壊しまくって、助けられるとちょっとねえ」

勇者「なんも考えずにここまで来たんだけど、まずかったかな?」

戦士「……」

勇者「剣以外にも魔力を流しこめるとわかって、調子に乗ってやりまくってたんだけど」

戦士「キミは新しいオモチャを与えられた子どもか!」


戦士「これでまた新しい罪を背負うハメになるかも……はあ」

勇者「と、とりあえず脱出するぞ!」

戦士「そうだけど、どうやって逃げようね」

勇者「普通に敵から逃げればいいんじゃないのか」

戦士「勇者くんが壁をぶち破ったおかげで、居場所がバレやすくなってるんだよ」

勇者「あ……」

戦士「言ってみれば、犬の派手なマーキングのようなもんだからね」

勇者「オレとしたことが……」

戦士「いっそ開き直って、壁をひたすらぶち破って、無理やり脱出するかなあ」

勇者「もうオレ魔力からっぽだぞ」

戦士「やっぱり勇者くんバカだ!」


勇者「でも、まだ相手の気配は遠いな」

戦士「わかるのかい?」

勇者「……なぜかわかるんだよな」

戦士「仕方ない。とりあえず逃げよう」

勇者「追いつかれたときは、戦うしかないか」

戦士「ここまで行き当たりばったりなのは初めてだよ」

勇者「オレもだ」

戦士「わかりやすいウソはつかなくていいよ」








戦士「その赤ローブはまあまあ強いうえに、非常に奇妙なからだをしてるわけだね」

勇者「ああ」

戦士「それにしても、ここはただの監獄じゃないみたいだね」

勇者「ああ。でもこの雰囲気には、なんか覚えがあるんだよなあ」

戦士「魔界でボクらが捕まった場所のことを言っているのかい?」

勇者「ああ、それだっ」

戦士「あそこは監獄と研究機関が統一されてたけど、ここも同じっぽいね」

勇者「戦士は知らなかったのか、ここのこと」

戦士「うん。研究機関ならきちんとほかにあるし」

勇者「ふうん。ちなみに、この先に魔物たちがいる」


戦士「これは、どうもただの魔物じゃないね」

勇者「やっぱりなんか変だよな」

戦士「ボクも専門家ではないから断言はできないけどね」

勇者「じゃあ、魔法使いとかじゃないとわからないか」

戦士「……勇者くん」

勇者「なんだ?」

戦士「……ひょっとすると、陛下はボクらの敵かもしれない」

勇者「急になんだよ?」

戦士「この施設を陛下が知らなかったとは、ボクには思えない」

勇者「ここは隠されてたのか?」

戦士「おそらく。ボクでもこんな場所があるなんて知らなかった」


戦士「それに、勇者くんは例の手記のことを覚えてる?」

勇者「おう」

戦士「あの手記の存在を知った陛下は、すぐにそれを見たがった」

勇者「捜査のためだから、じゃなくて?
   それに王様は五百年前の勇者のことを知りたがってただろ」

戦士「その手記の中に、敵が知りたい情報があったとしたら?」

勇者「じゃあ、オレたちに話した理由はウソってことか?」

戦士「うん。それに、魔界の使者を迎えに行くことも、敵にバレていた可能性がある」

勇者「そういえば、そうだな」

戦士「それに、ボクらに監視をつけたのも陛下だ」

勇者「うーん……」

戦士「なにか気づいたことがあるなら言ってよ、勇者くん」


勇者「ここの魔物さ。凶暴そうだけど弱ってないか?」

戦士「弱ってる?」

勇者「なんか栄養失調ぎみに見えるんだよ、オレだけ?」

戦士「言われてみると……」

勇者「それだけじゃない。すごいほこりっぽいし」

戦士「……そういえば鼻がムズムズするね」

勇者「あと、ところどころカラになってるケージも気になるな」

戦士「それはただの空きなんじゃないの?」

勇者「でもなんか、入ってた形跡があるし、ほら……」

戦士「ネームプレート、ウルフって書いてある」


勇者「こっちのでっかいのは、ふれいむ、どらごん?」

戦士「……!」

勇者「どうした戦士?」

戦士「もう少し調べよう、ここを」

勇者「いいのかよ、逃げなくて」

戦士「たしかに逃げたいところだけど、それ以上に好奇心がうずいてね。
   おっとこれは……サイクロプス。なるほどね」


??「あんまり荒らされると困りますねえ」


勇者「……きたぞ」

戦士「見つかるのは、わかりきっていたよ」


??「使えるコマとして、魔物たちには最低限のエサを与えていましたが。
   やはり処分しておいたほうが、よかったかもしれません」

勇者「どうする……」


 戦士、という言葉を勇者が口にするときには、戦士は視界から消えていた。
 一瞬で赤ローブのまん前に現れると、戦士は足払いをかけた。


戦士「……!」


 だが、敵の動作は戦士以上に早かった。
 跳躍して、赤ローブは戦士の攻撃を危なげもなくかわす。


??「おしいですね。イイ線行ってましたよ」

戦士「くっ……」


 突然、戦士が吹っ飛ぶ。
 とっさに勇者が戦士を受け止めていなければ、壁に衝突していただろう。


勇者「だ、大丈夫か?」

戦士「なんとか、ね。助かったよ勇者くん」


戦士「とりあえず武器は確保したよ、はい」

勇者「これって、アイツの短剣だろ? 」

戦士「とっさに奪ったんだよ」

??「やはりあなたは、そこそこデキるみたいですね」

戦士「ボクのことを知っているのかな」


戦士『勇者くん』

勇者『なんだ?』

戦士『ぶっちゃけ余裕がない。逃げたほうがいい』

勇者『……逃げるって、無理だろ』

戦士『無理やりでも魔力を捻りだせないかい?』


 戦士が、一瞬だけ視線を天井にやった。


勇者『……たぶん、あと一回ぐらいならいけるかも』


戦士「タイミングが命だ。キミに託すよ」

勇者「まかせておけっ!」


 再び戦士が赤ローブの眼前に躍り出る。
 勇者は手のひらに、残った魔力を集中する。


勇者(って、アレ? 全然魔力に余裕があるぞ)

戦士「行ったよ、勇者くん!」


 いったいどうやったのか。戦士は敵を見事に投げ飛ばしていた。
 慌てて天井目がけて跳躍する。手のひらを天井へと押しつける。


勇者「いっけええええぇ!」



 魔力を流しこむと同時に、拳で天井を貫く。
 自分でも驚くほどの魔力が、手のひらから噴出して天井を崩壊させる。


??「ぐっっ……」


 敵に天井の瓦礫が覆いかぶさる。


戦士「なかなかやるじゃん。よし、さっさとずらかるよ!」

勇者「おう!」





??「……っふぅ、どうやら魔術プロテクトがかえってアダになってるようですね」

??「せっかくなので、この子たちの始末もまかせてしまいますか」



魔物「ぐるるうううぅぅ……」



??「さあ、いきなさい」




勇者「なあ戦士」

戦士「なに?」

勇者「あのまま、赤ローブを捕まえてもよかったんじゃないか?」

戦士「一瞬やりあっただけでわかった。アレは危険だよ」

勇者「……まあ、それもそうか」

戦士「とにかくここから脱出すれば、魔術が使えるんだ」

勇者「そうだな。さっさと脱出したほうがいいな」


勇者(ん?  なんか音が……)

戦士「気づいたかい?」

勇者「ああ、なにかがオレたちを追っかけてきてる」

戦士「この通路に入れば、牢獄に戻るはず」

勇者「見張りとかはどうするんだよ?」

戦士「看守とかは、中にはいないかも」

勇者「どういうことだ?」

戦士「話はあと!  とにかくここを脱出する!」


勇者(そうしてオレたちは、なんとか牢獄から脱出した)


戦士「よし、これで魔術プロテクトが消えた……勇者くん?」

勇者「あ、あぁぁ……」


勇者(なんだこの感覚……いや、これはさっきアイツに捕まったときにも……)


戦士「どうしたの?  どこかおか……」


勇者(全身が沸騰する……魔力が……自分の中で暴発するような……)




??「本来なら彼の潜在能力を少しずつ覚醒させてくつもりでしたが……」


??「これ以上手間をかけるのも面倒です」


??「魔術プロテクトのない空間で、暴発させてしまいましょう」


??「彼が暴走したところで私が……」


??「……! この感覚は――」


??「まさか、彼が来ている?」


??「……予定変更か。今日のところはひくとしましょう」




勇者「はぁはぁ……あ、つぃ……」

戦士「魔物が追いかけてきた!  勇者くん!」

勇者「……お前、だけでもいい……逃げろ…………」

戦士「さすがにそこまでバカな発言されると、ボクも困るよ」

勇者「う、るせ……」


勇者(なんて、数の……魔物だ……コイツら全部研究所の…………)


 すべての音が遠ざかっていく。戦士がなにかを叫んでいる。
 いつか魔界でケルベロスに殺されそうになったときの感覚が蘇る。
 あの得体の知れない力に全身を支配される恐怖。


勇者(や、めろ――)


 首筋に違和感を覚えたのと、誰かの声が鼓膜を叩いたのはほとんど同時だった。


勇者「ぁ……」


 不意に視界が鮮明になって、全身の血が沸騰するような感覚が消え失せる。


   「大丈夫ですか……勇者様」


勇者「や、くし……?」


 たしかに彼女の声がした。いや、彼女の声だけではない。


勇者(僧侶?  それに、魔法使いも…………)


 視界がどういうわけか、傾いていく。
 目の前に石畳の地面が迫ってくる。なにかが地面に投げ出される音が聞こえた。


勇者(みんな……)


 やがて勇者の意識は闇に溶けていった。





勇者『魔王を倒したそのあとのこと?』

戦士『そう。お前、なんかプランあんのか?』

勇者『ない』

戦士『即答かよ。将来の展望とかねえの?』

勇者『今のところはない。それより生きて帰れるのかって話だ』

戦士『お前、つまんねえなあ』

勇者『魔王を倒すこと以外、考えられないのかもしれない』

戦士『なんだお前。プレッシャー感じてんのかよ』

勇者『お前はなにも思わないのか?  もし俺たちが魔王を倒せなかったら……』

戦士『わぁってるっつーの!』


戦士『でもよ。俺ら四人の肩に、世界の命運がかかってるとか言われてもなあ』

勇者『旅をしてずいぶん経ってるのに、まだそんなことを言ってるのか』

戦士『つーか、軍とかも協力してくれてもよくね?』

勇者『軍は戦争、魔物の討伐、街の警備で手一杯だって説明されただろ』

戦士『わかってて言ってんだよ』

勇者『俺たちは言ってみれば暗殺者だ。大人数で行動する必要はない』

戦士『俺らが旅に出るときにはパレードもできてたのに、暗殺者ねえ』

勇者『それがどうした?』

戦士『矛盾してね?  それに、姫が誘拐されてからの一連の流れが、早すぎる気がするぜ』

勇者『それだけ迅速な行動が、求められる事態だったんだ』


戦士『俺たちゃ魔王を倒すための兵器じゃねえ。普通の人間だ』

勇者『普通の人間、か』

戦士『ちげーのかよ?』

勇者『いや……そのとおりかもしれない』

戦士『教会送りにされて思ったわ。やっぱり死ぬのはイヤだ』

勇者『そうだな』

戦士『……俺、旅を終えたら店を出してえなって思ってんだ』

勇者『店? なんの店だ?』

戦士『そういう細かいプランはまだない。
   けど、将来的にはカワイイ嫁さんもらって、子どもは……何人がいいかね?』

勇者『知らん。
   ……将来、か』




勇者「……ぅっ」


勇者(またあの夢だ)


竜人「目が覚めましたか?」

勇者「……竜人?  ここはどこだ?」

竜人「個人経営の病院です」

勇者「病院……って、なんでオレが病院にいるんだ!?」

竜人「落ち着いてください。覚えてないんですか?」


勇者(オレは竜人からこれまでの経緯を簡単に説明してもらった)


勇者「オレが意識を失ったあと、みんなが駆けつけてくれたってことか」

竜人「それで、念のために国が関与していない病院へ搬送されたわけです」


竜人「丸二日ほど勇者殿は眠っていたんですよ」

勇者「二日も!?」

竜人「ええ」

勇者「みんなは……そうだ、薬師は!?」

竜人「彼女なら昨日、退院しましたよ」

勇者「退院?  じゃあ、薬師は助け出されたのか!?」

竜人「ええ。実は……」







魔法使い『ゴーレムが、消えた』

?『くっ……』

王『魔力切れか?  おサムいねえ』

?『なぜキサマがここにいる……!』

王『お前こそなんで泥遊びしてんだ?  俺相手にこんなチンケなもんが通じるとでも?』

僧侶『なぜ陛下がここにいるのですか?』

王『いくらでも話してやるよ。コイツを牢獄にぶちこんだあとでな』

?『……私を牢獄にぶちこむ、か。これを見てもそんなことが言えるかなあ?』

竜人『あれは……』

僧侶『薬師!』

薬師『……』


?『指ひとつでも動かしてみろ。この女を殺すぞ』

王『うわあ、人質かよ。ますますおサムいねえ』

?『……動くなと言っているのがわからないのかっ!  この女を……』

僧侶『へ、陛下!?』

王『うるせえなあ。俺は動いたぞ? 殺せよ』

?『……なん、だと?』

王『お前がその女を殺す。そして俺がお前を殺す。わかりやすくていいじゃねえか』

?『ぐっ……』

王『こういう状況で本当に助かりたいなら、普通に逃げたほうがいいんだよ』


 王が唇のはしを釣り上げた、と思ったときには、すでに『それ』は起きていた。


王『つまり、お前は助からない』


?『かはっ……!?』


 赤ローブのひざが崩れ落ちる。
 王がなにかをした、ということだけは僧侶にもわかった。


王『ほれ、終わったぞ』

竜人『え……』


 すでに王の腕の中には薬師がいた。


僧侶『い、いったいなにを……!?』

王『驚きすぎだろ。あのローブの馬鹿の腹に、空気の塊をぶつけてやっただけだ』

僧侶『ではどうやって薬師を……』

王『べつに。今のでスキができたんで、普通に取ってきたぞ』

僧侶『取ってきたって……』


王『それより薬師はどうなっている?』

僧侶『そうだった……魔法使い、わかるか?』

魔法使い『…………』


僧侶『(魔法使いが薬師を調べた結果、傷口が塞がれたあとがあったらしい)』


魔法使い『……傷口自体は、自力でどうにかしたのかもしれない。
     それから、治癒の魔術の類を、浴びている可能性がある』

王『回復系の魔術か?  今どきそんなのが使える人間がいるんだな』

魔法使い『いないことも、ない』

僧侶『とにかく病院へ運ぼう。それと、陛下……』

王『まあお前らがなにを考えているかは、だいたいわかる』

僧侶『いえ、わたくしは混乱していて。なにがなんだか……』

王『お前らに監視をつけてただろ。ソイツから聞いてここに駆けつけたんだ』


僧侶『では、公務の最中である陛下が……』

王『どうやってお前らを助けに来たのかって?』

僧侶『……そうです』

王『俺の代わりに影武者が働いているさ』

魔法使い『……影武者』

僧侶『無礼を承知で質問を……』

薬師『う、ぅん……』

魔法使い『……!』

僧侶『薬師!』

薬師『……ぁ、みなさん?  えっと……』

僧侶『(私たちは意識を取り戻した薬師に、簡単な状況説明をした)』


薬師『本当にみなさん、ありがとうございました』

僧侶『礼はいい。それより、からだは大丈夫なのか?』

薬師『……そう、ですね。少し目まいと痛みがありますが、大丈夫です』

王『……まずいな』

竜人『どうしました?』

王『断言はできないが、勇者の身になにか起きているかもしれない』

魔法使い『……暴走?』

王『わからん。とりあえず質問はあとにしろ。
  お前らここまではどうやって来た?」

僧侶『歩きと魔法陣です』

王『じゃあその魔法陣のところまで案内しろ。急げ』




竜人「で、ちょうどあの場に駆けつけたわけです」

勇者「そうだったのか。でもよかった、みんな無事で」

竜人「みなさん、もうバリバリ働いていますよ」

勇者「そうなのか?」

竜人「戦士殿は調査に駆り出されています。薬師殿も退院して取り調べを受けています」

勇者「大丈夫なのか、薬師は」

竜人「詳しくは知りませんが、大丈夫だと思います。
   今は手が空いている者が、私しかいない状態なんです」

勇者「オレもいつまでも、こうしちゃいられないな」


 コンコン


竜人「……誰か来たみたいですね」


老人「失礼するぞ」

竜人「……すみませんが、どなたですか?  勇者殿の知り合いですか?」

勇者「ううん、知らない」

老人「まあとりあえず、入らせてもらうよ」

竜人「ご老人、勝手に入られては……」

老人「ていうか、わかれよ。オレだ、オレ」


勇者(次の瞬間。急にそのジイさんの姿が変わった)


勇者「お、王様!?」

王「老人にはちがいないが、他人から言われるのはムカつくぜ」

竜人「な、なぜあなたがここに。それに今のはいったい……」

王「言ってないっけ?  メタモルフォーゼの能力について」


王「まあ、そんなことはどうでもいい。竜人、悪いが部屋の外で見張りを頼む」

竜人「はあ……わかりました」

王「悪いな。……で、勇者よ。体調のほうはどうだ?」

勇者「うーん、たぶん大丈夫だと思うけど」

王「そいつはよかった。これ、見舞いのフルーツだ」

勇者「あ、どうも。ていうかなんで王様がこんなとこに?」

王「だから見舞いだって言ってんだろうが」

勇者「そうじゃなくて。仕事とかは大丈夫なんですか?」

王「優秀な部下がいるからな。あと、お前と話しておきたいこともある」


王「話は戦士から大まかにだが、聞いた。だがお前の話も聞いておきたい」

勇者「なにを?」

王「赤いローブの男に捕まったときに、なにをされたのか」

勇者「正直よくわからなかった。けど……」


勇者(オレはあのときのことを、そのまま話した)


王「……お前の力を引き出そうとしていた、か」

勇者「オレの力の覚醒がどうとか、よくわからないことを言っていた」

王「敵がなにを考えているのか、完全にはわからんな」

勇者「でも、アイツはオレのことを知っている。たぶん、オレ以上に」

王「そうだな。そして、ひとつはっきりしたことがある」

王「今回の一連の騒動の狙い。それはお前だったんだ」


勇者「オレ?」

王「敵はお前の中に眠る力を、奪取しようとしている」

勇者「オレの中に眠る力……」


勇者(魔界で何回か、急に強くなったりしたことがあったな)


王「以前、教会でサイクロプスとやりあっただろ?」

勇者「はい」

王「あのときも赤ローブから、変なことされたろ?」

勇者「そういえば、あの牢獄のときと同じようなことをされた」

王「今回の事件で、敵の目的のひとつにお前が入っていることが確定した」



王「で、ここからが本題だ」


王「お前。この国を出てどっかに逃亡しろと、俺が言ったらどうする?」

勇者「は?」

王「お前が消えれば、少なくとも敵の目的のひとつは、潰せるだろうからな」

勇者「そんなの絶対ダメだ!」

王「なんでだ?  今よりずっと安全になるのに」

勇者「それってみんなを見捨てるってことだろ?」

王「べつに逃げたって、誰もお前を責めたりしないと思うけどな」

勇者「イヤなんだ」

王「逃げるって行為がか?」

勇者「ちがう。オレはバカだし、みんなより今回のことも理解できていない。
   でも、そんなオレでも少しわかった。人が死ぬってどういうことか」


勇者「薬師が血だらけでたおれてるのを見て、本気で怖いって思った。
   心臓を鷲掴みにされたみたいな気持ちになった」

王「……それで?」

勇者「仲間があんなふうになるのはイヤだ。あんな思いは二度としたくない」

王「次はお前があの女みたいになるかもしれないぞ」

勇者「そうだとしても、オレは戦う」

王「……じゃあ好きにすればいい。だがな」

勇者「?」

王「お前が味わった思いを、お前の仲間も味わうかもしれない。わかってるか?」

勇者「……!」

王「好きにしろ。だが、自分の行動がどんな結果をもたらすのか、しっかり考えるんだな」

勇者(……)





竜人「お話はもうよろしいのですか?」

王「ああ。ありがとな」

竜人「いえ。……ひとつ、私から質問させてもらってもいいですか?」

王「ひとつだけな」

竜人「ありがとうございます。
   私が聞きたいのは、陛下と我が国の元皇帝の関係についてです」

王「関係?」

竜人「ええ」

王「逆にお前はどこまで知っている?  俺とあの女の関係を」

竜人「ほとんどなにも」

王「そうか。まあ俺とあの女は深い関係ではない」

竜人「そうなのですか?」


王「ああ。ただ、俺もあの女も運良く実験に成功して生き延びた」

王「たしか、あの女の方が四、五年早く生まれていたはずだ」

王「だから、あの女には色々と教育を受けた」

王「とにかく真面目な女だった。俺とは正反対だったよ」

王「『災厄の女王』の役に立ちたかったのか、なんなのか知らんがな」

王「俺はな、あの災厄が起こったあと逃げ出したんだ」

王「本能的にあの場所から逃げりゃあ、自由を手に入れられると思った」

王「阿鼻叫喚の街を抜け出して、あとはずっと放浪の旅をしていた」

王「そして今さらになって戻ってきた」

王「魔王として生きたあの女とは、えらいちがいだろ?」


竜人「真逆、ですね」

王「だからそんな関わりがあるわけでもない。
  あの女が魔界に行ってから、何回か手伝いじみたことはしたけどな」

竜人「なぜあなたは今になって、国王になったのですか?」

王「それについては……勘弁してくれ。話すつもりはない」

竜人「わかりました」

王「ただ、自分で言って悲しくなるが、みすぼらしい生活をずっと送っていたんだ」

竜人「なぜですか?」

王「機関に見つからないようにたえず移動してたからな。常に金に困ってた。
  金のためにドブさらいだとか、監獄の掃除とか、そんなのばかりやってたぜ」

竜人「苦労してるんですね」

王「単なる自業自得だ」


王「しかし旅のおかげで、様々な人脈もできた。こんなとこでいいか?」

竜人「はい。貴重な話を聞かせていただき、ありがとうございました」

王「謎だらけの魔王の正体、気になるわな」

竜人「……謎多き人でした。最初は皇帝だと教えられても納得できませんでした」

王「今でもできてないんだろ?」

竜人「そう、かもしれませんね」

王「だが、お前らの皇帝は女傑と呼ぶにふさわしい存在だった。俺とちがってな」

竜人「ええ。我らが偉大なる魔王様です」

王「……っと、そろそろ行かないとな。悪いが、あの馬鹿の面倒を頼んだ」

竜人「了解しました」





竜人「なにをやってるんですか、勇者殿?」

勇者「見りゃわかるだろ。着替えてんだよ」

竜人「まだ入院中ですよ」

勇者「退院する」

竜人「退院するって、まだ診察もなにも受けていないのに」

勇者「わかってる。でも、オレは強くならなきゃいけない。寝てる場合じゃない」

竜人「訓練でもしに行くんですか?」

勇者「そうだ」

竜人「一朝一夕で強くなれるとでも?」

勇者「そんなこともわかってる……っ!  けど、なにもしないよりはいいだろ!?」


竜人「落ち着いて考えてください」

勇者「オレなりに考えてる!」

竜人「本当ですか?」

勇者「……」

竜人「訓練よりも先にやるべきことがあるでしょう?」

勇者「だけど……みんな頑張ってるのに……」

竜人「焦る気持ちはわかります。ですが、冷静になってください」

勇者「……冷静に、か」

竜人「今とるべき最善の行動がなにか、勇者殿ならわかるでしょう?」


王『自分の行動がどんな結果をもたらすのか、しっかり考えるんだな』


勇者「……そうだな」


勇者「まずはきちんと診察を受けて、万全の状態にしなきゃな」

竜人「ええ」

勇者「じゃあさっそくお医者さんのとこに行ってくる!」

竜人「いやいや。私が呼んできますので寝ていてください」

勇者「そうか? 悪いな」

竜人「構いません。あの方に頼まれていますしね」

勇者「あの方?」

竜人「なんにもです。では、行ってきます」

勇者「竜人」

竜人「なんですか?」

勇者「その……ありがと」

竜人「ふっ、どういたしまして」







戦士「……っ!  ね、寝てた!?」

僧侶「目を覚ましたか?」

戦士「えっと……どれぐらい寝ていた?」

僧侶「ざっと一時間ぐらいだな」

戦士「ごめん。で、例のものは見つかったかい?」

僧侶「それが……すまないが、どこに片付けたかわからないんだ」

戦士「まあこの部屋から、ものを探すのは大変だろうね」

僧侶「……暇ができたら片付けておく。あと、冒険の書も探しておく」

戦士「急に押しかけたうえに、寝させてもらって悪かったね」

僧侶「それは構わないが、お前が居眠りなんて珍しいな」


戦士「この二日間はほとんど寝てないからね」

僧侶「取り調べを受けて調査もして……大丈夫なのか?」

戦士「気になることが多くてね。落ち着いて眠ることもできない」

僧侶「寝てたぞ、さっき」

戦士「まあね」

僧侶「……薬師の件、それと第三番館の資料についてはどうなった?」

戦士「彼女もボクと同じで、ずっと取り調べを受けているよ」

僧侶「そうか」

戦士「でも、わからないんだ」

僧侶「敵の資料を盗んだ手段のことか?」

戦士「うん」


戦士「盗んだタイミングも、資料を外に持ち出した手段も、密室のトリックも。
   なにひとつわかっていない」

僧侶「薬師はなにか知っていないのか?」

戦士「そっちにはまだ聞けてないんだよ」

僧侶「あと、犯人の候補としてあげられるのは職員だけか」

戦士「そうなるね」

僧侶「だが、密室は単純に鍵がかけられていた、とかじゃないのか?」

戦士「南京錠は外に落ちていた。
   それに、その南京錠は室内ではかけられない魔術細工が施されてるらしい」

僧侶「でも南京錠を通すための鍵穴はあるんだろ?  代わりのものを通せば……」

戦士「それらしきものは見つかってないんだ」

僧侶「そっちは手詰まりってことか」


戦士「ただ、今回の件で敵も手痛い損失を出している」

僧侶「捕まった赤ローブのことか?」

戦士「そう。尋問で、例の宗教団体が調べていた教会をほぼ洗い出せた」

僧侶「……普通の尋問ではないんだろうな」

戦士「まあ色々と特殊な尋問だよ」

僧侶「とにかく敵の狙いの教会が、絞りやすくなったってことか」

戦士「うん。ボクは教会について知ることが、謎の解明の一番の近道だと思ってる」

僧侶「どういうことだ?」

戦士「ほら、以前に勇者と魔王の争いの仕組まれたワケについて話したでしょ」

僧侶「ああ」

戦士「そして勇者一行は、必ず教会送りになっているという共通点を見つけた」


戦士「このことから、ボクはずっと教会について調べていたんだ」

僧侶「あれから、なにかわかったのか?」

戦士「魔王から受け取った資料を調べていてね。五百年前の災厄のことなんだけど」

戦士「あれが仕組まれたものである、という確信を得た」

僧侶「やはりあの災厄は、実験失敗による事故ではなかったってことか」

戦士「うん。そもそも少し考えればわかることだよね」

戦士「国が混乱する数の魔物がいっせいに暴れだすなんて、作為的なものに決まってる」

戦士「そして、これがボクの推測を裏付ける資料だ」

僧侶「……魔物開発プロジェクトの記録か」

戦士「実は災厄が起きる直前に、一度かなりの数の魔物が暴走したという記録がある」

僧侶「……その魔物が、処理されたという記録がないな」


戦士「しかも国が作り出した魔物なら、なおさら処分しなきゃまずいのにね」

僧侶「だが、この災厄と教会の関係が私にはわからないんだが」

戦士「あの災厄以降、大量の魔法使いが異端審問局によって処刑された」

戦士「さらに人体に直接影響を与える魔術の禁止」

戦士「災厄とこれらのことによって、教会の権威は著しく落ちた」

僧侶「たしかに……」

戦士「そしてあの災厄以降、新しい勇者は生まれていない」

僧侶「つまりお前は、あの災厄と勇者と教会に関連性があると考えているわけか」

戦士「そういうこと」


僧侶「今のところ私は自宅待機だから、できる範囲で教会について調べておく」

戦士「それはありがたいんだけど……」

僧侶「なんだ?」

戦士「まずは部屋の片付けをきっちりして、冒険の書を見つけてほしいなあ」

僧侶「……言われなくてもわかっている」

戦士「あっ、ちなみに勇者くんには黙っておいてあげるよ」

僧侶「……う、うるさい。さっさと仕事へ行け」

戦士「ははは、それじゃあオジャマしましたー」





勇者「つまり、えっと……」


コンコン


勇者「はい! 入ってどーぞ!」

魔法使い「……元気?」

勇者「魔法使い」

魔法使い「お見舞いに来た。これ、見舞いの品」

勇者「おっ、サンキュー」

魔法使い「……なに、してるの?」

勇者「今まであったことを紙に書いてまとめてたんだ」

魔法使い「どうして?」

勇者「自分のやるべきことがなんなのか、わかるかなって思ってさ」

魔法使い「そう」


勇者「やっぱり盗まれた資料について調べるのが、一番の優先事項かな。
   そうだよ、あの捕まえた赤ローブから話を聞けないのか?」

魔法使い「……無理」

勇者「なんで?  アイツならなにか知ってるだろ?」

魔法使い「尋問では、その部分は答えない」

勇者「あの図書館の関係者を調べたりするしか、解決手段はないってことか」

魔法使い「うん」

勇者「……でも。敵のスパイがいるかもしれないんだろ?  それを見つけ出せば……」

魔法使い「……あなたたちを捕まえた、警備兵をはじめとする監獄の看守は。
     ほぼ全員殺された」

勇者「そんな……」

魔法使い「おそらく、看守の中にも、敵の間諜がいたのは、間違いない」


勇者「全員スパイだったのか?」

魔法使い「……ちがう。スパイを特定されないための、措置だと思われる」

勇者「じゃあ、オレと戦士が牢獄から脱出したとき、誰にも会わなかったのは……」

魔法使い「その時点で、すでに殺されていた」

勇者「……」

魔法使い「敵は、徹底している」

勇者「そうだな。それに、資料を盗まれた方法の特定は、難しそうだ」

魔法使い「うん」

勇者「じゃあ王様に頼んで、あの第三番館を調べさせてもらうのはどうだ?」

魔法使い「……不可能」


魔法使い「第三番館は、陛下の一存で、どうにかなる場所じゃない」

勇者「王様でもどうにもできないなんて、すごいところなんだな」

魔法使い「元老院の許可が、降りないかぎり、入れない」

勇者「ゲンロウイン?」

魔法使い「そういう組織」

勇者「ふうん。いっそのこと侵入できないかな?」

魔法使い「……勇者は容疑者候補。危険」

勇者「そういえばオレ、一回捕まってるんだよな」

魔法使い「そうじゃなくても、今は、警備が大幅に強化されている」

勇者「これも現実的じゃないか」


勇者「ほかにできそうなことは……」

魔法使い「その前に、これ」

勇者「なんだそのノート?」

魔法使い「……薬師がつけた勇者の、旅の記録帳」

勇者「そういえば、話してたな」

魔法使い「念の為に記録があっているか、確認してほしい」

勇者「どれどれ……」


勇者「うーんと、最初の一週間は特記事項なし」


勇者「その後は……結構な量の文章だな」


勇者「二週間目あたりから、魔力が暴走することがあった。回復力が凄まじい」


勇者「……そういえばそうだったかな」


勇者「で、それ以降から若干情緒不安定。情緒不安定、オレが?」


勇者「言われてみると旅の途中では、なんか変だったかもな」


勇者「しかし二ヶ月目以降は、その傾向も見られなくなる」


勇者「以降は、魔力の暴走などもなくなる」


勇者「その代わり、傷の治癒が以前より遅くなったりしている」


魔法使い「内容は合っている?」

勇者「たぶん。薬師がつけた記録だし間違いはないと思う」

魔法使い「……これは、戦士に渡しておく」

勇者「ああ、頼んだ」


コンコン


勇者「またお見舞いかな。はーいどうぞー」


薬師「……どうも」


勇者「薬師……!」

薬師「意識を取り戻されたんですね、勇者様。本当によかった」

勇者「……」

薬師「どうしました、私の顔になにかついてますか?」


勇者「いや、その……本当に薬師は無事だったんだな、って」

薬師「本当に申し訳ございませんでした、勇者様」

勇者「な、なんで頭下げるんだよ?」

薬師「私のせいで勇者様と戦士様には、大変な迷惑をかけてしまいました」

勇者「なに言ってんだよ、それは敵のせいだろ?」

薬師「いいえ。私がもっとしっかりしていれば、こんなことにはなりませんでした」

勇者「……」

薬師「資料が盗まれることも……」

勇者「…………。
   お前がたおれてるのを見たとき、本当に息ができなくなったと思った」


勇者「……もしかしたら、今回のことにで薬師を責める人も、いるかもしれない」

勇者「でもオレは、薬師が生きているってわかって本当に安心したし、嬉しかった」

薬師「勇者様……」

勇者「責任がどうとかよりも、とにかくオレは薬師が生きてたからいいかなあ、って」

薬師「でも……」

勇者「オレも戦士も無事だったし。結果オーライだろ?」

魔法使い「うん、結果オーライ」

薬師「……ありがとうございます、ふたりとも」

勇者「それに今度はオレが薬師を守ってみせる、絶対に」

魔法使い「……また守られる、可能性もあるけど」

勇者「それは否定できないな」


薬師「……ふふっ、ありがとうございます。少し、元気をもらいました」

勇者「みんなで協力して、真勇者も、薬師をあんな目にあわせたヤツも必ず捕まえよう!」

薬師「はい……!」

魔法使い「気合が、空回りしないように」

勇者「わかってるよ」

魔法使い「……本当に?」

勇者「……たぶん」

薬師「クールな勇者様っていうのも、想像つきませんけどね」

魔法使い「たしかに」

勇者「クール……」


魔法使い「……取り調べは?」

薬師「ちょうど一段落したところです」

勇者「やっぱりしばらくは、ずっと取り調べは続くのか?」

薬師「はい。あの難攻不落の第三番館から資料がなくなるなんて前代未聞ですから」

魔法使い「……勇者も退院すれば、おそらく延々と、取り調べを受けるハメになる」

勇者「うげえ、やっぱそうなるのか」

薬師「戦士様も私と同様に、ずっと取り調べを受けています」

勇者「これもあの赤ローブのヤツらのせいだよな……ん?」

薬師「どうしました?」

勇者「……スパイがいたんだよな?」

魔法使い「そう」


勇者「だったら敵のスパイって、教会にも侵入してる可能性はないか?」

薬師「……どういうことですか?」

勇者「敵はずっと教会を調べてるだろ?  だったら、この街の教会も調べるだろ?」

薬師「なるほど」

魔法使い「……敵が調べた教会は尋問のおかげで、判明しているはず」

勇者「この街の教会を調べたかどうかもわかってるのか?」

魔法使い「おそらく、まだ。……戦士にいちおう、伝えておく」

勇者「おう」


竜人「勇者殿」


勇者「おっ、竜人。どこ行ってたんだよ?」


竜人「少々街へ息抜きへ行ってました。
   ……ああ、薬師殿と」

薬師「……どうも」

魔法使い「……」

竜人「魔法使い殿……」


勇者(やっぱり竜人は、魔法使いに怯えてるように見えるんだよなあ)


竜人「勇者殿、これを市警から回収してきました」


勇者「オレの剣だ。そういや捕まったときに取られたんだよな。ありがとな」

竜人「礼には及びません」

魔法使い「……竜人」

竜人「な、なんでしょうか魔法使い殿?」

魔法使い「勇者。薬師。私と竜人は、お暇する」



勇者(魔法使いは病室を出る直前、唇の動きだけで「お楽しみに」とオレに言ってきた)

勇者(なにが『お楽しみに』なんだ?)


勇者「急に帰っちゃったな、あのふたり」

薬師「なにか用事があったのかもしれませんね」

勇者「……髪、すごい短くなったな」

薬師「ええ、切られちゃいましたから。おかげで、らくになりましたけどね」

勇者「……そっか。それにしてもやっぱり、お医者さんは忙しいみたいだな」

薬師「街に魔物が現れたせいで、怪我人も出ましたから……魔物はやはり恐ろしいです」

勇者「でもあの魔物たちは普通じゃないんだろ?
   今の魔物は人を襲わないんだし」

薬師「はたしてどちらがおかしいんでしょうか?」

勇者「……え?」

薬師「本来の魔物は人の脅威になる存在のはずです。今の状態はむしろ異常です」

勇者「たしかに昔はそうだったけど……」

薬師「魔物は危険な存在です。今の人たちは、そのことを忘れています」


薬師「街の市警だって対応が遅すぎます。
   もっと早く対応できていれば、被害はもっと小さくできたはずなんです。

勇者「それはそうかもしれないけど」


薬師「今の魔物の姿というのは、あるべき姿から外れているんです」

薬師「昔とは真逆になっていると思いませんか?」

薬師「魔物が危険なものと教えられた昔と今では、人々の認識に差があると思います」


勇者「たしかに魔物は危険な存在かもしれない」

勇者「でも、魔物だって生きてるし」

勇者「魔界にいた魔物たちは、オレたちと大きなちがいはないように思えたよ」


薬師「……すみません。私、少し疲れているのかもしれません」

勇者「薬師……」


薬師「実は陛下から、今回の任務から降りてもいいと言われたんです」

勇者「薬師もだったのか」

薬師「勇者様も同じことを言われたのですか?」

勇者「結局断ったけどな」

薬師「勇者様は、例の赤ローブのグループと戦う、ということですね?」

勇者「もちろん。逃げるつもりはない」

薬師「……もし、ですよ」

勇者「ん?」

薬師「私が勇者様に、どこかへ逃げてほしいって言ったらどうしますか?」

勇者「……どうするかな」

薬師「勇者様が逃げないという選択肢をとる、ということはわかってます」

薬師「でも、誰かに命を狙われたから逃げるというのは、普通のことだと思います」

勇者「逃げる、か」

薬師「はい。逃げてくれませんか?」

勇者「……王様には、みんなを守るために戦うって言ったんだ」

勇者「でも今になってわかったんだ。それだけじゃないって」

薬師「ほかになにか目的があるんですか?」

勇者「もしかしたら、オレ自信の秘密を知ることができるかもしれない」

勇者「赤ローブのひとりに、オレの秘密を知っているヤツがいる」

薬師「その人を捕まえたい。そういうことですね?」


勇者「うん。自分勝手な理由だとは思う。
   でも、できるならオレは自分のことを知りたいんだ」

薬師「……なにを言っても、引く気はないってことですね」

勇者「うん。オレは戦うよ」

薬師「わかりました。……私も戦います」

勇者「おう!」

薬師「でもその前に」

勇者「なんだよ?」

薬師「まずはきちんと検査を受けて、退院してくださいね」







???「まだ生きていましたか」

?「……お前か」

???「無様ですね。敵に捕まり、むざむざと情報を垂れ流しにするなんて」

?「キサマのせいでもあるんだぞ」

???「私はあなたの策に協力しただけです」

?「……だが、まだこちらが手をつけた教会についてしか、口を割っていない」

???「薬と魔術による尋問とはいえ、それぐらい耐え抜いてもらわないと困ります」

?「いちいちうるさい女だなあ」

???「…………」

?「それより、ここから出してくれないか?  そのために来たんだろ?」


???「……」

?「おいおい、まさか私にイヤミを言うためだけに、看守殺してここに来たのか?」

???「私がそんな酔狂な人間だと思いますか?」

?「……だったら早く出してくれ」

???「ええ。わかりました」

?「まったく。だいたいなぜ私がこんな目に……ぅっ!?」

???「…………」

?「かはっ……きっ、きさ、ま……な、なにをした……?」

???「ここから出たいのでしょう?」

?「な、なにを……なにを、言っている…………!?」

???「肉体を捨て、魂となればここから出られるでしょう」


?「……な、なぜ……なぜだっ!?」

???「敵に情報を垂れ流すあなたを生かしておく意味が、ありませんから」

?「…………キサ、マ……薬師ぃ……!」

???「あとは私にまかせてください」



薬師「さようなら」





戦士「こんな朝早くから陛下との謁見か……」


戦士(しかし、例の新興宗教団体の目的は一向にわからないまま)


戦士(赤いローブがトレードマーク)


戦士(『新興』となっているけど、いつ創立されたかは判明してない)


戦士(その理念は、魔物を滅ぼし人間だけの楽園を築くこと)


戦士(そして真勇者は、彼らとつながりを持っている)


戦士(とにかく尋問調書を見せてもらわないと)


戦士(ん?  なにか様子がおかしいな……)





戦士(やっぱり宮廷内の様子がおかしいな)

側近「……君か」

戦士「おはようございます、先生。なにかあったのですか?」

側近「……おおっぴらには言えないが。かなりまずいことが起こった」

戦士「いったいなにが?」

側近「捕らえた例の赤ローブが、何者かに殺害された」

戦士「!」

側近「今朝冷たくなっているのを発見されたんだ」

戦士「……殺害手段は?」

側近「目立った外傷はなかったらしい。これから司法解剖が行われる」


戦士「今朝になって見つかったんですか?」

側近「看守も全員殺害されていた。そっちも同様に目立った外傷はなかった」

戦士「……そうですか」

側近「このことは他言無用で頼むよ」

戦士「ええ。それと、頼まれていたものです」

側近「これが君のギルドの構成員の名簿だね」

戦士「はい」

側近「わかった。預かっておく」

戦士「先生」

側近「なにかな?」


戦士「敵はやはり、味方側に潜んでいると考えるべきですよね」

側近「なにを今さら」

戦士「たとえば、陛下の側近である先生とか」

側近「……ふむ。君は僕を疑っているのか」

戦士「たとえ話ですよ」

側近「まあ僕が君の立場だったら、同じように考えるかもね。それで?」

戦士「いえ。とりあえず、カマをかけてみただけです」

側近「疑心暗鬼と警戒は似て非なるものだ。
   真実を知りたいなら、本当に疑わなければいけなものがなにか、見極めることだ」

戦士「……忠告、痛み入ります」

側近「本当に思っているんだか」

戦士「いちおう」


側近「陛下ならすでに王の間にいらっしゃる」

戦士「先生は?」

側近「僕は僕でやることがある。この状況でやることがない人間などいないがね
   君もがんばりたまえ」

戦士「はい。では、失礼します」



戦士(……先生が裏で手を引いている可能性はある)

戦士(本当に疑うべきものか)







王「つまり、話は側近から聞いているわけだな」

戦士「ええ」

王「それと、バカ勇者が風穴開けて見つけた研究機関についてだが」

王「お前の読みは当たっていた」

王「ウルフをはじめとする暴走した魔物の多くが、あそこに存在したものだ」

戦士「では、サイクロプスも?」

王「ああ。俺ですら存在を知らなかった場所だ」

戦士「あの研究機関、今は使われてないのでしょうか?」

王「あそこにあった薬品から推測して、使われなくなって半年前後だそうだ」

戦士「半年……」


王「それと、これだけは許可がおりたから見せてやる」

戦士「このスティックのような、カプセルのようなものはなんですか?」

王「第三番館に入ったとき、見なかったか?」

戦士「では、これが第三番館にある資料の形なんですね」

王「ああ。人差し指サイズだから、隠し持つのは不可能ではないな」

戦士「……第三番館に入るのは、やはり不可能ですか?」

王「元老院のジジイどもの首を縦に振らせるのは、おそらく無理だ」


戦士(自分のほうがジジイじゃん)


王「今失礼なことを考えなかったか?」

戦士「気のせいでしょう」

王「……まあいい」




僧侶「やはり、古い教会記録をさかのぼっても大した記録はなかったか」

勇者「ちっちゃい教会だったし、仕方ないんじゃないか」


僧侶(無事退院した勇者を引き連れて、私は自分の勤め先の教会に訪れた)

僧侶(今はその帰りだ)


勇者「なんで街の教会を調べなかったんだ?」

僧侶「今は一部関係者しか入れなくなってるんだ」

勇者「まあ、あんなことがあったばかりだもんな」

僧侶「私から誘っておいてなんだが、勇者は取り調べとかはないのか?」

勇者「朝から取り調べがあるはずだったけど、夜に変わった。理由は知らない」

僧侶「そうか」


勇者「なあ、武器を変えるってどう思う?」

僧侶「剣から得物を変える気か?」

勇者「いや。参考までにさ」

僧侶「私はオススメしないな。付け焼刃の技術はすぐにボロがでる」

勇者「あー、じゃあなんか便利そうな道具は?」

僧侶「急にどうしたんだ?  武器に興味を持ったのか?」


勇者「病院にいる間、自分にできることを考えたんだ」

勇者「で、色々考えたけど最終的には強くなるしかないって結論になった」

勇者「でも急には強くなれないだろ。だから、なにかを変えようと思って」


僧侶「なるほど」


勇者「僧侶は男顔負けの腕っぷしだけど、なんかすごい鍛え方してるのか?」

僧侶「……。私は腕力が特別秀でているわけじゃない」

勇者「あれ?」

僧侶「魔界でも説明したと思うが。私は魔力をグローブで増幅させているんだ」

勇者「それであの威力になってるのか」

僧侶「ああ。その代わり、燃費はかなり悪いけどな」

勇者「うーん。やっぱり習得は難しいよな?」

僧侶「私の場合はグローブを三、四十個ぐらい破壊したな」

勇者「そんなに!?」

僧侶「一時期、周りからグローブマニアだと思われていた」

勇者「……オレには無理そうだ」


勇者「武器と言えば、『勇者の剣』って知ってるか?」

僧侶「おとぎ話の中の架空の剣のことだな」

勇者「実在しないのか?」

僧侶「その手の話ではよく出てくる。けど、実在するという話は聞いたことがない」

勇者「……そのさ、変なこと言っていいか?」

僧侶「へ、変なこと?」


僧侶(勇者の顔には迷いが色濃く出ていた)

僧侶(その顔は魔界でも、一度見た覚えがある)


僧侶「とりあえず話してみてくれないか?」

勇者「うん。……ときどき変な夢を見るんだ」


勇者「夢なんだけど、誰かの記憶みたいなんだ」

僧侶「誰の記憶かはわからないのか?」

勇者「よくわからない。その誰かはひとりじゃない……と、思う」

勇者「その誰かの記憶の中で、出てきたんだ。勇者の剣の話」

僧侶「……そうか」

勇者「まあそんな気にしないでくれよ。とにかく勇者の剣の夢を見たんだよ」


僧侶(正直、なんて勇者に返したらいいのかわからなかった)


僧侶「……勇者の剣は、剣であると同時に実体をもたないなんて話も聞いたことがある」

勇者「どういうことだ?」

僧侶「決められた形がないってことだ。持ち主によって形状が変化するとか」


勇者「でもやっぱりすごい剣なんだろうな」

僧侶「本当にあれば、だがな。それに……」


僧侶(使えるのは『勇者』のみと言われている)


勇者「それに?」

僧侶「いや……それより勇者」

勇者「どうした?」

僧侶「お腹空かないか?」

勇者「実は今日、朝からまだなに食べてないんだ」

僧侶「本当か。だったら……」


女の子「あー!  シスター!」


僧侶(なぜこのタイミングで……)


勇者「あっ。ませてるヤツだ」

女の子「シスター、またこの変なお兄ちゃんと一緒にいるの?」

僧侶「えっと……お仕事です」

勇者「まあ仕事といえば、仕事か」

僧侶「それよりどうしてこんな山道をひとりで?」

女の子「たまにはひとりでシスターに会いに行こうと思って」

僧侶「そうだったのですか」

女の子「でも、ここで会えたし教会に行く必要はなくなっちゃった」



僧侶(そういえば、この子は図書館の前で変な男がいると言っていたな)

僧侶(もっと警戒しておくべきだったのかもしれない)


女の子「シスターとお兄ちゃんは、仕事仲間なんだよね?」

勇者「仕事仲間、なのか?」

僧侶「簡潔に言うと、そうなのかもしれませんね」

女の子「ふーん」

僧侶「どうかしましたか?」

女の子「単なる仕事仲間相手なのに、シスターはなんだか楽しそうだなあって思って」

僧侶「……そうですか」



僧侶(たしかに。ませてるな……)




竜人「この資料でよろしいですか?」

魔法使い「……ありがとう」


竜人(なぜ魔族であり使者である私が、こき使われているのだろうか)

竜人(しかもこの女性は口数が少ないから、なにを考えているのか読めない)


魔法使い「やっぱり」

竜人「なにかわかったのですか?」

魔法使い「……この国は災厄以降、様々な海外諸国の介入を、受けている」

竜人「しかし、現在は完全に独立しているんですよね?」

魔法使い「うん。でも、これを見て」

竜人「……国の復興関係資料ですか」

魔法使い「……私たちの国が、指揮をとっている」


竜人「ああ、なるほど。復興指揮をとっているのは、この国ってことですね」

魔法使い「そう」

竜人「他国の人間はあくまで労働資源としてしか、使われてない」

竜人「そして現在この国は完全に独立し、魔術大国として復活している」

魔法使い「……ほかにも、気になることはある」

竜人「ふむ……って、んっ!?」


竜人(不意に足もとが光ったと思ったら、魔法陣が展開された)


竜人「なんですかこの紙は?」

魔法使い「例のサイクロプスの、解剖結果」

竜人「この手の魔術というのは便利ですね」


魔法使い「……私たちは日陰者だから、人目につくのは好まない」

竜人(魔女狩り、か)

魔法使い「だから、ときどき退屈で、死にそうになる」

竜人「はあ」

魔法使い「だから、またあとで……」

竜人「ま、またですか!?」

魔法使い「おねがい」


竜人「え?  いや、そのできれば……」

魔法使い「あとで、いいから。
     これは…………そっちの資料をとって」

竜人「これですか?  なにかわかったんですか?」

魔法使い「……このサイクロプス、似ている」

竜人「似ている?」

魔法使い「勇者に」




??「あなたの正体を隠し通すのは、そろそろ無理でしょうね」

薬師「そうかもしれません」

??「そしてあの偽勇者によって、あの機関もバレてしまいました。
   私の正体に気づくのも秒読みでしょうね」

薬師「では、あの勇者を今度こそ捕らえる必要がある、ということですね?」

??「ええ。そしてそれが確実にできるのはあなただけです」

薬師「……私だけ、ですか」

??「勇者パーティとしてのあなたの役割は終わりです」

薬師「……」

??「なにか言いたげですね」

薬師「いいえ、なにも」

??「なら、いいんですけどね」


??「例のものを手に入れれば、我々の目的は果たせるんです」

薬師「わかっています。ただ、ひとつおねがいしたいことがあります」

??「なんですか?」

薬師「『勇者様』とお話をさせていただきたいのですが」

??「なんのために?」

薬師「……」

??「まあいいでしょう。ついてきなさい」

薬師「ありがとうございます」







??「お客様ですよ、勇者様」


 真勇者は培養槽の中で眠っていた。
 ゴボリと培養槽の中の液体が泡立つと、真勇者はゆっくりと目を開いた。


真勇者『……』

薬師「あなたとお話したいことがあります」

真勇者『……ここを開けろ』

??「かしこまりました」




真勇者「俺になんの用だ?」

薬師「……あなたの過去のことを知りたいと思って」

真勇者「それを知ってどうなる?」

薬師「わかりません。でも、聞いておきたいんです」

真勇者「逆に聞こう。あの偽物についてどう思う?」

薬師「…………必死、でしょうか」

真勇者「必死?」

薬師「彼は幼稚です。そしてそれを自覚しています。ゆえに常に必死なんだと思います」

真勇者「必死か」

薬師「あなたはどうなんですか?」

真勇者「ヤツの有り様には興味がない。ただ、ヤツの力は俺にとって必要だ」


真勇者「だが、あの偽物は俺にアイツのことを想起させる」

薬師「あいつ?」

真勇者「馬鹿で猪突猛進。腕は悪くない。だが頭の悪いヤツだった」

薬師「あなたのパーティーのひとりだった方ですか?」



真勇者「ああ。アイツは馬鹿だったが、俺より物事をしっかり考えていた」


真勇者「魔法使いは、なんでも知りたがるヤツだった。
    将来は自分の魔法を人々の役に立てたいと言っていた」


真勇者「僧侶はいつも一歩引いたヤツだった。アイツが一番よくわからなかったな。
    だが、誰よりも気遣いのできる女で、優しいヤツだった」


薬師「素敵な人たちだったんですね」

真勇者「素敵か。そうだな、今思えばとても大切な仲間だった」


真勇者「だが全員俺より先に逝った」


真勇者「誰かが仕組んだ過ちによって、みんな死んだんだ」


真勇者「魔法使いは魔女狩りの犠牲になった」


真勇者「戦士は、災厄で出現した魔物と戦って」


真勇者「僧侶は魔物に襲われそうになった子どもを庇って」


真勇者「みんな死んだ。俺だけが、今なおこうして生きている」


真勇者「言ってみれば俺は亡霊だ」


真勇者「お前は知っているか。勇者と魔王のおとぎ話を」

薬師「世界は勇者と魔王のためにあり、それ以外は舞台装置だっていう話ですか?」

真勇者「そうだ。この話、どう思う?」

薬師「勇者と魔王という存在が、世界にとってそれだけ強大な存在だった。
   ……ということでしょうか?」


真勇者「どういう経緯で、そんな話ができたかは知らない」

真勇者「……なにがこの世界は勇者と魔王のためにある、だ」

真勇者「かつて勇者だった俺は、自分の仲間さえ助けられなかった」

真勇者「俺は無力だ。だが、それでも真実を暴き、世界を是正する」


薬師「……あなたにとってこの組織と私たちは、なんなんですか?」

真勇者「お前らとは目的が一緒なだけだ」


真勇者「お前たちは仲間でもなんでもない」

薬師「そうですか」

真勇者「俺の仲間はアイツらだけだ」

薬師「では……あなたはずっと独りなんですね」

真勇者「そうだな。だが、それはお前もじゃないのか?」

薬師「……」

真勇者「話はすんだか?  終わったのなら俺は戻る」

薬師「待ってください」

真勇者「まだなにかあるのか?」

薬師「……もうひとつだけ。話しておきたいことがあります」




勇者「今日は訓練に付き合ってくれてありがとう、ふたりとも」

僧侶「ずいぶんとすっきりした顔をしてるな」

竜人「そうですね」

勇者「いやあ、昨日はほとんど一日、取り調べで拘束されてたからなあ」

僧侶「お前も大変だな」

勇者「僧侶はなにもないのか?」

僧侶「私は昨日、洗礼式の準備があったぐらいだ。
   相変わらずゴタゴタしているせいで、色々と行事も延期になっている」

勇者「そうか。あ、そういえば薬師には会ってないか?」

僧侶「ここのところは会っていないが、どうかしたか?」

勇者「いや、オレもこの四日間ぐらい見てないからさ。気になったんだ」


竜人「私も見てないですね」

勇者「……アイツ、なにか悩んでるのかもしれない」

僧侶「薬師が?」

勇者「いや、直接言われたわけじゃないけど、少し様子が変な気がする。
   僧侶、会ったら元気づけてやってくれないか?」

僧侶「私が?」

勇者「やっぱり女のことは女かなと思って」

竜人「勇者殿は女性の心の機微に、よく通じているはずでは?」

僧侶「勇者が?  心の機微だと……?」

勇者「あ、いやそれは……まあとにかく!  頼むよ僧侶」

僧侶「……わかったよ」







魔法使い「少しやつれた?」

戦士「……そう見えるかい?」

魔法使い「わりと」

戦士「久々に仕事に追われるっていう感覚を味わっているよ」

魔法使い「なにしてたの?」

戦士「報告書のまとめ時期でね。さっきようやく提出し終えたところだよ」

魔法使い「そう」

僧侶「魔法使いに戦士」

戦士「おや、僧侶ちゃんじゃないか」

僧侶「ふたりとも仕事か?」

戦士「いや、仕事をちょうど終わらせたところだよ」


戦士「僧侶ちゃんは?」

僧侶「さっきまで勇者と竜人と、訓練をしていた」

戦士「勇者くんはどうしたんだい?」

僧侶「昨日から一睡もしていなかったみたいで、これから寝るそうだ」

戦士「まっ、勇者くんもなんだかんだ忙しいからね」

魔法使い「……みんな、時間に追われている」

戦士「ちょうどいいや。これから時間あるかい?」

魔法使い「……飲みに行く?」

戦士「すごいソワソワしてるところ申し訳ないけど、今飲むのはまずい」

僧侶「戦士は今にもたおれそうだな」

魔法使い「……じゃあ、私だけ飲む」







戦士「魔法使い」

魔法使い「なに?」

戦士「グラスに口つける前に、頼んでた資料を頼むよ」

魔法使い「…………はい」

戦士「ありがと」

僧侶「それは?」

戦士「ひとつが災厄後の国の復興関係資料。
   こっちが、勇者くんが壁をぶち破って見つけた正体不明の研究機関の資料。
   あとはギルドやその他諸々の資料だね」

僧侶「ある意味で勇者はお手柄だったってわけか」

戦士「勇者くんのおかげで、陛下すら知らなかった機関を発掘できたわけだからね」


僧侶「こっちは?」

戦士「ボクが任されてるギルドとは、べつのところの名簿と記録だよ」

魔法使い「……私が、戦士の代わりに受け取っておいた」

僧侶「名簿を見てみたが知っている人は……あっ」

戦士「どうしたんだい?」

僧侶「いや、薬師は私たちとはちがうギルドに所属しているんだなと思って」

戦士「ボクのギルドにいたなら、第三番館に勤めるエリートだからね。知らないわけがないよ」

僧侶「それもそうか。薬師は半年前からギルドに加入しているんだな」

魔法使い「……飲んでいい?」

戦士「もうちょっとだけ待ってよ」

魔法使い「……むっ」


戦士「あとはなにか伝えておくことはない?」

僧侶「私は特にないな」

魔法使い「……私は、ある。勇者が言っていた」

戦士「なんて?」

魔法使い「赤ローブが、この街の教会を調べたのかどうか」

戦士「この街の教会は、たしか調べられてないはずだ」

僧侶「なんで勇者はそんなことを言ったんだ?」

魔法使い「敵のスパイがいたなら、この街の教会も、調べられているはず」

戦士「……って、言ってたわけね。でも尋問では口にしてないんだよね」

僧侶「つまり、敵はまだ調べていないってわけか」

戦士「……いや」


僧侶「どうした?  それは研究機関の資料だろ?」

戦士「ちょっと待って。……僧侶ちゃん」

僧侶「なんだ?」

戦士「さっき薬師ちゃんがギルドに加入したのは、いつって言った?」

僧侶「……半年前だ。ここにそう書いてある」

戦士「殺された側近の推薦で勇者くんの監視と護衛を任された、か」

魔法使い「……なにか、わかったの?」

戦士「……例の研究機関が、使われなくなったのもおよそ半年前」

僧侶「戦士?」

戦士「そして例の側近が殺されたのも、半年前」


戦士「……教会はずっと前に……そして、彼女は……第三番館では…………」

僧侶「ど、どうしたんだ?」



戦士「……そういうことかっ!!」



僧侶(戦士が突然、テーブルに思いっきり両手の拳を打ちつけた)

戦士「こんなチャチな手に引っかかったなんて……ボクは大バカだっ!」

僧侶「お、落ち着け。いったいどうした?」

戦士「わかったんだよっ!  どうやってあの第三番館から資料を盗んだのか!」

僧侶「……ほんとか?  いったいどうやって?」

戦士「移動しながら説明する」


僧侶「移動しながらって……」

戦士「魔法使い、お酒はまた今度だ!」

魔法使い「え……」

戦士「ふたりとも、ついてきて」

僧侶「どこへ行く気だ?」

戦士「もちろん、犯人のところにだよ」







コンコン


勇者「ぅん……」


勇者(真っ暗だな。今何時なんだろ?)



コンコン



勇者「はーい、ちょっと待ってくださーい。今開けます」

薬師『……勇者様、私です』

勇者(薬師?)


勇者「よっ、薬師」

薬師「夜分にすみません、勇者様」

勇者「最近、ずっと会ってなかったな。元気だったか?」

薬師「はい。突然ですが、勇者様にどうしても話しておきたいことがあります」

勇者「オレと?」

薬師「はい。ついてきてくれませんか?」

勇者「べつにいいんだけど、ここじゃあダメなのか?」

薬師「ええ。できればべつの場所がいいんです」

勇者「わかった」

薬師「ありがとうございます」



 薬師がきびすを返す。
 ふわりと長い髪が月の光を浴びて大きく膨らんだ。







僧侶「それで、いったいどうやって敵は資料を盗んだんだ?」

戦士「……あの第三番館でなにがあったのか、ほぼ予想はついている」

戦士「犯人はもちろんわかっている」

戦士「あそこから資料を持ち出した方法も、密室のトリックも」

僧侶「……回りくどいのは、今回はなしだ」

戦士「まんまとボクらは引っかかったんだ」

僧侶「引っかかった?」

戦士「えーっとだね、非常に言いづらいんだけど……」

僧侶「だから早く言え」

戦士「あの資料を持ち出したのはほかでもない――ボクだ」


僧侶「持ち出したって……お前また裏切ったのか!?」

戦士「ちょっとやめてよ、そういう言い方!  ボクが裏切りキャラみたいになるじゃん!」

僧侶「実際に魔界で一度裏切っただろうが!」

戦士「あ、あれは……」

魔法使い「話が進まない。続きを、話して」

戦士「ゴホンッ……ようはボクは敵の手にまんまと引っかかったんだよ」

僧侶「敵というのは、例の赤ローブのことか?」

戦士「そう。そしてその赤ローブのひとりが、ボクをハメたヤツだ」



戦士「――薬師。彼女だ」


僧侶「薬師が……!?」

戦士「彼女が敵のスパイだとしたら、すべてに説明がつく」

僧侶「……本気で言っているのか?」

戦士「ボクは冗談が得意じゃない」

僧侶「どうしてそう思った?」

戦士「彼女が第三番館勤務だからだよ」

魔法使い「……どういうこと?」


戦士「あそこの資料は、職員すら中身そのものは見ることはできない」

戦士「だから初めて入った人間では、目的の資料を盗み出すのは不可能だ」


僧侶「だが、それだけで薬師が犯人と決めつけるのは早計じゃないか?」

戦士「それだけじゃない」


戦士「ここでもうひとつ注目したいのが、『半年前』というキーワードだ」

僧侶「半年前?」




戦士「勇者くんが見つけ出した、謎の研究機関の話は覚えてる?」

戦士「あれは調査の結果、半年前から使われてないことが判明した」

戦士「そして、半年前と言えば真勇者が陛下の側近を殺したときと一致している」


戦士「さらに勇者くんが言っていた、『この街の教会は調べられたのか』」

戦士「捕らえた赤ローブの口からは、この街の教会の名前は出てない」

戦士「しかし、これっておかしくないかい?」

戦士「赤ローブの連中は、とにかく教会を探し回っている」

戦士「陛下のお膝元の教会ではあるけど、スパイがいたことを考えれば」

戦士「それが理由で調べていないというのは、ちょっと考えられない」


戦士「だったらこう考えるのが、自然じゃないかな」

戦士「もうとっくにこの街の教会は調べられていた」

戦士「そして、もうひとつ思い出してほしいことがある」

戦士「例の側近が殺された状態。死体は判別不可能なまでに、切り刻まれていた」

戦士「唯一残っていた遺留品から、かろうじて側近その人だとわかった」

戦士「……死体の状況から考えると、それが残ってるのって少し不自然じゃない?」

戦士「でもこれは、殺されたと思わせるのが目的だったとしたら?」


僧侶「じゃあ、まだその側近は生きている……?」

戦士「うん。十中八九ね」

僧侶「だが、なんのために?」

戦士「理由はいくらでも挙げられる。殺されたことにすれば、自由になれるしね」


僧侶「だが、少し話が飛躍しすぎている気が……」


戦士「これだけだったらね。ここで、薬師ちゃんについて考えてみよう」


戦士「彼女はこの側近の、推薦で勇者くんの監視役に選ばれた……半年前に」


戦士「死んだ側近と入れ替わるように、ね」


戦士「彼女が敵のスパイだとすると、色々としっくり来ることがある」


戦士「まず、思い出してほしいのが女王の手記」


戦士「五体バラバラにされた死体が保管されていたっていう教会に行ったよね?」


戦士「あの教会の調査のあと、なぜか陛下に手記のことがバレた」


戦士「てっきりボクらについていた監視が、陛下にリークしたのかと思った」


戦士「だけどいるよね、ひとりだけ。あの手記の存在を知らなかった人間が」

僧侶「……薬師か」

戦士「まあこれは、陛下に聞けばわかることだ」

僧侶「だが、どうして彼女は陛下に手記のことを教えたんだ?」

戦士「わかってたんだよ。陛下に伝えれば、自分がその手記を複写するってことが」

僧侶「じゃあその手記は……」

戦士「余分に複写したはずだ。そして、敵組織は手にしたはず」

僧侶「……ほかにもまだ薬師が敵だっていう根拠はあるのか?」

戦士「ある。僧侶ちゃんたちが、魔界使者を迎えに行ったときのことだ」


戦士「極秘に行われたこの任務」

戦士「しかし、勇者くんいわく敵にバレていた可能性がある」

戦士「仮に勇者くんの言ったことが本当だと仮定する」

戦士「薬師ちゃんも、魔界の使者を迎えに行くことは知っていた」


僧侶「薬師が敵にリークしたっていうのか?」

戦士「そう考えれば、納得がいくんだよ」

僧侶「だが……いや、ひとつ私も奇妙だと思うことはあった」

戦士「なにかな?」

僧侶「さっき話に出た教会を調べたとき、赤ローブのヤツが現れたのを覚えてるか?」

戦士「うん、ゴーレムを引き連れてたよね」


僧侶「そしてそのゴーレムを倒したとき、私は『ほのおのパンチ』を使った」

僧侶「だが、そのとき薬師はその場に居合わせていなかった」

僧侶「なのに薬師はこう言ったんだ」

僧侶「『僧侶様の炎の攻撃はすごかったですよ』って」

僧侶「てっきり私は魔法使いか、誰かに聞いたのかと思っていた。だが……」


魔法使い「……私ではない」

戦士「住民の避難や手当で、話す暇は誰ひとりなかったはずだよ」

僧侶「……だが、第三番館で薬師が死にかけたことはどう説明する?」

戦士「なに、ここからが本題だ」


戦士「ボクらが引っかかった資料を盗んだ方法は、極めて単純だ」

戦士「なにせ薬師ちゃん自身のからだに、資料を隠しただけだからね」

僧侶「そんなことをしても、ボディチェックでバレる……いや、そういうことか」

戦士「そう。彼女は受けてないんだよ。重傷を負っていたからね」

僧侶「そのうえ、見張りの兵のひとりは敵の息がかかっていたものだった……」


戦士「うん。出入りできる場所がひとつしかない第三番館で、資料を持ち出すには」

戦士「この手段しかなかったんだ」

戦士「血だらけで発見されたけど、ボクらは傷の確認なんか一切していない」

戦士「しかも第三番館から病院へ搬送されて、敵に誘拐されるという一連の流れ」

戦士「できすぎてる。前もってそうなるとわかってたんだ」


僧侶「一度殺しかけた人間を誘拐するというのも、考えれば変な話だな」

戦士「しかも病院を襲撃するなんて、面倒この上ないことをしている」

僧侶「陛下の側近と薬師。両方から考えれば、戦士の推測は正解と考えていいのか」

戦士「おそらくね。……まったく、先生の言うとおりだった」

僧侶「それで、結局密室のトリックはどうなったんだ?」

戦士「ああ、トリック?  これだよ」

僧侶「これって……」




側近「ここにいましたか、陛下」

王「戦士が言っていたことが気になってな」

側近「と、言いますと?」

王「ヤツは勇者と魔王の争いが仕組まれたものと考えた」

王「そしてその理由は、勇者という人間兵器を育て上げること」

王「お前の愛弟子の推理、見事なものだ」

側近「いちおう自慢の弟子ですからね」

王「そのようだな。それに雰囲気が少し似ている」

側近「私と彼が、ですか?」

王「ああ。どことなくだがな」

側近「うーむ、それは喜んでいいのでしょうか」


王「知らん。だが優秀な弟子を持てるのは、師匠として嬉しいだろ」

側近「そうですね。なにより彼は、教えがいのある子でしたからね」

王「優秀だからか?」


側近「いいえ。努力を惜しまない子だからです」

側近「極めて難しい課題だろうが、諦めずに最後までやりきる」

側近「本人は天才肌を気取ってますが、人一倍努力家なんですよ」


王「……なんだか嬉しそうだな」

側近「そうかもしれませんね」

王「しかし。お前の弟子の推理には問題点がひとつある」

側近「……彼の推測を裏付けるには、勇者を特定する手段が必要、ということですね」

王「そうだ。その手段がないかぎり、戦士の推測は正解とは言えない」


側近「おっしゃるとおりです」

王「歴代の勇者の記録を漁ってるんだが、共通点らしい共通点はほとんどない」

側近「ひとつもないのですか?」

王「しいて挙げるなら、幼少の頃から訓練を受けているってぐらいか」

側近「しかしそれは……」


王「ああ。魔物から身を守るために、当時の人間のほとんどが訓練を受けている」

王「争いが仕組まれていた期間は、おそらくそこまで長くないはずだ」

王「……ダメだ、わからんな」


側近「この五百年の間、勇者が現れていないことと関係があるんでしょうか?」

王「わからん」


王(あの女は『本物の勇者は今も生きている』と言っていたらしいが)

王(俺にはそうは思えない)

王(魔王と勇者はあの災厄までは、ほとんど同時に存在していたと言っていい)

王(魔王は植物状態とはいえ、生きていてた)

王(勇者も存在はしていた。ただし、勇者は封印されていた)

王(封印状態も生きているのと同じだから、新たな勇者は誕生しないのか?)

王(しかし、あの女は魔王を封印しなかった)

王(それは封印したら、新しい魔王が生まれると考えたからではないか?)

王(……わからんな)

王(せめてヤツが生きていれば……)





勇者「薬師。いったいどこへ向かってるんだ?」

薬師「…………」

勇者「おーい、聞いてるか?」

薬師「……勇者様、手を出してもらえますか?」

勇者「手?」

薬師「はい」

勇者「これでいいか」

薬師「少し、失礼します」


勇者(薬師は俺の手を握ると、なにかをつぶやいた)


勇者「薬師?」

薬師「ありがとうございます。それでは行きましょう」


勇者「ちょっと待ってくれ」

薬師「……なぜですか?」

勇者「なぜって……だってさっきから行き先も言ってないし」

薬師「今は黙ってついてきてくれませんか?」

勇者「どうしたんだよ、薬師」

薬師「なにがですか?」

勇者「なんか様子がおかしいぞ。薬師らしくないっていうか……」

薬師「べつに。私は普段通りですよ」

勇者「……なにか、悩みでもあるのか?」

薬師「……」

勇者「ちょっ……だから待てよ。どこへ行くんだ?」


勇者(結局オレは黙って、薬師について行くことしかできなかった)


薬師「着きましたよ」

勇者「着いた?  さっきから森を歩いているだけで、なにもないぞ」

薬師「ここから移動するんですよ」

勇者「!?」


 勇者の脇腹を鋭い痛みが走った。遅れて血が地面に飛び散る。
 なにが起きたか理解できなかった。


勇者「ぐっ……!」

薬師「抵抗しなければ、これ以上なにもするつもりはありません」

勇者「……薬師っ!?」

薬師「なにが起きているか、理解できないって顔をしてますね」


勇者「薬師、オレになにをし……っ!」


 勇者が口を開こうとしたときだった。再び鋭い痛みが走る。
 今度は足だった。だが、武器と思わしきものを彼女はもっていない。


薬師「あなた方が言うところの新興宗教グループ」

勇者「なにを……」

薬師「私はその一員なんです」

勇者「なにを……なにを言っているんだ?」

薬師「まだわかりませんか?」




薬師「――私はあなたの敵、ということです」






僧侶「これって……」

戦士「そう。現場に散乱していたもの」

僧侶「……髪の毛じゃないか。どうやってこんなもので……」

魔法使い「簡単。束にした髪を、南京錠の代わりにとおす。それだけ」

戦士「うん、密室トリックなんて言ったけど、こんな簡単なことだったんだよ」

僧侶「だが髪の毛で扉の固定ができるのか?」

戦士「髪っていうのは意外と強度がある」

魔法使い「……さらに、彼女は髪に、魔力を流しこめる」

戦士「密室はボクらを混乱させるためだったんだろうね」

僧侶「だが、髪を使ったのならそれに気づくんじゃないのか?」


戦士「いや、気づけないよ」

僧侶「どうして?  扉を破壊したとしても、束にした髪なら床に残るはずだ」

戦士「言ったでしょ?  現場には髪の毛が散乱してるって」

僧侶「……そういうことか」

戦士「うん。現場に散らばっていた髪は、カモフラージュだったんだよ」

魔法使い「極めて単純なトリック。でも、引っかかった」

戦士「悔しいけどね、まんまと敵の術中にハマったってわけだ」

僧侶「薬師はなぜあんな組織に……」

戦士「それは、彼女を捕まえればわかることだ」

寝落ちしていた
いちおう投下していた分は全部投稿したから
ここから新しいのを投稿していきます


戦士「おっと、ここが彼女がいる宿舎だね。部屋は……ここだね」

魔法使い「……勇者には、伝えるの?」

戦士「……。いや、やめておこう」


僧侶(だが、ここの宿舎には勇者もいる)


戦士「とにかく今は彼女を捕まえるのが先だ」

魔法使い「うん」

戦士「……ボクの推理が単なる勘違いだったら、それでもいい」

僧侶「……」


コンコン


戦士「薬師ちゃん、いるかい?」

魔法使い「気配がしない」

僧侶「どこかへ出かけているのかもしれない」



魔法使い「……気配は、しない」

戦士「魔法使い。軽い魔術で扉に穴を開けて」

僧侶「いくらなんでも、そこまでしなくても……」

戦士「なにかイヤな予感がする。急いだほうがいい」


僧侶(魔法使いは扉に拳サイズの穴を開けると、その穴から手を通して鍵を開けた)


魔法使い「開いた」

戦士「オジャマします……って、これは……」

僧侶「モノがなにもない」

魔法使い「もぬけの殻」



僧侶「ここは本当に薬師の部屋なのか?」

戦士「記録では間違いなくここだよ」

魔法使い「……逃げられた?」

戦士「彼女も気づかれるのは、時間の問題だってわかってたんだろうね」

僧侶「じゃあ薬師は本当に……」

魔法使い「どうする?」

戦士「やはり、勇者くんの部屋に行こう」






僧侶「勇者! 勇者、いないのかっ!?」

戦士「……まずいかもしれない」

魔法使い「やはり部屋に、気配がない」

僧侶「どこかへ出かけたのか……まさか……」

戦士「すでに敵の手にかかった可能性がある。勇者くんは狙われているからね」

魔法使い「追わないと、まずい」

戦士「ああ。だけど彼らはどこへ……」


   「教えてあげよっか?」


僧侶「どうしてあなたがここに……」






薬師『挨拶が遅れて申し訳ございません、薬師って言います』

勇者『キミも真勇者の捕獲任務に参加するのか?』

薬師『ええ。……どうかしましたか?』

勇者『いや、こんな女の子が任務に参加するなんて、と思って』

薬師『あの、もしかして誤解していませんか?』

勇者『誤解?』

薬師『勇者様については、すでに書類で存じ上げております』

勇者『それがどうしたんだ?』

薬師『そして勇者様が私より年下であることも』

勇者『は? キミがオレより年下!?』



薬師『そうです。これでもきちんと、ギルドにも所属しています』

勇者『全然そんなふうに見えないな』

薬師『よく言われます。でも、ある方の推薦を受けてこの役になったんですからね』

勇者『……そっか』

薬師『あ、今少し目が泳ぎましたよね?』

勇者『そ、そんなことないよ?』

薬師『まあ私の実力は、そのうち披露できると思います』
    それともうひとつ。勇者様の監視兼護衛役、及び健康管理も任されていますから』

勇者『よくわからないけど、よろしく頼む』

薬師『はい。勇者様は私が必ずお守りします』





薬師『どうして、あんな無茶な庇い方をしたのですか?』

勇者『ごめん』

薬師『あの程度なら、私でも十分対応できました』

勇者『……』

薬師『勇者様はやはり、私のことを信用していませんよね』

勇者『……そういうわけじゃない』

薬師『なら、どうしてさっきは私を守ったりしたんですか?』

勇者『守られっぱなしはイヤだから』

薬師『なにを言ってるんですか? 私は勇者様の護衛ですよ』

勇者『それはわかってる。でも、オレたちは仲間でもあるだろ?』



勇者『オレたちは真勇者を追う仲間だ。仲間が仲間を庇うのは当たり前だろ?』

薬師『言いたいことはわかりました。でも』

勇者『でも?』

薬師『勇者様はやっぱり、私のことを信用してませんね。
   仲間だって言うなら、信頼して任せてもよかったはずです』

勇者『そうだな……ごめん、それは謝る』

薬師『いいですよ。いつか勇者様の信頼を勝ち取ってみせますから』

勇者『頼もしいな』

薬師『言っておきますけど、私もまだ勇者様を信頼してませんからね』

勇者『そう言われるとツライな。……信頼し合える関係か』

薬師『なれるといいですね』

勇者『なれるよ、きっと』





 なにか鋭い針のようなものが、頬を横切った。
 勇者はとっさに体勢を低くしたが、そのときにはすでに頬の肉は裂けていた。


勇者「……くっ!」

薬師「逃げてもムダです。私からは逃れられません」

勇者「……どうして」

薬師「はい?」

勇者「どうしてあんなヤツらの仲間なんかに……」

薬師「勘違いしていませんか?
    もとから私はスパイとして、ギルドに潜りこんだんですよ」

勇者「じゃあ……今までのは全部ウソだって言うのか……?」



勇者「なにもかも偽りだったっていうのか……?」

薬師「ええ。情報の横流しとあなたたちの監視。それが私の役目でしたから――」
 

 ほとんど本能的に勇者は動いていた。正体不明の凶器が夜闇を裂く。
 地面に飛び込むように片手前転する。

 薬師の真ん前に回り込み、彼女の腕をつかもうとしたときだった。


勇者「……なっ、なんで……」

薬師「言いましたよね。ムダだって」


 あと少しというところで、勇者の動きが完全に止まる。



 いつの間にか、腕と足になにかが絡みついていた。


 勇者(なにがどうなってる……!?)

 薬師「……」


 首筋にチクリとした痛みを感じた。
 からだに絡みついていたなにかが、ほどける。


勇者「……え?」


 どういうわけか、勇者の視界がかたむいていく。
 気づいたときには地面に倒れ伏していた。



勇者「な、にをした……?」


 舌がもつれて言葉がうまく話せない。舌だけではない。
 得体の知れない痺れが、全身に広がっていく。


勇者(そもそも薬師はどうやって攻撃を……いや、たしか……)


 以前、サイクロプスと戦ったときも同じようなことが起きた。
 時間が止まったかのように、硬直したサイクロプス。


薬師「驚きました。まだ動けるんですね」


 勇者はなんとか首を動かして、薬師を見上げる。強い違和感が頭をもたげる。
 だが、その正体はあっさりとわかった。
 
 同時にすべてを理解した。


勇者「髪の毛…………か……?」



薬師「気づきましたか」

勇者「……切られたはずの……髪の毛、なんであるんだよ……?」

薬師「これ、ウィッグなんですよね」 

勇者「攻撃、手段は……その、髪か……」  

勇者「どうしてだ……なにが、目的なんだ……?」

薬師「魔物を滅ぼすためですよ」

勇者「……そん、なことして………どうなる?」

薬師「……」



薬師「私が前へ進むためには、必要なことです」

勇者「前へ、進む……?」

薬師「あなたにはわかりません。過去をもたないあなたに、私のことなんて……」

勇者「オレ、は…………」



薬師『知りたくないことや、経験したくないこと。
   もっとわかりやすく言えば、記憶から消し去りたいこと』

薬師『忘れられるなら、忘れたいってことありませんか?』



勇者(くそっ……意識が、もう…………)

修正のため中断





勇者「……ここは、どこだ…………いや、オレはいったい……」

??「予想よりだいぶ早く目が覚めましたね」

勇者「……なんでアンタがいる?」

勇者(また拘束されてる……それにからだの痺れがまだ……)

??「もとからあなたの力を得ることが、今回の目的だったものでね」

勇者「薬師とアンタたちは仲間なのか?」

??「彼女から説明されたんでしょう。
   彼女は私が送りこんだスパイ。そしてあなたたちを見事に欺いた」

勇者「……」

??「いまだに真実を受け入れられていない、そういう顔をしていますね」

勇者「魔物を滅ぼしてなにがしたいんだ?」

??「さあ? 行為の理由は様々でしょう?
   そもそもそんなことを聞いて、なにか変わるのですか?」

勇者(とにかく少しでも話して、時間をかせがないと)



勇者「アンタは何者だ?」

??「前にも聞いてきましたね。答えられないって言ったはずですけど」

勇者「そんなわけあるかっ。自分のことじゃねえか」

??「ふっ、まあそう思うのも無理はありませんか。
   ……なら、逆に聞きますけどあなたは誰なんですか?」

勇者「……オレ?」

??「やたら私の正体に固執しているようですが。自分はどうなんです?」

勇者「それは……オレは……」

??「答えられないでしょう? 
   もっとも、あなたと私が答えられない理由はちがいますけどね」



??「私はね、教会神父だったんですよ」


??「しかし私は生まれ変わった」


??「いつしか『災厄の女王』の教育係のひとりになりました」


??「同時に国の命令で、側近として魔王に仕えた」


??「最近では、この国の皇帝陛下の側近を務めさせてもらいましたよ」


??「まったく元老院の老人たちは、ひどいことをする」



勇者「なにを言っている?」

??「あなたの質問に、可能な範囲で答えたんですよ。で、あなたは?」

勇者「は?」

??「あなたは何者なんですか?」


勇者(オレは……何者だ? オレは――)


??「あなたの代わりに答えてあげましょうか?」

勇者「やっぱりオレのことを知ってるのか!?」

??「あなたは私です」

勇者「は? なにを言ってるんだ?」



??「私はね、もとは戦争孤児だったんですよ」

??「しかし私は魔術の才能と、ある可能性によって国に拾われたんですよ」

??「ある可能性の正体、なにかわかりますか?」


勇者「知るか」


??「勇者であるかもしれない、という可能性ですよ」

勇者「……アンタが?」


??「ええ。当時はまだ、勇者特定のシステムが確立されていなかった」

??「だから候補を絞るので精一杯だったんですよ」

??「勇者候補に選ばれたものたちに、拒否権はありませんでした」

??「家族を殺された人間、夢を潰された人間……」

??「運命を勇者という存在によって捻じ曲げられた者が、たくさんいたんですよ」



勇者「アンタもそうなのか?」


??「私は失うものなどありませんでしたけどね」

??「それに勇者の選出も、当時は単なる人材補給制度という扱いになっていました」

??「八百年も前のことなのに、あの頃の訓練は昨日のことのように思い出せますよ」

??「結局、勇者にならなかった者たちは、国から斡旋された仕事をすることになります」

??「勇者になれなかった私は、教会に勤めることになりました」

??「そしてあるとき、美しい女性が私の教会を訪れました。女性――魔王にね」

??「同時に当時の勇者も、私が住んでいた街にいたんですよ」

??「私はね、勇者が気に食わなかった」


勇者「自分が、勇者に選ばれなかったからか?」



??「ふふふっ、それだったらまだ私も幸せだったかもしれませんね」

??「なにせあの勇者は、才能という点では私よりも遥かに劣っていましたからね」

??「嫉妬の炎も多少は収まったでしょう。嫉妬だったら、ですが」

??「私が気に食わなかったのは、その存在が他者の運命を狂わせることです」

??「なぜたった一人の人間に、我々が翻弄されなければいけないのか?」

??「ですから、私は勇者と魔王を同時に殺すという賭けに出たんですよ」


勇者「……待てよ、勇者と魔王を同時に殺すって……じゃあアンタは……」


??「……話を続けます」

??「結果は成功しました。私は勇者と魔王を殺すことに成功しました」

??「勇者のからだを弄ってね」



勇者「勇者のからだをいじる? どういうことだ?」

??「彼のからだの利き手以外を、全部魔物に変えたんですよ」

勇者「……そ、そんなことができたのか?」


??「当時はね。しかし、不幸なことに私の悪行はバレてしまった」

??「同じ教会に勤めていたシスターによってね」

??「いやあ、間違いなく死刑ものだと思ったんですよ」


勇者「なんで生きてる? しかも、八百年前って……」


??「簡単な話ですよ。私は人体実験の材料にされたんですよ」

??「私が造りあげた魔物勇者のからだ。それと私のからだを用いた実験」

??「思い出すだけで死にたくなるような実験でした」



??「泣き叫びながら懇願しましたよ。殺してくれって」

??「そうして私は死んだことになった。表向きは」

??「その後も何度も人体実験によって、生きながらえた」

??「途中封印されたりもしましたがね」

??「さて、ここで最初の話に戻りましょう」

??「『あなたは私』という言葉。なぜこんなことを言ったかわかりますか?」


勇者「わかるわけないだろ」


??「わかりませんか。でもあなた、言いましたよね?」

??「私のからだと自分のからだが似ているって」


勇者「たしかにそう言ったけど……」



勇者「いや、待て……まさか……」

??「気づきましたか。あなたのからだの一部は、もとは私のものだったんですよ」

勇者「待て待て待て! 意味がわからないっ!」

??「そこまで取り乱さなくてもいいでしょうに……」

勇者「じゃあ……オレを造ったのは、アンタだっていうのか?」

??「ええ。言ってみれば、私はあなたの生みの親、ということでしょうかね」

勇者「なんでだ……」

??「はい?」

勇者「なんでオレを造った?」

??「簡単ですよ。試したかったんですよ、災厄の女王が失敗したことを」



勇者「どういうことだ?」


??「勇者と魔王の混合体を作る。それをやってみたかったんです」

??「もっとも彼女は平和のためにそれやった。私とちがってね」


勇者「アンタはなんのためにそんなことを……!?」


??「ひとつは好奇心。そしてもうひとつは、勇者と魔王を滅ぼすため」

??「苦労しましたよ、あなたを造るのは」

??「普通の人間のからだでは、勇者と魔王の力に耐えられない」

??「仕方なく、私のからだを流用することでなんとかしましたが」

??「しかし、魔物ベースのからだでは勇者の力は発揮されない」

??「そこでさらに人間のからだを用いたりと……試行錯誤しましたよ、本当に」



??「部下の賢者たちはよく働いてくれました」

??「ちなみに、あなたの僅かな記憶は八百年前のものではありません」


??「それよりさらに昔のものです」

??「そうじゃないと、真実が露見する可能性がありましたから」

??「しかし、結局できたのは勇者の出来損ないでしかありませんでしたけどね」

勇者「……オレは……」

??「自分で知りたいと言っておいて、このざまとは」



薬師「ただいま戻りました」



??「ご苦労様でした」

薬師「……まだ、終わってなかったのですね」



??「ええ。彼がどうしても、真実を知りたいというのでね」

薬師「……そうですか」

??「で、もう満足ですか勇者様?」

勇者「……ああ」

??「心ここにあらずといった感じですね。
    話さないほうがよかったかもしれませんね」

勇者「いや……わざわざ長々と話してくれてありがとな」

??「おや、どうしました? ショックが強すぎましたか」

勇者「……おかげでからだの痺れがなくなった!」

??「!」 


 勇者は魔力を腕にこめ、腕の拘束具を破壊する。同時に赤ローブの男に飛びかかる。



勇者「さっさとオレを煮るなり焼くなりすれば、よかったのにな!」

??「あなたのほうこそ、自由になったのなら逃げるべきでしたね
   薬師、下がっていなさい」

薬師「……」


 勇者の拳はあっさりと敵に受け止められていた。
 とっさに飛び退いて、距離をかせぐ。

??「逃がしはしません」


 不意に赤いローブを突き破って、巨大なツタのようなものが現れる。


勇者(なっ……)

 
 のたくるそれが、勇者目がけて飛んでくる。
 間一髪。なんとか横転してそれを避ける。



 ツタのような触手が壁に突き刺さる。
 勇者の予想通り、それは赤ローブの腕だった。

 すぐさま触手が動き出して勇者を襲う。
 ムチのようにしなるそれを掻いくぐって、走る。

 
??「なかなかすばしこい。ならば……!」


 頭上から魔力を感じ取って、勇者はほとんど反射的に跳んでいた。
 遅れて巨大な光の矢が天井から降ってくる。衝撃、地面を穿つ。


勇者「……あっぶねえ!」

??「まだ終わりませんよ」


 地面に刺さっていた光の矢が勇者の背後で文字通り、砕けた。
 光が飛礫に取って代わって四散する。
 かわしたと思ったが、いくつかの光が勇者のからだに当たっていた。



勇者「ぐっ……」


 当たった箇所に、焼かれたかのような激痛が走る。
 思わず動きが止まったところに、今度はツタが勇者に向かってくる。
 体重移動だけでツタを避けられたのは、幸運だったと言っていい。
 地面に突き刺さって、赤ローブの触手が一瞬だけ動きを止める。


勇者(イチかバチか……!)


 勇者は敵の触手を掴んでいた。掌に魔力を集中させる。
 魔力を流しこむ。わずかに遅れて敵の口からうめき声が漏れた。


??「っ……!」
 
勇者「なんでもかんでも伸ばせばいいってもんじゃないな」



??「……どうでしょうねえ」
 
勇者「!?」


 不意にからだがもちあがる。不気味な浮遊感。
 なにが起きたのかわからないまま、地面に叩きつけられる。
 強烈な痛みと衝撃に視界が明滅する。


勇者「かぁっ……」


 ようやく自分が触手に足をつかまれ。地面に叩きつけられたと理解する。
 全身を締め上げる痛みを無視して、跳ね起きる。
 だが、遅すぎた。敵の触手がすでに迫っていた。


勇者「――っ!」


 反射的に目を閉じてしまう。
 まぶたの裏に浮かんだのは、自分の肉体がツタによって貫かれる光景だった。



 予想していた激痛は、いつまで経っても来ない。
 代わりになにか熱い湯のようなものが、勇者の肌を濡らした。


勇者「え……?」


 目を開く。目の前で起きていることが理解できなかった。


勇者「……な、な、んで…………」


 勇者の目に飛び込んできたのは、小さな背中だった。
 見覚えがある。その背中を滑り落ちる長い髪にも。
 
 だが彼女の背中に生えているものはなんだ?

 触手が引き抜かれる。肉の裂ける音とともに、血が溢れる。
 小柄な背中がかたむく。勇者はなんとか彼女を受け止めた。


勇者「な、なんで……どうして……」

薬師「ぁ……かはっ…………」


 薬師の頬はすでに青ざめていた。血の気の失せた唇を赤い液体が伝う。


薬師「…………わか、り……ませ、ん……」

薬師「……わた、しは…………まも、のを……ほろぼさなきゃ、いけないの、に……」


 薬師の虚ろな瞳には勇者の顔が映っていた。
 勇者はどうすることもできなかった。


勇者「……どうして、オレを庇った……」

薬師「だ、って…………から、だが……かって、にうご……いたから……」


 彼女の手が勇者の頬に触れた。


薬師「あなた、が……わた、しのたいせつな……ひとたちに、にてたから……」


 命そのものを絞り出すかのようなかすれた声。


 薬師「うらぎ、ったけど……ゆう、しゃさまを…………まもっ、たでしょ……?」


 彼女の唇がゆっくりと動く。

 ごめんなさい、と。



 薬師の手が勇者の頬から滑り落ちる。
 わずかに開いた目からは、光が完全に失せていた。

 勇者は息ができなかった。

 ただ、呆然と沈黙した彼女を見つめることしかできない。


??「予想通りの行動をしましたね」

??「彼女は幼い頃に、住んでいた村を魔物に襲撃されたんです」

??「愚か極まりないです」

??「家族や同じ村の住人のおかげで生き延びたんです」

??「復讐なんて考えずに、ただ普通の生活を送ればよかったんですよ」



??「もっとも復讐に駆られる人間の気持ちもわからなくもありませんが」

??「煙のように止めどなく湧く憎しみは、人の心に大きなしこりとなって残ってしまう」

??「しかも厄介なことに、自分ではそのことに気づくことができない」

??「彼女はいつの間にか自身で醸成してしまった憎しみに、永遠に囚われることになってしまった」

??「そしてこういう結果を生むことになった」

??「実に愚かですねえ。あなたもそう思いませんか?」


勇者「…………」


??「そんなにショックですか。ならば、もうひとつ」

??「私なんですよ」

??「国の命令で、実験のために彼女の村に魔物をけしかけたのは」



??「まったく……愚かですよね、どこまでも。
   本当の復讐の対象は、すぐ近くにいたのに」

勇者「……言いたいことは、それだけか?」

??「ええ。あとはあなたから、力を奪うだけです」

勇者「……わかったよ、薬師の気持ちが」

??「……」


 勇者の輪郭を黒い霧が覆っていた。視認できるほどの強大な魔力。
 怒りが魔力に代わって、全身からあふれてくる。
 

勇者「殺してやる……」

??「どうぞ。やれるものなら」

つづく





??(ここまではほぼ、予定通り)

??(予想通り、薬師の死がトリガーとなって覚醒した)

??(もっとも当初の予定とは大きく異なる結果になったが)

??(そもそも薬師が、余計なことをしなければ)

??(彼女は死ぬこともなかったし、この男の覚醒はもっとスムーズに行くはずだった)


勇者「……殺してやる」

??「どうぞ。やれるものなら」

??(そして、ここからが本番)


 漆黒の魔力をまとった勇者が、一瞬で赤ローブの男の視界から消える。


??(はや――)


 気づいたときには勇者は眼前にいた。勇者が突きを繰り出してくる。


 赤ローブはとっさに腕で防いだ。だが、避けるべきだった。


??「ぐっううぅ……!」


 勇者の突きは、男のオークを思わす腕をあっさりと突き破った。
 大量の血が床を濡らす。二の腕から下が、床を転がる。


??「おのれ……!」


 残った腕の触手で勇者の腕をつかむ。捕らえた。

 魔術を発動する。

 無数の光の矢が天井から現れ、勇者を目標に飛んでいく。
 直撃。弾けた光が数秒の間だけ、空間を真っ白に埋め尽くす。


??(これで多少でもダメージを与えることができたら……)
 

 もとに戻った視界に入ってきたのは、猛禽類を思わす翼だった。



??「やはり、この程度ではダメですか……」


 勇者を包み込むように現れた黒翼が、光の矢をすべて受け止めていた。

 攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
 赤ローブの男は光弾を連続して放った。


勇者「――っ!」


 翼が大きくはためく。突風が起きて、光弾をひとつ残らず弾き返した。
 刺さっていたはずの矢が地面に落ちて、かわいた音を立てる。

 再び魔術を発動しようとした男よりも、勇者のほうが遥かに速かった。

 魔法のように眼前に現れた勇者は、赤ローブの男の首に手をかけた。


??「……ぁ、ぐっ……!」

勇者「――とらえたぞ……っ!」


??(やはり、こうなったか。私の力は全盛期には程遠い)

??(そう――こうなることは予想済みだった)

 
勇者「終わりだ……!」


 男の手を締めつける勇者の手が、不意に止まる。

 床に仕込んでおいた魔法陣を発動させたのだ。
 突如、大量のツタが床から現れ、勇者の背中に突き刺さる。


勇者「がっ、ああぁぁ……!」

??「わかっていましたよ、こうなることは」

勇者「あぁ……がはっ! ……おまえっ…………!」

??「あなたは勇者としては出来損ないですが、実験体としてはまあまあ優秀でしたね」


 勇者の口から大量の血がこぼれる。
 普通の人間だったら、これで間違いなく死ぬだろう。薬師のように。



??「薬師のせいでずいぶんと手間がかかりましたよ」

??「彼女が真勇者を追う旅のときに、あなたを覚醒させれば」

??「それですむ話だったんですよ」

??「だが彼女はなにを血迷ったのか、あなたを覚醒させるどころか、逆のことをした」

??「結果として彼女には、あなたの力を覚醒させるための犠牲になってもらった」

??「彼女をあなたに同行させたのは間違いでした」

??「いや、そもそもの間違いはあなたを造ったことかもしれませんね」

??「好奇心を満たすため。そして、アレを使うためのコマとしてあなたを造った」

??「しかし偽物ではダメだった。本物の勇者でなければ、アレは使えないとわかった」

??「結局、本物の勇者を蘇らせるハメになってしまいました」



勇者「ぐっ……うぅっ……」 

??「そのツタはあなたの力を奪うための装置ですが、さすがにツライようですね」

??「ところで、ひとつ聞いてもいいですか?」

勇者「……っ!」

??「勇者でもなければ、魔物でもない。まして人間でもない」

??「あなたはそのことを以前から知っていた」

??「自分が得体の知れない存在であること……それってどんな気分なんですか?」





??「自分が得体の知れない存在であること……それってどんな気分なんですか?」


勇者(オレは……オレは…………)


??「……もはや答えることもできませんか。
    なら、そろそろあなたの力を頂くことにしましょう」

勇者(なんとかしなきゃ……コイツを……)

??「真実を知ったものは死ぬ。さようなら」  


 
   「――同時に真実を語った者も死ぬ。終わりだ」



??「あっ、あぁぁ……!?」


 赤ローブから剣が生えていた。そして、男の背後にいたのは。


真勇者「薬師の言うとおりだったな」
  
??「な、ぜっ……あなた、がここに……?」

真勇者「答える義理はない」


 男の胸を貫いていた剣が、なんの前触れもなく燃え上がる。
 あとは一瞬だった。男のからだはローブごと火炎に飲みこまれた。


??「――――」


 悲鳴すらあげることなく、男は灰となった。
 あまりにもあっけなかった。
 ツタが消える。勇者は地面に仰向けに倒れた。


真勇者「このツタをどうやって破壊しようかと思ったが、コイツが死ねば勝手に消えるのか」

勇者「がはっ……はぁはぁ…………」

真勇者「たいしたものだ。傷がすでに治り始めてるとはな」

勇者「仲間じゃなかったのか……」



真勇者「薬師のおかげでようやく五百年前の謎が解けた」

勇者「……?」

真勇者「この男だったんだ。彼女を騙し、五百年前の災厄を引き起こしたのは」

勇者「……災厄の女王のことか」

真勇者「いや、より正確に言えば国がグルだったんだ。
    この男が姫を扇動したんだ、勇者と魔王の混合体を造ることを」

勇者「……」

真勇者「危うく俺も完全に騙されるところだった。
    薬師のおかげで、なんとか真実に気づけはしたがな」

勇者「……薬師……くそっ……!」

真勇者「仲間が目の前で殺された気分はどうだ?」

勇者「なんだとっ……!?」



真勇者「自分の非力のせいで仲間が殺された気分はどうか、そう聞いたんだ」

勇者「……っ」

真勇者「俺にはお前の気持ちが手に取るようにわかる。俺もそうだったからな」

勇者「お前も、仲間を殺されたのか……?」

真勇者「ああ。目の前で殺された。お前と同じだ」

真勇者「俺の仲間は全員死んだ。俺が非力で、愚かだったからだ」

真勇者「気づくべきだった。この国がなにをしようとしているのか」

真勇者「いや、真実の途中までは知ったんだ。なのに、最後にはたどり着けなかった」

勇者「最後……?」



真勇者「気づいていれば、少なくともすべてを失うことはなかった」

勇者「……お前の目的はなんだ?」

真勇者「是正するんだ。なにもかもを」

勇者「なにをする気だ?」

真勇者「……このからだには難儀させられる。ようやく回復した」

勇者「え?」

真勇者「話は終わりだ。目的のひとつは果たした」

真勇者「次はお前の力……いや、俺の力を返してもらうぞ」


 真勇者の手が勇者のひたいを掴む。



勇者(まずいっ……)



魔法使い「――そこまで」



真勇者「!」


 不意に真勇者の足もとから、氷が隆起する。
 真勇者はそれをなんなくかわす。
 さらに追撃。今度は無数の氷針が放たれる。


真勇者「……お仲間の登場か」 


 だが真勇者はこれもすべてやりすごす。床に氷が散乱する。


 戦士、僧侶、魔法使いが現れる。


勇者「みんな……!」

僧侶「勇者、無事か!?」

戦士「なるほど。なかなかいい動きだね。だったら……!」


 戦士が巨大な紫炎を飛ばす。だが、やはり真勇者はすべてを避けきった。
 そのまま三人へと向かってくる。


勇者(くそっ……からだが上手く動かない……!)


 さらに氷の突起と炎で真勇者を攻撃するが、なんなく捌かれてしまう。


戦士「なるほど、これは手ごわい。けど……!」

僧侶「これならどうだっ!」


 あちこちに散らばった氷は、戦士の炎によって水に変化していた。
 魔法陣はすでに展開されている。僧侶が水面へ雷の拳を突っ込む。

 炸裂。光が弾ける。


真勇者「……はあああぁっ!」


 真勇者が地面に剣を振り下ろす。
 真勇者の剣が地面を穿つ。ひび割れた地面から火柱があがる。


僧侶「なっ……」


 真勇者「危うくやられるところだった。
 なるほど、お前の仲間はなかなかの手練らしいな」



戦士「まだ本気じゃないみたいだね」

真勇者「本気じゃない、というよりはまだ本気は出せないと言ったほうが正しいな」

戦士「それでもずいぶんと余裕そうだね」

真勇者「いや、そうでも――ない」


 真勇者がなにかを放った。
 魔法使いがとっさに氷の壁を作る。
 

 まばゆい光が炸裂した。






魔法使い「逃げられた」

僧侶「いちおう聞いておくが、戦士。追うのか?」

戦士「もちろん追わない。斥候の類もなし。
   今のままでは間違いなく勝てないしね」

僧侶「勇者、大丈夫か……勇者?」

勇者「オレのせいだ……オレが弱いから、薬師を……」

僧侶「薬師? 
   あっ…………っ!!」

魔法使い「……!」

戦士「……」


 勇者の怒りの炎は、すでに鳴りをひそめている。
 かわりに荒涼とした心の穴を、風が虚しく吹き抜けていった。

つづく





戦士「なるほど。だいたい話はわかったよ」

勇者「……」

戦士「……」

勇者「……」

戦士「とりあえず、検査の結果も良好みたいだし今は養生しておいてよ」

勇者「……」

戦士「伝え忘れたことがあったら、護衛が部屋の前にいるからその人によろしく」

勇者「……ああ」





僧侶「戦士……」

戦士「やあ、僧侶ちゃん。勇者くんのお見舞いかい?」

僧侶「そのつもりだったが……」

戦士「やめておいたほうがいいよ。今はひとりにしてあげて」

僧侶「……そうだな」

戦士「それと……やっぱり彼女は敵のスパイだった」

僧侶「お前はどう思った、薬師が敵側の人間だと知って」

戦士「正直なところ、色々と思うことはあったよ。でも、もう彼女は生きていない」

僧侶「……生きていない、か」

戦士「彼女はボクらと敵対する道を選んだのに、最後は勇者くんを庇って死んだそうだ。
   彼女がなにを考えていたかは、ボクには推し量れない」



戦士「でも色々な葛藤があったんだろうね。
   勇者くんの手の甲に、彼女は魔術でメッセージを残している」

僧侶「メッセージ? なにが書かれてたんだ?」

戦士「『部屋の床に隠した』とだけ書かれている」

僧侶「なにを、とは書かれてないのか?」

戦士「うん。おそらく見ればわかるものなんでしょ」

僧侶「……私は薬師が敵だと知ったとき、正直冗談かと思った。
   人を騙せる人間には、とても見えなかった」

戦士「そう思わせる訓練も、当然受けていたんだろうね」

僧侶「……」

戦士「どちらにしよう、もう彼女はいない。
   そしてボクらは進まなきゃいけない」

僧侶「……わかっている。止まるわけにはいかない」





僧侶(戦士と別れ、一度私は家に戻ることにした)


女の子「あっ、シスター。よかった無事だったんだね」

僧侶「……」

女の子「どうしたの?」

僧侶「いや、まだ礼を言っていなかったと思って」

女の子「ああ、勇者のお兄ちゃんの行方? それのお礼はいいよ、仕事だったし」

僧侶「仕事、か。まさかあなたが私たちの監視役のひとりだったなんて」

女の子「陛下の思惑通り、誰も気づかなかったみたいだね」

僧侶「思いもしなかったよ」

女の子「監視役って一歩間違えると、敵にも狙われる可能性があるからね」


僧侶(そう言うと、彼女は私にウインクしてみせた)




戦士(ボクは僧侶ちゃんとわかれて、薬師ちゃんの部屋へと向かった)


戦士「お待たせ」

魔法使い「遅い」

戦士「途中、勇者くんのとこに寄ったものでね」

魔法使い「……薬師の部屋に隠されていたもの」

戦士「罠の類とかは、なにもなかったってことだね」

魔法使い「……うん。はい、これ」

戦士「ひとつは……なるほど。これは、今は関係ないね」

魔法使い「問題はこっち」

戦士「カプセル状のこれは……」

魔法使い「それは、この場では、解析できない」



戦士「これって彼女が第三番館から持ち出した……」

魔法使い「持ち出したのは、戦士」

戦士「……そうとも言うかもね」

魔法使い「第三番館から、持ち出した資料の、複製だと思われる」

戦士「じゃあこれが解析できれば、なにか状況の打開策が見つかる可能性があるわけね」

魔法使い「これを解析するには、相当時間がかかる」

戦士「キミでもかい?」

魔法使い「賢者クラスならともかく、私では……」

戦士「賢者は例の爆発事故で全員殺されてるからね」



戦士「いや、事故に見せかけて赤ローブが始末した、と言ったほうが正しいね」

魔法使い「……敵は、まだ味方にいるかも」

戦士「それなんだよね。おかげでボクは余計に忙しいよ」

魔法使い「……嘘つき」

戦士「バレた? 実は普段の仕事は他の人にやってもらってるからね」

魔法使い「……それと、勇者の検査の結果で、わかったことがある」

戦士「なにかまずいことでも判明した?」

魔法使い「……真勇者追跡任務時の勇者についての記録」

戦士「彼女がつけていたもののこと?」

魔法使い「うん」



魔法使い「勇者の状態が不安定だったのは、彼女が投与していた薬のせいだった」

戦士「その薬っていうのは?」

魔法使い「大別すると、二種類。ひとつは。魔力を無理やり底上げするもの」

戦士「もうひとつは?」

魔法使「魔力をおさえるもの。どちらも、かなり強い薬」

戦士「なるほど」

魔法使い「魔力を、活性化させるものから、おさえるものに途中から変わっている」

戦士「勇者くんと冒険するうちに、彼女の中でなにかが変わったのかな」

魔法使い「……そう、かも」

戦士「まあ、とりあえずは勇者くんが無事みたいでよかった」





真勇者『あの男が、五百年前の事件に関与している?』

薬師『ええ、おそらく。
私はあの方が裏でなにをしているのか、把握しています』

真勇者『……』

薬師『あなたにも思い当たる節があるんじゃないですか?』


真勇者『……俺を復活させたのは、この国の人間だ』

真勇者『そして、俺の記憶を完全なものにしたのはヤツだ』

真勇者『ヤツは俺のことを妙に知っていた……』


薬師『私もあなたも、利用されているだけなのかもしれません』

真勇者『……そうだとして、なぜお前はあの男を裏切らない?』

薬師『たとえ利用されていても、魔物を滅ぼせるなら、それで私はいいのかもしれません』



真勇者『なぜそこまで魔物を滅ぼそうとする?』


薬師『自分でもわからないんです。でも、魔物の存在が憎くてしかたがないんです』

薬師『視界に入ってきただけで、殺したく殺したくて仕方がなくなるんです』

薬師『今でも目を閉じれば、私の大切な人たちを殺した魔物の姿が浮かびます』

薬師『自分でもおかしいことはわかっています。でも……制御できない』

薬師『憎いって感情を殺すことができなんです』

薬師『自分でもどうかしてるとは思います。でも……』


真勇者『……アイツらを裏切ってでも、達成したい野望ってわけか』



薬師『裏切るもなにも、最初から仲間ですらありません』

真勇者『だったら、なぜお前はそんな顔をする?』


薬師『わからないんです。自分の気持ちが理解できないんです』

薬師『ずっと魔物を滅ぼすためだけに生きてきたのに』

薬師『あなたには迷いはないんですか?』


真勇者『俺にはもうこの道しかないからな』

薬師『私は……彼のことが好きなのかもしれません』

真勇者『……』

薬師『ひらすらがむしゃらに、まっすぐに生きている彼が』



薬師『彼はこんな私でも、迷わず守ってくれました』

薬師『私の故郷の人たちもそうでした』

薬師『私なんかを守るために、凶暴な魔物に立ち向かいました』

薬師『……彼が私のことをどう思っているのか、それは知りません』

薬師『でも私がやろうとすることを、彼は絶対に理解してくれません』


真勇者『だから敵対するのか?』

薬師『相容れないなら、そうするしかないでしょう』

真勇者『どうだかな。お前にはまだべつの道があるんじゃないのか』


薬師『私は迷っていると言いました』

薬師『それでも、私の前にある道は一本です』





真勇者(……どうやらこの培養槽の中で眠っていたらしいな)

真勇者(やはりこのからだは、力を取り戻さないとダメなようだな)

真勇者(いや、あるいは俺の寿命もそう長くないのか……)

真勇者(どちらにしよう万全に近い状態で、ヤツから力を取り戻さなければいけない)

真勇者(しかし敵がここを嗅ぎつける可能性もゼロではない)

真勇者(ならば……)



真勇者「この国が造りあげたもので、この国を追い詰めてやろう」





魔法使い『この旅を終えたらなにがしたいか?』

勇者『ああ。なにかあるだろ?』

魔法使い『あるにはあるけど、どうしたの?』

勇者『なにがだ?』

魔法使い『いつもは魔物の戦い方がどうとか、退屈な話しかしないくせに』

勇者『べつに。特に理由はない』

魔法使い『うそだー。絶対なにかあるでしょ? 勇者らしくないもん』

勇者『……戦士に聞かれたんだ。魔王をたおしたらどうするんだって』

魔法使い『へえ。アイツが。なんか意外』

勇者『やはり、お前もそう思うか』

魔法使い『まあね。勇者はどうしたいの?』

勇者『……』



魔法使い『なに、言いたくないの?』

勇者『いや……』

魔法使い『なんなの? はっきり言ってよ』

勇者『……ないんだ』

魔法使い『え?』

勇者『なにがしたいとか、正直あんまりないんだ』

魔法使い『ええー。なんか一個ぐらいはあるでしょ?』

勇者『本当にないんだ。魔王をたおすことで頭がいっぱいというか……』

魔法使い『ふふっ……』

勇者『なにがおかしいんだよ?』

魔法使い『だって百体の魔物に、囲まれたみたいな顔してるんだもん』



魔法使い『なんか意外。勇者もそういう表情するんだね』

勇者『……そうだな』

魔法使い『んー、でも私も具体的な計画とかがあるわけじゃないよ』

勇者『それでもいいから教えてくれないか?』

魔法使い『私は自分の魔法をね、人の役に立てたいの。
      魔法ってけっこう色んな使い道があるしさ』

勇者『そうか、そういうのでもいいのか』

魔法使い『そうだよ。勇者は難しく考えすぎだよ。
でも、どうしても思いつかないって言うなら私が一緒に考えてあげる』

勇者『お前が?』

魔法使い『なによ、不満なの?』

勇者『いや……心強いよ』

魔法使い『ふふっ、よろしい』





勇者『どうして俺を庇った……!?』


魔法使い『……だって、仕方ないでしょ……守りたかったんだもん』

魔法使い『それに……勇者が……助けてくれなかったら、どうせ異端審問局の連中に……』


魔法使い『……殺されてたしね…………』

勇者『もういいっ! しゃべるなっ! 今誰か回復できる人間を……』

魔法使い『ダメっ……! 今ここを飛び出したら……いくら、勇者でも……』

勇者『だけど……!』

魔法使い『……そういえば、見つけられた……?』

勇者『……?』

魔法使い『やりたいこと』

勇者『今はそんなこと言ってる場合じゃないだろっ……!』



魔法使い『ふふっ……やっぱり見つかってないんだね』

勇者『……そうだ、まだ見つかってないんだよ……だから、だから死ぬな……っ!』 

勇者『俺と一緒に考えてくれよ……俺のそばに……』


魔法使い『……大丈夫……勇者は強いもん……』

魔法使い『私は……たぶん、もうダメ、かな……でも……勇者は生きて……』

魔法使い『あなたは……みんなの希望、だから……』


勇者『まてっ……なにをする気だ……!?』


魔法使い『……ごめんね』





勇者「――っ!」


勇者(なんだ今の夢は……!?)

勇者(オレの記憶は、あの赤ローブのヤツが言うには)

勇者(八百年前の勇者よりさらに前の勇者の記憶らしいけど……)

勇者(だけど、この夢に出てきてるのは真勇者じゃないのか?)

勇者(アイツの力の一部をオレはもっている)

勇者(だから真勇者は、オレをねらった。そしてあの赤ローブの連中も)

勇者(赤ローブ……薬師……)


真勇者『自分の非力のせいで仲間が殺された気分はどうだ?』


勇者(オレが強かったら、薬師は死なずに済んだのか?)



勇者(なんでオレを庇ったんだ薬師……)


勇者「くそっ……!」

勇者「死ぬってなんだよ……わけわかんねえよ……」


竜人「失礼します……勇者殿、目が覚めましたか」

勇者「……竜人」

竜人「魔力が非常に不安定な状態だったため、相当強い製剤を打ち込んだと聞きましたが」

勇者「そうだな。注射を打たれたよ。からだがなんだかダルイ」

竜人「普通だったら一日は眠り続ける薬らしいです。無理に動かないほうがいい」

勇者「……なあ、竜人」



竜人「なんでしょうか?」

勇者「……いや、なんでもない。悪いけど、帰ってくれないか」

竜人「私は現在勇者殿の護衛なので。……部屋の外で待機しています」

勇者「……ごめん」

竜人「いえ、今のうちに少しでも休んでください」


勇者(俺は瞼を閉じた。今はなにも考えたくない)





王「俺の側近であるアイツは敵の首謀者で、殺されたのは全く関係のない人間だった。
  しかし、結局真勇者に殺されたか」

戦士「ええ」

王「……」

戦士「陛下?」

王「いや、すまん。俺もさすがに動揺している」

戦士「とにかく今は、真勇者を捕獲することを最優先に行動するべきでしょう」

王「だが、手がかりがまるでない。真勇者のねらいもわからない」

戦士「いえ、まったくないわけでもありません」

王「薬師が残した第三番館資料の複製か。
だが、俺たちをかく乱するための罠かもしれんぞ」

戦士「その可能性はあります。ですが、足がかりとなるものは、これしかありません」



部下「魔法使い殿がお見えになりました」


魔法使い「……」


王「資料解析の最中に悪かったな。あとは僧侶か」

戦士「陛下、なぜ私たちを集めたのですか?」

王「それについては、僧侶が来たら話そう」

魔法使い「……なら、今のうちに、話しておきたいことがある」

王「なんだ?」

魔法使い「例のサイクロプスについて」

戦士「そういえば、そんなのもいたね」



王「いちおう資料には目を通したが、勇者や俺とそっくりなんだろ?」

魔法使い「……うん」

戦士「勇者くんや陛下とそっくりって……なにが?」

王「構成している物質や、勇者的な魔力。
  そういった要素から見たとき、俺たちとそのサイクロプスはそっくりってわけだ」

魔法使い「そう」

戦士「たしかそのサイクロプスって、普通のに比べるとかなり強かったんだよね?」

魔法使い「異常な回復力。火を吐く、など」

戦士「しかもその魔物って、例の赤ローブの研究機関で開発されたものらしいね」


戦士(なんだこの感じ……謎が連なっていくような感覚)



王「ん? なにか騒がしいな」

部下「陛下、失礼します」

王「なにかあったのか?」

部下「――の村で、突然大量の魔物が現れ、現在市警が駆除にあたっています!」

王「魔物がなぜ……また状況がわかり次第報告しろ」

部下「はっ……! それから僧侶殿がお見えになりました」

王「通せ」


僧侶「遅参いたしまして、申し訳ございませんでした」


王「構わん。急に呼び出してすまなかったな」



戦士「……勇者の混合体……災厄の女王…………生まれない勇者……」

魔法使い「戦士?」

戦士「待って。わかりそうな気がするんだ……なにか、答えのようなものが……」

部下「新たに入った情報をお伝えします!」

王「なんだ?」

部下「市警の大半が魔物によって負傷しました。それから……」

王「早く言え」

部下「は、はい。殺したはずの魔物が復活した、という報告がありました……」

王「なに……?」

僧侶「どういうことだ? あのサイクロプスのような魔物が現れたのか?」



王「側近に魔物討伐の部隊を編成させろ」

部下「はっ!」

王「誰かが魔物を操っているというのか。だとすると、ヤツか」

魔法使い「真勇者が、赤ローブの造った魔物を、操っている?」

王「その可能性はかなり高い。だが、今はまだ可能性の段階だ」

戦士「……もしかしたら、わかったかもしれない」

僧侶「今回の魔物を操っている者の正体か?」







戦士「わかったのはそっちじゃない。
   どうして五百年間勇者が現れなかったのか、その謎の答えだ」

つづく



王「……わかったのか?」

戦士「完全にわかったわけではありません。間違っているかもしれません」

王「いいから話せ」

戦士「勇者は五百年、生まれてなかった。
   この前提がそもそも間違っている……と思う」

王「勇者が生まれてないって前提が間違っているって……どういうことだ?」

戦士「生まれた勇者は、全部殺されていた」

王「殺す? なぜだ?
  勇者を戦争兵器にするために、わざわざ勇者魔王の争いを仕組んでいたんだぞ」


戦士「実験材料にされていた、というほうが正確でしょうか」

戦士「陛下や勇者くんみたいな存在を量産できたら、勇者単体より驚異だと思いませんか?」



僧侶「総合的に考えれば、たしかにそうかもしれないが。いくらなんでも……」


王「仮にそうだとすると、ある問題にぶち当たる」

王「勇者が勇者であると、選別できなければいけないってことだ」


戦士「ええ、それなんです。その問題さえ解ければ……」

王「……国の人間を一人一人、勇者かどうか確認する。そんなことができるか?」

戦士「非常に難しいでしょうね」

魔法使い「しかも、誰にも、気づかせない方法で、なければならない」


戦士(……やっぱり、ボクの勘違いなのか?)


僧侶「……国民全員が漏れなく受けるもの、ひとつだけ心当たりがある」

戦士「本当!?」

僧侶「ああ――幼児洗礼だ」



王「洗礼……」

戦士「それだっ! そうだ、それでほとんどの謎は解決するっ!」

僧侶「思いつきで言ったんだが、正解なのか?」

戦士「いや、むしろそれしかないと言ってもいい! これですべての辻褄があうんだ!」

王「わかるように説明してくれ」


戦士「はい。勇者くんから、陛下の元側近の話を聞きました」

戦士「そこで、奇妙だなと思ったことがありました」

戦士「災厄の女王に、勇者と魔王の混合体を造らせる、これだけならまだわかります」

戦士「しかし、国は実験がミスをするよう仕向けたあげく」

戦士「自らの国を半壊させた。奇妙極まりないことをしている」



僧侶「たしかに」


戦士「だけど、これがもし教会の権威を失墜させるためだったとしたら?」

戦士「災厄が起きる直前に、魔法使いによる記憶操作事件があった」


魔法使い「魔女狩りのきっかけにもなった事件……」


戦士「そう。勇者魔王の混合体を造るために行われたものだ」

戦士「この事件以降は、人体に直接影響を及ぼす回復魔術は、一切禁じられた」

戦士「こうした流れの中で、もうひとつ影響を受けたものがある」


王「なるほど。同時に教会の人間も、その本分を失ったってわけか」


戦士「ええ。復活や癒しの魔術が使えなくなり、勇者もいなくなった」

戦士「もともと教会の権威は、勇者によって支えられていたと言っても過言ではなかった」

戦士「勇者が消えた上に、癒しの術を使えないとなれば、教会の権威は堕ちるしかない」

戦士「そして、教会は国の傘下に入った」


僧侶「そうか! 幼児洗礼が義務になったのも、教会が国の傘下に入って以降だ!」


戦士「いつか僧侶ちゃんは、この国の医療技術と魔物の体制に違和感があるって言ったよね?」

僧侶「え? ……ああ。私の単なる思い過ごしかと思ったが」

戦士「それも、あのサイクロプスのような存在を造る過程の副産物なのかもしれない」


王「たしかに並みの実験では、俺たちのような存在は造れないだろうな」

戦士「それに、今の人間の支配下にある魔物の状態は、実験材料の確保に適している」

僧侶「じゃあ、それも……」

戦士「あくまでボクの推測だけどね」



王「だが、なぜ洗礼で勇者が勇者であるとわかるんだ?」

戦士「……」

王「……おい」

戦士「いやあ、さすがにそこまではボクもわかりません」

王「……しかし、戦士の憶測は筋は通っているな」

戦士「それと、勇者たちは必ず教会送りにされているという法則があったよね」

僧侶「結局わからないままだな」


戦士「それも、勇者の研究のためだったのかもしれない」

戦士「教会にかけられた巨費は、教会そのものを堅牢にするため。それと」

戦士「勇者の死体を弄るためのなんらかの装置があったせい……かもしれない」


戦士「勇者魔王の争いを仕組み、勇者を戦争兵器に仕立て上げた」


戦士「しかし、勇者のからだを調べていくうちに国は、新たな計画を企てた」


戦士「人口勇者を量産するという計画を」


戦士「そのためには、勇者を確実に見つける必要があった」


戦士「そして、当時権威を誇る教会を弱体化させ、傘下に入れるために」


戦士「災厄の女王に勇者魔王混合体を造らせ、その実験材料の魔物たちを暴れさせた」


戦士「その実験に国は関与していないことにし、責任のすべてを彼女に押し付けた」


戦士「そしてあとは、勇者を探し出し実験を重ね、勇者のまがいものを量産した」


戦士「魔界で魔王が生きていた以上、勇者は殺しても、また新たに生まれる」


戦士「とりあえず、こんな感じかな」



王「…………」

僧侶「…………」

魔法使い「…………」

戦士「えっと……みんな?」

僧侶「いや、なんとか話は理解できたんだが……とんでもない話だなと思って」

魔法使い「……うん」

王「この国の再建スピードやその他諸々のことを考慮すれば、十分ありえる話だな」

僧侶「勇者魔王混合体は、他国へのデモンストレーションの意味があったのかもな」

戦士「よその国にも量産型を横流しする、みたいな契約をしたのかもしれないね」

王「だとしたら、元老院のジジイどもが第三番館に誰も立ち入りさせないのは……」

戦士「はい。そこに見られたら困るものがある、ということでしょうね」



王「こりゃあ近いうちに、掃除してやらなきゃいけねえな」

戦士「色々な片付けが立て込んでて大変ですね」

王「ああ。だが、ようやく真実が見えてきたんだ」


戦士(しかし、結局真勇者の居場所はわかってないんだよね)


僧侶「それで陛下。わたくしたちを招集した理由は?」


王「おっと、そうだった。勇者についてだ」

王「真勇者の狙いは間違いなくヤツだ。アイツの扱いは今後の状況を大きく左右する」

王「俺の中での選択肢は二つだ」

王「ひとつは、ヤツをどこかへ逃がすという選択肢」

王「もうひとつは、ヤツにおとりとして働いてもらうという選択肢」



王「あのバカは、逃げる選択をすることはないだろう」

王「だが、今の状態で役に立つとは到底思えない」


部下「新たな報告です! ――の街付近の森で、新たな魔物の群れが出現しました!」


王「また……!?」

戦士「しかもさっきの出現場所と全然ちがう……」

王「戦士、もしお前の話が本当だとしたら危険だな」

戦士「ええ。その魔物たちもかなり手ごわい可能性がありますね」

魔法使い「私たちも、討伐に向かうべき?」

王「いや、魔法使いは資料解析を優先しろ」

僧侶「参加するとしたら、私と戦士か」



王「いや、まだお前たちはこちらで待機しろ。敵が王都を狙う可能性は十分にある」

戦士「これが真勇者の仕業だとしたら、なんのために魔物たちを……」

王「かく乱だろうな。間違いなくヤツは、魔物の出現場所にはいないだろう」

僧侶「だとすると、勇者も危険じゃあ……」

王「僧侶。勇者をここまで連れてこい」

僧侶「……いいのですか? 場合によってはここが……」

王「いや、少なくともすぐに真勇者がここを襲撃するとは思えない」

僧侶「わかりました。すぐ行ってきます」

王「……場合によっては、俺も出たほうがいいかもしれないな」

戦士「陛下自ら?」

王「ああ。量産型勇者、俺と似たような存在だ。だったら俺がヤるべきだろう」





竜人「僧侶殿、そんなに慌てて……なにかあったのですか?」

僧侶「実は……」


僧侶(私は簡潔に竜人に状況説明をした)


竜人「わかりました。しかし……」

僧侶「ああ、わかっている。だが急いだほうがいい状況だ」

僧侶「勇者、起きているか?」

勇者「…………なんのようだ」

僧侶「とにかく、今すぐ宮廷に来てくれ」

勇者「……」

僧侶「勇者っ!」



勇者「わかんないんだよ……なんでだ……どうして、オレは……」

僧侶「……?」

勇者「なんで薬師はオレを庇った? なんでオレは生きてるんだ……?」

僧侶「今はそんなことを言ってる場合じゃ……」

勇者「仲間が死んだんだぞっ! なんでお前らは普通でいられるんだよっ!?」

僧侶「それは……」


勇者「オレは……オレのせいで薬師は死んだ……っ!」

勇者「オレが弱いからだ……オレがもっと強かったら……」


僧侶「だ、だけど、それは勇者のせいじゃない……」

勇者「ちがうっ! オレがもっと強かったらアイツが死ぬことはなかったっ!」



勇者「そうじゃないのかよっ! ちがうなら教えてくれよ!」

僧侶「……」

勇者「……くそっ!」

僧侶「勇者、どこへ……」


僧侶(本当は勇者を追わなければいけなかった)

僧侶(だけど、私はそこから一歩も動けなかった)





勇者『本当に薬師はなんでも知ってるんだな』

薬師『そんなことはありませんよ。私が知ってることなんて』

勇者『そんなこと言ったら、オレはどうなるんだよ』

薬師『それは……』

勇者『なんで言いよどむんだよ』

薬師『あはは。でも、多くのことを知っていることって、必ずしもいいとは限りませんよ』

勇者『どうして?』

薬師『えっと……どうしてでしょうね?』

勇者『なんか薬師が知らないこと、ないかな』

薬師『いくらでもありますよ』 

勇者『あっ! じゃあさ……』





王「よう、ここにいたか」

勇者「……なんでオレの場所がわかったんだ」

王「優秀な監視役が何人かいるからな」

勇者「オレの監視役は薬師じゃなかったのか……?」

王「死んだ人間が、どうやってお前の監視をするんだ?」

勇者「……っ!」

王「俺を睨んだって、なにも変わりゃしない。それより、ウロチョロされるのは迷惑だ。
  真勇者の狙いが自分だってことぐらい、わかってるだろ」

勇者「……」

王「ったく、ガキみたいにふてくされてんじゃねえよ」

勇者「そんなんじゃない……っ!」



王「そうか。だったら今すぐに逃げろ。逃亡ルートならきっちり手配してやる」

勇者「それでどうなる?」

王「あ?」

勇者「オレなんかが、生き残ってどうなるんだ。
仲間のひとりも守れないオレなんかが……」

王「なにか勘違いしてるようだな。お前のためを思って言ってんじゃない」

勇者「……」

王「真勇者にお前の力が渡ったら困るんだよ。手がつけられなくなるからな」

勇者「だったら……だったら、殺せばいいだろうが……っ!」

王「……なに、お前を殺せば済むって言いたいのか?」

勇者「そうだろうがっ! それで終わりだろ!?」



王「いやあ、なるほどね。うんうん、それはいいアイディアだ」

王「だが、ダメだ」


勇者「……どうして?」

王「お前は真勇者をおびき寄せるエサになるからな」

勇者「エサ、か」

王「……それでも構わないって顔してるな」

勇者「…………」

王「今、お前の仲間は魔物の討伐に向かっている」

勇者「……魔物? また真勇者がなにかしているのか?」


王「おそらくな」

王「そして、その魔物はお前がいつかやりあったサイクロプスと同種だ」



勇者「だったら相当強いってことか……」

王「そうだ。最初に対応した市警の中には、何人か死者が出ている」

勇者「……みんなはもう行ったんだよな? 魔物の退治に」

王「ああ。俺もこれから参戦するつもりだ」

勇者「王様が?」

王「ああ」

勇者「だけどオレは……」

王「自分が足でまといにしかなれないと思うなら、今すぐ逃げろ」

勇者「…………」

王「いつかお前はオレに啖呵を切ったな。仲間が死ぬのは絶対にイヤだって。
  だから守ってみせるって」



勇者「そうだよ、言ったよ。でもオレは自分の言ったことを守れなかった」

勇者「えらそうなことを言っておいて、このざまだ」


王「……ああ、情けないったらありゃしないな。
  だが、お前の仲間は薬師ひとりなのか?」

勇者「……」

王「お前が守るって言った仲間は、ほかにもいたんじゃないのか?」

勇者「そうだよ。僧侶だって、魔法使いだって、戦士だって……みんな仲間だ」


王「お前の仲間だって、それぞれの場所で必死に戦っている」

王「どんな人間だってな、常になにかと闘ってるんだよ」

王「自分の命を賭けてな」


勇者「……王様は、人の死に触れたことがあるんだよな?」



王「そんなもん誰だってある。まあ俺の場合は長く生きてる分、余計にな」

王「色んな生き方がある一方で、色んな死に方もある」

王「くだらない理由で命を落とすヤツもいた。自分の使命のために死んだヤツもいた」

王「そしてお前は、薬師が死んだ瞬間を見ただろ」


勇者「オレは……薬師のこと、なにもわかってなかったんだ」

勇者「オレ、アイツが知らないことってなにかないかなって考えたことがあって」

勇者「思いついたんだ。ひとつだけ……魔界のことだった」

勇者「だから、薬師になにか教えてもらうたびに、オレもよく魔界のことを話した」

勇者「バカだった。薬師のこと、なんにもわかってないで得意げに話して……」



勇者「……オレにはまだ理解できないんだ。死ぬことがどういうことか」

勇者「死ぬってなんだ?」 


王「二度と会えなくなることだ」

勇者「……!」

王「……これをお前に渡しておく」

勇者「これって、薬師がつけてくれたオレの記録帳……」

王「あの女の部屋に隠されていたものだ」

勇者「どうしてこんなものを……」

王「さあな。だが、薬師にも葛藤があったはずだ。
  そして、葛藤の末の答えが薬師の結末だった」

勇者「……薬師」

王「その記録帳はそんな迷いの一部だったのかもな」



王「俺は行く。あと、これを渡しておく」

勇者「これは?」

王「億が一、お前が仲間を助けに行きたいと思ったのなら使え」

勇者「……」


王「逃げ続けた俺の言ったことだ。的外れなことを言っているかもしれない」

王「だが、それでも誰もが戦っている」

王「お前はどうする?」


勇者「オレは――」






勇者(この記録って、オレが真勇者を追っていたときのなんだよな)


勇者(……はじめて会った頃の記録はすごい簡潔だな)


勇者(そうだったな。最初は薬師にどう接していいかわからなかった)


勇者(そんなオレに対して、薬師も困ってたんだよな)


勇者(でも……少しずつだけど、仲良くなって……)


勇者(最後のページになにか書いてある……)




『あなたがこれを読んでいるとしたら、私はもうあなたの隣に立つことはできないでしょう。
 
 私が、自分の進む道のためにあなたたちを騙していたこと。
 
 私のなにもかもが嘘だったということ。

 あなたはもう知っているはずですから。
 
 ただ、一つだけ。
 
 あなたと一緒に旅をして感じた幸せだけは本物だと、そう思っています。

 あなたはあなたの道を進んでください。さようなら』



勇者「さようならってなんだよ……」


勇者「裏切るわ騙すわ、勝手に言いたいことだけ言って……ふざけんなよ」


勇者「オレだって薬師に言いたいこと、たくさんあったのに……!」


勇者「……ぅっ、死んだら……もうっ……なにも言えないだろうがっ……!」






勇者『姫、あなたは魔王をどうするつもりなんだ?』

姫『彼は最後、自らあなたの剣へと飛び込んだ』

勇者『……』

姫『彼が差し出した命、無駄にするわけにはいきません』

勇者『……すまなかった。俺が……』

姫『勇者様は悪くありません。あなたは自分の使命を全うした。……彼もそう』

勇者『姫は、これからどうするんだ?』

姫『もちろん、私のやることは決まっています。勇者と魔王の争いをなくす。
  彼のような犠牲を出さないためにも』

勇者『犠牲、か』

姫『私は人も魔物も関係なく、みんなが幸せな生活を送れる世界を造る』



勇者『まさしく理想論だな』

姫『ダメですか?』

勇者『え?』

姫『理想を掲げることは駄目ですか?』

勇者『駄目とは言ってない。だが、姫が言っていることは困難極まりないことだ』

姫『わかっています。でも、やらなきゃなにも始まりません。
  それに彼との約束ですから』

勇者『魔王と約束したなんて、国民が知ったらどう思うんだろうな』

姫『罵詈雑言の嵐でしょうね』

勇者『それでもやるんだな』

姫『はい、だって――』

姫『幸せでありたいって思う気持ちに、人も魔物も関係ないでしょう?』





真勇者(……人も魔物も関係ない、か)


真勇者(そのとおりだ)


真勇者(魔物は恐ろしい存在だと、かつて俺たちは教えこまれていた)


真勇者(だが、人間だって変わりはしない)


真勇者(そうだ、俺の本当の敵は……)


真勇者(……落ち着け。感情を昂ぶらせてはいけない)


真勇者(体調が万全になるには、まだ時間がかかる)


真勇者(今は待つんだ)



僧侶「……っ!」


 この地帯では絶対に見かけることのない、オーク。
 それが僧侶目がけて拳を振るった。巨大な腕を掻い潜り、敵の懐に入りこむ。


僧侶「――っはあぁぁ――!」
 

 敵の腹を炎の拳で殴りつける。だが、致命傷にはならない。
 今度は拳を敵の足もとへ。衝撃。
 地面から勢いよく突起が出現し、魔物が宙を舞う。


戦士「お見事……と、言いたいところだけど」

僧侶「ああ。コイツら、何度やってもキリがない」



戦士「何度たおしても、すぐ復活する」

僧侶「一撃で敵の全身を焼き尽くすぐらいの呪文じゃないと……」

戦士「数自体はそんなに多くないんだけどね」

僧侶「戦士、水系の魔術は使えないんだよな?」

戦士「残念なことにね、他のメンバーにいないこともないけど……」

僧侶「魔法使いクラスじゃなきゃ、意味がないな」

戦士「……って、喋ってる場合じゃないね」

僧侶「とにかく打開策を見つけるまで、粘るしかない、かっ!」


 飛びかかってきたウルフの顔面目がけて、拳を振るう。
 たしかな手応えとともに魔物が吹っ飛ぶ。すぐさま拳から衝撃波を放つ。


 だがウルフに気をとられていたことで、他の魔物への警戒が疎かになっていた。
 音もなく背後に忍び寄っていたサイクロプスの存在。
 それに気づいたときには、すでに敵の拳が僧侶に振り下ろされていた。
 

僧侶「しまっ……」
 


勇者「させるかああぁっ!」


 不意に現れた影が、敵の腕を切り裂いた。魔物が激痛に悲鳴をあげる。


僧侶「え……」

勇者「待たせた!」

戦士「待ってたよ!」


 僧侶の目の前に現れたのは勇者だった。
 だが、魔物たちは突然現れた勇者を見ても、怯むことなく突っこんでくる。



勇者「魔法使い、氷っ!」

魔法使い「――了解」


 飛びかかろうとした魔物たちの行く手を遮るように、突然巨大な氷が出現する。


勇者「もらったああぁっ!」 


 並みの人間ではまず造れない質量の氷壁。それを勇者は容赦なく切り裂いた。
 分厚く巨大な氷の壁が、音を立てて崩れていく。魔物たち目がけて。


勇者「戦士!」

戦士「そういうことねっ、わかったよ!」



 魔物たちを下敷きにした氷壁めがけて、戦士は紫炎を放つ。


勇者「僧侶、雷を頼むっ!」

僧侶「――まかせろ!」


 戦士の炎によって溶けた氷に、電撃の拳を打ち込む。


僧侶「もう一回……!」


 もうひとつの電撃の拳も、魔物目がけて放つ。
 眩い光。魔物たちの叫びがあたりに響き渡る。



僧侶「どうだ……?」

魔法使い「……おそらく、たおした」

戦士「なるほどね、こうやって確実に一撃で決めれば復活しないってわけか」

魔法使い「それでも、厄介なことには、変わりない」

戦士「たしかに。ボクらも勇者くんたちが来てくれなかったら、ヤバかったかもね」

勇者「……その、えっと……」

戦士「なに、ほんの数分前まですごい威勢よかったのに」

勇者「いや、まあその……そうなんだけど……」

僧侶「助かったよ、勇者」

勇者「……僧侶」



勇者「……っ」

僧侶「……どうした勇者?」

戦士「なんか目が潤んでるように見えるけど?」

勇者「な、なんでもないっ! とにかくすまなかった……!」

戦士「なにが?」

勇者「いや……その、なんていうか……」

戦士「言いたいことはわかるし、勇者くんの気持ちもわかるよ」

勇者「……ごめん」

戦士「いいってことよっ」

僧侶「とにかく今は、一旦ここから一番近い村へ行こう」

つづく





戦士「で、勇者くんはボクらを助けに来ようと思ったはいいけど。
    薬の効果が酷くて魔力が引き出せないってことで、魔法使いを頼ったわけね」

魔法使い「私も、勢いにまかせて、勇者についていった」

勇者「まあそんなところだ」

戦士「オッケー。ということは、魔法使いは当然、終わってないってことだよね」

魔法使い「ううん」

戦士「え? 解けてるの!?」

魔法使い「……予想とちがって、かなり解析しやすかった」

僧侶「なにが書いてあったんだ?」

魔法使い「名前」

勇者「なんの名前が書いてあったんだ?」

魔法使い「魔物の名前。それが、羅列されていた」



僧侶「魔物の名前……そんなものに意味があるのか?」

勇者「なにかの実験に使われた魔物とか?」

僧侶「あの第三番館から持ち出したものだから、そういう類の可能性もあるのか」

戦士「でも、これは彼女が複製した資料で、敵がリスクを犯して盗んだものだ」
   敵の目的のモノのヒントだと思ったんだけど……」

勇者「…………なあ、戦士」

戦士「うん? どうしたの勇者くん?」

勇者「今話してくれた勇者の選別方法って、なんだったけ?」

戦士「洗礼のことかい? ていうか忘れるの早すぎ」

勇者「…………」

魔法使い「勇者?」



勇者「……洗礼って、どうやって勇者だってわかるんだ?」

戦士「そこまではわかってない。それがわかれば、ちがってくるんだろうけど」

勇者「なにかないのか? 勇者にしか反応しないアイテムとか」

戦士「そんな都合のいいものは、さすがにないよ」

勇者「ないのか? 『勇者の剣』みたいな勇者専用の道具とか」


戦士「…………」

僧侶「…………」

魔法使い「……」


勇者「どうした、みんな?」

戦士「…………ひょっとして、それなのかな?」



戦士「おとぎ話にしか登場しないものだと思っていたけど」

僧侶「……勇者、いつかお前は『勇者の剣』の話をしたな?」

勇者「ああ。『勇者の剣』についての記憶のことだな」

戦士「勇者にしか扱えない剣……なるほど、それならたしかに選別できる」

魔法使い「……でも、洗礼で選別してるっていうのが、戦士の推測のはず」

戦士「そうなんだよね。剣、関係ないし」


僧侶「でも『勇者の剣』は、実体を持たない剣だと言われている」

僧侶「だから、たとえばその剣が『水のようなもの』で、洗礼の水に使われていた」

僧侶「……とかだったら?
   ……って、いくらなんでも都合よく考え過ぎか」


戦士「いや、でも……ありえなくはないんじゃない?」



魔法使い「確証はない」


僧侶「そのとおりだ。……でも……そうだ」

僧侶「私が持っている冒険の書、アレをつい最近見つけたんだ。
   冒険の書には、たしかに『勇者の剣』についての記載があった」

僧侶「もちろん、その冒険の書が絶対に正しいとはかぎらない」

僧侶「だが『勇者の剣』は勇者にしか扱えないという記述もあった」


戦士「……! じゃあ、赤ローブの連中が教会を探っていたのは本当に……」

勇者「そうだよ! きっとそれだ!」

戦士「でも、にわかには信じがたいっていうか……」


勇者「真勇者はオレの力を狙ってる」

勇者「それって自分の力が不完全で、『勇者の剣』が使えないからじゃないか!?」



戦士「たしかに。なぜ勇者くんを狙うのかって、疑問の答えとしても、しっくりくる」

僧侶「それ、なのか……?」


魔法使い「勇者の剣。魔力を極端に、増幅させるもの。その剣に斬れぬものはない」

魔法使い「その剣の力が解放されたとき、勇者以外の者が触れれば、死に至る」

魔法使い「……という言い伝えが、ある」


勇者「決定だっ!」

戦士「いっきに真相にたどり着いた感じがするよ」

僧侶「……」

勇者「どうした僧侶? オレの顔がどうかした……いてててっ!」

僧侶「本当に勇者か?」

勇者「なんの話だよ!?」

僧侶「妙に勇者が鋭いと思ったから……本物みたいだな」



戦士「ボクもびっくりだよ」

魔法使い「……コワイ」

勇者「お前らなっ!」

戦士「まあこれで、敵の狙いがほぼ完全に読めた」

僧侶「でも……真勇者の居場所はわからないままなんだよね」

勇者「そうだよなあ。あの資料も、魔物の名前が羅列されてるだけだしな」

僧侶「魔物の名前か。この魔物たちの名前に法則性があるとか……」

戦士「パッと見ただけじゃ、思いつかないね」

勇者「これって資料だろ? なんで暗号みたいなものにするんだよ?」

戦士「これが『勇者の剣』の在り処を示すものだとしたら?
   そう簡単にわかったらまずいでしょ?」



勇者「それも、そうか……」

魔法使い「……ちがう」

戦士「え?」

魔法使い「これは、暗号なんかじゃない」

勇者「なにかわかったのか!?」

魔法使い「……一旦、私の家に戻りたい」

戦士「オッケー。この村のことは他の人間に任せよう」





勇者「この記録でいいのか?」

僧侶「この記録、文字がよく読めない」

魔法使い「私たち、魔法使いは、魔女狩り以降、研究記録に手を加えている。
     特殊な魔術を用いないと、解読できない」

僧侶「なるほど。それで読めないわけか」

魔法使い「解読に時間が必要。三十分以内に、終わらすから、どこかで時間潰して」

勇者「わかった」






僧侶「戦士は報告のために宮廷へ行ったが、私たちはどうする?」

勇者「……僧侶」

僧侶「どうした?」

勇者「あ、いや……」

僧侶「……? もしかして調子が悪いのか?」

勇者「そうじゃない。その……あのときは、ごめん」

僧侶「……」

勇者「えっと……」

僧侶「私が知るかぎり、あそこまで勇者が取り乱したのは初めてだったな」

勇者「……え?」



僧侶「……その人に対する悲しみの深さは、その人に対する想いの深さ。
   そういう言葉を聞いたことがある」

勇者「想いの深さ……」

僧侶「私たちは薬師とそこまでの付き合いがあったわけじゃない」

勇者「……」


僧侶「裏切られた衝撃も、死んだ悲しみも、お前に比べればきっと小さい」

僧侶「それでも、薬師は私たちの仲間だった」

僧侶「私はあまり友達がいないから、嬉しかったんだ。
   薬師とは気の合う友達になれると思った」

僧侶「せめて、最期にもう一度だけ話したかった……」

僧侶「戦士も魔法使いも、口には出さないがショックだったはずだ」



勇者「生きてたら、また今回みたいなことは起こるのかな?」

僧侶「死は私たちにとって身近なものだ。無関係でいることなんてできない」

勇者「また、こういう思いをするんだよな」

僧侶「……ああ。それどころか、次は自分が死ぬ番かもしれない」

勇者「……」

僧侶「魔界にいたとき、何度か死にかけたことがあっただろ?」

勇者「うん」

僧侶「勇者は怖いって思ったことはないか? ……私は何度も思った」

勇者「僧侶も怖いって思うんだな」

僧侶「前から気になってたんだが、お前は私をどういう人間だと思ってるんだ?」



勇者「なんていうんだろ。男らしい?」

僧侶「……」

勇者「ご、ごめん。今のはナシで」

僧侶「無理だ。もう耳にこびりついてしまった」

勇者「……ごめん」

僧侶「勇者は私に謝ってばかりだな」

勇者「言われてみるとそうだな。なんでオレ、こんなに僧侶に謝ってばかりなんだろ?」

僧侶「……本気で言ってるのか?」

勇者「……けっこう本気」

僧侶「お前は反省してないみたいだな。あのセクハラ発言といい……」

勇者「セクハラ?」

僧侶「……もういい」



僧侶「とにかく今は生き残ることだけを考えよう」

勇者「おう。……って、大丈夫か?」

僧侶「なにがだ?」

勇者「なんか顔色があんまりよくない気がしたからさ」

僧侶「さっきも言ったが、怖いんだ」

勇者「……」

僧侶「次は自分が死ぬ番かもしれない。
   あるいは、私の身近な人がそうなるかもしれない」

勇者「逃げたいって思わないのか?」

僧侶「逃げて解決するなら、いくらでも逃げる。でも、それでは解決しない」



僧侶「それに、守るのはお前だけじゃない。
   お前が私を守るなら、私もお前を守る。約束だ」

勇者「ああ」


勇者(今度は――必ず守る)


魔法使い「……お待たせ」

勇者「魔法使い! 解読できたのか!」

魔法使い「……五ぐらい前に」

勇者「だったらもっと早く声かけてくれればよかったのに」

魔法使い「空気を読んだ」

勇者「……?」 

僧侶「ありがとう、魔法使い」

魔法使い「どういたしまして」



勇者「それで、あの資料はなんだったんだ?」

魔法使い「アレはある場所を示す手がかりだった」

僧侶「魔物の名前から、場所が特的できるのか?」

魔法使い「うん。載っていた魔物は、その土地で出現するものを書いたものだから」

勇者「……つまり?」








魔法使い「そこに『勇者の剣』がある」






王「なるほど。真勇者が追っていたのは『勇者の剣』だった、か」

戦士「……魔物討伐から戻ってくるのが早いですね」

王「俺の前ではあの程度の魔物、虫けら以下だ。優秀なワイバーンもいるしな」

側近「皇帝自らが率先して、魔物退治をするのもすごい話ですけどね」

王「力があるんだ。それを使わなくてどうするんだ」

側近「……おっしゃるとおりですね」

勇者「ていうか、早く真勇者を捕まえにいかないと……!」

王「わかっている」

側近「すでに腕の立つギルドの者を百名、待機させています」

戦士「さすがですね、師匠」

側近「僕は君を優秀に育て上げたんだよ、当然だろ?」



側近「あと二時間ほどあれば、さらに人員を追加できます」

王「見事な手腕だ。だが、相手は真勇者だ」

勇者「王様は勇者の強さを知ってるんですか?」

王「五百年前にな。ありゃあ全盛期の俺でもかなわないな」

僧侶「陛下ですから敵わないほどの強さ……」

王「数に任せたやり方で、勝てる相手ではない」

戦士「しかも、敵は間違いなく魔物を従えている」

王「ったく、厄介極まりないな」

魔法使い「それに、『勇者の剣』が、加わったら……」

王「おそらく完全に手がつけられなくなる」



戦士「そうなると勇者くんには……」

側近「帰ってもらったほうがいいかもねえ」

勇者「へ?」

王「たしかにお前が隠れている分には、『勇者の剣』が使われることはないもんな」

勇者「そ、それはそうだけど……で、でも!」

王「なんだよ?」

勇者「いや、その……オレをおとりに使う作戦とか、なんかないの?」

王「おとりじゃなくて、そのままエサとして食われておしまいだろ」

僧侶「たしかに真勇者は強いしな……」

魔法使い「おつかれ」

勇者「ええ!?」



王「真面目な話、お前には隠れてもらっていたほうがいいのかもしれない」

勇者「そ、そんな……」

僧侶「……」

王「ギルドメンバー追加まで、あと何時間だった?」

側近「二時間です」

王「それまでに結論を出す。今は待機していろ」

勇者「……」

王「俺の元側近が残した資料をもってくる。もしかしたら、そこになにかヒントが……」


勇者(側近……赤ローブ……)


勇者「待った!」



戦士「おっ。なにかに気づいたかい、勇者くん?」

勇者「気づいた……まあ、そうだな。気づいたっていうか疑問っていうか……」

王「聞こうか」

勇者「その王様が言った元側近って、赤ローブのヤツのことだよな?」

王「そうだが?」

勇者「その人は側近なんだから、王様のそばにけっこうな割合でいたんだよな?」

王「ああ」

勇者「……もしかしたら、真勇者をたおすことができるかもしれない」

王「単なる思いつきで言ってるってわけじゃなさそうだな」

勇者「ああ――オレだからこそ、真勇者をたおせるかもしれない」






少女『……どうして彼女はいつも泣いてるんだろ?』

勇者『彼女?』

少女『女王陛下のこと』

勇者『彼女は……泣いているのか?』

少女『そっか。あなたは見たことがないんだね、陛下が泣いているのを』

勇者『今では事務的なことでしか、会話しないからな。なあ』

少女『なに?』

勇者『お前が彼女をそこまで慕う理由はなんだ?』

少女『……わからない。生まれたときから、あの人のそばにいるのが当たり前だし』

勇者『自分の生まれ方について、なにも思わないのか?』



少女『考えないことはないよ。でも、それを考えてなにか変わる?』

勇者『変わらないだろうな』

少女『でしょ? 変わらないことなんて、考えても仕方ないでしょ』

勇者『お前はなんでもシンプルに考えるんだな』

少女『悪い?』

勇者『べつに。いいんじゃないか』

少女『私はあの人が好き。だから、あの人の役に立ちたい。それで十分』

勇者『……』

少女『いちいち物事に深い理由はいらない。好きな人のためにがんばる、それで十分。
   勇者には好きな人や大切な人、いないの?』

勇者『俺には――』





真勇者(また俺が勇者だったころの記憶、か)

真勇者(最近は、こんな夢ばかり見るな)



真勇者(――!)


真勇者(…………この気配は……アイツか……!)

真勇者(薬師。やはりあの女は、アイツらにヒントを残したか)

真勇者(万全には程遠いが、もはや構っていられない)


真勇者「俺の力、返してもらうぞ……!」






勇者「あのデカイ建物が、この街の教会なのか?」

戦士「もともとこの街は、宗教がもとで栄えた街なんだよ」

僧侶「だからこそ、教会の権威が落ちてからの凋落も酷かった」

勇者「しかし、そこらへんに水がいっぱいあるんだな」

戦士「水の都、なんて呼ばれていたからね。
   運河を利用した交通も発達していたんだ」

勇者「なのに、今は誰も住んでないんだな」

戦士「色々とあったんだよ、この街も。
   ……魔法使い、どう?」

魔法使い「魔術で、確認したところ、魔法陣が辺り一面に、仕かけられている」

戦士「……どうやら、コソコソ隠れてもムダみたいだね」

魔法使い「うん」



魔法使い「勇者、魔力の使い方は、覚えてる?」

勇者「ああ、ここに移動するまでにずっと練習してきたけど、たぶんいける」

魔法使い「……わかった。あと、魔力増幅剤」

勇者「ありがとう」

戦士「……みんな、長く話している時間はないから、ひとつだけ言っておく」

戦士「とにかく生き残れ! オッケー!?」


僧侶「ああ!」

魔法使い「了解」

勇者「おうっ!」


 街のいたるところに仕掛けられていた魔法陣が発動し、光が弾ける。
 魔物の咆哮が街全体に響き渡り、運河の水面が揺れる。


戦士「さて、予想通り敵の魔法陣が発動したね」

僧侶「なんて数だ……」

勇者「だけどこっちも!」

魔法使い「――発動」

戦士「これで、こちらの転移用の魔法陣も発動したんだよね?」

魔法使い「もちろん」

勇者「よし、オレたちも行くぞ」





王「魔物一体に対して、三人で当たれ! 一撃で決めない限り、復活するぞ!」

部下「了解!」

王(変身してるとはいえ、こういう形で人に指示するのは初めてだな)


王「しかし、ここまでの数の魔物を揃えているとはな――お前ら伏せろっ!」


王(こりゃあ魔術の出し惜しみなんてしている場合じゃないっ!)


 大きく跳躍して、味方と魔物の位置を瞬時に把握する。
火炎の魔術を発動する。地面から巨大な火柱が次々とあがり、魔物たちを燃やし尽くす。


部下「お見事っ!」

王「はっ、誰にもの言ってんだ!」


王(こうなると、やはりカギはアイツらか――頼んだぞ勇者たち!)





戦士「よりによってこの街、教会が最奥にあるんだよね」

勇者「どう行っても魔物と遭遇しないのは無理、かっ……!」

戦士「勇者くん、息あがってない?」

勇者「まだまだ余裕だっ!」


 翼の生えたオークが、跳躍とともに勇者と戦士めがけて攻撃をしかけてくる。
 拳が地面にめり込み、砂埃が舞う。


勇者「さっきからコイツ、オレばかり狙ってきやがって……!」
 

 魔法使いが魔術の水弾を放つ。
 背中に直撃するが、オークは構わず勇者に突っこんでくる。


勇者「しつこいっ……!」


勇者(なんでコイツ、オレを執拗に追いかけてくるんだ……!?)



戦士「まさか……勇者くんっ!」

勇者「え――」


 走る勇者の足もとから、強烈な光が起こる。


勇者(魔法陣!? そうか、そういうことか!)


 視界が真っ白に染まる。
 あまりの光にまぶたを閉じる。音がすべて消え失せる。


僧侶「……勇者っ!」
 

僧侶が叫んだときには、勇者の姿は跡形もなく消え失せていた。






勇者「――っ!」



勇者(しまった。あと少し、早く気づくべきだった)

勇者(あの魔物はオレを移動させるための罠だったんだ……!)


 勇者の予想よりも遥かに広い教会。その中心に佇む人影。



真勇者「自分から命を差し出しにくるなんてな、愚かだな」



 かつて勇者だった男がそこにはいた。


勇者「自分でもそう思うよ」


 張り詰めた空気が勇者の肌に刺さる。無意識に息をのんでいた。



勇者「アンタの狙いは『勇者の剣』を手に入れることだな」

真勇者「……わかっていたか」

勇者「薬師が残してくれた資料のおかげでな」

真勇者「……やはりあの女か」

勇者「アンタはその剣を手に入れてどうするつもりだ……?」

真勇者「言ったはずだ。すべてを正すと」

勇者「『勇者の剣』の力でか?」

真勇者「そうだ」

勇者「アンタが言う過ちっていうのを、オレも知った!」

真勇者「知ったから、なんだというんだ? 
    すべてを失った俺のなにがわかるっていうんだ」

勇者「オレは……」

真勇者「造りもののお前が、偽物のお前が、わかったような口をきくな」



真勇者「なんの過去ももたないお前の言葉に、意味はない」

勇者「……っ」


薬師『あなたにはわかりません。過去をもたないあなたに、私のことなんて――』


勇者(あのときも、オレは薬師になにも言えなかった……!)


真勇者「終わりだ――」

勇者「……!」


 目の前に真勇者がいた。
 いつの間にか抜かれた剣が、勇者の胴体を横ざまに切り裂く。


勇者「……っ!」


 気づくのが遅すぎた。
 飛び退いたが、真勇者の剣は勇者の胴体を捉えていた。



勇者「ぐっ……ぅうぅぅ……!」

真勇者「あっけないな。しょせんは偽物で、出来損ないか」

勇者「……まだだっ!」


 勇者はあるものを口に含んで嚥下した。


真勇者「無駄だ」 


 真勇者の剣が帯電して音を立てる。
 振り下ろされた切っ先から、電気の本流が勇者に向けて放たれる。


勇者「……っ!」


 だが、電撃は勇者に直撃しなかった。すでに勇者はその場から消えていた。


真勇者「……?」


 次の瞬間、勇者は真勇者の背後に現れていた。



勇者「そこだああぁっ!」


 剣を真勇者の背中目がけて振り下ろす。

 だが勇者の剣が敵の背中をとらえることはなかった。
 不意に目の前で火柱があがる。勇者はとっさに跳んでかわした。
 あと少し反応が遅れていたら、全身を炎に飲みこまれていた。


勇者「くっ……!」

真勇者「魔力を無理やり底上げして、力を覚醒させたか」

勇者「正解、だっ!」


 勇者の全身を包むように漂う、漆黒の魔力。それを剣先に集中させる。 

 地面を蹴る。真勇者が地面に剣を突き立てる。
 突如、地面から炎が湧き上がる。
 炎が波のように地面をうねりながら、勇者に迫ってくる。



勇者(避けきれない――!)


 全身に魔力をみなぎらせる。背中の肉をなにかが食い破る感覚。
 熱風が勇者のからだを飲み込んだ。 


真勇者「……終わったか」

勇者「まだ終わってないっ!」

真勇者「……!」


 勇者の背中から生えた黒翼が、炎の波を受け止めていた。
 翼が大きくはためき、火炎が真勇者へと跳ね返る。 


勇者(やったか!?)


 真勇者に炎が直撃した、と思った。だが、実際はそうではなかった。
 不意に火炎が文字通り裂けた。


真勇者「何度も言わせるな。偽物のお前では俺には勝てない」



勇者「ならっ……!」


 自身の剣に魔力を流し込もうとした勇者の腕が止まる。
 一瞬で眼前に現れた真勇者に腕を掴まれていた。


真勇者「遅い」


 真勇者が勇者の額を掴む。静電気の弾ける音。全身を電流が突き抜ける。
 どれほどの時間が経過しただろうか。不意に音が止む。


勇者「ぁ…………」

真勇者「あの教会で戦ったときと、なにも変わっちゃいない」


 細胞の全てが焼け死んだかのような激痛。思考がまとまらない。
 視界が激しく明滅してする。



真勇者「さあ、返してもらうぞ」


 勇者の額をつかむ真勇者の力が強くなる。
 魔力が真勇者へと流れていくのがわかる。


勇者(やばい……死ぬ――)


 意識が暗闇に沈んでいく。音が遠のいていく。からだに力が入らない。

 すべてが真っ黒に染まっていく――






勇者(……ここはどこだ?)

勇者(オレは死んだのか?)

勇者(全部真っ黒。ここにはなにもないのか……)

勇者(……やっぱりオレはアイツに……本物の勇者に勝てないのか)

勇者(偽物だから、本物には勝てないのか)

勇者(ごめん、みんな……オレ……)


 ――勇者


勇者(誰の声だ?)

勇者(あっ……)


 勇者の目の前に唐突に景色が浮かぶ。そしてすぐ消える。



勇者(そういえば、魔界で魔王と戦ったときにも、こんなことがあったな)


勇者(誰かの記憶を見せられているみたいだった)


勇者(これも誰かの記憶なのかもしれない)


勇者(でも、誰の…………あれ?)


勇者(はっきりと見覚えがある)


勇者(これは……)


勇者(オレの記憶だ)



勇者(そうだ、オレにだってあるんだ)

勇者(まだちょっとしかないけど、たしかに生きてたっていう証拠が)

勇者(そういえば、みんなと最初に会ったときはすごい不安だったな)


勇者(このパーティでやってけるのかって)


勇者(戦士はなんか、チャラチャラしててイメージと全然ちがったもんな)

勇者(僧侶もイメージと全然ちがった。すごい厳しい口調でちょっと怖かった)

勇者(魔法使いは……無口だしなにを考えてるのか、全然わからなかった)


勇者(なんだか懐かしいな)

勇者(魔界へ行ったときは、驚いてばかりでみんなを呆れさせた)

勇者(自分のまわりのことは、わからないことばかりだった)

勇者(自分のことはもっとわからなかった)



勇者(色んなことがあった。知らないことをたくさん知った)

勇者(自分が造られた偽物だってことも知った)

勇者(色んな敵とも戦った。死にかけたこともあった)

勇者(魔王と戦って、少しはわかりあえて……)

勇者(もっと色んなことを知りたいと思った)

勇者(もっと色んなことをしてみたいって思った)

勇者(世界のことを知りたい、旅に出たいって思った)

勇者(でも、真勇者を追いかけることになって、薬師と出会って……)

勇者(薬師からも色んなことを教わった)



勇者(……そうだよ、オレはまだみんなとの約束も果たしてない)


勇者(もっと生きたいっ)


勇者(死にたくない……!)


 どこからか淡い光が漏れてくる。
 やがてその光は強くなり、その世界を真っ白に塗りつぶした。






真勇者(これでほぼ俺自身の力は取り戻した……)


 真勇者が勇者の額をつかむ手を離そうとしたときだった。


勇者「……く、な……ぃ」


真勇者「!」


 勇者がその手をつかんだ。


真勇者「……お前、まだ……!」

勇者「死に、たくない……」


 まるで、命そのものを搾り出すかのようなかすれた声。


勇者「死にたく、ない……もっと、生きたい……!」

つづく

ここまで見てくれた人、ありがとうございました
明日でこの話は終わる予定です

ss速報vipが鯖落ちしてるので、URL貼っても見れないと思うので
関連ssのタイトルだけあげておきます

関連ss
神父「また死んだんですか勇者様?」
魔王「姫様さらってきたけど二人っきりで気まずい」


前作
勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」


さすがにこれ全部読むのは長すぎると思いますが、前作か関連ss読めば
ストーリーは九割型把握できるようになると思います

順番は特にない?

>>668時系列順では

神父「また死んだんですか勇者様」

魔王「姫様さらってきたけど二人っきりで気まずい」

勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」

となります。

さいかい



真勇者はその手を振りほどこうとするが、あまりの握力にそれができない。


真勇者「チッ……」


 しかも勇者は、ただ腕をつかんでいるだけではなかった。
 自身の魔力を真勇者の腕に流しこんでいた。


真勇者「なにが目的かは知らないが……無駄だっ!」


 真勇者が体勢を低くする。勇者の腹を蹴り上げる。
 真勇者をつかむ手が離れ、勇者が大きく吹っ飛んだ。


真勇者(今のは…………死にかけておかしくなったか?)


 真勇者がゆっくりと勇者へと近づいていく。
 だが、勇者はなおも立ち上がろうとする。



真勇者「力を解放しても、お前は俺には勝てない。そんなこともわからないのか」

勇者「わかってるさ……アンタとオレじゃ、力の差がありすぎることぐらい……」


 勇者は必死に立ち上がろうとする。
 だが、もはやそれすら満足にできない。
 満身創痍の勇者に剣を突き刺そうとしたときだった。



戦士「――やらせないよっ!」



 紫炎が真勇者に襲いかかる。反射的に真勇者は剣でその炎を振り払っていた。
 だが攻撃はそれで終わらなかった。


魔法使い「――発動」


 地響きを立てて、氷の刃が地面から現れる。
 だが、真勇者はバックステップで最奥まで行き、これもなんなくかわす。


僧侶「まだだっ!」


 今度は地面を這う衝撃波だった。
 だが真勇者は地面に剣を突き立て、同じように衝撃波を放ち無力化する。


真勇者「よくここまでたどり着けたな。ずいぶんとボロボロになってるようだが」

戦士「まあね。さすがにあの魔物の群れを突破するのは、骨が折れたよ」

真勇者「だが、もうお前たちは手遅れだ」

戦士「どうかな? やってみなきゃわからないよ」

真勇者「だったらやってみるんだな」


♪ 


僧侶「勇者!」

勇者「……僧侶、か」

僧侶「遅れてすまなかった……魔法使い」

魔法使い「わかった」


 魔法使いが勇者へと向けて魔術を放つ。本来禁止されているはずの回復呪文を。
 勇者の傷が瞬く間に治っていく。


真勇者「今の時代に、これほどの回復呪文を使える人間がいるとはな」

魔法使い「……魔界で、覚えた」

勇者「……ありがと、なんとか動けるようになった」



真勇者「だが今さら回復したところでどうなる? 
    勇者、お前は俺よりはるかに弱い」

勇者「だから、そんなことは知ってるよ」

戦士「そうだよ、勇者くんが弱いことぐらいボクらは知ってる」

僧侶「お前よりもずっとな」

魔法使い「だからこそ、私たちは、ここに来た」

真勇者「……仲間か。俺にもいたよ。
    だが魔王と戦ったときはひとりだった」 


真勇者が、洗礼盤へと手を置く。


真勇者「そして、そのとき俺はこの剣を携えていた」



 教会そのものが震える。膨大な魔力が空間に広がっていく。
 洗礼盤を満たす水が、独自の意思を持ったかのようにぬたくる。

 やがてその水は輪郭を形作り、長剣へと変貌した。


魔法使い「――」

 
 とっさに魔法使いが水弾を放つ。
 しかしそれは、剣へとたどり着く前に蒸発するように消え失せた。


真勇者「この剣には、そんな術は通用しない」


 真勇者の手に握られた剣から、魔力がにじみ出て、輪郭がぼやける。


真勇者「もう誰にも邪魔はさせない」


 かつての勇者が構えた――『勇者の剣』を。


勇者(アレが『勇者の剣』……)



 真勇者が剣を掲げた。



勇者「……?」


 そしてそれをそのまま振り下ろした。
 勇者たちと真勇者の距離はかなりある。
 その剣が届くわけがない、そう思ったときだった。


勇者「なっ……!?」


 光の奔流が、勇者を横切ってそのまま教会の壁をぶち破った。
 なにが起きたか理解できなかった。
 光が通過した床は、えぐり取られたかのように消え失せていた。


戦士「散開しろ!」


 戦士の言葉とともに、全員が走り出す。



真勇者「逃しはしない」
 

 『勇者の剣』が文字通り燃え上がった。
 真勇者が再び剣を天井へと掲げる。天井から突如炎の雨が降り注ぐ。


勇者「ウソだろっ!?」


 部屋が炎の色に染まり、いっきに温度が上昇する。
 勇者はひたすら走って炎の塊をよける。
 降り注ぐ炎の間隙を縫って、真勇者へと接近する。


真勇者「遅い」


 真勇者が地面へと剣を突き立てる。地面から巨大な突起が次々と現れる。


勇者「……っ!」


 とっさに横っ飛びに避ける。突起が天井を貫く。
 視界全体が激しく揺れる。



僧侶「魔法使いっ!」

魔法使い「了解」


 魔法使いの足もとから、巨大な水柱が何本も現れ、真勇者を襲う。
 水で満たされた床に、僧侶が電撃の拳をぶつける。


真勇者「無駄だ」


 しかし魔法使いと僧侶の攻撃は、真勇者に届くことはなかった。
 真勇者を囲むように何本もの火柱があがり、水流を飲みこんでいく。


僧侶「これもダメなのか……」

戦士「攻撃の手を緩めえちゃダメだっ!」


 いつの間にか戦士が、真勇者の背後に回っていた。



 戦士が真勇者の背中へ向けて剣を振り下ろす。

 しかし真勇者は空いた手で、戦士の腕を掴んでいた。


戦士「っ……!」

真勇者「しょせんお前も二流の戦士だな」 


 だが、真勇者に接近してたのは戦士だけではなかった。


勇者「――っらあぁぁぁっ!」


 真勇者の背後から勇者が、剣を振るう。真勇者が一瞬で身を翻す。
 真勇者が剣を空中へと放る。
 空いた両の拳で、体勢を崩した勇者と戦士を殴り飛ばした。


勇者「……ぐぁっ!」


 背中から落ちたせいで一瞬息が詰まった。すぐさま飛び起きる。



勇者「魔法使い!」
 

 それだけで通じたのだろう。魔法使いが呟く。突き上げるような衝撃。
 魔法使いが魔術で巨大な氷の壁を造り、勇者がそれを切り裂く。
 氷壁が真勇者へ向かって崩れる。衝撃。建物が大きく揺れた。


勇者(どうだ……!?)

真勇者「どこを見ている」

勇者「!?」


 背後で声がした。『勇者の剣』が勇者を切り裂く――


魔法使い「発動」


 剣が到達するより先に、氷のかたまりが隆起し、勇者を大きく吹っ飛ばした。


勇者「うわぁっ!?」


 とっさに勇者は受身をとってすぐさま起き上がる。


魔法使い「ごめん。この方法でしか……」

勇者「わかってる。大丈夫だ、そんなにダメージは受けていないっ……」 


 そう言って、再び勇者は走り出す。


勇者(攻撃の手を緩めるわけにはいかない……だけど、攻撃しても効かない……)


 戦士が真勇者に向けて炎弾を放つ。
 しかし『勇者の剣』のひと振りで、火はあっさりと消えてしまう。
 僧侶が拳から衝撃波を放つ。

 だが、それも真勇者が剣を地面に突き刺しただけで、無効化されてしまった。


勇者(やっぱりダメなのか……っ!?)


 絶望にも似た気持ちが胸を満たしていく。
 なにをやってもこの本物の勇者の前では、意味がない。



勇者(しかも魔力も、ほとんど残っていない)


 真勇者に勇者の力をもっていかれたうえに、魔力増幅剤の反動のせいか。
 以前のような膨大な魔力を引き出すことができない。


勇者(……いや、あきらめるなっ……! もう一度っ!)


戦士「魔法使いっ! 僧侶ちゃんっ!」

魔法使い「了解」

僧侶「わかった!」


 戦士が巨大な紫炎を。
 魔法使いが大量の氷針を。
 僧侶が最高速度の衝撃波を。

 いっせいに真勇者へと繰り出す。



真勇者「あきらめの悪いヤツらだ。だが」


 『勇者の剣』が強烈な光を放つ。
 まぶたの裏にまで焼きつくような強烈な光が、教会全体を埋め尽くす。
 気づいたときには三人が放った術は、すべて消滅していた。


魔法使い「そんな……」

真勇者「この剣の前ではすべてが無に等しい」

勇者「まだだっ!」


 勇者が跳躍する。剣を真勇者へと振り下ろそうとする。だが。


真勇者「あきらめろ」


 剣が再び光を帯びる。光が弾ける。全身をつま先から脳天まで衝撃が走る。
 気づけば、勇者のからだは地面を転がっていた、



勇者(……な、なにが起きた……)
 

 からだに力が入らない。無理やりからだを起こす。
 床にたおれていたのは自分だけではなかった。
 戦士も僧侶も魔法使いも横たわっていた。

 足音が近づいてくる。真勇者の影が勇者に覆いかぶさる。


真勇者「偽物のお前が、本物の俺に勝てるわけがないだろう」


勇者「……っ!」


 真勇者が勇者を見下ろす。まるで質量をもっているかのような殺気。
 喉の奥で詰まった息が音を立てる。指ひとつ動かすことができない。
 本物の勇者の圧倒的な力。自分は絶対に勝てないという確信。

 絶望が胸を締めつける。



真勇者「お前の翼……あの魔王のそれと似ている」

真勇者「魔王は強かった。お前たちより圧倒的に」

真勇者「だが、それでもこの俺とこの剣の前に破れた」

真勇者「この力があれば、お前たちの国を滅ぼすこともできる」

真勇者「この力があれば、世界の秩序さえも変えられる」


勇者「……そんなことをして、どうなる……?」


真勇者「間違っていたものが消える。それだけで十分だ」


 真勇者の手が勇者へと伸びる。その手の動きがやけに遅く見える。
 戦士がなにか叫んでいる。魔法使いもなにか言っている。
 だが音がぼやけていて、聞き取ることができない。


 ――勇者!


 誰かの叫び声がはっきりと聞こえた。顔をあげる。


 僧侶が背後から真勇者へとびかかる。


真勇者「何度やっても結果は変わらない」
 

 背後から繰り出される拳は、真勇者に到達することなく止まった。
 僧侶のからだが宙を舞う。


勇者「僧侶っ!」
 

 僧侶が背中から落ちる。鈍い音。


真勇者「いつか俺がお前に聞いたこと、覚えているか?」


勇者「……なんのことだ」


真勇者「仲間が目の前で殺される気分はどうだ?」


 真勇者がきびすを返す。
 勇者は真勇者がなにをしようとしているのか理解した。



真勇者「お前と俺はなにもかもちがう。
    だが、自分の仲間を救えないという点では同じらしい」


 真勇者がゆっくりと僧侶へと歩み寄っていく。


勇者「や、やめろ……っ!」


 からだが動かない。全身を苛む痺れは酷くなっていく一方だった。
 それどころか、腹部が出血している。


真勇者「これから、お前の大切なものをひとつずつ奪う。
    そうすれば少しは俺の気持ちもわかるだろう」


 真勇者が僧侶を見下ろす。


真勇者「……まだ、動けるか。大したものだ」

僧侶「……っ」



真勇者「なにか言い残すことはあるか?」

僧侶「……私にとっての、勇者は……お前じゃないっ……」

真勇者「お前にとってはアイツが本当の勇者だってことか」

僧侶「そうだ……!」

真勇者「だが、アイツではお前を救うことができない」


勇者「僧侶っ……!」


勇者(オレはまた守れないのか……?)

勇者(オレが弱いからまた仲間が殺されるのか?)

勇者(オレを庇ってまた仲間死ぬのか?)


 自分を守ってくれた彼女の姿が、脳裏をよぎる。
 血の匂い。傾いていく小さな背中。長い髪。虚ろな瞳。


勇者(オレのせいで――)


 守ると約束した仲間が殺されようとしている。
 自分を守ってくれた仲間が、また死ぬ。


勇者(そんなのはダメだ……)


 真勇者が剣を構える。僧侶は身動きひとつしない。



 拳を強く握る。
 まだ微かにからだには力が残っている。
 
 勇者の力ではない、もうひとつの力が。


勇者(守るって――)


 歯を食いしばる。悲鳴をあげるからだを無理やり起こして、立ち上がる。
 勇者は、残った魔力を振り絞った。


勇者(約束したんだ――)


真勇者「まずはひとり目」
 

 真勇者が僧侶目がけて剣を振り下ろす。 
 上から下へ、ただ振り下ろす。それで僧侶は死ぬ。
 
 だが、剣は僧侶へと到達する前に止まった。


真勇者「まだ、動けるのか……」

勇者「オレの仲間はオレが守る……もう誰も殺させない……!」


 僧侶の前に躍り出た勇者が、真勇者の腕をつかんでいた。


真勇者「仲間を守る? 誰も殺させない? お前にできるものか――」


勇者「できなくてもやるっ!」


 勇者が拳を振るう。真勇者も同じように拳を繰り出してくる。
 拳が衝突する。
 魔力と魔力がぶつかりあい、ふたりは大きく吹っ飛んだ。

 
 
勇者はとっさに受身をとって、素早くからだを起こす。

真勇者「まだこんな力を残していたとはな。だが……」
 

 真勇者の言葉が途切れる。
 その表情には、はっきりと動揺が浮かんでいた。


真勇者「なぜ……」


 『勇者の剣』の輪郭がぼやける。剣が光り輝く。
 その光が真勇者を飲みこむ。
 静電気が弾けるような音を合図に、真勇者が絶叫する。

 どれほど時間が経過しただろうか。

 光と音が不意に止まった。
 真勇者がもっていた剣は、粒子となり跡形もなく消えていった。


 真勇者は見えない刃に切り裂かれたように、全身から血を流していた。
 ところどころ肌が焼けただれていた。


真勇者「……っ…………お前、俺の剣になにをした……!?」

勇者「……」

戦士「ふぅ、本当にあと少しで死ぬと思ったよ」

魔法使い「同じく」

勇者「ごめん。予想してたより、ずっとうまくいかなかった」

 
 ようやく回復した戦士と魔法使いが、武器を構える。


僧侶「だが、勇者の言ったとおりだったな」


 ふらつきながらも、僧侶が立ち上がる。



勇者「剣にはなにもしていない」

真勇者「どういうことだ……?」


勇者「……王様の側近の赤ローブのヤツは、オレに言ったんだ」

勇者「オレでは『勇者の剣』は使えないってな」

勇者「そしてその赤ローブは、王様の側近だったにも関わらずオレだけを狙った」

勇者「勇者の力だったら、王様だってもっているはずなのに」

勇者「じゃあ、どうしてそうしなかったのか」

勇者「王様の勇者の力では、勇者の剣が使えなかったから」

勇者「勇者はその勇者の力だけじゃないと、『勇者の剣』を使えない」


真勇者「……! じゃあ、あのときお前が俺に魔力を流したのは……」


勇者「ああ。オレには魔王の力がある。
   さっき、そして今。アンタの腕をつかんだときに魔王の力を流してやった」



戦士「本当に成功するかどうかは、賭けだったけどね」

魔法使い「言い伝えも、馬鹿にはできない」

僧侶「力を解放した状態で、勇者以外が触れれば、その剣は触れたものに牙を向く」

真勇者「……っ」

戦士「さて、ここから反撃させてもらうよ」

真勇者「……この程度で俺が終わると思うなっ!」


 真勇者がもうひとつの剣を再び抜く。
 戦士と魔法使いが術を真勇者に放ち、僧侶が衝撃波を繰り出す。


真勇者「甘い!」


 だが、真勇者はこれをかわし、魔法使いへ突っ込んでくる。


戦士「させないよっ!」


 戦士が真勇者の眼前に躍り出る。



戦士「さっきより動きがだいぶ鈍いね」

真勇者「まだだっ! まだ俺は終わらないっ!」

戦士「……っ!」


 真勇者が地面を蹴り、高く跳ぶ。真勇者の剣先が光る。
 静電気の弾ける音。雷の刃が次々と降り注ぐ。


勇者「まだこんな力を……」

僧侶「さがれっ!」


 僧侶の拳が床にめりこむ。激しい揺れとともに、真勇者の足もとから衝撃波が起こる。
 真勇者のからだが地面へ叩きつけられる。
 魔法使いと戦士が魔術を放つ。

 だが、明らかに威力が落ちている。



 真勇者が身を起こして、それをかわす。
 全員体力も魔力もほとんど残っていないのは、明らかだった。


勇者(これ以上長引いたら、勝てない)


 勇者は地面を蹴った。真勇者へ突進する。


勇者(集中しろ――この一撃にすべてをかける)


 残ったすべての魔力を一点に集中する。
 真勇者が炎弾を放ってくるが、かまわず勇者は突っこむ。
 真勇者との距離がほぼゼロになる。勇者は剣を横薙ぎに振るった。


真勇者「――お前では俺には勝てない」


 甲高い金属の音。真勇者の剣の一撃のほうがはるかに強かった。
 勇者の手から剣がはなれる。

勇者「!!」




真勇者「これで終わりだ――!」


 真勇者が剣を振り上げる。勇者の手に武器はない。
 だが、こうなることはわかっていた。


勇者(オレはコイツに剣の腕でも勝てない――だから)


 初めからこのつもりだった。剣はおとりだった。


勇者「――終わりじゃないっ!」


 敵の剣を掻い潜り、全魔力をこめた拳を真勇者の顔面へとぶつける。
 

真勇者「――――っ!?」
 


 重い手応えが拳を通して伝わる。真勇者が吹っ飛び、地面を転がる。


真勇者「…………かはっ……まだ、だ……」


 真勇者が身を起こし、立ち上がる。勇者は再び身構える。


勇者(まだ動けるのか。もう魔力が……)


 しかし真勇者は膝からくずおれ、地面に倒れ伏した。 


勇者「はぁはぁ……」


 勇者はその場から動くことができなかった。どれほどそうしていただろうか。
 不意に勇者の足の力が抜ける。全身を襲う虚脱感に思わず座りかけ、


戦士「大丈夫かい? 肩貸すよ」

勇者「サンキュ……」

僧侶「終わったの、か……?」

勇者「……たぶん。もうアイツからは魔力を感じない」



勇者「戦士」

戦士「なに?」

勇者「オレをアイツのところまで、連れて行ってくれないか?」

戦士「……できれば、あんなおっかないのには近づきたくないんだけど」

勇者「頼む」

戦士「……わかったよ」

僧侶「私も肩を貸す」

勇者「僧侶……大丈夫なのか?」

僧侶「ムチャクチャな無茶をしたお前よりはな」

勇者「……ありがとう」

僧侶「ああ」



勇者「よお」

真勇者「……っ! ……なぜだ……?」 

勇者「……」

真勇者「なぜ……お前が立っていて、俺が……こんなありさまなんだ……」

勇者「そういうこともあるんじゃないのか」

真勇者「わけが、わからない……俺より、はるかに劣るお前が、なぜ……」

勇者「オレもわからないよ」

戦士「勇者くんがわからないことは、これだけじゃないでしょ?」

勇者「うるせえ。……でも、そのとおりだ。
   オレにとって世界は、わからないことばかりだ」



勇者「世界だけじゃない。自分のことだって、つい最近までわからなかった」

勇者「アンタの言うとおり、オレは造られた存在で……偽物だ」

勇者「でも、そんなオレでも死にかけてわかったんだ」

勇者「死にたくない。もっと生きたいって」


真勇者「生きて……それでどうする?
    お前のような存在が、生きてなにをするっていうんだ……?」


勇者「……知りたいことがたくさんある。やりたいこともたくさんある」

勇者「それに……こんなオレでも受け入れてくれる仲間がいる」

勇者「こんなオレでも、支えてくれる仲間がいる」


真勇者「仲間……」


勇者「あのとき、もう一度みんなに会いたいって思った」

勇者「難しいことはわからない。
   でもオレが生きたいって思う理由は、それで十分だった」



真勇者「仲間、か」

勇者「アンタにだって、仲間はいただろ」


真勇者「……いたさ。大切な仲間だった……」

真勇者「この国が……俺の大切なものを奪ったんだ」

真勇者「……ああ、そうだ。俺もあの女と一緒だったんだ」

真勇者「自分の大切なものを奪ったこの世界に、復讐したいだけだったんだ……」


勇者「……」


真勇者「……お前ら三人は、どうしてコイツを助けるためにそこまで必死になれた?」



戦士「べつに。いちいち理由なんてないし、そんなの考えることでもないでしょ?」

魔法使い「仲間だから、で、十分」

僧侶「それに、約束したからな。守るって」

真勇者「……結局、そんな簡単なことだったんだな」

真勇者「多くのものを犠牲にして、世界を変えようとしておいて……」

真勇者「こんな陳腐な結論が出てくるなんてな……」

真勇者「仲間に、会いたい……もう一度だけでいいから……」

勇者「……」
 

 なにかを言おうとして言葉が喉の奥で詰まる。
 こんなとき、どんなことを言えばいいのかわからない自分が、もどかしかった。


勇者「……え?」


 手足の力が急に入らなくなる。景色がかたむいていく。
 なにが起きているのか理解できなかった。
 鈍い衝撃。なにかが床にたおれる音。


勇者(ああ、そうか……力、なくなったんだよな……)


 唐突にまぶたが重くなっていく。目の前が暗くなっていく。みんなの声がする。
 しかし、なにを言っているのかは全然わからない。


勇者(オレは……どうなるんだ…………オレは……)



『――――お前は生きろ』



 黒く塗りつぶされていく視界の片隅で、小さな光が灯った気がした。


♪一ヶ月後


王「あ、とれた」

戦士「……さっきから難しい顔して、なにやってるんですか?」

王「見りゃわかるだろうが。耳掃除だ」

戦士「はあ……」

王「男は基本的に耳が剥き出しだからな。きっちり掃除しておいたほうがいいぞ」

戦士「ボク、髪長いんで」

王「お前はな。だが、女っていうのは意外と耳の裏とか見てるもんだぞ」

戦士「……そんなことを言うために呼び出したんですか?」

王「そんなことってなんだ。
  俺ほど長生きしているヤツの言葉だぞ。重みがあるだろ?」

戦士「年寄りの戯言にしか聞こえない……」



王「まあなんで休日にも関わらず、呼び出したのかっていうと。 
  元老院のジジイどもの悪行、ようやく暴けそうなんでな」

戦士「……そうですか」

王「なんでそんなイヤそうな顔するんだよ」

戦士「また忙しくなると思うと、もうウンザリでして」

王「若いうちだけだぞ。無理して働けるのは、なあ?」

側近「おっしゃるとおりです」

戦士「……そうですね」

王「それと量産型勇者の中には、やはり人ベースのものも少なからずいるみたいだ」

戦士「それはまた、色々と手ごわい課題が出てきそうですね」



王「そういや、今日だったか? アイツが旅に出るのは」

戦士「そうですね」

王「見送りには行かないのか?」

戦士「今生の別れってわけでもありませんし、昨日乱痴気騒ぎをしたばかりなんで」

王「ふーん、まあお前がいいって言うならべつにいいが、意外だな」

戦士「そうですか?」

王「ああ。なんだかんだ言いつつ、お前はアイツを見送りに行くものだと思ってたよ」

戦士「ちょっとした気づかいですよ」

王「気づかい?」

戦士「ええ、まあそんな大した話でもないんですけどね」

王「ふーん、まあいいか」


王「とにかく、これから忙しくなるからこの連休でやりたいことはしっかりやっておけよ」

戦士「言われなくても、わかってますよ。
   それに今が一番盛り上がってるところなんで」

側近「演劇のことかな? 君は相変わらず、それに熱中してるみたいだね」

戦士「現実に辟易してますからね。夢のある物語を作りたくなるんですよ」

王「物語、ねえ。俺としては現実に勝る物語はないと思うが」

戦士「……ボクも正直そう思いますよ。
    でも、だからこそ、物語って存在してるんだと思うんですよ」

王「そうなのか? 俺は創作なんてしたいことないからわからんが。
まあ時間があったら見せてくれよ」

戦士「喜んで」

側近「ちなみに、君の作っている物語っていうのはどんなものなんだい?」

戦士「んー、詳細は話せませんけど」

戦士「ちょっとおバカで、決して強くない、でも仲間想いの勇者の物語です」





竜人「まさかあなたが見送ってくれるとは思いませんでした」

魔法使い「あらそう? 逆に私以上に適した人間はいないと思ってたけど」

竜人「……」

魔法使い「どうしたの?」

竜人「いえ……あの、ひょっとしてアルコール飲みました?」

魔法使い「ふふふっ……もちろん。今後会うことなんて、そうないだろうし。
     このモードじゃないとしっかり話せないと思ってね」

竜人「本当に別人みたいですね」

魔法使い「よく言われるわ。でも、この状態を見れる人ってそういないのよ?」

竜人「昨日の酒の席で見たばかりなのですが」

魔法使い「あなた、すごい幸運ね。誇っていいわよ」

竜人「はあ……」



竜人「しかし、予想していたのとだいぶちがう訪問になりましたね」

魔法使い「でしょうね。竜人、あなた途中から小間使いみたいになってたものね」

竜人「私は密使のはずなんですがね」

魔法使い「陛下もすごくあなたには感謝していたわ」

竜人「ええ。本人からここに残らないかって、何度も言われましたよ」

魔法使い「よかったわね。とっても気に入られているじゃない」

竜人「まあ……嬉しくないわけではありませんけど……」

魔法使い「困るわよね」

竜人「ええ、さすがにちょっと」



竜人「……ひとつ、質問いいですか?」

魔法使い「どうぞ」

竜人「今後、我々魔族とあなたがた人間は、共存できると思いますか?」

魔法使い「すでに魔界では、できてるじゃない。人間と魔族の共存」

竜人「アレはまたべつの形だと思います。
   魔界の人間とこちらの人間では、色々とちがいがありますしね」

魔法使い「そうね。簡単な話ではないでしょうね。
     人間だけの世界でも、私たちのような存在がいるしね」

竜人「……やはり、難しいですよね」

魔法使い「ええ。でも、私もあなたも稀有な例をひとつ知ってるわ」

竜人「女王と魔王のことですね」

魔法使い「そう。結局彼女は利用されて災厄を起こすことになってしまったけど」



魔法使い「でもあの災厄は、ふたりが理解し合おうとした結果から生まれたものでもある」

竜人「そうですね。よく考えたら、とっくの昔に前例はあるんですよね」

魔法使い「それに、私とあなたもけっこう仲良しじゃない?」

竜人「え、ええ……まあ……」

魔法使い「あら? どうしたの? ふふっ……顔色が悪いわよ?」

竜人「少しショッキングな出来事を思い出してしまって……」

魔法使い「あら? それはどんなことかしら? 
     よかったら話を聞きながら、それを実行してみたいわね」

竜人「絶対に嫌です」

魔法使い「あら、残念」

竜人「まったく……妻に知られたら、なんと言われることか」



魔法使い「黙っていれば、絶対にばれないでしょ」

竜人「そうですけど……」

魔法使い「もう当分会うことはないって、さっき行ったけど。
     私はまた魔界へ行きたいと思ってるの」

竜人「……まだ、時間はかかるでしょうね」

魔法使い「ええ、そうでしょうね」

竜人「ですが、あなたが魔界へ来られる日を楽しみにしています」

魔法使い「じゃあ私が魔界を訪れたときは、また……」

竜人「そっち方面は遠慮します」

魔法使い「あら、残念。ではかわりに、握手をしておきましょうか」

竜人「それなら。……また会いましょう」

魔法使い「ええ、いつか必ず」





勇者「そうかあ。オレ、本当に旅に出るんだな」


僧侶「なにを今さら言ってるんだ」

勇者「いや、なんか感慨深いっていうのかな」

僧侶「……本当に嬉しそうだな」

勇者「うん、なんかすごい心臓がドキドキしてる」

僧侶「でも、今回の旅はギルドの任務の一貫として扱われてるんだろ?」

勇者「まあな」

僧侶「しかも今回は一人旅だ。くれぐれも無理はするなよ」

勇者「わかってるわかってる!」

僧侶「本当にわかっているのか?」

勇者「もちろんっ!」



僧侶「……もう少し様子を見るべきなんじゃないか?」

勇者「様子?」

僧侶「お前のからだの話だ」

勇者「でもメチャクチャ調子いいぞ?」

僧侶「……むぅ」

勇者「いや、まあたしかに、アイツがオレに力をくれなかったらヤバかったかもしれないけど」

僧侶「それならいいんだが……」

勇者「……どうして真勇者は、最期にオレを助けたんだろ」

僧侶「それは私にもわからない。
   ひょっとしたら助けた本人も、わかっていないのかもしれない」

勇者「……そういうこともあるんだよな」



僧侶「旅のプランは決まってるのか?」

勇者「いちおう大まかには決まってる、って感じかな。
   あとは王様から預かってるものがあるから、それを届けに行ったりしなきゃいけない」

僧侶「おつかいってことか」

勇者「昔お世話になった知り合いから、借りっぱなしのものとか色々あるらしい」

僧侶「あの人は本当によくわからない人だ……」

勇者「ホントだよな。でも王様には大切なことを教わったよ。
   ……本当にオレってば、色んな人のお世話になってるんだよな」

僧侶「誰だってそんなものだ。どんな人だって、ひとりでは生きていけない」

勇者「……うん」

僧侶「それより、そろそろ行かなくていいのか?
   船の時間に間に合わなくなるぞ。十分程度の遅刻なら大丈夫だと思うが」

勇者「そうだったな。そろそろ行かないと……」



勇者「僧侶、オレさ。色々経験して、勉強して成長してまた戻ってくるよ」

僧侶「……楽しみにしてる。ただ、怪我と病気だけには気をつけろ」

勇者「おう!」

僧侶「……」

勇者「……」

僧侶「……どうした?」

勇者「いや、なんか急に変な気分になったというか……」

僧侶「もしかして体調がおかしいのか?」

勇者「ちがう、そういうのじゃないんだ。なんだろ、この感覚」

僧侶「……もしかして不安になったか?」

勇者「不安?」



僧侶「初めてすることって、同時に知らないことをするってことだ。
   そういうのはやっぱり誰だって緊張する」

勇者「なるほどねえ、緊張か」

僧侶「そのほうがいいんじゃないか、気が引き締まるし」

勇者「そうだな、そう考えておこうかな」

勇者(…………ああ、もしかして)



真勇者『仲間に、会いたい……もう一度だけでいいから……』



勇者(アイツが生き返ったときにはもう、周りに誰もいなかったんだよな……)

勇者(ひとり、か)

勇者「……あのさ、僧侶」

僧侶「なんだ?」



勇者「えっと……その……なんて言ったらいいんだろ……」

僧侶「……もしかして、本当に旅が不安になったのか?」

勇者「いや、旅自体は大丈夫だと思うんだけど……その……」

僧侶「落ち着いて。あわてなくていいから」

勇者「…………真勇者の言ってたことを思い出してさ」

僧侶「うん」

勇者「アイツは封印を解かれたときには、もう仲間がいなかったんだよな。
   それを思い出したら、よくわからないけど不安な気分になって……」

僧侶「続けて」

勇者「……オレが旅から帰ったとき、みんなはなにしてるんだろ?」

僧侶「わからない。今と同じ生活を続けているかもしれない。
   そうじゃないかもしれない」



勇者「そう、だよな……」

僧侶「それは神様にしかわからないことだ」

勇者「神様、か。神様、教えてくれないかな……」

僧侶「……教えようか?」

勇者「え?」

僧侶「私は神様じゃないけど。それでも教えられることはある」

勇者「……教えてくれ」

僧侶「勇者を待ってる」

勇者「……」

僧侶「勇者が旅から帰ってきたときに、おかえりって言えるようにこの街で待ってるよ」

勇者「僧侶……」

僧侶「約束する」



勇者「……ありがとう。オレも僧侶と約束したこと守るよ、絶対に……!」

僧侶「男に二言はないからな」

勇者「もちろんっ。
   ……じゃあ、今度こそ行ってくる」

僧侶「気をつけて。いってらっしゃい」

勇者「――いってきます」











お わ り

ここまで読んでくれた人、本当にありがとうございました
これにてこのシリーズは完全に終わりです。

次はSFもので会いましょう

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください