京太郎「咲に腹パンしちまった……」(119)

 
 人間には消せないサガがあるらしい。抗えない運命というものが。

 そんなもの、戯言だと思っていた。

 今更運命を信じるほど夢見がちではなかったし、どうにもならない運命があるなんて考えるほど悲観的ではなかった。

 どこにでもいる、これといって人に自慢するようなものは何もない、平凡な男であったのだ。自分は。

 その筈だった。


 だけど*?*


「……う、ひぐっ、うぅっ」


 自分の足元で蹲る幼馴染み*????椡丙蕕鯆*めて。

 少年、須賀京太郎は……どうしてこうなってしまったんだろうと、呟いた。

 答えるものは誰もいない。

 ただ、拳に纏わり付くような感触と……未だに収まらない喜悦の波が、伝えてくる。

 これはお前の業であり、罪の証だ*????函*

 
「ごめんな……。ごめんな、咲ぃ……!」


 膝を折って、拳を抱えて声を漏らした。

 情けなく、愚かしい姿だった。誰よりも傷付いているのは彼女だと言うのに。

 だけど、恐ろしかったのだ。

 この状況もさることながら、こんなことを行えてしまう自分が。

 そして、こんなことを仕出かしているというのに*????鼎け戮咾魎兇犬討い觴*分の心が、何よりも。


 化け物に、少しずつ変わっていくような気持ちだった。

 気を抜けば鼻が熱くなり、涙が滲んでくる。

 勝手なものだけど*????榲?望ー蠅覆發里世韻部????⊇?韻突澆靴*った。


 自分が、自分じゃなくなっていくようだったから。

文字化けか

訂正

>>1(訂正)
 
 人間には消せないサガがあるらしい。抗えない運命というものが。

 そんなもの、戯言だと思っていた。

 今更運命を信じるほど夢見がちではなかったし、どうにもならない運命があるなんて考えるほど悲観的ではなかった。

 どこにでもいる、これといって人に自慢するようなものは何もない、平凡な男であったのだ。自分は。

 その筈だった。


 だけど──


「……う、ひぐっ、うぅっ」


 自分の足元で蹲る幼馴染み────宮永咲を眺めて。

 少年、須賀京太郎は……どうしてこうなってしまったんだろうと、呟いた。

 答えるものは誰もいない。

 ただ、拳に纏わり付くような感触と……未だに収まらない喜悦の波が、伝えてくる。

 これはお前の業であり、罪の証だ────と。

>>2(訂正)
 
「ごめんな……。ごめんな、咲ぃ……!」


 膝を折って、拳を抱えて声を漏らした。

 情けなく、愚かしい姿だった。誰よりも傷付いているのは彼女だと言うのに。

 だけど、恐ろしかったのだ。

 この状況もさることながら、こんなことを行えてしまう自分が。

 そして、こんなことを仕出かしているというのに────暗い悦びを感じている自分の心が、何よりも。


 化け物に、少しずつ変わっていくような気持ちだった。

 気を抜けば鼻が熱くなり、涙が滲んでくる。

 勝手なものだけど────本当に勝手なものだけど────、助けて欲しかった。


 自分が、自分じゃなくなっていくようだったから。

 
 
「……京、ちゃん」

「さ、咲っ! 俺、俺……! お前に、お前にこんなこと……っ!」

「いいん、だよ……」


 息も絶え絶えで、額に脂汗を浮かべる宮永咲。

 茶髪の前髪が額に張り付いて、絞り出すように短い息を引き伸ばして吐いていた。

 肩が上下する度に、何かに攣っかかるように強張り震えた。その度に、控え目ながらどことなく形よく整った彼女の鼻梁が揺れる。

 苦痛を堪えていた。

 呼吸をするだけでも辛いだろうそれに声を潜めながらも、宮永咲は静かに笑った。


「今度は、私が京ちゃんを助けるから……大丈夫、だよ」

「だって……だって、咲、お前……!」

「泣かないで、京ちゃん」

 
 頬に手が伸ばされた。

 自らの痛みにも構わず、宮永咲は須賀京太郎に笑いかけた。

 力のない笑みだった。弱々しくて、今にも消えてしまいそうな儚さの微笑み。


 だけれども──。


 その笑いに安堵し、懺悔したい気持ちと共に……須賀京太郎は、縋り付いて泣いた。

 消えたかった。

 たった今、自分がこの幼馴染みに仕出かしてしまったことを総て連れて、生まれたことから何から────総て消して欲しかった。

 
(殺してくれ……)


 宮永咲の頬。

 汗とは別の液体が混じる。

 零れ落ちたそれが血液なら、一体どれだけよかっただろう。


(誰か、俺を、殺してくれよ……)


 心配そうに見上げる咲の目線から逃げる。自然と目を逸らしていた。

 「京ちゃん」と、小さな桜色の唇から漏れるこちらを慮る声に、縋り付きたくなる。

 だけどそれは、許されない。

 許されてはならない。

 須賀京太郎は、これ以上この優しい幼馴染みに関わることなく────死ななくてはならない。

 
 
 やはり、もう。


(頼む……誰か……)


 手遅れだったのだ。

 こんな自分は、生きていても害にしかならない。

 現にこうして、一人を傷付けた。

 大切だった────本当に大切に思っていた、大事にしたかった幼馴染みを穢してしまったのだ。


 どうして、こうなってしまったんだろう────。

 
 
 
 ◇ ◆ ◇


.

 
「おっす、京太郎ー!」

「早いですね、須賀くん」

「おお、お疲れー。HR早く終わってな」


 いつものように、部室に顔を出す一年生トリオのうち二人──勿論京太郎はトリオに含まれていない──に、柔和な笑みを向ける。

 磨いていた牌を雀卓に戻すと、ゆっくりと伸びを。

 清澄麻雀部。いつもの光景だ。

 まあ、日によっては当直であったり掃除であったり教師の手伝いであったりで、メンバーの順番が前後するが。


「お茶淹れるけど、二人は何がいい?」

「マテ茶はあるか?」

「……アイスティーなら冷蔵庫にあったけどな」

「こら、ゆーき! ……須賀くん、私も手伝いましょうか?」

「いやいや、ついでだし座っててくれよ。和は何がいい?」

「……では、いつもので。ありがとうございます」

 
「いいって、いいって。俺が好きでやってるんだから」


 鼻唄をひとつ、シンクに向かう。

 インターハイも終わり、次は秋の国麻。

 その候補に挙げられた今の二人の少女には、まだまだ練習や調整が必要であろう。

 そのために少しでも打てる時間を────なんて大層恩着せがましいことを言うつもりはないが、下手に火傷や何かをされるよりは、手慣れた自分がやる方がいい。

 それに、作業というほど手間ではない。


 京太郎が無駄ない手付きで飲み物を用意するその間、

 長い桃色の髪を側頭部で一度束ねた少女──原村和と、橙色のセミロングで二つ房を作った少女──片岡優希は、歓談に花を咲かせていた。

 ちなみにどうでもいいが──いや男性的観点からはどうでも良くないが──、

 ぼいーんばいーんが原村和で、つるーんぺたーんが片岡優希だ。

 
(うーん、安い茶葉だけど……我ながらいい香りだ。喫茶店とかで、バイトできたりしてな)


 知己である執事(マジモン)、龍門渕の萩原*??*らの指導の元上達した自らの腕前を自讚する。

 紅茶が美味しく淹れられる男子高校生、中々レアじゃないだろうか。

 よく、最近のライトな小説では*??匹海砲任發い詈針泙幣*年が主人公と、乱読家の幼馴染みから伝聞したが……。

 紅茶を上手に出せる高校生っていうのは、平凡な少年に当たるのだろうかと考えつつ、二人の元を目指す。


「ほら、お待たせ。ホットだけどいいよな?」

「おおー! ますますやるようになったな、京太郎!」

「ありがとうございます、須賀くん」

「いやいや、それよりご賞味ください……ってな」

「なんだそのノリ」

>>15(訂正)

(うーん、安い茶葉だけど……我ながらいい香りだ。喫茶店とかで、バイトできたりしてな)


 知己である執事(マジモン)、龍門渕の萩原──からの指導の元上達した自らの腕前を自讚する。

 紅茶が美味しく淹れられる男子高校生、中々レアじゃないだろうか。

 よく、最近のライトな小説で──どこにでもいる平凡な少年が主人公と、乱読家の幼馴染みから伝聞したが……。

 紅茶を上手に出せる高校生っていうのは、平凡な少年に当たるのだろうかと考えつつ、二人の元を目指す。


「ほら、お待たせ。ホットだけどいいよな?」

「おおー! ますますやるようになったな、京太郎!」

「ありがとうございます、須賀くん」

「いやいや、それよりご賞味ください……ってな」

「なんだそのノリ」

 

 笑いかけながら、京太郎も卓についた。

 三人なら三麻が適当だろうが、あいにくと京太郎は三麻のルールをしっかりと把握していない。

 普通の麻雀については、部長──今は元部長──の竹井久から手解きを受けているので、一先ずは舞台に立てるだろうが。

 席についてるのに、舞台に立てないとはこれ如何に。

 ……って、座っていたら立てないのは当然か。


「そういえば、部長──いや、竹井先輩は?」

「ああ……部長はあっちでふて寝してるな」

「ふて寝って……何か、あったのか?」

「『バーサスアース打ち切るとかチャンピオンは信じられない。ケルベロスのときもそうだったわ』とかなんとか」

「なんだそれ?」

「さあなぁ……」

 

 色々と茶目っ気たっぷりに京太郎に麻雀を教える彼女は、実は漫画がお好きなのだとか。

 一々、色々な作品を引き合いに出しながらの教授には、元ネタを知らない京太郎としては苦笑せざるを得ない。

 インターハイ優勝という願いを叶え、部長という重責から逃れた竹井久は、今日も元気に悪戯な笑みに精を出していた。


 ……どうでもいいが、精を出すという表現に含み笑いをしてしまうのは、中学生男子なら誰でも通る道だと思う。


「咲さんと、染谷先輩──現部長は?」

「咲は図書館に本を返しに。染谷先輩は部長引き継ぎの件で生徒議会に、って感じだな」

「え……議会長あそこで寝てるのにか?」

「……議会長あそこで寝てるのになぁ」


 竹井久の意気消沈ぶりは、それはもう酷かった。

 

 彼女曰く──。

 好きな漫画家が期待できそうな1話の新連載引っ提げて来たと思ったらその後、まるで面白くなくて、

 読んでてやっぱ面白くなってきたと思ったらまた微妙で一々説明っぽい台詞が鼻につく上に、過去作を最悪に扱われたときみたい……とか。

 一ヶ月暗いムードで引っ張ってからの、あまりにも熱い復活を果たして、期待に満ちたところで合併号で新年を跨ぎ、

 そこであまりに大迫力の無双でスカッとしたと思ったら次の週に、まさか『神憑り的な運』が理由で敵が復活したときみたい……とか。

 そんな感じらしい。


 「チルチル」とか「赤ずきん」とか「だむですとろい可愛い」とか。

 「アドルフ」とか「大星さんは44位で、宮守の外人の娘が10位で、和は15位で、優希は13位」とか。

 一体なんのこっちゃ。

 挙げ句の果てに「須賀くんは蜘蛛糸蚕蛾ね。幼馴染み的に」とか。

 まったく訳が判らない。

 まあ、竹井久の突拍子もない話など、今に始まったことではないのでわりとどうでもいいが……。

 
 ……いや。

 染谷まこ──眼鏡が似合う染め手が得意な実際面倒見がいいヤクザめいたヒロシマ弁の使い手──が、生徒議会に顔を出しているというのに、

 肝心の生徒議会長──にして全国高校生麻雀大会に於ける清澄高校麻雀部の初優勝を飾った、ときの部長・竹井久が居ないのはやっぱまずい。

 まあ、議会の方も引き継ぎされているのだろうが。件の幼女性愛副会長に。

 流石に、大雑把で適当であっても、その辺抜かりがないのが竹井久だ。


 ……なお。

 その件の副会長の幼女性愛疑惑というのは、彼が幾人かの“ぼいーんでばいーん”な女性とから声をかけられたのにそれを袖にし、

 中学生だか小学生だかの従姉妹だか姪だか近所の娘を遊園地に連れていったのに由来する。

 当初はフラれた女性による中傷だと考えられていたが、最近どうにも違うのだとか。

>>20(訂正)


 ……いや。

 染谷まこ──眼鏡が似合う染め手が得意な実際面倒見がいいヤクザめいたヒロシマ弁の使い手──が、生徒議会に顔を出しているというのに、

 肝心の生徒議会長──にして全国高校生麻雀大会に於ける清澄高校麻雀部の初優勝を飾った、ときの部長・竹井久が居ないのはやっぱまずい。

 まあ、議会の方も引き継ぎされているのだろうが。件の幼女性愛副会長に。

 流石に、大雑把で適当であっても、その辺抜かりがないのが竹井久だ。


 ……なお。

 その件の副会長の幼女性愛疑惑というのは、彼が幾人かの“ぼいーんで、ばいーん”な女生徒から声をかけられたのにそれを袖にし、

 中学生だか小学生だかの従姉妹だか姪だか近所の娘を遊園地に連れていったのに由来する。

 当初はフラれた女性による中傷だと考えられていたが、最近どうにも違うのだとか。

 

 まあ。

 ロリコ……幼女性愛者というのはまあ、人それぞれ趣味なのだから別にいいとしても。

 ペドフィ……幼女性愛者に目をつけられそうな人材が身近にいることについては注意が必要だろう。


「……ん、どうした? そんな目で見てもタコスはやらんじょ?」

「俺が作ったんだけどね、それ」

「はっ……! それともまさか、この優希ちゃんの薫り立つ色気に……!」

「ないない。第一……色気どころか、今、もろに食い気しか出してねーじゃねえか」

「京太郎の作ったタコスが美味すぎるのがマズイんだじぇ!」

「美味いのかマズイのかハッキリしろよ……」


 一々細かい奴だな、と口を尖らせる優希を尻目に、音を立てて紅茶を啜る。

 

 ……。


 熱かった。猫舌だった。

 別に幼少期に“男子は早死にするから”という理由で女装をしていて、それで火事にあってから灰色の怪物として蘇って、

 更にはそのおかげで車椅子生活だった両足が元に戻ったからとか、そんな理由はない。

 死んでから甦るなんて、まさしく聖人だ。

 ああでも、聖人なら──両足が回復して立ち上がれるようになって、“次元移動しても絶対殺すマン”に目覚められるかも知れない。


 なんて戯言はいいだろう。閑話休題。

 
「なあ、和」

「どうしました?」

「ところでさっき、優希となんの話をしてたんだ?」


 ──今、思えば。


「ああ、なんでも……たちの悪い度胸試しというのが流行っているらしくて」

「度胸試し?」

「ネット上の動画を見る、らしいのですが……」


 ──きっと、ここが。


「動画で度胸試し? なんか、心霊ビデオとかそういうのか?」

「……須賀くん」

「ん、どうしたんだ……和?」

「いいですか? 心霊なんていうのはトリックで、根も葉もなければ根拠も何もないインチキです! デタラメです! イカサマです!」

「お、おお……」

「それなのに須賀くんのような人がそうやって面白おかしく騒ぎ立てるから、その手のデタラメが蔓延って────」

「あ、ああ……」

「ですから! 万が一仮に幽霊なんてものがいるとしたら、今頃地球上は幽霊でごった返した満員電車です! 通勤ラッシュです! 痴漢冤罪です!」

「そ、そうだな……」

「そうなったらその手のトラブルを解決するために民法ができて、幽霊の裁判や弁護士が生まれます! なのに────」

「お、俺もそう思うよ……」

「私の父は、人間の魂は血液に宿りそれが通貨になるから吸血鬼の本質は、と────」

「は、ははは……」


 ──分水嶺、だったのだろう。


「やれやれ。のどちゃんは胸はおっきいのに、度胸はぺちゃぱいだじぇ」

「む、胸の話はしてません!」

「いやあ、ははは……」


 ──運命を司る地獄の機械の歯車はここから狂いだした。

 ──あるいはこれが、最後の境界線であったのかも知れないが。

とりあえずここまで
バーサスアース打ち切られてムシャクシャした

京咲の純愛物です

 
 
 ◇ ◆ ◇


.

 

京太郎「うーん、度胸試しで“動画”か」


 ブルーライト軽減用の伊達眼鏡に、ディスプレイの灯りが反射する。

 左右が反転*??気靴*は前後が反転した鏡像。

 像に於ける京太郎の右側、即ち本来なら左側の*??弔泙蠑絏箸力体擦砲茲蝓*卓は終了した。

 大きな負けや多大な振り込みは減ってきたものの、やはり経験の少なさか押し引きに甘さが出た。そこを突かれる。


 この内の幾人かも、或いは原村和のように、インターハイ経験者なのかもしれない。

 だったら、どこかしらで自分も見覚えがあったりするのだろうか。画面の向こうの打ち手たちに。

 なんて考えながら、チャットを起動する。

>>30(訂正)
 

京太郎「うーん、度胸試しで“動画”か」


 ブルーライト軽減用の伊達眼鏡に、ディスプレイの灯りが反射する。

 左右が反転──正しくは前後が反転した鏡像。

 像に於ける京太郎の右側、即ち本来なら左側の──つまり上家の和了により、卓は終了した。

 大きな負けや多大な振り込みは減ってきたものの、やはり経験の少なさか押し引きに甘さが出た。そこを突かれる。


 この内の幾人かも、或いは原村和のように、インターハイ経験者なのかもしれない。

 だったら、どこかしらで自分も見覚えがあったりするのだろうか。画面の向こうの打ち手たちに。

 なんて考えながら、チャットを起動する。

 

 『きょうたろす:お疲れさまです。やっぱり皆さん、お強いですね』

 『おしゃれ乙女:でも、たろすさんも強くなってない?』

 『おしゃれ乙女:あたしと最初打ったときより、かなり伸びてるかも』

 『えすえはら:伸びしろあったってことやな。うん、麻雀が一番楽しい時期やない?』

 『条^2=ジョジョ:まー、高一最強ですしおすし』

 『おしゃれ乙女:……』

 『えすえはら:……』

 『条^2=ジョジョ:なんか言ってくださいよ!』

 
 『きょうたろす:ジョジョさん強いよな。今年の男子インハイチャンプクラスはあると思います』

 『条^2=ジョジョ:ありがとうたろすさん!』

 『条^2=ジョジョ:でも、なんで男子で例えたん?』

 『条^2=ジョジョ:そんなに私の外見が男みたいやって……』

 『えすえはら:ネットで外見わからんやろ』

 『おしゃれ乙女:ネットで外見判るわけないでしょ』

 『条^2=ジョジョ:ボケに愛のない集中砲火!?』


 小さく笑いを溢す。


 相手が言葉通りの存在かも判らぬ文字の上の会話だというのに、そこで本当に少女たちが掛け合いをしているようで、何とも楽しい。

 顔を合わせてみたいな、とも思うが……それが原因でイメージが崩れたり、色々としがらみが増えるのもどうかという話だ。

 
 そのまま、牌譜を確認して『あーでもないこーでもない』と話し合う。


 『おしゃれ乙女』は副露の思いきりがいい速攻型のデジタル雀士。

 『条^2=ジョジョ』は、忠実なデジタル派。和ほどではないが、基本的にセオリー通り。

 『えすえはら』はデジタルベースのアナログ寄りだ。面子によって、打ち筋に幅を持たせていた。


 誰も、京太郎より技量が上である。

 とは言っても麻雀で──とりわけネット麻雀で──ある以上、一度も勝てないなんてことはないが……。

 やはり、トータルや戦績、レーティングは彼女たちが上。中々に追い越せるものではない。

 だからこそ、牌譜の検討は参考になった。

 その手勢からこう役を見込んでいくのか──とか。

 何故攻めたのか、何故引いたのか。副露やリーチの基準はどうかとか。

 勉強になることは多かった。

 
 『きょうたろす:そういえば今日、部活でお茶褒められたんですよ』

 『きょうたろす:修行した甲斐があったなって』

 『条^2=ジョジョ:……他の修行した方がええって』

 『おしゃれ乙女:その分、麻雀やったらいいんじゃないですか?』

 『えすえはら:まあ、1年やったら……やったよな? なら、雑用多くても仕方ないやろ』

 『えすえはら:うちもそうだったし』

 『おしゃれ乙女:あー……きょうたろすさんも、えすえはらさんも部員多いとこなんだ』

 『おしゃれ乙女:うちは零細だから、麻痺ってたかも』

 『条^2=ジョジョ:まー、私は1年レギュラーやから部員多くても雑用とか無用ですけど!』

 『えすえはら:……』

 『おしゃれ乙女:……』

 『条^2=ジョジョ:お、私の凄さに声も出んみたいですね』

 『えすえはら:それでインハイの結果はよかったんやろな、高一最強』

 『おしゃれ乙女:さぞかし活躍したんでしょ、高一最強』

 『条^2=ジョジョ:うわぁーん』

 

 『きょうたろす:部員多いのに1年でレギュラーとか凄いな! 尊敬します!』

 『えすえはら:きょうたろすのこの善人具合』

 『おしゃれ乙女:まー、あたしも1年でレギュラーなんだけどね(ドヤッ』

 『おしゃれ乙女:へへーん、どう?』

 『えすえはら:なにその対抗意識』

 『条^2=ジョジョ:まさか、乙女はきょうたろすにアピールを……。汚いさすが乙女きたない』

 『おしゃれ乙女:いや、高一最強(笑)に調子乗らせるのもどうかなーって』

 『えすえはら:やめといたれって。泣いてる高一最強(笑)もおるからな』

 『条^2=ジョジョ:(笑)って言わんといて!』

ここチャンピオンスレだっけ?

始めます

 
 
久「──須賀くん、聞いてるの? 須賀くん?」

京太郎「あ、ああ……はい」

久「じゃあ、私が言ったことを繰り返してみて」

京太郎「えっと……」


 視線を泳がせる。

 目の前の卓上に置かれた、一萬と三萬。7索と9索。

 顔を上げれば、ホワイトボードの隣に並ぶ竹井久。オレンジ掛かった明るめの茶髪をおさげに纏めているのは本気の証。

 指揮棒を伸ばしたまま、半眼で京太郎を見据えていた。


京太郎「か、カンチャン待ちについて……?」

久「……随分前に教えた内容ね、それ」


 やれやれと、呆れ声を漏らされた。

 
久「搭子落としからの手牌の推測よ。カンチャン落としからの、ね」

京太郎「あー」

久「これが内側から──三萬や7索から──切られている場合、手役決め打ちじゃないときはその間の牌は通りやすいわ」


 一三三四萬、一一三三萬、6779索、7799索と──竹井久がホワイトボードに並びを書き出す。

 一三萬が打たれて二萬が和了牌になる際、或いは、79索が打たれて8索が和了牌になる際の搭子を挙げているのだろう。

 気を取り直して、得意気に竹井久が笑う。


久「特にクイタン赤アリだと、副露しても打点の上昇が比較的簡単だから……中張牌の対子は温存されやすい」

京太郎「……」

久「だから──これらの搭子の場合なら、基本的に内側の対子は温存される傾向にある」

京太郎「……」

久「ただし、順目次第だからね? 搭子オーバー二度受け嫌いとか、もろヤバよ?」

京太郎(……)

久「あとは、搭子オーバーで最終形を見込んだときに、相手にとって使われそう──つまり、危険度の高い牌を先に処理するとか」

 
 ──バン、と。


 突然の静寂を破る音に、京太郎は身を震わせた。

 京太郎だけではない。

 その場にいた優希や和、まこも一様に何事かとホワイトボードを見やる。

 集まる視線に気付かず、それでもようやっと認識を終えた京太郎は──竹井久が机を叩いたのだと、理解した。


 ……この場にリモネシア出身者が居たら、実に可愛らしく愛らしく愛おしい悲鳴を上げていただろう。余談だが。


久「聞く気がないってことでいいのかしら、須賀くん」

京太郎「いや……その……」

久「いい度胸ね。目を開けながら、居眠りなんて」

京太郎「あの……その、す、すみま──」

久「ボンヤリするぐらい暇なら、何か飲み物でも買ってきてくれる? 私は、須賀くんと違って暇じゃないの」

京太郎「──ぁ」

久「暫く帰ってこないで、ゆっくり散歩でもしてなさい」

 
 やってしまったと、京太郎は肩を落として部室を出る。

 思った以上の煤けた背中に、片岡優希は思わず声を上げた。


優希「ぶ、部長! 今のはいくらなんでも──」

久「──判ってるわ」


 大人気ないじぇ──という片岡優希の言葉は、竹井久に遮られた。

 それから、やれやれとヘアバンドを外しながら肩を竦める久。

 説明するように、組んだ腕の片方だけを立ち上げた。


久「ただボンヤリしてたって言うよりも、なんだか様子がおかしいって言うんでしょ?」

優希「だ、だったらなんで……」

久「だからよ」

優希「へ?」

久「とりあえず頭を冷やす時間と口実を上げたの。ああ言えば、ちょっとは一人で居られる時間を作れるしね」

 
優希「でも……」

久「判るわ。確かに、訊いてあげたいし気になるのも……十分判る」

優希「なら……」

久「でも、須賀くんみたいな人は聞き出そうとすると笑って誤魔化して──もっと隠そうとするタイプだから」


 言い出したくなるまでは、下手に干渉するべきではない──と、竹井久は締めくくった。


 誰かに話すことで楽になる、というのも確かにあるが……。

 深刻な悩みを誰かに打ち明けねばならぬという、そのこと自体がストレスとなる場合だってあるのだ。

 事実、久とて他人から説明や質問を受けたくない──そのときはあっけらかんと返すだろうが──事実持ちであった。

 だから、ここは静観を選択した。


 勿論、


久(須賀くんに心配事や考え事……珍しいわね)


 突き放したり手放しにはせず、部員の状態を把握するのは責務であろう。

以上

始めます

 
優希(……)

優希「……ちょっと、トイレに行ってくるじぇ」


 頭を下げて、卓を立つ。

 丁度今は、三麻を行っていた。面子は染谷まこ、原村和、片岡優希。

 これもどこかで経験になるだろうと、そんな意図に由るもの(&久が京太郎にかかりきりな以上これしかなかった)。


まこ「ほうか」

まこ「なら、久。あんたが入ってくれるか?」

久「いいわよ。さっぱりとブッ飛ばしちゃうから」

まこ「……言っときんさい」


 え、と声を上げる優希に対して──


まこ「わしは、気分はドクぺかね」


 と、優希を一瞥すらせずに、何でもなさそうにまこは呟く。

 
和「私は────、そうですね…………では、たまには炭酸飲料で」

久「私も炭酸の気分なのよね。炭酸抜けると嫌だから、ゆっくりでいいわ」


 残る二人も、まこに倣った。

 どうやら全員が優希の意図を推し量り、その上で気を利かせてくれたらしい。

 つくづく皆、優しいんだな──なんて思う。


優希「じゃあ、行ってきます!」

和「いってらっしゃい、ゆーき」


 なんのかんのと言っていても、皆、京太郎が心配なのだ。

 部活の、清澄麻雀部の、大切な仲間だから。インターハイで優勝してもそれは変わらない。

 ただ──京太郎は、気を遣う性質だ。

 近ごろだいぶ砕けた中に見える竹井久にもそう。面倒見のよい染谷まこや、真面目な原村和にも同じ。

 つまりは、話をするにしたら、片岡優希が最も適任で────京太郎に負担が少ないと考えられたのだろう。


優希(よし、ここは私が任された────!)

>>70(追加訂正)
×久「私も炭酸の気分なのよね。炭酸抜けると嫌だから、ゆっくりでいいわ」
○久「私も、炭酸の気分なのよね……。急がれてそのせいで炭酸抜けても嫌だから、ゆっくりでいいわ」

 
 
 
優希(あ……)


 やや歩いてから、ベンチに腰かける須賀京太郎を見付けた。

 肩を落として俯いて、その上背はどこへやら──彼は今、とても小さく見えた。

 やはり、竹井久に叱られたこと……それだけが原因ではないだろう。


 だけれども、どうしたものか。

 いつも通り明るく接してみるべきかな──と思うけど、自分が悩んでいるときにテンション高い奴が来たらどうだろう?

 じゃあ、落ち着いて京太郎の雰囲気に合わせる?

 ……でも、こっちにまで余計な心配をかけたとか思い始めたら?

 だってこの男、去年部員が規定数に達して始動した新生・清澄麻雀部──所謂、無名高校なのに、

 個人戦で負けるや否や、竹井久に「清澄の名に泥を塗って」とか言い出すようなタイプである。


 穏やか、ややお調子者、爽やか、柔和、気が回る、ちょっと悪戯っぽい────だけどどこか誠実で生真面目。

2200あたりから、始めます
暇なのでランカーステータスが捗る

始めます


優希(……考えても判らない。なら、自然な感じで私らしくいくじぇ!)


 決意を一つ。


優希「京太郎!」


 ただし、気持ちテンションは七分目ほど。

 どうでもいいが腹は八分目にも七分目にも程遠い。対局でタコスを補充しても気にならない程度には空けてある。

 閑話休題。

 あんまり閑話さんを働かせすぎても問題だからだ。

 その内、閑話休職になってから閑話求職になり、一方で閑話求人になるかもしれない。どうでもいいが。


京太郎「ああ、優希か……どうした? タコス切れたか?」

優希「流石にそこまでタコスずくめじゃないじょ」

京太郎「そうかぁ……?」

優希「タコライスとかも食べるし」

京太郎「……具材殆ど一緒だろ、それ」

 

 ははは、と京太郎は苦笑を漏らした。

 だけどどことなく覇気はない。多少なりとも、気を紛らわせてくれればよいのだが……。

 ここは──やはり、単刀直入にいくべきだろう。


優希「なあ、京太郎」

京太郎「ん、どうした?」

優希「何を──そんなに悩んでるんだ?」

京太郎「────」

優希「明らかにいつもと違いすぎるから、誰だってわかるじょ。きっと、皆気付いてる」


 きっと、ではなく──事実として全員気付いているのだが、そこは割愛。

 そう知らせても、特に話にプラスは無さそうである。

 それよりは真摯に、京太郎と一対一で対話することが何よりも重要であろう。

 

京太郎「……やっぱ、判るか。そういうの」

優希「その……。仲間、だから」

京太郎「……」


 その瞬間、須賀京太郎の悲しみが尚濃くなった気がした。

 ただの錯覚かもしれない。

 だけれども、言葉の刃で──彼の中の、決定的な何かを切ってしまったような。

 そんな錯覚。そんな沈黙。


京太郎「……あんまり言いたくないんだけどな」

優希「……な、なんだ?」

京太郎「俺って────強くなってるのかな?」


 手のひらを、太陽に透かして目を細める京太郎。

 どうやらさっきのそれは、単なる勘違いだったらしい。

 須賀京太郎の悩みは────これか。


 
優希「そんなの、強くなってるに決まってるじぇ! だって……だって、あれだけ努力してるんだから……!」

京太郎「そっか……」

優希「何か、あったのか……?」

京太郎「いや……ネト麻で裏目引きまくって、何度も焼き鳥になって、連続ラスになっちゃってさ」


 スランプって奴なのかな──と、京太郎は乾いた笑いを漏らした。


 そんな姿を見て──彼には申し訳ないけど──片岡優希は些か、溜飲が下がる思いだった。

 思えば、須賀京太郎が悩むとしたらそれぐらいだろう。

 後は親戚に不幸があったとか、大怪我をしたとか、財布を落としたとかお小遣いを削られたとか、それぐらいか。

 考えてみたら、そんなものだ。

 それぐらい須賀京太郎には────深刻に悩み続けているというのは、似合わないのだ。


 だから、優希は笑い飛ばした。

 

優希「なら、心配することはないじょ! 何故なら、スランプってのは強くなってる証なんだからな!」

京太郎「そうなのか?」

優希「そうだじぇ! 初心者のときよりできることが増えてる……だから、選択ミスなんてのが生まれるんだ」

京太郎「……」

優希「そもそも、できることがあんまりなかったらミスどころか選択も何もないだろ?」

京太郎「ああ、確かに……」


 強くなるとできることが増える。やれることが多くなる。

 見なければならないところが増して、見える部分は広くなる。

 そうなると判断と選択が必要不可欠で────だから裏目や逆が生まれるのだ。

 

優希「だから、スランプをピンチって思うんじゃない!」

京太郎「……どういうことだ?」

優希「『ピンチならチャンスに変えるだけ』とか、『ピンチこそチャンス』って部長は言う筈だじょ!」

京太郎「……はは、かもな」


 京太郎が小さく笑いを零したのを見て、優希も肩の力を抜いた。

 元気が取り柄と────自他共に認める優希でさえ、麻雀絡みのスランプでは、涙を見せたのである。

 ならば、京太郎にしても然りだろう。

 

優希「それにしても……」

京太郎「ん、なんだ?」

優希「京太郎も、随分麻雀部らしい悩みを持つようになったもんだじぇ」

京太郎「うっせえ」

優希「まー、いいことなんじゃないか? 来年は男子も女子も全国優勝、って」

京太郎「無茶言うなよ……」


 まだぎこちないけど、いつも通りの彼とのやりとり。

 まだ時間がかかるかもしれないけど────一先ず、彼の身に起きたことは判った。

 変にこちらも、気にする必要はないだろう。相談を持ちかけられたなら、応えればいいのだ。

 

優希「じゃあ、部長からのおつかいがあるからこれで失礼するじぇ!」

京太郎「え、いや……それは俺が……」

優希「いいから! たまには交代しても悪くはないじょ!」


 ──なんて。

 優希自身が彼への対応を制限していたからこそ、気付かない/気付けない。


京太郎(仲間だから……か)


 須賀京太郎は、ただの一度も────。


京太郎(だったら、尚更────無理だ)


 優希の方へ、手を伸ばそうとしなかったことを。

 


京太郎(言えるわけ……ないだろ)


 震える手を、壁に押し付ける。

 冷えた建物に熱を奪われるそれは、自分の体であるという何よりの証左を与えると共に、変質していく幻覚を抱かせる。

 たったさっきから──。

 いや、昨日から────。

 この体は、自分のものであることを捨ててしまっている。


 否。

 より正確に言うのであれば、体はまだ須賀京太郎の物であり、理性も須賀京太郎の物だ。

 ただ、何かに乗っ取られた。

 内側に植え付けられたそれが、奥底の静かな場所に汚泥を放ち、根付き、瘴気を漏らしている。

 そうして、京太郎の心に虚を作り、内側から変わっていく/変えていくのだ。


京太郎(首を……! 首を絞めたいって、思ってた────なんて)


 心の釜の奥底にへばりついた“焦げ付き”。

 呼吸に合わせてひゅうひゅうと胸が音をたてて、血液に茶黒い砂を流されたと錯覚する空虚さ。

 気を抜けば、昏い欲求が、情動が鎌首を擡げ始めるのだ。


京太郎(違う……! 俺はそんなこと、したくなんかないんだ……!)


 隣の席のクラスメイト。

 廊下で擦れ違う女子生徒。

 教室を歩く女教師。


 須賀くん、と悪戯な笑いかける竹井久。

 やれやれと、笑みを溢す染谷まこ。

 ありがとうございますと、微笑む原村和。

 京太郎と、破顔する片岡優希。


 その誰もに、唐突に──あまりに唐突に──。

 謂れのない暴力を、振るいたくなるのだ。


 白い首を絞めてみたい。

 後頭部に椅子を叩き付けたい。

 顔面に拳をめり込ませたい。


 なんでもなく、ふと、そんなことを想像してしまっているのだ。

 そうなったら一体、どうなるか──とか。

 そうしたら一体、どんな表情をするのだろう──とか。

 それをやったら一体、どれほどの目を向けられるのだろうか──とか。


 虚無的な、ある種の自殺的な衝動すら孕んだ欲求が顔を覗かせる。

 胸の内の虚が膨れて、回りを巻き込んで破滅することを希う欲望。

 大切で犯しがたいものや、自分自身の平穏すら巻き添えにして堕ていきたいという、嗜虐的/自虐的な愉快。


 そうなったら、どうだろう。

 どれだけ、愉しいのだろう。

 今、俺は、やろうと思えばやれるのだ──。

× 胸の内の虚が膨れて、回りを巻き込んで破滅することを希う欲望。
○ 胸の内の虚が膨れて、周りを巻き込んで破滅することを希う欲望。

 回りを巻き込んで → 周りを巻き込んで


× 大切で犯しがたいものや、自分自身の平穏すら巻き添えにして堕ていきたいという、嗜虐的/自虐的な愉快。
○ 大切で犯しがたいものや、自分自身の平穏すら巻き添えにして堕ちていきたいという、嗜虐的/自虐的な愉快。

 堕ていきたいという → 堕ちていきたいという

 
 なんでもない日常の、平和で退屈な瞬間を破壊するスイッチを与えられたという全能感。

 自分が決断をしたなら、直ぐにでも実行できてしまうという支配感。

 我慢をやめれば、自分が何もかも積み上げたものを台無しにできるという被虐的な多幸感。

 それらが、胸の風穴から産声を上げているのだ。


 初めは小さな音だった。

 だけれどもいつの間にか、耳鳴りとなり、頭痛的な衝動となる。

 ふと気付けば、そいつが須賀京太郎を呼んでいる。

 やってしまえと────やってみたらどうだと、囁いている。


京太郎(違う……! やめろ、そんな訳がない……!)


 子供が悪事を誇るように、その恥部は、須賀京太郎の暗部を晒せと口角を吊り上げる。

 これこそが自分なのだと、胸に住み着いた怪物の仔を見せ付けろと牙を覗かせる。

 本当のお前を露にして、今までお前らは須賀京太郎の本質を知らずに安穏としていたのだと──責め立てろと、頬を歪める。

 

京太郎(あんな……あんな動画さえ、見なければ……!)


 あの日、あの後。チャットの後。

 高レーティングの人間やプロの牌譜を記載するスレッドに、そのURLは存在した。

 動画。

 普通にただ、麻雀を打っていた。初めはそうだった。


 ある瞬間急に、場面が移る。

 首を絞められて組伏せられる少女の姿。

 信じられないものを見てしまったと、絞首によるそれだけではなく目を見開く少女の表情。

 抵抗は力なく、ただ絶望する──「お兄ちゃん」という声が漏れた。


 また、場面が移る。

 インターハイ。春の選抜。インターミドル。インターカレッジ。

 麻雀を打つ少女たちの、静かにて明らかなる闘志と情熱の画像。

 ──同時に、驚愕と絶望を集めた動画。

 
 する筈のない敗戦。

 したくなかった失点。

 避けたかった敗北。

 少女たちが漏らす悲哀の涙。愕然とした顔。思わず漏れた悲鳴。力を失う指先。

 それが、次々に切り替わる。


 また、別の場面。

 呼び止められた少女。撮影者と、知人なのだろう。

 振り向き綻ぶ少女の顔が、次の瞬間には塗り変わった。

 唐突に、腹部にめり込む一撃。肺から漏れる空気が奏でる無言の叫び。痛苦に彩られた眉目。

 「なんで」とか、「どうして」とか、蹲る少女は鼻を鳴らす。


 それから、次。

 ただ、写し出されたのは首。覗いたうなじと後れ毛。

 一笑する少女たちの爽やかな笑み。喜色を湛えた快活さ。

 捲り上げられたシャツから見えた、白い腹部。或いはスカート近くの太股。

 
 また、移り行く。

 病室に横たわった女性。春も終わりな桜のごとき薄命さを乗せる白色。

 女性は笑った。「ありがとう」。

 血を吐いた。「ありがとう」。

 咽びながら。「ありがとう」。

 動かなくなるまで、ありがとうは続いた。


 次にまた、変わる。

 楽しそうにはしゃぐ子供たち。平和そうな公園。

 多くの家族が、朗らかな笑みを浮かべている。

 ある少女が言った。「パパ、ありがとう」。


 再び、動いた。

 腹部に刻まれた痛々しい蒼痕。首筋に残る絞め痕。太股に浮かぶ火傷の痕。

 女が言った。「大好き」。

 それから、恍惚とした。「愛してるの」。

 

 日常が来た。次に、異常が来た。

 その内、どちらとも言えぬ──お互いの境目が薄れていった。


京太郎(無理矢理にでも……電源、抜けばよかったんだ)


 初めは、これが件の度胸試しかと軽い気持ちだった。

 その後、その逸脱した様に不快感を感じて眉を潜め、やがて、うすら寒くなった。

 動画のウィンドウを畳めば良かったのだが──パソコンは、京太郎の操作を受け付けなくなっていた。


 その時点でコンセントを引き抜くか、或いは画面の電源を切れば良かった。

 だけど、ひょっとしたらこれはウィルスの類いで──このまま途中で落とせば、パソコンにバグが発生するかも知れない。

 そう考えた京太郎は、不快さを噛み殺して画面を眺めた。


 ……冷静に考えるのなら。

 例え動画をそのまま放映するにしたって、自分は、それを見なければ良かっただけなのではないか。

 ベッドに腰かけて、漫画でも眺めていれば良かったのではないか。

 
 それをしなかったということはつまり──。


京太郎(違う……よな。そんな訳、あるはずが……)


 首を振る。

 あの動画を見終わったとき、胸には言い知れぬ吐き気が湧き上がっていた。

 悪夢でも眺めたみたいに頭はボンヤリとして、手足の感覚が曖昧だった。

 気疲れから、ベッドに入ったが──言い様のない焦燥感と拒否感が神経を刺激して、何度も寝返りを打った。

 これまで味わったことのない、生理的嫌悪感を抱いたのである。


 なのに今、自分は一体どうなってしまっているのだ。

 サブリミナル効果とか、洗脳効果があの動画には存在したというのか。

 いや──いっそ、有ってくれた方が余程マシだと言えよう。


京太郎(これ、病院とかに……行った方がいいのか? それとも、警察とか……)

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