勇者「さて、今日も王都の掃除がんばるか!」(973)

勇者「今日は人通りが少ないな……」

勇者「掃除する分にはいいんだけど、ちょっと寂しいかな」

ゴシゴシ

勇者「夜道が月明かりをわずかに反射してる……綺麗になった証拠だ」

勇者「よーし、これぐらいで切り上げよう」


酔っぱらい「うぅ……」


勇者「おや?」

勇者「あの、大丈夫ですか?」

酔っぱらい「あぁ……少し飲み過ぎただけ……おっとっと」

勇者「フラフラじゃないですか。 家まで送りますよ」

酔っぱらい「それには及ばな……」

酔っぱらい「うぷっ」

勇者「えっ」

酔っぱらい「おぇぇえええええ」

ビチャビチャ

勇者「あ"ぁ"ーっ!!」

酔っぱらい「おぇえ……げほっ」

勇者「あ……あぁ……」

酔っぱらい「そ、そんな驚かなくても……ちょっともどしただけじゃねぇか」

勇者「たった今……掃除したばかりなのに……」

酔っぱらい「ああ、あんたこの辺の清掃員かい?」

勇者「……そんなところです」

酔っぱらい「そりゃ悪いことしたな」

勇者「い、いえ……それより体調のほうは」

酔っぱらい「出すもん出したらだいぶ良くなったよ」

勇者「それならいいんです」

勇者「次からはほどほどにしてくださいね」

酔っぱらい「そうだな。もう十数人で飲み比べたりしねえから安心してくれ」

勇者「えっ」

ガヤガヤ

酔っぱらいB「いやぁ~飲んだ飲んだ!」

酔っぱらいC「潰れるまで飲むのは最高だな!」

酔っぱらいD「はっはっは!こりゃ明日は全員頭痛だな!」

酔っぱらいE「ああ? なんかこの辺くせえなあ」

酔っぱらいF「うぷ……なんだか気分が……」



勇者「あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ーっ!!」

――

勇者「ぜぇぜぇ……酒場のおばちゃん、こんばんは」

酒場の店員「遅かったねえ! もう寝ようかと思ってたところだよ」

勇者「ごめんね、ちょっと手こずって……」

店員「あははいいよいいよ! どうせウチの客が汚したんだろ」

勇者「それじゃあ、今日のゴミ持って行くね」

店員「いつもすまないねえ」

店員「アタシも足が悪くなけりゃ自分でゴミ捨て場まで運ぶんだがね」

勇者「まあこれが僕の仕事だから」

ズルズル…

勇者「うーん、生ゴミは重いな……運ぶのも一苦労だ」

浮浪者「お、それ酒場のゴミか?」

勇者「……そうだけど」

浮浪者「ならちょっと中身くれよ」

勇者「これはすぐに処分するからダメだよ」

浮浪者「ほんのちょっと漁るだけだからよ」

勇者「ダメダメ! ほらどいたどいた!」

――

勇者「ぜぃぜぃ……とりあえず今日はこれで全部だ」

チュンチュン…

勇者「げっ! もう朝か!」

勇者「さっさと燃やしてしまわないと……」

兵士「おいお前! そこでなにしてる!」

勇者「お、おはようございます」

兵士「そんな場所にゴミを集めて何をする気だ」

勇者「燃やすんですよ。 僕はここの清掃員みたいなものです」

兵士「なに?」

勇者「ほ、ほら。 国の許可証もありますよ」

兵士「なんだそのボロ布は」

勇者「発行したのは100年以上前らしいですけど」

兵士「……怪しいやつめ」

兵士「ゴミなんか各自で処分すればいいだけだろう」

兵士「なんでわざわざ一箇所に集めるんだ」

勇者「えーと……それは話すと長くなるんですけど」

兵士「……」

勇者「か、簡単に言うとゴミをそのままにしておくと魔物が発生するんですよ」

兵士「何ぃ?」

勇者「代表的なのはスライムとかで……」

兵士「そんなわけあるか! 俺が新人だと思って馬鹿にしてるだろう!」

勇者「あ、新人さんなんだ」

兵士「ちょっと詰め寄り所まで来てもらう!」

勇者「ちょ、ちょっと待ってよ。 早く燃やしてしまいたいんだけど……」

兵士「そんなの後でいいだろ!」

勇者「いやだから魔物が……」

兵士「王都に魔物が入り込んでくるわけがない!」

勇者「だから! 中で発生するんだよ!」

勇者「すぐ終わるから話はあとにして!」

シュボッ

兵士「!!」

兵士「ま、魔法……!」

兵士「魔法が使えるならなぜ清掃員なんかしている!」

勇者「なんかって……これはとても大事な作業なんだよ」

勇者「それに火をつけられる程度じゃ王宮で雇ってもらえないよ」

兵士「……やっぱり怪しい」

勇者「そ、そんなに言うならついて行ってもいいけど……」

兵士「よし来い、詳しく話を聞かせてもらう」

勇者「ぜ、全部燃やすまで待っててね」

――

兵士「よし、入れ」

勇者「へー、兵士の詰め寄り所ってこうなってるんだ」

先輩兵士「……なんだ一体?」

兵士「あ、先輩。怪しいやつを捕まえました!」

先輩兵士「はあ?」

勇者「……自由意志で来ました」

先輩兵士「ああ、すまんな」

兵士「それで先輩! こいつのこと知ってますか」

先輩兵士「たしか、ゴミ掃除の」

勇者「ほ、ほら。怪しい者じゃないでしょう」

先輩兵士「何度か見かけた程度だ。詳しくは知らんぞ」

兵士「よーし! それじゃあ長くなる話ってのを聞いてやろうじゃねえか!」

勇者「ええと……」

先輩兵士「アホか。 帰してやれ」

兵士「えっ?」

先輩兵士「その様子を見るに徹夜仕事だろう」

先輩兵士「それなのにいきなり難癖つけられて逮捕されたらたまったもんじゃない」

兵士「でも……」

先輩兵士「すまなかったな。 まだ新人なんだ」

勇者「いえ、疑いが晴れたならいいんです」

勇者「よかった……やっと眠れる」

先輩兵士「ああちょっと待ってくれ」

勇者「え?」

先輩兵士「せっかくだから一つ頼み事をしたい」

勇者「……なんでしょう」

先輩兵士「なあに、少し掃除して欲しい場所があるだけだ」

先輩兵士「この地図を見てくれ」

勇者「はい」

先輩兵士「ここに長い間使われていなかった屋敷があるんだが」

兵士「!!」

先輩兵士「そこに貴族が越してくることになってな」

先輩兵士「明日掃除をしてもらいたい」

兵士「せ、先輩! 一体どういうつもりで……」

先輩兵士「少し黙ってろ」

勇者「……」

先輩兵士「引き受けてくれるか? それなりの報酬も出そう」

勇者「いいですよ。掃除することが僕の仕事ですから」

――

先輩兵士「さてと、どうなるか……」

兵士「先輩、なぜです」

兵士「あの屋敷は今盗賊団のアジトなんですよ!」

先輩兵士「かも知れないというだけだ。 まだ確定した情報じゃない」

兵士「なおさらだ!」

兵士「やっと掴んだ尻尾なんだろ!? 関係ない奴に掃除なんかさせてる場合じゃない!」

先輩兵士「落ち着け。 あいつが関係者の可能性だってある」

兵士「なっ?」

先輩兵士「あの屋敷がハズレならそれでよし。掃除してもらうだけだ」

先輩兵士「アタリだった場合、あいつが盗賊団の被害にあえば突入する隙と理由になる」

先輩兵士「あいつと盗賊団が繋がってたり、別の組織の犯罪者で潰し合いになったら……大アタリだな」

兵士「それじゃ……」

先輩兵士「明日あいつの後を付けるぞ」

兵士「……」

翌日 昼

勇者「さあ、依頼された屋敷に着いたぞ」

勇者「……大きいなあ。これを僕一人で掃除するのか」

勇者「それじゃあ鍵を開けて……」

ガチャリ カタン

勇者(ん? なにか物音がしたような……)

ギィィイ…

勇者「すいませーん。誰かいますかー?」

勇者「……」

勇者「うーん、気のせいかな?」

勇者「とにかく始めよう。まずは埃を……」

勇者「あれ」

勇者「結構綺麗だぞ?」

勇者「床は丁寧に掃除されてる」

勇者「窓は……内側だけ綺麗になってる?」

勇者「よく分からないけど……全く手づかずってわけじゃないみたいだ」

勇者「誰かが警備に来ているのかな?」

勇者「よーし!」

勇者「それならピカピカにして驚かせちゃおう!」

――

勇者「ふぅふぅ……半分ぐらい終わったか」

勇者「さすがにこれだけ広いと1日じゃ終わらないな」

勇者「もし手付かずの状態だったらと思うと……ぞっとするなあ」


盗賊「おい、お前」

勇者「うわっ」

盗賊「ここで何をしている」

勇者「そ、掃除です」

盗賊「……」

勇者「えーと……ここの警備の方ですか?」

盗賊「……違う」

勇者「じゃあ、あなたがこの家の持ち主?」

盗賊「違うな」

勇者「じゃ、じゃあ……無断でここに?」

盗賊「そうだ」


勇者「すごい!」

盗賊「……」

盗賊「はっ?」

勇者「部外者なのに掃除をしていたなんて!」

勇者「あなたのおかげで明日には掃除も終わりそうです」

勇者「ありがとうございました」

盗賊「……何を勘違いしているのかは知らんが」

盗賊「俺たちはここを隠れ家にしているだけだ」

勇者「俺……たち?」

盗賊「出てこい!」

ザッ

盗賊B「うへへ」

盗賊C「てっきり兵隊の連中が嗅ぎつけてきたと思ったが」

盗賊「ああ、ただの馬鹿だったようだ」

勇者「なるほど、3人で協力したからあそこまで綺麗になってたんですね」

盗賊B「なんだこいつ? 本物の馬鹿か?」

盗賊「わかってないのか? 俺たちがどういう存在で、お前がこれからどうなるのか」

勇者「……」

勇者「隠れ住むならできるだけ元のままにしておくべきですよね」

盗賊「そんなのただの気まぐれだ」

勇者「自ら掃除をする人に悪い人はいません」

盗賊C「はぁ?」

勇者「僕はまた明日掃除しに来ます」

勇者「そのとき手伝ってくれませんか?」

盗賊「ほう、なるほど」

盗賊「面白い命乞いの仕方だな」

盗賊B「そ、そうか! 掃除の依頼主に話を通せば……」

盗賊C「貴族が入ってくるまでは堂々とここに住めるってことか!」

勇者「それじゃあ、また……」

盗賊「だがそれは無理な話だな」

勇者「えっ?」

盗賊「なぜなら俺たちは……」


先輩兵士「突入ーッ!」

兵士「うぉぉおおおおおッ!!」

先輩兵士「大アタリだ。 一網打尽にするぞ!」

兵士「おっしゃあ!」

勇者「ま、待ってください! この人達はここを掃除してくれたんです!」

盗賊「無駄だ」

先輩兵士「馬鹿な言い訳を、そいつらは賞金首だ」

勇者「えっ?」

盗賊「顔が割れてるのさ。 あんたが思ってる以上に悪人なんだよ」

盗賊「散開してずらかるぞ!」

盗賊B「おう!」
盗賊C「分かった!」

盗賊「……ま、生きてたらどこかで会おうぜ」

先輩兵士「逃すか。 全員俺の獲物だ」

ドシュッ ドシュッ

盗賊B「ぎゃぁああ!」
盗賊C「ぐぅ……っ!」

盗賊「!! 両腕にクロスボウ!」

勇者「ちょ、ちょっと!」

ガシッ

兵士「テメェ! やっぱり悪いやつだったか! 心配して損したぜ!」

勇者「は、放してよ!」

盗賊「……くそっ」

ダッ

先輩兵士「おい新人」

兵士「おお! 3人ぐらい大丈夫だ!」

先輩兵士「よし。 俺は主犯格を追う」

ダッ

勇者「ちょっと……話を……」

盗賊B「くそ! ほどけ!」

盗賊C「……」

兵士「よし、これだけ縛れば大丈夫だろう」

勇者「き、聞いてくれ! 僕たちは……!」

兵士「今更言い訳するのか! 現場を抑えたんだ!」

兵士「昨日燃やしたゴミも、なにかワケありだったんだな!」

勇者「!!」

勇者「し、しまった!」

兵士「あ?」

勇者「聞いてない! 集めたゴミをどうしたか!」


ドゴォオオオオオオンッ!!

兵士「な、なんの音だ!?」

勇者「スライムだ……!」

兵士「はぁ?」

シュボッ

勇者「あちちっ……よし!」

兵士「あ! こいつ縄を!」

ダダッ

勇者「ごめん、緊急事態なんだ!」

兵士「テメェ! 待ちやがれ!」


ダッダッダッ…

勇者「くそ、間に合え……!」

ジュル…

盗賊「あ……あ……」

スライム「ウジュル……」

ジュル…ジュル…

勇者「!!!」


盗賊「お、おい……俺の体……どうなって……」

勇者「……」

勇者「下半身が溶けてもう無い……駄目だった……」

盗賊「そんな……たす……」

盗賊「たすけ……」

スライム「ウジュル……ジュル……」

グチョ グチャグチャグチャ…

スライム「ウジュ……コレデ……テガラ……」

勇者「! 人の言葉を……」

勇者「食われたのは一人じゃない!」

兵士「な、なんだこいつは!?」

勇者「!! 来ちゃ駄目だ!!」

スライム「オ前達モ……俺ノ体内ヘ……」

グニュ…

勇者「体が凹んだ! 跳びかかってくるぞ!」

兵士「あ?」

スライム「吸収サレロ……」

ブォッ

兵士「うぉッ!?」

ベシャァアアンッ

兵士「あ、危ねえ……」

勇者「ば、馬鹿! なんで塀の側に!」

スライム「追イ詰メタ……」

兵士「ぐ……」

兵士「だあッ!」

ズチュッ

スライム「ウジュル……」

兵士「き、効いてねぇ!」

スライム「デハ、死ネ……」


勇者「うぉおおおおお!!!」

バシッ

スライム「……邪魔ヲスルナ」

勇者「スライムに刺す攻撃は効果が少ない! 下がってて!」

勇者「さあ来い! 僕が相手だ!」

スライム「オ前モ……我ガ体ニ……」

勇者「なにか燃やすものは……箒を使うしかないか」

シュボッ

スライム「!!」

スライム「ナンダ……ソノ炎ハ……」

勇者「聖火の魔法!」

勇者「お前を浄化する聖なる炎だ!」

スライム「怪シイ術……怪シイ奴……」

スライム「捕マエル……ソシテ成リ上ガル……」

兵士「!!」

勇者「……その感情がお前の核か」

兵士「な、何なんだよいったい!」

勇者「こいつはスライム!! ヘドロ状のゴミに悪意が結びついて生まれる魔物だ!」

スライム「オレハ……コノママデハ終ワラナイ……」

勇者「おそらく一番影響を受けた負の感情が……」

勇者「君の先輩の殺意を伴う出世願望!」

勇者「それを引き金に誕生し! 同時に捕食した!」

兵士「し、信じられるか! なんでそんな」

勇者「だぁっ!」

バシンッ

スライム「グゥッ!?」

勇者「王都は人が最も多い場所! 魔物が発生しやすい環境なんだ!」

勇者「ゴミとは物のなれの果て! 負の感情がたまりやすい!」

勇者「だから!」

バシッ

スライム「グアアッ!!」

勇者「聖火で燃やして浄化する!」

バシッ

スライム「ヤ、ヤメロ!」

勇者「僕はそうやって魔物の発生を抑えてきたんだ!」

勇者「そして!生まれてしまった魔物も同様に浄化できる!」

スライム「ウ……ウゥ……」

スライム「タス……助ケテクレ……」

勇者「魔物の命乞いなんか聞くか!」

バシッ

兵士「……」

スライム「マダ……終ワリタクナイ……」

勇者「とどめだ!」

兵士「待ッ――」

バシッ シュボッ

スライム「アアァァアアァ!!」

勇者「……よし」

兵士「や、やったのか?」

勇者「火がついた。 あとは燃え尽きるだけだ」

兵士「……」

勇者「止めたかったのかい?」

兵士「……分からねぇ…………」

スライム「アア……ァ……」

兵士「分かるかよ、こんなの……」

ブスブス…

兵士「……消えちまった」

勇者「うん、浄化完了だ」

勇者「もうスライムはいないと思うけど、一応この辺を調べておきたい」

兵士「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

兵士「先輩はどうなったんだよ! あれはなんだったんだ!」

勇者「……歩きながらでいいなら説明するよ」

勇者「さっき言ったとおり、魔物は溜まった悪意によって発生するんだ」

勇者「ゴミに溜まった悪意はスライムになるし、死体に溜まればゾンビになる」

勇者「そしてその性質上、生まれた瞬間には感情的な人間が近くにいる」

勇者「空っぽの状態だからか一人目の影響を特に強く受ける。だから……」

勇者「人格が"似る"んだ」

兵士「じゃあ先輩は……」

勇者「おそらく……いや、確実に溶かされた」

ガサゴソ

勇者「……壊れた焼却炉。 ここが発生源か」

勇者「目立つから火は付けられなかったんだろうな」

兵士「あ……」

兵士「先輩のクロスボウだ……」

兵士「くそ……じゃあ本当に……」

勇者「……」

勇者(いやいや、今は自分の仕事だ)

勇者「それにしても……この焼却炉に入る量のゴミであのスライムが?」

勇者「妙だな、悪意の量もスライムの体積にも足りてないはずだけど……」

勇者「とにかく、ここにもう怪しい物は無いみたいだ」

勇者「あの盗賊たちのところに戻ろう。なにか知ってるかもしれない」

兵士「あ、ああ……」


タッタッタ…

勇者「そうだ、兵隊さんはこの屋敷について何か知ってないの?」

兵士「……それを聞くってことは」

兵士「お前、本当に盗賊とは関係なかったんだな」

勇者「えっ? ま、まだ疑ってたの?」

兵士「屋敷なんてのは貴族の持ち物だ」

兵士「だから盗賊どもが住処にしてるとわかっても手が出せない」

兵士「それで先輩はお前を使って調べさせたんだ」

勇者「じゃあ……」

兵士「ああ、お前は捨て駒にされたのさ」

兵士「それはともかく……といえることじゃねぇが、先輩の読みは当たってた」

兵士「実際に盗賊はいたし、突入してからは的確に行動していた」

兵士「ちょっと見直したんだ。 手柄のためとはいえここまでできるんだなって」

兵士「なのに……」

勇者「……」

兵士「悪かったな。お前からしたらただのとばっちりだ」

勇者「ううん、もういいよ」


勇者「……い、いない!?」

兵士「あの盗賊たち!逃げやがった!」

兵士「くそッ! 他に仲間がいたのか!?」

勇者「確かにあの怪我で動けるとは考えにくいけど……」

兵士「まだこの屋敷のどこかに隠れてるかもしれないってことか!」

兵士「よし! とにかく探すぞ!」

勇者「う、うん。 手伝うよ」

――

勇者「駄目だね。血痕すら見つからない」

兵士「全部の家具を引剥返してみるか?」

勇者「えっと……僕はそろそろ……」

兵士「なんだ?」

勇者「その、今日の分が……」

兵士「ああ、ゴミの回収か」

勇者「行ってもいいかな?」

兵士「あんなの見た後だしな。止めたりしねえよ」

勇者「ありがとう。それじゃあまた明日」

兵士「? 明日もここに来るのか?」

勇者「うん? そりゃ掃除しに……」

兵士「……」

兵士「ははっ。 分かった、また明日な」

同日 夜

勇者「すいませーん、今日の分回収しにきましたー」

店員「お、勇者ちゃん! 今日は早かったねぇ!」

勇者「あはは、勇者ちゃんはやめてよ」

店員「今ちょっと立て込んでてね、悪いけど待ってもらえるかい?」

勇者「立て込んでる?」

店員「めんどくさい酔っぱらいがいるんだよ」

魔導師「はあ~……」

店員「ほら! 今日はもう店じまいだよ!」

魔導師「あぁー? 誰に向かって言ってんだぁ?」

魔導師「この王宮魔導師様に文句があんのかよぉ!」

店員「あたしにゃただの酔っ払いにしか見えないよ! とっとと帰んな!」

魔導師「んだとぉ!」グッ

勇者「ちょ、ちょっと!」

魔導師「なんだぁ?」

勇者「王宮魔導師の方がこんなことをしていいんですか?」

魔導師「はぁ? 誰だよお前は」

勇者「ええと……ここのゴミを回収しに来た者です」

魔導師「ゴミだぁ?」

魔導師「へっ! ならくれてやるよ!」

フワッ

勇者「!」

ベシッ

勇者「ぐわっ!」

勇者「いてて……物を飛ばす魔法か。 しかもこの精度で……」

魔導師「ほーお、少しは魔法のことを知ってるようだな」

勇者「本物の王宮魔導師……」

勇者「立場ある人なら、なんでこんなことするんですか!」

魔導師「うるっせぇ! お前こそ立場をわきまえろ!」

魔導師「オレは! 今日が終わるまでは間違いなく王宮魔導師なんだよぉおおお!!!」

勇者「あっ……」

店員「わかったろ? 要はクビになって荒れてるだけなんだよ」

勇者「き、気持ちは分かるけど人に迷惑かけたら……」

魔導師「あああぁああぁあぁああああ!!!!」

魔導師「お前らに俺の気持ちが分かるかぁぁあああああ!!!」

バッ

ズダダダダダダッ

勇者「いだっ! 痛たたたたたた!!」

店員「ちょっと! やめないか!」

魔導師「ここにあるもの全部お前にぶつけてやる!!」

ビュンッ

勇者「!!」

ドゴォッ

勇者「ぐふっ……」

魔導師「!! 腹でわざわざ受け止めた……?」

勇者「ビン! ビンはやめて!!」

勇者「燃えないから!」

魔導師「はぁ? 何言って……やが……」

ドサッ…

店員「おや、倒れたよ?」

勇者「酒が回ってるのにバンバン魔法使うから……」

勇者「それじゃあ今日の分と、この人運んでくね」

魔導師「うぅ~ん……」

店員「すまないねえ」


ズルズル…

勇者「ふぅふぅ……ゴミだけでも大変なのに……」

魔導師「王宮……貴族……て……」

勇者「……やっぱり王宮で働けても、いろいろあるんだろうなあ」

浮浪者「おい」

勇者「わっ。 びっくりした」

勇者「暗がりから声をかけないでよ、それとゴミはあげないよ」

浮浪者「そうじゃない、そっちのは友人か?」

勇者「んーと……」

勇者「そうなるかもしれないね」

魔導師「……」

浮浪者「倒れた酔っぱらいだろ。その辺に捨てておけよ」

浮浪者「すぐに俺と同じようになる」

勇者「目の前で倒れたんだ。ほっとけないよ」

浮浪者「ふーん」

浮浪者「それなら向こうで倒れてるねーちゃんも拾ってやるんだな」

勇者「え? 他にも倒れてる人がいるの?」

浮浪者「そのボロ男よりは助けを必要としてるだろうよ」

勇者「わかった。 そっちにも行ってみるよ」

浮浪者「情報の礼はその生ゴミでいいぞ」

勇者「あげないよ」

メイド「きゅ~……」

勇者「あ、この人だ」

魔導師「どっかの小間使いか。 バカみたいに目を回して倒れてんな」

勇者「あれ? 起きてたの?」

魔導師「魔力切れは息切れみたいなもんだからな、気を失ったのは一瞬だ」

勇者「それじゃあ……」

魔導師「起きた時に酔いも冷めたんだ」

魔導師「あの場は目をつぶって寝たフリをしていたほうがいいだろ」

勇者「……まあいいか。 それより今はこの人だ」

勇者「もしもし、大丈夫ですか?」

メイド「あぁ~……お星様~……」

魔導師「とりあえず大丈夫ではないな」

ユサユサ ペチペチ

勇者「揺すっても叩いても起きない……」

勇者「しょうがない、とりあえず担いでいこう」

ボスッ

メイド「むにゃむにゃ……」

魔導師「おいおい家まで連れて行く気か? 所有者にバレたら面倒事だぞ」

勇者「ゴミを処理し終わるまでには目を覚ますさ」

勇者「あなたこそ家に帰った方がいい」

魔導師「昨日まで王宮住みだったんだ、家なんかあるかよ」

魔導師「この時間だと宿も開いてないしな」

勇者「えっ?」

魔導師「酒場じゃ悪かったな! すまん!」

魔導師「そんでもって泊めてくれ! お前の家に!」

勇者「えぇー……」

シュボッ パチパチ…

勇者「よーし燃えた。 今日の分終わりっ!」

魔導師「火の魔法が使えるのか……水は出せるのか?」

勇者「いや、僕が使えるのはこれだけだよ」

魔導師「じゃあお前に王宮魔導師は無理だな」

勇者「?」

魔導師「暖炉に火をつけても消すことができないだろ?」

勇者「そんなの魔法じゃなくても、普通に灰をかければいいじゃないか」

魔導師「そんな消し方しても貴族様は喜ばねーだろ」

勇者「……」

魔導師「王宮なんてそんなもんさ」

――

ガチャ バタン

勇者「さて……家に帰ってきたけど」

勇者「……」

魔導師「うーし、お邪魔しまーす」

魔導師「あ、オレは床でいいからよ。 その女をベッドに乗せてやりな」

メイド「すぅ……すぅ……」

勇者「あはは……やれやれ」

魔導師「ああそうだ、これ持っといてくれ」

勇者「お金?」

魔導師「今晩の宿代……と、あの酒代だな」

魔導師「オレは渡しづらいから頼むわ」

勇者「自分で渡しなよ、僕にお礼はいいから」

翌朝

メイド「すぅ……すぅ……」

メイド「……」

メイド「はっ!」

勇者「よかった。 気がついたんだね」

メイド「えっ!? え!!?? え"ぇっ!!!??」

勇者「ちょ、ちょっと、まだ朝早いんだから……」

メイド「す、すみません……」

メイド「ええと、ここはどこでしょうか?」

勇者「僕の家だよ」

メイド「うぇぇえっ!?」

メイド「ええと、ええっと! わたしは昨日……?」

魔導師「うるっせぇなあ、目ぇ覚めちまったじゃねーか」

魔導師「まともな神経してりゃ小間使いなんか襲ったりしねーよ」

勇者「失礼なこと言っちゃ駄目だよ」

勇者「えっと……このあたりの道は分かる? とりあえず大通りまで送って行くよ」

メイド「も、もしかして……何かご迷惑を?」

勇者「ただのおせっかいだよ。気にしないで」

――

勇者「そこの道を右に曲がれば大通りに出るよ」

メイド「あ……はい! ここで大丈夫ですっ!」

メイド「……」

メイド「はぁ……」

勇者「どうしたの?」

メイド「いえ……ご主人様になんて言えばいいかなって……」

勇者「いまさらだけど、なんであんなところに?」

メイド「昨日はお使いの帰りだったんですが……」

メイド「近道をしようとして小路に入ったら後ろからいきなり……」

メイド「ガツン!と」

勇者「殴られたの!?」

メイド「はい……気がついたら勇者さんの家でした」

魔導師「酔っぱらいに八つ当たりされたんだろ、運が悪かったな」

勇者「どの口がそんなことを……」

勇者「とにかく、正直に話せばきっと許してくれるよ」

メイド「は、はいっ! 本当にありがとうございました!」

魔導師「このまま終わるとは思えねーな」

勇者「えっ?」

魔導師「あの女、とんでもない魔力量だった」

魔導師「襲ったやつも使いの内容も、ひと疑惑あるだろうよ」

魔導師「オレの勘だと間違いなく面倒ごとになるね」

勇者「……自分の行動に責任はもつさ」

魔導師「へぇ……」

勇者「ん? ちょっと待って、魔力量が分かるってことは……」

魔導師「おう。 魔眼なら習得してるぜ」

魔導師「こんなもん持ってなけりゃクビにならなかったんだがな」

勇者「な、ななな……なんで言ってくれなかったのさ!」

魔導師「言ったら絶対泊めてくれないだろ」

魔導師「なんにせよ世話になったな。 次に会う機会があれば助けてやるよ」

――

――――

勇者「さて、例の屋敷にまたやってきたけど……」

兵士「おっ。 本当に来たのか」

勇者「兵士さん一人なの?」

兵士「んん? どういう意味だ?」

勇者「昨日あれだけ騒ぎがあったのに……」

兵士「ああ、もっと大きな事件があったんだ」

勇者「この屋敷の買い主が落石事故に巻き込まれた!?」

兵士「ああ、しかも馬車が谷底に落ちたらしくてな」

兵士「兵隊は救難作業で大忙しってわけだ」

勇者「そんな……」

兵士「オレはここに残るように言われた」

兵士「魔物はともかく盗賊のことは信じてもらえた、さっさと見つけようぜ」

勇者「……分かった。とにかく始めよう」

――

勇者「よし、お掃除完了!」

勇者「したんだけど……」

兵士「盗賊の手がかりはなかったな」

勇者「夜のうちに逃げられたってことは?」

兵士「ないな。オレが寝ずに見張ってたんだ」

勇者「うーん……おかしいね」

兵士「やっぱりあの時他に仲間がいたんじゃないのか?」

勇者「それでもおかしいんだ」

勇者「誰にも見られずに怪我人二人運ぶ……人間業じゃないよ」

兵士「……」

兵士「もう一匹スライムが……ってことはありえないのか?」

勇者「ないね」

勇者「人を飲み込む大きさのスライムがいたらすぐに見つかるよ」

兵士「スライムじゃなくても、何か他の魔物とかよ」

勇者「バットやゾンビは食い荒らすからなあ……血痕すら残ってないしありえないよ」

兵士「んじゃどうしてあいつらは消えたんだよ!」

勇者「僕に聞かれてもわからないよ」

勇者「屋敷の持ち主なら隠し部屋とかも知ってるかもしれないけど……」

兵士「……そうだな。 屋敷を売ったやつを調べてみる」

――

勇者「あの屋敷には明日も行ったほうがいいだろうな」

勇者「あの大きさのスライムが生まれた理由も気になるし……」

勇者「落石事故の方も心配だ」

スタスタ……

勇者「ゴミ回収の前に一度家によっておこう」

勇者「ドタバタしちゃったから片付けないと……」


メイド「うぇぇ……」

勇者「あれっ」

勇者「どうしたの? なんで僕の家の前に……」

メイド「勇者さぁん……わたし……」

メイド「クビにされちゃいましたぁ……」

勇者「えぇっ!?」

勇者「な、なんで!?」

メイド「お使いもできない役立たずはいらないって……」

勇者「そんな……ひどい!」

メイド「もうわたし、これからどうしたらいいか……」

勇者「……よし、ぎりぎり時間はあるな」

メイド「え……?」

勇者「話をしに行こう! 今から!」

――

雇い主「結論から言おう。 二度とそいつを雇う気はない」

メイド「うぅ……」

勇者「そんな……なぜです!」

雇い主「もともとそいつは路頭に迷っていた出来損ないだ」

雇い主「人数不足と気まぐれで拾っただけのこと。 解雇する機会がほしかったのだ」

勇者「彼女は被害者なんですよ!」

雇い主「路地に入ったのはそいつの不注意だろう」

勇者「そいつそいつって! メイドさんをなんだと思ってるんですか!」

メイド「ゆ、勇者さん! もういいです!」

勇者「でも!!」

雇い主「君がなぜ一介の使用人にそこまで情を抱いているのかしらんが」

雇い主「救いたいのであれば自分で雇えばいいだけのこと」

勇者「っ……!」

雇い主「話は終わりだ。帰りたまえ」

雇い主「それと君たちに会うのは最後だ。 次からは使用人に言ってくれ」

雇い主「もちろんそいつのことじゃないぞ」

――

勇者「……ごめん。 なにもできなかった」

勇者「僕が昨日余計なことをしたばっかりに……」

メイド「そ、そんなことないです! 全部わたしが悪いんですから!」

勇者「……」

勇者「僕にはメイドさんを雇うだけの余裕はないけれど」

勇者「すぐに次の働き先を見つけるから」

勇者「それまではこのボロ家、好きに使ってよ」

メイド「勇者さん……」

勇者「それじゃあ僕は出かけるから、留守番よろしくね」

メイド「は、はい! いってらっしゃいませ!」

勇者「あはは、楽にしててよ」


勇者「……」

勇者「これが魔導師さんの言っていた事なんだろうか」

勇者「それとも、これからまだなにか……」

勇者「もう首を突っ込んだんだ、中途半端じゃ終われない」

勇者「屋敷の謎もメイドさんの問題も! 絶対解決して見せる!」

――

店員「悪いけどウチは人を増やす余裕は無いねぇ」

勇者「そっか……」

店員「勇者ちゃんが来てくれるなら無理してでも雇うけどね」

勇者「あはは、ありがとう」


――

シュボッ パチパチ…

勇者「とりあえず今日の分は終わりっと」

ボォォオオ…

勇者「おや? 今日は浄化の炎がやけに明るい……?」

勇者「悪意の量が多いってことなのかな……」

――

ガチャ バタン

勇者「ただいま」

メイド「あ、お帰りなさい」

メイド「今シチューをあたためますね」

勇者「ご飯があるの? それは嬉しいな」

メイド「ええと……火打ち石を……」

勇者「ああ、種火なら任せて」

シュボッ

メイド「わっ魔法……」

勇者「僕はこれしか使えないんだけどね」

メイド「すごいです! わたしなんか一つも使えないのに……」

勇者「……」

勇者「えっ? そうなの?」

メイド「ふぇっ? なんで驚いてるんですか?」

勇者「いや、あの魔導師さんが言ってたんだ」

勇者「メイドさんはすごい魔力を持ってるって」

メイド「?」

勇者「ほら、今朝いっしょにいたちょっといじわるな……」

メイド「あの人、魔導師だったんですか?」

メイド「そういえば、今日はあの人がいませんね」

勇者「あはは……たまたま昨日からまれただけだからね」

メイド「今日の宿は大丈夫なんでしょうか……」

勇者「まあ昨日まで王宮住みだったんだし、お金には困ってないんじゃないかな」

メイド「えぇっ!?」

メイド「あの人、王宮魔導師だったんですか!?」

勇者「う、うん。 実力は本物だったよ」

メイド「なんだか……憧れの職業に亀裂が入った感じです」

勇者「王宮魔導師になりたかったの?」

メイド「はい。お城の舞踏会に行くのが夢で……」

メイド「庶民のわたしでも王宮魔導師になれたらって……」

勇者「うーん……でも魔法はなあ」

メイド「そうなんです。魔法は才能ですから」

メイド「たくさん勉強したんですが一向に身につかなくて……」

勇者「僕も似たようなものだよ」

勇者「この魔法は遺伝みたいなものだし、魔力量も人並み以下なんだ」

メイド「わたしは魔力量だけ恵まれていたからなかなか諦めきれなくて……」

メイド「……暗い話になっちゃいましたね。 それよりシチューができましたよ」

勇者「……」ムグムグ

メイド「ど、どうでしょうか?」

勇者「おいしい!」

メイド「本当ですか!? よかったぁ!」

勇者「体の芯からあたたまるよ。 ありがとう」

メイド「えへへ……」

勇者「さ、メイドさんも食べなよ」

メイド「それじゃあ……」モグモグ

メイド「あ、あれ? 最初に味見したときと味が変わってるような……」

メイド「魔法の炎のおかげですかね?」

勇者「あはは、まさかあ」

翌日

兵士「よう、今日も来たのか」

勇者「こんにちは、なにか分かった?」

兵士「ああ」

兵士「ここの屋敷の持ち主が……死体で発見された」

勇者「!!」

兵士「谷底に落ちた貴族は即死。使用人も全滅」

兵士「反射的に馬車を飛び出した夫人だけが助かったそうだ」

兵士「隠し部屋なんか聞ける状態じゃないな」

勇者「そうだね……」

兵士「どうする? ここで魔物が出たことは話すか?」

勇者「いや、やめておいた方がいいよ」

勇者「信じてもらえない可能性も高いし、不気味がらせてしまう」

兵士「それじゃ盗賊のことだけ話して、しばらくは他の場所に避難してもらうか」

兵士「貴族の夫人なら身寄りが無いってことはないだろう」

勇者「うん、それがいい」

兵士「それとこの屋敷の元の持ち主……つまり売ったやつだが、とっくに死んでる」

勇者「えぇ?」

兵士「妙な話だがそれ以上の情報は出てこなかったんだ」

――

浮浪者「おう、ゴミよこせよ」

勇者「何度話しかけても駄目だよ」

浮浪者「あのねーちゃんはどうなった?」

勇者「……教えない」

浮浪者「そうかい。じゃあな」

ポトッ

勇者「あ、何か落としたよ」

浮浪者「ああ、虫の足と羽……食えないゴミだ。やるよ」

勇者「捨てろってことか……全く、しょうがないなあ」


勇者「おや? 路地の向こうに誰か……」

「あら、こんばんは」

勇者「こんばんは。 こんなところで何を?」

未亡人「少し夜風に当たりたくてね」

勇者「この辺りは物騒ですよ。帰ったほうがいい」

未亡人「ふふ、ありがとう。 気をつけるわ」

未亡人「あなたはここで何を?」

勇者「このゴミを燃やしに行くところです」

未亡人「こんなにたくさん……今日はお祭りでもあったのかしら?」

勇者「これで一日分ですよ」

未亡人「あらそうなの? 王都はすごいのね」

勇者「……観光の方ですか?」

未亡人「いいえ。 ちょうど今日引っ越して来たところよ」

勇者「え……」

勇者「ま、まさか……」

未亡人「それより作業にご一緒していいかしら?」

勇者「え?」

未亡人「少し興味があるの。 ここの地理も知りたいし」

勇者「案内なら昼間のほうが……」

未亡人「今じゃ迷惑かしら?」

勇者「……構いませんよ」

勇者「ここがゴミ捨て場で……僕の仕事場です」

未亡人「……あまりいい場所とはいえないわね」

勇者「あはは、そうですね」

勇者「臭いもありますし誰も近づかない。 王都に住んでても知らない人が大半……」

勇者「!!!」

未亡人「どうかしたの?」

勇者「下がって!」

勇者「魔物がいる!」


盗賊B「ウゥ……アァ……」

勇者「この人……あの時の盗賊さん!」

勇者「ゾ、ゾンビにされていたのか!」

未亡人「……」

勇者(でもなんで今まで見つからなかったんだ……?)

盗賊B「ウゥゥ……」

勇者「と、とにかく浄化してやる!!」

シュボッ

勇者「聖火の魔法! ……をつけた松明!」

未亡人「魔法……」

勇者「心配しないで! 僕の後ろにいれば大丈夫です!」

盗賊B「ウォオオオ……」

勇者「くらえっ!」

バシッ

盗賊B「ギャアァアア!!」

ドサッ…

勇者「よし、やっつけた」

勇者「やっぱりゾンビは脆いな」

勇者「さて、ゾンビごとゴミを燃やしてしまおう」

シュボッ パチパチ…

未亡人「綺麗な炎……怖いくらいに光ってる……」

勇者「……」

勇者「この先にある屋敷へ引っ越して来た方ですよね」

未亡人「あら、知ってたの?」

勇者「丁度そこの掃除を頼まれていたんですよ」

未亡人「ふぅん……素敵な偶然ね」

勇者「なぜ王都に?」

未亡人「なぜ? ここに住みたい人間なんていくらでもいるでしょう」

勇者「大きな事故に巻き込まれたと聞きました」

勇者「知り合いのいる元の場所へ帰らなかったのはなぜですか?」

勇者「それともう一つ」

勇者「普通の人はゾンビを見たらもっと驚くと思うのですが」

未亡人「……」

未亡人「あらあら、そんなに怖い顔をしないで」

未亡人「別に驚いてないわけじゃないわ。 本当よ」

未亡人「ただ……考え事をしていただけ」

勇者「考え事?」

未亡人「あの人の体も同じように動いてくれたら……ってね」

勇者「……」

勇者「ゾンビは死体に悪意がのりうつって生まれた魔物」

勇者「生前とは全く違う生物ですよ」

未亡人「そう……残念ね……」

勇者「さあ、今日はもう遅い」

勇者「お屋敷まで送りますよ」

未亡人「助かるわ。 王都の夜道は危険なのね」

勇者「ゴミを燃やして浄化していれば魔物なんて出ないはずなんですが」

勇者「どうも最近は勝手が違うようです」

未亡人「もしかして、私の新居でも出たのかしら?」

勇者「……鋭いですね」

スタスタ…

未亡人「あなたが普通の清掃員じゃないことくらいは分かるわ」

未亡人「だから掃除した場所に……と考えただけよ」

勇者「あそこを掃除したのは本当に偶然なんですけどね」

未亡人「その成り行きも興味があるわね」

未亡人「朝までじっくりと話してもらえるかしら?」

勇者「……」

勇者「ふぇっ?」

未亡人「あら、こんな話をしておいて私を一人にするつもり?」

勇者「いやでも……」

勇者「兵士の詰め寄り所などを頼れば……」

未亡人「女ひとりで? 怖いこと言うのね」

勇者「うぅ……」

勇者「だ、誰か知り合いはいないんですか?」

未亡人「うふふ、あなたしかいないわ」

スタスタ…

勇者「あ……」

未亡人「着いたわね」

未亡人「さあ、いらっしゃい」

勇者「ご、ごめんなさい!」

未亡人「あら」

勇者「僕は家に帰ります!」

勇者「その……ま、待ってくれてる人もいるので!」

未亡人「そう、仕方ないわね」

勇者「は、はい。 またここには来ると思いますので」

未亡人「ああ待って」

未亡人「もう一つの質問がまだだったわね」

勇者「なぜ王都に来たか、ですか?」

未亡人「そうよ。 王都はね、憧れだったの」

未亡人「物心ついたころからずっと、ここで暮らしたいと思っていたわ」

未亡人「……あの人もね」

未亡人「だから引き返す前にせめて……少し見ていこうと思ったのよ」

勇者「そうでしたか……」

未亡人「でも今日の出来事で、少しじゃ物足りなくなっちゃった」

勇者「えっ?」

未亡人「気に入ったのよ。もうしばらくよろしくね」

未亡人「うふふ、まずはいい使用人を探さないと」

未亡人「だれか心当たりはいるかしら? あなた自身が来てくれたら心強いんだけど」

勇者「……」

勇者「残念ですがいませんね。 ではまた」

――

メイド「あ、おかえりなさい」

勇者「うん。ただいま」

メイド「丁度今シチューができましたよ」

勇者「……今日も?」

メイド「は、はい。 これしか作れないんです……」

勇者「それじゃあいただきます」

勇者「……」ムグムグ

勇者「うわぁ、おいしいよ!」

メイド「えへへ、今日のはできたてですからね」

勇者「それだけでここまで味が変わるのかな……」

勇者「もしかして、本当に聖火の影響があるのかも」

メイド「せいか?」

勇者「んーと……話すとちょっと長くなるんだけど」

勇者「簡単に説明すると」

勇者「人の嫌な気持ち……悪意が溜まると魔物が生まれるんだ」

勇者「でも、この聖火の魔法なら悪意そのものを消すことができるんだよ」

メイド「???」

メイド「そんな魔法聞いたことないですよ?」

勇者「僕の家に代々伝わる秘術みたいなものだからね」

メイド「えぇっ? じゃあ……」

メイド「王都に魔物が出ないのは勇者さんのおかげなんですか!?」

勇者「そうだよ! ……と自信を持って言いたいところだけど」

勇者「どんなに悪意を浄化しても出るときは出るんだ」

勇者「というか最近は特に多くてね、今日もゾンビが出たし」

メイド「ぞ、ゾンビってあの……死んだ人の……」

勇者「うん、死肉に悪意が移って動き出す魔物だよ」

メイド「そ、その魔物はまだ王都に!?」

勇者「大丈夫、もう退治したから」

メイド「す、すごいです!」

勇者「あはは、大したことじゃないよ。ゾンビは魔物の中でも弱い部類なんだ」

勇者「肉が腐ってるわけだから動きも遅いし力もそれほど強くない」

勇者「噛み付かれて毒がついたりしなければ……」

メイド「はわわ……」

勇者「ご、ごめん。 怖がらせちゃったね」

勇者「とにかく一人で路地に入ったりしなければ大丈夫だから」

翌日

ガヤガヤ…

勇者「なんだ? 屋敷の前に人がたくさん……」


兵士「おーし次のやつ入れー」

「はい」


勇者「なにやってるの?」

兵士「おうお前か、見ての通り新しい使用人を探してるのさ」

勇者「えぇっ?」

兵士「なるほど、ここの主人と会ったのか」

兵士「実物が出たなら全部話すしかねーな」

兵士「しかし素人を何人雇ったところでスライムに勝てるのか?」

勇者「いや、今回はゾンビだ。 それもあの盗賊の肉体だった」

兵士「なにぃ!? じゃあこの屋敷は危険じゃねーか!!」

勇者「ちょ、ちょっと! 声が大きいよ」

ザワザワ…

兵士「わ、悪い……」

勇者「ゾンビはそんなに強い魔物じゃない。男の人が何人かいれば大丈夫だろう」

兵士「……なんでそこまでしてここに住みたがるんだ?」

勇者「それは……」


剣士「おい、次はまだか」

兵士「ん? ああ、そうだった」


勇者「仕事中に邪魔したね。 また出直すよ」

――

――――

メイド「あ、勇者さんお帰りなさーい!」

勇者「うん。 ただいま」

メイド「今日もお仕事おつかれさまです!」

勇者「う、うん。 なんだかご機嫌だね」

メイド「はい! 聞いてください!」

メイド「実は次の働き先がが決まったんです!!」

勇者「え"っ」

メイド「えっ?」

勇者「も、もしかして……今日使用人を大々的に募集してた屋敷?」

メイド「はい、知ってたんですか?」

勇者「なんてこった……」

メイド「?」

勇者「数日前スライムが発生した屋敷なんだ」

メイド「えぇっ!?」

勇者「昨日出たゾンビの肉体も、たぶん屋敷の中で死んだ人のものだ」

メイド「えぇええええ!!!」

勇者「ごめんね、話しておくべきだった」

メイド「ど、どうしましょう……」

勇者「僕から屋敷の主人に説明しておくよ。 危険だから辞退するって」

メイド「それは駄目です!」

勇者「な、なんで?」

メイド「雇ってくれた人を……ご主人様を裏切るなんて絶対にできません!」

勇者「いや……まだ働き始めてないわけだし、裏切ることにはならないよ」

勇者「危ないよ?」

メイド「だ、大丈夫です!」

メイド「わたしの他に雇われた人達はみんな強そうな感じでした!」

勇者「えっ?」

メイド「ゾンビってとても……とっても怖いですけど、逃げることぐらいはできます!」

メイド「それに、あの人はわたしを雇ってくれました」

メイド「わたしを必要としてくれたんです!」

メイド「だから……それに応えたいんです!」

勇者「……」

勇者「わかった。 そこまで言うのなら止めないよ」

メイド「勇者さん……わたし、がんばりますから!」

勇者「うん、それじゃあこれから……」

勇者「特訓だ!」

メイド「ふぇっ?」

翌日

未亡人「みなさん、よく来てくれたわね」

未亡人「それじゃあ改めて自己紹介をしてもらおうかしら」


僧侶「僧侶です。 この家に神のご加護があらんことを」

剣士「……剣士だ」

メイド「め、メイドですぅ……うぅ……」


未亡人「あら大丈夫? ボロボロじゃない」

メイド「ご、ご心配には……及びましぇん……」

未亡人「さて、まずはご近所の方々に挨拶しなきゃね」

未亡人「初仕事よ。 誰か一人ついてきて頂戴」

剣士「よし、オレが行こう」

未亡人「ふふ、頼もしいわね」


メイド「い、行ってらっしゃいませ!」

僧侶「では私達は荷物の整理をしましょうか」

メイド「はいっ!」

メイド「えっ? 男性の方なんですか?」

僧侶「そうですよ。 長髪だからかよく間違われます」

僧侶「護衛も兼ねた使用人という募集でしたので」

僧侶「教会から代表で一人、私が派遣されました」

メイド「はへ~……すごいんですね」

メイド「でも、それならなんでわたしが採用されたんでしょうか……」

僧侶「男ばかりというのも落ち着かないのでしょう」

僧侶「話し相手がいればそれだけで安心するものですよ」

メイド「う、うまくお話できなかったらどうしましょう……」

僧侶「ご主人は気さくな方のようだ。 心配しなくても大丈夫です」

僧侶「それにしても……綺麗な屋敷ですね」

メイド「きっと勇者さんが掃除してくれたからですね」

僧侶「勇者さん?」

メイド「とても親切な人で、身寄りのないわたしを住ませてくれたんですよ」

メイド「次の休日にも護衛術の特訓をしてくれるんです!」

僧侶「ほう……それは我々も見習うべき善行ですね」

――

メイド「お帰りなさいませ、ご主人さま!」

未亡人「ふふ、ただいま」

メイド「……」

未亡人「あら、どうかしたの?」

メイド「いえ、今なんだかお仕事してるって実感できて……」

メイド「それだけでちょっと幸せな気分になっちゃいました」

未亡人「ふふ、それはよかったわね」

未亡人「でもまだ一日目が終わってもいないわよ」

メイド「は、はい! がんばります!」

剣士「……」

僧侶「おや、ご気分でも?」

剣士「なんでもない」

メイド「えっほ、えっほ……」

メイド「ゴミって重たいんだなぁ……勇者さんはすごいです」

メイド「あ、あそこが焼却炉ですね。 ぴっかぴかの新品です」

メイド「暗いから足元に気をつけないと……きゃっ」

ドテーンッ グシャァ

メイド「あいたた……ご、ゴミが散らばっちゃったぁ……」

蝙蝠「キャキャキャキャ!!」

メイド「きゃあ! こ、こうもりが……」

蝙蝠「キャキャ!」

ガツガツ

メイド「ご、ゴミを食い漁ったらだめですよぅ……」

「……」

バシッ

蝙蝠「キィッ!」

バサバサバサ…

剣士「なにをしている」

メイド「あ、ありがとうございます……こうもりを追い払ってくれて……」

翌日

メイド「おはようございます、ご主人さま」

未亡人「おはよう」

未亡人「朝食をとったら今日も挨拶回りに行くわ」

未亡人「今日はあなたについてきてもらおうかしら」

僧侶「かしこまりました」

メイド「頑張ってくださいね!」

剣士「……」

メイド「……」

剣士「なにかようか?」

メイド「ええと……き、昨日はありがとうございました」

剣士「別にどうでもいい」

メイド「そ……そうですか……」

メイド「……」

剣士「……」

メイド「ええと、今夜は満月らしいですよ」

剣士「そうか」

メイド「……」

メイド(うぅ……気まずいです……)

メイド「あ、あれ?」

メイド「首元に虫刺されがありますよ」

剣士「問題ない」

――

メイド「お帰りなさいませ、ご主人さま」

未亡人「ただいま」

メイド「僧侶さんもお帰りなさい」

僧侶「……」

メイド「?」

僧侶「あ、はい。 ただいま帰りました」

メイド「えっほ、えっほ……」

メイド「ふぅ。 今日はこけませんでしたよ」

メイド「月明かりが綺麗……雲が出なくてよかった」

バサバサ…

メイド「あ、昨日のこうもり……今日は食べるものはありませんよー」

バサッバサッ

メイド「あ、あれ……なんだか大きいような……?」

バット「ギャアギャア!!」

メイド「ひぃっ! ま、魔物!」

バット「ギャア!」

キィイイイイイイン…!

メイド「くぅう……なに……この音……」

ガクッ

メイド「耳が……痛い……!」

バット「ギギッ」

メイド「ひっ! に、逃げ……」


「聖火の魔法!」

バシッ

バット「ギャァアアア!!」

勇者「とどめだ!」

バシンッ シュボッ

バット「アアアァ……」

勇者「やあ、大丈夫?」

メイド「ゆ、勇者さぁん……!」

パチパチ……

勇者「こいつはバット。 蝙蝠に悪意が集まってできる魔物だ」

勇者「超音波で動きを封じて襲ってくるから、頭を抱えて逃げるといいよ」

メイド「魔物なんて……初めて見ました……」

勇者「今日は満月だからね、感情的になる人が多い」

勇者「魔物も生まれやすいんだよ」

勇者「……といっても、やっぱり最近の多さは異常だけどね」

メイド「はわわ……」

勇者「とりあえず聖火で燃やしたから、しばらくは」

剣士「そこで何をしている」

勇者「ああどうも、僕はこのあたりの掃除をしている……」

剣士「この時間に侵入してくる理由などしれている」チャキ

バッ

勇者「うわっ!!」

バシッ

勇者「ちょ、ちょっと待ってよ!」

剣士「ほう、その焦げた箒で剣をいなしたか」

勇者「ぼ、棒術なら少々……じゃなくて!」

メイド「やめてください!」

メイド「こ、この人は勇者さん! わたしの恩人なんです!」

剣士「……そうか」

メイド「こっちは剣士さん! わたしと同じここの使用人です!」

勇者「そうだったんですか」

剣士「帰られよ客人。 主人はもう眠りについている」

勇者「……分かりました。 あの人にもよろしく言っておいてください」

勇者「またね、メイドさん」

メイド「は、はい!」


勇者「……」

勇者「僕ってそんなに怪しいのかな……」

翌日

メイド「おはようございます」

未亡人「おはよう。 昨日は魔物が出たそうね」

メイド「は、はい。でも勇者さんが助けてくれたんです!」

未亡人「……勇者さん?」

メイド「すごかったんですよ! 聖火っていう魔法でばばーんと!」

未亡人「そう……彼が来てくれたの。 それは良かったわ」

メイド「?」

未亡人「今日はあなたの番よ。 よろしく頼むわね」

メイド「はい! が、頑張ります!」

――

未亡人「さあついたわ。 まずはこの家からね」

メイド「え……ここは……」

コンコン
ガチャ

年老いたメイド「ようこそいらっしゃいました」

未亡人「朝からごめんなさいね」

年老いたメイド「中にご案内します。 おや……?」

メイド「ご、ごぶさたしてます……」

未亡人「あら、知り合いなの?」

メイド「ま、前のお勤め先だったんです」

年老いたメイド「あなたをここに入れるなと言われてます」

未亡人「あらあら、王都は大変なのねぇ」

メイド「うぅ……」

未亡人「ふふ、任せておきなさい」

メイド「えっ?」

―王都出入り口―

勇者「おはようございます」

門番「王都の住民か。 通るなら勝手にしろ」

勇者「いえ、ここを通った人の話を聞きたいのですが……」

門番「誰かれ構わず話すことはしない」

兵士「そういわずに話してくれないか?」

門番「お前は新入りの……」

兵士「どうも大事な用らしい」

門番「……用件ぐらいは聞いてやろう」

勇者「ありがとうございます」

勇者「先日落石事故にあった貴族を覚えていますか?」

門番「ああ、その時も私が門番だったからな」

勇者「その時通った婦人を"見ました"か?」

門番「しっかり見たぞ」

勇者「なら……」

門番「心配しなくても魔眼なら持ってる」

門番「お前の隠してることも見えているぞ」

勇者「あはは……失礼しました」

兵士「まがん? なんだそりゃ」

勇者「魔力を見る技術、まあ魔法の一種だよ」

勇者「眼球の形で習得できるかどうかが決まるから"持ってる"と表現されるんだ」

兵士「へー……」

勇者「門番の人ならきっと持ってると思ったんだ」

勇者「人に化ける魔物……魔族を入れないためにね」

門番「わざわざそれを聞きにきた理由は察しがつくが」

門番「あの婦人なら綺麗で心優しい女性だったぞ」

門番「それから魔眼持ちに対してそれを聞くこと自体が失礼……」

勇者「ああ、本題はまだですよ」

門番「なに?」

勇者「その綺麗な女性になんと話しかけました?」

門番「まだ疑っているのか?」

勇者「お願いします、答えてください」

門番「あの時はたしか……」

門番「たしか……?」

勇者「では話しかけた後、その人はなんと答えました?」

門番「お、思い出せない……」

勇者「当時来ていた服は? 眼の色は?」

門番「……」

門番「な、なんてことだ……!」

門番「教えてくれ! オレはどうすればいい!?」

勇者「大丈夫」

勇者「あとは僕に任せて下さい」

ダッダッダッ

兵士「お、おい! さっきの話はどういう意味なんだよ!」

勇者「彼は魔族に魅了されたんだ!」

兵士「はあ? 魔眼持ちってのは騙されないんじゃないのかよ!」

勇者「だから!」

勇者「正体がバレてる状態から籠絡されたんだ!」

兵士「なんだと!?」

勇者「そんなことができるのは……」

――

メイド「あ、あ……」

メイド「頭を上げてください!」

雇い主「すまなかった。 このとおりだ」

メイド「な、なんで……」

雇い主「謝罪させてくれ。 ただ君に謝りたいんだ」

未亡人「ふふ、よかったわね」

メイド「ご主人さま、一体何を……」

未亡人「私はお願いしただけよ」

未亡人「さあ、次に行きましょうか」

メイド「あ、あの……ご主人さま」

メイド「先ほどなにがあったのか……詳しく教えてくれませんか?」

未亡人「あら……」

未亡人「知りたいの?」

メイド「は、はい……」

未亡人「そう。 じゃあ教えてあげる」

未亡人「行き先を変えるわ。 ついて来て」

メイド「あ、あれ……」

メイド「ご主人さま、ここは……?」

未亡人「ゴミ捨て場らしいわ。 王都に来た日に教えてもらったの」

未亡人「この時間ならゴミも臭いもないし……」

未亡人「なにより人気がない」

メイド「ええと……その……」

未亡人「私のこと、教えてあげるわね」

未亡人「ふふ、近くにいらっしゃい」

メイド「な、なにを……」

未亡人「あなたは女性。 だから暗示もかけにくいけど……」

未亡人「その分、忘れられなくしてあげる」

メイド「あ、あの……やめ……」


勇者「待て!!」

メイド「ゆ、勇者さん!」

未亡人「あら、こんにちは。 今日はいい天気ね」

勇者「メイドさんから離れろ!」

未亡人「どうしたの? 怖い顔して」

勇者「もう全部わかってるんだ!」

勇者「落石事故を装って貴族を皆殺しにしたのも!」

勇者「スライムやバットを使って人を襲ったのも!」

勇者「全部あんたの仕業なんだろ!」

未亡人「あらあら……ひどいこと言うのね」

メイド「勇者さん……? 何を言って……」

勇者「離れてメイドさん! そいつは吸血鬼"バンパイア"だ!」

メイド「え……?」

勇者「魔物は人を取り込むほど人に近づく!」

勇者「一人喰えば自我を持ち、二人喰えば言葉を話す!」

勇者「バットが数えきれないほど人を喰った姿! それがこいつの正体だ!」

未亡人「……」

未亡人「うふふ、かわいいのね」

勇者「な、何?」

未亡人「人は分からないことがあると焦るもの」

未亡人「不可解な事件が続いたのね、あなたの心は不安でいっぱい」

未亡人「だから誰かを悪者にせずにはいられない」

勇者「とぼけるな! 門番の人だって……」

未亡人「かわいいわぁ、確信も証拠もないのね」

未亡人「だから私を問い詰めて、白状するのを期待してるの?」

シュボッ

勇者「聖火の魔法!」

未亡人「あら怖い。 それで私を焼くつもりかしら」

勇者「そうだ! 覚悟しろ!」

未亡人「ふふ、あなたには無理よ」

勇者「そんなことはない!」

未亡人「だって焦ってるもの。 私が人間だったらどうしようって」

未亡人「魔物には容赦ないけど、人を殺すのは怖いのね」

勇者「近づくな!」

未亡人「不安を押し殺して、虚勢を張ってる……」

未亡人「今のあなた、とてもいい顔をしているわ」

未亡人「どうかしら? 今からでも私のところで働かない?」

未亡人「かわいがってあげるわよ」

勇者「そんな言葉に……」


未亡人「はい、隙あり」

ガプッ

勇者「っ!?」

ジュルルルル…

未亡人→吸血鬼「ぷはっ……ごちそうさま」

吸血鬼「先手はこうやって打つのよ」

メイド「ご、ご主人さま……?」

吸血鬼「これが私の正体、バンパイアよ」

吸血鬼「名前ぐらいは聞いたことがあるかしら?」

メイド「そんな……」

吸血鬼「次はあなた……と言いたいところだけど」


勇者「ま、待て……!」

吸血鬼「流石に予想外だったわ」

吸血鬼「私としたことが、とんだ思い違いをしていたようね」

メイド「ゆ、勇者さん!」

勇者「大丈夫。僕は正気だよ……」

兵士「や、やっと追いついた!! 路地をちょこまか走りやがって!」

勇者「兵士さん!」

吸血鬼「あなたは募集を手伝ってくれた……知り合いだったの、顔が広いのね」

兵士「状況はよくわからねぇが……」

兵士「あんたにはいろいろと容疑がかかってる!」

兵士「ついてきてもらうぜ!」

吸血鬼「黙りなさい」

吸血鬼「一兵士風情が誰に命令しているの」

兵士「な、なにぃ?」

吸血鬼「私はここでも貴族としての地位を手に入れてるの」

吸血鬼「あなたに従う理由はないわ」

勇者「関係ない」

勇者「ここでとどめを刺し、浄化してやる!」

吸血鬼「……今ので確信させちゃったみたいね」

吸血鬼「でもいいの? 私を殺しちゃったらあなた大罪人よ?」

勇者「魔族を見逃すくらいなら処刑されたほうがましだ!」

吸血鬼「それは嘘ね、あなたには責任があるもの」

勇者「!!」

吸血鬼「うまく罪を軽くできても牢屋には入るでしょう」

吸血鬼「毎日聖火を使わないと、まずいんじゃないの?」

勇者「お前……!」

勇者「それでも! 僕はお前を見逃さない!」

勇者「このまま野放しにすれば王都はバットだらけだ!」

勇者「魔物が発生しないように行動する! それだけだ!」

吸血鬼「ふぅん、正しくないけどかっこいい意見ね」

ガシッ

メイド「きゃあっ!」

勇者「!! メイドさん!」

吸血鬼「それなら私はかっこ悪い最善手を使うとしましょうか」

メイド「は、放してください!」

吸血鬼「放さないわ。 大事な部下で人質ですもの」

兵士「テメェ! 逃げるのか!」

吸血鬼「あら、私達は家に帰るだけよ。 大通りを堂々と通ってね」

勇者「くっ……!」

吸血鬼「ああそれと、使用人の話は本気で言ったわ」

吸血鬼「いつでも私のものになっていいのよ、かわいい勇者さん」

――

勇者「また、力になれなかった……」

勇者「それどころか僕のせいで危険な目に……!」

勇者「……くそっ!」



魔導師「よう。 予想通り面倒事になってんな」

勇者「!!」

魔導師「一部始終は見させてもらったぜ」

勇者「な、なんだって?」

魔導師「約束通り力になってや……」

ガシッ

魔導師「うぉっ?」

勇者「あの場を見てたなら! なんで加勢してくれなかったんだ!」

勇者「注意を引きつけてくれるだけでも! メイドさんを救うことが……」

魔導師「おいおい落ち着けよ。 あの場でドンパチやっても旨みはねーぜ」

魔導師「別にそこまで悪い状況じゃない。 正体も居場所もわかってるんだ」

魔導師「言い逃れできなくさせてやりゃあいい」

勇者「……証拠でもあるの?」

魔導師「そんなもんいらねぇよ。 魔眼持ちを連れてくるんだ」

勇者「門番の人は魅了されてるんだ。頼るのは危険だよ」

魔導師「そんな小物じゃねえよ」

勇者「えぇ……じゃあ……」

魔導師「なんだよその目は。 オレでもねーよ」

魔導師「国からの信頼をこれでもかと持ってるやつらがいるだろ?」

勇者「王宮魔導師?」

魔導師「そゆこと」

勇者「会うことさえ難しい人達なんだよ? どうやって連れてくるのさ」

魔導師「まあ聞けよ。 いい方法がある」

魔導師「今夜……満月の翌夜には必ずパーティがあるんだ」

勇者「王宮で? 初耳だよ」

魔導師「そりゃ隠してるからな。 お偉いさん専用の仮装パーティーだ」

魔導師「仮装と言ってもこのマスクをつけるだけだがね」

勇者「ま、紛れ込むの!?」

魔導師「話が早いじゃねえか」

魔導師「オレの礼服とマスクを貸してやる」

魔導師「よくあるタイプだからこれだけでバレることはない」

勇者「僕一人で行くの?」

魔導師「オレは顔も声も割れてるからな。一発でバレる」

魔導師「お前なら魔眼持ちに見つかるまでは大丈夫だ」

勇者「ああ、なるほど……!」

魔導師「そう。 わざと怪しいやつを演じて捕まるのさ」

魔導師「その後この手紙を渡せ、協力してくれるだろう」

同日 夜

勇者(うーん、こんなピシっとした服初めて着たよ……)

勇者(変じゃないかな……)

勇者(いや、変に思われたほうがいいのか……?)


勇者(堀の裏側に橋がかかってる……ここが入り口だな)

仮面貴族A「ようこそおいでくださいました」

仮面貴族A「それでは中にどうぞ」

勇者「は、はい」

勇者(初めての王宮……不安だ。本当に大丈夫なんだろうか……)

勇者(今は魔導師さんを信じるしかないか)

勇者(いくぞ!)

仮面貴族B「こんばんは、今日はいい夜だね」

仮面貴族C「緊張してるのか? 今は誰もが誰でもないんだ、気構えるだけ損だぞ」

勇者(みんな同じような格好だな。 不思議な場所だ)

仮面貴族D「あたしとワルツを踊ってくれるかしら?」

勇者「え? い、今はちょっと……」

仮面貴族D「だれだって最初は初心者よ。 練習するのに今日ほど良い日はないわ」

ギュッ

勇者「わわっ……え、えっと……」

仮面貴族D「そうよ、なかなかうまいじゃない」

勇者「ど、どうも……」

仮面貴族D「それで」

仮面貴族D「招かれざる客がどんなご用で?」

勇者「!!」

勇者「す、すごいね。 もう見つかっちゃった」

仮面貴族D「この場所を知ってて王宮魔導師を知らないはずがないわよね」

仮面貴族D「……見つかることが目的なの?」

勇者「そ、そうなんだ! あなたにお願いがあるんです!」

勇者「実は魔族が王都に……」

仮面貴族D「場所を変えましょう」

勇者(テラス……さすがお城、なんでもあるな)

仮面貴族D「それで、何の話だったかしら?」

勇者「た、大変なんです! 王都に魔族、吸血鬼が出ました!」

勇者「すでに何人かは魅了され、人質もとられていて……!」

仮面貴族D「あのねぇ」

仮面貴族D「そんな話信じるわけ無いでしょ」

仮面貴族D「白状しないと痛い目にあってもらうわよ」

勇者「これを読んでください!」

仮面貴族D「なによこれ?」

勇者「数日前まで王宮魔導師だった人からです」

仮面貴族D「ああ、あのバカの……」

仮面貴族D→女魔導師「相変わらず汚い字ね。読みにくいったらありゃしないわ」

勇者「……」

女魔導師「なによ。 あたしの顔に何か付いてる?」

勇者「いや、思ったより若い人だったので……」

女魔導師「どうせ見てくれで受かったお飾り組よ。そんなことまであいつに聞いたの?」

勇者「そ、そんなつもりじゃないですよ」

勇者「要人が多い場所での警備をしている時点で、あなたは実力者だと分かりますし……」

女魔導師「まあいいわ。 それで手紙の内容だけどね」

女魔導師「あたしや同僚の悪口がびっしり書いてあるわ」

勇者「……えっ!?」

女魔導師「あんたはあいつに遊ばれたのよ」

勇者「そんな……」

女魔導師「あいつは昔からひねくれ者なのよ」

女魔導師「心当たりはあるんじゃないの?」

勇者「……」

女魔導師「それじゃあもう一度聞くけど」

女魔導師「あんたの目的はなに?」

勇者「は、早く吸血鬼を止めないと王都は魔物だらけになります!」

勇者「信じて! 今なら止められるんです!力を貸してください!」

女魔導師「……」

女魔導師「うわー……まじかー……」

女魔導師「シカ狩りの付き添いぐらいしかしたことないのに……」

女魔導師「いきなり魔族……それも吸血鬼かー……」

勇者「し、信じてくれるんですか?」

女魔導師「ああうん、試してごめんね」

女魔導師「手紙には"こいつを信じてくれ"としか書いてなかったわ」

女魔導師「明日にでもその魔族をあたしの眼で見てあげるわ」

女魔導師「そのまま討伐隊の申請もしてあげる」

勇者「そ、それじゃあ間に合わない!」

女魔導師「……今から?」

勇者「もちろん!」

――

吸血鬼「そろそろ夕食の準備をしてもらえるかしら」

メイド「ひっ……」

吸血鬼「ふふ、とって食べたりはしないわよ」

メイド「す、すぐに用意します……」

吸血鬼「もう少し恐怖に慣れたほうがいいわよ」

吸血鬼「あなたはこれからも、たくさんの魔族に会うでしょうから」

メイド「え……?」

吸血鬼「ただの勘よ。お料理頑張ってね」

メイド「は、はい……」

剣士「主、お呼びか」

吸血鬼「ちょっとした確認よ」

吸血鬼「これから数日のうちにここは襲われるでしょう」

吸血鬼「でもそれさえ乗り切ってしまえば、王都は私の城になるわ」

吸血鬼「あなたは戦力として雇ったの。期待してるわよ」

剣士「……ああ、任せておけ」

吸血鬼「ふふ、頑張ったら次の満月までに吸血鬼になれるわよ」

メイド「わたしは……これからどうなるのでしょうか……」

剣士「おい」

メイド「きゃぁっ」

剣士「なにを驚いている」

メイド「えっと……すいません……」

剣士「これを渡しにきただけだ」

メイド「これは……お料理のレシピ……?」

剣士「昼に調べておいた」

剣士「そろそろシチューにも飽きてきたからな」

メイド「……あの」

剣士「なんだ」

メイド「あなたは……その……正気なんですか?」

剣士「魅了と洗脳は違う。 思考にブレーキがかかるだけだ」

剣士「それに、俺はこの状況を望んでいたのかもしれない」

メイド「えっ?」

剣士「月並みな理由だが、俺は名を上げるために王都に来た」

剣士「貴族の私兵となって実績を出し、ゆくゆくは王宮で……とな」

メイド「そ、それなら魔族の部下になんて……」

剣士「だがな、王都は思ったよりも平和で退屈だった」

剣士「少なくとも城下町に大した陰謀は渦巻いていない」

剣士「……この屋敷を除いてな」

剣士「募集内容が明らかに普通ではなかったからな。 ピンときた」

メイド「そんな……危険なのを知ってわざわざ……」

剣士「さすがに吸血鬼に魅了されるとは思わなかったが」

剣士「魔族の手先とならねば戦う機会もない」

剣士「不思議といい気分だよ」

僧侶「……」

メイド「あの……そろそろ食事の時間ですよ」

バサッ

バット「ギャアッ!」

メイド「えっ!? きゃあああ!!」

僧侶「やめなさい」

バット「……」ピタッ

メイド「そ、僧侶さん……?」

僧侶「この魔物、なぜか私のいうことを聞くんです」

メイド「あの……」

僧侶「私は昨日、ご主人……」

僧侶「いや、吸血鬼に……」

メイド「!」

僧侶「今朝になって思い出したのです」

僧侶「……いえ、そういう暗示なのかもしれません」

僧侶「教えてください!」

僧侶「私は一体、どうなってしまったのですか……?」

メイド「僧侶さん……」

吸血鬼「あら、今日はムニエル? 手が込んでるのね」

メイド「は、はい。 初めてなのでうまく出来たかわかりませんが……」

剣士「栄養価は保証しよう」

吸血鬼「楽しみね。 それじゃあ今日はみんなで一緒に食べましょうか」

メイド「い、いいんですか?」

吸血鬼「きっとそのほうが美味しいわ」

僧侶「……」

吸血鬼「ふふ、あなたもね」

コンコン

吸血鬼「あら、こんな時間にお客さんかしら」

メイド「わ、わたしが出ます」

吸血鬼「待って」

吸血鬼「あなたに頼むわね」

剣士「……承知した」

「夜分にすみません、王宮からの使いです」

ガチャッ

剣士「何のようだ」

女魔導師「重要な話があります。主人はご在宅でしょうか」

剣士「……」

剣士「日を改めるんだな」

女魔導師「そう、じゃあ力尽くでいいわ」

剣士「なっ――!」

ゴォッ…ドゴ!

剣士「ぐはッ! ちっ……突風を起こす魔法か」

女魔導師「さーてやっちゃったわね……」

女魔導師「これで勘違いだったらクビよ全く……」

吸血鬼「騒がしいわねぇ。 何事なの?」

剣士「敵襲だ……が、問題ない」

バット「ギャア! ギャア!」

女魔導師「……とりあえずクビの心配はなさそうね」

吸血鬼「あらいらっしゃい。 これはまたかわいい子が来たわね」

女魔導師「あれは間違いなく人間じゃない!」

女魔導師「手下もピンピンしてるし……魔物が一匹……」

女魔導師「……貧乏くじを引いたかもしれないわね」

メイド「い、今の音は一体……」

僧侶「どうやら何者かが攻め込んできたようですね」

メイド「も、もしかして勇者さんが……?」

僧侶「……」

僧侶「勇者さん、確かあなたの恩人の名前でしたね」

メイド「は、はい」

僧侶「私も行きます」

僧侶「加勢しなければいけません」

メイド「え……?」

僧侶「あなたはほとぼりが冷めるまでここにいなさい」

タッタッタ…

メイド「ここにいろと言われても……」

ガチャッ

メイド「!! 窓に誰かが!」


魔導師「おっと、人質が一人でいるのか。 こりゃ楽でいいな」

メイド「あなたは……!」

魔導師「しっかし吸血鬼の小間使いになってるとはな。 やっぱりめんどくさい女だ」

メイド「なっ!」

魔導師「それで怪我はないのか?」

メイド「えっ? ああいえ、大丈夫です」

魔導師「魅了は? 噛み付かれたりしてないか?」

メイド「大丈夫……だと思います」

魔導師「そっか」

魔導師「んじゃオレは帰るから、お前はタンスにでも隠れてるんだな」

メイド「えぇっ? な、何しに来たんですか?」

魔導師「人質の安全確保だよ。勇者の家まで運べと言われたが……」

魔導師「勇者たちが全滅する可能性を考えたらここにいるほうが安全だろ」

魔導師「勝った方に擦り寄っておけばいい。食いっぱぐれないぜ」

メイド「そんな……」

剣士「斬るッ!」

ガキィンッ

兵士「おおっと!」

剣士「……助っ人か」

女魔導師「本当に一人で攻め込むわけないでしょ」

兵士「王宮魔導師様からお呼びがかかるとはびっくりしたぜ!」

女魔導師「そいつは任せたわよ」

兵士「おう!」

女魔導師「私は……」

吸血鬼「うふふ……魔眼を通すと私はどう見えるのかしら」

女魔導師「あの女をどうにかするわ!」

吸血鬼「あらあら、どこまで本気で言ってるの?」

女魔導師「あんたも吹き飛ばしてあげる!」

ゴォッ!

吸血鬼「……」

フッ

女魔導師「なっ!? 消えた……?」

吸血鬼「真上よ、お馬鹿さん」

女魔導師「っ――!!」

女魔導師「こ、このっ!!」

ゴォッ ゴォッ…

女魔導師「あ、当たらない……速い……!」

吸血鬼「違うわよ。あなたの起こした風に乗っているだけ」

吸血鬼「突風や空気弾を主力にしてる人は初めて見るわね」

…スタッ

吸血鬼「あなた、実戦経験がないでしょう?」

女魔導師「な、なめないで!」

吸血鬼「うふふ、いいわよ。 あなたの初めて、私がとても苦い思い出にしてあげる」


ドスッ


吸血鬼「あら……」

僧侶「し、死ね! 神に仇なす者め!」

女魔導師(く、首筋にナイフで一突き!)

兵士「だりゃあッ!!」

バシッ

剣士「……」

兵士「ヘッ! そんな細身の剣でうまくいなすもんだな!」

兵士「だがそのままじゃオレの槍には勝てないぜ!」

剣士「……王都の兵士もこんなものか」

剣士「それともお前は特別弱いのか?」

兵士「な、なにぃ!?」

兵士「バカにしやがって! これで終わりだ!!」

ガキッ

兵士「っ! は、柱が!?」

剣士「俺は常にお前の間合いの一歩外にいた」

剣士「つまりお前が一回攻撃するごとに一歩、位置を誘導できる」

兵士「くそッ!」

剣士「……弱い者を斬る趣味はないが、今は有事だ」

シュボッ

剣士「!!」

兵士「……と、時間か!」

僧侶「はぁ……はぁ……」

女魔導師「味方がまだいたなんて知らなかったけど、助かったわ」

吸血鬼「……」

吸血鬼「いいえ、彼は私の使用人よ」

僧侶「!?」

女魔導師「うそっ!?」

吸血鬼「残念だった? 吸血鬼の急所はここじゃないの」

僧侶「な……」

吸血鬼「さて、自分の主を刺した気分はどうかしら?」

僧侶「わ……私の主は神だ! お前のような魔族ではない!」

吸血鬼「うふふ、本当に? あなたはもう迷い始めてるのよ?」

吸血鬼「このナイフだって決断したんじゃない。パニックを起こしただけ」

吸血鬼「自分が今どうなっているのか分からないんじゃない?」

僧侶「そ、そんなことはない!!」

吸血鬼「悩む時間をあげるわ。ゆっくり苦しみなさい」

吸血鬼「そのためにあなたを雇ったんだから」

女魔導師「む、無視しないで!!」

吸血鬼「話の途中よ」

ズシッ

女魔導師「きゃああっ!?」

女魔導師「な、なにこれ……身体が動かない……!」

吸血鬼「しばらくそこで寝そべってなさい」

吸血鬼「それで……」

吸血鬼「2撃目はないのかしら?」

僧侶「っ!」

吸血鬼「一つ良いことを教えてあげるわ」

吸血鬼「あなたにかけた暗示はもう完全に解けてるの」

僧侶「な、なんだと……?」

吸血鬼「今日の焦り、葛藤は全てあなた自身の問題よ」

女魔導師「ば、バカじゃないの……なんでそんな回りくどいことを」

吸血鬼「言うことを聞くだけのお人形ならいつでも作れるわ」

吸血鬼「もっと現状に悩んで……焦って……そして堕落してほしいの」

吸血鬼「それが人間の本質でしょう?」

僧侶「そ、それでは私は……!」

吸血鬼「さて」

吸血鬼「あなたは何について悩んでいたのかしらね」

吸血鬼「私と殺す選択肢と……もう一つあったはずよ」

吸血鬼「気づいてるはずよ」

吸血鬼「聖職者として絶対にしてはいけない選択に」

吸血鬼「今までの自分を全否定する選択に」

スッ

吸血鬼「そして……その選択に少しだけ魅力を感じている自分に」

僧侶「そっ……そんなことがあるわけがない!」

僧侶「私は、決して魔族に屈したりはしない!」

吸血鬼「やっぱり、私の下につくかどうかで悩んでくれたのね」

僧侶「っ……!」

吸血鬼「うふふ、いい顔になってきたわよ」

吸血鬼「あなたの中の私の存在を、もっともっと大きくしてあげる」

吸血鬼「……」

吸血鬼「そのつもりだったんだけどねぇ……」

ゴォォオオオオオ……!

吸血鬼「もう少し時間をくれてもいいじゃない」

勇者「この部屋を聖火で取り囲んだ! 逃げ場はないぞ!」

女魔導師「ちょ、ちょっと! あたし達はどうやって帰るのよ!」

勇者「あ、あれ? 火が周り始めたら避難する手筈じゃ……」

女魔導師「見て分からないの!? 動けないのよ!」

勇者「……」

勇者「あはは、それじゃあそこで見ていてください」

勇者「吸血鬼を浄化したら、華麗と噂の火消しをお願いします!」

吸血鬼「……自信満々ね」

勇者「さあ! 僕が相手だ!」

吸血鬼「ふふ、勇ましいのね」

剣士「俺からいこう」

吸血鬼「あら、一人で大丈夫?」

剣士「大丈夫だ。油断もしていない」

勇者「あなたは昨日の……」

剣士「火が回るとお互い得をしない。 早く始めよう」チャキ

剣士「いくぞ!」

ダッ

勇者(剣を構えたまま突進してきた!)

勇者(人とは戦いたくないけど……やるしかない!)

勇者「だぁっ!」

スッ

剣士「先日は箒と侮った」

勇者(っ――! 懐に入られた!)

剣士「柄の長い武器と捉えれば戦い方も見えてくる」

スパッ!

勇者「うわっ!」

剣士「ッ! 今のをかわすか!」

勇者(あ、危ない! 箒を切られただけで助かった!)

勇者(すぐに第二撃が来る……早く立て直さなきゃ……!)

剣士「はぁッ!」

勇者「だぁああっ!!」

ドスッ

剣士「……」

勇者「……僕の勝ちだ」

ポタ…

剣士「オレの腕に刺さっているのは……箒の破片」

剣士「わざと武器を切らせることで間合いを強引に変えた……か」

勇者「とっさに体が動いただけだよ」

勇者「あとそれ、まだ抜いちゃだめだよ。 終わった後で手当てするから」

剣士「笑止」

剣士「腕一本で勝負が決まるか」

勇者「ま、まだやるの? ……参ったな」

勇者「じゃあ借り物を使っちゃうか」

バッ

剣士「!!」

剣士「防火服の下にクロスボウ――」

ドシュッ

パシッ

吸血鬼「あら」

吸血鬼「不意打ち……今朝のお礼ってことかしら」

吸血鬼「吸血鬼相手に十字弓とは気が利いてるわね」

勇者「そ……そんな……」

勇者「矢を素手で止めた……!?」

ジュウゥ…

吸血鬼「ご丁寧に先端に聖火をつけたのが仇となったわね」

吸血鬼「これ、魔族からだとすごく目立つのよ」

吸血鬼「……うふふ」

剣士「主……」

吸血鬼「私の手のひらを見て。 やけどしてるでしょう」

吸血鬼「あなたの仕事は私の護衛なのにね、どういうことかしら」

剣士「……すぐに挽回する」

吸血鬼「ダメよ、あなたは負けたの」

吸血鬼「終わったらお仕置きよ。それまで休んでなさい」

吸血鬼「さてと、かわいい勇者さん」

勇者「!」

吸血鬼「すごいのね。 想像以上よ」

勇者「……」

勇者(なにかおかしい……火の回りが遅い……)

勇者(熱気を感じないんだ……これだけの火事なのに空気が湿ったまま……)

吸血鬼「自分で動くのは嫌いなんだけど……」

吸血鬼「魔族の実力っていうものを、あなたの体に教えてあげる」

ポツ

ポツポツ…

女魔導師「え……」

ザァアアアアアアアア

勇者「あ、雨……!? 室内で!?」

ジュウゥウウ……

勇者(聖火が消された! しかも水蒸気で前が見えない!!)

勇者(ど、どこから来る……!?)

勇者(落ち着け、耳を澄ませて奴の居場所を……)

キィィン…

勇者(こ、この音は! しまった!)

勇者(吸血鬼はバットの魔族! 音の反響で位置がわかるんだ!!)

勇者(向こうからは僕どころか部屋全体が丸見え! ということは……)

勇者「女魔導師さんが危な――」

吸血鬼「狙いはあなたって言ったでしょ。 人の心配してどうするの」

勇者「う、うわあ!!」

バッ

吸血鬼「見るなり殴りかかってくる……とっさの判断はまあまあね」

ババッ

吸血鬼「でも狙いは荒い。 簡単に避けられるわ」

勇者「だぁっ!」

スカッ

吸血鬼「視界が悪いから? それとも格闘は苦手?」

吸血鬼「どちらにせよ滑稽ね。 ふふ、可愛いと言えなくもないけど」

パシッ

勇者「ぐっ!?」

吸血鬼「はい、首を掴んだわ」

ギリギリ…

勇者「ぐうぅ……」

吸血鬼「人間って弱点だらけよね。 このまま力を入れるだけで死んじゃうんだもの」

吸血鬼「その前にもう一度だけ聞いておくわ」

吸血鬼「私の物にならない?」

勇者「だ……だれがなるか……!」

吸血鬼「強情ねぇ」

吸血鬼「前にも言ったけど、私は王都が気に入ってるの」

吸血鬼「ここを本拠にするつもりよ」

ギリ…

勇者「ぐ……が……」

吸血鬼「だからね、気に入った理由の一つを潰したくないのよ」

勇者(ダメだ……反撃が……)

吸血鬼「魔法が使えなくなるほど意識が朦朧としてきた? 良い言い訳ができたわね」

吸血鬼「懇願か謝罪……片方でいいわ」

吸血鬼「それだけで助けてあげる」

勇者「……お断りだっ!」

吸血鬼「そう」

吸血鬼「じゃあ、さようなら」

ドカッ

吸血鬼「いたた……」

吸血鬼「悲しいわ、私嫌われちゃったのね」

メイド「ゆ、勇者さんにひどいことしないでください!」

――

  メイド「ご、護身術ですか……?」

  勇者「まあ"逃げ方"だと思ってくれたらいいよ」

  勇者「魔物に会った時はとにかく走って遠くに行くべきだけど」

  勇者「やむを得ず接敵する場面もある」

  勇者「例えば袋小路に入ってしまったとき、横をすり抜けるのは危険だ」

  勇者「でもゾンビっていうのはバランスが悪くてね」

  勇者「一回攻撃するだけで体勢を崩せるんだ」

  メイド「で、できるでしょうか……」

  勇者「非常時だから複雑なものだと失敗しやすい」

  勇者「だから教えるのは――」

――

メイド「わたしにもできる……一番簡単なこうげき!」

吸血鬼「全く、女の子が体当たりなんてしちゃダメよ」

勇者「げほっごほっ……」

女魔導師「か、体が動く!」

勇者(チャンスだ! 直接心臓を焼く!)

メイド「だ、大丈夫ですか勇者さん! わたし……」

勇者「くらぇええええ!!」

メイド「えっ――」

バシッ

吸血鬼「っ!」

吸血鬼「な、なるほど……聖火をつけるには直接触れる必要があるのね」

勇者「直撃はしなかったか……でも!」

ブスブス…

吸血鬼「肩の再生が始まらない……ほんと面倒な力ねぇ」

ドゴォッ

吸血鬼「くっ……」

女魔導師「当たった!!」

吸血鬼「はぁ……一手、間違えたみたい」

吸血鬼「もう引き際かしら、欲張りな性格は考えものね」

勇者「な、なに……?」

吸血鬼「じゃあね、楽しかったわ」

バサッ

女魔導師「!! 大きなコウモリに変身した!!」

勇者「これだけ王都を荒らしておいて……」

勇者「絶対に逃がすものか!! 聖火の矢をくらえ!!」

ドシュッ

ザクッ

バット「ギャアアアアア!!!」

女魔導師「やった!?」

勇者「あ……あっちは普通のバットだ。 盾にされた……!」

ガシャーンッ

バサバサ

女魔導師「窓を割られて……逃げられた……」

勇者「……追う」

勇者「そしてとどめを刺す」

ダッ

女魔導師「ちょ、ちょっと!!」

兵士「!! お前!」

勇者「話は後! 外に出たバットはどっちに行った!?」

兵士「こっちも大変なんだよ!!」


スライム「オオオオオォオオ……」

勇者「くっ! 足止めか!」

――

スライム「アアァアア!!」

ブスブス…

勇者「……浄化完了」

兵士「おー、素手でも勝てるもんだな」

勇者「兵士さんが気を引いてくれたおかげだよ」

勇者「でも」

勇者「吸血鬼は完全に見失った……」

勇者「僕たちは、勝ったんだろうか……」

兵士「敵の大将が逃げたってことは」

兵士「配下は全員やっつけたんだろ?」

勇者「うん……というか配下を作る前にうまく叩けたみたいだ」

兵士「じゃあ勝ちだろ」

兵士「人質も屋敷も取り返したんだ」

勇者「でも、また同じことが起こるかもしれない」

兵士「王宮魔導師が味方についたのなら」

兵士「あいつはもうお尋ね者、派手には動けない」

兵士「今度はこっちが捕まえてやる番だ!」

勇者「……そうだね、がんばろう」

女魔導師「戻ってきたわね、吸血鬼は?」

勇者「……逃げられたよ」

女魔導師「そう……ま、無事でよかったわ」

メイド「……」

勇者「メイドさん、怪我はない?」

メイド「は、はい……」

勇者「よかった……いや、ダメじゃないか!」

メイド「えぇっ!?」

勇者「教えたのは護身術! 自分から敵に向かってどうするんだよ!」

メイド「えっと……その……」

勇者「そもそもなんで避難してな……」

女魔導師「いいじゃない。 彼女のお陰で助かったようなもんでしょ」

勇者「それはそうだけど……」

勇者「……」

勇者「いや、その通りだね。 最初にお礼を言うべきだった」

勇者「ごめんね、ありがとうメイドさん」

メイド「えへへ……」

メイド「そ、それで……これからどうするんですか?」

女魔導師「この屋敷は一度教会に任せるわ」

女魔導師「……ちょっと聞いてる? あなたに言ったのよ」

僧侶「えっ?」

女魔導師「えっ じゃないわよ。あたりまえでしょ」

女魔導師「魔族の住んでた屋敷なんて誰が住みたがるのよ」

勇者「僕もそれがいいと思う。 噂が媒介になって魔物が生まれることもあるし」

勇者「お願い、できますか?」

僧侶「……はい」

メイド「ご主人さ……いや、あの人のことは……」

勇者「人じゃない、魔族だ。 必ずとどめを刺すよ」

メイド「……」

女魔導師「やけにこだわるわね」

勇者「あいつがまだ王都にいるなら、同じように配下を増やそうとする」

勇者「魔族は核になった感情を人間にかぶせる特徴があるんだ」

勇者「おそらくあいつの核は"焦り"。 配下を作る過程で多くの人間を葛藤させようとするだろう」

勇者「そうすれば当然悪意は増え、魔物も増加する」

勇者「あいつ自身が人間をどう思ってるかなんて関係ないんだ」

女魔導師「はぁ……正直もう関わりたくないのが本音なんだけど」

女魔導師「今回のことは上に報告、吸血鬼も指名手配してもらうわ」

勇者「ありがとう。 でもあまり一般公開しても……」

女魔導師「わかってるわよ。 取り込まれる危険が大きい」

女魔導師「こいつみたいにね」


剣士「……俺に利用価値は無いぞ。 もう殺した方がいい」

兵士「うるせえ! 逮捕だ逮捕!」

勇者「逃げなかったの?」

剣士「ああ、負けたからな」

兵士「へっ! その怪我では逃げ切れないと思っただけだろ!」

剣士「……そこを見てみろ」

ス…

勇者「ん? 壁画だね。 僕が燃やしちゃったけど……」

勇者「!!! 隠し通路が!」

剣士「おそらく主とバットに気を取られてるうちに逃げろ、ということだろう」

勇者「じゃあなんで……」

剣士「実力不足を思い知った」

剣士「主と合流出来たところで、足手まといになるだけだ」

剣士「……大人しく罰を受けるさ」

勇者「……なるほど」

勇者「確かに、魅了の影響がまだあるかもしれないし」

勇者「罪を償ったあと、改めてこれからを考えたらいいよ」

女魔導師「とりあえずの方針は決まったわね」

勇者「うん、女魔導師さんが来てくれたおかげだよ」

女魔導師「最後にあなたのことを聞いていい?」

勇者「え? 僕?」

女魔導師「何者なのよ。 聖火の魔法なんか聞いたことないわ」

勇者「魔眼を持ってる女魔導師さんに隠してることなんて無いよ」

勇者「悪意と魔物を浄化する力……を持ってるだけ」

勇者「他に魔法は使えないから防御はおろそかだしね」

女魔導師「嘘よ。 私は吸血鬼に動けなくされたのにあなたはピンピンしてたじゃない」

勇者「あれは多分魔力量を重しにする魔法だよ。 量の少ない僕には効果が薄かっただけさ」

女魔導師「じゃあこの魔力タンクちゃんが潰れなかったのはなんでよ」

メイド「魔力タンクちゃん……」

勇者「……メイドさんが入ってきた時に魔法を解除したからだろうね」

女魔導師「!!」

女魔導師「な、なによそれ……ならあたしの攻撃があたったのも……」

メイド「?」

女魔導師「いや、もういいわ」

メイド「あ! じゃあわたしも聞きたいです! 勇者さんに魅了が効かなかったのはなぜですか?」

勇者「あれ、気づいてなかったの?」

勇者「それは単に僕が……」

パサッ

メイド「あ、勇者さん服が――」

メイド「えっ」

勇者「あー……素手でスライムと戦ったからね」

勇者「ちょっと服が溶かされてたみたいだ」

兵士「お、お前……」

兵士「女だったのか……!」

勇者「まあ隠してたほうがゴミ掃除はしやすいんだよ」

メイド「そ、そういえば体当たりの練習の時柔らかかったです!」

兵士「そういえば屋敷で縛り上げた時……」

勇者「あはは……あんまり思い出さないでね。 恥ずかしいから」

女魔導師「はいはい、話は終わりよ。 明日から忙しくなるわ」

――

バサバサ…

吸血鬼「……」

吸血鬼「ふぅ、もう追ってこないみたいね」

?「よう、散々だったな」

吸血鬼「あなたは……」

吸血鬼「いえ、あなたが今回の依頼人ね」

?「顔を合わせるのは初めてだな」

吸血鬼「"王都に住め"なんて変な依頼だったけど」

吸血鬼「ここは楽しいところね、気に入ったわ」

?「おっ? まだ続けるのか?」

?「オレの目的は達成できたようだし、もう好きにしていいぞ?」

吸血鬼「あら? てっきりまだ働かせるつもりだと思っていたわ」

吸血鬼「スライムを使って私を助けてくれたぐらいだし」

?「魔物一匹で助かる命なら拾っておくさ」

吸血鬼「ふぅん……優しいのね。以外だわ」

?「……一応聞いておくか」

?「あのとき勇者にとどめを刺さなかったのは何故だ?」

吸血鬼「私が殺したくなかったからよ」

?「はっはっは!」

?「そうだよな! 自分勝手じゃない魔族なんていないよな!」

?「ほらよ"魔石"だ。 受け取っておけ」

?「焦げた右腕は切り落せ。 その後こいつを使えば再生するだろう」

吸血鬼「もう一つ依頼していいわよ。 タダでやってあげるわ」

?「あん?」

吸血鬼「借りがあるままなのは落ち着かないの。 早めに返しておきたいのよ」

?「別に恩を着せたつもりはねえが……」

キラ…

吸血鬼「あら、流れ星……綺麗ね」

?「よーし、順調だな」

?「じゃあお願いだ。しばらく身を隠してくれ」

吸血鬼「あなたの邪魔をするなってこと?」

?「いや、もっと大物がくるぞ」

翌日

勇者「えっと……ここの通りを左……」

勇者(初めて通る道だな……)

スタスタ…

勇者(……着いた)

勇者(王都の教会……あの屋敷に比べると小さいかな)

神父「ようこそいらっしゃいました」

神父「私はこの教会の責任者です」

勇者「初めまして、勇者です」

神父「奥の扉へお進みください」

神父「王宮魔導師の方々は既に部屋でお待ちになってますよ」

勇者「分かりました。すぐに向かいます」

勇者「……」

勇者(方々?)

コンコン

「入って」

勇者(女魔導師さんの声だ……)

ガチャ バタン

女魔導師「来たわね」

大魔導師「彼……いや、彼女がそうなのか?」

女魔導師「はい、大魔導師様」

勇者(だ、大魔導師……! 王宮魔導師の代表……世界一有名な魔導師だ!)

大魔導師「なるほど、魔眼を持っていなければまず気づかない」

大魔導師「見事な男装だな」

勇者「……服以外は特に意識していません」

大魔導師「はっは。 それは失礼」

女魔導師「大魔導師様」

大魔導師「そう急かすな。 分かっておる」

大魔導師「吸血鬼が王都に出現した……にわかには信じがたいことだ」

大魔導師「しかし、様々な身分の者が口をそろえてそう言い……」

大魔導師「その中に私の部下もいるのでは信じないわけにもいかん」

勇者「それで、吸血鬼の対応はどのようなものになるのですか?」

大魔導師「既に吸血鬼の存在はごく一部の者のみに通達し」

大魔導師「教会を通して魔物ハンターも募っておる」

勇者「魔物ハンター?」

女魔導師「魔物狩りを生業としてる人のことよ。王都ではまず見かけない職種だけど……」

大魔導師「それだけ王都が変わりつつあるということ」

大魔導師「早急に手を打たねばならん。が、混乱させる事態にはしたくない」

勇者「そうですね」

勇者「人々が魔族を意識すればするほど……それは奴らの力になる」

大魔導師「なるほど、君は魔物や魔族に詳しいようだね」

勇者「聖火の魔法を使う上で必要なことは教え込まれました」

大魔導師「それは誰に?」

勇者「父です。以前は父が掃除と焼却を行っていました」

大魔導師「ほう、その彼は今どこに?」

勇者「……」

勇者「僕が聖火を使えるようになった翌日、忽然と姿を消してしまったので……」

大魔導師「ふむ……」

大魔導師「浄化の魔法……吸血鬼よりも信じがたい話だ」

大魔導師「ぜひ見せて欲しい」

勇者「えっ?」

ギラッ…

勇者(!! 刃物を取り出した!?)

ザクッ!

女魔導師「きょ、教会の机が!」

大魔導師「すまんな、後で謝っておけ」

大魔導師「これは王家に代々伝わる宝剣だが……今はある事情により私が所持している」

大魔導師「君はこの宝剣を見てどう思う?」

キラキラ…

勇者「……宝石がたくさんついていて、とても綺麗です」

勇者「それによく手入れされていますね。汚れが全くない」

大魔導師「ふむ……ではお前は?」

女魔導師「魔力を帯びています」

勇者「!!」

女魔導師「それも、人間には利用できない種類のものですね」

勇者「の、呪われてるってことですか?」

大魔導師「呪われかけている。という言い方が正しいな」

大魔導師「長い年月をかけ、この剣の宝石たちが魔石になりつつあるのだ」

勇者「魔石……?」

女魔導師「強い魔力を持った石のことよ」

女魔導師「残念ながら使用法は見つかっていないわ」

勇者「そうか、その魔力が人間の悪意によるものなら……」

勇者「魔族の手に渡ると大変なことになる……!」

大魔導師「話は分かったようだね」

大魔導師「この剣を浄化してほしい」

勇者「い、いいんですか? 大事なものなんでしょう?」

大魔導師「国宝が魔剣になってしまうほうが問題だ」

大魔導師「始めてくれ」

勇者「……分かりました」

勇者「聖火の魔法!」

シュボッ

ボォ…!

勇者(せ、聖火がこんなにも眩しい……!)

勇者(本当に悪意の塊なんだ……)

勇者(ということは……王宮内部で魔物が発生しないのは宝石に悪意がこびりつくから……?)

女魔導師「……」

女魔導師「もういいわ、火を消して」

勇者「う、うん」

勇者「じゃあ上着をかぶせて……」

女魔導師「ああ、魔法はそれしか使えないって本当だったのね」

女魔導師「ならあたしがやってあげる」

パシャッ

勇者(あ、水の魔法……)

ジュウ…

女魔導師「はい、消えたわ」

勇者「でも少し焦げ付いちゃったね」

大魔導師「……なるほど、魔眼がなくとも分かる」

女魔導師「はい。 もうこの宝剣からは魔力が見当たりません」

勇者「成功ですね。よかった」

大魔導師「ご苦労だったね。助かったよ」

勇者「いえ、お役に立てたみたいでうれしいです」

大魔導師「浄化の力も吸血鬼の存在も真実……」

大魔導師「手配を取り消すことにはならずに済みそうだ」

勇者「……」

勇者(ああ、僕は疑われていたのか)

勇者(ともかく、これで王宮の人に怪しまれることはなくなったかな)

女魔導師「お疲れ様、今日はもう帰っていいわよ」

女魔導師「進展があればすぐに伝えるわね」

勇者「うん。こっちも何かあれば必ず」

大魔導師「ああ、帰る前に一つ」

勇者「はい?」

大魔導師「その力は隠したほうがいい」

大魔導師「こちらも君の存在はできるだけ伏せておく」

勇者「ど、どうしてですか?」

女魔導師「特別な力を持ったあなたは特別な人間でしょ?」

女魔導師「貴族達の耳に入れば権力争いや余興の道具にされるわよ」

勇者「そんなこと言ってる場合じゃ……」

女魔導師「まだ被害が出てない。そんなことも言える場面よ」

女魔導師「さすがの魔族も魔眼持ちだらけの王宮には入ってこれないしね」

勇者「……」

大魔導師「このまま吸血鬼を退治できれば完全勝利と言える」

大魔導師「その可能性が十分に見えるのは君の功績に他ならない」

勇者「……ありがとうございます。 ではまた」

――

勇者「よーし。 改めて屋敷の掃除終わり!」

メイド「お疲れさまでしたー」

僧侶「すでに改修工事の手配はしてありますが……」

勇者「まあ水浸しの焦げだらけのままってわけにもいきませんから」

メイド「それじゃあ勇者さん、また来てくださいね!」

勇者「うん、ここに住めるようになってよかったね。メイドさん」

キラ…

メイド「あ! あそこ見てください! お星様ですよ!」

勇者「一番星……じゃない。 流れ星だ」

キラ…

メイド「あ、もうひとつ!」

勇者「綺麗だね。 なにかお願いしてみようか」

メイド「はい!」

メイド「えーっと……」

メイド「世界が平和になりますように!」

メイド「あ、願い始める前に消えちゃってました……」

勇者「あはは、大丈夫。 その願いはみんなで叶えるものだよ」

翌日

勇者「おはよう」

兵士「おう、お前か」

兵士「……いや、お前呼びは嫌か?」

勇者「うん?」

兵士「女の友達なんかいなかったからよ。どうも調子が狂う」

勇者「あはは、いつもどおりでいいよ」

兵士「それで吸血鬼への対応だが」

兵士「奴が訪問したという家に行って注意しておいた」

兵士「あいつは貴族を偽って王都に入り込んだ犯罪者だってな」

勇者「表向きは人間の犯罪者として指名手配したの?」

兵士「そういうことになるな」

兵士「賞金なんかはついてないから一般人がでしゃばる事はないだろうし」

兵士「兵隊は奴を発見しても報告するだけで手を出すなと」

兵士「オレを含めて忠告されている」

兵士「また同じように配下を作られて……ってことにはならないだろう」

勇者「……」

兵士「ああそれと、家の主たちは魅了されてるかもしれないから」

兵士「使用人にはまた奴が来ても絶対に招き入れるなと言ってある」

勇者「すごいね。一軒一軒全部回ったの?」

兵士「……あのメイドと僧侶に聞いた分はな」

――

勇者「やあ、こんにちは」

剣士「……」

勇者「えっと……気分はどう?」

剣士「牢屋に入って気分が良くなるわけ無いだろう」

勇者「あ、それもそうだね」

剣士「お前は元気そうだな。あの女は?」

勇者「メイドさんのこと? 昨日も会ったけど元気だったよ」

剣士「そうか」

勇者「……」

勇者「吸血鬼の訪問した家を言わなかったそうだね」

剣士「やはりその件か」

剣士「俺は実力不足を痛感して牢屋に入っている」

剣士「主を情報を売る……そのような恥の上塗りはできない」

勇者「やっぱりまだ魅了が……」

剣士「これは俺の本心だ」

勇者「そんなこと言ってると、いつまで経ってもここから出られないよ」

剣士「構わん」

勇者「それに、向こうはもう部下と思ってないかもしれないよ」

剣士「何?」

勇者「魔族なんて身勝手だからね」

剣士「貴様、主を侮辱するのか」

勇者「そりゃ敵だし……」

剣士「なぜそこまで魔族を敵視する」

勇者「……魔族はたくさんの人を殺した魔物の姿なんだよ?」

勇者「そう考えるのが当たり前だと思うけど」

剣士「王都に"魔族に対する当たり前"は存在しないはずだが」

勇者「……」

勇者「うーん……僕の家は代々魔物や魔族と戦ってきたから……」

勇者「普通の人よりも敵対心が強い……のかも」

勇者「でもそれがおかしいと思ったことはないよ」

剣士「……」

剣士「俺は逆だな」

剣士「俺は地位を持っていない。だからやるべきこと……使命がないんだ」

勇者「うん?」

剣士「だから一つ目の肩書き……吸血鬼の部下という名でも無下にはできない」

勇者「……それは拘らなくていいってことじゃないかな」

勇者「そうだ。昨日面白そうな職業の話を聞いたよ」

剣士「すまんが立場を変えるのは主の配下として役に立った後だ」

勇者「……」

剣士「ありがとう。お前のおかげで考えがまとまった」

勇者「その考えは変えないと一生ここから出られないかもしれないよ」

剣士「……」

剣士「そうなればそれまでと割り切るさ」

――

シュボッ
パチパチ…

勇者「聖火の色はいつもどおり」

勇者「吸血鬼はまだ身を潜めてるってことかな……」

勇者「探し出すのは大変そうだ」

キラ…

勇者「あ……今日も流れ星が……」

勇者(どうか王都が平和でありますように……)

勇者「ってそうじゃない。吸血鬼退治を願うべきだった」

勇者「うーん……とっさの願おうとすると、こうなっちゃうんだな」

翌日 夜

店員「ああ勇者ちゃん! 悪いけどもうちょっと待ってくれるかい?」

ワイワイ ガヤガヤ

勇者「あれ? 今日はまだやってるんだ」

店員「最近流れ星が多いらしくてねえ」

店員「それを見ながら飲もうって連中が外に居座ってるのさ」

勇者「へー……」

キラ…

勇者「あ、ほんとだ。 今日も降って……」

ブワァアアアアアア…

勇者「う、うわぁああ……すごい……!」

店員「ひゃー……こりゃたまげたねぇ!」

勇者「流星群だ……!!」

酔っぱらい「おーい! なにやってんだ!酒だよ酒!!」

酔っぱらいB「今飲まなくてどうすんだ! 営業時間なんか知ったことか!」

酔っぱらいC「いいから酒を出せ! いつもの倍額で買ってやるからよ!」

店員「お、言ったね! 取り消すんじゃないよ!!」

勇者「深夜の王都が、朝のように明るい……」

店員「うーん、生きてりゃいいことがあるもんだねえ!」

店員「ほら勇者ちゃんも飲みな! タダでいいよ!」

勇者「あはは、この後仕事だから。 それに他のお客さんに悪いよ」

店員「真面目だねえ。 こんな時ぐらいハメをはずさないと損だよ」

勇者(本当に綺麗だなぁ……空に大きな花が咲いてるみたいだ……)

勇者(……)

勇者(花……?)

勇者(星が放射状に流れてて……その中心が……真上にある……)

勇者(だから花のように見える……でもこんなことってありえるのかな?)

勇者(まるで王都の人に見てもらうために星が流れてるみたいだ……)

勇者(もしかして王宮魔導師の人が起こしたとか?)

勇者(いやいや、これは流石に人間技じゃないか……)

フッ

勇者「あ――」

店員「おや? 暗くなったね。もう終わりかい?」

勇者「う……うそだろ……!!!」

酔っぱらい「あ……あぁ……!!!」

酔っぱらいB「な、なんだあの大きな影は……」

勇者「……」

勇者「ドラゴン……」

勇者「おばちゃんごめん! 今日のゴミ処理は後回しだ!」

ダッ

店員「ちょ、ちょっと! どこに行くんだい!?」

勇者「王宮!」


タッタッタッ…

勇者「信じられない……」

勇者(あの流星群……いや、最近の流れ星全てがあいつの仕業……)

勇者(その目的は……人々の注目をあつめる事……?)

勇者(王都中の全ての人が空を見上げる……つまり……)

勇者(空からは全ての人が確認できる!)

勇者「ドラゴンの行動原理は知らないけど……この状況で一番まずい展開は――!」

――

城門兵「駄目だ。 通すことはできない」

勇者「そんなこと言ってる場合じゃない! 見たろ!?」

勇者「今まさにドラゴンが乗り込んで来てるんだ!!」

城門兵「そんなことは分かっている!」

城門兵「……だが、非常時こそ己の役目を全うせねばならない」

勇者「その通りだけど! ああもう!」

女魔導師「き、来たわねっ」

勇者「女魔導師さん!」

城門兵「……この人は貴方の知り合いか?」

女魔導師「ええ、私が呼んだの」

城門兵「それは失礼した」

女魔導師「で!! なんなのあれ!?」

勇者「ドラゴンだよ! とにかく最上階に案内――」

バサッ バサッ

ブォオオオッ

勇者「ぐぅ! す、すごい風だ……!」

女魔導師「あ……あそこ!!」


ドラゴン「オォオオオオオン!!!」

姫「たす……助けて……!」


女魔導師「姫様が!!」

勇者「遅かった……!!」

女魔導師「なによこれ!! なんなのよ!!」

勇者「本当に流れ星はあいつの仕業だったんだ……」

勇者「お姫様を窓際に誘導するために、あそこまでのことを!」

ドドドド…

女魔導師「こ、今度はなに!?」


近衛兵「追うぞォオ! 決して逃すなァアアア!!」

騎馬隊「「「 オォーッ!! 」」」

女魔導師「し、城の兵たちか……馬の足で追いつけるのかしら」

勇者「僕らも追わないと!」

女魔導師「そうね。 箒を貸しなさい」

勇者「えっ?」

女魔導師「魔法と箒といえばやることはひとつでしょう」

勇者「と、飛べるの?」

女魔導師「しっかり捕まっててね。 まっすぐ進むだけならそれなりに速いわよ」


戦士「やめておくんだな。 空中戦でドラゴンに勝てるやつなんかいねーよ」

勇者「あなたは?」

女魔導師「……国が雇った魔物ハンターよ」

戦士「やっぱり王都の連中は知らないか。 そこそこ顔は売れてるんだがな」

勇者「ドラゴンに詳しいんですか?」

戦士「一応な。 あれより一回り小さいやつなら退治したこともある」

戦士「とにかく今はここで待て」

勇者「でも……」

戦士「大丈夫だ、朝までには騎馬隊も帰ってくる」

女魔導師「根拠は?」

戦士「ドラゴンは自分の居場所を教えたくてしょうがないからさ」

女魔導師「どういうことよ」

戦士「姫さんは……言っちゃ悪いが餌代わりにされたんだ」

戦士「やつの目的は人間を呼びこむこと」

戦士「ドラゴンに向かっていくような勇敢なやつを欲しがってる」

勇者「呼びこむ……? 一体なんのために……」

戦士「単純に戦うためだ。 今は奴が舞台装置を整えてる真っ最中というわけだな」

勇者「えっと……その舞台が完成するまではお姫様も騎馬隊も無事ってこと?」

戦士「んん? 人質は大事に扱うだろうが、騎馬隊は何人か死ぬだろうな」

勇者「じゃあやっぱり追いかけなきゃ!」

戦士「そりゃ無理だぜ小僧」

戦士「追いついたとしてなんて言うんだ? 『ドラゴンの居場所がわかったら尻尾巻いて帰れ』ってか?」

女魔導師「……姫様を攫われておいてそんなことはできないわね」

勇者「そ、それなら僕がドラゴンと戦う!」

戦士「ははっ。 お前が犠牲になったところで兵は足を止めねーよ」

女魔導師「確かに一人や二人で行っても無駄死にするだけ……それに聖火が効くとは限らないわ」

戦士「!!」

勇者「でも見過ごせないよ!」

戦士「ま、待て!! じゃあお前が浄化持ちか!?」

勇者「えっ?」

戦士「悪意を"消す"ことができるのかって聞いてんだ!!」

勇者「う、うん……そうだけど……」

戦士「くそッ……まさかこんなガキが……!」

戦士「分かった! お前は絶対に行くな!」

勇者「えっ? えっ?」

戦士「吸血鬼とは別件だがタダ働きしてやる!」

戦士「箒を貸せ!」

戦士「オレが全員生かして帰ってきてやるよ!!」

バシュウッ

勇者「と、飛んだ!!」

女魔導師「あのナリで魔法を……!?」

――

――――

近衛兵「王都外れの古い塔……ここが奴の根城か」

騎馬隊A「見失わずにここまでこれましたね」

騎馬隊B「この勢いのまま突入しましょう!」

近衛兵「……わざとスピードを落としているようにも見えたが」

近衛兵「退く選択肢は無いな」

近衛兵「よし、突入する! 決して油断はするな!!」


戦士「待てェー!」

騎馬隊C「空から人が!」

騎馬隊D「王宮魔導師じゃない……何者だ!」

近衛兵「確か……今日雇われた魔物ハンターだったな」

近衛兵「誰がどんな酔狂で呼んだのかは知らんが」

近衛兵「本職が加勢してくれるなら心強い」

戦士「1,2……オレを入れて6人か。 3人は死ぬな」

近衛兵「なに?」

戦士「ドラゴンと正面からやりあっても得なんかねえ」

戦士「……と、口で言っても分からねえだろうから……」

スッ…

騎馬隊A「こ、こいつ! 抜きやがった!」

戦士「落ち着けよ。 別にお前らにぶつけるわけじゃない」

ジャキッ

騎馬隊B「あの大きさの剣を軽々と……」

戦士「これは対ゴーレム用の大剣だが……」

戦士「これだけの重量があれば鈍器として使える」

騎馬隊A「なにをする気だ!」

戦士「決まってる! こうするのよォ!」

ドゴォオオオッ!

騎馬隊C「な! 塔を壊す気か!?」

近衛兵「馬鹿なことはやめろ! 中に姫様もいるんだぞ!!」

戦士「人質を取られたときの最善策はなァ!」

戦士「第三者が! 人質ごと攻撃するんだよォ!!」

近衛兵「貴様! それで姫様に害が出ればどうする!」

戦士「大事にされてない人質なんざどう行動しても殺される!」

戦士「姫さんがドラゴンにとって重要なものなら……」

バサッ バサッ

ゴォオオオ…

騎馬隊A「うわっ! か、風が……」

戦士「……必ず向こうからやってくる」


ドラゴン「グルル……」

戦士(やべェ……でかいなコイツ)

戦士「さあてめェら!」

戦士「降りてきたドラゴン! 囲める状況!!」

戦士「今叩かねえ理由はねえだろ!!?」

近衛兵「貴様は姫様の前で額を地面にこすりつけろ、それで許してやろう」

近衛兵「ゆくぞ! 突撃ー!!!」

騎馬隊「「「 ウォオオオオオオオ!!! 」」」

騎馬隊A「うぉおおお!!」

ガキッ

ドラゴン「グル……?」

騎馬隊A「なっ……!」
騎馬隊B「助走をつけたランスが弾かれたっ!?」

ドラゴン「オォオン!!」

ブォンッ!

ズシャァアア…

騎馬隊C「痛っ……! 振り落とされ……!?」

騎馬隊C「な……馬が真っ二つに!?」

戦士「ボケっとすんな! 鱗も爪も鉄より硬ェんだ!!」

ドラゴン「……!」スゥ…

騎馬隊D「う、うわぁああああ!!!」ダッ

戦士「馬鹿! 馬から降りろ! ブレスが来るぞ!」

近衛兵「ぜ、全員伏せろォ!!!」

戦士「良い判断だ! オレが軌道をずらしてやる!」

戦士「どらァアアアアア!!!」

ゲシッ

ドラゴン「ブハァッ!!!」

騎馬隊A「えっ――」


ゴォォォオオオオオオオオオ……!!!

騎馬隊B「も、森が……」

騎馬隊C「消えた……!?」

戦士「ぜぇ……ぜぇ……」

戦士「こ……これがドラゴンの炎だ。 街一つ消し去る威力がある」

騎馬隊D「こ、こんなやつ……勝てるわけ……」

戦士「よし!」

戦士「実力差は分かったな! さあ逃げるぞ!」

近衛兵「お前……それを伝えるために……」

近衛兵「馬は何頭残っている!!」

騎馬隊A「2頭です!」

近衛兵「分かった! 1頭に二人乗って退却しろ!!」

騎馬隊B「こ、近衛兵様は……?」

近衛兵「……」

近衛兵「たとえ勝機がなかろうと! 姫様の敵から逃げるわけにはいかない!」

戦士「馬鹿野郎!!」

戦士「それこそドラゴンの思う壺だ!」

近衛兵「なっ……!?」

戦士「勇気! 情熱! 挑戦!」

戦士「前へと進む正しく熱い心! それがこいつらの核!!」

戦士「人間の正の感情が産む魔物の例外! それが……ドラゴンだ!!」

ドラゴン「オオオッ!!」

騎馬隊A「ひっ! 来る!!」

戦士「慌てず逃げろ! ブレスの連発はない!」

ブンッ バッ

騎馬隊C「て、撤退します!」

ダダダダ…

近衛兵「よし……このことを王に伝えるのだぞ」

近衛兵「このデカブツを食い止める! 協力してくれるか!?」

戦士「いいか、お前は今ドラゴンに焚き付けられてるんだ」

近衛兵「さっきからなにを……?」

戦士「こいつは人々に行動力を与え! 自分に向かってくるように仕向ける!!」

戦士「そして……」

ドラゴン「ガァアア!!」

ブンッ

戦士「うぉおおッ!? 危ねえ!!」

戦士「そ、そして、圧倒的な力で人をねじ伏せてくる」

戦士「だから!」

戦士「ここでの戦いに意味は無い! 一度逃げるぞ!」

近衛兵「く……」

近衛兵「分かった。 言う通りにしよう」

近衛兵「だがどうやって退く? 人の足で逃げ切れるのか」

戦士「後ろを向いてまっすぐ走れ! 殿戦はまかせろ!」

近衛兵「馬鹿な! それでは私と同じではないか!」

戦士「大丈夫! オレには経験がある!」

戦士「王都でまた会おうぜ!」

翌朝

ザワザワ ガヤガヤ

勇者「す、すごい騒ぎになってる……」

兵士「流星群、ドラゴン、そして姫様の誘拐ときたからな」

兵士「今回はちょっと隠しようがない」

女魔導師「それで、いつまでここで待てばいいんですか?」

女魔導師「近衛兵さん」

近衛兵「無論、やつが帰ってくるまでだ」

兵士「訓練も経験も積んだ騎馬隊がボロボロになって帰ってきた」

兵士「ドラゴンってのはそんなにヤバイのか?」

女魔導師「竜が記された書物はたくさんあるんだけど」

女魔導師「たくさんありすぎて空想との区別がつかないの」

勇者「僕もドラゴンは専門外だからよく分からないよ」

近衛兵「恐ろしい敵だった……だが」

近衛兵「対峙していると心の奥が熱くなってくる……不思議な生物だったな」

近衛兵「やつに言わせれば、それこそが恐ろしい点らしいが」

女魔導師「……あ」


戦士「よっ」

近衛兵「無事だったか!」

戦士「へへっ。まあな」

戦士「どーだ小僧。 結構やるもんだろ」

戦士「兄貴って呼んでもいいぜ」

勇者「えっ?」

女魔導師「あ、あなたのお兄さんだったの?」

勇者「い、いや……人違いじゃないですか?」

戦士「ピンとこねーか。 まあオレのとこは一番端の分家だからな」

勇者「えっと、何の話ですか?」

戦士「はあ? もしかしてお前」

戦士「自分が何者なのか分かってないのか?」

勇者「……???」

女魔導師「ちょ、ちょっと待って!」

女魔導師「その話も気になるけど、一度王宮に来てもらうわ!」

近衛兵「そうだな。 話すべきことは山ほどある」

戦士「分かった」

戦士「だが小僧、お前も一緒だ」

勇者「僕のこと?」

女魔導師「かの……彼は元から連れて行くつもりよ」

兵士「よし、じゃあ行くか!」

近衛兵「……別にお前もついてきて構わないが」

兵士「?」

女魔導師「あなたはただの兵士でしょう」

女魔導師「任務外で王宮に入ったりしたら出世が遠のくわよ」

兵士「はっ。 興味ねえな」

――

戦士「これで全員か?」

近衛兵「ああ、始めてくれ」

勇者(王宮の正面口から入り、そのまま真っすぐ進んだ先にある部屋)

勇者(つまり最重要の会議室……)

大魔導師「……」

大臣「……」

公爵「……」

勇者(僕でも知ってるような偉い人がいっぱいだ……)

戦士「それじゃあこの国の現状ってやつを説明しますよ」

戦士「さて、どこから話すべきか……そうだな……」

戦士「あんたらは"聖地と王都は魔族の墓場"という言葉を知ってるか?」

大臣「……」

大魔導師「……いや、知らないな」

兵士(お前は? 何かしらないのか?)ヒソヒソ

勇者(ううん、初めて聞いたよ)フルフル

戦士「魔族の間では有名な言葉だ」

戦士「聖地には悪意が無いから魔物を生むことができない」

戦士「王都には浄化持ちがいる、だからこの二箇所には近づくなって意味だな」

公爵「浄化?」

戦士「悪意……魔物と魔族の源を断つ力だ」

大臣「くだらんな。そんな力なくとも排除できる」

大臣「王都に魔物がいないのは国力があるからだ」

戦士「……まあそれでもいいが、とにかく王都は一目置かれているのさ」

大臣「なに?」

戦士「それは魔族だけじゃない。ドラゴンもだ」

戦士「そして先日、王都に吸血鬼が入り込み暗躍し……失敗した」

戦士「それがスイッチになった」

大魔導師「その魔族の言葉に信憑性が出たと」

戦士「その通り。さすが天下の王宮魔導師を束ねてるだけある」

近衛兵「ええい! 我々が聞きたいのはそんなことではない!!」

近衛兵「ドラゴンの目的はなんだ! なぜ姫様は攫われた!」

戦士「盛り上がるから」

戦士「おそらくそれ以外の理由はない」

近衛兵「な、なんだと……?」

戦士「お前には話したろ。 ドラゴンは悪意とは反対の感情が核だ」

戦士「だから悪意が少なく、それと両立して力を持つ王都に目をつけた」

戦士「姫さんをさらったのは焚きつけるため」

戦士「"自分を倒しに来い"と挑発してるんだ」

近衛兵「上等だ! 全兵力を持ってでもやつを討伐してやる!!」

戦士「本題はそこだ」

戦士「兵は出すな」

近衛兵「なんだと!?」

戦士「塔の周りは焼け野原。 見通しが良すぎる」

戦士「ゾロゾロ引き連れたらまるごと焼かれるぞ」

近衛兵「しかし……」

大魔導師「空から同時に仕掛けたらどうだ?」

戦士「そりゃ少しはマシだが犠牲者が増える」

戦士「奴が雷を使うタイプだったら最悪だ。 近づくこともできず全滅だな」

近衛兵「それで一人でも兵が侵入できれば……」

大臣「そうだ。なにも無理に相手をする必要はない」

大臣「隠密を送り込み姫様を奪い返せばいい」

戦士「それは絶対にやめろ」

戦士「ドラゴンが激昂し、王都が火の海になるぞ」

近衛兵「……」

公爵「ではどうするというのだ。解決策はあるんだろうね」

戦士「やつのごっこ遊びに付き合う」

戦士「4~5人程度の少人数ならドラゴンは手を出さない」

戦士「塔までは無傷でたどり着ける」

近衛兵「たどり着いてどうする! 逃げるのがやっとだったではないか!」

戦士「数日あればオレの仲間がここに集まる」

戦士「ま、専門家に任せてくれや」

近衛兵「ダメだ、それはできない」

戦士「なに?」

近衛兵「姫様を奪われたまま数日待て? 絶対に無理だ!」

近衛兵「全軍で出撃し、ヤツを討つ!」

公爵「賛成だね。国の面目もある」

戦士「メンツのために何百人殺す気だよ」

公爵「これだけのことがあって部外者に全て任せることはできないよ」

公爵「大体貴様らがしくじったらどうする? ドラゴンの気が変わったら?」

公爵「結局国を上げて戦うことになろう。 今なら士気も高い」

戦士「……はぁ」

戦士「じゃあせめて一日だけ待ってくれ。明日の朝出発する」

公爵「お前を含め5人で出発すると?」

戦士「ああ、今日一人仲間が来る」

戦士「あと3人程度は数合わせが欲しいな」

戦士「もちろん生半可な実力なら願い下げだが」

近衛兵「分かった。すぐに選定しよう」

戦士「選ぶのはオレだ。 腕に覚えのあるやつを片っ端から連れて来い」

戦士「今日一日で全員テストしてやるよ」

大臣「何故お前にそんな……」

戦士「悪いがこれ以上の条件は出せない」

戦士「下手すりゃ国が滅びる一大事ってことを忘れないでくれ」

――

戦士「ほい、お疲れさん」

戦士「ここはオレの部屋だから楽にしてくれ」

女魔導師「国があなたに貸してる部屋だけどね」

勇者「すごいですね。 あの人達相手に物怖じせず……」

女魔導師「正直まだ頭の整理がついてないわ」

兵士「へっ! ドラゴンが姫を攫った。 分かりやすい状況じゃねーか」

兵士「オレも行くぜ! 連れて行けよ!」

戦士「ああ。後で力を見てやるよ」

勇者「僕も行きます!」

戦士「お前は絶対にダメだ」

勇者「な、なんで!」

戦士「お前の使命は悪意の浄化だろ」

戦士「こんなところで死んだら王都は魔物……いや、魔族であふれる」

戦士「誰も魔王の誕生を止められないだろーが」

女魔導師「ま、魔王? また大きい言葉が出てきたわね」

戦士「その話は面倒だからまた今度な」

戦士「とにかくお前が死んだら世界が終わるぐらいの気持ちでいろよ」

勇者「……」

勇者「じゃ、じゃあなんで僕を会議に呼んだんですか!」

戦士「おっと。 そうだった」

戦士「悪いが二人は席を外してくれ」

――

勇者「そ、それで……僕だけにしか話せないことって?」

戦士「大臣はクロだ。魔族と繋がってる」

勇者「えぇっ!?」

戦士「気づかなかったか? 奴の言葉だけ明らかにおかしかったろ」

勇者「え、えっと……」

勇者「隠密の提案をしたことですか?」

戦士「違う。そこは当然出る質問だ」

戦士「問題はその前。 浄化の説明を簡単にした時だ」

勇者「ええと……王都の国力がどうとか」

戦士「ああ。 浄化の力をバカにすることで更なる情報を聞き出そうとしたんだ」

戦士「オレが適当に聞き流したら不思議がってたろ」

勇者「そ、それだけ?」

戦士「それだけってなあ。 吸血鬼が好むようなでかい屋敷一つ用意できるんだろ?」

戦士「普通に考えて王宮内部に協力者がいるだろーが」

勇者「!!」

勇者「で、でも……あの場には魔眼を持った人がいたんですよ?」

戦士「魔眼だって絶対じゃない。ごまかす方法はいくつかある」

勇者「……」

戦士「とにかく用心してくれよ。敵の狙いはお前なんだから」

戦士「ドラゴンはオレに任せとけ」

―王都近くの泉―

行商人「ふぁあ……」

吟遊詩人「おはようございます」

行商人「おお、早いな」

行商人「んん……? 太陽があんなに高く……俺が寝過ぎたのか」

吟遊詩人「流星群を夜遅くまで見ていましたからね」

行商人「ああ、王都はもう目と鼻の先。 アレを見た人が集まってくる」

行商人「ふへへ。 商売の好機ってやつが俺にもきたかな」

吟遊詩人「……だといいですが」

行商人「王都はとにかく人が多い」

行商人「故郷の名産品も物珍しさで買う奴が出てくるだろう」

吟遊詩人「その変な壺のことですか?」

行商人「ははは! そうだろう変だろう!」

行商人「だが壺なんてのはな、どれくらい変なのかが重要なんだ」

行商人「客人の目を引かせることが飾り物の基本だからな」

行商人「……ってのが村長の口癖だった」

吟遊詩人「そうですか……」

ズルッ ボチャーン

行商人「おっと落としちまった。 まあひとつぐらいいいか」

吟遊詩人「……とんだ名産品ですね」

ゴボ ゴボゴボ…

行商人「おっ?」

ザバーンッ

「……」

「今からあなたに質問をします」

「あなたが落としたのはこの壺ですか?」

「それとも、こちらの金の像ですか?」

行商人「おお! こりゃたまげた!」

行商人「水の精霊様だ! 実在したんだな!」

吟遊詩人「……」

行商人「さて……金か壺か……」

行商人「ううむ……」

行商人「……」

「どうしました? 答えなさい」

行商人「ダメだ! なにも思いつかねえ!」

「?」

行商人「商人なら頭を使って得をしに行くべきなんだろうが」

行商人「はっはっは! 俺にゃ向いてないわ!」

行商人「精霊さん! そのおかしな壺を拾ってくれてありがとよ!」

「そうですか」

「あなたは心の綺麗な人のようだ」

行商人「よしてくれよ。バカなだけさ」

「よって我々魔族にとって必要のない人物です。死になさい」

行商人「……はっ?」

吟遊詩人「あぶない! 下がって!!」

ドシュッ

行商人「うおお!? 攻撃してきやがった!?」


「ほう……今の高圧水流を見切りますか」

水魔人「ですが死期が一瞬長引いただけ。 一撃で心の臓を貫かれたほうが楽になれますよ」

行商人「な、なんだありゃあ!?」

吟遊詩人「あれは水魔人"アンダイン"!! スライムが進化した魔族です!」

行商人「魔族!?」

吟遊詩人「無駄な殺生はしたくないのですが……」

吟遊詩人「攻撃してきた以上、排除します!」

水魔人「おやおや、流体の私を相手にするつもりですか」

吟遊詩人「氷結魔法! 泉の表面ごと凍れ!!」

水魔人「!!」

パキパキパキ…

吟遊詩人「そして電流を纏った槌で破壊!」

バキーンッ

水魔人「な……お前っ……!」

吟遊詩人「今だ! 炎の魔法で露出した本体を討つ!」

ゴォッ

吟遊詩人「飛散しろ! 魔族の核と悪意!」

ドガァアアアアンッ

行商人「す、すげぇなあんた!!」

吟遊詩人「さ、最後のは私の魔法じゃない!!」

行商人「なに?」

ドゴォ… ドゴォ…

行商人「な、なんだありゃ……」

行商人「空から石が……降ってきてる……?」

吟遊詩人「隕石の魔法……やはり昨晩の流星はドラゴンのしわざか……!」

吟遊詩人「……今ので魔族にも逃げられてしまいましたね」

吟遊詩人「すぐに出発しましょう。 ここにいると巻き込まれます」

ガラガラ…

行商人「それであんたは何者なんだ?」

吟遊詩人「運賃を払った時に説明した通りですよ」

吟遊詩人「私は吟遊詩人。 美しいものを詠うために旅をしています」

吟遊詩人「醜いものを排除する魔物ハンターも兼業してますがね」

行商人「ほぉー……たいしたもんだ」

行商人「馬車代はタダでいいぞ。命の恩人だからな」

吟遊詩人「……」

吟遊詩人「あなた商人に向いてませんね」

行商人「はっはっはっ!」

吟遊詩人「では浮いたお金でその壺を一つ買いましょうか」

行商人「え? いいのか?」

吟遊詩人「不思議と魅力的な形に見えてきたのですよ」

ドゴォ… ドゴォ…

行商人「無事に着いた……王都だ」

ロバ「ブルル……」

吟遊詩人「よしよし、よく怖がらずにここまで運んでくれましたね」

吟遊詩人「お前は見た目に反して美しい心を持っているようだ」

行商人「ははっ。 自慢の相棒だからな!」

吟遊詩人「……おや」

吟遊詩人「門の近くに兵がいますね」

吟遊詩人「10……10……100人以上いる」

行商人「おいおい、戦争でも始まるのか?」

吟遊詩人「……私はここでいいです」

行商人「?? あとはこの門をくぐるだけだぞ?」

吟遊詩人「お世話になりました。 また会いましょう」

行商人「そうかい? じゃあまたな」

兵士「隊長! 命令が出てたでしょう!」

兵士「明日の討伐隊に任せて一般兵は待機だって!」

兵隊長「ならばここで待てばいいだけのこと」

兵士「無意味だ!」

兵隊長「いずれ出るであろう突撃命令を一秒でも早く実行したい」

兵隊長「国民に示さねばならんのだ。 我々はいつでも出発できるとな」


吟遊詩人「やめておいたほうがいい」

兵隊長「なんだお前は」

吟遊詩人「旅の者です」

兵隊長「関係ないのものがなぜ意見する」

吟遊詩人「ドラゴンという生物について少し知っています」

兵隊長「なに?」

ドゴォ…

吟遊詩人「空から落ちてくる石が見えるでしょう、あれは警告です」

吟遊詩人「ドラゴンは大人数での進行を嫌います」

吟遊詩人「隕石の魔法は威力はあるが狙いが荒い」

吟遊詩人「少人数なら走り抜けることもできますが、この数だと……」

吟遊詩人「塔に辿り着く頃には半分以下になるでしょうね」

兵隊長「だから兵を収めろとでも言うのか!」

吟遊詩人「そうです。 王都そのものは狙ってないようですが」

吟遊詩人「こんな場所に大量に人を集めては……」

吟遊詩人「……ほら」

ゴォオオオ…

兵士「!! こっちに来る!」

吟遊詩人「あれは直撃ですね。 当たれば即死でしょう」

吟遊詩人「どうしますか?」

兵隊長「撤退ー!」

兵隊長「急げ!後ろの者から城門へ早く!」

吟遊詩人「それでいいんです」

吟遊詩人「まあ、もう間に合いませんが」

兵士「ど、どうすんだよ!」

スッ…

吟遊詩人「……」スゥ

吟遊詩人「対抗魔法」

バチッ!

兵士「い、石が止まった……!」

吟遊詩人「はぁっ……はぁっ……」

フラッ…

兵士「おい!? 大丈夫か!」

吟遊詩人「い、今の相殺で魔力切れです……王都に入りましょう」

――

ズルズル…

勇者「……放してよ」

女魔導師「いやよ! あなたは行くなって言われたでしょ!」

勇者「実力を認めさせれば、連れていかざるを得なくなるさ!」


ズルズル…

大魔導師「お前たち、放してくれ」

魔導師・緑「大魔導師さまぁ~……だめですぅ~……」

魔導師A「行かないでください! あなたがいなければ我々は……!」

魔導師B「大魔導師様! どうか考えをお改めください!」

大魔導師「少数精鋭というのなら私自らが出向くべきだ」

大魔導師「それがあの戦士に対する筋だろう」

女魔導師「だ、大魔導師様!? 討伐隊に志願されるのですか!?」

大魔導師「無論」

女魔導師「あなたがいない間、色付きの方々を誰が……」

勇者「いまだっ! ごめん!」

ダッ

女魔導師「あ! しまった!」

大魔導師「……はっは」

大魔導師「では私も走って振りほどくとしよう」

ダッ

魔導師・緑「ああっ! そんなぁ~……」

バシッ

城兵「ぐああ!」

戦士「今のを防げないようじゃ話にならねェ! 不合格、次だ!」


精鋭兵「グぁッ!?」

戦士「予想外の行動がくると真後ろに下がる癖がある! 不合格!」

戦士「オラ次だ!」


勇者「お願いします!」

戦士「小僧っ!? なんで来た!馬鹿かお前は!!」

勇者「はい! でも役に立つ馬鹿です!それを証明します!」

戦士「ダメだダメだ! 邪魔だから帰れ!」


吟遊詩人「いいじゃないか。 女性の頼みを無下にするものじゃない」

戦士「おっ、来たか。 よくここがわかったな」

吟遊詩人「騒ぎになってる場所に君がいると思ったのさ」

勇者「あなたが……戦士さんの仲間?」

吟遊詩人「はい。 勇敢なお嬢さん」

勇者「!! 魔眼を……!?」

吟遊詩人「そんなものは持っていませんよ」

吟遊詩人「あなたの美しさが格好を超えて溢れ出ているじゃありませんか」

勇者「え、ええと……」

戦士「なんだ、お前女だったのか」

戦士「なるほどな……それで今更魔族が……」

勇者「……?」

戦士「ああなんでもない。 小僧呼ばわりして悪かったな」

勇者「いちおう隠してるんでいいですよ」

戦士「よし小娘、帰れ! お兄ちゃんの言うことは聞くもんだ!」

吟遊詩人「おや、珍しいですね。 あなたがそこまで頑なになるとは」

戦士「こいつが浄化持ちなんだよ」

吟遊詩人「なんと……!」

ギュッ

勇者「ふぇっ?」

吟遊詩人「では、あなたが我々にとってのお姫様というわけですね」

勇者「あ、あの……」

吟遊詩人「なるほど、透き通った瞳の奥に熱く燃える使命の炎が見えるようです」

戦士「おいおい、お前聖地でもそれやって出入り禁止になったろ」

吟遊詩人「戦士、この方の相手をしてあげなさい」

戦士「はあ? なんでだよ」

吟遊詩人「吸血鬼を退けたのは彼女なのでしょう? それなりの実力と自信があるはずだ」

吟遊詩人「口では納得しませんよ」

戦士「はぁ……しゃあねーな」

戦士「おら小娘! かかってきな!」

戦士「お兄ちゃんがお前の心を叩き潰してやるよ!」

勇者「望むところ!」

吟遊詩人「お、お手柔らかにしてあげてくださいね」

カラ…

戦士「棒術? やけに渋いな」

勇者「身近なもので戦うことが多いので」

勇者「……行きます!」

バッ

戦士「まあ訓練用の装備なら槍と対して変わらないか」

バシッ

勇者「!!」

戦士「切っ先を合わせて地面へ落とせばいい」

戦士「ほれ、終わりだ」

勇者「たぁっ!!」

バンッ

戦士「!」

戦士(棒を支柱にして飛びやがった。 愉快な戦い方をするやつだな)

バッ

戦士(手がふさがってるので当然次の攻撃は蹴り。 回し蹴りなら楽なんだが……)

勇者「はぁっ!」

戦士(直線的に来たか。 掴むのはちょっと無理だな)

ガッ

勇者(!! あっさり飛び蹴りを止められた!)

勇者(不意をつけなかった……このまま攻めこむのはまずい!)

バンッ スタッ

戦士(そして、蹴りの反動で距離をとる……か)

勇者「よし、仕切りなおしだ!」

戦士「……まともやってもいいが長引くな」

戦士「悪いな。 先がつかえてるんだ」

ポウ……カッ!

勇者「ぐっ!?」

勇者(強烈な光……魔法だ!)

勇者(まずい! なにも見えない!)

勇者(吸血鬼の時はそれで後手に回ったんだ。 相手が仕掛けてくる前に何か……!)

ブンッ

バシッ!

勇者(よし! 僕が投げた棒を受ける音がした!正面にいる!)

勇者(このまま前進! 一か八か掌打をぶつける!)

スカッ

勇者「あ、ありゃ?」

ピンッ

勇者「あいたっ」

戦士「おっし。 オレの勝ち」

勇者「な、なんで……」

戦士「オレも武器を投げていたのさ、真上にな」

勇者「ま、真上……?」

勇者(つまり僕が武器を投げるのも、そのタイミングも分かってたってこと……?)

勇者(最初の攻防で実力を見切られて)

勇者(光の魔法を発動した後どうなるか、全部読み切っていた……?)

戦士「不合格。足手まといだ」

勇者「……」

勇者「……分かりました」

吟遊詩人「ナイスファイトでしたよ」

吟遊詩人「さて、魔法を使う方々の腕試しは私がしましょうか」

大魔導師「では私から行こうか」

魔導師・緑「だ、大魔導師さまぁ……本当にやるんですかぁ?」

大魔導師「なんだ、ついてきたのか」

吟遊詩人「おや、かわいいお嬢さんですね。 緑の格好がよく似あってます」

魔導師・緑「……大魔導師様」

大魔導師「む?」

吟遊詩人「それに目の位置と形がいい。 魔眼も習得できそうだ」

魔導師・緑「あの人の魔力、なんだかおかしいです」

大魔導師「ほう」

吟遊詩人「……私に流れている血はあなた方と同じものですよ」

大魔導師「面白い。 私もお前を試めすことにしよう」

翌朝

勇者「はぁ……」

兵士「くそッ……」

女魔導師「……二人共落ちたみたいね」

兵士「あの戦士馬鹿だぜ。 全員落としやがった」

女魔導師「えぇっ?」

勇者「大魔導師さんは受かったみたいだけどね」

勇者「吟遊詩人さんもそれ以外の人を全て断っていたよ」

戦士「誰が馬鹿だって?」

兵士「げっ!」

勇者「戦士さん。 今から出発ですか?」

戦士「お兄ちゃんでいいぜ」

吟遊詩人「この時間に出ると伝えてありますが、見送りはあなた達だけみたいですね」

女魔導師「な、なんで?」

戦士「そりゃ気に入らないからだろうな。 兵隊を止めたのはオレたちだしよ」

女魔導師「……」

吟遊詩人「大丈夫。必ず帰ってきますよ」

吟遊詩人「女性に悲しい思いはさせません」

魔導師・緑「大魔導師さまぁ~……ダメです~……」

大魔導師「これ、放さんか。 みっともないぞ」

戦士「やっと来たか。 じゃあ行ってくる!」

吟遊詩人「果報をお待ちください」

勇者「必ず、勝ってくださいね」

勇者「えっと……お、お兄ちゃん」

戦士「ああ!! 任しとけ!!」

――

吟遊詩人「ついた翌日にすぐ出発とは」

吟遊詩人「少し王都の観光をしたかったのですがね」

大魔導師「帰ったら好きなだけするといい」

大魔導師「王宮魔導師の綺麗どころを何人かつけよう」

吟遊詩人「ほほう。 思ったより話のわかる人ですね」

吟遊詩人「これは楽しみです……ふふふ」

戦士「ヘラヘラ笑ってんじゃねえよ」

ポコンッ

戦士「あいてっ」

近衛兵「よし一本だ。 合格だな」

戦士「て、テメェ!」

近衛兵「断っても勝手について行くが?」

吟遊詩人「ふふふ、やられましたね」

戦士「……」

戦士「全く、変わり者の多い国だぜ」

大魔導師「はっは。 気に入ってもらえたようでなにより」

戦士「おおし! 必ず姫助け出し!竜の首を持って帰るぞォ!!」

――

――――

三日後

勇者「ぜ……」

勇者「全滅……!?」

女魔導師「調査隊が4人の死体を確認したそうよ」

勇者「な、なにかの間違いだよ!」

女魔導師「血まみれの調査隊に向かってそのセリフを言えるの?」

勇者「っ……!」

女魔導師「そう。 ドラゴンは生きてる」

女魔導師「討伐は失敗よ」

――

吸血鬼「あら、遅かったわね」

?「そんなすぐに戻れるかよ。 今回は流石に骨が折れたぜ」

吸血鬼「ふぅん……大変だったのね」

水魔人「全滅とは噂通りの腕前ですね」

?「んん? 何だお前」

吸血鬼「新入りさんよ。 近くの泉に住んでいたらしいわ」

水魔人「種族はアンダイン、8年ほど泉で旅行者を狩りながら生活していました」

?「アンダイン……本当なら黙ってたほうが活きる種族だぞ」

水魔人「おや、信用を得たかったのですが逆効果でしたか」

?「それで? なんで王都に?」

水魔人「あの吟遊詩人を殺すため……でしたが、あなたがやってくれたようですね」

?「別にオレが殺したわけじゃない」

?「ちょっとドラゴンを勝ちやすくしただけだ」

水魔人「……もう一つ目的があるとすれば、浄化持ちを消すことでしょうか」

吸血鬼「浄化持ち……勇者ちゃんと戦う気なの?」

水魔人「浄化の力は炎の魔法なのでしょう?」

水魔人「それならば私が適任かと」

?「……」

?「お前の構成物質は?」

水魔人「泉に住んでると言ったでしょう。 真水ですよ」

?「じゃあ用心しろよ。 6割方負けるぞ」

水魔人「なっ!?」

?「オレも吸血鬼も協力はしないからな」

?「情報くらいはくれてやるが」

――

――

ザッザッザッ…

兵隊長「……」

兵隊達「「……」」


勇者「たくさんの兵隊……死にに行くようなものなのに……」

女魔導師「もう当人達も勝てると思ってないでしょうね」

勇者「なんでこんなことに……」

女魔導師「姫様をさらわれて重要人物を殺された」

女魔導師「国としては動かざるを得ない」

女魔導師「それを止める人も、止めることができる人もいなくなったしね」

勇者「……」

勇者「あんな大人数だとブレスを吐かれて……たどり着くこともできないんじゃ」

女魔導師「細かく壕を掘りながら進軍するらしいわ」

勇者「そんな進み方をしたら……」

女魔導師「……そうね。 仮にうまくいったとしても」

女魔導師「隕石にぶつかる可能性は高くなるわ」

女魔導師「今歩いている連中はそれを了承済みってことみたいね」

ザッザッザッ…

勇者「……あっ」


兵士「……」ニッ


勇者「兵士さんがいた……」

女魔導師「本当? あいつもバカねえ」

ダッ

女魔導師「ちょ、ちょっと! あなたは行っちゃダメよ!」

勇者「兵士さん!」

兵士「お、おいおい。 進軍中に話しかける奴があるか」

勇者「なんで! 反対してたじゃないか!」

兵士「なんだか知らねえが選ばれた。 この前王宮に入った皺寄せかもな」

勇者「それでいいの!?」

兵士「ああ、別にいい。 断ることもしなかった」

兵士「オレは……ドラゴンと戦う理由が欲しかったのかもしれない」

兵士「あいつには一発入れないと気がすまねえんだ!」

勇者「……それなら僕も!」

兵士「兵隊の邪魔をするな。 ゴミ掃除でもしてろ」

兵士「お前まで死ぬことはない」

勇者「……」

女魔導師「気は済んだ?」

勇者「うん……僕は自分にできることをするよ」

女魔導師「それでいいのよ。 まずは吸血鬼を探しましょう」

勇者「なにか手がかりはあったの?」

女魔導師「あったら話してるわよ。 そっちは?」

勇者「全然だよ。 あれから魔物も出てきてないし」

女魔導師「ドラゴンの影響を受けてるのは人間だけじゃないってことかしらね」

勇者「……」

勇者「そうだ。 戦士さんは王宮に魔族と繋がってる者がいるって」

女魔導師「!」

勇者「確か怪しいのは……」

女魔導師「っ!」

バッ

勇者「むぐ!?」

女魔導師「……」キョロキョロ

女魔導師「場所を変えましょう」

ガチャ

勇者「入って。 ここが僕の家だよ」

女魔導師「うわっ。 ぼろっ」

勇者「……」

女魔導師「ああごめんなさい。 内緒話をするにはうってつけのいいところね」

勇者「うん、それでさっきの話だけど」

勇者「戦士さんは大臣が怪しいって言ってた」

女魔導師「……そう」

勇者「女魔導師さんは王宮で見てるはずだよね」

勇者「なにか気がついたことはない?」

女魔導師「大臣様と話したことはあるけど、普通の人だったわよ」

女魔導師「王宮に出入りする人間が魔族とつながってるなんて信じられないわ」

勇者「魔眼を通して見ても何もなかった?」

女魔導師「うーん……絶対とは言えないけどおかしな魔力の形じゃなかったわ」

勇者「絶対とは言えない?」

女魔導師「貴族の人は宝石を複数個身につけてるから見づらいのよ」

勇者「!! 魔石を……」

女魔導師「違うわ。 普通の宝石よ」

勇者「ど、どういうこと?」

女魔導師「魔眼は魔法力を見る技術、ということは知ってるわよね」

勇者「うん」

女魔導師「魔法力は光となって見えるの」

女魔導師「光の大小で魔力量の多さ。 揺らぎ方で種族や性別が分かるわ」

女魔導師「たまに勘違いする人がいるけど、透視能力じゃないから安心してね」

女魔導師「それで……魔力の光は視覚の情報として入ってくるわけだから」

勇者「あ……普通の光と重なっちゃうんだ」

女魔導師「そういうこと。 昼間や照明の近くだと全然わからないし」

女魔導師「ペンダントなんかの宝石があると光がぶれちゃうのよ」

勇者「じゃあ大臣が魔族の可能性もあるってこと?」

女魔導師「それは流石にないわね」

女魔導師「吸血鬼の魔力はギラギラして特徴的なものだった」

女魔導師「城にそんなやつがいたら一瞬でわかるわ」

勇者「えーと……つまり?」

女魔導師「大臣様はほぼ潔白。 残る可能性は魅了されてることぐらいかしら」

女魔導師「とはいえ要人の警護は強化されてるからそれも考えにくいけどね」

勇者「はっきりと魔力が見えたら魅了されてるかどうか分かるの?」

女魔導師「多分ね……あの剣士を見ただけだから断言できないけど」

勇者「じゃあ宝石をちょっと外してもらえばいいんじゃないかな」

女魔導師「魔眼持ちのあたしがお願いするの? 疑ってるって言ってるようなものよ」

勇者「そうなの?」

女魔導師「王宮においてそれは宣戦布告と同じよ。争いが表面化されてしまうわ」

勇者「それじゃあ僕が直接大臣に会ってみるよ」

女魔導師「な、なんですって?」

勇者「僕なら権力争いとは関係ないし」

勇者「よく知りもしない人を疑うのはモヤモヤするんだ」

女魔導師「ダメよそんなの」

女魔導師「あの戦士だって用心するために教えたんでしょ?」

勇者「う、うん。 兵士さんや女魔導師さんまで追い出してたね」

女魔導師「そうよ、だからあたしに話したのもダメなんだからね」

女魔導師「一度協力しただけの仲なのよ」

勇者「い、今更そんなこと言われても」

勇者「王宮の人を調べるつてなんて他にないし」

勇者「僕は友達だと思ってるんだけど……」

女魔導師「……はぁ」

女魔導師「例えばね」

女魔導師「大臣様を邪魔だと思ってる人が王宮にいて」

女魔導師「あたしがその人の部下だとしましょう」

勇者「?」

女魔導師「その場合、あなたを利用しない手はないわね」

女魔導師「大臣を殺した後、あなたに罪をかぶせるだけでいいんだから」

勇者「え……女魔導師さん……?」

女魔導師「例えばの話よ」

女魔導師「あんまり人を信用しすぎちゃだめってこと」

女魔導師「大臣様のことはあたしが時間をかけて調べるから」

女魔導師「あなたも慎重に動きなさい。 分かった?」

勇者「……ありがとう」

勇者「やっぱりいい人だね。女魔導師さん」

女魔導師「……やっぱり分かってないわね」

女魔導師「もういいわ、それならあたしだって」

女魔導師「あなたを都合のいい友達と思って、こき使ってやるんだから」

勇者「うん、いつでも頼ってよ!」

女魔導師「はぁ……あなたのおかげで悲しむ暇もないわね」

――

勇者「おばちゃん。 今日も来たよ」

店員「おや勇者ちゃん、なんだか元気ないねえ」

勇者「え? そうかな……」

店員「ここのバカどもみたいになっても困るけど、もう少し元気だしな」

勇者「うん……ありがとう」

ワイワイ ガヤガヤ

勇者「今日も賑やかだね。 あんなことがあったのに」

店員「あのドラゴンっていうのを倒しに来た冒険者が多いんだよ」

勇者「そんな……何のために」


武闘家「何のため? 分かりきってるだろう」

武闘家「名声がほしい、十分な理由だ」

勇者「あなたは?」

武闘家「俺は旅の武闘家。 王都には少し寄るだけのつもりだったが……」

武闘家「ドラゴン騒ぎとはなかなかついてる。いい時期に来たようだ」

武闘家「今日は景気付けだ。 もう一杯酒を頼む」

店員「もう店は閉める時間だよ!」

武闘家「ぐぬ……」

勇者「ええと、僕もやることがあるので」

シュボッ パチパチ…

勇者「うーん、炎の色は普段通りだ」

勇者「悪意が少ないってことだよね……あれだけのことがあったのに……」

勇者「人が死んだことに対する影響がほとんどない気がする……」

勇者「おそらく"ドラゴンがいる"ってことに……みんなの関心がいってるんだ」

翌日

メイド「あ、勇者さん。 こんにちはー」

勇者「こんにちは。 あれから何かあった?」

メイド「このお屋敷ではなにも……でも……」

勇者「ドラゴンのこと?」

メイド「はい。 王都中がその話題でもちきりですよ」

メイド「怖いですね……お姫様、無事だといいんですけど……」

勇者「うん……なんとかしてあげたいね……」

メイド「勇者さん?」

勇者「悔しいけど……僕じゃ力不足なんだ」

メイド「あの大きなドラゴンと戦うつもりだったんですか……?」

勇者「うん、敵がわかってるのにじっとしてられないよ」

メイド「だ、ダメですよ!!」

メイド「勇者さん」

勇者「な、なに?」

メイド「勇者さんのお仕事は王都の掃除をすることなんですよね」

勇者「そうだね。それが悪意と魔物を消すことに繋がるんだ」

メイド「じゃあ、ドラゴンと戦うのはお仕事じゃありませんよね!」

メイド「それに……勇者さんにもしものことがあったら……わたし……」

勇者「……」

勇者「分かってる。 行ったりしないよ」

勇者「結構色んな人に同じことを言われてるからね」

メイド「よかった……」

女僧侶「お茶の用意ができました。よかったらどうぞ」

勇者「あなたは?」

女僧侶「昨日からここに配属された女僧侶と申します。 以後お見知りおきを」

勇者「これはどうもご丁寧に。 勇者です」

勇者「そういえば僧侶さんは?」

メイド「あの人は……出て行きました」

勇者「えぇっ? なんで?」

――

9日前、吸血鬼との戦闘後

 僧侶「……」

 メイド「僧侶さん」

 メイド「あのコウモリの魔物は僧侶さんの言うことを聞くんですよね」

 メイド「ご主人さま、吸血鬼の身代わりになったということは……」

 僧侶「……その通りです」

 僧侶「私が吸血鬼を庇いました」

 メイド「な、なんでですか?」

 僧侶「自分でもよく分かりません……魅了の影響が残っているのか……」

 僧侶「あの一瞬、吸血鬼に死んで欲しくないと思ってしまったのです」

 メイド「……」

 僧侶「魅了にせよ気の迷いにせよ、私は聖職者失格です」

 僧侶「後任が決まり次第ここを出ていきます」

 メイド「え? そ、そんな!」

 僧侶「……短い期間でしたが楽しかったですよ」

 僧侶「せめてあなたに、神のご加護があらんことを願います」

――

メイド「それは……えっと……」

勇者「……?」

ザワ…

勇者「ん? 外がなんだか騒がしいね」

女僧侶「王都入り口の方から聞こえますね」

勇者「入り口……」

勇者「もしかしたら!!」

ダッ

メイド「ゆ、勇者さん!?」

勇者「ごめん、もう行くよ!」

女僧侶「あの……お茶……」

ザワザワ…

町人A「それで姫様はどこにいるんだ?」

町人B「なんでこいつらは帰ってきたんだよ」

勇者「……」

町人C「ボロボロじゃないか……王都もドラゴンには型なしか」

勇者「……いた!」


兵士「……よ、よう。 情けないところ見られちまったな」

勇者「兵士さん……よかった……」

兵士「良いわけあるかよ。 150いた兵隊が7人になったんだ」

勇者「7……!? 一体何があったの?」

兵士「……」

兵士「進軍中、指揮をとっていた兵隊長が隕石で死んだ」

兵士「オレたちは動揺したが、止まろうとはしなかった。減っていく兵を見ながら進み続けた」

兵士「そのうち……何人かが壕を掘ることもやめて突撃した」

兵士「オレも数歩遅れて飛び出したよ、その意味もわからずな」

兵士「そのまま開けた道を走っていると……視界が炎で埋め尽くされた」

兵士「ドラゴンが直接攻撃してきたんだ」

勇者「そ、それで?」

兵士「炎は後方を狙っていた」

兵士「さっきまで隠れていた穴蔵は炎に飲み込まれた」

兵士「ドラゴンは上空から固まっている人間を排除したんだ」

兵士「この時点で兵はボロボロ。数も20ぐらいになっていた」

兵士「そしてドラゴンは塔とオレたちの間に着地した」

兵士「オレ達はわけも分からず飛びかかった。もう正気じゃない」

勇者「……」

兵士「当然、刃が立たなかった。 瞬く間に全滅したさ」

兵士「そしてオレは……尾の一撃で吹き飛ばされて……」

兵士「……」

勇者「……もう言わなくてもいいよ」

兵士「いや、大丈夫だ」

兵士「オレは地面を転がって……それだけで動けなくなった」

兵士「ぼんやりした視界と意識の中で、仲間が殺されていくのを眺めることしかできなかった」

兵士「ドラゴンが塔に戻った後……生き残ったオレ達は仇をとろうともせず……」

勇者「兵士さん」

勇者「友達が生きて帰ってきたんだ。僕はそれだけで嬉しいよ」


武闘家「これで王都はドラゴンに負けた、ということになるな」

勇者「あなたは……昨日酒場にいた……」

兵士「あんた、ドラゴンと戦うつもりか? やめておけ」

武闘家「魔物ハンターも国の精鋭も、そして数でも勝てない本物の竜」

武闘家「それが目の前にいるのに戦うな? 無理な話だ」

武闘家「奴を倒せば間違いなく英雄の称号が手に入るんだ」

兵士「……そうかい。じゃあ勝手にしろ」


兵士「ありゃ竜の熱に当てられてるな」

勇者「竜の熱?」

兵士「さっき話した壕を飛び出した連中のことだ」

兵士「ドラゴンと敵対してるっていう状況に酔って」

兵士「無謀に挑んでいくのさ」

兵士「……オレも竜のブレスを見るまではそうだった」

勇者「じゃあ止め……たほうがいいよね」

兵士「ん?」

勇者「いや……おそらく僕もその熱にやられてたんだよ」

勇者「戦士さんが止めてくれなかった今頃どうなってたか分からない」

勇者「そんな僕が同じように他人を止めることなんて……都合が良すぎるよね」

兵士「……知らん」

勇者「えっ?」

兵士「オレに聞かれてもわかんねーよ」

勇者「そっか……そうだよね……」

兵士「でもよ、お前はオレとは違うだろ」

兵士「オレの知ってるお前の選択はいつも正しかった」

兵士「お前が引き止めたいって思ったんだろ? じゃあそれは良いことだと思うぜ」

勇者「……!」

勇者「うん、ありがとう!」

兵士「よせよ、礼を言いたいのはこっちのほうだ」

武道家「……」

武道家「あそこが竜のいる塔か、ここからでもうっすらと見えるな」

タッタッタ…

勇者「ま、待ってください!」

武道家「お前は……」

武道家「止めに来たのか。だが俺の決心は固いぞ」

勇者「は、はい! だから……」

勇者「僕と戦って欲しいんです!」

武道家「ほう」

勇者「僕は……一度目の討伐隊に志願して、戦力外だと通告されました」

武闘家「なんだ、情けないやつだな」

勇者「だから、この僕に負けるようであればドラゴンの相手なんか不可能です!」

武闘家「……いいだろう。 売られた喧嘩は買う主義だ」

武闘家「未来の英雄たるオレに倒されることを光栄に思うんだな」

――

武道家「ふむ、思ったよりは手応えがあったぞ」

勇者「ぐぅ……」

武道家「見たところお前は王都の魔物ハンターか」

勇者「ち、違います……」

武道家「どちらにせよ対人戦が本職ではないだろう」

武道家「俺との差はそこだけだ。この結果に悲観することはない」

勇者「……」

武道家「つまり俺一人ではドラゴンに勝てないことが分かった」

勇者「えっ?」

武道家「日を改めることにする。他にやることもあるしな」

勇者「!! よかった……」


武道家(……女を殴ったのは初めてだ)

武道家(それで萎えてしまった……が、言わぬ方がいいだろうな)



パチパチ…

勇者「はぁ……なんとか止めることはできたけど……」

勇者「最近負けてばかりだ……もっと強くならなきゃ……」

勇者「吸血鬼にも、魔物ハンターの人達にも、ドラゴンにだって負けないぐらい」


水魔人「ほほう。それが聖火ですか」

勇者「!!」

勇者「あ、あなたは?」

水魔人「私は水魔人"アンダイン"」

水魔人「精霊と呼ぶ人もいますが、れっきとした魔族です」

勇者「なっ!?」

水魔人「さあどうします? 私を聖火で攻撃しますか?」

勇者「ま、魔族? どうして……」

水魔人「……」

水魔人「ここまでは予想通りの反応ですね」

水魔人「今の私は人の姿をとっています」

水魔人「この状態では、あなたは私を魔族だと認識できない」

勇者「ふ、ふざけないで! 笑えない冗談は嫌いだ!」

水魔人「その場合、問答無用で攻撃したりはしない」

水魔人「魔族を排除することより人間の生存を優先する……ということですね」

勇者「も、もし本当に魔族なら……」

勇者「正体を表せ! お望み通り浄化してやる!」

水魔人「嫌ですよ。 私の望みはそんなことではありません」

水魔人「一つ」

水魔人「一つだけ質問を許しましょう」

水魔人「それで私の正体を判断してください」

勇者「なに……?」

水魔人「試験をしましょう」

水魔人「人は人を試す。その本質は受け入れるためではない……拒絶するためです」

水魔人「私に対して一言で質問をしなさい。 一度だけ答えましょう」

水魔人「それで私を魔族と断定することができれば」

水魔人「あなたは先手を取ることになります」

勇者「……」

水魔人「浄化持ちのあなたなら一撃で致命傷をあたえることも簡単」

水魔人「良い条件でしょう?」

勇者「……わかった」

勇者「一つだけ聞かせてもらう」

水魔人「なんなりと」

勇者「誰の差し金で王都に来た!」

水魔人「……」

水魔人「ふむ」

水魔人「期待していただけに興ざめですね」

勇者「答えろ!」

水魔人「残念ながら王都へ来たのは私自身の意思です」

水魔人「協力者や最近の出来事を聞けばもう少し真相に近づけたものを」

シュボッ

水魔人「!!」

ダダッ

勇者「十分だぁ!!」

ドパァンッ!

勇者(!! 水になって弾けた!)

勇者「本当に魔族だったのか!」

「なるほど……確信するフリ、そして攻撃するフリ」

「どちらもハッタリだったわけですか……訂正します。やりますね」

ブワ…

「……が、私を驚かせるまで近づくことの危険性は考慮しましたか?」

勇者(水が……空中に浮かんでいる……?)

「この飛び散った水滴の一つ一つが私……!」

「全方位からの水の弾丸! あなたにかわせますか!」

ドシュドシュドシュッ!!

勇者「ぐぅぅ……!!」

勇者「まだだ……」

水魔人「おや、思ったより頑丈ですね。水の量を考えれば即死だと思ったのですが」

「ではもう一度!」

勇者「たぁああああ!!」

ブンブン

水魔人「ははは! 火の着いた棒をどう振り回そうが守り切れませんよ!」

ポタ、ポタ…

水魔人「っ! 水が操れない……!?」

勇者「やっぱり……あの時のシチューと同じだ……!」

水魔人「な、なにを言っている……?」

勇者「直接火を当てなくても、熱が移るだけで効果はある!」

ポタ…

水魔人「まさか……本当に私とのリンクが切れている……?」

水魔人「……」

水魔人「なるほど、これが魔族の墓場……」

バシャーンッ

勇者「!!」

勇者「身体を全部水に変えた……」

勇者「逃げたのか……?」

――

水魔人「ふー……」

?「生きて帰ってきたか。よかったよかった」

水魔人「これは見苦しいところを」

?「な? 相性はむしろ悪かったろ」

水魔人「あなたが戦いたがらないわけですね」

?「……ドラゴン騒ぎが終わったら魔物を集められる」

?「それまでは大人しくしていたほうが身のためだぞ」

水魔人「いえ……夜が明ける前にもう一度仕掛けるつもりです」

?「ほー? それはありがたいが」

?「勝算はあるのか?」

水魔人「寝込みを襲います」

?「そりゃまた……」

水魔人「あまり卑怯な手は使いたくないのですが」

水魔人「私の方が格下なので仕方ないですね」

――

水魔人(聞いた通りのボロ住まい……ここですね)

水魔人(ドアは開けず……隙間から少しずつ体を入れていきますか……)

水魔人(……)

水魔人(床に埃がほとんど付着していない)

水魔人(これなら入った後も体の形をすぐに変えられそうですね)

勇者「すぅ……すぅ……」

水魔人「……」

水魔人(確信するフリ、攻撃するフリ……)

水魔人(問答そのものの拒絶。 それがあなたの答えなら)

水魔人(この報復も当然アリということになります)

水魔人(では、死んでもらいましょうか)

パチパチ…

水魔人「!!」

水魔人(暖炉! 火がついている!)

水魔人(起きているのか……?)

水魔人(いや、またハッタリの可能性もある……)

勇者「……」

水魔人(が、しかし――)

翌日

勇者「ふぁあ……」

勇者「さすがに一睡もできなかったな」

勇者「暖炉の火は……消えてる。 火事にならなくてよかった」

勇者(後をつけられてる可能性もあったから警戒してたけど……)

勇者(僕の思い過ごしだったかな)

勇者「さて、今日も王都の掃除、それと特訓を――」

ギィイ…

勇者(!! ドアが少し水を含んでいる!)

勇者(昨日雨が降った様子はない……朝露にしては濡れ方が妙だ……)

勇者(つまり来たんだ……あの水の魔族が……)

勇者(僕に気づかれずに家に侵入できるなら……)

勇者(今も狙ってるのかもしれない……僕を殺すチャンスを……!)

勇者「……」

勇者「僕一人の力じゃ無理……かな」

――

女魔導師「はぁ!? い、今なんて言ったの!?」

勇者「おねがい!」

勇者「僕と一緒に暮らして欲しいんだ!!」

女魔導師「なるほど、水魔人"アンダイン"ねぇ……」

勇者「魔眼を持ってる人なら奴の接近に気づけると思うんだ」

女魔導師「……はぁ」

勇者「また危険なことを頼んでごめん、でも……」

女魔導師「いいわよ。引き受けてあげる」

勇者「ほ、ほんと?」

女魔導師「ただし条件があるわ」

同日昼 王宮一階

女魔導師「というわけで、この人に今日から城の掃除を手伝ってもらいます」

勇者「ゆ、勇者です。 よろしくお願いします」

王宮使用人「宜しくお願いしますね」

魔導師A「よろしく」

勇者(あ、あれぇ……?)

勇者「あの……女魔導師さん……?」

女魔導師「なによ。 あなたが王宮に住んだほうが安全でしょ」

勇者「いや、そうだけど……僕は毎日やらないといけないことが……」

女魔導師「ゴミの焼却でしょ。 大丈夫、その融通もきかせるわ」

勇者「え?」

女魔導師「外ではあたしともう一人ぐらいが護衛についてあげる」

勇者「い、いいの……? そこまでしてもらって……」

女魔導師「その代わり! 昨日言ったように超こき使うからね!」

女魔導師「覚悟しなさい!」

勇者「うん! ありがとう!」

――

?「あーあ」

?「よりによって城の一階に保護されたみたいだぞ」

?「こうなるのが嫌だから今まで仕掛けなかったんだけどな」

水魔人「……申し訳ありません」

?「相手が警戒してようが侵入したなら戦闘して欲しかった」

?「この結果は残念だ」

水魔人「……」

?「仕方ない。また別の手を考えるか」

?「お前はもう帰っていいぞ」

水魔人「っ……!!」

水魔人「まだです! まだやれます!」

?「駄目だ。 これ以上魔族に対する警戒心を高めたくはない」

?「お前が失敗して困るのはオレなんだぞ」

水魔人「もう一度だけ! 次は命尽きるまで戦います!」

?「いらねえよ。 そんな命」

水魔人「どうかチャンスを! まだ私を拒まないでください!」

?「……」

?「はぁ、この手の頼み込みには弱い」

?「わかった。 計画が3つほどダメになるが協力しよう」

?「王宮にお前のための施設を用意してやるよ」

――

王宮使用人「それでは勇者さん」

王宮使用人「あなたには1階の窓拭きをお願いします」

勇者「分かりました」

王宮使用人「言うまでもないことですが貴族の方々には粗相のないように」

勇者「はい、気をつけます」

勇者「それじゃあ行ってきますね」

王宮使用人「ああちょっと、その格好のままじゃダメですよ」

勇者「えっ?」

勇者「……」

王宮使用人「よくお似合いますよ」

勇者「本当にこれじゃないとダメですか……?」

王宮使用人「はい」

勇者(フリフリの給仕服じゃないか! 落ち着かない……)

勇者「え、ええと。 男性用のものを着てもいいですか……?」

王宮使用人「いけません」

王宮使用人「王宮魔導師の方々から怪しまれてしまいます」

勇者「怪し……わ、分かりました」

王宮使用人「特に赤様と青様には気をつけてくださいね」

勇者「??」

王宮使用人「会えばわかります」

勇者「……」

フキフキ

勇者「……」

フキフキ

勇者(全く終わる気配がしない……!)

勇者(窓が無限にあるように感じる……この通路はどこまで続くんだ……?)

勇者(何度か入ったことがあるけど、やっぱりお城って大きいんだなあ)

フキフキ

勇者「……」

勇者「あれ」

勇者「ここはどこだ……?」

勇者(いやいや……落ち着け……)

勇者(拭き終わった窓を辿れば元の場所には戻れる……)

勇者(突き当りまで拭いた後に戻ればいいかな)

勇者「それにしても人がいないな。 なんでだろ?」

魔導師・青「ほんと不思議よねー。 私もよくここを通るけどいっつも誰もいないの」

勇者「!!」

魔導師・青「こんにちは。 新人さん?」

勇者「は、はい。 勇者です」

勇者(全身濃い青色の服……この人が……)

魔導師・青「……そうよー」

魔導師・青「"色付き"は武力組なのー。 ちょっと怖い方の王宮魔導師だと思ってね」

勇者(こ、心を読まれた……!?)

魔導師・青「ノンノン、そんなことできないわー」

勇者「え……?」

魔導師・青「私を初めてみた時の反応から推測しただけ」

魔導師・青「びっくりしてるってことは大当たり? やったー」

勇者「す、すごいですね……」

魔導師・青「それで、何かお困りかしらー?」

勇者「いえ、大したことじゃないんです。 ちょっと窓を拭く順番を考えてて……」

魔導師・青「あらー? お掃除屋さんなの?」

魔導師・青「身構え方が戦い慣れてそうだから兵隊さんだと思ったわ」

勇者「い、いえ……別に怪しい者じゃないです」

勇者「……あれ?」

勇者「僕、今女物の服着てますよね?」

魔導師・青「ああ、ごめんなさいねー」

魔導師・青「私、目が見えないから分からないの」

勇者「!!」

勇者「ほ、本当ですか? ならなんで……?」

魔導師・青「魔法で熱と振動を感知してるの」

魔導師・青「昔は魔眼を持ってたんだけどねー」

魔導師・青「やたら羨ましがる貴族の人がいたからプレゼントしたのよ」

勇者「……え?」

魔導師・青「そしたらその人、断った上に払いのけて汚したのよ?」

魔導師・青「それで使い物にならなくなっちゃったの。 ひどいと思わない?」

勇者(この人……)

魔導師・青「まあ、慣れると魔法でみる景色もいいものよー?」

魔導師・青「よく見えない分、心理なんかは読み取りやすいし」

勇者「心理、ですか……」

魔導師・青「新しく入ったあなたは……普段は男装していて」

魔導師・青「戦闘慣れしてるけどお掃除屋さんとしてここに来たのね」

魔導師・青「覚えておくわ。 じゃあまたねー」フリフリ

勇者「……はい、ではまた」

勇者「……」

勇者(あの人の言動、怖いと言うより違和感がある……)

勇者(身構え方まで音で分かるなら服のこすれる音だって聞こえるはず……)

勇者(少なくとも兵隊だと思ったのは嘘だ……)

勇者(つまりわざわざ自分から眼の話をしたってこと……?)

勇者(怖い方の魔導師……心理に詳しい……ってことは)

勇者「……」

勇者「あ、結局窓どうしようかな」

勇者「ふぅ……ふぅ……」

勇者「ようし、全部拭ききったぞ」

王宮使用人「なにをやっているんですか」

勇者「あ!王宮使用人さん! 今終わりましたよ!」

王宮使用人「確かに窓は綺麗になりましたが……それに映る自分の姿を見なさいな」

勇者「あ……」

王宮使用人「その服も、あなた自身も王宮の飾りなんですよ」

王宮使用人「もう少し汚れないようにしてください」

勇者「すみません……」

勇者(怒られちゃった……)

女魔導師「おー、ずいぶん綺麗になったわね」

勇者「あ、女魔導師さん。 窓だけだけどね」

女魔導師「……」

勇者「……」

女魔導師「ぷっくく……」

勇者「笑わないでよ」

女魔導師「ごめんなさい。 似合ってないわけじゃないのよ」

女魔導師「ただ普段と比べると可笑しくって……」

勇者「むー……」

女魔導師「それじゃあ次は私の雑用ね」

女魔導師「この荷物を突き当たりの部屋までお願い」

勇者「うん、分かった」

ヒョイッ

女魔導師「……あなたって結構力持ちね」

勇者「あはは、ゴミはこれより重たいからね。 じゃあ行ってくるよ」


女魔導師「……そうよね」

女魔導師「笑えるうちに笑っておかないと、ね」

勇者「この物置部屋だな」

ガチャ

城門兵「ん?」

勇者「あ、失礼します」

勇者「ええと、あなたは確かお城の門番の……」

城門兵「どこかで会ったか? 初顔合わせだと思うが……」

城門兵「んー……?」

勇者「その、あまり見ないでください……」

城門兵「ああ、ドラゴンが飛来してきたときの」

勇者(ドラゴン……)

勇者(……)

勇者(いや、今考えることはそれじゃない)

城門兵「その手に持っているのは広間に飾ってあった美術品だな」

勇者「えっ?」

城門兵「ここのモノ置き場はもういっぱいだ。悪いが他の部屋を探してくれ」

勇者「あ……ええと……」

勇者「あっ。 あの棚の上があいてますよ」

城門兵「たしかにそうだが……俺の背でも届かないぞ」

城門兵「踏み台でも探してやりたいところだが、もう城門へ行く時間だ」

勇者「たぁっ」

バッ

城門兵「なっ――」

トン

勇者「よいしょっと」

スタッ

勇者「ふぅ……置けました」

城門兵「すごいな……その服装であそこまでの跳躍を……!」

勇者「……」

勇者「あ"っ」

城門兵「??」

勇者「み……見ました……?」

城門兵「なんだ?実力を隠していたのか?」

勇者「あ、いや……な、なんでもないです……」

勇者「……」

勇者(危ない……スカート履いてるってこと忘れてた……)

城門兵「じゃあ俺はそろそろ……」

ガチャ

男爵「お、先客がいたか」

勇者(!! 貴族の人……)

城門兵「これは男爵様。 私は丁度出るところです」

男爵「なんだそうか」

男爵「……お前は?」

勇者「は、はい! 今日からここで雑用をさせてもらっている勇者です!」

男爵「ふむ……」

男爵「よし、お前は残れ」

城門兵「では私はこれで」

城門兵「くれぐれも粗相のないようにな」ヒソヒソ

勇者「……」コクリ

ガチャ バタン

勇者「……なにかご用でしょうか」

男爵「ああ、なあに」

男爵「少し相手をしてもらうだけだ」

勇者「……」

トン

男爵「ふむ……動かし方ぐらいは知っているかと思ったが……」

勇者「す、すみません……初めてなもので……」

勇者「なにかおかしかったですか?」

男爵「ポーンは正面の駒を取ることはできないぞ」

勇者「あ、そうなんですか」

勇者(……)

勇者(なんで僕はチェスなんてしてるんだろう……)

男爵「チェックメイトだ」

勇者「もう逃げ場がない……僕、いえ私の負けですね」

男爵「よし、もう一回だ」

勇者「え……まだやるんですか?」

男爵「ああ。 時間を潰さねばならん」

男爵「大臣との会食をやり過ごす必要があるからな」

勇者「!!」

勇者「大臣……様との約束があるんですか?」

男爵「約束というほどではない」

勇者「えっと……行かなくてよいのですか?」

男爵「ああ。そのほうが両方に顔が立つ」

勇者「……それはいったい」

男爵「ほう。 やけに食い付くな」

男爵「なにか知りたいことがあってここにきたのか?」

勇者「あ、いや……それは……」

男爵「では」

男爵「次の勝負にお互いの情報を賭けようか」

男爵「お前が勝てば大臣について知っていることを全て話そう」

男爵「私が勝ったら先ほどの質問に答えてもらう」

勇者「待ってください! そんな、賭けだなんて……」

男爵「ただの余興だ。 お前の情報はそれ以上の価値が有るのか?」

勇者「それは……」

男爵「あまり貴族に手間を取らせるな」

男爵「受けぬのならば、お前を紹介したあの王宮魔導師に聞くだけだぞ」

勇者「なっ! 知っていたんですか!?」

勇者(……あ、しまった)

男爵「当たりか。 まあ王宮に来る手段など限られているからな」

勇者「ぐぅ……」

男爵「そもそもお前に選択権は無い」

男爵「使用人一人の情報などその気になればいつでも手に入る」

男爵「今回はそれを守る機会に加え、報酬まで用意しているのだ」

男爵「全力で相手をし、真実を話せ」

男爵「これはお前の義務である」

勇者「……分かりました。 お相手します」

――

男爵「……チェックメイトだ」

勇者「あ……」

勇者(負けてしまった……)

勇者(まだここに来たばかりなのに……女魔導師さんに無理を言ってもらったのに……)

勇者(それを……僕が未熟なせいで……)

男爵「ふむ、気に入った」

勇者「……えっ?」

男爵「貴族同士で戦えば身分の差がうっとうしくなるもの」

男爵「使用人は勝とうという熱意がない」

男爵「魔導師共は強い上に手を抜くから一番つまらん」

男爵「お前は丁度いいのだ」

男爵「さて、では聞こう」

男爵「なぜ王宮に来た? 給金とは別の狙いがあるのだろう?」

勇者「……」

勇者(この人は大臣とつながっているのかもしれない)

勇者(だからといって下手に嘘をつくと女魔導師さんに迷惑がかかる)

勇者(それなら……)

勇者「水魔人という魔族から逃げるためです」

勇者(正直に話そう)

勇者(大臣と会いたがらないってことは、なにかを嗅ぎとっているのかもしれないし)

勇者(もしかしたら味方になってくれるかもしれない)

男爵「魔族? 人に化けるという、あの魔族か?」

勇者「はい。 水魔人は人間に化けたスライムです」

勇者「体が綺麗な水でできていたので王都以外の場所から来たものでしょう」

男爵「ふむ……普段ならくだらん話だと一蹴するところだが」

男爵「アレを見た後だとそうもいかんな」

勇者「ドラゴン……!」

男爵「姫様……無事だといいがな」

勇者「……」

男爵「どうした?」

勇者「王宮の人達は落ち着いてますね」

勇者「あれだけのことがあったのに……なぜ……」

男爵「……」

男爵「うかつな発言はできないが、皆落ち着いているわけではない」

勇者「ということは、他に何かあるのですか?」

男爵「ふーむ」

男爵「またお互いに欲しい情報が増えてしまったな」

男爵「もう一戦……といきたいが、そろそろ時間だ」

男爵「また指してくれ」

勇者「……はい」

同日夜

勇者「うん、やっぱりこの格好が一番動き易いや」

女魔導師「なんだ、着替えちゃったの」

勇者「あの格好で魔物と戦ったら服がボロボロになるからね」

勇者「それじゃあ行こうか」

女魔導師「はぁ……まさかゴミ掃除の護衛をすることになるなんてね」

スタスタ…

勇者「そういえば、もう一人連れてくるって言ってなかった?」

女魔導師「何人かに声はかけたけど断られたわ」

女魔導師「……というより、こちらから断らざるを得なくなった」

勇者「えっ?」

「お、見つけた」

女魔導師「っ!」

魔導師・赤「やー、良かったよかった」

魔導師・赤「気づいたら先に行ってるんだもんなー。 ちょっとひでーんじゃねーの?」

女魔導師「赤様……申し出は断ったはずですが」

魔導師・赤「んん? でも二人しかいないだろ?」

魔導師・赤「オレに席を開けてくれてるのかと思ったぜ」

女魔導師「あなたが来たがってるから、誰も協力してくれなかったんですよ」

魔導師・赤「またまた~、オレそんなに嫌われてないぜ?」

女魔導師「……時間なので失礼します」

女魔導師「行くわよ勇者」

勇者「う、うん」

魔導師・赤「おいおい。待ってくれよ」


魔導師・赤「……ま、後をつけりゃいいか」

――

店員「お、勇者ちゃん! 今日は彼女連れかい?」

勇者「あはは、違うよ」

女魔導師「王宮魔導師の者です。最近は物騒なのでこの辺りの見回りをしています」

店員「ほー……そりゃ心強いねえ」

店員「でもね、勇者ちゃん」

勇者「うん?」

店員「守られてばかりじゃダメだよ」

店員「あんたがしっかりしなきゃね」

勇者「……うん、分かってるよ」

ワイワイガヤガヤ

勇者「それにしても……賑やかだね」

女魔導師「冒険者ってのは命知らずなのね」


行商人「……」


女魔導師「勇者、あそこ」

勇者「えっ?」

女魔導師「あの男の持っている壺……魔力反応があるわ」

勇者「こんばんは」

行商人「なんだ?」

勇者「ちょっとその壺を見せてもらっていいですか?」

行商人「ああダメだ、これは売り物じゃない」

行商人「見本みたいなもんだ。昼間露店でこれと同じような物を売ってるからよ」

勇者「見本なら見せてくれても……」

行商人「触るのは駄目だ。悪いな」

女魔導師「その在庫を見せてもらえませんか?」

行商人「はあ? だから昼間来てくれよ」

女魔導師「では……この見本を売っていただけませんか?」

行商人「なんなんだよあんたら……これは曰く付きなんだよ」

勇者「いわくつき?」

行商人「ああ、王都外れの泉に落としてしまってな」

行商人「変な出来事があったから売るわけにはいかないんだ」

行商人「酒場なら魔物ハンターがいると思ったんだがな……」

行商人「どうも腕利きの連中は別口で動いてるらしい」

勇者「それって……」

ドシュッ

行商人「!?」

勇者「女魔導師さん! あぶなっ……」

女魔導師「くっ!」

パキッ

カランカラン…

勇者「すごい……飛んできた水滴を凍らせて止めた!」

女魔導師「いや……あたしは勢いを止めただけ……」

勇者「えっ?」

女魔導師「……ううん、それは後ね」

女魔導師「水滴が針のような形状で凍ってるわ」

勇者「う、うん。まずはこれに聖火をあてよう」

ジュウ…

勇者「これでいいかな?」

女魔導師「そうね。魔力の反応はなくなったわ」

女魔導師「さてと」

女魔導師「この壺について話してもらおうかしら」

行商人「い、今のは……水魔人か!?」

勇者「えっ?」

――

女魔導師「なるほど……王都に来るまでにそんなことが」

行商人「この壺が泉に落とした物なんだ。 やっぱり売らなくて正解だったか」

勇者「その泉が水魔人の本来の住処なんだろうね」

勇者「それにしても、なぜあいつは王都に来たんだろう……」

女魔導師「ドラゴン騒ぎに便乗するためじゃないの?」

勇者「今の王都はドラゴンの影響で魔物が生まれにくくなってるんだよ」

行商人「うーん……あいつに聞けば分かるんだろうがな……」

勇者「吟遊詩人さん……」

行商人「言っとくがオレはまだ信じてないぜ」

行商人「一人で魔族を圧倒していたあいつがやられたなんてな」

女魔導師「ひと目で死体と分かる傷を負っていたそうよ」

女魔導師「残念ながら討伐隊は全滅。これは紛れもない事実よ」

勇者「……なんで全滅なんだろう」

女魔導師「えっ?」

勇者「あの人達が最後の一人になってまで戦うのかな……と思って」

女魔導師「逃げることもできなかったんじゃないの?」


店員「勇者ちゃん、ゴミここに置いとくよ」

勇者「あ、うんありがとう。 すぐに行くよ」

――

女魔導師「な、なによこのボロ樽……めちゃくちゃ重たい……」

勇者「僕が運ぶよ、中にゴミが入って重いからね」

女魔導師「こんなのを毎日運んでたらそりゃ力もつくわね」

勇者「今日はたまたま使わなくなった樽があったから、まだ運びやすいよ」

女魔導師「普段はどうやってゴミを運ぶのよ」

勇者「蓋のついたバケツとかかな」

女魔導師「……女の仕事じゃないわね」

勇者「あはは、確かに華やかさは無いね」

勇者「服も汚れていいものにしないといけないし……」


荒くれA「よう、ねーちゃん。こんな夜道で散歩かい?」

女魔導師「……なるほど、この手の連中に絡まれるわけね」

荒くれB「お、何だお前」

勇者(もう一人……)

荒くれB「でかい荷物持ってんな。 くれよ」

勇者「これはゴミだよ」

荒くれB「嘘つけ! ゴミなんか大事に運ぶわけねえだろ!」

荒くれB「いいからよこしな!」

バッ

勇者「うわっ!」

パシッ

荒くれB「! 受け止めやがった!」

勇者(な、なんだこの人……)

ググ…

荒くれB「大事に抱えてた古い樽……変な臭いもするし、中身は旨い酒だな!」

勇者「だからゴミだって……」

勇者「!!」

勇者「あぶない! 伏せて!」

グィッ

荒くれB「あっ!?」

ドガァアンッ!


勇者「ば、爆発の……魔法……?」

魔導師・赤「おいおい。 なんでお前が庇うんだよ」

勇者「あなたは……王宮出口までついて来た……」

魔導師・赤「おう、こっそり護衛しに来たぜ」

勇者「もしかして酒場で水滴を凍らせたのも?」

魔導師・赤「ああ、オレだ」

勇者「……氷にしたせいで殺傷力は上がりましたよ」

魔導師・赤「そんなつもりじゃねーよ。 推進力がなくなると思ったんだ」

荒くれB「お、お前は……!」

魔導師・赤「おっと、やっぱりオレのお客さんだったか」

魔導師・赤「すまねえな二人共、巻き込んじまって」

魔導師・赤「きっちり殺しとくからよ」

女魔導師「突風の魔法!」

ドゴォッ

荒くれA「ぐあッ!!」

女魔導師「気安く触らないで!」

…ドサ

荒くれA「ぐ……うぅ……」

女魔導師「よし、ノビたわね。 身柄を確保……するまでもないかしら」

女魔導師「!!」ピクッ

女魔導師「赤様! やめてくだ……」

ドガァンッ!

荒くれA「ぐぁあああああ!」

魔導師・赤「おー? 上半身を吹っとばすつもりだったんだが」

荒くれA「熱い! 熱い!喉が焼ける……!」

魔導師・赤「顔面が焦げただけかー。 うまくかわしたなー」

魔導師・赤「んじゃもう一発」

スッ…

グィ

荒くれA「おおっ!?」

女魔導師「ひとりでに動いた!?」

魔導師・赤「なるほど。服を動かして引っ張ったのか」


魔導師「うげ! フリだけかよ」

魔導師・赤「久しぶりだな」

魔導師「……赤さんも元気そうで」

荒くれA「その声! あ、兄貴か!?」

荒くれB「兄貴! 助けてくれ!」

魔導師「うるせェてめえら! 少し黙ってろ!」

魔導師・赤「ふーん。そういうことか」

女魔導師「あ、あんた……」

女魔導師「落ちるところまで落ちたわね……」

勇者「ま、魔導師さん!?」

魔導師「よう勇者。 吸血鬼の時以来だから十日ぶりだな」

勇者「この人達と知り合いなの?」

魔導師「ああ、"王宮魔導師をクビになった"ってのが思ったより足を引っ張ってな」

魔導師「貴族を敵にまわしたくないんだろう、オレを欲しがる職場が無いんだ」

魔導師・赤「お前やらかしたからなー」

魔導師「それで憂さ晴らしに路地裏で喧嘩してたら……」

荒くれA「兄貴ー……」

荒くれB「なんとかしてくれよー……」

魔導師「変な舎弟ができちまった」

魔導師「というわけで、見逃してやってくれませんかね」

魔導師・赤「ダメだ」

魔導師・赤「試したい魔法もいくつかあるしな」

勇者「な、なんでそこまで……」

魔導師・赤「こいつらは元々オレを殺しにきた」

魔導師・赤「公爵派に雇われたゴロツキさ」

荒くれA「ぐ……」

魔導師「なんだお前ら殺しかよ。庇いようが無いじゃねえか」

荒くれA「た、確かに最初はそうだったけどよ!」

荒くれB「待ち伏せ前にちょっと酒を飲んだらよ!」

荒くれB「殺しなんて気分じゃなくなったんだよ!」

魔導師・赤「ビビったわけだ。 呆れるほど小物だな」

魔導師・赤「さて! もう少し火力を上げようか!」

女魔導師「赤様」

女魔導師「殺したら情報は引き出せませんよ」

魔導師・赤「どうせ何も知らねーよ」

勇者「……」

魔導師・赤「チッ」

魔導師・赤「あーもう分かった分かった。あとは緑ちゃんに任せるよ」

魔導師・赤「ほい。確保っと」

荒くれB「くそッ! 離しやがれ!」

魔導師・赤「別にそれでもいいぜ? 楽にしてやろうか?」

荒くれB「ぐ……」

女魔導師「赤様」

魔導師・赤「だから冗談だって」

魔導師「……本当に殺しかねないな」

魔導師「おいバカ女」

女魔導師「……」

魔導師「バカ女っつったらお前だろ。 赤さんについていってくれよ」

女魔導師「はあ?」

女魔導師「あんた何言ってんのよ」

魔導師「俺はこいつらを助けるために姿を晒したわけで」

女魔導師「だからなに?」

魔導師「殺人も未遂どころか仕掛けてないわけだし、骨ぐらいは拾ってやらなきゃならん」

荒くれA「兄貴……」

魔導師「ここまま赤さんに任せるのは落とし所にならねえんだよ」

魔導師・赤「殺したりしねーって」

女魔導師「あんたが付き添えばいいじゃない」

魔導師「俺はもう城に入れないからなあ」

魔導師「それにこの後の用事に顔を出せなくなるんだよ」

女魔導師「知ったこっちゃないわ。 見捨てれば?」

魔導師「なんだよ。 お前頼られるの好きだろ」

女魔導師「ほぼ浮浪者の頼み事なんてまっぴらごめんよ」

女魔導師「それに今頼まれ事の真っ最中なんだから」

勇者「そういうことなんだ。 ごめんね」

魔導師「ふーん」

魔導師「じゃあしかたない。 赤さん、俺が城の近くまで付いていきますよ」

魔導師・赤「はは、クビになったとたん生意気になったな」

魔導師「それじゃ、勇者」

勇者「うん? 僕?」

ピッ

魔導師「そこに書いてある場所へ行ってきてくれ」

勇者「いいよ。任せて」

女魔導師「なっ!?」

――

勇者「……行っちゃったね」

女魔導師「あなったねえ!!」

女魔導師「なんでこんな時間に厄介事を安請け合いしてるのよ!」

女魔導師「水魔人に狙われてるから護衛してくれって言ったのは勇者でしょ!」

勇者「う、うん。 本当にごめん」

勇者「でも多分この場所にあるよ。 魔族の手がかり」

女魔導師「えぇっ?」

勇者「魔導師さんはお酒が入ってなければ冷静な人だから」

勇者「僕に頼んだ用事は……必ず意味がある。と思うよ」

女魔導師「あのねぇ。 あのバカとの付き合いはあたしの方が長いのよ」

女魔導師「あいつはいい加減で嘘つきで、常に人を見下してて」

女魔導師「なんでも自分で勝手に行動して、なんにでも首を突っ込んで……」

女魔導師「人を利用して……利用されて……それから……」

勇者「女魔導師さん」

勇者「この用事、行く価値はあるかな?」

女魔導師「……」

女魔導師「たぶん……ある」

――

女魔導師「王都北西の出口……ドラゴンのいる塔とは反対側ね」

女魔導師「こんな場所でなにするんだか。 このままだと夜が明けちゃうわよ」

勇者「用事の内容は書いてなかったから、他に誰かがいるんだと思うけど……」


「そっちに行ったぞー!」

女魔導師「な、なに!?」

勇者「こっちに向かって来る!」


ガサガサ バッ

狼「ガォオン!!」

勇者「うわっ! オオカミだ!」

狼「オォッ!」

バシッ

狼「グッ!?」

勇者(危ない……いきなり噛み付こうとしてきたぞ)

女魔導師「離れて勇者! 突風魔法!」

ゴォッ…ドゴ!

狼「キャイン!」

女魔導師「ふん、口ほどにもないわね」

狼「グゥ……」

勇者「頭を打って気絶したみたいだ」

女魔導師「この狼が目的だったのかしら」


武闘家「おい。 大丈夫か」

勇者「あ、武道家さん」

武闘家「やはりお前も参加していたか」

勇者「えっ?」

武闘家「魔物に関係のある現場に現れると思っていたぞ」

女魔導師「魔物? その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」

武闘家「……誰だ?」

女魔導師「王宮魔導師の者です」

武闘家「……」

女魔導師「?」

武闘家「お前のことを聞いたが、お前に聞いたわけではない」

女魔導師「なぁっ?」

勇者「この人は女魔導師さん。 僕の大切な友達だよ」

武道家「そうか」

女魔導師「勇者、この失礼な奴は誰なのよ」

勇者「こっちは武闘家さん。 えっと……最近知り合った強い人だよ」

女魔導師「最近で強い? ドラゴン目当ての冒険者なの?」

武闘家「……」

勇者「武闘家さん?」

武闘家「その通りだ」

女魔導師「……その面倒な話し方をやめてもらえるかしら」

勇者「そうだよ。 よくないよ」

武闘家「俺は魔導師という人種が好きではない」

武闘家「魔法は自分の心に精神的負荷をかけて出すもの」

武闘家「感情をコントロールして自発的に相手を恨み」

武闘家「屈折した感情に魔力を乗せると」

ボッ

勇者「わっ。 火がついた」

武闘家「魔法として発現する」

武闘家「俺にできるのは手のひらから炎を出す程度だが、それで十分だ」

武闘家「本来搦め手として利用するものであって、それを難なく戦闘の主力にするということは」

武闘家「自分は性格がひねくれていると言っているようなものだぞ」

勇者「ええっ? そ、そんなことはないよね?」

女魔導師「さあ、どうかしら。 割とよく聞く話よ」

女魔導師「現に色付きの魔導師様は変人ぞろいだしね」

女魔導師「でもね……」

女魔導師「魔法の本質は知識と才能よ」

女魔導師「複数の魔法を覚えるためには、それなりの情報量を頭に叩き込む必要があるわ」

女魔導師「勉強して実践して……やっとその魔法に適正があるのかが分かる」

女魔導師「王宮魔導師になれるのはほんの一握り」

女魔導師「その過程でひねくれる人も多いんでしょうけど」

女魔導師「一括りにして馬鹿にされるのは気分が悪いわね」

武闘家「だそうだ。 どちらを信じる?」

勇者「女魔導師さん」

武闘家「理由は」

勇者「尊敬できる立派な人だから!」

女魔導師「……あなたはもう少しひねくれた言い回しをして頂戴」

武闘家「お前がそこまで言うならいいだろう」

武闘家「一緒にくるといい。 報酬も山分けだ」

勇者「えっと……そもそもこれは何の集まりなの?」

女魔導師「ただの狼狩りを夜にこっそりやるのはおかしいわよね」

武闘家「狼もターゲットだが、本命はウルフだ」

勇者「ウルフ……狼の魔物?」

武闘家「ああ。 この辺りで目撃情報があった」

勇者「分かった。 魔物がいるなら僕達も協力するよ」

女魔導師「ちょっと! その前にここの依頼主を聞かないと……」

武闘家「一応それは機密情報らしい。 今は現場の責任者に聞いてくれ」

勇者「責任者?」

武闘家「森に入ろう。 中で狩りをしているはずだ」

――

ザッザッ……

女魔導師「獣道を歩くなんて……はぁ、服を新調するはめになりそうね」

勇者「わぁー……大きな木がいっぱいだ……」

女魔導師「当たり前でしょ、何言ってるのよ」

勇者「森に入るなんて初めてだよ」

女魔導師「こんな近所なのに?」

勇者「そういえば……門の外にでるのも初めてかもしれない」

女魔導師「ふーん」

勇者「あ、あそこに煙が立ってる。 もしかして火事が!?」

武闘家「狼煙だ。 合流しよう」

勇者「……え」

女魔導師「のろし。 人に知らせる煙のことよ」

勇者「うん、ありがとう……」

武闘家「この先だな」

勇者「やっと開けた場所に出る……森って歩きにくいんだね」

女魔導師「……いた」


門番「!!」

勇者「あ、門番さん!」

武闘家「なんだ、知り合いだったのか」

女魔導師「あなたって顔が広いわね」

勇者「そうかな?」

門番「勇者、だったな。 今日はどうしてここへ?」

勇者「魔物がいると聞いて」

門番「そうか、残念だったな」

勇者「?」

武闘家「それで、徴集の内容は」

門番「狩り終了の合図だ」

勇者「ウルフって魔物を倒したんですか?」

門番「いや、今日も見つけることはできなかった」

勇者「じゃあまだこの森には魔物が?」

門番「……いや。 おそらくは」

勇者「??」

門番「先に聞いておく」

門番「お前は公爵派の人間なのか?」

女魔導師「!!」

勇者「なんの話ですか?」

門番「派閥争いとは関係なくこの森へ来たのか?」

勇者「ええと……まだ全然分かってないんですけど」

勇者「もしかするとこの狼狩りが魔族に関係してるかもしれないんです」

武闘家「なに?」

門番「どういうことだ? 魔族が魔物狩りをさせていると?」

女魔導師「魔族の目的とかはまだ分からないけど」

女魔導師「今更あのバカが権力争いに首突っ込むとは思えないしね」

女魔導師「なにか別に思惑があると思うの」

門番「元々ここに来る予定だった者のことか。 単純に礼金狙いじゃないのか?」

女魔導師「……その可能性はあるけど」

勇者「……」

門番「いいだろう、お前には借りがある」

門番「この狼狩りはおそらく公爵派のブラフだ」

女魔導師「なっ!?」

門番「ウルフなど最初から存在していない」

門番「ドラゴンに対して兵を出させない口実だ」

勇者「兵隊をドラゴンから守ってるってことですか?」

門番「建前はそうだろうな」

門番「だが権力争いの目的など二つに一つ」

門番「保身か……躍進だ」

勇者「!!」

勇者「公爵より上の権力者って……」

門番「分かったか。 姫の救出を妨害し王となるのが公爵の目的だ」

女魔導師「……勇者、帰るわよ」

勇者「え?」

女魔導師「あなたの言ったとおりここに来た意味はあったわ」

門番「お前たちがこの情報をどう使おうと勝手だが」

門番「吸血鬼の時のように王都の為になると信じているぞ」

勇者「はい! ありがとう門番さん!」

――

勇者「あれ? 裏口からもどるの?」

女魔導師「もう夜も遅いわ。 怪しまれないほうがいいでしょ?」

勇者「う、うん……」


夜回り兵「女魔導師殿」

女魔導師「!」

夜回り兵「今お帰りですかな?」

女魔導師「そうよ」

勇者「……」

夜回り兵「おや……女魔導師殿が男を連れ込むとは以外ですな」

女魔導師「ぐ……」

女魔導師「そんなところよ。 みんなには黙ってて」

夜回り兵「はは、分かりましたよ」

勇者「!?」

スタスタ

勇者「ちょ、ちょっと女魔導師さん!」

女魔導師「いいから静かにしてなさい」

スタ、スタ、スタ…

勇者「王宮の二階……」

女魔導師「夜分に使用人は入れない場所よ。 どのみちコソコソしなきゃダメだったの」

勇者「じゃあ僕はその使用人さん達が寝泊まりする場所に行ったほうが」

女魔導師「あそこは満室よ」

女魔導師「それと魔眼持ちのいない使用人の中で寝るのは危険かもしれないわ」

女魔導師「あと話すこともあるわ。 あたしの寝室に来なさい」

ガチャ バタン

女魔導師「よし……見られたのはあの兵だけね」

勇者「わあ……大きな部屋」

女魔導師「早く寝たいからさっさと本題を話すわね」

女魔導師「狼狩りの件は明日あたしが直接公爵様に聞くわ」

勇者「えっ? そんなことできるの?」

女魔導師「できるもなにも」

女魔導師「あたしも公爵派の人間なのよ」

勇者「え……」

勇者「それじゃあ僕の家で聞いた話は……」

女魔導師「そうよ。 全部実際にありえること」

女魔導師「まだあたしを信用できるかしら?」

勇者「え? うん」

女魔導師「……」

女魔導師「からかいがいがないわね」

女魔導師「まあいいわ。 狼狩りに魔族が関係しているなら、なにか情報がつかめるはずよ」

勇者「それじゃあ……お願いするよ」

女魔導師「ええ。 任せておきなさい」

勇者「本当にありがとう。 最近頼りっぱなしだね」

女魔導師「そういう仕事よ。 大変だけど充実してるわ」

――

「いいか勇者、私達は特別な力を持っている」

「とても強力な力だ。 使い方によっては大金を得ることもできるだろう」

勇者(9)「じゃあ、ぼくが聖火を覚えたらお金持ちになれるの?」

「なれるさ。 だが私達はもっと簡単に幸せになれる」

勇者(9)「どういうこと?」

「この力を人の為に使うんだ」

勇者(9)「それでしあわせになれるの?」

「ああなれるとも。 必ず幸せを実感できる時がくる」

「勇者、お前は私の一人娘だ。 じき力に目覚めるだろう」

「そうすれば私の力は消え、勇者が使命を負うことになる」

勇者(9)「お父さんのお仕事をぼくがするの?」

「そうなるな」

勇者(9)「それじゃあお父さんは幸せじゃなくなるの?」

「ははは。 そんなことはないよ」

「本当の幸せは決して逃げていかないからね」

――

チュンチュン…

勇者「ん……朝、か……」

勇者「父さんの夢なんて久しぶりにみたな……」

勇者「おはようございます」

王宮使用人「おはようございます。 勇者さん」

王宮使用人「今日は庭園の仕事をお願いします」

勇者「植物の手入れですか。 経験がないんですけど……」

王宮使用人「現場の指示に従えば大丈夫です」

勇者「分かりました。 行ってきます」

王宮使用人「頑張ってくださいね」

――

勇者「ここが王宮の中庭か、広いところだなあ」

勇者(……王宮を歩くたびに広いって言ってるな、僕)

庭師「おや、新入りさんかな」

勇者「あ、おはようございます! 昨日から雑用をさせてもらってる勇者です」

庭師「ははは。 元気のいい娘さんだ」

勇者「僕はなにをすればいいでしょうか?」

庭師「簡単な仕事だ」

庭師「そこらに切り落とした枝が転がっているだろう? これを掃いてまとめて欲しい」

勇者「わかりました」

ザ…ザ…

勇者(慣れない仕事かと思ったけど、箒を使った掃き掃除なら大丈夫そうだ)

勇者「……」

勇者(そういえば……)

勇者(僕の箒は戦士さんに預けっぱなしになっちゃったな)

魔導師・赤「よう、新入りさん」

勇者「わっ! びっくりした……」

魔導師・赤「お、その声。 やっぱり昨夜女魔導師といたやつか」

勇者「あなたは、ええと……」

魔導師・赤「赤、でいいぜ。 そう呼ばれ慣れてる」

勇者「赤さん、昨日の人達はどうなりました?」

魔導師・赤「あの荒くれ共か。 結局何も知らなかったみてーだ」

魔導師・赤「そそのかした奴はご丁寧に顔を隠していたらしい」

勇者「二人の処分は?」

魔導師・赤「そっちのが重要かよ。 今日の昼頃解放するそうだ」

勇者「お咎め無しってことですか?」

魔導師・赤「頼まれただけで実行してないからな。 オレへの罪はない」

魔導師・赤「お前らが襲われたことを証言すりゃ牢屋にぶち込めるが」

勇者「いや、いいですよ」

魔導師・赤「ま、罰なら緑ちゃんが与えてくれただろうし」

魔導師・赤「これがあいつの言う落とし所なんかね」

勇者「……そうですね」

魔導師・赤「んじゃーまたな。 掃除がんばれよ」

勇者「はい、ありがとうございました」

勇者「庭師さん」

庭師「おや、どうしたんだい?」

勇者「散らばっている枝を集め終わりました」

庭師「ほー……ずいぶん早いね」

勇者「そうですか? 途中で話をしたりしたのに……」

庭師「それは素晴らしい」

庭師「貴族の方や王宮魔導師の相手をするのも使用人の仕事だよ」

勇者「ええと……ありがとうございます」

勇者(褒められちゃった……なんだか新鮮かも)

庭師「……王宮ではあまり見かけないタイプだね」

勇者「はい?」

庭師「仕事ができる人間は多くいる」

庭師「ここには王都中から人が集まってくるからね」

庭師「だけど君のように素直な人は珍しい」

庭師「これからきっと、色んな人に必要とされるだろう」

勇者「な、なんだか照れますね」

庭師「だから……気をつけるんだよ」

勇者「?」

――

王宮使用人「おや、早かったですね」

勇者「はい。 庭師さんがお昼まで休憩していいと」

王宮使用人「そうですか……しかし、あなたを暇にさせるなと女魔導師様に言われています」

勇者「あはは、そうですか」

王宮使用人「女魔導師様が帰ってくるまで奥の部屋の整理をお願いします」

勇者「分かりました」

コンコン

勇者「失礼します」

ガチャ

新人使用人「んー? だれ?」

執事「確か昨日入った新入りさんですな」

新人使用人「え!? あなたが!?」

新人使用人「わーいよろしくよろしく! わたしもやっと先輩だよー!」

勇者「よ、よろしくお願いします」

新人使用人「まー座って座って!」

勇者「は、はあ……」

新人使用人「あ、今お菓子出すね!」

勇者「あの、僕はここの整理を頼まれて……」

執事「ここは使用人の休憩室」

執事「置いてあるものは全て私達の私物です。整理も何もありませんよ」

勇者「え? そうなんですか?」

新人使用人「王宮使用人さんに頼まれたんでしょー? あの人真面目だから」

新人使用人「遠回しに"休んでいいですよ"って言ったんだと思うな」

勇者「ありがとうございます」

勇者「でも、仕事に戻ろうと思います」

新人使用人「えー? なんでなんで?」

勇者「僕は無理を言ってここに住まわせてもらっているので」

勇者「その分のお返しをしないと」

新人使用人「へー……すごーい」

執事「それは良い心がけですが、無理は禁物ですよ」

新人使用人「お菓子お口にぎゅむー」

ギュム

勇者「むぐ!?」

新人使用人「甘いものは元気をくれるよ! それ食べて頑張ってね!」

勇者「ふぁ、ふぁい……ふぁふぃがふぉーございます」ムグムグ

バタン

新人使用人「行っちゃった。 真面目そうな子だったね」

執事「仕事もよくやってるそうですよ」

新人使用人「ふーん……」

執事「愛嬌もあるそうな。さっそく立場がありませんな」

新人使用人「いいもーん。 わたしは楽して得するもーん」


魔導師・緑「あの人……ドラゴンの討伐に志願してた人ですよぅ……」

新人使用人「あれ、緑様。 起きてたんですか?」

執事「あなたがうるさかったのでは?」

新人使用人「ドラゴンのとうばつ試験って執事さんも行ってなかった?」

執事「はい。 ですが試験官が現役の魔物ハンターの方だったので諦めました」

新人使用人「執事さんはもう引退したもんね」

執事「しかしあのような女の子があの場にいましたかな……?」

魔導師・緑「そういえばあの子、男装してましたぁ」

新人使用人「そうなんですか。 なんでだろうね?」

執事「どうやらワケありのようですな」

魔導師・緑「大魔導師様とも何度か会話していましたし……」

魔導師・緑「調べてもらえますかぁ?」

執事「かしこまりました」

新人使用人「はーいっ」

――

勇者「王宮の書庫……ここの掃除ですね」

王宮使用人「貴重な本もありますので慎重にお願いしますね」

勇者「分かりました。 頑張ります」


パタパタ…

勇者「学術書や魔導書、それに王都の歴史……」

勇者「なんでもあるなあ……すごいや」

勇者(この辺は医学書……あれ、ごっそり空いてるな)

勇者(誰かが使ってるのかな……?)

勇者「……お」

勇者(棚の上にしおりの紐みたいなのが見える)

勇者(あれが医学書の一部かな)

バッ

勇者「よっ……と。 なんとか届いた」

勇者「あれ、医学書とは違うみたいだ」

勇者「えっと……汚れてて表紙がよく見えないけど……」

女魔導師「英雄譚みたいね。 王宮では珍しい蔵書だわ」

勇者「あ、女魔導師さん!」

女魔導師「おまたせ。 公爵様から聞いてきたわ」

女魔導師「ウルフ……知性のある狼の目撃情報は本当にあったみたい」

勇者「えっ」

女魔導師「でも目撃者が酔っぱらいで、信憑性は全くないけどね」

女魔導師「公爵様はそれを口実にしてドラゴン退治を後回しにしようとした」

女魔導師「狼狩りはもっと大々的に行われるはずだったそうよ」

勇者「後回しってつまり……」

女魔導師「たくさんの兵を出しても犠牲者が増えるだけだから」

女魔導師「姫様の救出は見送る……とハッキリ言ってくださったわ」

勇者「そう、なんだ……」

女魔導師「で」

女魔導師「ここからが本題なんだけど」

女魔導師「公爵様はウルフ狩りを中止した」

女魔導師「理由は国民の関心が思った以上にドラゴンに行っていたから」

女魔導師「表立って狼狩りなんかしたら」

女魔導師「王都の兵がドラゴンから逃げる臆病者だと言われかねない」

女魔導師「……まあ実際にそうなんだけど」

勇者「兵士さんは臆病者なんかじゃないよ」

女魔導師「今大事なのはそこじゃないでしょ」

勇者「……中止にしたのなら昨日の狩りは誰が?」

女魔導師「大臣派が事業を引き継いだ」

勇者「!!」

女魔導師「国民へのブラフなのに夜中にこっそりやってるのは」

女魔導師「ただの公爵様へのあてつけ……と考えていたらしいけど」

勇者「なにか思惑がある?」

スッ

女魔導師「それを聞きに行く許可を公爵様からもらったわ」

勇者「!」

女魔導師「今夜、あたしが大臣の部屋へ行くから」

女魔導師「あなたは燭台を持って後から入ってきてね」

勇者「なるほど……それなら大臣が魔族に魅了されているか調べることができるね」

――

同日夜

女魔導師「いい? あたしが合図するまであなたはここで待機してね」

勇者「うん」

勇者「……」

女魔導師「どうかしたの?」

勇者「ありがとう、女魔導師さん」

勇者「今回は助けられっぱなしだよ」

女魔導師「はいはい。 お礼は全部終わった後にまとめて聞くわ」

女魔導師「失礼します。女魔導師です」

「ああ、入れ」

ガチャ バタン

女魔導師「飲み物を用意してきましたが」

大臣「もう夜も遅い。 本題だけを話せ」

女魔導師「かしこまりました、早速質問させていただきます」

女魔導師「毎晩ウルフ狩りを行っているのは何故でしょうか?」

大臣「やはりその件か」

大臣「王都の体面を守るためだ」

女魔導師「それならなぜ秘密裏に?」

大臣「情報というものは漏れるものだからだ」

女魔導師「……どういうことでしょうか」

大臣「分からんか?」

大臣「兵を出すことを辞めたまま数日経てば国民は疑問に思うだろう」

大臣「そんな折、ウルフ狩りの情報が噂として広まれば」

女魔導師「ウルフの存在を公表するよりも信じやすくなる……ですか?」

大臣「そういうことだ」

女魔導師「ではなぜ城の兵を使わないのですか?」

女魔導師「国の兵力を回していることを意識させるべきなのでは」

大臣「一般から集めているのは……」

大臣「狼を狩った4~5人によってドラゴンを倒してほしいからだ」

女魔導師「!!」

女魔導師「しかしドラゴンは恐ろしく強力で……」

大臣「ああ。150人で成果なし」

大臣「全兵力を注ぎ込むのは被害と収益が釣り合わん」

大臣「だから冒険者達がドラゴンに挑みやすい環境を整える」

大臣「戦闘経験を作ってやれば多少は連携もできるだろう」

大臣「回答は以上だ。 納得したなら部屋へ戻れ」

女魔導師(思ってたよりまともな返答がきたわね……)

女魔導師(でもここで引き下がるわけにはいかないわ)

女魔導師「一般からは犠牲が出てもいいと?」

大臣「強制しているわけではない。 挑んだ者の責任だろう」

大臣「ドラゴンの熱とやらでバカになっているだけの話」

女魔導師「しかし……」

大臣「竜に挑むことを引き止める風潮を作ればドラゴンの怒りを買う可能性もある」

女魔導師「……」

大臣「それにこのままでは大魔導師や近衛兵のやつも報われん」

女魔導師「……なるほど、分かりました」

大臣「では戻れ、このことはくれぐれも内密にな」

女魔導師「いえ、そうなるともう一つ疑問が生まれます」

大臣「なに?」

女魔導師「……おや、蝋燭がもう残り少ないですね」

女魔導師「代わりを用意しましょう」

ガチャ バタン

女魔導師「勇者」

勇者「うん、今さっき聖火をつけたよ」

勇者「これを近くに置いたら効果があると思う」

女魔導師「分かったわ。 後は任せて」

勇者「……気をつけてね」


ガチャ

女魔導師「お待たせしました」

女魔導師「大臣様。 それで先程の話ですが……」

女魔導師「大臣様?」

女魔導師「い、いない!?」

バタン

勇者「ど、どうしたの?」

女魔導師「大臣様がいないの!」

勇者「なんだって!?」

キョロキョロ

勇者「……あ、あそこ!」

勇者「窓が空いてる!」

女魔導師「な……ここはニ階よ!? 飛び降りたっていうの!?」

勇者「あの大きな木をうまく使えば……!」

バッ ガササ…

勇者「っとっと……」

バッ スタッ

勇者「ほら!」

女魔導師「ほら じゃないわよ! 箒ほうき……」

フワッ…

女魔導師「ちょっと待ちなさい!」

女魔導師「大臣がここから飛んだという証拠はあるの?」

勇者「僕のほかに着地した跡があった」

女魔導師「ほ、本当?」

勇者「一歩目はあっちに向かってる!」

女魔導師「……分かったわ、とにかく追いかけましょう!」

タッタッタ…

勇者「中庭……多分ここだと思うけど……」

女魔導師「ゆ、勇者! 気をつけて!」

勇者「えっ?」

女魔導師「そこら中に魔力反応があるわ!」

女魔導師「水魔人が……おそらくこの場所にいる!」

勇者「大臣……やはり魔族と関係があったのか!」

勇者「女魔導師さん! 大臣の魔力は見える!?」

女魔導師「ほぼ全部の植木から魔力反応があって確認できないわ」

勇者「なら、中庭ごと聖火で……!」

女魔導師「何言ってるの! そんなことしたらもう庇えないわ!」

女魔導師「魔力反応のある部分をこの燭台で炙っていくから」

女魔導師「あなたは後ろからついて来て」

勇者「う、うん」

女魔導師「葉についた水滴……これが水魔人の一部ってことかしら」

ボォ…

女魔導師「よし、魔力反応が消えていく……」

女魔導師「こうして考えると、聖火ってすごいわね」

女魔導師「城の灯りは全てあなたにつけてもらおうかしら」

勇者「僕の魔力量じゃとても無理だよ」

女魔導師「火種にして使いまわしたら?」

勇者「うーん……それならいけるかな」

女魔導師「この炎はどのくらい効力を持ってるの?」

勇者「試したことはないけど、父さんが丸一日は大丈夫って……」

勇者「!! あぶない」

グィ

女魔導師「きゃっ!」

ドガァアアンッ!

勇者「大丈夫!? 怪我はない?」

女魔導師「え、えぇ……」

女魔導師「爆発……? これは……」

勇者「……」

勇者「出てきたらどうですか」


魔導師・赤「やっぱりバレてるかー」

女魔導師「赤様……どうして……」

魔導師・赤「どうしてもなにも」

魔導師・赤「燭台振り回して大臣様追いかけてんのはそっちじゃねーか」

女魔導師「何を言ってるんですか! 大臣の逃げたこの空間に魔族がいるんですよ!?」

魔導師・赤「魔族? 今ここにか?」

勇者「そ、そうですよ! 水魔人がここに!」

魔導師・赤「悪いな、オレは魔眼を持ってないから分かんねーわ」

勇者「じゃあ邪魔をしないでください!」

魔導師・赤「そうもいかねーんだな、これが」

勇者「な、なにを……」

魔導師・赤「お前たちは公爵の命令で動いてるんだろ?」

魔導師・赤「それなら今の騒動も権力争いの一部ってことになる」

魔導師・赤「立場上見過ごせないんだよなー。 オレ、お前らの政敵だから」

女魔導師「公爵様からは大臣様への謁見許可をいただいただけです」

魔導師・赤「そんな言い訳を貴族共が聞くかよ」

女魔導師「……」

女魔導師「赤様の本音は?」

魔導師・赤「決まってんだろ」

勇者「!!」ピクッ

ドガンッ

勇者「うわっと!」

魔導師・赤「すっげえ反応の良さだ! オレと勝負しろよ!」

女魔導師「はぁ……この人はもう……」

女魔導師「勇者、この箒を使っていいわ」

勇者「……わかった」

女魔導師「狼狩りの真意、それを取り巻く争い、大臣、水魔人」

女魔導師「今夜で全部終わらせましょう」

勇者「赤さん、大臣に会わせてください」

魔導師・赤「居場所は力づくで吐かせるんだな」

勇者「……分かりました」

魔導師・赤「そうこなくちゃ!」

勇者「行きます!」

ダッ

魔導師・赤「ああ来い! 来れるもんならな!」

ブワッ

勇者(これは……風の魔法か)

魔導師・赤「さあ! こっちもガンガンいくぜ!」

ゴォ……

勇者(強風で僕の動きを制限して……)

ボォオオオ

勇者(風に火球を乗せてきた。 やっぱり火と風の魔法が得意なんだ)

勇者(正面から飛び込むのは危険だけど……)

勇者「一気に仕掛ける!」

ダッ

バシッ バシッ

勇者「あちっ! あちち……」

魔導師・赤(おお? 火球を受け流しながら突っ込んできやがった)

魔導師・赤(どんな手品だ? 水魔法……には見えないな)

魔導師・赤(服や体がどの程度燃えたらヤバいか知ってて、多少の火傷は覚悟して突っ込んでんのか)

魔導師・赤(度胸と経験で戦う……初めて見るタイプだ)

ダッダッダッ

勇者「たぁあああああ!!」

魔導師・赤(だが、真っ直ぐ来るのは悪手だろ)

魔導師・赤(空気の圧縮するタイミングが合わせやすい)

魔導師・赤(多分これを直撃させたら四肢がはじけ飛ぶが……)

魔導師・赤(こいつの反射神経ならそれぐらいのつもりじゃないとな)

ダダダッ

勇者「!」ピクッ

勇者(空気が薄くなった! 僕の前方で空気を圧縮してる!)

勇者(ここが勝負だ! 相手が火を付ける前に……)

勇者「聖火の魔法!」シュボッ

魔導師・赤(箒に火?)

勇者(こいつで圧縮されてる箇所を叩く!)

勇者「だぁっ!!」

ドガァアアアアンッ!!

魔導師・赤「……」

魔導師・赤「あーあ、自分から発火させやがった」

魔導師・赤「爆発の規模を見誤ったな」

魔導師・赤「まあ丁度いいか。 あの距離なら大やけど程度で住むだろう」

勇者「やっぱり被害を考えながら戦ってたんですね」

コスッ

魔導師・赤「なっ!?」

魔導師・赤(何だコイツ! ピンピンしてるじゃねーか!)

魔導師・赤(いや、それより足を払われた! 反応が遅れた! 殺され――)

フミッ

勇者「首を踏みました。 僕の勝ちです」

魔導師・赤「な、舐めてんのか! 踏み抜けよ!」

魔導師・赤「こっちをお前を殺すつもりで攻撃してんだぞ!」

勇者「嘘ですね」

魔導師・赤「!」

勇者「色付きは怖い方の王宮魔導師。 それは嘘なんだ」

勇者「あなたたちの発言は常に周りを窺いながらのものだった」

勇者「理解の外にいる存在となり、あなたたちとそれを有する王宮に対して畏怖させる」

勇者「世間から怖がられる仕事。 それが色付きの王宮魔導師なんだ」

魔導師・赤「……」

魔導師・赤「分かった。 参ったよ」

女魔導師「勇者! 終わったみたいね」

勇者「うん、給仕服がボロボロになっちゃったけど」

女魔導師「この辺りに大臣はいないみたい、残念ながら逃げられたわ」

女魔導師「そして魔力反応があるのは草木についた水じゃない」

女魔導師「内部にある水分よ!」

勇者「!! それじゃあ……」

女魔導師「そう、水は地面から取り込まれたもの」

女魔導師「水魔人はこの下にいる!」

魔導師・赤「オレと戦ってる間にお前は調査……余裕だったわけか」

魔導師・赤「……ちくしょう」

女魔導師「服がボロボロの勇者、それに踏まれてる赤様……」

女魔導師「どんな戦いだったの?」

勇者「あはは……その話はまた今度ね」

魔導師・赤「この下には大きな空洞がある。 水魔人とやらはそこだろう」

魔導師・赤「……」

魔導師・赤「その近くに大臣様の研究室もある。 おそらく一緒にいるんじゃないか」

勇者「!!」

女魔導師「いいのですか? 主人を売るようなことをしてしまって」

魔導師・赤「勝負の結果の方が大事さ」

勇者「……」

魔導師・赤「なんだよ、これは本音だよ」

勇者「分かりました」

勇者「必ず大臣を捕らえ、魔族との関係を明らかにします」

女魔導師「そうすれば赤様の処分どころじゃなくなるってことね」

魔導師・赤「勝手にしろ」

勇者「それで地下への入り口はどこですか?」

魔導師・赤「ああ、そうだったな」

魔導師・赤「隠してるから分かりにくいが――」

ゴゴゴゴゴ…

勇者「!!」

グラグラグラ…

女魔導師「な、なに!? 地震!?」

勇者「しまった! この中庭全部が水魔人のテリトリーなんだ!」

魔導師・赤「なんだって!?」

女魔導師「ゆ、揺れで動けない……勇者、箒を!」

勇者「ごめん、粉々になった!」

女魔導師「なあっ!?」

ガラガラガラガラ…!

女魔導師「きゃああああああ!!」

勇者「うわぁあああああ!!」

勇者(落盤! 足場が崩れて落とされた!)

勇者(水を染み込ませて居場所を察知! 地下から破壊した!)

勇者(それができるってことは……この下にあるのは大量の水!)

勇者(もう身動きがとれない! 落下は免れない!)

勇者「それなら!」

シュボッ

ゴォォオオ…

ザパーンッ!

勇者「ぷはっ」

勇者(よし、僕の周りにあるのはただの水みたいだ)

勇者(火だるまになった意味はあったな)

勇者「出てこい水魔人! 僕が相手だ!」


「……」

「私が圧倒的有利なこの状況で"僕が相手だ"」

ザプ…

水魔人「つまり」

女魔導師「ぐっ……うう……」

水魔人「相手をして欲しくない人がいる」

勇者「女魔導師さん!」

水魔人「さあ、第二問といきましょう」

ゴボゴボ…

女魔導師「ぐっ……」

水魔人「お仲間を水に閉じ込めました」

水魔人「人間は空気が絶たれるだけで死ぬ脆弱な生物」

水魔人「あなたに助け出せますか?」

勇者「たぁああああ!!」

ザパンッ

勇者「それならお前を浄化して!水を元に戻すだけだ!」

「もちろんそれが正解です。……が」

「庭園と同じだけの広さ! そして深さ!」

「巨大な王宮貯水槽! これと同化した私の! 無色透明な液体の核に!」

「どうやって炎をぶつけますか!」

勇者「くっ……!」

勇者(どうする……!? いや、考えている時間はない!)

勇者(まずは女魔導師さんの周りにある水を浄化! 貯水槽の外に避難させないと!)

バッ

ザザーンッ

勇者(!! 波が!?)

ブクブク…

「おやおや、また悪手を打ちましたね」

勇者(水流! 飲み込まれる……!)

「あなたの周りにある水は確かに私ではない」

「聖火を使いながら泳げばその状態を保つことも可能です」

ブクブクブク…

勇者(ま、まずい……水面がどんどん遠く……)

「が、普通の水があなたの味方をするわけではない」

「水は流れるものです」

「お仲間とあなたの間に下降水流を作っておきました」

「二度続けて落とされる気分はどうです?」

ギリギリ…

勇者(全身が締め付けられる……これは、水圧……!)

勇者(水が僕を押しつぶしにきてる……!)

勇者(身動きがとれない……)

勇者(何か手はないのか……!?)

「さあ、再接続です」

パキンッ

勇者「っ!?」

勇者(なんだこれは!? 指先すら動かせない!)

「これであなたはお仲間と同じ状況」

「……もしや水の中では聖火をつけれないのですか?」

「ならばあなたにできることは……もう何もありません」

勇者「……」

「ふふふ、図星のようだ」

「なにを警戒する必要があったのか。 最初から水で包み込めば勝ちだったのです」


ドガァアアアンンッ!!

魔導師・赤「どーだ! 風穴空けてやったぜ!」

「無駄なことを……」

魔導師・赤「ちっ。 水は出てこねーか」

ドシュッ

魔導師・赤「くっ!」

「この水は全て私の支配下にあるのです」

「重力程度には負けませんよ」

勇者(体が動く! 爆発の衝撃で水が波打っているんだ!)

勇者(今のうちに……)


女魔導師(ゆ、勇者……)


勇者(見えた! もう少しで……)

ガシッ

勇者「!」

勇者(足と頭が何かに掴まれ)

ギリギリギリッ

勇者「っ!」

「全く、足掻かなければ楽に死ねたものを」

「汚らしいのは嫌いですが、ねじり切ることにしましょう」

勇者(首が……腰が……引きちぎれる……!)

ギリギリ…

勇者「がぼっ……!」

勇者(み、水を飲み込んでしまった……息も限界だ……)

勇者(……)

勇者(もうこれで……終わり……?)

勇者(いや、まだだ!)

勇者(ここで僕が諦めたら、女魔導師さんも赤さんも死んでしまう!)

勇者(大臣の秘密も暴けないまま終わってしまう! 絶対に負けられないんだ!)

勇者(考えろ! 一瞬で答えをだせ! 今は絶望的な状況なんかじゃない!)

勇者(……)

ブチッ

「!!!」

「こ、こいつ! 私の体を!私の水を!」

水魔人「汚らしい血で汚したな!」

ザバッ

勇者「ぷはぁっ!」

勇者(あいつは中庭にいる僕を植物の中から撃ち抜かなかった)

勇者(僕が水を飲み込んでも内部から……ということはしなかった)

勇者(そして、圧力と溺死という時間をかかる方法で攻撃してきた)

勇者(ほぼ賭けだったけど……やっぱり操れるのは真水だけなんだ!)

勇者「げほ……う、うぇぇ……」

勇者(苦しい……視界が暗いし頭が重い……でもあと少しだ!)

勇者(聖火の魔法! 最大出力!)

シュボォッ

女魔導師「はぁ……はぁ……ゆ、勇者……」

勇者「大丈夫!?」

女魔導師「あたしは大丈夫よ……」

女魔導師「!? あ、あなた!」

女魔導師「首からすごい量の血が!!」

勇者「ごほっ……こ、これは自分でちぎったんだ。 水を汚すために」

女魔導師「なっ……! 本当に無茶するわね」

勇者「もう聖火で止血したよ。 心配しないで」

勇者「それよりもやって欲しいことがあるんだ」

シュゥゥウウウ…

女魔導師「こ、これぐらいでいい!?」

勇者「もっと!」

女魔導師「こんなに圧縮した空気を炸裂させたら、あたし達もただじゃすまないわよ!」

勇者「大丈夫! なんとかする!」

シュゥゥウウウ……!

勇者「聖火の魔法! 服よ燃えろ!」

勇者(水を吸って投げやすくなった服の破片! こいつをあそこにぶつける!)

「汚らわしい一族め!」

バシュウッ!

「全力の高圧水流をくらえ!」


勇者(血液の影響がない部分の水を使って遠距離攻撃!)

勇者(気づくのが遅れた! 躱しきれない……!)

女魔導師「危ない!」ドンッ

勇者「えっ」

ドシュンッ

女魔導師「きゃああああ!!」


ズガァアアアアアン!!

ザバァアアア……

ガラガラ……

勇者「はぁっ……はぁっ……」

勇者(聖火を火種にした大爆発……貯水槽の水全てに熱を与えた……!)


水魔人「くそっ!」

水魔人「止まれ!止まれ!」


勇者(水は流れるもの)

勇者(赤さんが空けたであろう穴は大きくなりながら水を排出していく)

勇者(こうなってしまっては奴にも止めることはできない)

……スタ

勇者(水が引いて底に足がついた)

勇者(そして……)

ゴポゴポ…

勇者(半端な量の水の塊、水魔人はあそこの中心部だ)


水魔人「こ、こうなればこの体で十分!」

水魔人「もう一度水に閉じ込めるまで!」

勇者「聖火の掌底!」

ドパァンッ

水魔人「ぐぁあああっ!」

勇者「そうなってしまえばスライムと大差ない!」

水魔人「あれだけあった水が……私の体が……」

勇者「それがお前の本体か」

勇者「透き通っているけどゲル状で……なるほど、スライムの魔族だな」

水魔人「お前が! 私を判断するな!」

水魔人「拒絶するのは常に私なのだ!!」

水魔人「水のつるぎ!」

勇者「聖火の魔法!」

バジュッ

水魔人「くっ!」

勇者「そんな剣に殺傷力があるなら、最初から使ってるだろう!」

勇者「とどめだ!」

バシッ

シュボッ…

水魔人「ふ……ふふふ……」

水魔人「優勢を取るとすぐさま追撃……そしてとどめ……」

水魔人「見事です……」

水魔人「そして私は失敗した……最後のチャンスを棒に振った……」

水魔人「これで私は拒絶されたわけだ……あのお方から……世界から……ふふ……」

勇者「……」

勇者「"なぜ、王都に来たのか"」

水魔人「……」

水魔人「ふ……」

ボォォオオオオ……

勇者「浄化、完了だ」


勇者「けど……女魔導師さんが……」

女魔導師「あたしが……どうしたって……?」

勇者「女魔導師さん!」

女魔導師「全く……人が死んだみたいに……」

勇者「う、動いちゃダメだよ!」

勇者「水流が右胸を貫通したんだから!」

女魔導師「げほっ、ごほっ。 確かに……肺を貫かれたわ」

魔導師・赤「ふーん、風魔法で無理やり膨らませて呼吸してるのか」

魔導師・赤「なら喋らない方が生存率は伸びるぜ」

女魔導師「……」

勇者「女魔導師さんのお陰で倒すことができたよ。 ゆっくり休んでて」

勇者「赤さんも、さっきはありがとうございます」

魔導師・赤「バケモノ退治お疲れさん。 でも急いだほうがいいぞ」

ザワザワ

夜回り兵「い、いったい何事だ!」


勇者「兵たちが……上に集まってきた……」

魔導師・赤「すぐに王宮魔導師達が降りてくる」

勇者「なら女魔導師さんを治療してもらわないと」

魔導師・赤「いいのか? お前らの目的はまだ達成されてないんだろ?」

勇者「!! 大臣……」

女魔導師「……行ってきなさい」

魔導師・赤「オレは立場上あまり強く言えないが……」

魔導師・赤「あの水の魔族と関係があるなら、暴くのは今じゃないのか?」

勇者「……分かりました! 女魔導師さんをお願いします!」

魔導師・赤「全く、簡単に人を信用するやつだぜ」

女魔導師「……あたしには赤様のほうが以外です」

魔導師・赤「ん?」

女魔導師「権力争いをしたくて……ごほっ、王宮魔導師になったと聞きましたが」

魔導師・赤「おいおい、もう喋るな」

女魔導師「赤様のイメージが一転しそうなんです」

魔導師・赤「……ハッ。 勇者の言った通りさ」

魔導師・赤「色付きは武力を使ったハッタリ担当。オレの場合は好戦的な奴を演じていた」

魔導師・赤「まあ元の性格が平和主義ってわけでもねーし、ちょっと誇張してる程度だがな」

魔導師・赤「なるべく脅しで済ませるようにしてるが、別に拘ってるわけじゃない」

魔導師・赤「誤って殺してしまったこともあるし、見せしめに殺すこともある」

魔導師・赤「死を意識させないとビビらねーからな」

魔導師・赤「例えばオレが勇者だったら転ばせた後に適当な箇所を折っていた」

女魔導師「!!」

魔導師・赤「魔法使える奴ってのは飛び道具持ってるようなもんだからな」

魔導師・赤「無傷で脅すのはありえねー」

魔導師・赤「さっさと首を折って殺して大臣は自力で探すって手も考える」

魔導師・赤「だから……勇者に足元をすくわれたときは死を覚悟したんだ」

魔導師・赤「しかしあいつはオレの首を優しく踏んだだけだった」

魔導師・赤「こっちは致命打ギリギリの攻撃をしてたのにな。 ちょっとした衝撃だったぜ」

女魔導師「……そうですか」

勇者「……」

勇者(王宮の地下……思ったよりずっと広いな……)

勇者(これじゃあどこに大臣がいるのか……ん?)

勇者(水流で壁がえぐられて扉が見えてる)

ガチャ

勇者「大臣! 水魔人はもういないぞ!」

勇者「いるなら出てこい!」

勇者「うっ」

勇者(腐敗臭……それも人間の)

勇者(暗くてよく見えないけど……多分この部屋は死体だらけだ)

勇者(見たくない光景だろうけど、探さないわけにもいかないな)

勇者「聖火の魔法」

シュボッ

勇者「!!」

バッ

勇者「うわっ!」

勇者(あ、危ない……)

死体A「ウゥ……アァ……」

勇者(死体……動いてるじゃないか!)

勇者「たぁっ!」

バシッ

死体A「ウァアアア……」

ドサッ

勇者(一発で倒れた……もしかしてここは……)

死体B「アァ……」

死体C「オォ……」

勇者「くそ……ここはゾンビの研究所なのか!?」


大臣「半分正解だな」

勇者「大臣!」

大臣「水魔人はやられちまったか」

大臣「勝機はあったはずだが……ま、奴なりに譲れないものがあったんだろう」

勇者「やはり水魔人の仲間だったのか!」

大臣「さあ、どうだろうな」

勇者「全てを話してもらうぞ!」

大臣「全て?」

勇者「水魔人との関係! ここで何をしていたのか!」

勇者「狼狩りのことも!」

大臣「……分かんねえな」

勇者「今更しらばっくれても無駄だ!」

勇者「魔族と一緒にいたんだ! 決定的じゃないか!」

大臣「それで確信を持てるのは少数だろ」

勇者「なに?」

大臣「お前は今の状況が分かってんのか?」

大臣「傍から見ればお前は中庭を爆破してオレを脅す賊だ」

勇者「……」

勇者(おかしい……以前見た大臣とまるで違う口調……雰囲気も……)

勇者「それなら! お前を捕らえたあとこの部屋を見せる!」

大臣「できねーよ」

バッ

死体B・C「「オォ……!」」

勇者(! ゾンビが僕の方に向かってくる)

勇者(大臣はゾンビに襲われない術を持っているのか? それとも……)

勇者「だぁっ!」

バシッ

死体B「ウアァア……」

バタッ

勇者「ゾンビなんかに負けるか!」

大臣「ああ、それは間違いだ」

勇者「なに?」

大臣「こいつらはゾンビとは根本が違う、魔物じゃなく動く死体なのさ」

勇者「……」

勇者「そうか、やっとわかった」

勇者(大臣の魔力はなにかの影響を受けていたからおかしいんじゃない)

勇者(大臣が! 死体に魔力で影響を与えていたんだ!)

勇者「お前は……」

勇者「死霊使い"ネクロマンサー"だったのか!!」

大臣「正解だ。 そう言うお前は浄化持ち」

大臣「あいつの娘だな」

勇者「なっ!?」

勇者「父さんを知ってるのか!?」

大臣「知ってるもなにも」

大臣「……」

大臣「"あいつ"って言ったはずだぜ」クィッ

勇者「!!!」


死体C「オォオ……」

勇者「う……」

勇者「うそだ……そんな……」

大臣「ハァーハッハッハ!!!」

大臣「このぐらいの腐敗で分からなくなるのか!」

大臣「じゃあそれだけの仲ってことだろ? どうでもいいじゃねえか!」

勇者「お前……」

勇者「お前ぇええええぇぇえええ!!!」

勇者「聖火よ!! 燃え盛れ!!!」

ゴォオオオオ!!

大臣「おっ。 使ったな」

クィッ

死体C「オォオオ……」

勇者「うっ……」

大臣「どうした? オレを捕まえるんだろ?」

勇者「……」

勇者「うぅうう……!」

死体C「オォ……」

勇者「お前は、もう父さんじゃない」

勇者「だから……!」

バシッ

死体C「グッ!?」

死体C「ウァアアア……」

バタッ

勇者「さよなら……」

ガツッ

勇者「ぐあっ!」

勇者(鈍器で殴られた!?)

大臣「ありゃ、いい煽り方だと思ったんだがな」

大臣「もう少し迷えよ。 肉親だろ?」

勇者「こ……の……」

大臣「あの女の時のように後頭部へ入れるつもりだったが……」

大臣「ま、今のお前ならカス当たりでも十分か」

勇者「聖火のまほ――」

フラッ

勇者「あ……れ……」

勇者(意識が……)

勇者(血を流しすぎた……魔法も使いすぎて……殴られて……)

勇者(今度こそ駄目だ……)

グッ

勇者(せめて……倒れる前に……一発)

勇者(この……手で……)

――

――――

勇者「……」

勇者「うぅ……」

勇者「あれ……ここは……?」

魔導師・青「あら、あなたが一番最初に起きちゃうの」

魔導師・青「流石ねー」

勇者「あなたは青色の……」

勇者「そ、そうだ! あの後一体……あいたたた」

魔導師・青「そりゃ痛いわよ。 骨に細かい亀裂が入ってギシギシいってるわー」

魔導師・青「それに、心配しなくても……」

女魔導師「すぅすぅ……」

勇者「女魔導師さん。 隣のベッドで寝てたんだ」

魔導師・青「この子も重症だったのよー。 右胸を何かで貫かれていたわ」

勇者「そうなんですか……ありがとうございます」

魔導師・青「んー?」

魔導師・青「どうして私にお礼を言うのかしらー?」

勇者「あなたが治してくれたんですよね?」

魔導師・青「……言われたことをしただけよ」

勇者「やっぱり王宮魔導師の人は皆親切ですね」

魔導師・青「うーん……私や赤くんをどう評価しようとあなたの勝手だけど」

魔導師・青「そのうち足元をすくわれるわよー?」

勇者「その時はその時ですよ」

勇者「それで青さん、聞きたいんですけど」

勇者「僕らが無事ってことは、大臣は……」

魔導師・青「大臣様ー? 彼なら隣の部屋にいるわよ」

勇者「!」

勇者「大臣は拘束されてるんじゃないんですか?」

魔導師・青「あら、監視されてるのはあなたたちよ?」

勇者「じゃ、じゃあ大臣の言い分を信じたんですか!?」

魔導師・青「あらー? 話が見えなくなってきたわね」

勇者「えっ?」

魔導師・青「そうねー……いいわ。 ここに大臣様を連れてくるから」

魔導師・青「直接話しあいましょうか」

ググ…

勇者「……いえ、僕が行きますよ。 寝てる人もいるし」

魔導師・青「そぉー? ならこのローブを羽織って」

勇者「着替えに上着まで……ありがとうございます」

ジャキッ

城兵A「……」

城兵B「……」

勇者「うっ」

魔導師・青「どうしたのー? こっちよ」

勇者(部屋の出口に兵隊が二人……)

勇者(やっぱり僕が怪しまれてるんだ……どうにかして誤解を解かないと……)

魔導師・青「さ、ここよ」

勇者(二つ隣の部屋? やけに近いな)

魔導師・青「王宮魔導師の青色ですー」

「入りたまえ」

ガチャ

魔導師・青「連れてきましたー」

勇者(い、いた!)

大臣「お前……その傷で歩けるのか」

公爵「やあ。 君に会うのは2回目だね」

勇者「大臣! お前!」

魔導師・青「まーまー。 今は待って」

公爵「青。 この話し合いは簡潔に済ませたいのだが」

魔導師・青「私には何が何やらさっぱりですー」

公爵「では仕方ないな。 一から質問していくことにしようか」

勇者「……」

勇者(公爵……大臣と敵対関係にあるって聞いたけど……)

勇者「こちらも聞きたいことがあります」

公爵「それは君の回答次第だ」

公爵「まず一つ。 君が噂の浄化持ちかね?」

勇者(……昨日の騒動を考えれば、もう身を隠すのは不可能だ)

勇者(真実を話して、信じてもらうしかない)

勇者「はい、そうです」

公爵「では二つ目。 ここに来た目的は?」

勇者「水魔人の手を逃れ、対策を練るためです」

公爵「三つ目。 中庭に大穴を空けたのは君か?」

勇者「違います! 水魔人が貯水槽の水を使ったんです!」

公爵「四つ目。 その水魔人という魔族を倒したのは君で間違いないか?」

勇者(淡々と聞いてくる……あらかじめ質問を決めていたのか?)

勇者「はい。 王宮魔導師の人達の協力があってこそでした」

公爵「五つ目だ」

公爵「大臣を殴ったのは何故だい?」

勇者「死体を使役して僕を攻撃してきたからです」

大臣「死体を? 私がか?」

勇者「……はい」

公爵「青」

魔導師・青「はいはーい。 あの場には魔力反応のない人型の熱源体」

魔導師・青「つまり死体がたくさんあったわー」

公爵「死体を動かす魔法というのはあるのかい?」

魔導師・青「物を動かす魔法というのはありますが」

魔導師・青「何かに自分の意識を与えて使役する魔法はありませんねー」

魔導師・青「それは"呪い"と呼ばれる範疇で、ウチでも使えるのは緑ちゃんだけです」

公爵「では大臣。 あなたは呪いを使ってこの者を襲ったのか?」

大臣「そんなこと、できるわけないだろう」

勇者「……るな」

大臣「なんだ?」

勇者「ふざけるな!」

勇者「死体を使って攻撃して! 僕を鈍器で叩きつけて!」

勇者「父さんの……父さんの死体まで動かして!」

勇者「まだ知らない顔をするのか!」

大臣「ま、待て! それは本当か!?」


大臣「やはり私は、お前をこのメイスで殴り倒したのか!?」

勇者「な……なに……?」

公爵「大臣、昨夜のことをもう一度話してくれるか」

大臣「……」

大臣「王宮魔導師が狼狩りの件で部屋を訪ねてきた」

大臣「話の途中、奴が燭台を替えに行ったところまでは覚えているが……」

大臣「そこからモヤがかかったように記憶がぼんやりとしている」

勇者「なっ」

大臣「気がつけば私は見慣れぬ地下室に」

大臣「頬にわずかな痛み、手にはこのメイス。 そして……」

大臣「お前が足元に倒れていたのだ」

勇者「う、嘘を言うな!」

公爵「……」

大臣「本当に覚えていない、信じてもらうほかない」

勇者(こいつ……何を言っている……何を考えているんだ!?)

公爵「さて」

公爵「私としては両方の意見を信じたい」

勇者「僕の言い分を信じるなら……この場で大臣を!」

公爵「バカなことを言うな」

公爵「そんなことをすれば真実は永遠に闇の中だ」

勇者「このまま大臣を放って置いても、犠牲者が増え続けます!」

公爵「……」

公爵「そこで君に協力して欲しい」

公爵「私についてきてくれ」

公爵「君の言い分を証明する方法が一つある」

勇者「それはどういう……」

公爵「すぐに分かるさ。 ええと……」

公爵「おっと、そういえば名前を聞き忘れていたね」

魔導師・青「……ふふっ」

公爵「ははは。 あれだけ質問攻めにしておいてこれでは公爵失格だな」

勇者「勇者です、公爵様」

公爵「ありがとう。 覚えたよ」

公爵「では勇者君、まずは私を信用して欲しい」

勇者「……分かりました」

――

勇者「ここは……」

ザワザワ…

貴族A「お、来られたようだ」

貴族C「隣にいる者がそうなのか?」

貴族B「なぜ王宮魔導師のローブを着ているんだ?」

勇者(中庭……大きな穴が空いてる……)

公爵「皆さんお集まりのようで」

公爵「昨夜、ここで大きな爆発が起こりました」

公爵「崩れた中庭……水浸しの地下……一体何があったのか」

公爵「この勇者の証言で明らかになりました」

公爵「それらは全て、水魔人という魔族の仕業だったのです!」


貴族A「魔族? 公爵様は何をおっしゃっているのだ?」

貴族B「確かに人間技では無いが……」

ザワザワザワ…

新人使用人「わぁー、すごい人だかりだぁ」

執事「もう始まってるようですな」

公爵「彼が言うには」

勇者(彼……僕のことを言ってるみたいだ……)

公爵「水魔人はこの真下に潜んでおり」

公爵「大臣と接触していた」

公爵「また、大臣は地下の隠し部屋で死体の研究をしていたとか」

貴族D「な……」

貴族D「なにを言ってるのですか公爵様!」

貴族C「その賊のデマカセに決まっている!」

勇者「信じてください!」

勇者「全部本当のことなんです!」

貴族A「バカバカしい、地下に魔物などいなかったではないか!」

公爵「ご安心を。 すでに彼が倒したようです」

公爵「それと魔物ではなく魔族です」

貴族B「そんな話を信じろと……」


男爵「まあまあ、まずは公爵様の話を聞こうじゃないか」

公爵「おや男爵、久しぶりだね」

男爵「お元気そうで何よりです。 公爵様」

公爵「男爵は彼に知っているのかい?」

勇者「……」

男爵「彼、か……なるほど」ボソッ

男爵「ええそうです。 二日前に少し話をね」

貴族C「二日も王宮に潜伏していたとは! 今すぐあの賊を捉えるべきだ!」

男爵「この者、勇者は水魔人について知っていた」

男爵「そして、大臣を探ろうとしていた」

貴族B「話が一致するのは当たり前だろう! この者の企みなのだから!」

貴族A「公爵様……大臣様はどこですか」

貴族D「そうだ! 大臣様に直接聞けばいいだけのこと!」

公爵「大臣は昨夜の記憶が曖昧になっている」

貴族C「なに!? 大臣様に毒を盛ったのか!」

勇者「そんなことしてません!」

公爵「そう、彼の行動は我々王都の民のためになっている」


新人使用人「あははは、民だって~」

執事「これ、聞こえますよ」

新人使用人「公爵様は何を考えてるんだろうね」

執事「さあ……しかし男爵様はそれを分かっているようですな」

貴族B(なにもかもおかしい……不自然だ)

貴族B(あのような見ず知らずの者を信じる理由がない)

貴族B(先ほどの男爵とのやりとりといい、まるで台本を読んでいるかのような……)

貴族B(!!)

貴族C「では公爵様はこの者の言うことを信じるのですか!?」

公爵「ああ、そうなるね」

貴族D「こんなボロボロの者に王宮魔導師のローブなど着せて……」

公爵「この傷は大臣が与えたものらしい」

貴族C「そんなことがあるわけ……」

貴族B「おい、もうやめろ」

貴族C「なんだ! 離せ!」

貴族B「分からないのか? 公爵様がついに大臣様へ敵対宣言したんだ」ボソッ

貴族C「!!」

公爵「質問はもう少し後にお願いしたいのだが」

貴族D「いや、しかし……」

貴族C「ああうむ、公爵様のご判断なら……」


新人使用人「あれあれ? なんかあの人たちもごもごしだしたよ?」

執事「……なるほど」

執事「彼らは一連の騒動が公爵派によるものだと思ってるようですな」

新人使用人「どゆこと?」

執事「公爵が賊を雇って大臣を陥れた」

執事「ヘタに歯向かえば次は自分……というわけです」

新人使用人「賊かぁー、そんな子には見えなかったけどなー」

執事「というか勇者さんは嘘をついてるように見えませんな」

新人使用人「えぇっ? じゃあほんとに魔族がいたの?」

執事「そういうことになりますな」


公爵「私の考えはこうです」

公爵「ドラゴン騒ぎに乗じて魔族が王宮に入り込んだ」

公爵「その魔族、水魔人が大臣に死体操作の技術を伝え、見返りに大臣はこの地下に貯水槽を作った」

勇者(? あの研究所も貯水槽もそんな短期間でできるわけが無い)

公爵「その魔族を追って王宮に来たのがこちらの"勇者"だ」

勇者「……」

公爵「彼は浄化の力によって水魔人を討伐し、大臣を正気にもどした」

勇者(この人は今の状況をどうしたいんだ? 考えが読めない……)

貴族A「……その話を信じる証拠はあるのですか?」

公爵「ありません、しかし……すぐに信憑性がでますよ」





公爵「彼がドラゴンを倒し、姫を救出するのですから!!」

勇者「!!!」

勇者「ま、待ってください!」

公爵「何かね?」

勇者「僕は最初のドラゴン討伐隊に志願しましたが……切り捨てられました」

勇者「僕の力ではドラゴンに対抗することができません」

公爵「何を弱気になっているんだ。 君は中庭をこの有り様にした相手を倒したのだろう?」

公爵「それも素手で」

貴族B「公爵様の言うとおりだ! 魔族を倒せる者がドラゴンに臆してどうする!」

貴族C「そ、その通りだ! この国の一大事を見て見ぬふりするのか!」


新人使用人「ええっと?」

執事「賊としての勇者さんを処分するようです」

執事「長く置いてもうま味がないと考えたのでしょう」


勇者「……」

公爵「君が出発するなら大臣の動向を監視しよう」

公爵「しかしそうでないなら大臣に無礼を働いた君と女魔導師を許すわけにはいかんな」

勇者「!!」

勇者「な、なんで! 女魔導師さんは……あなたの命令で大臣に迫ったのでしょう!」

公爵「んん? 何の話かね?」

勇者「――っ!」

勇者(そうか……この人は最初からそのつもりで女魔導師さんを大臣にけしかけたんだ!)

勇者(僕に対する人質にする為に!)

勇者「う……」

勇者「うぅ……」

   「王宮魔導師をクビになったってのがおもったより足を引っ張ってな」

   「そういう仕事よ。 大変だけど充実してるわ」

   「勇者ちゃん、あんたがしっかりしなきゃね」

勇者「……」

勇者「分かりました」

公爵「ほう」

勇者「僕が……ドラゴンを倒します!」

――

魔導師・青「さあ、ここが武器庫よー」

魔導師・青「あなたの背丈に合うものだけを用意しても良かったんだけど」

魔導師・青「相手は規格外、何が必要かわからないし全種類から選んでね」

勇者「まるでこうなることが分かっていたみたいですね」

魔導師・青「うふふー。 まっさかー」

勇者「……では鎚をいくつか見せてください」

勇者「それと丈夫なロープをお願いします」

魔導師「そんな軽装で大丈夫ー?」

勇者「ドラゴンの爪は鎧を貫通するようですから」

勇者「それに重装備だと塔に着くまでに疲れてしまいます」

魔導師・青「あら、その心配ならいらないわ」

白馬「ブルルッ……」

勇者「わっ……びっくりした」

勇者「ええと、この馬は?」

魔導師・青「綺麗でしょー? 姫様の愛馬よ」

勇者「……いいんですか?」

魔導師・青「それだけあなたを信頼してるってことよ」

魔導師・青「お供の人材は出せなかったけどね。 ふふふ」

勇者(つまり……)

勇者(姫様ごと僕を処分するってことか)

勇者「分かりました、それじゃあ乗らせてもらいます」

ポックポック…

勇者(乗馬なんて初めてだ……)

白馬「……」

勇者(この子もそれが分かってるみたいだ。 丁寧に歩いてくれてる)

勇者(賢くて、優しい馬なんだな)

勇者(……でも)

貴族A「……」

貴族C「……」

勇者(嫌疑……それとも哀れみ? そんな目で僕を見てる……)

新人使用人「はへー……今日のうちに出発するみたいだね」

執事「そもそも勝たせる気がないようですな」

新人使用人「真面目な人は簡単に巻き込まれるから大変だね」

執事「さてと」

執事「それでは私も行くことにします」

新人使用人「ふぇっ?」

執事「おやおや、あなたに解説するために覗いていたのではありませんよ」

ポックリポックリ

勇者(だいぶ慣れてきた気がする……)


町人A「おお!? あれは姫様の……」

町人C「それに王宮魔導師のローブを羽織っているぞ!」

町人B「一体どういうことなんだ……?」


勇者(城下町の人達は逆に好奇心と期待の目で見てる……)

勇者(できれば応えてあげたいけど……)

勇者「……王都の出口だ」

執事「こんにちは、馬には慣れましたかな?」

勇者「あれ、あなたは確か……」

執事「はい。 休憩室でお会いした執事です」

勇者「僕の見送り……いや、見張りというわけですか?」

執事「いえいえ」

執事「私もドラゴンと戦いますぞ」

勇者「!!」

勇者「ほ、本気ですか!?」

執事「これでも魔物ハンターをやっていたことがあります」

執事「まあ3年ほどで痛い目を見てそれっきりですがね」

勇者「じゃあドラゴンの危険性も知っているはず……ですよね?」

勇者「一体なぜ……」

執事「なあに」

執事「もう一度姫様の顔が見たいだけです」

執事「ご友人の為に命を削るあなたと比べたら陳腐な理由ですな」

勇者「……調べたんですか」

執事「それが仕事です」

執事「ああでも、私と依頼主は公爵派ではありませんぞ」

勇者「依頼主?」

執事「ええ、今来られたようです」

フヨフヨ

魔導師・緑「あ、よかったぁ~。 もう出発したかと思いましたよぉ~」

勇者「あなたは……大魔導師さんと一緒に居た」

魔導師・緑「……」

魔導師・緑「ええと、こうやって話すのは初めてですよね」

魔導師・緑「わたしは王宮魔導師の"色付き"の一人です」

魔導師・緑「緑ってみんなは呼びますよ」

勇者「……勇者です。 緑さん」

勇者「もしかして、あなたもドラゴンと戦うんですか?」

魔導師・緑「あっはは、まさかぁ~」

魔導師・緑「わたしはあなたの監視役ですよぉ」

勇者「監視……」

勇者「ドラゴンと戦いに送り出す役目ですか?」

魔導師・緑「もう少し危険ですね」

魔導師・緑「塔まで付いて行って、勇者さんがドラゴンと戦闘を始めたら引き返すんです」

勇者「えっ!?」

魔導師・緑「だから即死したりしないでくださいね~」

魔導師・緑「帰り道が安全という保証はありませんからぁ」

執事「尽力しましょう」

魔導師・緑「……?」

魔導師・緑「あぁなるほど、"あなたも"ってそういう……」

魔導師・緑「執事さん、どっちが理由ですか?」

執事「姫様です」

魔導師・緑「なぁんだ」

執事「はっはっはっ」

勇者「……?」

魔導師・緑「じゃあ出発しましょうか」

勇者「そうですね」

執事「馬と箒の速度なら隕石にぶつかる可能性も少ないでしょう」

魔導師・緑「あとは運任せですね~」

勇者(そうか……運が悪ければたどり着くこともできずにやられるんだ……)

白馬「ブルッ……」

勇者「勇気づけてくれてるのかい? 本当に優しいんだね」

勇者(……そうだ)

勇者(なってしまったんだ。しょうがない。あとはやるだけやってみるさ)

勇者「よし! 行きましょう!」


兵士「待てよ!!」

勇者「へ、兵士さん!?」

兵士「お前! ドラゴンと戦うって本当かよ!」

勇者「……本当だよ」

魔導師・緑「あ、勇者さんのお仲間ですね」

執事「おやおや、なかなか大所帯になってきましたな」

勇者「いや、兵士さんは多分……」

兵士「ふざけんじゃねえぞ! お前は散々止められてたじゃねえか!」

勇者「事情が変わったんだ」

兵士「事情だぁ!?」

勇者「王宮の悪を暴くために……僕が行かなきゃいけなくなった」

執事「正確にはそう仕込まれた、といえますな」

執事「行かなければ勇者さんが悪にされてしまうのです」

兵士「……」

兵士「それがどうした!」

兵士「勝手なこと言いやがって! 王都にはこいつが必要なんだ!」

兵士「勇者!逃げちまえよ!」

兵士「ドラゴン退治なんてすることねえ! いつものゴミ掃除を続けろよ!」

魔導師・緑「あの、それができないようにわたしが見張ってるんですぅ」

兵士「なんだよてめぇは! すっこんでろ!」

魔導師・緑「はわわっ……」

勇者「……兵士さん、ありがとう」

勇者「でもね」

勇者「もう決めたことなんだ」

兵士「駄目だ! 今回ばかりは納得しねえぞ!」

兵士「ぶん殴ってでも引き止める!」

執事「お主もついてくるといい」

兵士「あ!? 引っ込んでろっつったろ!」

執事「死なせたくないなら守る。 それが道理ではないですかな?」

兵士「そういう問題じゃねえんだよ!」

執事「つまり怖いと」

兵士「……んだと?」

執事「臆病風に吹かれる敗走兵は邪魔なのですよ」

兵士「てっめえ!」

執事「はっはっはっ」

勇者「二人共待って!」

勇者「兵士さんは僕に話しかけてくれたんです」

勇者「僕を殴ってでも止める。 本気でそう言ってるんだね?」

兵士「当たり前だ!」

スッ…

勇者「わかった」

勇者「じゃあ、相手になるよ」

兵士「お前……」


魔導師・緑「えい!」ポイッ

ボフッ

兵士「んが!?」

勇者「えっ!?」

兵士「なん……だこりゃ……」

ペタン

兵士「ぐ……」

勇者「へ、兵士さん!?」

魔導師・緑「もう聞こえてないと思いますよぉ~」

勇者「な……なにを投げたんですか?」

魔導師・緑「毒です」

魔導師・緑「頭がボーっとしたり体の感覚がじんわりする種類ですよぉ」

勇者「なんで……」

魔導師・緑「無駄な体力を使わないでください。ドラゴンと戦うんですよぉ?」

勇者「……兵士さんは無事なんですよね?」

魔導師・緑「もちろんですよ~。 半日ぐらいで回復すると思います」

魔導師・緑「勇者さんだってお友達と戦いたくは無いでしょぉ?」

勇者「……」

勇者「それは……そうですけど……」

執事「はっはっはっ。 まあ礼をいう気分にもなれないでしょう」

勇者「……」

兵士「こ……」

勇者「ごめんね兵士さん、帰ってきたら好きなだけ殴っていいよ」

兵士「これ……を……」スッ

勇者「クロスボウ……また貸してくれるの?」

兵士「……」

ガクッ

勇者「ありがとう。 使わせてもらうよ」

魔導師・緑「まだですかぁ」

勇者「はい。 もう大丈夫です」

執事「それでは」

執事「改めて出発の掛け声をお願いできますかな?」

勇者「わかりました」

勇者「……」

勇者(女魔導師さん、兵士さん、必ず帰ってくるよ)

勇者「行きましょう! ドラゴンを倒しに!」

――

パカラッ パカラッ

勇者「……」

勇者(戦士さん、吟遊詩人さん、近衛兵さん、大魔導師さん……)

勇者(4人が力を合わせても勝てない相手)

勇者(それに聖火が効かない可能性が高い)

勇者(僕はどこまでやれるんだろう……)

執事「……」

執事「もう慣れたものですな。 さすがです」

勇者「はい?」

執事「馬ですよ。 今日が初めてなのでしょう?」

白馬「……」

勇者「いえ、僕はただこの子に運んでもらってるだけですよ」

勇者「利口で優しい馬なんですね」

執事「私も一度その馬に乗ったことがありますが」

執事「蹴り落とされてしまいました」

勇者「え? そうなんですか?」

執事「こやつは男を乗せたがらないのです」

執事「本当に女性なのですね。 やっと確信が持てました」

勇者(……たぶん緊張を解こうとしてくれてるんだろうけど)

勇者「ちょっと傷つきました」

執事「はっはっはっ。 申し訳ございません」

ビュォオオ

魔導師・緑「わたしは最初から女の子だと言ってるじゃないですかぁ~」

執事「そういえばそうでしたな」

勇者「箒……大丈夫ですか?」

魔導師・緑「はい?」

勇者「速度の代わりに小回りが効かないって聞きました」

魔導師・緑「ああ、空から落っこちてくる石ころのことですかぁ」

魔導師・緑「まぁ当たらないと思いますよぉ」

執事「おや、根拠は?」

魔導師・緑「ないですぅ」

執事「はっはっはっ」

勇者「緑さん」

魔導師・緑「はーい。 なんですかぁ?」

勇者「あなたはなぜ危険を冒してまでついてきたんですか?」

魔導師・緑「んー……」

魔導師・緑「誰かがやらなければならないこと。ですからぁ」

勇者「そう……ですか」

勇者(青さんは含みのある言い方をしてたけど……)

勇者(やっぱりこの人も良い人なのかな)

執事「はっはっ。 嘘ですな」

魔導師・緑「あ、バレちゃいましたぁ?」

勇者「えぇっ?」

魔導師・緑「本当の理由は、着いてから説明しますねぇ」

勇者「むぅ……」

魔導師・緑「ごめんなさぁい……。 あっ」

魔導師・緑「この先、道がでこぼこしてますよぉ」

執事「おや、そのようですな。 気をつけましょう」

勇者「隕石の落ちた跡……それにブレス避けの壕……」

勇者「じゃあ底にあるのは」

勇者「兵隊さんたちの……」

勇者「あれ?」

執事「死体は確認できませんな」

勇者「真っ黒の石みたいなのが……あれが隕石?」

魔導師・緑「まさかぁ。 あんな大きいのが空から落ちてきたらこんな穴じゃすみませんよぉ」

執事「……ふむ」

勇者「執事さん? なにか分かったんですか?」

執事「いえ、せっかく和やかな空気になったのにこんなことを言うのは……」

勇者「?? 気づいたことがあるなら言ってくださいよ。なにかの役に立つかも」

執事「では……」

執事「あれは石ではなく溶けて変形した鉄です」

勇者「!!」

魔導師・緑「あぁ、鎧が溶けちゃったんですね」

勇者(じゃあここで死んだ人達は……骨すら残さず……)

勇者(そうか……僕は……)

勇者(ドラゴンに殺されに行く……少なくと周りからはそう思われてるんだ)

執事「さて、見えましたな」

勇者「ドラゴンの塔……あの中に潜んでいるんでしょうか」

執事「今もこちらの様子をうかがっているはずです」

魔導師・緑「少人数だと本当に攻撃されないんですねぇ」

勇者「……」

魔導師・緑「あー……。 上を見てください」

勇者「ん……? なにかの点……?」

執事「緑様、あれは直撃するのですか?」

魔導師・緑「多分当たりますねぇ。 せっかくここまで真っ直ぐこれたのに残念です」

執事「では少し迂回してみましょうか」

勇者「っ……」

執事「これは……」

魔導師・緑「やっぱり……」

勇者(塔の側面に)

勇者(死体の山……!)

執事「ドラゴンに倒された者達……のようですな」

執事「つまり」

バッ

白馬「ヒヒーン!」

勇者「わわっ」


魔導師・緑「大魔導師さまぁ~!」

ドサッ ガサゴソ…

魔導師・緑「大魔導師さま! どこですか!」

勇者「えっ……」

執事「これが緑様の目的、というわけです」

勇者「で、でも……大魔導師さんは……」

執事「死体の状態で発見された」

執事「だから緑様は大魔導師様を救出するのではなく……」


魔導師・緑「あ! いましたぁ!」


執事「回収しにきたのです」

勇者「み、緑さん……?」

魔導師・緑「大魔導師様、冷たくなってる……」

勇者「そ……それを持ち帰ってどうするんですか?」

魔導師・緑「それ?」

魔導師・緑「大魔導師様の亡骸のことですかぁ?」

勇者「あ……ご、ごめんなさい」

魔導師・緑「ふふふー」

魔導師・緑「内緒ですよぉ」

魔導師・緑「それじゃあわたしは帰ります」

魔導師・緑「あなた達が塔に入った後に出発しますので」

魔導師・緑「ドラゴン退治、頑張ってくださいねぇ」

執事「……はっはっはっ」

執事「では勇者さん、作戦会議といきましょうか」

勇者「は、はい」

執事「ついてきてください」

勇者「え? 塔の中でするんですか?」

執事「それを含めて説明しましょう」

ザッ…

勇者(塔の中に……入っちゃったぞ)

勇者(石で出来た建物……何も置いてないな)

勇者(ドラゴンはどこにいるんだ……?)

執事「では、まずこれを見てください」

勇者「これは……この塔の地図?」

執事「古い建物ですが記録は残っていました」

執事「この塔は6階層に分かれています」

執事「姫様が最上階に囚えられていると仮定しますと」

執事「4階の大きく広いスペース。 ここにドラゴンは陣取っているでしょう」

勇者「不意打ちするんですか?」

執事「いえ、3-4階をつなぐ階段は一つしかありません」

勇者「まさか壁をよじ登るんですか? 一応ロープは持ってきましたけど」

執事「無駄に体力を使うだけですな」

勇者「じゃあ一体……」

執事「まずは体を休めましょう」

勇者「……」

勇者「えっ?」

執事「真面目に相手をしてどうするのですか」

勇者「でも僕たちが今ドラゴンに挑まなかったら……」

執事「ああ、緑様が後ろから焼かれるかもしれませんな」

執事「その場合は4階に潜むことで不意打ちが成立します」

勇者「見捨てるんですか!?」

執事「おやおや、見捨てたのは向こうでしょう」

勇者「……」

勇者「僕は反対です」

執事「なるほど。 では」

執事「戻って緑様を脅しましょうか」

勇者「おどっ……!?」

執事「"お前もドラゴンと戦え"」

執事「そう言うだけで理解するはずです」

執事「死体を抱えたまま、ドラゴンの追い打ちをかいくぐって逃げ帰るか」

執事「三人で協力してドラゴンと戦うかの二択を迫るというわけですな」

執事「どうでしょう? 緑様も色付き、実力はあります」

執事「試してみる価値はありますぞ」

勇者「だ、ダメですよそんなの!」

執事「おやどうして?」

勇者「人を脅すなんて出来ません!」

執事「あなたは脅されてここに来たのでしょう?」

勇者「それは……関係ありません」

執事「ほう」

勇者「緑さんは"誰かがやらなければならないこと"をしに来たんです」

勇者「彼女に別の目的があっても、このドラゴン討伐の話が理不尽なものでも」

勇者「僕が邪魔していい理由にはなりません」

執事「しかしそれでは困りますな」

執事「私は元々3人で戦うつもりでしたので」

執事「あなたと2人で、それも正面から戦うというのは……」

勇者「……そうですか」

勇者「それなら僕が一人で戦います」

執事「勇者さん、もう少し自分を大切にした方がいい」

執事「あなたの命には責任があるのでしょう?」

勇者「仮に僕が由緒正しい一族だとしたら」

勇者「それこそ誰かを見過ごすなんてできませんよ!」

執事「やれやれ……若いのはすぐに熱くなる」

執事「何をしたいかより何ができるかを考えなさい」

執事「命を他人のために使うのは立派です」

執事「しかし、それならばより多くの人間を救うべきでしょう」

勇者「緑さんを見捨てたり脅すことで勝てるようになるとは思えません」

執事「一応私に策と道具があります」

勇者「僕の気持ちの問題です」

執事「強情ですなあ」

勇者「あはは、すみません」

勇者「……」

勇者「あまり長話もできません。 行ってきます」


執事「……本当に行きおったわ」

執事「仕方ない。 次の冒険者を待つとするか」

ザッザッザ…

勇者「1階、2階は倉庫……といっても空っぽだけど」

勇者「この塔は広いけど単純な造りだから迷うことは無いな」

ザッザ…

勇者(3階……ここは人が住む場所だったのかな。 小さな部屋がたくさんある)

勇者(掃除するのは大変……なんてどうでもいいか)

勇者(階段は全部正面にある)

勇者(真っ直ぐ登れるのは戦闘を考えた施設ではないってことかな)

勇者「……」

ザッザ…

勇者(そして4階……)

勇者「あ……」




ドラゴン「……」


勇者(いた……大きいなあ……)

勇者(天井が高い……それに内壁が一切無い)

勇者(大きな柱が4本あるだけの部屋……ドラゴンが暴れられる広さがある)

勇者「さて……」

ドラゴン「……」

勇者(ドラゴンはこっちを見たまま動かない……)

勇者(僕の出方をうかがっているのか?)

勇者「……」

勇者(ドラゴンの後ろに大きな階段がある。 あの上にお姫様がいるんだ)

勇者(隣には……大きな穴? あそこから出入りしているのかな)

ジリ…

勇者(慌てるな……注意深く観察するんだ)

勇者(なにか弱点があるかもしれない……)

ギラリ

ドラゴン「……」

勇者(鱗が日光を反射して輝いてる……アレが鉄より硬いって話は本当なのかな)

勇者(ん? ところどころ薄汚れてる鱗もある……)

勇者(もしかして壊死してるのか? 戦士さん達の攻撃が残ってるのかも)

ドラゴン「!」ピクッ

勇者(な、なんだ!?)

勇者(外を見てる……一体何を……?)

勇者「あ、緑さん……」

ドラゴン「グル……」

勇者(飛び立った緑さんを見てるのか……)

勇者「!!」

バサッ

勇者(羽を広げた! こいつも飛ぶ気か!)

勇者「仕方ない! 行くぞドラゴンっ!」

ダッ

シュボッ

勇者「聖火をつけた木槌!」

勇者(まずはこれで僕の力が通用するのか確かめる!)

勇者(汚れた鱗を狙って……)

勇者「たぁああああああ!!」

ドラゴン「ガァッ!」

バシッ

勇者「えっ――」

ギュルギュル

勇者(け、景色がぐるぐる変わる……)

勇者(今僕は吹き飛ばされて回転しているのか……)

勇者(なにが起こってこんな事態に?)

勇者(いや、まずは……)

ズザッ ズザッ

ズザザザー…

勇者「いったぁ……」

勇者(なんとか転がりながら着地できた)

ドラゴン「……」

勇者(爪を振り払う攻撃……の)

勇者(指の腹に引っかかったのか)

勇者(かわしきれなかった……いや、ほとんど反応できなかった)

勇者(とんでもなく速い……!)

勇者(聖火が通用するとか以前の問題じゃないか!)

勇者「痛ぅ……」

勇者(転がって地面に触れた部分以外も痛い……そういえば昨日大怪我したんだ……)

勇者(でも、そのおかげで気を失わずに済んでる)

勇者(これぐらいで諦めてたまるか!)

ドラゴン「グルッ!」

バッ

勇者(う! 飛びかかっ――)

ゴロゴロ…

勇者「い、痛つつ……」

ドラゴン「……」

勇者(なんとかかわせたみたいだ)

勇者(反応できないならその前に勘で避けておけばいい……)

勇者(とは言え何度も使える手じゃないな。運が良かっただけだ)

ドラゴン「グルッ!」

バッ

勇者(また――)

バッ

勇者(よ、よし! なんとか回避……)

ドラゴン「グルルッ!」

ククッ

勇者(!!)

勇者(羽を使った微調整!?)

勇者(避けきれない!直撃すれば間違いなく即死! 後ろにあるのは壁――)

勇者(――じゃない!)

トンッ

ヒューン

勇者(壁じゃなくて穴……ドラゴンの出入口……)

勇者(後ろ向きに飛んだから下の様子は分からないけど……)

勇者(頭だけ守って広く着地すれば、骨折ぐらいで済むはず……)

勇者(とにかく緑さんは逃せたはずだ)

勇者(一度体勢を立て直そう)

ドグチャ

勇者「いたた……」

勇者「……?」

勇者(痛いだけで済んだ?)

グチョ…

勇者「あ……」

勇者(死体の山の上に落ちていたのか……)

勇者(どうりで変な音がしたわけだ)

勇者(よし、体は動く)

勇者(とりあえず執事さんと合流しよう)

勇者(もし僕を置いて帰っていたら……まあそれならそれでいいか)

勇者「よいしょっ……」

グッ…

「う……」

勇者(!!)

勇者(声! まさか生存者が!?)

勇者「だ、大丈夫ですか!? すみません!!」

「いえ……」

吟遊詩人「お気になさらず……」

勇者「ぎ……」

勇者「吟遊詩人さん!?」

吟遊詩人「ゆ、勇者さん!? 何故ここに!」

勇者「生きていたんですか!? 戦士さんと近衛兵さんは……」

吟遊詩人「それよりドラゴンは! まだここにいるのですか!?」

勇者「あ――」


ドラゴン「グル……」


勇者(顔を出してこっちを見てる!)

勇者「肩につかまってください!」

吟遊詩人「すみません……」

勇者(とにかく塔へ避難……)

ドラゴン「ブハァ!」

ゴオッ

勇者(ドラゴンのブレス!?)

ドゴォンッ

勇者(か、火炎弾を吐いた! ブレスには種類があるのか!?)

執事「これはこれは、お早いお帰りで」

勇者「はぁ……はぁ……」

吟遊詩人「助かりました、勇者さん」

執事「おや、貴方……生きていたのですか」

吟遊詩人「初めまして……ではないようですね」

執事「そうですな。 討伐隊の選抜を見学していましたから」

吟遊詩人「……」

吟遊詩人「35年前、バンパイア集落への強襲任務」

執事「……」ピクッ

吟遊詩人「あなたは当時のハンターですね」

執事「貴方はあの村の……生き残りだと?」

吟遊詩人「そういうことです」

勇者「ま、待ってください!」

勇者「バンパイアって……どういうことですか?」

吟遊詩人「……」

吟遊詩人「ドラゴンに勝利し、宴が終わるまで隠すつもりでしたが」

バサッ

勇者「!!」

勇者(腹に穴が空いているのに……骨と血管がつながっている……!)

吟遊詩人「私達、ドラゴン討伐隊は全滅しました」

吟遊詩人「が……私は生き残った」

吟遊詩人「これは私にとっても意外でした。 内蔵の再生能力は無いと思っていたので」

勇者「35年生きててその顔立ち……再生能力……」

勇者「吟遊詩人さん、あなたは一体……」

吟遊詩人「ははは、若く見えますか? ありがとうございます」

吟遊詩人「私はある程度長い寿命と人間の延長線上の再生能力を持っています」

吟遊詩人「種族名は半魔"ダンピール"」

吟遊詩人「人間とバンパイアのハーフです」

勇者「え……」

吟遊詩人「分家ならではの知恵というわけですよ」

吟遊詩人「母方の一族は魔力の才に優れていましたが、体が弱かった」

吟遊詩人「そこで魔族の力を使い補強を図ったわけです」

勇者「人間と……魔族が……?」

勇者「そんなことがあっていいわけがない……」

吟遊詩人「……」

吟遊詩人「そうですね」

吟遊詩人「その意見は間違ってない」

吟遊詩人「実際人間と魔族の共存は難しい。 魔物の発生も大きな理由ですが……」

吟遊詩人「バンパイアの場合、傍から見ると洗脳と友人の見分けがつかない」

吟遊詩人「集落内外での疑惑、小競り合いは年を重ねるごとに増え……」

吟遊詩人「ハンターたちが乗り込むのに十分な理由を揃えてしまったのです」

執事「……」

吟遊詩人「村は焼き討ちに遭い、魔族と洗脳された人間は皆殺しにされました」

吟遊詩人「……今回のように、私だけが生き残った」

吟遊詩人「その後、私は身を守るため魔法の術を磨き」

吟遊詩人「その過程で魔物を倒し賊を成敗していると……」

吟遊詩人「魔物ハンターと呼ばれるようになった。 というわけです」

執事「そう、ですか……」

吟遊詩人「……」

吟遊詩人「さあ、私の暗いだけの過去はこのぐらいでいいでしょう」

勇者「……」

吟遊詩人「それでは私を信用してもらう為の証拠を……」

執事「待ちなさい」

執事「私は一族の……家族の仇なのですよ?」

吟遊詩人「魔物ハンターとなった今では納得しています」

吟遊詩人「もう済んだ話、どうでもいいことです」

執事「そんなわけがないでしょう」

吟遊詩人「……くどい」

勇者「!!」ビクッ

吟遊詩人「勇者さんにとっては、どうでもいいことです」

吟遊詩人「今はドラゴン退治に全身全霊を傾けるべきだ。 違いますか」

執事「……そうですな。 仰るとおりです」

吟遊詩人「話がそれてしまいましたね」

吟遊詩人「証拠の場所まで案内しましょう」

吟遊詩人「勇者さん、私を二階まで運んでくれますか?」

勇者「……」

吟遊詩人「では執事さんに頼みましょうか」

勇者「いいですよ。 僕の肩につかまってください」

吟遊詩人「それはありがたい」

吟遊詩人「執事さんも後から着いてきてください」

執事「……分かりました」

ザッ…ザッ…

勇者「……」

吟遊詩人「今、なにを考えてますか?」

勇者「さあ……疲れてるのでなにも」

吟遊詩人「魔族と人の混血。 そんな存在を考えたこともなかった」

吟遊詩人「どう扱えばいいのか分からない」

勇者「……」

吟遊詩人「こうして肩を貸してくれている以上、多少は信用してくれているようですが」

勇者「……たしかに、僕にはあなたをどうするべきなのか分かりません」

勇者「でも、戦士さんはあなたのことを信用していました」

吟遊詩人「私が騙していたのかもしれませんよ」

勇者「……それはありえません」

吟遊詩人「ほう?」

勇者「戦士さんは大臣が魔族とつながっていることをひと目で見抜いていました」

勇者「あなたの正体に気づかないワケがない」

吟遊詩人「なるほど」

勇者「それと王都に来る際兵隊さん達を隕石から守ってくれたそうですね」

吟遊詩人「あれはたまたまですよ」

勇者「僕の友達もいたんです。 ありがとうございます」

ザッ…ザッ…

勇者(でも、それだけだ)

勇者(本当に信用して大丈夫なのか?)

勇者(この人は吸血鬼の討伐依頼を受けて王都に来たはずだ)

勇者(吸血鬼を逃がしたり引き込んだりするつもりかもしれない)

勇者(それにこの人は僕がドラゴン討伐に行くことに肯定的だった)

勇者(僕と戦士さんを納得させる為だと思っていたけど……違うのかもしれない)

勇者「……」

勇者(僕は今、ドラゴンとの実力差を思い知ったばかりだ)

勇者(ただ戦力が欲しくて、この人が味方だと信じ込もうとしてるんじゃないか?)

勇者(執事さんの前であんな大見得を切っておいて……情けない)

勇者(なにか吟遊詩人さんが魔族と敵対している証拠・証言がないことには……)

勇者(……あ)

勇者「そうだ、二日前……」

吟遊詩人「おっとすみません。 この部屋です」

ガチャガチャ

勇者「……ドアが開きませんが」

吟遊詩人「古い建物ですからね。 蹴破ってください」

執事「どれ、私がやりましょう」

ドガッ

勇者(2階は元倉庫……あれ?)

執事「装備品が置いてありますな」

吟遊詩人「鉄の鎧と大剣です。 ドラゴンに対してはほぼ無意味なものなのでね」

執事「斬撃で鉄が破壊されるなら鎧は不要、大剣は当てることができないということですか」

吟遊詩人「その通り……では勇者さん」

吟遊詩人「この剣を手に持ってみてください」

勇者「……はい」

勇者(戦士さんが背負っていた大剣……)

グッ……ズズッ……

勇者「柄を持ち上げるのが精一杯です」

吟遊詩人「でしょうね。 勇者さん5人分以上の重さがあるはずです」

勇者「どういうつもりですか?」

吟遊詩人「次は宝玉部分に聖火をつけてください」

勇者「……?」

勇者「聖火は燃費の良い魔法ですが、僕の魔力量は多くないのであまり無駄遣いは……」

吟遊詩人「お願いします」

勇者「……分かりました。 聖火の魔法!」

シュボッ

グンッ

勇者「!!」
執事「!!」

勇者「か、軽くなった!!」

吟遊詩人「おお……素晴らしい」

吟遊詩人「では、ゆっくりと抜いてください」

勇者「は、はい」

スッ…

勇者「こんな大きさの剣を片手で持てるなんて……」

吟遊詩人「その状態で振り回すのはやめてくださいね」

勇者「えっ?」

ズシンッ

勇者「うわっ!」

勇者(ま、また重くなった!?)

執事「これは一体……」

吟遊詩人「それはあなたの……我々の祖先が魔王を討ち倒した時に振るった剣」

吟遊詩人「何度も打ちなおしたらしく無骨な姿になっていますが、性能はご覧のとおりです」

吟遊詩人「悪意に侵されるまでの短い時間だけ、その重量がゼロになる」

吟遊詩人「これを敵に当たる瞬間に合わせることができれば……」

勇者「か、軽々と扱える超重量の武器になる……!」

吟遊詩人「魔族の間では俗称があるらしいですが、まあ我々は"聖剣"と呼びましょう」

勇者「聖剣……すごいや……」

吟遊詩人「ではもう一度聖火をつけた後、素早く剣を鞘に収めてください」

吟遊詩人「その状態で重くなることは無いはずです」

スッ…チャキ

勇者(鞘に入れた状態なら簡単に持ち運べる……)

勇者「こんなものがあるなら……最初から」

吟遊詩人「ドラゴンには近づけましたか?」

勇者「!」

吟遊詩人「奴と接敵したのでしょう?」

吟遊詩人「そのとき聖剣を持っていれば勝つことができましたか?」

勇者「……」

勇者「確かに……攻撃をかわし続けることもできませんでした」

吟遊詩人「一度でもかわせたのなら大したものです」

吟遊詩人「ですが、それだけではドラゴンに勝つことはできない」

吟遊詩人「我々が弾避けになりましょう」

勇者「えっ?」

執事「おや、私もですかな?」

吟遊詩人「もとよりそのつもりだったのでしょう?」

執事「私は死ぬつもりはありませんが」

執事「いいでしょう。 弾除け、引き受けましょう」

吟遊詩人「では勇者さん、私達二人がドラゴンに特攻し隙を作り出します」

吟遊詩人「あなたはその時を待って聖剣を抜き、振り下ろしてください」

吟遊詩人「首の骨を折ってしまえばドラゴンといえど即死です」

勇者「……」

勇者「なぜそこまでしてくれるんですか?」

吟遊詩人「おや、どういう質問でしょう」

勇者「僕も気になるんです」

勇者「魔族の親をハンターに殺されたあなたが、なぜ……」

吟遊詩人「勇者」

勇者「!」

吟遊詩人「人助けはハマりますね」

吟遊詩人「情報を得るために30年も続けたのがまずかった」

吟遊詩人「自分に向けられた笑顔が増えるごとに、復讐する気は失せていきました」

吟遊詩人「私の人間の血が、英雄の血が誇らしくなったのです」

吟遊詩人「本家様に会う頃には完全に人間の味方になっていました」

勇者「……」

勇者「二日前の夜です」

吟遊詩人「?」

勇者「酒場で行商人の方に会いました」

勇者「王都に来る際、あなたに助けられたと」

吟遊詩人「おや、あの人に……」

勇者「彼はあなたのことを信じていましたよ」

勇者「だから……僕も信じます」

吟遊詩人「とりあえずドラゴンを倒すまでは、ですね」

勇者「……」

吟遊詩人「ありがとうございます、それで十分です」

――

コツコツ…

吟遊詩人「勇者、起きてください」

勇者「……んんっ」

勇者「今は?」

吟遊詩人「夜明け前です」

勇者「分かりました。 すぐに準備します」ガサゴソ

吟遊詩人「おや、この部屋はやけに綺麗ですね」

勇者「簡単に埃だけ掃除しました」

勇者「借りた毛布をあまり汚したくなかったので」

執事「おはようございます。 体力は回復しましたかな」

勇者「執事さん……昨日に比べれば大分楽になりました」

吟遊詩人「ドラゴンは逆に精神をすり減らしたはずです」

吟遊詩人「やつからすれば我々がいつ襲いかかってくるか分からないのですから」

勇者「……少し卑怯な気がしますね」

吟遊詩人「住処での潜伏はドラゴン退治のセオリーですよ」

執事「できればもう一日ぐらい様子を見たいところですな」

吟遊詩人「あまり長くいてもドラゴンを怒らせてしまいます」

吟遊詩人「3日ほどなら大丈夫でしょうが、今回は人質が大物すぎる」

吟遊詩人「今から仕掛けます」

――

ドラゴン「……」


勇者「……います。 階段の側でずっとこちらを見ています」

執事「ではこれを」スッ

勇者「この小瓶は?」

執事「酸です。 ここからドラゴンにぶつけてください」

勇者「僕の肩じゃちょっと届きませんよ」

執事「クロスボウを持っているのでしょう?」

勇者「あ、なるほど……通用するんですか?」

執事「おそらくは」

チキチキチキ…

勇者(よし、装着できた)

勇者(狙うなら……やっぱり顔か)

スッ…

ドラゴン「……」ピクッ

勇者(反応された……遠距離攻撃を仕掛けるとバレている……)

勇者(そうなるとドラゴンの行動はおそらく……)

ゴォッ!

勇者(やっぱり! 威力を収束した火炎弾!)

勇者「このタイミングだ!」

バシュッ!

吟遊詩人「早くこっちへ!」

勇者「はい!」

勇者(火を吐く一瞬は僕が死角になっているはず)

勇者(矢と違って瓶なら放物線を描くから炎とはぶつからない)

ズ… パリンッ

勇者(ガラスの割れる音!)

勇者「やったか!?」

吟遊詩人「いえ……ドラゴンが移動する音の方が先に聞こえました」

吟遊詩人「おそらくかわされたのでしょう」

執事「ではこれを」

勇者「もう一度やるんですか?」

執事「まずはドラゴンを消耗させましょう」

執事「当たるかどうかは二の次です」

勇者(……僕が一人でドラゴンと戦った時)

勇者(奴は羽の微調整で僕の動きに対応してきた)

勇者(同じ手を使うのはまずいんじゃないか……?)

執事「大丈夫ですか?」

勇者「は、はい」

勇者(いや、弱気になっちゃダメだ。 今は一人じゃないんだから)

勇者(さあ次だ!)

勇者(今度は警戒されているだろうから登場と同時に攻撃する!)

バッ

勇者「行くぞドラゴ……」

ドラゴン「オオォオオオ!!」

勇者「!!!」

勇者(め、目の前!! さっきは前進してかわしていたのか!?)

ゴォッ!

勇者(火炎弾、今度はかわせな――)

吟遊詩人「対抗魔法!」

バチッ!

勇者(!! 炎が消えた!)

勇者「今だぁ!」

バシュッ

パリン

ドラゴン「ガァアアア!!!」

勇者(当たった! 効いた!)

執事「酸を口内に喰らえば辛かろう!」

吟遊詩人「これでしばらくは火を吐けない!」

勇者「行きましょう!」

バババッ

ドラゴン「ガァッ!」

ブォンッ!

勇者(腕を振り回すだけですごい風圧! とても近づけない)

勇者(だから……)

吟遊詩人「氷結魔法!」

パキッ

ドラゴン「ガァ!」

勇者(足元を凍らせて体制を一瞬だけ崩してもらう!)

勇者「聖火の魔法! をつけた木槌!」

ビュッ

勇者「これを投げる!」

スコーンッ

ドラゴン「!」ピクッ

勇者(やっぱりだめだっ! 音が軽すぎる!)

勇者(ドラゴンに聖火は効かない!)

勇者(……でも、また一瞬注意をそらすことができた)

執事「そうらっ!」

ボフッ

ドラゴン「ゴフッ!?」

執事「ドラゴンといえど生物! 神経毒は効くだろう!」

勇者(兵士さんが喰らった毒の粉。 それも濃度が段違いだ)

勇者(吸い込むのが見えたからもう粉末は肺の中)

勇者(これならドラゴンだって昏倒するはず……)

ドラゴン「……ッ」

執事「なっ!?」

ゴォオオッ

勇者(は、鼻からブレス!? そんなのありか!?)

執事「ぐぁあああああああ!!!」

勇者「執事さん!」

執事「ぐ……うぅ……」

勇者(直撃はしなかったみたいだけど……執事さんの様子がおかしい……)

執事「か、体が……動かな……」

勇者(まさか毒を取り込まずに炎として排出したのか!?)

吟遊詩人「焼けつく息……!」

ドカン! ドカン!

吟遊詩人「まだ想定内です! 援護を!」

勇者「は、はい!」

勇者(そうだ! 毒を体に入れてないってことは空気も入ってない!)

勇者(呼吸ができてないんだ!)

シュボボッ

勇者「聖火をつけた布の玉!」

バッ ドカン! ドカン!

勇者(なら奴の周りを爆破し続ける! 空気がなくなって気絶するまで!)

ドラゴン「ガ……ガァアアアア!」

バッ!

吟遊詩人「来たな! もらった!」

吟遊詩人「雷撃魔法!!」

バリバリッ!

ドラゴン「グァッ!?」

吟遊詩人「気絶しろ!」

ドラゴン「……」

…ズズンッ

勇者「倒れた!」

勇者(チャンスだ! この瞬間しか無い!)

ダッ!

吟遊詩人「頼みましたよ……」

勇者(聖剣を抜刀し斬り下ろす!)

勇者(あの無防備な首に当たる瞬間に重さが戻れば! 一撃で決まる!)

ピクッ

ドラゴン「オオォ……」

勇者(くっ、間に合え!)

勇者「たぁああああああ!!」

ブォンッ

ドラゴン「オオオオ!!!」

バッ

勇者(か、かわされた――)

グンッ

勇者「うわっ!?」

ズガガァアアアン!!!

勇者(床をぶち抜いた!?)

ドラゴン「!!!」

勇者「せ、聖火の魔法!」

シュボッ ゴシャンッ

勇者「ぐぇっ」

ゴロゴロ…

勇者「いたたた……」

勇者(ここは……三階の小部屋か)

勇者「聖剣は……あった」

勇者(聖火が間に合わなかったら1階まで落ち続けたかもしれないな)

勇者(僕の五倍の重さ……すごい威力だ)

ズシッ

勇者「おっと。 また重さが戻ってる」

勇者「聖火の魔法」

シュボッ

勇者「そして鞘に収める……っと」

カチリ

勇者(この一連の動作を戦いながら行うのはちょっと無理だな)

勇者(簡単に抜刀するわけにはいかないぞ)


「オォオオオオオ!!」

勇者「!!」

バサッ バサッ

ドラゴン「ガァッ!」

勇者「お、追ってきた!?」

ダッ

勇者(正面からじゃ勝負にならない! 移動しないと!)

タッタッタ…

勇者(どうする!? 4階を目指すか!?)

勇者(執事さんは今無防備だ、狙われたらどうしようもない)

勇者(でも吟遊詩人さんがいないとドラゴンに隙を作らせることはできない)

勇者(虫がよすぎるけど……頼りに行こう!)

ドォン! ドォン!

勇者「!!」

勇者(こ、この音! この地響き! まさか!)

ドォオン!

ドラゴン「オオオオォオオオオ!!!!」

勇者(壁を壊して! 最短距離で向かってきた!)

ドラゴン「ガアァッ!!」

バッ

勇者「うわっ!」

勇者(くっ! 仕方ない、一度引き返そう)

タッタッ…

勇者(あれ? 今のは初動を見てから避けることができたぞ?)

ドォン!

勇者(ま、また来る!)

ドォオンッ!

ドラゴン「ガァアア……オォオオ……!」

勇者(こ、こいつ! なにか様子が変だ!)

勇者(息が荒いし、目が充血して真っ赤!)

勇者(呼吸を整えることもせず、動けない執事さんにとどめを刺すこともせず)

勇者(なりふり構わず、僕を殺しにきてる……!?)

ドラゴン「……」

スゥウウ…

勇者(大きく息を吸い込んだ!?)

勇者(ま、まさか……)

勇者「せ、聖剣抜刀!」

ブォンッ グンッ

ドラゴン「ブハァッ!」


ゴォオオオオオオオオオ……!!!

ズサササー…

勇者「はぁ……はぁ……」

勇者(なんとか成功した……"聖剣で自分を吹き飛ばす"!)

勇者(振り回している途中で重さがもどれば……)

勇者(僕が聖剣に引っ張られて、飛ぶ……!)

勇者「それにしても……」

ビュォオオ…

勇者(外壁まで距離があるのに、全部貫通してる……)

勇者(石壁を……炎で……)

勇者「これがドラゴンの……全力のブレス……!」

ドォオンッ!

ドラゴン「ガァ……ハァ……!」

勇者「っ!」

勇者(まだ追って来てる! 見つかった!)

ドラゴン「ガフッ……ハッ……」

勇者(舌が焼け焦げて……垂れ下がっている……)

勇者(酸が効いていて無理のある状態だったんだ……)

勇者(そこまでして……何故攻め続けるんだ?)

勇者(いや、戦いに集中しろ)

勇者(とにかくドラゴンは聖剣を警戒している)

勇者(つまり通用する。 なんとかしてコイツをぶつけるんだ!)

勇者「聖火のまほ――」

シュボッ

ドラゴン「!」ピクッ

ドラゴン「ガァッ!」

バッ

勇者「あっ」

勇者(さっきみたいに反応して避けられる速度じゃない)

勇者(甘かった)

ブンッ!

勇者(か、空振り? かわせたのか?)

勇者(爪が肩先をかすめた気がしたけど……)

勇者(あれ? 僕の左腕がないぞ?)

勇者(……ああ、肩が外れて変な方向に曲がってるだけか)

グンッ

勇者(今頃聖剣が軽くなった?)

勇者(いや……ドラゴンもすぐそこにいる)

勇者(僕の思考が速くなっているんだ)

勇者(そういえば父さんが昔言っていたな)

勇者(絶体絶命のピンチになると脳が助かる方法を模索するから)

勇者(頭の回転が速くなったり昔のことを思い出したりするって)

勇者(状況を確認する余裕がある……よし、右腕はしっかり聖剣を掴んでる)

勇者(ドラゴンは……)

勇者(視線は僕から外れてる。 腕に隠れた腹が見える)

勇者(今聖剣を振れば重さが戻る瞬間に腹を狙えるかもしれない)

勇者(でも、ここは……)


勇者「聖剣――」ビュッ


グンッ
ザクッ!

ドラゴン「ギャォオオオオオオオ!!」


勇者「――投擲」

勇者(やったぞ!)

勇者(投げた聖剣がドラゴンの腹に突き刺さった!)

ドラゴン「ウゥ……」

勇者(まだ息がある……落ち着け、あと一歩だ)

ドラゴン「……」スゥ

勇者(!! またブレスを吐く気か!?)

勇者「う、うぉおおお!!」

ダッ

勇者(刺さっている聖剣の柄を!)

ゲシッ

勇者「蹴る!」

ドラゴン「グァッ!?」

勇者(よし! ブレスを止めた!)

―スタッ

勇者(そして蹴りの反動でドラゴンの射程外に着地)

勇者(……いける!)

ガランガラン

勇者(今ので聖剣が抜け落ちたか)

ドラゴン「グウウゥ……」

ダラ…ボタボタ…

勇者(傷口から内臓がはみ出してて……すごい出血だ)

勇者(懐に飛び込んであれを引きちぎれば致命傷になるけど……)

勇者(即死じゃないだろうし僕も反撃で殺されちゃうな)

勇者(これは最後の手段にするとして、どうにか聖剣を回収する方法を考え……)

バサッ

勇者「え……」

ドラゴン「オオオオ!!」

バサッ バサッ

勇者(ブレスで空けた穴から外に飛び出した……?)

勇者(あれほど聖剣を警戒していたのに僕の手に戻していいのか?)

勇者「に、逃げた……?」

勇者「……」

勇者「いや、まさか……!」

フワッ…

吟遊詩人「勇者! 大丈夫ですか!?」

勇者「吟遊詩人さん! それは……」

吟遊詩人「あなたの箒です。 念の為に持っておきました」

吟遊詩人「それよりドラゴンが飛んで行くのが見えたのですが、一体何が……」

ガン! ゴキンッ!

吟遊詩人「!?」

勇者「っ……よし。 肩はくっついた」

吟遊詩人「ゆ、勇者……?」

勇者「吟遊詩人さん。 お願いがあります」

勇者「ドラゴンのところまで箒で僕を飛ばしてください!」

吟遊詩人「ば、馬鹿な!? ドラゴンに空中戦を挑むのですか!?」

吟遊詩人「開けた場所で奴に敵う生物などいないのですよ!」

勇者「ドラゴンはこの塔ごと僕たちを焼き払う気です!」

吟遊詩人「!!」

勇者「塔を破壊する勢いで僕を攻撃してきました!もう奴は人質のことなんて考えてない!」

勇者「僕はドラゴンを怒らせてしまった! だから最後まで戦うしか無いんです!」

吟遊詩人「い、いけません!」

吟遊詩人「執事さんと姫様は見捨てて逃げますよ!」

吟遊詩人「あなたの命の重みを考えなさい!」

勇者「塔を破壊した後は王都が焼き払われるかもしれない」

勇者「激昂したドラゴンは王都を火の海にする」

勇者「そう戦士さんが言っていました」

吟遊詩人「……」

吟遊詩人「しかし、あなたの浄化の力は」

勇者「王都の人々を守るためのものです!」

吟遊詩人「!!」

勇者「国の危機を見過ごすならこんな力を持ってる意味が無い!」

勇者「王都の敵と戦う! これは僕の責任!使命なんだ!!」

勇者「もう時間がありません! お願いします!」

勇者「ここで戦わないと僕は……」

   「勇者、この力を人の為に使うんだ」

   「それでしあわせになれるの?」

   「ああなれるとも。 必ず幸せを実感できる時がくる」

勇者「僕は一生幸せになれない!」

吟遊詩人「っ……!!」

吟遊詩人「分かりました。 協力しましょう」

吟遊詩人「勇者、まずは深呼吸なさい」

勇者「え、なんでそんな……」

吟遊詩人「あの規模のブレスは連発できないはずです」

勇者「だからって今は」

吟遊詩人「いいから言うとおりにしなさい。必要な動作です」

勇者「……」

勇者「すぅ……」

勇者「はぁー……」

吟遊詩人「ではよく聞きなさい。 あなたはドラゴンと"仕方なく"戦うのです」

勇者「どういうことですか?」

吟遊詩人「本能と最もかけ離れた感情。 それは義務感です」

吟遊詩人「熱くならず冷静であり続ければドラゴンが調子づくこともありません」

吟遊詩人「いいですね」

勇者「……はい」

吟遊詩人「では箒にまたがって柄を両手で握りなさい」

ギュッ

吟遊詩人「箒は加速しかできません」

吟遊詩人「できるだけ細かく加速するのがコツなのですが」

吟遊詩人「今からトップスピードであなたをドラゴンに向けて飛ばします」

吟遊詩人「ドラゴンと接敵したら聖剣で斬りつけてください」

吟遊詩人「着地は私が何とかします」

吟遊詩人「では行きますよ!」

勇者「お願いします!」

吟遊詩人「3……2……1……」

吟遊詩人「発射!!」

バシュウッ

勇者「!!」

――――

――


――

――――

勇者「――っ!」

勇者(き、気を失っていた……!?)

勇者(加速が強すぎたんだ、箒に乗るのも初めてだし……)

勇者(いや、そんなことはどうでもいい! 状況は!?)

勇者(手はしっかり箒を掴んでる。 握り慣れたものでよかった)

勇者(聖剣もクロスボウも……よし、装備されてる)

勇者(ドラゴンは……!?)


バサッ バサッ

ドラゴン「グル……」


勇者(近い! しかも気づかれてる!?)

勇者(でも……考えなしに飛び込んだわけじゃない)

ピカッ…

勇者(朝日だ! ドラゴンからすれば逆光!)

勇者(僕の正確な位置は分かってないはず……!)

ブワァアアア……

勇者「!!」

勇者(流星群! 僕を照らすつもりか!)

勇者(大丈夫、ほとんど効果はない! 流れ星が太陽より明るいものか!)

ドラゴン「……」スゥウウ…

ドラゴン「ブハァッ!」

勇者(全力のブレス――!)

ゴォォオオオオ……

勇者(僕の進行方向を遮るように吐いてきた!)

勇者(箒は曲がれない……横方向に加速することしかできないんだ)

勇者(そもそも僕は箒を操れない……どうする?)

勇者(聖剣で僕を吹き飛ばすか?……いや、それだとまた肩が外れてしまう)

勇者(体当たりで急所を狙えるとは思えない、接近しても無防備じゃ仕方ない)

勇者(箒を蹴飛ばして無理やり移動……そんなことをしても箒の位置が動くだけだ)

勇者(空中で何かを蹴って移動するには自分より重いものじゃないと……)

勇者(となると……)

勇者「聖剣を! 蹴る!」

ゲシッ

勇者「ぶわっ!」

勇者(な、なんとかブレスをかわした……次まで時間があるはず)

勇者(そしてドラゴンはブレスが当たったかどうか分かってない! 攻撃のチャンスだ!)

勇者(聖剣は使ってしまった……だからここは!)

ドシュ!

ザクッ

ドラゴン「ギャォオオオオ!!」

勇者「クロスボウだ! 内臓になら刺さる!」

ゴォオオ

勇者(隕石か! さっきので居場所がバレた!)

勇者(おそらく僕に直撃するコース……今は空に近すぎるんだ)

勇者(だけどまだだ!)

グンッ

ドラゴン「!!」

勇者(クロスボウには縄をつけてある!)

勇者(引っ張れば石ころを躱すぐらいの距離なら移動できる!)

勇者「そして……」

ズシッ

ドラゴン「オォオッ!?」

勇者(聖剣にも縄をつけてある。 結局鉄塊としての利用法になったけど)

ビキビキ……

ブツッ

ドラゴン「ギャオォオオオオオ!!!」

勇者「内臓を引きちぎった。 お前の負けだ」

ドラゴン「オォオオ……」

勇者「致命傷だ。 もう助からない」

勇者(これで王都にドラゴンがくることはない……)

勇者(やったよ……戦士さん、兵士さん、女魔導師さん)

勇者(けど)

バサッ

ドラゴン「オオオオオォォォオオオォォオオン!!!!」

勇者(最期の特攻。 恐ろしい速さでこっちに向かってくる)

勇者(これはもうどうしようもないな)

勇者(でも、上出来だ)

勇者(戦力外と言われた僕がここまでやれたんだから)

勇者(やるだけのことはやった……かな)フッ

ドラゴン「オオオオオオオ!!」

   「ありゃ竜の熱に当てられてるな」

   「あなたはドラゴンと"仕方なく"戦うのです」

勇者(いや、違う!)

勇者(何を考えてるんだ僕は!)

勇者「聖火の魔法!」

シュボッ

勇者(重りになってる聖剣側の縄を切り離した)

勇者(突風が吹くだけで助かるかもしれないじゃないか!)

ドラゴン「オオオオオオオ!!」

勇者「ま、まだ木槌がある!」

勇者(最後まで諦めない! 行動し続ける!)

勇者(そして……行きて帰るんだ!)

――

――――

勇者「……」

勇者「ううん……」

勇者「ここは……?」

勇者「!! 生きてる!」

勇者(まさか本当に突風が……!?)

吟遊詩人「ぐ……う……」

勇者「!! ぎ、吟遊詩人さん!」

吟遊詩人「う……ううん……?」

勇者「だ、大丈夫ですか!?」

吟遊詩人「おや……」

吟遊詩人「またあなたの下敷きになって気を失っていたようです」

勇者「吟遊詩人さんが突風で助けてくれたんですね」

吟遊詩人「ええ、着地の衝撃は対抗魔法で打ち消しました」

吟遊詩人「結果魔力切れで倒れてましたがね」

勇者「!! 足が……」

吟遊詩人「はは、3階から飛び降りましたからね。 このぐらいは」

勇者「飛び降りた? なんでわざわざ……」

勇者(あ……)

勇者(僕が気絶したのを見たからか……)

吟遊詩人「それよりも……」

ドラゴン「……」

吟遊詩人「アレにとどめをお願いします」

勇者「ど、ドラゴン!? まだ息が!?」

吟遊詩人「いいえ、息絶えてますよ」

吟遊詩人「念には念を、です」

勇者「……分かりました」

勇者「聖剣がどこにあるか分かりますか?」

吟遊詩人「あそこを」

勇者「え? うわ……」

勇者(地面が大きく凹んでる……隕石の跡と同じように)

吟遊詩人「あの中心に刺さっているはずです」

ズザザー…

勇者「とっとと……」

勇者「思ったより深い穴だな」

ギラッ

勇者(よかった。 宝玉部分は埋まってないぞ)

勇者「聖火の魔法」

シュボッ

勇者「そして……引き抜く」

ジャキン

タッタッタ…

勇者「とってきました」

吟遊詩人「では……ドラゴンの中心部に叩きつけてください」

吟遊詩人「壊死した鱗を引き剥がして杭を刺して置きました」

勇者「……分かりました」

勇者「聖剣、抜刀!」

勇者(平らな面で叩きつける!)ブンッ

ガツンッ!!

勇者「……勝った」

吟遊詩人「やりましたね」

勇者「はい」

吟遊詩人「これで王都の危機は一つさりました」

勇者「……はい!」

ザザッ

白馬「ヒヒーン!」

勇者「わわっ」

吟遊詩人「おや、綺麗な馬だ」

勇者「姫様の馬だそうです」

吟遊詩人「なるほど、催促にきたのですか」

勇者「催促……確かに塔はボロボロ、急いだほうが良さそうだ」

勇者「塔まで運んでくれるかい?」

白馬「ブルッ!」

勇者「よし! 頼むよ!」

パカラッ パカラッ


吟遊詩人「……」

吟遊詩人「青いマントをなびかせ、白馬を駆り」

吟遊詩人「竜を屠り、姫君を救い出す者」

吟遊詩人「勇者……か」

――

タッタッタ

勇者「執事さん! 大丈夫ですか!」

執事「おお……勇者さん」

執事「ド、ドラゴンはどうなりました?」

勇者「倒しました」

執事「はっはっは……素晴らしい……」

執事「私なら大丈夫。 解毒剤を飲みました、じき動けるようになります」

執事「それよりも姫様を」

勇者「はい!」

タッタッタッタ…

勇者(最後の階段)

タッタッタ…

勇者(塔の最上階)

タッ……

勇者(ここに……)

姫「……」

チュンチュン…チチチチチ…

姫「樹の実がこんなにたくさん……ありがとうございます」

姫「飢えをしのげているのはあなた達のおかげです」

姫「ドラゴンの持ってくる肉は……食べられませんから」

タッタッタ

姫「足音……?」


タッ

姫「……」

姫「え……?」

勇者「姫様! よかったぁ……」

勇者「助けに参りました!」

姫「うそ……」

姫「ドラゴンは……どうしたのですか……?」

勇者「はい、倒しました」

姫「そ……それじゃあ……」

勇者「もう大丈夫です」

勇者「帰りましょう、王都に」

姫「……」

姫「はいっ!」

姫「あ……」

フラッ…

勇者「っと……大丈夫ですか?」

姫「ええ……少し足元が……」

勇者「10日間も閉じ込められていたんです。 無理もありません」

勇者「……」

勇者「姫様?」

ギュウ

姫「ごめんなさい……もう少し、このまま……」

勇者(!! 涙……)

勇者「……遅くなってしまって、申し訳ございません」

勇者「姫様、この塔はもう危ないかもしれません」

勇者「1階まで歩けそうですか?」

姫「……」

勇者「分かりました」

ヒョイッ

勇者(うわっ。 軽い)

勇者「僕が運んでいきますよ」

姫「はい……」

トットット…

勇者「執事さん、戻ってきました」

執事「ひ……」

執事「姫様……!」

姫「執事……心配をかけてしまいましたね」

執事「よくぞ、よくぞご無事で……!」

姫「近衛兵もこの塔にいるのですか? 彼も心配していることでしょう」

執事「……」

勇者「近衛兵さんは……最初にドラゴンに挑んで……」

姫「!」

姫「そう……ですか……」

ミシッ

グラグラ…

勇者「!! と、塔が崩れる……!?」

執事「落ち着いて、まずは姫様を避難させてください」

姫「それでは執事が……」

執事「なあに心配いりません。 這ってでも脱出してみせますよ」

勇者「よいしょお!!」

グアッ

執事「!!」

姫「ひゃっ」

勇者「二人ぐらい! 聖剣に比べたら軽いものです!」

タッ…タッ…タッ…

勇者(ちょっと無茶だったかな……腕が震えてる……)

姫「大丈夫ですか? ええと……」

勇者「勇者です。 心配ご無用ですよ!」

執事「揺れも収まってきました。 無理をなさらず」

勇者「いえ、今のうちに降りてしまいましょう」

姫「勇者様……」

勇者「さ、さま?」

姫「本当にお強いのですね」

勇者「僕一人の力じゃありませんよ」

ギュ

吟遊詩人「添え木はこんなものでいいでしょうか」

吟遊詩人「いや、直線だと趣がありませんかね……」

吟遊詩人「……おや」

タッタッ…タッ

勇者「ぜぇっ……ぜぇっ……」

勇者「とりあえず到着……です」

執事「お疲れ様でした」

姫「ありがとうございます、勇者様」

吟遊詩人「勇者、お疲れ様」

勇者「吟遊詩人さん、足は大丈夫ですか?」

吟遊詩人「今固定しました。 骨は一晩もあればくっつきますよ」

勇者「骨折が一晩で……」

吟遊詩人「ははは、バケモノですから」

姫「貴方も……勇者様の協力者ですか」

吟遊詩人「おお……!」

吟遊詩人「貴方が王都の姫君ですか……お会いできて光栄です」

ギュウ

姫「……」

吟遊詩人「お噂通り美しい……王都の象徴たるに相応しいお方ですね」

姫「ありがとうございます。 それで貴方は?」

吟遊詩人「申し遅れました。 魔物ハンターの吟遊詩人です、姫様」

白馬「ヒヒーン!」

姫「……迎えに来てくれたのですね」

執事「流石姫様の馬ですな」

勇者「そういえば執事さんの乗ってきた馬がいませんね」

執事「隕石に驚いて逃げてしまったようです」

吟遊詩人「箒もブレスに焼かれて消し炭になっていました。 我々は徒歩ですね」

執事「では勇者さん、姫様を連れて先にお帰りください」

吟遊詩人「私達は回復し次第追いかけます」

勇者「え……」

吟遊詩人「ドラゴンは死にました」

吟遊詩人「その反動で今王都は悪意がたまりやすい状態です」

吟遊詩人「スライムでも発生してごらんなさい、一気にパニックに陥るでしょう」

姫「……?」

吟遊詩人「あなたと姫様が帰るだけでこれを防げます」

吟遊詩人「ドラゴンを倒して姫を連れ帰った救い出した」

吟遊詩人「この吉報で王都が活気にあふれます」

勇者「……」

執事「二人共お疲れでしょう。 我々の心配は無用です」

勇者「お話は分かります。 でも……」

吟遊詩人「でも?」

勇者「……」

勇者「…………」

勇者「いえ、分かりました。 姫様と王都で待ってます」

勇者「では姫様。 僕の後ろに」

姫「はい」

ギュウ…

姫「……」

勇者「待ってますよ、王都で」

執事「はい」

吟遊詩人「勇者、行ってらっしゃい」

勇者「よし! じゃあ頼むよ!」

白馬「ヒヒーン!」

パカラッ パカラッ

吟遊詩人「……」

姫「勇者様、少し寄りたい場所があるのですが」

勇者「えっ……しかし急がなくては」

姫「どうしても行っておきたいのです」

姫「ほんの少しだけ……このすぐ近くです。ダメでしょうか」

勇者「……姫様がそう言うなら」

――

ザー

勇者「か、川……?」

白馬「ブルル……」

姫「この子が水を飲みたがっていたので」

姫「それに体が汚れたままでは国民に示しがつきません」

パサッ…

勇者「え……」

姫「さ、勇者様もおいでください」

勇者(姫様……僕を女だと知ってる……?)

勇者(いや、抱きかかえたんだから当たり前か)

勇者(流れは穏やかだ……見たところ底も浅い)

勇者(流れる川に水魔人はいないと思うけど……)

勇者「危険かもしれません。 僕はここで見張ってます」

姫「この辺りは何度か通ったことがあります」

姫「猛獣や魔物はいませんよ。 この子もそう言ってます」

白馬「……」ペロペロ

勇者「じゃあ……少しだけ」

チャプ…

勇者「つめたっ」

勇者(いたたた……それに傷口にしみる……)

姫「勇者様はすごいですね」

勇者「?」

姫「私と同じぐらいの女性なのにドラゴンを倒してしまうなんて」

勇者「色んな人が協力してくれたからですよ」

勇者「僕一人では手も足も出ませんでした」

勇者(それに……僕は周りに流されて戦ったんだ)

勇者(姫様が思ってるような立派な人間じゃない……)

姫「はぁ……冷たいくて気持ちいい……」

勇者(……綺麗だな)

勇者(透き通るような白い肌……傷だらけの僕とは大違いだ)

勇者(そういえば水魔人と戦った時の傷も治ってない……跡が残らないといいけど)

白馬「!」ピクッ

勇者「ん?」

姫「何かを発見したようです」

勇者「!! 姫様は僕の後ろに!」

姫「はいっ」

勇者(とりあえずローブだけ羽織って……)

白馬「……」

勇者(警戒している感じではなさそうだ……この辺りに住んでる草食の動物?)

勇者(王都の外のことは全然わからないな……)

勇者(聖剣もクロスボウもある。 魔力も回復してる)

勇者(動揺しちゃだめだ……姫様に伝わってしまう……)

勇者「こい!」

ガサガサ…

吟遊詩人「おや、そちらに行ってもいいのですか?」

勇者「ぎ、吟遊詩人さん!?」

勇者「なんでここに……」

吟遊詩人「様子を見に来ました」

勇者「えぇっ?」

勇者「ひ、姫様。 僕が壁になりますので服を!」

姫「……もう水浴びは終わりですか。仕方ありませんね」

吟遊詩人「壁役のあなたの体は見てもよいのですか?」

勇者「だ、駄目!」

吟遊詩人「ははは、そんな反応をしてくれると頑張った甲斐があるというもの」

勇者「……」

勇者「這ってまで覗きに来たの!?」

吟遊詩人「ははは」

吟遊詩人「違いますよ。 あなたの反応が嬉しいと言ったでしょう?」

勇者「い、意味が分かりません」

吟遊詩人「虚を突いて現れた私に対して覗きとしか思わない」

吟遊詩人「私を仲間扱いしてくれている。 それが嬉しいのです」

勇者「……そりゃあ、命の恩人のようなものですし」

吟遊詩人「ええ、お互いにね」

吟遊詩人「命の救い合い……一緒に死線を越えれば細かいイザコザなどどうでも良くなります」

吟遊詩人「半分魔族の私がなぜ魔物ハンターをやっているか」

吟遊詩人「これが答えです」

勇者「……そうですか」

吟遊詩人「それと、一仕事終えた後に見る美しい景色はいいものですね」

勇者「いつまで見てるんですか!」

勇者(ボロボロになった木槌!)ポイッ

スコーンッ

吟遊詩人「痛い」

――――

――

一日前、勇者が出発した日の夜

 兵士「よし、やっと回復した」

 兵士「いきなり毒なんかぶつけやがって」

 兵士「あの緑色、次に会ったらただじゃおかねえ……ん?」

 タッタッタッ…

 門番「!! お前!なんでここに!」

 兵士「いつぞやの門番じゃねえか」

 兵士「そっちこそ慌ててどうしたんだ?」

 門番「ウルフが! 狼の魔物が出た!」

 兵士「!!」

 ガサガサッ

 狼「ガルルッ!」


 兵士「!! あれか!?」

 門番「いや、あれは普通の狼だ!」

 兵士「ああ? どういうことだよ」

 門番「魔物の影響なのか、この辺りの狼が凶暴化しているんだ」

 兵士「へっ! 要は倒せばいいんだろ!」ジャキッ

 狼「グルル……」

 ピタッ

 兵士「!」

 兵士「獣のくせに槍の射程外で構えやがった……」

 兵士「どりゃあッ!」ブンッ

 バッ

 狼「ガルルッ!!」

 兵士「な、かわし――」

 門番「だァッ!」

 ズバッ!

 狼「ギャ!」

 ボト…

 門番「よし、真っ二つだ」

 兵士「や、やるじゃねえか」

 門番「お前が行動を制限してくれたおかげだ」

 兵士「……それじゃダメなんだ」

 門番「?」

 兵士「まだオレはあいつの為になにもできてない」

 兵士「もっと強くなってあいつを……王都の住人を守れるようにならないと」

 兵士「兵士になった意味が――」

 門番「あとで聞いてやる、静かにしてろ」

 兵士「なに?」

 門番「ウルフがきたぞ」

 兵士「!」

 兵士「ど、どこだよ。 全然見えねーぞ」

 門番「奴は全身に血と土を塗りつけて体を黒く染めている」

 門番「正面の茂みをよく見ろ」

 兵士「……!」

 ギラッ

 兵士(2つの点が光ってやがる……ウルフの瞳がこっちを見てるのか)

 兵士「どうする……つ、突っ込むか?」

 門番「いや、我々だけでは危険だ」

 門番「仲間が集まるまで待ったほうがいいだろう」

 ガササッ

 狼「ガルルッ!」

 門番「!! 左方向から別の狼が来るぞ!」

 兵士「よし、次は外さねえ! お前はウルフを見張ってな!」

 
 兵士(おし、落ち着け……)

 兵士(リーチは圧倒的にこっちが上なんだ)

 兵士(狼がこっちの範囲内に飛び込んでくるのを誘ってから……)

 バッ

 狼「ガァッ!」

 兵士(体の中心部に目掛けて突く!)

 ブスッ

 兵士「刺さった!」

 兵士(いいぞ! このまま!)

 ブンッ ドゴッ!

 狼「キャインッ!」

 兵士「叩きつける!」

 兵士「おっしゃ! どうだ見たか……」

 ブツッ

 兵士「なっ――」

 バリッ ボリッ…

 ウルフ「ああ、すまねえな。 見てなかった」

 兵士(も、門番の首を引きちぎって……頭を噛み砕いてやがる)

 ウルフ「でも次は見逃さねえぜ」

 ペッ

 ウルフ「お前の番だからな」

 兵士「くっ……魔物のくせにベラベラ喋りやがって!」

 兵士「何人殺したらそうなるんだ!」

 ウルフ「獲物の数か……?」

 兵士(落ち着け……落ち着くんだ)

 兵士(目の前で仲間を殺されるのは初めてじゃないだろ)

 ウルフ「確か……今ので5人目だな」

 兵士(こいつ、狼と見た目は大差ねえ)

 兵士(同じように対応できればオレにだって……倒せる!)

 ウルフ「まあ無抵抗の奴や降伏する馬鹿は数えちゃいねェがな!」

 バッ

 兵士(横に跳んだ! 構えなおせ!)

 ジャキッ

 ウルフ「何だ隙だらけだな。 お前も数えなくていいか」

 兵士(!! 目で追い切れな――)


 武闘家「ハイヤー!!」

 ドゴッ

 ウルフ「ちっ! またお前か!」

 武闘家「怪我はないか」

 兵士「ひ、一人やられちまった!」

 武闘家「それは見れば分かる。 お前は無事か?」

 兵士「あ、ああ……」

 武闘家「よし、では庇わんぞ」

 ウルフ「舐めやがって! ぶっ殺してや……」

 ウルフ「……ッ!」

 ウルフ「クソが! 命拾いしたな!!」

 ダッ

 武闘家「……逃げたか」

 武闘家「おい」

 武闘家「貴様のせいだぞ」

 兵士「なっ」

 ガサガサ

 「悪い悪い」

 魔導師「感付かれてたか」

 武闘家「狼の魔物だ。 鼻がきいて当たり前だろう」

 魔導師「確かにそうだ。 任せりゃよかったな」

 魔導師「げ、そこに転がってるの門番じゃねえか?」

 武闘家「俺が来た頃にはくたばっていた」

 魔導師「おいおい、下手するとタダ働きか」

 兵士「な……なんなんだよ一体」

 魔導師「ああ、勇者の連れの」

 武闘家「見ての通りウルフ狩りだ」

 武闘家「お前こそこんな場所で何をしていたんだ?」

 兵士「勇者を止めようとしたら……緑色の服着た女に毒を食わされた」

 魔導師「!!」
 武闘家「!!」

 魔導師「勇者はドラゴンに挑みに行ったのか!?」

 兵士「ああ」

 武闘家「そ、それはいつ頃だ!?」

 兵士「……今日の朝だ」

 魔導師「くそったれ……じゃあ死んでるじゃねえか」

 兵士「っ! そんなわけねえ!」

 武闘家「お前は勇者とドラゴンの両方を実力を知っているのだろう」

 兵士「ぐ……でも!」

 武闘家「あいつが浄化持ちだと知っていれば打てる手もあったが……」

 武闘家「王都はもう終わりだな」

 魔導師「もう諦めるのか?」

 魔導師「まだウルフってのを倒せば分かんねえだろ」

 武闘家「いや、あれだけ喋れるならもう魔族として覚醒してるはずだ」

 武闘家「人の姿をとられたら簡単に侵入される。門番も死んだしな」

 魔導師「……じゃあ王都を捨てて聖地にでも行くか」

 武闘家「そうだ、お前がここで見張ってくれないか?」

 魔導師「はあ? やなこった」

 武闘家「魔眼持ちなんだろう? お前がいれば侵入される確率を少なくできる」

 魔導師「だからどうしたよ。 一銭にもなりゃしねえ」

 武闘家「王都に愛着はないのか?」

 魔導師「ねーよ。 こちとら職無しその日暮らしさ」

 武闘家「……これだから魔導師という人種は嫌いなんだ」

 兵士「だから何言ってんだよテメエら!」

 武闘家「人狼"ワーウルフ"は王都にとって最悪の魔族だ」

 武闘家「ドラゴンより多くの被害が出るだろう」

 ――

 コンコン

 メイド「はーい」

 メイド「こんな時間に誰でしょうか……」

 ガチャ

 吸血鬼「こんばんは。 久しぶりね」

 メイド「ごしゅ……吸血鬼!」

 吸血鬼「あら呼び捨て? 傷つくわね」

 メイド「何しに来たんですか!」

 吸血鬼「ちょっとお話にね。 入っていいかしら?」

 メイド「だ、だめです!」

 吸血鬼「……そう。 ならここで渡しておくわね」

 スッ…

 メイド「……」

 吸血鬼「危ないものじゃないわ、ただの薬よ」

 メイド「お薬……?」

 吸血鬼「そう、王都でも普通に売っているものよ。 少し値は張るけどね」

 メイド「い、いりません!」

 吸血鬼「そう言わずに持っておきなさい。 きっと役に立つわ」

 吸血鬼「残念だけど……ね」

――

――――

現在

パカラッ パカラッ

勇者「あ、見えてきましたよ」

姫「王都……帰ってきたのですね」

勇者「あれ?」

姫「どうしたのですか? 勇者様」

勇者「門の前に誰かが……」


門番「ユ、勇……者……?」

勇者「ああ、門番さんだったんですか。 兜を深くかぶってるから分かりませんでしたよ」

門番「い、いキていたのか!」

勇者「はい、なんとか」

門番「そうか……うまくドラゴンから逃げられたのダな」

姫「勇者様は逃げてなどいませんよ」

門番「なっ! ヒメ!?」

門番「勇者! ドラゴンから姫をかっさらって来たノか!?」

門番「王都が焼かれるかも知れんのダぞ!」

勇者「いえ、ドラゴンは倒しました」

門番「な、なにィ!?」

門番「どうやって! あの火力とシツリョウを!」

勇者「しつ……? ええと、この聖剣を使って」

門番「その大剣をお前が振り回したというノカ?」

勇者「鞘から出すまでは軽いんですよ」

門番「!! "汚れノ剣"か!」

勇者「えっ?」

門番「なるほど……こりゃハンターのどっちかが生きテやがったな……?」

門番「流石に予想外だ……が、王都を焼かれルよりはマシな展開と考えるか……」

勇者「も……門番さん……?」

勇者「なんだか変ですよ……声色もいつもと違うし……」

門番「ん? ああ、兜をがぶってるからダろう」

勇者「外してくれませんか?」

門番「悪いが外すのが面倒なものなのでな」

勇者「……あの」

姫「勇者様、お待ちください。 ここは私(わたくし)に」

姫「そこの者」

姫「兜をとって私に顔を見せなさい」

門番「……」

ズ……ゴトン

姫「!」

勇者(か、兜がずり落ちた!)

勇者(首が……無い!)

門番「ま、声帯が無けりゃ似せるのも無理があるわな」

勇者「死体が……ネクロマンスか!」

門番「おう、正解だ」

門番「十分な情報も手に入ったし、この肉はもういいか」

バッ!

勇者「姫様! 下がってください!」

姫「はいっ」

勇者(相手の武器は槍……初撃を交わして接近する)

勇者(魔法で操ってるなら聖火を当てた部分がから動かなくなるはずだ!)

バッ

勇者「ここだっ!」

ドシュッ!

勇者「ぐっ!?」

勇者(最初のはフェイント!? 動きを先読みされた!)

門番「そうらッ!」

バババッ

勇者(ち、近づけない! それなら!)

勇者「聖火の魔法!」

シュボッ

勇者「聖火つきクロスボウをくらえ!」

門番「!!」

ドシュッ

勇者(直撃しなくても熱が当たれば効果はある!)

勇者(大きく避けてきたらその隙を……)

ガンッ ガキンッ

勇者(か、兜を蹴りあげて防いだ!?)

勇者(まずい! 兜が邪魔で切っ先が見えない!)

勇者(こうなったらもう予想して動くしか無い!)

勇者(ドラゴンと戦った時のように、自分の勘を信じるんだ!)

勇者「たぁああああ!!」

バッ

門番「ちっ」

勇者(よし!槍を前進してかわした!)

勇者「聖火の――」

パッ バシッ

勇者「ぐっ!?」

勇者(殴られた!? 槍を手放したのか!?)

フラッ…

勇者(な、なんだ……視界が……)

勇者(顎先をかすめただけなのに……一体何で……)

門番「もらった」

勇者(く、来る!)

勇者「聖剣抜刀!」

ブンッ!


ゴシャァン!

門番「かかったァ!」

勇者(聖剣が地面に落ちた! かわされた! 聖剣の速度を読んだ!?)

勇者(な、なんなんだこいつは!?)

門番「その首ィ!!」

バッ

勇者(まずい――)

…ピタッ

勇者「……」

勇者「あ、あれ……?」

勇者(手が喉元で止まってる……)

門番「ち……っくしょ……」

パチパチ…

勇者(あ……弾かれた聖火の矢が燃えてる……)

勇者(あそこに枯れ木が重なっていて……風上だったんだ……)

勇者「……聖火の魔法」

シュボッ

勇者「……」

勇者「門番さん……ごめんね。 助けることができなくて……」

ボォォ…

勇者「……浄化完了」

姫「勇者様、これは一体……」

勇者「おそらく大臣のネクロマンスです」

姫「大臣が? そんな……本当なのですか?」

勇者「はい。 この目でハッキリと見ました」

勇者(……そういえば大臣が死体を動かしていたときも似たような口調だったな)

勇者(ネクロマンサー特有のものなのか?)

勇者(それとも……)

姫「勇者様?」

勇者「ああいえ、なんでもありません」

勇者「王都に入りましょう」

――

兵士「だから! 人狼がいつ入ってくるか分からねえんだ!」

城門兵「証拠がない以上、王宮魔導師の手を借りるわけにはいかない」

城門兵「だいたい門番の死体はどこにある?」

兵士「目を離した隙に一瞬で消えたんだよ!」

城門兵「話にならんな。 戻れ」

兵士「……」

城門兵「どうした、さっさと戻れ」

兵士「聞こえる……」

町人A「おい聞いたか? 昨夜も何人か狼に食われたらしい」

町人B「ほんとかよ。 また冒険者が隕石にやられたんじゃないのか?」

町人A「いや、今回はうちの兵隊も一人やられたようなんだ」

町人B「おいおい……まさかお前まで狼の魔物が潜んでるっていうのか?」

町人A「そう決まったわけじゃないが……最近の王都は何かおかしい」

町人B「……」

町人A「ドラゴンが来たのならウルフだって……」

町人A「……どうかしたか?」

町人B「あ、あれは……!」

ザワザワ

白馬「……」

姫「王都の民よ、只今戻りました」

町人B「姫様!?」

町人A「姫様だ!」

町人B「ほ、本物なのか!?」

姫「おや、私の顔を見忘れたのですか?」

町人B「は、ははー!!」

ワァアアアアア!!!

白馬「ブルル……」パッカパッカ

城門兵「おお……!」

兵士「ゆ、勇者ァ!」

勇者「ただいま」

兵士「お前……お前なあ……!」

勇者「……うん。 ごめんね」

兵士「いや、いいんだ。 帰ってきたならそれで」

城門兵「姫様! よくぞご無事で」

姫「心配をかけてしまいましたね」

城門兵「王都中に響く歓声……まさか」

勇者「はい、ドラゴンを倒しました」

城門兵「そうか……!」

姫「門を」

城門兵「ははっ!」

公爵「姫様!」

姫「公爵様、只今戻りましたわ」

公爵「あなたのいない10日間、食事も喉を通らないほどでしたよ」

勇者「……」

公爵「そして勇者。 よくやってくれたね」

公爵「やはり私の目に狂いはなかった。 そうだろう?」

勇者「……かもしれませんね」

公爵「さ、姫様。 お疲れとは思いますが国王様に顔を見せてあげてください」

姫「もちろんそのつもりです」

勇者(国王様……か。 来る所まで来てしまったな)

姫「勇者様、行きましょうか」

勇者「は、はい」


公爵「……」

公爵「青」

魔導師・青「はーい」

公爵「勇者はそんなに強いのか?」

魔導師・青「赤くんに箒一本で勝ったみたいよー」

公爵「そのレベルが四人いればドラゴンに勝てるのか?」

魔導師・青「無理でしょうねー」

公爵「分からんものだな」

魔導師・青「でもこれで大臣を処刑できるんじゃないのー?」

公爵「それはいいのだが」

公爵「王都が変わらん」

コツ コツ

勇者(……)

コツ コツ

勇者(幅が広い階段……掃除するのは大変だな……)

姫「さ、勇者様。 この扉です」

勇者「はい」

ギギギー…

姫「お父様。 姫です、只今帰りました」

「……ああ」

国王「よく帰ってきてくれた」

勇者(この方が……王都の国王様……)

国王「……ごほ」

姫「お父様、無理をされてはいけません」

国王「お前が心配するでない。 体は大分楽になった」

国王「そして……」

勇者「は……はい! 勇者です!」

国王「勇者と申すのか。 お主には礼を言う」

国王「よくぞ竜を倒し王都の危機を救い、姫を助けだしてくれた」

国王「大儀であったぞ」

勇者「あ、ありがとうございます!」

国王「褒美を取らせよう」

勇者「えっ……?」

国王「お主は国を救った英雄だ。 なんでも申してみよ」

勇者「そんな、僕はただとどめを刺しただけで……」

勇者「そうだ! 一緒に戦ってくれた仲間が、まだ塔の近くにいるんです!」

勇者「彼らに迎えを出してもらえませんか?」

国王「わかった。すぐに騎馬隊を向かわせよう」

勇者「では僕も一緒に……!」

姫「え……」

国王「できれば勇者殿は凱旋へ行ってもらいたい」

勇者「がいせん……ですか?」

国王「姫と一緒に城下町を一回りして欲しい」

国王「王都の住人は皆、お主の姿を一目見たいはずだ」

国王「お主は王都の救世主なのだからな」

勇者「……僕はそんな大層な者じゃありません」

勇者「見た目だって……普通の男の人より小さいし」

国王「何を言うておる」

国王「王宮魔導師のローブをマントの如く羽織い、背丈よりも大きな剣を背負う者」

国王「儂の目には英雄にしか映らんよ」

姫「はい。私も一目見た時から心奪われておりますわ」

勇者「え、えと……ありがとうございます」

国王「王都中で宴が始まるだろう」

国王「すぐに支度してくれ」

勇者「……はい。 分かりました」

姫「では勇者様、私は服を着替えてきますね」

国王「そうだ勇者殿、もう一つ」

国王「明日の正午、またここに来るといい」

国王「時間を置いて考えれば欲しい物も思い浮かぶだろう」

国王「それと"許可証"を持ってな」

勇者「許可証? 僕は掃除のものぐらいしか持っていませんが……」

国王「ああ、それで合っている」

バタン

勇者(ふぅ……緊張したな)

勇者(姫様の準備が終わるまでの間……何をしようかな)

勇者(会いたい人や聞きたい話はたくさんあるけれど……)

勇者「まずは女魔導師さんのところに行ってみよう」

コンコン

勇者「女魔導師さん?」

勇者「……あれ?」

ガチャ

勇者「女魔導師さーん? 入るよー?」


女魔導師「……」


勇者「よかった、いた。 傷はもう大丈夫?」

バシッ

勇者「痛――!?」

女魔導師「よくもまあそんなことが言えるわね」

勇者「えっと……どうしたの?」

女魔導師「こっちのセリフよ」

女魔導師「何勝手に一人で行ってるの。 なんであたしを連れて行かなかったのよ」

勇者「えっ? そりゃあの時は勝ち目が薄かったし」

女魔導師「何で勝算の薄い相手に戦いを挑んだのよ」

勇者「えっと……公爵さんに脅されたから……」

女魔導師「あたし達を処罰するって?」

勇者「う、うん……」

勇者「女魔導師さんは今の仕事を大切にしてるから……僕のせいで壊したくなかったんだ」

ガシッ

勇者「えっ」

女魔導師「ふざっけんじゃないわよ!!」

女魔導師「なに勘違いしてるの!」

女魔導師「王宮魔導師だから? 公爵派だから?」

女魔導師「そんな理由で協力してるんじゃないわ!」

勇者「じゃあどうして……」

グワングワン

勇者「あぅ、頭を揺らさないで」

女魔導師「あなたが! あなたがいるから!!」

女魔導師「あなたが王都の為に! みんなの為に頑張ってるから!」

女魔導師「今まで会った誰よりも! 正義の為に戦っていたから!」

勇者「正義?」

女魔導師「そうよ! あたしが王宮魔導師になったのは誰かの役に立ちたいから!」

女魔導師「自分の力を人の為に活かしたかったからよ! 文句ある!?」

勇者「い、いや……」

女魔導師「だからあなたの役に! 人々の役に立てないならこんな立場いらない!」

女魔導師「今まで生きてきた意味が無い!」

女魔導師「それなのによくも置き去りにしてくれたわね!」

勇者「……ごめ」

女魔導師「謝らないで!!」

女魔導師「感謝も謝罪もいらない! ただ約束して!」

女魔導師「必ずあたしと一緒に戦うって!」

勇者「……」

勇者「うん……約束する」

女魔導師「本当に!?」

勇者「嘘じゃない、必ず守るよ」

女魔導師「そう。 それなら――」

ギュッ…

勇者(あ……)

女魔導師「良かった……無事に帰ってきて……」

女魔導師「本当に心配したんだから……」

勇者(また僕は……)


姫「くすくす、勇者様は女泣かせなのですね」

女魔導師「ひ、ひひ姫様!? いらしてたのですか!?」

姫「勇者様がこちらにいらっしゃると聞きましたので」

女魔導師「一体いつから……じゃない!」

女魔導師「申し遅れました! あたしは女魔導師といいます!」

姫「はい。知っていますよ」

姫「私は姫、この国の第一王女です。 これからよろしくお願いしますね」

女魔導師「は、はい!」

姫「それにしても……勇者様は心から分かり合えるご友人がいて羨ましいですわ」

勇者「えっと……」

姫「勇者様が肩をつかまれたところから拝見していました」

女魔導師「そんな……」

女魔導師「お、お恥ずかしい限りです」

姫「恥じることなどあるものですか。 感動しましたよ」

勇者「姫様、準備の方は……」

姫「はいっ。 いつでも出発できます」

勇者「お体は大丈夫ですか?」

姫「私は白馬の上で手を振るだけですのでご心配なく」

姫「勇者様は先導をお願いできますか?」

勇者「分かりました」

勇者「……」

勇者「その前に一つ行っておきたい場所があるのですが」

姫「もちろん構いませんよ。 私の我儘も聞いてもらいましたから」

――

姫「ここは……客室ですが」

勇者「大臣は今ここに?」

精鋭兵「……はい。 処刑も後ほど決まるでしょう」

精鋭兵「勇者殿の証言通りならば、彼奴は魔族につながる国賊ですから」

姫「大臣が……やはり信じられません」

勇者「僕にも思うところがあります」

勇者「大臣と話させてくれませんか? えっと……精鋭兵さん」

精鋭兵「おや、覚えていてくださったとは」

勇者「はい。 戦士さんとの戦いぶり、見事でしたよ」

精鋭兵「ハハハ、あの時はお互いダメ出しをされていましたね」

精鋭兵「お二人の頼みならば拒む理由はありません」

精鋭兵「しかし、それほど長い時間はとれませんがよろしいですか?」

姫「私達もそのつもりです」

精鋭兵「では……どうぞ」

ガチャ

バタン

勇者「……」

大臣「おや、お前から直接来るとはな」

勇者「大臣。なにか話すことはあるか」

大臣「何もない。 何も思い出せん」

姫「大臣……」

大臣「姫様まで来られるとは。 もう会えないものと思っておりました」

姫「勇者様に乱暴を働いたというは本当ですか」

大臣「そのようです」

勇者「……」

姫「では先程王都入り口で、兵の死体を操り勇者様を襲ったのも貴方なのですか?」

大臣「先程? 知りませんな」

姫「何も知らぬ存ぜぬというのですか?」

大臣「申し訳ございません」

勇者「地下の研究室は?」

大臣「……」ピクッ

勇者「死体の研究を始めるころには記憶が曖昧だったのか?」

大臣「……」

勇者「あの場所に出入りしていたのはお前だけなのか?」

大臣「……知らんな。 お前が倒したという魔族がいたんじゃないのか?」

勇者「水魔人は王都に来たばかりだと自分で言っていた」

大臣「魔族の言葉を信じるのか」

勇者「奴の核の言葉だ」

勇者「僕に肉親の体をけしかけたお前よりは信じられる」

大臣「何が言いたい?」

勇者「大臣、お前の他にネクロマンサーがいるんじゃないのか?」

姫「勇者様?」

勇者「ここから王都入り口までは距離がありすぎます」

勇者「その上あれだけ精密な動きをさせるのはちょっと考えられません」

勇者「おそらく共犯者がいます」

大臣「おらんよ。 そんなものは」

姫「……」

姫「勇者様、今それを問い詰める時間はないようです」

姫「また出直すことにしませんか?」

勇者「姫様……」

勇者「……はい、分かりました」

姫「ありがとうございます」

姫「大臣」

姫「私には貴方が嘘をついているとは思えません」

姫「ですが、真実を話しているとも思いません」

姫「次は良い答えを期待します」

大臣「……」

――

兵士「お? お前一人か?」

女魔導師「姫様に来ないよう言われたのよ」

兵士「ふーん、なんでだ?」

女魔導師「大臣は姫様や妃様とも仲が良かったから、思うところがあったんじゃない?」

女魔導師「というかあんたにお前呼ばわりされる言われはないんだけど」

兵士「今更いいじゃねえか。 それよりもよ」

女魔導師「人狼"ワーウルフ"!?」

兵士「ああ。 もう覚醒してるって話だ」

女魔導師「どうなってるのよ最近の王都は……」

女魔導師「このことはもう勇者には話したの?」

兵士「それなんだが……黙っとくって選択肢はねえかな」

女魔導師「……一応理由を聞いておこうかしら」

兵士「あいつの力が必要なのは百も承知なんだが」

兵士「休ませてやりてぇ。 今日一日ぐらいは」

女魔導師「ふぅん、確かに勇者は赤様・水魔人・ドラゴンと三連戦してるけど……」

兵士「な、なんだそりゃ?」

女魔導師「却下よ。 休むかどうかは彼女が決めること」

女魔導師「あたしから隠し事したら意味が無いもの」

勇者「……」

女魔導師「あ、来た来た」

兵士「おう勇者、これから凱旋ってやつか?」

勇者「あ、うん。ちょっと歩いてくるよ」

姫「貴方も勇者様のお友達ですか?」

兵士「姫様……。 えーとオレは……あいや、わ、私は」

姫「楽にして構いませんよ」

兵士「お、本当か! そりゃいいや」

女魔導師「いいわけないでしょ……」

女魔導師「それより勇者、大変なの」

勇者「どうしたの?」

女魔導師「いま王都周辺に人狼がいるらしいわ」

勇者「な、なんだって!?」

女魔導師「水魔人、ドラゴンと戦ったところ悪いけど」

勇者「うん、いつでも戦えるようにしておくよ」

兵士「オ、オレも戦うぜ」

兵士「狼野郎を倒せばやっと平和な王都が戻ってくるんだ」

勇者「いや……今回の首謀者は別にいる」

兵士「そうなのか?」

女魔導師「当たり前でしょ。 立て続けに魔族が現れすぎよ」

勇者「……そうだね、まだ吸血鬼もいる」

兵士「あいつはもう出て行ったんじゃねえか?」

勇者「既に首謀者と結託して居場所を確保しているのかもしれない」

女魔導師「吸血鬼が首謀者で大臣を操っていたってことは?」

勇者「一応ある。 でも考えにくいよ」

勇者「門番さんを魅了したってことは王都の外から来たんだろうし」

勇者「大臣と接触するには王宮に入らなきゃならない」

兵士「あー分かんねえ! 首謀者って誰だよ!」

勇者「大臣とは別のネクロマンサーで……ドラゴンや人狼に詳しく」

勇者「吸血鬼とコンタクトをとれる人物……?」

勇者「……」

姫「勇者様、そろそろ……」

勇者「あ、はい」

勇者「じゃあ行ってくるよ」

兵士「おう、オレは警備の数を増やすように頼んでみる」

姫「これをお使いください。 一筆書いておきましたわ」

兵士「お、助かる! 話の分かる姫様だな!」

女魔導師「勇者、あたしは王都を見まわりするわ」

女魔導師「何かあったら……」

ポンッ

勇者「わっ。 この光は?」

女魔導師「信号光よ。 普段使わない青色のものを出すから」

女魔導師「これが見えたら凱旋中でもすぐに来て頂戴」

勇者「うん。 わかったよ」

姫「了解しましたわ」

女魔導師「それでは姫様、行ってらっしゃいませ」

城門兵「姫様!」

姫「用意が出来ました」

城門兵「王都の住人は皆待ち望んでおりますよ」

勇者「……」

城門兵「今思えば、あの時お前をすぐに通しておけばドラゴンを倒せたのかも知れんな」

勇者「いいえ、ドラゴンが飛来してきた時の僕じゃ話になりませんでした」

勇者「それに城門兵さんは自分の仕事をしっかりとしていましたよ」

城門兵「……ふっ。 開門するぞ」

城門兵「早くその姿を見せてやれ」

ギィイイ…

勇者(青色の信号光か……気をつけないと)

勇者(……)

勇者(そういえば青さんが死体を操る魔法は難しいと言っていたな)

勇者(あの時はそれどころじゃなかったけど、なるだけでも大変な王宮魔導師の言葉なんだ)

勇者(そう考えると複数犯が自然だな)

勇者(吸血鬼、ドラゴン、水魔人……これだけでも性質がかなり異なる)

勇者(これら全てを仲介できる者がネクロマンサーだとしたら、それはまるで……)

姫「……様、勇者様?」

勇者「えっ? あ、はい」

姫「御覧ください」

勇者「……」

勇者「わぁ……」

「門が開いたぞ!」
「オレはまだ顔を見てないんだ!」
「おい、押すな!」
「おお……あれが……」

勇者(城の前に沢山の人がいて……)

勇者(みんなが僕のことを見てる……)

勇者「ど、どうすれば……」

姫「簡単ですよ。 腕を振り上げればよいのです」

勇者「は、はい」

勇者(こうかな……)グッ

ワァアアアアアア!!

ワァアアアア…

町人F「しっかしすげぇでかい剣だ!」

町人G「あれでドラゴンを倒したんだな!」


勇者(初めて見る人がいっぱい……やっぱり王都は人が多いな)

勇者(体は疲れてるけど、顔に出さないようにしなきゃ……)


女僧侶「――」


勇者(あの人はたしか……)

勇者(メイドさんと一緒に住んでる女僧侶さんだ)

勇者(ここからじゃ何言ってるか聞こえないな、手を振っておこう)フリフリ


女魔導師「……」フワフワ


勇者(あ、女魔導師さんだ。 早速見回りしてくれてるみたいだな)

勇者(……)

勇者(知らない人、知っている人)

勇者(かけがえの無い友達)

勇者(もし僕がドラゴンに殺されたら、みんなが巻き添えになっていたかもしれない)

勇者(先走った行動をしてしまったけど、その責任はとれたんだ)

勇者(これで王都は一つの危機を脱した)

勇者(でも、新たな危機がすぐそこまで迫っている)

勇者(これからも僕が……僕達が守っていかなくちゃならない)

勇者(……だからまずは)

勇者(今日も王都の掃除を頑張らないとな)

次は少し時間を置いて
新しいスレで書き始めます

保守ありがとうございます
次スレ立てました
勇者「お前は王都を汚すゴミだ! 僕が掃除してやる!」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1426346508/)

※このスレ内で「武闘家」「武道家」という二種類の表記がありますが
 これは誤字です。全て「武闘家」という同一人物です。すみません

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年07月13日 (木) 21:03:19   ID: c4nrkLlt

思考も展開もむちゃくちゃ

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