40代目葛葉ライドウ「成すべきことがある」 (31)


未来ドウの新人時代から超力兵団に至るまでの短編

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見上げても何処まで高さがあるのか解らない。

そんな巨大な建物を前に、その白い人影と黒い生き物は佇んでいた。

白い人影の足元にいた黒い生き物から、ニャアという鳴き声が上がる。


『ここがこの街の心臓部、『センター』か』


翠の双眸を光らせながら黒い生き物から発せられたのは人間の言葉だった。

しかしそれは、本来普通の人間には人の言葉として認識出来るものではない。

だが、隣にいる人物は違う。

頭に乗せた青い帽子を深く被り直しながら、その言葉に応じて「ああ」とだけ短く呟いた。


『どうした。緊張しているのか?』

「そういう訳では」

『ならばそう構えずとも良い。まあ、だからと言って気を緩ませすぎるのもどうかとは思うがな、40代目葛葉ライドウよ』

「……わざと言ってるのか、ゴウト」

『フッ、さあな』

「……」


今、この話の流れでわざわざその名を戒めのように聞かせなくとも——そう思った。

葛葉ライドウ。

それが真新しいテンプルナイトの白い衣を纏ったこの人物の名であり、この街の守護を任された者。

人々の平和を脅かす悪魔の手から人々を守るべく、悪魔を従え戦うデビルサマナーであった。

とは言うものの、テンプルナイトとしてもサマナーとしても、何よりライドウとしてもまだ新米もいいところ。

その補佐、または助言、あるいは目付け役をすべく、傍には歴代のライドウを見守ってきたという一風変わった黒い生き物——ゴウトがいる訳だが。


ゴウト『とにかく、こんな所で何時までも足止めをしていないで、中に入るぞ。ライドウ』

ライドウ「わかっている」

ライドウ(センター……TOKYOミレニアム……今日からここが……)

ライドウ(……今日からここを、私が守るんだ)



20XX年 TOKYO

大破壊より数十年……

荒野を耕し、悪魔の群れと戦い

無数の生と死を繰り返しながら

人は生きのびていた……

だが、頼るものも、すがるものも無く

生きていけるほど人は強くない

人は明日への希望を探した……

メシア教は救世主の降臨を説き

信じた人が集い、街が出来た

かつて……

カテドラルと呼ばれた所に……

20XX年

かくしてトウキョウは

TOKYOミレニアムとなった

【センター 20F】


司教様からのありがたくも長いお言葉をいただき、それを締めとしてようやくテンプルナイトの就任式は終わった。

私と同じく新しくテンプルナイトに就いた者たちはそんな長時間の拘束に堪える事もなく、むしろ目を生き生きと輝かせている者たちばかりである。

市民の中から選ばれ、輝けるその名を頂戴したのだ。

歓喜に涙を流す事はあっても、不満をもらす事などありはしないのは当然だろう。

そんな同期のテンプルナイトの一人がこちらに声をかけてきた。


テンプルナイト「やあ」

ライドウ「!」

テンプルナイト「これから同じテンプルナイトとしてよろしく頼むよ。ええと……」

ライドウ「あ、っと……」

ライドウ「ライドウ。葛葉ライドウだ」

テンプルナイト「ライドウね。よろしく」

ライドウ「よろしく」


急に話しかけられて握手を求められ、一瞬驚きもしたが素直にそれに応じた。

……差し出した手が汗ばんでいなかったかどうか少し気にはなったが。

そこはかとなくぎこちない態度だったり、やはりゴウトの言うように緊張しているのかもしれない。

けれどこの同期と話すうちに彼の物腰の柔らかさがそれを徐々に緩和してくれたのか、数分もすれば随分と楽な姿勢をとれるようになっていた。


テンプルナイト「へえ、それじゃあセンターに来てまだ日が浅いのか」

ライドウ「ああ。広いし同じような場所ばかりで迷ってしまいそうだな、ここは」

テンプルナイト「ハハッ、そうだな。でも、そんな時の為のソレ、だろ?」


同期は私の腕を指差す。

それに思わず苦笑が零れた。

ライドウ「……アームターミナル、か」

ライドウ「実はコレを貰ったのもつい最近なんだ。だから扱い方がまだよくわからなくて」

テンプルナイト「そうなのか。新型みたいだし、オートマッピング機能くらい流石にデフォルトでついてると思うんだけど」

テンプルナイト「ほら、ここを押せばマップが出るよ」

ライドウ「……お? おお! なるほど。ありがとう」


今までこういった機械の類に慣れる機会の無かった私には、これしきの事で大袈裟に聞こえるかもしれないが目から鱗が落ちたような気分だった。


テンプルナイト「これくらいどうって事ないよ」

テンプルナイト「ああ、そうだ。ついでと言っちゃなんだけど、もう一つ情報を教えてあげるよ」

テンプルナイト「このビルの21階に続く階段に入るにはパスコードが必要なんだ。5261だよ。マッピングしにいくならゲートでそのパスコードを押せばいい」

ライドウ「そうなのか」

テンプルナイト「迷子にならないよう気をつけなよ。それじゃあ」


同期はその場を去っていった。

同時に、足元で隠れていたゴウトが顔を出す。


ゴウト『話は済んだかライドウ。そろそろ行くぞ』

ライドウ「ああ。……あ、いや。ちょっと待ってくれ」

ゴウト『ん? どうした』

ライドウ「さっきのマップ、どうやって出したんだったか……」

ゴウト『……』

ゴウト『ハァ……見せてみろ』


呆れた様子のゴウトに逆らえる筈もなく、膝を折り身を屈めて腕を差し出す。

するとゴウトは前足を器用に動かし肉球で何度かボタンを押して、消えてしまったマップを再び表示してくれたのだった。

ライドウ「すごいな。ゴウトは」

ゴウト『この程度、タイプライターで報告書を作成した時に比べれば造作もない』

ゴウト『それより、このアームターミナルの使い方は以前にも説明した筈なのだが?』

ライドウ「……」


ゴウトは本当に器用だ。

この手の事は何故か彼の方がはるかに詳しい。

センターへ入る時も、市民IDカードの使用方法やパスコード入力の仕方などで戸惑っていたところを助けてくれた。

ライドウとして……いや、ひとりの人間として、もう少し世間の常識や知識、経験を積まねばならないようだと反省した。


ゴウト『まあ、今まで長い事ミレニアムの外にいたうぬにとって、まだ解らぬ事が多いのは事実だろう』

ゴウト『だが、せめてその機械の扱い方にはもう少し慣れておけ。我もその様な物はあまり好かぬが……うぬにとっては欠かせぬ物なのだからな』

ライドウ「わかった」

ゴウト『うむ。では行くぞ。もう随分と奴を待たせている』

ゴウト『気の短い奴ではないが、きっと退屈している事だろう』

ゴウト『場所はわかるな? 一度奴と一緒に入っているから、マップにも登録されているだろう?』

ライドウ「流石にあの場所は覚えている。入口の近くだったからな」

ゴウト『本当か? まあいい。それなら先を急ごう』


ゴウトの言葉に頷き、彼を抱き上げて隠すようにマントの下へ。

そして急ぎ足で私たちを待っている者のところへと向かうのだった。

……もっとも、待っているのは『人』ではないのだが。

【センター 20F BAR】


ゴウト『いたか?』

ライドウ「ああ。多分あれだ」


入口に足を踏み入れてすぐにそれらしき背中が見つかった。

パーカーのフードを被った頭がゴウトと私の声に反応してくるりとこちらを振り向く。

フードの下に僅かに見える顔とタトゥーを見れば、それが奴だと確信に変わるまで時間はかからなかった。


ライドウ「待たせたか」


その問いに無言で軽く首を振る、その拍子にフードが落ちそうになったのを顔にあるのと同じようなタトゥーのある手で抑えるのが見えた。

……

私も決して口数が多い方では無いし感情を表に出すのも得意では無いのだが、こいつはどうやら私のそれ以上のようで、いまいち何を考えているのか解らないところがある。

今もフードのせいで表情がよく見えない事もあって、本当のところは待ちくたびれて怒っているのかもしれない(無言の返事はその所為)と妙に勘繰ってしまっているのだが、果たしてどうなのか。

もしそうなら、早いところ謝った方がいいだろうと思っていたところで奴はマッカを払ってカウンターを離れた。

払った金額がもうすぐ五桁というところだったので相当飲んでいたと思われる。

それはイコール、それだけこの場所にいた事を示している訳になるのだが……。

それだけ飲んだ酒に酔っている風にもまったく見えないし、……やはりよく解らない。


「結構様になってるね、その姿」


BARを出たところでのようやく聞こえた第一声がそれだった。

思いがけないその言葉に少々面を食らってると、奴は不思議そうに軽く首を傾げる素振りを見せる。


ライドウ「あ、ああ……いや。思ったよりも時間がかかってしまって、待たせた事を怒っているのではないのかと」

「別に」


さっきと同じように首を横に振り、落ちそうになるフードを手で押さえる。

その顔が無表情でどうしても感情が読み取れないのはいうまでもない。


ライドウ「……。それならいいんだ、人修羅」

人修羅。

それが目の前にいる彼の名前だ。

正確にはそれが真名である訳では無いらしいが、そう呼ばれていたしそれでいいと彼が言うのでそれに従っている。

ゴウトはたまに彼の事を「ネロ」と呼ぶ。

それもただのあだ名のようなものらしいのだが、人修羅はそのあだ名が好きではないようでゴウトがそう呼ぶ度に私でも解るほどに表情を歪めていた。

ゴウトは多分それを面白がってわざと呼んでいるのだろうな……と、私は推理している。

私も今度さりげなく呼んでみようか。

……いや、やめておこう。

それこそ、本当に彼を怒らせてしまい、今度こそどんな目に合わされる事になるやら知れたものじゃない。


ライドウ(あの時は、本当に一瞬だけどここで死ぬんじゃないかと思ったな……)


あの時、というのは『葛葉ライドウ』の名を継ぐ儀を行った時の事だ。

ゴウトもそうなるのだが、人修羅との付き合いはまだそれほど長い訳ではない。

彼と初めて対面したのは襲名の儀、その最終試練の場。

最後の『敵』として現れたのがこの人修羅だったのだ。

——そう、彼は前述した通り『人』ではない。

人の姿形をしてこそはいるが

彼は『悪魔』なのである。


人修羅「……。うん」

ライドウ「?」

ライドウ「なんだ、どうした。急にじっと見つめて」

人修羅「いや。やっぱり新鮮だと思って」

ライドウ「新鮮、とは?」

人修羅「その恰好」

人修羅「歴代のライドウは黒い服を着ているのが多かったから、白いライドウは珍しいなって」

何故、彼が『葛葉ライドウ』襲名の儀などという場に居合わせていたのか。

その理由はどうやら過去にライドウ名を継いだ者と縁があっての事らしい。

以降、ライドウ候補に対して最後の最後、灸をすえるのは彼の役割になったようだが……

それ故にライドウ襲名の難易度がぐんと上がったのだとかゴウトが後になってこっそり教えてくれた。

それ故にその壁を乗り越えて見事ライドウの名を賜った私はもっと誇っても良いのだとも。

……だが、私は知っている。

あの時の人修羅は、私に対して実力の半分も出してはいなかった事を。

その証拠に、彼はあの試験の時火炎属性が弱点だったのにもかかわらず、今ではそれが火炎無効に変わっているのだ。

それは彼特有の装備に秘密があるようなのだが、詳しい事はともかく私はあの時彼に手加減をされていた事になる訳だ。

確かに折角育ったライドウ候補を寄せ付ける間もなく次々と瞬殺していっては意味が無いのかもしれないが、そういう心遣いはかえって傷つくというか……

誇っても良いといってくれたゴウトの言葉すらも嫌味に思えてしまうくらいだ。

……

今はまだ未熟な私だが、もっと実力がついたら、その時はまた……


人修羅「聞いてる? ライドウ」

ライドウ「……えっ」

人修羅「折角だから他の仲魔にもゆっくり見せてあげたら、って。その晴れ姿」

ゴウト『そのうちに召喚する機会はあるのだろうから、わざわざその姿を見せる為だけに今呼ぶ事もなかろうに……と言いたいところだが』

ゴウト『アームターミナルの扱い方になれる為にも、召喚してみるのも良いだろう』

ライドウ「ああ。そうしてみよう」

人気の無い場所まで移動する。

その理由はもちろん人に、特にこのセンター市民にはあまり見られたくない事をするからだ。

悪魔の召喚。

それは悪魔の侵入を許していないこのセンターの人々にとって、あまり良いものには見えない事だろう。

たとえそれが、このTOKYOミレニアムの平和を脅かす悪魔を討つ為に私が従えている仲間の悪魔であっても、だ。

さて、その仲間の悪魔——仲魔の召喚方法についてなのだが、それが今、私にとって少々ややこしい事になっている。

まだミレニアムの外にいた頃に、悪魔の封魔とその召喚術はデビルサマナーを志す者として当然この身にみっちりと叩き込まれたものではある……のだが

ライドウの名をようやく襲名しこの地への任務を命じられた時だ。

このアームターミナルなるものを渡されたのは。

話によればこの機械の中には特別な術式を自ら発動せずとも悪魔を呼べるプログラムが備わっているのだという。

ミレニアムという地ではこの機械を所持しているのはなんら珍しい事ではなく

古来よりの封魔術を用いるよりもこの機械とプログラムを使っての召喚の方が目立たないし何かと便利であろうからという計らいがあって、私は今これを身に着けているという訳だ。

ならば今までの修行の日々は一体なんだったのだろうと思うのだが、それよりも今まで散々見ての通り私は機械に滅法疎いという事の方が問題だった。

修行では機械の扱い方など教えてはくれなかったのだから、当たり前だ。

こうなる事を見越していたのなら、少しはそういう事も学ばせて欲しかった。

……などと言うには、今となってはもう遅い。

この場で習い慣れるより他にもう道は無いのだ。


ライドウ「ええと、確かここを、こういう操作で」

ライドウ「……」

ライドウ「!」

悪魔「ヒーホー!」


おお、呼べた!

修行で習った封魔術より明らかに簡単な動作で出来るのに変な冷や汗をかいてしまった。

だがこれでどうにか私にとって最重要の機能を使う事が出来た事に違いは無い。

ほっと息を吐くと、呼び出した仲魔が不思議そうな表情を浮かべながらこちらとの距離を縮めた。

悪魔「ライドウ、オイラに用かホー」

ライドウ「用というほどではないんだが……いや、よく出てきてくれた、ライホーくん」

ライホーくん「ヒホ?」


私の仲魔、ライホーくんはまだ不思議そうな表情のままだった。

ライホーくんは私が初めて封魔を行った悪魔だ。

種族的にはジャックフロストにあたるのだが、ライホーくんもまた過去の葛葉ライドウと縁のある悪魔らしく、かつてのライドウにより姿と名前を改め、ライドウに従っていた事があるのだとか。

その容姿はそのかつてのライドウの姿を模しているとの事で、黒い制服と帽子に立派なモミアゲまでついている。

そして『くん』を付けて呼ばないと怒って氷漬けにしようとしてくる、そんな悪魔なのだ。

ちなみにライホーくんと対峙したのは人修羅に挑む直前の出来事だったのだが、これは人修羅の時と違いまったく予想外のアクシデントであったらしい……というのも後にゴウトから聞いた話だ。

本来そこで対峙するのは普通のジャックフロストの筈であったのに、どういう訳かは知らないがあの場に勝手にライホーくんが紛れ込んでいたようなのだ。

初めての封魔の相手があれとはよく生きていられたものだ、とぼそりと呟いたゴウトのその言葉の意味はあまり深く考えないようにしたい。


ライホーくん「ライドウ! もしかして、それがテンプルナイトの制服かホ?」

ライドウ「……ん、そうだ」

ライホーくん「ヒーホー! かっこいいホ! 似合ってるヒホ!」


目をキラキラさせながら純粋に私の姿を褒めるライホーくん。

こうしてストレートな言葉で言われるとなんだか急に照れくさくなってしまって、それを悟られぬようにと帽子を必要以上に深く被り直した。


ゴウト『呼べたか。それくらいの事は出来て当たり前でないと困る訳だが』

ゴウト『もういいだろう、戻せ。無駄にMAGを消費する必要もない』

ライホーくん「ヒホ!? せっかく久しぶりにお外に出られたのに、そんなのってないホ! ライドウともっとおしゃべりしたいホ!」

ライドウ「私もそうしたいのは山々だが……すまない、それはまた今度だ」

ライホーくん「ヒーホー……」

ライホーくん「……ヒホ!」

ライホーくん「だったら近いうちにオイラを邪教の館へ連れてくホ! それで許してあげるホ!」

ライドウ「邪教の館……? それくらい構わないが……」


何処にあるのかまだ知らない、というのは内緒の話だ。

ライホーくん「それじゃあ戻るホ! バイバイホー」

ライドウ「ああ」

ライドウ「……ええと、今度は……ここを、こうして……よし」


少しずつ慣れてきた証拠なのか、召喚した時よりもスムーズに仲魔を帰還させる事に成功し安心する。

この調子で他の機能もきちんと扱えるようにならなくては。

さて、ここで『人修羅は帰還させずとも良いのか?』という問題が出てくる訳だが……それは

『そもそも何故、悪魔である人修羅を今までBARなどという場所に単体で放置していたのか』

その理由が、答えにそのまま結びつく。

初めに断っておくが、これに限っては私の機械音痴が原因という訳ではない。

簡潔に言ってしまえば……そう

私は人修羅をそもそも封魔していないのだ。

もちろん、仲魔としての契約は結んでいるのではあるが……

人修羅には私馴染みの封魔術も、プログラムを行使してのそれも、何故か通用しないという事情があった。

人修羅自身は『他の悪魔と仕様が違うから』と言っていたが、詳しい理由はやはり不明だ。

驚く事に、契約している仲魔に本来なら必要な私からのMAGの供給も彼には必要がない。

自身でMAGを精製しているのか、あるいはMAGなど必要のない体なのか。

先の理由から帰るべき場所がない故に単独でその辺を勝手にふらふらしている事も多いので、適当に目についた悪魔を狩って収集しているのかもしれない。

少なくとも、彼が所持しているマッカは私から小遣いを与えている覚えは無いのでそうやって稼いだものである事に違いない(そしてきっと私より金持ちだ……)

コストがかからないのは助かるし野放しにしていても勝手に暴れたりする事はないのでその点は問題無い。

だが、常時人のいる場所に出る事になる訳で、彼が悪魔であると市民に悟られぬか……ただそれだけが心配だ。

シルエットは私と年代の近い人間の少年なのが不幸中の幸いだった。

しかしそれでも、彼の身体中にはタトゥーが刻まれ何よりもうなじには角のようなものが生えている為、そのままでは凄く目立つ事になってしまう。

だから彼は人前ではパーカーを羽織りフードを被ってそれを隠しているのだ。


ゴウト『さて……ライドウ、この後の予定はどうするつもりだ』

ライドウ「センターからの外出許可は得てきたし、各地にあるターミナルの登録と顔を出したい場所があるからそこへ向かおうと思う」

人修羅「ここから出るのにわざわざ許可をとる必要があるの?」

ライドウ「ああ。思っていたより結構面倒だった」

人修羅「……ふうん」

ライドウ「その前に折角パスコードを教えてもらった事だ。21階へ行こう」

【センター 21F バイオ研究所】


研究員「ここではバイオ・テクノロジーについての研究をしています」

研究員「研究により造り出したアイテムは市民のみなさんにお分けしています。何か欲しいものはありますか?」

ライドウ「アイテム……か」

ライドウ「そうですね。どんな物があるのか少し見せてもらってもよろしいでしょうか」

研究員「では用意いたしますので少々お待ち下さい」

ゴウト『ほう。このような場所にこのようなものがあるとはな』

研究員「我々の開発品をごらん下さ……ん?」

ライドウ「?」


研究員の視線がふと私のマントへ向く。

ちょうど私がゴウトを抱えて隠している位置だったのだが……隠しきれずに合間から少し見えてしまっていたようだ。

それに気付いた研究員の目が急にカッと大きく見開く。

……しまった、と思った時にはもう遅く、研究員は私のマントをおもむろに掴んで叫んだ。


研究員「き、君! 君が抱えているその生物! もしかして、猫ではないのかね!?」

ゴウト『!?』

ライドウ「いや、あの」

研究員「まさかこんなところで間近にお目にかかれるとは! しかし何故君のような者がそんな生物を……」

研究員「いや! そんな事より私に詳しく調べさせてくれないか!」

ライドウ「失礼しました」

研究員「ああっ、そんな! 待ってくれ!」


必死に引き止めようとする研究員を振り切り、しっかりとゴウトを抱いたまま逃げるようにその場を後にする。

そのまま一気に20階へと続く階段を駆け下りた。

ライドウ「すまないゴウト。まさかよりによってあの手の人間に見つけられてしまうとは……」

ゴウト『……。当然の反応だとわかってはいるのだがな』

ゴウト『やはりこの姿もそろそろ潮時という事か。もう長い事これでいた故に口惜しくはあるが』

ライドウ「……」

ライドウ「私は別にこのままでもいいと思う」

ゴウト『ええいっ、珍しそうに肉球を触るのをやめんか!』

人修羅「昔は野良で沢山いたんだけどね、猫」

ゴウト『人修羅までそうやって喉をゴロゴロするのはやめっ……にゃおーん』


東京大破壊、そして続く東京大洪水。

その影響により、水上に残された以前のミレニアム——かつてカテドラルと呼ばれた場所にて難を逃れた者たちを除いて、人も動物も植物もその殆どが死滅したのだという。

ゴウトの姿であるこの猫という生き物もその例のひとつであった。

猫型の悪魔というのはそこらで見る事が出来ても、本物の猫をこの地で見る事はもう不可能な事なのだ。

実際、私もゴウトに会うまではただの知識としてでしか猫を知らず、実物を見て思わず珍しそうにしばらくまじまじと観察してしまった程だ。

私ですらこうだったのだから、研究を職としている人間からしたら飛び付き嘗め回すようにじっくりと観察したかったに違いない。

最悪、動物実験に使われてしまいかねなかったのではないだろうか……それは困る、色々な意味で。

ゴウト——正式名称、業斗童子。

その正体は葛葉一派で禁忌を犯したものに刑罰を与えられた存在である。

同様の刑に服するものはこのゴウト以外にもいるようで、その判別の為に彼にはイの四十八番という番号がつけられている。

ゴウトが何をしてこんな事になったのかは知らないが、その刑罰の内容というのは『黒い成りをした生き物の屍に憑いて一定期間を過ごす』というものらしい。

つまり、今の猫の姿が本来のゴウトの姿という訳ではなく、本物の猫の体であってもその元の猫はもう生きていないのだという事になる。

そんな生き物を調べられるような事があったらまずいに決まっている。

これが、私があんな風にゴウトを隠していた理由だ。


ライドウ「そろそろ行こう。時間を無駄にしていられない」

人修羅「ん」

ゴウト『ど、どの口が言うか……』


散々ゴウトをいじり倒し満足したところでようやくセンターから外に出た。

センターエリアは高くそびえるセンタービルを中心にTOKYOミレニアムの各エリアへと繋がる通路が伸びている。

北に続くエリアはヴァルハラ、西に続くエリアはホーリータウン、南に続くエリアはファクトリーとそれぞれ名がついており、東にある通路は現在封鎖となっていた。

原則としてこの通路は通常センターのから許可を受けた者しか通れないようになっている。

今日はこの通路を使ってミレニアムの地理を把握しようと考えていた。

【ファクトリーエリア】


ファクトリーはTOKYOミレニアムに住む人々に必要なもの全てを生産しているエリアだ。

多くの労働者が私たちが生きる為に日々汗水垂らしている。

そんな場所に足を踏み入れてまず気になったのは、響き渡る誰かの歌声だった。


ゴウト『なんだこの声は』

ライドウ「いったい何処から……あそこか?」


北に見える塔。

その上方からエリア全体に向けるようにしてその歌声はずっと流れている。

それは美しくも何処か悲しみの色を帯びているように感じた。

何故このような歌がと思いはしたが、塔の前の扉は堅く閉ざされていて中へ進む事は出来ず確認のしようがない。

そして私にはこんなにも気になる歌声だというのに、このエリアの人たちはそんな様子は微塵もみせず無駄口を叩く事もなくただ懸命に働く姿を見せるだけだった。

つまりこの歌が聞こえるのは、ファクトリーでは普通であるという事なのだろうか。


ゴウト『食用のデミナンディというのはこの牛の事か?』

ライドウ「そのようだな。……ゴウト」

ゴウト『?』

ライドウ「その猫の体を失ったら、今度は黒いデミナンディになるというのはどうだろうか」

ゴウト『……』

ライドウ「冗談だ。そんな顔をするな」


牧場を眺めた後、ファクトリータウンの方へと足を進める事にする。

さっきはとんだ手違いでアイテムを見る事も出来なかったし、これからに備えて少し買い物をしておきたかった。

【ファクトリータウン 武器屋】


ゴウト『銃を新調するのか?』

ライドウ「ミレニアムに来る前に用意して貰った物もいいが、もっと威力のある物があればと」

ライドウ「ふむ。威力は落ちるが複数攻撃可能な物もあるのか。一発の攻撃力が高い物とどちらがいいだろう」

ライドウ「……」


今の予算と相談してしばし悩む。


ライドウ「店主、ドミネーターを一丁頼む。それから神経弾を」

店主「まいど」

ゴウト『結局威力の方をとったか。ならば弾も呪いの弾丸にすべきだったのではないか』

ライドウ「それだと他で買い物が出来なくなるからやめた。神経弾は睡眠の追加効果もあるし、今はこれでいい」

ライドウ「それはそうと人修羅」

人修羅「?」

ライドウ「少し試し撃ちに付き合う気はないか」

人修羅「!」


私が手の中にあるドミネーターを構えるよりも僅かに早く人修羅はその場を猛ダッシュする。

引き金に指をかけながら私もそれを追い掛けてダッシュした。


ゴウト『いつからトリガーハッピーに……そんな風に育てた覚えはないぞ、ライドウ』


そんなこんなで呆れるゴウトを置き人修羅との少しの戯れを経た後残りの買い物を済ますと、私たちはファクトリーのターミナルまでやってきた(悔しい事に試し撃ちは逃げる人修羅には一発も当たらなかった)

各エリアに存在するターミナルはアームターミナルに登録さえされていればターミナルからその登録された別のターミナルに一瞬で移動が可能といういわば転移装置である。

ファクトリーエリアのターミナルの登録を終わらせ、そこから一度センターのターミナルまで戻り、まだ赴いていないエリアへの通路へと行こう。

そして残りのターミナルの登録を済ませてしまえば今後は移動も大分楽になる筈だ。

【ホーリータウンエリア】


ホーリータウンはメシア教布教の為に建設された街という事で数多くの施設が密集し便利性に優れている。

ぐるりと回るような道のりを経た先の東側の地区にはそれらしく大教会というものも存在していた。

それにも関わらず、人の姿は少なくとても物静かな場所のように感じた。

まだ人を集っている段階なのだろうか?

ファクトリーエリアの時と同様にターミナルの登録を済ませると、すぐにセンターには戻らず大教会の方へと足を運んでみる事にする。



【ホーリータウン 大教会】


大教会はそれなりの広さがある三階建ての建物だった。

メシア教会がある以外は目立ったものは何もない場所ではあったが、ストーカーなる者たちがうろついていてどうしても通れない場所がありそこだけが気になった。


ゴウト『なんとかして通れないものか』

ライドウ「一体何をしているのだろうな」


悪さをしているという訳ではなさそうだがこういう者たちを放置して後に問題が起こったらと思うと、テンプルナイトしてどうにかするべきなのだろうかと少し悩む。

あまり人の迷惑にならぬよう少し注意くらいはしておいた方がいいか?

そんな風に考えていると私の横で人修羅が訝しげにしている事に気が付いた。


ライドウ「人修羅?」

人修羅「……」

人修羅「この先」

ライドウ「先?」

人修羅「いや……下、かな」

ゴウト『どっちだ』

人修羅「……」


そこまで告げて人修羅は再び黙る。

そして少しするとなんでもないというように首を横に振った。


ライドウ「……?」

人修羅「行こう。今は無理そうだし、機会があればまたそのうちに」

ライドウ「ああ……」


ストーカーが塞いでいるその先を彼は私以上に気にしているように見えたが、それでもあっさり引き下がってしまえば私もこの場を去る他ない。

まあ、人修羅の言う通り、ここはまたの機会にしよう。

今、私にとって一番用がある場所はここではないのだから。

人修羅「そうだ」

ゴウト『今度はなんだ』

人修羅「ライホーくんとの約束」

ライドウ「……ああ、そういえば」

ゴウト『忘れてたのか……』


人修羅の言葉で思い出した。

ライホーくんを邪教の館に連れていかねばならなかった事を。

あまり後回しにして機嫌を損ねられても困るので、今のうちに連れていってしまおう。

都合のいい事にホーリータウンのターミナルの近くにあったのを見つけていたので、またセンターに戻る前に寄る事にした。



【ホーリータウン 邪教の館】


ライドウ「それで、ライホーくんはここで何を?」

ライドウ「悪魔合体をするにしてもライホーくん以外の仲魔は人修羅しかいないのだが……」

ライホーくん「ヒーホー! ヒホ修羅になるのも悪くないホ!」


人修羅は無理、と首を横に振っている。


ライホーくん「でも今回はやめとくホ。それで、ライドウに相談があるんだホ」

ライドウ「?」

ライホーくん「とりあえず……」

ライホーくん「脱ぐホ」

ライドウ「……」

ライドウ「は?」

ライホーくん「その着ている服を脱ぐんだホ!」

ライドウ「えっ、ちょっ……」


ありのまま今起こった事を話そう。

仲魔のお願いを聞こうと思ったらいつのまにか仲魔に襲われていた。

何を言ってるのかわからないと思うが、私も何をされているのかわからなかった……。


人修羅「そういう事なら」

ライドウ「人修羅!?」


気付かぬうちに私の背後に回っていた人修羅が、目にも止まらぬ早業で私のマントを一瞬のうちに剥いだ。

彼は徹頭徹尾無表情だったが、その瞳の奥にほんの少しの冷たさを潜めていたように思ったのは気のせいだろうか。

まさか、さっき試し撃ちに付き合わせた事を怒っているのか。

ああいう風に人修羅を追い回すのは一種の通過儀礼のようなものだと聞いていたので倣ってみただけなのだが……。

ゴウトになんとかして欲しいと目配せするが、彼はこんなやり取りをまるで馬鹿らしいとでもいうように隅の方で体を丸めながらつまらなそうに欠伸をしている。

助けてくれる気はないようだ……。


人修羅「どうぞ」

ライホーくん「ヒホー!」


人修羅から私のマントを受け取ったライホーくんはぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねながら今度は邪教の主の元へと近寄った。


ライホーくん「頼むホ」

邪教の主「承知した」

ライドウ「い、いったいなにを……」


悪魔合体をする際に使うケージの片方にライホーくんが入り、もう片方に私のマントが入れられる。

そして邪教の主がいくつかの手順を踏むと両方のケージは光を放った。


ライホーくん「ヒーホー! オイラはテンプルナイホなNEWライホーに生まれ変わったホ!」

ライホーくん「これで今のライドウとおそろいになったホ。あらためて、コンゴトモヨロシク……だホ!」


ライホーくんの姿が黒の制服から私と同じテンプルナイトのものへと変わった。

今までの姿にもいい加減飽きていたという事だったのだろうか。


ライドウ「……あ、ああ。今後ともよろしく……」

ライドウ(私のマント……)

ライドウ(……まあ、いいか)


あまりにもライホーくんが嬉しそうにしていたので、怒る気も失せた。

【ヴァルハラエリア】


ホーリータウンとうってかわって、ヴァルハラは数多くの住人で賑わった場所だった。

マダムと呼ばれる女性が管理しているこの地域は、カジノとは別にコロシアムというこの地域最大の目玉と言えるだろう娯楽施設が存在している。

これがヴァルハラに人が集まっている理由のひとつなのかもしれない。


ライドウ「そういえばこんな感じの場所だったな……フフッ」

人修羅「?」

ゴウト『そうか。ライドウは元ヴァルハラ出身だと耳にしていたような気がしたが、本当だったのだな』

ライドウ「幼少の頃、ほんの少し身を置いていただけだが」

ライドウ「しかしそれでも、デビルサマナーを志す前はコロシアムの戦士に憧れていたものだ。それだけは覚えている」

ライドウ「中でも悪魔使いだったという初代チャンプの話を聞く度にその思いは強くなっていったものだが……それももう昔の話だ」

ゴウト『では、顔を出したい場所と言うのは、ヴァルハラにいる以前の知り合いのところか?』

ライドウ「そういう事だ。覚えていてくれてるかどうか少し不安ではあるが……」

人修羅「へえ……」

人修羅「なんか邪魔しちゃ悪そうだ。その辺で適当に時間潰してるよ」


そう告げて人修羅は静かに去っていく。

そんな風に気を使わなくともいいのにと思いながらもそのまま別れて私はダウンタウンの方へと進んだ。



【ダウンタウン 岡本ジム】


目的地の手前まできてから急に妙な緊張を覚えると一度足が止まった。

それから深呼吸を何度か繰り返してようやくその扉を開く。

おそるおそる中を覗くが人の姿が見当たらない。

鍵が開いているという事は留守ではないと思うのだが……。


ライドウ「あの、すみません」


そうして出した声は自分で思ったよりも小さな声だった。

これでは誰かいても聞こえないかもしれない。

案の定、その声はガラスの割れる音のようなものが被ってかき消された。

眼帯の男「あーあ、やっちまった……最後の酒だったのに」


ツンとするアルコールの香りと共に奥の方からふらふらのろのろと歩いてくる男を見つける。

眠そうに欠伸をしているところを見ると、寝起きで誤って酒のビンの割ってしまったというところだろう。

その姿を一目見て、懐かしさが込み上げてくるのを感じた。


ライドウ「あ……あの」

ライドウ「岡本さん。……ですよね?」

岡本「あん? 確かにそうだが」

岡本「ハッ、もしかして我が岡本ジムへの入会希望者か……って、ええ!?」

岡本「な、な、なんでセンターのテンプルナイトさまがこんな場所に!?」

岡本「まさか借金の取り立てに!? ……いや、そんな事でわざわざテンプルナイトさまが動くのか?」

岡本「いやいや、センターの考えてる事なんてわからねえ! 適当な理由をつけてこのジムを潰しにきたのかも……」

ライドウ「はい?」

岡本「……え?」

ライドウ「……」

ライドウ「あの」

岡本「……」

ライドウ「ええと……」

岡本「ん?」

ライドウ「!」

岡本「んんー?」


どう言葉をかければいいのか考えあぐねいていると、岡本さんはずいっと距離を詰めてこちらをまるで品定めでもするかのようにじろじろ見始める。

そしてしばらくしてから、さっきとは違った意味で驚いた声を上げた。


岡本「お前……まさか、昔ウチのジムにいたガキか!?」

ライドウ「!」

ライドウ「は、はい! そうです!」

岡本「おお! やっぱりそうか! びっくりさせるんじゃねえぜ、ったく」

ライドウ「すみません、突然お邪魔して」

岡本「いやいや。それにしてもテンプルナイトとは……立派になったもんだなあ」


随分と時が経っていたのに岡本さんは私の事を覚えていてくれた。

それが純粋に嬉しくて少し涙が出そうになる。


岡本「やっぱりわしの目に狂いはなかったって事だな! あのままウチで育ててればコロシアムのチャンプになれたかもしれねえ」

岡本「惜しい事をしたな。でも、あんなに大金積まれちゃあな……引き渡さない訳にゃあいかんかったというか……」

ライドウ「?」

岡本「あ、いやいや! こっちの話だ!」

岡本さんは父も母もなくヴァルハラのスラム街で一人放浪していた幼い私を引き取ってくれた恩人だった。

岡本ジムに身を寄せてから、私はコロシアムで日々行われているトーナメントやそこに名を連ねるチャンプたちの話を幾度となく聞いてしばらくの間育つに事になる。

そして何時かコロシアムに立つべくしてトレーニングに励む日々をおくるのだが……

それも一年になるかというところで私の元に現れたのが葛葉の人間だった。

お前がいるべき場所はここではない。

お前の力は世の為人の為に使われるべきだ、そう言って。

こうして私は一度ミレニアムを去る事になった。

ミレニアムの外は、ヴァルハラのスラム街など比べ物にならぬ程に劣悪な環境だった。

それでもどうにか人が住める程度にはあったかつては葛葉の里と呼ばれていたらしいその地に身を置いて、ライドウ候補としての修行を重ねた末に私は今ここにライドウとして戻ってきたのだ。


岡本「おう、そうだ。こうして訪ねてきてくれた事だし、久々にやってみねえか?」

ライドウ「何をです?」

岡本「ヴァーチャルバトル、だよ!」

ライドウ「ああ。懐かしい響きですね、ヴァーチャルバトル」

ライドウ「そうですね、やらせてもらいましょうか」

岡本「へへっ、そうこなくっちゃよ。ま、テンプルナイトにまでのし上がったお前さんならもうこんなのどうって事ないだろうが」

岡本「200マッカな」

ライドウ「……お金、とるんですか」

岡本「当たり前だろ! 昔はともかく、今はもうジムの戦士でもねえんだからよ」

ライドウ「はは……わかりました、200マッカですね」

岡本「おう、確かに。健闘を祈るぜ!」



【ヴァーチャルバトル】


ヴァーチャルバトルは仮想空間で悪魔と戦える場所である。

ここで受けたダメージは現実の自分に影響が出る事はなく、安全に訓練する事が出来るという代物だ。

昔はこれで鍛えたものだが、ミレニアムの外で本物の悪魔相手に鍛錬を積んできた今となっては岡本さんが言うようにどうという事はないお遊びのようなもの。

それでもこの風景が記憶にあるのと変わらずその懐かしさが手伝って、僅かながら心が躍っていた。


ライドウ「このチープな感じも懐かしい」


ダウンタウンの中にもヴァーチャルバトルが出来る場所がある。

そちらの方が岡本ジムの設備と比べて立派だったのだが、私はジムのこのヴァーチャルバトルで岡本さんに鍛えてもらう方が好きだったのを思い出した。


ライドウ「さて、どんな手合いが出てくるか……ん?」


仮想空間を進み悪魔との遭遇を待っていたその矢先

……何かが向こうを横切った……

ライドウ(今のはなんだ? 悪魔には見えなかったが……)


気付くと『横切った何か』を追い掛けて走り出していた。

『それ』に辿り着くまで、そう時間はかからなかった。

なにせ『それ』はまるで私を待っていたとでもいうように、そこにいたのだから。


車椅子の男「やあ、私は悪魔じゃないよ」

車椅子の男「君に会うため、ヴァーチャルバトルの仮想空間に入らせてもらった」

ライドウ「私に……? あの、貴方は……」

車椅子の男「私の名は……STEVENとしておこうか」


STEVENと名乗った奇妙な車椅子の男は私の頭からつま先までを眺めてから再び話しだす。


STEVEN「どこから入手したのかは知らないが、君は悪魔召喚プログラムを所持しているようだね」

ライドウ「悪魔召喚……ああ、あれはそういった名のものなのか」

STEVEN「そうだ。だがどうやら古いバージョンのもののようだ。アップデートをしてあげよう」

STEVEN「これで悪魔のストック数が増えたはずだ」

ライドウ「……はあ」

STEVEN「さて、ここからが本題になる」


STEVENは私から質問を投げかける暇も与えず言葉を続けた。


STEVEN「まだ先の話ではあるが……ここTOKYOミレニアムはある事件をきっかけに悪魔の群れであふれる事になるだろう」

ライドウ「!?」

STEVEN「ミレニアムはずっと悪魔の出現をおさえてきたが、もう無理だね」

STEVEN「悪魔がこの世界に入り込んでくるのはもう止めようがないんだ」

ライドウ「なっ……何故そのような事が貴方にわかる!?」

STEVEN「悪魔の力を利用してゆかなければ人間は生き残れないだろう」

ライドウ「おい聞いているのか!」

STEVEN「君には期待しているよ。また会う事があるかもしれない」

STEVEN「今後ともよろしく。ではまた……」

ライドウ「待ってくれ! 話はまだ終わってな……」


……

ライドウ「……!」

岡本「お。お疲れさん、どうだった? 久しぶりのヴァーチャルバトルは」

ライドウ「……」

岡本「……?」

岡本「おい、どうした? ボーっとして」

ライドウ「……い、いえ」

ライドウ(なんだったんだ、今のは……)

ライドウ「……あの、今日はこれで失礼します」

岡本「ん? そうか。まあ、わしもこれからカジノに……いや、用事があるんでな。暇があったらまた顔出してくれや」

ライドウ(……カジノ?)

ライドウ「岡本さん。気になっていたのですが、このジムの戦士はどこに? トレーニングを見てやらなくてもよろしいのですか」

岡本「あ、ああ。……戦士な」

岡本「……実はよ、今このジムに戦士はひとりもいねえんだ」

ライドウ「!」

ライドウ「そうですか……すみません、余計な事を聞いてしまって」

岡本「いや、いいんだけどよ……あーあ、どっかに有能な戦士が落っこちてないもんかね」

岡本「ま、そういうわけだからよ。わしは出かけるわ。じゃあな」

ライドウ「ええ、ではまた」

ゴウト『あの男、ギャンブル狂いの目をしていたな』

ゴウト『早いうちに葛葉に引き取られて良かったな、ライドウ。上にあの手の人間を持つとろくな事がない』

ライドウ「……」

ゴウト『……おい。どうしたというのだ、ライドウ。あのヴァーチャルバトルとやらで何かあったのか?』

ライドウ「なんでもない。それより、人修羅と合流しよう」

ゴウト『……そうか』

ゴウト『あやつならおそらくまたBARにでもいるだろう。……あちらの方から匂いがする』

【ダウンタウン BAR】


ゴウトの言った通り、センターのBARで見た時と同じパーカーのフードを被った後ろ姿がそのBARにはあった。

だが、すぐ隣にブロンドの男がいて彼に話しかけているという点だけが唯一違っていた。


ブロンドの男「あれからどこに行ってしまったのかと思っていたが、まさかこんな場所で再び会う事になろうとは。元気にしていたかね?」

人修羅「……」

人修羅「何の用? もう上着はあげないよ」

ブロンドの男「つれない返事だね」

ブロンドの男「でも、今回は君に用がある訳ではないんだよ。まあ、協力してもらえるというのなら心強い事に変わりはないのだが」

人修羅「……」


ブロンドの男は何年ぶりかに会った友人のように接しているのだが、対する人修羅の態度は冷めたものだった。

その温度差に違和感を覚えていると、ブロンドの男がこちらの存在に気付いて笑みを向けてきた。


ブロンドの男「お迎えのようだよ?」

人修羅「!」

ライドウ「人修羅、そちらの人は、……ッ!?」


人修羅はカウンターに叩き付けるようにマッカを置くと私の首根っこを掴んで早足でBARを出た。


ライドウ「お、おい! 離せ! 人修羅!」

人修羅「……」


しばらくの間強引に引きずられるように運ばれて、そう声をかけたところでようやく解放された。

ライドウ「まったく……驚いたじゃないか」

ライドウ「あんなに急いで出る必要も無かったのに。……まさか人修羅の知り合いもこの街にいたとは」

ライドウ「挨拶もしないで出てくるなんて失礼だろう。いったい誰だったんだ?」

人修羅「知り合いじゃない」

ライドウ「えっ」

人修羅「金髪の子供と老人なら知ってるけど、あんな若い男は知らない」

ライドウ「?」

ゴウト『人修羅よ。さっきのは……』

人修羅「……」


人修羅はゴウトに向かって強く首を振った。

その先の言葉を言わせるかというように。


ゴウト『……そうか』

人修羅「もう用事がすんだのなら行こう」

ライドウ「ああ……」

女の声「これこれそこを通りし若者よ」

ライドウ「?」

女の声「こちらじゃ、そなたの右手の方向じゃ」

ライドウ(次から次へと……今度はなんだというんだ)

女の声「わらわの前に立ち、わらわの声に耳をかたむけるがよいぞ」

女の声「さすれば道は開けよう」

ライドウ「……占い屋か」

女の声「さあ、中へ入るがよい」

ライドウ「……」

人修羅「入るの?」

ライドウ「……まあ、ものは試しだ」

ゴウト『フン、くだらん。こんな街中にいるような占い師の戯言など』

私もゴウトの言う通りだと思った。

だが、あのSTEVENという男の不吉な言葉がまだ頭から離れず、気休めでも誰かの助言が欲しいなどと無意識に思っていたのかもしれない。

私は女の声に従うままにその扉の向こうに足を踏み入れた。


【占い屋】


占い師「そなたの迷い悩みを打ちはらい、正しき道へと導いてしんぜよう」

占い師「そなた、ここへ来たのは初めてか? ではロハで占ってしんぜよう」


善意からなのかはわからないが、かえって胡散臭さを感じさせる物言いだった。

が、ここは黙ってそのまま占いに耳をかたむける事にした。


占い師「うむ……う、むむむ……」

占い師「そなた……」

占い師「そなたの心の奥底に……鬼が眠っておる」

ライドウ「!?」


占い師の口から聞こえたのは、思いもよらぬ言葉だった。


ライドウ「鬼……?」

占い師「そなたは近い未来に絶望を覚え、遠い過去に希望を探すであろう……」

占い師「その時、鬼が目を覚ます」

占い師「そして鬼はきっとそなたに語りかけてくるはずじゃ。その言葉に耳にをかすのか否かは……そなた自身が決める事じゃな」

ライドウ「……」


結局のところ、占い屋で得たのは意味のわからぬ新たな不吉の言葉だけだった。


ゴウト『まったくとんだ無駄足だったな。素人のあのような的を射ぬ言葉など気にする事はないぞ、ライドウ』

ライドウ「……ああ」

人修羅「……」



この日を境に私の辿る運命は少しずつ予期せぬ方向へと転がり始める事となる。

それに気付くのは全てが終わりに向かうその時の事。

だが、同時に全ての始まりの時でもあるのだった。


——これから語るは、そこに至るまでの純粋で愚かな悪魔召喚師の物語。


とりあえずここまでです

とりあえず期待

ライドウSSとは珍しいな、これは期待

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