モバP「最近、文香と距離を感じてまして……」 (55)

鷺沢さんss
地の文あり
エロ無し


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モバP「なにか知りませんか、ちひろさん? 俺には心当たりがなくて……」

ちひろ「そうですか? いつもと変わらないと思いますけど」

モバP「それがこの頃、目が合うと慌てて逸らしたり、話振っても口ごもったりでして」

モバP「相談とか受けてないですか? 些細なことでもいいので」

ちひろ「いえ、特には……考えすぎじゃないですか?」

モバP「うーん……そんなはずは……」

ちひろ「気になるようでしたら、少し文香ちゃんと時間作ってあげるといいかもしれませんね」

モバP「そうですね……」

モバP(明日は文香もオフだし、ちょうどいいかな)

モバP「じゃあ明日、昼から有給とってもいいですか? ちひろさんには迷惑かけちゃいますけど」

ちひろ「はい。しっかり文香ちゃんの話を聞いてあげてくださいね」

モバP「ありがとうございます! 天使! 女神!」

ちひろ「えへへ、もっと言ってくれていいんですよ?」

わいわい わいわい

ここから地の文あり

-古書店-

カラン、とベルが鳴る。耳に心地よい音を拾いながら、店内に入った。

文香がアルバイトしている古書店である。

腕時計は1時半を指している。待ち合わせの2時にはまだ時間があるが、アイドルでない文香の姿が見たくなったので少し早めに来ることにしたのだった。

モバP(文香はどこかな)

来訪を早めたことは文香には伝えていない。どんな顔で驚いてくれるか、期待で胸がうずいた。

モバP「あ、文香――」

呼びかけた声が尻切れになった。

モバP(寝てる……)

レジに突っ伏すようにして文香は眠っていた。開いた本が下敷きになっていないのが、なんとも文香らしい。

忍び笑いしながら文香に近づく。肩に手を掛けようとして、目が釘付けになった。

文香の横顔が無防備にさらされていた。

モバP(……綺麗だ)

さらさらとした黒髪の隙間から、閉じた目蓋が覗いている。長い睫毛が頬にかすかな影を落としていた。その頬もうっすらと紅い。

静かなはずの寝息が、こんなにも大きく響く。

呆然としていると、指先が何かの感触を返した。

はっと気付けば、人差し指が文香の頬に触れている。

モバP(これは……)

ごくり、と息を呑む。

そっと押し込むと、柔らかく沈み込む。なぞれば、キメの細かい肌はするりと指を通す。

女性経験のないモバPにとって、文香の頬はまさに未知そのものだった。

文香「ん……」

心臓が飛び上がった。

恐る恐る覗き込むが、文香が起きる気配はない。

ほっと息をつくが、それがいけなかった。

モバPの視線の先にあったのは、文香の吐息の出処――唇である。

モバP(それはマズイ、流石にダメだ)

必死に制止する理性を、モバPの指は裏切った。

初めて触れた女の子の唇は、思っていたよりもぷにぷにとしていた。指の動きに合わせてわずかに口が開く……

モバP「あ……」

うるさがるように文香が眉をしかめる。

その動きで、あろうことか、モバPの指が文香の口の中に入ってしまった。

ねっとりとした熱さが指先に絡みつく。

硬直するモバPを追い打ちするように、文香の目が開いた。
顔を起こして、霞がかった瞳をモバPに向ける。

モバPが何かを言おうと口を開くよりも先に、文香はもう一度目を閉じた。

指先に痛みが走る。

モバP(噛まれた……?)

かと思えば、今度は恐らく舌でねぶってきた。ちゅう、と優しく吸いあげられる。
その度ごとに漏れる吐息がやけに大きい。

文香は陶然とした表情でこちらを見上げていた。

文香の口内を傷つけないようにゆっくりと指を引き抜く。唾液の橋がかかった先、文香の舌は、危険に赤い。

モバPが動けないでいると、細められていた文香の瞳がゆるゆると見開かれていく。
その目元までが紅潮していくのを目にして、モバPも我に返った。

冬だというのに、顔から火が出そうなほど暑い。文香の方を盗み見ると、ぎゅっと膝で両手を握ったまま俯いていた。

前髪で顔が隠れているのが妙に惜しい。

モバP(いやいや、何か、話題を逸らさないと……!)

ふと見れば、指の先が濡れている。
反射的に、これだと思った。

モバP「あ、あのあの、文香、なんか今俺指濡れててさ。あ、あはははは」

逸れてないじゃないか、と身の内で呆れるような声がしたが、もう後の祭りである。

文香「え……あ、あの、はい、それじゃあ……これで……」

しかし幸いにも、文香は慌てた様子で、取り出したハンカチで拭ってくれた。

文香はその手指に至るまで、どこまでも精緻なつくりをしている。

思わずどぎまぎしてしまったことがバレていなければいいな、と上の空で考えた。

とりあえずこんなもんで

延長戦もういっこやって、そのあとオチかな

続き投下

モバP「本ッ当にごめん! 謝って済む問題じゃないけど……」

文香「い、いえ、その……私の方こそ、Pさんの手を汚してしまって……」

モバP「それも元を正せば俺のせいだ」

本当にすまなかった、と頭を下げる、自分の浅ましさにつくづく腹が立つ。

きっと文香は許すだろう。魔が差すことは誰にでもあると、笑顔さえ取り繕ってくれるかもしれない。
他者への思いやりは最も得難い美点だ。それを利用する己の何と醜いことか。

それでも、謝らずにいられない。

いっそ激怒してくれればとも思ったが、それは文香がモバPを見限るということだ。

モバP(……それは嫌だな。はは、つくづく自分に嫌気が差す……)

はぁ、という文香の溜め息が頭上に聞こえた。

文香「……それなら、ここの本を書架に戻すのを手伝ってください。それで許します」

モバP「……いいのか? 本当に?」

文香「……Pさんは、ただ許すと言っても聞きませんから」

モバP「それはそうだが」

文香「……半分だけ持ってください。こっちです」

焦れたように幾冊かの本を押し付けて、文香は店の奥に歩いて行った。

まったく敵わないな、と苦笑する。
帰れと言われなくてよかったと場違いなことを考えながら、慌てて後を追った。

文香に追いついてからは、しばらく無言だった。ひたすら奥に進みながら、時折書架の間に入って本を戻す。その繰り返しだった。

そのうちにモバPの受け持った分の整理が終わってしまう。

音が全て吸い込まれてしまったかのような静寂。

モバP(まるで、世界に文香と俺しかいないみたいだ。……いや、違うな)

むせ返るほどの、木の葉の枯れたような匂いと年代を経たインクの酸い香り。
丁寧に本を戻していく文香は、ここでは一人ではなかったろう。

本の息遣いさえも感じられるここで、文香は生まれ育ったのだから。

モバP「……」

文香の内側に踏み込んでしまったことへの後ろめたさは確かにあるが、モバPの胸に去来する感情はそれだけではないようだった。

先程来、どうにも自分の感情を持て余している。

モバP(ここの時が止まったような非現実感のせいだろうか……。……っ!?)

考えに沈んでいたモバPの目と鼻の先に文香の後頭部があった。

思考にかまけた前方不注意である。
慌てて一歩下がろうとするが、急な動きに身体はついていかない。その場に立ち止まるのがやっとだった。
まるでその時を狙い澄ましたように、文香が一歩だけ後ろに下がった。

とすり、と軽い音を立てて細い肩がモバPの右胸に収まる。ほとんど無意識に右手で文香の腰を支えた。

今度こそ世界が静止した。

手の平にニット地の感触が柔らかい。細いはずの腰はいささかも骨ばっておらず、ほのかな体温を伝えていた。

びくりと肩を竦ませて、右手で本を抱えたまま文香は固まっている。

一方でモバPの思考は空転していた。

しかしはたしてこの状況下で――知性の女神もかくやという美しい少女の、その髪から立ち昇る芳しささえも独り占めしているのに――まともな判断力を保てる男が存在するのかと、モバPの中の妙に冷静な部分がささやく。

モバPの得られる全ては、右手から伝わる腰つきと華奢な肩、髪の隙間から覗く横顔の赤さだけだった。

モバPはうろうろと目を泳がせる。それは単なる逃避だったが、その視線が止まった。

文香は胸の前で左手を握りしめている。

唐突に、仕返しをしなければならないと思った。なぜモバPの指だけが噛まれたり吸われたり好き放題されねばならないのだ。不公平ではないか。

明らかな論理の飛躍にも気づけずに、モバPは文香の手を取った。

弾かれたように振り向いた文香と目が合った。

モバP(そういえば久しぶりにちゃんと目を合わせような気がするな)

奇妙に心は凪いでいる。

文香の瞳を見つめたまま、モバPは文香の人差し指に唇を落とした。

上気した頬に、見開かれて潤む瞳が映える。

気が付くと、腰を支えていたはずの右腕は文香の下腹部辺りまで到達している。それを、文香は振りほどくどころか、むしろ抱えた本との間に押し付けているようだった。

文香との距離は、吐息がかかるほどにしか残されていない。

これではまるで……

モバP(いや、この言葉の先はマズイ!)

しかし、このままではいけないという理性の絶叫は、もはや遠くにしか聞こえない。
モバPの耳には、痛いほどに高鳴る自分の鼓動が反響するのみである。

どうかこの手を振り払ってくれと痛切に願った。

モバP(そうでないと俺は俺を止められない……!)

なぜならモバPは既に、その唇の感触も、その奥にちろりと見える舌の熱さも知ってしまっているのだから。

ゆっくりと文香の瞳が閉じられ、彼我の距離が近づいていく……

「あのー、すみませーん! 誰かいませんかぁー?」

とっさに身を起こして飛び退る。両手に残る文香の手と下腹の感触に慄いた。

文香はといえば、特に乱れてもいない髪を必死に整えている。

混乱の局地にあるが、そういえばモバPの方が年長であり男である。事態を収拾する責務があるような気がした。根拠はないが。

モバP「あわわわわ、あのあのあれだ、お客さん! そう、お客さんだな! 行かなきゃダメだよな!? な!?」

文香「は、は、はい、あの……そ、そうですね、お客さんですから……」

モバP「だよな! 行かなきゃな! 行ってらっしゃい!」

文香「は、はい……行って、来ます……?」

ぶんぶんと激しく頷いてやると、文香はちらちらと振り返りながら入口に向かう。そのうちに顔を伏せて、小走りに駆けていってしまった。

はあ、とため息をつく。さっきまで文香がいたところに、まだ残り香があるような気がして、もう一度息をついた。

モバP「なにやってんだかなあ……」

周囲を見渡しても、辺りには古びた本がうず高く並べられているだけである。

モバPの自問は空しく本の海に溶けていった。

延長戦終了。なんやこいつら腹立つな

オチはまた書き溜めてから投下します

気づけばもうひと月じゃないですかヤダー
投下します

-翌日・事務所-

モバP「おはようございます……はぁ……」ドヨーン

ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん」

ちひろ「……なんだか元気ありませんね。なにかありました?」

モバP「はい……昨日、文香のバイト先まで行ったんですが……」

ちひろ「あ、文香ちゃんの様子が気になるって言ってましたもんね」

モバP「それで、ちょっと……」

ちひろ「ちょっと?」

モバP「あの……」

ちひろ「?」

モバP「……セクハラしちゃった? みたいな……」

ちひろ「……」

ちひろ「…………」

ちひろ「……えっ」

ちひろ「それって」

モバP「はい」

ちひろ「つまり」

モバP「はい」

ちひろ「プロデューサーさんが」

ちひろ「文香ちゃんに……あの、あの文香ちゃんに」

モバP「はい」

ちひろ「セクハラ行為に及んだと」

モバP「そのとおりです」

ちひろ「……なにかの比喩でなく?」

モバP「そのままの意味で」

ちひろ「相手の同意は?」

モバP「当然なしです」

ちひろ「……」

モバP「……」

「…………」

ちひろ「どどどどど、どうするんですか!? 訴訟ですか慰謝料ですか倒産ですか! プロデューサーさん! 事務所設立以来の危機ですよ! 危機!」ユサユサ

モバP「ちひろさん落ち着いて! それ他所様のネタです!」

ちひろ「いやだってセクハラって――」

ちひろ「ん?」

モバP「ち、ちひろさん……?」

ちひろ「いや、うーん……もしかして……もしかするかも……?」

モバP「何がです?」

ガチャッ

文香「……おはようございます」

モバP「あ、ふ、文香――」

文香「……!」←サッと面を伏せる

タタタッ

モバP「」

ちひろ(ほほぅ……)

ちひろ(プロデューサーさんを一目見た途端に顔真っ赤にしちゃって、まあ)

ちひろ(でも……)チラッ

モバP「」←身動ぎなし

ちひろ(はぁ……)

ちひろ「それで? 正確には何したんです?」

モバP「……あ、はい。実はですね--」




モバP「--という次第でして」

ちひろ「」

ごめん訂正


ちひろ「いやだってセクハラって――」

ちひろ「ん?」

モバP「ち、ちひろさん……?」

ちひろ「いや、うーん……もしかして……もしかするかも……?」

モバP「何がです?」

ガチャッ

文香「……おはようございます」

モバP「あ、ふ、文香――」

文香「……!」←サッと面を伏せる

タタタッ

モバP「」

ちひろ(ほほぅ……)

ちひろ(プロデューサーさんを一目見た途端に顔真っ赤にしちゃって、まあ)

ちひろ(でも……)チラッ

モバP「」←身動ぎなし

ちひろ(はぁ……)

ちひろ「それで? 正確には何したんです?」

モバP「……あ、はい。実はですね--」




モバP「--という次第でして」

ちひろ「」

モバP「ちひろさん? なんか凄い表情ですけど大丈夫ですか?」

ちひろ「」

ちひろ(胸焼けしそう)

ちひろ「……まあ、2人でよく話し合うといいんじゃないですか? そもそもはお2人の問題ですし」

モバP「え、なんか急に雑になったような」

ちひろ「そんなことありませんよー? 私ちょっとコーヒー淹れてきますんで」

モバP「ちょ、ちょっと待って! 見捨てないで!」

ちひろ「あーもう、大丈夫ですから! 安心してください! 文香ちゃんは別にプロデューサーさんを嫌ってるわけじゃありません」

モバP「そんなことがあり得るんですか!?」

ちひろ「あり得るんですっ! ほら、早く文香ちゃんと話し合ってきてください。それで解決です!」

モバP「は、はい……行ってきます……」



モバP「行ってきました」

ちひろ「上手くいったでしょう?」

モバP「許してはくれましたけど……」

ちひろ「けど?」

モバP「こっち見てくれません。やっぱ気を遣ってるのかな……」

ちひろ「……えー」

モバP「何ですかその反応」

ちひろ(押し弱すぎるでしょプロデューサーさん……!)

ちひろ「……いえ、私が口出すことじゃありませんし……」

モバP「はぁ……どうしよう」

ちひろ(こっちのセリフですよ、もう……)

ちひろ「……」

ちひろ(何かイヤな予感がするな……)

とりあえずつなぎ終了
続きは今日の夜だったらいいな

投下します。これで終わり

-数日後-

モバP「ちひろさんちひろさん、文香との関係が修復出来ました! ちひろさんの言うとおりでしたね!」

ちひろ「よかったですねプロデューサーさん!」

モバP「いやあ、文香の方から手をつないでくれるとは思いませんでしたよ」

ちひろ「へえ、よかっ――よくないです。今なんて言いました?」

モバP「え? いえ、人通りの多いところで、はぐれちゃいけないからって……これってむしろ前より仲良くなれたのかもしれませんね!」

ちひろ「あっはい」

-翌日-

モバP「ちひろさん、ちょっといいですか? 気になることがあって」

ちひろ「なんです?」

モバP「文香のことなんですけど」

ちひろ(あっ)

モバP「ちゃんと話す時に俺を見てくれるようにはなったんですけど、不意に顔を背けたりするんですよね。顔も赤いし」

ちひろ「それは大変ですね」

モバP「かと思うとじっとこっちを見てたりして、訊いても慌てて誤魔化したりでして」

モバP「人と話すのにも慣れてきてると思ってたんですけど……ちひろさん、相談とかされてませんか?」

ちひろ「……プロデューサーさん以外の人に対してもそうなんですか?」

モバP「あ、いえ、そんなことはないみたいですけど」

ちひろ(ですよねー)

ちひろ「じゃあ大丈夫だと思いますよ」

モバP「そうなんですかね……? うーん」

-翌々日-

モバP「おはようございまーす!」

ちひろ「……えらくご機嫌ですね、プロデューサーさん」

モバP「ええまあ。実はですねー、今日の夢に文香が出てきたんですよ!」

ちひろ「ヘー(棒)」

ちひろ(訊くんじゃなかった)

モバP「確かに四六時中文香のことばっか考えてますけど、まさか夢の中にまで出てくるとは思いませんでしたよ! 俺ってプロデューサーの鑑ですね!」ハッハッハ

ちひろ「ワー、プロデューサーさんはスゴイナー(棒)」ガタッ

モバP「どこ行くんです?」

ちひろ「コーヒー淹れてきます」

モバP「ちひろさん、最近よくコーヒー飲んでません? ほどほどにしないと胃荒れますよ?」

ちひろ「……お気遣い、どうも、ありがとうございます」口元ヒクヒク

モバP「……? はあ、どういたしまして」

ちひろ(イヤな予感的中……いやもしかして、これこれからもずっと……?)

――

モバP「ちひろさん、文香のことなんですが――」

――

モバP「今日、文香がですね――」

――

モバP「ははは、この前も文香と一緒に――」

――

モバP「文香が――」

――

モバP「文香で――」

――

モバP「文香の――」

――


ちひろ(とかなったら糖分過多で死んじゃう……! ていうか絶対そうなる!)

ちひろ「あ、あのプロデューサーさん、文香ちゃんのことどう思います!?」

モバP「え、アイドルとしては――」

ちひろ「いえいえアイドルとしてじゃなくて、なんて言うかこう、一人の女の子としてっていうか! ね!」

モバP「一人の女の子として……そうですね、とても魅力的だと思いますよ」

ちひろ(おっ?)

モバP「内向的に見えて実は芯の強い子ですよね。あの子は本だけの閉じた世界から、自分の意志で出ていこうとしていた」

モバP「内向的ではあっても内気ではないのも面白い。内向きの知性って感じですかね? だから本との対話以外の世界を求めていたんでしょうか」

モバP「まあ、あの子は近寄りがたいところがありますからね。神秘的っていうか。そりゃ周りも気後れしちゃいますよねー」

モバP「ちょっと心配なのが、あの子自身はそういう自分の魅力に鈍感なところなんですよね。アイドルになってからも、ちょっと現実味が薄いというか、我が事として捉えられてないっていうか」

モバP「悪い男に騙されたりしないかって。大丈夫だとは思うんですけどね」

モバP「それにですね――」

ちひろ「あ、もう結構です、よくわかりました」

モバP「え? まだ序の口ですけど。容姿とか佇まいとか――」

ちひろ「いえいえいえ十分です、つまり悪しからず思ってるってことですよね、すみませんでしたもう勘弁して下さい」

モバP「……はい、そういうことなら。……、まあいいや」

ちひろ「……」スクッ

トコトコ

コーヒーダバダバ

ゴクゴク

ちひろ「……ふぅ」

ちひろ(このままプロデューサーさんに任せてたら埒が明かないわ! 私がどうにかしないと……私の胃が保たない……!)

ちひろ「よーし……でもどうしようかな……」

文香「……あの……ちひろさん、少しいいですか……?」

ちひろ「あ、文香ちゃん……どうしたの?」

文香「あの……協力してほしいことがありまして……」

-夕方-

西日の差し込む部屋に、若い男女が二人きり。うち一人はアイドルで、もう一人はその担当プロデューサーである。

言うまでもなく文香とモバPだった。

モバP「まったく、強引な人だな……」

文香「……あまりちひろさんを責めないでください、Pさん」

モバP「といってもなあ……」

――――
――


ちひろ『プロデューサーさん、今日はもう急ぎの仕事はありませんよね?』

モバP『はい、でもやっときたいことはありますので――』

ちひろ『ないならいいんです! それじゃ、ちょっと来てください』ガシッ

モバP『ちょっ、ちひろさん? 話聞いてます?』

ちひろ『文香ちゃんに応接室で待ってもらってます』

モバP『はい?』

ちひろ『プロデューサーさんにはそこで文香ちゃんと話し合ってもらいます』

モバP『……それは一体どういう? ていうかもう着いちゃいましたけど』

ちひろ『私も人の恋路の首突っ込みたくないんですけど……もう限界なんですよ……』ガチャリ

ちひろ『お付き合いするにせよしないにせよ、お二人でしっかり決めてください。それっ』トンッ

モバP『おっとと』

ちひろ『ごゆっくり~。あ、あと変なことしちゃいけませんからね? 一応仕事場なんですから』バタン ガチャッ

モバP『変なことって……お付き合い?』

文香『……お待ちしていました、Pさん……』


――
――――

モバP「もうちょっと説明があってもいいじゃん」

文香「……すみません。実は私がお願いしたんです」

モバP「文香が? また遠回りなことを……」

文香「今日じゃなくてもよかったのですが……その……」

モバP「……まあいいや。相談したいことがあるのか?」

文香「はい……。Pさんじゃないと解決できないんです」

その言い方に思わずドキッとする。他の誰でもなく自分が頼られているというのは嬉しかった。

モバP(それとも、頼ってくれているのが文香だからだろうか……)

考える視線の先で、文香が何事かを言おうとして口を開くがすぐに閉じてしまう。それから、そんな自分に対してか小さく苦笑した。

文香「いけませんね。言いたいことはたくさんあるはずのに、うまく言葉になりません……」

モバP「……ゆっくりでいいよ。時間はあるんだ」

モバPは立ったままの文香にソファに掛けるよう促して、自らも文香と対面になるように腰掛ける。

文香「……はい」

文香は頷いてソファに一歩近づいたが、ピタリとその動きが止まった。

モバP「文香?」

文香「……いえ。失礼します」

何かを考えるふうだった文香はそう言って、モバPの言葉を待たずに、モバPのすぐ隣に座った。肩と肩が触れ合いそうな距離に慌てて顔を向けると、まさに目と鼻の先に文香の顔があった。

目と目が合う。

長い前髪も、この距離では瞳を隠し切ることはできない。しかし、紗がかかったようにはっきりと見えなくするには十分だった。

モバP(俺はいつも文香の目を見て話してきたつもりだが、思えば、俺は文香の目をしっかり見たことがあっただろうか?)

文香に髪をまとめるようモバPが言えるとすれば、それは仕事前の衣装合わせの時だけだ。そうなると機会は当然限られてくる。

ひょっとすると、本当の意味で文香と顔を合わせたことはなかったのかもしれなかった。

モバPを言葉にならない衝動が襲った。そのまま何言かが口をついて出るより前に、文香は柔らかく微笑んだ。

文香「ふふ……こんなに近くでお話ししたことは、今までなかったかもしれませんね」

モバP「……そうだったかな」

努めて冷静に返すが、文香はなおもくすくすと笑って、はい、と答えた。

文香「……昔から人と話すのが苦手でした。きっと幼い頃からそうだったのだと思います」

とつとつと文香は語り始めた。自分自身のことを。

文香「……周囲の人は私を気にかけてくれていたのだと思いますが……それらは私にはあまりにもめまぐるしくて。ついて行けなかったのでしょう」

文香「話し相手もほとんどいませんでしたが……不思議と孤独ではなかった」

モバP「……本があったからだな」

口を挟んだモバPに、文香は照れたように笑う。

文香「……はい。たくさんの本を読みました。歴史書や学術書……物語も、目をみはるような冒険に胸が踊ったり、悲しい別離に思わず涙を流してしまったり。……それに」

言葉を切った文香は恥ずかしげに瞳を伏せた。まるで胸に秘めた宝物の名前を口にするように、そっと囁く。

文香「……恋の、お話も」

文香はぎゅっと胸元に当てた手を握りしめて、なおも続ける。文香の透明な語り口に引き込まれている自分がいた。

文香「一つ一つの本にはそれだけの世界が広がっていて……私はここにいながら、積み上げてきた本の数だけの物語の中にいました」

文香「……私はそれで十分でした。というよりも、私には周りの人々が遠かった……ちょうど、窓から見える景色のように。私は……時が止まったように心地よい本の世界から、ドアを開けて外にでることはできませんでした」

文香「そんな時に……Pさんと出会いました」

じっと見上げてくる文香に、モバPは首を振った。

モバP「それは違う。文香自身が前に踏み出したんだ。全部文香の中にあったもので、俺はそれを助けただけだ」

文香「……いいえ。たとえ私自身が望んでいても……私一人では不可能でした。それはつまり、Pさんのおかげということです」

モバP「それは……そうかもしれないが……」

文香「……Pさんにはきっと、私も知らない私自身を見つけてもらったんだと思います……」

言って文香は目を閉じた。勇気を奮い立たせるように固く握りしめられた右手が、ここからが本題なのだと告げていた。

心持ち前のめりになるモバPに、はたして文香は口を開く。

文香「あれ以来……あの時以来、Pさんを見ると……胸がドキドキしてしまって……まるで私の身体じゃないみたいなんです……」

モバP「あれって……つまり……」

文香「……はい。あの……書店の奥の」

やっぱり、と再度謝ろうとしたモバPを文香は手で制した。はっと顔を上げたモバPを文香はしっかりと見据える。

文香「……謝らないでください。だって……あの時も、今も……不快じゃないんですから」

モバP「不快じゃない?」

はい、と文香は頷いた。

文香「思い出すたびに、体の奥から熱がこみ上げてきて……どうしようもなくなってしまいそうなのに……それが嫌じゃないんです」

Pさん、と文香は熱のこもった声で呼びかける。

文香「……もう、手の届かない物語の中だけじゃ、我慢できないんです」

その言葉の内に秘められた熱量に、物言いたげに潤んだ瞳に、一瞬時が止まったように息が詰まる。

そこに文香の手がソファに投げ出したモバPの手に重なって、思わず下を向いた瞬間。

唇にあまりにも柔らかい感触。――本当に呼吸が止まってしまった。

モバP(指と唇とではこんなにも違うのか……)

思考停止したモバPの脳が訳のわからない答えを出していると、文香の身体が離れた。

文香ははっとしたように、何を言うでもなく俯いてしまう。ふと、文香は今どんな表情をしているのか気になった。

右手はいまだ文香に占領されているので、左手でそっと文香の髪を分ける。あ、と声を上げて文香はモバPを見つめた。

西陽を背後において影になった顔の、瞳だけがキラキラと輝いている。それは溢れんばかりの感情を湛えて、モバPに向けられていた。

初めて文香と出会ったような気がして、ああ、もう逃げられないな、と予感した。

この胸の内に広がるものを見ないふりなんてできるものか。

文香、とまっすぐに目を見て言う。

モバP「お願いがある」

文香「……はい」

モバP「好きだ。俺と結婚してくれ」

文香「……はい。喜んで」

モバP「……あ、違う。結婚を前提に付き合ってくれ、って言うつもりだったんだ」

文香「……別に最初のままで構いませんよ」

そうか? と弛みかける口元を慌てて引き締める。事はそう単純な問題ではないのだ。

モバP「いや、しっかり交際期間を経ないとな。たとえば生活能力とか価値観とか、あるいは今まで見えなかった人間性とかを見極めないといけない」

モバP「同棲なんかをするなかで、だんだんと相手への愛情が薄れていくかもしれないし。恋愛観だけじゃなくて家族観や将来設計も問題になる」

モバP「しかも俺と文香だけじゃなくて、お互いの親族の問題もある。こういうのは時間をかける必要があるからな」

滔々と述べるモバPに文香は困ったような笑みを浮かべた。

文香「……私は、Pさんのそういう、物事をまっすぐ見据えるところに惹かれています。……でも」

文香はきっと眉を立てた顔つきをした。

文香「……私の気持ちを疑うようなことは言わないでください。お願いです……」

厳しい口調も最後までは続かず、小さな声で項垂れてしまった文香にあわてて釈明する。本意ではないことで、しかも文香に責任はないのに落ち込ませるわけにはいかなかった。

モバP「すまなかった、そんなつもりじゃなかったんだ。文香が俺を……その……好いてくれるのは望外に嬉しいし、好きでいてもらえるように頑張るつもりだ」

文香「……はい。私も、精一杯頑張ります」

モバP「うん。ありがとう。……しかし、これで正式に恋人となると――」

文香「アイドルとしては……」

モバP「うん、引退だな。もったいない……っていうか担当アイドルに手を出すとか、業界人として失格だけど……」

文香「……ちゃんと責任を取ってくれるのですから大丈夫かと……」

モバP「そうかな……? まあ、俺としても続けてほしくないんだけど」

文香「……どうしてです?」

そりゃあ、と続けかけて慌てて口を噤む。こんな恥ずかしいこと言えるか。しかし催促すようにじっと凝視されて、モバPは折れた。

モバP「……他の奴に見せたくない。これでいいか?」

はい、と文香は恥じらって目を背けながら頷いた。恥ずかしいなら言わせなきゃいいのに、と顔から火が出そうなほど羞恥心に襲われるモバPは思う。

文香「ふふ……私も、Pさんだけがいいです。……あっ、ん……」

文香「……ふ、ぅ。もう……いきなりだなんて、ずるいです……」

モバP「さっき突然してきたのは文香の方だろう? それに」

文香「……?」

モバP「いきなりじゃなきゃいいの?」

ニヤリと笑って言ってやると文香は狼狽してうろうろと視線をさまよわせたが、意を決したように目を閉じた。

上を向く頬が紅い。きっと自分も同じような顔色なんだろうな、と思いながら唇を重ねた。

――

ちひろ「……」ブツッ

スクッ テクテク

ちひろ(一応、妙なことになったら止めなきゃいけないってレコーダー仕込んでおいたけど……)

コーヒーダバダバ

ゴッキュゴッキュ

ちひろ「……ぷはぁ」

ちひろ「甘すぎるわぁぁぁぁッ!」


モバP「?」チュー

文香「?」チュー




よっしゃ終わり
これで解放される……ちひろさんの気持ちがよく分かる

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