やすな「じゃあソーニャちゃんがうちに遊びに来てよ」(164)

あさぁぁぁぁ

朝。通学路。雪が積もっている。天気は曇り気味。

すたたたと走り寄ってきて、心の無しか顔を赤く染めながら「遊びに来てよ」と言う。

ソーニャ「じゃあって何だじゃあって」
やすな「前さー、ソーニャちゃん家に遊びに行きたいって言ったら断られたじゃん?
     ならソーニャちゃんがうちに遊びに来ればいいんじゃないかなって」

ソーニャは少しだけ思案するような表情を浮かべる。

ソーニャ「(やすなのことだ。どうせ何か子供っぽい罠でも仕掛けてあるんだろうな。やすなの家がどんなもんか
      興味はなくはないが、わざわざやすなを喜ばせてやる必要もあるまい・・・やすなの家、か。)」

ソーニャ「・・・断る」

ソーニャはすたすたとやすなの脇を通って歩み去ろうとする。
と、いきなりやすなはゆらゆらと揺れるソーニャのツインテールの片方を掴んでそれを引き止める。
馬の尻尾のようにそれをグイッと引っ張る。

やすな「待ってソーニャっちゃん!少しは考えてくれたっていいじゃん!」
ソーニャ「ぎゃあああ!!」

ソーニャ「(この・・・バカがっ!)」

後ろに倒れそうになるのをグッとこらえながら、振り向きざまにやすなの顔面にパンチ。

ソーニャ「何をするんだお前は!」
やすな「いひゃいいひゃいよ・・・」

やすな「そう・・・・ごめんね さそっちゃって」

ソーニャ「おっ・・・おい・・・・・・」

やすなは少し微笑むと一足先に学校へと走っていってしまった

顔を抑えながらもやすなは声を絞りだす。

やすな「だってね・・・今日ね・・・うう痛い・・・」

ソーニャ「(ちょっと強く殴りすぎたかな。なんだか苦しそうだぞ。でもやすなが悪いし、
      大丈夫か、なんて声をかけるのもカッコつかないし・・・大丈夫かこいつ」

ソーニャ「何だよ」
やすな「親が家にいないからさ・・・」

ソーニャの顔にほんの僅かな動揺が走る。(なに?いまこいつは何て言った?)
やすなは顔を抑えて俯いたまま表情は分からない。

ソーニャ「親が帰ってこないから、なんだよ」
やすな「うん。旅行に行ってさ、明後日ぐらいまで帰ってこないからさ・・・」

ソーニャがソワソワと落ち着きのない感じで視線をあっちこっちにやる。

ソーニャ「で?」
やすな「だからソーニャちゃんさ、うちに泊まりに来ないかなって」

ソーニャの身体が震える。

ソーニャ「(やすなの家に・・・二人きり・・・お泊り・・・)」

やすなはようやく顔をあげる。制服の袖で顔をごしごしと拭う。
ソーニャは何気ない風を装って言葉を返す。

ソーニャ「ふーん。お泊り、か」
やすな「うん。一人で家にいるのもつまんないし、かといってソーニャちゃん家は招待してくれないし。
    だからソーニャちゃんがうちに来れば楽しいかなぁって」

ソーニャはちらっと空を仰ぐ。さっきより灰色が深くなっている。(今夜は雪が降るだろうな)
(・・・いつもの私なら何と答えるだろう)とソーニャは考える。

ソーニャ「(ここで素直に、わかった、なんて答えるとやすなは調子に乗るだろうからな。
      ここはいつもの私らしく一回断っておくべきだろう。すると、やすなは『ソーニャちゃ~ん』
      なんて言いながら私を追いかけてくるはずだ。そこで溜息をつきながら、しょうがなく、そう、
      しょうがないんだ・・・やすながどうしてもとお願いするから、しょうがなく私はやすなの家に
      行ってやるんだ。別に私はやすなの家に興味なんて全くもってないが、まぁやすながしつこく
      言い寄ってくるもんだから、私は肩をすくめて溜息をついて、やれやれしょうがないなぁやすなは、
      とやすなの遊びに付き合ってやるだけだ。いつものようにな。やすなの家。やすなの部屋。・・・・
      まったく、やすなには困ったものだ)」

ソーニャは視線をやすなに向ける。

ソーニャ「さっきも言ったが、断る。私はお前の退屈しのぎの相手をしている時間はない」

と言ってソーニャは歩みを再開させようとする。
我ながら完璧だ、と思う。
やすなはソーニャの背中に言う。

やすな「そっか。分かったよ。ソーニャちゃん」
ソーニャ「え」
やすな「ごめんね。無理言っちゃって。もう誘わないから」
ソーニャ「!?」

やすなは寂しそうな笑顔を浮かべると、そのまま前を向いて歩き出した。
ソーニャは心底から慌てる。

ソーニャ「(何だよおい、おい。いつものお前ならそこで『えぇ~ソーニャちゃん遊びに来てよ!
      一緒にゲームとかしようよ!絶対に楽しいから!』って何度もしつこくウンザリするほど
      粘ってくるじゃあないか!なのに、なんだ、今の反応は?クソっ!わけわからん!
      どういうことなんだ!クソッ、わけわからん!)」

ソーニャは内面の動揺を押し隠しつつ、やすなに言う。

ソーニャ「何だ。今日はやけに物分りがいいじゃないか。いつもなら・・・いつもなら、しつこいのにな?」
やすな「だってソーニャちゃんが嫌がってるしさ・・・」
ソーニャ「別に嫌がってなんか、いや、ただ、断っただけで別にな、」

不意にやすなは立ち止まる。そして手を伸ばしてソーニャの髪に触れる。
手は、垂れているツインテールをすすっと遡っていき、ソーニャの頭まで昇る。
ソーニャはあまりにも突然の不意打ちに反応できずに停止する。

やすなはソーニャの髪に向かって手を伸ばして触れている。
(つまり私達は手を伸ばせば届く、とっても近い距離で相対している)
やすなの顔が近い。(こいつには珍しくシリアスな表情だ)。
(やすなの目は大きい、まつ毛は想像していたよりも長め、髪は意外にも一本一本が細い)
やすなの呼吸。
冬だから吐く息は白く、その白い息がソーニャの目の前まで来たかと思えば、ソーニャにたどり着く前に空中で消失する。
顔がやや赤い。寒いのだろう。マフラーとコートを着込んではいるが。
そこで気づく。
(なんだか・・・こいつに・・・やすなに頭を・・・撫でられているようだ・・・!)
その自覚は圧倒的な羞恥と怒りと、他のよくわからない感情を生み出し、思わずまた顔面にパンチを叩き込みそうになるが、
それはやすなの口が開かれることで中止を余儀なくされる。

やすな「痛かったよね。ごめんね」
ソーニャ「なに?」

やすなの手はツインテールの付け根のあたりに添えられている。

やすな「さっき引っ張っちゃった時に・・・」
ソーニャ「ああ・・・。別に、それほどでもない」

やすなの手がソーニャの頭から離れる。
ソーニャの「あ」という小さな呟きがソーニャだけに聞こえる。

やすな「大丈夫?怪我とかしてない?保健室・・・病院いく?」
ソーニャ「いくわけないだろ。大げさだな。平気だ」
やすな「そっか」

やすなは一歩、ソーニャから遠ざかる。

ソーニャ「(私も殴って悪かった、といったほうがいいのかな・・・)」
ちょっと考えたこんでいるうちにやすなは歩き始めた。
その背中を見ながら少し離れて歩きつつ、ソーニャは考える。

ソーニャ「(なんかこいつ、様子がおかしいぞ。妙にしおらしいというか、なんというか・・・。
      さっきも思ったが、しつこさというか押しの強さが全く感じられないというか・・・。
      原因はなんだ?私がやすなの誘いを断ったからか?・・・かもしれない。じゃあ、
      ここで私が『やすなの家に行くわ』って言えば、こいつはいつものように元気になるのか。
      ・・・いや、私から言い出すのはちょっと、なんだ、抵抗あるな。なんか負けたような感じがする。
      やすながどうしてもとお願いして、私がそれに付き合ってやる。それがいつもの流れだろ?
      そもそも私はやすなの家に興味なんてないし、やすなの部屋がどうなってるのかなんて関心はないし、
      どういうすごし方をしてるのかなぁなんて想像はしたこともないし、私から『やすなの家に泊まりたいんだ』
      なんて言ったら、私がやすなの家に泊まりたがっているようではないか。そんな事実はないというのに!
      クソっ!やすな!お前から言えよ!『ソーニャちゃん!うちに泊まりにおいでよ』って!そしたら私も
      『あー!しつこいな。分かった。付き合ってやるよ。で?何日分の着替えを用意しておけばいいんだ?』
      って言えるのに!やすな!やすな!クソっ!なんださっきの寂しげな顔は!そんな表情はお前に似合わない!
      ん?・・・もしかして、私がさっき殴ったから、それが原因か?随分と痛そうにしてたし。
      そうかもしれない。うむ・・・。とりあえず、こう言っておこう)

何とか口を開いて言葉を紡ごうとするが、この手の発言は慣れてないので、たどたどしくなる。

ソーニャ「その・・・大丈夫か?私がさっき殴ったところだが・・・」

ピタッ。
やすなの歩みが止まる。
ぎぎぎ、とソーニャのほうへ振り返る。

やすな「それって心配してくれてるってこと・・・だよね」
ソーニャ「あ、ああ、そうだ。大丈夫か?怪我は・・・ないか。お前こそ病院に行かなくて大丈夫か?」
やすな「・・・!」

やすなの表情がどことなく沈んだものから劇的に変化していく。
ぱぁっと満面の笑みが広がり、口元はニヤニヤしてる。

ソーニャ(嬉しくってしょうがないって感じだ・・・だが何が?)

いきなりやすながすすっとソーニャに近寄ると、「んもう!ソーニャちゃんったら!」とつっつきはじめる。

やすな「なになになーに?今日はやーけに優しいじゃん?この、このこの、このこのこの!」

と、ついには肘までガスガスとソーニャにあてながら、やすなは満面の笑み。ちょっぴり赤い。
ソーニャは我知らず安心の溜息をもらす。

ソーニャ「(いつものやすなだ・・・)」

自分の言葉の何がどう作用してこうなったのかはさっぱり分からないが、このうざったいほど
お調子ものなノリをやすなが取り戻してくれて良かったと思う。これからは殴るのを控えよう・・・。

そこでチャイムの音が聞こえてくる。
。二人は顔を見合わせる。

やすな「やばっ!遅刻しちゃうよ!」
ソーニャ「いくぞっ!」

ソーニャは駆け出す。
やすなはそれを追おうとして、雪に足がとられて、転びそうになる。
ソーニャが素早く腕を伸ばして身体を支える。

やすな「あ、ありがとう。ソーニャちゃ」
ソーニャ「走るぞ」
やすな「え。わっ!」」

こっちのほうが速いからな、と小さく付け加える。
ソーニャはやすなの腕を掴んだまま走る。
コートと制服とワイシャツの上からでもやすなの腕の柔らかさが分かる。
引っ張られる形になるやすなは抗議の声をあげようとするが、何も言わずに黙々と足を動かす。
足が雪を踏むシャリシャリという音。二人が息を漏らすハァハァという音。

ソーニャは思う。
(やすなの家の遊びに行く話は何だか有耶無耶になってしまったな・・・)
(まぁいい)
(やすなの口からもう一度『今日は自分の家に帰らないで私の家に来てよ』って言葉が出たら、仕方なく頷いてやるとするか)

学校に着くまで二人は無言のまま、ただ走る。
空は灰色を濃くしている。

じゅっぎょー

 ストーブの焚かれた教室内は温かく、教師が教科書を読み上げる声が響いている。
ソーニャは考えている。

ソーニャ「(やっぱり、今日のやすなは変だ。おかしい。いつもなら休み時間ごとに
      でかい声を張り上げながら、妙な遊びに誘ってくるのに。今日はそれが一度も無い。
      ただ静かに話しかけてくるだけだ。しかもいつもならこっちがやや身を引かなければ
      顔と顔がくっついてしまうくらい、勢いよく身体を寄せてくるのに、妙に距離を保って、
      視線は下を向いたり横にやってりで落ち着きがなく、手をお腹のあたりでモジモジさせて、
      言葉も元気なさげで、キレが悪い。しばらく私の机の前に立ったままそんな調子だから
      『何だよ』と聞けば『ひゃい!』とか妙な声をあげて、『あ、わたしトイレ行ってくるの忘れてた』
      とどっか行ってそのまま休み時間の終了まで戻ってこなかった。変だ。私と視線が合うとさっと逸らすし、
      顔もなんだか赤いし・・・。うん?顔が赤い?まさか・・・そうか、風邪か!)」

 つい手を打ち合わせて小さくガッツポーズをとる。
すると教師の音読の声が止まり、クラスメイト達が一斉にこっちを見る。
ソーニャの顔が一瞬で真っ赤になる。
「あ、いや、なんでも、ない」とぼそぼそ小さな声で喋った後、俯く。耳まで熱い・・・。
チラリと横を見ると、やすながこっちをビックリしたと言わんばかりに大きく見開いた目で凝視している。
それからプッと笑う。顔は頬がほんのりと赤い。
ソーニャは(やすなめ・・・!)と拳を握り締め、(あとでこの拳を顔面に叩き込んでやる)と思うが、
やすなが笑顔を見せてくれた事にほっとする。

授業が再開される。
ソーニャは授業そっちのけで再び考える。

ソーニャ「(風邪を引いているのか、やすなは。それならあの妙な態度にも説明がつく。本調子ではないのだ。
      まったく、やすなめ、人騒がせなやつめ。・・・大丈夫だろうか?風邪を引いてるんだから、
      身体がだるかったり熱があったりしないのだろうか?いやもしかしたら風邪ではない、
      別の病気かもしれないな。ふむ、確認してみるか)

ソーニャは隣の席に座るやすなのほうへ視線を向ける。
じーっと観察する。
やすなが視線に気づいたのだろう、ソーニャの方をチラチラと見るが、なおも黒板のほうを向いている。
横顔が徐々に赤く染まっていく。
心なしか俯き加減になって、震えている。
やすながまたチラッとソーニャを見る。
二人の視線が空中で衝突する。
やすなの顔がボッと真っ赤になる。
ソーニャは確信する。

ソーニャ「(やすなは・・・病気だ!)」

そこでソーニャの脳裏に閃きが訪れる。
 (やすなが病気?風邪を引いている?なら、どういうことだ?)
やすなの林檎のように赤く染まった顔。耳まで赤い。
 (風邪を引いたらどうする?学校に行く?まさか、家に居るだろ。家に帰るだろ。家で休養だ)
よく見たら首の付け根まで真っ赤。髪に半ば隠されてみえないが、うなじまで赤いのかもしれない。
 (家でゆっくり休む。家族がいれば家族が看病するだろう。しかし・・・)
頭から始めて、やすなの柔らかくて細い腕を覆う長袖のワイシャツを手先まで辿っていく。
 (やすなの家には今、誰も居ない。帰ってもやすなは一人だ。病気なのに看病してくれる相手がいない)
やすなの手。細くて小さな指。その指がペンを握っているが、プルプル震えている。
 (じゃあどうする?なら、ならば、私がやすなの家に行って、やすなの看病をすればいいんじゃあないか!)
ノートに文字を書こうとするが、手の震えのせいで上手く書けない。見れば、もう全身が震えている。
 やすながついにこっちに顔を向ける。潤んだ目、笑いをこらえているような、叫びたいのをこらえてるような口元。
 小声で言う。

 やすな「ね、ねぇ・・・そ、ソーニャちゃん。なな、なんで、さっきからわたしを見つめてるの?ね、ねぇ?」
 

 バンッ!
両手を机に叩きつけてソーニャは勢いよく立ち上がると「これだぁ!」と叫んだ。

ソーニャ「(よっし!この方法ならこちらから自然にやすなの家に行く事ができるぞ!とも・・・いや、クラスメイトが
病気なら、その看病をするのは当然だからな!じりじりしながらやすなが『ソーニャちゃん、今日はうちで寝ない?』
と誘ってくれるのを待つ必要はないからな!よっし、よっし!よぉし!)」

誰かがソーニャの名前を読んだ。
そこでハッと我に返る。
教師の怒りを孕んだ目、クラスメイト達の懐疑に満ちた目、やすなの驚愕の目・・・。

ソーニャは授業の終わりまで説教される。
やすなはその様子を見ながら心配そうな顔をしたり笑ったりしている。

 ひっるやすみ~

ソーニャが説教された疲労で机の上に突っ伏していると誰かがすぐそばに立つ気配。
頭を机の上に乗せたまま視線を向けるとやすなが居る。
手には弁当包みを持っている。

やすな「あ、あのさ・・・ソーニャちゃん・・・・・・・・・」

またさっきまでのようなモジモジが始まった。
風邪を引いて寒いんだろうな、とソーニャは思う。
何か言いたげな顔なので促してやる事にする。

ソーニャ「何だ。私に何か用か?」
やすな「うん・・・」
ソーニャ「言いたい事があるならはっきり言え。私はこれから昼飯だ」
やすな「だ、だからその・・・・・・・・・・私と一緒にお弁当食べまひぇんか!」
ソーニャ「あ、ああ、いいぞ」
ソーニャ「(なぜ敬語なんだ?しかも噛んでるし)」
やすな「え?いいの!やった、じゃあここに座るね!」

と自分の席から椅子をもってきてソーニャの机の上に自分の弁当を広げる。

ソーニャ「親がいないんじゃなかったのか」
やすな「あ、うん、朝これだけは作ってくれたんだよ」

やすなは楽しそうに弁当の準備をする。
包みを開けて、箸をだして、蓋を開けて・・・。
その様子を見ながらソーニャは言う。

ソーニャ「食べさせてやろうか?」

やすなは凍りつく。

ギギギ、とソーニャのほうへ時間かけて首を回す。
ソーニャは(私は何を言ってるんだああああああああ!!)と心の中が羞恥でいっぱいだったが、
もう後には引けない、と腹をくくる。

やすな「え・・・どゆこと・・・?」
ソーニャ「・・・えっと、その、お前、風邪を引いてるんだろ。なら、弁当を食べるのも一苦労なんじゃないか、
     と、そう思ってな。・・・というか飯を食べられるのか?保険室いくか?大丈夫なのか?」
やすな「え? 風邪? 私、別に風邪なんて・・・」

と、やすなはそこで黙り込む。
目がきょろきょろと忙しなく回る。
右手をアゴに添えて何やら考え込んでいる顔。
一瞬、目がキラーンと光る。
それから、

やすな「・・・うぇぇゲホォ!ゲホ!」

と背中を丸めて咳き込み始める。

ソーニャ「お、おい。大丈夫か?」(狼狽)
やすな「う~ん。痛いよ~痛いよ~!」(頭を抱えながら)
ソーニャ「保健室いくか?」(無自覚に手を伸ばして背中をさする)
やすな「そ、そこまでじゃないけど・・・」(と、言いつつ顔が徐々に赤くなる)
ソーニャ「無理してないだろうな。なんだったら早退も視野にいれて・・・」(やすなのおでこに手をあてる)
やすな「ソ、ソーニャちゃん・・・」(ぼんっ、と一気に顔が真っ赤)
ソーニャ「おい!本当に大丈夫なのか?やばくないか、これは」(顔色を確かめようと顔を間近まで寄せる)
やすな「・・・や、やっぱりダメかも・・・えいっ」(身体がソーニャのほうへ倒れこんでくる)
ソーニャ「うわ」(いきなり倒れこんできたので驚きながらもやすなの背中に両手を回す)
やすな「うえへへ・・・」(笑う)
ソーニャ「なぜ笑う。とにかく保健室にいくぞ」(やすなを抱えて立ち上がろうとする)
やすな「あ、待って待って!」(慌てた感じでソーニャから離れる)

続きが思いつかなかったのでこれで終わります

ソーニャ「何だ?」
やすな「お、お弁当・・・」

と、やすなは自分とソーニャの弁当を手早く回収する。

やすな「い、いいよ。さぁ出発!」
ソーニャ「ああ」
やすな「え」

やすなの身体を丁寧に抱えあげると、早歩きで教室内を横切りドアのほうへ向かう。
クラスメイトがざわめき、二人に視線を送る。
やすなの顔が赤くなる。
ソーニャに小声で言う。

やすな「ソーニャちゃん!やっぱり大丈夫!平気だから下ろして!」
ソーニャ「馬鹿いうな。顔が真っ赤だぞ。大丈夫じゃないだろ。」

などと言い合ってるうちに教室を出て、人通りの多い廊下に出る。
それまで自分たちの会話に夢中になっていた生徒たちが驚いた顔をこっちに向けてくる。
ソーニャはまるで怯まずにずんずんと廊下を進む。
やすなはソーニャの胸元あたりに赤い顔を埋めている。

二人が通った後には、わさわさと噂話の花が咲く。

 保健室の先生に学年、クラス、氏名、事情を説明し、ベッドの使用許可を得る。
室内の奥まった方にあるベッドに、室内シューズと上着を脱がせたやすなをそっと寝かせる。
白いカーテンをしゃっと閉め、薄い布団を胸元まで掛ける。
上着は弁当と一緒にベッドの側のキャスター付き台の上に置く。

その間、やすなは無言。
ぷいっとソーニャと反対のほうへ顔を向けている。

ソーニャはどこかからパイプ椅子をもってくるとベッドの側に腰掛ける。

それから心配そうにやすなに声をかける。

ソーニャ「大丈夫か?」
やすな「大丈夫じゃないです」
ソーニャ「なに」
やすな「ソーニャちゃんに酷い事をされました・・・」
ソーニャ「な、なんだと」
やすな「嫌だって言ってるのに無理やり・・・」

ソーニャはそこで自分の行動を振り返る。
間違ったことはしていない筈だが・・・?

しばし二人は沈黙。

ソーニャ「そういえば、食欲はあるか?」
やすな「え?」

 キャスターの上の弁当に手を伸ばす。
親のお手製だというやすなの弁当をとり、再び言う。

ソーニャ「食欲あるか?食べられそうか?」
やすな「え、えっと・・・」

やすなはゴロリと半回転すると、横たわったままソーニャに視線を向ける。
髪が少し乱れている。
上目遣いのような感じで自分を見上げている。
ソーニャの動悸が少し速くなる。

ソーニャ「ど、どうなんだ?」
やすな「う、うん。お腹はすいたかな・・・」
ソーニャ「そ、そうか・・・開けるぞ」

ソーニャはやすなの弁当の蓋を開けた。
卵焼きやウィンナーといった定番のおかずが目に楽しい。
プラスチックの箸入れから箸をとりだす。

やすな「ありがと・・・」

と言いながら身を起こし、弁当を受け取ろうと手を伸ばす。
ソーニャが言う。

ソーニャ「それで・・・どれから食べたいんだ?」

ソーニャのもつ箸が弁当の上をうろうろする。
視線はもっとうろうろしている。

やすな「ど、どれからって?」
ソーニャ「さっき言っただろ。忘れたのか?」

そこでソーニャの心に羞恥がむらむらと湧いてくる。
自分のしている事、言っている事に耐えられなくなってくる。

ソーニャ「やっぱり自分で食え!」
と、やすなに弁当をぐいっと差し出す。
やすなは思い出す。

やすな「あ・・・。忘れてないよソーニャちゃん!食べさせてくれるんだよね?ね!」

と言われてソーニャはますます恥ずかしい気持ちになる。
ソーニャ「(さっきの私はなんて事を言ってしまったんだ!)」

ソーニャ「い、いや食べさせてやる、なんて言ってない」
やすな「言ったよ!絶対言った!お前は風邪引いてるからとか何とか・・・」

そこでやすなは言葉を切り、ちょっと考えた後に、いきなり「うぅ・・・」と唸る。

ソーニャ「どうした!」
やすな「うぅ・・・お箸をもつのも辛いかも・・・」

と、ベッドに深く身体を横たえる。

ソーニャ「大丈夫か・・・?」
やすな「ううん・・・全然ちっともまるで大丈夫じゃない・・・。だからソーニャちゃん、お弁当食べさせてよ」
ソーニャ「なに」
やすな「だめ?」

とやすなは言う。
ソーニャは何故か胸の鼓動が速くなる。
ソーニャは考える。

ソーニャ「(調子が悪いんじゃないのか?そんな時に食事なんかしたらますます気分が悪くなるんじゃないのか?
      いやでも腹は減っているようだし、何か腹に入れたほうがいいのかもしれない。食欲はあるみたいだしな。
      でも箸ももてないほどに気分が・・・。いや、だったら私が食べさせてやればいいんじゃないか。
      そうだ、それでいいんじゃないか。いいんだ。やすなは食事をしたい、でも箸はもてない、と言っているんだ。
      じゃあ私が食べさせてやる。これで一件落着だな。さっき私も食べさせてやろうかと自分で言ったしな。
      ふぅ。まったく、やすなにも困ったものだな。面倒なやつめ)」

ソーニャ「わ、わかった。しょうがないから食べさせてやろう。ほら、口を開けろ」
やすな「うん!」

やすなは口を開ける。

やすな「いひゃひゃひひゃふ」
多分、いただきます、と言ったのだろう。

開かれた唇。
濃い赤色の舌。
影に覆われて黒っぽく見える歯。
その奥にみえる食道へと続く穴。

ソーニャは卵焼きを箸で摘んでやすなの口へと持っていく。
微かにプルプルと震えている。
口の中に入れようとしたが、狙いが少しずれてしまい、箸の先がやすなの歯に接触する。
カチ、と小さな音が聞こえたような気がする。
冷えた卵焼きがやすなの唇にあたる。
やすなが口を閉じる。
唇が卵焼きを挟む。
ソーニャが箸を引く、卵焼きはやすなの口内へと消えていく。

もぐもぐ、とやすなが咀嚼する。
ごっくん、とやすなが嚥下する。

ソーニャはその様子をただボーっと眺めている。
やすなが言う。

やすな「次はウィンナーが食べたいな」
ソーニャ「あ。ああ、分かった・・・」

ソーニャの箸がウィンナーを摘んでやすなの口へと運ぶ。
箸を引くときに、箸がウィンナーと一緒に唇に挟まれる。
少し力を込めて引き抜く時の、ぬるりとした感触とやすなの唇の柔らかさ。

やすな「ごちそうさまでした」

弁当の中身が綺麗に無くなる。
ソーニャは弁当箱を片付けると、パイプ椅子に深く体重を預ける。

ソーニャ「(なんだか・・・疲れた。何故だ・・・)」

ソーニャがぼんやりと考え込んでいるとやすなが言う。

やすな「ソーニャちゃんって上手だね」
ソーニャ「何がだ」
やすな「その・・・食べさせてくれるの」
ソーニャ「そ、そうか?」
やすな「うん・・・ありがとね」
ソーニャ「・・・。別に。気にするな」

なんとなくソーニャはやすなから視線を逸らして天井のほうを向いた。
保健室の天井についた染みを眺める。
だからやすなの視線がキャスターに向けられているのに気づかない。

やすな「だからね、今度は私が食べさせてあげるね」
ソーニャ「は?」

やすながベッドから身を乗り出してキャスターの上に手を伸ばす。
ソーニャの弁当が入った袋をがしっと掴む。
中から惣菜パンを取り出す。
袋を開ける。
言う。

やすな「はい、あーん」

袋の口からパンの先っちょが飛び出し、それがソーニャの口元に接近してくる。
ソーニャは固まっている。
呆けたように口は半ば開けられている。

ソーニャ「(この馬鹿は今なんて言った。『私が食べさせてあげる』だと?それは
      どういう意味だ?やすながパンを手に持って私に食べさせるとか、そういう意味なんだろうか。
      いや、まさか、でもな。でもそう言ったんだし、事実、やすなは私が今朝コンビニで買ったパンを)」

と、そこまで考えたところでソーニャの口にパンが押し込まれる。
あんまりにもいきなりだったので思わず咽そうになる。
が、ぐっと堪えて、口の中いっぱいのパンをもぐもぐと噛み砕く。
何とかごっくんと飲み込む。

やすな「どう?おいしい?」

苦しくて味は分からないし、返事もできない。
だから取り合えず、相手が風邪の身だという事も忘れてパンチを放つ。

やすな「なんで!?」

パンを持ったまま、やすなはベッドに撃沈する。

ソーニャはぜいぜいと軽く呼吸が困難になりながら、ようやく言う。

ソーニャ「殺すつもりか?」
やすな「ごめん・・・」
ソーニャ「まったく」

やすなからパンを取り上げて、自分で食べる。
その様子をチラチラと眺めるやすな。

ソーニャ「風邪ひいてるんだろ。大人しく寝てろ」
やすな「あ、うん。そうだね・・・」

やすなはベッドに横たわり、掛け布団を頭が半分隠れるくらいまで引き上げる。
が、それでも何か言いたげにチラチラと視線をソーニャに送る。

ソーニャ「何だよ」
やすな「え、ううん。何でもない・・・」

ソーニャは食事を終える。
ゴミを片付ける。
パイプ椅子に腰掛けたまま、何もするでもなく黙り込む。
ふとやすなを見ると、やっぱりこっちを向いたまま、けれど何か考え事している顔。
カチコチと、時計の針の音が聞こえる。

やすな「あのね、ソーニャちゃん。後で、」

昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

ソーニャ「何だ?」
やすな「う、ううん。何でもない」
ソーニャ「言いたいことがあるならはっきり言え」
やすな「えっと・・・・・・」

そこで白いカーテンが少し開けられて保健室の先生が顔を出す。
体調は大丈夫か、とやすなに聞き、
ソーニャには教室に戻ったほうがいい、と言う。

やすなはこのまま保健室で様子を見ることになり、ソーニャは立ち上がる。
ソーニャ「じゃあ大人しくしてろよ」
やすな「うん・・・」

カーテンを開けて出て行こうとする。
振り返り、やすなの様子を伺う。
なおも何か言いたげな表情を浮かべている。
が、ソーニャの視線に気づくと布団の中に顔を隠す。

ソーニャは妙に後ろ髪を引かれる思いを抱えたまま、保健室を出る。
教室へと戻る道すがら、やすなの言いたかった事は何だったのだろうか、と考える。

ほうかごっ

 五時間目と六時間目の間の短い休み時間にこっそりと保健室に行く。
やすなはベッドですぅすぅと寝息を立てている。
予鈴が鳴るまで保健室に居て、やすなが目覚めそうになかったので教室に戻る。
 窓から外を見ると、空がどんよりと曇っている。

 授業がすべて終わる。
自分とやすなのカバンをもって足早に保健室を目指す。

ソーニャ「(まだ寝てるだろうか)」

ぼんやりと考えながら保健室に入り、やすなのベッドへ向かう。
白いカーテンをしゃっと開ける。

寝乱れたやすながベッドに横たわっている。

掛け布団は足元のほうに無造作に丸まっている。
ワイシャツはめくれて腹部が見えている。
顔を見れば、くぅくぅと穏やかな寝息が聞こえ、涎がシーツを濡らしている。

白いカーテンをしゃっと閉めた。

保健室の床にカバンを放り出し、怪訝な表情の保健室の先生を無視し、
廊下に出て、すたすたと水飲み場へと行き、手を洗い、顔を洗い、
もう一度おもいっきり顔に冬の冷たい水をかけて、「よし」と声を出し、
それから保健室に戻り、再び保健室の先生を無視すると、カーテンをしゃっと開ける。

やすながベッドの縁に腰掛けており、「ソーニャちゃんおはよう」と言う。

ソーニャ「ああ。随分と気持ちよさそうに寝てたな」
やすな「うん。ぐっすり寝ちゃったよ」
ソーニャ「そうか。それは良かったな。ところで一発殴っていいか?」
やすな「何で!?」

ソーニャは小さく深く呼吸する。
それからパイプ椅子に座り込む。

やすな「何か怒ってる?」
ソーニャ「別に」
やすな「怒ってる・・・」

カーテンの隙間から保健室の窓が見える。
窓の向こうでは、ひらひらと雪が降り始めている。

ソーニャ「風邪のほうはもう大丈夫なのか?」
やすな「え」
ソーニャ「風邪」
やすな「あ、ううん。大丈夫なのか、ええと、そうじゃないのか、なんというか・・・」
ソーニャ「何だそりゃ」
やすな「えーっと、うん、ちょっと」

やすなはチラリとソーニャの方を見る。
またこれだ、とソーニャは思う。

ソーニャ「(何か言いたいことがあるようなこの表情。なんだろうか、私に言い難い事だろうか。
      チラチラとこっちを見て、気まずそうに顔を逸らす。何だろうか。分からん。
      こちらから問い質した方がいいのだろうか。いや、それじゃますます言い難くなるかもしれない。
      ん?もしかして、」

やすな「ソーニャちゃんさ、今日、何だか、優しいよね・・・」
ソーニャ「え?」

やすな「私が風邪・・・引いてるから?」
ソーニャ「は?何を言ってるんだ?」

ソーニャ「(別に優しくなんて)」

やすなもカーテンの隙間から見える窓の外に気づく。

やすな「あ、雪」
ソーニャ「そうだな」
やすな「寒そうだね」

ソーニャも窓を見る。
さっきよりも降る雪の勢いが増している。
微かにビュービューという風の吹く音と、カタカタと窓の鳴る音も聞こえる。

やすな「吹雪になるかも」
ソーニャ「ああ。そうしたら家に帰るのも大変そうだな」

不意にやすなの停止する。
真顔で何かを考え込む。
窓のほうをじっと眺めた後、小さく「よしっ」と言う。
それから身体を折って、咳き込んだ。

ソーニャ「おいっ、どうした?」(やや狼狽)
やすな「ゲホッゲホッ!・・・何だか寒いなぁ。身体が重いなぁ。ゲホ!」(やや大げさ)
ソーニャ「ちっとも大丈夫じゃないだろ。ほら横になれ」(やすなの身体に手を添える)
やすな「うん。ありがと。うぅ、なんだか気分も悪いかも~」(ふらふら~、と身体を揺らす)
ソーニャ「ゆっくりな」(すっと枕の位置を直す)
やすな「う~ん。これじゃあ家に帰れないかも~。外は吹雪きだし~。私は風邪だし~」(ベッドに倒れ込む)
ソーニャ「学校に言って車を出してもらうか」(やすなの額に手を置く)
やすな「でも家に戻ってもさ」
ソーニャ「ん」
やすな「家には誰もいないんだよね」
ソーニャ「え」
やすな「朝、言ったっけ。今日はうちに誰もいないって」
ソーニャ「・・・ああ」
やすな「私、なんか風邪引いてるみたいだし。家にこのまま、一人で、戻ってもさ・・・」
ソーニャ「・・・」
やすな「・・・だ、誰かさ」
ソーニャ「・・・」
やすな「・・・家で一緒に、そ、側にいてくれたらなー・・・ありがたいなーなんて・・・」
ソーニャ「・・・」
やすな「・・・わ、わたし風邪引いてるっぽいし・・・」
ソーニャ「・・・」
やすな「な、何か言ってよソーニャちゃん・・・」
ソーニャ「・・・さっきから言いたかった事って、それか」
やすな「え」

ソーニャは黙って天井を見上げて染みを見る。
目を瞑り、考えて、目を開ける。
冬の風が窓を鳴らす、あの音が聞こえる。
その音に紛れてソーニャの「よし」という声はやすなに聞こえない。

ソーニャ「やすなはバカだな」
やすな「え」

やすなの目から手をどける。

ソーニャ「まったく、いい年して家で一人は寂しいなんてな。子供だな」
やすな「そ、そんな言い方しなくたっていいじゃん」
ソーニャ「しかもバカのくせに風邪を引くとは。これはおかしい。この雪もやすなのせいだな」
やすな「ひ、酷いよソーニャちゃん・・・それに別に風邪は・・・」

やすなは少し寂しげな顔をした。
それからぷいっとそっぽを向いた。
やすな「いいよ。ごめんね。嫌なら家に来・・・」

ソーニャ「帰るぞ」
やすな「え」
ソーニャ「これ以上、雪が強くなる前に」

ソーニャはキャスターの上に出しっぱなしだった弁当の袋や上着やらを顎で示した。

ソーニャ「早く準備しろよ」
やすな「え、えっと。帰るって・・・、」
ソーニャ「お前の家に決まってるだろ」
やすな「え」

ソーニャは大げさに肩をすくめて、やれやれと首を振った。
目はやすなから逸らしている。

ソーニャ「やすなが風邪でうんうん苦しむところを見たくなったんだ。だから
     これからやすなの家に行く事にした」

やすなはポカーンという表情。
それからキラキラとした顔になった。

やすな「酷いよ。ソーニャちゃん。人が苦しむところを見たいなんて」
ソーニャ「ああ。楽しそうだからな。まったく」

やすなはベッドから勢いよく下りると、バババッと準備を終えた。
ベッドを整えて、保健室の先生の心配そうな態度を強引に振り切り、保健室を出る。
ソーニャが「私が送っていくから大丈夫だ」と言ったとき、やすなは下を向いて指をもじもじさせている。

ソーニャ「教室のほうに忘れ物はないか?」
やすな「ない!多分!だから早く行こうよ~」
ソーニャ「多分ってなんだ多分って」

靴を履き替えて校舎を出ると随分と暗くなっており、雪が舞っている。
ソーニャがカバンから折り畳み傘を取り出す。

ソーニャ「傘は?」
やすな「えーっと。あ、忘れた」
ソーニャ「まさか教室じゃないだろうな」
やすな「ち、違うよ。家だよ。家に忘れたんだよ」
ソーニャ「まったく・・・」

と、言いながらソーニャは傘をすっと差し出す。

ソーニャ「入れよ」
やすな「・・・うん!」

二人は肩を寄せ合い、やすなの家を目指す。

すみませんが、ちょっと中断します
良かったら保守をお願いします

日が没し、いよいよ真っ暗になった道の途中。

ソーニャ「あ」
やすな「どうしたの?」
ソーニャ「着替えが無い」
やすな「あ」

ソーニャはちょっと考える。

ソーニャ「やすなを送ったら一度家に戻」
やすな「ゲホゲオゲホォッ!」
ソーニャ「何だ!どうした!」
やすな「いやぁなんかもう一人になっちゃった瞬間にもう死んじゃうかも!」
ソーニャ「そ、そうか。それはやばいな」
やすな「うん。やばやばだよ・・・それでソーニャちゃん一度おうちに帰るの?」
ソーニャ「いや、やめておこう。うん。でも着替えがないとな」

やすながポツリという。
やすな「・・・私の、使う?」

ズルッとソーニャが転びそうになる。

やすな「あぶなっ。ソーニャちゃん何してんの?」
ソーニャ「うるさい。殴るぞ。蹴るぞ。殺すぞ」
やすな「あ、そういえば途中でドラッグストアがあるよ。下着とかあるかも」
ソーニャ「先に言え!」

二人はドラッグストアに立ち寄ることに決める。
ソーニャは気づかない。
自分がもうやすなの家にお泊りするつもり満々であることに。

どらっぐすとああぁぁぁ

店の入り口のあたりでお互いの身体に付着した雪を払い落とす。
その際に必要以上にやすなを無言でバシバシと強く叩くソーニャ。
やすな「痛いって!痛いって!」

店内は暖かく、服から落とし損ねた雪もたちまち溶ける。
二人できょろきょろと見回し、下着がありそうなところを探す。
が、なかなか見つからない。

やすな「無いね。店員さんに聞いてみようか。それとも私のを使う?」
ソーニャ「黙れ」

ようやく下着売り場のような場所を発見したが、そこは主に男性用の下着ばかり置いてあり、
しかも品数が少なかった。
女性用もあるのにはあったが、商品を手にとって吟味するも、どれもソーニャに合わないような気がする。

やすな「コンビニのほうが良かったかな。それとも私のをぎゃあ!」
ソーニャの無言のパーがやすなの頬を張る。

やすな「ソーニャちゃん酷い」
頬を手ですりすりと擦りながらレジへ向かうソーニャの背中を見つめるやすな。

結局、適当に見繕った下着と、夕飯用のインスタントな食品と飲み物を買い物カゴに入れる。

下着:
やすな「それ男性用だよ?」
ソーニャ「私は殺し屋だからな。いざという時には下着の選り好みなんかしないし、十分に履けるだろう」

ふふん、とちょっと得意げなソーニャ。

やすな「へぇー。ぜんぜん羨ましくない特技だね。ていうか実際に履いたことあるんだ。変なの。はっ!」
素早くソーニャの制裁の気配を察知して飛びのくやすな。
ちっ、と舌打ちしながら、男性用の下着を戻し女性用を改めて手にとる。

食品:
ソーニャ「そういえば食事はどうするんだ」
やすな「あ」

やすなはポンと手を打つと今思い出しましたという顔をする。

やすな「お母さんからお金を貰ってるんだった。それで何か買うか、家にあるのを食えって」
ソーニャ「ふーん。お前料理できるのか?」

やすなはふふん、と胸を張った。

やすな「私に出来ない事なんて!」
ソーニャ「いくらでもあるな。料理は?」
やすな「できません・・・」
ソーニャ「何か買っていくか・・・」

やすな「私がお金だすよ?」
ソーニャ「バカ。自分の分は自分で出す」
やすな「でも、私が誘ったんだし」
ソーニャ「うるさい。殴るぞ」(ベチッ
やすな「うっ・・・蚊を叩くようにほっぺたを叩かれた・・・」

レジに並びながら。
ソーニャ「(・・・何だよ。誘ったって言い方は・・・言い方は・・・)」
ソーニャの背中がむずむずする。

レジで会計を済ませ、店を出る。
ますます暗くて寒い。

やすな「私が傘をもつよ」
ソーニャ「いやいい。私がもつ」
やすな「でもソーニャちゃん。その袋ももってるし」

ソーニャは学校のカバン、ドラッグストアの袋、傘をもっている。

やすな「傘かして」
ソーニャ「いいって」
やすな「じゃあそっちの袋。ソーニャちゃん。重いでしょ」
ソーニャ「問題ない。鍛えてる。殺し屋だからな。いくぞ」

ソーニャはすたすたと歩き出す。
うー、とやすなは唸った後、「じゃあこうする」とソーニャのもつ傘の柄に自分の手を添えた。
傘の柄を持つソーニャの手とやすなの手が触れあう。
さらにもう片方の手をソーニャの身体に回して、支えるようにする。

やすな「こうすれば傘の重さは半減!」
ソーニャ「・・・バカ。すごく持ちにくいし、しかも歩きにくいだろ・・・」
やすな「大丈夫だよ。さ、出発!」
ソーニャ「分かったよ。好きにしろ。風邪引いてるくせに。うつすなよ」
やすな「大丈夫。うつらないよ。だって・・・」

と、やすなが言いかけたところでソーニャが歩き出す。
やすなは言いかけた言葉を飲み込む。

向かうはやすなの家。
冬の夜の中、一つの傘の下に重なった影が二つ、風に吹かれながら雪の道をさくりさくりと進んでいく。
その歩みは尽きる事の無いお喋りと、かすかな笑い声に彩られている。

やすなの家っ

住宅街の中にその家はある。

ソーニャ「(これがやすなの家・・・)」
ソーニャ「(ついに来てしまった・・・)」

やすなの家の前で、やすなが鍵を開けるのを待ちながら、ソーニャは思う。

ソーニャ「(なんか普通の家だな・・・)」
ソーニャ「(これから本当に私はやすなの家に泊まるのか・・・)」
ソーニャ「(奇妙な気分だ。どうすればいいんだ?)」

やすな「ソーニャちゃん。開いたよ。入っていいよ」
ソーニャ「あ、ああ」

服についた雪を払い、傘を畳み、家の中に入ろうとする。
緊張の一瞬。いや何に緊張しているんだ、私は。たかがやすなの家じゃないか。
その時、

ワンッ!

と犬の鳴き声が響いた。
ソーニャは飛び上がるほど驚いた。
というか尻からすっ転んだ。
な、何だ?何事だ!

やすな「こら!」
と、やすなが庭のほうに駆けて行く。
ソーニャはそこでやすなの飼っている変な犬のことを思い出す。
変な飼い主と変な犬にまつわる変な記憶も蘇る。

ソーニャ「(驚いて損した・・・くそっ!)」
ソーニャ「(さすがやすなの家だ。いきなり変な目にあうとは)」

立ち上がろうとしたところで、すっと目の前にやすなの手。
いつの間にか犬の元から戻ったやすながソーニャが立つのに手を貸す。

やすな「ごめんね、ソーニャちゃん」
ソーニャ「いや別に・・・」

と、犬の鳴き声が更に聞こえてきた。
ソーニャはびくびくとする。

ソーニャ「早く中に入ろう」
やすな「そうだね」

扉を開ける。
中と外を隔てる敷居を超える。
扉がゆっくりと閉まっていく。
犬の鳴き声が遠ざかる。
ふぅ、と安堵の息をつく。

やすな「それにしてもソーニャちゃん」
ソーニャ「何だよ」
やすな「転んだとき、なんかすっごい可愛かっだぁっ!」
アッパーである。

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