その手は、誰の手を握るのか (86)


「最近、同じ夢ばかり見る。怖い夢でないだけマシか」


未だ夜は明けておらず、室内は暗い。次第に目が慣れ、天井の照明の輪郭がはっきりしてくる。


時折、車が通る音がするが、それ以外に音は無い。

明日。いや、今日は学校だ。遅刻するわけにはいかない。

俺には、世話好きで口煩い幼なじみがいる。彼女に起こされては、また両親に何やかんやと言われてしまう。



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女性の幼なじみ。


友人は、それを羨ましいと言うが、物心付いた頃から現在。

高校生になるまで共に過ごした俺にとっては当たり前の存在で、兄妹に近い。

向こうは姉のような振る舞いだが。


とは言え、大事な存在であるのは彼自身否定しない。その関係が、友人には羨ましく見えるのだろう。


どうやら容姿も好みらしく、ショートカットでボーイッシュで、爽やかで溌剌としてて、とか何とか。



「1時27分」


携帯電話の明かりに目を細めながら時間を確認すると、夜明けまではまだまだ時間があるようだった。

携帯電話を枕元に置き、暫く目を瞑るが、眠れない。


先程の夢が、そうさせない。


始まりから終わりまで、一切変わらない夢。ここ二・三日、その夢ばかりを見ていた。

眼前に凄まじい数の群集。彼等は皆、ぼろ切れを羽織っている貧困層の人々。

傷付き、涙を流し、嘆いている。


救いを求め、膝を突き、懇願する。彼は、その者達の手を握る。

一人ずつ。百か二百、それ以上の数かもしれない。

彼。いや夢の中の彼に手を握られた者は、傷や病が忽ちに癒え。

死んだ幼子は息を吹き返し、腕や脚など身体の一部を失った者は、それを取り戻した。


皆は泣き喜び、平伏し、感謝する。遠目から、その奇跡を目の当たりにした者達も、彼を崇めた。

夢の中の彼も、現実の彼も、あまり気分が良くないようだった。


「何か、気持ち悪い。喜んでくれるのは嬉しいけど、あんな風に拝まれたりするのは、ちょっとな
 人間が人間を崇拝するなんて、余程切羽詰まった状況だったのかも」


たかが夢如きに真剣に考える自分を馬鹿らしく思ったのか、布団を深く被り、何度か寝返りを打つ。

明日の授業、担当の教師について考えている内、彼は眠りについた。


「ほら、早く起きなって」


蹴られた痛みで目を覚まし、恨めしそうに見上げると、馴染みの顔。人を蹴り起こしたというのに、悪びれた様子も無い。


「来やがったな、この野郎」

「この野郎?」

「いや待て、悪かった。謝る。だから振り上げた鞄を下ろせ」

「馬鹿、本当にするわけないでしょ。冗談だってば」


顔は本気だったぞ。

謝らなければ鞄で叩いたに違いない。全く、とんでもない女だ。などと考えながら身を起こす。


時計を見ると、まだ時間には余裕があり、無理に起こす必要も無い。しかし、彼女はいつもこうして俺を起こす。

俺を叩き起こす事で、優越感にでも浸りたいのだろうか。

文句は言わない、事にしている。後が面倒だから。

蹴られるのは確かに不満に感じるが、甘ったるい声で起こされるよりは、ずっと良い。


友人の思い描く俺達の関係は、それはそれは甘ったるい物なんだろうな。


「朔美、今日もありがとう」

「変態。蹴られるの嬉しいんだ」

「阿呆、起こしてくれて有り難うって言ってんだ」

「そっか、もう少しで嫌いになる所だった」


はじける笑顔とは、こういう笑顔なんだろうか。昔から見てるが、こんなに笑顔の似合う奴はそういないだろう。

友人の言うように、容姿だって良い部類だ。俺は、恵まれているんだろうな。

因みに、俺も顔は良い方だと思ってる。そう思いたい。

だってこの前、知らない先輩に告白された。彼女は俺の性格を知らない。

ならば、外見で好きになったに違いない、はずだ。


「何ぼーっとしてんの。ほら、さっさと着替えなよ。私は下で待ってるからさ」

「ああ」


軽く頭を小突かれ、漸くベッドから降りる。朔美が出た後、さて着替えるかと寝巻きを脱ごうとした時「明哉、父さんと母さんが待ってるから早くしなよ」とドア越しに言われ「分かった。分かってるよ」と返す。


いつもの朝。思わず笑顔になりながら、着替えを済ませる。

その後も、いつも通り。四人で食卓に着き、朝食を食べる。

朔美の母は料理が苦手で、父が作っている。こんな早くに家に来る日は、朝食目当てに違いない。

大方、父にばかり作らせるのは悪い。そう言い出した母が朝食を作ったのだろう。


これも、いつもの事だ。

書くの遅いから少しずつ進みます。今日はこのへんで。


「相変わらず、好き勝手にものを言ってくれるな。人に好かれようとか、嫌われるかもしれないとか、少しは思わないのか」


言葉とは裏腹に、明哉は笑顔でそう言った。曜がそういった人間では無い事を知っているから出た言葉なのだろう。

実際、曜にはそんな考えは一切無い。先輩だろうが何だろうが、物怖じする事無く、言いたい事を言う。

それが元で何かが起きても構わない。曜は自分を持っているし、自分を隠さない。

外見通りの、真っ直ぐで男らしい性格。初めて会話したその時から、明哉はそれが羨ましく感じた。

演じる事、作る事に慣れていた明哉にとって、門崎曜という人間との出逢いは、とても衝撃的なものだっただろう。


「そんな事を考えながら生きるのは窮屈だ。お前みたいに、器用でもないしな」と、意地悪そうな笑みを浮かべ、曜は答える。

好きでもない人間を好きだと言い、作り笑顔をし、周りに合わせて意見を変える。

明哉は、そんな曜を想像しようと試みたが、見事に失敗した。それ程に、曜の性格は確立している。


「大体、口だけの奴が多すぎる。ぺらぺらと口先だけで語って、結局何もしやしない。散々俺を脅かした奴等も、結局何もしてこなかった。随分、女々しい奴が増えた。殴りたければ、殴ればいい」


苛つきながら、机に置いた拳を握る。曜にとって、男性はシンプルであるべきなのだ。


だが現在、男性同士の交友関係においても、お前達は女子かと言う程に、女々しく陰険な事が起きる。

例えば本人の居ない場所で文句を言ったり、皆で組んで避けたり。それが、心底嫌なようだ。


「今なんて大体そんな人ばかりだろ。お前みたいな人間の方が珍しいんだ」

「そんな人間と連むお前も、かなり珍しい人間だと思うけどな」


外見が正反対。性格も正反対、に見えるが根は似ている。


「その笑顔で、得したか」と言われた時、明哉は何かを感じた。嫌味以外の何ものでもない発言。

その時明哉は、何故か、こいつにならと、直感的に思った。曜の外見もそう思わせる要因の一つだったのだろうか。

次の瞬間には「まあ、損はしないな。お前に笑いかけたのは失敗だったみたいだ。お前は、随分と損してそうだな」と、毒を吐いていた。

友人になるきっかけ、会話するきっかけとは、ほんの些細な事なのだろうが、かなり稀有なケースだろう。

暫く話し込み、トイレに行こうかとしたその時「全員居るな。始めるぞ」と、教師が現れ、二人共にトイレに行く時を逃してしまった。


ちなみに、先の脅かした奴等。というのは先輩で、不良と呼ばれる類の連中。

階段の踊り場に屯し、道を狭めて彼等に、周りは何も言えずにいた。

男子女子問わず、通りにくい事この上ない。

そこへ曜が現れ「先輩、そこにいられると邪魔だから、どいてくれ」と、堂々と言ってのけたのだ。

先輩。とは言ってるものの、口調と態度からは、敬いなどは一切感じられず。本当に邪魔な物を見る目であった。

その先は、想像に難くない。屯していた連中が、一斉に曜に脅し文句を浴びせかけたのだ。


怯える様子は無く、最後までそれを聞いた曜は「女みたいな奴等だな。ぶん殴る、なんて言わずにさっさと殴ればいいだろうが」

そして「何もしないなら、さっさと退け。邪魔なんだよ、お前等」と、最早先輩などとは言わず。あからさまに見下した口調で、言い放った。


完全に言い負かされた彼等は、何も出来ぬまま立ち尽くした。

だが、その内の一人が「なに格好付けてんだ、お前。キモいんだよ」と、やはり手は出さずに今度は馬鹿にし始めた。

その直後。曜は、発言者の胸倉を掴み「どう考えても、お前の方が気持ち悪い。顔は比べるまでもなく俺の方が良い。それに、口が臭いぞ、お前」と、完膚無きまでに叩きのめしたのだった。


その後、誰かが呼んだのだろう。教師が現れ、事態は収束した。

曜は、どうせ自分が悪者になるだろうと思っていた。が、意外にも軽く叱られただけで済み。逆に、屯していた連中が職員室へと連行された。

どうやら、教師を呼びに走った女生徒が事を正しく伝えたらしかった。

この件で、曜は一部の男子、多数の女子に一目を置かれる存在となる。

元から女子人気が高かった明哉とは違い、外見は良いが、外見で怖れられていた曜。

しかしこの件でそれが和らぎ、同時に、自身がどういう人間かを知らしめる事にもなった。


今では、明哉と曜が共に行動している。それだけで、何処から途もなく女生徒の声がする始末である。

学校に一人や二人は居るアイドルのような存在。明哉と曜は、期せずして、そんな存在になってしまったわけだ。

そんな時、曜は憮然としたままだが、明哉の場合、稀に笑顔を作ってしまう事がある。

その度に「疲れないか、それ」と、曜が言い「慣れってのは、中々抜けないらしい」と、明哉が返す。


明哉の中学時代を知っている曜は「お前の居た場所は、本当に最悪だったんだな」と言い、少しばかり同情したような表情を見せるのだった。

このへんです。

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「ただいま」疲れ切った表情で席に着く朔美。

何故かと言えば、昼休みになり、明哉の母が作ってくれた弁当を美味しく頂こうとした時、上級生が数人やって来たのだ。

呼び出しでは無い。目的はすぐに分かった。それは、明哉の連絡先を教えてくれというもの。

もう何度目になるだろうか、数えるのも嫌になる程聞かれた。そして、その数だけ断った。

断ると「何で」と聞かれ、朔美は冷静な口調で「先輩。友達に、何の許可も無く勝手に、知らない相手に連絡先教えれらたら、嫌ですよね」と、返す。


すると大概は答えに窮し、引き返していく。中には思い当たる節があるのか、気まずい顔をする者も。

食い下がる者も居たが「直接聞いた方が、明哉も喜びますよ」と言えば、終わりだった。

いっそ出入り口に貼り紙でもしてやろうかと考えた朔美だったが、面倒が増えるだけだろうと、止めた。

ぼうっとしたまま弁当を開かない朔美に「お帰り。何だか、最近なって更に増えたね」と、声が掛かった。

朔美の対面に座る女生徒。肩に掛かる艶のある黒髪。おっとりとした、朔美とは逆の可愛らしい造りの顔。

女性的で、柔らかく、抱き締めたくなるような体。明哉と曜のように、外見がまるで正反対な二人。


深く溜め息を吐き「まあ、あんなもんでしょ。その内飽きるって」と朔美。

「本人に聞けば済むのにね。それとも、ああやって騒いでるのが楽しいのかな。馬鹿みたい」と、ばっさり切り捨てる友人。

それを受けて「千尋ってさ、本当に見た目と違うよね。まあ、そういうとこが好きなんだけどね」と朔美。

「それは、明哉君と似てるからかね。ええ、朔美ちゃん」まるで年配の男性が若い女性にするような、いやらしい手付きで肩を触る千尋。

大人しく、従順そうで、読書好きな乙女。そんなイメージを持たれがちな千尋だが、中身は全く違う。

明哉みたい。とは言わなかったが、どうやらばれているようだ。


外見とは裏腹に、はっきりと物を言う千尋。外見通りに、はっきり物を言う朔美。

そんな千尋と朔美が仲を深めるのには、そう時間は掛からなかった。


「少しは可愛い子ぶりなよ。うちのクラスの男子の大半は、あんたに理想を壊されたようなものだしさ」

辺りの男子を憐れみの目で見ながら、いやらしい手付きで、執拗に腕や肩を触る千尋に告げる。


「別に良いけど、溜まった苛々は、全て朔美に向けられるよね」


「え、何でさ」

「だって朔美がやれって言ったんだから。当然、受け止めてくれるよね」可愛らしく首を傾げながら、千尋が言う。

「いや、やっぱりしなくていい」それもそうだと思い、撤回。本気でやりかねないのが、千尋の怖い所でもある。

朔美が噂で聞いた話しだが、中学時代は、かなり怖れられた人物らしい。


男子だろうが女子だろうが、気に入らない者は徹底的に潰す。

友達と言うより、手下や部下が大勢居て、気に入った男子を侍らせていた。

という、噂話し。

あまりに馬鹿馬鹿しく、朔美は全く信じてはいない。特に後半部分。

だが、こうして一緒に弁当を食べる等。共に行動してみて、意志が強い女性である事は確かだと、朔美は思った。


「ところで、朔美ちゃんは明哉君が好きなのかね。ええ、答えたまえよ」

どうやら気に入ったらしく、自身のイメージする年配男性を演じながら、朔美に問う。


ただし、目は真剣だ。掴み所の無いというか、人によっては随分付き合い辛い人間だろう。

だが、そんな千尋に翻弄される事も無く「勿論。でなきゃ、朝起こしたりしない。好きじゃなきゃ、そんな事しない」と、はっきり答えた。


辺りからは、複数の男子生徒の溜め息。態度は兎も角、真剣に話している二人には聞こえてはいないようだ。

中には宥めるように「諦めろ」などという声もあった。


「なら、告白すれば良いよ。そしたら、さっきみたいに先輩を追い返す苦労も無くなるわけだし」ふざけた態度からがらりと変わり、真面目な表情。

朔美の弁当から奪った唐翌揚げを頬張りながら、千尋が言う。


更に「人であれ、物であれ、欲しいなら欲しいって言わないと。早く言わないと、この唐翌揚げみたいに、誰かに取られちゃうかもよ」と、言いながら箸を伸ばす。

だがその前に朔美が摘み上げ、口に入れる。そして「そんな事、させないよ」と、不敵に笑った。

「あらあら、若いって素敵ねえ」と、自身のイメージする年配女性を演じながら茶化す千尋。

朔美はそれを見て笑ったかと思うと、直後真剣な表情になり「というか、千尋。あんた、唐翌揚げ欲しいなんて言ってないよね」どうやら、先に取られた唐翌揚げを根に持っているようだ。

千尋は、その様子に若干圧され「いや、それはごめん。私が悪かったよ」と、素直に謝罪。


朔美は爽やかに笑い「許す」と言った後「でも、欲しいなら欲しいって言いなよ。絶対あげないけどさ」と、宣言した。

このへんで。

唐揚げ唐揚げ。ちまちま、少しずつ進みます。唐揚げ。

死ね唐揚げ、殺すぞ唐揚げ。

分かりました。では、このへんで。


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「何度聞いても、本当に羨ましい関係だな。お前達のような幼なじみは、漫画でしか見た事が無い」コンビニで買ってきたおにぎりを食べながら、曜が言う。


普段は無愛想で取っ付きにくい雰囲気だが、明哉と喋る時は、割と、表情豊かである。

以前、朔美の外見を褒めた事には明哉も驚いたが、思った事は口に出す性分のようだ。

稀にふざける時もあるが、基本的に明哉にのみ。ふざける。と言うより、からかう。と言った方が近い。


「それは曜が何度も聞いてくるからだ。同じ話しを聞いて、よく飽きないな」と、呆れた風に言いながら明哉は思う。


誰よりも長く、親しくしている存在。直接では無くても、自分を支えている存在。

勿論、諍いや衝突はあるが、決して離れずに今の関係続いている。頼るとか必要だとか、掛け替えのないとか。

そんな、一種の依存心からでは無く。もっと別の、ふわりと心が安らぐような、何とも例えようのない存在。

つまりは、朔美が居て本当に良かったと。例え恋愛感情を抱いていなかったとしても、きっとそう思っていただろうと。

単に特別な存在。と言ってしまえばそれまでなのだが、明哉にとってその言葉は、朔美に対して使いたくない言葉の一つ。

そんな言葉で済ませたくない。といった気持ちなのだろうか。


「大分、マシな顔するようになったな。あんな作り込まれた笑顔は、初めて見た。今思い出しても腹が立つ」


やや微笑んだかと思うと、以前の明哉を思い出し、明らかに不機嫌になる曜。

そんな曜に対し「思い出すのは勝手だ。けどな、思い出して腹を立てるのは止めてくれ」

と、怒りを制した後「あんな風に笑うのは、俺だって嫌いだ。仕方無かったとは言わない、俺が決めた事だからな。ただ俺は、お前ようになれなかった」

その言葉を聞いた曜は、何も言わなかった。明哉の、次の言葉を待っている。


明哉の最後の言葉には、悔しさが滲んでいた。目の前の友人。曜は、例え何があろうと貫いてきたのだろう。

しかし明哉は、本心を偽り、過剰なまでに演じ、本来の自分を曲げた。

勿論全てがそうでは無い。

しかし、そうしてきたのは事実。中学時代はそれが元で朔美と言い争い、短い間だが、口を利かなかった事もある。

クラスの支配者を底辺へと突き落としたのは、丁度その頃だった。

今なら、あの時とは違ったやり方で、物事を正す事が出来たのだろうか。


演じずなどという小賢しい手段を用いなくとも、自分でも嫌悪を抱くであろう張り付けたような、そんな気持ちの悪い笑顔を作らなくとも解決出来たのだろうか。

と、明哉は思いを巡らせる。

そして「悪い、曜は関係無かったな。俺が決めた事。俺がした事だ。ただ、今はもう、あんな風に笑ったりする必要が無い。少なくとも、曜の前ではな」と、悪戯っぽく笑って見せた。

「明哉。今、わざと腹立つ笑い方しやがったな。でもまあ、腹は立つが、その方が似合ってるような気もする。お前も、随分と外見で損してるしな」

舌打ちしながらも、唇の片端を上げて笑っている。その様は、随分と外見に似合っていた。


曜も明哉も、イメージは固定されている。曜の場合は概ねイメージと合致しているが、明哉は違う。周りのそれが、演じる原因となったのは確かだろう。

「お前には言われたく無い。だから、明哉君を苛めないで、とか言われるんだ。あれは、見ていて笑いが止まらなかった」

くくく、と笑うを堪える明哉のその様は、悪役を演じる俳優さながらのものがある。


「あまりに馬鹿馬鹿しくて何も言えなかった。ああいう時の女は、良く口が回るものなんだな」と、曜は少しばかり感心しているようだ。どうやら、あまり怒ってはいないらしい。

その発言の直後、何かを思い出したように、明哉の表情が一変した。冷ややかで、且つ威圧的な表情。鋭利な眼差し。


明哉は、抱いた嫌悪感を隠さず「そんな人は、すぐにいなくなる。明日か明後日には居なくなっている筈だ。正直、鬱陶しい」と、深く目を閉じながら告げた。

今まで言われてきた言葉が蘇っているのだろうか、苦々しく、吐き捨てるように。

そして、自分を責めるように「もう嫌なんだよ。ああいうのに付き合うのも、笑っている自分も」と、呟いた。

明哉は続けて「邪魔なら邪魔だって言わないと。散々言われ慣れた言葉を今更言われても、何ともない」

その言葉とは「イメージと違うね」だったり「何か違う」だったり様々。蘇ってきたのは、こんな言葉ばかり。


その言葉で、何度嫌な気持ちにさせられたか事か。何度傷付いた事か。突然呼び出され、それに応じ会話すれば、そう言われた。

その時の明哉は何も言えず、勝手に幻滅した女子の背を眺めるだけだったが、今は違う。

曜との出逢い、同性の友人。それは勿論大きな影響を与えただろう。気を張らずに居られる友人など、居なかったのだから。

気を張り巡らしながら付き合う人物。そんな人物を友人とは言わないだろうが、そんな友人しか居なかった。

しかし曜と友人になった後。

明哉は、友人が出来たという喜び。それ以上に、そんな言葉でひねくれた自分を、それが怖くて演じていた自分を情けなく思い、恥じた。それを露わに、自嘲気味に笑っている。


だが直後「それに俺のそういう所、あいつは嫌いだからな」と、晴れ晴れとした笑顔で告げたのだった。

このへん

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