春香「家出?」 (55)


急に体を揺さぶられ目を覚まします。


春香「はっ、いけない」


二時間の通勤にはもう慣れたもの。
だけど始発で事務所に行き、午前はラジオ局で収録し、午後はダンスレッスンをし、夜には事務所で勉強し、なんて日は流石の私でも帰りはぐっすりです。特に最近はランクが上がったからか急激に忙しくなって、毎日動きまわってます。始発で都心へ…なんてのもザラで毎朝漁師さんの如く早起きです。そして家に帰れば最低限のことをして布団へ直行…翌朝、日の明ける前に出勤。改めて思い返すと大変なことになってます。果たしていつまでこの忙しさは…。
でも私は今に満足しています。ただみんなで楽しく歌ってアイドルをする、それが出来ている今、私はきっと満足しています。事務所のみんなは何かしら光るものを持っています。その中でよく普通だって言われる私がテレビに出たりCDを出したり出来ている訳ですから、現状に不平不満を言うべきではないと思うからです。
満足しなきゃいけない…とまでは言いませんが、協力してくれる人あっての今だと思うからそれに答えるためにも、そこはしっかりやらなきゃいけないと思います。

……でもせめてあともうちょっと、あとちょっとだけでいいから家が近くにあったならば…。


春香「あれ?」


電車を降りたはいいものの、何かが違う。
空気は同じなのに、いつもとは違うこの感じ。
またドジしちゃったみたい。理解するのにあまり時間はかかりませんでした。
確かここは…二駅前? いや三駅だったっけ? とにかく次の電車を待たなければいけません。

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次の電車が来るまで15分。
でも大丈夫! こんな事もあろうかと携帯音楽プレイヤーを持ち歩いていたのでした!
今度歌う新曲やみんなで歌ったあの曲やら思い出のデビュー曲まで、沢山入ってます。


春香「こんな薄いのに一体どうしてこんなに沢山の曲が入っているのかしら…ふふっ」


流石の千早ちゃんでもこんな事は言わないような。そんな気がして思わず吹き出してしまいます。

…あれ? これって周りから見たら一人でニヤニヤしてる変な人なんじゃ…?
ち、違いますよ? 私は極普通の高校生ですよ?


春香「……?」


きょろきょろと周りを見渡すと、一人、見つけました。
それ以外の人はもう改札を出てしまったのかいなくなってました。


どこかで見たことがあるシルエットです。小柄で華奢でなんとなくくたびれた服を着ていて…。


春香「やよい…?」


一目見てそう思いました。
だけど決定的に違うところがあります。例のツインテールじゃないのです。
やよいといえばツインテール。けれどその人は髪をおろしています。ふわふわの蜜柑色の髪にメッシュキャップを深くかぶっているため顔がよく見えません。心なしか顔も下を向いています。
なんだか元気がありません。とてもやよいのようには思えませんでした。

どうしよう。話しかけたほうがいいよね? でももし人違いだったらなんか恥ずかしいなぁ…。その時はなんて言おうかな。人違いでしたごめんなさい? でも絶対やよいだよねあの人…?


春香「あっ、あの~ぅ?」


しまった。全然普段やよいに話しかける感じじゃない。ど、どうしよう、なんか凄く後悔。

その人は私の後悔を倍増させるように顔をゆっくりと上げます。
私のハラハラとは裏腹に、その人は確かにやよいでした。
だけど私がよく知っているやよいではありませんでした。


やよい「あっ…」

春香「よ、よかった~やよいだった。こんなところにいるから別人かボッフォォッッ!」


やよいは私の顔を見てとても驚いた顔をしていました。
そして次に私のボディーに頭突きをかましてくれました。


やよい「はわっ、ごめんなさい春香さん!」

春香「ゲホッゲホッ…いいのやよい…謝らないで…」

やよい「うぅぅ…春香さんだって分かった瞬間なんかぶわっってしちゃって…」


やよいがそんなバイオレンスなことするわけないじゃないですか! でも確かに一発入れてくれました。本人的には抱きついたんでしょうが。


やよい「あのっ、あのっ…本当にごめんなさい! 痛かったですよね?」

春香「だ、大丈夫だって! それよりなんでこんなところに…」

やよい「うぅぅ…ごめんなさい…本当にごめんなさい…!」

春香「やよい…?」


熱い歓迎をしてくれたやよいの顔はとても疲れているように見えました。
目が充血していて、隈は見えませんでしたが表情は強張っていて普段の明るい表情は見る影もありません。


やよい「ごめんなざぃ…ぐすっ…わ゙だしは…」

春香「や、やよい! どうしたの!?」


やよいはそのまま泣き崩れてしまいました。こんなことってあるのでしょうか。快活で元気いっぱいなやよいを知っている身からすると、私の胸でどうしようもなく泣いているやよいを見ると胸が締め付けられます。何か大事があったに違いない、彼女の頭を撫でながら思案します。姉であり、アイドルでもあるやよいはとても強く生きる子です。仕事が大変で大変で~なんて言ったことがありません。何故か、それは家族のためです。彼女にとって家族はそれほど大きいものであり、原動力なのです。


春香「やよい…」


彼女の家はここからかなり遠いはずです。兄弟たちは見当たりません。おそらく自宅にいるのでしょう。普段ならこの時間は夕食後の食器洗いをしている頃でしょうか。なのにこんな遠い地にいるということは…


どうしてこんなところにいるの?
そう聞きたい気持ちは山々ですが、今それを聞くのはやよいにとってとても酷なことのように思えます。
やよいはしっかりものですから、それなりの理由があってここにいるのでしょう。

……誇りをほっぽり出してでも逃げ出したくなることってなんでしょう?


春香「…やよい、家くる?」

やよい「…ゔぅっ…ぐすっ…はぃ゙…」


絞り出すようにやよいは答えてくれました。


春香「そう、よかった」


やよいは私のコートの袖を掴んだまま前を向き直ります。

とにかくこの寒空の下、少女一人を放置することは避けなければなりません。
もし連れられて事件や事故になったとしたら…考えただけでゾッとします。


春香「…よかった。やよいに会えて」

やよい「…。」


心なしか袖を握る手が強くなった気がしました。


5分ぐらい待ったでしょうか。前照灯が照らす光がぼんやりと見えてきました。
わざわざ私の家に呼び込まなくてもよかったんじゃと思うかもしれませんが、私の裾を握ったまま俯いているやよいを見るとそんな冷たいことはできるはずがありません。ぱっと見荷物も…って手ぶらでこんなところまで来ちゃったんですね。


春香「電車…来たね」

やよい「はい…。」


それでもべろちょろは持っているようです。大事に使ってくれているようで何よりです。

電車が止まります。ここから自宅まであと30分ぐらい、流石にあずささんのように迷ったりはしません。家に帰ったらまずは高槻家に電話をしないと。


春香「やよい?」

やよい「…。」


電車に乗り込んだはいいものの、やよいがホームから動きません。
この時間に乗り込む人はそうそういませんから、降りる人を下ろしたら早々にドアが閉まってしまいます。


春香「どうしたの?」

やよい「うぅ…。」


発車メロディが急かすように途中で切られます。
私はやよいの手を掴んで車内に引き込みました。


春香「やよい!」

やよい「いやっ!」


やよいはそう叫ぶと私の手をおもいっきり引っ張りました。私は電車から転げ出ました。
衝撃でした。
やよいがここまで反抗的な態度を取るなんて…というと表現が悪いでしょうか。
でもそれぐらい私にとって衝撃的なことで、唖然としました。


やよい「あっ…」

春香「痛たた…あぁ電車が…」


行ってしまいました。無情にも光は遠のいていきます。また15分ほど待たなければなりません。


やよい「あぅ…そのっ…ごめんなさい…」

春香「やよい…」

やよい「ごめんなさいっ…帰りたくないって思ったら…ごめんなさい…」


一体何でこんなにも追い詰められているのか。
今のやよいは話しかけることすら戸惑われます。


春香「うん…とりあえず座ろっか」

やよい「…はい」

春香「何か買ってくるね」

やよい「…はい」


淡々と頷くやよいは怯えているようにも見えました。
私に怒られると思っているのかもしれません。
もちろんそんな気はないですよ? 私はこれっぽっちも怒っていませんでした。
むしろやよいと同じでした。

私はとても混乱していました。


春香「はい」

やよい「ありがとうございます…」


こういう飲み物のチョイスとかで普通って思われるのかも…。
買ってきたのはアップルティー。結局自分の好みで選んでしまいました。何がいいか聞くべきだったとまた後悔。


春香「ふぅ…寒いねー」

やよい「はい……」

春香「えっと…」


何を話そうか…。沈黙は気まずいし何か話さなきゃ…。でも何なら話して大丈夫なのか…。
それよりまずは家族に連絡を? 第一家に帰ってからでなくとも携帯で高槻家に電話をすれば…。

…でも帰りたくないってさっき言ってたから、それってどうなんだろう。


やよい「あっ、あの」


やよいが沈黙を破ってくれました。


春香「ん?」

やよい「その…本当にごめんなさい」

春香「あー全然大丈夫だから! それより、私も引っ張っちゃってごめんね?」

やよい「春香さんは何も悪く無いですっ! 全部私のわがままで…」


アップルティーよりももっと後悔してることがありました。
さっき私は思わずやよいを引っ張ってしまいました。何かあると分かっていながら私情を優先して無理強いするこの行為は褒められたものじゃありません。
はぁ…やっぱりダメですね私は。


やよい「私…やっぱりダメなんです」


だからやよいが言葉を発した時、私はとても驚きました。私の考えていることが見透かされているようで、逆に私が叱咤されているような気分でした。でも実際は、それは自分に向けた言葉であり、私に向けた言葉ではないようです。それがわかると、只々疑問でした。


春香「どうしてそう思うの?」

やよい「あの…。…。」

春香「…。」


再び沈黙が続きます。
言おうか言うまいか迷っているようです。


春香「…大丈夫だから、言ってみて?」

やよい「………はい」

やよい「その…私…家出しちゃったんです」


何が大丈夫なのかわからないのに大丈夫だからと言ってしまいましたが、やよいは自分が何をしたのか話してくれました。
たどたどしくは有りますが、話してくれる気にはなったようです。


やよい「だから…ダメかなーって…」

春香「そっか…。どうして家出しちゃったの?」

やよい「その……あの……なんというか……自信が無くなっちゃって…」

春香「自信?」

やよい「はい…。えーっと、なんか疲れちゃって…、でも疲れてなくて…」

やよい「これじゃあダメだなーって思っていても、やっぱり自信がなくて、でもやらなくちゃで……」

やよい「うぅぅ…自分でもよくわからないんです…。ごめんなさい…」


春香「ううん、話してくれてありがとう」

やよい「そんな…。あ、あの! 迷惑かけてごめんなさい、次はちゃんと乗りますから」

春香「……うん、そうしてくれると嬉しいかな。あはは」


会ってから謝ってばかりのやよい。
謝らなくてもいいとまた言いかけたけど、今回は思いとどまります。
やよいはそれを聞いて微笑を浮かべるとまたうつむき加減で黙りこんでしまいました。

再び訪れた沈黙の中、私は考えました。
自信がなくなったとはどういうことなのか。無くなってしまった自信とは何なのか。普段やよいは自信に基づいて行動しているのでしょうか。私も自信をなくす時ぐらいあります。ありまくります。それでも協力してくれる人たちのことを想ったり、仲間がいることを想ったり、そして何より歌が好きだということを想ったりして、乗り越えてきたつもりです。自信をなくしてここまで追い込まれているやよいは、それが何故できないのでしょうか。協力してくれる人がいないから、私達が不甲斐ないから、実は歌が嫌いだったから…。
…どんどん悪い方向へ考えてて嫌になっちゃいました。この考えはもうここでやめにしましょう。はいはいやめやめ。

暫くすると、また線路の遠いところがぼんやりと明るくなってきました。
私とやよいは無言で立ち上がります。もう沈黙のほうが心地よく感じるようです。

2回目はすんなり乗ってくれました。こんな言い方は変ですよね。でも目があった時笑いかけたら、やよいも笑ってくれました。ちょっとずつ変わっているなら私も嬉しいです。


いつものと比べれば2,3駅なんてちょろいもんです。あっという間に着きました。
車内ではふたりともだんまりでしたが、居心地悪くは感じませんでした。
むしろちょっと楽しかったぐらいです。改札を出るときやよいが見事に引っかかってくれました。買った切符を見ると130円の文字。どうやら初乗り運賃しか払っていなかったようです。


やよい「うぅぅ、遠くに行こうとは思ったんですけど、切符に1000円なんて出すのは怖くて…」


とのこと。なんともやよいらしい理由でした。それにやよいぐらいの身長ならばわざわざ大人料金で払わなくてもいけたような…とも思いましたが、『ずるはめっですよっ』とか言われそうなのでこのことは黙っておこうと思います。

駅を出てからは途中で回収した自転車と共に歩きます。


春香「なんか新鮮だなー」

やよい「何がですか?」

春香「んー、こうやって事務所の人とここを歩くのって」


春香「いつもここを通るときは一人だからさ」

やよい「寂しくないんですか?」

春香「そんなことないよー。ただの通勤だし」


朝、ここを通るときは気分がいいです。今日がどんな日になるかとても楽しみだからです。学校に行って事務所に行ってお仕事して…。そんな未来予想をこの道でします。


春香「…あの、さ」

やよい「はい?」

春香「えーと…」


なんの脈絡もなくこんなこと言うのは変でしょうか。
それでも言葉を続けます。


春香「やよいは、さ…、そんなにダメじゃないと思うよ」

やよい「…。」

春香「その…私も自分はダメだなって思うときあるよ」

春香「よく転ぶしドジしちゃうし…さっきだって…その…」

春香「だから、そんなに気にするほどダメじゃない…って思うよ」


嗚呼、自分が情けない。
辿々しい言葉しか浮かんでこない自分が情けない。
こんなとってつけたような慰めで解決できるはずないのに。

やよいは、はい、と一言だけ言いました。


嫌なことに気付いてしまいました。
アイドルをやっていて、同年代の周りの子達と比べると、少しは色々な経験を積んでいるつもりです。だけど所詮私は、まだまだ子供なのです。わからないことだって沢山あるし、いつでも最適な選択ができるわけでもないんです。
以前やよいは、お姉ちゃんみたいだ、って私に言ってくれました。色々な期待を込めてそう言ってくれているのでしょうが、所詮私はその程度の人間なのです。それが756プロで、さもなんでもないような顔でアイドルをやっているわけですから些か滑稽です。
私に期待してくれたとしても必ずしも解決に導ける保証はない、むしろ導けない可能性のほうが高い。それをやよいに気付いてほしい私がどこかにいました。


春香「ん、ここだよ」

やよい「あのっ……迷惑かけてごめんなさい…」

春香「いいのいいの。さぁ上がって」


電車に乗っていた時から感じていた居心地のよさも、私が都合のいいように解釈していたことのように感じます。
結局はなんとなくで済ませていたのかもしれません。


お母さんはとても驚いていました。そりゃあそうですよね。
もしかしたらもう警察に連絡がいっていて騒ぎになっているかもしれない、と言われた時は流石にビビりましたけど、とりあえず高槻家に連絡をすることには母も同意してくれました。
一方やよいに連絡する旨を伝えたところ、小さく頷いただけで返事はしてくれませんでした。


春香「もっもしもし、天海でございます。た、高槻さんのお宅でよろしいでしょうか」


緊張のあまり妙な言い回しになってしまいました。体が熱いです。


長介「えーっと…天海さんって、アイドルの天海さんですか?」

春香「そ、そうです!私が天海さんです! えーと…長介くん?」


あぁぁ…なんでこんなに上手くいかないの…? む、無心になるのよ春香…! 考えちゃダメ…!
長男の長介くんが電話をとってくれました。とにかく不審者扱いされなくてよかった…はぁ。


春香「あ、あのね! やよいのことなんだけど」

長介「姉ちゃん見つかったの!?」

春香「う、うん。あのね、私の最寄りの駅の……」


私はあったことを話しました。話をしている間、長介くんたちが心配していることが手に取るようにわかりました。探そうにも両親がまだ帰ってきておらず、自分たちではどうすることもできなかったとのこと。


長介「あの、姉ちゃんそこにいるんですよね?」

長介「姉ちゃん、何か言ってませんでしたか?」


訊かれた時私は困りました。
自信をなくした、疲れた、とにかく自分を責めている、兄弟たちのためにもやよいのためにも、何を言ってあげるべきか私にはわかりませんでした。


春香「ちょっと、混乱しちゃってる時もあったけど…でも今は落ち着いてるよ」


結局私はそう告げました。
私が選択したのは、当たり障りのない言葉、いわば逃げでした。


春香「電話、したよ」

やよい「…ありがとうございます」

春香「一応納得はしてくれたみたい。あ、あと警察には連絡していないって」

やよい「…みんな、何か言ってませんでしたか?」

春香「心配しているって。長介くんはお姉ちゃんに謝りたいって」

やよい「…。」


やよいが家出した、正直今も信じられないことです。
でも確かにやよいは私の家にいます。彼女が大したあてもなく家を飛び出したのは事実なのです。
しっかりもののやよいですから何か覚悟のようなものがあったのでしょう。
でも、一人で家を出てしまった判断は間違っているとしか言いようがありません。
もし何かあったとしたら、一番大事にしている家族はどう思うのでしょうか。私達はどう思うのでしょうか。


春香「やよい」

やよい「…はい」


思わず語気を強めてしまいます。やよいは何かを察したようでした。
落ち込んでいるのは重々承知です。だけどここはしっかり言って然るべきだと思います。
…ああ、やっぱり私、混乱しているなぁ。


春香「何もなくて本当によかったと思う」

やよい「…。」

春香「でも、もし私があの駅でドジしていなかったら…今ここにやよいはいなかっただろうし…」

やよい「…ごめんなさい」

春香「うん…。だから、あてもなく家出とかは、家族のためにも私達のためにもしてほしくないかなって思ったんだけど…」

やよい「…。」

春香「やよいの身に何かがあったなんて、私は聞きたくないことだし…ね?」


これで良かったのでしょうか。私は益々やよいを傷付けてないでしょうか。
でも今言ったことは嘘偽りない私の真意です。伝えるのは本当に心苦しくて、正直言いたくはありませんでしたけど。


やよい「本当に…ごめんなさい」

春香「ううん、私はいいの。帰ったら…ちゃんと話したほうが良いと思うな」

やよい「…。」


私の提案にやよいは俯いてしまいます。
やり方が間違っていたと思い後悔しました。
やっぱり私はダメですね。目の前で苦しんでいる人を助けることもできない。


やよい「…あの、春香さん」

やよい「えっと…家出したこと…なんですけど…」


やよいは言いたげな瞳で私を見つめました。


春香「うん…」

やよい「その…あてもなく家出したんじゃないんです」

春香「えっ…どういうこと」

やよい「あのっ……」

やよい「最初から…春香さんの家に行こうって思って…」


春香「…。」

やよい「この辺りってことは知ってたんですけど、正確にはわからなかったから…」

やよい「電車、乗ったり降りたりしてたんです。そしたら偶然春香さんが見つけてくれて、嬉しくってぶわってしちゃって…」

春香「…そ、そうなんだ」


益々混乱してきました。
あのバイオレンスにはそんな裏があったんですね。なんだか嬉しいような複雑なような。


春香「えーと、つまり家出した瞬間から私の家を目指してたってこと?」

やよい「…はい」

春香「そう…。あの、なんで私?」

やよい「それは……春香さんは、優しいからです」


やよいは怖ず怖ずと答えました。
そしてか細い声でこう言いました。


やよい「春香さんがお姉ちゃんだったらよかったのに…」


春香「やよい…?」

やよい「春香さん…」


鼓動が早くなり、ほおが紅潮するのを感じます。
今までに聞いたことのないような妖美な声でした。
思わず、同性でありながらも、ドギマギしてしまいます。
やよいもこんな雰囲気出せるんですねぇ…なんて感心してる場合ではありません。更にやよいは仕掛けてきました。


やよい「んっ…」

春香「おおっ…おお…?」


やよいの細い腕が私の腰に回されます。
床に座ってましたから、バランスがとれなくなり、私は手を後ろにつきました。
やよいから遠のくような形になりましたが、やよいはなおもこちらにしなだれかかってきます。
嬉しいやら恥ずかしやら愛おしいやらで、言葉にできていない変な声をあげてしまった気もしました。
当のやよいは、私のお腹に顔を埋めて艶っぽい呼吸を繰り返しています。
熱く、湿った吐息がじんわりとお腹を温めるのを感じました。

これは、やばいです。なんか色々と。
やよいと触れ合うのはこれまで幾度と無く有りましたが、ここまでドキドキしたのは初めてです。年上である私の平常心をここまで乱れさすやよい、恐ろしい子…。


春香「や、やよいっ…!」


もうお姉ちゃんとかそういうのすっ飛ばして、とっとと家族になっちゃいましょう!
あはは、やよいは可愛いなぁ!


春香「やよい…?」

やよい「春香さん…」


鼓動が早くなり、ほおが紅潮するのを感じます。
今までに聞いたことのないような妖美な声でした。
思わず、同性でありながらも、ドギマギしてしまいます。
やよいもこんな雰囲気出せるんですねぇ…なんて感心してる場合ではありません。更にやよいは仕掛けてきました。


やよい「んっ…」

春香「おおっ…おお…?」


やよいの細い腕が私の腰に回されます。
床に座ってましたから、バランスがとれなくなり、私は手を後ろにつきました。
やよいから遠のくような形になりましたが、やよいはなおもこちらにしなだれかかってきます。
嬉しいやら恥ずかしやら愛おしいやらで、言葉にできていない変な声をあげてしまった気もしました。
当のやよいは、私のお腹に顔を埋めて艶っぽい呼吸を繰り返しています。
熱く、湿った吐息がじんわりとお腹を温めるのを感じました。

これは、やばいです。なんか色々と。
やよいと触れ合うのはこれまで幾度と無く有りましたが、ここまでドキドキしたのは初めてです。年上である私の平常心をここまで乱れさすやよい、恐ろしい子…。


春香「や、やよいっ…!」


もうお姉ちゃんとかそういうのすっ飛ばして、とっとと家族になっちゃいましょう!
あはは、やよいは可愛いなぁ!


やよい「お腹すいた…」


ぎゅるるるるるという情けない音が響きました。
それはそれは大きな音で


春香「……えっ」

やよい「うぅぅぅ…」


やよいはちからつきてしまった。

……どういうこと?


春香「やよいさん…? もしかして…」

やよい「うぅ……朝から…なにも…」

春香「…。」


お腹が減って力が出ない、そういうことでした。
ははは、やよいは可愛いなぁ………。


春香「はっ、いけない! しっかりしてやよい!」

やよい「うーん……うーん……」


うぅぅ恥ずかしい…!
ここまで翻弄されるなんて…やっぱりやよい、恐ろしい子…!


私らしくもなく取り乱してしまいました。
こういうのは雪歩の…いや、やっぱなんでもないです。

とにかく、今はやよいと遅い夕飯です。
そりゃあもう、モリモリと食べてくれてます。
心なしか顔色も良くなった気がします。


やよい「んん~、幸せ…」

春香「ふふっ、よっぽどお腹が空いていたんだね」

やよい「はい! もうお腹が空き過ぎて、死ぬかと思いましたー!」


もうすっかりいつものやよいです。むしろそれ以上?
やはりやよいは元気でいたほうがよいと、しみじみ感じました。
でもあんなやよいが見れるなんてレアかも…。伊織とか響ちゃんとか千早ちゃんとかに言ったら、どんな反応をしてくれるでしょう。

教訓、やよいと話し合うときはまずご飯。


ご飯の後はお風呂へ。
やよいは着替えを持ってきていませんから、着ている服をお風呂に入っている間に洗濯して、ドライヤーで頑張って乾かしてもらいました。
下着だけならすぐ乾きますので、我が家のパジャマを貸してあげます。


春香「うん、かわいい」

やよい「あの…いいんですか?」

春香「うん! 本当に似合ってるよ、へへへ…」


以前よりパジャマが可愛く見えます。
私のパジャマであるはずなんですが、まるで別人のもののようです。
理由は勿論、やよいが着ているから、ですね。
しかしこれは本当に可愛い…!思わず変な笑い声が…。


やよい「似合ってますか? ちょっと大きい気が」

春香「いやいや、バッチリだよ! ちょっとぶかぶかな感じがまた…。そうだ!写真とっていい?」


そういえば今日やよいと出会ってから、いつものやよい即ちツインテールのやよいを見ていません。
いつものを見慣れているため、今のやよいはとても新鮮に感じます。
そんなわけでなんとなく記録したかったのかもしれません。
決してパジャマだけが目的じゃないですよ…?


春香「ふふっ、やよいはかわいいなー」

やよい「そ、そんなことないです!」


携帯のカメラを構えながらなんとなしに呟いたところ、反論されちゃいました。


やよい「春香さんのほうが全然かわいいですよっ!」

春香「え~やよいの方がかわいいと思うけどな~」

やよい「そんなことなくなくないです! 春香さんは私よりも全然可愛くて、優しくて…」


やよいの声音は変わっていきます。私は携帯を閉じました。
最初はよくある会話のようでしたが、それを聞いてちょっと違うように感じ始めました。


やよい「春香さんは本当に優しいです…本当に」

春香「え~っと……そうかな?」


私の問いかけにやよいは、はい、と大きく頷きました。
あまり意識したことがないことです。
私って周りからどんなふうに見えてるんだろう、って考えることは誰にでもあることだと思います。当然私にもその経験が有りますが、優しいって思われているとは考えたこともありません。とりあえずドジだなーとか、ちょっとお節介さんっぽいなーとか、お菓子をよく持ってくるなーとか……そんな感じです。人としての思いやりをしっかり持って、それを踏まえて、自分のやりたいことをやっているだけだと私は思っています。だから自分が優しいと思われていることが、なんだか耳新しくて意外でした。

……と言っても自分で自分のことを優しいって思ってる、なんてそもそも変ですよね。
今まで考えていたことが自意識過剰な気がして、ムズムズします。


やよい「はい…。春香さんは優しいから……大好きです」

春香「ふふっ、ありがとう。やよい」

やよい「…。」

春香「それじゃあ、もう寝よっか?」

やよい「…はい」


自室の床に来客用の布団を敷きます。
我が家にこのようなものがあるなんて知りませんでした。お母さん、ナイスです。


春香「明日、どうする? 確か、午前は一緒のレッスンだったよね」

やよい「…行きます」

春香「そう…。えっと、朝早いよ?」

やよい「大丈夫です、慣れてますから」


明日のやよいの予定は、午前はレッスンで午後からは学校に行くそうです。
やよいは最近少しずつ名が知られてきたものの、まだまだ駆け出しだからか、お仕事の予定は多くありません。
彼女とは共に頑張ってきた仲なのですが、私のほうが少し早く一段上のステップへ上がってしまいました。


春香「やよいの学校って制服だよね? じゃあ…」

やよい「はい…。あの、今日はありがとうございました。いきなり押しかけて泊めてもらって…。でも、明日は本当に帰ります」

やよい「だから……あの……、本当にありがとうございます」

春香「…そっか」


学校に行くには制服をとりに家に帰らなくてはなりません。やよいの逃避行はあっさり終わってしまいそうです。

駅で出会えてよかった。
事故がなくてよかった。
兄弟たちと仲直りできそうでよかった。

……本当に?


春香「やよい、ベッドで寝る?」

やよい「そ、そんな! 私はお布団でいいですよ!」

春香「えー遠慮しなくていいのに」

やよい「だめです! 泊めてもらってるのに、春香さんの寝床を奪うなんて…そんなの痴がましいです!」

春香「おぉ…難しい言葉知ってるね」


本当にこれでいいのでしょうか。
やよいは何故私の所に来たのでしょうか。
私が姉であったらよかった、と言ってましたがそれは無視してよいことなのでしょうか。


やよい「おやすみなさい、春香さん」

春香「おやすみ、やよい」


……いいわけないですよね。


春香「やよい、どうして家出したの?」


ずっと訊けなかったこと。
やよいを大事に思うあまりに、私が臆病になってしまっていたこと。

私は布団で眠るやよいに、言葉を投げました。
やよいの顔は暗くて見えませんでしたが、何を言うべきか困惑しているのは確かに分かりました。


やよい「私、本当にこれでいいのでしょうか」


悩んだ末に出た言葉は、懐疑心でした。
思えば、この件で私への問いかけは、これが初めてかもしれません。


春香「何があったの?」

やよい「はい……」

やよい「私、普段お掃除とかお買い物とかしてるじゃないですか」

やよい「うちって家族が多いから、私も頑張らないといけないんです」

やよい「でも、最近思うようにできなくなっちゃって…」


やよい「何度も失敗しちゃうし…その度に家族に迷惑かけちゃうし…」

やよい「アイドルのお仕事も、全然うまくいかないし…」

やよい「私、不安で……だからどうすればいいのかわかんなくなっちゃうんです…」

やよい「ダメにならないように、もっと頑張らなくちゃいけないのに……益々ダメになっちゃって…」

春香「…。」


最後の方は涙声でした。
やよいは責任感の強い子ですから、成功に対する重圧は人一倍大きい物となります。特に大家族の長女である以上兄弟に対しても責任を負います。それが焦りや気負いのせいで潰されてしまったのです。そこには私が先にランクアップしたことに対する焦りもあったのでしょう。いつものお姉ちゃんでいられなくなったやよいは、なんとかそれを取り戻そうと頑張ります。なんとか平常運転できるように、創意工夫を凝らして頑張りますが、それがうまくいかない、となればどうなるでしょう。やよいは落ち込みます。そして悩みながらも結論を出して、また頑張ります。でも焦りは大きくなり、またミスしてしまいます。やよいの責任感は、自信とともにすり減らされていき、後はネガティブの繰り返しです。
泥沼に足を突っ込んだ中で必死にもがきましたが、ある日限界を迎えてしまったようです。やよいはこれまで人に頼る経験があまりなかったので、それが家出という行動につながりました。
私は、やよいの言葉を聞いて、このように考えました。


やよい「春香さん…?」


可哀想に、そんなに悩まなくてもいいのに。
私は自分のベッドから這い出て、やよいのふとんに潜り込みました。


やよい「むぎゅぅ」

春香「ん~、やっぱりやよいは暖かいなぁ」

やよい「んん、春香さん…?」


知ってますか!?女の子は抱きしめられると安心するんですよプロデューサーさん!


春香「気負わなくていいんだよ」

春香「やよいがいつも頑張っているのは、みんなわかっていることだから」

やよい「春香…さん……!」

春香「ふふっ、頑張り屋さんの妹だなぁ」


………………
………


春香「ん…」


目を覚ました時、隣にやよいはいませんでした。
足元でごそごそと物音がします。


やよい「あ、春香さんおはようございます」

春香「おはようやよい。もう起きてたんだ」


はい、と威勢のいい返事を返すやよい。
よく似合っていたパジャマは既に着替えられていました。

私も家を出る準備をしなきゃ


昨夜とは違い、いつもの通学路に重い雰囲気はありません。
やよいの表情は明るいです。ああ、いつものやよいが戻ってきたんだなって思います。
昨晩流した涙は、気持ちの持ちようを変えるのに十分な効果があったようです。


やよい「私、やっぱり春香さんみたいなお姉ちゃんが欲しいです」


私のことを気兼ねなくお姉ちゃんと呼んでくれるやよい。
想像すると、思わず顔がにやけてしまいそうです。


やよい「優しいし、あったかいし、お菓子が美味しいし」

やよい「もしそうだったならば、毎日が楽しいかなーって」


お菓子か…。
作っといてよかった。


やよい「……でも、それじゃダメですよね」

春香「どうして?」


私が尋ねると少し顔を俯かせるやよい。
やよいとは思えないほど、憂いを帯びていて、儚い顔でした。


やよい「私もお姉ちゃんだから…」


やよい「もちろん春香さんがお姉ちゃんだったら、すっごく嬉しいです」

やよい「だけど、私は長介たちのお姉ちゃんでもあるから…」

やよい「だからどっちかを選ぶってなった時、私は長介たちを選ぶと思うんです」

やよい「私は春香さんを……選ばないです」


私には悲しそうに見えました。
やよいの言葉にただ、そう、とだけ返しました。
兄弟たちか、お姉ちゃんとしての私か。やよいは私を選ぶことはないようです。


やよい「で、でも春香さんが嫌いってわけじゃないですよ?」

やよい「春香さんのことは大好きだし、春香さんのお菓子も大好きです!」

やよい「うちの弟達よりも下とかそういうのじゃなくて…えっと、春香さんは完璧だと思いますよ!」

春香「ふふっ、わかってるよ。やよいにとっての兄弟ってすごい大きなものなんだね」

やよい「……はい」


やよい「あの、怒ってないですか?」

春香「んー、もし怒ってたらどうする?」

やよい「ええっと、その、謝ります。その、気分を悪くさせちゃって…」

春香「謝らなくていいよ。うふふ、怒ってるわけないじゃん。ありがとね、話してくれて」

やよい「春香さん…」

春香「やよいがこうやって、色々話してくれて嬉しいな。私でよければ幾らでも力になるから、ね」


東の空は明るみ始めています。
やよいの表情に昨日ほどの暗がりはありません。
気持ちの整理が付いたと言うのでしょうか。
はたまた覚悟ができたと言うのでしょうか。

いや、これもまた昨夜と同じ思い込みなのでしょうか。


今回はちゃんと目的地まで足りる切符を購入しました。
電車はいつもの様にガラガラ。
だけれども今日はなんとお供がいます。


やよい「最近、うまくいかないことが多くて」


やよいは自分から語りだしてくれました。
どこか吹っ切れたような顔に見えます。


やよい「失敗する度に家族から心配されちゃって」

やよい「結局、長介からは何かあったなら言えって怒られちゃうし…」

やよい「でも、本当に何もないんです」

やよい「だから長介にはなんて言ったらいいかわからないし、いつも黙っちゃうんです」

やよい「そうすると長介もっと不機嫌になっちゃって…」


やよい「私、わからなくて、もう嫌だって思ったんです」

やよい「こんなこと思ったの初めてです。しばらくみんなの顔は見たくないなーって」

やよい「なんででしょうかね。今までいつも一緒だったのに…」

春香「それは……やよいがお姉ちゃんだからじゃないかな?」


やよいのプライド。
姉としての責任、強く生きる姿勢。
複雑に絡み合った彼女の想いが少しずつ解けて見えてきます。


春香「やよいはきっとカッコつけてるんだよ」

やよい「カッコつけてる…?」

春香「そう。いいところ見せようとしてるの」


やよい「そう…ですかね…」

春香「私は話を聞いていてそう思ったけどな」

やよい「……でも私、カッコつけて威張ったりはしてないですよ…?」

春香「そういう意味じゃないよ。うーんとそうだなぁ…例えば、美希とか」

やよい「美希さんですか?」

春香「美希って、今すっごい人気だよね。雑誌とかテレビとかバンバン出ちゃって」

春香「でも今人気の美希って、カッコつけてるんだよね」

春香「みんなアイドルの星井美希が好きで、アイドルの星井美希を見たがってるの」

春香「でも、美希っていつもテレビに出てるような感じで過ごしてるわけじゃないよね」

春香「それは私たちが一番知ってることだし、やよいももちろん知っている」


春香「普段の美希って、寝て、起きて、おにぎり食べて、また寝て、って感じじゃん?」

春香「もし美希がそんなんじゃなくて、お仕事してる時みたいにいつでもキリッとしてたらどう思う?」

やよい「うーん……それはちょっと変だと思いますー」

春香「だよね。美希には普段の美希があって、アイドルの美希もある」

春香「アイドルの時は、カッコつけてるし、美希も星井美希であろうとする」

春香「星井美希は最初からあるものじゃなくて、美希がそうしようと思っているからあるものなんだよ」

春香「だから美希はカッコつけてるんだよ。それは美希だけじゃなくて、みんなそう」

春香「私だってそうしてるし、やよいだって同じだと思うよ」


……分かってくれたかな?

途中で自分でも何言ってるのかわからなくなりかけましたが、なんとか最後まで言い切りました。
あとは、やよい自身のことについてです。


春香「やよいはね、お姉ちゃんとしての高槻やよいだよ」

やよい「…。」

春香「やよいは本当に色々出来てすごいと思うよ。料理とか家事とか」

春香「事務所の掃除だってするし、弟達の面倒見もいいし」

春香「本当に大したお姉ちゃんだと思う」

春香「本当に、大したお姉ちゃんだよ……やよいは」

やよい「…。」


春香「やよいは家族のことが好き?」

やよい「はい…。もちろんです」

春香「そう。じゃあ……もう少し頼ってあげたらどうかな、長介君たちを」

やよい「…。」

春香「私はやよいじゃないから、本当の気持ちなんてわからない」

春香「だからきっとこうなんじゃないかなって、想像で話すね」

春香「やよいは、弟さんたちに対して、いつもお姉ちゃんでいたいんだと思う」

春香「いつでも頼ってほしいし、守るのは当たり前」

春香「だからいつでも強いお姉ちゃんでありたいし、弱いところはあんまり見せたくないんじゃないかと思う」


春香「でも、本当にそれでいいのかな」

春香「私、本当に信頼できる関係って、今のやよいみたいに気張らなくていい関係だと思うの」

春香「信頼しあっているからこそ、強くもあるし弱くもある」

春香「そういうのじゃ、駄目かな?」


肩肘張らない関係。
私は一人っ子ですから、兄弟間の関係というのはよくわかりません。
それでも私は、家族はそんな関係であってほしいと思うのです。


やよい「…わかりません」


やよいは、私の問に続けて答えました。


やよい「ちっちゃい時からずっとそうやってしてきたから…」

やよい「見られたくないとか、そういうの、よくわかんないです…」


私の想像は間違っていたようです。
でも、やよいは責任感を持っているはずです。
私はその責任感を、意識的に持っているように感じましたが、実際は無意識的に責任感を持っていました。
私とやよいの認識の差はここでした。


やよい「でも、そういう関係っていいと思います」

やよい「こんなこと言っちゃダメだと思うけれど、最近長介たちが怖くて…」

やよい「もし、そんなふうになれたら、うれしいかなーって」


春香「もし?」

やよい「はい…。その…わからないんです。どうやったらいいのか…」

春香「…。」


やよいはまだ一歩引いています。
自分のことを過小評価しているからでしょうか、このような場面のやよいは、意外と弱気です。
それでもやるべきことをこなしてきた訳ですから、益々尊敬です。


春香「大丈夫だよ、やよいにもできるって」

やよい「……本当ですか?」

春香「うん。昨日の夜みたいにやれば、きっと上手くいくよ」

やよい「えっ…?」


それを聞いたやよいは、僅かに顔を紅潮させ、こちらを見ました。

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