響「なあなあ、春香んちってどこにあるんだ?」春香「群馬」(174)

二宮なんてなかった
はじまる

響「ふーん」

春香「なんで?」

響「今度遊びに行ってもいいか?」

春香「うん、良いよ」

響「やったー!」

春香「でも、どうして急に?」

響「今度のバレンタインに向けてお菓子作りしたいと思って」

響「お菓子作りといったら春香とだぞ!」

春香「なるほどー」

春香「でもそれだったら響ちゃんちでやった方が近くていいんじゃない?」

響「そ、それは……えぇと……」

響「は、春香の家に興味があるというか……なんというか……」

春香「なるほどうちに興味があるんだなるほど」

響「うがー! そこはラノベの主人公みたいに難聴を発揮するところだぞ!」

春香「はい」

春香「でも大丈夫かなぁ」

響「何が?」

春香「ほら、群馬だから」

響「? まあ、電車は苦手だけど春香についていけばなんくるないさー」

春香「響ちゃん、群馬行ったことある?」

響「」フルフル

響「東京から出たこと自体少ないぞ」

響「あ、でもディズニーランドは行ったことあるぞ!」

響「なあなあ、春香。東京ディズニーランドって千葉にあるのに"東京"ってついてるんだな、うぷぷっ。知ってたか?」

春香「はい」

響「…………」

響「なあ春香、実は自分のこと嫌いだったりしないよな?」

春香「そんなことより群馬は千葉とは違うんだよ、響ちゃん」

響(……ドライな春香も好きだぞ、自分)

響「違う、って……そりゃ違うだろうけど」

春香「色んな意味で違うんだよ」

響「?」

春香「うん、まあいいや。響ちゃんなら大丈夫かなー」

春香「じゃあいつにする?」

響「明日!」

春香「急だね。うーん……わかった」カキカキ

響「?」

春香「ここにあるもの持ってきてね。無い物は明日私が持ってきてあげるよ」ピラッ

響「? な、何かえらく多いけど……」

響(リュック、懐中電灯、軍手……?)

春香「初めてだからねー」

響(よくわからないけど……まあ、春香と話が噛み合わないのは今に始まったことじゃないしな!)

響「わかったぞ! じゃあまた明日な!」

春香「うん、じゃあね」

【その夜 響宅】

響「~♪」ガサゴソ

響(ついに春香の家にお邪魔するときが……)

響(実家暮らしって言ってたからなー。もしかしたらお父さんとお母さんに会えちゃうかもなー)

響(きっと春香に似て、わけわかんないけど優しい人なんだろうなぁ)

響「……ニヤつきすぎだな、自分。別に、ただ遊びに行くだけなのに……」

響「そんなことより早く準備しないと。ええと、後必要な物は……ん?」

・寝袋

響「」

響「これは……どういうことだ……?」

響「まさか……お泊まりなのか!? そうなのか!?」

響「し、しかし寝袋かぁ……春香んち、布団人数分しかないのかなぁ」

響「だ、だったら一緒の布団で……」

響「一緒に……」

響「……」ボンッ

響「そ、そそそういうのは早いな……」

響「それに、ここに寝袋って書いたってことは、春香は一緒の布団に寝るつもりはないってことだもんな……」

響「…………」

響「はぁ…………準備しよ」

響「ええと……包帯、絆創膏、アーミーナイフ、空のペットボトル……ん?」

・ハム蔵

響「んん?」

響「ハム蔵って……まあ連れて行ってもいいけど。何に必要なんだろ……」

響「まあいいか。ハム蔵、明日はよろしくな」

ハム蔵「」コクコク

響「よし、足りないものは春香にメールしたし……これでばっちりだな!」

響「ん……『注意』?」

※なるべく裾と袖が長い服装で来た方がいいよ

響「? 寒いのかなぁ」

響「自分、長いパンツ似合わないんだよなぁ……せっかくだからオシャレしたかったぞ……」

響「まあいいか。明日に備えて今日は寝るぞ!」

響「……明日はきっと良い一日になるよな、ハム蔵」

【翌日 765プロ最寄り駅】

響「はいさい春香!」

春香「はいさい、響ちゃん」

響「良い天気だな!」

春香「そうだねー。雨降ったら中止にしようかと思ってたから良かったよ」

響(? 電車なのに……?)

春香「それにしても響ちゃん、良い感じに重装備だね」

響「言われたとおりにしたらこんな荷物になっちゃって……」

響「何か登山行く人みたいになっちゃったぞ、あはは!」

春香「あはは、山は登らないよー」

響「だよなぁ、あはは!」

響「ところで、春香は荷物少ないな。服装も普通だし、スカートだし」

響「何で自分はこんな格好なんだ?」

春香「まあまあ、とりあえず行こうよ」

響「うー、なんか気になるぞ……」

春香「そんなことよりこのスカート買ったばっかりなんだ。どう、似合う?」クルン

響「似合う!」

春香「うん、じゃあ行こうか」

響「はい!」

……………

ガタンゴトン ガタンゴトン

響「どれくらいかかるんだ?」

春香「三時間くらいかなぁ」

響「け、けっこうかかるんだな……」

春香「電車に乗る時間がそれくらいで、駅からまたさらに歩くんだよねー」

響「ふーん……すごいんだなぁ、春香」

響「それにしても、だーれも乗ってないな、この電車。貸し切りみたいだぞ!」

春香「停まる駅も少ないからね」

響「なんかリラックスしちゃうな……ふわぁ」

響(昨日ワクワクしてあんまり眠れなかったから眠い……)

春香「寝ててもいいよ。着いたら起こしてあげる」

響「ホントか? じゃあ失礼して……」ポフッ

響「んー、春香の肩柔らかくて良い匂い……春の匂いだぞ……」

春香「おやすみ、響ちゃん」

響「おやすみ……」

響「…………ぐぅ」

……………

「…びき……ひび……ちゃ……起きて……」

響「んー……後30分……」

春香ぁ「響ちゃん、着いたよ」ユサユサ

響「! ご、ごめん」

春香「よく寝てたね」

響「えへへ、気持ちよくてつい」

春香「さ、降りるよ」

響「はーい」

響「」

春香「さ、行こうか」

響「」

春香「はぐれないように注意してね。あずささんじゃなくても迷っちゃったらかなり危ないから……」

響「なに……ここ……?」

春香「何って……ここが群馬だよ」

響「じゃ……じゃ……」

響「ジャングルじゃないか!!!」

キーキー ホッホッホ ホワァーホワァー ピーチチチ

響「…………」

春香「今日は何か活発だなぁ。響ちゃんが来たからかな? ふふっ」ガサガサ

響「あの……」

春香「何?」

響「日本なのかここ?」

春香「首都圏だよ」

響「……そうか」

春香「はい」

春香「軍手しといたほうがいいよ。結構尖った葉っぱとかあって危ないから」ガサガサ

響「は、春香は大丈夫なのか?」

春香「私はほら、慣れてるから」

響「…………」

春香「よいしょっと」バキバキバキ

響(……ワイルドな春香も好きだぞ、自分)

………………

春香「あ、ここ気をつけてね。地面が裂けてるから」

響「ほ、ホントだ……洞窟みたいになってる……なんか青く光ってるけどこれは……?」

春香「泉が湧いてるんだよ。綺麗だから飲むこともできるよ」

響「へ、へー……」

春香「駅近だから群馬の人たちけっこう来るんだけどね」バキバキ メキメキ

響「そ、そうなのか……」

春香「……」ガサガサ

響「な、なあさっきから草かき分けまくってるけど道合ってるのか? こんな獣道なのか?」

春香「うん」

響「……手袋ないしミニスカだけど大丈夫か?」

春香「慣れてるからね」

響「……」

春香「木を切って道を作っちゃうと、ここらへんに住んでる群馬の人たちが怒るんだよね」

響(さっきから"群馬の人たち"ってなんなんだろ……)

……………

響「ふぅ……ふぅ……」

春香「響ちゃん、大丈夫? 少し休憩しようか?」

響「な、なんくるないさー!」

響「それにしても遠いんだな……」

春香「近道もあるんだけど、初めての人には辛いかなーと思って。急がば回れの精神で」

響「春香的には『急がば真っ直ぐ進んじゃお!』じゃないか?」

春香「ふふっ、そうだね」

春香「…………!」

響「? どうしたんだ春……」

春香「伏せて!」サッ

響「わわっ!」サッ

響「な、なんなんだいきなり……」

春香「しーっ!」

響「……」コクコク

響「何があったんだ?」ボソボソ

春香「……あれ見て」チョイチョイ

響「?」

仮面の男「……」キョロキョロ

響「」

響「……何あれ」

春香「群馬県民だよ。ちょっと過激な方の」

響(過激じゃない方の群馬県民が見てみたいぞ……)

響(あ、春香か)

春香「参ったなぁ……今日に限って儀式の日だったのかぁ……」

響「なぁ春香。自分、頭痛くなってきたぞ」

春香「私もだよ……」

響「……」

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過激なほう

春香「とにかく、見つからずにやり過ごすしかないね……」コソコソ

響「み、見つかったらどうなるんだ?」

春香「う、うーんと……」

響「……春香ぁ……」

春香「大丈夫。響ちゃんは私が守るから」

響「!」

響「な、なら春香は自分が守るぞ」

春香「ふふっ、ありがと」

春香「……」ニジリニジリ

響「……」ニジリニジリ

響「……どこまで匍匐前進するんだ?」

春香「もうちょっと離れないと……」

響「……」

響(うぅ……腰痛くなってきた……)

響(ちょっと体勢を変え……)バキッ

響「あ゙っ」

群馬県民「!!」バッ

群馬県民「~~~~!!!」

春香「見つかった! 走るよ響ちゃん!!」

響「ご、ごめん春香ぁ!」

群馬県民「~~~!!」ザザザザ

響「は、速っ!」

春香「はぁ……ちょ、ちょっと厳しいなぁ……」

春香「はぁ、はぁ……ここを右に……」

響「わ、わかっ……うわっ!」ズルッ

春香「!! 響ちゃん!」

響「うわぁぁぁぁ!」ズザザザザ

春香「響ちゃーん!!」

…………………

…………

……

 どれくらい気を失っていただろう。
 水滴が頬に滴る感触で自分は目を覚ました。

響「い、痛ててて……」

 何が起こったんだ……。
 ええと、確か春香と一緒に逃げてる最中に……脇道に滑り落ちて……

響「! はっ、春香!? どこだ!?」

 人の気配がしない。
 どうやら春香とはぐれてしまったらしい。

響「うぅ……春香……」

 そのとき、草を掻き分けてハム蔵が姿を現した。

響「は、ハム蔵! 良かった、無事だったのか……」

 抱きかかえようとした自分の手をすり抜けたハム蔵は、慌てた様子で何かを訴えようとしていた。

響「え? ついて来い? 春香が、危ない……!?」

………………

 ハム蔵についていった先は小さな広場になっていた。
 中央には石の台座のようなものがあり、五人の群馬県民が周りを取り囲んでいる。
 そしてその台座の上には──

響「は、春香!!」

 手足を縛られ、気を失った春香が横たわっていた。
 ハム蔵曰く、落ちた自分に気を取られている隙に群馬県民に捕まってしまったらしい。

響「あ、あいつらぁぁぁ! 春香に何したんだぁぁぁ!」

 カッと頭が熱くなって、気がつくと自分は広場に飛び出していた。

参考画像貼るまでもなく>>75が貼ってくれてたねさすがだね
やったぜ。

響「やい! 春香から離れろ!」

 五つの仮面が一斉にこちらを向く。
 不気味な恐ろしさがあったが、恐怖よりも怒りの方が勝っていた。

響「何なんだお前ら! 春香に何しようとしてるんだ!」

 群馬県民は顔を見合わせると、その中の一人がスッと前に出た。
 思わず身構える。

響「さっさと春香を解放しろ! さもないと──」

 言い終える前に、首に恐ろしい衝撃が走った。
 何が起こったかわからないまま、自分は吹き飛ぶように背後の木に叩きつけられていた。

響「っ! がはっ……!」

 自分の喉を鷲掴みにした群馬県民は自分を木に押しつけたまま、ギリギリと締め上げる。

響(い、一瞬で……! じ、10メートルはあったぞ今っ……!)

 脚が地面についていないため踏ん張ることもできず、自分はただただもがき苦しんだ。

響「かはっ……あ、ぐ……!」

 残りの4人は自分に興味を失ったようにまた春香を取り囲んだ。
 
響「は、春香に触るなぁっ……!!」

 思い切り脚を振り上げ、男の顎を蹴り抜いた。

 思わぬ反撃に反応できなかったのか、男はそのまま崩れ落ちた。

響「げほっ! ごほっ! じょ、冗談じゃないぞ!」

 呼吸を整え顔を上げると、4人の群馬県民はじりじりと警戒しながらこちらに距離を詰めてきていた。

響(ま、まずいぞ……4対1なんて勝てっこない……)

 と、そのとき群馬県民の一人が腕を押さえて暴れ始めた。
 残りの3人もその男から距離を取るようにして狼狽えている。

響「な、なんだ……?」

 よく見てみると、男の腕に何かがくっついていた。
 いや、かじりついていた。

響「は、ハム蔵!!」

 愛すべき相棒はいくら振り回されようと、男の腕から離れようとしない。

響「あ、危ないぞハム蔵!! こっちに来るさー!」

 群馬県民の力を以てすれば、かよわいハム蔵なんて握りつぶされて終わりだ。

 しかし意に反して、男たちは小さな猛獣に触れようとさえしなかった。
 それどころか、男の一人は脱兎の如く逃げ出してしまった。

響「なんでだ……? なんでそんなにハム蔵を……」

響「…………もしかして、ハムスター見るの初めてなのか……?」

 なるほど。群馬にはハムスターいないんだな。

 自分は思いきり地面を蹴って、こちらに背を向けて慌てる二人に向かって駆け出した。
 そのまま一人の後頭部と、もう一人の腹部に蹴りを浴びせる。

響「はいっ! さいっ!」

 ハム蔵に気を取られていたせいか、二人はあっさりと気絶してしまった。

響「参ったか、うぬひゃー!」

 勝ち誇っていたのもつかの間、ころん、とハム蔵が自分の足下に転がってきた。

響「ハム蔵!」

 拾い上げようとした瞬間、ハム蔵に腕をかじられていた男が腕を伸ばしてこちらに突進してきた。

響「いっ!?」

 自分は咄嗟にその腕を掴み、相手の背中に回し、関節をキメていた。

 ──無意識の行動だった。

群馬県民「ガアァァァ! イタッイイィィ! オ、オレルゥ~!!」

 群馬県民は初めて自分にもわかる言葉を喋った。多分。

響「おりゃああぁぁ!!」

 自分は関節をキメたまま、後ろに倒れ込むようにして相手を投げ飛ばした。
 群馬県民はもんどり打って木の根に頭をぶつけ、そのまま気を失ってしまった。

響「はぁ……はぁ……ぜぇ……」

響「や、やったぞ春香……自分、勝ったぞ……」

 春香の手足の拘束を解き、背中に担ぐ。

 荷物の重さもあって、がくりと膝が折れかけた。

響「うぐ……な、なんくる、ないさー……」

 同じく気を失ったハム蔵をポケットにしまい、自分は急いでその場を離れることにした。

 無我夢中で歩いた。
 気がつくと、自分はさっき見た青い泉の脇まできていた。

響「も、戻って来ちゃったのかな……」

 春香の身体をそっと岩にもたれかけると、自分は力つきるようにその場にへたり込んだ。

響「ちょ、ちょっと……休憩……」

 空のペットボトルに泉の水を汲み、口にしてみた。

 HP+83

 体力が回復した。

 春香が目を覚ます様子はない。
 何をされたんだろう。殴られて気絶してるのか、何か薬でも嗅がされたのか……。
 どっちにしろ、あの男たちのことは許せない。

響「くそっ……あいつらぁ……!」

響「…………」

 ふと思いたって、泉の水を春香の口に流し込んでみた。

響「春香……起きて……お願い……」

 HP+80

春香「ん……響、ちゃん……?」

 状態異常が回復した。

響「は、春香ぁっ! 大丈夫か春香! ごめん、自分のせいで危ない目に……ぐすっ……」

春香「ううん、響ちゃんのせいじゃないよ……それに、助けに来てくれたんでしょ……? ありがとう……」

 まだ力のこもらない腕で、春香は自分の頭を撫でてくれた。

 ……こんなこと言ってる場合じゃないけど、幸せだった。

響「……はっ! さ、さあ! いつまでもここにいるわけには行かないぞ!」

 そう言って、自分はまた春香を負ぶった。

春香「え……い、いやいいよ。自分で歩けるよ」

響「嘘つけ! 立つのもやっとな癖に!」

春香「響ちゃんこそ無茶だよ……荷物もあるし、またかなり歩くことになるし……」

響「最近運動不足だったからちょうどいい運動だぞ! それに……は、春香のためなら……自分、なんやてぃんないさー!」

春香「…………ありがと、響ちゃん」

 強がりだった。
 滑り落ちたときか、群馬県民に蹴りを入れたときか、ここまで歩いてくる途中か、自分は脚を挫いていた。

響「あと春香、耳元でささやくのはやめて欲しいぞ……」

春香「こんな風に?」ヒソヒソ

響「ひ、ひぃぃ」ゾクゾク

………………

響「ふぅ……け、けっこうキツいなぁ」

春香「響ちゃん……」



響「よ、よっと……ここ、どっちだ?」フラフラ

春香「……み、右だよ」



響「ぜぇ……はぁ……は、春香、大丈夫か……げほっ」

春香「もうすぐ……もうすぐだから……!」

春香「見えた! あのボートだよ響ちゃん!」

 春香の指さす先には川があり、一隻のボートが岸に寄せられていた。

響「は……はっ…………やっと、着いたのか……」

春香「響ちゃん! も、もう降ろしていいから! あのボートに乗ればもう私の家まで……」

 そうか……。
 ……ボートで行く家って……マングローブか何かなのか、春香の家……。

 そう思ったところで自分は力つきて、その場に倒れ込んだ。

春香「響ちゃん!」

 ……もうすぐ待望の春香の家なのか……。
 楽しみだな……。
 二人でバレンタインのお菓子を作る約束だったっけ。

 作り終わった後、『誰に渡すつもりなの?』って訊かれたら……黙って春香に手渡すんだ……。
 自分の……手作りの……自分の……気持ちを……。

春香「響ちゃん! 響ちゃんっ!」

 春香の声が遠くなっていく。
 地面の湿った匂いと、ハム蔵が頬を叩く感触だけが鮮明だった。

響「春香……ごめ……ん……」

 自分の意識は、そこで途切れた。

…………………

…………

……

 次に目を覚ましたとき、見覚えのある天井が目に入った。

 あれ? おかしいな。
 自分は春香の家を知らないはずなのに……。

 と、視界が毛深い何かで覆われた。

響「ぶわっ! な、なななんだ!?」

 飛び起きるとそこは自分の部屋で、毛深い何かは愛犬・いぬ美だった。

春香「おはよう、響ちゃん」

響「うひゃあぁっ!」

 すぐ隣から聞こえた声に、情けない悲鳴を上げた。

響「は、はは、春香! 何で自分の布団の中で寝てるんだ!」

春香「寒かったからね。押し入れ散々漁ったけど布団一枚しかなかったから仕方なく添い寝を」

響「……ね、寝袋があるだろ!」

春香「えー? 普通、来客を寝袋で寝かせるかなぁ?」

響「いや人のこと言えないだろ!!」

春香「えっ」

響「えっ」

響「ま、まあいいや。そんなことより何で自分の部屋なんだ? 自分、ボートに乗る前から記憶がないんだけど」

春香「ごめんね。帰り道もあんな思いさせるの可愛そうだからいっそ気を失ってるうちに帰してあげようと」

響「そ、そうか……ごめん……自分、不甲斐ないぞ……」

 しょぼくれる自分に、春香は黙って首を振ってみせた。

春香「そんなことないって。……私、なんとなく覚えてるんだ。響ちゃんが私のために群馬県民に立ち向かってるところ……」

春香「すっごく格好良かったよ」

響「!! そ、そうかな……えへへ」

春香「さて、じゃあ私そろそろ帰るね。お菓子作りはまた今度、響ちゃんちでやろうね」

響「えっ……! あ……そ、そうか……」

 自分、バカだ。
 春香がここにいるってことは、春香はまたあの帰り道を通って帰らなきゃいけないってことじゃないか。

 あの……危険な密林の中を……。

 思い出して、背筋が震えた。

響「は、春香!」

春香「? 何?」

響「ひ、一人で帰れるのか? お、送っ……」

 送っていこうか、と言いかけて自分は声を飲んだ。
 あの、仮面の集団が脳裏によぎる。殺されかけた記憶が言葉を詰まらせる。

 きっと自分の顔は青ざめて酷い有り様になっているに違いない。
 震える唇をぎゅっと噛んだ。

 そんな自分に、春香は朗らかに微笑んだ。

春香「大丈夫だよ。何度も言うけど、慣れてるもん」

響「でっ、でも……」

 春香が毎日あの密林を通っているのは知ってる。
 あの時あいつらに捕まったのだって、自分が足を引っ張ったからだ。

 でも、それでも……群馬は危険だ。
 あんなところに、愛する人を独り送り出すなんて、自分にはできない。

 なのに、『一緒に行く』と言い出せない自分がいた。
 怖い。もう二度と、群馬には行きたくない。

響「うっ……うぅ……ひぐっ……」

 情けなくて、泣いた。ボロボロと大粒の涙が布団の上にこぼれ落ちた。
 春香を守るなんて言っておきながら、なんて体たらくだろう。
 群馬への恐怖で、身体が動かない。

響「ごっ……ごめん、春香……自分……自分……っ!」

 言い終わる前に、自分の身体は柔らかい香りと感触に包まれていた。
 顔をあげて、ようやく春香が抱き締めてくれているのだと気づいた。

春香「ありがとう、響ちゃん。そんなにも私のこと心配してくれてたんだね」

響「うぐっ……自分、こわくて……っ! で、でも……春香が危ない目に遭うのもイヤで……!」

 春香の背中に回した手に、力を込める。
 行かないで、という精一杯のアピールだった。

春香「……確かに、何が起こってもおかしくないよ。いくら通い慣れてても、油断はできない。群馬ってそういうところだもん」

響「だ、だったら……!」

春香「だからこそ、だよ。私も響ちゃんに危ない目に遭って欲しくない。だから、ごめんね。今日のことは全部私のせい」

 春香の目は、決意と信念に満ちていた。
 いつも自分をいじって遊んだり、わけのわからない冗談を行って自分を困らせる春香は、そこにはいなかった。

春香「私も群馬県民だから、逃げることは許されないの。それでも……みんなに……響ちゃんにまた会うために、私がんばるよ」

響「は、春香ぁっ……!」

 そう言うと、春香は自分から離れていった。
 名残惜しい、なんてものじゃなかった。

春香「じゃあね、響ちゃん」

 ふいに、イヤな予感がした。
 これが最後になってしまうかもしれない、と。

春香「また、きっと二人で遊びに行こうね」

 ダメだ。
 何か言わないと。
 春香を引き留めないと。

春香「……好きだよ、響ちゃん」

 玄関のドアが閉まって、しばらく呆然としていた。

 ……今のが最後に見る春香の笑顔になってしまうかもしれないと、ふと思った。

響「うっ……うぅっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 気がつくと、声をあげて泣いていた。
 『好きだよ』と、ようやく言ってもらえたのに。
 返事もできずにお別れなんだと考えて、さらに泣いた。

…………………

…………

……

 明け方になって、ようやく涙は止まった。

 明るんできた窓の外を見て、ポツリとつぶやいた。

響「かなさんどー……好きだぞ、春香」

 最後の一粒が、枕の上に落ちた。


 翌日、春香は普通に出勤してきた。


終わり

一足早いがなはるバレンタインSS
前回で琉球戦士に喧嘩を売り、今回で群馬帝国民に喧嘩を売った私のがなはるはどこへ行くのか

次回、がなはる沖縄旅行編
嘘だよおやすみ

前回のスレタイ教えてくれよ

>>163
響「がなはる、って何だ?」春香「さあ?」

孤独のグルメっていう変なマンガとのクロスとかいおまことか
去年だと真美SSばっか書いてた変態兄ちゃんでした

真美「『双海真美 可愛い』、っと……」
真美「お菓子持ってない人には問答無用でイタズラする」
真美「生きづらい世の中だなぁ」
真美「髪留めが見当たらない……」

ここぞとばかりに真美ステマ
っていうか真美オプマ

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