千早「笑ったら可愛い、ですか」(101)

向かい側に座る千早は眉間に眉を寄せて、怪訝そうに俺を睨む。
何か怒らせるような事を言っただろうか。

「そうそう、可愛い顔してるんだから笑いなよ」

というか、笑ってくれないと困る、撮影の時に俺がどれだけ苦労しているか。
千早は落ち着いた、抑揚の無い声で言葉を並べた。

「私は歌えればそれで良いですプロデューサー。余計な事は言わないでください、お互いに不快でしょう?」

担当アイドルの女子高生に、ここまで冷たく当たられるとは正直泣きそう。

しかし、ここで負けるわけにはいかない。

「そんなに怒らないの、ちーちゃん。ほら笑って」

「ヘラヘラとしないでください。気持ちの悪い」

大変汚い物を見るような目で見られた。
このままではKOされるのも時間の問題なので、戦略的撤退する事にした。

「ちーちゃん、怖えーッ!」

言われっぱなしは腹が立つので、そう言いながら撤退する。

「痛っ!」

撤退する俺に向かって何かが飛んで来た。
足元を見ると消しゴムが落ちている。後ろを見ると千早がドヤッて俺を見下してやがる。
いかん、いかん、子供相手にムキになってしまった。ここは大人の余裕を見せてやろう。
消しゴムを拾って千早に言ってやった。

「千早、消しゴムは投げる物じゃないぞ」

そう言ってやりながら、千早の額に思いっきり投げた。

「あうっ!」

千早の鳴き声を聞いて、何だよ可愛い声出るじゃないか。そう思いながら営業へと逃げた。

*****

営業から戻ると、俺はすぐさま千早に連れられて社長室へと行った。
疲れているというのに、最悪だ。
俺は社長が事務所の人間の中で1番嫌いなのだ。だって男だし。
俺を雇ってくれているから喋ってやっているレベルだ。

「何でしょうか社長。今日は一段と黒くて素敵ですよ。前衛的な置物みたいです」

社長は表情が見えないので、声の微妙な違いから読み取らないといけない所も面倒臭くて嫌いだ。

「また君は私を馬鹿にしていないかい?」

社長は苦笑いをしながら言った。
俺は軍人の新人が鬼軍曹に向かって言うように、ハッキリと分かりやすく答えた。

「さあ、どうでしょう!」

「まぁ、…いい。本題に入るが」

最初から入れよ面倒臭い。

社長はチラリと千早の方に視線を向けてから俺に喋る。

「千早君が君に大きな不満があり、担当を律子に変えてくれと強くお願いされたんだ」

社長の言葉に驚いて、つい前のめりになって社長に抗議をする。

「そんなっ、嫌ですよ。こんな面倒臭い女を律子に押し付けて、律子に嫌われたらどうするんですか!」

一応、千早を傷つけないようにフォローをしとくか。

「面倒臭いのがお前の個性だから、あんまり気にすんな。俺は今むしろお前を褒めてるからな」

「いや、安心してくれ。律子君には竜宮小町で手いっぱいだ」

「ですよねー」

社長は今まで聞いた事も無いような、上機嫌な声で喋り出した。

「君をクビにして、新しいプロデューサーを雇う」

俺は人間の限界を超越した反応で土下座をした。

全くもって不愉快だ。千早のせいで仕事を失いかけた。
あいつの事は今度から、ちーちゃんと呼んでやる。
ニヤニヤした千早の顔が頭から離れない。
いっつも仏頂面してる癖に、あんな時は良い笑顔しやがって。

******

「おはよう、ちーちゃん」

次の日の朝、俺は生まれ変わったように爽やかな挨拶を、ソファーに座っている千早にしてやった。

「ちーちゃんって、何なんですか?それでも社会人ですか」

千早は読んでいる音楽雑誌を閉じないままで、俺の社会人の適性を疑ってくる。
相変わらず、千早は冷たい。

「じゃあ、ちーたん」

千早は俺の事を呆れた目で数秒見た後に、スッと何処かへ去ろうと立ち上がった。
そんな千早の頭を両手でガッチリとホールドした。

「ちーちゃん、お話の途中で逃げないの」

「もう、嫌ッ…何この人」

少し泣きそうな声で千早は言う。
泣き虫だなぁ、千早は。
そんな風に和やかな気持ちで見ていると、社長室の方に千早は走り出した。
俺は千早の前に立ち塞がり、金メダル級の土下座を喰らわした。
千早は暫く悩んでから。

「もう、いいです…」

と俺を許した。

こいつは土下座すれば一発ぐらいできそうだな。

*****

「何でグラビアの仕事を取って来るのですか?時間の無駄だって言っているでしょう、プロデューサー」

事務所で1人残業で書類を書いている俺に、いつも通りの仏頂面をした千早が言う。
水着のグラビアの仕事を取ったと、メールを一時間前にしたらわざわざ来やがった。仕事に入る一時間前に連絡すれば良かった。

「何が、無駄なんだ?」

そう尋ねながら、千早の眉間のシワを人差し指で伸ばした。
アイドルの顔にシワがついたら大変だ。
だけども俺の努力を嘲笑うかのように、より深いシワが作られた。

「…oh、ババアみてえ」

千早は俺の手をはたいて、また喋り始めた。

「無駄じゃないですか、私は歌が全てなんです。そんな事をしている暇があるなら、歌のレッスンをして少しでもッ」

「えいっ」

千早が急に熱くなって叫び始めたので、俺が後から食うつもりだったあんパンで口を塞いだ。
口の中にある物を食い終わる迄は、喋りたくないのだろうな。
千早は物凄い勢いでパンをモグモグと食べる。

あんパンを食べ終わった千早が喋ろうと口を開けた瞬間に、千早の言葉を潰すように言った。

「つまんねえよ」

「…何がです?」

「ちーちゃんの歌は上手いよ、けどつまんねぇ」

千早は自分の全てとまで言う歌を馬鹿にされて、悔しそうに歯を食いしばりながら俯いた。
けれど、すぐに顔を上げて俺に怒鳴った。

「つまんないッて、何ですか!確かに私はまだまだ上を目指してます。でもっ、今でも決して他のアイドル何かの歌には負けません!!」

俺は冷静に千早に返す。

「千早はさ、歌を勝ち負けで考えて歌ってるの?誰かに勝とうとして、歌ってるの?」

千早はまた俯いて、今度は力無く俺に言う。

「分かりません、でも、歌は私の全てで。…負けたくはないです」

「だから」と言いながら、弱々しい目でそれでも真っ直ぐに千早は俺を見つめた。

「プロデューサーが私の歌に足りない物が分かるなら、教えて下さい」

千早の歌に足りない物何て簡単だ。俺はシンプルな答えを教えてやる。

「全部、歌以外の全部」

千早は俺の答えが気に食わなさそうだ。まぁ、そうだよな。
それが分からないから、千早は歌以外の全てを捨てて歌だけを磨いて来たんだ。

「まぁ、納得しないのは仕方ない。でも俺の言う通りに歌以外の仕事もこなしてみろ。それでも分かんなかったら、今まで通り、歌だけをやればいいじゃないか」

「…わかりました」

*****

千早は本当に面倒臭い。何であいつはあんなに歌に、こだわるんだろうか。そんな事を考えていたら、寝不足になってしまった。
やっぱりあいつは面倒だ。
と、千早の面倒臭さを考えながら事務所に入ると、面倒な千早が俺に泣きそうな声で尋ねる。

「プロデューサー…今日のグラビアの仕事をやっぱりキャンセルしたいです」

面倒ッ!

「何で?」

千早は恥ずかしそうに声を小さく言う。

「胸が、…ちっちゃ、、くて……恥ずかしいです。嫌です」

「ぐはっ!!」

「きゃっ、プ、プロデューサー?」

何と言う事だ、こんな面倒な奴に少しときめいてしまった。
少し可愛いじゃねぇか。

「いや、まぁそれはそれでな需要があるんだよ。美少女限定だが」

それより、そんな事よりも何か千早が思ったよりも素直に言う事を聞くな。

「今日はお前、可愛いな。どうした?俺にデレた?」

そう言うと、いつもの仏頂面になって凄く安心した。

「違います、ただ…始めて私の歌を否定されたので、だからこそプロデューサーの言う事を聞いたら、もっと素晴らしい歌が歌えるかと思って」

「ふーん、まっ頑張って、貧乳ファンを獲得して来い」




やっぱり千早は面倒だ。少しぐらいのセクハラで思いっきりビンタしやがって。

*******

そうして、一ヶ月ぐらい経過したら。千早がデレた。
たまに笑顔を俺に向けるようになったぐらいデレた。それがどれほど恐ろしいかと言うと陰キャラが勇気を出して文化祭で漫才を恐ろしい。思い出しただけで死にたくなる
たまに本能のままに襲いそうになってしまう。これがギャップ効果か、恐ろしい。

「プロデューサー、何をぼうっとしてるんです。仕事をして下さい」

「はいっ、ごめんなさい。ちーちゃん!」

久しぶりに、ちーちゃんと呼んでみたら千早は顔を軽く赤に染めて、「…何ですか、何で恋人みたいに呼ぶんですか?」とボソッと呟く。

「千早?お前、俺が好きなの」

「ちっ、、違います!ただプロデューサーの言う通りにしたら、歌以外に大切な物が幾つも生まれて。そういう物を、、知って歌うと歌に乗せる気持ちにっ、色々な物が出来て!。今思うと前の私の歌はプロデューサーの言う通りにつまらなくて、それで」

「取り敢えず落ち着いて」

千早は大きく息を吸い込んでボソリと口を尖らせて言った。

「感謝してるんです、大切なことを教えてくれて」

「おっ、おう」

戸惑う俺に向かって千早は笑いかける。

「これからもお願いします、プロデューサー」

事務所の電話が鳴いた。
プルルルルッ、と一つ一つハッキリとした音で。
俺は千早への接し方に戸惑っていたので、千早から逃げるように電話へ急いで出た。

「お電話有難うございます。765事務所の○○○がお受けいたします」

千早が恨めしそうにジトッと俺を睨む。

「はい、…はい、はいっ。すぐに連れてそちらに向かいます」

「千早、説明は後でするから車に乗れっ、急げ!」

戸惑う千早の腕を引っ張り、強引に車へ向かう。
急いでエンジンをかけて事故はしないように、急いで向かった。

「どこに行くんです」

俺の尋常じゃない急ぎ様をみて、少し不安そうに千早が尋ねた。

「病院だ」

「病院?」

赤信号に引っかかり車を止めてしまう。

「お前の父さんが倒れたそうだ。」

俺の言葉を聞くと、千早は低く重い声を出した。

「良いです。戻りましょう」

「はあっ!?」

「会いたくないんです」

千早の方を思わずに見ると、千早は頬を濡らしていた。
突然の事に呆然としてしまう。
確か一人暮らしとは聞いていたが
、何か家庭に問題があったのか。

「会いたくないです」

後ろの車にクラクションを鳴らされて、信号が青になった事に気付く。
戸惑いながらも千早に説得するように言う。

「駄目だ、話なら後から幾らでも聞くから、黙って会って来い」

******

そういえば、千早が何であんなに歌にこだわっていたのか知らないままだ。
さっきは何で千早は泣いてたのだろう?
俺は千早の事を全然知らないな。
千早の事を知りたい。
この気持ちはどういう事なのだろう。
プロデューサーだから?
知り合いだから?
それとも。

ガチャリと助手席のドアが開いた。

「どうだった?」

「命に別状はないようです。一ヶ月も入院すれば完全に回復するようです」

千早はぼうっとした顔で言った。
これは何があったのだろうか、千早のこんなに気の抜けた顔は見た事がない。

「それで?」

千早の唇の動きが少しだけ重くなった。

「母が居ました」

とポツリと言った。

母がそこに居ないと思ったのか?
離婚しているのだろうか。

「母が私に可愛くなったと言いました」

「千早は可愛いもんな」

そう言って千早の頭を優しく撫でた。
千早は俺の腕をどけないまま、俺の腕をギュッと両手で握った。

「それと、父が私がラジオに出たのを聞いたと、言いました。」

「褒めてくれました、凄いって」

その言葉を千早がまだ受け止めれないのか、実感のなさそうな声だった。

「頑張ってるもんな」

千早は硬い表情が少し解けて、軽く笑った。

「それと、…私のグラビアを見たって、、あんな破廉恥な写真はもう、撮るなって。変なファンがついたら、どうするって」

千早は

「私を…叱りましたっ」

千早は嬉しそうに泣いた。
親から当たり前のように心配されて叱られて、それをまるで宝物でももらったかのように嬉しそうに泣いた。

その姿を見て、何で泣いているのか知りたいと強く思った。
そして分からなかったが一つだけ分かった。
俺は千早を。

******

暫くして千早は泣き止んだ。

「ありがとうございます」

鼻声の千早が泣き顔を見られ、恥ずかしそうに上目遣いでお礼を言った。

「どういたしまして」

「何でプロデューサーは必死に私を親と合わせたんですか?」

「んー」

「俺な、むかし親父が死んだんだよね」

千早は一瞬顔を強張らせて、申し訳なさそうに俯いた。
俺は千早の頭をガシガシと撫でた。

「何で千早が申し訳なさそうにするんだよ」

「俺な親父が大嫌いだったんだ。」

出来るだけ明るい声で、出来るだけ大きな声で言った。

「小さな頃からいつも理不尽な事で怒鳴って偉そうにするだけで無能で。母さんに沢山苦労をかけて。それなのに偉そうに怒鳴り散らして。」


「ある時はな、勝手に金を百万程度使ってたんだよ。母さんが俺の学費の為に、俺が生まれた時から貯めてた金らしいけどよ」

身振り手振りを大きく、可笑しくして話した。
別に面白くもないのに笑って話した。

「それに気付いて母さんが少し責めるとまた、逆上して。」

「酷い奴だ」

つい吐き捨てるように言ってしまった。
それを消すように一段と明るい声で話し始めた。

「あいつの事が大嫌いで。あんな奴が俺の親父なのが情けなくてな。でもな、俺はさあいつより俺の方が体が大きくなってもな」

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