勇太「丹生谷とセフレみたいな関係になってしまった」(705)

あの日、六花は十花さんに連れられイタリアへと旅だった。

あの日、俺は六花と別れた。

その日を境に、色鮮やかに輝いていた俺の毎日は色あせた味気ないものになった。

失ってから初めて気付く大切なもの……などとは言いたくないが、やはり六花の存在は俺の中で大きなものだったらしい。

ひどく毎日がつまらなく感じた事を今でも覚えている。

そんな俺を丹生谷は……いや、森夏は支え続けてくれた。

憎まれ口を叩き、俺を支えてくれた。

いつだったか、彼女と手を繋いだ。

いつだったか、彼女とキスをした。

いつだったか、俺は彼女とセックスをした。

大学に進学した今でも、森夏は大切な友人だ。

ただ……。

森夏「………んん。……やば、寝坊じゃん」

森夏「……ねぇ勇太?今日は講義サボっちゃおうよ。ね?」

仲の良い友人は、同棲しセックスをするものなのだろうか。

森夏「ねぇねぇ、休んじゃいましょーよー」

勇太「お前なぁ……。出席そろそろヤバいんじゃねーの?」

森夏「へーきへーき」

実際、問題は無かった。

俺と森夏は同じ大学に進学した。超一流ではないが、準一流~二流といったレベルだ。世間様には十分胸をはれる。

入学時よりコツコツと単位を積み重ねていった結果、三年生になった今かなりの余裕が出てきた。

それをいい事に、最近の俺たちの生活は堕落する一方だ。

勇太「まぁ……別にいいか。眠いしな」

森夏「昨日は勇太かなり頑張ってたからねー」

勇太「恥ずかしいからやめろって」

森夏「……ねぇ、勇太?」

勇太「……ん?どうした?」

森夏「ご飯食べたらまた……。ね?」

森夏の手が俺の股間を撫で回す。

俺たちは仲の良い友人だ。

森夏はモテた。

高校入学時から他の女子に比べ頭ひとつ抜きん出ていたが、大学に進学しその美貌は更に磨きがかかった気がする。

当然だが、多くの男たちからアプローチがあった。

にも関わらず、森夏はそのすべてを断った。

いつだったか、森夏にその事を尋ねてみた。

森夏『小鳥遊さんにフラれて落ち込んでるあんたをほっとけないからね』

呆れ顔で答えられた記憶がある。

一色曰く、当時の俺は相当酷かったらしい。

ある日ふと消えてしまいそうな、そんな危うさがあったとの事。

森夏『あの時の勇太は本当に見てらんなかったわ』

今になって思う。あの時に森夏がいてくれて本当に助かった。もし森夏がいなかったら、俺は……。

……ただ、

仲の良い友人とは、相手が落ち込んでいる時にセックスをするものなのだろうか。

ちょっとタンマ

大学生活は楽しい。

サークルには所属してないが、友人と呼べるものもできた。

一色やくみん先輩、凸守とは今でも連絡を取り合っている。

だが、それでも。

それでもふと、言いようのない寂しさや孤独感に駆られる事がある。

そんな時、決まって俺は森夏を激しく求める。

森夏もそれに応え、激しく俺を求める。

森夏『今日の勇太、なんて言うか……凄かったよ』

森夏は何も言わず、俺を受け止めてくれる。

寂しさを感じているのは俺だけなのだろうか。

本当に寂しさを感じているのは、一体誰なのだろうか。

勇太「よう、久しぶり」

一色「久しぶりって……最後に会ったの二ヶ月くらい前だろうが」

勇太「十分昔の話さ」

一色「なんだそりゃ」

一色は俺達とは別の大学へ進学した。

大学でバンドを結成したらしく、そこそこ有名になっているらしい。

初恋は結局実らず終いだったらしいが、その失恋が彼を成長させた。

女性に対するがっつきが無くなり、そこそこモテているようだ。

……素直に凄いと思った。

いつまでも過去の失恋を引きずる俺と違い、コイツは前を向いて生きている。

それだけで俺はコイツを尊敬できた。

……ん?

……俺はまだ、失恋を引きずっているのだろうか?

一色「……なぁ、勇太?」

勇太「ん?どうした?」

一色「丹生谷とは……その、まだ一緒に住んでるのか?」

勇太「ん?あぁ。それが?」

一色「……」

一色が何か言いたそうな顔をしているが、俺にはその内容がわからない。

わからない。本当にわからない。わかりたくない。だからわからないフリをする。

一色「丹生谷とは話をしたのか?」

わからない。わかりたくない。わかっちゃいけない。

勇太「何の話をだ?」

一色「……丹生谷と同じ返しかよ」

チッ……っと、一色の舌打ちが聞こえた気がした。

気のせいだろう。

あぁ、無性に森夏を抱きたくなってきた。

森夏「勇太ー、今日の晩御飯はー?」

勇太「買い物に行ってないからな。有り合わせのペペロンチーノだ」

食事は一日交代の当番制。二人で作った決まりだった。

森夏「……ねぇ、勇太」

ついさっきまで寝転がりテレビを見ていた森夏が、いつの間にか台所に立つ俺の後ろに立っていた。

森夏「……今日、どこに行ってたの?」

勇太「一色と会ってたよ」

森夏「あー……アイツかぁ。何か言われた?」

勇太「いや、別に」

森夏「実はこの前アイツから電話があったんだよね」

勇太「何か言われた?」

森夏「いや、別に」

俺の質問に答えながら、森夏は俺の背から抱き着いてきた。

またセックスでもしたくなったのだろうか。

結局、その日はセックスをしなかった。

その変わりとでも言うのか、森夏は俺にたくさんキスを求めてきた。

森夏はあまりキスをしたがらない。

珍しい事もあるもんだ。

一体どんな風の吹き回しなんだろうか。

よくわからないな。

次の日、目が覚めると森夏に指を絡められている事に気付いた。

なんとなく、絡められた指を握り返してみた。

眠っている森夏が嬉しそうな顔をした気がする。

森夏「ふふふ、勇太だい…きだよ……」

寝言なんて森夏もまだまだ子供だな。

幸せそうな顔をして、一体どんな夢を見ているのだろうか。

ごめん寝る落として

同棲こそしているが、俺たちはお互いを束縛しない。

森夏が俺の知らない所で何をしようと構わないし、俺の行動に森夏が口出しする権利もない。
どちらかに彼氏彼女が出来た時点でこの生活は解消される決まりになっていた。そりゃそうだ。

でも、俺たちは彼氏彼女を作ろうとしない。

森夏『家賃とか光熱費とか安くすむからね』

一理ある。金は天下のまわりもの。あるにこした事はない。森夏の言い分にも納得できる。

ただ、本当にそれだけなのかと聞くことは出来なかった。

怖かった。

俺は一体、何に怯えているのだろう。

携帯が震える。

ここ数年、マナーモードを解除した記憶がない。

メールを開封し、送り主と内容を確認する。

『ごめん!今日コンパ入っちゃった!まぁ数合わせ要員だから適当なトコで切り上げるけどねー』

美しい外見とは裏腹に、デコレーションも顔文字もない簡素なメール。

これが丹生谷森夏の本性だ。

森夏『デコレーションや絵文字顔文字でキラッキラしたメールって馬鹿みたいよね。私嫌い』

そう言いながら、デートの誘いを断るためにキラッキラしたメールをうっていたっけな。

密かに感じる優越感。

その外見と社交的な猫の皮が災いし、森夏には男女問わず多くの誘いが来る。

森夏『本当は面倒くさいけど……。ま、処世術ってヤツよね』

決まって森夏は、一次会で脱出して帰ってくる。

飲み会から帰ってきた森夏は、決まって俺を求めてくる。

今日もそうなる事は想像できた。

いつもの事だ。

何か胃に優しいものでも作っておいてやろう。

その日、森夏は帰って来なかった。

終電の時間を過ぎても、森夏からの連絡は無かった。

コンパに行き連絡が繋がらず、終電を過ぎても帰って来ない。

それが何を意味しているのかわからない程俺はガキではない。

別に俺がどうこう言う話じゃない。

来るべき時が来た。ただそれだけの事。

最初に決めた事だ。

にも関わらず。

何故。

一体何故、俺は森夏の携帯に連絡を入れ続けているのだろうか。

何度コールしても、森夏の声は聞こえてこない。

女性オペレーターの機械的な声が、留守電メッセージを残すよう促すだけだった。

ご飯

別れはいずれ訪れる。

そんな事はわかっていた。

ただ、こんな急に、こんな突然なものだとは思っても見なかった。

もう少し、別れへの移行期間のようなものがあると思っていた。

時間をかけて、森夏との別れを受け入れていくものだと思っていた。

だというのに、これはなんだ。

こんな別れ方なんてあるか。

だって、俺は……俺はお前を……。

勇太「森夏!!」

気が付けば、俺は部屋を飛び出し彼女の名を叫んでいた。

いるはずのない彼女の名を。

森夏はどこにいるのか。

知った事か。

森夏は今何をしているのか。

どうでもいい。

仮に今森夏に会えたとして、俺は森夏と何を話すのか。

そんな事は今考える必要はない。

もう、森夏の身体に触れる事は叶わない。

それでも森夏に会いたい。森夏の声が聞きたい。

この気持ちだけは確かなものだった。

「森夏っ!森夏ぁぁぁぁ!!」

返事のあろうはずのない問い掛けを繰り返す。

俺の求めに応えて欲しいとひたすらに願う。

そして、

森夏「うっさい。今何時だと思ってるの。近所迷惑よ」

聞こえるはずのない返事が、聞こえた。

喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、悲しむべきなのか。

今の俺には、判断が出来ない。

なぜなら……。

森夏「勇太、話があるの」

森夏は、一人で帰ってきたわけではなかったのだから。

俺と森夏と来訪者。

気まずい沈黙が部屋を包む。

と言っても、俺のテンションに二人が引っ張られているようなものだが。

このままお見舞い状態では埒があかない。

勇太「その……、森夏」

だから、俺が沈黙を破る。

核心を突く。

勇太「お前…………バイだったのか?」

森夏「…………は?」

ああ、どうやらこの質問は間違いだったようだ。

勇太「……ごめんなさい」

森夏「全く……何考えてるのよ。私は普通に異性愛者よ。馬鹿じゃないの?」

勇太「面目ない」

森夏「ふふっ、ばーか」

辛辣な言葉とは裏腹に、森夏は楽しそうだ。

本気で怒っていない事がわかり、ほっと胸を撫で下ろす。

事の顛末はこうだ。

いつもの如く森夏が一次会でフェードアウトしようとすると、一人の女の子が目についた。

その女の子は男馴れしていないようで、グイグイと攻めてくる男たちの誘いを断りきれないでいた。

嫌な予感を感じた森夏は、二次会に参加し常に彼女の隣の席をキープしたらしい。

二次会終了後、案の定男たちが寄って来たので彼女を連れて脱出してきた。

会場は俺たちの部屋の一つな隣の駅だったらしく、終電が無い事に気付き二人で歩いて帰ってきたとの事。

連絡が繋がらなかったのは、単純に携帯の電池が切れていたから。

わかってしまえばなんて事はない。俺の一人相撲だったわけだ。

森夏「……っていう訳で、悪いんだけどこの娘一晩泊めてもいい?」

勇太「終電無いんだろ?いいよ」

森夏「さすが勇太ね。やっさしい」

言うやいなや、俺の腕に抱き着いてくる森夏。

人前ではやめて欲しい。

*「あの……」

おずおずと、沈黙を守っていた少女が口を開く……。

*「申し訳ありません丹生谷先輩。まさか彼氏さんと同棲してるなんて思わなくて……。迷惑じゃありませんか?」

森夏「いいのよ。**ちゃんは気にしないで!」

*「でも……」

森夏「後半は先輩の言うことを聞くものなの!わかった?」

*「……はい」

話を聞く限り、森夏と彼女は初対面のようだった。

にも関わらず、彼女は森夏を信頼しきっていた。

森夏自身も、彼女を優しく慈しむように接していた。

元来森夏はこういう人間だった。

卒業式の時に、号泣する凸守を優しく抱きしめ頭を撫でていたっけな。

勇太「森夏がこうなったらテコでも動かないよ。今日は泊まっていきな」

*「……ありがとうございます。丹生谷先輩。富樫先輩」

そして。

当たり前のように、まるで当然であるかのように。

俺と森夏は『彼氏』というワードに触れようとしない。

*「あの……、やっぱり私が床で寝ます。お二人はベッドで寝てください」

森夏「いいのよ。お客さんを床で寝かせるなんてそんな事できないわ」

勇太「そうそう。今日は疲れただろ。もう寝ちゃった方がいいよ」

*「……」

森夏「大丈夫よ。勇太が変な事しようものなら私がぶん殴ってでも止めてあげるから」

勇太「するかよそんな事」

森夏「ふぅん。『俺はお前一筋だー』とは言ってくれないんだ?」

勇太「……馬鹿な事言ってんなよ」

森夏「というわけで!もう寝ましょ!おやすみ!」

*「……おやすみ、なさい」

勇太「はいはいおやすみ」

勇太「…………」

*「……すぅ……すぅ」

眠れない。

頭がモヤモヤする。

何故森夏はあの時……。

「ふぅん。『俺はお前一筋だー』とは言ってくれないんだ?」

わからない。

考えても考えてもわからない。
あの時森夏は何を思ってあんな事を口にしたのだろうか。

その場に合わせただけなのか。そうだ。きっとそうだろう。

あまり考え過ぎるのも良くない。さっさと寝よう。

……考え過ぎる事の何がいけないのだろう。

俺は現実から目を背けているだけじゃないのだろうか。

……いや、もうやめだ。

森夏「ふぅ」

……森夏がシャワーからあがったようだ。

反射的に、俺は寝たフリをしてしまった。

何故だろう。なんとなく、今は森夏の顔を見る事ができなかった。

ガサガサと、俺の周りで森夏の物音が聞こえる。

森夏が横になったのが気配でわかる。

今日はもう寝てしまおう。

明日……、明日になれば。

森夏「……ねぇ、勇太?」

森夏「寝たフリしてるでしょ?」

森夏「ねぇ、起きてるんでしょ?」

その声はとても優しく。

森夏「知ってるんだから」

その声はとても妖艶で。

森夏「目を開けて、勇太」

その声には、有無を言わさず相手を従わせる強さがあった。

目を開けると、目の前には森夏の顔があった。

お互いの吐息を感じる事ができる距離。二人の間は数センチといったところか。

ついさっきまでシャワーを浴びていたからか、森夏の顔が心なしかか赤い。

森夏「あの娘……。ちっちゃくって、可愛らしくって、オドオドしてて」

森夏「ちょっと小鳥遊さんみたいじゃない?」

勇太「……ッ」

ドクンと、俺の心臓が大きく跳ねた気がした。

勇太「そんな事は……」

『ない』という言葉が、俺の口から発せられる事はなかった。

森夏「ふっ……んっ……」

俺の唇は、森夏の唇で塞がれていた。

森夏の右手が俺の肩から背中にまわる。

森夏の左手が俺の後頭部を抱え込む。

森夏の脚が、俺の脚に絡みつく。

俺の身体は、森夏によって完全にホールドされてしまった。

森夏の舌が、俺の唇をわって口内に侵入してくる。

遠慮というもののない、俺の口内をひたすらに蹂躙するものであった。

一通り俺の口内を犯しつくすと、今度は所在なさげにチロチロとうごめく。

俺が舌を差し出すと、狂ったように舌を絡めてくる。

俺が唾液を流し込むと、砂漠でオアシスを見つけたかのようにすすり返してくる。

森夏「………ぷあっ」

たまらず森夏が口を離す。

お互いの目が合った気がするが、そんな事はどうでもいい。

再び俺達は、口による性交を再開する。

ごめん妹とお風呂入ってくる

妹は21でしゅ
一緒に入るわけじゃないから
雪を見ながら温泉に入りたいから連れてけだって

森夏ちゃん可愛い
しんかかわいい
しんかわ

ただいま
兄貴としてカッコイイ所見せてきてやったぜ

いやもううちの妹ほんと可愛いのよ
もちろん性的な意味ではなく

森夏の左手が、俺の頭を強く引き寄せる。

俺の右手が、森夏の臀部を激しく撫で回す。

森夏が俺の口を吸い始めれば、俺は吸われる力以上の唾液を森夏の口に流しこむ。

あぁ、母さんがこの様を見たらきっと怒るだろうな。

成人した二人の男女が、お互いの唾液で口元をベタベタにし合っているなんて。

森夏の唾液に俺の身体を染められたい。

俺の唾液で森夏の身体を染め上げたい。

俺の方が激しい、いや私の方が激しいと競い合うように俺たちは互いの身体を求める。

部屋に響く音は、水音などと呼べるようなものでは無かった。

例えるならそう、吸盤。粘着性の高い吸盤を、つけたり剥がしたり。

子供が戯れるように、俺たちは吸盤をつけあっては剥がしあう。

森夏「んっ!……ゆうっ!」

息つぎのため、一瞬離れた森夏の口から言葉が漏れる。

俺はその言葉を遮るように、森夏の口に吸い付く。

吸われた森夏も怒るような事はなく、負けじと口内に舌を滑り込ませてくる。

勇太「はあっ!……しんっ!」

今度は俺が森夏の名を呼ぼうとするが、さっきのお返しだと言わんばかりに森夏に口を塞がれる。

ゴロリと、身体が90度回転する。

仰向けに寝転がる俺、その俺の身体に俯せにのしかかる森夏。

森夏にマウントを取られた形になる。

気付けば森夏の両手は俺の首にまわされ、俺の頭を抱える形になっている。

万力の如き力で抱きしめてくる森夏に対し、俺は暫しの間防戦に徹する事となる。

やられっぱなしというのも男として情けない。そろそろ反撃といきたいところ。

身体に勢いをつけ、くるっと180度回転。俺と森夏の上下が入れ替わる。

入れ替わると同時に、息つぎの為に口を離し……。

森夏「んっ………………えっ?」

キスをしない。

さっきまでのお返しだ。お預け。

勇太「まて」

犬の躾のように、抑揚のない命令口調で森夏に囁く。

森夏「やぁ……やらよぉ……ゆうたっ、ゆうたぁ……」

たった数秒の事だ。数秒口を離しただけで、森夏の目元に大粒の涙があふれる。

森夏「ゆうたっ、ゆうたっ、ゆうたぁ」

それ以外の言葉を忘れてしまったのか、森夏はただひたすらに俺の名前を呼ぶ。

俺の唇が欲しいと、目に涙を溢れさせながら俺の名を呼ぶ。

断っておくが、俺はサディストでもマゾヒストでもない。属性で言えば中庸といった所か。

ただ、それでも。

森夏のこんな姿を見せられてしまえば、男として嗜虐心がそそられるのは致し方ない事だ。

故に、俺は森夏をイジメてみる。

勇太「森夏さ、いつだったかキスは好きじゃないって言ってたよな?」

森夏「ゆうっ、ゆうたっ」

勇太「あれってさ、なんで?」

森夏「やら、やら、ゆうたっ、きしゅっ」

勇太「教えてくれたらキスしてあげるよ」

森夏「やぁっ、やぁっ!いえない、いえないよぉ」

とうとう泣き出してしまった。

あまりの可愛いらしさに心が折れそうになるが、鋼の意思で森夏の誘惑に抗い続ける。

勇太「じゃあもうキスしないでいい?」

森夏「やぁっ、やぁぁっ!!」

駄々をこねる幼児のように、顔を左右に振る森夏。

大人びた美しい外見にそぐわないその行為は、さらに俺の嗜虐心を駆り立てる。

勇太「じゃあ言ってよ。お願い森夏」

右手を森夏の左手に絡め、左手で森夏の額を撫でる。

森夏はいやいやと抵抗を続けていたが、観念したのかポツポツと語り始める。

森夏「きっ、きすは……だめだからっ」

勇太「なにが?」

森夏「だめなのっ!!」

森夏「キスしちゃったら……もうだめになっちゃうから…………どれなくなっちゃうから……」

森夏「だから、だからキスなんかもうしたくないのっ!!」

勇太「…………」

森夏「……もうやぁっ!もういわない!いいたくないっ!」

森夏「ねぇ、おねがいゆうた?わたし言ったよ。言ったからさ、ねぇ?」

森夏……気付いているのか?

お前が今求めているソレは、お前がもうしたくないと言っている行為なんだぞ……?

眉毛切るハサミで鼻毛切ってたら血が止まらなくなったんだけど

大粒の涙をボロボロと零しながら唇を求める森夏。

その様を見ていると、胸に熱いものが込み上げてくる。

俺の人生で一度だけ感じた事がある感覚。

イタリアの地に飛んだあいつに抱いたあの感覚。

ソレに気付いた時、俺は森夏とキスをする事に若干の抵抗を覚えた。

キスを求めてくる森夏、キスに抵抗を覚えてしまった俺。

森夏の求めと俺の感情を天秤にかけた結果、俺はひとつの妥協案をとった。

キスはしない。

森夏の顔に触れるか触れないかの所まで顔を近付け、舌を差し出す。

俺の意図が伝わったのか、森夏は嬉しそうな顔をして己の舌を突き出す。

お互いの舌をひたすらに舐めあう。

その行為は、今まで散々行ってきたキスなどよりも更に淫靡な雰囲気を醸しだしていた。

先程までの吸盤のような音ではない。

舌の接触により交換されたお互いの唾液を、一滴も漏らさぬようにすすり合う音だけが部屋に響いた。

気が付けば、俺の両手は森夏の両手と結ばれていた。

お互いの十本の指が、解けぬようにと固く絡めあっていた。

どれだけの時間そうしていただろう。

十分、一時間。あるいは一分もなかったのかもしれない。

結局俺は森夏に再度組み敷かれ、深い口づけを貪り合った。

体力の限界がきたのか、はたまたキスに満足したのか。

森夏は「えへへ」と嬉しそうに笑い、糸の切れた人形のように床に倒れ込んだ。

さすがに少しうろたえたが、すぐに規則正しい呼吸音が聞こえてきたので安心した。

森夏「……すぅ……すぅ」

……さて、俺も寝るか。

無音の部屋に響く森夏の寝息を子守唄に、俺の意識もまどろみへといざなわれていった。

勇太「……ん」

背中、腰。身体中のあちこちが痛い。

そりゃそうだ。ベッドではなく床で寝ていたのだから。

それにしても何故床で寝ていたのだろう。

まぁいい。とりあえず顔を洗って歯を磨いて……。

勇太「……ってあれ?森夏?」

*「丹生谷先輩ならコンビニに出掛けましたよ?」

勇太「ッ!?」

一瞬で理解。記憶が蘇る。

そうだった。昨晩はこの娘を泊めたんだっけ。

勇太「…………」

バレない程度に件の後輩を観察する。

身長は150前半といった所か。とても細い。化粧っけもない。

ベージュのチノパンに黒い無地のシャツ。その上からふんわりとした白いブラウス。いずれも装飾のないシンプルなものだ。

肩で切り揃えた髪は、特別セットなどはしていないようだ。うっすらと茶色がかっているが地毛なんだろうか。

可愛くないわけではないが、芋っぽさは拭えない。

……六花に似ているか?

強いて言えば小動物的な可愛いらしさだろうか。

昨晩の出来事を反芻する。

『ちょっと小鳥遊さんみたいじゃない?』

『やぁ……やらよぉ……ゆうたっ、ゆうたぁ……』

『キスしちゃったら……もうだめになっちゃうから…………どれなくなっちゃうから……』

昨晩の森夏はどこかおかしかった。

いつもの溌剌とした明るい森夏ではなかった。

一体森夏になにが……。

*「……丹生谷先輩の事。ですか?」

勇太「ッ!?」

*「丹生谷先輩の事考えてましたか?」

予想外の展開に面くらう。

まさか彼女の方から話しかけてくるなんて。

勇太「あぁ、うん。そうだけど」

無視をするわけにもいかないので、彼女の問い掛けに返答を行う。

沈黙が気まずかったのだろうか。

いや、違う。

彼女は、明確な意思を持って俺と話をしようとしている。

*「あの、大変失礼な事をお聞きしますが……」

何か、嫌な予感がする。

*「富樫先輩と丹生谷先輩は……」

話を、続けては、いけない、気がする。

*「お付き合いしていないんですか?」

勇太「……どうして、そう、思ったの、かな?」

違う。その質問に対する返しはそれじゃない。

『別に付き合ってないよ』

『高校からの腐れ縁』

『仲は良いけど、付き合うとかそんなんじゃないから』

今まで何度も似たような質問はされてきたはずだ。

無難な回答で、煙にまき続けてきたはずだ。

ダメだ。その回答はダメだ。

だって……。

*「……すみません。昨日私起きてました」

話を、更に掘り下げてしまうから。

*「昨日の飲み会の帰り道で、丹生谷先輩から富樫先輩について色々な話を聞きました」

*「で、いざ丹生谷先輩の部屋にお邪魔したらその富樫先輩がいたんです。もうびっくりです」

*「その時、『ちょっと変だなー』って思ったんです」

*「何がどう変だっていうのは上手く説明できませんが、ちょっと齟齬みたいなものを感じたんです。丹生谷先輩の話と本物の富樫先輩を比べて」

*「あの時、私『彼氏』っていう言葉を使いましたよね」

危険。危険だ。

*「お二人はその単語に全く触れようとしなかった。当たり前の事だから特に意識しなかったのかなとも思ったんですけど、どうにも違う気がしまして」

こいつの話はこれ以上聞いてはいけない。

*「二人してその単語に触れないようにしてるんじゃないかと思ったんです」

戻れなく……なってしまう。

*「そして、極めつけは」

*「……その、昨晩の……ゴニョゴニョ……です」

*「わっ、私はそういった経験が…………まだ……ないのでよくわかりませんが」

*「お二人の最中の会話は、愛し合うカップルのそれとは到底思えませんでした」

ダメだ。これ以上喋らせてはいけない。

*「そう、あれはまるで……」

奇声を上げ、狂人のフリをしてでも。

彼女の顔を殴り飛ばしてでも。

彼女の服を破り、犯すぞと脅してでも。

彼女の口を塞がなければならない。

にも関わらず。

*「お互い好き合っているのに一線を越えられない、中学生の男女のような」

俺の口は言葉を発しない。俺の身体は動かない。

*「富樫先輩も丹生谷先輩も、昔は中二病だったんですよね?」

……えっ。

*「丹生谷先輩が話してくれました。とっても恥ずかしそうに」

……あいつが?中二病の過去を?自分から他人に話したのか?

*「……まぁ、気持ちはなんとなくわかります。あの年頃って変にファンタジー小説とかに憧れちゃったりしますもんね」

*「……でも、知ってますか?」

*「お二人がどっぷりとハマったそれは、中二病の中でも邪気眼系と呼ばれるものなんです」

*「今じゃ中二病っていう言葉がどんどん一人歩きしちゃって、中二病の定義が拡大解釈されちゃってきてるんです」

*「今じゃ『思春期の男女がとってしまう意味不明で痛々しい言動や行動』ぐらいの認識になっちゃってます」

*「ああ、すみません。ええっと、私が何を言いたいかというとですね」

*「意味のわからない屁理屈をこねて、勝手に線をひいて」

*「傷つく事を恐れて諦めた風を装って」

*「周囲の人たちの声に耳を貸さず、悲劇の主人公を気取ってる」

*「……今の富樫先輩と丹生谷先輩は、現在進行系の中二病患者じゃないんですか?」

勇太「!?!?」

*「……以上。生意気を言って大変申し訳ありませんでした」

勇太「……は、はは。ははは……」

ああ、効いた。これは効いた。

勇太「ははは……。ははははは!!ふははははは!!」

*「…………あれ?邪気眼再来?」

勇太「ははははは……はは…は」

勇太「……ふぅ。悪い」

*「落ち着きましたか?」

勇太「あぁ、大丈夫」

*「……では。作麼生」

勇太「……説破」

*「抑、中二病とはなんぞや」

勇太「中二病とは病に非ず。思春期の男女が通る、成長の一過程なり」

*「抑、中二病とは恥ずべき事か」

勇太「否。中二病とは、己の成長の証である」

*「ふふふ……富樫先輩。ご立派です」

勇太「……あのさ」

*「はい、何か?」

勇太「……お前も中二病経験者だろ」

*「……ふふっ」

森夏「たっだいまー」

一体あの子はなんだったんだろうか。

森夏「……ってあれ?あの娘は?」

勝手に森夏にお持ち帰りされ、勝手に俺たちの情事を盗み見て、勝手に俺たちの関係に説教をして。

勇太「あぁ、帰ったよ。俺と二人っきりなのが相当気まずかったみたいだ」

森夏「もうっ!なによそれ!せっかく朝ご飯買ってきたのに……」

本当におかしなやつだ。中二病にかかるやつはみんなどこかぶっ飛んでるな。

勇太「…あれ?朝ご飯作ってないのか?」

森夏「ちょっと寝坊しちゃってね。たはは……」

彼女の言う事には何一つ反論できなかったな。

今ならあの時の一色の苛立ちの理由がわかる。

昨日までの俺ってつまり……。

「付き合ってる?やめてくれよ。俺とあいつはそんな関係じゃない」

なんて事を他人に真顔で言いながら、好き好きオーラを全開にしていたようなものだからな。

はたから見ればさぞ滑稽に写っただろう。

森夏「……勇太?どうしたの勇太?」

勇太「ああ、なんでもないさ」

あの芋処女には感謝しないとな。

森夏「……ところでさ、勇太」

勇太「ん?」

森夏「土曜日だし、ご飯食べたら……ね?」

気付いてしまった以上、動かないわけにはいかない。

勇太「そうだな。ただ……」

勇太「その前に、大切な話があるんだ」

・・・

あの日、俺は自分の想いを森夏に伝えた。

まぁ森夏の答えはおして知るべしだ。

正式に交際を始めた俺たちだが、以前に比べて劇的に変わった所と言えば……。

勇太「……特にないな」

森夏「あら、そんな事ないわよ」

勇太「そうか?」

森夏「そうよ。例えば……」

森夏「えっちの最中に堂々と『好き』って言えるようになった!!」

勇太「……それだけかよ」

森夏「もう!わかってないわね!昔から言霊っていう概念があって、言葉を口にするとね……!」

勇太「お、なんかそれ中二病っぽい」

森夏「……なによ。悪い?」

勇太「いや、悪くないさ。だって……」

勇太「……中二病でも、恋がしたいもんな!!」

眠い
おわり
寝る
エロシーンなんて書けるわけないだろ

*「くぅ~、疲れました!心臓バクバクだ~」

*「でもでも、おんなじ匂いがしてきて、同族嫌悪っていうか…」

*「しっかし、人間のオスとメスの交わりというのは解せんもんですなあ…」

謎の声『プリンセスも恋をすればわかるよ』

*「マスター、私に恋など…」

謎の声『人間界にとどまって、あの二人を観察するのだよ、プリンセス』


というアナザーストーリー

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