和「え? どの学年が一番強いかですか?」(530)

512キロバイトがどうこう言われたので新しいスレを立てました。

前スレ:咲「え? どの学年が一番強いかって?」
咲「え? どの学年が一番強いかって?」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1357781827/)

怜(これは……!!? やって……やってもうた……!! 神代……! 次々巡もドラの七萬をツモ切りかいな……!! これじゃ……なんもわからへんやん……なんも変わらへんやん……!!
 せめて……他の牌を切るとか……手出しとか……そういう情報がないと……こんなんダブルやり損やで……!!)クラッ

 怜、眩暈を堪えて、必死に意識を保つ。

怜(ホンマにしくったわ……生きるんて辛いな……どないしよ……結局メンチンで潰されんのかどうかはわからへんかったんや……リーチかけとこか。
 神代が和了らへんかったら一発ツモや……ほんでもって……運が良ければ裏も乗るかもしれん……裏ドラ三枚とか乗ったら儲けもんやし……リーチ……かけとこか……!)

 怜、点棒を確認、赤五筒を手に取る……!

怜(ほな……行くで……頼むから潰されんでな……裏ドラ期待の……赤ドラリーチ……!!!)

 その――打牌の直前ッ!!!

怜(待って……うち今なんて言うた……? 裏ドラ期待の……赤ドラリーチ……? ドラって……? ドラ…………!? そうや……ドラ……!!! これは……なんてことや……見落としてたで……!!!)

 インターハイ、阿知賀のドラゴンロードと卓を共にした怜。

 ドラには、人よりも少し、思い入れがある。

怜(なんで今までこの不自然さに気付かなかってん……!! そうや……この場のドラは七萬……萬子や……!! 神代がこの状態になって……独占しとる色がドラになったんはこれが初めて……!!
 ほんでもって……さっき同じような一色独占しとった石戸霞と……神代との違い……! 鳴きを入れると崩れ……終盤になればなるほど支配力が落ちてくる石戸霞と……神代小蒔の一色独占は明らかに強度が違う……!
 神代の一色独占は絶対や……この違いが……あのドラの七萬に……現れてんで……!!)

 永水・石戸霞の支配は、王牌にまでは及ばない。

 霞の支配する一色牌と字牌・計64牌、そのうち、霞の手に入らない33牌を、霞は王牌に押し込めることができない。

 ゆえに、中盤以降では、溢れた一色牌と字牌が、他家の手にも入るようになる。

 石戸霞の一色独占能力は、山の深いところでは、機能しない。

怜(石戸霞の一色独占では……ドラ表示牌が石戸の色になるケースはなかった。インターハイで宮永咲が嶺上牌を掠め取っとったけど……それもやっぱり石戸の色やなかった。
 対して神代小蒔の一色独占は……あくまで推測やけど……鳴こうがズラそうがどうやっても神代は一色独占するし……他家の絶一門は最後まで解けん……! それが正しいんやとすれば……あとは単純な引き算やん……!!)

 仮に、神代小蒔はどういう手順であろうと一色牌をツモり続け、他家の手に神代小蒔の独占色が入ることは絶対にないのだとして――。

怜(一色牌36枚……そのうち神代小蒔の手に入るんは最大31枚……神代が北家の今は30枚や。
 ほんでもって……残りの6枚が絶対にうちらのとこに回ってこんのやとしたら……それらは全部王牌に押し込められとるはず……やから今……神代の色がドラに現れてるんやないか……!!?)

 王牌14枚、うち、6枚が、神代小蒔の一色牌。

怜(今はドラ表示牌で1枚見えとるから……残り5枚。13枚中5枚なら……ちょっと無理するだけで……この絶一門を崩せる……!! 絶一門が崩れるんやったら……神代から直撃を取ることも……不可能やなくなる……!!)

 そして……その一縷の可能性を……怜は既にその目にしていた……!!

怜(ダブル……やり損なんかやなかったで……!! もちろん……上手くいく確率はごっつう低いけど……ここで勝負に出なくて……何が千里山のエースや……!!
 神代から直撃を取れるかもしれへん僅かなチャンス……!! 2000オールで流してしまうんはヘタレのやること……!! さあ……宣言通りにぶちかましたんで……全国区の魔物……!!!)タンッ

 怜、手に掴んだままの赤五筒を、河に流すッ!

 リーチは――掛けずッ!!

怜(こっからは完全な運勝負やで……今さっきダブルを使ったうちは……きっともうこの南三局が終わるまで未来が見えへん……見えへんっちゅうことは……わからへんってこと……神代が勝つかもしれんし……うちが勝つかもしれへんよな……!!)

 そして……ツモは巡って、神代小蒔へ。

小蒔()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 神代は、手にしたドラの七萬を――、

小蒔()タンッ

 切るッ!!!!

怜(切ったッ!!! 切ったな……神代小蒔……!! うちがテンパイしとんのに……こいつは今メンチンを和了らんかった……!!! 今のこいつの手は……七萬で和了れん……!! これで第一関門……突破や……!!!)

 そして、怜がツモったのは、予知通りの、四索ッ!

 怜手牌:2223456789②②②:ツモ4:ドラ七

 ツモのみ……500オールッ!

怜(ほな……ダブルで見た未来を……現実にしてみよか……!!)タンッ

 怜、四索、ツモ切りッ!!

 和了り拒否ッ!!

セーラ(怜……? なんや楽しそうやな……これは何か狙っとるんか……? オモロいやん……千里山の真のエースが……どんな戦い方をするんか……元エースとしてじっくり見させてもらうで……!)タンッ

友香(これでやっとイーシャンテン……手が重たいんでー。というか……千里山の園城寺怜……赤五切りなんて張ったっぽい感じに見えたけど……その四索ツモ切り……なんか打ち方に違和感がある。
 まさか……何を狙ってんのかわかんないけど……この状況で和了り拒否とかしてるんでー……?)タンッ

 友香、怜のツモ切りを訝しく思いながらも、自らの手を進める。

怜(劔谷……劔谷のさっきの一撃……あれを食らわんかったら……こんな無茶な作戦……思いつきもせんかったで。あんたには感謝しとる。
 あんたが……さっき無茶やって成功してみせよったから……うちも……頑張ったらうまくいくんちゃうかって……希望が持てる……! ホンマ……あんたは大した一年生やで……!!)

 怜、友香の捨てた二筒を……ダブルで見えていたその二筒を――鳴くッ!!

怜「カンッ――!!!」パララッ

 怜、二筒、大明槓ッ!!!

 未来を……変える……ッ!!!

怜(頼むで……!! 来てくれや……!! うちに……この魔物に一発ぶちかます……唯一の武器を……!!!)

 石戸霞より高い強度を誇る、神代小蒔の一色独占。

 もし仮に、その支配が王牌にまで及んでいたのだとしたら。

 嶺上牌にすら、神代小蒔の色が一枚もなかったとしたら。

 当然、他家が絶一門を崩すことは不可能。神代小蒔は、他家に振り込む憂いなく、淡々と九蓮へ向けて不要牌を切るだけ。

 しかし……現実はそうではなかったッ!!

 互角の力を持つであろう、龍門渕・天江衣の支配と同じくッ!!

 神代小蒔の支配もまた……淵底の向こう――王牌にまでは及んでいなかった……!!!
 
 あくまで、神代は王牌に一色牌を押し込めるだけ……!!!

 その押し込めた牌の並びまでは……神代にすら……未知ッ!!!!

怜(……ッ!! 来た……!!! ホンマに……来たで……!!!!)

 怜手牌:2223456789/②(②)②②:嶺上ツモ七:ドラ七・⑧

怜(さあ……嶺上張り替え……!! 覚悟せえや……魔物……神代小蒔……!!)タンッ

 怜、九索切りッ!!! 七萬単騎の切っ先を、神代の喉に突き立てるッ!!!

 怜手牌:七222345678/②(②)②②:待ち七:ドラ七・⑧

セーラ(嶺上……なるほど……考えよったな……!! 確かに……神代の一色独占とうちらの絶一門が最後まで続くんやとしたら……神代の色が王牌に埋まっとらな計算が合わへん。嶺上で神代の色をつかめるなら……直撃も可能や……!!)タンッ

友香(へえ……嶺上とは思いつかなかったんでー……! 千里山の園城寺怜……一巡先を見れる力があるからか……こういう無茶はあんまりしてこないタイプだって思ってたけど……さすがに千里山のエースは伊達じゃないみたいでー)タンッ

怜(さあ……神代小蒔……ツモ飛ばされて……ツモ順ズレたけど……どうせお構いなしに萬子ツモってくるんやろ……!! せやけどな……うちはもうさんざん見とるんや……!
 神代小蒔……! あんたは鳴きに関係なく……必ずうちが未来予知で見た一色牌をツモってくる……!! つまり……あんたが今からツモるんは……二巡前にうちがダブルで見た……七萬ってことやんな……!!
 ほんでもって……あんたはさっき……うちがテンパイしたのに七萬で和了らんかった……! あんたは七萬では和了れん……! やったら当然……どんだけそれが危険やわかってても……人やないあんたはそれをツモ切るんやろ……!!! これで詰みやで……!!
 楽勝や……全国区の魔物……!!)

 神代小蒔、山から牌をツモるッ!!!

小蒔()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 そして、それをまるで機械のように、躊躇なく、ツモ切るッ!!!

 切ったのは……ドラの七萬ッ!!!!

怜「ロンやッ!! 断ヤオドラドラ……7700ッ!!!」ゴッ

 怜、死力を尽くしての狙い撃ちッ!!!!

 本来なら2000オールで8000点しか詰め寄れなかったところを、7700直撃で、トップ・神代小蒔との差を15400点縮めるッ!!

 しかし、その差はまだ大きく……!!!

 否、大きいからこその……!!!

怜「これでうちの連荘や……!! まだまだ祭りは終わらへんで……一本場ッ!!!」

 怜、逃げや流しは眼中に無しッ!!!

 千里山のエースが狙うはただ一つ……トップの座ッ!!

 一巡先を見る者――決死の一本場に挑むッ!!!

友:114300 神:123400 セ:90600 怜:71700

@実況室

すばら「園城寺選手が神代選手を直撃いいいいい!!! 絶対無敵に見えた一色独占をドラ単騎で粉砕ッ!!! 全国ランキング二位――名門・千里山女子のエースがその強さを見せ付けましたあああ!!!」

初瀬「園城寺選手……得意の一発ツモでも十分だったはずなのに……! 危険を冒してまで神代選手を削りに来るとは……まったく予想できませんでした!」

純「これが……さっき小走が言ってた『勝ちにいく戦い方』の一つなんだろうな。園城寺は一発ツモで連荘をしてもよかった。一巡先が見える園城寺なら、早和了りもしやすいし、ただ早いだけじゃなくリーチ一発で手を高められる。
 しかし……それだけじゃ断トツの神代には届かないと踏んだ。なんつーか、機械みたいな神代と違って、意思が感じられるよな。オレは好きだぜ、ああいう流れを呼び込む感じの戦い方」

菫「しかも、今の和了りはただの無鉄砲な特攻ではありません。東四局で森垣選手が園城寺選手から直撃を取ったときのような、勝算と確信に満ちた狙い撃ちです。文句のつけようがない闘牌ですね」

すばら「しかし……すばらなのはすばらなのですが……私としては園城寺選手の身体が心配です。インターハイのときのように……無茶をし過ぎなければいいのですが……」

純「親の連荘……一本場か。園城寺は……きっと勝つまで和了り続けるつもりなんだろうが……本当に大丈夫なのか?」

初瀬「あっ……今、園城寺選手が……!!?」

@対局室

南三局一本場・親:怜

 配牌、理牌ッ!!

怜(牌が……重たいで……なんや……ダブル一回ってこんなしんどかったか……?
 あのインターハイんときは……フナQの言うてた三年パワーってやつでどうにか保ってたんかもな……今のとこはまだ一巡先が見えとる……やけど……あと一回でもダブルやったら……たぶん意識飛ぶわ……これ……)

 怜配牌:①⑦⑦⑧⑨1688東東西中:ツモ①:ドラ③

怜(これは……七対子か……鳴いて対々が早そうか……? 東を鳴けたらそれで役がつくけど……あんま鳴くんもな……点数下がってまうし……)コホッ

 怜、一巡先を見る。セーラはツモ切り發、友香は手出しの西、神代は手出しの二萬、怜のツモは、二索。

怜(セーラは役牌ツモ切りか。数牌メインでわりと早そうやな。劔谷はなんともわからん……神代は手出し……早速九蓮に一歩近付いた……ほんでうちは二索かぁ……いつもやったら……とりあえずオタ風牌切りやな。
 一索は浮いとるけど……二索が来るなら捨てへんでええ……中張牌が少ないから……もう四、五巡様子見ていけそうやったらチャンタ系も悪くない……やけど……それで……神代をまくれるやろか……?)

 怜、先ほどの直撃に満足せず、貪欲に勝ちを目指す。

怜(いつも通りやったら……勝てへんかもしれへん……うちはもう……一巡先しか見えへんわけやない……回数限定必殺技を持っとるんや……それを使わんっちゅうんは……手抜きと変わらんよな……!!
 あかんあかん……千里山のエースは……手抜きなんて……せえへんよな……!!!)

 怜、何があっても雀卓のほうへは倒れないように、椅子の手摺を掴んで身体を支え、唇を噛む。

 そして……一巡先のその先の――さらに先まで目を凝らすッ!!!

怜(この局……最初から飛ばすで……手抜きもせえへん……手抜かりもあらへん……正真正銘これがうちの全力や……行くで…………トリプルッ!!!!)ギュルギュルギュル

 怜、三巡先へ――!!!! しかし……その代償は大きく……!!!

セーラ「――!!! ――――!!!!」

怜(…………あれ……なんや……セーラ……何言うてんのか聞こえへん……)

セーラ「怜……!!! 怜ッ!!! しっかりせえや!!!!」

怜(……え……うち……今……どないなっとんの……? って……なんや……痛っ……!)

セーラ「聞こえとるか……!! 返事せえや、怜!!」

怜「…………聞こえ……とるわ…………大丈夫やって……」クラッ

セーラ「大丈夫やあらへんやろ!!! なんや……いきなり手摺掴んだと思うたら……そのまま後ろに仰け反って……!! しかも口から血ぃ流しとるし……!! びっくりするわ……!!!」

怜「……ああ……唇噛み切ったんか……道理で痛いと思うた……」

セーラ「ホンマ……俺が竜華やなくてよかったな……竜華やったら……卓をひっくり返してでも怜のこと抱き締めに行ってたで……!!」

 怜、ぼやけた視界で世界を見る。

 セーラは、怜を案じつつも、席を立ってはいなかった。

 対局中、手牌を開けたそのときから、席を立って移動するのは反則であり、罰符を払って場は流れる。

 セーラ……怜の闘う気持ちを汲んでの……必死の我慢ッ!!

怜「ありがとな……セーラ……おかげで……未来に繋がったわ……」

セーラ「ええから……早くその血ぃ拭きや……制服に垂れんで……」

怜「何から何まですまんな……」

 怜、対面に座る友香に、軽く笑ってみせる。

怜「第一打から待たせてすんまへん……ほな……いま打ちますわ……」

 対して、友香、険しい表情で、少し怒ったように、低い声で言う。

友香「病弱かなんか知りませんけど……この場はあなたと神代だけのものじゃないんでー。次に意識飛ばして対局を止めたら……私棄権するんでー……よろ」

怜「せやな……ホンマ……申し訳ない。神代さんも……聞こえてんのかどうか知らんけど……ホンマにごめんなさい……」

小蒔()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

怜「ほな……行きますわ……」コホッ

 怜、第一打は、中ッ!!

怜(迷惑……かけてもうた……あかんなぁ……それは勝つ負ける以前の問題やん……反省反省……)

セーラ(ったく……心配かけさせよって……これで何もできひんようやったらドツいたるで……)タンッ

友香(千里山の園城寺……確か……インターハイの準決勝では……二巡・三巡先まで見えてるっぽいときがあった。美幸先輩と一緒にモニターで見てたけど……その二、三巡先まで見たっぽいときの園城寺は……今みたいに死にそうな顔してたっけ。
 ってことは……今、園城寺は一巡先よりもさらに遠い未来を見てきたってことでー……? じゃあ私がここで西を切るのも、次に何を切るのかも……わかってる。
 まあ……それならそれで……別にいいんだけど……ただ……そういう無茶をするんだったら体力くらいはつけてきてほしいもんでー……)

 友香、溜息。

怜(あれ……なんや……劔谷……何を迷っとん……? 西切るんちゃうのか……?)

友香(何をそんな不思議そうな顔でこっち見てるんでー。そっちは一回対局を止めてるんだから……私が少しくらい長考したって……文句言われる筋合いはないんでー)

 友香、徒に、手牌を弄っては、切る牌を選ぶ……フリを続ける。

友香(さて……さすがにこれ以上悩むのはマナー違反でー!)タンッ

 友香、迷った末に、西切り。

 否、友香は、決して迷ってなどいない。

怜(劔谷……まさか今……うちのために目一杯時間使ったんか……!?)

友香(また倒れられたらたまんないんでー。ここで棄権とか絶対嫌なんでー。それに……フラフラの半病人に勝っても……こっちはまったく嬉しくないんでー!)

 友香、怜に塩ッ!!!!

怜(おおきに……劔谷……!!)コホッ

 しかし、そんな友香とは対照的に――。

小蒔()タンッ

友香(ふん……ノータイムで切ってきたか……さっきから本当に人間じゃないみたいでー)

怜(せやろな……まあ……勝手に無理してんのはうちや……同情引きたいわけやない……ただ……勝ちたいだけや……)ツモッ

 怜、ツモ、二索ッ!! 打、一索ッ!!

 怜手牌:①①⑦⑦⑧⑨2688東東西:ドラ③

怜(トリプルで見た未来では……次に二索、その次に西をツモる……それで……七対子テンパイ……目指すんは……最速で……最高打点の……和了りや……!!)

 そして、ツモは巡り、怜の見ていない五巡目――!

怜(ここで……發かいな……)

 怜手牌:①①⑦⑦⑨2288東東西西:ツモ發:ドラ③

怜(發はな……セーラが最初に捨てとる。そのあと……三巡目に劔谷が捨てとるから……残ってんのは二枚。どう考えても……場に一枚も見えてない九筒のほうが確率は高い。
 やけど……なんとなく筒子の高めは劔谷が抱えとる感じもする……ほんでもって……セーラも劔谷も發を一枚ずつ切っとるっちゅうことは……もう手牌に發がないってことやんな……当然……神代の手牌にも發はないわけで……。
 となると……この山の中に……ほぼ確実にもう一枚の發が眠ってる……なんとなくやけど……ここが運命の別れ道な気がするわ……)

 怜、深呼吸ッ!!

怜(セーラはなんやかんや言うてそういうとこシビアやし……神代は九蓮マシーンやからあれやったけど……唯一……劔谷が毎巡牌捨てるんに時間使うてくれたおかげで……大分休めたわ。
 さっきはな……前局のダブルから間を置かずにトリプルやったから……さすがにしんどかったけど……今なら……ちゃんと意識保てる気がする……!)フゥ

 長く息を吐きながら、目を閉じて、集中を高めていく怜ッ!!!

怜(負けへんで……絶対勝つんや……! やって……セーラが……竜華が……フナQが泉が……千里山のみんなが……! みんなが見てくれとるんや……! みんなが見とんのやったら……! うちは……何度だって……無茶するわ……!!)

 怜、第三の瞳、再び開眼ッ!!!!

怜(くぅ……!!! これは……しんどいなぁ……!!!)クラッ

 眩暈ッ!! 頭痛ッ!!! 吐き気ッ!!!!

怜(でも……みんなが見てるから……!! うちは千里山のエースやから……!!! 最後まで……!! 全力で戦うねん……!! 行くで……トリプル…………ッ!!!!)ギュルギュルギュル

 怜、三巡先へ――!!!

 果たしてその意識は――!!?

怜(あ…………ぶなかったで…………!!!)フラッ

 落ちずッ!!

怜(ハハ……なんとか……戻ってこれた……!! うち一人じゃ……こんなことできひんかったな……みんな……おおきに……!!)タンッ

 怜、七対子張り替えッ!!!

 發を残して、九筒切りッ!!!

 それからツモは巡り、二巡後ッ!!!

怜「……リーチ……」フラッ

セーラ(怜のリーチ……! 神代のメンチンをかわせる確信があるんか……!?)タンッ

友香(園城寺のリーチ……!!! ってことは一発来るんでー!?)タンッ

怜(神代は……和了られへんよ……うちが四巡目でテンパイしてから……手が進んだのは二回だけ……ほんでもって……さっきうちがトリプルで見た未来の中では……ずっとツモ切りばっかで和了らへん。
 うちはずっと張っとるんやから……メンチンツモるんやったらその未来が見えるはず……それが見えへんってことは……たぶんやけど……神代はまだテンパイすらできてへんねん……!!!)

小蒔()タンッ

 神代の出した牌、当然、誰も鳴けずッ!!

 この瞬間、未来は不確定から――確定へッ!!!

怜「ツモや……ッ!! リーチ一発ツモ七対子……4000オールは……4100オールッ!!」パラララ

 園城寺怜、意地の二連続和了ッ!!!

 親満ツモで、トップ神代との差を更に詰めるッ!!!

 また、この和了りで個人成績は友香を抜いて二位浮上ッ!!!

 だが……その猛追もここまで……!!!

怜(あかん……この感じ……次からは……もう一巡先も見えへんな……)クラッ

セーラ(怜……お疲れやな。さすが千里山の真エースはごっつう強いわ……! やけど……さすがにこれ以上は無理し過ぎ……ちゅうか……一人で張り切り過ぎや……ぼちぼち俺にも見せ場くれや……!!)

友:110200 神:119300 セ:86500 怜:84000

南三局二本場・親:怜

セーラ(神代小蒔がこの状態になってから……俺が和了ったんは……神代の親を流すためのザンクだけ……もちろん……このままで終わるつもりはない……)タンッ

セーラ(この神代相手に……じっくり高い手を作るんは無謀……誰やってそう思う……早和了りせんと役満ツモられるんやから……安く早く手を作るのが当然や。
 そら怜みたいに一発を狙って和了れるんやったら……安手でも今みたいに満貫に持っていけるんやろうけど……俺は怜やない……それは無理や……)タンッ

セーラ(ただでさえ……俺は今断ラスやねん。ザンクなんかで刻んどる場合ちゃう……そもそも……麻雀は三、四局に一回和了れるか和了れないかのせめぎ合いや……その和了れる一回で……なるべく多く稼ごう思うんは……俺は普通の感覚やと思うんやけどな。
 安いから和了りやすいとか……鳴いたから和了りやすいとか……まあそういう傾向もなくはないんやろうけど……期待値で言えば……俺は……和了れる一回を高めるほうが正解やと思う……いや、正解とかやないな……単純に……好きなだけや)タンッ

セーラ(と……怜が鳴けるとこ切ってきたな……四巡目で鳴き三色テンパイ……流すには絶好の手や……)

 セーラ、手牌の搭子に手をかけ、苦笑。

セーラ(いやいや……ちゃうやろ。俺の打ち方はそうやないやろ……! そんなんで勝っても……オモロないわ……!)ツモッ

セーラ「ほい来たでー……リーチッ!!」タンッ

 セーラ、平和三色テンパイから、迷うことなくリーチッ!

セーラ(怜の未来予知か……神代のメンチンか……どうせ潰されるときは潰されんねん。そんなんに一々ビビって打っとったら和了れるもんも和了れへん。
 俺は迷わへんで……! 未来も見えへんし……一色独占も無理やけど……俺は俺のプレイスタイルをけっこう気に入ってんねん。好きこそ物の上手なれってな。好きなように打って……楽しんで……その上で勝つ……!! それが俺の麻雀やっ!!)

 二巡後

セーラ「ツモやッ! リーピン三色ツモ……裏なし、2000・4000は、2200・4200!!」

怜(セーラ……うちから鳴かずに……あくまで門前で手を高めて来た……しかも……うちが散々悩んだ神代相手にリーチするかどうか問題も……一切迷わずテンパイ即リー……。
 ホンマ……セーラは高い手和了ることしか考えてへんなぁ……そのブレのなさが……最高にカッコええで……)

友香(さっきから……じわじわ削られてる感じでー? 結局……魔物相手に私だけ何もできてないし……これじゃあ見てるみんなもつまんないよね……次がオーラス……せめてもう一発くらいは和了って終わりたいんでー!)

 次局オーラスへ向けて意気込む、劔谷・森垣友香ッ!!

 しかし……その結果は――!?

友:108000 神:117100 セ:95100 怜:79800

南四局・親:セーラ

 三巡目

友香「ツモでーッ! ダブ南ッ! 500・1000でー!」

セーラ「(げ……超走ってんなー……!? ゴットーでラス親流されてもうた……ま、そういうこともあるやんな……)ほな……お疲れさん。楽しかったで」

怜「(三巡目ツモとか……んなアホな……そんなん何もできひんわ……)ご迷惑おかけしてすんまへんでした……よかったらまたよろしくです……ほな、おおきに」コホッ

友香「(だあああああこれ悔しいんでー!! 結局何も……何もできなかった……! 千里山のダブルエースは神代相手でも自分の麻雀を打ってたっていうのに……私はこの様なんでー!! これが全国の頂……!! まだまだ……道のりは長いんでー!!)
 お疲れ様ですっ! どうもありがとうございましたでー!!」

小蒔「(あれ……私また対局中につかれてて寝ちゃってました……? 点が……増えてる……? けど……いつもに比べると増え方が若干少ないような気もしますね……これは……あとで何があったか霞ちゃんたちに聞いてみないとっ!)
 え、えっと……すいません寝てましたっ! あ、ありがとうございましたっ!!」ペコリ

セーラ・怜・友香(も……元に戻った……!)

 中堅戦前半――終了ッ!!

<中堅戦前半結果>
一位:神代小蒔+8400(116600)
二位:森垣友香+1800(110000)
三位:園城寺怜+200(79300)
四位:江口セーラ-10400(94100)

@実況室

すばら「森垣選手の超速攻ッ!! 一巡目にダブ南を鳴いてテンパイ……! そのまま三巡目にツモリましたああああ!! これにて中堅戦前半、決着ですっ!!」

純「今の和了り……本人は納得してないみたいだけどな。オレは逆に驚いたぜ。あの場面……千里山の二人が奮闘した直後……熱くなっててもおかしくはない状態で、森垣は冷静に卓を見て、最善の結果を残した。
 配牌イーシャンテンに助けられた形ではあるが、配牌イーシャンテンだったからこそ……一巡目で鳴いたことに意味がある」

菫「そうですね。ともすると、門前で高めを狙えると……欲が出てしまうものです。待ちも広かったですしね。たとえ鳴かずとも序盤に和了れる確率は高い。けれど……森垣選手はただ速さだけを追求して……流すことを選んだ」

初瀬「オーラス……森垣選手が流さなかったら……どうなっていたかわかりませんよね。麻雀でもしもの話をしてもきりがないですが……私は、配牌を見たときに、もうダメかと思いました」

すばら「神代選手ですね。終わった今になって、流された側の手牌をどうこう言うのは失礼かもしれませんが……神代選手もよかったですからね、配牌。
 あの場面……千里山のお二人は気付いてない感じでしたが、森垣選手はそれを察知したようでした。しかし……一体なぜ察知できたのかは、私にはよくわかりません」

菫「それについては……初瀬さん、どう思います?」

初瀬「えっ、私ですか? えっと……たぶんですけど……神代選手の第一打です。あの……ツモ切り一索」

すばら「あの一索で……配牌の良し悪しがわかるものですか?」

初瀬「えっと……九蓮が清一より格段に難しい理由の一つに……門前で1・9を暗刻にしないといけないことが挙げられます。神代選手の場合も……ランダムに一色を引き続けるわけですが……ここ数局を見る限り1・9はまだ一度も切っていませんでした。
 配牌に1・9が二~四枚あるのを……中張牌で穴があるところを埋めつつ……じわじわ増やしていって……最終的にはテンパイ。
 確率的に考えて、九種をランダムに引いていくわけですから、サイコロを千回振ったらどの目も同じくらい出るように、普通は1~9の各牌をまんべんなくツモります。麻雀は牌の数が限られているので、よりその傾向が強い。
 そうなると、多くの場合、最後に待つのは三枚揃えなきゃいけない1・9になります。メンチンを一萬で和了った南二局一本場のケースも、やっぱり九萬待ちでした。
 そんな神代選手が……不要牌はツモ切りするというルールで打っている神代選手が……第一打からいきなり一索をツモ切ってきた。あの一索切りで、神代選手の手に一索が三枚あることが確定するわけです。
 残りがどうなっているかまでは……他家からは推測するしかありませんが、配牌がいいのだろうと考えるのに、あの一索切りは十分な判断材料だったと思います」

すばら「なるほどっ!! 言われてみればそうですねっ!!」

純「さすが偏差値70。論理的だねぇ。ま、オレならそんな細かいこと抜きに、もう見ただけでヤバい流れを感じ取るだろうがな」

菫「森垣選手が果たして論理か直感か、どちらで危険を察知したのかはわかりません。
 けれど、その危険を察知したまさに直後、彼女は園城寺選手から南を鳴きました。危険察知から行動決定に擁した時間は、ほんの一瞬です。驚くべき判断速度だと言っていいでしょう」

初瀬「そうですね。私だったら……危ないかなって思っても、どうしようか迷っているうちに一枚目の南はスルーしてしまうかもしれません」

すばら「というわけでっ!! 最後まで見ごたえたっぷりのすばらな中堅戦前半でしたっ!!
 さて……ここでとうとう対抗戦も折り返しっ!!! 後半戦も楽しみですっ!! それではみなさん、後半戦開始までしばしお待ちをっ!! この対抗戦は実況の新道寺・花田煌と……」

菫「解説の白糸台・弘世菫と」

純「同じく龍門渕・井上純と」

初瀬「晩成・岡橋初瀬で……」

すばら「お送りしていますっ!!! すばらっ!!」

@会場某所

莉子「友香ちゃーん!!」

友香「莉子っ!? みんなも!? 一体どうしたんでー?」

美幸「そんなの決まってるもー。頑張った友香を迎えに来たんだもー」

友香「そんな……私、何もできなかったんでー。園城寺怜に当てたときは少し届いたかなって思いましたけど。神代小蒔があんなになって思い知りましたんでー。私はまだまだ……あの人たちには勝てません」

澄子「そんなことないわ。友香は堂々の二位じゃない」

友香「数字の問題じゃないんです。私は……本当に……何もできなかったんでー……」

梢「友香……本当に……最後までよく頑張りましたね」

 梢部長、大健闘した一年生の肩に、そっと手を置く。

 それまで平静を装って笑っていた友香、部員の顔を見て安心したのか、顔は笑っているのに、目から涙が零れてくる。

友香「うう……!! 部長……!!! みんな……!! 私……本当に……恐かったんでー!!」ポロポロ

美幸「うんうん……あれは見てるだけでもきついもー。お疲れだもー。よしよし……」ギュッ

友香「うう……! 本当に辛かったんでー……苦しかったんでー……!!」ポロポロ

莉子「友香ちゃん……」

澄子「友香……」

美幸「そうだなもー……ありゃ人間じゃないなもー。けど……友香が必死で戦ってるのを見て……私らみんな……勇気をもらったもー。今日帰ったら……みんなでどうやったらあれに勝てるか考えてみようもー。
 神代小蒔は来年もインターハイに出てくる……そのとき……あいつを倒せるように……一緒に頑張ろうもー」

友香「美幸……先輩……!!」

美幸「友香……私が間違ってたもー。インターハイのときは……チャンピオンみたいな人らは世界が違うって思ったけどもー……今日の友香を見て……みんなと一緒なら……まだ戦えるって思えたもー。
 私らは来年いないけど……友香たちが全国で活躍するの……楽しみにしてるもー!」

友香「は……はいっ……!! 頑張ります……っ!!!」

莉子「友香ちゃん……私も……友香ちゃんに負けないよう頑張るよっ!」

澄子「莉子は……とりあえず気絶しないようにするところからね」

友香「莉子……澄子先輩も……応援ありがとうございましたでー!」

梢「じゃあ……友香、私たちは最後まで観戦室まで見てますからね。他の一年生の皆さんと……いい機会ですから仲良くなってきなさい。友香がこれだけ頑張ったんです……勝てるといいですね、一年選抜チーム」

友香「部長……! はいっ! ありがとうございますでー!!」

@会場某所

初美「姫様おつかれですよー! って……つかれてない?」

小蒔「初美ちゃん……みんなも! お迎えありがとうございますっ!」

霞「あら、小蒔ちゃん、つかれてないのね」

小蒔「はい。なんだかそのようで!」

巴「まあ……なんにせよお疲れ様です」

はるる「」ポリポリ

霞「どう、楽しかった?」

小蒔「楽しかったよー!! みなさんびっくりするくらいお強くて……勉強になりました!」

霞「そう、ならよかったわ」

巴「じゃあ……まあ姫様はお祓いの必要がないってことで。私らは観戦室に場所に戻りましょうか、はるる」

はるる「」ポリポリ

初美「巴もはるるもお勤めご苦労様なのですよー」

霞「小蒔ちゃん、チームメイトとは仲良くなれた?」

小蒔「気が合いそうな方いっぱいいますっ! 奈良の松実さんとか、長野の妹尾さんとか! あと天江さんが可愛いったらなくてっ!! みなさんよくしてくださいます」

霞「楽しそうねえ。小蒔ちゃんは対局も終わって役目を果たしたことだし、あとは、お友達をいっぱい作ってくるといいわ」

小蒔「そうしますっ! では、また閉会式で!」ダッダッダ

霞「ええ……またね」

初美「姫様、楽しそうですねー。あんなに走って戻っていくなんて、よほど二年選抜の控え室は居心地がいいんですかー」

巴「姫様に同年代の友達が増えるのは、いいことです」

霞「そうね。ちょっと浮いてないか心配だったけど、杞憂だったわ」

はるる「」ポリポリ

初美「もうこれで姫様も私たちもあとは見るだけですからねー。気が楽ですよー」

巴「二人もチームメイトと親睦を深めてくるといいよ」

霞「そうね……今日のメンバーが集まることはもうないでしょうから、せっかくだし……対局が終わったあと、どこかで打ち上げがしたいわ」

巴「カスミン、周りはみんな未成年なんだから、お酒はダメだよ」

霞「私も……未成年だけど……?」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

巴「冗談よ冗談っ!! 冗談だから無闇にそれ降ろすのやめてええええええ!!!!」

初美「あぁあ、せっかく姫様がつかれずに帰ってきたのに、仕事が増えたみたいですよー」

はるる「…………」ポリポリポリポリポリポリ

@会場某所

 セーラ、怜に肩を貸して控え室へ戻る。

 途中、対局室に向かう竜華と泉、それに駆けつけてきたフナQが合流。

竜華「怜……! セーラ……!! よく生きて帰ってきたなぁ!!」

怜「けっこうギリやったけどな……」

セーラ「俺は全然ピンピンしとんでー!」

Q「先輩は点数がズタボロですやん」

セーラ「やかましいわっ!」

泉「お二人とも、無事で何よりです」

怜「泉も……次……頑張ってな」

セーラ「泉も泉でえろう大変な卓に入ってしもたもんなー」

Q「その通り。十万点持ちですけど……トバされても不思議やないです」

泉「みんなして脅さんでくださいっ! ただでさえ……部長とガチで打つってだけでプレッシャーやのに……!!」

怜「ハハ……ま、きっとトビそうになったら竜華が助けてくれるわ」

竜華「できたらええけどな。泉、悪いけど、今回の面子が相手やと、うちも泉を庇っとる余裕ないで」

泉「大丈夫です。自力でなんとかしてみせますよ」

竜華「そら頼もしいわ」

Q「泉は口だけは高一最強ですからね」

セーラ「ほな、二人とも気張ってなっ! うちらは控え室で応援しとるわ。千里山魂見せたれよ!!」

怜「竜華、泉を頼むでー」

竜華「できる限りのことはするわ」

フナQ「泉、泣くんやないでー」

泉「もー! 先輩方ひどいですわー!」

 ひとしきり談笑したところで、怜とセーラとフナQはそれぞれの控え室に帰っていく。

 残された、竜華と泉。

泉「あの……部長……」

 五人でいるときは空元気で明るく振る舞っていた泉、多少緊張した面持ちで、先輩・竜華に話しかける。

竜華「ん、なんや、泉。恐くなったんか?」

泉「そらまあ……同卓するんが大阪三強の虎と竜と悪魔ですから……恐くない言うたら嘘になります」

竜華「コラコラ。人をそんな魔物みたいに言わんといてや。うちも洋榎さんも憩ちゃんも、みんな普通の人間やて。さっきの神代小蒔みたいな無茶苦茶はせんよ。泉は泉の麻雀を打ったらええ。南北大阪の個人戦決勝にでも来たと思うて、楽しみや」

泉「うちがセーラ先輩か園城寺先輩やったら……確かにそうですね。個人戦決勝ですか……わかりました。うちの力でどこまでやれるか……頑張ってみます」

竜華「ほな……行くでっ!」

 清水谷竜華、二条泉、出陣ッ!!

すばら「ここから対抗戦は後半へと入っていきますっ!! 大熱戦かつ大接戦が続いておりますが、そんな中現在のところは116600点の二年選抜が頭一つトップに立っています! それを追うのは一年選抜・110000点、三年選抜・94100点!!
 混成チームは未だ大きく点を稼いだのが小走選手だけというやや苦しい状況ながら、79300点でトップと37000点差と、一発が決まれば十分にひっくり返せる位置につけていますっ! 果たしてここから順位は動くのか否か!! 中堅戦後半、開始ですっ!!」

@対局室

東家:二年選抜・荒川憩(三箇牧)

憩「ほな、みなさん、お手柔らかによろしくでーすっ」

南家:三年選抜・愛宕洋榎(姫松)

洋榎「ほんなら、うちは手堅く勝たせてもらうでー」

北家:混成チーム・清水谷竜華(千里山女子)

竜華「お手並み拝見、ってところやなっ」

西家:一年選抜・二条泉(千里山女子)

泉「(えっ!? なに? なんやこの流れっ!?)えっ……えっと……みなさん手強そうなんで…………頑張ります」

憩・洋榎・竜華「オモロなっ!!!」

泉(手……手厳しいっ!!)

 中堅戦前半――開始ッ!!!

@実況室

すばら「これはまた、見事に大阪府の有力選手が集まりましたねっ!」

純「オレはあんまり関西には詳しくねえから、多少説明がほしいけどな」

菫「では、近畿地区担当の初瀬さん、お願いします」

初瀬「私ですか!? え……えっと、そうですね。まず言っておきたいのは、この中堅戦後半は、事実上の大阪最強を決める戦いだということです。まさか、こんなところで竜と虎と悪魔の三強直接対決を見れるとは思いませんでした」

すばら「竜に虎に悪魔ですかっ! 随分とまた物々しい通り名ですね!!」

初瀬「物々しいどころか物足りないくらいです。あの方たちに関しては……通り名のほうが名前負けしている。それくらい実力のあるお三方ですから」

純「竜ってのは……あれか。うちの龍と名前が似てる、千里山の黒髪ロングか」

初瀬「はい。北大阪最強の高校を司る竜――千里山女子の部長にして大将・清水谷竜華選手のことです」

菫「なら当然、竜と並び立つ虎は、姫松の彼女ということになりますね」

初瀬「南大阪最強の高校を率いる虎――姫松の主将にしてエース・愛宕洋榎選手ですね」

すばら「そして……白衣の悪魔なわけですねっ!」

初瀬「彼女と対戦経験のあるプロの方が、雑誌の取材か何かでこう答えたそうです。『あれは天使なんかじゃない。むしろ悪魔的な何かだ』――と」

菫「大阪府どころか、西日本最強と言っても過言ではないですよね」

純「だな。全国一万人の頂点にもっとも近い存在……来年の日本最強候補筆頭」

初瀬「二年連続全国個人戦二位――三箇牧・荒川憩選手」

すばら「おおおお!! 聞けば聞くほど大阪三強対決と呼ぶに相応しい戦いですねっ!! すばらっ!!」

純「となると……残りの一年坊が心配だな」

菫「ええ。彼女も決して弱くはありませんが、まだまだ経験不足という感が否めません」

初瀬「二条泉選手……大阪――ひいては近畿地区の一年生の中でトップクラスの打ち手です。インターミドルでも、原村選手に負けず劣らずの活躍を見せていました。
 同学年の私から見れば、一年生で千里山のレギュラーになってみせた雲の上みたいな人ですが……三強が相手となると……苦戦は必死だと思います」

純「ま、今回の学年対抗戦の趣旨には合ってるんじゃねえか? 同地区の最強と呼ばれる先輩どもに、初々しいホープがどこまで食らいつけるのか。見物だな」

菫「そうですね。それに、一年生は成長の度合いが二、三年生とは段違いに速いものです。二条選手があのインターハイのときからどれだけ強くなっているのか。直に戦った私としては、非常に興味深いところです」

すばら「さあああ! 大阪三強対決であり、大阪最強学年決定戦でもある中堅戦後半っ!! 東一局、第一打が放たれようとしていますっ!!」

@対局室

東一局・親:憩

泉(北大阪の竜……南大阪の虎……そして、個人戦最強の悪魔……)タンッ

泉(強いのは十分知っとる。清水谷部長とは部活で何度も対戦して……直にその力の差を見せつけられてきた。そして……その清水谷部長と互角にやり合う……南大阪の愛宕洋榎さん……もとい監督の娘さん。
 と……そんな洋榎さんと清水谷部長の更に上を行く……南北大阪個人戦一位……全国では二位の……荒川憩さん……)タンッ

泉(三人とも大阪屈指の化け物や……三強であり五指……大阪で麻雀打っとるやつやったらみんな知っとる。この三人に、セーラ先輩と園城寺先輩が加わって……それで大阪ドリームチームの出来上がりやってな)タンッ

泉(自分が場違いなのはわかっとる。うちかて自分が弱いとは思ってへんけど……この三人と対等に戦えるステージにはおらんっちゅうのもよくわかる。この三強相手にまともに戦えるのは……今日の一年選抜やったら大星淡か宮永咲くらいやろ。
 清水谷部長は魔物と一緒にせんでって言うてたけど……うちから見れば同じや。それくらい突き抜けてんねん……この人らは……)タンッ

泉(まあ……最初から弱音ばっか吐いててもなんも始まらん。今まで見てきた対局の中で……この場が一番普通なはずなんや。神代小蒔や天江衣のような無茶苦茶な場を作る人はおらん。大星や松実姉妹みたいなツモに偏りのある人もおらん。
 正真正銘……非オカルト同士の戦い。うちにやってチャンスがないわけやない。せやから……とにかくまずは……一つ和了ることや!)タンッ

 六巡目

憩「おっ、ツモや。ツモドラ一……1300オールいただきですわー」カチャカチャパラララッ

泉(速い……!)

洋榎(おー……さすがうちと五分で戦える数少ないやつの一人やな……やるやんけ)

竜華(手始めに……って感じやな。まだまだ……これくらいやったら可愛いほうや)

憩「ほな、一本場いっくでーっ!」コロコロ

泉:108700(-1300) 憩:120500(3900) 洋:92800(-1300) 竜:78000(-1300)

東一局一本場・親:憩

竜華(泉……ツモ牌や場の偏りがないからゆうて……自分にもチャンスあるみたいな思っとったら……どえらい勘違いやで。この悪魔はな……憩ちゃんは……こういう普通の場で倒すんが一番しんどいんや。
 まだ場に偏りがあるほうが……憩ちゃんの手が読みやすくなって楽……もちろん偏りがあろうとなかろうと憩ちゃんは悪魔的に強いけどな。全国二位っちゅうんは……そういう相手やで……泉……気ぃつけや)タンッ

竜華(憩ちゃんのツモに偏りはない……洋榎さんやセーラみたいに強い引きを持っとるわけとも違う……もちろん……怜みたいに一巡先が見えるなんて超常現象は使えへん。やのに……この子は南北大阪で個人優勝できる。
 みんな最初は不思議に思ったんや……なんでこんな一見して普通の麻雀を打つ子に勝てへんのやろって……やけど……一度対戦してみれば嫌でもわかんで……本当に……勝てへんのやからな……)タンッ

竜華(高度に発達した技術は魔法と区別できひんみたいな言葉があるけど……憩ちゃんの麻雀はまさにそれや。宮永照の麻雀が殺人的なんやとしたら……憩ちゃんの麻雀は達人的。
 純粋な技術力で言えば……憩ちゃんは宮永照の上やとうちは思う。その特徴は……一目じゃ気付きにくい。けど……気付いた瞬間に背筋が凍る……憩ちゃんは……半端やなく目がいいねん……)タンッ

竜華(泉……さっきの憩ちゃんの和了り……ちゃんと気付いとるか……? 二巡目に手から六筒を落として……ペンチャンの三萬待ちで和了った憩ちゃんの打牌の不自然さに気付いとるか?
 まあ……最初から手がよくて一萬と二萬があったんやったら話は別やけど……憩ちゃんは一巡目からずっとツモ切りをしとらん。
 しかもあの安い和了りや……別に手を高めるために手出しを続けてたわけやない。憩ちゃんは単純に配牌が悪かったんや。たぶん……一萬と二萬……どっちか片方しか配牌になかったやろな。
 やのに……憩ちゃんは受けの多い六筒を早々に落とした。染め手やチャンタを狙うでもなく、や)タンッ

竜華(まあ……これだけで気付けっちゅうのもさすがに無茶やろか。もう二、三回見れば……たぶん思い知るやろ。大阪最強……全国二位の荒川憩……その悪魔的な闘牌。
 うちも気付いたときはぞっとしたで……なんたって……憩ちゃんは絶対に裏目らへんのやからな……!)タンッ

@実況室

すばら「え……裏目らない?」

純「そりゃどういう意味だよ、初瀬ちゃん」

初瀬「いや……言葉通りの意味です。これは近畿大会が終わったあとにたまたま先輩から聞いた話なんですけど、荒川憩選手の打ち方の特徴の一つとして、ほとんど裏目らないという事実があるそうなんです」

菫「まったく、ではなく、ほとんど、という言い回しが気になりますね」

初瀬「ええ……荒川選手も裏目るときはあります。けど……それは裏目ったというよりは……面子を一つ落としてるって感じらしいんです。それをすることで……より高い手を和了っているんだとか」

純「裏目らないのが事実なら大したもんだが……衣とか神代に比べると、イマイチすごさが伝わってこねえな」

初瀬「えっと……先輩の受け売りなのであまりうまく伝えられないのが申し訳ないのですが。荒川選手の和了りは……ほぼ全て最速で手が作られているんだそうです。
 具体的に言うと、荒川選手が和了ったときの手牌と捨て牌……それら全てを合わせて……作り得る和了りの形を探ってみると……七割方は荒川選手が和了った形のただ一通りしか作れないのだそうです」

菫「テンパイ効率が恐ろしく良い、ということですね。ちなみに、最速でない残りの三割はどういったパターンなんですか?」

初瀬「それは……打点を上げているパターンです。荒川選手が和了ったときの手牌と捨て牌、それら全てを合わせて、作り得る最高打点の和了りの形を探ってみると、それが実際に荒川選手の和了った形になっているそうなんです」

純「つまり……あのナースちゃんはツモる牌が全て見えてるってことでいいのか?」

すばら「ツモる牌全てって……それ、一巡先が見える園城寺さんより遥かにテンパイが速いってことになりますよね?」

初瀬「事実として……そうですね。荒川選手のテンパイ効率は近畿地区でも群を抜いています。ただ……荒川選手のそれは……見えるとか見えないとか、そういうオカルトではないそうなんです。あくまで技術の範囲内。
 しかし、その技術があまりに高度過ぎるので……結果だけ見ている私たちにはオカルトのようにしか見えないんだとか。
 先輩は計算機を例に話してくれましたね。三桁かける三桁の計算を一瞬でやってのける計算機。それを見て、魔法だと思うか、技術だと思うか、どっちだって。そして仮に、タネと仕掛けしかない技術だと思ったところで、同じことを自分ができると思うかって。
 荒川選手がやっているのは、そういう類の何からしいんです」

菫「そう言われてみると、さっきの東一局の二巡目六筒切り……多少不自然な打牌だと思って見ていましたが、裏目らないと聞いた今では納得できます。確かに、荒川選手が和了ったとき、その手牌と捨て牌の中に四以上の筒子はあの六筒しかなかったですね」

純「しかしなぁ……オカルトか非オカルトかは別として……絶対に裏目らない程度の力で、魑魅魍魎が跋扈する全国で二位になれるとは到底思えないんだが……」

初瀬「もちろんその通りです。荒川選手は、裏目らないだけでツモは普通の人と変わらないので、例えばノーテンで終わることだってあります。井上さんの言うことはもっともだと思います。ですが……」

菫「荒川選手の打牌の特徴は……何も裏目らないというだけではない……ということですね」

初瀬「そうです。荒川選手のやっていることがオカルトなら……絶対に裏目らないオカルト、だからテンパイが速い、すごい――で終わる話なのですが、荒川選手のアレはあくまで技術なので……もっと別のこともできるんです」

すばら「例えば……どんなことができるんでしょう……?」

初瀬「えっとですね……麻雀のゲームに、他家の手牌を晒した状態にするって設定がありますよね。確か、フルオープンモード。荒川選手の場合……速ければ三巡、遅くとも六、七巡目までには、そのフルオープンモードに入ります」

純「他家の手牌が透けて見えるのか? それも……三家全て……? 速ければ三巡でって……どんな技術だよ……あの風越の女も相当だが……あいつにだってそこまで速く正確には見えねえはずだぞ。もしそれが本当なら、下手なオカルトよりよっぽどひでえな……」

菫「他家の手が透けて見えるのであれば、振り込むことはまずありませんし、たとえ先制リーチをされたとしても……いくらでも打ち回すことができますね」

すばら「おおお!! ここで千里山女子・清水谷選手がテンパイっ!! これはリーチを掛けるでしょうかああ!?」

@対局室

 八巡目

竜華(憩ちゃんが相手なら手は筒抜けやと思って間違いない。直撃を取るのはかなり厳しい……となれば、憩ちゃんが親のこの局は、ツモで憩ちゃんを削るチャンス……強引にでも行くで……!)

竜華「リーチや!」スチャ

憩(お、来よった来よったー。こっちはまだリャンシャンテン……ま、こっからやろな)タンッ

洋榎(おーおー。調子づいとんなー)タンッ

泉(清水谷部長のリーチ……荒川憩も洋榎さんも際どいところを切ってきた……安牌が増えたのは助かったけど……二人ともオリてへんっちゅうことやんな)タンッ

竜華(憩ちゃんは怜とはちゃう……故意に一発をズラしたりとかはせえへん。やけど……憩ちゃんが一緒やと和了りにくくなるんは確かや。特に出和了りがしにくい……なんでかっちゅうと……)タンッ

憩(清水谷の竜さんはなんや無理してるみたいやな。ほな……のんびり回すとしましょかー)タンッ

洋榎(む……それは通るんか。やったら、こっちはとりあえず残しやな)タンッ

泉(二人とも切り込んでいくな……清水谷部長の手が読めてるってことやろか。これは……うちもベタオリやあかんな……幸い道は二人が作ってくれとる……負けてられへんで……!)タンッ

竜華(三人ともオリる気配がない……まあ……憩ちゃんがそう誘導してるんやから……そうなるやろな。洋榎さんは上家の憩ちゃんを見て捨て牌を選んどる。泉は二人を見て選んどる。洋榎さんも泉も憩ちゃんの影響下にあるねん。
 うちの和了り牌を見抜いとる憩ちゃんが道を作れば……洋榎さんも泉も回しやすい。うちの和了り牌を掴んでも……そう簡単には出さへんやろ。やって……危険牌を出さなくてもテンパイにとれるように……憩ちゃんが安全な道を作ってくれとるんやからな。
 やけど……それは憩ちゃんの切り開いた道や……当然……先にゴールするんは……憩ちゃんやで……!)タンッ

憩(おっ、イーシャンテン~。受けを広くすると振り込んでまうから、この場はここやろなー)タンッ

 十四巡目

憩「ツモやっ。ピンツモ、700オールに一本付けでよろしくです~」カチャカチャパラララ

竜華(三枚しかないうちの当たりを一枚持たれとる。それ……普通に手広く打っとれば途中で振っとったやん。参ったわ……完全に見透かされとる)

洋榎(二連荘か。ま、安いし別にええやろ)

泉(清水谷部長がかわされた……!? これが全国二位の悪魔……荒川憩さん……!!)

泉:107900(-2100) 憩:123900(7300) 洋:92000(-2100) 竜:76200(-3100)

東三局二本場・親:憩

 十巡目

竜華(張った……! タンピン三色ドラ一赤一……絶好球や。やけど……リーチかけるとさっきみたいに打ち回される。
 憩ちゃんを削りたいのは山々やけど……洋榎さんも今回手が良さそうやし……勝負しに来てくれはるんやったら出和了りも無理やないやろ……ここはダマで通すで……!)タンッ

憩(おっ、大きいの張りましたねぇ。リーチしてこんってことは……洋榎さんから出てくるのを待っとるんやろか。
 やけど……清水谷の竜さん……悪いですけど……お二人とも……互いの和了り牌持ち合ってはりますよ。そのまま待つんやったら……今回もウチがいただきですわ)タンッ

洋榎(ぶちかましたんで~)タンッ

 五巡後

憩「タンピンツモ赤一……2600は2800オールやでー」カチャカチャパラララ

竜華(またかいな……!!)

洋榎(ふーん……)

泉(ぜ……全然テンパイできひん……!!)

泉:105100(-4900)憩:132300(15700)洋:89200(-4900)竜:73400(-5900)

@実況室

すばら「さ……三連続和了……!! これは……不思議です……!! 清水谷選手も愛宕選手も決して悪くない手牌でしたし……ミスらしいミスもなかった……!! なのに……気付けば荒川選手がそれに追いついて追い越してしまう……!!
 これは……どういうことなんでしょう、初瀬さん!?」

初瀬「えっ!? いや……急に振られても……私もちゃんと解説できるほど荒川選手のことをよく知っているわけじゃないですし……」

純「本当に魔法を見ているみたいだな。無理な鳴きを入れてるわけでもねえ、何かのオカルトで他家に圧力をかけてる様子もねえ。なのに……気付けば常に荒川憩が場をリードしてやがる」

菫「よくよく見ると……いくつか普通では有り得ない打牌をしているときがあります。それによって他家の手をコントロールしているような感じがしますね。
 ただ……あくまで個人の技術のみで打っている荒川選手がどうしてそんな打牌ができるのかと言われると……うまく説明できる気はしません」

すばら「こ……困りました……! どなたか、荒川選手に詳しい方をお呼びするのがいいでしょうか!?」

小走「その必要はないっ!!」ドンッ

 王者、再登場ッ!!!

初瀬「先輩っ!? なぜ!?」

小走「ニワカに解説はできんよっ! パートツー!!」

すばら「というか、いつの間に!!?」

小走「王者とは常に己のあるべき場所を知っている。それだけのことだッ!」

純「まーた呼んでもいねえのに来やがったな……」

菫「小走さん……小走さんなら、あの荒川憩の打ち筋について解説ができるんですね?」

小走「ふふ……任せてください、弘世さん。では、一つ一つ解きほぐしていくとしよう。魔物退治ならぬ悪魔祓いの時間だ!」

すばら「お、お願いしますっ!」

小走「まず、みなさんお気づきだろうか? 荒川憩は配牌後……理牌をしない!」

純「そんなんとっくに気付いてるよ。和了るときになってやっとカチャカチャ牌を並び替え始めるよな。で、それがどうかしたのか?」

小走「荒川憩は理牌をしない。では、荒川憩は、本来なら理牌しているときに、何をしていると思う?」

初瀬「他家の理牌が終わるのを待ちつつ、自分の手牌をどうやって和了りにもっていくか考えているのでは?」

小走「甘いな、初瀬。理牌をせずともミスなく対局を続けられるようなやつが、自分の手牌についてあれこれ考えるのにそんな時間をかけると思うか?
 大体、仮にそうだとしても、それなら普通は理牌するだろう。そっちのほうが絶対に速いし、考えやすい」

初瀬「じゃあ……荒川選手は自分の手牌は見てないんですか?」

小走「見てるよ。一瞬だけな。配牌を開けたそのときに、さーっと一瞬だけ手牌を眺めているだろ。それで終了だ。
 確か……清澄の原村和が第一打で少し悩むクセがあったはずだが……恐らくその時間で原村がやっているだろう計算を、荒川憩はあの一瞬で終わらせている。
 その……驚異的な計算速度……かの有名なラプラスの悪魔の如き知性――情報処理能力……それが、荒川憩の技術を支える力の一つだ」

純「荒川憩の計算能力が悪魔レベルに高いのはまあいいとして……話が本題から逸れてるぜ。あいつが理牌をせずに何をしてるのか、その答えはなんなんだ?」

小走「荒川憩は、他家が理牌しているのを見ている」

菫「他家の理牌を観察して……手の良し悪しなどを読んでいるということですか?」

小走「そんなところです。しかし……あの悪魔の目が見ているのは……何も良し悪しだけじゃない。荒川憩は、他家の理牌を見ただけで、誰の手にどの牌が何枚ずつあるかを六割以上は把握できる」

すばら「六割って……! そんな……そんなことが……可能なんですか? 個人の理牌のクセとか……触らずの十四牌とか……そういうのは確かにありますけど、理牌を見ただけでそこまでわかるものでしょうか?」

小走「理牌のクセ、触らずの十四牌。そうだな、そういうのも、荒川憩が他家の手を見るのに参考にしていることの一つだな」

初瀬「え……? 他に……何があるんですか?」

小走「心拍数や血圧、発汗、体温といったバイタルの変化。それに表情の変化や、牌を追う目の動き――どの牌を何秒見たか、どの牌を一番多く見たか、どの牌とどの牌を見比べていたか。
 それに……牌に触れたときにどういう身体反射を起こしたか……とかも見ているだろう。とにかく……荒川憩はそういった……人間が意識的無意識的に起こしてしまう僅かな変化を、一つ残らず見尽くしている」

純「見尽くしているって……なんだよそれ。そんなんオカルトと大差ねえだろ。まあ……心拍数やら血圧やらはわからんでもねえよ。そりゃ、良い手がくれば誰だって興奮して緊張するだろうし、悪い手ならその逆だろう。
 それはいいとして……一体なんなんだよ、牌に触れたときの身体反射って……」

小走「実際の医療現場で研究されている、立派な技術の一つだよ。例えば、阿知賀の松実宥じゃないが、人は寒色に触れると体温が下がり、暖色に触れると体温が上がるという。
 それに、例えば白と東では、彫り込みの有無から、指が牌に触れる面積も、感触も、大分違ってくるな。もちろん、誰もが普段はそんなこと意識せずに打っている。
 しかし、そういう僅かな違いに対しても、人間の身体っていうのは無意識レベルで反応してしまうようにできているんだ」

菫「無意識レベル……ですか。それは、我々が人間である以上、どうしようもない変化ですね」

小走「その通りです。荒川憩の悪魔の目をもってすれば、手牌なんて隠している意味はない。なぜなら、他ならぬそれを見て触っている人間が、まるで鏡となったかのように、知らず知らずのうちに全てを荒川憩に見せてしまっているのだからな。
 まあ……そこでいくと、荒川憩が、唯一個人で勝れない相手である宮永照を『ヒトじゃない』と表現したのも頷けるものがある。案外チャンピオンは本当にヒトじゃないのかもしれん。
 逆に言うと、ヒトである以上、荒川憩の目から逃れることはできないということだ」

すばら「えっと……荒川選手は他家の理牌を観察しただけで、もう他家の手が読める、と。ということは、同じようにして、他家の打牌を観察すれば、もっと色々なことがわかりますよね。今度は実際に見える牌も出てくるわけですから」

小走「当然だ。ゆえに、初瀬が最初に言った通り、荒川憩は速ければ三巡、遅くとも六、七巡でフルオープンモードに入る。
 もしこれがネット麻雀で、純粋に捨て牌だけしか見えないのであれば、さすがの荒川憩もそんな神業――悪魔の所業と言うべきか――はできないだろうな。
 なんというか、宮永照をオカルトの頂点、原村和をデジタルの頂点とするなら、荒川憩はアナログの頂点だろう。ヒトを観察し、ヒトと触れ合うナースだからこそできる芸当だ」

純「ん……待てよ、今のでフルオープンモードの仕組みはわかったが……あいつはツモが見えるって言ってたな。それは……どうなってんだ?」

菫「荒川選手の計算能力が原村選手のそれを遥かに凌ぐというのなら、いわゆるカウンティングでしょうか。他家の手牌が透けて見える荒川選手なら、どの牌が山に残り何枚あるのかを、実際に計算することができるでしょう。
 なら、最も確率がいいように手を進めていけば……当然、テンパイ効率は高くなる。あたかもツモる牌がわかっているかのように」

初瀬「しかし……カウンティングって……結局は確率に頼ることになるんですよね? でも……荒川選手は『絶対』に裏目らない……それは計算だけじゃ説明できない気がします。
 似たようなことはデジタル最強の原村さんもやっていますが……原村さんは裏目ります。その差はどこにあるんでしょう」

小走「そう……初瀬の言う通り。いかに荒川憩の観察能力と計算能力がズバ抜けていようと……山牌の並びまでは見えない……絶対に裏目らないというのはあまりにオカルトじみている……そう思っていた時期が……私にもあったよ」

すばら「ええっ!? それ……つまり、荒川選手には山牌まで透けて見えるってことですか!?」

純「いや、完全にオカルトだろ……それ。山牌は全自動卓がランダムに並べてるんだぜ? ヒトが触れているわけじゃないなら、荒川憩の悪魔の目とやらも機能しないんだろ?」

小走「そうだな、そう考えるのが妥当だ。しかし、荒川憩は悪魔である前に……ナースなんだよ」

菫「それが……何か?」

小走「みなさん、ナースになる人間が備えているべき資質として……最も重要な要素はなんだと思う? 私は……博愛だと思う」

初瀬「博く愛することですね」

小走「博打を愛する、とも読めるな……まあそれは閑話休題。ところで、荒川憩は……あれほど麻雀が強いのにもかかわらず……名実ともに宮永照に次ぐ打ち手であるのにもかかわらず……あの天照大神とやらの仲間には入っていない。
 『牌に愛された子』……だったか」

菫「そうですね。荒川選手は……その強さは申し分ありませんが、照や淡のような……まるで牌に慕われているかのような和了りはしません」

小走「そうなんだ。まさにそう。荒川憩は、牌に愛されてはいない。けれど……荒川憩はナースだ。博愛だ。そして……その博愛主義は……何も人間へ向けられるだけじゃない……」

初瀬「ま……まさか、荒川選手は……!」

小走「そう。彼女は……いわば『牌を愛する子』なんじゃないかと……私は思う」

純「で、だからどうしたんだよ……?」

小走「わからないか? 愛するということは、その対象の個性を認め、受け入れるということだ。人間を愛するように牌を愛するということは……個々の人間を見分けられるのと同様……個々の牌を見分けられる……そういうことにならないか……?」

すばら「ガ……ガン牌……!!? 荒川選手は……ガン牌をしているんですか!!?」

小走「それは故意に傷をつけたりして特定の牌に目印をつけるイカサマだろうが。荒川憩のそれは違う……彼女はきっと……牌の個性を感じ取っているんだ……いや……もしかすると自動卓の個性すら感じ取っているのかもしれない。
 牌や卓といった無機物すら、彼女にとってはヒトと同列に愛せる何かなんだ。そこには個性があり、カルテに載るようなクセや特徴がはっきりと存在する。
 だから……たとえそこに積まれているだけでも……『牌を愛する子』荒川憩にとって、それは診察を待つ患者の列みたいなものなのかもしれない」

純「愛とか言い出したら……そりゃオカルトになっちまうような気がしないでもないけどな。オレだって……牌は見えねえが……流れは見える。それは、案外……場を愛しているからなのかもしれねえぜ?」

小走「いや……すまない。確かに、愛を引き合いに出すのはいかにもオカルト臭いな。ならば、一応科学的なことも言っておこう。
 理論上……例えば十円玉を投げたりサイコロを転がしたりするとき……裏と表がでる確率、一から六の目が出る確率が……完全に同率になるということはありえない。彫りの違いが重心の違いとなり、確率に影響する。
 麻雀牌だってそうだ。マイクロ単位で測れば、完全に同じ牌などはどうやってもありえない。その違いは確実に確率に影響する。
 自動卓が牌を並べるのだって、さっきは簡単に『ランダム』なんて言ってくれたが……完全なるランダムというのがいかに厄介なものであるかをわかっていないようだな。それはあくまで……人の目から見ていかにも乱雑であるというだけだ。
 ただ……荒川憩の持っているのは悪魔の目……ああやってアナログの牌でアナログな麻雀を打っている以上……常人にはランダムに見える場の中に……なんらかの規則性を見出していてもおかしくはない」

純「いや、おかしいだろ。そこまで行けばオカルトと何も変わらねえよ」

小走「だから、初瀬が最初に言っただろう? 高度過ぎる技術は魔法と区別がつかない。荒川憩がやっているのは、高度過ぎる技術を駆使した何か。それを技術と呼ぶかオカルトと呼ぶかは……人それぞれだとな」

純「だったらオレはオカルトでいい。要するに、あのナースちゃんは、他家の手牌が見えるし、山牌も見える。そういう麻雀をするってことだろ」

小走「ふん、ニワカが。甘いな、甘過ぎる。その程度の認識で勝てるのは、さっきの神代小蒔のような人外を相手にしてるときだけだ。荒川憩は……人間だ。それも……悪魔的な人間。能力を見破っただけで勝てるほど……二年連続全国二位の称号は安くない」

初瀬「ど……どんな風に悪魔的なんですか……?」

小走「まあ……見ていればわかるよ……」

すばら「それでは見守るとしましょうっ!! 荒川選手の三連荘で、東一局三本場ですっ!!」

@対局室

東一局三本場・親:憩

泉(まずいで……三連荘はさすがにマズい。何があかんかったのかわからへんけど……荒川さんは清水谷部長と洋榎さんを相手に回してなお走っとる……それだけでもう十分レッドゾーンやで……なんとか止めな……!)タンッ

竜華(泉……焦ったらあかんで……! それこそ憩ちゃんの思う壺や……憩ちゃんは手牌だけやない……人の心まで見抜いて翻弄する。それこそ悪魔のようにな。
 みんな……憩ちゃんに弄ばれとると気付かないまま……いつの間にか魂を喰らわれとんねん……!)タンッ

憩(いやいや……清水谷の竜さん……そんなピリピリせんでも大丈夫やて。ウチかてなんも全部が全部思い通りにできるわけやない……ただ……見えるだけや。
 ウチは……ただちょーっとウチのやりやすいように他人を誘導してるだけやねんて……それで……もし誰かが破滅したとしたら……それはやっぱりその誰かが自分でそうなっただけで……ウチのせいやあらへんよ。ウチはなんもしとらへん……)タンッ

泉「ポ、ポンッ!」タンッ

泉(發……特急券……! これで連荘を蹴る……!)

竜華(憩ちゃん……泉に鳴かせよったな……何が狙いや……!)タンッ

泉「そ……それもポンで!」タンッ

竜華(なっ……!!? 泉に何かしとるんやと思うたら……うちも手の平の上やったんか……!!)タンッ

憩(手の平の上ってなんやねん……ウチが不要牌を切ったらあの子が鳴いた……竜さんが不要牌を切ったらあの子が鳴いた……それだけのことやんな……)タンッ

洋榎(ポンポンとツモを飛ばされんのは面倒やなー。ま、うちの勢いはそんなことでは殺されへんけどなー。さあ……ぼちぼち和了るでー……!)タンッ

泉(よし……! ドラが入った……これで……ドラが重なってくれば發ノミやったんが満貫も見れんで……!)タンッ

 五巡後

泉(イーシャンテン……發ドラ二……悪くないんやけど……あと一歩が重いな……あれから鳴くチャンスもあらへんし……)タンッ

竜華(テンパイはできたけど……なんや憩ちゃんが静かなんが不気味やな……それに……洋榎さんが力を溜めとる感じがする……ここはリーチするんは危険かもな……)タンッ

憩(さて……そろそろやんな……)タンッ

洋榎「ほな行くで~、リーチやっ!」スチャ

憩「それポンやー。一発消し~」タンッ

洋榎「地っ味やなー。ま、さっさとツモを回してくれておおきにっ!」

 洋榎、ニヤリと笑って手牌を倒す。

洋榎「ツモッ! リーピンツモ……裏々や! 2000・4000は2300・4300やで!!」

憩(っと……裏々やと……? 愛宕の洋榎さんはホンマ怪物やでー。こういう天に味方されとるようなタイプは苦手やわー)

洋榎「なんや……思惑とちゃうみたいな顔しとんなー?」

憩「ん、ウチ、そんな顔しとりました?」

洋榎「しとったしとった。自分、他家がリーチかけてきても滅多にオリひんしな。どうせ一発消して回して先和了ろーとか思っとったんやろ」

憩「ま……それくらい誰だってやりますわ。ベタオリばっかや勝てへんでしょ?」

洋榎「ははっ! それが甘いっちゅーんや! 誰がリーチかけとると思てんねん!? うちこと愛宕洋榎やで!! うちがリーチかけたら太閤さんでもベタオリやねんっ!
 回して先に和了ろーなんて、そんなんどこぞの竜には通じたかもしらへんけど、うちには通じひんな。一緒にしてもろたら困る――格が違うわっ!!」ドンッ

憩「言いはりますなー。ま、肝に銘じておきますわ」ニコッ

竜華「いや……ちょっと待ちや、洋榎さん。誰と誰が格が違うて?」ゴゴゴゴ

洋榎「えっ……? あ……いや、だ、誰やろなー……あははー」アセアセ

竜華「どないしよっかなー。洋榎さんがまーた対局中に相手のことおちょくってはりましたーって監督に言うてまおかなー。監督はマナーに厳しいからなー」

洋榎「そ……それだけは堪忍やっ! 竜ちゃん……仲良く麻雀しようや! なっ!?」

竜華「ふふ……やっぱり素直でええ子やね、洋榎さんは。さすが監督の愛娘や。行儀もええし礼儀もわきまえてはりますなー」

洋榎「せ……せやなっ! やっぱり対局中のマナーは守らなあかんよなっ! これ終わったら清澄の久とかにもキツーく言うておくわっ!! いや~インターハイの準々決勝はひどかったな~。宮守のちっこいのがずーっとキリキリしてはったわー……」

泉(えっと……部長は洋榎さんに強くて……洋榎さんは荒川憩さんに強くて……荒川憩さんは部長に強いん……? なんやねん、その三竦み……)

泉:102800(-7200) 憩:128000(11400) 洋:98100(4000) 竜:71100(-8200)

@実況室

すばら「愛宕選手の満貫ツモが決まりましたあああ!! これで荒川選手の連荘はストップ!! 愛宕選手の親番ですっ!!」

小走「ほらな、まさに悪魔のような闘牌だったろう?」

すばら「えっ!? 一体どこがですか? 第一、荒川選手は満貫の親っ被りを食らってますよ……?」

菫「しかし、序盤の泉選手の二つの鳴き……あれによって、愛宕選手がツモるはずだったドラの対子が泉選手に流れました。荒川選手があそこで發を切らなければ、愛宕選手の手はドラドラで二飜ほど高くなっていたはずです」

純「それに、あのナースちゃんの第一打もまた怪しいな。いきなりの四筒切り。チャンタ系を匂わす一打だ。それを見て、愛宕は浮いていた一索を落とした。あとあと振り込まないように捨てたんだろう。
 だが……愛宕の手にはその後二索と三索が入ってきた……もしあそこで一索を残していれば、三色もついていたな」

初瀬「ドラは九索でしたから……愛宕選手のあの手なら……うまくいけば平和純全帯三色ドラドラになりますね……倍満確定です」

すばら「そ……それらが全部計算尽くだったんですか……!?」

小走「荒川憩は恐らく、配牌の時点でこの局はどうやっても愛宕に先を越されるだろうと見切った。だから、できる限り安く親を流そうと……第一打から画策したわけだな。それも、荒川憩自身はぴくりとも動かずにだ。
 自分は仕事をせずに場を思い通りにコントロールする……まるでマクスウェルの悪魔のようじゃないか。エントロピーを凌駕している」

すばら「し……しかし! もし荒川選手にそこまで正確に山や手牌が見えているのであれば……自分が連荘することも可能だったんでは!?」

小走「その辺りが荒川憩の絶妙なところだな。多少無理をすれば……愛宕の手を潰して自分が和了るように仕向けることもできたんだろう。しかし、荒川憩は決して無理をしない。悪魔の目を持っていながら、彼女はその力に呑まれないんだ。
 強い力という劇薬の副作用をよく知っているんだろう。天江衣や大星淡のように平気で無茶をしてくる輩とは一線を画している。荒川憩は……常に最高を目指す打ち方はしない……それは能力に縛られることを意味するからな」

菫「常に最高を目指さないというのは……照と好対照ですね。照は常に最高を目指す。その辺りが、一位と二位を分ける差なのかもしれません」

純「そこでいくと、今の愛宕のような打ち方が荒川憩にとっては一番堪えるのかもしれねえな。他には目もくれず、持てる力をフル活用して和了る力強い闘牌。
 荒川憩は、そういう元気っ子っつーのか、病気とは無縁の健康優良児が相手だと……基本的には放っておくことしかできないって感じだ。
 今だって、愛宕は純全帯と三色ドラドラを削られながらも、リーチツモ裏々でただの平和を満貫に押し上げた。ああいう何をやっても動じない強さを持ったやつは……オレも苦手だな」

初瀬「あの……ところで、荒川選手は愛宕選手のリーチ宣言牌を鳴いてますよね? あれは……一体どんな意図が?
 そのまま普通に続けていれば、愛宕選手は和了り牌をツモらずに、泉選手が愛宕選手の和了り牌を掴みます。それを泉選手が一発目から切り出すとは思いませんが……泉選手が後々振り込むにせよ、流局するにせよ、荒川選手は無傷なわけですよね?
 どうして……それまで自ら動くことのなかった荒川選手が……あの場面であんな鳴きを入れたんでしょう」

小走「いいところに目をつけたな。さすが私の後輩だ」

初瀬「あ、ありがとうございますっ!!」

菫「小走さんには……あの鳴きの意図がわかるんですか? 私にはどうにも、理が通らないような気がしますが……」

小走「さあ……実は、私にもわかりません」

純「なんだよ、しゃしゃり出てきたからにはちゃんと解説しやがれ」

小走「無茶言うな……私はいたってノーマルな一般人だ。客観的なデータを色々と考察することはできるが……さすがに人ならざる者の心までは読めんよ。
 さっきの神代とはまた違った意味で……荒川憩という悪魔もまた……人の価値観では動いていない可能性がある。一体荒川憩が何を狙っているのか……最後まで見れば……あの悪魔が何を考えてあんな鳴きを入れたのかも……わかるのかもしれんな」

すばら「まだまだ荒川選手の底は見えないようですっ!! がっ! 勝負は始まったばかり、大阪の竜虎が黙っているとは思えません!! 東二局の開始ですっ!!」

@対局室

東二局・親:洋榎

 九巡目

憩(これはこれは……竜虎激突って感じやろか。となると……鍵になるんは千里山の一年生やね。あの子がどう動くか……それによって今後の打ち回しも変わってくる……ここは一つ……その器を量らせてもらいましょ)タンッ

洋榎(テンパイ……っと。どないしよっかなー……いつもならガンガンリーチにいくところやねんけど……。
 千里山の大将は……口うるさいのはともかくとして……打ち筋もオカンに似たとこあるからなー……不用意にリーチかけるんは危険や……困ったわ……どうにもやりにくくてしゃーないなっ!)タンッ

泉(洋榎さん……この巡目で中張牌を手出し……張っとるんやろか? ただ……うちもそれを鳴けばテンパイに取れる……。
 やけど……親を流すとか……そんなことばっか考えてても勝てへん……他家の親は安手で流して自分の親で連荘して稼ぐ……なんて戦略は……この面子相手には通用せんやろな。せっかくできたイーシャンテン……大事にせな……!)ツモッ

憩(おっ……鳴かなかったんやね。さっき江口さんも似たようなことやっとったけど……ええ判断や……それが正解やで……)

泉(張った……! よし……これなら押せる……いつまでも先輩ら相手に黙っててもラチが開かん……思いっきり前傾で行くで……!)

泉「リーチですっ!」スチャ

竜華(泉がリーチか……っと、とりあえずツモ切り安牌やな)タンッ

憩(これで……勝負ありかな……よう頑張ったね……千里山の一年生)タンッ

洋榎(リーチかいな……ま、そんなんに振り込むうちやないで~)タンッ

竜華「ロン。タンピン一盃口ドラドラ赤一……12000」

洋榎(げー! しもたー!!!)

竜華(なんやその顔……微塵もテンパイ気配感じ取ってへんかったんかい……洋榎さん、油断しすぎやわ)

洋榎(とか思われとったらどないしよー!? うっわー……やってもうたー! 一生の不覚やでこんなん!)ズーン

竜華(よし……これでとりあえずプラスや。泉の頑張りを潰してしまったんは申し訳ないけど……卓についた以上は敵同士……一位は譲れへんよ)

泉(清水谷部長……綺麗な手を張ってはりましたか……なかなかどうして敵わへんっすわ……)

憩(竜虎対決はひとまず竜に軍配やね……千里山の一年生もちょっとばかしやりよるようやし……最後まで楽しめそうやんな……ほな……ウチもまだまだ行かせてもらうでー!)

泉:101800(-8200) 憩:128000(11400) 洋:86100(-8000) 竜:84100(4800)

東三局・親:泉

泉(親番か……稼ぐとしたらここやろな……ここまでうちは焼き鳥……わかっていたことやけど三人とも強過ぎる……まったく思うようにいかへん……まるで……あのインターハイの準決勝みたいや……)

泉(あのインターハイ……うちら千里山はまさかの準決勝敗退やった。
 姫松もそうやったな……新設校の阿知賀と清澄に負けた大阪の強豪……試合が終わったあと……けっこう地元の新聞や雑誌なんかに叩かれたんや……監督が……色んな人に頭下げてんの……うち……見てしもうてん……)タンッ

 ――回想・千里山女子麻雀部・二週間前――

泉「監督ー、部室の掃除終わったんで稽古日誌と鍵を返し……」

記者「いやー残念ですわー。うちらも決勝に行くもんやとばかり思ってましたからー」

雅枝「ほんに申し訳ありません。私の力不足で……」ペコ

泉(あれは……週刊雑誌の人か……インターハイ前にも取材に来とった……)

記者「あーいやいや! 監督さんが頭下げるようなこと違いますよ。一年生をレギュラーにせんとあかんかったような苦しい状況で、監督さんはよう戦いましたわ」

泉(一年生……レギュラー……うちのことか……)

記者「ほなら、穴は別の記事で埋めますわ。千里山さん……まあ、三年生が抜けてまうと厳しいかもしらんですけど、今後も応援させてもらいまっせ!」

雅枝「おおきに。せやけど……すんません、私の聞き間違いかもしれませんけど……今、一年生がどうとか言わはりませんでした……?」ギロッ

記者「えっ!? ああ、いや、これは申し訳ない。そういう書き方をしてるところもね、あるってだけの話ですわ! 千里山さんがインターハイに一年生を使うことは珍しいもんですからっ!!
 なんや……ホンマはもっと強い上級生がおったのに……大会前に調子崩したんちゃうかー、ベストメンバーやなかったんちゃうかーって……」

雅枝「言うてることがようわかりませんね……一年生がレギュラーでもベストメンバーな学校はいくらでもありますけど……」ゴゴゴ

記者「い、いやっ! やけど、千里山さんはほら、超名門やから! そんな……こないだまで中坊やった新人をレギュラーにするなんて……白糸台とか清澄みたいな例外でもなければ、そこらへんの層の薄い学校のやることやし……」

雅枝「一年生がレギュラーになるんは層の薄いことになるんですか……?」ゴゴゴゴゴゴ

記者「え……! えっと……そういう分析をしてはったプロもどっかにおったってだけの話で……!!
 その……昔の千里山では一年生がレギュラーになることなんてまずあらへんかったですし……最近は少子化で……なかなかええ選手ばかりに恵まれるっちゅうんが難しくなったんかもしらんなーって……そんな話を……」

雅枝「どこのゴミプロがそんなこと言ってたんや!!! 今すぐそいつをここに連れて来いや!!!!」バァン

記者「ひ……ひいいいい……!!!?」

雅枝「そんなふざけた記事を書いてたとこがあったとは知りませんでしたわ!! ほな……自分らんとこにはちゃんとしたこと書いてもらわんとあきまへんなっ!! 監督の私が責任持って明言しますわっ!!
 今年の千里山はなんの不手際もアクシデントもない、完全なベストメンバーです。コラっ! ちゃんとメモ取らんかい自分!!」ゴッ

記者「す……すいません……!!」

雅枝「そのベストメンバーの中に一年生が混じっていたことについては……純粋にあの子が他の二、三年生の誰よりも強かったからです。たとえ昔の千里山におってもあの子はレギュラーやったでしょう。
 今回の結果は全て……監督の私の力が至らんかったのが敗因です。選手らはようやってくれたし、私はあの子らが昔の千里山より弱いなんて思ったことはありません。今年の五人は千里山の歴史の中でも最高クラスのチームやった。
 その中でレギュラーを勝ち取った五人や……五人を支えた部員たちを……層が薄いだの弱体化だの……そんな風に分析しはるナメたプロっちゅうんがおるんやったら……!! どこの誰やろうと関係あらへん……!! 私が直々にシバいたりますわ!!!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

記者「は……はい……!! こ……このまま記事にさせていただきます……!!」

泉(か……監督…………)

 ――――――

泉(監督……普段は礼節にうるさい監督が……外部の人に食ってかかるとこなんて初めて見たわ……ホンマにびっくりしたで……)

泉(やけど……記者さんの言うてたこと……そういう風に世間が捉えとることは……もっともやと思う。
 一年がレギュラーになるようなチームは層が薄い証拠……昔の千里山ではそんなことありえへんかったって……言い方はそんな直接的やなくても……そういう表現をしてる新聞や記事はたくさんあった……)

泉(そら……ショックやったで……うちは千里山で一年生レギュラーになれたことを誇りに思っとった……それが……層が薄いからや言われるなんて……実際……試合に負けてしもうたんはうちが大負けしたせいやからな……やけど……せやけど……!
 せやけど……! 先輩方はみんな必死に戦っとったのに……うち一人がダメやったせいで……!! 千里山のみんながダメやったみたいに言われんのが……悔しゅうて……悔しゅうて……!!)タンッ

泉(あのとき……監督が言い返してくれて……少しだけ……救われた気分やった……。
 やけど……同時にまた別の悔しさがこみ上げてきたわ……やって……あんな剣幕で言い返すくらい……我を忘れてキレてまうくらい……監督はうちらに期待してくれてたってことやもんな……やのに……その期待に……うちは応えられへんかった……)タンッ

泉(船久保先輩の言ってはった通りなんや……うちは結果を残せてない……千里山のレギュラーとしても……一年選抜としても……何一つ自分は誰かの期待に応えられてへん……!)タンッ

泉(頑張らな……! メゲてる暇はない……うちは勝たなあかんねん……! 相手が大阪最強やろうと……誰やろうと……! 今回は一年選抜の看板背負って……大阪で唯一の一年としてここにおんねん!
 同じ近畿の森垣さんは園城寺先輩やセーラ先輩……その上神代小蒔まで相手にしとったのに……プラスで帰ってきた。他の一年生かてそうや……みんな全国区の化け物と戦って……ここまでプラスで繋いできた……!
 その大事な点棒をうちが落とすわけにはいかへん……! 何より……うちが……うち自身が勝ちたいって思うねん……! 一年選抜のためにも……千里山のためにも……負けるわけにはいかへんのや……!!)タンッ

 十二巡目。

憩「ロン、断ヤオドラ三……7700や」カチャカチャパラララ

竜華「……はいな(あかんな……ちょっとでも無理を通そうとするとこれや)」

泉(清水谷部長のリーチが……また撃ち落された……!? これで荒川憩の一人浮きかいな……うちが手も足も出ん部長と洋榎さんを相手に断トツやと……!? くっ……まだや……まだまだ……勝負は終わっとらへん……!!)

泉:101800(-8200)憩:136700(20100)洋:86100(-8000)竜:75400(-3900)

東四局・親:竜華

 七巡目

憩「リーチ……」スチャカチャカチャ

洋榎(お……珍しい。リーチ掛けてきよったな……)タンッ

泉(リーチ……っちゅうことは……まさか高いのか……? それとも他に何か狙いが……?)タンッ

竜華(憩ちゃんがリーチを掛けてきた。なら……張り替えで狙い撃ちされる心配はない……親やし……泉の手前……やっぱ攻めるで……!)タンッ

竜華「うちも追っかけリーチやっ!」スチャ

憩「(竜さん攻めてきはりますね……けど甘いですわ……それも計算済みです)なんで三筒やねーん」タンッ

洋榎(三筒は通るんか……なら……)タンッ

憩「そら通らんなー。ロンや。リーピン……裏一……3900」パラララ

洋榎「む……(六・九かいな……ふん……後ひっかけなんてセコい真似しよって……こんくらいすぐに取り返したるわっ!)」

竜華(憩ちゃん……まさかうちのリー棒を誘い出したんか……!? それに洋榎さんから六筒を引き出すために……後ひっかけになることも見越してのリーチ……?
 いや……それだけやない……憩ちゃんには裏一まで見えてたのかもしれへんな……だとしたらホンマ悪魔やで……この子……!)

泉(洋榎さんまで……!? 嘘やろ……いくらなんでも……! これが……全国二位……!? 宮永照に最も近い打ち手……宮永照でなければ勝てない悪魔……!! どうすれば……どうすればこの人に勝てんねん……!!?)

泉:101800(-8200) 憩:141600(25000) 洋:82200(-11900) 竜:74400(-4900)

@実況室

すばら「圧倒的いい!! 荒川選手!! 他家をまったく寄せ付けませんっ!! 個人成績ではプラス25000の一人浮き……!! 全国二位の力をまざまざと見せ付けていますっ!!
 果たしてこのまま荒川選手が走りきるのか……!? それとも他家が待ったをかけるのか……!! 勝負は南場へと移りますっ!!」

小走「ま、さすがの荒川憩ってところだな」

純(ってか、こいつこのままここに居座るつもりじゃねえだろな……)

菫「しかし、他家もこのまま黙っているとは思えません。千里山の清水谷選手も、姫松の愛宕選手も、同地区の荒川選手とは個人戦で何度もぶつかっているはずです。これが初手合わせというわけではない。
 今は翻弄されているように見えますが、実力はそれほど開いていないでしょう。荒川選手もそれはわかっていると思います」

初瀬「しかし……山や手牌を透視できる荒川選手を相手に、どうやって勝つつもりなのか……私には対策が思いつきません」

純「だが、小走先輩曰く荒川憩のあれはあくまで悪魔な技術なんだろ? 完全に牌が透けて見えてるわけじゃない。見落としもあれば見間違いもあるはずだぜ」

小走「そういうことだ。果たして……悪魔に食らいつくのは竜か虎か……それともここまで見せ場のない一年生か……今後の展開が楽しみだな」

すばら「さああ!! 中堅戦後半っ!! 南入ですっ!!」

@対局室

南一局・親:憩

洋榎(まさか南入時点でうちがラスとはな……やってくれるやんけ。ま……いつもいつも楽勝やと張り合いもあらへん……たまーにこないなオモロい相手がおるから……麻雀はやめられへんのや……)タンッ

洋榎(三箇牧の荒川憩……うちは南大阪やから……インターハイの予選ではぶつからん……南北大阪か近畿大会……もしくは全国の個人戦で当たるくらいやな……)タンッ

洋榎(千里山はな……北大阪やけど……オカンがおるせいかちょいちょい練習試合を組む。お互い強豪同士……顔合わせと手合わせは年中行事みたいなもんや。
 清水谷の竜ちゃんは……その千里山ん中でもいっちゃん苦手な相手やわ……ピーク時の竜ちゃんは止まらへんしな……ホンマに……あれを見たときは千里山と地区が違うてよかったと思うたわ……)タンッ

洋榎(それに比べると……荒川憩はうち的にはそんなに面倒な相手やない……普通に打っとれば二回に一回は勝てる……勝率は五分五分……三箇牧にいたっては負ける気がせん。これくらいのハンデは……ちょうどええで……!!)タンッ

洋榎(ま……そら強いのは認めとるけどな。個人の成績は向こうのほうが上やし。やけど……荒川憩かて周りが言うほど完璧やない。
 見透かしたような打ち方をしはるけど……それやって中盤からや……序盤ならまだ穴がある……針の穴みたいな小さい穴やけど……それを見抜けへんうちやない……今からそこに大きいのをブチ込んだるわ……!)

洋榎「リーチやっ!」スチャ

泉(速っ……まだ五巡目やで……!? さすが洋榎さんやな……点差も相手も関係なく……常に強い……この安定感は見習いたいとこやわ……!!)タンッ

竜華(洋榎さん……どんな状況でも楽しそうに打ちはるなぁ。全然打ち方がブレへん……それでいて強いんやから言うことナシやわ。うちは考え過ぎなんやろか……憩ちゃんを意識し過ぎて少し手が弱っとるような感じするわ。
 さっきからちょいちょいリー棒で損しとったから……ここは大人しくダマでええかな思うてたけど……泉が見てる前でそんなヒヨった麻雀は打てへんよな……!! じゃあ……何度でも攻めとこか……!!)

竜華「うちもリーチやっ!」スチャ

泉(ぶ……部長も張ってたんですか!? ツモ切りリーチって……それじゃ前巡から……!? もしかして……荒川憩さんが独走してるように見えてたんはうちだけなんか……!!?
 この場……この三人……ほんのちょっと何かの刺激が加われば……簡単に均衡が崩れる……!!!)

憩(ここで竜虎の同時リーチかいな……ホンマに……常人離れしたテンパイ速度やで……こんな序盤にそないな大きい手を張るとか……一瞬でも隙を見せたら取って食われてまうな……さて……どないしようか……)

 憩、長考。

憩(姫松の洋榎さん……この人は……全国の中でも宮永照に匹敵するポーカーフェイスやわ。宮永照は単純に見て取れる情報量が少ないから……ウチの目でも捉えきれへんのやけど……洋榎さんはその逆。読み取れる情報量が無駄に多い。
 それも玉石混交……虚実入り乱れや……手牌が読めんのもそうやし……はっきり言って何考えとるのか全然わからん。何も考えとらんのかもしれへんけど……何も考えとらん人に負けるようなウチやない。
 きっと洋榎さんには洋榎さんなりの思惑があるんやろうね。実際……ウチらは公式戦で五分五分なわけやし……)

憩(見えるところから察するに……洋榎さんの手はチャンタ系や……ドラの一筒を配牌から抱えとんのは見えとる……第一打も迷わず手出しの赤五筒やしな……リーチチャンタドラ三……それだけでもうハネ満やん……)

憩(千里山の竜さんは……赤含みの平和手で萬子の高め一通……こっちは和了り牌が見えとる……一・四萬や。振り込むことはまずない。竜さんは少し心配性のきらいがあるからな……どちらかと言えば考えが顔に出易いタイプ……ウチから見れば戦い易い相手や。
 ただまあ……団体戦のときにたまーに見せるヤバさが半端ないけどな……あれはウチら三箇牧が千里山に勝てへん理由の一つや……今日は比較的落ち着いてるほうやからええけど……本気になった竜さんの相手はウチも気が進まへんで……)

憩(このままオリれば……竜虎の食らい合いになるやろ。
 それもそれでええけど……山の具合もよさそうやし……ウチもあと数巡すれば無理なく追いつける。その頃にはもっといろんなもんが見えとるやろうし……この一発さえ凌げば……二人をかわして連荘することが可能や。
 大丈夫……結果はほとんど見えとる……あとは……進むだけや……)タンッ

 憩、確信の四筒切りッ!

 その――直後ッ!!

憩(あ……しもた……これ……ヤバ……!!?)ゾッ

 憩、誤算ッ!!!

洋榎「フフ……なんや……さっきの忠告をもう忘れたんか? この愛宕洋榎がリーチをかけたからには……どこぞの竜でもあらへん限り……ベタオリせなあかんってな……!!」ゴゴゴゴッ

憩(そんな……そこ……よりにもよってそこで待つんかいな……!!?)

洋榎「三年生からの貴重なアドバイスを聞かへんからそういうことになる。自分の弱点はそれや。どこまで見えてんのか知らんけど……どないな状況になっても自分は絶対にベタオリせえへん。必ず回して様子を見る。
 それがわかっとれば裏をかくのは簡単や。なんも……手牌が透けて見えるんは自分だけやないで……ロンッ!!」パラララッ

 洋榎手牌:①①①④123789南南南:ロン④:ドラ①

憩(あ……ありえへんやろ……っ!! いや……そらこの手みたいに……ドラや役牌が絡んで十分に高い手なら……リーチかけて……チャンタと見せかけた中張牌単騎とかは確かによくあることやけど……!
 それにしたって普通の人間やったら赤五筒を残すやろ……! せやったらツモで倍満も狙える……やのになんで残したのがその隣の四筒やねん!!
 しかも……それ配牌からずっと持っとったやつやん……っちゅうことは……あの第一打……両面搭子崩しの赤五筒切りだったってことやんな……? 嘘やろ……洋榎さんからは微塵も迷いが読み取れへんかったで……? そないなことができるんか……?
 普通の人間やったら……いくら迷彩のため言うても……理に反する打牌をしたらその揺らぎが絶対に見えるはずや……やのに……洋榎さんからはそれが全く見られへんかった。いくらポーカーフェイスや言うても……それは人間の生理から逸脱しとる……!
 まさか……このヒトも……ヒトやないんか……!?)

洋榎「なんや……そんなびっくりせんでもええやんか。まるでうちがけったいな超能力でも使ったみたいやん……ちゃうちゃう。そんなんやない……ただ……うちは確信してただけや」

憩「確信って……ウチが四筒を持っとるっちゅう確信ですか……?」

洋榎「わかっとらんなー、自分。そうやない。うちはうちが勝つっちゅうことを信じとるだけや。どうせ勝つのはうちなんやから、何を一々迷う必要があんねん!!」ドンッ

憩(自信て……!? ええええっ? それだけ!!? 赤五筒を捨てようと……両面搭子を崩そうと……自分なら和了れるって……そういう自信があるからどんな一手だろうと迷いなく打てる……!? んなアホな……!!!)

竜華「…………洋榎さん、何か忘れとらへん?」ギロッ

洋榎「おおおっと!! せやせやっ!! お喋りに夢中で裏を捲るの忘れとったわー……ホンマ堪忍なー……ほな……今ちゃっちゃと点数申告しますんでー……」ペラッ

憩(は――!? もう……大した自信やな……ホンマに!!)

洋榎「ハハ……ほーれ見てみい、全国二位。うちにかかればざっとこんなもんや。リーチ一発ダブ南ドラ三裏々……16000ッ!」

憩(うっわー……信じられへん……! まさかここまで見越しての赤五筒切りやったとは思わへんけど……ただの自信家で終わらないんが洋榎さんのすごいところやね……! ちゅうか……久しぶりに大きいの食らったなー……!!)

洋榎「どや……思ったより痛いんちゃうかー?」ドンッ

竜華「…………洋榎さん、次、親やろ?」ギロッ

洋榎「せ、せやったな!!! 決め台詞でカッコつけとる場合ちゃうなっ!! よっしゃー……さっさとサイコロ回すでーっ!!」コロコロ

憩(っちゅうか……清水谷の竜さん……洋榎さんにはグイグイいきはるよねー……なんでなん……?)

泉:101800(-8200)憩:125600(9000)洋:99200(5100)竜:73400(5900)

泉:101800(-8200) 憩:125600(9000) 洋:99200(5100) 竜:73400(-5900)

南二局・親:洋榎

竜華(まったく……洋榎さんは強いのにホンマ余計な一言が多いんやから……お目付け役としてしっかり躾けんとな……監督によーく見張っとくよう言われて来とるわけやし……)タンッ

竜華(まあ……マナーのことはさておき……今ので洋榎さんはプラス収支で個人成績では二位浮上。うちはというと……マイナス収支の三位やな。
 混成チームも……トップの二年選抜とは五万点差……いくら宮永照が控えてる言うても……さすがに厳しいやろ……これは……助っ人として参戦したからには……取り返さなあかん……)タンッ

竜華(何より……この場は大阪最強を決める戦いやねん。姫松と千里山……それに三箇牧の戦争や。千里山の部長である自分が……後輩の泉の前で……負けるわけにはいかへんのや……!)タンッ

竜華(ごちゃごちゃ考えるんは対局が終わった後でもできる……! やけど……勝った負けたは対局後にどうにかできることと違う……! とにかく和了ること! それを今やらんでいつやるねん……!
 大体……負けっぱなしは……性に合わへんのや……!!)ゴゴゴゴッ

憩(っとっとっとー……ここに来て本気モードでっか……こうなると竜さんは誰にも止められへんなー)タンッ

洋榎(千里山の竜ちゃん……ようやくお目覚めかいな……とんだお寝坊さんやなっ!)タンッ

 十四巡目

竜華「ツモや。小三元發中ツモ……三暗刻……赤一。4000・8000や」パラララ

憩(高め大三元……阿知賀の玄ちゃんとはまた別のドラゴンやね……これを鳴かずに和了ってくるんやから頭痛いわ……)

洋榎(うわっ……親っ被りでマイナスにされてもうた! これやから竜ちゃんの相手は嫌やねん!!)

泉:97800(-12200)憩:121600(5000)洋:91200(-2900)竜:89400(10100)

 火花を散らす三強ッ!!

 その力は完全に拮抗し、予測は悪魔ですら不可能ッ!!

 ただ……その一方で……じわじわと追い詰められている者が一人……!!

南三局・親:泉

泉(これは……本格的に泣きそうやで……さっきから心臓が痛いわ……なんや目も霞んできたし……)タンッ

泉(もう……自信もなんもないで……うち……どんだけ弱いねん……さっきから一つも和了られへんし……削られていく一方やし……とうとう原点割れてもうたし……最後の親番やっちゅうのに……手はぐずぐずやし……)タンッ

泉(強いって……なんやろな。わからへん……どうやったら……この人たちと対等に戦えるのか……全然わからへん。来年のインターハイやって……もう敵は白糸台や臨海……永水や姫松だけやないねん。
 清澄と阿知賀やって……抜けるのは三年生が一人だけ……きっとまた勝ち上がってくる。
 そのとき……千里山の二年生として……うちはどうやって戦えばええんや。清水谷部長も……セーラ先輩も園城寺先輩もいなくなってもうて……再来年になったら……船久保先輩までいなくなってまう。
 そしたら……千里山を引っ張らなあかんのは……うちや。やけど……こんな弱いうちが……二年経ったくらいで……本当に今の三年生みたいになれんのやろか……わからへん……なんもわからへんよ……もう……)タンッ

泉(やけど……不思議やな。ハハ……こんな絶望的な状況やけど……なぜか戦意はまだ失っとらん……あのインターハイの負けが……支えになっとるんやろか……)タンッ

泉(あのときに比べれば……まだ……まだうちは頑張れる。なんでかわからへんけど……そんな気がする……最後まで……全力で……うちは戦うで……!!)タンッ

泉(大阪三強……ゆくゆくは千里山の三年になるうちが……立たなくちゃいけない頂や……! メゲんな……! ビビんな……! 食らいついたる……!!)タンッ

 九巡目

洋榎「リーチや……!」ゴゴゴゴゴッ

泉(また先を越された……!? やけど……これ以上は点をやれへん……!! どうにかして……かわして……和了るんや……!!)タンッ

 三巡後

泉(来た……テンパイ。どうする……洋榎さんのリーチもある……ダマで通すか……? やけど……あのインターハイでは……それは通じひんかった……!!)

泉(あの人ら相手に……ダマもなんもなかった……完全に読み切られとった……策を練れば潰され……強引に行っても跳ね返され……賢く打ち回しても射抜かれた。
 ホンマ……何をやっても歯が立たへんかった……今日やって……そういう人らを相手にしとる……このままやったら……きっと今日も負けてまう……!!)

泉(やけど……セーラ先輩は言ってくれはった。負けても……うちには来年再来年がある……! そこでリベンジしたらええねんって……言ってくれはった……!!)

泉(リベンジするためには……今のままじゃあかん……もっと力をつけなあかん……そのためには前に進まな……!!
 壁にぶつかっても……乗り越えるなり回り道するなりして……!! ズタボロに負けても……見苦しくても這ってでも……先へ先へと進んでいく……!! そうやって……今より上を目指していくんや……!!)

 泉、真っ向勝負ッ!!

泉「リーチですっ!」スチャ

竜華(泉……!!)タンッ

憩(おっ……来よったねー……)タンッ

洋榎(ほほう……うちを追っかけるとは……生意気な一年やなぁ)タンッ

泉(一発……ツモったる……!!)スッ

 洋榎がツモ牌を切り、泉が一発をツモろうとした――直前ッ!!

憩「それ、ポンや……!」タンッ

泉(なあ……っ! うちの一発が……消された……!?)

竜華(憩ちゃん……!? なんやその鳴き……ただの一発消しやとは思えへん……何が狙いや……!?)

洋榎「なんや……まったまた……ナイスアシストやで……全国二位!!」

 洋榎、高笑いで手牌を倒すッ!!

洋榎「ツモや……! リーピン赤一ツモ……裏一……2000・4000ッ!」パラララ

泉(くっ……また……持っていかれた……!!)

 泉、こみ上げる涙を堪え、前を向くッ!!

泉(いやいや……! これくらいで歩みを止めたらあかん……!! うちは……まだ一つも和了れてないけど……振り込んでもおらへん……! ボコスカやられてる感じがするわりに……点数はまだ倍満で立て直せる範囲……! オーラス……勝負や……で…………?)

 泉、前を向いた先に見えたのは、悪魔の微笑ッ!!

憩()ニコニコニコニコニコ

泉(ちょ……ま……待て……! 今の……荒川さんの鳴き……なんや……東一局三本場でも似たようなことがあったな……!? 洋榎さんのリーチに……荒川さんが宣言牌をポンして……直後に洋榎さんがツモ……!?)

 直後、涙の次にこみ上げてきたのは、圧倒的な恐怖ッ!!

泉(ま……まさか……!? そういうことなんか……!? 嘘やろ……そんなこと……狙ってできるんかいな……!! 一局だけならまだしも……この半荘ずっと……!!?
 やって……うちは……普通に……普通以上に打っとったつもりやで……!! 清水谷部長やって……洋榎さんやって……なんも変わったことはしてへんかったはず……不自然なところは一切なかった……やのにこの結果……!?
 それもこれも……悪魔の計算の上やったんか……!!!?)

憩(へえ……気付いたんやね。対局が終わるまでは気付かへんと思っとったんやけど……なかなか勘のええ子やな……ただ……その脆そうな心……ぽっきりいかへんとええけど……)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

泉(う……うちはこないな化け物と戦ってたんか……!? こないな悪魔に……勝つつもりやったんか……!!?
 こんなん……こんなんもう……勝ち負けとか……そんなやない……目指すとか追いつくとか……そういうんでもない……あかん……あかんあかん……なんで対局中に気付いてしもたんやろ……無理や……心……折れた…………)

 泉の頬を、一筋の涙が伝う。

 それは、残っていた勇気を根こそぎ奪うような、冷たい涙……。

 しかし――ッ!!

竜華「アホッ! 泉ッ!! 自分なに泣いてんねん!!」

泉(え……? 清水……谷……部長…………?)

竜華「しっかりせえやっ! まだ対局は終わってへんで! なんも結果が出たわけやないのに涙なんか流すなやっ! 泉はうちらの何を見てきてん!!」

泉「部長…………」

竜華「セーラやって負けたことはあるねん。怜やってインターハイではチャンピオンにボコられとったやろ。うちやって何度も負けたことあるわ。やけど……うちらはみんな……負けて強くなってるんや!
 インターハイのあと……言ったはずやろ。勝つことよりも負けることのほうが……自分を強くしてくれる。やから……泉も辛いやろうけど頑張れって。もう忘れたんかいな!?」

 泉、涙を拭って、首を振る。

泉「忘れてません……! 忘れるわけがありません……ッ!!」

竜華「やったら……対局中は下を向いたらあかん。まだ勝負は終わってへんねん。メソメソするんは終わったあとでええやろ。うちらみんなで慰めたるから……それまではしっかり前向いて闘うんや。わかったな!?」

泉「は……はいっ!!」

 泉、竜華に鼓舞され、再び前を向く。そこにはやはり、天使のような、悪魔の笑顔。

憩「ふふ……ええ先輩がおってよかったね……?」ニコッ

泉「そら……うちは千里山ですから……ええ先輩しかおりませんわ!!」

 目に光を取り戻した、泉。

 と、そんな泉の肩を姫松の虎がいきなり叩く。

泉「痛っ!? えっ!? ひ、洋榎さん!?」

洋榎「しっかりせんかい一年坊! 自分、オカンに鍛えられてんのやろ。やったら最後まで気張れや。ヘタレと麻雀打ってもオモロないねん。今ちょっとだけうちのツキ分けたったから……最後に一発かましてみい!!」

泉「あ……ありがとうございますっ!!」

竜華「洋榎さん……おおきにな……」

洋榎「ええってことよ、竜ちゃん。千里山にはいつまでも姫松のライバルであってもらわへんと、うちの後輩も育たへんからなっ!!」

竜華「せやなっ! せやけど……うちの可愛い一年生に肩パンしたことについては……監督に報告させてもらいますわ」ゴゴゴゴゴ

洋榎「ちょ!? ええええっ!? 励ましや励まし!! 姫松流のスキンシップやて!!!」

憩「みなさん仲がよろしくて羨ましいでんなー……三箇牧も混ぜてほしいですわー」

洋榎「なに言っとるんや、自分。そないなことは北大阪で一位取ってから言うんやな!」

憩「これは耳が痛いで……ほな、来年頑張りますわ」ニコッ

泉「来年……負けませんよっ!」

憩「おおっ……ひよっ子が言いはりますなー。これは楽しみやわ……」

竜華「ほな……オーラスやで! 今んとこ個人トップはうちやからな! 三強対決はこのまま千里山がいただきやっ!!」

洋榎・憩・泉「負けへんで(ませんよ)っ!!」

泉:92800(-17200) 憩:119600(3000) 洋:100200(6100) 竜:87400(8100)

南四局・親:竜華

竜華(っちゅうわけで……ラス親やんな。チーム的には連荘したいとこやけど……点数状況的には一発でひっくり返る接戦や……憩ちゃんと洋榎さん相手にどこまでいけるか……ま、やってみんとわからへんか……!)タンッ

憩(さて……オーラスや。しんどかった半荘もこれでおしまい。楽しんでいこかー……!)タンッ

洋榎(しゃ~トップまくったんで~!)タンッ

 テンポよく第一打を切り出す三強。

 だが、泉のところで、一度流れが止まる。

泉「…………失礼します」スゥ

 泉、深呼吸。

 それは、図らずも、自身が強く意識する一年生、原村和を彷彿とさせる。

泉(これが……逆転できる最後のチャンスや……清水谷部長かてこの面子相手に連荘は厳しいやろ……)

泉(最後まで……全身全霊……全力前傾や。いつまでも先輩を頼りにしてばっかではあかん……あのインターハイも……この半荘も……うちにはどっか……先輩らがどうにかしてくれるっちゅう甘えがあったんやろな……)

泉(先輩らは頼もしいけど……もうすぐ卒業してまうんや……そしたらうちにも後輩ができんねん……助けてもろうてばっかではあかん……まずは……自分一人の力で闘えるようになること……それが……この人たちに近づく第一歩や……!!)

泉(この一打……甘えと一緒に捨てたるで……! 周囲から見ればなんの特徴もない平凡な一打やけど……うちにとっては大きな一打や……!!)ゴッ

 泉、決意を新たに放つ、第一打ッ!

 その別人のような覇気に、三強は揃って笑うッ!!

竜華(ええ顔になったやん……泉。そうやで……そうやって……強くなんねん……!!)タンッ

憩(纏う空気まで変わった感じやねー……ほな……ウチも全力でお相手したるで……覚悟しいやー……)タンッ

洋榎(ま……やっと一人前ってとこやろな……やけど……そんなんはまだまだ……うちの相手にはならへんでっ!!)タンッ

泉(難儀やわ……! 全然……こんだけ気張ってもこの人らには届く気がせえへんな……!! やけど……やからって……うちは諦めたりはせん……!!!)タンッ

 九巡目。

泉「リーチです……!!」スチャ

洋榎(おっ……逆転手張ったか……こりゃ直撃されたら引っくり返るかもわからんな)フフフ

竜華(泉……よう頑張ったな……きっとみんなも喜んでんで……!)タンッ

 泉、死力を尽くしてのリーチッ!!

 しかし……その壁は厚く――高いッ!!

憩「ツモや。断ヤオ赤一ツモ……1000・2000。ほな、これで終いですわ~」カチャカチャパラララ

 全国二位、白衣の悪魔、荒川憩ッ!

 泉渾身の一撃を難なくかわし、電光石火のツモ和了ッ!!

 それも……ただのツモ和了りではなく――!!

竜華(憩ちゃん……! 泉のリーチ宣言牌を見逃して……同巡にツモ和了りやと……!?
 確かに……ただ泉を直撃するだけじゃ……断ヤオ赤一で2600……個人成績で洋榎さんやうちにあと一歩届かへん……せやったらリー棒含めて5000点稼げる同巡ツモのほうがええって判断なんやろうけど……まさか……この見逃し……そういうことなん……?)

洋榎(なーーーー!! うちが三位!? 三位やとーーー!? な……なんちゅうこっちゃ……!!!)

泉(あちゃー……やられてもうた……パーフェクトにやられてもうたわ。どこまで計算尽くやねん……ホンマ悪魔やわ。これで荒川さんは……うちを蚊帳の外に追いやることに……成功したっちゅうわけやんな。
 こんなん……気付かへんほうが幸せやったかもしらん……なんたってこの半荘……うちは誰からも和了れへんかっただけやなくて……誰にも振り込まへんかったんやから……。
 ただただ三人のツモで削られ続けるだけの半荘……完全な蚊帳の外……同卓しとったのに……全力で打っとったのに……三強対決に混ざることすら……うちは許されへんかったっちゅうことや。
 こないなことを……部長と洋榎さんがおる中でやってのけて……しかも最後には二人まとめてまくっておしまいや……半端ないで……ホンマモンの悪魔としか思えへん……)

 泉、小さく溜息、肩を落とす。

泉(これが……全国二位か。そんでもって……その全国二位を相手に2000点差まで迫る部長と……倍満の直撃をかませる洋榎さん……この三人が大阪の天辺か……! 高い……高いで……!!)

 圧倒的な力の差に押し潰されそうになるも、泉、自らを鼓舞ッ!

泉(うちも……いつか同じ高みに立ったる……!! 来年……再来年……うちが大阪三強に名乗りを上げたる……!!
 この人らの後輩として……この人らと直に打った生き証人として……激戦区・大阪のレベルを下げるような真似は絶対にできひん……!!! うちも……まだまだ……強くなるんや……!!!)

 そんな泉に、憩、笑顔で声をかける。

憩「ごめんなー、一年生。可愛い後輩は谷底に突き落とすのが三箇牧流やねん。堪忍してやー」ニコッ

泉「いえ……勉強させてもらいました。ありがとうございます」ペコッ

憩「ま、言うても見所ある子にしかこないなことせえへんのやけどなー。自信持ってええでー、自分。谷底に突き落とされた自分は獅子の仔や。ゆくゆくは王になる器やねん。それも……もうその片鱗が見えとるようやしなー。
 こりゃ来年も千里山を倒すんはしんどそうやわー」

泉「片鱗ってそんな……買いかぶりですよ。うちは最後まで何もできひんままでした」

憩「そんなことあらへんよ。インターハイのときはなんや牙も爪も生え揃っておらん赤ん坊やと思うてたけど……あれからちゃんと成長してたんやな。自分の牙は……ちゃんとうちらに届いてんで?」

 言って、憩は千点棒を指の間に挟んで見せる。

 それは、たった今しがた、泉から奪ったリー棒。

憩「点数に影響するからリーチなんてさせるつもりなかったんやけどなー……なんや自分、ちょこちょこ頑張りよるから、計算がズレてもうたわー」

 中堅戦後半、二条泉、和了りなし、振り込みなしッ!

 完全なる蚊帳の外――しかし、その奮迅は、悪魔の計算を一時的に上回ったッ!!

 半荘で、都合三度かけた、意地のリーチッ!!!

 それは和了りには至らなかったものの、突き立てた牙と爪は、三強にそれぞれ一本ずつ――確かに届いていたッ!!!!

憩「早く谷底から這い上がっておいでやー、千里山の一年生。そしたら来年のインターハイ府予選……北大阪の決勝で……ウチが直々に……今度はちゃーんと真正面からお相手したるわ。
 今日よりもーっとひどいことしたるから……今からその牙と爪……しっかり研いでおくんやねっ!」ニコッ

泉「望む……ところですっ!!」ゴッ

 憩、泉、交わす握手。そのやりとりを複雑な表情で見守る、竜華

 自分のいない来年へと進み出す、北大阪の後輩たち。二人を見つめる竜華の目は、羨望と、希望を湛えていた。

竜華「泉……来年も再来年も、千里山をよろしくなっ!」

泉「はいっ……! うち……頑張りますっ!!」

 一方、三強対決に敗れた格好になった、南の虎こと姫松・愛宕洋榎は……。

洋榎(ま、次やったらうちが断トツやろっ!!)

 開き直っていた。

憩「ほな、楽しかったですー。またいつかこの面子でやりたいですわー」

洋榎「いつかと言わず今夜でもええでっ! 負けたままでは終われへん!」

竜華「ハハ……こないな疲れる対局は一日一回で十分やわー」

泉「部長の言う通りですわ……また姫松さんとの合同合宿でご一緒できたら、よろしくです」

洋榎「なんやなんやー! どいつもこいつも勝ち逃げかいなー!!」

 中堅戦後半――終了ッ!!!

<中堅戦後半結果>
一位:荒川憩+8000(124600)
二位:清水谷竜華+6100(85400)
三位:愛宕洋榎+5100(99200)
四位:二条泉-19200(90800)

<中堅戦前後半合計>
一位:小蒔・憩+16400(124600)
二位:怜・竜華+6300(85400)
三位:セーラ・洋榎-5300(99200)
四位:友香・泉-17400(90800)

@対局室

すばら「中堅戦後半、決着ううううッ!! 大阪三強対決……個人成績では一位から三位までが三千点差以内に収まる超接戦!!
 それを制したのは三箇牧・荒川憩選手ッ!!! これが全国二位の底力でしょうかっ!! 中堅戦、神代選手・荒川選手の活躍で二年選抜が他を突き放しました!!」

純「だんだんと終わりが見えてきたな。長かった対抗戦も残すところ半荘四回だ」

菫「展開はまったく読めませんけどね」

初瀬「(あ、いつの間にか先輩がいなくなってる……)本当にどこが勝ってもおかしくない状況ですね」

すばら「それでは……間もなく副将戦開始です……!! 選手の皆さんは対局室に集まってくださいっ!!!!」

@一年選抜控え室

泉「ホンマに面目ないですわ……せっかく声かけてもろたのに、期待に応えられのうてすいません……」ズーン

穏乃「いやいや!! あの憩さんが相手だったんですから!! こういうこともありますよっ!!」

和「たった半荘一回の勝負です。誰だって負けることはありますから、気にしないでください」

憧「そうよ、泉っ! あのセーラだって一万点くらい負けてたしっ!」

淡「そうだよ! あの大星淡だって八千点ぽっちしか稼いでなかったし!」

友香「淡さん……それ慰めになってませんでー?」

モモ「ま、嶺上さんにはちょうどいいハンデっすよね?」

咲「えっ? いや、どうかな……まだお姉ちゃんが残ってるし……」

南浦「最善を尽くしたのなら、胸を張るべき。あなたはよく戦ったと思う。それはみんなわかっていること」

優希「そうだじょ! まだ負けが決まったわけじゃないじぇっ!!」

泉「みなさん……おおきに……!」

すばら『それでは……間もなく副将戦開始です……!! 選手の皆さんは対局室に集まってくださいっ!!!!』

憧「っと……ついにうちらの出番ってわけね、シズッ!」

穏乃「もうウォーミングアップは完了してるし! 最初から100速で行ける!!!」

泉「ウォーミングアップ……?」

南浦「穏乃さん、あなたがやられてるのを見て、いてもたってもいられなくて、ここで東風戦を始めたのよ」

優希「しかも相手は咲ちゃんとのどちゃんと大星さんだじぇ」

泉「うわ……なんですかそのインターハイ決勝卓……」

モモ「でも、本人的にはウォーミングアップだったみたいっすね」

泉「なんちゅうか……大物でんな。さすが穏乃さんやわ」

憧「じゃっ! みんな応援よろしくね!!」バタバタ

穏乃「うおおおお!! 行ってきまあああすっ!!」ドタドタ

 憧、穏乃、出撃ッ!!

和「……もう少し落ち着いて出て行けないものでしょうか」

泉「あの、ちなみに……その東風戦って順位はどうやったんですか?」

咲「私が三位です」

和「プラマイゼロの三位ですよね、咲さん」

淡「私が二位だったよ~」

泉「ほな、穏乃さんはラスやったんですかー」

和「いや、ラスは私ですが?」

泉「……………………え?」

@二年選抜控え室

憩「ただいま帰還やでー!」

玄「憩さんっ! お疲れ様ですっ!」

灼「お疲れ」

Q「なんや複雑な気持ちやけど、とりあえず普通にすごいと思うわ」

絹恵「同じく複雑な気持ちやけど、今日は味方やからうちも憩ちゃんの勝ちを喜ぶことにするわ」

憩「二人とも、おおきに~」

すばら『それでは……間もなく副将戦開始です……!! 選手の皆さんは対局室に集まってくださいっ!!!!』

透華「さあっ! この調子でガンガン他を引き離すですわよ!」

衣「副将戦も鏖殺だー!」

小蒔「頑張ってくださいねっ!」

かおりん「はいっ! できる限り!!」

尭深「……同じく……」

玄(あ……控え室のおもち率が下がる……)シュン

憩「ほな、あとは任せたで~」

@三年選抜控え室

久「はーい! というわけで、ラスだったセーラには罰ゲームとしてこちらのメイド服(まこ雀荘から借用)を着ていただきまーす!」

セーラ「誰得やねんっ!? っちゅうかこの休憩中に俺をイジる流れはなんなんっ!?」

哩「なんなら、手錠もあるけん……」

姫子「ロープもあるとです……」

シロ(突っ込んじゃいけない……突っ込んじゃ……)

豊音「あはっ、新道寺のお二人はなんてそんなものを持ってるのー?」

霞「まあ、何を持ち歩いていようと個人の自由よね」

洋榎「せやせや。よう見てみい、霞姐さんなんか大きい牛さん持ち歩いてはるで~」

霞「何か……?」ゴッ

美穂子「あっ……私もアイマスクなら、持ってます……////」ガサゴソ

セーラ「いやいやっ! 出さんでええ!! もうなんも要らん!! お腹いっぱいや!!」

初美(この控え室だけ色々規制がゆるいですよー。揃いも揃って変態ばかりですよー。都条例に引っかかりますよー)

すばら『それでは……間もなく副将戦開始です……!! 選手の皆さんは対局室に集まってくださいっ!!!!』

哩「ま、冗談はさておき。そろそろよかとこば見せんと下級生にナメられっとね」

姫子「そうですね。ここらで一位ば取りたかとこです」

久「期待していいのかしら?」

哩「よかよか。な、姫子」

姫子「任せてくださいっ! 部長、今日はいくら縛っても大丈夫ですけん、トップば狙っていきましょう!」

久「あらあら、お熱いこと。これは私たちも負けてられないわね、美穂子」

美穂子「はい////」

@混成チーム控え室

竜華「すまんなー、思うたより稼げんかったわ」

怜「同じくですわ。助っ人やのに申し訳ない」

まこ「とんでもない。申し訳ないんはこっちじゃ。今のマイナス分はほとんどわしのせいじゃしのう」

かじゅ「本当に……みなさんにはなんとお礼を言ったらいいか……」

末原「そんなんええって。助っ人やもん、コキ使うてくれて構へんよ。むしろ『なんでトップ取ってこんねん』『あとが大変やろアホ』くらい言うたってや」

漫「それ……先輩が言いたいだけちゃいます?」

小走「ふん、姫松の。そんなに大将が嫌なら私が代わってやったものを……」

すばら『それでは……間もなく副将戦開始です……!! 選手の皆さんは対局室に集まってくださいっ!!!!』

宥「あの……えっと……私を暖かく迎えてくれたみなさんのためにも……次で頑張って取り返します……」

池田「松実さんっ! ホッカイロもう二枚くらい貼りましょうか!?」

宥「ありがとう、池田さん……////」ホクホク

まこ「ほいじゃあ頼みました、松実さん……と、それから……」

照「取れるだけ…………取ってくる」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

末原(宮永照が言うと全然意味が変わってくるな……こりゃ副将戦で誰かトぶんちゃうか……?)

怜(誰が副将か知らんけどご冥福やわ……)

かじゅ(頼もし過ぎて何も言えん……)

小走「二人のことは心配していないが……何が起きるかわからないのが麻雀だ。ドラゴンロードに一杯食わされた私が言うのもなんだが、油断せずにいってくれ!」

宥「はい……わかりました」

照「うん……お任せあれ」ニコッ

全員(チャンピオンが笑ったーーーーーー!!?)

@対局室

すばら『ついにここまで来ました副将戦ッ!! 各チームオーダーは以下のようになっていますっ!!!』

@一年選抜:新子憧(阿知賀女子)・高鴨穏乃(阿知賀女子)

憧「ま、ここまで阿知賀は誰も出てなかったし、そろそろ被ると思ってたけど……まさか宥姉と直接対決とはね! シズ、あんたどうする?」

穏乃「私の……私の倒すべき相手は――!!」

@二年選抜:渋谷尭深(白糸台)・妹尾香織(鶴賀)

かおりん「あの……やっぱり不安になってきました……私……本当に大丈夫ですかね……?」

尭深「……たぶん……」

@三年選抜:鶴田姫子(新道寺女子)・白水哩(新道寺女子)

姫子「わわわ……チャンピオンとですよ、部長」

哩「やっと出よっとね……花田のやられた分ばやり返さんとな」

@混成チーム:松実宥(阿知賀)・宮永照(白糸台)

宥「じゃあ……私は渋谷さんのいるほうに出ますね。問題ないですか?」

照「うん……まったくもって」

@実況室

すばら「副将戦が始まろうとしていますが、お三方が注目しているのはどなたでしょう?」

菫「私は、まあ、チームメイトである宮永照と渋谷尭深ですね。部外での直接対決も見てみたかったですが、どうやらそれは叶わなかったようです」

初瀬「私は……チャンピオンも気になりますが、やっぱり憧……もとい新子選手です。もちろん、穏乃さんや松実宥さんにも頑張ってほしいです!」

純「オレはあれだな、この副将戦では唯一の長野勢、鶴賀の妹尾香織。あいつの加入が二年選抜にとって吉となるか凶となるか。楽しみだぜ」

すばら「思いの他ばらけましたね!! ちなみに、私は当然! 断然! 俄然!! 新道寺のお二人に注目していますっ!! まさか部長と姫子さんの闘牌を実況できる日が来るとは……この花田煌、感無量ですっ!!」

純「ま、園城寺のときみたいに熱くなり過ぎて実況を忘れないようにな」

すばら「わかってますとも! お任せくださいっ!! それでは……お待ちかねの副将戦ッ!! 開始ですっ!!!」

@対局室

東家:白水哩(三年選抜)

哩「(阿知賀に白糸台……相手にとって不足はなか)よろしく」

北家:渋谷尭深(二年選抜)

尭深「……よろしくお願いします……」

西家:新子憧(一年選抜)

憧「(渋谷尭深……がラス親……!? 宥姉と新道寺の部長についていくのも大変なのに……!)……よろしく」

南家:松実宥(混成チーム)

宥「(憧ちゃん……私……負けないよ)よろしくお願いします……」

東一局・親:哩

憧(まあ……渋谷尭深の役満は……もちろん恐いけど……それは対策がわかってる分まだマシかな。宥姉はツモの偏りがあるから手が読みやすい……でも駆け引きの上手さでは完全に向こうが上。
 白水哩については……言うまでもなく格上……セーラと同じかそれ以上って思っておけば間違いない)タンッ

憧(つーか……これは学年対抗戦なんだから……一年チームとしてここにいる以上……どんなオーダーだろうと相手がみんな格上だってのは最初からわかってた。そんなことにいちいち臆してても始まらない)タンッ

憧(大体……インターハイのときだって……私は上級生とばっか戦ってきた。技量も経験も相手のほうが上で……それでもどうにか食らいついて……バトンを繋いだんだ)タンッ

憧(今回だって……シズじゃないけど最初からトップギアで行く……走れ……私……!!)

憧「チーッ!!」タンッ

憧(よし……予想通りっ! 宥姉は冷たい牌を序盤に切ってくる……上家の捨て牌がわかってれば鳴いて手を作りやすい……!! このまま和了ってやるっ!!)

宥(憧ちゃん……まるで私が切る牌がわかってたみたい……手牌を読まれたり狙い撃ちされたりするのは慣れっこだけど……こうやって鳴きで食われるのは珍しいかも……憧ちゃんならではって感じがする……)

哩(阿知賀の新子……鳴いて速攻が得意な選手やったか。こげん序盤から仕掛けてくるとは……自分のペースば乱されんようにせんとな)

尭深()タンッ

憧「ロンッ! 断ヤオ三色ドラ一……3900ッ!!」

尭深「……はい」

憧(よし……これで一つ和了りっ! 親も流せたし立ち上がりはまずまず!!)

宥(次は私の親番……渋谷さんの能力を考えると無闇に連荘はできない……けど……)

哩(この巡目なら門前でもよか手を鳴いて和了りよったか。点にこだわらんとこは安河内と似とるが……ただの速攻にしては妙な感じとね)

 哩、思考。

哩(確か……新子はインターハイのときも親を流すんに必死やったな。自分で連荘するんも躊躇う瞬間があった。あんときと今の共通点……渋谷尭深か。
 オーラスで役満を和了ることが多い選手……あのインターハイは前半が不発で、後半に大三元やった。前半と後半の違い……連荘を避けたがる新子……なるほど……半荘局数にカラクリがあるんやね。
 そいたら……こん半荘……目安はオーラスまでに十局以上で渋谷の役満が確実になると見てよかね。まさか渋谷の役満が局数に関係しとったとは……うちでは誰も気付かんかった。
 阿知賀のブレインか……松実宥が弘世菫の矢をかわしてたんも……恐らくはそいつの仕業なんやろな。誰ぞ知らんが……大したやつと)

憧:94700(3900) 尭:120700(-3900) 哩:99200(0) 宥:85400(0)

東二局・親:宥

憧(さて……親は宥姉か……いつもなら最大警戒するところだけど……この場には渋谷尭深がいる。その能力のことは宥姉も知ってるはずだから……あまり親で連荘はしたくないはず……ここもさっさと流して私のペースに持ち込む……!!)タンッ

尭深()タンッ

哩(新子……やはり攻めよっとね。同じ部なんやから、松実宥に萬子が危険なんは百も承知のはず。
 ばってん、渋谷尭深がおるこん場で連荘はタブー。その暗黙の了解があるけん……当然……松実宥もそうやと決め付けて打っとうやろが……松実宥がそげん甘か打ち方ば選ぶとは思えんな……)タンッ

宥(憧ちゃん……さっきから暖かい牌ばかり切ってる……私が連荘しないと思ってるのかな……)タンッ

憧「(よっし……宥姉……ナイスアシスト……! これでもう一発もらう……!!)チーッ!!」タンッ

尭深()タンッ

哩(新子……自分の手牌しか見えとらんね。今あんたが鳴いたんは……松実宥がこの半荘ば始まって初めて切った赤い牌。つまり……松実宥の手牌は既に赤く染まっとる……こげんわかりやすか赤信号はなかとよ……ここは一応……止まっとくか……)タンッ

宥(確かに……渋谷さんの役満は恐いけれど……だからってせっかくの親を簡単に捨てるわけにはいかないよ……渋谷さんがオーラスに役満を和了るなら……それを上回るだけ稼いでおけばいい……。
 速攻型の憧ちゃんには難しいかもしれないけど……門前で一色染めや赤ドラ含みの三色なんかを狙える私なら……玄ちゃんほどじゃなくても……火力で勝負することができる……それに……)タンッ

憧「それも……チーでッ!!」

宥(それに……今回に限って……渋谷さんはきっと役満を和了りにくいはず……だって……渋谷さんが最も和了りやすい役満であるところの大三元は……中を呼び込む私が封じている。
 ということは……渋谷さんが狙うとしたら四喜和……九枚集めれば完成の大三元と違って……四喜和は十一枚集めないといけない……渋谷さんだってそんな都合よく配牌が来るわけじゃないんだから……オーラスまでに四喜和を仕上げるのは大変なはず……。
 ちょっとくらい局数が多くなっても……問題はない……)

憧(よし……張った……! 一通ドラドラ……流すには十分ッ!)タンッ

宥(ごめんね……憧ちゃん。それを見逃すわけにはいかないよ……混成チームとしても……先輩としても……)

憧(あれ……宥姉……なんで私のほうを見て……?)

宥「ロン。平和三色赤一……11600」パラララ

憧「ええっ……!?」

宥「じゃ……一本場だね……」チャ

憧(ちょ……! 嘘でしょ……宥姉が親なのに和了った……!? しかも……その手でダマってことは……一か八かの一発に頼らずに……連荘で確実に点を積み上げていくつもりってことだよね……?
 ってことは……渋谷尭深の役満を上回るくらい稼げる自信があるってこと!!? マジで!? しくったぁ……! 完全に宥姉が私と同じように動くもんだと思って……甘えてた……!
 そうだ……宥姉は私じゃないんだ……渋谷尭深に対して……私とは違うアプローチをしても不思議じゃない……!
 これは……早く立て直さないとダメだ……この場を早く流そうとしてるのが私だけなんだとしたら……私の思い通りに場を進めることはできない……作戦変更ってわけね……上等……!! 後手に回ったら負ける……気持ちを切り替えて次だ……!!)

宥(さすが憧ちゃん……いきなり直撃なんて当てたらびっくりするかと思ってたけど……かえってやる気になったみたい。負けん気の強さは阿知賀でも一番だもんね。でも……やる気だけじゃ私には勝てない。
 憧ちゃんが私の打ち方をよく知っているように……私も憧ちゃんの打ち方をよく知ってる。今日は憧ちゃんの上家に座れたから……憧ちゃんの得意な鳴きをある程度私がコントロールできる……いつものようにリズムよく打たせたりはしないからね……)

哩(阿知賀の二人も清澄や鶴賀の人らと同じとね……部員が少ないからやろか……互いのことをよう知っとう。
 それだけに……敵として当たると……技術や能力よりは読み合いや駆け引きの部分で点数に差がつく……となると……ここはやっぱり年長の松実宥のほうが有利かもしらんな。
 松実宥が新子ば抑えるんやったら……私が相手するんは松実宥一人でよか……渋谷尭深の役満は……まあ……考えないことにすっとよ……)

尭深(……)

憧:83100(-7700) 尭:120700(-3900) 哩:99200(0) 宥:97000(11600)

東二局一本場・親:宥

 八巡目

宥「ポン……」タンッ

憧(中か……染め手……じゃないよね。もー……宥姉ってばさっきから萬子切り過ぎ……!! 私の手には筒子と索子しかないから鳴くに鳴けない……! というか……鳴いて和了ったところでこの手じゃ安過ぎるかな……?
 さっきピンピンロク食らっちゃったからな……速攻は得意だけど……放銃率や失点が高くなってくると逆に自分の首を絞めかねない……どうしよう……どうしたらいい……!?)タンッ

尭深()タンッ

哩(さて……そろそろ和了っておきたいところやけど……中ば鳴かれたとなると……また松実宥が持っていきよるか……)タンッ

宥「ツモです。中赤一……1300は1400オール」パラララ

哩(その手でその捨て牌……普段の松実宥なら迷わず萬子染めにしとるやろな。そうしなかったっちゅうことは……)

憧(宥姉が……私の鳴きを封じにかかってる……!? 速攻を封じられて……宥姉は連荘で……新道寺の部長もまだ動いてきてないし……オーラスには渋谷尭深の役満が待ってる……!! これは……私もしかして……すっごくピンチ……!?)

憧:81700(-9100) 尭:119300 (-5300) 哩:97800(-1400) 宥:101200(15800)

@実況室

すばら「松実宥選手ッ! 序盤から飛ばしていますっ!!」

初瀬「憧、頑張ってっ!!」

純「姉のほうはドラ娘と違って打ち方が柔軟だな。その場その場で緩急をつけて、いい感じに流れを掴んでいるように見えるぜ」

菫「阿知賀の中では、松実宥選手と鷺森選手が安定していますね。新子選手も巧みな打ち方をしますが、競り合いになったときに火力で押し負ける弱点があります。
 特に今回は、松実宥選手が赤ドラを持っていってしまいますから、打点を上げるのには苦労するでしょう」

純「卓には一発チャンスのある渋谷や、準決勝で荒稼ぎした白水もいるからな、速攻型の新子には厳しい戦いになるかもしれねえ」

初瀬「憧は……やってくれますっ!」

すばら「松実宥選手の連荘で東二局は二本場に入りますっ!! 白水部長、そろそろかましちゃってくださいっ!!」

@対局室

東二局二本場・親:宥

哩(気のせいやろか……今花田の声ば聞こえたような……)タンッ

哩(まあ……できればガツーンと一発かましたいんは私も同じと……ばってん……ここにおるんは私以外全員インターハイの決勝卓についた人間やけん……そげん簡単に和了れたら苦労せんとよ……)タンッ

哩(それに……私が考えんといけんのはこの場だけやなか……副将戦の後半……宮永照と戦う姫子にできるだけ鍵ば持たせるんが……この場で何よりも優先されっとね……)タンッ

哩(宮永照の連続和了を止めるのに……私と姫子の力はうってつけと。
 リザベーションばするんやったら一飜縛りでも十分……たかだか二飜キーやが……それで小刻みに宮永照の連続和了を止められるんやったら……私がここで勝つことよりその意味は大きかね。
 やからこそリザベーションの使いどころば気をつけんといかん……私の失敗は姫子に響く……今は場が松実宥のペースやけん……ここで無理しても和了れん気がする……やから……まだ我慢と……)タンッ

哩(リザベーションば狙うんやったら次の東三局やろか……宮永照の席順がどこになるかにもよるやろが……東一局は和了らんのやから……宮永照が南家やなければそれで連続和了ば止められる。
 まあ……それはさておき……とりあえずここはさっさと流したかね……)タンッ

哩(さっきも今回も……新子が仕掛けていかん……連荘は止めたいはずやのに……まだ松実宥相手に踊らされとっとね……そいたら……ここは私が止めんと……)タンッ

哩(っと……張った。松実宥は……前々巡に手出しの七萬……前巡にツモ切りの中……あっちも張っとう感じやね……さっきのダマのこともある……下手に打ったら振り込むかもしらんけん……ここは勝負どころと……)

 哩、長考。

哩(向こうの捨て牌を見る限りは……萬子の染め手が濃厚……中は松実宥が今さっき切った一枚しか見えとらん。仮に、中のツモ切りが、既に三枚抱えての槓子落としやったとしたら……混一中で満貫。
 中でカンせんかったのも……裏ドラば期待せんとダマで通すつもりやったから……ってことならつじつまも合う……やけど……)

哩(新子の裏をかいて直撃を取ったこと……それに新子の鳴きを封じとることもあるけん……思っとる以上に松実宥は駆け引きに長けとる……素直に萬子染めやと捉えるんは危険かもしらん……)

哩(染め手やないとしたら……567の三色も考えられっとね……そいたら危なかとこは唯一赤くない六索……ばってん……六索はもう純カラ……なら三色は三色でも同刻……?
 いや……五筒が三枚見えとる……七萬は松実宥自身が切っとうし……三色同刻もなかね。やったら……赤絡みのタンピン……萬子染めと見せかけての……四・七筒待ちか五・八筒待ち辺りが本命やろか。
 中が場に一枚しか見えとらんのが不気味やが……さっきの松実宥の中切りは単に手に中がなかったけんツモ切った……と考えられなくもなか……)

哩(となると……この浮いた一索……松実宥が中ば持っとれば……或いは単騎待ちもありえるとこやけど……中ば持っとらんかったら断ヤオと絡められない一索待ちはほぼありえん……あるとしても萬子一通確定とかそげん感じやろ。
 ただ……松実宥は序盤に手から九筒の対子を落としとる……雀頭を落としてまでわざわざ一索単騎にするのはさすがに回り過ぎと……普通に良形でツモを狙えばよか。
 たとえ直撃狙いでヤオ九牌待ちにするとしても……もし私が松実宥なら……九筒対子を落とさず一索とシャンポンにすっとね……)

哩(これで……大体ありえる可能性は当たっとうやろ……一索待ちは現状最もありえなさそうなとこや。
 それに……過去の松実宥の牌譜ば見ても……七索・三筒・七筒とくっつけられる九索・一筒・九筒は残すことが多かばってん……一索は傍の二・三・四索が赤くないけん必ず浮く……松実宥にとっては赤くても使いにくか牌……序盤に捨てることも少なくなか……。
 ここはやはりタンピンば濃厚……一索は……通るとね……!!)

哩「……通らば……リーチと……!」タンッ

 哩、長考の末、一索切りリーチッ!!

 しかし……北九州でも屈指の打ち手・新道寺部長・白水哩は、一つだけ読み落としをしていた……!!

 松実宥――阿知賀の赤牌使い――その麗しき真っ赤な羽を……!!

宥「通りません……ロンです」パラララ

 手牌とともに開かれる――荘厳なる真紅の羽……!!

哩(な……ん……やと……!!? これは……これを門前で作れるやつがおるんか……!!!)

憧(出た……! これは……部活でも滅多に拝めない宥姉の超必殺……!! 緑一色と対を成す……言わば赤一色……!!)

宥「混一中対々三暗刻赤一……24000は……24600です」

 宥手牌:115[5]577799中中中:ロン1:ドラ②

哩(べ……紅孔雀……!!? そげなん考慮できんわ……!!!)

 哩、痛恨ッ!!

 しかし、無論、この程度で参る哩ではないッ!!

哩(いや……見た目の美しさに惑わされたらいけん……いくら古役の役満とはいえ……実際の点数は親倍……ツモり四暗刻やったことを思えば……傷は浅かったほうとね……)

 哩、苦笑。

哩(まさか……全国でも見せんかったそげん大技を持っとったとは……完全に私の読み負けと……これは痛かね……やけど……痛かことも苦しかことも……私にとってはむしろ……望むところ……!!)

 哩、ドMッ!!

哩(礼を言わんといけんな……松実宥……今の一撃で目ば覚めた……そうや……この場におるんはインターハイの決勝に上り詰めた打ち手……姫子のことだけ考えてて勝てる相手やなかとね……そいたら……こっちも覚悟ば決めっとよ……!!)

宥(あ……なんか新道寺の人がすごく活き活きし始めた……これは気をつけないと……すぐにひっくり返される……かも……)

哩(私にも私の意地ばあるけん……姫子には悪か思っとうけど……優先順位は変更や……何よりもまず……この場でトップに立つ……!!! 北九州の力……見せてやっとよ……!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 哩、本格始動ッ!!

憧:81700(-9100) 尭:119300(-5300) 哩:73200(-26000) 宥:125800(40400)

@実況室

すばら「部長おおおおおおおおおおお!!!!?」

純「そう取り乱すなよ煌ちゃん、あんなん誰だって読めねえって。松実宥の手牌が索子に染まってたパターンがまず珍しいし、その上唯一の萬子をぎりぎりまで手に抱えて迷彩を張ってたんだからな。
 どう見たって萬子の染め手か、ありえてタンピン……99パーセントの人間がそう考えるだろ」

菫「それに、今の一撃で白水選手の目の色が変わりましたね。やっとこの場に集中し始めたというか……なんにせよ、ここからは白水選手も黙っていないでしょう」

初瀬「しかし、さすがに親倍は重たいのではないでしょうか……?」

菫「まだ勝負は東二局です。結果は見えていませんよ。清澄の片岡選手のように起家でリードしてそのまま逃げ切るタイプもいれば、ラス親で追い上げるのを好むタイプもいます。
 インターハイを見る限り、白水選手は多少のビハインドという手枷足枷があったほうがより燃え上がるタイプのようですから、逆転は十分可能でしょう」

すばら「果たして白水部長の反撃はあるのでしょうか!? あってほしいっ!! 東二局は三本場に突入ですっ!!」

純(随分と白水寄りの実況だなオイ……)

@対局室

東二局三本場・親:宥

哩(三本場まで行きよると……リザベーションは使いにくか。そいけん……この場は縛りもなんもなか普通の麻雀……)タンッ

哩(縛りがあったほうが興奮するけん……私は好いとうが……成績的には……普通に打ったほうが安定しとるし勝ちやすか……)タンッ

哩(姫子にだけは……私がリザベーションば使っとるかどうかわかる。使ってもおらんところで……純粋な麻雀の技術と経験で……競り負けるような打ち方しとったら……姫子に笑われっとね……)タンッ

哩(やけん……この場は絶対に負けられん……見とれ……松実宥……親倍なんぞすぐにひっくり返したるけんな……!)タンッ

 十巡目

哩「ツモ。メンタンピン三色ツモ……3000・6000は3300・6300」パラララ

宥(綺麗な和了り……確か……新道寺の白水さんは自ら手を縛るような打ち方をするときがあって……次の半荘……同じ局でそれの倍の飜数で鶴田さんが和了ることが多いっていう話だったけど……ここはなんの縛りもなく打ったって見ていいのかな……。
 私の手も悪くなかったけど……普通に打った白水さんはそんなのお構いなし……この人……縛りがなかったらどれだけ強いんだろう……)

憧(ヤバイヤバイヤバイ……!! 順調に削られてる……!! た……立て直さないと……!!)

尭深(……)

憧:78400(-12400) 尭:116000(-8600) 哩:86100(-13100) 宥:119500(34100)

東三局・親:憧

憧(親……もう渋谷尭深がどうこうとか言ってらんない……! マイナスのままオーラスに突入したらそれこそ取り返しがつかなくなる……けど……宥姉が捨て牌を絞ってくるせいでさっきから全然チーができない……!)タンッ

尭深()タンッ

哩「チー」タンッ

憧(鳴いた……!? 白水哩……何を狙ってんの……?)

宥()タンッ

憧(な……鳴けない! 鳴きたい! ってか泣きたいっ!!)タンッ

尭深()タンッ

哩「……ツモ。断ヤオ……300・500」パラララ

憧(安っ!! 人のこと言えないけど安っ……!! さっきハネ満和了ってたのと本当に同じ人……!? わっけわかんないって!)

哩(リザベーション・ワン……クリア……!!)ゴッ

憧:77900(-12900) 尭:115700(-8900) 哩:87200(-12000) 宥:119200(33800)

@特別観戦室

姫子(部長……! ありがとうございますっ!! 二飜キー……ゲット!! これで宮永照の連荘ば止めますっ!)

穏乃「ああああ憧の親番がああああああ!!!」

かおりん「し、穏乃ちゃん、落ち着こう……? え、えっと、ほら、宥さんが憧ちゃんの分まで稼いでるから……阿知賀全体はプラスだよ?」

穏乃「はっ! 確かに……! じゃあ……いいのか……? よしっ! 憧の分まで頑張って、宥さんっ!!」

姫子(いやいや……それはおかしかよ……)

照「……」ガタッ

姫子(え……? チャンピオンなんでいきなり立ち上がっとん?)

穏乃「ん、宮永さんのお姉さん……どうかしました?」

照「……いや……なんでもあるけど……なんでもない……」スッ

かおりん「そうなんですかぁ……びっくりしました。…………って、あれ?」

穏乃「え? 妹尾さんまで? どうかしたんですか?」

かおりん「あ……いや、なんでもあるけど、なんでもないの。ちょっと……渋谷さんが……」

穏乃「渋谷尭深さんがどうかしたんですか?」

かおりん「ううん……たいしたことじゃないんだけど……」

かおりん(渋谷さん……あんなにずっと大事そうに持ってたお茶を……脇に置いちゃった……? どうして……? もしかして……さっきの……あれと関係あるの……?)

 ――回想、数十分前、会場某所――

かおりん「どどどどどうしましょう! 今頃になって緊張してきました! 私……まだ役もちゃんと覚えてないのに……こんなすごい人ばっかりの対局に混じっていいんでしょうかっ!?」

尭深「……大丈夫……たぶん……」

かおりん「ほ、本当にそう思いますか……?」

尭深「……」サッ

かおりん「ああ! 目を逸らしましたねっ!」

尭深「……妹尾さんは……妹尾さんらしく打てば……いいと思う……」

かおりん「え……? 私らしく、ですか?」

尭深「……」コクッ

かおりん「私らしく……。そういえば……最初に天江さんが言ってましたね。最後まで自分の麻雀をすること……楽しんだ者勝ち……って」

尭深「……」コクッ

かおりん「んー……わかりましたっ! 私……頑張りますっ! できることはあんまりありませんが……自分らしく楽しみたいと思いますっ!!」

尭深「……」コクッ

かおりん「じゃあ……渋谷さんも、渋谷さんらしく頑張ってくださいねっ!」

尭深「………………」

かおりん「ん、どうしたんですか? そんなにお茶見て……茶柱でも立ってるんですか?」

尭深「…………なんでも…………あるけど……ない…………」

かおりん「ほえ? そうですか? まあ……とにかくお互い頑張りましょうねっ!」

尭深「……」コクッ

 ――――――

かおりん(渋谷さん……よくわかりませんが……私は応援してますよっ! 頑張ってくださいっ……!!)

@実況室

すばら「みなさん見ましたかああああ!!? これが新道寺・白水哩部長ですっ!! 親倍直撃もなんのその!! 即座に立て直してきましたあああ!!! すばらっ!!」

純「一発目のハネ満はあれとして、なんだ今のゴミ手は……親を流すにしても安過ぎんだろ……」

初瀬「何か、一飜でもいいから確実に和了っておきたかった……って感じの和了りでしたね。ちょっとオカルトの気配がします」

菫「……!」ガタッ

すばら「ひ、弘世さん? いきなり立ち上がってどうしました……?」

菫「あ……。いや……なんでもあるのですが……なんでもないというか」

純「なんでもあるなら話してくれよ、それが解説だろ」

菫「まあ……確かにそうですね」

初瀬「何か、白水選手の和了りで気になることでもあったんですか?」

菫「いや、白水選手は関係ありません。うちの……渋谷のことです」

純「あの眼鏡ちゃんがどうかしたのか?」

菫「渋谷が……お茶を手放したんです」

すばら「えっと……別に常に持っているわけではないですよね……?」

菫「それはそうなんですが……なんというか……ちょっと昔話をしてもいいですか?」

菫「渋谷は……今年から白糸台のレギュラーになりました。元々力のある選手ではあったんですが……去年の今頃はまだ……他の一年生同様……二軍と三軍の間を行ったり来たりしていました……」

 ――回想・一年前春・白糸台高校麻雀部――

菫「えー……では、今日は親善対局ということで、上級生二人のところに、新入生が二人という形式で打ってもらいます。各自、好きなように卓についてもらって構いません。
 時間が許す限り、色々な人と打ってほしいです。今日の結果が順位戦に反映されるということはありません。お互いまだ顔も名前もあやふやですから、挨拶程度のものとして気軽に楽しんで打ちましょう。では、始めます」

 ガヤガヤ

菫(ふー……とは言ったものの、いきなり私らの卓に入ってくる一年生はいないと思うが……なんたって……)

照()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

菫「おい、照。顔が殺し屋みたいになってるぞ。緊張しているのはわかるが、マスコミ相手のときみたいにニコヤカにできんのか。新入生が寄り付かん」

照「……知……知らない子いっぱい……初めての後輩……笑顔は……無理……」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

菫(やれやれ……困ったもんだ。…………ん?)

尭深「…………」ジー

菫「君は……えっと、渋谷……尭深さんだったか。どうした、ここに入りたいのか?」

尭深「……」コクッ

菫「そうか。今後もよろしくな。私は二年の弘世菫、こっちは……知ってると思うが、同じく二年の宮永照だ」

照「よ……よろ……よろしく……」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

尭深「…………」ジー

菫(へえ……この子は無愛想モードの照を見ても物怖じしないのか。今年……照に憧れて入部してきた新入生は数多くいたが……照の営業スマイルしか知らなかった彼女たちは……みんな初日の親睦会のときにその幻想を打ち砕かれていた……。
 もちろん照は緊張していただけで……実際はそんなに恐いやつじゃないとじきにみんな気付くだろうが……今はまだ……こないだまで中学生だった一年生たちには恐ろしく映るはず……この子……外見は大人しそうな感じだが……肝は据わっているようだな……)

菫「じゃあ、もう一人呼んでさっさと始めるとしようか。えっと……あ、そこのボーイッシュな君っ! そう……君だ! えっと……亦野誠子さんだな。せっかくだから一局どうかな?」

誠子「(うわっ……宮永先輩と弘世先輩の卓に呼ばれた……! 恐っ!!)……お……お手柔らかにお願いします……!」

 ――――――

 親善対局・東四局五本場・親:照

照「ツモ……12500オール……」パラララ

菫「ははっ……照の八連荘で全員仲良くトビ終了だな……」

誠子(えげつねー……)

尭深(………………)

菫(バカかお前はああああ!!? これは親善対局だぞ!! 手加減というものを知らんのかあああ!!?)コソッ

照(ごごごごごめんっ!!!!)コソッ

菫「え……えっとだな。まあ、トップは照だが、二位は東一局で照に3900を当てた渋谷さんだ。おめでとう。亦野さんは席順が悪かったな……500点ほど私に届かなかった。うん、でも、二人とも直撃もなく、よく健闘したと思う」

 シーン

菫(おいいいいいっ!! どうすんだこの空気! お前からもなんか声かけろ!!)コソッ

照「う……え……えっと……あの……ま、亦野さん!」

誠子「は、はいいいい!!!」

照「亦野さんは……その……たまにいっぱい鳴いてみると……いいことがある……かも……」

誠子「あ、ありがとうございますっ!!」

照「そ……それから渋谷さん……」

尭深「…………」

照「渋谷さんは……もっと……じっくり落ち着いて打つと……最後にいいことが…………って……渋谷さん……?」

尭深「…………」ジワッ

照(な……泣かせちゃったああああ!!)

菫「お、おい……渋谷さん……大丈夫か……?」

尭深「………………ありがとうございました」ペコッダッ

誠子「あっ……と、出ていっちゃいましたね。えっーと……私ちょっと様子見てきます。先輩方は……親善対局を続けてください」

菫「そ、そうか……すまないな」

誠子「いえ。同じ一年生ですし、任せてください。ご指導ありがとうございました。ではっ!」ダッ

照「……菫……どうしよう……私……後輩を泣かせてしまった……」ズーン

菫「ま、まあ……泣かせる程度で済んでよかったと思えよ。去年お前が一体何人の高校生雀士を再起不能にしてきたと思ってんだ……」

照「うううう……」

菫(しかし……泣いたとき一瞬見せた悔しそうな顔……それに……あの東一局での打ち回し……渋谷尭深……彼女……まさか照に勝つつもりでこの卓についたのか?
 部内では……もう私しかいないと思っていたが……まさか……新入生で照を本気で倒そうと思ってるやつがいたとはな……驚愕だ……)

 ――――――

菫「去年と一昨年……親善対局で照に真っ向から挑んだのは……渋谷と大星の二人だけでした。当然……二人は照にトバされましたが……それからの行動には大きく差があります。
 大星はそれ以来照とぐんと仲良くなりました。けれど……渋谷はそうではなかった。渋谷がそれから照と再戦したのは……去年の秋季大会のあと……冬の全体合宿のことです」

 ――回想・八ヶ月前冬・白糸台高校麻雀部――――

菫「秋季大会はお疲れ様でした。私たち白糸台は……結果として連覇を達成したわけですが、他校との差はそれほど開いていないと私は思います。来年度のインターハイに向けて……ますます部内での切磋琢磨が必要となるでしょう。
 レギュラーメンバーの入れ替えもありえます。各自、気を引き締めてこの合宿に臨んでください。以上」

 ガヤガヤ

照「菫……今日は紅白戦だっけ……?」

菫「そうだ。一軍と二軍でそれぞれA~Dチームに分かれて……計八チームでリーグ戦をする。お前はAチームのリーダーで、オーダーは試験的に先鋒になったからな。私はBチームの大将……今日は負けんぞ」

照「うん……わかった。えっと……最初の相手は……」

菫「お前らは一軍Dと二軍B・Cとだな……えっと……各チームの先鋒はっと……」

照「あ……この子……」

菫「おお、渋谷尭深か……懐かしいな。あの親善対局以来か。一軍に上がってきたことはなかったが……二、三軍で揉まれて着実に力をつけてきたようだな。今日は二軍Bのリーダーで先鋒になっている」

照「牌譜……ある?」

菫「ああ……あるぞ。私は合宿の前に目を通したが、打ち方にかなり性格が出ているな」ペラッ

照「渋谷さん……オーラスで……手牌が不要牌だらけになることがない? もしくは……九種九牌が多かったりしない?」

菫「はあ……なんだそれ……? えっと……ああ……本当だ。なんだこれ……渋谷のオーラス和了率が異常に低いな……それに……九種九牌も確かに普通よりは少々多い気もする……。もしかして……これは渋谷尭深の能力に関係があるのか……?」

照「うん……親善対局のときから変わってなければ……たぶん。でも……その結果を見る限りでは……やっぱり自覚はないんだ……。今日対局が終わったら……話してみる……。
 二軍チームのリーダーを任されるくらい渋谷さんの地力が上がった今なら……きっと……すごい武器になってくれると思う……」

菫「へえ。ま、能力は置いておくとしても、今日の対局がどうなるのか……結果が楽しみだな」

照「うん……私も……楽しみ」

菫「また泣かせるなよ?」

照「保障は出来ない」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 ――合宿・夜・一軍宿舎――

菫「悪いな、渋谷、夜遅くに。疲れてないか?」

尭深「…………」フルフル

照「お茶……淹れたから……飲んで……落ち着くよ」

尭深「…………」コクッ

菫「もう照から聞いてると思うが……お前の力を一度試してみたい」

尭深「…………」コクッ

照「言った通りに……打ってみて」

尭深「…………」コクッ

誠子「あの……それで、私はなんのために呼ばれたんでしょうか?」

菫「面子が足りなくてな」

誠子「ですよねー」

菫「とりあえず、対局の大まかな流れは照が調整する……渋谷は照に言われた通りに打ってほしい。私と亦野は……まあ人数合わせだ。お喋りでもしながら遊び感覚で打とう」

誠子「遊びですか……遊びくらいは……弘世先輩に勝ちたいもんですね」

菫「ほう……させると思うか……?」

誠子(何が遊び感覚ですか……弘世先輩……目が完全に本気じゃないですか……!)

照「じゃあ……始めよう」

尭深「…………」ズズッ

 ――――――

誠子「三巡目で……大三元……字一色!!!? なにこれ……夢……!? 信じられない……気持ち悪いくらいすごいな……尭深!!!」

菫「なるほど……本物のようだな」

照「ただ……実戦で使えるようになるには……もう少し慣れが必要。渋谷さん……」

尭深「…………」

照「この力は……渋谷さんが元々持っていた力で……私にはそれが見えたから……こうやって教えることができたんだけど……」

尭深「…………」

照「この力を使うとなると……渋谷さんは今までの打ち方を少し変えないといけなくなる。私は……渋谷さんの力を見抜けても……渋谷さんの気持ちまで見えるわけじゃない。
 牌譜見たし……今日戦って感じたけど……渋谷さんは今の打ち方が好きそうだから……もし嫌なら……今日のことは忘れていい。
 渋谷さんの今の打ち方でも……このまま頑張れば……きっと三年生になる頃にはレギュラーになれると思うし……渋谷さんなりの力の使い方だって見つかるかもしれない……」

尭深「…………」

照「ただ……もし来年のインターハイに出たいのなら……この力を最大限に活かす打ち方をこれから鍛えていかないと間に合わない。どうする……渋谷さん……?
 私は……あの春の親善対局で……渋谷さんが真っ先に私たちの卓に来てくれたこと……嬉しかった。だから……卒業までに……菫と、亦野さんと……渋谷さんと……全国を勝ち抜いてみたいって思う。どう……かな……?」

尭深「……少し……考えさせてください……」

 ――四ヵ月後・春・白糸台――

菫「えー……では、毎年恒例の親善対局を始めます。一年生は好きなように卓に入ってください。この結果は順位戦には反映されませんので、お互いをよく知るチャンスだと思って、色々な人と打ってください。では、始めます」

 ガヤガヤ

菫「さて……今年は誰が最初にここに来るのかな……っと」

照(一年生……知らない子……笑顔……笑顔作らないと……)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

菫「……お前はまったく成長してないな、照……」

淡「あの……っ! ここ、いいですか……!?」

菫「おお……君は……大星淡さんか。私は三年の弘世菫。よろしくな。それでこっちが……」

淡「宮永照先輩ですよねっ! 知ってますよ……テレビ、見てましたから!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴ

菫(おっ……これはまた……生意気そうなのが入ってきたな……)

照「よ……よろしく」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 ――――――

淡「ま……負けた……!! 私の……七星が……!!!」ウルウル

菫(こいつ……想像以上の化け物だったな……この世代のインターミドルというと原村和が有名だが……これほどの化け物がなぜ結果を残せなかった……?)

照「大星さん……毎回……高い手を狙い過ぎ……読まれやすい……気をつけて」

淡「うう……わかりました……」ウルウル

 ワーワーキャーキャー

淡「ん……なんですか、あっちの卓が騒がしいみたいですけど?」

菫「ああ……あっちも今終わったか……たぶん役満和了で騒いでるんだろう。親善対局で先輩が役満を和了るなんて、まずないことだからな。ったく……あいつもあいつで手加減を知らんようだ」

淡「へえ……役満ですか!? さっきの七星が決まってれば私のほうが先に和了ってたのにー! でも……面白そう……っ! 私……次はあっちに行ってきます! えっと……お茶持ってる方と短髪の二年生の卓ですよね?」

菫「そうだ。お茶のほうが渋谷尭深、短髪が亦野誠子。どちらも二年の有力株だからな。打っておいて損はないと思う」

淡「わっかりました!! ありがとうございますっ!!」ペコッダッ

菫「やれやれ……今年も今年で楽しませてくれる」

照「渋谷さん……いい感じに仕上がってきたね」

菫「そうだな。このペースなら、インターハイに間に合うだろう。その頃にはあの大星って一年も使い物になってるかもしれない。ま、今見た感じだと荒削りもいいところ……亦野と渋谷には敵わんだろうがな」

照「うん……インターハイ……楽しみ」

菫「というわけで……渋谷とお茶は、切っても切れない関係にあるわけです」

純「いや、今の話の中でお茶はちらっとしか出てこなかっただろ。というか……あいつの役満ってやっぱ能力だったのか。バカに多いと思ってたぜ……」

初瀬「お茶を置いたということは……渋谷さんはその……今の打ち方になる前の打ち方に戻ったということでいいんでしょうか?」

純「初瀬ちゃんの物分りの良さはもうオカルトの領域だな」

菫「初瀬さんの言う通りだと、私は思います。確か……二年選抜の今日の目標は『自分の麻雀を貫くこと』だったはず。渋谷の今の麻雀は……私たちが大会で勝つために強制して矯正したものです。本来の渋谷の麻雀ではありません」

初瀬「けれど……渋谷さんの役満スタイルは……あの宮永照さんのアドバイスで……インターハイで勝ち抜くために身に着けたものなんですよね? 昔の打ち方がどうだったのかはわからないのですが……それはインターハイで見せた打ち方より強いものなのですか?」

菫「強い弱いは……微妙なところです。要は相性の問題ですから。渋谷の役満スタイルだって決して弱くはありません。しかし、こと今の面子が相手だと、それがうまく機能しない可能性があります。
 松実宥選手が中を固めてしまうこと、新子選手が場を早く回してしまう可能性があること、白水選手が暴れ出したときに役満以外で対抗できる手段がなくなってしまうこと……など。
 それらを総合して……渋谷なりに、どちらのスタイルで打ったほうがいいかを考え……そして、渋谷は以前の打ち方でこの場を戦うことを選んだのでしょう」

初瀬「なるほど……相性ですか……打ち筋を複数持っている選手というのは珍しいですよね」

純「つーか……あの眼鏡ちゃんの本来のスタイルってのはどんな感じなんだ? それなりに強いのか?」

菫「照をして三年生になれば白糸台のレギュラーになれると言わしめたくらいの強さではあります。白糸台でレギュラーを取ることがいかに難しいかを考えていただければ……その強さは推して測れるでしょうが……まあ……見ていればすぐわかりますよ」

@対局室

東四局・親:尭深

宥(ん……なんか変な感じする……なんだろう……)タンッ

憧(おかしいわね……おかしい……渋谷尭深が何か変……)タンッ

憧(ここまで……第一打は白南白發北北だったはず……なのに……ここでいきなり一索切り……? 手に字牌がなかったってこと……? 狙いを大三元or字一色から混老頭とかに切り替えたってこと……? よくわかんない……)タンッ

宥「……リーチです」スチャ

憧(宥姉……飛ばしてるね……!!)タンッ

尭深「……リーチ」スチャ

哩(打ち合いやね……まあ……まだ七巡目……焦る必要はなか……)タンッ

憧(渋谷尭深が追っかけ……!? あれ……そんなパターンあったっけ……?
 確かに……渋谷尭深は自分が親のときは連荘を狙いに来てたけど……その場合は鳴いて速攻って感じだった……リーチをかければ自分が宥に振り込んで親が流れる確率が高くなっちゃうのに……どうして?
 役がなかったからとか……そんな単純な理由ならいいんだけど……)

宥(うう……冷たい牌……中以外の字牌は苦手……)タンッ

尭深「ロン……リーチ一発……4800」パラララ

 尭深手牌:111234②③④南南北北:ロン北:ドラ二・⑤

宥「え……? あ……はい……」チャ

憧(はあ……!? 何その待ち……!!? 南・北の……シャンポン……? だって……あんた……そんな打ち方一回もしたことなかったでしょ……!!)

宥(あれ……この子って確か……北も南も前局までに第一打で捨ててるよね……? どうして今回は第一打に捨てなかったんだろう。まさかその後のツモで対子を重ねたの? この序盤に……?
 いや……ちょっとおかしい……この北と南は……たぶん……少なくとも三枚くらいは最初からあったんじゃないかな……でも……じゃあなんで第一打で切らなかったの……? せっかくオーラスで字一色を和了るチャンスが広がったのに……)

哩(ん……渋谷尭深の打ち方が……インターハイのときと違う……? まあ……親で連荘ばしたってことはオーラスの役満にまた一つ近付いた……ってことでよかよね……?
 わからん……連荘狙いにしては……さすがにその待ちで追っかけは訝しい……なんぞ……私らの知らん顔があっとね……?)

尭深「……一本……場……」ゴゴゴゴッ

憧:77900(-12900) 尭:121500(-3100) 哩:87200(-12000) 宥:113400(28000)

東四局一本場・親:尭深

憧(今回も……渋谷尭深の第一打は数牌の九筒……ヤオ九牌ではあるけど……三巡目に手出しで北を切ってる……配牌からあったっぽい感じだけど……なんでそっちを先に切らなかったの……? 全然わかんない……不気味過ぎッ!!)タンッ

 九巡目

尭深「リーチ……」スチャ

哩(またリーチか……厄介とね……)タンッ

宥(ん……二連続……親リー……)タンッ

憧(宥姉はノータイムでツモ切りの現物……幸い私も浮き牌が現物だから……一発は避けられるけど……)タンッ

尭深(……)タンッ

哩(ん……阿知賀の二人が渋谷ば警戒しとる……? そいたら……渋谷の様子が変わっとう思ったんは私の勘違いやなかとね……なら……ここは一旦様子見やな……)タンッ

宥(んー……これはちょっと……恐いかな……)タンッ

憧(宥姉はまた現物……今度は手出しってことは……ベタオリコースって感じね。まあ……さっきの親倍の貯金があるから……宥姉はそれでいいのかもしれないけど……私はマイナス……和了れるチャンスはなるべく掴みたい……)ツモッ

 憧、山牌を掴んだ瞬間、指先にぬるりとした悪寒が走る。

憧(ここで……白を引いたか……)

 憧、溜息。

憧(渋谷尭深のリーチ……さっきの南・北シャンポンが狙ったものなら……ここで……新道寺の部長が一巡目に切った……その一枚しか見えてない白は……ちょっと危険過ぎるような気がする。
 でも……どんな和了り方をしようと……渋谷尭深は第一打だけをコントロールすればオーラスの役満チャンスが広がる……特に……白を最初から持っていたなら……絶対に切るはずでしょ。
 だって……もうこれまでの局で渋谷尭深は白を二枚切ってる……あと一枚でオーラスに白が三枚揃うのに……そのチャンスを自分から捨てたとは思えない……)

憧(大体……字牌待ち自体はけっこうあることで……さっきのだって役がなかったからたまたまあんな形になっただけなのかもしれない。居所がわからない字牌は何も白だけじゃない。
 というか……もし仮に字牌待ちを狙っているんだとしても……それだったら……最初に白を切って……三巡目に捨てた北あたりを単騎にするのが渋谷の能力的には普通でしょ……?
 白があったのなら第一打で切らなければ不条理……自ら役満を捨ててるようなもの。もちろん……あとから白をツモったって可能性も……十分あるけどさ……)

憧(そりゃ……親リーは恐いけど……毎回毎回恐がってオリても……それって局数が増えるだけで結局のところ渋谷尭深の有利に場が進むことに違いはない……ここは……勝負……!!)

 憧、無理を承知の、白切りッ!!

 しかし――不用意に出したその手は……狡猾な罠に嵌るッ!!

尭深「ロン……リーチ一通……7700は8000」

 尭深手牌:123456789②③④白:ロン白:ドラ八・南

憧「なあ……っ!!?」ガタッ

宥(あ……危なかったー……)

憧(マジで白単騎……!!? 一通が揃ってんのに……連荘狙いでダマで通すでもなく……待ちの多い平和まで捨てて……わざわざ字牌単騎でリーチって……!!?
 いや……ありえないことじゃないけどさ……ありえないことじゃないけど……私の知ってる渋谷尭深ではありえない……!!! 渋谷尭深……これじゃ……まるで別人じゃん……!!)

哩(字牌単騎……清澄・竹井久の悪待ちとはまた少し違う感じやろか……巡目が進めばどうしても浮きよる他家の字牌に狙いを定めた……出和了り重視の超攻撃型……大人しか外見に似合わん加虐趣味な打ち方やね。
 しかも……この場に合わせて急ごしらえでプレイスタイルば変えてきたんとも違う……ずっと以前から訓練を積んできたような手慣れた感じがすっとよ……これは……面白かね……!)

尭深「……二本……場……」ゴゴゴゴゴゴッ

憧:69900(-20900) 尭:129500(4900) 哩:87200(-12000) 宥:113400(28000)

@実況室

すばら「渋谷選手の連荘で二年選抜がトップに返り咲きましたっ!! 目を見張るような活躍ですっ!!! 渋谷選手、まるで人が変わったような打ち方をしていますっ!!」

純「あの眼鏡ちゃん……顔に似合わずえぐい待ちで和了りやがる……」

初瀬「え……? でも、字牌単騎自体は……出和了り重視のスタイルであればわりとよくあることですよね?」

菫「いや……渋谷のあれはただの字牌単騎ではありません。確かに字牌待ちはわりとあることですが……渋谷のあれはもう一段ほど狡猾です」

初瀬「えっと……どのあたりが?」

純「渋谷の第一打は、九筒だったな。一枚しかない北や白を捨てずに、数牌から落として……さらに、白水が一巡目に白を切ったのを見て……三巡目に北を捨てて白を手に残した」

初瀬「悪いほうの待ちを狙った……清澄の竹井選手みたいな感じでしょうか?」

菫「いや……渋谷は別に悪い待ちを選んだわけじゃありません。出和了りを狙える待ちを選んだだけです」

すばら「えっと……白水部長の白に……誰も鳴かなかったことが、ポイントですか?」

純「その通り。煌ちゃん、すばらだぜ」

すばら(口癖盗られましたっ!)

菫「渋谷の手に白が一枚あって、白水選手が一巡目に白を切った。もし仮に、他家の手に白が二枚あったなら、渋谷の連荘を止めるためにその場で鳴いてもおかしくはないはずです。
 また、他家の手に白が一枚しかなかったのなら、次の二巡目で、白水選手が一枚見せたことでほぼ用なしとなった白は、手から落とすのがセオリー。しかし……二巡目に白を捨てた選手はいなかった。
 ということは……残る白二枚は……山の中に眠っている確率が高いということです。そして……それはいずれ誰かの手に舞い込んだとき、ほぼ確実に浮きます。ベタオリされない限り……海底までに出てくる可能性は大きい」

純「あの眼鏡ちゃんは、とりあえず最初になんでもいいから字牌を抱えて、残りの手を進めながら数巡様子を見て……もっとも浮きそうな牌を待ちに据える――って感じに動いてる。
 いつかどこかで誰かの手に入ったとき……確実に浮く字牌……初めからその一点に狙いを定めてんだ。
 もちろん、いつもいつも出てくるわけじゃねえし、警戒されたらそれまでだが……息を潜めて獲物が少しでも隙を見せるのを待ってんだろうな……いつでも喰らいつけるように準備してよ。なんつーか、端から出和了りにしか興味ねえように見えるな」

初瀬「でも……それ、バレたらわりとかわされやすいんでは……?」

菫「そういう側面もあります。しかし……渋谷の狙いが浮いた字牌だとバレることで……中盤以降……他家が浮いた字牌を切りにくくなるという側面もあるんです。
 攻撃は最大の防御ではないですが、そうやって相手の手を遅らせておいて、案外さくっと平和をツモったりもしますよ、あいつは。ま、それもあくまで次の出和了りのための……布石に過ぎないんですが」

すばら「な……なんだか物騒な感じですね……!」

菫「あいつは元々そういうやつなんです。あんな大人しそうな顔をしているが……プレイスタイルは獰猛で狡猾な超攻撃型……出和了りにしか興味がない、というのは本当みたいです。
 なんでも……これは通るだろうと思って打った牌を直撃されたときの……人の絶望した顔を見るのが好きなんだとか。うちの亦野誠子は白糸台のフィッシャーと呼ばれていますが……対して渋谷のほうはハンターと呼ばれていましたね。
 思えば……去年と一昨年の親善対局で照から直撃を取った下級生は……渋谷尭深ただ一人だったような気がします」

初瀬「そっか……! 浮いてる字牌を見定めなくちゃいけないから……渋谷選手は第一打に字牌を切ることが少ない……! さっきちらっとお聞きした渋谷選手の能力とは……確かに相性が悪いプレイスタイルですね!」

菫「そういうことです。去年までのあいつの第一打字牌率は……大星淡と並ぶほどに低かった。それが……今年になってからのあいつはまるで逆。第一打はほとんど字牌しか切らない。
 まあ……どちらも渋谷が努力して掴んだプレイスタイルです。良し悪しは私たちが決められることじゃないでしょう。ただ……あいつ自身は去年までの打ち方のほうが好きみたいですね。
 しかも、今日のキレを見る限り……あいつ……こっそり練習していたみたいです。二軍だった去年までよりもずっと無理なく自然に打っている。今なら……あの打ち方でも十分レギュラーとしてやっていけるでしょう」

純「方やじっくりと収穫を待つ農婦で……方や瞬時に獲物に喰らいつく狩人か。もし……今は相反するこの二つのプレイスタイルを融合させることができたとしたら……あの眼鏡ちゃん、相当な打ち手になるぞ。こりゃ来年の白糸台も手強そうだな」

すばら「さあさあ! 豹変した渋谷選手に他家はどう動くのでしょうかっ!! この連荘にストップをかけるのは一体誰になるのか!!? 山場の東四局二本場ですっ!!」

菫(尭深……楽しそうだな。私は……入部早々照に一撃を食らわせたお前のその打ち方が……嫌いではない。
 来年はお前たちの年になる……私や照の我儘で……今年のお前には無理をさせていたのかもしれないが……私たちがいなくなったら……お前の好きなように好きなだけ打て。
 そのための試運転として、そこにいる面子はちょうどいい。その三人に勝てるようなら何の文句もない……本当の自分らしさを見つけろ……尭深……!)

@対局室

東四局二本場・親:尭深

尭深()タンッ

哩(松実宥ば警戒かと思うたら今度は渋谷尭深か……気が抜けん対局とね……楽しか……!)タンッ

宥(また第一打が字牌じゃなかった……ってことは……この局も字牌単騎狙い……? いつもいつもリーチしてくるわけじゃないんだろうから……テンパイ気配を感じたらダマだったとしても注意しなきゃ……)タンッ

憧(うううう……六万点台……! これは……ヤバい……かなーりヤバい! ただでさえ宥姉と新道寺の部長が手強いってのに……この上渋谷尭深まで出和了り重視のスタイルに切り替えたなんて……!
 鳴ける鳴けないのレベルじゃなくなってる……!! どーすんの、何切んの、私っ!?)タンッ

尭深()タンッ

哩(まあ……牌譜をよう研究したところで……それが役に立たんこともある……私は去年までは化け物揃いの先鋒で揉まれとった……そのときの異常事態に比べれば……こんなのは全然大したことなか……)タンッ

宥姉(そろそろ……危ない……かな……ツモりたい……暖かいの……早く来て……)タンッ

憧(手が……進まないー……!)タンッ

哩(渋谷尭深……公式試合やなかここで……今までと違うスタイルを試しとるんやろか……それとも……こっちが本当の渋谷尭深なんやろか……わからん……わからんが……打ち方ば変えたくらいで突破されるほど……私ら三年は甘くなか……それを教えてやっとよ……!)

尭深「リー……」

哩「ロン。タンピン……2000は2600」ゴッ

尭深「…………はい」チャ

哩(ブレん……か。これくらいの失点は折り込み済み……もっと言うたら関係なかって感じとね……それほどまでに出和了りにこだわるんか……変わった子や。ま、何はともあれ……これでリザベーション・ツー……クリア……!)

宥(ふう……ひとまず連荘が止まった……うーん……できればもっと取りたいけど……どうしよっかな……)

憧(なっっっっっっんもできてなーい!!!!)

憧:69900(-20900) 尭:126900(2300) 哩:89800(-9400) 宥:113400(28000)

南一局・親:哩

 六巡目。

哩「ツモ。断ヤオ三色ドラ一……2000オール」

尭深(……)

宥(速い……白水さん……これで点数をほとんど元に戻してきた……やっぱり……一撃当てたくらいでは止められなかったか……)

憧(な……鳴いて速攻……!? そういうのは私の得意技なんですけどー!?)

哩(ふん……新子……目に見えてうろたえとうね。なに……一年生が出来るようなことは……三年にだって出来っとよ)

憧:67900(-22900) 尭:124900(300) 哩:95800(-3400) 宥:111400(26000)

南一局一本場・親:哩

憧(これは……本気で……笑えないっての……!)タンッ

憧(しくったなぁ……マイナス22900点とか……ザンクを何回刻めばプラスにできるわけ……? いや、六回だけどさ。南入してんのに六回も刻むチャンスなんてないでしょ!
 もう……親倍なら一発でプラスにできんのに……! ん…………あれ……? ってか私……公式戦で親倍なんて……和了ったことあったっけ……?)タンッ

憧(あれ……ちょいちょい嘘でしょ……? 親倍……和了ってない……? いつから……? 思い出せない? 思い出せないくらい……ずっと……? そんな昔から私は親倍を和了ってないってこと……!?)ゾッ

 憧、愕然ッ!!

憧(待って待って……!? なんでそんなことになってんの? おかしくない? 練習のときは? どうだっけ? 他のみんなはどうだったっけ?
 あれ……っていうか……親倍ってどうやったら……どんな風に手を進めたら……作れるもんなの……? だって……宥姉の紅孔雀も……玄のツモドラ八も……あの二人だからできることで……)ガタガタ

憧(わかんない……! 高い手ってどうやって和了んの……!? なんか……ついつい……セーラとか渋谷尭深とか……高い手ばっかの選手と戦ってるうちに……私……安いのでしか和了れなくなってる……?
 いや……でも……普通にやったら火力で押し負けるんだからさ……速攻で勝負するしか私にはないわけで……え……? でも……ちょっと待って…………?)

憧(普通にやったら火力で押し負ける……? なにそれ……何が普通なの……フツーって何? 何を根拠に……私……そんなこと……考えちゃってるわけ……? そりゃ速攻は好きだけどさ……!
 でも……なんか恐い……!! なんなの……この……火力では勝負できないっていう……刷り込み……!! 速攻で流さなきゃ食われるっていう強迫観念……!! いつの間に……私……こんな風になってたの……!!?)

 憧、大混乱ッ!!!

 ――回想・阿知賀高校麻雀部・インターハイ県予選前――

晴絵「憧、お前、小学生の頃に比べると見違えたな。いつの間にそんな鳴きが上手くなったんだ?」

憧「さあー。考えたこともないけど。なんとなく、今鳴けばいけそうな気がするっ! ってときに鳴くと、けっこうサクサクっと手が進むのよね」

晴絵「憧だけは中学の頃も麻雀部だったんだよな、そのときはどうだった?」

憧「どーだろ。ここまで鳴きが上手くハマることはなかったかな。なんか、阿知賀の麻雀部で全国行くぞってなったときから……中学のときよりも感覚が研ぎ澄まされたっていうか……そんな感じがする。
 元々、速攻は好きだったし。中学の頃も速攻だけは部内一だったしね」

晴絵「へえ、やるじゃないか」

憧「まあ……あの頃は晩成でレギュラー取るつもりだったからさ……そうやって一点集中で得意分野を伸ばしたほうが控えに入りやすいはず、って打算があったのかも。
 和みたいにオールラウンドに打てるならそれに越したことはないけど……私はそんなに頭良くないから……せめて、部内でこれだけは誰にも負けないって強みを持ちたかったっていうか……そういう感じ」

晴絵「ふむふむ。なんか……でも、それは少しもったいないような気がするな」

憧「もったいない?」

晴絵「だって、オールラウンドに打てるならそれに越したことはない……って思ってるわけだろう? なのに、わざわざ、いくら得意分野だからといっても、武器を一つに絞ることはないんじゃないか?」

憧「でも……私から速攻を取ったら何も残らないよ。付け焼刃の武器じゃ……全国には通用しないでしょ?」

晴絵「うん、それはそうだ。だから……憧の鳴きのセンスはこれからインターハイまでもっともっと鍛えてやる。全国で勝ち抜くには……力もそうだが運も必要だ。どんなに強い武器を持っていても、相性次第では負けてしまうことがある。
 けど……全国ではたった四試合で優勝が決まる。たった一本の刃だけで……道を切り開ける可能性も低くはない。今からできることは……お前が今持っているその一本の刃を……徹底的に磨くこと」

憧「ま、そうなるよね、フツー」

晴絵「だが……インターハイは今年だけじゃないだろ? お前とシズには来年も再来年もある。そのときに、中学からのお古の武器一つじゃ心もとない。この大会が終わったら、速攻ばかりのスタイルは卒業だ。武器は……多ければ多いほどいい」

憧「でも……今更私に新しい武器が持てるかなぁ。速攻じゃないとしたら、回し打ちの技術とか、読みの深さとか、防御系のスキルを鍛える感じ? なんかパッとしないねー」

晴絵「なんでそういう発想になるんだよ。普通に火力を上げたっていいだろ。狙った相手にハネ満をぶちかます能力……! とかな。ハハ……まあ狙う相手は選んだほうがいいけどな……ハハハハ……」

憧「火力ぅ? 私がぁ? えー、無理無理」

晴絵「ん? なんでそう思う?」

憧「え……? え……なんで……だろ……」

晴絵「ははーん……なるほどな。そういうことか。つまり、それがお前の成長を止めてる壁ってわけか……」ニヤッ

憧「晴絵……?」

晴絵「憧さ、お前、もっと自由に麻雀打てよ。大丈夫……お前にはその力がちゃんとあるから。きっと……全国の舞台に立てばわかる。そのためにも……この奈良県でくすぶっていてはダメだ。絶対に……県予選に勝とうなっ!」

憧「え……ちょ……晴絵……それどういう……こと……?」

晴絵「なんだ、気付いてないのか? まあ……無理もないか。あのな、お前は――」

 ――――――

憧(思い……出した……! あのあと……インターハイの決勝までずっと休む暇がなかったから……いつの間にか忘れてたけど……ハルエはちゃんとわかってたんだ……! 私が……いつかこうやって行き詰まることを……!!)タンッ

晴絵『さっきは見違えたって言ったけど……そうじゃなかったんだな。お前……小学生のときと何一つ変わってないんだよ。あの頃も今も……お前は阿知賀のナンバーツーなんだ』

憧(そうだった……それが……私の限界だって……ハルエは教えてくれた。運よく今年のインターハイでは決勝まで私は壁にぶつからなかったけど……奈良を飛び出して……いろんな人と打った今ならわかる。
 この壁を壊すには……小さい頃から大切にしてきた……鋭いけど折れやすい刃じゃダメなんだ……もっと……何か……鈍器のように……重くて丈夫な武器を……!)

晴絵『ナンバーワンになれよ、憧。阿知賀の柱になれ。お前にはその力がある。このチームの中で最も麻雀の技術を磨いてきたのは、誰よりもお前だ。自信を持て。壁があるなら壊して進め』

憧(そうだよね……ハルエ……! ハルエだって……インターハイが終わって昔のトラウマを乗り越えたんだもんね。私も……いつまでも……小学生の頃の恐怖を抱えたままじゃいけない……!
 恐怖を抱えるこの腕で……私は新しい武器を掴む……! そして……その強迫観念を破壊するんだ……!!)

晴絵『憧、お前が乗り越えなくちゃいけないのは全国の猛者たちじゃない。ずっと一緒に麻雀を打ってきた仲間――松実玄だ』

憧(そう……私は……玄と初めて麻雀をしたとき……一瞬でトバされたんだった……! 誰にも負けないように頑張ってたつもりだったのに……麻雀の勉強だって一生懸命してたのに……!
 玄は……たった一撃で……私の積み上げてきたものを……全て破壊した……!!)

幼玄『ロン……断ヤオ三色赤四ドラ四……36000』

憧(あれは……心折れたなぁ。けど……あれがなかったら……今の私はなかった。鳴きのセンスだって……玄への恐怖心の中で見つけた……唯一の武器……ドラを抱えて高い手で和了る玄……ドラを抱えるから手が重たい玄……その隙を突くための……速攻と早和了り……!
 その感覚は玄の傍にいるときが一番研ぎ澄まされる……中学には玄はいなかったからね……阿知賀に戻ってきて鳴きの感覚を掴んだのもそういうわけ……準々決勝でセーラと戦ったときだって……私が善戦できたのはセーラが玄と同じ高火力タイプだったから……!!)

憧(けど……今はそれじゃダメだ。相手は変幻自在……速攻も使えるし、高い手も和了れる。出和了りを狙うことも、ツモを狙うこともあって……打ち方さえ別人のように切り替えるオールラウンダーばかり……武器一つの今の私が……太刀打ちできる相手じゃない……!)

憧(だったら……今ここで……この人たちを倒せれば……!! それが……私の新しい武器だって……ことだよね……!!!)ゴッ

 憧、奮起ッ!!

憧(上等……ッ! やってやろうじゃないの……!!)

 十巡目

憧「チーッ!!」

 憧手牌:二二四五233346④⑤⑥:チー六:ドラ3

憧(信じろ……私……! 殻を破れ……壁を壊せ……幻惑を砕け……!! 私にだって……できるんだ……!! だって……この場に玄はいないんだから……信じろ……私の力を……!!)タンッ

尭深(……)タンッ

哩(お……鳴きよった……やけど……速攻にしては仕掛けるんが遅かね。松実宥が鳴きを封じとんのが効いてるのか……それとも……別の何かと……?)タンッ

宥(憧ちゃん……いつもの鳴きと少し違う……? 食いタン三色っぽい感じだけど……それだったらその捨て牌はちょっと変……何か……狙ってるのかな……?
 でも……赤は私が持ってるし……あるとしたらドラを抱えてるパターン……でも……普段の憧ちゃんならドラは雀頭にする。
 というか……玄ちゃんのせいかな……ドラ待ちをしてる憧ちゃんなんて私は見たことない……だったら……三色とはズレてるし……これは通る……よね……)タンッ

 宥、生牌のドラ切りッ!

 ドラゴンロードが不在のこの場において、その恐ろしき龍は、限りなく自由ッ!!

 時として敵になり……また……味方にもなるッ!!

 新子憧……その龍の首を……龍への恐怖を――身の丈を超えるような大太刀を以て――断ち切るッ!!!

憧「断……ヤオッ!! ドラ四……ッ!! 8000は――8300ッ!!」

 憧手牌:二二23334④⑤⑥/(六)四五:ロン3:ドラ3

宥(あ……憧ちゃん……!? く……玄ちゃんじゃないよね……!? あの……あの憧ちゃんが……喰いタンの……ドラ四……!!? その手から六索切りって……自分から鳴き三色を捨てたってこと……?
 点数は変わらないはずなのに……わざわざ残り一枚しかないドラをカンチャンで待つなんて……こんな憧ちゃん……初めて見た……!)

憧(よ……よかったぁ……ドラが赤い牌じゃなくて助かった……! ハハ……いける……!! 鳴いても作れるじゃん……高い手……!!
 これが満貫……8000か……セーラはよく和了ってくれちゃってたし……玄なんか満貫どころじゃないのばっか和了ってるけど……私にとっては……なんかこれ……久しぶりの感覚かも……!! でも……すんごい気持ちいい……!!!)ビビクンッ

哩(対局中になにを感じとっとね……こいつ……新手の変態か……?)

尭深(……)

憧(さあ……次も狙うぞ……! 宮永照じゃないけど……8000の次は12000……!! 親満か子ハネ……!! それも……鳴いて和了ってやる……!!! 今よりも速くっ!! 今よりも高くっ!!
 速くて高ければ……あの玄にも勝てる……!! 玄がドラ爆で数え役満を和了るっていうなら……私はインパチを三回刻んでやるっ……! 私は……阿知賀のナンバーワンになるんだ……!!)

憧「さあて……やーっとエンジンかかってきたかもねっ……!!」

宥(憧ちゃん……!! よーし……負けて……られないよ……!!)

憧:76200(-14600) 尭:124900(300) 哩:95800(-3400) 宥:103100(17700)

@実況室

すばら「新子選手のドラ四が松実宥選手を直撃いいいい!! 前半とは攻守逆転っ!! 阿知賀対決はまだまだ結果が見えませんっ!!」

初瀬「あ……憧が……憧がドラ四……!! 何が起こってんの……これ……!!」

純「あいつもあいつで進化してるってことだろ。インターハイとは微妙に打ち方を変えたみたいだな。というか……心構えを変えたっつー感じか。どっちにしろ、対局中に伸びるってのは一年の凄みだよな。二、三年だとなかなかこうはいかねえ」

初瀬「すごい……!! すごいよ憧……!! なんだかな……いつの間にこんなに離れちゃったんだろう……」

菫「心配しなくても、初瀬さんだって今日初めて会ったときに比べると随分とたくましくなってますよ。負けないように頑張ってください。言うほど、あなた方の差は開いていないと思います」

初瀬「はいっ!!」

すばら「まさに群雄割拠といった感じの場になってまいりましたああ!! あちこちで戦いの火花が散っておりますっ!! この場を最終的に制するのは誰なのか!!? できれば部長であってほしいっ!! ファイトです、部長っ!!」

純「実況か応援かどっちかにしろ」

すばら「申し訳ありませんっ! ついエキサイトしてしまいました……!! とにかく、南二局に入りますっ!!」

@対局室

南二局・親:宥

哩(東三局……東四局二本場ときて……この辺りでもリザベーションしたかとことね)

 哩配牌:一五五六①①⑤⑥5567白:ドラ白

哩(悪かなか……こんなら……姫子にいい鍵をプレゼントできそうやね……そいたら……今日最高の縛りで行くとね……リザベーション……フォー!!)

 首ッ! 両手首ッ! ふとももっ!!!

哩(さあ……姫子……絶対和了ったるけん……チャンピオンに……目に物見せてやっとよ……!!)ゴッ

@特別観戦室

姫子(あん……部長……////)ビビクンッ

姫子(あんまり……縛りを強かしよっと……反応で宮永照に気付かれるけん……でも……こういう人に見られてるとこで我慢ばしよるんも……なんか新鮮でよかとですね……!!)

姫子(四飜縛り……!! 倍満キー……部長……信じて待っとっとですよ!!)

照(……………………)

@対局室

 十一巡目

哩「ロン……!」パラララ

尭深(……!?)

哩「なんね……字牌単騎はあんただけのもんやなかとよ……特にドラは気をつけんといけんやろ……たとえ地獄単騎になっとうてもな……三色ドラドラ……8000と」

 哩手牌:五六七①①①⑤⑥⑦567白:ロン白:ドラ白

憧:76200(-14600) 尭:116900(-7700) 哩:103800(4600) 宥:103100(17700)

@実況室

すばら「すばらああああっ!! すばらすばらすばらっ!! すばああああらっっ!!!!!」

純「うっせーよ……」

菫「新子選手のお株を奪う速攻を見せたかと思えば……今度は渋谷に対して字牌単騎で意趣返し……さすが北九州最強は地力が違いますね。三年選抜の名に相応しい闘牌です」

純「ホレ見ろ。煌ちゃんがそのザマだからこっちが実況始めちまったじゃねえか。こりゃ煌ちゃんはクビだな」

すばら「えええ!? それはすばらくないっ!!!」

初瀬「白水選手は本当に安定して力強い打ち方をしますね。一時は親倍直撃で五万点以上離されていた混成チームに、完全に追いつきました」

純「初瀬ちゃんもこの通りだ。具体的な数字を咄嗟に出して実況するあたり、同じ単語しか言えないテンション要員の煌ちゃんとは言葉の説得力が違うな」

すばら「す、すいませんでしたあああ!! ちゃんと実況します! しますからあああ!!」

純「さあっ! 一位から三位までがたったの一万ちょいの間にひしめく大混戦だっ! 四位の一年選抜にはちっとばかり苦しい展開だが……まあまだまだチャンスはあるだろ!!
 どう転ぶかわからねえ戦いもいよいよ南三局と四局を残すのみっ! お前ら、一瞬たりとも目を逸らすなっ!! 戦いは最終局面に突入だぜ!!」

すばら「……」

純「どうだ、オレの実況は?」

すばら「いや、それはないです」

初瀬「井上さんキャラ変わってませんか……?」

菫「ゴミだな」

@対局室

南三局・親:憧

憧(速く……高く……!! 手っ取り早く手を高めるには……龍を恐れちゃダメだ……龍の背に乗って……昇れ……私!!!)タンッ

 五巡目

尭深()タンッ

憧「ポンッ!!」タンッ

尭深()タンッ

哩(新子……ドラポンでドラ三……? しかし……今回のドラは一筒……食いタンはなか。となると役牌……?
 いや、中は松実宥……それに發は見えとらんが恐らく尭深の待ち……白は枯れとうし……風牌も序盤に出尽くした……なら……やはり鳴き三色か一通か……ばってん……それは松実宥が封じとるはずと……何を狙っている……新子……)

宥(憧ちゃん……萬子の中張牌はまんべんなく私から見えてるから……三色は作りにくいはず……索子と筒子の一通も……要所要所の赤いところを私が止めてる……。
 それは憧ちゃんも今までの対局でわかってるはずなのに……食いタンでも役牌でもないなら……一体何で和了るつもり……?
 ありえそうなのは……対々かな……まあ……対々なら生牌だけ気をつければいいから……わりと読みやすくて助かるんだけど……)タンッ

憧「チーっ!」タンッ

宥(え……対々でもない……? しかも……そのチーで……三色と一通の可能性は私から見て完全になくなった……。どういうこと……? それとも……まだ見落としが……?)

哩(ちょっと謎やが……親でドラ三が見えとるんはさすがに恐いけん……仕方なか……こっちも速度ば上げて潰したる……)

尭深()タンッ

哩「チー……」タンッ

宥(白水さん……?)タンッ

憧(む……なんか嫌な感じ……!)タンッ

尭深()タンッ

哩「ポン……」

哩(なんや……こげんアシストもできるんか……出和了りは好きやが和了られんのは嫌やって……どんだけ我儘娘とね……渋谷尭深……)タンッ

宥(これで白水さんが二副露……狙いは……丸わかりだけど……)タンッ

憧(食いタン速攻……本当にいやらしいことしてくれる……!)

尭深(……)タンッ

哩(ん……してくれるんはアシストまで……差し込みは人任せって……随分とねじくれた性格しとっとね……)タンッ

宥(白水さん……ごめんなさい……私……冷たい牌は持ってなくて……)タンッ

哩(よかよか。ここまで行ったら自分で和了るけん……もう二、三巡我慢ばしとってな……)

憧(新道寺の部長……速く流す気満々ッ!! けどけど……! 私は……別に速攻を捨てたわけじゃないのよ……!! 鳴き三色は鳴き三色でも……私の狙いはもう一つのほう……!!
 頼むわよ……フリテン覚悟で鳴いたんだから……ここで来てよね……!!)ツモッ

憧「っと……来てくれたぁ……! ツモ……三色同刻……ドラ三ッ! 4000オールいただきっ!」

宥(憧ちゃん……憧ちゃんが親満……!! わああああ……なんだろう……私いま……点棒は寂しくなっちゃったけど……すごく暖かいよ……!!)

哩(ほう……速さも高さも私の上を行きよったか……鳴きのセンスば磨いてきた下地があってこそできる高等技術とね……これは新子以外には……一石一丁には真似できん……この対局中に化けたんか……やりよる……!)

尭深(………………)

憧「一本場ッ!!」

憧:88200(-2600) 尭:112900(-11700) 哩:99800(600) 宥:99100(13700)

南三局一本場・親:憧

憧(って……勢いに乗って一本場とか叫んじゃったけど……そういえば渋谷尭深の第一打はどうなってんだっけ……えっと……ああ、途中から字牌切らなくなったんだっけ……まあ、強いて言えば国士くらいか……国士……やっぱ役満じゃん……)ズーン

憧(まあ……ここまで来たら……この親で稼ぐだけ稼ぐ……! 見てろ……これが私流……鳴いても高打点打法……!! ドラ爆に続く……パートツー……お披露目ッ!!)

憧「カンッ!!」パラララ

宥(ヤオ九牌の暗槓……!? そっか……そういう方法もあるね……!!)

尭深(………………)タンッ

哩(なるほど……32符もつくヤオ九牌の暗槓をしとれば……残りを鳴いて進めても……60符……親ならたった三飜で11600……飜数を無理に上げんと……得意の鳴き三色赤一ドラ一とかで楽々3900三回分の点棒ば取れる……。
 速さと高さを両立して……なおかつ自分の得意分野で勝負できる……よう考えよった……すばらっ……しいな……!)タンッ

宥(憧ちゃん……頑張って……!!)タンッ

尭深「ロン……」パラララ

宥「えっ……? あ……え……?」

尭深「七対子……ドラドラ。6400は6700」パララララ

宥(ああっ……直前で字牌単騎から冷たい牌待ちにしてる……!! 憧ちゃんのカンでドラが二つ乗ったから……リーチしなくてもよくなって……それでダマのまま狙いを私だけに絞ったの……!?)

憧(ぬあっ……しまった……! 迂闊にカンするとこういうことになるのか……!! ごめん、宥姉……!!)

哩(さーて……大分局数ば重ねてしもうた。渋谷尭深の役満……阿知賀二人の様子ば見る限り……もう警戒しなくてもよか感じと?
 秘密は局数だけにあるんと違うんか……んー……阿知賀の二人が渋谷の役満の警戒を解いたのは……渋谷の打ち方ば変わってからやったな……。
 阿知賀の二人が気付けたことやけん……それまでとそのあとで……渋谷の打ち方の中に……何か目に見えて違っとうことがあるはずと……。
 それに……阿知賀の二人は……あの字牌待ち見る前に……既に渋谷の変化に気付いとる節があった……かなり序盤でその変化を感じとったんや……となると……………………第一打、か。
 渋谷の牌譜……思い出せ……役満ば和了っとったとき……渋谷の第一打はどうやったか……)

 哩、到達ッ!!

哩(なるほど……そういうことか!! おおおお……これは気付かんかった!! そいたら……次のオーラス……十三不塔はルールにないけん……渋谷が国士を狙わんのやったら……九種九牌で流れよっとね!!)

憧:88200(-2600) 尭:119600(-5000) 哩:99800(600) 宥:92400(7000)

南四局・親:尭深

尭深「九種九牌……」パタッ

哩(はああ……本当にこげん珍しい能力があると……!?)

宥(渋谷さん……たぶん私が中を抱えるのを途中で見抜いたからなんだろうけど……得意の役満を捨ててまで……プレイスタイルを変えてきた……このまますんなりラス親を手放すとは思えない……気をつけなきゃ……!)

憧(国士……狙わなかったか。よほどあの字牌待ちの打ち方が好きなのかな……それとも他に狙いがあるとか……まあ……そんなことより私は私に集中っ! もう一発かませば……プラスに復帰できる……!! なんとしても和了るわよ……!)

憧:88200(-2600) 尭:119600(-5000) 哩:99800(600) 宥:92400(7000)

南四局一本場・親:尭深

 八巡目

尭深「……リーチ……」スチャ

宥(来た……尭深さんのリーチ……字牌注意って言っても……だって……そんなことしたら手が止まっちゃうよ……)タンッ

憧(このあくどい感じのリーチ……嫌でも身震いする……清澄の部長を思い出すわ……あの人がリーチかけたらもうこの世の法則が全部ひっくり返るからね……。
 まあ……清澄と違って渋谷尭深はツモをあんまり警戒しなくていい……その分楽っちゃ楽……なのかな……)タンッ

哩(んー……見えとらん字牌が多過ぎて絞れん……ただ……阿知賀の二人が渋谷のリーチば警戒しとるけん……むしろこっちは押しやすい……渋谷の待ちさえわかれば……他家が回っとる間に……私が和了りば奪える……!!)

 十二巡目

哩「通らばリーチと……!」スチャ

宥(白水さん……強引に来た……! 私も……読めるには読めたけど……でも……これを抱えたままじゃテンパイできない……)タンッ

憧(嘘……渋谷の手を読み切ったってこと……? 私なんてまだ全然何も見えてないのに……!)

尭深(…………)タンッ

哩(先にツモっとよ……!)タンッ

 三巡後

尭深「ツモ……ピンツモ……裏二……2600は2700オール」

宥(字牌……西……たぶんそこだと思ったから出さなかったけど……雀頭にして普通に平和とか和了るんだ……)

憧(うわっ……マジ……そういう裏かいたりとかしちゃう感じ……? ますます清澄っぽいわ……きっつー……)

哩(やりよるやりよる……まあ……わかっとっとよ……それは次の出和了りのためのフェイクなんやろ……? 次は当てっとね……覚悟しとれ……!!)ゴッ

尭深「…………二本場……」ゴッ

憧:85500(-5300) 尭:128700(4100) 哩:96100(-3100) 宥:89700(4300)

南四局二本場・親:尭深

哩(よし……じゃあ……これで最後の局にすっとね……オーラス二本場なんて使いどころがなかかもしれんが……宮永照がラス親やったときの保険や……感じろ……姫子……! リザベーション……スリー……ッ!!)

@特別観戦室

姫子(あんっ……すごい感じましたよ……部長……! 和了るって……信じてますから……!! それで……もし宮永照がラス親で連荘しても……私が……ハネ満で止めてみせるとですっ!!)ビビクンッ

照(………………)

@対局室

 七巡目

宥(やった……これで張れた……お願い……最後に……もう一度だけ……来て……暖かい牌……!!)タンッ

憧(おっと……珍しく宥姉から有効牌が出てきた……! これは普通に速攻でいけそう……!)

憧「チーッ!」タンッ

尭深「……リーチ」スチャ

哩(と……渋谷に先制されたか。新子も速そうな感じやな……やけど……こっちも姫子に最後の命綱ば渡さんといけん……このまま押す……!)タンッ

宥(ううう……尭深さんのリーチ……さっきの平和があるから何切っていいかわからないよ……んー……なら……現物……でも……これでもテンパイは維持できる……先に……和了る……!)タンッ

憧(うっわ……まーた渋谷尭深のリーチ来たか……! けど……こっちももう後には引いてらんないのよ……!!!)

憧「またまたチー!」タンッ

尭深(…………)タンッ

哩(松実宥の連続萬子切り……それに新子の鳴き三色……! これは……全員張っとるんか……!? ここで決めんと……持っていかれる……!! 私が……先に和了る……!!)タンッ

 和了合戦ッ! 極める熾烈ッ!!!

 果たして――それを制したのは……!!!?

哩「それ……ロンと。平和ドラドラ……3900の二本場は4500」

尭深「…………はい」チャ

 白水哩――意地の三飜縛り……クリアッ!!!

哩(姫子……これでキーは全部で四本……あとは頼むけん……宮永照に……ぶちかますとよ……!!)

宥(大分……削られちゃった……後半はいいところなかったなぁ……でも……頑張ってる憧ちゃんを見て……嬉しかったから……いっか……)

憧(くあああああ負けたあああああ!! これ悔しいっ!! シズ、ごめんっ!! チャンピオンと戦うのに貯金作ってあげたかったんだけど……この人たち……もう笑っちゃうくらい強かったわ……!!)

尭深(……あ……さすがに冷たくなってる……か……)ズズッ

 副将戦前半――終了ッ!!!!

<副将戦前半結果>
一位:松実宥+4300(89700)
二位:白水哩+2400(101600)
三位:渋谷尭深-1400(123200)
四位:新子憧-5300(85500)

@会場某所

宥「お疲れ……憧ちゃん」

憧「宥姉……ちょっと……抱かせて」ガバッ

宥「ほぇ~~!?」

憧「くーー負けたよーー! 悔しいっ! 悔しいから宥姉から力を奪ってやる!! 冷たい牌しか来なくなれ~!!」ギュー

宥「や……やめてぇ……!! それだけはぁ……! ダメなの~!!」

玄「おねーちゃん……憧ちゃんとそういう関係だったんだ……」

灼「ってか何やってんの?」

宥「あ、玄ちゃんと灼ちゃん……どうして?」

灼「おめでとうと、どんまいを言いに」

憧「やー! ドンマイは聞きたくなーい!!」

玄「私は……穏乃ちゃんの激励に」

穏乃「あれー!? みんな揃ってどうしたんですか!?」ドタドタ

宥「あ……穏乃ちゃん」

憧「シズッ!!」ガバッ

穏乃「おっ!? おう!!? どうした!!?」

玄「しずちゃん……!!」ガバッ

穏乃「玄さんまで!?」

宥(あ……暖かそう……)ギュー

穏乃「宥さん……!? って宥さん熱っ!!? 電気毛布みたい!!」

宥「ああ……風越の池田さんにいっぱいホッカイロ貼ってもらって……////」ホクホク

穏乃「よ、よかったですね!? えっと……みなさんどうしたんですか?」

灼「穏乃と笑って話ができるの……これが……最後かもしれないから……」ポムポム

穏乃「えええええええ!?」

玄「しずちゃん……頑張って……いや……頑張らなくてもいいよ……いざとなったら諦めて……!」

穏乃「ああ、チャンピオンのことですか? それなら全然大丈夫ですっ!」

憧「まさか……! 何か対策でもあるの!?」

穏乃「え? ないない! あるわけないじゃん!!」

灼「なんで自信満々……」

玄「怖くないの?」

穏乃「えっ? なんでですか?」

憧「あんたねぇ……相手は日本一の高校生だよ? 全国一万人の頂点に立つ化け物! あの憩さんがヒトじゃないって言うくらいの人と今から打つんだよ?」

穏乃「そうなんだよっ! 日本の高校生で一番強い人ッ!! あの天江さんより憩さんより大星さんより宮永咲さんよりすごい……あの宮永照さんと対局できるんだよ!!! もーーーさっきからわくわくが止まんないっっっ!!」

憧「はぁ……。そうよね。あんたそういうやつよね、シズ……」

宥「穏乃ちゃん……」

灼「心配するだけ無意味……」

玄「しずちゃんは強いなぁ……」

穏乃「でも……確かに私一人じゃ敵いそうもなかったから……! 対局前にみんなのパワーもらえてよかった! これでいい勝負できるかもっ!!」

憧「いい勝負ぅ? どうせなら勝ってきなさいよ」バシッ

穏乃「それもそうだっ!!」

玄「いっぱいドラが来ますように……」ポムッ

穏乃「ありがとうございますっ!」

灼「ハルちゃんのご加護がありますように……」ペラッ

穏乃「ネクタイ……! 私が巻いていいんですか!?」

灼「それはダメ。拝むだけにして」

穏乃「ですよねー……」オガミッ

宥「じゃあ私は……暖かいの分けてあげるね……」ペタッ

穏乃「ホッカイロ!? お気持ちだけで大丈夫ですっ!!」

憧「よーし! これで阿知賀の全パワー集結ねっ! シズッ!!」

穏乃「憧ッ!!」

憧「行ってらっしゃいっ!!」グッ

穏乃「行ってきますっ!!!」ダッ

 穏乃、発進ッ!!

@会場某所

姫子「部長、お疲れさまとですっ!!」

哩「ああ……疲れたと。すまんな、もっと鍵ば渡してやりたかったんやが」

姫子「十分とですよっ! 今日のリザベーションは成功率百パーとですし、残りは私自身で頑張りますけん、心配せんとってください!!」

哩「まあ……最悪トバされてもよか。一緒にみんなに謝ったる」

姫子「もう……ひどかですよ、部長。私やって、部長ほどやなかとですが、それなりに強かつもりです。チャンピオンのいいようにはさせんとです」

哩「言いよっとねぇ。ま、花田に実況されとるけん、あいつよりマイナスにならんよう頑張りんしゃい」

姫子「むー。そいたら……プラスで終わったらなんかご褒美ばくださいっ!」

哩「よかよか。もし姫子がプラスで終わったら、言うことばなんでも聞いてやっとよ」

姫子「約束とですよっ!!」

哩「そん代わり……マイナスやったら姫子が私の言うことばなんでも聞く。これでよかと?」

姫子「部長……勝っても負けてもご褒美やったら約束の意味ばなかとです///」

哩「ま、そんくらい楽な気持ちで打っとうが一番と」

姫子「はいっ! そいたら……行ってきますっ!!」

哩「うん。帰りば待っとっとよ」

@会場某所

かおりん「お疲れさまです!!」

尭深「……疲れた……」

かおりん「細かいところはよくわかりませんでしたが、渋谷さんが楽しそうだったので、見てるこっちも楽しかったですよっ!」

尭深「……ありがとう……」

かおりん「では、私はお先にっ!」ダダダッ

尭深「…………(お先……?)」

照「……尭深……」

尭深「……!?」

照「……その……お疲れ……」

尭深「……ありがとう……ございます……」

照「…………」

尭深「…………」

照「…………」

尭深「…………」

照・尭深「あの……」

照・尭深「あ、いや、お先に…………」

照・尭深「……………………」

照「……尭深……」

尭深「……はい……」

照「……強くなった……」

尭深「……はい……」ウルウル

照「……安心して……来年……尭深と……誠子に……任せられる……」

形見「……はいっ……!!」ポロポロ

照「……また一緒に打とうね……」ポンッ

尭深「……はい……ありがとう……ございます……!!」ペコッ

@実況室

すばら「ついに……ついに対局室にその姿を現わしました……!! あの選手が……!!!」

菫「珍しいですね、いつもなら誰よりも早く対局室に入るのですが(さては尭深か)」

純「麻雀さえ打ってなければ、ちょっと無口で天然な文学少女って雰囲気なんだけどな」

初瀬「ただ……もう麻雀を打ってないあの方というか……あの方がいない高校麻雀を想像することができませんね」

すばら「おおおおっと今ッ!! 言わずとしてたチャンピオンッ! こと宮永照選手がゆっくりと席に着きましたああああッ!! 副将戦後半開始はまもなく……面子はこちらの四人ですっっ!!」

@対局室

東家:妹尾香織(二年選抜)

かおりん「よ、よろしくお願いします!」

南家:高鴨穏乃(一年選抜)

穏乃「よおおおおおおおろしくおおおおお願いしまあああああす!!!!」

西家:鶴田姫子(三年選抜)

姫子「よろしくとです」

北家:宮永照(混成チーム)

照「よろしくお願いします」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

@実況室

すばら「さて……親の妹尾選手から第一打が放たれたわけですが、みなさんは、この対局、どのような展開になると予想しますか?」

菫「私は、照が苦戦すると思ってますよ。花田さんならわかると思いますが、新道寺の鶴田姫子選手……彼女は、いわば白水選手と強い絆で結ばれた二人で一人の選手です。
 照も、三対一の状況は慣れているでしょうが、四対一になるとさすがにてこずるでしょう」

純「オレ的にはなぁ……妹尾香織が気になるんだが……まさかチャンピオンと当たっちまうとは」

初瀬「井上さん、妹尾選手のことはこの対抗戦が始まったときから気にしていますね。素人……ということでしたが、一体どういった打ち方をする選手なんですか?」

純「晩成なんて名門校に入った初瀬ちゃんは見たこともないくらい……下っ手くそだ」

初瀬「はぁ……」

菫「確かに……さっきから危なっかしい打ち方をしていますね……大丈夫でしょうか……?」

すばら「おおおおっと、これは出るかっ!? 出てしまうかっ!!? ……出ましたあああ!! 東一局……最初の和了りはこの人だああああああ!!」

@対局室

東一局・親:かおりん

 十四巡目

穏乃「ロンッ!! 混一ドラ三……12000ッ!!」パラララ

かおりん「はっ……はいいい!」

姫子(えっ……? この巡目……見るからに染め手な捨て牌しとう高鴨に……字牌でドラの生牌ばツモ切りとですか……? 突っ張るような手ば張っとうようには見えんかったとですが……この長野の人……一体なんなんとです……?)

かおりん(早速やられちゃいましたぁ……やっぱり穏乃ちゃんは強いですっ!)

 東一局、ハネ満をものにした阿知賀・高鴨穏乃ッ!!

 それが果たして最初で最後の和了りになるのかッ!!?

 ここから……チャンピオン・宮永照が動き出すッ!!!!

照(…………)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 照、照魔鏡――発動ッ!!!

姫子(こ……この感じ……!!? 前に……部長が言っとったやつとですか……! 何もかも見透かされたような……やけど……部長との関係なら……いくらでも見せつけてやるとですっ! 宮永照……私らの絆……断ち切れるもんなら断ち切ってみんさいっ!!)

穏乃(ん……? あ、そっか! 解説の小鍛治プロや玄さんが言ってったっけ。宮永照は最初だけ様子を見る……それで……しょーなんとかで……相手の大事なところまで全部見抜くとかなんとか……でも……!!!)

 穏乃、俄然、炎上ッ!!

穏乃(見られて困るようなもの……私は持ってない!! 大事なものも大切なものも……たくさんあるけど……人に見られて困るようなことは何もないっ!! むしろ見せたいっ!!
 今の私は阿知賀五人分のパワーで動く名づけてスーパー私っ!! 今日だけの合体技だからどうぞ好きなだけ見ていってください!!)

 と、穏乃が意気込んだ、その直後ッ!

照(…………?)カタッ

 照、僅かにではあるが、身体を浮かすッ!!

 その変化に気付いたのは、白糸台の面々、それに妹の咲、それから、すぐ隣にいた妹尾佳織ッ!!

かおりん(宮永さんのお姉さん……どうしたんでしょうか……?)

 ――――――

菫(照……? どうした……何か……見たこともないようなものを見てしまったような……?)

 ――――――

淡(珍し……テルが驚いてるとか……)

咲(お姉ちゃん……その人には……気をつけて……!)

 ――――――

照(……今のは……いや……でも……打ってみればわかるか……)

 照、不明ッ!!!

穏:97500(12000) 妹:111200(-12000) 姫:101600(0) 照:89700(0)

@実況室

すばら「二年選抜・妹尾選手ッ! 高鴨選手のハネ満に放銃っ!! いきなりこれは痛いッ!!」

純「あのド素人が……捨て牌をよく見ろっつの」

菫「次鋒戦での加治木選手や東横選手と比べると、著しく安定感に欠けていますね。県予選での結果はどうだったんですか? 清澄の試合は全国大会の分しか見ていないので、地区予選のことはよく知らないのですが」

純「あいつは次鋒戦に出て、区間一位だよ。鶴賀で区間一位を取ったのは、さっきの東横と、あいつだけだ」

初瀬「えっ……? 区間一位?」

菫「次鋒戦ということは……あの染谷選手が敗れたということですか?」

純「そういうことだ。染谷は席順が悪くてな、確かラスだったはずだぜ」

菫「ちょっと……信じられませんね」

純「ついでに言うと、大会のあとにやった四校合同合宿で、次鋒戦の面子はプライベートで一局打ってるが……そんときのトップも妹尾佳織だ」

初瀬「偶然取れた一位ではない……ということですか?」

純「いや、それは違う。あんなのはどう考えても偶然取れた一位だ。だが……もしも偶然がずっと続いたとしたら……それは……必然と言えなくもないのかもな」

菫「もったいぶらずに教えてください。妹尾選手は一体どんな麻雀を打つんです?」

純「だから、見てりゃわかるっつーの……ほら」

初瀬「え……? えええっ? う……うわ……これ冗談ですよね……?」

菫「これは……いや、しかし……照なら見越しているはず……」

純「さあ……そいつはどうかな?」

すばら「せ……妹尾選手ッ!! なんとここでリーチをかけましたああああ!!!」

東二局・親:穏乃

 三巡目

かおりん「リ……リーチしますっ!」スチャ

穏乃()タンッ

姫子(速かね……しかも……なんぞ大きそうな感じばする。さっきの打ち方はまるで素人みたいやったけど……それでも……まさかただの素人ばこの対抗戦に出すような天江さんや龍門渕さんではなかとも思う……ここは一応警戒ばしとくとですよ……)

姫子「チー」タンッ

照(……………………)タンッ

かおりん「あっ! ロ……ロンです」パラララ

姫子(はあああああ!!? チャンピオンが振り込んだ……!!? いや……それに……その手牌は……!!!?)

 かおりん手牌:一一六六六八八②②②777:ロン八:ドラ中・①

かおりん「えっと……リーチ対々……」

照「……三暗刻……」ボソッ

かおりん「そ、それですっ! えーっと……8000!」

照「」チャ

姫子(三巡目でツモり四暗刻テンパイ……!!? しかもそん手でリーチばかけよって……直後にチャンピオンが振り込み……!!? な……何がどうなっとっとですか……!!!?)

照(………………)

穏:97500(12000) 妹:119200(-4000) 姫:101600(0) 照:81700(-8000)

@実況室

菫「て……照が差し込みっ!!? まさか……そんなバカなことが……!!」ガタッ

純「落ち着けよ、菫ちゃん」

菫「これが落ち着いていられますか……あと、私のことをちゃん付けで呼ぶのはよしていただきたい。虫唾が走る」

すばら「な……何がなんやら……!!?」

初瀬「え、えっと……弘世さん、チャンピオンのあれは差し込みなんですよね?」

菫「わざわざ順子を崩していましたから、まず間違いないでしょう」

初瀬「となると……チャンピオンがなぜ差し込んだのか……という話になってきますが……」

すばら「ツモり四暗刻回避……でしょうか? しかし……チャンピオンの力をもってすれば……先に和了ってしまうことも可能だったのでは?」

菫「それができなかったから……差し込んだのでしょう」

初瀬「じゃあ……あそこで差し込まなければ妹尾選手が次のツモで和了っていた……とか?」

菫「全ては闇の中ですが……和了り牌がまだ見えてなかった以上、その可能性はゼロではありません」

初瀬「いや……いくら可能性があるとは言え……四巡目四暗刻は偶然にしてもひど過ぎます。成立させるほうも、差し込みで潰せるほうも……相当に人間離れしていますね……」

すばら「よ……よくわかりませんがっ!! 妹尾選手がチャンピオンを直撃して場は東三局に進みますっ!!」

東三局・親:姫子

姫子(鶴賀の妹尾佳織……わけわからんけど……とにかくチャンピオンを削ってくれたことには感謝するとですよ……やけど……この東三局は……何もさせん……私らがいただくとです……!!)

 姫子、二飜キーを天に放つッ!!

姫子(おいでませ……!!)

 姫子配牌:五七九111234②③西西白:ドラ一

姫子(配牌イーシャンテン……! 絶好とです……!!)タンッ

かおりん「ポ、ポンですっ!!」

照(……)

穏乃()タンッ

姫子(ほい来たとですっ!!)

姫子「リーチッ!!」スチャ

かおりん「それも……ポン!」タンッ

照(………………)

穏乃()タンッ

姫子「ツモッ!! リーチツモ……1300オールッ!!」パララララ

 姫子手牌:五七111234①②③西西:ツモ六:ドラ一・八

姫子(見たとですか……!! チャンピオン……これが私と部長の力とですっ!!)

照(……牌……触れなかった……)ズーン

穏:96200(10700) 妹:117900(-5300) 姫:105500(3900) 照:80400(-9300)

@実況室

すばら「すばらっ!! 姫子さんの超速攻が決まりましたああああ!! チャンピオンに何もさせることなく東三局は一本場へと突入ッ!! 」

純「やるなぁ、あの下睫毛」

初瀬「鶴田選手……二巡目、一筒ツモでテンパイしてから、チャンタへの変化を見ることなく迷わず九萬を切ってリーチをかけたあたりに……なにやらオカルトの気配がしますね。
 わざわざ飜数を下げたというか……一発を消されたことにも反応を見せませんでしたし……飜数が一定以上上がらないことがわかっていたというか……そんな感じの打ち方だった気がします」

すばら(おおおおおっ!! 初瀬さん……小走さんばりのすごい分析力ですねっ!! バラしたら部長と姫子さんに怒られそうなので何も言えませんが、その指摘はかなり的確ですっ!! すばらっ!!)

菫「個人的には、意識しているのかしていないのか、二度も照のツモ番を飛ばした妹尾選手に拍手を送りたいですね。あんなことをされたら、いくら照でも手の打ちようがない」

純「あれには笑ったな。チャンピオンも『そりゃねえよ』みたいな顔してたぜ」

菫「正直、照がここまで押さえ込まれるとは、予想していませんでした。鶴田選手のことは警戒していましたが、まさか妹尾選手がこういう形で照の支配を乱してくるとは……照でさえ思っていなかったでしょう」

純「なんだ、もう危機は去ったみたいな口ぶりだな。宮永照なら……これまでのマイナス分をあっという間に取り返して……すぐに他家を圧倒する……そんな風に思ってるのか?」

菫「まあ……贔屓目かもしれませんが、そうですね」

純「なら……オレも身内贔屓で言わせてもらうぜ。あの妹尾佳織は……これくらいで大人しく終わるような……そんなタマじゃねえ。
 さっきの四暗刻テンパイ……差し込んだ宮永照には感心したが……逆に……差し込むことしかできなかったことでオレの中の妹尾の認識が改まった。
 チャンピオン相手じゃボコられる一方だと思ってたが……あいつの力が一時的にでもチャンピオンの上を行くなら……この副将戦……まだまだ荒れるとオレは思うぜ。それも……今までで一番荒れる……!」

初瀬「今までもかなり荒れてましたけど……それを超えるっていうんですか?」

菫「まあ……ただでさえ宮永照という選手が全国で最も場を荒らす高校生ですからね……そこに妹尾選手という未知の何かが加わる……予測は誰にもできません」

すばら「宮永選手と妹尾選手に話題が集中していますが、現在個人成績トップは阿知賀高鴨選手、次いで二位は我らが鶴姫ですっ!! そして、その姫子さんの親番は継続中……どうなるかわからない東三局一本場、いま、賽が振られましたっ!!!」

@対局室

東三局一本場・親:姫子

姫子(よし……チャンピオン相手にも部長のくれた『鍵』は通用するとです!! それがわかっただけでもさっきの和了りの意味は大きかとですよ。
 ここから……次は東四局二本場までは自力で打たんといけんとですが……ばってん、宮永照がたとえここから連続和了ばしても……せいぜい5800くらいで打ち止め……いける……勝てるかもしれんとですよ……あの宮永照に……!!!)タンッ

 七巡目

照(………………)タンッ

かおりん「チーです」タンッ

穏乃()タンッ

姫子(妹尾佳織……捨て牌に索子がまだ一つも見えとらん状況で……索子のチー……まだそうやと決め付けるには早かばってん……染め手と見てよかとですよね。そいたら……一応生牌の字牌は持っとったほうが無難とですか。
 この人……さっきのツモり四暗刻……チャンピオンが差し込んだ風だったことも含めて……得体がしれん……もう少し様子を見たかとです……)タンッ

照(………………)タンッ

かおりん「あ……えっと、ツモですっ!」パラララ

 開かれたかおりんの手牌ッ!!

 それは姫子の予想通りに染め手ッ!!!

 しかし……その緑はあまりに深くッ!!!!

かおりん「發……混一でしょうか。1000・2000は1100・2100ですっ!」

 かおりん手牌:22334488發發/(5)34:ツモ發:ドラ西

姫子(ちょ……!!? そんな……その手でその鳴きは……いくらなんでもありえんとです……!!! も……もう意味わからんとですこの子……!!! というか……チャンピオンはこれに気付いてて鳴かせた……!!?
 ということは……さっきのツモり四暗刻も偶然じゃなかとですか……? なら……この子……まさかそういうオカルト持ち……!!? もし……私の考えば正しかとしたら……この場……私の想定を超えとっとです……!!!)ゾゾッ

照(………………)

穏:95100(9600)妹:122200(-1000)姫:103400(1800)照:79300(-10400)

@実況室

すばら「あわや……!! あわや緑一色……!!! なんなんでしょう!! 一体何が起こっているんでしょうか!!!?」

初瀬「あそこで五索を鳴く人間がこの世にいるとは……別に二索が四枚見えていたわけでもないのに……ありえません」

純「そう言ってやるなって。妹尾は素人なんだからな。覚えやすい役である混一色につられるのは当然だ」

菫「あんな序盤にあれほどの大物手を張るというのは驚異的ですね。しかも、これで二度目です。
 さらに言えば……そのどちらも、たったの千点で和了ればそれでいい照の先手を取っている。驚異的というより脅威的ですね。或いは狂異ですか……。照のテンパイ速度についていくのだって……普通の人間には非常に難易度の高いことなのに……」

純「これでほぼチャンピオンの一人沈みか……東場ももう終わるってのに、珍しいこともあるもんだな」

菫「まったくその通りです」

初瀬「ですが、チャンピオンの表情には特に動揺などは見られませんね。これも計算のうちなのでしょうか?」

菫「まあ……ここで親番が照に回りましたからね。今くらいの点差なら、すぐにひっくり返せるとは思いますが……ただ、妹尾選手や鶴田選手の動きによってはそれも思うようにいかないかもしれません」

すばら「さああ!! 大苦戦中のチャンピオンの親番ですっ!! ここで一気に盛り返すのか、否かっ!! 少しトラウマが疼きますが頑張って実況していこうと思いますっ!!!」

@対局室

東四局・親:照

 五巡目

照「ロン……断ヤオ……1500」パラララ

姫子「はい……」チャ

姫子(何事もなかったかのように普通に和了りよっとですね……ま……まだこれくらいは……全然問題なか……!)

穏:95100(9600) 妹:122200(-1000) 姫:101900(300) 照:80800(-8900)

東四局一本場・親:照

 六巡目

照「ツモ……平和ツモ……700は800オール」パラララ

姫子(ピンツモ……私と部長のこと……次の東四局二本場には『鍵』があることば最初のアレで見抜いとう思っとっとですけど……まったく意識ばしとる様子がなかとですね。
 それが油断なのか……余裕なのか……或いは制約なのか。わからんとですけど……さっきので宮永照の連続和了を止められるのは証明済み。次は満貫キー……ガンガン攻めるとですよ……!!)

穏:94300(8800) 妹:121400(-1800) 姫:101100(-500) 照:83200(-6500)

東四局二本場・親:照

姫子(満貫……おいでませっ!!)

 姫子配牌:三三五七6678④[⑤]⑥南發:ドラ⑤

姫子(よし……! これで今局もいただきとですっ!!)

 一巡目

照「リーチ……」スチャ

姫子(ダ……ダブリー……!!? 確か……花田んときもこげんことがあったとです……花田は字牌ば切って振り込んどったが……まさかまた似たような待ちしとるとですか……?
 浮いた字牌が切りにくか……くっ……ばってん……ここでオリたら……せっかく部長がくれた満貫キーが無駄になりよるし……ここで宮永照ば止められんかったら……下手すればこの東四局でこの対抗戦が終わっとです……!! どうする……!!?)

かおりん(要らないよね……)タンッ

 かおりん、發切りッ!!

照(…………)

姫子(み……道が出来た……!!!)

穏乃()タンッ

姫子(これで……一つ和了りに近付いた……!!)タンッ

照(…………)タンッ

かおりん(んー……これも要らないよね)タンッ

 かおりん、南切りッ!!!

照(………………)

姫子(おおおお!! 有難かね!!! これであとはテンパって和了るだけとですっ!!)

穏乃()タンッ

姫子(よし来た……これで……仕上げとですっ!!)タンッ

照(……………………)タンッ

かおりん(んー……何切ろうかな……)タンッ

姫子「それ……ロンッ!! 断ヤオ一盃口ドラ一赤一……8000は8600っ!!」パラララ

かおりん「は……はいいっ!」

姫子(流せたっ!! 宮永照の親ば流せたとですっ!! もう半荘も半分終わったのに宮永照は沈んだまま……これは……このあとにも南二局に倍満キー……そっから宮永照が連荘ばしても……また南四局二本場にはハネ満キーば使える……!!
 私はまだ……28600の点棒ば取れると……!! 勝ちが……勝ちが見えてきたとですよ……部長ッ!!)

穏:94300(8800) 妹:112800(-10400) 姫:110700(9100) 照:82200(-7500)

 哩の奮闘もあり、副将戦後半を優位に進める姫子ッ!!

 チャンピオン宮永照の不振もあり、勝ちを意識し、高揚する心ッ!!

 しかし、姫子が笑顔でいられたのはここまでッ!!

 場は南入、副将戦後半の折り返しッ!!

 だが、それは折り返しではなく、悪夢の始まりッ!!

 長い長い、地獄のような南場が始まる……!!

 そのきっかけとなる南一局……前触れもなく唐突に走るは――激震ッ!!!

@実況室

すばら「姫子さあああんっ!! すばらあああああ!!! チャンピオンの連荘がたったの二回でストップ!!!! その上一度目の親が流れましたああああ!! これは本当に本当にすばらですっ!!!」

初瀬「また……妹尾選手が無自覚に鶴田選手をアシストしましたね。妹尾選手は別に配牌が良かったわけでもなかった。なら、役牌の南と發はもう少し大事にしてもよかったと思います。
 それを、第一打からあっさり手から落としました。確かに……一枚しかない字牌を問答無用で捨てるというのは……初心者にありがちなことですが……」

菫「照のダブリー……準決勝の先鋒戦を見ていた鶴田選手への威嚇の意味があったのでしょうが、妹尾選手の字牌切りによって逆効果になってしまいましたね。門前で手を進めていれば、もう少し違った結末になったかもしれません」

純「にしても妹尾は進歩がねえなぁ。県大会のときから……もうかなり時間が経っているはずだが、ちっとも打ち方がサマにならねえ。まあ……原因はわからなくもねえが……」

すばら「原因……と言いますと?」

純「あいつはな……まあ、見ててなんとなくわかったかもしれねえが、偶然なのかなんなのか、たまにデカい手を張るんだよ。県大会の決勝、個人戦、それに四校合同合宿でもそうだった。
 だが……それが、あいつ自身にとって必ずしもプラスかというと、そうでもねえ」

初瀬「どういうことですか?」

純「普通は、初心者のうちは負けるだろ? 特に、大会に出てくるようなやつらは、どいつもこいつも練習に練習を重ねて技術を高めている。本来なら、人数合わせとして参加してる妹尾は、そこで大負けしてもおかしくはなかったんだ。
 そんで……もし妹尾が負けてたとしたら……悔しくて……強くなろうとするだろ? 誰もが、始めたばかりの頃は下手くそで、下手くそだから負けて、負けて悔しいから勝てるように頑張る。そうやって人は強くなるんだ。
 だが……妹尾は負けなかった」

菫「確かに……最初は勝つことよりも負けることのほうに意味があったりしますからね。負け過ぎても自信ややる気を失うだけですが……本当に強い選手というのは、どこかで一度は挫折を経験しているものです」

純「だろ? だが……妹尾はそうじゃねえ。なんつーか、麻雀の神様なんてのがいたとして、あいつはそれに甘やかされて育ってやがる。あいつのいた鶴賀は部員が五人しかいない。だからレギュラー争いなんてものとは無縁。
 大会に出れば、司令塔である加治木がうまいこと策を授けて、初心者でもそう簡単に負けないように尽力してくれた。
 そんでもって……決勝では四暗刻ツモで区間一位……もちろんあいつ自身の努力を否定する気はねえが、普通の初心者よりも格段にいい環境で打っていることは確かだ。世の中にゃ、高校の三年間をずっと応援席で過ごすようなやつだっているのによ」

初瀬「うっ……耳が痛いです」

純「宮永照は……牌に愛された子だったか。そんで、荒川憩が牌を愛する子。だとしたら、妹尾佳織は『牌に溺愛された子』なんだとオレは思う。あいつの巡り合わせの良さを見てると、そんな風に思えてならねえんだ。
 あいつは牌に好かれ過ぎている……それゆえに、あいつ自身の力が育たない。ま、それほどまでに愛される才能は天性のもので……そこまで含めてあいつ自身なんだから、初心者であろうとなんだろうとあいつが強えのは認めてもいい。
 強さにも色々あるってこったな」

菫「そうですね。世の中には神代選手のような強さも存在します。妹尾さんがその一人だったとしてもおかしくはない」

初瀬「毎局九蓮宝燈を和了るような人なんて……もう一人で十分なんですけど……」

純「初瀬ちゃんは本当にオカルトに厳しいなぁ。ま、あいつが強いのか弱いのかは自分の目で確かめてみろよ。妹尾佳織は果たして神代小蒔レベルなのか……神代ほどではないのか……或いは……神代すら凌駕する化け物なのか……」

 直後、走る――激震ッ!!

初瀬「え……? えええええええ!!? いやいや……ちょっと待ってください……!!? これは……!!」

純「おいおい……あのド素人……!! 煽っといてなんだが……これはいくらなんでもやり過ぎだろ……!!!」

菫「妹尾佳織……一体……長野には何人の化け物がいるんでしょうか……!!」

かおりん『えっと……ツモのみですっ! 500オール!!』

すばら「うわあああああああああああ!!!? こ……これはああああ――!!!!!」

@対局室

南一局・親:かおりん

姫子(ん……どうしたと……親の妹尾……第一打から何をそんなに悩むようなことがあるとですか……? それに……チャンピオンもチャンピオンで……さっきから配牌ば開けもせんとなんばしよっとです……?)

かおりん(えっと……あれ……? これ……どうすればいいのかな……? リーチ……をかけたらフリテン……? でも……和了るには役がないような……?)

穏乃「妹尾さん、どうかしたんですか?」

かおりん「あ、ご、ごめんね、待たせちゃって。え……えっとね、なんていえばいいんだろう……そう、もしもっ! もしもの話なんですけどっ!
 穏乃ちゃん、手が三つずつ三つずつで揃ってて切る牌がないときってどうします? あ、役がないときの話ね……」

穏乃「え? 役、ありますよ。鳴いてなければツモじゃないですか!」

かおりん「ああっ!!? そっか、ありがとうっ!! そっか、ツモ!! そうだよね! なんかこう……親だと最初だけは山から引いて――って感じじゃないから、すっかり忘れてたっ!!」

穏乃「親も最初は山から引いてるんですよ。手順を省略してるんですっ!」

かおりん「え……? あっ、ああ! そうなんだっ!! それで親だけは最初十四枚なんだねっ!! 初めて知った!! うん……勉強になった! ありがとう、穏乃ちゃん!!」

穏乃「いえいえ。さ、じゃあどうぞ、妹尾さんの第一打ですよっ!」

かおりん「あ、ううん。違うの。もう大丈夫っ!」

穏乃「?」

かおりん「えっと……ツモのみですっ! 500オール!!」

穏乃「」

@混成チーム控え室

かおりん『えっと……ツモのみですっ! 500オール!!』

末原「……加治木さん、あんた、どえらい後輩持ってはりますな……」

かじゅ「いや……私も……驚いているところだ……」

小走「これをやられると……さすがの宮永照もお手上げだな」

@三年選抜控え室

かおりん『えっと……ツモのみですっ! 500オール!!』

久「いやいやいや……それはないでしょ。ゆみったら……ちゃんと全部の役名教えておきなさいよ。この世の中……一生に一度もその名を使うことなく死んでいく人ばかりだというのに……」

美穂子「お……思わずもう片方の目が開いてしまいました……!」

@二年選抜控え室

かおりん『えっと……ツモのみですっ! 500オール!!』

透華「や……やってくれましたわねっ……妹尾佳織っ!!」

衣「驚天動地……これは天晴……!!」

@一年選抜控え室

かおりん『えっと……ツモのみですっ! 500オール!!』

モモ「かおりん先輩……それはちょっとやり過ぎっす……!!」

淡「わあああ!! すっごい!! すっごいイケてるっ!! えっ、あの人いつもあんななの!!?」

モモ「いやいや……あんなのがいつもだったら私らの心臓がもたないっすよ……いつもはせいぜい四暗か国士……あんなのは……初めて見たっす……」

優希「和ちゃん、今こそ得意の決め台詞を言うといいじぇ!」

和「決め台詞にしてるつもりはありません。まあ……しかし、非常に起こりにくい偶然とは言え……確率的にありえるから、あのような和了りにも名前がついているのです。ありえないなんてことは、ありえません」

泉「言うても……ほとんどありえへんと同義みたいな……使われることは滅多にない役やけどな……」

和「そうですね。だからこそ……あれは特別な名前を持っているんです。九蓮宝燈がまたの名を天衣無縫とも言うそうですが……それを除けば、役名に『天』の一字が入る役は……現行ルール上、たった一つしかありません」

咲(お姉ちゃん……!)

@対局室

かおりん「え……あれ……?」オロオロ

穏乃「」

姫子「」

かおりん「え……みなさん……どうかしました? あれ……? 私……何かチョンボしちゃいました……ご、ごめんなさいっ!!」

照「……チョンボじゃない……申告ミス……それは天和……」

かおりん「あっ、これ、てんほうって名前なんですかっ?」

照「……そう……」

かおりん「あの……ごめんなさいっ! 私、てんほうってまだ和了ったことなくて……何飜ですか……?」

照「……役満……」

かおりん「あっ!! 役満!!! どうりで和了ったことも和了られたこともないと思いました! じゃあ……改めまして……!!」

 かおりん、自信満々ッ!!

かおりん「てんほうっ! 16000オールですっ!!」

姫子(もううううううううううううありえんとです!!!!!!!!)

穏:78300(-7200) 妹:160800(37600) 姫:94700(-6900) 照:66200(-23500)

@実況室

すばら「おおおおおおおおおおお!!!! 二年選抜・妹尾選手、対抗戦通算二度目の役満和了ああああ!!!! それもててててててて天和おおおおおおおおおおおお!!!!! これは信じ難い!!!!」

純「あの女……本当にやりやがった……いや……さすがに想像以上だな、これは」

菫「天和なんて……生きているうちに見られるとは思っていませんでしたよ」

初瀬「今の一撃で妹尾選手が全てを持っていきましたね。この対抗戦が始まってから……これだけ一位と他の点差が開いたのはこれが初めてです。それも……チャンピオンをラスに回しての断トツなんて……誰が想像できたでしょう」

すばら「すばらっ!!! すばらですっ!!!!」

純「だが……まあ、これで終わるわけがねえよな」

菫「ええ……そうですね。あいつのことです……この展開すら……予想していたことでしょう」

初瀬「そう言えば……今あの方は……配牌を開けませんでしたね」

すばら「み、みなさん、どうしたんですか!?」

純「煌ちゃん、トラウマに耐える準備はできてるか?」

すばら「えっ……?」

初瀬「たぶん……この半荘……本当の荒れ場はここからだと思います」

すばら「ええっ……!?」

菫「様子見は終わりということです」

すばら「よ、様子見っ!!? え、だって、もう南場ですよっ!!? だって……だってあの方は東一局で……」

菫「そうです。宮永照は、東一局で相手の性質を推し量る。けれど……この間のインターハイ、花田さんや園城寺さん、それに松実玄さんの頑張りを受けて……あいつもあいつなりに対応しているんです。
 人は予想を超えてくる……ならば、その想定外すらも想定して打てば……ますます勝ちが磐石になる。照は相手の性質だけじゃない……鏡には映らないことまで……きちんと自分の目で確かめて打つようになりました。そのための……東場です」

すばら「まさか……!!? で、では……姫子さんと白水部長のアレも……妹尾選手の役満も……もう見切ったということですか!!?」

菫「さあ……そこまでできているかはわかりません。様子見であれなんであれ、鶴田選手と妹尾選手があの宮永照をラスに追いやった事実に変わりはありません。あの二人は強い。もちろん高鴨選手だって強いでしょう。
 しかし……宮永照という存在は……全国高校生雀士一万人の頂点に立つあいつは……最強です」

初瀬「始まりますか……チャンピオンの連続和了……!!」

すばら「ひいいいいいい……!!!」ガタガタ

純「四暗刻・緑一色テンパイで強制的に手を止めさせ……その上で天和なんてどうしようもない役満を和了ってくる妹尾……それに何やらオカルトめいた和了りでちょこちょこと連続和了に待ったをかけてくる鶴田……。
 宮永照にしてみれば、全国でもこれほどまでに戦いにくい相手はいなかっただろうな。強力な支配力を跳ね除ける初心者と……凶悪な連続和了を許さない能力者……宮永照の持ち味がかなり削られていることは否めない。
 だが……その程度で負けるようなやつが……三年連続個人戦一位なんて偉業を成し遂げられるはずがねえ……!」

すばら「もううう脅かさないでくださいっ!! まともに実況ができなくなりますっ!!」

菫「今までまともな実況なんてしていましたっけ?」

すばら「ひどいっ!!!」

初瀬「あの……南一局一本場が始まりましたけど……」

@対局室

南一局一本場・親:かおりん

姫子(鶴賀の妹尾佳織……まさか本当に役満体質やったとは……それにしたって天和はやり過ぎとです。
 まるで……麻雀の神様がいるとして……他の役満はどげんしよっても宮永照に邪魔ばされてしまうけん……たとえ相手が誰であろうと関係ない天和を授けた……そんな風にも見えるとです……)タンッ

姫子(まあ……さすがに二連続天和なんてことが起きなくてよかったとです……これなら……まだ立て直せる……。
 私にはまだ倍満キーとハネ満キーがあるとです……どちらも妹尾佳織から直撃を取れば……二年選抜ば射程距離に捉えられる……まだ負けたと決めるには早かとですよ……!)タンッ

かおりん「リーチです」スチャ

姫子(速っ! さっき天和を和了ったばかりやのに……どんだけの爆運とですか……!? これは……チャンピオンより警戒しなきゃいけない感じとですか……? いやいや……そんなまさか……!!)タンッ

照(……)タンッ

かおりん()タンッ

照「ロン。七対子……1600は1900」パララ

かおりん「はい……!」

姫子(と……さすがチャンピオン……冷静とね……。
 でも……特に問題はなかとです……チャンピオンが妹尾佳織ば削ってくれるなら……私の逆転のチャンスがますます増える……どうせ次は私と部長のものになるとですから……それまでは好きなように和了ればよかとです……)

穏:78300(-7200) 妹:157900(34700) 姫:94700(-6900) 照:69100(-20600)

南二局・親:穏乃

姫子(さあ……使うとですよ……倍満キーッ!!!!)ドンッ

 姫子配牌:一一二三三五[五]七九南南北中:ドラ⑦

姫子(混一……一盃口、赤一、ダブ南……あとは一つは中かリーチかツモとですね。門前で進めんといけんのはちょっと辛いとことですが……これなら今局も押せ押せとです……ぶちかますとですよ……倍満っ!!!)タンッ

 姫子、順調に萬子をツモり、北を切るッ!!

 その――直後ッ!!

照「……九種九牌……」パラララ

姫子(え…………?)

 姫子――蒼白ッ!!!

姫子(は……!!! ちょ……嘘……!!? 九種九牌って……そんな……私と部長の倍満が……流されたとですか……!!! これは……狙っとっとですか……!?)

照()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

穏:78300(-7200) 妹:157900(34700) 姫:94700(-6900) 照:69100(-20600)

@実況室

すばら「そんなああああ!!! 九種九牌で南二局が流れました……!! 姫子さんの倍満がっ!!! あんな流され方をするなんて……!!!」

菫「これは……この場は照のほうが一枚上手だったとしか……」

すばら「で、でもっ!! 姫子さんは東場のときは普通に和了れていましたっ!! それなのに……よりにもよって倍満のときだけ九種九牌だなんて……チャンピオンは鬼ですかっ!!?」

初瀬「あの……鶴田選手のオカルトについて私は詳しくはわからないのですが……東場のあの二つの和了りと……今回のあれが同じようなものなのだとしたら……もしかすると、チャンピオンはわざと東場で和了らせたのかもしれません……」

純「どういうことだよ、初瀬ちゃん」

初瀬「えっと……もし、その、鶴田選手が、ある条件が揃ったとき、決まった場で和了りやすくなる、というオカルト能力を持っているのだとして……東場の和了りもそれだったのだとします。
 そうすると……東場で鶴田選手が和了れたのは、必ずしも、そのオカルト能力が、宮永照選手の上を行っていたからだとは、言い切れない気がするんです」

菫「もっと詳しく聞きたいですね」

初瀬「東場の、鶴田選手の和了り。あれは、どちらも、妹尾選手の動きが鶴田選手の助けになっていました。一度目の和了りはチャンピオンのツモ番を妹尾選手が飛ばし、二度目はチャンピオンのダブリーに対して妹尾選手が道を作ってくれた。
 その意味を……鶴田選手がもっとよく考えていたのなら、この場もああいう結末にはならなかったのかもしれません」

純「そうか……わかったぜ。鶴田姫子の第一打だな。東場の二度の和了りが……鶴田姫子の油断を誘い……あの一打に繋がった」

すばら「姫子さんが油断……!!? そんな、姫子さんに限って……!!」

初瀬「いや……でも、四人の配牌を見回したとき、宮永選手の九種九牌を防ぐ方法が、一つだけあったんです」

菫「なるほど……妹尾選手の中ですね」

初瀬「そうです。あのとき、妹尾選手は中の対子を持っていました。もし……もし仮に、宮永照選手には九種九牌という裏技がある、ということにまで鶴田選手の思考が及んだのなら……北ではなく中切りで唯一それを逃れる道を作れたかもしれないんです。
 東場で、妹尾選手が宮永照選手のツモ番を飛ばしていましたが、あれと同じことが今回も起きたかもしれないんです。しかし……鶴田選手はそれを見落とした。宮永照選手なら九種九牌で流してくるかもしれない……その可能性に思い至れなかった。
 東場の二度の和了りで……自分のオカルトが完全に宮永照の上を行っていると……刷り込まれてしまったんです」

すばら「いや……しかし、そこまで考えられますか……? いくら宮永照選手が何をやってくるかわからないと言っても……」

初瀬「いや、それでも、鶴田選手は考えておくべきだったんです。場が流されなければ和了れるオカルト……それは、場が流されたら和了れないんだと……理解しておくべきだったんです。
 ですから、鶴田選手はあの第一打……北を切るべきではなかった。役牌の種を捨てるのは惜しいかもしれませんが、誰かが鳴く可能性を考慮して、中を切るべきだったんです」

すばら「な……なるほど……!! あとで姫子さんに伝えておきますっ!!」

純「今後も麻雀を続けられるくらいの精神で帰ってこれりゃいいけどな」

すばら「縁起でもないこと言わないくださいっ!!」

菫「さあ……だんだん面白くなってきましたね……!」

すばら「全然面白くありませんっ!! 南二局一本場ですっ!!」

@対局室

南二局一本場・親:穏乃

姫子(しまった……抜かったとです……!! 部長からもらった大切な倍満キーを……不発に終わらせてしまうなんて……こうなったら……ここは自力でなんとかするとです……!)タンッ

 三巡目

照「ツモ。断ヤオ赤一……500・1000は600・1100」パラララ

姫子(速か……!!! こげなん付いていけんとです……!!)

穏:77200(-8300) 妹:157300(34100) 姫:94100(-7500) 照:71400(-18300)

南三局・親:姫子

姫子(落ち着け……落ち着くとです。私は北九州最強の高校……新道寺の大将……部長ほどやなかとですが……化け物クラスと衝突した経験だって何度もあるとです……!)タンッ

姫子(あのインターハイの準決勝……白糸台の大星も千里山の清水谷も阿知賀の高鴨もみんな手強かったとです……部長の力ば借りておきながら……結果は負けてしまったとですけど……自分が劣っていたとは思わんとです。
 宮永照のことは……全国大会に出るたびに見てきたとです。チャンピオンやって無敵やなか……ものすごく倒しにくかだけ……私ならどうやって戦うか……考えてなかったわけではなかとです……!!)

姫子「チー」

姫子(サクサク行くとですよ……これでも……速攻と防御力には自信があるとです……!
 部長と組んで打つようになってからは……部長が火力の手助けばしてくれる……そいけん……私はどちらかと言えば守備型の打ち方ば訓練しとっとです……場を流すことにかけては部長以上ですけん……私は……!)タンッ

照「ロン。タンピンドラ一……3900」

姫子(なあ……!!? まだ二巡目とですよ……!!!)

照()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

穏:77200(-8300) 妹:157300(34100) 姫:90200(-11400) 照:75300(-14400)

南四局・親:照

姫子(まだ……まだそんな致命傷じゃなか……! 点数状況ば見ればチームはまだ二位……チャンピオンはラス……ここでどうにか妹尾佳織を削って終われれば……勝機はあるとです……!)タンッ

 十巡目

姫子(張った……!! ダマでもハネ満の大物手……!! ばってん……ここは勝負に行くとですっ!
 リーチかけて裏が三枚乗れば……あっという間に三倍満……東一局の打ち方を見る限り……妹尾佳織ば直撃するのは決して難しかことじゃなかとです……チャンピオンは恐かけど……ここは是が非でも点が欲しかとこ……前へ出るとです……っ!!)

姫子「リー……」チャ

照「ロン……三暗刻……4800」パララララ

姫子(ま……た……?)クラッ

穏:77200(-8300) 妹:157300(34100) 姫:85400(-16200) 照:80100(-9600)

南四局一本場・親:照

 一巡目

姫子(なんとか……なんとかせんと……!!)

照(………………)タンッ

姫子「そ、それポン……!!」タンッ

照(…………)タンッ

かおりん(ん……これ……要らないよね)タンッ

穏乃()タンッ

姫子(よし……! とりあえず役牌のみやけどイーシャンテン……次局になればハネ満キーば使えるといっても……それも完全やなかとさっきの九種九牌で思い知らされたとです……。
 いくら点差が厳しか言うても……これ以上……傷を深くするわけにはいかんとですよ……!!)タンッ

照「チー」タンッ

姫子(チャンピオンが鳴いた……? さっきが4800やけん……次に行くのは最低でも5800……そろそろ点数ば上げるのが大変や思っとっとですけど……)

かおりん(んー……これも要らないよね……)タンッ

穏乃()タンッ

姫子(たとえば食いタンやとして……それやったらもう二飜何か加えんと5800にはならんとです。ばってん……食いタンとなるとドラでもなか限り……そんな都合よく…………ま、待って………………ドラ……っ!!?)タンッ

照()タンッ

姫子(マ……マズか……!! そうやった……花田のときと今の違い……!! この場には……あの子がおらんとです……!!!)

かおりん(んー……これも要らないなぁ……)タンッ

照「ロン。断ヤオドラドラ……5800は6100」パラララ

かおりん「はっ、はい……(びっくりした……)!」

姫子(やっぱり……!! 阿知賀のドラゴンロード……松実玄がおらんこの場では……チャンピオンはドラば使って食いタンでも簡単に手を高くしよるとです……!!!
 打点ば上がってくれば手が重たくなるけん……スピード勝負ならどうにかなると思っとっとですが……そうやなかとですか……!? 鳴いても手を高められるドラがある限り……チャンピオンの自由度は格段に上がる……!! これは……大誤算とです……!!)

 姫子、しかし、まだ希望は残存ッ!!!

姫子(ば……ばってん! 次は南四局二本場……!! 宮永照がラス親やとわかる前は使うチャンスなんてなかと思っとっとですけど……ここでハネ満キーなら十分とです……!!
 妹尾に直撃ばかまして……宮永照の連荘ば止めて……なんとか大将戦で勝負ばできる位置まで回復させる……!!! 残された道はそれしかなかとです……!!!)

 姫子、正念場ッ!!

姫子(やってやるとですよ……!!!!)ゴゴゴゴゴッ

穏:77200(-8300) 妹:151200(28000) 姫:85400(-16200) 照:86200(-3500)

@実況室

すばら「ご……五連続和了……!!! チャンピオンがじわりじわりとその点数を高めていきますっ!!」

純「煌ちゃんのときは最高で六連続だったか。しかも六回目がインパチ……チャンピオンはここまでリーチは東場での威嚇みたいなダブリーが一回っきりで、それ以外はダマだったり鳴いたり……で、今のとこの最高打点が5800か。随分と楽そうに打ってやがるな」

菫「松実選手がいませんからね、ドラが照の手にも入る以上、ハネ満くらいまで打点を上げるのはさほど難しくないでしょう。
 それに、リーチをかける危険性については、花田さんたちと打ったときに十分身にしみたようですからね、東場のダブリーが不発だったことも含めて、もうしばらくはリーチをかけずに刻んでいくと思いますよ」

初瀬「チャンピオン……あのインターハイからさらに強くなっているんですね。そこが……最も恐るべきところだと思います。三年連続で頂点に君臨し続けながら……未だにその成長を止めていない。一体……宮永照選手はどこまで行くつもりなのでしょう……」

すばら「し……しかしっ!! まだ僅かに宮永照選手の連続和了を止められる希望は残っていますっ!!! 次は南四局二本場……姫子さんが……ここでなんとかしてくれるはずですっ!!!」

純「それに、まだ妹尾も完全に沈黙したわけじゃねえしな。さっき……宮永照は第一打に対子だった發を崩した。それを鶴田が鳴いて、ツモ順が変わった……あれがなけりゃ……この勝負は妹尾の完勝で終わっていたかもな」

菫「ですね。あの場では照しか気付いてなかったと思いますが……モニターで見ていたこちらは度肝を抜かれましたよ。まさか天和に続いて地和テンパイとは。
 しかし……照の機転で妹尾選手の地和は潰された……ばかりか、照は配牌テンパイだったせいでツモ切りを余儀なくされていた妹尾選手から、狙い済ましたように直撃を取ってみせました。
 妹尾選手の豪運すら弱点に変えてしまう……まったく、あいつが人間かどうかまたわからなくなってきましたよ」

初瀬「次が……運命の分かれ道になるんですかね。その、花田さんの言う、鶴田選手のオカルト。
 それが次に発動して……なおかつ妹尾さんの異常な力が宮永照選手を追い込めば……いかにチャンピオンと言えど、連荘するのは大変そうです。現に、偶然二人の力が合わさった東場では、宮永選手はあっさり連荘を止められているわけですから……」

菫「さあ……しかし、それはどうでしょうか。そういう……自分にとって不利な偶然が重なること……相手が自分の想定を超えてくること……照は、あのインターハイを経て……それすらも計算に折り込んで打つようになった。
 あのときの照ならまだしも……今の照には……奇跡さえ通用しないかもしれません」

すばら「今はただ祈りましょう……!!! 姫子さんの勝利をっ!!!!」

純「煌ちゃんが完全に実況を捨てやがった……!!」

@対局室

姫子(ハネ満……おいでませっ!!!)ドンッ

 姫子手牌:三四五3[5]88③④[⑤]⑥⑦西:ドラ5

姫子(タンピン三色ドラ一赤二……たとえ平和がつかなくてもダマで六飜……イーシャンテン……!! 大丈夫……!! 宮永照にも私と部長の絆は断ち切れん……!!!
 さっきのは私の未熟が招いた結果……部長の頑張りに応えるためにも……ここは絶対に和了らんといけんとです……!!)

 姫子、燃ゆっ!!!

 が、その一巡目――!!!

姫子(な……なんやと……!!?)ゾッ

 姫子手牌:三四五3[5]88③④[⑤]⑥⑦西:ツモ⑧:ドラ5

 姫子、西切りでダマハネ・テンパイ……!!

 しかし、場に見えているのは……。

姫子(四……四風子連打……!!!?)

 照、かおりん、穏乃、ともに第一打は西ッ!!!

姫子(こんな……こんな封じ方が……!!? 部長が必死に繋いでくれた命綱が……こんな形で切られるなんて……!!)

 姫子、動揺ッ!!!

姫子(これが……これがチャンピオン……宮永照の力とですか……! 恐ろしか……私と部長の二人がかりで挑んでも……まるで歯が立たんとです……!!)

 しかし、姫子の心は、折れないッ!!!

姫子(ばってん……ここで諦めるわけにはいかんとです……!! 部長のためにも……自分自身のためにも……ここで絶対に和了っとですよ……!! よかよ……宮永照……ダマの六飜はくれてやっとです……!!)タンッ

 姫子、第一打、八索切りッ!!!

姫子(この四風子連打が……仮に宮永照の力やったとしても……そいたらその上ば行けばいいだけのこととです……!!
 私は一人やなか……部長や……花田や……他のみんなの力で動いとっとです……!!! これくらいの逆境に負けたりはせんとですよ……!!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

@実況室

すばら「姫子さんっ!!! 英断っ!! すばらっ!!!」

菫「まあ……あの手牌なら多少回り道をしてもすぐにテンパイに持っていけるでしょう。八索切りは当然です」

純「だが……あの四風子連打がなければ、二巡目で妹尾がダマッパネに振り込んで片がついてたかもな。つくづく、チャンピオンのやることは抜かりねえと思うよ」

初瀬「その……鶴田選手もそうですが……妹尾選手の手牌も大変なことになっているような……」

すばら「ホ……ホントですね……!!! これは……四暗刻……緑一色……天和、地和に続いて……五度目の役満チャンス……!!!」

純「爆発し過ぎだろ、妹尾佳織。あいつ明日死ぬんじゃねえか?」

すばら「な……南四局二本場……とんでもないことになっています……!!!」

@対局室

 八巡目

かおりん(あ……テンパイ……できましたっ!!)

 かおりん手牌:一九1①⑨⑨南西北白發中中:ツモ東:ドラ8

かおりん(これは……確かリーチしないほうがいいんでしたよね!! ちゃんと覚えています……こくしむそう……役満……!!)タンッ

穏乃()タンッ

姫子(さあ……おいでませ……!!)ツモッ

 姫子手牌:三四五3[5]68③④[⑤]⑥⑦⑧:ツモ5:ドラ5

姫子(来た……回り道ばしてようやく六飜が見えた……ここはダマでは済まされんとです……!!)

姫子「リーチッ!!」タンッ

 姫子手牌:三四五5[5]68③④[⑤]⑥⑦⑧:ドラ5

姫子(ハネ満……ぶちかますとですよ……!!!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

照(……………………)

@実況室

すばら「ここで姫子さんのリーチ……!!!! しかし……直前に妹尾選手も驚異的な引きで国士無双テンパイ……!!! からの……!!! 宮永照選手のツモが……!!!」

菫「うわっ……これは……」

 照手牌:一二三①②③1235799:ツモ9:ドラ5

 かおりん手牌:一九1①⑨⑨東南西北白發中:ドラ5

 姫子手牌:三四五5[5]68③④[⑤]⑥⑦⑧:ドラ5

初瀬「え……えらいことになってますね……」

純「この状態だと……まあ、チャンピオンはドラの五索を切るしかないわな」

すばら「切、切りました……!!!」

 照手牌:一二三①②③1237999:ドラ5

すばら「こ……これは……! しかし、さっきまでは三色ドラ一で7700だったチャンピオンの手が……これでは三色同順のみ……点数は3900!!」

純「八索は河に三枚見えてて鶴田が一枚持ってる……つまり、純全帯は和了れねえ」

菫「この状態で打点を上げるとなると、チャンタあたりをつけたいところですが……いかんせん七索が鶴田選手の和了り牌です。今のこの状態では……面子を崩して5800以上を作るのは非常に困難でしょう」

純「もちろん……宮永照はラス親だ。流局を狙ってもいいだろう……だが……」

すばら「ええ……姫子さんのあれは、流局までにはきっと和了りを迎えるでしょう。恐らくは、中張牌を切ってくるであろう妹尾さんから、遠からず出和了りすると思います」

初瀬「そうなると……この副将戦はここで終わることになりますね」

菫「妹尾選手と鶴田選手は……結果的に見事に照の弱点を突いたことになります。妹尾選手は恐るべき豪運によって照に和了り牌を掴ませ……鶴田選手は第一打の四風子連打を乗り越えて再び手を仕上げてきた……それも照の手を縛るような待ちでです。
 人は……予想を超えてきます」

初瀬「しかし……チャンピオンはリーチをかけてきませんでしたね。リーチをかければリーチ三色で7700にすることができます。なぜでしょう……ツモを狙っているのでしょうか……」

菫「!! 確かに……言われてみれば……照はなぜリーチをかけなかったんでしょうか……? もちろんツモれば打点制限はクリアできます。しかし、だからと言って……なぜわざわざ自分から出和了りを避けるようなことを……?
 ツモもロンもできるのなら……あいつなら他選手より先に和了れそうな気がします。というか、今までのあいつならリーチをかけていたでしょう。これは……わかりません。
 私にも……今の照が何を考えているか把握できません。あいつ……また一段と化け物レベルが上がっているような気がします……」

純「よくわからねえが……チャンピオンにしか見えてねえものが……あるってことだよな……?」

初瀬「え……? では……ここからリーチをかけずに……鶴田選手と妹尾選手を振り切って……5800より高い手を和了ると……?」

菫「そうなりますね。当然、ツモに頼ることになるのでしょうが……」

すばら「いやいやっ! しかし……もしチャンピオンがツモでしか和了らないのであれば……きっと姫子さんのほうが速いですっ!! 姫子さんと白水部長の絆はそんなに安くありませんっ!!」

初瀬「って、言ってるそばから穏乃さんが七索を止めましたよっ!!?」

すばら「七索は河に一枚見えていますから……残りはあと一枚……!!」

純「チャンピオンと鶴田のどちらが早く和了りをものにするかの勝負なんだろうが……普通に考えりゃ、出和了りができる鶴田のほうが有利だよな」

菫「照なら……有利不利に関係なくツモってくる気がしますが……しかし、いずれにせよ、あの手で照がリーチを掛けなかったのは不自然ですね。
 何か……確実にツモれる確信でもあるのでしょうか……確かに……リーチをかけた状態でツモると……もちろん打点は上がりますが……あの形のリーチ三色ツモは満貫……打点が一気に12000まで上がってしまう。
 そうなると……次はインパチ、その次は倍満と……徐々に連荘が厳しくなってくる。それを避けての……ということでしょうか……」

初瀬「つまり……チャンピオンはこのあとの連荘も見据えている……ここで終わらせるつもりがない――ということですか?」

菫「だと思います……きっと、鶴田選手より早くツモるつもりなんでしょう。リーチをかけなかったのは、打点が上がり過ぎるのを避けるためだった。しかし……何か腑に落ちません……」

すばら「姫子さんは一発ならず……(六飜縛りが裏目に出た形ですか……一発ツモがつくと八飜ですからね……これはすばらくないっ!!)!!」

純「で……ここでチャンピオンが七索をツモったりは……しないか――って、おいおい嘘だろ……!! よりによってそこを引く……!? 否……引かせたのか……妹尾佳織が……!!!!?」

菫「こんな……!!? 照が和了り牌を掴まされるなんて……!!!!?」

すばら「チャ……チャンピオン絶対絶命ですっ!!!!!!」

 照手牌:一二三①②③1237999:ツモ9:ドラ5

 かおりん手牌:一九1①⑨⑨東南西北白發中:ドラ5

 姫子手牌:三四五5[5]68③④[⑤]⑥⑦⑧:ドラ5

初瀬「い……いや……でも……!!! ひょっとして……これが……これがリーチをしなかった最大の理由……!!!? まさか……でも……!! そんな抜け道がありえるんですか……!?
 嘘です……あの東場で……そこまで見抜いていたなんて……人間じゃありません……!!!」

純「初瀬ちゃん……何かわかったのか!?」

菫「ぜひ聞かせてほしいですね……!」

初瀬「ええ……私の仮説が正しければ……チャンピオンはここで――」

すばら「おおおおおおっと!!! 宮永照選手!!! ここで手牌の九索に手をかけたああああ!!!」

 ――――――

照『……カン』パラララ

 ――――――

すばら・菫・純「!!!?」ゾッ

 照手牌:一二三①②③1237/9999:嶺上ツモ3:ドラ5・西

初瀬「こういう……ことです。リーチしなかったのは……ツモ狙いでも……打点の上昇を抑えるためでもなかった。ここで暗槓をするためだったんです。宮永照選手の先ほど手では……四枚目の九索を掴んだとき、リーチ後の暗槓が認められません……」

すばら「し……しかし……!! 姫子さんがリーチをかけているのに……わざわざカンドラや裏ドラの危険を犯してまで暗槓なんて……!!!」

初瀬「よくわかりませんが……鶴田選手の和了り……きっとある場で和了りやすくなる代わりに……飜数が一定以上上がらない――という制限があるんですよね?
 能力上の制限によって鶴田選手の手がこれ以上高くならないということを……宮永照選手が東一局に見抜いていたとしたら……裏ドラは恐くありません」

すばら「た……確かに……!!!!?」

純「いやいや煌ちゃん……!! あの暗槓に対するツッコミどころはそこじゃねえよ!! 鶴田の裏ドラなんかよりヤバいのは……妹尾の槍槓だろうが……!!」

菫「暗槓の槍槓が唯一認められている役を……国士無双を……妹尾選手は張っているわけですからね……!!」

すばら「えええ!!? じゃ、じゃあ……副将戦後半はこれで終了ですかっ!!!!!?」

初瀬「いえ……そうではありません……!!」

 ――――――

かおりん(?)

 ――――――

すばら「チャ……槍槓せず!!!! ありえません!!! 妹尾選手……!!! 自ら役満和了を捨てて山に手を伸ばしましたああああああ!!!!」

純「なるほど……そういうことか……!! あの……ド素人がッ!!!」

初瀬「いや……これもチャンピオンはわかっていたはずです。妹尾選手は、東場で緑一色のチャンスを自ら放棄して混一を和了っています。あれを見て……チャンピオンは、妹尾選手がまだ麻雀の役やルールに明るくないことを見抜いた。
 特に……国士無双の槍槓というのはルールの中でも重箱の隅のようなところですからね……妹尾選手がまだ麻雀をやって日が浅いというのなら、槍槓ができることを知らなくても不思議ではありません」

純「それは……確かに人を見ないとわからねえことだな……チャンピオンは……妹尾が高い確率で大物手を張ることを東一局で見抜いた……しかし……その能力をまだ使いこなせてない妹尾の拙さを……東場でのあいつの闘牌から見抜いたってことか……!!
 宮永照……ここまでの打ち手だったとはな……!!」

菫「かつての照ならありえなかったことです。今のあいつは……人が予想を超えてくることも……予想を下回ってくることさえも……全てを計算に入れて打っている……!!」

すばら「あああ……そして……そして……妹尾選手……槍槓見逃し後のツモが……!! これは……そんな……姫子さん……!!!」

初瀬「ここまでが……宮永照選手の計算の上だと言うなら……もう……あの魔物は誰にも止められないのかもしれません……!!」

@対局室

かおりん(わあああ……宮永さんのお姉さんに和了り牌全部晒されちゃいました……どうしよう……ここは……とりあえずテンパイ流局を目指すのがいいんでしょうか……!)タンッ

 かおりん、打、七索

 当然、姫子、ロンッ!!!

姫子「ロンッ!!!!! リーチ断ヤオドラ二赤二……裏なし、12000は12600ッ!!!」

 姫子手牌:三四五5[5]68③④[⑤]⑥⑦⑧:ロン7:ドラ5・中・二・②

姫子(こ……これで……終わりとですね……!! すいません……部長……負けてしまったとですが……部長からもらったハネ満キー……宮永照を出し抜いて使うことができたとです……!!!)

 しかし、それは束の間の、安堵。

照「ロン……」パラララ

姫子(え……? そ……そんな…………)ゾッ

 照手牌:一二三①②③1237/9999:ロン7:ドラ5・中

照「三色同順……70符2飜……6800は……7400」

姫子(嘘……嘘や……嘘やと言ってください……部長……!!!!)ガタガタガタガタ

照「……二家和……リー棒は……上家取り……連荘……続行……」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

姫子(……そんな……私と先輩の絆を……最後の鍵を……ただ妹尾を削るためだけに……利用……された…………?)クラッ

 姫子、眩暈ッ!!!

姫子(こんなん……人間のすることじゃなかとよ…………!! いけん……もう…………こいつには勝てん…………!!)ガタガタガタガタ

穏:77200(-8300) 妹:131200(8000) 姫:98000(-3600) 照:93600(3900)

かおりん「あ、ロンです。国士無双」
テル「え」

とかなってたら照恥ずかしかったな

@実況室

すばら「うわあああああああ!!!!? ダブロン!!! ダブロンって!!!!! そんな方法で姫子さんの鍵が……!!!! チャンピオン以外の誰かが和了ったのに……!! チャンピオンの連荘を止められないなんて……そんなことが……!!!!」

純「ルールはルールだ。これが頭ハネを採用してたら……この場は鶴田の勝ちだったろうよ」

初瀬「宮永照選手は……妹尾選手の豪運も……鶴田選手のオカルトも……無効化せずに完璧に制してみせました。
 妹尾選手に対しては能力ではなくそれを扱う妹尾選手自身の隙を突いて……鶴田選手に対してはルール上の抜け道を突いて……しかも……宮永照選手のやったことは……何も二人に競り勝っただけではありません」

菫「そうですね……あの暗槓……あれによって、照はリーチに頼らずに打点を上げてみせました。それも、5800に最も近い6800です。小さく小さく刻んでいる……もはや……打点制限すら……照の枷にはならないのかもしれません」

初瀬「万策……尽きましたかね……」

 ――――――

南四局三本場・親:照

照『ロン……断ヤオ赤一ドラ一……7700は8600』

かおりん『はいいい!』

穏:77200(-8300) 妹:122600(-600) 姫:98000(-3600) 照:102200(12500)

 ――――――

すばら「こ……これで南四局は四本場へ突入……!!! 宮永照選手が……これで七連続和了ですっ……!!!」

菫「もはや私でも庇いきれないくらい人間離れが進んでいますね、あいつ……」

 ――――――

南四局四本場・親:照

照『ロン……一通赤一……9600は……10800』

かおりん『はいいいいい!!?』

穏:77200(-8300) 妹:111800(-11400) 姫:98000(-3600) 照:113000(23300)

 ――――――

すばら「は……八連続和了……!!!! 間に一度流局がなければあわや八連荘……!!!」

菫「いや……八連荘は、今回のルールでは採用されていなかったはずです」

純「それが救いなのか、或いはただ地獄が伸びただけなのか……どっちなんだろうな……」

初瀬「チャンピオン……本当にリーチせずに着々と打点を上げてますね……飜数に頼らず……暗槓や暗刻を駆使して自在に点数を調整しています。積み棒を除けば、ここまで1600、2000、3900、4800、5800、6800、7700、9600…………あれ?」

純「どうしたよ、初瀬ちゃん」

初瀬「……8700がありません……!!」

すばら「8700というと……90符2飜ですか……滅多に出ない点数ですが、それがどうかしましたか?」

初瀬「おかしくないですか?」

菫「いや……別に一段ずつ刻まなくちゃいけないという制限は、照にはありませんが……」

初瀬「しかし……! 先ほどのあの九索カン……!! あそこまでして点数を6800に抑えたチャンピオンの打ち方から考えると……どうにも矛盾しているような気がします。何か……何かを見落としているんじゃ……!!
 さっきのチャンピオンの和了りって、どんな形でしたっけ……!!?」

純「えっと……二萬を暗槓してからの……」

 照手牌:12346789西西/二二二二:ロン[5]:ドラ②・八

初瀬「50符3飜……9600……」

純「何も変なところはねえだろ」

初瀬「いや……でも……ほんの五巡前まで……宮永照選手の手牌はこうでした……!!」

 照手牌:1112348西西西/二二二二:ドラ②・八

純「出和了りしたとすると……三暗刻。70符2飜は6800。7700より高くしなきゃいけねえんだから、これじゃ足りねえな。ここから宮永照は六索、七索とツモって、その数巡後にさっきの和了りに辿り着いたわけだ。宮永照的には、別段不思議な手作りではないような気もするがな」

初瀬「じゃあ……お尋ねしますが……宮永選手が六索をツモる直前……穏乃さんがこの手から西を落とさなかった理由は……なんだと思いますか……?」

 穏乃手牌:②④⑤⑤⑥⑥⑦五六七568:ツモ西:ドラ②・八

純「……これは……?」

初瀬「穏乃さんは、ここから五索を落として、そのあとはずっとイーシャンテンのままでした」

菫「見ていたときは、暗刻系の役を張っていた照に対して生牌を切れなかったのかと思いましたが、初瀬さんはそうじゃないと?」

初瀬「はい……なぜかというと、次の穏乃さんのツモが、一索だったからです」

 穏乃手牌:②④⑤⑤⑥⑥⑦五六七68西:ツモ1:ドラ②・八

純「どういうことかわかりやすく説明してくれよ、初瀬ちゃん」

初瀬「はい……もし仮に、あそこで穏乃さんが西をツモ切りしていた場合、恐らく、チャンピオンはそれを大明槓します。そして……チャンピオンはそのあと、本来であれば穏乃さんがツモるはずだった一索をツモります……すると……」

 照手牌:1112348/西(西)西西/二二二二:ツモ1:ドラ②・八・?

初瀬「ここから一索を暗槓すれば……」

 照手牌:2348/1111/西(西)西西/二二二二:嶺上ツモ?:ドラ②・八・?・?

菫「これは……三槓子……! それも90符2飜……8700……!」

初瀬「一方、西を鳴かれたあと、穏乃さんはチャンピオンがツモるはずだった六索と七索をツモるわけですから……順当に行けば……チャンピオンが一索を暗槓した直後に……」

 穏乃手牌:②④⑤⑤⑥⑥⑦五六七568:ツモ7:ドラ②・八

純「これは……普通のやつならドラ単騎で断ヤオ三色に取るだろうな。まあ、もちろんドラを捨てるという手もあるが、それだと最悪断ヤオのみになっちまう」

菫「しかし……567の三色を取ると当然溢れた八索が……」

初瀬「宮永照選手の和了り牌……三槓子……90符2飜の直撃を喰らうというシナリオです」

純「高鴨は……これを見抜いていたのか?」

初瀬「わかりません。でも、回避したことは事実です」

菫「まあ……結局そのあと照が和了ったわけですから……高鴨選手が西を抱えようと抱えまいと、大差はなかったと思いますが……」

初瀬「いえ……大差はありますっ!!」

すばら「と言うと……?」

初瀬「チャンピオンは……打点を上げなければいけない。打点を上げるためには……いつかどこかでリーチをするときが必ず来る。ただ……満貫を超えるような点数にならない限り……チャンピオンはリーチをかけてこない。
 なら、傷が深くならないうちにさっさとチャンピオンの打点を上げてしまえばいい。細かく刻ませずに、一段飛ばしでチャンピオンに高い手を和了らせるんです……! 穏乃さんは……たぶん……まだ死んでいません……!!」

すばら「そう言われてみると……高鴨選手はまだ一度も振り込んでいませんね……!」

菫「いや……しかし……今の照を攻略するのは……非常に困難な気がします。今の照に勝つということは、要するに、全てにおいて照を上回らなければならないということです。
 いくら打点制限が照の弱点だとしても……まだ一年生の高鴨選手が照を凌ぐとは……私には思えません」

初瀬「そうですかね……一年生だからこそ……何をやってくるかわからない。それに穏乃さんは……宮永照選手が松実玄さんと戦っているところを二度も見ています。このまま黙って終わるとは思えません」

すばら「おっとおおおおお!! そうこうしているうちにまたまたチャンピオンの和了りだああああ!!!」

 ――――――

南四局五本場・親:照

照『ロン……タンピン三色……11600は……13100』

かおりん『ひいいいいいいいいい!!?』

穏:77200(-8300) 妹:98700(-24500) 姫:98000(-3600) 照:126100(36400)

 ――――――

純「南場の親で110符2飜は無理だから、ま、当然ピンピンロクだよな」

菫「南場に入ってからの連続和了……ここまで一度もリーチせずに来ましたね。しかし、次はとうとう満貫の大台に入ります。一体いつまでダマで通すつもりなのやら……」

すばら「こ……これで九連続和了ッ!!!! ルールによっては八連荘達成と言う偉業を成し遂げたチャンピオン……!!! その強さは点数を見るまでもなく圧倒的です……!!!
 このまま宮永照選手が他を蹂躙するんでしょうか!!? この副将戦後半で対抗戦に幕が引かれてしまうんでしょうか!!!?」

@対局室

南四局六本場・親:照

穏乃(うわああああああああああああ!!!! なにこれ!! 強い!!!! すごい!!! 全然勝てない!!!! 面白い!!!!!)タンッ

穏乃(玄さんはすごいな……!! こんな人と二度も戦ったなんて……!!! すごいすごいすごい!!! これが日本一の高校生っ!!!)タンッ

穏乃(正直……勝てる気がしないっ!! 攻略法もいまいちこれだっていうのが思いつかない!!! そしてもう点数がヤバい!!!)タンッ

穏乃(けど……!!! だからこそ……!!! 燃えるうううううううううううッ!!!!!!!)タンッ

 穏乃、大炎上ッ!!!!

@実況室

すばら「な……なんとおおおおお!!! 穏乃選手っ!!! ここにきてチャンピオンに先立って大物手をテンパイ……ッ!!! これは千載一遇のチャンスでしょうかっ!!!」

 穏乃手牌:1235566678999:ドラ五

菫「これは……変則三面張……五、六、九索待ちですね。七索か八索が来ればツモり三暗刻に変化もできますが、今のところは門前清一……ハネ満です」

純「一方のチャンピオンだが……」

初瀬「すぐに追いつきましたね」

 照手牌:二三四四[五]六334[5]⑥⑦⑧:ドラ五

菫「三・六索待ちのタンピンドラ一赤二……満貫、12000です。無論、ダマでしょうね」

純「ドラがあるとないとでこんなに変わるのかよ。ただのタンピンがドラだけで満貫だぞ……」

初瀬「あっ……そして……穏乃さんが……!!!!」

@一年選抜控え室

憧「うっわ!!!! シズ、ヤッバ!!! 振り込まないで!!! お願いだからっ!!!」

 穏乃手牌:1235566678999:ツモ3:ドラ五

 照手牌:二三四四[五]六334[5]⑥⑦⑧:ドラ五

モモ「チャンピオンの待ちがさっきからあざと過ぎるっす」

咲「衣さんもかなりひどいほうだったけど……お姉ちゃんも相当だよね」

友香「私なら……三暗刻への変化を捨てられないから……ここは三索切りで振り込むところでー」

泉「自分なら……九索はもう場に一枚出とって、五索と六索で和了るんもまず厳しそうやから……まだ場に見えてへん四索ツモを期待して五索切りですかね」

和「私も二条さんと同じですかね。四索期待の五索切り。それが一番期待値が高いです」

淡「清一なんて滅多に作らないからよくわかんない~」

優希「ここは迷わず四暗刻狙いだじぇ。七索と八索を落とすじょ!」

南浦「私も優希と同じく一度は四暗刻を目指すかもしれない。ただ、現実には七対子で手を打つ気がする」

すばら『ここで……!!! 穏乃選手は九索切りですっ!!!!!!』

憧「テンパイに取らない!!!? 暗刻も捨てた……!!!? 七対子狙い……? でも……それだとゆくゆくは六索で振り込んじゃう……!! もうううううう何考えてんのあいつ……!!!!?」

咲(ん……ここで穏乃さんが振り込むと思ったけれど……誰もが予想しないところを切ってきた……? お姉ちゃん……これは……お姉ちゃんの計算通りなの……? それとも………………)

@三年選抜控え室

 穏乃手牌:1233556667899:ドラ五

 照手牌:二三四四[五]六334[5]⑥⑦⑧:ドラ五

久「テンパイに取らずの九索切りかぁ……ちょっと理解に苦しむわね」

美穂子「赤五を落として一通を和了ったりする上埜さんがそれを言いますか」

初美「これで阿知賀の一年坊がチャンピオンの和了り牌を残り六枚中五枚も抱えたことになるですよー」

霞「チャンピオンは……待ちを変えられるようなところは引けなかったわね。当然……そのまま」

セーラ「膠着状態やな。こりゃ流局も見えてくんでー」

洋榎「流局はパッとせんなー。どっちでもええからガツーンとかましやー」

シロ「ところで……新道寺の鶴田さんがあの南四局二本場からずっと死にそうなんだけど大丈夫かな……」

哩「まあ……終わったら私がどげんとでもするけん、姫子は心配なかよ」

豊音「いいなぁ……私も負けたけどシロはなんにもしてくれなかった~!」

すばら『おおおっと……!!! 高鴨選手……!!! またまた際どいところを掴んだあああああ!!!』

@二年選抜控え室

 穏乃手牌:1233556667899:ツモ6:ドラ五

 照手牌:二三四四[五]六334[5]⑥⑦⑧:ドラ五

玄「しずちゃん……引きがいいのか悪いのか……」

灼「もう一巡早くあの六索が来てくれれば……和了っておしまいだった」

絹「ここは当然暗槓やろな……」

Q「せやな。暗槓なら槍槓できんわけやし。国士を除いて」

透華「あ、あんまり妹尾佳織をいじめないでくださるっ!!?」

衣「あの咲の姉が相手なのだ。佳織でなくともこれくらいの失点は折り込み済み。衣がもっと稼いでおけば……」

憩「いや、衣ちゃんは今のとここの対抗戦で誰よりも稼いどるから」

小蒔「わ、私がもっと早く寝ていれば……!!」

尭深「……私が……」

穏乃『カン――!!!』

玄「わっ……ドラ増えた……!!」

灼「そんなことより嶺上牌が……!!」

@混成チーム

怜「おおおおお!!! 穏乃さん、ええ引きしよるなっ!!」

竜華「せやな。これでチャンピオンの待ちを全部抱えて、張り替え完了やっ!」

 穏乃手牌:1233557899/6666:嶺上ツモ1:ドラ五・東

 照手牌:二三四四[五]六334[5]⑥⑦⑧:ドラ五・東

宥「あ……穏乃ちゃん……暖かい牌を……」

池田「まあ……宥さんでもない限りあそこで九索切りは当然でしょう」

 穏乃手牌:1123355789/6666:ドラ五・東

 照手牌:二三四四[五]六334[5]⑥⑦⑧:ドラ五・東

まこ「これで門前清一一盃口……リーチをかけりゃ倍満じゃあ」

かじゅ「だが……チャンピオンを相手にリーチをかけるなど……いくら手を高めるためとは言え無謀過ぎる」

末原「せやな。待ち牌抱えられたまま、高鴨が和了るんを指咥えて見とるようなチャンピオンやあらへんやろし」

小走「お前ら、高鴨穏乃目線で会話をするな。あいつは敵で私らの味方は宮永照だぞ……」

漫「よっ、小走さん、ナイスツッコミです!」

@実況室

すばら「綱渡りのような張り替え……!!! とうとう高鴨選手がチャンピオンの和了り牌を握り潰しましたああああ!!!!」

菫「それを黙って見ている照ではないでしょうがね」

純「ひゅう……こっちもこっちでいいとこ引きやがる……!!」

 穏乃手牌:1123355789/6666:ドラ五・東

 照手牌:二三四四[五]六334[5]⑥⑦⑧:ツモ2:ドラ五・東

初瀬「これで……チャンピオンが二索を一枚抱えたとなると……二索は場に一枚見えていますから……山に残る二索はあと一枚です」

すばら「チャンピオンも三索を切って張り替えましたああああ!!!! 高鴨選手の待ち牌は二索っ!! チャンピオンは二・五索……!!! 水面下の攻防が繰り広げられていますっ!!!」

 穏乃手牌:1123355789/6666:ドラ五・東

 照手牌:二三四四[五]六234[5]⑥⑦⑧:ドラ五・東

初瀬「ところでみなさんお気づきでしょうか……これで……チャンピオンの役が一つ削られました……!!!」

すばら「あっ……そういえば……!!! これだと断ヤオドラ一赤二……満貫12000であることに変わりはありませんが……平和が消えました……!!」

純「あと一つ役を失ったら……チャンピオンはリーチをかけざるを得なくなるな。今回は槓材がないから符点を上げることができない……ここに来て……高鴨に飛ばされた8700が効いてきてるってことか……」

菫「さあ……対して高鴨選手はどう動くでしょうか……」

@一年選抜控え室

すばら『高鴨選手……引いてきたのは二索ではなく……四索です……!!!』

 穏乃手牌:1123355789/6666:ツモ4:ドラ五・東

 照手牌:二三四四[五]六234[5]⑥⑦⑧:ドラ五・東

憧「まったまった微妙なところを……!!」

泉「今の穏乃さんの待ち……二索は、実質残り一枚や。別に四索はチャンピオンの和了り牌でもないから……ツモ切りでもええかと思いますけど……できれば広く待ちたいとこですね」

南浦「一索から五索のどれを切ってもテンパイが維持できる……とても繊細なところ」

咲「二索切りだと……和了り牌は四索……穏乃さんから見て残りは三枚……うち一枚はお姉ちゃんの手の内だから実質二枚。ただ、二索切りならお姉ちゃんの勝ち……」

和「五索切りなら、待ちは一・四索。場に一索が一枚見えていますから残りは一索が一枚と……四索が三枚、うち一枚はお義姉さんの手の内なので、実質三枚。もっとも、この場合もお義姉さんに振り込んでおしまいですが」

モモ「三索切りだと、一・五索待ち……見えてない五索は二枚……うち一枚がチャンピオンの手でしかも赤……こちらは合計二枚っすか」

優希「でもって一索切りだと二・五索待ち……残りは実質二枚だじょ」

友香「これはまさしく運命の別れ道でー」

淡「今の話を聞いたところによれば、正解は五索切りだねっ!!」

憧「あんたバカァ? シズ級のバカァ? それだとチャンピオンの和了りでおしまいじゃない」

淡「あっ、そうか……待ちが多いからつい……!!」

咲(まあ……それこそお姉ちゃんの手の平の上なんだろうけど……)

和「穏乃は一体……この中から何を切るんでしょう……」

すばら『高鴨選手……!! 長考の末に辿り着いた答えは……!!!』

@三年選抜

久「三索切りかぁ……なるほどなるほど」

 穏乃手牌:1123455789/6666:ドラ五・東

 照手牌:二三四四[五]六234[5]⑥⑦⑧:ドラ五・東

美穂子「振り込んでしまう二・五索切りはないにしても、なぜ三索を選んだのかが気になるところです。どこを切るにしても薄い待ちであることに変わりはないのですから、ツモれば倍満に届く四索切りでもよかった気がします」

セーラ「だー……こういう細かい計算は苦手やわ」

洋榎「んー。あの一年坊が、もしウチレベルやったとしたら、ちょっとだけ、三索切りの意図はわからんでもないで」

豊音「おっ、ちょー気になるー!」

シロ「残り枚数どうこうではない……そういうことかな」

哩「そいたら……高鴨は何待ちにするかば選んだっちゅうことか……」

霞「それはつまり……チャンピオンに何を切らせないようにしたか、もっと言えば、何を抱えさせようとしたか、ということよね」

洋榎「こらー!! うちの言おうとしてたこと盗んなやー!!」

初美「喧嘩はやめて対局に集中するですよー」

@二年選抜控え室

透華「一索切りなら、二・五索待ち。チャンピオンは二・五を切れなくなりますわ。ま、切りませんわよね、それで和了りなのですから。ゆえに、一索切りはありえない」

憩「四索切りなら、二索待ち。チャンピオンは二索が切れなくなる。ま、これも同じく、二索をチャンピオンが掴んだところでチャンピオンが和了って終了や」

小蒔「三索切りなら、一・五索待ち。宮永さんは一・五索が切れなくなります。このとき、五索は宮永さんの和了り牌。ですが……もし宮永さんが一索を掴んだとしたら……」

衣「咲の姉は和了れない。では……あの三索切りは……出和了りを狙ったものということか……?」

Q「出和了りって、たとえチャンピオンが一索を掴まされたとしても、そんなん抱えればええっちゅう話やろ」

絹「いや……待った……! 抱えるっちゅうことは……一索が……手に残るっちゅうことやんな……それって……!!」

玄「まさか……!! しずちゃん……そういうことなの……!?」

灼「うん……たぶん、そういうこと」

尭深(……宮永……先輩……!)

@混成チーム控え室

漫「えーっと、なんですか? つまりどういうことですか?」

末原「ええか? 今の膠着状態が動くとしたら、チャンピオンが一~五索のどれかをツモったときやろ? そのうち二索と五索はチャンピオンの和了りで終わりや。
 で、三索は枯れとるからツモられへん。残るは一索と四索や。そのとき、チャンピオンはどう動くやろな?」

 穏乃手牌:1123455789/6666:ドラ五・東

 照手牌:二三四四[五]六234[5]⑥⑦⑧:ツモ1or4:ドラ五・東

池田「四索をツモってくれば……普通に考えれば現状維持だし。そっちのほうが待ちが多い」

怜「せやな。四索ツモでもこの膠着状態は動かへん。問題は……チャンピオンが一索を掴んだときにどうするかや」

宥「一索と五索は穏乃ちゃんの和了り牌だから切れない……となると、テンパイを維持するためには二・四索のどちらかを切らないといけない……」

竜華「二索切りは、一索待ち。やけど一索は枯れとる。穏乃さんが手を崩さん限り出てこーへん。やからありえない」

かじゅ「となると……四索切りで五索を待つことになるわけだが……そうなると当然……!!」

まこ「断ヤオが崩れる。リーチをかけなければ満貫に届かんのう」

小走「それを見越して高鴨は一索で待った。チャンピオンの手に一索が入ったとき、それを抱えさせ、断ヤオを削り取り、リーチをかけさせるためにな……!」

@実況室

すばら「で……では……!!! 高鴨選手は……ここから宮永照選手にリーチをかけさせるつもりなんですか……!!!!」

初瀬「そういうことです」

純「ドラで手を高めていたことが裏目に出たな。平和と断ヤオを削られちまったら、リーチしないと役がねえ」

菫「あとは……照がここで何を引くかですが……当然、二・五索を引いて勝負が終わる可能性もあります」

初瀬「ただ……もし仮にチャンピオンが一索を引いたなら……」

すばら「おおおおおおおおおおおおおお!!!? チャンピオンが……チャンピオンが引いたのはあああああ――!!!!」

@対局室

照(………………)

 照手牌:二三四四[五]六234[5]⑥⑦⑧:ツモ1:ドラ五・東

 照、一索、掴まされるッ!!!!

穏乃(さあ……ツモらないなら……四索を切ってください……チャンピオン……!!!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 穏乃手牌:1123455789/6666:ドラ五・東

照(……あのとき……東一局のあと……)

 照、思い出すのは、照魔鏡ッ!!

照(……阿知賀の……高鴨さん……何も映らなかった……そんなこと……初めてで……ちょっと驚いた……)

 照魔鏡に何も映らない――その意味ッ!!!

照(……何も……映らなかったってことは……本質が……見えないってことは……何にも縛られていない……どこまでも……自由……)

穏乃()ゴゴゴゴゴゴゴゴ

照(……この人は……ただ楽しんでいる……麻雀を……心から……それだけ……特別なことは何もない……諦めることも……逃げることも……しない……)

 照、微笑。

照(……面白い……オリてもいいかと思っていたけれど……高鴨さんとは……どうしてだろう……勝負したくなる……!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 照、四索を手に取り、発声ッ!!

照「……通らば……リーチ……!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 照手牌:二三四四[五]六123[5]⑥⑦⑧:ドラ五・東

 穏乃手牌:1123455789/6666:ドラ五・東

 照、リーチドラ一赤二……満貫ッ!!!

照(……高鴨さん……一緒に……麻雀……楽しもう……!)

 照のリーチに対し、目を輝かせる穏乃ッ!!

穏乃(リーチ……かけましたね……!!!!!!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 直後、穏乃、ツモ、最後の五索ッ!!!

 穏乃手牌:1123455789/6666:ツモ5:ドラ五・東

@実況室

すばら「た……高鴨選手……!!!! なんとチャンピオンの猛追を振り切り……!!! 残り一枚の五筒をツモりましたああああ!!!」

純「門前清一ツモ……ハネ満で終了か。ま、見ごたえのある勝負だったぜ」

菫「これで混成チームが浮いて、他チームがそれを追うという展開ですか。大将戦が楽しみですね」

初瀬「いや……!! まだ……!!! まだです……まだ終わってません!!」

すばら「初瀬さん……?」

初瀬「穏乃さんの顔……見てください……!!」

菫「え……!?」

純「バカな……嘘だろ……!?」

すばら「まさか……!!」

初瀬「あの顔……むしろ何かが始まってますっ!!!!!」

@一年選抜控え室

すばら『た……高鴨選手……!!!!! 和了り拒否いいいいいいいい!!!!! 二索を捨ててフリテン……!!! 何を考えているのかああああ!!!?』

 穏乃手牌:1134555789/6666:ドラ五・東

 照手牌:二三四四[五]六123[5]⑥⑦⑧:ドラ五・東

憧「ええええええええええ!!!?」

和「何もかもがありえません」

淡「あはははっ!! 面白っ!! シズノンやるううう!!」

友香「けど……狙いはなんとなくわかるんでー」

泉「まさか……穏乃さん、ここからチャンピオンにぶち当てる気じゃ……」

優希「そのまさかだじぇ!!」

南浦「まあ……そうでもなければあそこで和了り拒否するのは意味不明」

モモ「いや、そうであっても意味不明っすよ。相手はチャンピオンっすよ……もし和了れなかったらどうするんスか……」

咲(……お姉ちゃん……すごい……すごい楽しそう……)

@二年選抜控え室

憩「ま、そりゃ宮永照かて振り込むことはあるわな。玄ちゃんの一発がいい例や」

灼「最初に平和……そのあとに断ヤオを削り落として……打点制限のあるチャンピオンがリーチするように仕向けた」

絹「その上……リーチさせた直後にチャンピオンの和了り牌を全部握り潰しよったな……」

透華「こうなると、宮永照もただのツモ切りマシーンですわねっ!!」

Q「しかし……チャンピオンも無理せんとオリればよかったんとちゃうか……? ダマやってツモれば満貫やのに……なんでわざわざあの状況で勝負しに行ったんやろ……」

小蒔「宮永さんがオリなかったのは……きっと点数計算や確率では説明できないことなんだと思います」

尭深「……うん……楽しそう……」

衣「高鴨穏乃……あれの一寸厄介なところは……どうしても勝負したくなるところだ。ついつい……真っ向から打ってみたくなる……!!」

すばら『ここでチャンピオンが二索をツモ切りいいい!!! これで二索が枯れました!!! 高鴨選手、今のままではフリテンツモでも和了ることができません……!! 一体どうするつもりなのかあああ!!!』

玄「しずちゃん……頑張って……!!!」

@三年選抜控え室

久「ひゅー、やるわねーあの子。さすがうちの咲と決勝でやりあっただけのことはあるわ」

美穂子「あの子は、何か特別な力でもあるんでしょうか?」

シロ「いや……何も感じなかった……ただの人間」

哩「しかも、わりとどこにでもおる感じの普通の子と」

豊音「でも……! なんか持ってる感じはするよねっ!!」

霞「もし、あの子がなんらかの力を持っているとしたら、それは東横さんのように『場』ではなく『人』に働きかける力のような気がするわ」

初美「確かに、今の打ち回しを見て私もあれと一局打ってみたくなったですよー」

洋榎「ま、まだまだうちには敵わへんやろけどなー」

セーラ「そういや……竜華が言っとったな。高鴨穏乃の強さは……一流のスポーツ選手のそれに似とるって……」

@混成チーム控え室

漫「心拍数……?」

竜華「せや。うち、ほら、怜がこんなやろ? やから、スポーツ医学とか、そういう本をけっこう読んだりするんよ」

怜「あ……そういや竜華と野球見てたときになんか聞いたことあるな。ピッチャーがガム噛みながら投げてたんやけど、あれが、なんやっけ、関係あるんやろ?」

小走「その話なら私も知っている。スポーツにおいては、適度な緊張状態を保つことがベストパフォーマンスに繋がる。
 緊張――というのは心拍数に大きく関わっていて、最も安定したパフォーマンスができるのが、心拍数130前後。その状態を、ガムを噛むことで維持してるんだとか」

末原「高鴨さんは……その、常に最適な緊張感を持って対局に臨んでるっちゅうことか?」

まこ「リラックスは油断に繋がるし、極度の緊張もそれはそれで悪影響じゃ。いつ、どこで、誰と打つときも最高の状態で打てるんじゃったら、それは理想じゃろうて」

池田「対戦相手、手の良し悪し、点数状況……気持ちはいろんなものに影響されるし。でも、もしあいつがそういうものに左右されずに、いつでもどこでもベストパフォーマンスができるっていうなら……羨ましい限りだし!」

かじゅ「確かに……それなら高鴨さんの、あの気持ちの強さというのか、どんな状況でも全力で勝ちに向かう姿勢も、説明できる気がする。どうなんですか、宥さん」

宥「えっと……そんな難しいことは……よくわからないけれど……」

すばら『た……高鴨選手……!! ここで……四索を引いてきました……!!!!』

 穏乃手牌:1134555789/6666:ツモ4:ドラ五・東

宥「穏乃ちゃんは……いつだって麻雀を楽しんでる。きっと……ちょっとブランクがあったから……余計に……今こうやって……たくさんの人と……好きなだけ麻雀が打てるのが……楽しくてしょうがないんだと思う。
 私たちも……穏乃ちゃんと麻雀を打ってると……どんどん楽しくなる。阿知賀が決勝までいけたのは……きっとそういう理由もあるんだと思う……」

すばら『し……信じられないことが……今……目の前で起きようとしています……!!!』

宥「穏乃ちゃんは……すっごく自由……自由に……ひたむきに麻雀を楽しんでる。そんな人が……弱いわけない。とっても強い。そんなこと、阿知賀の人ならみんな知ってる。だから……」

すばら『高鴨選手、今――点棒ケースを開きましたああああ!!!』

宥「だから……穏乃ちゃんは……私たちの大将なんだよ」

@対局室

穏乃(来た来た来たああああああ!!! これはもう……行くしかないでしょ!!!)

穏乃「リーチッ!!!」

姫子(チャンピオンがリーチばして……その二巡後に高鴨さんがリーチ……? な……何が起こっとっとですか……?)

かおりん(し……穏乃さん……よくわからないけどすごい……!!)

 そして……回ってくる、照のツモ番ッ!!

照(……これで……終わりかな……)タンッ

 穏乃のリーチ、直後の照のツモッ!!!

 和了り牌を全て穏乃に抱えられている照――既にツモ切りマシーンッ!!

 自動的に置かれた牌は……四索ッ!!!

 それが――それこそが……阿知賀の和了り牌ッ!!!!

穏乃「ロンッ!!!!」ゴッ

 穏乃手牌:1144555789/6666:ロン4:ドラ五・東・①・八

穏乃「リーチ一発門前清一……!!! 16000の六本場は……17800ですっ!!!」

姫子(うっわ……!!! なんとですかそれ……!!!! すご……すごか……!!! すごかです高鴨さん……!!!)

かおりん(わわわわわわわ!!! よくわかりませんが、おめでとうございますっ!!!)

照(……うん……これは……なかなか楽しめた……)

 穏乃、照に倍満を直撃ッ!!!

 これが阿知賀の大将の底力ッ!!!!

穏乃「みなさん、お疲れ様でしたああああっ!!!」

姫子「お疲れとです……(早く部長に慰めてもらわんと死んでしまうとです)!!」

かおりん「本当にお疲れ様ですっ(わわわわ、かなり負けてしまいました……が、頑張らないと……!!)!!!」

照「……お疲れ様……」

 副将戦後半――決着ッ!!!!

<副将戦後半結果>
一位:宮永照+17600(107300)
二位:高鴨穏乃+10500(96000)
三位:鶴田姫子-3600(98000)
四位:妹尾香織-24500(98700)

<副将戦前後半合計>
一位:宥・照+21900(107300)
二位:憧・穏乃+5200(96000)
三位:哩・姫子-1200(98000)
四位:尭深・かおりん-25900(98700)

@実況室

すばら「劇的いいいいいい!!!! 一年選抜・高鴨穏乃選手ッ!! 目まぐるしい攻防の末にチャンピオンを直撃ッ!!! 連続和了を止めたばかりか!!!
 私と園城寺さんと松実玄さんの三人がかりにやっと成しえた大ダメージをたった一人で食らわせましたあああああ!!!!! これはまさにすばらっ!!! 超すばらですっ!!!」

菫「驚きました。これはもう……見事としか言いようがありません。さすが伝説を受け継ぐ高校……阿知賀女子学院麻雀部の大将です。言葉もありません」

純「今の一局、高鴨は確かにチャンピオンの一つ上を行っていた。総合的にはまだまだチャンピオンのほうが圧倒的に強えが、それでも、あの宮永照とサシの勝負でこれだけ打てるやつは、今の全国でも数えるほどしかいねえだろうな」

初瀬「穏乃さんはオカルトを使ったわけでもありませんしね。この人と憧が来年も再来年も晩成の前に立ちはだかるんですか……これは……倒しがいがありそうです」

すばら「副将戦、松実宥選手と宮永照選手の活躍で、ここまで低迷していた混成チームが一気にトップに躍り出ましたっ!! しかし……状況は一位から四位までが二万点以内にひしめき合う大混戦っ!!
 これはもう……次の大将戦で勝ったところが優勝……と考えていいでしょう!!!」

菫「もちろんリードしている混成チームが有利でしょうけどね。これまでの試合を見る限り、面子が誰であろうと接戦は必至……最後の最後まで、結果はわかりません」

純「だが……こうなるとやっぱり本命は……一年選抜か」

初瀬「先鋒戦から続く魔物パレード……恐らくは最後の一人……」

菫「うちの大星、それに先ほど大活躍を見せた高鴨穏乃を制した……照の妹」

すばら「本年度インターハイ団体戦MVP……宮永咲選手っ!!!」

純「まあ……必ずしも勝てると限らねえがな。打ち崩す要素はいくらでも転がってる。混成の大将・末原は、都合二度も宮永咲と戦ってる。まったくの無策なわけがねえ」

初瀬「同校の先輩である三年選抜・竹井選手もいます。竹井選手はこの対抗戦の主催者でもあり、この試合への思い入れも強いはず。本人が開会式で宣言していたように、そう簡単に一年生の好きにさせるとは思えません」

菫「二年選抜の松実玄選手も……宮永咲選手を止める切り札になる可能性があります。公式戦で照に唯一無二の一発を当てた阿知賀のドラゴンロードですからね」

すばら「さあああ!! 一体どんな結末が待っているのでしょうかあああ!!!! ついについについにここまで来ました全国選抜学年対抗戦ッ!!! 最終決戦となる大将戦――間もなく開始ですっ!!」

@一年選抜控え室

憧「シズううううううう!!!」ガバッ

穏乃「うわわわ!? 憧っ!!?」

和「おかえりなさい、穏乃。というか、最後のあれはなんですか?」

憧「シズ、超カッコよかったよー! あのチャンピオンへの直撃っ!!!」

和「いや、そんなのはただの偶然です。それよりも、あの和了り拒否。あんなふざけたことをして、和了れなかったらどうするつもりだったんですか?」

憧「あ、ダメ出しされる流れだったんだ……」

穏乃「いや、ほら、あれはさ! トップ目のチャンピオンが正々堂々オリずにリーチかけてくれたから、先に勝負を仕掛けた私がそれに応えないわけにはいかないでしょっていう、熱い展開?
 リーチにはリーチで応えるのが礼儀……!! みたいなっ!! そんな感じ!」

和「まったく……穏乃の考えは理解できません」

穏乃「ハハ、相変わらず和は厳しいなっ!」

和「反省する気ゼロですか。まあ……けれど、偶然とは言え結果的に勝って帰ってきたことは、素直にすごいと思います。穏乃は昔からそうです。平気で無茶をして、私にはできないようなことをやってみせる」

穏乃「ほとんど失敗するけどねっ!」

和「そうですね。本当に、今回は運がよかった」

穏乃「そうそう!! 一生に一度のラッキーだったかも!! だから……次で必ず勝ってよね、和っ!!」

和「そんな約束はできませんが、私自身は全力で頑張るつもりでいます。それに、咲さんも……」

穏乃「あっ、宮永さん!」

咲「高鴨さん……ありがとう。あんなに楽しそうなお姉ちゃん見るの、久しぶりだったよ」

穏乃「え? そう? ぴくりとも表情動いてなかったけど」

咲「ううん。そんなことないよ。すっごいニヤニヤしてた」

穏乃「ま、宮永さんが言うならそうなんだろうねっ!!」

憧「あとは任せたわ……和、それに、咲っ!」

咲「新子さん……」

優希「最後までみんなで応援してるじょ!!!」

和「優希……」

淡「私に勝っておいてそのへんの雑魚に負けたら承知しないからね、サッキー」

咲「大星さん……」

モモ「二人のことは心配してないっす。私をここに誘ってくれたことだけで、私は感謝してるっすから。あとは好きなように打ってくださいっす」

友香「そうでー。楽しく打つのが一番でー」

泉「っちゅうか……普通に打てば負けないと思ってますけどね、お二人なら」

南浦「同意。行ってらっしゃい」

和「みなさん……ありがとうございます。では、咲さん、行きましょうか!」

咲「そうだね、和ちゃん。全部……倒しに行こう!」ゴッ

@二年選抜控え室

かおりん「ご……ごめんなさい……!!」ズーン

透華「何をおっしゃいますのっ! 妹尾佳織、その無駄に脂肪のついた胸をお張りなさいっ! あなたが戦ってきたのは全国で最も強いあの宮永照ですわよ!?
 それを、25000点持ちだったらあわやトビ終了のところまで一時的に追い込んだ。それだけでもう快挙ですわ!!」

かおりん「で……でも私……何もできなくて……あ、いや、何もできないのは最初からわかってたんですけど……でも……なんというか……何かしようとも思えなくなったのは……初めてで……」

衣「む、どういうことだ、妹尾佳織」

かおりん「宮永さんのお姉さん……あの人の強さに……驚いてしまって……」

絹「いや……強いんは当たり前やろ。相手は全国一位やで?」

かおりん「そ……それは、知ってたんですけど。でも……そうじゃなくて……えっと……」

憩「どうしたん?」

かおりん「みなさんは……!! みなさんは……あの宮永さんのお姉さんに……! あの人に勝つつもりで麻雀を打っているんですよね……!!?」

Q「まあ……そらな。宮永照に限らず……全国に出れば化け物・魔物はうじゃうじゃおる……そいつら全員に勝たな優勝できひんからな」

小蒔「力の差はありますが……全国の舞台に上がる以上、誰が相手でも、負けるつもりで卓に着くなんて真似はできません」

尭深「…………」コクッ

かおりん「やっぱり……そうなんですね。私は……でも……勝てると思えませんでした。最後は……このままトんで終わるのかなって……思いました」

玄「い……いや、でもそれはしょうがないよ……」

かおりん「そんなこと……そんなことないですっ!! 私、清澄の応援でみなさんのこと見てましたっ!! でも、どんな状況でも……みなさん諦めないで戦っていました! なのに……私はさっき……最後……諦めました。こんなこと……初めてですっ!」

透華「妹尾佳織……あなた……そんなことを言いつつ……なんでそんな満面の笑みですの?」

かおりん「だって……こんな気持ち、初めてなんですっ!! これが悔しいってことですか……? 私は……ついこの間麻雀を始めたばかりの素人ですが……今まで……こんなに勝ちたいって思ったことはありません……!!」

灼「で?」

かおりん「はいっ! 来年のインターハイ! 私……鶴賀で全国に行きたくなりましたっ!! どうして加治木先輩や智美ちゃんがあんなに勝ちたがってたかわかりましたっ!! 麻雀って……こんなに面白いんですねっ!!」

衣「それは……宣戦布告と受け取っていいのか、妹尾佳織」

かおりん「はい! 龍門渕さんにも清澄さんにも風越さんにも負けませんっ! 全国に行ったら、ここにいる長野以外のみなさん――みなさんにも……勝ちますっ!」

Q「言うやないか、槍槓も知らんド素人が」

かおりん「ちゃんかん……? よくわかりませんが、来年の今頃は私だって素人じゃありませんからっ!!」

絹「勝ちたいと思うたくらいで勝てるほど、全国は甘くないで?」

かおりん「それはもうっ! 望むところですっ!!」

憩「全国で勝つ言うなら、ここにおる二年生を全員敵に回すことになるけど?」

かおりん「わかってますっ!」

尭深「……受けて……立つ……」

かおりん「ありがとうございますっ!!」

小蒔「もし戦うときが来たら、全力以上で当たらせてもらいます!」

かおりん「よろしくお願いしますっ!」

透華「ま……盛り上がるのはいいですが、ひとまずそれくらいにしてくださいまし、妹尾佳織。挑戦状をばら撒くのは結構ですけど、今日は全員味方ですのよ?
 明日になれば敵同士に戻ってしまうのですから、宣戦布告はそれから好きなだけするといいですわ。今は……何はさておき、対抗戦に勝つことですのよっ!!」

かおりん「はいっ!! そうですねっ!! えっと……本当に点棒いっぱい取られてすいません……!!」

灼「まあ……チームはまだ二位キープ……全然マシなほう」

玄「そうですよっ! 本当にそうですよっ!!」

かおりん「鷺森さん……松実さん……! あとは……お願いしますっ!!」

灼「お任せあれ」

玄「えっ、灼ちゃん、それ私の台詞っ!!?」

@三年選抜

久「さて……これで完璧ねっ!」

姫子「むー! むー!!」

哩「ああ、確かに完璧と」

姫子「むー……/////」

シロ(触れたら負け触れたら負け触れたら負け……)

豊音「わあああ!! 鶴田さんがメイド服になって手錠嵌められて縄で吊られてアイマスクまでされてるのに喜んでるー!! ちょー意味わかんな……痛っ、なんで叩くの、シロ!?」

セーラ「遊んでて大丈夫かいなー、竹井さん。相手はなんたってあいつやろ……?」

洋榎「せや。泣く子も黙る姫松の大将――末原恭子やで?」

初美「そこは宮永咲って言うところですよー」

霞「まあ、姫松の大将さんもなかなかどうしてお強いわよ。現に私たちは勝てなかったわけだしね」

久「ご心配には及ばないわよ。ね、美穂子?」

美穂子「私自身は多少不安ですが……上埜さんがそう言うなら、心配は要らないのでしょう」

豊音「え、もしかして……何かあの宮永さんを封じる奥の手とかあるのっ!?」

シロ「いや……そういうことじゃないでしょ、豊音」

哩「きっと策もなんもなかよ」

洋榎「うちらが勝つのに小細工なんて要らへん。そういうこっちゃな?」

久「ええ……そういうことよ。私たちは三年生代表ですもの。下級生相手に邪道も外道もないわ。正々堂々、王道を貫く。普通に打って、勝ちにいくわっ!」

霞「このチームの中で最も邪道で外道なあなたがそれを言うんだから、可笑しいわよね」

初美「勝ってくれればなんの文句もないですよー」

セーラ「頼んだでー、二人ともっ!」

美穂子「頑張ります」

久「さあ、楽しんで行くわよっ!!」

@混成チーム

照「……ただいま……」

宥「宮永さん……お帰りなさい」

照「ごめん……相手が手強くて……あんまり……点取れなかった」

怜「天江さんを超えて本日最高得点の人がなんか言うてはりますけどー」

竜華「さすがチャンピオンやな。仲間になってこんなに頼もしい人はおらんわ!」

まこ「あんたがおってくれて本当によかったわ」

かじゅ「いや……本当になんとお礼を言ったらいいか……」

小走「ま、礼を言うにはまだ早いような気がするけどな」

池田「確かに……勝負はまだ終わってないしっ!!」

末原「ふん……! ほな……終わらせて来ればええんやろ!!?」

かじゅ「おお……!! 末原さん、燃えてますねっ!!」

末原「加治木さん……うちの我儘聞いてくれてホンマありがとな。そら……うちかてチャンピオンが大将やったらええと思うわ……やけど……これだけは譲れなかったんや……!!」

漫「先輩……狙いは……宮永咲ですね……!?」

末原「せや……うちに二度も土をつけたあの魔物を……今日この場で叩き潰すっ!!!」

照「頑張って……」

末原「言われんでもっ!! チャンピオン、そういうわけで悪いな……あんたの妹、今日はコテンパンにしたるわっ!!」

照「うん(……咲……返り討ちにするならほどほどにしてあげて……)」

かじゅ「頼みましたよ、末原さん!」

竜華「末ちゃん、任せたでっ!」

小走「せいぜい吼えてこい、噛ませ犬」

末原「よっしゃっ!! 行くで、漫ちゃんっ!!!」

漫「はいっ!!」

お疲れ様です。今日も長々とお付き合いいただきありがとうございました。

続きは明日の昼頃から書ければと思います。さすがに明日の夜には終わっていると思います。

スレは残っていればここに書きますし、落ちていれば似たようなタイトルで立て直すので、みなさんお休みになってください。

あと、今日は色々チョンボがあって申し訳なかったです。

では、ありがとうございました。よい週末を。失礼します。

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