憧「あんたなんて大っ嫌い!」(580)

「ねぇ、ママ。アコちゃんの話を聞かせてほしいの」



「どうしたんですの?急に」

「ほら、小さい頃よく絵本を読むかわりに聞かせてくれてたじゃない?それを思い出したの」

「そうでしたわね…懐かしいですわ」

「でもいつも、あたしは途中で寝ちゃうからアコちゃんの話はいつも途中まで」

「そうそう、そんなのの繰り返しでしたわね」

「だから今日は最後まで話して欲しいの。いいでしょママ?」

「…分かりました。このお話はアコが…新子憧が東京の大学に入学した時から始まりますわ」


…………………………
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………………
……………
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………
……

 麻雀で1年生でインハイまで行って、その後の県大会や近畿大会でも良い成績を残せたことで

 関西方面のいくつかの大学から麻雀で推薦の話をもらえた。

 だけどインカレはインハイ以上に強いのがわんさかいる

 インカレの予選ともいえるリーグ戦だと、どこの地方も1部と2部以下の差が結構あること

 歴代記録から見ても決勝は関東勢の牙城であり

 高校の時のように1年目でインハイの決勝まで行けるような世界じゃない

 特にここ数年のインカレレベルは上がり続けていてプロチームが負けることもざらにある。

 そういったことも事前にハルエから聞いて知っていたし

 まだ青写真だけどプロに進みたい気持ちもあった

 大学行くなら結果を残せるインカレの強い大学に行きたい

 そう決意したあたしは推薦を蹴って一般入試でこの大学を受け合格した。

 関東大学麻雀連盟でここ20年唯一2部落ちのない名門大学 

 場所は東京の多摩という所にあった。

憧「ねえハルエー多摩区って東京のどこらへん?」

晴絵「多摩区?」

憧「東京って23区じゃない?だからどこの区だろうって」

晴絵「アハハ、あこー多摩は区じゃないよ、多摩は市だから」

憧「ウソ」

晴絵「ホントホントー村だってあるんだぞ」


 志望校を決める前にしたそんなハルエとの会話が懐かしい

 あの後しずにも同じことを教えたら、あたし以上に驚いてて予想通りの反応がウケた。


 東京の大学に入るってことは必然的に奈良から離れるってことで

 あたしは合否以前にすっかりここに通う気でいたから、受かったら大学で用意されたドミトリーに入ることに決めていた。

 それに文系は3年になれば四ツ谷にあるキャンパスへ移るから、

 一人暮らしを始めるにしてもそれからで充分だと思っていたし、親たちもそれで安心させることができた。

ドミトリー入寮日

洋服とかが入っている荷物は先に到着していて部屋の前に置いてあった

 部屋は必ず上級生・下級生1名ずつペアで入ることになっていたから上級生がもう部屋にいるはず。

 あたしがおそるおそる中へ入ると、ドアを開けたその目の前がちょうど3畳ほどのリビングになっていて、そこにぽつんと正座座りする女性の後姿が見えた


憧「あ、すみません。今日から入寮します1年の新子憧です。よろしくお願いします!」


 声に気づいて振り返った彼女を見てあたしは驚いた。

 高校時代、和と会うために目指したインターハイの舞台で自分たち阿知賀女子学院を翻弄し続けた東東京の代表校・白糸台高校

 目の前に現れたその人は1年時、中堅だったあたしと直接戦った相手、渋谷尭深だった。


尭深「もしかして阿知賀女子の方、ですよね?」

憧「えっと…はい。どうしてあなたが?」

 渋谷尭深はこの大学に麻雀推薦で入学し、現在文学部の日本文学科2年に在籍していると話してくれた。

 配牌にもよるけどオーラス上がりで役満以上はやっぱり強みだ、そりゃ推薦も貰えるはずだよね

 戦ったことはあれど、こうして面と向かって直接話したのは今回が初めてで

 彼女は見た目通り、物腰柔らかでおっとりとしていて優しい女の人だった


憧「推薦ってすごいですねー私もここの麻雀部入りたくて一般入試受けて入ったんですよー」



尭深「えっ?」



憧「どうしたんですか?」

尭深「新子さん、もしかしてあのこと知らないのかしら?」

憧「あのことってなんですか?」

尭深「うちの麻雀部、先月部員が飲酒事件を起こした関係で夏まで活動停止中なんです」

憧「…えっ!?えっ!?え~~~~!!!???」

憧「ウソ…」

尭深「残念ながら本当です…」

憧「活動停止って!そんな!じゃあ大会にも出られないってことですか?」

尭深「ええ、それに再開したとしても、すぐに大会という形にはならないと思います」

憧「それなんとかならないんですか?」

尭深「それは難しいと思いますよ、大学が決めたことなので」

憧「そんな…」



 麻雀で全国まで行った!私は麻雀が好き!だから東京の大学に来た!

 なのに、


 なにこの…タイミングの悪さ!


 信じられないアホなんじゃないの!

 入学して最初の一週間、新歓ロードという行事があるらしく

 大学正門からまっすぐと両脇に延々に数多の部活、サークル、愛好会に入る学生が立ちビラを配っていた

 ガタイのいい男子はラグビーやフットボール、レスリングから熱烈に歓迎され、女子は女子で運動部からマネージャーの勧誘が酷かった

 御多分に漏れず、あたしもサッカー部やらバスケ部からマネージャーの勧誘にあったけど

 麻雀部のためにこの大学に入ったあたしにはそれ以外の部活がひどく色褪せて見えた

 一応、次から次へと渡されるビラに目を通す。自動車部、写真部、大学祭実行委員会…

 どれもピンとこない

 入って早々、活動停止中なんてホントテンションガタ落ち

 オリエンテーションの内容もほとんど聞き流してたし…

 麻雀部に入りたくてここ入学したのにな…あたし

モブ男「おおーキミ!学祭入ってくれるのー嬉しいよー」

憧「?」

??「え~友香入るって決めちゃったの!?」

??「そうでー」

??「麻雀部はどうするのー?」


 見たのはすれ違う数十秒くらいだったが、この2人に見覚えがあった

 兵庫県でも麻雀レベルトップクラスの劒谷高校の部員だった森垣友香と安福莉子だ。

 インハイ以降も関西地方の大会で何度か戦ったことがある

 あの子たちも麻雀するためにこの大学に入ったんだ


 だけど活動停止中で麻雀部はこの新歓に参加してない

 麻雀部がないから別のサークルに行くって子、案外多いのかもしれないなー

もしかして、このままじゃ麻雀レベルの高い人達がごっそりいなくなって再開したって戦力不足でダメになる?

どうにかしたい

 急に危機感を覚えた

 どうにかしたいって意気込んだものの、さすがに違う麻雀サークルを今から作るてのは建設的でないし

 とりあえずどうするかってとこから始めてみることにした

 学生課に「相談するならここ」と言われて来たのが学生主事室だった

 主事って何?と思ったけど簡単に言えば学生の単位や部活についての困りごとに対応する人たちらしい…

 中に入ると入口に向かって等間隔に業務用机4~5つ並べられており、机には白髪交じりのおじさんやおばさんがそれぞれ座っていた。

 すでに2人ほど学生がきていて、机の前のパイプ椅子に座り何やら小難しい話をしている感じがした。


主事「君、こっちに来て座りなさい」

 呆然と突っ立ているあたしにそう声をかけたのはここに入るなり一番に目についたハゲのおじさんだった

主事「それで、今日はどうしたんだい?」

憧「あたし麻雀部に入りたくて。だけど今、麻雀部は活動してないと先輩から聞きまして」

憧「この大学はインカレも強いし麻雀の強い子や入部したい新入生もいると思います」

憧「活動停止中でもどうにか麻雀部の勧誘だけでもしていただけないでしょうか?」

主事「うーん…それはねー」


??「そのお話、私が伺いますわ」

主事「透華お嬢様!いらしゃっていたのですか?」

憧「透華さん!?」

透華「今日はこちらで理事会が開かれていましたから」

主事「そうでしたか、しかしお嬢様が彼女の相談に乗るというのはやはり…」

透華「安心なさいまし、この方は私の知り合いですわ!」

憧「なんで透華さんがここに?」

透華「なんでも何も、私はここの学生です!そしてこの大学は学校法人龍門渕学園のものですわ!」

憧「この大学…龍門谷だいがくが?」

透華「ええ」

憧「学生?」

透華「在学しながら学校運営にも携わっていますの」

透華「叔父が総長で忙しい身なのでそのカバーも兼ねてということですけど」

憧「おー」

透華「聞きましたところ、麻雀部に入りたいと?」

憧「はい、そうです。そのためにこの大学に入りました」

憧「私だけでなくそういう学生は他にもいると思います」

透華「そうかもしれませんわね」

憧「確かに飲酒事件は飲ませた人たちが悪いと思います、だからと言って勧誘もさせず麻雀部まで夏まで活動停止というのはおかしいです」

透華「そんなの連帯責任ですわ。確かに悪いのは事件を起こした人々です、ですが世間の目はそう見ませんわ。麻雀部員であると新聞やテレビ・インターネットで出てしまった以上は世間が納得しうるしかるべき処置が必要なのです」

透華「この大学は私立、世間が見るイメージが何よりも重要ですわ。それに大学が処罰の責任をしっかり負わせないでどうするんですの」

憧「分かってます、けど1年生を今勧誘しないでいつ勧誘するんですか?何かしらの対策は打たないと…」

透華「打つべきだとしても、それを決めるのは貴女ではなく現在在籍している麻雀部員たちですわ」

透華「彼女たちが何かしらのアクションを起こして、私たち大学側がそれに対して返答する」

透華「残念ですがそれだけですわ」

憧「…はい」



憧(まぁ、若干分かってたけどね)

―部室棟・麻雀部部室前―


憧(やっぱりここは麻雀部員と話さないとか…)ガチャ


憧「すみませーん誰かいますかー?」  


 ドアは開いていたものの中に入ると部屋は薄暗く電気は付いていなかった

 活動停止中だからって部室にまで来ないってどういうことよ

 それでも部員かっての!少しは掃除してた玄を見習いなさいよねー

 と思ったのも束の間、明かりの点けられていない暗がりの部室は少しばかり奇妙な空気が漂っていた

 妙な熱を感じる

 部屋の奥に進むにつれてそれは感覚でなく確信に変わっていった


憧「誰か、誰かいるの?」


ガタッ


憧「キャ~~~~!!!!!!??????」

パチッ


??「うるさいなー…静かにして」

憧「…えっ、にっにんげん?」

??「そうだよ。人がせっかくソファで寝てたのに…」

憧「寝てたって、そんな…」

??「あー頭かゆい」


 目の前に現れたその人はくたくたの服を着てボサボサの銀髪をかきむしっていた

 かきむしった頭からはボロボロとフケが落ちてきた


憧「うっわ!」

憧「ねぇ…あなた…もしかして〝シラミ"?」

??「…んーまあ、そう言われてる」

 そうだ

 そういえば合格が決まって大学に入る前にハルエから教えてもらった話がある。

 龍門谷大学の麻雀部には〝シラミ"と呼ばれる伝説の幽霊部員がいるそうで

 なんでも、

 背が高く銀髪、常に気だるそうな顔で対局し

 手で悩む際には髪をかきむしりフケを落とすとか…でもその迷いの行動後は確実に良い手で上がりチームの勝利に貢献している

 でも滅多に部活には参加しない―

 噂には聞いていたけど、そんな奴が本当にいるなんて

 シンジラレナイ


憧「……」

シラミ「で、どちら様?…なんか部員じゃ見たことないような顔だけど」

憧「あ、あたし今年入学した商学部観光ビジネス学科1年の新子憧です。麻雀部に入りたくて来ました」

シラミ「…悪いけど、うちの部いま活動してないらしいから…」

シラミ「というか今年は新歓でも勧誘してなかったはずなんだけど」

憧「勧誘してなかったのは知ってます!けど、あたしどうしても麻雀が打ちたいんです!」

シラミ「…打ちたいなら雀荘でも行けば?」

憧「そういうことじゃなく!あたしは、この大学で麻雀打つためにわざわざ奈良から来たんです!」

シラミ「そういう個人的理由は知らない…打ちたがっても活動停止中だから無理としか言えない」

憧「あたしのことはいいです、でも今勧誘しないとこのままじゃ強い子が他の部活やサークルに取られて戦力が…」

シラミ「あのさ、そういうことは部長なりが考えるんじゃない?」

憧「貴方も部員ですよね?なら…」

シラミ「…とりあえず今は部活やってないからどうにもできない」

憧「じゃあ部長とお話しさせてください」

シラミ「…自分で探してくれる?」

憧「ちょっと!」

憧「部員なら少しは新入生のことも考えてくれたっていいじゃないですか!」

シラミ「部員じゃないよ…ただここに入り浸ってるだけ」

憧「なにそれ意味わかんないんですけど!」

シラミ「んーダルい…痒い」ボリボリ

憧「…あのーお風呂、入ってないんですか?」

シラミ「うーん、この前マンションの水道止められて」

憧「じゃあ運動部のシャワー室勝手に使えばいいじゃないですか」

シラミ「シャワー嫌い…湯船につかりたい」

憧「なに贅沢言ってんですか?そんなだからシラミだなんてアダ名付けられちゃうんですよ」

シラミ「あのさ…」

憧「何ですか?」

シラミ「小瀬川白望」

憧「?」

シラミ「私の名前…シラミじゃなくてシロムだから」

憧「…はい」





 それが、あたしと麻雀部のシラミこと小瀬川白望との最初の出会いだった―

※すみません、重要な場面で間違えを犯しました
シロムではありません…シロミです

本当に申し訳ないです。

シラミ「んーダルい…痒い」ボリボリ

憧「…あのーお風呂、入ってないんですか?」

シラミ「うーん、この前マンションの水道止められて」

憧「じゃあ運動部のシャワー室勝手に使えばいいじゃないですか」

シラミ「シャワー嫌い…湯船につかりたい」

憧「なに贅沢言ってんですか?そんなだからシラミだなんてアダ名付けられちゃうんですよ」

シラミ「あのさ…」

憧「何ですか?」

シラミ「小瀬川白望」

憧「?」

シラミ「私の名前…シラミじゃなくてシロミだから」

憧「はぁ」




 それが、あたしと麻雀部のシラミこと小瀬川白望との最初の出会いだった―

憧「う~ん」スタスタスタ


 結局あれから一週間経ったけど、どうにもこうにも話は前に進まないまま

 部長探すにも方法がないし

 事件が起きた時の部長は引責退部したって聞いた

 だからって渋谷さんに事件のこと聞きづらいなー

 打てない辛さもあるだろうし、あたし一応ルームメイトだし

 どうにかなんないかしら…

 まあ、あたしが動いてもどうにもなんない問題なんだけど―


ブーン プップー

憧「へっ?」


 後ろから轟音と共に勢いよく車がこちらに向かって走ってくるのが聞こえ

 クラクションが鳴った

 振り返った瞬間、車はあたしの目の前まで来ていた

キッキー

憧「うわっ!」ドタッ


 車は間一髪スレスレの所で止まり、あたしは避けようとしてそのまま左へ倒れた


憧「いった~」

バタン

??「すまんなー急いでたもんでアクセル踏み込み過ぎて」

憧「ちょっと!あんた一体どういう運転してんの…よ…」

??「おっ?」

憧「えっ?」

憧「つっ鶴賀のカマボ…じゃなかった蒲原さん!」

蒲原「おーどっかで見たことあるぞー確かインハイの時の」

憧「そうです!私―」

ガチャ

??「おい蒲原!女の子に怪我はなかったのか?」

蒲原「ユミちん」

憧「…鶴賀の、部長さん?」

ゆみ「いや部長は蒲原だったんだが…って君どこかで見覚えが」

憧「あたし、阿知賀女子の!あの、2年前のインハイで練習にお付き合いしてもらってお世話になった阿知賀女子の新子憧です!」

ゆみ「ああ、そうだ。思い出したよ」

蒲原「ワハハ 随分懐かしいなー」

ゆみ「それで転んだようだったが怪我はなかったか?」

憧「ちょっと手の平すりむいただけですから」

ゆみ「車の中に絆創膏なかったか?」

蒲原「いやー置いてないな」

ゆみ「また調味料しか置いてないのか」ハァ

蒲原「まあ、しょうゆーことだー」

ゆみ「こういう状況でくだらないギャグをするな!」

憧「あー大丈夫ですよ、ほんのかすり傷程度なんで寮帰ってから消毒すればいいですし」

ゆみ「いや、怪我をさせたのはこちらの方だ、途中で薬局にでも寄って手当しよう、いいだろう蒲原?」

蒲原「おお」

ゆみ「じゃあ決まりだな」

蒲原「あっこも後ろに乗るんだー」

憧「…はい」ガチャ

憧(〝あっこ"ってあたしのことだよね?)バタン

ゆみ「ちなみに蒲原の運転は前とあまり変わってないから」

憧「え゛っ…?」


ブロローン

蒲原「連絡、来てないかー?」

ゆみ「んーないな…」カチャカチャ

憧「そういえば急いでるって、さっき言ってましたけど、これから誰かと会う予定だったんですか?」

蒲原「会うというか探しに行くというかなー」

憧「?」

ゆみ「お前は後ろを向かなくていい!運転に集中しろ!私が話すから」グググッ

ゆみ「妹尾佳織を…覚えてるか?」

憧「…確かー眼鏡かけた鶴賀の部員さん?」

ゆみ「そう、妹尾がどうやら電車に乗っていて迷子になったらしくてな、これから迎えに行くんだ」

蒲原「といっても、多摩川あたりにいるとしか分からないんだけどなー」

ゆみ「仕方ないさ、東京の路線網は長野よりも複雑なんだ。三年いる私でもいまだに覚えきれてない」

憧「あーあたしもこっち来てから電車はまだ乗ってませんよ」

ゆみ「そういえばあの辺りを歩いていたということは君もこのあたりの大学に?」

憧「はい、龍門谷です」

蒲原「お!じゃあ私と一緒だなー」

憧「えっ!一緒!?」

蒲原「そうだぞ、商学部の経営学科なんだ」

憧「うそマジ!?私、観光ビジネス!」

蒲原「学部まで一緒かーじゃあ今まで同じ講義受けてたかもなーワハハ」

ゆみ「まさか加害者と被害者が先輩後輩だったとはなかなかの巡り合わせだな」

憧「加治木さんもウチの大学なんですか?」

蒲原「いや、ユミちんは別の大学に通ってるんだ」

ゆみ「ここの近くの法学部なんだ」

憧「この辺だともしかして帝央大学ですか?」

ゆみ「そうだが、よく知ってるなー」

憧「あそこの麻雀部もインカレ強いから志望校決めるときウチと迷ったんです」

ゆみ「なるほど。私はどちらかというと麻雀より学問に力を入れたくてあの大学を選んだんだ」

憧「学問ってことは、それじゃ麻雀部は入ってないんですか?」

ゆみ「ああ、今は蒲原たちと集まって打つくらいだな」

憧「そうなんですか、加治木さん練習の時も強かったからインカレで戦ってみたかったです」

ゆみ「そうか、それは申し訳なかったな」

憧「今度打ちましょう」

ゆみ「もちろんだ、ぜひ手合せ願いたい」

 近くのドラッグストアで消毒液や絆創膏を買ってもらい加治木さんに軽く手当をしてもらった

 気がつかなかったけど、よく見ると膝やひじも軽くすりむいて微かに血が出ていたり内出血をしていて驚いた


蒲原「すまんな申し訳ない」

憧「いやいや軽いもんなんで全然」


ピピピピッ


蒲原「お!佳織からかー?」

ゆみ「うーん、どうやら今、登戸辺りにいるらしい行けるか?」

蒲原「了解だー」

ゆみ「新子さんはこの後時間あるかな?」

憧「あ、はい」

ゆみ「じゃあこのまま一緒に妹尾を迎えに行ってもらってもいいかな?」

憧「大丈夫です」

ゆみ「メールによると、どうやら駅周辺にいるそうなんだが…」

蒲原「あぁ、いたいたー」キキーッ


佳織「智美ちゃん、ごめんね来てもらっちゃってー」

蒲原「佳織、大丈夫だったかー?」

佳織「うん、看板の案内どおりに歩いてたはずなのに気が付いたら全然別のところにいて―あれ…?」

憧「こんばんはー」ペコリ

佳織「えっと、確か以前どこかでお会いしたことがあるような~」

憧「2年前のインハイで練習にお付き合いしてもらった阿知賀女子学院の新子憧です…といっても卒業して今は龍門谷の学生なんですけどね」

蒲原「さっき偶然会ったんだ」

ゆみ「引きそうになったの間違えだろう」

佳織「そうだったんですかー智美ちゃん運転荒いから。怪我ありませんでしたか?」

憧「それは全然。こっちも考え事して歩いてたし怪我と言ってもかすり傷程度なんで」

佳織「なら、よかったですー」

蒲原「よーし、みんな揃った所で夕飯でも食べ行くかー」

ゆみ「食べるならどこがいいか希望はあるかな?」

憧「あ~わたし東京自体まだそんなに詳しくないんで任せます」

ゆみ「だ、そうだぞ蒲原」

蒲原「んじゃ、サイゼにしよう」

佳織「えーこの前もサイゼだったよ?」

蒲原「金欠の懐には優しいぞー」

ゆみ「…お前、もしかして」

蒲原「いや~今月ちょっとアタリに見放されててな」

佳織「えぇ!智美ちゃんまた行っちゃったの!?」

蒲原「今回は良い馬が走るって聞いてな~」

佳織「あれほど行っちゃダメって言ったのにー」

ゆみ「私はお前に競馬に賭けるお金があったら貯めろと言ったはずだが」

蒲原「ワハハ ユミちんも一回やってみろよー絶対ハマるぞー」

ゆみ「もう完全にJRAの思うツボだな」

―サイゼにて―


佳織「皆さん、なに頼みますかー?」

蒲原「私はもう決まってるぞ!」

ゆみ「ミラノ風ドリアだろ」

蒲原「おぉーさすがユミちん!察しがいいな~」

ゆみ「ここに来たらそれしか頼まないんだ、察しも何もあったもんじゃない」

蒲原「私の懐の強ーい味方だ…」

蒲原「心の友と呼んでもいい!」

憧「随分安い友だちね」パラッ

蒲原「あっこはミラノ風ドリアのすごさが分かってないな~?」

憧「分かってないのはあんたのお金の使い方でしょ」

蒲原「なにっ!」

ゆみ「いいツッコミだな」パラッ

蒲原「ユミちんまで!」

憧「あたし決まりましたー」

ゆみ「私も決まった」パタン

佳織「智美ちゃんボタン押してー」

蒲原「…おーう(このくらいでは泣かないぞ!)」ピンポーン

ゆみ「あまりファミレスには来ないのか?」モグモグ

憧「ファミレスって奈良駅の近くにはあるんですけど、さすがに阿知賀にはなくて…」

ゆみ「大学のあたりならいくらでもお店はあるだろう?」

憧「あーそうなんですけど、普段は寮で食事なんで外食全然しないんですよ」

ゆみ「なるほどな、それは非常に健康的だ。ぜひ蒲原に見習わせたい」

蒲原「私はそんなに不健康な生活は送ってないぞ!」モグモグ

ゆみ「じゃあ普段の食生活を聞いていこうか?」

蒲原「いいぞー昼は学食で100円のかけそばだろう、講義の合間にお菓子を食べて夜は近くのイトヨーで割引されてる弁当を食べる」

憧「いやいや、なんで昼からなのよ」

佳織「それは智美ちゃんが朝全然起きれなくて、起きるのがいつもお昼ぐらいだからです」

蒲原「夕飯はたまに佳織が来て作ってくれるんだー」

佳織「さすがに、その食生活じゃ智美ちゃん荒廃しそうで…」

ゆみ「他の大学生とは大違いだ」

蒲原「そうかー大学生なんて皆こんなもんだぞ」

佳織「そんなこと言って、その生活直さないとまた留年するよー?」

憧「……留年?」

蒲原「ん?」

ゆみ「ああ、蒲原は今年留年してまだ2年生なんだ」

憧「えっ!?」

蒲原「佳織と同じ学年なんだ ワハハ」

憧「ええっ!?」

憧(そっか、あたし当然のように聞いてたけど3年ってキャンパスあっちだった、フツーに聞き流してたわ)

佳織「もー当たり前のようにそう言ってるけど、今年も留年したら私は来年からキャンパス移動しちゃって手伝えなくなるんだからね!」

蒲原「まあ、今年は大丈夫だろう!」

ゆみ「その根拠のない自信はどこから来るんだ?」

蒲原「根拠ならあるぞ!今年は前期4科目・後期4科目さえ取ればいいんだ、楽勝だろう?」

憧「あー完璧ダメなやつの考え方だわそれ」

ゆみ「全くだな」

佳織「ホントお願いだから留年しないでね智美ちゃん…」

蒲原「ワハハ」

憧「てか、なんで留年したわけ?」モグモグ

蒲原「なんでだろうなー」モグモグ

憧「ちょっと、あんたねーそこ大事なとこでしょう」ビシッ

佳織「あーじゃあ私が代わりに説明します!」

佳織「私が入学した時点で智美ちゃんは1年で取らないといけない必修科目をことごとく落として2年で再履修することになってたんです」

佳織「2年で必修落とすと留年だから去年は必死で私もサポートしようとして―



佳織『いい?智美ちゃん!英語は今まで私が代弁して出席の方は足りてるから、あとはテストだよ!』

蒲原『まかせろー』

佳織『必修英語は今回テキスト持ち込み可だから私の書き込み済みのテキスト貸してあげる、だから後はちゃんと1限に間に合うように来てね!」

蒲原『ワハハ分かったぞ~』

―試験当日―

佳織『智美ちゃん今どこ?あと5分でテスト始まっちゃうよ!』

蒲原『すまん寝坊したぞー』

佳織『ふぇ~~~~!!!』



憧「なんでそうなるのよ!?」ドン

憧「幼馴染がそこまでしてなんで試験にこないわけ!バカなんじゃないの?」

蒲原「目覚ましをかけ間違えてなー」

佳織「結局それで必修英語落としちゃって…どちらにせよ1年の中国語会話と簿記も不可で単位足りなくて留年しちゃって」

蒲原「あと経営学総論も前期後期で落としたな~」

憧「あんた落とし過ぎ!」

憧「それに去年も落としたってことは再々履ってことでしょう?」

蒲原「おー英語の外人先生とは3年の付き合いになるんだ、仲がいいんだぞー」

憧「それ絶対同情されてるから…」ハァ

ゆみ「蒲原、モモがゴロゴロくんの最新刊貸してほしいって言ってたから今度持ってきてくれないか?」

蒲原「おう」

憧「そういえば、東横さんと津山さんはどちらに?」

蒲原「モモもむっきーも東京だぞ」

ゆみ「モモは私と同じ大学なんだが今日は特別講義が入っていて来られなかったんだ」

憧「あ、同じ大学なんですかー羨ましい」

蒲原「そしてユミちんとモモは同棲してるのだ ワハハ」

ゆみ「ゴフッ!コホッコホッ…」

憧「同棲!?」

ゆみ「蒲原!余計なことを話すな恥ずかしい!」

蒲原「すまんすまん」

憧「その話詳しく教えて欲しいんですけど!」

ゆみ「同棲なんてそんな大層なものでなく、どちらかといえばルームシェアだよ」

憧「じゃあ次会った時に東横さんに聞きますね!そのルームシェアの話!」

ゆみ「聞かれたらノリノリで話しそうだなモモは…」

憧「津山さんは?」

佳織「睦月さんは同じ東京でも千葉よりの外語大学に通っていて平日はこちらまで来るのが難しいんです」

憧「おー外語大」

ゆみ「確か今年の夏休みにチリに短期留学するんだったかで特に前期は忙しいという話だったな」

蒲原「去年はスロヴァキアに行ってたぞ」

佳織「2月はオマーンに行ってたよね」

憧「…なんだか随分マイナーな国に行くんですね」

ゆみ「そういうのが売りの大学らしい」

憧「はあーなるほど」

佳織「阿知賀の皆さんはどうされているんですか?」

憧「うち?」

蒲原「そうだぞーなんたってインハイの練習以来だからなー」

ゆみ「そうだな、ぜひ聞かせてほしい」

憧「うちはそんな聞かせるほどの話ないですよ」

憧「宥姉が地元の大学に行ってそれに続いて灼さん・玄・しず、みーんな同じ大学に通ってるって感じで。学部はさすがに違いますけど」

佳織「じゃあ憧さんだけ、こちらに?」

憧「はい、あたし麻雀続けたくてプロになりたいしインカレの強い大学の方が1部リーグで年間試合数も変わってくるから」

蒲原「確かにうちの大学の麻雀部は強いからなー」

ゆみ「車の中でもそう言ってたな、確か」

憧「そうなんですよー…って―」

憧「麻雀部!そう!2人とも麻雀部入ってませんか?」

ゆみ「なるほどな。龍門谷麻雀部の飲酒事件は小さいが記事になっていたしニュースにもなったからな」

憧「あたしが動いてもどうにもならないのは知ってるんですけど、やっぱり…」

蒲原「入部したけど、去年はたまーに顔出すくらいになっちゃったからなーそのへんの事情はよく知らないんだ」

佳織「私も部員だったら色々知れたんですけどすみません」

憧「いえ全然。部活が再開されるまで大人しくネト麻で打ってますよ」

ゆみ「だったらネト麻じゃなくて、再開されるまで時間のある時は私たちと打てばいい」

蒲原「お!いいなそれーなんだかんだユミちんの家に集まって皆で打つしなー」

憧「いいんですか?」

ゆみ「ああ、都合がつけば他の連中も呼ぶよ」

憧「わっ、ありがとうございます!」ペコリ

ゆみ「麻雀部に入ってなくても私も強い人とは打ちたいからな」

ゆみ「…っと―もうこんな時間だ、そろそろ引き上げよう」ガタッ

佳織「はーい」ガタッ

蒲原「帰ったらモモに何か作るのかー?」

ゆみ「まあ、パスタくらいはな」

憧「いいですね同棲ってー」

ゆみ「同棲じゃなくてルームシェアだ」


憧「そういえば、この前麻雀部の部室に行ったらねー」

蒲原「あー開いてなかっただろう部室。なんか出禁らしいからなーにひゃくきゅうじゅう…」

憧「…出禁?」

蒲原「なんか活動停止中になるとどこの部活もそうなるって言ってたぞ」

蒲原「佳織ー1円玉あと3枚ないかー」

佳織「えっえーっとー3枚3枚」


 部室に入れない―って、じゃあ何であいつ部室にいたんだろう?

 もしかして幽霊?

 水曜3限は経営学総論という大教室で行われる講義だった

 担当の仁木という教授は講義嫌いで知られていて毎回10分必ず遅れて来る上に、淡々と本に書かれた経営学の知識を板書きするだけで

 私語に関して一切注意しないため、150人以上が受講するこの大教室は鳥小屋状態だった。


オイ!ニキゴルフー!!

ニキニキニキニキニキノカシー!!


教授「であるから、第6講のテーマがここで―」

憧「……(ああいうのは履修不可にしちゃえばいいのに)」

蒲原「いや~見ないうちにあの人、また肥えたなー」

仁美「ステーキの食い過ぎじゃ」ジュージュー

蒲原「今年は食べるラー油がマイブームだって言ってたな」

仁美「ご飯にかけて食べるアレか?」ジュージュー

蒲原「あれって美味いのか?」

仁美「知らん」ジュージュー

憧「あのさ」

仁美「ん?」

憧「この授業、1年の必修のはずなんだけどー…」

蒲原「いや~あと15点だったんだがなー」

仁美「15点マイナスでオマケは無理とよ」ジュージュー

憧「てか、あんた!」ビシッ

仁美「何と?」

憧「あたしのインハイ時の記憶が正しければ、あたしとあんたは2個違いのはずなんだけど?」

仁美「そうじゃ、2個違いであってるけん」

憧「じゃあ…3年生のはずのあんたがここにいるってことは」

仁美「仕方なか、うちが留年したんはなんもかんも仁木が悪い!」ゴゴゴゴゴッ

憧「それはあんたが悪いのよ!」バシッ


 智美の留年仲間の江崎仁美は龍門谷の麻雀部員で、私と同じようにインカレに強いこの大学を選んで福岡から上京してきた。

 高校同士が戦った以外の接点が全くなかったが智美と馬が合うことが幸いして、すぐに打ち解けることができた。

 よく都合が悪くなると政治や人のせいにしているけど、なんだかんだ一緒にいて飽きない

憧「仁美ってさ、そういえばどこでバイトしてんだっけ?」

仁美「レンタルビデオ屋やけん」

憧「そういうとこってバイトしてるとDVDとか安く借りられるんだよね?」

仁美「一応社割効いて借りられるけど、何か見たい映画でもあるんか?」ジュージュー

憧「あー違う違う。麻雀部が再開するまでなんかバイトでもしよっかな~と思って聞いてみただけ」

仁美「そういうことけん、夏までなら短期のバイトの方が稼げるかもしれんよ」

憧「じゃあ探してみるかなー」

蒲原「お!あっこも私と一緒に稼ぐか?」

憧「なに、良いバイト紹介してくれるの?」

蒲原「それはだなーけい…」

憧「ば!、って言おうとしたら叩くわよ?」

蒲原「あ~……りん」

憧「もう叩かれたがってるとしか思えない答えだわそれ」

憧「ただいま~」バタン

尭深「おかえりなさい」

シロ「おかえり…」

憧「って!なんであんたがここにいんの!」

シロ「お茶飲みに来た」

憧「はぁ!?」

シロ「尭深の淹れるお茶美味しいから」

尭深「憧ちゃん、小瀬川先輩のこと知ってるの?」

憧「えっ、あーまあ…つい最近ですけど」

尭深「小瀬川先輩は麻雀部の先輩で部長だったんです」

憧「部長!?シラミのあんたが?」

シロ「シラミじゃなくてシロミ…」

憧「なんであの時言ってくれなかったのよ!部長だって!てか部員じゃないって…」

シロ「あの時はもう、麻雀部辞めてたから」

憧(ああ、引責で退部したってこの人のことだったんだー)

尭深「憧ちゃんが1年生の時、団体で小瀬川先輩もインターハイに出場されてたんですよ」

憧「えっ!?マジで!?」

シロ「うん…」

憧「全然知らなかった」

尭深「Bブロックの方にいらっしゃいましたから」

シロ「それに、うちは部員がずっと3人で出場できたのは3年のその時が初めてでBブロックの2回戦で負けたからね」

憧「じゃあ和たちと戦ったんだ!」

シロ「和…?」

憧「おっぱいの大きい清澄高校の子!」

シロ「ああ、いたかも。私が戦ったのはトラッシュマントガールだったけど…」

憧「トラッシュマント?」

シロ「名前忘れた…」

憧「てか、シラミって幽霊部員じゃなかったの?」

シロ「幽霊部員?あーそれ多分、サトミのことじゃないかな…」

憧「サトミ?」

シロ「私と同い年のカンバラサトミ」

シロ「他大からワハハ部員って言われてる」

尭深「秋ごろからあまり来なくなりましたけど楽しい方ですよね」

憧(あいつじゃん…ワハハってあいつしかいないじゃん)

憧「確認なんだけどそのカンバラサトミって、口がこう、笑うと半月の形するヤツのこと?」

シロ「うん…なに知り合いなの…?」

憧「まーね」


 普通に麻雀部の話してたからすっかりその気だったけど確かにあいつ

 たまーに顔出すくらいになったって言ってたわ

 すっかり忘れてた

お待たせしました
保守してくれた皆さんありがとうございました
投下していきます

シロ「そういえば、また課題が出てたんだ」

尭深「デッサンですか?」

シロ「いや今回は空間デザインの基本的なやつ」

憧「デッサンって?」

シロ「私、芸術学部だから」

憧「へーでも芸術学部の学生って本館とかにいないよね」

シロ「うん、他の学部と違って部室棟の裏に学部棟があるから」

憧「…学部棟があるってことは、ずっとこっち?」

シロ「うん…芸術学部は4年間ここ」

憧「へーてっきりまた留年組かと思ったわ~」

シロ「留年したけど…」

憧「あんたもかっ!」

憧「なんか、ここまで周りが留年だらけだと3年になるには1回留年しないといけない仕組みになってるんじゃないかって思えてきた」

シロ「前期は普通に通えたんだけど冬はどうしてもコタツから出たくなくて」

尭深「対局室にコタツ持ってきた時は驚きました」

憧「そんなことしてたの!?」

シロ「コタツから出たくなかったしエアコンじゃ暖かくなくて」

憧「コタツ運ぶまでにかかる労力は一切無視なんだ!」

シロ「なんか前にもそんなこと言われたな」

シロ「痒い…」ボリボリ

憧「ちゃんとお風呂入ってるの?」

シロ「いま水道止められてて」

憧「それこの前聞いたから」

憧「シャワーが嫌なら銭湯でも健康ランドでも行けばいいでしょ?近くにあるんだし」

シロ「あと1週間、800円で生活しないといけないから無理」

憧「…競馬でもやってる?」

シロ「してないよ…行くのダルいし…どうして?」

憧「金欠学生の姿がダブって見えて」

憧「まあ、いいや。渋谷さん、シラミにお風呂貸していいですか?」

尭深「ええ」

シロ「シラミじゃなくてシロミだから…」

ピピピピッ

憧「ほら、お風呂沸いたから入って」

シロ「ありがとう」

憧「そんなくたくたな服とボサボサの髪でよく部長になれたわね」

憧「入学した時からそうなの?」

シロ「最初の頃は普通に生活できてたんだけど、課題と麻雀とでどんどんダルくなってきて1年の秋ぐらいからこんな感じ」

憧「練習試合とかインカレの時はどうしてたの?」

シロ「さすがにマズイからって部員の皆が銭湯に連れてってくれて頭洗ってくれたり…」

憧「あんたはどっかの国の王様かっ!」

シロ「さすがに悪いから身体は自分で洗った」

憧「それが普通だから…」

 次の日の昼休み、あたしは智美と2人で部室棟近くの食堂へ来ていた

 部室棟近くの食堂は本館から遠いため、あまり利用しないが今日は目的があった


憧「いたいた!」

シロ「新子さん…」

憧「新子さんなんて他人行儀ね~憧でいいから。ここ座っていい?」

シロ「いいけど、何か用?」

憧「昨日聞き忘れちゃったんだけど、どうしてあの日部室にいたの?」

シロ「そのこと?」

憧「そうよ、活動停止中は出入り禁止なのにあの日いたから、幽霊部員じゃなくて本当の幽霊なんじゃないかと思ったんだから」

シロ「あれはー…」

蒲原「よーシロっちー久々だな」ヨッコラショ

シロ「サトミも…久しぶり。珍しいね、こっちまで食べに来るの」

蒲原「今日はあっこに誘われて来たんだー」

シロ「あっこ?」

憧「あたしのこと」

シロ「そっか、知り合いだったんだっけ」

憧「インハイの時にうちの高校の練習に付き合ってもらって最近偶然再会したの」

シロ「へえ…」

蒲原「そういえば、ばあちゃんがたまには御徒町にも遊び来いって行ってたぞ」

シロ「あー近いうちに会い行くって伝えておいて…」

蒲原「おー」

憧「おばあちゃんって…やけに親しいのね」

原「うん?あー親しいも何も親戚だからなー私たち」

憧「はっ?」

シロ「うん…親戚」

憧「はっ!?」

蒲原「ワハハ」

憧「はぁ~~~!!!???」

蒲原「あっこ驚きすぎだぞー」

憧「えっ、だって…」2人を見比べる

憧「うっわー言われてみればダメレベルそっくり!朝弱いとか留年とか留年とか」

蒲原「私はシロっちほど酷くないぞ!」

シロ「サトミに同じく」

憧「いやいや否定してもそっくりだからあんたたち」

 それから智美・妹尾さん・シロ・あたしの4人でお昼を一緒にすることが多くなった。


憧「そういえばさ、シロのところは他の人どうしてるの?一緒じゃないの?」

シロ「うちは2人大阪の大学に行って、1人は交換留学生だったから母国に帰って、あと一人は村に戻った」モグモグ

憧「なんだ、じゃあシロだけ東京なんだ」

シロ「他の2人みたいに関西の芸術科も受けたけど落ちて、ここしか受からなかった」

佳織「それすごいですよーここの芸術科は芸術系大学の中でもレベルも倍率も高い方なんですよ」

憧「へーそうなんだ、シロめちゃくちゃ強運じゃん」

シロ「うーん…まあ」モゴッ

憧「てか大阪って、あのうるさい江口セーラがいるところじゃん」

シロ「うん、胡桃が…大阪に行った子が学部違いだって言ってた…」

憧「うわー同じ大学とか世間狭すぎる!」

佳織「それは私たちも人のこと言えませんけどね」

憧「…まぁ、確かに」

シロ「でも、あっちはもっと人がたくさんいたはず」

シロ「佐々野さんと新道寺の部長だった…誰だっけ…狸さん?」

憧「狸~?羊じゃなくて?」

シロ「いや、そういう見た目のことじゃなくて…」

蒲原「羊は仁美だろ~あの先鋒で大クワガタみたいな鎌の髪型した子のことかー?」

シロ「だから…外見的特徴じゃなくて…」

佳織「あと誰かいましたっけ?」

憧「あ!もしかして―まいるさんのこと?リザベーションの人!」

シロ「あ…そう、まいるさん」

憧「そういえばそんなこと仁美から聞いた気がするな。『哩の2浪はなんもかんも~』とかなんとか」

蒲原「私もそれ聞いたぞー確か後輩と同棲してて結婚も約束してるって話で―」

憧「えっ!?それ初耳なんだけど!」

蒲原「ん?言ってなかったか?」

佳織「智美ちゃんそれ加治木先輩たちの話とごっちゃにしてない?」

蒲原「あーそうかもしれんなーワハハ」

憧(…ごっちゃにしててもつまり結婚の約束をどちらかのカップルがもうすでにしてるっこと?気になるんだけど)

もしかして胡ネキの人?

 その日、異変に気が付いたのは部屋に差し込む日の光のせいだった
 
 やけに明るい

 時計を見ると8時半だった

 8時半…1限は9時からだから


憧「やっば!遅刻する!!」


 渋谷さんは3限からでまだ上のベットで寝ていた

 あまりドタドタするわけにはいかなかったけど、こっちも出席がかかってる

 とにかく急いで顔を洗い歯を磨き服を着替え髪を梳かして自転車にまたがった

 寮から大学までは歩いて30分かかる

 自転車飛ばして15分いま47分過ぎたところだからギリギリ!

 あの大きい坂登れば東門の入り口だから…


憧「あんた、そこで何してんの?」

 思わずペダルをこぐのをやめて立ち止まる

シロ「…おはよう」

憧「おはよう、で何してんのシロ?」

シロ「1限間に合いそうにないから、ちょっとここで休憩…」

憧「バカ!あんたそんなんだから留年するのよ!2留するとかありえないから!」

憧「ほら!早く後ろ乗って!」

シロ「うん…」

憧「あー今ので1分ロスした!あと8分しかないじゃない!」


 傾斜が急なこの坂で2人乗りは結構キツかったが、登り切れば門の入口から駐輪場までは下り坂だった


憧「ハー…ったく、2人乗りなのに必死過ぎてムードまるで無し」カラカラ

シロ「今度は恋人でも乗せたら?」

憧「言われなくてもそうしたいわよあたしだって!でもいいのがいないの!」ハァハァハァ

シロ「じゃあ…合コンでも開けば?」

憧「…はぁ?」

シロのそんな提案を笑い話としてお昼にしたらなぜか蒲原たちが乗り気になって

 あたしたちは他大学の人(とりわけ加治木さんのツテで)と合コンすることになった


憧「なんでこう…話が進むのかしら」

蒲原「面白そうだしいいんじゃないかー」

佳織「合コン初めてです~」

仁美「何にせよ酒が飲めるんは楽しみよ」

シロ「なんで私も行くの?」

憧「そりゃ言い出しっぺはシロなんだから参加するのは当たり前でしょ!」

シロ「だるい…」ポリポリ

憧「んー…お風呂には入らせるとしても、その格好はどうにかした方がいいわね」

シロ「でも…こういう服しか持ってない」

憧「買えばいいじゃない」

シロ「服買うお金ない」

憧「じゃあ智美に貸してもらって」

蒲原「なっなんだと!?」

憧「なに驚いてんのよ、いいじゃない親戚なんだから。後で返してもらえるでしょう?」

蒲原「私も今月いっぱいいっぱいなんだかなー」

憧「つべこべ言わず貸すの!」

蒲原「仕方ないなー」

蒲原(これは明後日の競馬に賭けるしかないかな…)

憧「ただ、加治木さんが言っていたことが心配だなー」

蒲原「ああ友人の友人ってやつか」


 加治木さんに合コンのお願いをしてから何日かしてメールの返事がきた


ゆみ『合コンはできることになったんだが正直期待できない。私の友人に頼んだら友人の友人たちが参加することになっていて、正直私も会ったことがないしあまり信用できない』

ゆみ『私も参加するが雰囲気が気になるようなら構わず言ってくれていい』


憧「加治木さんもどんな人たちかイマイチ分かってないのに大丈夫かな?」

仁美「まあ加治木がおるけん変なことせんやろ」

憧「そりゃそうだけど」

―合コン当日―


憧 「来れなくなった?」

佳織「さっき先輩から連絡があって、桃子さんが急に寝込んだらしくて病院連れて行くって」

憧「うーん、仲介役が来られないのはちょっと…」

蒲原「今からドタキャンするのはなー」

シロ「行くの?」

憧「仕方ないけどね」



 お店に着くとすでに合コン相手の男の人が6人いた。

モブ男A「こんばんは!今日はかわいい女の子ばかりで、めちゃくちゃ嬉しいです!よろしくお願いします」

憧「こちらこそどうぞよろしくお願いしまーす」

モブ男B「じゃあ早速、皆さん何飲みますか?」

蒲原「やっぱ一杯目はビールだよな~」

憧「ちょっと!」

蒲原「なんだ?」

憧「あんたが飲んだら車運転できる人いなくなるでしょうが」

蒲原「…なん…だと…!?」

モブ男C「えー車で来ちゃったの~」

憧「どうもすみませーん、あたしと蒲原はジンジャエールでー」

モブ男D「じゃあ、それ以外は皆さんビールってことで頼んじゃいまーす」

 飲み物がくるまであたしたちは軽い自己紹介をした
 
 相手の人たちは慣れているのか好きなタイプや恋人とデートしたい場所とかも言っていて、そこはすごく合コンぽかった

 乾杯してからお互いの大学のことや地元の話をしたりして特に問題もなくそこそこ盛り上がっていた


モブ男E「白望ちゃんカンパリ飲むでしょ?一緒に頼んじゃうねー」

シロ「どうも」

仁美「ぷはーポン酒は美味いけんねー!最高!」

シロ「仁美、何か飲む?」

仁美「酒もよかばってん一休みにウーロン茶にするけん」

シロ「…いいの?」

仁美「何がね?」

シロ「なんでもない」

皆が程よく酔ってきた頃、メンドクサイことが起きた


モブ男F「憧ちゃんてさ~結構お酒強そうな顔してるよね」

憧「えっ、そうですかー?」

モブ男A「してるしてる!」

モブ男E「実は飲める口でしょ?日本酒とかいけんじゃね?」

憧「いやいや本当にまだ飲んだことないですから」

モブ男C「高校生の時飲んだりしなかったの?」

憧「うーん、実家が神社なので甘酒をちょっと飲んだくらいです」

モブ男E「いやー絶対強いから飲んでみなって!とりあえずカシオレとかカルーアくらいなら甘いしいけるっしょ?」

憧「いやでも、まだウーロン茶残ってるんでー」

モブ男B「白望ちゃんも結構飲んでるのに顔色変わらないからお酒強いんだねー」

モブ男C「強いならさ俺と飲み比べしよーよ、こんなかじゃ俺強い方だしさ」

シロ「うーん…じゃあ」


ガタッ

仁美「九州女ねぶるな!こちとら芋焼酎飲んで育ってきたけん!飲み比べ言うたらウチやろう!」

憧・佳織・蒲原(えっ!?)

仁美「ほら好きなポン酒でも焼酎でも頼み!待っとってやるけん!」

モブ男C「あ、はい…」イソイソ

モブ男F「早く選べよ」

モブ男C「待てって、えっとじゃあ八海山1杯」

仁美「じゃあ、うちは八海山ダブルで」

モブ男A「ダブル!?」

モブ男D「マジかよ」

仁美「新道寺のOBはこげなもんじゃなか、インハイ優勝した時は樽ごと飲んだやつがいるけん」

仁美「飲めなくなったらすぐ白旗上げぇ!」

モブ男C「あ、はい…」

仁美「シロ!うちは八海山飲むからウーロン茶飲んでくれんけん?」

シロ「いいよ…」ゴクゴク

憧(普通に話せてるし酔ってないんだけど…すごっ)

 それから仁美と強い方だと言っていた男は、飲み放題の時間が終わるまでに日本酒一升を飲みあげた所で男がギブアップした

 九州女は確かに強くて、そのあとも勝利の美酒にと久保田をダブルで頼み、あっさりそれを飲みあげていた

 結局、1人が飲み過ぎたことでこの合コンは呆気なくお開きになった


モブ男達「「えーっと今日はお疲れ様でしたー」」オジギ

憧「あーお疲れさまでした…」ペコリ

蒲原「お疲れー」

仁美「お疲れさまやったな!」

モブ男F「あっ、はい…」ビクビク

モブ男C「うぅ気持ちわりぃー」

モブ男A「ほらお前もCの肩持ってやれって」

モブ男D「でもどうするー電車乗せたら絶対こいつ吐くって」

モブ男B「タクシーで帰らせる?」

モブ男E「もう置いてっていいんじゃねー?」


ガヤガヤガヤ

憧「私ノンケだよ」

和「えっ?」

竜華「えっ?」

美穂子「えっ?」

憧(なんだかイメージしてたのとあまりに違いすぎてなんだかなぁー合コンってこんなんだっけ?)


蒲原「おーい あっこーシロがトイレから戻ってこないから、見てきてくれないかー?」

憧「はーい」

憧(こっちはこっちで全く―)

タッタッタッ

憧「シロいるー…」ギィー

ゴン

憧(ゴン…?)

お店のトイレのドアを開けた途端、目の前に見たことのある銀髪頭の人間がうつ伏せに倒れていた

憧「シロっ!ちょっと!えっ?なにどうしたの?」

シロ「目まわって…起きれない」

憧「だってシロそんなに飲んで…」

憧「あんたまさか、お酒弱いの?」

シロ「…んー強くはない」

憧「もう!しょうがないわねーほら肩貸して」

佳織「わっ!どうしたんですか~?」

憧「トイレでぶっ倒れてたの!」

蒲原「シロっち大丈夫か?」

佳織「とりあえず1番後ろの席に寝かせましょう」

ドタバタドタバタ

蒲原「んじゃ、シロっちも乗せたし帰るかー」ブロローン

憧「あんたの運転する車で帰るって恐怖よね…とりあえず帰り道誰も吐かなきゃいいけど」

仁美「あんくらいの量で吐くやつおらんちゃろう」ジュージュー

憧「トイレでぶっ倒れてたのがいるのに?」

仁美「ぶっ倒れると酔いも冷めるけん」

憧「吐かずに倒れる方が危ないんじゃないの?」

仁美「まあシロはそげん飲んでなかね平気やろう」ジュージュー

憧「にしても、あいつらメンドくさかったわー」

佳織「ノリは面白かったと思いますけど…確かに」

仁美「無理やり飲ませるんは許せんね」

仁美「シロはそれほどお酒の強かわけじゃなか、部の慰労会ば大体ゆっくり飲んどる」

佳織「そうなんですか?」

仁美「まあ今日は飲める奴が少なかったけん、ちょっとだけ無理したんやろう」

憧「飲めないなら飲まなければいいのに」

仁美「あのメンバーじゃ、そういうわけにはいかんがらな」

佳織「どうしてですか?」

仁美「相手がどんな奴でも加治木の紹介しとってくれたもんやけん、加治木のメンツ潰さんよう盛り下がらんようしたんじゃなかか」

仁美「おまけに飲ませられんけんやつもいるし、後のことも考えてそれなりに対応したんやろう」

仁美「ウチは酒無理やり飲ませるん奴は許せんから我慢できんかったけどな」ジュゴゴゴー

憧「………」

蒲原「よーし、シロっちのアパートに着いたぞ」

憧「ほら、シロ起きなさいって!着いたわよ!」

シロ「うーん…」

憧「ホントにもう仕方ないんだから!ほら肩貸して!よっ…と!」バッ

シロ「う~ん…」

憧「智美はこのまま2人のこと送ってって」

蒲原「あっこはどうするんだ?寮だし帰らないとマズイだろ」

憧「何言ってんのよーあたしは今日遅くなると思って寮に外泊届け出してきたんだから」

憧「本当はアンタの家泊まろうと思ってたけど、このまま泥酔のシロを玄関に置いて帰るんじゃ気が引けるし」

蒲原「そうかすまんな、じゃあシロっちのこと頼んだぞー」

仁美「任せたけんね」

佳織「すみません、よろしくお願いします」

憧「はいはーい」


ブロロロロー

 シロの住むマンションは外観も中も洋風のちょっと凝ったデザインをしていた

 エントランスは電球色の暖かみのある明るさを放っていてウチの寮の入口にある切れかけの電球とは大違いだった

 そのエントランスを抜けエレベーターに乗り、さっき蒲原に教えてもらった3階の一番奥のシロ部屋まで連れて行く

 鍵とドアを片手で開け玄関でシロを降ろすとそのまま床に崩れる

 完全にダメだ、帰らないでよかった

 再び肩をとり持ち上げて、そのままベットへ運んだ


憧「よっこいしょ…っと」ドサッ


 ベットに寝かせひと段落すると急に周囲に目がいった

 入るまで汚いとばかり思っていたシロの部屋は思いのほか整頓されていて

 壁には木製のボードが掛けられ、そこにデッサンの紙が所狭しと貼られていた

 それとは別にとりわけ大事そうに一枚だけ額縁に入れられた水彩画が飾られていた

 碧眼に金髪の綺麗な髪の毛をした女の子が幸せそうにこちらに微笑んでいる姿

 絵の隅に筆記体で「Aislinn Wishart」と書かれていた

憧(エイスリン?)


 棚の写真立てには年配の女性と5人の女の子の集合写真があった

 そのうちの2人はシロとさっきのモデルの女の子

 女の子たちはみんな半袖の制服を着ていて

 バックには東京国際フォーラムが写っていたことから麻雀部の友人たちとの写真だと分かった


憧(ふーん…)


 あたしはスヤスヤと眠るシロの横顔を眺めた

シロ「んっ…」

憧「やっと起きた?」

シロ「…憧?どうしてここに?」

憧「あんた昨日飲みすぎてトイレで倒れたこと覚えてないのー?」

シロ「…全…然…」

憧「その驚いた顔じゃそうでしょうね」ハァー

憧「気分は?悪かったりしない?」

シロ「ううん」

憧「そう。待ってて、いま水持ってきてあげるから」


タッタッタッ


憧「はい」

シロ「ありがとう」ゴクゴクゴク

憧「強くないなら始めからそう言ってくれてもよかったのに」

シロ「それじゃ飲めるのが妹尾さんと仁美だけになる」

憧「だからって、あんたが飲んでぶっ倒れちゃ意味ないでしょう」

シロ「そこは反省してる」

憧「まあ何もなくてよかったわよホント」

憧「てかこの家って何か朝ごはんになるようなもの置いてない?」

憧「あたしお腹空いちゃってさー何か作っていいでしょ?」

シロ「冷蔵庫に卵と野菜が入ってるから使っていいよ」

憧「パンかご飯は?」

シロ「パンはないけどご飯は冷凍庫に保存してあるから温めれば食べられる」

憧「分かったー適当に作るからシロは着替えてて」サッ

シロ「ねえ」パシッ

憧「何よ?手掴んできたりして」

シロ「…あのさ」

憧「うん」

シロ「起こして…」

憧「はぁ?」

シロ「そのまま引っ張ってくれれば起き上がれそうだから」

憧「やーよ、そんなの!昨日だってここまであんたのこと頑張って運んできたんだから、自分で起きるくらいはしなさいよね!」ドン


ドサッ


シロ「…ダルい」

大学だと組み合わせも出来る事もかなり自由だしいいよね

憧「ごちそうさまでしたー!」

シロ「ごちそうさま」

憧「我ながらありあわせでよくできた朝ごはんだったわ」

シロ「食器、流しに置いといてくれれば後で片づけるから」

憧「…そういうのはダルくないんだ」

シロ「コーヒー飲む?」

憧「ああ、じゃあ」


 シロのダルいを言う基準がいまだによく分からないけど

 ダルいも言わずにシロが淹れてくれたコーヒーに砂糖とミルクを入れた

 本当はコーヒーより紅茶の方が好きだったりするけど、そういうことは内緒にしておく


シロ「うちの高校は―」

憧「?」

シロ「うちの高校は岩手にある小さな女子高で麻雀する子も少なくて部員が私含めて3人しかいなかった

   でも2年の冬に、福岡の実業団で監督をしていた人が顧問として来てくれて

   そしたら、その人がスカウトしてきた子と留学生の女の子が麻雀部に入って初めて大会に出られる人数になったんだ

   あれが最初で最後の大会だったけど皆と麻雀ができて楽しかった」

シロ「うちの未成年部員の飲酒事件が新聞に取り上げられてOBからもかなり連絡があったんだ

   龍門谷は20年間1部リーグであり続けたし歴史のある麻雀部だから関係者も多くて影響が大きかった

   活動停止になって、続けるって繋げるっていうことでもあるんだなって

   高校生の時は自分たちしかいなかったから次に繋げる存在がいなかったけど

   ここは100人以上の部員がいるし、憧のように目的をもって入ってくる学生もいる

   過去に歴史を創り上げてきた人たちもいる

   たくさんの人との関係性でできてるんだって思った」


憧「…来年は2部からのスタートだね」

シロ「言える立場じゃないけど、またそこから…繋げていてほしい」

憧「うん」



 その朝は少しだけ、麻雀部の部長だった小瀬川白望のことを知れた朝だったと思う―

 今日は毎週恒例の加治木さんの家での麻雀大会だった


モモ「いらっしゃいっす~」

憧「こんにちはー」

蒲原「ユミちーん来たぞー」

佳織「お邪魔しますー」

ゆみ「いらっしゃい」

ゆみ「この前はセッティングしておいて急に出れなくなってすまなかった」

モモ「先輩は悪くないっす!私が急に病気になったから…」

憧「いえー全然気にしてませんから。むしろ無理なお願い言っちゃってすみませんでした」

ゆみ「今度もしすることがあればちゃんとしたのを紹介するんだが」

憧「飲める年齢になって機会があれば、またお願いします」

ゆみ「そうか、分かったよ」

カチャカチャ カチャカチャ

モモ「それロンっすよ!」

憧「あーまた振り込んだ」

蒲原「あっこ今日は調子悪いな~もしかして生理ふじゅっ…」ガシッ

憧「ん、って言ったら、あんたのその両頬引き裂くわよ」

蒲原「ごへんなはい(ごめんなさい)」

ゆみ「ハハハ すっかり蒲原のツッコみ役になってるな」

憧「まあ、慢性的なツッコみ不足なので」

ゆみ「いやーまるで高校の時の自分を見ているようだ」ハァ

憧「そうですか…それはたいそうご苦労を」

ゆみ「それはもう…な」ドヨーン

憧「心情お察しします」ハァ

蒲原「ワハハどうしたー2人ともー」

仁美「どっか行きたか」ジュージュー


憧「まだ試験も始まってないのに何言ってんのよ」


 季節は7月になった、湿気と熱気が日に日に強くなり続ける

 中旬から始まる前期試験の勉強会を商学部のあたしたちは蒲原の家で集まってしていた

 といっても、ほとんど留年2名のための勉強指導会になっているのは言うまでもなく…


蒲原「でもな~試験が終われば2か月近くも休みがあるんだぞーどこか行くしかないだろう」

佳織「智美ちゃん去年も同じこと言ってたよー」

憧「去年はどこ行ったの?」

蒲原「9月の中ごろにユミちんとモモとむっきーと佳織と私で台湾へ行ったんだ」

佳織「しかもその旅行前々から決めてたわけじゃなくて、智美ちゃん突然行くって言い出して皆集めてその日にチケット取って行ったんですよー」

佳織「むこう着いても泊まるホテルなくて皆でバタバタしちゃって」

憧「アクティブねー」

蒲原「思い立ったら吉日って言うしなー」

憧「その行動力を勉強に向けてほしいわ」

仁美「羨ましいけん、ウチも海外行きたかったわ」ジュージュー

憧「なに、どこも行かなかったの?」

仁美「ずっと地元におったけん」

仁美「新道寺がインハイ出るけんその練習よ。ウチんとこはインハイ決まったらOBが大体インハイ前に集まって部員の練習合宿に付き合うけん」

仁美「去年はまだ哩が大阪で浪人生活してから来れんから、ウチと花田と安河内でOBと連絡取ったりしよって」

憧「へーやっぱ名門校ってそういうとこ大変なのね」

仁美「まあ先輩やら後輩やらに会えるけん気にしてなかよ、打ち上げで酒も飲めるけん」

蒲原「しかし今年はどうするかなーユミちんは3年だから就活あるって言ってたし」

憧「あんたらも本当なら同じことしてるはずなのよ?」

仁美「仕方なか、うちが留年したんは―」

仁美「なんもかんも仁木が悪い!!」

憧「ハイハイ、誰が悪くてもいいから早いとこそれまとめて。次はチャイ語やるんだから」

蒲原「おー」

仁美「スパルタですなー」ジュージュー

―カフェテリア―


蒲原「やっぱどっか行きたいなー」

憧「まーた言ってる。現実逃避もいいけど、そろそろ試験始まるんだからもうちょっと本腰入れないとホント危ないわよあんた!」

蒲原「今回は自信があるんだ」

憧「あー根拠のない自信ね」

仁美「でも行くなら早いとこ決めんとチケットなくなるけん」ジュージュー

蒲原「じゃあ候補を決めよう!」

シロ「行くの…ダルい」

憧「それは、行かなくていいんじゃないの?」


ワイワイガヤガヤ


透華「あら、あなたたち」

憧「透華さん!」

佳織「お久しぶりです」

仁美「久しぶりやね」

透華「皆さんお久しぶりですわ」

憧「主事室ですか?」

透華「いえ、夏に部室棟の改修を行うのでそのチェックをしに行こうかと」

蒲原「あそこ結構ボロいもんなー」

透華「ボロいですって!?」

憧「あー!透華さんは今年の夏どこか行かれるんですか?」

透華「えっ?」

憧「ほら試験終わったら休みじゃないですか、どうするのかなーと思って」

透華「私は所用も兼ねてフランスへ行きますわ」

憧「フランス!?」

シロ「フランス?いいな…」

仁美「海外は修学旅行以来行ってなかよ」ジュージュー

憧「私もーオーストラリア行ったきりだ」

蒲原「エッフェル塔登りたいなー」

佳織「フランスだとパリですか?」

透華「いいえ、南仏に別荘がありますからそこへ」

仁美「おー別荘とな!」ジュージュー

透華「あなた方もどこかへ?」

憧「あー実はまだ全然決めてなくて、むしろ目の前の試験のことでいっぱいいっぱいで」

仁美「でも試験前に決めんと終わったころにはどこにも行けんとよ」ジュゴゴー

憧「前期取れなかったら夏の時点で留年って分かってる?」

蒲原「試験も目標あった方が頑張れるだろー」

佳織「じゃあ先に決める?」

憧「でもそれは…」

蒲原「チケット取るならまかせろ」


ワイワイガヤガヤ


透華「………」

透華「決めましたわ…」

憧「はい?」

透華「ご一緒にフランス行きません?」

蒲原「おお!」

仁美「なんと!」

憧「マジ、ですか…?」

シロ「お邪魔でなければぜひ…」

憧「行くのダルいはどこいったの?」

透華「人数が多い方が衣もきっと喜びますわ」

憧「衣さんも一緒に行くんですか?」

透華「いいえ、衣はもう先にあちらに行って麻雀をしてますわ」

仁美「フランスで麻雀なんでグローバルですな」

憧「グローバル…?」


 こうしてあたしたちは透華さんのバカンスにお共することが決まった

 フランス旅行という大きな目的ができたことで智美と仁美はいつになくやる気を見せ勉強に励んでいた


佳織「新子さん、おはようございます」

蒲原「んー」

憧「おはよう―って智美、風邪でも引いたの?」

蒲原「んー」サッ

憧「〝喋ったら覚えてたことがでるから極力喋らないんだ″なにそれ?」

佳織「受験の時もこうしてマスクして筆談してたんですよー」

カキカキカキ

蒲原「んー」

憧「〝試験通ってフランス行きたいからな!″」

佳織「今回は智美ちゃんいつになくやる気だったもんね!」

憧「そうねー昨日も簿記対策したし、あとはどうにかなるでしょ!」


 単純だけど、そのインセンティブが効いたようで留年組はそれぞれ問題のあった科目の試験を無事受け終えた。

 8月の始め、成田から飛行機でパリのシャルル・ド・ゴール空港に降り立ったあたしたちは

 初めてのフランスということもあり、透華さんのはからいでパリの有名どころ観光からスタートした


透華「では私は所用のため、ここからは別行動いたしますわ。夕食までには戻りますのでホテルでまたお会いしましょう」

蒲原「おーう、頑張れ~」

憧「頑張れって何よ?」

蒲原「…なんとなく」

憧「あんたホント適当よねー」

ハギヨシ「こちらがパリの象徴とも言えますエッフェル塔でございます」

蒲原「おーエッフェル塔だぞ」

佳織「高いね~」

仁美「真下から見ると変な感じするけん」

蒲原「おー階段で登ってる人がいるぞー」

憧「うっわ、階段とかきっつー」

蒲原「よし!せっかく来たんだ階段で行こう」

憧「マジで!?そこはエレベーターでよくない?」

佳織「これ、結構高さあるよ智美ちゃん」

シロ「…ダルい」

蒲原「何言ってるんだーせっかく来たんだぞー思い出だ思い出」

 結局あたしたちは階段でエッフェル塔を登ることにした

 案の定、シロは半分もいかない段階でだるいと言い始め、あたしと仁美が交代で背中を押して登らせ

 2階に着いたころには智美以外の皆はぐったりでパリの街並みを堪能する気力は全く残っていなかった


佳織「もう…立てません」ハァハァハァ

シロ「ギブ…」ハッハッ

憧「あたしも…阿知賀にいた頃より体力絶対落ちてる」ハァハァ

蒲原「いやーパリすごいなー遠くが霞んで見えるぞ」

仁美「おーうちの分も見とっとけー」ジュージュー


 その後もシャンゼリゼ通りを車の中から眺め凱旋門・ノートルダム寺院・ルーヴル美術館と有名どころを次から次へと案内された

ハギヨシ「皆様、お疲れではないですか?」

憧「疲れました」

仁美「しんどいけん」

シロ「…ダルい」

佳織「結構回りましたからねー」

憧「どうみても最初のエッフェル塔が原因だと思うんですけど…」

蒲原「ワハハ」

ハギヨシ「ではホテルに向かいましょう」

ハギヨシ「透華お嬢様もすでにホテルにご到着されております」

憧「そういえばどこに泊まるんだろう?」

仁美「そりゃーすごいところに泊まるんじゃなかか?」

憧「まさかーいくらお金持ちでも泊まるとこくらい普通じゃないと―」
 




 本当にすごいところでした

透華「皆さまお待ちしておりましたわ」

憧「あのーあたし達ここに泊まるんですか?」

透華「ええ、何かご不満でも?」

憧「いえ不満なんてそんな…ただあたしらには豪華過ぎやしないかなーって」

透華「そんなことありませんわ、私も幼少の頃に父に連れられよくここに泊まったものですわ」

憧(幼少のころからヒルトン!…5つ星ホテルなんですけど!)

透華「お部屋は1人一部屋とってありますわ。荷物を置いたら下にいらっしゃってくださいまし!夕食ですわ!」

憧「1人なのに部屋ひっろーお金持ちすごすぎ」ドサッ


ドンドンドンドンドン!


憧「あーはいはい!そんなにドア叩かないでよ!壊れたらどうすんの!」

蒲原「すごいぞあっこ!」

憧「もうすごいってのは分かってるわよ十分」

蒲原「いま聞いてきたんだけどなースパとフィットネスクラブがあるんだー」

憧「マジで?」

蒲原「ああ、後でご飯食べたらみんなで行くぞー」


 すごすぎて順応できないんですけど…

 2日目はバスティーユ広場とポンピドゥーセンターへ行った後、

 シロの希望でギュスターヴ・モローと呼ばれる画家の美術館へ向かった

 ハギヨシさんの運転する車でモンマルトルへ向かう

 モンマルトルはガイドブックによると芸術の街として知られダリの美術館や蚤の市が開催されていると書いてあった


シロ「ここはモローの住居兼アトリエをそのまま美術館にしたんだ」

憧「へー確かに美術館って感じないもんね」

佳織「壁一面に絵が飾られてますねー」

蒲原「絵だらけだな」

仁美「そりゃ画家じゃけん、そうよ」

佳織「螺旋階段があるなんて凝ってますね」

シロ「この階段はアトリエと一緒にモローが設計したんだって…」

佳織「そうなんですか?」

シロ「うん…確かそんなこと本に書いてあった」

蒲原「目が回りそうだなー」

憧「シロはこの画家が好きなの?」

シロ「うん…幻想的で神秘的でギリシャ神話をモチーフにした絵を描くんだ」

憧「こういうのもギリシャ神話の絵?」

シロ「それは『エウロペの略奪』っていう神話をモチーフにしてる」

憧「へー」コツコツコツ

憧「…なにこの箱?」

シロ「そこ開けられるはず…」ギィ

憧「えっ、何これ箱の中にも絵が入ってる!」

シロ「こういう風に沢山の絵を一か所に収納できる家具」

憧「これ家具なんだー」

 皆が各々あちらこちらを見ている中、シロが1枚の絵の前で立ち止まっていたので隣に立って一緒にその絵を眺めることにした

 金の額縁窓に9枚の絵が貼られていた、多分これもシロが言ってたギリシャ神話関係なんだと思う

 横目でシロを見ると、その表情はいつになく真剣で熱い眼差しを送っていた

 おかしな話だけれど少しの間、あたしはそんなシロの顔に見入っていた


シロ「この目で見れた…」

 突然シロがこちらへ顔を向けてきて思わず身体が跳ねた

憧「えっ…と、これのこと?」

シロ「うん、この人の作品は日本であまり展覧されないんだ…岩手いた時からこの人の画集をずっと見てて、生で見れたらと思ってたから…嬉しい」

憧「よかったね」

シロ「…うん」


 いつも気怠そうにしていたシロから、ああいう柔らかい表情を見れたのはこの時が初めてだったと思う。


 パリ観光を漫喫したあたしたちはTGVで南仏のプロヴァンスへ行き、透華さんの言っていた別荘で衣さんたちと再会し麻雀を楽しんだ。

 そうして夏はフランス旅行だけであっという間に終わり、いつの間にか後期が始まった。

 後期初日、半年間の活動停止をしていた麻雀部は停止を解かれ再び活動することになった。


透華「このたび我が龍門谷大学麻雀部は活動を再開したわけですが、あのような事件があってから半年という早期で再開ができたのも学校長並びに理事・大学OBからのお力添えがあってのことです」

透華「今後二度とこのようなことが起こらぬ様、肝に銘じてください。我々大学側も未成年学生の飲酒がなくなるよう予防対策を進めてまいります」

透華「では次に移ります。新部長と話しました結果、部員の戦力不足が甚だしいため学内戦とこれから毎週土日は他大学と交流試合をし戦力強化することに決まりました」

透華「また今年度の新入生の件つきましても、学生リストから大方のスカウトは完了済みですわ」

憧「えっ!?」

憧「すみません…あたしはー何も聞いてないんですけどー」

透華「貴女はわざわざスカウトしなくてもお入りになるでしょう?」

憧「ああ…なるほど」

憧(部員じゃないのにここに勝手にいるもんね、あたし)

透華「そして全体の底上げも兼ねて龍門谷大学も外国人選手を起用することに致しました」

尭深「外国人選手…?」

透華「フランスからお越しいただいた雀明華さんですわ!」

仁美「ほう!臨海の風神ですとな!」

憧「もしかして透華さんの言ってたフランスでの用事ってあの人呼ぶためだったの?」

蒲原「すごいなー『ワールドマージャン』にも載ってる世界ランカーだぞ」

憧「それこの前、蒲原の家で見せてもらった雑誌のこと?」

蒲原「そうそう」


透華「我が大学の看板部活をそう簡単に戦力不足になんてしませんわ!」

透華「来年は勝って勝って勝ちまくって1部リーグに復帰いたしますわー!」

憧「ロン!1200!」

尭深「…あっ、はい」

仁美「容赦ないけん」

蒲原「なんだか今日の憧はやけに積極的だなーもしかして生理がおわっ…」ガシッ

憧「た、って言ったら叩くわよ」

蒲原「お…おう」

憧「全く!積極的も何も、やっとここの大学で麻雀が打てるんだからやる気出さないでどうすんのよ」

憧「あたし1年で1軍になるんだから」

仁美「聞き捨てならんなー1軍狙ってるんは憧だけじゃなか」ジュゴゴゴゴー

憧「じゃあ仁美は私にも1軍の渋谷さんにも負けられないわねー」

仁美「負けた時はなんもかんも政治が悪い」

 後期と麻雀部の活動が始まって一週間ほど経ったある夜、携帯に着信があった。


憧「もしもし、どうしたのシロ」
 
シロ「課題が終わらないから手伝って」

憧「はぁ?」

シロ「明日の1限に出さないといけないデッサンの課題があったの忘れてて」

憧「手伝うって何すればいいのよ」

シロ「人物画だからモデルになってほしいんだ」

憧「…それ何時間くらいかかりそう?あたし寮の門限あるから時間かかるなら厳しいよ」

シロ「じゃあ、なるべく早く終わらせる…来れる?」

憧「…分かった、今から行くから待ってて」

シロ「ありがとう」

憧「貸しだからね、今度なんか奢りなさいよー…はーい、んじゃまた後で」ピッ

憧「バッカじゃないのーなんでよりによって1限の課題忘れるのよー」

シロ「なんか増えてて…」

憧「勝手に増えるわけないでしょーが」


 ドアを開けるなり開口一番に不満をブチまけてやった

 合コンの日ぶりに入った部屋は以前と変わらず物が綺麗に整頓されていた

 やっぱり、どうしてこの部屋からあのくたくた服にフケのある〝シラミ″が生まれるのかいまだによく理解できない

 部屋がどうだろうと関係ないものなんだろうか


憧「で、あたしは何すればいいの?」

シロ「テーブルの椅子に座ってうつ伏せになって」

憧「?」

シロ「よく授業中にやる机の上に腕組んで頭のせるやつ」

憧「ああ、こうすればいいの」

シロ「うん、で顔は少し上げて目は伏し目がちに」

憧「結構細かいんだね」

シロ「細かい先生なんだよ」

憧「性格関係あるの?」

シロ「好みはあると思う」

憧「ねぇ、モデルって喋っちゃダメなんでしょ?」

シロ「そうだね、だからあまり動いてほしくないかな」

憧「はーい」

 
 無理な態勢でもないから、あたしはそのまま動かずに座っていた

 2人いるのに無言というこの空間にあまり慣れていない、いつも賑やかな場所でみんなと一緒にいたから何か話したくなる

 でも上目でシロを見るとあの時と同じ真剣な顔つきで絵を描き始めていた

 何かBGMでも流してもらえばよかったな

 あーでもそうするとシロの気が散っちゃうか

 モデルの人ってこういう時何考えて座ってるんだろう

 気持ちが落ち着かなかった

 気が付くと顔を伏せて寝ていたようだった


憧「やだ!いつの間にあたし寝ちゃったんだろ!」

憧「てか、今何時!?」

シロ「2時半」

憧「2時!?門限過ぎてんじゃん!」

憧「てか課題は!?終わったの?」

シロ「うん…ついさっき」

憧「じゃあよかった」

憧「ごめんね寝ちゃって~書きにくくなかった?」

シロ「憧が寝たのは描き終わる20分くらい前だったから」

憧「そっかーまさか寝るとは思わなかったわ」

シロ「ポーズが寝る態勢だしね…付き合ってくれてありがとう」

憧「いいえーどういたしまして」

憧「あ、シロのベット貸してー私このまま寝るからー」

シロ「…寮に帰らなくていいの?」

憧「いや、もしかしたら門限までに戻れないかもって思って、渋谷さんにお願いして寮にいるってことにしといてもらったの」

シロ「準備いいね」

憧「万が一のことも考えとかないとね。だから寮には朝イチまで帰れば大丈夫ー」

憧「朝は自分で起きるから平気おやすみー」

シロ「おやすみ」




シロ「…寝床取られた」

テクテクテク

憧「あれ?シロー」

シロ「憧」

憧「本館の方にいるなんて珍しいね」

シロ「生活課に用事があって」

憧「そうなんだー」

シロ「昨日はありがとう…課題提出できた」

憧「どういたしまして。まあ外泊バレなかったのは渋谷さんのおかげだけどね」

シロ「起きたらいなくてビックリした」

憧「朝イチで帰るって言ったでしょ?シロまだ寝てたし起こしちゃ悪いかなと思って先に帰ったのー」

シロ「そうだ、これ」サッ

憧「なに?」

シロ「美術館の招待券」

憧「…これどうした?」

シロ「さっき教授にもらった…ツテやら監修やらで貰うからよく皆に配ってるんだ」

憧「へー芸術学部ってこういうのもらえたりするんだ」

シロ「たまにだけど」

憧「あたしこういうのあんま行ったことないなー阿知賀になかったし」

シロ「奢るお金ないからそれあげる」

憧「いやいや、あたしがもらってどうすんのよ!シロが貰ったんだからシロが行きなさいって!」

シロ「んー…じゃあ、一緒にいく?」

憧「…それもいっか」

 あたしたちは日曜日に横浜の美術館へ行く約束をした

 当日、駅の改札前で待ち合わせている間

 そういえばシロと2人で出掛けるのは初めてだったなと気づいた


シロ「お待たせ」

憧「あ、ちゃんとした格好してきてる」

シロ「…外に出掛けるからね」

憧「大学だって外だけど?」

シロ「大学ではもうそういうの気にしない」

憧「少しは気にしなさいよ」

シロ「ダルい…」

憧「またそうやってー…あれ?傘持ってきたんだ」

シロ「降るかと思って」

憧「こんなに天気良いのに?」

シロ「今日は降るよ…たぶん」

憧「そうは思えないけどなー」

 美術館の中に入るなり爪で黒板を引っかくような音が聞こえた


憧「うわっ!?」

シロ「どうしたの?」

憧「いや、なんかキーキー変な音聞こえてきたからビックリして」

シロ「ああ…たぶん今から見る人の映像作品じゃないかな…」

憧「画家って映像も作るの?」

シロ「現代美術家の中には作る人もいる…表現方法のひとつとして」

憧「へーなるほど」


 展示を見終わり、美術館から外へ出ると軽く雨が降っていた


憧「結局シロの予想が当たったわけかー」

シロ「傘、入って」

憧「ありがと」

憧「雨降ってるのに傘持たなくていいってラクチンラクチン」

シロ「…フフッ」

憧「なによー」

シロ「ちょっとね…胡桃もたぶん同じこと言うだろうなと思って」

憧「胡桃?」

シロ「大阪の大学に行った友だち」

憧「ああ、前に写真見せてもらった時の」

シロ「そう…よく人の膝に乗っかってきて『充電充電』って言ってるの思い出して」

憧「子どもみたいでかわいいね」

シロ「そう言われたら本人は怒るかな…」

憧「そうなの?」

シロ「多分ね」

憧「あ、てか傘持つのダルくない?変わろっか?」

シロ「ダルくないからいいよ」

憧「…そう」

憧「ねえ」

シロ「ん?」

憧「シロの言うダルいの基準って何?」

シロ「…そういうの考えたことなかった」

憧「じゃあ無意識なんだ」

シロ「う~ん…動いたりするのはダルい」

憧「だけど、こうやって美術館来てるじゃない?それは?」

シロ「それは、憧といてダルいと思わないからじゃない?」

憧「それって褒め言葉と受け取っていいわけ?」

シロ「どうして?」

憧「あたし、なんだかんだ世話焼きだからシロには便利なヤツなんじゃないかなーって」

シロ「便利なヤツと思ってたら傘は持たせるかもね」

憧「…そっか」

シロ「うん」

―11月―


憧「麻雀部は大学祭でお店出せないから4日間することないわ」

蒲原「参加するにも前期はまだ麻雀部活動停止中だったし結局出すにしても有志ってことになるからな」

憧「実家帰ったりするー?」

佳織「夏も9月に帰ったばかりだし試験終わったらまた戻るからちょっと…」

憧「そうなのよねーまあお正月帰らないからその代わりにしてもいいんだけどね」

佳織「お正月帰らないんですか?」

憧「後期試験すぐ始まって終わったら帰るからなんか電車賃もったいなくて」

蒲原「でも実家で正月過ごすって言うのも悪くないぞ~」

憧「どうせ寝正月になって、あんた確実に試験勉強しないでしょう」

蒲原「なにっ…!?」

佳織「なんだか憧ちゃん、ホント智美ちゃんのこと分かってきてますね」

憧「まあ、あたしの取る講義には大体いるし、ほとんど毎日一緒だからね」

蒲原「ほぉ~私と同じ講義をそんなに取るとは、あっこは私のことが好きなのか~?」

憧「単にあんたが必修再々履であたしと被ってるだけでしょうが!」

蒲原「しかし正月帰らないとすると有馬記念に賭けたいな」

佳織「また競馬?」

蒲原「年越し前のビックイベントだ!」

佳織「ちょっとは貯めて生活費に充てようよ智美ちゃん」

蒲原「まあ娯楽に使うのが学生の本分だからな仕方がない」

憧「…じゃあさ、ちょっとくらいのためにアルバイトするってのは?」

蒲原「おお!皆でするか!」

憧「でも皆でできる年末年始のアルバイトといえば…郵便局とか?」

蒲原「郵便局はあんまり時給よくなさそうだなー」

憧「それじゃあ…あ!あった」

蒲原「おお、なんだなんだ~ワハハ」

憧「これはガッツリ稼げるわ!」

憧「というわけで年末年始は府中にあります大國魂神社で巫女さんのアルバイトをすることに決まりました!」

蒲原「巫女さんのバイトなんてよく見つけてきたなー」

憧「そこは実家が神社の憧ちゃんのツテでなんとかね~!」

佳織「巫女さんなんて初めてですよー」

シロ「なんで私も?」

憧「なんか向こうの人があと4人探してるって言ってたからパッと頭に浮かんだ人書いちゃって」

シロ「…年末年始寒いからコタツ出たくない」

憧「まあ機嫌損ねないでーその分バイト代稼げるんだから~」

シロ「ダルい…」

蒲原「いやはや久しぶりの府中だなー」

憧「よく来るの?」

蒲原「あっこ、あの看板を見るんだ」ユビサシ

憧「んー…」チラッ

憧「『東京競馬場この道まっすぐ』…」

憧「って結局競馬かっ!」

蒲原「ワハハ 近くにボートレース場もあるんだぞー」

憧「あんた新年早々このバイト代持ってそのまま賭けに行ったりしないでよねー」

蒲原「心配性だなーあっこは。さすがにそのまま賭けには行かないさ」

憧「ホントでしょうね?」

蒲原「もちろんだ、来年のG1レースは1月26日だからそれまで貯めとくのさ~」

憧「使う気満々じゃない!」


 こうして年末年始は巫女さんのアルバイトをし、残りの冬休みは皆で集まって勉強会をした。

 後期試験の結果が発表され、シロと智美・仁美の留年3人は無事3年生に上がれた。

 智美・仁美のなんもかんもペアはともかくとして、シロはもともと出席に難があっただけだから上がれて当然と言えば当然なんだけど

 あの2人には最後の最後までヒヤヒヤさせられた

 智美は必修英語の試験にまた遅れそうになって佳織さんが迎えに行くし

 仁美は仁美で試験を受ける部屋を勘違いしていて始まるまでそれに気が付かなかったり

 前期のあり余るほどのやる気はどこへやらだった

 



 そして季節は春になった―

 あたしは2年生になり、渋谷さん・智美・妹尾さん・仁美は3年生になって四ッ谷にあるキャンパスへと移っていった

 麻雀部も今年は新歓で部員を募集することができた、特に勧誘役の森垣友香(学祭兼部)のフレンドリーさが新入生にウケたみたいで入部希望者をかなり集められた

 今まで一緒にいた皆が四ツ谷に行ってしまい、必然的に残ったあたしとシロは講義と部活以外の時間を共にすることが多くなった

 といっても大体、あたしがシロの家に行ってデッサンのモデルをしたり一緒にテレビを見たりご飯を作って食べたり、教授から貰う招待券で美術館へ行ったり

 あとシロは3年生に上がれてもいまだに遅刻癖が治らず、あたしが朝電話でたたき起こしたり

 していることは基本的に1年生の頃とあまり変わってないけど。

 変わったことと言えば、定期的にお風呂や銭湯に入れるようにしたことで

 出会ったころのボサボサでフケとアカだらけのシラミではなくなってきていることだ

 洋服だって着回しするようになったことで

 なんだかあたしが出会う前のもとのシロ?に戻っていっている気がした

 智美と妹尾さんは加治木さんたちに会う関係でよくこちらまで足を運んでいたから

 たまに夕飯を一緒にさせてもらったりして、ちょくちょく会えていた。

 その時に、去年のフランス旅行に引き続き今年もみんなでどこかに行こうという話になったのは言うまでもなく


蒲原「また一週間くらいフランス行きたいなー」

憧「あたしは麻雀の合宿と9月に関東のリーグ戦があるからそれに被らなければ2泊3日くらいでならいけるかも」

佳織「予定合うといいですねー」


 その話をシロにすると―


憧「長野?」

シロ「うん…私とサトミは親戚だから宮守の時の友だち連れて今年はそっちに行こうかなって考えてて。まだサトミには言ってないんだけど」

憧「ふ~ん、そっか」

シロ「憧も来る?」

憧「ううん、今年は実家帰るつもりー」

 結局、予定が合わずあたしたちは今年の旅行を諦め、試験終わりにディズニーランドとシーに行くことになった

 なぜか透華さんが親の仕事つながりでアンバサダーホテルの良い部屋を2部屋、破格の値段で提供してくれた

 気前がいいのか突拍子もないのかよく分からないが彼女といると驚かないということがない


 1日目のランドは

 予想通り妹尾さんはスペースマウンテンが苦手だったし、蒲原のレーシングカーの運転は荒かった

 そしてシロは休むのに丁度いいのかイッツ・ア・スモールワールドに何度も入ろうとし引きずり出すのに時間がかかった

 2日目のシーは

 タワーオブテラーで妹尾さんが腰を抜かし立てなくなり、レイジング・スピリッツでシロの帽子が飛ばされ、蒲原はタートルトークでなぜかお客の人気者になっていた

 ここへ来たのはインハイが終わった後、阿知賀の麻雀部のみんなと行って以来だった

 宥姉は温かさを求めて室内ショーをぐるぐる回り

 玄はグーフィーやチップ&デールとの写真撮影を楽しみ

 しずはチュロスやらメロンソーダ味のポップコーンやらスペアリブやら片っ端から食べ物を買いに買い

 保護者の割にはハルエが一番楽しんでいて、灼さんは本を見ながら皆にナビをしてくれた。

 あの時はみんな女子高生だったなー

 なんだか夢の国で妙に感慨に耽っていた気がする

 それが済んでしまうと、シロは元・鶴賀メンバーと共に長野へ行き、あたしは久々に1人、奈良に帰省することにした。


憧「初瀬、久しぶりー」

初瀬「あこ!なんだよお前、帰ってきてたなら連絡しろよな」

憧「ごめんごめん、さっき帰ってきたところでさ」


 初瀬は奈良の大学に進学したから、帰省中には会おうと思えば会えたのだが会おう会おうで結局

 あたしが上京してから今まで会えずじまいでいた


憧「てな感じで、巫女さんのバイトは妹尾さんはテンパるし智美はイージーモードだしで大変だったんだー」

憧「あとクリスマスは有馬記念で当てたお金でパーティーしたんだっけ」

初瀬「なんか、聞いてるだけでもめちゃくちゃな大学生活だなー」

憧「あたしの大学生活はいたって普通なんだけど周りがね」

憧「それでシロがさー」


 あたしが大学生活で起こったことをあらかた語り終えた後、

初瀬「あこさー」

憧「んー?」

初瀬「シロって人のこと好きなんじゃない?」

憧「…はっ?誰が?」

初瀬「だから、あこが!」

憧「あたしが?誰に?」

初瀬「そのシロって人に!てかお前ちゃんと今あたしの話聞いてたか!?」

憧「聞いてたけどさ…いやいや、ありえないから」

憧「初瀬、あんた大学行って頭おかしくなったんじゃないの?」

初瀬「おかしくって失礼なヤツだな!」

憧「じゃあ、なんであたしがシロに恋してるってことになるのよ?」

初瀬「んーなんだろう前のと似てるから…かな?」

憧「何よ前のって?」

初瀬「ほら、小学校の時の同級生が好きだった時の憧によく似てると思ったから」

憧「…しずのこと?」

初瀬「その同級生と自然といつも一緒にいたって言うしさ」

初瀬「多分あこは、そのシロって人とも自然にいすぎて恋をしてるって気がついてないんじゃないかなって」

憧「うーん…そうかな?」

初瀬「私の好きだった人もそういう人だったからなんとなく分かるっているか…」

憧「そっか」

初瀬「私の場合は言ってどうにかなるものでもなかったからさ」

憧「そんなことないんじゃない?もしかしたら相手だって考えてくれるかもしれないじゃん」

初瀬「考えてくれる、相手じゃないよ」

憧「…初瀬、もしかしてそれ―」

初瀬「うん…」

憧「あんた不倫してたの?」

初瀬「はっ?」

憧「だって告白もできない相手なんて…結婚とか年の差があるようなそういう人としか…」

憧「もしかして晩成の先生とかと?」

初瀬「違うって!勝手に決めつけんなよ!」ドン

憧「ごめんごめん」

初瀬「私の場合は告白しても考えが変わらない人なの。私は恋愛対象外ってこと!」

憧「でも…」

初瀬「それに私は言わないって決めたの、今でもそれが正しかったと思っている。今だって関係をこじらせることもなくバランスのとれた距離を保っていられてるから」

憧「はっきりしてんだね」

初瀬「もう終わったことだから」

憧「好きだったんでしょう?」

初瀬「好きだよ今でも。でもその人を好きだった頃とは違う好きに今はなってる」

憧「それ、なんとなく分かるかも」

憧「中高で感じてたしずへの好きが今全然違うもん」

憧「あの頃は追いたくなるくらい好きだったのに今はそういう感じ全然なくなった」

憧「なんだろう?好きと言うよりただいつも一緒だった人がいなくなった寂しさだったのかなって思う」

初瀬「好きだから寂しくなるんじゃない?」

憧「えーそこは別じゃないかなー」

憧(あたしがシロに惚れてる?ありえないでしょそんなの

 だって全然意識してなかったんだから、シロはいい友達の延長というか

 しずを構う時の感じに似てるというか

 うーん…何されても特に何も感じないんだよなー

 しずは突拍子もないから毎回ドキドキさせられること多かったけど

 シロはなんていうか緩やかに流れる川って感じで

 落ち着いて見ていられるというかいれるというか

 ドキドキとは無縁

 てか恋って本人が自覚してないのにそれって恋って言えるわけ?

 でも意識しだすとそうなるっていうし)

シロ「ねぇ…」

憧「何?」

シロ「今日は随分眉間に皺寄せてこっち見てくるね」

憧「今日はシワを寄せてみたい日なの」

シロ「いいかもね…そういう顔、案外憧に合ってるかも」

憧「若干トゲのある言い方だけど黙っておくわ」

シロ「ありがとう」

憧「デッサンの課題って毎回あるの?」

シロ「毎回ってわけじゃないけど…あるにはあるよ」

憧「芸術学部ってそういうの大変だよねー」

シロ「まあね」

 リーグ戦が始まり、普段四ツ谷キャンパスで練習する渋谷さんと会うことが増えた


憧「渋谷さんは亦野さんと高校の時から付き合ってるんでしたよね?」

尭深「そう、高2の頃からずっと」

憧「長いんですね」

尭深「今年で4年だから、長いと言えば長いかな…」

尭深「憧ちゃんは―」

憧「はい?」

尭深「やっぱり小瀬川先輩のことが好きなの?」

憧「…そういう風に、見えますか?」

尭深「なんとなくだけど…」

尭深「2人の関係は先輩後輩や友達よりもう少し違ったところにあるような気がしていて」

憧「うーん、正直言うとイマイチピンとこなくて、あたしは特に気にしてるわけじゃないんですよねー」

尭深「そうなの?」

憧「やっぱりそう見えるんですかね、この前友達にも言われて」

憧「シロは一緒にいて楽ですよ、でも智美にだって仁美にだって同じようにそう感じます」

憧「それに恋って自分が自覚しなきゃ恋じゃないような気がして」

尭深「…じゃあそれは無自覚の恋、かもしれませんね」

憧「…無自覚の…恋ですか?」

尭深「そういえば小瀬川先輩、留学するって言ってましたね」

憧「留学?」


 冗談だと思った

 あんな動くのが嫌いで「ダルい」が口ぐせのシロが異国の地でやっていく姿が想像できない

 もし本当なら、どうして渋谷さんには話したんだろう?


尭深「留学のことを私が知っているのはたまたまです」

憧「えっ?」

尭深「たまたま1週間ほど前に多摩のキャンパスでお会いした時に大きい封筒を持っていて何かと尋ねたら留学書類だって言っていて」

憧「シロが、そう言ってたんですか?」

尭深「そう言ってました」

 
 シロの家に言ったのは4日前だった、だけどあたしその話を聞いていない

 あたしの中で何かが小さく鳴った気がした

シロ「あれ憧?」

憧「こんにちはー」エヘヘ

シロ「珍しいね憧が急に来るなんて…」

憧「そう?んじゃ驚かせるのには成功したわけか~」

シロ「驚かせるために来たの…?」

憧「ううーん、近くまで来たからちょっと寄っただけってねー」

シロ「上がって…」

憧「お邪魔しまーす」

シロ「何か飲む?」

憧「麦茶ちょうだい」

シロ「分かった…」ガチャガチャ



憧「ねえ、シロ留学するの?」

シロ「…尭深から聞いたの?」コトッ

憧「うん。最近リーグ戦始まったし、それに渋谷さんとあたし去年まで同じ部屋だったから色々話すんだー」

シロ「そっか。でもまだ留学するって決まったわけじゃないし、あの時はただ書類袋持ってただけだから」

憧「でもさ、突然どうしたの?留学なんて」

シロ「夏休みに高校時代の友だちに久々に会って、その子が留学したいって言ってたんだ」


 その友だちというのは前に部屋へ行った時に飾られていたあの女の人のことだとなぜか直感的に感じた


憧「それ聞いてシロも行きたくなったんだ」

シロ「行きたいなと思ったのは去年フランスに行ってモローの絵を見てからかな、その時は漠然だけどね」

シロ「もし留学できるならしたいし、もっと勉強したこともあるから」

憧「留学じゃ試験受けるのも大変なんだろうなー」

シロ「かもね」

テーブルの端に模型のような物が置かれていることに気が付いた


憧「それって課題?」

シロ「ううん、美術展で出す作品のひとつ」

憧「もうそろそろ学祭だもんねー麻雀部なんか今年は張り切っちゃって大変よー」

シロ「部員とお客さんの対局だけじゃないの?」

憧「今年はミョンファさんがいるから世界ランカーとの握手会・サイン会だとか企画しちゃって結構好き放題でさ」

シロ「すごく豪華だね」

憧「絶対お客さんいっぱい来て大変だと思うんだよねー」

憧「まあーやるしかないんだけどさ」

憧「お互い、頑張ろっか」

シロ「うん…」

 そういう話を2人でしたのが9月下旬だった

 今年は10月下旬に大学祭があった

 シロは美術展の準備で忙しくなり私も麻雀部の出し物や企画に追われていた

 大学祭が終わってもゆっくり休めず、溜めていたレポートや2年ゼミの発表課題・他校との交流戦と何かと毎日忙しく

 1か月ほど連絡の取らない日々が続いた


ピンポーン


憧「はーい…あれ?どうしたのー?」

蒲原「ワハハ 今日はユミちんたちと夕飯食べに行くから、あっこもどうかと思ってなー」

憧「あーそうなんだ、誘ってくれてありがと。入って」

憧「ごめんねー今ゼミの発表資料作っててさ、あともうちょっとで終わるからそこに座って待ってて」

蒲原「おう」


カチャカチャカチャ

カチャカチャ

蒲原「なー最近シロっちに会ったかー?」

憧「んーそういえば会ってないかも。この間まで大学祭あったし、あたしも最近ゼミの課題でずっと図書館詰めだったから…何?もしかしてまた講義出てないとか?」カタカタカタ

蒲原「講義は出てるみたいだぞー」

憧「そうなんだ、てかあんたシロの携帯知ってるんだからメールか電話すればいいじゃない」カチャカチャ

蒲原「あっこー」

憧「んー?」




蒲原「シロっち…大学辞めるってさ」

憧「…えっ?」

蒲原「大学辞めて、来年から留学するって」

憧「留学って大学のとか卒業してからって話じゃなかったの?」

蒲原「最初はそうだったらしいんだけど事情が変わったらしくてな」

憧「だって、あと1年で卒業できるじゃない。それからだって遅くないでしょう?」

蒲原「そうなんだが私もそこまで詳しくは知らないんだなー」

憧「…まあ、でもいいじゃない」カチャカチャ

憧「中退して留学するってことは行ける目途が付いたってことでしょう?」

蒲原「ああ!そういうことかもしれんな」

蒲原「さすが、あっこだー」

憧「ただの予想だけどね。でも決まったなら皆で今度お祝いしよっか?」カチャカチャ

蒲原「いいな、シロっち喜ぶぞ~」

憧「じゃあ決まりねー」



あたしの中でまた何かが小さく鳴った気がした

憧「あっ!シロー久しぶりー」

シロ「憧…」

憧「大学辞めて留学するんでしょ?智美から聞いたよ」

シロ「えっ、ああ…」

憧「いつから行くの?」

シロ「3月の頭に行って、まず向こうの外語教室に通うことになってる」

憧「じゃあ出発まで結構時間あるんだ!行くまでに皆で集まってシロの留学祝いしようって話が出てるからさ」

シロ「そうなの?」

憧「うん、皆が帰省する前にやりたいし、また近くなったら都合あわせて決めよっか!」

シロ「そうだね」

シロ「そういえばクリスマスの日って空いてる?」

憧「クリスマス?あー今のとこ空いてるよー」

シロ「今のところって?」

憧「智美たちがクリスマスケーキ売るバイトするって言ってたから、それに付き合おうかと思ってて」

シロ「するの?」

憧「んー特にバイトはしてもしなくてもどっちでもよかったから、しないかな」

憧「寒い外にいるよりシロの家のコタツで温まってた方がいいじゃない」

憧「あ!智美たちにケーキ頼んでおいてバイト終わってから持ってきてもらおっか」

憧「それまであたしらで料理作って待ってればいいし」

シロ「じゃあ…そうしようか」

―クリスマス当日―


憧「シロって実家帰って何してんの?」トントントントン

シロ「コタツに入って…座椅子に座ってミカン食べながらバラエティー番組見てる」ザクザクザク

憧「ずっと?」

シロ「うん、だけど高校の時の友達が帰省してたら会いに行く」

シロ「憧は?」

憧「まあ私も友達に会って麻雀するか家の手伝いして終わりかなー外寒いしねー」

憧「てかこの会話今更じゃない?」

シロ「振ってきたのは憧だよ?」

憧「まあ、そうなんだけど聞いたことなかったなーって思ってさ」

シロ「そういえばそうかもね」

憧「よしっ!一通り料理は完成っとーあとは智美たちが来るまで待てばOK!」

憧「なんか面白いのやってる?」

シロ「好きなの回していいよ…回すのダルい」

憧「どの番組も皆サンタのカッコねー」カチャカチャ

シロ「もしサンタ来たら…プレゼントもらう?」

憧「貰えるなら欲しいかなーもう子どもじゃないから貰えないけどね」

シロ「じゃあ…サンタからじゃないけど憧にプレゼント」

憧「えっ?プレゼント交換は智美たち来てからでしょ?」

シロ「いや、それとは別に…はい」

憧「別?…これ開けていいの?」

シロ「うん」


ガサガサ


憧「うわー綺麗なキーホルダー」

シロ「ステンドグラスで作ってみたんだ」

憧「作ったって…もしかしてこれシロが作ったの?」

シロ「うん…同じクラスの子でステンドグラスの職人目指してる子がいて作り方教えてもらったから」

憧「自分でこれ作れるってすごいわねーありがとうシロ」

シロ「憧…あのさ」

憧「んっ?」


 ステンドグラスの置物から目をはずし声のする方へ眼をむけると

 シロの顔がすぐ目の前まで近づいていた


憧「?…なに?」

シロ「あのさ…憧は―」


ピロロロピロロロ


憧「シロ、電話鳴ってるよ」

シロ「うん…」サッ


シロ「もしもし…ああエイスリン?どうしたの?」


 エイスリンという単語が頭に浮かぶとあたしの中で何かがまた小さく鳴った

憧(にしてもビックリしたーキスでもされるかと思った…いやまあ、そんなはずないんだけどさ

  でも何か言いかけてたような―)


ヴーンヴーン


憧「はーい、もしもしー…バイト終わったの?うん、ホント?うん、じゃあよろしく」

憧「智美たちバイト終わって今からこっち来るって」

シロ「もう終わったの?」

憧「うん、あいつ売る才能には長けてるみたい、ケーキ完売させたんだってさ」

シロ「サトミは人との垣根がないからね」

憧「そういえばさーさっき何言おうとしてたの?」

シロ「また今度言うよ…」

憧「そう?んじゃ今度教えて。あ、あれだーお皿とかもう用意しとこっか」ガタッ

シロ「うん」

 3年から四ツ谷のキャンパスに移るため、1月から都内で物件探しを始めた

 といっても特にこだわりはなく大学からほど近い学生マンションを借りることし

 講義もないのにいつまでも多摩の寮に居ても仕方がないので2月の初旬に引っ越しすることを決めた

 引っ越しには智美や佳織・渋谷さんが手伝いにきてくれて滞りなく進んだ。

 帰り際、渋谷さんがあたしに話があると言って智美と佳織を見送ってから近くのカフェに入った。


憧「やっぱりどこへ行っても冬は寒いですねー」

尭深「この時期の奈良は雪が積もるでしょう?」

憧「かなり降りますよー阿知賀なんて山の中ですから」

尭深「憧ちゃんに聞いてほしいことがあるんです…」

憧「はい」

尭深「夏に小瀬川先輩のことが好きか聞いた時、気にしていないって答えましたよね」

憧「覚えてます」

尭深「私が先輩の留学の話を振った時、憧ちゃんは何も感じませんでしたか?」

尭深「何か心に引っ掛かるものがあったら、それは口に出して言うべきだと思うんです」

憧「それは…」

尭深「…自覚した時にはもう遅いということがあります」

尭深「だけど、もしそれが自覚してまだ間に合うことなら、できる限りの力でそれに向かっていってほしいです」

憧「…そういうことを言ってくれるのは、私たちが麻雀部の先輩後輩で元ルームメイトだからですか?」

尭深「いいえ―」





尭深「同じように恋をする者同士だからです」

 シロが出発する日、あたしたちはシロのマンションに集まっていた


シロ「みんな来てくれてありがとう」

仁美「荷物それだけとー?」

シロ「後のは全部先にあっちに送ってあるから」

尭深「寂しくなります…」

シロ「うん…亦野さんにもよろしくって言っといて」

尭深「はい」

蒲原「空港まで見送りくらいするぞー」

佳織「ぜひさせて下さい」

シロ「いいよ、ここに来てもらえただけで十分嬉しいから」

憧「あっち行って留年しないでよー」

シロ「うん…これ憧にあげる」

憧「何このおっきい封筒」

シロ「憧をモデルにした今までのデッサンが入ってる」

憧「貰っていいの?」

シロ「新居のお邪魔でなければ」

憧「何よそれー」

佳織「智美ちゃんカメラカメラ」

蒲原「おお、そうだった」サッ

蒲原「おーい記念撮影するぞー」

憧「はーい」




そうして何事もなく、あたしたちはシロと別れた―

 はずだった―



 だけど、四ツ谷のマンションに戻って

 もらったシロのデッサンを1人テーブルの椅子に座って見ていたら急に寂しさが鳴り始めた

 
 あたしは似たような鳴きを前にも味わっていた

 しずたちと離れた中学の時のあの時―

 だけど、あの時と違う



 何かが心の奥でストンと落ちた



 あたしはシロが好きだったんだ―


 言い出せずにいた言葉をあたしは今になってあの人にどうしても伝えたくなった


ガタン

 無我夢中で自転車をこいでいた


 あたしは気がつくのがいつも遅いから

 あの時はなりふり構わず阿知賀の部室に走っていた

 離して離れた手がまたあたしの前にきてくれたから

 ただ掴みたくてあの時のあたしは走っていた

 だけど、求めていた人の手がまた来てくれるわけじゃない

 今を逃したらもう掴めないかもしれない



 けれどそう決心した時に限って予期せぬことが起こるのだ

 今まで一度もパンクしたことのないタイヤがパンクし自転車は使えなくなった

 電車もここから最寄まで走っても10分かかる

 時間が刻一刻と迫っていた

 私の頭は混乱し、どうしていいか分からなくなっていた

 間に合わない!間に合わない!!

 もうあたしはシロに会えない、もうダメなんだ…もう全部…


??「そうやって地べたに座り込むとお尻が冷えるらしいぞ~」

憧「!!」

憧「なんで…あんたがここにいるの!?」

蒲原「ワハハー驚いたか~あっこー」

憧「当たり前でしょ!てか何してんの!?」

蒲原「何って決まってるだろー」

蒲原「行くんだよ、空港に」

憧「!?」


 蒲原の後ろにはいつものフォルクスワーゲン・タイプ2が止められていた

 中を見ると佳織と渋谷さんが後部座席に座りこちらに手を振っている姿が見えた

蒲原「まぁ、いいからいいからーワハハ」グィ

憧「ちょっと!」


バタン


蒲原「時間ないからなーちゃーんとつかまってろよー」ブロロロローン

憧「これじゃ着く前に事故るわよ!」


 久しぶりに乗った智美の車は毎日のように乗っていた去年と比べて運転の荒々しさが無くなっていた


蒲原「なんだかんだで免許取って4年だからなー」

憧「まあインハイの時よりマシになってるわ」

蒲原「ワハハ そうだろう」クルッ

憧「こっち向かなくていいから!ちゃんと前見て!」

蒲原「おーう」

 都内から東関東自動車に入って進みが明らかに遅くなった

 車は小刻みに前に動くだけであまり進んでいない


蒲原「渋滞か~まいったなー」

佳織「智美ちゃん、ラジオ入れよう」


パチン

『上りで20キロの渋滞…◯◯では玉突き事故の影響で20キロから30キロの渋滞…お出掛けの方はご注意ください』


蒲原「玉突き事故じゃー当分動かないかもな…」

佳織「あれ?ヘリコプターの音が聞こえる」

尭深「もしかしたらテレビ局か新聞社のヘリじゃないですかね、ここまで動かないとなると大きい事故なのかもしれませんし」

佳織「なるほど」

蒲原「どうしたもんかな~」

憧「もういいよ」

蒲原「ん?」

憧「もう…ここに20分も止まってる、急に動き出したとしてもやっぱもう間に合わないよ!」

憧「ここまで車、走らせてくれてありがとう…あたしね―



『新子憧!見つけましたわよ~~!』



憧「なっ何!!!???」

蒲原「おーこの声は」

佳織「龍門渕…」

尭深「透華さん?」


 右方向を見るとヘリコプターの中から拡声器片手に立つ龍門渕透華の姿がそこにあった


透華『新子憧!おいでらっしゃいですわ~!!!さあ、この梯子をつたってヘリにお乗りなさーい!』


憧「えーーーーー!!!!???」

 あんな大々的なアピールをされてしまっては梯子を言われたとおりに登るしかなかった


憧「あんた、やることがいちいち大きすぎ!こんなのどっかのアクション映画のワンシーンみたいじゃない!!」

透華「私の家ではヘリを使うなんてごく普通!当たり前のことですわ!」

憧「あーはいはい」

透華「なんですの!?その態度!」

憧「…ありがとう」

透華「最初からそう言えばよろしいのに!」

憧「……」

透華「貴女が―」

憧「えっ…」

透華「貴女がいまこれから会いに行こうとしている相手は、あなたにとってかけがえのない人なのでしょう?」

憧「そう、ね」

透華「私にもいますわ」

憧「えっ?」

透華「かけがえのない家族が…今は遠く離れてしまっていますが」

透華「ただ私は、同じようにかけがえのない存在を持つあなたのことを助けてみたくなってヘリを出した、それだけですわ」

憧「ありがとう…透華」

透華「どういたしまして」

透華「そろそろ空港の近くに着きますわ」

憧「間に合うかな」

透華「間に合いますわ!ハギヨシ!!」

ハギヨシ「はい、透華お嬢様」


 かなりの速さで飛んでいたと思ったヘリはさらに加速した

 窓の外から見える目的地はもう間近だった

 空港近くのヘリポートに着陸すると、すぐさま私はドアを開け外へ出た


透華「早く行きなさい憧!」


 背中から透華の声が聞こえた

 あたしは振り向かず、声の代わりの手を挙げて返事をし駆けだしていった

 空港なんて、この広いところであたしはシロを見つかるだろうか

 ここまで来て見つからなかったら

 すれ違っていたら

 タッチの差で手続きを済ませていたら

 振り切っても振り切ってもまだまとわりついてくる考えに

 走っている足が震えた

 こんなことになるんだったら、あの時ピンとこないだとか冗談でしょうとか笑い飛ばしてた自分をぶん殴ってやりたい

 あの時教えてくれた初瀬や渋谷さんは間違えなくあたしよりちゃんとあたしたち2人について考えてた

 恋が何か知ってた

 あーホントありえない

 あやふやに、曖昧にしないでおけばよかった…

 シロがあたしをどう思っているのか分からない

 けど

 あたしはシロのことをどう思っているか

 それだけは、ちゃんと分かってる

 だからあたしはシロの手を掴みたいって決めた

 何があってもあの手を掴みたい

 シロがどうとかじゃなく

 あたしが―

 あたしがあの人のことを




 好きだから―





憧「シロッ!!!」

シロ「憧、どうしてここに?」

憧「あんたに、どうしても…言っておきたいことが、あって来たの!」ハァハァ

シロ「言っておきたいこと?」

憧「そうよ…」

シロ「なに?」

憧「向こうに行ったら寂しんじゃないの?」

シロ「…まあね」

憧「だよね…」



 言わなきゃ、せっかくここまで来たんだから…言わなきゃ

憧・シロ「「あのっ…」」

憧(被った…)

憧「シロから言って」

シロ「うん」

シロ「あのさ、もう先に…エイスリンが向こうに行ってるんだ」

憧「えっ?」

シロ「向こうで広い部屋借りてエイスリンと一緒に暮らすことにしてて…だから心配しないで」

憧「一緒に暮らす…?」

シロ「うん」

 こういう時の衝撃につける言葉は何だろう

 一世一代の大告白が告白せずに結果を先に言われてしまったこの感じ

 どう表現すればいいんだろう


 留学する話を渋谷さんから聞いて、中退する話を智美から聞いて

 どうしてあたしは知りたかったことを聞けず

 最後の最後に知りたくなかったことを

 本人の口から聞かされないといけないんだろう
 

 言うと決めてきたはずの言葉がでなかった

 目の前にいるはずのシロが遥か遠くに感じる

 鳴きやまなかった寂しさはいつの間にか恐怖へ飲み込まれ姿を変えてあたしを覆い尽くしていた


 壁に飾られた写真や留学行きの話から分かることだったはずだ

 シロはエイスリンさんのことが好きで、それを言わないだけで一途に思い続けていたんだ

 それにも気が付けないあたしってなんかすっごく鈍感

 自分が嫌になる

憧「そっか、エイスリンさんがいるならダルダルのシロでも大丈夫か!」

シロ「…かもね」

憧「安心した」

シロ「言っておきたいことってそれなの?」

憧「んーそうかな!」

シロ「じゃあ…私も憧に言っておきたいことがあるんだ」

憧「うん」

シロ「ダルいなんて言わずに休みにはちゃんと帰ってくるから…だから」

憧「帰ってきちゃダメ…」

シロ「えっ?」

憧「だってさーシロが休みのたびに日本に帰ってきたら、またダルいダルい言い出すに決まってんじゃない、そんなのダメでしょ!」

憧「あっちで頑張るって決めたんでしょ?」ドン

シロ「そう…だね」

憧「だったら夢叶えるまで絶対日本に帰ってこないくらいの心持でいなさいよ!」

憧「いい?」

シロ「うん…」

憧「それに、あたしはあたしで日本でプロ雀士になるわ!」

シロ「分かった」

憧「あたし、シロの描く絵楽しみにしてるから」

シロ「うん。あっちだと日本の試合はあんまり放送しないから、私があっちにいる間に世界大会出て…必ず見るから」

憧「随分大きいお願いねー」

シロ「できない?」

憧「なーに言ってんの!あたしも最初からそのつもり。20代で世界ランカーになるんだから!」

シロ「応援してる」

憧「あたしも―」

シロ「憧、会いに来てくれてありがとう」

憧「いいーえ、シロとはなんだかんだ一緒にいたからね」

憧「だからあたしが最後にガツンと言って送り出さなきゃと思ったわけよー」

シロ「そっか」

憧「ほら行って」

シロ「うん…憧、行ってきます」

憧「はーい行ってらっしゃい!」



 ゲートに入って行くその人の姿を見届けると



 あたしはもう一度大声で、彼女の名前を呼んだ。





憧「白望!いってらっしゃい!!」

 どのくらいの時間そこに座っていただろう

 これから旅行に行く人帰ってきた人、出張に行く人戻ってきた人、さまざまな人々がさまざまな想いを抱えてこの空港を縦横無尽に行きかっているのを

 あたしは焦点の定まらない瞳でぼんやりと眺めていた


透華「憧!」


 透華の声が聞こえた

 そのあとに智美、妹尾さん、渋谷さんの声が続けて聞こえてきた。

 このターミナルは広くて声が響くから想像以上に大きい声だったと思う

透華「あなた、どうしましたの?」

憧「…んーいやさ、空港まで来たはいいけど帰る手段がなくてさーお財布忘れちゃったし」

憧「だからここで1人途方にくれてたわけ」エヘヘ

透華「なに言ってますの貴女?」

透華「私はそういうことを言ってるんじゃありませんわ!」ガシッ

憧「えっ?」

透華「だって…だって貴女いま―」


透華「泣いてるじゃありませんか」


 あたしはそう言われてやっと自分が頬を伝う涙を隠すことなくそこに座っていたことに気がついた。

 頬から流れる涙をぬぐっていると透華があたしを優しく抱きしめてくれた

 そして彼女が失恋したわけでもなしに涙を流していた。

 シロが向こうに行ってから

 智美のパソコンに時たまシロからメールが届く

 中身は向こうの風景の写真1枚とデザイン画の写真1枚がいつも必ず添付されていて

 文章は打つのが面倒なのか毎回ほとんど内容が変わらず簡素な近況報告だけだった

 シロのデッサンは向こうに行ってからだいぶ変わった

 影響をそれだけ周りから受けている証拠なんだと思う


 あたしが3年になると龍門谷麻雀部は1部リーグに復帰してインカレでベスト3に入った

 関東大学大会でも良い成績を残し、活動停止していたのが嘘のように今年は飛躍の年となった

 インカレ優勝こそは逃したもののチームや個人戦での試合結果を見てくれた東京のクラブチームから声がかかり

 あたしは大学を卒業した後、そこのクラブチームに所属した。

 所属直後は負け試合もいくつもあったが

 徐々にペースをつかみ、その後いくつかの大会で優勝したり順調に国内ランキングの順位を上げた。

 インハイで戦った選手がプロとして顔を合わせ戦うのもすごく刺激になった

 そうしてプロとしての日々を過ごしていたあたしのもとにニュースが飛び込む。

 シロが結婚したそうだ。

 それを知ったのはチームであまり仲の良くない人が


「この人、あんたの大学の先輩でしょう?」


 といらぬおせっかいを発揮して雑誌を手渡してきた。

 写真だけ見てそうだとだけ言い、中身は読まずに返した

 ここで興味津々な様子を見せるのは非常に癪に障るからだ

 だから雑誌の名前だけ覚えて帰りにコンビニで買った

 帰宅しコンビニで一緒に買ったビールとおつまみを片手に記事を読む。  

 愛に溢れた記事。

 記者へのコメントも素敵。


 まず第一に、この記事を家で読むと決めたあの時の自分を褒めてあげたい。

 そのご褒美に最後のつまみを贅沢に一口で食べる。

 次に、やっぱりあの同僚はあたしの中で史上最低のいけ好かないおせっかい野郎だ

 腹いせに豪快にビールを一気飲みする。

 そして最後にシロに対して…

 よかったねシロ。

 素敵だよシロ。

 ダルいなんて言葉、まだ言ってるんだね

 なんだか懐かしくなるよ

 シロ、あたしはやっぱり―







憧「あんたなんて大っ嫌い!」


 空いた缶ビールを片手で握り潰し、天井に向かって出せる限りの大声で言い放つと

 少し蛍光灯のひもが揺れた気がした。

 だけどそれだけで、

 後には空虚な空間がそこにあるだけだった。

 蛍光灯の明かりが滲んで見えた。

………………………
……………………
…………………
……………
…………


「ねぇママあのね。一昨日、喧嘩したの…付き合ってる人と。ちょっとしたことなの、お互いこんなケンカになるなんて思ってもみなかったんだから」

「でも連絡できずにいる」

「うん。なんだか1日連絡しないと連絡するのがだんだん気おくれしてきちゃって」

「そういうものですわ」

「どうしたらいいかな?」

「あなたはどうしたいんですの?」

「仲直りしたいよ。でも、あたしが謝るのはちょっと嫌」

「ワガママですわね」

「ただ、何においても大切なことがありますわ」

「大切なことって?」

「人との関係や物事というのはある程度時間が経ってしまうと、どんなに尽力したとしても、もうどうしようもなくなることがあるということですわ」

「じゃあ、私たちもうダメなの?」

「ダメなのかどうかは私には分かりません、ただそういうことが総じてあるということですわ」

「憧とシロが恋人になれなかったのもどうしようもなかったことなの?」

「…いいえ。あの2人はあまりにも近すぎて気が付かない、離れて初めて互いが互いの全体像を見ることができた、そして相手に魅かれていることに気が付いた

 けれど、魅かれているのに気が付いていながらその口を閉ざしてしまった…

 心を開きたいと願った相手には決して、唇を閉ざしてはいけませんわ」

「なんか複雑」

「あなたも謝るための連絡でなく話し合うのための連絡と思えばいいのですわ」

「…話し合うための連絡かー」

「ねぇママ、アコは今どうしてるの?」

「知りたいですの?」

「うん、だってアコはシロが好きだったのに結婚しなかったんでしょう?」

「…そういうことを聞く前に、自分のことを済ませなさい」

「えー」

「当たり前ですわ。あなたがどうしたいか決めたのなら尚更のこと」

「も~分かったよ。今から電話してくるから後でちゃんと続き教えてよね~」

「そうですわね」


 スタスタスタ

 バタン




(この話に、続きなんてありませんわ。


 憧が私に託した日記にはあそこまでしか書かれていませんもの―)

 結婚し子どもが生まれ、育児にかかりっきりの私に舞い込んだ一通の手紙。

 封筒は大きくそして厚みがあり書類ケース入れのようでしたわ

 封筒の中を開けると、何十枚にも及ぶデッサンと2枚綴りの手紙、本

 そしてあの日、シロが旅立つ前にマンションの前で皆で撮った写真が一枚同封されていました




 シロは新進気鋭の現代美術家になり、かねてからお付き合いをしていた高校時代の友人と結婚しました

 日本でもちょっとした記事になりましたわ

 写真には清潔な服を着たシロとお相手のエイスリンが仲良く並んでいて

 あの何日もお風呂に入らずボサボサ頭をかきむしっていたかつての麻雀部のシラミはそこにいませんでした

 記事を読んで分かりました

 シロ、あなたはいつものダルいの一言で全て済ませておけばよかったのにと私は今でもそう思っていますわ

「誤解を招くしダルいと思うけど話します…

 日本の大学にいた頃、仲良くなった女の子がいました…2つ年下の子でした

 勝ち気で負けず嫌いで面倒見がよくて留年していた自分を何度も助けてくれたんです

 そういう部分に徐々に魅かれていって、課題のデッサンを無理言って何度も描かせてもらったり、美術館に誘ったり…




 愛し続けるのは今隣にいる彼女です



 でも…2つ年下のあの子に抱いた感情は―思えばあれが自分にとっての初恋だったんだと今はそう感じています」

 私はデッサンを一枚ずつゆっくりと見ました。

 そこに描かれた彼女、新子憧はどれも可愛げで愛おしく、瞳はまるで恋する乙女の眼差しのようでした。

 あなたたちは、いくつかのデッサンに関して言い合いをしていましたね。


憧「あたしの目はこんなんじゃないわよー」

シロ「こういう目してる」

憧「似てないってこれ、こんなの出したら評価下がるから描き直しなってー」

シロ「しないよ…憧はこういう目してるんだから」


 モデルに恋をしていた留年美大生

 その留年美大生に恋していたモデル

 どちらも人知れず恋をしていたのです。




 この恋する瞳は果たしてどちらのものだったのでしょう?



終わり

以上でこのssは終わりです

2日間の長丁場にお付き合いいただき誠にありがとうございました
保守や支援してくださった方々
本当にありがとうございました

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