蒲原「ワハハ、過労死かー」衣「我らには関係のない話よ」(125)

透華「あら衣、何をしていますの?」

衣「卒論の仕上げだ」

透華「そうではなく…今日は蒲原さんとお出かけのはずでは?」

衣「あー、あれか。うん、行けなくなった。智美が仕事でな」

透華「!?」

透華「か、蒲原さんはどういうおつもりですの!?」

透華「衣が…衣があれほど楽しみにしていたというのに、仕事!?」

一「仕方ないよ。休日出勤だからね…蒲原さんのせいじゃないし」

純「社会人の辛いとこだよなー。……ねぇ国広くん、オレの卒論手伝ってくれよ」

一「やだよ」

透華「仕方ないとは言いましても…衣はそれでいいんですの?」

衣「残念ではあるが、仕方ないしな。そんなことで駄々をこねるほど子供じゃないぞ」

衣「それに、智美が約束してくれたんだ。来週こそは埋め合わせするって」

衣「ならばそれを楽しみに座して待つことこそ建設的だろう」

透華「こ、衣が大人なことを言っていますわ」

一「えらいねー」

純「でも怖いよなぁ。過労死とか?やだなぁ、オレ就職したくねーよ」

智紀「過労死するほど仕事があり、自殺するほど仕事がない」

一「よく言ったもんだよねぇ」

――翌週

prrrrrrrガチャッ

衣「智美か!うん、うん…わかった。うん。衣はへーきだ。智美も気をつけてな」

透華「蒲原さんからですの?もしや…」

衣「うん、またダメになった。来週こそはって言ってくれたけど、たぶん…」

透華「心配ですわね。体調を崩されなければ良いのですけど」

衣「そうだな…衣は別に遊びにいけなくてもいいんだ。ただ智美とゆっくり話がしたい」

衣「最近は、電話もろくにできないくらいだから」

――さらに翌週

コンコン

ハギヨシ「衣様、夜分に申し訳ございません。お電話です」

衣「電話?智美か?」

蒲原『ワハハ、眠たいだろうにゴメンなー衣』

衣「まだ九時だ!衣は眠たくなどないぞ!衣は子供じゃないからな!」

蒲原『それも久しぶりに聞いたなー。それでさ、話があるんだ』

衣「話?」ピクッ

蒲原『ああ、先週言ってた約束なー今度こそ行けそうだ』

衣「ほ…本当か!?本当に本当なんだな!」

蒲原『ワハハ、本当に本当だ。奮発してちょっと高級なレストランを取ってしまったぞ』

衣「レストランか…衣はハミレスでも良かったけど」

蒲原『いやいや、最近構ってやれなかったからなー。まとめて埋め合わせだ』

衣「だから衣は子供じゃない、ころもだっ!」

蒲原『ワハハ、じゃそういうことでなー予定空けといてくれ。ワハハ』ピッ


衣「久しぶりに智美と話せたぞ…それに、レストランか」

衣「ふふふ、楽しみだ」

――

ハギヨシ「はい、龍門渕でございます。はい…はい」

ハギヨシ「…透華お嬢様。お電話です」

透華「電話?どちら様?」

ハギヨシ「いえ…それが」

透華「はい、お電話変わりましたわ」




透華「…え?蒲原さんが…事故?」

衣「えっ」

――通夜会場

ゆみ「昨夜のことだ。対向車と正面衝突して…即死だったそうだ」

透華「その対向車に乗っていたドライバーというのが…あの方ですの?」


健夜「この度は誠に申し訳…」

妹尾「申し訳ございませんじゃありません!あなたのせいで、あなたのせいで智美ちゃんは!」

睦月「や、やめろ妹尾!」


ゆみ「ああ…だが不可解な点もあってな」

一「不可解?」

ゆみ「小鍛治さんの話では、蒲原の方から突っ込んできたと言うんだ」

ゆみ「衝突の直前に蛇行していたとも言っていた」

透華「最近お忙しいようでしたし、過労からくる不注意でしょうか…」

ゆみ「それもあるだろう。しかし、それだけとは思えない。蒲原も運転歴そこそこだからね」

ゆみ「他にも何か、気を取られるようなことがあったんじゃないだろうか、例えば猫とか」

一「幾つかの要因が重なった事故ってことだね」



衣(幾つかの要因…昨夜…まさか、まさか――)

衣(衣の電話か…?)

純「おい、大丈夫か?顔色悪いぜ」

衣「あ、ああ…」

ハギヨシ「透華お嬢様、よろしいでしょうか?」

透華「何か?」

ハギヨシ「今しがた耳にしたのですが…」

ハギヨシ「どうやら蒲原様の勤め先はこの事故を労災とするつもりがないようです」

衣「えっ」

ハギヨシ「いわゆる労災隠しです」

ハギヨシ「そればかりか…蒲原様は昨日出勤していなかったと、事実を隠蔽する気のようですね」

透華「ん…?んん?」

ゆみ「労働災害は主に業務中の負傷や死亡事故を対象とするものだが」

ゆみ「これには通勤中も含まれるんだ」

ゆみ「だからそもそも蒲原は昨日仕事に行っていないことにして、労災の可能性をもみ消したんだな」

妹尾「えっ、じゃあ智美ちゃんは…」

純「勝手にドライブしてて勝手に死んだ、ってことになんのかな?」

睦月「それはあんまりだ!!」

ハギヨシ「それだけではありません。蒲原様が事故を起こした車は社用車だったそうなのですが」

ハギヨシ「勤め先はこれを備品の無断借用及び私的専有であるとして、損害賠償を請求するつもりです」

一「まさか、勝手に会社の車を持ちだして勝手にドライブしてたってことにするの!?」

純「しかも金まで!…えげつねぇよ」

ゆみ「無断だと!?そんなはずはない!」

ゆみ「蒲原は連日、日をまたぐまで残業をしていた。事故当時もまだ勤務中だったはずだ!」

ハギヨシ「しかしそれを証明する手段はありません。タイムカードも改ざんされているはずですから」

透華「悔しいですわね…」

智紀「会社ごと爆破してやりたい気分…」


衣「衣の…衣のせいだ…」

透華「衣…?」

ゆみ「君のせいとはどういうことだ?」

衣「衣は昨夜、智美と電話したんだ!勘案するにあれは事故直前だろう」

透華「ハギヨシ」

ハギヨシ「はっ、確かに蒲原様よりお電話がありました」

衣「衣と電話して、注意が雲散霧消してしまったんだ!でなければ智美が…智美が…」

衣「衣のせいなんだ!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

妹尾「天江さん…」

純「衣が…床で土下座を」

透華「おやめなさい!衣!あなたのせいではありません!」

衣「駄目だ!申し訳がたたん!智美に、ご遺族に申し訳がたたん!!」

ゆみ「天江…」


パンッ

衣「…え?」#ヒリヒリ

ゆみ「頭を上げるんだ。君のこんな姿を、蒲原が望んでいると思うのか」

衣「ゆみちん…でも、でも衣は…」

ゆみ「…あとで渡そうと思っていたんだがね。実は蒲原から預かっていたものがあるんだ」

ゆみ「ほら、君へのプレゼントだそうだ」ピラッ

衣「これ…レストランのチケット?」

ゆみ「大分奮発したと言っていたよ。君が喜んでくれるといいな、とね

ゆみ「君が喜ぶようなものは何かと随分しつこく相談された」

ゆみ「何度も何度も約束を破ってしまって申し訳ないとも言っていた」

ゆみ「不幸な事故で、彼女は行けなくなってしまったが…」

ゆみ「せめて君だけでも行ってきてくれ。蒲原もそう望んでいるはずだ」

衣「智美…智美ぃ…」ボロボロ…

透華「さぁ衣、立って蒲原さんに挨拶を。明日には、皆でお見送りをしましょう」

衣「……うん」グスッ

――葬儀当日


ゆみ「蒲原…楽しかったぞ」

妹尾「ありがとう智美ちゃん…」

透華「さぁ衣も」

衣「智美、名残惜しいがこれで今生の別れだ。いずれまた巡りあう時を」

衣「楽しみにしている」グスッ

灼「いいですかー。押します…」ポチッ

ボオオオォォォ

衣「さらば、友よ」

――後日、某レストラン

衣「予約していた蒲原だ」

文堂「はい蒲原様ですね」

文堂「…蒲原様は二名でのご予約とのことでしたが、お連れの方は――」

衣「連れは来られなくなった。申し訳ないが料理は一人分だけお願いしたい」

文堂「畏まりました。お席へご案内いたします」

衣(蒲原…衣は来たぞ。お前はいないが、存分に楽しむつもりだ)

――厨房

池田「ええっ!?もう来ちゃった?」

池田「どうしよう…今日福路さんいないし。みはるんも遅れてて…」

文堂「お客様にお伝えしてきましょうか?」

池田「えっ。い、いやそれは駄目だし!オーナーに怒られる!」

文堂「ではどうすると」

池田「こうなったら仕方ないし、華菜ちゃんがつくる!」

文堂「先輩、調理師免許持ってましたっけ?」

池田「持ってない!でも家ではやってるから大丈夫!!」

衣「ふんふん、先ずはフカヒレのスープか」

衣「海鮮はエビフライ以外眼中にないが、智美が選んだ店だ。相当のものだろう」

――

池田「フカヒレ?って何だっけ?」

池田「高級な魚料理ってことは…フグかな?」

池田「フグなんて捌いたこと無いし…でも魚なんだから、アジとかと同じ感じでいけるよね」

衣「そしてキャビアか…定番だな」

衣「トーカも食べ飽きたと言っていたし…まぁどうでもいいか」

――

池田「キャビア?って何だっけ?」

池田「確か魚の卵だったような…卵かぁ…」

池田「ん?丁度良くフグの卵巣がある。これキャビアってことでいけないかな」

テトロドトキシンという毒がある。フグが持つことで知られ、麻痺症状を引き起こす神経毒である。

循環器系や呼吸器系に達すると血液循環や呼吸が阻害されやがて死に至る。致死量は成人で1~2mg。

解毒法は存在せず拮抗薬もないが、唯一の弱点はぬか漬けである。


文堂「お待たせ致しました」

衣「うむ。キャビアが見当たらないが…まだだったのかな?」

衣「まあ良い。いただきます」

文堂「」ドキドキ…

衣「むっ!」


衣「ぐぐ…むぐぐ……」バタバタ

文堂「お、お客様っ!?」

文堂「大変だ!!救急車!救急車ァーー!!」


衣(あれ…?ころも、ご飯食べてただけなのに…)

衣(何か悪い子としたのかな?)

衣(苦しいよ智美…苦しい…死にたくない…)

衣(吐かなきゃ…食べたものを…吐かなきゃ…)ゲロゲロ…

「うらー!」

バーン!

文堂「だ、誰ですかっ!?」

蒲原「ワハハ!衣、助けに来たぞ!!しっかりしろー!」

衣(え!?智美!?)

蒲原「ほら吐け!吐けー!」

衣「ごほっ、智美?何で…死んだはずじゃ」

蒲原「ワハハ!あのくらいで死ぬもんか!衣との約束も果たして無いんだぞ!」

衣「智美…良かった。よかったよぉ智美ぃ~!」ダキッ

蒲原「ワハハ!ゲロまみれだ!ワハハハ!!」

蒲原「さて、こんなマズい店を薦めて悪かったなー!口直しだ!出かけよう!」

衣「えっ、智美…衣と遊んでくれるのか!?」

蒲原「ワハハ!書類上はまだ死んだままだからなー!自由の身だ」

蒲原「さあ行くぞー!」

衣「うんっ!」

――

憩「患者の容態はどうですか!?」

文堂「え、えと。少し前までもがいていたんですが、今は全然動かなくて」

衣「」

憩「…駄目やね。吐瀉物が喉に詰まってる。死んでるわ」

文堂「そ、そんな…あわわわ」

憩「それと毒物の影響が見受けられます。責任者はどなたですか!?」

池田「ひいいいいぃぃ」



憩(でも、呼吸困難なはずなのに…何でやろ)

憩「えらい安らかな死に顔や」

――衣の墓

透華「衣、あなたの大好きだったエビフライですわよ」

一「あれからね、蒲原さんの元勤め先は倒産しちゃったんだ」

一「っていうか、龍門渕が潰したんだけどさ」

透華「今ウチで蒲原さんのご実家を支援していますの。少しでも助力をと思いましてね」

一「純くんはともきーの会社でゲーム作ってるよ。ソーサルゲー?…なんだっけ?」

一「ああ、そうそう。ゆみさん自殺しちゃったんだ」

一「会社でセクハラされてたらしくてね。彼女、一見気丈だから言い出せなかったんだろうなぁ」

透華「衣に説教しておいて!勝手ですわ!」

透華「本当に…勝手ですわ」

一「そろそろ帰るよ。また来るね、衣」


池田は業務上過失致死で逮捕起訴された。その後池田家は路頭に迷うこととなる。


おわる

先日咲スレで「龍門渕、鶴賀全滅するようなワハ衣SSが見たい」と聞いてやりました
全滅はさすがにムリだったがまぁいいよな!

んじゃ、あざっした

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