京子「結衣の家まで」(113)

冬の匂いがした。

顔を上げるとずっと遠くに真っ白な雲が浮かんでいて、凛とした冷たい向かい風が私の頬を撫でた。
思わず目を細める、前髪がふわりとなびいておでこに風が当たるのを感じた。

鼻につん、とした刺激が伝わる。
たぶん耳も鼻も赤くなってる。

私はマフラーに顔をうずめてポケットから手を出す。
手袋の着いたその両手で耳を覆ってまた顔を上げる。

「ふふっ」

ついついにやけてしまった。いつものことだ。
そのちょっとした幸せを感じたまま歩みを進める。


結衣の家が見えてきた。

自動ドアの前に立ちパタパタと足踏みをしながら開くのを待つ。

ゆっくりと開くドアの隙間を滑るように駆け込む。

ぶるる、と身震い一つ。

たかだか十分とちょっとの距離なのにずいぶんと冷やされてしまったみたいだ。

外の澄み切った寒風から解放され、少しは暖まると期待したけどそんなことは微塵もなく、

さむいさむいと思いながらエレベーターを目指した。

「さむさむ」

声に出してみても相変わらず寒さは緩和されず、やけに広い玄関に虚しく響いただけだった。

無事エレベーターに到着し、間髪入れずに上を指す矢印を連打する。

だからと言ってエレベーターが急いでくれるわけではないが、完全に気分の問題だ。

私は待ちきれなくなって結衣の顔を思い浮かべる。

まず想像できたのがいつもの呆れ顔だ。

やれやれしょうがないな、って声も聞こえてきそうだな。

子どもをあやしているようでむっとするときもあるけど、結衣の好きな顔の一つ。

今度数えてみるのもいいかもしれない。

たぶん「くだらないなぁ」なんて言ってまた呆れ顔をするのだろう。

それを指摘すると「もう数えんな」ってそっぽを向くんだ。

だいたいそんな感じ。

それでそれで――。

なんて妄想をしていたらチーン、という間抜けな音が迎えに来たことを知らせた。

中に入って、結衣の部屋がある三階へのボタンを押す。

他に同乗者もいないみたいだから閉じるボタンもそのまま押す。

ごうん、と言う重低音と共に動き出すのを感じた。

「……」

沈黙が続く。

私以外に誰もいないから当然と言えば当然だけど、どこか居心地が悪い。

歌でも歌ってやろうかと思ったけど、さすがに危なすぎるからやめておいた。

そんなことを考えていたらいつの間にか目当ての階へ着いていた。

エレベーターから出て、コンクリート造りの廊下を進む。

歩きながらふと視界の隅の窓へと視線を移す。

少し薄汚れたガラス窓から外の景色が見えた。

辺り一面銀世界とはいかないまでも、舗装された道路以外は雪の絨毯が敷き詰められていて、

薄暗い廊下とは対照的に外界は昼過ぎの太陽光を浴びて眩しいくらいに輝いていた。

さっきまで私が凍えながら歩いていた歩道にも、多くの人で踏み固められた雪に覆われていて、

仲の良さそうな二人組の女の子が滑らないようにお互い支えあいながら歩いているのが見えた。

ここより外のほうが暖かそうじゃん。

なんだか悔しくなってほう、とため息をついてみる。

案の定白く空気を濁らせてふわりと霧散していった。

室内で見るとよりいっそう寒さが増したふうに感じる。

結衣の部屋が恋しい。

早く暖まりたいと思った。

お!これは良SSだ!(確信)

全力支援!!

301『FUNAMI』

そう書かれた扉の前に立つ。

何度も見ている表札だけど一応確認する。

インターホンを押し、応答を待つ。

その間チャイムに内臓されたカメラをじっと見る。

気配はないけど、あっちから私をもう見てるのかな。

一方的に見られているのは無防備な感じがしてなんだかむずかゆい。

結衣はどんな反応をしているのだろうか。

またやれやれって感じかな。

それとも喜び飛び跳ねてんのかな。

きっと後者だ。

なんか話しかけてやろうかと思ったけど、向こうから声がかかるのを待つ。

『どうしたの?』

期待に反してローテンションな機械音声じみた結衣の声が届く。

「会いに来てやったぞ!」

『そんなこと頼んでないんだけどな』

「まぁまぁ細かいことは気にしないで。寒いから開けてくれい」

『……』

短い沈黙の後ブツッ、と通話が切れる音がした。

聞こえなかったけど絶対ため息ついたな。

これは自信を持って言える。

少しして、心地よい鍵の外れる音と共にドアが開いた。

支援

「よっす」

片手を挙げてあいさつ。

「来る前に連絡しろって言ってるだろ」

まぁお前だと思ったけど、と結衣は呆れた様子で言った。

やっぱりやれやれ系か。

予想通りと言うべきか、頭の中でシュミレートしていたことと同じことをされたのでどうにもおかしくなって笑いがこぼれる。

「……なににやけてんの」

「いやいや、なんでもないっすよ。結衣も私が遊びに来てうれしいっしょ?」

「はいはい。寒いんだろ? 早く中入れよ」

「おじゃましま~す」

こうしてなんだかんだ入れてくれるのだ。

結衣も実は喜んでくれてる。そんくらいは私にもわかる。たぶん。

私は促されるがまま玄関へ上がった。

支援

踏み入れた結衣の部屋は極上の暖かさに包まれていて、

この世の安らぎや癒し、快適と名前のつくものを全部ひっくるめて砂糖とホットミルクでコトコト煮込んだような空間が形成されていた。

ということはなく。

「さむっ!」

寒かった。

「なんでこんな寒いんだよ!」

隣の結衣に言う。

「ストーブつけてないし」

「なんでつけてないんだよおおおぉ」

「さっきまでこたつに入ってたんだよ。ストーブつけなくても割と暖かいから。まぁ節約?」

「寒いよ! なんだよそれ! 修行僧かよ!」

「はぁ?」

期待が大きかっただけに落胆もひとしおである。

「来るって知ってれば暖房くらいつけておいたのに」

なだめるように結衣が言う。

「アポなしが私のアポですから!」

「意味がわからん」

私が落ち込んでいると結衣が、

「こたつはあったまってるから入ってなよ。暖房つけるからさ」

と、言った。

こたつ!

日本最大の文明兵器。

悪魔の発明、こたつ。

私はハッ、と顔を上げる。

確かに結衣が座ってたような痕跡がある。

その横には結衣がたった今まで抱きしめていたであろう座布団が転がっていた。

私は脱兎のごとく飛び出し、マフラーを脱ぎ捨て、そのままの勢いでこたつへ狙いを定めて頭から飛び込んだ。

「うおおおおぉぉぉ!!」

ダイブの途中でカーペットに手をこすり、肩を卓脚にぶつける。

正直すごく痛い。

だが、ボケは体を張るものだと私は知っている。

ジンジンと痛む手で痛む肩をさすった。

後はツッコミを待つのみだ。

体半分、上半身をこたつに突っ込んでじっとしていると、

「……お茶飲むか?」

というくぐもった声がこたつ布団の外から聞こえた。

私は寒いから暖かいのを飲みたいなあ、と思った。

支援! (`・ω・´)b

のそのそとこたつから這い出し、上半身と下半身の位置を入れ替える。

急な運動と痛みのせいで嫌な暖まり方をしてしまった。

きょろきょろと結衣の行方を探すと、台所でお茶の準備をしているようだ。

改めて部屋を見回す。

前回来たときと別段変化は見られないようだけど……。

おっ?

部屋のすみに白いものを見つけた。

たぶん脱ぎ散らかした衣服かなにかだろう。

支援

結衣にしては珍しいなと思いつつ、私は極力こたつから出ないように体を思いっきり伸ばしてそれをふんづかむ。

はたしてそれは私が結衣にプレゼントしたパンダパジャマだった。

まだ暖かい。

ほかほかだ。

「ミルクティーでよかっただろ?」

思うさま床に寝そべっていた私の背中を、マグカップで両手を塞がれた結衣の足がぐりぐり踏みつけた。

「ぐおぉ……」

声にならない声が出る。ふり。

支援!

お待たせ!ミルクティーしかなかったけどいいかな?(迫真)

「なにしてんの?」

「これ、落ちてた」

結衣にパンダを見せる。

「ああ、片付け忘れたんだな。置いといていいよ」

「着替えたてなの?」

「え?」

「まだぬくいからさ」

「置いとけよ……」

「もしかして私が来たから急いで着替えたとか?」

「ちげーよ。いや、急いだのは確かだけどあの格好じゃどのみち応対できないだろ」

そうか。

納得して追及を打ち切る。

ほら、と言ってミルクティーの入った私専用のマグカップを置いて結衣は対面に座る。

カップから甘い湯気が立ち、なごやかな香りが鼻腔をくすぐる。

なんともうまそうだ。

居住まいを正し取っ手をつかんで口へ運ぶ。

ゆっくりと口をつけカップを傾け、こくんと一口。

芯まで暖まりきってない体にじんわりと染み渡っていく。

目をつむって心ゆくまで堪能し、充足感に浸る。

私は満ち足りた気持ちでほう、と一つため息をつく。

めちゃくちゃうまい。

>>26
あのさぁ・・・

まったりと幸せを感じながら私は考える。

こたつで漏れるため息ってのはあふれ出た幸せがこぼれてるんだと思うんだ。

たった今思いついた持論だけど、割と的を射ている気がする。

名前をつけるとしたらそうだな……。

「こたつ」と「ため息」を合わせて「こため息」なんてどうだろう。

安直かもしれないけどこういうのは直接的で覚えやすいほうがいいに決まってる。

私は結衣の家のこたつで暖まりながらお茶を飲むだけでいっぱいいっぱいにあふれて、こため息が漏れるのだ。

一人でうんうんと頷いてたら結衣が、

「そんなにうまいか?」
と、話しかけてきた。

「んまいよ」
と、答えると。

「そうか」
と、嬉しそうにほほえんだ。

「そうだよ」
と、返すと私も嬉しくなった。

もしかして、
結衣「雪、積もるかな……」を書いた人?

「寒い日はミルクティー!」

これは私の言葉らしい。

らしい、というのは言った張本人が覚えていないからだ。

結衣によると確かに言ったと言うのだから、やっぱり宣言したのだろう。

それからは寒い日には必ずミルクティーを淹れてくれるのだ。

私が思いつきで言ったほんの些細なことも結衣は覚えてくれている。

それこそ一週間前の献立のリクエストなんかも。

田舎のおばあちゃんかよ、って思うけど実はすごく嬉しい。

そういえば、前に自分ちでミルクティーを作ってみたことがある。

結衣の見よう見まねで手順を踏んだけど、同じ味は再現できなかった。

結衣の家で結衣の淹れたお茶を飲むからうまいんだと思う。

よくわからないけどたぶんお茶ってのはそういうものだ。

お茶を淹れる結衣の後姿があって、私専用のマグカップがあって。

飲むときには結衣がなんとなくそばにいる。

こういう要素が全部合わさっておいしくなるんだよ。

だって現にこんなにもおいしいし、こんなにも暖かいんだからね。

私はムードを大事にする女なのだよ。

支援

そんなふうにティータイムを思う存分満喫してぱっ、と顔を上げると結衣と目が合った。

「どしたのん?」

問いかける。

「いやぁ、顔がゆるんでんなぁって思って」

自分で触って確かめてみる。

本当にむにゅむにゅしていていつもの凛々しいそれとはかけ離れていた。

私は普段の授業中そうするように机の上に思い切り伸びてみた。

「だらけてんなぁ」

結衣の声。

「結衣んちは落ち着きますからなぁ」

「へぇ」

「自分ちより落ち着きますぞ」

「それはどうなんだ……」

結衣の家はそれはそれは本当に落ち着くのだ。本当に。

それから私たちは十分ほどかけて至福の一杯を楽しんだ。

猿避け支援

そんなふうにだらだらとくつろいでた私は

「ところでさぁ」

と、ふと気になった疑問を投げかけてみる。

「私が来るまでなにしてたの?」

「ゲーム」

即答かよ。

「いや、レベル上げか」

「それってゲームとは別物なのかよ!」

レベル上げのどこがおもしろいのか私には理解できない。

「だらけてんのはどっちだよ、結衣さんや」

「だってしょうがないだろ、冬休み暇なんだし」

「……家から出てる?」

「……三日くらい出てない」

「うぉい!」

引きこもりじゃねーか!

支援

「やることないのに家から出たって仕方ないだろ?」

「そうだけど! そうだけどさぁ!」

前から思ってたけど、結衣には引きこもりの素質があると思う。

……これは早いとこなんとかしなければやばいな。

「公園に行くぞ!」

「突然だな」

「引きこもり救済キャンペーン発令中です」

「なんだよそれ。それに私は引きこもりじゃねぇ」

「いいから行くぞ!」

半ば強引に押し切る。

「さっきまで寒い寒い言ってたのはどこのどいつだよ……」

結衣もしぶしぶ了承してくれたみたいだ。

「もうこたつで充電完了したから私は無敵なのだよ」

「お前はロボットかなにかか」

「ガガガ、ピー。フナミサン、コウエンイク」

「やらんでいい」

コントもそこそこに、名残惜しくこたつから抜け出てマフラー等の身支度をする。

手袋は……いいや。置いていこう。めんどいし。

コートを着込み、暖房も消し、準備ができたところで、家主の結衣に先導されながら玄関へ向かう。

リビングのドアを一枚超えるだけで気温がぐっと下がって感じる。

結衣が靴を履き終えるのを待って、私も自分の外履きへ履き替える。

玄関にしゃがみこみ紐を結ぶ間、結衣が待つ。

普段なら歩きながら乱暴に履き替えるところだけど、冬靴ではそうはいかない。

私が結わえている間、結衣はドアを押さえながら待っててくれた。

猿避け

廊下へ出るとひんやりとした空気が私たちを出迎えた。

暖房で火照った体に気持ちいい。

隣を歩く結衣を見ると、頬がほんのり赤に染まっていた。

私の顔も熱いから、たぶん二人とも同じ顔してる。

おそろいだね、なんて言葉が浮かんだけどさすがに子どもっぽいから言わないでおく。

代わりに小さなひらめきを実行に移す。

「結~衣~」

「ん?」

「冷えピタ!」

「うわっ!?」

結衣のほっぺにまだ頬よりも少し冷たい手をあてがう。

「冷たくて気持ちいいっしょ?」

「……」

「うひっ!?」

支援

返事の代わりに結衣の冷えピタ攻撃をお見舞いされた。

結衣の手は特別冷たくて、私は一瞬で熱を奪われてしまった。

向かいながらお互いのほっぺをむにむにする。

むにむに。むにむに。

むにむにむにむに。

そのうちどちらともなく自然と笑いがこぼれた。

「馬鹿なことやってないで早く行くぞ」

笑顔のまま結衣が言う。頬はまだ赤いままだった。

エレベーターを降りて広い玄関を通る。

自動ドアの向こうは、下がりはじめた太陽と、降り積もった雪の光で目が痛くなるほど眩しくて、

私たちは薄目のまま、おそるおそる雪の上へと踏み出した。

「三日ぶりの外はどうだい? 結衣さんや」

「まぶしい」

「わかる」

実際ほんとに眩しいのだ。

ぴゅうと、冷たいそよ風が私たちを撫でた。

「こりゃあ寒いね」

「だな」と結衣が言った。

私たちは歩道を歩いた。

太陽が正面にあって顔を上げたり俯いたりして慣れるまで目をかばいながら歩き続けた。

「そうそう、三日ぶりとか言うけどたまたまだからな。ちょうど買い貯めした時期だったし」

結衣が聞いてもない弁明を始める。

「ずっと家に居ると暇じゃないか?」と私は言った。

「別にそんなことないけど」

「えぇ~! こんなに雪降ってんだぜ!? 遊び放題じゃん!」

「一人でなにして遊ぶんだよ……」

「一人雪合戦をします」

「それもはや合戦じゃねぇし。稽古だし。雪稽古」

結衣がもの言いたげな目で言った。

支援!

「連絡くれりゃあ行ってやったのになー」

歩きながら結衣に言う。

「お前はまぁ、どうせ来ると思ってたし」

「なんすかどうせって!」

「来たじゃん」

「来たけど」

まぁ行かないわけないよな。

「あかりとかちなつちゃんも呼べば来たんじゃない?」

「ん~年末で忙しいと思ってたし」

なるほどね。

二人には姉がいるし、家族水入らずってのも大切だろう。

「結衣は年越しは実家に帰るのかい?」

「明日にでも帰ろうかと」

「そっかそっか」

「うん」

支援

それから公園までの道を黙々と歩いた。

歩道の雪は融解され少し水っぽく、車道からは車が雪解け水を踏む音が聞こえ、ぽつんと脆いわだちを残して去った。

たまに吹く冷たい風に二人で立ち止まったり、

歩道の水たまりを一列で避けて通ったり、

景色の隙間から覗くはるか向こうの山をぼんやり眺めてみたり。

少し深い息をする。

肺いっぱいに冷気を満たされ、体温を下げる代わりに清々しい気持ちにさせてくれた。

冬はまだ始まったばかりだ。

何気なく続いた沈黙にぽつんとつぶやいてみる。

「今年もあと少しだね」

結衣は青く澄んだ空を見上げ、目を細めながら言った。

「そうだな」

結衣の家から公園までは歩いて五分くらい距離だ。

私たちに両手いっぱいの思い出を作った馴染み深い公園。

結衣とあかりと一緒に、遊ぶ楽しさを知って、怪我の痛みを体で覚えて、たくさんの写真を残した私たちの公園。

小さいころは途方もなく広く感じて、いつまでだって遊んでいられた。

今では見渡せば端が見えるし、歩けばすぐ場外だ。

私はまず遊具を一つ一つ見て回る。

今は遊ぼうとは思わないけど、ちゃんとそれぞれ思い出があるのだ。

ブランコとかすべり台とかジャングルジムとかね。

いろんな遊びをしたし、隊員ごっこなんてのもした。

結衣のことをおやびんなんて呼んだりしてさ。

私はいつも守られる側だったっけ。

なんて思い出に浸っていたら、結衣はまっすぐベンチへ向かい、雪を払って座ってしまった。

私は点検を終え、結衣の元へ駆け足で戻る。

ベンチには私のぶんのスペースもしっかりと雪が払われていた。

こういうちっこいところで結衣はこっそり優しさを見せる。

正直こういうのはいちいち嬉しくなるから隠すのが難しい。

なんとか感情を抑え、いそいそと座りながら結衣に言う。

「おい~、公園きて真っ先にベンチ座んなよー」

「だって遊具は雪積もってんじゃん」

「子どもは風の子だろ! 雪とすべり台で簡易スキー場を楽しめます」

「やめとけ、風邪引くぞ」

「これが本当の風邪の子ってな」

「……」

結衣がじっと私を見る。

「うむうむ、昔を思い出すなぁ。おやびんよ」

視線が苦しいので無理やり話題を変える。

「おやびんか……いや、懐かしい。私も若かったな……」

「あのガキ大将がこんなふうに育つなんてなー」

「お前にだけは言われたくないわ」

確かに。

私たちもずいぶん変わってしまった。

あかりは全然変わってないみたいだけどな。

なにやら楽しげな声がして目を向けて見ると、公園の端っこで小さい女の子三人組が雪遊びをしていた。

本当に懐かしい。

私たちもあんなふうに遊んでたんだよな。

「京子」

声がして振り返る。

「んー?」

「来年なにする?」

「ん~」

結衣からこういう話を振られるのは珍しいなと思いつつ私は考える。

「なんでもする」

「なんだよそれ」

いつもの呆れ顔で結衣が言った。

「そうだな。まずはごらく部で~全国制覇して~」

「まてまてまて」

と結衣のつっこみ。

「あ、また旅行したい」

「ん、それいいかも」

「今度は生徒会とかも一緒にみんなでさ」

「なんか修学旅行みたいだな」

「一年生組は行ってないんだからいいんじゃね」

と肯きつつ私は言った。

「でも人数多いほうが楽しいよな」

「二人きりってのも私はかまわんぜぃ」

「まぁ、たまには……」

話してるうちにたくさん思いついた。

「あとはごらく部海外進出」

「流石にそれは……子どもだけじゃ難しいだろ」

「言うだけはタダですよぃ」

「行きたいところとかあるの?」

「ん~……ブータン?」

「なんでそんな微妙なチョイス」

「なにおう! ブータンにもいいところいっぱいあるんだぞ!」

「例えば?」

「……小さいところ?」

「ブータンの人に謝っとけ」

ごめんなさい。

「あとはスポーツ大会でも開くか」

「唐突だな」

「私は思ったのだよ、毎日怠惰に過ごしてはいけないって。もっと青春の汗を流すべきなのだよ、と」

私は人差し指を立てながら言った。

「思い切り文化系のお前が何を言うか」

まぁ確かに私ほど文化系に偏ったやつもそうそういないだろうな。

けど私は運動が苦手というわけではないのだ。

むしろ、動くことは好きだし人並みの身体能力はあるはずだ。

結衣にはまったく敵わんがな。

「なので生徒会も誘って大会開くのだよ」

「また生徒会巻き込んで……スポーツってなにすんだ?」

「寒中水泳」

「おい、寒いだろ」

「ポロリもあるよ」

「ねぇよ」

「あとはやっぱり同人活動っすかね」

「ああ……またテスト勉強おろそかにするとか、やめろよ?」

「結衣さんが手伝ってくれりゃあ余裕なんすけどねー」

ちらりと結衣を横目で見る。

「……まあ私もああいう作業嫌いじゃないし」

「さすが結衣!」

こういうところほんと大好き。

「今度はちなつちゃんにミラクるんのコスプレさせてモデルになってもらうのだ」

若干にやけながら私は言う。

「嫌がると思うなぁ」

結衣が遠い目をして言った。

「そこは結衣の出番ですよ」

「なにをする気だ」

警戒しながら結衣が言った。

「結衣がライバるんのコスプレすればちなつちゃんも喜んで着るっしょ」

「しねぇよ」

結衣がきっぱりと言った。

「かわいく描いてあげるから!」

両手を合わせて頭を下げながら私は言った。

「余計嫌だわ」

ったく照れ屋なんだからさ。

「あ、そうだ。部室大掃除しなきゃじゃね」

ぱっと思いついて言葉にする。

「珍しいな。お前の口から掃除だなんて」

結衣が驚いたように言った。

「やれやれ」

私は肩をすくめて言った。

「日頃お世話になってる部室なのよ? 感謝の気持ちを込めて掃除するのは当たり前じゃない」

結衣がすっごい目で私を見る。

どこからつっこんでやろうか、そういう目だった。

「わ、私は綺麗好きだっていつも口をすっぱくして言ってるじゃーん」

「初耳だが」

「そういえば初詣も押さえておかなきゃな」

話題を切り替える。

「それはいいかもな」

「でしょ? ちなちゅの晴れ着姿めっちゃ見たい」

「そっちかよ」

「結衣のも見たいよ?」

「そういう意味で言ったんじゃない」

結衣が真顔で言った。

「ていうかお前どうせ三が日もだらだら過ごすんだろ」

「ところがどっこい」

私は若干考えて。

「そうなんだよ」と言った。

「だろうな」

よくよく考えると私は寝正月以外過ごしたことがなかった。

「あとはあとは~」

「なんか楽しそうだな、お前」

気づかないうちにテンションが上がってしまったようだ。

「楽しいっすよ、今すげー楽しい」

「そうか」

と結衣がそっと微笑みながら言った。

「結衣は楽しくないのかよ~」

拗ねるふりして聞いてみた。

結衣のことだからまた照れ隠しにごまかすに決まってる。

胸のうちでにやにやしながら返事を待つ。

「そんなのお前」結衣が言った。

「楽しいに決まってるだろ」

不意打ちだった。

心構えをしてなかったからペースを乱されてうまいこといつものように対応できない。

それでも内心とても嬉しくて仕方のない自分がいることに気がつく。

「そっかそっか。へへっ」

思わず笑いがこぼれる。なんだか心臓がつんつんする。

「あとは?」

と結衣が問いかける。

「んーと、また泊まりいっていい?」

「ダメっつっても来るんだろ?」

「よくわかってんじゃーん」

もうほんと楽しい。

こんなにまともで良いSSは久々に見た

支援!

「あとはー、ゲームする」

「ゲーム?」

「そうそう、年末にいっぱい発売すんじゃん。だから泊まりがけでさ」

「引きこもりじゃねーか」

と呆れ調子で結衣が言った。

「布団敷いて眠くなるまでゲームして、起きたらまたゲームする」

「ゲームばっかだな」

「でもそういうのもいいっしょ?」

「まあな」

支援

「ほかには?」

「鍋パ」

「なべぱ?」

「鍋パーティ」

「ああ、それいいな」

「闇なべしてみたい」

「いや、普通にやろうよ……」

「消しゴムとか入れんの」

「せめて食えるもん入れろよ……」

どうしよう、やりたいこといっぱいだ。

支援

春になったら花見とかさ

いいね

夏はまた海とか

うん

チャリで行く

無茶いうな

秋は食う! ひたすら食う!

太るぞ……?

いいの! 冬はあれだな ごらく部VS生徒会で雪合戦!

生徒会をなんだと思ってるんだお前は

あとはまぁ、なんとなく?

なんとなくか

うん なんとなく

………………

……

とにかく支援

それから私たちはたくさんのことを話した。

人から見たら一つ一つは取るに足らないくだらない話だけど、

きっとこういうのが集まって楽しいができてるんじゃないかな。

寒いねって笑いあったりさ。

後でいくつになっても笑いあえたら、すごく嬉しいって思う。

そういうのって馬鹿らしいかな。

思い出を作ってるかどうかなんて今はわからないけどね。

最後の支援

気がつくと辺りはすっかり暗くなり始めていて、雪遊びをしていた三人組の女の子の姿は消えていた。

「あ」

結衣の声に反射的に空を見上げる。

綿みたいにふわふわの大きい雪がぱらりぱらりと空に模様を落としていた。

「降ってきたね」

「これは積もるかもな」

と結衣が言った。

「そろそろ戻るか、寒くなってきたし」

「そっすね」

手もすっかりかじかんでしまった。

ベンチから立ち、歩き始める。

行きで通った道は帰りでは雰囲気が違っていて、どこか寂しげだ。

あの眩しかった太陽もいつの間にか身を潜めていて、ちらちらと舞う雪が代わりに夜を照らしていた。

「なぁ結衣」

降り落ちる雪をぼーっと視界に捉えつつ、白い息を吐きながら私は言った。

「ん?」

「来年の今ごろもさ、今日と同じように今日みたいにこうしていられるかな」

「……どうしたんだよ」

「いや、別に~」

「ふーん……」

ざっざっ、と足を鳴らしながら歩く。

一分は沈黙が続いた。

普段はまったく気にしないし、結衣といるときに沈黙が続いても居心地が悪くなったりしない、むしろ心地よいくらいだ。

けれど今はなんでだろ、結衣の動向がやたらと気になる。

なにか話かけたほうがいいのかな。

でもなにを話せばいいんだろ。

なにを話しても失敗になるような気がする。

結衣は今なに考えてるんだ。

ちらちらと視界の隅で捕らえても、判然としない。

「簡単なことだろ」

と結衣がぽつんと呟いた。

「え?」

突然の言葉に少しあわてて結衣を見上げる。

私の一歩ほど後ろで立ち止まった結衣と目が合った。

「結衣?」

結衣は顔を上げた私の目を真っ直ぐ見ながら言った。

「来年もまた来ればいいんだ。それだけだろ?」

顔がサッ、と赤くなるのを感じる。

恥ずかしくなってそっぽを向く。

――ずるい。と思った。

私はこういうのに弱いって再認識させられる。

「京子?」

「あーーあー……」

「なんだよ……」

応急処置として手でほっぺを冷やす。

いつもこうだ。

私が不意を喰らってても、結衣は平然としてる。

負けた気がしてなんだか悔しい。

ほら、今だってとっとと先を歩いちゃうし。

どうにかお返ししてやりたい。

前を歩く結衣の後ろ姿をしげしげと眺める。

一定のテンポで進む歩調は淡々としたもので、それがさらに私を向きにさせる。

結衣を観察しながらなにかできないものかと頭をめぐらす。

私はぷらぷらとぶら下がってる結衣の手を見つけてパッと仕返しの作戦を閃いた。

獲物を狩る猫のように注意深くそろりそろりと近づいて狙いを定める。

よしよし、結衣は気づいてないみたいだな。

私は結衣の手に飛びついて思いっきりつかまえる。

驚いたふうに結衣は振り返る。

私は勝ち誇った顔で言ってのけてやった。

「来年もこれからもずっと一緒だかんな!」

あ、照れた。

なるほど結衣はこういうのに弱いのか。

それから私たちは結衣の家を目指してゆっくり歩いた。

「私と結衣の友情はかたいんだもんな~」

「はいはい」

「ずっと一緒だもんな~」

「まあな」

「私たちは最強だもんな~」

「なんだそれ」

風が吹くたびに手を強く握る。

お互い何度も握り返す。

そんなふうな私たちは歩いた。

「結衣の手冷たい~」

「京子の手も十分冷たい」

「え~、でも結衣よりはあったかいっしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「寒いね~」

「ん」

「ふへへ、早く帰ってこため息つきたいー!」

「こため息? なにそれ?」

「だからこため息っつーのは~、ん~……帰ったら話す」

「ふーん」

顔を上げると黒と白の微妙なコントラストが幻想的な風景となって冬を染め上げていた。

小さい感動を覚えながら歩みを進める。

来たときよりもちょっぴり厳しい風に身を縮める。

少しだけ暖かい右手。

隣に見える景色。

ついついにやけてしまう。

耳も鼻も赤いんだろうな。

どうしようもなく幸せな気持ちが溢れてくる。

心は、とても暖かくて、くすぐったい。

このまま結衣の家まで帰ろう。


手はつないだままで。


おわり

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