エレン「会いたい」(181)

登場人物(予定)
エレン/リヴァイ/ミカサ
※腐ではない

よくあるネタだと思いつつ
エレンが監禁されてる未来を捏造
更新は遅いと思う


夢を見ていた。


ソファーでうたた寝をしていると、肩を揺すられながら母に起こされる。

――エレン、起きなさい。今日はアルミンと約束があるんだろ?

閉じそうな瞼をこすりながら体を伸ばし、床に足をつける。
ミカサはもう昼食を済ませていたようで、カチャカチャと音を立てながら食器を片づけていた。

――早く食べてしまいなさい。約束の時間に遅れるよ。

テーブルで本を読みながら父が言う。
慌ててパンを口に詰め込み、スープで一気に流し込むと、あっという間に食器は空になった。
食器を流し場に運ぶと、そのまま洗いものをしていたミカサの手を引きながら、速足で出入口へと進む。
扉の取っ手に手をかけると、振り返って、父と母の顔を交互に見た。

「行ってきます」

――行ってらっしゃい。

せっかくの母特製のスープを味わえなかった。まだ残っているだろうか。
帰ったらもう一度食べさせてもらおう。

家を飛び出し、温かい日の光を全身に浴びる。
アルミンは今日、どんな話を聞かせてくれるだろう。
ミカサと目を合わせながら、駆け足でアルミンの元へと向かった。

湿った空気と、カビの匂い。
目を開けると、重々しい石の天井が広がっている。

鉄格子の向こうには中年の大柄な兵士が一人、背を向けて座りこんでいた。その肩がゆっくりと上下している。
どうやら眠っているらしい。監視をする気があるのだろうか。
カビ臭いシーツを払いのけると、石壁に鎖の音が反響した。
喉に乾きを覚え、水を飲もうと枕元に置いてある水差しに手を伸ばしたが、触れた瞬間、それが空であることが分かった。

「すみません」

監視役の男に声をかける。反応はない。

「すみません」

声を張り、もう一度呼びかけた。
男は一瞬動きを止めたが、身じろぎをして座りなおすと、再び寝息を立て始めた。
水差しを投げつけてやろうとも思ったが、相手の機嫌を損ねるとまた数日間食事を抜かれるかもしれない。
ベッドの上で壁にもたれかかり、男が自然と目を覚ますのを待つことにした。

今は朝だろうか、夜だろうか。
もうずっと長い間、蝋燭以外の光を見ていない。
毎日きちんと食事が与えられる訳でもない。
監視の兵が交代するタイミングで、どうにか日付の変化を掴んでいた。

2年前、壁内の謎が明かされたあの日、巨人の脅威が消えたあの日以来、エレンはこの生活を続けていた。

人類最後の脅威として。

ただ寝て、起きて、食事をとる。
起きていてもすることが無いので、一日のほとんどは睡眠に費やされた。

最近、よくあたたかな夢を見る。

シガンシナにいた頃、アルミンが語る外の世界に目を輝かせていたあの日。

母と父と、ミカサと一緒に暮らしていた、他愛のない日々。

3年間を共に過ごした仲間達との、訓練時代。

どちらが夢で、どちらが現実なのか、分からなくなる。
幸せな時間に酔いしれるように、眠る時間が多くなっていった。
巨人に怯え、家畜のようだと不満を洩らしていたはずのあの日常が、たまらなく愛しかった。


もう一度シーツを被り、ベッドの上に横になる。
眠っていれば喉の渇きも誤魔化せるだろう。
またあの夢を見ようと、体を丸め、目を閉じた。

階段の方から、カツカツと足音が聞こえてくる。
誰かが地下へ降りてきている。
監視役の交代の時間だろうか。
だが、この足音はこの2年間聞いたことがない。新入りだろうか。

ベッドから身を起こすと、足音に気付いた監視役が慌てて跳び上がり、足音の主に敬礼をしているところだった。

監視役の男よりもずっと背の低い、小柄な兵士。
時折夢の中にも現れていた懐かしい人物が、そこに立っていた。

震える声で、その名を呼ぶ。


「……リヴァイ兵長」

とりあえずここまで
あまり長くならない予定

時間が止まったように、リヴァイもエレンも、身じろぎひとつしない。
リヴァイはもう、確信を得ているようだった。

監視の兵が、小さく咳払いをする。
しばしの沈黙の後、エレンはリヴァイから視線を落とした。

「はは…」

うつむき、太腿に両肘をついた。両手で顔を覆う。

「『結構前の話』って…それ、いつの話ですか…」

嘲笑しながら問う。
声が震えている。

「産まれたのはちょうど一年前だ。3日前が誕生日だった。」

喉の奥が詰まる。うまく呼吸ができない。

「女のガキなんて何を与えていいか分からんからな。
とりあえず涎かけを渡しておいた。
涎を撒き散らしてうろちょろされたら堪ったもんじゃねえ」

「兵長とお揃いですか?」

「あ?」

俯いたまま冗談を口にし、激しく揺れ始めた感情を鎮めようとする。

「アルミンは服をやっていた。ミカサとおそろいの柄だ。」

女の子が喜ぶものをちゃんと分かっているところが、アルミンらしい。

「ジャンは熊の人形だった。すぐに奴のおしゃぶりと化したが。」

「それからハンジは…手作りの人形だったな。
綿を詰めただけの歪な肌色の物体だったが、おそらく巨人を模したものだろう。
これも貰った瞬間からおしゃぶりだ。」

…同じ色だからメシと間違えたのかもしれんな、と、突然納得したように呟いた。

誕生会の話が続けられる。

熱くなる目頭を両の手のひらで押さえる。
顔を上げることができず、乱れる呼吸を整えようと、大きく息を吐いた。

「ジャンは『間違っても死に急ぎ野郎みたいにはなってほしくない』と言っていたな。」

「うるっせぇよ…あの馬面…」

いちいち腹の立つ男だ。

「ああ、アルミンが『子供のジャンに対する第一声は馬面かも』と言っていたな。
ミカサは、…」

少しの間を置き、言葉を続けた。


「ミカサは、泣いていた。」

熱いものが頬を伝う。
自分で制御することができず、自然と歯を食いしばった。

「兵長」

かすれる声で、呟く。

リヴァイが静かに椅子から立ち上がり、片手で鉄格子を掴んだ。

「答えろエレン」

地下牢の中でリヴァイと初めて話をした日を思い出した。
こちらの意志を問おうとしている。

「お前はあの時、人類のためなら、仲間の安全のためならと、自らが幽閉されることを選んだ」

「お前の友人達が差しのべた手を振り払ってまでだ」

あの時、自分が恐ろしかった。
巨人の殺戮を、破壊の衝動を、心地よいと感じていた。

「最後の巨人として、地下で生涯を終えることを望んだ。」

その衝動を、いつ仲間達へ向けてしまうのか。

「それがお前の意思ならばと、俺はそれを尊重し、この状況を甘受してきた。」

それが何よりも恐ろしかった。

「答えろ」

溢れ出る涙が、ぽたぽたと服に染みをつくっていく。
もう手で隠すこともできない。

「このまま一度も日の光を浴びず、家畜以下の生活を送り、孤独で死ぬこと、」

心の奥底に封じ込めた箱を、リヴァイがこじ開けようとしている。

「それがお前の望みなのか。」


やめてくれ。

もう諦めたことなんだ。

しっかりと鍵をかけた、あの想いを。

幸せになる未来を。

涙で濡れた両手を下にずらし、口を抑える。
強く眼球を押さえていたため、視界が少し濁っていた。
強い圧迫から解放された涙が、とめどなく溢れ出る。

もう喉まで出てきている言葉を、必死に飲みこもうとする。

息が苦しい。


「答えろ」



「……たい」

自分の意志に反し、言葉がこぼれた。
もう、無理だ。


「…会いたい」

絞り出すような声で言う。
顔を上げられない。
リヴァイは黙っている。どういう表情をしているのか分からない。


「ミカサ…、アルミン…」

「皆に…会わせてください…」

エレンにとって、決して口にしてはいけない言葉だった。

何度も、夢に見続けていた。

実現するはずもない望みを抱いたところで、空しいだけではないか。

口にした瞬間、想いが爆発した。


会いたい、


会いたい、


会いたい――。



体を屈曲させ、獣のように唸りながら、エレンは牢の中で泣き続けた。

今日はここまで。
とりあえず4分の3くらいは終わった。

ふと、子の方を見ると、その瞳がエレンの顔をじっと見上げていた。思わず怯んでしまう。
エレンの瞳の色に興味があるのか、小さな手を伸ばしエレンの顔をペチンと叩いた。
その手がとても温かい。

「…ほら、お父さんだよ。」

今までに聞いたことがないほど柔らかな口調で、ミカサが言った。
その声に驚き振り返ると、知らず知らずその表情に魅入っていた。
そこに居たのは、寒さに震える少女でも、稀に見る逸材と言われた兵士でもない、一人の「母」の姿だった。

ミカサが子に話しかけながらあやしている。
そこでエレンは初めて、子どもの名前を知った。

さて、どうしようか。

気持ちを切り替えるように腰に手を当て、周りを見渡した。
部屋の隅に置かれた箒と雑巾に目が止まる。

そういえば今日の掃除がまだだった。
いつものように箒を手に取り、床を掃こうとする。

瞬間、さっきまでの光景が脳裏をよぎった。

ミカサと子どもが居た空間。3人で一緒に座り込んだ床。

しばらくそこを見つめた後、静かに箒を元の場所に置いた。

ベッドに戻り、いつものように腰かける。
後ろに手をつき、足元の鎖を見ながら、あの小さな手を、自分を見上げていた綺麗な瞳を思い出す。

意味もなく、足を振って鎖を鳴らした。
またあの笑い声が聞けないだろうか。
石壁に囲まれた空間に、空しく金属の音が響いた。

何もする気が起きず、そのままブラブラと足を動かす。
そのうちそれも面倒になり、そのまま後ろに倒れこんだ。
いつもの、重くのしかかるような天井が、視界に広がった。

――会えてよかった。

不思議と穏やかな気持ちだった。

そうだ、もともと、死ぬまで会えないと思っていた相手だ。
俺があの日、会いたいと言ったから、兵長は会わせてくれた。
それで充分じゃないか。

もう、充分だ。

目を閉じ、強く自分にそう言い聞かせる。余計なことを考えないように。

ふと、ミカサから預かった手紙のことを思い出し、目を開けた。

どこへやったのか分からなくなり一瞬焦ったが、すぐにベッド脇の棚の上にあるのが視界に入り、心底ほっとした。
掃除をしようとする時に、無意識に置いていたらしい。

手を伸ばし手紙を取ると、ベッドに座りなおした。
丁寧にその封を開ける。
中にはゆるく折りたたまれた少し厚めの紙と、2枚の便箋が入っていた。

『エレンへ』

『エレン、久しぶりだね。

元気にしていたかい?ちゃんと食事はさせて貰っているかい?』

初っ端から独り立ちした息子を気遣う母のような口ぶりに、思わずふっと笑ってしまった。
アルミンの字は、読んでいると不思議と心が落ちつく。

『リヴァイ兵士長の交渉で、ようやく一人だけ面会の許可が下りたんだ。

僕も会いに行きたかったけど、ミカサ以外に適任はいないからね。

満場一致でミカサに決まったよ。

ミカサに会えて嬉しかったかい?』

お前にも会いたかったよ、と手紙に向かって呟く。
一瞬、監視兵と目が合ったが、すぐに視線を手紙に戻した。

『ミカサに子供がいて驚いただろ?

君の驚く顔が是非見てみたかったよ。』

ああ、驚いたとも。

ひと月前、リヴァイが最初に訪れた日を思い出す。
世間話をするように突然、子供の存在を告げられた。
そしてそれが誰の子なのか分からない、ということも。

『ミカサが妊娠しているのが分かった時、ミカサは父親のことを、誰にも、僕にさえ明かそうとしなかった。

子どもが産まれて1年経った今でも、父親については口を閉ざしたままだ。

でも、皆、気付いているよ。』

『あの子が無事産まれたとき、ミカサはずっと泣いていたよ。

血まみれのまま僕にしがみついて、大声で泣きながらずっと、何度も、「エレンに会いたい」と言っていた。

僕も皆も、それで確信したんだ。』

ぐっ、と手紙を持つ手に力が入る。
皺がつかないよう、慌てて指の力を緩めた。

『ミカサが黙っていたのは、子どものためだよ。

地下に幽閉されている巨人が父親だなんて知れたら、あの子の命はなかったかもしれない。』

分かってはいたが、頭を強く殴られたような気分だった。
最後の巨人、地下の化物、やはり自分は、世界からそういう存在でしか見られていないのだろう。

『ミカサは今、あの子を守ることに全てを捧げている。』

1枚目は、そこで終わっていた。

分かっている。自分は存在していちゃいけない、すぐに消えるべき存在だ。

エレンを守ることに固執していたミカサに、他に守るべきものができた。

自分はもう必要ない。
自分の代わりは、あの子が担ってくれるはずだ。

微かに残っていた未練が、ようやく消え去ろうとしていた。

しかし、2枚目の便箋に綴られていたアルミンの言葉は、エレンにとって予想外のものだった。


『だから君は、あの子のためにも、そこから出なくてはならない。』

『脅威ではなく、この壁内の英雄であることを、全うな人間であることを証明しなくてはならない。

あの子はミカサの宝だ。そして君がこの世界に存在していた証でもある。

あの子もエレンも、ミカサにとっては何よりも大切な存在なんだ。』

『君のことだから、自分さえいなくなれば僕らが幸せになる、とでも考えているんだろうね。

もしそうなら、君は本当に馬鹿だ。

君がいない世界で、僕らが幸せになれるはずがないじゃないか。

ただ一言「助けてほしい」と言ってくれれば、君に手を差し伸べてくれる人間は、君が思っているよりもたくさんいるんだよ。』

『あれから2年が経過して、壁内の状況も落ち着いてきた。

人々の巨人に対する恐怖はまだ消えないけれど、その恐怖を終わらせた「奇跡の存在」に興味を持つ人たちも少しずつ現れてきている。

可能性は僅かだけど、君が胸を張って生きていける世界になるかもしれない。』

『エレン、絶対に君をそこから救い出す。

だからエレン、帰ってきてくれ。

いま地下に居るだけの君には何もできないかもしれない。

時間が過ぎて行くのを待つことしかできないかもしれない。

ただ、希望を捨てないでいてくれ。

生きていてくれ、エレン。


そして一緒に、あの子と4人で、旅をしよう。』

最後に『アルミン・アルレルト』と名を綴り、手紙は終わった。

丁寧に綴られていたはずの文字が、最後の数行で力強く走り書かれているのが分かった。
手紙を書くアルミンの表情が、そのまま文字に反映されているようだった。

ちょっと休憩

拭うことも忘れていた涙が一粒、手紙に染みを作った。
慌ててシャツの袖で水滴を拭き取ったが、その間もポタポタと涙がこぼれ落ちていった。

今まで希望を抱くことを恐れていた。
会いたいとどれだけ願っても、誰も、この地下へ来てはくれなかった。
人々から忘れ去られ、孤独で朽ちろと、世界からそう言われているような気がした。

『君に手を差し伸べてくれる人間は、君が思っているよりもたくさんいるんだよ』

与えられないのならば、最初から望まなければいい。
そう割り切ることで、孤独を嘆くことから逃げていた。

『希望を捨てないでいてくれ』

何度も手紙を読み返す。
ずっと、何よりも望んでいた言葉だった。

望んでいいのだと。
「会いたい」と願っていいのだと。
幸福な未来を、信じてもいいのだと――。


今日だけでどれだけ涙を流せば気が済むのか。
自分に呆れてしまう。
まるで子供みたいだ。

ようやく嗚咽が落ちついた頃に、便箋と一緒に入れられていた紙を取り出した。
広げてみると、ちょうどエレンの掌と同じくらいの大きさだった。

そこには、黒いインクで小さな手形が押されていた。
ミカサの字で、「1歳記念日」と書かれてある。
その手形をそっとなでる。
ただの紙切れに、あの温度を感じたような気がした。

階段から足音が聞こえてきた。監視の交代の時間だ。
食事を持って、細身の若い兵が現れた。
先に居た監視兵に軽く挨拶をすると、鉄格子を開き、食事の載ったトレイを入口の床に置いた。
いつもの質素なスープとパンだ。
再び鍵がかけられたころに、トレイを取りに行く。

当番を終えた大柄の監視兵が、去り際にエレンに目をやる。
エレンがそれに気付き視線を返すと、監視兵は僅かに目を見開いた。
この数分間のエレンの変化に気付いたのだろうか。
そのまま監視兵はその場を去り、階段を上っていった。


もう、恐れない。

いつになるかは分からない。

トレイをテーブルに置き、棚の上に飾った手形と手紙を見つめた。

2年間、地下に誰も近づけなかったのも、極端に面会が少ないのも、エレンを衰弱させあわよくば死んでもらおうという上の企みなのだろう。

――お前等の思い通りになんかなってたまるか。

口を大きく開き、パンにかじりついた。

――俺は家畜じゃない。

しっかりとパンを噛みながら、スープを流し込む。
勢いをつけすぎて軽く咳きこんでしまった。
もともと量の少ない食事ではあったが、いつもより早く完食した。

空の皿とトレイを牢の入り口に置き、再びベッドへ戻った。

鉄格子越しに、監視兵を見つめる。
20代前半くらいだろうか。ふた月ほど前から監視を務めるようになった若い兵士だ。
まだ少し垢抜けなさが残っている。

「すみません」

「…なんだ、便所か」

「いえ、紙とペンを持っていませんか」

「…は?」

怪訝な顔で返される。

「何をするつもりだ…」

「手紙を書きたいんです」

ますます怪訝な顔をされた。

分かっている。書いたところで相手に渡されることはないだろう。
それでも、アルミンやミカサ達への想いを書き綴りたかった。

「ここに紙なんか無い。諦めろ」

「分かりました。じゃあ今度持ってきてください」

口を開けて呆然としている監視兵をよそに、エレンは棚の方に向き直った。
監視の兵とちゃんと会話をしたのは初めてだが、なんだかあの兵士はジャンに似ているな、と思った。

ベッドに仰向けに寝転がり、ふと、自分の唇に手を当てた。
まだあの柔らかい感触が残っている。

――一緒に、シガンシナに帰ろう?

「…ああ。」

天井の向こうの、地上に向かって呟く。
もう少しで届きそうなそこに、手を伸ばした。

「ああ、帰ろう。」

絶対に、帰る。

帰ったらもう一度、思いっきり、二人を抱きしめよう。
離れていた分、たくさん、一緒に過ごそう。
今度会えた時は、何をしてあげようか――。

エレンの口元に笑みが浮かぶ。
少しずつ、瞼が重くなってくる。
少し眠るのが惜しいと思いながらも、エレンの意識は闇に包まれていった。
その日見た夢は、いつもより幸福なものだった。

とりあえずここまで
当初の予定よりちょっと長引いてますがもうちょっとだけ続きます

次の投下でラストになります。エピローグのようなものです。




「はわ~相変わらずもちもちしたほっぺですね~。食べちゃいたいです!うりゃうりゃ~!」

少女のきゃっきゃという笑い声が部屋中に響き渡った。

「おいサシャ遊んでんじゃねえぞ!盛りつけは終わったのかよ!」

「違いますよコニー、これは子守りです、ミカサのお手伝いですよ!遊んでません!」

子どもと一緒に床に転がりながら反論していると、ジャンが怒鳴りこんできた。

「おい誰だよサラダのトマト食ったやつ!!」

ずるずるとサシャの腕から抜け出てきた子どもに、アルミンが笑顔で話しかける。

「ほら、このお兄ちゃんの名前覚えてる?言ってごらん、ほら。うーまーづーら」

「うまぅあ~」

「おいアルミンてめぇ何言わせてんだ!」

「ジャン、怒鳴らないで。怯えてる」

「お、おう…すまん、ミカサ」

アルミンは子どもを引き寄せると、棚の上にある肖像画を手に取り、しゃがみ込んで目の高さを合わせた。

「これはもう分かるだろ?『おとうさん』」

アルミンから肖像画を受け取ると、肖像画を指差しながら言う。

「おとーしゃ」

「うん、よくできました~」

思わず目尻が下がってしまう。

「それさあ、エレンのことじゃなくて肖像画そのものを『おとうさん』だと思ってんじゃねえの」

「ち、違うよ!多分…。もう2歳だし父親の判別くらいできるだろ!」

せっかくモブリットさんに描いてもらったのに、と口を尖らせていると、突然名を呼ばれた。

「あうみん」

「ん?」

「はい」と言いながら肖像画を差し出してくる。

「あ、返してくれるの?ありがと~」

そう言いながら受け取ると、にんまりと得意げな笑顔を向けられた。
すぐに振り返り、とたとたと部屋を駆け回る。
あぁこれは父親のこと分かってないな…と、がくりと首を落とし、肖像画を棚の上に戻した。

「ぉかあしゃー」

「おいミカサ、呼ばれてるぞ」

「いま行く」

ミカサが動くよりも先に駆け寄られ、足にしがみつかれた。

腰を落とし、顔を近づけ互いの額をこつん、と当てる
皆に遊んでもらって機嫌が良いのか、母に向かってにっこりと笑った。
ミカサも笑い返し、優しく囁く。

「今日は素敵な誕生日プレゼントがあるよ」


* * *



二つの人影が、ガサガサと落ち葉や枝を踏みしめながら森の中を進んでいく。

「まだ目は痛むか」

「ええ、でも大分マシになってきました」

ふぅ、と息を吐きながら、目を覆っていた手を離す。

「太陽ってこんなに眩しかったんですね…」

眉間に皺を寄せ、薄く開いた視界から必死に外の様子を見ようとする。
3年間蝋燭の光だけで生活してきたエレンにとって、太陽の光は強すぎた。
馬車の移動中に目を休めていたが、森を歩くとなると目を閉じる訳にはいかない。
木々が作ってくれる影が有難かった。

「すぐに森を抜ける。歩き辛いだろうが耐えろ」

「…はい」

リヴァイの後ろ姿を見ながら、エレンは朝の出来事を思い出していた。


それは本当に突然の事だった。
今朝、いつものように目を覚ますと、ベッドの脇にリヴァイが立っていた。
心臓の止まる勢いで跳び起きたが、事態を把握するよりも先にリヴァイが指示を出した。

「着替えろ」

実に1年ぶりの声だったが、新しいシャツとズボンを投げ渡され、寝起きで回らない頭のまま指示に従った。
シャツを着替えたものの、ズボンに関しては足枷がついたままでは替えることができない。
戸惑っていると、リヴァイが鍵を取り出し足枷を外した。

思わず目を丸くする。
何故鍵を持っているのか。そもそも何故牢の中に居るのか。

「さっさと着替えろ」

急かされ、今度こそ全身を新しい服で纏った。

「荷物を詰めろ」

空のリュックを投げ渡される。
訳の分からぬまま、少しの着替えと、棚に飾っていたアルミンの手紙と子どもの手形、そして1年間書き溜めた手紙を丁寧に詰め込んだ。
リヴァイが部屋の隅を指差しながら言う。

「おい、アレもだ」

慌てて箒を手に取る。
それを確認すると、リヴァイは鉄格子の出入り口を潜り抜け、牢の中に居るエレンに向かって次の指示を出した。

「帰るぞ。」

呆けた状態のまま「え、え」と監視兵とリヴァイを交互に見る。
監視兵はいつものようにがっしりとした身体をピンと伸ばし、横目でエレンを見ていた。

その場から動こうとしないエレンに向かってリヴァイが小さく怒鳴る。

「早くしろ、グズ野郎」

その声に、反射的に鉄格子を潜り出た。
箒を掴んだまま胸にリュックを抱え、足早に階段を上って行くリヴァイの後を必死についていく。

息を切らしながら、ふと牢の方を振り返ると、監視兵がエレンに向かって小さく片手を上げていた。
唇の動きで、「またな」と言っているのが分かった。
壁に遮られる間際、その口元が笑っているように見えた。




少し光に目が慣れてきた頃、森を抜けると、ところどころに民家が見えてきた。
馬車を降りてからそう長い距離は歩いていないはずだが、長い間まともに動いていなかったエレンにはかなり堪えた。
目的地までの距離が気になり、息を切らしながら問う。

「兵長、あの…さっきから何処に向かっているんですか?」

「俺の班の拠点だ」

「リヴァイ班の拠点…」

真っ先にミカサとアルミンの顔が浮かぶ。

「ああ、お前の嫁と子どもがいるぞ」

「よっ…め、じゃ、ないですよ別に!」

「人前で2度も濃厚な接吻しておいて何言ってんだ。俺はてっきりあのまま2人目を作る気なのかと思ったぞ」

リヴァイの言葉に色々と突っ込みたかったが、顔から火が噴きそうになるのを抑えられなかった。

「あの時は…本当に、今生の別れだと…」

「…まあ、確かに、そうなっていた可能性もあったな」

若干からかい口調だったリヴァイの声が、急に落ちついた。
この1年の間にも、色々なことがあったのだろう。

「…アルミンに感謝しろ」

「それは…もちろんですよ。」

もちろんアルミンだけではない。リヴァイを含め、何人もの人物がこの日のために動いてくれたのだろう。
だが、エレンに生きる気力を与えてくれたという意味では、アルミンの功績は大きかった。

歩き疲れ、シャツにじんわりと汗が染み込んでいるのが分かった。
そういえば着替える時に気付いたが、今朝貰ったばかりのこのシャツは新品という訳ではなかった。

「……なんでまたジャンの服なんですか」

「お前の体格に一番合うのがあいつしかいないからだ。文句を言うな」

「いえ別に文句というわけでは…ないんですが…」

もごもごと喋りながら目を逸らした。

「…本当は4日前には迎えに行ってもよかったんだがな」

「え…なんでわざわざ遅らせたんですか」

「まぁ…気分だ。」

話しながら、一軒の家に近づいていく。
外が静かだからなのか、単に家の中が騒がしいのか、話し声が微かに聞こえてきた。
聞き覚えのある声が飛び交っているのが分かる。

胸が高鳴ると同時に、体に妙な緊張が走った。

考えてみれば、ミカサ以外の同期に会うのは3年ぶりだ。

どういう顔をすればいいんだ。
どう喋りかければいいんだ。

ついに扉の前まで来てしまった。
目に見えて焦り始めたエレンに、リヴァイが声をかける。

「…ひとつ面白いことを教えてやろう」

「え、何ですか」

「コニーに髪が生えている」

「は!?」

不覚にも大きい声を出してしまった。
家の中まで聞こえたのではないか、と焦ったが、中はかなり騒がしいらしい。

扉の向こうで、サシャと子どもがはしゃぐ声が聞こえてきた。
ミカサが子の名前を呼んでいる。

1年前に感じた、あの胸を灼くようなたまらない想いが、再び込み上げてくる。

そのまま立ちつくしていると、リヴァイが顎で促した。

「お前が開けろ」


少しためらいながら、扉の取っ手に手をかける。

取っ手を握る手に力を込め、手前に引く。

建て付けが悪いのか少し抵抗があったが、すぐに扉は開いた。


真っ先に、見覚えのある、くりくりとした大きな目に射抜かれる。

各々作業をしている大人たちの中に一人、小さな少女が佇んでいた。

小さな手で指をさされ、愛らしい声が、エレンの耳に届いた。


「おとーしゃ」



END

色々とベタでひねりの無い展開でしたが、ここまで読んでくれた方々、ありがとうございます。
原作の展開的に終盤で進撃のキャラがちゃんと生きてるのかも危ういですが、皆幸せになってほしいです。

ベジータwww
途中でも言われてましたが、若干「私は貝になりたい」のおっさんをイメージしてました

>>86らへん
http://i.imgur.com/J4oJHuM.jpg

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年02月16日 (日) 17:42:35   ID: 3AC_iJvJ

これフィルタ無効化しないとちゃんと読めない

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