サシャ「どんな味でも構いません」(260)


・『サシャ「中味が大事なんですよ」』の続きです


―― 夕方 食堂

コニー「……」ニマニマ

クリスタ「コニー、なんだかご機嫌だね。何かいいことでもあったの?」

コニー「わかるか? やっぱりわかっちゃうかーそうかーそうだよなー」ムフフ

ユミル「ニヤニヤ笑いながらメシ食ってんじゃねえよ気持ち悪い」ケッ

コニー「どうとでも言えよ。今の俺は心が広いからな」フフン

ユミル「へーへー、よかったなぁ」ナデナデ ジョリジョリ

コニー「おいこら、頭ジョリジョリするなよ!!」プンスカ

クリスタ「……ねえ、ジャンは何か知ってる? コニーが機嫌がいい理由」ヒソヒソ

ジャン「ああ、知ってるぜ。なにせ同室だからな、何やってるかは嫌でも目に入っちまう」

コニー「嫌って言うな! ――仕方ねえ。そんなに気になるならこの俺様が直々に教えてやろう」フフン

ユミル「別にいらねえよ」

クリスタ「もう、ユミルったらそんなこと言わないの。――コニー、話してくれる?」


コニー「いいぜ。――実は今日、俺は朝から今までだけで三人の女子に声をかけられた。もちろんお前らやサシャを除いてだ」キリッ

クリスタ「そうなんだ、すごいね」

ジャン「そして八人の男にも声をかけられた」

ユミル「ほう、モテモテだな。それで?」

コニー「あいつらのアプローチの方法は様々だった……パンをくれたり座学の課題を教えてくれたり、立体機動装置の整備に付き合ってくれたりな」

ジャン「二言目には決まってこうだ。――『ところでコニー、明日は山岳訓練だな』」

ユミル「あー、やっぱりそっち目当てか」

コニー「だからさ、俺にも遂に……モテ期が、来ちゃったんじゃねえかなって……!」ガタッ...

クリスタ「よかったね、コニー!」パチパチ

ユミル「椅子の上に立つな、はしたない」


ジャン「モテ期は結構だがよ。相手が男でも嬉しいのか? お前」

コニー「なお男の影響は考えないものとする」キリッ

ユミル「座学の試験の文章題かよ。……まあ、普通に考えりゃ班員交換という名の引き抜き目当てなんだろうがな」

コニー「ひっ、引き抜きだと!? ミカサやライナーならまだしも、俺を引き抜こうなんてどんな命知らずだよ!?」

クリスタ「班長は引き抜けないよ、コニー。それに命知らずってことはないと思うな。雪山の歩き方を知ってるっていうのは、すごく頼もしいことだと思うもの」

ジャン「今回の山岳訓練の点数はかなりでかいからな。お前がいたら楽に進められるって踏んでるんだろうよ」

コニー「……ええっと、つまり?」キョトン

ユミル「今朝になって突然擦り寄ってきた奴ら全員が、お前を十番内から引きずり下ろそうと企んでる奴だってこった。男女例外なくな」

ジャン「十番前後から二十番台までは成績がダンゴになってるからな。今回の訓練で逆転を狙ってる奴らが動き出したんだろ。――よかったなぁ狩猟民族、肩書きのお陰でモテモテだぞ」ポンポン


コニー「ちぇっ……なーんだぁ、モテ期じゃねえのかよ……」ブツブツ イジイジ

クリスタ「コニー、元気出して? きっといつかいい人が見つかるから。ねっ?」ナデナデ ジョリジョリ

ユミル「モテてることには変わりねえんだし、モテ期にカウントしたいんならしてもいいんじゃねえか? 虚しいだろうけど」

ジャン「ちなみに人生でモテ期は三回しか来ないらしいからな。慎重に数えろよ」

コニー「……じゃあいいよ。モテ期なんかいらねえ」シュン

クリスタ「もう、ユミルもジャンもコニーをいじめないの!」プンスカ

ユミル「はいはい、すみませんでした」ヘコヘコ

ジャン「コニーがこの状態ってことはよ、今ごろサシャもモテてるんじゃねえか?」

ユミル「ああ、その可能性は高いな。今日はメシ時でも全然見かけないし」

クリスタ「ユミルはサシャと同じ班だったよね? 班長は誰だっけ?」

ユミル「何を隠そう、現在成績暫定二位のあいつだよ。―― 面白いことになってたらいいんだが、どうなってるものやら」ニヤニヤ


―― 同刻 とある階段下

モブ男「――というわけで、頼む! 明日俺たちの班に入ってくれないか?」

モブ女「コニーにも頼んだんだけど、班長のジャンに断られちゃってさ。もうサシャしか頼れる人がいないの。だからお願い!」

サシャ「で、ですから……さっきから無理だって言ってるじゃないですか。そもそも今回の訓練は教官が班を指定したんですよ? それを勝手に変えるなんて、よくないことだと思うんですが……」

モブ女「でも他の班もみんなやってるし、別にいいじゃない」

モブ男「それに俺たち、今までお前に何回もパンくれてやったよな? そろそろそのお返しをしてくれてもいいんじゃねえの?」

モブ女「それとも、パンとスープだけじゃ物足りないってわけ? 他にも何かほしいとか?」

サシャ「いえ、そうじゃなくて――」

モブ男「あっ、そうだ! そういや今度、街に新しく食堂ができるはずだよな?」

サシャ「……」ピクッ

モブ女「そういえば、そんなチラシ見たことあるかも! ――ねえサシャ、今度あそこで何か奢ろうか? それならどう?」

サシャ「……いえ、いいです。いりません」

モブ女「ええー……そんなぁ」


サシャ(もう何回も無理だって言ってるのに、二人ともしつこいですね……ううっ、困りました)

サシャ(というか、なんて過去の私はお馬鹿さんなんでしょう……食べ物がもらえるからって、なんでもかんでも安請け合いするものじゃありませんね)グヌヌ

モブ男「食べ物に釣られないってことは……もしかして、他に何か班を変えたくない理由でもあるのか?」

サシャ「へ? 他の理由? ――いえ、特にありませんけど」

モブ女「そういえば……サシャって最近、ライナーと仲いいよね」

サシャ「……まあ、少しは」

モブ男「はぁ? ライナー? あいつ基本的に誰とでも仲いいだろ?」

モブ女「でも私、この前街で二人が並んで歩いてるの見たよ。教官のお使いって雰囲気でもなさそうだったし……あれってさ、実は二人きりで出かけてたんでしょ? 違う?」

サシャ「違いますよ! この前のは本当に偶然会っただけで――」

モブ女「どうだかねー。……なーんか二人とも、前々から怪しいよね」

モブ男「……おい、話がズレてきてるぞ。時間ねえんだから早くしろよ」

モブ女「ああ、ごめんごめん。――それでさ、結局のところどうなの? やっぱりライナーがいるから、班は変わりたくないとか?」

サシャ「……いいえ、違います。そのことは関係ありません」


モブ女「怪しいなぁ……だって今回が最後の山岳訓練でしょ? 少しでも気があるんなら、やっぱり思い出作りはしたいんじゃない?」

モブ男「そういや、ハンナとフランツが班長にかけあって同じ班にしてもらってたな。……なんだ、そういうことかよ。成績上位でも考えることは一緒なんだな」

サシャ「……ちょっと待ってください。それ、誰のこと言ってるんですか?」

モブ男「当然お前とお前の班長様だよ。少し考えりゃわかるだろ」

サシャ「はい? ……なんでそんなことになるんです?」

モブ男「いいって、隠さなくてもさ。……あーあ、成績がいい奴は羨ましいよなぁ。色恋沙汰に手を出す暇があってよ」

モブ女「ねえ、こうなったらもう直接ライナーに頼みに行かない? このままじゃ説明会の時間になっちゃうしさ」

モブ男「もうそんな時間か? ……ったく、だから俺、最初にあいつのところに行こうって言ったのに」ブツブツ

モブ女「人のせいにしないでよ。あんただって賛成したじゃない」



サシャ「……」

サシャ(私のせいで、ライナーに……迷惑が、かかる)

サシャ(……今ここで、なんとかしないと)


サシャ「……あなたたち、一緒の班なんですよね? それとも別々ですか?」

モブ女「? 同じだけど?」

サシャ「ということは、ここにいないもう一人の誰かと私を交換するつもりなんですよね。その人に、ちゃんと今回のことは話してきたんですか?」

モブ男「言うわけないだろ? だいたい説明のしようがないしな。まあ、いざとなったら教官に言われたとか班長命令とか、適当に言っておくさ」

サシャ「同じ班の一員なのに、適当に対応するんですか? それってどうかと思いますけど」

モブ男「……なんだよ、文句でもあるのか? 俺らの班のことなんだから、どうしようがこっちの勝手だろ?」

サシャ「でもあなたたちは私を班に入れるつもりだったんでしょう? だったら私にも関係ある話じゃないですか」

モブ女「……意味わかんないんだけど。結局さ、私たちの班に入るの? 入らないの? それとも実は入りたいとか?」

サシャ「いいえ。今の話を聞いたら、あなたたちの班には絶対に入りたくないって思いました。役に立たない人は切り捨てるってこと、よくわかりましたから」

モブ男「切り捨てるって、そこまでは――」

サシャ「例えば! ……周りに他の班の人が見当たらない状態で、私が雪道から斜面に滑落したとします。もしそうなったら、あなたたちはどうします?」

モブ女「そんなの、助けるに決まって――」

サシャ「どうやって?」


モブ男「そりゃあ……」

モブ女「……」

サシャ「できないならできないでいいんです。やれないことを無理にやってもろくなことになりませんから」

サシャ「そもそも、山岳訓練の事前説明会で毎回言われてるじゃないですか。山の事故で一番怖いのは二次災害だって。助けに行った側が共倒れになることなんか珍しくないんです。つい二、三ヶ月前の訓練でも説明されたのに覚えてないんですか?」

モブ女「……覚えてるけどさ」

モブ男「他に答えようがねえだろ、今のは」

サシャ「そんなことありませんよ。信煙弾で教官を呼ぶとか、救助を呼ぶために先に下山するとか、色々な答えがあったはずです。……第一、詳しい状況も聞かないで『助ける』なんて即答するのはありえませんよ」

モブ男「……」

モブ女「……」

サシャ「勘違いしないでくださいね。これは相手がクリスタでもユミルでもミカサでも同じですから。……まあ、ミカサたちはそんな馬鹿な真似しませんが」

サシャ「私は私の身を守るだけで精一杯なんです。……普通は、みんなそうです。余裕そうに見えてる人だって、本当はいっぱいいっぱいなんです。だから、そんな風に縋られても……困ります」

サシャ「そもそも思い出作りってなんですか? そんなこと考えてる暇あると思ってるんですか?」



サシャ「――山舐めたら死にますよ、あなたたち」


モブ女「……」

モブ男「……」

サシャ「……と、私は思うんですが」

モブ女「……」

モブ男「……」

サシャ「…………あの」

モブ女「……何 本気に取っちゃってんの? 感じ悪ぅ」

サシャ「えっ……だって、あなたたちが最初に――」

モブ男「はいはいすみませんでした、誘って悪かったよ。……よくよく考えたら、お前みたいな芋女はこっちから願い下げだっての」

サシャ「……い、芋女って、なんで今そんなこと、」

モブ女「コニーはともかく、あんたはどうせ成績そっちのけで山菜採りに走り回るだろうしね。振り回されたらこっちがたまんないわ」

サシャ「……」


サシャ(ちゃんと、考えて答えたのに……どうしてそんな風に、言われなきゃならないんですか)

サシャ(……仕方がないですよね。芋女、ですもんね。私)

サシャ(芋女らしく、とぼけて答えたほうがよかったんでしょうか……)

モブ男「あーあ、今日は一日時間の無駄遣いしちまったな。コニーにもフラれるし」

モブ女「ほんとほんと。……そうだサシャ、もうご飯の時にパンもらいに来ないでね」

サシャ「……いりませんよ。量は足りてます」

モブ女「ふーん……そう、じゃあよかった」

モブ男「おい、そんな奴にいつまでも構ってねえで行こうぜ? そろそろ時間が――」





  「――サシャ?」


モブ男・モブ女「!」ビクッ

サシャ「! ……こんばんは、アニ」

アニ「どうも。―― あんたたち、そんな薄暗いところで何してるの」

モブ女「えっと……」チラッ

モブ男「……ちょっと話してただけだ。他には何もしてねえよ」チラッ

アニ「話? こんなところで?」

サシャ「……ああっ! そういえば私、アニと一緒に説明会に行く約束してたんでした!」ポンッ!

アニ「……は? 約束?」

サシャ「そうですよこの前したじゃないですか! ――というわけですみませんお二人とも、この辺で失礼しますね!」ペコッ

アニ「……」

アニ(約束はしてないんだけど……)チラッ

モブ男「……」

モブ女「……」

アニ(……なるほどね)


アニ「……」

モブ女「……何見てんの? 約束してたならさっさと行けば?」

サシャ「はい、そうしますそうします! ―― ほらアニ、早く会議室まで行きましょう! 何なら競争でもします?」グイグイ

アニ「いいや、ちょっとだけ待って。……あのさ、そっちのあんた」

モブ男「な、なんだよ」ビクッ

アニ「教官室の前の掲示板に、あんたの名前があったような気がするんだけど」

サシャ「掲示板……?」

アニ「課題の未提出者のリストにいたはずだよ。……確か」

モブ女「課題って……兵法講義のでしょ、あんたまだ出してなかったの!?」

モブ男「うるせえな、班長の仕事と当番で忙しくてできなかったんだよ! ……それで? だからなんだってんだ?」

アニ「上位に……憲兵団に本気で入りたいんなら、提出物くらいちゃんと出したら? 馬鹿なコニーでもやってるよ、それくらい」

モブ男「なっ……! 俺だって、当番がなかったら――」

アニ「コニーは今週厩舎当番があったし、教官からの頼み事もいくつかこなしてるよ。―― そうやって人に絡む暇があるんだったら、今からでも戻って課題片付けたほうがいいんじゃないの」

モブ男「……ちっ。俺、先に戻るわ」クルッ スタスタ...

モブ女「はぁ!? ――ちょっと、どこ行くのよ!」タタタッ


サシャ「……」ポカーン...

アニ「災難だったね、サシャ。でもあんなのいちいち真面目に相手してんじゃないよ。時間の無駄にも程が――」

サシャ「アニーっ! 助かりました、ありがとうございますっ!」ムギュー

アニ「ちょっと! ――ミーナやミカサじゃあるまいし、近いってば……離れてよ」グイグイ

サシャ「むふふ、お断りです。――あれ? そういえばミーナは一緒じゃないんですか? 見当たりませんけど」キョロキョロ

アニ「……別にいつも一緒ってわけじゃないよ。それにあの子、今年の山岳訓練は参加しないって言ってたし」

サシャ「えっ、そうなんですか?」

アニ「去年の山岳訓練はひどく吹雪いただろ? どうもあれで懲りたみたいだね。成績上位を狙っているわけじゃないし、卒業試験に備えて体力は温存しておくってさ」

サシャ「そうですね、卒業試験を突破しないとどうにもなりませんもんねー……」スリスリ

アニ「……暑い。邪魔」ムスッ...

サシャ「アニってちっちゃいのでぬくいんですよねー。ミカサが擦り寄ってくるのもわかるってもんです」スリスリ

アニ「……」ゲシッ

サシャ「あいたぁっ!?」

アニ「……ちっちゃいは、余計」プイッ


サシャ「いたた……でも意外でしたね。アニのことだから、正直さっきはそのまま通り過ぎちゃうんじゃないかと思ってましたけど」サスサス

アニ「そうしてほしかったの?」

サシャ「いいえ、全くそんなことはないです! ……かなり困ってましたので」シュン

アニ「……私だって、気が向けば人助けの一つや二つするさ。珍しいことでもないよ」

サシャ「でもあんなこと言っちゃったら、アニに迷惑がかかりません? 大丈夫ですか?」

アニ「別にいいよ。こういうの、慣れてるから」

サシャ「おおー……頼もしい答えですね」

アニ「あんたこそ、ああいう手合いは気にしない部類だと思ってたんだけど」

サシャ「あはは……私のことを言われるのは別に平気なんですけどね。でもやっぱり、好きな物に手を出されるのは嫌ですよ」

アニ「ふぅん……好きな物、か」

サシャ「アニだってそうでしょう? 自分が好きな物について何か言われるの、嫌じゃありません?」

アニ「……それなりにはね」

サシャ「それでも、もうちょっと上手い交わし方があったかもしれませんが……難しいですね、人と話すのって」ハァ


アニ「さっきの二人は知り合い……じゃないか。あまり見ない顔だし」

サシャ「そうですね、三度ほどご飯を分けてもらった仲です。――おかげさまで、今日は朝からいろんな人に声かけられちゃって」

アニ「モテモテだね。よかったじゃないか」

サシャ「……あんまり嬉しくないです。こういう時だからチヤホヤされてるの、自分でもわかりますし」

アニ「それもそうか。―― そんなに鬱陶しいなら、次からは班長を通せって言えばいいよ」

サシャ「いえ、それはちょっと……ライナーにあまり負担はかけたくないんですよ。最近特に忙しそうですから」

アニ「あいつが? ……私にはそう見えないけど。当番があるわけでもないし」

サシャ「だって、私が話しかけたらすぐに『用事がある』って言ってどこかいっちゃうんですよ? 食堂で見かけてもすぐに出てっちゃいますし」

アニ「へえ、それはおかしいね。……もしかして、またあいつのこと怒らせたんじゃないの?」

サシャ「いえ、それが全く身に覚えがないんですよ。話しかければちゃんと反応してくれますから、完全に無視されてるってわけでもないですし」

アニ「……変なの」

サシャ「ですよね、私もそう思います」

サシャ(どうもこの前の雪合戦の日から、避けられてる気がするんですよねー……いったい何なんでしょう……?)


―― 同刻 男子寮 エレンたちの部屋

ベルトルト「……」ペラッ...

ライナー「九十五っ! 九十六っ!」グッグッ

ベルトルト「……」

ライナー「九十七っ! 九十八っ!」グッグッ

ベルトルト「……あのさ、ライナー」

ライナー「九十九っ! 百っ! ―― なんだベルトルト」

ベルトルト「さっきから何してるの? 地味にうるさいんだけど」

ライナー「何してるって……筋トレだ。見てわからないのか?」

ベルトルト「わかってて言ってるんだよ。君の腹筋はもう充分以上割れてるだろ? これ以上鍛えてどうするんだ? 背筋でもやったら?」

ライナー「背筋はもう終わった」

ベルトルト「……どうでもいいけど、部屋出る前にちゃんと体は拭いてね。汗だくだよ」

ライナー「そうだな、そうする」ゴソゴソ


ベルトルト「……」

ライナー「……」フキフキ

ベルトルト「……ところでさ、クリスタのことだけど」

ライナー「ああ、アニが話してた件か。―― 監視していた奴の素性がわかったのか?」

ベルトルト「難しかったみたいけど、この前やっとね。やっぱりクリスタは壁教の関係者と見て間違いなさそうだよ」

ライナー「問題は、どの程度の立場なのかってところだな……ここに来る前は開拓地にいたんだっけか」

ベルトルト「そうらしいよ。ただ、その前の経歴がはっきりしないんだよね。戸籍資料もどこまで信じていいものやらわからないし」

ライナー「……本人から直接探るってのは難しいか?」

ベルトルト「いつも近くにユミルがいるからね、無理だと思うよ。ちょっとでも不穏な素振りを見せたら、すぐ違和感に気づくだろう」

ライナー「それなら、他に何か方法は……待てよ。確かお前ら、山岳訓練はクリスタと同じ班だったよな? なんとか本人から聞き出せないか? ユミルがいないからどうとでもできるだろ?」

ベルトルト「聞くだけなら難しくないけど……僕もアニもそういうことを他人から聞き出そうとする性格じゃないし、どうやったって不自然に見えるんじゃないかな」

ライナー「……やはり外から埋めていくしかないか」

ベルトルト「それしかないだろうね、今のところは」


ベルトルト「……あのさ、ライナー」

ライナー「ん? なんだ?」

ベルトルト「もし、クリスタの存在が僕らの任務の妨げになるとしたら……いったいどうすればいいのかな」

ライナー「……お前はそんなこと考えなくていい。仮にそういう事態になっても俺がやる」

ベルトルト「だけど、」

ライナー「少なくともここを出るまでは下手に動こうとするな。訓練兵の身分じゃ逃げ場がない」

ベルトルト「そっか、そろそろ卒業なんだよね……無事に出られればいいけど」

ライナー「なぁに、心配するな。このまま順調に行けば、三人とも充分憲兵団を狙える成績だ。―― だが、調査兵団の動きも把握しておきたいところだよな。エレンとアルミンに聞いたんだが、どうもあそこには人類最強の兵士がいるそうだ」

ベルトルト「人類最強? 何それ?」

ライナー「なんでも、一人で一個旅団並みの戦闘力を誇るらしいぞ」

ベルトルト「……多すぎじゃない?」

ライナー「噂だし、少しは誇張も入ってるだろうな。俺もエレンやアルミンから聞いただけだから、詳しくは知らん」

ベルトルト「調査兵団、か……」


ライナー「状況次第じゃ、お前らが調査兵団に入ることになるかもしれん。一応覚悟は決めておいてくれよ?」

ベルトルト「お前らって……僕とアニ? ライナーが憲兵団に行くのか?」

ライナー「逆になるかもしれねえけどな。……安心しろ、どっちに転がってもお前とアニの兵団は同じにするつもりだ」

ベルトルト「……こういう時に、余計な気は回さないで欲しいんだけど」

ライナー「馬鹿言え、ちゃんと考えてるさ。お前の巨人は逃げて回るには不向きなんだから、いざという時はアニの力に頼ることになるだろ? 逆にアニは、親父さん仕込みの格闘術があるとはいえ人間のままじゃどうしたって非力だ。だから普段は、お前がしっかりとアニを守ってやれ」

ベルトルト「僕が……アニを」

ライナー「お前らなら、どちらの兵団に行こうが上手く立ち回れるだろうがな。俺のことは気にするな、うまくやるさ」

ベルトルト「……それ、いい加減やめないか? 真っ先に危険な役回りを引き受けようとするのは、君の悪い癖だよ」

ライナー「もう習慣みたいなもんだ、今更治らねえよ。本気で心配してくれるなら、なんとか二人で連携して俺の手助けをしてくれ。それと、憲兵団から調査兵団に鞍替えすることになった動機とかも詰めておけよ」

ベルトルト「……わかった。ライナーの指示に従うよ」


ライナー「さて、汗もあらかた拭いたし……説明会の準備でもするかな」ゴソゴソ

ベルトルト「そうだね、そろそろ時間だ。……ところでさ、ライナー」

ライナー「なんだ?」ゴソゴソ

ベルトルト「サシャとまた何かあった?」

ライナー「……」

ベルトルト「ああ、やっぱりね。そうだと思った」ハァ

ライナー「……何故わかった」

ベルトルト「前から思ってたんだけどさ、悩んだら取り敢えず筋肉いじめるってのはやめたほうがいいと思うよ」

ライナー「しかしだな……寝転んだり椅子に座って悩んでるよりかは、ああやって体を動かしてるほうがいくらか健全だと思うんだが」

ベルトルト「健全かもしれないけと解決はしないよね、その方法」

ライナー「いや、わからんぞ。運動しているうちにいい考えが湧いてくるかもしれないだろ」

ベルトルト「じゃあせめて声は出さないでよ。結構うるさいから」

ライナー「……すまん」シュン


ベルトルト「……もしかして、遂に告白でもした?」

ライナー「するわけねえだろ! ……その辺りは弁えてる」

ベルトルト「じゃあされたとか?」

ライナー「……………………」

ベルトルト「図星かー」

ライナー「いや……されたような、されてねえような」モゴモゴ

ベルトルト「煮え切らないね。どっちなんだよ」

ライナー「俺にもわからん。わからんが……恐らく、あいつの中ではしてないことになってるはずだ」

ベルトルト「へえ、じゃあ直接何か言われたわけじゃないんだね。……ああそっか、それが本当か嘘かわからなくて悩んでるの?」

ライナー「いいや違う。……あいつは、本気で俺のことを好いてくれている。それは間違いない」

ベルトルト「君の勘違いって可能性は?」

ライナー「ないな」キッパリ

ベルトルト「ないんだ。……ん? じゃあ何について悩んでるんだ? もしかして、サシャを故郷に連れて行こうとか考えてる?」


ライナー「そんなことはできん。あいつは……サシャは自分の故郷を大切に思っているからな。壁の外から出て暮らそうなんて思わないだろう」

ベルトルト「……そっか、そうなんだ」

ライナー「ああ。―― だからあいつを故郷に連れて行きたいなら、あいつの故郷ごと壁の外に持っていかなきゃならん」

ベルトルト「そうだね…… ……はい? 今なんて言ったの?」

ライナー「心配するな、作戦はちゃんと俺が考えておいたからな。ベルトルトは言った通りに行動するだけでいい」

ベルトルト「作戦? ……ねえ、作戦って何?」

ライナー「そう構えるな、大したことじゃない。―― まず、お前がトロスト区の壁をぶっ壊すだろ?」

ベルトルト「気軽に言わないでよ。あれ結構大変なんだから」

ライナー「続けてウォール・ローゼを突破したら、その後すぐにダウパー村まで向かう。着いたらお前が巨人化して、ダウパー村を持ちあげるんだ」

ベルトルト「ちょっと待って」

ライナー「なんだよ、今いいところなんだぞ」


ベルトルト「なんだよじゃないだろ! 花の植え替え作業じゃあるまいし、村ごと持ちあげるなんて無理に決まってるよ! 第一僕屈めないし、巨人化してもその場から動けないから運べないし!」

ライナー「そうなんだよなぁ……それが問題だ」

ベルトルト「それ以外にもたくさん問題がある気がするんだけど……そもそも気軽に言ってくれちゃってるけどさ、その作戦で働くのってほとんど僕じゃないか。ライナーはその間何してるの?」

ライナー「見守っているぞ!」グッ

ベルトルト「……」ジトッ...

ライナー「……冗談だって。睨むなよ」シュン

ベルトルト「僕は真剣に聞こうとしてるのに、君がはぐらかすからだろ」

ライナー「…………いや、だって、なぁ?」

ベルトルト「何」

ライナー「改めて考えてみたら、なんだ、その…………恥ずかしい、っつうか」

ベルトルト「恥ずかしい?」

ライナー「いくら気が置けない仲だからって、こういうことをお前に相談するのは、なぁ……」

ベルトルト「ここまで来たらもう何を言われても驚かないよ。さっきみたいに騒がれるほうがよっぽど迷惑だし、変な話ではぐらかされるほうが余計気になる」

ライナー「……笑うなよ?」

ベルトルト「笑わないよ」


ライナー「……前にも話したよな。俺はあいつの気持ちに応えてやる気はないって」

ベルトルト「言ってたね。それで?」

ライナー「それなのに、今みたいな関係を続けるってのは、どうにも……こう、罪悪感があってだな」

ベルトルト「だからって、今更態度を改めることなんてできないだろ? そっちのほうがよっぽど不自然だよ」

ライナー「そりゃそうなんだが……その」モゴモゴ

ベルトルト「何? 早く言って」

ライナー「あいつがそういうつもりなら、もう気軽に…………き、キスなんか、してやれねえだろ……!?」

ベルトルト「……ああなんだ、そんなことか」

ライナー「なっ……!? そんなことって言うなよ! 俺は真剣に悩んでんだぞ!?」

ベルトルト「だって、それこそ今更じゃないか。君が今までやらかしてきたことを順に思い出してみなよ」

ライナー「俺がやってきたことか、そうだな…………まず、壁を壊しただろ」

ベルトルト「どこまで遡ってるんだ馬鹿か君は!! ……そうじゃなくて、春にしたキスから順番に数えてごらんよ」

ライナー「そう怒るなって、冗談だ。―― 春からな、春……」ブツブツ...

ベルトルト(……ライナーが考えてる間に行く準備しとこ)ゴソゴソ


ベルトルト「……」ゴソゴソ...

ライナー「……ベルトルト」

ベルトルト「はいはい、何?」

ライナー「とんでもなく最低なクソ野郎ができあがったんだが」

ベルトルト「おめでとう。それは紛れもなく君だよ」

ライナー「もう俺には……何が正しいことなのかわからん……」

ベルトルト「大丈夫だよ、傍から見てたら正しいどころか最初っから間違ってたから」

ライナー「その気もねえのに、ほいほいと何やってんだ昔の俺は……! 無責任にも程があるだろ……!」

ベルトルト「気軽に野良犬に餌なんてやるもんじゃないね」

ライナー「サシャは犬じゃないぞ!!」バンッ!!

ベルトルト「例えだよ、例え。少なくとも最初の君は、そういう感覚でキスしてあげたんじゃないの?」

ライナー「…………否定は、できん」

ベルトルト「まあ、君の心情は置いといてさ。―― サシャはこれまで通りの関係で、充分満足してると思うけどな。無理に辞める必要もなければ、もちろんこれ以上関係を進めることもない。罪悪感を感じてるのは君だけだ」


ライナー「……少し、身の振り方を考えたほうがいいのかもな」

ベルトルト「考える暇ないけどね。明日の山岳訓練、班が一緒なんでしょ? どうする気?」

ライナー「そうなんだよなああああああどうすりゃいいんだあああああ!!」ゴロゴロゴロゴロ

ベルトルト「床に寝っ転がると汚いよ。……君、今からその調子で大丈夫?」

ライナー「大丈夫なわけねえだろ俺は最初っからいっぱいいっぱいだ!!」

ベルトルト「ストレスではげそうだね、君」

ライナー「……生えてるよな?」

ベルトルト「そんな泣きそうにならないでよ。たぶん大丈夫だから、きっとおそらく」

ライナー「ユミルも一緒だからいいものの……今の俺は平静でいられる自信がないぞ……!」

ベルトルト「テントだと距離が近いよねー」

ライナー「だからやめろってええええええええええ!!」ゴロゴロゴロゴロ



エレン「ただいまー」ガチャッ



ライナー「」スクッ


ベルトルト「あ、おかえりエレン。遅かったね」

エレン「当番があったからな。荷物持ったらすぐ出る…………ん? ライナー、なんで突っ立ってんだ?」

ライナー「……ちょっと、スクワットをしてたんでな」

エレン「ふーん……でもスクワットは膝に悪いって聞いたぞ?」

ライナー「そんなことはないぞ。正しい姿勢でやれば膝を痛めることなく鍛えることができる。今度教えてやろうか?」

エレン「本当か!? じゃあよろしく頼む!!」

ライナー「おう、山岳訓練の後でいいか?」

エレン「ああ、それでいい! ――そういや訓練の後に休みがあったよな、その日でいいか?」

ライナー「いや、その日は……先に予定が入ってる。悪いな」

エレン「そっか、じゃあ暇な時でいいから声かけてくれよ。俺大体暇だからさ」

ライナー「ああ、お安いご用だ」

エレン「それじゃ、俺ミカサ待たせてるから先に行くな」


ライナー「ミカサか……なあエレン、お前最近ミカサとどうだ?」

エレン「は? ―― どうって、別に何もねえけど」

ライナー「そうか、何もないならいいんだ」

エレン「お、おう…………え? いいのか? それでいいのか?」

ライナー「お前らが幸せになれるように、俺は祈っとくからな……」

エレン「は……? し、幸せ? 何の話だ?」

ベルトルト「エレン、真に受けなくていいよ。ちょっとライナーは壊れてるんだ」

エレン「壊れて……って、具合でも悪いのかよ。変なものでも食ったのか?」

ベルトルト「いいや、違うよ。今のライナーは発情期なんだ。そっとしといてあげてくれる?」

エレン「……よくわかんねえからベルトルトに任せるわ。―― じゃあまた後でな」ガチャッ バタンッ


ベルトルト(思った以上に重症だな、ライナー……まさかエレンにまでふっかけるとは)チラッ

ベルトルト「……気軽に引き受けてよかったの?」

ライナー「これくらい大した負担じゃない。―― なあベルトルト、ところでお前はアニに伝えないのか?」

ベルトルト「……は? え、伝えるって何を?」ギクッ

ライナー「あいつのことが好きなんだろ? ……見過ぎだ。俺じゃなくたってわかるくらいな」

ベルトルト「なっ……!? かっ、仮にそうだとしても、告白なんてできるわけないだろ!? 僕は君みたいにおちゃらけてないんだよ!!」アセアセ

ライナー「しかしなぁ、俺はせめて……お前らだけでも幸せになって欲しいんだが」


ベルトルト「僕らだけって……ライナーは?」

ライナー「俺は……もう、満足だ。一緒になることはないとわかっていても、好いてくれる奴がいるだけで充分すぎる」

ベルトルト「ライナー……」

ライナー「だからな、お前らが結婚式を挙げる時は俺に出し物やらせてくれよ?」

ベルトルト「いや結婚式って気が早い……ああ、出し物やりたいんだ」

ライナー「今から練習しておくから楽しみしてろよ。完璧に仕上げとくからな」フフン

ベルトルト「先走りすぎだろ……」


ベルトルト(諦めと恥ずかしさが入り混じって、思考回路が完全におかしくなってる……これ以上話を振られる前に行こう)

ベルトルト「……準備ができたなら早く出ようよ。そろそろ山岳訓練の事前説明会の時間だ」スクッ

ライナー「ああ、もうそんな時間か……いや待った。全体での説明会ってことは、サシャも来るんだよな」ソワソワ

ベルトルト「何言ってるんだ、来るに決まってるだろ。そもそも班も一緒だし、何度か打ち合わせで顔は合わせてるんじゃないの?」

ライナー「いや、顔は合わせちゃいるが……あれから、ろくに話してねえんだ」

ベルトルト「ああそう……はい? なんで?」

ライナー「なんというか……気恥ずかしくて、だな……」モゴモゴ

ベルトルト(面倒くさっ……! ライナー面倒くさっ!!)イラッ

ライナー「……なあベルトルト、俺どんな顔であいつに会ったらいいと思う?」ソワソワ

ベルトルト「思春期か」

ライナー「思春期だよ!! まだ十七だぞ俺は!!」

ベルトルト「あああああああああああああああもう面倒くさい!! ほら行くよ、しっかり立って!!」ガシッ

ライナー「ばっ……! ちょっと待てって! まだ筆記用具持ってねえから!! 襟を引っ張るな!!」ズルズル...

今日はここまでです 次回は水曜前後

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。長らくお待たせして申し訳ありません
ちょいと忙しいのでスローペースになると思いますが、きっちり完結させますので気長に付き合っていただけるとありがたいです
今回は『キスの味』でベルトルトとユミルがしていた会話も入る予定ですのでお楽しみに


―― しばらく後 第二会議室

ライナー「席は……駄目だな、あらかた埋まっちまってる」キョロキョロ

ベルトルト「……ライナーがもたもたしてるからだろ」ムスッ...

ライナー「だから悪かったって。謝っただろそれは」

ベルトルト「行きたくない行きたくないってゴネるなんて、子どもか君は……後ろのほうでいいよね」スタスタ...

ライナー「ああ、お前が好きに決めていいぞ」

ベルトルト「ええっと、じゃあ……よし、あそこにしよう」スタスタ...

ライナー(クリスタとユミルは前のほうか。……ん? サシャがいないぞ? 一緒じゃないのか?)チラチラ



ベルトルト「やあ、ここ空いてる? 二人なんだけど」

サシャ「あっ……はい、空いてますよ! どうぞ!」ササッ



ライナー「」


アニ「私らに許可なんか取る必要ないよ。勝手に座りな」

ベルトルト「いや、後から他に誰か来るのかと思ってさ。それじゃあ遠慮なく――」

ライナー「べ、ベルトルト……そこはまずい、他の席に行かないか?」クイクイ

ベルトルト「そんなこと言われたって、後ろはここしか空いてないんだ。我慢してよ」

ライナー「駄目だ」

ベルトルト「なんで」

ライナー「今朝のお前の寝相占いによるとだな、今日お前がその席に座ると、明日の山岳訓練で何か悪いことが起きるらしいんだ。だから移動しようぜ、なっ?」ヒソヒソ

ベルトルト「占いって……ただのこじつけだろ? しかも内容が縁起でもない上にピンポイントすぎるし、どうせ今考えたんじゃないの?」

ライナー「お前の寝相が乱れてたのは事実だぁっ!!」

ベルトルト「知らないよ。あとうるさい」

ライナー「なんでよりにもよってこんな時にこういう席を選ぶんだ……! お前さっき俺の話聞いてただろうが!」ヒソヒソ

ベルトルト「聞いてたけどどうしようもないよ。いいから座ってってば」

ライナー「……俺としては、しばらくあまり関わらない方向でいきたいんだが」

ベルトルト「無理だよ。諦めて」


サシャ「……アニ、席変わりたくありません?」

アニ「え? ――いや、いいよ。私は端でいい」

サシャ「そうですか……」

アニ「何? どうしたのさ、突然」

サシャ「いえ……なんだか、お二人が座りにくそうにしてるので」シュン

アニ「……」チラッ

アニ(こそこそと一体何を揉めてるんだか……体が大きいから悪目立ちしてるし。ユミルやジャンがこっち見てるよ)

アニ(「前に座ると目立って嫌だ」ってサシャが言うから後ろに来たのに、これじゃ意味ないじゃないか……全く、手間のかかる奴らだね)

アニ「あんたたち、突っ立ってないで早く座りなよ。それとも私たちの隣は嫌だっての?」ギロッ

ライナー「あ、ああ……すまん。そういうわけじゃない」イソイソ

ベルトルト「ごめんアニ、今座るよ」イソイソ

ライナー「……」

ベルトルト「……」

ライナー「……お前がサシャの隣に座ってくれ」ボソッ

ベルトルト「……はいはい、わかったよ」ハァ


ベルトルト「じゃあ隣、失礼するね」

サシャ「どうぞどうぞ! ―― ところでお二人とも、今日は随分と遅かったですね。もう教官来ちゃいますよ?」

ベルトルト「ああ、ちょっと色々あってさ。……サシャはアニと来たの?」

サシャ「はい、偶然一緒になりまして」

ライナー「……」コソコソ

アニ(……ライナーはなんでベルトルトの陰に隠れてんだろ。隠れきれてないけど)ジーッ...

サシャ「ベルトルト、ちょっと失礼しますねー……ライナー、こんばんは!」ヒョコッ

ライナー「……」ビクッ

サシャ「こーんーばーんーはー!」

ライナー「……おう」



ベルトルト(『おう』ってなんだ)

アニ(へえ、ライナーが私より口下手になってるのはじめて見たかも……ユミルじゃないけど、こりゃちょっと面白いね)クスッ


ライナー「……」

ベルトルト「……」

アニ「……」

サシャ「……」



ベルトルト(……静かすぎる)

アニ(え、何この気まずい雰囲気)



サシャ「……え、えーっと、今日の……今日の夕食のスープ、おいしかったですよね!」

アニ「……」

ベルトルト「……」

ライナー「……」


アニ(……ちょっと、誰か答えなよ)チラッ

ベルトルト(ここはライナーの役目だろ……なんで腕組みしたまま黙ってるんだ? 誰かに口を縫い付けられでもしたの?)チラッ

ライナー「……」

サシャ「あのっ……そ、そうだ、一緒に出たパンも、少し固めでしたけど……味わいがある、というかですね」アセアセ

アニ(いやいやいや、いつもと同じパンだったじゃん……いつもどおりカッチカチのパンだったよ? 何言ってんだあんたは)

ベルトルト(他に話題が浮かばないからって必死に繋げようとしなくていいよ! 気まずいのはわかるけど、僕たちも君と同じくらい気まずいから!)ダラダラ

アニ(どうせなら山岳訓練の話にしとけばよかったんだよ……そしたら私もベルトルトも乗っかれたのに)

ベルトルト(かといってこれ以上無視するわけにはいかないし……仕方がない、答えるか)

ベルトルト「僕は…………いつもと同じように思ったけど」

アニ「……私もかな」

サシャ「そうですか……」シュン



ライナー「……サシャ」


サシャ「!! はいっ、なんですかっ?」

ベルトルト(ライナー……やっと動いたか! でも遅すぎるよ!)

アニ(あんたはやればできる男だって、私は信じてたよ……! かなり遅いけど!)

ベルトルト(君の力でこの気まずい雰囲気を吹き飛ばしてくれ、頼む……!)グッ

アニ(あんたならこの空気を破壊することができる……! さあ、やるんだ!)グッ



ライナー「無駄口叩いてないで前を向け。この説明会も訓練のうちに入るんだぞ」



ベルトルト「」

アニ「」

サシャ「あっ……はい、すみません」シュン


ライナー「……」ムスッ...

サシャ「……」ショボン...

ベルトルト「……」

アニ「……」



ベルトルト(ライナー……! なんでそんなこと言うんだ君は! どこかに頭でも打ったのか!? 寮からずっと一緒だったのにどこで打ってきたんだよ!)ソワソワ

アニ(今のはそっけないあんたが悪いんでしょ!? 突き放すにしたってもう少しやり様があるだろうに!)ソワソワ

ベルトルト(やだもう気まずい帰りたい)ダラダラ

アニ(こんなの全然面白くないよ……さっきの私、本当に馬鹿…………)ズーン...

ベルトルト(ああ、この場にコニーでもいたらなぁ……あの脳天気さが今は羨ましいよ……)

アニ(ミーナに会いたい……あの子のお馬鹿な空気に癒されたい……)


ベルトルト(……待てよ? このままだと僕は、説明会が終わるまで気まずい二人に挟まれてなきゃならないのか……?)ゾクッ

ベルトルト(くそっ……! せめて……せめてアニの隣に座りたい)チラッ

アニ(あっ、ベルトルトがこっち見てる……もしかして席代われってこと? 無理に決まってるでしょ、そんなところに挟まれたら私は死ぬ!)バッテン

ベルトルト(!? そんな……アニに×印出されちゃった。そんなに嫌だったのかな)ショボーン...

アニ(悪いねベルトルト……いくら私でもその状況は耐えられない)キリッ

ベルトルト(でも、この状態で説明会の時間を迎えるなんていくらなんでも無理だ……すまないアニ、助けてくれないなら僕は逃げるよ!)

ベルトルト「……僕、移動する」ガタッ

ライナー「あぁ? なんでだよ、もう他に席二つは空いてねえぞ?」

ベルトルト(全体的に君のせいだよ! あとなんで一緒についてこようとするの!?)

サシャ「すみません…………私の隣、嫌でしたよね」シュン

ベルトルト(なんで君が謝るんだ!? ああああもう隣からライナーの視線を感じる……!)


アニ「……ベルトルト」

ベルトルト「な、なんだい? アニ」ビクッ



アニ「ここにいてよ。……私には、あんたが必要なんだ」ジッ...

ベルトルト「」ピシッ



ベルトルト(……それ今言われたくなかったなぁ! もうちょっといい雰囲気の時に聞きたかったなぁ!)

アニ(逃がすか……! 私一人だけこの状況に置いてくなんて許さないよ……!)

ベルトルト(なんだよ……なんだよもう! 逃げるのが駄目なら、僕に小粋なお喋りでもしろってのか!? 無理だろ!!)


サシャ「あれっ? ――ベルトルト、すごい汗ですよ? どうかしました?」

ベルトルト「ははっ、どうしたんだろうね……僕にもわからないや」ダラダラ

サシャ「目に入ったら邪魔でしょうし、拭いたほうがいいですよ。――えーっと、確かハンカチがこの辺に……」ゴソゴソ...

ベルトルト「いいよいいよ、大丈夫だから……これくらいの汗はいつもかいてるし」

ライナー「ベルトルト」

ベルトルト「」ビクッ



ライナー「……サシャの厚意を無駄にする気か?」



ベルトルト「」

アニ(あんたはさっきすごい勢いで踏みにじってたけどね)


ベルトルト「……じゃあ、借りようかな。ハンカチ」

サシャ「そうですよ、ちゃんと拭いたほうがいいに決まってますって」フキフキ

ベルトルト「ははは、だよね……」

ベルトルト(本当は自分の持ってるけど、余計なこと言うとまたライナーが睨んでくるからな。ここはサシャに甘えておこう)

ベルトルト(これでライナーの機嫌も少しはよく――)チラッ



ライナー「……」ジロッ...



ベルトルト(なってない)

アニ(わーお)

ベルトルト(なんで睨んでくるんだよ、君の言う通りにしただろ!! 他に何をしろって言うんだ!?)ダラダラ

サシャ「ベルトルト、次から次へと汗が出てますよ? もしかして、会議室まで走ってきたんですか?」フキフキ

ベルトルト「走ってきたっていうか、全力で逃げてる最中っていうか……なんでだろうね……」ダラダラ


アニ(ベルトルトはテンパりすぎて、ライナーが睨んでる理由に気づいてないね……仕方ない、教えてやるか)

アニ「……あのさ、ベルトルト。汗くらい自分で拭いたらどう? サシャに拭かせてないでさ」

ベルトルト「えっ? ……ああっ!!」

ベルトルト(これかぁー!! ライナーが気にしてたのこれかぁー!!)

ベルトルト「そ、そうだね! アニの言うとおりだ! ――というわけでサシャ、自分で拭くからハンカチだけ貸してくれるかな」

サシャ「はぁ、いいですけど……」スッ

ベルトルト「ごめんね、後で洗って返すから……」チラッ

ベルトルト(あっ、よかった……ライナーが穏やかなゴリラみたいな顔してる)ホッ

アニ(ベルトルト、頑張ったね……あんたはよくやったよ)グッ


ミカサ「……エレン、あそこを見て」

エレン「ん? 後ろか? ……なんでジャンとユミルが腹抱えて笑い転げてんだ? 何かあったのか?」

ミカサ「違う、そっちじゃない。もっと後ろ」

エレン「んんー……? ……なんでサシャがアニとベルトルトに挟まれてんだ? しかも何故かベルトルトが窮屈そうなんだが」

ミカサ「違う、そうなんだけどそうじゃない。……私も、サシャとアニの間に挟まりたい。きっとあそこは温かい」

エレン「……あっそ。じゃあ行ってくりゃいいだろ」ムスッ...

ミカサ「うん、行ってくる。……ちょっと待ってて」イソイソ

エレン「……」

エレン(なんだよ、ミカサの奴……あんな嬉しそうにアニとサシャのところに行きやがって……)ムカムカ



トーマス「よおエレン、隣いいかー?」

エレン「……ミカサが来るから駄目だ。悪いな」


ミカサ「こんばんは、アニとサシャ」タタタッ

アニ「……あんたか」

サシャ「おやミカサ、どうかしました? エレンは一緒じゃないんですか?」

ミカサ「エレンはお留守番。私は用事があったから来た」

サシャ「用事……?」

アニ「へえ……それってすぐ終わりそうなの?」

ミカサ「ええ、協力してもらえばすぐ終わる。時間は取らせない」

アニ「すぐと言わずにしばらくいるといいよ。できれば説明会が終わるまで」

ミカサ「そういうわけにもいかない。エレンが待ってる」

アニ「大丈夫、あいつはあんたの力がなくたって一人で生きていけるよ。信じてあげな」

ミカサ「もちろんエレンのことは信じているけど、戻りたいのは私の意思。なので、用事を済ませたら帰る」

アニ「そっか……残念だね」シュン

サシャ「それでミカサ、用事ってなんですか? 筆記用具でも忘れてきました?」


ミカサ「大したことではない。―― そこに……その間に、私を入れて」

サシャ「間? 私とアニの間ですか?」

ミカサ「そう。……いーれーてっ」ヘイヘーイ

アニ(ああ、そっか……ミカサは私らの間に座って暖を取りたいのか)

サシャ「ええっとですね、座らせてあげたいのはやまやまなんですが……」チラッ

ベルトルト「ここ四人がけだし、無理だと思うよ?」

ミカサ「そんなことはない。人間やろうと思えばなんだってできる」

ライナー「……わかった。俺が移動しよう」ガタッ

サシャ「えっ……行っちゃうんですか?」

ライナー「四人がけに五人は無理だろ。ただでさえ体のでかい二人が座ってんだ、だったら俺がどける」

ベルトルト「……ライナーはいつもそうだ」ボソッ

ライナー「は? なんだよいつもって――」

ベルトルト「いつもそうやって、率先して大変な役割を引き受けようとするじゃないか……! たまには僕が代わるよ!」ガタッ

ベルトルト(うまい具合にここから移動する口実ができた……! ありがとうミカサ、君に感謝するよ……!)ニヤッ


アニ(ベルトルトのあの顔は……あいつ一人だけ逃げる気だね、そうはさせない!)

アニ「ちょっと待ちなよ。……あんたたちだけにいい格好はさせないよ」ガタッ

サシャ「そ、そうですよ! 私はミカサと同じくらいの体格ですし、なんなら私がここからどけます!」ガタッ

ライナー「いや、だから俺がどくって」

ベルトルト「何言ってるんだよ、僕が抜ける」

アニ「私がやるって言ってるだろ。人の話聞いてる?」

サシャ「三人ともここにいてくださいよ、私が移動しますから」

ミカサ「待って。……何を勘違いしてるか知らないけれど、四人とも移動する必要はない」

ライナー「いや、だからアニとサシャの間に座りたいんだろ?」

ミカサ「そう。でも私がやりたいのは押しくらまんじゅう。数は多ければ多いほうがあったまる」

ベルトルト「押しくら……」

アニ「まんじゅう?」

サシャ「食べられますか?」

ミカサ「食べられない。……押しくらまんじゅうは、こうやってやるもの」


コニー「うおおおおおおっ!? なんだあれ楽しそう!」ガタッ

マルコ「コニー、座って」

コニー「なーなーマルコ!! 俺たちもあれやろうぜあれ!! やろうやろう!!」バンバンバンバン!!

マルコ「やらないよ。あと机叩かないでくれ」

コニー「だってすげー楽しそう……ああー、ライナーが押し出された」

マルコ「ああもう……ミカサも寒がりなのはわかるけど、時と場所を選んでほしいな。ジャンもそう思うだろ?」

ジャン「羨ましい」ギリッ...

マルコ「ジャン? ジャンしっかり」ユサユサ

ジャン「なあマルコ。今からあそこに行ったとして、俺がミカサの隣に座れる確率ってどのくらいだと思う?」

マルコ「アニに蹴りだされるかライナーのように押し出されるかのどっちかだと思うよ」

ジャン「……だよな」ショボン...


ミカサ「ごめんなさいエレン、遅くなった」タタタッ

エレン「おう。……で、どうだった?」

ミカサ「……やはり五人で座るのは無理だった」シュン

エレン「だよな。……四人がけだしな、あそこ」

ミカサ「エレンはわかっていない。四人しか座れないところを敢えて五人で座るというのが一番大事な点。だからこそ押し合う強さが増して体が暖かくなる」

エレン「お前あの遊び本当に好きだよなぁ……俺とアルミンとハンネスさんの他に、無理やりいじめっ子引きずってきた時があったもんな」

ミカサ「数が多いほうが暖まるから。……今日もよかった」ツヤツヤ

エレン「ライナーは転げ落ちてボロボロだけどな。……ほら、教官来たぞ。突っ立ってないで座れよ」

ミカサ「わかった。座ろう」ストンッ


―― 十分後 第二会議室

モブ教官「――我々からは以上だ。繰り返しになるが、装備の確認だけは怠るな。自己管理すらできない者は巨人に食われる価値もない。斬りかかる前に踏み潰されて終わりだぞ」

モブ教官「各自で手に負えない事態が発生したら速やかに煙弾を撃て。……ただし、この時期は雪崩を誘発してしまう可能性があるからな。周囲の地形を確認するのを忘れるなよ」

モブ教官「最後にキース主任教官から話がある。心して聞くように」





サシャ「……あっさり終わっちゃいましたね、説明会」ヒソヒソ

アニ「今回は道筋も決まってるしこんなもんでしょ。……人数が一人少ないけど、秋の訓練よりは楽に終わりそうだね」ヒソヒソ

サシャ「そうですね、しかもあの時は自分たちでルートを作らなくちゃいけませんでしたから。……ところで今回はしいたけはないんですかね」ジュルリ

アニ「食べるの?」

サシャ「悩むところですよねー……今の時期に食べるしいたけもそれはそれで乙なものですが、やはり冬越ししたものにはかないませんよ。虫食いもほとんどないですし」

アニ(あったら食べる気か……)


キース「さて……卒業試験前にも関わらず、今回の訓練を志願するほど熱心な貴様らのことだ。中には『内容が物足りない』と思っている者も少なからずいることだろう」

キース「山岳訓練と銘打ってはいるが、中身は兵站行進とさして変わらんからな。……聞いて喜べ。そんな貴様らのために、今回運搬する物資の重量はいつもより上乗せしておいた」

キース「今回の訓練は、各自が運んだ物資の重量がそのまま成績に加点される。上乗せ分は規定量分とは別に用意してあるからな、出発前に各班で配分をよく話し合って決めるように。なお、同行する仲間内での配分は自由だ。こちらで指定することはない」



サシャ「……ええと、つまり?」キョトン

アニ「余計に運んだ分だけ追加で点数がもらえるってことだよ」

サシャ「おおー……なるほど、わかりやすいです」

アニ(何がなんでも成績上位に食い込みたい奴らに対する餌か。露骨すぎるけど、これくらいのほうが燃えるものなのかもね)

ベルトルト(班の中だけで物資の量を配分するってことは、班員の構成によってはモメにモメるだろうな。僕らの班はそうでもなさそうだけど)

ライナー(追加重量がどこの班も一律なら問題ないが、班ごとに違うとなれば話は別だな。上位のミカサや俺のいる班は少なめに設定されるだろうから、下位から這い上がってきた奴らに引っ繰り返される可能性も充分有り得る。……こちらも気が抜けないな)

サシャ(そういえば、兵站行進で運ばされてる荷物の中身って何なんでしょう……? 食べ物じゃないとは思いますけど)


キース「更に、だ。……貴様らはどうやら、我々が指定した班に不満があるらしいな?」

キース「これまでの訓練でも、こちらで班を指定した後に班員を入れ替える者がいたが……今回は話が別だ。今までの成績を元に、我々が班を指定し直した。貴様らの大好きな仲良しごっこはそいつらとやるがいい」

キース「今から配る作戦企画紙に沿って、明日の訓練は行う。記載されている組み合わせに不満がある者は、直接私に談判しに来い。相手になってやろう。――私からは以上だ。企画紙を受け取った者から帰ってよし」



サシャ「…………ええと、つまり?」キョトン

アニ「班は組み直し。場合によってはルートも変更」

サシャ「……えっ? 訓練って明日ですよね?」

アニ「そうだよ。……全く、生温いと思ってたらとんでもないもの投げ込んでくね」ハァ

ベルトルト「それにしても、班員の入れ替えか……実質引き抜きだよね。そんなのがあったなんて気づかなかったな」

アニ「あんたのところにそういう話は来なかったの?」

ベルトルト「うん。全然なかったよ」チラッ

ライナー「……」ジッ...

ベルトルト(うわぁ……『サシャに聞いてくれ』って目で訴えてる……)


ベルトルト「……ところで、サシャはそういう話聞いた? 引き抜きされるとかされないとか」

サシャ「……いいえ、聞いてませんよ?」ニコッ

ベルトルト「そうなんだ、じゃあ他の班でのことだったのかな。いったいどこの――」

ライナー「おいサシャ。嘘吐くな」

ベルトルト「……えっ、嘘?」

サシャ「……う、嘘じゃありませんってば。何言ってるんですかライナーってば」アセアセ

ライナー「そっちこそ何言ってんだ。……顔見りゃそのくらいわかるに決まってんだろ」

ベルトルト・アニ「……」

ベルトルト(……今のは惚気けたんだろうか)

アニ(かなりすごいこと言った気がするんだけど、私の気のせいかな。……うん、気のせいだ)

ベルトルト(ああ、もういいや……考えるのはよそう。頭痛くなってきた)

アニ(ミーナ、これがツンとデレのコンビネーションってもんなんだね……食らってるのは主に私とベルトルトだけど)

ベルトルト(寮に帰ったらボコボコにしよ)

アニ(今度の対人格闘の時間にライナーぶん投げよ)


サシャ「……あ、企画紙来ましたね。―― ええっと、四枚四枚……」ピラッ

アニ「前に座ってる奴らは何人か帰ったみたいだね。ほとんどはそこかしこで話し合いしてるけど」

ライナー「あいつら、打ち合わせなしで明日の訓練やるつもりか?」

ベルトルト「きっとまだ明日の準備できてないんじゃないかな。終わったら戻ってくるはずだと――」

サシャ「……」ジーッ...

ベルトルト「……? サシャ、一人で企画紙見てないでこっちに回してくれる?」

サシャ「あ、ああ……はい、すみません。どうぞ」ピラッ

アニ「何か変わったことでもあった?」

サシャ「……班が変わってました」

ベルトルト「へえ、そうなんだ。誰の?」

サシャ「私のです」

アニ「は?」

ライナー「……何だと?」ピクッ

ベルトルト「それ本当? いったいどこの班に――」ピラッ

サシャ「私とクリスタが交換になってます。……元のルート自体は同じみたいですけど」


ベルトルト「……本当だ。僕とアニはそのままで、ルートも変わってない。ライナーのところはどう?」

ライナー「俺の班もルートは変わってないな。流石に何もかも変更するのはまずいと考えたんだろう」

アニ「変更点は班員一人だけ、か……他の班も同じみたいだね」

ベルトルト(なんてことだ……教官が一番でかいの投げ込んでった)ドヨーン...

アニ(なんなの……なんなのもう! 入れ替えるならもうちょっと平和な奴にしてよ! コニーとかでもよかったのに何考えてるんだあのハ……教官は!!)

ライナー「ベルトルト、アニ」

アニ「」ビクッ

ベルトルト「……な、何? ライナー」ダラダラ

ライナー「……お前ら、頼むぞ?」

アニ「……ああ、うん」

ベルトルト「………………努力はするよ」

ベルトルト・アニ(期待が重い……)ズーン...


アニ「……これくらいの変更なら、私らがクリスタに言っていたことをサシャに伝えるくらいでいいのかな」

ベルトルト「そうだね、それで大丈夫だと思うよ」

ライナー「いや、大丈夫じゃないだろ」

アニ(黙れツンデレ保護者)

ベルトルト(静かにしてくださいお願いします)

ライナー「サシャ、正直に言え。……引き抜きがあったって本当か? ここに来るまで何人に声かけられた?」

アニ(わーお、話戻した)

ベルトルト(力技すぎるよライナー……その話題さっき終わったじゃないか! 完全に流れてただろ! なんで引っ張り出してきたんだ!)

サシャ「だ、だから……引き抜きなんてありませんでしたって」アセアセ

ライナー「嘘だな」

サシャ「……まあ、ほんの少しだけ声はかけられましたけど」

ライナー「それで? 何人に声かけられた? 相手は誰だ?」ズイッ

ベルトルト(ひぃっ!?)ズザッ

アニ(いくら体格が同じくらいだからって、あの巨体が乗り出してきたら青ざめもするよね……どんまいベルトルト)


サシャ(今日のライナーはなかなかしつこいですね……あっ、そうだ! 今こそアニに教えてもらったテクニックの使いどころです! よーし……)

サシャ「……駄目です。ライナーには教えられません」ツーン

ライナー「なっ……! 俺には教えられないってどういうことだ!」ガタッ

サシャ「だってライナーには関係ないじゃないですか。班も違いますし」ツンツーン

ライナー「ぐっ……そりゃ班は違うが、さっきまでは同じで――」



サシャ「どうしても知りたいなら、私じゃなくてベルトルトを通してください!」バーン!!



ライナー「」

ベルトルト「」

アニ「」


サシャ「……」ドヤァ

サシャ(どうですこの対応! 完璧でしょう!)エッヘン

ベルトルト(えっ……僕? なんで僕? どういうこと?)オロオロ

アニ(違う、違うよサシャ……! 確かにさっき私が言ったんだけどさぁ! 使いどころが違うよ!)ハラハラ

ベルトルト(ライナーが終わったと思ったら今度はサシャか……なんだよ、君たちツンデレ合戦でもしてるの? やりたいなら勝手にやってよ! 僕らを巻き込まないでくれ!!)

ライナー「……お前と話をしたい時は、いちいちベルトルトを通さなきゃならんのか?」

サシャ「そうですよ! なんて言ったってこれも訓練のうちですからね!」ドヤッ

ライナー「…………そうか。じゃあ訓練以外ならベルトルトを通す必要もないよな?」

サシャ「へ? ……まあ、そういうことになりますかね」

ライナー「わかった。……ちょっと来い」グイッ

サシャ「え? え? 待ってくださいよどこ行くんですか、引っ張らないでください!」タタタッ


ベルトルト「……」

アニ「……」

ベルトルト・アニ(やっと行った……)ホッ

アニ「ベルトルト。……私たちは、戦士だ」キリッ

ベルトルト「ああ、そうだね……よく戦ったと思うよ、僕たち」キリッ

アニ「ところであんた、今サシャに足踏まれたんじゃない? 大丈夫?」

ベルトルト「ははは……今更足踏まれることくらい、どうってことないよ」

アニ「……辛い戦いだったね。お互い」

ベルトルト「今となってはいい思い出さ……ところで、二人の荷物どうしよう」

アニ「どうせもう戻ってこないでしょ。ライナーの分はあんたが持って行ってやりな。サシャにはクリスタから今までのこと話してもらうとするよ。クリスタにはユミルが伝えてるだろうし」

ベルトルト「……明日、何事もないといいね」

アニ「そうだね……面倒くさいこと起きないといいけど」

ベルトルト「今日より面倒くさいことなんて、起こるわけないよ……たぶん」


―― とある廊下

サシャ「……」テクテク

ライナー「……」スタスタ...

サシャ「あのぅ……どこまで行くんですか? このままだと外に出ちゃいますよ?」

ライナー「……いや、外に用事はない」クルッ

サシャ「わぷっ!?」ポフッ

ライナー「」ビクッ!!

サシャ「うう、いきなり立ち止まらないでくださいよぅ……背中に頭突きしちゃったじゃないですか……」サスサス

ライナー「そ、そうか……そりゃ悪かったな、すまん」ギクシャク

サシャ「それ私じゃないです。壁です」クイクイ

ライナー「……」クルッ

サシャ「それで、私に何の用ですか? 何かありました?」

ライナー「用っつうか……」ボリボリ

ライナー(勢いであの場から連れ出しちまったが……何やってんだ俺は……)


ライナー「……ベルトルトを通せって、どういう意味だ」

サシャ「あれですか? あれはさっきアニに教えてもらったんですよ!」エッヘン

ライナー「アニに? なんでアニに教えてもらったんだ?」

サシャ「……怒りません?」

ライナー「中身次第だな。……なんだ、また妙なことでもしでかしたのか?」

サシャ「いえ、私がやったわけじゃないんですけど……ええっとですね、実は私、他の班に引き抜きされそうになってたんですが」

ライナー「やっぱりか。……だが俺は聞いてないぞ。そんな話」

サシャ「今日になってからの話ですもん。それでですね、説明会の……会議室に行く直前に、アニが通りがかって偶然助けてくれたんです。その時アニが、次からは『班長を通せ』って言えばいいって教えてくれまして」

ライナー「なんだ、そういう理由か……俺はてっきり」

サシャ「てっきり?」

ライナー「……なんだろうな」

サシャ「私に聞かれても」


ライナー「それで……断ったんだよな? 引き抜きの話は」

サシャ「当たり前じゃないですか。ライナーも言ってたとおり、これも訓練のうちですからね! 勝手に変えるなんてありえないです!」

ライナー「そうか……そうだよな、ならいい」

サシャ「でもさっきの、なかなかいい手だと思いません? 私なんて思いつきもしませんでしたし!」フフン

ライナー「そうだな。……効果は抜群だ」

サシャ「そうでしょうそうでしょう! 流石はアニと言いますか、やっぱり上位になるとこういうことに慣れてるんですかね? ライナーも今までにこういうことあったりしました?」

ライナー「いや、俺は……俺自身は引き抜きされたことなかったな。その代わり『班に入れてくれ』って頼まれたことは何度かあったが」

サシャ「やっぱりみなさん考えることは一緒なんですねー……成績二番目ですし、結構人気あったんじゃないですか?」

ライナー「そうかもな、女子も何人か頼みに来てたくらいだ」

サシャ「……へえ」

ライナー(!? な、なんだ……? 突然寒気が……)キョロキョロ


ライナー「それにしても、困った奴らもいたもんだな。……ったく、俺に直接言えってんだ」ブツブツ

サシャ「たぶん、班長のライナーじゃなくて私を直接説得したほうが早いと思ったんじゃないですかね。現にコニーも何度か騙されかかってましたし。まあ、その度に班長のジャンが追っ払ってたんですが」

ライナー「なるほどその手が……じゃない。お前もお前だ、なんで俺に言わないんだ?」

サシャ「だから、今日になってからの話だって言ったじゃないですか。ライナーに話す暇なんてありませんでしたよ」

ライナー「それでも朝のうちに話しておけば、他の奴らの相手はしなくて済んだはずだろ。今週は当番もないし、割と暇だったんだから一言あれば対応くらい――」

サシャ「……」ジトッ...

ライナー「……な、なんだ。その目は」

サシャ「……だってライナー、最近私が話しかけてもすぐ逃げちゃうじゃないですか。いつ言えばよかったんです?」ムー...

ライナー「……………………あっ」

ライナー(そうか俺か、俺のせいか……! ――くそっ、逃げまわってたツケがこんな形で返ってくるとは思わなかった……!)ギリッ...


サシャ「そんなに怖い顔しなくても、もう終わりましたから大丈夫ですってば。今度はちゃんとベルトルトに相談するようにしますよ」

ライナー「ちょっと待て、なんでベルトルトに言うんだ」

サシャ「え? だって班長ですし」

ライナー「……そういやそうか」

サシャ「私のことは心配してくれなくても大丈夫ですって。それよりも、明日はユミルとクリスタをお願いしますね? 私の大切な友だちなんですから、ちゃんと面倒見てくれなきゃ怒りますよ?」

ライナー「そりゃおっかねえな。……わかった。後半は努力する」

サシャ「後半?」

ライナー「前半は聞けないな。心配してくれるなってのは無理な相談だ」

サシャ「そうですか……私の心配、してくれちゃいますか」

ライナー「ああそうだ。……だから今度は、何かあったらすぐ俺に言え」


サシャ「何かあったらって……えーっと、何かってなんです?」

ライナー「わからないなら取り敢えず片っ端から全部報告しろ。……返事は?」

サシャ「……はーい」

ライナー「間があったな」

サシャ「だって……なんでもかんでも報告しないと駄目なんでしょう? そんなに信用ないんですか? 私」ムー...

ライナー「違う、そうじゃない。……最近のお前は手がかからなくて助かってるが、見えないところで何をやってるかわからんからな。こっちは気が気じゃないんだ」

サシャ「……ふふっ、ライナーってばすっかり心配症ですね」クスクス

ライナー「……俺がお前の心配しちゃ悪いか」ムスッ...

サシャ「いいえ。……不謹慎かもしれませんけど、ちょっと嬉しいです。自分のことを気にかけてくれる誰かがいるのって、幸せなことですよね」

ライナー「……そうだな、俺もそう思う」

サシャ「まあ、そう気負わずに見守っててくださいよ。私だっていつまでも守られてばかりじゃありませんから! 今日だって、最後の二人以外は自力でなんとか――」ピクッ


サシャ(これ……この足音、さっきも聞いたような……)

ライナー「……? おいサシャ、どうした?」

サシャ「こ、こっち!」グイッ

ライナー「は? ―― っておい、ちょっと待て! そっちは女子の方だろ!」

サシャ「あ、そうですね……じゃ、じゃあこっちで!」グイグイ

ライナー「はぁ!? ――わかった、わかったから押すな! 自分で入る!!」ガチャッ



ライナー(躊躇いもなく男子便所に入ったぞ、こいつ……)チラッ

サシャ「……」ピトッ

ライナー「……何してんだ。扉に耳つけて」

サシャ「しーっ、静かにしてくださいっ、聞こえちゃうじゃないですかっ」ヒソヒソ

ライナー「聞こえるって誰にだ」

サシャ「え、えと……そうだ、今かくれんぼ中なんですよ。ほら、ライナーも屈んでください」グイグイ

ライナー「だから、誰とだよ」




   『前日に班員変更なんてありえなくない? しかもあいつ、ちゃっかりエレンの班に移動になってるし。ずっるー』

   『あーあ、俺たちだって今頃あいつら引き抜けてたらなー……』



ライナー(この声……確か、中間成績で13位と16位だった奴らか。今回の山岳訓練での班も一緒だったな。引き抜きってことは、あいつらもサシャやコニーに声かけたのか?)

ライナー(サシャは自力で断ったって言ってたよな。……こいつの性格的に、こうして隠れてやり過ごさないといけないような断り方をするわけがない)チラッ

ライナー(……なるほどな。アニに追っ払われた最後の二人はこいつらか)

ライナー「サシャ。……あいつらに何か言われたのか?」

サシャ「……いいえ。別に何も」

ライナー「そうか、お前が言いたくないなら仕方がないな。――直接聞いてくる」スクッ

サシャ「え? ――だっ、だめっ!」バチンッ!!

ライナー「ぐおっ!?」ビターン!!




   『……? 今何か聞こえなかった?』

   『気のせいじゃね? 早く行こうぜ』



ライナー「……」ヒリヒリ

サシャ「あ、あはは……」

ライナー「お前なぁ……! いくら黙らせたいからって顔ぶっ叩くことねえだろ! 指が目に入ったらどうする!」ガミガミ

サシャ「しょ、しょうがないじゃないですか! だって左手しか使えなかったんですもん! 利き手じゃなかったら咄嗟に手も出ちゃいますよ!」

ライナー「そんなの言い訳だろ! 右手はどうした右手は!」

サシャ「……私のこと、からかってます?」

ライナー「は? からかうって何の……」

サシャ「手首。……会議室出てから、ずっと掴まれっぱなしなんですけど」


ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー「!! ――そ、そのっ……! そうだよな、すまん! 痛くなかったか!?」バッ!!

サシャ「そんなに焦らなくても大丈夫ですって、痛くないですよ。……でもライナーが慌ててる姿って新鮮ですよね。なんだか得した気分です」クスクス

ライナー「……言えよ」

サシャ「ずっと話してましたから、タイミング逃しちゃったんですよ。……みんなもう帰ってるみたいですし、私ももう戻りますね。明日の装備の点検もしないと」

ライナー「そうか……もう、そんな時間か」

サシャ「お互い班は違いますけど、明日は頑張りましょうね! それじゃあお先に――」

ライナー「ちょっと待った」ガシッ

サシャ「わっ……もう、今度はなんです? まだ何か用でもあるんですか?」

ライナー「いや、特に用はないんだがな……」モゴモゴ

サシャ「……?」


ライナー「……明日の準備自体はもう終わってるんだよな?」

サシャ「え? まあ……一応。説明会の前に詰めてきましたから、後は確認するだけです」

ライナー「ということは、後はもう帰って寝るくらいしか用事ないよな」

サシャ「はぁ、そうですけど……えっ、もしかしてこれから勉強会でもするんですか? 流石に今日は遠慮したいんですけど」

ライナー「違う。―― もう少しだけ、お前と話していたいんだが……いいか?」

サシャ「……」

ライナー「嫌ならとっとと寮に帰って寝ろ」

サシャ「ああいえ、嫌とかじゃなくて……お話がしたいなら、移動します? 取り敢えずいつもの倉庫にでも」

ライナー「いや、……今日はここでいい」

サシャ「ここでって……ここ、男子便所なんですけど」

ライナー「誰も来ねえだろ、こんなところ」

サシャ「……じゃあ、ちょこっとだけですからね?」


ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー(引き止めたのはいいが、話すことねえな。……困った)

サシャ(これ、私から何か言ったほうがいいんですかね……? でも夕食の話はもうしちゃいましたし、他に話すことなんて思い浮かびませんよ……)

ライナー「あー……なんだ。―― 分かれちまったんだよな、班」

サシャ「そうですね。……とても残念です」ズーン...

ライナー(!? そんなに落ち込むほどか……?)ドキドキ

サシャ「ライナーに、美味しいうさぎをご馳走したかったです……!」ギリッ...

ライナー「そっちかよ」

サシャ「はい?」

ライナー「ああいや……そうだな、俺も残念だ。でも肉は今度食いに行くだろ?」


サシャ「そりゃそうですけど、ウサギ肉は市場にあまり出回らないじゃないですかー」ブーブー

ライナー「……そういや見たことないな。故郷の村でも食ったことがない」

サシャ「豚や猪に比べたら、ウサギ肉はクセもあまりなくて食べやすいんですけどねー……ライナーに是非食べてもらいたかったです」シュン

ライナー「そうだな、ちょっとそれはもったいなかったかもしれん」

サシャ「……耳とか足とか持って帰って来ましょうか?」

ライナー「いや、足だけ持って走ってこられてもなぁ……張り切るのは結構だが、怪我だけはするなよ? ベルトルトやアニがいるから大丈夫だとは思うが、無事に帰って来い」

サシャ「ライナーも気をつけてくださいよ? お休みの日の約束、忘れてませんよね?」

ライナー「……食堂か」

サシャ「はい! 私、楽しみにしてますから!」ニッコリ

ライナー「……」

ライナー(しまった……! 二人きりで、対面で座れる気がしねえ……!)ドキドキ


サシャ「そうだ! ――もしよかったら、ライナーの手貸してくれません? ちょっとやりたいことがあるんですけど」

ライナー「寮に持って帰らないならいいぞ。ほらよ」スッ

サシャ「大丈夫、すぐ終わりますよ。……えいっ」バチンッ!!

ライナー「? ……何してんだ?」

サシャ「明日のために気合い入れたかったんです。……ううっ、寒いと結構堪えますね。ほっぺた迂闊に叩けないですよ」ヒリヒリ

ライナー「気合を入れたかったのはわかるが、何も俺の手を使う必要はないだろ。それくらい自分の手でやれよ」

サシャ「いいじゃないですか、減るもんじゃないんですから」

ライナー「……」

サシャ「……あれ? 何やら手が熱いですね。熱でもあるんですか?」

ライナー(……くそ、誰のせいだと思ってんだ)イラッ


ライナー「……」ビョローン

サシャ「ひゃうっ!? ひっ、ひっはらはいへくらはいよ!」ジタバタ

ライナー「おおー……結構伸びるもんだな」ニヤニヤ

サシャ「ふがー! はなひてくらはいって!」ポカポカ

ライナー「ははは、全然痛くねえって」ニヤニヤ





マルコ「おーいジャン、いる? いたら返事を――」ガチャッ





ライナー「」ピタッ

サシャ「」ピタッ


ライナー「……」

サシャ「……」

マルコ「……お邪魔だった?」ニッコリ

ライナー「いや…………そんなことはないが」

マルコ「取り敢えず、ライナーはサシャの頬から手を離してあげたらどうかな?」

ライナー「! ……そ、そうだな。そうする」パッ

サシャ「ふがっ。……あうう、痛いです」サスサス

ライナー「マルコ。……わざとか?」

マルコ「まさか、偶然だよ。―― ところでジャンを見かけなかった? 探してるんだけど」

サシャ「ジャンですか? 私は見てないですね……」

ライナー「企画紙を受け取ってすぐ帰ったはずだろ、あいつは」

マルコ「それが寮にも見当たらないんだよね。もしあいつを見たら、寮に帰るように言ってくれないかな」

サシャ「わかりました、いいですよ。伝えておきますね」

ライナー「俺も見かけたら言っておこう」

マルコ「ありがとう、助かるよ」


マルコ「……」

ライナー「……」

サシャ「……」

マルコ「……用、足していいかな?」ニコッ

ライナー「!! そ、そうだな! ここはそういうところだもんな!」アセアセ

サシャ「私たち今すぐ出ますから、どうぞお構いなく!!」アセアセ

マルコ「追い出してごめんね、二人とも」

サシャ「いっ、いえいえいえいえそんなことは!!」ブンブン

マルコ「そう? ――あのさ、こういうことを言うのはお節介だとは思うんだけど……一応時と場所は考えたほうがいいと思うよ。お互いのためにもね」

ライナー「……肝に銘じておく」




                              \ガチャッ バタンッ/



マルコ「さてと。……ジャン、出てきていいよ」

ジャン「……」ガチャッ

マルコ「災難だったね。お腹の調子はどう?」

ジャン「引っ込んだ」

マルコ「だよね」

ジャン「あのさ、マルコ……俺、もう巨人でもいいかなって思うんだけどどう思う?」

マルコ「女性型の巨人はほとんどいないよ」

ジャン「……」

マルコ「……」

ジャン「……泣いていいか?」グスッ

マルコ「そうだね、取り敢えず寮に戻ろうか」ナデナデ


―― とある廊下 出入口近く

サシャ「……」

ライナー「……」

サシャ「えっと……これからどうします? 流石にもう寮に戻らないと、時間が……」

ライナー「そうだな。……よし、寮まで送る」スタスタ...

サシャ「えっ? ……あの、寮までなら一人で帰れますけど」

ライナー「夜道は危ないからな。何が出てくるかわからん」

サシャ「……巨人でも飼ってるんですか、ここの訓練所は」

ライナー「俺のわがままだ。……付き合え」

サシャ「……そうですね。ライナーのわがままなら、叶えてあげないといけませんよね」クスクス

ライナー「……外は寒いな。手が冷えるからお前のも貸せ」

サシャ「はいはい、私のでよければどうぞ」ギュッ


―― とある廊下 会議室近く

ベルトルト(結局ライナー、帰ってこなかったな……明日の訓練、どうなるんだろ)ハァ

ユミル「よーうベルトルさん。――首尾はどうだい?」

ベルトルト「ユミルか。……あまりよくないね」

ユミル「そうかそうか、そりゃあよかった」ニヤニヤ

ベルトルト「……」

ユミル「なあベルトルさんよ。そうやって手をこまねいて見てるだけじゃ負けちまうぜ? 春にした賭けの話、まだ覚えてるんだろ?」

ベルトルト「それは君が一人でやってることだろ? 僕は一度も乗るなんて言ってない」

ユミル「あっそ。ベルトルさんがそのつもりでも、私は賭けを勝手に続けるつもりだが……お前、本当にそれでいいのか?」

ベルトルト「……どういう意味?」

ユミル「後から『こうしときゃよかった』って悔いても無駄だってことだよ。私は親切心から尻叩いてやってるのに、ベルトルさんときたら全然聞いちゃいねえし」

ベルトルト「……ご忠告どうも」


ベルトルト「……」

ユミル「……」

ベルトルト「……君は」

ユミル「ちょっと待て。……コニーが来たみたいだ」シィッ



コニー「ようお前ら、ジャン見なかったか?」タタタッ

ユミル「ジャン? ……いいや、私は見てないね」

コニー「ふーん、そっか……っておいユミル、何ベルトルトに絡んでんだよ。ベルトルトの奴ビビって縮こまってんじゃねえか!」プンスカ

ユミル「別に大したことは話してねえし、もう帰るよ。――じゃあなベルトルさん、よく考えて行動するんだな。コニーは早く寝ろよ」フリフリ


ベルトルト「……」

コニー「なあ、ベルトルトはジャンを見てないのか? あいつなんだか腹が痛くなっちまったみたいでさ、胃薬探して持ってきたんだけど本人がどこにもいねえんだよ。明日訓練なのに大丈夫かな、あいつ」

ベルトルト「……コニーはいい子だね」ナデナデ ジョリジョリ

コニー「は? ――こらベルトルト、ジョリジョリするなってば!!」プンスカ

ベルトルト「あー落ち着く」ホッコリ

コニー「やめろっての!」ジタバタ

今日はここまで 最後にage 次回はいよいよ山岳訓練開始、投下は来週になります
内容的にはこれでやっと半分です 短くまとめたいんですが、今回も200レスくらいになる見込みです

というわけでみなさんいい夢見てくださいね おやすみなさい

投下します >>1に書き忘れましたが一応グロ注意です


―― 山岳訓練当日 早朝 とある高台

ミーナ「……作戦開始って緑でいいんだよね?」カチャカチャ

アルミン「大丈夫だよ。合ってる」

ミーナ「よーし……」スッ...



   ―― パシュッ ヒュルルルルルル...



ミーナ「……ふう、うまくいった」

アルミン「お疲れ様。じゃあ、教官のところに戻る?」

ミーナ「そうだね、行こっか。……みんな、無事に帰ってくるといいな」

アルミン「帰ってくるよ。エレンもミカサも、他のみんなも優秀だからね」

ミーナ「……」

アルミン「……? ミーナ、どうしたの?」

ミーナ「ねえアルミン? 私たちってさ、いつかこんな風に……みんなに置いてかれちゃうのかな」

アルミン「置いて……? どういう意味?」


ミーナ「今回の山岳訓練の話を聞いた時ね、私……『無理だ』って思っちゃったんだ」

ミーナ「ほら、去年の訓練の時はすごく吹雪いたじゃない? 私、あの時凍傷寸前になっちゃって……しかもその後の訓練に無理やり出てさ、体調崩しちゃったんだよね」

ミーナ「同じ部屋のアニやミカサや……班のみんなにもいっぱい迷惑かけちゃった。それでね、思ったんだ。――『ああ、私はここが限界なのか』って」

ミーナ「自分の限界を知るのって大事だけど、それはそれで辛いよ。……『お前はここまでしか行けないんだ』って言われてるみたいだもん。それでいて、周りの人はみんなすごいから……アニとかミカサとか見てると、いい加減自信もなくなってくるよ」

アルミン「……」

アルミン(そうか……僕だけじゃないんだな)

ミーナ「アルミン? 私の話聞いてる?」

アルミン「ああ、うん……聞いてるよ。大丈夫」

ミーナ「ねえ、アルミンもそういう気持ちになったことある? 自分が情けなくて仕方がなくなるような、そんな気持ち」

アルミン「……そうだね、よくあるよ」


アルミン「でも僕は……お荷物なんて、死んでもごめんだ。みんながどんなに先に行ったって食らいついていくつもりだよ。足手まといには絶対にならない」

アルミン「エレンやミカサには話してないんだけどさ……実は僕、教官に言われたんだ。お前は兵士よりも技巧の道のほうが合ってるって。兵団を辞めて内地に行くべきだって」

アルミン「でも、僕は調査兵団に行く。……エレンやミカサが反対したって聞いてなんかやらない。ずっと壁の外を探検するのが夢だったんだ。ここで諦めることなんかできないよ」

ミーナ「……アルミンも、調査兵団に行くの?」

アルミン「も? ってことは、まさか……」

ミーナ「私も……私も! 私も調査兵団に行く!」

アルミン「本当に? でもさ、壁の外は危険なんだよ? それでも行くの?」

ミーナ「危険だってことはわかってるよ! ……いや、どれくらいなのかは知らないけどさ。見たことないし」

ミーナ「本当は、まだ迷ってたんだけど……でもね、私もアニと対等な位置にいたいって思ってるんだ。それができるのが調査兵団だと思うから」

ミーナ「なんかアニを言い訳にしてるみたいだけど……ちゃんと自分の意思で決めたの。これでも」

アルミン「……そっか」


ミーナ「それでね、壁外調査に行く度に、私が見てきたことや聞いてきたことをアニに自慢するの! これってよくない?」

アルミン「ははっ、楽しそうだね。……そうだな、僕もベルトルトやマルコに自慢したいな」

ミーナ「そうそう! そしたら羨ましがっちゃってさ、みーんな調査兵団に移ってきちゃったりしてね!」

アルミン「そうなっちゃったら、調査兵団はすごいことになりそうだね」

ミーナ「うんうん、成績上位の人たちがみんな入っちゃうんだもんね、すごいことだよ! ……って、なんかごめんね。真面目な話してたのに、茶化す感じになっちゃって」

アルミン「ううん、全然そんなことないよ。気にしないで」

ミーナ「でもアルミンに話してよかったな。胸の支えが取れた気がする」

アルミン「……うん。僕もなんだかスッキリしたよ」

ミーナ「そう? ならよかった! それじゃあせめて、訓練所までは楽しい話を――あっ、そうだ! ねえねえ聞いてよアルミン! 昨日アニがね、説明会から帰ってきたら私のことぎゅーってした後に『ミーナ、あんたといると癒されるよ……』って言ってくれたの!」キャー!!

アルミン「ああ、うん……楽しそうだね」


ミーナ「すっごい嬉しかったんだけどさ、でもアニって私が抱き返したら嫌がるんだよね。どうしてかなぁ」ウーン...

アルミン「アニはああ見えて照れ屋さんだからね。あまり感情を表に出したがらないと言うか」

ミーナ「だよねー……まあ、だからこそたまーに見せてくれる笑顔が嬉しいんだけどさ」

アルミン「僕もベルトルトから話しかけてくれた時は嬉しかったな。……そういえば、一緒に怪談で盛り上がったりもしたっけ」

ミーナ「うっ……私、あの肝試しの後しばらく眠れなかったんだよね。立体機動の訓練もちょっと怖かったし……」

アルミン「ハンジさんの話とかすごかったよね」ニッコリ

ミーナ「ああもう、忘れてたのにやめてってばー。……アルミンのいじわる」ムー...

アルミン「あはは、ごめんごめん。――でもさ、結局あの二人ってどうなのかな」

ミーナ「二人? ……ああ、アニとベルトルト?」

アルミン「うん。アニは全然そういう素振り見せないけど……ベルトルトは丸わかりだよね」

ミーナ「しょっちゅう見てるよね、アニのこと……いやぁ、青春って感じでいいですなぁ!」ムフフフフ

アルミン「ミーナ、笑顔が黒いよ……?」


―― 山岳訓練当日 山中

サシャ「うーさーぎーおーいしーまーるーやーきー♪」バシバシ

ベルトルト「サシャ、枝で地面叩いたら雪が散らかるからやめようね。出発前に濡れちゃうよ」

サシャ「待ってる間暇なんですよ」

ベルトルト「地図でも見てなよ、ちゃんとルートは確認してきた?」

サシャ「はい、クリスタからも色々聞いてきました! ばっちりです!」

ベルトルト「……そう」ハァ

サシャ「……? ベルトルト、出発前から疲れてますね。何かありました?

ベルトルト「昨日の説明会の後、君の保護者二人に釘を刺されたんだよ」

サシャ「二人……??」

サシャ(二人ってことは、ユミルとクリスタですかね……? でも、ベルトルトはあの二人といつ話したんでしょう? 昨日寮に帰った後、今朝訓練所を出るまでクリスタたちとはずっと一緒だったのに……)ウーン...

ベルトルト(一発殴ってやろうと思ったら説教で返されるとはね……災難だった)




   ―― パシュッ ヒュルルルルルル...

アニ「……信煙弾を確認した。出発できるよ」

ベルトルト「そうだね、行こうか」

サシャ「……」

アニ「サシャ、行くよ。ぼんやりしてないで」

サシャ「あっ……はい、そうですね! 行きましょう!」

サシャ(当たり前ですけど、メンバーが変わると雰囲気も変わるんですね……なんだかやりとりが淡々としてます)

ベルトルト「さっき打ち合わせした通り、殿は山に慣れてるサシャにお願いするね。先導は僕が務めるから」

サシャ「はい、おまかせください!」

アニ「よろしく頼むよ。……まあ、この面子じゃ極端に遅れるってこともないだろうけど」


ベルトルト「出発前にもう一度確認するけど、みんな荷物は持った? 忘れ物はないよね」

アニ「待って。追加の物資をまだ分けてないよ。サシャ、あんたが持ってきたんだろ? 全部担いでいくつもり?」

サシャ「あっ……すみません、忘れてました。でもやっぱりというかなんというか、私たちの班は量が少ないですよ?」ドサッ

ベルトルト「……これだけ?」

サシャ「はい、これだけです」

アニ「いくらなんでも少なすぎるね……ミカサやライナーのいる班でももう少しもらってるんじゃないの?」

サシャ「そうですか? 私、ユミルたちの班の荷物を見せてもらいましたけどあまり変わりませんでしたよ?」

ベルトルト(そんなものなのかな……まあ、仕方がないか。元々覚悟はしていたし)

アニ(十番内には余裕で残れるだろうけど、後がきつくなりそうだね。試験前はしっかり休んでおかないと)

ベルトルト「この量なら、そうだな……均等に3つに分ける?」

アニ「それでいいよ」

ベルトルト「サシャもいいかな?」

サシャ「はい、大丈夫ですよ!」

ベルトルト「じゃあ、三等分っと……よし、今度こそ出発だ」


―― 同刻 山中 別の場所

ライナー「荷物の配分はこんな感じだな。だが、ユミルは本当にその量でいいのか? 俺よりも多いが……」

ユミル「ああ、平気だよ。無理そうだったら途中でお前に押し付けるから気にするな。――ところで、サシャがいないから殿は私だな? まさかクリスタにやらせるわけないだろ?」

ライナー「もちろんだ。俺が先導するから、お前はクリスタの調子を見て指示を出してくれ。後ろからじゃないと見えないこともあるだろうからな」

ユミル「了解。任せときな」

クリスタ「……ねえユミル」

ユミル「荷物少し寄越せってんだろ? 絶対ダメだ。ペースを維持するためにも、私ら二人より体力がないお前に負担はかけられない。点数欲しいなら到着直前に分けてやるからそれで我慢しろ」

クリスタ「違うよ、私は点数なんかどうでもいいの! そうじゃなくて、そんな量を背負ったらユミルが目的地まで保たないんじゃ――」

ユミル「そこまで柔じゃねえって。心配するなよ」

クリスタ「……でも」


ライナー「仲間うちで助けあうのも訓練のうちだ。ユミルが限界になったら荷物は俺が請け負うさ。……お前も、体力がないことを気に病むなよ。体力がないなら別のところで挽回すりゃいいんだ」ポン

クリスタ「……そうだね。私、他のところできっと役に立つから!」グッ

ライナー「ああ、期待してるぞ。――さて、出発するか。お互い無理せず、目的地まで無事に物資を運ぶことを目標にするぞ」

ユミル「あいよ、了解」

クリスタ「うん、みんなで力を合わせて頑張ろう!」

ライナー「……」

ライナー(本来なら、ここにサシャがいるはずだったんだよな)

ライナー(昨日ベルトルトに散々釘は刺しておいたが……あいつら、うまくやってるだろうか)

ライナー(…………サシャに振り回されてないといいんだが)


―― 数時間後 山中

ベルトルト「……」ザクザク

アニ「……」ザクザク ギュッギュッ

サシャ「ふーんふふーんふふーん♪」ザクザク

ベルトルト「……二人とも、疲れてない?」

アニ「ちっとも」ギュッギュッ

サシャ「平気ですよー」

ベルトルト「そう、それならよかった」

ベルトルト(順調すぎるほど順調だな……進みも早いし、これなら今晩の野営地も余裕で探せそうだ。ペースもこのままを維持できるなら、明日の出発は少し遅らせてもいいかもしれない)

ベルトルト「……ところで、アニは何してるの」

アニ「練習」ギュッギュッ ポイッ

ベルトルト「何の?」

アニ「雪玉投げる練習」ギュッギュッ ポイッ


ベルトルト「……なんで? なんで今練習してるの?」

アニ「ここに雪があるからさ。この雪の量を見てご覧よ、練習には持ってこいじゃないか」ポイッ

サシャ「なかなか投げる時の姿勢が安定してきましたね。その調子ですよアニ」

アニ「今度ミーナのお尻に当てるんだ」ニギニギ

サシャ「いい目標ですね。頑張りましょう!」

ベルトルト「……」

ベルトルト(……おかしい、絶対におかしい。そもそもアニはアホの子じゃなかったはずなのに)チラッ



アニ「……」ギュッギュッ ポイッ

アニ「……」

アニ「……」ドヤッ



ベルトルト(投げた後のそのドヤ顔は何なんだよ! ……かわいいけど)キュン

アニ(今、木の根元に当たった……! 私、もしかしたら雪投げの才能あるかも……!)ニギニギニギニギ


サシャ「ベルトルトもやります? 楽しいですよ?」ニギニギ

ベルトルト「僕も一緒にふざけたら誰が進路を見るんだよ」

サシャ「大丈夫です、私がちゃんと見てますよ。少し北にズレてきてるので、あそこの大きな木の辺りで左に曲がった方がいいと思います」

ベルトルト「え? ……あ、本当だ」

ベルトルト(へえ、見てるところはちゃんと見てるのか……意外だな)

アニ「ああっ!?」

ベルトルト「えっ、何!? どうしたの!?」ビクッ

アニ「見てよサシャ、あそこに当たった!」

サシャ「おおっ! やったじゃないですかアニ! おめでとうございます!」パチパチ

アニ「……まあね」ホクホク

ベルトルト「……」

アニ「ところでベルトルト、何か言った?」

ベルトルト「……なんでもない。あそこの尾根を越えたら、そろそろ野営地でも探そうか」


―― しばらく後 山中 とある洞窟

ベルトルト「……奥も見てきた。問題なさそうだ」

アニ「なら、今日の野営地はこの洞窟で決まりだね。風除けの天幕は……まだいいか」ゴソゴソ

サシャ「今日はずっと晴れていい天気でしたね。おかげで大分進むことができました」ピラッ

アニ「この洞窟ってどの辺り?」

ベルトルト「ルートから外れて、南の方に進んできたから……この辺か」

サシャ「ルートに近いところにもいくつか洞窟ありましたけど、あれだとちょっと中が広すぎるんですよねー……奥のほうで熊が寝てるかもしれませんし」

ベルトルト「……熊の相手はしたくないな」

サシャ「でも熊鍋はおいしいですよ。……ああ、久しぶりに食べたいです」ジュルリ...

アニ「それなら冬眠中の熊でも襲えばいいんじゃない? 仕留めるなら手伝うよ」シュッシュッ

ベルトルト「いや、流石に素手じゃちょっと……」

サシャ「熊はともかく、やっぱりお肉は食べたいですね……ここ、幸いにも禁猟区じゃないらしいですし」

ベルトルト「調べてきたんだ……」

ベルトルト(これは……止めたほうがいいのかな。狩りに出かけるって言い出したら単独行動になるだろうし、下手に怪我でもしたら大変だ)ウーン...


ベルトルト「サシャ。……もしかして、狩りに出かけるなんて言わないよね?」

サシャ「行っていいんですか!?」キラキラキラキラ

ベルトルト「駄目だよ、単独行動はさせられない。万が一、君が狩りの最中に怪我をしたり遭難しても、僕らにはどうしようもないからね」

サシャ「大丈夫ですよ、お二人に迷惑はかけませんから!」

ベルトルト(うーん、この言い方じゃ駄目か。それなら――)

ベルトルト「そうじゃなくてさ……君にもしものことがあって、教官を呼ぶような事態に陥ったとするだろ? そしたら僕とアニも一緒にこの訓練は切り上げさせられて、三人まとめて棄権扱いになるはずだ」

ベルトルト「僕とアニは憲兵団を目指してるんだ。上位に残るためにも、今回の訓練の点数はどうしても落とすわけにはいかないんだよ。君がどういうつもりで今回の訓練に参加してるのかは知らないけど、できれば……邪魔だけはしないでくれ。君のせいで台無しにされたら困る」

サシャ「ああ、そういえばお二人は憲兵団志望でしたね……確かに、この訓練の点数がなくなったら大変ですよね」

ベルトルト「そうだよ。だから――」

サシャ「つまり単独行動じゃなきゃいいんですよね!」ポンッ

ベルトルト「サシャ? 僕の話聞いてた?」ユサユサ


サシャ「大丈夫です! うさぎ狩りは元々複数でやるものですから!」ゴソゴソ

ベルトルト「あの……サシャ? その網は何? わざわざ持ってきたの?」

サシャ「うさぎ狩りに使う網です! 用意がいいでしょう?」フフン

ベルトルト「用意がいいも何も、君は最初からこれが狙いだったんだろ……」ハァ

アニ「……サシャ。ノリノリのところ悪いんだけどさ」

サシャ「はい、なんですかー?」

ベルトルト(アニ……! そうだよね、君も止めてくれるよね! 僕は信じてたよ!)

アニ「私、動物の狩りなんてやったことないよ」

ベルトルト(違った)

サシャ「安心してください、お二人にはちょこっとお手伝いしてもらうだけです。簡単なので気負わなくてもいいですよー」

ベルトルト「ちょこっとって……ああ、もう狩りするのは確定なんだ……」ドヨーン...


―― 更にしばらく後 洞窟から少し南へ下ったところ



                            \ホーイ ホーイ ホーイ/



ベルトルト「……」

アニ「……」



           \フーワッ ホー!/



ベルトルト(広げた網を持たされて、二人一緒に野原に放置され……遠くには、奇声をあげて歩き回るサシャ一人……)

ベルトルト「……僕たち、騙されてないよね?」

アニ「さあ?」

ベルトルト(……これが、本当に狩りなんだろうか)


ベルトルト(でも、これだけ離れてたら聞こえないよね。……一応確かめてからのほうがいいのかな)

ベルトルト「牛肉ステーキ」ボソッ

アニ「は?」

ベルトルト「いや、サシャに聞こえてないか確認しただけ。……うん、大丈夫みたいだ」

アニ「……何? 急ぎの話?」ヒソヒソ

ベルトルト「いや、そんなに切羽詰まってないよ。こうやって二人きりになれる機会は少ないから、話せるうちに話しておこうと思って」

アニ「手短にね。今は離れてるけど、いつ戻ってくるかわからない」

ベルトルト「わかってるよ。――あのさ、ライナーが言ってたんだけど……僕たち、調査兵団に入ることになるかもしれない」

アニ「なんで?」

ベルトルト「あそこには人類最強がいるらしいんだ。その情報集めというか――」

アニ「なら、調査兵団に行くことになった場合の理由を考えておけばいいんだね。わかった」

ベルトルト「……あっさりしてるね」

アニ「壁を壊すことのできない私に決定権はないからね。……決めるのは、あんたたちだ」


ベルトルト「……」

アニ「……」

ベルトルト「どうなると思う?」

アニ「……あんたの質問は漠然としすぎ」

ベルトルト「あ、ごめん……」

アニ「それで何が? この先のこと?」

ベルトルト「兵団のことだよ。……どっちになるのかなって」

アニ「さあ、わからないけど……あいつは、私たちを調査兵団に入れたがってるんじゃないかな」

ベルトルト「え?」

アニ「壁を壊すのに失敗した場合の話だよ。仮に私らの正体がバレたとして、内地の憲兵団にいたんじゃ逃げ場がない。故郷に帰るまでに、最低でも壁を二つ超えなきゃならないからね」

アニ「調査兵団なら……確かに、正体が気づかれて拘束される可能性もあるけれど、逃げる機会はいくらでもある。壁外調査の時に、私が巨人化して逃げたらまず追いつけない」

ベルトルト「……」

アニ「逆に、ウォール・ローゼを壊すことに成功したら……私らには内地に行けって言うんじゃないかな。調査兵団は巨人殺しの専門家ばかりだからね、そういう場所に私らを置きたがらないでしょ、あいつは」


アニ「本当はどういういうつもりなのかはわからないけどさ。いかにもあいつが考えそうなことじゃない?」

ベルトルト「……そうだね、アニの言う通りだ」





   ―― バスッ!!





アニ「!」ビクッ

ベルトルト「へっ? ……あ、うさぎだ」

アニ「……い、今、この子自分から飛び込んで来なかった?」ドキドキ

ベルトルト「うん、僕にもそう見えたよ」


サシャ「アニー、ベルトルトー! うさぎ捕まりましたかー?」ザクザク

ベルトルト「うん、大丈夫だよ。網に足が絡まっちゃって動けないみたいだけど」

サシャ「どれどれー? ……むふふ、結構大きいうさぎさんですね。これならたくさん食べられそうです」グイッ

アニ「た、食べる? その子食べるの? 本当に?」オロオロ

サシャ「食べるために狩ったんですから食べますよー。……ええっと、まずは逃げないように足を折って」ボキッ

アニ「」

サシャ「じゃっ、あっちの物陰のほうで解体してきます。お二人は火をおこしてお湯でも沸かしておいてください」ザクザク

アニ「解体って」

サシャ「血抜きです。生きてるうちに抜かないとおいしくなくなっちゃうんで」

アニ「」


アニ「……」

ベルトルト「へえ……すごいな、こういう狩りのやり方もあるのか。網1つでも形になるものなんだね」

アニ「……」

ベルトルト「……? アニ? どうしたの?」

アニ「……あれ、食べるの?」

ベルトルト「え? ……ああ、そうみたいだけど」

アニ「……」

ベルトルト「うさぎって本当に食べられるんだ。知らなかったよ」

アニ「……白くて、ふわふわしてた」

ベルトルト「……」

アニ「ふわふわ……」

今日はここまで 次回はウサギ鍋+山岳訓練終わりまで 投下はまた来週になります
ライサシャはこの話の終わり辺りと次の話でドロドロ甘ったるい話をやる(はず)なのでもうちょいお待ちください

しまったあげるの忘れた 最後にage

>>1です 現在色々細かいところを修正してるのでもう少し待ってね
ライサシャの日にまとめて投下   できるといいな(願望)


―― 夕方 山中 とある洞窟

サシャ「あれからすっかり吹雪になっちゃいましたねー……。こりゃしばらく出られませんよ」マゼマゼ

ベルトルト「明るいうちにここを見つけておいてよかったね。夜のうちに雪が止めば助かるんだけど、どうなるかな……」

サシャ「山の天気は変わりやすいですからねー。まあ気長に待ちましょう。夜は長いですし」グツグツ

アニ「……あのさ、サシャ。その……ピンク色の塊は、さっきの」

サシャ「そうですよ?」

アニ「本当に食べるの……?」

サシャ「もう捌いちゃいましたからねー。ちゃんと食べてあげないとうさぎさんに失礼ですから、骨の髄までしゃぶります」

ベルトルト「しゃぶるって」

アニ「……私の分はいいよ。支給された携帯食料があるからそれで足りるし」

サシャ「そうですか? 私としては取り分が増えますから無理強いはしませんけど……でも、久々に食べたくありません? お肉」

アニ「……」

ベルトルト「……」

サシャ「訓練所の食事には出ませんよ? しかもウサギ肉なんて、市場にも滅多に出回りませんし」


アニ(さっきのウサギだって思うと抵抗はある、あるけれど……目の前のお鍋からはいい匂いがしてきて、たまらない……)スンスン

ベルトルト(今日は一日がかりで山登りしてきたんだ。お腹は空いてるし体も疲れきってる。……正直、携帯食料なんかじゃ全然足りない)グー...

ベルトルト「……君は卑怯だ」

サシャ「あはは、すみません。……アニはどうします? やめときますか?」

アニ「……あんたに乗せられたとはいえ、私が狩りを手伝ったことには変わりないんだよね。しかも、私がそのお肉を食べないと……ウサギは無駄に死んだことになる」

サシャ「そうですね、このままだとそういうことになっちゃいます」

アニ「なら食べるよ。……まんまと嵌められたみたいで癪だけど」

サシャ「まあまあ、お詫びにとびきり美味しいお鍋を作りますからそれで勘弁して下さいよ。もう少しで煮えますからねー」マゼマゼ

ベルトルト「ところでさ、その……鍋に浮いてる葉っぱは何? 端っこに浮いてるきのこも見たことない形をしてて、気になるんだけど……」

サシャ「これですか? その辺に生えてました。名前は知りません」

ベルトルト「その辺」

アニ「名無し」

サシャ「たぶん毒はないと思います。……たぶん」

アニ「そこは自信持ってよ」

サシャ「無理ですよ。山に慣れてる私のお父さんだって、たまに間違えて毒きのこ取ってくるんですから」


サシャ「さあ、おいしいお鍋の完成です! ――味見してませんけど」ジャーン!!

ベルトルト「どうして味見してないのにおいしいって言い切れるんだ……」

サシャ「私、今まで煮込み料理は一度も失敗したことないんですよ。それにさっきからいい匂いもしてますし、きっと大丈夫に決まってます!」

アニ「その自信が逆に不安なんだけど」

サシャ「そんなこと言わないで取り敢えず食べてみましょうよ! ―― というわけで均等に三等分っと……ベルトルトもこの量でいいですか? 足りなくありません?」

ベルトルト「いや、充分だよ。大丈夫」

サシャ「そうですか? 前に私、『ベルトルトは食いしん坊』って聞いたことがあるんですが」


ベルトルト「はい? 僕が食いしん坊って……誰に聞いたの?」

サシャ「ライナーです!」

ベルトルト(やっぱりか……何話してるんだよライナーは)ハァ

サシャ「食いしん坊じゃないならそれはそれでいいです。―― それじゃあお二人とも、両手を合わせて!」パンッ!!

アニ「こう?」ピトッ

ベルトルト「何? 何かするの?」

サシャ「特別なことはしませんよ。いつもやってることです。……それでは、いただきます」

ベルトルト「……いただきます」

アニ「いただきます……」


アニ「……あ、おいしい」ホッコリ

サシャ「でしょう? うさぎってお刺し身もおいしいんですよ? うさ刺しって言うんですけど」

アニ「うささし」

ベルトルト「アニ、しっかりして」ユサユサ

サシャ「一度しか食べたことないんですけど、あれはおいしかったですねー。食感がまた他の動物とは違ってて――」ペラペラ

ベルトルト(ああ、アニが白目剥いてる……このままじゃダメだ、なんとか話題を変えよう)

ベルトルト「あの……あのさサシャ、ところでさっき持ってた網はどこから調達したの? 故郷の村から持ってきたとか?」

サシャ「あの網ですか? あれはミカサから麻縄をもらって作ったんです。3日ほど夜なべしました」エッヘン

ベルトルト「なんなのその情熱」

サシャ「おいしいものを食べるためには多少の労力は必要ですよ?」

ベルトルト「……まあいいや。でもうさぎ狩りで終わってよかったよ。僕はてっきりこのまま熊狩りにでも行くのかと思ってたからさ」

サシャ「まさか、いくらなんでも行きませんよ。そもそも熊なんて三人じゃ食べきれませんからね。お肉の無駄です」

アニ「へえ……そういうのは気にするんだ。あんたは考えなしに食べてるのかと思ったよ」

サシャ「基本的に動物は食べられる分しか狩りませんよ? お腹いっぱい食べたいといえば食べたいんですけど、食べきれなかった分は捨てるしかなくなっちゃいますからね。こんな状況じゃ余った肉を持って帰るわけにもいきませんし」


サシャ「……なんだかこうやって三人で話すのって新鮮ですよね。いい機会ですし、私からもいくつか聞いてもいいですか?」

アニ「変な質問じゃなかったらね」

ベルトルト「答えられるようなことにしてね」

サシャ「そこまで特殊なことは聞きませんよ。お二人は……卒業した後は憲兵団に行くんですよね?」

ベルトルト「……うん、そうだよ」

ベルトルト(本当はまだ決まってないけど……この場はそういうことにしておこう。言い訳もまだ考えてないし)

アニ「そもそも上位で憲兵を目指してない奴なんて、あいつくらいのもんだと思うよ」

サシャ「あいつ? ……ああ、エレンですか! そうですよね、普通は憲兵団に行きますよね。そうじゃないと頑張って上位にいる意味がありませんし」

アニ「あんたはどうなの? ここ半年でえらく成績上げてるみたいだけど」

サシャ「私は……少し考え中です。前にも言いましたけど、成績を上げようと思ったのは憲兵団に入るためじゃないですから」

アニ(……そういえば、あいつと並びたいって話してたっけ)

サシャ「単純に『憲兵団に入れば毎日おいしいものが食べられる』って思ってた時期もあったんですけどね。調査兵団だともっとおいしいものにありつけるって話を聞いたので、正直悩んでるんです」

ベルトルト「巨人は食べられないよ」

サシャ「巨人じゃありませんって! アニとベルトルトは知りませんか? 壁の外にはウミっていう湖があるらしいんですよ!」


サシャ「この前の山岳訓練の時にエレンが話してくれたんですけどね、その湖には巨人よりも大きい魚がうじゃうじゃ泳いでるらしいんですよ! そんなにでっかい魚なら一度は食べてみたくありません?」ジュルリ

ベルトルト「いや……僕は、そこまでじゃないかな」

アニ「興味ないね」

サシャ「そうですか……残念です」シュン

ベルトルト「そもそも食べきれない分は狩らないんじゃなかったの? さっきと言ってることが矛盾してるけど」

サシャ「もちろん全て食べきる予定ですよ? まずは漁を手伝ってくれた人と均等に分けあって……あっ、でも分け合う前にやっぱりお刺身で味わいたいですね。水揚げした瞬間から鮮度はどんどん落ちていきそうですし。それに定番はやっぱり焼き魚だと思うので、その分を切り出してから……そうだ、魚と言ったらマリネもいいですよね! 作ったことはないんですけど、この前アルミンが進めてくれた本の中にレシピが載ってて――」ペラペラペラペラ

ベルトルト(また始まった……でも今回は害のない話だし、放っておこう。アニも気にしてないみたいだし)チラッ

アニ(……ウサギの骨って食べられるのかな。サシャはしゃぶるって言ってたけど)ジーッ...

サシャ「それでですね、やっぱりそれだけ大きい魚だと巨人の力でも借りない限り釣るのは難しいと思うんですよ。ですからどうにかして巨人を説得しないと――って、お二人とも、聞いてます?」

アニ「うん」ガジガジ

ベルトルト「聞いてる聞いてる」モグモグ


―― しばらく後

サシャ「ごちそうさまでした! あぁ……もう、満腹ですぅ……///」ムフフ

アニ「ごちそうさまでした。……それなりにおいしかったよ。ありがとね」

ベルトルト「ごちそうさまでした。肉料理なんて滅多に食べられないから嬉しかったな。でも狩りも調理もほとんど全部サシャに任せちゃったね……ごめん、何か手伝えたらよかったんだけど」

サシャ「いいえ、今回の狩りは私が無理に付きあわせたようなものですからね。これくらいは当然の対価です。気にしなくていいですよ」

ベルトルト「それにしても、あんな網一つでなんとかなるものなんだなぁ……こういう技術は、故郷の村で教えてもらったの?」

サシャ「そうですよ? 私、ここに来る前は兵士じゃなくて狩人になる気満々でしたからね。半人前のまま訓練所に来ちゃいましたけど、それまでお父さんに教えてもらったことはちゃんと覚えてます。今回も色々役に立ちましたし」

ベルトルト「へえ、そういうことを今でも使えてるっていうのはすごいな。……ところでさ、ダウパー村ってどれくらいの大きさ?」

サシャ「はい? 大きさですか? ……私も詳しくは知りませんけど、村の中に山三つくらい入ってるので小さくはないですよ」

ベルトルト「だよねー……」

ベルトルト(ほら見てみろ、やっぱり村一つ抱えるなんて無理じゃないか。……ちょっぴり検討しようとしてみた僕も馬鹿だけど)ハァ


アニ「さてと。……火の番はサシャからだったよね。次は私だからそろそろ寝るよ」モゾモゾ

サシャ「ええっ、まだ寝るには早くありませんか? 今日のペースなら明日の昼前には着けますし、もう少しだけ夜更かししましょうよー?」グイグイ

ベルトルト「うーん……試験だって近いし、山岳訓練の疲れを後に引き摺るわけにはいかないからね。体は休める時に休めたほうがいいと思うな」

アニ「そもそも夜更かしして何する気? もしかして、網の他にチェス盤でも持ってきてるの?」

サシャ「持ってきてませんよ。というか私、チェスは指せないのであっても無理ですね、遊べません。そうじゃなくて、三人で何かお話でもしませんか? きっと楽しいと思いますよ!」

アニ「嫌だね。……第一、私やベルトルトは人と喋るの苦手だし」

サシャ「じゃあこの機会に苦手意識を克服したらいいじゃないですか! 幸いここには私たち三人しかいませんし、気兼ねする必要なんてないですよ?」

アニ「だから、話すこと自体が面倒なんだってば……このくらいで勘弁してくれない? もう寝たいんだよ、私は」ハァ

ベルトルト「僕もあまり……苦手っていうのもあるけど、話題も特にないし」

サシャ「でもでも、こういう機会なんて滅多にないんだからもったいないですよ! 二人とも同じ村に住んでたはずなのに、訓練所ではまるで赤の他人みたいに接してますし」


ベルトルト「……え?」

サシャ「だからせめて、今くらいはゆっくりお話したらどうですかって提案してるんですよ。いくらお互い話すのが苦手だからって、嫌いでもない人をずっと知らんぷりし続けるのって疲れるでしょう? 私もお二人の故郷の話が聞きたいところですからね、気にせずどうぞお話してください」

アニ「……私たちは出身が近かっただけで、同じ村に住んでたわけじゃないって前にも説明したはずだよ。もう忘れたの?」

サシャ「いいえ、忘れてませんよ? 四人で街に出かけた時に教えてくれましたよね、ちゃんと覚えてます」

アニ「そう、じゃああんたが輪をかけて馬鹿になったわけじゃないんだね。安心したよ」

サシャ「はい、そこはご心配なく。――それで結局、アニの家とベルトルトの家ってどれくらい離れてたんですか? できれば教えて欲しいんですけど」

ベルトルト「……サシャ、あのさ」

アニ「教えるも何も、今私が言った通りだよ。それじゃ不満なの?」

サシャ「不満というか……納得できないんですよね。私、二人が別々の村に住んでいたとはどうしても思えないんです。だってアニもベルトルトも、ここの訓練所に来るまでお互いのことを知らなかったんでしょう? その話からして既におかしいですよ」

ベルトルト「おかしいって……何が」

サシャ「一応確認しますけど、ベルトルトが住んでいたのは山奥の村なんですよね? そこは間違いありませんか?」

ベルトルト「いや、それは……間違ってないよ、間違ってないけどさ、」

サシャ「一年以上前の話になりますけど、座学の講義で言ってましたよね。『壁内には完全な自給自足で成り立っている集落は存在しない』って。ベルトルトの故郷が本当に山奥にあったとしたら、近くにあるっていうアニの村とも少なからず交流があったはずです」

アニ「交流があったはずだから、お互いのことを知らないのはおかしいって?」

サシャ「おかしいですよ。性別が違うとはいえ、年が同じなんですから尚更です。直接の交流はなくたって、親戚や近所の人が話題にしないわけがありません。……私たちの時は、難しい時期でしたから」


アニ「……あんたが私とベルトルトの出身を一緒にしたがってるのはわかったよ。けどね、今の話だけじゃ根拠が足りなさ過ぎるんじゃない? そこまで言い切るからには、もっと決定的なことがあるんでしょ」

サシャ「ありますよ。―― 例えば、そこの器」

ベルトルト「……これが何?」

サシャ「言わなきゃわかりませんか? 私には、食べ残した骨の重ね方が全く同じように見えるんですが。……あまり見ない重ね方ですよね、それ」

アニ「……」

ベルトルト「……」

サシャ「前に四人でお菓子を食べに行った時も、食器の持ち方が同じでしたよね。忘れてません、よく覚えてますよ」

アニ「それだけで同じ村に住んでたって決めつけるのは無理やりすぎるね。単なる偶然って可能性も捨てきれない」

サシャ「まあ、それはそうですね。食事の作法なんて、それこそ近くの村なら全く同じってこともありえるでしょうし。――ところでお二人は知ってます? 同じ動物でも、住んでいる地域によって行動に大きな違いが出るんですよ。山一つ離れてたら地形なんてガラッと変わっちゃいますから、当然といえば当然なんですけど」

アニ「持って回ったような言い方は嫌いだよ。はっきり言いな」

サシャ「後ろから見るといろんなことがわかりますよね。……歩き方なんかは、特に」


サシャ「私の村もかなり人里から離れたところにあったんですけどね、はじめて近くの村に下りた時、お父さんに教えてもらったんです。『同じ動物でも生活している場によって行動に大きな差が出る。それは人間でも変わらない』って。獲物を狩る時はよーく相手を観察しておけってしつこく言われました」

アニ「へえ、獲物ね。……なら今も、あんたは私たちのことを観察してるのかな」

サシャ「はい、その通りです。ベルトルトはそろそろ汗を拭いたほうがいいですよ。ハンカチはなくても、体を拭く布くらいは持ってきてますよね?」

ベルトルト「……ある、けど」

アニ「それで、私たちを今日一日後ろから観察して何か成果はあった?」

サシャ「ええ、ありましたよ。お二人とも、歩く時に靴底を地面に擦るクセがありますよね。雪道だとはっきり跡が残るのでよくわかりました」

ベルトルト「……それこそ、僕とアニに限った話じゃないだろ」

サシャ「そうですね、ライナーも同郷ですもんね。仲間はずれにしたらかわいそうです」


サシャ「ちなみにそっくりだったのは足跡だけじゃありませんよ? 防寒着を着ているとはいえ体の動きはわかりますからね、手足の運び方や体重の移動加減も見比べての話です」

アニ「よくそんなに細かく見る余裕があったもんだね。暇だったの?」

サシャ「はい、暇でしたね。でもそちらは歩きなれない山道で大変だったでしょう? 後ろ姿を見ただけでわかりましたよ。しかもいつもより早いペースで歩かされたんですからね、結構疲れが溜まってるんじゃないですか? ウサギ鍋をこんなに綺麗に平らげちゃって、早く横になりたいと思うくらいには」

ベルトルト「……もしかして、今日ここまで順調すぎたのは」

サシャ「感謝してくださいよ? 今回の山岳訓練、公表されてませんが規定時間より早く着くと追加で点数がもらえるらしいんです。……まあ、私もユミルに聞いただけなんですけどね」

アニ「……へえ、驚いた。あんた馬鹿だと思ってたけど、なかなか面白い冗談言うんだね」

サシャ「あはは、ありがとうございます。冗談じゃないんですけどね」

アニ「……」

ベルトルト「……」

サシャ「それで私、お二人に改めて聞きたいことがあるんですが……この期に及んで冗談だってはぐらかそうとするのはどうしてなんでしょうかね?」

サシャ「もしかして――同じ村に住んでいたってことが知られると、何か不都合でもあるんですか?」


サシャ「……空気が変わりましたね。この感じ、よく知ってます。本当にみなさんそっくりなんですね」

アニ「ねえ……あんた、本当にサシャ?」

サシャ「はい、私はサシャ・ブラウス本人ですよ? 見てわかりませんか?」

ベルトルト「君、頭の回転は鈍いほうだと思ってたんだけどな」

サシャ「ああ、それは間違ってませんよ。私は見たままを受け入れて、見たままを話しているだけですから、何も難しいことはしてません。さっきも言いましたけど、考えるのってあまり得意じゃないんですよ」

アニ「……『馬鹿と天才は紙一重』ってよく言ったもんだね」

サシャ「あはは、アニってば面白いこと言いますね。これくらいで天才なら、コニーは貴族の家庭教師になれちゃいますよ。――それで、私の質問には答えてくれないんですか? それとも答えられないんですか?」

アニ「……そんなに知りたい?」

サシャ「はい、知りたいです。だって普通に考えたら、同じ出身だからってそこまで神経質に隠す必要はないでしょう? 今の三人の関係を見る限り、特別仲が悪かったわけでもなさそうですし。第一ベルトルトとライナーは同郷だって周りに明かした上で仲良くしてますからね。それなのに、アニとだけ訓練所で知らんぷりしあうなんてどう考えてもおかしいです。変ですよ」

アニ「むさい男どもと一緒くたにされるのが嫌だったんだよ。周りの人間に騒ぎ立てられるのは好きじゃないからね。……正直、あんたが今やってることも不快かな」

サシャ「そこは本当に申し訳ないと思ってます。ですから、きちんと答えてくれたらもう追求しませんよ。約束します」

アニ「今答えたよ。『むさい男どもと一緒くたにされたくなかったから』」

サシャ「嘘ですね。誤魔化すにしてももう少しマシな理由を考えたらどうですか?」


ベルトルト「……あのさ二人とも、もうその辺に」

アニ「あんたは黙ってな」

サシャ「ベルトルトは黙っててください」

ベルトルト「…………はい」

アニ「あんたは面白半分で藪を突いてるつもりなんだろうけどね。あまり叩きすぎて、蛇やウサギ以外の物が出てきても知らないよ」

サシャ「今日のアニはよく喋りますね」

アニ「忠告してあげてるんだ。……聞き分けな」

サシャ「嫌です。むしろ蛇やウサギ以外のものが出てくるなら、こちらは望むところですよ。危険もなしにおいしいものが手に入るわけありませんから」

アニ「ふぅん……あんたには、あいつがそんなにおいしそうな獲物に見えたわけだ。だったらあいつも災難だね。骨の髄まであんたにしゃぶりつくされそうで、なんだかかわいそうだよ」

サシャ「大丈夫ですよ、残さず全部いただくつもりですから」

アニ「……あんたさ、危険は望むところだって言ったよね。その危険の大きさもちゃんと考えた上でこんな話をしてるわけ?」

サシャ「もちろんですよ。狩人は一つ一つの狩りが直接生活に繋がってくるんですからね、損得勘定ができない人間にはやれない仕事です」

アニ「そう。―― ならこの場合、あんたにとっての危険ってのは何かな」

サシャ「お二人にここで消されることです」


ベルトルト「……」

アニ「……へえ? 随分簡単に言うんだね」

サシャ「簡単ですよ。私は一人、あなたたちは二人です。ベルトルトの腕力には到底敵いませんし、アニの格闘術を私がなんとかできるわけありません。三人しかいない今なら、事故に見せかけて始末することも難しくないはずです」

ベルトルト「始末って……ちょっと待ってよ、なんでそんな話に、」

サシャ「例えばこの後、私が寝てしまってから荷物をまとめてこの場を立ち去ればいいんです。いくら私でも、装備と地図とコンパスがない状態では下山できませんからね。幸いこの洞窟はルートより少し外れたところにありますから、教官に報告する時はもう少し近い位置を指示すると完璧でしょう。悪くない手だと思いません? この方法なら自分の手を汚さずに済みますし」

ベルトルト「……」

アニ「……」

サシャ「別に遠慮しなくていいんですよ? 私のほうがよっぽど二人に酷いことしてますからね、反撃するのはむしろ当然のことです。野生の動物だって追い詰められたら暴れだすものですよ」

アニ「……あんた、自殺願望でもあるわけ?」

サシャ「あるわけないじゃないですか。せめてお腹いっぱい牛肉食べるまでは死にたくありません」

ベルトルト「だったらどうして……そこまで自分を賭けられるんだ」

サシャ「獲物を狩るのに作法が必要ですか? ……卒業試験が終わったらすぐ解散式ですからね、こっちももう余裕がないんです。なりふり構ってられないんですよ」


アニ「なりふり構ってられないなら、あんたの好きな男を締め上げればいい話でしょ? そっちのほうが今の状況より何倍も楽だったんじゃない?」

サシャ「それが駄目なんですよ。これまでも何度か聞こうとしたんですけどね、どうも自分から話してくれる気配が全くないんです。だから同郷のお二人に聞いてみようと思ったんですが、どうやら教えてもらえないみたいですね。残念です」

ベルトルト「……どうしてサシャは、僕たちがその理由を知ってると思ったの?」

サシャ「だってライナーは自分よりも他人の都合を優先して考える人でしょう? 自分一人だけの問題で済むならとっくの昔に話してくれてると思うんですよ。ですからきっと、誰か別な人が関わってるのかなぁって考えまして」

ベルトルト「……それが僕たちだって言いたいのかな」

サシャ「だって他にいます? そんな人」

アニ「さっきから大した自信だね、あんた」


サシャ「目と耳がいいことだけが私の武器ですからね。狩人が自分の武器を信じられなくなったら仕事はできませんよ」

アニ「ならその武器は取り替えたほうがいいね。あんたがさっきから言ってるのは全部見当外れだから」

サシャ「本当にそう思います?」

アニ「……」

ベルトルト「……」

サシャ「お二人よりも付き合いは短いですけどね、わかっちゃうんですよ。もう……ずっと隣にいましたから、ちょっとの変化くらいすぐわかるんです」

サシャ「お二人は気づいていないかもしれませんが……ライナーがそういうちょっとした変化を見せるのは、あなたたち二人と話してる時だけです。ベルトルトもアニもそこは同じです。話すのが苦手って言ってる割に、ライナーとは普通に話してますよね。……ちゃんと、見てましたよ。知ってます」

サシャ「ずっと見てましたから、アニとベルトルトが必要としてるのはわかってるんです。……でも、私もどうしても欲しいんですよ。二人を陥れて、自分が危険な目に遭っても構わないくらいには」

サシャ「だからお願いします。ライナーを、私にください。そのためなら……どんな目に遭ったって、構いません」


ベルトルト「……」

ベルトルト(……どうしよう、この状況)

ベルトルト(もう誤魔化せるような段階じゃない。サシャは僕らが何か知ってるって確信を持った上で、本気で問い詰めにきてる。……だけど、正直に話すわけにもいかない)

ベルトルト(「始末する」なんて選択肢は論外だ。教官の目は欺けても、きっとライナーは気づくに決まってる。気づいた時にどんな行動を取るかは……考えたくないな)

ベルトルト(……いや待てよ? そもそも決定的な何かを知られたわけじゃないんだ。同郷だってことはもう否定しきれないだろうけど、この状況だけはまだなんとかできるかもしれない。僕が……僕らだけで、なんとかできれば――)

アニ「なるほどね。……あんたの言い分はわかった」スクッ

ベルトルト「えっ、アニ……? なんで立ち上がって――」


サシャ「そうですか。それで、教えてくれる気になってくれましたか?」

アニ「いいや違うよ。あんたの大好きなお父さんからは教わらなかった? ――欲しいものがあるなら力尽くで取れってさ」スッ...

ベルトルト「は……? ちょっ、ちょっとアニ、何を、」

サシャ「わかりました。でしたら自力でぶん取ります」スクッ

ベルトルト「なっ……!? 待った待った、待って二人とも! 少し落ち着いて!」グイグイ

アニ「私は落ち着いてるよ。売られた喧嘩を買ってるだけだ」

ベルトルト「喧嘩って……いや、喧嘩する話じゃなかっただろ!? ちょっと待ってよ!! サシャも座ってくれ、お願いだ!」

サシャ「ベルトルトが教えてくれるならいいですよ。私は別に殴りあいたいわけじゃありませんし」

ベルトルト「それは……」


ベルトルト(……駄目だ。ライナーやアニがここまで隠してきたのに、僕が言ってしまうわけにはいかない)

ベルトルト「ごめん。……話せない」

サシャ「それなら邪魔しないでください。私はアニと話し合いますから」

ベルトルト「だから待ってくれ。……アニと話し合う前に、僕の話も聞いてくれないかな」

サシャ「え? ベルトルトの……?」

ベルトルト「さっきは黙れって言われたけど、僕にだって言いたいことはある。……少なくとも、黙ってこの状況を見てるわけにはいかないよ」

サシャ「……わかりました、いいですよ。ベルトルトの話を聞きましょう」ストンッ

ベルトルト「ありがとう。……ほら、アニも座って」

アニ「……」

ベルトルト「頼むよ。―― 二人に怪我でもさせたら、ライナーに何言われるかわかったもんじゃない」

アニ「怪我ね……確かに、荷物の他に怪我人背負えってあんたに言うのも酷だね」

ベルトルト「アニ」

アニ「冗談だよ、ちゃんとやめる。……あんたが言いたいことがあるって言い出すのは珍しいからね。静かにしてるよ」ストンッ

ベルトルト「……うん。取り敢えず、悪いことにはしないから」


ベルトルト「前置きしても仕方がないから簡潔に言うよ。サシャが言う通り、僕とライナーとアニは同じ村で育った。それは本当だ」

アニ「……ちょっと」

ベルトルト「ごめんアニ、ずっと隠してたのに……でも、この場は僕に任せてほしい。お願いだ」

アニ「……いいよ、わかった。続けて」

ベルトルト「ありがとう。……それでね、サシャ。僕やアニがそのことを隠してた詳しい理由は、どうしても君には明かせない。ライナーも、きっと話さないと思う。これからもずっと」

サシャ「……それは、私のことが信用できないからですか」

ベルトルト「そうじゃないよ、そういうことじゃない。……僕たち三人には、やらなきゃいけないことがある。他の何を犠牲にしてでも、やり遂げなきゃいけないことがあるんだ。そのためには、どうしても僕たちが同郷だってことは知られるわけにいかなかった」

サシャ「でも、ベルトルトとライナーは同郷だって周りの人たちに言っちゃってるじゃないですか。アニも一緒だとどうして駄目なんですか?」

ベルトルト「……それも話せない。ごめんね」

サシャ「みなさん、隠しごとが多すぎですよ……」

ベルトルト「そうだね。……自分でも、そう思うよ」

サシャ「そう思うなら直す努力をしましょうよ。……まあ、私も隠しごとしてますから、人のことを言えるわけじゃないですけど」


ベルトルト「……話を戻すよ。君がさっき言った通り、ライナーは自分のための嘘は吐かない人間だ。それでも隠しごとをしているってことは、他に理由があるってことだ」

サシャ「じゃあやっぱり、」

ベルトルト「でもそれは、僕やアニのためじゃない。君のためだよ」

サシャ「……私の?」

ベルトルト「そうだよ。『僕たちが同郷であることを知っていた』だけで、将来君によくないことが起こるかもしれない。……本当はこうやって話してることさえ危ないんだ。ライナーがいたらきっと怒られただろうね。『余計なことを話すな』って」

サシャ「……」

ベルトルト「僕の言ってることが信じられないならそれでもいいよ。でも、ライナーのことは信じてあげてくれないかな。君に信じてもらえてないって知ったら、きっとライナーは傷つくと思うから」

サシャ「……そんな嘘を吐かれても、ちっとも嬉しくないです。私は守られたいんじゃなくて、隣で支えてあげたいんですよ」

ベルトルト「そうだね、その気持ちは僕もわかるよ。でも、それこそ僕たちに言っても仕方がない。ライナー本人に直接言わないとね」

サシャ「……それもそうですね。ベルトルトの言うとおりです」

ベルトルト「とにかく、僕から言えるのはこれだけだ。――これで納得できないなら、僕が二人の間に入って止めるよ。どっちの味方もしない、喧嘩両成敗だ。どうする?」


ベルトルト(……これでなんとか収まってくれるといいんだけど)

サシャ「……」チラッ

アニ「……」チラッ

ベルトルト「……」

サシャ「……ベルトルトにそこまで言われちゃ仕方がありませんね。やめましょう」

アニ「そうだね。……ボロボロになったベルトルトを担いで下りるのは嫌だし」

ベルトルト「えっ? ……い、嫌ってどういう」

サシャ「そうですね、やりたくないです」

ベルトルト「」

サシャ「この場は私の負けでいいです。……アニ、すみませんでした。嫌な思いさせて」

アニ「いいよ別に。……あまり見ない姿も見られたしね」

アニ(ベルトルトだって、やればできるんじゃないか……いつもああやって話せばいいのに)チラッ


ベルトルト「……」ズーン...

アニ(あれ? なんで落ち込んでるの?)

サシャ「ベルトルト? どうしました?」

ベルトルト「そうだよね、僕みたいな奴担いで帰るの嫌だよね、二人とも……」ショボン...

サシャ「はい? ……あっ、いえ、そういうことではなくてですね」オロオロ

アニ「あのさベルトルト、嫌っていうのはほら、あんた重たいし体も大きいからやりたくな……大変だなってだけで、別にそういう意味で言ったんじゃ」アセアセ

ベルトルト「いいよ、無理に元気づけようとしなくてもさぁ……自分が情けない男なのはわかってるしぃ……」イジイジ

アニ「だからごめんってば、悪い意味じゃないから、悪い意味っていうか体格的に無理っていうか」ユサユサ

サシャ「ベルトルトー、すみませんってばぁー」ユサユサ

ベルトルト「黙ってろって言われたもんね、もう黙ってるよ……もういいよ……」ブツブツ...


―― 同刻 とある洞窟

ユミル「ところでライナーさんよ。お前、いつサシャと夜の対人格闘する予定なんだ?」

ライナー「……あのなユミル。お前も女なんだから、そういう話は大声でするな。やめろ」

ユミル「こんな時まで紳士にならなくていいっての。どうせベルトルさんとは普通にそういう話してんだろ?」

ライナー「隣で寝てるクリスタのことはいいのか? 生々しい話は聞かせたくないんだろ?」

ユミル「生々しいことあったのか?」

ライナー「いや…………それはないが」

ユミル「半年以上ダラダラ過ごしてまだないのかよ……それで? 結局お前らどうすんだ? 告白だのなんだのはしないのか?」

ライナー「……少なくとも、俺から言うつもりはない」

ユミル「ふうん。それじゃ、あっちから言ってきたらどうするつもりだ?」

ライナー「……それは」

ユミル「ああ、勘違いするなよ? 別に私はお前らに『付き合え』って言ってるわけじゃないんだ。お前が今の関係のままでいたいってんならそれもアリだろ。無理強いはしねえよ」

ライナー「……」

ユミル「……? なんだよ、私の顔に何かついてるか?」


ライナー「前々から気にはなっていたんだがな。……お前のそれはどういう風のふき回しだ? ユミル」

ユミル「なんだなんだ、急に改まって。告白する相手なら間違ってんぞ? 私にはクリスタがいるからな、お前の気持ちには答えられん」

ライナー「それだ。以前のお前は、クリスタと自分以外の人間なんかどうでもいいように振る舞っていたはずだよな。……いや、それは今でもそうか。お前が本気を出すのはクリスタが絡んでいる時だけだ。違うか?」

ユミル「それがどうかしたか?」

ライナー「妙な話だよな。そんなお前がどうしてそこまで俺たちのことに口出しをする? 無償で誰かに協力するほど、お前は献身的な人間じゃなかったはずだ」

ユミル「乙女に向かってひでえ言い様だな。傷つくぞ」

ライナー「これでも人を見る目はあるつもりだ。……思えば最初からそうだったな。普通に考えれば男子を女子寮に手引きなんかしないだろ。第一あそこはクリスタの部屋でもあるんだぞ。そんな場所に気軽に男を入れるか?」

ユミル「まあ、普通に考えたら入れないだろうな。お前以外の男だったら締め出してたよ」

ライナー「……お前、いったい何を考えている?」

ユミル「何言ってんだ。答えはもう出てるだろ? ……私は最初から最後までこいつのことしか考えてねえよ」ポン


―― 回想 春 兵舎の食堂

ベルトルト『――で、ここがこうなるから、答えは1になるんだ』カキカキ...

ユミル『ほー……なるほどなぁ。お前って案外教えるの上手いんだな、ベルトルト』

ベルトルト『……どうも』

ユミル『……』

ベルトルト『……』

ユミル『終わりかよ』

ベルトルト『え? ……ああ、ごめん』

ユミル『……ったく、お前って本当に無口だよな。人と話をしようって気がないのか?』

ベルトルト『いや、ないわけじゃないけど……まあ、一歩退いちゃうところがあるのは自覚してるよ』

ユミル『ふーん……一歩退く、ねぇ』

ベルトルト『君には違うように見える?』

ユミル『そうだな。――私には、何か秘密を隠していて、それを喋ってしまわないように自制しているように見える』

ベルトルト『……』

ユミル『この訓練兵団はスネに傷持った奴らがかなり多いが……お前とお前のお友だちの隠しごとは、その比じゃないみたいだよなぁ? ベルトルト』


ユミル『他人の秘密は放っとくのがいいんだろうが……私の身の周りに関わることならそうはいかない。迫ることがわかってる危険は事前に排除しないとな』

ベルトルト『……危険人物はどう見ても君だろ』

ユミル『はは、言ってくれるね。こんなかわいい女の子捕まえてさ』

ベルトルト『……』

ユミル『冗談は置いといてだな。――この二年間で、表に見える脅威は私があらかた叩き潰した。見えない脅威もある程度探りはついてる。だが……その見えない脅威の中でも、お前らは異質だ。一番得体がしれない』

ユミル『特にお前のお友だちは不気味だな。実直だし人当たりがいいんでみんな騙されがちだが、何やら大事なところには指一本触れさせねえときてる。……まだ他人と距離置いてるお前のほうがわかりやすいよ。そこまで突き放されたら何かあるんだろうなってこっちも思うもんな』

ベルトルト『……ライナーは、違うよ。少なくとも君の脅威にはならない』

ユミル『とぼけるな。――あいつがクリスタを見て鼻の下伸ばしてるの、私は何度か見たんだよ』

ベルトルト『……待って、クリスタは君の一部なの?』

ユミル『はぁ? 今更何言ってんだ、当たり前だろ?』

ベルトルト『……それなら大丈夫だよ。少なくとも、君が心配してる事態にはならないと思うから』

ユミル『どーだかなぁ。――信用ができないのはお前も一緒だからな、何の保証にもなりゃしねえ』

ベルトルト『……』


ユミル『……そうだベルトルト。いっちょ賭けでもしないか?』

ベルトルト『賭け? ……賭けって、チェスでもやるの?』

ユミル『違ぇよ。――あの芋女がライナーを落とせるかどうかを賭けるんだ』

ベルトルト『……は? 落とすって、どういう――』

ユミル『落とすっつったら1つしかねえだろ。――私が勝ったら、お前は秘密を話すこと。お前が勝ったら、私は私の秘密を話してもいい』

ベルトルト『君の秘密なんか知っても、僕には何の得にもならないんだけど……』

ユミル『有益であることは約束するよ。……そもそも情報ってのは、扱う奴次第で金にも泥にも化けるからな。お前が私の持っている情報を泥としてしか扱えなかったら、お前がそこまでの奴だったってだけだ』

ベルトルト『……その情報が、金なのか泥なのかは置いておこうか。僕には、君のほうが分の悪い賭けに聞こえるよ』

ユミル『心配してくれるのかい? 嬉しいねえ……お前、賭け事はあまりしたことないな?』

ベルトルト『僕は君みたいにスレてないからね』

ユミル『ははっ、真面目ちゃんめ。――あのな。賭け事ってのは、傍目に見て明らかに負けそうな奴が勝っちまうから面白いんだよ。そして私は、負ける賭けをしない』

ベルトルト『……変なあだ名で呼ぶ割には、サシャのことを随分買ってるね』

ユミル『まぁな。――あいつもお前と一緒で、私たちとは一線引いてる感じはするけどよ。根性だけは人一倍だ。死ぬ寸前までくそまじめに走る馬鹿正直だ』

ユミル『そんでもって――あいつは、やるときゃやる女なんだよ』


ベルトルト『……僕には、あの子がそんなすごい子には見えないけどな。度胸はあると思うけど』

ユミル『芋女だしな。……そうだ、お前のこともあだ名で呼んでやろうか? 賭けのことを忘れないようにさ』

ベルトルト『いらないよ。そもそも、僕は賭けに乗るとは言ってない。それに、ライナーやサシャが君のおもちゃにされてるみたいでかわいそうだよ』

ユミル『安心しろ、今日何もなかったら諦めるさ。そこまで無理強いはしねえし、今の賭けもなかったことにしていい。――その代わり、今日あいつらに何かあったら、私は何がなんでも二人をくっつける』

ベルトルト『……やっぱりおもちゃじゃないか』

ユミル『じゃあお前らが隠してること教えてくれるのか?』

ベルトルト『……』

ユミル『ベルトルト……いや、ベルトルさんはお友だちと同じで真面目ちゃんだもんなぁ。こういうことは気が引けるか』

ベルトルト『……その呼び方、やめてくれないかな』

ユミル『いいや、やめないね。――私がお前のことをあだ名で呼ぶ度に、賭けのことを思い出せ。忘れるなよ?』


―― 深夜 とある洞窟

アニ「ベルトルト、起きて。……交代」ユサユサ

ベルトルト「んん……? もう時間……?」モゾモゾ

アニ「暴れてた上にうなされてたけど、変な夢でも見た?」

ベルトルト「夢は見たけど、暴れてるのはいつものことだから……寝相悪くてさ、僕」

アニ「自覚してるなら治せば――って、できるわけないか。寝てるんだし」

ベルトルト「治せるものなら治したいんだけどね。……さてと」チラッ



サシャ「zzz...」スピー



アニ「……ったく、呑気にアホ面晒してよく寝れるよね。やっぱりどこかおかしいんじゃないの、この子」プニプニ

サシャ「んぅ……んー…………」モゾモゾ

ベルトルト「ダメだって、アニ。サシャが起きちゃうよ」

アニ「あれだけ大見得切っといて普通に寝てる奴が悪い」プニプニ

ベルトルト「……さっきは、勝手に話してごめん」


アニ「終わったことだしもういいよ。……今から思えば、下手に誤魔化すよりはさっさと認めちゃったほうがよかったのかもしれないね。そのほうが余計なことまで話さず済んだかもしれないし、殴り合いなんて発想も出なかっただろうから」

ベルトルト「二人とも、僕のことを無視してはじめようとするんだもんな……なんていうか、肝が冷えたよ」

アニ「……迷惑かけたね」

ベルトルト「いや、大したことにならなくてよかったよ。二人にもしものことがあったら、ライナーにいったい何されるか……」プルッ...

アニ「投げられずに済んだね」クスクス

ベルトルト「笑いごとじゃないってば。……こっちは生きた心地がしなかったよ」ハァ

アニ「それにしても、世の中って上手くバランスが取れてるものなんだね。サシャがまともになった代わりに、すっかりあいつは馬鹿になっちゃったんだから」

ベルトルト「……取り敢えず、明日会ったら一発殴ろう。ライナーを」

アニ「賛成。私も呼んでね。……って、話してる場合じゃないね。もう寝るよ」

ベルトルト「うん、おやすみアニ。……せめて、いい夢見てね」

アニ「……ん。おやすみ」モゾモゾ

ベルトルト「……」

ベルトルト(そういえば、久しぶりにアニが笑った顔見たな……睡眠時間も中途半端だし、疲れて気が緩んでたのかもしれない)

ベルトルト(昨日のペースならなんとかなりそうだよな……うん。今日の出発は、少し遅らせよう)


―― 昼過ぎ 営庭

ユミル「やぁーっと着いたぁー……あー、もう無理死ぬ」グデーン

クリスタ「ユミル、こんなところで座り込んじゃ駄目だってば! みんなの邪魔になっちゃうよ!」グイッ

ミーナ「荷物計量しないと成績になんないよ、ユミル。ほら起きてー」グイグイ



アルミン「おかえり、ライナー。……大変だったみたいだね」

ライナー「主にユミルがな。半分持つって言ったんだが、あいつがどうしても聞かなくてな。しかも時間の加点も欲しいってわがままを言い出すもんだから、大幅に予定が狂っちまって……」ブツブツ...

アルミン「あはは、リーダーは気を配らないといけないから大変だよね。エレンも帰ってきてすぐはグッタリしてたよ」

ライナー「慣れない班長で大変だっただろうな、エレンは。――ところで、あいつらはもう戻ってるか?」ヒソヒソ

アルミン「誰のこと?」ニッコリ

ライナー「……………………………………ベルトルトたちだ」

アルミン「えっと、ちょっと待って……いや、まだ来てないみたいだよ」ペラッ

ライナー「そうか……まだ帰ってきてないのか」シュン

アルミン「上位はベルトルトたち以外全員帰ってきてるんだけどね。おかしいなぁ……あの三人なら、もうとっくに着いててもおかしくないはずなのに」


―― 同刻 山中 とある山道

サシャ「なんでベルトルトまで一緒になって寝ちゃうんですかぁっ! 火も消えちゃってましたし、危うく凍死するところでしたよ!?」ザクザクザクザク

ベルトルト「だからそれについては謝ったじゃないか! 何度も蒸し返さないでよ!!」ザクザクザクザク

アニ「口じゃなくて足動かしなよ二人とも。……サシャ、時間には間に合いそう?」ザクザクザクザク

サシャ「このペースで飛ばせばなんとか……最悪、滑り降りていけば」

アニ「滑る? 滑るってどうやって――」

サシャ「ソリで」

ベルトルト「そんな便利なもの持ってないよ!」

サシャ「大丈夫です、平らな板でも代用できますから!」グッ

アニ「平らな板ね、平らな……ってことは、立体機動装置の替刃でも?」

ベルトルト「!? だ、駄目! 絶対駄目!! 怪我したらどうするんだ!」ブンブン

サシャ「それならお尻で滑っていくとかどうですか? 速度は落ちますけど形にはなりますよ」

アニ「成績上位三人が雪山から尻で滑り降りていくとかシュールすぎるね。却下」

サシャ「じゃあ急ぐしかないですね、頑張りましょう!」


―― 夕方 営庭

ミーナ「残りあと5つかー……待ってるだけってのも暇だねぇ」

アルミン「さっきは忙しくて目が回るくらいだったのにね。こんなに待たされるなら、本でも持ってきたらよかったよ」

ミーナ「まあ……その点は大丈夫じゃない? 暇潰しになりそうなものがここから見えるし」チラッ

アルミン「ああ……まあ、確かにね。見えるよね」チラッ



ライナー「……」ウロウロ



アルミン「……」

ミーナ「……」

アルミン(怖い……怖いよライナー! 荷物置いて真っ先にここに来ただろ! せめてお風呂くらい入ってきなよ! 報告書書いてからここに来なよ! ご飯食べてからここにおいでよ!!)

ミーナ(待ってるのはベルトルトたちだよね……? 計量してる最中に飛びかかってこられたらどうしよう……)ビクビク

アルミン(疲れが抜けきってなくていい感じに虚ろな目なのが尚更怖いよ! 辺りも暗くなってきたから軽くホラーだよ! 怖い話は好きだけど今の君はなんか……なんか駄目だ! 駄目な気がする!)

ミーナ(ライナーには悪いけど、誰か追い払ってくれないかな……あ、あそこから来るのは――)


ユミル「よおアルミン、ミーナ。やってるかー? 教官から茶の差し入れ持ってきたぞー」スタスタ...

アルミン「ああ、うん……ありがとう」チラチラ

ミーナ「わぁい、嬉しいなー……」チラチラ

ユミル(……ん? なんだ、あっちのほうに何か――)チラッ



ライナー「……」ウロウロ



ユミル(……何してんだあいつは)

ユミル「おいライナー! 鬱陶しいから部屋戻れよ、ウロウロすんな」

アルミン(! さすがユミル! 僕たちにできないことを平然とやってのける!)グッ

ミーナ(ありがとうユミル! 後で夕食のパンあげるから!)グッ

ライナー「ん? ああ、ユミルか……エレンが部屋で疲れて寝ていたからな。邪魔しちゃあいつに悪いだろ?」

ユミル「現在進行形でアルミンとミーナの邪魔してんだよ。部屋が駄目なら食堂行け食堂」

ライナー「食堂に行ったらいつ帰ってきたのかわからん。却下だ」


ユミル「お前は一分一秒単位で行動を把握しないと気が済まないのか? あいつらのことだからそのうち帰ってくんだろ。とっとと風呂入って飯食って報告書書いて寝ろよ。起きたら着いてるはずだから」

ライナー「……いや駄目だ! この目できちんと確認しない限り、気になって寝られん!」ブンブン

ユミル「うわぁ、意外と面倒っちいなお前……けどよ、せめて風呂には入ってこいよ。汗臭えぞ」

ライナー「……確かに身だしなみは大事だな。わかった、風呂に入ってくる」スタスタ...



アルミン「……」

ミーナ「……」

ユミル「――とまあ、ざっとこんなもんよ」ニッ

アルミン「ユミルさま……!」キラキラキラキラ...

ミーナ「ユミルさま、素敵……!」キラキラキラキラ...

ユミル「はっはっはー! もっと私を褒め称えろー!」エッヘン


―― しばらく後 食堂近くの廊下

コニー「……」ウロウロ

ジャン「おい、廊下で何してんだコニー。まだメシ食ってねえのか?」

コニー「いや、メシはもう食った。今は茶を入れに来たんだ」

ジャン「報告書書きながら飲むつもりか? またこぼしても手伝わねえぞ俺は」

コニー「んな何回も同じことしねえよ、大丈夫だ。……それよりさ、あれ」

ジャン「ん? なんだよ、中に誰か――」ヒョコッ



ライナー「……」ウロウロ



ジャン「……」

コニー「なんかさ……不気味で入りたくねえんだよな。おかしいよな、ただのライナーのはずなのに」

ジャン「いや……お前の判断は正しい。ここは引き返すのが正解だ。帰るぞコニー」

コニー「でも、俺のお茶……」シュン

ジャン「水でも飲んどけ。それくらい我慢しろ」スタスタ...


―― 更にしばらく後 営庭

アルミン「おかえり、三人とも。随分遅かったんだね」

アニ「……色々あってね」

ベルトルト「疲れた……早く汗拭きたい……」

サシャ「お腹が空きましたぁ……」

ミーナ「時間での加点はなしっと……それじゃ、それぞれ計量するねー。サシャとアニはこっち来て」スタスタ...



ベルトルト「もう日が暮れちゃったね。僕らの班で最後?」

アルミン「ううん、まだ2つ残ってるよ。でも、ひとまず僕たちの仕事はこれで終わりかな……あとは教官に引き継ぐことになると思う」

ベルトルト「昼からずっとだったんだろ? 疲れたんじゃないか?」

アルミン「みんなに比べたらそうでもないよ、大丈夫。……そういえば、ライナーが三人のこと待ってたよ」

ベルトルト「はい? 何のために?」

アルミン「いや、それは流石に僕にもわからないけど……って、あれ? ベルトルトの荷物軽すぎない? 荷物抜いてないよね?」

ベルトルト「? ううん、そのままだけど――」


ミーナ「おっ、重っ!? 何これ、こんなの背負ってここまで来たの!?」ズシッ

サシャ「そんなに重たいですか? 自分じゃよくわかりませんけど」

ミーナ「これならたぶん、ユミルと同じ量じゃないかな……ほらやっぱり! しかもユミルよりちょっと多い!」

サシャ「ユミルも同じくらい背負ってきたんですか?」

ミーナ「そうだよー、でもサシャのほうが多いから記録更新だね、おめでとう!」カキカキ...



ベルトルト「……」

アルミン「ああ……そういうことか。サシャに荷物譲ったんだね、君たち」

ベルトルト「……アルミン。ところで今回の追加物資の中身って何?」

アルミン「え? そうだね、班によって違うけど……ガスボンベが一番多かったかな。後は水とか食料とか……麻縄で編んだ網とかもあったな。ミカサたちの班が持ってたよ」

ベルトルト「……なるほどね。やられたよ」


―― とある廊下

サシャ「いやー、時間の加点がもらえなかったのは残念でしたね。こういうのって骨の……骨のなんて言うんでしたっけ? お二人はわかります?」スタスタ...

ベルトルト「……」

アニ「……」

サシャ「やだなぁ、そんな怖い顔で睨まないでくださいよ。だからあの時言ったじゃないですか、『私のほうがよっぽどあなたたちに酷いことしてる』って」

アニ「……最初から、私たちのこと騙してたんだね」

サシャ「そうですよ? でもあの時、アニもベルトルトも私の荷物を確認しようとすらしませんでしたよね。舐められてるってのが丸わかりだったので、こちらも騙しやすかったです」

ベルトルト「……ライナーは、こういう手は好きじゃないよ」

サシャ「そうですね、真面目な人ですしきっと怒ると思います。ですから本人には言わないでいただけると、こちらとしても嬉しいです。私もベルトルトやアニが訓練中に話したことは言いませんので」

ベルトルト「……もし言ったら」

サシャ「さあ? ……どうなるんでしょうね」

アニ「……」

ベルトルト「……」

サシャ「私が本気だってこと、わかってもらえました?」


アニ「……わかったよ。これ以上、私はあんたたちのことには口出ししない。ライナーに今回のことは言わないし、あんたの邪魔も基本的にはしないよ。そんなに欲しいならあいつはあげるから、後はあんたの好きにしな」

サシャ「いいんですか?」

アニ「ただ、あいつが素直にもらわれてくれるとは限らないけどね。見ての通り頑固だし」

サシャ「いえ、私はそういうところも含めて好きなのでいいですよ。後は自分でなんとかしますから」

アニ「ベルトルトもそれでいい? 何か言いたいことはある?」

ベルトルト「ううん、僕もアニの判断に従うよ。文句はない。……ただ」

アニ「ただ?」

ベルトルト「あのさ、アニもサシャも勘違いしてるみたいだから言っとくけど……ライナーは物じゃないし、二人の所有物でもないよ? ちゃんとわかってる?」

サシャ「はい? 何言ってるんですかベルトルトったら」

アニ「いくら私たちでもそれくらい知ってるよ」

ベルトルト「……うん、それならいいんだ」

ベルトルト(知っててこのやり取りなのか……アニやサシャといいユミルといい、どうしてこうやって物扱いするんだろう……)


―― しばらく後 食堂

ベルトルト「……」

アニ「……」

ベルトルト(部屋に戻って荷物を置いて、エレンと少し話をして……)

アニ(お風呂入って着替えて、「食堂で待ってる」って聞いたから、何か一言言ってやろうと思って来たのに……)



ライナー「zzz...」グオー



ベルトルト「……寝てるね」

アニ「人の気も知らないで呑気だね。……ああもう、腹立ってきた」イライラ

ベルトルト「奇遇だね、僕もだ。……そうだよ、大体ライナーがさっさと決着つけとけば、今回こんな大変な目に遭わずにすんだのに」ムカムカ

アニ「ねえ、ちょっとその辺に何かない? 嫌がらせグッズみたいなの都合よく落ちてない?」ウロウロ

ベルトルト「いや、流石に食堂にはないみたいだ。手持ちの物でケリつけるしかないね」チッ

アニ「私は墨でお絵かきしよ」カキカキ

ベルトルト「僕は……そうだな、鼻穴に花束を詰めよう」ポン


クリスタ「へえ……ウサギ鍋かぁ。珍しいもの食べたんだね、サシャの班は」

サシャ「機会があったらクリスタにもご馳走しますよ! 狩りは手伝ってもらいますけど」

クリスタ「狩りか……私にもできるかな?」

サシャ「大丈夫ですよ! ウサギ狩りは比較的簡単ですからね、少なくとも魚のワタ抜きよりは――って、あれ?」



ライナー「zzz...」

アニ「……」カキカキ

ベルトルト「……」プスプス



クリスタ「……」

サシャ「……」

クリスタ「えっと……アニ? ベルトルト? 何してるの?」

アニ「アホ面を眺めてるんだよ。……よし、こっちの頬には食べちゃったうさちゃん描こ」カキカキ...

サシャ「眺めてるっていうか思いっきりイタズラ中っていうか」

ベルトルト「クリスタとサシャもやろうよ。まだ右鼻が空いてるよ」プスプス


クリスタ「えっ……えっ? やろうよって……駄目だよ、そんなことしたら後でライナーに怒られるよ?」

アニ「こんなところで寝てる奴が悪い」

ベルトルト「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。……ね、サシャ?」

サシャ「……ノーコメントで」プイ

クリスタ「サシャもこんなことしてたの!?」

サシャ「え、えーっと……いえ、私はバレなきゃいいって話に乗っかっただけで、別にこういうことは……」モゴモゴ

アニ「ところでクリスタは何の用? あんたも夕食まだ食べてないの?」

クリスタ「ううん、私はこれを持ってきたの。……はい、二人とも」ピラッ

ベルトルト「なるほど、紙か……紙で花束を作れってことだね。お安いご用だ」

クリスタ「違うよ!? ええっとね、アルミンが渡し忘れたって言ってたから持ってきたの。今回の山岳訓練の報告書だって。明後日までに教官に提出しないと点数がつかないみたいだからちゃんと出してね? ライナーの鼻に突っ込んじゃ駄目だよ?」

アニ「それはちょっと保証できないね。……額にはニンジンでいいかな。天国でお食べ」カキカキ...

クリスタ「天国って何?」キョトン


―― しばらく後 夜 食堂

サシャ「……」カリカリ...

サシャ「……よしっ、報告書できましたー!」ピラッ

サシャ(後は明日教官に提出したら終わりですね。……さて)チラッ



ライナー「zzz...」デローン...



サシャ「…………………………」

サシャ(アニに墨のお化粧を施され、ベルトルトに雑草を突っ込まれて……後からやってきたコニーが口にパンを突っ込んだのに、それでも起きないなんて……)

サシャ(やっぱり途中で起こしたほうがよかったんでしょうか……? でも、正直あの二人には負い目があったので何も言えなかったんですよね)ウーン...

サシャ(クリスタたちも大変だったって聞きましたし……気を張って疲れたんですかね)

サシャ(……まあ、取り敢えず)

サシャ「今日もお疲れ様でした。……頑張りましたね」ナデナデ


サシャ(というか、私の上着じゃ丈が足りないですねー。ベルトルトに頼んで毛布か何か持ってきてもらったほうが……いえ、今日のベルトルトなら麻縄の布団とか持ってきちゃいそうですね、やめといたほうが――)ブンブン

ライナー「さ、しゃ……」

サシャ「……!」ピクッ

ライナー「……」

サシャ「……」ドキドキ

ライナー「それは……食うもんじゃ、ない、ぞ……」ムニャムニャ

サシャ「……」

ライナー「……zzz」グオー

サシャ「……」

サシャ(……いえ、別に何か期待してたわけじゃないですけどぉ……でももうちょっとこう、なんて言うかぁ……)イジイジ


ライナー「……ふが?」パチッ

サシャ「あっ、起きました? ――おはようございます。もうこんばんはの時間ですけど」

ライナー「……」ボンヤリ

サシャ「……」

ライナー「……ふがふが」モゴモゴ

サシャ「口の中のパン食べちゃってから話したほうがいいですよ。あとそれ半分ください」クイクイ

ライナー「……やらん」ムシャムシャ

サシャ「じゃあ、一口! 一口だけ!」アーン

ライナー「やらんといったらやらん」モグモグ

サシャ「……」プクーッ...

ライナー「……ちょっとだけな」ブチッ

サシャ「やったー!」ワーイ


ライナー「……」モグモグ

サシャ「パンおいしいですね! やっぱり携帯食料なんかよりこっちのほうが断然いいです!」モグモグ ニマニマ

ライナー「……お前、いつの間に帰ってきた」

サシャ「はい? ええっとー……大体二時間くらい前ですかね。細かい時間はわかりませんけど」

ライナー「アニとベルトルトは? 一緒じゃないのか?」

サシャ「二人とも、もうとっくの昔に部屋に戻りました。……あの、パン食べ終わったら顔洗ってきたほうがいいですよ? 顔が……顔が、すごいことになってますから」

ライナー「そうだな……よし、ちょっと洗ってくるか」スタスタ...

サシャ「……」

サシャ(あれー……? 普通にパン食べてましたけど、鼻穴に違和感とかなかったんでしょうかね……? それとも寝ぼけてたんでしょうか――)



                                \ナンジャコリャー!!/



サシャ「あー……ですよねー……」


ライナー「おいサシャ、こりゃいったい何の真似だ! 人が寝てる間にとんでもないことしてくれたな!?」バーン!!

サシャ「えっ……ええっ!? いえいえ、やったのは私じゃありませんよ!? 私が来た時にはもう手の施しようがなかったんです!」ブンブン

ライナー「じゃあせめて花束くらい引っこ抜くとかっ……っは、は、ぶえっくしょいっ!!」プルッ

サシャ「わぁ。大きなくしゃみ」

ライナー「……っあー、鼻ん中がムズムズする……」グスグス

サシャ「鼻かみます? どうぞ」スッ

ライナー「……すまん」チーンッ

サシャ「どういたしまして。……さっき普通にパン食べてましたけど、起きてすぐ気づかなかったんですか?」

ライナー「何か変だとは思ってたんだがな……普通、起きたら鼻穴に花束が詰められてるとは思わんだろ」グスグス

サシャ「そう考えたら、『寝てる間に誰かがパンを突っ込んでくれる』ってのは素敵なシチュエーションですよね。……羨ましいです」ギリッ...

ライナー「何故俺を睨む」

サシャ「だって寝てる間にパンがもれなくもらえるんですよ!? 落書きは洗えば消えますし、鼻穴のオプションにさえ目を瞑れば楽に食料確保できるチャンスじゃないですか!!」

ライナー「……お前は気楽でいいな」


ライナー「それにしても、落書きとパンはともかく花束ってのはな……誰がこんなことしたんだ? コニーか?」

サシャ「いえ、コニーはパンのほうですよ。花束は違う人です」

ライナー「見てたなら止めろよ」

サシャ「それは……その、できればそうしたかったんですけどね、コニーからは袖の下をもらっちゃいまして」エヘヘ

ライナー「お前は食べ物与えたら簡単に寝返りそうだよな。巨人が食べ物ちらつかせたらついて行くんじゃないか?」

サシャ「あはははは……まっさかぁ」ピーヒョロロ

ライナー「……だよな。その辺りの分別はあるか」

サシャ「そうですよ! 食べ物出されたくらいなら、いくら私でもそう簡単に寝返りませんって! 安心してください!」エッヘン

ライナー「ああ。……そうだな。安心した」


サシャ「さて、ライナーも起きましたし、私も部屋に帰りましょうかね……んんーっ!」セノビー

ライナー「なんだ、俺が起きるの待ってたのか?」

サシャ「だって目が覚めた時誰も側にいなかったら寂しいじゃないですか。気持ちよく寝てたので起こすのもどうかと思いましたし」

ライナー「そうか……それなら悪いことしたな。今まで暇だっただろ?」

サシャ「いえ、待ってる間はうまい具合に報告書で潰せましたしね。別にそれはいいんですけど――んぅっ……うう、肩が重いです。やりすぎました」グルングルン

ライナー「そんなに凝ってるなら揉んでやろうか?」

サシャ「…………」パチクリ

ライナー「あっ……いや、別に変な意味じゃないぞ!? 肩のことだ肩!!」バシバシ

サシャ「いえ、それはわかりますけど……できるんですか? 肩揉み」

ライナー「肩揉みくらいできるっ!!」クワッ!!

サシャ「え、ええ……? じゃあ、そこまで言うならやってもらっちゃいましょうかね。このまま寝るのも嫌ですし……お願いできますか?」

ライナー「……おう」ガタッ


ライナー「後ろに立つぞ」スタスタ...

サシャ「はい、お願いしますね」チョコン

ライナー「……」

ライナー(こうして改めて見ると肩が細いな……俺の握力で掴んで大丈夫なのか? 骨が折れたりしないよな?)ジーッ...

サシャ「……? あのぅ、まだですか? 早くしないと消灯時間になっちゃいますけど」

ライナー「そうだな……よし。肩に手を乗せるぞ」ポン

サシャ「実況しなくても大丈夫ですよ」

ライナー「……それもそうだな」

ライナー(しかし、加減がわからんな……最初は弱いほうがいいのか? でも弱いってどれくらいなんだ? 細い枝を折るくらいか?)

サシャ「ライナー? まーだでーすかー?」ユラユラ

ライナー「こら、動くな。……痛かったらすぐ言えよ。骨が折れる前にな」

サシャ「折る気なんですか!?」


ライナー「……」モミモミ

サシャ「……」

ライナー(無反応……ってことは、このままでいいってことか。なんだ、心配することなかったな)

サシャ「……ふふっ」

ライナー「!? どうしたどこか折れたか!?」

サシャ「やっ、ちが……っくす、くすぐった……ふふっ、くすぐったいですってばぁっ」ジタバタ

ライナー「はぁ? くすぐったいって……おいこら、動くなよ!」グイグイ

サシャ「じゃあちゃんと力入れてくださいよ! 中途半端にやられても、こっちは全然気持ちよくならな――」

ライナー「こうか?」メキッ

サシャ「いたぁっ!?」ビクッ!!

ライナー「!? す、すまん!! 大丈夫か!? 傷めてないよな!?」オロオロ

サシャ「たぶん……ううっ、ライナーってば下手っぴじゃないですかぁ……」サスサス

ライナー「おかしいな、力加減には自信があったんだが……」ウーン...


サシャ「そもそも、肩揉みはそんなに握力使う必要ないですよ。……本当はできないんじゃないですか?」ジトッ...

ライナー「いや、前にベルトルトにやった時は何も言われなかったぞ? むしろ気持ちいいって言われたんだがな」

サシャ「じゃあその時と同じ要領で……やられたら、本当に肩が折れそうですね。肩揉みはもういいです」

ライナー「すまんな。……俺はどうやら、肩揉みには向いていないらしい」ズーン...

サシャ「いいですよ、それくらい。……でもその代わり、他のことしてもらってもいいですか?」

ライナー「熊狩ってこいって言われても無理だぞ」

サシャ「なんでこの流れで熊が出てくるんですか、違いますよ。……前にアルミンに教えてもらったんですけど、ライナーは手当ての語源って知ってますか?」

ライナー「? いや、知らん」

サシャ「『手のひら療法』って言うんですけどね、昔の人は病気や怪我をすると、痛いところに手を当てて痛みを和らげてたらしいんです」

ライナー「ほう、なるほどな……ということは、こんな感じか?」ポン


ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー(……なんだこれ)

ライナー「これは……効果があるのか? 両肩に手を置いただけなんだが」

サシャ「やー、結構気持ちいいですよー……? ライナーの手、あったかいのでー……」コテン

ライナー「おい、肩と顔で手を挟むな。動かせんぞ」

サシャ「いいんですー、これでー」ホッコリ

ライナー「これでいいって……顔に骨が刺さって痛いだろ」

サシャ「ライナーはわかってませんねー、このゴツゴツがいいんですよー?」スリスリ

ライナー「」ビクッ

サシャ「ああ、最初っからこうしてもらえばよかったですねぇ、こっちのほうが何倍も――」

ライナー「……」スッ

サシャ「……あれ? なんでやめちゃうんですか?」

ライナー「もう充分だろ、終わりだ終わり。……猫や犬じゃあるまいし、変なことするな」

サシャ「ちぇっ、気持ちよかったのにぃ……」ブーブー


ライナー「気が済んだならそろそろ戻れ、今日は疲れただろ? 報告書も終わったんだし、ゆっくり休めよ」

サシャ「気は済んでません」

ライナー「あと何が足りないってんだ」

サシャ「やられっぱなしってのは気がすまないんです。ですから今度は私がライナーに肩揉みしてあげます!」スクッ

ライナー「あぁ? いや、俺は別に肩は凝ってな――」

サシャ「ほらほら、ここに座ってください! 私得意だったんですよ、お父さんの肩揉むの!」ベチベチ

ライナー(……聞いてないな)

ライナー「わかった、お前の望み通り揉まれてやる。その代わり終わったら帰れよ? 寮まで送ってくから」ハァ

サシャ「はい、ちゃんと帰りますよ。手早く終わらせますから、ちょっとの間おとなしくしててくださいねー?」

ライナー(……そういや、誰かに肩揉まれるのははじめてじゃないか? 故郷にいた頃はまだガキだったし、兵団に入ってからもそんな機会ないしな。ベルトルトにやってもらったことも……ないな、そういえば)

ライナー「……」


サシャ「さーて、まずは――」

ライナー「……」セスジピーン

サシャ「……ちょっと。力抜いてくださいよ。肩揉みできないじゃないですか」

ライナー「何言ってんだ、ちゃんと抜いてるぞ?」

サシャ「……」

ライナー「……」

サシャ「……うりゃー!」コチョコチョ

ライナー「ばっ……やめっ、ははっ、サシャやめろって!」ジタバタ

サシャ「ほーら、肩ふにゃふにゃになったじゃないですか! やっぱり力入ってたんですよ! うそつきー!」コチョコチョ

ライナー「わかったわかった、俺が悪かったからっ、わ、脇はやめろ!」ジタバタ

サシャ「むぅっ……謝られちゃ仕方がありませんね、許してあげましょう」ムフー

ライナー「……やるなら早くしろ」ムスッ

サシャ「はいはい、わかりましたよーっと」モミモミ


ライナー「おっ……おお、意外とうまいな」

サシャ「でしょう? なんなら今度ライナーに教えてあげてもいいですよ?」モミモミ

ライナー「そりゃ嬉しいが……この位置じゃ手つきが見えないだろう。どうするつもりだ?」

サシャ「そうですねぇ……たぶん、誰か他の人を呼ぶってことになるでしょうね。そのほうがわかりやすいですし」

ライナー「……お前が他の誰かの肩を揉むのか?」

サシャ「はい、そういうことになりますね。見せなきゃならないんですから」

ライナー「……」

サシャ「誰がいいですかね……やっぱり同じ男の人のほうがいいですか? となると、体格の近いベルトルトとか――」

ライナー「いや、いらん。……自分で研究する。お前の助けは借りん」

サシャ「研究って」

ライナー「お前は実験台な」

サシャ「さっきみたいなのはナシですよ!?」


サシャ「……」モミモミ

ライナー「……」ソワソワ

ライナー(しかし、黙ってやられてるってのも落ち着かんな……ん?)チラッ

ライナー「そっちの報告書はもう仕上がったんだろ? 読んでいいか?」

サシャ「いいですよ。報告書だからあまり大したこと書いてませんけど」

ライナー「なんだ、報告書に書けないことでもやってきたのか?」ハハハ

サシャ「……まあ、色々」

ライナー「なんだそりゃ。……どうせ鹿だの猪だの狩って食べてきたんだろ? 大体想像できるな」

サシャ「そうですね、だいたいそれで合ってます。食べたのはウサギ肉でしたけど」

ライナー「生か」

サシャ「まさか、ちゃんとお鍋にしましたよ。アニもベルトルトも喜んで平らげてくれましたからね、よかったです」

ライナー「……つまりベルトルトはお前の手料理を食ったってわけだな」

サシャ「? ベルトルトだけじゃありませんよ、アニもです」

ライナー「あいつはいいんだ。……女だからな」

サシャ「はい……??」


サシャ「それにしても、ライナーって肩幅広いですよねー。やりがいがありますよ!」モミモミ

ライナー「肩揉みにやりがいとかあるのか」

サシャ「あるんです! ――ところで、私が書いた報告書どうですか? 形になってます?」

ライナー「ああ、いいんじゃないか? 少なくとも、秋に書いたレポートよりかは文章が読みやすくなってるぞ。ただ、いくつかおかしいところが――」ペラッ

サシャ「え? どこですか?」ムニュッ

ライナー「」ビクッ


ライナー「……」

ライナー(この、後頭部にのしかかってる感触は……)

サシャ「一応自分でもチェックしたんですけどねー……やっぱり誰かに見てもらわないと駄目ですね。あとでユミルたちにも目を通してもらわないと」ギュー

ライナー「……」ダラダラ

サシャ「……? ライナー、どうしました?」

ライナー「いや……」

ライナー(遠回しに言うべきか? ……駄目だ、遠回しじゃこいつが気づくわけがない)

ライナー(ここは黙って、感触を素直に楽しむ…………のは…………………………いや駄目だ、却下だ却下)

ライナー「……あのな、サシャ」

サシャ「はい? なんですか?」

ライナー「その………………胸が、……当たってるんだが」








  サシャ「……当ててるんですよ?」






.


ライナー「……」

サシャ(おおー……、みるみるうちに、耳が真っ赤っ赤に……)

ライナー「もっ、もういいっ! 肩揉みは充分だ、離れろっ!」ブンッ!

サシャ「あっ……ダメですってば、そんなに暴れたら椅子が倒れ――」

ライナー「どわっ!?」ガターン!!


サシャ「あらら……ひっくり返っちゃいましたね。ライナー、大丈夫ですか?」ヒョコッ

ライナー「……」マルッ

サシャ(わあ、おっきいダンゴムシ……)チョンチョン

ライナー「……お前、そういう言葉はどこで覚えてきたんだ」

サシャ「教えて欲しいんですか?」ニッコリ

ライナー「……」

サシャ「……へへへ、いつも色々やられてるから仕返しです」ニマニマ

ライナー「今度の休み、覚えてろよ……」クルン

サシャ「覚えてますよ。……ちゃんと、覚えてます」クスクス


―― 深夜 男子寮 エレンたちの部屋

エレン「zzz...」スピー

アルミン「zzz...」スヤスヤ

ベルトルト「……」チラッ

ライナー「……」

ベルトルト「……ライナー、ライナー」ヒソヒソ

ライナー「なんだベルトルト」

ベルトルト「なんだじゃないよ。……君はなんで座ったまま目を閉じてるんだ。暗闇でそれは怖いよ」

ライナー「……横になったら感触が上書きされちまう気がする」

ベルトルト「感触? 何の?」

ライナー「そりゃあ…………アレだよアレ。わかるだろ?」

ベルトルト「わかるわけないだろ」

ライナー「……」


ベルトルト「取り敢えず真っ暗闇で座禅組むのやめてくれないか? せめてカーテン閉めてくれないと、向かい側の僕は監視されてるような気がして落ち着かないんだけど」

ライナー「そういやお前、あいつの手料理食ってきたらしいな……?」

ベルトルト「僕の話聞いてないだろ君。あと怖いから低い声で言うのはやめて」

ライナー「俺だって一度しか食ったことないのに……」

ベルトルト「一度食べたなら充分だろ? しかも僕はアニと一緒だったんだ、君が作ってもらったっていうハンバーグとは別物だよ」

ライナー「ハンバーグがあれだけのシロモノだったんだ、さぞかし美味かったんだろうな……羨ましいぞ……」

ベルトルト「……僕としては、代わってほしいくらいだったんだけどね」ハァ

ライナー「それで、ウサギ鍋とやらはどんな味だったんだ? ちゃんと俺に報告しろ。詳細に」

ベルトルト「嫌だよ。……サシャとの約束だからね。君には教えない」





おわり

そんなわけで本人への告白をすっ飛ばして「息子さんを私にください」とお願いする話でした 保護者の方々と言葉で殴り合いです
ちなみに>>176はミスです、カットし忘れました 口にパンが入ってるのに寝言を言えるわけがない!
それと、お礼を言い忘れているのですがいつも乙ありがとうございます……! いつも励みになってます、嬉しいです

次回は最後のデート、残りはあと4話です べったべたに甘ったるい はず

感想ありがとうございました どれもありがたく読ませて頂いてます

ところで今日はふんどしの日ですね そんなわけでSSをご用意いたしました
心のふんどしを締めながらお読みください


――夜 消灯時間前 とある空き倉庫

サシャ「ライナー! ライナー! 明日が何の日か知ってます!?」ピョンピョン

ライナー「おお……? なんだどうした、やたらテンション高いな」

サシャ「明日はバレンタインデーなんですよ! バレンタインデー!!」

ライナー「お前今答え言ったな。自分で」

サシャ「だってバレンタインですよバレンタイン! タダでチョコが貰えるってすごくないですか!?」バチコンバチコン

ライナー「こらこら、机を叩くな。そこからチョコは出てこないぞ」

サシャ「……」ペシペシ

ライナー「俺の上着からも出てこねえよ。……そもそもお前は渡す側だろ。逆だぞ」

サシャ「そうなんですよねぇ……チョコは男の子じゃないともらえないんですよね。私、明日だけでいいので男の子になりたいです……」ションボリ

ライナー「そんな理由で性別コロコロ変わられても困るんだが」

サシャ「チョコください! だぜ!! ……みたいな?」キュピーン

ライナー「お前の男のイメージはどうなってんだ」


サシャ「ライナーはあまり驚いてませんね。クリスタからバレンタインデーのことを聞いた時、私はもっと興奮してたんですが」

ライナー「そりゃあ……バレンタインデーは知ってたからな。あくまで一般教養として」

サシャ「なんと……! じゃあなんで私に教えてくれなかったんですか!?」

ライナー「むしろお前が知らなかったことに驚いてるぞ。食べ物系のイベントは全部把握してると思ったんだが」

サシャ「だって私の村にはそういう風習なんてありませんでしたし、訓練所に入ってからも教えてもらえなかったんですもん」

ライナー「なんだ、みんなに秘密にされてたのか? ――ああ、なるほど。お前に教えたら部屋に置いてある菓子駆逐されるもんな」ポン

サシャ「むっ……いくら私でも他人のお菓子は勝手に食べませんよ!」プンスカ

ライナー「わかってるって。頼んだ上で食うんだろ?」

サシャ「…………」

ライナー「サシャ?」

サシャ「……否定はしません」

ライナー「ほらな」


サシャ「それはともかく! ――この前の休みの日に、クリスタが私をお菓子屋さんに連れて行ってくれたんですよ」

ライナー「ほう、よく無事だったな。……売り場が」

サシャ「だから、売り物勝手に食べるほど馬鹿じゃありませんってば」プクーッ...

ライナー「すまんすまん、むくれるなって」ポンポン

サシャ「まあ、そんなわけで私は荷物持ちとしてついて行ったんですが……そうだ、その時クリスタってば私にお駄賃くれたんですよ! 飴玉3個もくれるなんて太っ腹ですよね!」ニマニマ

ライナー「……待て。お前よりクリスタのほうが年下だよな?」

サシャ「そうですよ?」

ライナー「……」

サシャ「ちなみにクリスタは男子のみんなのために一つ一つ手作りするんですって。すごいですよねぇ」

ライナー「お前は作らないのか?」

サシャ「私ですか? しませんよ?」

ライナー「……そうか」

ライナー(期待はしてなかったが……だよなぁ、くれねえよなぁ)

サシャ「? どうかしました?」

ライナー「いや、なんでもない。続けてくれ」


サシャ「じゃあ続けますね。――お店にはかわいいラッピングのチョコがいっぱい並んでて、もうそれを眺めてるだけで私は幸せでした。桃源郷や天国ってどこにあるんだろうってずっと考えてましたけど、お菓子屋さんにあったんですね」

ライナー「よかったな。頑張ればそこで暮らせるかもしれないぞ」

サシャ「ええー、暮らすのはちょっと……私、お肉のほうが好きですし」ウーン...

ライナー「ああ、前にそんなこと話してたな。……そうか、肉のほうが好きか」

サシャ「甘いものもそれなりに好きなので、お菓子屋さんに行った時はかなりテンションがあがったんですけどね。でも凝ってるラッピングのものほど、高い割に中の量が少ないんですよねー……」ションボリ

ライナー「お前はやっぱり質より量なのか」

サシャ「やっぱりってなんですかやっぱりって」

ライナー「想像通りだと思ってな」

サシャ「そりゃあ量だけじゃなくて質もある程度は大事ですよ? でも質を追ったら量が少なくなって、量を求めたら質が落ちるんですよね。……ああ、お口がさびしいです」ガジガジ

ライナー「指食うな」


サシャ「さて、そろそろ本題に入りましょうか」

ライナー「今までのは前フリか」

サシャ「はい、前フリです。……ところでライナーは男の人ですよね?」

ライナー「自分ではそう思ってるんだけどな。お前から見たら違うのか?」

サシャ「いえ、ライナーは立派な男の子ですよ。安心してください。ということは……毎年、チョコもらってますよね?」ソワソワ

ライナー(やっぱりそれが狙いか……ったく、人のチョコを狙うとは成長しないな。こいつも)ハァ

ライナー「……それなりにはな」

サシャ「まったまたぁ、謙遜しなくってもいいですよ。どうせじゃんじゃかもらってるんでしょう?」ツンツン

ライナー「こら、脇腹つつくな。……それでもマルコよりは少ないはずだ。あいつは毎年紙袋3袋分くらいもらってるからな。それに、去年はアルミンやジャンも多かった気がする」

サシャ「ベルトルトは?」

ライナー「あいつも結構モテるぞ? 毎年チョコの数を競ってるんだが、一昨年は一個差だった。去年は同点だったかな」

サシャ「へー、やっぱりお二人ともモテるんですね……ところで一昨年はどっちが勝ったんです?」

ライナー「……いいだろ別に、どっちでも」プイ


サシャ「ベルトルトと競ってるってことは……結局ライナーだって質より量なんじゃないですか。人のこと言えませんよ?」

ライナー「そりゃそうだろ。質って言われてもどこをどう見たらいいのかこっちはわからん」

サシャ「ああ、確かに店売りの高級品と手作りチョコなら甲乙つけがたいですよね。お金と手間のかけ方が違うだけですから」

ライナー「だろ? だから質を競っても意味がないんだよな。……とにかく、今年こそはベルトルトに勝つ。それが今回の目標だ」キリッ

サシャ「やっぱり一昨年負けてたんですね」

ライナー「……うるせえ」

サシャ「ふむふむ……もし去年と同じ人たちからもらえるとしたら、あと一個あればベルトルトに勝てるんですよね?」

ライナー「ん? ……ああ、計算上はそうなるが」

サシャ「勝ちたいですか?」

ライナー「そりゃあな。だが他にアテもないし」

サシャ「どうぞ」ポン


ライナー「……なんだこりゃ? 紙袋?」

サシャ「開けてみてください」

ライナー「……?」

サシャ「いいから、ほらぁ……」グイグイ

ライナー「急かすな急かすな。―― ん? これは……中に入ってるのはケーキか?」ガサゴソ

サシャ「ブラウニーです」

ライナー「ぶらう……??」

サシャ「チョコレートケーキですよ。固めに焼いたから日持ちします」

ライナー「なるほど、チョコレートケーキ……ん? チョコレート?」

サシャ「そうですよ。高いチョコは手が出なくて……それに、どんな味が好みなのかわかりませんでしたし、あまり甘過ぎたら食べられないかもって思って自分で作ったんです。砂糖は少なめにして、チョコもビターにしてみたんですけど」

ライナー「……」

サシャ「私、お菓子作りは全くの専門外なので、ミーナとクリスタに聞いて作ったんですけど……味見したらすごくおいしくて。それで、教えてくれたクリスタとミーナにおすそ分けして、ちょっとつまみ食いしてたら……その、一切れしか残らなくって」


サシャ「残り物を押し付けるみたいで情けないんですけど、もう……お財布すっからかんで、あとあげられるものと言ったら余ったクルミくらいで、そんなのあげるのはどうなんだろうって自分でも思って、それで……」

ライナー「……」

サシャ「……ライナー? 私の話聞いてます?」

ライナー「ああ、いや……聞いてる聞いてる。つまりこれは……」

サシャ「……」

ライナー「これは……お前、これなんだ?」

サシャ「……」

ライナー「……」

サシャ「なんだって聞かれても……えと」

ライナー「……」

サシャ「………………ば、バレンタインの、チョコ。……です。一応」


サシャ「やっぱり……やっぱり、余り物みたいで嫌ですよね? 一切れしかありませんし……あの、実はちょっと失敗してるんです。表面のクルミが少し焦げちゃってて、そこだけ他のところより苦くなっちゃってますし、でも」

ライナー「そうじゃねえ。……お前、さっき作らないって言ったよな?」

サシャ「みんなには作りませんよ。そんなにお金持ってませんし……それに」

ライナー「それに?」

サシャ「私があげたいのは、一人だけ……なので」

ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー「……」

サシャ「……何か言ってくださいよ。私だけ一人で喋ってて、なんだか馬鹿みたいじゃないですかっ」ペチン

ライナー「あ、ああ……そうだな。すまん……なんて言ったらいいか悩んじまって」ポリポリ

サシャ「……いいですよ、気を遣わなくたって。いらないならそう言ってください」

ライナー「だから違うっての」

ライナー(……嬉し過ぎて、言葉が浮かばねえとは言えないな)


サシャ「じゃあ、あの……受け取ってもらえますか? 私の」

ライナー「いる」ズイッ

サシャ「即答ですね。……どうぞ」

ライナー「おう。……ありがとな。大事に食うよ」

サシャ「ふふっ、どういたしまして。……でも一切れしかなくてごめんなさい」シュン

ライナー「いいや、逆に楽しみだ。味はお前のお墨付きだってことなんだろ?」

サシャ「はい、そこは保証できます! クリスタやミーナも喜んで食べてくれましたし」

ライナー「……食ったのはお前も含めて三人か?」

サシャ「そうですよ? ……ああ、そういえばミカサの分を取り分けるの忘れてたんですよね。悪いことしました」ショボン

ライナー「ミカサにはまた作ればいいだろ? ……エレンとアルミンにはやってもいいが、他の男にはやるなよ」

サシャ「へ? なんでエレンとアルミンなんですか?」

ライナー「ミカサだけにやってもミカサが満足しないだろ。『エレンとアルミンにも分ける』って言い出すに決まってる」

サシャ「ああ、簡単に想像できますね、目に浮かびます。……それで、他の男の子にあげちゃいけないってのは?」

ライナー「……俺もまだガキだってことだ」

サシャ「?? ……はぁ、そうですか」


ライナー「しかし、悪いことしたな……てっきり俺のチョコを狙ってんのかと思っ」

サシャ「食べきれなかったらください!」チョーダイ!

ライナー「素直だな」

サシャ「素直が一番です」キリッ

ライナー「……すまん。お前には悪いが、今年は一個になる予定だ。今決めた」

サシャ「えー……でもベルトルトに負けちゃいますよ? いいんですか?」

ライナー「何言ってんだ、これ一つで勝ち組に決まってんだろ」

サシャ「……そんなもんですかね?」

ライナー「そんなもんだ。しかし、食うのがもったいないな……はは、困った」

サシャ「そう思うなら他の子のチョコももらっておきましょうよ! もらってあげないともったいないですよ? 余ったら私が食べてあげますから、ねっ?」グイグイ

ライナー「駄目だ。……中途半端は嫌いだからな」

サシャ「むぅ……真面目ですね」


ライナー「そもそもだな、お前は俺が他の誰かからチョコもらってても気にならないのか? 嫌だろそういうの」

サシャ「いえ別に?」

ライナー「……そうかよ」

サシャ「あっ、でも……私のが一番美味しいとは言われたいです」

ライナー「……」

サシャ「なーんて、高級チョコなんかには敵わないってわかってるんですけどね。でも思うだけならタダですし――」

ライナー「……」ガサゴソ

サシャ「え……あれ? 今食べるんですか?」

ライナー「端っこだけな。……いただきます」ガブ


ライナー「……」モグモグ

サシャ「あ、あの、そのぅ……どうですか? 甘すぎませんか?」

ライナー「……」

サシャ「……」ドキドキ

ライナー「んまい」

サシャ「……そうですか、よかったです」

ライナー「……」

サシャ「……へへへ」ニヘラ

ライナー(結婚しよ)


ライナー「ごちそうさん。……残りは後から食う」ガサゴソ

サシャ「はい、勉強の合間にでも食べてください。でも傷む前にちゃんと食べ切ってくださいよ? もし傷んでも捨てないで私にくださいね?」

ライナー「んなことするか、もったいない。……それで、何がほしい?」

サシャ「? 何がですか?」

ライナー「もらったもんは返さないといけないだろ。なんでもいいぞ、取り敢えず言うだけ言ってみろ」

サシャ「えっ……いえいえいいですいいです! お返し欲しくて渡したわけじゃないんですから! あげたいなって思ったからあげただけで――」ブンブン

ライナー「いいって、遠慮するなよ。それに俺も返したいって思ったから返すんだからな、お前と同じだ」

サシャ「……なんでも?」

ライナー「ああ、なんでもいいぞ」

サシャ「じゃあ上着」

ライナー「却下。……食うものにしろ」

サシャ「……けち」ブーブー

ライナー「むしろなんで一番最初に出てくるのが上着なんだ……」ハァ


ライナー「もういい、お前に聞くのは止めだ。……何やるかは当日までのお楽しみだ。おとなしく来月まで待ってろ」

サシャ「そうですか、それじゃあ楽しみにおとなしく……ん? 来月? なんで来月なんですか?」

ライナー「なんでって……ホワイトデーは来月だろ?」

サシャ「ほわいと……??」

ライナー「なんだ、ホワイトデーの話はクリスタから聞いてないのか? ホワイトデーってのはな、バレンタインデーにもらったチョコのお返しを渡す日だ」

サシャ「はぁ、そんな日があるんですか。みなさんマメですね……私ならそんなの覚えてられませんよ、その場で返しちゃいますけど」

ライナー「その場で返すのは難しいんだろ。返す側も準備があるからな」

サシャ「準備? パーティーでも開くんですか?」

ライナー「違う。ジャンが言ってたんだがな、バレンタインデーのお返しってのは3倍返しが礼儀なんだそうだ。その金だの物だのを工面するのに時間がいるだろ?」

サシャ「へえ、3倍に……」


サシャ「ということは、バレンタインデーにチョコを渡すと……倍返しで、いっぱいもらえる……?」

ライナー「ん? ああ、そういうことに――」

サシャ「……なるほど」ポン

ライナー(あっ。……やばい)

サシャ「閃きました」

ライナー「今すぐ忘れろ」

サシャ「お菓子がなかったらみんなからもらえばいいんですよね」

ライナー「いや……待て。駄目だ。それだけは駄目だ」ブンブン

サシャ「私、今日からお菓子の錬金術師を名乗ります。これで年中ウハウハです」

ライナー「話を聞け。頼む」

サシャ「幸いバレンタインデーまであと数時間あります。まだ間に合いますよね?」

ライナー「間に合わねえよ」


サシャ「というわけで急用ができましたから寮に帰りますね! ベッドの底を漁れば半かけのチョコくらい出てくるかもしれません!」クルッ

ライナー「ちょっ……待て待て待て! チョコレートなら俺がやるから我慢しろ!」ガシッ

サシャ「ああもう離してください! 私チョコレートのお風呂に入るのが昔からの夢だったんです! 豚足バスタブにひたひたになるくらいチョコレートを張るんです!」ジタバタジタバタ

ライナー「お前さっき肉のほうが好きだって言ってたろ!?」グイグイ

サシャ「お菓子は別腹!!」

ライナー「風呂に張るなら食ってねえだろうが!!」

サシャ「張った後に固めて食べるんです! ちょっとずつ切り出して長く楽しむんです!」ジタバタジタバタ

ライナー「普通に考えてそれで一年保つわけねえだろ!?」


サシャ「……それもそうですね。流石に一年は無理ですか」ピタッ

ライナー「お、おお……納得してくれたか。よかった」ホッ

サシャ「劣化したチョコレートは風味が落ちますからね。弱っていくチョコレートの姿を見守るのは、私としても辛いです……」シュン

ライナー「そんなにチョコレート風呂がいいのか?」

サシャ「そりゃあもう! チョコレート風呂というか、お菓子に埋もれて寝てみたいって考えるのは私だけじゃないはずです! 全世界の乙女の夢ですよ!」

ライナー「……そうか。わかった」


―― 深夜 男子寮 エレンたちの部屋

ライナー「それで必要な金を計算した結果がこの紙束だ」バサッ

ベルトルト「……うん」

ライナー「チョコレートはなんとかなりそうなんだが、バスタブがな……」

ベルトルト「バスタブもあげるの?」

ライナー「ないと困るだろ」

ベルトルト「でもさ、これもう3倍返しどころの話じゃないよ? 第一このお金どこから工面するの?」

ライナー「ベルトルト」

ベルトルト「貸さないよ?」

ライナー「二つあるのって腎臓だっけか、肝臓だっけか」

ベルトルト「……売るの?」

ライナー「……」

ベルトルト「……」

ライナー「どうすっかなぁ……」

おしまい ライサシャの日にライナーがサシャにチョコやってる画像をツイッターで見かけてムラムラして書きました
ふんどしの日に間に合ってよかったけどふんどしの日の前日の話だからやっぱり間に合ってない

時系列は自分でもよくわかってないのでお好きな位置に差し込んでください
ホワイトデーを書くかどうかは味シリーズの進行次第です

こんばんは1です お待たせしてしまっているので報告です
ちょっと展開に詰まってる&リアルが忙しいので、次スレは来月になりそうです ごめんなさい
ライサシャに飢えてる方は、支部に素晴らしい絵と素敵な小説を投稿されている方がいらっしゃるので、そちらで存分に潤していただけると次回のお話は読んだ後のダメージが少ないはずです たぶん

こんばんは1です おまたせしています
来週こそ……来週こそ次スレに入りたい、ので先に仕上げちゃったホワイトデーSSを投下しておきます
ライサシャ成分が不足している方は取り敢えずこれで補充しておいてください


――夜 消灯時間前 とある空き倉庫

ライナー「バスタブは無理だった」

サシャ「何の話ですか?」

ライナー「そもそもブタ足のバスタブなんてなかったぞ。どういうことだ」

サシャ「……ああ! バレンタインの時の話ですか!」ポン

ライナー「一応確認しておくがネコ足じゃないんだよな? あくまでブタの足なんだろ?」

サシャ「そうですよ?」

ライナー「なんでブタなんだ」

サシャ「お風呂に入った後に焼いて食べるからです!」

ライナー「食うのか」

サシャ「食べますよ? おいしいですよねぇ、豚足」ジュルリ

ライナー「豚の足の肉なんて食ったことないからわからんな。うまいのか?」

サシャ「おいしいですよ! ……食べたことないですけど」

ライナー「おい」

サシャ「だっておいしいって書いてありましたもん。本に」


ライナー「まあいい、話を戻すぞ。――それで、ヒタヒタのチョコレートだが……こっちも無理だった。正確に言うと間に合わなかった」

サシャ「なるほど、一応挑戦はしてみたと」

ライナー「金はギリギリ間に合ったんだがな。どうやら注文したチョコレートが全て届くまで二十年はかかるらしい」

サシャ「へえ、二十……にっ、二十年!? そんなに!?」ガーン!!

ライナー「トロスト区には嗜好品があまり入ってこないらしくてな。今の時期が特別なだけで、来月からは通常の入荷量に戻るんだと。店で売ってる菓子の材料や他の客に回す分を差し引くと、どうしてもそれくらいの年数はかかるんだそうだ」

サシャ「つまり、あのお菓子屋さんの売り場いっぱいに広げてあったチョコレートは……!」

ライナー「今月で見納めだな。来月からはひもじい売り場に逆戻りだ」

サシャ「……私、今からあのお菓子屋さんに行ってきます! 別れを告げてきます!」クルッ

ライナー「告げんでいい。そもそも菓子と別れを分かち合ってどうする」ガシッ

サシャ「だって……だって! あのお菓子たちは! 私の口の中に入るのを心待ちにしてたんですよぉっ!」ジタバタジタバタ

ライナー「あのなぁ……菓子屋に並んでる商品ってのは、全部が全部お前が食うために用意されてるものじゃないんだぞ?」

サシャ「そんな……! じゃあ私はどうしたらいいんですか!? 彼らが売り場から消えていくのを黙って見ていろと!?」

ライナー「ほら」ポン


サシャ「……紙箱?」

ライナー「この前のお返しだ。今日のところはこれで我慢しろ」

サシャ「…………」

ライナー「なんだその顔は。これじゃ不満か?」

サシャ「いえ、そうじゃなくて……いきなり出てきたのでびっくりしちゃって。しかも今日はホワイトデーじゃないですよね?」

ライナー「俺としても本当は当日に渡したかったんだがな。その日は当番で会えないだろうし、今のうちにやっておくことにした」

サシャ「当番あるんですか?」

ライナー「お前がな」

サシャ「……ありましたっけ?」キョトン

ライナー「事前にきちんと調べておけよ……まさかお前、当番の当日に慌てて確認してるんじゃないだろうな?」

サシャ「そんなことしてるわけないじゃないですか! ……せいぜい三日前です」ピーヒョロロ

ライナー「……」ハァ


ライナー「食いたくなるだろうから今は開けるなよ? 明日にしろ」

サシャ「……」シュルッ

ライナー「人の話を聞け」

サシャ「今食べなきゃいいんでしょう? だったらすぐ紙箱開けても問題ないじゃないですか」パカッ

ライナー「……ったく、仕方ないな」

サシャ「えーっと、中身は……? 足のついた、陶器の器……ですか?」ガサゴソ

ライナー「バスタブだ。ミニチュアの」

サシャ「へー……ミニチュアなのに結構大きいですね。それで、そのバスタブに敷き詰めてあるカラフルな丸い物体は?」

ライナー「マーブルチョコレートだ。砂糖でチョコレートをコーティングしてある。……らしい」

サシャ「ふむふむ、まーぶる……」

ライナー「それなら量もあるし、見た目もいいと思ってな。……店員に勧められたってのもあるが」


サシャ「……バスタブに、ヒタヒタのチョコレート?」

ライナー「そうだ。……センスがなくて悪いな。他に思いつかなかった」

サシャ「……」

ライナー「チョコレートだけならもう少し奮発できたんだが……やはりバスタブが高くてな。それより大きいサイズとなると置く場所にも困るだろうし、寮に持ち帰る途中で教官に目をつけられるかもしれないだろ? だから――」ブツブツ...

サシャ「……ふふっ」

ライナー「……おかしいならちゃんと笑え。下手に気は遣わんでいい」

サシャ「いえ、すみません。別に馬鹿にしてるとかじゃないんです。……こうやって律儀に用意してくれるところ、私は好きですよ」クスクス

ライナー「……お前の好きは随分軽いな」

サシャ「軽くないですってば。――でも、これで夢が叶っちゃいましたね。ありがとうございます」

ライナー「……? 夢ってチョコレート風呂に入ることじゃないのか?」

サシャ「そっちはおまけみたいなもんですよ。メインはバスタブいっぱいのチョコレートを食べることですから!」

ライナー「安っぽい夢だな」

サシャ「安っぽくても叶ったんですから、私は満足してます!」


サシャ「マーブルチョコレート、でしたっけ? ……綺麗ですね。もったいなくて食べられないかもしれません」

ライナー「そう言いながら食っちまうんだよなぁ」

サシャ「……バレてましたか」エヘヘ

ライナー「お前の行動はお見通しだ」

サシャ「あはは、それじゃあライナーに隠しごとはできませんね。――ところで、箱のラッピングは自分でやったんですか? それともお店の人に?」

ライナー「店の人に頼んでやってもらったに決まってるだろ? 俺がやったのはリボンを選んだくらいだな」

サシャ「……このリボン、ミカサのマフラーの色に似てません?」ジーッ...

ライナー「ん? ……確かに、言われてみりゃそうかもしれんな」

サシャ「ということは、これをつけたらミカサとお揃いになるわけですね!」ポン

ライナー「それでお揃いになるのか……? そもそもリボンなんてどこにつける気だ?」

サシャ「もちろん髪の毛ですよ! ……というわけでお願いします」スッ

ライナー「は? 何を?」

サシャ「リボンですよ。結ってください」


ライナー「結ってくれって……どこに結ぶんだ。前髪か?」クシャッ

サシャ「そっちじゃないです違います、髪ゴムの上にですよ。できればちょうちょ結びにしてください!」

ライナー「注文が多いな。……やってほしいならどこかに座れ。立ったままじゃやりにくい」

サシャ「そうですね、それじゃあ……椅子、はないですから床に座りましょうか。えーっと、ハンカチハンカチ……」ゴソゴソ

ライナー(やってやるのはいいが、このまま一方的に振り回されっぱなしってのもな……せめてこっちも何かやり返してやりたいもんだが)ウーン...

サシャ「あった! これを床に敷いてっと」ファサッ

ライナー「……」

ライナー(……少しいじわるしてやるか)ニヤリ

サシャ「紙箱は一旦こっちの棚に置いてー……それじゃあお願いします! 今座りますから――」クルッ

ライナー「ああ、わかった」ドスッ

サシャ「……? あの、どうしてライナーがハンカチの上に座ってるんですか? そこは私が座るところですけど」

ライナー「そうだな、座っていいぞ」ポンポン


サシャ「ええっと……私が、ライナーの胡座の上に座ればいいんですか?」

ライナー「そういうことだな」

サシャ「……や、でも私重いですし、足に負担がかかるんじゃ――」

ライナー「じゃあやめるか? それならそれで構わんが」

サシャ「で、でもぉ……」モジモジ

ライナー「どうした? 結んで欲しいんだろ? 座らないのか?」ニヤニヤ

サシャ「う、うう、うううう……!」モジモジ

ライナー「早く決めろ。時間がなくなっちまうぞ?」ニヤニヤ

ライナー(……まあ、これくらいで許してやるか)

ライナー「――なんてな、冗談だ冗だ」

サシャ「ていっ」ポスッ

ライナー「……ん?」

サシャ「お、お邪魔してます……」カチコチ


ライナー「……何してんだお前」

サシャ「えっ? だ、だって……ライナーが座れって言ったんじゃないですかっ」アセアセ

ライナー「いや……確かに言った、言ったけどな」

サシャ「こ、これでいいんでしょう……? 早く結んでくださいよ、結構恥ずかしいんですから、この体勢……」ソワソワ

ライナー「あ、ああ……わかった。やる」シュルッ

サシャ「……私、重くないですか? 足痛くありません?」

ライナー「そうでもないぞ。平気だ」

サシャ「そうですか……」

ライナー「……」チマチマ

サシャ「……」





ライナー(近い)ギクシャク

サシャ(近いですね)カチコチ


ライナー(近すぎて結びにくい)モタモタ

サシャ(うう、なんだか背中がくすぐったい……)モジモジ

ライナー「こら、動くな」

サシャ「だ、だってぇ……」ソワソワ

ライナー「ただでさえリボンが短くて結びにくいんだ。黙ってろ」

サシャ「……」ピタッ

ライナー「そうだ、そのままでいろよ?」チマチマ

サシャ「は、はぁい……」プルプルプルプル....

ライナー「……こんなもんか。できたぞ」

サシャ「ありがとうございます。……それで、どうですか?」

ライナー「赤も悪くないな。……似合ってるぞ」

サシャ「ライナーのセンスがいいんですよ。ええっと、手鏡手鏡……」ゴソゴソ...

ライナー「ああ、どうやって見るのかと思ったら鏡持ってたのか」

サシャ「最近持ち歩いてるんですよ。これなら後頭部もばっちり――」スッ


サシャ「……」ササッ

ライナー「……」

サシャ「……」サササッ

ライナー「ばっちり……なんだって?」

サシャ「……見えません」シュン

ライナー「だろうな。その鏡じゃどう頑張っても後頭部は見えんだろ。小さいし」

サシャ「そうですね、これなら部屋に帰ってから見るしかないですかねー……すぐ見られないのが残念です」ションボリ

ライナー「……部屋まで付けて歩くのか?」

サシャ「だって解いちゃったらどんな感じなのかわからないじゃないですか」

ライナー「いや……駄目だ。ここで解いていけ。教官に目をつけられたらどうする」

サシャ「でも、せっかくライナーに結んでもらったのに」

ライナー「それくらいまたやってやる。……ほら、ちゃんとしまって持って帰れ」シュルッ

サシャ「あっ……ああー……」

サシャ(あーあ、解かれちゃいました。……ライナーが結んでくれたの見たかったのに)シュン

ライナー(こんなもん付けて帰らせたらユミルに何言われるかわかったもんじゃない……!)


ライナー「おっと、もうこんな時間か……そろそろ帰るぞ。寮まで送ってやる」

サシャ「はーい、わかりました。紙箱は見つからないように服の下に隠してっと……」モソモソ

ライナー「さっき俺が言ったことは覚えてるよな? 大丈夫か?」

サシャ「? 何か言いましたっけ?」

ライナー「今日はチョコレート食うなって言っただろ。忘れたのか?」

サシャ「……ああ! そのことですか!」ポン

ライナー「食べないよな? 約束できるか?」

サシャ「そりゃあもちろん!」

ライナー「本当に?」

サシャ「……食べませんよー?」ピーヒョロロ

ライナー「口約束だけじゃ信用できねえな……サシャ、少し目を閉じろ」

サシャ「目? ……はい、閉じました」

ライナー「よーし、いい子だ」スッ


サシャ「……」

ライナー「もういいぞ。目を開けろ」

サシャ「…………」パチッ

ライナー「これで、今日はチョコレート食う気にならねえだろ?」

サシャ「……卑怯ですよ、ライナー」

ライナー「口で言ってもわからん奴が悪い。……上書きできるもんならやってみろ」

サシャ「…………いじわる」

ライナー「なんとでも言え。……その反応を見る限り、効果はあったってことだな」

サシャ「……でも今のは不意打ちで味がわかりませんでした。ので、もう一回」ズイッ

ライナー「駄目だ。一日一回までだ。……ほら戻るぞ」グイッ

サシャ「おかわりー!」グイグイ

ライナー「駄目」スタスタ...

サシャ「けちー! 前はそんなこと言わなかったじゃないですかぁー!」ポカポカ

ライナー「こら、人を叩くんじゃない。……前とは状況が違うんだ。だから駄目だ」


サシャ「状況が違うってどういうことです? いつもどおりこの倉庫には誰も来ませんよ? 見回りも三時間後ですし」

ライナー「そういう意味じゃない」

サシャ「……?? じゃあどういう意味ですか?」

ライナー「……」チラッ

サシャ「?」キョトン

ライナー「……止まらなくなったらまずいだろ。色々と」

サシャ「私、ちゃんと我慢できますよ? だからあと一回! アンコール!」パチパチ

ライナー「却下だ」

サシャ「むぅー……私、ちゃんと我慢できるのにぃ……」ブツブツ...

ライナー(……お前が我慢できても、こっちが無理なんだよ)

ライナー「そこまで言うなら、本当に我慢出来たのか後でユミルに報告してもらうからな。布団に隠れて食ってないかもチェックさせてもらうぞ」

サシャ「えっ、ユミルにですか?」

ライナー「クリスタはなんだかんだ言ってお前にかなり甘いからな。その点ユミルなら買収されることもないだろ? ……守れなかったらお仕置きだからな」

サシャ「はぁーい、わかりましたよーだ……」ムー...


―― 三日後 兵舎裏

ユミル「……ほーう、なるほど。そういう事情があったわけだな」フムフム

ライナー「ああそうだ。……というわけで、三日前のあいつの夜の状況を教えてくれ。他にも何か気づいたことがあったら頼む」

ユミル「報酬が先だ。パン寄越せ」クイクイ

ライナー「ほらよ」ポイ

ユミル「ありがとさん。――結論から言うと、三日前の夜はちゃんと我慢してたぞ」パシッ

ライナー「隠れてつまみ食いはしてなかったか?」

ユミル「それはないだろうな。何せ夜中じゅう紙箱を引っかく音と唸り声が聞こえてたし」

ライナー「……迷惑かけた」

ユミル「全くだ。……まあ、サシャにしては頑張って我慢したほうなんじゃないか? 食い物目の前にぶら下げられて一晩待ったんだからよ」

ライナー「そうだな。……後で褒美でもやるか」


ユミル「ああ、そうしてやってくれ。――因みにだな、お前も予想してたとは思うが……中身はもう全部食っちまったみたいだぞ、あいつ」

ライナー「早いな」

ユミル「お前のお預けもそう長くは保たなかったみたいだな。そんで、チョコレートが入ってたあの珍妙な器だが」

ライナー「ミニチュアの猫足バスタブだ」

ユミル「知らねえよ。……とにかく、あの器もちゃんと使ってるぞ。髪ゴムとか入れてるらしい」

ライナー「その髪ゴムは今までどこに置いてたんだ?」

ユミル「大体机の上に放置してたかなー……月イチの大掃除で部屋の中から三本は出てくるぞ」

ライナー「……失くしすぎだろ」


ユミル「安物でいいからアクセサリーボックス買え買え言ってたんだけどな。何はともあれお前が贈ってくれてよかったよ。これでベッドの下から髪ゴムが出てくることもないだろう」

ライナー「……お前の役に立てて光栄だな」

ユミル「そう思うなら次はちゃんとしたアクセサリーボックス買ってやれよ? 陶器だからいつか割るんじゃねえかと思うとこっちは気が気じゃないんだ。破片でクリスタが怪我しても嫌だしな。……そうだ、さっき言ってたご褒美ってのをそれにすりゃいいんじゃないか? 二人で一緒に選んでこいよ」

ライナー「いや、褒美は何にするかもう決めてある。アクセサリーボックスは次の機会だな」

ユミル「へえ、何をやるんだ?」

ライナー「あいつが一番好きなものだ。……この前我慢させちまったからな」

ユミル「……ちっ、ノロケかよ。聞いて損した」ケッ





おしまい

というわけでバレンタインデー・ホワイトデーSSでした
このスレはこのまま落としちゃってください ageないでねー

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