P「もうすぐ、クリスマスがやってくる」(170)

勢いで書いた自己満足SSです。

書きためてあるので、2分間隔くらいで書いていきます。

よろしければご覧ください。

雪歩「――あ」

P「どうした?」

雪歩「雪ですよ、プロデューサー」

雪歩は、まるで水を掬(すく)うように、両手を出した。

空を見上げると、雪歩の言うとおり、ちらちらと雪が舞い始めている。

レッスンの帰り、俺と雪歩は事務所までの道を並んで歩いていた。

雪歩「プロデューサー……」

雪歩は照れながら、そっと俺に体を寄せてきた。

P「雪歩、近い」

雪歩「聞こえません」

雪歩は意地悪く微笑んでいる。腕まで、絡めてきた。

昔とは大違いだ。あの臆病で、常に自信の無かった姿はもうどこにもない。

男性が苦手なのは相変わらずだが、それでも、相手の目を見て話すまでできるようになった。

雪歩「プロデューサー……好きです」

P「……」

雪歩「えへへ……」

雪歩の真っ赤になった頬は、白い街に、いっそう深く映えている。

街の喧騒の間で、しゃりしゃりと雪を踏みしめる音が、俺の耳に切なくついた。

ある日、母親から一本の電話が来た。

P「え、お見合い?」

お見合いという言葉に、事務所のみんなが一斉に俺を見た。
慌てて腰をかがめて、ひそひそ声になる。

P「無理だよ。いくら祝日でも、クリスマスシーズンは忙しいんだ」

特に、その日は大事な仕事が入っていた。
一ヶ月後のクリスマスイヴ。ある人気ゴールデン番組で、雪歩が歌うのだ。

その番組は、アイドルや歌手なら誰もが出演を望む。憧れる。
トップアイドルになるための、登竜門と言ってもいい。

何かトラブルが起こった時に、フォローできる人が側にいないといけない。

P「母さんだって、俺の仕事は分かってるだろう?」

母親はまだ何か言っているようだったが、俺は半ば強引に電話を切った。

雪歩「プロデューサー、お見合い、するんですか……?」

雪歩が心配そうな顔をして、俺を見上げてくる。
ほんの一瞬だが、昔の雪歩を見たような気がした。

P「しないよ。その日は、雪歩にとって大事な日じゃないか」

雪歩「プロデューサー……!」

P「雪歩、レッスンは?」

雪歩「え……あ、ああ!」

雪歩は時計を見て、びっくりする。
事務所を出るいつもの時間を、だいぶ過ぎていた。

P「ほら、まだ走れば間に合うぞ?」

雪歩「い、行ってきますー!」

雪歩はジャージが入ったカバンを引ったくり、大慌てで事務所から出て行った。

P「さて、俺も仕事に……あれ?」

ふと、ソファーの片隅に、見覚えのある可愛いピンクの水筒を見つけた。
これは、雪歩のものだ。

P「あいつ、忘れていったな」

後で届けてやろう。
そう思った俺は、その水筒を手に取った。

高木社長「おほん。あー…Pくん、ちょっといいかね?」

P「あ、はい。何でしょう?」

高木社長「ちょっと、社長室まで来てくれないか」

分かりました、と返事をして、俺はとりあえず持っていた水筒を自分の鞄に入れた。
そして、社長に促されるまま、社長室に向かった。

P「……何ですって?」

社長室で俺は、つい聞き返してしまった。

高木社長「お見合いに、行ってきなさいと言ったのだ」

高木社長は、いつもの冗談めいた態度ではなかった。
だからこそ、俺は真面目に、失礼を承知で言い返した。

P「それは、できません。その日は、大切な収録があるのです」

高木社長「律子君に代わりを頼む」

P「しかし! 雪歩は俺がいないと――」

高木社長「君は!」

P「うっ」

今まで聞いたことがない高木社長の声に、俺はひるんでしまった。
社長は俺に、鋭い目を向けてきた。

高木社長「君は、雪歩君のプロデューサーじゃないのか?」

P「そうです! 俺は、雪歩のプロデューサーです!」

俺は、力強く言った。言い聞かせた。
握った拳が、小刻みに震える。

高木社長「雪歩君は、君をずいぶん信頼しているようだ」

P「それは、あくまでプロデューサーとして、です」

高木社長「本当に、君はそう思っているのかね?」

P「……それは、どういう意味ですか」

高木社長「そのままの意味だ。君は、プロデューサー失格だ」

P「!」

P「!」

プロデューサー失格。
その言葉は、今までのどんな辛い経験よりも、重く俺の心に突き刺さった。


P「俺と雪歩は何でもありません!! ただのアイドルとプロデューサーです!!!」


大声で、そう否定する。

ただでさえ薄い社長室の壁だ。
律子や小鳥さんは、多分びっくりしているだろう。

高木社長「P君、私が言いたいのは」

P「失礼します!」

高木社長「待ちたまえ、P君!」

俺は高木社長の制止も聞かず、社長室を飛び出した。
自分の鞄を引ったくる。

勢いよくドアを開け、わき目も振らずに事務所から出て行った。
水筒を、雪歩に届けに行こう。

P「まだ来てない?」

水筒を届けに来たのだが、レッスンスタジオに雪歩はいなかった。

真「うん。何か忘れ物したって、ここに来る途中で……プロデューサー、事務所で会わなかった?」

P「いや……」

真「おっかしいなー。本当に会いませんでした?」

事務所からレッスンスタジオまでの道は、ほぼ決まっている。
今日に限って、雪歩が違う道を通ることがあるだろうか。

俺はそんなことを考えながら、とりあえず水筒だけでも置いて帰ろうとした。

その時、スタジオのドアが開いた。雪歩だ。

P「ゆ、雪歩!」

雪歩「……プ、プロデューサー!」

雪歩は俺と目が合うと、いつもの笑顔で、俺に走り寄ってきた。

雪歩「どうしたんですか、こんなところで」

P「雪歩こそ、どこに行ってたんだ?」

雪歩「すいません、事務所に忘れ物しちゃって……」

P「それって、これだろ?」

俺は、鞄からあの水筒を取り出した。

雪歩「そ、それです!」

雪歩は俺の手から水筒を取ると、嬉しそうに腕に抱えた。

P「……なあ雪歩、どの道を通ったんだ?」

雪歩「え? いつもの道ですよ?」

雪歩は水筒のお茶を一杯、俺に差し出した。

雪歩「美味しいですよ?」

普段の俺なら、そのお茶を喜んで受け取るだろう。
だけど、今はそれよりも聞きたいことが、雪歩にあった。

P「俺は、一度も雪歩に会わなかった」

雪歩「……」

すると、雪歩の笑みが急に消え、俺から目を逸らした。
心臓の鼓動が、高鳴った。

P「どこに、いたんだ……?」

時間にすると、ほんの数秒だったのかもしれないが、雪歩の言葉を待つ時間は、その何倍にも感じた。

雪歩「じ、実は……」

雪歩「実は、犬に追いかけられてしまって、怖くて側のお店に避難したんです」

雪歩は体を縮ませて、震える声でそう言った。

P「な、なんだ。そうだったのか」

俺は肩すかしを喰らって、変な調子の声を出してしまった。

雪歩「それじゃあ私、レッスンがあるので……」

P「あ、ああすまない。邪魔したな」

これ以上レッスンの時間を割くわけにはいかないので、俺はそそくさとその場を後にする。

帰りに、雪歩にプレゼントとしてシャベルを買った。
クリスマスと誕生日を兼ねてだけど。

店の外に出て、冬の冷たい空気を胸いっぱいに吸う。
雪歩、喜んでくれるだろうか。








小鳥さん「え? 雪歩ちゃん、事務所には戻って来てませんよ?」

P「…………は?」

思わず、手に持ったシャベルを滑り落とした。
冷たい事務所の床に、良く響いた。

雪歩が忘れ物をしたあの日から、4日経った。

雪歩「それじゃあプロデューサー、レッスン行ってきます」

P「気をつけろよ。帰りは迎えに行くから」

雪歩に、特に変わったことはなかった。
あれから社長も、何も言わない。
クリスマスイヴの番組に向けて、レッスンが忙しくなってきたぐらいか。

あの日だって、一度戻ってきた雪歩に、小鳥さんが気付かなかっただけだろう。
今はそんなことをかんがえるよりも、仕事や、忙しい雪歩のサポートをするべきなんだ。

P「さて、仕事だ仕事!」

腕まくりをして気合を入れたものの、すぐに寒くなってくしゃみをしてしまった。

雪歩「あ、プロデューサー!」

P「お疲れ、雪歩」

いつも通り、俺はレッスンスタジオまで雪歩を迎えに行った。
スタジオから出てきた雪歩の頬は、ほんのりと薄紅色に染まっていた。

P「レッスンはどうだ。順調か?」

雪歩「はい、バッチリです」

雪歩は、にこにこと、控えめにピースまでしてきた。
それを見て俺はほっと肩をなでおろした。
これなら、クリスマスイヴの収録も大丈夫だろう。

俺は、事務所までの帰り道を歩きだした。
雪歩も、いつも通り、俺の横についてきた。




いつも通りではなかった。
しばらく歩いて、俺は違和感を感じた。

雪歩「プロデューサー、最近私、少しですけど、犬に触(さわ)れるようになったんですよ!」

もともと、雪歩は積極的に喋ることはない。
帰るまでに一言、二言しか言わないこともよくある。

雪歩「私、プロデューサーのおかげで、昔とは比べ物にならないぐらいましに……」

雪歩が、あまりにも喋り過ぎていた。
それに、さっきから前を向いたまま、俺の方を見ようとしない。

P「……なあ雪歩、何か、あったのか?」

雪歩「……」

雪歩の足が、止まった。うつむいて、両手をこまねいている。
やっぱり、何かあったのか。

P「何か、不安なことでもあるのか? 遠慮なんてしなくていい。言ってみろ」

しばらく、雪歩はぎこちなく両手を弄ばせていた。
この間、俺は昔を思い出していた。

雪歩と会って初めての頃は、よくこんなことがあった。
たいていは父親が厳しいだの、自分に自信がないだの、そういった悩み相談だった。

今回だって、多分クリスマスイヴの収録が上手くいくかどうか不安なのだろう。
大丈夫さ。雪歩は、あの頃と比べてずいぶん変わったのだから。
俺は今まで通り、雪歩をサポートしていくさ。






雪歩「クリスマスイヴの収録、律子さんにお願いしましたから……」

P「……どうしたんだ、雪歩」

やっと絞り出せたのは、蚊の鳴くようなかすれ声だった。

雪歩「プロデューサー、最近働き過ぎですよ。休んでください」

P「何を言ってるんだ。その日は雪歩にとって大事な日じゃないか」

雪歩「私は、大丈夫です」

P「何が大丈夫なんだ!」

人目も気にせず、俺はつい大声で怒鳴ってしまった。
雪歩がビクッと体を震わせた。

P「あ……す、すまない」

雪歩は顔をうつむけたまま、体をぎゅっと抱きしめていた。
俺は、おそるおそる、雪歩にそっと手を伸ばした。

雪歩「……です……」

P「えっ」

雪歩「好きです、プロデューサー」

俺は、伸ばした手を止めてしまった。
雪歩は黙っている。目に、うっすらと涙を浮かべている。

P「……」

雪歩が俺に好意を持っているのは知っていた。
それが、男と女のそれということも。
だけど、それは許されない。
なぜなら、俺は、俺は……


P「俺は、雪歩のプロデューサーなんだ」

雪歩「!」

俺は、プロデューサー。
ましてや、アイドルのプロデューサーだ。

やっと、ここまできたんだ。
今までの雪歩との努力を、無駄にしたくはない。しては、いけない。

雪歩「そう、ですか……」

雪歩はそれだけ言うと、再び歩きだした。
俺も、後ろからついていく。

事務所に帰るまで、それっきり会話はなかった。

小鳥さん「雪歩ちゃん、しばらく休むそうです……」

P「そう、ですか……」

小鳥さん「クリスマスイヴの収録も近いのに、大丈夫かしら……」

体調不良。
事務所に連絡してきた雪歩の母親は、雪歩の欠勤の理由について、そう言ったらしい。

俺は自分の携帯電話を開いた。
やはり、何度確認しても、雪歩からの着信は無い。
メールも、来てなかった。

小鳥さん「プロデューサーさん、何か心当たりありませんか?」

P「風邪じゃないでしょうか。最近、冷えましたし」

小鳥さん「……プロデューサーさん」

小鳥さんは、猛禽類そっくりな鋭い目で、俺をじっと睨んできた。

P「な、なんですか」

小鳥さん「今夜、飲みにいきませんか」

P「いや、今日は雪歩の見舞いに行こうと思ってるんで……」

すると、小鳥さんは椅子から立ち上がり、ズカズカと大股で俺ににじり寄ってきた。

小鳥さん「ならなおさらです。飲みにいきましょう」

そう言って、小鳥さんは俺のネクタイを強く掴んできた。
そして、ぎりぎりと締めあげてくる。

小鳥さん「これは、命令です」

P「わ、分かりました……」

首の締め付けよりも何よりも、小鳥さんの形相が恐ろしかった。

小鳥さん「はい、お疲れさまでーす」

P「お疲れ様です」

小鳥さんは手に持ったビールをぐびぐび飲んでいく。
俺もとりあえず一口飲んだ。

仕事終わり。俺と小鳥さんは、たるき亭の奥座敷にいた。

P「カウンターで良かったんじゃないですか? 二人だけですよ」

小鳥さん「大事な話をカウンターでできますか!」

半分ほどに減ったジョッキをドンと机に置いて、小鳥さんは口にできた「ひげ」
も拭かずにそう言った。

P「その大事な話って、もしかして雪歩のことですか?」

小鳥さん「もしかしなくても雪歩ちゃんのことです!」

前にも似たような作風で雪歩SS書いてる?

P「俺は、雪歩とは何も……」

小鳥さん「あーあー今更そんなこと言わなくても結構です。みーんな知ってます!」

小鳥さんはビールをぐびぐび飲んでいく。
あっという間にジョッキは空になってしまった。

小鳥さん「見てりゃー分かりますよ。雪歩ちゃんとプロデューサーが相思相愛なのは!」

P「俺はあくまで雪歩のプロデューサーです。そんなことは……」

小鳥さん「まーだそんなこと言ってんのかこの若造!」

今日は小鳥さんの悪酔いを止めてくれる人は誰もいない。
長い夜になりそうだった……。

>>34
雪歩SSを書くのはこれが初めてです。

ギャグ以外を書くのもこれが初めてです。難しい……

小鳥さん「だーかーら! あんたはヒック雪歩ちゃんのことが好きなんでしょお~!?」

P「そうですよお~! 好きにヒックきまってるじゃあ、ないですか~!」

小鳥さん「なら何で好きって言わない~?」

P「俺は~、プ・ロ・デュー・サー・なんです! アイドルとぉ~、恋仲になれますか~!?」

小鳥さん「古い! 古いぞその考えは~! 男ならド~ンと当たって砕けんか~い!」

P「砕けちゃ駄目でしょ~? それに雪歩は俺の事を好きってー……」

小鳥さん「おう、なんじゃいそれ~! 雪歩ちゃんがあんたを好きだって~!?」

P「もう何度も言われてますよ~! この前だって好き好き大好き~って!」

小鳥さん「それでぇ~、あんたは何て返したんだい!?」

P「だ~か~らぁ~! 俺は、雪歩のプロデューサーだ! って言ったんですよ~!」

小鳥さん「……こぉ~の馬鹿野郎ぉ~!!」

P「痛っ!? な、なんですかぁ、いきなり~」

小鳥さん「あんた最低だよぉ~! この男失格!」

P「小鳥さんに言われたくありませんよぉ~! 早く結婚しろ~!」

小鳥さん「にゃんだとぉ~! 女失格って言いたいのか~!」

律子「何やってるんですか……」

人違いすまぬ
支援

小鳥さん「あ、律子ひゃん~!」

P「おお、律子ぉ~!」

律子「二人ともベロンベロンじゃないですか……」

小鳥さん「へいタクシ~!」

律子「はいはい、もう呼んでますよ」

P「律子ぉ~!」

律子「ちょっ、抱きつかないでくださいよ、酒臭い!」

P「雪歩を、雪歩を取らないでくれぇ~!」

律子「はぁ?」

>>39
いえ、支援ありがとうございます。嬉しい。

P「俺は雪歩が大好きなんだよぉ!」

P「トップアイドルになった、あいつの笑顔を見たいんだぁ~!」

P「俺なんかと一緒になったら、あいつは、あいつは~!」

律子「だ、大の男が泣かないでくださいよ!」

P「俺は、いったいどうしたらいいんだ~!」

小鳥さん「こぉ~の鈍感ダメ男が~!! ヒック」

翌朝、俺は知らない部屋で目が覚めた。

P「痛た……頭が……」

律子「目が覚めました?」

P「え、なんで、律子?」

律子「ここは私の部屋です。昨日のこと、覚えてないんですか?」

律子は腕を組んだまま、ベッドにいる俺を厳しい目で見下ろしてきた。
俺は律子から目を逸らし、必死で頭を回転させて、昨日の記憶を必死で手繰り寄せた。

P「…………真に申し訳ありませんでした」

昨日のたるき亭での失態を、断片的ではあるが思い出した。
小鳥さんの悪酔いを止めるどころか、なぜか自分まで一緒になって飲んでしまった。

律子「家の住所聞こうと思ったら、小鳥さん共々泥酔してるんだもの」

P「本当にご迷惑を……え、共々?」

小鳥さん「痛た……頭……」

俺のいるベッドの布団の中から、ひどく髪を乱せた小鳥さんが、頭を押さえながら起き上ってきた。

P「こ、小鳥さん!?」

小鳥さん「あ、おはようございます、プロデューサーさん」

意外にあっさりとした態度に、俺は慌ててベッドから飛びのいた。

P「おはようじゃないですよ! どうして小鳥さんがベッドに!?」

律子「床に寝かせるわけにもいかないでしょう。それとも、プロデューサーが冷たいフローリングで、風邪をひきたかったですか?」

P「……り、律子はどこで寝たんだ?」

律子「床です」

P「ほ、本当に、その……申し訳ありませんでした……」

俺は最大限の謝罪の意を込めて、律子に土下座をした。

律子「やめてください。情けないったらありゃしない」

律子が呆れた声を出しても、俺は頭を下げ続けた。

律子「……雪歩、今日も休むそうですよ」

そこで俺は、初めて頭をあげた。
律子は、どこか悲しそうな顔をして、俺に言った。

律子「謝るなら、私じゃなくて雪歩に謝ってください」

痛む頭を押さえながら、なんとか俺は事務所で仕事についていた。
今日の仕事はアイドル達の送り迎えぐらいで、大半が事務仕事だった。

小鳥さん「いやあ、昨日はちょっと酔い過ぎましたね」

対面の机にいた小鳥さんが、同じく頭を押さえながらそう言った。

P「ちょっとどころじゃないですよ。完全に悪酔いですよ」

律子「まったく、二人とも自重してください」

律子は目の前のパソコンをカタカタ打ちながら溜息をついた。

P「それで、今日こそは仕事終わりに雪歩の見舞いに行こうと思う」

律子「……大丈夫なんですか?」

P「あー…その頃には二日酔いもマシになってるさ」

律子「違いますよ。プロデューサー、分かってますか?」

キーボードを打つ手を止めて、律子は俺をじっと見てきた。

P「何を?」

小鳥さん「昨日あれだけ言ってたじゃないですか。雪歩大好きだぁ~! って」

P「そ、そんなこと俺は」

律子「言いました。私に抱きついてまで、大声で叫んでました」

律子がジト目で俺を睨んできた。
そ、そういえば、そうだった……かな?

律子「プロデューサー……もちろん、アイドルとの恋なんてご法度ですが」

律子「そのアイドルを悲しませるのは、プロデューサーとして本末転倒じゃないですか?」

その律子の言葉に、俺は非常に腹立たしい気持ちになった。
そんなこと、俺だって分かっている。
だけど、だけど……

P「雪歩を面と向かって愛してしまうと、今まで雪歩と築き上げてきたものが、全部崩れてしまう」

アイドルとプロデューサーの熱愛なんて、雪歩の身を滅ぼす行為だ。
仮に大きな騒ぎにならなくても、それが尾を引いて、もう決してトップアイドルになることはできないだろう。

小鳥さん「そんなものが、どうしたというのですか?」

P「そ、そんなもの!?」

小鳥さん「あなたが言った一言で『一人の女の子としての』雪歩ちゃんは、崩れたんですよ?」

P「そんな、まさか……」

小鳥さん「まさかもなにも、現に雪歩ちゃん、体調不良で休んでるじゃないですか」

P「でも、俺は、あいつの幸せを思って……」

小鳥さん「嘘ですね」

P「嘘なわけがないでしょう!」

小鳥さん「お姉さんだから分かります。あなたは雪歩ちゃんを理由にして逃げてるだけです」

P「何から逃げてるっていうんですか!」

俺は思わず、椅子から立ち上がった。
それでも小鳥さんは、俺から目を逸らさない。

律子「プロデューサー!」

律子の声に、俺はハッと我に返った。

P「すまん。つい……」

あの雪歩の時といい、俺はいったい、どうしたのだろう。

律子「これ」

律子は財布から千円札を取り出し、俺にずいと押しつけてきた。
よく見ると、メモも一緒だ。

律子「おつかいにでも行って、頭冷やしてきてください」

俺は、公園のベンチに座り、ぼーっと呆けていた。
傍らには、頼まれたものが入った袋がある。カサカサと微かな風に揺れている。

小鳥さんが俺に言ったことが、まだ頭の中を回っている。
だけど、俺にはまだ分からない。なぜ、なにから、逃げているのか分からない。

P「ああ、どうしたら……!」

ベンチにだらしなく預けた体を、ぶん、と反動で起こす。
そして、そのまま頭を抱え、うずくまる。

??「プロデューサー……?」

聞き覚えのある声に、ゆっくりと顔を上げる。
目の前に、見覚えのある姿が、あった。

貴音「どうしたのですか? なにやら深刻そうですが……?」

今の自分の悩みを、普通なら、アイドルに話したりはしない。
自分の弱いところを見られただけで恥ずかしいのだ。

しかし、

P「……聞いて、くれるか……?」

そのときの俺は、到底普通じゃなかった。
普通なら、泣き顔なんて見せない。

俺はそれから、貴音に悩んでいる理由(わけ)を話した。
ひどく、支離滅裂だったかもしれない。聞き苦しい愚痴だっただろう。

その間、貴音は俺の隣で、ただずっと座って聞いていた
ただ無表情で、一度も俺のほうを見ることなく、遠くを見ていた。

俺は一通り、今までの顛末を話し終わった。
貴音がスッと、俺の方を向いてきた。相変わらず、微笑みもしない。

貴音「プロデューサー……あなたは、真に身勝手ですね」

俺は、激しく動揺した。
つまりそれは、まったく情けないことだが、貴音は俺に同情してくれると思っていたのだ。

P「俺の、俺のどこが身勝手だというんだ!?」

貴音の目が、一層鋭いものになる。

貴音「さっきから聞いていれば、雪歩殿がトップアイドルになれない等、どうのこうのと雪歩殿のことばかり……自分はどうなるか、考えたことはないのですか?」

P「俺はどうなってもいい。俺よりも、雪歩だ」

貴音「本当に、自分はどうなってもいいのですか?」

P「……そりゃ、雪歩のファンには恨まれるかもしれないが」

貴音「かも、ではありません。十中八九、恨まれます。運が良くても、ファンに襲われるでしょう」

凄みのある貴音の声に、俺は体が底冷えした。
貴音から初めて感じる、恐怖。

どうでもいいけどお姫ちんはカタカナ→ひらがな表記が基本だった希ガス

P「お、おい。それは考えすぎじゃないか」

貴音「プロデューサー!」

情けない。ただただ情けない。
俺は貴音の怒鳴り声に、怯えてしまった。

貴音「あなたは、甘いです。まるで自分には火の粉がかからぬような言い草」

貴音「私には、あなたが卑怯者にしか見えません」

P「貴音……」

貴音「それでは、失礼いたします」

貴音はベンチから立ち上がり、去ってしまった、一度も俺の方を向くことなく。
俺は貴音の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿をただ眺めるしかできなかった。

>>60
oh,ご指摘ありがとうございます

P「卑怯者か……」

P「俺は、ただ雪歩の幸せを考えて……」

その時、静かな公園に不釣り合いなほど軽快なメロディが流れた。
慌てて、俺は携帯電話を取り出す。律子からだ。

P「――もしもし?」

律子「プ、プロデューサー、大変です!!」

思わず、しかめ面で電話から顔を離す。
俺はその顔のまま、電話に戻る。

律子「た、大変なんです! どうしましょう!?」

大変な動揺は伝わってきたが、それしか分からない。
律子をなだめて、落ち着いて聞く、何があったのかと。




P「雪歩が、アイドルを辞める……?」

俺が、崩れた。

俺は急いで、雪歩の家へと向かった。
心臓の動悸は、きっと走ったせいではない。

雪歩の家の、大きな門の前まできた。
俺は、息を整えながら、インターホンを押した。

しばらくして、渋い男の声がした。
雪歩の、父の声だ。

P「な、765プロのプロデューサーです! あの、雪歩に会わせてください!」

雪歩父「……すまないが、帰ってくれ」

ブツリという音と共に、会話はそれで終わった。
俺はもう一度、インターホンを押した。

失礼でも、不作法でも、俺は何度もインターホンを押し続けた。

すると、門がガチャリと、わずかに開いた。
まだ俺と同い年くらいの、黒服に身を包んだ若者が、二人出てきた。

男1「プロデューサーさん、すみませんが、お引き取り願えませんか」

P「雪歩に、会わせてください!」

男2「お嬢は、疲れています。お引き取りを」

男達は、両側から俺の腕を掴み、門の前から引き離そうとする。
俺は抵抗した。

P「離してくれ! 雪歩に会うまで、俺は帰らない!」

男1「……会って、どうするんです?」

P「会って、話を聞くんだ! なぜアイドルを辞めるのか! それを、聞くんだ!」

俺を掴む男達の力が、少し強くなった。
だが、顔は悲しそうに、俺を見ていた。

男2「残念です。プロデューサーさん……」

P「本当に残念に思ってるなら、雪歩をそう思う気持ちがあるなら、離してくれ!」

俺の言葉に、男達の表情が、また一層、暗いものになった。
なぜだ。どうして、そんな顔をする!?

男1「……高木社長を、呼べ」

男2「はい……どうしてですか、プロデューサーさん……」

がたいのいい男二人が、涙ぐんでいた。
俺は、わけが分からなかった。

ほどなくして、俺は車で駆け付けた高木社長に胸倉を掴まれ、連行された。
社長まで涙ぐんでいたのを、はっきりと覚えている。

自宅謹慎。
社長から俺に下された処分は、無期限の自宅謹慎だった。

俺は自宅で、まるで廃人のような生活を送った。
起きているのか寝ているのか、生きているのか死んでいるのか……分からない。

雪歩の引退は、社長の根回しのおかげか、まだマスコミにはバレていなかった。
しかし、もうあと二週間を切った、クリスマスイヴの番組に出られないとなると、それがバレるのも時間の問題だろう。

P「…………」

虚ろな目で見る部屋の景色は、灰色。
机の上のカッター、床に放り出された長めのタオル……

俺は何も考えずに、いや、考えすぎて疲れた頭で、手を伸ばす。





もう、何もかも…………どうでもいい。

春香「プロデューサーさーん!」

P「!」

伸ばした手が、止まる。
玄関から聞こえる。あの声は……・

春香「お願いします! 開けてください! プロデューサーさん!」

チャイムとドアの連打。俺の名前を連呼。
ゆらりと俺は、立ちあがった。

春香「――プロデューサーさん!」

ドアを開けた直後、みぞおち辺りに強い衝撃を感じた。
続いて、強く体を締め付けられる感触。

春香「プロデューサーさん! プロデューサーさん!」

俺の腹に顔をうずめ、泣きじゃくっている。
春香の姿が、そこにあった。

春香「はい、どうぞ。ろくなもの食べてないんでしょう?」

机の上に、湯気の立った料理が置かれていく。
色鮮やかな料理が、4、5品ほど並ぶ。

春香「食べてください、プロデューサーさん」

P「……」

腹が空いていなかったわけではないが、箸を持つ気力さえ無かった。
それを見て春香は、微笑みながら、自分の箸を取った。

春香「はい、アーン」

春香は、優しい目で笑っていた。
俺は、口を開けた。

口の中に、甘辛い味覚が広がる。
ゆっくり咀嚼する。飲み込む。

春香「はい、アーン」

俺は、再び口を開ける。
まるで、親鳥から餌をもらう、雛。

俺は、泣いた。
遠い昔に枯れ果てたと思っていた涙が、あふれた。

歪む視界の中で、春香はさらに笑顔になったような、そんな気がした。

あれから、春香はほぼ毎日、俺の家に来てくれた。
いつのまにか、俺の心の大部分は、春香が占めていた。

春香「はい、プロデューサーさん。今日はオムライスですよ!」

P「ありがとう、春香」

料理以外にも、洗濯、掃除などの家事を、一手に引き受けてくれた。
もう俺は、春香無しでは生きられないのかもしれない。

何気なくつけていたテレビから、天気予報士の声が聞こえる。

『今日の天気は、曇り時々、雨か雪でしょう』

雪。

スプーンを持ったまま、俺の手は止まった。

春香「……ねえ、プロデューサーさん」

机の対面に座っていた春香が、近づいてきた。
俺の隣に、近すぎるほどくっついてきた。

春香「……忘れましょうよ」

俺は、ゆっくりと首を回した。春香の顔を、見る。
春香は、静かに笑っていた。

春香「辛いことをいつまでも引きずるなんて、体によくありません」

とうとう、俺に抱きついてきた。
スプーンが、手から滑り落ちた。

春香「私は、雪歩と違う。何があっても、一生側に居ます」

P「だけど、俺と、春香は、プロデューサーと、アイドル……」

春香「心配しないでください」

上目づかいで、俺を覗きこんでくる春香。
彼女の口の端が、釣り上った。





春香「ばれても、全部私のせいにしちゃえばいいんです……」

俺は、春香から視線を逸らすことができなかった。
ただ、ただ、固まっていた。

春香「そうすれば、少なくとも非難されるのは私。あなたは傷つかない……」

俺は、傷つかない……

春香「私が、あなたを一生守ってあげます……!」

春香が、俺を守ってくれる……

だんだんと、春香の顔が、近づいてくる。
春香はそっと、目を閉じた。

春香「プロデューサー……好きです」

そのときだった。向かいの窓に、小さな水滴がぶつかった。
それは、ポツポツと何度も窓を打ち付ける。

春香の頬は、薄紅色に染まっている。
窓が、濡れていく。

うっすらと流れるその様子は、まるで涙のようで……

薄紅色の頬。
うっすらと流れる涙。

――『……です……』

――『好きです、プロデューサー』

P「……ち、違う」

春香「え?」

P「違う!」

俺は、春香を押しのけた。
頭を覆い、かぶりをふる。

P「違う……違う…違う、違う違う違う!!!」

P「そうじゃない!」

初めて、俺は、自分の浅はかさに気がついた。
反吐が、言葉として出る。流れ出る。

P「自分のことしか、考えていなかった……雪歩の幸せを案じるふりをして、自分しか守っていなかった……! 自分の保身しか考えていなかった……」

P「何が、今まで積み重ねてきたものだ……! そんなもの、只の俺のわがまま……!」

俺は立ち上がり、唇を噛みしめた。
歯がぎりぎりと、音を出す。

春香「プ、プロデューサーさん!?」

P「雪歩ぉ!」

俺は、車の鍵を掴み、そのまま家を飛び出した。
そして、駐車場に止めてある車に飛び乗る。

パジャマだろうが裸足だろうが、そんなことはお構いなしに、俺は車を走らせた。
雪歩の家は、そこまで遠くない。

春香「……」

貴音「これで、良かったのですか……?」

春香「た、貴音さん!? いつのまに玄関に……」

貴音「いくら自分から、悪者役を買って出ると言ったとしても……あまりにも春香が可哀そうです。事務所の皆も、心配しています」

春香「……いいんです。少しの間だけだったけど、私、プロデューサーさんに尽くすことができましたから」

春香「それに、私が好きなプロデューサーは、自宅に引きこもっているんじゃなくて……」

春香「あんな風に、雪歩が好きな、プロデューサーなんですから……!」

貴音「……今ぐらいは、泣いてもいいのですよ?」

春香「…………ひゃい」

貴音「お疲れ様です。春香……」

ほどなくして、俺は、雪歩の家の近くまできた。
普通に雪歩の家を訪ねても、門前払いされることは容易に想像できた。

ならば、普通に訪ねなければいいこと。
俺は、車のアクセルを目いっぱい踏んだ。

そして、ためらうことなく、門に体当たりをした。
けたたましい音と共に、エアバッグが飛び出し、俺は、激しく体を揺さぶられた。

車が止まり、車体を打つ雨音が、鮮明に聞こえてきた。
門は、車の後ろで、変な形にひしゃげていた。

男1「な、なんですかい!?」

男2「こ、これは……!?」

家屋の方向から、傘もささずに、あの二人の黒服達が走ってきた。
潰れた車と曲がった門を見て、唖然としている。

俺は、驚く黒服二人を尻目に、車から降りた。
幸い、大きな怪我はしていないようだった。

男1「プ、プロデューサーさん……!」

男2「あなた、なんてことを!」

P「雪歩に……雪歩に会わせてくれ」

男1「お嬢を……お嬢を説得しにきたんですか!?」

男2「そんなことしても、決してお嬢は!」

P「違う!!」

俺は、その場に座り込み、頭を下げた。
額を地面にこすりつけて、土下座をする。

P「俺は、雪歩に謝りに来たんだ!」

二人の男の表情は分からないが、あたふたしている様子は伝わってきた。
車で特攻してきたと思ったら、土下座をしている男に、明らかに面喰らっていた。

雪歩父「何事だ!?」

その声を聞いて、俺は顔を上げた。
雪歩の父が、険しい顔でこちらにやってきた。

俺の顔を見て、さらに表情は厳しいものになった。
殺気が、あふれていた。

雪歩父「どの面さげて来たんだ……!」

ドスの聞いた低い声に、どれほどの怒りを押し殺しているのか量りし得なかった。
しかし、ここで引くわけにはいかなかった。

P「雪歩に、謝罪をさせてください!」

雪歩父「謝って、それからどうしようというんだ!?」

P「雪歩に、アイドルを続けてもらいます……!」

そう言った直後、雪歩父は目を見開き、その顔は真っ赤になった。

雪歩父「こ、この……馬鹿もんがぁ!」

俺は雪歩父に胸倉を掴まれ、そして殴られた。
吹っ飛び、俺は濡れた地面に打ち付けられた。

雪歩父「……結局、お前は雪歩のことを何も分かっていない! 自分のことだけだ!!」

雪歩父は怒りに震えていた。
しかし俺は、倒れた姿勢のまま、雪歩父を見上げる。

P「その通りでした! 俺は、逃げていました! 自分の身可愛さに、逃げていました!」

雪歩父「開き直ったか!!」

雪歩父は、倒れた俺の胸倉を掴み、再び拳を高く上げた。




雪歩「待って!」

甲高い声が、響いた。
パジャマ姿の雪歩が、裸足のまま、家から走り出してきた。

雪歩父「雪歩!?」

緩んだ雪歩父の手から、俺は滑り落ちた。
そして、雪歩と目が合う。

雪歩「……何をしに、来たんですか」

P「謝りに、来たんだ……」

雪歩父「雪歩、家の中へ戻っていなさい!」

雪歩「嫌です!」

即答だった。
意外なその返答に、雪歩父はしばし唖然としたようだ。

雪歩父「ぐっ……いいから、自分の部屋に帰れ!」

雪歩「嫌です!」

雪歩父「父さんの言うことが聞けないのか!」

雪歩「お父さんは黙っててぇぇぇぇぇぇ!!!」

ここまで大きな雪歩の声を聞いたのは、初めてだった。
そしてそれは、雪歩父も同じだったのだろう。

問答無用で反抗されるのも、初めてだったのかもしれない。
雪歩父は、完全に言葉を失くしてしまっていた。

P「ゆ、雪歩……」

雪歩「……」

雪歩は俺を見つめたまま、何も言わない。
ずぶぬれの格好で、胸の前に組んだ両手を、ぐっと握りしめている。

……自分を着飾る自分は、もういない。
いるのは、雪歩が好きだという、ただそれだけの自分。

P「雪歩、すまなかった。俺は、自分のことしか考えていなかった……」

P「アイドルとプロデューサーは結ばれない、結ばれてはいけないって、勝手に思い込んで……」

P「ばれたら、雪歩のアイドル生命が傷つくなんて考えて……」

P「でもそれは、自分のプロデューサーとしての評価が傷つくのを恐れていただけだったんだ……」

P「俺が、雪歩を守ってやれば良かったんだ……」

P「何があっても『たとえアイドルじゃなくなっても』雪歩を守ってやれば良かったんだ!!」

雪歩父「口先だけなら、何とでも言える!」

雪歩父が、俺の体を掴み、放り投げた。
俺は、頭から水たまりに突っ込んだ

雪歩父「口だけの男なんて、今まで腐るほど見てきた!」

雪歩父「お前は、雪歩のために何が出来る!? ただの土下座しかできぬのか!」

俺は、泥と擦り傷でひどくなった自分の顔を、ぬぐった。
立ち上がる。

――『雪歩を、必ずトップアイドルにします』――違う。

今、雪歩父が望んでいる答えは、そうじゃない。
望んでいるのは……覚悟。

口先の、未来予想図なんかじゃない。
行動で示す、今の覚悟。

そのとき、後ろから、クラクションが鳴った。
一台の車が、水しぶきをあげながら門から入ってきた。社長の、車だった。

車は、前が潰れた俺の車の横に止まった。
だが、中に乗っていたのは、社長ではなかった。

律子「うーわ。もう、何て事するんですか、プロデューサー!」

小鳥さん「まったく思い込んだら猪突猛進なクセ、やめてください!」

律子と小鳥さんが、車から傘をさしながら出てきた。
二人とも、言葉とは裏腹な、満面の笑顔だった。

律子「プロデューサー!」

律子が、思い切り振りかぶって、何かを投げてきた。
雨で視界が悪く、それがなんだか、すぐには分からなかった。

P「――っと!」

手にずっしりとした重みがのしかかってきた。
改めてそれを見ると、シャベルだった。

しかも、それはただのシャベルではなかった。
雪歩に用意していた、誕生日プレゼントだ。

小鳥さん「頑張れ、男の子!!」

その言葉は、俺のこれからの行動を後押しするのに十分だった。
幸い、雨で土は緩んでいる。

P「おおおりゃああああ!!」

一心不乱に、そのシャベルを使って穴を掘り始めた。
新品だからか、それとも奮発していい物を買ったためか、よく掘れる。

突然の行動に、雪歩父や、雪歩までその光景を黙って見ていた。
ものの数分で、深さ3メートルほどの穴ができた。

幅は、大人一人が何とか入ることのできるほどだ。
俺はシャベルを脇に置き、掘った穴に飛び降りた。

そして俺は、



P「見てください、お父さん!」


『地面よりも深く』土下座をした。

穴に駆け寄ってくる足音が、幾多も聞こえた。
俺はその姿勢のまま、叫ぶ。

P「何があっても! 起ころうとも! いつも、いつでも、いつまでも! 俺は雪歩を守ります!!!」

雪歩父「け、結局、土下座しかできないじゃないか! わしは信じない――あがっ!?」

雪歩母「あんた、いい加減にしな! ……プロデューサーさん、顔を上げてください」

俺は、ゆっくりと顔をあげた。
そこには、雪歩父の頬をつねる、雪歩母がいた。

穴の周りには、雪歩や黒服達、小鳥さん、律子も集まっていて、俺を見下ろしていた。
雪歩母が、俺ににっこりと笑いかけてきた。

雪歩母「プロデューサーさん! まだ言いたいことがあるんじゃない!?」

その言葉に、俺は無言でうなづいた。
そして、雪歩を見上げる。

P「雪歩ぉ!!」

雪歩「は、はい!」

雪歩の目を、真っすぐに見つめる。
もう、迷わない。



P「お前を、もう一度プロデュースさせてくれえぇぇぇぇぇ!!!」

雪歩「!」

雨音をかき消すくらいの、大きな声だった。
だからきっと、雪歩にも十分に届いているだろう。

雪歩「プ、プロ……」

雪歩は、泣きながら、笑っていた。
もしかしたら、笑いながら、泣いていたのかもしれない。


雪歩「プロデューサーァァァァァァ!!!」


そして雪歩は、穴にダイブしてきた。
俺は慌てて、両手を広げた。

腕の中に受け止めた雪歩は、とても軽かった。
あれから痩せたのかと思うと、少し申し訳なくなった。

雪歩「バカ、バカ、バカバカバカバカ!!」

雪歩は、まるで肩たたきをするように拳を打ち付け、俺の中で暴れた。
そんな雪歩を、俺はぐっと引きよせた。

雪歩「ひゃっ」

雪歩の顔をじっと見て、言う。

P「雪歩、好きだ……」

雪歩はその言葉に、微笑んだ。

雪歩「プロデューサー、私も、好きです……」

俺と雪歩は、黙って静かに、お互いを抱きしめた。

雪歩「――あ」

P「どうした?」

雪歩「雪ですよ、プロデューサー」

空を見上げると、雪歩の言うとおり、ちらちらと雪が舞い始めていた。

雨はいつのまにか、雪に変わっていた。

――もうすぐ、クリスマスがやってくる。





おわり

大変に門が大人気なので、

おまけ

――そして、ためらうことなく、門に体当たりをした。
けたたましい音と共に、エアバッグが飛び出し、俺は、激しく体を揺さぶられた。

車が止まり、雨が車体を打つ音が鮮明に聞こえてきた。
門は、車の後ろで、変な形にひしゃげていた。

男1「な、なんですかい!?」

男2「こ、これは……!?」

家屋の方向から、あの二人の黒服達が走ってきた。
潰れた車と曲がった門を見て、唖然としている。

俺は、驚く黒服二人を尻目に、車から降りた。
幸い、大きな怪我はしていないようだった。

男1「プ、プロデューサーさん……!」

男2「あなた、なんてことを!」

P「すいません、門、壊しちゃいました」

男1,2「「あんた何しにきたんだよ!!」」

P「もう二度とあんな無茶なことは致しません」

男1,2「「だから何しにきたんだよ!!」

そのとき、後ろから、クラクションが鳴った。
一台の車が、水しぶきをあげながら門から入ってきた。社長の、車だった。

車は、前が潰れた俺の車の横に止まった。
中に乗っていたのは、社長だった。

社長「P君、ひどいよキミ~! わたしの突っ込む門も残しておいてくれよ!」

P「あ、社長には裏門を残してあります」

男1「何さらっと言ってるんですか!?」

男2「こいつ絶対反省してねえよ!!」

これでSSを終わります。

みなさん、読んでいただきありがとうございます。

自分はシリアスのつもりで書いたのに、門突撃の場面がどうしてこうなった。

前回のギャグSSがどうも不評だったので、今回はラブストーリーを書いてみました。

しかしなぜかギャグになってしまった。なぜだ。

P鉄砲玉事件は、多分「瀬戸の花嫁」を見ながら書いたからだと思います。

それではみなさん、最後まで読んでくださりありがとうございました。

次に書くのは、多分2月頃になるかと思います。

そのときは、どうぞよろしければ、読んでやってください。

本当にありがとうございました。


・今まで書いたもの(本当に死にそうなぐらい暇な時に、よろしければ読んでみてください)

春香「生っすか!?の新コーナー?」
千早「生っすか!?の新コーナー? 2回目ですか?」

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