モバP「いいお酒が手に入ったので」その2 (144)

※ あらすじ ※

 私高垣楓とあの人は、とある居酒屋で出会う。
 Pと名乗るあの人は、アイドルプロダクションのプロデューサー。モデルである私をスカウトする。
 半ば強引なスカウトであったけど、ホッケの味につられ、結局私はアイドル稼業に巻き込まれた。

 アイドルの仕事をあの人と進めていくうちに、私にある心が芽生える。
 それは恋心だった。
 オフの旅行でそれは決定的なものとなり、私はあの人に告白する。
 あの人は私を受け入れてくれ、共に歩むことを誓った。

 あの人と近しくなれたときに、彼女と邂逅する。
 渋谷凛。
 トライアドプリムスのエースは、あの人に抱く恋心を隠そうとせず、私と対峙する。
 彼女には負けたくない。
 神谷奈緒ちゃんのサポートもあり、対立は回避。
 私は、私の持てる歌の力で、彼女を説得しようと試みる。
 果たしてそれは成功し、私と彼女はよきライバルとして、互いを高めあうことになった。

 大きな仕事も順調にこなしたある日、あの人が倒れる。
 幸い大きな病気ではなかったものの、私はあの人を強く意識する。
 そしてそれは、自身の引退を考えることとなった。

 大きなゴシップに巻き込まれ、心が疲弊したときに手を差し伸べてくれたのは、誰あろう凛ちゃん。
 私は、凛ちゃんとユニットを組み、あの人を巻き込んでツアーに出る。

 私の、ラストを飾るツアーが、始まった。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

前スレ:モバP「いいお酒が手に入ったので」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371785287/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1389947445

・前スレからの続きになります
・地の文多めです
・書き溜めがほとんどないので、ゆっくり進行です
・ss神を降ろしながら書きますので、しばらくずっとお待ちください(←

少しだけ投下します

↓ ↓ ↓


(承 前)

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


凛「ねえ、楓さん」

楓「ん?」

凛「ちょっと、寄ってかない?」

 練習も終わって事務所に戻る帰り道。凛ちゃんは私を、個室カフェへ誘った。
 いくら変装しているとはいえ、気づく人は気づくもの。
 だから私たちは、個室で過ごせる店をいくつか知っている。

 事務所からさほど遠くないカフェに、ふたり通される。
 ディナータイムではあるけど、なんとなく食事という気になれない。
 飲み物と適当につまめるものを頼む。

楓「……さて、と」

楓「どんな込み入った話、なのかな?」

 正面から切り込んでみる。
 凛ちゃんはちょっと困ったような顔をして、私を見た。

凛「ねえ、楓さん。私、前に『楓さんに引導を渡す』って、言ったでしょ?」

楓「そうね」

凛「で、こうして今一緒にやって……んーなんだろうな」

凛「こう、もやもやした感じが、あるんだ」

楓「もやもや?」

凛「ん。まあ、ここでごまかしても仕方ないから言っちゃうけど」

凛「楓さん……引退撤回しない?」


 凛ちゃんも直球をズバッと。

楓「うーん……理由を聞いても、いい?」

 凛ちゃんは『もやもやした』と言った。自分でも釈然としない気持ちがあるのだろう。
 少しでも拾うことができたら。

凛「んっと。あの、ね? 楓さんとブルーエやって、地力が上がってるって前に言ったことあるよね」

楓「うん」

凛「自分を高めていくことで、楓さんが安心して引退できるようにって。そういう気持ちはもちろんあるんだけど」

凛「でも今こうして自分が高まっていくのは、楓さんの力も大きいのかな、なんて」

凛「そんなことも考えたりして」

 なるほど。
 私を安心して引退させようというのは、このユニットを組んだきっかけ。
 でも、やっていくうちにいろいろ気が付いたのか。

楓「私も凛ちゃんと組んで、こんなに自分がやれるんだって、びっくりしてる」

凛「うん、だから……」

楓「だから?」

凛「なんか、欲が出ちゃって……あはは」

 彼女はやや苦々しい笑いを浮かべる。

凛「ブルーエも、トライアドも。もちろんソロも」

凛「全部って。やれるものを全部って」

 アイドルとして、それはとても望ましいことだと思う。
 欲しいものを全部。
 望まなければ、叶わないのだから。

楓「そっか。うらやましいな」

楓「でも、引退撤回と訊かれれば、答えは」

 私の望むものは。

楓「ノー、かな」


※ とりあえずここまで ※

前スレでは失礼しました。ルールはルール、しっかり守らないとですね

昨日からスレ見つつ頭シェイクしつつ、書ける分だけ投下しました
私に漲るパワーをください(ガチャガチャ

では ノシ

投下します

↓ ↓ ↓


凛「……そっか」

 凛ちゃんは、淋しげな笑顔を浮かべ、つぶやいた。

凛「ダメもとで言ってみたんだけどな。そっか、楓さんの決心は固い、か」

楓「ねえ、凛ちゃん」

凛「なにかな?」

 凛ちゃんが思ったことを素直に言ってくれたのだ。
 何となくフェアじゃない気がする。

楓「凛ちゃんと一緒にやることが、こんなに楽しくて充実してるの、実感してる」

楓「アイドルって楽しいなあ、って」

凛「なら!」

 前のめりに顔を近づける凛ちゃんを、私は右手で制する。

楓「私も、気づいたの」

 一息入れて。

楓「自分の限界を」

 ちょうど、注文した飲み物が運ばれる。
 凛ちゃんは気勢を削がれたかのように、椅子にもたれかかった。

 目の前に置かれたカナッペを手に取りつつ、私は言葉を探す。
 凛ちゃんは私の言葉を、ただ待っている。

楓「凛ちゃんはさっき、『全部』って。『欲が出た』って」

凛「うん」

楓「すごくうらやましいな、立派だなって、感じたの」

凛「……うん」

楓「凛ちゃんと一緒にできてとても楽しいし、自分の実力以上のものがやれていると、自負もある」

楓「でも、ね。ふと思っちゃったんだ。『このままで十分楽しいじゃない』って」

楓「確かに、Pさんとのお付き合いが一番大事っていうのもあるけど」

凛「……」

楓「現状に甘んじてる今の私は、アイドルとしては、伸びしろがないと思う」

楓「現状を善しと感じたら、おしまい」

凛「!」


 漠然と思ってきた。アイドルって、どこまでやれるものなのだろう、と。
 ただひたすらに、成し遂げるという想いひとつで走ってきた。
 そして気づいた。
 アイドルに、期限も限界もないのだ。偶像(アイドル)として求められる限りは、ずっと。
 ただ。

楓「凛ちゃんはこの先に広がる、無限の可能性を見つめてる」

楓「私は、足元をふと見てしまった。そして、そこに満足してしまった」

楓「そうしたら、その先が見えなくなってしまったの」

凛「楓さん」

楓「私はね。自分で限界を作ってしまったの。見えない先を、期待しながらわくわくできなくなった」

楓「凛ちゃんはもっと伸びる。この先、もっとわくわくできる」

凛「楓さん! そんなこと」

 私は再び、凛ちゃんを制止した。

楓「凛ちゃんたちとの縁を手放すつもりはないわ。でも」

楓「もう、決めたの。私は凛ちゃんのいちファンでいよう、って」

楓「固い決心というほどしっかりしたものじゃない。今だって凛ちゃんに説得されて揺らいでる」

凛「……」

楓「でも、私の見た渋谷凛は、私のずっと先を走ってる、そんな存在」

楓「私は、ただ単純に、凛ちゃんのこの先が見たいんだ」

楓「老後の楽しみって言ってもいいかも、ね?」

 私はウインクをひとつ、凛ちゃんに投げた。


凛「……ああ、もう」

 彼女はやれやれといったそぶりを見せる。

凛「老後の楽しみって……私だっておばあちゃんじゃない」

 凛ちゃんはそう言ってカナッペを口に放り込み、飲み物で流し込んだ。

凛「もう! そこまで言われたら、言い返せないよ」

凛「わかったよ。わかった。……改めて楓さんに、引導を渡すよ」

 彼女は、私を穏やかに見つめる。

凛「楓さん、安心して引退してください……Pさんと、幸せにね」

凛「でも、時々は……頼らせてね」

 私の望む言葉を、彼女は発する。
 引導を渡される。自分が望んでそうされるのだ。
 うれしいような、ちょっと淋しいような。
 複雑でくすぐったい。

楓「凛ちゃん……ありがとう。あと、ごめんね」

 私がそう言うと。

凛「ちょっ、楓さん! お願い、謝らないで」

凛「せっかく、決心したのに……」

 凛ちゃんの表情が曇る。

凛「ああ、決心したのに……楓さんを送り出すって決めたのに……」

凛「……このまま終わっちゃうの、淋しいよ」

凛「すべてのことに終わりがあるって、わかってるけど。でも」

凛「もっと……楓さんと続けたかった……」

 そう言って彼女は黙り込む。
 私は、何も言えずにいる。

 すべての物事には始まりがあって、終わりがある。
 すべては、移ろいゆく。
 諸行無常。

楓「ありがとう。うん、それしか言えない」

楓「こうしてブルーエをやってる間、全力で走り切るから」

楓「一緒に、楽しんでくれる?」

 凛ちゃんはうつむいたまま、こくりとうなずいた。

 彼女の進む先に、大いなる光あれ、と。
 せめて、そう祈りたい。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

おいらはハッピーでイチャラブ、大好きです
でもそこそこハッピーも、好きです

ではまた ノシ

お待たせしました。投下します

↓ ↓ ↓


 気まずさを抱えながらも、世間話でごまかす。
 凛ちゃんは思うところがあるのか、「今日は帰るね」と、途中で別れる。
 秋色が日増しに濃くなる。夜が肌寒く感じられるようになってきた。

楓「あ」

 いつしか、私の足は事務所に向いていた。

楓「明かり、ついてる」

 いつもの階段を上り、ドアを開ける。
 中ではスタッフが、いつ終わるともわからない仕事をこなしている。

楓「こんばんは」

P「おや、楓さん」

 スタジオからまっすぐ事務所へ戻っていたあの人が、声をかける。

P「今日は直帰じゃなかったですか?」

楓「ええ、そうですけど……なんか、来たくなっちゃって」

 なんとなく、という気持ちはほんと。あの人の顔を見たかったのだ。
 あの人は、キーボードの手を止めて私を見つめる。

P「……」

楓「あの。Pさん?」

P「……よっしゃ。今日の仕事終わり」

楓「え?」

P「楓さん、これから呑みに行きませんか。大将のとこへ」

楓「え、ええ……」

 ぱたん。ノートパソコンのふたが閉じられる。
 とまどう私をよそに、あの人は帰り支度を始めた。

 それが私を慮ってのことと気づいたのは、大将の店に行く途中のことだった。


楓「どうして」

P「はい?」

楓「どうして、わかったんですか?」

P「わかった、ですか?」

 あの人は私に笑顔を向ける。

P「そりゃあ、僕は楓さんのプロデューサーで」

P「楓さんの、彼氏、ですから」

 ああ。
 その一言だけで、私はとても安心する。

楓「あの、実は」

 私は店で、カフェでの出来事を打ち明けた。

P「なるほど、ねえ」

楓「凛ちゃんに申し訳ないことをしたかな、って」

 冷酒を持つグラスをもてあそぶ。

P「で、楓さんは」

楓「え?」

P「どうしたいんです?」

楓「……」


 どうしたいと訊かれても。
 私自身がどうしたいのか、頭の中に浮かんでこない。

P「ま、そこですんなり出てくるようなら、こんなに惑ったりしないですよねえ」

 あの人はそう言っておどけてみせた。

楓「ふふっ、ふふふっ。ほんとPさんは」

 その心遣いに、いつも助けられてる。

楓「いじわるですね」

P「いじわるなのは楓さんにだけです」

 まあ。言ってくれる。
 自分の心が少し軽くなるのを感じる。

楓「どうしたいって……そうですね」

楓「アイドルを続けるって選択肢は、ないです」

P「ありませんか」

楓「ええ。凛ちゃんにも言っちゃいましたけど、私はここまでかな、って」

P「……」

楓「やっぱり、小さくて普通の幸せ、望んでる自分がいるんです」

楓「今こうしてブルーエで仕事をさせてもらって、アイドルにもっとのめりこむかもって思ったりしたんですけど」

楓「自分でも、こんなに頑固だとは。意外でした」

 私はぺろりと舌を出した。

P「頑固、ですか。楓さんらしい」

P「そんな楓さんと一緒にいたいって、そう思う自分も頑固なんですかねえ」

楓「お互いさま、ですね?」

P「なんか使い方違いません?」

楓「ふふふっ」

P「ははっ」


 心にかかるもやを振り払うように、冷酒をあおる。
 大丈夫。あの人がいるから。
 もやがかかっても、一緒に寄り添って、導いてくれる。

楓「Pさん。いつもありがとうございます」

 私は深々と、あの人に向かってお辞儀をした。

P「どうしたんですか、改まって」

楓「こうして、今までアイドルを続けられたのは、Pさんのおかげです。感謝しかありません」

楓「どうか、最後まで私を導いてください」

楓「お願いします」

 もう一度、深々と。

P「楓さん……はい、わかりました」

P「一緒にがんばりましょう」

 あの人はぽんぽんと、私の頭をなでる。
 あの人が私にしてくれる親愛のシグナル。これで何度救われたことか。

楓「それから、Pさん?」

P「ん?」

楓「そのあとは、私がPさんを支えていきます。妻として」

楓「小さくてもあたたかい、Pさんのお城を守っていきたい」

楓「次は、私の番ですから」

 私はあの人を見つめる。
 あの人の瞳は、いつも私を映していた。

P「……はい。よろしくお願いします」


 今度はあの人が、深々とお辞儀をした。
 くすっ。
 その姿があまりにあたたくて、私はなぜか可笑しくなった。

楓「大将。お酒追加でお願いします」

大将「おう……つか楓さん、ずいぶん上機嫌だな」

楓「だって、Pさんがはっきり『婚約』決めてくれたので」

P「え! 婚約、ですか」

楓「そうでしょう? 『よろしくお願いします』って、言ってくれたじゃないですか」

P「楓さんにはかなわないなあ。……ええ、婚約ですね。指輪はないですけど」

大将「ほう? それならあれを出さないとなあ」

 そう言って大将は、奥からなにやら取り出してきた。

楓「え!?」

P「これは、ちょっと……」

 出されたのは四合瓶。そのラベルは。

『初孫』

楓「……」

P「大将、これは気が早すぎでしょう?」

大将「そうか? いやあ、でも子供はいいぞ子供は! 心が潤うからな!」

P「そりゃあ大将とこのお嬢さん、器量よしだし潤うでしょうよ」

大将「だからな。お前らも早いとこ」

P「無茶言わんでください」

大将「がはは! ま、なんにせよお前らがくっつくのはめでたいことだ」

大将「生まれた時にゃ、『初孫』『誕生』をセットで贈ってやるから。な!」

 大将の勢い有り余る心遣い。なんともうれしいではないか。
 私は『初孫』のキャップを開ける。

楓「大将、ありがとう。すごくうれしいです」

大将「おう。でもな、楓さんや」

大将「お前さんはもっともっと、Pに愛されていいと思うぞ?」

大将「今でも十分、なんて言うなよ? 女は欲張りでちょうどいいくらいだ、な、Pよお!」

 大将の言葉に困り顔のあの人。でも決して困ってなんかいない。
 ただの照れ隠しだ。
 私は、あの人から存分に愛されてる。それは十分わかっている。

 大将からお酒を注がれ、乾杯。
 心のもやはいつか晴れ、私は最後まで走り切る気持ちを、改めて固める。

 この人たちの祝福に報いるためにも、走るんだ。
 そして、凛ちゃんにも。報いたい。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

『初孫』『誕生』は、出産祝いにギフトとしてどうぞ(ダイレクトマーケティング)

いよいよラストライヴです。とはいえ主になおかれんのお話
では ノシ

少し投下します

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 翌日。
 多少すっきりとした私は、スタジオに向かっている。いつもの練習。
 年末に向けての準備は着々と。

楓「おはようございます」

 スタジオのドアを開けると、トライアドの三人は先に入って待っていてくれた。

凛「楓さん、おはよ」

 凛ちゃんはあいさつを交わすと、奈緒ちゃん加蓮ちゃんに視線を向ける。
 奈緒ちゃんはうなづいた。とたん。
 三人は私の前に整列する。

楓「え? ちょ、ちょっと」

凛「楓さん」

 私の目の前で、三人が深々と最敬礼を。

凛奈緒加蓮「ありがとうございました!」

楓「ちょ、ちょっと。どうしたの?」

 面食らっている私に、凛ちゃんが語る。

凛「昨日帰ってから、奈緒と加蓮と、三人でちょっと話をしたんだ」

凛「楓さんと私たちのこと」


 ん?
 私はいまいち要領を得ていない。

奈緒「楓さんがやっぱり引退するって。凛から話があって」

奈緒「なんかあたしも、思うことがあったりして」

加蓮「楓さんと、もう一緒にできないんだって、そんなこと思うとね」

加蓮「みんなで、話をしたくなったんだ」

 えっと。
 私についての話?
 まあ、その。うん。話のネタになってるんならよかったけど。
 ……よかったのかな?

凛「ほら、前に楓さんが安心して引退できるようになんて話、したじゃない」

楓「う、うん。そんなこともあったね」

凛「昨日のことがあって、三人で話したらさ」

凛「私たちのほうが、卒業できてないね、って」

 卒業? え?
 何から?

奈緒「……おほん」

 奈緒ちゃんはひとつ、咳払いをする。

奈緒「あたしたちが、今こうしてひとつ上へはばたけたのは、楓さんのおかげです」

加蓮「こうして一緒にやっていると、どこまでも行けそうな気持ちになっちゃうけど」

加蓮「でも、楓さんにおんぶにだっこじゃ、ね」

凛「だから私たち、楓さんから卒業します」

凛「ほんとに……ありがとう」

 凛ちゃんの瞳は、初めて会ったときそのままに、私をまっすぐに見つめる。
 そっか。
 三人がどんな話をしたのかは、わからないし、訊くほど野暮でもない。

凛「楓さん?」

楓「なに?」

凛「……トップの座は、誰にも明け渡さない。約束する」

 奈緒ちゃんや加蓮ちゃんと話し合ったおかげなのか、昨日のような悲壮感は感じられない。
 うん。
 この自信に満ちあふれている凛ちゃんなら、大丈夫。

楓「ありがと。がんばって」

凛「ん」

 一緒に走り続けている私と凛ちゃんだから、余計なことは言わなくていい。
 これだけで、事足りる。


奈緒「なあ、凛」

凛「なに?」

奈緒「凛の言うことって、いちいちかっこいいよな」

 奈緒ちゃんがうっかりそんなことを口にする。とたん。
 凛ちゃんがひきつったような表情をし。
 加蓮ちゃんが「踏んだ……地雷踏んだ」とつぶやき。

凛「ねえ奈緒」

 声のトーンが低い。正直、怖い。

奈緒「な……なにかな」

凛「私の言うこと、そんなにかっこいい、かなあ?」

 奈緒ちゃんも察したのか、言葉をのんでこくこくとうなづいている。

凛「そうね。私、ずっと、ずーーっと、気にしてるんだあ」

凛「Pさんに同じ指摘されてから、ずーーーーっと、ね」

 奈緒ちゃんの顔色がみるみる青くなる。
 凛ちゃん、ドス効きすぎ。

凛「奈緒に選ばせてあげるね」

凛「私がいいって言うまで、パシリ」

凛「私がいいって言うまで、ネコミミ三昧」

 奈緒ちゃんは完全にのまれている。加蓮ちゃんは笑いをこらえてうずくまった。

凛「どっちが、お好み?」

奈緒「……え、えーと」

 私は悟った。凛ちゃんの臨界点を超えた怒りは、恐ろしい。
 凛界点、なんちゃって。
 さて、奈緒ちゃんがどんな選択をしたか。私の口からは言えません。

 彼女たちと一緒にできるのも、あと2か月。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

いよいよラストライヴと言ったな。あれは嘘だ
ごめんよお(´;ω;`) エピソード挿入し忘れてたんだよお(´;ω;`)
アップ前にわかってよかったけど、奈緒がちょっち残念な子になった
ま、いいか(←よくねぇ)

ではまた ノシ

乙!
鷺沢さん上位報酬か・・・

>>36
あなたうちのプロメンですね!?(迫真)

少し投下します

↓ ↓ ↓


 楽しいことというのは。

楓「……」

 時間が経つのも早く感じるもの。
 最終公演を前に、私と凛ちゃんは東京ドームに来ていた。

凛「……早かったね」

楓「そうね」

 バックネット裏の座席から、ステージを眺める。
 こんな広い会場であっても、現場スタッフはあっという間に設営をする。
 まして、明日はテレビ中継も入る。
 人の出入りがいつも以上にせわしない。

凛「大阪もそうだったけど……ドームって、大きいね」

楓「ねえ」

 私はもちろん、凛ちゃんもドーム公演というのは、初めての経験だ。
 あれだけ人気のトライアドプリムスでさえ、ドーム公演の経験はない。

楓「なんか、公演前に京セラドーム見て、場違いだなあなんて感じたけど」

楓「一度経験しちゃうと、意外と肝が据わるっていうか」

凛「うん」

楓「やってやろうって気持ちのほうが、勝るね」

 そう言って凛ちゃんと笑いあう。


凛「会場が大きくても小さくても、ファンのみんなを楽しませることに、変わりないもんね」

凛「むしろ、いっぱいのファンと触れ合えるんだから、こういうのもいいよね」

 私たちの不安は、大阪ですべて解消してきた。
 今の私たちには、楽しみしか、ない。

凛「それにブルーエのラストステージだから」

凛「悔いなく、燃え尽きたいし」

楓「凛ちゃん?」

凛「ん?」

楓「凛ちゃんが燃え尽きるのは、まだ早いんじゃないかしら?」

凛「あはは、例えだよ例え。もちろん、そのあとがあるしね」

 そう。
 このステージが終われば、彼女はあるべき場所へ戻る。
 奈緒ちゃんと加蓮ちゃんと。そして彼女たちのファンとあるべき場所へ。

凛「でも、楓さんだって、ねえ」

凛「その先があるんだから。燃え尽きるのは早いよ?」

 私のその先とは。もちろん、あの人とのことではあるのだけど。

楓「そう、ね。もうちょっとだけ、頑張らないと、ね」

 そう言って私は苦笑した。

 ブルーエの活動終わりましたー、はいおつかれさまー、では済まない諸々。
 着地点というのは、実に難しいものだなあ。


※ とりあえずここまで ※

さあ月末だ!
おまえらリボンザムの準備はいいか!(ガチャガチャ
これで楓さん来たら、爆死確定ですな

では ノシ

【悲報】>>1、課金の海に死す

楓さんは高嶺の花やったんや。おいらには届かへんのや……

投下します

↓ ↓ ↓


 11月も終わろうとしていたころ、ちょっとしたことが起きた。
 ほんとにちょっとしたことなのだけど。
 ありとあらゆるルートにアンテナを立てて、業界関係にスタッフが根回しをしていても。
 そう完璧に事が進むわけじゃない。

社長「……」

P「……」

楓「……」

 私たち三人は、そろって渋い顔をしていた。

社長「高垣さん。これはイレギュラーだと納得してください」

 引退に向けて、事務所からある情報をリークしていた。
 今回のツアーが終了したら、高垣楓は『しばらく』休養に入る『かもしれない』、と。
 業界やメディアに対して、こうした情報をコントロールすることは、それほど苦労じゃない、らしい。
 持ちつ持たれつの関係なのだ。あえて火中の栗を拾うリスクを背負うことはしないだろう。
 社長の弁なので、実は剛腕なのだろうなあ、などと想像するけど。

 実際、少しずつではあっても、メディア露出を減らしてきている。
 画面の向こう側では、気が付きにくい程度で。

 ただ今回は。

P「請けざるを得ませんかねえ……」

 業界関係の外。つまりはスポンサー筋。
 これが問題だった。
 私の番組出演を、単独で要請してきたのだ。
 内容はナレーション。顔出ししない、単発の仕事ではある。
 年内なら請けても別に問題はないと思う。でも年明けの収録になるようだ。

社長「この一本だけにしないといけませんねえ」


 要は、休むと言っておきながら仕事を受ければ、なし崩しに仕事が舞い込んでくることを懸念しているのだ。
 とは言え、スポンサーをないがしろにするようなことは、この業界ではご法度。

楓「……そうですねえ」

楓「お請けするのは、構わないですよ?」

 落としどころを考えれば、請けざるを得ないのは仕方ないと思う。
 仕事ひとつで丸く収まるなら、安いものだ。

社長「高垣さんには申し訳ありませんが、お願いします」

 社長が私に頭を下げる。
 トップに頭を下げさせることに、私は申し訳なさがこみ上げる。

楓「いえ、いいんです。ここまで無事に来れたのも、社長はじめスタッフの皆さんのおかげですし」

社長「私が引退を了承したわけですから、それを引き延ばすのは私の信義にもとります」

社長「やはり、事務所としてなんらかの発表をしないと、いけませんね」

P「発表、ですか?」

 あの人が驚きの表情を見せる。
 発表するということは、事務所でリスクを丸抱えするということ。

社長「ここまで高垣さんにやってもらったのも、私たちのわがままですからね」

社長「休養という形で、発表することにしましょう」

社長「Pくんとは、後ほど詳細を詰めることとしましょうか」

P「……わかりました」

楓「……はい」

 あの人も私もいろいろ思うことはあれど、社長の決断に同意する。


※ とりあえずここまで ※

こうなりゃリボンザムだ!と思ったけど、リボンザムするカードがなかった
フェイフェイとみうさぎから鼻血でるくらいチョコもらったから食うか

では ノシ

投下します

↓ ↓ ↓


 12月に入ってすぐ。事務所から文書で発表を行った。

『関係各位
 弊社所属・高垣楓につきまして、ご報告がございます。
 現在弊社では、高垣・渋谷の両名によるツアーを展開し、皆様のご協力により大変好評を博しております。
 両名のユニット『Bleuet Bleu』につきましては、当初のとおり年内で活動を終了いたします。
 活動終了に合わせ、高垣につきましては充電のため、しばらく活動を見合わせることとなりました。
 今後の方向性を検討するための充電期間でございますので、皆様におかれましてはどうぞご理解賜りますようお願い申し上げます。
 今後の高垣にご期待くださいますようお願いするとともに、温かく見守っていただければ幸いと存じます。
 弊社もさらに飛躍するよう、幅広く活動してまいります。
 どうぞ今後も変わらぬご支援を賜りますよう、併せてお願い申し上げます。』

 社長名で出された文書は、瞬く間に憶測を生む。
 すわ、引退か、と。
 しかし、文書に含みを持たせたことで、そういう雑音をのらりくらりとかわす。

P「充電期間ですので。今後ともよろしくお願いします」

 手慣れたものだとは思う。
 スタッフがいかようなフォローを行っても、一度起こった疑念は晴れるものじゃない。でも。
 疑念は長続きしないだろう。この業界では、そんな話はいくつも浮いては沈むものだから。
 ほかの話題が沸いてきたら、人知れず埋もれていく。

 私は再び渦中の人となったけれど、去年のアレと比べればまだマシ。
 ナレーションの仕事を請け負いそれを最後とすることは、もはや暗黙の事実となった。
 ただ。

『やっぱり引退なんじゃないの?』『ショックデカすぎ。くっそ!○○の野郎!』
『○○と切れてなかったって、マジ?』『んなわけねーだろ、カス』
『充電って言ってんじゃん。変わらず応援しようぜ』

 ファンの反応に心痛むことは多い。
 ファンの間では、昨年の例の件が引き金となって、休養せざるを得なくなったといううわさが、まことしやかにささやかれている。

楓「……相変わらず、すり減りますね」

P「みんな、楓さんのことが心配なんですよ。ほんとに」


 自分のこととはいえ、様々なノイズに心砕くのは気疲れする。
 ましてツアーでの声援が、より温かく大きくなっていることを目の当たりにすると、ダメージは……

凛「もっとファンのみんなを信じよ? ね?」

楓「うん……でもね」

凛「楓さんがどんな選択したって、ファンは温かく接してくれる。間違いないから」

 ため息が止まらない私をフォローしてくれたのは、いつでも凛ちゃんだった。
 私より業界歴の長い彼女の言い分は、説得力がある。

楓「そうだね。ありがと」

凛「それより! あんまりため息ばかりついてると、ファンに見抜かれるよ?」

凛「ファンのみんなの声援に報いるためにも、ステージは全力で、ね」

 ことあるごとに、そう言って私を励ましてくれた凛ちゃん。
 彼女にはずっと助けられてる。

 最初の出会いから月日が経ち、彼女との絆は絶対に切れないくらいに育まれた。
 あの時の私に教えてやりたい。これは運命だよ、って。

凛「いろいろあったけど、無事にここまで来たし」

 できあがっていくステージを眺めつつ、凛ちゃんは言う。

凛「私たちの行きつく先を、みんなに観てもらおう。楓さん」

楓「ねえ、凛ちゃん」

凛「なに?」

楓「ほんとに、今までありがとう」

凛「……なにをいまさら」

 凛ちゃんはくすりと笑う。

楓「これが終わったら、アイドルじゃなくなる。でも、ひとりの人間として」

楓「これからも、よろしくね?」

 私の願いに、凛ちゃんは微笑みで応える。

凛「ん、もちろん。私こそよろしく」

 最後のステージが作られていく。私たちは固い握手を交わす。
 アイドルではなくなる私と、アイドルの凛ちゃん。
 この先のふたりの関係は。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


奈緒「やばいよやばいよ。どうしよう……」

加蓮「大丈夫かな? 私大丈夫?」

凛「奈緒も加蓮も大丈夫。ばっちりだよ」

 初めてのドーム公演。奈緒ちゃんと加蓮ちゃんの緊張はマックスだ。
 そんなふたりを凛ちゃんがなだめる。

 今は三部構成のステージで、二部のトークパートが終わったところ。
 彼女たちの出番は、一番最後。ブルーエのヴォーカルステージの終わった直後だ。

楓「私たちのステージを観て、感じて?」

楓「ファンの反応を感じたら、きっと楽しめる」

 もうすぐ私と凛ちゃんの出番。あまり話している時間はない。
 凛ちゃんと私はスタンバイの位置につく。
 凛ちゃんは加蓮ちゃんの肩をぽんぽんとたたく。

凛「待ってるから」

 私も、奈緒ちゃんに耳打ちする。

楓「自分が楽しまなきゃ、ね」

 私たちがそれぞれ声をかけたことで、少し震えが収まったのか。
 奈緒ちゃんも加蓮ちゃんも、こくりとうなずいた。

凛「じゃ、行ってくる」

 そして私たちはステージに飛び出していく。
『Bomber Girl』に始まり、次々と歌を繰り出す。
 いつものように、あっという間に時間が過ぎ、いよいよふたりの出番。

 私たちが袖に戻った時には、彼女たちはプロの顔つきになっていた。

凛「楽しんでおいで」

楓「私たちも楽しみよ?」

 そして、加蓮ちゃんは私たちにサムズアップを決めた。
 奈緒ちゃんはその後に控え、ステージを見つめている。

 曲奏が変わった。さあ。
 凛ちゃんに背中を押され、加蓮ちゃんがはじけた。

加蓮「さーて! 私は誰でしょう!」

客席「おおお!? おおーーーーっっ!!」



”Sweet Soul Revue - PIZZICATO FIVE”

http://www.youtube.com/watch?v=sPzp1_155aI




※ とりあえずここまで ※

ラストライヴ、スタートです
ではまた ノシ

投下します

↓ ↓ ↓


   今朝はじめて鏡を見て 気がついたの
   Um あなたに恋してるの
   あなたに恋してるの Wow wow
   お目かしして何処へ行くの?
   そう あなたに逢いに行くのよ
   ベイビー 街はいつもパレード
   ベイビー だからついて行こうよ

凛「すごく、ノってるね」

楓「さらに磨きがかかった感じね」

 なおかれんをしごき隊で、加蓮ちゃんは自分らしさを追求する方向を模索していた。
 今、彼女はファッションリーダー。
 クールでおしゃれな方向性を、突き詰めていく。

   世の中にはスウィートやキャッチーが
   いっぱいあるよね
   抱きしめたい 嬉しくて
   ほほ頬ずりしたくなるでしょ

 加蓮ちゃんは、客席へウインクを投げる。

客席「わあああ!!」

   ほら レビューが始まる
   ほら 遅れないでね
   ほら レビューが始まる
   ほら 忘れないでね

 ドームの広大なステージを、モデルよろしくしなやかに歩む加蓮ちゃん。

奈緒「……加蓮って、さ」


凛「うん?」

奈緒「ほんと、かわいいよな」

 ステージ袖、出番待ちの奈緒ちゃんがつぶやく。
 それを聞いて、私も凛ちゃんもくすりと笑う。

奈緒「なんだよ、笑うなよ」

凛「なに言ってんだか」

楓「奈緒ちゃんだって、かわいいじゃない」

 奈緒ちゃんが何か叫びそうになるのを、凛ちゃんが指で口をふさぐ。

凛「ほら。ツンデレかわいい」

 じたばたする奈緒ちゃんに、私も。

楓「みんなそのままの奈緒ちゃんが、かわいいと思ってるから」

楓「ファンのみんなへ、いっぱいアピールしないとね」

 奈緒ちゃんは一瞬私の顔を見て、そして客席に眼をやる。

奈緒「うん。もちろん」

 その瞳は何を映しているのだろう。

   ほら レビューが始まる
   ほら 遅れないでね
   ほら レビューが始まる
   ほら 忘れないでね

 加蓮ちゃんの歌が、もうすぐ終わる。
 奈緒ちゃんのスイッチが、入った。

奈緒「じゃあ……行ってきます」

凛「またステージでね」

楓「いってらっしゃい」


 加蓮ちゃんがこちらに眼を向けている。
 イントロが流れた。

 奈緒ちゃんが足早に、ステージへ向かう。

奈緒「みんなーー! 愛してるよーー!!」

客席「おおおーーー!!」



”Motion, Motion - 村井麻里子”

http://www.youtube.com/watch?v=f9_FoXQIT9o




   風邪気味だとあなたの電話切ったわ
   二人で行くつもりの Rugby game 誰か誘って
   パジャマのまま裸足で風のヴェランダ
   言わなくてもホントは Sunday noon 出たくなかった

 奈緒ちゃんにぴったりの、軽快なアップナンバー。
 ステージに合わせ、サイリウムが揺れる。

   なんて冷たい奴と諦めてもいいわ
   楽しいことだけが眩しいことだけがすべて

 奈緒ちゃんの周りを、加蓮ちゃんがひらひらと。
 軽やかなステップを踏み、ダンスを披露する。

客席「はい! はい!」

 今夜限りの特別ゲストに、客席のボルテージは上昇する。

   Feel my motion motion 強く
   Take my motion motion 熱く輝いていたい いつもいつも
   誰よりも

   Feel my motion motion 強く
   Take my motion motion 熱く恋してる私よりも今は
   わがままな私に夢中

 奈緒ちゃんはアリーナの中央ステージまで駆け出した。
 アリーナ席のファンが総立ちで迎える。

客席「奈緒ちゃーーーん!!」

客席「こっちーー!!」

 声援に、奈緒ちゃんは手を振り応える。

楓「ふたりとも、さすがね」

凛「ステージに向かえば無敵だから」

 初ドームなどと感じさせないはつらつさ。
 やっぱりトップを張るアイドルなんだと、実感。

奈緒「やっほー! みんな、盛り上がってるかーー!!」

客席「いぇーーい!!」

加蓮「こっからは、私たちが『Bleuet Bleu』のステージをジャックしちゃうよ!」

客席「おおーーー!」

加蓮「それじゃあ!!」

奈緒「殴り込みの時間だああああああああ!!」

客席「うおおおおーーー!!!」



”Dreamland - BENNIE K”

http://www.youtube.com/watch?v=VgB0X8QWXwg




 ビートが速くなる。
 奈緒ちゃんと加蓮ちゃんとふたり、跳ねるようにステップしつつステージに並ぶ。
 そして。

奈緒『Here, we go!!』

 奈緒ちゃんのシャウトが、会場を圧倒する。

加蓮『They can't stop my heart!!』

   Now get a party stand alright!!
   気まぐれに任せて
   It's like wonderland
   踏み出したら alright!!
   Then I feel like I'm dreaming

 加蓮ちゃんのノンストップ・ソング。
 普段から体力のなさを心配されていた彼女は、そこにいない。

   Once upon a time
   あるカドのFast food店で

P『Excuse me, we'll have 2 coke please』

加蓮『alright』

加蓮『勤めていた女の子は』

   かなり面白い夢を
   こっそり企んでいて yeah...
   全て投げ捨てて未来へ
   飛び出したの Now let me sing

 ふたりとも、あの人とステージで絡むことができると、とてもわくわくしていた。
 あの人は天然ジゴロだな。ふふっ。


奈緒『Where're my ladies at? 手上げてな』

奈緒『Clap Clap Clap』

   My boys Give me some love then
   Clap Clap Clap
   Party people tear the roof up!
   Now Clap Clap Clap
   We're at the point まだ足んないなら
   Clap Clap Clap Bring it back

 奈緒ちゃんのラップに、会場は騒然。
 ただただ圧倒されている。

   Bang!!! Here I come! Here I Here I come
   Get up now みんなもっと踊って
   Shake yo booty リズム乗って
   Let me take yo'll to the place yo'll never
   been before
   目を醒ます様なの欲しいんでしょ?
   もっとエッジ効かせて 声聞かせて

奈緒「声優とか憧れるなら、このくらいはできないとね」

 なんて言っていたけど。
 その裏で彼女が尋常じゃない努力をしていたことを、私たちは知っている。

 加蓮ちゃんも奈緒ちゃんに負けないくらい、激しいダンス。
 今まで見せることのなかった、気迫あふれる踊り。

加蓮「なんかいくらでも限界超えられそう」

 練習中そう笑っていた彼女の微笑みが、目の前に浮かんでくる。

   Say「OH YEAH」
   Just like hamming birds in
   感覚を潤わす World
   See? My mind まだ止まんない
   だって There comes the BOOM
   分解して冷めないように
   All night keep up with me
   Now bounce up baby to the beat
   Come on

客席「すっげーー!!!」


 割れんばかりの拍手。
 奈緒ちゃんは、してやったりの表情を見せた。
 休むことなく、加蓮ちゃんのヴォーカルが続く。

加蓮『They can't disturb us!!』

   描いたままに allnight
   溢れ出す思いを
   From one's heart to heart
   伝えてゆけば alright!!
   Do you wanna come in my dream?

奈緒『We're going to the WEST!! Come along party people!』

加蓮『Come along with us babe...』

奈緒『So fresh & So clean But still putting it down for the street』

奈緒『We say』

加蓮『We're still in a dream...』

凛「やるねえ」

楓「すごい……」

 ふたりの掛け合いは、芸術の域。
 しごかれて、しごかれて。ふたりの絆を深め合って。

凛「ふたりでも完成してるじゃん」

 凛ちゃんはどことなくうれしそう。
 さらにこの先を、大いに楽しみにしているかのようだ。

加蓮『They can't stop my heart!!』

   So keep the party going allnight!!
   成り行きに任せて
   This is wonderland
   楽しんだら alright!!
   Yeah I feel like I'm still dreaming...

 ふたりの踊りと、客席のハンズクラップ。
 そこは夢の世界だった。

 曲が止まる……

奈緒「Are you OK?」

加蓮「みんなありがと!」

客席「うわああーー!!」

 割れんばかりの拍手につつまれる。


※ とりあえずここまで ※

なおかれんのステージをどうぞ
ふたりとも声付きになったんだよなあ。感慨深いですね

では ノシ

ちょっとだけ投下します

↓ ↓ ↓


加蓮「さて、みんな! 今ここに私と奈緒がいます」

奈緒「……ひとり、足りないよねえ」

加蓮「もちろん、みんなわかるよね」

奈緒加蓮「せーの!」

客席「凛ちゃーーーん!!」

 ステージには誰も出てこない。
 それもそのはず。凛ちゃんはにやにやしながら、まだ私の横に。

凛「じゃ、楓さん。お先に」

楓「ん。あとでね」

 ステージでは奈緒ちゃんが袖に歩み寄る。

奈緒「なんだよ、おい。さっきまで歌ってたんだからいるのわかってんだぞ?」

客席「わははは」

加蓮「しょうがないね。じゃあもう一回!」

奈緒加蓮「せーの!」

客席「凛ちゃーーーん!!」

 さっきよりずっと大きな声に押され、凛ちゃんが飛び出す。

凛「はーい! みんなお待たせ!」

客席「いぇーーーーい!!」


凛「……さっき奈緒の声がしたような気がするんだけど、気のせいだよね?」

奈緒「いや、それ気のせいじゃないから」

凛「それと、さっきの殴り込みって、あれなに?」

奈緒「え? カチコミのがよかった?」

客席「わははは」

加蓮「まあまあ。こうしてトライアドのステージにみんな集まってくれた訳だし」

凛「加蓮、さ。一応言っておくね?」

凛「今日のここ。『Bleuet Bleu』のツアーだから」

凛「しかも最終日。あなたたちお客さん。オーケー?」

加蓮「うん、知ってた」

客席「わははは」

加蓮「でもさ。せっかくのドームだし?」

加蓮「トライアドのドーム公演の予行演習、なんていいかなー、とか」

客席「ぱちぱちぱち」

奈緒「来年のアイドル界をリードするのは、あたしたちトライアドプリムスだー! なんて」

凛「はいはい。いいよ」

凛「パワーアップした私たちを、ひと足先にみんなに観てもらおう。いいよね?」

客席「やったーーー!!」

奈緒「じゃあ、ちょっと準備するから。あいや待たれい!」

凛「……なんで歌舞伎役者?」

客席「わははは」

 奈緒ちゃんと加蓮ちゃんは、インカムを準備する。
 そして、三人がセンターに。



”チョコレイト・ディスコ - Perfume”

http://www.youtube.com/watch?v=fotpFAvt_QE




※ とりあえずここまで ※

前スレでみなさんにご紹介いただいた曲を聴いて、耳がホクホクでした。感謝
ラストに向けて、徐々にオールスターが揃っていきますね

では ノシ

投下します

↓ ↓ ↓


   チョコレイト・ディスコ
   チョコレイト・ディスコ……

 三人のパフォーマンスが始まる。
 会場も一体になる高揚感。

   計算する女の子
   期待してる男の子
   ときめいてる女の子
   気にしないふり男の子

 勝手知ったるなじみの曲ということなのだろう。会場のノリは様式美を描いている。
 それにしても。

楓(盛り上げ方がうまいなあ)

 シンプルなダンスだけど、三人の踊りはものすごい。
 何度も場数をこなしている分、ファンもノリ方を知っているし。
 ごまかしがきかない。

   お願い 想いが届くようにね
   とっても 心こめた甘いの
   お願い 想いが届くといいな
   対決の日が来た

凛「さあいくよー!!」

   チョコレイト・ディスコ
   チョコレイト・ディスコ……

 三人はそれぞれ、サブステージへ散る。
 会場の地鳴りが、大きく拡がった。

 ステージももう最終盤だというのに。
 トライアドのパフォーマンスは、さらに加速している。
 でも、そういうものだ。

楓(アイドル、だもんね)

   お願い 想いが届くようにね
   とっても 心こめた甘いの
   お願い 想いが届くといいな
   なぜか 教室がダンスフロアに

 こうして演じる側は、ファンの後押しが原動力。
 だからステージが後半になるにつれ、パフォーマンスのキレが上がったりする。
 みんなが盛り上がってくれるから。

 その分、出し切りすぎて酸欠になったりもするけど。

楓(がんばれそう……)


 彼女たちの圧倒的パフォーマンスに呼応するような、ファンの声援。
 その声が、私を後押しする。

凛「みんなありがとー!」

客席「わああーー!!」

加蓮「いつも以上にすごかったね」

奈緒「あたしたちが負けそうになったよ?」

凛「もうね。サイコーー!!」

客席「いぇーーい!!」

凛「さて。あとひとり、ここにいない人がいるよね?」

加蓮「大トリだよ大トリ。楽しみだよね」

奈緒「……いや、そうやってプレッシャーかけるのってどうなのよ?」

客席「わははは」

 一息、入る。

凛「それじゃあ呼ぶよ。CGプロの歌姫。アクトレス、高垣楓ー!!」

 凛ちゃんのコール。会場の声援が全身に届く。
 さあ、ラストステージへ。
 行こう。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


客席「楓さーーーん!!」

 私に向けられた声援にひとつひとつ、手を振って応える。
 この時間がいとおしい。

楓「えっとね?」

凛「うん?」

楓「がんばったごほうびに、裏でこう、ぷしゅっとしようかって……」

 そう言って私は、ビールのプルタブを開けるしぐさをする。

凛「あの、本番中だから、まだ」

客席「わははは」

凛「あと、WOWWOWの放送枠、あと少ししかないし」

楓「あら、そうなの?」

楓「みなさんの応援する姿、映ってますよー。手を振ってみよー」

 客席に視線を移し、私はランプの灯っているカメラを指さす。
 それにあわせ、一斉に手を振る会場のみんな。

奈緒「ま、そんな訳だから、そろそろ全員で」

楓「ちょっと待った」

奈緒「え?」

楓「まだね。奈緒ちゃんや加蓮ちゃんの歌、聴き足りないと思ってる人!」

 私は会場に向け、挙手を求める。

客席「はーーい!!」

客席「聴きたーーーい!!」

奈緒「うええぇ!?」

加蓮「ええっ!?」


 ふたりの反応の中に、凛ちゃんが割り込む。

凛「だから、枠少ないって言ってるのに…… え? どっちか1曲ならオッケー?」

 その言葉に、会場から盛大な拍手が。

凛「ほら、期待されてるからさ。ふたりでじゃんけんね。負けたほうが歌う、いい?」

加蓮「ほんとにー?」

奈緒「まあ、みんながそう言うなら、さあ……」

 私と凛ちゃんの打合せ済みのアドリブに、困惑するふたり。
 私はじゃんけんするようはやし立てる。

楓「ほら。ほらほら。私と凛ちゃんが見届けするから」

奈緒「じゃあ、まあ」

加蓮「んー」

 加蓮ちゃんは納得してないようだけど、なんとなく歩み寄る。
 奈緒ちゃんは押しに弱いようだ。

凛「さあいこうか」

凛「レディー!」

奈緒加蓮「最初はグー! じゃんけんぽん!」

 奈緒ちゃんがパー。加蓮ちゃんがチョキ。
 勝負あり。

加蓮「やったー! うれしー!!」

奈緒「マジかぁ!?」

 加蓮ちゃんはぴょんぴょん跳ねまわり、奈緒ちゃんはうなだれる。

凛「勝者、北条加蓮! はーい、奈緒は準備をすること」

楓「じゃあ加蓮ちゃんは、私たちとダンス隊に混ざってね」

 奈緒ちゃんは覚悟を決め、センターに立つ。
 私たち三人は、奈緒ちゃんを囲むようにセット。

奈緒「……クールなあたしを、見せつけてやるぜー!!」



”Limit - 横山輝一”

http://www.youtube.com/watch?v=U98JaLz9YU4




 前奏。奈緒ちゃんの表情がクールビューティーに変わる。
 私たちはその雰囲気に、ダンスで応える。

   愛されることに 慣れてたから
   愛する苦しさを 覚えた
   挑戦むような 濡れた瞳に
   動かされて プライドとかすように

 奈緒ちゃんは強い瞳を客席へ向け、堂々と歌う。
 彼女たちとの練習中に、私とあの人は気づいていた。
 奈緒ちゃんは凛ちゃんに負けないくらい、中性的な強い表情を持っている。
 加蓮ちゃんの女性的なカリスマ性とは、逆方向だけど。

 だから、こうしたハードビートの曲でみんなにアピールして欲しかったのだ。

 踊る私たちのスピードが上がり、奈緒ちゃんのトーンが上昇する。

   なぜ なぜ壊せないの スキもみせない
   クールなままじゃ OH 手に入らない
   ただ ただ欲しいだけさ かけひきのない
   キスの先の OH 答えをみせて

 奈緒ちゃんの声が、会場の奥まで響く。
 伸びるハイトーンが、疾走感をアピールする。

 もう客席の視線は、奈緒ちゃんが独り占め。

   なぜ なぜ奪えないの みたこともない
   しなやかさが OH やけにまぶしい
   もう もう止められない ひきかえせない
   つかめないと OH 知っているけど

 声を振り絞り、奈緒ちゃんが歌い上げる。
 そしてマイクを持つ手を、高く突き上げた。

客席「かっこいいーー!!」

客席「さいこーー!!」

 やり切った彼女は、満足そうな笑みを浮かべてお辞儀をする。
 私たちは、再び彼女を取り囲み、フィニッシュ。

奈緒「みんな、ありがとね」


※ とりあえずここまで ※

奈緒はかっこいい。異論は認める

予定してる曲は、あと3曲かな
では ノシ

投下します

↓ ↓ ↓


 客席からは万雷の拍手。
 私たちはそのままの勢いで進む。

加蓮「さあ! 四人そろったよ!」

奈緒「お待ちかねのアレ、いくよ」

楓「私たちのテーマ曲」

凛「みんなも一緒にね!」

 会場のみんなと、タイトルコール。

全員『お願い!シンデレラ!』――


   お願い! シンデレラ
   夢は夢で終われない
   動き始めてる 輝く日のために

 CGプロのタイトルチューン。
 私たちのステージではおなじみの曲。

客席「はい! はい! はい! ……」

   エヴリデイ どんなときも キュートハート 持ってたい
   ピンチもサバイバルも クールに越えたい
   アップデイト 無駄なパッション くじけ心 更新
   私に出来ることだけを 重ねて

 ファンのみんなと一体になった、いわゆる様式美。
 こうして一緒に盛り上がれるというのは、なんて幸せなことだろう。

   魔法が解けないように
   リアルなスキル 巡るミラクル 信じてる

凛「さあいくよー!」

   お願い! シンデレラ
   夢は夢で終われない
   叶えるよ 星に願いをかけたなら
   みつけよう! MyOnlyStar
   まだまだ小さいけど
   光り始めてる 輝く日のために

 夢は夢で終われない。
 事務所には、これからのシンデレラを夢見る少女たちが、大勢いる。
 彼女たちも、この場所を夢見て、この歌を継いでいくのだろうか。

 こうして夢の舞台に立っていることが、私の夢であったわけじゃない。
 偶然の出会いがあって。

楓(王子様なのかな?)

 私は、あの人のシンデレラになれたのだろうか。
 サイリウムのじゅうたんの中、ふと思う。

   涙のあとには
   また笑って
   スマートにね
   でも可愛く
   進もう!

客席「うおおおーーーーー!!!」

奈緒「まだまだ終わんないぜー!!」



”Aquarius ~ Let the Sunshine In - The Fifth Dimension”

http://www.youtube.com/watch?v=RIpMSZbuFoc




 照明が暗転し、私たち四人にスポットが当たる。
 私と凛ちゃんは、それぞれマイクを掲げ、歌いだす。

凛楓『When the moon is in the Seventh House』

   And Jupiter aligns with Mars
   Then peace will guide the planets
   And love will steer the stars

 ゆっくりと前方に歩む私たちに、加蓮ちゃんと奈緒ちゃんが加わった。

   This is the dawning of the age of Aquarius
   Age of Aquarius

 四人が立ち位置に整列し、歌い上げる。

凛奈緒加蓮楓『Aquarius! Aquarius!』

 その場で、私たちはステップを踏み、リズムをとった。

奈緒加蓮『Harmony and understanding Sympathy and trust abounding』

奈緒加蓮『No more falsehoods or derisions Golden living dreams of visions』

凛楓『Mystic crystal revelation』

奈緒加蓮『And the mind's true liberation』

凛奈緒加蓮楓『Aquarius! Aquarius!』

 歌に合わせて、ファンのみんなが左右に揺れる。
 ドームが幻想的な光景に包まれる。

   When the moon is in the Seventh House
   And Jupiter aligns with Mars
   Then peace will guide the planets
   And love will steer the stars

 四人で歌うことも、これが最後。
 私はできるだけ感傷的にならずに、会場のみんなと楽しむよう歌う。

   This is the dawning of the age of Aquarius
   Age of Aquarius

凛「みんなで歌うよー!!」

   Aquarius! Aquarius!


奈緒「もっと大きく!!」

   Aquarius! Aquarius!

加蓮「まだまだー!!」

   Aquarius! Aquarius!

楓「私たちに聴かせて!!」

   Aquarius! Aquarius!

 曲調が変わった。四人が激しく踊りながら歌う。

   Let the sunshine, let the sunshine in,
   the sunshine in

凛「手拍子! 小さいよ!」

   Let the sunshine, let the sunshine in,
   the sunshine in

楓「もっともっと!!」

   Let the sunshine, let the sunshine in,
   the sunshine in

   Let the sunshine, let the sunshine in,
   the sunshine in ――

 熱狂が会場を埋め尽くす。
 私たちは、力の限り歌い切り。

楓(うれしい……)

 そして幕を下ろす。

客席「わあああーーーー!!!」

客席「アンコール! アンコール! ……」

 そして……


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

やっぱりライヴは難しいね。ちかたないね
次でいよいよライヴ終了、かも

だらだら書いてきましたけど、465kB、25万字を超えました。読んでいただいて感謝しきりです
では ノシ

おつです
おねシン、パッションの前に誤字が…

>>102
ぬおおぉぉ……
これは大チョンボじゃないですかorz ご指摘感謝

>>97 9行目
×無駄 → ○無敵

どうしてこうなったorz

投下します

↓ ↓ ↓


客席「凛ちゃーーん!!!」

客席「楓さーーん!!!」

 予定のアンコール曲を終え、会場に明かりが灯っても。
 ファンのみんなは帰ろうとしない。

 今日で『Bleuet Bleu』の活動は終了。そして。
 私の、活動休止。

 惜しんでいる。みんなが、私たちを。
 拍手が鳴り止まない。

楓「……Pさん。凛ちゃん」

P「はい」

凛「うん」

楓「もう一曲だけ、わがまま。許してくれますか?」

 私の懇願に、あの人も凛ちゃんも首肯する。
 私は深くお辞儀をした。

客席「お? わあああ!!」

客席「凛ちゃーーん!! 楓さーーん!!」

 もう一度だけ会場の明かりが落とされ、私たちはステージへ登った。
 そして、凛ちゃんに促され。私はセンターに立つ。
 あの人が指示を出し、ステージの明かりが徐々に落とされ、私にピンスポットが当たる。
 準備は整った。

楓「ほんとに、こんなに遅くまで。ありがとうございます」

楓「まだこうして私たちを待っていてくれたこと、感謝しますね」

 こうして無事最終日を迎えて、まだ正直、感慨とかそういうの、湧いてないんです。
 そして、今日でお休みに入ることも。

客席「えーーー!!」

客席「やだあーー!!」

 皆さんもご存じの通り、このステージが終わったら、私はお休みをいただくことになりました。
 あの。
 ……なんて言ったらいいんでしょうね?

客席「……」

 えっと。
 デビューして3年。まだ3年なのか。もう3年なのか。
 私にも、よくわかりません。
 ただ。ずっと休みなく走ってきたなあ、って。
 そんな気は、します。

 でも、皆さんの前でこうして歌って、皆さんが応援してくれて。
 充実しています。ありがとう。

客席「ぱちぱちぱちぱち……」

 拍手、ありがと。
 そして『Bleuet Bleu』っていう、私にとっては未知の体験?
 それも、すごく楽しくて、新鮮で。
 それはきっと、横にいる凛ちゃんのおかげです。
 凛ちゃんに拍手を。

客席「ぱちぱちぱちぱち……」


 このユニットで皆さんと歩いてきて、思ったことがあります。
 私には、まだ別のことができるんじゃないかな、って。
 アイドル『高垣楓』としてではなく、もっと別の関わり方もあるかな、って。
 そんなことを、思いました。

 でも。
 私にいろんなことがあっても。
 私がいろんなことを思っても。
 いつもファンの皆さんがいてくれて、応援してくれて。
 励ましてくれて、温かく見つめて……くれて。

楓「あ……れ……」

 気が付けば、ぽろぽろと。
 涙を止められない自分が、いた。

楓「みんな……ありが、と……ごめんね……」

 ダメだ。
 最後まできちんと言おうとしてるのに。
 なんで私の涙腺は、私の言うことを聞いてくれないのだろう。

楓「ごめんね……ほん、と……ごめ……」

客席「楓さーーん!!」

客席「大丈夫だよーー!!」

客席「応援してるよーー!!」

 凛ちゃんが私のそばに来て、私を優しく抱きしめる。
 私はそれ以上声にならず、しばし泣くばかり。

 会場のみんなは、ずっと温かい拍手を送ってくれた。

楓「ほんと、泣いちゃって……ごめんなさい」

楓「でも、こんな時は。こう言うんです」





『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』って。





楓「『ありがとう』って、いい言葉ですよね」

 ありがとうって言うと、心がハッピーに。
 ありがとうって言われると、心がハッピーに。
 お互いに、幸せ。

 だから、皆さんに。
 ありがとう。

 お休みをいただいて、きっと新しい高垣楓になります。
 そして、また皆さんと会いたいです。
 だから、ちょっとだけ。
 皆さんが、背中、押してください。

客席「楓さん、ありがとーー!!」

客席「必ず戻ってきてねーー!!」

客席「ありがとーー!!」

 ありがとうの言葉が、会場に響く。
 私はこの声援を聞いてまた泣きそうになるけど、でも、もう大丈夫。
 みんなが、背中を押してくれた。

楓「ほんとに、ありがと」

楓「皆さんと私の縁が、これからも続くよう、この曲を贈ります」

楓「みんなに届きますように……『手紙』」



”手紙 - 諌山実生”



 凛ちゃんの叩くカホンが、優しく響く。
 私は、みんなの導きにひかれるように、歌いだす。

   遠く遠く 離れていても
   君が泣いた時は 会いに行くよ

 私にはいつも、信じられる人がいる。
 かけがえのない存在に守られて、生きている。

   いつも同じ電車で 人波の中へ
   都会(ここ)なら 夢は叶うと信じてた

 東京へ出て、あの人と出会って。
 私の歩む道は、いつも私の想像を超えて開けていて。

   遠く遠く 離れていても
   君がそこにいるから 僕は行ける

 ファンという、得がたい存在があって。
 私は、ここまでやってこれた。

   “次に会えるのはいつ?”電話の向こう
   ここまで 一体何をしに来たんだろう…

 心に不安があるときも、惑ってる時も。
 私には、私を見守ってくれる人たちがいて。
 それは、とても幸福なことで。

   次に会える時には 一歩でも前に進めてたなら
   そんな自分を見せたい そんな自分で会いたい

 時に矮小とも思える自分を、信じて求めてくれる人がいたから。
 走ってこれた。

   遠く遠く 離れてるから
   余計愛しく思う どんな時も

 みんな、ありがとう。
 大好きです。

   遠く遠く 離れていても
   君が泣いた時は 会いに行くよ

 そして、Pさん。
 いつもありがとう。

 ……愛してます。

   どんな時も 会いに行くよ

 どうしてもこらえきれない涙もそのままに。
 私は、最後まで歌い切る。

 客席のみんなは、私の歌にじっと耳を傾けていた。
 そして、誰ともなく拍手が起こる。

客席「ぱちぱちぱちぱち……」

客席「ぱちぱちぱちぱち……」

客席「わあああーーー!!」

 拍手はいつか、歓声へと変わる。
 ありがとう。
 ありがとう。

 ドームのステージに、涙と感謝を携えて。
 私は、マイクを置いた。

 また、いつか。
 会える日まで。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

次、エピローグです
たぶん次回で終わる予定

『手紙』のアドレスを張ろうと思ったら、YouTubeから削除されてました。残念
追っかけて読んでくださった方には、いつも感謝しております

では次回 ノシ

投下します

↓ ↓ ↓


 春の日差しが、事務所を温かく照らす。
 4月。

凛「楓さん、ちひろさん、おはよう」

ちひろ「おはようございます」

楓「凛ちゃん、おはよう」

 あの日から、1年4ヶ月。
 私は相変わらず、事務所にいる。

 ナレーションの仕事を終え、私が活動休止に入っても、メディアはそうそう関心を手放すはずもなく。
 しばらく、私の行動を追いかけていた。
 その間レッスンを受けたりして、注目をそらしていたりもした。が。

楓「……これじゃ、いつもと変わりませんね」

 私はため息をつく。

P「まあ、しばらくの辛抱ですよ」

楓「わかってはいるんですけど……」

 こんな調子じゃ、あの人と新しい生活なんて夢のまた夢。
 そんなことを考えていると。

P「そうそう。楓さんにお願いがあるんです」

楓「なんです?」

P「実はですね」


 あの人から打ち明けられたこと。それに私は納得して、こうしていまだ事務所にいるのだ。

ちひろ「楓さん。次は、この書類お願いします」

楓「わかりました」

 今の私の肩書は、『CGプロ総務部 庶務担当』。
 そう。
 私はちひろさんの部下になったのだ。
 そして。

ちひろ「そういえば、Pさんは元気にしてます?」

楓「……ええ、相変わらず」

 あの人はもう、事務所にいない。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


P「独立しようと思うんですよ」

楓「え?」

 ある日。
 大将の店でいつものように呑んでいると、あの人は突然そう告げた。

P「個人事務所を設立するつもりです」

楓「え、どうして、ですか?」

 私が活動休止した後のことを、あの人とまったく話をしなかった訳じゃない。
 私たちはこれからも一緒にいることを、ベッドの中で約束している。

P「まあ、僕自身はこのまま事務所勤めもいいかなあ、と思ってたんですけど」

P「社長がね、勧めてくれてるんです」

楓「?」

 よくわからない。
 活動休止のあと、あの人は再びトライアドの担当になる予定だ。
 まだ凛ちゃんたちには発表していないけど。

P「社長が『作編曲も含めた総合プロデュースを、やったほうがいい』と」

P「『そうなれば、この事務所の縛りがないほうが、いろいろ都合がいい』と」

 あの人は話を続ける。

P「僕にはまだ早い気がして、断っていたんですけどね」

P「社長のところには、プロデュースの話が舞い込んでいるそうです。他のプロのアイドルの」

 そうなのか。
 確かに、ずっと一緒にやってきて感じていた。
 あの人はもっといろいろなプロデュースができるんじゃないか、と。
 見てる人は見てる。あの人の才能を。

 まさか、事務所を超えたプロデュース依頼が来ているとは。

P「いろいろ考えたんですけどね……根がぐーたらなので、宮仕えのほうが楽なんですけど」

P「でも、ここが勝負の時かな、と」

P「楓さんと所帯を持つこと、ずっと考えてましたからね」

 そう言ってあの人は、私に微笑みを投げる。
 そして、その顔は真剣みを増す。

P「楓さん」

楓「……はい」

 来た。
 そう思った。

P「……結婚してください」


 待っていた、この言葉を。
 プロポーズのとき、どれほどの喜びが沸くだろうと勝手に想像していたけど。
 でも、私に訪れたのは、よかったという安堵の気持ちだけだった。

楓「……謹んでお受けします」

 なんとも盛り上がらない気持ちに驚きながら、私はあの人のプロポーズを受ける。
 でも。
 それだけ密度の濃いお付き合いをしていたのかな?
 そう自分を納得させる。

P「うん、よかった」

楓「ひょっとして、お断りすると思ってました?」

P「いえ? 全然」

楓「あらひどい」

P「今更じゃないですか。だって僕たちは」

P「一心同体ですから」

 くすっ。
 それもそうだ。

楓「じゃあこれからも、離れられませんね」

P「僕が困ります。楓さんなしには、生きていけませんから」

楓「そうですか。じゃあ、しっかりお世話いたしますね?」

楓「ふふっ」

P「ははは」

 そして、独立したあとの話をする。

P「プロデュース業だけなら、チーフのとこにお世話になるって手もあるんですけど」

P「社長がですね、『この際だから、名前も売っておけ』と」

楓「はあ」

P「ただ個人事務所ですから、いろいろやることも多いわけで」

P「楓さんには、事務仕事もろもろをお願いしないとならないかなあ、と思いまして」

楓「それで、ちひろさんの仕事を覚えてくれ、と」

P「そういうことです」

 あの人がどうがんばっても、身体はひとつしかない。
 私はあの人の妻として、サポートに徹する。
 つまりは。

楓「糟糠の妻、ということですね?」

P「……よろしくお願いします」

 私としては、願ったり。
 今まで、あの人のおかげで輝いた日々を過ごしてきたのだから。
 今度は、私はあの人を輝かせる番。


 そういういきさつがあり、私はアイドルの看板を下ろし、ちひろさんと一緒に事務屋さんになった。
 遅ればせながら、普通のOL生活を謳歌している。
 なかなか楽しい。

 活動休止から3ヶ月。メディアもそろそろ諦めてくれる頃。
 私とあの人は、独立に向けてスケジュールを詰めていく。
 社長と何度となく話し合いが行われ、あの人の退社は翌年3月末と決まった。
 私はその後を追うように、6月末での退社。
 3ヶ月ずらすのは、個人事務所の活動が落ち着く期間を見越してのことと。
 株主向けに、決算期に合わせたこと。
 そこは会社という組織の性。致し方ない。

凛「Pさんが担当に戻ってくるって!?」

 凛ちゃんが驚いた表情で、あの人に詰め寄っている。

P「どっから聞いた? その話」

凛「チーフさん」

P「まったく、フライングもいいとこじゃん……」

 あの人はやれやれと、顔を伏せる。

P「ああ、本当だ。正式には近々、社長から話があると思う」

P「で、一応訊いておくが。奈緒と加蓮はこのこと……」

凛「知ってる」

 あの人は、やっぱりという表情を見せた。
 チーフさんのリークはあったものの、社長から正式に担当移行の話がトライアドの三人になされる。

社長「そういうことで、引き続き三人にはがんばっていただきます。よろしくお願いします」

凛奈緒加蓮「はい!」

凛「ところでPさん」

P「ん?」

凛「チーフさんとこは、もううちの事務所の担当しないの?」

P「いや? チーフのとこには、うちの次世代をお願いしてるさ」

凛「え? 誰?」

P「誰だと思う?」

凛「……わかんない」

P「『ロック・ザ・ビート』だよ」


凛「ああ、なるほど」

 チーフさんのところとは相変わらずよい関係であるよう、次にプッシュしているユニットをお願いしてある。
 夏樹ちゃんと李衣菜ちゃんのデュオ、『ロック・ザ・ビート』。
 ユニットデビューが決まったのだ。

李衣菜「ふっふっふ。フェイス・ザ・フェイスとの共演が、あたしを待ってるぜ……」

 李衣菜ちゃんはいつになく静かに燃えているけど。

夏樹「ま、実現するかはだりー次第、かな」

李衣菜「ぶー。ひどーい」

 夏樹ちゃんは冷静に、自分の立ち位置を把握している。
 とはいえ、彼女たちはヴィジュアル的に申し分なく、音楽の才能も確か。
 方向性さえしっかりしていれば、絶対に売れる。

 チーフさんに仕事をお願いするのも、むしろ当然の結果であった。
 あわただしく、諸々のことが動いていく。
 私は、その動きを後ろからサポートする。

ちひろ「また忙しくなりますね」

 いや、まだまだ私は見習い。ちひろさんに手取り足取り教わっている最中。
 がんばらないと。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


大将「なんだ、俺たちにか?」

P「いや、楓と話し合って決めたんですけどね」

大将「ほほお。楓、ねえ」

 6月。
 私とあの人は、私の誕生日に入籍をしようと決めていた。
 もちろん、事務所のことやゴシップのことを念頭に入れているので、式を挙げるまでには至らない。
 でも。
 これはけじめであり、責任。
 私たちは運命を共にすると、宣言するのだ。

楓「大将。私が言ったんです。呼び捨てにしてくださいって」

大将「いいねいいねえ。こいつがデレッデレのとこ見られるなんてな」

 大将のからかいに、あの人はいっそう顔を赤らめる。
 将来を約束しているのに、いまだに『さん』付けなのが、どうにも引っかかっていた。
 私の無茶ぶりに、あの人は真摯に応えようとしてくれる。
 なんとまあ、どこまでもまじめというか。

大将「ま、おめでたいことだ。喜んで引き受けるさ」

P「大将、ありがとう」

楓「ほんと、ありがとうございます。奥様にもよろしくと」

 籍を入れるにあたって、私のわがままをひとつだけ。
 婚姻届の保証人を、大将とはづきさんにお願いしたい、と。
 あの人は喜んで賛同し、今こうしてお願いしている。

 お互いいい歳だから、このまま提出してもよさそうなものだけど。
 あの人は、きちんと私の実家へ伺いを立てた。
 両親は、私がアイドルになったときより驚いていた。
 でも決して反対することはなく、祝福してくれた。

 お父さんお母さん、ありがとう。あなたたちの娘で、よかった。

 届を提出し、晴れて夫婦に。
 窓口で「6月14日。確かに受理しました。おめでとうございます」と、機械的に言われ。

楓「なんか、こう。もやっとするような……」

 そういう釈然としないところも、いい思い出。

楓「ねえ、Pさん」

P「はい?」

楓「手、つなぎませんか?」


P「……いいですね」

 私たちは手を携え、事務所へ報告に向かった。

社長「そうでしたか。おめでとうございます」

P「ありがとうございます」

楓「ありがとうございます」

社長「まあ、公表できるような状況じゃないのが残念ですけど。でも」

社長「私や事務所のみんなは、あなたがたの幸せを、祈ってますよ」

 社長の言葉にふたり、うなずく。
 おおっぴらにできないことは百も承知。それでも、私たちを応援してくれる人たちがいることを知ってるから。
 こうして、ふたり歩いて行ける。

社長「そういや、渋谷さんたちには、話をしましたか?」

P「いえ、まだ」

社長「なら、早めに言ったほうがいい。待ちくたびれてますからね、彼女たち」

 社長は笑った。
 ちひろさんにも報告したけど、なにやら「扶養されたい……私も扶養されたい……」などとつぶやいていた。

 その日の夕方。
 トライアドの三人は、夏に発売するアルバムのレッスンで忙しい。
 そのレッスンに、なぜか私も立ち会っていた。あの人の要請だ。
 ただの一事務員がこうして参加しているのは、少々違和感があるけど。

奈緒「ようやくかあ!」

加蓮「おめでとー! ねえねえ結婚式には呼んでね!」

 奈緒ちゃんと加蓮ちゃんは、満面の笑みで喜びを表現している。
 凛ちゃんはというと。

凛「そっか。おめでと」

 相変わらずのクールビューティー。

 実は凛ちゃんにだけあらかじめ、入籍日を打ち明けていた。
 なんと言うか、特に思い入れのある妹分だけに、なんか話しておかないとという気分になったのだ。
 そのときに凛ちゃんが号泣したことは、あの人にすら打ち明けていない。
 彼女のうれし泣きは、私だけのもの。

P「それから。みんなに大事な話がある」

P「来年の3月に、僕は事務所を退社することになった」

凛「え?」

奈緒「え?」

加蓮「え?」


 青天の霹靂。
 彼女たちの表情が一気に曇る。

凛「そ、それって……」

P「あー、心配するな。お前たちのプロデュースは続ける」

奈緒「いや、でも事務所やめるって」

P「事務所はやめるけど、別にいやになったからっていう訳じゃない」

P「独立することになったんだ、プロデューサーとして」

 彼女たちの不安の表情は消えない。
 私が、補足をする。

楓「つまり、チーフさんとこと同じような関係になるの。Pさんと私で個人事務所を設立して、CGプロと業務委託の契約を結ぶ」

楓「だから、凛ちゃんたちとは、今まで通り」

 その言葉を聞いて、ようやくイメージがつかめたらしい。
 三人とも安堵の表情に変わる。

凛「でも、どうして? 事務所をやめなくても」

P「まあ、その方が都合がいい、ってことにしておいてくれ。それから」

P「次のお前たちのフルアルバム、僕の名前が出ることになる」

 あの人は今までも、所属アイドルのプロデュースを手掛けていたけど、表に名前が出ることはなかった。
 Pという一プロデューサーの、表に出るための作品。それがトライアドのニューアルバム。
 これほどのインパクトは、そうない。

 三人の瞳に、炎が宿る。

凛「そっか……なら、絶対いいものにしないとね」

奈緒「やる気がみなぎってくるね」

加蓮「うん、Pさんの自信作、きっとヒットさせてみせるよ」

 彼女たちなら、きっとやってくれるだろう。
 そう信じている。

P「ああ、そうそう。楓には共同プロデュースで参加してもらうから」

楓「え!? Pさん、ちょっと待って……」

P「ん? だってファンの前で宣言したでしょう?」

P「新しい高垣楓で、会いたい、って」

楓「!!」

 なんと。
 私の意図しないところで、そんな話になっているとは。

凛「そっか。ふふっ。ふふふっ」

 凛ちゃんは笑いをこらえられない。

凛「よろしくお願いしますね? 高垣プロデューサー?」

 ああ、もう。
 結局のところ、私は巻き込まれるようにアルバム制作に参加し。
 ライナーのクレジットに”Co-Producer:高垣楓”を記すこととなった。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 トライアドのアルバムはその年一番のスマッシュヒットとなり、年末の音楽イベントを総なめにした。
 私がプロデュースで参加したことは、小さく報道されたものの。
 その記事は業界の波に、静かに埋もれていく。
『高垣楓』の名前は人々の記憶の、ほんの片隅に残る、そんな存在となった。

 トライアドプリムスの勢いは止まらない。
 年が明け3月に発売したアルバムも、順調に売れている。
 そして3月の吉日。あの人が退社する。

P「えー、なんと言いますか。わざわざこんな盛大に歓送会を開いていただき、大変感謝します」

P「多くは言いません。今まで大変お世話になりました」

P「とはいっても、これからも皆さんと一緒に仕事をさせていただくことになってますので、結局変わらないんですけど」

 その言葉に、事務所のみんなが笑う。

P「でも、お互いによい緊張を持って、これからもがんばっていきましょう」

P「どうぞこれからも、よろしくお願いします」

 あの人は深々とお辞儀をした。

スタッフ「ぱちぱちぱち……」

 拍手の中、私は花束を持ち、あの人に渡す。

楓「お疲れさまでした。これからも、よろしくお願いしますね?」

 凛ちゃんが作ってくれた特製の花束。
 あの人はうれしそうに、それを眺める。

P「ありがとう」

 事務所内で、私たちは結婚していることは周知の事実なのだけど。
 でも、今日だけは。
 あの人は、送られる人。私は、送る人。

 あの人の机はしばし、空席となった。

―――
――


ちひろ「まあ、元気そうならなによりです」

楓「仕事も忙しそうですけど、ちょっと別のことで」

ちひろ「あら」

楓「ふたりで話し合ったんです。独立するならせっかくだから、家建てちゃうか、なんて」

ちひろ「ええ!? マイホームですか!?」

楓「まあ、レッスンルームを完備したとこなんて、そうないですし」

楓「私の稼ぎで、頭金くらいはなんとか……」

 いきなりのマイホーム発言に、ちひろさんは目を白黒している。

ちひろ「いやいや、そりゃぽーんと払えるんでしょうけど、でも」

楓「将来、子供ができたときに。のびのび育てられたらなんて……」

 まったく気の早い話だとは思う。
 でも、憧れなのだ。あの人と私と子供たちの、小さな幸せ。

ちひろ「……親バカになりそうですね。Pさんも楓さんも」

楓「そうでしょうか?」

ちひろ「……ごちそうさま」

 ちひろさんはやれやれというそぶりを見せた。

凛「そのレッスンルームは、もちろん私たちがお世話になるからね」

 スケジュールボードを確認した凛ちゃんが戻ってくる。

楓「お帰りなさい。まあいつになるか、わからないけどね」

凛「ううん。いつだっていい」

凛「私と楓さんの関係は、ずっと続くから」


楓「……ふふっ。そうね」

凛「そうそう。今日はレッスンに顔出してもらえるのかな?」

楓「そうね……こっちの書類仕事が片付いたら、行ってみるわ」

凛「そう。待ってるね」

凛「じゃあ楓さん、ちひろさん。行ってきます」

ちひろ「はい。いってらっしゃい」

楓「じゃあ、またあとで」

 凛ちゃんはレッスンに向かう。
 私とちひろさんは、書類仕事に戻った。

ちひろ「でも、事務方とプロデュース業、大変じゃないですか?」

楓「正直大変ですけど、でも楽しいですよ。かわいい後輩たちと一緒の仕事は、目の保養です」

ちひろ「ふふふ、ですよねー。ほんと眼福眼福」

 二足のわらじというほどじゃないけど、忙しい。
 でも、あの人はこの忙しさをこなしてきた。私もがんばらないと。
 あの人に近づけることが、今は楽しくて仕方ない。

ちひろ「さ、続きがんばろーっと」

 電話が鳴る。私はいつものように、受話器を取った。

楓「はい。CGプロでございます……」


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「いいお酒が入ったので」

(了)



お疲れ様でした。無事完結いたしました
読んでくださった方に、感謝します

どこかにありそうな、そんなフィクションを思い描いて書きました
皆さんの印象に残る作品になっていれば、幸いです

書いていて楽しかったです。くぅ疲とは言いません

でも今日は余韻に浸らせてください。明日HTML依頼をします

ありがとうございました ノシ

前スレでも伺いましたが、よろしければ参考までにお聞かせください

1.今回の話は好みに合いましたか?
2.キャラや世界観に違和感はありませんでしたか?
3.普段読んでいるSSの傾向をお聞かせください
4.読んでみたいキャラやシチュがあれば教えてください

今後の励みにしたいと思ってます。ありがとうございます

ご意見有難うございます
ただいまHTML化を依頼しました

自分の書いた作品で少しでも楽しんでもらえたら、作者冥利に尽きます
時間泥棒と言われたことも、大変嬉しかったです
楓Pが少しでも増えますように

ではまたいつか ノシ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年08月22日 (月) 01:47:24   ID: ngskh_R8

こんなの見逃してたとは・・・良かった

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