善野「あの夏の探しもの」(101)

郁乃「末原ちゃん再生計画」
hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1350904278
の過去編のようなお話


※オリジナル要素多々あり

~姫松高校麻雀部部室~


善野「この度、新チームの主将に任命されました善野です」

善野「正直、病気がちで今までも部に迷惑を掛けてきた私なんかが主将で本当に良いのだろうかと最後まで悩みました」

善野「ですが、それでも私を選んでくれた皆さんの期待と信頼に応えられるよう全力で精進します」

善野「目標はもちろん全国優勝です」

善野「このチームなら必ず成し遂げられると私は信じています」

善野「力を合わせて、一年間共に頑張っていきましょう」

善野「未熟者ですが、これからよろしくお願いします」ペコ

パチパチパチパチ

~帰り道~


善野「ほんまに私が主将で良かったんやろか?」

京子「まだ言うてんの?善ちゃんが主将やったらみんな納得やて」

善野「でも私仕切ったりすんの得意ちゃうし、ましてやあんな大勢の部員をまとめるやなんて自信ないわ」

善野「体のこともあるし」

京子「善ちゃんは今まで通りプレーで引っ張っていってくれたらええねん」

京子「雑用や簡単な指示なんかは私が代わりにやるし」

郁乃「そんなん言うてほんまは自分が主将になりたかったんちゃうのん?」

郁乃「京子は仕切りたがりやからな~」

京子「そ、そんな訳あれへん!」

京子「私みたいな凡人がうちの麻雀部の主将やなんて荷が重すぎるわ」

京子「裏から善ちゃんやみんなをサポートするんが性に合ってるわ」

善野「私なんかよりよっぽど適任やと思うけど」

京子「善ちゃんは何も心配せんとどーんと構えといてくれたらええんやて」

京子「エースで主将が団体戦の中堅を務めんのが姫松の伝統やし」

郁乃「伝統やなんて、相変わらず京子は真面目というか考えが固いな~」

京子「うっさいわ!あんたみたいな何考えてるか分からへんちゃらんぽらんより全然マシや!」

善野「まあまあ落ち着いて」

善野「毎度毎度飽きんとようやるね二人とも」

京子「郁乃がいっつもちょっかい掛けてくんのが悪いんや」

郁乃「ちょっかいやなんて、私は京子からかって楽しんでるだけやで」

京子「それをちょっかい掛ける言うねん」

郁乃「喧嘩するほど何とやら~、ってやつや」

京子「勝手に言うとき」

善野「ふふ」

京子「それじゃ私こっちやから」

善野「うん、また明日」

郁乃「ほなね~」


善野「それにしても良かったわ」

郁乃「うん?」

善野「京子が元気になってくれて」

善野「『インターハイ決勝は自分の失点のせいで優勝逃した』って、かなり落ち込んどったから」

善野「部活にも一週間ほど顔出さんかったし」

郁乃「責任感強い子やからね」

善野「でも、郁乃はそれほど心配してないように見えたけど」

郁乃「京子はそんな柔やないで」

郁乃「どんなにメゲても、そのまま麻雀やみんなから目を背けて逃げるような子やない」

善野「信じてるんやね、京子のこと」

郁乃「……」

善野「それともほんまに好きやったり?」

郁乃「そりゃだ~い好きやで」

郁乃「だって京子って可愛いやん」

善野「ふふ、本気かどうか分からへんわ」

善野「なあ?」

郁乃「何?」

善野「私はこのチームなら全国優勝できるって本気で思っとる」

郁乃「どうしたん急に?」

善野「今年残るメンバーは私と京子だけやけど、他の部員かて引退した先輩らとそんな差があるわけやないし」

善野「何より、郁乃が本気になればこのチームは今年よりうんと強うなる」

郁乃「そんな私が手え抜いてるみたいな言い方やめて~な」

善野「そうは言わんけど、いくら何でも郁乃はムラがあり過ぎや」

善野「私や京子との対戦成績は抜群にええのに何でもない相手に簡単に負ける」

郁乃「何かモチベーションが上がらんのよね~」

郁乃「あんたや京子と打つんは楽しくて自然と集中できるんやけど」

善野「京子は郁乃のお気に入りやから分かるけど、私と打つんも楽しいん?」

郁乃「そりゃ楽しいで~」

善野「郁乃の基準はよう分からんわ」

郁乃「うふふ」

善野「私や、京子と、全国優勝したいってのじゃあかん?」

郁乃「……」

善野「そんなんじゃ郁乃のモチベーションにはならへん?」

郁乃(ほら、あんたのそういうとこが……)

郁乃「ほな、私なりにがんばってみるわ~」

昔から勝ち負けにはあんまり興味がなかった。

麻雀そのものがそれほど好きやったわけでもないと思う。

ただ、麻雀を通して見える相手の心に触れるんが好きやった。

善ちゃんは、どんなときでも冷静で打ち筋が全くぶれへん。

動揺させたくてあの手この手で小細工仕掛けるんやけど全然通じんくて、

せやのに、そんな私の意図を見抜いて闘志だけは人一倍漲らせてまっすぐ見つめ返してくる。

その、熱いんか冷たいんかよう分からん変な感覚に浸るんが心地良かった。

京子と打つんはとびきり楽しい。

京子の瞳は本当に色んな感情を私に語りかけてくる。

自信、不安、喜び、焦り、責任、逃避、覚悟、困惑、強さ、弱さ。

矛盾し合うような幾つもの感情を京子の瞳は同時に映し出す。

麻雀のことも忘れて、私はいっつもそんな京子の瞳をただただ見つめていたくなる。

不思議でしゃーなかった。

それだけ色んな想いを常に抱えながらそれでも前へ前へ歩いていける京子が、

そして、そんな京子の姿に無意識に惹かれる自分自身が。

誰よりも真面目で、ひたむきで、努力家で、仕切りたがりで、

今までなら積極的に関わろうとするようなタイプの人間とちゃうのに。

それでも、京子といっしょやとやっぱり楽しくて離れられへん自分がおる。


『善野「私や、京子と、全国優勝したいってのじゃあかん?」』


郁乃「うふふ」

郁乃「ええやん、乗ったでその話」

~帰り道~


京子「最近めっちゃ調子ええやん」

郁乃「そう? たまたまやてたまたま~」

京子「またそんなはぐらかして」

京子「今までは私や善ちゃんと打つときだけやたら真面目になるからほんま嫌味なやつやて思てたけど」

郁乃「え~」

京子「最近は誰が相手でも集中できとるしどういう心境の変化なん?」

郁乃「私も来年が最後やしちょっと気合い入れてやろかな~って思っただけやで」

京子「どうも腑に堕ちへんなあ」

京子「善ちゃんが何か言うたらしいけど、郁乃をやる気にさせるなんてどんな魔法使ったんや?」

善野「ふふ、それは秘密ってことで」

京子「まあ何にせよ郁乃がやる気になってくれたんならそれでええわ」

京子「これでまた全国優勝に一歩近づいたで」

善野「うん」

~麻雀部部室~


郁乃「ツモ。私のトップで終了やね」

京子「私とA子の当たり牌を止めてチートイか」

京子「郁乃は相手の打ち筋とか碌に研究もせえへんのにようそんな他人の手牌が読めんなあ」

郁乃「何となくやで何となく」

郁乃「その場で相手の眼を見てたら何とな~く分かるんや」

京子「ほんまやらしいやっちゃな。私には理解できん世界やわ」

郁乃「うふふ」

京子「郁乃のその能力生かしたら案外指導者とか向いてんちゃう?」

京子「郁乃はオカルトな打ち手にもすぐ対応するし、試合でも郁乃のアドバイスに助けられたこともあったし」

郁乃「それはないわ~」

郁乃「私のんは自分だけの感覚やから人に上手く教えられへんし、論理的に説明できる京子のほうがよっぽど向いてるわ」

京子「そうか?案外似合ってると思うけど」

京子「まあ、私やったら郁乃の教え子やなんて死んでもごめんやけどな」

郁乃「え~、何それひっど~」

善野「ふふ」

京子「あれ?善ちゃんいつの間に?」

善野「さっきから聞いとったよ」

京子「せや!善ちゃんが監督とかええんちゃう」

京子「優しいしかっこいいし強いし、まさに理想の監督像って感じやわ」

善野「監督かぁ、考えたことなかったな」

京子「善ちゃんが監督やったら私はどこまでも付いてくで」

善野「ふふ、何か照れ臭いわ」

~インターハイ予選決勝~


アナ「試合終了ー!!!」

アナ「南大阪を制したのは姫松高校!」

アナ「エースの善野選手を軸に今年も圧巻の強さ!去年3位に終わった雪辱を晴らすべく全国の舞台へ挑みます!!」


善野「いよいよやね」

京子「うん」

善野「しよな、全国優勝」

郁乃「もちろんや」

~姫松高校宿舎~


京子「おはよー善ちゃん」

善野「おはよう」

京子「あれ、郁乃はどうしたん?」

善野「何やどうしても眠いからもうちょい寝かせてって」

京子「ほんまあいつはもう」

京子「決勝で当たるかもしれん逆サイドの試合もみんなで観戦しとこって約束やのに」

善野「まあまあええやんか」

善野「先鋒の京子と違って郁乃は大将やし、元から相手を事前に研究するようなタイプともちゃうし」

京子「善ちゃんは郁乃に甘すぎるわ」

京子「明日の試合かて手強い相手ばっかでうかうかしてられんってのに」

善野「そうやね。郁乃は大丈夫やとしても、二回戦ではA子もB子もまだ緊張が見えたししっかりサポートしたらな」

京子「分かっとる。その辺は私に任せて」

A子&B子「失礼します」

京子「お、きたきた」

善野「もうすぐ試合開始やね」



テレビ「全国インターハイ2回戦も今日が最終日、最後の準決勝の座を賭けた戦いが今始まろうとしています!」

郁乃「……」ジー

~インターハイAブロック準決勝~


アナ「混迷を極めたこの試合もいよいよ大将戦後半のオーラスを迎えました!」

アナ「トップは臨海女子、副将戦でダヴォン選手が稼いだリードをここまで保っています」

アナ「続いて2位は新道寺女子高校、それを僅差で姫松高校が追う展開となっています」

アナ「姫松高校は副将戦での失点が響いて一度は大きく後退しましたが、大将の赤阪選手が猛烈な追い上げをみせその差は1700点」

アナ「シード校の意地を見せ決勝の座を掴み取ることができるのか!?」

――

―――


10巡目 郁乃 手牌  

111567m34s677p西西 ツモ5s  ドラ3s

郁乃(テンパイ……)

郁乃(場に5-8pは2枚切れやけど、恐らく新道寺にがめられとる)

郁乃(7pも他家に使われとるやろけど、この手を和了るならシャボに受けて場に1枚切れの西に賭けるしかない)

郁乃(……)

郁乃「リーチ」 打7p

111567m345s67p西西

12巡目 新道寺 手牌

899m678s3455888p ツモ9m

新道寺(姫松に和了られたら間違いなく捲られるばってんここは攻めるしかなか)

新道寺(5p切りたかとこやけえ5-8pの筋は姫松の本命ばい)

新道寺(ならここは……)

新道寺「リーチ!」 打8m

999m678s3455888p


14巡目

新道寺(くっ…!おらんか) 打西

郁乃(……)

新道寺「ツモ!」

999m678s3455888p ツモ2p

新道寺「リーチツモ、1300-700です!」


アナ「決着です!決勝進出を決めたのは臨海女子高校と新道寺女子高校!」

アナ「優勝候補の一角、姫松高校は準決勝で姿を消すことになりました!」

アナ「大将の赤阪選手、オーラスでシャボ待ちに受けていれば逆転でしたがあの状況では仕方なかったでしょう」

アナ「勝った臨海女子と新道寺女子は、明日行われるBブロック準決勝」

アナ「阿知賀女子、真嘉比、千里山女子、土浦女子高校の勝者2校との決勝戦に臨むことになります」

善野「お疲れ様、郁乃」

郁乃「みんなごめん、負けてもうたわ」

京子「……」

B子「すいません!すいません!」ポロポロ

B子「私の失点せいで先輩らの……」グス

善野「あんたのせいやないよ、負けたんは私らみんなの力が足りんかったからや」ギュッ

B子「うわああああああ」

A子「……ぅぐ」

京子「郁乃……あんた……」

郁乃「ごめん、しばらく一人にしてくれへん?」

善野「……」

アナ「試合終了ー!!!」

アナ「全国優勝の栄冠を勝ち取ったのは土浦女子高校!」

アナ「会場に選手たちが駆け付け、歓喜の輪が広がります!」

アナ「この試合を振り返っていかがですか?熊倉プロ」

熊倉「先鋒戦が全て、その一言に尽きるわね」

熊倉(注目はしていたけれどまさかここまでなんてね)

熊倉(準決勝のあの振り込みがきっかけで魔物が完全に本性を現した)

アナ「土浦女子、先鋒戦で稼いだリードを最後まで守り抜くという一貫した試合運びで見事全国の頂点まで登り詰めました!」

アナ「特に先鋒の小鍛治健夜選手は、インターハイの最多獲得点数記録を大幅に更新するという偉業も成し遂げています!」

熊倉(偉業ねぇ……)

熊倉(こんなものほんの序章にすぎないさ)

熊倉(近い将来、間違いなく女子麻雀界の歴史は彼女によって大きく塗り替えられることになる……!

~姫松高校~


善野「私らもこれで引退やね」

京子「うん……」

善野「……」

京子「……」

善野「そういえば郁乃はどうしたんやろ?」

京子「さあ? 引退式が終わってさっさと部室出ていったけど」

善野「うーん」

京子「そういえば私ちょっと監督に話あるから、ごめんやけど善ちゃん先帰っててくれへん?」

善野「……分かった」

京子「それじゃまたね」

善野「うん」

~麻雀部部室~


京子「待たせてごめん」

郁乃「ええよええよ」

郁乃「何? 話って」

京子「どうせあんたのことやから分かってんねやろ?」

郁乃「さあ?」

京子「……」ギリ

京子「わざと……負けたんか?」

郁乃「……」

郁乃「インターハイのこと? まさか、そんなことする理由があらへんやん」

京子「しらばっくれんといて!」

京子「じゃあ何で最後和了れる待ちに受けんかったんや!?」

郁乃「そりゃあっちのほうが和了れる思ったからや」

京子「嘘や! 郁乃があの場面で受けを間違えるような真似するはずあらへん!」

郁乃「それは私を買い被り過ぎやで」

京子「そんなことない!」

京子「そりゃ私は郁乃みたいに相手の眼を見ただけで考えを読めるようなことはできへんけど」

京子「郁乃の考えることぐらいなら分かるで」

京子「ずっといっしょにやってきた、友達やから……」

郁乃「……」

京子「最初はどうしても信じられんかった。郁乃の言うとおりただのミスやと思い込もうとした」

京子「だって、郁乃も本気で全国優勝したいと思ってるって信じてたから」

郁乃「……」

京子「でも、Bブロック準決勝と決勝の試合見てたら疑念は確信に変わった……」

京子「あんた、私が小鍛治健夜と当たるんを避けようとしたんか?」

郁乃「……」

京子「私が小鍛治に潰されるって思ったんか?」

郁乃「……」

京子「私も準決勝の小鍛治の強さを見てそりゃぞっとした。あんな打ち手見たことない」

京子「でも郁乃は2回戦、いやその前から誰よりも早く小鍛治の異常性に気付いとったんやろ?」

郁乃「……」

京子「珍しいやん郁乃がだんまりやなんて」

京子「ちゃうねやったら何か言い返したらどうや」

郁乃「何もちゃうことあらへん」

郁乃「ぜ~んぶ京子の言うとおりや」

京子「……ぐっ」ギリ

京子「そりゃ私は去年のインハイの後落ち込んで部活を休んだときもあった」

京子「対局中も相手に翻弄されて動揺することかてあった」

京子「でも! 善ちゃんや郁乃みたいに才能のない凡人の私でも!」

京子「考えることを諦めんかったらどんな相手にも立ち向かえるって信じてやってきた!!」

京子「郁乃からみた私はそんなに弱いんか!?そんなに覚悟のない人間なんか!?」

郁乃「京子が弱いやなんて私は思ったことないで、ただの一度も」

京子「それじゃあ何でや!?」

郁乃「今回は相手が悪すぎた、それだけや」

京子「そんなんで納得できへん!」

京子「私は小鍛治には敵わんかったかもしれん!ボロボロに削られとったかもしれん!」

京子「それでも、善ちゃんや郁乃がおれば姫松は優勝できたって私は思っとる!!」

郁乃「……」

京子「なぁ、何でや……」ポロポロ

京子「善ちゃんと3人で全国優勝しよって誓ったやんか……」

京子「これが最後の夏なんやで……みんなで麻雀できるんもこれで最後やったんやで……」

京子「何で戦わせてくれんかったんや……」

京子「私のことなんてどうでもええやんか……」ポロポロ

郁乃(京子……)

怒り、悲しみ、恨み、悔しさ、失望、無念。

相変らず、あんたの瞳は色んな感情を私に語るんやね。

よかった、

その瞳が絶望に染まらんでよかった。

私の好きな京子のままでいてくれてほんまによかった。



京子、ごめんな。

善野「京子は帰ったか?」

郁乃「善ちゃん……聞いとったん?」

善野「京子の様子が明らかにおかしかったからこっそり付いてったんよ」

郁乃「やっぱり善ちゃんも怒っとるん?」

善野「そりゃ思うことはあるよ。といっても言いたいことはだいたい京子が言うてくれたわ」

善野「郁乃の眼に何が見えたんかは知らん。でも、ほんまにこうするしかなかったんか?」

郁乃「……」

善野「京子の強さを誰よりも認めてんのは郁乃やろ?」

郁乃「だからこそや」

郁乃「見たやろ? 準決勝で小鍛治健夜に一太刀いれた阿知賀の1年生エースの顛末を」

郁乃「多分あれ相当精神やられてもうてるわ」

善野「……」

郁乃「最後の夏で、インターハイの決勝で、京子のあの性格やろ」

郁乃「十分すぎるぐらい舞台は整っとる」

郁乃「絶望の未来が大口開けて待ってるようにしか私には見えんかった」

郁乃「どうしようもなく怖かった、京子が壊れてまうことが」

郁乃「あれはみんなが思ってるよりずっとずっと化け物や」

善野「……」

郁乃「みんなにはほんまに悪いと思っとる」

郁乃「でも、何と言われようと私は自分の選択に後悔も迷いもないで」

善野「ほんまにそうか?」

郁乃「え?」

善野「副将戦が終わった時点で2位とあれだけ点差離れとったんや」

善野「あんなギリギリになってから見え透いたことせんでも郁乃ならもっと上手くやれたはずや」

郁乃「……」

善野「最後まで迷ってたんとちゃう?」

善野「郁乃も本気で全国優勝目指してたんは、私が一番よう知っとる」

郁乃「……」

郁乃「そうかもしれんね」

郁乃「でも、どんだけ迷おうが結果はいっしょや」

郁乃「今の私にはああするしかできんかったから」

善野「……」

郁乃「ごめんな、善ちゃん」

善野「……」

善野「もう終わってもうたことや」


――――

――

~大阪某病院~


コンコン

郁乃「邪魔するで~」

善野「いらっしゃい、よう来てくれたね」

郁乃「久しぶりやね~。大学4年のインカレ以来やから5年ぶり?」

善野「もうそんなになるんやね。えらい懐かしいわ」

郁乃「体調のほうはどうなん?」

善野「命に別状はないけど、回復するんは時間がかかるやろって」

郁乃「とりあえず安心したわ」

郁乃「急に呼び出すからてっきり死ぬ前に昔の知り合いに会っとこみたいなノリか思てヒヤヒヤしたやん」

善野「ふふ、心配かけてごめんな」

善野「出版社の仕事忙しいって聞いたけど大丈夫やったん?」

郁乃「平気やで~。周りに白い目で見られようが有給も使いまくりや」

善野「あんたは相変らずやな。もういい大人やのにそんなみずぼらしい恰好して」

郁乃「他人の視線なんて気にしたら負けやで」

善野「そんなんでも仕事のほうは順調なんやろ?」

善野「まだ若いのに『WEEKULY麻雀TODAY』の編集にも関わってるとか」

郁乃「まあぼちぼちやね」

郁乃「おかげで麻雀界にコネもできたし、監督復帰したときには手助けしてほしいことがあったら協力すんで」

善野「監督復帰か、いつになるか分からんけど……」

善野「なぁ、郁乃」

郁乃「ん?」

善野「私の代わりに姫松高校の監督やってくれへんか?」

郁乃「……」

郁乃「えらい唐突な話やね?」

郁乃「私なんかやなくても姫松の監督やりたがる人なんていくらでもおるんちゃうの?」

善野「どうしてもあんたに頼みたいんや」

善野「せめて来年まででもいい。何とか私がそれまでやろって思っててんけど体がもたんかったわ」

郁乃「どういうこと?」

善野「今の2年にな、京子とそっくりな子がおんねん」

善野「名前までいっしょやから最初会ったときびっくりしたわ」

郁乃「……」

善野「あまりにも似とるからついつい可愛がってもうてな」

善野「そしたら向こうにもえらい慕われてしもて」

善野「あの頃の京子に懐かれてるみたいで、照れ臭くって懐かしくってたまらん気分になんねん」

郁乃「それがどうしたん?」

郁乃「私には何の関係もない話や」

善野「京子と最後に会うたんはいつや?」

郁乃「……」

郁乃「インカレの会場でちらっと見かけた程度で、高校卒業以来しゃべってもないわ」

善野「去年の京子の結婚式にも来んかったんやね」

郁乃「招待状すらもらってへんからな」

善野「……」

郁乃「ええねん、私と京子はそれで」

善野「去年久しぶりに会うたとき京子に聞いたんよ」

善野「郁乃のことどう思ってんのかって」

郁乃「……」


――

―――

善野「結婚式に郁乃は呼ばんかったんやね」

京子「……」

善野「今でも郁乃のこと許してないんか?」

京子「……許してへんよ」

善野「……」

京子「プロに入ってからの小鍛治健夜の活躍をみれば、あのときの郁乃の読みは正しかったんやろうとは思う」

京子「私が今でも麻雀を好きでいられるのも」

京子「大学の麻雀部で出会った彼と結婚してこうして幸せになれたんも、もしかしたら郁乃のおかげなんかもしらん」

京子「それでも」

京子「あのとき小鍛治と戦わんですんでよかったなんて認めたら私は私じゃなくなるんや」

京子「私が積み重ねてきた努力も、想いも、信念も自分で否定してしまうことになる」

京子「それだけは絶対にできへん」

善野「……」

京子「私は郁乃を許さんことであの夏にけじめをつけてるんや」

京子「そうせんと、前には進めんかったから」

善野「……そうか」

京子「私と郁乃はそれでええねん」

京子「でも」

京子「もし今度郁乃に会うことがあったら伝えといてくれへん?」

京子「私は元気でやってるから、って」

善野「ふふ」

善野「分かった、伝えとくわ」



―――

――

善野「やってさ」

善野「ちょっと笑いそうになってもうたわ。昔のトレンディドラマの別れた恋人みたいなこと言うんやもん」

郁乃「うふふ、それが京子の可愛いとこやん」

善野「京子は強いわ。とっくの昔に前に向かって歩き始めとる」

善野「いまだにあの夏に囚われたままなんは私のほうや」

郁乃「……」

善野「大学を卒業するときプロの話はいくつかあった。体調を考慮して起用してくれるって言ってくれるとこもあった」

善野「でも気付いたら、そんな話全部断って姫松に戻ってきてた」

郁乃「……」

善野「あのときはみんなの前ではかっこつけて気丈に振舞ってたけどな」

善野「毎晩毎晩これでもかってくらい泣いたんや」

善野「小鍛治には敵わんくても、姫松っていうチームなら勝てたんやないかって気持ちがどうしても消えんかった」

郁乃「……」

善野「監督になったばかりのころはがむしゃらに勝とうとしてた」

善野「あのときできんかった全国優勝すればこの気持ちも晴れるんやないかって」

善野「でもそれは間違いやった」

善野「傷ついたまま私のもとを去っていく教え子を見たときに気付かされた」

善野「私らと同じような苦しみを抱えたまま卒業する子がいてほしくなくて」

善野「あのとき私らが見つけ出せんかった答えを知りたくて、私は戻ってきたんやって」

郁乃「……」

善野「もちろん、それに気付いてからも救ってやれんかった教え子かておる」

善野「その度にどうすればよかったんやろって死ぬほど悩んで、それでもまだ分からんくて」

善野「そんなとき、京子とよう似たあの子に出会った」

郁乃「……」

善野「指導者として一人の教え子にこんな入れ込むんは間違ってることやって分かっとる」

善野「京子とあの子が別人なんも分かっとる」

善野「それでも、あの子だけは私のもとで見届けてやりたいと思った」

郁乃「……」

善野「郁乃、あの子を笑って卒業させてやってくれへんか?」

郁乃「言うたやん、私には関係のない話やって」

善野「じゃあ何で教員免許なんてとったんや?」

郁乃「そんなん何となくや」

善野「面倒臭がりの郁乃が何となく?」

郁乃「……」

善野「いつか京子が言うとったな、郁乃は案外指導者に向いてそうやって」

郁乃「私の教え子になるんは死んでも嫌やとも言われたけどな」

善野「ふふ、あんたと京子はそれでええと私も思うわ」

郁乃「ほんで、私が京子のこと忘れられんで教員免許とったとでも言うん?」

善野「そこまでは知らん。でも、郁乃があの夏にけじめをつけられたとは思えへんのよ」

郁乃「けじめも何も、今まで忘れとったぐらいやわ」

善野「それじゃあ今思い出してみてどうや?」

善野「何も心残りはないって言えるか?」

郁乃「……」

善野「少し前なら三尋木咏や戒能良子、去年なら宮永照」

善野「小鍛治健夜ほどやないにしても、常識では通用せえへん強い力をもつ打ち手は確実に増えてきとる」

善野「郁乃言うてたやろ、小鍛治と対戦する京子に絶望の未来が見えたって」

善野「色んな教え子を見てきて、今ならあのときの言葉の意味が何となく分かんねん」

善野「あの子にも、そういう過酷な未来が待っとる予感がするんや」

郁乃「……」

善野「『今の私にはああするしかできんかった』、あのとき郁乃はそう言うたな」

善野「今やったらどうや?」

善野「指導者っていう肩書もある。仕事で培った人脈もある」

善野「今の郁乃でもあのときの京子を救う方法は見つからへんか?」

善野「私らが笑って全国優勝できる未来は見えへんか?」

郁乃「……」

善野「私の代わりとしてやない」

善野「あの夏の郁乃の答えを私に見せてほしいんや」

郁乃(あんたは変わったね、善ちゃん)

郁乃(おばちゃんみたいなお節介な性格になってしもて)

郁乃(でも)

郁乃(クールな見た目と、内に秘めたその熱さだけは昔のままや)


郁乃「京子に似てるって子はどんな子なん?」

善野「会ったら分かるわ」

郁乃「え~気になるやん」

善野「ふふ」

善野「頼んだで、郁乃」

~姫松高校麻雀部部室~


郁乃(ここに帰ってくるんも久しぶりやね)

郁乃(何や昔より綺麗になってるし、自動卓の数も増えとる)

郁乃(でも、確かにここで善ちゃんと京子と全国優勝目指してたんやなってはっきり感じる)

郁乃(あの夏からもう9年か……)

郁乃(長かったようで、短かったようで)

郁乃(忘れていたようで、ずっと忘れられんかったようで)

郁乃(何とも言えん気分やわ)

?「あっ!こんにちわ」ペコ

郁乃「……!」

?「あの、うちの麻雀部に何か用ですか?」


郁乃(あんたの言ってたとおりやわ)

郁乃(一目見て分かった……)

郁乃(一目見てあの子の姿が心に浮かんだ……)


郁乃「あんた、ここの麻雀部の部員さん?」

?「はい、そうですけど」

恭子「麻雀部2年の末原恭子言います」

郁乃「入院した善野監督の代わりに監督を務めることになった赤阪郁乃です」

郁乃「これからよろしく~」


郁乃(またよろしくやで、きょうこ)


    ~カン~

支援して下さった方ありがとうございました。
本編の末原先輩が笑顔で卒業できますように。

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