ゲーセンの紫煙姫 (17)












ゲームセンターという娯楽施設がある。


クレーンゲーム、対戦格闘ゲーム、シューティングゲーム、パズルゲーム、アクションゲーム、音楽ゲーム、カードゲーム。


そういった様々なアーケードゲームを取り揃えた施設で、若者から大人までその利用者は様々である。


俺は中学校の頃からゲームセンター・・・・・・所謂ゲーセンに入り浸っていた。


最初は友人と遊びに行く場所の一つであった。カラオケやゲーセン、大型ショッピングモールなどが当時の主な遊び場で、俺はその中でもゲーセンが特に気に入っていた。


いつしか友人と遊ぶ時だけでなく、休みや暇な時などに一人で赴くようになっていた。


勿論最近の子供らしく家にゲームも持っていたが、ゲーセンで遊ぶゲームは家でやるものとは一味違う物だった。


コインを投入する時の高揚感。コンティニューする訳にはいかないという緊張感。そして何より、様々なゲームが織りなす騒音と、少し鼻にかかる煙草の匂いが心地よかった。


様々なジャンルのゲームを遊んだ。前述したゲームは勿論の事、クイズゲームやメダルゲーム、型落ちのパチンコやスロットなんかもプレイする。


そんな俺の趣味は高校に入ってからも続いた。というか、高校に入ると加速度的にゲーセンに入り浸る時間は増えた。


高校に通うために電車を利用する事になったが、その最寄駅の近くにゲーセンがあったのだ。


3階建てのゲーセンで、中はそんなに広く無かったが様々なゲームが置いてあって俺は直ぐに気に入った。


部活に入る事も無く、俺は学校が終わると直ぐにゲーセンに向かう生活を繰り返していた。


そうして4月も半ばを過ぎた時、俺は彼女に出会ったのだ。


それが俗にいう一目惚れだったかと言われると、多分そうだったんだと思う。


初めて彼女を見た時、彼女の周囲の世界が急に色あせた気がした。いや、逆に彼女が色を無くしていた気もする。


どちらにしても、彼女がその時僕が知っている世界と隔絶したところの存在だというのは疑いようも無い事実であった。


そして、彼女を不躾にも見つめてしまったのだ。


雪のように白い肌に、長く伸ばした漆黒の髪の毛がいやに対照的に写った。


ほっそりとした顔立ちに、知的で何処か気だるそうな瞳。そしてその口元には――紫煙をくゆらせる紙巻煙草。


お伽話や漫画のお姫様の様な顔をして、咥え煙草。そんなギャップというか退廃的な印象が俺の心に好奇心という名の漣を立てた。


彼女をもっと見ていたい。


それが俺の彼女に対する最初の欲であった。

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「あー・・・・・・」


「どうした。なんか悩み事か?」


「いや、そういう訳じゃない」


本日の授業が終了し、俺は自分の席で帰り支度を始めていた。その途中、隣の席のクラスメイトが話しかけてきたのに対し相槌をうつ。


「帰る前に図書室行かないといけないのを思い出してな」


借りていた文庫の返却期限が近かったのだ。丁度、今朝の通学時に読み終えたので返しに行こうと思ったのをさっき思い出したのだ。


「じゃあお先」


「おう。また明日」


クラスメイトに別れを告げ、一人図書室へ。


本当は昇降口にある返却ポストにでも入れておけばいいのだが、返すついでに他のも借りようと考えていたので直接図書室へ向かう。


俺の教室は校舎の4階。対して図書室は3階なので、特に回り道をすること無くたどり着いた。


出入口である引き戸を静かに開けて中に入ると、独特の紙の匂いが俺の鼻をくすぐる。ゲーセンの煙草の匂いと並んで俺が好きな匂いだった。


どうしてこうも独特な匂いばかり好きになるのかについて考えた事はあるが、特に有意義な結果は得られなかったので二度とやらないと思う。


入って直ぐ左手にあるカウンターの上、返却カゴと呼ばれるカゴに返却予定だった文庫本をそっと入れて第一目標クリア。次は新しく借りる本だ。


俺はカウンターを通りすぎてそのまま奥へと向かう。ソファやテーブルのある読書スペースを正面に見て左に折れると直ぐ目に入るのが文庫の棚。


図書館十進分類法によって分類されて並ぶ文庫本達が、背表紙を向けて俺を出迎えてくれた。それを見て、俺は口角を少しだけ上げる。


俺がゲーセンに次いで出入りする場所が図書館だ。本独自の紙の匂いと、擦れる音がどうも心地いい。


ゲーセンと図書館、どうにも正反対な印象を持つ二つの施設を俺が利用するのには理由がある。どちらも、現実の俺から別の世界の俺になれる場所であるからだ。


本の世界、ゲームの世界。現実とは違う世界を俺にくれる。そんな場所が俺は好きだった。まぁ、単純に読書とゲームが好きだという方が割合としては多いが。


文庫の棚の前に辿り着いた俺は、次なる世界を求めて視線を左から右へとスライドさせていく。


そして、棚の右端まで辿り着きもう一度左へ戻そうとした直前、俺の右の眼球の右端にあるものを捉えた。


思わず顔ごとそちらに向けて確かめる。


右と左の眼球を揃えて凝視した物それは――


「マジか・・・・・・」


ゲーセンの彼女であった。

あの知的でダルそうな目は手元のハードカバーを見つめている。


あの雪のような白い肌は、夕日を受けて少しだけ輝いて見える。


そしてあの対照的な漆黒の髪は、日の光を受けて一層艷やかで、吸い込まれそうになる。


それだけでまるで絵画の様なワンシーンであったが、口元に煙草は無い。当たり前だ。ここは図書室で、その上高校なのだから。


しかし、その事が俺にはとても残念な様に感じた。今の彼女はこの世界と同じ色をしていた気がするからだ。


それでも、俺の目は彼女を捉えて離さなかった。


誰かに命令されたかの如く、俺は彼女を見つめ続けた。ページを捲る指、文字を追う瞳、時折顎に添える手、テーブルの下で密かに組まれた足。


視界に入ってくる彼女からの視覚情報全てを俺の両眼はしっかりと享受していた。


何秒経っただろうか解らないが、その観察は唐突に終わった。彼女が本から顔を上げたからだ。


慌てて俺は視線を目の前の文庫本達に戻した。冷たい汗が吹き出すと同時に、身体が熱くなる。


(やばいバレたかいやバレてないだろ多分でもあれだけ見てたら流石に気がつくかもしれんしってかどんだけ見てたんだストーカーかよ俺は・・・・・・)


焦りが一瞬で自己嫌悪に代わる程パニクった。文庫に伸ばした手が微妙に震えている。


ガタッという音が俺の右手――つまりは彼女が居た読書スペースから聞こえてきた。


その音に俺は身体をビクリと竦ませる。冷や汗は止まらず、身体は更に熱を持ち、ついでに鼓動も嫌というほど速まる。


次に聞こえてくるのはスタスタいう足音。しかも、俺の方に近づいてくるのが。


(あ、やっぱバレてた・・・・・・)


観念した。諦めた。不思議なことに身体の震えは止まっていた。汗も引いていた。しかし、心臓の鼓動だけは速いままだった。


そして、足音があなたの隣までやってきて――そのまま後ろを通り過ぎた。


一瞬、嗅ぎ慣れた心地のいい匂いと、知らない心地のいい匂いが俺の鼻孔に届いた。


ホッとして詰めていた息を肺から追い出す。そして、そっと通り過ぎた足音の方に目を向ける。

「・・・・・・ぁ」


目が合った。知的でそれでいてどこかダルそうな瞳と、正面から視線が交錯した。


数秒。お互いに何も言わない。聞こえるのは俺の心臓の早鐘の音だけ。


十数秒。互いに無言。バクバクという音だけが耳の内側から聞こえる。先ほど冷めた身体の熱が再び高まってくる。


数十秒。彼女が動いた。ゆっくりと、しかし確実に俺の方へと近づいてくる。


対する俺は、動かない。いや、動けない。足が地面の木製タイルと同化したかの様にビクともしない。


それでも、視線は彼女の瞳から逸らさない。


黒い瞳が近づいてくる。それは俺を睨む、眺める、推し量る、そして見つめて見透かす。


その全ての行為を同時に行っているような気さえした。


歩みが俺の目の前で止まる。頭半分程低い彼女が、下から俺を見上げる様な格好になっていた。


未だに無言。交わされるのはお互いの視線のみ。


ズイ、と彼女の顔が俺の顔に近づいた。思わず声を上げそうになったが、なんとか喉元で押しとどめた。


そのまま更に十数秒。ここで初めて俺達の間に音が言葉が生まれた。


「デストローイ」


口から出たのはかなり物騒な単語だった。しかし、俺にはその単語に聞き覚えがあった。


だから俺は彼女に言い返した。


「一撃は当たる方が悪い」


端から見れば意味不明なやり取りだが、俺は彼女に通じると信じていた。


俺の予想通り、それを聞いた目の前の人物はダルそうな目を少しだけ細め、口元にうっすらと笑みを浮かべてこう告げた。


「ゲーセン行くか」


俺は答えた


「いいっすね」

不定期かつ適当に更新。

趣味丸出しで自給自足な感じ。





それでもよければまたどうぞ






俺は彼女とゲーセンで遊ぶ事が多くなった。


お互いに特定のゲームに専念することは無いので、日によって遊ぶゲームは違ってくる。


時には格ゲーで対戦したり、時には交代でシューティングを遊んだり、音ゲーでスコアを競ったり。


彼女は同じ学校の先輩だった。そして最寄りも同じ駅だった。


しかし、特に学校で待ち合わせしたりすることは無い。ゲーセンで遊んでいれば、時間こそズレるものの殆ど毎日と言っていい程顔を合わせることになるからだ。


土日は流石に毎回とはいかなかったが、それでも顔を合わせる事はあった。


その時だけ、彼女が煙草を咥える姿を見ることが出来た。


制服姿の平日には絶対見れないその光景を見る度に、俺は少しだけ気分が高揚する。


本来ならば、未成年の喫煙は法律で禁止されていて、俺は止めなければならないのだろう。


しかし、俺は逆にその姿に見惚れていた。そう、言葉の通り、退廃的で背徳的なその姿に見て惚れていたのだ。


ある時、彼女に言われた。


「私が煙草吸ってんのそんなに気になるか?」


「そんなこと無いっすよ。凄い似合ってると思います」


正直にそう答えた。恥ずかしく無かったわけではないが、それ以上に彼女にそう思ってる事を知っていて欲しかった。


それを聞いた彼女はダルそうな瞳を少しだけ見開くと、少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らした。


「褒めても何も出ないぞ」


「別に何か欲しくて褒めてないっすよ」


まぁ、俺に対する関心と好意は欲しいと思っているけれども。


眺めているだけで満足なんてありえない。もっと見ていたいという欲が満たされると、今度はもっと話したいという欲が湧いてくる。


人間の、それも男子高校生なんてそんなものだ。


そんな俺の心中を知ってか知らずか、彼女は拗ねたようにゲームを再開する。


咥え煙草。目はダルそうに少し閉じ気味。だけどどこか楽しげで――


「ばーか」


そう言いながら巨大な魚型宇宙船を撃墜していた。


既にだいぶ連コしていたけど。








春先とはいえ夕方も6時近くなると、既に暗い。


腹の虫が騒ぎ出す前に退散するのが俺たちの決まりだった。飯は家で食べる。外で食べると無駄にお金がかかってゲームが出来なくなるからだというのは、学生ゲーマーなら誰もが思う事である。


彼女とゲーセンの前で別れ、俺は店の駐輪場に駐めてあった自分の自転車で家路へとつく。


漕ぐこと十分ほど。駅前から少し離れた住宅地にある自宅へと帰ってきた。


車庫に自転車を止め、玄関の前に。扉を開ける前に深呼吸をする。息を大きく吸って、大きく吐く。それが終わって漸く自宅の中へと足を踏み入れる事が可能となる。


玄関に靴を脱ぎ捨て、真っ直ぐ2階にある自分の部屋に向かう。荷物を置いて部屋着に着替えると、俺はまた1階へと戻る。


階段を降りて今度は玄関とは反対の右手側に折れ、少し進むと既にリビングだ。


ドアを開けると、父親が夕飯の準備を丁度終える所だった。


「ただいま」


「おう、おかえり」


短い挨拶を交わしてそれぞれテーブルにつく。


俺の両親は、父親ではなく母親が働きに出るタイプであった。昔から何かと世話をしてくれたのは父親で、稼ぎ頭の母親はいつも忙しそうであった。


仕事が楽しくて仕方がないのだろうとは今になってこそ思えるもので、もう少し小さかった頃は中々家に帰ってこない母親に対して不満ばかり抱えていた。


それを聞くと父親はいつも俺にこう言った。


「馬鹿野郎。俺だって寂しいよ」


酷く情けない言葉に聞こえるかもしれないが、当時の俺は父親のこの言葉にとても共感出来た。


まぁ、だからといって寂しさが埋まるわけではなかったが、そう思っているのが自分だけでは無いと知って少し心強かったのだ。


結局、母親のいない寂しさを紛らわしてくれたのはゲームと本であった。


「今日は何やってきたんだ」


「ん、シューティング」


父親は俺によくゲーセンでの出来事を聞いてくる。


どんなゲームをプレイしたのか、どんな事が楽しかったかなどの事を聞いてはよく分からないなりに相槌をうってくれる。


それが父親としての義務感なのか、息子が非行にはしらないかと心配しているのかは俺には判断出来ないが、別に嫌ではなかった。


孤独が好きなわけではないのだ。

けれど、そんな父親にも秘密にしている事がある。


彼女の事だ。流石にこれは父親であっても秘密にしておきたい。まさか不良少女と一緒に遊んでいると知れば、幾ら温厚な父親でも何か言ってくるだろう。


それで彼女と会えなくなるのが嫌だった。だから言えない。


「ごちそうさま」


食べ終わった食器を下げて、自分の分はしっかり洗って片付けておく。


自分のことは自分でやるのが家の決まりだった。


そのまま自室へ戻り、ベッドに仰向けに転がる。スマートフォンを取り出し、操作。


電話帳を開き、新しく追加された項目を眺める。


電話番号とメールアドレスだけが打ち込まれたページ。それらの英数字は、彼女と俺とを繋ぐ文字列だった。


『携帯貸してみ』


あの後、結局最終ボスを倒すまで連コした彼女はエンディングのスタッフロールを尻目に俺にそう言った。


『はぁ、何するんですか』


『うん?ちょっとな』


それ以上何も言ってはくれなかったが、俺は黙って彼女に携帯を預けた。別に見られたら困るものが入っている訳でもないし。


『おし。ちょっと待ってな』


そういって彼女は右手に持っていた煙草を咥えなおすと、スマートフォンを操作し始めた。


俺はと言うと、その姿をボケっと眺めているだけだった。


何をしているかは気になったが、別に返却されてから確かめればいいだけだったし、それに今の彼女はなんだかとても目を引いた。


そうこうしているうちに、作業を終えたのか彼女は俺にブツを投げてよこした。


早速確かめる。すると――


『あれ』


見覚えのない連絡先を発見。彼女の顔を見上げると、彼女もこちらを見ていた。


『あの・・・・・・』


『ん、あぁ。土日だとすれ違うことあったろ。来る時は連絡してくれ。私もその方が無駄に金使わなくて済むから』


それだけ言うと、彼女は再び紫煙をくゆらせた。


こうして知ったアドレスと電話番号、ただし相変わらず名前不明。それが今の俺にとって目下最大の案件だった。

「連絡してくれ、ねぇ」


確かに、ここ2回の土日はすれ違うこともあった。が、土日のどちらかが外れても、もう片方は会えていたのだ。別段気にするほどの物ではないと思っていた。


が、彼女はそれが気に入らなかったようだ。まぁ確かに期待して行ったら居ませんでした、を食らって少しブルーになった。


(ん?期待して?)


確かに、俺は彼女に会えることを期待していた。しかし、彼女の方はどうなのであろう。


俺に会えることを期待してくれているのか、それとも単純に無駄金を使いたくないだけであったのか。


暫くそのままぼーっと画面を眺めていた。


ぽっかりと空いた名前の欄。空白部分。俺はそこを埋めたかった。ゆっくりとそこをタップ。感知したスマートフォンがキーボードを展開する。


そして、俺はそこにこう打ち込んだ。




――――紫煙姫




彼女の名前を知らない俺が、初めて彼女につけた呼び名であった。


ゴールデンウィーク初日、特にやることも無いのでいつもの様にゲーセンへと向かう。


高校生なら友達と出かけたりだとか部活があるだろとか思うかもしれない。しかしここで考えて欲しい。


入学からほぼ毎日、授業が終わると即効でゲーセンに向か奴に友達が出来るか、と。


別にクラスで浮いているわけでも、いじめられているわけでもない。単純に、遊ぶほど仲の良い奴が居ないだけなのだ。


そんな訳でゲーセンに行くのだが、出かける前に姫に一報を入れておく。


『今からゲーセン行きます』


『了解』


互いに短い文面だが、連絡メールなんてこんなものだろう。ジーンズの尻ポケットにスマートフォンを突っ込み、反対側には財布を入れる。


一階に居る両親に一言伝えるのも忘れてはいけない。階段を降りて一旦リビングへと顔を出す。


「出かけてくるわ。晩飯までには帰るから」


「はいよ、行ってらっしゃい」


「てらはい~」


最初のはっきりとした返事が父親で、後の間延びした返事が母親だ。どうやら貴重な休日を寝て過ごす事に決めたらしい。


まぁ、俺もゲーセンに行くので人のことはあまり言えまい。


そんな二人を後にして家をでる。チャリンコを車庫から引っ張り出し、軽くメンテしてから発進。


雲ひとつ無い青空、とまではいかないものの晴れた空が俺に向けて暖かな日光を送ってくる。


午後の日差しを背中に受けながら俺はペダルを漕ぐ。天候は外に出て健康的に過ごせと言っているのに、今から向かうのは屋内でなおかつ不健康な場所。


そもそも今の御時世、健康的に外でどう遊べというのか。高校生にもなって公園で野球してたら周りの少年たちが危険に晒されてしまう。


なら屋内で引きこもって遊ぶほうがよっぽど安全だ。と、ここまで考えて健康から論点がズレてる事に気がついて考えるのをやめた。


他愛も無いことを考えてるうちに気がつけば目的地に到着していた。チャリを店舗横の駐輪場に止めると、俺はさっさと店内へ。


このゲームセンターは三階建てで、一階は一般人向けのUFOキャッチャーや音楽ゲームなどが並んでいる。


それらを素通りして、俺は階段で二階へと進む。


二階は所謂ゲーマー向けコーナーだ。凡そアーケードゲームと呼ばれるゲームはここのフロアに集まっている。


三階はパチンコやスロット、メダルゲームなどが中心になっていて、大人が多い。


で、今日は二階な気分だったので二階へ。ずらりと並んだ筐体の間を歩きながらプレイするゲームを探す。

すると、三国志を題材にした横スクロールアクションの筐体が目についた。早速、クレジットを投入してゲーム開始。因みに50円で1クレジットになる。


キャラをいつも使ってる髭に選択。ステージを開始する。ワラワラと湧いてくる敵キャラをレバー操作とボタン操作で次々に蹴散らしていく。


このゲーム、全年齢向けなのだが首が飛んだり血が吹き出たりと色々グロい。流石はレトロゲーといったところか。


難なく一面をクリアして息をつきながら横を向くと彼女が居た。


いつもの様に少しダルそうな目。服装は薄手のシャツに羽織ものと綿パン。長い髪の毛はポニーテールにしてある。


そして極めつけは、手にした煙草。


というか、一面の途中から来て隣に座っていたのだが何故か声がかからなかった。まぁプレイ中だったしな。


「こんちわ」


「おう」


とメールと同じように短く挨拶を交わす。


そんな事をしているうちに、ゲームは二面へと突入していた。俺は慌てて視線を画面へと戻すと、出てくるザコ敵を追い払っていく。


このゲーム、一面クリアは結構簡単なのだが二面からいきなり難しくなっており初心者はここで詰まってしまう事も多い。


しかし、俺は別に初心者でもなんでも無いのでそのまま進めていく。中ボスの二人も難なく倒して先へ。


と、横で見ていた彼女が身体をこちらに寄せてきた。それに合わせて俺も身体を椅子ごと反対側に少しズラす。その間に彼女もクレジットを投入。二人プレイが開始される。


彼女が身体を寄せてきたのには驚いたが、別に驚くことではない(?)。このゲームの醍醐味は多人数プレイなのだ。


二人で行動出来る分難易度は下がるのだが、俺としては難易度急上昇中だった。


基本的にアケゲー筐体はそんなに大きくない。二人で座るとお互いで身体を寄せ合う様になってしまって距離が近い。


煙草の煙に隠れて彼女の方からいい匂いが流れてきて近い。視界の隅に彼女が入ってきて近い。近い近い。


「あっ」


近い近いと脳内でのたうち回っているうちに、気がつけばボスで一回死んでいた。いつもなら確実にやらないミスである。


そんな俺をチラリと見て、彼女は少しだけ笑いながら――


「ふふっ、私に見惚れて画面見えなかったか?」


煽ってきた。素直に下手くそとか言ってくれたほうが良かった。割りと図星というか、当たっているので否定しきれないのが辛い。


そんな俺の心中を知ってか知らずか、彼女は更に俺の方に身を寄せてくる。いや、これ故意犯だろ。


ならば俺も負けじと彼女に身体を寄せた。トン、と軽くお互いの肩がぶつかる。彼女が勢い良くこちらを見る気配が伝わるが、俺は画面に集中したまま視線を動かさない。


わはは、俺だけアタフタさせて自分はのうのうとしようなんて甘いんだ。今のうちに敵をそっちに寄せて――

トン、と音が聞こえた気がした。それと同時に、俺の右肩に微かに重みが加わった。


俺はそっちを向かなかった。いや、向けなかった。


彼女が近い。煙草の匂いよりも、甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。頬にサラリとした髪が触れる。そして何より、彼女の感触が直に俺に伝わってくる。


俺は動けなくなった。画面の中で俺の操作する髭が次々と攻撃を受けているのを眺めていることしか出来ない。


あっという間に体力がゼロになり、コンティニューの表示が出た。


そこで漸く――


「ぷっ、くく」


彼女の吹き出した声が聞こえてきて、自我を取り戻した。


俺は無言で財布を取り出し、50円玉を追加で投入。スタートボタンを連打する。同時に髭が復活し、先ほどのお返しとばかりに敵キャラを蹴散らしていく。


そのままラスボスを倒すまで、彼女は口元にニヤニヤとした笑みを浮かべ続け、俺は終始無言だった。

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