とある科学の偽聖痕使い(禁書目録・超電磁砲 再構成) (1000)

少年は不幸だった。

『疫病神』

周囲の人間は少年のことをそのように蔑んでいた。

少年が傍にやってくると周りまで不幸になる。

そんな俗話を信じて、近所の子供達は少年に向かって石を投げつけた。

大人達もそれを止めることをしなかった。

少年の身体にできた傷を見ても、悲しむどころか逆に嘲笑うだけ。

まるでもっと酷い傷を負わせないかと、急き立てるように……。

ある日、少年は借金を背負った男に追い回された挙句に包丁で刺された。

マスコミは霊能番組とかこつけて、少年の顔を映して化け物であるかのように扱った。

優しかった少年の両親も既に限界に陥っていた。

少年を救う方法を必死に探し求める日々。

そして少年の両親が辿り着いたのは、最も忌避していた筈のオカルトだった。

世界には『聖人』と呼ばれる、まるで神に愛されたかのように幸福な人間が存在するらしい。

その『聖人』に人工的になれる方法が存在するというのだ。

もちろん胡散臭い話だということは少年の両親にも分かっていた。

それでも少年の両親は愛する息子を何としてでも救いたかった。

しかし結果は失敗。

その反動で大きな傷を負った少年は、最先端の科学が集う街の人間によって保護される。

何とか一命と取り留めたものの、やはり少年の不幸が消えることはなかった。

そしてそのまま少年は科学の街である『学園都市』で暮らすこととなる。

だがその時、少年はまだ知らなかった。

『聖人』になることはできなかったものの、己が身の内に宿す莫大な力の一端を意図的に引き出せるようになっていたことを。

幻想を殺す右手に偽りの『聖痕』を宿す少年は、今日も平穏で不幸な一日を送っている。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1389713560

注意書き

・とある魔術の禁書目録・とある科学の超電磁砲の上条さん魔改造による再構成ss

・このssを書こうと思った経緯

 そろそろ中条さんの出番を期待

 →新約9巻でも全く出番がなくて落胆

 →何となくPSPを手に取り群奏活劇を久しぶりにプレイする

 →パンタグルエル強いなって思う

 →別に魔術的に聖人のパラメーターを入力しなくても、肉体を直接改造して聖人の特徴を備え付けられるんじゃないかと妄想

 →上条さん魔改造を思いつく

・基本的に原作に沿った形で進んでいく予定

・ただし禁書目録・超電磁砲で時期が重なっている事件などはご都合主義で時系列が変化する予定

・主要ヒロインは美琴とねーちん

・ただしねーちんの出番はかなり先

・カップリング要素がどこまで入ってくるかは未定だが、あるとしたら上琴中心


明日の深夜から本編の投下を開始する予定です
ss初心者なので、アドバイスなどがあったらお願いします

原作がヒロイン多い作品で主要ヒロイン決めると読む人減るんじゃね?
とか要らん世話か。

酉付けておくれやす

等間隔で空行があるし、情報を詰めすぎで読みにくい。
注意書きが長い。
明日の深夜から始めるなら、明日の深夜にスレ立てればよかったんじゃないの。

ねーちんも主要ヒロインなら個人的には上裂にして欲しいけど…メイン張るだけ有り難いと思うべきか

期待の声、ありがとうございます

>>6
基本的に科学側の事件には美琴が、魔術側の事件にはねーちんが関わることになります
各巻のヒロインは普通に登場する予定です

>>7
これで大丈夫かな?
駄目だったら次も試してみます

>>8
確かに注意書きがくどかったですね
書き方については初めてなので試行錯誤していきたいと思います
見にくかったりしたら、また指摘してください

>>8の仰る通り、立ててから投下まで時間が空きすぎだと思うので書けたとこまで少しですが投下したいと思います

何でこんなことになってしまったんだろう?
青白い火花を散らしながら目の前に迫る雷撃を見て、上条は現状に至った経緯を思い返す。
それは今から数年前、ちょっとした事件を通じてある少女と知り合いになったのが始まりだった。
少女の名前は御坂美琴、上条より二つ年下の今では女子中学生だ。
何故か妙に美琴から懐かれた上条は、美琴の姿が年下の従妹と重なったこともあり、何だかんだ今まで妹のように接していた。
親元から離れて暮らさなければならない学園都市で、こうやって知り合ったのも何かの縁だろうと……。
だが美琴は上条が尊敬するくらい努力家で……想像を絶するほど負けず嫌いだった。
学園都市でも能力開発において五本の指に入る名門・常盤台中学に入学した美琴はメキメキとその頭角を現し、今や学園都市に七人しかいない超能力者《レベル5》の第三位にまで上り詰めている。
だが上条はそんな美琴に一度も負けたことがない。
--無能力者《レベル0》であるにも拘らず。
尤も上条はその右手にある力を宿しているため完全な無能力者とは言えず、美琴も上条の持つ力のことを知っている。
だから美琴はレベル0の人間に勝てないということよりも、上条個人に勝てないことが気に入らないのだ。
そもそも美琴はレベル5に至るまで努力したことに誇りを持っていても、レベル5ということ自体にはあまり執着がないように見える。
レベル5になってもこのように能力研鑽を名目とした上条との手合わせを続けているのがその証拠だろう。
しかしだからといって、レベル5である美琴の相手をするのが上条にとって非常に骨が折れることだというのに変わりはなく……。


「不幸だあぁぁーーーー!!」

思わず上げたそんな叫びと共に、上条は右手で雷撃の槍を受け止める。
美琴は発電能力者の頂点に立つ最強の電撃使いで、雷撃の槍は美琴が数多く持つ技の中でも最もオーソドックスなものだ。
その威力は最大10億ボルトにも達し、直撃したら普通の人間など一溜まりもない。
人に向ける時は手加減している美琴は言っているが……。
きっと美琴の言葉は本当だろう--というより本当だと信じたい。
完全に涙目な上条だったが、上条の右手に触れた瞬間、美琴の放った雷撃の槍は霧散するように掻き消されてしまう。
幻想殺し--それが異能の力なら超能力者が使う電撃であろうと、神様の奇跡であろうと問答無用で打ち消してしまう上条の右手に宿った異質な力。
しかし自ら放った電撃が打ち消されるのを見ても、美琴に動じた様子はない。

「……まあ、これだけじゃいつもと変わらないものね。 だから今日は新技をいくわよっ!!」

「新技っ!?」

しかし上条が抗議する間もなく、美琴の周囲に黒い砂状の物質が集まり始めた。
それは美琴の放つ電磁力によって掻き集められた砂鉄だ。
大量の砂鉄は美琴の手の中で収束し、一振りの剣の形を成す。

「ちょっ……お前、得物を使うのはズルいんじゃっ!?」

「能力で作ったんだから問題なし!! それとこの剣、砂鉄が振動してチェーンソーみたいになってるんだけど」

「サラッと恐ろしいこと言ってるんじゃねえよっ!!」

「大丈夫よ、今は能力で完全に固定してるから。 当たっても打撲程度で済むんじゃないの?」

「それは安心してもいいんでせうか?」

「今日こそ絶対アンタに勝ってみせるんだからっ!!」

その掛け声と共に、美琴は砂鉄の剣を使って斬り掛かってくる。
美琴の剣撃は素人とは思えないほど鋭く、持ち前の身体能力の高さも相まって上条を追い詰めていく。
しかし身体能力がいくら高いといっても、所詮は二つ年下の女子中学生だ。
スキルアウトに追い回されることによって鍛えられているのか、上条も自分の運動神経にはちょっとした自信がある。
最初こそ美琴の振るう砂鉄の剣をギリギリのラインでしか躱せなかったものの、徐々に上条の動きにも余裕が出てきた。
そして何とか美琴から距離を取ることに成功したものの……。

「ちょこまか逃げ回ったって、コイツにはこういう使い方もできるのよっ!!」

「なっ、剣が伸びっ!?」

最初はせいぜい1m程度しかなかった砂鉄の剣が、まるで鞭のようにしなりながら上条に向かってくる。
しかし正面から向かってくるだけなら雷撃の槍と同じく対処は容易い。
上条が砂鉄の剣に触れた瞬間、美琴の能力が解かれたのか剣はサラサラとただの砂鉄へと戻っていった。
しかし、

「掛かったわね!!」

空中で分解し風に乗っていた多量の砂鉄が、美琴の能力によって再び収束し始める。
そしてかなりの質量を持つ砂鉄の塊が上条に襲い掛かった。

「こんなこと何度やったって同じ結果じゃねーか!!」

だがそれすらも上条にとっては何の問題もない攻撃だ。
砂鉄の剣と同様に、押し潰される直前で上条は易々と砂鉄の塊を右手で元の状態へと解除した。
しかし多量の砂鉄が目の前で降り注いだことにより、上条の視界が一瞬だけ遮られる。

(これが狙いか!?)

今や週末の恒例となっている美琴との手合わせ。
既に何十回と美琴と対峙してきた上条は、美琴の攻撃パターンが頭にではなく身体に刻み込まれていた。
だから美琴の些細な動きでも、次にどのような動きに出るか体が勝手に反応する。
しかしそれはあくまでも美琴が視界に映っていたらの話だ。
今までになかった攻撃に加えて美琴の姿が見えない今、彼女がどのような動きをしているのか全く予測がつかない。
そして上条が取った行動は……。

「え?」

本能的に上条が背後を振り返ると、そこには自分に向かって手を伸ばしてくる美琴の姿があった。
これまで遠距離からの少女の電撃を上条は一度も食らったことはない。
恐らくそれを踏まえて、美琴は直接上条の身体に電気を流し込もうとしていたのだろう。
しかし美琴の手が上条の身体に触れるよりも早く、上条自身が右手で美琴の手を掴み取っていた。

「痛っ!?」

そして上条が美琴の額に向けて放ったのは、左手による渾身のデコピン。
それが今回の手合わせの終了の合図だった。




「……今回も勝てなかった」

「勝たれたら、上条さんもタダじゃ済まないですけどね」

先ほどまで手合わせをしていた川原から場所を移して、ここは第七学区にある公園。
基本的に用があって上条が美琴と会う時は、ここで会うのが通例になっている。

「ほら」

上条が美琴の好物であるヤシの実サイダーを差し出すと、美琴はベンチに座ったまま一気に飲み干す。
そして何が気に入らないのか、美琴は不機嫌そうな表情で上条のことを睨み付けてきた。

「な、何でせうか?」

「……べ、別に」

やはり機嫌があまりよろしくないらしい。
上条と目が合うと、美琴はすぐに視線を逸らしてしまう。
顔を赤くするほど今回も負けたことが気に入らないのだろう。
そんな美琴を見て上条は嘆息するしかない。
この手合わせだって美琴に頼まれて行っているだけで、上条がやりたくてやっている訳ではなかった。
ただ宿題を手伝ってもらったり、いつもの不幸によって財布を失くした時は少しお金を借りたりと、上条が美琴の世話になることも数多くある。
年下の女の子に頼るには情けないことばかりだが、何にしろ普段から世話になりっぱなしの身としては美琴の頼みを無下に断ることはできない。

「それよりずっと気になってたんだけど……」

「ん?」

少し物思いに耽っていた上条は機嫌が悪いはずの美琴に話しかけられ少し驚く。
そのまま再び美琴の方に目を向けると、美琴は上条の右手を見つめているようだった。


「……言っておくけど、お前の相手をするのは一週間に一度だけだからな。 良い子のみこっちゃんに、お兄さんからのお約束だ」

「そ、そんなの分かってるわよっ!! っていうか、誰がみこっちゃんで、誰がお兄さんよ? 馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」

「はいはい、それでどうした?」

「その傷……」

「ああ、そういうことか」

上条は美琴が何を言いたいか理解する。
上条の右手には何かに貫かれたかのように掌と手の甲の両方に大きな傷があった。
本当に今更な話だと思うが、その傷が今になって美琴は気になっているらしい。

「言っておくけど、これは能力とかで傷ついたもんじゃねえからな」

「そ、そうなの?」

「お前は俺の右手が能力じゃ傷つかないことを誰よりも知ってるだろうが? 今までお前がどんだけ俺に電撃浴びせてきたと思ってんだ?」

「うっ……」

「話したことがなかったけど、大怪我をガキの頃にとんでもない大怪我をしてな。 他の傷は綺麗に消えたんだけど、ここの傷だけはこうやって残っちまったんだよ」

「大怪我って大丈夫だったの?」

「……まあな。 っつうか、お前に怪我の心配をされるとは思わなかった」

「わ、私だって、アンタに怪我をさせようと思ってこんなことやってるわけじゃ……」

「へー」

「何よ、その遠い目は!? ほ、ホントだってば!!」

「だったら、何ていうかもっと若者らしい青春を謳歌しないか?」

「へ?」


それは上条がかつてから思っていたことだった。
別に今になって美琴とこうやって手合わせをするのを拒否するつもりはない。
ただこれも青春と言えなくないのだろうが、何となく周りとは少し違う気がする。

「わ、若者らしい青春って何をするのよ?」

「いや、そんなマジになって聞かれても困るんですが。 そりゃ普通にどっか遊びに行ったり……」

「そ、それって、で、デー」

「ってもうこんな時間じゃねえか!?」

公園にある時計に目をやると、思った以上に時間が経っていたようだ。
このままではタイムセールの特売に遅れてしまう。

「悪いけど、俺はもう行くな。 来週も今日と同じ時間でいいか?」

「え、あ、あの……」

「じゃあ、また来週な!!」

何か言いたそうにしている美琴は気になったが、このままでは本当に特売を逃してしまう。
レベル0で奨学金が少ない上条にとって、特売は今後の生活が左右される戦場だ。
何があっても今日の目玉商品である1パック58円の卵を逃すわけにはいかない。
上条は少し離れた場所にあるスーパーに向かって走り始めるのだった。




「……不幸だ」

結局卵を始めとするお買い得商品全てを買い逃した上条は意気消沈した様子で帰路についていた。
学園都市では学生の六割弱が上条と同じ無能力者で、こういったタイムセールを狙って買い物する人間は多い。
完全なる敗者である上条の背中には哀愁が漂っていた。
すると突然、上条の携帯が鳴る。
携帯をポケットから取り出すとメールの着信で、差出人は美琴だった。
何となく不幸の予感に囚われながらも中身を確認すると、

『明日10:30 セブンスミスト前』

普段と比べても、えらく淡白なメールだった。

「これは不幸なのか?」

いつもの待ち合わせ場所と違うのを見ると、どうやら能力開発のための手合わせとは用件が違うらしい。
確かセブンスミストというのは第七学区にある服屋だったはずだ。
折角の休日をゆっくりと過ごしたいという思いもあるが、残念ながら断る理由も見つからない。
了解、とだけ上条は短いメールを返すのだった。

短いですが以上です

>>9
すみません、自分もねーちんは大好きなんですけどね
まあカップリング要素はおまけ程度になると思うんで、目を瞑ってくれると嬉しいです

今日の夜(PM)10:00頃に続きを投下します
……間が開いてしまうから多めに投下すると言いつつ、今回も短めです
すみません

すみません、遅くなりました
今から投下します

いつも感想や乙の言葉をありがとうございます
おかげでモチベーションも下がらずに続けることができます

「……不幸だ」

まさか二日連続で朝からこの言葉を口にするとは。

昨日の晩に『幻想御手』の情報をふいにしてしまってから、上条はひとまず寮へと帰って休んでいた。

そして今日は普通に授業があるため、いつも通りに学校に向かって歩いている。

しかし上条の住む寮から学校までは距離が結構あり、既に初夏を過ぎている朝の蒸し暑さが上条の体を蝕んでいた。

本当なら学校指定のスクールバスか電車を使えばいいのだが、電車の二分の一のスピードで走るにも拘らず三倍の運賃を取るバスを利用する気にはなれない。

そして昨日の財布の中身からも分かる通り、今の上条は金欠だ。

学校までの距離が二駅分と徒歩で通えなくもない場所にあるため、このように電車も使わずにできる限り節約をしている状態だった。

だが上条が嘆いている不幸は金欠でも、夏の暑さでもない。

「何でアイツはあんなに怒ってたのかね?」

時間は遡って、昨日の深夜近く。

不良達に追いかけられ始めてから一時間近く経って、上条は追ってくる不良達の足が途中でピタリと途絶えたことに気が付いた。

そして上条の後を追うように現れたのは不良達ではなく美琴と白井。

どうやら二人が不良を追っ払ってくれたらしい。

しかしどんな理由があれ『幻想御手』の情報を手に入れる機会を溝に捨てたのは自分だったので、何となく二人と顔を合わせるのが気まずい。

二人の顔を見ると案の定、あまり機嫌が良ろしくないようだ。

「すみませんでしたーーーー!!!! 不肖たる私めの勝手な行動のせいで、せっかくの情報を」

「何でアンタが謝ってるのよっ!!」

上条が最後まで謝罪の言葉を口にする前に、それは美琴の怒鳴り声で遮られる。

しかし謝るなと言いつつも、美琴が怒ってるのは明らかだ。

「えーと、でもあなた様は明らかに怒ってらっしゃいますよね? だとすれば一体何がお気に召さなかったんでせうか?」

「うるさいっ!! それくらい自分の胸に聞きなさいよっ!!」

「えー?」

いくら何でもそれは理不尽だ。

確かに『幻想御手』の情報を手に入れるのを邪魔してしまったのは申し訳なく思うが、特にそれ以外に何かした覚えはない。

上条は助けを求めるように白井へ視線を移すが、白井はただ肩を竦めただけだった。

「とにかく情報を得られなかった以上、いつまでもここでグダグダしていても仕方ありませんの。 今日のところは解散ということでよろしいのでは、お姉様?」

「うっ、もう門限を過ぎてる」

「……今日は潔く覚悟を決めるしかありませんの」

上条は直接会ったことはないが、常盤台の学生寮の寮監はとても恐ろしいという話だった。

先ほどまでの勢いはどこに行ったのか、恐怖のせいか美琴も完全に意気消沈している。

しかしこればかりは無関係な上条ではどうしようもない。

「それで明日からはどうするんだ?」

「噂の真偽すら分かっていない今の状況では個人的に調査を進めるしかありませんの。 ただ例の爆発魔の取り調べも進んでいるでしょうし、もしかしたらそちらの方で何か進展があるかもしれませんわね」

「とりあえず今は現状維持ってことか」

一刻も早く『幻想御手』の真偽を確かめなければならないという思いはあるが、白井の言う通り今はそうするより他はないだろう。

しかし虚空爆破事件のように、『幻想御手』を使用したかもしれない人間が犯罪を起こす可能性だけは気掛かりだった。

「その点については警備員や風紀委員に任せてもらうしかありませんの。 幸いとは言えませんが、虚空爆破事件もあって警備の面は色々と強化されていますので」

「そうだな」

全く不安がないわけではないが、これ以上の被害が出ぬよう今は警備員や風紀委員に任せるしかない。

そして彼らの負担を少しでも減らすためにできることは、一刻も早く『幻想御手』の真実に辿り着くことだけだ。

確かに今はできることが限られているものの、それでも何もできない訳じゃない。

「話の内容的に、多分こっちの学校の方が常盤台なんかと比べれば情報が手に入りやすいと思う。 俺の方でも色々と探ってみるよ」

「こちらでも何か進展があったら一応連絡くらいは差し上げますわ。 ひとまず今日は解散ということにいたしますの」

そして上条はそのまま美琴と白井と別れる。

しかし結局、最後まで美琴が怒っている理由は分からないままなのだった。




「わけわかんねえ」

そして教室に着いてからも上条は美琴が怒っていた原因を思い返していた。

しかしいくら考えても、その理由が思いつかない。

中学校に入学した辺りから、美琴はこうやって突然機嫌が悪くなるようなことが多くなった気がする。

「思春期ゆえの葛藤ってやつかね?」

自分も思春期真っ只中ということを棚に上げて、上条は妙に年長者ぶった結論を付ける。

確かにそれなりの付き合いになるものの、それでも上条が美琴の全てを知っているわけではない。

今まで妹のように接してきたが、中には男女の違いゆえに相談できないようなこともあるだろう。

美琴が抱える悩みが気にならない言えば嘘になるが、いちいちそんな些細なことを気にしていてはキリがない。

そしてひとまず美琴のことは置いておき、上条は今優先しなければならない『幻想御手』について考えを移す。

学校に着く時間がギリギリになってしまったため、まだ青髪ピアスや吹寄からも話を聞いていなかった。

(青ピは土御門と話し中か)

青髪ピアスの姿を探すと土御門と一緒におり、何やら二人で近寄りがたい空間を作り出している。

朝からあの中に突撃するほどテンションは高くないので代わりに吹寄を探すが、珍しくまだ学校に来ていないらしい。

吹寄は今まで無遅刻無早退無欠席で、上条が学校に来る頃にはいつも席に着いて授業が始まるのを待っていた。

この時間になっても吹寄が教室にいないのは初めてのことだ。

しかしいくら通販などで健康グッズを集めるほど健康志向な吹寄とはいえ、たまには体調を崩すことくらいあるだろう。

確かに心配ではあるものの、クラスメイトの一人が休むくらいは特に珍しいことでもない。

ただ一つ、その理由が意識不明の状態で病院に運ばれたということを除いては。




虚空爆破事件の犯人である介旅が取調べ中に倒れたという連絡を白井から受けて、美琴は急いで介旅が搬送された病院へと向かった。

身体のどこにも異常はなく、ただ意識だけが失われている状態。

病院に医師でも手の施しようがないこの状態に、今は大脳生理学の専門チームが招かれているらしい。

今は美琴達にできることは何もないので、二人で検査の結果を待っている状況だった。

「ねえ、黒子。 これってやっぱり……」

「今のところは情報不足で何とも言えませんの。 ただ『幻想御手』が絡んでいる可能性はやはり高いかと」

「そうなると事態は思ったよりも深刻よね」

今まで美琴達が『幻想御手』について調べていた理由は、能力のレベルが急激に上がった人間による犯罪の真相を突き止めるという意味合いが大きかった。

しかしここに来て『幻想御手』を使用すること自体にも副作用がある可能性が浮上している。

使用するだけで簡単に能力のレベルを引き上げられるという『幻想御手』

高位能力者である美琴と白井でも、それが学園都市の学生達にとってどれだけ魅力的な話かくらいは分かるつもりだ。

今まで見てきた『幻想御手』を使用したと思われる人間達は犯罪者や不良達ばかりだったが、すでに一般の学生達の間でも広まっていると考えておいたほうがいいだろう。

現に医師の話によると、ここ一週間で介旅と同じ症状の人間が何人も運ばれてきているらしい。

「アイツに連絡は?」

「さきほどメールで済ませましたの」

このことはやはり上条にも伝えておかなければならない。

本当は自分で連絡すればいいのだが、昨日の今日なので美琴は少し上条と顔を合わせることに抵抗があった。

昨日の晩に危険を省みず、自分を助けるために不良達の間に割って入った上条。

それが自分の身を心配してくれてということは分かっているのだが、美琴は素直に喜ぶことができない。

確かに上条には届かないかもしれないが、それでも自分は学園都市のレベル5だ。

ましてやあの人数を相手にするならば、上条よりも自分の力の方がずっと適している。

上条の隣に立ちたいと願っている美琴にとって昨晩の出来事は、上条に心配してもらって嬉しく思うと同時に悔しいものでもあった。


「あれっ、何でお前らがここに?」

それからほどなくして、待合室で待っていた二人の前に上条が現れる。

肩で息をしているのを見るに、どうやらよほど急いでやって来たらしい。

ただその表情は何か憂い事があるかのように悲壮感が漂っている。

それによく考えると白井から連絡を受けて来たのならば、上条が二人を見て驚いているのはおかしかった。

「メールを見て来たんじゃないの?」

「メール? いや、俺は……」

やはり上条は白井から連絡を受けて病院に来たわけじゃないらしい。

だがそうなると上条は何の理由で病院にやって来たのだろうか?

見たところ、上条本人は怪我や病気をしているようには見えないが。

「ようやく来たね」

すると上条を迎えに来たのか、カエル顔の医者もその場に姿を現す。

「先生、吹寄はっ!?」

「こっちだ、付いてきなさい」

カエル顔の医者に付いて行く上条を前にして美琴と白井はどうすべきか悩むが、カエル顔の医者から一緒に来るよう促されて二人の後に続く。

そして四人がやって来たのは、いくつかの機器が並ぶ治療室だった。

そこにあるベッドの上で一人の少女が横たわっている。

「吹寄……」

きっと少女の名前だろう。

治療室の窓から眺めるようにして、上条は心配そうに少女の名前を呟く。


「それじゃあ、お願いできるかな?」

「はい」

そして上条はカエル顔の医者に続いて治療室の中へと足を踏み入れる。

基本的に対策はされている筈だが、万が一にも自分の放つ電磁波が治療機器に悪影響を及ぼすとも限らないので、美琴は白井と一緒に外から治療室の中の様子を窺っていた。

治療室の中に入った上条は少女に近づくと、その額に右手を添える。
カエル顔の医者はその様子を、少女の状態が示されているモニターと一緒に眺めていた。

それを見て美琴と白井も二人が何をしようとしているのか理解する。

少女がどんな理由で意識を失っているのか、話を聞いていない美琴達には分からない。

ただカエル顔の医者はそれが能力者の仕業である可能性を考慮して、上条に協力を申請したのだろう。

もし何らかの能力によって意識を失っているのならば、上条の右手で触れれば何らかの変化が見られる筈だ。

しかし結局、上条が右手で触れても少女の意識が戻ることはなかった。

「……」

治療室から出てきても無言でいる上条に美琴は声を掛けることができない。

少女の名前を知っていたことからも、恐らくクラスメイトか何かなのだろう。

「やはり能力によるものではなかったみたいだね。 あちらの方で何か進展があればいいんだが」

「あちらの方って?」

「外部から大脳生理学の専門家を呼んでいてね。 詳しくは彼女達から聞いた方がいいんじゃないかな?」

そう言ってカエル顔の医者は上条から美琴達の方へと視線を移す。

どうやらあの少女も意識不明の状態に陥っている他の患者達と同じ症状らしい。

そのことを少女の友人であろう上条に話すのは美琴にも躊躇われる。

しかし現状を打開するためにも、美琴は上条に今起きていることの全てを話すのだった。




「ってことは吹寄も『幻想御手』を使ったってことか!?」

「断言はできませんが、可能性は十分にありますの」

「くそっ、全部俺のせいだっ!!」

虚空爆破事件の犯人を初めとして、『幻想御手』を使ったと思われる人間が意識不明の状態に陥っている。

それを聞いた上条は思わず病院の壁を叩き付けていた。

「ちょっと落ち着きなさいよ!! クラスメイトが心配なのは分かるけど、それはアンタに責任があるわけじゃ……」

「違うんだ、俺が吹寄に余計なことを言っちまったせいで」

「余計なこと?」

昨日学校で上条は吹寄に『幻想御手』を肯定するようなことを口にしていた。

努力し続ける人間が少しでも報われる結果があってもいいんじゃないかと。

今にして思えば『幻想御手』を使用した後ろめたさから、吹寄は『幻想御手』の是非について尋ねてきたのかもしれない。

それに気付かず、上条は安易に『幻想御手』の効果を肯定してしまった。

あの時はっきりと『幻想御手』を否定しておけば……。

「しかし今までの状況から『幻想御手』を使用してすぐに意識不明になるとは考えにくいですの。 例えあなたが昨日の段階で『幻想御手』について否定していたとしても、いずれは……」

「そんなの誰にも分からねえじゃねえか!! まだ『幻想御手』っていうのが、どういうもんかすら突き止められてない。 もしかしたら昨日の内に『幻想御手』を使うのを止めておけば、吹寄もこんなことにならなかったかもしれない。 あんまり無責任なことを言ってんじゃ」

しかし最後まで言い終える前に、頬に感じた衝撃で上条は言葉を止める。


「いい加減にしなさいっ!!」

「み、美琴?」

頬に感じた衝撃、それは美琴によって放たれた平手打ちによるものだった。

「クラスメイトがこんなことになって動揺するのは仕方ないと思うけど、黒子に八つ当たりするような真似してるんじゃないわよっ!! そんなことしてる暇があるなら、他にやるべきことがあるでしょうがっ!!」

その言葉に上条はハッと我に返る。

多くの人間が意識不明に陥っている原因が能力でなかった以上、今の段階で上条では彼らを救うことはできない。

ただそれでも何もできないわけではなかった。

彼らが意識不明になってしまった原因を探るためにも、一刻も早く『幻想御手』の真相に辿り着く。

それが今、上条にできる唯一のことだ。

「……悪い」

「あの人を助けるためにも、アンタがしっかりしなくてどうするのよ?」

「ははっ、そうだな。 白井もすまなかった」

「いえ、ご友人があんな状態になられてしまった心中はお察ししますの」

普段はあんな態度の白井にまで気を遣われている。

自分では分からなかったが、それだけ取り乱していたということだろう。

年下の女の子に怒鳴り散らしたり、何をすべきか諭されたり。

そんな自分を上条は少し恥ずかしく思う。

だが二人のお陰で、上条が今するべきことはしっかりと定まった。

上条が美琴と白井の二人に視線を向けると、二人とも上条に同意するよう力強く頷く。

「君達が担当の風紀委員かな?」

そして決意を固めた三人の前に、白衣を纏った一人の女性が姿を現す。

その女性との出会いを経て、この事件は急速に加速していくことになるのだった。

以上です
今回からシリアスパートに突入
……いつまで続くかは分かりませんが
書いてると思った以上に黒子の口調が難しい
書き始める前はとりあえず~の、を付けとけばいいと思ってた

モンスターズ2がキリのいいとこまで進めば、早めに投下できると思います
多分土日に一回は投下できるかと
感想などをいただけたら嬉しいです
では

すみません、書き直ししてるんでやっぱり夜に投下します
本当にすみません

感想いつもありがとうございます
とても励みになっています
中には色々とアドバイスまでいただいて
内容が変わるわけではありませんが、参考にしてなるべく原作のキャラに近づけていきたいと思います

では投下します

「えっと、あなたは……」

不思議な印象を与える女性だった。

容姿はとても整っており、白衣を纏った姿は知的な科学者を思わせる。

ただ目の下にある隈のせいか、何処か不健康そうにも見えた。

「先ほど先生が仰っていた、大脳生理学を研究なさってる方ですの」

「改めて自己紹介しておこうか? 私は木山春生、大脳生理学を研究している。 専攻はAIM拡散力場。 能力者が無自覚に放出している力のことだが、常盤台の学生には要らぬ説明……」

すると木山と名乗った女性はそこで言葉を止める。

そして美琴と白井までもが何か憐れむような目で上条の方を振り返っていた。

「いやいや、上条さんだってAIM拡散力場くらいは知ってますことよっ!? ほら、えーと、あれだその……」

「はぁー」

完全に言い淀んでいる上条を前に、美琴は大きく溜息を吐く。

そして年下であるにも拘らず、美琴はまるで小さい弟に言い聞かせるかのようにAIM拡散力場について説明を始めた。


「私が無意識の内に微弱な電磁波を体から発してるのは知ってるわよね?」

「あ、ああ」

その話は以前に聞いたことがあった。

美琴はその電磁波が物体に当たって反射することを利用して、死角なく周囲の状況を把握できるらしい。

上条はそれを聞いて便利なものだと思っていたが、美琴自身はそのせいで子猫などといった動物に近付くこともできないと愚痴をよく漏らしていた。

「要するにAIM拡散力場っていうのは、私が発してるその電磁波のこと。 私は発電能力者だから発するのが電磁波だけど、発火能力なら熱量、念動力なら圧力を周囲に展開してるって感じかしらね」

「へー」

「この程度の知識なら、一般の中学校でも習っている筈ですの」

「うっ」

明らかに侮蔑が込められた白井の言葉に上条は思わずたじろぐ。

常盤台の生徒とはいえ、中学生を相手にこれでは年上として立つ瀬がない。

「まあAIM拡散力場について本格的に学び始めるのは高校の過程に入ってからだから、特に気にすることはないと思うがね」

「……ありがとうございます」

そんな上条を気遣ってくれたのか、木山は上条に対してそんな言葉を掛ける。

会ったばかりの人間にまで同情されるのは何となく心苦しいが、それでも上条は木山の優しさに感謝するのだった。


「それにしても常盤台で発電能力者というと、もしかして君が御坂美琴か?」

「私のことをご存知なんですか?」

「ああ、レベル5ともなると有名人だからね」

美琴のことを流石だと称える白井を横目に、上条は改めて木山に向き直る。

「あの、それで昏睡してる人達について何か分かったことはあったんですか?」

「今の所は何も言えないね。 ここで採取したデータを持ち帰って、研究所で調査を進めるつもりだ」

「そうですか」

そんなに早く解決するとはもちろん思っていなかったが、どうしても焦る気持ちが上条の中で募っていく。

今はまだ意識を失っているだけで命に別状はないものの、昏睡の原因が分かっていない以上これから先はどうなるか分からない。

やはり今はこの事件に関わっている可能性が高い『幻想御手』の真相を追うしかなさそうだ。

「あの、お尋ねしたいことがあるのですが?」

「何だね?」

「『幻想御手』というものをご存知でしょうか?」

すると突然、白井が木山に『幻想御手』について尋ねる。

しかし警備員と風紀委員では『幻想御手』に関する情報の開示を見送ったという話だった。

まだ実在の確認も取れてない上に、情報を開示することによって被害が拡大してしまう恐れもある。

最初から関わっていた上条や美琴は別として、一般人に軽々と話していいことではない筈だ。


「おい、いいのか?」

「『幻想御手』が能力を高めるものならば、脳に干渉するシステムである可能性は高いですの。 ですから大脳生理学の研究者である木山さんに協力を頼もうかと」

「なるほど」

小声で話す白井の言葉に上条は頷く。

美琴や白井が一般的な中学生と比べて遥かに優秀とはいえ、専門的な知識が必要となれば流石に心許ない部分もあるだろう。

確かに専門家に協力を要請するのは、事件を解決するのに必要なことだった。

「……使っただけで簡単に能力のレベルを引き上げられる『幻想御手』か。 それはどういったシステムなんだ?」

「いえ、それはまだ……」

「形状は? どうやって使う?」

「分かりませんの」

「……流石にそれでは何とも言えないな」

現状で分かっている『幻想御手』の情報について木山に伝えるが、やはりそれだけでは何も分からないようだった。

木山に協力を仰ぐにしても、まずは『幻想御手』そのものを手に入れなければ話にならない。

「しかし興味深い話ではある。 『幻想御手』が見つかったら、私が調査をすればいいのかな?」

「お願いできますか?」

「構わんよ、むしろこちらから協力をお願いしたいくらいだ」

「ありがとうございます」

木山が快く引き受けてくれたことに、上条達は深く頭を下げる。

大脳生理学の専門家である木山の協力があれば、上条達だけでは分からない落とし穴も見つかるかもしれない。


「ここで立ち話もなんだ。 場所を移して、もう少し詳しい話を聞かせてもらおうか?」

「はい」

そして上条達はゆっくり話せる場所を探して移動を始める。

しかし間が悪いことに、病院の食堂は利用者でいっぱいだった。

そのため近くの喫茶店に行こうと病院の出口に向かったその時、

「あっ」

ジュースを持って走っていた少女が勢いよく木山に激突した。

そしてジュースは派手にぶち撒けられ、そのまま木山のストッキングへと降りかかる。

「大丈夫?」

すると美琴がすぐに尻餅をついた少女に手を差し伸べる。

「う、うん」

「危ないですから、病院の中で走り回ってはいけませんわよ」

「ごめんなさい。 あの、大丈夫ですか?」

美琴の手を取って立ち上がった少女は、そのまま木山に対して頭を下げる。

「いや、私の方は大丈夫だ。 君のほうこそ怪我はないかい?」

「うん」

「良かった。 子供は元気なのが一番だが、お姉さんの言うとおり場所は選ばなくてはな」

そう言って木山は少ししゃがむと、少女の頭を撫でる。

その姿は凄く優しさに満ちたもので、少女も頭を撫でられて嬉しそうにしていた。

あまり木山に対して子供好きというイメージは湧かなかったが、それは完全に偏見だったようだ。


「それにしても君はどうして病院に? 具合が悪そうには見えないが」

本来は病院にいる人間に症状を聞くのはご法度だが、確かに少女はどこも具合が悪そうに見えない。

服装は夏の暑さに合わせた薄着、元気に走り回っていたため怪我などをしているわけでもなさそうだ。

「えっとね、友達と友達のお兄ちゃんが一緒に倒れちゃったからお見舞いに来たの」

「っ!?」

それを聞いた瞬間、上条達全員の表情が歪む。

確証があるわけではない。

ただ今の状況で倒れた人間となると、『幻想御手』の被害者を連想せずにはいられなかった。

「でもカエル先生が絶対に良くなるって」

「そうだな。 あの先生がそう言ったなら絶対に大丈夫だ」

「うん!!」

この病院でカエル先生と言えば、いつも世話になっているあの医者しかいないだろう。

今はまだ彼でさえも患者の回復の手掛かりを得られていない状況だが、不安を煽らぬよう上条も少女に対して微笑みかける。

「これで新しいジュースを買うといい」

「いいの!?」

「ただし、今度は走っちゃ駄目だぞ」

「はーい!!」

木山から小銭を受け取った少女は、そのまま近くの自販機へと戻っていく。


「あんな小さな子供の友達まで、被害を受けてるのか」

「兄弟で一緒に『幻想御手』を使ったのかもしれないわね」

学園都市では年齢に関わらず、入学した時点で能力の開発が始まる。

だから兄が手に入れた『幻想御手』を弟か妹が一緒に使っていても何らおかしなことはない。

情報を開示しないことによって『幻想御手』の拡大を規制することもできるが、逆にこのように危険性を知らぬまま知り合いを通じて『幻想御手』が広がってしまう可能性もある。

そのジレンマに悩みつつも、今は警備員や風紀委員の判断を信じるしかなかった。

「酷く顔色が悪いようですが、大丈夫ですの?」

白井の言葉に、上条と美琴は少女から木山のほうに視線を移す。

すると木山の顔色は青白くなっており、冷や汗が浮かび上がっていた。

「あ、ああ」

「本当に大丈夫ですか? やっぱり外に行くのはやめて、ここで席が空くのを待った方が……」

「いや、本当に大丈夫だ。 昔、あれくらいの子供を相手に教鞭をふるっていたことがあったんだよ。 あの子の友達というと同じくらいの年頃のはずだから、どうしても昔の教え子達の面影がチラついてしまってね」

「そうだったんですか」

教師をやっていたならば、木山のあの少女に対する態度も頷ける。

普段の木山の態度は一見ぶっきらぼうなものにも見えるが、少女に見せた穏やかな笑顔。

きっと当時は優しい先生だったのだろう。


「しかし何にしろ、濡れたままというわけには……」

「いや、ジュースが掛かったのはストッキングだけだから脱いでしまえば」

「は?」

木山はそう言った瞬間、スカートを下ろしてストッキングに手を掛ける。

当然それは上条の位置からも丸見えで……。

「ふんっ!!」

「があっ!?」

しかしベージュの布地が目に入った瞬間、上条の視界は一瞬で暗転する。

「目が、目がああぁぁっ!!!!」

「大丈夫なのか、彼は?」

「そんなことよりも、人前で女性が下着を見せるような真似をしてはいけませんのっ!!」

「そうなのか?」

「当たり前でしょーがっ!!」

上条からは見えないが、どうやら木山の突然の行動に周囲もかなりざわついているようだ。

美琴と白井の怒鳴り声に、何故か疑問の声音が含まれる木山の声も聞こえる。

結局それからも色々とあり、病院の外に出たのはそれから十分後のことであった。

以上です
少し量が少ないですかね
このままのペースで投下するか、もう少し書き溜めてから投下するか
投下するたびに前回のようなことになって、他のスレにまで迷惑を掛けるのは心苦しいです
やっぱり量を増やして投下の回数を少なくした方がいいんでしょうか?

いつも感想ありがとうございます
最初にも書きましたが、そのおかげで色々あってもモチベーションを下げずにいられます
それと雑談スレで聞いたpsyrenとのクロスssまで期待してくださっている方がいるのは非常に嬉しいです
幻想御手編が終わって余裕があれば、そちらの方も進めていきたいと思います
では

今日の夕方4時に投下します

遅くなってすみません
投下します

「……そうか、それは気の毒だったね」

「……」

木山に『幻想御手』についての情報を話す中で、上条は吹寄のことについても触れていた。

自分の軽はずみな言葉のせいで、吹寄は倒れてしまったのかもしれない。

美琴と白井のお陰で事件を解決するのに前向きにはなれたものの、そのことはまだ上条の心に重くのしかかっている。

「私もできる限りの協力はする。 気に病むなとは言わないが、彼女のためにも今は自分がすべきことをしないとな」

「はい」

やはり教師をしていたということも大きいのだろう。

担任の小萌とはまた違ったタイプだが、木山に対しても上条は年上に対する安心感のようなものを感じていた。

「それにしても『幻想御手』か。 本当にそんなものがあったなら、学園都市が根本から覆りかねないな」

「能力が上がるだけならまだしも、それに乗じて罪を犯すような輩を放っておくわけにはいきませんの。 何より『幻想御手』に副作用がある可能性が高い以上、被害が広がる前に何としてでも真相を突き止めなければなりませんわ」

白井の言葉に上条も美琴も頷く。

先日の虚空爆破事件のような『幻想御手』の使用者と思われる人間が起こした事件。

そして吹寄のように『幻想御手』を使用したことによって倒れてしまった人達。

この現状を打開するためにも、今は『幻想御手』の真実へと辿りつかなければならない。


「すまないが、私はただの研究者に過ぎないから『幻想御手』を手に入れる手伝いはできないだろう」

「そっちは私達に任せてください。 だから木山先生は『幻想御手』が手に入ったら、その解析をお願いします」

「ああ、任せてくれ。 ……それにしても木山先生か」

「あっ、すみません。 木山さんが先生みたいで、つい……」

木山の言葉に美琴は頬を染める。

木山は教師をしていたのだから別に間違ったことを言ったわけではないのだろうが、本人としては恥ずかしかったらしい。

「いや、構わないよ。 私としても君達と話していると、教鞭をふるっていた頃を思い出して楽しいからね」

「それじゃあこれからは木山先生ってことで」

どうやら木山も先生と呼ばれたことが満更でもなかったらしい。

上条の言葉に、自然と四人の間で笑みが零れる。

「……ところでさっきから気になっていたんだが、あの子達は知り合いかね?」

すると木山が突然、窓の方に向かって指を差す。

上条達が揃ってそちらの方に顔を向けると、佐天と初春が笑顔でこちらを覗き込んでいた。


「いやー、御坂さん達ったら全然気付いてくれなくて困りましたよ」

「はははっ、ごめんなさい」

それから佐天と初春を加えて、上条達は六人で会話を続けていた。

少し席が狭くなったので、上条と木山は隣のテーブルに移っている。

しかしそんな中で上条一人だけは、どこか気まずそうな表情を浮かべていた。。

(これはこの前の二の舞なんじゃ)

二日前、上条はセブンスミストで今と非常に良く似た状況に陥っていた。

セブンスミストでは遠目から買い物してるのを眺めていれば良いだけだったが、今はあちら側からも会話を振られてくる。

あの時は佳茄の保護者という建前があったことを考えれば、今の方が状況は悪いかもしれない。

「それでこれが夏の新作なんですけど」

「へー」

恐らくファッション雑誌か何かだろう。

佐天が開いたページを美琴達は四人で覗き込んでいる。

本当は『幻想御手』の件で服どころではないのだが、そこは華の女子中学生。

初春はともかく一般人である佐天に詳しい話をするわけにもいかないので、今は美琴も白井も一時の休息を楽しんでいる。

すると積極的に会話に加わるわけではないが、木山が微笑ましそうに四人を眺めていることに上条は気がついた。


「どうかしたかい?」

「いや、何だか楽しそうだなって」

「楽しそう、私がか?」

上条の言葉が意外だったのか、木山は少し驚いた表情を浮かべる。

そしてその表情は単に驚いているだけでなく、何かに戸惑っているようにも見えた。

「どうしました?」

「……」

上条の問いかけにも木山は答えない。

何か拙いことを言ってしまったのかと上条が不安に思っていると、少し間を置いてから木山はおもむろに語り始めた。

「……私が以前教師をしていたことは話したね」

「は、はい」

「教師をすることになったきっかけは、前に務めていた研究所の上司からの命令だったんだよ。 たまたま取得単位で教員免許を持っていたから、何事も経験だとね」

「そうだったんですか」

「本当のことを言うと、私はあまり子供が好きではない。 騒がしいし、デリカシーがないし、失礼だし、悪戯するし、論理的じゃないし、理由を挙げれば数え切れないほどな」

「そ、そうですか」

まるで早口のように子供が好きでない理由を挙げる木山に、上条は少したじろぐ。

しかし木山がその言葉通り子供を嫌っているわけでないことは、今日一日一緒に過ごしただけでも明らかだ。

だから上条はそれ以上は口を挟まずに、黙って木山の言葉を待っていた。


「だが何の遠慮もなしに懐に飛び込んでくる子供達を煩わしく思うことも多かったが、私にとってもいつしか彼らと過ごす時間は有意義なものへと変わっていた。 元々研究するしか能のない人間だったから、無邪気に懐いてくる彼らに私自身が依存していたのかもしれない。 ……しかし私は結局、良い教師になることはできなかった」

「……」

「先ほどは久しぶりに先生と呼ばれたことに浮かれて、教師を気取っていた自分に対する自己嫌悪に陥っていただけだ。 私に教師を語る資格などないというのに」

そう語る木山に対して、上条は何と声を掛ければいいか分からない。

教師をしている時に何かあったのは間違いないだろう。

しかし上条はそのことについて何も知らないし、きっと不用意に踏み込んで良いことでもない筈だ。

「すまなかったね、つまらない話を聞かせて」

「あの……」

ただ例え木山の過去に何があったか知らなくても、今日見せた木山の顔が偽りだったということはない筈だ。

病院で少女に見せた笑顔、そして吹寄の件で悩む上条に対するアドバイス。

そこにあったのは間違いなく教師としての木山の姿だった。


「事情を知らない俺が何を言っても、他人の戯言にしか聞こえないかもしれません。 でも病院で女の子とぶつかった時、あなたは昔の教え子を思い出したって言ってましたよね?」

「ああ、それがどうかしたかい?」

「担任だった先生が自分のことを覚えてくれてるって、生徒からしたら結構嬉しいことだと思うんですねよ。 そして今の状況で真っ先に思い出すくらいに、あなたは昔の教え子達を心配してる。 人からそう想ってもらえるのは、幸せなことなんじゃないかって」

それはかつてから不幸を経験している上条ならではの言葉だった。

今でも時々夢で見るほどの、おぞましい記憶。

しかしその過去を乗り越えてこられたのは、他ならぬ両親のお陰だ。

例え何があっても味方でいてくれた両親の存在がなければ、上条は今頃壊れていてしまったかもしれない。

そして学園都市に来てからも、担任である小萌やクラスメイト、美琴といった周りの人間に支えられている。

上条当麻という人間が見舞われる不幸という現実は変わらない。

ただそこには不幸だけでなく、幸福も確かに存在した。

「その子達のことを想い続けていれば、木山先生はやっぱり今でもその子達の先生なんだと思います」

これが偽善だということは上条も自覚している。

事情を知らない上条が何を言っても、それは木山自身に告げたように他人の言葉にしかならない。

しかしそれでも木山春生という人間に教師としての姿を見ていた上条はそう告げずにはいられなかった。


「ふふふ、君はまるで神父みたいだな」

「す、すみません、俺みたいなガキが偉そうなこと言って」

「君を前にするとつい余計なことを口走ってしまう。 その上、年上である私が気を遣われていては世話がないな。 だが君のお陰で色々と踏ん切りがついた。 君に言ったように、私自身も今は自分にできることをしなければ」

木山の顔に少し笑顔が戻ったことに上条は安堵する。

恐らく『幻想御手』を手に入れた後に、上条にできることは殆どないだろう。

その後は木山を初めとする専門家の解析や、病院で今も治療を続けているカエル顔の医者に任せるしかない筈だ。

自分の言葉が少しでも木山の力になれればそれに越したことはないと上条は思う。

その日はそこで解散ということになり、上条達は喫茶店を後にする。

白井の活躍もあり、『幻想御手』はその日の内にすんなりと手に入った。

これで『幻想御手』の解析さえ終われば、昏睡している人達はひとまず回復する。

後は『幻想御手』を作り出し、それをばら撒いた大元を探し出せばいいだけだ。

上条達の誰もがそう思っていた。

しかし事件はそこで終わらない。

上条の身近な人間を更に巻き込んで、この事件はますます混迷を極めていくこととなるのだった。

短いけど以上です
今回は殆ど上条さんと木山先生との絡み
佐天と初春を出した意味はというツッコミは、単に今回の二人の会話から美琴と白井を遠ざけるため
はい、すみません
何か少し自分の書くペースが崩れちゃった気が
これからは更新を少し早めていきたいと思います





……今回は完全に誰条さんですね
上条さんの年上に対する敬語は割と難しい
小萌先生は親しい間柄で参考にならないし、どこか参考にできる場所があったら教えてください

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多くの感想ありがとうございます
こうやって皆さんの感想レスを見ると、俄然やる気が出てきます
中には自分には勿体無いようなものまであって
とにかく何があっても最後までは完結させたいと思います

そして上条さんの口調に対するアドバイスもありがとうございます
基本的にssを書く時は原作を読み直して参考にしてることが多いんですけど
その中で思ったのは上条さんの周りには本当に大人といえる雰囲気の人間が少ないんですよね
小萌先生なんかも上条さんにとっては完全に頼れる大人ですが
どうしても外見や普段の態度からも完全な大人のようには受け止めづらい
強いて言うなら親船親子なんかは大人のイメージが強いです
要するに上条さんの周りに木山先生のようなタイプの人間がいないんですよね
確かに上条さんが敬語を使うってイメージはないですけど
逆に木山先生のようなタイプの人間にはタメ口ってイメージも湧かなくて
アドバイスを求めておきながら勝手ですが、そこら辺は自分の妄想に沿って書かせていただきます

では投下します

「初春、あれから何か進展はありましたの?」

「いえ、木山先生の方でもまだ解析の糸口が見つかってないらしくて」

「……困りましたわね」

白井が『幻想御手』を入手してから早三日、『幻想御手』を発端とした一連の事件は未だに解決への道筋すら見えずにいる。

『幻想御手』の取り引きを行っていたスキルアウトを締め上げて、白井が手に入れた『幻想御手』の正体は何の変哲もない音声ファイルだった。

そしてそれが何の変哲もない音声ファイルだった故に、事件の捜査も『幻想御手』の解析も完全に行き詰まってしまっている。

「そもそも、本当にこれが『幻想御手』なんですかね?」

『幻想御手』のファイルが入っている音楽プレイヤーを見て初春が呟く。

確かにそれは白井も疑わしく思っていた。

能力のレベルを引き上げるということは、『幻想御手』には何らかの脳に影響を与えるシステムが使われていることになる。

木山の話によると、確かに年単位の時間を掛けてゆっくり行われる能力開発にも例外はあるらしい。

『学習装置』--短期間で大量の電気的信号を入力するための特殊な機器。

しかしそれは視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚といった五感全てに働きかけるもので、その分危険性も高いとのことだった。

そして『幻想御手』の正体は単なる音楽ファイル。

PVなどの映像データも全く含まれていない音声データだけで、『学習装置』と同じ働きをするのは困難だと木山は話していた。


「しかしあの後いくつか手に入れた『幻想御手』も全て同一のデータでしたの。 そして入手元の人間も昏睡状態に陥っている。 やはり無関係とは考えられませんわ」

「それは分かってるんですけど、どうしても見当違いの方に進んでるんじゃないかって不安になって」

「……」

白井も初春が不安に思う気持ちは理解できる。

『幻想御手』そのものを手に入れられれば、自然と事件は収束に向かう。

確かにそう楽観視してる部分があった。

しかし実際は何も進展しておらず、今も被害者が増え続けているだけ。

これでは焦りが募るのも無理はない。

だが例え先が見えない状況でも、風紀委員として白井達にはやらねばならぬことがあった。

「とにかく今はこれ以上『幻想御手』の被害が広がぬよう、拡散するのを食い止めるしかないんですの」

『幻想御手』がアップされていたサイトは閉鎖したものの、今は人の手によって直接『幻想御手』が広まってしまっている。

そしてその取り引きはネットを介してなされており、白井達は指定された取り引き場所に出向いて『幻想御手』を回収している状態だった。

「早く情報の開示する許可が出ればいいんですけど」

「そうですわね」

最初は無用な被害を食い止めるため『幻想御手』の情報を開示していなかったが、このような状況になってはそうも言ってられない。

『幻想御手』の危険性を一般の生徒にも知らせるために、白井達は『幻想御手』の情報の公開を上に申請していた。

しかしその許可が中々下りず、今も風紀委員の先輩である固法美偉に掛け合ってもらっている。


「どうして上は頑なに首を縦に振らないんですかね?」

「最終的な決定権は警備員の方にありますの。 それに現場に出ている方々はともかく、上の立場の人間というのは総じて保守的な人間が多いものですわ」

ただいくら何でもこの対応の遅さは白井も気にはなっていた。

警備員の仕事にはもちろん能力者の犯罪を取り締まることも含まれるが、それ以上に子供の安全を守ることが優先とされている。

にも拘らず、既に被害者が多数出ているというのに警備員の上層部の人間は重い腰を上げようとしない。

そのことに白井は何か引っ掛かるものを感じていたが、風紀委員に所属する多数の委員の一人に過ぎない白井にできることは少なかった。

「……取り合えず、今日の分のリストを」

「は、はい」

白井の言葉に初春は机の上にあった書類を白井に手渡す。

そこにはネット上に書かれていた今日行われる予定の『幻想御手』の取り引き場所が記載されていた。

「今日も随分と多いですわね」

「大丈夫ですか?」

「まあ、あの類人猿と分担すれば問題ないでしょう」

「……白井さん、一つ聞いていいですか?」

「何ですの?」

「白井さんって、妙なとこで偉そうで、人に仕事を押し付けたり、始末書書くの手伝わせたり、その上変態で……」

「喧嘩を売ってますのかしら?」

「でも一線は弁えているっていうか、少なくても一般人に危険が及ぶようなことは絶対にしませんよね。 それなのに上条さんに対しては特に気遣ってる様子すら見えないような気がして」

「それもそうですわね」


初春の言葉を白井はすんなりと肯定する。

今まで意識したことはなかったが、確かに最近は美琴だけでなく上条とも一緒に事件を解決するために動いていることが多かった。

もちろん意図的に上条や美琴を巻き込んでいるわけではない。

ただあの二人は意図せずとも、勝手に事件に首を突っ込んでいることが異常なほど多いのだ。

それはまるで推理漫画の主人公さながらである。

「確かに上条さんに不思議な力があることは分かります。 でも上条さんも御坂さんも一般人であることは変わらないのに、それを気にしないのは白井さんらしくないと思います」

初春らしい正義感に溢れ、そして真っ直ぐな言葉だった。

そんな初春を白井は黙って見据え返す。

確かに風紀委員として、一般人に危険が及ぶようなことは極力避けなければならない。

いくら上条と美琴が事件に巻き込まれることが多いといっても、本来ならばそれが分かった時点で現場から遠ざけなければならない筈だ。

白井がやっていることは風紀委員としては失格だろう。

「初春はわたくしとお姉様の愛の溢れる未来設計は知ってますわよね?」

「えっ、それは白井さんが勝手に吹聴してるただの妄そ……」

「その計画の最大の障害になっているのが、あの類人猿の存在ですの」

「ま、まさか事件に託けて、上条さんを亡き者にしようとしてるんじゃっ!?」

「違いますわよっ!! ……あなたとは一回じっくり話し合う必要がありそうですわね」

「やだなー、冗談に決まってるじゃないですか。 でもそれじゃあ一体どういう意味なんです?」

「わたくしの目標は常にお姉様の隣に立っていることですの。 そしてお姉様はあの類人猿を目標としている。 必然的にわたくしもあの類人猿に追いつかなければならないということですわ」

「つまり白井さんも上条さんを目標としていて、上条さんは乗り越えなければならない壁だと?」

「そんな大層なものではありませんの。 ただ単に目指す先に立っている道標のようなものというか……」

「でも白井さんが上条さんのことをそんな風に思ってるなんて意外でした。 てっきり上条さんのことを嫌ってるとばかり思ってましたから」

「いえ、実際に嫌ってますわよ。 ただ少なからず学ぶべき点もあるというか……。 例えば初春、あなたは風紀委員という仕事についてどう思ってますの?」

「どう思ってるっていきなり聞かれても。 でもやりがいがあって、風紀委員ということに誇りは持ってるつもりです」

「そうですわね、わたくしもそれは同じですわ。 しかし中からでは分からない、外からしか見えないこともありますの」


風紀委員として白井は今までも厳しい訓練に耐え、学園都市の治安を守るために働いてきた。

空間移動という高位能力者でもある白井の活躍は風紀委員の中でもずば抜けていると言っても過言ではない。

しかし高位能力者であるが故に、気付けないことも数多くあった。

例えばスキルアウト、無能力者の人間で構成される学校をドロップアウトした不良の集まり。

白井から見て、彼らは最後まで努力を続けることもせずに人に迷惑ばかり掛ける傍迷惑な存在に過ぎなかった。

だが彼らには彼らなりの白井達は知らない悩みがある。

無能力者故の学園都市での扱いの不遇や、周りの能力者から向けられる蔑まされたような視線。

そんなコンプレックスに悩む人間が能力者だけで構成される風紀委員に取り締まられればどうなるか。

常盤台というエリート校に在籍し、高位能力者としての力を存分に振るってきた白井。

そんな白井がスキルアウトが抱える悩みを簡単に理解できる筈もなかった。

次第と高位能力者特有の傲慢さが顔を覗かせるようになり、今になって振り返れば白井自身も当時の態度は相当酷いものだったように思う。

そしてその傲慢とも言える態度だった白井を諭したのが上条だった。

『幻想殺し』を持つ上条は本当の意味で無能力とは言えないかもしれない。

しかしそれでも無能力者が抱える悩みに対する理解は深かった

正直今も白井のスキルアウトに対する認識が大きく変わったわけではない。

いくら悩みを抱えていようと、それが人に害を与える理由にはならないからだ。

ただ上条によって諭されたことによって、今では取り調べの際などに相手を気遣う余裕が生まれていた。

「確かに言われてみれば、その通りですね。 でもやっぱり一般人を巻き込む理由にはならないような気がします」

「もちろんそれはそうですわ。 危険に巻き込んでしまうだけでなく、一般人が自分の正義感に則って自由に動くというのは危険なことですから」

風紀委員は単に基礎的な体力を鍛えたり、事件があった際のマニュアルを叩き込んでいるだけではない。

他の人間を取り締まる権利を持つということは、それに伴って重大な責任も抱えることになる。

その責任も理解せずに一般人が自分の正義感にだけ則って自由に行動していたら、それは逆に大きな危険が生まれる可能性もあるだろう。

「しかし人が自分の正義感に則って正しいことをしようとする意思は誰にも止められませんわ。 特にあの二人はいざとなると頭より体が動く人間ですから。 それならばいっそ最初から手綱を握っていた方が安全ですの」

「うーん、言ってることは分かるんですけど」

「これは単にわたくしの我侭ですわ。 でもあの二人が間違った方向に進むことはないと確信してますの。 そして万が一にもそんなことがあったら、それを正すのがわたくしの役目なんですの」

「……そうですね。 風紀委員として友達として、私も御坂さんや上条さんを信じます。 だから私にも白井さんの手伝いをさせてくださいね」

「頼りにしてますわよ」

「ところでさっき上条さんと分担するって言ってましたけど、今日は御坂さんは一緒じゃないんですか?」

「お姉様なら、今日は木山先生のところに行ってますの。 何でも最高位の電撃使いであるお姉様の意見も参考にしたいことがあるとかないとか」

「確かに脳波も要は電気信号ですからね。 あっちでも何か進展があればいいんですけど」

今日はここまで
今回は少し上条さんと白井の関係の掘り下げ
多分これから先もあんまり書く機会がないように思うので
上条さんが主人公なのに全く登場してないという

ではまた近い内に

ちょと間に合いそうにないので、スマホから初投下

いつも感想ありがとうございます
本当に皆さんの感想レスが励みになっています
少し話に出た上琴描写ですが、特に比率を変える予定はありません
というよりも変える必要がないと思います
今はシリアスパートに入ってますが、基本的に上条さんの日常の中には美琴がいます
多分日常描写で上琴成分は補完できると思います
このssにおいて美琴が特別な位置にいるのは間違いないので
ねーちんも早く出せたらいいな

では投下します

「すまなかったね、今日一日付き合わせてしまって」

「いえ、私は全然大丈夫です」

木山の淹れたコーヒーを片手に、美琴は笑顔を浮かべる。

美琴がいるのは木山の私室。

木山から『幻想御手』の解析の手伝いを頼まれた美琴は、先ほどまで昏睡状態に陥った人間の脳波が映されたモニターと向かいあっていた。

しかしいくら原因を探ろうとしても、手掛かりはまるでなし。

同じ症状で倒れているのだから何か共通する脳波のパターンが見つかっても良さそうだが、それすらも見つからない状態だった。

「本当は食峰に協力してもらえれば良かったんですけど」

「食峰操祈、常盤台の女王か」

食峰操祈、常盤台が誇る美琴に並ぶレベル5の第五位。

常盤台において最大の派閥を有する食峰は周りの人間から「女王」の名で呼ばれている。

そして食峰が有する力の名前は『心理掌握』、学園都市最高位の精神系能力だ。

その力も美琴が電撃を放つのと同様に電流や電磁場を介しており、脳に干渉するというだけなら美琴より遥かに優れている。

しかしはっきり言って美琴は食峰のことがあまり好きではない。

単に食峰の力が悪用しやすいというだけでなく、食峰自身がその力を何の躊躇いもなく理不尽な理由で使っているからだ。

人格破綻者ばかりが集まるというレベル5。

自分が特別まともな人間だと美琴も思っているわけではないが、食峰はその中でも群を抜いているように思う。

ただその食峰に関する考えが、自分の偏見だけで成り立っているということも美琴は自覚していた。

もちろん元来の性格の反りが合わないという部分も大きいだろう。

だが食峰のことが嫌いであるということ以上に、美琴は彼女について何も知らない。

(それにどういう訳かアイツのことも知ってるみたいなのよね)

そして食峰は何故か上条についても知っているような口ぶりだった。

しかし美琴が上条と知り合ってからそれなりに経つが、上条自身から食峰の話は聞いたことがない。

上条が食峰によって精神操作されている可能性も疑ったが、上条の右手を使っても何の変化もなかった。

もしかしたら『心理掌握』で他の人間を操っている時に出会ったのかもしれない。

「まあ連絡が取れなかったものは仕方ない。 私としては君が手伝いにきてくれただけで大助かりだからな」

「結局、何の役にも立てなかったですけど」

「……そんなことはないさ。 凝り固まった大人の視点からでは気付かないこともある。 出来れば事件が解決するまでは、これからも手伝いにきて欲しい」

「私でよければ喜んで」

まだ被害者の回復の見込みも立っていない状況で楽観視するわけにはいかないが、美琴としてはこういう形で事件の解決に協力できるのは喜ばしいことだった。

レベル5になってからというもの、どうも物事を解決する際は力ずくということが多くなってしまっている。

もちろん美琴自身が望んでいるわけではないし、そうでなければ解決できないことも数多くあった。

しかし上条を目標とする美琴は単に事件を解決するためではなく、本当は誰かを助けるために力を使いたいと思っている。

確かに両者の目的あるいは最終的に成し遂げなければならないことが重なることは多い。

ただこうやって破壊などを必要とせず、純粋に人のために力を使えることが美琴は嬉しかった。

すると美琴の脳裏には、遠い昔に筋ジストロフィーの治療を目的としてDNAマップを提供した時のことが思い出される。

あの時はまだ幼かったため、ただ病気の人の役に立てればと研究者の言葉に従っただけだった。

そのせいか、今の今まで特にその研究の成果に目を向けたことがなかった気がする。

折を見て幼かった自分の善意がどのように役立っているか確認してみるのもいいかもしれない。

「最近の若者は色々と怠慢だと聞くが、君や上条君を見ているとそうとは思えないな」

「最近の若者って、木山先生だってまだ十分若いじゃないですか?」

「いやいや、私はもうおばさんだよ」

今回も短いけど以上です
とりあえず言い訳を一言
美琴はこのまま退場するわけじゃないんで、今は完全に無理やりな展開ですが勘弁してください
関係者が幻想御手を聞けないということを逆手に取ったっていうことで
ちゃんと美琴にもヒーローをさせますんで

ではまた近い内に


細かいかもしれないけど食『蜂』だからね

追いついた
最初っからずっと読んできて好きなところは吹寄とのレベルアッパー談義だな
ちょっと先の話になるだろうけど美琴強制覚醒編に入った時の上条さんの役割がどんなふうに変わっていくのか楽しみ

今日も投下予告時間から遅れましたが、続きを投下したいと思います

いつも感想ありがとうございます
本当に励みになっております

>>387さん
まさかの変換ミス
なるべく気をつけるようにはしてるのですが
pixivでまとめを投下する際には修正しておきたいと思います
ご指摘ありがとうございました

そして食蜂さんについてですが
確かに扱いに困るんですよね
原作でもまだ上条さんとの関係が明白になってないし
ただここは一から原作と設定が異なる部分もあるので、原作の様子を見ながら適当に辻褄合わせをしていきたいと思います

では投下します

(どうすっかな?)

上条は心の中で思わず愚痴に近い呟きを漏らしていた。

目の前には明らかに目が血走っている男とその取り巻きが二人。

三人揃いも揃って上条のことを敵愾心溢れる目付きで睨み付けている。

「ふざけた真似しやがって。 せっかくの実験体も逃げちまいやがったしよ」

実験体というのは先ほどまでこの場にいた小太りな少年のことだろう。

上条が駆け付けた際には、目の前の男達がその少年相手に能力を試そうとしていたところだった。

今まで何箇所か『幻想御手』の取り引き場所を回ってきたが、どうやらここは『ハズレ』だったらしい。

「だから何回も言ってるだろ? 『幻想御手』には副作用があるから、すぐに風紀委員か警備員に保護してもらった方が良いって」

取り引き現場を回る過程で、上条はこのように危険性を伝えることで『幻想御手』を使うことを止めるよう訴えかけている。

これは白井が考えた方法だった。

上から『幻想御手』の情報を漏らさぬよう命令を受けている白井は、例え被害を食い止めるためでも『幻想御手』の危険性について無闇に話すことができない。

だが風紀委員ではない一般人の上条なら話は別だ。

少し調べれば上条と白井の関係などすぐに分かるだろうが、それくらいならいくらでも誤魔化しようがあるらしい。

それに何かあった際に直接制圧する手段が殆どない上条にとって、話し合いで解決を図るのは有効な方法だった。

実際これまでも大抵はこの方法で上手くいっている。

しかし今回に限ってはそうもいかないようだ。


「こっちは手に入れた力を試したくてウズウズしてるんだ。 代わりにテメエが相手になってくれるってことでいいのか?」

「どうせ断っても、逃がす気なんてねえくせに」

「ハハッ、分かってんじゃねえかっ!!」

次の瞬間、上条に向かって複数の鉄パイプが遅い掛かった。

どうやら男達のターゲットは少年から上条へと完全に移ってしまったらしい。

咄嗟に上条はバックステップを踏んで後方へと距離を取るものの、完全に空振った筈の鉄パイプは尚も上条の後を追尾するように迫ってくる。

「くそっ!?」

鉄パイプが正確に上条を狙って飛んでくるのを見る限り、直接物体を操作する念動力、あるいは鉄という材質からして美琴と同じ電撃使いか。

何にしろ凄まじいスピードで迫ってくる鉄パイプに激突すれば、上条もただでは済まない。

そしてこのまま逃げ回っていても、いずれ鉄パイプの餌食になるのは確実だった。

「殺す気かよ、この野郎っ!!」

「偉そうに吼えてた割には、随分と必死じゃねえか?」

顔面に向かってきた鉄パイプを首を捻ることによって命辛々躱した上条に対して、男は余裕のある笑みを浮かべる。

飛んでくる鉄パイプはかなりの数であり、これだけの質量の物体を自在に操っているとなるとレベル3相当には能力が強化されているかもしれない。

ただ上条にとって幸いだったのは他の男達が高みの見物に徹底しており、また対峙している男が上条に対して能力を使った攻撃しかしてこないことだった。

「舐めるなっ!!」

上条は体を横に逸らしながら、体を掠めた鉄パイプを受け流すようにして右手で触れる。

その瞬間、鉄パイプは完全に勢いを無くして甲高い金属音と共に地面へと転がった。

己の力の制御から外れた鉄パイプを見て、余裕の笑みを浮かべていた男の表情は訝しげなものへと変わる。

それだけでなく他の鉄パイプまでもが、先ほどまでの勢いを失っていた。

「くそっ、どうなってんだ!?」

明らかに焦った様子の男に向かって、このチャンスを逃がすまいと上条は一気に距離を詰める。

上条が右手に宿す『幻想殺し』という特異な力。

この力について何も知らない人間が上条と対峙しても、初見でその力をすぐに理解するのは難しいだろう。

ましてや今の相手は『幻想御手』を使って暫定的に能力が強化されているに過ぎない。

いくら強大な力を得ていようと、その力をまるで使い慣れていないのだ。

案の定、少し動揺しただけで男は力の制御ができなくなっている。


「がぁっ!?」

男を殴り飛ばした上条はすかさず他の二人へと向き直る。

二人ともまだ目の前で何が起こったか理解が追いついてないようだ。

長引かせればするほど状況は不利。

ただでさえ数的に劣っている状態で、畳み掛けるなら今しかない。

チョビ髭を生やした男へ距離を詰めると、上条は男の顎へとアッパーを叩き込む。

そして宙に浮いた男が地面へと落ちる前に、最後の一人へと拳を叩き込んだ。

「は?」

しかし完全に男の顔面を捉えた筈の右手は、虚しく宙を切る。

その代わりに上条の右手には、いつも美琴の電撃を打ち消す時と同様の感覚が残されていた。

そして男の姿が描き消えると同時に、上条は酷い悪寒に襲われる。

「良い勘してやがるな」

逃げるようにして大きく距離を取った上条の左頬を何か生温かいものが伝う。

頬に手を添えると、その手は血で真っ赤に染まっていた。

「どんな力を持ってるか分からねえが、随分喧嘩慣れしてやがるじゃねーか? カカカカカッ、面白え」

そして上条が顔を上げた先には、ナイフに付着した血を舐め取るようにして舌を這わせている男の姿があった。

そんな男を見て上条を襲う悪寒は一層深まっていく。

今は偶々避けることができたが、男のナイフは躊躇なく上条に向かって振り下ろされていた。

今の狂気じみた姿もそうだが、それ以上に何の躊躇いもなくナイフを振るえる男の精神に上条は恐怖を覚える。

(どうする?)

別に上条は争うために『幻想御手』の取り引き現場にやってきたわけではない。

忠告を受け入れて貰えず半ば強制的に男達と喧嘩する羽目になってしまったが、『幻想御手』を買い取ろうとしていた少年がいない以上ここに留まる理由はなかった。

だが目の前の男は能力が向上したか確かめるためだけに、無力な人間をいたぶろうとしていた人間だ。

この男をここで止めなければ、これから先も同じようなことが続くかもしれない。

何より『幻想御手』を使用しているであろうこの男は、いずれ他の被害者達と同様に昏睡状態に陥ってしまう。

正当防衛とはいえ既に手を出してしまってはいたが、それでも上条はこの男達を放っておけなかった。

「おっ、ヤル気になったってわけか?」

再び右拳を握り締めた上条に対して、男は挑発的な笑みを浮かべる。

こうなってしまった以上、話し合いで解決するのは難しいだろう。

しかし最後に一度だけ、上条は男との対話を試みた。


「さっきの話は本当だ。 このままじゃいつどこで倒れるか分からない。 だから予め警備員か風紀委員に……」

「オレ達はよ--」

しかし上条の言葉が最後まで続く前に、男の声が割って入った。

「盗みや暴行、恐喝にクスリ。 他にもいろいろ悪どい事して楽しんできたけどよ。 最後はいつも風紀委員や警備員に追われてな。 ウザってー目に遭わされてきたんだ」

「それはお前達の自業自得じゃねえか」

「確かにそーかもな。 だが無能力者のオレ達に他にどんな生き方がある? 能力が使えねーだけで落ちこぼれの烙印を押されて、周りからも蔑んだ目でしか見られないオレ達によ?」

「レベル0でも真面目に生きてる人間はいくらでもいるだろうがっ!!」

「カカカッ、笑わせるな。 良い子ちゃんぶって真面目に生きろだって? お前の言う真面目なレベル0だって、腹ん中はオレ達と変わりゃあしねーよ。 ただ臆病風に吹かれて、糞みてーな現実から目を背けてるだけだ。 それに風紀委員や警備員だって高いところから見下しやがって。 何があろーと、正義の味方ぶったあいつらの世話になるなんてごめんだぜ」

ここまで学園都市に根付いた無能力者が抱く劣等感は大きいのか。

そう思いながらも、上条は男の言葉を全て否定することができなかった。

レベルが上がらなくとも最後まで努力し続けられる人間と、そうでない人間。

上条はそのどちらも否定するつもりはない。

能力の優劣だけが学生の価値ではない。

例え挫折しても違う道を探せばいい。

しかしそれが殆ど許されないのも学園都市の現実だった。

スポーツにしても能力が使われるのは当たり前だし、単純な成績よりも能力のレベルが評価される。

強大な力を使うために高い演算力が求められる高位の能力者には学力の成績が良い人間が多いのも事実だが、それを抜きに
しても優秀な学生は数多くいる筈だ。

だがそういう面で評価された人間の話は聞いたことがない。

「副作用? 上等じゃねーか。 ならぶっ倒れる前にオレ達を見下してきた奴らを、ギッタギタにしてやるぜ。 まずは善人ヅラした、偽善者のオマエからなっ!!」

「っ!?」


ナイフを片手に男は上条に襲い掛かってきた。

恐怖で足が竦むのを感じながらも、上条は迎え撃つべく構えを取る。

男の動きは直線的で単調なものであり、普通だったらナイフにさえ注視していれば対処は容易い筈だ。

だが目に見える位置に本当に男がいるとは限らない。

男の力の効力は既に凡そ分かっていた。

自分の居場所を相手に誤認させる能力。

右手が触れた瞬間に男の姿が消えたことからも、恐らく直接脳に働き掛けるようなものではない。

ホログラムのように自分の姿を別の位置に映し出しているのだろう。

ただ問題なのは男の正確な位置が上条から見えないことだった。

目に見える男の姿に気を取られていると、別の位置から攻撃がくる。

一撃耐え抜いて反撃に出るという手もあるが、ナイフを持っている男を相手にするにはリスクが大きすぎる。

そして上条が取った行動は……。

「なっ、逃げやがるのかよっ!?」

上条は構えを解いて男に背を向けると、一目散にその場から駆け出す。

『幻想殺し』は基本的にどんな異能に対しても絶対的な力を持つが、能力の特性を考えても上条とこの男の相性は最悪に近い。

例え『幻想殺し』で男の能力を打ち消しても、その瞬間に死角から攻撃されたらおしまいだ。

恐らく点と点の間で物体を移動させる白井の『空間移動』も、男の位置が正確に分からなければ汎用性は一気に減るだろう。

男の能力に対して優位に立てる能力を挙げるとするならば、やはり美琴のような電撃使い。

電磁波によって相手の位置は把握できるし、全方位に向かって攻撃も行える。

しかし今日に限って美琴は一緒にいないので、無い物ねだりをしても仕方ない。

ここに来たのが白井でなくて良かったと思いつつも、今は上条自身が何とかしてこの場を切り抜けなければならなかった。

(とにかく今はアイツから距離を取らねえと)

男の姿が消えたすぐ側からナイフが迫ってきたことからも、目に見える男の位置と実際にいる位置はそう離れてはいない筈だ。

だが男との正確な間合いが分からないということに違いはないので、できる限り男との距離を空けておきたい。

上条はすぐ近くにあった廃ビルに逃げ込むが、その後を男の足音が追ってくる。

明らかに身の危険が迫った状況で上条一人で男の相手をするメリットはない。

しかし警備員や風紀委員を呼ぼうにも、上条の身元が割れれば白井の独断専行に責任が及んでしまう可能性がある。

今までは自主的に『幻想御手』の使用者に警備員の詰所に行ってもらっていたため問題にならなかったが、我侭を言って事件の解決に協力している以上、なるべくなら白井に迷惑が掛かるようなことは避けたい。

尤もその心遣いのせいで自分が怪我をしてしまっては元も子もないことは上条も分かっているのだが。

ただ男はまるで風紀委員や警備員にも恨みがあるような口ぶりだった。

このまま警備員や風紀委員に救援を求めれば、彼らにも危険が及ぶかもしれない。

身勝手な我侭だということは自覚しつつも、上条は何とか一人で男を無力化する術を考える。


「しかし身を隠せるような場所も全然ねえじゃねえか」

全てを見て回ったわけではないが、ビルの中には什器のようなものがまるでなかった。

どうやら解体業者か何かによって完全に撤去されてしまったらしい。

こうなっては上条も覚悟を決めるしかなかった。

今も後ろからカツンカツンと迫ってくる足音。

相手の位置を探ったり、即座に逃走することができるような手段を持たない上条は、走りながらも男との距離を一定に保っていた。

足音を頼りに男との距離を測り、逆に足音が聞こえなくなったら男はどこかで立ち止まっているということだ。

そうなると男が上条を待ち伏せしている可能性も高くなる。

ただしこれは相手にも同様に上条の動きが読まれていることを意味していた。

奇襲を掛けるか、待ち伏せするか、正面から戦うか。

しかしいくら考えようと、決め手を欠ける上条に残された選択肢は殆ど無い。

カツンカツンと足音が響き渡る中、上条はその足を止めた。

「おーおー、まさか馬鹿正直に正面から向かってくるとはな」

感心しているのか、嘲っているのか。

上条に追いついた男は愉快そうに顔を歪める。

例え奇襲を掛けても、男に攻撃が通るとは限らない。

待ち伏せできるような隠れる場所もない。

ならばリスクを背負ってでも、より確実に男を無力化できる方法を選ぶしかない。

勝負は一瞬。

そこで決められなければ、恐らく上条にもう勝機が訪れることはないだろう。

上条は決着を付けるべく、男に向かって走り始める。

「カカカカカッ、ヤケになりやがったか」

正直、男にどうしてそんな余裕があるのか上条には分からない。

確かにナイフが頬を掠めていたが、決定的な一撃を食らったわけでもない。

『幻想殺し』の力について完全に理解しているわけでもなさそうだった。

そこに妙な違和感を覚えつつも、上条は男へと直進する。

結局上条は男を無力化する有効的な方法を思いつかなかった。

そして最後に残されたのは、一番最初に思いついた策のみ。


(問題はタイミング)

一撃を耐え抜いた上で反撃する。

ナイフを持った男相手にはあまりにも危険な方法だが、上条にはそれを実行する力があった。

右手に秘められた力の解放。

上条は右手の傷跡に意識を集中することによって、強大な身体能力を得ることができる。

絶対に間に合わないタイミングだった虚空爆破事件の爆発から美琴達を守れたのもその力のお陰だった。

そしてその力は単に身体能力を向上させるだけでなく、身体の強度までもが格段に跳ね上がる。

それこそナイフによる攻撃なら簡単に受け止められる程に。

しかし強大な力には大きな副作用が付き物で、今まで力を使った際は必ず身体に酷い負荷が掛かっていた。

この間の肉離れを初め、酷い時には生死の境を彷徨ったことすらある。

普段から使うにはあまりにもリスキーな力。

ただ虚空爆破事件で力を使った時から、上条の中で何か変化が起こり始めていた。

カエル顔の医者が言っていた通り、肉離れ程度で済んだのは確かに運が良かっただけなのかもしれない。

だがまるで幸運から見放されたように不幸な上条に、そう都合よく幸運が訪れるだろうか?

運が良かったのではなく、上条自身の力によってその結果を引き寄せていたのだとしたら?

(一気に解放するんじゃなく、少しずつ小出しにする感じで)

男に向かっていくに当たって、一番危険なのは目に見える位置よりも男が手前にいることだった。

力を早めに解放して自滅しては元も子もないが、力を解放する前にナイフで襲われても完全にアウトだ。

しかし男の力の特性を考えると、危険を冒すような真似をするとは考えにくい。

それに鉄パイプを操っていた男達と比べれば遥かに喧嘩慣れもしているようだが、『幻想御手』を使っているならば能力の使用に関しては素人ということは変わらないだろう。

狙ってくるとすれば、上条が虚像に辿り着いた絶対のタイミング。

そして自分の直感を信じた上条の選択は正しかった。

「なっ!?」

バキンッ!!

男の姿が上条の右手によって掻き消された瞬間、上条の左肩を狙ってナイフが振り下ろされる。

しかしそのナイフは上条の身体を抉ることなく、刃の部分から折れて宙を舞った。

そして上条の右拳が驚愕に歪む男の顔面を打ち抜く。

大きく吹き飛んだ男の身体はそのまま床を転がり、両者の戦いは雌雄を決した。




「……悪い」

上条は気を失って倒れている男を見下ろして、思わずそう口にする。

いくら救うことが目的だと口にしても、上条がやったことは結局暴力を振るったことには変わりない。

そして上条は男が口にした言葉を無意識の内に反芻していた。

偽善者。

まさに自分はその言葉通りの人間だと上条は思う。

いざとなったら戦うという選択肢しか取れない人間。

本当の善人がいるとするならば、例えどんな状況でも戦わないことを選択できる人間だろう。

きっと自分はこれからもそういう人間にはなれない。

自分の善意を押し付けるために拳を振るい続けるのだろう。

心の中で自分のことを偽善使い《フォックスワード》と自嘲しながら、上条はひとまずこれからどうするか考える。

元々ここに来た目的は『幻想御手』の拡散を食い止め、使用した人間を保護することだ。

「やっぱり警備員が風紀委員に連絡するのが一番だよな」

上条は電話を掛けようと携帯を取り出すが、ビルの下が何やら騒がしいことに気が付いた。

「あれって警備員か?」

上条が窓からビルの下を覗くと、三叉の矛のシンボルが施された防護服を着ている大人達が辺りを警戒するように見回っている。

しかし上条はまだ警備員に連絡は取っておらず、どうやら他の誰かが通報を行ったらしい。

そして上条の脳裏に思い浮かんだのは一人の少女の姿だった。

三人の男達と彼らの能力の実験体にされそうになっていた少年。

実は他にもその場にいた人物が存在した。

上条は警備員に見つからないように、その強い正義感を持った少女を探して走り始めるのだった。




「……悪い」

上条は気を失って倒れている男を見下ろして、思わずそう口にする。

いくら救うことが目的だと口にしても、上条がやったことは結局暴力を振るったことには変わりない。

そして上条は男が口にした言葉を無意識の内に反芻していた。

偽善者。

まさに自分はその言葉通りの人間だと上条は思う。

いざとなったら戦うという選択肢しか取れない人間。

本当の善人がいるとするならば、例えどんな状況でも戦わないことを選択できる人間だろう。

きっと自分はこれからもそういう人間にはなれない。

自分の善意を押し付けるために拳を振るい続けるのだろう。

心の中で自分のことを偽善使い《フォックスワード》と自嘲しながら、上条はひとまずこれからどうするか考える。

元々ここに来た目的は『幻想御手』の拡散を食い止め、使用した人間を保護することだ。

「やっぱり警備員が風紀委員に連絡するのが一番だよな」

上条は電話を掛けようと携帯を取り出すが、ビルの下が何やら騒がしいことに気が付いた。

「あれって警備員か?」

上条が窓からビルの下を覗くと、三叉の矛のシンボルが施された防護服を着ている大人達が辺りを警戒するように見回っている。

しかし上条はまだ警備員に連絡は取っておらず、どうやら他の誰かが通報を行ったらしい。

そして上条の脳裏に思い浮かんだのは一人の少女の姿だった。

三人の男達と彼らの能力の実験体にされそうになっていた少年。

実は他にもその場にいた人物が存在した。

上条は警備員に見つからないように、その強い正義感を持った少女を探して走り始めるのだった。

以上になります

初めての本格的な戦闘描写
……はい、すみません
あくまでもこのssは上条さんの強化ssなので、これから少しずつ精進していきます

多分この三連休の内にもう一回これると思います
では近い内に

追記

白井さんの出番を食うような真似をしてすみませんでした

明日の夕方に短いですが続きを投下します
あと今回投下した戦闘描写ですが、何かアドバイスなどがあれば教えていただけると幸いです

そして今更ですが、少し修正
最初の方の投下で上条さんと美琴が出会っておよそ二年と書かれてますが、三年がこのssの正しい設定になります

続きを投下します

感想いつもありがとうございます
本当にいつも感謝してます

三沢塾の話はやります
流れも少し変わります、主に>>1の都合がいいように
吹寄さんの件は伏線というほどではないですが、あとでこのような形で上条に影響を与えることは決めてました
上条さんの過去はこのssの最初の設定を見ても分かるように、大きく捏造してます
きっとその話がいつか出てくると思います
今月の超電磁砲は熱かった
そして>>390さんのレスで何となく展開考えてたら見事に被った
なんとなくかっこよく見える男の行動って共通してるのかもしれない
自分はデビルガンダムでのシーンで思いつきましたが
まあ何にしろまだまだ先なので、しっかりと構想を練りたいと思います
>>1はコミックとアニメ両方派です
両方派っていうより都合のいい場所だけくりぬくって感じですが
まさかフルメタ好きな方がいるとは
Wのヒイロと宗助の絡みは最高だった
今回も刹那を交えての会話が楽しみですが、せっちゃんはもう完全に大人ですね
自分も上琴好きなので、ところどころでそういう感じの場面を出していきたいです

では投下します

「脳波のネットワーク?」

「僕も専門家じゃないからハッキリとは断言できないけどね。 恐らく同一の脳波を持つ人達の脳波の波形パターンを電気信号に変換することで、その人達の脳と脳を繋ぐネットワークのようなものを構築しているんだろう」

「それが『幻想御手』の正体ということですの?」

カエル顔の医者から説明された『幻想御手』の正体。

それは単に使用者の能力のレベルを引き上げるというものではなかった。

同じ脳波のネットワークに取り込まれることで生じる能力の幅の拡大と演算能力の上昇。

一人では弱い能力しか使えない人間でも、ネットワークと一体化することで能力の処理能力が向上する。

それに加えて同系統の能力者の思考パターンが共有されることで、より効率的に能力を扱えるようになる。

これらが相まって能力のレベルが飛躍的に上がるというのが『幻想御手』の仕組みの全容だった。

「……だけど使用者は他人の脳波を強要されることで、身体の自由が奪われちまってるってことか」

上条が廃ビルで戦った男に対して感じた違和感もこのためかもしれない。

あの時すでに男はネットワークに半ば取り込まれていたのだろう。

だから上条という未知の脅威を目の前にしても、自分で正常な判断を下すことができなかった。

「お姉様は恐らく木山春生のところで『幻想御手』の解析の手伝いをしてる時に『幻想御手』の曲を聞かされたのでしょう。 『幻想御手』の危険性を知っていて、絶対に『幻想御手』の中身を耳にしていないことの裏をかかれたんですわ」

「そうだろうな」

それにしても木山春生か。

白井が木山のことを呼び捨てにするのを聞いて、上条は心の中でそう呟く。

確かに木山がこの事件の犯人であることはもう間違いなく、美琴を慕う白井にとっては仇に当たるかもしれない。

上条にも木山を許せない気持ちはもちろんある。

しかしそれ以上に木山がなぜこんな事件を引き起こしたのか?

その疑問が上条の中で大きく膨れ上がっていた。

「御坂君が倒れる直前まで自分の思考を保ってられたのは、もしかしたら異変に気が付いて自分の能力で脳波が固定されるのに抵抗していたのかもしれないね」

しかし最後は美琴もネットワークに取り込まれて昏睡状態に陥ってしまった。

いくら美琴が発電能力者の頂点に立つ最強の電撃使いと言っても、その能力は脳波を細かに弄れるようなものではない。

「しかし木山春生はなぜそんなことを?」

「そればかりは本人に聞いてみるしかないね? ただ確認されてる『幻想御手』の被害者は一万人近くに昇っている。 それだけの人数の脳を掌握しているのだとしたら、彼女の得た演算能力はかなりのものになるだろう。 もしかしたらそこに彼女の本当の目的が隠されているのかもしれないね」

確かに木山の本意を知るためには、本人に直接会うしかない。

すると一人パソコンに向かい合っていた初春が声を上げた。

「警備員からの通信です。 AIM解析研究所に到着したようですが、やっぱり木山先生は行方不明みたいです。 他の研究員達も何も知らされておらず、木山先生の行く先も目的も知らないと」

「初春さん、本当に大丈夫なのか? 警備員の通信を傍受するような真似して」

「これくらい朝飯前です。 ここまで大規模な事件となると風紀委員に入ってくる情報は限られてしまいますから」

子供達を危険に晒さない、危険を蹴散らすだけの力を持たせないという理由から風紀委員が持つ権限は警備員に比べて小さくなっている。

それゆえに本来は風紀委員がここまで大規模な事件に関わる任務に就くことは殆どない。

それでも白井達が『幻想御手』の事件に深く関わってこれたのは、事件が大規模になる前から調査を開始しており、それに見合うだけの実力と実績があったからだ。

しかし今は被疑者が確定されており、それも相手はただの研究者。

あとは警備員によって木山が確保されるの待つだけだった。

「でも上条さんは自分の手で木山先生を捕まえたいと思ってるんじゃないですか?」

「いや、それは……」

「隠さなくても大丈夫ですよ。 上条さんは木山先生をまだ信じてるんですよね?」

「……ああ、俺は今でも木山先生が悪人だとは思えない。 だから取り返しがつかなくなる前に、木山先生がこんなことをした理由が知りたいんだ」

先ほどから上条は言いようがない嫌な予感に囚われていた。

具体的に何が起こるかは分からない。

しかし漠然としているものの、このままでは絶対に良くないことが起こるという確信めいた予感。

無意識にその不安が、取り返しがつかないという言葉になって口から出たのかもしれない。


「私も上条さんの気持ちは分かります。 だから私にもお手伝いさせてください」

「初春さん……」

「ちょっとお待ちなさい。 初春、あなたは本当に自分の言ってることの意味を理解してますの?」

「白井さん?」

「確かにわたくし達は今まで何回も風紀委員の権限を超える越権行為をしてきましたわ。 しかし今回は既に警備員が被疑者を特定しており、逮捕に向けて動き出している。 ここに介入することは組織間の問題に発展しかねませんの」

白井の言うことは尤もだった。

いざという時、正義感の強い白井は自分の身や立場を辞さずに行動できる少女だったが、すでに事件は収束に向かっている。

木山の行方は未だ分からぬままだが、人工衛星に搭載された監視カメラで常に見張られている学園都市で逃げ切ることはできないだろう。

このまま風紀委員である二人が事件に介入すれば、風紀委員という組織自体にも責任が及びかねない。

「初春さん、白井の言う通りだ。 あとは俺が一人で……」

「白井さん、言ってましたよね? 警備員の上層部が『幻想御手』の情報開示に踏み込まなかったのは保守的な人間が多いからだって」

「それがどうかしましたの?」

「でも『幻想御手』の被害者は確認されてるだけでも一万人近くに昇ってる。 いくらなんでも保守的という理由だけでは説明がつかないと思うんです」

「……つまりあなたは警備員を疑ってると?」

「確証があるわけじゃありません。 ただ事件の被疑者と敢えて事件を放置していたかもしれない組織、このまま放っておいていいんでしょうか?」

「……」

「もちろん風紀委員のみんなに迷惑を掛けるわけにもいきませんから、これを」

そう言って初春はカバンから一枚の封筒を取り出す。

そこには大きく辞表届けと書かれていた。

「初春さん、それはっ!?」

「さっき簡略式ですが書いといたんです。 判子とかを用意する暇はなかったんですけど、読心能力者に調べてもらえば私が書いたものだって証明できますから」

「……本気ですの?」

「白井さんが訓練の時に教えてくれた風紀委員の心得を覚えてますか?」

「己の信念に従い……」

「正しいと感じた行動をとるべし! この決断も私なりの信念に従った結果です!!」

「……はぁー、全くあなたは人の気も知らないで」

白井は大きく溜息を吐くと、自分のカバンの中へと手を突っ込む。

そして白井の手に握られていたのは、初春のものと全く同じ文字が書かれていた封筒だった。


「白井さんっ!!」

「わたくしも木山春生に関しては色々と思うところがありますの。 お姉様を騙したことはもちろん許せませんが、やはりお姉様のためにも彼女の真意は知っておかなければなりませんわ」

「おいおい、お前ら……」

自分を置いとけぼりにする形で決意を固める二人に、上条は何とか踏み止まらせようと声を掛ける。

しかしそんな上条を制止するように、カエル顔の医者が上条の肩に手を置いた。

「多分、君が何を言っても無駄だと思うよ」

「でも……」

「君自身いつだって自分の感情に従って行動してきたんじゃないか? それと同じように彼女達の決断は他ならぬ彼女達のものだ。 周りが彼女達の決意に対して、とやかう言う資格はないと思うけどね」

「……」

「でも医者として大人として、危険に足を突っ込もうとしてる子供達を放っておくことはできないね」

カエル顔の医者はそう言うと、木山の行方を追っているのだろうか、パソコンに向かっている白井と初春の下へと歩み寄る。

それに気付いたのか、二人ともパソコンから目を離してカエル顔の医者へと顔を向けた。

「君達のその正義感とそれに則った行動力は、大人として尊ぶべきものなんだろう。 だがやはり年長者としては、子供達が危険な目に遭うのを放っておくわけにはいかないね」

「しかし今回は警備員より早く木山春生を確保することで、危険があるわけでは……」

「それでも万が一という可能性はある。 それに今回に限らず、これから先も危ない目に遭うことはあるかもしれない」

「でも私達は何としてでも木山先生の本当の気持ちを聞かなきゃいけないんですっ!!」

「……そうだね、いくら言っても君達の決意が変わらないことは分かってる。 だから一つだけ約束してほしい。 これから先何があっても、まずは自分の身体を一番に考えるということ。 大抵の怪我や病気なら僕も治してやれる自信があるけど、中には取り返しがつかないこともある。 君達が傷つくことによって他にも傷つく人がいることを絶対に忘れないように」

「はいっ!!」

二人が返事をするのを確認すると、カエル顔の医者は上条へと視線を向けた。

それに対して上条は苦笑を浮かべるしかない。

カエル顔の医者が白井と初春に向けた言葉は、上条がこれまでも耳にたこができるほど聞かされていた言葉と同じものだ。

それゆえにカエル顔の医者の言葉が自分に向けたものでもあることは嫌でも分かるので、上条はカエル顔の医者へと頷き返すのだった。

それから数分後

「見つけました!! 木山先生が乗ってる車です!!」

初春のその言葉と共に、上条達もモニターを覗き込む。

どうやら監視カメラの映像をジャックしたもののようで、確かに画像には車を運転している木山の姿が見えた。

「っていうか、いくらなんでも見つけるの早すぎだろっ!? 何者なんだ、初春さんって?」

「この手の技術に関しては、学園都市に初春の隣に立つ人間は存在しませんの」

「やだなー、白井さん。 それは流石に言いすぎですよ」

白井の言葉に照れながらも、初春は映像が録画された時間から木山の現在位置を逆算していく。

しかしその場所は病院からかなりの距離があり、徒歩で向かうことは難しそうだ。

「わたくしが『空間移動』で先行しますの!! 初春はバックアップを!!」

「はいっ!!」

「って、俺はどうするんだよっ!? 白井の力じゃ俺は一緒に移動できないし」

白井の『空間移動』は自身だけでなく触れたものも瞬時に移動させることができる。

しかし『幻想殺し』を右手に宿す上条は例外で、白井の能力で上条を移動させることはできない。

そのためどうやっても『空間移動』で移動する白井に上条が追いつけるわけもなく……。

「手段は何だって構いませんの。 とにかく後から追ってきてくださいな」

「そうするしか方法がねえのは分かってるけど、さっきの先生の話は忘れるなよ」

「言われなくても分かってますわっ!!」

「拙いっ!? 白井さん、急いでください!! どうやら警備員も木山先生の位置を捕捉したみたいです」

「では行きますのっ!!」

その掛け声と共に白井は姿を消す。

そして残された上条も白井の後を追うように、急いで部屋を飛び出すのだった。

以上になります

描写が丁寧だと言ってもらえるととても嬉しいです
素人なりに今後も読みやすいssを目指していきたいです

ではまた近い内に

>>467
>しかしそんな上条を制止するように、カエル顔の医者が上条の肩に手を置いた。
風紀委員の詰所にいたはずなのに、いつの間に病院に来たんだ?

普通に読めば、美琴が病院に運ばれた時に付いてきたくらいは分かる気がするがな
いくらなんでも読解力がなさすぎ
そもそもその前から、カエル顔の医者のセリフがある
確かにここは完成度が高いから色々と求めるのは分かるが、所詮二次創作
バカみたいなツッコミをするくらいなら見るのやめれば?

おっふ、寝る前に覗いたら少し嫌な雰囲気になりそうなので一言

>>484さん
どうもすみません
完全に描写不足でした
基本的には>>485さんの仰ってる通りです
何となく>>1の頭の中では美琴が病院に運ばれて、そこで冥土帰しと話してる気になってました
どうも漫画を読みながらだと描写が抜ける部分が出てきてしまって
ちなみに初春が病院でパソコンを使ってるのは……気にしないでください
冥土帰しと上条さんがこのssでは割と親しい関係なので、厚意で貸してくれたってことで
それと関係ない話ですが、冥土帰しってあの病院の院長なんですかね?

>>485さん
えっと、色々とありがとうございます
最近はここも含め禁書ss関連全体の空気が悪いですよね
まあ自分も色々と言われるとイラッとすることがあります
ただ>>484さんはただ単にこのssにおけるおかしな点を指摘しただけで、
自分もpixivにて手直しを加えたものを投稿する際には役に立ちます
まあ少し荒れてるssの>>1が言うのもなんですが、ほんわか行きましょう
こんなネットを介しての荒らしも喧嘩もくだらないので

基本的にこのssは雑談なんかも。とんでもない長さになんなければ全然OKです
ただ喧嘩腰にならないでいただけると>>1の精神的に助かります

それじゃ私からもひとつ。
初春が「辞表届け」を用意してますけど、こういう言い方は普通しないんじゃないですか?
単に「辞表」、あるいは「退職届け」「退職願い」「辞職届け」「辞職願い」というのが普通だと思います。
風紀委員の場合は「職業」じゃなく委員会もしくは部活動みたいな感じだと思うので、「辞任届け」が適切かな?

最後に、面白いし続きを楽しみにしてますんで頑張って書いてください。

少し遅くなりました、続きを投下します。

感想いつもありがとうございます。

>>488さん、ご指摘ありがとうございます
pixivにて手直しをしたものを投稿する際には>>484さんの分も合わせて修正させていただきたいと思います。

それと投下前の自分のレスを見て非常に痛いことに気付きました。
これからは最低限のレス返しに控えさせていただきます。

では投下します

ヒュン、ヒュンと小刻みな空を裂く音と共に、白井は『空間移動』を繰り返しながら木山の下へと急いでいた。

既に警備員が木山に追いついてしまったという連絡を受け、その表情には焦りが滲み出ている。

せめて木山が警備員に連行される前に少しでも話ができないか?

木山はこれだけ大規模な事件を引き起こした犯人だ。

逮捕されてしまえば、風紀委員の権限を使っても面会することは難しいだろう。

そもそも辞表を提出している白井はこの事件が解決する頃には風紀委員でなくなっているわけだが。

辞表は初春と共に風紀委員の本部に届け出てもらうようカエル顔の医者に預けていた。

prrrrprrrr

すると空気を裂く音に混じって、着信を知らせる携帯の音が鳴り響く。

『空間移動』による移動を続けたまま白井が電話に出ると、やはり初春からだった。

『白井さん、何だか様子が変です』

「どうかしましたの?」

白井は既に木山が包囲されている場所のすぐ近くにまで迫っている。

目の前の大きく弧を描いた高架道のカーブの先で木山は警備員によって取り囲まれている筈だ。

このまま『空間移動』を続ければ、ものの数秒で辿り着くはずだが……。

「なっ!?」

突然の凄まじい爆発音によって、演算を乱された白井の『空間移動』は強制的にキャンセルされる。

そして地面に足を着いた白井の目に入ってきたのは、木山達がいる場所から上がる爆煙だった。

「何事ですのっ!?」

『わ、分かりませんっ!! でもこれは……木山先生が能力を使ってる!?』

「木山春生は能力者だったということですの?」

『いえ、『書庫』には先生が能力開発を受けたという情報はありません。 それにこれは複数の能力を使っているようにしか……』

「それこそありえませんわっ!! 能力は一人に一つだけ、このことに例外はありませんのっ!!」

白井は『空間移動』による移動を取り止め、目的地へ向かって走り始めた。

『空間移動』には普段は三次元的に捉えているこの世界を十一次元上の理論値に置き換える前提が必要であり、それに伴う高度な演算が求められる。

そのため先ほどの爆発音のように突然演算を乱されると、力が働くなってしまうこともあるのだ。

それに『空間移動』は強力な力だが、それだけ能力の使用には大きな危険が付いて回る。

何が起こるか分からない今の状況で、白井が自身の身体を転移させる『空間移動』を止めたのは懸命な判断だろう。

そして白井は能力の使用に必要だった演算を別の方向へと向けた。

『幻想御手』によって昏睡状態に陥っている学生の数は一万人近くに上っている。

それもただの学生ではない、学園都市で脳開発を受けた能力者達だ。

昏睡している学生の大半がレベル0とはいえ、彼らも全く能力がないわけではない。

よく勘違いされがちだが、レベル0の人間もその殆どが微弱ながらも何らかの能力を有している。

その一万人近くの能力者の脳とネットワークという名のシナプスでできた『一つの巨大な脳』。

木山春生がこれを掌握しているのだとしたら、普通の人間の脳ではありえないことも起こしうるかもしれない。

先ほどは反射的に初春の言葉を否定してしまったが、そもそもこんな事態そのものが通常なら考えられないことだった。


(それにしても、これが木山春生の本当の目的ですの?)

初春から随時伝わってくる木山の力は凄まじいの一言だった。

それはまだ白井自身の目には見えないが、聞こえてくる轟音や時折揺れる高架道によって嫌でもヒシヒシと肌に伝わってくる。

『多重能力者』、実現不可能と言われてきたこの力を手にすることが木山の本当の目的だったのだろうか?

『白井さん、一人じゃ危険ですっ!! 上条さんや他の警備員がやってくるのを待たないとっ!!』

「その間に木山春生に逃げられては元も子もありませんのっ!!」

そして白井が辿り着いた先で見たのは……。

「木山春生っ!!」

煙と埃が立ち込め、警備員達が地面に倒れ伏す中で一人佇む木山の姿だった。

「やあ、君か」

しかし当の木山は周りの惨状など全く気に留めた様子も無く、平然とした表情で白井を迎える。

ただ木山の目は赤く変色しており、彼女に何らかしらの異常が起こっていることを窺わせた。

「すまないな、こんな事態になってしまって。 風紀委員の君には迷惑を掛けることになってしまった」

「そんなことはどうでもいいですのっ!! なぜ貴女はこんな真似をっ!?」

「こんな真似とはどのことだい? 『幻想御手』をばら撒いたこと? 多くの人間を昏睡状態に陥らせたこと? このように警備員を圧倒的な力で蹴散らしたこと? ……それとも御坂美琴を騙したことか?」

ギリッと白井は奥歯を噛んで歯軋りをする。

鏡を見なくとも自分の顔が酷く歪んでいることが、白井には嫌でも分かった。

白井にとって木山は敬愛する美琴を騙しただけでなく、美琴を昏睡状態に陥らせた憎き相手。

木山を前にして白井はできるだけ冷静でいようと努めていたが、やはり溢れ出す感情を完全に抑えきることはできない。

「話は貴女を無力化させてから聞かせていただきますの」

「それが君にできると?」

「舐めないでくださいましっ!! ……それに一つ言い忘れてましたが」

白井は太ももに装着したホルダーから金属矢を抜き出し、両手へと構える。

「わたくしはもう風紀委員ではありませんのっ!! だから少々強引に行かせてもらいますわよっ!!」




先手必勝と言えば聞こえがいいが、それを実行するためにはそれなりの実力が要される。

特に気をつけなければならないのはカウンター。

学園都市では多種多様な能力が開発されており、相手の情報を何も知らずに突っ込むのは自殺に等しい。

単に力の優劣だけではなく、未知の力というのは簡単に実力差を覆してしまう。

しかし白井の実力は確かなものであり、また白井の能力の『空間移動』は例え相手がどんな力を持っていようと臨機応変に対応できる力だった。

白井が跳んだ先は、高架道から数えておよそ20m先の空中。

その位置はちょうど木山の真上に当たる。

白井が『空間移動』で跳べる最大飛距離は約80mで、これだけの距離を縦横無尽に移動できるとなれば相手から姿を晦ますのは容易い。

そして人間というのは前後左右からの不意打ちにはある程度対応できても、普段はあまり注意を払うことがない上方からの攻撃には中々反応できないものだ。

これは風紀委員で積んだ白井の経験が実証している。

その例に漏れず、木山も白井の跳んだ先に気付いた様子はない。

そして白井は手に持った金属矢を木山に向かって跳ばした。

狙った先は木山の肩口。

本来なら白井は『空間移動』そのものを使って相手を傷つけるような真似は絶対にしない。

金属矢を用いるのも相手を拘束する時だけだ。

だが木山はまだ理屈ははっきりしていないが、いくつもの能力を操る『多重能力者』という情報がある。

そんな木山に対して接近戦を仕掛けるのはあまりにリスクが高い。

そういう点で『空間移動』を用いた変幻自在の体術や遠距離からの攻撃を行える白井の力は万能と言える。

ただ状況が状況なので、私怨も込めて木山には多少は痛い思いをさせなければならない。

「えっ?」

しかし白井の放った金属矢が木山に命中することはなかった。

ほんの僅かなタイムラグを置いて聞こえてきたのは、金属か何かが地面へとぶつかる音。

だがそれが何なのか白井の目からは見えない。

その代わりに白井の目に入ってきたのは、上を見上げて白井の姿をしっかりと捉えている木山の姿だった。


(拙いですのっ!?)

木山の目を見て、白井は木山から身を隠すべく咄嗟に『空間移動』を発動させる。

金属矢が当たらなかったことに動揺したわけではない。

そもそも『多重能力』を持つ木山を簡単に無力化できるとは思っていなかった。

何らかの能力を用いて木山は白井の攻撃を避けたのだろう。

ただ問題はなのは突然の不意打ちに対しても、木山にまるで動じた様子がなかったことだ。

すぐには白井の動きを追えていなかったことからも、木山が白井の行動全てを読んでいるわけではない筈だ。

にも拘らず、まるで全て予定調和内だとでもいうようなあの態度。

今までも強敵や格上と呼べる存在とは対峙したことがある。

しかしその時とはまったく別の悪寒が白井のことを襲っていた。

「君が私の前に立ち塞がることはある程度予測していた」

白井は木山から隠れるように警備員が用いている装甲車の陰へと身を潜める。

まずは木山が金属矢を避けるために用いた能力を探らなければならない。

「だから君への対策も少しは練ってある。 まず最初に『空間移動』の特性上、君が能力を使うには対象が目に見える位置にいなければならない」

「なっ!?」

木山のその声と共に、白井の姿を隠していた装甲車が宙へと浮き上がる。

それだけではない。

大小合わせて十台近くあった警備員の車両全てが宙に浮かんでいた。

「念動力というのは学園都市でも最もポピュラーな能力の一つだ。 しかしその平凡さ故にコンプレックスを抱く学生も多い。 必然的に『幻想御手』に手を出した学生も多くなったのだろうな」


そして白井の姿は木山から丸見えの状態となる。

このままでは車両全てを叩きつけられると思った白井は、今度は木山から距離を取ろうと演算を始めるが……。

白井の耳を襲ったのは凄まじい爆発音。

先ほどと同様に集中力を乱された白井の『空間移動』はまたしてもキャンセルされる。

「二つ目に『空間移動』系の能力は総じて高度な演算が必要で、少しでも集中力を乱せば正確な能力使用は難しくなる」

本当に木山は白井と対峙することを想定していだのだろう。

木山の行動はまるで『空間移動』の能力者を相手にする手本のようだ。

だが完全に隙を作った白井に対して、警備員の車両が襲い来るようなことにはならなかった。

宙に浮いた車両はそのまま高架道の脇へと放り捨てられる。

「なぜわたくしを攻撃してこないんですの?」

「一つ勘違いしているようだが、私は必要以上に誰かを傷つけるつもりはない。 用が済めば『幻想御手』に囚われている学生達の脳も解放することを約束する。 だから今は私を見逃してくれないか?」

「そんな言葉を信じられると思ってるんですのっ!?」

「……そうか、仕方ないな。 知り合い、それも子供を傷つけるようなことはしたくないのだが、私の前に立ち塞がるなら遠慮はしない」

そう宣言した木山が突き出した両手の前には大量の水が集まっていく。

(本当にいくつもの能力が使えるんですわね)

様々な力を高位能力者のレベルで使用できる木山の力は、白井の想像に遥かに超えるものだった。

だが木山が他の能力を使っている今の状況は白井にとってチャンスとなりうる。

今なら『空間移動』による攻撃が通じるかもしれない。

一撃で相手を無力化できる攻撃を叩き込む。

それが圧倒的な力を持つ木山を前に白井にできる最善の策だった。

しかし金属矢を用いる一撃で相手を無力化できるような攻撃は、木山の命に関わる可能性もある。

よって白井が選択したのは……。


「これで終わらせますのっ!!」

『空間移動』を用いた木山の頭部に向かって放つドロップキック。

先ほどは木山がどんな能力を用いてくるか分からなかったため接近戦は控えていたが、今は目に見える形で木山が能力を使っている。

しかしいくら渾身の力でドロップキックを放ったとしても、白井の体重では決定打にはなりづらい。

だが木山は女性で線も細く、例え一撃で決められなくとも演算を乱すことくらいはできるだろう。

そうなれば普段から鍛えている白井にも勝機が訪れる。

しかし、

「複数の能力を同時に使うことはできないと踏んでいたのかね?」

木山の身体を白井の脚がすり抜けた瞬間、白井の身体は大量の水の中に囚われていた。

「ゴポッ!?」

もちろん水の中で息ができるはずもなく、窒息状態に陥った白井の頭はパニックに陥る。

こんな状態では『空間移動』のための演算も行えるわけがなかった。

「殺すつもりはない。 だが確実に意識は刈り取らせてもらうよ」

そう言う木山の表情は酷く冷淡なものだった。

しかしその不自然なまでに感情を見せない木山の表情に白井は違和感を感じる。

(この女の本当の目的は一体っ!?)

しかしそれを知ろうにも今の白井にできることは何もなかった。

次第に意識は遠のいていき、身体の感覚までもが失われていく。

自分では結局何もできなかった。

一人で先走った後悔を最後に、白井の意識が完全に途絶えそうになったその時、

「かはっ!?」

突然肺の中に入った空気に咳き込むようにして、白井は地面へと膝をつく。

何が起こったか理解が追いつかない。

だが何者かの影が自分を庇うようにして、木山の前に立ち塞がっていることに白井は気付く。

「やはり君も来ると思っていたよ、上条君」

そして白井が顔を上げた先にあったのは、肩で荒い息をする上条の後姿だった。

以上になります。
何回も重ねて言いますが、いつも本当に感想ありがとうございます。
おかげでリアルで何かあっても、モチベーションを下げずに進められます。
筆が進めば明日にも続きを投下できるかもしれません。
少なくても火曜には絶対続きを投下できると思います。

ではまた近い内に

以上になります。
何回も重ねて言いますが、いつも本当に感想ありがとうございます。
おかげでリアルで何かあっても、モチベーションを下げずに進められます。
筆が進めば明日にも続きを投下できるかもしれません。
少なくても火曜には絶対続きを投下できると思います。

ではまた近い内に

以上になります。
何回も重ねて言いますが、いつも本当に感想ありがとうございます。
おかげでリアルで何かあっても、モチベーションを下げずに進められます。
筆が進めば明日にも続きを投下できるかもしれません。
少なくても火曜には絶対続きを投下できると思います。

ではまた近い内に

エラーって出てても書き込めてるんですね
連投すみません

乙です!かっこよかったです!

差し出がましい様ですが違和感を感じるという表現は重複してるので
~がある、~を覚える が正しいらしいです!
1さん素敵な文章を書いているので、小さな点が逆に目立ってしまいますよね
続きまってます!

上黒コンビのバトルですか。あまり見ない組み合わせですね。
この二人が幻想猛獣にどうやって立ち向かうのか楽しみにしてます。

>>495
何が起こるか分からない今の状況で、白井が自身の身体を転移させる『空間移動』を止めたのは懸命な判断だろう。
ここは「賢明」な判断と書くのが正しいと思いますよ。

出番を取られた御坂……。 代わりにこの先、幻想御手編並みの活躍があるんだよね?
やっぱり幻想猛獣は努力で超能力者になった御坂に倒してほしかった
まあ、これからに期待して乙

>>517
>>382

やっぱり一日じゃ無理でした
明日の22:00に投下します
そして一言
最初に前提として上条さんを魔改造したと書いてありますが、魔改造は上条さんに留まりません
物語が進むにつれ、色々な形で魔改造されたキャラクターが出てくると思います
そして幻想御手編にも魔改造されたキャラクター?が出てきます
上条さんと原作のあるキャラクターを並べると色々と推察できるかも?
ではまた明日

続きを投下します

いつも感想ありがとうございます

>>509さん、>>512さん、ご指摘ありがとうございます
pixivに投下する際は修正しておきます
投下する前には誤字脱字や言葉の誤用などは一応見直してるんですが
これからもおかしな点があったらご指摘お願いします

>>517さん
たぶん>>518さんが言ってる通り、このまま事件が解決するまで美琴が蚊帳の外ってことはないと思います
ただ活躍って感じの描写を自分ができるかはわかりませんが

では投下します

(どうなってんだよ、くそっ!!)

木山が複数の能力を使っている。

その木山と白井が戦闘を開始した。

初春からそう連絡を受けた上条はできる限りのスピードで木山の下へと向かう。

本当は右手の力を解放して移動した方が早く着いたのだろうが、あの力はまだ完全に制御できているわけではない。

下手をすると二人の下に辿り着く前に自分の身体が壊れてしまう可能性があるので、上条は病院に備え付けられていた自転車で移動せざるをえなかった。

そして上条が辿り着いた先で目にしたのは、何らかの力で水の中に囚われている白井の姿だった。

上条は自転車を乗り捨てると右手の力を解放。

瞬時に白井の下へ移動すると、右手を使って白井を水の中から救い出す。

「やはり君も来ると思っていたよ、上条君」

そしてその場にいたもう一人の人物、一連の事件の犯人である木山と向き合った。

「る、るいじんえん?」

「おいおい、こんな時まで類人猿はねえだろ?」

しかし白井は酷く衰弱した様子であり、白井が近くにいる状態のまま戦闘に入るのは拙い。

上条は白井を抱きかかえると、再び右手の力を解放する。

そして木山から大きく距離を取ったのを確認して、高架道の塀を背もたれにするようにして白井を座らせた。

「あ、あなた、その力は一体?」

「その話は後だ。 それよりも大丈夫か?」

「こ、これくらい何ともないですの」

確かに白井の意識ははっきりしており、命の別状はないらしい。

だがすぐに動けるようにはならないだろう。

そして上条は白井の状態を気に掛けながらも、後方で佇んでいる木山への警戒を怠らなかった。

しかし木山も今は攻撃などを仕掛けてくるつもりがないらしく、静かに上条と白井の方を見つめている。

「後は俺が何とかするから、ゆっくり休んでろ」

「木山春生がどれだけの種類の能力を保有してるか分かりませんが、彼女は同時に複数の能力を扱えるようですわ。 あなたの右手でも対処は難しいかもしれませんの」

「そうか」

「……彼女はきっと何かを抱えてるんですの。 だからあなたの手で彼女のことを救ってあげてくださいませ」

「ああっ!!」

止めるのではなく、救う。

美琴が昏睡状態に陥らされたことで白井は少なからず木山に対して恨みを持っていた筈だ。

その白井が木山のことを救って欲しいと言っている。

木山と戦う中で、白井もきっと何かを感じ取ったのだろう。

上条は白井の言葉に力強く頷く。


「君は無能力者と聞いていたんだがね」

上条が白井から離れて木山の下へ戻ると、彼女は興味深そうに呟いた。

しかしそこには親愛の情などは感じられない。

ただひたすら、まるで実験動物にでも語り掛けるような冷淡な口調。

「先ほど彼女を救った力といい、今の移動スピードといい、興味深いな」

「興味深いか……。 それが木山先生、アンタの研究者としての顔ってことか?」

「別に研究者としての顔というわけではない、これが私本来の姿なんだがね」

「……」

「君達に近づいたのも、本当の目的は御坂美琴を無力化させるのが狙いさ。 彼女が様々な事件に首を突っ込んで解決してるのは有名な話だからね。 関わってしまった以上、必ずどこかで私の障害になることは分かっていた。 しかし少し親身になっただけで、あんなに簡単に騙されてくれるとは。 レベル5とはいえ、所詮は世間知らずのお嬢さ……」

「虚勢を張るのはそこまでにしねえか?」

「……虚勢とはどういう意味だ?」

「どうも何もそのままの意味だ。 確かにアンタが俺達に近づいたのは美琴を無力化させるのが目的だったのかもしれない。 でもそれがアンタの全てだなんて嘘が俺達に通じると思ってんのか?」

「……」

「俺だけじゃない。 白井だって初春さんだってアンタが本当はどんな人か知ってるから、アンタのことを救おうって必死になってる。 今更アンタが悪人ぶったって、俺達は騙されねえよ」

「……やれやれ、君は彼女達に比べたら少しは大人だと思っていたんだが。 やはり汚いことは何も知らない表の人間ということか」

「表の人間? どういう意味だよ?」

「これ以上はいくら語っても意味はないだろう。 君達が私のことをどう評価し、何を語ろうと、私がやるべきことは変わらないのだから」

「くっ!?」


木山がそう言うと同時に、破壊された道の無数の破片が上条に襲い掛かる。

とても避けきれるような数ではなく、かといって『幻想殺し』で対処できるようなものでもない。

異能の力なら例外なく打ち消す『幻想殺し』だが、その力には少々変わった特性があった。

効果が及ぶ範囲が右手首の先だけであるため、異能による攻撃でも手数で攻めてくるようなものは迎撃しきれない。

逆に異能の一部に触れただけでも効果が炎のように広がっていくため、どんなに広い効果範囲を持つ異能でもまとめて打ち消すことができる。

つまり同じ多方面からによる飽和攻撃でも手数の多さによる点的な攻撃と単に範囲が広い面的な攻撃では使い勝手が全く異なるのだ。

そして不規則に上条を襲うコンクリートの破片は恐らく前者によるものだった。

大きな力でまとめて破片を操っているわけではなく、破片一つ一つを独立して操っている。

かつて鉄パイプを操って襲ってきた男のように、動揺を誘えるかと破片の一つに右手で触れるが……。

「なるほど、先ほど彼女を救ったのはその力というわけか。 人の制御下にある能力でも問答無用で打ち消す、非常に興味深い」

破片の一つが地面に転がるのを見ても木山に動揺した様子はまるでない。

それどころか冷静に上条の力を観察しているようだった。

(やっぱりそう上手くはいかねえか)

ただ能力を試したかっただけの男とは違い、木山には何らかしらの大きな目的がある。

先ほどのやり取りから木山の決意が固いことは上条にも分かっていた。

そして強い信念を持つ人間はそう簡単には揺るがない。

「ぐっ!?」

避けられるものは躱して、右手で触れるものは確実に対処する。

そうやって木山の操るコンクリートの破片を回避し続けてきた上条だったが、脇腹に感じた鈍い痛みに呻きを上げた。

どうやら意識の外にあった位置から飛んできた破片が直撃したらしい。

上条の力を見て動揺しなかったにしても、木山の能力に対する慣れ方は異常だ。

今までも上条は念動力を操る能力者と何回か対峙したことがある。

しかし単純な力の強度は抜きにしても、木山の能力の扱いは彼らより優れていた。

それは『幻想御手』のネットワークによる力の相乗効果だけでなく、木山自身の能力に関する理解が深いことを意味している。


「しかし能力を打ち消せるのは右手だけのようだな」

(くそっ、完全にバレてやがるじゃねえかっ!?)

ただでさえ分が悪い状況で『幻想殺し』が効果を発揮する範囲まで見極められてしまっている。

そうなればその弱点を突かれるのが道理というものだ。

今まで基本的にコンクリートの破片が飛んでくるのは正面からのみだったが、まるで逃げ場を封じるかのように無数の破片が上条を取り囲む。

そして無数の破片が一斉に上条に襲い掛かった。

「……すまない。 だが私にはどうしても退けない理由が」

「だったら、その理由を聞かせてもらおうじゃねえか!!」

しかし上条は破片が直撃する直前に右手の力を解放する。

凄まじい衝撃を何とか耐え抜いた上条は、その勢いのまま木山に向かって直進した。

木山はそれを見て驚いた表情を浮かべていたが、すぐにその表情から感情が消え去る。

今までと同様に、ひたすら冷静に上条の力を観察しているような眼差し。

また上条自身もどうやって木山の力に対処するか迷っていた。

(このまま力を使った状態で殴ったりしたら、木山先生がただじゃ済まない。 かといって力を使わなきゃ、この攻撃に耐え切れそうもねえし)

今もまだ上条に向かってコンクリートの破片が襲い掛かっていた。

それだけでなく今度は火や水といった異能も同時に迫ってくる。

やはり少しコツを掴んだのか、力を使い続けても上条の身体はまだ壊れていない。

しかし身体に掛かる負荷は確かにあるし、いつまで保つかは分からない状態だ。

身体能力の向上によって木山の攻撃に余裕を持って対処できているが、それもきっと長くは続かないだろう。

そしてそれ以上に上条は暴力によってこの事件を解決することに躊躇いを感じていた。

木山に何らかしらの理由があるのは分かっていたし、何より木山と過ごした時間が上条の中に迷いを生んでいる。

それが一気に木山に攻め込めない原因となっていた。

だが結局、上条には拳を振るうという選択肢以外存在しないのだ。

この膠着状態を続けてもジリ貧になるだけだし、木山の真意を知ることもできない。

先ほどのやり取りからも、安っぽい説得では木山を止められないことも分かっていた。

だから今は戦って木山を無力化させるしか道はない。


「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」

覚悟を決めた上条は拳が届くギリギリの距離まで力を解放したまま突進する。

その途中でいくつものコンクリートの破片が叩きつけられたが、上条が止まることはない。

そして木山に拳が届く位置で上条は溢れ出た力を押し留める。

いくら木山が多数の能力を操り上条を追い詰めようとも女性であることには違いない。

一撃でも叩き込めさえすれば、労せずとも木山の優位に立てる筈だった。

だが上条が右拳を木山に放った瞬間、木山の姿は掻き消えてしまう。

それは恐らく廃ビルで上条が対峙した男と同じ能力。

しかし上条もそこまでは予測を立てていた。

これだけの能力を操れる木山が何の対策もなしにただ突っ立っている筈はないと。

その対策が上条の知っている能力だったのは幸運だったかもしれない。

打ち消された木山の姿の陰から不意打ちのように上条の顔面を目がけて破片が飛んでくるが、上条は右手を使ってこれを難なく撃退。

そしてあの男の時と同様にすぐ傍に現れた木山の実体に向かって、上条は空いた左拳を叩き込んだ。

「がああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!????」

しかし上条の拳が木山に届くことはなかった。

身体を襲った凄まじい熱と痛みに上条は膝を着く。

そして倒れこんだ上条の鳩尾を躊躇することなく、木山の爪先が蹴り抜いた。

「君を相手に彼女の力を使うような真似はしたくなかったんだがね」

とても女性に蹴られたとは思えない勢いで、上条の身体は地面を転がっていく。

そして薄れゆく意識を必死に押し留めながら上条が顔を上げた先にあったのは、青い雷電を身に纏っている木山の姿だった。


「能力を打ち消す右手に、凄まじい身体強化。 なぜ君が無能力者という扱いなのかは理解できないが、力を見極めてさえしまえば対処は容易い」

上条の顔面に向かって飛んできた破片は直接攻撃するためのものではなく、右手を使わせるための囮だった。

あの段階で力の解放を止めていたことを木山に見破られていたとは思えないが、例え破片が激突する衝撃に耐えられたとしても、不意打ちしかも顔面に向かってきたものには反射的に反応してしまうだろう。

そして実際は追い込まれている立場だった上条は、勝負を急いてすぐ傍に現れた木山に空いた左手で攻撃してしまった。

そこで上条を待っていたのは電撃によるカウンター。

どこまでが木山の掌の上だったのかは分からないが、結果として上条はその策にまんまと嵌ってしまったのだ。

「私としてもこれ以上は足止めを食ってる暇はない。 最後にもう一度だけ言う。 私のことを見逃して、このまま退いてくれないか?」

今の上条には木山の言葉に答える気力もない。

しかし例え言葉にして答える気力はなくとも、ボロボロになってもなお立ち上がった上条の瞳がその答えを物語っていた。

「……そうか、ならば仕方ない」

木山は残念そうに溜息を吐くと、纏った白衣のポケットに手を突っ込む。

そこから木山は一枚のコインを取り出すと、それを宙に向かって弾いた。

「ところで君はレールガンという言葉を知ってるかい?」

そして木山の言葉を理解するよりも早く、上条の目の前にはオレンジ色の閃光が迫っていた。

以上になります
黒子の活躍はご期待に添えなくてごめんなさい
ただ多分、黒子の出番も終わってないと思います

感想いつもありがとうございます
感想レスが付くとモチベーションが一気に高まります
ではまた近い内に

レールガン――美琴の能力名『超電磁砲』の由来ともなっている兵器の名前。

実際の兵器とは仕組みが少し異なるらしいが、美琴の放つ『超電磁砲』の威力は凄まじいものだった。

そして今まさに、その『超電磁砲』が上条のことを吹き飛ばそうとしている。

今まで上条は美琴との手合わせを続けてきたが、『超電磁砲』は受け止めたことがない。

だが所詮は異能の力。

右手で触れさえすれば打ち消せるはずだったのだが……。

(右腕が上がらないっ!?)

何とか立ち上がりはしたものの、上条の身体は麻痺したように痺れが残っている。

木山から食らった電撃は想像以上に上条に深刻なダメージを与えていた。

右腕に関しては手首から先だけ感覚が残っているという状態で、それが却って上条に違和感を与える。

(くそっ!!)

これで終わってしまうのか?

木山がこのまま突き進めば、彼女に待っているのはきっと破滅だ。

例えどんな理由があろうと、木山がやったことが認められることは決してない。

このまま事態が好転しなければ、学園都市がどんな手で木山を止めに掛かるかも分からない。

そして白井と初春の言う通り、今回の事件に関して警備員には怪しい点もある。

何もせずまま木山を警備員に逮捕させてはいけないという予感。

しかしそれを防ぐためには何としてでも今ここで、上条の手によって木山を止めなければならなかった。

「何でだよ?」

そして大きなダメージを受けたことによって揺らいでいた上条の意志は再び確固たるものへと変わる。

木山の放ったレールガンが上条を撃ち抜くことなく、その横ギリギリのラインを突き抜けていったのだ。

「アンタの言う通りなら、今ここで俺にトドメを刺さない理由はない筈だ!! それができないっていうのは、アンタがまだ心の何処かで迷ってるってことじゃねえのかよっ!!」

「……別に迷いなんてないさ。 君は酷く諦めが悪いようだが、圧倒的な力を見せつければ少しは考えが変わると思ったんだがね」

「そんなことで諦められるわけねえだろうがっ!! 俺は何としてでもアンタのことを止めてみせる!!」

「そうか、君には搦め手は通じないようだな。 それならこちらも攻め方を変えよう」

木山の言葉に、上条はボロボロになった身体を引き摺って迎撃する構えを取る。

しかしその言葉とは裏腹に、木山は上条を攻撃するような素振りを見せなかった。

「何のつもりだ?」

「これから私が語ることを聞いて、私を止めることが本当に正しいのか君自身が判断するといい」

そして木山は語り始める。

上条が知らない世界、しかし学園都市ではありふれた小さな悲劇の話を……。




女は学園都市を探せばどこにでもいるような何の変哲もない普通の研究者だった。

研究以外にはまるで関心がなく、他人に対しても全く興味がない。

そんな彼女がある日、研究所の上司からある役職を任されることとなった。

研究の被験者である子供達の詳細な成長データを取るために、教師として彼らの面倒を見る。

ふざけた冗談にしか聞こえなかったが、どうやら上司は本気らしい。

気が進まなかったが統括理事会肝入りという実験をチラつかされ、彼女は仕方なく教師という役割を引き受けるのだった。

実験を成功させるまでの辛抱、自分にそう言い聞かせて。

彼女が担当することとなったのは置き去りと呼ばれる子供達だった。

何らかの事情で学園都市に捨てられた身寄りのない少年少女達。

彼女は彼らの担任をすることになってからも、子供をあまり好きにはなれなかった。

騒がしいし、デリカシーがないし、失礼だし、悪戯するし、論理的じゃないし。

ただ親に捨てられたという過去を持ちながらも、彼らは皆明るかった。

明確な目的などを持っているわけではないのだろうが、とにかく毎日を懸命に生きていた。

その姿に彼女も色々と感じるものがあったのかもしれない。

気付くと研究の時間を割いてでも、彼女が生徒達と過ごす時間が多くなっていた。

馴れ馴れしいし、すぐ懐いてくるし。

彼女はやはり子供があまり好きではない。

だがそんな思いとは裏腹に研究漬けで色褪せていた彼女の世界は、他ならぬ子供達の手によって明るいものへと変わっていく。

そしてその変化を彼女自身も次第に心地よく感じるようになっていた。

しかしこの時、彼女はまだ知らなかった。

この学園都市という街の本当の姿を……。




彼女が最後に生徒達の笑顔を見たのは、かつてから計画されていた実験が始まる直前だった。

この実験が終われば教師ごっこも終わり。

そのことに何処か寂しさを感じながらも、彼女は自分を信頼して笑顔を浮かべる子供達を実験の機器へと繋ぐ。

だが彼女と生徒達との別れは全く予期せぬものとなってしまった。

長い期間を掛けて何度も計算を繰り返し、念入りに準備してきた実験。

本来ならば失敗するはずがなかった。

しかし実際に彼女の目の前にあるのは、大きく脳を損傷し血の気のない子供達の姿。

これは初めから期待されていた結果だった。

彼女が進めていた実験の名は『AIM拡散力場制御実験』

そして実際に行われた実験の正体は『暴走能力の法則解析用誘爆実験』

初めから子供達は使い捨てのモルモットにされる予定だったのだ。

彼女は今も上司がその時に発した言葉が忘れられない。

『科学の発展に犠牲はつきものだ』

科学の発展の裏には多くの犠牲が存在する。

確かにそれは歴史が証明していた。

しかしそういった事実や理屈など関係なしに、彼女の心を深い闇が蝕んでいく。

かつて生徒の一人である少女が言っていた。

自分達は学園都市に育ててもらっているから、高位の能力者になってこの街の役に立ちたいと。

この結末は学園都市の役に立ちたいという少女の願いにそぐうものだろうか?

いや、少女の願いなど関係ない。

彼女自身がこの現実を認めることができなかった。

このような悲劇を二度と繰り返してはならない。

こんな実験を発案した科学者、こんな実験を容認している学園都市、そして何も知らずに実験に協力してしまった自分自身。

これら全てに対する憎しみを抱え込み、彼女は数年の時を掛けて生徒達を救うための計画を進めてきたのだった。




「それじゃあ木山先生、アンタの目的は……」

「今も昔も私がしたいのは意識不明の状態にある生徒達を救うことだけだ」

「でもそんなことがあったなら、それこそ警備員に……」

「23回。 あの子達の快復手段を探るため、そしてあの事故の原因を究明するシミュレーションを行うために『樹形図の設計者』の使用許可を申請して却下された回数だ。 これがどういう意味か分かるかね?」

「……」

「つまり統括理事会もグルというわけだ、警備員が動くわけがない。 だから私は『樹形図の設計者』の代わりとなる演算機器が必要だったということさ」

「それが『幻想御手』を利用した脳波のネットワークってことか」

「一万人ほど集まったから、演算力に関しては多分問題ないだろう。 『多重能力』、いや実現不可能とされているあれとは方式がまるで違うから、言うなれば『多才能力』といったところか。 この力はその過程で生まれた副産物に過ぎない。 まあ副産物と言っても、こうやって追ってくる連中を蹴散らすのには役に立ってるがね」

木山に何か深い事情があることは最初から分かっていたが、それを抜きにしても木山の話が上条に与えた衝撃は大きかった。

確かに学生による大掛かりな喧嘩・犯罪など、お世辞にも学園都市の治安が良いとは言えない。

それこそ上条も美琴達が知らない場所で、とんでもない事件に巻き込まれたこともある。

しかしそれでも上条は幼い頃から過ごしてきたこの街に少なからず愛着を持っていた。

学園都市に来たからこそ出会えた大切な人達と過ごした日々。

それは間違いなく上条にとって掛け替えのないものとなっている。

だがそんな思い出とは別に、木山の話によって上条の中には学園都市に対する不信、疑念といった感情が芽生え始めていた。

「何度も言っているが、望む結果が得られたら学生達は解放する。 後遺症はない、全て元に戻る、誰も犠牲にならない。 これを聞いても君には私を止める理由があるのかい?」

恐らく木山の言ってることは殆ど正しい。

昏睡状態に陥っている学生達も元に戻るし、木山が救いたいと願っている子供達も救われる。

ほんの少しだけ木山に時間を与えるだけ。

それだけでほぼ完璧なハッピーエンドを迎えることができる。

だが完璧なハッピーエンドとなるためには決定的に足りないピースが存在した。


「確かにアンタの言ってることが、今できる最善の方法なんだと思う」

「分かってくれたか。 それならそこを……」

「でもアンタ自身はどうなるんだよっ!!」

「全てが終わったら警備員に出頭するさ。 ちゃんと犯した罪は償うつもりだ」

「本当にそれだけで済むのか?」

「……どういう意味だ?」

「『樹形図の設計者』の使用許可が下りなかったっていうのは、それだけ統括理事会の連中に知られちゃ拙いことがあったってことだろ? それをこんな方法で無理やり解明して、アンタの身の安全は本当に保障されるのかよ!?」

木山の言う通りなら、例の実験と統括理事会の間には何らかしらの関係性が存在する。

そして木山の解明したい実験の真相には、統括理事会にとって都合が悪い秘密が隠されているのは間違いない。

仮に木山がその実験の真相を知り学園都市に身柄を拘束されることになったら、そのような実験を容認する人間に人道的な対応を望めるだろうか?

「……私自身はどうなってもいい。 私の身一つであの子達を救えるならな」

「……」

「君に私がまだあの子達の先生だと言ってもらえた時は嬉しかったよ。 これは私があの子達の先生としてやらなければならない最後の仕事だ。 だからそこを退いてくれ」

「馬鹿野郎っ!! アンタがその子達の先生だって言うなら、アンタがしなきゃなんねえのは自分の身を犠牲にすることなんかじゃねえ!! その子達の目が覚めた時に笑顔で迎えてやることだろうがっ!!」

「ならば他に方法があるのか? 何の代案もなしに綺麗ごとを言うだけなら、どんな愚者にだってできる。 君の言っていることは現実を知らない子供のただの戯言にしか過ぎないっ!!」

「それはっ!!」

「君の心遣いは素直に嬉しく思う。 だが子供の言葉一つで止まれるほど、私の背負ったものは小さくない。 君が尚も立ち塞がるというのなら、私は今度こそ君を殺してでも先に進むぞ」

先ほどまでの無表情とは違う。

今の木山の表情には絶対に目的を成し遂げなければならないという強い意志が感じられる。

そしてその意志は障害となっている上条に対して、殺気という形で向けられていた。

もう何があっても木山は止まらない。

上条も自分の言っていることが綺麗ごとに過ぎないことは自覚していた。

何の知識もなく力もない自分では本当の意味で木山を救うことはできない。

もし木山と同じ立場だったら、自分も同じ道を選んでいたかもしれない。

しかしそれでも上条が木山の前から退くことはなかった。

例え木山がそれを望んでも、彼女が欠けていては本当のハッピーエンドを迎えることはできないと思ったから。

酷い独善に塗れた決意を持って、上条は再び木山と激突する。

短いですが以上になります
ここからは少しペースを上げて、来週中には幻想御手編の少なくても戦闘パートは全て終わらせたい
多分投下間隔が短くなるので投下予告はしないと思います

ではまた近い内に

今から投下します

皆さんの仰る通り、木山先生は原作でも上条さんの説教が通じない数少ない人間だと思います
その木山先生を相手に上条さんがどういう選択をするのか

では投下します

木山の戦い方は先ほどと比べて一変していた。

手数によって攻めるのではなく、圧倒的な力による制圧。

それは絶対に成し遂げなければならない目的の完全な障害となった上条に己の全ての感情をぶつけているようにも見えた。

辺り一帯の重力でも操ったのだろうか、木山を中心として高架道が円形を描いて崩落する。

この高さから落ちればただでは済まないため、上条も咄嗟に力を解放。

しかし着地した上条の目の前には、凄まじいスピードで迫る木山の姿があった。

「ぐっ!?」

繰り出された拳を上条は両腕を交差してガードするものの、その衝撃にその身体は大きく後方に吹き飛ぶ。

女性の腕力ではとても考えられない重い拳だった。

高架道の上で蹴り飛ばされた時もそうだが、恐らく木山は身体強化系の能力を使用している。

そして吹き飛んだ上条に追い打ちを掛けるように雷撃の槍が迫っていた。

美琴と手合わせしている時とは違い、恐らく人を殺せるだけの力を持った雷撃。

咄嗟に右手を突き出して雷撃の槍を打ち消すものの、再び追撃してきた木山が隙のできた上条の右側頭部に向かって回し蹴りを放つ。

これを上条は身を屈めて回避すると、軸となっている木山の右脚に向かって足払いを掛けた。

体勢を崩した木山に上条は追い打ちを掛けようとするが、それを念動力によって操られた無数の石によって阻まれる。

(このままじゃ木山先生を止められない)

ただでさえ強力な『多才能力』に美琴の全力に近いであろう電撃、それに加えて身体能力まで木山は強化されている。

身体能力だけ見れば恐らく力を解放した上条の方が上だろうが、総合的な力で比べれば最早相手にならないレベルだった。

そして上条が今の状況を打開するためには、

(ギアをもう一段階上げるしかねえっ!!)

この場合のギアを上げるというのは、解放する力の量を増やすということだ。

ただしそれにはそれ相応のリスクが伴う。

虚空爆破事件以来、上条は少しずつ力を使うコツを掴んできた。

しかしそれはあくまでも身体を壊さないギリギリのラインまで力を抑えた上である。

恐らく今以上に解放する力の上限を上げれば、上条の身体は保たない。


(それでもやるしかないっ!!)

考えれば単純なことだった。

例えどんなに偽善であろうと、独善であろうと、そして助けたい人間と戦うという矛盾を抱えていようと。

木山春生を助けたい、上条の思いはただそれだけだ。

木山の言う通り、上条には木山の教え子達を救う手段などない。

きっとここで木山を止めることは木山自身を傷つけることになる。

それでも上条は木山が破滅の道へ歩んでいくのをみすみす見過ごすことはできない。

今までだってそうやって生きてきた。

『偽善使い』――それが上条当麻という人間の本質なのだから。

そして決意を固めた上条と木山の戦いの決着は一瞬だった。

「何っ!?」

爆発音に似た轟音が鳴り響いた時には、木山の前から上条の姿は消え去っていた。

木山が確認できたのは上条に向かって飛ばした無数の石が、何らかの衝撃によって粉々に砕け散ったことだけ。

体感的に目で追うことすら困難な、人体の限界を超えた超速。

上条が取った戦法は、ただ木山に向かって全力で直進するという至ってシンプルなものだった。

しかし知覚すらできない圧倒的なスピードを前に、例えどんな力を持っていようと対応できるはずがない。

そして木山が上条の姿を再び視認したのは、上条の掌底が木山の顎を打ち抜く瞬間だった。




「酷い男だな、君は」

地面に仰向けに倒れる木山は恨めし気に上条に向かってそう呟いた。

それに対して上条は何も答えることはできない。

上条が木山に放った掌底によって二人の勝敗は一瞬で決した。

もちろん掌底を放った瞬間は上条も力の解放を止めており、木山にも目立った外傷は見当たらない。

だが上条の掌底は木山の脳を激しく揺さぶり、意識はあっても木山は身体を動かせない状態だった。

「これは単なる自己犠牲などではない、私なりのあの子達に対する償いだ。 それを君は自分勝手な理由で踏みにじった。 このまま私が捕まるということが何を意味するか理解してるのか?」

「……」

「『幻想御手』をアンインストールする治療用のプログラムは予め用意してある。 こうなってしまった以上、私もそれを破棄するようなつもりはない。 だがそうなればネットワークは私の手から離れ、あの子達を取り戻すことも快復させることも叶わなくなる。 君は本来は加害者であるはずの私を庇って、何の罪もない子供達の未来を奪ったんだぞっ!!」

その言葉の一つ一つが上条の独善を激しく非難するものだった。

今回の結末は上条が背負わなければならない責任。

だが上条にはその責任を果たすだけの力がない。

そのことを上条は誰よりも痛感している。

しかし無力だったからこそ、木山が見ることができなかった別の選択肢が上条には見えていた。


「……確かに木山先生の言う通り、俺がやってることは無力な餓鬼が自分勝手に喚いてるようなもんなんだと思う。 でも、それでも俺は先生を放っておくことができなかった」

「その気持ちには感謝していると伝えた。 だが君は本当にその選択が正しかったと思っているのかっ!?」

今まで見てきた木山の姿からは想像できないほど、感情が溢れかえった言葉。

子供達を救う道を閉ざした上条に対する憎しみがヒシヒシと伝わってくる。

慕っていた人間からこのような感情をぶつけられるのは、上条にとっても辛いことだった。

だが木山のその憎しみとも向き合わなければ、上条が目指す先には進むことができない。

「今の段階で俺には先生の教え子達を救う手段なんて考えつかない。 ……だから俺は皆に助けを求めてみようと思うんだ」

「皆に助けを求める?」

「ああ」

木山の言葉に上条は頷く。

今の上条に子供達を救えるような知識はないし、それどころか学校の成績すらお世辞にも優秀とは言えない。

だが例え上条自身に知識がなくとも、上条の周りには色々と頼れる優秀な人間がたくさんいた。

カエル顔の医者や小萌先生といった大人達に、美琴や白井のような優秀な学生。

そしてそこには当然、木山も含まれている。


「それでも足りなきゃ、他にも協力してくれる人を絶対に探してくる」

「それは自分の責任を他人に押し付けてるだけじゃないのか?」

「そう言われても仕方ないとは思う。 もちろん俺もこれからは真面目に勉強するつもりだけど、実際に俺なんかが役に立てるかは分からないしな。 でも例えそれが卑怯な方法であっても、俺は今回の自分の責任と向き合っていくつもりだ」

「……すまない。 『幻想御手』を使って他人を巻き込んでいた私が言えるようなことではないな」

「邪魔をした俺が言うのもなんだけど、先生にも力を貸して欲しい」

「独りよがりに他人を巻き込んだ私と、最初から周りに助けを求めようとしている君。 成果が上がるかはまだ分からないが、どちらが正しい選択かは明白だ」

「俺は馬鹿だからさ。 最初からこうするしか方法がなかっただけだよ」

「礼を言うのはあの子達を救った後にしなければならないが、ぜひ私にも協力させてくれ。 ……その前に罪は償わなければならないがな」

「……」

確かにこれだけの事件を引き起こした木山はこのまま無罪放免というわけにはいかない。

どのような刑罰が下されるかは分からないが、すぐに合流することはできないだろう。

だから木山が帰ってくるまでに、上条も自分にできることをいなければならない。

(あれっ?)

しかしそこで上条は何か妙な違和感を感じる。

一応とはいえ木山との和解を果たし、これから先しなければならないことが沢山あるはずなのに。

そんな未来へと続く道に何か決定的な落とし穴があるような悪寒。

だがそのことについて深く考える間もなく、木山に異変が起きる。

「ぎ゛ッ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

「木山先生っ!?」

「がッ……ぐ、ネットワークの……暴走? いやっ、これは……AIM……の」

気を失った木山から抜け出したように、何か靄のようなものが空中に漂い始める。

そしてその靄は一点に集まると、やがて一つの形を成した。

「な、何だよ、これっ!?」




それは彼女なりの最後の抵抗だったのかもしれない。

『幻想御手』とは使用者の脳波のパターンを一定に整え、それを電気信号に変換して一人の人間へと収束させるためのシステムだ。

そして『幻想御手』の利用者は外部から脳波を強要されることにより、昏睡状態へと陥ってしまう。

だが仮に外部からの強制ではなく、自ずから脳波を同調させることが可能だったとしたら?

もちろんそう簡単にできることではなく、現に彼女も成功はせずにネットワークに取り込まれてしまっている。

しかしそれは完全に取り込まれてしまったわけではなく、彼女の意識は半ば保たれた状態だった。

それはネットワークとは別の場所に位置する、糸電話の糸に近い状態だったのかもしれない。

そして彼女は自分の目とは違う視線から、ある戦いの一部始終を見届けていた。

今回の事件を引き起こした犯人の想い、そしてその犯人を止めるために戦った少年の決意。

しかし本当の異変は彼らの戦いが終わった後に起こった。

実際に何が起きたのかは彼女にも分からない。

ネットワークが犯人の手から離れると同時に、彼女と繋がっていた回線も断ち切られてしまったからだ。

だがきっと良くないことが起きている、それだけは彼女にも分かった。

そしてあの少年はきっとまだ戦っている。

「私も行かなきゃ!!」

ネットワークが解き放たれると同時に目を覚ました彼女は自分も少年の力になるべく、病院から飛び出すのだった。

うん、最後は自分で書いてても良く分かりませんでした
っていうか、いまいち『幻想御手』の仕組み自体も自分は理解できてません
脳波を電気信号に変換してネットワークを作る?
でも発電能力者じゃなきゃ、その変換された電気信号を木山に向かって発信できないような?
要するに何が言いたいかというと完全なご都合主義です
すみません

もう片方の方がこっちの筆が止まってる時に投下してます
つまりあっちが投下されてる時はこっちが全然進んでない時です
明後日の23:00に続きを投下します

577は恐らく御坂視点ですよね?(違ったらすまぬ
個人的には視点変更が急すぎて分かりづらいだけで、
最初から視点を意識すればそこまでよく分からん文章でもないと思いますが

なんにせよ乙! です

俺は木山がテレパシー系、もしくは電気系能力を使える状態になっていて
他人の脳波を送受信する中継基地のような役割をしていると思ってる。

少し遅くなりましたが、続きを投下します

いつも感想ありがとうございます
>>579さん
分かりづらくてすみません
仰る通り、あそこは別の人物の視点になります
今までは基本的に一回の投下で同じ人物の視点でしか投下してなかったんですが
Pixivとかはそういう場面でページを変えられるんで便利ですね

>>581
なるほど木山先生自身が受信アンテナのようになってたってことですか
確かに発電能力者の美琴が他人の記憶を少なからず読み取れるんだからその可能性は高いですね
色々と説明ありがとうございます

では投下します

「どうなってんだよ、これっ!?」

木山の身体が抜け出した靄が一点に集まって形成したもの。

それは胎児の姿をした『何か』

胎児と呼ぶにはあまりにも歪だが、しかしそれ以外に言い表しようがない『何か』

その頭に当たる部分には、まるで天使のような輪が浮かんでいる。

『キオィィィィアアァァァァ!!!!!!』

そして泣き声のような甲高い咆哮と共に、その『何か』から飛び出した触手が辺り一帯に破壊を撒き散らす。

上条はその真下にいた木山を咄嗟に抱きかかえると、すぐにその場からの離脱を図る。

左脚は肉離れを起こしているのか言うことを聞かない状態だったが、力を解放して右脚で思い切り地面を蹴ることによって大きく距離を取った。

しかしそれだけでは満足とは言えず、触手は上条の背中に迫ってくる。

この『何か』が一体どんなものであるかは分からない。

だがきっと超能力に関係したものであると、上条は半ば本能的に後方から迫ってくる触手に向かって右腕を突き出した。

「よしっ!!」

パキィンという能力を打ち消した音と共に、その触手は大きく削り取られる。

しかし打ち消せたのは触手のみで、その『何か』の本体にまで影響を及ぼしたようには見えない。

それどころか寧ろどんどん大きくなっているように見える。

『ぎっ? ぎ? キィヤアアアアァァァァ!!!!』

そして『何か』の目に当たる部分が上条の姿をしっかりと捉えた。

その瞬間、今まではただ感情のようなものを爆発させているようにしか見えなかった『何か』に変化が起きる。


(怯えてる?)

目に見える形で『何か』の表情に表れたわけではない。

しかし上条には『何か』が自分に対して向ける怯えに似た感情をはっきりと感じ取っていた。

「大丈夫ですの!?」

そして距離を取って『何か』と対峙している上条の下に、ヒュンという空気を裂く音と共に白井が現れる。

どうやら普通に『空間移動』を使える程度には回復したらしい。

「どうなってますの、あの怪物みたいな胎児はっ!?」

「そんなの俺だって分からねえよ!!」

上条達の視線の先では今もなお『何か』は膨張を続けていた。

それはもはや胎児と呼べるような姿形はしておらず、ただ元の姿と全体的な雰囲気からそう表現できるだけだ。

何か出来の悪い怪獣映画を見ているような気になるが、全身を襲う痛みに上条はこれが現実だということを嫌でも思い知らされる。

「あれは恐らく虚数学区が実体化したものだ」

「木山先生、目が覚めたのか?」

目を覚ました木山に促されて、上条は木山を地面へと下ろす。

「白井君も一緒か。 先ほどはすまなかったな」

「そのことについては取りあえず後回しですわ。 それよりあれが虚数学区が実体化したものとはどういう意味ですの?」

虚数学区、その都市伝説なら上条も聞いたことがある。

恐らく上条でなくても、学園都市に住む人間なら一度は耳にしたことがある筈だ。

『虚数学区とは学園都市内の始まりの研究所であり、その関連施設を増設した結果が学園都市である』

という話を元としており、学園都市における都市伝説の元を辿ると殆どが虚数学区の噂に結びつくらしい。

「だがその実体は巷に流れる噂とは全く違ったわけだがね。 虚数学区とはAIM拡散力場の集合体だったんだ。 アレも恐らく原理は同じAIM拡散力場で構成された……『幻想猛獣』とでも呼んでおこうか」

「『幻想猛獣』……」

「『幻想御手』のネットワークによって束ねられた一万人のAIM拡散力場が触媒となって生まれ、学園都市のAIM拡散力場を取り込んで成長しようとしているのだろう。 そんなものに自我があるとは思えないが、ネットワークの核となっていた私の感情に影響されて暴走しているのかもしれないな。 そしてアレはどうやら上条君、君のことを恐れているようだ」

「俺を?」

「能力を打ち消す右手を持った君は、アレにとってまさに天敵だろうからね」

「そういうことか」

上条が触手を打ち消した際に、『幻想猛獣』は上条の力に触れている。

『幻想猛獣』が何か怯えていると上条が感じ取ったのはそのためだろう。

実際に今も『幻想猛獣』は襲ってくるようなことはないが、警戒するようにその眼は上条の姿を捉えていた。

しかし襲ってこないこと以上に、今も膨張を続けるその姿に不気味さを感じずにはいられない。

「でも要するに俺が右手で触れれば、それで片が付くんだろ?」

「理論的にはね。 だが天敵の君が近づけは、当然アレも抵抗してくる」

「……」


どうするべきかと上条は悩む。

もちろんやるべきことは決まっているのだが、単純にそれを成し遂げるまでのプロセスが見えてこない。

今の上条はまさに満身創痍という状態であり、本音を言えば立っているのもやっとの状態だ。

この状態のまま突っ込んだとしても、反撃に遭えば『幻想猛獣』の下まで辿り着くのは難しいだろう。

だが『幻想猛獣』の動きが止まっている今の状況は千載一遇のチャンスだし、『幻想猛獣』がこのまま巨大化し続ければどうなるか分からない。

無理でもやるしかないと、上条が決意を固めたその時。

「撃てぇ!!!!」

その号令の直後に聞こえてきたのは激しい銃声。

上条達の位置からは見えないが、どうやら高架道の上から『幻想猛獣』に対して銃撃が行われているようだ。

「まだ動ける警備員がいたようだな」

少しずつだが銃弾によって体が削られていく幻想猛獣を見て木山が呟いた。

彼女なりに何か思うところがあるのだろう、木山の表情には言い得ぬ感情が浮かび上がっている。

「しかしあの程度の攻撃では殆ど意味はなさそうですわね」

白井の言葉に上条は再び幻想猛獣に目をやる。

確かに銃弾が『幻想猛獣』の体を削り取る以上に、『幻想猛獣』が膨張していくスピードの方が遥かに早い。

最初は上条よりも小さかった『幻想猛獣』の体は今や高架道よりも高くなっていた。

「やるなら今の内しかなさそうだな」

『幻想猛獣』の注意は警備員の方へと向かっている。

警備員を囮にするようで悪いが、これ以上の好機がこれから先あるか分からない。

「白井君、警備員の通信機器がある車両まで運んでくれないか?」

「何をするつもりですの?」

「ここに『幻想御手』のアンインストール用のプログラムがある。 これを使ってネットワークを破壊すれば、アレの暴走も止まるかもしれない」

自衛による本能なのか『幻想猛獣』は再び暴れ始め、その矛先は攻撃を行った警備員へと向かっていた。

この状況を打開するためにも、手は多いに越したことはない。

「それじゃあ、木山先生のことを頼むな」

「あなたこそ無理はなさいませんよう」

「分かってるって」

上条も自分の身体が限界に近いことは分かっているので、白井の言葉を素直に受け取る。

しかし『幻想殺し』が現状における切り札であることに違いはないので、多少の無理は通さなければならないかもしれないが。

「君にはあの子達のためにも色々とやってもらわなければならないことがある。 だから絶対に無事に帰ってきてくれ」

「はい!!」

そして木山の言葉は上条にとって嬉しいものだった。

信念を貫き通そうとした者と、その信念を打ち砕いた者。

本当に和解するのは目的を達成してからにしなければならないが、今はこの言葉だけで十分だ。

そして白井が木山と共に跳ぶと同時に、上条は『幻想猛獣』に向かって走り始める。




しかし勇んで『幻想猛獣』に立ち向かっていったまでは良かったものの、上条は早くもその決断を後悔することとなっていた。

(警備員の攻撃は完全に無視で、ターゲットは完全に俺ってわけかよっ!?)

警備員の攻撃に『幻想猛獣』が気を取られている内に近づく作戦だったのだが、それも空しく上条は『幻想猛獣』による猛反撃に全く近づけないでいる。

上条に襲い掛かってくるのは触手だけでなく、炎の塊や氷の柱といった能力の数々。

どうやら『幻想猛獣』も先ほどまでの木山と同様に、『多才能力』を操れるらしい。

木山ほど使いこなせている感じはしないが、驚くべきはその物量だ。

全方位から同時に迫ってくる触手や炎を上条は命からがら躱している状態だった。

「そこの少年、馬鹿やってないでさっさと逃げるじゃんよっ!!」

どこかで聞いたことがある声が拡声器を通して響いてくるが、上条はそれに対して思わず舌打ちする。

冗談じゃない。

今や『幻想猛獣』のターゲットは完全に上条になっている。

仮にこのまま逃げたとしても、『幻想殺し』という脅威を持つ上条を『幻想猛獣』はどこまでも追ってくるだろう。

そうなれば自然と被害が広がるのは明白だった。

(それにしてもいきなり潰しに掛かってくるなんてな)

自分に向かって放たれる圧倒的な攻撃を前に、上条は心の中でそう呟いた。

目の前に脅威が迫った際に、殆どの生物は二種類の対応を取る。

1つは脅威そのものに対する隷属。

脅威を目の前にして生じる恐怖という感情によって、大半の動物は逃げるという選択肢を取らざるを得ない。

強者に対する服従というのも恐らくこれに含まれるだろう。

そして2つ目は今まさに上条が目の当たりにしている脅威に対する反撃だ。

窮鼠猫を噛むという言葉が古くからあるように、本当に追い込まれた際に残される選択肢とは戦うこと以外にない。

だが実際のところ上条は『幻想猛獣』に対して、決定的となるようなことはまだ何もできていなかった。

にも拘らず『幻想猛獣』は上条を絶対的な脅威として排除すべく狙ってくる。

その様子は単に本能から上条を恐れているだけでなく、まるで最初から……。


「っ!?」

『幻想猛獣』の様子を疑問に思う間もなく、上条に飛び散った石が襲い掛かった。

能力によって操られたものではなく、触手が地面を抉った際に撒き散らされた多くの石。

まだ力を解放した状態を何とかキープできているため大きなダメージにはならないが、それは一瞬の間だけ上条の視界を遮る目晦ましとなる。

そしてその一瞬はこの戦いにおいて致命的な間でもあった。

「があっ!?」

足を触手に絡め取られた上条は、そのまま地面へと叩きつけられる。

その威力は力を解放している上条に対しても十分なダメージを与えるものだった。

肺の中の空気が全て吐き出され、上条の視界は暗転する。

だが『幻想猛獣』の攻撃はそれだけに留まらず、抵抗する暇を与えぬよう何度も地面へと上条の身体を叩きつけた。

(これはヤバい)

薄れゆく意識の中でこのままでは間違いなく死を迎えることを上条は自覚した。

しかし抵抗しようにも、もはや身体を動かすという思考さえ働かない。

どこか遠くから声が聞こえてくるような気もしたが、それが誰のものかも分からない。

元々木山との戦いで限界を迎えていた上条は、本来は『幻想猛獣』と戦うような力は残されていなかった。

それでも上条が戦いに臨んだ理由は何か?

具体的には上条自身にも分からないが、きっと何か守りたいものがあったんだと思う。

子供達を救いたいという木山の想い、上条自身の決意。

他にも美琴や白井など、様々な人間の想いが今回の事件には含まれていた。

それをこんな訳の分からない形で壊されるわけにはいかない。

だが今の上条にはこの状況を打破するような力がなかった。

木山との約束とは違う、既に詰んでしまっている状態だ。


(くそっ、こんなところで)

きっと上条自身がいなくなっても、上条の想いは白井達が引き継いでくれる。

しかしだからといってこんな場所で終わってしまうのを、上条も認めることはできなかった。

そして脳裏に浮かぶのはカエル顔の医者から聞かされたあの言葉。

『君の命、君という存在は色々なものに支えられて成り立っている。 だから例え何があったとしても、君は自分の存在を軽んじてはならないよ』

例えこの先に命を懸けなければならないことがあったとしても、それは絶対にこんな場所で無意味に捨てることではないはずだ。

まだ死ぬわけにはいかない。

だがそんな想いも空しく、実際に今の上条にできることは何もなくて。

上条が最後に見るのは目の前に広がる青い空になるはずだった。

『キ゛オ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!!???』

しかし地面に思い切り叩きつけられる筈だった上条の身体は勢いを失い、その身体は地面ではなく別の何か柔らかいものに支えられる。

「ったく、アンタには聞きたいことも文句を言わなきゃいけないことも山ほどあるんだから。 こんなところで私以外の誰かにやられてるんじゃないわよっ!!」

ヒーローを助けられる存在、それは一体誰か?

ヒロインという言葉は単に物語の中心となる女性を意味するだけではない。

それはヒーローと同じ意味を持つ物語の主人公に与えられる称号。

「寝てた分、私も少し暴れさせてもらいましょうか?」

上条当麻≪ヒーロー≫を救うべく、御坂美琴≪ヒロイン≫が戦場へと立つ。

以上になります
すみません、投下ペースを上げると言っておきながらこの有り様です
これからも取りあえず週に二回は投下できるよう続けていきたいと思います
その時によって投下量は少なくなったりするかもしれませんが

いつも感想ありがとうございます
感想をいただけるとモチベーションが本当に上がります
(その分、投下スピードが速くなるかも?)
ではまた近い内に

少し遅くなりましたが、続きを投下します

言いたいことがないと言えば嘘になりますが、気にせず投下していきたいと思います

電話の先から聞こえてきた白井の声は、普段の気丈なものとはかけ離れたものだった。

焦燥や恐怖によってかその声は震えており、それ以上に普段は類人猿と罵っている上条のことを普通に名前で呼んでいたことからも事態の深刻さが窺える。

そして美琴が高架道の上に辿り着いた先で見たのは、『幻想猛獣』と呼ばれる化け物によって蹂躙される上条の姿だった。

「お姉様っ!!」

美琴の姿を確認した白井がすぐに駆け寄ってくる。

傍にいた木山も何か言いたそうにしていたが、今はそれどころでない。

「黒子、お願いっ!!」

その言葉だけで白井にも全て伝わったのか、美琴の視界は一瞬で切り替わっていた。

視界が切り替わった先で美琴が目にしたのは『幻想猛獣』と今まさに地面に叩きつけられようとしている上条の姿。

しかし電撃で直接攻撃しようにも、普通の電撃では触手によって足を絡め取られている上条まで感電してしまうかもしれない。

だが高架道の上から見た時にそのことは既に分かっていたので、美琴の決断は早かった。

ザザザザザという何か重い物を引きずるような音と共に、美琴の下に大量の砂鉄が掻き集められる。

その大量に集められた砂鉄によって形作られたのは一振りの剣。

しかし上条に向けたものとは大きく違う。

チェーンソーのように振動した刃は当たれば確実に獲物を切り裂く凶器となっている。

そして鞭のようにしなやかに伸びた砂鉄の剣は上条を捉えていた触手を切り裂いた。

『キ゛オ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!!???』

突如現れた美琴に対する威嚇か、それとも痛覚のようなものが存在するのか?

触手を引き裂かれた『幻想猛獣』は甲高い咆哮を上げる。

そして触手から解き放たれた上条の身体は大きく宙を飛んだ。

それを見て美琴は咄嗟に走り出すと、上条の身体が地面に叩きつけられる直前に何とか受け止めることに成功する。


「……何でお前がここに?」

意識は朦朧としてるようだったが、上条の目はしっかりと美琴の顔を捉えていた。

無事とは言い難い状態であるものの、そんな上条の様子を見て美琴はホッと息を吐く。

間に合って良かった。

もう少し遅れていたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

「ったく、アンタには聞きたいことも文句を言わなきゃいけないことも山ほどあるんだから。 こんなところで私以外の誰かにやられてるんじゃないわよっ!!」

上条は理解が追い付いてない様子だったが、ひとまず美琴は上条を地面へと横たわらせる。

しかし二人に休まる暇など当然なく、動けない状態の上条を狙って『幻想猛獣』の触手が襲い掛かってきた。

だが上条に届く前に、触手は内側から破裂するように弾け飛ぶ。

美琴の正真正銘の全力である10億Vもの出力を誇る電撃。

それが迫りくる大小無数の触手を一瞬にして吹き飛ばしていった。

「コイツがこんな目に遭わされて黙ってられるほど大人じゃないのよね。 寝てた分、私も少し暴れさせてもらいましょうか?」

美琴がそう言うと同時に、電磁力によって操られた砂鉄の波が『幻想御手』を呑み込む。

そして『幻想御手』を取り囲んだ大量の砂鉄はそのまま渦を作るように回転を開始。

まるで竜巻のようになった砂鉄が『幻想御手』の体表を切り刻んでいく。

しかし、

「流石にデタラメ過ぎるでしょっ!?」

『幻想猛獣』は砂鉄による牢獄を打ち破るように、更に巨大化を続けた。

恐らく巨大化しただけでなく、外部からの攻撃を防ぐように何らかの力によって形成された力場が体の表面を覆っている。


「それならっ!!」

そして美琴が『幻想猛獣』に向けたのは先ほどと同じ自身の全力となる電撃。

しかしそれも『幻想猛獣』の身体を覆った何らかの力によって周囲へと拡散されてしまう。

誘電力場のようなものだろうか?

だが自身の能力が防がれるのを見ても美琴が慌てることはなかった。

(別にアイツみたいに電撃そのものを打ち消されてるわけじゃないっ!!)

電圧ではなく放出する電流そのものの量を美琴は一気に押し上げた。

圧倒的な電流による電撃は高い熱を生じ、それが『幻想猛獣』の体表を消し飛ばしていく。

『ぎぅ、きゃあ』

『幻想猛獣』は抵抗を試みるように触手を伸ばしてくるが、美琴はそれを歯牙にも掛けない。

先ほどと同様に操った砂鉄によって、それを難なく切断。

今度は『多才能力』によって生み出された鋭利な氷の柱が何本も襲い掛かるが、これも全て砂鉄によって防ぎきる。

『ntst欲kgd』『kg苦s』『n憤kd』『dknr歎yjtnj』『w羨』『ki遭bgnq』『g助sm』

それは漠然としたもので、ハッキリとした意味までは分からない。

だが『幻想御手』のネットワークに取り込まれた人間の負の感情だということだけは感じ取れた。

『幻想御手』に頼らざるをえなかった人達の羨望、後悔、無念、嫌悪、嫉妬、そして絶望。

それはレベル5という選ばれた力を持つ美琴には理解できないであろう苦悩だ。

しかし例えそれが傲慢であろうと、美琴は躊躇うことなく言い放つ。

「AIM拡散力場の集合体……か。 悪いけど『自分だけの現実』を他人に委ねるような人達に負ける気はしないわ」

きっと才能は元々あった。

その点で自分は周りと比べて恵まれていた。

それでも才能という一言に、過去の努力が全て否定されるわけではない。

単純な力ではなく今まで積み重ねてきた努力によって裏付けされた美琴の自信。

それはまだ遥か先にいるであろう上条を目指すことによって、これからも更に増していく。

「だからこんなとこで苦しんでないで、とっとと帰んなさい」

そして美琴の放つ電撃の閃光が『幻想猛獣』の全身を包み込む。

それは単に『幻想猛獣』を倒すことだけを目的としたものではなく、『幻想御手』のネットワークに取り込まれた人達が元の場所に帰るのを手助けする優しい光。

『幻想猛獣』の体は再生が間に合わないほどの速度で削り取られていき、やがて全身が焼き焦げた状態で沈黙した。


「大丈夫かっ!?」

タイミングを見計らったように、警備員達もこちらに駆け寄ってくる。

街の治安を守るべき警備員にしては少し対応が遅い気もするが、それを責めることはできないだろう。

『幻想猛獣』、はっきり言ってアレは普通の人間が対処できるようなものではなかった。

レベル5という強大な力を持つ美琴だからこそ、何とか『幻想猛獣』を倒すことに成功している。

美琴が今まで続けてきた上条との手合わせは、今のところ0勝全敗。

しかしこれは別に美琴の力が上条に劣っていることを示しているわけではない。

そもそも上条との手合わせは一応勝敗を決める形となっているが、本当の目的は能力を研鑽して高めていくことだった。

単純に勝つことだけを考えれば、人間が耐えきれない質量の物体を上からぶつければいいだけだ。

尤も木山の目を通して見ていた上条の力を考えれば、それも通じるかどうか分からないが。

「……」

そして治療を始めた警備員に並んで、美琴は気を失っている上条の頬をそっと撫でる。

木山との戦いの中で上条が見せた凄まじい身体能力。

上条がその力について黙っていたことに腹立たしく思う部分もあるが、それでも美琴が上条に抱く想いは変わらない。

今回もボロボロになるまで誰かのために戦って。

美琴が目標とするのは単に戦力として上条の隣に立つことだけではない。

上条が持つ心の強さ、それが美琴の本当の目標だった。

『まだだっ!!』

しかし事件を解決した余韻に浸る暇もなく、遠くから聞こえてきたその叫びが美琴達を再び緊張の渦へと押し返す。

『AIM拡散力場の塊であるソレには普通の生物の常識は通用しないっ!! 体表にいくらダメージを与えようと本質に影響しないんだ』

それは拡声器を通じた木山の声だった。

恐らく高架道の上にいた時点で警備員のすぐ傍にいたため、今は拘束されてこちらに来れなかったのだろう。

そして木山の声に美琴は沈黙していた『幻想猛獣』へと目を向ける。

すると木山の言葉通り、『幻想猛獣』の体の表面がボコボコと泡を立てるように膨張していく。

『恐らく力場を自立させてる核のようなものがある筈。 それを破壊できればっ!!』

美琴は上条や警備員を庇うように、前へと進み出る。

だが美琴の前では奇妙なことが起こっていた。

そのまま膨張するかと思われた『幻想猛獣』の体がみるみる縮んでいく。

「え?」

だが『幻想猛獣』の変化を見届けることなく、その場にいた全員に絶望が降りかかる。

それを言葉に表すことはできない。

ただ例えどんな力を用いようとも、それを防ぐことは不可能だということを美琴は本能的に察していた。

そして辺り一帯を絶望という名の眩い光が包み込んだ。


(どうなったの?)

何が起こったか分からぬまま、美琴は強烈な光によって閉じていた目をゆっくりと開ける。

感覚的には身体に異常は見当たらない。

目の前に広がる光景も先ほどとあまり変わらないものだった。

ただ一つ右腕が変な方向に捻じ曲がり、地面に膝をついている少年の姿を除けば。

それだけで美琴は上条によって救われたことを理解する。

後ろに目を向けると、どうやら白井や警備員も無事なようだった。

そして美琴は上条が上空のある一点を見つけていることに気付く。

その上条の視線の先を追うように美琴も顔を上げると、

「な、に、あれ?」

それは真っ白な子供だった。

少年か少女かは分からない。

ただその特徴を一言で表すとするならば、

「てんし?」

そう一言で表すなら、それは天使だった。

頭の上に浮かんだ輪に、どこか神々しさを感じる威圧感。

ただ神話に出てくるような天使と比べて違うのは、その天使の背中にある翼だった。

生物的な白い翼ではなく、何らかの力が凝縮した無機質さを感じさせる翼。

本来はオカルトの産物であるはずの天使を科学によって再現したような歪さ。

そしてその歪な天使は戸惑う美琴達に対して圧倒的な敵意を振くのだった。

今回の投下に関する説明については次回の投下で入ってくると思います
少しネタバレをすると>>521で言ってた魔改造されるキャラは幻想猛獣で
原作のあるキャラとは風斬さんです

いつも感想ありがとうございます
今回のようなことになったのは自分がレス乞食をしたせいかもしれませんが
本当に皆さんの感想レスはやる気に繋がります

ではまた近い内に

何か少しサーバーが重くなってる?
書き込んだ後にエラーが出ないわけでもなく、書き込み場面から先に進まない
書き忘れましたが今回の投下は以上になります

振り向いてくれなくても

お待たせしました、続きを投下したいと思います

いつも感想ありがとうございます
上条さんだけでなく対峙する相手の魔改造も思ったより受け入れてもらって良かったです
まあ二次創作で言うのもなんですが、単に無双するんじゃなくて少しは緊迫感があるものが書きたかったので
ただこれから先、相手を魔改造することで少しイージーモードになる可能性も

偽聖痕使いの読み方については……恥ずかしい

では続きを投下します

「白井っ、今すぐ全員どこかに避難させろっ!!」

今まで遭遇したことがない絶望的な危機を前に上条は思わず怒鳴り声を上げていた。

自分に向けられた敵意だけで上条は石のように固まってしまっている。

まるで周囲の空気が数倍にも膨れ上がったような威圧感。

なぜ『幻想猛獣』はあのような姿になったのか?

その理由は全く以って分からなかったが、今の『幻想猛獣』が先ほどとは比べ物にならないほどの力を秘めていることは嫌でも分かった。

「何やってるんだ、早くしろっ!!」

しかしあまりの事態に混乱してしまっているせいか、白井は中々行動に移らない。

白井が『空間移動』によって跳ばせる総質量はおよそ130kg。

大の大人なら二人程度が限界だった。

それに対してこの場にいるのは警備員五人に美琴と白井を合わせた七人。

一刻も早くこの場から避難しなければ、命の保証はできない。

だが白井が避難を始めるよりも早く、事態は悪い方向へと転換していく。

それはまさに天災にも等しい破壊。

ドン!!という轟音と共に、『幻想猛獣』は恐らく半径数km程度なら一瞬にして荒地に変えてしまうであろう力の波動を振り撒いた。

上条の右腕は天使のような姿になった『幻想猛獣』の初撃を受け止めた際に、その圧力に耐え切れずに折れてしまっている。

いつものように異能の力を打ち消している感覚はあった。

にも拘らず異能の力に対して上条の右腕が押し負けたのは、単純にその力に対して『幻想殺し』の処理能力が追い付かなかったからだ。

物量だけじゃない、それはまるで同時にいくつもの異能を打ち消しているかのような感覚。

もしかしたら『多才能力』を操る『幻想猛獣』は、その力を同時に合わせて使っているのかもしれない。

しかしその理屈はどうであれ、『幻想殺し』で異能を完全に打ち消せないのは上条にとって初めてのことだった。


「ぐっ!?」

そして上条は左手で支える形でその力を『幻想殺し』で受け止めた。

触れただけで激痛が奔る上に、今の上条の右腕に掛かる負担は計り知れない。

少し気を緩めれば、それだけで意識が飛びそうになる。

だが例え何があろうと、上条がこの場から退くことはできなかった。

その力は均等に周囲に広がっていくものだったのか、上条のいる位置を基点として周囲への被害は食い止められている。

しかし上条が倒れたら最後、それは絶望となって学園都市を襲うだろう。

「っ、やばっ……い」

だが強い意志に反して、上条の身体は本当にもう限界だった。

木山から受けた電撃はまだ身体全体に痺れを残しているし、肉離れを起こしている左脚は殆ど踏ん張りが利かない。

折れている右腕だけでなく、鈍い痛みが全身を襲っている。

そして踏ん張りが利かなくなった左脚から上条の身体はガクンと崩れ落ちそうになったが、

「しっかりしなさいっ!!」

良く知る少女の声と共に、どこか優しい温もりが上条の背中を支える。

「何でさっさと逃げなかった? 白井は何をやってんだよっ!!」

振り返る余裕はなかった。

だから後ろのいる人間達が今どのような状況にあるのか上条からは分からない。

「黒子達ならちゃんと避難したわよ」

「だったら何でお前はっ!?」

「この状況じゃどこに逃げても安全なんて言いきれない。 それならここでアンタと一緒に戦う方が生き残れる可能性は高いでしょ?」

「お、前なぁ」

今まで潜り抜けてきた修羅場と比べても圧倒的な危機。

しかしそんな絶望的な状況にあるにも拘らず、普段と変わらぬ美琴の声音に上条は思わず脱力しそうになる。


「レベル5を舐めるんじゃないわよ。 私だって戦える、私だってアンタの力になれるっ!! だから少しは私を頼りなさいよっ!!」

「……そんなの言われなくても分かってる」

「え?」

記憶は曖昧だが、『幻想猛獣』にやられて絶体絶命の危機に陥っていた自分を助けてくれたのが美琴であることは上条も理解している。
それにレベル5に至るまでの努力も含めて、上条は誰よりも美琴の力を近くで見てきたつもりだった。
もちろん大切な人を危険に巻き込みたくないという思いはある。
しかしそれ以上に上条は美琴のことを信頼していた。

「何にしろ長くはもたない。 これを凌ぎ切ったら一気に畳み掛けるからなっ!!」

「うんっ!!」

そして美琴が非常に正義感が強く、強い心の持ち主であることも上条は良く知っていた。
偽善から動いている自分とは大違いだと、上条は常々思っている。
だが例え正義感が強く、レベル5という強大な力を持とうとも、美琴の本当の姿は14歳の少女に過ぎない。
美琴の力と心の強さは信頼していても、やはり簡単に割り切れない部分もある。
だからもし美琴が今のように危険に身を投じるのなら、自分は何があっても美琴のことを守らなければならない。
それが『正義の味方』である美琴と過ごす内に『偽善使い』を自覚する上条の中で自然と芽生えた思いだった。

「来るぞっ!!」

そして随分と長く感じた均衡が遂に崩れる。

恐らく時間にすれば十数秒に過ぎなかったタイムラグを経て、上条が防いでいた異能の力が完全に消え去った。

しかし切り札であった筈の『幻想殺し』は右腕が折れてしまっているため思うように動かせない。

だから勝負を早く決するためにも、上条にできることは限られていた。

とにかく右手で『幻想猛獣』に触れる。

このことを念頭に置いて、上条は自分を見下ろす『幻想猛獣』と再び対峙した。

すみません、改行ミス


「レベル5を舐めるんじゃないわよ。 私だって戦える、私だってアンタの力になれるっ!! だから少しは私を頼りなさいよっ!!」

「……そんなの言われなくても分かってる」

「え?」

記憶は曖昧だが、『幻想猛獣』にやられて絶体絶命の危機に陥っていた自分を助けてくれたのが美琴であることは上条も理解している。

それにレベル5に至るまでの努力も含めて、上条は誰よりも美琴の力を近くで見てきたつもりだった。

もちろん大切な人を危険に巻き込みたくないという思いはある。

しかしそれ以上に上条は美琴のことを信頼していた。

「何にしろ長くはもたない。 これを凌ぎ切ったら一気に畳み掛けるからなっ!!」

「うんっ!!」

そして美琴が非常に正義感が強く、強い心の持ち主であることも上条は良く知っていた。

偽善から動いている自分とは大違いだと、上条は常々思っている。

だが例え正義感が強く、レベル5という強大な力を持とうとも、美琴の本当の姿は14歳の少女に過ぎない。

美琴の力と心の強さは信頼していても、やはり簡単に割り切れない部分もある。

だからもし美琴が今のように危険に身を投じるのなら、自分は何があっても美琴のことを守らなければならない。

それが『正義の味方』である美琴と過ごす内に『偽善使い』を自覚する上条の中で自然と芽生えた思いだった。

「来るぞっ!!」

そして随分と長く感じた均衡が遂に崩れる。

恐らく時間にすれば十数秒に過ぎなかったタイムラグを経て、上条が防いでいた異能の力が完全に消え去った。

しかし切り札であった筈の『幻想殺し』は右腕が折れてしまっているため思うように動かせない。

だから勝負を早く決するためにも、上条にできることは限られていた。

とにかく右手で『幻想猛獣』に触れる。

このことを念頭に置いて、上条は自分を見下ろす『幻想猛獣』と再び対峙した。


『ihbf殺wq』

今の『幻想猛獣』は金切声のような咆哮を上げたりはしない。

ただノイズが走ったような謎の言語を発するだけ。

ギロリと向けられた『幻想猛獣』の眼球も、まるであらゆる感情を遮断したような硝子や水晶の球にしか見えない無機質なものだ。

にも拘らず、そこには先ほどよりもずっと獰猛な敵意が込められている。

それはもはや殺意と何ら変わりはないだろう。

その殺気に上条の身体は竦み上がりそうになるが、上条はその恐怖を必死に押し留める。

学園都市を守るためだけではない。

今は一緒に戦ってくれる仲間が背中を支えてくれているのだから。

『jnkl死utelo』

そして幻想猛獣は単に異能の力だけでは上条は始末できないと判断したのか、凄まじいスピードで上条に向かって急降下してくる。

これは上条にとって嬉しい誤算だった。

胎児の姿をしていた時の『幻想猛獣』は、恐らく『幻想殺し』という脅威に対する恐怖から暴れまわっていたに過ぎない。

それが今は単に恐怖という感情だけでなく、脅威を排除するという明確な意思を持って上条に向かってきている。

もし今の力を使って感情のままに暴れられていたら、上条に為す術はなかっただろう。

しかし今の『幻想猛獣』は上条は排除するという意志で、恐怖という感情を半ば押し殺している状態だった。

つまり多少のリスクを冒してでも、上条を消すことに全力を注いでいる。

『幻想殺し』という脅威を考えれば、『幻想猛獣』が取った選択が愚かなものであったことは明白だ。

だが『幻想猛獣』はまだ生まれたばかり。

人間の常識がどこまで通用するかは分からないが、感情と意志の折り合いがついておらず論理的な思考ができないのかもしれない。

「来いっ!!」

上条はカウンターを決めるようなつもりで、『幻想猛獣』を迎え撃つべく構えを取った。

これは上条にとって大きな好機でもあったが、逃せば大きな痛手ともなる。

仮に『幻想猛獣』に触れても完全に消せなかった場合、『幻想殺し』の恐怖はより深く『幻想猛獣』に刻まれるだろう。

そうなれば『幻想猛獣』に近づくことは難しくなる一方だ。

何としてでもこのチャンスで決めなければならない。


『tevdai滅amfpjow』

白井が『空間移動』を行う時とは異なる、摩擦音のような空気を切り裂く音。

やはり能力を打ち消すのは右手の『幻想殺し』だけであることがばれているのか、『幻想猛獣』は上条の左側から旋回してくる。

しかしその動きは単調で、凄まじいスピードではあるがタイミングを合わせるだけなら不可能ではないだろう。

美琴も上条が何をしようとしているのか理解してくれたのか、何も説明せずとも少し離れた位置で『幻想猛獣』の動きに目を凝らしていた。

右腕の折れている部分を左手で握ると、上条は『幻想猛獣』が近づくギリギリまで動きを制止する。

そして『幻想猛獣』がその超高速によって上条の左半身を抉り取ろうとしその瞬間、上条は絶妙のタイミングで半歩後退。

目の前を通り過ぎた『幻想猛獣』の横っ面に右手を突き出した。

(しまったっ!?)

しかし上条の右手は確かに『幻想猛獣』を捉えたものの、期待していた結果を得ることは叶わなかった。

上条の右手が触れた場所から『幻想猛獣』の表面は大きく破壊され、頭に当たる部分は殆ど消え去っている。

一瞬だけ見えた『幻想猛獣』の中身は空洞で、まるで紙で作ったハリボテ、あるいはポリゴンで作った3Dモデルのようにも見えた。

そして壊れた頭部の中で一つだけ残された謎の物体。

首から上がない胴体の上に、磁石でも使っているように小さな三角柱が浮かんでいる。

それは見ていて異様な光景だった。

恐らくその三角柱が『幻想猛獣』を構成しているAIM拡散力場を自立させている核と見て間違いないだろう。

だが上条がそれを理解した時には、『幻想猛獣』は上条の前を完全に過ぎ去っていた。

「くそっ!!」

やはり表面を削っただけでは大したダメージにならないのか、『幻想猛獣』のスピードが衰えることはない。

自分から距離を取るようにして逃げる『幻想猛獣』を上条は咄嗟に追撃しようとするが、

「動かないでっ!!」

その言葉と共に動きを止めた上条の横をオレンジ色の閃光が突き抜けた。

美琴の放った『超電磁砲』

その光が『幻想猛獣』を撃ち抜き、三角柱も粉々に砕け散る。

それと同時に『幻想猛獣』の体も、まるでこの世界に還元されていくかのように淡い光を放ちながら宙に溶けていった。

「……お前、狙撃手にでもなれるんじゃねえか?」

振り返った先で満面の笑みを浮かべる美琴に対して、上条は思わずそう嘆息する。

確かに『幻想猛獣』の動きは目で追えないほどではなかったが、あのスピードで移動する的に当てるにはかなり高度な先読みが必要な筈だ。

何より自身の力を完璧に理解していなければ、あそこまで正確に『幻想猛獣』を『超電磁砲』で撃ち抜くことはできなかっただろう。

単純な力の強さだけでなく、その凄まじいまでの演算力。

美琴のレベル5としての力の一端を目の当たりにして、上条は苦笑いを浮かべることしかできない。

「ちょっ、大丈夫!?」

そして今度こそ完全に決着が付いた。

呆気ない幕切れだった気がしなくもないが、何とか全員無事に生き残ることもできた。

しかしこれでこの事件が完全に終わったわけではない。

今回の事件の背景にある木山を襲った悲劇。

木山の教え子達を救うためにも、やらなければならないことはたくさんある。

だがひとまずの危機が去って気が抜けたのか、上条はその場に崩れ落ちてしまう。

「悪い、流石に疲れた。 少し休ませてくれ」

心配そうに駆け寄ってくる美琴にそう言い残すと、上条はギリギリで保っていた意識を手放すのだった。




「本当にすまなかった」

そう言って、木山は美琴に対して深々と頭を下げた。

木山と『幻想猛獣』が巻き起こした騒動も落ち着き、今は多くの警備員が現場の確認のために集まっている。

『幻想御手』を巡る事件の真犯人でもある木山も抵抗することなく、そのままお縄につくこととなった。

そして木山が連行される直前に、美琴はこうやって少し話をする機会を得られている。

本来は一般人である美琴にそんな権利はないのだが、そこは事件を解決に導いた立役者。

多少の融通は利かせてもらっていた。

「巻き込んだだけでない。 結果として私の尻拭いを全て君達に押し付ける形になってしまった」

「別に私は気にしちゃいないわよ。 確かに先生のやり方は間違ってたと思うけど、その気持ちが分からないわけじゃないし」

「君は私と上条君のやり取りを知っているのか?」

どうやら木山本人は美琴が木山の視線からあの戦いを覗いていたことに気づいてないらしい。

ただ木山にこれ以上『幻想御手』の被害者としての言葉を聞かせるのは酷だと思ったので、美琴はそのことについて適当に誤魔化す。

「まあ、ちょろっとね。 ……それはともかく、確かに今の状況でアイツの言葉だけで納得するのは難しいと思う。 でもアイツの決意をただの綺麗ごとで終わらせないよう、私も協力するから」

「いいのか?」

「何が?」

「私は自分の目的のために彼のことを散々痛めつけたんだぞ。 そんな私のために協力なんて……」

「アイツは自分の意志で先生を止めるために戦った。 だから私がとやかく言う権利はないし、アイツ自身も気にしてないと思う。 ただ本当に全てが解決したら、アイツとちゃんと仲直りして欲しいかな?」

美琴はまだ眠ったまま治療を受けている上条に目配せしながら言った。

確かに上条の決断は木山にとって残酷なものだったかもしれない。

それでも本当のハッピーエンドを迎えた時に、二人には一緒に笑ってもらいたいと美琴は思う。


「……ありがとう。 今度は一人じゃない、君達の力を宛てにさせてもらおう」

そう全てはこれからだ。

今回の事件そのものは間違ったものだったかもしれない。

しかしこの事件を通じて、こうやって別の道を見つけることができた。

少し遠回りをする形になってしまったが、きっとこれからは良い方向に進んでいく。

いや、そういう未来を自分達の手で掴み取らなければならない。

「しっかし脳波のネットワークを構築するなんて、そんな突拍子もないアイディアをよく実行に移そうなんて思ったわね」

そして少し場を和ませるように、美琴はふと疑問に思ったことを口にした。

確かに木山は大脳生理学の研究者で、こういった脳波を利用したシステムを考案することはあるだろう。

だが他人の脳波を無理やり自分と同様に整えて高い演算力を得るなど、果たして普通に考えつくものだろうか?

「……」

「どうかした?」

「複数の脳を繋ぐ電磁的ネットワーク、『学習装置』を使って整頓された脳構造。 これは全て君から得たものだ」

「は? 私そんな論文を書いた覚えは」

「……本当は君に話すつもりはなかった。 これは本来なら君が背負うべきものではない。 だが彼ならあるい」

しかし木山の言葉が最後まで続くことはなかった。

上条が木山との戦いを終えた時に覚えた、何か重大な落とし穴を見逃しているような感覚。

木山との会話を経て、学園都市の上層部に何かキナ臭いことがあるのは上条も分かっていた。

だがそれ以前から上条や白井達はずっとある疑念を抱えていたのだ。

なぜ警備員の上層部は必要以上に『幻想御手』の情報が出回るのを防ごうとしていたのか?

目の前の現実とその疑念に直接の繋がりがあるかどうかは分からない。

ただ一つハッキリしているのは、何者かに胸を撃ち抜かれた木山が血だまりの中に倒れ込んでいるということだけ。

「いやああああぁぁぁぁっ」

そうしてハッピーエンドに向かっていくはずだった物語は絶望によって塗り替えられていく。




「それで君は口封じのために彼女を狙撃したのかい?」

『あそこで色々と喋られたら、そっちだって色々と面倒なことになってたと思うんだけど』

電話口から妙に恩着せがましい物言いに、老人は思わず溜息を吐いた。

電話の相手は老人の血縁者で孫娘に当たる。

モルモットとしても殆ど役に立たなかったが、一族に連なる者としても何とか及第点といったところか。

本来なら身内の情が湧いてもおかしくない相手だが、孫娘に対する老人の評価は辛辣だ。

それを口にすることも、感情に出すこともないが、彼女に対する老人の評価が覆ることは恐らくないだろう。

「まぁそれに関しては構わないんだけどね。 要件はそれだけかい?」

『私の方もそろそろ動き出す。 その前に一応挨拶くらいはしておこうと思ってね』

「そうか、ではどちらが先に『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』を生み出せるか競争だね」

『チッ』

最後は舌打ちという形で老人と孫娘の電話は切れた。

彼女が自分を嫌っていることは老人も良く分かっている。

彼から見ればそこに身内としての情が見え隠れする時点で、研究者としては三流以下なのだが。

かつて老人が提唱した理論を未だに引きずっているのがその証拠だ。

確かに面白いものも開発しているようだし、彼女は彼女なりに努力しているのかもしれない。

しかしそれも結局は学生の工作のようなものだ。

それに無意味に他人を排除しようとするのはやはり頂けない。

木山春生、彼女とはかつて上司として同じ研究所に勤めていたことがある。

木山は基本的にモルモット以外には興味が湧かない老人から見ても優秀な研究者だった。

情に脆いという点を差し引いても、その損失は悔やまれるほどに。

「まあ、あそこには『彼』もいたみたいだし問題はないかな」

そして老人は目の前のモニターへと視線を移す。

孫娘から連絡を受けたという形になっていたが、実際は老人も事件が起こった現場を監視カメラからの映像でリアルタイムで観察していた。

あんなに面白い観察対象を見逃せるわけがない。

「ああいう形で虚数学区が実体化するとは、流石に僕も予想外だった。 更にそこへ上条君という刺戟が加わって、あのような化学変化を起こすとは。 しっかりとした段階を踏めば、もう一つ『素体』が生まれていたかもしれない」

老人の表情は恍惚で満ちており、興奮が冷めやらぬようだった。

「それに御坂君を中心としたあちらの計画もいよいよ現実味を帯びてきた。 恐らく彼女自身は消えてしまうだろうが、科学に犠牲はつきものだ」

しかし愉快そうな口調とは裏腹に、そこから出てきたのは酷く冷淡な言葉。

木山が狙撃されたことに老人が憤ったのは、単に木山の身を案じたからではない。

そこに何の意味も存在しなかったからだ。

仮にあそこで木山が『あの実験』について話していたとしても、今後の計画に差し支えるようなことは何もなかっただろう。

それに木山の死が何かしら科学の発展に貢献するのならば、あのような感情も抱くはずがなかった。

全ては科学の発展と、自身の好奇心を満たすためだけに。

それが老人の行動原理の全てだった。

例え学園都市が誇るレベル5の第三位を犠牲にすることになろうと、そこに例外は存在しない。

「まあ当分はあっちの観察になるだろうけどね」

そして老人は別のモニターへと視線を移す。

そこでは今まさに一つの実験が終わろうとしているところだった。

以上になります

いつも感想ありがとうございます
本当に励みになってます

ところで一つ質問あります
幻想御手編はもうすぐ終わりです
ただ思った以上に投下レスが多くなったので、恐らく次の話はこのスレ中に納まらないと思います
そういった場合はこのまま同じスレ中でできる限り続けるのか
それとも次スレを立てた方がいいんでしょうか?

すみません、遅くなりました
投下予告の件は本当に申し訳ありませんでした
最近は少し色々と立て込んでまして
何があっても必ず完結はさせるので、最後までお付き合いいただけたら幸いです

いつも感想ありがとうございます
少しでも皆さんの楽しみになるようなssになるよう、これからも頑張って続けていきたいと思います

では投下します

「身体の調子はどう?」

「個人的にはもう殆ど問題ないと思うけど、流石にまだ全快とは言えねえかな?」

上条は美琴の問いかけに少し苦笑いを浮かべながらそう答える。

実際に身体の痛みなどは殆どなく、強いて問題点を挙げるなら身体を思うように動かせず不便なくらいだ。

しかし安静のためにベッドに括り付けられてる状態で強がりを言っても、虚勢を張ってるようにしか見えないだろう。

「取りあえず立ち話もなんだし座れよ」

「……うん」

上条の言葉に従って、美琴はベッドの横に置いてあった椅子へと腰を下ろす。

近くに見える美琴の表情は随分と疲れているように思えた。

自分が気絶した後に起こった事のあらましは上条も既に話を聞いている。

そして美琴はその一部始終を目の当たりにしてしまった。

いくらレベル5と言っても14歳の少女に過ぎない美琴が受けた精神的ショックは計り知れない。

「ごめんね、すぐにお見舞いに来れなくて」

「そんなの気にすんなって。 確かに見た目はこんなだけど、本当に体調には問題ねえからな。 それよりお前の方こそ大丈夫か?」

「大丈夫って何が?」

「いや、まあその色々と……」

そんな風に聞き返されては、上条も返答に困ってしまう。

別に上条は心理カウンセラーの知識などがあるわけではないが、今の美琴の精神状態でいきなり核心に触れるべきではないことくらいは分かるつもりだ。

「そっか、木山先生のことはもう知ってるんだ」

「……すまん」

「別に謝らなくてもいいわよ。 確かにあの時は気が動転したけど、今は木山先生が無事ってことも分かったし。 だからって、あまり無邪気に喜ぶことはできないけどね」

言葉の字面だけを考えれば、美琴の言葉は一瞬ドライなものに聞こえるかもしれない。

だが事件があったのが二日前で、上条が目を覚ましたのが今日の朝。

その間に美琴が深く思い悩んでいたのは、その表情を見れば嫌でも分かる。

今の言葉もただ冷静というだけではなく、苦悩の末に無理やり自分を納得させたものだろう。

「本当に私は大丈夫。 それよりも木山先生が目を覚ますまでに、今は私達にできることをやりましょ?」

「……そうだよな」

コイツには本当に敵わないと、上条は心の中で舌を巻く。

気遣ったつもりが、これでは逆に励まされているようだ。

自分にとって妹のような存在。

今まで上条は美琴のことをヒーローだと思いつつも、何となく自分が美琴のことを支えている気でいた。

しかしそれは思い上がりだったのかもしれない。

実際に木山と約束した自分よりも、美琴の方がずっと先を見据えている。

支えているつもりだった筈の美琴が、今は間違いなく上条の中で支えとなっていた。

「ありがとう、これからもよろしく頼むな」

「え? う、うん!!」

何故か驚いた表情を浮かべた美琴に、上条は少し頬を緩める。

確かに今回の件に関して、最善の結末は得られなかったかもしれない。

だが物語はまだ終わったわけではなく、これからいくらでもハッピーエンドに変えていくことができる筈だ。

そのためには美琴が言う通り、やるべきことがたくさんあった。


「それと黒子達の話はもう聞いた?」

「二人とも始末書だけで風紀委員を辞めずに済んだんだってな」

「今回の事件は言っちゃ悪いけど、確かに警備員だけで解決するのは難しかっただろうしね」

本来なら警備員より権限が少ない風紀委員の白井と初春が警備員の命令を無視してまで独断に走ったのは、組織間の諍いにも繋がりかねない重大な規則違反だ。

そして二人は風紀委員の仲間達に余計な迷惑を掛けぬよう予め辞表を書き留めていたのだが、結果として警備員だけでは事件を解決することができなかったため、始末書を書くだけで特に責任が問われるようなことはなかったらしい。

先ほど白井が顔を見せにきた時は少し腑に落ちない表情をしていたものの、それならそれでこれからも職務を全うするだけだと最後には気合の入った表情へと変わっていた。

ついでに今回の事件の後処理について、白井からたっぷり嫌味を聞かされる羽目になったが。

「まあ白井には色々と誤魔化してもらってる部分もあるし、文句は言えねえんだけどさ」

「アンタ自身は警備員の方から何もなかったの?」

「ああ、それもうちの学校で警備員やってる先生の説教だけで済んだ」

上条が在籍する隣のクラスで担任をしている体育教師、黄泉川愛穂。

話によると、どうやら黄泉川も警備員としてあの場に居合わせたらしい。

いつもは何かと白井に誤魔化してもらうことが多い上条だったが、流石に知り合いの警備員に顔を見られては言い逃れはできない筈だった。

しかし黄泉川は

『お前みたいな馬鹿は嫌いじゃないじゃん。 今回に限っては助けられた立場だからあまり偉そうなことは言えないけど、月詠センセを泣かせるような真似だけはするんじゃないぞ』

ほんの少しの小言を言っただけで、上条も深い追及などは逃れている。

警備員がそれでいいのかと、自分のことを棚に上げて疑問に思う上条だったが、面倒事にならないならそれに越したことはなかった。


「それにしても科学の産物っていうのは理解できるんだけど、まさか学園都市で天使を見ることになるなんてね」

「絵で見るような温かみなんてまるで感じなかったけどな」

上条は姿を変えた『幻想猛獣』のことを思い出すと、ゾッと身を震わせる。

確かに変形した『幻想猛獣』の姿は天使としか言い表しようがないものだった。

だが上条自身が言葉にしたように、あれからは絵画に描かれた天使のような神聖さは欠片も感じない。

温かみどころか、あの天使が放っていたのは人の背筋を凍らせるような圧倒的な威圧感だけだ。

神話に出てくるような天使との共通点を敢えて探すとすれば、人の力を遥かに超えた存在というくらいか?

錯乱したという表現が正しいかは分からないが、もしこちらに直接向かって来ないまま力を振るわれ続けていたら上条達に為す術は全くなかった。

(しかし科学の力で生まれたもんが、神話に出てくるような天使に似てるっていうのは何か理由があるのか?)

科学の街である学園都市に住む上条は、もちろん神話などの類に詳しいわけではない。

しかしだからこそ神話のような伝承にも何か科学的根拠があるのではないかと、妙な考えが浮かんでしまう。

「まあ、だから何だって話なんだが」

「いきなりどうしたのよ?」

「いや、何でもない」

そう考えれば中々興味深い話だと思うが、残念ながら今の上条にそんなことを気にしてる余裕はない。

木山との約束を守るために上条がしなければならないことは……。

「……取りあえずは期末テストだよな」

やはり誠意を見せるためにも、まず最初に自分も勉強を頑張るという誓いを有言実行しなければならないだろう。

だが期末テストまで残りの日数も少なく、更に数日間は入院してるため学校を休まなければならない。

「そんな顔しなくても大丈夫よ。 勉強の方は私が見てあげるから」

「マジかっ!?」

「私も木山先生の力になりたいっていうのはアンタと同じよ。 きっと木山先生もアンタに期待してると思うし。 だから勉強の方はこの美琴センセーに任せときなさいって!!」

そう言って胸を張る美琴を見て上条は笑みを零す。

昔は年下の女の子から勉強を教えてもらうことに少しばかり抵抗があったが、今となってはそんなプライドは微塵もない。

美琴の学力に疑いようはないし、何よりそんな小さなことを気にしてる場合ではないだろう。

(それにしても、もう一学期も終わりか)

高校に入学してからおよそ三ヶ月、随分と慌ただしい日々だったように思う。

ふと上条が窓の外を見ると、青々と葉が茂った木々を燦々と輝く太陽の光が照らしていた。

初夏も過ぎ、季節はもう完全に夏へと移っている。

そして今年の夏が今後の人生を左右するほど大きな転機となることを、今はまだ上条に知る由もなかった。

次章 予告

「おなかいっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな」
何故かベランダで行き倒れていた銀髪碧眼のシスター――インデックス



「……魔術ねえ」
学園都市に住む少々特殊な力を持つレベル0の少年――上条当麻



「これが自分の無力が招いた結果なら、甘んじて僕はそれを受け止める」
学園都市に侵入した科学とは相容れない異質な存在――ステイル=マグヌス



「もしや彼はあの時の――」
日本刀を腰に携えた、何処か凛とした美しさを持つ女性――神裂火織



「約束すっ飛ばした挙句に連絡も寄越さないって、あの馬鹿は何処をほっつき歩いてんのよっ!?」
学園都市でも五本の指に入る名門・常盤台が誇るレベル5第三位――御坂美琴

久しぶりすぎて最初に酉を付けるのと、ageるのを忘れてた

投下予告はこれからしませんが、次は近い内に来れると思います
色々とツッコミどころがあるssかもしれませんが、これからもよろしくお願いします

続きを投下します

いつも感想ありがとうございます
多くの方が書いている一巻の再構成で、自分なりにオリジナリティがあるものを書けたらなと思っています

では投下

「へ?」

「へ?、じゃねえよ。 ったく、ちゃんと人の話聞いてたのか?」

しっかりと説明したにも拘らず何故かキョトンとした顔をしている美琴に、上条は思わず不満の声を上げる。

今日は七月十九日、一学期最終日。

終業式と簡単なホームルームで午前中を終えた上条はある提案をするため、第七学区にあるファミリーレストラン『josePh's』に美琴を呼び出していた。

「き、聞いてたわよっ!! でも何でいきなりそんなっ!?」

「……やっぱり聞いてなかったじゃねえか。 お前のおかげで期末試験も能力開発以外の普通科目は全部赤点を免れたから、その礼も兼ねてどっか遊びに行かねえかって話なんだが」

やはり話を聞いてなかったらしい美琴に上条は大きく溜息を吐く。

『幻想御手』を巡る事件が終わってからおよそ二週間、上条は美琴の熱心な指導のおかげで期末試験はそれなりの成績を収めることができた。

それなりの成績と言っても大体が良くて平均点程度なのだが、一学期の殆どを忙殺されて勉強に勤しむ暇がなかった上条にとっては大きな進歩だ。

だからその躍進に一役買ってくれた美琴に上条は何かお礼をしようと考えたのだが……。

「で、でも、そんなこと急に言われても」

「んー、やっぱり気に入らねえか。 でもお嬢様のお前に対して物で礼をするっていうのは、些か懐が心許ないんだよな。 それで中途半端になるくらいだったら、遊園地か何処かでパーッと遊んだ方がお前も楽しめるんじゃないかと思ったんだけど」

「いや、あの、別に嫌ってわけじゃ……」

「しかしそうなると、どうすっかな? 他に何かして欲しいことでも……」

「人の話を聞けや、こらーっ!!」

「痛っ!?」

上条は不意に足に走った激痛に呻きを上げる。

どうやらテーブルの下の見えない位置で、美琴に思い切り踏んづけられたらしい。

「嫌じゃない、全然嫌じゃないからっ!!」

「そ、そうか。 何かいまいち腑に落ちねえ気がするが、お前がそれでいいなら決定ってことで」

「う、うん」

急に慌てふためいたり、怒ったり、しおらしくなったり。

本当にコイツは良く分からない奴だなと、二転三転する美琴の表情を見ながら上条はそう思う。

とにかく美琴も一応は納得してくれたようで、上条はホッと胸を撫で下ろした。

実は上条がこうやって美琴を遊びに誘ったのは、期末テストの礼という他にも理由がある。

『幻想御手』を巡る事件で何者かに狙撃されて以降、木山はまだ目を覚ましていなかった。

カエル顔の医者が大丈夫と言っているからには今は信じて待つしかないのだろうが、だからといって不安がなくなるものでもない。

特に木山が撃たれるのを目の当たりにしてる美琴はまだ何処か気に病んでる節があった。

(これで少しでも気分転換になればいいんだけどな)

それに『幻想御手』の事件が終わっても、まだその根本にある問題が解決したわけではない。

その中の一つに木山が救いたいと願った彼女の教え子でもある置き去りの子供達の問題があった。

詳しい経緯を上条は聞いていないが、彼らもカエル顔の医者によって無事に保護され、今は治療を続けられている。

どうやら木山は『幻想御手』の事件を起こす前から彼らの治療方法を模索していたらしく、彼女が残したデータを参考にした治療の経過は順調とのことだった。

だが完全に彼らを完全に快復させるには何か決定的なピースが足りないらしい。

木山が事件を引き起こしたのもそのピースを探るのが目的だったのでは、とカエル顔の医者は推察している。

そしてそのピースが分からない以上、彼らの治療もこれ以上は手詰まりの状態だった。

もちろん本当は木山と約束した自分が力にならなければならないという思いはある。

しかし実際問題、専門知識などまるでない今の上条にできることは何もなかった。

だから今はせめて学校の勉強だけでも頑張ろうと、ここ最近は上条も真面目に本来あるべき学生の本分に取り組んでいる。

「じゃあ二十三日の九時半に第六学区の駅で待ち合わせね」

「了解」

その後も二人で互いの予定について確認した結果、四日後の夏休み四日目に遊びに行くことが決まった。

本当はもっと早めに行ければ良かったのだが、残念ながら夏休み最初の三日間は能力開発の補習がある。

こればかりはいくら努力しても無駄だと分かっているものの、それを馬鹿正直に話しても補習を免れることはできないだろう。

そしてひとまずの用事が済んだ上条は美琴と別れてファミレスを後にする。

しかし美琴の笑顔がいつもと少し違ったり、心なしか足取りが軽い理由に最後まで上条が気付くことはなかった。




一月二十日から二月十八日生まれの水瓶座のアナタは恋も仕事もお金も最強運!

まったくありえない事にどう転がってもイイ事しか起こらないので宝くじでも買ってみろ!

あんまりモテモテちゃうからって三股四股に挑戦、なんてのはダメダメなんだぞ♪

「……前から思ってたんだけど、いくら何でもこの占いって適当過ぎねえか? まったくありえない事って自分で全否定しちゃってるし。 まあそんなこと言ったら星占い自体が、どんだけの人数を大雑把に占ってんのって話なんだが」

たまたま目にしていた番組で流れた星占いを見て、上条はそんな身も蓋もない無粋な独り言を呟く。

今日は七月二十日、夏休み初日。

しかし夏休みに入ったと言っても最初の三日間は補習があるため、気分は一学期とそう変わらない。

「しっかし占いが一位の時の方が却って不幸に対する気構えできるっていうのも笑えるよな」

そして今日の自分の運勢が一位だと聞いて、上条は思わず自嘲的な笑みを浮かべていた。

上条自身が言ったように、そもそも星占いなんて科学の街である学園都市で信じてる人間は殆どいない筈だ。

だが例え本気で信じていなくとも、良い結果を聞けば何となくその一日に期待が生まれるし、かといって悪い結果でも自暴自棄になるようなことはない。

そういう意味で毎日決まった時間に流れる星占いは、人のモチベーションを保つのに少しは役に立っているのだろう。

しかし『常に』自分の運勢がある程度決まっている上条はそうもいかなかった。

良い占いは必ず外れ、おまじないも成功した例しがない。

それ故に占いの結果が良かったりすると、逆に変な期待を持たないよう身構えてしまう。

それが上条当麻という人間の日常で、端的に言えば上条は不幸だった。

(でも不幸不幸とばっかり言ってもらんねえか)

しかしそんな上条にも最近になって心境の変化が起こり始めている。

今まで知らなかった学園都市の裏に隠された悲劇は上条の不幸という価値観を覆しかねないものだった。

確かに上条は二分化すれば間違いなく不幸に属する人間で、幼少期の壮絶な経験は普通の人間には想像することすら難しいだろう。

だが親から捨てられた挙句に使い捨てのモルモットにされた置き去りの子供達に、自分の身を犠牲にしてまで彼らを救おうとした木山。

上条は両親と離れて暮らしているが決して疎遠なわけでもなく、今は特に不自由な生活をしているわけでもない。

そんな自分を本当に不幸と呼べるのだろうか?

人の幸福や不幸などは結局、当人の捉え方一つで決まってしまう。

だから上条もこれからは少しでも前向きに生きようと思っていたのだが……。

「あっ」

上条の足の裏で何かがパキンと音を立てて砕ける。

足を上げて確認した先にあったのは、真っ二つに割れたキャッシュカードだった。

「……取りあえず、銀行に行かねえとな」

何となくいきなり出鼻を挫かれた気分になる上条。

しかし今のは自分の不注意のせいだと強く言い聞かせて、思考を無理やりポジティブな方へと切り替えていく。

上条は元々運に頼ることがなかったため、その行動力は周りと比べても頭一つばかり群を抜いて高い。


「天気も良いみたいだし、布団でも干しとくか」

取りあえずそんなことを口にできるくらい気持ちを持ち直すと、上条はベランダに繋がる網戸を開ける。

2mもない先にある隣のビル壁が嫌な圧迫感を放っているが、敢えてそこは無視することにした。

そしてベッドの上から布団を抱えてベランダに出た上条は、そこで妙なものを目にすることになる。

「何だ、あれ?」

それは一瞬、白い布団のように見えた。

しかしここは学生寮と言っても造りはワンルームマンションと変わりなく、上条は一人暮らしだ。

だから上条以外にこのベランダに布団を干すような人間はおらず、上条も他の布団を干したような記憶はない。

そして良く目を凝らすと、やはりそれは布団などではなかった。

――干してあったのは、白い服を着た少女だった。

「はぁ!?」

その正体に気付いた上条の腕から布団がばさりと落ちた。

謎だ、意味不明だ、そしてこれは異常事態だ。

少女は腰の辺りをベランダの手すりに押し付けて、体を折り曲げた状態で両手両足をだらりと下に曲げている。

その姿はまるで小中学校の鉄棒で遊んでいる子供のようにも見えるが、上条の部屋があるのは建物の七階。

一歩間違えれば大惨事になりかねない。

何故こんな状況になっているのか全く理解が追い付かない上条だったが、とにかくこのまま放っておくわけにはいかないだろう。

過去の経験から成り立つ警鐘が最大限に鳴っているのを無視して、上条は少女へと近づいていく。

「うわ、本物のシスターさんだ……いや妹ではなく」

誰に対する説明か分からない独り言を呟きながら、上条は改めて少女の様子を確認する。

歳は十四か十五くらいか、上条よりも少し年下といった感じだ。

外国人らしく肌は純白で、髪の毛も白髪――ではなく銀髪だろう。

長い髪が逆さになった頭を完全に覆い隠していて、上条からは顔が見えない。

そして外国人という以上に、その服装が少女の異質さを際立たせていた。

修道服といったか、足首まである長いワンピースに、頭には帽子とは少し違う一枚布のフード。

ただし上条の知っている修道服とは少し異なり、その色は『漆黒』ではなく『純白』だった。

要所要所に織り込まれた金の刺繍が、何処か成金趣味のティーカップを連想させる。

「うっ」

そして上条が少女のことをベランダに引きずり上げようと手を伸ばした瞬間、小さな呻きと共に少女の指先がピクリと動いた。

それと同時に垂れ下がっていた首がゆっくりと上がり、カーテンでも開くように左右に分かれた髪の間から少女の顔が現れる。


(うわっ!)

上条が目にした少女の顔は非常に可愛らしいものだった。

外国人ということで少し気後れしてることを抜きにしても、美少女であることに間違いない。

あまり外国人との接点がない上条には、少女がまるで人形のように思えた。

だが上条が狼狽えているのはそんなことではない。

そもそも少女は完全に外国人で、上条には少女とコミュニケーションを取る手段が全くなかった。

一応中学校は卒業しているとはいえ、普通の中学校で習う英語がこの状況で役に立つことはないだろう。

「ォ、――――」

「え?」

「おなかへった」

上条は少女が何を言ったのかすぐに理解できない。

もしかして何か外国語を自分の中で勝手に翻訳してしまったのだろうか?

ちょうど少し前に見たバラエティ番組の外国語が日本語に聞こえるという空耳のコーナーが上条の中で思い起こされる。

「おなかへった」

「……」

「おなかへった」

「…………」

「おなかへった、って言ってるんだよ」

「え? あ、うん」

どうやら聞き間違えではなかったらしい。

まさかこの状況で行き倒れとでも言うのだろうか?

先ほどとは違う意味で混乱し始めた上条だったが、何にしろ少女をこのまま放置しておくわけにはいかない。

上条は少女の脇に手を差し込むと、そのまま持ち上げてベランダへと招き入れる。

「おなかいっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな」

「いや、その前にまず事情を……」

しかし最後まで言い終える前に、更なる異常事態が上条が襲う。

何がどうしてそうなったのかは分からない。

どういう訳かいきなり、プレゼントのリボンをほどくようにして少女の着ていた修道服がストンと落ちた。

そして上条の目の前には頭に被さったフード以外、完全無欠に全裸になった少女の姿が……。

こうして少年と少女は出会い、科学と魔術が交差する物語の幕が上がる。

以上になります
やっとこさ新しい章に入りました
これからもよろしくお願いします

続きを投下します

いつも感想ありがとうございます
いよいよもう一人のメインヒロインであるねーちんの登場する話に入りました
しかしそれに伴い美琴の登場回数は少なくなります
ただ最初に書いてある注意書きがぶれることはないので、上琴目当てで来てる方も最後まで付き合っていただけると幸いです

では投下します

「……あの、そろそろ事情をお聞かせ願えますか?」

「……」

上条は少女の機嫌を窺うように腰を低くして状況の説明を求める。

しかし衝撃的な出会いを果たしてから数十分、未だ少女からの返事はない。

少女の声の代わりに聞こえてくるのは、ガツガツと少女が食事を進める音だけ。

「そもそもさっきのは100%俺が悪かったんでせう?」

「……」

「はぁー」

やはり返事をしない少女に上条は大きく溜息を吐く。

何故か素っ裸になってしまった少女をベランダに残していくわけにもいかず、上条はそのまま少女を部屋へと招き入れていた。

どうやら少女もかなり困惑していたようで悲鳴を上げるようなことはなく、幸い騒ぎを聞きつけた人間に取り押さえられる事態にはなっていない。

そして上条の部屋に入った少女が最初に始めたのが、バラバラになってしまった修道服の修復だった。

何処からか見つけてきた安全ピンで繋ぎ合わされた複数の布は、今は何とか修道服の形を取り戻している。

ただし何十本もの安全ピンがギラギラと光ったままだが……。

「それでまだ食うおつもりですか?」

上条の問いかけにコクンと頷いた少女を見て、上条は思わず苦笑いを浮かべる。

少女が修道服を修繕している間、上条は最初に彼女から要望があった通り簡単な食事を作っていた。

そもそも原因が自分にあるのかすら定かではないが、やはり裸を見てしまったという後ろめたさはある。

そこでちょっとしたお詫びも兼ねて食事を出したのだが、もしかしたらその対応が間違いだったのかもしれない。

上条が少女に料理を作って運ぶのを繰り返すこと既に七回。

見た目に反して、少女の食欲は凄まじいものだった。


(だけど本当に幸せそうに食べるんだよな)

初対面の相手に少女の態度は少々無遠慮すぎる気はする。

しかし適当に作った料理をここまで嬉しそうに食べているのを見ると、どうもこの少女を憎めそうにない。

『お客様の笑顔を見るのが仕事のやりがいです』という飲食店のインタビューをよく見かけるが、彼らもこんな気持ちなのだろうか?

「ふぅー、もう満足なんだよ」

「それはようござんした。 それでいい加減、事情を聞かせてもらえるんだろうな?」

そして八皿目を綺麗に平らげたところで、ようやく少女のお腹も満足したらしい。

一人暮らしの上条は元々あまり買いだめをしない方なのだが、何とか冷蔵庫の中身だけで足りたようだ。

これで少女の機嫌も少しは直ったかと、上条は改めて少女に事情を尋ねる。

「うん、本当にありがとう。 まずは自己紹介しなくちゃいけないね。 私の名前はね、インデックスって言うんだよ」

「……俺が凄く舐められてることだけは良く分かった。 そりゃ裸見たのは悪いと思ってるけど、自己紹介があからさまな偽名はねえだろ?」

「な、何でそこでその話を蒸し返すのかな? せっかく記憶の奥底に封じ込めてたのに」

「ってか、あれって本当に俺が悪かったのか? 少し触っただけで服がバラバラになるって、もしかしてそういうプレイを楽しんでたんじゃ……」

「そんなはずあるわけないんだよっ!! 大体この『歩く教会』はトリノ聖骸布――ロンギヌスの槍に貫かれた聖人を包み込んだ布地を正確にコピーしたものだから、強度は法王級なんだよ? それこそ聖ジョージのドラゴンでも再来しない限り法王級の結界が破られるなんて」

するとインデックスと名乗った少女は何やらブツブツと呟いて自分だけの世界に入ってしまう。

これは本格的に拙いかもしれない。

そもそもこの少女は学園都市の住民なのだろうか?

この街に住む人間だからこそ分かる学園都市独特の臭いのようなものを、この少女から全く感じないのだ。

インデックスという訳のわからない偽名といい、ドラゴンとかファンタジーな空想話といい、何やら胡散臭い点が多すぎる。

ただ一つだけ、少女の発した言葉の中で上条は気になることがあった。


「聖人ってもしかしてやたらと幸運に恵まれまくるっていうアレか?」

「確かに聖人は神の子に似た身体的特徴を持ってるから神様から受ける加護も大きいけど、幸運であることがだけが聖人の特徴じゃないんだよ。 それよりも君って聖人のことを知ってるの?」

「……いーや、前にそんな胡散臭い話をしてる連中に会ったことがあるだけだ」

聖人――その言葉を口にすると、上条は少しだけ胸に痛みを覚えた。

両親と別れて学園都市に来る切っ掛けとなったあの事件。

当時のことを上条は殆ど覚えていないが、『疫病神』と呼ばれていたあの頃に突然家に押しかけてきた連中がいたことは薄っすらと記憶にある。

そしてその連中が自分を『聖人』にするという名目で人体実験を施した挙句に大怪我させ、ただでさえ自分の不幸で悩んでいた両親により深い心の傷を負わせたことも……。

別に学園都市に来たこと自体を不幸だと思ったことは殆どないし、純粋に自分の幸せを願ってくれた両親のことを恨んでもいない。

しかしその事が自分達家族の歯車を大きく狂わせたことだけは間違いなかった。

「むー、別に聖人は胡散臭い話なんかじゃないんだよ。 確かに数は少ないけど今も世界中で20人くらいは確認されてるし、そもそも聖人っていうのは身体的特徴が神の子に似てる他にも色々と特徴が……」

「はいはい、取りあえず聖人ってやつの説明はいいから。 とにかくまずはお前の事情を説明してくれ」

「……何か怒ってる?」

「別に何も怒ってねえよ」

上条はそう答えて、少女の言う通り本当は少し苛立っていた自分を落ち着かせる。

自分の過去に大きく関わっている『聖人』というワード。

その言葉を知っていた以上、もしかしたらこの少女はあの連中と何らかしらの関係があるのかもしれない。

だが何も根拠がないにも拘らず、上条はその可能性を否定していた。

まだ出会ってさほど時間も経っていないし、二人の間に流れる空気も険悪なまま。

しかし少女が時折浮かべる笑顔は、見る人全てが幸せになれるような優しい笑顔だった。

そんな少女が人の思いを踏みにじるような人間達と同じだとは思いたくない。


「本当に?」

「ああ、本当だ。 だから話だけでも聞かせてくれよ」

しかしそれも結局は偽善に過ぎないことを上条は自覚している。

例え上条に直接害を与える人間でなくとも、この少女が訳ありなのは明白だ。

出会ったばかりの少女のために無償で危険を冒せるかと聞かれれば、上条はすぐに返事をすることができない。

かといって、このまま何もなかったことにするのも無理だった。

だから予防線として話だけは聞く。

何も解決にならないことは知っていても、『何かをやった』という慰めだけは欲しい。

その前提が『偽善使い』と『ヒーロー』との境なのだろう。

「えっと見ての通り教会の者です、ここ重要。 あ、バチカンの方じゃなくてイギリス清教の方だね」

「教会っていうと、やっぱり信者や献金を集めるために学園都市にやって来たのか?」

「……ううん、違うんだよ」

すると一瞬だけ、少女はこれまで見せなかった表情を浮かべる。

それはどこか儚げな、自嘲的な微笑み。

その表情が言わずとも少女が抱えている何かの大きさを物語っていた。

「ごめんね、これ以上話したら君を巻き込んじゃうかもしれない」

「おいっ!!」

「ありがとう、こんなに良くしてもらったのは初めてだから嬉しかったんだよ。 君って何だかお兄さんみたいだね」

「だから待てって!!」

そのまま何も言わずに立ち去ろうとした少女の腕を上条は咄嗟に掴む。

そしてその時の少女の顔は、本当に本当にただの女の子にしか見えなくて……。


「じゃあ、私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」

こんな状況でも少女が浮かべる表情は笑顔だった。

それはあまりにも辛そうな笑顔。

優しい言葉で少女は暗に上条をこれ以上巻き込むまいと拒絶していた。

そしてその優しさが却って上条の神経を逆撫でする。

まだ何も話を聞いていないため、少女がどんな事情を抱えているか上条は全く知らない。

ただ少女が自分の辛い気持ちを押し殺して赤の他人を気遣える優しい女の子だということだけは嫌でも分かった。

(くそっ、ヒーローに憧れるような歳でもねえのに)

まだ十五歳の高校生とはいえ、世の中に自分の力ではどうしようもないことがあるのを上条は知っている。

先日もその壁に突き当たったばかりだ。

それなのに上条は少女の腕を放すことができなかった。

「いくら何でも出会ったばかりの女の子のために地獄へ一緒に行くようなヒーローに俺はなれねえよ。 でもそんな顔をしてる奴を放っておけるような薄情な人間にもなりたくない。 だからお前がどうしても地獄に行くって言うなら、その前に引きずり上げてやるっ!!」

かつての自分なら迷わずにこんな決断を下すことはできなかったと上条は思う。

分かっていることなど殆どないにも拘らず、上条の本能はこれから起こりうる不幸に対して最大級の警報を鳴らしていた。

それでも上条が迷わず少女に手を差し伸べられたのは、きっとある少女の影響が大きいのだろう。

まだ年相応に幼い部分を残しながらも、彼女は間違いなくヒーロー足りうる強さを持っている。

そしてそんな彼女と過ごしてきた時間が長いからこそ、上条は本当に必要な時に『偽善使い』と『ヒーロー』の境界を飛び越えることができた。

短めですが以上になります
ちょっとここからは原作と被る部分が出てきます
そういう場合ってバッサリと切った方がいいんですかね?

遅くなりましたが続きを投下します

(とりあえず取り押さえて色々と吐かせねえと)

 十万三千冊の魔道書の知識を得るためにインデックスの記憶を消し去ったという魔術師。
 
 あまりに身勝手なその行いに腸わたが煮えくり返りそうな上条だったが、それが本当ならばインデックス本人すら知らない何らかの情報を持っている可能性も高い。
 
 できることならこの状況を把握するために、少しでも情報を手に入れておきたかった。
 
 ただ問題なのは魔術師が持つ力の大きさだ。
 
 不可思議な炎もそうだが、何より目の前の男は学園都市に対して何らかの交渉手段を持っているらしい。
 
 初めはその話もブラフだと考えていたのだが、上条が魔術師と出会ってから既にそれなりの時間が経っている。
 
 常に衛星カメラなど監視の目が行き届いている学園都市で未だ警備員が駆けつけないのを見るに、魔術師が学園都市の許可を得てここにいるというのも本当なのだろう。
 
 一応は日本の一都市という建前を持つ学園都市だが、その実態は独立国家とそう変わらない。
 
 それどころか外に比べて二、三十年は先を行くと言われる科学技術が学園都市を強国と呼ばれる先進国と同等の立場にまで押し上げていた。
 
 そんな学園都市に対して普通の人間なら交渉を持ちかけることすらまずできない。

(それだけコイツのバックにあるものが大きいってことか?)

 確かに魔術師が使う力は得体の知れないものだったが、個人の力で学園都市と話をつけることが可能とは考えにくい。
 
 それに魔術師は言っていた、上条達がこちら側にやって来るとは思わなかったと。
 
 その言葉から推察するに魔術師は別のルートへと誘導するために分かりやすい罠を張ったのだが、予想に反して上条とインデックスはここへ来てしまった。
 
 だとすれば魔術師が誘導したかった場所に、最低でももう一人何者かが待ち構えていることになる。
 
 確証があるわけではないが、この魔術師の背後には何らかの大きな組織が存在すると上条は睨んでいた。
 
 そして相手が組織的にインデックスを狙っているのだとしたら、それこそ上条一人の力ではインデックスを守るのにも限界がある。
 
 しかしこれからどうするにせよ、今はこの場を切り抜けるのが先決だった。


(ここだっ!!)

 右手に意識を集中し力を解放した上条のスピードは人間の限界を優に超える。
 
 やはり力の使い方のコツを掴んできているのか、力をセーブした状態ではあるものの身体に異変は感じられない。
 
 魔術師は上条の動きを追えていないのか、反応する素振りすらまるでなかった。
 
 回り込むようにして魔術師の背後に立った上条は、その無防備な背中へと躍りかかるが……。

「くっ!?」

 魔術師まで残り数歩という距離まで迫った上条だったが、突如襲い掛かった悪寒にバックステップを踏んで距離を取る。
 
 そして一瞬の間もなく上条がいた場所で、轟っという唸りと共に凄まじい炎柱が吹き上がった。
 
 まるでカウンターを狙っていたかのようなタイミング。
 
 直感に従わずにそのまま進んでいたら消し炭になっていたのは間違いない。
 
 肌を焦がす熱気に怯みながらも、このまま立ち止まっているのは拙いと上条は再び移動を開始。
 
 先ほどより力のギアを上げた上条のスピードは、まさに目に止まらぬものとなっている。
 
 だが恐らく殆ど視覚できていないであろう上条の動きを前にしても魔術師の余裕は崩れなかった。

「無駄だよ」

 今の上条のスピードをもってしても魔術師に近づくことすら叶わない。
 
 知覚してから反応するのでは到底間に合わない絶妙なタイミングで、どこから攻めようと幾重にも噴き出す炎の柱が上条の行く手を阻んでいた。

「これは神裂の動きにも対応できるよう設定してある。 尤もいくら対応できたところで、『聖人』が相手じゃこんな炎は足止めにもならないけどね」

 魔術師の言葉に上条は顔を歪める。
 
 まさか今になって『聖人』という言葉を一日に何度も聞くことになるとは思わなかった。
 
 過去の出来事とは全て折り合いをつけた気でいたのだが、その言葉を聞いただけで正体不明の怒りが上条の中に込み上げてくる。
 
 しかし今すべきことはインデックスと共にこの場を切り抜けることで、そんなことで集中を欠いても仕方ない。
 
 『聖人』という言葉を頭の片隅に追いやると、未だ余裕の表情が崩れない魔術師に正面から対峙した。


「それにしてもこの程度の力であんな啖呵を切ったのかい? こちらからはまだ攻撃すら仕掛けてないんだが」

 悔しいが魔術師の言う通り、上条の不利は否めない。
 
 現状で上条に魔術師が操る炎を破る術はなく、それは魔術師を倒すどころか、炎の壁で囲われたこの場から逃げ出すことができないことも意味していた。

(くそっ、魔術ってやつに『幻想殺し』が通用しさえすればっ)

 どんな異能の力も問答無用で打ち消す『幻想殺し』
 
 それは学園都市における最上級の能力者レベル5の力であろうと例外はない。
 
 しかしどんな異能の力と言っても、上条はこれまで学園都市で開発された超能力以外に異能の力を目にしたことがなかった。
 
 つまり魔術という得体の知れない力に試したことなどなく、本当に通用するかどうか確信が持てない。
 
 もし効かなかった場合に辿る末路を想像するのは難しくないだろう。
 
 何の確証もないままあの凄まじい炎に触れるのはあまりにもリスクが大き過ぎる。

「さて、僕もあんまりのんびりしてる暇はないんでね。 ――Fortis931」

 理解できない単語と数字の羅列。
 
 それを口にした瞬間、魔術師の放つ空気が変わった。

「魔法名だよ、聞き慣れないかな? 僕には理解できないけど、魔術師には魔術を使う際に真名を名乗ってはいけないという古い因習があるのさ。 Fortis――日本語では強者と言った所だが、語源はどうでもいい。 重要なのはここで僕がこの名を名乗ったことでね。 僕達の間では魔術を使うためというよりも、寧ろ――殺し名というのが専らだ!!」

 殺気だ。
 
 先ほどまで上条を相手にしていたのも、魔術師にとって遊びと変わらなかったのだろう。
 
 しかし今向けられているのは肌を凍らせるような明確な敵意。
 
 魔術師は咥えていた煙草を手に取ると、指で弾いて横合いへと投げ捨てる。
 
 すると妙にスローモーションに見えた煙草の後を追って、まるで残像のようにオレンジ色の軌跡が宙へと描かれた。


「炎よ――」

 そして魔術師が呟いた瞬間、オレンジ色の軌跡が爆発した。
 
 魔術師の手に現れたのは一直線に伸びた炎の剣。
 
 剣先が触れた道が焦げるのではなく溶けていることからも、炎剣の持つ凄まじい熱が窺える。

「dedicatus545――周囲へ拡散せよ」

 しかし上条が炎剣の威力を目にすることはなかった。
 
 突如割り込むようにして響いたインデックスの声。
 
 その瞬間、魔術師の手にあった炎剣は弾け飛ぶようにして爆散する。
 
 そしてその使い手である筈の魔術師を凄まじい炎が包み込んだ。

「私のことをしっかりと調べている割に、そんな魔術を使うなんて迂闊なんじゃないかな? そこまで直接的な指令を必要とする魔術だったら、強制詠唱も十分に役に立つんだよ」

 ちょうど魔術師を挟んで上条の反対側にいるインデックスがそう言い放つ。
 
 それは上条がインデックスに抱いていた印象とは大分異なる、何処か傲慢さすら感じさせる口調だった。

「あなたが使用してるのはルーンを使用した北欧系術式のアレンジだね。 普通だったらこの規模の術式は十年単位の仕込みがないと難しい筈だけど、それでも術式の仕組みさえ分かっちゃえば対処は難しくないんだよ」

 言ってる内容は全く理解できないが、恐らくそれは魔術師に対する称賛ともとれる言葉。
 
 しかしその魔術師の力をインデックスは一瞬で無へと帰す。
 
 それが十万三千冊の魔道書を抱える魔道図書館としての力なのだろうか?
 
 上条は今になってようやくインデックスが本当に別世界の人間だということを認識した。
 
 そしてそれと同時に今起こった現実にようやく理解が追い付く。

「いくらなんでもやりすぎだろっ!!」

 直接攻撃されたという訳ではないものの、確かに魔術師の使っていた力は簡単に人を殺せるものだった。
 
 それにインデックスには記憶を消されたという許しがたい恨みもある。
 
 そういう意味でこの結末は自業自得と呼べるものなのかもしれないが、炎に焼かれる人間を目の前にそんな一言で簡単に納得できる筈などなかった。
 
 こうなってしまっては無駄だと理解しつつも、上条は万が一の可能性に賭けて炎に包まれる魔術師の下に駆け寄るが……。


「駄目っ!!」

 インデックスの制止する声と同時に、上条の耳には別の人間の声が入ってくる。

「――その名は炎、その役は剣 顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ」

 魔術師を包み込む炎を大きく膨らんだかと思った瞬間、『それ』は上条達の前に出現する。
 
 魔術師が扱う炎は元より上条の常識が通じないものだったが、その非常識を覆すほど『それ』は異質なものだった。
 
 それはただの炎の塊ではない。
 
 真紅に燃え盛る炎の中で、重油のような黒くドロドロしたものが芯になっている。
 
 その姿はまさに炎の巨人。
 
 2mを超す人の姿を模した炎が圧倒的な存在感を持って顕現した。

「危ねえっ!!」

 そしてその巨人が狙ったのは上条ではなかった。
 
 今も魔術師を燃やす炎を挟んだ向かい側で、炎の巨人がインデックスへと襲い掛かった。
 
 上条は咄嗟に右手へ意識を集中すると再び力を解放。
 
 二つの炎を跳び越えるように大きく跳躍すると、今まさに燃え盛る巨人の手が掴み取ろうとしていたインデックスを攫い出す。

「流石は禁書目録といったところか、ただ事態を傍観してるだけではなかったようだね。 迂闊だったよ、時間が押してるから事を急いてしまった。 でもこの『魔女狩りの王』はそう易々と制御を奪わせたりはしない。 これで君達も完全に終わりだ」

 上条がインデックスを抱えたまま可能な限り二つの炎から距離を取ると、魔術師を包み込んでいた方の炎が急速に萎んでいく。
 
 その中から再び姿を現した魔術師の表情は先ほどと変わらぬままだった。
 
 神父服の所々は焼け焦げ、顔にも火傷の痕が見られるが、特に魔術師に動じた様子はない。


「テメェ、何でインデックスまで殺そうとしやがった?」

 そして上条は魔術師の行動に違和感を感じる。
 
 今も魔術師の後ろで佇む炎の巨人。
 
 そのマグマのような手に捕まれば、人間など唯では済まない筈だ。
 
 魔術師はインデックスの頭の中にある十万三千冊の魔道書を狙っているというのに、インデックス自身を殺してしまっては元も子もない。

「いや、僕も最初はできることなら紳士的に済ませたかったんだよ。 でも無理に生かしておかなくても、脳から情報を抜き出すくらいは可能だからね。 まあ、損傷の度合いには気を付けなくちゃいけないけど」

 その言葉に上条の背中は凍りついた。
 
 魔術師は十万三千冊の魔道書を手に入れることだけを目的とし、インデックスという少女に対する情のようなものは何一つ存在しない。
 
 そもそもこの魔術師に人間らしい感情など存在するのだろうか?
 
 目の前に立つ存在が人の姿をしていることが、却って上条の悪寒を駆り立てる。
 
 しかしこんな状況であるにも拘らず、隣に立つインデックスにもまるで動揺した様子が見られなかった。
 
 記憶を奪われた挙句に、こうやって命まで狙われて。
 
 きっとここまで気丈に振る舞っていられるのは、これまでも上条には想像がつかにような修羅場を潜り抜けてきているからだろう。

「しかし本来ならこんな無粋な真似はできなかった筈なんだけどね。 まったく何の因果で『歩く教会』が砕けるような羽目になったのか。 まさかこの街に聖ジョージのドラゴンが再来したなんて冗談はあるまいに」

 そう言って溜息を吐く魔術師に対して、上条は聞き覚えのある話に眉を顰める。
 
 確か『歩く教会』というのはインデックスが着ている修道服のことだ。
 
 あの時はまだインデックスと会話すらまともにできておらず、インデックスが一人でブツブツ呟いていただけだったので気にも留めていなかった。


「なあ、インデックス? もしかしてその『歩く教会』にも魔術が使われてたりするのか?」

「最初にちゃんと説明したんだよ? これはトリノ聖骸布といってロンギヌスの槍に貫かれた……」

「詳しい話は後でいい!! とにかく魔術が使われてるってことで良いんだよな?」

「う、うん」

 もしインデックスや魔術師の言葉通り本当に『歩く教会』にとてつもなく強固な防御性能があり、本来なら壊れる筈がないものだったとしたら?
 
 そして『歩く教会』を縫っている糸という糸が解けてバラバラになる前に上条がしたことはなんだったか?

「ははははははっ」

 もう自分にできることは何もないかもしれないと思っていた。
 
 完全に別世界の諍いに対して、自分の存在は無力でしかないと。
 
 しかし実際はこの状況を簡単にひっくり返すだけの力を上条は右手に秘めていた。
 
 突然笑い出した上条に魔術師だけでなく、インデックスも驚いた表情を浮かべる。

「どうした、ついに気が狂ったのかい? それを引き渡しさえすれば、今ならまだ……」

「ふざけんな、どうしてテメェみたいな奴にインデックスを渡さなくちゃならねえんだよ?」

「何っ?」

「何てことはない、状況を打開するための切り札は最初からここにあったんじゃねえかっ!!」

 そう吠えた上条はグッと自らの右手を握りしめた。
 
 もちろん魔術という未知の力に対して、殆どぶっつけ本番で当たっていかなければならないという恐怖はある。
 
 しかしそれ以上に自分が無力なせいで誰かが傷つくのを見るのはもうご免だった。


「テメェが自分のためなら何をしても構わないっていうなら、まずはその身勝手な幻想をぶち殺すっ!!」

 上条は正面から魔術師に向かって走り出す。
 
 もう後ろから取り押さえるようなまどろっこしい真似をするつもりはない。
 
 まずは一発殴ってやらなければ気が済まなかった。
 
 正面から見据える魔術師は自殺行為だと言わんばかりに呆れた表情を浮かべている。
 
 インデックスが後ろから何か叫んだのが聞こえると同時に、上条の目の前には今まで何度も行く手を阻んだ炎の壁が出現した。
 
 だがこれまでと違い上条の足は止まることなく、そのまま炎へと突っ込んでいく。
 
 右手を前に突き出して。
 
 そして上条の右手が炎の壁に触れた瞬間、今まで何度も打ち消してきた異能の力と同様に炎は完全に打ち消された。
 
「なっ!?」
 
 そこでようやく魔術師の表情が変わる。
 
 まるで信じられないものを見たかのような驚きの表情。
 
 上条のすぐ後ろで炎が再び出現し背中に凄まじい熱を感じるが、上条は立ち止まらない。

「ウオオオォォォっ!!」

 だが魔術師の顔面に上条の右拳が突き刺さる直前、急に上条は訝しげな表情を浮かべる。
 
 殴り飛ばされる直前であるにも拘らず、魔術師が笑ったのだ。

 魔術師が笑うと同時に口にした言葉も上条はハッキリと聞き取っていた。
 
 しかしだからといって上条が止まるわけにはいかない。
 
 上条が振り抜いた右拳は魔術師の顔面をしっかりと捉え、その勢いのまま魔術師の身体は大きく吹き飛ばされる。
 
 そして魔術師が地面に転がると同時に、炎でできた巨人も壁も一瞬で消え去った。

「ハァ、ハァ」

 完全に意識を失っている魔術師を見下ろしながら上条は荒い息を吐く。
 
 力を解放していたわけではないので大事には至ってない筈だ。
 
 体力的というよりも精神的疲労に見舞われる戦いだった。
 
 そして魔術師が最後に残した言葉が上条に妙な違和感を残している。

「そうだ、インデックス。 だいじょう……」

 嫌な感覚が残ったままだが、魔術師の意識がない今はどうすることもできない。
 
 上条はインデックスの安否を確認しようとするが、振り返ろうとした瞬間に上条の頭部を激痛が襲った。


「痛゛て゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛!?」

 どうやらインデックスに頭部を思い切り噛みつかれているらしい。
 
 大胆というか、とんでもない暴挙というか、何と言えばいいか分からない状況に上条は戸惑いを隠せなかった。

「い、いきなりどうしたんでせうか?」

「何であんな無茶したの? 魔術に関して素人の君が一人で突っ走って、普通だったらどうなってたか分からないんだよっ!? もし君に何かあったら……」

 どうやら心配してくれていたようだ。
 
 確かにインデックスの言うことは尤もな気もするが、あの状況で自分には『幻想殺し』という力があることを説明するのも間抜けな気がする。
 
 しかし普段から年下の女の子を相手にすることが多いせいか、直感で下手なことを言うと碌な目に遭わないことを上条は悟っていた。

「悪かったな、心配かけて」

「後で詳しい話を聞かせて欲しいかも。 それよりこれからどうするの?」

 少しは落ち着いてくれたのか、上条の背中から下りたインデックスの視線の先には倒れたままの魔術師がいる。
 
 先ほどの違和感も含めて魔術師に聞かなければならないことはたくさんあった。
 
 しかしまだ仲間がいる可能性を考えると、他にもたくさん人が住む寮に連れ帰るのは躊躇われる。
 
 体勢を整えるために魔術師から身を隠すにしても、寮以外の場所が望ましい。

「……久しぶりにあそこに行ってみるか」

 上条の中で一つの妙案が浮かび上がり、ひとまず魔術師を連れてこの場を後にすることを決める。
 
 そして魔術師に手を伸ばした瞬間、上条の背中に嫌な汗が伝った。


「彼を渡してもらえますか?」

 後ろから聞こえてきたのは女の声だった。
 
 今の今まで気配など全く感じなかったのに。
 
 コツコツと上条の横を何者かが通り過ぎていく足音が響き渡る。
 
 そして倒れている魔術師を挟んで上条の正面に声の主が立った。
 
 腰まで届く長い黒髪をポニーテールに纏め、腰には2mを超す長さの日本刀が鞘に収まっている。
 
 身長は上条よりも高い長身だが、一目で日本人だということは分かった。
 
 美人としか言い表しようがない美貌の持ち主だが、彼女を日本美人と呼ぶのは少し抵抗があるだろう。
 
 着古したジーンズに白い半袖のTシャツ。
 
 そのどちらもが妙にアレンジされており、ジーンズは左脚の方だけ太ももの根本からバッサリ切られ、Tシャツは脇腹の部分で余計な布地を縛ってヘソが丸見えになっている。
 
 膝まであるブーツや日本刀が差されている革のベルトを見ると、西部劇のガンマンに見えなくもなかった。

「今日のところは退きます。 しかしいずれ彼女のことを必ず渡してもらうことだけは、お忘れなきよう」

 有無を言わさぬ言葉だった。
 
 上条が動けずにいる前で、女は魔術師を連れて姿を消してしまう。
 
 あまりに一瞬の出来事に空間移動に似た力を使ったのではないかと思ったが、消える際の轟音と何か凄まじい力によって破壊された道がそれを否定していた。

「だ、大丈夫?」

「あ、ああ」

 恐らくあの女は力まかせに地面を蹴って生み出された推進力により一瞬でこの場から立ち去ったのだろう。
 
 力を解放することによって人間を遥かに超える身体能力を得ることが可能な上条だからこそ一つハッキリしたことがある。
 
 勝てない。
 
 魔術といった異能の力など関係なしに、もしあの女と正面から敵対することになったら今の上条では絶対にインデックスを守りきることは不可能だ。

「多分、今の女の人は『聖人』だと思う」

「あの女が『聖人』?」

「さっきは聞いてもらえなかったけど『聖人』っていうのはね、生まれながらにして神の子に似た身体的特徴と魔術的記号を持ってるんだよ。 だから偶像の理論によって莫大な天使の力が……」

 その後もインデックスは丁寧に『聖人』について説明してくれたが、結局話の半分程度しか上条に理解することはできなかった。
 
 ただ一つだけハッキリしたのは上条が過去に受けた人体実験はあの女のような人間を目指して行われたということだ。
 
 そしてインデックスとの出会いを皮切りに、過去の因縁も含めて自分の何かが動き始めたことを上条は無意識の内に悟っていた。

以上になります

私事になりますがpixivでまとめを掲載していたのをarcadiaに移動しました
もしまとめて読みたいという方がいらっしゃったら、そちらで読むのもいいかもしれません
更に宣伝ですがそちらに禁書と他作品のクロスオーバーの投稿も始めました
まだほんの少ししか書いてないのであれですが、暇があったら覗いてやってください

いつも感想ありがとうございます
続きを投下します

 今から五年ほど前になるだろうか?
 
 まだ小学生だった上条には仲の良い友達がいた。
 
 いや、本当に友達と言っていいのかは分からない。
 
 何せ上条はその友達が何処の学校に通ってるかどころか、彼の名前すら知らなかったのだから。
 
 彼自身のことについて聞こうとしても、何処かニヒリズムを感じさせる笑みが返ってくるだけ。
 
 今にして思えばちゃんと話を聞いておけば良かったと思うのだが、良くも悪くも友達になるのに理由など必要ない年頃だった。
 
 同い年の筈なのに、ずっと大人びて見えた少し気障な少年。
 
 そんな彼と上条には二人だけの秘密としていた秘密基地があった。
 
 素っ気ない書置きと共に少年が姿を消した今も、上条は少年との再会を期待して秘密基地の鍵を持ち続けている。

「しかし良く考えると餓鬼の時からこんな場所を持ってたなんて、やっぱり高位能力者だったのかな?」

 そして上条はその『秘密基地』をインデックスと共に訪れていた。
 
 再開発に失敗し古臭い街並みが続く第一九学区に佇む一つの廃ビル。
 
 その三階の目立たない一角に、古めかしく偽装されているが厳重なセキュリティが施された部屋が存在する。
 
 そこが上条が友達と遊び場にしていた『秘密基地』だった。


「うわぁ、君の部屋よりずっと広いかも!」

「余計なお世話だっ!!」

 久しぶりに入った秘密基地は部屋というよりは、一つの空間となっていた。
 
 玄関のようなものは存在せず、広い空間にはいくつかの家具がまばらに置かれている。
 
 インデックスの言葉に地味に傷つく上条だったが、確かに上条の暮らす部屋とは比べ物にならないほど広いだろう。
 
 最後に訪れたのが今年の初めだから、およそ半年ぶりか。
 
 以前と比べてここに来る間隔が長くなっていることに上条は少し寂寥感を覚える。

(でもアイツも時々ここに来てるみたいなんだよな)

 テーブルの上を指で拭うと、そこには埃が溜まっていた。
 
 だが半年間ほったらかしにされていた程ではない。
 
 上条がここに来ると必ずしているように、他の誰かもこの場所を掃除しているのだ。
 
 それが誰かまでは分からないが、上条の脳裏には自然とあの少年の姿が浮かび上がった。
 
 あの少年と別れ別れになった後も、上条だって何もしてこなかった訳じゃない。
 
 秘密基地に来る度に連絡先は置いて行ったし、少年が姿を見せるのを張り込みして待っていたこともある。
 
 しかし結局最後に別れた時以来、上条が少年の姿を見ることはなかった。


「ねぇ、どうしたの?」

 しばし物思いに耽っていた上条だったが、インデックスに声を掛けられ我へと返った。
 
 色々と気に掛かることも多かったが、今は何よりも優先すべきことがある。
 
 取りあえずの隠れ場所としてここを選んだものの、状況は何も進展していなかった。
 
 あの魔術師の言う通りなら学園都市にイギリス清教の教会は存在せず、学園都市に保護を求めることもできない。
 
 そうなると残された道はインデックスを学園都市の外に連れ出すことだが、その具体的な方法が何も思いつかなかった。
 
 学園都市の外でイギリスに渡る手段を探すか、それとも第二三学区から直接イギリスに飛ぶか?
 
 しかし現実的に考えてそのどちらも難しいだろう。
 
 外で頼れる人間といえば両親くらいだが、魔術師なんて得体の知れない連中との争いに巻き込むなんて当然できない。
 
 かといって警備の厳重な学園都市で、何の準備もなく海外に渡るのも不可能だ。
 
 悔しいがあの魔術師の言う通り、上条達は殆ど詰んだ状態だった。

「あの……」

「どうかしたか?」

「君にはちゃんと全部話しておこうと思って」

 インデックスの顔を見ると、何処か辛そうな表情をしていた。
 
 話というのは恐らく魔術師が言っていたことだろう。
 
 十万三千冊の魔道書とか魔道図書館とか。
 
 だが魔術師の話で大まかな状況は大体把握できていたので、辛そうな顔をさせてまでインデックスから話を聞こうとは思わなかった。


「別に無理しなくていいんだぞ」

「ううん、君には私の口から話しておきたいの」

「そっか」

 インデックス自身が決めたことなら、上条も止めることはできない。
 
 上条が頷いたのを確認すると、インデックスは静かに語り始める。
 
 政治と宗教が混ざったことにより各国の交流が途絶え、それにより元々は同じ宗教も各国独自の進化を遂げていったこと。
 
 その中でイギリスは魔女狩りや異端狩り、宗教裁判など対魔術師用の文化・技術が発達しているということ。
 
 インデックスが所属している『必要悪の教会』という組織がその専門部署であること。
 
 そしてインデックスが抱える十万三千冊の魔道書が敵対する魔術師への備えとして最たるものであるということ。

「ごめんね。 本当は最初に君が助けるって言ってくれた時に全部話しておかなくちゃいけなかったんだけど……」

「それに関しては、いきなりこんな話を聞かされても信じられなかっただろうしな。 今は実際に魔術ってもんを見てるから、こうやって冷静に話を聞けてるんだろうし」

「ううん、それだけじゃないの」

「ん?」

「魔術を知らない人にこんな話をしても、信じてもらえないことは分かってるんだよ。 でも君は大して事情も知らないのに、見ず知らずの私を助けるって言ってくれた。 だから君にその……嫌われたくなくて」

 その言葉は魔術師と対峙した時にも聞いていた。
 
 一年前に記憶を失ってから、ずっと一人で魔術師から逃げ続けてきたというインデックス。
 
 決して自惚れではなく、自分はその中でようやく見つけた頼りにできる人間なのだろう。
 
 実はインデックスと出会ってから、上条はまだ一度も助けてと言われたことがない。
 
 「一緒に地獄の底までついてきてくれる?」というもの助けを求めたものではなく、寧ろ上条を巻き込まないよう気遣ってのものだった。
 
 だから不謹慎ではあるが他人を気遣ってばかりだったインデックスがこうやって素直に感情を吐き出してくれるのは上条としても少し嬉しい。


「見くびんなよ、その程度のことで気持ち悪いとかそんなこと思う訳ねえだろうが?」

「……ありがとう」

 そう言ってインデックスは微笑む。
 
 最初に食事をした時以外で初めて見せた心からの笑顔だった。

「それとね、私も君に一つ聞きたいことがあるんだけど?」

「俺に?」

「私、君の名前を聞いてない」

「あれー、そうだっけ?」

 そういえばインデックスと出会ってから色々なことが急に起こりすぎて、確かに名乗った記憶がない。

「えっと、上条当麻だ。 改めてよろしくな、インデックス!」

「うん!! よろしくね、とうま!」

 再び笑顔を見せたインデックスだったが、上条としては何か気恥ずかしい。
 
 海外では普通のことなのかもしれないが、下の名前をそれも呼び捨てで呼ばれるのは妙にむず痒かった。
 
 だがそんな女の子とのやり取りにドギマギする上条の幻想をインデックスの次の言葉がぶち殺す。


「うーん、胸の閊えが消えたら何だかお腹が減ってきたかも」

「……腹ぺこキャラは素なんだな」

 普段あまり会わない親戚の女の子を相手にしているような気分に陥る上条。
 
 しかし食事の件も含めて、これからどうするか真剣に考えなくてはならない。
 
 ここに籠城したままというわけにもいかないし、何とかしてインデックスをイギリスまで送り届けなければ。
 
 だがいくら考えても良い方法は思い浮かばず、何故か代わりに浮かんできたのは魔術師が殴られる直前に発した言葉だった。

『そういうことだったのか』

 何か納得したのか、魔術師は満足そうに笑っていた。
 
 しかしあの状況で納得するようなことがあるのか、上条にはさっぱり分からない。
 
 あの魔術師が何かまだ隠しているような気がして、どうにも落ち着かない気分になる。
 
 もう一度対峙するようなことがあれば、今度こそ魔術師が知っている情報を聞き出さなければならない。
 
 だがその時は『聖人』だというあの女とも戦う可能性がある。
 
 少し見ただけにも拘らず、あの女に勝てないことを上条は直感的に悟っていた。
 
 そして『聖人』という少なからず因縁のある相手に、上条は右手の傷跡に感じる妙な疼きを抑えきれずにいるのだった。

「……上条当麻ですか」

 神裂火織という名の女魔術師は学園都市側から渡された情報を手に呟いた。
 
 しかしそこから分かるのは自分達に立ち向かってきた少年の名前だけで、彼がどんな力を持っているかまでは分からない。
 
 もちろん大まかに世界を二分すれば神裂達と学園都市は決して相容れない存在なのだから、正確な情報が渡されないのは当たり前だ。
 
 ただ超能力者量産機関と呼ぶべき側面を持つこの街で、あの少年が無能力者≪レベル0≫に分類されているのは腑に落ちない。
 
 同僚のステイルが扱う魔術を打ち消した謎の力。
 
 確かにこれを自分達に対して公にできないのは理解できる。
 
 下手をすれば学園都市を頭とする科学サイド、そして自分達が所属する魔術サイドにおける火種になりかねない。
 
 そしてあの力が今回の件について欠かすことのできない重要なキーとなるのは間違いなかった。
 
 だがそれとは別に少年が見せた凄まじい身体能力。
 
 炎の中で行われたステイルと少年の攻防の一部始終を、神裂は外から『視』ていた。
 
 『聖人』と呼ばれる普通の人間を遥かに超えた存在である神裂から見ても、あの少年の力は人間の限界を大きく超えている。
 
 魔術師である神裂に超能力者のランク付けの仕様は理解できないが、あれだけ目に見える形で力を持った少年がレベル0とされることがあるだろうか?
 
 そんな中、神裂の頭に浮かんだのは一つの忌々しい過去だった。

「もしや彼はあの時の――」

 神裂が忘れられない、いや決して忘れてはならない過去。
 
 もしあの少年があの時の生き残りだとしたら?
 
 そんなことはありえない筈なのに、偶然で片付けるには奇妙な一致が多すぎる。
 
 そして仮にこの推測が事実で、あの力もその時に得たものだった場合……。

すみません
読みづらいかもしれませんが上のレスは数行空いて場面転換したって感じで


「ステイル、もう大丈夫なのですか?」

 同僚の魔術師が近づいてきた気配に、神裂は脳裏に浮かんでいた過去のできごとを頭から振り払う。
 
 確かに目を逸らすことはできない問題だが、今は彼女を救うためにも余計なことに気を取られている暇はない。
 
 目の前の解決すべき問題に再び向き直った神裂の隣に、ステイル=マグヌスは煙草を咥えたまま並んだ。

「ああ、もう問題ない」

「また貴方は未成年なのに煙草を吸って」

「もしニコチンとタールがなかったら、この世界は地獄と変わらないさ」

 そう言うとステイルは火の切れた煙草を投げ捨て、新しい煙草に火をつける。
 
 思えばここにもう一人加えた三人で行動を共にしていた頃から、ステイルは既に煙草を吸っていた。
 
 そしてそれをいつも彼女に怒られて……。

「そんなこと言ってると、またあの子に怒られますよ?」

「それなら心配いらないかな? これから先、僕があれと必要以上に関わることはないだろうから」

「っ!?」

 ステイルの返事に神裂は言葉を詰まらせる。
 
 彼女を救う手立てが見つかった今、もしかしたらステイルの考えが変わるかもしれないと神裂は淡い期待を持っていた。


「……貴方は本当にそれで構わないのですか?」

「何を言っている? 僕がここまで動いてきたのは、あくまであれに対する義理を果たすためだけだ」

「しかし、あの子との約束はっ!?」

「彼女の願いに返事をしたのは君だけだろ? それにあれが僕らの知る彼女といくら似ていようと、彼女はもういない。 これが自分の無力が招いた結果なら、甘んじて僕はそれを受け止める」

 ステイルの決意と覚悟がどれほどのものか分かっていた筈なのに……。
 
 ニコチンとタールがない世界は地獄と変わらないとステイルはふざけた口調で言っていたが、今のこの世界だって地獄と殆ど変らない。
 
 まだ十四歳の少年にこれだけのものを背負わせて、本当に世界は歪んでいる。
 
 いくら強大な力を持っていようと、大層な魔法名を名乗ろうと、自分の無力さを神裂は痛感していた。
 
 自分にできることはせいぜい現状に抗うくらいで、世界を変えることなど決してできない。

「それにしても今回ばかりはあの男に感謝しなければならないね。 あれを暫く放っておけと言われた時は何を言っているか理解できなかったが、確かにあのナイトは僕達が目的を達するためには打ってつけの人材だ」

「そうですね」

「……あとは君の決断しだいだ」

「え?」

「僕は自分の目的のために無関係な人間をいくら巻き込もうと構わない。 だが君はそんな簡単に納得できないだろ?」

「……」

「本気で反対されたら、残念だが僕に君を屈服させるだけの力はないからね。 それにいざという時に判断が鈍るようなことがあっても困る。 だから最終的な判断は君に任せるが、あまり悠長にしてる時間はないぞ」

「……分かっています」


 用件は済んだのか、ステイルはそのまま踵を返して姿を消してしまう。
 
 恐らく来るべき時に備えて、最後の仕上げに掛かっているのだろう。
 
 ステイルはああ言っていたが、神裂だって今更この方法に異を唱えるつもりなどなかった。
 
 例えあの少年と出会わなくとも、関係ない人間を巻き込んでいた可能性は高いのだから。
 
 そしてそれはステイルの言う通り、全て自分達が無力なのが原因だ。

「あとは私自身がどう決着をつけるかですね」

 そんなことをする自覚が自分にないことは神裂も分かっている。
 
 しかし今の心境のままでは、確かに致命的な失敗を犯す可能性も捨てきれなかった。
 
 結局は自分自身を納得させるだけの拠り所が必要なのだ。
 
 無力な上に卑怯者だと自分を侮蔑しながらも、前へと進むために神裂も動き始めるのだった。

以上になります
続きもできれば近い内に

今日の22:00くらいに投下します

酉付け忘れた

投下します

「かおり?」

 親友が自分の名前を呼ぶ声に、神裂は髪をとかしていた手を止める。
 
 ここは日本の地方都市にあるホテルの一室。
 
 神裂は『必要悪の教会』の上層部からこの地に巣食う悪質な魔術結社を潰すよう命を受けて、二人の同僚と共にこの都市を訪れたのだった。
 
 今はその仕事も終え、少しばかりの休暇を楽しんでいる最中だ。
 
 尤も今この時を何の翳りもなく心の底から楽しむのは無理があったが……。

「どうかしましたか?」

「ううん、なんでもない」

 神裂は親友へいる方へと振り返るが、何故か彼女はそのまま布団に潜ってしまう。
 
 彼女の名前はインデックス。
 
 同じ組織に所属する二人は互いに掛け替えのない親友であると共に、神裂にとってインデックスは護衛対象ともなっている。
 
 そして『今』のインデックスと出会ってから一年近く、例え言葉にしなくとも彼女が何を伝えたいかは大体理解できるようになっていた。


「少しお邪魔しますね」

「か、かおり?」

 突然自分の布団に入り込んできた神裂に、インデックスは驚きの声を上げる。
 
 しかし抗議するような目つきで睨みながらも実際は特に抵抗しないのが、彼女の本心の表れだろう。
 
 神裂はそのままインデックスに並ぶようにしてベッドの上に横たわった。

「むー、かおりは意外と強引なとこがあるかも」

「ふふっ、そういうあなたは意外と意地っ張りな部分がありますね」

 売り言葉に買い言葉。
 
 だが二人の間に険悪な空気など生まれる筈もなく、自然と笑い声が溢れだす。
 
 インデックスもこれ以上は誤魔化しても無駄だと悟ったのか、神裂の傍へと身を寄せてきた。


「明日は何処に遊びに行きましょうか?」

「私はかおりとステイルが一緒にいれば何処でもいいんだよ」

「そしてできれば美味しいご飯がたくさん食べられるところですよね?」

「えへへ」

 まるで照れ隠しするようにはにかんだ微笑みをインデックスは浮かべる。
 
 常に命の危険と隣り合わせの仕事に就きながらも、大切な友人達と一緒に過ごす幸せな日々。
 
 できるならいつまでもこんな日々が続いて欲しい。
 
 しかしそんなささやかな願いすら踏みにじるように、『その時』は刻一刻と迫っていた。

「……ごめんね、かおり」

 親友から唐突に発せられた謝罪の言葉に、神裂はしまったと我に返る。
 
 やがて迎えるその時を想像していたのが顔に出てしまっていたのだろう。
 
 自分を殺すことに長けている神裂だったが、それ以上にインデックスは人の機微に敏い部分がある。
 
 今もインデックスは神裂を気遣うように、優しい笑顔を浮かべていた。


「私のせいで二人に辛い思いをさせて」

 誰よりも辛いのはインデックス自身である筈なのに、こんな時でも彼女は人の心配ばかりしている。
 
 けれども自分を気遣ってくれている筈の笑顔が、神裂にはとても儚いものに見えて……。
 
 こんな時に何もできない自分の無力さが神裂は何よりも憎い。
 
 いくら世界に二十人もいないとされる『聖人』であろうと、いざという時に大切な親友一人さえ救うことができないのでは何も意味がなかった。
 
「痛っ!?」
 
 すると突然、インデックスが苦悶の表情を浮かべて蟀谷を押さえつける。
 
 神裂達に残された時間はあと三日。
 
 既にインデックスには限界であることを知らせる兆候の頭痛が起き始めていた。


「大丈夫ですかっ!?」

「う、うん。 もう収まったかも」

 しかし今もインデックスの顔色は青褪めたままだ。
 
 逃れようのない別れの時は既に間近まで迫っている。
 
 もう少し早く決断していれば、違う未来を切り開けていたかもしれないのに……。
 
 イギリス清教の監視の目、日本に渡るためのスケジュール調整、外部での協力者の獲得。
 
 神裂達が行おうとしているのは実質的に『必要悪の教会』に対する裏切りと同じで、万が一にも計画が崩れるようなことはあってはならない。
 
 『必要悪の教会』と表だって敵対するようなことになれば、たちまちこの計画は海の藻屑を化してしまうだろう。
 
 確かにこのことを考えれば、今以上に計画を実行に移す最適なタイミングはない筈だ。
 
 だがその理由の一つ一つが、神裂には醜い言い訳にしか思えなかった。
 
 この計画は禁書目録に課せられた残酷なシステムを打ち破るためのものであって、『今』のインデックスを救えるわけではない。

「ごめんなさい」

 気付くと神裂は隣で横になるインデックスのことを思い切り抱きしめていた。
 
 腕の中にいるインデックスからは人の温もりがはっきりと伝わってくる。
 
 力がないことは決して罪とは言えない。
 
 ただ己の意志で何か成し遂げようという時に、自分が無力であることを言い訳にするのは絶対に不義だ。
 
 インデックスを救いたいという神裂の揺るぎない意志。
 
 その意志に反して、それだけの力を持たない自分は罪人と変わらないのではないだろうか?


「大丈夫なんだよ」

 自然と抱きしめる力が強くなっていた神裂の腕に、インデックスの手が優しく添えられる。
 
 その手から伝わってくるインデックスの温かな心。
 
 今の体勢からインデックスの顔を見ることはできないが、今もきっと笑っているのだろう。
 
 だがこんな時でもインデックスに笑っていさせなければならない自分の非力さに神裂は無性に腹が立つ。

「……何が大丈夫なんですか? 私は今もあなた自身を救うことより、先の問題を解決することを優先している。 それなのに何で私のことを責めないんですかっ!?」

 本当に醜い。
 
 こんな時までインデックスのことよりも、自分の感情を優先している。
 
 責められたい、罵られたい、そして楽になりたい。
 
 本来なら全て自分の内で解決しなければならないものを、インデックスに求めてしまっている。
 
 『救われぬ者に救いの手を――Salvere000』
 
 どんなに大層な魔法名を名乗ろうと、自分が他に比べて遥かに弱い人間であることを神裂はここ最近でより痛感させられていた。


「何で私がかおりのことを責めなくちゃいけないの?」

「何でってそれは!」

「私はね、今すっごく幸せなんだよ? かおりとステイル、そして先生。 皆と一緒に過ごした一年間は本当に楽しいことばかりだった。 例えこの先があるとしても、今以上に幸せなことなんて絶対にないに決まってるかも!」

 誰が聞いてもインデックスのその言葉が本心であることは間違いなかった。
 
 インデックスがこの一年間を楽しく過ごしてくれていたことは神裂にとっても救いだ。
 
 しかしこれから先があれば、今より幸せなことなどきっと沢山ある。

「かおりの気持ちが分からなくもないけど、私の言ってることは間違いないんだよ? それにね、記憶がなくなったって絶対になくならないものだってある」

「絶対になくならないもの?」

「うん! それは――――」

 それからおよそ一年後、親友であった二人は科学の街で再会する。

 人の強さ、人の弱さ、そして人の意志。

 それらが導く物語を行く末を決めるのは絶対に神様などではない。

 そして魔術師達が紡いできた物語に一人の少年が加わる時、物語は終局へ。

以上になります
次回の投下から次スレ
スレを立てたらこちらでも誘導します

今週来週は少し忙しいので次回は二週間後くらいになると思います
ではまた近い内に

修正
>>984
×そして魔術師達が紡いできた物語に一人の少年が加わる時、物語は終局へ。

○そして魔術師達が紡いできた物語に一人の少年が加わる時、物語は終局へと加速していく。

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