春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」(125)

      【緑地公園・野外ステージ前/昼】

春香「――――……」スゥ

春香「あ~、あ~。ドレミレド~♪」

春香「……あれ。最後のド、ちょっと外しちゃったかな……」

春香(って、ま、いっかぁ。誰が聞いてる訳でもないしね。
 底辺アイドル歴3年目の春香さんは、こんなことで挫けないのでした!
 あはは! あははは! あははは、はぁ……)ドヨーーン

春香「ううっ、ダメダメっ! 自主トレ中にテンションが下がること考えちゃ!」ペチペチ

春香「――――よぉしっ、もーいっかい! なんていったって私は、」


??「天海春香さん、で間違いない?」


春香「ふぇ!?」
 

        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 01.

春香(だ……誰!? 公園の管理人さんが迷惑だって止めに来たのかな?
   もっ、もしかして、通りかがりのファンの人が!?)バッ

春香「え、ええっと! すみません、迷惑だったならすぐに退きま――え?」


女性「ここ、いい場所ね。立地と環境を考えると、色々利用価値がありそうな穴場。」


春香(……うっわぁ。黒いパンツスーツで武装して、
 まさにキャリアウーマン! って感じの、綺麗な女の人だなぁ。……って、誰ぇ!?)ガビーン

春香「あ、あの!? すみません、どうして私の名前を……」

女性「ああ、こうしてまともにお話するのは初めてかしら。
   ――高木社長から話、聞いていない?」

春香「え、はい!? あの、私っ!!!??」

春香(まっっっったくそれらしいことなんて聞いてないですよ、社長ぉ!)ヒーン

女性「……うん、その様子だと聞いてないみたいね。
  じゃ、横着せずに自己紹介といきましょうか」ニコッ

春香「あ……」

春香(黒いパンツスーツ。少しだけ険の強い双眸。
   腰まで届く長い黒髪と、愚直なくらい真っ直ぐな瞳。
   ……この条件に全部当てはまって、思い当たる人が、一人だけいる!)


女性「本日づけで貴女をプロデュースすることになった、」


春香(765プロダクションの鉄血丞相。
   26歳で超売れっ子プロデューサーまで上り詰めた、業界きっての女傑。
   トレードマークの黒スーツから、人呼んで――)

春香「ブ、ブブブ、ブラックショルダーー!!!??」

女性P「……誰から聞いたの、そのあだ名」ジトッ

春香「え、いや、これはそのっ!?
   ああああっどうしてこんなにおっちょこちょいなの、私ぃ!」ワタワタ

女性P「あはははっ! ……うん、想像した通り面白い子!
    ねぇ、一番最初に、一つだけ聞きたいんだけど――春香」

春香「は、はいっ!?」

 



女性P「運命の出会いって、信じる?」




春香(――――これが、私たちの始まり。
   落ちぶれていた私と這い上がった彼女との出逢い。
   どうなったって忘れることは出来ない、特別な、ある春の日の風景。)




      三ヵ月後【765プロダクション・プロデューサー室/早朝】

春香「おはようございます、プロデューサーさん!」

女性P「はい、おはよう春香。早いわね?」

春香「えへへ、始発で来ちゃいました。
   ……といっても、今日もプロデューサーさんには負けちゃいましたけど」

女性P「そんなこと、競うことじゃないでしょう? ああ、活動三ヶ月目、おめでとう」サラッ

春香「……覚えててくれたんですね」

女性P「もちろん覚えているわよ」ニコリ

春香「…………///」

春香(――この人一緒に歩くようになってから早三ヶ月、色々なことを知れたと思う。
   辛いものが意外と苦手なこと、新しいお店について聡いこと。
   瞳を見ながら喋るのが癖なこと。朝食は決まって駅前のパン屋さんのカレーパン。)

ラジオ『本日はソチ五輪・銀メダリストのあの方をゲストにお迎えしてお送りしまーす!』

春香(それから、下馬評について。
   羨望と尊敬と信頼。それと同じくらいの嫉妬と敵意。
   毎日、プロデューサーさんはそれを一身に浴びている。そして、歯牙にもかけずそこに在る。)

ラジオ『いやー、大変でしたでしょ? やっぱり』

女性P「だから挨拶の時、妙に機嫌がよかったんでしょう?」

春香「っ、あ、ありがとうございます! 今日も頑張りましょうね、プロデューサーさん!」

女性P「ええ。そうね。 はい、じゃあ春香、今日のスケジュール」ペラッ

春香「えっ――」

女性P「どうかした?」

春香「あ、ぅ……その、また、営業とレッスンですか?」

女性P「ええ、そうよ。大切なことだからね」

ラジオ『いえ……自分がここまでこれたのは、全て皆さんのおかげですから……』

春香「でもっ……」グッ

春香「――ううん、行きましょっか、プロデューサーさん」

女性P「そうね、今日も一日頑張りましょう」

春香「はい……!」

      二日後【緑地公園・野外ステージ前/早朝】

     《コンサート、どうしようか。最後のだし、パッとやりたいよな》

春香「…………」

         《オーディションの結果、残念だったな。また次こそ頑張ろう》

春香(時間……は、まだ8時半かぁ。ドタキャンのラインには乗ってないけど――
   いつもの出社時間と比べたら、絶対、不信に思われてるよね……)ハァァァ


    《合格は2番、4番の方です。それ以外の方はお引取りいただいて結構》


春香(でも、まだ行けない。プロデューサーさんと顔を逢わせる勇気がない)


 《ごめんな。俺の力が足りなかったばかりに――こんな結果になってしまって》


春香「っぅ、」ジワッ

 
春香「もしかして……私をプロデュースしたこと、後悔してるのかな――」
 
春香「何かの間違いで見出されて、やっと、その間違いに気が付いたとか――だから」


春香(オーディションを受けさせてくれないんじゃないの?)


春香「だって、ずっとレッスン、レッスン。たまにあると思ったら、営業にも満たない挨拶周り」


春香(……そんなはずない、って言い切る力は、まだない。
   だって私は、一度だって《輝くステージ》には立てなかった。)



春香(ずっと、脇役だった。)

春香「――――……っぅ」ジワッ

春香(ダメ。泣かないで。)

春香「ひぅっ――止まっ、てっ!」

春香(ここで泣けば、きっと私は立ち直れない。
   こんな惨めで、アイドルらしくない考え方に囚われちゃう……!)

春香「っぁ、ああ――もうぉ……」ジワッ


?「春香」


春香「えっ――」バッ

 
女性P「おはよう、春香」

 
春香「ぷろでゅーさー、さん……? どうしたんですか?」ゴシゴシッ

女性P「散歩がてら来てみただけよ」シレッ

春香「……嘘つき。」

女性P「なんのことかしら?
    まあ、ここで逢えたなら丁度いいわ。今日のスケジュールだけど――」

春香「――っ、行きたくありません!」

女性P「……うん? なに、もう一回言って?」

春香「あ、う……うううーーーっ!」グググッ

春香(って、もう堪えきれる訳ないじゃん、私!)

春香「来る日も来る日も挨拶回りとレッスン、レッスン! 私、アイドルなんですよ!?」ブチーーンッ

女性P「……」

春香「――私は!」

 

春香(天海春香は。
   売れないという前置詞がつこうが、苦い敗走を二度も経験していようが。)


春香「《アイドル》なんです・・・!」

春香(――なら! 死ぬ時は最後まで戦って、でしょ!?)

女性P「……」


春香「なのにっ、なのにちっともオーディションを受けさせてくれないじゃないですか!
 いい加減、才能がないんじゃないかって考えちゃうのも仕方ないことですよね……!?」


春香( オーディションを受けたい。
 でも、私には才能がないのかも知れない。
 オーディションを受けたくない、なんて二律背反なジレンマを抱えて)

春香「だからっ……、わたしっ、また、ダメなんじゃないかって、
   失敗するんじゃないかって、不安で――っ」

春香(そう、不安だったんだ。
   私はこの人に見合うだけの存在になれるだろうかって、ずっと思ってたから)


女性P「――ねぇ、春香。トップになるために必要なものはなんだと思う?」


春香「は――?」

春香(トップになるために、必要なもの――人気? ファン?
   それとも、オーディションに勝ち抜くこと?
   って、質問がいきなり過ぎて素直に考えちゃってる……!)

女性P「私が思うにね」

春香「……」 

女性P「人の手が届かない高みに至るためには登るしかないわ。なら、必要なのは『足場』よ」

春香「足場――?」

女性P「そ。じゃあ、足場を築いてるのは誰だと思う?」

春香「ファンのみなさんです」

女性P「即答。その上で、いい答えだわ。じゃあ、その足場の、さらに土台を築いてるのは?」

春香「――――……それ、は……」ウーーン……

春香「スタッフの、みなさん?」ポツリ

女性P「……」ニコッ

春香(曲を提供してくれる作詞家、作曲家の御大(頑張れって言ってくれた)。
   CDの製作過程でお世話になるミキサーさん(元気で良いね、と笑ってくれた)。
   撮影スタジオのオーナー(いくらでも。でも機材は壊さないでね、と冗談交じりに励ましてくれた)。
   出来上がったCDを采配する、事務所の販売課のみんな(一緒に戦うんだと奮い立たせてくれた)。
   それを売り込んでくれる営業マンに、書店のみなさん。(目標はミリオンだ、と誓った)。)

春香(ここ三ヶ月で出逢った人ばっかりだ……。そっ、か――。
   私は――アイドルは、それだけ多くの人たちに囲まれて、支えられてるんだ)

春香「プロデューサーさん……」

女性P「春香。もう一度問うわ。いま、貴女の足場は不安定?」

春香「――っ(プロデューサーさんの目、初めて、ちゃんと見た)」

春香「プロデューサーさん。ファンデーションの下のクマ、隠せてないですよ」クスクス

女性P「あー……今日はちょっと時間がなくてね。メイク、手抜きだから」ポリポリ

春香(そうだ……いつも、いつも。
   始発で電車に乗った私より早く事務所へ来ていたのは誰だった?)

女性P「はるか?」


春香「いいえ。……いいえっ! 不安定だなんて、そんなはずありません!」


女性P「――言い訳になるかも知れないけれど」

春香「えっ」

女性P「私は、書類上だけではあるけど――
   春香が挫けたことや、それでも夢を諦めなかったことを知っている。
   傷つきながら進むことが、それを決めることが。
   そう在り続けることがどれほど苦しいかも解る」

女性P「だからこそ」スッ

  
女性P「貴女には我慢して、《いま》の自分の立ち位置を見つめなおしてもらう必要があった。
    ……そもそも自分の足場もままならない状況でオーディションを受けて、
    平常を保てていたかは解らなかったしね」フゥ…

女性P「過去のことがフラッシュバックしなかった自信はある?」

春香「うっ……ない、とは言い切れないです……でも」

春香「……どうして先に言ってくれなかったんですか、それぇ」

女性P「言ったわよ。『大切なことよ』とはね。
    けど、実感しなきゃこういうのって身には染みないでしょう?」

春香「……っ、確かに痛いほど身に染みたけど、劇薬過ぎますよ、プロデューサーさん!」

女性P「ごめんなさいね」フフフ

春香(まったく、この人は――!)

女性P「私は貴女に戦場を用意するわ。でもそれは貴女が『懸命に戦える』場所じゃない」

春香(そうしてすっっごく真面目な顔で、)

 

女性P「全力で戦うべき場所よ」


春香(こういう殺し文句をサラっと言い出す!)


女性P「そしてそんな春香に朗報。はい、今日のスケジュールはレッスンからこれへ変更です」ペラッ

春香「――っ、TOP×TOP!?
   そんな、こんな名門、ムチャですよぉ! 私、ブランク相当あるんですよ!?」

女性P「アイドル・天海春香の華々しい凱旋、心からお祝い申し上げるわ」

春香「こういうのって、小規模な番組で力試しがセオリーなんじゃないですか!?」

女性P「そんなの、凡人の小賢しい知恵じゃない」シレッ

春香「――あああああっ、もうっ!」

女性P「どうしたの、春香」

 
春香「もーーわたしっ、どうなっても知りませんからねっ!」ビシィッ

女性P「ええ。存分に食って来なさい」

春香「ええ、腹ペコですから!」グゥゥゥゥ

春香「あ、う……///」カァァァ

女性P「あははははは! 春香、戦いの前に腹ごしらえといかない?」クルッ

春香「またカレーパンですかぁ?」

女性P「あら、あそこのおいしいのよ、本当にね?」スタスタ


春香「――……プロデューサーさん!」タタッ

女性P「なぁに、春香」


春香「これからも、ビシバシ、よろしくおねがいしますねっ!」

 
        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 01. 乙女よ大志を抱け 彼女と彼女の契機
                 02.へ

亜美「うーーぉっほん! えー、では今から、当たって砕けろ!
  はるるん、カラフル・メモリーズ挑戦決起集会をはじめたいと思いまーーーす!」パーン

春香「ちょ、亜美ぃっ! それ煽り文句がちょっと不穏過ぎないかなぁ!?」

真美「まーまー、はるるん、この際細かいことは良いじゃーん!」カンパーイ

春香「細かいことなの!?」ガビーン

亜美・真美「「こーゆーのは大々的に吹っ掛けた方がいいんだよ~」」

春香「うえええええ!!?」

響「あははは! で、春香、これを取ればBランク、意気込みはどうだー?」

春香「う、うん……。同期のみんなが集まってくれたんだもん。頑張らなくちゃって思うよ」

伊織「べ、別に、私はたまたまなんだからね? た・ま・た・ま!
  スケジュールが開いてただけなんだから。勘違いするんじゃないわよ!」

あずさ「うふふふ、そんなこと言って。
    伊織ちゃん、プロデューサーさんに凄い剣幕で開けとけって迫ったくせに」

伊織「ちょ、あずさぁ!!?」キーッ

やよい「――うっうー! 春香さん、私もレッスン頑張って、応援します!」

真「765プロの稼ぎ頭二人に、新進気鋭のアイドルからの声援……こりゃ裏切れないね?」

貴音「必ず大将首を上げてくれると信じていますよ、春香」モグモグ


春香「あう……はい、頑張ります……(た、大将首?)」


律子「そんなに気負わないでも、なんとかなるでしょ?」

雪歩「うん、きっと、絶対大丈夫だよ、春香ちゃん」

春香「それ、は……(プロデューサーさんがあの人だから、ってこと?)」


千早「……春香」

春香「――あ、う、なぁに、千早ちゃん!」ドキーン

千早「気をつけて」

春香「あ、うんっ、本番でヘマしないようにしなくちゃね!」グッ

千早「いいえ、そうじゃないの。気をつけて、というのは――」

 
春香「うん――?」

千早「あの、響「ちょ、貴音ーーーッ! 春香のクッキー食べすぎだぞぉ!?」ギャースッ

貴音「響――これは戦」モグモグ キリッ

亜美・真美「「ならば、気を抜いた人間から食いっぱぐれるのは条理というものです……」」モグモグ キリッ

響「そのマフィン自分が狙ってた奴ーーーーーっっっ!!!」ウガァー

やよい「うっうー、これはタイムセールと同じ、時間との勝負です!」タッパーーー

真・律子「「それ反則では!!!??」」


春香「あああ、もう! みんな、おかわりはまだ一杯あるから!
  やよい、お持ち帰りの分なら用意してるよ! やめたげてよぉ!」

千早「……」

春香「あ、ごめん、千早ちゃん、なんだっけ?」

千早「いいえ、なんでもないの。――私もご馳走になっていいかしら?」

春香「うん、勿論!」ニコッ

 


               『あの人に、気をつけて』


        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 02.


      【TV局・廊下/昼】

春香(うううう……いつ来てもキー局は緊張しちゃうなぁ……)スタスタ

    スタッフA『うわ……』

春香(でも、頑張らないとね!)フンスッ

 スタッフB『――おい、みろよアレ』

春香(全国区のレギュラーが増えてきた今こそ、踏ん張り時――ん……?)スタ、

母親「どうして落ちたのかわかる!?」
 子ども「…………」

春香(オーディションの後、かな……でも)スタスタ

母親「ねぇ、ママの言うとおりに何で出来なかったの!!?」
 子ども「…………っぅぅぅぅぅぅ」

 スタッフB『ひっでぇな。見てられねぇわ』
スタッフA『こんなことで声荒げて――みっともねぇ。さっすが素人』

母親「あなたのために私はこれだけ努力してるのよ!?」
 子ども「…………っ!」


    春香(あ……、だめだ。フラッシュバック――)スタスタ

      三日前【オーディション後・控え室/夕方】

春香(どうしてこんなことに、とはさすがの春香さんも思いませんよ?
   ええ、思わないですとも。)サスリサスリ

アイドル「なに、よ。……なによぉっ!
   大事なオーディションはあのバケモノに潰される、
   後がないってところで、どうしてブラックショルダーが出てくるのよぉッッ!!??
ちょくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょう――――あんたなんかっ、」ハァハァ

春香(頬っぺた、ヒリヒリする。
   ……でもきっと、今、スパンコールのミニスカートを握りしめてるこの子の手と心の方が、
   私よりも痛いのはわかる。)

アイドル「運良く、ブラックショルダーに見初められただけの」 ギリギリ

春香(1つ。たったひとつの星の差で、私は勝って、この子は負けたんだ)

アイドル「何も持ってない、凡人のくせに!!!」ギロッ

春香(――――ああ。そっか。怒る気になれない理由、解った気がする。
    これ、わたしだ。三年前の、私の影だ。)フッ

 
アイドル「ッ~~――!」タッタッタッ

ガチャッ、ギィィ      バンッッ!!!!

春香「……」フゥ


春香「運の良いだけの、何も持ってない、凡人、かぁ。……あはは」


春香「そんなこと、私が一番よくわかってるよ。」

      【TV局・控え室/昼】

「――か――る は――――る」

春香(……私と、子役の子。
   プロデューサーさんと、あのお母さん。一体、どこに違いがあるっていうんだろう)

女性P「春香!」

春香「う、え、はいいい!?」シャキッ

女性P「ちょっと、大丈夫? 調子が悪いなら、そう言ってくれれば……」

春香「だ、大丈夫ですよぉ! 私、元気モリモリですからっ!」

女性P「――……そう。なら良いわ。それじゃあ雑誌取材、頑張っていきましょうか?」

春香「はいっ!」

      【『週間アイドル・6月号』p30‐33、《未来のボーカルマスター》】

 天海春香のアイドルテーマは《飛翔》である。
彼女のデビュー曲、「太陽のジェラシー」はもっと遠くへ泳いでみたいと歌い、
此度に発表された新曲「I want」は、どこまで高みへ飛べるかと自問する。
 一見、表情の違うこの二つの曲は、それでいてしかし、
芯の部分でもって「ここではないどこか」への同じ憧れを抱いているのである。
 彼女がアイドルとして、Bランクへ到達するための切符を手に入れるまで、
二年に及ぶ筆舌に尽くし難い苦節があった。
(読者諸賢におかれては、その往事をご存知の方も勿論いらっしゃると思うが――)
それでも挫けなかったのは、その羨望の先にあるものと、
彼女自身の並々ならぬプロ根性が成せた奇跡であり、軌跡である。
本取材中、その覚悟を語った彼女の瞳は輝いていた。
(中略)
 アイドルの登竜門として名高いTOP×TOPにて鮮烈な再デビューを飾り、彼女は翼を得た。
飛翔を願い、カラフル・メモリーズにも華々しく登場した彼女、天海春香が、
これからのアイドル活動において自身の望む「ここではないどこか」へ往けるのか。
 その動向を、ぜひとも見守って行きたいものである――。

      【TV局・控え室/昼】

春香「よっ、よろしくおねがいします!」ペコリッ

記者「ああ、こりゃどぉも。こちらこそよろしくお願いします」

女性P「…………? 名刺、お渡ししておきますね 」

記者「こりゃご丁寧にどぉも。頂戴いたします。あっしはこういうもんでさぁ」スッ

春香「あ、あのっ! 765プロダクション所属、天海春香です! よろしくおねがいします!」

女性P「……お越しになるのは、御社の敏腕様と伺っておりましたが?」

春香「え――?」

記者「ああ――それですがね、誠に申し訳ない。
   敏腕はいま急遽入った仕事で、別所当たってます。アッシはピンチヒッターですわ」ニヤ

 
女性P「……左様でございますか」

悪徳「敏腕の所在、ご存知ない――訳ありませんよねぇ」ニヤニヤ

女性P「…………さあ、皆目検討がつきませんわ」

悪徳「へっへっへっ、じゃあ――取材、はじめましょうや。今日はよろしくお願いします」アクシュ

春香「よろしくおねがいします!」ギュッ ……ゾワッ

春香(あれ……っ? どうしてだろ、なんだか、ヤな予感がする――)ゾクゾクッ

    ☆


  悪徳『下積み、長かったでしょ? どうです、ブレイクした感想は?』

悪徳『学業とアイドル業の両立は難しいと思いますけど、自信のほどは?』

春香(――ああ、全然嬉しくないけど、予感的中)

   悪徳『同期で有名な方はいらっしゃいますけど、もちろん意識されていますよね?』

春香(この記者さん、『面白い記事』が書けるなら、何でもいい人だ――
   それで相手の人を怒らせても、泣かせても、ドンとこいって感じの、)

 
悪徳「プロデューサーにかのブラックショルダーが決まった時、『やったぞ』って気持ちはありました?」

春香(欲しい記事を無理矢理もぎ取っていくタイプの人……!)

春香「っ、それ、は――」

悪徳「ああ、いいにくい? ならこれではどうです?
   いろいろなものを『犠牲』にしてるって気持ちはあります?」

春香「は――?(なに、言ってるの……?)」キョトン

悪徳「いや、そうじゃないですか。こんな仕事だ。まずは貴女の青春を犠牲にしてる。
  次には――ああ、貴女のプロデューサーさん。見るからにお疲れみたいですね」ニタァ

女性P「――すみません、もう少し、現在の活動やアイドル業の話をしていただけると」

悪徳「と、いう風に。貴女を支えるために日々頑張ってらっしゃるんでしょうねぇ」

春香「……っ」ウツムキ

  《母親『ねぇ、ママの言うとおりに何で出来なかったの!!?』》

春香(……ダメ。逃げちゃダメだよ、私。)グッ

 
  《母親「あなたのために私はこれだけ努力してるのよ!?」》

春香(ここで泣いても、きっと“記事”はできる。逃げても、同じだと思う。
  でも私は――ううん。そんな事で面白おかしく書き立てられるなら、尚更私は、逃げちゃダメ。
  だって、それは……――――あ。なんだ。そっかぁ)ホッ

女性P「ですから、言葉を繰り返しますが――

  《スタッフA『こんなことで声荒げて――みっともねぇ。さっすが素人』》

春香(逃げちゃダメ。だって、それは――)

春香「あくとく、さんは、」

女性P「……はるか?」

春香「悪徳さんは、どうして記事を書かれるんですか?」

悪徳「へ――?」


春香(だってそれは、プロのやることじゃない!)

 

春香「――悪徳さんは、記者さんだから、記事を書くんですよね?」


悪徳「そりゃそうでしょう。野菜を売ったら八百屋だ」ナニヲバカナ

春香「その通りですよね」アハハ


春香「……実は、ご質問いただいたこと、ずっと悩んでたんです」キリッ


春香「 『私なんかがどうして選ばれたんだろ』って、何度考えたかわかりません。
  歌もへたっぴなら、ダンスに自信がある訳じゃない……
  私は平凡なんだって、プロデューサーさんに迷惑かけてるって、思ったこともあります。
  ――――――でもっ!」


春香(私は悩んでばかりで、答えを貰ってばっかりだったけど。
   ただ1つだけ、最初から、私の心に、あったものがある――!)


春香「でも、私はアイドルだから」

 
悪徳「……」ホゥ…


春香「ファンのみなさんのために、歌うんです」


    《女性P『私は貴女に戦場を用意するわ。でもそれは貴女が『懸命に戦える』場所じゃない』》


春香(うん。プロって、たぶん、そういうことなんだと思う。
   犠牲とか、運とか、考える暇もなく走るしかないんだ。)


    《 女性P「全力で戦うべき場所よ」 》


春香「脇目を振らずに、歌って、踊って、輝くだけなんです」ニコッ

女性P「……春香」

悪徳「…………やぁれ、まいった。こりゃアッシの負けだ。
  ここまで言われちゃ、まったく敵わないね。
  よござんしょ、アッシも『記事』を書かせて頂きまさぁ」ボウシキュッ

春香「はいっ、よろしくおねがいしましゅ!」ガリッ

春香「っぅ~~~~!」モンゼツ

女性P「この子は……」ハハ

悪徳「――ったく。変なお嬢さんもいたもんだ」ヘヘヘ

悪徳「……じゃあ、最後に、一言だけ言わせて貰っても? ああ、オフレコでね?」

女性P「ええ、どうぞ」

悪徳「じゃあ“遠慮なく”――へへへ、」

春香「……?」


悪徳「いやあね。記者なんて職業やってますとね、そりゃ色々な人間と接する機会がある」ニヤァ

春香「――っ!?」ゾクッ

悪徳「政治家、警察、女優・俳優、各業界の専門家。果ては元ヤクザなんてのもいた」ニヤニヤ

 

春香(ああ、だめだ――!)

悪徳「そいでね、プロデューサーさん? アンタの目。
   昔どこかで見たことがあるやってずーっと思ってたんだ。
   気持ち悪いくらい真っ直ぐな癖に、
   その奥の奥は決定的に『何か』を諦めてるような、その目ね。ピンと来やした」

春香(これ以上、この人に喋らせちゃダメだ!)



        悪徳「 人 殺 し の 目 だ  」



春香「――、プロデューサー、さん!」ガタンッ

女性P「なに、は……ちょ、やめなさい春香!」ウワッ


      バチーーーーン!!!!
 

        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 02.“私はアイドル” -彼女と彼女の転機-
                 03.へ

01.NGシーン
春香「プロデューサーさんの方針、一部で大阪式って呼ばれてるそうですよ」
女性P「なにそれ? 私の出身、町田なんだけど」

02.NGシーン
アイドル「あんたなんきゃ――っ!?///」
春香「……」

アイドル「……」
春香「……続けて、どうぞ(迫真)」
アイドル「」

 ガチャッ、ギィィ      バンッッ!!!!

春香「……なんかシナリオ的に大事な台詞言われてない気がする……」

      【765プロダクション・屋上/夕方】

春香「ごめんなさい、プロデューサーさん」シューン

女性P「……いいえ、全てはあの記者を卸し切れなかった私のせいよ。
ああいう手合いの人間が、すんなり引き下がる訳ないもの。春香が気に病むことじゃないわ」

春香「それでも、あんな酷いこと言うなんて……。いい人だって思いかけたのに」

女性P「人は見かけに寄らないし、なかなか絆されないってこと。
    これで1つ勉強になったじゃない。けど――そう。人殺し、ね」フゥ

女性P「まったく、言い得て妙だわ。たしかに私には罪がある」ハハハ…

春香「プロデューサー、さん……?」キョトン

女性P「……ねぇ、春香。『星井美希』って、知ってる?」

春香「えっ……もちろん知ってます!
   日本中、知らない人の方が少ないアーティストですもん!」

女性P「……ん、そうね。アーティスト、ね。」

春香「その……星井美希と、プロデューサーさんに、どういう関係があるんですか?」

 
女性P「関係も、なにも――」スゥッ

春香「……」

女性P「彼女は――星井美希は、この765プロダクションで私が一番最初にプロデュースした子で、」

春香「え……!?」


女性P「そして、三年前の私が殺してしまった“アイドル”だもの」ニコッ


        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 03.


       三年前【オーディション会場・控え室/昼】

「――き、――み……k、――――美希!」

美希「ふみゅ……?」

女性P「まったく、これから大事なオーディションだっていうのに。
    ……よくもまあ、そうも気持ち良さそうに寝れるわね」

美希「あふぅ……まだぜんぜん眠いのー……」zzz

女性P「全然の使い方間違ってるから。
    まったく、貴女って子は――大物なんだか、やる気がないんだか」フゥ…

美希「んー……ミキはだいじょーぶだよ!」

女性P「なにが?」

美希「だって、ハニーと一緒なんだもん」スリスリ

女性P「――……うん、貴女は大物だわ、間違いなく」ハァ……

女性P(新米プロデューサーである私が、この“問題児”を抱えたのは、半年も前のことになる。
    そう、半年。それが初めての顔合わせで『プロデューサーって何それ、食べれるの?』と聞く人に寄れば
    干されものの言葉をケロリと言ってのけた、この子との年月だ。
    それなりに順当にプロデューサーとアイドルをしている、とは思うけれど。
    美希のマイペースさは一向に改善される様子はなく――それどころか)

女性P「美希、くっつき過ぎ。ちょっと離れて」

美希「んーー、ハニー分の充電中なのー。今しばらくお待ちくださいなのっ」

女性P「充電て。あとハニー言うな」

美希「やなのー」スリスリ

女性P「あーー……もう」

女性P(何だか妙な懐き方をされてしまった)ウーム

      【765プロダクション・屋上/夕方】

春香「プロデューサーさん、ちょ、ちょっと待ってください!
   あの星井美希が、765プロに居たんですか!? いやそれよりもハニーって!?」

女性P「ああ……知らないのも無理はないかもね。
    三年前といったら、春香は一体なにをしていたかしら?」

春香「あ……(Eランクで活動終了してた、かも……)」

女性P「――その当時、私はまだ駆け出しのプロデーサーでね?
    美希と二人で、何事も二人三脚でやっていたの。
    成果は半年でCランク。……牛歩だったけど、それなりに毎日は充実していた」

春香「……」

女性P「美希は私によく付いて来てくれたと思うわ。
    ……いいえ、違うわね。今にして考えれば、
    アレは『私に付き合わせていてくれた』って言った方がいいのもね?」ハハハ…

春香「961プロの、星井、美希……」

女性P「――歌えばミリオン、踊れば満員。何人たりとも寄せ付けないカリスマ性。
    その圧倒的な風格から、稀代のスターとも、それを喰らい尽くすバケモノとも呼ばれている……」

 
春香(これまでの日本の芸能史は、『日高舞より以前かそれ以降か』だった。
   けど、彼女が出てきてから、それが変わった。全部綺麗に変わっちゃった。
   ……それほど凄い子なんだ。星井美希は。)

女性P「でも、そんな姿は“アイドル”じゃない」

春香「!」

女性P「春香自身が言っていたわね? 星井美希を、『アーティスト』だって。
    ――ああ、ほんとに。貴女はきっと、誰よりもアイドルの本質を理解しているわ。」アハハ…

女性P「孤高たる王者なんて、寂しいだけよ。
    ――第一、そんな在り方をした物を、私はアイドルなんて呼ばない。呼ばせない。」

春香「プロデューサーさん……」

女性P「私たち765プロが徹底的に961プロとやり合っているのも、そういった部分――
    経営方針の違いが遠因かも知れないわね?
    ……まぁ、それでも美希は向うに言っちゃった訳だけれど」

春香「……聞けば聞くほど、変わっちゃったんですね」

女性P「ええ、そうね。美希は変わってしまった。
    ……そして、その原因を作ったのは、他ならぬ私。」

春香「……っ」

女性P「キッカケは些細な一言よ。同業者に、オーディション会場で言われたの。
   『女にプロデューサーなんて勤まるはずがないだろう、冷やかしは出て行け』ってね」

春香「っ、そんな、ひどいっ!」

女性P「あははは……怒ってくれてありがとう、春香」

春香「当たり前ですよぉっ! プロデューサーさんのこと、馬鹿にしてる!!」フンス

女性P「ええ。当時の私も、凄く凄く腹が立ったわ。
    でも、私以上に怒ったのは美希だった」


     《――ね、いま、言ったの、だれ?》


女性P「初めて見る目と声だった。
    手負いの獣みたいにギラギラしていて――
    それでいて、芯の部分は冷たく凍り付いているような」


     《いいの。そう思うなら、美希をしっかり見てて》


女性P「そして、私を馬鹿にした男を見返すために美希は“本気”を出した」

春香「――本気、ですか?」

女性P「……その後はもう、オーディションなんて呼べるものじゃなかったわ」

女性P「最後まで歌いきった子は美希一人で」

女性P「誰もがその才能を畏れ、その才覚に慄き――結果的に、星井美希に平伏した」

女性P「…………私も例外なく、ね」

春香「プロデューサーさん……」


女性P「それほど、美希の発揮したポテンシャルは凄まじいものだった。
    普段のやる気や向上心のなさは、ストッパーなんじゃないかって思うほどに」


春香「……」


女性P「……美希の才能に当てられた私は、自信を喪失したわ。
   美希ほどの存在を、高々Cランクに押し留めているのは何よりも『私の所為』だと考えた。
   そしてあの日――秘めていればよかった言葉を伝えてしまった」

 

女性P「『美希は凄いんだから、私なんか必要ない。好きにすればいい』。」


春香「……っ!」


       《――あはっ。そっか。
        ハニーも、美希のこと、いらないっていうんだ?》


女性P「そして私は、」


       《……だったら、美希もいらないの。プロデューサーなんて、いらない》


女性P「“アイドル”星井美希をこの手で殺した」

      《私は、書類上だけではあるけど――
       春香が挫けたことや、それでも夢を諦めなかったことを知っている。
       傷つきながら進むことが、それを決めることが。
       そう在り続けることがどれほど苦しいかも解る》


春香(プロデューサーさんに、あの日言われたこと……。
   あれ、プロデューサーさん自身を言ってたんだ……)

女性P「業界ではブラックショルダーなんて言われているけれど、
    私にプロデューサーたる資格はないのかもしれない」グッ…

春香「――!」

      《 「――――……っぅ」ジワッ
       (ダメ。泣かないで。)
       「ひぅっ――止まっ、てっ!」》

女性P「どれだけトップアイドルをプロデュースしようとも、私の罪は消えない」ジワッ


      《(ここで泣けば、きっと私は立ち直れない。
        こんな惨めで、アイドルらしくない考え方に囚われちゃう……!)》

女性P「だって、私は、美希を――」ジワァッ…

春香「……っ、プロデューサーさん!」

女性P「なぁに、春k――~~んむ……!?」

春香「ん……ふっ――ちゅ」

女性P「は、はははははるかぁ!!!??
    ちょ、え、い、い、いったいいま何し!?」

春香「……く、口を塞ぐ方法、これ以外に思いつかなくて///」

女性P「」アワワワワワ

春香「……ね、プロデューサーさん」

女性P「ひゃ、ひゃいっ!?///」


春香「倒しましょう」


女性P「え――?」キョトン

  


春香「星井美希を、倒しましょう」




        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 03.太陽と月 -彼女と彼女の回帰-
                  04.へ

03.NGシーン

女性P「あの、でも春香、さっき私にキ、キキ、キスし///」プシュー

春香「うわーーーっ! なんで美希の件さらっと無視して
   そこ蒸し返すんですかちょっと信じられないプロデューサーさん!!」

女性P「だ、だってその、そういうの初めてでよくわかんなくて、
    いや、あのね、わたし、ホントに……あああ、もう、春香ぁ///」カァァァ

春香「――っ!!///」カァァァァ

女性P「……///」ポッポッポッ

春香「……///」ポッポッポッ

     【LONG TIME・放送スタジオ/夜】

           ●ON AIR
  ザワザワザワザワ
ホウソウジコカ!!? CMイレル!!? コレハオモシロイコトナッタゾ……
ザワザワザワ ザワザワザワザワ

春香(ああああああああああっっ
   やっちゃった、やっちゃったやっちゃったぁぁぁぁ!!!)ドキバクドキドキ

『な、な、なぁ……!?』

春香(うっわぁ……プロデューサーさん、すっごい顔でこっち見てる……)

春香(でもそれも、あ、当たり前だよね……っ。
   生放送、どんなアクシデントが起っても問答無用で放送される中で――)

     春香『くっ、961プロダクションの星井美希! この場を借りて、貴女に宣戦布告をしたいと思います!』
        場所は来るIDOLVISION! そこで、私と、オーディションで勝負して下さい!』

     春香『美希っ! 絶対、絶対、逃げないで出て来てよね!?
        じゃないと――“貴女が大切にしてるもの”、私が貰っちゃうから!!!!』

春香(こんな爆弾発言していったんだもん……!)


        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 04.

     【765プロダクション・会議室/朝】

♪コノセカイガ オワリヲ ツゲヨウトモ アナタノコエ ワタシニ ミライ トモスカラ

春香「うう~~ん……」カシャッ

♪ダイスキハニー イチゴミタイニー ジュンジョウナーノ ズットミテテ ゼッタイ ヨ

春香「あれっ? ……あ」カシャッ

♪ヨクワカンナイ ダッテ ゼンゼン ハナシ カケテ コナインダモン~

春香「あ~~……」カシャッ

♪ダカラ シンジテル モット アナタヲ スキニナル~

春香「あはは。……うん、そっか。そうなんだね、美希」カシャッ

   ♪Good Luck To You!

春香「わかった。そっちがその気なら、私にもまだ考えがあるよ……」

?「春香、どうかしたの?」

春香「ひゃあい!? って、あああ!!?」ビクンッ ガシャャャャッ

千早「…………その、ごめんなさい」

春香「あ、ああ……千早ちゃんかぁ。びっくりしたぁ」アセアセ

千早「廊下から後姿が見えたものだから、声を掛けてみたのだけれど……それは?」ヒョイッ

春香「ん? あ、ああ、これ? 星井美希の曲だよ。
   シングル、アルバム、ベストアルバム……たっくさんあるんだね、千早ちゃん。
   貸出票書くだけでも骨が折れちゃった」アハハ

千早「星井、美希……」

春香「うん。短い間だったみたいだけど、765プロの人だったんだってね?
   それも私たちと同期だって。知らなかったなぁ」

千早「……ええ、そうね。知らないのも無理はないわ。
   どちらかといえば、彼女の活躍は961プロへ移籍してからの方が有名だから」シュン…

春香「……千早ちゃんは、さ」

千早「?」

春香「美希の歌、どう思う?」

千早「彼女の歌?」キョトン

春香「そーそー。“どんな感じ”がする?」

 
千早「……技術的なことを言えば、申し分ないでしょうね。
   同じ歌い手として、参考にしなければならない部分はたくさんあると思う。
   でも、」


春香・千早「「じれったいわね(よねぇ)」」


春香「お?」キョトン

千早「ん?」ピクッ

春香「あはっ。あはははは! ……やっぱり千早ちゃんもそー思う?」ニッ

千早「も、ということは――春香?」

春香「うん。ここにおいてあるの、全部聞いてね、」ズラーーッ

春香「こんなに相手のことを大切に思ってるのに、」ペラペラッ


春香(――私はアイドルだから、わかる。)

 
春香「踏み出さなかったり、言葉にしなかったりばかりするんだろうって、思った」


春香(美希の曲が、美希の歌が、“誰に”向いてるか、わかる。)


千早「――ええ、そうね。あんなことがあっても、まだ美希はあの人のことを想ってる」


春香「……え」ガタンッ

千早「……どうしたの、春香?」

春香「前から不思議だったんだけど、千早ちゃん……もしかして知ってるの?」オズオズ

千早「プロデューサーと、美希の件?」

春香「……知ってたんだ」

千早「ええ。彼女が961プロに移籍してから、一番関わりがあったのは私じゃないかしら」

春香「ええっ!? そうなの!?」ガーン

 
千早「“アイドルアルティメイト”―― 一年前、そこで私と美希は雌雄を決したから」

春香「うわ~……今までの春香さんには関係のなかった世界の話だよそれ……」

千早「――私は負けてしまったけれどね。
   それ程、美希は強大な相手で、哀しい子だった」

春香「……」

千早「……春香。私はね。あの人についていけば、
   いつか貴女まで美希のようになってしまうんじゃないかって、心配なの」

春香「千早ちゃん……」

千早「ごめんなさい、水を差すようなことをいって。でも、」キッ

春香「大丈夫だよ」

千早「春香!」

春香「千早ちゃん、私は大丈夫。……だから、教えて?
   ――星井美希に勝つためには、どうすればいいかなぁ?」ニコッ

     【765プロダクション・レッスン場/昼】

  ガチャ ギィィィィ…… バタン

春香「やっほ、真、雪歩」ヒラヒラ

真「あ……春香、お疲れぇ……」ゼェゼェ

雪歩「ん、ふるはしゃん」ゴクゴク

春香「うん、どちらかといえば真の方が疲れてるし、雪歩、飲みきってからでいいんだよ?」アハハハ

真「あ~……ごめんごめん、今ちょうどレッスンが終わったところでさ」フキフキ ニコッ

春香「うん、ちょっとお邪魔します。……いきなりでごめんね?」

雪歩「ごくっ……ん……うん、春香ちゃんなら大歓迎だよ」ニコッ

春香「その……ね? 真。ダンスって、どうやったらもっと上手くなるかな?」

真「ダンス――か、なるほど。それは僕の十八番に違いないや」パチン

春香「それでね、雪歩。どうやったら、雪歩みたいに芯が強くなれるかな?」

雪歩「ふぇっ!? わ、私も?」ワタワタ

 
春香「――どうしても勝ちたい相手がいるの。
   でも、その子に当たるには、私はまだまだ足りないところばっかりだから。
   だからみんなの意見を聞きたいな、と思って」

真「そういうことか……わかった。春香、僕でよければ力になるよ」ニコッ

雪歩「う、うんっ! 私も、どれだけ為になれるかは解らないけど……出来る限りのことはするね!」

春香「――ありがとう、真、雪歩」ニコッ

     【765プロダクション・玄関/午後】

ブロロロロロロ…… キキィィィ…… ガチャ

伊織「ん~~~……車での長距離移動はやっぱり疲れるわね」ノビノビー

あずさ「うふふふ、伊織ちゃん、お疲れ様」バタン

伊織「……ったく、トップアイドル同士を組ませれば売れるはず、なんて
   ウチの上の連中は考えることが甘すぎるのよ!
   なんで! この! 私が! あずさとユニットなんて組まなきゃいけないのっ!」

あずさ「あらあら~……ごめんなさいね、私、伊織ちゃんに迷惑かけてばっかりで」

伊織「ホントに……いつもいつもちょっと目を離したらすぐいなくなって……心配するじゃない、馬鹿」

あずさ「伊織ちゃん……」アラアラウフフ

伊織「……」ムスッ

春香「何だかんだいって、いいデュオになってるじゃん。伊織、あずささん」

あずさ「あら、春香ちゃん?」

伊織「な、なななな、春香!? アンタ一体どこから見てたの!?///」

春香「伊織が車から降りてきて伸びしたところから。いいツンデレだったよ」パチパチ

伊織「最初っからでしょそれ!!? あとツンデレ言うなバカリボンッ!」キーッ

春香「バッ!? 酷いよ、30分はこの寒空の下に立ってた私にその言葉はぁ!!」キーッ

あずさ「あらあら~、春香ちゃん……もしかして、私たちを待っていたのかしらぁ?」

春香「……あ、あはは。ええっと、はい、そうです。
   実は、ふたりに、プロデューサーさんについて聞きたいことがあって」

伊織「ウチのポンコツプロデューサーがどうかしたの?」

春香「あ……いや、今のプロデューサーさんじゃなくて、その……」

あずさ「あの人のこと、ね?」フッ

伊織「ちょっと待って、あずさ。あの人って――ああ……」

春香「――うん。そう。むかし、二人を担当した、プロデューサー」


春香「ブラックショルダー、の、こと。」

     【765プロダクション・一階廊下/午後】

やよい「♪まっぶたを開けて さわやかお目覚めっ」フキフキ

春香「――――……あ」

やよい「♪キラキラ朝陽 地球におはようっ」フキフキ

春香「やよい」

やよい「♪あっらあら お腹が……はるかさん?」

春香「やっほ。窓掃除してるんだ? 偉いね」ハハハ…

やよい「えへへへ……お掃除するの、もう日課になってるし、
   私が一つ窓を拭くことで、みんながちょっとでも元気になるなら、
   それはとっても『ふわーー』って感じかなーって!」エヘヘ

春香「やよい……あはは。やよいは、やっぱり凄いね……」

やよい「……春香さん。どうしたんですか?」

春香「え?」キョトン

やよい「元気、少ないです。しょぼんってなってて。
    その……いつもの春香さんらしくないですよ?」

春香「あ……そっかな。うん、そうかも」アハハハ…

やよい「……春香さん。私が力になれること、ありますか?」

春香「やよい?」

やよい「私、まだデビューを待ってる身で、全然なんにも出来ないかもだけど。
    春香さんの力に少しでもなれるなら、頑張りますからっ!」リョウテグッ

春香「っ……ありがとう、やよい」ニコッ

やよい「春香さん……」

春香「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけね?
   想像してたことと、本当のことが違ってて。びっくりしてるだけなんだ」

やよい「ふぇ?」キョトーン

春香「ん。でも、ありがとう、やよい。今ので目、覚めた。
   私は一生懸命にやるしかないんだよね? 倒れるときは前のめりの精神だよっ!」

やよい「な、なんだかよくわからないですケド、春香さんの元気が出たならよかったですっ!」

春香「うんっ」ハイ

やよい「うっうー!」ターッチ!

     【765プロダクション・事務所/午後】
 
律子「……じゃあ資料の郵送、お願いします。もう一部はこっちで保管で」
 
律子「メールの返信は……と。あっちゃ~……結構溜まってる」
 
律子「仕方ない、残りタスクは夕方に回して、まずはこれをやる……その前に」
 
春香「律子さん」
 
律子「個人面談から始めましょうか?」
 
春香「あは、あはは……、律子さん、なんだか先生みたいですよぉ」
 
律子「お説教がほしい?」
 
春香「あはははは……それはまた後日、予約しておきます……」
 
律子「はあ……何企んでるんだか知らないけど、お願いだから社長の心労増やさないでよ?
   白髪が増えたー ってぼやいてるの見たって、この前小鳥さんが言ってたわよ」
 
春香「あ~……」

律子「ま、《止めようのない所でやられちゃ、どうしようもない》けどね」ニヤッ

 
春香「律子さん……?」キョトン
  
律子「悪戯ならあの子たちの得意技なんじゃないの?
   ああ、春香はそんなこと興味ないから、《聞きになんていかない》わよね?」
  
春香「あ……! ええ、いきません! いきませんとも!」ニヤッ

 律子「それで? 鳴かず飛ばずでアイドル業をバーンアウトした私に、わざわざ聞きに来たことって?」
 
春香「あ、はい! 律子さんは……アイドルって、何だと思いますか?」
 
律子「アイドル――ね。そう、一言で言えば――」

 
 
     【765プロダクション・会議室/午後】

 
亜美「ふんふんふん……そいではるるんは、律っちゃんの差し金で   亜美たちに喧嘩の仕方を習いに来たって訳だね?」
 
春香「いやいやいや……差し金って。喧嘩の仕方って、亜美ぃ……」
 
真美「相手を土俵に引きずり出す方法……んっふっふー、良かろうはるるん!」ニッ
 

 
亜美・真美「「元ちびっ子ギャングの亜美(真美)たちが、教えてしんぜよーぞ!」」
  
春香「ギャングて……」
 
亜美「ウシシシ――はるるん、ちょっと耳貸して」
  
春香「う、うん、わかった……」
  
亜美「」ゴニョゴニョゴニョ
  
春香「え。え、えええええええ!!!??」
  
真美「まだまだぁー」ゴニョゴニョゴニョゴニョ
  
春香「うええええええ!!! そ、そんなことまでやるのぉ!!?」
 
亜美・真美「「もっちのろんだよー!」」
 
春香「だ、ダメだよ亜美、真美ぃ!
 そんなことしたら、いろんな人に、め一杯迷惑かかるんだよ!?」
 
亜美「まーまー、はるるん、亜美たち、前言ったことがあるよねぇ?」

真美「そーそー。こーゆーのはね、」

 
 
亜美・真美「「大々的に吹っ掛けた方がいいんだよ」」

 
 
春香「あ、悪魔だ……っ! 天使の皮を被った悪魔がここに居る……っ!?」

 
 
     【765プロダクション・候補生室/昼】

 
貴音「……(モグモグ)」
 
響「ハム蔵ー。お手ー」
 
ハム蔵「キュキュッ」
 
貴音「……(モグモグ)」

響「ハム蔵ー。妄想してる時の小鳥の顔ー」
 
ハム蔵「ムキュュュ!!?? ムキュー……」
 
響「うわぁ……」

ハム蔵「ムキャャャャャーー!!」

貴音「……(モグモグ ゴクン)」
 
響「うわ、ちょ、ハム蔵、やめ!? どこ入ってるんだよもぉ!!」
  
貴音「……春香、そんなところにぼぅっと立って、いかがなさいました?」
 
響「は、春香ぁ?」
 
春香「……あ、あははは。二人とも、お邪魔します」
 
貴音「ええ、それはもちろん構いませんが。
   貴女がこのような場所を訪れるなど、珍しいこともあるものですね」
 
響「ま、ここは候補生室だからなー」
 
春香「ん。ちょっと、聞きたいことがあってね」
 
響・貴音「「聞きたいこと?」」
 
春香「うん。これ……なんだけど。覚えてる?」
 
響「春香、それ…… !」
 
貴音「――おーばぁますたぁ、ですか」

春香「二人とも、961プロに居たんだね? それも、星井美希とユニットを組んで」
 
響「ああ、そうだぞ。……ユニットなんて呼べるものじゃなかったけどな」
 
貴音「ぷろじぇくとふぇありぃ、と言っても、ほぼソロの活動が多かったものですから」
 
響「自分、正直言ってあの頃は思い出したくないぞ……」
 
春香「――それでも、ごめん。響ちゃん、貴音さん。
   星井美希のこと、どうか私に話して欲しいの。」
 
貴音「春香……」
 
響「…………わかった」
春香「ホントに!!? いいの、響ちゃん!!?」

響「貴音。いいか?」

貴音「……響が構わないのであれば、わたくしはそれに従います」

響「うーーぉっほん、じゃあ、そうだな……
   自分と美希の出会いだけど――」

     【LONG TIME・放送スタジオ/夜】

 
 
春香(みんなの思いを受け取って、私は今、ここにいる……)

 
春香(だから、どうか、受け取って、美希)

 
 
春香「私“アイドル”は、負けない」

 
 
春香(これは私だけじゃない。765プロのみんなの思い。

   そして、今ここに存在する、全部の“アイドル”から、貴女に叩き付ける挑戦状だから!
   ――――――受け取って!)

 
 
春香「全部を諦めて、勝手に塞ぎこんで、進んで一人ぼっちになった、

   美希“アーティスト”なんかに、負けない!」
 

     【961プロダクション・社長室/夜】
 
    TV《コノバヲカリテ アナタニセンセンフコクヲシタイトオモイマス!!!》

黒井「ふん……弱小事務所が図に乗って何を馬鹿げたことを……」

    TV《ワタシト、オーディションデショウブシテ!!》

黒井「ウィ、美希ちゃん、王者は下人の囀りなど耳にしなければいいんだ。こんな戯言、忘れたまえ」

    TV《ニゲナイデ!!!》

美希「……」

    TV《ジャナイト――アナタガタイセツニシテイルモノ、ワタシガモラッチャウカラ!!!》

美希「……」ピクッ

黒井「美希ちゃん?」

    TV《ススンデヒトリボッチニナッタ ミキナンカニ、マケナイ!!!!》

美希「……黒井社長。相手の指定したオーディション、いつやるの?」

黒井「なっ!? 弱小アイドルの言うことなど、気にするなといっただろう!?
   取るに足らない有象無象をいちいち相手にするなど――」
 
美希「うるさい」
 
黒井「――ッ!!?」ゾクッ
 
美希「それは美希が決めるの。
   …………美希が、一人で決めるの。」

 
        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 04. relations -彼女と彼女の臨機-
                 05.へ

7伊織『アイツが私をプロデュースしたのは二年前の事だから……
   あの時のアイツ、あれよ? なんというか……すっごい腑抜けてた。見てらんないくらいね』

伊織『何事にもビクビクして、怯えてて。ああああっ思い出したらなんかイライラしてきた!』

あずさ『あらあら~……。私の場合は、そんな伊織ちゃんとの一年があったからか、
    強かな人、っていうのが第一印象だったけれど――
    それでもまだ、どこか影があったような気がするわ。まあ、といっても』

春香『ええええ……』

あずさ『春香ちゃんにはそんな姿、見せてないみたいだけどね?』

春香『えっと、ホントにごめん、二人とも。プロデューサーさんのそんな姿、ちょっと想像付かない……』

伊織『あっきれた……あのねぇ、春香? アンタなら知ってるはずじゃないの?』

春香『え――?』

あずさ『――春香ちゃん。初めから強い人間なんて、どこにもいないのよ』

伊織『居たとしても、それは見せかけの張りぼてに過ぎないわ。
  “強い人間”っていうのはね、強くなった人間か、
   そうならざる負えなかった人間のことをいうのよ』

     ☆

律子『私にとってのアイドル――ね。そう、一言で言えば……』

春香『――……』

律子『諦めないこと、かもね。
   ――夢を叶えるための意志を持ち続けること。それが、私にとってのアイドル』

春香『律子さん……意外と、ロマンチストなんですね?』

律子『人が真面目に語ってるときは茶化さないっ』

春香『あははははっ』

律子『ねぇ春香。どうせなら、私も同じ質問を返すわ――
   春香にとってのアイドルって、何?』

春香『え、ええっと――昔の私なら、小さい頃の夢、って返したところでしょうけど。
   今は――いまの私にとっての、アイドルは――』


        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
                 05.

     【961プロ・会議室/深夜】

美希「――――……」

     《えっと、始めまして! 星井さん、だよね?
      私は、この度貴女をプロデュースすることになったプロデューサーです――》

961スタッフ「おい……美希ちゃん、大丈夫なのか?
    机に向き合ったまま、もう6時間は飲まず食わずだぜ?」

961スタッフ2「でも、『触れるな』って社長命令だしなぁ……
     大体、“あの状態”になったらテコでもうごかねぇのお前だって知ってんだろ?」

     《美しい希望、って書いて美希って読むんだよ。本当に、綺麗な名前だと思うわ》

961スタッフ「マネジメントも、作詞も、作曲も、振り付けすら全部一人でこなす、か。
    すさまじいね、まったく。……まさに未来永劫のスターだな」

961スタッフ2「……バーカ。お前、ホントに無知なのなぁ」

     《だからハニーって呼ぶなと何度言えば……》

961スタッフ「ああ!!? 何だよいきなり!」

961スタッフ2「星ってのはいつか堕ちるもんなんだよ。
     それに――星井美希はそういうのを飲み込んでくブラックホールだって言われてんだぜ?」

961スタッフ「……ケッ、言いたい奴には好きに言わせておけばいいさ」

美希「――――……」


     《好きにすればいい》


美希「っ……!」

美希「――扉の後ろで美希のことヒソヒソ話してる人たち」

961スタッフ「「――~~~っ!!?」」


美希「歌詞と作詞、出来たから。レコーディングスタジオ、今から押さえてほしいの」

961スタッフ「な、い、今から!!? ちょっと美希ちゃんっ、今一体何時だと思ってるんだい!?」

961スタッフ2「星井さん。いいかい、この世の中には労働基準法っていうのがあって……」

美希「聞こえなかった? 美希は、押さえてきてって言ったの」

961スタッフ「「は、はぃぃぃぃぃ!!!」」

美希「……あふぅ」

美希(――美希には、お姉ちゃんがいた。
   五歳年上で、星井奈緒っていう名前の、しっかりもののお姉ちゃん。
   りょーしんは『こーむいん』って奴で、すっごく『けんじつ』な生き方をしてたの。
   そんな中で、美希はあっまあまに育てられて、ただ流されてるだけだった。
   765プロに候補生で所属したのも、元はと言えば友達が勝手に書類を送って――合格しちゃったからで)

美希(自分で決めて、行動したことなんて、一度もなかった。)

美希(そうやって、楽に生きれるならそれでいいやって、思ってたけど)

     《綺麗ね、その髪。 染色してるのに、あまり傷んでない。ちゃんと手入れされてる証拠だわ》

美希(初めて、美希が自分でやったことを認めてくれて、褒めてくれて。
   名前とか、髪とか、『美希』を綺麗だって笑ってくれた人がいた。
   美希の手をとってくれた人がいた。)

美希(その人と頑張ろう、と思って)

     《――ね、いま、言ったの、だれ?》

美希(その人のために頑張ろう、と思って)

     《美希は凄いんだから、私なんか必要ない。好きにすればいい》

美希(その人に、そーゆー風に言われたら)

 
961スタッフ「美希ちゃん、スタジオの手配終わった。今からいけるよ」

美希「……」

961スタッフ2「チッ。ありがとう、もなしかよ。これがゆと――っ!?」

美希(一人でやっていける美希にならなくちゃ、ダメだよね?)


美希「美希は――美希に言ってくれたハニーの言葉を、嘘にしたくないから――」


美希(だって、美希にとってのアイドルは、)

     ☆

春香『え、ええっと――昔の私なら、小さい頃の夢、って返したところでしょうけど。
   今は――いまの私にとっての、アイドルは――』

     ☆

美希・春香『生きること、そのものだから(ですかね)』

     ☆

真『――だからね、春香。大事なのは、全部同じなんだよ』

雪歩『うん、そうだね……真ちゃんの言う通り。
   強く、って、言葉にしちゃうのは簡単だけど、
   そうあれる為には、何よりもまず“諦めない”ことが大切なんだと思う』

真『そ。ダンスも同じだよ。最後まで踊りきることを、諦めない。それなんだ』

春香『うっ……サボリ癖のある私には耳の痛い言葉です……』

真『あははははっ、でも、春香なら大丈夫じゃないかな?』

雪歩『そうだね。春香ちゃんなら、大丈夫だよ』

春香『うううう~~……それ前にも言われたことあるぅ~……』

真『そりゃそうさ。僕ら、どれだけの付き合いだと思ってるんだい?
  春香がこれだって決めたら絶対に譲らない、頑固者だってことは皆知ってるんだよ』

春香『ほめられてない~……』

     ☆

響『スーパースター、稀代の天才……ブラックホールなんてことも言われてるけど、
  自分からすれば――いつも美希は無理してるカンジに見えたぞ』

貴音『彼女が心の奥にどのような闇を抱えているか――わたくしには察する他方法がないのですが、
   それはとても深く、濃いものであるということだけは解ります』

響『自分たちが765プロに移籍して来たのは、
  黒井社長のやり方についていけなくなったって事もあるけど――』

響『一番の理由は、そんな美希を見てられなかったんだぞ』

春香『……響ちゃん』

貴音『時に春香』

春香『ん? どしたの、貴音さん』

貴音『春香は、美希をどうしたいのですか?』

春香『えっ――』

貴音『何か行動をしようとしているのでしょう?
   貴女がここにいることがその査証です』

春香『……それは、』

響『ん? 春香、貴音ぇ、自分には話が見えないぞー!!?』

 
貴音『もしそれが、美希にとってよからぬことなのであれば――
   わたくしは、一命に変えても今ここで春香を止めなくてはなりません』

響『いちめい!? ちょっと貴音、なんでそんな物騒な――!』

春香『……私は』

春香『美希に、諦めさせたいの』

貴音『……』

響『春香……?』


春香『一人でいいなんて、何もかもいらないなんて、
   そんな寂しくて、馬鹿げたことを諦めさせたい。』


春香『アイドルは、本当はもっと輝いていて、綺麗なものなんだよって、教えてあげたい』


春香『アイドルがアイドルであるために、
   プロデューサーが、プロデューサーである為に、
   星井美希を、倒したいの』

響『な……春香、自分がいま、何言ってるのかわかってるのか!?
  美希って、星井美希って言えば――“あの”星井美希、だぞ!!?』

 
貴音『その瞳……真剣なのですね』
 
春香『うん。私、多分これからいろんな人に迷惑かけちゃうけど。
   それでも、やらなくきゃいけないんだ。』
 
貴音『是非もなし、ですね――響』
 
響『う、うん!?』
 
貴音『ひさしぶりに、とっくん裏めにゅぅをやりましょう。
   春香。しばらくは――泣いたり笑ったりできなくなりますが、よろしいですね?』
 
春香『』

 
 
 
        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」

                 05. shiny smile -彼女と彼女の勇気-
                 06.へ

     【765プロダクション・事務所/朝】
 
プルルルルル…… ガチャッ イエ、デスカラ、アレハキカクナドデハナク――!
      プルルルルル…… ピヨーーメールボックスガパンクシテルゥゥゥゥ ……ピーガガガガガ 
  プルルルルル…… チョッオトナシサン、メヲアケテクダサイ!! プルルルル……

    プルルルルル…… プルルルルル…… プルルルルル…… 
 
春香「わぁ、地獄絵図」

 
律子「誰のせいかっ!」
 
春香「あてててて……丸めた用紙といえど殴ってくるなんて酷いですよぉ、律子さん」
 
律子「バカ、春香、バカ、ああもう、このおバカ!」
 
春香「どうして三回言ったんですか今!?」
  
律子「まっさか……ここまでぶっ飛んだことするとは
   流石の律子さんでも想像だにしなかったわ……」
 
春香「あはは はは、焚き付けたのは律子さんのくせにぃ」
 
律子「」
 
春香「ひぃっ、ごめんなさいぃぃっ」

 
律子「はあ……まあ、私たちは全力でフォローするだけだからいいけど。
   春香のプロデューサー殿は何ていってるの?」
 
春香「あう。えー……っと、それがですね……」
 
律子「?」
 
春香「あれ以降、まともに顔を合わしてない、です……」
 
律子「はぁぁぁぁああ!?」

        春香「プロデューサーさん!」 女性P「なぁに、春香」
   06.
 
女性P『その……ごめんなさい、春香。考える時間を頂戴。
    美希との対決の日には、絶対に答えを出して戻ってくるから』
 
春香「っていって……」
 
律子「呆れた……この土壇場でヘタれるとか、本当によく似てるわねアンタたち……」
 
春香「ほぇ?」

律子「だってそうでしょ?頑固者のくせにしてヘタレって、
 まるでウチの事務所のおっちょこちょいの誰かさんのこと言ってるみたい」
 
春香「あう」
 
律子「……さて、と。で、その対決の日とやらはいつな訳? そろそろなんでしょ?」
 
春香「……明日、です。キー局でやります。」
 
律子「そ。じゃあ、――ちょーっとばかり、舞台作りでもしましょうか?」
 
春香「――?」
 
律子「ま、楽しみにしてるといいわ。
   春香、貴女たちが輝ける場所を作るのが、私たちの仕事だから。全力で当たらせて貰う」
 
春香「……! はいっ」
 
律子「――と、言うわけだからー! みんな、聞いてたーー!!?」
 
    765 スタッフ・小鳥「「「「「「「「イエーーースマーーーム!!!」」」」」」」」

 
 
律子「私は私の戦場で、精一杯働かせてもらおうかしら」

          翌日【某テレビ局/午後】
 
春香「おはようございます、律子さん!」
 
律子「はい、おはよう春香。――いよいよね?」
 
春香「はいっ! あの……律子さんっ」
 
律子「なに?」
 
春香「勝手なことして、本っっっっ当にすみませんでした!!」
 
律子「……いまさらね、本当に」
 
春香「ですよね~……」
 
律子「……バカ、春香。バカ。このおバカ」
 
春香「あてぇ!? ちょ、律子さん酷い酷い! っていうか何でまた三回言ったんですか!?」
  
律子「仏の顔もなんとやらよ、春香。言ったでしょ?
   私の仕事はアンタをフォローすることだって。マネージャー舐めんな」
 
春香「律子さん……そういえば、事務所はあれだけ火事場みたいだったのに――
   私のところへは全然記者さんとか来なくてっ! あれも律子さんのおかげなんですか?」
 
律子「ああ……あれ? その通り、と言いたいところだけど、あれは……」

悪徳「どぉーもー」
 
春香「あ、悪徳さん!?」
 
律子「……この人が手回ししてくれたの」
 
悪徳「――なぁに、蛇の道は蛇って奴でさぁ。
   自分と似たような輩を押さえ込むくらいは、チョチョイのチョイって奴で」
 
春香「……い、いったい何したんですか……」
 
悪徳「へぇ、聞きてぇですかぃ?」
 
春香・律子「「遠慮しておきます」」
 
悪徳「――アッシもオマンマの食い上げにならぁ。そっちのがありがてぇ」
 
悪徳「さて――天海春香さん?」
 
春香「は、はいっ!」
 
悪徳「ぜーんぶ綺麗に終わったら、このツケにゃまた独占取材、させてもらいまさぁね?」
 
春香「……はいっ! その時は、よろしくおねがいしましゅ! 」
 
春香「~~~~っっっぅぅぅぅ!!!??」

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