春香「あれから10年も経つんですね……」(133)

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。

奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ―――――



P「……」ずずっ

不意に平家物語の冒頭が浮かんできた。

俺は一人、事務所のデスクに座り、先程淹れてもらったコーヒーを飲んでいる。


あれほど騒がしかった事務所も、今では閑散とし、聞こえるのは道路を走る車の音と、

下の階にある、たるき亭からの音だけが聞こえた。

亜美や真美がこの事務所の中を駆け回っていた時のこと、

雪歩がところ構わずシャベルで穴を掘っていたこと、

響がハム蔵を探し回っていたこと、

伊織と真が毎日言い合いをしていたこと、

そして、765プロ全員が、毎日笑い合っていたこと……

全てがとても懐かしく思い出される。





だが今は、彼女たちはいない。社長もこの世から去ってしまった。

いるのは、俺と事務をしている女性だけだ。

******

ガチャ

女「社長。お茶請けにお砂糖たっぷりのドーナツでもいかがですか?」

そう彼女が言うと、ドーナツが3つ入ったカゴを差し出してきた。

P「ああ、ありがとう」パクッ





とても懐かしい味がした。

在りし日に、彼女が作ってくれたドーナツと変わらない味だった。

あれから10年も経つというのに、未だ変わらない、とても甘いドーナツだった。

P「10年か……」

そう、ポツリと呟いた。

******


10年前、俺はこの765プロに入社した。

大学4年生の時、いきなり現れた社長から言われたあの一言によって、

俺の進む道は決まった。

もっとも、教師を目指していた俺にとって、どうでもいい話の一つだったが、

何故か頭の中を離れなかった。

それからというもの、教師になるという夢は日に日に薄れ、

教員採用試験の勉強も捗らなくなり、

そしてついに、アイドルのプロデューサーになることを決意した。



そのことを両親に話した際は酷く怒鳴られはしたが、

根負けしたのか最後には許しを得た。



意志薄弱だった俺が、初めて自分の意志を最後まで押し通し、

成し遂げた瞬間でもあった。

「ティンときた」



そう言って、社長が俺にプロデューサーとしての素質を感じてくれたように、

俺もプロデューサーという仕事に対して、何よりもこの765プロに対して、

何かしらの希望というものを見出していたのかもしれない。

当初は、皆駆け出しのアイドルで、自分の夢へと突き進んでいた。

この俺も例外ではなく、彼女たちをトップアイドルにする、という夢を抱いて、

日々営業活動に勤しみ、一歩一歩、着実に前へと進んでいた。



律子に負けじと思うあまり、空回りし、周囲に迷惑をかけっぱなしだったが、

彼女たちをいち早くスターダムにのし上げるために、俺は必死だった。



そんな俺の必死さが彼女たちに伝わったのか、

皆、一生懸命にやるようになった。





社長の宣伝や実行力、音無さんの献身的なサポート、

律子のプロデュースにかける情熱、

そして彼女達の精一杯の頑張りのお陰で、次第に名が知れ渡るようになった。

もし、アイドルという山があるとすれば、そのてっぺんに向かって、

彼女たちは、そしてこの俺も含めた765プロ全員が、

それだけを見つめて駆け上がっていった。





アイドル戦国時代という厳しい時代の中、

名だたるアイドルとの戦いに勝ち、ついに頂点へと達した。



そこから見えた景色というものは、生涯忘れることはない。

皆が、頂点に立てたことに狂喜乱舞し、今までの苦労に涙しながら、今の喜びを噛み締めていた。

この痛々しいほどの高揚感は、苦労を共にした仲間でなければ分からないだろう。

765プロも順調に拡大していき、オリジナルメンバー以外にも、

大勢のアイドルを擁するようになった。


そこには、もはや過去の弱小プロダクションとしての姿はなく、

新進気鋭の有名プロダクションとして成長していた姿だけがあった。



だが、すべての物事に始まりがあるように、必ず終わりもある。

その始端となるきっかけが、既に起きていたのである。

ことは9年前、真や雪歩達が高校3年生の時である。

既に山を登り始め、頂点に向けて進んでいた時期であったが、

それよりも彼女達は受験生であった。



******



雪歩「真ちゃん、進路決めた?」

真「う~ん、僕はまだ決めてないかな。そう言う雪歩は?」

雪歩「私もまだなんだ。でも、皆が頑張っているなかで、
   自分だけやらないわけにはいかないし、やっぱり進学は諦めようかな……」

真「そうだよねぇ……。でも、雪歩は頭いいのに、大学行かないのは勿体無いよね。」

雪歩「そんなことないよ。真ちゃんと変わらないよ」

ガチャ

P「おはよう、雪歩と真。」

真「……おはようございます、プロデューサー。と、春香」

春香「おはよう! 雪歩ちゃんとまことちゃん!」

P「なんだか二人共、浮かない顔しているけど、何かあったのか?」

雪歩「実は、進路のことで悩みがあって……」



そう言うと、雪歩と真は進路についての悩みを打ち明けてくれた。

P「なるほど……。大体の事情は分かった」

真「で、プロデューサーはどうしたらいいと思いますか?」

P「そうだなぁ……。大学通いながらでもいいんじゃないか?」

真「ホントですか!?」

P「うん。都内やその近郊の大学ならそれほど遠くもないし、
 十分に学生とアイドルを両立出来ると思うよ。ただ……」

真「ただ、なんですか?」

P「その……何というか行ける大学がなぁ……」

P「ほら、雪歩は男性恐怖症じゃないか。
 と言うことは男女共学の大学は選択肢から自動的に排除されるし、
 残るは女子大だけとなる。」

真「まぁ、そうですよね」

P「けど、都内近郊にある女子大は軒並みレベルが高い。
 下手な中堅大学よりレベルが高い。」

真「へぇ……。でも、雪歩なら大丈夫ですよ!ね、雪歩?」

P「そうなのか?」

雪歩「多分、だいじょうぶですぅ。この前の模試の成績表なんですけど……」

P(!!!!!)

雪歩「……あのぅ、無理なんでしょうか?」

P「すまんすまん、いやビックリした。俺は、模試でこんな点数は取ったことないから驚いたよ。」

春香「私にも見せて~」ペラッ

春香(!!!!!)

春香「雪歩ちゃん凄い!。偏差値60台とか私にとって、雲の上の人だよ!天上人だよ!」

雪歩「そんなことはないですぅ。」

P「真はどうなんだ?」

真「そうですねー、まぁ雪歩ほどではないですけど、60手前を行ったり来たりですかね。」

P「57,8か……。志望校は雪歩と同じ?」

真「出来ればそうしたいんですけど、行けますかね?」

P「ここまで出来るのなら、そう難しくはないだろう。正直、雪歩以上に驚いたよ……」

真「僕だって、勉強は出来るんですよ。
 そりゃあ、男っぽい性格からしてガサツで、
 勉強しないと思われてるかもしれませんけど――」クドクド

P「ああ、これは手に負えないな。ところで、春香は進路どうするんだ?」

春香「私ですか?地元の竹取大学にいこうかなぁ~なんて……」

P「地元の国立か……。で、今の偏差値は?」

春香「45です……」

P「」

春香「お恥ずかしい……」

P「ま、まぁまだ春香は2年生なんだし、これからやっていけば十分間に合うよ。」

雪歩「そうだよ春香ちゃん。諦めたら終わりだよ」

春香「うぅ……ありがとう。ちなみにプロデューサーさんの出身校どこですか?」

P「俺か?俺はだなぁ……学芸大だ」

春香「ガクゲイダイ? 美術系の大学かなんかですか?」

P「それは、芸術大学だ。俺は学芸大。教育系の大学と言ったほうがいいかな」

雪歩「先生を目指していたんですか?」

P「いや、違う。俺の入った学科は教養系だったから、先生になるつもりはなかった。
 だけど、親がしつこく言うから、最終的には教員課程を取ってその方向になった。
 まぁ、今はプロデューサーだけどな。」

春香(プロデューサーさんの母校に言ってみたいかも……。
   そうすれば、先輩後輩の関係に……。えへへへへへ////)

P「まぁ、春香はこつこつとやっていくしかないな。」

春香「決めました!!!」

P「なんだ、いきなり」

春香「私、学芸大に行きます!!」

P「はい?今、竹取に行くとか言ってなかったか?」

春香「いやだなープロデューサー。
   可愛い春香ちゃんが後輩になるのかもしれないんですよ?
   もっと、喜ばなきゃ!」

P「後輩って……」

春香「とりあえず、進路実現に向けて頑張ります!ファイトー、おー!!」ビシッ

P・雪歩「「おー……」」

真「――なんです。わかりました?……って、なんで3人共拳を突き上げているんですか?」

P(こいつ、話が聞こえていなかったのかよ)

******

当然、本人に進学の意志があれば、それを尊重しなければならない。

事務所がどんな状況下でも、それは守らなくてはならない。俺はそう思っていた。

だからこそ、雪歩や真、春香、そして他の皆の進路実現を誰よりも応援していた。



だが、本人たちの意志を優先させるということは、

結果的に事務所のことを軽視していたということになったのかもしれない。

この頃から、社長の具合は悪化していった。

対立する961プロとの戦いで、心労が溜まったのだろう。

765プロが上に上がるにつれて、961プロからの妨害行為がエスカレートしていた。


そしてまた、事務所の方針をめぐって律子と対立するようになった。




少しずつ、765プロが分裂を始めていた。

しかし、俺は気付いていなかった。いや、気付けなかったのかもしれない。

******

律子「プロデューサー殿、ちょっといいですか?」

P「なんだ、律子」

律子「プロデューサー殿は、とてもあの子たちのことを思ってくれていると思うんです。
   そのことはとっても良いことなんです。」

P「当然じゃないか。プロデューサーだから、どんな些細なことでも相談に乗って、
 少しでも彼女たちの不安を取り除くのが仕事のようなもんじゃないか。」

律子「それはそうなのですが……
   プロデューサー殿は765プロのプロデューサーであられますよね?」

P「まぁ、給料を頂いている以上はそうなるわな。」

律子「であるなら、もう少し事務所的なことも考えて頂きたいというかですね……」

P「???」

律子「その……凄く申し上げにくい事なんですが、
   彼女たちの進路について少しだけ、ほんとに少しだけ考え直してくれないかなぁ、と」

P「大学に行ったら悪いのか? 
 都内に近い場所なら通いながらでも、活動できると思うんだが」

律子「いえいえ、大学行くのは結構なんです。ですが、その……ですね……
   通信制の大学があるのは御存じ……ですよね?」

P「ああ、勿論知っているが?」

律子「出来れば、そちらの方を勧めていただけないかなぁ、と……」

P「なんで、通信なんだ?
 ちゃんと行ける学力があって、本人たちが行きたいと言っているんだから、
 本人の意思を優先させてあげるべきなんじゃないか?
 しかも、国立の女子大だぞ? 雪穂にとっては願ったり叶ったりの話じゃないか。
 それを何で、通信なんかに進路変更させる必要があるんだ?」

律子「……。プロデューサー殿は、これから彼女たちをどうしていこうと思いますか?」

P「どうって……そりゃあ、トップアイドルに決まっているじゃないか」

律子「じゃあ、なんで授業で予定が潰れるような大学を勧めるんですか!
   これから、どんどん予定が増えて、忙しくなっていく中で、
   なんで、わざわざ普通の大学に行かせるんですか!!」

P「律子、そう怒るな。冷静になってみろ。」

律子「私は何時も冷静です!
   大体、何で事務所が大きく跳躍しようという時に、彼女たちを優先するかなぁ……」

P「!!!
 律子、その言葉は聞き捨てならないぞ!」

律子「一般論を申し上げたまでです。」

P「大体、さっきから事務所、事務所って、そんなに事務所を優先するべきなのか?
 実際に活動している彼女たちの意思は黙殺されるものなのか?」

律子「……。すみません、言いすぎました……」

P「……」

律子「ただ、プロデューサー殿もよくよく考えていて下さい。」
   事務所にとって彼女たちの意向だけを優先させることが本当に良いのか、
   事務所に携わる一員として……」

******

雪歩や真から相談を受けた時から、10ヶ月後、無事二人は志望の大学に合格した。
合格を報告してきた時の真の顔ときたら、泣きじゃくっいて、いつもの王子様の顔ではなかった。
一人の女の子のような顔で、雪歩と嬉し泣きをしていた。

正直言うと、女の子の真は眩しいぐらいの可愛さだった。



そして、それから1年後、今度は春香がや千早、そして響が大学に進んだ。

千早はアポロ・シアターでいつか歌うため、響は獣医になるためだそうだ。

******

P「春香、よくがんばったな。」ナデナデ

春香「えへへへへ/////」テレテレ

P「しかし、学科専攻まで同じとは……」

春香「まぁ、もともと日本史は得意でしたからね。」

P「しっかしなぁ……。」

響「私も頑張ったぞ!」

P「ああ、響も凄い。
 いぬ美たち家族のために、獣医になる夢を実現させようとするなんて、凄いよ」

響「えっへん!」

P「そして、千早もな」ナデナデ

千早「///」

P「けれども、何で外大なんだ?
 外国でも活躍したいから外大、というのは分かるんだが、
 それよりも声楽を本格的に習った方がいいと思うんだが……」

千早「プロデューサー、外大をただ外国語を習うだけの大学とお思いになってません?」

P「いや、まあそんな大学だと思っている。」

千早「名前が、名前だけにそう誤解している人が多いと思っているんです。
   ですけど、実際は違います。
   もし、外国語を習う場所だけであれば、学習塾で間に合っているじゃないですか」

P「ふむふむ」

千早「外国語、いいえ現地で使われている言語を通じて、
   その言葉の背景にある文化、歴史を学ぶそんな場所でもあるのです」

P「ほうほう」

千早「外国で活躍するためには、確かに外国語も、声も重要です。
   ですが、言語の背景を知らずして、歌ってもその現地の人の心には響かないと思うのです。
   歌うのであれば、出来れば地球上のどこであっても、心の奥底に届くような歌を歌いたい……
   だから、私は外大に進みました。」

P「なるほど……
 いや、実に千早らしいというか……うん、歌のためにそこまでする千早の情熱は凄いとしか言えないよ」

千早「////」

春香「大学にいっても、てっぺん目指すよー
   いくよー!765プロー!ファイトー!」

一同「「「「おー!!!」」」」

******



大学生とアイドル、あるいは高校生とアイドル、という二足のわらじを履きながらも、

皆がアイドルの頂点を目指して頑張っていた。

それこそ、寸暇を惜しんで日々努力。

とにかくトップに立つ、そのことだけをひたすらに目指していた。



彼女たちにとって、暇というものは毒以外のなにものでもないと思ったに違いない。

亜美・真美が中学を卒業し、高校生になった時には8合目に到達していた。

既に越えるべきライバルというものも数える程度となり、

765プロは有力プロダクションの一つとまで数えられるようになっていた。

相変わらず、961プロからの執拗な妨害工作は続くが、

有名になるにつれそれも収まりつつあった。


テレビへの出演も、かつていないほどになり、

765プロのアイドルがテレビで見かけない日は無くなった。


しかし、765プロが有名になるに連れて、何か大切な物を一つづつ失っていっていた。

律子との対立は二者間の問題に留まらず、事務所内を巻き込む程に拡大した。

社長も事務所に顔を出せない日が多くなり、ついに入院してしまった。


今思えば、俺と律子の対立が社長を気に病まさせ、

病状を悪化させてしまったのだろうと思うと、悔やんでも悔やみきれない。


事務所の快進撃とは裏腹に、

社長の代理として経営権を握った律子との対立は深まるばかりだった。

******

律子「プロデューサー。もっと事務所の経営についても考えてください。
   彼女達の好きなようにやらせたいのはわかりますけど、それでは経営が成り立ちません。」

P「律子の言うこともわかる。
 だがな、経営第一にしてアイドルの人生までも変えていいものなのか?
 人の人生まで介入して良いものなのか?」

律子「それは、十分わかっています。
   私もかつてアイドルでしたから、できれば自由にさせてあげたい。
   けれども、今は転換期なんです。
   次世代育成もままらない中、個人の自由を優先させたら、事務所が潰れます。
   そして、今羽ばたこうとしているアイドルまでも潰そうとする気なんですか?」

P「潰そうなんて誰が思うか。
 けれども、次世代のアイドルのために今の彼女たちを犠牲にしていいのかと言っているんだ!」

律子「いいですか。私達の事務所の立場を考えてください。
   老舗でもない、コネもカネもない弱小プロダクションがここまでのし上がれたんですよ。
   彼ら既存の事務所から考えれば、765プロ程鬱陶しいものはないです。
   今、落ちてしまえば、もう二度と浮上することないよう工作を仕掛けてくるに違いありません。
   そうなったら、次世代を担おうとしているアイドルたちはどうするんですか?」

P「そんな事務所力学的な御託は並べなくていい!」

律子「事実を言っているだけです!
   プロデューサーは業界の闇を知らないから綺麗事だけ言えるんです。」

P「なら聞くが、事務所のためならアイドルに枕営業でもしろと言うのか!」

律子「なんで、そんな極論に至るんですか!」

P「だってそうだろう? 事務所のためなら、自己犠牲をいとわないって言ってるんだからな!」

******

個人の尊重か、それとも事務所を優先か。

プロデュースする人間としては、この問は究極だった。


自分が事務所に所属し、事務所から給料をもらっていっる以上は、
事務所のことを第一に考えなければならない。

その点はプロデューサーだろうが、アイドルだろうが代わりはない。

だが、アイドルにも人生というものがある。

彼女たちの人生を変えてまで事務所第一にしなければならないのか。


この究極の問に対して、俺は明確な答えを持ち合わせていなかった。

だが、決して事務所の経営を軽視していたわけではなかった。


しかし、常に彼女達のことを考えるあまり主張が先鋭化してしまい、

結果的に律子と対立することになったのだろう。

律子との対立が深まるにつれて、事務所内に不穏な空気が流れ始めた。

このことは、彼女たちに良くも悪くも影響を与え始めていた。

******

亜美「ね→真美、事務所内すっごくピリピリしてない?」

真美「亜美もそう思う?特に兄ちゃんと律っちゃんが、
   ギスギスっていうか、すっごくぎくしゃくしてるよね→」

亜美「でも、二人とも765プロに一生懸命って感じがするな→!」
   だからね、真美!」

真美「うん!」

亜美「皆が頑張って、これを解決するっきゃないでしょ→!!
   トップに立てば、こんな問題もらくちん解決だよ→!!」

真美「真美もそう思う!
   だから、兄ちゃん達にためにも、頑張っててっぺん行こう!」

******

事務所の空気が悪くなっていく中、

事務所内の人間は、トップに立つことだけが問題解決の唯一の手段、

そして、共通の希望となっていた。



だが、そんな中でも着実に頂点へと登っていった。


各TV局の音楽賞を総なめすると、年の瀬の歌合戦に歌手、また応援団として出場し、

年明けの5大ドームツアーも大成功のうちに収めるなど、名実共にトップアイドルとなった。


ドーム最終公演である、東京ドームのラストで歌った「i」はファンにとっても、

そして765プロの全員にとっても深く突き刺さるものになった。

夢にまで見たトップアイドル。遂に頂上に到達した。

てっぺんから見えた景色は、今までの苦労を全て吹き飛ばしてくれた。


かつて、憧れていた場所に立っている彼女たちは、全員が輝いていた。

765プロに過ごしていた中で、どの時が最良の瞬間だったか、と聞かれると、

間違いなくこの瞬間を答えるだっただろう。


全員の夢であったトップアイドルになれたことに狂喜乱舞し、

今までの苦労に涙しながら、今の喜びを噛み締めて合っていた光景は、

今思い出すだけでも涙が出てくる。

この痛々しいほどの高揚感は、苦労を共にした仲間でなければ分からないだろう。




トップに立ってからというもの、毎日が充実し、律子との対立も、しばらくは止むようになった。

いつまでもこんな日々が続けばいい、それだけを願うようになった。


だが、崩壊への足音が音を立てて近づいていた。

>間違いなくこの瞬間を答えるだっただろう。

間違いなくこの瞬間を答えるだろう。

に修正。

765プロの分裂が決定的になった年は、

765プロ所属のアイドルを取り巻く状況が、目まぐるしく変化した年だった。


春香や千早の大学卒業、

やよいの大学入学、

千早の音楽留学のための渡米、

学業優先による伊織の活動縮小、

そしてなによりも、あずささんが婚約……

最悪にも、それらが一気に重なってしまった。


こればっかりは、仕方ないとしか言いようがないのだが、重なることが多すぎた。


これまで少なかった律子との口論も次第に増していった。

彼女たちは、自分のせいだと口々に言い、責任を重く感じていたが、

俺は彼女たちを励まし、自分の道に進むよう説得した。


P「道はひとりひとりあるものなんだ。全員が同じ道を通るわけではない。
 だから、自分の道を歩んで行け。」



あずささんの婚約・引退により、竜宮小町の解散が決まった。

最初から手がけてきた律子にとって、竜宮の解散は相当なダメージだったに違いない。



あずささんの婚約発表を巡っては、俺と律子との間で激しい言い争いとなった。

彼女たちには、特に当事者であるあずささんには、とても動揺させてしまっていたことだろう。

社長の仲裁によって事態は収束したが、出鼻をくじかれた律子との関係は最悪なものとなった。

ついに、この内部抗争がマスコミにも知れ渡ることになる。

週刊誌はこぞって根も葉もないゴシップ記事を掲載し、

テレビのワイドショーも格好のネタだと言わんばかりに連日報道していた。

ネットではアイドルや事務所に対するバッシングが日に日に増大し、

某有名掲示板ではアイドルに対する犯行予告まで書き込まれるようになった。



激しく動揺する彼女たちに、ただの面白半分だから

心配することは無いということを伝えたが、動揺は収まることはなかった。

年の瀬の歌合戦、そして年明けの5大ドームツアーに向けて一日一日と近づくにつれて、

彼女たちの結束は強まっていったが、

崩壊の足音は止むことなく、音を大きくしながら近づいてきた。



必死に崩壊を止めようとしたが、それは叶うことはなかった。



あずささんが引退を発表したドームツアー最終日、その翌日に律子は事務所を辞めた。

竜宮の存在こそが、彼女が765プロにいる理由だと感じた俺にとっては

それほど大きな驚きではなかった。


だが、765プロの次世代のアイドル候補生を引き連れて、

新事務所を立ち上げたことには、俺や社長だけではなく765プロ全員が衝撃を受けた。

社長「まさか、律子君がこんな大それたことを計画していたとね……」

P「はい……。チーフ・プロデューサーとして、
 アイドルを総括していながらこんな事態になってしまい、申し訳ありません……」

社長「まぁ、竜宮小町が活躍することが律子君の生きがいのようなものだったから、
   竜宮が解散すればいずれこうなるだろうとは思っていた。
   だが、君も甘かったね。
   今のアイドルたちをあまりにも重視し過ぎた。その結果がこれだよ。」

P「……」

社長「まぁ、これが君の言う究極の答えなのかもしれない。
   彼女たちはトップアイドルになった。また、各々の道に進むことが出来た。
   私たちは、彼女たちをまがいなりにもトップアイドルにするという、夢を成し遂げた。
   そして、律子君も事務所経営という夢を成し遂げた。
   彼女に従った、次世代のアイドルたちも、きっと新しい事務所で自分の夢を叶えていくだろう」

P「……私には、そうは思えません。」

社長「ハッハッハッ!君も意固地な男だねぇ。」

P「……」

社長「……律子君が抜けた穴は埋めようもないだろう。
   それに、765プロに対する風当たりはかつてないものとなっている。
   正直、これから先はどうしようもならん。
   ますます崩壊していくのか、それとも踏みとどまるのか……
   まぁ、私はこの様だ。
   いつまで、君たちの活躍を見届けるかは分からん。
   ……あとは頼んだぞ。」

******

だが、社長との約束は、瞬く間に空手形となってしまった。

メンバーの大量離脱という大きすぎる衝撃に、

765プロは耐え切ること出来ず、ついにメンバーは四散してしまった。

あるものは765プロから離脱し、

またあるものは律子の事務所に合流し、

またあるものは芸能界から引退した。


その上、調子が悪かった社長の様態は悪化の一途をたどった。

765プロの崩壊がよほど身に堪えたのだろう。

面会すら出来ない日々が続いた。

結果的に、律子の独立が765プロ崩壊に繋がったが、

元々彼女たちは自分の信ずる道に向かって進んでいた。

だから、765プロという殻から脱皮し、

それぞれの目指す場所へと向かったという言い方のほうが正しいのかもしれない。




ただ、765プロから人の姿が無くなった。

わずかに残ったアイドルたちも崩壊して半年後にはそのほとんどが姿を消し、

社長もこの年の暮に亡くなった。



喧騒としたあの光景は、ここにはもうない。

******



女「何コーヒー飲みながら物思いにふけっているんですか?」

P「いや、昔のことを思い出してだな……」

女「もしかして、まだ答えを探し続けているんですか?」

P「……ああ。」

女「ですけど、『自分の進むべき道を歩んで行け』って自分で言ってましたよね?」

P「ああ。だが、もしあのとき律子の言うとおりにしていたら、
 今の状態にはならなかったんじゃないかと思うときがある。
 もし、律子と対立することなく無事平和に過ごせていたら、
 少なくともあずささんの引退を律子の言うとおりにしていたら、
 今でもこの事務所は賑やかで、笑いに満ちていたんじゃないか、と。」

女「けど社長?それってあまりにもエゴな考え方じゃないですか?」

P「エゴ?」

女「確かに、律子さんの言うとおりに事務所優先に事を進めていれば、
 事務所崩壊にならなかったのかもしれません。
 けれども、事務所に縛られたアイドル達は上手く羽ばたけると思いますか?」

P「……」

女「もし、その状態で上手く羽ばたけたとしても、
 その先に待つのは内部崩解という結果のみです。
 自分のやりたいことさえも出来ずに、ただ事務所に従うだけなんて、誰が望みますか?」

P「……」

女「それに、事務所を優先してばかりいたら。
 自分の道すら見つけられず、路頭に迷うことになっていたと思います。」

P「……」

女「けれども社長は彼女たちの道をナビゲートしてくれました。
 私を含め、全員の進むべき道をあなたは指し示してくれました。」

P「……」

女「だから、これ以上責任を自分だけに押し付けることなんてやめて、悩まないでください……」

P「……」

女「過ぎ去った事はもう直しようがありません。
 ですけど、これからの未来は創りあげていくことができます。
 また一から作り上げればいいじゃないですか」

P「……。
 ……春香」

春香「何ですか、社長……
   いやプロデューサーさん」

P「今まで聞いていなかったが、
 何で春香は最後まで俺に付いてきてくれたんだ?」

春香「……私は、プロデューサーさんが
   下積み時代から、私を含めたアイドル全員の標となってくれたこと、
   何時も私たちのことを第一に考えてくれたこと、
   そして、私が困難にぶつかっても、必死に支えてくれていたこと、
   それが全てカッコよく思えたんです。
   『私たちに自分を犠牲にするな』、なんていいながら、
   自分は犠牲になってでも私たちを守っていく姿が、
   頼もしく見えて、プロデューサーさんは私の憧れだったんです。」

P「そうか……」

春香「はい!
  だから、いつまでも傍にいて、プロデューサーさんのことを見守ろうって決めたんです。」

P「……なあ春香。
 もし、ここで俺が大声で泣いても、カッコ悪いとは思わないか?」

春香「全然思いませんよ。男泣きはむしろカッコ良いとおもいますよ。」

P「……そうか」

春香「プロデューサーさん。私の胸をお貸ししますから、そこで思いっきり泣いて下さい。
   そうすれば、きっと全部忘れられますよ……」

P「……ああ、そうさせてもらう」ポフッ

俺は春香の言われるままに、彼女の胸を借りて泣いた。

大人気もなく、事務所内に響き渡るような大声で何時間にも渡って泣いていた。

今までの苦悩と葛藤を全て吐き出すようにして……



春香「よしよしよし。プロデューサーさんは甘えん坊ですね。10年前と立場が逆になってますよ。
 けど、安心して下さい。
 ……今度は私が標となって、あなたを導いていく番ですから……」



春香の柔らかな手が、俺の頭を撫でた。

まるで、自分の子供をなだめる様に、

穏やかで、愛情のこもった手つきで、何度も何度も撫で続けた。



春香の温もりと、優しい声に安らぎを得たのか、その後の記憶は無い。

******



あれから数ヶ月が過ぎた。

相変わらず、765プロの事務所は閑散としているが、

そこには、かつてあった喪失感といった空気はなかった。

あるのは明るく元気な声と、やる気に満ち、バイタリティー溢れる二人の姿だった。



泣いて以来、俺は765プロ再興に向けて準備を進めていた。

春香も芸能界から身を引き、以前から手伝ってくれている事務を、本職としてやるようになった。



P「春香。営業行ってくるよ!」

春香「がんばってくださいね。プロデューサーさん!」

P「ああ、任せとけ!!」

******

再興に向けて動き出したと言えども、まだ道半ば。

人もいなければ、カネもない。

だけども、きっとこのままやっていればうまくいく。

保証なぞ存在するはずもないが、可能性を信じて挑まなければ、何も始まらない。

だから、自分の道を突き進んでいく。



何時かまた、765プロのアイドルが、輝いたステージに立てる日が来るように……






P「君!そこの君!うん、いいねぇ!ティンときた!
 うちのプロダクションに入って、トップアイドルを目指さないか?」



―fin―

始めて、SSに挑戦したのですが、暖かいご支援ありがとうございました。
レスの中に、他の人はどうなったか、というレスがありましたが、
漠然としか決めていないので、ここで発表するのはどうかな、と。

いずれここでまた逢う日が来るとおもいます。その時また、お会いしましょう。



このスレを見て下さった全ての方、並びにご支援下さった方々、
本当にありがとうございました!!

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