七咲「先輩、部活やめちゃいました」(509)

廊下

純一「な、七咲!」

七咲「あ。先輩、お久しぶりですね」きぃこ…

純一「う、うん! あのね、七咲っ!」

七咲「すみません、その、何て言ったら分かりませんけど…」

純一「っ…あ、うん? ど、どうしたの七咲?」

七咲「…」

純一「七咲?」

七咲「…見ての通り、こんなことになっちゃいました」

きぃこ

七咲「もう、動けないそうです」

七咲「───足、一生治らないそうですよ」

純一「そ、その…まだわからないよね? だって、ただの骨折だって聞いたし…!」

七咲「…」

純一「だ、だから七咲みたいな頑張り屋さんなら、すぐに怪我だって回復しちゃうよ!」

七咲「…いいえ、先輩」

七咲「これは骨折なんかじゃありません」

純一「えっ? で、でも塚原先輩が大した病気じゃないって言ってたよ…?」

七咲「…部活」

純一「え?」

七咲「部活のことは…もう言わないでください」

純一「ど、どうして…」

七咲「もう関係ないですから」

きぃこ

純一「関係無いって…っ」

七咲「やめたんです、水泳部は」

純一「や、辞めた? 嘘だろ七咲、そんなことっ!」

七咲「…本当ですよ」

純一「だ、だって! まだ七咲は一年だし、これから治していけばまだまだ時間はたっぷりあるだろっ?」

七咲「…言ったじゃないですか、もう動けないって」

純一「そんなの嘘だよっ! 七咲、何を弱気になってるの…そんなの七咲らしく───」

七咲「───私らしくってなんですか」

純一「えっ…」

七咲「…こんな事を言うのは、私らしくないってどういう事ですか。
   車椅子に乗って、もうやる事の出来ない部活を口にしたらダメだって言いたいんですか…っ」ぎりっ

純一「ち、ちがっ…七咲…!」

七咲「先輩」

七咲「もう一度言います、この脚はもう動けないんです」

七咲「───今後一生、私は車椅子から降りることはできません」

純一「七咲…っ」

七咲「…先輩、私が入院していた期間。お見舞いに何度も来てくれたそうですね」

純一「う、うん」

七咲「ありがとうございます、あの時は、一度も顔を見せなくてすみませんでした」

七咲「──そして、これで最後にしてください」ぺこ

純一「ど、どういうこと?」

七咲「私に構うのは、これで最後にしてください先輩」

七咲「今後はもう、私に会いに来ようとするのはやめてください。学校の廊下で見かけたときも、
   私には話し掛けもせず、出来れば眼を合わせることも避けてください」

純一「な、七咲! んなっ…どうしてそんなこと言うんだよっ!」

七咲「…それでは」きぃこ…

純一「七咲!」

七咲「……見られたくないんです…」

純一「っ…」

七咲「…ごめんなさい、橘せんぱい」

きぃこ…きぃこ…

純一「あ……」

純一「どうして…そんな事言うんだよ七咲。僕は…君のことを…!」

七咲「…」きぃこきぃこ…

純一「七咲ッ───」

~~~

純一「───七咲ッ…!」がばぁっ!

純一「っ…はぁ…っはぁ……」

自宅 部屋

純一「くそっ、またあの時の夢かよ……くそっ」ボスッ

純一「……」

純一「……七咲」

純一「どうしてあんなこと言ったんだよ、僕は七咲のことをどれだけ心配していたと思ってるんだ…っ」

純一「…」ぽすっ…

チュンチュン

純一(もう朝か…)

純一(学校、行きたくないな…いっその事今日はサボってしまおうか)

純一(だってもう七咲を、見て見ぬふりをするのは疲れてしまった)

純一(───七咲に会わないでほしいと言われて、三か月が経ってしまった)

純一(あれから何度も教室に会いに行ったけれど、七咲の姿は無く)

純一(…そしていつの間にか僕は、七咲に会う事が怖くなってしまって)

純一(学校で七咲を見かけても、すれ違っても、僕は…)

純一(……僕は七咲に話しかけることは、しなくなってしまった)

純一「僕は結局、なにがしたかったのだろう…七咲に何て言って欲しかったんだろ」

純一「……僕自身、なにをしたら良いのかわかってないクセに」

~~~~~

純一「……」

梅原「よう、大将」

純一「…おう」

梅原「なんだなんだ、今日もさみぃーなぁオイ」

純一「うん、ニュースによると今週末に雪が降るらしいぞ」

梅原「マジかよ…そりゃ寒いワケだ」

純一「試験前に風邪なんて引くなよ」

梅原「わーってるよ、つか俺の事を心配する前に自分の事を心配しやがれ」

純一「何言ってるんだ、僕は意外と試験対策はばっちしだぞ?」

梅原「……えっとな、というか大将…朝から鏡見たか?」

純一「鏡? どうして?」

梅原「顔色がマジで悪い」

純一「…本当に?」

梅原「マジだ」

純一「そういえば朝は急いでたし、見てなかった気がする」

梅原「だろーな、俺だったらその顔が鏡に映っちまったら絶対に休むな」

純一「おいおい、そんなに悪いのか僕の顔色」

梅原「俺が心配するほどに」

純一「…重症だ、僕がインフルエンザにかかっても
   学校に来いと言った梅原がそんな事言うなんて…」

梅原「へ? 言ったかそんなこと?」

純一「言ったよ」

梅原「…俺はんな鬼畜な事言わねーと思うんだが…」

純一「……。そう言えばあの時、僕はお前に───」

きぃこ…

純一「──…っ!」ビク

梅原「おい、どうした大将…おっと、すまねえ。邪魔になってるか」

七咲「…ありがとうございます」ぺこ

梅原「おう」

七咲「…」きぃこきぃこ…

純一「………」

梅原「…大変だなありゃ、車椅子で登校とかすげえ疲れんだろうに」

純一「………」

梅原「誰か押してくれる人とか、車で送ってくれる人が居ねえもんかね…なぁ橘?」

純一「………」

七咲「…」きぃこ…

純一「っ……」

梅原「おい、大将って」ぐいっ

純一「えっ? す、すまんっ! ちょっとぼーとしてた…何て言ったんだ梅原?」

梅原「いや、だからよ。車椅子で登校なんてつれーだろうにってことだよ」

純一「そ、そうだよなっ? う、うん…誰か手伝ってくれる人がいればいいのにな…うん」

梅原「…」

純一「…そうだよ、な」

梅原「なぁ、大将───うぉおおおっ!?」

純一「えっ? うわぁああああ!?」

ブォオオ!!

梅原「な、なんだぁ!? 何か高速で通り過ぎてッ…?」


「───七咲ッ! 今日は私が来るまで待ってるよう言っておいたでしょうッ!」


純一「あ、あれはっ…」


七咲「あ、すみません…その…」

「また同じような事をしたら怒ると、言ったわよね」

七咲「…はい」

塚原「もう絶対に一人で行こうとするはやめなさい、いいわね?」

梅原「あれは…三年の塚原先輩だな、水泳部部長の」

純一「……」


塚原「こんなに汗をかいて…」

七咲「…すみません、塚原先輩」


純一「……」

梅原「あの七咲って子だけどよ」

純一「あっ…うん、どうした梅原?」

梅原「水泳部辞めたらしいな」

純一「…う、うん」

梅原「なんつーか、思い切りが良いのか悪いのか分からねえけど。
   それでもああやって部活の先輩に構ってもらえるなんて、よっぽど気にいられてんだな」

純一「それは、うん…当たりまだよ」

純一「──七咲はとっても良い子だから、ああやって助けてもらうのは当たり前だよ」

梅原「じゃあ、お前さんはいかねえのか」

純一「え? ……僕は良いんだ、だって」

梅原「…だって?」

純一「僕はその…」

梅原「…」

純一「……良いんだよ、とにかく。お前が気にすることじゃないからさ」

梅原「そっか、大将がそう言うのなら俺は何も言わねえさ」

純一「おう、というか急がないと遅刻しちゃうぞ」

梅原「おっ! そうだったぜ、つかそもそも悠長に会話してる暇もねえんだったな!」だっ

純一「急ぐぞっ」

たったったった!

純一「………」

ぎりっ…

昼休み

純一「……」ぼー

純一「テラスでご飯、久しぶりだけど寒いなぁ」

ひゅうううう~…

純一「───ブエクシッ!」

純一「ずずっ、危ない危ない…これじゃ風邪引いてしまうよ」

純一「……教室に戻ろう。いや、その前に販売機でコーヒーを買っていこうかな」

~~~~~

純一「あったかいあったかいコーヒ~っと」すたすた

「んっ……むぐぐっ」

純一「うん? あれは…」

「とどいっ……て! んん~!」ぐぐっ…

純一「ッ…!」ささっ

純一(勢いで隠れてしまった…だけど、あの一生懸命に自動販売機のボタンを押そうとしてるのは…)

純一「七咲…」

純一(なにか飲み物を買いに来たのだろうか…だけど、今は一人みたいだ)

七咲「んぐぅ…ぅっ…!」ぷるぷるっ

純一(あんなに必死になってボタンを押そうと…車椅子だから、ギリギリ届かないんだろうな…)

七咲「っ……」ぐぐっ

七咲「──っはぁ! っはぁ…!」ガクンッ

純一「あっ……!」

七咲「はぁ……はぁ……くっ…」

七咲「──もうちょっとで、届くはずっ…」

純一(う、嘘だろ。まだ諦めないなんてっ…他の人に押してもらうよう頼めばいいのにっ…)

七咲「ひぅっ…んっ~~! ん~っ!」ぷるぷる

純一「七咲っ…ダメだ、もう見てられない───」ガタ!


ポチ! ゴロン!


七咲「! や、やったっ」

純一「あっ…」

七咲「よい……しょっと…」ガタガタ…

七咲「──…よかった、ちゃんと買えてる」


純一(…届いた、あの高さのボタンに。ここから見ても決して安易に押せるような高さじゃないのに)

純一(きちんと七咲一人の力で、押せたんだ…誰かに頼る事もなく、自分だけの力で…)

純一「七咲…」


「───逢ちゃんっ…!」


純一「この声は…」


七咲「あ、中多さん」

紗江「あ、逢ちゃんっ…! 探したんだよっ? 美也ちゃんと一緒に何処に行ったんだって…っ」

七咲「ごめんね、ちょっと喉が渇いて」

紗江「ひ、一人で買いに行ってたの…? だ、だめだよ! いくら車椅子で動けるからってっ…!」

七咲「…うん、ごめんなさい」

七咲「でもほら、見て中多さん。これ一人で買えたんだよ?」

紗江「え…本当に?」

七咲「うん。前は押せなかったのに、今日はやっと押せた」


七咲「───一人の力で、誰かに頼ることなく買えたよ」


純一「……」


紗江「すっ…すっごぉい! 逢ちゃん一人でって…すごいよ逢ちゃんっ」

七咲「ありがと、だけど心配させちゃったごめんね。美也ちゃんは何処に居るの?」

紗江「あ、うんっ。あっちに居ると思うから…心配してるだろうし、いこ?」

七咲「うん」

きぃこきぃこ…


純一「……」すっ…

純一「………」

純一「僕もコーヒーを買わなくちゃ…」すた…

純一「コーヒーコーヒーっと」

ぴっ! ゴロン!

純一「…よいしょっと」ガタガタ

純一「あちちっ」

純一「あち……」

純一「……ボタンを押すのは、こんなにも簡単なことなのに」

純一「七咲は…あれだけ苦痛に顔を歪ませながらじゃないと、買えないんだよな」

純一「……」

純一「…僕は一体、なにをしてるんだろう」

教室

コト…

梅原「んあ? どうしたコーヒーなんか置いて」

純一「やるよ、買ったけど飲む気が起きなくてさ」

梅原「オゴリか?」

純一「タダだよ」

梅原「んじゃ貰うぜ。今月はちょっとキツんだ」かしゅっ

純一「……」

梅原「──ぷは、やっぱ男は黙ってブラックだぜ!」

純一「…なあ、梅原」

梅原「ん、どした」

純一「美味しいか、コーヒー」

梅原「マズイけど? 実際そんなブラック好きじゃねーしな」

純一「うん、わかってたけど。だけど美味しいかそのコーヒー」

梅原「まあな、美味い」

純一「だよな、うん」

梅原「…んだよ、何を言いてえのかハッキリしろよ橘」

純一「………」

純一「…それってさ、僕が買ってきた奴だろ」

梅原「は? まあそうだな、うん」

純一「梅原自身が自動販売機に買いに行って、それからお金を入れて、ボタンを押して取り出して」

純一「…全ての工程を自分の身体ですることなく、それを今飲んでるお前は」

純一「──それでも美味しいと言えるわけだな、梅原」

梅原「…よくわからんが、怒ってんのか?」

純一「怒ってない」

梅原「じゃあ言い方変えるぞ。……ちっと落ち着け大将」

純一「落ちついてるよ」

梅原「いいや、どう考えたってイラついてるじゃねえか。何があったのかしらねえけど、八つ当たりすんな」

純一「……」

梅原「俺に当たっても、後で後悔するのはお前さんだろ」

純一「……」

梅原「──ま、それでスッキリすんならいくらでも来い。
   だが拳は出すなよ、その時は俺だって黙っちゃいねーからな?」

純一「…その」

梅原「おう、どうした」

純一「…すまん、お前の言う通りかも知れない。イラついてたよ、僕」

梅原「だな」

純一「ははっ、何やってるんだろう。梅原に当たっても意味無いのに…」

梅原「ん~…ま、飲めよコーヒー。俺はもう要らねえからよ、ちょっと飲んで落ち着け」

純一「……」

梅原「いいから飲めって、な?」

純一「……わかった」

ごくっ

純一「ぷはっ、うん…ありがとう梅原。ちょっと気分が落ち着───」

梅原「──つぅーこって、空き缶の処理は頼んだぜ大将」

純一「……。やりやがったな梅原!」

梅原「橘が最後まで飲みほしたんだろ? 
   んじゃ捨てるのはお前さんだぜ、廊下の端にある空き缶用ごみ箱までな!」

純一「ぐぬぬっ…」

梅原「ははは、八つ当たりされたお返しだ。これでチャラだぜ」

純一「っ……そう、か。そうだな」

梅原「おうよ、もうすぐ昼休みも終わるしよ。急いで捨てて帰って来い」

梅原「じゃねーと、麻耶ちゃん先生に怒られちまうぞ」

純一「わかった、んじゃ捨ててくる」すた

梅原「キチンと捨てて来いよー」

純一「わかってるよっ…ったく」

がらり すたすた…

純一(うっ、遠い…走れば間に合うだろうけど。誰かに走ってる所を見られたら怒られるだろうな…)

純一「なるべく歩いてるように見せて、ちょっと早めにっと…」スタスタ

純一(間に合うかな、まあ遅れてもちゃんと梅原に責任転換すれば良いだけだよな)

純一「よいしょっと」

カラン

純一「……」

純一「…こうやって廊下を歩いて、空き缶を捨てることなんてそんなに大したことじゃない…」

純一「こんなこと簡単な事だ、誰もが普通に出来ることであって…」

純一「………」

純一「……七咲…」

放課後

純一「……」

梅原「橘ぁー、帰ろうぜ。んでもって帰り道、どっかゲーセンでも寄っていかねえか?」

純一「……梅原」

梅原「ん、どうした? 真剣な顔しやがって」

純一「僕ちょっと行く所があるから。今日は一緒に帰れない」

梅原「…おお、用があるなら仕方ねえな」

純一「すまん、また今度なら良いからさ」

梅原「気にすんなって」

純一「…ああ、そうしてくる」がたっ

梅原「うおっ!?」

純一「──待ってろ…七咲…っ」

だだだだだっ

梅原「……」

梅原「はぁ、アイツも頑張るよなほんっと」

~~~~

純一(放課後になってまだそんなに経ってない…一年の教室には居るはずだ)

純一「七咲っ…!」だだっ

純一(今さら七咲に会って何を話せばいいのかなんてわからないっ。
   …だけど、僕は今の七咲を放っておくことなんて出来るわけないよ…!)

純一(誰もが普通に出来る事を、あんな風に頑張らなきゃいけない七咲を…!)

純一(僕は見知らぬふりなんてっ…出来るわけないッ!)

純一「っ…しょっと…」たんっ

純一「──見えた、七咲の教室っ…!」

純一(後は七咲が居るかどうか確認して───)


「──待ちなさい」すっ


純一「えっ…!」

「それ以上、七咲の教室に近づくのはやめなさい」

純一「っ…ど、どうしてそんなことを?」

「そのままの意味よ、わかるでしょう?」

塚原「──橘くん、私が言っている言葉の意味をね」

純一「えっと……わかりません、僕は七咲に会いたいだけで…」

塚原「……」

純一「な、七咲を傷つけるようなことなんてしませんよ?…むしろ、僕は七咲を助けたくてっ」

純一「っ…しょっと…」たんっ

純一「──見えた、七咲の教室っ…!」

純一(後は七咲が居るかどうか確認して───)


「──待ちなさい」すっ


純一「えっ…!」

「それ以上、七咲の教室に近づくのはやめなさい」

純一「っ…貴女は……えっと、ど、どうしてそんなことを…?」

「そのままの意味よ、わかるでしょう」

塚原「──橘くん、私が言っている言葉の意味をね」

純一「…塚原先輩」

塚原「とりあえず、こんばんわ」

純一「こ、こんばんわ…その、先輩…?」

塚原「ねえ、橘くん。ちょっといいかしら」

純一「先輩にはかんけーし」

響「考えろ、意味を」

純一「な、なんですか?」

塚原「今から君は七咲に会いに行こうとしてたのよね」

純一「…そうですけど」

塚原「…」

純一「……もしかして先輩、七咲に何か言われたんですか?」

純一「近づくなって…先輩が言うのはおかしいですし、だから七咲に何か言われたのでしたら」

塚原「いいえ、これは私の独断で決めた事よ」

純一「え?」

塚原「橘君にはもう、七咲に近づかないでほしいと……本気でそう言ってるの」

純一「っ……ちょ、ちょっと待ってください! 先輩、あの時の言葉っ…忘れたんですか!?」

塚原「……」

純一「七咲が怪我をした時にっ…僕に七咲の事は頼んだと、言ってくれたじゃないですかっ」

塚原「ええ、言ったわね」

純一「だから僕はこうやって七咲に会いに来ただけですよ!
   なのにどうして塚原先輩がダメなんてことを…!」

塚原「じゃあ聞くけど、……どうして今なの?」

純一「それはっ…」

塚原「私は確かに七咲の事を頼むように言っておいた、だけどね?
   君はなぜか今頃になって七咲に会いに行こうとしている」

純一「それは! 三か月前にっ…七咲に会いに行った時、もう合わないでくれと…!」

塚原「へえ…それを真っ向から信じたのね、君は」

純一「っ……だ、ダメだったと言うんですか」

塚原「…」

純一「僕だって何度も何度も教室に来ましたよ! だけど、七咲はそこに居なくてっ…」

塚原「そのうちに、七咲と会う事もなくなったと」

純一「………」

塚原「じゃあずっとそうしてなさい、七咲に構うことなんてしないで」

純一「っ…それが出来ないから、僕はこうやって七咲に会いに来たんです!」

純一「今から会いに行って、七咲にどれだけ拒絶されようがっ…僕はどうにかして七咲に認めさせてもらいます!」

純一「……どうして僕と会いたくないと思ったのか、どうしてもう話してくれないのか」

純一「どうにかして絶対に、話してもらうつもりですっ!」

塚原「じゃあ聞くけど、……どうして今なの?」

純一「それはっ…」

塚原「私は確かに七咲の事を頼むように言っておいた、だけどね?
   君はなぜか今頃になって七咲に会いに行こうとしている」

純一「それは! 三か月前にっ…七咲に会いに行った時、もう合わないでくれと…!」

塚原「へえ…それを真っ向から信じたのね、君は」

純一「っ……だ、ダメだったと言うんですか」

塚原「…」

純一「僕だって何度も何度も教室に来ましたよ! だけど、七咲はそこに居なくてっ…」

塚原「そのうちに、七咲と会う事もなくなったと」

純一「………」

塚原「じゃあずっとそうしてなさい、七咲に構うことなんてしないで」

純一「っ…それが出来ないから、僕はこうやって七咲に会いに来たんです!」

純一「今から会いに行って、七咲にどれだけ拒絶されようがっ…僕はどうにかして七咲に認めさせてもらいます!」

純一「……どうして僕と会いたくないと思ったのか、どうしてもう話してくれないのか」

純一「どうにかして絶対に、話してもらうつもりですっ!」

塚原「私はともかく、七咲に拒絶されてるのに?」

純一「も、もちろんです。僕はもう…見たくないんです」

純一「……ああやって車椅子に乗って、努力をしている七咲を…っ」

純一「傍から見てるだけなんて、とても辛いんですっ…!」

純一「だから僕は七咲の傍にいて、その努力を手伝ってあげたいんですよ!」

塚原「…」

純一「虫がよすぎる話だってわかってます…三か月間の間にもっとやることがあったはずだって、わかってるんです」

純一「……だけどキチンと話をして、七咲に理由を聞いて、ちゃんと足の怪我について頑張って行きたいんです」

純一「…とても、今頃になってわかってしまったけれど……」

塚原「──そう、本当に今頃よ橘くん」

純一「えっ…どういう意味ですか…?」

塚原「そのままの意味。君は最近の七咲を見てるようだから言うけれど、ねえ七咲って」

塚原「──前よりも頑張ってるように見えないかしら?」

純一「頑張ってる…?」

塚原「そうよ、何て言うのかしらね…足のけがをする以前より輝いて見えるのよ」

純一「そ、そんなワケっ…! 自動販売機で飲み物を買うことすら、普通に出来ないんですよ!?」

塚原「うん、だけど結局は買えていたでしょう?」

純一「っ…そうですけどッ、でもそれは物凄く努力をしないといけなくて!」

塚原「それよ、橘くん」

塚原「──七咲は前よりも努力をしている、さらに言えば達成する喜びを感じつつある」

純一「っ…」

塚原「普段通りにやれたことが、努力をしなければ出来なくなっている状況に…彼女は適応し始めてるの」

純一「…適応…?」

塚原「ええ──…この三カ月の間にね」

純一「三か月の……間にっ…」

塚原「七咲は元々努力家だったから、心の切り替えも早かった。
   誰もが嘆く事を、悲しむ事を、彼女は一人で乗り切ってしまったの」

塚原「それからは早かったわ。暗かった表情にも明るさが戻って、
   なにかと諦めがちになっていた性格が、以前よりも強いものとなっていった」

塚原「どんな困難なものでも、今の七咲は諦めることなく挑めるでしょうね、きっと」

純一「……」

塚原「七咲はそれほどまで変われたのよ、怪我でってことがちょっとアレだけど…」

塚原「…それでも、七咲は以前よりも強い七咲になっているの」

純一「……それは」

塚原「キミも気付いていたのよね? 七咲が前よりも頑張ってる事を」

純一「……」

塚原「性格がだんだんと以前と変わらなくなってきていることも、わかっているはず」

塚原「───だから、私が言いたい事もわかってくれてるはずよ…橘くん」


塚原「君は七咲に近づいちゃ駄目。彼女の努力に水を差すようなことをしてはいけないの」

純一「…だけど、僕は…」

純一「七咲にっ…ちゃんと話をしたくてっ、どうしてあんなことを僕に行ったのか…」

純一「僕は…それを…」

塚原「橘くん」すっ

純一「……えっ、あっ…?」

塚原「───どうか、お願いします」ぺこ

純一「塚原先輩っ…!?」

塚原「七咲にはもう、今後近づかないで」

純一「そんなっ…僕は…とにかく頭を上げてください!」

塚原「いいえ、君からちゃんと返事を聞くまではあげないわ」

純一「そんなのっ…!」

塚原「……お願い、七咲はもう一人で立ち直ったの」

塚原「──彼女の努力を、無駄にさせないであげて」

純一「無駄って…」

塚原「確かに君が関わることで、七咲は何かしら変わることになるかもしれない」

塚原「だけど、だけどね。それはもう必要のないことなの」

塚原「…むしろ邪魔だと言ってもいいわ」

純一「っ…」

塚原「彼女は君にどう言って拒絶したのかは分からない。だけど、少しだけ七咲の気持ちは分かるの」

塚原「──七咲は一人で変わろうとしたんだってことは」

塚原「君は優しいから、付きっ切りで七咲の面倒を見ようとしたはず」

塚原「…七咲はそれが分かってたんでしょうね、だから…拒絶をしたのよ」

純一「……っ」

『──見られたくないんです…』

塚原「…橘くん、私が言っている事は七咲の代弁と思ってくれていいから」

塚原「──君はもう、七咲から必要とされてないのよ。ずっとね」

塚原「彼女は変われたの、それを実際に証明できた」すっ

塚原「キミの力を借りずに、一人だけで立ち直れた」

塚原「今までも、そしてこれからも」

純一「………」

塚原「ここまでが七咲の代弁だと思ってくれていい」

塚原「…今から言う言葉は、私だけの意見。七咲は関係なくて」

塚原「私が橘くんに、言っておきたい事がある」

純一「……なんでしょうか」

塚原「うん、あのね。いつかきっと…もしかしたら今すぐにでも」

塚原「七咲は君と会話しても平気だっていうかもしれない」

塚原「…でもね、私はそうは思わない。
   確かに七咲は立ち直れたけど、それでも不安定なままなのは変わりない」

塚原「橘くんが近づいてしまえば、彼女はきっと……甘えてしまうかもしれないから」

塚原「私は今の七咲の努力を、維持させてあげたいの」

純一「僕が近づけば、七咲は一人での努力を止めてしまうと…?」

塚原「そう思ってる。それほどまでに、七咲は君の事を信頼していると、好意を寄せていると思ってる」

純一「……僕は…」

塚原「実際そうだからこそ、七咲は君を拒絶したんじゃなくて?
   君に甘えてしまう自分が想像できたから、七咲は君の傍から離れてしまった」

純一「…」

塚原「これは七咲の覚悟なのよ、怪我にしろ精神にしろ自分でやり通さなければ駄目だと決めた」


塚原「七咲逢という、一人の女の子が掲げた強い想い」


純一「七咲の想い…」

塚原「この想いは、三か月間ずっと続けられた。頑張り続ける理由となり得た」

塚原「……それを君は、壊して良いと思えるの? 橘くん」

純一「壊すなんて、僕はそんなことっ!」

塚原「思えない?」

純一「そんなことっ……僕はっ…僕は……」

純一「……僕は…」

塚原「…はぁ」

塚原「今すぐにでも理解してなんて、そんなこと無理なのかもしれないけれど」

塚原「──橘くん、でもね、君は一回〝七咲から離れてしまっているのよ?〟」

純一「っ…!」

塚原「七咲から逃げてしまってる、彼女の言葉を認めないながらも、それでも彼女の言う通りにしてしまったじゃない」

塚原「君は出来るのよ、七咲を放っておくことが。怪我をして弱っていた七咲を、見捨てる事が───」

純一「──僕はっ…見捨ててなんかいない!!」

純一「塚原先輩っ…それは、違う! 僕は決して七咲を見捨ててなんかいない!」

塚原「……」

純一「確かに僕は三か月もっ…七咲から離れていたかもしれないっ! だけど!
   その間はっ…ずっとずっと僕はっ…! 七咲の事を忘れることなんて出来なかった!」

はよ

純一「夢にだって何度も出てきてっ……その夢を見るたびに、
   僕は自分の事を最悪な奴だと何度も何度も思いました…ッ!」

純一「だけど七咲を見捨てるなんてっ…僕は絶対にそう思った事はありませんっ!」

塚原「…詭弁ね、橘くん」

純一「なっ…!?」

塚原「君が実際そう思っていたとしても、それは七咲に伝わっているのかしら」

塚原「君がどれだけ七咲の事を大切に思っていたとしても、
   果たしてそれは言葉にしなくてもいい事だったのかしら」

塚原「想いだけにとどめて置いて、七咲自身に伝えなくてもよかったのかしら?」

純一「ぼ、僕だって伝えたかったですよ!? なのに、七咲は僕に会ってくれなくて! だから!」

塚原「甘いわよ」

純一「っ…!?」びくっ

塚原「──甘い、甘すぎる。橘くんそれは甘え過ぎ」

塚原「それってただ単に、怖かっただけでしょう?
   そのことを伝えて、それでも七咲に拒絶されてしまうのかもしれないと怖がっていただけじゃなくて?」

純一「僕は怖がってなんかいませんっ! た、確かにっ…前までの僕は
   そんなことを思っていたかもしれないっ…だけどっ…!」

塚原「今の自分は違うって言いたいのかしら?」

純一「っ……そうです! そうですよ! 僕はもう、怖がることはやめたんです!」

純一「だからこそこうやって七咲に会いに行こうとしてるんです!
   例え塚原先輩や、七咲がどう僕に言ったとしてもっ…僕はどうにかするつもりなんですっ!」

塚原「言わなかったかしら、もう遅いってことは」

純一「遅くなんてありませんよッ! 塚原先輩に何が分かるんですかっ…僕のことを全部知ってるとでも言うんですか!?」

塚原「………」

純一「さっきから黙って聞いてればっ…塚原先輩に言われる筋合いはありませんよそんなこと!
   七咲に関しての事は、僕だけで考えますよッ! 塚原先輩にとやかく言われる理由はこれっぽっちもっ!」

塚原「──橘くん」

純一「なんですかっ!? まだ何か言うつもりですかっ…もう退いてください、七咲に会いに行きますからッ…」

塚原「…だめよ」

純一「まだッ…そんなことを───塚原先輩に何が分かるっていうんですか!?
   七咲と僕の問題です! 貴女は関係ない、すっこんでてください!」

塚原「…関係はあるわ」

純一「関係がある!? じゃあ言ってみてくださいよ! 七咲と僕に、塚原先輩がどう関係があるのか!?」

純一「先輩はもう水泳部の繋がりは無いんですよ!? 七咲は部活を止めた、だから部活関連は認めませんからね!?」

塚原「…ええ、そうね」

純一「っ…じゃあなんですか、言ってみてくださいよッ…」

塚原「…」

塚原「…今、君が言ってた通り。私と七咲は部活という繋がりを失くしている」

塚原「同じ学校の先輩と後輩、ただそれだけの関係よ」

塚原「…七咲もそれを望んでいたのだろうし、そして七咲にも実際にそう言われた」


塚原「──私もね、君と一緒で〝七咲から拒絶されてるのよ、三か月前に〟」

純一「………え…?」

塚原「私も七咲から、もう会わないで下さいとお願いされたのよ。
   部活も辞めるし、これから学校生活で自分に構う事はしないでと断言されたわ」

純一「で、でもっ…先輩は…!」

塚原「ええ、君も知ってると思うけど。今は普通に七咲と関係を保っている」

純一「ど、どうしてっ…?」

塚原「わからない? 私はそう七咲に言われても」


塚原「───一度も逃げなかったのよ、七咲からね」


純一「っ……」

塚原「どれだけ拒絶されても、どれだけ逃げられても、どれだけ傷つけあっても」

塚原「今からこの三カ月の間……ずっと七咲から逃げることはしなかった」

塚原「私はずっとずっと、七咲に立ち向かっていたのよ」

塚原「……橘くん、君と違ってね」

純一「先輩良いんですか?エッチなゲームに出演してること七咲に言いますよ?」

純一「七咲に…会いに行きつづけたんですか…?」

塚原「ええ、もうどれだけ暴言を吐きあったのか忘れちゃったわね」

塚原「…だけど、そうやってきた過去があるからこそ」

塚原「私はどれだけ傲慢な事を、君に言っても許されると思ってる」

塚原「でしょう? 逃げた橘くんと違って、私はずっと立ち向かった」

塚原「問題に関わり合い続けた」

純一「っ……」

塚原「一人になってでも、頑張り続けた」

塚原「…そして、今の関係がある」

純一「あっ…うっ……」

塚原「───遅いのよ、もう。君が立ち向かう時はとっくに過ぎてしまってる」

塚原「今の七咲には、私の時と同じような問題は必要されてない」

塚原「だって変わってしまったのだから、七咲自身の力で」

塚原「……君はもう、七咲に必要とされてない。だから、こそ」

塚原「近づかないで、七咲には」

純一「………」ふら…

すた…すたすた…

塚原「……」

純一「そんなこと…僕は、ちゃんと七咲の事を思ってて…」

純一「どうしたらいいのかって悩み続けて…悩み続けて…今日やっと決心がついて…」

純一「なのに……なのに…僕は、もう必要とされてない…なんて」

すた…

純一「………」

塚原「──わかってくれたかしら、橘くん」

純一「………」

塚原「今の君は、どれだけの覚悟を持っていたとしても。それは〝今のキミ〟なのよ」

塚原「…あの時の橘くんが頑張っていれば、もっと今の状況は変わっていたのかもしれないわね」すたすた

塚原「──そのまま真っ直ぐに、七咲の教室を通り過ぎて帰りなさい」すた…

塚原「一回も教室へと視線を向けることなく、ただ真っ直ぐに前を向いて」

塚原「この廊下を渡り切りなさい、橘くん」

純一「……」

塚原「そうして自分の中の覚悟を消し去るの。もう七咲には──…自分は関係ないのだと」

塚原「決断するの、絶対に」

純一「……」

塚原「……七咲が廊下に出てくる前に、早く」

純一「………」

純一「……───」

すた……すたすた…

純一「………」

すたすた……すたすた…


『───あー美也ちゃん、それって何かな?』


純一「っ……」びくっ

『にっしし! これはね? 街で買ったキーホルダーなんだよ~』

『わ~…かわいい…』

『いいなぁ、何処で売ってたの?』


純一「……っ…」ぐぐっ…

すたすた…


『えーっとね。うん、それじゃあ一緒に買いに行こうよー! 三人でね!』

『ほ、本当に? でも…』

『逢ちゃん、大丈夫だよ? 私たちもついてるし…ね?』

『そうだよそうだよ! だーいじょうぶ! 逢ちゃんは直ぐにそんな事言うんだからっ』

『そうだよ…? 前だって変な事言うから、びっくりしちゃったし…』

『…うん、ありがと二人とも』


純一「………────」

すたすた………

ちょいトイレ

塚原「……はぁ」

塚原「……」

塚原(辛いかもしれないけれど、それは…駄目なのよ橘くん)

塚原「……見守っててあげてね、あの子を」

~~~~~~

公園

純一「………」

純一「……あー……」

純一「……駄目だ、何て言ったらいいのかわからないけれど…」

純一「変な事を言ってしまいそうになるよ…」

純一「……」

純一「──ああああああ!! 僕はっ…僕はぁあああああ!!」バタバタ!

純一「はぁっ…はぁっ……はぁーあ……」

純一「………塚原先輩が言ってる事は、全部正しいんだろう…」

純一「…例えそれが認めたくないモノだったとしても」

純一「……」

純一「──…今は、そうなってしまってるのだから……もう、仕方ないことなんだ…」

純一「…どうして逃げてしまったんだろう、僕は七咲から…」

純一「あれだけ彼女の事を心配してて…怪我をしたときだって、何度も何度もお見舞いに行ったのに…」

純一「入院してた時…一度も会ってくれなかったけれど…それでも僕は逃げることはしなかったのになぁ…」

純一「………僕は、本当に弱虫だ…」

純一「………はぁ…」がくっ…

純一「……もう遅い、か」

純一「そうだよなぁ…今さら反省したって、どうにもならないよな」

純一「──僕はもう、七咲の事を忘れてしまった方がいいのかもしれない」

純一「これからずっと、今まで通り七咲を………見て見ぬふりを続けて行く」

純一「どんなに七咲が困った状況であっても、それは僕が出て行く必要は無くて」

純一「……七咲自身が、一人で解決する事」

純一「もしくは、彼女とずっと向き合っていた人たちと一緒に」

純一「………」

カァーカァー…

純一「出来るかな、僕に」

純一「……いや、やらなくちゃいけないことなんだ」

純一「そうしなきゃ、七咲が困ってしまうんだ。だったらそれは、僕がやらなくちゃいけないことだろ」

純一(──そうだ、僕は変わらなくちゃいけないんだ。
   この七咲を大切にしたいという気持ちが嘘でなければ)

純一(七咲のことを本当に大切に思っているのであれば、七咲から離れることは…悪いことじゃないはず)

純一(むしろ良い事のはずだ。駄目だって思ってしまってる感情は、ただの自己満足に過ぎないから)

純一(…僕が七咲と離れたくないって、思ってしまってるだけの、我儘だから)

純一「……七咲の気持ちを考えられない奴が、なにを馬鹿な事を」

純一(だからそれはもう、消し去ることにしよう。僕は七咲の事を思って、離れることにするんだ)

純一(……これからずっと、卒業するまで、永遠に)

純一「……ふぅー…」がたっ

純一「ん、ん、ん~~~~っ……」ぐぐー

純一「っはぁ~……うん、すっきり」

純一「──よし、帰ろう! 帰ってから晩御飯食べて、ゲームをして、ネットをして」

純一「お宝本を見てから、感想文を書いて……寝る! よし完璧だな僕!」

純一「ははっ、なら善は急げだ。かーえろっと」すたすた

「……」すたたたたたた!

純一「…ん? 誰だ? こっちに走ってくるぞ…?」

純一(なんだろう…なんだか真っ直ぐこっちに向かって走ってきてるような…子供?)

「……───」すたたたたったた!

純一「…え? ちょ、ちょっと待って! やっぱりこっちに走ってきて、飛んだぁ!?」

「……っ!」ドッコン!

純一「ぐはぁっ!」バタリ

純一「っ…いてて……誰だ!? 僕のお腹に飛びクロスチョップをぶち込んできた奴は───」

「…っ…っ…っ」ばっばっば

「……!」ばっ!

「(にやり)」

純一「そ、それはっ……あの2555話でイナゴライダーが特殊な環境下でやった変身ポーズ…っ!?」

「……」こくこくっ

純一「そんなマニアックな事を知ってるのは!? ……やっぱり郁夫くんか」

「……」ピース

純一「よいしょっと…久しぶりだね、元気にしてた?」

郁夫「っ…っ…」こくこく

純一「そっか、それはよかったよ。にしても綺麗なクロスチョップだったなぁ…練習したの?」

郁夫「!」ピース

純一「なるほどね、だけどこの技は同級生にやったら駄目だぞ? …意外と強烈だから」

郁夫「? …!」こくこくっ

純一「良い子だ」

郁夫「………っ!」ブンブン!

純一「ん、どうしたの? 急に頭を振って…え? こんな空気にするつもりはなかったって?」

郁夫「っ…!」びしっ

純一「……僕を怒りに来たの? へ? どうして?」

郁夫「~~~~! っ!?」

純一「………お姉ちゃんを、悲しませたから」

郁夫「っ!」こくこく!

純一「それは……郁夫くん」

郁夫「っ! っ!?」

純一「あはは……うん、わかってるよ。ちゃんとわかってるんだ」

郁夫「……?」

純一「……君が言いたいことはちゃんとお兄ちゃんもわかってるよ、しっかりしろって話だよね」

郁夫「っ…っ…」こくこくっ

純一「───そっか、僕を怒りに来てくれたのか……本当に君はお姉ちゃんの事が大好きなんだね」

郁夫「!」こく!

純一「うん、郁夫くん……七咲を悲しませてごめん。僕、ちょっと分かってあげられて無かったんだよ」

純一「どんなに七咲が心細かったのか、どれだけ頑張っていたのかって……察してあげられなかったんだ」すっ

純一「…そんな馬鹿なお兄ちゃんを怒ってくれて、ありがとう」なでなで

郁夫「……?」

純一「うん? ……あはは、なんで悲しそうなのかって?」

純一「……それはね、もうお姉ちゃんとは会えないから…かな」

郁夫「!」

純一「あ、違う違う! お姉ちゃんに何かあったわけじゃないぞ?!
   …そうじゃなくて、僕に問題があったんだよ。郁夫くんには、ちょっと難しいもしれないけどね」

郁夫「?」

純一「今の七咲はさ、色々と大変だろう? 家とかでもさ」

郁夫「………」こく…

純一「日常生活が普通にこなせない以上、大変なことはたくさんあると思う」

純一「だけどね、郁夫くん……これはお兄ちゃんが身を持って経験した事だけど」

純一「───絶対に、お姉ちゃんから逃げるなよ?」

郁夫「?」

純一「姉弟だから、どこにも行かないって? …うん、確かにその通りだ」

純一「でも姉弟だからって離れ離れになる可能性もある、郁夫くんも年をとれば分かって行くと思うよ」

純一「だけど……お姉ちゃんだけは、絶対に離れようと思うな。いいな?」

郁夫「っ…! っ…!」

純一「あはは、そうだな。大好きだから離れるわけないよな、うんうん」

純一「頑張ってくれ郁夫くん、僕に出来なかった事を…君はやってくれ」なで…

郁夫「……?」

純一「僕はもう行くよ。郁夫くん、わざわざ僕を探して怒りに来てくれてありがとう」

郁夫「っ!? っ!」ぶんぶん

純一「え、探していたわけじゃない? 偶然だって? …それはベストタイミングだ」

純一「運命の神様も…ここで踏ん切りをつけろって、言ってるのかもね」

純一「それじゃあさようなら、郁夫君……元気でね」くるっ

郁夫「………」

だだっ

純一「───ごはぁ!?」どっこん!

ずさぁー……

純一「せ、背骨がっ…ぐぉおおっ…!」

郁夫「っ……」ばっ

純一「い、郁夫くんっ!? ま、待って追い打ちをかけるのはやめて!」

郁夫「……」すっ

純一「ど、どうしたって言うんだっ? いきなり背中に飛び膝蹴りなんてっ…!
   正義の味方がするようなことじゃないぞ!?」

郁夫「………!」

純一「え…?」

郁夫「! …っ!? っ!?」

純一「…」

郁夫「!!?」びしっ

純一「郁夫くんそれは…」

郁夫「っ!!」ブンブン

純一「………そっか、まあそうだよね」すっ

ぱっぱっ…

純一「あはは…郁夫くんに言ってたの忘れてたよ、すっかり」

郁夫「…」ムスー

純一「さよならは、駄目だって言ってたね。別れるときは、次会うためにまたねって」

純一「それを言えるような男になれ! …なんて、かっこよく言ってた気がする」

郁夫「!」

純一「ごめんごめん、言った本人が忘れてたよ…ゴホン、それじゃあ改めて」

純一「またね、郁夫くん」

郁夫「っ! っ!」ぶんぶんっ

純一「あはは、じゃあね」ふりふり

すたすた…

純一「……またね、か」

純一「そんなこと、言えなかったなぁ……」

純一「……帰ろう」

~~~~~

美也「もっぐもっぐ…」

純一「…玄関でなにやってるんだ、美也」

美也「ふぁー、にぃに。ふぉかえり~」

純一「ただいま、なんで家の中に入らないんだよ」

美也「もぐもぐ…」

純一「まんま肉まん食べてないで答えろ」

美也「ふぉ、ふぉっとふぁっへ……ごくん」

美也「ふぃー! にっしし! やっぱり寒い冬に食べるまんま肉まんは美味しいね~」

純一「それには同意するけど、はやくカギを開けてくれよ」

美也「………」

純一「…美也? なにやってるんだ、確か今朝にカギを渡しておいたハズだったよな?」

美也「…ぴゅ~♪」ちらちらっ

純一「まさかっ…! 失くしたんじゃないだろうなっ!? 美也っ!」

美也「え、えーっとね~……にっしし」

純一「笑ってごまかすな! ど、どうするんだよっ…母さん達帰ってくるの夜だぞ!? 凍えて死んじゃうぞ!?」

美也「だ、だだだいじょうぶだよー? …多分」

純一「美也ぁー!」

美也「ひぁあ!?」

純一「ああ、もうっ…それで? どこで失くしたのか見当はついてるのか!?」

美也「……探してくれるの?」

純一「ああ、ここで呑気にまんま肉まん食べてる美也よりは役に立つだろうな」

美也「こっ…これは精神を落ちつけるために、日常的に食べ慣れてるモノを食べることによる精神統一なのだよチミィ!」

純一「本気で怒るぞ、美也」

美也「……ごめんなさい」

純一「はぁ~…いいよ、お前だって焦ってるんだろ? 僕も一緒に探してあげるからさ」

美也「……うん」

純一「まんま肉まんだって、僕の分も買ってるみたいだし……」

美也「あ、えっと……にぃに食べる…?」そっ…

純一「もちろんだ、と言いたいところだけど」

美也「え? いいの?」

純一「いいよ、美也が食べても。だからもうちょっと落ち着け、美也」

美也「っ……えっと…美也、ちょっと焦っちゃってるかな…?」

純一「見ればわかるよ、ほら食べて落ちついてから、カギを落とした場所を教えてくれ」

美也「…うんっ!」

~~~~

美也「もぐ…多分だけど、学校に落としたと思うんだよね」

純一「学校? なら取りに行けばいいじゃないか、こんな所で焦ってないで」

美也「……そうなんだけど、それがちょっとだけ行きにくい場所で…うん」

純一「行きにくい場所? いったいどこだよ、学校にそんな場所あったか?」

美也「………ぷ、プール」

純一「はい?」

うんこ

美也「た、多分……プールのロッカーの中…かな?」

純一「…なんでまた」

美也「ちょ、ちょっと泳ぎたいなぁ~って思っちゃって…」

純一「昼休みでも泳ぎに行ったのか」

美也「…そんな感じです、ハイ」

純一「あそこって確か、部活が終わるとカギがしまるんだろ?」

美也「…うん、逢ちゃんがそう言ってた気がする」

純一「……。まあなんていうか、この時間帯だともうしまってるよなきっと」

美也「………」

純一「……仕方ない、行ってきてやるよ」すっ

美也「え…でも、どうするのにぃに…?」

純一「なんとかする」

美也「な、なんとかって……できるの?」

純一「出来なきゃ二人して凍死だな、それか梨穂子の家にあがらせて貰うか」

美也「…りほちゃんの家の人は皆、出かけてるよ」

純一「え? どうしてそんなこと知って───一人だけ逃げるつもりだったのか…」

美也「ち、ちがうもん! ちゃんと後でにぃにに連絡するつもりだったよっ!」

純一「……」

美也「…本当だよっ…」

純一「はぁっ……まあどっちにしろ梨穂子の家は無理、梅原だって帰ってるかわからないし」

純一「…とりあえず、学校に行ってなんとかしてくるよ」

美也「……ごめんね、にぃに…」

純一「いいよ、気にするなって。……とりあえずこれでも羽織っていろ美也」ぱさっ…

美也「え……でも、これにぃにが…」

純一「直ぐ帰ってくる、それに走って行くから逆に熱くなると思うから。持っておいてくれ」

美也「…うん、わかった」こく

純一「よし、じゃあ行ってくる」たった

美也「気を付けてねー! 車とか…にぃに気を付けてよー!」

純一「わかってるよー!」たった…

美也「………」

美也「…やっぱり、にぃにはにぃにだ」

~~~~~

純一「うぉおおおおっ…すっごく寒い! やばいよこれ! 寒い!」ブルブルブル

純一「か、カッコ付けるんじゃなかった…
   …ううっ、むしろ美也の上着を奪ってくるべきだったかな…」

純一「と、とにかくカギを探さないと。プールは勿論しまってるだろうから…」

純一(うーん、職員室に行けばカギを貸してもらうことぐらい出来るかな?)

純一「よし、職員室に行こう……寒い!」

~~~~~

純一「案外簡単に借りれたなぁ…まあ理由が理由だしね」すたすた

純一「──よし、ロッカーのドアはここっと……」がちゃっ

ロッカー室

純一「……おじゃましまーす」きぃ…

純一「………」

純一(暗いなぁ…確かこの辺に電気のスイッチが、あった!)

パチン!

純一「ふぅ…よし! さてさて」

純一「………」

純一「そういえば、どのロッカーで着替えたのか聞いてなかった…」

ずらー

純一「うわぁ、全部のロッカー探すのか…仕方ない、やっていくか」

~~~~~

がちゃっ

純一「んー…違うか」パタン

純一「これも違う、これもこれも…」パタン

純一「これもちがっ…ちがっ……ふぇ、ぶえっくしっ!」

純一「ずずっ…っはぁ、着替え室とは言っても寒いんだなぁ結構…」スリスリ…

純一「風邪をひく前に…探さないと…」がちゃっ

純一「このロッカーは───……ん?」

純一「なんだこれ?」ひょい

純一「…なんだ、タオルか」

純一(しかし、なんだろう、なにか見覚えがあるような無いような…)

純一「あっ……これ──七咲の、タオル?」

純一(触った感触と、この匂い…くんくん、七咲のタオルだ間違いないよ)

純一「で、でもどうしてこれがロッカーに?」

純一「七咲が水泳辞めてから三か月もたっているのに……」

純一「……どうして、こんな使って間もないように湿ってるんだ?」

純一「……………」

純一「……いや、やめよう」すっ

純一「……」ぱたん

純一(これ以上、無駄な詮索はやめるんだ橘純一。
   …決めたじゃないか、もう関わり合いを持つ事はやめようと)

純一(なにかしらこのタオルに、意味があったとしても…それは僕とは関係がないことなんだから)コツン…

純一(……なにも見なかった、なにも見つけなかった、ただそれだけだ)すっ…

純一「──よし、残りのロッカーも少ないしもうすぐ見つかるだろ……」

ガタタタッ!

純一「…えっ!? な、なにっ!?」ばっ

純一「っ…? な、なんだ…? なにか物音が…聞こえた…?」

純一(だ、誰か居るのかなっ!? で、でも僕がカギを開けたから…中に誰もいるはずがないだろ!?)

純一(ま、まさか不法侵入者…とか? えー!! なんていうタイミングだよ僕!)

純一「ごくっ…どうする…? 先生を呼びに行くか…? で、でもそのうちにに逃げだしてしまうかも…!」

純一「………」

純一「……よしっ…!」ぐっ

~~~~~

チャプチャプ…

「──……」

「気持ちいい…」

「暗くて、冷たくて、ふよふよと浮かんでいて…」

「……このまま眠ってしまっても、いいようなって…」

チャプチャプ…

「くす、そんなことしたら沈んでしまうかもしれないのに…」

「………でも、気持ちいなぁ…」

がたたたっ!

「──…えっ?」チャプッ


「───こ、こらぁあああ! そ、そきょに居るのはわかってるんだぞーー!!」ばばっ!

純一「んんー!? ふ、不敵にも泳いでるのか侵入者めぇっ!」だだだっ

「あっ……」

純一「ど、どうだ! もう逃げられないぞ! く、暗くてよく見えないがっ…」

純一「──こうやって足場に居れば! お前がどこからあがってこようがか、顔を拝める寸法だ!」

「っ…」

純一「どうした…っ? 上がってこないなら大声を上げて人を呼んでやるぞ!?」ずいっ

「え…あぶないっ…!」

純一「な、なにがあぶないだっ…危険なのはお前の方───」

ガツンッ

純一「──だろって……」ずるっ

純一「あ……落ち」

ばっしゃーんっ!

純一「ごばぁっ…ごぼごぼっ…ぐぽっ…!?」

純一「んごっ…ぐっ……」じゃばじゃ…


純一「───うぱぁっ…!!」ばしゃっ!


純一「っはぁ…っはぁ…けほっこほっ…ああ、びっくりした…っ」

純一(な、なんだ一体…なにかに足を引っ掛けて、それから……)ちらっ

純一「……え、車椅子?」

純一「………」

チャプチャプ…

純一(なんで車椅子が……あ、月が出てきて…周りが明るくなって…)

「……」

「……──」

純一「……七咲…なのか?」


「──やっぱり、先輩でしたか…」

七咲「こんばんわ、橘先輩…」ニコ

純一「………」

七咲「………」

純一「えっと、七咲……だよな?」

七咲「…ええ、そうですよ。七咲逢です」チャプ…

七咲「もしかして、忘れてしまいました? 私の顔を」

純一「そ、そんなワケっ……そんなワケ、無いだろ」

七咲「そうですか、それは…」

純一「……」

七咲「…ありがとうございます、憶えていてくれて」

純一「っ……どうして、お礼なんて言うんだよ七咲…」

七咲「……」

純一「お礼なんて言わないでくれよっ…僕は…!」

七咲「…言わせて下さい、だって、そうじゃないですか」

七咲「──私が先輩を遠ざけたのは、事実なんですから」

純一「それはっ!」

七咲「……」

純一「っ…それは、違うよ。七咲が遠ざけたんじゃない、僕が遠ざかったんだ…」

七咲「先輩が、ですか?」

純一「…だって、そうじゃないか。僕は七咲の言葉通りにやってしまったけれど、
   それは決して七咲の……七咲の……」

純一「……いや、良いよ。ごめん、忘れてくれ…」

七咲「……」

純一「…というか、今日の事とか…その…全部忘れてくれると───」

純一「──というか七咲! 怪我は!? どうして泳いでるんだよ!? ま、まさかプールに落ちたのか!?」

七咲「えっ? …いえいえ、違いますよ。これ水面に浮かんでるだけなんです」

純一「う、浮かんでる…?」

七咲「はい、ぷかぷかーって…なにもせずに浮かんでいるだけなんです…ほら、手だって淵から離してませんし」

純一「ほ、本当だ…」

七咲「くす、心配掛けてしまって…ごめんなさい」

純一「そ、そうだよっ…七咲は足を怪我しているんだ、こんなことよく塚原先輩が…」

七咲「……」

純一「…え、もしかして、勝手に?」

七咲「はて? なんのことでしょうか?」

純一「……」

七咲「ふふっ、どーしたんですか先輩? まるで鳩がラーメンを食べたときみたいな顔をして」

純一「…その、七咲…スペアのカギとか作ってるの…?」

七咲「いいえ、違いますよ」

純一「じゃ、じゃあどうして塚原先輩にもバレずに…しかもこんな夜中に…」

七咲「……えっとー」すぃ~…

純一「───なるほど、美也か」

七咲「っ……どうしてそう思うんですか?」

純一「…ちょっとおかしかったんだよ、カギを失くすとか以前に」

七咲「おかしかった?」

純一「うん、アイツってそもそも…七咲たちと街に出かける約束してたよね?」

七咲「ん、あれ。どうして知ってるんですか?」

純一「…それはまた今度に、まあそれを知ってたんだけど」

純一「じゃあだったら、どうしてそのまま中多さんの家に行かなかったんだろうって」

七咲「………」

純一「カギが無い事に気がついたのは自宅だったとしよう、
   だけどその後あいつは…まんま肉まんを買いに行っていた」

純一「そんな時間があるのだったら、途中で分かれた中多さんを追いかけて事情を話せばいいだろう?」

七咲「ただ単に、先輩を心配させたくなかったのでは?」

純一「そんなの置き手紙をしておけばいいだろ?
   だけど美也はわざわざ玄関先で僕の事を待っていた、それはつまり…」

七咲「…なるほど」

純一「嘘をつき、僕を学校に向かわせる為に待っていた」

純一「…それはなぜか、ここに七咲が居る事を知っていたから」

七咲「流れ的に、私がここに入れる理由も…」

純一「ああ、美也が手を貸したんじゃないか? アイツ水泳部に友達多いしな」

七咲「…ほぼあたりです、先輩」

純一「ほぼ?」

七咲「ええ、そうです。だけど美也ちゃんが手を貸したわけではなく…」

七咲「…私が、無理やり美也ちゃんに頼んでやってもらったことなんです」

純一「……」

七咲「……色々と迷惑をかけているのに…また迷惑をかけちゃったなぁ…」

七咲「……それに、こうやって先輩と会話できるチャンスも…」

純一「七咲…」

七咲「…先輩」

純一「…どうしたの?」

七咲「──ちょっとだけこのまま……お話しませんか?」

~~~~

チャプ…

純一「話をしたいと言っても…いいの?」

七咲「ええ、私は平気です。親には友達の所にお邪魔していると伝えているので」

純一「そこまでやってるのか…」

七咲「私の事よりも、先輩の方は……大丈夫なんですか?」

純一「え? あ、うん……制服でプールに
   浸かっちゃってるけど、むしろ入ってた方が暖かいかも知れない」

七咲「温水プールですしね、だけど無理をしちゃ駄目ですよ?」

純一「……それは、七咲に言いたいよ僕は」

七咲「くす、確かにそうですね」チャプ…

純一「それで? 話ってなに?」

七咲「……大したことじゃないんです、ただ」

七咲「ずっと長い間、先輩と会話してないなって…」

純一「…だから、話したいってこと?」

七咲「ええ、だめでしょうか」

純一「………それは」

七咲「……」

純一「…っ…駄目じゃないよ、大丈夫」

七咲「…本当ですか?」

純一「本当だよ、うん。なんでもいいから話そうよ七咲」

純一「──いくらでも付き合ってあげるよ、僕でいいのなら」

七咲「…はいっ」

~~~~

七咲「例えばそうですね───……以前に郁夫と一緒に買い物に行った時なんですけど」

純一「郁夫君と?」

七咲「はい。二人で買い物に行くのはあんまり無くて…不安だったんですけど」

七咲「いつもしないような真面目な顔して、車椅子を押してくれたんです」

純一「そっか…しっかりしてるな」

七咲「何時もそうだったらいいんですけどね、くす」

七咲「でも本当にあの時の郁夫は……私が知らない顔を持っていて。
   あー…これがお姉ちゃん離れに近づくのかなって、思ってしまって」

純一「いいじゃないか、そういったお姉ちゃん離れは優秀な方じゃないか?」

七咲「…そうでしょうか」

純一「うん、僕の妹なんて『にぃにーにぃにー』しか言ってないから」

七咲「くすくすっ、それはそれで良いじゃないですか。兄妹仲が良くて」

純一「いやいや、羨ましいよ郁夫君のこと。絶対に僕が風邪引いても面倒見てくれないよ、アイツは」

七咲「そんなことないですって。ちゃんと美也ちゃんは先輩の事を大切に思ってますよ、きっと」

純一「へぇ、どうしてそう言いきれるの?」

七咲「……もし仮に、兄思いじゃなかったのなら」

七咲「──こうやって先輩と会話することなんて、絶対にあり得ませんでしたから」

純一「……」

七咲「ですよね? 先輩?」

純一「…た、確かに」

チャプチャプ…

七咲「……先輩」

純一「ん…」

七咲「今とても…とっても楽しいです、何気ない会話なのに」

七咲「たいした話でもなくて、もっともっと重要な事を言いあわなくちゃいけないのに…」

チャプ

七咲「───今の時間が、もっと長く続けばいいなって……」

純一「……」

七咲「…だけどそれは無理なんですよね。きっと、もう…」

チャポン…

七咲「このプールから上がってしまったらオシマイなんです。
   この時間も、この空気も全て…なかったことにしなきゃいけないんです」

純一「……うん、わかってるよ七咲」

七咲「…すみません、先輩…本当に…ごめんなさい」

純一「…謝らないでくれ、七咲」

七咲「……」

純一「これは、その……七咲だけの問題じゃないだろ」

七咲「…いえ、私が弱いからですよ」

七咲「私の心が弱いから、これから先……先輩に頼らず生きていけるなんて、絶対に言えないから」

七咲「……先輩に、迷惑をかけたくないから」

純一「七咲…」

七咲「…私の足はもう、動けないんです先輩」

純一「…」

七咲「元は骨折、なんですけどね。どうもお医者さんが言うには他に原因があるようで…」

七咲「…きっとその原因は、私の弱さに関係してるハズなんです」

純一「…弱さに」

七咲「ええ、私が弱いから…こうやって歩けないままでいる。怪我はもう治っているはずなのに、ずっとずっと」

七咲「──だから私は、先輩から逃げ続けなければならないんです」

七咲「先輩はきっと、自分が悪いって思ってると思います」

七咲「…私の傍から居なくなった事を、とても悪い事だって」

純一「………」

七咲「だけど、違うんです。それは…私が逃げたかっただけ」

七咲「先輩は何一つ悪く無くて、誰かがもし…先輩の事を責め立てたとしても」

七咲「──私はそうじゃないって、思ってますから」

純一「っ……」

七咲「…優しい先輩だってことは、なによりも私が知ってることなんです」

七咲「だから……ありがとうございます、わたしのことをずっと気に悩んでてくれて」

純一「…七咲、僕は…っ」

七咲「……先輩」

純一「七咲っ…」

七咲「…くす、その〝七咲〟って呼ばれるの…とても……とても」

七咲「───大好きでした、先輩」

純一「あ……うっ…」

七咲「……」

純一「っ……そうか、うん…」

七咲「…あがりましょう、手伝ってもらってもいいですか」

純一「…わかった、ちょっと待っててくれ」ばしゃっ

七咲「……」

純一「よし、ゆっくりと上がってきてくれ。抱えるから」

七咲「はい、すみません…よっと」ぐぐっ

純一「うん、そんな感じ……よいしょっとっ」

七咲「はぁっ…はぁっ…ありがとうございます…車椅子を引きよせて貰ってもいいですか…」

純一「…うん」きぃ…

七咲「んっ……よい、しょっと…っ」ぐぐっ

純一「っ……」

七咲「んっ…ぅっ…っと、ふぅ~」ぽすっ

>>26
>まあ遅れてもちゃんと梅原に責任転換すれば良いだけだよな

スレ主何歳?

純一「だ、大丈夫? どこか身体を打ちつけてないよね…?」

七咲「はぁ…ふぅ…はい、大丈夫です。心配性ですね、先輩ったら」

純一「っ…ご、ごめん」

七咲「いいんです、それが先輩だって私もわかってますよ」

純一「……」

七咲「先輩、そのままだと風邪をひいちゃいますよ?」

純一「あ、うんっ! そうだね、えっと七咲は…?」

七咲「私は大丈夫です、水着から私服に着替えるの。案外、簡単なんですよ?」

純一「……そっか」

七咲「……帰りは、美也ちゃんが送ってくれる予定なんです」

純一「……うん、わかった」

七咲「…ありがとうございます、それに今日は色々と迷惑をかけてしまって…」

純一「ううん、大丈夫だよ。僕は…こうやって七咲と会話で来て、嬉しかったから」

七咲「…はい」

>>136
あーなる語学なくてすまん
責任転嫁ね

ちょいトイレ

~~~~~

七咲「それじゃあ…先輩、これで」きぃ…

純一「うん…七咲、気を付けてね」

七咲「はい、気をつけます」

純一「……」

七咲「……」

純一「…じゃあ風邪をひいちゃう前に、帰るから」すっ

七咲「…はい」


純一「それじゃあ七咲───」

七咲「──はい、さようなら先輩」


すたすた…

きぃきぃ…

~~~~~~

純一「……これで、いいんだよ」

純一「もうこれで……七咲とはきっぱり、関係を断てることが出来るんだ」

純一「……」

純一(帰ろう、そしてゆっくり風呂に入ってから…すぐに眠ろう)

純一「久しぶりに、押し入れのプラネタリウムでも見て眠ろうかな…」すたすた

ガタンッ

純一「えっ…?」

純一「なんだ…今、更衣室から音が……七咲…っ!」だだっ

更衣室ドア前

「──んっ…ああっ…痛いっ…痛い…」

純一「七咲…っ」すっ

「だめっ…泣いちゃ駄目っ…」

純一「っ…」ぴたっ

「ちゃんと着替えられるって、先輩に言えたんだからっ…」

ごりっ…ぎしっ…ずるずる…

純一(え…これ、なんの音だ…?)

「どんなっ…ことをしたってっ…先輩に嘘は、つきたくないっ…!」

ずるっ…べしゃっ…ずるっ…

純一(っ……もしかして、七咲…!)

純一(ゆ…床に…押し付けながら…転がりながら…着替えてるのか…?)

純一(だって水着なんて窮屈なもの…そう簡単に脱げるわけない…っ!)

純一(だからっ…床に這いつくばりながらっ…一人で、着替えて…)

「痛いっ…痛い痛いっ…っはぁ…っはぁ…もうちょっとで、脱げるんだから…っ」

純一「っ……」

「美也ちゃんが来る前に……どうにかしっ……んくぅっ…!」

純一「……」

「はぁっ…はぁっ…ふぅー……やっと、脱げた……はぁ…はぁ…」

純一「……」ギリリッ

純一「……どうしてッ…僕はこうもっ…僕は…!」ギリッ…

純一「……助けに行けよ、いまドアを開けてっ…それから七咲を抱きしめてやって…!」

純一「もう、頑張らなく良いってっ…大丈夫、僕が何とかして見せると…何時も通りかっこつければいいじゃないか…っ」

純一「だけど、だけどっ……」

純一「それは、七咲の為にはならなくてっ……それは…っ…もう…!」

純一「……ごめん、七咲…っ」

くるっ

たったったった…

~~~~

美也「───逢ちゃーん、いるー?」

七咲「あ、美也ちゃん」

美也「やっほー! …あれ? もう着替えてる、一人で出来たの?」

七咲「うん、意外と大丈夫だったから」

美也「そっか~、凄いね逢ちゃん。最近だとなんだって一人で出来る様になったよね~」

七咲「そんなことないよ、美也ちゃんや中多さん…それに塚原先輩に迷惑かけっぱなしだから」

美也「…その」

七咲「うん?」

美也「えっとね、その中に……お兄ちゃんは含まれたり、しないんだねって…うん」

七咲「……」

美也「ああ、ううんっ! なんでもないよ逢ちゃん! にし、にししっ」

七咲「…ううん、大丈夫だから」

美也「あっ……うん、じゃあ聞いてもいいの…?」

七咲「いいよ、それに…今日のお礼も返しておきたいから」

美也「お礼なんてっ…! みゃーが勝手にやったことだし、逢ちゃんが気にする事無いよっ」

七咲「それでも言わせてほしいの。美也ちゃん、先輩と話せる時間をくれてありがとうって」

美也「……逢ちゃん」

七咲「…でもね、それっきりだから。今日はとても嬉しくて嬉しくて、楽しかったけれど」

七咲「──もうこんな事はしないと、約束してくれるかな」

美也「っ……で、でも…」

七咲「感謝はしてる、だけどこれっきりにして欲しいと思ってる」

七咲「…それはわたしも、そして橘先輩も望んでる事」

美也「お、お兄ちゃんはそんなことっ…!」

七咲「ううん、きっとそうなる。今はそうじゃないって美也ちゃんが思ってても」

七咲「……そうなるように、今日は先輩と話せたから」

美也「逢ちゃん…」

七咲「…ごめんね、なんかこう…美也ちゃんの気遣いを、無下にしちゃって」

美也「……」

七咲「…ごめんね」

美也「…ううん、いいよ。それは…逢ちゃんが決めた事なんでしょ」

七咲「…うん」

美也「ちゃんとちゃんと、一人で決めて、大事なことだって思って、それから…」

美也「お兄ちゃんに、自分の正直な想いを伝えられたんだよね? そう、だよね?」

七咲「……うん、そうだよ。ちゃんと先輩には言いたい事を言えたと思う」

美也「………」

七咲「これからどうなるかなって、思ったりするけれど。大丈夫、ちゃんと前を向いてられるよ」

七咲「もう以前の私は居ない、だからもう何かに怖がったりすることはないから」

美也「……そっか」

七咲「……うん」

美也「…うんっ! わかった!」

七咲「え…?」

美也「みゃーはもう、逢ちゃんとお兄ちゃんにちょっかいすることはしません! ここに近いマース!」

七咲「…ちかいまーすって」

美也「にしし! でもね? これからはずっとみゃーと逢ちゃんは、友達だよ?」

七咲「…うん、私も友達で居たいって思ってる」

美也「当たり前だよっ! にっしし!」

七咲「…ふふっ」

一カ月後

純一「よう、梅原。テストはどうだった?」

梅原「…聞くなぁ…聞くんじゃねえ…」ぞぞぞ…

純一「お、おう…負のオーラ満載じゃないか…どうしたって言うんだよ」

梅原「………多分、補修」

純一「あ~」

梅原「あーってなんだよ、大将! お前はなんだ? ん? そのヨユーな感じはぁ!?」

純一「え? そう見える?」

梅原「これでもかってぐらいに優等生な雰囲気を出してやがるぞー!」

純一「…まあ、自分で言うのもなんだけど。多分、良い点数取れると思うよ」

梅原「マジで?」

純一「このクラスは上位に食い込むと思う」

梅原「…数学だけ、なんてオチは?」

純一「ほぼ全教科だなぁ~、ま! これも出来の差かね? 梅原くん!」ばしっ

わお

いまからかきますすんません

梅原「なんつぅこった……橘…」

純一「どうした」

梅原「……病気なんだな!? そうだろ!? 悪いモン喰ったに違いねェ!」

純一「あっはっはっは、いいぞいいぞ梅原ぁ! もっと嫉妬するがいい!」

梅原「ぎゃー! ムカつくを通り越してもう、尊敬しちまうぜー!」

純一「存分に敬いたまえ、僕はもう……」

純一「───以前の橘さんとは、違うのだからなっ!」キリッ

梅原「ぐぐっ…くそったれ、棚町にチクッてやるかならな! 憶えてろォー!」だだっ

純一「なんで薫が関係あるんだよ…って待て! それだけはやめろ! 何を奢らされるか分かったもんじゃない!」

梅原「ぐははー!」

純一「梅原ぁー!」だだっ

~~~~~

純一「…くそ、足の速い奴め…」すたすた…

純一「一体どこに消えて行ったんだ……必ず見つけ出してやる…」

「……」すたすた…

純一「…ん、あれは」

塚原「……」すたすた…

純一「塚原先輩……」

純一「……」

たったった

~~~~~~~

純一「先輩!」

塚原「……あら、橘くん」

純一「す、すみませんっ…急に呼びとめてしまって…ふぅ」

塚原「いいわよ、それで? 用はなにかしら?」

純一「あー…えっと、その…」

塚原「…七咲のこと?」

純一「あはは…ええ、まあそうですね…」

塚原「何時も通りよ、以前通り頑張ってるわ」

純一「…そうですか、それは良かったです」

塚原「それだけかしら?」

純一「は、はい! その…毎度毎度、すみません」

塚原「……いいのよ、それは」

純一「……」

塚原「気になる事は当たり前じゃない、大切だった人の事を思うのに、なにが悪い事があるの?」

純一「……はい」

塚原「それに私は……いや、これは言わなくてもわかってるわよね」

純一「……」

塚原「あの子は頑張ってる。誰に頼る事もなく、一人の力で頑張り続けてる」

塚原「───だから敢えて言わせてほしいの、ありがとうと。きみに」

純一「……はい、そんなことでお礼を言われるなんて…僕は…」

塚原「いいえ、大したものよ。尊敬しちゃうわ」

純一「…あはは、ありがとうございます」

塚原「うん。それじゃあ…私は少し用があるから、これで」

純一「は、はいっ…今度また! その…えっと…あのー……」

塚原「くす、勉強のこと? いいわよ、いつでもいらっしゃい」

純一「あ、ありがとうございます…っ」ペコペコ

塚原「それじゃあね」ふり

純一「………」ぺこ…

純一「……はあ、良かった」

純一「七咲、頑張ってるんだな…ちゃんと一人でも、やっていけてるんだね…」

純一「………」ぐっ…

純一「…僕も、頑張らないと」

くるっ

たったったった

たったった……

「…」ひょこ

「!!」

「……」たったった…

~~~~~~

放課後

純一「っ」だっ!

梅原「逃げたぞ!」

純一「くっ! だめかっ…ならこっちだ!」ばっ

ケン「へっへっへ…何処行くっていうんだ、よぉ?」

純一「なんのっ…」

マサ「~♪ お、橘じゃないか。なんかおごってくれない?」

純一「この正直者がっ! ぐぉー! 負けるかぁー!」ずさー!

薫「ふんっ!」びゅっ

純一「うぉおおおっ!? カバンンでガードだっ!」ドン!

薫「ひゅ~♪ やるわねぇ、純一ぃ!」

純一「けほっ…カバン越しにっ…貫通ダメージとかっ…本当に女なのかよっ…!」

薫「制裁」びゅっ

純一「あぶっ!?」しゅっ

マサ「え、ゴハァッ!?」

梅原&ケン「マサァアアアアアアアアアアッッ!!!」

薫「あ、やっば……あははー! ごめんなさいねぇ~」

純一(今のうちに…)そそくさ…

梅原「だ、大丈夫かマサ…っ?」

ケン「お前っ…お前っ…俺たちをかばって、なにしてるんだよっ!?」

マサ「…へっ、俺はぁー……連れってモンを大切にしてんだよ、言わせんな恥ずかしい…」

ガク

梅原&ケン「マサアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

薫「うっるさいわね……ほら、馬鹿なことやってるから逃げたわよ純一」

~~~~~

純一「はぁっ…はぁっ……」

純一「よ、よしっ…ここまできたら…大丈夫だろっ…ふぅ…」

純一「……疲れた」とすんっ

校舎裏

純一「……あいつ等本気で僕にタカる気満々だったな…怖い怖い」

純一「というかどうしてテストの点数が良かったら、奢るみたいな空気なんだよまったく…」

純一「………」

純一「……勉強、頑張ったたしな。やれることはやってきたんだ…」

純一「大丈夫だ…やれるよ、僕になら」

純一「…………」

がさがさっ

純一(──あの四人組から逃げきることなんて、ははっ、大丈夫さ)ばっ

純一「出てこい! そこに居るんだろ! わかってるぞお前ら!」びしっ

がさ…

がさがさ

純一「……!?」ドキドキ

がさぁ!

郁夫「!」びしぃっ

純一「とぉおりゃああ! って郁夫君!?」

郁夫「!?」ばっ

純一「あ、ああっ!? ごめんごめん! 怖がらせたよね? う、うん! いきなり殴りかかろうとしてごめんね…!?」

郁夫「っ……っ…」ビクビク…

純一「け、決して郁夫君を殴ろうとか…」

郁夫「!?」びくっ

純一「違う違う! 殴ろうとしたわけじゃなくてっ…えーとその、なんていうのかな…」

純一「──そうそう! 悪い四人組を成敗してやろうって思ってたんだよ! ここら辺に隠れてるらしくてね!」

郁夫「…?」

純一「そうなんだよ…この辺で、出るらしくてさ。郁夫くんも見なかった?」

郁夫「…」フルフル

純一「そっか…えっとね、顎が長い奴と…なんかこう全てが微妙な奴と…寿司屋の次男坊と…そうそう! もじゃこ!」

郁夫「…?」

純一「やっぱり知らないか……うん、でもね? これは正義の味方の活動なんだ」

純一「──この名称を、学校のみんなに言いふらして来るんだよ? いい? 出来るよね?」

郁夫「!」こくこく

純一「顎長と、微妙な奴と、寿司屋の次男坊、そしてもじゃこ!」

郁夫「っ…!」びしぃっ!

純一「よし! 良い子だ郁夫くーん」なでなで

郁夫「!」ニコニコ

純一(よし、これで復讐はすんだっと)

純一「…それで郁夫君、どうしてここにいるの?」

郁夫「?」

純一「へ? えーと、もう一回言ってくれるかな」

郁夫「…! …!」

純一「………え、嘘だよね?」

郁夫「……?」

純一「知らなかったのかって、それは……当たり前じゃないか…」

郁夫「………」くるっ

純一「郁夫くん!? 何処に行くの!?」

郁夫「………っ…」だだっ

たったった…

純一「風と共に去るものなりって……郁夫くんそれはちょっと…」

純一「………」

純一「──い、いやいや! そうしてる場合じゃない!」

純一「七咲が…っ」だだっ!

~~~~~

がら!

純一「──塚原先輩っ!」

森島「ん? たっちばなくーんじゃない。ひびきちゃんに用事?」

純一「ええ、まあっ…そうなんですけど! 塚原先輩は何処に!?」

森島「ひびきちゃんなら~、えっと、多分部活中かな?」

純一「部活っ…プールに居るのかっ…!」だだっ

森島「それにちょっと忙しそうで、焦ってたようなっ…あれ? 橘くん?」

森島「……」

森島「くすん……」ショボーン

~~~~

純一「はぁっ…はぁっ…失礼します!」がらっ

「きゃああっ!? 男子よ! 男子が乗り込んできた!」

「ノゾキぃー! …って、あれ橘くんじゃない?」

「あ、橘君か。みんなー! 橘君だってー!」

「橘? 久しぶり、覗きに来たの?」

純一「あのっ…すみません! ちょっといいですか!?」

「聞きたい事?」

純一「えっと、塚原先輩を探してまして…!」

「塚原部長なら……さっきいたよね?」

「うん、だけどすぐにどっか行っちゃったような…あ! そうそう!」

「確か先生が来て、塚原部長と会話してたら…急に何処かへ飛び出して行ったよ?」

純一「飛び出して行った?」

「うん、なんだか凄い焦っていたような……」

純一「…何処に向かったまでは、わかりませんか?」

「どうだろうね……そこまではちょっと」

「というか橘、もうちょっと覗きに来なよ~。みんな結構、見つけ出すの楽しみにしてるんだから」

「今日は堂々と入って来たね、次は天井裏にいたりして」

「壁と同化するって、風呂敷持って入ってきた時は爆笑したわ~w」

純一(一体、何処に居るんだ塚原先輩…! あの人に聞かないと、
   僕は七咲の事はなにも知ることは出来ないのにっ…!)

「…橘くん?」

純一「っ……すみません、今日はこれで!」ばっ

純一「──また来ますので、その時はよろしくお願いします!」くるっ たったった…

「頑張ってね~」

「何時も通りだったわね、橘くん」

「ね~、さ! 練習はじめるわよ~!」

~~~~~

純一「はぁっ…はぁっ…」

純一(僕が予想するに、塚原先輩はっ……七咲の所へ向かったはずだ!)

純一(先生から何か言われて、飛び出して行った。それはつまり、郁夫君からきいた話と同じことなのかもしれない!)

純一「はぁっ、はぁっ……というか僕…七咲の家知らないんだけど…」

純一「……どうしよう、飛び出してきたけど」

純一「………」

純一「だけど…本当のことなのだろうか…だってそれは…」

純一「……考えたって仕方ない、本当の事なのかわかってから考えよう」

純一「七咲っ…!」だだっ

がさっ

純一「ん?」きっ

がささっ

純一「なんだ…? 草むらが動いてる?」

がさっ!

純一「うわぁっ!?」

にゃー

純一「…ね、猫? あ、もしかてプーなのか!?」

にゃーごろろ…

純一「お、おう……べったりだな、プー」なでなで

純一「久しぶりだな、元気にしてたか?」

にゃうにゃう

純一「そうかそうか…って、和んでる暇じゃないよ!」ばっ

純一「さ、探さないとっ…七咲の事を、いや塚原先輩を探さないと…!」わたわた

純一「七咲の事を塚原先輩に聞きたくて、塚原先輩は七咲の事を探していて、
   塚原先輩のことを僕は探していて、どうしてかといえば七咲の事を聞きたくて」

純一「うっ……うわぁああああああ! よくわからなくなってきちゃったよ!」

純一「ど、どどどどどどうしよう…っ! 塚原先輩!? 七咲!? どっちを心配すればっ…!」

にゃ~!

純一「……え?」

にゃ!

純一「プー?」

純一(な、なんだ…ちょっと距離をとって僕の事を見つめている…)

純一「もしかして…案内をしてくれるのか…?」

にゃー

純一「ごくっ……あの時みたいに、七咲と学校で初めて出会った…あの体育館裏のように…」

純一「…僕の事、案内してくれるのか?」

にゃう!

たたたたたっ

純一「あ、まって……!」

純一「っ……迷ってる暇なんて、無いだろう橘純一!」たっ

たったった

~~~~~

純一「…」

にゃーん ぺろぺろ

純一「…あのさ、プー」

にゃん?

純一「ここ、どこ?」

山の中
純一「何処をどう見渡しても、山だよこれー!
    むしろ樹海と言っても良い位だ! しかも完全に迷っちゃってるよ!」

ギャギャギャギャ!

純一「ひぃいいっ!? な、なんだろうっ…今の声…鳥…?」

のそのそ…

純一「うっ…うわぁあ……なんだ、この芋虫…凄い色だ…」

純一(ど、どうしようーーー!!? 遭難とかなのかな!? これって!?)

にゃんっ! たったたたたた

純一「あ、待ってくれプー! 僕を一人にしないでくれっ…!」たっ

純一「や、やめてくれっ…僕はこんな所に一人ぼっちになったら、死んじゃうからっ…!」ガサガサ

純一「っ……もう一人ぼっちは嫌───」ガサッ…

ひゅおおお…

純一「──あ、あれ…? 足元……ない?」

純一「落ちっ」

ずざざざざざざざあぁあああああああ!

純一「うわぁっ、うわぁあああああああ!!」ザザザっ!

くるくる…ぽすん

純一「うわぁっ!? えっ!? プー!?」

にゃおーん!

純一「にゃおーんじゃないよ!? 僕ら絶賛、滑り落ち中だよ!?」

純一「だからっ! お前だけでもっ──」ぎゅっ

ざざざざ──ざっ…!

純一「あっ……崖…?」

ひゅううう……

純一「わぁあああああああああああああ!!」

~~~~~~

七咲「ふぅー……」ちゃぽ…

七咲「やっぱり何度来ても、ここの温泉はいいなぁ…」

七咲「……ん~! っはぁ~…気持ちいい…」

七咲「……」

七咲「今日はまた、色々と頑張ったよね…」

七咲「挫けずに、頑張って、頑張って…」

七咲「ちゃんと前を向いて、歩けたはず」

七咲「……先輩、見ててくれてますか。わたしは頑張っています」

七咲「先輩……」


「───ぁぁぁああああああああああああ!!」


七咲「へ?」

ばっしゃぁあーーーーんっ!!

七咲「………」ポカーン

パシャパシャ……

七咲「……今の…?」

ざばぁ!

七咲「ひっ」

純一「──げほっごほっ…い、痛い! やめろってプーっ!」

にゃー!

純一「た、助けてあげただろ!? だからひっかくのはちょっ…痛ぁ!?」

にゃんっ! ばっ

純一「あっ……逃げた、ったく…」ちら

七咲「………」

純一「………」ポカーン

七咲「……えっと、その、先輩?」

純一「……七咲、なのか?」

七咲「そ、そうですけど……えっ? 先輩いまっ何処から来たんですか!?」

純一「え、えっと…上かな? あはは」

七咲「上って…確かに上から来ましたけど!」

純一「なんていうんだろう……うん、偶然に偶然が重なったと言うか」

七咲「な、なんなんですか先輩は…わかりませんよ、全く…」

純一「あはは、ごめんね」

純一「だけど、なんだろう…結局は連れてきてくれたんだな、プーは」

にゃおーん

七咲「プーが…ここまで先輩を?」

純一「うん、最初は何処に行くんだ…とか思ってたけど、ちゃんと付いてきて良かったよ」

七咲「……私を、探してたんですか」

純一「そうだよ、聞きたい事があって探してたんだ」

七咲「………」

純一「ぶえっくし! あー…よくくしゃみをするなぁ、最近は」

純一「とりあえず、七咲」

七咲「は、はい! なんですかっ?」

純一「……タオル、貸してくれないかな」

~~~~~

純一「……よし、こんなもんでいいかな」ごしごし…

七咲「すみません、ハンドタオルしかなくて…」

純一「ううん、大丈夫。七咲の分まで使っちゃ悪いしね」

七咲「あと一時間ぐらいで、叔父が迎えに来ますので…
   その時にタオルと着替えなど、貸してもらえると思います」

純一「そっか、こんな山奥にどうやってきたのかと思ってたんだよね」

七咲「……ここの温泉、秘蔵の温泉なんですけど、特別に使わせてもらっていて」

七咲「病気に良いらしくて、だから叔父さんに連れってもらったんです」

純一「なるほど…だから足湯を?」

七咲「はい、身体全体を浸かればもっといい効果が出るんでしょうけど…流石に、それはその…」

純一「あはは、そうだよね。山奥だし、人が居ないにしても恥ずかしいよね」

七咲「…はい」

純一「……」

七咲「……えっと…」

純一「あ、うん! どうしたの七咲!?」

七咲「えっ? あ、いえっ…なにもありませんけど…先輩こそなにか?」

純一「えっ? あ、うんっ…えっとその…あはは、今日はちょっと寒いよね~って…」

七咲「そ、そうですね…雪だってそろそろ、本格的に降り出しそうな勢いで…」

純一「う、うんうん! 雪がね~降りそうだよねー……」

七咲「はい…」

純一「うん…」

七咲「……」

純一「……」

純一(気まずい…七咲を探して、見つけたのはいいものの。だけど聞けるような雰囲気じゃないよ…)

純一(どうしよう、気になって気になってしょうがないのに…前に、あんな別れ方したもんな…今さら僕が聞けることなんて…)

七咲(…言った方がいいのかな、ズボンが破けてお尻が丸出しだって…)

七咲「…」じっ

純一(うっ…なんだろう、七咲があんなに真剣な表情で僕を見つめてきている!)

七咲「…」(尻ガン見中)

純一(こ、これはっ…う、うむ! 逃げ腰になっちゃ駄目だ、ここまできたんだキチンと向き合わないと!)

純一(例えどんなことを、七咲から言われてもっ…僕はずっと七咲の事を信じてるんだから!)

七咲(男の人って、こんなにも綺麗なおしりの形してるのかな)じっ

純一「──七咲っ…!」くるっ

七咲「は、はいっ!? なんですか先輩!?」びくっ

純一「そのっ……唐突に聞くけど…どうか教えてほしいんだ七咲…!」

七咲「え…?」

純一「ぼ、僕はね…七咲の事を郁夫くんから聞いたんだ」

七咲「郁夫から……あ、まさか…っ」

純一「うん、そうだよ。七咲もわかってるんだよね───」

純一「───七咲が転校するってこと、自分の事だし当たり前だけど」

七咲「っ……」

純一「…これって、本当の事なの?」

七咲「その……」

純一「……」

七咲「…はい、本当の事です」

純一「それはっ…」

七咲「…何時になるか、ということは分かってません。
   それに本当に転校するかどうかも、実は決まってないんです」

純一「え…そうなの?」

七咲「ですけど、転校については否定しません。
   可能性としてある限り、いつか本当に輝日東高から居なくなるかもしれないんです」

純一「その転校の理由って、やっぱり…病気の事で?」

七咲「…はい、親が心配してるんです。
   この動かない足が…精神的なものらしいなら、もっと田舎の方に住むべきだって」

七咲「良い空気と、いい環境を取り入れれば……私の病気は良くなるんじゃないかと」

純一「そっか…そうだよね」

七咲「私は平気だって、このままこの街でよくなってみせると。言ったんですが…」

純一「…心配なんだよ、だってあれだけ活発な七咲だから」

七咲「……そうでしょうか」

純一「親がする子供心配は……多分、他の誰よりも大きいと思うよ。
   だって自分の子供なんだから、その子供の幸せを一番に考えると思う」

七咲「私は…」

純一「七咲」

七咲「…はい」

純一「確かに七咲は頑張ってる、だけどね?
   子どもという立場なら、きちんと従わなくちゃいけない事もあるんだ」

純一「──僕らはまだ学生だ、親にお金を出してもらって暮らしている。
   こんな言い方は卑怯だけど、それでも、それは我儘にしかならないんだよ」

七咲「……先輩」

純一「…うん、郁夫君から聞いてる。行きたくないって言ってるんだろう?」

純一「でも、そっか…親御さんも心配して転校と言ってたのか」

純一(よかった、七咲の意見を聞かずに無理やりさせるのかと…本当に僕はせっかちだなぁ)

七咲「…なんだか先輩」

純一「うん?」

七咲「急に…その、大人になられましたね」

純一「僕?」

七咲「はい、さっきの『子供は子供らしく』の事を言ってる先輩の姿が……」

七咲「……わたしの母親とそっくりでした」

純一「……」

七咲「先輩も…その、頑張ってるんですね」

純一「…なにを、七咲ほどじゃないよ」

七咲「いえ、そんなことないですよ! …わ、わたしは…まだまだです…」

純一「頑張ってるじゃないか、こうやって山奥にまで来て、自分の力で治そうと努力してるんだろ?」

七咲「……」

純一「いつだってなんだって、七咲は頑張ってるよ。自分の力だけで、立って要られてる」

七咲「……」

純一「はは、もしかして怖がってるの?」

七咲「そっ…そんなこと、ないですよ…」

純一「頑張るって言ったよね七咲」

七咲「もちろんですっ…変な事言わないでください」ぱしゃっ

純一「うわっ!」

七咲「うんくっ! えいっ! えいっ!」ぱしゃっぱしゃっ

純一「あっ、ちょっ! 七咲? や、やめてって……!」

七咲「それっ! それっ! せんぱいなんっ…温泉たまごになっちゃえばいいんですっ!」

純一「ええっ!? それどういう意味!? や、やめてよ! 微妙に熱くて…!」くるっ

七咲「それっ──ぶふぅっ!?」さっ

純一「…え? なんで笑うの七咲、僕の背中なにか変だった?」

七咲「いっ…いえっ…その、前よりもっ…ぶふっ…おし、お尻がっ……でて、あははははは!!」

純一「おし?」

七咲「な、なんでもないっ……ですよ、はい…!」ぷるぷる

純一「な、なんでも無いわけないよね!? 本当に何もないなら、ちゃんと僕の目を見て行ってよ!」

七咲「っく………」ぴた

七咲「………わかりました、それじゃあ言ってあげます」すっ

純一「え? あ、うん…!」

七咲「先輩」

純一「な、なに七咲?」

七咲「……」

純一「……?」

七咲「さっきからズボンが破けて、お尻がまるだぶっはぁっ! だ、だめ! がまんできなっ…あははは!」

純一「笑いすぎだよ! な、なんだよ…お尻が一体どうしたって……あ」

七咲「くひひっ…あははっ! せ、先輩今頃っ…やめて、やめてくさいっ…それ! ほんっと、お腹いたい~~~っ」

純一「っ~~~~~~! し、知ってたのなら早く言ってよ! 七咲!」かぁああ…

七咲「だ、だって先輩っ…全く気付いてる様子が無くて、なのにっ…転校の話を始めるからっ…!」

純一「も、もう! そうだったとしても、もうちょっとだねっ…こう、あるじゃないか…!」

七咲「あははっ! 先輩本当に……なんていいますか、しまらないですよね…っ」

純一「それは悪かったね、くそっ…滑り落ちたときに破けちゃったのかな…」くるっ

七咲「ぷぅっ! こっちに向けないでくださいよ! お尻丸見えなんですからっ!」

純一「み、見ないでよ! 七咲があっち向いてればいいじゃないか!」

七咲「動けないんですよ! しかたないじゃないですか!」

純一「瞼を閉じれば良いじゃないか!」

七咲「……あ、そういえばそうでしたね」ぱちっ

純一「だろう? 本当に七咲も…」

七咲「……くす」

純一「む。まだ僕のお尻を見てるの?」

七咲「ちがいます、そうじゃなくて…」

七咲「──こうやって笑いあいながら会話するのって、どれぐらい久しぶりかなと思ってしまって」

純一「…どうだろう、どれくらいになるかな」

七咲「わたしも、記憶が曖昧で。だけど…そんな日々があったことは、憶えているんです」

純一「……」

七咲「先輩とわたし、笑いあって会話して、手をつないで…それからデートして」

七咲「部活と家事、あと学校生活だけが私の見えるモノだったのに…」

すっ…

七咲「…あの時の私は、もう一つだけ見る事が出来てました」

純一「…僕もだよ、七咲」

七咲「先輩もですか?」

純一「うん、日常で見える景色なんて…一辺倒で」

純一「高校生活も楽しい事は楽しいけれど、それでも少し物足りなくてさ」

純一「なにか見つけたいって──自分だけの特別な物をひとつ」

純一「とてもそれは輝いて見えて、小さくて、触ったら壊れてしまいそうになって」

純一「優しく受け止めてあげないと、僕の手からも滑り落ちてしまうんじゃないかって…」

純一「…あはは、そんな幻想めいたものを僕はあの時。見る事が出来たんだ」

七咲「…ここ、照れても良いですか?」

純一「どうぞどうぞ、褒めてるからね」

七咲「…はい、ありがとうございます」

純一「うん」

七咲「…先輩」

純一「なにかな?」

七咲「もし…私が転校する事になったとします」

七咲「七咲逢は先輩の元から離れて、本当に見える場所から居なくなるわけです」

七咲「……それでも先輩は、私の事を思い続けるんですか」

ちょとトイレにいって落ちついてくる

ふぅいまからかく

純一「……」

七咲「……」

純一「……それは」すっ

七咲「それは…?」


純一「──当たり前だろ、七咲」ニコ


七咲「っ……でも、もう傍には居ないんですよっ?」

純一「だからどうした、想いに距離なんて関係ないじゃないか」

七咲「関係無いってっ…そんなの、嘘です! かっこつけないでくださいっ」

純一「あはは、何言ってるんだ七咲。お尻丸出しなのに、かっこつけれるわけないだろ?」

七咲「は、はぐらかさないでください先輩…っ」

純一「本音を言っただけだよ、本当さ。嘘なんてついてないよ」

純一「…僕はどれだけ七咲が離れようとも、うん」

純一「今みたいに簡単に会話できないような関係性でも…」

純一「何時だって何だって僕は七咲の味方で、七咲にとって大好きな人になるつもりだよ」

七咲「大好きなって…」

純一「…思うんだ、七咲」

純一「人って結局は、それほど変われないんだってさ」

純一「あの時──あの夜のプールでの出来ごと。七咲は憶えてる?」

七咲「…憶えてます」

純一「そっか、そのとき一緒にプールに浮かびながら…色々と話したよね」

七咲「……」

純一「これからのこと、僕と七咲が決めなくちゃいけないこと…話したはずだよ」

七咲「…はい」

純一「うん、それから僕は七咲から距離を取った。一カ月ちょいだろうね」

純一「その間に色々と考えたよ、それに塚原先輩とも仲直りもした」

純一「…あの人は決して、僕のことを嫌いでああ言ったんじゃないってことは分かってたから」

七咲「……」

純一「あはは、塚原先輩と僕。実は喧嘩してたんだよ? 知ってた?」

七咲「…知りませんでした」

純一「だと思った。どうも塚原先輩は知られてもよかったと思ってたみたいだけど」

純一「…僕がそれを止めたんだ、だってそんなことを知ったら七咲……怒っちゃうだろ?」

七咲「……」

純一「頬がむくれてるよ、七咲」

七咲「…」ぷいっ

純一「自分の事で喧嘩してるなんて、七咲は耐えられないだろうから。僕は言わなかった」

純一「僕だって不仲になって欲しくなかったし、それにもっと仲良くなっても欲しかった」

純一「……色々と見えたんだよ、周りの景色がね」

純一「僕は自分よがりで、周りが見えてなかったんだ。
   七咲の事ばかり考えていて、もっと人の事がわかってなかった」

純一「……七咲、どうか聞いてくれないかな。何度も考えても変われなかった、僕の気持ちを」

純一「七咲に向かって、言っても良いかな?」

七咲「………」

純一「断ってくれても良いよ、だって、結局は僕の我儘だから」

純一「…七咲がきいてくれなくても、僕はやるだけのことはやるつもりだ」

七咲「……はぁ」

純一「…」

七咲「そこまで言われてしまったら……聞きたくない、なんて言えないじゃないですか」

純一「じゃあ、言っても良い?」

七咲「…どうぞ、ちゃんと聞いててあげます」

純一「よし、ゴホン!」

純一「僕はこれから、ずっとずっと誰よりも勉強し続ける!」

純一「テストが悪いのなら勉強をする! 分からない所があるなら調べる! それでも分からないのなら人に聞いて回る!」

純一「なにがなんでも、誰よりも頭を良くして見せる! そして、大人になって叶えて見せるんだ!」


純一「──待ってろ七咲、その病気……僕が絶対に治してやるから!!」

七咲「……治す?」

純一「うん、治してみせる」

七咲「え、それって……医者になると?」

純一「だと思うよ? 色々と道はあるだろうけど…」

純一「…医者にならないと七咲を治せないのなら、医者になる!」

七咲「そ、そんな簡単にっ…」

純一「わかってるよ、医者なんてそうそう成れる職業じゃない」

純一「でも、だからどうした。七咲の為に頑張ると決めた僕に、乗り越えられない壁なんて…ないぞ!」

七咲「……ありますよ、きっと必ず」

純一「いいや、無い!」

七咲「……」

純一「……」

七咲「あります」

純一「ないよ!」

七咲「はぁ……頑固者…」ぼそっ

純一「ん? 何て言った七咲?」

七咲「…なんでもないですー、頭の固い先輩には言うことなんてありませんー」

純一「言いたそうな雰囲気出しまくりじゃないか…」

七咲「……」

純一「……結局ね、七咲と距離を取らなくちゃとわかっていても」ぽりぽり

純一「それが七咲の為なんだと、わかっていても」

純一「僕はそれをはたから見てるだけにするつもりは、一切無いんだよ」

七咲「…私の頑張りを、期待してくれてないんですか」

純一「そんなわけないよ! ちゃんと期待してるし、それに待ち望んでる」

純一「七咲が一人で頑張って、僕に頼ることなく、答えを見つけ出すことに」

純一「何も言う事は無いから、素直に尊敬してる」

七咲「…じゃあ黙って見ててください」

純一「イヤだ」

七咲「…こっちもイヤです!」

純一「あはは、譲れないよこれは。黙って見てろなんて、それは無理な話…なんだ」

純一「……無理なんだよ、そんなことさ…」ぐぐっ

七咲「せんぱい?」

純一「っ……僕はね、七咲。もうあんな光景を、見捨てたく無いんだ」

七咲「…?」

純一「誰の力を借りることなく…嘘をつきたくないからって…無茶をする女の子をさ…っ」

七咲「……」

純一「何時までも何時もでも、後悔してるんだっ…どうしてドアをあけられなかったのかっ…!」

純一「相手の気持ちを考えるばかりっ…もっともっと大切なことを忘れていたんだっ…」

純一「決して、ただしいことばかりじゃないっ…それが、本当に大事なことであっても…!」



純一「───好きな女の子が泣いてるのなら、慰めないと男じゃないだろ!」


七咲「先輩…」

純一「わかってたんだ、最初からっ……だけどいつしかそれを忘れてしまってたんだ」

純一「色々と悩み過ぎて、僕というものを忘れてしまっていたっ」

純一「…良いんだよ、関係なんて無い。そうしなきゃいけないことなんて、誰が決めたんだ!」

純一「僕と七咲が、離れ離れになっちゃいけないと誰が決めたんだよ!」

七咲「っ…」

純一「好きだって思いが、その原因だったとしても……そんなの僕がどうにしてやる」

純一「──相手に嘘をつかなくちゃ、それがスキって証明にならないのなら僕は捨て去ってやるんだ!」

純一「──例えそれで更に大きく問題になっても! 僕がもっと大きな想いで邪魔してやる!」

純一「──力づくでも、頭脳的にでも、社会的にでも! どんな力を使ってでも!」

純一「僕は絶対に、七咲のことを大好きでいるつもりだから!」

七咲「………」

純一「はぁ…はぁ…ごめん、なんだか言いたい事ばっかり言っちゃって…」

七咲「…いえ、その……」

純一「あはは、ごめんよ七咲…こんなこと言ってもしょうがないって事は、わかってるから」

七咲「……」

純一「七咲は七咲で、自分の意志を突き通せばいい。僕は僕で、自分の意志を突き通すつもりだから」

純一「…だけど、憶えていて欲しいんだ七咲」

純一「───君が好きなった男は、とんでもなく諦めの悪い奴だってことをね?」

七咲「……本当ですね、どれだけ私のこと…好きなんですか先輩って」

純一「医者になるぐらい」

七咲「……分かりやす過ぎです」

純一「あはは」

七咲「くすっ」

~~~~~

純一「……おお」チャプ

七咲「どうですか?」

純一「うん、とっても暖かい」

七咲「ふふっ、全身にたっぷりと浸かってくださいね」

純一「お、お言葉に甘えて…肩まで入ろうかな…ふぉおおおおっ…!」ぶるぶる…

七咲「くすっ」

純一「これが本当に天然の温泉なのか…気持ちよすぎるだろう…ふへぇ~…」

七咲「いいなぁ、私も入りたいです」

純一「じゃあ、入る七咲?」

七咲「先輩みたいに、なんでもかんでも融通は利かないんですっ」

純一「それ、僕が馬鹿だって言ってない?」

七咲「ええ、もしかしたら」

純一「…やっぱり…あ、でももったいないよこれは…本当にいいや…ふぃー」

七咲「………」

純一「んー……ねえ、七咲」

七咲「どうしました?」

純一「塚原先輩って…放課後に会った?」

七咲「塚原先輩、ですか? ……えーっと、今日は会ってませんね」

純一「本当に? そっか、それじゃあ後で色々と報告を…」

純一(怒るだろうなぁ…塚原先輩。でも、僕の覚悟はやっぱり変わらなかったんだ、ちゃんと言わなくちゃ)

純一「──って、ちょっと待ってくれ!」

七咲「はい?」

純一「七咲、さっきなんていった?」

七咲「さっきって……私も入りたいってことですか?」

純一「ち、違う違う! 戻り過ぎ!」

純一「塚原先輩と会ったかって、聞いたよね僕?」

七咲「ええ、会ってませんと答えましたけど…」

純一「それって……放課後の話だよね?」

七咲「いえ、だから今日は会ってません」

純一「え?」

七咲「塚原先輩と、今日は会ってませんよって」

純一「…で、でも…先輩に聞いた時…七咲の事教えてくれたよ?」

七咲「わ、私の事ですか? え、えっと…それは? どういうことを?」

純一「他愛もないことだったけど…頑張ってるのか、元気にしてるかって…」

七咲「…そんなことを、でも先輩」

七咲「──私、一カ月ぐらい塚原先輩と会話してませんよ?」

純一「………」

七咲「色々とごたごたがあるらしくて、塚原先輩と会話する機会がめっぽう減ってしまって」

七咲「だからその、橘先輩が私の事を聞いたのって…本当に最近の私のコト、なんですか?」

純一「それは…」

七咲「確かに会話をしてないだけで、見かけることは沢山ありましたけど…」

七咲「…私の体調やら、頑張ってるかなんて事を知れるほど……近くに居ませんでしたけど…?」

純一「………」


『何時も通りよ、以前通り頑張ってるわ』


純一「…塚原、先輩…?」


『気になる事は当たり前じゃない、大切だった人の事を思うのに、なにが悪い事があるの?』

『あの子は頑張ってる。誰に頼る事もなく、一人の力で頑張り続けてる』

『───だから敢えて言わせてほしいの、ありがとうと。きみに』


純一「今日に、限ったことじゃない…今までこの一ヶ月間…ずっと僕に伝えてくれたのは…?」


『いいえ、大したものよ。尊敬しちゃうわ』

純一「………」

七咲「…先輩?」

純一「───七咲、一か月前にぐらいに…塚原先輩が何か言ってなかった?」

七咲「一か月前、ですか……特に何もなかったような」

七咲「あ、そういうば少し不思議な事を言っていたような…えーっと…こうだった、かな」


七咲「───まだ終わることは出来ない、って呟いてたような…」


純一「…出来ない? 終わる事が? どうしてそれが気になってるんだ七咲?」

七咲「えっと、その……それ以来から塚原先輩と会話してない、からだと思います」

純一「それが最後に塚原先輩が言った言葉だから?」

七咲「はい、多分そうだと思いますよ」

純一「……」

七咲「あの、先輩? なにをさっきからそこまで悩んでらっしゃるんですか?」

純一「…あのさ、七咲」

七咲「はい?」

純一「あえて聞かないように、いや…
   もしかしたら聞かされてないようにされてたかもしれない、なのかな」

七咲「…先輩?」

純一「ごめん、唐突すぎるけど……七咲って、どうして骨折したの?」

七咲「えっ……」

純一「教えてくれないか、七咲」

七咲「…その、知らなかったんですか? 今まで?」

純一「うん、だってそれは…」

純一(…塚原先輩が、七咲が怪我をした事を言ってくれたから知ったんだ)

純一「…知る機会がなかったんだ、もちろん美也にだって聞いてなかったし」

七咲「はぁ、凄いですね先輩…怪我の原因も知らなくて…医者になるとか言ったんですか?」

純一「それは謝るよ、とにかく教えてくれないかな」

七咲「わかりました、そんなせっかちな先輩へ特別に教えてあげます───」


七咲「──もとの骨折の原因は部活です、そこで折ってしまったんですよ」


純一「部活…やっぱりそうだよね、一番考えられる原因だよ」

七咲「でしょう」

純一「というか僕だって、それとなく部活だろうって思ってたけど…」

純一「…まあ聞きたいことはそれだけじゃなくてね、七咲」

七咲「まだあるんですか」

純一「その原因って、折るまでに至った経緯はどんな感じだったの?」

七咲「経緯…実はちょっとよく憶えてないんですけど…えっと…」

七咲「あれは水泳部のみんなと、ランニングに行った時でした───」

 何時も通り、なにも変わらないランニングだったと思います。

七咲「はっ…はっ…」

 私は人よりちょっと長く走るよう意識してたので、周りはだれ一人いませんでした。

七咲「はっ…はっ…ふぅ…」

 ちょうど車が来たので足を止め、軽く息を整えようとして、そこからまた走り出そうと

 ───した所までは憶えてるんです。

七咲「──……え……」

 気がついて目を開けたら、塚原先輩がいました。

塚原「七咲っ…! 七咲! しっかりして、おねがい!」

 後で聞いた所によると、私は車道に飛び出して車に引かれそうになって。

 それでも間一髪避けたらしく、それから草むらへと倒れ込んで。

~~~~~~

七咲「近くにあった斜面でゴロゴロって転がった所、足がぽっきり折れてしまったと」

純一「……」

七咲「私のせいですね、どう考えても。車道に飛び出すなんて、本当に私って……はぁ」

純一「…憶えてないのに、どうしてそんな詳細を知ってるの?」

七咲「え? それは勿論、塚原先輩が教えてくれました」

七咲「どうやら近くまで来てたらしくて、塚原先輩ですし。足の速さは敵いません」

純一「……塚原先輩が…」

七咲「遠くから一部始終を見ていたらしく、それから警察と病院で引っ張りだこだったらしいですよ」

純一「……七咲を引きそうになった車の運転手は?」

七咲「きちんとお見舞いに来てくれてます、その…えっと…」

純一「ん? あはは、いいよ。あの時の七咲は色々と複雑な気分だったんだろ?」

七咲「…ごめんなさい、先輩がお見舞いに来てくれてた事はわかっていたのに…」

純一「僕はもう気にしてないよ、あの時の七咲だって、大好きな七咲に変わりは無いから」

七咲「…はい、ありがとうございます…先輩」

純一「気にするなって、もう七咲は本当に…」

純一「本当に……僕に……前から…付きっ切りで…」


『──七咲の事、頼むわよ』


純一「一人でずっと悩んでばっかり…………」

七咲「それは…はい、わかってるんです」

七咲「先輩にずっと依存してる、何て言い方はしたくないですけど」

七咲「──でも、今回のこの骨折で…色々と知ることができました」

七咲「歩けなくなって、不便でしたけどね…」

七咲「…だからこそ、普段では見えなかったものを見る事が出来たんです」

七咲「私はずっと先輩に、付きっ切りだったと」

七咲「…頑張ることを、忘れてしまっていたと」

七咲「一人で出来る努力の仕方を忘れてしまっていた、だけど…もう思い出しましたから」

七咲「もし足が治ったのなら、
   私は以前の私より…ずっと頑張り屋になってると思います」


七咲「今まで以上に、大好きな水泳をやりきれると思ってるんです!」


ばしゃぁ!

七咲「え、きゃああっ!? せ、せんぱいっ…前っ!」ばばっ

純一「………」ポタポタ…

七咲「な、何を急に立ち上がってるんですかっ…!? ま、丸見えだったじゃないですかもうっ!」

純一「……わかったんだ」

七咲「え?」ちらっ

純一「そういうことか……ぜんぶ、全部…あの人が…」

純一「っ!」バチン!

七咲「ちょ、先輩!? 頬叩いてなにを…っ?」

純一「…これはね七咲、自分の事を怒ったんだ」

純一「──憶測で人を疑ったことにね、いくらなんでもそれないってさ」

七咲「は、はあ…?」

純一「だけど、それは本当の事なのかもしれない。色々と気になる事も聞いてるし…」じゃばっ

七咲「あっ…先輩っ! 何処に行くんですか!?」

純一「塚原先輩に会いに行ってくる」

七咲「べ、別に構いませんけど……下山ルートわかるんですか?」

純一「………」

七咲「もうすぐ叔父が来ると思いますので、もう少しだけ待っててください」

純一「……」

七咲「それに……聞かせてもらいますよ、先輩が考えてること」

七咲「全部です」

~~~~

七咲「──着きましたね、ここでいいんですか?」

純一「……七咲…その…」もじっ

七咲「今さら恥ずかしがってもしょうがないじゃないですか…」

純一「で、でもっ…!」

七咲「叔父にだって、可愛いと言われてたじゃないですか。なら平気ですよ」

純一「七咲のお、叔父さん半笑いだったよ!?」

七咲「当たり前です、迎えに来たら先輩がいたんですから。笑うにきまってるでしょう」

純一「僕ってそんなに面白いかな……ぐすんっ」

七咲「今現在を持って、面白くないことはないですね」

純一「ななさきぃ~っ…!」

七咲「ああ、もう…しっかりしてください! これから塚原先輩に会いに行くんでしょう!」

純一「だ、だけどっ…この格好はないよっ! いくらなんでも!」

純一「──スカートだよ!? それにフリフリの可愛い服っ…ぐぁー!」ふりふり

七咲「叔父だって男ものの着替えを持ってるわけないじゃないですか」

純一「じゃ、じゃあ僕の家に帰ってから着替えを取りに行ってもいいだろう!? 嘆いちゃうよ! 僕泣いちゃうよ!?」

七咲「私の服がすんなり入ったことに、私は嘆きたいんですけど…」

七咲「──というか大丈夫ですよ、ちゃんと女の子に見えますから」

純一「心配してるのはそこじゃないよ七咲…」

七咲「じゃあこれでもつけててください、可哀そうだと思ってつけませんでしたけど」

ぽすんっ

純一「…え? これって…カツラ!?」

七咲「叔父が劇団をやってるんです。車に入ってたのを見つけて、黙って持ってきちゃいました」

純一「………」

七咲「…なんていうか、意外にそう悪くないのが……」

純一「っ…うわあああああん…!」

七咲「…はいはい、ごめんなさい先輩…」なでなで

純一「ひっく…でも、仕方ない…! これでいくしかないからね!」キリッ

七咲「ええ、そうですよ」

純一「んぐっ…はぁ、よし! とりあえず向かうの七咲───」

純一「───森島先輩のところだよ!」

七咲「え? 森島先輩、ですか?」

純一「そう、少しだけ話を聞かなくちゃいけないと思うんだ…」

純一「…ここ一カ月のことをね」

七咲「わかりました、では…行きますよ学校の中に」

純一「………」

七咲「…先輩、押してくれないのなら勝手に行きますけど?」

純一「…わかった、頑張る」ぐっ

きぃきぃ…

~~~~

純一「しつれいしまーす……」がら…

七咲「…居るんですかね、森島先輩」

純一「多分…いつも暇そうにしてるし、まだ帰ってないと思うけど…」

「──あら、逢ちゃん?」

七咲「あ、森島先輩」

森島「はろー! 元気にしてた? んふふ、
   やっぱり逢ちゃんはどんな逢ちゃんでもクールで可愛いわぁ~」

七咲「…すみません、お久しぶりです」ぺこ

森島「いいのよ、逢ちゃんだって色々と大変だってわかってるから。それよりも…」

純一「…!」

森島「誰なの? この女の子?」

純一「…え? わからないんですか?」

森島「わお! きみって橘くんの声まね上手ね~!」

純一「ええっ! ち、違いますよ! 僕です僕!」

森島「ぼく?」

七咲「森島先輩、これ、本人ですよ」

森島「……むむむ~?」

純一(す、すごく見られてる…っ)

森島「………もしかして、もしかしてなくても橘くん?」

純一「は、はい…橘純一です」

森島「……」ぷるぷる

純一「も、森島先輩…? あれ、七咲大丈夫かなこれ…?」

七咲「…大丈夫じゃないと思います、きっと」

森島「───なんっってキューーートなのかしらー!」ぎゅうっ

純一「うわぁっ!?」

森島「橘くんにこんな才能があったなんて! ぅんん~! 可愛いわぁ! グットグット!」なでなで

純一「や、やめてくださいっ…七咲が見てるのでっ…!」

森島「ありゃ、そうだったわ…ごめんなさい、逢ちゃん…」ちらっ

七咲「いいですよ、気にしないでやっちゃってください」

純一「七咲っ!?」

七咲「…」ぷいっ

純一(へそを曲げていらっしゃる! ま、待ってくれ! 森島先輩に抱き疲れたら誰だって鼻の下伸びるよ!?)

森島「わお! これってなにか化粧をしてるわけじゃないのね、凄い凄い。だったらそうね~うーんと、良いこと思いついた!」

森島「──ねぇー皆ぁ! ちょっとカモンカモン!」

「なになに森島さん、どうしたの?」

「うわ、背が高い。こんな子いたっけ?」

「あれ? どこかでみたような……例えばそう、水泳部で見かけたような…」

ぞろぞろ…

純一「えっ…? えっ?」

森島「ふふっ、実はね? この子は…ゴニョゴニョ」

「──えー! 男の子!? うそうそ本当に?」

「良く見ると確かに……本当によく見ると男だわ」

「やっぱ橘君か! どーりで見た事がある顔だって思った! …今度はそうやって覗くの?」

純一「ちょ、ちょっとまってください! ち、近いですって…!」

森島「照れない照れない、ねえねえ橘くん?」

純一「な、なんでしょうか…?」

森島「──ちょっとこっちに来てくれるかな、この椅子に座るだけでいいの、お願い…ね?」

純一「い……いやです!」

森島「え~どうして~?」

純一(何かされるにきまってるよ! この空気!)

「……」にやにや

純一(みんな笑ってるし! なんかこう…酷いよこれって!)

七咲「…先輩」

純一「な、七咲!? た、助けて…もう僕にはどうする事も出来ないから…っ!」

七咲「……」

七咲「…ここは行きましょう、罠だと分かっていてもです」

純一「七咲!?」

七咲「教えてもらうんですから、それなりにお返しが必要だと思いませんか?」

純一「そ、それはっ……そうだと思わなくないけど、でもでも!」

七咲「森島先輩、やっちゃってください」

森島「わお! 彼の彼女さんからオーケーを貰ったわよ皆!」

「…ふふ、じゃあちょっとこっちに来てね~」ぐいっ

「腕が鳴るなぁ、ふははは」

「サンキュ、七咲」

純一「うぉおおおおっ! いやだ! 僕は紳士としてっ…それは! 駄目だって───」

純一「──やめてぇえええええええ!!」

~~~~~~~

森島「聞きたいこと? ひびきちゃんのことについて?」すっすっ…

七咲「はい、ここ一カ月ぐらいのことを聞きたいんです」

「あ、これなんてどう? メイド服!」

「いや、確かにフリルが多くて良いけど…この体型なら薄いのもいけるハズ」

「じゃあレディスーツとかは?」

純一「…出来ればあんまり派手じゃないものとかで…」しくしく

森島「動かないの、化粧がずれちゃうじゃない」

純一「ううっ…すみません…」

七咲「…それで、なにかありませんか?」

森島「うーん……なにかって言われてもねえ、何時も通りの響ちゃんだったと思うよ?」

森島「部活も頑張ってて、私にとおしゃべりして、勉強も頑張ってた」

七咲「……」

「塚原さんのこと? 特におかしなことなんて…」

「別に普通だった気がする」

「…部活でも部長として頑張ってたよ? 七咲が居ないときも」

七咲「そう、ですか…」

七咲「───〝やっぱりそうだったんですか〟…」

森島「え?」

七咲「いえ、なんでもないです。どうも、ありがとうございました」ぺこ

森島「うん…別に構わないけれど、ひびきちゃんに何かあったの?」

七咲「そんな事は無いです…ただ、ちょっと聞きたい事があって」

森島「聞きたい事?」

七咲「はい」

「…やっぱメイド服だね、譲れないよ」

「仕方ない、しかしきわどいやつにしよう、ミニスカだ」

「猫耳もつけようよ! 猫耳! 可愛いよ絶対!」

森島「そっか、聞きたいことね……よし、出来たよ橘くん!」すっ

「──一体、何が出来たんですか本当に…」

森島「そんなことより、さあ着替えるわよ! レッツゴー!」ぐいっ

「えっ…着替えぐらい自分で出来ます! やめ、やめって! あー………」

~~~~

純一「っ…っ…」ぷるぷる

森島「…感動してるわ、今」

「すごい…かわいい…」

「ふむ…惜しいな、なんで男なんだよキミ」

「覗き放題だね! もう女の子にしか見えないゾ!」

七咲「……先輩、ですよね?」

純一「ぼ、僕だよっ……橘純一だよっ…!」ぷるぷるっ

森島「うっ…くっ…だ、だめよ抱きついちゃ…だめだめ…!」

「落ちついて森島さん! ここはぐっと我慢…だよ?」

森島「わ、わかってるわ……ふぃ~」

七咲「それじゃあ行きましょう、先輩」

純一「このままの恰好で!? い、いやだって服とかその耳とかは…!?」

森島「あ、別に構わないわよ~。何時返してくれてもいいから」

純一「うぐっ…だけど、しかしですね!」

七咲「…先輩」

純一「な、七咲っ…これはどう見ても僕、ただの変態だよ!?」

七咲「女の子にしか見えませんけど…ええ、本当に」

純一「え……本当に? そうなの?」

七咲「自信を持っていいと思いますよ、それぐらいに今の先輩は…可愛いですから」

純一「七咲……」

七咲(この人は可愛いと言って喜ぶんだ…憶えておこう)

純一「そ、そうかなっ? えへへ、ちょっとなんだか自信がわいてきたぞっ」

七咲「その調子です、先輩。その気分のまま、塚原先輩の元へ行きましょう」

純一「…うむ、だけどこんなふざけた格好のままで行くのは…」

七咲「それも大丈夫です、先輩がその格好だからこそ良いんじゃないですか」

純一「え…?」

七咲「色々と思惑が蔓延ってるようですけど、それは決して簡単なものじゃないと思ってます」

七咲「…だけど、先輩。私は信じてるんです」

七咲「──先輩なら、そんな面倒なことも全部一気に切り捨ててくれると」

純一「………」

七咲「面倒な事は、やりたくないことは、大きな想いで退かしてやるんですよね?」

純一「……ああ、そうだよ七咲」

純一「その通り、僕はやりたいことをやるだけだから」

純一「──恰好なんて、関係は無い。大事なのは心だけだ!」

七咲「ええ、行きましょう先輩」きぃ

七咲「……私も見つけたいです、あの人の本当の覚悟を」

~~~~~~~~

土手

塚原「……それで、なんなのその恰好は?」

純一「勝負服です」

塚原「…本気で言ってるの?」

純一「ええ、もちろん」

塚原「ふざけないで、いきなり下校中に呼びとめられたと思えば…」

塚原「…七咲まで連れて、しかもその格好」

純一「……」

塚原「一体何をしているの? 君は?」

純一「塚原先輩…」

塚原「私は言ったわよね、もう七咲とは関わるなと」

七咲「……塚原先輩」

塚原「七咲は黙ってなさい」

塚原「今は橘くんと会話をしているの、だから少し……」

七咲「…そうですか、久しぶりに会話できると思ったんですが」

塚原「っ…!」

七咲「そう言われてしまっては、仕方ないですね」

純一「………」

塚原「……そう、聞いたのね。七咲から」

純一「…ええ、まあ、偶然ですけどね」

純一「──塚原先輩、聞かせてください…どうして僕に嘘をつき続けたんですか?」

塚原「……」

純一「七咲は頑張っていると、以前よりももっともっと努力していると」

純一「…一カ月もの間…七咲の嘘を突き続けたんですか」

塚原「………」

純一「どうしてか、それを教えてください」

塚原「…大した理由なんて、これっぽっちもないわよ」

塚原「ただ単純に、君に聞かれてたか答えてただけであって」

塚原「私の知ってる限りの情報を口にしただけのこと」

純一「…ならどうして会話してないことを、僕に言わなかったんですか」

純一「自分が口にする七咲の情報。それが曖昧だと分かっていたのなら」

純一「塚原先輩が言わなくて良い事にはならないと思うんですけど、違いますか?」

塚原「……」

純一「……先輩、それって僕がおもうに」

純一「自分が七咲が、強い関係性で居る事を証明したかったからじゃないですか」

純一「先輩」

塚原「…どういうことか、ハッキリと言ってくれないと」

純一「もう、無駄ですよ。こっちには……七咲が居るんです」

七咲「……」

純一「貴女がどこからどこまで、嘘をついていたのか。全て把握済みです」

塚原「…嘘なんて」

純一「まず一つ、一か月前のことです」

塚原「……」

純一「先輩、貴女は七咲から逃げる事はしなかったと、言いましたよね?」

塚原「…ええ、言ったわ」

純一「それは七咲も同意してました。拒絶した事も、全て事実だと」

塚原「……」

純一「では、本題です」

純一「塚原先輩……確かに貴女が逃げなかったかも知れません」

純一「だけど、それからどうしたんですか? 結局、それで何が始まったんですか?」

塚原「……」

純一「貴女が逃げなかったとして、はたしてそれが何の解決になったのでしょうか」

純一「……確か言いましたよね、七咲は一人で強くなったと」

純一「それってつまり、別に塚原先輩が逃げなかった事と」

純一「…七咲が前向きになった事は、関係があるのかって話です」

塚原「…あるに決まってるじゃない、おかしなこと言うわね」

純一「もちろん、皆無だったとは思いませんよ。
   確かに逃げなかった貴女の想いの強さは、立派なものだった」

純一「…それが少しでも七咲の気持ちに、届かなかったとは思いません」

七咲「……」

純一「ですけど、それはちょっとですよね?」

純一「なのに貴女はあれだけ僕に強く前に出てこれた」

純一「…喧嘩に発展しそうになるぐらいに」

塚原「……」

純一「今思うと、不自然なんですよね。どうしてあそこまで…僕と七咲を会わせたくないのかって」

純一「───それは多分、別の理由があったから」

純一「───だからこそ、貴女は必死に僕を七咲と会わせないようにしていた」

純一「どんな理由だって良い、とにかく会わせてはいけないような訳を作り上げた」

塚原「……」

純一「一体、それはなんですか? どうしてそこまでして、
    塚原先輩が嘘をついてまでやらなくちゃいけなかったんですか?」

純一「次に二つ目」

純一「…塚原先輩、貴女は一カ月もの間。ずっと七咲の情報を教えてくれましたよね」

塚原「……」

純一「だけど、さっきも言いました通り。それは結局はほぼ、デマに近かった」

純一「…だってお昼ごはんを食べたことまで僕に教えてくれましたよね? 一昨日は」

塚原「……」

純一「───じゃあどうしてそんな嘘をついたのか、つまりそれは」

純一「…もう僕と七咲が、会っても会わなくても良くなったからじゃないですか」

塚原「……」

純一「必死に会わせない様する必要が無くなったから。貴女はそんな見え透いた嘘をつくことをした」

塚原「…」

純一「今日だってそうです、貴女が言ってくれた七咲の事……」

純一「──まるで憶えていた言葉を、そっくりそのまま言ってるような」

純一「──これなら間違いは無いだろうと、無難な言い方だったでしょう?」

塚原「…」

純一「だから…例え、僕が七咲と会話する機会が無かったとして。
   僕がその塚原先輩から聞く七咲と、現在の七咲の不都合を知ることが無かったとしても」

純一「貴女は決して、上手な嘘はつかなかったはずだ。むしろ、疑うよう仕向けたはず」

塚原「……」

純一「良い変えれば──…先輩、貴女は七咲と会わせようとしていた」

純一「あんなに離れ離れにさせようとしていたのに、たった一カ月でその意志が変わっている」

純一「…どういうことですか。教えてください」

塚原「……疑いすぎよ、なんの意味は無い」

純一「疑い過ぎですかね、僕はそう思いません」

純一「…僕は馬鹿だったから、貴女の言葉を真っ向から信じてしまった」

塚原「……」

純一「もっと疑うべきだったんですよね、先輩の事を。
   だけど問題として僕は考える事はしなかった、いや、もう少し経てば疑っていたのかもしれない」

純一「だけど、今また違う問題が浮上し始めている」

塚原「…転校の事?」

純一「ええ、そうです。それで僕は色々と気付ける事が出来た」

塚原「……そう」

純一「……塚原先輩、先生からそのことを聞いたんですよね?」

塚原「っ……」

純一「それから部活を飛び出して、何処かへ向かったと部員が言ってました」

純一「──どこ向かったんですか? 塚原先輩?」

塚原「…な、七咲を探しにいったのよ」

純一「七咲を? 転校の理由を聞きにですか?」

塚原「…ええ、当たり前じゃない」

純一「そうですね、今としてわかってることは…先輩は七咲と一カ月も会話をしていない」

七咲「……」

純一「七咲が転校する話も、わかってないのも頷けます」

純一「……ですが、先輩。じゃあ聞きますが」

純一「──どうして帰ってるんですか」

塚原「え……」

純一「おかしいですよね、今、先輩…下校中ですよね?」

純一「どうして七咲の家に向かわないんですか? 自宅へと帰ろうとしてるんですか?」

純一「貴女は僕と違って、七咲の家を知っているはずです」

純一「七咲が怪我をしたとき、警察やら病院やらで、貴女は色々と動きまわったと聞いてます」

純一「では、貴女は七咲の親に手厚くお礼を言われたハズ、どうですか」

塚原「……」

純一「…七咲」

七咲「…知ってると思いますよ、私の家ぐらいは。橘先輩の言ってる事もそうですし」

七咲「それに、部室にある帳簿を見れば住所ぐらいのってますからね」

塚原「……」

純一「ということです、じゃあ気になりますよね」

純一「あそこまで焦って飛び出した塚原先輩、なのにたった今日だけで諦めて帰るとは思えません」

純一「じゃあこうしましょう、貴女が飛び出した理由は七咲ではなく」

純一「──この僕を探しに行ったんじゃないかと、橘純一を探しに飛び出したんじゃありませんか」

塚原「っ……!」

純一「貴女は先生から七咲の転校の話を聞き、そして、僕を探しに飛び出した」

純一「しかし僕の姿は見つからない……当たり前です、僕だって貴女を探してたんですから」

塚原「……っ…」ぎりっ

純一「壮絶なすれ違いだったんでしょうね、一瞬たりとも出会う事も無かったですし」

純一「…しかし、先輩。どうして僕を探したんですか?」

純一「まるでそれは、僕と七咲が……このタイミングで仲直りする事が」

純一「いけないと、焦っているように感じてしまうんですけど」

塚原「…っ」

純一「貴女は嘘を付いていた、それは僕と七咲がまた逢う事を望むような嘘を」

純一「…しかし、転校のことについて。貴女はどうやらそれは見過ごせなかった」

純一「───まるで、僕自身の努力で和解する事を拒んでるような感じですよね、これって」

純一「塚原先輩が関わりを持つことなく、全く関係の無い所で七咲と和解する事」

塚原「ッ……!」

純一「…なるほど、やっぱりそうなんですか」

純一「───貴女が飛び出してでも、止めたかった事は」

塚原「違うっ…私は決して…!」

純一「僕はもう七咲と離れるつもりはありません」

塚原「あ、ぐっ…なによ急に…!」

純一「確認ですよ…先輩、僕は貴女に言いたいんです」

純一「塚原先輩、貴女は必要ないです。僕と七咲が仲直りする事に」

塚原「っ……!?」

純一「貴女がしてくれたことは、七咲も、そして僕も十分に感謝してます」

純一「ですが、それだけです。感謝だけです、ただただそれだけ」

純一「───罪滅ぼしは、失敗ですよ先輩」

塚原「あっ……」

純一「……」

塚原「…そんなのこと…私は…!」

純一「いえ、それが貴女の本心だと思ってます」


純一「──先輩、だって貴女は七咲の怪我の原因だから」


塚原「ち、違う! 私はそんなことはしてないっ…!」

純一「聞きましたよ、七咲の怪我の流れを」

純一「…車に引かれそうになって、避けたのは良いけれど、転がり落ちて骨を折ったと」

純一「本当にそうなんですか? 僕は……そう思えないんです」

純一「先輩、貴女は本当に〝遠く〟から見てたんですか?」

純一「本当は七咲をもっと〝近く〟でみてたんじゃないんですか?」

塚原「やめっ…やめて…!」

純一「いいえ、やめません。貴女は決して、遠くで見てなかったはずだ」

純一「──もっと近くに、手が届くほどの距離に居たはずなんだ」

塚原「違うっ! 私はっ……七咲を傷つけようなんて思ってない!」

純一「…しらを切るきですか、ここまで貴女の行動心理を言い当てたんですよ!?」

純一「貴女は七咲を突き飛ばした…! そして、少し車にぶつける程度だったのか…そんな事は知りません!」

純一「だけど結果的には貴女は七咲を傷つけようとした事は、変わりないです!」

塚原「ちがっ」

純一「理由はそうですね…こうじゃないですか?」

純一「──最近、ふぬけてしまった七咲を…少し怪我をさせて、気付かせてあげよう」

塚原「…っ」

純一「怪我をすれば、どれだけ大変なことなのか。きっとわかるはずだと」

純一「だけどそれから貴女は! 自分がやってしまったことの重大さに気付いてッ!
   落ち込む七咲と…そして僕の二人に対して罪滅ぼしをすることを決意したっ!」

純一「貴女はまず、七咲が僕と会う事を望んでない事を知り…そしてそれを逆手にとり!
   七咲がこれからずっと僕と会う事をさせないようにした!」

純一「それは、七咲が貴女の思惑通り…一人で努力する事を、行っていたから!」

純一「貴女はチャンスだと思ったはずっ……この努力は七咲の本来の魅力」

純一「──だからまだ、罪滅ぼしをするのは……七咲ではなく」

純一「この僕にすることにした、まずは嘘を付く事によって七咲から遠ざけ」

純一「一人ぼっちになった所を、つけこんで」

純一「そして勉強やら、親しみをこめて僕に近づいてきた!」

塚原「……」

純一「あれは…全て謝罪なんでしょう、僕に対しての」

純一「そして七咲について、貴女が常日頃から言ってくれたあの嘘も」

純一「……貴女から見破り、いつかは幸せを掴みにいくと考えていたから」

純一「───貴女を乗り越え、七咲と和解してくれると思っていたから!」

純一「それこそが貴女の罪滅ぼし……自分が悪役になって、後は適当に嘘を付いて終わり」

純一「…貴女はそうやって自分がやってしまった後悔を、秘密裏に消し去るつもりだった」

塚原「……」

純一「七咲に関しては…それは、きっと僕と和解した時がそうなんでしょうね」

純一「──互いに強くなった僕らは、もう弱くなる事は無いだろうと」

塚原「……」

純一「……これが全てのはずです、塚原先輩」

純一「確かに七咲は…怪我をする前は、とても僕に依存してました」

純一「部活が疎かになっていたかもしれません、熱がきちんと入って無かったかも知れません」

純一「──ですけどっ…そこまでする必要なんてあったんでしょうか!?」

塚原「……」

純一「一歩間違えれば…怪我で済ませられるようなものじゃないですよ!?」

塚原「……」

純一「塚原先輩!?」

塚原「……ごめんなさい」

純一「ごめんなさいって……認めるんですか、僕の言葉を…?」

塚原「……」

純一「ぼ、僕だって…なんの確証も持ってないのに…それを?」

塚原「……ええ、認めるわ」

塚原「──私が七咲を突き飛ばした、それから七咲が車を反射的に避けて、近くの傾斜から転がり」

塚原「怪我をして動けなくなってる所に、何気なく顔を出したのよ」

純一「っ……」

塚原「それで全部、当たりよ橘くん……」

純一「塚原先輩っ…」

塚原「ええ、君の怒りも……わかってる…」

塚原「なにもかも…当たりだから……もう、怒ってるのなら…出来れば…」

塚原「私はもうあなた達から離れるわ…だから…」

塚原「──私にかまわないで……お願い…」

あう…
四時ぐらいに帰ってくると思う…

残ってたら書き切ります
すみません

純一「……」

塚原「……お願い」

純一「…言われなくてもそうしますよ」

塚原「……」

純一「この事は……七咲が誰にも言うなと言ってました」

塚原「っ…」

七咲「……」

純一「だから僕も、七咲の言葉を尊重して誰に言わないでおく事にします」

純一「そして、今、貴女が言った通り。塚原先輩とはこれから距離置く事にします」

塚原「……」

純一「──これで、いいんですね?」

塚原「……」

塚原「…そうしてくれると、嬉しいわ…」

「──待ってください」

純一「っ…」

塚原「え…」


七咲「待ってください、先輩達」

純一「どうしたんだ七咲…」

七咲「橘先輩、まだ聞いてない事があるじゃないですか」

純一「……」

七咲「どうして聞かないんです? …本当に優しいんですから、先輩は」

純一「っ…だって、それは…!」

七咲「駄目です。それは」

純一「……」

七咲「この人の、塚原先輩の……思い通りになっていいんですか?」

塚原「…何を言ってるの、七咲…?」

七咲「塚原先輩」

塚原「な、なに…?」

七咲「───私、塚原先輩が言ってる事。実は少しだけ信じてません」

いってきます

新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内

新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内

塚原「なにを、言ってるのよ…?」

七咲「信じてないんです、最後の所が」

七咲「──本当に、先輩が私を押したんですか?」

塚原「っ…だ、だからそういってるじゃない!」

七咲「いいえ、違うと思ってます」

塚原「じゃあなんだっていうの! 私はっ…もうこれ以上この話はしたくない、のよ」

七咲「塚原先輩…」

塚原「七咲っ…本当にやめて! もういいじゃない、私がした事はどうしようもないことなんだからっ…」

塚原「……本当に…取り返しのつかない事をしてしまったんだから…」

七咲「……」

七咲「今日は、塚原先輩のことを色々と聞いて回ったんです」

塚原「……」

七咲「森島先輩や、クラスメイトの方。そして橘先輩もです」

純一「……」

七咲「その人たちは皆、口をそろえてこう言ってました───何時も通りの、塚原先輩だったと」

七咲「どうしてでしょうか? なぜ、何時も通りだったんでしょうか?」

七咲「──塚原先輩はどうして何時も通りに過ごせたんですか?」

塚原「…っ…」

七咲「周りに嘘を付いていた、と取る事も出来ると思います」

七咲「…だけど、先輩」

七咲「──後悔、してるんですよね? 自分がやったことに、心から」

七咲「──だから罪滅ぼしをしたのだと、自分の行いが悪い事だと考えていたはず」

七咲「先輩、塚原先輩。私は貴女のことを、とても尊敬しています」

塚原「………」

七咲「だからこそ、こう思えるんです」


七咲「──仮にもし押し出したんだとすれば、なぜこのような遠まわしな償いをしたんですか?」


純一「…七咲」

七咲「先輩は黙っててください、今は塚原先輩と喋ってるんです」

塚原「……」

七咲「塚原先輩、貴女という人は本当に罪を感じているのなら、そんな無駄な事はしないはずです」

七咲「──きちんと自分の罪を認め、責任を持ち、
   なにかしら世間的に公表するような人のはずですよ」

塚原「……」

七咲「車道に押し出した、それは立派な罪です。そして貴女がそれを後悔している」

七咲「…だけど、やってることは人に悟られないように罪滅ぼし」

七咲「──私はそんな塚原先輩が信じられないんです」

塚原「………」

七咲「きっとそれは、私の勘違いかもしれません。ですが、私はそれでも貴女を信用したい」

七咲「先輩、貴女は多分私を押し出したんじゃなく───」


七咲「───私が車道に出てしまった時、近くで見ながらも」


七咲「……助けようとしなかったのではないかと、思ってます」

純一「っ……」

七咲「事故の記憶が無いのは──なぜかと、ずっと気になっていたんです」

七咲「事故の所為だと思ってましたが、どうもこれは違うと思い始めて…」

七咲「…そして思いついたのが、私の〝頑張りすぎの所為〟です」

七咲「あの時の私は、他の誰よりも早く走ろうと頑張ってました」

七咲「…記憶が曖昧なのは、単に疲労で朦朧としていたから」

七咲「──頑張りすぎで、自分の所為で車道に飛び出してしまった」

七咲「そして先輩……貴女はそれを〝近く〟で見ていたはず」

七咲「しかし先輩は、ふらつき車道に出た私を……」

七咲「……近くで見届けていたんですね?」

純一「……」

七咲「…これが本当のことなんじゃありませんか?」

七咲「先輩はだから誰にも言わなかった、後悔しても、その罪を打ち明ける事は無かった」

七咲「──だってそれは、先輩の罪ではないと。周りに慰められることが予測できたから」

塚原「………」

七咲「貴女は慰められるのが嫌だった、だからこそ、周りに公言する事をしなかった」

七咲「だけどやってしまったことを後悔した先輩は、他人に悟られず償いをすることにして」

七咲「先輩、貴女はだから何時も通りに過ごせた」

七咲「──何時も通りに過ごせざる負えなかった」

塚原「……七咲」

七咲「それが先輩の真実だと、私は思ってたんです」

七咲「ですけど、塚原先輩は違うと言いたいようですね」

塚原「…ただ私が怖かっただけよ、そんな責任感のある人間じゃないもの」

七咲「嘘です、逃げないでください」

塚原「……」

七咲「というか逃がしませんよ、私はきちんと…貴女の覚悟を知りに来たんです」

七咲「全てを聞くまで、私は絶対に納得しませんから」

塚原「……」

七咲「…橘先輩の言った事を同意した先輩は、逃げてるだけでしょう」

七咲「そして自分一人で納得したいだけ、周りにそう思わせて罪を背負って」

七咲「──ホントの後悔から、逃げようとしてるだけじゃないですか?」

塚原「違う……」

七咲「いいえ」

塚原「違うのよっ…七咲…!」

七咲「認めません、貴女は悪くない」

塚原「私がっ…悪いの! 七咲を車道に押し出して、怪我をさせようとした! それが本当のこと!」

七咲「逃げないでください! 先輩!」

塚原「だ、だって私はっ…!」

七咲「貴女は私を助けなかった! それをどうして…なんてことはわかりません!」

七咲「だけど、貴女は自分が押したと言ってる! そんなの、駄目じゃありませんか!」

塚原「っ…違う…」すた…

七咲「塚原先輩! 私を助けなかった…その理由が貴女の本当の〝後悔〟のハズです!」

塚原「違うのよっ…そうじゃない、私はっ…!」すたすた…

七咲「教えてください! その理由を! 言わずに逃げようなんて卑怯ですよ…っ!」

塚原「くっ……」くるっ

だだっ

純一「あ、先輩…!?」

七咲「あ……橘先輩っ…!」

純一「う、うんっ…わかってる。しっかり捕まっとけ、七咲!」だだだっ

ガタガタガタっ…

七咲「…どうして逃げるんですか、どうして言ってくれないんですかっ…」

七咲「絶対にその理由を聞かせてもらいますよっ…!」ぎゅっ

~~~~~

純一「はぁっ…はぁっ…!」

七咲「…確かこの辺までは見かけていたんですか…」

純一「ごめん、ねっ…はぁっ…もうちょっと…早く走れれば…っ」

七咲「そんなこと言わないでください! ずっと見失うことなく追いかけられたことは凄いですからっ」

純一「う、うん……だけど、どこにいったんだろう…塚原先輩…!」

七咲「──あ、いました! あそこです!」

純一「えっ…あ、本当だ! 行くぞ七咲!」

七咲「はいっ!」

~~~~~

塚原「……はぁっ…はぁっ…」

塚原「くっ…私は、私は本当にっ…!」ぎりっ

塚原「…何にも変わってない、あの時、あの瞬間から、なにもっ…!」

塚原「──逃げて逃げてばっかりじゃないっ…」

塚原「…七咲…」

塚原(…本当に貴女は強い子、よね。何に対してもちゃんと迎え会って、知ろうと頑張る)

塚原(部活だって、橘君だって、そして私に対しても……)

塚原「……でも、今回の事だけはっ…」

「───先輩っ!」

塚原「っ…!」

七咲「先輩! 待ってください!」

塚原「七咲っ……くっ」だだっ

純一「だ、駄目だ追いつけないっ…!」

七咲「塚原先輩っ…!」

七咲(私が、私が自分で走れたらっ…あの人の元へ駆けて行けたのならッ!)ぎりっ

七咲「塚原……先輩っ…!」

純一「───あっ……危ない!!」

七咲「え……」

塚原「……あ…」ぐらっ


純一「塚原っ…せん、車道にっ…! 車がっ」


七咲「あっ……───」


塚原「…───」ぐら…


七咲「──せんぱっ…」がたっ


七咲(先輩が車道に、車が来てる、ぶつかる、助けないと)

七咲(今からじゃ間に合わない、距離がある、だけど先輩が危ない)

七咲(でも動けない、でも立ち上がれない、でも歩けない、でも走れない)


七咲「……っ…」ぎゅっ


七咲「──うぁあああああああああ!」ぎりっぎちっ

バッ!

七咲「──塚原先輩!」ダンッ!


純一「七咲っ…!?」

七咲「───……」ダダダダダ…ばばっ!

塚原「…え…」がっ



どしゃぁっ…!



七咲「…………」

七咲「………」

七咲「…助かった…?」ばっ

七咲「塚原先輩!? 大丈夫ですか!?」

塚原「………だ、大丈夫…よ」

七咲「本当ですか!? 一つも怪我は無いんですよね!?」

塚原「ちょっと擦りむいたぐらい…だから平気よ、七咲…」

七咲「……よかった…本当によかった…」

塚原「…それよりも貴女…」

七咲「え?」

塚原「…歩けるようになったのね、やっと」

七咲「……あ、本当だ」

七咲「わ、私……歩けてる…それに、走れてる…?」

塚原「……」

純一「な、七咲!? それに塚原先輩大丈夫ですか!?」

七咲「せ、せんぱいっ…! わたしっ…!」

純一「そ、そうそう! 七咲! なんで走れてるの!? というか凄いスピードだったけど…っ!」

七咲「わかりません…塚原先輩を助けたいと、思ったらもう…走ってました…」

純一「え、えっと…立ち上がってみて? どう?」

七咲「……」すっ

七咲「あ、立てちゃいました」

純一「……」

七咲「……」


純一&七咲「わぁああああああっ! やったやった!」


純一「やったね七咲! 一人でっ…歩けるようになったんだね!」

七咲「やりましたよせんぱいっ! やっとやっと…やっとです!」

純一「よかったぁ……本当によかった、七咲っ…! ぐすっ…」

七咲「泣かないでくださいよっ…私も泣きたくなるじゃないですかっ…」

純一「……頑張ったね、七咲…本当に頑張ったよ」

七咲「……はい、これも先輩のお陰です」

純一「ううん、それは違うよ。僕だけじゃない…きっとそれは七咲と、他のみんなのお陰だ」

七咲「……はい」

塚原「っ……」すっ…

純一「…塚原先輩、ちゃんと教えてください」

塚原「……」びくっ

純一「僕に言わなくてもいいです、だけど、七咲にはきちんと伝えてください」

塚原「…言わなくても、わかることじゃないの」

純一「違います、そんなことでないはずです」

純一「…七咲は貴女の口から言って欲しいんですよ、先輩」

塚原「……」

七咲「……」

純一「…どうかお願いします」ぺこ

塚原「っ…橘くん」

純一「貴女が背負ったその重みを、七咲に打ち明けてください。その後悔を全て言ってあげてください」

純一「──七咲という女の子は、絶対に最後まで聞いてくれるはずですから」

塚原「……」

塚原「……」くるっ

純一「っ…塚原先輩!」

塚原「だめ、やっぱり……言えないわそんなこと」

純一「どうしてですか! ちゃんと言い合えば何か解決につながる事もっ…!」

塚原「……解決なんて、望んでない」だっ

純一「塚原先輩!」

七咲「──いいんです、後は任せてください」ぐっ ぐっ

純一「え、七咲?」

七咲「ふぅー…大分鈍ってしまってますけど、多分、追いつけると思います」ぐいっぐいっ

純一「え? ストレッチして…まさか、追いかける気なの?」

七咲「ええ、勿論です。逃がさないと言ったじゃないですか」

七咲「──何処までも何処までも、塚原先輩の覚悟を知るまでは、ずっととね」

純一「…か、カッコいいな七咲」

七咲「でしょう? ふふっ、惚れ直しましたか?」

純一「もうこれ以上、どこ惚れたらいいのかわからないよ」

七咲「でしたらもっともっと…先輩をメロメロにさせてあげます───」すっ

ちゅっ

純一「んむっ!?」

七咲「──これで十分ですね、エネルギーも充電出来ました」ぺろっ

純一「な、七咲っ…!」

七咲「ではでは、行ってきます」ぐっ…

七咲「──後で報告に来ますので、またその時に」

ビュン! 

純一「………」

純一「……本当に、強くなったなぁ…七咲」

~~~~~

 それから数時間、僕はその場に待たされることとなった。

 好奇心と寒気が走るような視線に晒されながらも、僕はひたすら二人を待ち続け。

純一「あはは…すみません、ちょっとナンパは…はい」

 日が暮れ始め、夜へと空が変わる頃。

 七咲一人だけが、僕の所へと帰ってきた。

七咲「…」ニコ

 七咲は寂しそうに、だけど何よりも強い笑顔を浮かべて。

 そっと僕の元へ近づいて、弱い力で抱きしめてきた。

七咲「…先輩」

 なにがあったのだろうか、気になってしょうがないのは本音だったけれど。
 
 今の七咲に聞ける事はできなくて。小さな身体を抱きしめることしかできなくて。

七咲「……塚原先輩、部活やめちゃいました」

 ──彼女が嗚咽と共に言った言葉を、ずっと僕は忘れる事が出来ないだろう。

~~~~

純一「───………」

七咲「せーんぱいっ」ぎゅっ

純一「おっとと、七咲か…おはよう」

七咲「おはようございます」

純一「今日も相変らず元気だね」

七咲「当たり前じゃないですか! 私はいつだって元気ですよ?」

純一「そうだったね、七咲は男の子のように何時も元気だ…痛ぁ?!」

七咲「…男の子、とかいうのはやめてください」

純一「わかりました……」

すたすた…

七咲「今日はですね、部活に復帰するんですよ」

純一「えっ!? 知らなかったよ僕!? どうして教えてくれないんだ!?」

七咲「ふふっ、なんだって教えるわけじゃないんですよー? せんぱい?」

ぐっ…仕事だ、あと数レスです!

休憩の合間に書くので保守…お願いできたら…!

すみまさえん!

六時当たりに帰ってこれそうです。
ごめんなさいごめひあん

ただいまです
すんませんした

純一「そ、そんなこというなよっ…ななさきぃ~」

七咲「あーもう、甘えないでくださいよ…仕方ない先輩ですね、本当に」なでなで

純一「あはは」

「───コラ! そこの二人! 登校中になにやってるの!?」

純一&七咲「は、はいぃっ!」びしっ

「いい? いくら仲が良いと言っても、ここは公然の場所よ。節度を持った距離を保ちなさい!」

純一「す、すみません…」

七咲「はい…」

塚原「よろしい、くすっ…おはよう。七咲、橘くん」

純一「あ、はい。おはようございます、塚原先輩」

七咲「おはようございます」ぺこ

塚原「とりあえず、今日も熱々ね。妬けちゃうわ」

純一「えへへ~」

七咲「…からかわれてるんですよ、先輩」

塚原「くすっ」

七咲「えっと…そう言えば先輩、部活はどうなってるんですか? 朝練は…?」

塚原「え? 七咲に言って無かったかしら? …陸上の朝練は省いてもらったのよ」

純一「陸上? せ、先輩…前はバスケット部に入ってるっていいませんでした?」

塚原「ええ、入ってるわよ。後は軟式テニスと硬式、ソフトボールに…えっと…」

七咲「柔道部に剣道部ですね」

塚原「そう、良く覚えてるわね七咲。あと今日は文化部方面にも手を出そうと検討中ね」

純一「よく身体が持ちますね…というか受験は…?」

塚原「無論、抜かりなく勉強してるわ」

純一「塚原先輩…どうしてそこまで…」

塚原「今、出来ること全てをやっておかないと気がすまないの」

純一「…できること、ですか?」

塚原「そう、高校生としての身分はもう少しで終わり……これからは、
   将来を見据えてやらなくてはならない事を、考え続ける日々になる」

塚原「それだと、自由もなにも無いじゃない? だから、今のうちにやりたいことをやるのよ」

塚原「───決して、問題から逃げ出さないように。覚悟を決めるのよ」

純一「……」

 その言葉を口にした時、塚原先輩の表情が少しだけ、悲しんでるようにも見えて。
 
 もしかしたらそれは、今になって気付いたことによる後悔なのか。
 
 それともこうでなければ気付けなかったのかと、そんな後悔なのか。

純一「…頑張ってください、塚原先輩」

 色々と思う事はあった、だけど、それは僕が聞けるような問題じゃない。

 ───あの時、あの塚原先輩が逃げだして、七咲が追いかけた時。

 その後何があったのかは僕は以前として知りはしない。

 七咲も、塚原先輩も。二人は特別なにも言い合うこと無く今の関係を保っている。

 僕はその理由もわからない、だけど、少しだけなら想像はできた。

純一「……」

 多分、塚原先輩は七咲に嫉妬をしていたんだと。

 七咲の魅力に、そして努力に、自分では出来ないと思っていた問題に挑める彼女に。

 それが七咲の事故の瞬間、彼女の頭によぎったのだろうと。


 ──事故に遭っても彼女は努力をし続けるのだろうか。


 そんな漠然とした思いがふいに出て、塚原先輩は一瞬、助け出すことに後れを取った。 

 別に七咲が傷ついて欲しかったわけじゃない。むしろ娘のように大切にしてたはずだ。

 なによりも七咲逢という人間を信頼して、愛していただろうと。

純一(あ、目にクマが出来てる…辛そうだなぁ、
   受験…森島先輩も忙しそうにしていたと言ってたし)

 切羽詰まっていたのだろう、今までにない受験という壁に。

 塚原響という一人の女の子は、きっと大きく悩みを抱えていたんだ。

 普段なら仕方ない事だと割り切る事が出来たはずなのに。

 ───どうしようもなく、辛い事ばかり考えてしまって。

 ───ただただ、高校三年生の女の子だったんだ。

七咲「……先輩、なにかクサイこと考えてませんか?」

純一「えっ!? そ、そんなことないよ~? う、うん!」

塚原「?」

七咲「まあいいですけど、それと塚原先輩」

塚原「なにかしら」

七咲「──いつになったら、水泳部に戻って来るんですか?」

塚原「……」

七咲「まさか卒業まで……逃げきるって事はないですよね?」ニヤ

純一「えっと、七咲…?」

七咲「……」

塚原「…別に逃げるつもりは無い、決してね」

塚原「大丈夫、七咲は安心して待ってなさい。やれることはやると、言ったはずよ?」

七咲「……そうですか、じゃあいつまでも待っています」

塚原「……ええ、そう時間はかかりはしないわ」

七咲「……」

塚原「……」

純一(仲良く……なってるんだよね!? そうだよね!?)

七咲「あ、そういえば塚原先輩。駅前のメロンパン食べてみました?」

塚原「ああ、あれね。七咲が教えてくれたお店の……うん、美味しかったわ」

七咲「ですよね! あれって特別な作り方らしくて!」

塚原「へ~、そうなの。聞いたら作り方教えてくれるかしら?」

純一(……仲が良いのか悪いのか…不思議な関係だ…)

純一「……でも、良かった。何事もなくて」

七咲「…先輩? 置いて行っちゃいますよ?」

純一「え、あ、うん! 待ってよ七───」

「───よーぅ、橘ぁ。おはようさんっ」がしぃっ

純一「うぉっ? な、なんだ? 梅原?」

梅原「おうよ、梅原さんだぜっ」

純一「な、なんだよっ…朝からひっつくなよ鬱陶しい…」

梅原「ままま。そういうなって、なぁマサ?」

マサ「オウヨ、橘と俺のなかじゃねぇか」

ケン「そうだぜ?」

純一「……みんなそろってどうしたの?」

薫「べっつにぃ? なーんにもないわよ?」

純一「……なにかあるよね、勢ぞろいだもん。絶対に何か…」

郁夫「!」ピース

純一「…郁夫くん?」

七咲「郁夫!? どうしてここにいるの!?」

郁夫「っ!」ワタっ…

七咲「学校はどうしたの! …え? 知らないお姉さんに連れてきてもらった?」

梅原「なぁなぁ、知ってるか。今小学生の中で流行ってる四人組がいるらしいぜ」

純一「……」

マサ「それがどぉーも…なぜだが該当する奴が」

ケン「このなかにいるような、いないようなぁー」

薫「もじゃこってなにかしら、純一?」

純一「シ、シリマセン」


美也「あ! 逢ちゃーん!」

紗江「おはよう…っ」

七咲「美也ちゃんに中多さん、おはよう」

梅原「…ここ最近、小学生に蹴りを食らわせられるんだが?」

マサ「俺なんて張り紙だぜ…」

ケン「…なぜか無視される」

薫「あたしに至っては、笑われるのよ! 近くを通っただけで!」

純一「い、イヤー…その……ね?」

美也「ん? お兄ちゃんなにやってるの?」

紗江「せ、せんぱい…?」

七咲「気にしなくていいよ、大したことないから」

塚原「相変らず面白いわね、くすっ」

純一「いやいやいや! 待ってよ! これには深いわけがあって…なぁ郁夫くん!」

郁夫「!」びっ

純一「やったぜ! じゃないよ! ……あ、違うよ薫? 待って待って!」

美也「よくわかんないけど、行こ? 逢ちゃん!」ぐいっ

七咲「えっ…あ、うん」

紗江「今日はお弁当、一緒に食べようねっ」

梅原「橘ァー! お前も変態将という名前を広めてやろうかー!」

マサ&ケン「おらおらおら!」

薫「…拳一発、笑われた回数ね、純一」

純一「ぐっ…あ! あそこで紫色の服を着た人がUFOに攫われてる!」

四人「え?」くる

純一「───うぉおおおおおっ!」だだっ

薫「あ、逃げようとしてるわよ! 捕まえなさい!」

純一「や、やめろっ! 離せ! 僕は悪くないっ……ってか、七咲ぃー!」

七咲「…は、はい?」くるっ

美也「逢ちゃん、構わなくていいよっ」ぐいっ

七咲「えっと…最後に聞いておこうかなって…」

純一「はぁっ…七咲…! そのえっとさ…!」

七咲「…」

純一「ずっとずっと、ここ最近で…七咲に言えなかった事があるんだ!」

七咲「言えなかったこと、ですか?」

純一「うんっ! それはとっても大事な事で、自分で決めた事なのに、
   一人で勝手にやめてしまった言葉なんだ、それはね───」


純一「───また会おうよ七咲! 昼休みにでも!」


七咲「……」

七咲「…ぷっ」

七咲「なんですか、それ。当たり前じゃないですか」


七咲「──また、昼休みにでも会いましょう先輩!」

おわりです

ご支援ご保守保守保守保守等ありがとうです
全裸で土下座したいです

響ちゃんは頼れそうに見えて弱い子だと思ってます
七咲は頑張り過ぎ
橘さんがクサイのは恋をしてるからだと思ってます

書き切れてよかったです

ではノシ 

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