雪乃「私が由比ヶ浜さんを愛してやまないという風潮」 (199)

雪乃「どうにかならないかしら。誤解も甚だしいわ」

八幡「そんな風潮見たことも聞いたこともないが」

雪乃「それはあなたがクラスメイトと関われないから耳にしないだけじゃないかしら」

八幡「クラス内の流行や噂なら知っとるわ。自分の席で寝てるフリしてるときは聞き耳立ててるからな。あと関われないじゃなく関わらないだ、間違えんな」

雪乃「あなたの惨めな処世術なんてどうでもいいのよ。問題は私に対する誤解よ」

八幡「いやだから俺はそんな話聞いたことねえよ。由比ヶ浜と同じクラスだけどな」

雪乃「じゃあ私のクラス限定の話なのかしら……比企谷君の近くでは気味が悪くて友達と会話もしたくない人が多いということも考えられない?」

八幡「俺はクラス内ではあくまで空気に徹してるからそれはない。ないはずだ」

雪乃「どうかしら。澱んだ空気が充満していたら誰でも気分が悪くなると思うのだけれど。今の私のように」

八幡「澱んでねえよ、これ以上ないくらい澄んでるよ」

雪乃「あなたの減らず口のせいで話が逸れてしまったわ。本題に戻りましょう」

八幡「俺はお前の毒舌のせいだと思うけどな」

雪乃「私のクラスは女子が多いから下卑た話題は常なのだけれど、こんなのははじめてだわ」

八幡「おおう、清々しいほどのスルーっぷりだな。まあいいけど。気にしてないけど」

雪乃「あら、どうかした?」

八幡「なんでもねえよ……お前が由比ヶ浜を愛してやまない、か。どうせいつもの悪口だろ。敵だけは多いからな、お前は」

雪乃「それならいいのだけれど、どうもそうではないみたいなのよ」

八幡「どういうことだ?」

雪乃「ただ私を不当に貶めたいだけの噂なら私も気にならないのだけれど」

八幡「気にならないってところがこれまでの人生を象徴してるな」

雪乃「なぜか私と由比ヶ浜さんの進展を気にしている人が多いというか……いわゆる、応援されている状態なのよ」

八幡「そりゃ珍しいな。お前が由比ヶ浜以外の人間から応援されるなんてはじめての経験じゃないのか?」

雪乃「だからなおさら気持ち悪くて……比企谷君からいやらしい目で見られるよりも気持ち悪いことがあるなんて思わなかったわ」

八幡「おい俺を不当に貶めるのはやめろ」

雪乃「不当? ついに国語までできなくなったのかしら。根拠のある事実だと思うのだけれど」

八幡「俺がお前をそんな目で見たことなんて……ねえよ」

雪乃「今の間はなにかしら」

八幡「あーゴホン……今まで友達皆無だったお前に仲の良い友達ができたからみんな驚いてるんだろ」

雪乃「そうなのかしら」

八幡「雪ノ下雪乃に友達ができるなんて天変地異みたいなものだからな」

雪乃「そしたらあなたに友達ができた場合はどうなるの? 世界どころか宇宙の滅亡と同義ではないかしら」

八幡「いくらなんでもそこまで確率低くないだろ。ないと信じたい」

雪乃「ごめんなさい。ありえない仮定の話をしても仕方なかったわね」

八幡「低確率どころか確率ゼロにしやがったよこの女」

八幡「そもそもなんでお前のクラスでそんな噂が出てくるんだよ。お前が由比ヶ浜と関わるのは放課後、この教室だけだろ」

雪乃「そうでもないわ。彼女、よく私のクラスに来るのよ」

八幡「J組なんて由比ヶ浜になんの関係もないだろ」

雪乃「主に、昼食を私と食べるためよ」

八幡「わざわざJ組で飯食ってるのか、あいつは」

雪乃「実際に食事をとるのはこの教室だけれど、その前に迎えに来るのよ。私はここで待っていればいいと言っているのに」

八幡「由比ヶ浜らしいな。しかしそれだけで愛してやまないって話に飛躍するとは思えんが」

雪乃「ええ。私も同感よ」

八幡「あいつがクラスに来たときはどんな感じなんだ」

雪乃「そうね、由比ヶ浜さんが来たときは──」

結衣「やっはろー♪ ご飯食べよ、ゆきのん」

雪乃「また来たの? 部室で待っていればいいと言っているでしょう?」

結衣「だってほら! ゆきのんとはやく会いたいから!」

雪乃「もう、なにを言っているの」

結衣「あ、もしかして迷惑だった……?」

雪乃「いいえ、そんなことはないわ。その、私も……」

結衣「え?」

雪乃「私もあなたと……で、できるだけ長く一緒にいたいもの」

結衣「……えへへ、ゆきのーん♪」ムギュッ

雪乃「あ、由比ヶ浜さんっ……」

そら(言葉に詰まって)そう(抱きつかれてまんざらでもなくしてたら百合だって疑われる)よ

結衣「それじゃ行こっか」

雪乃「ええ、そうね」

結衣「……」

雪乃「どうしたの? はやく行きましょう」

結衣「むぅー……ゆきのん、なんか忘れてない?」

雪乃「お弁当は持ってるわよ?」

結衣「ちっがうよー! 手っ! こういうときは手をつなぐ約束でしょ?」

雪乃「そ、それは恥ずかしいから嫌だと話したでしょう?」

結衣「あ、ごめんね。みんなに見られてたら恥ずかしいよね。じゃあ帰るときね!」

雪乃「え、ええ。帰るときだったら……ぜひ」

雪乃「こんなところかしら」

八幡「……雪ノ下、お前こそ国語ができなくなったのか?」

雪乃「今、国語の話はしてないのだけれど」

八幡「お前のそれはな、誤解ではない。事実と言うんだ。っていうかなにお前ら俺が帰ったあと手つないで下校とかしてたの?」

雪乃「別に毎日手をつないで帰っているわけではないわ。腕を組む日だってあるもの」

八幡「さらにレベル高えよ! あーもうあれだ、長いものに巻かれるのが嫌いな孤高の存在の俺でもこれはJ組の皆さんに同意せざるを得ない」

雪乃「あなたのそれは孤高ではなく孤独でしょう」

八幡「ツッコむのはそこかよ。本当に俺を貶すのが好きだな、お前は。もう恋してんじゃねーのかって感じだよ」

雪乃「おぞましいことを言わないでくれる? 耳が腐るわ」

八幡「おう腐っとけ。いっそ爆発しろ」

八幡「珍しくお前が俺に相談なんてしてくるから話を聞いてやったというのに……惚気話は他所でやれ」

雪乃「今の話のどこが惚気だと言うの? 私と由比ヶ浜さんの普段の姿よ」

八幡「余計たちが悪いわ。こんなのを常日頃から見せられてるJ組の皆さんに同情すら覚える」

雪乃「やめてあげなさい。あなたに同情されるなんて惨めにもほどがあるわ」

八幡「俺は同情することすら許されない人間かよ」

雪乃「そうよ」

八幡「即答か。まあいい。お前はせいぜい由比ヶ浜と青い春を満喫していろ」

雪乃「待ちなさい。まだ話は終わってないわよ」

八幡「どう終わってないんだ」

雪乃「まだどう誤解を解くかの結論が出ていないわ」

八幡「だから誤解じゃねえだろ」

雪乃「いいえ、誤解よ」

八幡「じゃあなんだ、お前は由比ヶ浜を愛してないと言えるのか、断言できるのか」

雪乃「それ、は……」

八幡「解決法か。いいだろう教えてやる。明日みんなの前で由比ヶ浜に嫌いだと言え。そしたら誤解は解ける」

雪乃「私が嘘をつかない人間だということはあなたもよく知っているでしょう」

八幡「やっぱり好きなんじゃねえか」

雪乃「たしかに……私が由比ヶ浜さんを愛していることは認めるわ」

八幡「これで問題自体がなくなったわけだが」

雪乃「いいえ、それでもやはり誤解には違いないわ」

八幡「なんでだよ」

雪乃「だって私はまだ堂々と由比ヶ浜さんを愛していい立場にいないもの」

八幡「立場ってなんだよ」

雪乃「恋人、ということよ。今の関係はただの友達なのだから、まわりが愛してると囃し立てるのは誤解でしょう」

八幡「愛し合ってるなら誤解かもしれないが、愛してるなら合ってるんじゃないか」

雪乃「本当に口が減らないわね」

八幡「それはお前だろ」

八幡「まあその問題ならすぐ解決できるだろ」

雪乃「というと?」

八幡「簡単な話だ。正式に由比ヶ浜の恋人になればいい。J組の皆さんも祝福してくれるだろう」

雪乃「はぁ……やはりあなたの頭ではその程度の考えが限界のようね」

八幡「俺の考えに間違いがあるなら指摘してみろ」

雪乃「比企谷君ですら即座に思いつくようなことを私が考えられないと思う? その選択なら私も幾度となくシミュレーションしたわ」

八幡「ほう。で、結果は?」

雪乃「……無理ね」

八幡「そのこころは?」

雪乃「場所はここ、奉仕部の部室。時間は夕暮れ時、比企谷君が帰ったあと。私と由比ヶ浜さんのふたりきり」

八幡「ありきたりだが王道だな」

雪乃「話があると言われて少し緊張した面持ちの由比ヶ浜さん、可愛い」

八幡「お、おう」

雪乃「そんな彼女の緊張をほぐすために彼女の手をとる私。若干頬を染めてはにかむ由比ヶ浜さん、可愛い」

八幡「雪ノ下、まきで頼む」

雪乃「ごめんなさい。そうね、結論から言うと……そのまま手をつないでいつもどおり帰路について、いつもどおり手を振って分かれるわ」

八幡「まきとは言ったが……おい、告白は?」

雪乃「私、告白されたことは数えきれないほどあるけれど、自分から告白したことはないのよね」

八幡「さり気ない自慢はいらん」

雪乃「だからなんて言えばいいのかわからなくて、シミュレーションもいつも告白できずに終わるのよ」

八幡「ただのヘタレじゃねえか」

雪乃「口を慎みなさい。これは戦略的撤退と言うのよ」

八幡「今の話の一体どこに戦略があったのかご教授願えますかね」

雪乃「由比ヶ浜さんが一生を添い遂げようと思えるような告白の台詞を思いつくまで待つ、という戦略よ」

八幡「その言い方だと由比ヶ浜が告白してくるまで待つ、とも受け取れるんだが」

雪乃「それもありね」

八幡「やっぱりヘタレじゃねえか!」

八幡「まさかなんでもできる完璧超人、全知全能とまで言われる雪ノ下雪乃にできないことがあるとはな」

雪乃「できないとは言っていないわ。今はまだその時機ではないというだけよ」

八幡「問題を先送りにする……実にらしくない行動じゃないか、雪ノ下」

雪乃「まるで私を理解しているかのような物言いはやめてもらえるかしら。不快だわ」

八幡「ふっ、ならもっと不快になるようなことを言ってやろうか」

雪乃「あら、少し興味があるわね。なに?」

八幡「告白もできない雪ノ下雪乃は……このっ、俺っ、以下のっ、腰抜けだーっ!」

雪乃「なっ……!」

八幡「こんな俺でも女子に告白したことはある。黒歴史だけど。結果はお察しだけど。思い出すたびに当時の自分の頭を拳銃で撃ち抜いてやりたい衝動に駆られるけど」

雪乃「残念ね。もし過去に戻れるのならぜひそうするべきだわ」

八幡「ああ、俺もそう思う……まあその話はもういいんだよ。問題はお前だ、雪ノ下」

雪乃「どう見ても問題があるのはあなたの方だと思うけれど」

八幡「毒舌のキレが悪くなってるぞ。お前ももう気づいてるんじゃないか? この俺ですらできたことができない自分の不甲斐なさに」

雪乃「くっ……」

八幡「この社会の最底辺に位置する俺よりも、いつもお前がミジンコ以下の存在だと見下してる俺よりも……今のお前は下にいるんだ、雪ノ下」

雪乃「……下らないわね。告白した経験の有無で人間の上下が決まるなんて下らない考えだわ」

八幡「そう思うならそれでいい。いつまでも由比ヶ浜に告白できずにいればいい」

雪乃「だから誰も告白できないとは言ってないでしょう」

八幡「じゃあ聞くがその時機ってのはいつ来るんだ? いつキャッチーな台詞とやらを思いつくんだ?」

雪乃「そんなの……私にもわからないわ」

八幡「そもそも思いつくってなんだよ。考える気もねえのかよ」

雪乃「か、考えてはいるわ」

八幡「そーかい。俺は思いつくって言い方にかなり消極的な印象を受けたけどな」

雪乃「あなたがどう受け取ろうと……私には関係ないわ」

八幡「たしかにそうだな。ミジンコの言うことなんてどうもでいい。でも自分の言ったことならどうだ?」

雪乃「なんのことかしら」

八幡「さっき戦略的撤退だとか言ってたよな。撤退って言ってる時点でもう逃げだと自覚してるってことだろ」

雪乃「あれは言葉の綾よ。逃げているわけではないわ」

八幡「由比ヶ浜が好きなのに告白しないのは逃げじゃないのか?」

雪乃「私は……逃げてなんか……」

八幡「俺の知る雪ノ下雪乃は誰よりも正直者だ。だったら自分の気持ちにも正直になってみろよ」

雪乃「……比企谷君。ひとついいかしら」

八幡「なんだ」

雪乃「うまいこと言ったつもりかもしれないけれど、あなたの言葉はなにひとつ私の心に響かないわ」

八幡「そうかよ」

雪乃「ええ、そうよ。だから私がたった今告白の台詞を思いついて、由比ヶ浜さんに告白する決意を固めたのもただの偶然よ」

八幡「嘘はつかないんじゃなかったのか」

雪乃「嘘なんてついていないわ。あなたが独り言を呟いている間に偶然いい台詞が思いついたのよ」

八幡「独り言ねぇ……そのわりにはしっかり反応してたような気がするんだが」

雪乃「偶然でしょう。寝言に寝言で返事するようなものよ」

八幡「まあいい。俺は帰る。由比ヶ浜にフラレて傷心の雪ノ下を慰める役なんてごめんだからな」

雪乃「あなたに慰められるなんてこちらから願い下げよ。傷に塩を塗りこむも同然だわ」

八幡「ミジンコよりは塩の方がマシだな……しかし雪ノ下よ、フラれるってところは否定しないんだな」

雪乃「それは由比ヶ浜さんの判断だもの。私が彼女の気持ちを騙るわけにはいかないわ」

八幡「そーかい……まぁ、なんだ、あれだ」

雪乃「なに?」

八幡「野球選手の打率くらいはあるんじゃないか? 勝率」

雪乃「そうね。あなたの場合は誰が相手でも勝率ゼロだものね」

八幡「おいやめろ事実を突きつけられるのが一番辛いんだ泣くぞ」

エリート塩塗り込もう

八幡「あと一応言っておくと野球選手と言ってもピンキリであってだな……」

雪乃「はぁ……せめてその減らず口と無駄口と屁理屈がなければね」

八幡「なかったらなんだ。お前が付き合ってくれるのか」

雪乃「どうしてそうなるの、気持ち悪い。冗談でも二度と口にしないで」

八幡「あーはいはい悪かったよ。じゃあな。せいぜい玉砕しておけ」

雪乃「ええ、さようなら……あ、比企谷君」

八幡「なんだ。やっぱり慰め役がほしくなったか。だがことわ──」

雪乃「ありがとう」

八幡「……そういうのは惚れちゃうからやめろ」

落ちたな(確信)

落とさなきゃ(使命感)

ガハマのほうもちゃんと保守しろよな

結衣「やっはろー! あれ、ヒッキーいないの?」

雪乃「彼ならもう帰宅したわ」

結衣「え、ヒッキーもう帰っちゃったの? なんで?」

雪乃「さあ。彼の考えてることなんてわからないわ。わかりたくもない」

結衣「サボりなんてヒッキーたるんでるなあ……でもでもゆきのん」

雪乃「なに?」

結衣「これで今日はふたりきりだね……♪」

雪乃「そっ、そうね」

結衣「えへへ……嬉しいなあ」

雪乃「……ええ。私も同じ気持ちよ」

うは

雪乃(さて……どうしたものかしら)

結衣「ゆーきのんっ」スリスリ

雪乃(まったく告白なんてムードにならないわね。予想はできていたけれど)

結衣「ゆきのん、なにか考え事?」

雪乃「大したことではないわ」

結衣「へー。なに考えてたの?」

雪乃「あなたのことよ」

結衣「え、ええっ!? あたし!? な、なんか照れるなぁ……でもあたしもずっとゆきのんのこと考えてるよっ」

雪乃(……もう恋人も同然なのだし、告白する必要あるのかしら)

結衣「ゆきのんはあたしのどんなこと考えてたの? あたしはゆきのん髪サラサラだなーとか、ゆきのんイイ匂いするなーとか!」

雪乃「わかってはいたけれど、益体もないことを考えているのね」

結衣「やくたい?」

雪乃「役にも立たないという意味よ」

結衣「ひどっ。別にいいし、あたしにとってはゆきのんの匂いとかすごく役に立つし!」

雪乃「私の匂いがどう役に立つのかしら」

結衣「えっ、それはほら、なんていうか……アロマ的な?」

雪乃「人をお香扱いしないでもらえるかしら」

うん

結衣「もーあたしの話はいいの! そういうゆきのんはどうなの? 役に立つようなこと考えてたんでしょ?」

雪乃「そうね、あなたにとって有用かはわからないけれど」

結衣「なになに?」

雪乃「や、やわ……」

結衣「やわ? ヤワラちゃん? ゆきのん柔道したいの?」

雪乃「連想ゲームをしたいならそう言ってもらわないとわからないわ」

結衣「違うよ! それでやわってなんのこと?」

雪乃「だから、その、やわ……」

結衣「んー?」

雪乃「……由比ヶ浜さんの身体、柔らかいなって」

結衣「えっと……う、うん。なんかよくわかんないけど、あたし役に立ってるみたいでよかった」

雪乃「待って。なにか誤解してないかしら」

結衣「え? ご、誤解なんてしてなんよ? ゆきのんがあたしでなに考えてようと別に大丈夫っていうか、むしろ嬉しいっていうか」

雪乃「だからそれが誤解だと言っているのだけれど」

結衣「あれ、そうなの?」

雪乃「そうね、例えるならアニマルセラピーみたいなものかしら」

結衣「あたし動物扱い!? そっちの方がなんか複雑なんだけど!?」

雪乃「あなたのお香扱いも似たようなものだと思うけれど」

結衣「はぁー……なんか安心半分の残念半分」

雪乃「あら、なにが残念だったのかしら」

結衣「ええっ!? えーっと……っていうかなんでそんなこと聞くの!? ゆきのんのエッチ!」

雪乃「どうしてそうなるのかしら。それはつまりあなたがそういうことを考えていたと──」

結衣「なんかその言い方、ヒッキーみたい」

雪乃「ごめんなさい、私が悪かったわ。だから比企谷君みたいと言うのはやめてもらえるかしら。どんな罵詈雑言よりも心に刺さるわ」

結衣「あはは、ヒッキーかわいそ」

雪乃「どこが? 今、世界で一番かわいそうなのは比企谷君みたいと言われた私だと思うけれど」

結衣「でもあれだよね、ゆきのんだって益体もないこと考えてたんじゃん」

雪乃「私にとっては意味のあることだからいいのよ」

結衣「それならあたしだってそうだし……あはは、やっぱりあたしたちってお似合いだね」

雪乃「お、お似合い? それはいわゆるカップル的な意味でのお似合いということかしら」

結衣「え、ちょ、ゆきのんなに言ってんの!?」

雪乃「ご、ごめんなさい。そうよね、そんなはずないわよね……」

結衣「そうじゃないし! いきなり、か、カップルとか言われて驚いただけだし」

雪乃「そう……よかったわ」

結衣「むしろあれじゃないの? ゆきのんの方があたしとそういうあれって迷惑っていうか……」

雪乃「由比ヶ浜さん、指示代名詞が多すぎると意思の疎通に問題が起きやすいから避けるべきよ」

結衣「えっと、しじだいめいし?」

雪乃「これそれあれといった言葉よ」

結衣「あ、あーなるほどね! ごめんね、わかりにくかったよね」

雪乃「ええ。だから正しく伝えてもらえるかしら」

結衣「その、ね……ゆきのん、あたしとカップル扱いされたらイヤかなーって」

雪乃「いえ、そんなことないわ。むしろ望むところよ。カップル最高ね」

結衣「即答っ!? でも嬉しいっ!」

雪乃(やったわ。あくまで自然にカップルの話に持っていくことができたわ。そう、あくまで自然に)

結衣「ゆきのーん? どうしたの?」

雪乃(これはもういわゆるひとつの恋バナ……とやらを振ってみてもいいのではないかしら)

結衣「また考え事?」

雪乃「由比ヶ浜さん、突然だけれどひとつ聞きたいことがあるわ」

結衣「え、なになにっ!?」

雪乃「その、あなたって……あなたには、想い慕っている人はいるの?」

雪乃(聞いてしまった、ついに聞いてしまったわ……)

結衣「……」

雪乃(いえ、なにを達成感に浸っているの。大事なのはこのあと、彼女の返答よ)

結衣「あ、あのさ……」

雪乃「もちろん嫌なら答えなくてもいいのよ、こんな野暮なこと」

結衣「そうじゃなくてね、あ、あたし……」

雪乃「え、ええ。なに?」

結衣「あたし、その……ゆ、ゆきのん」

雪乃(わ、私っ!?)

結衣「ゆきのん……重い下うって、どういう意味?」

雪乃「……由比ヶ浜さん、いくら温厚な私といえどそろそろ我慢の限界よ」

結衣「ごめーん! でも本当にわからないんだもん!」

雪乃「はぁ……想い慕うというのは、有り体に言えば好きということよ」

結衣「あ、なるほど、好きな人ってことかぁ。わざわざ難しく言う必要ないのにー……」

雪乃「いえ、そこまで難しい言い回しではないのだけれど」

結衣「でもほら、なんか古文っぽいし」

雪乃「正真正銘の現代語なのだけれど」

結衣「あ、あれぇ……?」

結衣「っていうかえええええっ!? あ、あたしの好きな人聞いてたの!?」

雪乃「ええ、最初から」

結衣「あ、あはは……困ったなぁ」

雪乃「だから無理に答えなくてもいいと言ったのよ」

結衣「うーん……なんでゆきのんがそれ聞いちゃうかなぁ」

雪乃「ど、どういうこと……?」

結衣「今のゆきのん、ヒッキーレベル」

雪乃「……」

マジかよ雪ノ下さん最低だな、ヒキタニくんのファンやめます

雪乃(比企谷君……今の私は比企谷君と同レベル……)

結衣「ヒッキーもそうだけど、ゆきのんも結構鈍いとこあるよね!」

雪乃(自称社会の最底辺、自称ミジンコ以下の彼と同レベル……)

結衣「だ、だってさ! あたしはふたりみたいに頭良くないから、すっごーくわかりやすいと思うんだよね」

雪乃(いえ、彼に言わせれば告白すらさせてもらえずにフラれた私はそれ未満ね……)

結衣「だから頭良いゆきのんならもうとっくに気づいてるでしょ……?」

雪乃(ミジンコ未満……もはや生物ですらない、ただの生命といったところかしら……雪ノ下ウィルス……)

結衣「だからだから! 好きな人とか聞くんじゃなく、はっきり言ってほしいなーなんて……ゆきのん?」

雪乃(もう比企谷君のことを馬鹿にできないわね……今なら彼と友達になれる気がするわ……)

結衣「ゆきのーん? 聞いてる……?」

雪乃「え? ああ、ごめんなさい。少し呆けていたわ」

結衣「ううん、気にしてないよ。だからね、あたしが言いたかったのは──」

雪乃「悪いのだけれど、少し気分がすぐれないの。今日はもう帰りましょう」

結衣「え、大丈夫!? 家まで送ってくよ!」

雪乃「そこまでしてもらわなくても大丈夫よ。ひとりで帰れるわ」

結衣「でもでもっ」

雪乃「大丈夫だから」

結衣「わかった……でも途中までは一緒だからね!」

翌日

雪乃「おはよう、比企谷君」

八幡「おう……朝から顔を合わせることになるなんてお互い不幸だな」

雪乃「突然だけれど私と友達になりましょう」

八幡「……宇宙滅亡?」

雪乃「これまでのことはすべてに水に流しましょう。私は生まれ変わったの、雪ノ下ウィルスとして」

八幡「なにを言ってるのかまったくわからん。一体なにがあったんだ。守護霊交代でもしたのか」

雪乃「なにもなかったけれど」

八幡「いや待てよ……お前、まさか由比ヶ浜にフ──」

雪乃「黙りなさい」

八幡「……それがこれから友達になろうってやつにかける言葉かよ」

八幡「おい由比ヶ浜。お前昨日雪ノ下になんて言ったんだ」

結衣「なんの話? ヒッキー意味わかんない」

八幡「まるで俺のコミュニケーション能力に問題があるみたいに言うな。お前はアホだが空気は読めるはずだろ」

結衣「アホってなんだし! 本当に意味わかんないっ!」

八幡「雪ノ下、すんげー傷ついてたぞ」

結衣「え……?」

八幡「動転しすぎて挙句の果てには俺と友達になろうとする始末だ。お前一体どんなひどい断り方したんだ」

結衣「ちょ、ちょっと待ってよ。本当になんの話? ゆきのんが傷ついてたってどういうこと!?」

八幡「お前昨日、雪ノ下に告白されただろ。それでフラれた雪ノ下が絶賛傷心中という話だ」

結衣「こ、告白ぅ!? ななななにそれ! あたし告白なんてされてないし!」

八幡「なに……? 雪ノ下め、結局ヘタレたのか」

結衣「ねぇヒッキー、どういうことなの?」

八幡「ん? だが待てよ。告白してないならなんであいつはひとりで傷ついてるんだ。誰かにかまってほしかったのか」

結衣「ねぇ、なにブツブツ言ってるの? 説明してよ」

八幡「あるいは自分のあまりのヘタレっぷりに絶望したか。うむ、どちらかというとこの線だな」

結衣「ヒッキー! 説明!」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年05月13日 (水) 17:11:01   ID: JQYqLXol

雪ノ下ウイルスw

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