律子「あなたが特別って訳じゃないんです」(122)

律子「ただこれでも業界人ですから誰でもってわけには・・・。プロデューサーも持て余してるんじゃないですか?」

星の光の届かない、薄暗い事務所で律子は言った。

白磁器の様な肌を朧げな月明かりが照らし、反射した光は微光になってさらに彼女の神秘性を引き立てる。

淫蕩さを感じさせない台詞、いつものようにキュ、っと結んだ口。しかし彼女はなんと言ったか?

心臓は下手なドラムのようだった。不愉快なリズムに心臓はきゅうと締め付けられた。

結局、俺のして来た努力は何の実も結ばなかった。決して楽では無かった。それでも彼女の為になると信じて

律子「・・・・・・・・・」

奇妙な程強ばった顔。

見透かしたように澄んだ瞳。

そうだ。何が努力だ。

俺がしてきたことは、19歳の女の子をただ俺の思うように縛り続けて来ただけだ。
それを恩着せがましく「楽ではなかった」?笑わせる。

それは、そんなものは俺のただの

律子「オナニーですよ、単なる」

・・・・・・・・・ああ、

律子「・・・プロデューサーが嫌なら、別の相手を探します」

変わったのだ。

いや、そもそもそんな事が分かるほど彼女を知ってはいなかった。

仕事仲間よりは仲のいいパートナー。そんな事を勝手に思ってきただけ。滑稽な一人芝居。

P「・・・後ろ、向けよ」

この後に及んで惨めな恋心は足を、手を震えさせはした。が、それ以上に嫉妬や怒り、悲しみ。

理不尽でしかない感情が行き場をなくして下っ腹に熱を起こしていた。

そうだ。もはやなんの躊躇いがある?望んだ事だ。何度狂おしい夢を見たことか。

いいさ、そういうモノならそういう風に扱ってやる。

律子「・・・・・・・・・」

滑稽なほどスムーズに律子は踵を返した。

ほつれ髪の霞むうなじ、シミひとつない背中、ふっくらとした尻、健康的な足。

それらの放つ神秘性こそがこの腹のムカツキの原因の一つであった。

まるで男を知らぬ様な躰をして、その実インスタントな快楽を求める紊乱な心を内に秘めている。

何人がこの体を味わったと言うのか。

他ならぬ、律子の望むままに。男の前で平然と肢体をさらけ出せるまでに!

P「・・・・・・・・・」

律子「・・・・・・・・・あっ」

グイと突き飛ばす様に体を前に倒させる。

ぼやけた視界で光る燐光も乱れ動く髪も全てが夢幻の美しさであり、尚更吐き気を催させるのである。

P「・・・・・・・・・」

律子「・・・っ・・・・・・!」

仮眠室の簡素な安机に前のめりになった律子は、わずかに届かぬつま先を必死に立てながら荒々しい愛撫を受けていた。

行為としての愛撫ではあったが暴力的で、単なる欲望の醜い発露でしかなかった。つまるところ、自分本位のオナニーの副産物である。

はじめ、殺した息の漏れる音と嗚咽じみた低い嬌声しか無かった部屋には今ではヌチャヌチャという粘っこい水温が響いていた。

荒々しく擦り上げる手のリズムに合わせてくちゅりと音をたてるソコはもう十分に濡れそぼっていた。

無言のままジッパーを下げる。今までに触ったことの無いなんともどんよりとした熱さだった。

律子のソコを触っているという状況と律子と積み上げてきたと思っていたモノが崩れていく喪失感。

不愉快で虚しい程にペニスはギチギチに勃起していた。

P「・・・・・・・・・」

律子「・・・・・・ぁ」

何も言わずに律子に押し当てる。

初めての事ではあったが、すっかり気分を出しているソコはもはや何もせずとも滾滾と湧きだしている。

P「・・・・・・入れるぞ」

律子「・・・・・・・・・!い、あッ!?」

グイと突き出したつもりだが予想以上のきつさに全て飲み込ませる事は出来なかった。

先端にざらついた感触があったと思った途端、生温かいヌルヌルが絞りあげた。

それらは狂おしい欲望と本懐を遂げた、という達成感を満たしはした。が、それほどのものだろうか?

今まで味わったことの無い感覚ではあった。

これが本当にオナニーなら、さぞかし夢中になったことだろう。

だが、セックスなのである。

今も挿入に呼吸を詰まらせる律子がいて、ここは事務所で、紛れもなく現実であった。

後ろ向きにして正解だった。こんな顔を見られたくはない。

何度自分を騙そうとしても、下半身の痺れに集中しようとしても。

その事実がどうしようもない痛みになってジクジクと心を焦がすのだ。

心の繋がりも愛も一方的で、決して報われぬ願い。

セックスに抱いてきた幻想。いや、律子に抱いてきた幻想だ。

P「・・・・・・・・・!!」

律子「・・・いぎ、ぃ・・・!はあ・・・・・・っ!」

構わずに残りを押し込んでしまう。

一際の締め付けがあったが、呼吸の度に緩まりそれに合わせて抽送を繰り返す。

若さなのか、あまりの締め付けにもはや痛みを感じていたが律子に取ってはそんな事どうでもいいのだろう。

そう、オナニーだ。バイブの感情など知ったこっちゃない。それは俺も同じことだ。

気付けば律子の躰は完全に地面から離れていた。

机にへの字で乗っかりながら、腰をホールドし花芯に叩きつける。

相変わらずキツいままであったが、単純な事にペニスは摩擦で熱を帯び苦い喜びを感じ始めていた。

中に浮いた律子の両足は、抽送の度にブラブラと揺れる。まるで生きたダッチワイフのようだ。

ふいにカリカリ、カリカリ、という音がした。

初めは虫でもいるのかと思ったが、それは律子が机を引っかく音だった。

安い木目調の机はニスでしっかり加工されてあった。その上をまるで俺から逃げるように両の腕を伸ばし、爪を立てててもがいている。

カリカリ、カリカリ。

カリカリ、カリカリ。

その弱さは、扇情的で不道徳な女のモノだった。そう望み、そうしている律子の紛れもない本性であった。

P「・・・っく!!」

律子「うあっ!、ぁぐ、っあ、ああ―――!!」

その光景が目に、頭に焼き付いた途端。

嫉妬、怒り、悲しみあらゆる感情が、一つの蛇口から勢い良く溢れ出した。

壊れたように吐き出される感情は一度では収まらず、二度、三度と震えて収まった。

律子は射精に合わせて大きく仰け反ったかと思うと、せっぱ詰まったような声を上げて机を掻きむしり、やがてくたりと横たわった。

P「・・・っはあ、・・・っはあ、・・・っく」

律子「・・・・・・・・・ん」

まだ収まらぬモノをずるり、と秘所から抜いた。

律子は一瞬ビクンと身を震わせ、その後は動かなくなった。

薄暗がりの中、律子のソコからどろりと溢れ出たモノはふともも、ふくらはぎと伝って律子の足を蹂躙していった。

P「・・・あ、っ。り、律子」

白と黒のモノクロ世界で、汗で輝きをました律子の後ろ姿は余りに美しく、官能的で、だからこそ直視する事が出来なかった。

P「俺は、おれ・・・・・・」


『律子「ただこれでも業界人ですから誰でもってわけには・・・。プロデューサーも持て余してるんじゃないですか?」』


(俺は結局、律子に何か言える身分では無くなった)

晴れて単なるオナニーフレンドに変わった関係は思い出を苦々しく彩るのだった。

これでもう、律子との関係は決定的に変わってしまった。

もともと交わると決まっていたわけでもないのに、もう交わることがないと分かった途端、目の奥が熱くなるのを感じた。

P「帰る、わ」

その場にいることに耐えられなくなり、乱暴にモノをしまいジッパーをあげる。

P「・・・いッ」

ギリとしまったジッパーが肉を挟み込み雷の様な痛みを感じた。

いよいよ涙がにじむ。

律子は机の上で腕をだらりと投げ出したまま横たわっている。

何か犯しがたい物を犯してしまったような罪悪感を感じ、そのまま無言で仮眠室を出た。

日付はとっくに変わっていた。

P「・・・・・・赤飯炊かなきゃな」

何かに追い立てられるように帰宅し、スーツを脱ぐ事も煩わしく、強い酒を生で入れて布団にもぐずりこんだ。

目の前が真っ暗になるとすぐ、燐光を放つ律子が、それもなぜか笑った律子が浮かんだ。

そして何度消そうとしても、それはなかなか消えないのであった。

いつ眠ったのか分からないまま目覚ましで飛び起きて一番最初に感じたのは股間の違和感だ。

バリバリという音が聞こえて、鈍痛が走る。

一瞬、やらかした!と焦ったもののパンツの中を見て安堵した。



血だ。



壮絶な童貞喪失をし、俺不幸ですシリアス顔で内面を吐露しておきながら行為を反芻して夢精などしようものなら、朝のこの清々しさも手伝って危うく自殺する所だ。

恐らくジッパーの傷だろう。

そのことを思い出した途端、昨日の出来事が鮮明にフラッシュバックし―――

P「・・・・・・痛」

まるで罰だとでも言うようにモノに鈍痛が走るのだった。

どんな顔をして律子に合えばいいのだろうか。

いつもの朝の出勤前ルーチンをこなしながら、頭の中はそれでいっぱいだった。結局事務所を前にしてもその考えはまとまらなかった。

P「おはよー・・・ざぁいます・・・・・・」

小鳥「おはようございます、プロデューサーさん」

幸い事務所は小鳥さんだけだった。

朝の静謐さとコーヒーの豊かな匂いが事務所をリセットしているかのようだ。

とても昨日あんな事があったとは思えない。

小鳥「・・・・・・どうしたんですか?苦虫に噛み潰された様な顔して」

P「いっそホントに噛み潰して貰えたらいいな、なんて・・・」

よほど心に負担があったのか。

無意識の内にそのような顔になっていた。切り替えなければならない。知っているか?仕事からは逃げられない・・・

ハハハ、と気のない笑いで席に付き予定を確認する。・・・律子と被る所はほとんど無いな。

というか、数ヶ月ろくに話していなかった気がする。会っても仕事の話か、愚痴か。

好きだった小説は今も読んでいるのだろうか。映画になるというので、誘おうと思ってみたこともあったな。

・・・今はもう、どうでもいい。

続々とアイドル達が集まり、にわかに事務所が慌ただしくなっていく。

ある程度パターンの決まった仕事をもくもくとこなす内に午前は回ってしまう。

明日は休みだ。このままの速さで時間が回ればいい。

少し、時間が欲しかった。色々と整理する為に。今のままでは律子に・・・

律子「おはようございます」

――――!!

小鳥「あら、律子さん。おはようございます。午前中何か仕事ありましたっけ」

ない、筈だ。

竜宮のレッスンに付き添って帰りは五時頃の筈・・・。

少なくともこの前のミーティングで渡されたスケジュール表ではそうなっている。

律子「私とした事が、忘れ物をしてしまって・・・。」

小鳥「珍しいですね!」

律子「面目ありません・・・。あっ」

P「お、おう。おはよう」

律子「・・・おはようございます。伝票ですか?」

P「ああ、あの、アイドル応援パック分と地方に流した分の・・・」

律子「忙しかったら机に投げといて下さい」

P「あ、ああ、そうだな。・・・いや、自分でやっとく」

律子「そうです、か。では、仕事ありますので」

P「ああ、じゃあ・・・」

小鳥「・・・・・・・・・?律子さん・・・?」

律子「・・・・・・じゃあ」

P「お、う」

まるで昨日の朝と変わらない様な態度だった。

彫刻の様にこわばった顔ではない柔和な笑顔。

二人の距離。

言葉の応酬。

真夜中は別の顔。

ブックオフで見かけただけのミステリーのタイトルが頭をよぎった。

その態度が大人のモノなのか、女性のモノなのかははっきりとしない。

しかし、なおの事距離が空いたように感じるのはきっと気のせいではないのだろう。

P「・・・・・・はぁ」












小鳥「・・・・・・・・・変な律子さん」

春香「プロデューサーさん、何か・・・ありました?」

時間は三時を回った所だ

。レッスンスタジオの近くの喫茶店で、美味いと評判のモンブランを切り崩しながら春香は言った。

内心ドキリとさせられながら、顔には出さないようにアイスコーヒーに手を伸ばす。

P「・・・・・・なんで?」

春香「今もそうでしたけど、レッスン中もたまに苦虫に噛み潰されてたので・・・」

P「その苦虫ってもしかして春香の想像上の生き物なんじゃない?」

春香「だとすれば、私の心配もただの杞憂ですね」ニコ

P「・・・・・・むう」

初めてあった時が懐かしい位、春香は大人になっていた。

言うか、言わざるか。

二択を仕掛けているようで、実に上手に誘導されてしまっている。

いっそ『教えてください!』とでも詰め寄られたほうがまだ断りやすい。

もしかしたら、吐き出してラクになりたいと心のどこかで思っている弱さを見抜かれたのかも知れない。

春香「・・・・・・女の子、ですね?」

P「・・・・・・・・・」

春香「・・・・・・失恋しちゃったか。それもひどい感じで」

P「・・・・・・物的証拠に乏しい推理だな。憶測レベルだ」

春香「簡単な推理ですよ、プロデューサークン。ネクタイは昨日と一緒、かすかに香るアルコール臭、そして・・・」

P「・・・・・・ゴクリ」

春香「普段ならダメの一言でばっさり切られるご褒美タイムがドリンク付きで実現している現状。私今日、ノーマルレッスンですよ?」

P「あれ、そうだっけ」

春香「そうですー!もうっ・・・。身支度出来ない位ショックな出来事の中で、プロデューサーが出勤している事を考えば自ずと可能性は絞られます。ギャンブルが出来るような人じゃないし、虫も殺せない優しい性格。とすれば、金か、オンナ」モスモス

P「・・・・・・食いながら喋ってるんじゃないよ本当に」フキフキ

春香「んー・・・。ありがとうございます!で、さっきチラッと財布を見たら別段困った様子じゃない。とすれば後はオンナだけ。どうです?」

P「春香に隠し事は出来ないな」

春香「えっへっへ・・・。なんやかんや付き合いの長い私達ですから。まぁ、その位はね?」

P「・・・・・・なぁ、春香。俺たちの関係ってなんだろうな」

春香「・・・えっ!そ、それはぁ」

P「・・・結構仲の良いアイドルとプロデューサー。俺はそう思ってる」

春香「あーー・・・・・・、うん、まあ大体あってるカナ?」

P「ホントに?」

春香「そ、そりゃあ、男女の感覚の違いで?結構のニュアンスがアレでソレな所はなきにしもあらずんば?」

P「えー、結局どれなの?」

春香「わ、私の事はいいんですっ!それよりも!」

P「・・・俺さ、人の事勝手に想像して好きになってた」

春香「・・・・・・うん」

P「で、その人は思った通りの人じゃなくて・・・。多分、俺を好きにはならないんだと思う」

春香「・・・・・・うん」

P「よく分からないんだ。そもそもそれが恋だったのか。だって、勝手に自分が好きな所を見てそれで恋しいと思ってたなんて。自分勝手すぎるだろう」

春香「・・・・・・・・・」

P「失恋したのかどうかも分からない。ただ、本当に肺のあたりが今もどんより重くて、それを感じるたびにその人の事を思い出す」

P「・・・・・・その度に俺は苦虫に噛み潰されてんだと思う」

春香「・・・・・・・・・」

P「・・・ははは。ちょっと女々しいよな?」

春香「はい!っていうか、かなり女々しいですね!」

P「・・・いてて、今度は胃まで痛くなってきたぞ」

春香「いいですか。プロデューサーさん。それは恋ですし、失恋です」

P「・・・・・・・・・」

春香「痛みがあるのはまだ諦めがつかないから、心体の不一致が起きてるんですよ。体は若返ることはありません。ぐんぐん前に進んでいくだけです」

春香「・・・でもプロデューサーさんの心は失恋した瞬間からきっと止まったままなんですよ。そりゃあ、痛みも起きますって」

P「えらく語るね・・・」

春香「乙女道二段の私だからこそ言えるありがたい言葉です!メモっても、いいんですよ?」

P「春香は、乙女道、二段。真に、要報告と。いやあ良い事を聞いた。知り合いに乙女道に興味のある奴がいてね。力になってもらえるかな」

春香「や、やめてっ!」ビリビリ

P「あはは。冗談だって」

春香「・・・・・・笑って、忘れちゃうのが一番です」

P「・・・・・・・・・」

春香「やっぱり、愛してくれなきゃ愛せません。その人が好きになってくれないなら、それは、毒です。残せば残すほど、良いことありません」

P「そう、か・・・。」

春香「・・・・・・じゃあ、パッーと遊んじゃいましょう!気分転換して、次の相手探すんですよ!」

P「・・・・・・・・・」

春香「なあに、この世の半分はオンナ。もしかしたらアンタに仄かな恋心を抱いてるオンナ、おるかもしれまへんでぇ・・・?」

P「乙女道段持ちとは思えない発言だよ・・・」

春香「攻める時は攻める!引くときは引く!それが!乙女道です!!」

P「男らしいなぁ・・・」

春香「ふふん」

P「えぇー、褒め言葉だと思っちゃうんだ・・・」

春香「ホラッ、どーせお仕事無いんだしゲーセン行きましょう!ゲーセン!」

P「チクチク攻めるねどうも・・・」

春香「わっほーい!わっほーい!・・・・・・うわっと!」

P「っ!おい、気をつけないと怪我するって!」

春香「う・・・」

P「そういう所は変わんないなぁ」

春香「すいませぇん・・・」

P「ホント、目が離せないよ」

春香「・・・・・・ッ」

P「そうだな・・・。ホントはダメなんだろうけど、後は事務所帰るだけだしちょっと寄ってみるか」

春香「・・・・・・ぷ、プロデューサーさん」

P「ん?どうした」

春香「あの、顔近い、です・・・・・・」

P「おお、すまん」

春香「・・・・・・ぁ・・・」

P「じゃあ行くかぁ・・・」

春香「・・・・・・そんなだから失恋するんですよ」

P「はぁ?」

春香「なんでもありませんよーだ!」

亜美「律っちゃーん!どうしたの?事務所帰るんでしょ?」

真美「もうクッタクタだよ→。ねえどっかで休んでいこーよ」

律子「・・・・・・・・・」

亜美「ん、何なに・・・。あれ、はるるんと兄ちゃんじゃ→ん!」

真美「え、ウソ、どこどこ!?あ→!!ずっこい!二人で遊んでんじゃん!!」

律子「・・・・・・・・・」

亜美「もうこれ、混ざるしかねぇな!」

真美「そうだよ!イクゾ~!」

律子「・・・・・・帰るわよ」

亜美・真美「「ええ~~!!」」

律子「・・・・・・・・・」

亜美「律っちゃんのケチ!」

真美「ケーチ!」

律子「・・・・・・・・・」










律子「・・・・・・・・・っ」

小鳥「はあぁぁああぁあああ、今日も疲れたああああああああああん!」ボキ ゴキ

P「お疲れ様です。今日はもう上がって貰っていいですよ」

小鳥「そおですか?・・・じゃあ、甘えちゃおうかな!」

P「あはは。じゃあ、お疲れ様です」

小鳥「はーい!お先でーす」ガチャ

八時を少し回った所だった。あの後就業ギリギリまで遊んで、事務所に帰った。

初めてのサボり、それもアイドルの女の子とだ。

かなりドキドキして帰って来たが、亜美・真美に膨れられる程度だった。

仕事の無いのがよかったのかも知れない。いや、全然よくないか

基本仕事の連絡は携帯に来るのだが、稀に緊急の発注や確認を求められる事があるので10時まで事務所に人をおいている。

専ら俺か小鳥さんで、繁忙期には社長が変わってくれる事もある。

客を待たせて置けないのは、弱小プロの辛いところである。

どうせ書類整理もある。休みに残業はごめんだ。パソコンを立ち上げ、仕事に取り掛かる。

ガチャ

P「あれー、忘れ物ですか、小鳥さん」カチャカチャ

「・・・・・・・・・」

P「人の事言えないじゃないですか。真美当たりに馬鹿にされますよ」カチャカチャ

「・・・・・・・・・」

P「・・・?小鳥さん?」










律子「・・・・・・・・・」

P「り、律子・・・。お前、五時であがったんじゃ・・・」

律子「・・・・・・・・・」シュル

P「おい・・・」

律子「・・・・・・・・・」パサ

P「律子・・・」

律子「・・・・・・・・・」プチプチプチ

無言のまま、律子は服を脱ぎ始めた

。昨日とは違う、明るい部屋。しかし、その美しさも表情も、昨日となんら変わらなかった。

あっという間に生まれたままの姿になった律子は何も言わず後ろをむいた。

P「律、子・・・・・・」

律子「・・・・・・・・・」

今日は涙をこらえる事は出来なかった。

せめて声だけは聞かせまいと必死に食いしばるが、胸の慟哭が歯を鳴らす。

ひどく、惨めだ。

P「・・・・・・帰って、くれ」

律子「・・・・・・・・・」

P「・・・頼む。頼むから・・・!」

律子「・・・・・・・・・分かった」

後ろを向いたまま。

彼女は手早く着替えていった。

この声が漏れる前に、どうか帰って欲しい。必死で声を殺す以外に何も出来ない。

五分とせず、律子は着替え終わりそのまま出て行った。

きっと、もう俺にこの役は回って来ないだろう。

それでいい。毒だ。それは未練という毒になる。

律子がいなくなって、たっぷり十分。もうビルを出た頃だろう

顔を被って、泣いた。

我慢のしすぎで始めは声も出なかったが、そのうち獣の唸りのようなくぐもった音が肺から漏れた。

どれ程泣いただろうか。

ふいに電話のベルがなった。慌てて息を整える。

時間はまだ九時も回っていない。

P「…はい、765プロです」

男「夜分にすみません。早井クリーニングですが」

P「お世話になっております」

早井「お疲れ様です。本日ご依頼のカーペットの件でご連絡させて頂きました。秋月さんはいらっしゃいますか」

P「・・・・・・生憎、秋月は帰宅しておりまして・・・。折り返しご連絡致しましょうか?」

早井「あ、いえ。・・・では伝言をお願いできますでしょうか」

P「はい、・・・・・・どうぞ」

早井「ご依頼のシミ抜きでしたが、やはり時間が経っており通常のコースではご対応出来ませんでした。専門の溶剤で消すことはできるそうですが、生地を痛めるためにあまりお勧めしないそうです」

早井「もし、それでもよろしければお手数ですが一度ご足労頂いて一筆頂きたい、との事でした」

P「・・・・・・・・・・・・はい。確かにお伝えします」

早井「血のシミ抜き、というのはその、ある種・・・・・・」

P「血・・・?」

ぞくり、と怖気が背中を抜けた。

あのモノクロの世界で、俺は彼女に何をした?押し倒し、陵辱し、乱暴に・・・

P「・・・成程。分かりました。失礼致します」

電話を切るのもそこそこに、仮眠室に走った。

机が動かない様に敷いていた安い花柄のカーペット。・・・まさか!

P「・・・・・・っ!」

やはり、無い。

無性に胸騒ぎがする。

慌てて部屋を飛び出し、駅に行こうとして、自分が今なぜここにいるのかを思い出した。

思わず舌打ちが出る。

結局その日はその後何事も無く終わった。

片付けもそこそこに駅まで走ったが、当然律子はいなかった。



どんよりとした、闇があるだけだった。

P「おはようございます!!」

挨拶もそこそこに部屋を見回す。

が、今日も小鳥さんだけだ。相変わらずの静謐さ。それが今はまるで泥のように足にまとわりつく。

小鳥「・・・人の顔見て残念そうな顔するの失礼だと思う。休日にどうしたんです?」

P「す、すいません。・・・律子来てませんか!?」

小鳥「・・・まあいいですけどっ。律子さんなら、今日は具合が悪いそうなのでお休みするそうですよ」
P「そう、ですか・・・」

小鳥「何か、火急の用事でもあったんですか?」

小鳥「・・・・・・変なの。そう、変といえば律子さん!昨日から少し変だったんですよ」

P「はあ・・・」

小鳥「忘れ物なんておかしいな、って思ったんです。だって見ました?律子さん、ペン取りに来たんですよ?」

P「そりゃ、使い慣れた道具は」

小鳥「わざわざ出先から?緊急ならコンビニだっていいし、先方もそれぐらい対応するでしょう」

P「う・・・」

小鳥「第一、昨日は亜美ちゃんと真美ちゃんのトレーニングじゃないですか。何をどうすればわざわざペン取りに来るんです?」


P「さ、さあ・・・」

小鳥「でね、あの時見てたら律子さん、ちょっと足を引きずってたみたいで」

P「・・・・・・・・・!」

――――――くそっ!じゃあ、やっぱり!

小鳥「昨日から、そうとう具合悪かったのね。女の子なんだからあんまり無理しない方が」

P「ぐあーーーー!」バタリ

小鳥「ピヨっ!?ど、どうしました!」

P「も、盲腸がヤバい!これはヤバい!」ビクンビクン

小鳥「き、気をしっかり!そこは肝臓よ!?」

P「なので、病院に行ってきます!じゃ!」 バタン!

小鳥「ちょ、走っちゃ、あーあ。行っちゃった。休みなんだから、別に言い訳しなくてもいいのに・・・」

小鳥「まあ、プロデューサーさんっぽいか・・・」クスクス

『おかけになった番号は電波の届かない場所にあるか・・・』

P「くそ!」

プロデューサーを始めてから3駅離れていない場所に越した律子。

引越しを手伝った時の記憶を頼りに街を歩くが、肝心のマンションが見つからない。

もしかしたらと思って電話をかけてみたがそれもダメ。完全に手詰まりだ。

P「・・・事務所で調べてくればよかった」

時すでに遅し。

そう、何もかもが遅かった。だからこそ今、焦心が足を震わせるのだ。

もう一度、駅からだ。記憶を呼び戻す。心を落ち着かせ、大きく息を吐いた。

たった数ヶ月前の律子の事だ。思い出せる。そう言い聞かせた。

(・・・・・・前から偶に来てたんです。この映画館。少し古くて、好きだなって)

駅から右手に大きな看板が見える。キサラギ対メカのワの。

(この公園・・・綺麗なのにいっつも人がいて・・・。ちょっと落ち着けない)

今日も大道芸人が汗を流している

(平坦だけど、風がよく通って好きなんです)

(少し、田舎っぽいじゃないですか)

(ふふ、あんまり暮らしやすくはないかも)

公園を抜け、サイクリングロードを横切り、小さな橋を渡って。

確かにあの時俺も律子もここにいた。

もう何が真実なのか、良く分からない。しかし、それだけは間違いなかった。

不思議だった。

マンションを思い出そうとした時にはここまでもこれなかったのに、律子を思い出すうちにぼんやりと道が見えてくる。

さんざん苦しんだのに、まるで思い出が二人をつないでいるようで嬉しかった。

胸の痛みはすっかり消えている。

・・・あれだけ駅チカにしろ、って言ったのに自転車を買ってまで住む事を決めたマンション。

それが今、目の前にあった。

(運命ですよ!絶対!)

エレベーターのボタンを押す。行き先は六階。

(だって、こんな素敵な所に一つだけ空きがあって)

エレベーターを出て左。突き当たりのほうまで歩く

(それで、この番号ですよ!?私、絶対ここにします!)

0623号室。ネームは秋月、とあるだけだった。

P「し、失礼します!」

何度目かのインターホンの後、苛立ち紛れに回したドアノブはやけにあっさりと回った。

住居不法侵入。

このご時勢、未成年のそれも女性の部屋に入ったとあればまず実刑だろう。もしかすれば余罪が付くかもしれない。

だとしても、逃げるわけには行かない。

聡明な律子ではあるが万が一ということもある。

彼女の死と、自分の実刑。

そんなものは天秤にかけるまでもない。

P「・・・律子?」

ドアを開けた途端、目に入った光景に言葉を失った。

可愛い犬が固まったままこちらを見上げている。

その横には同じような動物達の置物が置かれている。

シューズストックの上にはライトグリーンの写真立て。控えめなハートが模されたその中心には、はにかむ律子と笑う俺がいた。

初めてここに来た時、この部屋で二人で撮ったものだ。たった数ヶ月前の事なのに、随分と前のような気がする。

写真の中で間抜け面で笑う男。何も考えず、自分のしている事がまるで望まれている事なのだ、と勘違いしている男。

考えの足りない、幼稚で、低俗で、独りよがりな。幸せな男

過去の幸せを取り上げることは誰にも出来ない。あの日、あの瞬間。

二人で笑った過去は確かにあったのだ。

それがどんなに儚いものだとしても。

可愛らしい写真立て。小さな動物達。可愛らしい靴。

近づけば近づくほど、知らない事実が見えてくる

きっと、未来から見ればこの瞬間もかけがえの無いものになるだろう

P「悪しきとて、捨てるなよ…か」

今は、今を生きるしかない。忙しさにかまけてクリーニングの袋がそのままになっている廊下を進んでいく。

律子「………」

果たして、彼女は見つかった。

大きなソファの中で、猫の様に身体を丸めている。

一瞬ドキリとしたが、規則的に上下する胸を見てほっとする。

重症ではないのかもしれない。

だが、カーペットを汚す程の血だ。大きな怪我に違いない。

良く見れば、顔色もあまり良くない。

何度も鳴らしたインターホンに気づかぬ程彼女は疲労しているという事だ。

P「…律子、おい律子っ」

律子「……ん。…母さん?」

目を開けぬままに、揺する手をいやいやと払う律子はやや間をおいてゆっくりとこちらを向いた。

P「お、はよう」

ここまで来ておいて間抜けな挨拶である。

心配で駆け出して来たが、いざここまで来てみると、急に場違いなような気がしてしまう。

今この瞬間に違う男が入ってきたら?

…とんでもない間違いをしたかもしれない

律子「……プロデューサー?」

聞いた事のない、気の抜けた呼びかけにどう応えようか思案していると、律子はおもむろに両手を伸ばした。

P「あ、あの…。俺さ、お前が」

律子「だっこ」

珍しい表情だった。たまに見るしかめっ面でない、実に不安そうな不満顔。

思わず抱きしめてしまった。

こんな事をしている場合ではないのに。それでも、抱きしめたいと思ってしまった。

背中に回った手のぬくもり、胸板に移る体温、聞こえる鼓動

何もかもが望んだものだった。何度も、何度も望んで手に入らなかったもの。

誰の変わりでもいい。

今、この瞬間だけは、彼女の恋人でいたい

律子「悲しい事があったの?」

あまりにも情けない姿だった。

年下の後輩に慰められる男。堪えようとしても止まらない涙。

もっと、恋愛をしておくべきだったのか。今ではもう、遅いのだろうが

律子「大丈夫」

思わず力をこめてしまう。

このまま、彼女を粉々に砕いてしまいたい。

律子「痛っ」

膝が彼女のふくらはぎに触れた時である。不意に彼女は呟いた。


―――そうだ、こんな事している場合では無かった。

どうでもいいし亀だけど「苦虫に噛みつぶされたような顔」じゃなくて「苦虫を噛み潰したような顔」な?

P「律子、ごめん!」

彼女から、腕を離す。

名残惜しそうな手をどけ、彼女のパンツスーツを脱がす。

彼女はクスクスと笑いながら、まるで少女のように足をパタパタと動かす。おかげで思うように進まない。

P「律子、頼むじっとしててくれ」

律子「ふふ。春香よりも私が好きになったんですか?」

彼女は足をフラフラ、そんな事を言うのだった。

P「そんな場合じゃ…」

律子「言わなきゃさせてあげませんから」

こいつ…

P「俺は、俺はずっとお前のことが好きだったよ!春香よりも、誰よりも!」

律子「……嬉しい」

ふっ、と。抵抗が無くなった。その隙に、するりと脱がせてしまう。

律子「もう、あげれるものはあげちゃったから何も無いけど…」

律子「好きに、して下さい」

くたりと身体を預ける律子。

もはや訳が分からない。しかし、チャンスだ。

足を持ち上げ、くまなく観察する。

右足にあざらしいものがあるが、出血は無い。

左足?いや、白魚のように白くまるで上質の絹のようなさらりとした肌のどこにも傷など無い。




>>74 紛らわしくてゴメン。 こう、捻った事を言いたくてわざと間違えさせた。一応、春香との会話で虫に突っ込みはいれといた

律子「やだ、くすぐったい」

律子を左腕で抱えながら、腰、背中と順に見るがどこにも痕は無かった。

ランジェリー姿の律子は笑いながら身を捩った。

動くたびに香る彼女の匂いは頭の動きを鈍くするかのようだ。

全身くまなく見ても、傷痕どころかシミひとつ無い。

いよいよ困ってしまう。こうなれば本人に聞くしかない。

P「なあ、律子。さっき、痛いっていったよな。アレ、どこが痛いんだ?」

律子「ふふ、えっち」

どこか夢現の様子の律子は、はにかみながらそういった。

P「教えてくれよ。なあ」

律子「いやっ」

P「なあ」

律子「もう…、意地悪。…あ、アレです」

いやいやをする律子の手を押さえるがそっぽを向かれてしまう。どうしたというのだ。

P「アレ、ってどこだよ」

律子「そ、それも言わなきゃ駄目?」

P「ああ、大事な事なんだ」

何か、そう何かかみ合っていない。

何かを見落としているような…。

違う。ボタンを掛け間違えたような違和感がある

律子「だから、その」

P「ちょ、ちょっと待った」

何だ。

何か、そう、重大な過ちが起こっている。不思議な確信があった。

この流れは、危険だ

P「そ、その前に確認したいことが、」



律子「あ、アソコ、です…」



彼女はテレ顔でそう言った。

………
……








P「お前処女かよォ!!」

律子「な、何よ…」

P「だって、お前…。経験豊富っていうか、え?俺が特別じゃない的な事…」

律子「…変な夢。小説の続きじゃないのかしら」

P「夢ぇ…?」

律子「え、だって、起きたらプロデューサーがいて、抱きしめてくれて、私の事、好きだって…」

P「………」

律子「えっ」

P「……お、おはよう」

律子「………き」

P「あ、違う!俺、お前が、怪我したって聞いて、いや、思って、でもそれがまさか」

律子「キャアアアア!!」

平手打ち

平手打ち(ひらてうち)とは、掌で相手の体を打つ行為、および相撲やプロレスなどの格闘技における殴打技である。

一般社会では暴力・暴行行為の一種とされる。特に顔面(主に頬)をめがけて使用する場合は、俗称としてビンタとも呼ばれる。


(wikipedia 2012/10/09)

動揺に無知をかけて動転していた自我は、しなったムチの如く俺の顎を正確に射抜いた平手によって昇天した。

薄れ行く記憶の中で見た律子の焦った顔は、数ヶ月ぶりに見る生意気な少女の顔で。

俺はもう、このまま目が覚めなければいい。

そう思ったのだった。

微妙な空間であった。

仕事が充実しているせいだろう、ごみが置くままになっていたテーブルは塵一つ落ちていない。

ソファに置かれていた大きな猫のぬいぐるみは皮製のクッションに変わり、メイクもばっちりの律子に水をかけられて起こされた俺は、いたたまれないような気分のまま、正座しているのだった。

P「………」

律子「………」

お互いに何も言わぬままはや十分が過ぎようとしている。

浴びせられた水に飛び起きた俺はそのままタオルを投げつけられ、その先には能面のような顔をした律子が鎮座ましましていた。

無言のまま顔を拭き、無言のままタオルを置いた。

P「………」

律子「………」

気まずい沈黙であった。

お互いに言わなければならない事がある。

しかし、自分から言うのも、相手から言わせるのも違うような気がする。

お互いに、視線をそらしあいながら、五分。

P「すまない」

律子「………っ」

P「動揺していたとはいえ、流れのまにまに乱暴な事をして、その、勘違いしてて」

律子「…凄く、怖かったです」

P「…ごめん」

律子「い、いきなり机に押し倒されて、変な所、無理に触られて」

P「…ご、ごめんなさい」

律子「真っ暗で、顔も見えないのに、な、何も言ってくれないし」

P「ごめんなさい」

律子「急に、いれ、いれるし、痛いのに、ぐんぐん、擦るし」

P「いや、充分準備は…」

律子「………」

P「大変な粗相を致しました…」

律子「……そんな事までしたのに、春香とデート、するし」

P「誤解だ!それは違う!あれは…」

律子「私との、その、アレは拒否したくせに…!」

P「ち、違う…!それは……」

言葉が出ない。伝えなければならない事がある。

もう遅いのかも知れないけど、それでも伝えておきたい。しかし、言葉が、舌が回らない

律子「何しに来たんですか…」

P「あの、電話が来て、小鳥さんも言ってて、俺、お前が怪我してるんじゃないかって」

律子「じゃあ、もう平気だって分かりましたよね。帰って下さい」

P「ちょっと待ってくれ、話を聞いてくれ律子」

律子「聞きたくありません!帰ってください!…帰ってよ!」

P「頼むから」

律子「なんなのよぉ!春香でも小鳥さんでも!好きな人の所にいけばいいでしょう!?」

P「違うんだよ」

律子「放っといて下さいよ…放っといてよ……」

P「律子…」

律子「もう…いや……」

P「お、俺さ」


P「俺、律子の処女貰えて嬉しかったよ!!」








律子「…んの!バカ!!!」







平手打ち
平手打ち(ひらてうち)とは、掌で相手の体を打つ行為、および相撲やプロレスなどの格闘技における殴打技である。

一般社会では暴力・暴行行為の一種とされる。特に顔面(主に頬)をめがけて使用する場合は、俗称としてビンタとも呼ばれる。

(wikipedia 2012/10/09)

全身を使ったその攻撃は、身長差という絶対の壁を飛び越え、俺の顎をしたたかに打ちつけた。

視界がグニャリと歪み、床がせり上った。

律子「…どっかのバカが、アイドルでもない女を、余計な苦労をして!」

無様に倒れた俺に馬乗りなった彼女は、泣きながらそう言った。

彼女の身体は、心配になるほどの軽さだった。

律子「守ってくれたから…!」

その先は、言葉にならなかった。

始まりと同じ、すれ違ったまま、嗚咽とも悲鳴とも取れない顔で泣く律子

世界で一番近くに居て、世界で一番すれ違っていた二人


P「律子の事が好きだ」

P「初めてあった時から、好きだった」

P「この業界に入って、悪い話も、厭な慣わしも知って」

P「守りたいって、思ったんだ」



律子「そっちのが、先でしょ…。バカ…!」

律子「話、出来なくなってから、だんだん不安になっていったんです」

泣く律子を後ろから抱き、そのまま二人で過ごした。いつのまにか小雨が窓を叩き、日は傾いていた。


律子「忙しくなる前は、お昼を一緒に取ったり、ミーティングだ、なんて夜にファミレスにいったり」

P「……行ったなあ。色々いったけど、結局安いイタメシ屋に落ち着いて」

律子「ドリンクバーで粘ったりとか」

P「黙々本読んだりな」

律子「…何も、無かったですけど。一緒にいると安心でした」

P「……うん」

律子「その内、忙しくなって。喋る事も難しくなって」

P「うん」

律子「そこで初めて気付きました。なんの繋がりもないんだ、って」

P「……」

律子「……電話しようとしても、メールしようとしても、出来ないんです」

律子「電話が繋がったら、なんて声をかければいいのか。メールはどう書き始めるのか」

P「…うん」

律子「書いて、消して、書いて、消して。ふふ、馬鹿みたいでしょ?」

P「…ウザがられると思って、電話もメールも、出来なかった」

律子「……うん」

P「真剣に想ってれば、それでいいんだって。勝手にそう思ってた」

律子「…寂しかったです」

P「ごめん」

律子「だから、どうにかして告白させてやろうって思った」

P「う、うん」

律子「でも、半端な事をしても回りにアイドルがいるあなたには通用しないと思って…」

P「…あー」

律子「…実際にはそれすら通用しませんでしたけどっ」

P「あれは、だから違うんだよ。誤解の上に誤解をしいて、二十五解、みたいな感じで」

律子「…まだ痛いんですけど」

P「…撫でましょうか?その、痛い所」

律子「………」

P「ご、ごめんなさい」

律子「ちょうど、小鳥さんが小説を貸してくれて」

P「………うん」

律子「学園もののラブコメで、陳腐な内容だったんだけど」

P「………………うん」

律子「主人公はいきなりレイプされて、なぜか学年で一番のイケメンと付き合う事になって」

P「………」

律子「イケメンにいいように使われた主人公は擦れちゃうですけど、イケメンの命令で付き合った男の一人と運命的な恋に落ちて」

P「その本を燃やそう」

律子「わ、私だって頭から信じてたわけじゃないですよ!」

律子「ただ、それ、ベストセラーになってて」

律子「なら、使える、のかなって」

P「(アカン)」

どう考えても頭の足りない三文小説で、そんなもん禁書にしてしまえと思う反面、まんまとその策に引っかかってしまったというのも事実だった。

律子「事実は、小説より奇なり。なんていいますけど、考えてみればそもそも擦れてないのに擦れたフリをするというのに無理があったんですね」

P「……いや、擦れてれば告白したわけじゃ」

無いのだろうか?彼女がもし、本当に擦れていたら、俺はどうしたのだろう。彼女が奔放に男の抱かれるままにされ、そのお鉢が回って来ただけだったら?

P「………」

律子「な、なんですか。ちょっと、苦しい…」

P「…なんか、して欲しい事とかない?」

律子「え、え?急に、なんですか」

P「いや、なんか。今って、奇跡だなあって思うと。急に愛おしく」

律子「…ばか」

P「いや、本当に、何から詫びれば…」

律子「して欲しいこと、あります」

P「何?なんでもいってよ」

律子「その、まだ、してもらってないっていうか…」

P「なんだっけ?土下座?」

律子「き、キス…的な事をして、下さい」

P「…してませんでしたっけ?」

律子「ずっと反対向いてましたから」

やっと笑った律子の顔は、意地悪そうな嬉しそうな顔だった。

シリアス顔で内面を吐露しておきながら、唇も合わさず強姦じみたプレイで処女を強奪した男には過ぎた顔だった。









しにたい

こちらを向いた顔に、そっと近づいていく。

もともと密着しているので、すぐに息の聞こえる所まで来てしまう

これからは彼女がしたい事をしていこう。欲望に流されるのはゴメンだ。

ブッダのように空腹に身を置き、心頭を滅却し、悟りを開こう。

がっちりと目をつぶった律子の顔を見て、そう思った。

やわらかい唇の感触は、それまでの経験に置き換えることの出来ないものだった。

体の強張りが伝わってくる。なぜかお互い息を止めたまま、硬直した。

…この後、どうすればいいのか分からない。

言葉の無い会話だった。さあさあという雨音が踊る部屋で、なぜか息を殺し密着する人間

律子「…っぷは」

先に根をあげたのは律子だった。酸欠なのかどうか。顔を真っ赤にしたまま、わざとらしくケホケホと咳をする。

律子「…見ないでください」

それきり正面を向いてしまう。すっかり息は整っているのに、耳まで真っ赤なままだ。

P「あー、律子?」

律子「うるさい」

P「律っちゃん?」

律子「うるさい」

頑なにこちらを見ない律子

本当に、本当に今更の話だが

可愛いなぁ、律子

P「あのー、俺も文献で知る程度なんだけどさ」

律子「なんですか」

P「キスって色々あるそうですよ?」

律子「………」

P「キス、してもいいですか?」

律子「……だ、駄目です」

そうか。ならば仕方が無いな。

ブッダのように生きようと決めたばかりだ。


P「あ、枝毛ある。ちょっと横向いて」

律子「…え?これでどう、んむ!?」

ちなみに。

ブッダは絶食に失敗し、ミルク粥を食べて悟りを開いた。

我慢はよくない(至言)

………
……

春香「おはよーございまーす!」

小鳥「春香ちゃん、おはよう!」

春香「はい!…あのー、プロデューサーさんは?」

小鳥「…律子ちゃんとミーティング」

春香「飽きませんねぇ…」

小鳥「……ねえ、春香ちゃん。あの、大丈夫?」

春香「心配しないでくださいよ。大丈夫です」

小鳥「でも…」

春香「たかが告白が成功しただけじゃないですか。1R目ですよ、1R目」

小鳥「えっ」

春香「押さば、押せ。引かば、引け。それが乙女道ですから!」

小鳥「すごいのねえ、乙女道って」

春香「えへへ!まあ今時のJK舐めんなって所ですかね」

P「…いや、ここはミキだって」

律子「あずささんで大丈夫です。ミキじゃ幼すぎて…」

P「いやあ、最近のミキはちょっと凄いぞ?」

律子「…随分詳しいんですね?」

P「し、仕事だからね」

律子「ふーん」

P「律子?律っちゃん?」

あの日以降、朝は必ず時間を作って会っている。

言葉にしないと伝わらない。それは完全に茶番劇だった今回の、数少ない教訓の一つだった。

だから、毎日顔を合わせて、言葉を交わす。

その結果、例えば呆れられるとしても、嫌われるとしても

律子「あー、そういえば最近来る宅配のお兄さん。結構イケメンだなー」

P「んん?律子くん、初耳ですよ?…まあ、俺がいる以上、ね?」

律子「あなたが特別って訳じゃないんデスヨー?」

P「うわああああああ!!」

律子「冗談ですよ。…人をからかうからです。反省してください」

P「律子おおおお!」

律子「だ、だから冗談んむ!?」


小鳥「まーた始まった……」
春香「うふふ」


P「律子おおおおおおおお!愛してるうううううううう!」

律子「やだ、口紅ィ!」


それでも、伝えるのだ。
もう二度と、彼女に卑屈になったりするものか。




END

ながながとお付き合いありがとうございました。エロ描写の為に地の分を書きました。
余計な事をしたと思います。もう地の文は書かないです。ご支援下さった方はありがとうございました。

いってらっしゃい

>>119
俺は休みなんだ

>>120
良い休日を

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