とある都市の生物災害 (834)

・禁書とBIO HAZARDのクロスですが、禁書のキャラしか出ないのでバイオハザードを知らない人でも全く問題はありません

・内容が内容だけに死人が大量にでます。好きなキャラが死ぬ、もしくはそれ以上に酷いことになる可能性があります。

以上を二度読みしていただき、それでも一向に構わんという方のみお進みください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1388326016







それはありきたりの九月だった。
誰がそもそもの元凶だったのか……。

学園都市は『科学の発展』という題目の元、あらゆる非人道的な実験を行う実験場。
この街にそれを壊せる人間は存在しない。
統括理事会はそれを推し進め、警備員も、風紀委員もそれに感付いていながら放置している節さえある。
学生たちはこの街の『闇』に何も気付かずに、ただ科学という恩恵を享受し続けている。
それが破滅への選択なのに。

愚かさのつけを払うことになるだろう。
赦しを乞うには全てが遅すぎる。

運命が流れ始めた時、それを止めることは出来ないだろう。
誰にも―――……。

最後の九月が過ぎ去ろうとしている。
それを理解しているのは彼らだけだ……。


















               バイオハザード
―――とある都市の生物災害―――















【biohazard】

生物災害を指す語。
人間や自然環境に対して脅威を与える生物学的状況や、生物学的危険を言う。






このSSには暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています




惨劇の序 Prologue / -Day1 / 17:06:23 / 第七学区 ファミリーレストラン『joseph's』

学園都市、第七学区。
高級感溢れる学舎の園から寂れた裏路地まで雑多な雰囲気を持つこの学区には、当然飲食店も数多く立ち並んでいる。
そんな店舗の中でもとりわけ高級というわけでもない、だがそれ故に中高生に愛用されるのがファミリーレストランである。
そして彼らは今日も今日とてとあるファミレスに集っていた。

「店員さん! このページ追加でお願いするんだよ!」

「馬鹿野郎!! 上条さんの財布のライフはとっくにゼロですのことよ!?
このままだとモヤシだらけの極貧生活が待ってるぞそれでいいのかインデックス!!」

「モヤシだってよ。お前のお仲間じゃねえか、挨拶しなくていいのか?」

「ブチ殺すぞクソメルヘン。にしても、あの無能力者(レベル0)は相変わらず貧乏生活送ってンのかよ」

「あんなトンデモ右手持ってんのにね。まあそれもアイツらしいって言うか」

一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶するイギリス清教のシスター、魔道書図書館インデックス。
異能の力なら何でも打ち消す右手を持つ無能力者、上条当麻。
学園都市第二位の超能力者(レベル5)、名称『未元物質(ダークマター)』を操る垣根帝督。
学園都市最強の超能力者である一方通行(アクセラレータ)。
学園都市第三位の超能力者、能力名『超電磁砲(レールガン)』を有する御坂美琴。

「お姉様……。またあんな類人猿などにうつつを抜かして、黒子は、黒子は悲しいですの!!」

「大将……。俺には分かるぜ、無能力者のその気持ち!!」

「大丈夫だよはまづら。どこまで行っても貧乏で三下なはまづらを私は応援してる」

「うーむ、あの人の浜面仕上評は間違っていなかったのかもってミサカはミサカは女の人に慰められてる情けない姿を見て考えてみたり」

「……逆に彼の浜面仕上に対する評価は過大評価なのかしら」

学園都市の治安を守る風紀委員、白井黒子。
ただのチンピラ程度でしかない浜面仕上。
『能力追跡(AIMストーカー)』という極めて希少な能力を持つ大能力者(レベル4)、滝壺理后。
御坂美琴の生体クローン、妹達(シスターズ)の司令塔である打ち止め(ラストオーダー)。
大能力者の精神系能力者、心理定規(メジャーハート)。

そうそうたる面々だった。
まず学園都市の誇る超能力者のトップスリーが集まっているというだけで異常だろう。
それに加えてこれだけの面子である。どこかに戦争でも仕掛ける気かと思われても仕方ないような光景だった。

だが当然ながら彼らにそんなつもりは毛頭ない。
ただ集まって盛り上がって駄弁って、という普通の学生らしいことをやっているだけなのだ。
過去には多くの問題があった彼らも、様々な困難を乗り越え今では以前からは想像もつかないほどの付き合いとなっていた。
一方通行も、垣根帝督も驚くほどに丸くなり、今の人間関係が実現しているのであった。

「浜面くゥゥゥン!? オマエ俺のピザを横取りするたァいい度胸じゃねェか!!」

「ははっ、楽勝だ、超能力者」

「情けねえなあ一方通行。浜面如きに遅れをとるとは……っ!?
……そうか、そうかそうか上条当麻。テメェそんなに愉快な死体になりてえか」

「へっ、いいぜ、垣根。テメェがピザを独占できると思ってんなら、まずはその幻想をぶち殺す!!」

超能力者二人と無能力者二人がピザを巡ってギャーギャー騒いでるのを脇に、御坂美琴と白井黒子はゆっくりと食事をとっていた。
彼女たちが今食べているのも同じくピザであるが、味は男連中のものとは違う、シンプルイズベストなマルゲリータだった。

「しかし黒子、アンタ本当によく肉食べるわね。どうしたのよ最近」

白井の目の前にはピザの他にハンバーグが置かれていた。
実は白井はその前にも肉料理を頼んでおり、これは普段ならまずあり得ないことだった。
淑女を自称する彼女は肉料理を決して嫌ってはいないが、そこまで好んでもいない。
それ以前に白井はそこまで大食漢ではない。体重計の上でため息をついている姿を美琴は幾度か目撃している。

「自分でもよく分かりませんが、猛烈に食べたい気分なんですの。
大覇星祭も終わって、溜まっていた疲れが出てきたのかもしれませんわね。
それに何故だか全身が痒くて痒くてたまりませんわ。お風呂には欠かさず入っているのですが」

「ふ-ん。疲れてるなら早めに寝なさいよ」

そう言って美琴は切り取ったピザの一カットに手を伸ばすが、それよりも早く何者かの手がそのピザをサッと持ち去ってしまった。
美琴が咄嗟に犯人を特定しようと顔をあげると、そこには勝ち誇ったような笑みを浮かべる垣根帝督の姿。

「ちょ、何すんのよ垣根さん! 返してってば私のピザぁ!!」

「文句なら上条に言え。恨むなら上条を恨め」

そう言って垣根は強奪したピザを一口で平らげてしまった。
もっともピザはまだ残っているし、なくなったところで彼らの財力ならばまた注文したところで痛くも痒くもないはずなのだが。
ピザの恨みぃ! と叫んでいる美琴や俺にそんな常識は通用しねえ! などと騒いでいる彼らを尻目に、滝壺と打ち止め、心理定規、インデックスは極めてまともに食事をとっていた。

もはや彼らにとっては日常化した光景。
これまでも何度も似たようなやり取りがあった。
そしてそれは明日以降もずっと続いていくはずだった。
それは上条の、インデックスの、美琴の、一方通行の、垣根の、心理定規の、浜面の、滝壺の、白井の、打ち止めの、この場にいない者も含め全員の願いだった。

だが結論から言って。
その願いが叶うことはなかった。


これより十数時間後、学園都市は地獄と化す。


変異した学園都市を舞台に、自身のために、守るべきもののために彼らは戦う。


血と肉と死に彩られた最低で最悪な物語が、幕を開ける。




―――Beginning of the End.




御坂美琴 / Day1 / 07:05:12 / 第七学区 常盤台中学女子寮

枕元から少し離れた位置で鳴り響く目覚まし時計の音で、御坂美琴は目を覚ました。
もはや聞きなれた音。ゲコ太モデルの目覚まし時計で、ルームメイトである白井にはあれこれ言われているが美琴は愛用しているものである。
もう少しだけ、とこみ上げてくる抗いがたい二度寝の誘惑と戦いながら美琴は目元を手の甲で擦った。
鳴り響く耳障りな目覚まし音を半ば叩くようにして止める。
ふわぁ、と盛大にあくびをしてベッドから足を降ろす。
窓から差し込む太陽の光が眠気を幾分か飛ばしてくれた。

立ち上がり、スイッチを切り替える意味も兼ねて思い切り伸びをする。
伸びが朝の習慣のようになっているのは何故なのだろうなどと思いつつ、美琴は一つの異変に気付いた。
美琴のベッドの隣、ルームメイトの白井黒子のベッド。
そこにはあるはずの後輩の姿がなかったのだ。

「黒子?」

どこに行ったのだろうか。
既に学校に行ってしまったとは思えない。
そもそも学校は常盤台に限らず、多くのところが伝染病とやらのせいで学校閉鎖となっている。
ならば風紀委員の仕事だろうか。
それにしてもあの後輩が書置きもメールもなしに行くとは考えにくかったが、他に何も思いつかなかった。

どこか疑問を感じつつも着替えを済ませ、顔を洗い歯を磨いている時だった。
すぐ近くの風呂場から何か物音が聞こえた気がした。
歯磨きを一度中止し口を洗って、美琴は中にいるだろう人に呼びかけた。

「黒子? 朝からお風呂入ってんのアンタ?」

返事はない。
しかしよく耳を澄ませてみれば音がおかしい。
シャワーの音や水がタイルを叩く音が一切しない。
風呂やシャワーに入ればどんなに気をつけてもそういった音の発生は避けられないはずなのに。
だが音そのものがしないわけではない。
代わりに聞こえてくるのはねちゃりという粘着質な音と―――何かに苦しむような呻き声。

「ちょっと黒子どうしたの!? 苦しいの!?」

異常を察知した美琴が風呂へと続くドアを開けようとしたが、ドアノブが回らない。
ガチャガチャという音だけが響く。中から鍵がかけられているようだ。

「黒―――」

言葉が途切れた。一瞬心臓が縮み上がったかと思った。
突然白井と思われる人影がドアの向こうに現れたのだ。
当然風呂場のドアはすりガラスになっていて、内部を覗き見れないようになっている。
だがそれでもシルエット程度は見えるものだ。
今、白井は目の前のすりガラスに内部から音をたてて勢いよく張り付いていた。

「……な、何よ。どうしたのよ」

明らかに何かがおかしい。
白井はただドアを開けようとしているように見える。
しかし白井は呻き声を漏らしながらドアを叩いたり、ぶつかったりしているだけだった。
鍵は中からかかっているのだから、それを外してノブを回せば簡単に開くはずなのに。
まるでそんな思考すら出来ていないようだった。

白井が叩く度にドアがギシィ、という嫌な音をたてる。
少しずつ、ドアが破られているように見えた。
しかし、あくまで女子中学生である白井にそこまでの力があるだろうか。

「え、ちょっと、何、何なのよ。黒子、アンタ一体―――」

怯えるように、美琴は一歩二歩と後退する。
本能が激しく警告を発している。どう見たって普通ではない。
美琴の持つ全てがこれはかつてないほどの異常事態であると告げていた。
その時、バンッ!! という音と共に、浴室のドアが大きく開け放たれた。
ついに白井によって内から破られたのだ。
そして、自らを閉じ込めるものがなくなったことにより中から白井黒子―――白井黒子?―――が姿を現した。

しかし、それは。

「―――……あ、ああ、う、あ……っ」

あまりにもおぞましくて、醜くて。

「く、ろこ……くろ、こ……」

可愛らしかったかつての姿はどこにもなく。

「何、で……っ!! 何が、黒子、黒子ぉ……っ!!」

あるのはただ。

「―――……ぁああー……」

奇声をあげる、変わり果てた、後輩の姿。

「――――――ひ、っ」

掠れた声が漏れた。

白井の皮膚は、明らかに腐っていた。
全身に渡って鬱血を起こしており、首元や太ももの肉はぐずぐずになってごっそりと剥がれ落ち、内部の筋繊維や骨が露出していた。
それに伴って全身は溢れる赤黒い血に塗れ、傷口からは膿が吐き出されていてとてもではないが生きている人間とは思えない醜悪な姿だった。
腐っていない部分も病的なほど青白く、瞳孔は開ききっていて目は虚ろで、口の端からはだらしなくよだれを垂らしている。
白井が一歩歩く度に、ぬちゃりとした血と肉が足跡を残す。

その右足には白井が愛用していた金属矢が何故か突き刺さっている。
鬱血した皮膚は一部剥がれ落ち、赤い筋繊維が完全に露出していた。
凄まじい腐敗臭。途轍もない勢いで込み上げる吐き気に、美琴は思わず口元を手で押さえた。
ただしそれは臭いによるものだけではない。



    ――『お姉様?』――


可愛い可愛い後輩だった。変態なところもあったが、それでも美琴にとっては大切な存在だった。


    ――『お姉様はあくまでも一般人ですのよ。治安維持活動は風紀委員に任せていただきたいですの』――


頑張り屋で、尊敬できる自慢の後輩だった。誇りを持って治安維持に従事するその姿は、素直にかっこいいと思えた。

なのに、何で。
何で、こんなことになっているんだ。
白井黒子が一体何をしたと言うんだ。
何故、彼女がこんな目に遭わなければならないんだ。

「お” ね”ェ”サ”  ま”ー」

(――――――うそ)

これは、夢ではないか。
もしくは幻覚でも見ているのではないか。
目の前の現実が、受け入れられない。
なのに。鼻を抉るような激しい腐敗臭がどうしようもなく現実を突きつける。

近づいてくる。
ゾンビとしか表現しようのない異形と化した白井が、トレードマークであった赤く染まったツインテールを揺らしながら近づいてくる。
一歩進むごとに赤黒く生々しい腐肉を晒している、端整だったはずの白井の顔がはっきりと見えてくる。
どう見たってまともな人間の顔ではない。
生きている人間のものではない。
しかし白井はたしかに歩いている。

白井黒子は、既に死んでいる。
けれど同時に生きている。
生きているが死んでいる。
死んでいるが生きている。

(何よこれ何なの何なのよ何が起きたっていうの嘘でしょこんなの夢に決まってる意味が分からないほら目を閉じて開けば全部元通りふざけないでよ何なのよこれ)

御坂美琴は超能力者の第三位、超電磁砲だ。
たった一人で軍隊と戦えるだけの力を有している。
だが同時に美琴は一四歳の女子中学生だった。
そして少なくとも美琴は―――昨日まで笑い会っていた後輩が生ける屍となったことに耐えられるほど、気丈な人間ではなかった。

「う、あ、ああ……ああああぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

駆け出した。
今まであげたことのないほどに絶叫しながら、美琴は一目散にその場から逃げ出した。
転びそうになりながら、体勢も滅茶苦茶で、体力配分も考えず。ただひたすらに。
洗面所から飛び出し、部屋の外へと続く玄関のドアを体当たりするようにして開け放った。
追って来る。死体となった血塗れの白井が、自分を追ってきている。

「オォおおぉオォぉ……」

金属矢が刺さっている方の足を引き摺るようにして、不気味な足音を引き連れて。
酷く変質している白く淀んだ眼球をこちらへ向けて。
何かを掴もうとするように、肉が剥がれている両腕を伸ばして。

「―――――――――!!!!」

耐えられなかった。
美琴は白井に背を向けてひたすらに走る。
どこを目指しているのかも分からない。
ただひたすらに美琴は常盤台らしく豪華な装飾の為されている廊下を全力で駆け抜ける。

(意味が分からない意味が分からない意味が分からない意味が分からない!!
だって、こんな、そんなの、どうして!!)

あれはどう見ても普通ではない。
映画などでは比較的よく見る歩く死体、いわゆるゾンビというものにしか見えなかった。
美琴は頭の中にあるゾンビというものの情報をありったけ引き出した。
とはいってもそういった映画を見たことはないので、本当にイメージだけのものだが。

まず第一に、ゾンビは人を襲ってその肉を食らう。
そして第二に、ゾンビに噛まれた人間は同じくゾンビとなる。

知っているのはこれくらいだったがそれで十分だった。
だが少し待て。ということは、先ほどの白井黒子は自分を食らおうとしていたということか?
あの可愛らしく、強く、優しかった後輩が、食人という最大最悪の禁忌を犯そうとしていたと?

(黒子…………!!)

御坂美琴の二つの瞳からは、透明な雫が滝のように流れていた。
何も分からぬまま絶望のどん底に叩き落された理不尽さ。
やりようのない怒りとも悲しみともとれる沸々と湧き上がる感情。
何も分からない美琴は、ただ逃げることしかできなかった。

上条当麻 / Day1 / 07:00:58 / 第七学区 学生寮

「……やっぱ、おかしいよな」

上条当麻は一人、久しぶりに使用したベッドの上で考え込んでいた。
現在上条を悩ませているのは同居人であるインデックスのことである。
昨日皆でファミレスで騒いだ後、インデックスは「こもえの家で焼肉をする」と言って上条と別れていた。
あれだけ食べた後に焼肉というあたり流石としか言いようがなかったが、重要なのはそこではない。

何が問題かというと、その担任の月詠小萌からの連絡がないのだ。
これまでもインデックスをあの子供みたいな担任教師に預けることや、泊まりに行くことはあった。
その時は必ず月詠小萌から連絡があったのだ。
今からシスターちゃんが帰る、とか今着いたところだ、とか。
だが昨日からそういった通達が全くない。

昨日は忘れてしまっているだけかと思っていた。
それにあの先生はあの見た目で酒飲みである。
酔っ払ってしまっている可能性もあった。
しかしこの時間になっても何も連絡なしというのはおかしい。
月詠小萌だって教師。生徒よりは早く学校に向かわなければならないはずだ。

いつも彼女が何時ごろに家を出ているかなど分かるはずもないが、今は七時。
もうそれほど時間に余裕があるとは思えない。
上条の学校は学校閉鎖になっているが、少なくとも小萌は会議ややらなければならない作業でもあるのか学校に行っていることを知っていた。
こちらから電話は勿論かけてみたが、一切電話に出なかったのも気になった。

「行ってみるか」

言って、上条は制服に着替えて自宅を出た。
もともとこういう時にじっとしていられないのが上条当麻である。
だが玄関を開けた途端―――上条は異常に気付いた。
誰かの悲鳴があがっていた。
そして、僅かに聞こえる銃声。

「警備員が、何かと戦っているのか!?」

真っ先に浮かんのだのは、自分もしくはインデックスを狙う魔術師である可能性。
だがだとしても、一般人が悲鳴をあげているということはよほど大規模な戦闘が行われているのだろうか。
それにそうだとしたら土御門元春から何の連絡がないとも思えない。
彼なら確実に何らかの連絡をよこすはずだ。

「クソッ!! 無事でいろよ、インデックス!!」

敵の正体は分からないが、やはり魔術師である可能性が一番高いように上条には思えた。
ならば一〇万三〇〇〇冊を記憶する魔道書図書館である彼女が狙われている可能性は高い。
そしてその際に月詠小萌も巻き込まれたのだとすれば。
何の連絡もなかったことに説明がついてしまうのではないか。
エレベーターのボタンを叩くようにして押し、一階まで降りた上条は黒の学ランを翻しながら担任の自宅へ向かって駆け出した。

どうやら事は想像以上に深刻らしい。
何が起きているのかあまり理解は出来ていないが、今やるべきことははっきりしている。
月詠小萌の自宅へと全速力で走っている、その時だった。

―――上条当麻は、この世の地獄を見た。

見知った制服姿が、二つあった。
それは上条の通う学校のもの。
男性用と、女性用。
男の方が地面に倒れこみ、女の方が四つんばいになりその男の腹に口をつけていた。

女の口元から聞こえるくちゃくちゃという何かを咀嚼するような音。
その男を中心に、吐き気を催させる鉄錆の臭いを放つ赤い液体が海のように広がっていた。
そしてその男の髪の毛は、赤い液体が付着しているものの青に染められていた。

見覚えがあった。
それはデルタフォースなどと呼ばれている三人の内の一人。
上条と同じクラスの、友達。
青髪ピアスだった。

「――――――ッ!?」

それだけではない。
青髪ピアスの腹に口をつけていた女が上条に気付いたのか、ゆっくりと立ち上がった。
女が動いたことによってその陰になっていて見えなかった部分、青髪ピアスの腹が見えるようになる。
そこは、


肉が食い千切られ、


内臓が露出していた。


女が振り返る。その口元は血と肉片に汚れていた。
だがそんなことより、重要なのはその顔。
一部肉が腐って崩れてはいるが、一目でそれが誰か上条には分かった。

「吹、寄……」

吹寄制理。
そう、彼女は紛れもなく吹寄制理だ。
全身血塗れで、肉は剥がれ落ち、口元を汚していても、吹寄であることに変わりはない。

(ま、さか……食った、って、言うのか?
吹寄が、青ピを……人を、食べた!?)

どこまでも嗅覚を刺激する、恐ろしいほどに強烈な臭い。
腹部が抉られ、生々しい肉とぶよぶよした内臓を曝け出して死んでいる友人。
その友人を食らい、ゾンビと化しているクラスメイト。
あまりにも信じ難いそれらを事実として正しく認識した途端、上条は吐瀉物を路上に撒き散らした。

「おぇあっ、うぐっ―――!!」

びちゃびちゃ、という粘着質な音。
酷く不快な感覚が上条を襲った。
しかし吹寄はそんなことなど委細気にしない。
ただ新たな獲物を求めて上条に腕を伸ばしているだけだ。

「アぁ” ぁアぁぁあ……」

何が、あった。
何故こんなことになっている。
何で、吹寄が、青ピが、こんな。



    ――『しっかりしなさい上条当麻!!』――


    ――『なぁ、カミやん』――


吹寄制理。
上条のクラスメイト。委員長気質で、いつだってだらけた上条に厳しくて、誰よりも真面目だった。

青髪ピアス。
上条、土御門と並ぶクラスの三馬鹿。デルタフォースの一人で、非日常にいることが多い上条が日常を感じさせてくれる人間だった。

その二人が、今。大覇星祭の時に見せていたあの活発な笑顔も、エセ関西弁も全てをなくして。
死んでいる。それとも、生きている?
歩く死者。死んでいる生者。動く亡骸。ゾンビ。リビングデッド。

(何だ、よ。これ……。何だ何だよ何なんだよ!! わけが分からないこんなことあってあまるか何がどうなって、何で、こんなこと―――ッ!!)

上条当麻は今この街がどんなことになっているのか。
人々は一体何から逃げ惑っているのか。
警備員は何と戦っているのか。
その全てを理解した。

そして、それらを理解した上で。
上条は他の皆と同じように、ただ背を向けて逃走することを躊躇なく選択した。

「あ、……うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

ダンッ!! と地面を蹴り、上条は逃げる。
その際、吹寄に食われ死んでいるはずの青髪ピアスの指が僅かに動いたことには気付かない振りをした。
走る。逃げる。走る。逃げる。
全力で上条は二人の友人から逃走する。
しかし一体誰がその行動を責められよう。

上条当麻はまともとは言えない多くの事件に首を突っ込み、解決してきた。
荒事にも不本意ながら慣れてしまってきている。
ただし、こんなのはあまりにも異常。
今まで経験してきたあらゆる騒動がちっぽけに見える。

上条がどんな経験をしてきていても、どんな右手を有していても。
彼はまだ一六歳の、正確には誕生日を迎えていないため一五歳だが、高校生でしかないのだ。
つまり、まだ子供なのだ。
そんな上条が、大人だろうと何であろうと発狂しかねないこの状況を前にしてまともでいられるはずがなかった。

故に上条当麻は逃げる。
それでもそんな状況でありながら、走りながらも美琴たち友人の心配を出来たのは―――彼が上条当麻たる所以なのかもしれない。



垣根帝督 / Day1 / 06:41:22 / 第五学区 路地裏

「クソが、何でコーヒーの一つもねえんだよ。ふざけんなっつーの」

第五学区。
大学生がメインの学区であり、全体的に落ち着いた大人びた雰囲気を持つ学区だ。
居酒屋なども多く、中高年をターゲットにしていない店も多い。
ある意味では学園都市の中でも若干浮いた学区であるとも言えるかもしれない。
そして同時にこの第五学区は、学園都市第二位の超能力者である垣根帝督の自宅がある学区でもある。

本来垣根がこんな朝早い時間に外を歩くなどまずあり得ない。
いつもなら惰眠を貪っている時間だ。
それがどういうわけか目が覚めてしまったのが運の尽き。
二度寝は中々出来ないわ仕方ないから起きようとしたらコーヒーも茶もないわで散々だった。

そういうわけで、垣根は早朝からコンビニまで散歩と洒落込んでいるのだ。
早朝の散歩というと何とも健康的な響きがある。
事実健康に良いのかもしれないが、垣根はそんなことを気にする人間ではなかった。

外を歩いている人間はほとんどいない。
学園都市は人口の八割が学生なので、『外』で見られるような通勤ラッシュというものもほとんどない。
そしてその学生たちがこの時間に外をうろついているわけもなく、結果として学園都市は静まりかえっているのである。

幸いコンビニはこの時間にも営業している。
一方通行ほどではないが、銘柄に多少なりともこだわる垣根は自販機を使うことがあまりない。
そして目的地まであとせいぜい二分、といったところで垣根がピタリと歩みを止める。

垣根が見つめているのは一本の路地裏。
そこから感じられる二つの“臭い”に垣根はスッと目を細めた。
一つは、誰もが嗅覚でキャッチできる臭い。
僅かに、すっかり嗅ぎ慣れた血の臭いが漂っているのを垣根は逃さなかった。
一つは、暗部だからこそ感じ取ることの出来た臭い。
頭のスイッチが切り替えられる。この路地裏の奥は“そういう世界”だ。

「ったく。以前の俺ならこんなもん無視してるっつうのに……。
やれやれ、すっかり丸くなっちまったもんだ」

口ではそんなことを言いながら、垣根はフッと素直に笑った。
何だかんだで今の世界の居心地は、悪くない。

垣根は薄い笑みを浮かべたまま、躊躇うことなくその路地裏へと入っていった。
より強くなる、生理的嫌悪感を掻き立てる血の臭い。
垣根は大方チャチな殺しでもあったのだろう、と当たりをつけた。
暗部によるものならこんなお粗末なやり方はしない。
となるとスキルアウト同士の潰し合いでもあったのか。

いずれにせよ見てみないと分からないが、臭いから考えるに相当出血しているように思える。
既に手遅れ、つまり被害者は死んでいるかもしれないと考えた。
そしてその推測はある意味では当たっていて、ある意味では外れていた。

「―――何だ、よ。こりゃあ」

垣根帝督は暗部にいて長い。
一方通行よりも、麦野沈利よりも長く、そして深いところにいた。
自身の経験したものも含め数多くの悲劇を知っている。
だが、それでも。
今目の前に広がっている光景は、あまりにも異質で異常だった。

何かを咀嚼する音と呻き声。
その状況を端的に言えば、人が人を食べていた。
どこか見覚えのある男が。
同年代程度に見える男の首元にかじりついて。
その肉を、食い千切り、食している。

「…………ッ、ぐっ―――!!」

眩暈や酩酊にも似た感覚に垣根はゆらりと体を揺らし、しかし歯噛みしてそれを押し殺す。

狂ってる。
垣根帝督は素直にそう思った。
たくさんの悲劇を経験した。多くの死を見た。いくつもの死体を積み上げた。
学園都市のイカれた実験だってたくさん知っている。
それでも、これは飛びぬけて狂っている。

男が、立ち上がってこちらを振り向いた。
その肉は腐り剥がれ、内部を晒している。
血塗れの顔。削げ落ちている顔。青白く変色している顔。
それでも垣根には分かる。
頭につけている何なのかよく分からない輪。
あれは、紛れもなく垣根の率いていた『スクール』の一員であるあの少年のものだ。

「―――オ”  ォ お”ォオォぉォ……」

名前は分からない。
心理定規という少女と同じく、彼は通称で呼ばれていた。
その呼び名は何の捻りもない、ゴーグルという名だ。
明るい少年だった。当時の垣根にとってはいくらでも代えの効くただの名もなき駒でしかなかった。

だが少なくとも今の垣根にとっては、友人と言ってもいい存在だった。
ついこの間も二人とも未成年だが飲みに行ったばかりだ。
下らない雑談で盛り上がり。中身のないやり取りをし。冗談を飛ばし合える関係。
それは紛れもなく、友達だった。

しかし今この瞬間。そいつは生きているのか死んでいるのかも分からない、ゾンビとでも言うべきものに変異していて。
十中八九、今度は垣根を食らおうとしている。

「……おいおい。おいおいおい、おいおいおいおい。
どうしたよお前。何ヤク決めたみてえにヨガッてんだ。
ざけんな、俺のチームじゃドラッグは禁止だと最初から伝えてあっただろうが」

瞬間。
腐肉を晒すゴーグルから視認不可能の力が放たれ垣根へと襲いかかった。
念動力(テレキネシス)。ゴーグルの有する能力だ。
こんな状態になってはいても、能力は行使出来るらしい。
レベルはたしか強能力者(レベル3)。中々の力だ。
不可視であることも含め、並の相手なら大抵は倒せるだろう。

だが。今ゴーグルが攻撃を仕掛けた相手は、残念ながらその「並の相手」にはカテゴライズされない。
垣根帝督。そのレベルは最高位である超能力者。
どうひっくり返ったところで強能力者ごときにどうにか出来る相手ではない。
そして案の定、垣根はその攻撃をまともに食らってなお無傷だった。

「いきなりご挨拶じゃねえかゴーグル。テメェ誰に何したか分かってんのか?」

「ぁああ” ぁあ ァ……」

ゴーグルは答えない。
言葉を返さず、動きを止めることもなく、ただ目の前のご馳走に食らいつくことだけを考えている。
猛烈な飢餓感に駆られ、新鮮な肉を求め、根源的な本能に従うことしか出来ないものがそこにいた。

「この……ッ!! ラリッてんじゃねえぞォォォおおおおおおおおおおッ!!」

右腕を振るう。ただそれだけだった。
それだけで視認不能、説明不能の非常識が巻き起こりたちまちゴーグルを吹き飛ばした。
猛烈な勢いで背中からコンクリートの壁に叩きつけられた。
何の抵抗もできずにそのままぐしゃりとゴーグルは崩れ落ちる。
普通ならそれだけで最低でも動けなくなるはずだ。

そう、普通なら。人間なら。
だがゴーグルは、既に、人間ではない。だから、普通の常識は当てはまらない。
人間なら動けなくなるダメージであっても。ゾンビなら―――生きた死体なら問題ない。
それを証明するようにゴーグルは平然と立ち上がる。ゆっくりと、立ち上がる。

「―――もうやめろ」

垣根が右手の親指と中指を使ってパチンと指を鳴らす。
途端、新たな非常識が発生。
ゴーグルは突然バランスを崩し、その場に無様に倒れ伏した。
何故倒れたのかと言えば簡単なことだ。
人間は二本の足で己の体を支えている。

では、その片方がなくなればどうなるか?

ゴーグルの右足は、垣根の『未元物質』によって潰されていた。

科学力が『外』より二、三〇年進んでいるこの学園都市では医療技術も桁違いだ。
少なくとも学園都市では手足の一本や二本弾いたところで治療は可能。
それをよく知っている垣根は、さほど躊躇うことなくその力を振るった。
手足を弾いて殺さずに済むなら垣根は迷わずそちらを選択する。

だが垣根には一つ誤算があった。
目の前の異形は、歩く亡者は、手足をもいだ程度では止まらない。

片足を失ったゴーグルは立ち上がれない。
だがそれでも地面を這い蹲って、腕を伸ばして地面を掻き、芋虫のように垣根に迫ってくる。
その姿を見て。ついこの間まで笑い合っていた、友人を見て。
垣根は胸に酷くドロドロした何かを感じた。
ただ、呻き声をあげながら迫ってくる腐った人間“だったもの”に、酷くいたたまれなくなって。

「……聞こえねえのか。やめろと、言っている」

ボンッ!! という音がした。
ゴーグルの左腕が根元から消失する。
それでも彼は止まらない。片手片足となりいよいよ芋虫のようになりながらも、止まらない。
少しずつ、少しずつ、近寄ってくる。その顔はまさにゾンビそのもので。

「言葉が理解できねえと見えるな。―――……是非もねえ」

垣根は一度目を閉じて、数瞬の後何か決意したように大きく目を見開いた。
すると、垣根の背に無機質な左右三対、計六枚の純白の翼が現れる。
『未元物質』。これが垣根帝督の有する、超能力者の一角に座す圧倒的な力。
美しさと、異世界から引き摺り出してきたかのような異質さを併せ持つその翼が無言のままに振るわれた。

垣根では、ゴーグルを、友人を救うことは出来ない。
ならば自分に出来るのは、この少年に安らかな眠りを与えてやることのみ。
こんな動く死体になってまで生を望んでいたとは思わない。
ゴーグルという人間を冒涜しているようにさえ思える。
だから、一度決意してしまえばもう躊躇いはなかった。

肉を切り裂く手応え。骨を砕く感触。筋繊維を断裂させる音。
垣根が翼を消失させた時、その場にあったのは肩のところから腰にかけて斜めに袈裟懸けに斬られ、血溜まりに沈むゴーグルの姿だった。
真っ二つ、ではない。だが僅かに繋がっているだけで、ほとんどそれに近い状態だ。
これには流石にゾンビも堪えたのか、呻き声を漏らしてようやく動かなくなる。

物を言わなくなったゴーグルを見て、垣根帝督は―――ほんの一瞬、刹那だけ顔を哀しげに歪ませた。
その表情は、どこか泣き出してしまいそうにも見えた。


浜面仕上 / Day1 / 07:19:36 / 第七学区 『蜂の巣』

僅かに聞こえた人間の悲鳴、そして銃声。
それらを目覚まし時計代わりとして浜面は起床した。

「……何だ? 何が起きてんだ?」

ここは浜面の住んでいる自宅である。
ルームメイトも元々おらず、今この部屋には浜面一人しかいない。
アパートの中にいて、なお外の喧騒が僅かに聞こえてくる。
何が起きているのか具体的なことは分からない。
だがそれでも、まともな状況ではないことはすぐに分かった。

ただのチンピラ程度の浜面も、これまでそれなりの修羅場は潜ってきている。
その程度の状況判断は出来るつもりだ。
そして浜面の勘はこれは非常事態だと警告していた。
身を刺すようなおぞましい予感が浜面を襲っていた。

浜面はすぐに顔を洗って眠気を完全に飛ばし、着替えて家を出た。
何が起きているのかこの目で確認するためだ。
そして、浜面は自分の勘が正しかったことを知った。

浜面の部屋はアパートの二階。
下を見下ろすと、いつもならこんな時間でもまばらに人が見られるものだが今日は人っ子一人見当たらなかった。
一人二人の姿を見つけるも、明らかに様子がおかしい。
まるで何かに怯えているようで、後ろを振り向きながら全力で走っていた。いや、どう見ても何かから逃げていた。
更には耳を澄ませばかすかに聞こえる銃声。警備員のものなのだろうか。

「おいおい……。本当にこの街で何が起きてんだ!?」

浜面は事態を把握するために階下へと走った。
カンカンカン、と階段を駆け下り敷地を飛び出す。
このままでは気になって眠れもしない。
それに、もしかしたら浜面の大切な人たちも巻き込まれているかもしれないのだ。

走る。逃げる人の流れに逆らって、上流を目指す。
そこに何かがあるはずだ。こうも人を怯えさせ警備員を出動させる何かが。
不自然なほど誰もいない道路を浜面はひたすらに駆ける。
そして遡り続けた先には、

「何もないな……」

誰も、何もないただの空間だった。
先ほどの人間はこの方向から逃げてきたのだから間違いなく何かがあるはずなのだが。
この辺りのはずだ、と浜面は周囲を調べようとして気付いた。
そういえばこのすぐ近くにはスキルアウト時代に使っていた溜まり場があったはずだ。
スキルアウトは彼らなりのネットワークを持っている。
何かこの事態について情報を持っているかもしれない。

そう考えた浜面は少し路地裏へと入り、そこへやって来た。
通称『蜂の巣』。管理が甘い建物が密集している地帯で、後ろ暗い連中にとって格好のアジトとなっている。
そんな『蜂の巣』の一室に浜面がいたスキルアウトのアジトはあった。

「何かちょっと懐かしいな」

スキルアウト時代は言うほど前でもないのだが、抜けてからあまりにも多くのことがあったせいかやけに昔のことのように感じる。
皆は元気だろうか。もともと悪い意味ではしゃいでるような連中だ、心配は無用だろうが。
泥を舐めてでも生き残るのが彼らの生き様だ。その頑丈さは折り紙つきである。
靴底で埃や捨てられた紙屑を踏みながら浜面は入り口であるドアの前へと辿り着く。
ノックはしない。彼らとはそんな間柄でもないからだ。

「おーい。誰かいるかー?」

ギィ、と古いドア特有の音をたててその部屋は浜面を迎え入れた。
鍵はかかっていなかった。
そして浜面はそこに足を、踏み入れた。
もはや異界と化したその空間に、立ち入ってしまった。

「うっ―――!!」

その瞬間、鼻を抉るような強烈な臭い。
下っ端とはいえ裏稼業に手を染めていた浜面にはすぐに分かった。
血だ。圧倒的なまでの、むせ返るような血の臭い。そしてそれに加えて何かが腐ったような臭い。
浜面仕上はそこで見た。見てしまった。

それは地獄絵図だった。

今まで見てきたどんなものよりも、凄惨。
どんな死体よりも、無残。
ありとあらゆる地獄を集めたような光景が、その部屋には広がっていた。

部屋は血の海だった。壁も、天井にまで血が飛んでいる。
しかし一番に目を引くのはそんな瑣末事ではない。
人だ。人がいる。五人いる。
見覚えのある顔だった。五人ともスキルアウト時代の仲間に違いなかった。
だが、彼らは人としての形を留めていなかった。

肉が、剥がれ落ちている。骨が、露出している。
そして、人を、仲間を、その肉を食している。
むしゃむしゃと、当たり前のように食べている。
白く濁りきった虚ろな目で。青白く変色し、場所によっては腐っている肌で。だらだらと血とよだれを垂れ流す口で。
彼らが、人ではない何かに変容したことを示していた。

「―――ッ!? ――――――!!」

言葉が出なかった。
何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか。
何も分からなかった。一体、何がどうなって。

「か―――は、っ」

後ずさる。
思考が追いつかない。
体が震えた。言葉もうまく紡げない。
ゾンビ。そう、ゾンビだ。
変わってしまった彼らを形容するのにこれ以上適切な言葉はない。

いつだっただろう、『アイテム』の仲間である絹旗最愛に連れられてこんな映画を見たことがある。
だがあれはあくまで映画、フィクションであって現実にこんな馬鹿なことが起きるわけがない。
しかし彼らはどう見たってゾンビそのもので。
映画で見たゾンビと、目の前の仲間が怖いほどに一致してしまう。

その時。一番近くにいたゾンビが、動いた。
ゆっくりと振り返り、腐った腕を伸ばして浜面へと近づいてくる。
そのどろりと濁った白い眼窩のはめられた顔に、浜面は覚えがあった。
いや、もともとスキルアウトの仲間だったのだからここにいる五人全員の顔は知っている。
だが、今目の前にある顔はその中でもとりわけ親しくしていた人物だった。

「半、蔵?」

そう、半蔵だ。服部半蔵。
浜面仕上の良き友人であり、戦友とも言える存在。
半蔵に助けられたことも一度や二度ではない。
そんな彼はもはや昔の面影を残してはいない。
あるのはただ生ける屍の姿。

「……ウソ、だよな? なぁ、半蔵……!!」

「ウ ゥぅ うウ ゥ……」

濁りきった目でこちらを見つめる半蔵の姿に、浜面は咄嗟に、何度か失敗しながら銃を抜いた。
レディースの小型拳銃。家を出る際に念のため持ち出していたものだ。
その銃口を半蔵へと向ける。だがその銃口は、小刻みに震えていてまるで照準がつけられていなかった。
浜面はそこまで射撃に長けているわけではないが、それなりに銃には触れてきた。
少なくともこの距離で外すようなヘマはしない。だが、

「やめ、ろよ。何、なんだよ、半蔵ぉッ!!」

撃てない。当てられるとか、当てられないとか。
そういう問題ではない。だって、目の前にいるのは紛れもなく服部半蔵なのだ。
たとえその肉が腐っていても、剥がれ落ちていても、生きた死体になっていても、半蔵なのだ。
半蔵―――だったのだ。

だがそんな浜面の悲痛な声は決して届きはしない。
半蔵は浜面を食料としか考えていない。
近づいてくる。浜面仕上という友人を捕食するために。
ただ新鮮な肉を食らい、己の養分とするために。

(どっ、どうする……!? 何がどうなってんだ何だよこれどうすりゃいいんだよッ!?)

原因など知らない。ただとにかく半蔵はアンデッドになっていて、自分を食らおうとしている。
このままでは殺される。そうだ、殺らなければ殺られる。
自分は下っ端とはいえ、そんな世界で過ごしてきたじゃないか。
撃て。撃て。殺される前に、息の根を止めろ。でないと死ぬのはこっちだ。
だから、浜面仕上は。

「――――――ッ!!」

ガァン!! という乾いた音。
撃った。引き金を引いた。鉛弾は確実に半蔵を貫いた。
そう、半蔵の、足を。
やはり半蔵を殺すなんて決断は出来なくて、咄嗟に銃口をずらしたのだ。
生温く甘いとしか言い様のない判断。だがそれでもそれが浜面の限界だった。

片足を撃ち抜かれた半蔵はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。
だが止まらない。地面を這い蹲って浜面へと迫る。
奇声をあげながら、鬱血した生気のない青白い顔を浜面に向けて。
狂ったように腕を伸ばし、床を引っ掻き、迫ってくる。
それを見た浜面は、

「……っ、ぅ、うわああああぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

逃げた。これまでにないほど全力で。
目の前の異形から一センチでも離れるために。
どれほど走っただろうか。自分の現在地すら分からなくなっていた。
どこか目的地を決めていられるほど浜面は冷静ではなかった。

朝起きた時から感じていた学園都市の異様な気配。
逃げ惑う人々。悲鳴。銃声。
全てが繋がってしまった。絶対に認めたくないことだが、この目で『アレ』を見てしまったのだから。
おそらく、現在学園都市中に亡者が溢れている。
その事実に浜面はどうしようもなく体が震えるのを感じた。
それは人間だけでなく全ての動物が有しているとされる根源的な感情―――恐怖。

(……そうだ。滝壺。滝壺は無事なのか!?)

滝壺理后。浜面仕上が守ると誓った一人の少女。
『アイテム』の仲間たちも気になるが一番は彼女だ。

人畜無害な少女に見えるがあれでも暗部だった人間。
間接的にではあるが人を殺した経験だって当然ある。
その能力は大能力者。無能力者である浜面とは圧倒的な戦力の差がある。
だが滝壺の能力は強大であっても、直接戦闘型ではない。
銃器の扱いに特段長けているわけでもないし、複数のゾンビに襲われたらそこで終わってしまうかもしれない。

「クソッ!!」

思わず吐き捨てて、浜面は携帯を取り出して滝壺へ電話をかけた。
トゥルルル、というコール音がこれまでの人生で一番長く感じられる。

(どうして……どうしてこんなことになっちまったんだよ……っ!!)


一方通行 / Day1 / 07:01:22 / 第七学区 マンション『ファミリーサイド』

午前七時。まだ街も目覚めきっていない、朝早いと言える時間。
そんな時間に学園都市最強は起床していた。
いつもならあと五、六時間は惰眠を貪っているところだ。
にも関わらず一方通行が起きているのには理由がある。

どれくらい前だっただろうか。
眠っていたため正確な時間など覚えていないが、この家の家主である黄泉川愛穂が何らかの連絡を受け、慌しく家を出て行ったのだ。
その気配や音で一方通行は目を覚ましてしまっていた。
彼を取り巻く環境が環境なので、そういった気配には敏感なのだ。

警備員の仕事だろう、と思っていた。
朝早くからご苦労なことだ、程度にしか考えていなかった。
だが今一方通行は完全に目を覚まし、杖をとって黄泉川の後を追うように外出しようとしている。

理由は簡単だった。
学園都市の異様な気配を敏感に感じ取ったこと。
そして僅かに悲鳴と、それに混じって銃声が聞こえたような気がしたからだ。
何が起きているのかは分からない。
だがもし裏の連中が『表』の人間を巻き込んで何かをしているのなら、容赦はしない。

(クソガキはまだ寝てるか。芳川は……どォせ起きやしねェだろ。番外個体(ミサカワースト)だけには気を付けねェといけねェな)

電極がしっかり充電されていることを確認し、拳銃を一丁装備して一方通行はそっと家を出た。
異常にはすぐ気付いた。何かから逃げるように走っている人間が何人か確認できる。

(街の空気が澱ンでやがる。何か得体の知れないものが学園都市に……?)

違和感。決定的に何かが昨日までとは違っている。
それが何かまでは流石に分からないが、さてどうするべきか。
この学園都市で歓迎できない事態が発生していることは分かった。
その内容によっては一方通行の守るべきものも危険に晒されるかもしれない。
そんな可能性は、一パーセントでも潰しておくべきだ。

朝に黄泉川愛穂が動いたのは十中八九これだろう。
とすれば黄泉川―――というより、警備員のいる場所まで行けば何か分かるに違いない。
銃声。聞こえる。もはや完全に聞きなれたその音を頼りに、一方通行はその座標を算出する。

少しばかり遠い。歩いていけない距離ではないが、時間がかかることは避けられない。
加えて一方通行は杖つきの身であり、更に時間がかかることは明白だった。
何が起きているにせよ、あまり時間をかけていい状態とも考えにくい。

「面倒くせェ」

呟いて、首元の電極を切り替える。
この瞬間、一方通行は名実共に学園都市最強の超能力者へと変貌する。
タンッ、と軽く床を蹴った。それだけの動作で一方通行の体はいとも簡単に宙を舞う。
ベクトル操作。それが彼の能力『一方通行』。
この程度彼にかかれば造作もない。

徒歩で向かうより遥かに短い時間で一方通行は目的地へと到着、するはずだった。
だが一方通行はまだ目的地へと着いていない。
道中で気になるものがあり、寄り道をしていたからだ。
そしてその寄り道先の光景を見た一方通行は言葉を失った。

死んでいる。人が、死んでいる。
一人や二人ではない。ざっと見たところ二〇人はいるだろうか。
その全員が全身から血を流して死んでいた。中には焼け爛れている者さえいる。
よく見てみればその人間たちは武装していた。
盾を持っているものもいれば、マシンガンを持っている者まで。

それらは全て審査をパスし公的に支給された、警備員の扱う正規の装備品だ。
血に染まって判断がつきにくいが、警備員特有の服装をしているようにも見える。
つまり、死体となって血の海に沈んでいる彼らは。

「……警備員が、全滅だと?」

警備員は正規の訓練を受けた人間によって構成されている。
対能力者も受け持っているため、能力者との戦い方だって把握している。
そう簡単にやられるほどヤワではない。
だが現実として、彼らは皆殺しにされている。

(どォいうことだ。考えられるのは暗部だが、奴らがこンな虐殺をするはずがねェ。
裏でコソコソとするのが仕事だし、何より警備員を皆殺しなンてしたら嫌でも目立っちまう。
他に考えられンのは……外部からの侵入者くらいか?)

もっとも外部から入ってきた人間に警備員を皆殺しに出来る戦力があるとも考えにくいのだが。
見慣れた真紅の液体をほっそりとした白い指で触ってみる。
乾いていた。指先に赤い液体が付着することはなかった。
パキッ、と割れたそれを見て何事か考え込んでいる時だった。

一方通行は見た。
死んでいた警備員。そう、間違いなく死んでいた。それは間違いない。
なのに、その内の一人がゆっくりと立ち上がった。
ふらついているものの、二本の足で。

生存者か。一方通行はそう思った。
たしかに全滅していたはずだが、生きていたのだろうか。
もしかして自分の見立て違いで、死体に紛れて生存者がいたのかもしれない。
立っているということはそうなのだろう。

「オイ、オマエ。一体ここで何があった。オマエたちは何と戦っ―――ッ!?」

話を聞こうとした。だがその言葉は最後まで発せられていない。
見てしまったのだ。気付いてしまったのだ。
見知った顔だった。けれど違っていた。
知っている顔なのに明らかな異常がある。

「ア” ぁァ あァァ……」

呻き声をあげている、その人物。
肉が爛れて垂れ下がり、見るに耐えない状態になってはいるものの。

「―――黄泉、川……!!」

朝に家を出て行った、黄泉川愛穂だった。
ただしその顔は酷く変異していて、一部が抉られてなくなっている。
更に腹部も噛み千切られたようにごっそりと肉がなくなっている。
喉元も同様。頚動脈が抉られて、肉が丸見えになっていた。
口からは血とよだれを垂れ流し、残された皮膚は青白く変色している。

ゾンビ。そんな下らない単語が一方通行の脳裏をよぎる。
馬鹿馬鹿しい。そんなものはC級映画の中だけの存在に過ぎない。
そんなものならば、まだ幽霊の方が信憑性があるくらいだ。
だがそれ以上に目の前の存在を言い表すのに適切な言葉はない。

黄泉川が動いたのを皮切りに、次々と死んでいたはずの警備員が起き上がる。
やはり全員がリビングデッドと化していた。
生きているのに死んでいる。
そんな矛盾した状態を体現しているのが目の前の存在だ。

(なンだ。何がどォなってやがる!? 死人が生き返るだと? そンな馬鹿げたことがあり得てたまるか……!!)

死んだものは生き返らない。
それがこの世を支配する絶対のルールだ。
魔術であれ科学であれ、それを覆すことは出来ない。
だというのに目の前で起きている現象は一体何なのだ。

いや、正確には生き返っているとは言えないだろう。
不完全な死者の蘇生。そんな表現がしっくり来る。

だがそんなことを考えるのは後だ。
生ける屍となった黄泉川愛穂が、その同僚であろう警備員が、生者の肉への渇望に駆られ歩み寄ってくる。
首元の電極を再度能力使用モードへと切り替え、内心の動揺を隠すようにわざとらしく口元を歪めた。

「―――オイオイ、なァにやってンですかァ黄泉川。炊飯器飯とかわけの分からねェモン食ったり朝まで酒飲ンでっからそォなるンだよ」

銃を使わずに能力の使用を選択したのは、その方が力加減が絶妙に調整できるからだ。
一方通行の力の正確性は拳銃の比ではない。
つまるところ一方通行はここまで変貌していても黄泉川を殺す、という決断が出来なかったのだ。
かつての第一位だったならば、一も二もなく殺していただろう。
だが。一方通行はもう、昔の一方通行ではないのだから。

脚にかかるベクトルを操作し、弾かれたように飛び出す。
文字通りあっという間に二〇人はいるゾンビを次から次へと打ち倒していく。
その間僅か数秒。そして最後の一人となった黄泉川に一瞬で肉薄し、五指を大きく開いた右手をその胸に突き立てる。
普通なら血や剥がれた肉が一方通行の手に付着するところだが、彼の展開する『反射』はそれさえも跳ね返す。

黄泉川の体がボロ切れのように吹き飛ばされ、その勢いのまま壁に叩きつけられる。
加減はした。命に支障はないように、それでいて決して立ち上がれぬように。
その直後、一方通行は再度飛び上がり高速でその場を離れた。
逃げた。学園都市最強は、たった一人の黄泉川愛穂という存在から逃げ出した。

自信がなかった。たしかに的確な力加減で黄泉川に攻撃を加えた。
だがアレに、あの異形にそんな常識が通じるのか分からなかった。
あくまで一方通行は生きている人間を基準に調整をしたのであって、あんなゾンビの力尽きる基準など知るわけもない。
だとしたら。黄泉川愛穂は、すぐにも再び起き上がってくるかもしれない。
起きて、あの腐った顔をこちらに向けて迫ってくるかもしれない。

(……どォしてだよ、黄泉川)

耐えられそうにない、と思った。
黄泉川は一方通行にとって守るべき人間であり、彼女に救われたことだって何度かある。
おそらくアレを殺すには今のような生半可な攻撃では駄目だ。
そして恩人にそこまで出来ない程度には、一方通行は角がとれてしまっていた。

だが黄泉川と遭遇したことにより、今学園都市で何が起きているのか把握することが出来た。
原因など知ったことではないが、どうやら学園都市は死者の徘徊する死の街と化しているらしい。
もはや安全な場所などないかもしれない。
故に一方通行は守るべき大切なものを全てから守るために駆ける。

(打ち止め……ッ!!)

とりあえず投下終了

こんな感じでこの五人の主人公で話を進めていきます
ゾンビは設定的に能力なんて使えるはずがないですが、難易度調整のため使える設定に
およそ一日で学園都市が壊滅状態になっているという無理のある設定ですが、これも脳内補完するかそういうものとして受け入れてくださいな
他の設定も入れてますがストーリーのベースはバイオハザード2
リベレーションズ アンベールドエディション早くやりてえ

更新は亀になります、とりあえず始まったばかりなので次は三日以内くらいには来たいと思います

姫神さえ無事なら何やってもいいよ

いきなり黒子……

もしかして残酷歌劇の人?

垣根が車を撥ねたSSの方でございますね?
人生の楽しみが尽きんのう

ゾンビの能力使用は流石に加減して欲しいな
生者と同じように使えるっていうのは、知能的に無理があると思うし

では投下していきましょう、以降は亀になると思われますのでご了承ください

>>36
これを読んでいるということは>>1の注意書きに同意したということでしょうが
一応言っておきますと、姫神が好きで好きで仕方ないのでしたら今からでも遅くはありません
お帰りはあちらになります

>>37
特に理由はないけど最初のゾンビは黒子と決めてました

>>39
ああいうミステリー風なSSもいつか書いてみたいですね、書ける力があるならの話ですが

>>40
お、おう……うん? そう……なのか?
たしかに撥ねたシーンはありましたがあまりに細かいところを引っ張ってきますね……
ちょっとそれだけだと自信はないです……

>>43-44
砂鉄を撒くことで超音速に対応するゾンビ、炎を使って蜃気楼を作るゾンビ、電子機器にハッキングするゾンビ……
そういう逆にシュールな光景はありませんので大丈夫かと
あくまで直接的な使い方のみに限られます



They were parted by an unescapable destiny.
This is just the beginning of their worst nightmare.



Day1 / 07:20:00 / 第七学区 柵川中学校学生寮

思えば予兆はあった、と初春飾利は思う。
風紀委員として従事している初春は知っている。
いや、もはやそれは一般の生徒でさえ知っている。知らない人間などいない。

学園都市を襲っている、謎の奇病。
強い吐き気や発汗、強烈な痒みを併発する、正体不明の病。
学園都市中の多くの学校で学級閉鎖や学校閉鎖がなされていた。
マスクを着けている人がやたら増えていたのもそれだ。
感染拡大阻止のため、公的に注意を呼びかけられていたのだ。

だが未だその奇病の正体は明らかにされず、三日ほど前についにルームメイトである春上衿衣が感染してしまった。
病院はどこも超満員で、そもそも病原菌すら不明なため有効な治療薬は存在しない。
恐ろしい、と思っていた。音もなく忍び寄る病には警戒のしようがない。

だが同時に初春はこうも思っていた。
どうせ大した病気じゃない、と。二週間や三週間もすれば、すぐに特効薬が開発されるに決まってる、と。
ここは天下の学園都市。医療レベルだって『外』とは天と地の差だ。
事実、他の病だったならそうなっていたかもしれない。

しかし。初春飾利は今、その真の恐ろしさを身をもって体験していた。
正体不明の奇病。発汗や痒みを誘発する病。
そんな可愛らしいものではなかったのだ。あれは、ただの初期症状。
理屈や正体は分からないが、まさに悪魔の如き呪いだったのだと。

初春の頭にあるのは後悔か。絶望か。嘆きか。怒りか。
その顔を涙と鼻水でグシャグシャにして、ガタガタと全身を震わせる。

「……ぁ、っあ、うぅ……」

恐怖のあまり、まともに発声すらできない。
近づいてくる。ゆっくりと、ゆっくりと、おぞましい声をあげながら、自分を捕らえるために。
皮膚は病的なまでに青白く、瞳孔は開き切り、どこまでも白く濁った目で。
あちこちに鬱血を起こし、白く膨れた指を蠢かせて。

―――ルームメイトで、友人である春上衿衣が、近づいてくる。

もともとが学生寮。
小さい一室であるため、逃げ場はほとんどない。
それでも、今すぐ行動して出口に疾走すればあるいは間に合ったかもしれない。
だが初春は動けない。所詮、一三歳の中学生。一年前はランドセルを背負っていたような少女でしかない。
風紀委員として多少の荒事には慣れていても、死者が歩いてくるなんて状況に対応できるわけがない。

「ア” ゥ うぅ ぅ ウゥ……」

春上衿衣は死んでいる。
春上衿衣は生きている。
生と死が入り混じり、あるいは表裏一体。一体生きているのかどうかすら分からないメビウスの輪。

「―――ひっ、はっ、あぁ、ああ……」

初春は、ただその時を待つだけ。
もう逃げられない。よしんば逃げられるとしても、体が動かない。
もう戦えない。その覚悟など初春にありはしない。

その青白いほっそりとした腕が初春の肩を捕らえようかというその時。
突如バァン!! という音と共に、玄関のドアが思い切り開け放たれる。

「……え?」

そのドアから長く黒い髪を靡かせて、見知った少女が駆け込んでくる。
その手に持つのは、金属バット。
少女は部屋の中を一瞥するなり、息を呑んだ。
だがすぐに行動する。手に持った金属バットを振りかぶり、春上だったものの足を殴打した。
耳に届く嫌な音。春上だったものはバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。

「大丈夫、初春!?」

「……佐天さん!!」

少女―――佐天涙子はろくに言葉も交わさずに初春の手を取り、強引に起こさせる。

「早く、初春!! 逃げるよ!!」

「でも……っ!! 春上さんが……っ!!」

春上だったものはゆっくり起き上がろうとしていた。
常人ならばとても立ち上がれない。
だが人ならざるものに変異した春上衿衣は、立ち上がる。

この時。佐天が頭にでも金属バットを振り下ろしていれば、その動きを止めることも出来ただろう。
だが佐天はそれをしない。出来ない。
足を殴打するのだって、佐天はかなりの覚悟を決めていたのだ。
いくらゾンビと化しているとはいえ、友人を殺すことなど出来るわけもない。

「―――いいから!! このままじゃ初春も殺されちゃう!!
こんなとこで死ねないでしょ!! 白井さんとも、御坂さんとも合流しなくちゃ!!」

「……そんな……っ!!」

佐天に強引に腕を引っ張られ、初春は部屋を駆け出す。
その中に、春上だったものを残して。
初春が最後に見た、自室の光景は。
どうしようもなく変わりきった、血と涎を垂れ流す春上衿衣のいる光景だった。

そして二人の少女は街へと飛び出す。
死者の席巻する、死に溢れた学園都市へと。


Day1 / 06:03:03 / 第七学区 路上

「一体何なんじゃん、こいつら……っ!!」

黄泉川愛穂はかつてないほどに焦っていた。
呼び出しを受けてやって来たはいいものの、そこで待っていたのはどう見ても俗に言うゾンビだったからである。
警備員は今死者たちの鎮圧作業にあたっているところだった。

「黄泉川さん、このままでは押し切られます!」

ゾンビは大群だった。あまりの数の多さに警備員は苦戦を強いられていた。
しかも学園都市は人口の八割が学生であるため、ゾンビも学生がほとんど。
そのために能力も使用してくるのだ。
対能力者用の装備を十分に準備していなかったこともあり、苦境に立たされていた。

「実弾の使用許可を!」

「……っ、それは駄目じゃん!! あいつらはまだ子供だ、元に戻らないと決め付けるには早すぎる!!」

子供に銃は向けない。それが黄泉川の信念であり、たとえ彼らがゾンビ化していても曲げるつもりは毛頭なかった。
状況は劣勢だと理解している。だがそれでもだ。
それは黄泉川にとっては絶対に譲れない一線であり、誇りだった。

「それより鉄装は!?」

黄泉川の同僚である鉄装綴里はずっと吐き気や体の強い痒みを訴えていた。
本音を言えばこんな時に、と文句も言いたかったが無理に動かすわけにもいかず、車内で休息をとらせていた。
だが戦況を鑑みるに今は猫の手も借りたい状況。
一刻も早く復帰してもらいたかった。
子供たちを傷つけることは出来ない。だがだからといって、このまま押し切られて仲間たちを死なせていいとも思わない。

じりじりと距離を詰められていく中、突然黄泉川は肩を何者かに掴まれた。
当然の反応として黄泉川は振り返り、そしてそれを見た。
たった今話題にあげた鉄装だ。同僚である鉄装綴里。
ただその目は淀んでいてどこか虚ろで、酷い悪臭を放っていた。

鉄装綴里は今黄泉川たちが戦っている学生たちと同様に。
生きた屍と化してしまっていた。

「―――鉄、装」

掠れた声。だが鉄装は黄泉川の言葉には一切反応せず、そうすることが当たり前であるかのように。
ただ本能の赴くままに黄泉川愛穂の柔らかい首へと噛み付いた。
そして、容赦なくその肉を食い千切り咀嚼する。

「……っ、あ」

同僚たちが何か叫んでいるのが聞こえる。
けれどその中身は聞き取れない。
まるでテレビの中の声のように、どうしようもなくリアルさが欠けている。
フィルターがかかったように、ノイズが走るように、聞こえてくる叫び声や銃声が乱れていく。
自分でも意識が闇へ沈んでいくのが分かった。
鉄装に押し倒され地面に倒れ、視界が揺れた。

グチャ、グチャという音が自身の首元あたりから聞こえる。
黄泉川は首から噴水のように鮮血が噴出すのをどこか他人事のように見つめていた。
別の亡者が自分の腹に食いつき、腸を引きずり出し、頬張っている眼前の光景も別の世界の出来事のように感じられた。
薄れゆく混濁した意識の中で、黄泉川はふと思い出した。

(ああ、そういえば、まだあいつらの朝御飯を作っていないな)

それが、黄泉川愛穂の最後の思考だった。
そして黄泉川の意識は永遠に明けることのない、深い闇に飲まれた。
二度と覚めることのない、永久の眠りに―――。


Day1 / 09:24:11 / 第五学区 ショッピングセンター

「……大丈夫、きっと大丈夫ですわ」

「……そう、ですわよね、きっとすぐに助けが……」

湾内絹保と泡浮万彬。
彼女らは第五学区にある大きなショッピングセンターの倉庫にいた。
棚に並べる前の商品なのだろうか、多くの雑貨がダンボールに入れられて所狭しと並べられている。
そんなダンボールに三方を囲まれた小さなスペースで、二人は身を寄せ合っていた。

ここにやって来た経緯はもはやうろ覚えだ。
覚えているのは到底人間とは呼べない姿へと変貌してしまった人間たち。
自然の摂理に逆らった亡者の姿。

どうしてこんなことになったのか、彼女たちには分からない。
ただひたすらに逃げて、逃げて、逃げて、気がついたらここにいた。
能力をここまで使ったのは初めてだった。
ただ、生き残るために必死だった。

婚后光子はどうしているだろうか。御坂美琴は元気だろうか。
白井黒子は無事だろうか。佐天涙子は? 初春飾利はどうだ?
そもそも一体この学園都市で何が起きているのか。
あのゾンビは一体何なのだろう。本当に助けはやってくるのだろうか。

疑問は尽きない。
けれど彼女たちの精神力は尽きかけていた。
湾内絹保も泡浮万彬も、所詮は中学一年生の女の子だ。
加えていわゆるお嬢様である二人は常盤台中学に入学し、無菌培養に近い生活を送っている。

明確に悪意や殺意を向けられた経験なんてなかった。
誰かに手をあげた経験も一度しかなかった。
死体なんて見たこともなかった。

にも関わらず朝から見渡せば視界に入るのは死人ばかり。
彼女たちはまだ一人も自分たち以外に生存者を見ていない。

「わ、湾内さん……あの、もしかしたら、もしかしたらですが……もう……」

「そ、そんなはずないですわ!! きっとどこかにみんな……」

もしかしたら、もうこの街に生存者などいないのではないか。
そんな考えが嫌でも二人の脳裏をよぎる。
それでも二人でいられたのは非常に大きいだろう。
湾内も泡浮も、一人だったらこの状況に耐えられず心が折れていたに違いない。

二人は身を寄せ合って震える体を人肌で温める。
互いの体から感じる人間の温もり。
生者にしかないその感覚に、彼女たちは心の寄る辺を見出す。
互いが互いに依存し合っていた。
だがそれも無理からぬことだ。こんな極限の状況下で、まともでいられる方がおかしい。

二人にできることは来るかどうかも怪しい助けを信じて待つことのみだった。
頭の中ではなんとなく分かっている。そんなものは来ない、と。
しかし。もはやそれだけが希望だった。
無理にでも前向きに物事を考えようとしても、もはや不可能だった。

どうせ来ない、と思うものを一縷の望みに懸けて待つ。
彼女たちに許されるのはその程度だった。
それでもどうしても頭の中を駆け抜けるのは嫌な想像ばかり。
このままの状況が続けば、何もなくとも彼女たちの精神は想像という怪物に食われて消滅してしまうかもしれない。
そんな時だった。

ドアの向こうで物音がした。


Day1 / 08:21:48 / 第五学区 高級マンション前

これで二二人目。

全体的に落ち着いた雰囲気を持つ髪の長い女性―――学園都市第四位の超能力者、麦野沈利は舌打ちする。
いくら殺しても殺しても一向に数が減らない。
またもや出現したゾンビに流れ作業的に彼女の能力である『原子崩し(メルトダウナー)』を撃ち込むと、血と肉をスプリンクラーのように撒き散らして倒れこむ。
もう何度同じ作業を繰り返したことだろう。

「ちっ。しつけぇんだよクソ共がァ!! わらわらわらわら湧いてきやがってゴキブリかテメェらは!!」

『原子崩し』を発動。死体がもう一つ積み重なる。
横目で仲間の様子を確認すると、そちらは主に銃を使って戦っていた。
とはいえ仲間……絹旗最愛は無能力者ではない。
その力は大能力者の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。
窒素を操り装甲とするその能力は攻守共に非常に強大だ。

しかしその特性上、どうしても戦闘は近距離の格闘戦に限られる。
ゾンビに触りたくない、という至極単純な理由から絹旗は銃を武器として選択していたのだった。
絹旗とて少女である。いや、男でも大人でも触りたくないと思うのは当然だろう。
結果、彼女の『窒素装甲』は攻撃には使用されず防御としてのみ機能していた。

だがいざとなればそんなことは言っていられない。
今繰り広げているのは文字通り生死をかけた戦いだ。
突然、音もなく絹旗の背後に人影―――ゾンビが出現する。

『空間移動(テレポート)』。学園都市に五八人しかいない、希少な能力者だ。
奇襲に長けたその能力が絹旗に襲い掛かる。
だが彼女は咄嗟にその気配を察知し、振り返る暇さえ惜しんで裏拳を食らわせる。

『窒素装甲』により超威力を得た絹旗の拳はゾンビの顔を押し潰す。
しばらく戦って分かったことだが、どうやらゾンビは筋力が上がっていて力が強くなっているらしい。
だがそれでいて体は脆く、簡単に弾けるというよく分からない状態になっているようだった。

絹旗はハンカチを取り出して拳に付着した血を必死で拭い始めた。

「うげぇ、超汚いです。超不潔です」

『原子崩し』でゾンビを射撃するようにして戦っている麦野を見て、絹旗はぽつりと呟く。

「何で私の能力は麦野みたいな超遠距離攻撃が出来るタイプのものじゃないんでしょうか……」

「何文句垂れてんの。それより撤退するよ。このまま戦ってたってキリがない」

「それには超同意ですが、一体どこへ?」

「決まってんでしょ」

言って、麦野は振り返り様に原子崩しを放つ。
こちらへ飛んできていた何らかの能力を消滅させ、そのままその能力を放ったゾンビを絶命させた。

「まずはとりあえずの安全地帯を探すの。そしたら浜面や滝壺をそこに呼びましょ。大丈夫、浜面がいりゃ滝壺も死にゃしないわよ」


Day1 / 06:03:49 / 第七学区 常盤台中学女子寮

「―――っく、うぇ、はぁ、はぁ……」

思えばこの三日間ほど、ずっと体調が悪かった。
常盤台中学に通う風紀委員、白井黒子はトイレに篭っていた。
原因不明の強烈な吐き気。考えてみれば兆候はあった。

ルームメイトであり敬愛する御坂美琴には肉をよく食べるようになったと言われた。
自覚はあった。たしかにこの数日で白井は好んで肉を食べていた。
白井は普段そこまで肉を好んではいない。
淑女を自称する彼女はどちらかと言えばベジタリアンに近い。
勿論それは強いて言うなら、であり肉だって人並みには食べる。

だがその量と頻度は明らかに以前と比べて増していた。
原因は白井本人にも不明。ただ食欲がやたらと強くなったのは自覚していた。
他にも体によく分からない腫れ物が出来たりもした。
そして一番の異常は全身を襲う痒み。
これも食欲の増大とほぼ同時期から見られた異常だ。

ただその痒みは尋常ではない。
どれだけ掻いても掻いても一向に収まらない。
虫刺されかと思った。だが違った。不潔になっているのかと思った。だが違った。
原因不明。あるのは結果のみ。
そしてここに来て、それらは我慢できないレベルに達していた。

(―――痒い)

吐き気を何とか堪えながら二の腕にある腫れ物を掻く。
僅かに爪が立って小さな痛みも覚えるが、それよりもこの痒みから開放されたいという気持ちが勝った。

(痒い痒い痒い)

ガリガリ、ガリガリ。
爪を思い切り立て、出血するのも厭わずに狂ったように掻き毟る。
壮絶な空腹感や吐き気によるストレスも相まってひたすらに掻き毟る。
その結果、

(……? 今、何か―――)

腕に違和感。そしてボトッ、という何かが落ちたような音。
確認する。確認して、喉が干上がった。
そのあまりにもおぞましい光景に言葉を失った。

掻いていた腕の肉が、腐り落ちている。

「―――ヒッ―――!!」

どこまでも非現実的。
目の前の光景がどういうことか理解できなかった。

「……一体―――わたくし、どうな、て」

視界がぼやける。
目に映る文字やイメージを脳が処理できていないのか、正しく読み取れない。
ああ、それにしても腹が減った。暑い。痒い。
意識が混濁し始めた白井の耳に、今いるトイレの外から寝言のような声が飛び込んできた。
御坂美琴。白井の愛するお姉様。生きた人間。
その肉は新鮮で、きっとどうしようもなく美味し

そこまで考えて、白井は自分の思考に愕然となった。
今、自分は何を考えた?
何よりも大切な美琴をどうしようとした?
人としての全てを捨てる、悪魔のような所業を思い浮かべなかったか?

(そんな―――。嘘、嘘ですわ、お姉様を、人間を、そんな―――!!)




食べたいだなんて。




そんな狂った蛮行など、自分が考えるわけがない。
白井黒子は一個の確立した人間だ。
最低限の教育は受けてきたし、むしろ今は世界でも最高峰の教育を受けている。
獣じゃあるまいし、人としての倫理、道徳も当然弁えている。
だから、あり得ない。人を食らおうなどあり得ない。そのはずなのに。

何故か、その欲望は肥大化していく一方だった。
まるで自分ではない何か取り憑かれたかのように。
白井黒子という人間の尊厳や意思が正体不明の存在に潰されていく。
このままでは、本当に美琴を―――してしまうかもしれない。

(遠くに、少しでも、遠くに、お姉様から離れないと……)

まだ自分が自分でいられるうちに。
自分の理性がちょっとでも残っている内に。
ここを離れる。そのためには空間移動が最適。
これを使えば最大時速二八八キロという馬鹿げた数値を叩きだせる。
美琴から離れる、というだけなら一、二回使えばそれだけで済む話だ。

だが、空間移動は使えなかった。
集中が乱れ、落ち着いて演算が組めない。
もともと他の能力と比べ遥かに演算の複雑な能力なのだ。
こんな肉体的・精神的状態で発動できるわけもなかった。
いや、おそらく使うだけなら可能ではある。
だが出現場所の座標指定を誤って『埋め込み』が起きてしまう可能性が非常に高かった。

もはや遠くへ行くことは不可能。
それを悟った白井は浴室へと全身に鞭打って向かい、その中へ入ると内側から鍵をかけた。
それだけでは不十分と判断した白井は、続けて愛用している金属矢を取り出した。

(お願いですから―――発動しなさいな、わたくしの最後の空間移動……!)

ありったけの精神力と集中力をつぎ込み、自身の能力、『空間移動』を発動。
浴室と外を繋ぐ唯一のドアと隣接する壁を繋ぐように、金属矢を一一次元を渡らせることで横にして埋め込んだ。
それはかんぬきのような役割を果たし、ドアを閉まったままに完全に固定する。

自らをこの浴室に閉じ込めるために。
間違っても美琴に手を出せないように。
この小さな部屋で、死を迎えるために。

自らの空間移動成功を確認した白井はその場に崩れ落ちた。
自分を飛ばすとなると演算の複雑さが跳ね上がるが、物を飛ばすのであれば『埋め込み』を気にしなくていい分難易度は幾分か下がる。
それでも成功するかどうかは賭けだったが、白井はその賭けに勝ったのだった。
これでこの浴室は完全に密室。
金属矢を埋め込んで固定した以上、これで自分が美琴を襲うようなことは起こり得ない。

「は、ぁっ、はぁ、はぁ、はぁ……」

壁に背中を預け、そのままずるずると座り込む。
太ももに痒みを覚え、朦朧とする意識の中で掻き毟った。
すると、あっさりと太ももの肉が削げ落ちる。
白井はふん、と自嘲するように小さく笑った。
それを見てももはや何も感じなくなっていた。

「ずいぶんと、脆くなった、ものですわね」

にも関わらず、美琴に対する野蛮な欲望は膨れ上がる一方だった。
もう自分の意思ではろくに体は動かせない。
なのに、気を抜くと自分ではない何かが自分の体を動かそうとする。
美琴を、食らうために。

「……ッ、目障り、なんですのッ!!」

白井は金属矢を右手に握り締め、それを刹那の躊躇いもなく自らの右足に突き刺した。
ズプ、と金属矢が肉に沈む。痛みは……ほとんどなかった。
何かが麻痺しているように、あるいは痛みを知らせる神経が死んでいるように。

白井は極めてあっさりと、一+一の解を導き出すような気楽さで自らの死を悟った。
不思議と恐怖はあまり感じない。
唇の端から血が一筋流れ落ちる。口内の柔肉が剥がれているのだ。
それを拭うこともなく、白井は見えない何かを掴むように腕を天へと伸ばした。
まるで決して掴めない月を掴もうとするように。まるで決して叶わない夢を掴もうとするように。

「お姉様―――。黒子は、ほんの一三年の人生でしたが、貴女に会えて幸せでした」

白井が初めて美琴と会ったのは小学六年生の時。
もっともその時はそれが美琴だとは認識していなかったため、実質的には美琴と共に過ごした時間は僅か数ヶ月でしかない。

「御坂美琴。貴女という人がいたから、わたくしはここまでやって来られたのです」

だがそれでも、美琴の隣に並んで過ごしたその数ヶ月は。
白井の人生の中で、最も眩しく光り輝いていた。
どこまでも充実していて、毎日が宝物だった。

「露払いは、もうお役御免ですわね。わたくしは、お先に袖へと下がらせていただきます」

もはや口を開くことすら億劫になって来た。
少しでも気を抜けば意識を手放してしまいそうだ。

「嗚呼―――貴女は、本当にお姉様とお呼びするに相応しい方でした。
いつだってわたくしは貴女の背中を追いかけていた。
貴女の歩くスピードについていけず、それでも必死に隣を歩こうとしてきました」

もう、限界だ。

「―――お姉様。何かが、変です。学園都市に、何かが起きている。
お姉様。生きてください。何があっても、どんな試練が立ちはだかっても。
お姉様。生きて、生きて、生き抜いてください。黒子の分も、生きてください。
お姉様。不出来な後輩をお許しください。
お姉様。わたくしは貴女を、心より敬愛しております」

その瞬間。白井の目には上へと伸ばした手の先に、白井の大好きな、太陽のような満面の笑顔を浮かべる御坂美琴が見えた気がした。
それだけで白井黒子は心の底から救われた。

「お姉様――――――」




どうか、お元気で。




それを言葉にする気力は、もうなかった。
まるで口パクのように唇を動かしただけ。
そして白井はフッ、といつものような不敵な笑みを浮かべ―――。

その伸ばされた右腕が、すとん、と落ちた。

いつも美琴のそばにいて、努力家で、正義感が強くて。
御坂美琴のかけがえの無いパートナーだった白井黒子は、自ら作り上げた小さな牢獄の中で、その短い人生の幕を閉じた。


白井黒子 行年 一三歳


―――およそ一時間後。白井黒子の肉体は起き上がる。
“白井黒子だったもの”は、『白井黒子』の最後の想いを嘲笑うかのように。
『白井黒子』が死力を尽くして作り上げた、自らを閉じ込める棺桶を破壊する。
そして、命に代えても守りたかった『お姉様』を絶望と悲しみのどん底へと叩き落すこととなる。


??? / ??? / ???

いつとも知れぬ時、どことも知れぬ場所。
そこに『ソレ』はいた。
今学園都市に蔓延っているゾンビではない。
そんなちっぽけな存在ではない。もっと圧倒的な『ソレ』が。

「……ア”アァァァァアアアアアアアア!!」

絶叫。腹の底からあがるような、甲高く耳を劈く声。
特に理由などないのだろう。『ソレ』は何が目的なのか、そもそもどういう存在なのかすら分からない。
完全なるアンノウン。人智の及ばぬ存在。

この世界にいる全ての存在と比べても、もっと根本的に“違う”。
人間としての枠になど囚われない。『ソレ』はいくらでも、必要に応じて無限に進化する。
生物としての一つの完成形。生命体の行き着く究極の到達点。
人間程度の生き物ではその構造を、進化の先を想像することさえ不可能。
それほどに枠を外れた究極とも言える生命体。

『ソレ』は何かを求めて学園都市を徘徊する。
その大きくせり出した肩にある、充血した巨大な眼球がグチュ、という音と共に開いた。
その目玉が何かを探すように、粘着質な水音と共に上下左右に動き回り―――やがて眼球は再度閉じられた。





―――惨劇は幕を開けた。
死者の街と化した学園都市には希望も許しもない。
そんな絶望の淵に立たされて、なおそれに抗うヒーローたちがいる。

上条当麻。御坂美琴。垣根帝督。浜面仕上。一方通行。

神の創った生命の系統樹から外れた異形の蠢く、血と肉と死に埋め尽くされた世界で。
五人の主人公はそれぞれの道を行き、この悪夢の終着点を目指して戦う。

果たして彼らの終着点は真実か虚偽か、勝利か敗北か、生か死か―――?
















               バイオハザード
―――とある都市の生物災害―――

















サバイバルホラーについて思うことを答えてください

→1.登山のようなもので、困難の先にこそ達成感があるもの

2.ハイキングのようなもので、無理なく目的地に辿り着けるもの












汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate
















                        THE DEAD WALK!!









もしかしてサイレンかDMCクロスの人?絶望感がスゴイね。

投下終了

難易度は選択の余地はありません、強制ハードモード
時系列は第三次世界大戦後の設定ですがおかしいところは多数あるので(九月だったり春上が初春の部屋にいたり)
細かいことは気にせずパラレルとでも考えてください

結構シナリオによって時間が前後するので、混乱したらシナリオ冒頭にある時間を見比べてみるのもいいかもしれません
そしてこのSSのメインヒロインは世界の誰も想像できないんじゃね、という感じのキャラが務めます
それが誰かはまだ言えませんが、かなり変わったキャラなので予め言っておきます

また極稀にライブセレクション(安価)が入りルート分岐することがあります
安価とは言ってもこちらの提示する1、2、二つの選択肢のどちらを選ぶかを決めてもらう内容になります
それにより話の展開が変わったりもしますが、マルチエンドではないのでエンディングは変わりません
また、最終的に生き残るキャラも変わりません、あくまで過程が変化するだけになります

最後にもう一度言っておきますが、どのキャラがどうなってもおかしくありません。>>70です
それを理解した上でそれでも構わんという方のみどうぞ

「垣琴の人」の次作であってるんだよな?
前回のもかなり楽しめたので期待

乙  面白いわ   シェリーがメインヒロインなら……かなって思うけどどうなるかな    

乙!
垣根がカラオケで激動歌ったりカズと愉快な仲間たち総勢300人が
ほぼ美琴一人にボコられたあのSSの作者様かとばかり
俺ってば馬鹿だってばよ


それにしてもこれは垣根が死ぬか否かで絶望度激変するなー
常時自動防御機能付き物資生産自在な垣根さんマジ便利(死亡フラグ)

それでもレオンさんならなんとかしてくれる

絶対に笑ってはいけない生物災害

今回投下するのは本編ではありませんので、安心して閲覧してください
鉄錆の臭いに疲れたあなたに少しばかりの安息を
是非この曲を再生しながらどうぞ

ttp://www.youtube.com/watch?v=M7MtVHo5rOk

>>72
違いますが、サイレンクロスは今でも待ってます

>>76,>>78
はい、それです。木原一族の三人が大暴れしたあれです
しかしあれは第三章の姉妹デート辺りまでは黒歴史となっているのでそれ以前は掘り起こさないでやってください

>>77
魔術サイドは出ないのでシェリーではありません
灰原のことなら大好物です

>>83
バイオハザードを救うと同時に完全に終わらせた4は絶対に許さない



Files


File01.『白井黒子の日記』

九月八日

九月に入ったというのに、中々暑い日々が続いてますの。
まあ仕方ないと言えば仕方ないのですが、それにしてもこう暑いと風紀委員の仕事すらやる気が失せますわね……。
それにしても初春。わたくしが楽しみに取っておいたプリンを勝手に食べた罪は重いですわよ。
次会ったらあの花を毟って空間移動してやりますわ。当然の報いですの。けけけ。

九月九日

最近原因不明の奇病のようなものが流行っていると聞きましたわ。
言われて見れば確かに学校の欠席者もかなり多く、あと僅かで学校閉鎖という段階ですの。
世界でもっとも科学の発展した学園都市で原因不明とは、中々に厄介なようですわね。
とにかくお姉様には手洗いうがいを徹底するよう注意しておかなくてはなりませんの。
お姉様はあれでどこか抜けているところもありますし……わたくしも勿論清潔でいなくては。お姉様にうつさないためにも、ですの。

九月一〇日

謎の猟奇殺人事件。そんな物騒な事件がこの学園都市で起こっているようですの。
詳細は一切不明。捜査権はすぐに警備員に移りましたし、聞いてもどんな事件か全く話そうとはしません。
まあ、わたくしたちは学生ですしそういう気遣いなのでしょうが……。
殺人、だなんて穏やかではありませんわね。お姉様や何かと巻き込まれやすい佐天さんにはきつく注意しておかなければ。
不用意な外出も出来るだけ控えたほうが良さそうですわね。
……しかし、全く関係はないのですが最近やたらと食欲が旺盛なのはどうしてでしょう。
お風呂も欠かさず入っているというのに体もやけに痒いですし……。こんな時はさっさと寝るに限りますの。

九月一一日

何故か体の痒みは酷くなる一方……。虫さされでもないようですし。
思わず掻いてしまいますの。いけませんわね、お肌に傷がついてしまいますの。
そして同じく食欲もどういうわけか日増しに増えているような気がしますわ。
今日もいつもなら頼まないような肉料理を注文してしまいましたし。
ちょっと油断するとすぐに体重に跳ね返ってしまうというのに。
ああ、今ばかりは食べても何故か一向に太らないお姉様が妬ましいですの。

しかし……しばらく経っても治まらないようなら、お医者様にかかることも考えなければならないかもしれませんわね。
健康は全ての土台ですの。

九月一二日

今日は久しぶりに多くの人たちと会いましたの。
垣根さんや浜面さん、滝壺さん。知り合って数ヶ月経ちますが、皆根は良い人のようですわ。
お姉様も楽しんでいらしたようですし、わたくしも不覚にも気分が高揚してしまいましたの。
やはり友達とわいわいと騒ぐ、というのは良いものですわね。

けれど相変わらずの痒み。あまりにも痒くなってきて、もう我慢できませんの。
今日も肉料理を三品も食べてしまいましたし、これはもう許容できませんわ。
ついに常盤台も学校閉鎖になったことですし、病院へ行かなくては……。

九月一三日

かゆい、かゆい。
体が熱くてふらふらしますわ。はきけも。
今頃になってやっと、分かった、んですの。
わたくしのこれは、おそらく今流行っているという、謎の奇病。
ておくれだったよ、うですわね。

ああ、おねえさ

日記はここで途切れている……。


File02.『服部半蔵のメモ』

この間話にあがった能力者への反抗計画だが、あれは没になった。
もうそんな下らないことどうでもよくなってきちまったんだよな、みんな。
浜面を見てみろよ、浜面のくせに可愛い彼女連れてやたらすげぇ連中とつるみやがって。
俺だって本気を出せば彼女の一人くらい……。
まあとにかく、そういうわけで計画は中止。下手したら浜面関連で超能力者が四人ほどやって来かねないしな。
このメモを見た奴、他の連中にもそう伝えといてくれ。




File03.『黄泉川愛穂の日誌』

この学園都市で起きている猟奇殺人事件。
とてもじゃないけど正気の沙汰とは思えない。
捜査の権限はすぐに風紀委員から私ら警備員に移されたじゃん。
当然だな、あんなイカれた事件……人が人を食い殺すなんて子供に見せられるものじゃない。
私だって吐きそうになったもんだ。いくらなんだって馬鹿げてる。

しかし気になるのは警備員にもすぐ捜査を中止するよう上からの圧力がかかったことじゃん。
人間が同じ人に食い殺されてるんだぞ!? これを放っとけなんてどうかしてる!!
どうもこの事件はきな臭いじゃん。上は何かを隠したがってるように見える。

いずれにしろ、私はこのまま大人しく引き下がるつもりはない。
必ず事の真相を明らかにして解決しないと、子供たちも安心して日々を過ごせない。
子供たちが笑って暮らせる環境を作るのが大人の仕事ってもんじゃん。
月詠センセなんか生徒が心配だって泣きそうになってたからなぁ。本当子供想いの良い先生じゃんよ。

うちの白いのには念のため気付かれないようにした方がいいかもしれない。
打ち止めにも同じく危険性があると分かったら大人しくしてないかもしれないし。
第一位だろうがなんだろうが、子供には変わりないんだ。こんなことに関わらせるわけにはいかないじゃん。

手がかりはある。多分、最近急激に流行っている謎の奇病……それが関わっていると思う。
しかし……こんなこと日記に書いて大丈夫じゃんよ私?
まあ誰に見せるわけでもないから問題ないとは思うけど。


File04.『新聞の切り抜き』

新聞のある記事だけが切り取られている。
見出しは『謎の奇病が蔓延か』
主な症状、感染の予防を徹底するよう書かれている。
その記事に何らかの写真が貼り付けられている。
ゾンビになりかけている男性の写真だ。

その下に直筆で、震える文字で何かが書かれている……

「噂は本当だった、もう終わりだ」






「理緒、君を愛していた」







File05.『初春飾利のノート』

能力開発の授業中に初春のとったノート。
読みやすいとは言えないが、丸っこい女の子らしい字で以下のことが綴られている。
……英語のノートを忘れてしまったのだろうか。

能力者とはシュレディンガーの猫のような量子論に基づく存在。
ガンツフェルト実験などの能力開発によって本来の世界から切り離され、『自分だけの現実』を手に入れた人間。
九九パーセントの常識から外れた一パーセントを観測するもの。
元々ないものを観測することは出来ないし、だからこそ能力は完璧ではあり得ない。

学園都市の目的は能力開発、最高位である超能力者を超えたものである。
人間では神様の答えを知ることは出来ないなら、人間以上の存在になればいい。
それが絶対能力者(レベル6)、と。……どこか考えがオカルト染みてる気がするなぁ。

能力者の発現する能力の強度(レベル)はその能力者の有する演算能力と『自分だけの現実』に左右される。
どちらもが必要不可欠で、片方が強くても片方が弱いと能力の強度は上がらないそうな。
……私の場合、『自分だけの現実』があまりに脆弱だから駄目だそう。先生に言われた。
演算能力の方も情報処理だけで他には何故か適用出来ないから低能力者(レベル1)のままなんだろうなぁ。

たしかに御坂さんなんかは凄く頭も良いし、真っ直ぐで確固とした信念と強さを持ってる。
何年も努力してきたって言うし、ああいう人が超能力者になるのは必然だったのかもしれませんね。発現するべくして発現したっていうか。
……一緒に頑張りましょう、佐天さん!!

AIM拡散力場とは能力者が無自覚に発している見えない力のことで、それ自体には特に効力はなく機



morning morning morning morning morning

sister sister sister sister sister

already already already already already

scientist scientist scientist scientist scientist

dauter dauter dauter dauter dauter

チョコレートパフェ チョコレートパフェ チョコレートパフェ チョコレートパフェ チョコレートパフェ


File06.『湾内絹保と泡浮万彬の学生証』

高級感漂う鮮やかな紅のそれぞれの生徒手帳に、彼女たちの顔写真が貼り付けられている。
ところどころに金の刺繍が施されており、氏名と学籍番号の隣に校長の印が押されている。


『上記の者は本常盤台中学校の生徒であることを証明する』


手帳には常盤台中学校の校歌や学則が記されているが、血が付着していて読み取れない。

さて、ファイルの口直しはいかがでしたでしょうか

では、今年はこれまでにいたしましょう
次は年を改め、上条シナリオと美琴シナリオをお送りします

では皆様方、良い絶望を


レベル5のトップ3が主役のやつの人か
今回も楽しみにしてる

バイオ2が土台だけどシェリー・バーキン役はいないのね  乙    
続きも楽しみにしてる 
   

元旦から救いのない悪夢を見たいというドMの方へ捧ぐ物語

>>93
そう言うのが一番分かりやすいかもしれませんね

>>94
ああ、シェリーってそっちの……
ならシェリー役はちゃんといますよ、そのキャラがメインヒロインになります


上条当麻 / Day1 / 08:19:09 / 第七学区 月詠小萌宅

上条が目的地である月詠小萌の自宅に着いた時には、既に一時間ほどが経過していた。
既に上条の精神は相当に抉られボロボロだった。
こんなに時間がかかったのもそれが原因の一つだ。
友人である吹寄制理や青髪ピアスの変わり果てた姿が頭から離れない。

ゾンビとなったのは当然彼らだけではなく、学園都市の住人のほとんどは既に人間ではなくなっている。
あれだけ方々から聞こえていた悲鳴も、いつの間にかほとんどなくなっていた。
能力によって殺された人間もいるだろう。
数に飲み込まれて死んだ人間もいるだろう。
変異した友人によってまともに抵抗も出来ずに殺された人間もいるだろう。

だが全ての人間が死んでしまったわけではない。
多くはなくとも今も抗い続ける人間は必ずいる。
その中に多くの知人が含まれていることを上条は切望せずにはいられなかった。

歩く亡者たちの視界に捉えられぬよう、細心の注意を払いながらようやく小萌の住むボロアパートに辿り着いた。
生きている人間と会いたくて、あの子供にしか見えぬ教師の変わらぬ様を見て安心したくて、インデックスの無事を確認したくて。
自然と上条の足は駆け足になった。
カンカンカンカン、と階段を駆け上る音。
小萌の部屋は二階だ。階段を上る時間すら惜しく、一階に住んでろよと理不尽な悪態すらつかずにはいられなかった。

「……なんだよ、これ」

ようやく小萌の部屋の入り口までやって来た上条だったが、その光景に上擦った声が漏れた。
玄関のドアが完全に破壊されていた。
もともと月詠小萌は新聞売り対策として玄関のドアだけはやたらと頑強にしていた。
だがそんなことはものともせず、ドアは外から完膚なきまでに破られて中が見えていた。

「インデックス、いるか!? 小萌先生!!」

慌てて土足のまま中に入る。
そんなことに気を使っている場合ではないし、そんな余裕もない。
今はとにかく二人の安否が気がかりだった。
だが上条が見たのは誰もいない小さめの部屋。
相変わらず色々なものが散らかっているが誰一人そこにはいなかった。

「おい、先生! インデックス!」

再度大声で呼びかけるが、返ってくるものは何もなかった。
焦りと苛立ちにらしくもなく目の前にあった空のダンボールを蹴り飛ばした。
落ち着け、と自分に言い聞かせ一つ深呼吸する。
焦ってばかりいても状況は好転しない。

(……血がないな。二人は逃げた後か?)

この部屋には血痕が見当たらなかった。
床に妙なシミこそあるものの、もし二人が侵入してきたゾンビたちに殺されてしまったのなら辺りは血の海になっていないとおかしい。
つまり二人は少なくともドアを破壊したモノからは逃げ切ったということだ。
その後どうなったかは分からないが、生きていることを願うしかない。

上条はすっかり存在を忘れていた携帯を取り出した。
インデックスに携帯は持たせていない。
だが月詠小萌ならば違う。希望を持って上条は担任の番号を表示させ通話ボタンを押した。
数拍の間を置いてトゥルルルル、というコール音が鳴り始める。
それとほぼ同時にこの部屋の中から可愛らしい音楽が鳴った。
まさか、と上条が音を頼りにその発信源を探し出すと、それはやはり月詠小萌の携帯電話だった。

「クソッ!!」

思わず上条は吐き捨てる。
今の小萌は携帯を持ち歩いていない。
破られたドアを見るに急なことで携帯を持つ時間すらなかったのだろうが、何にせよ上条には最悪でしかない。
これで二人を見つける術は失われた。

月詠小萌とインデックスに関しては今はどうしようもない。
ならばと上条は美琴に電話をかけることにした。
理由は強いてあげるなら二つある。
同居人でずっと顔を合わせているインデックスを除けば、真っ先に顔が浮かんだ人物というのが一つ。
そして力は強くてもどこか弱さを持つ、放っておけない少女だということが一つ。

おそらくあの少女は死者とろくに戦えないでいるだろう。
元々は人間なのだ。上条自身だって吹寄たちを前に逃げることしか出来なかった。
超能力者としての圧倒的な力を発揮すれば蹴散らせるだろうが、十分に戦えているとは考えにくい。

コール音。四コール、五コール……留守番電話サービスへ。
出ない。御坂美琴のあの快活な声が返ってこない。
頭をガリガリと掻き毟って愚痴る。

「くっそ!! 何で出ないんだよ御坂!!」

焦りと苛立ちが戻ってくる。
美琴は生きている、はずだ。彼女は超能力者の第三位。
そう簡単にやられはしない。だがもし相手が知り合いだったら?
美琴は上条と同じく情に厚い人間。

(いや、逃げることくらいは出来てるはずだ)

それは希望的観測だった。希望などもはやこの世界に存在しないと分かっているはずなのに。
それでも美琴が死んでしまっているなんて想像もしたくなかった。
またいつものような笑顔を見せてくれるに決まっている。
だが一抹の不安はどうしても拭えない。
いてもたってもいられなくなった上条は頭の中で常盤台中学への道のりを描き出す。

この状況でまだ美琴がそんなところにいるとも思えないが、どうせ他に当てもない。
また道中にインデックスを探すことも出来る。
いずれにせよ何らかの目的が欲しい。
何もしないでいると精神が潰されそうになる。

生きた死体となった吹寄と青髪ピアスの姿が脳内でフラッシュバックする。

上条は頭を振ってそのイメージを振り払い、駆け出そうとしたところで携帯が振動した。
その震えが上条の意識を戻させ、まさかと思い期待を胸に携帯を確認。
それは電話ではなくメールだった。


【From】一方通行
【Sub】無題
------------------------
水道の水は絶対に飲むな
奴らに傷を負わされるな


「一方通行……。良かった、生きてるのか!」

考えてみればあの超能力者がそう簡単に死ぬはずがない。
久しぶりの生者からの連絡に、上条は全身を包み込むような安堵感が湧き上がるのを感じた。
一人ではない。今も戦っている人間がいる。
ならば御坂美琴もインデックスも他の人間も生きているに違いない、と思えた。
緊張に凝り固まった顔の筋肉が弛緩する。
どうやらこのメールは一斉送信で数人に送られているらしかった。

「水は飲むな……? どういうことだ?」

思わず疑問が口を突いて出る。この異常事態とは無関係に思えた。
だがすぐにメールに続きがあることに気付く。
改行され、その下にもまだ何か書いてある。
スクロールさせて読もうとした瞬間―――上条は咄嗟に危機を察知し、右手を玄関の方へと突き出した。
バギン!! と幻想殺し(イマジンブレイカー)が何かを破壊する。

続けて二撃目が飛んでくる。それは電撃だった。
上条は自身に許される唯一絶対の防御手段として再度幻想殺しを突き出す。
その際にバランスを崩し床に落とした携帯を踏み砕いてしまったが、そんなことに構っている場合ではない。
いつの間にか一体のゾンビが壊れたドアの向こうにいた。
思い出してみればずいぶん大声を出した気がする。
その時に気付かれたのかもしれない。

少年だった。おそらく上条と同年代くらいだろう少年。
見るも無残な姿になっていながら歩いている。
だが、

「……へっ。電撃使い(エレクトロマスター)か。
電撃ならもういい加減食らい慣れてるぜ」

ゾンビにもようやく少しだが慣れてきた。
そしてこの少年が知人ではないというのも大きかった。
一方通行からのメールで冷静さを多少なりとも取り戻した上条は考える。
どうして人間がこうなってしまったのか?
何もなければこんなことはあり得ない。
結果がある以上、必ずそれを生む原因がある。

(―――魔術)

魔術は能力と同じように様々な種類がある。
能力に発火能力(パイロキネシス)のようなポピュラーなものがある他、精神系やら空間移動と言った特殊系が存在するように。
魔術にも呪いをかけるようなものは多くある。
人をこんな亡者にしてしまう魔術なんてものがあるかは知らないが、上条はそう考えた。
インデックスならばそれがどんな魔術なのかまで見破れただろううが、上条に出来るのはただ一つ。

「この右手で……!!」

電撃を払うように無効化しながら上条は眼前の死人に駆け寄った。
懐に飛び込み、頭に一瞬右手で触れるとすぐさま足払いし玄関から出て距離をとる。
ゾンビは簡単に転倒したが、すぐに呻き声をあげながら起き上がった。

「くそっ、駄目か……!!」

たしかに幻想殺しで頭部に触った。
それが魔術であれ能力であれ。触った時間が一瞬であれ。
それが異能であるならば全てを破壊する。
上条当麻の右手とはそういうものだ。

核が違う場所にあるのか、そもそも異能でないのか。
それは分からないが、とにかく上条の幻想殺しは歩く亡者には通用しない。
それだけ分かれば十分だった。
早足で迫ってくる血と膿に塗れた死体に上条は身構えたが、一方通行からのメールをふと思い出した。

『奴らに傷を負わされるな』

(待てよ……。よく映画なんかじゃ、ゾンビに噛まれた奴は同じくゾンビに……!!
ちくしょう、そういうことかよ!!)

推測だが、おそらく一方通行の言葉はそういう意味だろう。
もし目の前の異形に一度でも噛まれでもしたら、すぐに上条も生ける屍の仲間入りということだ。

「なら、逃げるのが利口だよな!!」

上条はすぐに背中を向けて逃走した。
時折背後から迫ってくる電撃をしっかりと防ぎながら確実に距離をとっていく。
元より無理に戦う必要などない。
しかも上条は接近戦しか出来ないため、思わぬ反撃を食らう可能性も高い。
上条の言う通り、逃げるのが最適解かもしれなかった。

死人の足はそれほど速くない。
完全に撒いたことを確認し、ほっと息をついたのも束の間。
数体のゾンビを前方に認めて上条は咄嗟に物陰に体を潜めた。
学園都市の人口はおよそ二三〇万人。
その大半がゾンビ化していると考えると非常に状況は悪い。

改めて自分の置かれている状況を理解した上条だが、その眼には光があった。
決して諦めず生き残ろうとする闘志があった。
故に上条当麻は走る。目指す先は、常盤台中学。










「行きましたか……」

上条が小萌の家を離れて数分後、家主である月詠小萌は襖を開けて隠れ場所から這い出た。
小萌は実はこの家にいたのだが見つからないよう隠れていたのだった。
ふらふらと、今にも倒れそうな足取りで家を出る。
どこに行くかなど分からない。ただ夢遊病患者のように彷徨っていた。

「上条ちゃん……シスターちゃん……姫神ちゃん……結標ちゃん……」

その服には赤い液体が染み付いていて。
両目からは透明の雫が光っていた。
胸を抑えながら震える声で、月詠小萌は世界を呪う。
胸が、苦しい。

「どうして……こんなことになっちゃったんですか……?」

もはや自らの命はいらない。死ぬ覚悟はできている。
ただ。自分の命を捧げるから、ただ生徒たちだけは助かってほしい。助からなければならない。
彼らは子供だ。それぞれに明るい将来が待っているのだ。
なのに、なんで。小萌の守りたかった一八〇万もの学生のほとんどは死んでしまった。
いや、もしかしたら生きているのかもしれない。あれには生と死、どちらを当て嵌めればいいのだろうか。

「みんな……何も悪いことなんてしてないのに……」

小萌はその場で泣き崩れた。
彼女は地獄を見ていた。この世のあらゆる悪意が凝縮されたようなソレを見ていた。
この世にもしも神とやらがいるのなら、自分は絶対にそいつを許さない。
こんな惨劇を、生徒たちの死を許したそいつを。

「どうして―――……っ」

胸が、苦しい。
立っていられない。やはり『アレ』のせいだろうか。
体内から外へ圧力がかかる。まるで体の中で風船が膨らんでいくような、そんな感覚。
体がはち切れそうになる。思わず両手で胸を抑えるが、痛みは酷くなる一方だった。

(ああ―――。私、死ぬんですね)

自然とそれを悟った。不思議と恐怖はない。
だが、お願いだから生徒たちだけは。
自分の命はいらないから、せめて子供たちは。

(死なないで。絶対に、死んじゃ駄目です―――!!)

胸が、苦しい。
体内で何かが膨張し、肉体が押し出されていく感覚。
膨れ上がった何かが内から自分の肉体を引き裂く感覚。
それが極限に達した瞬間、

「あ、あ、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!!」

バンッ!! という何かが勢いよく弾ける音。
グチュ、という粘着質な挽き肉をかき混ぜたような音。
それらが同時に鳴り響いた。
そして血の詰まった風船を割ったように鮮血がスプリンクラーのごとく撒き散らされた。

辺りが瞬間で真っ赤に染められた。赤、赤、赤。それ以外の色が見つからない。
比喩でも大げさでも何でもなく、血の海が出来上がっている。
床は勿論、四方の壁、天井にまでべったりと血が張り付いていた。
人間の体にたっぷりと詰められた血液の全てが辺りを赤色に染め上げる。
その中心に倒れ伏す、小学生程度の背丈しかない人間。

その人間は右肩から左の腰まで、袈裟懸けに体が弾け飛んでいた。
無くなっていた。ぐちゃぐちゃになっているとか、潰れているとか、そういうことではない。
本当に何も無いのだ。肉も、骨も、何もかもが。

腰の部分でかろうじで繋がっていて、ぎりぎり真っ二つにはなっていない。
とはいえ当然そうなった人間が生命活動を持続させられるはずがなく。

要するに、月詠小萌は死んでいた。
誰よりも子供を愛する彼女は一人として子供をこの地獄から救うことは叶わず、血溜まりに沈んでいた。
大人であるにも関わらず幼い顔も、いつも着ているピンク色の服も、同色の髪も、車のペダルすら踏めない短い足も、普段チョークを持っている手も。
その全てを鮮やかな紅に染めて。

あまりに巨大な傷口からは体内に収められているはずの臓器がこぼれ落ち、ピンクや白のぶよぶよしたものが綺麗に辺りを彩った。
赤単色だけではない。月詠小萌という人間の体内にあるもの全てが周囲を鮮やかにペイントする。

小萌の死体のすぐ近くに小さな虫のようなものがいた。
それこそが小萌を体内から侵食し、食い破り、彼女を死に至らしめたもの。
まるで古代の三葉虫のような姿をしたそれは地面を這って素早く移動し、その場を離れどこかへと消えていった。

後に残ったのは、月詠小萌と呼ばれていたものの残骸だけだった。



Files

File07.『補習用のプリント』

月詠小萌が上条当麻の補習のために作成したもの。
数学と英語が特に重点が置かれていて、内容は基礎の基礎から。




File08.『結標淡希のメモ書き』

悪いんだけど適当に野菜と肉と買ってきてくれない?
私今日ちょっと出かけるけど、夜は野菜炒めを披露してあげるわよ。
大丈夫、これでも練習して普通に食べられる程度にはなったのよ?
小萌がぐちぐちうるさいから頑張ったんだから。


御坂美琴 / Day1 / 07:39:43 / 第七学区 常盤台中学校

「はっ、はっ、はっ、はっ……」

当てが外れた。

美琴は常盤台中学一階の女子トイレに身を潜めていた。
わざわざここに来た理由は単純で、婚后光子を初めとする学友たちの身が心配だったからだ。
だが、手遅れだった。
美琴がここに着いた時、既に名門お嬢様学校常盤台中学はゾンビの巣窟と化していたのだ。

目に映る人間は悉く歩く亡者。
自分の通っている学校ということで、見知った顔も多く美琴の精神はガリガリと削られていた。
だが、たったの一人でも。たとえ一人でも生存者がいるのなら。
そんな希望を美琴は捨てられなかった。
だが当てもなく連中の集まっている校内をうろつくのは自殺行為だ。

(ひとまず脱出すべきね)

やることを頭の中で一つずつリスト化していく。
とにかく目的。どんなに小さくとも目的が必要だ。
何もしないでいると心が壊れそうになる。
ちょっとでも気を抜けば絶望的な想像に食われそうになる。
脳内にフラッシュバックされるのは、ツインテールがトレードマークだったルームメイト。

今美琴がいるのは女子トイレの中でも入り口からもっとも遠い、最奥にある個室だ。
ドアを開けて出ようとしたところで、美琴の耳にのそり、のそり、という重苦しい足音が聞こえてきた。
美琴の体が硬直する。この緩慢な歩き方。何かを引き摺るような足音。
間違いなく、アンデッドだ。

息を呑む。時が停止したように美琴は動かない。
嫌な汗をかいているのを感じる。バクバクと鳴っている心臓の音を聞きつけられないだろうか、と不安になる。
足音は近づいてくる。ゆっくり、ゆっくり。そして。

「―――っ!?」

ドン!! という音。美琴のいる個室のドアが、外から叩かれたのだ。
そいつはそこに美琴がいると分かっていたわけではないのかもしれない。
思わず美琴は僅かな声を漏らしてしまった。
咄嗟に口元を手で覆うが、もう遅い。
それに反応したゾンビの呻き声が大きくなる。

「ア アあ ァあぁァ……」

「―――!! こうなったら……っ!!」

美琴は覚悟を決め、トイレのドアをバン!! と勢いよく蹴り飛ばした。
外開きのドアは、大きく開け放たれた勢いのままゾンビの体を強かに打つ。
ゾンビがよろけている隙に美琴は個室から飛び出し、右手の方にある窓から身を躍らせた。
出来るだけ、生きた死体を見ないようにした。
単純に歩く死体を見たくないのと、それが“生前誰だったのか”を知りたくなかったからだ。

だが人間の視界というのは意外と広範囲をカバーしているものだ。
僅かだが、たしかにその爛れた顔が見えた。見えてしまった。
しかし、美琴は違う、と思う。

(違、う。あれは、違う。ただの見間違いに決まってる。
その人のことを考えていたからそう見えただけ。そう、そうよ)

常盤台の学生など数百人といるのだ。
その内の、彼女が偶然あの場所にいたなど、あり得るわけがない。
あっては、ならない。


アレが、婚后光子などと―――そんなことが、あるはずがない。


それなのに、校舎から脱出した美琴は逃げるように走る。
体の震えが止まらない。ただの見間違いだというのに、一秒でも早く、一センチでも遠くここから離れたい。
足がもつれて転んでしまいそうになりながら、美琴は全力で走る。
ただの、見間違いだというのに。

その時、美琴が脱出したトイレが内から嵐のような烈風によって破壊され、砂煙が猛烈に舞い上がった。
だが美琴は振り向かない。あんな風に壁を破壊できる能力などいくらでもある。
だから、あれが大能力者の『空力使い(エアロハンド)』であるはずがないのだ。

なのに、何故だか涙が零れそうになる。
ただの、見間違いだというのに。

そして、しばらく走ったところで。
美琴は足を止める。止めざるを得なかった。
張り裂けそうなほどに心臓がうるさい。
先ほどは視界にかすかに映っただけなので言い訳ができた。
見間違いだと信じ込むことができた。
だが、これは、そうはいかない。

後姿。
常盤台の制服に身を包んだ、一人の少女。
こちらに背を向けているので顔は見ることができない。
だからそれが誰なのかは分からない。
後姿だけなのだから、それこそ見間違いかもしれない。
“普通なら”。

だが美琴にとって、その後姿はあまりにも見慣れたものだった。
一〇〇パーセントの確信を持って断言できてしまうほどに身近なものだった。
それにそのゾンビは右足を引き摺っていて、特徴的なツインテールの髪を揺らしていて。
美琴を追ってきたのか、あてもなくうろついているだけなのか。

「――――――ぁ、あ」

美琴は今更ながらに理解する。
この地獄に生存者などいない。
少なくとも、この常盤台中学には。

そして、何より。この常盤台中学にやって来るということは。
多くの知り合いや友人がいる、この学び舎に来るということは。
あらゆる意味で、自殺行為だったのだと。

「…………っ!!」

美琴は弾かれたように再度走り出した。
これ以上、一秒だってこんなところにいたくない。
これ以上、変わりきった学友たちを見たくない。
これ以上は、自分が、耐えられない。

(もう嫌、嫌よ、嫌……ッ!!)

御坂美琴は、逃げる。
何もかもを度外視し、ただひたすらに逃げる。
一体いつまで逃げればいいのか、どこまで逃げればいいのか。
美琴には、分からない。

それでも美琴は、全てから逃げ続ける。

投下終了

結標はこの物語には欠席しているので描かれることはありませんが、いつかどこかできちんと死亡していますのでご安心ください
次回は垣根シナリオと浜面シナリオをお届けする予定になっております

それは安心なのか……
ああ、『屍人』にはならないって意味なら、確かに安心だな……

おつ
どうでもいいけどインデックスはケータイ持ってるよ
いや使えないんですけどね

乙ですー

垣根スレから。
椎茸と根性は逢い引きしたんだろきっと。

絹旗って食人ゴキブリと戦った時返り血浴びてないから血が付着することないんじゃないの

やっぱみさきちの能力はゾンビには効かないのかな?

今回はちょっと長編

>>116
節子、それBIO HAZARDやない、SIRENや
結標もばっちりゾンビ化して、学園都市のどこかを彷徨っていることでしょう

>>119
こまけぇこたぁいいんだよ!(AA略)

>>122
軍覇は登場しませんが、同じくいつかどこかできっちり死亡しています 逃げられんよ?

>>127
こまけぇこたぁry(AA略)

>>130
勿論効かないでしょう



At the same time,at the same place.
You have to survive this nightmare to know the true end.



浜面仕上 / Day1 / 08:23:29 / 第七学区 柵川中学校

「はっ、はっ、はっ、はっ……!!」

どうしてこんなことになったのか、浜面仕上には分からない。
けれど理由は何であれ浜面は動かなければならない。
おとなしく死を待つことなど出来はしないのだ。
死者が徘徊するこの死の街と化した学園都市で、それでも守りたい少女がいるのだから。

滝壺理后。
それは特殊な力を何も持たず、どこまで行っても平凡でしかない浜面が命に換えても守ると誓った少女の名。
ただの無能力者であっても、滝壺理后のためならばヒーローになってやると決めたのだ。
彼女を抱えて生きる必要なんかない。放り出した方が身軽になるのも間違いない。
それが分かっていながら、どうしてだか絶対に捨てられないもの。

そして、浜面仕上は辿り着いた。
溢れかえる亡者共から身を隠し、時には陽動し、ついにここまで辿り着いた。

『柵川中学校』

そういう名前の学校らしい。
電話越しに滝壺はそう言っていた。「今柵川中学というところに逃げ込んでいる」と。
場所を調べ、ゾンビに気付かれぬように動いていたらおよそ一時間も経過してしまっている。
滝壺はまだ無事なのだろうか。携帯の電池は残り僅か。
充電し忘れた昨日の自分を殺してやりたかった。

(滝壺は保健室に隠れてるっつってたな……どこだよ、クソ!!)

当然入ったことのない学校なので内部構造は全く分からない。
だからといって闇雲に動き回れば間違いなくゾンビに見つかるだろう。
校内にもどうせ連中はうようよしているだろうし、こちらの武器は拳銃一丁のみ。
まずどこから学校に侵入するかが重要になると浜面は思った。

(普通保険室ってのは一階にあるよな……なら窓から覗いていきゃ見つかるか)

壁沿いに身を屈め、一つ一つ窓をチェックしていく。
あまり時間をかければ外のゾンビに見つかるかもしれないし、逆に急ぎすぎれば窓を覗いた時に中のゾンビに見つかる恐れがある。
浜面は自分の心臓がバクバクとうるさいほど鳴っているのを感じた。
だがそれに安心感さえ覚えた。この心臓が鳴っているということは自分は生きているということ。『人間』であるということだから。
生きた死体の醜悪に過ぎる顔を思い出して、浜面は冷や汗を流す。

そしてついに浜面は保健室に辿り着いた。
息を殺して窓を覗くと、そこは明らかに保健室だった。
清潔そうな白のカーテンに囲まれたベッド、簡単な消毒薬の並べられたガラスケースが見える。
学校にはほとんど登校していない浜面だったが、やはりどこも保健室というのは大差ないらしい。

滝壺の姿は見えない。移動していなければまだここにいるはずだ。
大声を出すわけにもいかず、浜面は控えめに窓をコンコン、とノックする。
中に滝壺がいれば何かしら反応するはずだ。

ジッと息を殺して待っていると、僅かにくぐもった声が聞こえた。
何と言っているのかは分からなかったが、ともかく中に誰かがいることは間違いない。
ゾンビの声ではないと確信を得た浜面は意を決して呼びかける。

「……滝壺? 俺だ、浜面だ。いるのか?」

「……はまづら?」

その声は聞き間違えるはずもない、紛れもなく滝壺理后のものだった。
その事実に押し寄せるような安堵感が浜面の全身を包んだ。
今日という日を迎えて初めて聞く『人間』の声。そして愛する少女の声が。
だがしかしいつまでもこうしてはいられない。今この瞬間にも連中に見つかる可能性は無視できないのだ。

「滝壺、悪いが窓を開けてくれないか?」

分かった、という滝壺の声、そしてすぐにクレセント錠が下ろされ窓の鍵が開けられる。
ガラリと窓を開けると浜面は最短の時間でその身を滑り込ませ、また即座に窓と鍵を閉める。
そこで浜面が見たのは滝壺理后の顔。
守ると決めた少女の顔は不安に溢れていて、けれど相変わらずピンクのジャージを着ているその体には傷一つ見られない。
その事実に浜面は感極まって、反射的に滝壺を強く抱きしめていた。

「……はまづら?」

「守るから」

それは誓いだった。

「絶対、絶対守ってやる。お前を傷つけようとする全てから、絵本のヒーローみてぇに。
俺、無能力者だけどさ。滝壺のためならヒーローになってやる」

自分に対しての、滝壺理后に対しての。
この狂った世界にあって、それでもたった一つを守ると決めた少年の決意。
その言葉を受けて、滝壺もそっと浜面の背中に両手を回す。
この時。滝壺理后もまた一つの誓いを立てた。

―――何かがあれば、自分がこの少年を守る盾となろう、と。

「ありがとう、はまづら。きっと大丈夫だよ」

そう言って口の端を僅かに吊り上げる滝壺に、浜面はそっと笑いかけてやる。
それはもうないかもしれない穏やかな時間。
だがそんな雰囲気は外から聞こえた重苦しい足音のような音を受けて一変する。
たちまち張り詰める緊張の糸。浜面と滝壺は息を殺し、ただ心臓だけがバクバクとうるさい。

のそり、のそり。そんな音はしばらくしてどこかへ離れていった。
完全に去ったのを確認すると、浜面と滝壺はふぅ、と大きく息をつく。
まるで長いこと息を止めていた直後のようだった。
本当に心臓に悪い。全く違う理由で死んでしまいそうだと浜面は苦笑した。

「……やっぱりここもゾンビだらけなのか」

「ううん。違うと思う」

「へ?」

滝壺の言葉に浜面が疑問の声を出すと、逆に不思議そうな顔で見つめ返された。

「……はまづら、もしかして見てないの?」

「見てないって、何を?」

「今学園都市を徘徊してるのはゾンビだけじゃない。変異種とか、色々いる。
今はまだ数はかなり少ないみたいだけど、時間が経つにつれてどんどん増えていくと思う」

「は、はぁっ!?」

この溢れかえるゾンビだけで精一杯だというのに、更に未知なる化け物がうろついているというのか。
もしかしたら今の学園都市は自分の想像を遥かに超える地獄なのかもしれない、と浜面は思った。

「色々、って……たとえば、どんな?」

「私が見たのは二種類。片腕しかない完全な化け物と、あとは多分ゾンビになった犬かな。
前者はよく分からないけど、後者は気になるね。
人間だけじゃなくて他の動物まで変わってるってことは、もしかしたらこれは……」

滝壺の言葉はそこで途切れた。
言葉を探っているのではなく、何か思案しているのでもなく。
不自然すぎるほどにぴたりと止まったのだ。
しかもその普段は無表情でいることの多い顔は青ざめていて、明らかな異常を示している。
浜面は咄嗟に滝壺の目線の先を確認して、

「―――っ!?」

思わず声が出そうになって、咄嗟に口を手で覆う。
しかしその行為にはもはや何の意味もない。
たとえ声を抑えたところで全く効果はないのだ。
―――既に、窓の外にいるゾンビの濁った瞳はこちらを完全に捉えているのだから。

「滝壺ッ!!」

弾かれたように浜面が動くのと死者が飢餓感に駆られ窓を割るのは、同時。
バリィン!! というガラスの砕ける音。
浜面は滝壺の手を取って迷いなく保健室の出口へと向かう。
普段は鈍そうにしている滝壺だが、あれでもこの街の暗部を『アイテム』として生き抜いてきた少女だ。
こういったいざという時の判断能力や動きは決して鈍くはない。

ゾンビは窓を破壊したものの、その枠を乗り越えることはできないらしい。
人間なら足をあげて跨げば済む話なのだが、ゾンビは違った。
中途半端に残ったガラスが腹に刺さることも厭わずに、ゾンビはその腹に枠を抱え込むようにして入ってくる。
芋虫のように這いずって、どさりと落ちて保健室へ侵入を果たす。

だがその時には既に浜面と滝壺の姿は消えている。
二人は廊下を駆けていた。時間はない。
あれが派手に窓を割ってくれた以上(そして浜面が叫んだ以上)、すぐにでもその音を聞きつけたクリーチャー共がやって来るだろう。

「……はまづら、どこかに隠れたほうが、いい!!
こんな風に姿を見せてドタドタ走ってるんじゃ、見つけてくれと言ってるようなものだよ!!」

「ああ、分かってるっ!! でも一体どこに……ッ!?」

やはり予想通り校内にはゾンビが徘徊していた。
だが幸いあの死者共はそれほど察知能力が高くはない。
浜面と滝壺は暗部時代の経験を生かし、見つからぬよう隠れる場所を探した。
時には物陰に身を潜め、時にはわざと見つかって連中を誘導し、そして二人が辿り着いたのは二階にある家庭科室だった。

調理実習などで使うのか、ガスコンロのついたテーブルが等間隔にいくつも並べられている。
二人がいるのはその家庭科室の中にある、冷蔵庫や食器などがしまわれている小部屋だった。
そこに逃げ込んだ二人は服が汚れることにも厭わず、薄らと埃の散る床に力尽きたようにドサッ、と座り込む。
たったこれだけで、既に浜面も滝壺も疲れ果ててしまっていた。
死人から逃げ回った経験など、あるはずもない。

「ふぅ、ふぅ……。大丈夫か、滝壺?」

「うん……でもこれからどうしよう。ずっとここにいたってただ見つかるのを待つだけだよ」

滝壺の言う通りだった。状況は芳しくない。
もともとこの柵川中学に来たのは滝壺と合流するためだったのだから、もうここには用はない。
ならばさっさと立ち去ってしまうべきなのだが、校内を徘徊するリビングデッドがそれを許さない。
浜面の持っている武器は銃一丁。当然、弾数にも限りがある。
周囲のものを利用しても全てを殺し切れるとは思えないし、それだけ危険も高まる。
それだけでなく、滝壺の言っていた『変異種』というものも気になった。

窓から出ようにもここは二階。
飛び降りて無事で済むかは疑問が残る。
足に怪我でも負ってしまえば、これから生き残れる可能性は下がってしまう。
ロープなど見つからないし、その隙を突かれるようなことがあれば一発であの世行きだ。

「結局、他に道なんてねえのか……」

「はまづら?」

浜面は休憩もそこそこに立ち上がり、扉を開けて家庭科室へと出る。
油断なく銃を構えて、後ろ手に扉をパタンと閉じる。
そのドアの向こうから滝壺が動く音が僅かに聞こえた。
そして、浜面仕上はその瞬間、冗談抜きで心臓が止まったと思った。

「―――ッ!?」

浜面の目と鼻の先。ちょっとでも手を伸ばせばあっという間に埋まってしまうほどの近距離に、ゾンビの姿があった。
鼻がもげるかと思うほど強烈な腐敗臭。いつの間に家庭科室に侵入していたのか。
ゾンビが浜面を捕らえようと腕を伸ばす。
残された一秒程度の猶予の中で、驚愕による硬直から抜け出し体を動かせたのは奇跡と言っても良いかもしれない。
それとも、それは不本意ながらも『アイテム』として暗部で活動していたおかげなのか。

咄嗟に体を右に思い切り半回転させ、ゾンビの腐った腕が空を切る。
その隙に浜面は迅速にその場を離脱、家庭科室の奥へと逃げ込んでいく。

「滝壺ぉッ!! そこから動くなッ!!」

叫びながら、浜面は走る。壁際に取り付けられている窓を片っ端から閉め切っていく。
続けてテーブルに備えられたガスコンロを全て空焚きさせる。
鼻を突くガスの臭いが、少しずつ室内に充満していく。

「俺に考えがある!! 指示するまで絶対に動くんじゃねぇぞ!!」

普通なら、こんな大声で呼びかければ付近にもう一人いることが即座に察知されてしまうだろう。
だが幸いこの死者共にそれほどの知能はないようで、浜面の呼びかけにも関わらずそれに反応する素振りは見せない。
滝壺が小部屋から飛び出してくる様子はない。その事実に浜面は心から安堵する。
あの少女はあれでいて無茶をすることがある。かつては単身で超能力者に立ち向かったこともあるほどだ。

けれど、今はそれははっきり言ってしまえば邪魔になる。
浜面の策が破綻しかねないし、何より滝壺の身を二重の意味で危険に晒すことになる。

勿論、滝壺とてじっとはしていられないはずだ。
浜面が一人戦っている、その事実に逸りそうになる身体を必死に抑えているのだろう。
おそらくそこで滝壺が踏みとどまれているのは、長きに渡る暗部での経験。
人より状況判断能力が優れているために、その場での最善の行動を弾き出せる。
皮肉にも、二人を散々苦しめた暗部での経験が彼らの生存率を大きく上げる結果となっていた。

浜面はそこではっきりと歩み寄ってくるゾンビを視界に捉える。
血と膿と肉で汚れ切っているが、どこかの学生服を身に纏っていた。
十中八九、ここの学生だろう。生前は男だったようだが、今のこの存在に性別という概念が存在するかは疑問だ。

浜面はサイレンサー付きの銃をゆっくりと構えて、ゾンビの左胸、即ち心臓に照準を合わせる。
しっかりとグリップを握り、そして冷静にトリガーを引き絞った。パシュッ、という軽い音。
放たれた弾丸は空を切り、冷酷に、無慈悲に容赦なく標的の心の臓に食らい付いた。
肉を抉り取り、超高速で回転する小さな金属の塊は抵抗を無視し、ひたすらに真っ赤な噴水を伴ってその体を奥へ奥へと埋め込んでいく。

(悪いな。俺はもう腹ァ括ってんだ)

引き金を引くことに、浜面は抵抗を覚えなかった。
震える指では正確に狙いなどつけられない。
この全てがおかしくなってしまった世界で、浜面は既に覚悟を決めていたのだ。
滝壺理后を守り抜く。そのためならば再びその身を人殺しに貶めることだって厭わない。
もっとも、この死体を殺してそれが『殺人』になるのかは甚だ疑問だが。

「ァ あ”あぁ アぁァあ”あ ァ……」

しかし。ソンビは何ともおぞましい呻き声をあげ、歩いてくる。
銃撃を受けた瞬間、その身を後方へとよろめかせたものの、それだけ。
浜面の放った弾丸は、僅かによろめかせる程度のダメージしか与えてはいなかった。

「倒れ、ねぇ……っ!?」

確実に今の弾丸は心臓を撃ち抜いていたはずだ。
にも関わらずこいつは倒れない。既に一度死んでいるから、なのだろうか。
だとしたら。だとしたら、この亡者を『殺す』方法なんて、あるのだろうか?

(心臓を穿った程度じゃ“殺せない”!! こいつら、一体どういう……)

パタパタ、と床に血液が飛び散った。浜面はその血を見て驚愕する。
どういうわけか、その血は既に半ば凝固していたのだ。
ゼリー状、あるいはゲル状になりかけているその血はどう見てもたった今体外へ排出された血液とは到底思えない。
通常、温度によって異なるものの人間の血液が凝固、即ち流動性を失うまでには八分~一二分程度の時間を必要とする。
だがこれは違う。今、まさにこの瞬間に空気に触れたというのに既に固まりかけているのだ。
それはつまり、このゾンビの体内を流れる血液は“そういう状態”である、ということ。

(クソッ、どうなってんだよこいつらの体は!!)

ともあれ、今はそんなことを考えている場合ではない。
早足で近づいてくるゾンビから距離を取った浜面は、テーブルを挟むようにしてその距離を保つ。
やはり唯一の救いはこいつらの足はそう早くはないことだ。
たった一体だけならばどうとでも立ち回れる。

それは事実であるが、同時に油断でもあった。
目の前のゾンビが僅かに上体を反らしたと思った瞬間、口から何かが飛び出してきた。

「ッ!?」

反射的に浜面は反応し、右に転がるようにしてそれが何かも確認しないまま回避する。
その判断は正しかった。ゾンビの吐き出した何かがかかったテーブルは、嫌な音をたてて一部溶けてしまっていた。
あれをまともに浴びていればそれだけで絶命も有り得たかもしれない。

吐寫物か、と浜面は適当に当たりをつける。
実際、それは的外れでもなかった。
ゾンビの吐き出した何かの正体は強酸性の胃液。
食べた物を迅速に消化し、エネルギーとするために発達したものだった。

床を転がり、この家庭科室の入り口の一直線上に出た浜面が器用に受身を取って体勢を整えると、その視界に恐ろしいものが映った。

「マジかよオイ……」

ゾンビが、更に一体。家庭科室に侵入してくる。
セーラー服を着用し、頭にはカチューシャを付けており前髪が全て後ろへと流されている。
その少女の胸には血と膿に汚れているが名札が付けられており、そこには『枝先』と名があった。
この家庭科室は決して広くはない。むしろ狭いと言えるだろう。
そんな空間に、合わせて計二体のアンデッド。

小部屋からまたもゴソゴソと何かが動く音が聞こえた。
浜面の答えは変わらない。もう一度、叫ぶ。

「動くな滝壺っ!!」

浜面が恐ろしい、と思ったのはこのゾンビではなかった。
ゾンビならば既に何体も目撃している、焦ることはあっても恐ろしいとは今更思わない。
問題なのは。その亡者の背後にいる化け物。

まず最初に目に入ったのは、肥大化した巨大な右腕。
その代償のように左腕は存在していなかった。
全身は隙間なく、足の先から頭部に至るまで黄土色の皮膚で覆われ、その上から緑色の葉脈のようにも見える何かが全身を走っていた。
まるで膨張した血管のようにも見える緑のそれは、まさに血管の如く不規則に、迷路のように存在していて、顔や頭にまで広がっている。
もはや完全に人間の外観からかけ離れていた。

「……何だよ、あれ……。あれが、滝壺の言う『変異種』……? 完全な化け物じゃねぇかクソッ!!」

思わず吐き捨てる。
ゾンビのように、ある程度は人間の見た目だと思っていたのかもしれない。
それが蓋を開けてみればまさに文字通りの化け物。
けれど、こんなものより遥かに恐ろしい化け物がこの街にいることを浜面はまだ知らない。

隻腕の化け物が右腕を動かす。
それにハッとした浜面は咄嗟にその場を離れ、物陰に身を隠した。
どんな効果があるかも分からないその右腕。
だが次の瞬間、浜面は信じられない光景を目撃した。

(腕が……伸びる!? ちくしょう、何でもありか!!)

化け物の右腕がしなやかな鞭のように振るわれた。
その瞬間、まるでゴムのように右腕が何メートルも伸びたのだ。
そして壁を掴むと、今度は右腕を縮めて体ごと移動。
伸縮自在の右腕による瞬発移動。
どうやらこの隻腕の化け物は、ただの亡者とは全く異なる存在らしい。

続けて隻腕の化け物が右腕を薙ぎ払うように横一線に振るう。
当然、その際に腕が伸ばされ家庭科室を覆い尽くす。
浜面はテーブルの陰に隠れるようにしゃがんで姿勢を低くすることでそれを回避。
すぐ頭上を黄土色の、人間だったとは思えない不気味な腕が猛烈に通り過ぎていく。

窓際や後方の棚の上に置かれていたアイロンなどの備品があっという間に薙ぎ払われ、ガシャァン!! と音をたてて床に散らばった。
更には最初に現れたゾンビが化け物の右腕による一撃を頭部に受け、あまりの衝撃にその首が捻じ切れた。
首からまさに噴水のように血を噴き上げる頭を失った体は、やがてバタンと倒れた。
ごろごろと捻じ切られた頭部が床を転がる。首から噴出した血液はべったりと天井を赤に染める。

(一発で首が……!?)

たったの一撃で首を飛ばす。
その程度の破壊力はあの右腕に込められているようだった。
それは左腕を失って肥大化した結果なのか。
ともあれ、もし一撃でもあれをまともに食らえば浜面はこの世に別れを告げることになるだろう。
浜面仕上は特別な力など一切持たない、ただの凡夫に過ぎない。
代えなどいくらでも効く、ただの登場人物A。けれど、それでも浜面はここで倒れるわけにはいかない理由がある。

浜面は焦っていた。だが、それは隻腕の化け物に対してではない。
勿論この化け物は恐ろしいし、今の一撃を見て背筋に冷たいものが流れたのも事実だ。
しかしそれ以上に今の攻撃でこの化け物が『引き金』を引いてしまったのではと、気が気でなかった。
だがそんな様子は見られなかった。そもそももし『引き金』が引かれていれば今こうして浜面が生きていることもなかっただろう。

そろそろ頃合いか。これ以上はこちらが持たない可能性が高い。
そんなことを考えていた浜面に、隻腕の化け物が容赦なく襲いかかった。
右腕をバネのようにして飛びかかってきた化け物が浜面を踏み潰そうとする。
弾かれたようにその場を離脱し、滑り込むように隣のテーブルの陰に移動する。
何とか回避した浜面だが、ダンッ!! という化け物の着地の衝撃一つとっても浜面は肝を冷やす。

(あっぶねぇ……!!)

ともあれ、最後の仕上げにかかることにした浜面は真っ直ぐに家庭科室の出口を目指して走り出す。
だが、逃がさないとばかりに隻腕の化け物は右腕を伸ばして浜面を狙う。
それを見越していた浜面は、背後を確認することもなくただ膝を折ってその場に沈み込む。
そうすることで、先の一撃のように化け物の攻撃をかわせるはずだったのだ。

そう、“はずだった”。

「うおっ!?」

実際には、化け物の腕は浜面の動きを察知していたのか、足元をすくうように低く振るわれた。
その結果足払いを食らったような形となり、浜面はその場にバランスを崩して倒れ込む。
咄嗟に受身を取って頭を床に打ち付ける事態を回避したものの、一気に状況は劣勢となってしまった。
未だ立ち上がれない浜面に、化け物に気をとられて注意を疎かにしていたゾンビが近づいてくる。
隻腕の化け物も止めを刺すつもりなのか、ドスドスと重い足音を引き連れて歩いてくる。

浜面の前に立った化け物がその巨大な右腕で浜面の頭を掴んだ。
右腕が大きく肥大化しているせいで、人間の頭部などすっぽりと収まってしまう。
化け物は一切の容赦なく、万力のような力で浜面の頭部を締め上げる。

「が、ああああああああああああッ!?」

ミシミシと頭蓋骨が悲鳴をあげていた。
この隻腕の化け物の腕力、握力は尋常ではない。
少なくとも人間の頭をぐしゃりと握り潰せる程度には。
叫びながら足をばたつかせてもがく浜面に、更にゾンビが手をかける。
文字通りの絶体絶命。リビングデッドの餌になるのが先か、隻腕の化け物によって頭を潰され中身をぶちまけるのが先か。

当然、この化け物には人語を解する知性もなければ浜面の絶叫に慈悲をかけることもない。
むしろ更にその腕に込める力を強めていく。
もっとも。仮にこの化け物に言葉を理解できるだけの知性があったとしても、浜面を見逃すことはないのだろうが。

頭蓋骨が加減なく圧迫され、想像を遥かに絶する激痛に見舞われ死を覚悟した浜面は、せめて最後にと銃を握り『引き金』を引こうとした。
だが、その寸前。まさに浜面が最後の一手に打って出る直前だった。
バリン!! というガラスが砕けるような音が響いた。
そしてその直後、浜面の足をしっかりと掴んでいたはずの亡者がバタリと力尽きたように倒れ込んだ。

何者かの気配に反応したのか、音に反応したのか、ゾンビが倒れたことに反応したのか。
隻腕の化け物は浜面にかける力を弱めて振り返る。
振り返ったその瞬間、その頭部にドスッ、っと包丁が半ばまで一切の躊躇なく突き立てられた。

「ゴァァァアアアアアアアアアアッ!!」

おぞましい悲鳴をあげる隻腕の化け物。
同時に右腕に込められていた力が抜け、浜面は化け物の束縛から解放される。

「っが、はぁ……っ!?」

「はまづら、早く!!」

片手で頭を押さえる浜面が目撃したのは滝壺理后の姿。
どうやら守るつもりだった彼女に助けられてしまったらしい。
けれど反省も後悔も全て後。今するべきは迅速な行動。

浜面はズキズキと痛む頭を無視して出口へと走る。
後ろからモゾモゾと物音が聞こえる。
滝壺に殴打されたアンデッドはやはり死んでいなかったらしく、緩慢な動作で起き上がっていた。
しかし問題なのは隻腕の化け物だ。
滝壺の一撃も仕留めるには至らず、むしろその怒りを買う結果となってしまったらしい。
右腕をこちらへ向けて伸ばそうとしているのが覗える。

だが、遅い。
その時には既に浜面と滝壺は家庭科室の外へと飛び出していた。

「着火を!!」

廊下の隅に備え付けられている非常ベルの下の開閉スペースを乱暴に開け、中から銀色のシートのようなものを強引に引き出す。
そんなことをしながら叫んだのは滝壺だ。普段はおとなしい彼女だが、状況が状況であるためか自然と声も荒くなっている。
その行動と言葉から察するに、どうやら滝壺は浜面が何をしようとしていたのか分かっていたらしい。

浜面は滝壺の察しの良さ、理解の早さに感謝しながら銃口を家庭科室へと向ける。
そこに見えるのは右腕を使った移動を行おうとしている隻腕の化け物の姿。
だが、浜面が狙いを定めているのは決してその化け物ではなかった。

「……真っ赤に弾けろ」

トリガーが引き絞られる。軽微な音と共に放たれた弾丸は、狙い違わず壮絶な速度で突き進んでいく。
そしてその弾丸は隻腕の化け物を素通りし、その背後にある金属のテーブルに擦れるような形で着弾した。
その瞬間に金属同士が激しく擦れたことにより小さな火花が散った。それが、『引き金』だった。

そしてその火花は、密閉された室内に充満し切った浜面が全て空焚きさせたガスコンロから放たれたガスに着火させ。
結果として、大爆発を引き起こした。

「滝壺ぉッ!!」

浜面は滝壺と自分の全身を耐火用のシートのようなもので包み込み、少しでも距離を取るように滝壺を抱えて転がるように飛び出した。
ドッガァァァァン!! という耳を傷めるほどの轟音が鳴り響く。
次いで爆炎が吹き上がり、それは家庭科室の出口からも同様に。
滝壺がこの備品を咄嗟に取り出してくれていなければ、ここで二人は焼け死んでいたかもしれない。
次から次へと飛び交ってくる瓦礫に耐えながら、ひたすらに浜面は滝壺を庇った。

少しして、動きが収まってきたところで二人は体を起こした。
どうやら二人とも軽傷で済んでいるようで、深刻な怪我を負っている様子はない。
その事実に安堵した浜面は、全身の力が抜けるのを感じた。

「……大丈夫か、滝壺?」

「うん。……はまづらも、無事で良かった」

「ありがとな。お前がいなかったら、俺はあそこで死んでた」

「私はただ守られるだけのお姫様じゃないよ?」

そう言って、滝壺は笑った。今日初めて見る滝壺の笑顔だった。
それにつられて浜面もまた笑う。炎上する家庭科室を見て、笑う。

「丸焼き、一丁上がりだ」

「まずそうだね」



Files

File09.『家庭科室を使用する際の注意事項』

火の取り扱いには十分に注意すること。
教員の指示には必ず従い、エプロンの着用を忘れてはいけない。
爪はあらかじめ短く切っておき、実習前には手を十分に洗うこと。
髪が長い場合はゴムなどで短くまとめ、三角巾等の中にしまうこと。

使用後の後片付けを怠らず、しっかりと掃除すること。
最近一部で虫がいるという報告がありました。
先生方も監督と確認をお願いします。

            柵川中学校




File10.『女子生徒の走り書き』

ノートの一ページを破り取ったような紙に、読みにくいほど震える字で何か書かれている。

『だれかたすけて』


垣根帝督 / Day1 / 06:53:34 / 第五学区 路地裏

ゴーグルを殺害した垣根は、そこからある程度離れた場所で壁に背中を預け、寄りかかるようにしてボーッとしていた。
特に何をするでもなく、ただ佇んでいる。おそらくその目は何も見てはいない。
脳裏に蘇るのはつい先ほどこの手で仕留めたゴーグルのことだ。
変わりきった血塗れの顔で、呻き声をあげながらこちらへ腕を伸ばす光景が。

「……クソッ」

ぐしゃりと右手で髪を掻き毟る。
どうしてもあの姿が頭にこびりついて離れない。
以前の垣根ならば何とも思わなかっただろう。
だが、今の彼はそうはいかない。
友人をその手で殺した事実はそう軽いものではないのだ

ダンッ!! と左手を握り締めて自分が寄りかかっている壁に叩きつける。
そもそも一体何がどうなっているのか、何も分からないのだ。
混濁する思考を切り裂いたのは、小さな音楽だった。
発信源はポケットの中。そこから垣根の好きな洋楽が流れている。
着信だった。垣根はのろのろとした動きで携帯を取り出し、相手の確認もせずに通話に出る。

「……誰だ?」

『画面見なさいよ』

返ってきたのは凛とした涼しげな、大人びた声。
垣根はその声に覚えがあった。少なくとも、一声聞けばそれが誰か見抜ける程度には。

「―――心理定規」

『正解』

元『スクール』の構成員、かつての同僚。心理定規。
とはいえ現在ではゴーグルと似たようなもので、すっかりと友人のような関係になってしまってはいるが。

『ねえ、今日の食事のことなんだけど―――』

心理定規がそんなことを言い出した。
そういえば今日はゴーグルや心理定規とすき焼きを食べに行く予定があったか、と垣根は回想する。
かつての『スクール』のメンバーにはもう一人、砂皿緻密という人物がいた。
いたのだが、砂皿は既に学園都市を去ってしまっていた。
もともと彼は傭兵であり、『スクール』との契約が終われば次へと流れるのは当然のことだった。

ともかく、すき焼きの約束。
この三人が一緒にそんな約束をしているという事実が、どれほど彼らの関係が以前と比べて変化したかを如実に物語っている。
だが今のこの状況ではどれほど場違いな話題であることか。

「随分と暢気なことだな。その暢気さがあれば世界大戦のど真ん中でも笑ってられる」

声に皮肉が混ざる。こんな時に何も知らないような話題を出す心理定規に苛立ったのだろうか。
自分はこんなに苦労しているのに、と。
だとしたらあまりにもガキっぽすぎる、と垣根は自嘲気味に笑った。

『何の話よ。何をそんなに苛立ってるの? っていうかあなた、様子が……』

心理定規は垣根の異変に気付いたようだった。
流石に暗部が長かっただけはある、と評すべきだろうか。
もしかしたら彼女が精神系能力者であることも関係あるのかもしれない。

「もしかして何も気付いてねえのか、このクソつまらねえ状況に」

『……何があったって言うの?』

心理定規の声のトーンが変わった。
どうやらふざけていられる状況ではないと悟ったらしい。

「お前、今は家にいるな? 武器は何がある」

『待って。……レディース用のを合わせて拳銃三丁、四〇ミリの小型グレネード砲。
それと手榴弾がいくつかと、あと武器と言えるのはサバイバルナイフくらいね』

「全っ然足りねえよクソボケ。武器庫にでも引っ越せ」

『無理言わないでちょうだい。暗部が解散してからこっち血生臭いこととは無縁だったんだから。
「スクール」のアジトに置いてあった分もなくなったし、こんなもんよ』

もっとも、それでも手榴弾やらグレネード砲やらは持っているというのだから恐れ入る。
暗部出身であることと、精神系能力者である彼女本人は無力であるからなのだろうが。
だがその程度の武装で核戦争後より酷いかもしれないこの街を生き抜けるとは垣根は思わない。
垣根は既に見たのだ。変わり果てた人間の姿を。
一人二人ではない。ゴーグルのようになってしまった者が、学園都市にはうようよしているのだ。
朝、ゴーグルに会うまでに死者共と遭遇しなかったのは今考えてみると相当幸運だったと言える。

『ねえ、本当に何があったの?』

「むしろこの状況について説明できる奴がいるのか?
説明してもらいたいのは俺の方だっつの。とにかく、お前が考える一番ヤバいものの一〇倍はヤバい」

『……超能力者が七人揃って暴動を起こしたとか』

「そんな可愛いモンならどんだけ良かったかって話だな」

言って、垣根は笑った。
この状況についてはあまりに分からないことが多すぎるのだ。
説明したくても出来ない。あまりに人智を超えすぎている。
有史以来、一度としてこんな異常は起こらなかったはずだ。
それが何の間違いか今この街で起こってしまっている。

「仕方ねえ。俺が行ってやるから、お前はそこに閉じこもって一歩も出るな。死にたくなきゃあな。
んでその間に着替えて……っつかガキじゃねえんだ。やるべきことをやっとけよ」

垣根はそこで心理定規の返答を待つことなく通話を切断した。
心理定規の住所は把握してある。ここから少々離れているが、同じ第五学区内の高級マンションだ。
垣根はふと一旦帰宅して銃器を調達しようかと考えるが、すぐに却下する。
心理定規と同様銃器については心許ないし、何より無駄な行動を取ればそれだけリスクも高まる。
この場における最適解を弾き出し、垣根は誰に言うでもなく「行くか」と呟いた。

そうして第二位の超能力者、垣根帝督は踏み出した。
死に溢れた学園都市に。異形の這いずる無明の地獄に。


垣根帝督 / Day1 / 08:40:02 / 第五学区 高級マンション

「俺だ、心理定規」

そう声をかけて、コンコンと軽く二回ノックする。
幸い付近にゾンビの姿は見られない。
それでもあまりこんなところに突っ立っているのは危険でしかないため、すぐにガチャリとドアが開いたのはありがたかった。

「遅かったわね」

中からひょっこりと顔を出したのは大人びた少女だった。
けれどあくまでも大人びている、というだけであり実際のところは一五歳程度に見える。
金色の髪はいつもと比べるとセットが行き届いていないように見えた。
そればかりではない。その光沢を放つ綺麗な爪にはマニキュアが塗られていないし、唇もあくまで肌本来の持つ紅さだった。
いつもは薄らとナチュラルメイクをしているのだが、それすらもされていない

今心理定規が言ったように、垣根はここに来るまでにたっぷり時間をかけている。
身支度をする時間ならば十分以上にあったはずだ。
であれば、こだわりを持つ心理定規がここまで乱れているのには他の理由があるのだろう。
そんなことに気が回らなくなるほどの何かが。

(たとえば、精神的な問題とかな)

垣根はそんなことを考えながら、つまらなそうに答えた。

「仕方ねえだろ。連中に見つからないように来るだけでえらく大変だったんだぜ。
戦闘は避けるに越したことはねえ、特にあんな得体の知れない奴らとはな」

「そう。とにかく早く入ってちょうだい、見つかったらどうするの」

心理定規は垣根の手首を掴むと半ば強引にぐい、と部屋へ引き入れる。
思わずバランスを崩した垣根が躓くような格好で玄関に入ると、心理定規は即座にドアを閉め鍵をかけ、チェーンロックまでしっかりとかけた。
垣根が心理定規の部屋に入るのはこれが初めてではない。
だからあちこちに物が散乱していることにすぐに気付くことができた。

彼女は潔癖症、とまでは言わないまでも所謂綺麗好きである。
本棚を見ればジャンルやシリーズごとにはっきりと分けられているし、おまけに背の順でピシッ、と揃えられている。
台所などの水周りにも錆やカビは基本的に見られないし、身だしなみに費やす時間には糸目をつけないタイプだ。

要するに、あり得ないのだ。
床のあちこちに物が散乱していることが、棚の引き出しのほとんどが開きっぱなしになっていることが。
髪が多少なりとも乱れていることが、マニキュアや化粧をしていないことが。

だがそれも致し方ないことだ、と垣根は思う。
あんなのを見てしまえば、いくら暗部出身の人間であろうとまともな精神状況を保つのは困難だ。
ゾンビ。リビングデッド。歩く死者。生きながらにして死んでいる者。
心理定規はきっと見たのだ。あのおぞましい姿を。B級映画の中だけの存在であるはずのそれを。
「見つかるかもしれない」という彼女の言葉や厳重にロックをかけたこと、何より彼女本人やこの部屋の乱れがそれを証明していた。
垣根はソファにドカッと座り込んで、

「見たんだな」

「ええ。おかげさまで喉がカラカラに渇ききったわ」

窓もカーテンが完全に閉められており、外の状況は窺えない。けれどそれは逆もまた然り、だ。
心理定規が身に纏っている見慣れた真紅のドレスだけが普段通りであり、逆にそれが取ってつけたような、取り繕ったような感じがして一層異様さを醸し出している。
その腰にはホルダーに支えられたグレネードガンが下げられていた。
太ももにもホルスターがベルトで固定されており、そこには鈍く黒光りする銃身が二丁差してある。
反対の太ももにはサバイバルナイフも装備されていた。

「状況は分かってんだな?」

「ええ、今この瞬間に必要な範囲ではね」

言いながら、心理定規はベッドの隣にあるランプが置かれている小さな机を漁る。
その引き出しの中から出て来たのはやはり拳銃だった。
それを垣根に投げてよこし、垣根がそれをキャッチすると心理定規はベッドの淵に腰掛ける。
ギシッ、というベッドのスプリング音がやけに耳に障った。

どうやら心理定規に渡されたその銃はレディース用ではないらしく、彼女では少々取り扱いに難があるのだろう。
垣根は何かを調べるようにその銃を目上の高さに掲げ、様々に角度を変えてみたり指先を銃身にツツー、と走らせたりした。

「上等とは言えねえが、困ったことに贅沢を言ってられる状況じゃねえ。貰っておく。
にしても枕元にこんな物騒なモン置いとくとはおっかねえ女だ」

「デフォルトでもっと物騒な力持ってるあなたに言われたくないし、枕元だからこそでしょ」

ごもっとも、と笑いながら垣根はトリガーの部分に人差し指を入れ、指を軸にして銃をくるくると駒のように回転させる。
確かに心理定規は何をすべきか分かっているようだ、と垣根は思った。
一体何が原因で、あの亡者共の正体は。この変異についての疑問は尽きない。
けれど今必要なことはそれらを知ることではないのだ。
今この瞬間に大切なのは、何より生き延びること。

「あとこれも持っておいて。一つしかなかったけど今はこんなものでも聖剣にすら見えるわね」

続いて心理定規が差し出したのは小型の手榴弾だった。
正直言って相当に心許ない装備ではある。けれど心理定規の言った通り、今ではとても頼れる武器に早変わりしている。
たった一つとはいえ、これがあるのとないのとではいざという時の選択肢が一つ増減することになる。
受け取った手榴弾と予備の弾丸をしまい込むと、心理定規が今後の動きについて訊ねてきた。

「……で、これからどうするの?」

「さてな。さっさとこの街から脱出しちまうのが利口なんだろうが」

「私も同感。だけどみんなを置いていきたくないわ。なにせ、人生で初めて出来た友達だもの」

「……お前のその台詞、以前なら天地がひっくり返ってもあり得ねえな」

「でしょうね。でもあなたもそうなんでしょ?」

垣根はチッ、と舌打ちした。事実、その通りだったのだ。
一秒でも早く学園都市から出るべきだという冷静で的確な考えの反面、脳裏に蘇るのは上条当麻や御坂美琴、浜面仕上らの顔。
驚くほど丸くなっちまったな、と思う一方で別にそれが悪いこととは思わない。
垣根帝督は今の自分の生き方に、在り様に、居場所に十分満足している。
そんなわけで、そういう方向に思考を展開することに躊躇いはなかった。

「上条はあのクソシスターといるだろうな。御坂は多分あのパンダメントといるだろ」

この二組は住んでいる住居が同じだからむしろ一緒にいない方がおかしいだろ、と垣根は言う。

「一方通行のクソは……あの女連中とか。まあ第一位がついてりゃ問題ねえだろ、多分な」

「滝壺さんは彼と一緒なのかしら。『アイテム』といるなら飛躍的に生存率は跳ね上がるのだけれど」

滝壺理后については心理定規の言う通り、二つのパターンが考えられる。
後者ならば大能力者と超能力者がいるのですぐにやられるようなことはないだろう。
問題は前者の場合だ。

「浜面は大丈夫だろ。あいつはあれで麦野を倒したことがあるほどの野郎だ。
更に大能力者の滝壺がいりゃあばっちりだろと言いたいところだが、『能力追跡』は戦闘向きの力じゃねえときた」

「一方通行については心配無用かしら。同居人全員となると四人も守らなきゃいけないわけだし、バッテリーが持ちそうにないけど」

「それくらいあのキョンシー野郎だって考えてるだろ。充電を忘れるほどの馬鹿なら一度や二度死んだ方がいい」

冷たく突き放す垣根だが、現実そこは大丈夫だろうと考えていた。
三〇分という絶対的制限を与える電極の問題については一方通行自身が誰より把握しているはずだ。
バッテリーがネックになっているならどうにかして電力を確保したがるものだろうし、実際そうするだろう。
未だに一方通行だけは好きになれない垣根だが、一方通行の実力に関しては誰より理解し、また評価もしているつもりだった。

「御坂と白井に関しては、何と言うか難しいな。
戦力的には十分のはずなんだが、如何せんこの組み合わせは精神面の不安がデカい」

一方通行や垣根帝督は暗部として数え切れないほどの数の人間を過去に殺している。
『アイテム』も同様で、浜面仕上とて人を殺した経験はあった。
けれど御坂美琴は違う。美琴は上位の超能力者でありながら、真っ当に『表』を歩いてきた人間だ。
白井黒子も一般人として過ごし、風紀委員にも所属している。

そんな彼女たちはいくら力があっても、この状況に心が折れてしまう可能性があった。
たとえ相手があの亡者共であろうと果たして彼女たちに殺せるのか?
そう問われれば垣根は答えに窮さざるを得ない。
更に言えば、もし知り合いがゾンビと化して襲ってきた場合抵抗すらできずに殺されてしまう危険性すら捨てきれない。
それは最悪のケースだった。

「つまり、最優先すべきは―――」

心理定規の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
原因は玄関。突然、割り込むようにドアがバキィ!! という大きな音をたてて破壊されたのだ。
当然ながら二人は何もしていない。ドアは外から破られていた。
細かな破片が激しく降り注ぐ中で、垣根は“嗅ぎつかれたか”、と目を細める。

玄関の入り口付近に人間ほどの大きさの影があった。
けれどその足元は不安定で、まるで泥酔しているようにふらふらと覚束ない。
それが何であるかなど今更論じるまでもなかった。
今の学園都市を見れば火を見るより明らかだ。

どうやら何らかの能力でドアを破壊したのだろうが、関係ない。
いちいち相手の能力を調べる必要などないのだ。
不明なら不明のまま終わらせてしまえばそれで済む。

垣根がやれ、と言おうとした瞬間だった。
いつの間にかグレネードガンを構えていた心理定規が、それより早く躊躇いなくその引き金を引いた。
比較的緩慢な速度で放たれた榴弾を受けたゾンビは大爆発を起こし、ビチャビチャ、とゲル化しかけている血液とよく捏ねたひき肉のような肉片を辺りに散弾のように撒き散らす。
床に、壁に、天井に。血と白いぶよぶよしたものと皮膚が付着したままの肉片がべったりとこびりつく。
おぞましいほどの臭いを放つそれらが赤を基調とした小奇麗な部屋を死の色に染めていく。
もうこの部屋は使えないだろうが問題はない。どうせ、ここに戻ってくることなどない。

これができるから、二人は暗部だった。
これができるから、二人は生き残ってこれた。

爆風と砕け散った破片が嵐のように吹き荒ぶ。
垣根は背を向けてそれを追い風にするようにして窓を『未元物質』で叩き割り、そのまま外へと身を躍らせる。その脇に心理定規を抱えたまま。
ここはマンション。落ちて助かる高さを優に超えていたが、その程度で死ぬほど第二位はヤワではない。
それを良く分かっている心理定規も、十数メートルの高さから落下していながら動揺はしていなかった。

「最優先は上条とクソシスター。理由はどっちも精神面で弱い上に、戦力も乏しいから。
上条なら大丈夫だと思うが幻想殺しがあの死者共に役立つとは思えねえ。次点で御坂か浜面のとこだ。反論は」

「ないわ」

「そりゃ結構」



Files

File11.『心理定規の手帳』

金の刺繍が施されている高級そうな手帳に、相当に綺麗な字で予定が綴られている。
九月一三日の予定だけピンクのペンで書かれ、花丸がつけられている。

9/4 洋服を買いに行く。妥協は許されぬ。

9/5 PSXが発売。しばらくは様子見。

9/8 麦野さんや絹旗さんたちと遊びに行く。クソ映画は勘弁。

9/9 例のCDが発売。即買い。

9/12 あの人や御坂さん、第一位に滝壺さん、シスターさんたち大勢で食事に。

9/13 あの人とすき焼き! ゴーグルもちゃんといる。

9/16 白井さんに頼まれ風紀委員の捜査協力。精神系能力者なんてたくさんいるだろうにどうして私?

9/18 滝壺さんと遊ぶ。遊びに誘われた。正直嬉しい。えへへ。

9/22 特に予定はないが、一応空けといてほしいとのこと。注意。

9/29 滝壺さんの彼がサプライズを行うらしい。でも滝壺さんはもうそれを知ってる。それってサプライズじゃねえ。

投下終了

次回は一方通行シナリオと上条シナリオと美琴シナリオ
多分来るの遅れます

次回の投下では、>>73で説明したライブセレクションがあります
投下日時が決まり次第報告しますので、どうか皆様ご協力ください

なお、センター試験を控えている方は心してください
少しばかり刺激が強いですよ?

では、>>70の意味はもう十分に伝わっているかとは思いますが今回の物語を始めましょう

……今見直すと黒子の死に方に救いがありすぎるなと少し後悔
もっと凄惨な死に方にすべきだったかしら



The last breath of hope fades away.



一方通行 / Day1 / 07:11:50 / 第七学区 マンション『ファミリーサイド』

誰も起きていなかった。
芳川桔梗も、打ち止めも、番外個体も。
それが良いことなのか悪いことなのかは計りかねるが、とにかく一方通行は安堵する。
眠っている。生きている。その事実が一方通行から力を奪う。
が、それもひと時のこと。もはや暢気に寝ている時間など存在しないのだ。

一方通行は幸せそうに眠っている打ち止めを叩き起こし、番外個体を蹴りつけ、芳川の額を杖先でグリグリと抉った。
ちなみに段階的に方法が荒くなっているのは別に彼の中にカースト的なものがあるのではなく、単に彼女らの寝起きの悪さと起こし方が比例しているだけだ。
そして今、リビングに四人が勢揃いしていた。……最もここにいるべき家主である黄泉川愛穂だけは存在しないが。この世の、どこにも。
一方通行はソファに座ったまま、早速先ほど僅かに使った分のバッテリーを充電しながら話を切り出した。

「理解できてるか」

「何をさ。って言いたいとこだけど……何だこりゃ」

呟いたのは番外個体だった。
思い切り顔に皺が刻まれてしまいそうなほどに顔を顰め、その声には苦いものが含まれていた。

「……何だか大変なことになってるみたいってミサカはミサカは唸ってみたり」

そして直後に打ち止めまでもがそんなことを言い出した。
そんな彼女たちの様子に当たりをつけたのは芳川だった。
もしかしたら自身が携わっていたから、かもしれない。

「ミサカネットワーク、ね?」

「何を知らされた?」

「あの病院にいる妹達から。最近のあの奇病の感染者が次々と発狂してるってさ。
で、これは……ゾンビ、としか言い様がないね。妹達もそう表現してる。
とにかく街にそいつらが溢れてて、今あの病院は生存者の拠点みたくなってきてるらしいよ。
流石のミサカもちょっと理解が追いつかないんだけど」

「…………」

打ち止めはミサカネットワークを通じて送られてくるものに恐怖しているのか、すっかり黙ってしまっていた。
ただその小さな手が羽織っているシャツの裾をぐっと掴んでいる。
番外個体もやはりこんな状況にはすぐに対応できないようで、わざとらしく顔を歪めているもどこか強張っているのが分かる。

無理もない、と一方通行は思う。
何しろ一方通行自身でさえもあのゾンビとでも言うべきものには思考が停止したのだ。
あまりに非常識。あまりに非日常的。あまりに異常。
過去一万以上もの人間を殺してきた一方通行だが、その彼をしてこれは異常事態だと判断せざるを得ない。

「そォいうこった。原因なンか知らねェよ、何が起きてンのかもよく分かンねェよ。
だが今番外個体が言ったよォに、今この街にはゾンビとしか言い様がない亡者がウヨウヨしてやがる。
死にたくなければ動くしかねェンだ。とりあえず、あの医者のとこの病院に行くべきだと俺は思う」

その言葉には厳密に言えば嘘が含まれていた。
ゾンビが溢れているのは本当だし、動かなければならないのも事実。病院に行くべきだというのだってそうだ。
だが、あくまでも病院に行くべきなのは打ち止めと番外個体、芳川桔梗の三人。
そこに一方通行自身は含まれない。

「……ねぇ、そういえば愛穂はどこに行ったのかしら?」

芳川がふと思い出したようにそんなことを言った。
当然の疑問だ。けれど一方通行にとっては非常に対応に困る言葉でもある。
一方通行は知っている。黄泉川愛穂が今どうなっているかを。
虚ろな目でこちらを見つめ、頬の肉はぐずぐずになって剥がれ落ち、全身を鬱血させた姿を。

「……アイツなら朝早くに警備員の仕事で出て行った。
間違いなくゾンビ共の相手だろォな。だが心配はいらねェ、俺が後で助太刀に行くし警備員が簡単にやられるわけはねェ」

少し迷って、一方通行は黄泉川について黙っておくことを選択した。
いずれは知ることととはいえ、彼女たちは今この異常な状況を知ったばかり。
そこに重ねて黄泉川の死を告げるには、衝撃が大き過ぎると踏んだのだ。
また一方通行自身にも、まだどこかでそれを認めたくない気持ちがあったのかもしれない。
……そもそもの話、黄泉川愛穂が『死』んだのか『生』きているのかは分からないのだが。

結局、四人は第七学区のあの総合病院を目指すこととなった。
少なくともここにいるよりは遥かに安全な上、『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』ならば何か情報を持っているかもしれない。
そんなことを考えながら一方通行は準備を進める。
チョーカーの充電器、拳銃、弾丸。それらを手に取りながら、一方通行は静かに覚悟を決める。
戦う覚悟を。守る覚悟を。殺す覚悟を。

ぬるま湯の日常から悪夢の世界へ。
世界が変わった以上、こちらもそれに合わせてスイッチを切り替えなければなるまい。

リビングに戻ってみれば、既に三人の姿があった。
打ち止めは特に何も変わっておらず、戸惑ったような怯えたような表情を浮かべている。
芳川は護身用らしい小型の拳銃を持っていた。銃の扱いには不安があるが、ないよりは遥かにマシだと考え直す。
そして番外個体と言えば、動きやすさ重視らしい。今まで着ていたアオザイを脱ぎ、ロシアで着ていたバトルスーツのようなものに着替えていた。
手に持っている大型の拳銃を手で弄び、不具合の確認を行っていた。

「第一位にはこんな銃ろくに扱えないよねー。ぎゃは、情けないねぇ」

一方通行は細めの体な上、杖を突く関係上左手で撃つことになる。
対して番外個体は軍用のクローン。あらゆる武器の使い方は完全に頭に叩き込まれている。
そのため番外個体は一方通行にはまともに使用出来ないような強力な銃を扱うことが出来る。
事実、彼女の持っている銃は女性が扱うにはあまりに強力であり到底一方通行にも扱えぬものであった。
一方通行はフン、と鼻で笑って、

「せいぜい暴発しねェよォ念入りに手入れするこったな」

「打ち止め、私たちのそばから離れちゃ駄目よ。いいわね?」

「……うんってミサカはミサカは素直に従ってみる」

「そばから離れちゃいけないのはアンタもだよ。
それじゃ、行くかい第一位? B級映画の世界へさ。
戦闘は可能な限り避けるのが利口だよね、個人的にはドンパチしたいとこだけど」

「ハッ、少しは調子が戻ってきやがったか? ならさっさと行くぞ」


上条当麻 / Day1 / 09:14:00 / 第七学区 路地裏

「くそっ、おかしなところに入り込んじまった……」

上条は両手を膝につけ中腰になるような体勢で息を整える。
上条のいるここはどこかの路地裏だった。
もともと常盤台を目指していた上条だが、ゾンビの大群から隠れるような移動を行った結果、遠回りも余儀なくされていたのだ。
その結果こんなところにまで迷い込んでしまっていた。

両脇をビルに挟まれ、その壁にはエアコンの室外機がついている。
また排気ファンのようなものも一部で回っており、辺りはむわっとした熱さに包まれていた。
本来学園都市という街は非常に清潔なのだが、この騒ぎで機械が停止したのか何なのかは分からないが鼻を突く嫌な臭いがこの路地裏には漂っている。
どこか薄暗く、じめっとしたここは上条に明確な不快感を与えた。
実際、こんなところに好き好んで入り込むような奴はいないだろう。

(とにかく早くここから出ねぇと……こんな狭いところでゾンビに挟み撃ちにでもされたら終わりだぞ)

スキルアウトとの喧嘩経験の豊富な上条だから分かる。
場所というものは非常に重要なのだ。
もとより幻想殺しが効かないと分かった以上、あの死肉狂い共と戦うのは無謀でしかない。
自らの力量、それで出来る範囲を考えて上条は動く。

とにかく、上条の取るゾンビ対策はとにかく逃走の一手。
そのためにはこんな身動きのとりづらい場所は極めて都合が悪い。
逃げるにしても戦うにしても、戦場は常にこちらがコントロールしておきたい。
上条は逸る気持ちを抑えて静かに、ゆっくりと歩き出す。
大きな物音を立てたりして敵を呼び寄せては元も子もないのだ。

自分の心臓が早鐘のようにドクドクと拍動しているのを感じる。
額には冷や汗が一筋流れていた。
これまで数え切れないほどの戦いに身を投じ、時には死にかけたこともあった上条だが、これほどの緊張感を味わうのは初めてかもしれない。
今までとはまるで方向性の違う恐怖。右手がほとんど役に立たないという事実。
それらが確実に上条の精神力を削り取っていく。

(……落ち着け。何焦ってんだよ上条当麻。
今までだって大天使だの『聖人』だの超能力者だの『神の右席』だのって化け物たちと戦ってきたじゃねぇか。
焦りは何も生まない、こういう時だからこそ落ち着いて考え、動くべきなんだ)

上条はこれまでの死闘を思い出す。
それらに比べればこんなのは楽な方ではないかと自分に言い聞かせる。
神経を限界まで研ぎ澄ませ、上条はゆっくり、ゆっくりと歩いていく。
地面に落ちている紙屑やガラス片を靴底で踏み潰す音がする度に体がぴくりと震えた。

どこかでこれと似たような感覚を味わったことがあった。
第三次世界大戦。タイプは全く違うものの、あの時も経験した死の臭いだった。

「……ん?」

ふと上条は足を止める。
先ほど武器として拾った鉄パイプを汗ばむほどに握り締め、そちらに顔を向ける。
視線の先にコンビニが見えた。当然営業などしているはずもないが、それはそこが表通りであることを示している。
出口。この路地裏からの出口だ。
これでひとまずこの狭く重苦しい場所から抜け出せると、上条が安堵に全身の筋肉を緩めた、その時だった。

「きゃあああああああああああああああ!!!!!!」

「ッ!? 悲鳴!?」

女性の声。それもすぐ近くだった。
この路地裏の奥の方から聞こえてきた。
上条はそれを確認した途端、今まで考えていたこと、全身を縛る恐怖、慎重さなどを全て忘れて全速力で駆け出した。
広い表通りではなく、じめじめとした路地裏へ。深遠の地獄へ。
何がいるかも分からぬ無明の地獄の深奥へ。

走って、走って、上条はそこに辿り着いた。
路地裏の一角、まるで階段の踊り場のように広く空いている空間だった。
地面と壁に接するように設置された廃熱ファンか何かの陰に制服姿の少女が蹲っているのを上条は捉えた。

「いた……っ!!」

見たところまだ大した怪我もしていないようで、どうやら間に合ったみたいだ、と上条は安堵する。
だが、

(……落ち着け。落ち着いて、確認するんだ)

あれが果たして人間なのか死者なのか。
こんなイカれた状況ではまずそこから話を進めなくてはならない。
いくらお人好しと名高い上条といえどアンデッドを助けて、それに食い殺されるのはお断りだ。

「君? 大丈夫か?」

とりあえず適当に声をかけて様子を見ることにした。
その声に反応し、少女はゆっくりとした緩慢な動きで起き上がる。
見知らぬ顔だが、高校生程度の年齢に見える。上条より上の学年、二年か三年だろうか。
腕には風紀委員の腕章がつけられている。治安を維持するはずの風紀委員、しかしその組織もこの状況ではもはや無意味に等しい。
その端整と言える顔とかけられた眼鏡には乱れた黒の髪が張り付き、涙と鼻水で台無しになっていた。
しかし皮膚は鬱血していないし、目も濁り切ってはいない。肉が削げ落ちて内部が露出しているということもなかった。

上条は知る由もないが、その少女は白井黒子や初春飾利の先輩に当たる少女だった。

「……にんげん?」

少女が呟いた。
いかにも疲弊し切ったそれは、しかし間違いなく生きた人間の声で、上条は沸きあがるような安堵感に包まれる。
生きた死体ではなかったこと、ようやく生存者に会えたこと。
ずっと隠れていて今まで助かったのだろうが、これからも一箇所に留まり続けては数で押し切られる危険性が高い。

上条は少女に続けて声をかけようとした。
だがその前に。フッ、と少女の姿が視界から消えた。

「……は?」

上条がそんな間抜けな声を漏らす。
一瞬の出来事だった。何が起きたのか全く分からず呆然と立ち尽くす上条。
空間移動? そんなことすら考える上条だったが、その答えはすぐに示された。
少女がいた場所に、上からポタポタと赤い液体が降ってきた。
その赤の雫は地面に触れると同時に弾け、水風船が割れて水を撒き散らすように地面に赤い不規則的な模様を描いていく。

その赤い液体が何であるか。それを想像するのは全く難しくない。
先ほどの安堵したものとは一転、上条の表情は強張っていて引き攣ったものになっていた。
ギチギチと動かないものを無理に動かしたようなぎこちない動きで上条は首を上に向ける。
そこで上条が見たものは、

長く赤い爪が四本伸びた、化け物のような緑色の醜悪な腕。
そしてその爪の一本に首を貫かれて宙吊りにされている少女の姿。
まるで首を吊って自殺した死体のように、振り子のごとく鮮血を散らしながら揺れている少女の姿。

(―――何だ、これ)

その腕はすぐに引っ込んでしまい、その全貌を確認することは叶わなかった。
けれど、分かる。あれだけでも十分に分かる。
……あれは、化け物だ。ゾンビなどとは違う。あの腕だけでもどう見たって人間の外観ではない。
得体の知れない化け物が腕を引っ込ませると、当然その爪先に吊られている少女も一緒に消えていく。
雨のように鮮血を滴らせながら少女の姿は上条の視界から消えた。

(何だ、これ)

死んだ。あれは死んだ。
少女の首には大きな穴が空けられていた。
人間はあれほどの傷を負って尚生存出来るようにはできていない。

「――――――ッ!!」

上条は走り出した。何のため? どこを目指して?
分からない。ここから逃げるためなのか。あの少女が生きていると信じて探すためなのか。あの化け物を倒すためなのか。
分からないけれど、上条当麻は走った。どれくらいの時間が経ったのか。走って、走って、見つけた。
それを見つけた。見つけてしまった。

「―――う、あ……」

赤だった。赤い池がそこにあった。
人がその血溜まりの中心地点に倒れている。

(落ち着け)

赤以外の色が見つけられないほどの血の海のせいでその全身は血に塗れ、姿を確認しづらいもののすぐに分かった。
この死んでいる人間は、先ほど化け物に攫われた少女だと。
全身はべったりと見飽きた赤色の液体に塗りたくられていたが、間違いなく、その少女だった。

「ぁぁ、ぁああああ……っ!!」

その死体の胴体に損傷はない。
腹が食い破られているということもない。
両手両足もしっかり残っていて首より下には傷一つ存在しなかった。
ただ。頭蓋骨ごと頭部が破壊され、その中が見えるほどの傷が何より目を引いていた。

(落ち着くんだ)

そして。そして、その砕かれた頭蓋の中には、“何もなかった”。
頭の中に、人間の頭部の中に、頭蓋骨の中に。何も、なかった。

「ぅぅぅぅぅ、ぅあ、あ、ぁあああ……っ!!」

本来そこには臓器の一つが収められているはずだ。
人間にとって、数ある臓器の中でも最も重要な役割を担う器官が。
人間の全てを司る『脳』が。にも関わらず、少女のそこはがらんどうだった。
そこにあって然るべきものがない。少女の体はちぐはぐだった。

(落ち―――)

よく見てみれば、死体の周りとぶよぶよした何かが飛び散っていた。
まるで『食べカス』のように。ピンクがかった何かが。
更に頭蓋の裏にもぶよぶよした同じものがこびりついている。
それが何であるかを理解した途端、上条の胃から食道を通って全てが逆流した。

「ぐ、げぇ、ええぇぇぇえええええええっ!!」

体をくの字に折り曲げて、上条はただ吐寫物を撒き散らす。
吐き出されたそれはびちゃびちゃと極めて不快な音をたてて地面へ広がっていく。
その端が血と混ざり合い、奇妙で気持ち悪くなるようなマーブル模様を作り出していた。
ほんの僅かとはいえ、顔を知った女の子。
その脳髄が抉り出され、食い散らされ、それを見た自分は吐いている。
今日だけで二度目だった。友人の死を見た時と同様に、どうしても吐き気を抑えることが出来なかった。

意思の力でどうにかなるような衝撃ではない。
頭を切り開いた奥の奥にダイレクトに叩きつけられる暴力的なそれ。
確実に、彼の心は叩き折られかけていた。

上条は発狂するかと本気で思ったが、おかしくなる暇すら与えられなかった。
カチャ、という硬質なものをコンクリートにぶつけたような音。
そしてそれに混じってぬちゃ、という粘着質な嫌な音が上条の耳に届いた。

その音の主が何であるか上条には分かった。
分かっていたけれど、顔をあげてその姿を確認する以外の選択肢を上条は思いつかなかった。

まるでヤモリのようにそれは壁に張り付いていた。
足の数は五本。色は緑でそれぞれ四本ずつの爪は赤く、長く鋭く伸びている。
胴体部分はまるで二匹の黄土色のワームが絡み合ったような形になっており、それにより二つの頭部を有していた。
白く濁りきった昆虫のような目。頭が縦に割れ、そこから紫色の触手のような舌が三つ伸びている。もう一つの頭部からも、同様に。
また二体の生物が絡み合ったような胴体にも眼球に似たものが至るところに見られる。
全体としてはどこか爬虫類を思わせるフォルムだった。

(……お、落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け!! 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け―――ッ!!)

あまりに、異形。あまりに、化け物。
あまりにも人間から、いや、あらゆる生物からかけ離れた姿だった。
グロテスクの頂点。生理的嫌悪感を極限まで掻き立てるその容貌。
右側に三本、左側に二本の数の不揃いの足を動かし、昆虫のような動きで近づいてくる。
白濁した眼球が上条を捉え、触手のような紫の舌を三本、蛇のように踊らせる。

全身に点在する眼のようなものと、二つの頭部、目、舌。
この化け物の全てが上条を『恐怖』という原初の感情で縛り上げる。
あらゆる生物は人間のような豊かな感情を持っていなくとも、『恐怖』だけは持っているという。

で、あれば。この化け物は。目の前の異形は、手を下さずに生き物を殺せるだろう。
ただそこに『いる』だけで。その姿を晒すだけで。こんなにも上条の心臓は破裂しそうなのだから。

落ち着け、と上条は狂ったように自分に言い聞かせるが、それはもはや逆にパニックを後押ししているようなものだった。
だがそんなことに気付く余裕すらない上条はひたすらに繰り返す。
今までだって恐ろしい力を持った怪物たちと戦ってきた。
右方のフィアンマと比べれば、こんなのは全然大したことないはずだ―――。

「キシャァァアアアアアア!!」

何かを擦り合わせたような、酷く昆虫を思わせる声だった。
まるで黒板を爪で引っ掻く嫌な音を何倍にも増幅し凝縮したような。
通常の頭と、人間で言えば肩の辺りにもう一つの頭を持った双頭の化け物が上条目掛けて飛びかかった。
舌なめずりするように計六つの舌を遊ばせ、獲物を捕らえるように鋭い爪を振り上げる。

上条は、あの少女の死体を思い出す。
頭部を破壊され脳髄を抉り出されていた、あの無残極まる死体を。
もしこの化け物に捕まれば、自分も同じようにあの爪で頭蓋を砕かれ、あの舌で脳髄を……。

「う、うわぁぁあああああああああああああああっ!!!!!!」

上条は錯乱したように手に持った鉄パイプを振り回した。
まるで子供のような動き。狙いも何もあったものではない。
この二つの頭を持った昆虫のような化け物は、今の学園都市の状況は、今までのどんなものよりも『死』を色濃く上条にイメージさせた。
右腕を切り落とされた時よりも。学園都市第一位によって瀕死に陥った時よりも。
海底に沈んだ時よりも。『神の右席』と対峙した時よりも。大天使と交戦した時よりも。

単純な戦闘能力で言えば、学園都市の超能力者や後方のアックア、カーテナを持ったキャーリサ、そして右方のフィアンマといった怪物たちに遥かに劣るだろう。
けれど上条は遥かに彼らよりこの化け物に恐怖し、遥かにこの化け物の方が恐ろしいと感じ、今すぐ逃げ出したいと本気で思っていた。
目の前の異形に立ち向かうか、フィアンマや大天使ともう一度正面から戦うかと聞かれれば後者を選んでしまうほどに。

(し、死ぬ、殺される、ほ、本当に、死んじまうッ!! 本当に、この化け物に―――っ!!)

化け物染みた力を持っているのではない、真の意味での化け物。
幻想殺しが全く役に立たない存在。
脳髄を抉り出して食するという常軌を逸した行動。
姿を見ただけで吐き出してしまうようなグロテスクを極めた姿。
それらが上条をかつてないほどのパニック状態に陥らせていた。

だが運が良かったのか、上条が適当に振り回した鉄パイプが飛びかかってきた化け物を偶然薙ぎ払った。
激しく殴打された化け物は地面を転がり、しかしすぐに立ち上がる。
大したダメージはない。もしかしたらダメージなど皆無かもしれない。
だがそれでも、それを見た上条の中で何かが変わった。

(こいつ……いや、間違いない。何だかんだでこの化け物もやっぱり生物なのか……!!)

あまりにも恐ろしい姿に、どこか必要以上に恐れすぎていたのかもしれない、と上条は思った。
全く理解の及ばない存在が、誰でも理解できるような行動を取った。
なんてことはない。こんな化け物でも、鉄パイプで殴られるだけで吹き飛ぶのだ。
なら勝てない相手ではない、と思う。恐怖さえ克服することが出来れば。
いや、そもそもこいつを倒す必要などない。逃げるための時間さえ稼げればそれで良い。普通に逃げても背後からやられるだけだろう。

やるべきことは明確に定まった。敵の見極めも終わった。
ならば上条当麻は戦える。たとえ右手が何の役にも立たずとも、上条にはここで死ねない理由があるのだから。

「お、おォォォおおおおおおおおおッ!!」

自身を奮い立たせるように吠えながら、上条はきつく鉄パイプの真中を握って化け物に突撃する。
震える体を強引に捻じ伏せ、頭をもたげる恐怖を噛み殺す。
二つの頭を持つ爬虫類のような化け物がその長い爪を振りかざし、上条へと突き立てる。
食らえば死。だが上条はそれを鉄パイプを握っている手の位置から見て上半分で“受け流した”。
まともに受け止めるより効率的に衝撃を流せる方法だった。

そして勢いそのままに手首を返し、鉄パイプの下半分で化け物の頭部を下から突き上げるように殴打する。
化け物が僅かに怯む。その隙を上条は絶対に見逃さない。
鉄パイプを両手で持ち直し、今度こそ満身の力を込めて人間ならば首があるはずの部位にそれを突き立てた。

「キァァァシャァァアアアアアア!!」

想定していたより体が柔らかいのか、刃物でもないのにずぶりと鉄パイプは肉に沈み込んだ。
傷口から溢れる“緑色”の血液。手に伝わる生々しい触感。上条の顔が嫌悪感に歪む。
だがおぞましい悲鳴をあげ、滅茶苦茶に振り回される爪を瞬時にバックステップして回避。
爪のリーチの外に出た上条は安堵するが、直後に双頭の化け物が口から何かを吐き出した。

「おわっ!?」

咄嗟に身を捻ってそれを避けた上条が見たのは、ジュウ、という音をたてて変質したアスファルトだった。
どうやらあの化け物は毒か何かを吐き出して攻撃することも出来るらしい。
化け物は必死に体を動かそうとするが、杭のように打ち込まれた鉄パイプが動きを抑える楔となり、ろくに身動きが出来ていない。
これを好機と見た上条は脇目も振らずに一目散に逃げ出した。
もとより上条の目的はこの化け物を仕留めることではないのだ。

どちらにせよ、上条はきっと逃げていただろう。
あの化け物が生き物であろうと何であろうと、何よりも死を連想させる恐怖の対象であることに何ら変わりはないのだ。
今すぐ逃げ出したい。もっと離れたい。何なら地球の裏側までだって逃げたい。
だがどれだけの距離をとったところで既に上条の奥底まで刷り込まれた根源的恐怖は上条を絡みとって離さない。

(――――――怖い)

もしかしたら。もしかしたら、上条が敵に対してその感情を抱いたのは初めてかもしれなかった。

しかし逃げている最中、この路地裏を作っているビルの一つ、その屋上から。
もう一体、全く同じ化け物が姿を現した。即ち二つの頭、三本の紫の舌、赤い爪を持った酷く昆虫的なものが。
その五本の足を動かして壁に張り付き、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
体力の配分など考えている余裕はなかった。上条は自分の出し得る最高速度で走る。

「ハァ、ハァ、ハァ……っ!!」

全く配分を考えない走りは上条の体力を激しく削った。
わき腹が痛むのを堪え、それでも上条は走った。後ろは振り返らない。振り返れない。
ようやく路地裏の出口を見つけ、そこから飛び出した。
これであの地獄から抜け出した。僅かに気が緩んだ上条が見たのは、顔の肉が剥がれ落ち、濁った眼球がこぼれているものの姿。
上条の姿を確認した無数の死人がその鬱血した腕を伸ばして迫ってくる。

(……ッ、そうだよ、何気を緩めてんだ俺は!! 地獄から抜け出した? 何言ってんだ、今じゃこの街全体が地獄じゃねぇか!!)

自分の間抜けな思考をすぐさま切り替え、再度緊張の糸を張り詰める。
とにかくゾンビに囲まれれば上条に打つ手はない。
ゾンビが距離を詰めてしまう前に上条は再度走り、ひたすらに逃げ出した。

以前は多くの人間で賑わっていた通りに死体が転がっている。
地面や建物に血がべったりとこびりついている。
地面には他にもゴミやガラス片が散乱している。
この騒ぎで事故でもあったのか、火の手も上がっている。
そしてそんな街中を死者だけが徘徊している。

燦々たる光景だった。
地獄絵図。そんな表現がこれほど似合うものもないだろう。
そんな中を上条当麻は走る。ただ友人たちの生存と、彼らと共にこの街を脱出することだけを願って。
生きているかも分からない知り合いたち。
その生存を願うのは単なる願望か、そうとでも思わなければ上条の精神が持たないからか。

それは、もう上条当麻自身にも分からない。



Files

File12.『亀山琉太の記録』

何がなんだかさっぱりだ。こんなことってあり得るのか!?
別にあのゾンビ共がって話じゃない。そんなつまらないことじゃないんだ、クソ!!
いい加減にしてくれ、何なんだよあれは!?
最初に見たのは犬だった。人間と同じくゾンビになったとしか思えない犬。
その程度ならまだ良かった。だが二メートルはある昆虫やノミが巨大化したような化け物、鼠を食い殺す馬鹿でかいゴキブリも見た。
だがその程度ならまだ良かったんだよ、ちくしょう!!

俺は見たんだ、本物の化け物を。
燃える女とデカい目玉の化け物を。
何とか気付かれずに済んだから助かったようなものの、あんなのは反則だ。
しかもどれだけ銃弾をぶち込んでも倒れすらしねぇ化け物までいやがる。
信じられるか、ここは科学の街だぞ。そこで作られたモンを食らわせてるっていうのに!!

仲間にゃまだ生存を諦めず、必死に策を練ってる奴や生き残りの民間人を助けようとしてる奴がいる。
そりゃ俺だって死にたくねぇし、一応これでも警備員、つまりは教師だ。
あくまで必要なステップとして取った教員免許とはいえ子供たちや一般人を進んで見殺しにしようとは思わない。
でも分かる。他の連中がそんな希望を持てるのは、本物の化け物ってヤツを見てないからだ。

こんなことになるんならさっさとあいつに告白しとくんだった。
一度でもアレと出くわせば、嫌でも思い知るだろうさ。
この街から生きて出るなんて、夢物語に過ぎないってことに……。


御坂美琴 / Day1 / 10:01:14 / 第七学区 木の葉通り

そこは一部の人間の間では喧嘩通り、と呼ばれている場所だった。
基本的には賑やかなのだがちょっと外れるとすぐにおかしなところへ入り込んでしまうという、表と裏の接点が多い場所でもある。
その特性故引き摺り込まれる人間も多いのだが、ある意味では御坂美琴も似たような状況にいるのかもしれない。

「ぁ、あ……ぁ、ぅ……」

美琴の口から漏れているのはそんな言葉だけだった。
ただ目の前の光景に打ちのめされ、掠れた声で喘ぐことしか出来なかった。
それは美琴から言語を奪うにはあまりにも十分過ぎたのだ。

ゾンビがいた。二つの生きた死体が美琴の視線の先にいた。
一方は地面に倒れ傷口から無限とも思えるほどの血液を流して赤い湖を作り、もう一方がその腹に口をつけその肉を食い千切り、咀嚼し、嚥下している。
異常なことではあるが、もはや今の学園都市では大して珍しくもない光景だった。
現に美琴もここまで来るまでに幾度か同じような光景を目にしている。
だが、これは明らかに違ったのだ。それらと目の前のこれを同じ括りで考えることなど到底不可能だ。

親友である佐天涙子が初春飾利の肉を貪り食っているのを見れば、美琴が言葉を失うのも無理からぬことであろう。

かつて佐天だったものが美琴に気付き、ゆっくりと初春の腹から口を離して立ち上がる。
幽鬼のようにふらふらとこちらへ近づいてくる。
その可愛らしくも活発な顔立ちはもはや見る影もない。綺麗なロングの黒髪やヘアピンもすっかり血に塗れてしまっている。
酷く濁り、虚ろな目が美琴を捉える。水色を基調とした服はゲル状の血液と膿に汚れ、伸ばされた腕は中の筋繊維や骨が露出していた。
顎も一部腐り落ち、ずらりと並んだ歯も露出している。その歯は血と肉で赤の一色に染まっていた。

「は、ぁ、ぅぅぅぅぅ……っ!!」

佐天涙子は、既に死んでいた。
死にながらにして生きていた。
初春飾利も、やがて起き上がる。
そして他の亡者共と同じく、人肉を求めて街を徘徊するリビングデッドとなる。
生と死の狭間に囚われ続け、逃れられぬ呪縛をかけられたまま永遠に満たされぬ飢餓感を満たそうと人間を食らい続ける。

分かって、いた。
もう、この世界は全てが狂ってしまったのだから。
曖昧な希望など入り込む余地はどこにもない。
だから。だから、彼女らが死んでいる(あるいは生きている)ことなど、殊更に驚くことではないのだろう。

世界は美しくない。優しくなんてない。
祈れば救ってくれる都合の良い救世主も、神様も存在しない。
これが、現実だ。残酷で冷血で凄惨で地獄のような現実。

「……ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

美琴は。そんな現実に耐えられない。
佐天はもう笑わない。あの見ているだけで幸せになるような笑顔を向けてくることは、決してない。
初春はもう喋れない。あの甘ったるい声も、時々そこに含まれる毒も、あの情報処理能力を生かして自分のサポートをしてくれることも、二度とない。
親友が、数日前にはファミレスで笑顔で談笑していた親友が。
肉を腐らせて、死体になって迫ってくる。

美琴は迷わず走った。背中を向けて、全力で走った。
逃げていた。御坂美琴が、学園都市第三位を誇る超電磁砲という絶対的な実力者が。
ただただ逃げるためだけに、何度も倒れそうになりながら必死に走っていた。
本気でその気になれば軍隊すら一蹴できる戦力を有する最強の個でありながら、無様に逃亡することしかできなかった。

―――仕方ないじゃないか。
美琴の中でそんな言い訳が生まれる。
今自分の行っている許されざる非道への、誰に向けるでもない自分自身への言い訳が。

だって、仕方ないじゃないか。
他にどうしろって、何が出来たって言うんだ。
こうやって変わり果てた親友を捨て、逃げることの何が悪いんだ。
そうだ、もしかしたら変わってしまった人たちだってもしかしたら元に戻せるかもしれない。
助けられるかもしれない。だからこの選択は間違ってない。だから自分は悪くない。

……本当は、薄々分かっているのだ。
変わってしまった人間、ゾンビになってしまった人間はもう二度と元には戻れない。
仮にこの変異が何らかの異能や薬品の類によるものだったとして。それを取り除いたところで壊れた肉体は二度と戻りはしない。
一度こうなってしまえば、どんなことをしても、もう二度と、元には戻れない。
もう白井黒子も、初春飾利も、佐天涙子も、終わったのだ。
けれどそんなことは認められないから。戻せるかもしれない、ということにした方が先延ばしに出来るから。自分の行いを正当化出来るから。

御坂美琴は逃げる。佐天涙子と呼ばれていたものから、かつて初春飾利だったものから、亡者共から、罪の意識から、自分自身から、現実から、世界から、逃げる。
情けない言い訳と自己正当化を繰り返しながら、どこまでもいつまでも逃げ続ける。
この世界に、希望は見えない。
この惨劇に、終わりは見えない。



Files

File13.『警備員のメモ』

どうにかなりそうだ。こんなことになっちまうなんて。何が暴走した学生の鎮圧だ、ふざけやがって!!
前回の戦いでまた人が死んだ。射撃が得意だった才郷良太だ。
俺がゾンビ共の侵入に慌てて逃げ遅れそうになった時、奴は俺を助けようとして応戦したんだ。
そんな奴を俺は置いて逃げた。奴が俺の名を呼ぶ、そして背後から聞こえてくる絶叫。
俺は恐ろしかった。怖かったんだ!!

そして今回。バリケードを薙ぎ倒したゾンビ共を大量に片付けた。
仕事熱心な一部の連中は子供に実弾なんて使うわけにはいかない、なんて抜かしてやがるが知ったことじゃない。
この状況でそんな綺麗事をほざけるなんて、大概異常だ。
俺は景気づけにウィスキーをやりながらアホ面共にショットガンをぶっ放す。
これなら一気に数匹のミンチができる。

すると俺に仲間が掴みかかった。
よく見るとゾンビ共と一緒に警備員が数人巻き添えを食らって転がっている。

いいじゃねぇか、今更。どうせ死ぬ前のパーティなんだ。

俺が楽にしてやった仲間は三人だ。今までゾンビに殺られた奴らを含めると一二、三人はおっ死んでる。
ずいぶんとまあ、頭数が減ったもんだ。
三時間後には会議室で下らないことを検討し合う。全く無駄だ。

俺はこの酒がなくなったら楽に死ぬつもりだ。
その時が待ち遠しいね。

脳を食われることでゾンビとなることなく死んだ固法は幸せだったのか

今回の投下はこれで終了
次回の予定が決まり次第報告します
ライブセレクションがある回は投下前に予告を挟みます

さて、あと一体何人退場することやら


このSSはやべえ今年度最恐や
これ程容赦無くキャラが死ぬSSを見たことがない
上条さん達は最後まで死なないよねみたいな常識が通用しない気がするッ

ハンターにブレインサッカーにベロニカにGか。
ラジコン操作時代のバイオシリーズから出してるっぽいな。でもいくら撃っても死なないってのはリヘラナドールか?
何にせよいつか書きたいと思ってたクロスを絶望感MAXで書いてくれてありがたい!!

このSSのメインヒロインは、とあるキャラ?オリキャラ?

死んだ死んでる所ばっかりでマンネリ化して来たな。
あと、流石に固法さんが悲鳴上げたりとか無理やりな気がした。
この状況にも、いい加減慣れるだろ。

今思い出したんだが、垣根って不意打ちでATMの直撃食らっても無傷でいられる
程度には強固な自動防御能力持ちなんだよな……まあお話的には無い方が盛り上がるだろうけど

ああ、その例えが的確だわ

というか走るゾンビは今のとこ出てないけど、

・能力行使するゾンビ

・生物兵器
ゾンビ犬・バンダースナッチ・G・アレクシアや不死身(リサかリヘナラ?)

がウロウロしてて、容易に出入りできない外壁にグルッと囲まれてる学園都市って本家バイオより難易度高いんじゃ……

前スレで御坂を執拗にいたぶって、垣根を美化してたのもこれか
結局キャラが明確に定まってないキャラクターに自己投影してただけってことだな
それでいて歪んだ倫理観でキャラを構成する
気持ち悪すぎてなんとも言えない気分になるな

二次元のキャラに対する俺嫁さんは実際かなり気持ち悪いと思うけどな
ちまみにここの>>1は厨かどうかは分からないが、気持ち悪い域での一方贔屓だぞ

完全にブーメランな一方通行のセリフに対してツッコミが入ったのを、一方通行が好きだからやめてくれとか言ってたんだっけ
一方通行っていうより、こいつが書いた理想の一方通行に対してツッコミが入ったんだがな

話としてはかなり面白かったんだけどなこのSS。
正直気持ち悪いと思ってしまったわ。やっぱ2次創作の書き手の大半は気持ち悪いタイプのオタクなんかな。
まぁでも話自体はとても面白いから気持ち悪いけど見させて頂くよ。気持ち悪いけど。

……これは想定外
ええと、最初に言っておきますがあれは当然ただのネタです
ホモネタとかと似たようなもので、勿論本気で言ってるわけじゃありません
上条さんや垣根ペロペロしたいとかアックアのホモネタ言ってる人だって本気でそう思ってるわけじゃなく、ただのネタに過ぎませんよね?
それと同じです、二次元と三次元は完全に区別してます

>>196
両右手やSIRENも大概ですけどね……

>>199
ハンターはファイル含めまだどこにも登場してませんよ
ラジコン時代からなのは>>1は4以降はバイオハザードとして認めてないからですね
敵が喋って武器使って、って時点でズレてるのに倒すと金や弾をドロップして商人から武器を買って強化していく、って一体何のRPGですか……
主人公がただの超人になって緊張感もなくなりましたし……
いや、一つのゲームとしては文句なしに面白いんですけどね? 何週もしてシカゴタイプライターで俺TUEEEEした思い出
ただバイオハザードとして見ると4、5は>>1的には論外といわざるを得ない
6とかQTE多すぎとかでついにクリア前に投げ出してしまいましたし(結局また買い直す予定ですけど)
何故リベレーションズを正当進化の方向性にしなかったし

>>201
勿論禁書キャラです……一応。謎のキャラですけど

>>203
これからもそういう展開が多いのでご了承ください
ちなみに固法先輩が悲鳴をあげたのはゾンビに対してではなくブレインサッカーに対してです

>>217
勿論それは知っています
ゴーグルの念動力を防いだのがそれです
まあ、もしかしたら今後展開的に都合よく無視されることもある、かもしれません

>>219
>>69でハードモードになっちゃったからね、仕方ないね

>>236
妹達編の美琴然り新約9巻の上条さん然り、主人公には困難や試練が立ちはだかるものだと思うのですよ
そしてそれを苦しみながらも最終的に乗り越えていくのが主人公かなと
あ、自己投影は少なくとも自覚してる限りではないですし、垣根は多少なりともいじらないと完全な原作仕様ではそれこそ敵として出てきて最終的には死ぬようなポジにしかならないと思います

>>239
原作の一方通行に残念ながら批判されても仕方ないと思う部分があるのは知ってますよ
正直>>1も新約3巻のあれなんかはマジでねえよと思いましたし、あれだけは今でも擁護できません
妹達の呼び方など、原作一方通行は真摯に罪と向き合ってるとは言えないところがあるのは正しく理解しています
ただそれでは話に支障があったので、その部分だけ改変を加えました
なのであの一方通行は美化された別人であり(二次創作なのだから当然ですが)、原作の本来の一方通行はまずあそこまで綺麗じゃないです
ただ別に>>1のに限らず全てのSSの一方通行と原作の一方通行は別人以外の何者でもないので

>>240
>>1は全キャラ好きなので、もしあれが上条さんだったら上条さんをフォローしましたしあれが浜面なら浜面をフォローしました、他のキャラでも同様です
ただそれがあの時は一方通行だった、というだけです

>>245
オタクってどこからがオタクっていう境界はどこにあるんですかね?
>>1はラノベは禁書しか読まないし深夜アニメも今まで全部含めて四つくらいしか見てないんですけど
それでも一般人からしたら十分オタクでしょうし……まあどうでもいい話ですね

さて、長々といらないことを書きなぐりましたがいい加減本編を始めましょう
今回は一方通行シナリオです


一方通行 / Day1 / 08:07:28 / 第七学区 総合病院

人混みは好きではないが致し方ない、と一方通行は思う。
打ち止めたちがしっかりと無傷でいるのを改めて確認し、安堵のため息をつく。
第七学区にあるこの病院の中はかつてないほど騒がしかった。
ロビーには人が溢れ、看護師たちはマラソンのように人々の間を器用に縫って駆け回っている。

しかし、ゾンビは一体もいない。
ここにいるのは紛れもなく生存者たちだ。
一応の安全圏。そこに打ち止めや番外個体、芳川桔梗を連れて来れたのだ。

「うわっ、すげぇ熱気。ミサカこういう場所は好きじゃないなー」

「そんなこと言ってられる状況でもないでしょう」

「やっぱり凄い騒ぎになってるねってミサカはミサカは呟いてみたり……」

すし詰め状態と言っても間違いではなかった。
老若男女問わず様々な人間がいるここでは思わず耳を塞ぎたくなるほどのざわめきが絶えない。
外の状況を考えれば当然のことではあるが、一方通行は不快そうに顔を歪める。その眉には皺が寄っていた。

「いつまでもこンな所にいられるか。オラ、行くぞ」

「あっ、待ってってミサカはミサカは慌てて追跡開始!!」

一方通行の動きに看護師たちのような器用さは全くない。
ただズカズカと進み、邪魔になる人間を無理に押し出していく。
まるで何キロも続く渋滞に嵌ったような錯覚に陥り、危うく能力を使って一掃しそうになるところを何とか止めた。
高まっていくストレスに比例して一方通行の動きもより乱暴になっていく。
ドン、と一方通行の体が体当たり気味に目前の男にぶつかった。

「いてっ、おいアンタ!! 一体どこに目ぇくっつけてんだ!!」

「文句があるか?」

食ってかかってきた男も、一方通行がその紅い瞳で一睨みするとすぐに萎縮してしまう。
まるで蛇に睨まれた蛙だった。一瞬で人を黙らせる眼力が一方通行にはあった。
だが一方で一方通行には余裕がない。この異常事態だ。
だからこそ冷静な、落ち着いた行動を取れない。そういう意味では一方通行もここにいる人々と何も変わりない。
打ち止めは一方通行が通ったことで獣道のように割れた人の間をちょこちょこ着いていく。
番外個体と芳川はその更に後ろを普通に歩いていたのだが、

「ぎゃっ!? ちくしょう、誰かミサカのお尻触りやがった!! どこのどいつだコラ殺すぞ!!」

「ケツくらいでギャーギャー騒ぐなメスガキ。触った奴これが沈静化したら探し出して八つ裂きにして街中に全裸で吊るすからな」

「……保護者ね」










「酷ェ状況だな」

「全くだ。流石の僕もこんなことは初めてだよ」

三人を別室にやった一方通行は、疲弊した顔をしている冥土帰しといた。
この異常事態だ。冥土帰しに休んでいる時間など全くないだろう。
当然こんな風に一方通行と話している暇すらないはずだ。
それは一方通行もよく分かっていたことではある。

だが冥土帰しは時間をこちらに割いてくれた。
おそらく知らせるべき情報、あるいは一方通行から何らかの情報が得られるかもしれないと思ってのことだろう。
もっとも、残念なことに一方通行はほとんど情報など持ってはいないのだが。
一方通行は雑談もそこそこに早速本題に入った。

「原因は?」

「未知のウィルスであることは何とか突き止めた」

この場合においての「原因」とは、言うまでもなく学園都市を死に追いやったもの、即ちゾンビ化の原因である。
即答した冥土帰しの言葉に一方通行はやっぱりな、と小さく呟いた。
実は一方通行は自分なりにこの状況に対する考察、推論を立てていたのだ。
彼が考えた可能性は大別して三つ。

一つ、未知の病原菌または薬品の流出。
一つ、何らかの能力。
一つ、オカルト。

オカルトなど馬鹿馬鹿しいの極みなのだが、こんな事態では頭をよぎりはする。
だがやはり下らないものは下らない。
一方通行はこれを頭の片隅に僅かに留めつつも、可能性としてのリストの最底辺に配置した。

その次に考えたのが能力だ。
これはオカルトと比べれば遥かに可能性があった。
学園都市の能力者は腐るほど存在し、その能力の種類も無数に存在する。
ならばこの事態も能力で説明できるかと思ったのだが、一方通行はこれもまずあり得ないと結論した。

まず第一に、一体どんな能力なのかの説明がつかないからだ。
たとえば第二位の『未元物質』のような不可思議な能力もたしかにあるのだが、それにしてもこれは特殊すぎる。
人間を生きた死体にする能力か、あるいは死人を生き返らせる能力か、死体を操作する能力か。
少なくとも一方通行はそんな能力は聞いたことがないし、もし存在するなら学園都市が放ってはおかないだろう。

だが何よりも大きいのはその効果範囲の広さにあった。
学園都市全域を覆いつくすことなど第五位の超能力者であっても不可能だろう。
加えてその維持時間の長さ。更に言えばこんなことをするメリットが見えなかった。
この街に対するテロ行為にしてももう少し良いやり方がありそうなものだ。
よって一方通行は能力であるという可能性を切り捨てた。

そして第一位が一番可能性ありと見たのがウィルスや薬品。
どうやら見事これがビンゴだったらしい。
冥土帰しの説明を受けながら一方通行は早速電極の充電を始める。
ここに来るまでに消費した僅かな分だが、一秒分でも回復させておくべきだ。
その一秒が明暗を分け得ることを一方通行は知っていた。

「人間をゾンビにするウィルスなンて聞いたことがねェ。
というか、存在するわけがねェ。学園都市が作ったものが流出したか」

「だろうね。ただまだよく分かっていないんだが、どうやらこのウィルスは人間をゾンビにするためだけのものではないようだ。
皮膚の壊死や鬱血を初期症状に持ち、意識混濁を定期的に起こし、ついには人間としての理性を失う。
そうなると回復は絶望的で安楽死すら通用しない。当然だ、それはもう医学的には死んでいる状態なのだから」

「だろォな。それが何かは知らねェが、おそらくゾンビ化は本来の目的の副次的なモンだと俺は考える。
少なくともウィルスを開発した奴だって街の全住民がゾンビになる、なンてことは望ンでなかったはずだ」

まァそれはこの際どォでもイイ、と一方通行は切り捨てる。
ウィルスの効果や作った人間の目的など、少なくとも今はどうでもいいのだ。
今この時に必要なことは、

「ワクチンや特効薬は作れるか。最近流行ってた奇病ってのはこれだろ。
その時から研究してたンじゃねェのか」

「簡単に言ってくれるね。完全に未知のウィルスのワクチンを作るがどれだけ難しいか知ってるのかい?
しかもこれは自然のものではなく人の手で『作られた』ものだ。
そのデータや成分表も何もないところから始めなければならないんだ」

「出来るか?」

「やろう」

即答で冥土帰しは切り返す。
その困難さを誰より正確に理解した上で、彼はそう言った。
患者に必要なものは全て揃える。そのためなら何だってする。
それが医者の道を選んだ彼の生き方だった。

「だが時間がいる。どんなに急いだってこればかりはどうしようもない」

「構わねェ。可能な限りオマエはそっちに専念しろ。それこそがこの状況を打開する近道のはずだ」

「分かっているとも。最初からそのつもりだよ」

「それともォ一つ聞きてェ。感染経路についてだ」

一方通行はこれがウィルスやそれに類するものである、と結論してから一つの不安要素を感じていた。
それは打ち止めや番外個体といった者たちがそれに侵される可能性だ。
既にこれだけの規模なのだ。彼女たちがそれに感染したとしてもおかしくはない。
それを防ぐためには感染経路をはっきりさせる必要があった。
それが分からなければ対策も立てようがない。

「空気感染じゃあない。まずそこは安心していい。もっと直接的なものだ」

その言葉に一方通行は安堵する。
病原菌の感染経路は飛沫感染、直接感染などいくつかあるが、空気感染はその中でももっとも厄介なものだ。
文字通り空気を媒介として病原体が移動するため、爆発的に感染者が増えるケースが多い。

「水からだよ」

「……下水?」

「上水もだ」

どうやらまず水がウィルスに汚染され、それを摂取した人間が感染ということらしい。
だがそれだけではないはずだ、と一方通行は考える。
実際に一方通行は見ているのだ。死んでいるはずの警備員が起き上がった姿を。
B級映画でのお決まりのように、ゾンビに噛まれるなどすると傷口から感染するのだろう。
だとするならば、避けるべきは水道水の摂取とアンデッドとの接近ということになる。

「事情は分かった。ここの戦力はどれくらいだ?」

「〇九三〇事件の時に君に言った時と大差ないよ、ある程度は仕入れたけどね。
量産軍用クローン妹達が約十人。対戦車ライフルメタルイーターMXとF2000R『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』が人数分+α。
小銃に拳銃に指向性地雷にセンサーに手榴弾に通常のスナイパーライフルに……。まあ細かいのを入れればそんなもんだ」

一方通行はしばし考え込んだ。
思ったより装備が充実している。果たしてこれで乗り切れるか。
そして一方通行の出した結論は、

「保障なンざ出来ねェが十分だ。それだけあれば、当分はおそらくな。
俺の見たところ、連中は一体一体はそれほどの脅威じゃねェ。
奴らの恐ろしさはとにかく数だ。圧倒的なまでの数の暴力だ。
ンで次々にお仲間を作っていきやがるから手に負えねェンだよ。
能力者も混ざってやがるが、使う前に遠距離から撃ち抜いちまえばイイ。
いずれにしろそこらの能力者なンざ妹達の敵じゃねェだろ、知能の低下に伴って使い方も荒いしな」

妹達のスペックは意外と高い。もとより軍用のクローンである。
能力こそ異能力者(レベル2)、高くても強能力者程度でオリジナルの一パーセントにも満たないが、それを補うだけのスキルを有している。
それは銃器の扱いであり、身体能力であり、知識であり、経験。
彼女たちには『学習装置(テスタメント)』によってインストールされた知識がある。
軍用としての身体能力の高さがある。一万回以上もの超能力者との戦闘経験もある。

少なくとも亡者に劣るスペックではないはずだ。
とはいえあの数で来られたら押し切られてしまうだろうが、この周囲にいるゾンビの数は限られている。
そしてその限られた死人の中で、相手にすべきものは更に限定される。
勿論いつまでも持つわけはないが、当分は大丈夫だろうと判断した。

「あのガキ共はここに置いていく。一応俺も手は回しといてやる」

「君はどうするんだい?」

「決まってンだろ」

一方通行はほぼ終わった充電を切り上げて充電器を乱暴にポケットに突っ込む。
携帯を取り出して今伝え聞いた情報の大筋を適当にメール送信する。
現代的なデザインの杖を突いて一方通行は冥土帰しの横を通り、ドアを開けた。
冥土帰しはそんな一方通行の背中に向かって、

「一方通行」

「何だ」

冥土帰しの呼びかけに対し、一方通行は振り返らないまま答える。

「無茶はするなよ」

「俺は生まれてこの方無茶なンてしたことねェよ」










「……っつゥわけだ。オマエらはここに残れ」

冥土帰しと話し終えた一方通行は別室に待たせていた打ち止め、番外個体、芳川と合流していた。
大方の情報を話し、そう告げると最初に反応したのは芳川だった。
打ち止めや番外個体の手前、そして黄泉川がいない以上唯一の大人として振舞わなければならない。
おそらくはそう考えていつも通りに動いていた芳川だが、一方通行はその表情が固くなっていることに気付いていた。

「待ちなさい。あなたはどうするつもりなの?」

「いつまでもここに立て篭もってたって埒が明かねェ。
この状況をコッチから打開する必要がある。たとえば脱出方法とかな。
ついでにどォせ生き残ってンだろォ連中も拾ってやるよ」

今の一方通行は以前とは違う。
平和な生活に身を置いている内に、守りたいものが増えすぎたのだ。
あっさりとそれを切り捨てることは出来なかった。

「あなた一人でなんて危ないよってミサカミサカは猛反対!!
ここだってずっと安全とは限らないんだしミサカも着いていくよ!!」

「そうだねぇ、ミサカもずっと安全圏で閉じ篭ってるってのは性に合わない。
大体あなた一人じゃ電池切れになったら詰むよ? ゾンビさんの仲間入りしたいなら話は別だけど」

打ち止めと番外個体に反発され、しかし一方通行は考える。
ここでいいからおとなしくしてろ、と切り返すのは簡単だ。
だが果たしてそれが最適解なのだろうか。

打ち止めの言った通り、ここもいつまで安全か分からないのだ。
危なくなる前に移動すれば済む話だが、勿論それは困難を極める。
もし自分が離れている間にここの守りが崩れるようなことがあれば。
亡者共がこの病院内を闊歩するようなことになれば。

(打ち止めたちを置いていくのは早計か……?)

また、単純に打ち止めが死んでしまうと代理演算に影響が出る恐れもあった。
そうなれば一方通行の能力は使用不能になり、結果生存は絶望的となる。
だが打ち止めはミサカネットワークの管制塔であるが、その中心として存在しているわけではない。
あくまでコンソールに近い存在であるために、もしかしたら彼女が失われても代理演算には影響はないかもしれない。
しかしその可能性があるなら無視は出来ない。また当然、代理演算などとは無関係に一方通行は打ち止めを守りたい。

ならば打ち止めを連れて行けばいいのかというと、そう簡単な問題でもない。
彼女と行動を共にするとなると当然一方通行は打ち止めを常に意識する必要がある。
打ち止めは強能力者であるが戦闘などしたことがなく、またそういう人間性でもない。
言葉を選ばずに言ってしまえば足手纏いなのだ。
攻撃も防御も回避も移動も、全ての行動に打ち止めという枷がかかることになる。

もっとも一方通行本人はそんなことを思ってはいないし、また彼ならばその条件下でも十分に力を発揮してみせるだろう。
だがもし咄嗟に攻撃を『反射』して、それが打ち止めに当たったら。
もし一方通行の派手な攻撃に打ち止めが巻き込まれてしまったら。
可能性はいくらでも考えられる。また番外個体の言葉も一方通行を考えさせた。

これからの戦い、いつまで続くのかも読めない戦い。
嫌でもバッテリーの消費は避けられないだろう。
そしていざ電池が切れた時。もし一方通行一人なら、一方通行が死ぬだけで住む。
だが打ち止めがその場にいたらどうだろうか。おそらく打ち止めは一方通行を捨てて逃げることも出来ず、同様に殺されていくだろう。
自分のせいで打ち止めが死ぬ。それだけは絶対に避けなければならないことだった。

とはいえこの場に打ち止めを置いてしまえば、何かあった時に必ず遅れが生じる。
それが致命的なラグとなり得ることは想像できた。
同時に自分自身の力は自身が一番よく分かっている。共に行動しても打ち止め一人守れないとは考えない。

(さァ、どォする)

何より優先すべきは彼女らの命。
どちらを選んでもメリットとデメリットが両存する。
どれだけ考えたところでそれだけは変わらない。
あらゆる可能性を頭の中で並び立て、比較し。


そして一方通行が選んだ選択は―――。








1.打ち止めをここに待機させる
2.打ち止めを連れて行き、行動を共にする






安価>>266->>270まで

1.

>>266-269
過半数により1採用、何という満場一致

「駄目だ。打ち止め、オマエはここに残れ」

一方通行の出した結論。それは打ち止めを待機させておくことだった。
やはり自分のせいで彼女が死ぬという可能性は、他の何よりも許容できないものだ。
だが当然、そう言われて打ち止めがはいそうですかと納得するわけはない。

「どうして!? ってミサカはミサカは反発してみる!! ミサカだって―――」

「クソガキ、万が一オマエが死ぬようなことがあれば代理演算に影響が出る恐れがある。
そォでなくてもオマエをあンな危険な場所に連れては行けねェよ」

「でも……っ!!」

「俺はオマエに、生きててほしい」

「……え?」

「大丈夫だ。必ず生きて帰ってくる」

打ち止めの体がぴたりと止まった。
一方通行がこんなにも自分の気持ちを正直に吐き出したのはいつ以来だろうか。
そのまま白い手を伸ばし、打ち止めの頭を乱暴にわしわしと撫でてやる。
「ちょ、やめてってミサカはミサカは」と口では言っている打ち止めも、その顔は綻んでいた。

「聞き分けなさい、打ち止め」

芳川が母親のように優しげな表情で言う。
一方通行があなたとの約束を破ったことがあったか、と。

「……分かったってミサカはミサカは納得してみる。
でも絶対に、絶対に、絶対に帰って来てねってミサカはミサカは念押しを忘れない!!」

「あァ。それと番外個体」

「何さ」

退屈そうにあくびさえしている番外個体に一方通行が声をかける。
こんな状況であくびが出来るとは心底大した奴だ、などと考えながらも、

「オマエは俺と来い。単純にデカイ戦力になるしミサカネットを通してここの状況が分かる。
それにさっきオマエが言った俺のバッテリーが切れた場合。オマエなら的確に行動できそォだ。
もっとも、嫌なら断ってくれて全く構わねェぞ。むしろそォした方が良いくらいだ」

一方通行がそう言うと、いかにも退屈ですといった風だった番外個体の表情が一変する。
口の端を裂けそうなほどに吊り上げる。そこにあるのは紛れもなく悪意。
最初は流石に緊張しているようにも見えたが、もう慣れてしまったのだろうか。

「オーケーオーケー。色々と言いたいことはあるけど今はいいや。
とにかく祭りに参加できるってんならその他は置いとこうか」

「オマエの神経の太さには頭が下がるわ。それと芳川、オマエは出来得る限り冥土帰しに協力しろ」

「分かったわ。一方通行。その子のこと、しっかり守ってあげなさいよ」

「……分かってる」

芳川の言葉に一方通行はしっかりと答えた。
打ち止めを残して番外個体を連れて行くのは、別に優先順位の話ではない。
様々な要素を考慮した上での結論であるが、番外個体を連れて行くのは打ち止めほどではないにしろ似たようなリスクを伴う。
今更芳川に言われるまでもなかった。彼女もまた守らなければならない人間、守りたい人間なのだから。

「クソガキ、それと芳川。二人とも一時間に一回、絶対にメールか電話を入れろ。
忘れるンじゃねェぞ、一時間に一回だ。もし連絡がないまま一分でも時間を過ぎれば、俺は緊急事態だと判断する」

しっかりとそれを念押しし、約束させる。
ミサカネットワークがあるとはいえ二重三重の確認が望ましいし、芳川に関してはネットワークを使用できない。
もし時間を過ぎても連絡がなければ一方通行は即座にこの病院に戻ってくるつもりだった。

「準備はイイか、番外個体」

「そっちこそどうなのさ。小便チビんないでよ第一位?」

「……口の減らねェ女だ」

投下終了
圧倒的1、さてライブセレクションの結果はどう影響してくるのか
ご協力ありがとうございました

それにしても絶望要素皆無の今回、せっかくなので現時点までの流れを落としておきます

現在までの死亡キャラ

白井黒子
吹寄制理
青髪ピアス
ゴーグル
服部半蔵
黄泉川愛穂
鉄装綴里
春上衿衣
月詠小萌
婚后光子
枝先絆理
固法美偉
亀山琉太
佐天涙子
初春飾利
才郷良太

本編外で死亡が名言

結標淡希
削板軍覇

見落としがなければとりあえずこんなところのはず

キャラクター別シナリオ時系列表


垣根帝督シナリオ

――――――Day1――――――

06:41:22 垣根帝督 第五学区 路地裏
ゾンビ化したゴーグルと遭遇、殺害

06:53:34 垣根帝督 第五学区 路地裏
心理定規から電話、迎えに行くことに

08:40:02 垣根帝督 第五学区 高級マンション
心理定規と合流、行動を開始




上条当麻シナリオ

――――――Day1――――――

07:00:58 上条当麻 第七学区 学生寮
ゾンビ化した吹寄制理と青髪ピアスに遭遇、逃走

08:19:09 上条当麻 第七学区 月詠小萌宅
月詠小萌宅到着、常盤台中学へと出発

09:14:00 上条当麻 第七学区 路地裏
ブレインサッカーと遭遇、交戦

御坂美琴シナリオ

――――――Day1――――――

07:05:12 御坂美琴 第七学区 常盤台中学女子寮
ゾンビ化した白井黒子と遭遇、逃走

07:39:43 御坂美琴 第七学区 常盤台中学校
ゾンビ化した婚后光子、白井黒子と遭遇、逃走

10:01:14 御坂美琴 第七学区 木の葉通り
ゾンビ化した佐天涙子、初春飾利と遭遇、逃走




一方通行シナリオ

――――――Day1――――――

07:01:22 一方通行 第七学区 マンション『ファミリーサイド』
ゾンビ化した黄泉川愛穂と遭遇、逃走

07:11:50 一方通行 第七学区 マンション『ファミリーサイド』
芳川桔梗、打ち止め、番外個体に事態を説明、病院へ

08:07:28 一方通行 第七学区 総合病院
第七学区の病院にて冥土帰しと接触、二人を待機させる
ライブセレクション
1.打ち止めをここに待機させる
2.打ち止めを連れて行き、行動を共にする
―――→???に影響




浜面仕上シナリオ

――――――Day1――――――

07:19:36 浜面仕上 第七学区 『蜂の巣』
ゾンビ化した服部半蔵と遭遇、逃走

08:23:29 浜面仕上 第七学区 柵川中学校
柵川中学校にて滝壺理后と合流、バンダースナッチと交戦

        全シナリオ総合時系列表
The Chronological Order of All Scenarioes

Imagine Breaker,Railgun,Dark Matter,Irregular,Accelerater……

前日 Prologue 惨劇の序




――――――Day1――――――

06:03:03 第七学区 路上
警備員が大量のゾンビと交戦、黄泉川愛穂、ゾンビ化した鉄装綴里に殺害される
File03.『黄泉川愛穂の日誌』

06:03:49 第七学区 常盤台中学女子寮
白井黒子、死亡及びゾンビ化
File01.『白井黒子の日記』

06:41:22 垣根帝督 第五学区 路地裏
ゾンビ化したゴーグルと遭遇、殺害

06:53:34 垣根帝督 第五学区 路地裏
心理定規から電話、迎えに行くことに

07:00:58 上条当麻 第七学区 学生寮
ゾンビ化した吹寄制理と青髪ピアスに遭遇、逃走
File04.『新聞の切り抜き』

07:01:22 一方通行 第七学区 マンション『ファミリーサイド』
ゾンビ化した黄泉川愛穂と遭遇、逃走

07:05:12 御坂美琴 第七学区 常盤台中学女子寮
ゾンビ化した白井黒子と遭遇、逃走

07:11:50 一方通行 第七学区 マンション『ファミリーサイド』
芳川桔梗、打ち止め、番外個体に事態を説明、病院へ

07:19:36 浜面仕上 第七学区 『蜂の巣』
ゾンビ化した服部半蔵と遭遇、逃走
File02.『服部半蔵のメモ』

07:20 第七学区 柵川中学校学生寮
ゾンビ化した春上衿衣から佐天涙子が初春飾利を救出
File05.『初春飾利のノート』

07:39:43 御坂美琴 第七学区 常盤台中学校
ゾンビ化した婚后光子及び白井黒子と遭遇、逃走

08:07:28 一方通行 第七学区 総合病院
第七学区の病院にて冥土帰しと接触、二人を待機させる
ライブセレクション
1.打ち止めをここに待機させる
2.打ち止めを連れて行き、行動を共にする
File14.『看護師の日記』

08:19:09 上条当麻 第七学区 月詠小萌宅
月詠小萌宅到着、常盤台中学へと出発
File07.『補習用のプリント』
File08.『結標淡希のメモ書き』

08:21:48 第五学区 高級マンション前
麦野沈利と絹旗最愛、ゾンビと交戦

08:23:29 浜面仕上 第七学区 柵川中学校
柵川中学校にて滝壺理后と合流、バンダースナッチと遭遇、交戦
File09.『家庭科室を使用する際の注意事項』
File10.『枝先絆理の走り書き』

08:40:02 垣根帝督 第五学区 高級マンション
心理定規と合流、行動を開始
File11.『心理定規の手帳』




09:14:00 上条当麻 第七学区 路地裏
ブレインサッカーと遭遇、交戦
File12.『亀山琉太の記録』

09:24:11 第五学区 ショッピングセンター
湾内絹保と泡浮万彬、倉庫に身を隠す
File06.『湾内絹保と泡浮万彬の学生証』

10:01:14 御坂美琴 第七学区 木の葉通り
ゾンビ化した佐天涙子、初春飾利と遭遇、逃走
File13.『警備員のメモ』

取得済みファイル一覧


File01.『白井黒子の日記』

File02.『服部半蔵のメモ』

File03.『黄泉川愛穂の日誌』

File04.『新聞の切り抜き』

File05.『初春飾利のノート』

File06.『湾内絹保と泡浮万彬の学生証』

File07.『補習用のプリント』

File08.『結標淡希のメモ書き』

File09.『家庭科室を使用する際の注意事項』

File10.『枝先絆理の走り書き』

File11.『心理定規の手帳』

File12.『亀山琉太の記録』

File13.『警備員のメモ』

File14.『看護師の日記』

時系列表で空白のスペースが空いているところはまだ未公開のシナリオです
次回は美琴シナリオと浜面シナリオ、謎のメインヒロインの登場予定です

センター試験、今年はまともな小説が出るといいですね
ゴメンナサイネ、タマムシ、スピンアトップなど近年は変わったものが多いですから
論説は去年が批判多かったので多分易化してるでしょう、頑張ってください!
……と応援してみるがそもそもセンター受ける人はこの時間にこんなスレを見てるはずがないと気付いた



湾内と泡浮がまだ生きてることに今気づいた

……美琴、逃走しかしてねぇ……


この作品のヒロインは冥土帰しかと密かに思ってたけどそんなわけなかった
やっぱ聖ヒロインは薬味さんかな
それと俺の垣根のケツをレイプしたいって気持ちは冗談なんかじゃないですぞ!!!!!
心から純粋に清浄に強く激しく垣根をレイプしたいと一日30時間は思ってるぞ!!!!!!!!

このSSの話自体はとても面白い。続きはかなり気になる。
だからもう>>1は余計な事を喋るな。お前は絶対喋れば喋るほど敵を作るタイプだ。
投下と乙レスに対する感謝だけすれば、全ては丸く収まるんだ。

ある禁書キャラ(謎の?)がヒロインねぇ・・・。
ひょっとして、フルty・・いや、なんでもないです・・・。

この状況でグレムリンのヘルが出てきたら間違いなくゾンビと思われるなwwww

ヘル「この街にはゾンビが蔓延りつつあるぞッ!」

上JO「新手のゾンビかッ!」

まあ明らかな悪意があってやってるんじゃないってのは分かるしこれだけになればもう反省してんだろ
いつまでも引っ張んのもな

>>420
はい、そうなんです、本当悪意はないんですよ……
それでも失言だったのは間違いないですし、それは本当に反省してます
不用意な発言で不愉快な思いをさせてしまった人たちにはお詫びします
本当に申し訳ありませんでした、以後は軽率な発言をしないよう気をつけていきます
それでも楽しみにしてくれている人もいるようですし、精一杯書いていきたいと思います、目指せ完結
このスレを見てくれている人たちには重ねてお詫びします、申し訳ありませんでした
出来る限り>>388のようにやっていきたいと思います

さて、せっかく来たので落としていましょう
美琴シナリオと浜面シナリオ、そしてメインヒロインの登場回です

>>286
まだ死んだとは言われてないですからね

>>288
許してやってください、それが普通でしょう
今のとこ知り合いと遭遇して手出せたのは垣根だけのはず

>>290
薬味がヒロインというのも斬新すぎますねw
しかし何故無理矢理に拘るのか、黒垣根と白垣根と15巻垣根だったらどれなのか

>>412
結局フルチューニングって出てくるんだろうか……
そもそもあれは伏線なのかただのネタなのか

>>413
ヘルやヨルムンガンドのバトルも見たかったですね
新約10巻で出るかな、今までのボスラッシュらしいから厳しいかもしれませんね


御坂美琴 / Day1 / 10:34:58 / 第七学区 公園

足が震えていた。当てもなく逃げ回るというのは存外体力を消費する。
美琴はあるマンションの屋上に逃げ込んでいた。
落下防止用のフェンスに背中を預けて座り込み、はぁ、はぁ、と荒く息を吐く。
その体が小刻みに震えているのは単なる疲労だけではない。
明らかに精神的な消耗がそこにあった。

今の学園都市は、美琴にはあまりに耐えられない。
佐天涙子や白井黒子、婚后光子に初春飾利。変わり果ててしまった親友を美琴はその目で見ている。
それだけではない。多くの人間が生ける屍へと変貌している中で、一体どれほどの人間が『人間』でいるのだろうか。

(妹達、垣根さん、浜面さん、インデックス、滝壺さん、絹旗さん、麦野さん、心理定規さん、湾内さん、泡浮さん……)

そして、上条当麻。考えればきりがなかった。
その他にもクラスメイトだとか寮監だとか気になる人たちは腐るほどいる。
だが美琴は彼らへの連絡手段を持っていないし、彼らと会うのが怖いとどこかで思っているのも事実だった。

彼らが生き残っているのなら良い。
だが上条や垣根、滝壺、湾内といった知り合いに遭遇した時。
もしその相手が濁った虚ろな目でこちらを見てきたら?
鬱血した青白い腕を伸ばし、呻き声をあげながら近づいてきたら?
その首や腹の肉が千切れ、内部組織が露出していたら?

……一概に、あり得ないとは言い切れないのだ。
現に学園都市はもう機能していない。住民の大半が死んでしまっている。
知り合いがアンデッドと化しているのも、既に目撃している。
その他の知り合いたちが無事である保障などどこにもない。

(それどころか、もしかしたらもう私しか―――)

間違いなくまだこの街には生存者が多数いるだろう。
生き残るために死者の軍勢と戦う者たちが、必ず。
だがその枠の中に美琴の知る友人たちは含まれているのだろうか。
もしかしたら知り合いたちは皆倒れ、自分一人しか残っていないのではないか。
そんな疑念がぞわぞわと音もなく、死神のように忍び寄ってくる。美琴にそれを完全否定する術はなかった。

中には大能力者どころか超能力者すらいるのだから大丈夫、だと思う。
けれどその可能性に気付いた瞬間、美琴をある感情が襲った。
絶望。恐怖。不安。疲労。それらではない、もう一つの負の感情が。

「……私しか、いない……? みんな……」

孤独。それは人を狂わせる感情だった。
美琴は膝を両手で抱えてぎゅっと丸くなった。所謂体育座りだ。
自分で自分を温め、自分で自分を抱きしめる形。

もとより御坂美琴という女の子は、有り体に言って寂しがり屋なところがある。
美琴という人間についてよく知らない者はそう聞いて驚くかもしれない。
いつだって中心に立って、他の皆を率いるリーダー。
他人に慕われ、尊敬され、信奉者さえ現れ、その一言が周囲に力を与えるヒーロー。
おそらく常盤台、いや学舎の園の人間などは過言ではなくそう思っているだろう。

「だれか……」

そしてそれは決して間違いではない。
彼女は上条当麻と同質のヒーロー性を有しているだろう。
だが、それは美琴の数多ある内の一側面でしかないのだ。
元々人間はサイコロのように複数の側面を持っていて、一面しか持たぬ人間などあり得ない。
それと同じ。単純に御坂美琴は多面体なのだ。

だからこそ普段見せている面が全てではない。
この状況でサイコロが転がり、顔を見せた面が今だ。
美琴は孤独だった。超能力者になってからというもの、ずっと孤独だった。
何もそれは美琴に限った話ではなく一方通行も垣根も同様に。
超能力者という世界はあまりにも凡人には遠すぎたのだ。

白井黒子が現れ、佐天涙子が現れ、初春飾利が現れ、そして上条当麻が現れ。
ずっと多くの友人が出来た今でも、潜在的に美琴は独りになることを恐れている。
もし皆が自分から離れてしまったら、と。そんな美琴の弱さはこういう時に如実に表れてしまう。
佐天と初春を見捨てた罪悪感も手伝って、美琴の思考は泥沼に沈みかけていた。

そんな時、美琴が展開している電磁波のレーダーが複数の反応を近距離に捉えた。
この独特の反応。間違いなく亡者だった。
ゾンビが六体。階段を登ってここに向かっている。いや、ここに来た。
美琴が両膝に埋めた顔を上げると、視界に映ったのは肉が落ちて内部を晒している死人の姿。

……ふと、美琴はここで抵抗しなかったらどうなるのだろうと考える。
そうすれば全部終わるのだろうか。この孤独と恐怖から解放されるのだろうか。
そんな馬鹿げた思いが脳裏をよぎる。
白井黒子が、生前の『白井黒子』が死の間際に美琴に何を願ったか。寮の浴室ですぐに訪れる己の死を差し置いて何を望んだか。
それを御坂美琴は知らないし、永遠に知ることもない。

美琴はゆっくりと立ち上がる。
それでもやっぱり死肉狂いに食い散らされて死ぬのは嫌だ。
これでも年頃の女子だ、死ぬにしてももう少しマシな死に方を選びたい。

諦めたようにも見える薄い笑いを浮かべて、次いで放つのは紫電の槍。
たちまちに距離をゼロに縮めた美琴の一撃は、狙い違わず一体のゾンビの胸に突き刺さる。
ズドン!! と突き立った槍から流れる高圧電流の奔流は刹那の内に機能を停止した全身を駆け回る。
その衝撃で後方へ吹き飛び、痙攣したように全身が震えているがまだ死んではいない。

「寝てなさい」

今撃った電撃は並の威力ではない。少なくとも人間に撃っていいラインは超えていた。
だが美琴はあの程度ではリビングデッドは死なないことを、経験で知っていた。
ここまで逃げて、倒して、逃げて、倒して。そんなことを繰り返してきたから。
そして同時に死なないまでもこの程度の電流を流し込んでやれば筋肉が硬直するのか何なのか、しばらくの間なら動きを止められることも知っていた。

バチッ、と頭に軽い違和感を覚える。
覚えのある感覚だった。それは美琴の電磁バリアが第五位の『心理掌握』を防いだ時と同種のもの。
勿論それと比べると格段に弱いが、間違いなく同じ種類の感覚だ。

「精神系能力者か。でもその程度じゃあ意識を逸らすことも出来ないわよ!!」

おそらくは異能力者。美琴からすれば歯牙にもかける必要はない。
他のゾンビが放った小規模な突風を、床の下にある鉄筋と自身を磁力線で繋げ、反発させることで跳躍して回避。
踊るように空中で一回転した美琴は屋上の隅に着地する。
自然、生きた死者は美琴の後を追うように移動する。この時、五体のゾンビは整列でもするように一直線上に並んでいた。

意図的にこの状態を作り出した美琴は、待ってましたと言わんばかりにズバヂィ!! と雷撃の槍を叩き込む。
ズ┣¨┣¨┣¨┣¨ッ!! と雷撃の槍は貫通し、一列に並んだ五体のゾンビを一撃で貫いていく。
もとより動きの単調な死人だ。動きを誘導するのはそう難しいことでもなかった。

「……ふぅ」

美琴は一息つくと、すぐにどうすべきか思考を巡らせる。
このゾンビ共は死んでいない。少しすればまた起き上がるだろう。
それは単に美琴が手加減を加えたからだ。その気になっていれば今の一撃で五つの死体は消し炭になっていただろう。
結局、美琴には死人であろうと『殺す』という行動が取れなかったのだ。

とにかくもうこの場所にはいられない。
そう思っていると、すぐ近くから子供の悲鳴が聞こえてきた。

「ッ、悲鳴!?」

生きた人間の声。
美琴は一瞬で反応し、能力の網を巡らせていくと同時に鉄柵から身を乗り出して目視でも確認を行っていく。
幸い、それはすぐに見つかった。このマンションの目の前にある公園。
そこに人影が三つ確認出来た。二つの陰がもう一つへと迫っている。
間違いなく悲鳴の主だろう。

状況を理解した美琴の行動は迅速だった。
つい先ほどまで沈んでいた暗い思考など忘れ去り、美琴は躊躇いもせずに地上一〇メートル以上の高度から身を躍らせる。
磁力線を公園に立っている街灯へと繋ぎ、滑り台のように、弾丸のような速度で自身を斜め下方へと突撃させていく。
距離を詰めていくに従って徐々に状況を視認できるようになる。

カバンを持った幼い女の子が二体のゾンビに襲われている。
女の子は恐怖で動けないのだろう、もうあと数秒で鬱血した腕が届いてしまう距離だった。
美琴はチッ、と舌打ちし少女には及ばないよう調整した電撃を目下の異形に向けて撃つ。
光速の電撃は禍々しき異物に少女にそれ以上接近することを許さず、二体に連続で天罰を与えていく。

突然上から青白い閃光に射抜かれたゾンビは無様に吹き飛び、動かなくなる。
突然の事態に少女は何が起きたのか理解出来ないのだろう、口を開けたまま呆然としている。
とにかく助かったことだけは分かったのか。何でもいい、と美琴は思う。
ある程度まで下降した美琴は磁力線を切り、スタッ、と少女のすぐ近くに着地した。
周囲に連中の姿は認められない。ほっとした美琴が少女の方へ振り向く。

「ねえ―――」

「やぁぁああああああっ!!」

美琴が声をかける直前、少女は悲鳴をあげて走り出した。
どうやらパニックに陥っているようだ。無理もないと美琴は思う。
だがここで少女を行かせれば確実に死ぬ。今の学園都市はそういう世界だ。
自分の横を走り抜けようとした少女の腕を美琴はしっかりと掴んだ。

「やだぁっ!! 離してよぉっ!!」

半ば錯乱気味に少女は頭をぶんぶんと振る。
美琴は腕を決して離さぬようにしながら、

「落ち着いて!! ほら、分かるでしょう? 私は人間よ!!」

美琴が必死に呼びかけると少女の動きが止まった。

「私の手、温かいでしょ?」

そう言って無理に笑顔を作り、笑いかけてやる。
すると少女がこちらを振り返り、ぴたりと互いの目が会った。
すぐに少女の目に透明の液体が溜まる。そしてそれはすぐに決壊したように流れ出した。
滝のように涙を流しながら、少女は美琴の懐に飛び込み、抱きついてきた。

「―――美琴お姉ちゃぁぁああああん!!!!!」

美琴の腰に両手を回してさめざめと泣く少女を、美琴もしっかりと抱きしめてやる。
その頭を優しく撫でてやると少女は更にしっかりと美琴に回した手を固定する。
意地でも離れないと言っているようだった。

「……佳茄ちゃん。良く無事だったわね。もう、大丈夫よ」

出来るだけ佳茄が安心できるように、美琴は昔の母に受けたそれを佳茄に返す。
ぎゅっと抱きしめて体温と心臓の鼓動を感じさせ、頭をゆっくり撫でてやる。
少しの間それを続けていると、徐々に佳茄は落ち着きを取り戻し話を聞くことが出来た。

硲舎佳茄という名のこの少女と御坂美琴には幾度かの縁があった。
最初の邂逅は夏。美琴がトラブルで一日風紀委員を務めた時だった。
爆弾が入っていると勘違いしてを美琴が必至で奪還したバッグの持ち主が佳茄だったのだ。

二度目の遭遇はそのすぐ後のこと。
『幻想御手(レベルアッパー)』事件の始まりとも言える、連続虚空爆破(グラビトン)事件。
介旅初矢による犯行が行われたセブンスミストにて、美琴は上条と共にいた佳茄と会っている。

そして三度目は『空き地のカミキリムシ』の時だ。
髪をカミキリムシに切られた佳茄が友人たちと『ヒミツカイギ』をしている際、それを美琴らが発見。
カミキリムシを捕まえるまで、美琴は佳茄と行動を共にしたりもした。

また大覇星祭では佳茄が応援してくれたりと、何かと関わってきた少女なのだった。
『空き地のカミキリムシ』の際にはアドレスの交換も行っており―――もっともそれはカミキリムシ対策だったのだが―――定期的にメールのやり取りも行っていた。
佳茄が送ってきたメールに美琴が返すといった形だったが、間違いなく二人は親交を結んでいた。
だからこそ、佳茄はそんな美琴を見て安心しきってしまったのだろう。
溜まったものをポロポロと流しながら、それでも少し落ち着いた佳茄は鼻声で説明を始めた。

「あのね、なんかみんなが、変に、なってて、私、怖くて、それで」

「うん、うん」

「ずっと、隠れてて、よく、ここら辺で、かくれんぼ、してたから、でも、見つかっちゃって、そしたら、」

「大丈夫よ、佳茄ちゃん。無理しなくて良いから。私がついてるから」

大体を把握した美琴は佳茄の話を中断させる。
これ以上話させるのは良くないと判断したためだ。
それにしても本当に良く無事だったものだ。
下手に動かずじっと隠れていたのが良かったのだろうが、いずれにせよ隠れているだけではこの状況は打破出来ない。

……もう大丈夫だ。もう独りじゃない。自分がついてる。守ってあげる。安心して。
そんな立派な言葉を並び立て、まるで強い人間のように佳茄を安心させている一方で。
聞き耳の良い言葉を隠れ蓑にして、佳茄を使って自身の孤独を紛らわせ、この少女を守るという佳茄を利用する形で自分を奮い立たせる。
そんな風に佳茄を言い訳にして、逆に依存して。御坂美琴はそんな醜い自分自身に気付き、心底軽蔑した。


浜面仕上 / Day1 / 12:49:37 / 第一八学区 スーパーマーケット

「いた!! やっぱりだ!!」

「……むぎのと、きぬはたのAIM拡散力場。無事だったんだ、良かった」

浜面と滝壺は遠目に見えるスーパーマーケットを見上げていた。
そのスーパーは蜂の巣のように穴だらけになっており、その穴から人影が次から次へと吐き出されていく。
しかしそれは体の中心に巨大な穴が空いていたり、四肢が欠損していたり、頭蓋骨が陥没して頭部が潰れていたりと無事なものは一つとしてない。
そしてゾンビを殺害し、壁をマシンガンでも連射したように穿ち続けているのは不健康な青白い光の奔流だった。

その絶大な破壊力を秘める絶対の閃光に、浜面と滝壺は見覚えがあった。
電子を粒子でも波形でもない曖昧な状態に固定する能力。
『曖昧なまま固定された電子』は『粒子』にも『波形』にもなれないため、外部からの反応で動くことが無い「留まる」性質を持つようになる。
この「留まる」性質により擬似的な「壁」となった『曖昧なまま固定された電子』を強制的に動かし、対象を貫く特殊な電子線を高速で叩きつけることで、絶大な破壊力を生み出す。

それこそが『原子崩し』。『粒機波形高速砲』。
学園都市に七人しかいない超能力者、第四位の誇る絶大な力。
麦野沈利の有する能力だった。

麦野の能力は轟音をたてて形を失っていくスーパーを見れば分かることだが、非常に派手だ。
それを目印にしたのはゾンビ共も同様らしい。
もうちょっと出力を抑えて撃てないのだろうか。

「……しっかし、これじゃー際限なくゾンビを集めるだけだぞ」

「そんなことより早く二人に合流しよう。穴あきにされないよう気を付けて近づかないとね?」

「……あ」










「オラオラオラオラァッ!! 何だテメェらはただの肉の的かぁ!?
狩人を楽しませるならせめて狐になれよ。食われるための豚で止まってんじゃねぇぞ死肉狂いが!!」

麦野沈利。学園都市第四位の超能力者。
その美しい顔立ちは獰猛に歪み、長いカールがかった茶髪を揺らしながら怪物は荒れ狂う。
彼女の周囲の空間には青白い、ぼんやりとした球状の光が複数浮かんでいた。
ふわふわと頼りなく揺れるそれは、しかしそのイメージとは対照的にひたすら破壊をもたらす滅びの象徴でしかない。

球体から明確な指向性を持った光の束が放たれる。
それは瞬き以下の内に主に仇なす標的に食らいつき、たちまちにその肢体を削っていく。
始めにごっそりと下顎が骨もろとも消失した。ずらりと並んだ赤黒い歯も文字通り消えてなくなる。
続けて胸、腹。面白いほど簡単に人体が彫刻されていく。
彫刻刀が触れた箇所は塵も残さずこの世から消え、世に存在せぬ異形は辺りに腐肉と凝固しかけた血をスプリンクラーのように撒き散らしながら倒れた。

「ちったぁ楽しませてみろってんだ!! 延々と雑魚の相手ばかりじゃいい加減飽きんだよ!!
みっともなく中身ぃ垂れ流しやがって。そんなんじゃ百倍足りねぇぞコラァ!!」

『原子崩し』の光が絶え間なく瞬く。
彼女を中心としてあらゆる全方位へと浄化の輝きが発せられ、不浄の者共を片っ端から洗い流していく。
アンデッドの数は初め一〇〇近くはいた。が、現在残りは僅かに一〇体ほど。
もはや戦いではなかった。完全なる蹂躙、ワンサイドゲーム。
第四位は自然の摂理に反した異形を前に、鮮烈に君臨していた。

ゾンビは元はこの街の学生だったため、当然能力者である。
中には能力を用いて攻撃してくるものもいたが、そのほとんどは能力を使う間すらなく光に焼かれていった。
放たれた能力は悉く『原子崩し』に掻き消され、吹き散らされる。
稀に高レベルの能力が放たれた時のみ、麦野は初めて違う動きを見せる。

「全滅しちまうぞオラ!! 最後くらい気合入れて化け物らしく何かしてみろや!!」

「……私の出番が超ありませんね。別に良いんですが」

麦野のすぐ近くに佇む絹旗最愛は小さくため息をついた。
彼女はこの軍勢とは違い生者らしい温かな体温を持っている、紛れもない地獄の生存者だ。
絹旗は周囲を見回して顔を不快げに歪める。

元はここはスーパーマーケットだったのだが、もはやその面影はどこにもなかった。
ありとあらゆる物が薙ぎ倒され、消し飛ばされ、そもそも建物の形自体が変形させられていた。
そしてそれを彩るように赤々とした肉片、白いぶよぶよとした何かが所構わず散乱している。
更に床や壁、天井などにはべっとりと血液が付着していた。
『原子崩し』が屍を貫く度に重ね塗りするようにパパッ、と血が飛び、あるいは太筆で払ったようにべったりと赤がしつこくペイントされる。

絹旗はC級映画を好んで観るという変わった趣味の持ち主である。
だが、絹旗はスプラッタ映画は好きではなかった。
暗部時代の仕事でだってここまで凄惨な光景を見たことは一度としてなかった。

血液の赤血球には多分に鉄分が含まれており、これは胃酸によってイオン化する。
イオン化鉄は胃粘膜刺激作用を持つために、血液は強い催吐性を有している。
絹旗は鼻を抉るような臭いにたまらず手で鼻をつまんだ。
如何せん撒き散らされた血の量が多すぎる。

ついにゾンビを殲滅してしまった麦野はクールダウンしたのか、ガリガリと頭を掻き毟った。

「っあぁー……。やりすぎたかね。酷ぇことになってるわ」

「流石の私もこれには頭が超下がりますよ。……とにかく移動しましょう、麦野。
これだけ派手に超暴れれば連中がまたわんさか集まってきますし、ぶっちゃけ吐きそうです」

「私のせいだと言いたげだね。まぁ否定出来ないけど。
んじゃ行こっか。能力は出来る限り節約したいしね。……出来そうにないけど」

そして死屍累々たる有様をそのままに、二人はその場を後にする。
すぐに敵に気付けるようにと一階へと移動したところで、麦野が唐突に背後に向けて『原子崩し』を放った。
絹旗も感じていた。二人の背後に確かな気配があった。
振り向きもせずに撃ち出された青白い不気味な輝きは対象を―――

「っうおぉおお!?」

―――射抜くことはなく、まさに間一髪。浜面仕上の鼻先を駆け抜けた。
そのまま麦野の力は一階を蹂躙し、反対側の壁をぶち抜いて彼方へと消えていく。
滝壺理后はあと一歩踏み出していたら間違いなく浜面は死んでいたにも関わらず、そのことに構いはしなかった。
ただ二人の前に姿を表して再開を喜ぶ。

「むぎの、きぬはた。大丈夫、私たちだよ」

「滝壺さんじゃないですか!!」

「はーまづらぁ。やっぱ生きてたか。まあお前が滝壺残してくたばるわけないもんね」

「危うく俺が死ぬところだったことに対して謝罪がないわけですが」

「甘ぇこと言ってんな。この状況じゃ動くものは全て敵、違う?」

「……まあ、な」

麦野沈利、滝壺理后、絹旗最愛、浜面仕上。
『アイテム』の構成員全員がついに一同に会した瞬間だった。
だが状況は良くない。四人に再会を喜ぶ時間はなかった。
それを分かっている彼らは労いもそこそこに、これからの方針やこの事態について意見を交し合う。

「……さて。三人はこの事態をどう見ます?」

問題提起したのは絹旗だ。
そもそもの疑問。一体今何が起きているのか、という点。

「まあ、十中八九―――」

「「何らかのウィルスか薬品の類、だろうね」」

麦野と滝壺が声を揃える。絹旗も同感なのか、特に言葉を挟むことはしなかった。
一方の浜面も大方同じ意見だった。

「お前らも見たのか?」

浜面が問うと、

「ゾンビに混じってね。複眼をした明らかな昆虫がいた。
でもその大きさは二メートル以上。どう考えたって普通じゃない。化け物だよ」

「それと、蜘蛛の化け物も超確認しました。やはり巨大化していました」

「俺と滝壺は烏だ。……濁った目で、人間の死体を啄ばんでやがった」

昆虫に蜘蛛、烏。そしてゾンビ。
今学園都市を這いずっている異形の化け物。

「おかしくなってるのは人間だけじゃないんだよ。
もし能力とか、オカルトとかならあんな虫にまで影響が及ぶとは思えない」

「ならばウィルスや薬品という結論を導くのは超当然の帰結です。
それなら人間以外が感染するのも超納得できますし」

「で、あれば」

滝壺と絹旗の言を麦野が引き継ぐ。
彼女は言う。

「水道水の摂取は厳禁ってわけだ。
疫病や細菌ってのは水を介することが多いからね。
っつか第一位からそういうメールが来たし」

「……あくせられーたから?」

「……見てないんですか? 超一斉送信されてたはずですが」

「俺の携帯は電池が切れちまったからなぁ。
そういや何かメールが来てた気がするが、滝壺と合流する前だったからそれどころじゃなかったし」

「携帯落としちゃった」

そう、たしかにメールが来ていたと浜面は回想する。
けれど今言ったようにその時は滝壺と合流しようと必死になっていた時だった。
柵川中学校目指してゾンビの目を盗みながら行動。
滝壺のことばかり考えていて結局メールには一度も目を通していない。

そして滝壺はここに来る最中に携帯を紛失してしまっていた。
この状況の中で連絡手段を失うのは非常に痛い。
それは浜面も滝壺も分かっていたのだが、携帯を拾うリスクとそれを探してゾンビの群れに飛び込むデメリット。
双方を天秤にかけ、そして後者を選んでいたのだった。
絹旗ははぁ、とため息をついて、

「浜面は超そんなもんでしょうが、滝壺さん……しっかりしてくださいよ?」

「おい」

唐突に、麦野が背後を振り返ってその左手を返して水平にし、横一線に薙いだ。
その先にいたのはゾンビとは異なる化け物だった。
それは犬の形をしていた。だが、その目はやはり例に違わず白く濁りきっていた。
また全身のあちこちの皮が剥がれ落ち、赤い筋肉組織が剥き出しになっていて、腹の辺りは肋骨までが外気に晒されていた。
異常発達を遂げた歯の隙間から涎を垂れ流し、犬らしく吠えながら化け物と化した犬が走ってきていた。

筋肉の劣化は少ないのだろう、生前と同等かそれ以上の速度で大口を開けて四人に食いかかる。
が、真っ先に反応した麦野の左手の軌跡をなぞるように、薄く引き伸ばしたような『原子崩し』が放たれる。
それはさながら断頭台の刃のようにあっさりと、ゾンビ犬の体を上顎と下顎を切り分けるように口のところで真っ二つに引き裂いてしまう。
飛び掛った状態で『原子崩し』の餌食となったゾンビ犬は、そのまま空中で絶命し寸断された頭部と血を散らしながらどさりと床に倒れ込んだ。
絹旗はそれを無感情に見つめ、提案した。

「二手に超分かれましょう。一方は脱出手段を。一方は避難所を探すんです。
こんな状況ですが、必ずまだ生存者は超います。そんな人たちが集まる場所があるはず」

「そういう所に他のみんながいるかもしれないってことだね」

「つまりそれなりの人数を運び出せる方法が必要になるな。第一位は?」

「誰があんなクソ野郎の心配なんてするか。当然放っとく」

全員の思考は何も言わずとも一致していた。
互いにとって『アイテム』は大事な仲間だが、仲間は『アイテム』だけではない。
ぬるま湯のような世界で出来た大切な者たち。それを見捨てるという選択肢は頭になかった。

「戦力的に考えて、浜面と絹旗、滝壺と私の組み分けがベストだと思う。
浜面は無能力者だけど戦えないわけじゃないからね。滝壺は……残念だけど、あいつらには無力だし」

滝壺理后の『能力追跡』はただのサーチ能力ではない。
そこには学園都市の全機能を一人で補えるほどの可能性が眠っており、開花すれば『学園個人』とさえ言われるほどの力。
しかしそれも正常な能力者が相手でなければ何ら意味はなく、したがって滝壺は誰かの庇護下に置く必要がある。

「……私だって、やれるよ。重荷にだけはなりたくない」

浜面は思う。たしかにそれは事実だろう。
だが滝壺本人は今のように必ずその扱いを嫌がる。
実際のところ、滝壺のその言葉は口だけのものではなかった。
柵川中学校で隻腕の化け物と戦った際には滝壺がいなければ浜面は間違いなくあそこで死んでいただろう。
既に一度、滝壺に命を救われているのだ。

しかし同時にやはり滝壺は非戦闘タイプという事実も変わらない。
本音を言えば浜面は自分自身の手で滝壺を守ってやりたかった。
とはいえこの状況でそんな我が侭を押し通すべきなのか。
浜面と麦野、どちらが護衛についた方がより滝壺の生存率が高いか。
そんなことは無能力者でも、無能力者だからこそよく分かった。

「……そうだな。滝壺、お前はお荷物なんかじゃない。
でもこんな時だ。何があるか全く分からない。でも、麦野と一緒なら大丈夫だ」

おそらく滝壺も浜面とほとんど同じ思考ルートを辿ったのだろう。
やがてこくりと小さく頷いた。麦野も、絹旗も、二人は信用している。

「超決まりですね。―――と、なれば話は超簡単だったんですが」

「早速今決めたことはなかったことになるみたいだね。ってなわけで忘れていいよ」

浜面も滝壺もすぐに気付いた。気配。臭い。声。
このスーパーマーケットを取り囲むように、夥しい数の亡者が集まっていた。
何重にも重なった死者の呻き声が聞こえてきた。近づいてくる。じりじりと、数えることも困難な圧倒的な軍勢が。

「むぎのが派手に暴れたから……」

「反省はしてるわ」

突撃してきたもう一体のゾンビ犬に絹旗が軽い調子で裏拳を食らわす。
『窒素装甲』の恩恵を受けた彼女の拳は本来ならあり得ない威力でゾンビ犬の頭部を変形させた。
勢いそのままにゾンビ犬は床にその体をめり込ませてしまう。
今ここに集まっている数百の群れの中には、ゾンビ以外の化け物も混ざっていることが証明された。

「で、どうすんだよ? やるしかねえ、か?」

「いいや。こうなったら私と絹旗がこいつらとじゃれるから、アンタと滝壺は脱出手段を探して。
綺麗になったらさっき話したように私らも動くからさ」

「お二人に私の携帯を渡しておきます。目的を達したら麦野の携帯に超連絡してください」

まだ何事か言う浜面を適当に説き伏せ、麦野沈利と絹旗最愛は二人を強引に送り出す。
二人は渋々といった様子でようやく引き下がり、気をつけるようにと念押しし去っていくその背中を守るように超能力者と大能力者は立つ。
もう姿は見えていた。フロアを埋め尽くさんばかりの生きた死体が真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
やはりその中には人間だったもの以外のものもちらほらと散見された。
浜面と滝壺を援護するように『原子崩し』を放つ麦野を見て、絹旗はまたもため息をつく。

「仕方ないですね。ま、昔の『仕事』だと思ってやりましょう」

「さあ、カーニバルの時間だ。面倒くせぇが相手してやるよ」

超能力者と大能力者。他を寄せ付けぬ圧倒的な力。
それが一度振るわれた瞬間、ごっそりと死人の軍勢の一角が壊滅した。

投下終了

というわけで本作ヒロインは硲舎佳茄ちゃん
PSP超電磁砲以外にも原作超電磁砲7巻で描いていた絵に名前があったのですが、名前の初出はゲームかな?
七歳という禁書界では最強のロリとして君臨していたが、ある日フェブリにその座を奪われる
しかしそのフェブリもフレイヤという絶対王者に蹴落とされる
フレイヤを超えるキャラは流石に今後も出てこないでしょう……出ないよね?

次回は上条シナリオと垣根シナリオ
前回の一方通行シナリオで張り忘れていたファイル14をここで一緒に

Files

File14.『看護師の日記』

九月一〇日

今日もまた例の病気の患者がやって来た。
一体何なのこれは。本当に何が起きてるっていうの?
こうも短期間のうちに爆発的に……。
どうやらこの奇病は老若男女問わないらしい。
とりあえず予防行動をしっかりするよう通達があった。
言われなくてもって感じではあるけど、これは本格的にやらないとまずいかもね。

九月一一日

一向に勢いが収まる気配が見られない。
うちの病院には一人、『冥土帰し』とまで呼ばれる凄腕の医者がいる。
でもあの人でさえ苦戦しているらしい。普通じゃない。
ようやく分かった気がする。何かが変。決定的におかしい。
そもそもの話、この清潔な学園都市で突然新種の奇病なんて生まれるわけがない。

冥土帰しと呼ばれるあの先生でも分からないなんてあり得ない。
だったら考えられる可能性は自ずと限られてくるはず。
私たちは前提から取り違えているのかもしれない。
……これは病気なんかじゃない。学園都市で作られた人工の細菌か何か。
それなら誰にも分からなかった説明もつくと思って先生に確認した。

案の定だ。先生も私と同じ考えだった。
つまりやっぱりこれは生物災害。バイオハザードってことなんだ。

九月一二日

体が震えるのを止められない。こんなものがこの世に存在したなんて!!
あれはただの病気やウィルスなんかじゃない。
紛れもない悪魔の産物。核兵器なんかが小さく見えるほどおぞましい。

……だって、どう見たって死んでいた。死んでいたのに!!
生きている、あれは生きていた!! 動いてた!!
ああいうのをゾンビって言うんだろう。映画でしか見たことがない想像上の存在が、今現実にいる。
もしかしたら、いやきっとあの奇病の感染者は皆こうなるんだ。
数え切れないほどに溢れた感染者たちが全員、虚ろな目で起き上がるのなら。

この街はもうじき、死ぬかもしれない。

File15.『一方通行からのメール』

水道の水は絶対に飲むな
奴らに傷を負わされるな

大体分かってると思うが、この異常事態はやはり新種のウィルスによるものらしい
あの冥土帰しの出した答えだ、間違っちゃいないはずだ
俺も同感だしオマエらも同じ結論に至っていると俺は考える

何人にこのメールが届いているか、何人がこれを読めているかは大いに疑問だが
生き残る気がある奴は第七学区の総合病院に来ることを勧める
現状、あそこは生存者の避難所になってるからな……いつまで続くかはともかく

ヒロインはロリか

バイオハザードって麦野にとっては不意打ちさえなければヌルゲーじゃね

乙  美琴が佳茄ちゃんを保護したか  良かった
でも麦野たちにフラグがたった気がしないでも  麦のんゾンビ化はこわいなー 

無敵むぎのんだけど、フレメアの姿が出てないのが怖いなぁ……

あぁ・・やっぱりあの子(佳茄ちゃん)だったか。
知名度が低いとあるキャラ+バイオ2のシェリーと同等もしくはそれなりに相当する年齢のキャラだろうなと大体予想できてた。

ただ、その子を保護した段階で美琴の死亡率が格段と上がった気がする・・・。

乙ぱい
レーダー役の美琴とビーム役の麦野が合流したところに
全員が張り付いて行動すればもう何も怖くない
ヒロイン本当に予測不能だった
あとガン掘りしたいのは15巻の垣根以外の何物でもないです
垣根きゅんの眼球きゅん舐めたいお><

佳茄ちゃんはその後、大人に成長してジェイク的存在の人物と出会うんだろうな。

・・・生き残ったらの話だけど。

問題は次男が沖矢なのか安室なのかだ

センター試験、終わりましたね
受験生がいるかは分かりませんが、二次試験のない方はお疲れ様でした
英語、ちょっと出題傾向変わってましたね
国語も小説は読みやすかったですけど、論説は前年に引き続き分かりにくく退屈な内容で思ったほど易化してなかった印象

そして雷よけのトラウマが再び>>1を襲う

>>443
精神的にも物理的にも、現在一番無双してるのは間違いなく麦野でしょうね

>>445
浜面「あれ……いつも通r」ジュッ

>>449
基本的に第三次世界大戦終了後の設定なので、新約の設定は(おそらく)ないです
なのでフレメアは登場しません……登場しないだけで原作通り学園都市のどこかにいるのか、あるいは存在そのものがこのSSではないルートなのかはお任せします

>>450
リアルに「何……っ!?」ってなった
まさか佳茄ちゃんを想像できる兵がおったとは……きっとあなただけでしょう

>>451
うーん、あなたはすぐに見つけられる気がしますw

>>456
成長が止まって老化のないアルティメット佳茄になるわけですね



Fighting foes is not the only way to survive this horror.



上条当麻 / Day1 / 10:02:00 / 第七学区 『オリャ・ポドリーダ』

精神的にもそうだが、当然肉体的にも消費していた。
上条当麻は適当に見つけたファミレスの厨房に身を潜め、体力の回復に努めていた。
ここなら位置的に外からは見えない。静かにじっとしていればまず見つかることはない。
震える体を自身の両腕で抑え、漏れそうになる掠れ声を押し殺し、しかし。

(隠れて、体力を回復して。そして、そしたら、どうするんだ?)

その先に続くものが何も見えなかった。
インデックスは見つからないし、常盤台中学にも辿り着けていない。
他の知り合いたちも全く見かけていない。そればかりか彼は変異してしまったクラスメイトを二人も目撃してしまっている。
頭をよぎる最悪の想像。しかし上条はそれを馬鹿らしいと一蹴する術を持っていない。

(どうするんだよ? 何ができるんだ? そんなもの、あるのか?)

信じたい。だがそれは所詮願望であり、明確な根拠に裏づけされたものではないが故に不安は拭いきれなかった。
ゾンビだけではない。上条は先刻ゾンビとは比較にならないほどの異形と遭遇している。
二つの頭を持ち、脳を抉り出して貪る悪夢の具現化を。
あの少女の頭蓋を砕き、中身を啜った異形を。

あんなものが学園都市を徘徊しているのなら。
そして上条はあれを見て、亡者以外の化け物があれだけだと思えるほど楽観主義者ではなかった。
改めて思う。で、あれば。一体この街は今、どうなっている?

(……駄目だ。じっとしているとやっぱり心が潰れそうになっちまう)

いずれにせよ、ここで死んでしまえばそれで全てが終わりだ。
生き延びて、助けを求めている人がいるとしても何も出来なくなってしまう。
とりあえずは生き残ることだけを考えることにする。
そのためには警戒を怠るわけにはいかなかった。

だから、上条は顔を上げる。
厨房にある銀色のステンレスが鏡のように働き、反対側を映していた。
反対側、つまり客席。そこからは窓ガラス一枚挟んで木の葉通りと呼ばれる道が見える。
上条はこれを使って度々様子を確認していたのだが、今度ばかりは無視出来なかった。

そこに歪んでいるが映っているものを見て、上条は思わず立ち上がっていた。
それに付随するリスクなど考える余裕はなかった。ほとんど反射と言ってもいい。
上条は鏡越しではなく肉眼でそれを確認して、間違いないと確信して、湧き上がるような歓喜と安堵の渦に飲み込まれるのを感じた。

「御坂!!」

常盤台中学の制服。肩までかかる程度の茶髪。
それは第三位の超能力者にして上条が探そうとしていた御坂美琴だった。
走っていた。生きていた。
心の底から安堵すると共に上条は希望をも手にする。
美琴が生きていたのだから、きっと他の知り合いだって無事にきまっている、と。

すぐに駆け寄りたい。隣に立って、名前を呼んで、何なら抱きしめてキスでもしてやりたい気分だった。
そんなことをしたら即刻殺されるだろうな、などと下らないことを考える余裕が戻っていることを上条は自覚する。
堂々と表通りに出るのは上策ではないだろうと判断した上条は厨房の隣から行ける裏口へと走った。
そこから外に出て、美琴と合流して、そしたら。

しかし。上条のそんな余裕と思考は、すぐに粉々に砕け散ることになる。

「……血の臭い、」

入る時は表から入ってきたから、裏口を通るのはこれが初めてだった。
その独特で強烈な臭いにはすぐに気付いた。
誰かが、死んでいるのか。あるいは大怪我をして動けないでいるのか。
後者であればゆっくりしている時間はない。上条は走って、

「―――ぅ、ぁ」

心の底から後悔した。この裏口を通ってしまった自分の行動を呪った。
美琴を見つけた喜びが絶望に塗り替えられていく。
上条当麻の心が砕かれていく。
それほどの力を目の前の光景は持っていた。

狭い通路に、血の池が出来ていた。
異常なことに今日だけで何度も目撃してしまっている光景だった。
その中央に人間が倒れている。この血の持ち主だった。
だがそれは。上条当麻にとってただの死体で済む話ではなかったのだ。

上条と同じ高校の制服を着用していた。同じ学校だ。
下半身にはスカート。女性だ。
美しい黒のロングヘアが振り乱され、自身の血液によって真っ赤に染められていた。
そしてその首元にはやはり血で赤くなっているものの、十字のネックレスのようなものがかけられていた。
それはその少女の能力を封じるため、イギリス清教から渡されたものだった。
その顔は上条の見慣れたものだった。
その少女は、姫神秋沙だった。

ふらりとバランスを崩す。壁によりかかり、ずるずるとその場に崩れ落ちる。
クラスメイトだった。吹寄制理たや青髪ピアスと同様に。
上条はかつてこの少女のために戦い、その手で命を救ったことがある。
そんな姫神が、今目の前で死んでいた。

かつてのような作られた虚構の死ではない。
上条の幻想殺し程度ではどう足掻いても打ち消せない、本物の『死』が。
そこにある。既に確定した、変えようのない現実として。

「……何なんだよ」

ぼそりと呟く。

「―――何ッなんだよこれはッ!! ふっざけんじゃねぇぞォォおおおおおおお!!!!
姫神が何をしたんだよ何で吹寄や青ピが死ななきゃいけないんだどうして御坂が逃げまわらなきゃいけねえんだよォォおおおおおおおお!!
こいつらが何したってんだ言ってみろよ死ななきゃならねえようなことなんて何もしてねぇだろうがよぉぉおおおおおおおお!!
返せよ!! ちくしょう、返せよ!! あいつらの命も笑顔も全部、テメェが奪ったもん全部返せよッ!!
こんなっ、こんな風に、こんなに簡単に奪われていいほど軽いもんなわけねぇだろうが!!!!!!」

咆哮する。
上条当麻が如何なる死線を潜ってきた人間であるにしても、本質的にはまだ高校生の少年でしかない。
この短時間で相次ぐ友人の死。歩く屍。本物の化け物。
そんな環境に放り込まれれば発狂してしまいそうになるのも道理だった。
誰に対して憤っているのかなんて分からなかった。きっと、この惨劇を許した世界の全てにだろう。

頭を掻き毟る。今ほどこの右手の、自身の無力さを恨んだことはなかった。
幻想を砕く右手も現実に対してはこんなにも無力だ。
姫神秋沙が死んだ。吹寄制理が死んだ。青髪ピアスが死んだ。
彼らは死んだのだ。ちょっと前までは笑顔で話していた友人が、だ。

こんなにも、呆気なく。こんなにも、理不尽に。こんなにも、凄惨に。
見てみると、姫神の首が食い破られていた。おそらくこれが致命傷となったのだろう。
人間の体内にはこんなに大量の血液が詰まっているのかと思わずにはいられないほどの血が、そこから蛇口を捻ったように溢れたのだろう。
姫神秋沙も、吹寄制理も、その他多くの死んでしまった人間たち。
人間である以上死はいつか必ずやってくる。
だからって、死んでしまうとしても、何もこんなに惨い死に方ではなくても良かったはずなのに。

だが上条に絶望する時間はそう長くは与えられなかった。
ぴくり、と。死んでいる姫神の指が動いた。

「―――は、」

それを見て、上条はようやくそれはそうだと思い出す。
今この街を席巻しているのは何だ? 姫神は一体何に殺された? 自分はさっきから一体何から逃げている?
ようやくそこに壊れかけた思考が至った時には既に手遅れで。
しかも事態は上条の想像より深刻だった。

むくりと姫神は起き上がる。
死んだはずの姫神が、活動を停止したはずの体が、再度活動を始める。
ゾンビ化。死者に無残に食い殺された彼女が、同じく歩く死者と化して動き出す。
そのはずだった。

「……何だ、これ」

その上条の言葉は姫神が死んだという事実に対するものでもなければ、彼女がゾンビになったことに対するものでもない。
単純に目の前のものの理解が出来なかったのだ。
起き上がった姫神の全身は赤みを帯びていた。ただし、それは血が付着したことによるものではない。
姫神の皮膚が赤く変色しているのだ。勿論それは血による赤でも筋肉繊維の赤でもない。
そしてもう一つ。いつの間にか、本当にいつの間にか姫神の左右の手、一〇指の爪が獰猛な獣のように鋭く伸びていた。

「ハァアアアアア……」

化け物となって起き上がった姫神はその死んだ魚のような目で上条を捉えた。
僅かな間があった。獲物を見定めるような間が。思考が停止したことによる間が。
そして、

「っ!!」

突然にゾンビ(おそらくではあるだろう)へと変貌した姫神が長く伸びた獣のような爪を振るう。
咄嗟に身をかがめてそれを回避できたのは奇跡……というほどではないだろう。
思考がほとんど止まっている状態で反応できたのは上条にしては珍しく幸運だったと言えるだろう。
しかしそれは、一部の人間から『前兆の感知』と呼ばれるスキルだった。
特殊な予知能力の類ではない。あくまで洞察・観察力の延長線上にあるもので、英国第二王女なども同じような技術を持っている。
とはいえそれはやはり普通には得られない能力だった。

(ッぶねぇ……!!)

爪が鋭く空気を裂くブン、という棒を思い切り振ったような音が上条の耳を叩く。
本当に危ないところだった。少しでも掠れば、傷を負わされれば。
上条も同じく生きた亡者となってしまうのだから。

(こいつ……どういう理屈かなんて知らねぇが運動性能が桁違いだぞ!!)

この死人の軍勢は圧倒的な数とその感染力が脅威なのであって、単体で見ればそれほどの脅威ではなかった。
その動きは緩慢で、容易に振り切れるものだからだ。
しかしかつて姫神秋沙だったこいつは違う。のろまなゾンビとは比較にならぬ俊敏な動きで攻撃を仕掛けてきた。

「クソッ!!」

もともと上条当麻の戦闘能力は高くない。
無能力者である上条は何ら能力を有していない上、こんな存在に対してはジョーカーである右手も全く役に立ちはしない。
加えて相手がゾンビではない恐ろしい化け物であるならば、逃走を躊躇う理由など欠片もなかった。
ましてや。目の前の化け物は、姫神秋沙―――だったのだ。

走る。逃げる。
迷わず背中を見せて上条は全力で駆けた。
背後を振り返る必要などなかった。
わざわざ目で確認するまでもなく赤い化け物が追ってきているのを嫌でも感じる。
やはり死体とは明らかに違う。かなりの速度で走って追いかけてきている。

死を呼ぶ追跡者の重圧を背後に感じながら、上条は必死に恐怖を押さえ込んだ。
目の前のドアをバン、と開け放ち先ほど身を潜めていた厨房の辺りへ戻ってくる。
即座にドアを閉めて鍵をかけ、近くのロッカーにあったモップを引っ掛けてつっかえ棒のようにして侵入を防ぐ。
が、それも長くは持たないだろう。事実、今もドン、ドン!! とドアを激しく叩く音が向こう側から聞こえてくるし、その度にドアが激しく揺さぶられている。

かつては黒いロングヘアの似合う美少女だった。
上条は、もう考えることをやめた。心を無にしようと努めた。
これ以上姫神のことを考えればきっと動けなくなる。
そして今すぐここを離れなければ間違いなく殺される。

逃げるかしかない。どこかへ。
リスクなど無視して上条は表通りへと出る。
あの裏口は一本道で、そこにあの化け物がいる以上もはやあそこは使えない。
幸い、その道には今はゾンビの姿が見られなかった。
ただ道の脇にあるゴミ捨て場でやはりゾンビ化した猫がゴミを漁っているだけだった。

「早く、どこかに行かねぇと……。美琴はどこに行っちまったんだ……。
俺の知り合いはどこにいるんだよ……っ!! ちくしょうぉ……」

ゴミを漁る猫など無視して、気付かれないうちに上条は離れる。
どこを目指せばいいのかなど分からないが、とにかく動く。
もう、目的などなくなりかけていた。自分が何のために走っているのかさえ分からなくなりそうだった。
一体あと幾つの死をこの目で見なければならないのだろうか。

上条がそこを去ったおよそ一〇分後。先ほどまでゴミを漁っていた猫は、道端に転がる少女の死体の肉を食い漁っていた。
やはり濁った目で肉を引き千切り、咀嚼していた。
その三毛猫は、かつてツンツン頭の少年や白い修道服を纏う少女からスフィンクスと呼ばれていた。


垣根帝督 / Day1 / 10:19:46 / 第五学区 ショッピングセンター

「ここ、ほとんどゾンビがいないわね。どうしてかしら?」

「たまたまだろ。とはいえいつまでそれが続くか、って話だが。
閉じこもっても何も解決はしねえ」

商品が棚から崩れ落ち、様々なものが乱雑に散らかっていた。
それらを気にすることなく靴底で踏みつけながら垣根はつまらなそうに言う。
前を行く垣根が踏みつけにした容器から洗剤が捻り出され、心理定規はそれを慌てて回避する。
酷く荒れ果てた様子のショッピングセンターに二人はいた。

「つーかよ、上条や浜面を探すっつってもどうやってって問題があるよな」

「携帯は二人揃って私の部屋に忘れるっていう間抜けっぷりだしね。
まあ、すぐに通話なんて出来なくなるでしょうけど」

選別した物資を適当に頂戴しながら二人は店内を物色する。
当然会計など行わない。行う意味もないし、第一やりたくても出来ない。
こうなってしまえば札束などただの紙屑でしかなかった。

「適当に彷徨ってドンピシャであいつらに出会う確率ってどれくらいだろうな」

「あなたの能力で確率でも歪めてみたら?」

バーカ、と垣根は手をひらひらと振りながら返した。
そんなやり取りをしながら、しかし彼らは決して気を緩めてなどいなかった。
こうしている今も全方位に気を使い、気配を感じ取り、即座に反応・迎撃できるようにしている。
長い間暗部で勝ち残り、そのトップを張っていたのだ。
今はもう暗部ではないとはいえ、長年の癖のように骨の髄まで染み付いている。
そのおかげで、二人はすぐにその気配にも気付くことができた。

「……一体確認、だ」

垣根の視線の先には静かに佇む一体のゾンビ。
学園都市では少数派である大人であり、黒のスーツを身に纏っていた。
しかしその高価そうなスーツも今や血に汚れてしまっているが。

「うぇ……やっぱまだ慣れないわ。気持ち悪い。なんで臓器が腹からはみ出してんのよ……」

「……まあ俺らが散々経験してきたものとはまた別種の嫌悪感ではあるな」

言いながら垣根は銃口を動かぬ亡者へと向ける。
相手はこちらに全く気付いていない。なので垣根は遠慮なく鉛弾をぶち込むことにした。
バァン!! という銃声。放たれた弾丸は正確にその頭に風穴を空けた。
まるで糸の切れた操り人形のようにゾンビはばたりとその場に倒れ込む。
やがてゆっくりとその死体を基点に赤い池が静かに広がっていった。

「……頭を弾けばこいつらを殺せる。大事な情報よね」

「胴体にいくら撃ち込んでも全然死にゃしねえからな、こいつらは。
それより、今の声聞こえたか?」

「ええ、おそらく女の子の声ね」

垣根が発砲した直後、女性の声が聞こえた。
心理定規も聞いた以上気のせいなどではないのだろう。
人間の声。生存者の声だ。この近くにまだ生きている人間がいる。

垣根と心理定規は声が聞こえた方へと慎重に歩みを進める。
辿り着いた先は関係者以外立ち入り禁止の札が下がった倉庫だった。
二人は無言のまま一瞬目を合わせ、ドアを挟むように左右に分かれて立つ。
銃を構え、一息ついてから垣根はバン!! と一気にドアを開け放つ。
それを合図に二人は黒光りする銃口を即座に中へと向けた。

「ひっ……!!」

その音に驚いたのか、積み重なったダンボールの陰から怯えたような声が聞こえた。
やはり生存者が隠れていたらしい。
垣根と心理定規は油断なく室内に目を走らせ、化け物がいないことを確認してから銃を下ろした。
後ろ手に扉を閉め、外から見つからぬようにする。

「安心して。私たちは人間よ。……でも、これは……」

見てみると、そこには二人の少女がいた。
どちらもが名門中の名門、常盤台中学の制服に身を包んでいる。
一人はカールがかった茶髪の少女。一人は黒のロングヘアの少女。
だが黒い髪の少女の腕にはぐるぐると包帯が巻かれており、白いそれが真っ赤に染まっていた。
その近くには開け放たれたダンボール、辺りには散乱した物。
もう一人の少女が懸命に手当てしたのだろう。

「……やられたのか、そいつ」

垣根が腕から出血している少女、泡浮万彬を一瞥して呟いた。
現在のこの街の状況を考慮すれば、その怪我がどんなものかなど馬鹿でも分かる。
茶髪の少女、湾内絹保はそんな泡浮をずっと介抱しているようでその顔色は相当悪い。
おそらくそれは単に友人が傷ついたから、ではない。
湾内とて、きっと気付いているのだ。アンデッドに噛まれた泡浮が、どうなるかを。

「あ、あなたたちは……?」

湾内が怯えながら、だが確かに泡浮を腕を伸ばして庇いながら問うてくる。
おどおどしているようで意外に芯は強いのかもしれない。
その怯えながらも退くこともない眼に、垣根は内心感心する。

「俺は第二位だ」

垣根はただそれだけ告げた。
それを聞いた湾内は分かりやすくその表情を驚愕に染める。
当然である。超能力者など七人しか存在しないのだ。
しかもその第二位、同じ常盤台のエースである御坂美琴よりも序列が上となれば誰でも驚く。

「だ、第二位……!?」

「そう、ちなみに私は大能力者。……ねえ、あなた。
ずっと隠れていたって状況は何も好転しない。分かるでしょう?」

心理定規もレベルだけを告げる。
その能力が今のこの街では何の役にも立たないことは伏せて。

「第二位と大能力者。私たちと一緒なら生存率は飛躍的に跳ね上がるとは思わない?」

死にたくなければ一緒に来い。
垣根と心理定規はそう言っていた。
湾内と泡浮からすればそれはまさに垂らされた一本の蜘蛛の糸。
絶望に差し込んだ一筋の光。最後の希望だった。
しかし、

「泡浮さんは……」

湾内は即答しなかった。
ちらりと背後で横になっている泡浮に目をやる。
泡浮は意識を失っているのか眠っているのか何も言葉を発さない。
誰が見ても今の泡浮を連れて歩くことなど不可能だった。
そしてそれを湾内も理解しているからこその問い。

「それは……」

僅かに答えに詰まり、言いにくそうにした心理定規の様子を察した垣根は引き継ぐように宣告する。

「残念だが、そいつは置いていく」

無慈悲に、冷酷に、そう言い放った。
垣根はすっ、と湾内の背後にいる泡浮を指差し、

「その女は十中八九『感染』している。身内から生きた死体が出るのは避けたいんでな」

「……いつ『発症』するかも分からないし、ね……」

垣根と心理定規もこの事態が何らかの薬品や細菌の類によるものだという推論は立てていた。
そして傷を負わされた者が同じくゾンビと化すことも、知っていた。
ならば感染者である泡浮を置いていこうとするのも、当然と言えば当然だった。
ここで泡浮を連れて行った場合、突然背後から泡浮に首を噛み千切られる可能性すら否定できないのだ。
これがたとえば上条当麻だったなら、また対応は違っただろう。
しかし二人は“切り捨てる”ことができる人間だった。だからこそ最適解を選ぶことができる。選べてしまえる。

「お気持ちは大変嬉しいのですが」

湾内は毅然とした態度で、しっかりと二人を見つめて言う。
やはりその眼には明らかな意思があった。

「泡浮さんを連れて行けないというのであれば、わたくしはここを動くわけにはまいりません」

「残ってどうする。隠れていれば助かると思うほど馬鹿じゃねえだろ、常盤台のお嬢様よ」

「これはきっと最後のチャンスよ。あなたが生き残るための、ね」

湾内はあろうことか自分から希望を捨てた。
彼女とてここを逃せば生存の確率は絶望的と理解しているはずなのに。
生き残るために泡浮を切り捨てることを、湾内は良しとしなかった。
目の前の生よりも、友人と死を選んだ。それがどういうことを意味するのか、きっと正しく理解した上で。

「ええ、分かっているつもりです。けれど、泡浮さんを置いていくというのならばわたくしはここに残ります。何があっても、絶対に」

「―――行って、ください、湾内さん……」

その時、立ち上がることも出来ないといった様子で横たわっていた泡浮が弱弱しく口を開いた。
その声は小さく、掠れていて酷く衰弱していることが一目で分かった。
湾内がはっとしたように振り返り、タオルでその額に流れる汗を拭いてやる。

「わたくしには、構わず……逃げて、ください……」

「何を言ってるんです。そんなこと絶対に出来ません。わたくしは最後までずっと一緒ですわ」

「逃げ、て……お願い、ですから……」

「嫌です。わたくしはここから離れません」

「……っ、この、馬鹿……ッ!!」

湾内は泡浮の震える手をぎゅっ、と握り精一杯の笑顔を浮かべた。
笑いながら湾内はこう言った。

「えへへ……初めて、怒られちゃいましたね」

「――――――っ!!」

泡浮はもう何も言わなかった。言えなかった。
ただ、ほとんど動かぬ腕で目を覆い、静かに震えていた。
湾内は泡浮に寄り添って、笑っていた。幸せそうに、笑っていた。
きっと彼女はこの選択を、最期の時まで誇りに思っているだろう。
その勇気を、自分で褒めながらその時を迎えるだろう。

「―――……『表』の人間ってのは、どいつもこいつも救いようのねえクソ馬鹿ばっかだ。本当にな。本当に―――クソッタレが」

「…………」

それを見ていた垣根と心理定規はもう何も言えなかった。
その選択を誤りであると断じることなど、出来はしなかった。
二人は湾内と泡浮に背中を向け、立ち去っていく。
もう一度最終確認をするなんて野暮なことはしない。
ただ、垣根は最後に一つだけ訊ねた、

「なあ。湾内と……泡浮っつってたか。お前ら、覚悟はできてんだろうな?」

垣根が呟くと、湾内と泡浮がこちらを振り向いた。

「自分が自分でないものに変わっていく恐怖。
そんな友人を見ていることしかできない無力感。
果たして一体それはどれほどのものになるのかしらね」

彼女たちの持つ想像力が彼女たちを追い詰める。
極端な話、泡浮がゾンビとならなくても二人の心は想像という化け物に食われて消滅してしまうかもしれないのだ。
二人はいつ訪れるかも分からぬ運命の刻を、ただ震えて待つことしかできない。
その時を、選ぶ自由と権利さえもない。

「Fear of death is worse than death itself」

「え……?」

心理定規が流暢な口調で警告するように告げる。
垣根は懐から一丁の拳銃を取り出し、二人の方へ蹴飛ばしてシャー、と床を滑らせた。
これはもともと持っていたものではなく、警備員の死体から得たものだった。

「弾は何発か入ってる。セーフティも外しておいた。
引き金を引くだけで撃てる状態ってわけだ。“使い方は、好きにしろ”」

湾内と泡浮はその拳銃と二人を交互に見て、最後に聞いた。
湾内絹保の顔からは、やはり後悔など欠片も読み取れなかった。

「お名前を、教えていただけませんか」

「垣根帝督、だ」

「心理定規って呼んでちょうだい」

「垣根様、心理定規様、……ありがとうございます。どうかお気をつけて」

言葉はそれきりだった。
垣根と心理定規はもう何も言わず、倉庫を後にした。
その空間に残ったのは湾内絹保と泡浮万彬の二人だけだった。



Files

File16.『関係者各位への連絡事項』

最近、事情は不明であるが下水道を始めとする水道関係に問題が生じたとのこと。
上水・下水共にこれまで以上に気を使わなければならない。
以前お客様からのお叱りを受けたことがあった。
お客様からの信用を失わぬためにも定期的に点検を行うこと。
また定刻の水質検査も更に入念に行うこと。

特に飲料水を製造・水を使用する際には二重三重の確認を怠ってはならない。
『食』という分野に携わる我々は、お客様の信頼にお応えしその品質を保つ責任があるのだから。




File17.『女子生徒の走り書き』

ごめんなさい


その下に、また違う筆跡で何かが書かれている。


ありがとう

死の恐怖は死そのものよりも人を悩ます

というわけで投下終了
現時点での彼らの精神的ダメージをバイオハザード風に表すなら

上条さん Caution(orange)

美琴 Caution(yellow)

垣根 Caution(yellow)

浜面 Fine(green)

一方通行 Fine(green)

といったところでしょうか、まあFineと言っても割とギリギリの、ですけどね
次回は一方通行シナリオと美琴シナリオ、多分遅くなります

現在の組み合わせは

上条当麻
御坂美琴・硲舎佳茄
垣根帝督・心理定規
浜面仕上・滝壺理后
一方通行・番外個体

となっています、佳茄ちゃんの登場をもって主要キャラは全て出揃いました

あれ? インさんは……?

乙ぅ…
湾内さん泡浮さんは最後まで美しい二本の百合だったのだ
ところで垣根はなんで能力じゃなくて銃使ってんですかね?
やっぱビッグマグナムを捻じ込まれたいって意思表明なんだろうな
安定の童貞非処女と言える
ブチ確(もろちん性的な意味で)

もしや怪物オールスターか?
だったら全部で何種類いるんだ?

アンブレラ社かアンブレラ社的な組織も後に出てくる?

>>491
バイオがオモシロ百鬼夜行になったのって4以降だし、ベロニカまでなら実は大していないだろ
ボス級もロケラン1発で事足りるデクばっかりだし、超能力者なら鼻歌混じりに瞬殺できるはずだが

ミコっちゃん、君はどこまで行くつもりだい……?
既に学園都市を消し飛ばせそうなレベル、軍覇もやられちゃったし……
もう見た目が完全にアカン、馬鹿でかい黒いエネルギー球とか超電磁砲という能力の欠片も残っとらんわ
それと食蜂さんはいい加減げんなまに一糸報いましょう

>>480
インさんはまだですので、座って待ってるようお伝えください

>>483
能力の節約でokです、いつか説明入るはず……かなり後だろうけど

>>493
基本的にはスペックで言えば圧倒的にレベル5>モンスター共です
まあ、今回登場するあれとか一部は主人公組に合わせてパワーアップしてますけどね

>>491
流石にオールスターではないですが、結構な種類が出ると思います
ゾンビ、ゾンビ犬、アダー、ヨーン、プラント42、ハンター、キメラ、クロウ、ワスプ、蜘蛛、ネプチューン、リサ、タイラント
1だけでこれだけいますから、023ベロニカ合わせると結構な数になりますね

>>492
そういう組織は出ない予定です


一方通行 / Day1 / 10:36:45 / 第九学区 新聞社

第七学区とも隣接している第九学区は工芸や美術関連の学校が多く集まる学区である。
日本では珍しいことに年功序列制がなく、完全なる実力主義というある種厳しいともいえる制度を採用している。
一方通行と番外個体がそんなところにいるのは、当然そういった方面に目覚めたなんてわけではない。
そもそも今の学園都市でそんなことは不可能だが。

「やってるな。だがあれじゃすぐに押し切られンぞ」

「おーおー、まるで映画みたいなシチュエーション。で、どうするの?」

ある建物を中心にして、数えることを一瞬で諦めたくなる数のゾンビが集まっていた。
漂う濃密な死の臭い。死の集団はおぞましい光景を作り出していた。
そしてその亡者による包囲網の中心地点。そこにある新聞社を拠点に次々にアンデッド共が蹴散らされていく。
突如吹き荒れた不自然な烈風がゾンビを纏めて薙ぎ払う。風速にして三、四〇メートル程度だろうか。
そしてそのすぐ近くでは人工の電撃が。炎が。一見何を操っているのか分からない力までが。

風紀委員。彼らはそう呼ばれる治安維持組織の一員だった。
新聞社の中には生存者が幾人か避難しており、その人たちを守るべく生と死の狭間の者共相手に奮闘しているのだ。
見上げた精神じゃねェか、と一方通行は誰に言うでもなく呟く。
だがやはりじりじりと包囲網は狭められていく。如何せん数が多すぎるのだ。
このままでは確実に風紀委員たちは倒れ、中の人間諸共文字通り全て食い尽くされるだろう。

見殺しにするのも寝覚めが悪いと一方通行は自身の能力を開放する。
学園都市第一位の能力、『一方通行』がその身に宿る。
その力はあらゆるベクトルを観測し、操ること。

「丸くなったねぇ第一位。本当、丸くなりやがった」

ニヤニヤと笑みを浮かべる番外個体を無視して一方通行はコマンドを実行。
轟!! と大気の戦乱が巻き起こる。
風紀委員の起こした烈風がままごとに思えるような、冗談のような破壊だった。
風速にして一二〇メートルにも達するそれはありとあらゆるものを片っ端から巻き上げ、粉砕していく。
見えざる巨人の手はあっという間に死者の軍勢を洗い流し、しかし中央に建つ新聞社だけは不自然に破壊を免れる。
その間僅か一〇秒足らず。一方通行は自身の生命線であるバッテリーを極限まで節約する術を身につけていた。

「ひゃっはー!! 汚物は洗濯だ!!」

莫大な気流の嵐に呑み込まれたゾンビ共は全身が押し潰されるようにひしゃげ、四肢が千切れ、天高くから地面へと容赦なく叩きつけられる。
その際に臓物などが撒き散らされ、食道が破れたからかそれこそ鼻がもげそうなほどの異臭が発生していた。
番外個体はそんな地獄のような光景でもいつもの調子を崩さない。この環境に適応してしまっているのだろう。
一方通行は番外個体にこんなものを見せたくなどなかったが、もはや今の学園都市ではそれは不可能だと割り切ることにした。
この街のどこにいても悪夢のような光景からは逃げられない。
それよりも重要なのは番外個体を守り抜くことだ。

これに驚いたのは奮闘していた数人の風紀委員たちだった。
彼らはカツ、カツ、と現代的なデザインの杖を突いて歩いてくる白髪の少年と顔つきの悪い少女を呆然と見つめていた。

「あ、あなたたちは……?」

肩下まで伸びた薄らと赤みがかった茶髪の少女がぽかんとした表情のまま問うた。
先ほど烈風を巻き起こしていた少女だろう。
この少女も、他の風紀委員たちもこんな時だというのに律儀に全員風紀委員の腕章を付けていた。
市民を守るための盾。腕章に誇りを持った風紀委員なのだろう、本当に立派な志で、と一方通行は思った。
別に小馬鹿にしているのではない。内心素直に賞賛していた。

「何でもイイ」

「おおう、風紀委員ってヤツかい。ミサカこうしてお目にかかるのは初めてだよ」

一方通行はザッと目を走らせる。
風紀委員の人数は五人。その内二人が重傷を負っていることに気付き、一方通行はその紅い目をスッ、と細める。

「オイ、そこの連中は」

「大丈夫。噛まれたわけじゃない。奴らの能力にやられたんだ」

庇うように高校生程度の茶髪の少年が説明する。
どうやらやはり彼らも噛まれることの危険性くらいは理解できているらしい。
ともあれこの少年の話が本当なら一方通行の考えた可能性は杞憂ということになる。

「なあ、あんたは一体何者なんだ。さっきの力は並大抵の能力者じゃないぞ……?」

「けけ、この白髪野郎はこんなんでも“一応”第一ぁ痛てっ!!」

必要のないことをべらべら話そうとする番外個体に手刀を食らわせ、一方通行は自身の攻撃で形が削られた周囲を見て、

「この建物の中には何人いる」

「見せたほうが早いね。着いてきてよ」

「こんなんすぐに食い破られそうなものだけどねぇ」

風紀委員に連れられて一方通行と番外個体は新聞社の中へと立ち入った。
その二階の、とある一室に生存者が集まっていた。
小さな子供から大人まで。一〇人はいるだろうか。
その誰もが小さく身を竦め、顔色は酷く悪かった。中には震えて涙を流す者すらいた。

しかし当然のことだ。一方通行や番外個体はまだいい方だ。
人間の死体など見慣れているし、殺す・殺されるという行為にも馴染みがある。
何しろそういう世界で生きてきたのだ。その分耐性があると言える。
だが本当の一般人である彼らにはこの惨状はあまりにも悪夢的だ。

「感染者は? もしいるのならすぐに隔離すべきだと思うけど」

そしてそれを理解した上で、番外個体はさらりと言う。
仕方ないのだ。この世界はもう、そういう場所なのだから。

「ゼロよ、今のトコね。……あれ、ちょっと待って。あなたどこかで見たことあるような……。たしか常盤台の……」

「オイ、ンなことはどォでもいいンだよ。ここの戦力はどれくらいだ?」

「風紀委員が六人。それと銃器があるんだが……こっちだ」

今更番外個体について殊更隠す必要などないのかもしれない。
クローンであることが発覚したところで、この死んだ学園都市ではもはや何の問題も起こりはしない。
だがそれでも良い気はしなかったので一方通行は適当に誤魔化しておいた。

「とりあえず、あんたたちに礼をしておきたい。
あんたがいなかったら危ないところだった。ありがとう」

廊下を歩いている時に、ふと少年の風紀委員がそんなことを言い出した。
一方通行の独特すぎる風貌にも物怖じする様子は見られない。
それは風紀委員であるが故か。そもそも一方通行などよりもよほど恐ろしい化け物がうようよいるのだから当然かもしれないが。
素直な感謝の言葉に一方通行はどう反応するべきか判断しかね、顔を背けてチッ、と舌打ちした。

「この人の弱点は真っ直ぐな好意。つーかこのミサカ的にもそういうのは遠慮したいんだけど。もっとドロドロしていこうよ。
こう、生存者同士が食料や武器を巡って殺し合いみたいな?」

「なァンでオマエが偉そォにしてンだよ。あとこの状況だと割と笑えないからその冗談はやめろ」

「はは、変わった子だな」

そんなことを話しながら彼らは資料室のような一室へとやって来た。
その中央にある長机の上にはいくつかの重火器が無造作に置いてあった。
大型のグレネードランチャーやショットガン。どう見ても風紀委員の備品とは思えない物々しい装備だった。
一方通行はその内の黒光りするショットガンを手に取る。どうやらセミオート式のようだ。
一メートルほどの長さの銃身を持つその銃は、ストックが好みに合わせて伸縮できるようになっていた。

「私たち風紀委員は銃器の扱いなんて学んでなくてね。そいつは警備員の領分だから、回収したはいいけど使い手がいない状態でさ」

一方通行は自身の杖をシュッと縮め、代わりにそのショットガンを杖にしてみる。
どうやらだいぶ丈夫な作りになっているらしく銃身が体重で曲がるようなことはなさそうだった。

「なら俺が貰っておく。構わねェな?」

「そりゃ問題ないが……大丈夫なのか? こう言っちゃ悪いが、重火器を扱えるような体つきには見えないが」

「本当だよ、無理すんなモヤシ。反動で死んじゃうかもしれないよ? 大丈夫? その銃持てるかにゃ?」

「ブッ飛ばすぞ?」

「ま、使い手を求めるならこのミサカ以上の適役はそういないと思うよ。
そうだねぇ、じゃあミサカはこのグレネードランチャーを頂戴しようかな。
他にも『演算銃器(スマートウェポン)』とかないのかよ?」

結局『演算銃器』なんて特別なものは見つからず、番外個体は大型のグレネードランチャーで妥協した。
普通の人間には扱いが困難であるが、番外個体は本人の言う通り特別なのだ。
御坂美琴の生体クローン、妹達の一人。軍用として、そして番外個体に限れば一方通行の殺害のために生み出された存在。
そのコンセプト故にあらゆる銃器の扱いや格闘能力、ヘリや船の操縦方法までもが『学習装置(テスタメント)』によってインストールされている。
もっとも、妹達の反乱を予防するための安全装置として作られた打ち止めのみは研究員でも制御できるようにと身体能力などが抑えられているのだが。

「しまったな。あの時病院にいる妹達から『オモチャの兵隊』でも貰ってくりゃよかった」

番外個体がグレネードランチャーを点検しながらふと思い出したように呟いた。

「オマエに割く分はなかったかもな。あそこの守りは最優先事項だろォし」

そんなことを話しながら一方通行が最大まで弾丸が装填されていることを確認した時だった。
突然外から耳を劈くような絶叫が響き渡った。
バッと皆が一斉に窓の方を振り向く。一方通行は咄嗟に番外個体を守るように無言で前に出る。

「外には見張りの風紀委員しかいない!! きっと襲われたんだ!!」

「チッ!!」

舌打ちして、動いたのは一方通行ではなかった。
赤みがかった茶髪の少女。風を操る彼女が躊躇なく窓から飛び降りたのだ。
たしかに大した高さではないとはいえ、その行動力と決断力は並のものではない。
あるいは、それこそがこの地獄にあって尚彼女を今まで生き残らせてきたのか。

「おおっ、やるじゃん」

「番外個体、オマエはここに残れ。イイな、絶対に動くンじゃねェぞ!!」

一瞬だけ電極のスイッチを切り替え、同じように飛び降り、着地し、通常モードへと即座に戻す。
消費は最低限。一方通行が着地したアスファルトには僅かなヒビが入っていた。

「丁重にお断りするよ。ミサカは守って守ってなんてお姫様タイプじゃない。上位個体じゃねーんだっつの」

続いて一方通行の言葉を完全に無視し、番外個体が飛び降りる。
スタッ、とつま先から着地し膝を折り曲げ三度に分けて衝撃を吸収。軍用らしい完璧な体捌きだった。
一方通行は思わずブチ切れそうになったが、どうせ何を言ってもこいつは引かないだろうと思い諦める。
目の届くところで管理できると発想を変えることにした。それに、番外個体の実力は十分頼りになる。

「辺りにゾンビの姿は見えないね。一体―――」

その瞬間。掛け値なしに一方通行の思考は僅かな間完全に停止した。

「――――――」

パパッ、と。一方通行の陶磁器のような皮膚にほのかに熱を持った液体がかかった。
その顔に、白い皮膚に、服に。鮮血が飛び散った。
すぐにそれは巨大な滝のような勢いへと変わり、比喩でも何でもなく本当に血の雨を降らせていく。

目の前の人間。風紀委員の少女。茶髪の少女。
その少女の首から上が、なかった。

瞬間で少女の首が、胴体から完全に切り離されていた。
一方通行のつま先に何かが当たる感触がした。
見てみれば、それは人間の生首。化粧がいらない程度には整っていた少女の顔が、頭部がごろごろと転がってきていた。

「は、」

「こりゃ……また、」

全身に指令を送る頭を失った体は電池が切れたようにばたりと倒れる。
その首からは蛇口を限界まで開いたようにひたすら、ひたすらに血液が破裂するように吹き乱れていた。
誰がどう考えても即死だった。首を飛ばされて生存できるわけがない。
これまで奮闘してきた風紀委員が。あまりにも呆気ない最期だった。

明らかに人間のものではない奇声が聞こえた。
そして一方通行はゾンビではない化け物を見た。
全身が鱗のような緑色の皮膚で覆われ、長く鋭い爪があった。
それが風紀委員の少女の命を易々と奪った凶器であることは考えるまでもなかった。
二本の手、二本の足。まるで人間と爬虫類の中間のようだ、と一方通行は思った。

その化け物。全く得体の知れない化け物に、血の雨を浴びながら一方通行は無言でショットガンを容赦なく撃ち放つ。
ガァン!! という銃声と共に強い反動が肩にかかるが、一方通行は的確にその衝撃を上手く逃がしていく。
だが。全く予想外なことに、その化け物は驚異的な俊敏性でその場を跳ね、銃弾の雨から逃れて見せた。
おそらく銃弾を見て回避したのではない。一方通行の動きに反応したのだろう。

「このクソ緑が、スクラップにしてやらァ!!」

一方通行が戦闘体制に入る。彼は一瞬上を見上げて叫んだ。

「降りてくるンじゃねェ!!」

見上げた先には一方通行や風を操る少女のように窓から飛び降りてこようとしている風紀委員の少年の姿があった。
一方通行の声を聞いた少年の体がぴたりと停止する。
隙の大きいショットガンではなく、細かい修正の利くハンドガンを抜いて弾丸をばら撒きながら指示を出す。

「オマエら風紀委員はそこにいる連中を連れてさっさとここから逃げろ!!
それと番外個体、オマエは引っ込ンでてもイイぞ」

この新聞社の中には十数人の人間がいる。
こいつらの相手をしながら守りきるには厳しい数だった。
そして番外個体はと言えば彼女も当たり前のように化け物と交戦を開始していた。
ダンダン!! と番外個体の持つハンドガンが火を吹くが、やはり捉えるには至らない。

「冗談!! っつうか時間制限があって能力を満足に使えない上、能力なしじゃ杖つきのアンタよりミサカの方がよほど役に立つと思うんだけど?」

一方通行はチッ、と舌打ちする。
悔しいが番外個体の言葉は真実を突いている。
巻き込みたくないとか、荒事に関わらせたくないとか、そういった感情を一切抜きにして。
理屈だけで考えるならば、実際番外個体はおそらく一方通行よりも安定した戦力を発揮する。

「第七学区にあるでけェ総合病院に行け!!」

上階にいる風紀委員に指示を飛ばす。彼らの反応など一方通行はいちいち気にしなかった。というよりも、気にしていられなかった。
恐ろしく俊敏に動く化け物を一方通行の銃は捉えられずにいた。
化け物が大きく跳躍し、その長く鋭い爪を構えて飛びかかってくる。
あれを食らえば風紀委員の少女のようにあっさりと首を刈り取られてしまうだろう。

対する一方通行は杖にしたショットガンの先を左方向に大きく出し、アスファルトを突きながらさながら幅跳びのように跳ぶ。
緑の化け物の攻撃は空振り、一方通行に背中を見せる形で隙ができた。
そしてこれは決定的な隙。この好機を逃すほど第一位は甘くない。
すかさずショットガンを構えて対象を蜂の巣にしようとしたところで。

ぐるん、と。緑の化け物がこちらを振り向いた。

「な、ン……ッ!?」

この化け物はそもそもの構造が人間と違った。
反応速度が違った。腕力が違った。瞬発力が違った。
だから、人間なら確実に動けない隙であっても、この化け物なら反応できても何ら不思議はない。
今度は一方通行に隙ができる。だが、

「足手纏いになってんのはテメェじゃねえかクソ野郎!! 手間かけさせないでよ第一位!!」

番外個体がその右手をブン、と振るう。
バヂッ、という紫電が弾ける音と共に二センチほどの鉄釘が撃ち出された。
美琴の超電磁砲とは違う、単純に電磁力で弾丸を射出する方式。
音速を超える程度の速度、威力は銃弾と大差はない。
しかし。慣れのおかげで拳銃よりも早く放てるという利点が番外個体にはあった。

「ギャシャァァァァアア!?」

番外個体の放った鉄釘は、グチュリと嫌な音をたてて緑の化け物の眼球に突き刺さった。
完全に目玉が潰れてしまっている。絶叫し、のたうつ化け物を見て、

「情けねェが、この体じゃやっぱり能力なしで正面きってやるのは厳しいか。礼は言っておく」

一方通行は完全な零距離でショットガンの引き金を引く。
散弾銃。この手の銃は派手に弾がばら撒かれるものだが、しかし今回は零距離だ。
弾丸が方々に散らばる前にその全てが面白いほど完璧に緑の化け物へと突き刺さった。
もともとが学園都市特製の独自規格。その威力も『外』のものより遥かに高い。
全身の至る箇所を内部から破壊された化け物はぼろ雑巾のように吹き飛び、動かなくなった。

「……何とかなったか」

一方通行は呟いて。そして、電極のスイッチを能力使用モードへと切り替えた。
近くにあった道路標識を力任せに引き抜いて、まるで槍投げのように背後へと投擲する。
ベクトル操作された道路標識は尋常ではない速度で空を切り突き進む。
そして勢いそのままに何十メートルも先の避難していた十数人の人間、彼らを守っていた風紀委員に襲いかかろうとしていた別個体の緑の化け物の頭部をあっさりと貫いた。

「わーお、お仲間さんのご到着だ」

「問題ねェよ。すぐに終わらせる」

カチャ、という手と同じく鋭く伸びた足の爪がアスファルトを叩く音。
一方通行の背後に、同じ緑の化け物が更に三体立っていた。

(逃げるための援護はしてやった。
あいつらが無事にあの病院まで辿り着けるかは風紀委員共の腕にかかってるだろォな)

そんなことを考えながら、一方通行は立つ。
その身に最強の能力を纏って。獲物を射抜く眼光を放って。

(本当なら能力は使いたくなかったが……流石にチカラァなしで三体を相手にすンのは厳しいな)

だからこその速攻。それが最適解だろう。
番外個体を戦力に数えても三体を相手にしてどうかと言われると推測しづらい。
一撃もらえば終わるかもしれないという制約も相当に難易度を引き上げていた。
それに先の戦いで一方通行は危ないところを番外個体に助けられている。
バッテリーは節約しなければならないが、あまり惜しみすぎても駄目だ。

「悪ィなァ。こォなっちまったらオマエらはもォ終わりだ」

ここは能力を解放すべき場面。一方通行がそう判断したということは。
ドン!! という轟音が遅れて響き。
先の戦闘が嘘のような一方的な暴力が一瞬展開され。
それで、勝敗は速やかに決した。

投下終了

解禁してても単行本派の人がいることを忘れちゃそりゃ駄目ですよね……これについても以後気をつけます
本来は美琴シナリオも投下する予定だったんですが、書き溜めがみるみる減っているのでちょっとセーブすることに
Day2冒頭くらいまでしか書き溜めてないからあかん

みんなのトラウマハンターさん登場
リメイク版ならともかくオリジナル版をプレイした人なら首取られたことも多いはず

魔術サイドは来るのか?

乙!
そろそろ仕掛けとかバイオらしいのが欲しい

首チョン斬られて死んだジャッジメントって原作に出てた?



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   .   イ i.レノノ゙i}
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爻wwwwvjii c'ノー'iっjwwjjrjwwi,'_riiレllw;;,,,、.:;:.. _;wwjrj从j_;wwj从爻wwj;:;;、';;
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/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

|  ポールを拾ったのでいっしょに遊びたいなと、
|  ミサカはミサカはお願いしてみたり

   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     (⌒
    .' ⌒`ヽ
.   イ i.レノノ゙i}        ___          _____
.  ソj(l^ヮ^ハ       , '´, ヘゝヽ.     \ | ||\    \
    _ノっ○     イ ィノリノWリ     ─  | ||  l ̄ ̄ ̄ l
    ゙rュュ′     ゙'!i|.`-´ノ'ヘ.     / | ||__/ ̄ ̄ ̄/
                  ∩ミ:Uミニ⊃     [二二」二二二]
                             }   ||    [
                           ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


           / ̄ ̄ ̄`\

            | やらねェ. |
      (⌒       \_  __/
    .' ⌒`ヽ ガーン   ∨
.   イ i.レノノ゙i}        ___          _____
.  ソj(l ロ ハ     , '´, ヘゝヽ.     \ | ||\    \
    _ノっ○     イ ィノリノWリ     ─  | ||  l ̄ ̄ ̄ l
    ゙rュュ′     ゙'!i|.`-´ノ'ヘ.     / | ||__/ ̄ ̄ ̄/
                  ∩ミ:Uミニ⊃     [二二」二二二]
                             }   ||    [
                           ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\

| ミサカのことは遊びだったのね。しかもそれにも   |
| もう飽きたのかな?とミサカはミサカは          |
| やりきれない思いをボールにこめてみる。     .|

\________  ___________/
               |/

             (⌒  グスン
            .' ⌒`ヽ
              イ i.レノノ゙i}
             ソj(l i iハ
            c'UU ○


       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
        |  届け、この思い!  |
       \______∧∧∧
                   < シュート!! >
                 ∨∨∨



       (⌒  Σべちっ
      .' ⌒`ヽ              ___
.     イ i.レノノ゙i} !           , '´, ヘゝヽ ファ~ァ
.    ソj(l/Σ○≡≡≡≡= 、 、 イ ィノリノWリ

     c'ノーイ┐           ))ζ゙'!i|. ´cノ'ヘ
     ^ヾ.)~´  =≡≡≡○ '    .∩ミ:Uミニ⊃




              :
              :
              :



               __           ウゼェナ、イツマデヤッテンダ
              /´   `ヽ              (⌒⌒⌒⌒⌒⌒^)
     キャッキャッ  ○                       ( 面白いのか?)
               (⌒     ○       (,,_,、_,、_,、_,、_,、_,、_,)
    ⌒)          .' ⌒`ヽ      \       ___   9
    .' ⌒`ヽ ≡  ≡ イ i.レノノ゙i}          \   , '´, ヘゝヽ°
  ,i.レノノ゙ij i、≡  = ソj(l ^ヮノo           丶 イ ィノリノWリ ソワソワ
   ハ.ヮ^,l)!ヾ   ≡ c'ノーイつ  =≠≡○  ζ ゙'!i|゚ -´ノ'ヘ
    (○(ノノ)≡   ≡ (ブ~´ Σ            ∩ミ:Uミニ⊃



これ見て落ち着け三下共!

つーか一方通行って近くに電気あればセルフ充電できるよ
番外個体と一緒に行動してる以上、チョーカー節約しなくていいだろ

相変わらず展開に説得力ないですね

どんどん減っていくぜ

>>511
魔術サイドは登場しません

>>512
仕掛けというとバイオ特有の謎解きのことですかね?
あれはゲームだからこそのシステムかなと思ったのと、学園都市なら全部電子ロックとかじゃねと思ったので意図的に省いてます

>>514
いません、名もなきモブです

>>517
原作に電撃使いの能力で充電する描写はないですし、できるかどうかも不明なのでこのSSではできない設定で


御坂美琴 / Day1 / 13:24:31 / 第六学区 路上

ホラーというものが好きではなかった。
ホラー映画とか、ホラーゲームとか、一部の人間には結構な需要があるらしいがてんで興味が湧かなかった。
映画はそんなに観る方ではなかったし、ゲームもゲームセンターを除けばほとんどやらない。

だから、これは想像でしかない。
観たこともやったこともないけれど、頭の中にある断片的な情報を繋ぎ合わせて浮かんだ曖昧なヴィジョン。
如何にもホラー映画なんかで出てきそうだ、という想像。
とはいえ、それは心霊映画の類の話ではない。
鏡を見たら長い髪の女が後ろに立っていたとか、寝ていると金縛りに遭うとかいうものではなかった。

もっと、得体の知れない化け物が出るような。適切な言葉が見つからないが一般にB級と呼ばれそうな、そんなホラー。
もっともホラーを観ないためにそれすらも曖昧な想像でしかないのだが。
何となくそう直感した。

ジャラジャラという鎖が擦れるような金属音。
真っ先に目を引くのはそこだ。
どう見てもそれは手錠だった。両手首を繋ぎ合わせ拘束する大きな手錠がはめられていた。
更にその両足首にも同様の拘束具が見て取れるが、それは二本の足を繋げてはいないため歩行に支障は出ていないようだ。
その両足首にはめられた二つの金属輪からそれぞれストラップのように鎖が伸びている。
千切れたその鎖をやはりジャラジャラと音をたてて引き摺りながら、ゆっくりと歩いてくる。

ところどころ大きく破れている、ボロボロの布切れを纏っている。
その頭部には……何だろうか、あれは。
皮のような布のような、ベージュに近い色をした何かが何重にも何重にも、たくさんベタベタと貼り付けられていた。
その肩の辺りにはどういうわけか大きな眼球があった。

ゾンビのように肉が腐り落ちているようなことはない。
けれど、その監獄から脱獄してきた囚人のようなそれは化け物だった。
本物の、化け物。ゾンビだとか緑色の鱗を纏った化け物とか脳を抉って食す化け物とか。
そんなものとは比較にならぬ圧倒的な異形であると、誰に解説されずともひしひしと感じる。

明らかにこの化け物はこちらに用があるようだ。
美琴はスッ、と目を細める。

「……お、姉ちゃん……」

「―――下がってて」

やはり何かを嫌でも感じるのだろう。
それこそ金縛りに遭ったように言葉も出せずに震えている硲舎佳茄を、美琴は片手で制す。
美琴の直感は正しかった。御坂美琴は、この学園都市を這いずる異形の中で最も恐ろしいものの一つと対峙しているのだ。

「キィヤァァァァァァ!!」

甲高い金切り声。もしかしたら生前は女性だったのかもしれない。
もっとも、もはやこれの性別など論じる意味は全くないのだろうが。
走り出した。鎖の化け物が走り出して、その拘束された両腕を振り上げて美琴の脳天に向けて振り下ろす。
金属製の拘束具による頭部への打撃。そしてどんな効果があるのかも分からない、謎の手を。

だがそれは美琴を捉えることはない。
素早くバックステップして距離を取り、お返しとばかりに高圧電流を叩き込む。
ズドン!! という炸裂音。最大出力から程遠いそれは、しかしそこいらの異形を消し炭にする破壊力を秘めている。
だが鎖の化け物は死なない。倒れさえしない。少し怯んだだけだった。
そして―――鎖の化け物の体から、何本ものうねうねと蠢く触手が突然生えた。

「な、っによ、こいつ……!?」

肩口から、背中から、腰から、腕から。不気味な触手が姿を見せる。
その異常な姿に美琴の動きが止まる。
ゾンビならば嫌というほど見てきたが、こんな化け物はお目にかかったことがない。
美琴は自身の感が正しかったことを確信する。

鎖の化け物が金切り声をあげる。それは思わず耳を塞ぎたくなる甲高い音域。
美琴はその通りに咄嗟に両手で耳を覆う。が、そこで美琴は見た。
その叫び声に呼応するように、この化け物から何かが放たれた。

放たれたそれは、バスケットボールほどの大きさの火球だった。
それは、学園都市製の能力だった。

「こいつ……、やっぱり……っ!?」

美琴は磁力の盾を展開しながら歯軋りする。能力を使ったこと自体は問題ではないのだ。
これまでも能力を使う死者を見ているから、特別驚愕することではない。
問題なのは。『これ』が人間だったこと。それも学生であったことが確定してしまったことだ。

結局、美琴はこれまで一度もゾンビすら殺せていない。決定的に『殺す』という行動が取れずにいる。
であれば、この鎖の化け物もまた同様に。

だがしかし、美琴はそこで信じられないものを目撃する。
絶対にあり得ないはずの現象を。あってはならないそれを。
鎖の化け物の周囲に赤い水が球体となって浮かんでいた。
それは人間の血。おそらく周囲の死体から持ってきたのだろう。

「―――できるはずない」

美琴は思わず呆然として呟いた。
それが水であるか血であるかなどどうでもいいのだ。
この化け物は先ほど火球を美琴に向けて放っている。
だが今こいつが操っているのは炎ではなく液体。『発火能力者(パイロキネシスト)』にできるものではない。
今のこれはどう考えても『水流操作(ハイドロハンド)』の領分だ。

「あり得るわけがない……。本当に、こいつは一体何なのよ……!?」

空中に浮かぶ赤い球体が自在にアメーバのようにぐねぐねと形を変える。
沸騰するようにごぼりと音をたて、地獄に咲き誇る彼岸花のように。

だがそれは『能力は一人につき一つ』という学園都市の根本的法則に抵触する。
『多重能力者(デュアルスキル)』は絶対にあり得ないのだ。
だというのに、こいつはどう見ても二つ以上の能力を行使している。
美琴はかつて木山春生という科学者と交戦したことがある。
木山は脳波のネットワークを使うことで『多才能力(マルチスキル)』となっていたが、これはそれとも違うようだった。

『多重能力者』。絶対にあり得ないはずのそれを、鎖の化け物は体現していた。
―――とはいえ。全てが狂ったこの街で、想像の及ばない異形の蠢くこの街で、この程度驚くことでもないのかもしれないが。
しかしそれでもこの鎖の化け物は間違いなくイレギュラー。二重の意味で常識の枠外の存在だった。

赤い球体が弾丸のように放たれる。ただの液体とはいえ、それはコンクリートにも穴を空けてしまいそうだった。
美琴は身構えるが、しかしそれは美琴とはまるで違う方向に飛んでいく。

(―――まさか)

一瞬事の意味を考え、最悪の想像を思い描き。
果たして、その通りだった。

「―――佳茄ちゃんっ!!」

鎖の化け物の放った弾丸は、美琴が下がらせ物陰に隠れていた佳茄へと突き進んでいた。
咄嗟に美琴は叫ぶが、佳茄は動かない。
いや、動けないのだろう。それは恐怖によるものとかそういう話ではない。
単純に小学一年生の子供では反応できない速度であっただけだ。

「くっ……!!」

美琴は即座に磁力を展開。道路わきにある看板を無理矢理に引き剥がす。
同時平行でマンホールを二、三枚操作して、それら全てを超スピードで佳茄の前に盾として多重展開。
血の弾丸から佳茄を守り、着弾点を大きくへこませそのまま地面へと落下した。

「お、お姉ちゃん……ごめ、あの、ありが―――」

何が起きたのか佳茄はよく理解できていないだろう。
それでも美琴に助けられたことは分かったらしい。
戸惑いながらも何事か話していたがそれを聞いている余裕はない。

「佳茄ちゃん、つかまって!!」

「え、ひゃあっ!?」

美琴は佳茄の手を取ると自身の背中におぶる。
もはや隠れさせておくよりこうした方が安全だと判断したためだ。
今回は何とかなったが、美琴が動けない時に佳茄を狙われてはたまらない。
お返しとばかりに更に出力を上げた雷撃の槍を放つも、やはり効果は薄い。
鎖の化け物の体が一部焼け焦げ、熱傷ができたもののそれは驚異的な再生能力でみるみると治癒されていく。

「キィアアァァァアアアアアアッ!!」

鎖の化け物が絶叫すると、『力』が美琴と佳茄を襲った。
それは炎であり氷であり電撃であり水であり念動力であり風であり。
多くの能力が組み合わさった得体の知れない莫大な力の奔流。
『多重能力者』だからこそ実現できた攻撃。

複数の能力が絡み合い、化学反応のように相互に反応し合い更に形を変えていく。
その本質すら分からなくなった、文字通り『力』としか表現できない未知の塊が二人を飲み込もうとしている。

「冗談じゃないわよ、こんな化け物とやってられるかっての!!」

美琴は磁力を使ってその場を飛び跳ねて回避し、ビルの壁面に垂直に着地する。
佳茄がパニックになりかけているが絶対に落ちないよう抱えているので大丈夫だろう。
鎖の化け物がこちらを見る。その顔には布のような皮のようなものが何重にも張り付いているため目も顔も見えないが、確かにに視線を感じた。

このままあの化け物とやり合っても、力負けするとは思わない。
けれどあの再生能力では一体どれほど叩けば行動を停止するか分かったものではないし、こちらには佳茄もいる。
また『多重能力者』という特性を考えれば全く想定外の攻撃を受ける可能性も高い。
『感染』の危険も考えると―――あの鎖の化け物も亡者共と同種なのかは分からないが―――あまり関わり合いになりたくはない。
そしてそもそもの話、美琴にはあの化け物と一戦交える理由が一切ない。
で、あれば、

(撤退あるのみ逃走一択!!)

美琴は佳茄の目を自分の手で塞ぎ、小さく告げる。

「佳茄ちゃん、目を瞑って。絶対に開いちゃ駄目よ、いい?」

「ふぇ……? う、うん……」

カァッ!! という閃光が突如迸った。
美琴の全身から激しい閃光が放たれたのだ。
それは煙幕のような目くらましとなり、鎖の化け物から一時的に隠れさせてくれる働きを持つ。
全てが白い輝きに包まれた中で、美琴は佳茄を抱えたまま次々に磁力線を繋げ、建物から建物へと飛び移り猛スピードでそこから離脱する。
あんなとんでもない化け物と無理に交戦する必要など全くないのだ。

どれくらい離れただろうか、鎖の化け物は追って来ていない。
逃げ切ったことを確信した美琴はようやく止まり、佳茄を降ろしてふぅ、と大きく息を吐いた。
ゾンビではない、別の化け物。今の学園都市の脅威を美琴は認識し直した。

「……ねぇお姉ちゃん……。さっきのお化け、何か言ってた……」

「え?」

「すごく小さい声で『ママ』って……。お母さん、どうしちゃったんだろう……?」

佳茄のその言葉に美琴の顔が固まる。
何も分からない。その言葉だけではあの鎖の化け物については何も分からない。
けれどそこにどうしようもなく恐ろしい何かを感じて、美琴は身震いした。
何の根拠もないのだけれど、そこにはやりきれない何かがあるように感じられた。

(『ママ』、か……)

悲しげにしている佳茄の頭を撫でてやりながら、美琴はその言葉を反復し。
考えても仕方がないと考えることをやめた。
そして、ふと疑問に思った。それはあの鎖でもなく『多重能力者』についてでもなく。

(あいつの顔に張り付いてた皮みたいなもの。あれはなんなんだろう……?)


Files


File18.『誰かが書き残した手記』

Sep.05,20XX

注射で頭がボーっとする。
お母さんに会えない。どこかに連れていかれた。
二人で脱出しようって決めたのに私だけ置いていくなんて……。


上条当麻 / Day1 / 13:59:36 / 第一五学区 食肉用冷凍倉庫

第一五学区は学園都市最大の繁華街がある学区であり、様々な流行発信地でもある。
その特性故にこの学区には住んでいる人よりも他学区からここを訪れる人の方が遥かに多い。
しかしそれらは全て過去形となる。そして人が多かったということは、それだけ歩く死者が多いということだ。

そんな第一五学区の外れ。食肉用の冷凍倉庫に上条当麻はいた。
その近くには巨大なステーションワゴンが停めてある。
上条はそれに背中を預けたまま座り込んでいた。

「……そろそろここを出た方がいい。長居しすぎだ」

上条は呟く。だがそれは相手のいない、精神的にまいってしまったための独り言などではない。
上条が言葉を発した以上、それを聞く相手がいるのだ。

「何を言っているんだ!? 正気なのか!?」

その相手は三〇代後半から四〇代前半の、小太りの男性だった。
黒のスーツに身を包み、サラリーマンのような風貌だったがその着こなしは乱れている。
特別暑くもないのにその額には汗が浮かんでいて、それは彼の心情を表すものであった。

「外の状況を分かっているのか!? わざわざ死にに行くようなものだ!!」

「ここにいたってそれは変わらない。奴らはすぐにもここを見つけるよ。
囲まれてから動いたって遅いんだ、一箇所に留まり続けるのは上策じゃない」

その状況判断能力は上条がこれまでに潜り続けた多くの死線で培われたものなのか。
だが上条の言葉に男は錯乱したようにヒステリックにわめき散らす。

「駄目だ!! 何を言っているんだ!!
俺は通りで娘を失ったんだ、もう一度そこへ出て行けっていうのか!?」

けれどそれも無理からぬことだ。
事実、上条も何度も全てを投げ出したくなったし、こうしている今だってそうだ。
吹寄を始めとする友人たちの死に、一体に何に憤ればいいのか。どう嘆けばいいのか。
ましてやこの男は娘を失ったという。
自分の家族を、子供を殺された気持ちなど高校生でしかない上条には想像することすら不可能だったし、想像できると思うことすら傲慢だろう。

「それは……気の毒に」

そんなクソみたいな言葉しか出て来なかった。
何がお気の毒にだ、と上条は思う。
所詮そんな程度の言葉しか思いつかない自分に失望しながらも、しかしこのままで良いはずもない。

「でも、ただ篭っていたって助けなんてこない。生き残るためには自分から動くしかないんだ!!」

「それでも、外に出るのだけは嫌だ!!
死体野郎に食われるくらいならここで飢え死にした方がマシだ!! 放っといてくれ!!」

男は叫ぶと、上条の制止を無視してステーションワゴンの後部扉を開け中に入ると、そちら側からロックをかけてしまった。
通常この手のものに中には鍵はないと思うのだが、とにかく何かしらの方法で扉を開けられなくしたのだろう。
そしてその方法などはこの際問題ではない。
上条は扉を開けることを諦めると、ドンドンと拳で叩いて呼びかける。

「おい、本当に良いのか!? こんなことしても助けはこないぞ!!」

「黙れ!! 俺は絶対にここから出るつもりはない!! さっさと失せろ!!」

男は頑なだった。頑としてそこから動く様子はない。
このままここに留まっていては数で圧殺される。
ならば自分が離れて一人にしてやれば、まだ見つかる可能性を減らせるかもしれない。
上条がここに留まり続ければそれだけ危険は高まっていく。

上条は説得を諦め、やがて冷凍倉庫から去っていった。
結局この男がその後どうしたのか、上条当麻は知らない。


Files


File19.『ステーションワゴンに残された遺言』

クソったれ!! 誰かこれを読む者はおるのか。
わたしが死肉狂い共のエサになった後誰かが見つけて笑うのだろうか。
助けてくれ!! もう駄目なのか? 死にたくない!! まだわたしは生きていたい!!
妻も娘もお袋も、みんな殺された。しかしそんなことはもういい。遥かに重要なのはわたしの命だ。

こんな唐突に終わりが来るのなら、営業マンになんぞならなかった。
わたしは小説家になりたかったんだ。
「お前の人生は長いのだから」というお袋の戯言はクソ食らえだ!!
わたしは偉大な小説家として賞賛され……

投下終了

みんなのトラウマにしてバイオ界のヒロイン、リサの登場でした
リサが多重能力者になってるのは能力開発を含む色々な人体実験を受けてきた中で、何か体内で色々あって使えるようになったのでしょう
まあ、度重なるウィルス投与を生き延びたほとんど不死身ですし、体内でおかしな反応を起こしてGウィルスの雛形を生成したりしてる子ですからね
初プレイ時こいつに無駄弾をつぎ込んだ人も多分いるはず、>>1もそうでした

次回は浜面シナリオと垣根シナリオを予定してます

リーマンってもしやバイオ3の冒頭でジルと一緒に籠城していたおっさんか?

俺の好きなU-8に期待

垣根(未元体)なら一人で全てこなせるというチート
まあ悪人モードの垣根なら喜々として状況の悪化を促進させるだろうけど

ていうか懐古厨が神格化してるだけで、1~3のラジコン操作+オートで相手に照準合わせるのも今にすればアレだしね

バイオシリーズは毎度毎度、よくあれだけネタと演出ぶっ込んで練り上げられると感心しながら楽しんでるよ

雪やばすぎて洒落にならんで
膝下まで足が沈むってどういうことなのよな

ところでやっと禁書にもボクっ娘が登場しましたね
世良を思い出すぜ

禁書三期が発表された夢を見ましたが、果たして禁書三期と劇場版超電磁砲はどちらが先に実現するのか

>>542
「おっさん……!?」「名前で呼んでほしいものだな。わたしにはダリオ・ロッソという名前があるのだから」

>>547
U-8ってあれでしたっけ、バイオ5のでかい蟹みたいな奴でしたっけ
U-3はえらい記憶に残ってるんですが

>>552-553
心理定規への愛を集中的に受け継いだ心理たんぺろぺろな個体が誕生する可能性が微レ存

>>558
たしかに今あの固定カメラを出されるときついかもしれないですね……
しかしバイオはいつになったらレベッカとビリーのその後を教えてくれるのだろうか


浜面仕上 / Day1 / 15:00:02 / 第一八学区 霧ヶ丘女学院

浜面仕上と滝壺理后は第二三学区を目指していた。
そしてここは霧ヶ丘女学院。その敷地内だった。
常盤台中学とは対照的に、複雑怪奇なイレギュラーな能力開発を専売特許とするここを通ったのは単に近道だったからである。
それ以外には全く理由はなく、そしてそれはきっと間違いだった。

「待ってはまづら……、地震? いや、違う……これは」

「何だ……? ちくしょう、嫌な予感しかしやがらねぇぞ!!」

その広大な、とても高校のものとは思えぬほど広大なグラウンドの中心辺りで浜面と滝壺は足を止めた。
地響きが聞こえる。地面が地震に見舞われたかのように揺れ始めた。
まるで地震ではあるけれど、きっとこれは地震ではない。
二人ともそれが直感で分かっていた。

何せ朝からずっと異形の化け物を見続けてきたのだ。
その中にはゾンビではない、人型以外の化け物も多くいた。
だからこれもきっとそれだろうと思いつつも、しかしそれを認めたくはない。

(もしこれがまた違う化け物だったとして、だ……。
こんな風に大地を揺らすって一体どんなモンスターなんだよ……っ!?)

想像できなかった。想像したくなかった。
揺れる地面に足が縺れつつも、浜面は滝壺の手を取って走り出す。

「行くぞ滝壺!! 何だか知らねぇがさっさと逃げよう!!」

走る。だが大地はそんな彼らを阻むように鳴動し続ける。
地面が割れて砕けていくような錯覚さえ浜面は覚えた。
これが単なる地震なら、地震として対応すればいい。
しかし今回のこれはまるで得体が知れない。一体どう動くのが適切なのかが分からなかった。

浜面仕上も、滝壺理后も、知らなかった。
この辺りの地下をホームグラウンドにしている化け物の存在を。
自分たちが自らその領域に踏み入ってしまったことを。

「……!! 止まれ滝壺!!」

浜面が滝壺の手を強く引く。前に進もうとする力がかかっていた体が急激に後方へと引っ張られ、滝壺は大きく体勢を崩す。
それが救いとなった。浜面が手を引いていなければ、もしかしたら滝壺は死んでいたかもしれない。
二人の前方の地面を下から突き破り、何かが顔を出した。
あまりにも巨大なそれはずるずるといつまでもその体を地表へと出し続け、やがてある一点でようやく止まる。
だがそれでも体の全てを露出させてはいないのだから、その巨大さは並大抵のものではない。

「―――嘘だろおい」

巨大な塔のように聳えるその巨体は、まるでワームやミミズのようだった。
元は節足動物だったのだろう。その全長は地面に埋まっている部分を含めると一〇メートルは超えていた。
七メートルほどの高さから頭部に乗った土や泥をパラパラと地上に落としながらも、その化け物は眼下にいる浜面と滝壺をおそらくは捉えた。

おそらくは、という曖昧な表現になってしまうのは、この巨大ミミズのような化け物には眼球が確認できないからだ。
けれど明らかにこちらには気付いているようで、その大顎をこちらへ向けて大きく開く。
その顎がまた相当の巨大さだった。車程度なら丸飲みに出来るほどの顎。
大顎は四角形となっていて、その四つの角から一本ずつやはり巨大な牙が生えていた。
まるでブラックホールのようなその大顎の中にも小さい歯が円周状にびっしりと並んでいた。

「……こんなの、どうすればいいんだろうね」

思わず滝壺も呟く。その体は小さく震えていた。
あまりに反則的。首が痛くなるほどに見上げてようやくこの化け物の頭部が確認できる。
先ほどの地鳴りはこいつが地下を蠢いていたからだと思うとゾッとした。
浜面の武装はハンドガンタイプの拳銃が一丁、それだけだ。
人差し指一本で人を殺せる、極めて恐ろしいはずのこれももはやただの鉄屑にさえ思える。

だが巨大なミミズのような化け物は委細構わない。
浜面と滝壺の事情などこいつにとってはどうでもいいのだ。
化け物はその大顎を大きく開ける。それは人間二人を丸飲みにするにはあまりにも十分すぎる。
そして巨大な化け物はまるで塔が倒れるようにその巨体を大きく開いた顎から振り下ろす。
グァ!! と迫ってくる馬鹿でかい口。このままではこいつの栄養となってしまうのは明白だった。

「――――――!! よけろ滝壺ぉ!!」

浜面は叫び、咄嗟に滝壺に飛びかかる。まるでスローモーションだった。
飛びかかった浜面が滝壺の肩を掴み、そのまま押し倒される形となった滝壺の足が地面から離れ、二人の体がふわりと宙に浮く。
そして僅かな距離を飛行し、すぐに重力に引かれて落下を始める。
しかし浜面が滝壺の頭部の下に自身の右手を滑り込ませることでクッションの役割をさせ、衝撃から守る。
二人が地面に激突したのとほぼ同時。巨大な化け物が二人が数瞬前までいた場所を砕いた。

倒れている浜面の、そのつま先の、数センチ先。
そこが化け物によって開けられた穴の淵だった。
後少し。本当に後少しでも遅かったら浜面はエサにされていただろう。

「あ、ありがとうはまづら。大丈夫?」

「あ、ああ。それよりも早くここから離れねぇと……。立てるか?」

「立てなくても立つよ。行こう、はまづら」

だが油断はできない。狙いを外され地面を噛み砕いた化け物は、今も地中深くに潜伏しているはずだ。
自身の空けた穴にワームのようなその全身でアーチを描くようにしてそのまま身を潜り込ませていったからだ。
一刻も早くここを離れるべきだ。その判断は両者で一致していた。

走った。足はとっくに痛くなっているが、走らないわけにはいかない。
とりあえずはこのグラウンドを出る。目で確認すると滝壺もこれには賛成らしい。
大能力者のお墨付きだ、と浜面は笑みを浮かべて最短で駆ける。
ここはグラウンドだ。こうして思い切り走るのは正しい使い方なのかもしれない、なんて下らないことを考えていると、

「また、来るよ……っ!!」

再び地響き。あれが襲ってくる前兆だ。
しかしあの化け物は地中深くに身を潜め、地下から突き上げるように姿を現す。
事前にその出現箇所を予測するのは難しい。
だが、

(目印ならある)

そうでもない、と浜面は思った。

(そもそもあいつは俺たちを捕食しようとしてんだ。
どうやって地上にいる俺たちを捕捉してんだか知らねぇが、だったら俺たちがいる場所に姿を現すに決まってる)

結局は立ち止まらぬこと。
足が竦んで動けないなんてことになったら格好の的だ。
浜面と滝壺は急に立ち止まって方向転換をしたり、突如進行方向を変えたりと読まれないように動いた。
その甲斐あってか化け物は中々姿を現さない。おそらくは二人の位置を正確に特定できないがために。
まさかあんな化け物が獲物を前に舌なめずりなんてことはないだろうと浜面は口の端を僅かに吊り上げる。

やがて二人が辿り着いたのは二五メートルプールだった。
そのすぐ近くに学校の敷地とその外とを隔てるフェンスが設置されている。
あのフェンスを乗り越えてしまえば霧ヶ丘女学院の外に出ることができる。

「あと、ちょっとだ……っ!!」

自分に言い聞かせるように呟いて、浜面と滝壺はそのフェンスに足をかけてよじ登る。
だが、その瞬間。獲物を見逃すまいとしたのか、ついに巨大な節足動物の化け物が地下から飛び出した。
その衝撃や散弾のように飛び散った土や小石に背中を打たれ、二人は飛ばされるような形でフェンスの向こう側へと落下する。
また化け物のあまりに長大すぎる巨体はすぐ近くにあったプールをも完全に破壊し、そこにたっぷりと蓄えられていた水が怒涛の勢いで外へと流れ出る。

(滝、壺、どこだ……!?)

まるで小規模な津波だった。激しく背中を打たれた痛みで動けなくなっていた二人を、濁流のようにプールの水が飲み込んでいく。
咄嗟に伸ばした手は何も掴まず水を掻き、しかししっかりと掴まれた。
滝壺理后が差し伸べた浜面の手をしっかりと掴み、流されないように互いを固定する。
濁流はあっという間にその勢いを失った。全身隈なくびしょ濡れになりながらも、彼らは台風の直撃を受けたかのように水浸しとなってしまった道路に立つ。
直後に化け物の突撃。ぎりぎりで回避するも、予想を裏切って巨大な化け物はコンクリートの地面すら突き破って再び地下へと潜っていく。

「グラウンドだけが行動範囲ってわけじゃないんだ。でもこうなると、どこまで逃げても……」

「ちくしょう、アスファルトの下でも自由に動きまわんのかよ!? この下スカスカってことかよ、崩落すんじゃねぇか!?」

ともかくも、このままではあの化け物のエサになるのを待つばかりだ。
何か、何かないか。そう浜面は周囲を見回して、

(―――あった)

それを見つけて、浜面と滝壺は同時に動いた。
何も言葉にして言う必要はなかった。浜面の視線を追った滝壺もそれを見て同じ結論に至ったに違いない。
しばらくして、化け物が地下から勢いよく飛び出してきた。
先ほど溢れ出したプールの水のせいでその全身はぐっしょりと濡れ、その下の地面には水が溜まっている。
そしてそれを確認した浜面仕上と滝壺理后が、待ってましたとばかりに全力で体当たりした。

―――化け物によって根元から折れ、辛うじで街路樹に引っかかっていた、電柱に。

ただ引っかかっていただけの電柱はその程度の衝撃でも簡単に動いた。
拘束から開放された電柱はバランスを取れるはずもなく、ただ重力に引かれて轟音と共に地面へと勢いよく倒れた。
そう、プールの水によって水が溜まっている地面へと。

切断された電線がその水へと浸かり、水を導体に電気が流れ、そして。
巨大な化け物が感電した。
鳴き声のような嫌な声をたて、やはり塔が崩れるような形で巨大な化け物が電柱に次いで倒れ込む。
そのあまりの巨体にそれだけで地面が大きく揺れた。

「……何とかうまくいったか。ヒヤヒヤしたぜ」

「早く離れた方がいいと思う。これで死ぬかは分からないから」

「……ああ、そうだな」

実際、ここまで巨大なこの化け物がこれで死ぬかは疑問だった。
けれどそもそもこの化け物は本来自然界には間違っても存在しない生物であり、ならばその構造など分かるはずもない。
電気に対する耐性など分かろうはずもないのだ。もしかしたら特別電気に弱かったのかもしれないが、実際のところは不明だ。
しかし今、ミミズのような化け物が痙攣したかのように小さく震えているのもまた事実であり。

だからこそ浜面は滝壺と共に背中を向け、早足に立ち去っていった。


垣根帝督 / Day1 / 16:51:39 / 第四学区 精肉工場

食品関連の施設が多く立ち並ぶ第四学区では、当然肉を加工する精肉工場も存在する。
ここで豚や牛は処理され、くず肉などのより分けも行われていたようだ。
とはいえここは学園都市。この街でのくず肉とは『外』では並より少し上という贅沢な話なのだが。

「ここで豚とかが屠殺されてんのかと思うと、食欲も失せるな」

「……ごめん、肉の話はしないで。朝から『肉』ばっか見てるんだから吐きそうになる」

垣根はいつもと変わらぬ軽薄な調子で言うが、それは偽りの仮面だった。
無理してでもこうしていないと耐えられないのだ。
如何に暗部で長かろうと、如何に人を殺していようと、如何に血と臓器の作り上げる地獄に慣れていようと。
人間がゾンビになり、知り合いが屍となって襲ってくるなんてふざけた状況を経験しているはずがないのだから。
ゴーグルに、湾内絹保と泡浮万彬。彼らはぬるま湯に適応してしまった今の垣根を確実に削り取っていた。

心理定規は顔色を悪くすると、垣根の言葉を耳に入れまいと手で耳を塞ぐ。
やはり彼女も傍目にはいつも通りに見えても、実際にはだいぶまいっているようだ。
だからこそまともではいられない。狂気に耐えるには、自分から狂うしかない。

心理定規は銃を構え直して、

「……ん?」

何かに気付いた。目を凝らしてよく確認してみる。

「どうした?」

そして訝しんだ垣根が心理定規に隣に並び、

「―――ハッ。スゲェじゃねえか、おい」

「気持ち悪いって本当に……。何なのよもう……」

白い塔があった。ただ静かに聳えるそれは天井に頭がつくほどに高い。
その塔の表面がざわざわと蠢いていた。波打つように、一様でない不規則的な動きをしていた。
それはまるで無尽蔵の生き物が蠢いているようにも見えて。そしてそれは正しかった。

「アリ塚、か」

縦横無尽に白い塔の表面を動き回るそれの正体は白アリだ。
そしてその塔は白アリの作り上げた巨大なアリ塚。
不気味に脈動する塔を見るに、その白アリの数は千や万では利かない。
ざわざわざわざわと動くそれは非常に気味が悪く、垣根も流石にこれに手を出そうとは思わなかった。

「一発かましてみるか? そのグレネードガンで」

「ふざけないで。そんなことしたら中からうようよと数万数十万って数の白アリが襲ってくるのよ。ああ想像しただけでもう……」

ゾクッと背筋が冷たくなったのか、心理定規は自分で自分を抱きしめるようにして両腕をさする。
たしかにゾッとしない話だ、と垣根は薄く笑う。
実際の脅威がどうとかそういう以前に、生理的嫌悪感を掻きたて精神的疲弊効果が高い。
特に虫嫌いである心理定規には相当の効果があるようだ。

「……まるで生物兵器だな」

思わず垣根がぽつりと呟くと。

「半分正解ってとこ」

誰かが応答した。心理定規の声ではない。
だがここには間違いなく垣根と心理定規しかいないはずだ。
一体いつの間に入ってきたのか、どうやって潜んでいたのか。
そんな疑問が浮かんで消える前に。二人がその声に反応して声の主を振り返る前に。


ボッ!! と精肉工場が激しく燃え上がり、業火に呑まれて大爆発を起こした。


「―――何者だ、テメェ」

「……っけほ、けほ……っ。ちょっと、一体何なのよ……」

心理定規を抱えて即座に脱出していた垣根は、彼女を降ろして問う。
その視線の先は炎に包まれた精肉工場。その炎のカーテンの先を垣根は鋭く見据える。
ゆらゆらと揺れるその先に、明確な人影が一つあった。
あれだけの灼熱の牢獄にいながらも平然と立っている。当然だ。その人物こそこの業火を起こした張本人なのだから。

「……人間? いや、あなた……何者?」

その異常性に気付いた心理定規が鈍く光る銃口を突きつける。
そこに躊躇いはなかった。その返答のように、炎の海の中から女性の声が返ってきた。

「第二位、『未元物質』とはね。いきなり面白い相手とぶつかったものだわ」

やがて僅かに炎をたなびかせ、灼熱の地獄から悠然と一人の女性が歩いてきた。
そのリクルートスーツのようにも見える服には火が燃え移っており、激しく燃え盛っているがそれを気にする素振りはない。
だがそれ以上に、二人はこいつが人間の言葉を話したことに驚いていた。
これまで犬のゾンビや巨大化した蜘蛛などといったクリーチャーを見てきているが、人の言葉を話すものなど見たことがない。

「テメェは何者だ」

垣根は静かに繰り返す。
それを受けて女は妖艶に笑った。

「―――『木原』、と。そんな風に呼ばれていたこともあったわね。けれど、もう関係ない」

『木原』。その名前の意味は学園都市の暗部に身を窶す者なら理解できる。
触れてはならぬ禁忌の一族。一切の枷を振り切ってただ科学の発展のために邁進する者たち。
悪夢的なその名は口にすることさえ恐れる者もいるほどだ。

だが。だが、垣根と心理定規がその目を見開いたのは、その名前によるものではない。
もっと単純に視覚的な驚愕によるものだった。
即ち彼女の全身が激しく燃え上がり、殻を破るようにその炎から出て来た彼女の姿に、だ。

「―――化け物が」

「……ええ。化け物、ね」

一歩を踏み出した彼女は衣服の類を一切纏っていなかった。
そのつま先から顔までに至る全身は無機質で冷たい印象を与える灰色。
左足にはつま先から太ももの付け根までに触手のようにも見える、ツタのような緑色の何かが螺旋を描くようにびっしりと巻きついていた。
右腕にも同じものが巻きついており、それは左の乳房や肩、わき腹にまで達している。
そして何より目を引くのはその頭だ。まるで花が開くように、バナナの皮を剥いたように。
頭が内から外へと中心から開かれて、めくれたそれがまるで実った果実のようにだらりと頭部からぶら下がっている。
それは緑色をしていて、ところどころ黄色が混ざっておりやはり植物を連想させた。

二本の足、二本の腕。一応人型ではあった。
だがしかし明らかに異形。そのアスファルトのような冷たさを感じさせるくすんだ灰色の肌は明らかに人間のものではない。
その体に炎のドレスを纏い、『女王』は笑う。

   モ   ル   モ   ッ   ト
「脆き人の子から出られぬ者共よ」

女王は歌うような声で朗々と宣言する。

「―――さあ、実験を始めましょう」

「――――――ッ!!」

瞬間、垣根は即座に『未元物質』を発動。
その背に天使の如き純白の翼を左右三対生み出し、それを盾のように前方に展開した。
直後、白い翼に女王から放たれた炎が直撃するもそれは垣根によって力ずくで吹き消される。

「っらァ!!」

垣根が翼を薙いだことにより局地的な烈風が巻き起こる。
それにより女王が僅かに動きを止めたところへ、いつの間にか音もなく回り込んでいた心理定規が背後からグレネードガンを撃ち込んだ。
遠慮などなかった。放たれた榴弾は確実に女王の体に直撃し、爆発と共に鮮血が撒き散らされる。

その血が辺りに付着し、心理定規の左腕にも僅か付着し。
そして、直後にそれがひとりでに発火した。

「―――は、」

心理定規がそんな声をあげる。
女王の血が発火した。そして彼女の腕にも火がついて、そして。

「ッチィ!!」

思わずそんな声をあげて心理定規は慌てて鎮火する。
幸いにも付着した血液の量が大したことはなかったおかげで大事には至らなかった。
だが地面に撒き散らされた血液は悉く発火し、紅蓮の炎で周囲を包み始めていた。
次から次へと燃え移り、やがてその連鎖は山火事のような災害へと繋がっていくだろう。

心理定規は垣根の隣に並び立ち、火傷を負った左腕を右腕で庇いながら女王を睨む。
明らかにまともな現象ではなかった。

「発火能力、いや、そんな可愛らしいもんじゃないわね」

「だろうな。何がどうなってんのかさっぱり分かんねえ。黄リンや硝酸エステルでも生成してんのか」

迂闊には仕掛けられない。何が何だか分からない中でも、こいつの血液が空気中に触れると発火するということは分かった。
つまり中途半端に攻撃を仕掛ければ逆にこちらが窮地に追い込まれていくことになる。

「これならどうだよ……っ!!」

垣根が『未元物質』の翼をはためかせる。
恐ろしいほどの勢いで一閃された翼は空気中に真空の刃を作り出す。
かまいたちの如く射出された見えざる凶刃は的確に女王の首筋を切り裂いた。

「駄目よ、再生してる!!」

傷口から流れた血液が発火し、女王のテリトリーを広めると共に切断された首は落ちることがない。
それが当然と言わんばかりにすぐさま再生を始め、あっという間に一つになり元通りになってしまった。
垣根がその様子に舌打ちした時、ふとここに別の気配を感じた。
見てみれば、派手な爆発や炎に反応したのか大量のゾンビがわらわらと集まってきていた。

(クッソが、こんな時に来やがって……!!)

垣根が心理定規と目を合わせ、二人同時に動こうとしたその時。
女王がゾンビの群れに向けてブン、と腕を振るう。
それに追従するように血液の塊が亡者共へと降り注ぎ、その腐った体を悉く燃やし尽くす。
呻き声をあげながらも尚倒れない死人の群れだったが、女王がその開いた右こぶしをぐっと握ると詳細不明の爆発が巻き起こり、たちまちにその腐った体を吹き飛ばした。

「ム、チャクチャねあいつ……ッ!!」

あっさりとゾンビの群れを退けた炎を纏う女王が右手を天へと高く掲げる。
そしてそれに呼応してぞわぞわぞわぞわと夥しい数の白アリが彼女の元へと集まり出した。
あまりの数にそれはもはや地面が流れているようにすら見えるほどだった。
数十万に達するであろう圧倒的物量の投入。しかもそこにはおそらくではあるが『感染』という名の見えぬ猛威が潜んでいるだろう。

「白アリ、あのアリ塚にいたヤツらか!!」

「アリを従えてる……? どうやって!?」

「兵隊アリが女王に従うのは当然でしょ?」

女王が呟くと、圧倒的な数の白アリがこちらへ突撃してきた。
羽を広げて飛んでいるものや地を這うものもいるが、それはもはや津波といって差し支えない勢いだった。
それを率いる女王は高らかに笑う。

「私の細胞の中で『ベロニカ』が暴れているのが分かる」

(―――『ベロニカ』、だと?)

聞き覚えのない単語に垣根は引っかかりを覚えるが、何より優先すべきなのは。

「逃げるぞ心理定規ォ!!」

「オッケー迷う理由なんて微塵も無し!!」

垣根帝督と心理定規。それを追う万を優に超えるアリの大群、それを率いる他にどんな力を隠しているかも分からぬ女王アリ。
命の懸かった鬼ごっこが幕を開けた。



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File20.『女王蟻の研究レポート』

女王蟻の遺伝子に古代ウィルスの名残を発見して以来、蟻塚を作り蟻の研究に没頭している。
蟻の生態は、まさに理想的だ。
一つの蟻塚には一匹の女王蟻が君臨しており、兵隊蟻や働き蟻は女王蟻の奴隷だ。
自らの命を女王蟻に捧げている。女王蟻の死は、即ち蟻塚そのものの破滅を意味する。
兵隊蟻や働き蟻は女王蟻がいれば、いくらでも代わりが利くのだ。
まさに、私と他の愚民共との関係に相応しい。

              ク レ イ
木原乱数が発見した『始祖ウィルス』に女王蟻の遺伝子を移植し、理想的なウィルスの開発に成功した。
役立たずな父の体で実験をしてみたが、予想通りウィルスの影響による細胞の急激な変化に、肉体だけでなく脳細胞も破壊されてしまった。
また、体内に特殊な毒ガスが発生していることも確認した。

想像以上のポテンシャルを秘めたこのウィルスを、『T-Veronica』と名付けることにした。
この素晴らしいウィルスの力を我が物にする方法を見つけた時、私の偉大なる研究が完成するのだ。

                       アレクシア=木原=アシュフォード

投下終了

ナイフクリアの時は街頭のオブジェクトにはお世話になりました
ここ書いてる時バス停を持って敵を殴り殺す滝壺を幻視した

女王様はクリーチャーにカウント
他のボスキャラと比べるとおまけ的というか、サブというか、そんな存在
あまりアレクシアには期待しないでくだせえ
あのアレクシアを性的な目で見ることができるようになったら上級者、らしい

次回は一方通行シナリオと浜面シナリオ

コードベロニカをプレイしたことがある人は是非この神曲を聴いて色々思い出してください
たとえば初期コードベロニカでのvsアレクシア時のウェスカーのぼろ負けっぷりとか

http://www.youtube.com/watch?v=OlKWJTGw2PY


学園都市って電柱あったっけ……?



名無しモブ木原が素体かと思いきやアレクシア本人かよwwwwww
バイオキャラクター中で5指に入るだろうマッドサイエンティストなら木原と相性いいよな……

乙乙
相変わらず面白い
バイオ知ってたらもっと楽しめそうなのが悔やまれるぜ

次遅れそうなので今回は連続投下

>>580
き、きっとありますよ……。どこに? 心に、じゃないですか?(適当)

>>582
マーカスとかもそのタイプですね

>>587
あ、やっぱり知らない人でも読んでくれてる人いるんですね
今からでも遅くないのでレッツ購入
……まあ、意外と作品数多いので一気にやるのはかなり大変ですけどね


一方通行 / Day1 / 12:21:34 / 第一七学区 操車場

『絶対能力進化計画』、という実験があった。
この学園都市に巣くう『闇』の一つであり、良くも悪くも今の一方通行を形成する重要な要素である。
二万人のクローンを、二万通りの方法で殺害することで一方通行をまだ見ぬ絶対能力者へ昇華させる。
とても正気の沙汰ではない狂った実験。
その二万回の内、一万三二回目の『実験』が行われた地。そしてひたすらに君臨していた一方通行が初の敗北を喫した地。
それがこの操車場であった。

その今となっては忌まわしき地で、一方通行は戦っていた。
けれど相手は美琴のクローンである『妹達』ではない。
物言わぬ死者でありながら、明確な欲望を持って歩き回る矛盾に満ちた存在。
相対するは餓鬼のようないくつもの死体の群れだった。

「ォ、ラァ!!」

電極のスイッチは切り替えられている。ランプもそれを示す赤色となっていた。
風のベクトルを掴んで暴風を人為的に巻き起こす。
静かに鳴いていた風が突如殺人兵器へと成り代わり、リビングデッド共を纏めて数十体薙ぎ払う。
だがそれは全体から見ればほんの一部でしかない。
一方通行と番外個体は数えることを投げ出したくなるほどの数の死者に囲まれていた。

「空いたよ!!」

「ッ、もォ一丁食らっとけコラァ!!」

一方通行が靴底で地面を踏みつけると、それだけで地雷が起爆したような爆発が起こる。
びっしりと敷き詰められた砂利や小石が散弾のように超速で撒き散らされ、次々にゾンビの全身を打ちのめす。
一方通行は焦っていた。番外個体は焦っていた。
一方通行は恐れていた。番外個体は恐れていた。

けれど、それは亡者に囲まれたこの絶望的な状況に、ではない。
これだけの死者を相手にしても一方通行は勝利できると本気で信じているし、番外個体もそう思っている。
彼らを焦燥させているのはただ一つ。
第七学区の病院に残してきた芳川桔梗、打ち止めとの連絡が途絶したことにある。

番外個体は少々特殊な仕様ではあるが打ち止めや他の妹達と同じく、美琴の体細胞クローンだ。
そして彼女らは互いの脳波を相互にリンクさせることで巨大なネットワークを築いている。
ミサカネットワークと呼ばれるそれを使って、彼女らはたとえ遠隔の地にいようとも互いに意思の疎通を取ることが可能となっている。
だから、番外個体には何があったのか分かっていた。

壊滅した。言葉にしてしまえば一言で済む、なんてことのない理由だった。

内から感染者が現れ、そのまま内から壊れていったらしい。
更に最悪のタイミングで化け物共の襲撃を受け、壊滅。
だからこそ。一方通行は心から焦っている。
完全に自分の読みが甘かった。事の大きさを読み違えた。

「飛ぶぞ!! 舌噛まねェよォしっかり掴まっとけ!!」

「冗談、って言いたいところだけど流石にそんなことも言ってられないねこれは!!」

死者の軍勢を退け、一方通行は飛び上がる。
その背中には四本の竜巻のようなものが接続されていた。
一息に舞い上がった一方通行は眼下に蠢く死体には目もくれない。
ドンッ!! という音と共にロケットのように一方通行の体がその場から消える、一秒前。

火山が噴火するように、ゾンビの大群が得体の知れない力により突如宙を舞った。
花びらが舞い散るようにグロテスクな死体が地面へと叩きつけられる。
そして、その謎の力は一方通行にも牙を剥いた。

だが、一方通行には『反射』という最強の防護壁がある。
『反射』でその力を押さえつけ、一方通行はギロリと射殺すようにその相手を睥睨する。
最初に目を引いたのは、ジャラジャラと音をたてる大きな手錠だった。
足首にも鉄の輪がそれぞれ嵌められていて、鎖を引き摺って歩いている。
その頭部には茶色にも見える何かが何重にも貼り付けられていた。

「何、あれ……? あの、鎖と顔に張り付いているのは―――」

「―――考える必要はねェ」

一方通行の動きも僅かに止まった。
これまでも見たことがない化け物だった。
直感で分かる。あれをゾンビなどと同列に見てはいけないと。
あれこそまさに『化け物』であると。

「そして、相手にする必要すらねェ」

だが。一方通行はそんなことには委細構わず化け物から目を背ける。
わざわざあんな未知の存在と戦う必要などないのだ。
今やるべきことはたった一つ。ならば他のことにかまけている暇などありはしない。

鎖の化け物を意図的に意識の外にやり、一方通行は番外個体を抱えたまま空を疾駆する。
そして、そんな二人の前にふっ、とアルミ缶のような形をした何かが虚空より現れ。

「え―――」

番外個体のそんな言葉を置き去りにして、大爆発を巻き起こした。
その力は『量子変速(シンクロトロン)』と呼ばれるもので、端的に言えばアルミを爆弾に変えることが出来る能力だ。
だがそれは『反射』される。その防壁の前では一方通行の許容するもの以外は全てが弾かれてしまうのだ。
その牙城を突き崩せぬ限り、一方通行は傷一つ負うことがない。
そう、“一方通行は”。

「……気に入らねェンだよ、やり方がよォ!!」

脳内で複雑に演算を組み、『反射』のパターンを変更。
同時に一方通行自身も動き、爆発の全てを打ち払う。
一方通行は『反射』に守られていようと、番外個体はそうは行かない。
どころか下手に『反射』してしまえばそれが番外個体に牙を剥くことすら十分にあり得た。
よってこの程度の攻撃であっても、普段であれば歯牙にもかけぬ程度の能力であっても、一方通行は立ち止まって対応せざるを得ない。
とはいえそれが間違いだとは思わない。そもそもの話、雪原の大地にて番外個体を丸ごと受け入れることを選んだのは他ならぬ自分自身なのだから。

「ちょっと、あの程度なら自分でも何とかできるっつの!! どうもあなたにはこのミサカを軽視してる節があるんだけど」

その時、炎とも水とも何とも判別のつかない何かの力が上空にいる一方通行と番外個体へと飛んできた。
まるで番外個体を狙うように放たれたそれを、番外個体の愚痴を無視した一方通行は唯一『反射』を適用させた右手を翳して代わりに受け止めながら思考する。

「これ、って……待て、これは……まさ、か、『多重能力者』? んな馬鹿な!?」

(コイツ……やっぱりどォ考えても複数の能力を使用してやがる!!
どこかのメルヘン野郎みてェにわけ分かンねェ能力によってまるで複数の能力を行使しているよォに見える事例もあるが……。
コイツのこれはそンなモンじゃねェ。明らかに、番外個体の言う通り存在しねェはずの『多重能力者』だ!!)

バチン!! と鎖の化け物の放った力をそのまま跳ね返す。
その力は化け物本人を呑み込んだものの、すぐさま再生を始めた。
何でもありか、と一方通行が思わず呟いた時、ボッ!! と全く違う方向から火炎弾が放たれた。

一方通行がそれに反応するより早く、番外個体は地上から磁力で砂鉄をかき集め、それを盾として展開し身を守っていた。
見てみれば、それは鎖の化け物ではなくうじゃうじゃと集まっていたゾンビから放たれたものだった。

「おねーたまへのリスペクトを込めて!!」

返す刀で番外個体は盾として展開させた砂鉄を鞭状に変形させ、それを伸縮させることで的確に地上にいるそのアンデッドの頭部を刺し貫く。
一方通行はそれを見ながら込み上げる焦燥と苛立ちに苛まれていた。

(ウッゼェ……!! 時間がねェってのに最悪のタイミングで出てきやがって……!!)

無視すれば、背後からの予期せぬ攻撃で番外個体がやられてしまうかもしれない。
一方通行は気付いていた。先ほど鎖の化け物が『空間移動』すらも使用したことに。
勿論番外個体の実力を鑑みれば並大抵の攻撃で死ぬようなことはないだろう。というよりも自分がそれを許さない。
だが鎖の化け物の特異性を考えると万一のことは十分に考えられた。
かといっていちいちこれだけの大軍と馬鹿正直に戦っていれば、完全に病院―――打ち止めは手遅れになってしまうだろう。
その板ばさみの状況の中で一方通行が下した結論は、

「……イイぜェ。上等じゃねェか、オマエらまとめて秒殺してやンよォォォおおおおおおッ!!!!」

直後、番外個体を抱えた一方通行の体が流星のように、隕石のように地面へと“墜落”した。



Files

File21.『ある家族の写真』

写真の裏に何かが書かれている。

『始祖ウィルス』変異体を投与(Sep.1,20XX)

・ジェシカ 『TYPE-A』投与
      細胞活性時に組織断裂化
      ウィルス定着化に失敗
      破棄処分

・リサ   『TYPE-B』投与
      細胞活性時に組織断裂化
      後にウィルス定着化成功
      器の改造に一定の成果
      保護観察継続

※ジョージ 抹消済み(Sep.9,20XX)


浜面仕上 / Day1 / 18:25:47 / 第一八学区 喫茶店『ポアロ』

「動くな!! 誰だアンタらは!!」

店内に入った浜面仕上と滝壺理后を出迎えたのは、大学生程度の年齢に見える男の構えたショットガンの銃口と、そんな言葉だった。
浜面はゾンビなどという得体の知れない未知と違って、その分かりやすい脅威にぎくりと身を固める。
だが滝壺は取り立てて慌てることもなく、冷静に対応した。

「撃たないで。大丈夫、私たちは人間だよ」

そう言うと、男は安心したように銃口を下げる。
浜面もまたほっとしながらも問いかけた。

「あんたは?」

「『雑貨稼業(デパート)』。まあ言っても分からんだろうが」

「……暗部の人間なんだね」

滝壺のその言葉に驚いたのは『雑貨稼業』だ。
普通に暮らしている一般人から暗部なんて言葉が出てくることはあり得ない。

「……お前らも暗部だったのか?」

「俺は下っ端だったけどな」

「私たちがいた組織は『アイテム』。あなたの立場なら名前ぐらいは聞いたことあるんじゃない?」

「―――『アイテム』とは、こりゃまた……。とんでもない大物じゃないか」

学園都市には幾つもの暗部組織が存在していた。
『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』や『迎電部隊(スパークシグナル)』のような部隊の他、少数精鋭で構成される『ブロック』に『メンバー』、『グループ』など。
その後者の枠の中でも『スクール』と『アイテム』は実績が頭二つ三つ抜けていた。
その正規構成員となるとそれは彼らのような者からすればかなりのVIPだった。

「今の状況じゃあそんな肩書きには何の意味もねぇがな。
に、しても……随分な品揃えだな」

カウンターの上にはずらりと様々な銃器が並べられていた。
おそらくはこの男が『雑貨稼業』として売っていた商品なのだろう。
それが今ではこの上なく頼もしい。

「これ、借りるぞ」

そう言って浜面が手を伸ばしたのは黒光りする大きめのショットガンだ。
その銃口付近にはスコープが取り付けられていて、だが覗いてみても倍率に変化はない。
どうやらダットサイトらしい。派手に弾をばら撒くショットガンにダットサイトって意味あんのか? と呟きながらも浜面はその銃を手放さない。
これに決めたらしかった。手早く装弾数を確認している浜面に、

「……おい、何してんだ?」

「奴らが来るよ。……ほら、もうすぐそこにいる」

滝壺が背後をぴっと指差した。
『雑貨稼業』はそっちに改めて視線をやり、思わず息を呑んだ。
そこには一面のガラス張り。店内から外を、外から店内を覗けるようになっていた。

白く膨れた指が、そこに蠢いていた。
外皮が爛れて垂れ下がり、その内側に赤黒く生々しい腐肉を覗かせた死者の指。
それが一瞬には数え切れぬほど、外界と店とを隔てる強化ガラスに押し付けられた。
生者の血肉への渇望に、白く濁った眼球を見開いた死者たちが青白く爛れた頬を押し付けてこちらを凝視している。

「―――な、んで」

『雑貨稼業』が呆然としたように呟く。
その只事ではない様子に、浜面はもしかしたらこのゾンビの群れの中に知り合いの姿でも見つけたのかもしれない、と思った。
まさかこの地獄の中で、こんな風に立て篭もっていながら今更生ける死者の姿に驚いたということもあるまい。
滝壺が咄嗟にカウンターの上に置かれていた自動小銃に手を伸ばす。
暗部にいた以上、特別秀でているわけでもないが銃器だって扱ったことはある。
小銃なんてものを使うのは初めてだったはずだが、そんなことも言ってられる状況でもないだろう。

そして滝壺の生を感じさせる白い指が小銃を掴むのと、死を感じさせる腐り白く爛れた指が強化ガラスを破壊したのはほぼ同時。
浜面仕上の構えたショットガンが爆発的な音をたてて火を吹いた。
その散弾が開戦の狼煙をあげた。
戒めから開放された鉛の弾は、歓喜に震えて世界に存在せぬ異形を容赦なく穿つ。
死者の軍勢の最前列が僅かに崩れる。

滝壺が扱ったこともない自動小銃の引き金を引く。
タタタタタタタッ!! と、思いの他軽快な音が間段なく響いた。
怒涛の勢いで吐き出された弾丸がゾンビ共の肉を抉り取っていく。

「使い方なんて、狙いをつけて撃つだけ」

学園都市の高度な科学力のおかげなのか、反動はほとんどなさそうだった。滝壺でも扱えている。
だが軽い。破壊力が決定的に欠けていた。
ゾンビの進行を押し返すことはできず、僅かにその進行を遅らせるに留まった。
遅れてハッと我にかえった『雑貨稼業』が慌てて愛用のショットガンを撃ち込む。
流石に威力の桁が違う。滝壺の小銃に倒れなかったアンデッドがショットシェルを受けてその頭部がスプラッタ映画さながらに吹き飛んだ。

びちゃびちゃ、と血とピンクの何か―――間違いなく脳髄だろう―――が撒き散らされる。
それが体に付着し、浜面と滝壺はぞわぞわと押し寄せる嫌悪感と吐き気に顔を分かりやすく歪ませる。
まるで蛆虫が集団で皮膚の上を這い回っているようなどうしようもない嫌悪感。
が、動きは止めない。止めるわけにはいかない。銃を握る二人の指はあまりに強く押し付けられているせいで白くなっていた。
まるでその不快感を吐き出すように弾丸を撒き散らしていると、突然目を焼くような閃光が瞬いた。

「―――ッ!!」

それは蛇のようにうねりながら飛んでくる。
稲光のような光を放つそれは電撃だった。
学園都市では割とポピュラーな発電系能力者によるもの。

浜面と滝壺、『雑貨稼業』は言葉も交わさずに一斉に動いた。
取った行動は同一。カウンターを飛び越えて向こう側に身を隠す。
直後、放たれた電撃がカウンターに直撃するもそれだけだった。
それ以上の破壊は起きず、カウンターが完全に破壊されることもなかった。
おそらく異能力者程度の能力者だったのだろう。

浜面も滝壺も、『電撃使い』というとある一人の少女を思い浮かべる。
それは最強にして最高の力を持つ発電系能力者。
『超電磁砲』、御坂美琴。
七人しかいない超能力者の一角に堂々と座す存在。

だが今の力はまるで美琴のものとは比べるべくもない。
見劣りする。霞んで見える。あれを知っている身とすればこの程度恐れる気にならない。そもそもこの程度の能力者ならばスキルアウトの時から何度も相手にしてきた。
今の一瞬で一気に距離を詰め、もう手を伸ばせば届きそうなほどの距離にいる亡者にショットシェルをお見舞いしてやる。
極近距離であるが故にその飛び散った血と肉は浜面に容赦なく降りかかるが、浜面は気力を振り絞ってその最悪の嫌悪感を強引に無視した。
電撃を放ったゾンビが弾け飛び、無様に床を転がった。

(……学園都市の学生の六割が無能力者ってのは、今となっちゃ本当にありがたいな)

皮肉な思考に浜面は薄く笑う。
それを見ていた『雑貨稼業』が叫んだ。

「違げぇよ、頭だ!! 頭をぶち抜け!! 頭ぁ吹き飛ばさない限りこいつらは“更に凶暴になって生き返る”ぞ!!」

「……生き、返る? 死なないんじゃなくて?」

適当に弾丸をばら撒きながら、滝壺が問う。
小銃を持つ彼女はやけに似合わなくて、まるで戦争中に無理矢理武器を持たされた子供のような印象さえ受けた。
……とはいえ、この状況にその表現はあながち間違いでもないのかもしれない。
もっと言えば暗部にいた時から、銃が能力と『体晶』に置き換わっていただけできっとそうだったのだろう。

「生き返るんだよ!! やけに凶暴性が増してな!! それを防ぐには頭を弾くか死体を完全に燃やし尽くすかしかねぇんだ!!」

「っ、んなこと、言ったって、なぁッ!!」

再度引き金を引く。肩を襲う衝撃を上手く逃がしながら、浜面は吐き捨てる。

「―――もう、何体も死んじまってるぞ!?」

店内の床の上にはいくつもの死体が転がっていた。
それは浜面や『雑貨稼業』が頭を飛ばしたものだけには限らない。
滝壺の小銃をその身に受け続けて倒れた者。浜面の放ったショットガンの散弾を受けて、巻き込まれる形で倒れた者。
頭部に損傷を負っていない死体が。

『雑貨稼業』からの返答はなかった。返答する必要がなかったし、それを待つ必要さえなかった。
むくりと。平然とした動作で、緩慢ではない、普通の人間のような仕草で。
転がっていた死体が起き上がった。

「……え?」

それはどちらが発した声だったのか。
立ち上がったそれの皮膚は赤く、血の色ではない赤に変色していて。
その目は光り、爪は長く鋭く伸びていた。
これまでのゾンビとは明らかにかけ離れたその化け物は、全く別の生命体となった化け物は。
その爪をブン、と振るい、辺りのゾンビをまとめて数体惨殺した。

「……同種を、殺した? もしかして無差別に―――」

滝壺の呟きは、赤い化け物がこちらへ走ってきたことで否定された。
その速度はのろまなゾンビなどとは比較にならない。
そしてその爪を振るう、直前に『雑貨稼業』の放った弾丸を受けてどうと背中から倒れ込む。

「ちが、う……っ、ただ見境なく障害になるヤツを殺してるだけだ!!」

非常に危険な存在だった。
高い俊敏性に殺傷能力、加えてこの凶暴性。
『雑貨稼業』の言っていた言葉にも思わず納得してしまう。
引き金を引いてその他のリビングデッドを押しのけながらも、浜面は散弾をその身に受けながらも再び立ち上がった赤い化け物を捉える。
俊敏性だけではない、攻撃性だけではない、凶暴性だけでない。耐久力もまた大幅に上がっていた。

だが事態は更に悪化する。
もう一体、倒れていた狭間の者がむくりと起き上がった。
その皮膚や目や爪にはやはり同様の変化が認められ、新たなる脅威が増えたことを証明していた。
しかもその化け物から何かが放たれ、

「クッソ!!」

隣にいた滝壺の手を引き、目の前のテーブルの淵に手をつけ全体重をかける。
するとシーソーのように重みに引き摺られて手をかけた側が沈み、反対側が天を突くように持ち上がる。
バランスを保てなくなったテーブルは浜面と滝壺のいる方へと倒れ込み、ゾンビ共に盾のように立ち塞がる形となった。
そしてそのテーブルが化け物が放った何かを防ぐ。

「あれも、能力者かよ……!!」

やはりレベルは高くないようだが、それでもかなりの脅威であることは間違いない。
まだまだ押し寄せている死人の軍勢に、異常な化け物が二体。しかも片方は能力者。時間が経てばその数は更に増えていくだろう。
それに加えて更なる別の化け物がここを嗅ぎ付けないとも限らない。
―――もう、限界だった。

「はまづら、もう持たないよ……!!」

そんな滝壺の、汗に髪が頬に張り付いている顔を見て。
自分と同じく血と肉に汚れながらもひたすらに慣れぬ銃を握る少女を見て。
自分たちの置かれている状況を冷静に見て。
浜面仕上は決断した。

浜面はザッと素早く目を流す。
目的のものはすぐに見つかったが、死者の軍勢によってそのままでは辿り着くことができない。
だから浜面は、そして同じことを考えていた滝壺は、待った。
そしてその時はすぐにやって来た。化け物が、ゾンビが『雑貨稼業』に襲いかかったその瞬間。
目的の方向にいる亡者が減り隙ができた瞬間。

ドン、と浜面は『雑貨稼業』の背中を押し、その体を永遠の空腹に苦しむ者共の眼前へと突き飛ばした。
同時にズガン!! とショットガンを発砲する。ダダダダダダ、と小銃のトリガーを引き絞る。
ただしその銃口は『雑貨稼業』の方には向いておらず。
大量の鉛球を食らった死者の群れが大きく怯んだその隙を見逃さず、二人は体当たりするようにして強引に進路を確保して。

真鍮のドアノブを掴み、素早く回し。
裏口から逃走した。

「ッ!? お、おい!!」

追いかけては来なかった。
あれだけの数がいたにも関わらず、ただの一体も追いかけては来なかった。
きっと、それはもっと手ごろで身近にまるまる太った獲物がいたからで。

「ま、待てよ、頼む、置いていくなっ!! たっ、助け、ひっ、死にたく―――ぎゃ、」

その哀れな犠牲者は誰なのだろうか。
そのとんでもない不幸者は誰なのだろうか。
浜面仕上と滝壺理后は走る。『雑貨稼業』の男を、残したまま。

絶叫が聞こえた。何かを咀嚼するような嫌な音も僅かに聞こえてくる。
おそらく死んだのだろう。浜面が殺したから。滝壺が切り捨てたから。
見殺しどころの話ではない。囮に使った。完全に、殺した。

台風や地震といった何か大きな天災があった後は、食料や水を狙って強盗などが頻発するらしい。
極限の状況に人間の醜い本性が露になるのだ。他者を蹴落としてでも自分が生き残りたいという、素直で残酷な欲望が。
で、あればそれがこんな地獄にあって適応されないわけがない。
自分たちが生き残るために他者を利用し、殺す。
どこかで一人の少女を切り捨てた垣根帝督のように。甘いことを言ってられる状況ではないのだ。

(―――どうしようもないクズ野郎だと笑えばいいさ)

それでも浜面は立ち止まらない。
滝壺は振り返らない。
『雑貨稼業』を殺すことで生き残った彼らは、それについて一切の後悔をしない。

「―――づらを守るためなら、私はどんな所業だって―――」

滝壺が小さく何事か呟いた。
何と言ったのかは聞き取れなかったが、そんなことはどうでもいい。
『雑貨稼業』を犠牲にした。その代わり、滝壺理后は五体満足で生きている。
それだけで十分だった。他のことなどそれに比すればこの上なくどうでもいい瑣末事でしかなかった。

これが許されざる行動だということぐらい、無能力者の浜面仕上にだって分かっている。
悪魔の如き所業。罪人の行い。恥ずべき無恥。きっと真実だろう。

(―――それが、どうした。大切な者を守るって言い訳が出来ればどんなに残酷なことだって出来る)

浜面仕上は正義のヒーローなどではない。
スキルアウトなんて掃き溜めにいたと思えば、次は学園都市の暗部にいたようなどうしようもない人間だ。
そんな典型的なヒーローのような役割はとある少年やとある少女にでも任せておけばいい。
何故なら浜面は、滝壺理后ひとりのためだけのヒーローなのだから。

今更そのために人ひとり切り捨てるくらい、何でもなかった。
そしてそれは滝壺もまた同じ。
もともと暗部にいた二人は、いざとなればそういうことが出来る人間だった。
浜面は死体をよく処理していたし、滝壺は絹旗や麦野が作り出した死体を見ても平然としていた。

人を騙し、裏切り、謀り、漬け込み、利用し、切り捨て、殺す。
それが学園都市の暗部で、それが彼らの過ごしてきた世界だった。
今でこそぬるま湯の日常にあれど、そういうヘドロのような世界でこれまで生きてきた事実に変わりはない。
だからこそ、彼らは―――。



Files

File22.『「雑貨稼業」の記録』

九月八日

客 五
商品 銃器に爆弾、隠れ家に逃走車

九月一一日

客 二
商品 女一人、隠れ家

九月一二日

客 七
商品 女三人、子供二人、両替に整形の紹介

売り上げは上々


File23.『「V-ACT」について』

『T-ウィルス』の変種体が、ゲノムの器である肉体に変化をもたらすことが明らかになった。
このタイプは、宿主の意識がなくなり、肉体が休眠期に入ると体組織の再構築を行う。
その際に細胞を活性化させ、体組織自身の改造をも行うようだ(我々はこれを『V-ACT』と命名)。
特筆すべきは、その『筋力とスピードの大幅な上昇』にある。

一度この状態になった個体は、体組織の変化により、『より素早い』動きを有するようになっているのである。
そして何より、その性質は『凶暴』だ。
既に、これらにエサを与えている際に起きた事故で研究員四人が死亡した。
現場は、まさに一瞬にして血の海となってしまった(我々は、これをそのあまりの残虐性から『クリムゾン・ヘッド』と名付けた)。

一度殺しても、ゾンビは死なない。
むしろその活動を停止させると肉体が休眠期へと突入し、『V-ACT』が始まる。
それを阻止するには頭部を破壊するか、死体を完全に燃やし尽くすかの他にない。

投下終了

この辺りから大体みんなどこか壊れてきます
次回は一方通行シナリオと上条シナリオ
ライブセレクションあり


                           タカイ
                         タカーイ
                  m⊂( ^∀^)⊃
                ⊂c  ノ__  ノ
             /⌒ヽ  | .|  | .|                /⌒ヽ
            ( ^ω^) i i二 .ノ               _( ^ω^) il|   [ピーーー]
          (´  二二二 ノ                (´ \   \|il |il il|

         /    /:                  /  \. \ノ\. \il| |il|
        i===ロ==/                   i===ロ== ヘ. \. i|!l !l\il|
       ノ:::::::::::::::::ヽ                  ノ:::::::::::::::::ヽ \ ヽη /')/')

      /:::::::::::へ:::::::::ヽ                /:::::::::::へ:::::::::ヽ  ヽ_,,..)  /
     /::::::_/   \:::::::)              /::::::_/   \:::::::)   )  ( / /
   /::_ '´      |::::|            /::_ '´      |::::| ⊂(v   )⊃
   レ          しつ           レ          しつ`) \ 〆 (´ ̄
                                       /⌒Y⌒ヽ


                          _
       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄フ    / /
        ̄フ / ̄ ̄/ / ̄ ̄   ,__/ /

       / _ニ^ヽ_./ /  /\ ヽ  |/ ̄ ̄\

      //  / / / / /  /  /  / ̄ ̄\\
    //\ / / / /- ’-ー ^    / /      | |
   //  // / /       / /          | |
    ̄  //  / /____人  フ /    /二ヽ /
    //    ヽ ____ゝ ヽ_/     \ニニΛ\

三日以内と言ったが、別に今日投下してしまっても構わんのだろう?

てなわけで投下 てりたま食べたいです


The last breath of hope fades away.


上条当麻 / Day1 / 17:23:41 / 第一三学区 『博覧百科』

テレビのCMでも頻繁に放送されていた。
図書館や美術館、水族館、プラネタリウムなどを一箇所にまとめてテーマパーク化した場所。
それは『博覧百科(ラーニングコア)』と呼ばれている。
そしてその『博覧百科』は大きく屋外、地下、『避雷針』と呼ばれる高層複合ビルに分けられている。
上条当麻はその『避雷針』の三階を走っていた。

「はっ、はっ、はっ、はっ……!! クソ、冗談じゃねえぞ!!」

美術館や博物館といった高価なものが並ぶこの『避雷針』の中の、博物館エリアを上条は駆ける。
博物館エリアは五階分もの高さがあるのだが、その全体が大きな吹き抜けになっており、巨大な肉食恐竜の骨格標本が上下に貫いていた。
高度な知識を平和利用すれば災害さえ克服できる、という意味を込めて名付けられた『避雷針』。
美術品や骨董品を扱う以上、そのセキュリティはやはり並大抵ではなかったがこの状況ではもはや意味を持っていなかった。

「あいつは、どこに……」

上条は張り裂けそうな呼吸を落ち着けて、しかし一切気を抜くことはしない。
そんなことをすればそれが即座に死に直結すると分かっているのだ。
限界まで張り詰める緊張の糸は、ともすれば簡単に切れてしまいそうで。

「―――ッ!!」

だがそれよりも早く、『それ』が姿を現した。
展示室へと続くドアを内からいとも簡単に粉砕し、粉塵を突き破ってその姿を見せる。
三メートル程度はあるだろう高い身長だった。
肌は病的なまでに白く、つま先から頭の頂点までが白かった。
心臓の辺りは赤く隆起した血管のような肉の塊のようなものが不自然に浮き出ており、それが顔にまで届いている。
右の太ももは熟れ過ぎた果実のように爛れて見え、何よりその左手は異常発達を遂げており、その五指から伸びる爪が一メートルはあろうかという長さにまで伸びていた。
太さも明らかに普通ではなく、コンクリートや人体などいとも容易くズタズタにしてしまうだろう。

顔もはっきりと目、鼻、口が見て取れるわけでもなく、まるで皮膚の凹凸で形づくられているようにさえ見える。
そんな化け物に上条は追われていた。
化け物は上条の姿を確認するなり獲物を追う獣のように走り出す。
対して上条は逃げる。いいや、その表現は正確ではない。逃げることしかできないのだ。

まず大前提として、上条当麻は無能力者だ。
だから方向性を自在に操作することや世界の法則を覆したり、四つの基本法則の一つを自在に操ったりすることはできない。
加えて、上条はあくまで一般人だ。この場合の一般人とは暗部の人間ではない、という意味だ。
つまり上条は銃器を扱ったことがない。
唯一の特別が『幻想殺し』だが、これもこの化け物にはまるで意味を成さない。

故に逃げることしかできなかった。
捕まれば間違いなく逃れようのない死が待っている。
そしてそうなれば、いつか命のない上条の肉体はひとりでに起き上がり、飢えた亡者として街を徘徊し、今も尚抗う誰かを食い殺すのだろう。
それだけは絶対に嫌だし、それだけは絶対に駄目だ。

「ちっくしょう、どこまで着いてくる気だよあの木偶野郎……っ!!」

体力には自信があった。だがそれもつきかけている。
対してあの化け物は底なしだ。いつまで経っても速度の衰えは見られない。
上条に残された時間は多くない。その間に何か策を考えなければ……。

とりあえず上条は粉々に割れたガラス窓を跨いで隣の部屋へと移動する。
そこにはやはり大きな恐竜の標本が展示されていた。
それが何という恐竜なのかは上条でも分かった。有名な恐竜だったのだ。

四本の足に三本の長い角。形状としてはサイによく似ていた。
トリケラトプス。白亜紀の北米に生息していたとされる体長およそ一〇メートル、体重約一〇トンの大型草食恐竜だ。
この骨格の全てが発掘された本物なのであれば、その価値は相当のものだろう。
だがそんな骨格標本が長身の化け物によって粉々に砕け散る。
壁も展示品も容赦なく粉砕し、粉塵を巻き上げながら化け物は足裏でブレーキをかけて減速し、やがて止まる。

あのトリケラトプスの骨格にどれほどの価値があったのか、正確なことは上条には分からない。
上条では一生かかっても弁償はできないだろうし、そもそも考古学的な価値で考えれば値段を付けられる類のものではないのかもしれない。
いずれにせよこんな状況ではどうしようもない、と上条は場違いな感想を抱いた。

もう後がなかった。部屋の出口に行くにはこの化け物の真横を通過しなければならないが、これがそれを許すとは到底思えない。
上条はゆっくり近づいてくる化け物に対してじりじりと背後に下がるも、後方へと動かした靴底は何も掴まず空を掻いた。
ここは吹き抜けに接している一室だ。上条のすぐ背後は最上階まで突き抜けている吹き抜け。
もう一歩だって下がることはできない。そんなことをすれば一階まで真っ逆さまだ。
三階もの高さから落下すれば、死を免れたとしても完全に行動不能には陥ってしまうだろう。そうなれば結局は死を待つのみだ。

上条は薄く笑っていた。その額には冷や汗が流れている。
完全に追い詰められたこの状況で、だ。人は恐怖を感じると笑うことがあると言うが。

「―――どうしたよ? 俺はここだぞ。捕まえてみろよ」

挑発するような言葉を放つ。
その言葉をこの化け物が理解できているはずもないだろうが、まるで分かっているように化け物が走り出す。

「ほら、早くしろよ。俺を殺してみろよ……っ!!」

化け物が相応の速度で上条へとその長い爪を振りかぶって襲い来る。
やはり上条の顔には笑み。だがそれは“恐怖によるものではない”。
いや、恐怖といえば恐怖ではあるのだが、それはこの化け物に殺されるという恐怖ではない。

(……さぁて、果たして上手くいくか)

化け物が容赦なく突進してくる。
そして、絶妙なタイミングで。

上条当麻は前を見据えたまま背後へと飛んだ。

飛ぶ方向に背を向けての三階からのジャンプだ。
相当の恐怖が付きまとったが、このままではどちらにしろ殺されるという事実が上条を奮わせた。
上条を捕らえるはずだった巨大な化け物は見事なまでに空振り。
車が急には止まれないように、慣性を殺しきれずに上条と同じくその巨体が空中へと投げ出された。

足場を失った化け物は為す術なく“墜落”していく。
だが上条はこのまま落ちるわけにはいかない。
一階下の階層、二階の吹き抜けに接しているフェンスを上条は重力に引かれて自由落下しながらも両腕でしっかりと掴んだ。
ガクン、とフェンスを掴む両腕の二点のみで全体重を支え、ぶら下がる形となりギチィ!! と両腕が激しく悲鳴をあげる。

「が、あ、ぁぁああああああ!!」

何せ上条の体重に落下エネルギー、それらの負荷が一気に両腕にかかったのだ。
このまま筋肉が断裂してしまいそうな衝撃に上条は全力で歯を食いしばって耐える。
幸いにも腕の腱が切れるとか筋肉が断裂するという事態は避けられたようだ。
足を上げてフェンスに引っ掛け、必死に這い上がった上条が見たものは。

「……マジかよおい」

見事なまでに“着地”し、こちらを見上げている長身の化け物の姿。
別に上条とてあれでこの化け物が死ぬとは思っていなかった。
ただある程度の間動きを封じることができれば、その隙に逃げることができる。
それくらいのダメージは与えられると踏んでいたのだが、どうやら認識が甘かったらしい。

ふと我に返った上条は弾かれたように走り出す。
ズキズキと半端ではない痛みを訴える腕は振る度に上条の動きを阻害する。
痛みは伝播し関係ない部位にまで影響を及ぼした。
それでも上条は止まらない。止まるわけにはいかない。

そして、僅か一分ほどが経過した時。
上条当麻は動力室のようなある一室に追い詰められていた。
この部屋に出入り口はたった一つしかなく、そしてその出入り口の前には長大な爪を遊ぶ白い化け物の姿。

(―――どうする)

上条は猛烈に思考を回す。
その大したことのない演算能力をありったけつぎ込んで打開策を模索する。
だが化け物にはそんな上条が答えを導くまで待つ道理はない。
容赦なく上条を突き殺さんと、その爪を掲げた。

(どうする、どうする、どうする……っ!?)

化け物が走り出す。
猶予はあと二秒程度。
絶望的な制限の中、

「――――――、」

それを見つけた。
だからこそ、上条は何もせずに化け物が突っ込んでくるのを待ち。
そして化け物が爪を突き出したその瞬間。
入れ替わるように、半ば飛び込み前転をするような形で化け物の横をすり抜ける。

「う、ォォおおおおおおおおッ!!」

上条は自身を奮い立たせるように叫んで、無理矢理に体を動かす。
床を転がった直後の無理な体勢から、強引に動かしたせいで足首に負担がかかりながらも。
そして上条を貫くはずだった化け物の爪が火花を散らしながらその後ろにあったものを貫いた。
即ち、『DANGER』『火気厳禁』と注意書きのされた真っ赤なボンベを。

上条がダイブするように出入り口に向けて大きく跳躍したのと、ボンベが爆発を起こしたのはほぼ同時だった。

「―――、つ、ぅ、が、ハァ……!!」

激しい爆風と熱に煽られ、それをその背中で受け止めた上条の体がノーバウンドで紙屑のように吹き飛んだ。
それでも直前に大きく飛んだのが効いたのだろう、ふらふらで今にも倒れそうではあるが何とか立ち上がることが出来た。
壁に手をついて、肩で息をして、背中を叩かれ一時呼吸が止まって、腕はぎしぎしと悲鳴をあげて。
けれど、そこまでした成果は確かにあったようだった。

零距離であの爆発と熱風を受けた化け物の姿は炎と黒煙に遮られて見えない。
見えないということは追ってこないということに他ならない。
熱に歪む向こう側の、その生死を確認する余裕は上条にはなかったし、また必要もなかった。

「……早く、ここから、離れねぇと……」

掠れた声で呟いて、壁に手をつきながら上条は歩く。
『避雷針』の外へと、『博覧百科』の外へと。



Files

File24.『「B.O.W.」に関するレポート』

これまでの研究で、『始祖ウィルス』を生物に直接投与しても、急激な細胞変化は元の組織を破壊するだけでなく兵器としてのコントロール面においても最適でないことが判明した。
やはり細胞レベルでの融合を行い、その上で生物として成長させる必要がある。
私は成果を見るためにいくつかの実験を行った。これはそのレポートである。


『虫』

この太古から生き続けている生命体は半ば進化の袋小路に達しているのか。
『始祖ウィルス』を投与しても莫大なエネルギーによる巨大化や攻撃性の向上といった変化しか確認できない。
現状、これらを『B.O.W.』として実用化することは非常に難しい。

『両生類』

カエルに『始祖ウィルス』を投与した結果、ジャンプ力と舌が異様に発達した。
しかし、知性という面では全く変化が見られない。
というより、捕食性が強すぎるのか、動くものは何でも食おうとしてしまう。
『B.O.W.』としての限界が見られる。

『哺乳類』

サルの細胞に『始祖ウィルス』を組み込み、その遺伝子をサルの受精卵に加えた。
結果、生まれた個体は攻撃性の向上とある程度の知能の発達が見られるようになった(副作用のせいか、視力の低下とそれを補う聴力の発達も見られた)。

だが、兵器としてはまだ不十分である。
やはり人間をベースとしなければ、これ以上の発展は望めないだろう。

そして『T-ウィルス』投与による『タイラント』経過報告について……(以下判読不能)


一方通行 / Day1 / 13:04:29 / 第七学区 総合病院

燦々たる有様とはこのことだと一方通行は思った。
まるで廃墟だった。多くの利用者で溢れていたあの病院が、今や見る影もない。
建物のあちこちは崩れ落ち、どう見てもそれは機能していない。
そしてそれはそのまま―――。

「―――クソッタレ」

一方通行は吐き捨て、能力を行使して病院の入り口前に降り立った。
その自動ドアは故障しており、ガラスは容赦なく砕けていた。
靴底でジャリジャリとガラス片を踏みしめて一方通行と番外個体は中へと入る。

「…………」

番外個体は一言も言葉を発さなかった。
その表情から感情は読み取れなかった。
きっと、分かっているのだ。地獄の底で待っているであろう最悪を。
彼女は誰よりもそれを感じ取ることができるから。

一方通行は言葉を発さなかった。
その表情からは何も読み取れなかった。
きっと、認めたくないのだ。地獄の底で待っているであろう最悪を。

二人は無言のまま並び立ち、ロビーへと踏み込んだ。
やはり中も強盗に遭ったかのような、いや、それ以上の有様だった。
天井は一部崩落し、観葉植物は倒れ、ガラスは全て割れ、書類が散乱している。
清潔だった以前からは想像もつかぬ様子に、しかし一方通行は顔色を変えることはない。

そんなロビーに人影が三つあった。
どれも見知った顔だった。皮膚は爛れて青白く変色し、その目は濁り涎を垂れ流していたが、見知った顔だった。
三人。どれもが数時間前、あの新聞社で見た顔だ。
風紀委員の少年。避難していた一般人。
どうやら彼らは無事にこの病院に辿り着けていたらしい。
無事に辿り着き、そしてここで死んだのだろう。

けれど、死んではいない。
事実こうして一方通行の前に彼らは立っているのだ。
そのどうしようもない矛盾に一方通行は気付きつつも。
ここはもう地獄の底なのだから仕方ない、と納得した。

だからこそ迷いはなかった。
腰につけたホルスターから黒光りする拳銃を引き抜く。
幸い、ゾンビは未だこちらには気付いていない。
動きは迅速で鮮やかだった。パンパンパン!! と意外に軽い音が三連続する。
発砲した反動で上がる銃口の動きさえ利用して素早く次のターゲットへ。
悲しいほどに呆気なく三体のゾンビは見事に頭部に風穴を空けられてその場に沈んだ。

「…………」

一方通行は何か言葉を紡ごうとして、やめる。
今更かける言葉に意味などないと思ったのだ。
何故なら、ここは既に地獄の底で。だからこそ希望など存在しない。
貼り付けたような、異常なまでの無表情さを保つ一方通行。
そこには人間である以上必ず排除できない感情が見えず、まるで機械だった。

番外個体は何も言わない。
何も言わず、ただ静かに銃を構える。
その顔に表情はない。いつものような悪意すら感じられない。
無言のままに、無感情のままに彼女は一方通行の顔にちらりと視線をやった。

歩く。


―――かつん、


……ジャリッ、


―――かつん、


……ジャリッ、


靴底がリノリウムの床を叩き、遅れて砕けて飛び散ったガラス片を踏み抜くもう一つの足音が響く。
そのすぐ後ろに、一方通行を見守るかのように番外個体の姿があった。

歩く。





―――かつん、かつん、




―――かつん、かつん、






――――――こつ、






辺りに反響していた小気味のいい足音がぴたりと止まる。
一方通行の赤い眼がまどろみに沈むように細められる。
すぐ後ろで息を呑んだようなため息をついたような、よく分からない音がしたが一方通行はそれに構わない。
見えないところで、彼の心の内で、どす黒く巨大な蛇がのたうつように何かが暴れていた。

その視線の先には、二つの人影があった。
幽鬼のようにゆらりと揺れ、ともすればそれは実体を伴わない陽炎にも見え、しかしどうしようもない現実で。
指先で触れればするりとすり抜けてしまいそうなそれは、悪夢そのもので。

肩にかかる程度の亜麻色の髪、

整っていたであろう顔つき、

スカートにブレザー、

常盤台中学の制服、

水色のキャミソール、

その上から羽織っているサイズの合わないワイシャツ、

白く濁った虚ろな瞳、

爛れてずらりと並んだ歯が露出している顎、

青白く変色し鬱血している皮膚、

肉が腐り落ちて筋繊維や骨が外気に晒されている太もも、

白く膨れた指先、

死んでいて、

生きていて、

死んでいて、

生きていて、

ただ、どうしようもなく変わり果てた異形がそこにいた。
生ける亡者と成り果てた妹達と、打ち止めがゆらりと揺れながらも立っていた。

こちらに気付いた彼女たちがゆっくりと動き出す。
言葉にならない呻き声をあげながら、極限の飢えに駆られて、ただ生者の新鮮な肉を求めて、欲望のままに。
酩酊したように足取りは不確かで覚束なく、ただ落ちた武者のように。
そこには人間としての尊厳はなく、あるのはただ、バケモノの姿だけだった。

「――――――くは、」

ドロドロしたタールのような粘着質な静謐に、哄笑が弾けた。
今の今までずっと無表情だった一方通行が、ずっと無言だった一方通行が、その感情が、爆発した。

「くは、はははは。あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

壊れたように嗤った。口は裂けたように三日月に広がり、頬の筋肉は吊り上がる。
目はおそらくは何も見ておらず、心は既に空っぽになりかけていた。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

「―――――――――…………」

番外個体は何も語らない。
どんな顔をしているのかも分からない。
そんなことを確認する余裕も気にする余裕も一方通行には欠片もなかった。
決定的な、彼のこれまでの生き様を全て根本から粉々に破砕する悪夢的な光景を前に。
第一位の超能力者はたった二つの屍に、その全てを叩き折られていた。

これが垣根帝督だったなら、割り切れていたかもしれない。
これが浜面仕上だったなら、心が砕けるまではいかなかったかもしれない。
これが上条当麻だったなら、これほどの絶望ではなかったかもしれない。

だが一方通行だった。垣根でもなく浜面でもなく上条でもなく、一方通行だった。
『絶対能力者進化計画』。そこから始まる物語に縛られる少年だった。
もはや一方通行の身体と精神は機能を停止しかけ、絶望と恐怖とに全てを蝕まれた少年は、だからこそ。
命に代えても妹達を守り抜くと、かつて『お姉様』に誓った一方通行は、だからこそ、『守る』ために。
またも命を弄ばれているこの顔をした少女を、『守る』ために。







1.打ち止めと妹達から逃走する
2.打ち止めと妹達を殺害する






安価>>645->>649まで

マジでこうなるとかやだよこんなの選びたくな




2がマシ

2

一方通行の姿が唐突に掻き消えた。
否、消えたのではない。目視できぬあまりの速度にそう錯覚しただけだ。
脚力のベクトルを操作した一方通行の体が猛烈に加速し、瞬間で距離を零にまで詰める。
音が遅れて聞こえた。そうして、腐肉を晒す打ち止めと妹達の眼前に辿り着き。

腕を、振るった。

二人の体がまとめて薙ぎ払われる。吹き飛んだその体が壁に叩きつけられ、ずるずると二つの体が折り重なるように崩れ落ちた。
一方通行はそれに馬乗りになる。そして、容赦なくその腐った体を打ちつけた。

元々、一方通行は学園都市に七人しかいない超能力者の一角に座す人間だ。
そんな彼と他では圧倒的な力の差があった。
それは軍用として作られた彼女たちと比べても例外ではない。
まして、リビングデッドと成り果て知能や身体機能が著しく低下した状態では尚更だった。

故に彼女たちは抵抗することができない。
故に一方通行の暴虐は止まらない。

「――――――ギャハ、ガハッ!? ガッ、ハハハハッ!? ぎぃはぁはははははははははははは!!!!!!」

ぐちゃ、ぐちゃ、ねちゃ、ねちゃ。
焼く前のハンバーグをこねくり回すような粘着質な音。
もはや水分の多い何かを叩くような音に変わっていた。
一方通行の拳が振り下ろされる度に地が揺れ、『彼女たち』の足が震え、そのつま先がビクッ、と震えるように持ち上がる。
背後からは馬乗りになっている一方通行の背中に隠れ、二人の上半身は見えない。
ただその下半身のみが不気味に振動していた。

「ぐ、ハァ!? ハ、ごば、はははッ!! はははははははははははははははは!!!!!!」

全てが崩れ、何もかもが終わっていくのを一方通行は感じた。
自分自身のアイデンティティ、尊厳、矜持、夢、『自分だけの現実』。
そういったものが跡形もなく崩れ、ゼロ以下の最悪になっていくのが分かる。
理由もなく力を振るい、理由もなく人を惨殺し、理由もなく世界を食らい尽くす。
そんな最悪の怪物に、いやそれ以下の何かになっていく感触が確かにあった。

一方通行は以前、これと似たような感覚を味わったことがある。
第三次世界大戦。あの雪原の大地で、番外個体という少女を相手に。
だがその時と今とでは状況は似ているようで決定的に違った。
既に彼女は死んでいるのだ。それこそ、一方通行が手を下す前から。

打ち止め。一方通行の希望。彼の全て。唯一無二の最上。
彼を地獄から引き摺り上げ、繋ぎとめてきた楔。一筋の光。
命よりも大切。世界よりも重要。七〇億の人間よりも優越する。
打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。

「ギャァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!
ゲェ、が、ぼっ!? カ、けひ、ぐぅ、ェああ!! あ、ひゃ、がァあああああああああああああアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。なのに生きている。生きている!!

その天真爛漫な笑顔で常に彩られていた可愛らしい顔立ちは、生々しく晒されている腐肉と血と膿とに取って代わられていた。
溌剌とした光が灯っていた眼は白濁としてどろり濁りきっており、虚ろで何も捉えてはいなかった。
そのマシュマロのようにふわりと柔らかかった頬は、肉が腐り落ちていて頬骨や赤々とした筋繊維が露出していて、所々鬱血を起こしていた。
彼女に似合う明るい色の服は、やはり血と膿と肉片に染め直されていた。
張りのあった腹は食い千切られ叩き潰され、腸や膵臓といった様々な臓器が一部粘り気を伴って床にこびりつきながらも顔を覗かせていた。
薄い胸板は完全に陥没し、肋骨や胸骨も粉々になり心の臓は辺りにバケツをひっくり返したように散らばっている肉片に混じり所在が分からなくなっていた。

一〇〇三一の死体を積み上げ、一〇〇三一の罪を犯し、一〇〇三一回この顔をした少女を終わらせた。
それは既に確定してしまった過去であり、どれだけ悔いようと変わろうと変えることのできない不変の事実だ。
しかしこれから先は違う。過去は変えられずとも、未来と現在は意思次第で変えることができる。
だから一方通行は決意したのだ。もう一度だってこの少女たちに手をあげることはしない。
命に代えても守り抜くのだと、場違いだろうと滑稽だろうとそう決めたのだと。

にも関わらず。にも関わらず、今一方通行の殺した少女たちの数は増えてしまった。
あってはならないことであり、あり得るはずのないことだった。
だがたしかに今の彼の罪は一〇〇三三だった。もっとも、既に『死んでいた』それを『殺した』のか、というと疑問を差し挟む余地がありそうではあるが。
その罪の証が。まるで染みのように歪な模様を描いて広がっていく。
赤と黒、ピンクの入り混じった奇怪なペイントが。

もう、何も分からなかった。
殺した。潰した? むしろ解放した。それで? 何が。壊す? ニンゲン、バケモノ? 壊す。
わけの分からない無茶苦茶な思考とも呼べないそれが頭を駆け巡る。
一方通行という人間の全てが床の染みと消えていく。
他でもない、自分の手によって打ち止めがカタチを失っていく。
はみ出した内臓が破れ、潰れ、撒き散らされ、顔がなくなり、頭蓋が砕かれ、その脳髄がパンパンに膨らませた水風船を叩き割ったような勢いで四散し、壁や天井にべっとりとこびりついていく。

いつの間にか、二人の少女だったものは床と同じ高さになっていた。
床に横になってみれば明らかであるが、絶対に自分の体の幅の分だけ床の高さとは差が出る。
自分の体の分だけ隆起したように床から盛り上がる形となる。
だが彼女たちは、床に倒れているにも関わらずその体の高さが床と限りなく等しかった。

まるで伸ばし棒を幾度も転がして、ピザの生地を薄く引き伸ばしたように。
粘土の塊を上から広げた掌で押し潰したように。
極限まで薄く、薄く。
グロテスクな色彩をしたヒトノカケラと赤いナニカだけが辺りに飛び散り、けれど白い少年にはただの一つもそれらは付着しない。
『反射』。悪意も善意も全てを拒絶する盾によって彼は守られ、ただ打ち付ける。

とっくに彼女たちの生命活動は停止している。
屍となった二人は完全なる死を迎えている。
分かっていた。けれど一方通行は止められなかった。
少女だったものの、不自然なほど残っている下半身だけが拳が振り下ろされる度に振動する。
だがそれとは対照的に、腰から上の上半身は見事なまでになかった。

全てが瓦解する。何もかもが失われていく。
何も残らない。何も残らない。何一つ残りはしない。
冷たい部屋の隅で足を抱えて震えていることしか出来なかった自分に、暖炉の暖かさを教えてくれた小さな少女。
何かを守りたいだとか大切だとか、そんな当たり前の感情を教えてくれた少女。

打ち止めだけではない。彼女以外の妹達とてまた一方通行にとって大事な存在だ。
だがもうその妹達は原形すら残ってはいない。他の誰でもない、一方通行が破壊したから。
結局、何も変わってなんかいない。変われてなどいない。

死んでいた。生きていた。不気味に白く膨れた指を伸ばし、ただ幽鬼のように餓鬼のように、猛烈な飢餓に駆られて動く亡者として。
一方通行が何もしていなくても死んでいた。初めから全て終わっていた。
だからこれは救済ともいえる。彼女を死して尚縛り付ける呪われた忌まわしき鎖を断ち切ってやった、と考えることもできるかもしれない。
この期に及んで尚命を弄ばれ、死ぬことも出来ない苦痛の螺旋に出口を示してやったのだ。
そのために打ち止めの可愛らしい顔を文字通り潰し、胸を、腹を、全てを壊し殺した。
二度と起き上がらぬよう、打ち止めの眼球を押し潰し頭蓋を砕き脳髄を圧縮し骨を粉砕し皮膚を破り肉を千切り繊維を断裂させ血管を引き裂き臓器を叩き固体を液体へ変えた。

当然一方通行はこれが救いの行為だなんて考えてはいないけれど。
これが破壊だろうが救いだろうが、もう起こってしまったことは何も変わらない。

「ぎ、げはッ!? ぐ、げ、バッ!?」

何か不快なものがこみ上げたと思った瞬間、一方通行は口から黄色い吐寫物を撒き散らした。
びちゃびちゃと床を叩く生理的嫌悪感を掻き立てるような音。
血と肉片と臓器と骨のプールにブレンドされ、更に醜悪な光景を作り出す。
打ち止めの体にかかるかと思われたが、そうはならなかった。
何故なら打ち止めは、もう『ない』のだから。

激しく咳き込みながら蹲った一方通行の背中から、見ただけで心の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の底から破滅するような、世界で最もグロテスクで醜悪なものが噴出す。
だが、まるでそれを止めるように背中に何かが触れた。
当然それは『反射』され、しかし停止したはずの一方通行の心がふと動いた。

―――待て。

今、背中に何かが触れている。今この瞬間も触れている。
だがそれは『反射』したはずで、

「バッ……!!」

一方通行は瞬時に『反射』をオフにした。
振り返る。そこにあったのは、崩れて壊れてゼロ以下になる彼の心を繋ぎとめる楔。
番外個体という少女が、少年を抱きしめていた。
『反射』されても尚、その腕を懸命に離すまいと。

彼女の両腕は悲鳴をあげながら、しかしそれでも番外個体は動かなかった。
もし一方通行が『反射』を切るのがもう少し遅れていたら本当にその腕は弾け飛んでいたはずだ。
そしてそんなことは彼女だって分かっていただろう。
第一位の能力がいかなるものか、彼女が把握していないはずがないのだ。
それでも番外個体がそう行動したのはきっと、単純にそれ以上に優先するべきことがあったからで。

「―――こうでもしないと、あなた気付かないでしょ」

ぽつりと呟く。その顔に何か雫が零れたような跡がはっきり残っているように見えるのはきっと気のせいではない。
その声があり得ないほどに震えているのも、きっと気のせいではない。
一方通行を半ば強引に振り向かせ、ほっそりとした指をその白い頬にかける。
その指が震えているのも、やはり気のせいではない。

「……このミサカにしなよ。そうでなきゃあなたはここで終わる。何の比喩でもなく、文字通りね。
だから、ミサカが理由になってあげる。このミサカを守って。そのために、それまで生きて。
ここであなたに死なれるのは―――困る。ミサカも、悪いけど―――余裕を取り戻してたつもりだったけど……一人じゃ、この世界に食い尽くされる。やっぱり、耐えられない」

(――――――あァ)

一方通行は気付く。
たしかにこの世界はどうしようもなく狂ってしまったけれど。
それでも、まだこの少女がいる。
同居していた本物の姉妹のようであった打ち止めが歩く亡者となり。
自身の一部とも言える妹達がアンデッドとなり。
それが目の前で肉片となり、血と肉と腐敗臭が支配するこの凄惨極まる地獄にいて、尚生きている少女が。

だから、ここで壊れるわけにはいかないのだ。
この救いようのないイカれた世界から番外個体を解放するまでは。
狂気の渦から彼女の身と心を守り抜くまでは、絶対に。

「―――あァ――大丈、夫だ―――」

何も大丈夫なことなどないけれど。
確かに頬から伝わるのだ。命の拍動が。生の喜びが。生者の温かさが。
何も、大丈夫なことなどないのだけれど。
一方通行はそう告げて振り向き、躊躇しながらもそのほっそりとした白い指を伸ばしてその細い体を抱きしめた。

一方通行には、もう死しかない。独り惨めに、打ち止めを殺した一方通行はもう死ぬしかない。
あの少女を喪ったその瞬間、彼の死は決定された。この惨劇がどういう結末を辿ろうと、きっとそこは変わらない。
だがそれはこの少女を完全に守りきってからの話。

体から未だ溢れ続ける絶望と怒りと嘆きと破壊衝動を確かに感じながらも。
この時だけは、ただ静かに希望を抱擁した。
番外個体は抵抗しなかった。今この時ばかりは、何も言わなかった。

少女はそれ以上一言も発さず、無言を貫いた。
そんな番外個体に縋りつくように一方通行は抱きしめる。
その紅い眼から何かが零れたような、気がした。
結局それが錯覚だったかどうかは分からなかったけれど。

少年と少女は、最も大切だった者の亡骸の上でいつまでも抱き合っていた。

投下終了

やはり大体満場一致
前回のライブセレクションで打ち止めを連れて行っていた場合、打ち止めが主要メンバー入りし一方通行シナリオのヒロインになっていました
まあその場合、代わりにここで番外個体が同じ末路を辿ることになっていましたが……

Day1では悲惨なことにばかりなる上条さん、美琴、一方通行ですがDay2ではもうちょっと休めると思います
なおその分は他の二人に回るもよう、多分

次回は垣根シナリオと随分久しぶりの美琴シナリオの予定

乙  前回選び損ねたか   芳川と冥途帰しはどうなったんだろう

ライブセクションリアルタイムで初遭遇したのに参加する勇気がなかったぜ
一方さん、生きろ…生きろ…

ていうかゾンビ化した人間って元に戻す方法あんの?
バイオやったことないからわからんのだけど

最初から最終的に生き残るキャラが決まっているとはいえ・・・打ち止めをここで失うのは痛過ぎる・・・。

一方さん、一気に精神状態がレッド(危険)だな・・・。

セロリは今は常に反射出来るわけじゃないから感染はありうるだろ
こんな状態じゃ電力供給もままならないし電撃使いが近くにいなきゃマジで[ピーーー]る

暇な時になんとなくトロフィー妄想してたら止まらなりました
緑のスプレーのせいでサイレントヒル2のプラチナが取れなかったの思い出した
おのれ魔術師!! 新約10巻遠いなぁ……

現時点のトロフィー、何か思いついたら増減したりするかもしれません
本編投下は近日予定しています、予定通り垣根シナリオと美琴シナリオになります


L『夢で終わらせない』:全てのトロフィーを獲得した勝利の証

U『ようこそ惨劇へ』:Day1を迎えた証。振り返った先に道はない

L『どう足掻いても絶望』:Day2を迎えた証。気付けば彼らのその手は血に塗れている

L『悲劇では終わらせない』:Day3を迎えた証。せめて素敵な悪足掻きを

L『悪夢の終着点』:隠しトロフィー

U『生きるか死ぬか、それが問題だ』:湾内絹保と泡浮万彬に道を示した証。人は生まれ方を選ぶことはできないが、どう生きどう死ぬかを選ぶことはできる

U『陽が沈む時』:第一位の少年の全てである少女をその手で殺した罪の標。罪人に救いはない

L『地獄への道は善意で舗装されている』:隠しトロフィー

L『隠しトロフィー』:隠しトロフィー

L『善意ぐらい信じてる』:隠しトロフィー

L『十字架を建てる時』:隠しトロフィー

L『アレルヤ』:隠しトロフィー

L『殺して』:隠しトロフィー

L『おお 母よ聞き給え、懇願する子らを』:隠しトロフィー


L『絶望の底からも救い給う』:隠しトロフィー

L『神浄の討魔』:隠しトロフィー

L『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』:隠しトロフィー

L『一切の望みを棄てよ』:隠しトロフィー

L『隠しトロフィー』:隠しトロフィー

U『処刑人』:クリーチャーを100体殺害した証。まだまだただの殺人者

L『ジェノサイダー』:クリーチャーを1000体殺害した証。英雄と呼ぶ者も現れる

U『記録係』:ファイルを10集めた証。今は亡き者の最後の記録

L『コレクター』:ファイルを30集めた証。彼らはどのように死んだのか、何を思ったのか

L『墓荒し』:ファイルを全て集めた証。死体を漁って死者の声を知る

U『我より先に造られしはなし』:THE MERCENARIESで全ステージにおいてSランクを獲得した証

U『ここが地獄の底』:RAID MODEで難易度ABYSSで全ステージにおいてSランクを獲得した証

U『ゲコラー』:RAID MODEでゲコ太を50取得した証。ただのカエルとはわけが違うゲコ

U『ゲコリスト』:RAID MODEでゲコ太を100取得した証。ゲコ太派閥立ち上げ準備OK

Lはロック(未取得)、Uはアンロック(取得済み)です

U『我より先に造られしはなし』:THE MERCENARIESで全ステージにおいてSランクを獲得した証

U『ここが地獄の底』:RAID MODEで難易度ABYSSで全ステージにおいてSランクを獲得した証

U『ゲコラー』:RAID MODEでゲコ太を50取得した証。ただのカエルとはわけが違うゲコ

U『ゲコリスト』:RAID MODEでゲコ太を100取得した証。ゲコ太派閥立ち上げ準備OK

はミス、全てL(ロック)ですね
マーセやレイドモードの操作キャラは果たして誰がいるのか……
上条さん、美琴、垣根、浜面、一方通行、番外個体、滝壺は確定、あとは黒子とか?
ミニゲームのみ参加の魔術サイドからはステイル、神裂さんは確定、それとオリアナとか あと……誰がいいかな
いやまあ妄想であって実際このSSでは本編しか書かないですけどねw

豆腐サバイバー枠で、猟犬部隊の雑魚を……

アウレオルスさん馬鹿にしててごめんなさい

重大発表……アニメ化一段落発言もあるし、去年劇場版と超電磁砲二期やったばっかだから三期は期待すまい……
いや、しかし……まあ、ソシャゲとかだろうなぁ……
垣根もだけど、個人的に大好きな16巻にも期待してしまうぜ

さて投下します

>>662
その二人については後で触れると思います

>>663
一度変異してしまえば元に戻す方法は一切ありません、ゲームオーバーです

>>667
最初から最終的に生き残るキャラが(いないということ)が決まっている、という可能性が微レ存……?

>>669
能力による充電は、以前にも触れたように原作でやった描写がないのと半永久機関ができてしまうのでできない設定で
打ち止めが死ぬと能力使用にも影響が出そうですが、0930の時の一方通行曰く「確証なンかねェ」らしいので使えるということで
バッテリー残量についてはだいぶご都合主義です、原作でもバッテリーの問題はもうなくなってるような気がしないでもない

>>683
「こちらナンシー、ミッション完了しました」

『りょーかい。予定のポイントに向かえ』


垣根帝督 / Day1 / 17:25:37 / 第六学区 動物園

「―――逃げ切ったか」

「……やばかった。今のはやばかったわ」

炎を纏う女王アリ―――アレクシアと彼女率いる白アリの軍勢から逃げ続けていた垣根帝督と心理定規。
ようやく追跡を振り切ったことを確認した二人は、力尽きたようにその場に座り込んだ。
万を超えるアリの大群が、まるで大地が波打つように追ってくる光景は恐怖以外の何物でもない。

「……にしても、ここは一体どこなんだ。適当に逃げてきたから第何学区にいるのかも分かんねえぞ」

「……本気で言ってる?」

辺りを見回す垣根に、心理定規は緊張した面持ちで問う。
垣根の背後を指差し、その声は僅かに震えていた。
何か恐ろしいものを見たような、そんな声。
もっともずっとそんなものを見てきたのだが、ともかく垣根は心理定規の指差す方を振り返り。

「……冗談じゃねえぞ」

そこにいたのは、猿だった。
やはり鋭い爪が伸び、ところどころ体毛と皮膚が剥がれて中の筋肉が露出しているものの、明らかにそれは猿だった。
だが重要なのはそこではない。垣根が焦っているのは猿そのものにではない。
目の前には化け物と化した猿。そこから導ける一つの事実。
垣根と心理定規が注目しているのはそれだ。

常識的に考えて―――常識などもはやこの街には存在しないのだが―――猿が街中を闊歩しているなど、あり得るだろうか?
人間、犬、蜘蛛、蟻。これらはいいだろう。二人が見てきた化け物の元は、たしかにそこいらにいるものだ。
だが猿は違う。ここは田舎の山中ではない。少し前まで繁栄を極める科学の世界なのだ。
そんなところに猿などがうろついているはずがない。

しかし。たった一つ、それがあり得る場所がある。
科学の中心であっても、科学の中心だからこそあるその場所が。

「―――動、物園……ッ!!」

果たしてそれが何を意味するのか。
生前の猿と変わらぬ叫び声をあげ、猿がその爪を掲げて飛びかかってきた。

「チッ!!」

やはり元が大型真猿類の猿。ゾンビ犬と同じくその動きは俊敏で、どころか生前より向上さえしていた。
それを支えているのは膨れ上がった筋肉組織。
一見ゾンビと同じく皮膚が剥がれ落ちて筋肉が露出しているように見えるが、実のところそれは全く違った。
増強された筋肉組織が肥大化し、外皮を突き破るまでになっていたのだ。

だが所詮猿は猿。いくらその能力が向上していようと限界は見えている。
少なくとも。超能力者『未元物質』の脅威になるほどのものではないことは明白だった。
それを証明するように垣根が素早く猿に向けて右手を翳す。五指を広げたその掌で猿を包み込むように。
そして垣根がぐっ、と握り潰すかのようにその手を拳を作るように握り締めた。

「弾けて混ざれッ!!」

その瞬間。何らかの圧を外部から受けた猿が、全方位から均等に押し潰されたようにぐちゃぐちゃに圧縮された。
血を派手に撒き散らしながら猿は落下し、どしゃりと地面に叩きつけられ血溜まりを作り出す。

「……汚え花火だ」

「本当にね」

だがそんなことは垣根も心理定規も気にもかけない。
問題なのは、

「しかし動物園だと。いつの間にそんなとこに入り込んでたんだ!?」

「知るわけないでしょそんなの!! それより早く脱出しないとまずいわよ!!」

動物園には数多の動物がいる。至極当然のことだ。
だが普段なら見る者を癒してくれる愛らしい動物たちも、今この場ではその限りではない。
それはそのまま彼らを脅かす脅威そのものなのだ。
動物園にいる動物は猿だけではない。それらが群れを成して襲ってきたらどうだろうか。

そう思った矢先のこと、小型の蛇が集団で現れた。
うねうねと体をくねらせながら、長い舌をシューシューと遊ばせながら。
心理定規が走りながら適当に発砲して威嚇しながら怒鳴った。

「飛びなさいよ!! あなたのそのメルヘンな翼は飾りじゃないでしょ!!」

心理定規のもっともな言葉に、垣根は小さく肩を竦めた。

「俺だってそうしてえよ。だがな、あれを見てみろ。
空には死肉狂いになった烏が大量に飛んでる上に、それぞれが縄張りを作ってやがる。
その領域に少しでも入ったら最後、連中は群れで攻撃を仕掛けてきやがる」

曇天の空を飛び交う黒い影を指差して、垣根は言う。
もともと烏は縄張り意識は強く、それが変化の影響で更に刺激されていた。
また例に漏れず攻撃性も大幅に上昇しており、人間を襲うことに躊躇を全く見せない。
集団で襲われれば人ひとりなどあっという間に肉を啄ばまれ、標本さながら骨だけにされてしまうだろう。

それでも、垣根ならばその程度一蹴できる。
所詮は雑魚の集まりに過ぎない弱小集団など相手ではないのだ。本来ならば。
だがそこには二つの制限が課せられる。

一つには心理定規の存在。彼女は大能力者という高位の実力者だが、その力は人外との直接戦闘には意味を成さない。
必然、彼女を守るために垣根は常に気を使う必要が出てくる。
一つには『感染』の危険性。烏の攻撃そのものは大したことはない。
だが代わりに一度でも、少しでも食らえばそれが垣根であれ心理定規であれ『感染』してしまう恐れがある。
その恐怖が動きを鈍らせ、生まなくてもいいはずの焦燥と隙を生み出し得る。

「……しょうがないわね。チッ、使えねえなこいつ」

「全裸で吊るして置いてくぞコラ」

「冗談だってば。にしても……ん? ―――いやいやいやいや。待ってよ嘘でしょねえ」

突然心理定規の顔がみるみると青ざめた。
今度は何かと垣根が確認してみると、

「あん? ……ハッ、こりゃあまた随分と……」

よく気を張ってみれば、僅かに足元に振動を感じた。
ずしん、ずしん。まるで巨人の足踏みのような揺れ。
その地鳴りの発生源を見てみれば、そこには地上の王者がいた。
体長四メートルほど、体重およそ一〇トン。地上最大の動物の姿がそこにある。
そして当然、それも他と同じく感染していて、ずしんずしんと地を鳴らしながら走ってきた。

「逃げる、ぞ……!!」

「当然!! あんなの相手にしてられるかっての!!」



Files

File26.『係員の日記』

九月九日

最近、やはりここの動物たちの様子が変だ。
異様に食欲が増大しているように見えるのは気のせいじゃないだろう。
そして何より明らかに凶暴化している。俺にはあんなに懐いていた奴らもやけに食いかかってくる。
まさか流行している奇病とやらに動物たちも感染してしまったのか……?
だとしたら早急に手を打たなければならない。
打たなければならないのだが、生憎と研究やワクチンの開発は俺たちの仕事じゃない。
一日も早く治療薬ができあがることを祈るばかりだ。

九月一〇日

ついに起きてしまった。嫌な予感はしていたんだ。
今日、動物にエサを与えようとした飼育員が一人殺された。
動物たちが原因不明の凶暴化を起こして以来、直接入ってのエサやりは禁止されてたっていうのに。
あいつときたら、こんな時にまで動物好きを発揮しやがって。それで死んじまっちゃ世話ないぜ、クソ!!
もうこうなってしまったら異常以外の何物でもない。
パニックを防ぐためにしばらくは情報規制が敷かれるようだ。

九月一一日

今日は同僚の一人とチェスをやった。
あんなことがあって、みんな他のことで無理やりに気を紛らわせたかったんだ。
そいつとは同僚ではあるもののほとんど喋ったこともなかったが、チェスが強いという話は聞いていた。
いやはやいざやってみたらこれが予想以上の腕前だった。俺もチェスは強い方だと自負していたが、それは思いあがりだと思い知らされた。
しかし、随分と食欲旺盛な奴だ。あんなに肉ばかり食って大丈夫なのか。
風呂に入り忘れでもしたのか、やけに体を掻いていたのも気になった。
もしかして……。

そういえば俺も今日は調子が悪い。


御坂美琴 / Day1 / 18:39:57 / 第一二学区 スーパーマーケット

調達しなければならないものが多い。
美琴と佳茄は比較的大きめのスーパーマーケットに立ち寄っていた。

「……酷い有様ね」

「…………っ」

かつてはセールの時など特に人で溢れかえっていたであろうそこは、もはやその見る影もなかった。
棚はそのほとんどが倒れ、商品は滅茶苦茶に散らかっている。
落ちた野菜などが踏み潰され、カラフルな汚れを床に刻んでいた。
ハリケーンの直撃でも受けたかのような荒れ果てた店内を二人は歩き回る。

ゾンビの姿はところどころに見られた。
ゆっくりと徘徊している者や一箇所に立ち尽くしている者、中には倒れている亡者を食らっている者もいた。
床に倒れているゾンビの腹に口をつけ、貪っている。
こちらに背中を向けているためその様子はよく分からないが、それでも食らっていることは嫌でも分かった。
肉を咀嚼する気持ちの悪い音が耳を叩き、その周囲にみるみると血溜まりが広がっていく。

「ひっ―――」

美琴のスカートの裾をしっかりと掴み、その背中に隠れて佳茄は掠れた声を絞り出す。
その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていて、可愛らしい活発な顔が台無しになっていた。
小さな体が小刻みに震えているのが生者の温かさと共に伝わる。
当然だろう、と美琴は思う。こんな悪夢的な世界にたった七歳の少女に耐えられるわけがない。
……もっとも、一四歳の少女にもあまりにも酷ではあるのだが。

「……見ないでいいの」

美琴はそっと目隠しするように自分の左手で佳茄の目元を覆う。
こんな幼い少女に見せていいものではないし、自分だって見たくはない。

「お、姉ちゃん……こわい……」

ぎゅっと抱きついてくる佳茄に対し、美琴は目を塞いだままその頭を反対の手で撫でてやる。
甘えたい盛りなのか、こうしてやると佳茄は安心した顔になることを美琴は知っていた。
実際頭を撫でられるというのは安心感を感じることができる行為である。
とにかくこの場を離れよう、と美琴が佳茄に告げようとしたその瞬間。

突然、視線の先にある窓の向こう側を赤い何かが素早く横切った。

当然窓は地面に対して垂直に張られているので、今の何かは壁に張り付いて移動していたということになる。
まだ見ぬ未知の化け物。一瞬見えた真っ赤な体。
美琴は佳茄の目を塞いでいて良かったと心から思わざるを得なかった。
それに何か―――言葉では表せない、言い知れぬ何かを美琴はあれに感じる。
あれが何なのかなど分からないのに、どうしようもない恐れと絶望が体中に広がっていくのを理解する。

(何よ……この感じ。この粘つくような嫌な感覚は……)

「佳茄ちゃん、こっちよ。ついてきて」

小声で囁き、とことこと歩く佳茄の手をしっかりと握り美琴はそそくさとその場を離れる。
屋外ならまだしも、こういった範囲が限定された空間であればレーダーを使うことでアンデッドと鉢合わせしない立ち回りが可能となる。
美琴は頭の中で電磁波から受信した情報を元に空間把握を行い、鮮明に電子の地図を描き出す。

そしてやってきたのは事務室だった。
そう広くはない部屋で物も散乱しているが構わない。
美琴が今この部屋に求めているのはそういうものではないのだ。

「佳茄ちゃんはここで待ってて。大丈夫、すぐに戻ってくるわ」

「え……?」

そう言うと佳茄は呆然としたような表情を浮かべた。
どうしてもあの化け物が気になった。
あれを放っておいてはならない。絶対に何とかしなければならない。
そんな予感というにはあまりにも確信染みたそれをどうしても捨て置けない。

「このボタンを押してからこのマイクに向けて喋ると館内放送になって、私に声が届くようになるから。
何かあったらそれで知らせて。勿論、私自身も注意するから安心して」

安心などできようはずもない。そんなことは分かっていて、美琴はその言葉を言う。
他に何も言葉が見つからない自分に嫌気が差しながらも仕方がない。
結局それしか美琴にはないのだから。

「あ、……お姉ちゃん……」

震える少女の声に、美琴はそれは恐怖や不安からくるものだと思っていた。

「一人でお外に出るなんて、危ないよ……」

だが。少女から飛び出したのはそんな言葉だった。
怯えでもなければ恐れでもない。
つい先ほどは「怖い」と素直に恐怖の感情を吐き出していたというのに。
―――今は、たった七つのくせに一丁前に他人の心配をしているではないか。

美琴は膝を折ってしゃがみ込み、佳茄と目線の高さを合わせる。
今は亡き親友から教えてもらった、子供との話し方。
出来る限りの笑顔を浮かべて安心感を与えようとする。

「心配しないで。私、こう見えても凄く強いのよ?
なんたって学園都市の頂点、超能力者なんだからね。
私より強いヤツなんてどこにも、一人もいないんだから。だから私が負けるなんて絶対にあり得ないわよ」

「本当に……? 本当に帰って来てくれる……?」

「ええ」

「いなくなっちゃ駄目だよ?」

「ええ」

「怪我しちゃやだよ」

「ええ。あ、そうだ―――約束。約束しましょ」

美琴は小指をピンと立てて佳茄の眼前に差し出す。
佳茄にもすぐにその意図が伝わったのか、同じように小さな小指を差し出した。
美琴の小指をサイズの違う小さな佳茄の小指と絡め、口ずさむリズムに合わせて小さく手を揺らした。

「ゆーびきーりげんまん、」

「うーそついたーら針せんぼーんのーます」

「「ゆーびきった!」」

美琴が笑うと、佳茄も笑った。それで十分だった。

「それじゃ、ちょっと行ってくるわ。
……いい、佳茄ちゃん。絶対にここから出ちゃ駄目よ。
何があっても、どんなことがあっても、ここに連中が入ってきた時以外は私が迎えに来るまで待ってるの。できる?」

「うん、分かった。大丈夫だもん。私、お留守番できるよ!! えらい?」

「うん、えらいえらい」

佳茄の頭を最後に優しく撫で、美琴はすくりと立ち上がる。
佳茄を一人残して事務室を出て、後ろでにぱたん、とドアを閉める。
その瞬間。スイッチが入ったように美琴の目つきが、眼光が明らかに変わった。

全方位に極限まで気を使いながら一歩一歩確実に床を踏みしめる。
佳茄のいる事務室へ続く扉は一つだけ。そしてそこへ行くには今美琴が歩いている細い通路を通るしかない。
つまりこの通路にさえ気をつけていれば亡者共があそこへ辿り着くことはない。

だが、そんな美琴の考えは無意味なものとなる。
最初に感じた異変は、臭いだった。

(この吐き気を催させる嫌な臭い……血の臭い―――死臭)

最初にここを通った時にも血の臭いは感じた。
ハラワタを食らっている死者が血溜まりを作っていたし、亡者そのものからも腐敗臭と共に臭ってくる。
というよりも、おそらく今の学園都市ではどこにいたって死の臭いが鼻腔をくすぐるだろう。
しかしそれにしても臭いが強烈すぎた。つい先ほどまではこれほどではなかったというのに。
しばらく歩いて、そして気付く。

「死んでる……?」

先ほどまでこの辺りを徘徊していたゾンビが死んでいた。
一体も残さず全員悉くが平等に血の海に沈められている。
見てみれば中には首が捻じ切られ、頭部が存在しないものまであった。
当然ながらやったのは美琴ではない。美琴はこれまでただの一体も殺していない。
腐肉を晒す死者の軍勢を相手に、美琴は『殺す』という行為をどこまでも拒絶し続けた。

では一体何者の仕業なのだろうか。
そもそも美琴がここを離れていた時間、つまり佳茄と事務室にいた時間は長くない。
一時間二時間もいたわけではないのだ。せいぜい数分、その短時間の間にこれほどの虐殺を行ったもの。
それができるだけの恐ろしさを持った化け物。

……ふと、レーダーに反応があることに気が付いた。
遅れて目視で気が付いた。

―――ぽたり、ぽたり。
血の雫が落ちてきて、それが床にぶつかって弾け小さな赤い水溜りを作っていた。
新たな一滴が落ちる度に赤い水面に僅かな波が刻まれていく。

そう、血は落ちて、垂れてきているのだ。
ということはその発生源は上、即ち天井ということであり。
その場所はレーダーが示す場所と全く同一であった。

だからこそ美琴は立ち止まり、頭上を見上げた。
そこには果たしてレーダーが捉えたものがいて。この惨劇を作り上げたものがいて。




そして、果たして最低最悪の狂気と悪夢の結晶がそこにいた。




人の体表を全て溶かし、骨までも取り除いて生まれたような異形だった。
肥大化した脳が露出し、外部からその最も重要な器官が丸見えとなっていた。
それ自体が別の生き物の如くくねる長い舌。痕跡すら残さず退化し存在しなくなった眼。
全身の皮膚はほとんど残さず剥離し、新たに形成されたピンクがかった赤の筋組織が全身で露出している。そのためその化け物は真っ赤だった。

「――――――うそ、あ、あ……うぁ、あああぁぁぁぁああ……」

骨格が根本から変形したことにより四足歩行を基本としており、それは両生類のように天井に張り付きそのまま全身をくねらせながら近づいてくる。
その両手はやはり肥大化し、巨大な爪が五つずつ伸びている。
その長大な舌を遊ばせ、透明な唾液をも糸を引かせて垂れ流しながら―――そのゾンビなどとは比較にならぬ剣呑な化け物は美琴を捉えた。
眼が完全になくなっているために“見られた”というのは錯覚でしかないのだが、確実に捉えた。

「―――はは、は、っ、はははは……」

けれど。御坂美琴が見ているのはそんなところではない。
露出した気持ちの悪い脳でも、長い舌でも、鋭い爪でも、赤い体表でもない。
美琴の意識を縛り付けて悲鳴をあげるほどに締め上げているのは。
美琴を絶望の奈落に容赦なく突き落としているのは。

その赤く変わりきった体表に少しばかり張り付いた衣服。
肥大化し露出した脳の、僅かにまだ残っている頭皮から伸びる髪。

もう少し詳しく述べるなら。
本来ならば煌びやかな気品を放ち、人の目を引き付ける常盤台中学の制服と。
長い髪を二つに括ったツインテールの片側と言うべきか。

その完全な化け物に僅かに残っている髪はあまりにも不恰好で、不似合いで、抽象芸術と言われても納得できないような圧倒的な違和感を醸し出している。
けれど、片方だけになっているとはいえ、赤に染められているとはいえ、それは酷く見覚えのあるものだった。
断片的に張り付いた制服も自分が今来ているものと同じであり、強烈な既視感を覚える。
おそらく今の形態に変異して間もないのだろう。だからこそ人間だった時の名残が僅かだが見て取れる。

それは、最悪でしかなかった。





「――――――黒子――――――」




黒子。そう、白井黒子だ。
彼女のトレードマークだったツインテール。ずっと一緒にいたのだ、一目見れば分かる。分かってしまう。
ああ、せめて―――完全に化け物になってしまっていてくれたら良かったのに。
原型など欠片も残さず、生前の面影など全く読み取れなくなっていてくれればまだ良かったのに。
中途半端に人間の名頃が残っているから、分かってしまう。

その化け物が、かつて白井だった化け物が、天井から剥がれるように落ちて来る。
血と涎を垂れ流しながら、美琴の頭部に狙いを定めて。
そして、それを引き攣った顔で見ていることしか出来ない美琴の眼前で。
ふっ、と。突然空気に溶けるように化け物の姿が虚空へ掻き消えた。

「っ!?」

反射的に横へ大きく飛ぶ。
その直後、つい寸前まで美琴がいた場所を化け物の槍のように硬化した長い舌が抉り取った。

「ハァアアアァァァァ……」

『空間移動』。美琴はそれを知っていた。よく知っていた。
自慢の後輩の有する能力で、何度も何度もそれを見ている。
だから出現するタイミングも、どの位置に現れるかも手に取るように分かる。
生前と同じ行動パターンを取るとは限らなかったが、いずれにせよレーダーがあるので問題はない。

「黒子―――……」

問題はそんなことではない。
問題と言うのならそれは目の前の異形そのものだ。

この化け物は、確実に美琴を殺すつもりで攻撃している。

それが嫌でも分かる。加減も容赦も躊躇もない。
そこに生前の名残はない。ただ肉を食らおうとする捕食者でしかなかった。
矜持も。尊厳も。信念も。記憶も。感情も。
何もかもを捨て去り、化け物へと変貌し、もっとも大切だったはずの人物へ牙を剥く。

こちらに向けて舌を出し入れしていた化け物の姿が再度消える。
美琴は同じように横へ飛びながら、背後に向けて素早く電撃を放った。
やはり背後に現れた化け物の爪は虚しく空を掻き、入れ替わりのように美琴の電撃が直撃して僅かに吹き飛び、倒れ伏した。
が、やはり耐久力も跳ね上がっているようですぐに起き上がる。

「黒子―――」

この化け物の動きが予測できる。
元々は白井黒子だったのだから、当然だ。
けれどその事実が尚一層に目の前の化け物=白井という事実を際立たせる。
体の震えが止まらない。顔は死人のように真っ青になっていた。茶色の瞳からは透明の雫が止まることなく流れ続けていた。
どこかから聞こえるがちがちという音がやけにうるさかった。

辺りに散らばっているいくつもの無残な死体。
頭蓋が砕かれているもの、上半身と下半身で真っ二つになっているもの、首から上がなくなっているもの。
そのどれもが凄惨極まる殺し方をされ、スプラッタ映画さながらの地獄を演出していた。
鼻腔を刺激する鉄錆の臭いはきつく、むせ返るほどの死の臭いが体内に充満する。

この筆舌に尽くしがたい光景を作り上げたのは、この化け物だ。
こいつは人を殺す。人でなくても殺す。
全てを殺し、殺し、殺し尽くすだろう。
何もかもを血と肉で赤一色に染め上げて咆哮するだろう。

白井黒子は人を殺さない。風紀委員の誇りにかけて、人としての尊厳にかけて。
それが白井という人間であり、それが彼女の正義だった。
そう、白井は人を殺さない。間違っても殺さない。

けれど。今のこれはもう、白井黒子ではないのだから。
白井の信念、正義、生き様。そんなものには構わずに人を殺す。
目につく生き物全てを殺し、逃げ惑い抗う人間を殺すだろう。


ここで止めなければ―――『彼女』はいつまでも人を殺し続ける。




だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。




御坂美琴はここでありとあらゆる全てを賭して―――白井黒子を止めなければならない。




何かが鳴動し、僅かに床が揺れた。
その衝撃に反応して化け物が空間移動でもしようとしたのか身じろぎするが、圧倒的に遅すぎる。
ゾン!! と突然床を砕き、地下から飛び出した黒い槍のようなものが、あっさりと化け物の腹部を貫いた。

ジジジ……と誘蛾灯の虫を焼く高圧電流のような音をたて、表面が細かに微振動を繰り返している。
まるでチェーンソーのようになっているそれは、砂鉄だ。
美琴が磁力で地下から強引に召喚した砂鉄の槍が、まるで地面から生えるように飛び出して化け物を容赦なく刺し貫いたのだ。

化け物は甲高い奇声をあげながら暴れるも、砂鉄の槍によって中空に縫い止められ全く抜け出すことはできなかった。
演算が行えず空間移動を使うこともできないのだろう。
そんな化け物の、砂鉄の槍の周囲の床が円形にくり貫かれそこからドバァ!! と黒い奔流が吹き乱れた。

その正体はやはり砂鉄だ。御坂美琴の命を受けた軍勢が大軍で飛び出したのだ。
凄まじい勢いで巻き上がった砂鉄は瞬時に竜巻を形成し、完全に化け物を全方位から取り囲む。
その勢いで店の天井は完全に破壊され、辺りの物は全てシュレッダーにかけられたように粉々になっていく。
その破片や瓦礫さえも粉々に分解され、砂鉄の嵐は尚一層勢いを増していった。

「――――――黒子ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」

喉が裂けるほどに叫び。腹の底から叫び。
尋常でない速度で渦巻く砂鉄の嵐が一気に狭まり、渦の中心に縫い止められている化け物を全方位からすり潰す。
グチャチャチャ!! ブシュッ、ザァアアア!! という音が響く。

それは、黒の嵐が白井黒子だったものの皮膚を剥ぎ取る音。
それは、黒の嵐が白井黒子だったものの肉を削ぎ落とす音。
それは、黒の嵐が白井黒子だったものをズタズタに引き裂く音。

「キィヤァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

化け物の、白井の名残を色濃く残す耳を劈くような悲鳴が上がる。だがそれもすぐに砂鉄が荒れ狂う音と筋組織を断裂する音に呑み込まれる。
白井だったものの四肢が切断され、骨が簡単に砕け、そのカタチを失っていく。

「が、ああァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

両手で自身の両肩を抱きしめて美琴は獣のように吼える。白井の悲鳴を掻き消すように。
体をくの字に折り曲げて、がちがちとうるさい歯を食いしばりながら、けれど力を止めはしない。
かつて白井黒子と呼ばれていたものは完全にすり潰され、大根おろしのように原形を失っていた。

千切れた四肢も、脳も、内臓も、肉も、骨も。
全てが悉く黒い竜巻に巻き上げられ粉々になり、その生きていた証さえも夢幻のように消え去っていく。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

切り裂いて、断ち切って、砕いて、圧縮して、すり潰して、ズタズタにして。
白井黒子というものを跡形もなく削り取っていく。
黒の嵐は無感情に食らいつき、一切の容赦なく加減なく獲物を食い散らす。

>>754
リッカー屠って殺人者認定ってのも随分な話だけどな。ゾンビ相手でも普通にセーフだろうに
美琴の中で一線越えるのはともかく、地の文で人殺しアピールはこの作者相変わらずだなぁって感じ

美琴誕生日おめでとう!!
本当は当日がいいんですけどね、当日は予定が詰まっているので一足早く
美琴以外に誕生日が明かされてるキャラって他にいたっけ

投下します
コープスパーティーなるものを初めて見ましたが、中々面白そうですね

>>756
実際にはゾンビなんていないのでどうかは分かりませんが、少なくとも主要キャラたちはゾンビを殺すことを殺人と考えています
地の文の書き方はそのキャラ(今回は美琴)の考え方を反映させているだけです
たとえばもし木原くんみたいな雑草を刈る感覚でどんどん殺していくキャラがいたとしたら、当然地の文も全く違ったものになります
麦野や垣根、一方通行がゾンビを殺した時も、それが知り合いでない限り特別今回のような書き方をしていないのもそういうことです
もちろん美琴や他の主要キャラたちが人殺しと誰かから糾弾されることは一切ありません、相手がゾンビですしこの状況ですからね

新約10巻の発売がいよいよ近いです
そろそろアレイスターやローラに動いてほしいと思っているのですがどうなるでしょうか





黙れ 呪われし狼め!
お前は自らの中に巣食う憤怒を喰らうがよい
この暗きところを行くのは理由があるのだ





一方通行 / Day1 / 17:52:14 / 第一学区 路上

まるで戦争の跡地のようだ。そんな感想を持つ者もいるだろう。
空爆を受けた直後。そんな言い方も間違いではない。
それほどに辺りは抉られ、破壊され尽くしていた。

「――――――――――――!!」

アンデッドの群れが数十とまとめて薙ぎ払われる。
まともな戦いではなかった。そもそも戦いではなかった。
そこにあるのは絶対的な強者による圧倒的な虐殺。
学園都市第一位の超能力者、一方通行によるワンサイドゲームだった。

あらゆるベクトルを統べる最強によって引き起こされた暴風。
その暴虐の化身は見えざる巨人の手となって何もかもを叩き潰していく。
死者の軍勢は数百体はいるだろう。想像を絶するような数。ひたすらに押し込む数の暴力。
だが数による力押しがまかり通るのは一定のレベルまでの話。
相手が超能力者ともなれば、そんな有象無象の集まりなど砂塵のように吹き散らされてしまう。

「――――――――――――!!!!」

一部のアンデッドの放つ能力はそのほとんどが届く前に吹き消され、届いてもそれは彼の白い肌に触れた瞬間に正確に逆再生を始める。
『反射』。数百の軍勢でいながら、何人たりとも一方通行に傷をつけることはできなかった。
単純な大気の戦乱の他に竜巻すら発生する。一方通行が蹴り飛ばした瓦礫の破片は恐ろしい威力となって亡者共をまとめて叩き潰す。
地面は彼の足踏みによって地盤から捲れ上がり、荒れ狂う烈風の槍によって形の残っている建造物など存在しなかった。

「――――――――――――――――――!!!!!!」

声にならない叫びをあげながら一方通行は死者を殺す。
だが、一方通行本人はただの人間だ。むしろその能力の弊害で一般よりもか弱い体をしている。
彼が最強でいられるのは、彼を特別にしているのは紛れもなくその能力だ。
そしてその能力『一方通行』には、とある一件により明確な制限が課せられている。

三〇分。それが絶対の制限であり、一方通行が特別でいられる期限だ。
だから、無闇な交戦は避けるべきだ。出来る限り節約しなければならないのだ。
―――そんなことは一方通行だって分かっている。
他の誰よりも分かっている。今、自分のしていることの愚かさも。
だが、止められない。

「――――――――――――――――――――――――!!!!!!」

打ち止めの無残な姿を、妹達の爛れた姿を。
強引に掻き消すように一方通行は荒れ狂う。
番外個体は何も言えない。彼女とて一方通行を止めるべきだということは分かっているだろう。
ただでさえたった三〇分しか持たない蝋燭を更に短くしていくなど自殺行為でしかない。
けれど、無性に込み上げる熱いものに身を任せて暴れたいのは番外個体も同じだったから。

一方通行は止まらない。止められない。
それが自らの首を絞めることになると自覚していながらも。
何のプラスももたらさないと理解していながらも。
怒りと嘆きと絶望と悲哀と恐怖と後悔と。ここにいる歩く死者の軍勢を薙ぎ払うまでは、そして最後に自身を破壊するまではもう、止まらない。


垣根帝督 / Day1 / 19:54:13 / 第四学区 路上

垣根と心理定規は今日、数え切れぬほどの亡者を見てきた。
多くのゾンビと戦い、そして殺してきた。
だから知っていた。こいつらは頭を撃ち抜かないと死なないこと。
そしてそうしない限り、一度殺しても凶暴化して蘇ることも。

「―――ハッ」

だが、最初から知っていたわけではない。
この地獄で戦っている内に気付いたのであって、即ちそれ以前はそんなことは知らなかったということだ。
なればこそ、その前に殺した亡者については―――。

「―――……あなた、」

その双眸が赤々と光っていた。
全身の皮膚も同様に赤く変色し、爪は鋭く尖っている。
だがその特徴的な部分、頭にはめた土星の輪のようなものは変わっていなかった。

「ゴーグル……」

垣根が小さく呟く。
それは垣根がこの歯車の狂った世界で、一番最初に遭遇した死者。
そして一番最初にその手にかけた異形。
元『スクール』の構成員にして今では垣根や心理定規の友達と言える存在だった。

『未元物質』によってほぼ真っ二つ状態にされたはずの彼の体にその傷は見当たらない。
『V-ACT』活動により『クリムゾン・ヘッド』と化した彼に、もはや人間としての知性は見られない。
垣根も心理定規もこの『クリムゾン・ヘッド』にとっては何の特別性もない人間なのだ。

「な、んで……」

「…………」

心理定規が呆然とした様子で呟いた。
彼女の体は金縛りにあったように静止していて、それが彼女の受けた衝撃を物語っている。
本来、彼らは仲間の死に悲しむような人間ではなかった。
いや、そもそも仲間意識などという上等なものも持ち合わせてはいなかった。
所詮はいくらでも代えの利く有象無象の雑兵。
死んだのならば次を宛がえばそれで済む、そう考えていた。

だがそれらは今や過去形となる。
二人とも、今目の前に立ち塞がっている化け物を―――友人だと、きっとそう思っていた。
三人で騒いだこともあるし、他の友人だちと混ざって遊んだこともある。
未成年であるにも関わらずそれを無視して飲み会をしたことだって一度や二度ではない。
かつてのリーダーとその部下というような従属関係は対等な関係へと変わっていたのだ。

だが死んでいる。この手で殺した。
その友人が、死んでいた。死んでいたのに生きていた。
だから殺した。間違いなく殺したはずだった。
だというのに、どういうわけかゴーグルはまたも垣根の前に立ちはだかった。

(―――また、殺すのか)

既に垣根は彼を一度殺している。
友人を二度殺す。そんな耐え難いほどのおぞましい行為を今求められている。
人を殺せば殺人者だ。死体まで傷つければ異常者。
では生きた死体を二度殺す垣根帝督は一体何になるのだろう?

(……俺はまた、こいつを殺さなきゃならねえのか)

吐き気を覚えた。子供のように泣き喚きたい衝動に駆られた。
もう、いっそ全てを投げ出して終わりにしてしまいたかった。
もう、殺すことに疲れていた。
もう、友人に刃を向けたくなんかなかった。

(―――……嫌だな)

だがそんなことは無視して『クリムゾン・ヘッド』が走り出す。
心理定規が慌てて銃を構え―――グレネードガンとハンドガンとで一瞬迷い、前者では間に合わないと踏んで後者を選択した―――発砲する。
しかし当たらない。時間がなく狙いがろくにつけられていない。
そもそも『クリムゾン・ヘッド』の動きは俊敏だ。その脅威の度合いはやはりゾンビとは一線を画す。

「がっ……!?」

肩を掴まれ、その腐敗臭を漂わせる口を大きく開けて心理定規の柔らかな喉元に食らいつかんとする『クリムゾン・ヘッド』。
幸い肩を掴まれたといってもその爪は彼女の体を傷つけてはおらず、しかし喉に噛み付かれれば間違いなく心理定規は死ぬ。
『クリムゾン・ヘッド』が噛み付くより早く、迅速に。
心理定規は素早く自身の太ももから大きなサバイバルナイフを逆手で抜き取り、その顔面に満身の力を込めて突き立てた。
肉を抉り、断ち切る生々しい感触。みちみちと押し割り強引に刃の進路を確保する。

「―――ッ!!」

ともすれば泣き出しそうにも見える表情で、心理定規は絶叫する『クリムゾン・ヘッド』を見ていた。
かつて血と硝煙の臭いしかしない地獄の住人だったからこそ、そこから抜け出して得た友人というものは大きい。
それにナイフを突き立てるという行為は、以前とは違う今の彼女に何を思わせているのか。

だが仕留めるには至らない。
血塗れの顔で叫ぶ『クリムゾン・ヘッド』から見えぬ何かが放たれた。
念動力。ゴーグルの有する強能力の能力だ。
対する心理定規は更に格上の大能力者。だが彼女の能力は物理的には無力だ。
心理定規が念動力に気付いて回避しようとした時にはもう遅い。
既にその不可視の力は彼女を確実に捉えていた。

「ま、ず―――!!」

上擦った声があがる。
しかし結論から言って、心理定規の細身の体が異能により吹き飛ばされることはなかった。
どころか派手に吹き飛んだのは『クリムゾン・ヘッド』の方だった。
その不可解な現象を起こしたのは、金に近い茶髪にブランド物の衣服を纏う青年だった。

「……遅いのよ、馬鹿」

「悪ぃな」

一言だけ告げて。垣根は平然とむくりと起き上がったゴーグルに向かい合う。
常人ならあれだけ派手に吹き飛ばされれば立てなくなるはずだが、それをこの異形共に当てはめるのは今更だ。
垣根はゆったりとした動作でポケットに入れていた両手を抜き。
そしてそれを合図に彼の背中に純白の翼が六枚展開された。

「―――まだ、死に切れねえか。ゴーグル」

問う。当然返答はない。元より答えを期待してのものではない。
しかしゴーグルは鋭利な爪を掲げて突進してくるという形で反応を示した。
ゾンビなどとはまるで違う走力。凶暴性。能力。感染の危険性。

それらを前にして、尚垣根帝督は揺らがない。慌てて動くのでもなく、咄嗟に迎撃するでもなく。
ただ、静かに語る。

「……安心しろ。俺がオマエを確実に、丁寧に、殺してやる。
二度はねえ。今度こそその呪われた螺旋から解放してやる。だから―――オマエは何も心配しなくていいんだ」

事は一瞬だった。
眩い純白の輝きが一閃、刹那の間全てが白に塗りつぶされる。
僅かの間を置いて世界が元の色を取り戻した時には、全てはつつがなく終わっていた。

投下終了

今回は短いです
心理定規のナイフによる反撃はリメイク1にあったディフェンスアイテムのあれです
リベレーションズ、かなり面白くて楽しめてるんですがアビスのトリニティは取れる気がしない

次回は美琴シナリオと上条シナリオ
次を除けば美琴の落としはあと一回の予定
Day1ではあまりなかった浜面などはDay2からに用意しています
次回投下でDay1は終了となります

「オティヌスがやられたようだな……」

「くくく……奴は我らの中でも最弱……」

「魔神の恥さらしよ……」

マジでこれを思い出した最後の魔神軍団、まさかの展開でしたね
ようやく動き出したアレイスターに大喜びですが、さて勝敗はどうなったことやら

美琴はほんとかっこよかったです、ロベルトさんもイケメンだった
でもシルビアさんちょっと怖いです
フィアンマが行方不明になる事案が発生

オティヌちゅの無事(スフィンクス的な意味で)を祈って投下します
最後の挿絵最高でした





雨に打たれて亡者どもは 犬のように喚き叫び 背を向けて腹をかばい 腹を向けて背をかばう
このみじめな冒涜者たちは ぐるぐるとのたうちまわる





御坂美琴 / Day2 / 02:16:42 / 第一二学区 高崎大学敷地内

眠っている佳茄を残し、美琴は能力のセンサーに反応があったところへと向かった。
キャンパスの外に出る。外は大雨だ。ざあざあと音を立てて降り注ぐ水滴の弾丸は痛いほどに肌を叩く。
空を見上げてみればそこに広がるのは漆黒。
ともすれば吸い込まれそうなほどの、まるで心の闇を鏡写しにしたような黒だった。

太陽は完全に姿を消し、切れ切れの雲の隙間から差し込む僅かな光もない。
それが希望のない狂ったこの世界を表しているような気がして、一体どこの詩人だと美琴は一人笑う。
殴りつけるような大雨にたちまち再びぐっしょりと全身濡れてしまうが、そんなことを気にする様子もなく美琴は歩く。
対象の位置は常に捉えている。足に張り付くスカートの、不快な感触だけが少し気になった。

夜の闇に雨。ホラーの舞台としてはばっちりだろう。
ぐちゃ、ぐちゃ。ローファーが雨にぬかるんだ土を踏み、特有の粘着質な音が響く。
けれどその音さえも全てを覆い隠すように降り注ぐ激しい雨音に掻き消され、どうせならこの苦しみも掻き消してくれればいいのにと思う。

ぐちゃ、ぐちゃ―――、泥を踏みしめるその聞こえぬ音が止まる。
……もしかしたら、美琴の考えは間違いではなかったのかもしれない。
この黒天は心の闇を映し、希望のない狂った世界を映している。
あるいは、その逆。

そうでなければ、一体どうしてこんな仕打ちがあり得ようか。

「―――あはっ」

おかしくておかしくて、美琴は思わずそんな笑い声をあげてしまう。
そうでもしないとやってられないのだ。
こんな馬鹿げた光景にまともに付き合っていたらこっちが持たない。
目前の悪夢に反応する心さえ麻痺しかけていた。

「……そりゃあそうか。逃げられるわけないもんね。でも……それでも、」

そこにいたのは二体の亡者。
けれどそれだけでは美琴の心を砕くには足りない。
それほどの衝撃を与えているのは死者が歩いていることそのものではなく―――勿論、その人物だ。

夜の闇に加え豪雨による視界不良。
そんな中でもたしかにそれは見て取れた。
一人はヘアピンをつけた、黒い長髪が特徴的な女子生徒。水色を基調とした明るい色の服を纏っている。
一人はカチューシャのような花の髪飾りが酷く印象的な女子生徒。どこにでもあるような、ありふれたセーラー服を着用している。

しかしその服は血と膿と肉片に汚れ、それが大雨によって部分的に洗い流されて奇妙で悪趣味な模様を描いていた。
活発だったはずの双眸には光はなく、ただ白濁としたどろりとしたものがあるだけ。
長いスカートから伸びる足には張りがなく、代わりに肉が熟れ過ぎた果実のようにぐずぐずになっている。
顎は一部腐り落ち歯が露出していて、こちらに伸ばされた指先は水ぶくれか何かのように白く膨らんでいる。
腕もやはり骨や筋繊維が丸見えになってしまっていた。

「アァ ぁ あゥ う ぅゥ……」

「私が逃げたから―――……その罰、なのかな」

呟いた小さな声は、地面を激しく叩く雨音に遮られて自身にさえよく聞こえない。
佐天涙子と初春飾利。彼女たちはかつてそういう名で呼ばれていた。
そして美琴が彼女たちと相対するのはこれが二度目。

朝に一度、美琴は二人に遭遇している。
よりにもよって佐天が初春のハラワタを引き摺り出して貪っているという最悪の光景に。
そして、御坂美琴は逃げた。餓鬼のように彷徨う二人から、選択することから。
みっともなく自分に言い訳して、ただ目を背けて逃げていた。
だが世界はそれを許さなかった。既に逃げていた美琴に、もう一度選択を突きつけてきた。
逃がさない、と。世界が笑っているような気がした。

「―――ははっ。あははははははは」

乾いた声で笑う。二人は覚束ない足取りで一歩一歩近づいてくる。
そこにかつての佐天や初春から向けられた親しみは欠片もない。
今の彼女たちが美琴に向けているものはただ一つ、食欲のみ。
佐天も、初春も、美琴をただの新鮮な肉の詰まった容れ物としか思っていない。
自分の飢餓感を満たすための手段としか見ていない。

当然だ。何故なら彼女たちはもう、人ではないのだから。

たったそれだけの単純な事実が。どうにも悲しくて、虚しくて、泣きたくて、おかしくて。

どうしようもなく変わりきった死体となった佐天と初春を、自分に食欲を向ける二人をこれ以上見ていることなんて、もうできなかった。

ぞわり、と地面が不気味に蠢く。
まるで生きているかのように波打ち、やがてドバァ!! と黒い何かが明らかな意思を持って飛び出した。
砂鉄。美琴の能力に支配されたそれは女王の思うままにうねり、形を変え、展開していく。
佐天と初春だったものを足元から包み込むように砂鉄の渦が巻き起こる。
その黒い竜巻の中心に二人を閉じ込める。ルームメイトの少女だったものに行ったことと全く同じ。

そしてこれからの展開もまた全く同じ。電子に愛されし申し子の命令に従い、黒の暴虐は戦乱を巻き起こす。
渦は徐々に閉じていき、その内に抱き込んだ二人の肢体をガリガリと削り、ズタズタに引き裂いていく。
響き渡る絶叫。スプリンクラーのように飛び散る血液と肉片。
佐天涙子だったものの四肢がもがれ、初春飾利と呼ばれていたものの臓器がずるりとはみ出す。
しかしそれさえも直後に黒い嵐に攫われ、超高速でヤスリをかけたように消失していった。

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

痛いほどに体を叩きうるさいほどに鼓膜を響かせる雨音も、彼女たちの断末魔を掻き消すには足りなかった。
耳を打つ最期の叫びはわんわんと響き、どうしようもなくこの現実を思い知らされる。
そして何より一番おぞましいのは―――その断末魔が、紛れもなく『佐天涙子』と『初春飾利』の声だったことで。
あるいはそこに幻聴もあったかもしれない。美琴がありもせぬ声の幻を作っていたかもしれない。
しかし、実際問題として美琴は確かにそれを『感じて』いるのだ。

「がっ、げ、ぇぇええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!」

生前の彼女たちを否応なく思い出させるその絶叫に、美琴は思わず嘔吐した。
既に全部吐き出してしまったものと思っていたが、彼女たちの声はそれを覆すにはあまりにも十分すぎた。
その断末魔を掻き消すように叫びながら、能力の行使を続けたまま、胃の中のものを地面にぶち撒ける。
言葉にしがたい不快感が口内にこびりつくがそんなことに構う余裕はない。

おかしくなりそうだった。とっくにおかしくなっていた。
ズザザザザザザザ!! と途轍もない勢いで渦巻く砂鉄は確実に彼女たちを削り取り、その命を散らしている。
だが……それでも佐天の、初春の声は未だ聞こえていた。

体の芯から搾り出したような、助けを求めるような、泣いているような、震えているような、そんな断末魔を。
彼女たちをこんな風に泣かせているのは自分であり―――その事実が、その声が、美琴の精神をズタズタに引き裂いた。
頭の中でサイレンのように鳴り響き、ひたすらに響き渡る。

「――――――やめろォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

獣のように吼えた。
砂鉄の竜巻を完全に閉じる。
密着させ、圧縮し、そんな声など出せないように、瞬間で殺すために。

「げぇ、ごっ、ぇええええッ!! あああああ、ぶ、はっ―――!!」

全身を豪雨に打たれ雨粒を滴らせながら口から吐寫物を撒き散らし続け、蛇口を捻ったように、壊れたように嘔吐しながら二人を削り殺す。
一秒でも早く死んでほしい。ただそれだけを願い、美琴は親友に刃を向け続ける。
そのこの上ない最高に最低な考えが尚更に吐き気を加速させる。

やがて黒い竜巻が収束していった。
その暴虐の戦乱が完全に収まった時、そこに残っていたのは散乱した肉片や臓器の欠片が少々、そして夥しい血痕。
佐天涙子と初春飾利が完全に挽き肉となっていた。

「がはっ……!! ごっ、うぇえええええ……!!」

相変わらずごうごうと音を鳴らす大雨が吐寫物と肉片と血を洗い流していく。
そんな救いも希望も赦しも何もない無明の世界で、美琴は神に祈りを捧げる修道女のように天を仰いだ。
滝に打たれたように濡れきっている髪が一部額や頬に張り付いた。

黒天から降り注ぐのは雨。それが血の雨でないことが不思議なくらいだった。
空にはどれだけ探しても漆黒しかなく、星の輝き一つ見つけることはできず。
冷たい雫だけが天を見上げる美琴の顔を叩き、けれど彼女の内にこびりついたタールのようなものは決して流れない。
佐天と初春の残骸を雨が攫っていくのを見て、美琴は何も思えなかった。

静かだった。あるのは静謐。
ざあざあ、ごうごうという雨音以外には怖いほどに音がしない。
何も変わらない。美琴の親友。心の支え。佐天涙子、初春飾利。
彼女らが死のうがバラバラになろうが、この雨だけは何も変わらない。

美琴、白井、佐天、初春。
嬉しいことに友人は多くいるが、その中でもやはりこの三人は特別だったように思う。
白井と同様に二人も美琴を孤独から救ってくれた大切な存在だったのだ。
けれど、全滅した。これで全員が死亡した。最悪の結末。

殺したのだ。美琴が、何よりも大切だった三人の親友を殺し尽くした。
結局、最期はそんなものだった。



「――――――――――――、」


何もかもを覆い尽くし、何もかもを洗い流すように降り注ぐ雨。
だが死体すら消し去るその雨も、洗い流せぬものがあった。
宗教画や天使の前に頭を垂れる崇拝者のように、美琴はひたすらに黒天を仰ぎ続ける。
そこには何も見えず、何もない。あるのは美琴の全身を打つ雨だけ。

何を憎めばいいのだろう。何が間違ってこうなってしまったのだろう。
全てが少しずつ狂ってしまったのだろうか。それとも一つの異物が歯車全体を狂わせたのだろうか。
何も分からない。何も分からなかったから。
美琴はこの残酷な世界と、自分を憎むことしかできなかった。

雨に顔を叩かれているせいか、御坂美琴は今自分が泣いているのかどうか、分からなかった。
まだ人のように涙を流すことができているのか、できるのか、分からなかった。


上条当麻 / Day1 / 20:46:18 / 第二一学区 貯水ダム『ゼノビア』

――――――『……、じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?』

そんな言葉を得体の知れない銀髪シスターに言われた。
上条当麻はその言葉に答えることができなかった。
偽善使いを自称していた上条は、会ったばかりの少女と一緒に地獄の底まで落ちていくなんて選べなかったのだ。

その少女は、自分は魔術と呼ばれる世界の人間であると語った。
科学の対となるもう一つの法則。現実に対する幻想。
急にそんなオカルトの話をされたところで普通の人間が信じられるわけがない。
精々カルト宗教かとでも思うのがオチだ。
そして上条もまた例外ではなく、少女が異能の力に関わっているということを右手で証明してからもどこか信じられずにいた。

だがそんな上条の前に、二人の魔術師が現れた。
ステイル=マグヌス、神裂火織。二人はそれぞれそう名乗った。
魔術という異能の力、本物の魔術師。それらを前に上条は魔術の存在を知ると同時に、少女を縛る因縁についても知ることとなる。

突きつけられるどうしようもない現実、そこに提示された大人の都合。
それをどうしても認められない上条は、その右手を振るって少女を救うことに成功した。
ただしその代償として自らの記憶を捧げる形で。

―――それが、物語の起こり。
この時から全てが始まり、二人の出会いが巨大な歯車を回転させた。
その出会いは果たして奇跡のような偶然だったのか、それとも男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』が仕組んだ必然だったのか。
ともあれその時から科学と魔術が交差し、物語が始まったのだが。

それらを“今の”上条当麻は何も知らない。
自分があの少女とどんな風に知り合い、何を思い、何のために戦い、何を守り、何を失ったのか。
想像することはできてもそれを思い出すことは絶対にできない。

けれど。何も思い出せずとも。上条当麻は少女を守るべき大切な人間だと思っている。
少女もまた、『世界を救う力』を内包した『救世主』が浮かべた『ベツレヘムの星』にて少年の真実を知った。

それは互いに恋愛感情などには安易に置き換えられないものだろう。
少女などは自分の気持ちを正しく理解できず混同しているかもしれない。
だがきっと、その感情はそんな一言で表せるほど単純なものではない。
上条は何も覚えていなくとも、そこには絶対的な信頼があり親しみがある。

で、あれば。もしもそんな少女が上条の前に立ちはだかったとすれば。
それは、史上最悪とも言える敵ではないだろうか。

「―――……イン、デックス……」

それは、徘徊する死者の一人のように見えた。
血塗れの修道服を身に纏い、青白く血の気のない顔には何の表情も浮かべてはいない。
一歩一歩足を引き摺るような、緩慢な動きで緊急放水用であろう巨大な縦穴に渡された空中通路を進むその姿は、ここ学園都市を席巻するゾンビの一体としか見えなかった。

しかし、違う―――。

生ける死者たちの、虚ろな眼窩にはまった白目の代わりに、その双眸には鮮血を思わせる赤い光が爛々と灯っていた。
それの右腕は体皮を全て剥ぎ取ったように赤黒い筋繊維が露になり、そして左腕とは不釣合いな、奇妙に歪んだ形状をしていた。
いや、それどころではない。あまりにも巨大化した右腕は肩からあり得ないほどに隆起し、完全に体のバランスを崩している。

しっかり固定された空中通路に刻まれる足音も、標準的な体格から考えれば異常であった。
三〇〇キロ近い巨漢の歩みのように、一歩ごとにずしりと重々しい足音が響き渡る。
あたかも、この死者の中に高密度の何かが充満しているかの如く―――。

それは朝から上条が探していた少女だった。
経緯も分からぬまま、気付いたら同居していた少女だった。
守りたい、とずっと思っていた少女だった。
何に代えても守り抜くと、そう誓った少女だった。

インデックス。禁書目録。Index-Librorum-Prohibitorum。

そんな名前で呼ばれていた、銀髪のシスターだった。

それは、この上ないほどの最上の絶望と悪夢の権化だった。





「―――ああァァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」





吼える。叫ぶ。嘆く。
“上条当麻”が守ったはずの、『上条当麻』が守って来たはずの少女が。
どうしようもないほどの化け物になって、そこにいた。

異常なほどに肥大化し大きくせり出した右肩、右腕以外は原形をとどめていた。
その可愛らしい顔立ちも、目が赤く光り青白くなっている以外は以前とあまり変わっていない。
流れるような長く美しい銀髪も、一部血に汚れているだけで何も変わってはいない。
一部金の刺繍が施された純白の修道服も、肥大化し筋繊維が剥き出しになっている右肩部分のみ千切れ飛んでいるが他はそのままだった。

それは青髪ピアスよりも、吹寄制理よりも、姫神秋沙よりも、上条の心を折り砕く。
ゼロから始まった今の上条当麻の、始まりとなったインデックス。
ある意味で彼の根幹を絶対的に支えていた少女はもはやどこにもいない。
究極の異形と成り果てて、そこにいる。

このまま意識が闇に呑まれて消えてしまいそうな錯覚さえあった。
もうこの場で全てを投げ出してしまいたいほどの衝撃。
それほどのものをインデックスという少女は持っていた。

しかし突然、上条の叫びを掻き消すほどの音が響き渡る。
一瞬、あまりに恐ろしいそれにそれが声だとすら気付かなかった。
上条の絶叫を圧して、魔人(あるいは魔神)の咆哮が空気をびりびりと震わせる。
それに呼応して上条の体までもが僅かに震えた。

(な、んだ、これ……音圧!? 叫び声だけでこんな……っ!!)

インデックスの肥大化した赤黒い二の腕がぱっくりと割れ、そこからのぞいた巨大な眼球が上条を凝視する。

「――――――っ!?」

心臓が止まるかと、洒落や冗談ではなく本気で思った。
腕に、眼があった。赤く充血した巨大な眼球は既に視力を有しているのだろう、上条を捉えて離さない。
まるで見えぬ死神の手に心臓を鷲掴みにされたような、骨の髄からゾクッと冷たい何かが走った。
冷水を浴びせられたような、なんてものではない。
ともすればこのまま見つめ殺されるのでは、と本気で思わざるを得ないような何かがあった。
あたかもこのまま魂を抜き取られるようにさえ感じた。

巨大な右腕で空中通路の両脇に取り付けられた鉄柵を掴むと、まるで飴細工のようにぐにゃりと鉄が曲がってしまった。
相当の強度を誇っていたはずの柵はあっさりと白旗を上げ、インデックスはそれをそのまま引き千切る。
この『化け物』に本当にそんなものが必要なのか、引き千切った鉄パイプを上条に向けて思い切り横薙ぎに払った。

「ッ!?」

咄嗟に膝を折ってその場に沈み込み、頭部を下げてその一撃を避ける。
直後、ブン!! という音と共に上条の頭上を鉄パイプが通りすぎる。
慌てて一歩二歩と下がった上条に、インデックスは信じられないものを披露する。

ゴァ!! と赤い光のようなものが突然放たれた。
鉄パイプなどという酷く単純な物理攻撃を行ったと思ったら、今度は全く違う何か。
上条は反射的に自身の右手を受け止めるように突き出す。
瞬間、バキン!! という何かを砕くような音をたてて赤い光が消滅した。

「―――え?」

これに驚いたのは上条本人だ。
上条当麻の右手には『幻想殺し』というあらゆる力を無に帰す浄化能力が備わっている。
しかしそれはそう便利なものではなく、あくまでこれが働くのは異能の力に対してのみで。
つまりそれは、幻想殺しが発動したということは、今の赤い光は異能の力によるものだったということで。

―――ちょっと、待て。

それはおかしくないだろうか。
異能は主に二つ。能力か、魔術か。
目の前にいる異形はインデックスだったものだ。
今はどうであれ、元々はインデックス本人だったのだ。
つまりあの赤い光は能力ではあり得ない。彼女は能力開発など受けてはいないのだ。

だとするならば。必然的に答えは一つに絞られる。
能力ではないのなら、それは魔術。
しかし。インデックスは魔術を使うことができないはずなのだ。
だがそれは能力などというよりもよほど可能性は高いと言える。
その頭にある一〇万三〇〇〇の汚濁。

もしも。

もしも。

インデックスという少女がこの異形へと変異したことで。
何らかの、世界の誰も想像すらつかない変化がインデックスの中に起き。
魔術が使えないという制約が―――消え去ったのだとしたら。
この現象に説明がついてしまうのではないか―――?

思考は続かない。
インデックスの腕にある巨大な眼球が再度上条を見たと思ったら、突然白い輝きに視界を奪われた。
莫大な閃光。だが上条は直感的に反応する。
上条はずっと死線を潜り抜けてきた。ましてや相手が魔術なら、その経験は最大に生かされる。

右手が白い爆発を押さえ込む。
が、打ち消しきれない。あまりに莫大な力に、幻想殺しの処理能力が追いつかない。
これまでもこんなことは幾度かあった。
だから上条は特別慌てることもなく、最適と思われる選択肢を選ぶ。

「ォ、ォォおおおおおおおおッ!!」

不可解な現象が起きた。
インデックスにも何が起きたか理解できていないはずだ。
放たれた白い爆発は上条を薙ぎ払うでもなく、打ち消されるでもなく。
何故か二人のいる大きな空中通路に直撃し、橋を完全に破壊した。

簡単な理屈だった。力とは流れやすい方へと流れるものだ。
火は酸素のある方へと流れるように。指向性地雷などはそういった性質を利用したものだ。
要するに上条当麻は右手の五指を自在に動かし、狙った方向へ力を流すためのガイドレールを作り上げたのだ。
とはいえ完璧とはいかない。このやり方で確実に狙った場所へ攻撃を流せるかと言われれば答えは間違いなくNOだろう。

だが、上条が狙ったのは空中通路。
的は非常に広く難易度は低いと言えた。
狙いは一つ。空中通路という足場を失わせることによる、戦闘の中止。
目の前の存在を右手一つで殺せるとは思えない。また、その選択はできるできない以前の問題として選べない。
だって、この化け物は―――インデックス、だったのだから。

圧倒的な力を受けた空中通路は一瞬で崩落を始めた。
上条は即座に後ろを向いて走り出す。
この破壊を起こしたのは自分だ。それが分かっていたから反応と行動には刹那の遅れもなかった。
走って、走って、走って、思い切り飛び込む。
崩落する空中通路に追われながら間一髪のところで建物内へと駆け込んだ上条だが、インデックスはそうは行かない。

突然足場を失ったインデックスは何もできず、ただ、落ちていった。
その巨体は自身の重さのせいで急激に加速し、あっという間に闇の中へと姿を消した。

「……インデックス」

底の深さは分からないが、どれだけ少なく見積もっても一〇メートルはあるだろう。
普通ならば落ちて助かる高さを優に超えている。
が、死んでいない。上条にはその確信があった。
曖昧な願望などではない。これまでの戦闘と経験による判断。
あれほどの存在がこの程度で死ぬはずがない、と。

……やはりインデックスは知性が著しく低下していたのだろう。
一〇万三〇〇〇冊を自在に行使できたのならもっと効率の良い、確実なやり方があっただろうし今の落下だって防げたはずだ。
かつて天空の城塞にてもう一つの右手を持った男が見せたような戦い方だってできたはずだ。
『魔神』。そこだけは上条にとって救いだったのかもしれない。
あのインデックスに、そこまでの知性が存在しなかったことが。

「イン、デックス―――……」

そして、おそらくは。これから時間が経つごとに、加速度的にインデックスの知性は更に失われていくだろう。
一〇万三〇〇〇冊の叡智を駆使することは既に不可能だ。
どんどんとあれの取り得る選択肢は減っていき、同時にあれの脅威もそれだけ小さくなっていくだろう。

……だが。この時上条当麻は、決定的な思い違いをしていた。
今のインデックスについて、見誤っていた。
たしかに今のインデックスに一〇万三〇〇〇冊を自在に操り、完全な『魔神』としての力を振るうだけの知性はない。

しかし、そんなことはあれにとって『些細な問題』に過ぎない。
あれは、今のインデックスは、あの『新生物』の恐ろしさは違うところにある。
魔神とは違う。今のインデックスだからこそのその本質と脅威は全く別のものなのだ。
それに上条当麻は気付けない。気付けるはずもない。

「インデックス――――――ッ!!」

そして上条当麻は、そこで初めて頬を伝い落ちる雫を自覚した。
インデックスが死んでしまっているのなら、まだマシだっただろう。

だが違うのだ。彼女はきっと生きている。生きていながらにしてインデックスをインデックスたらしめるものが悉く破壊されている。
何も残らない。インデックスがインデックスであった証も。理性も。想いも。

それがどれほど残酷なことか。それがどれほど絶望的なことか。
上条当麻の終着点にして出発点であった少女。
その痕跡は、もう何もない。二人の間にあったものも、全てが。
初めて。上条は初めて、『忘れられる』ことの恐怖と絶望を知る。

……残酷なようだが、これが他の人間だったら上条を襲っているものもこれほどではなかっただろう。
しかし違うのだ。インデックス。インデックス。インデックス。
彼女は紛れもなく今の上条当麻の始まりであり、特別なのだ。
言葉では言い表せない『何か』が、二人の間には間違いなくあった。

それが。
それが。
それが。

上条は単なる叫び声とは違う、聞く者の精神を圧迫するような形容し難い声を張り上げ。
崩れるように蹲り、ひたすらにその頭を両手でガリガリと狂ったように掻き毟った。
今ほどに、この右手の無力さを恨んだことはなかった。
あれには何の異能もない。誰かを倒せばいいとか、誰かに頼めばいいとか、何をすればいいとか。そういう話ではないのだ。

インデックスは、何をどうしてももう二度と元には戻らない。
結局は、たったそれだけのお話だった。





そうして、惨劇の夜は明ける。

一方通行は20:00:00、第一六学区のガソリンスタンドにて休息を取った。
感情に任せて暴れ、消費したバッテリーを回復しようと充電を行うも、ここの電力系統がやられたのか短時間しか充電できなかった。
やはり一方通行の行いは自らの首を絞めた。だがそれは分かっていたこと。
守るべき少女を傍に置き、次なる戦いに備えるために彼は強引に眠りについた。

浜面仕上は22:31:12、第二三学区の航空宇宙工学研究所付属衛星管制センターにて就寝した。
体はボロボロになっていてろくに動けなかった。
休憩中、滝壺理后と共に絹旗最愛から渡された携帯で絹旗最愛と麦野沈利に連絡するも通話は繋がらず、メールの返信もなかった。
今のこの状況でその嫌な予感を拭えるはずもないが、どちらにせよ今は動きたくても動けない。
滝壺に冷静に諭され、二人は仲間を信じて体を休めた。

垣根帝督は22:32:11、第三学区の植物性エタノール工場にて体を休めた。
心理定規と共にここに駆け込み、中にいた僅かばかりの異形を殺害して。
誰よりも余裕があるように見える垣根の顔には、極度の精疲労の色が浮かんでいた。
壊れていく。蝕まれていく。ゆっくりと、確実に。

御坂美琴は第一二学区の高崎大学にて身を潜めていた。
彼女をぎりぎりのところで支えている柱を傍らに、美琴は耐えていた。
常に気を配りながらひたすらに闇と同化するように。

上条当麻は23:23:56、第八学区の教会にて眠りについた。
ひたすらに死者の街を駆け回り辿り着いた教会。
そこには一切の化け物の姿はなく、とりあえずの安全地帯だった。
それに緊張の糸が切れた上条は立てなくなるほどの疲労に襲われ、全く動けなくなった。

けれど、彼らの物語は終わらない。
死者の街と化した学園都市には希望も許しもない。
そんな絶望の淵に立たされて、なおそれに抗う者たちがいる。

最悪の絶望に潰されながらも、尚諦めることのできぬ上条当麻。
たった一つの小さな光を守るために、全てを捨てた御坂美琴。
ヘドロのような泥沼の底から掴んだ温かいものを、次々と失っていく垣根帝督。
一人の少女のために、人としての倫理や尊厳を放棄した浜面仕上。
世界にすら優越する、自身の全てをその手で壊した一方通行。

神の創った生命の系統樹から外れた異形の蠢く、血と肉と死に埋め尽くされた世界で。
五人の主人公はそれぞれの道を行き、この悪夢の終着点を目指して戦う。

果たして彼らの終着点は真実か虚偽か、勝利か敗北か、生か死か―――?





トロフィーを取得しました

『魔人咆哮』
究極の生命体と化した禁書目録と対峙した証。かつての上条当麻は彼女を地獄から救ったが、今の上条当麻は救えない


『どう足掻いても絶望』
Day2を迎えた証。気付けば彼らのその手は血に塗れている





悲しみよ、我に来れ
悲しみは我が友
絶望を歓びとして美しき死を讃えよう








――――――Welcome to next nightmare.




投下終了

上条さんとインさんが出会ったのは絶対アレイスターさんの仕組みだと勝手に思ってます

これでDay1は終了、意外と長かった
Day2ではようやく主要キャラ同士が会ったり会わなかったりするもよう
書き溜めがもうほとんどない、助けてオティえもん

禁書一同「俺達のインフレはこれからだ!」

乙  地獄の一日目がやっと終わったか  二日目に脱落者が出ないことを祈る  

インさんがなってしまったのは、タイラント・・・?

とりあえずDay1終了ということで一区切り
スレの残り的にもこのスレは終わりで、おそらくDay2以降は次スレからやると思います
ようやく一区切りついたということで、時系列とかもろもろをこの辺りで一度

>>802
あまり超次元より神裂vsアックアみたいな戦いの方が個人的には好きですね

>>803
まあDay2の後半からそのまま終わりまで一直線なので言いますが、Day2で脱落者……出ます

>>805
いえ、タイラントではなくGです
バイオ2に出て来た、ウィリアム・バーキンの変貌したものですね
知らねーよって場合は「バイオハザード2 G 第一形態」でグーグル画像検索(一応自己責任)
一枚目の片腕が肥大化してるのが上条シナリオで出てきたものです、顔や服装はインさんに置き換わってますが


トロフィー一覧

L『夢で終わらせない』:全てのトロフィーを獲得した勝利の証

U『ようこそ惨劇へ』:Day1を迎えた証。振り返った先に道はない

U『どう足掻いても絶望』:Day2を迎えた証。気付けば彼らのその手は血に塗れている

L『悲劇では終わらせない』:Day3を迎えた証。せめて素敵な悪足掻きを

L『悪夢の終着点』:隠しトロフィー

U『生きるか死ぬか、それが問題だ』:湾内絹保と泡浮万彬に道を示した証。人は生まれ方を選ぶことはできないが、どう生きどう死ぬかを選ぶことはできる

U『陽が沈む時』:第一位の少年の全てである少女をその手で殺した罪の標。罪人に救いはない

U『地獄への道は善意で舗装されている』: そこから最も縁遠いはずの第三位の少女が蜘蛛の糸に絡め取られた証。人を殺すということは自身をも殺すということ

L『隠しトロフィー』:隠しトロフィー

L『善意ぐらい信じてる』:隠しトロフィー

L『十字架を建てる時』:隠しトロフィー

L『アレルヤ』:隠しトロフィー

L『殺して』:隠しトロフィー

L『おお 母よ聞き給え、懇願する子らを』:隠しトロフィー

L『絶望の底からも救い給う』:隠しトロフィー

L『神浄の討魔』:隠しトロフィー

L『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』:隠しトロフィー

L『一切の望みを棄てよ』:隠しトロフィー

L『隠しトロフィー』:隠しトロフィー

U『処刑人』:クリーチャーを100体殺害した証。まだまだただの殺人者

L『ジェノサイダー』:クリーチャーを1000体殺害した証。英雄と呼ぶ者も現れる

U『記録係』:ファイルを10集めた証。今は亡き者の最後の記録

L『コレクター』:ファイルを30集めた証。彼らはどのように死んだのか、何を思ったのか

L『墓荒し』:ファイルを全て集めた証。死体を漁って死者の声を知る

L『我より先に造られしはなし』:THE MERCENARIESで全ステージにおいてSランクを獲得した証

L『ここが地獄の底』:RAID MODEで難易度ABYSSで全ステージにおいてSランクを獲得した証

L『ゲコラー』:RAID MODEでゲコ太を50取得した証。ただのカエルとはわけが違うゲコ

L『ゲコリスト』:RAID MODEでゲコ太を100取得した証。ゲコ太派閥立ち上げ準備OK


取得済みファイル一覧


File01.『白井黒子の日記』

File02.『服部半蔵のメモ』

File03.『黄泉川愛穂の日誌』

File04.『新聞の切り抜き』

File05.『初春飾利のノート』

File06.『湾内絹保と泡浮万彬の学生証』

File07.『補習用のプリント』

File08.『結標淡希のメモ書き』

File09.『家庭科室を使用する際の注意事項』

File10.『枝先絆理の走り書き』

File11.『心理定規の手帳』

File12.『亀山琉太の記録』

File13.『警備員のメモ』

File14.『看護師の日記』

File15.『一方通行からのメール』

File16.『関係者各位への連絡事項』

File17.『女子生徒の走り書き』

File18.『誰かが書き残した手記』

File19.『ステーションワゴンに残された遺言』

File20.『女王蟻の研究レポート』

File21.『ある家族の写真』

File22.『「雑貨稼業」の記録』

File23.『「V-ACT」について』

File24.『「B.O.W.」に関するレポート』



File26.『係員の日記』

File27.『血塗れの手帳』



     全シナリオ総合時系列表
The Chronological Order of All Scenarioes

Imagine Breaker,Railgun,Dark Matter,Irregular,Accelerater……

前日 Prologue 惨劇の序




――――――Day1――――――

06:03:03 第七学区 路上
警備員が大量のゾンビと交戦、黄泉川愛穂、ゾンビ化した鉄装綴里に殺害される
File03.『黄泉川愛穂の日誌』

06:03:49 第七学区 常盤台中学女子寮
白井黒子、死亡及びゾンビ化
File01.『白井黒子の日記』

06:41:22 垣根帝督 第五学区 路地裏
ゾンビ化したゴーグルと遭遇、殺害

06:53:34 垣根帝督 第五学区 路地裏
心理定規から電話、迎えに行くことに

07:00:58 上条当麻 第七学区 学生寮
ゾンビ化した吹寄制理と青髪ピアスに遭遇、逃走
File04.『新聞の切り抜き』

07:01:22 一方通行 第七学区 マンション『ファミリーサイド』
ゾンビ化した黄泉川愛穂と遭遇、逃走

07:05:12 御坂美琴 第七学区 常盤台中学女子寮
ゾンビ化した白井黒子と遭遇、逃走

07:11:50 一方通行 第七学区 マンション『ファミリーサイド』
芳川桔梗、打ち止め、番外個体に事態を説明、病院へ

07:19:36 浜面仕上 第七学区 『蜂の巣』
ゾンビ化した服部半蔵と遭遇、逃走
File02.『服部半蔵のメモ』

07:20 第七学区 柵川中学校学生寮
ゾンビ化した春上衿衣から佐天涙子が初春飾利を救出
File05.『初春飾利のノート』

07:39:43 御坂美琴 第七学区 常盤台中学校
ゾンビ化した婚后光子及び白井黒子と遭遇、逃走

08:07:28 一方通行 第七学区 総合病院
第七学区の病院にて冥土帰しと接触、二人を待機させる
ライブセレクション
1.打ち止めをここに待機させる
2.打ち止めを連れて行き、行動を共にする
File14.『看護師の日記』

08:19:09 上条当麻 第七学区 月詠小萌宅
月詠小萌宅到着、常盤台中学へと出発
File07.『補習用のプリント』
File08.『結標淡希のメモ書き』

08:21:48 第五学区 高級マンション前
麦野沈利と絹旗最愛、ゾンビと交戦

08:23:29 浜面仕上 第七学区 柵川中学校
滝壺理后と合流、バンダースナッチと遭遇、交戦
File09.『家庭科室を使用する際の注意事項』
File10.『枝先絆理の走り書き』

08:40:02 垣根帝督 第五学区 高級マンション
心理定規と合流、行動を開始
File11.『心理定規の手帳』




09:14:00 上条当麻 第七学区 路地裏
ブレインサッカーと遭遇、交戦
File12.『亀山琉太の記録』

09:24:11 第五学区 ショッピングセンター
湾内絹保と泡浮万彬、倉庫に身を隠す
File06.『湾内絹保と泡浮万彬の学生証』

10:01:14 御坂美琴 第七学区 木の葉通り
ゾンビ化した佐天涙子、初春飾利と遭遇、逃走
File13.『警備員のメモ』

10:02:00 上条当麻 第七学区 『オリャ・ポドリーダ』
御坂美琴を目撃、『クリムゾン・ヘッド』化した姫神秋沙と遭遇、逃走

10:19:46 垣根帝督 第五学区 ショッピングセンター
湾内絹保、泡浮万彬と遭遇
File16.『関係者各位への連絡事項』
File17.『女子生徒の走り書き』
トロフィー『生きるか死ぬか、それが問題だ』

10:34:58 御坂美琴 第七学区 公園
ゾンビに襲われている硲舎佳茄と遭遇、救出

10:36:45 一方通行 第九学区 新聞社
民間人や風紀委員と遭遇、ハンターと交戦

12:21:34 一方通行 第一七学区 操車場
病院残留組との連絡途絶、リサ=トレヴァーの襲撃を受け、交戦
File21.『ある家族の写真』

12:49:37 浜面仕上 第一八学区 スーパーマーケット
『アイテム』合流、麦野沈利と絹旗最愛を残し第二三学区へ
File15.『一方通行からのメール』

13:04:29 一方通行 第七学区 総合病院
ゾンビ化した妹達、打ち止めと遭遇
ライブセレクション
1.打ち止めと妹達を殺害する
2.打ち止めと妹達から逃走する
トロフィー『陽が沈む時』

13:24:31 御坂美琴 第六学区 路上
リサ=トレヴァーと遭遇、交戦
File18.『誰かが書き残した手記』

13:59:36 上条当麻 第一五学区 食肉用冷凍倉庫
生き残りの一般人と遭遇、説得するも聞き入られず
File19.『ステーションワゴンに残された遺言』

15:00:02 浜面仕上 第一八学区 霧ヶ丘女学院
グレイブディガーと遭遇、交戦

16:51:39 垣根帝督 第四学区 精肉工場
アレクシア=木原=アシュフォードと遭遇、逃走
File20.『女王蟻の研究レポート』

17:23:41 上条当麻 第一三学区 『博覧百科』
タイラントと遭遇、交戦
File24.『「B.O.W.」に関するレポート』

17:25:37 垣根帝督 第六学区 動物園
数多の感染生物と交戦
File26.『係員の日記』

17:52:14 一方通行 第一学区 路上
怒りと悲しみに任せてゾンビを蹴散らす

18:25:47 浜面仕上 第一八学区 喫茶店『ポアロ』
立て篭もっている『雑貨稼業』と遭遇、篭城戦
File22.『「雑貨稼業」の記録』
File23.『「V-ACT」について』

18:39:57 御坂美琴 第一二学区 スーパーマーケット
リッカーと化した白井黒子と遭遇、これを殺害
トロフィー『地獄への道は善意で舗装されている』

19:54:13 垣根帝督 第四学区 路上
『クリムゾン・ヘッド』化したゴーグルと遭遇、殺害

20:00:00 一方通行 第一六学区 ガソリンスタンド
番外個体と交代で休息を取る

20:36:51 浜面仕上 第二三学区 戦闘機テスト試験場
『G成体』と遭遇、交戦
File27.『血塗れの手帳』

20:46:18 上条当麻 第二一学区 貯水ダム
『G』と遭遇、交戦

21:04:17 御坂美琴 第一二学区 高崎大学構内
硲舎佳茄と避難、束の間の休息

22:31:12 浜面仕上 第二三学区 航空宇宙工学研究所付属衛星管制センター
滝壺と交代で休息、麦野たちに連絡つかず

22:32:11 垣根帝督 第三学区 植物性エタノール工場
心理定規と交代で休息

23:23:56 上条当麻 第八学区 教会
力尽きるように休息


――――――Day2――――――

02:16:42 御坂美琴 第一二学区 高崎大学敷地内
ゾンビ化した佐天涙子と初春飾利と遭遇、殺害



キャラクター別シナリオ時系列表

垣根帝督シナリオ

――――――Day1――――――

06:41:22 垣根帝督 第五学区 路地裏
ゾンビ化したゴーグルと遭遇、殺害

06:53:34 垣根帝督 第五学区 路地裏
心理定規から電話、迎えに行くことに

08:40:02 垣根帝督 第五学区 高級マンション
心理定規と合流、行動を開始

10:19:46 垣根帝督 第五学区 ショッピングセンター
湾内絹保、泡浮万彬と遭遇

16:51:39 垣根帝督 第四学区 精肉工場
アレクシアと遭遇、交戦

17:25:37 垣根帝督 第六学区 動物園
数多の感染生物と交戦

19:54:13 垣根帝督 第四学区 路上
『クリムゾン・ヘッド』化したゴーグルと遭遇、殺害

22:32:11 垣根帝督 第三学区 植物性エタノール工場
心理定規と交代で休息


上条当麻シナリオ

――――――Day1――――――

07:00:58 上条当麻 第七学区 学生寮
ゾンビ化した吹寄制理と青髪ピアスに遭遇、逃走

08:19:09 上条当麻 第七学区 月詠小萌宅
月詠小萌宅到着、常盤台中学へと出発

09:14:00 上条当麻 第七学区 路地裏
ブレインサッカーと遭遇、交戦

10:02:00 上条当麻 第七学区 『オリャ・ポドリーダ』
御坂美琴を目撃するも、クリムゾンヘッド化した姫神秋沙と遭遇、逃走

13:59:36 上条当麻 第一五学区 食肉用冷凍倉庫
生き残りの一般人と遭遇、説得するも聞き入られず

17:23:41 上条当麻 第一三学区 『博覧百科』
タイラントと遭遇、交戦

20:46:18 上条当麻 第二一学区 貯水ダム『ゼノビア』
『G』と化したインデックスと遭遇、交戦

23:23:56 上条当麻 第八学区 教会
力尽きるように休息


御坂美琴シナリオ

――――――Day1――――――

07:05:12 御坂美琴 第七学区 常盤台中学女子寮
ゾンビ化した白井黒子と遭遇、逃走

07:39:43 御坂美琴 第七学区 常盤台中学校
ゾンビ化した婚后光子、白井黒子と遭遇、逃走

10:01:14 御坂美琴 第七学区 木の葉通り
ゾンビ化した佐天涙子、初春飾利と遭遇、逃走

10:34:58 御坂美琴 第七学区 公園
ゾンビに襲われている硲舎佳茄と遭遇、救出

13:24:31 御坂美琴 第六学区 路上
リサ=トレヴァーと遭遇、交戦

18:39:57 御坂美琴 第一二学区 スーパーマーケット
リッカーと化した白井黒子と遭遇、これを殺害

21:04:17 御坂美琴 第一二学区 高崎大学構内
硲舎佳茄と避難、束の間の休息




――――――Day2――――――

02:16:42 御坂美琴 Day2 第一二学区 高崎大学敷地内
佐天涙子と初春飾利と遭遇、殺害


一方通行シナリオ

――――――Day1――――――

07:01:22 一方通行 第七学区 マンション『ファミリーサイド』
ゾンビ化した黄泉川愛穂と遭遇、逃走

07:11:50 一方通行 第七学区 マンション『ファミリーサイド』
芳川桔梗、打ち止め、番外個体に事態を説明、病院へ

08:07:28 一方通行 第七学区 総合病院
第七学区の病院にて冥土帰しと接触、二人を待機させる
ライブセレクション
1.打ち止めをここに待機させる
2.打ち止めを連れて行き、行動を共にする
―――→以降全ての一方通行シナリオに影響

10:36:45 一方通行 第九学区 新聞社
避難している民間人とそれを守っている風紀委員と遭遇するもハンターの襲撃を受け、交戦

12:21:34 一方通行 第一七学区 操車場
病院残留組との連絡途絶、引き返そうとするもリサ=トレヴァーの襲撃を受け、交戦

13:04:29 一方通行 第七学区 総合病院
ゾンビ化した妹達、番外個体or打ち止めと遭遇
ライブセレクション
1.打ち止めと妹達を殺害する
2.打ち止めと妹達から逃走する
―――→??? に影響

17:52:14 一方通行 第一学区 路上
怒りと悲しみに任せてゾンビを蹴散らす

20:00:00 一方通行 第一六学区 ガソリンスタンド
番外個体と交代で休息を取る


浜面仕上シナリオ

――――――Day1――――――

07:19:36 浜面仕上 第七学区 『蜂の巣』
ゾンビ化した服部半蔵と遭遇、逃走

08:23:29 浜面仕上 第七学区 柵川中学校
滝壺理后と合流、バンダースナッチと交戦

12:49:37 浜面仕上 第一八学区 スーパーマーケット
『アイテム』合流、麦野沈利と絹旗最愛を残し第二三学区へ

15:00:02 浜面仕上 第一八学区 霧ヶ丘女学院
グレイブディガーと遭遇、交戦

18:25:47 浜面仕上 第一八学区 喫茶店『ポアロ』
立て篭もっている『雑貨稼業』と遭遇、篭城戦

20:36:51 浜面仕上 第二三学区 戦闘機テスト試験場
『G成体』と遭遇、交戦

22:31:12 浜面仕上 第二三学区 航空宇宙工学研究所付属衛星管制センター
滝壺と交代で休息、麦野沈利らに連絡つかず

こうやってまとめると随分長くなりますねー
とりあえずDay1はこれで終了です
単純に考えれば全体の3分の1が終わったことになるのですが、Day2は短めなのでどうかなーと
ただその分Day2は密度はそこそこ濃くなると思います

それと総合時系列の上条さんのシナリオ

20:46:18 上条当麻 第二一学区 貯水ダム
『G』と遭遇、交戦



20:46:18 上条当麻 第二一学区 貯水ダム『ゼノビア』
『G』と化したインデックスと遭遇、交戦
トロフィー『魔人咆哮』

ですね

このスレではこれで終わりだと思います(多分)
次スレをいつ立てるかも未定なのですが、そんなに遅くならないようにしたいと思ってます
さて誰が死んで誰が生き残るか、そもそもジェノサイドエンドか、どうなることやら





Farewell to my life.
Farewell to my home.




トロフィーが一つ解放されてNEEEEEEE!!


U『生きるか死ぬか、それが問題だ』:湾内絹保と泡浮万彬に道を示した証。人は生まれ方を選ぶことはできないが、どう生きどう死ぬかを選ぶことはできる

U『陽が沈む時』:第一位の少年の全てである少女をその手で殺した罪の標。罪人に救いはない

U『地獄への道は善意で舗装されている』: そこから最も縁遠いはずの第三位の少女が蜘蛛の糸に絡め取られた証。人を[ピーーー]ということは自身をも[ピーーー]ということ

U『魔人咆哮』: 究極の生命体と化した禁書目録と対峙した証。かつての上条当麻は彼女を地獄から救ったが、今の上条当麻は救えない

L『善意ぐらい信じてる』:隠しトロフィー

L『十字架を建てる時』:隠しトロフィー

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