男「誰が望んだ姿なのか」 (71)


この世界に必要なのは、力だ。

金にものを言わせる事など、金に頼る事など出来はしないのさ。

多少は役に立つだろうが、あまり意味をなさないんだよ。

何故なら、強者に奪われるからだ。この世界では、それで全てが片付く。


奪われる側と、奪う側。


上手く立ち回れば生き抜けるだろうが、その見込みは薄いだろうな。

強者に取り入り生きて往く。

それも、弱者にとっては今日を生きる為の一つの手段。それを責める奴なんざ誰一人いないだろうよ。



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だがな、その生き方はあまりに危険だ。

強者。奪う側の者達は、力だけで其処に辿り着いた訳じゃない。

努力と研鑽を怠らず、己より強い力を持つ相手は、卑怯で狡猾な手段で躊躇う事無く葬り去る。


そんな奴の側で、生きて行ける筈が無い。

ほんの、ほんの短い間は良い夢を見れるだろうが、体よく使われてお終いだ。

敵の強さを測る為の物差しにされ、能力を確かめる為にわざわざ殺されに行く羽目になる。

上手く生き延びようものなら、その力を危険視され、結局終わり。

余程頭の切れる奴なら話しは別なのかも知れないが、そんな、弱者に希望を与えるような話しは聞いた事が無い。


立場は、逆転しない。


この世界に生まれ出た時に、全てが決まってる。

弱者が強者になる為には? そうだな……

奴等の気紛れで殺される前に、来世に期待して命を絶つ事くらいさ。

あんたが、来世なんて都合の良い物を信じてるならな。あまり、お勧めは出来ないがね。

来世でも弱者になっちまったら……まあ、諦めろ。


今? 生きてる内に? そりゃあ無理だ。

生きてる内に強者になろうなんて奴は、馬鹿も馬鹿、大馬鹿さ。

そいつは、同情される程に残念な脳味噌を持った奴か、自殺志願者だろうな。


もしくは、この世界に存在する筈の無い、希望なんて物を本気で信じまった奴。

まあ、どちらにせよ馬鹿野郎だな。

強くなろうとする。それ自体が、殺される理由なっちまう。


どれだけ頭が切れようと、敢えて馬鹿を演じようと、奪われる側は、奪われる側だってのに……

だから、俺のような弱者は、弱者らしく地べた這いずり回って生きてくしかないのさ。

どこのどいつか知らないが、誰に何を聞いても、きっと俺と同じ事を言うだろうよ。


諦めろ。こんな世界でも、生きていたいならな。


「参ったな。流石に、疲れた」


辺りにある廃墟に入り、片っ端から話しを聞いたけど、あの男の言った通り。

皆が皆、同じ事を口にした。

弱者の住まうこの街。そもそも、街かどうかも分からないが。

ここには、まともな家など存在せず、目に映るのは廃墟、瓦礫、鬱々とした人々の顔。

後は、決して晴れる事のないであろう灰色の空。

晴れるのかもしれないけど、直感的に、僕はそう感じた。


「どうすればいい……」


長い間、歩き続けて分かった事と言えば、僕を知っている人が居ない事。

そして、僕は、この世界の全てを知らないと言う事だ。

この瓦礫や廃墟だらけの景色を見て落ち着きを取り戻している自分を、心底不思議に思う。


「仕方無い。一度、戻ろう」


まずは、始まりから辿ってみよう。


「何か、手掛かりがあればいいけど」


行く当てなんて、最初から此処しかない。始まりはこの廃墟。

何とも薄っぺらい記憶。僕の記憶の始まりは、此処だ。

恐らく教会だろう。大きな杯を両手で持つ女性の像、そして十字架。

穴だらけの天井からは、雨がさあさあと降り注いでいる。


「取り敢えず、降る前に着いて良かった」


知識はあるけど、何をしたのか、どう生きていたのか、それが分からない。


「僕は、どう見ても強者じゃないな」


街に出る前に教会を探索。

その際に砕けた硝子に映った自分を見た。年齢は十代後半か、二十代前半。

童顔で、頼りなさそうで、気弱そうで華奢。強者だの何だの聞いた後では、更に弱々しく見える。


俺か僕か私かで迷ったけど、見るからに僕と言いそうだから、僕と言う事にした。

もし、来世に期待して命を絶った【誰か】の姿が今の僕だとしたら、気の毒だとしか言いようが無い。


「何で、此処には誰も居ないんだ?」


いや、違う。今はそうじゃない。

此処に来たのは、何故此処で気を失っていたのか、それを知る為。

僕が目覚めた時、辺りに人は居なかった。何者かに襲撃されたのだとしたら、おかしい。

大体、体には傷一つないし着衣に乱れもないのだから、襲撃された線は、無いと見て良いだろう。


「少し、休もう」


つまり、戻った所で何も分かりはしない。知っている場所は此処だけ、だから此処に来たに過ぎない。

それに、あんな鬱々とした人達と一緒に居たら、此方まで滅入ってしまう。

出来れば一人になりたかったし、正直、すぐにでも休みたい。


「見た目通り、軟弱な体だ。弱者は弱者らしく、か……」


もし強者に会ったら、何て考えながら、二階部分にある部屋の中で一番穴の少ない部屋へ向う。

周囲に散乱している本に千切れた布を被せ、それを枕代わりに床に寝転がる。

幸い、衣服は厚手の物だから、それ程寒くはない。


休んだら、他に街があるか聞こう。それで、僕を知っている人に会えば何とか……

失った記憶が、ろくでもない記憶だったら?

馬鹿な、こんな人相で悪さなんてするはずが無い。

と言うか、それ以前に、思い出してどうする?

強者と弱者しか居ない世界で、間違い無く弱者である僕の記憶が蘇った所で何が変わるんだ?

僕って、何か後ろ向きな性格だな。体は軟弱なんだから、せめて開き直って前向きな性格になろう。


「食べ物はともかく、寝床があるだけマシだよな」


口に出せば前向きになる……気がする。これからは、そうしよう。

そう言えば、家族とか友達とかいるんだろうか? 恋人は、絶対にいないだろうな。

そんな事を考えながら、初めての眠りに就いた。

寝ます


「逃げ道は無いし、飛び降りるしかなさそうだ」


穴はそこら中に空いている。

そこから飛び降りればいい。だけど、穴が小さいこの部屋からは無理。

逃げるには、この部屋から出なければならない。瓦礫に身を隠しながら、見つからずに進もう。


「急ごう」


扉が無くて助かった。雨も止んでいるし、物音を立てれば間違い無く見つかるだろう。

二階廊下の瓦礫と柱に交互に隠れ、大きめの穴がある東側の壁から飛び降りる。

一階には男性二人、何やら話し込んでいるからドジを踏まなければ大丈夫。


「誰だ」


大丈夫な、筈だった。

寝ます


とは言え、単純な殴り合い、力比べ、耐久力で勝てるとは思っちゃいない。

まあ、最初は素直に殴り合っていた。

でも、僕が何度思い切り殴っても、大した損傷は与えられそうになかった。

金的、喉輪、関節、瓦礫。色々な攻撃を仕掛け、傷を負わせる事が出来た。

その後も、考え得る様々な小細工を試してみたけど、決め手にはならず、時間だけが過ぎた。

その間も、殴ったり殴られたりしたけど……

何を試したとか言っても、残るのは結果。


「中々、楽しかった。戦う事自体、久しぶりの事だったんでな。今は、自由に戦えやしない」

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