騎士「心躍る冒険がしたい」(47)

兵士「え? なんとおっしゃいました?」

騎士「……なんだ、独り言を聞かれていたのか」

兵士「失礼しました。聞き耳を立てていたわけではないのですが」

騎士「……いやな、立場も何もかもをかなぐり捨てて心躍る冒険がしたいと思ってさ」

兵士「立場って……王国騎士団の立場を捨ててですか?」

騎士「ああ、そうだよ」

兵士「なんともったいない……」

騎士「そうか……そうなのかもな」

兵士「そうですよ!」

騎士「まあな……」

騎士「俺は地方領主の三男坊だから、逆に騎士になる以外の選択肢がなかったんだ」

騎士「決められたレールを歩くのは楽っちゃ楽だが、苦痛でもあるんだぜ」

兵士「ど平民の私にはわからない世界ですね……」

騎士「悪いな変なこと聞かせて」

兵士「いえ……ですが心躍るような冒険というのは?」

騎士「おとぎ話で聞いたことはないか? 聳える巨人とか空飛ぶ宮殿とか」

兵士「ああ、ありますあります」

騎士「実際にそういうのがあるのかどうか……この目で確かめてみたいんだよ」

兵士「あるんですかねえ?」

騎士「俺はあると思いたいがな……ロマンだよロマン」

兵士「なるほど」

騎士「ま、思ってるだけじゃダメなんだけどな……」

兵士「あはは……」

騎士「とりあえず今日の仕事をするとしますかね」

兵士「はっ」

騎士「……で、目標は商人の飛空船だったか。なにかヤバいのか?」

兵士「町人からの通報なのですが、乗組員の数に対して汚物の積み下ろし量が多すぎるそうです」

騎士「……臭ぇな」

兵士「汚物ですからね」

騎士「そういう意味じゃない」

兵士「ええ、もちろんわかってますよ」

騎士「だったらいいんだが……まず間違いなく奴隷商船だろうな」

兵士「この王国で不届きなやつです」

騎士「貴族たちも清廉潔白なやつばかりじゃないからな。ったく……」

兵士「早いとことっちめてやりましょう」

騎士「ああ」


伝令「前方に飛空船、一隻! 目標の商船です!」


騎士「よし。俺たちの速力を見せつけてやれ!」

騎士「飛空船を横付け次第商船に乗り込む」

兵士「了解です」

騎士「……なあ兵士、空はいいな」

兵士「え? ええ、まあ」

騎士「飛空船に乗って空を飛び回りたい。冒険がしてえ」

兵士「なるほど」

騎士「俺は時折空賊が羨ましくなるよ。あいつらは自由気ままに生きてるだろ」

兵士「空賊が羨ましいって……私たちがやつらをとっちめる側なんですよ」

騎士「わぁーってるよ」


伝令「三十秒後に目標飛空船に横付け完了します! 渡り板を渡すまで――」


騎士「――んなもん必要ねぇな!」バッ

兵士「ちょ、騎士様!? 落ちたら死にますよ!?」

騎士「空が怖くて騎士がやってられっか!」

【奴隷商船】

騎士「王国騎士団様のお通りだぁぁぁぁっ!」スタッ

奴隷商人「くっ、王の犬どもに感づかれたか……」

騎士「奴隷制が廃止されたのは百年も昔だぜ、たっぷり肥えた商人さんよ」

奴隷商人「フン……需要があるから供給があるのだ!」

騎士「反吐が出るぜ。とっととお縄につきな」

奴隷商人「用心棒! 来い! この阿呆を突き落とせ!」

用心棒「了解でさぁ親分! いい思いさせてもらった礼は返すぜ……!」

騎士「……ちっ、この下衆どもめ」

用心棒「頭カチ割ってやらぁぁぁ!」ブンッ

騎士「当たるか」スッ

騎士「食らえ!」

用心棒「うおっ!」

騎士「ド素人もいいとこじゃねえか」

用心棒「んだとぉ!? 俺様は闘技場で10連勝した……」

騎士「残念だったなあ! 俺は30連勝だ!」シュッ

用心棒「ふぐおっ!?」

騎士「……ちょっと悪いがお前には見せしめになってもらおう」

騎士「恨むんなら法を犯した雇い主と自分の浅薄さを恨めよ」ザシュ

用心棒「ぐっ、あ、足が……」ヨロヨロ

騎士「よーく聞けよ奴隷商人ども。抵抗はもう止しておけ」

奴隷商人「なにを」

騎士「さもなければ、こうなる」

用心棒「お、おい、ちょっと待て、何を……」

騎士「まあ、最後に奴隷でいい思いをしたんだろう?」

騎士「どうせ行き着く先は死刑だ。ちょっと早まっただけさ」

用心棒「ま、待て待て待て待て、突き落とすつもりか!?」

騎士「そうだよ。じゃあな」ドンッ


用心棒「あっ……あああぁぁぁぁぁぁぁ……」


騎士「さて、抵抗はやめてもらえるかな? ああなりたいなら話は別だが」

奴隷商人「……なんてことを」

騎士「人でなしってかい? お前たちに言われたくはないがな」

奴隷商人「……」

騎士「兵士、いるか」

兵士「はっ」

騎士「この船の操舵は任せる。王都へ針路をとれ」

兵士「了解です。騎士様は?」

騎士「船倉に行ってくる。何人かついて来い、奴隷の縄をはずすぞ」

【船倉】

奴隷「」ガタガタ

奴隷「」ブルブル

騎士「……まったく、酷い話だな」

騎士「奴隷商船ってのはいつ見ても気が滅入る」

奴隷「……助けに来てくださったのですか」

騎士「ああ、そうだよ。君たちは王都へ送られるが、その後我ら王国騎士団が責任もって故郷へ送り届けよう」

奴隷「あ、ありがとうございます……!」

騎士「縄をはずすぞ」

奴隷「ありがとう……ありがとう……!」

騎士「……奥に部屋があるのか?」

奴隷「あ、はい……何でも特別な奴隷がいるとか……。私たちも見たことはないのですが」

騎士「特別?」

【奥の部屋】

騎士「…………」

そこで騎士が見たのは、彼が今まで見たどんな女性よりも美しい、絶世の美女であった。
砂漠地帯の生まれなのか褐色の肌を持ち、月を浴びてもいないのに煌く銀の髪を持っていた。
こちらを見据える紅の瞳には他の奴隷たちとは違う毅然とした意志の光が見て取れる。
縄で自由を奪われてはいるが、その扱いは他の奴隷に比べて数段は上等なものであった。
おそらくはもっともっと上客に売りさばく心積もりだったのであろう。

騎士「…………」

騎士「…………はっ」

騎士(いかん、思わず見とれてた)

騎士「……今縄をはずす」

銀髪「ありがとう」

銀髪「ありがとうございます。助かりました」

騎士「いや、気にするな。仕事を果たしたまでだ」

銀髪「……」

騎士「これから君たちは王都へ送られ、故郷に戻る。君の故郷はどこだ?」

騎士「その肌の色を見るに、南西の砂漠地帯かとは思うが」

銀髪「わかりません」

騎士「え」

銀髪「……記憶がなくて」

騎士「えー……」

【王都・詰め所】

上官「おう騎士、来たか」

騎士「どうしたんです、今日は一仕事したんで帰るつもりだったんですが」

上官「うん、まずは奴隷商人の摘発ご苦労。なんだが……」

騎士「……?」

銀髪「どうも」

騎士「やあ、君はさっきの。……彼女がどうしたんです?」

上官「記憶がないらしくてな、送り届けようにも故郷の位置がわからんで宙ぶらりんなんだ」

騎士「……ああ……」


銀髪「カツ丼いただけますか?」

兵士「えっ、あ、はい」

銀髪「ここの料理は美味しいですね」

兵士「はあ……」


騎士「で、俺と彼女に何の関係が」

上官「お前今独り身だったよな」

騎士「え? はい、そうですが」

上官「家事とかやってるか?」

騎士「や、やってますよ……そりゃあ……」

上官「本当か?」ズイッ

騎士「い、いやあ……もちろん……」

上官「俺に誓えるか?」ズズズイッ

騎士「……ち、ちか……」

騎士「…………ちかえません」

上官「だよな。お前はそういうのからきしだよな!」

騎士「上官殿は俺の心をえぐりたいんですか」

上官「いや違う、それでだな」

上官「彼女の記憶が戻るまで、お前の家においてやってくれないか」

騎士「……えっ」

騎士「いやいやいやいや、家に置くって」

上官「身の回りの世話とかしてもらえ、な」

騎士「いやそれじゃ奴隷と変わんないでしょ!」

上官「まさか。奴隷ではなく女中だ」

騎士「言い方変えただけですよねそれ」

上官「無論給金は出す。お前が」

騎士「俺が!?」

銀髪「美味しいものが食べたいです」

騎士「……なんで乗り気なんだ君は」

銀髪「私には記憶もなければ行く当てもありません」

銀髪「お側においてくださるのであればそれほど嬉しいことはありません」

騎士「うむむ……」

上官「役得じゃないか」

騎士「そんな考えは出来ませんよ……ったく」

銀髪「?」

騎士「……まあ、金だけは有り余ってるしな……わかったよ、君を俺の女中にする」

銀髪「はい」

騎士「よろしく頼むよ。……でも早めに記憶を戻してくれよ」

銀髪「がんばります」

【騎士の家】

騎士「ここが俺の家だ」

銀髪「広いんですね」

騎士「王国騎士にしては小さいんだけどな。でも独り身だしね」

銀髪「良い人はいないんですか」

騎士「いないよ。……君結構グサっとくること言うね」

銀髪「ごめんなさい」

騎士「それじゃあ早速で悪いんだけど、部屋の掃除をしてもらえるかな」

騎士「基本的に散らばってるものは全部捨ててもらってもかまわない」

銀髪「任せてください」

騎士「俺は飯を買ってくるよ」

銀髪「いってらっしゃい」フリフリ

騎士「あ……うん」

数時間後――

騎士「ただい……ま゛っ!?」


二人分の飯を買って自宅へ戻った騎士が目にしたのは、自分が家を出るときよりもさらに酷いことになっている自宅の姿であった。

さっきまで散らばっていなかったはずのものまで床に散乱し、壁や床にはどうしたわけか穴が開いている。

敵襲でもあったのではないかと思うほどにめちゃくちゃな有様だ。


騎士「お、おい、銀髪、どこだ!?」

銀髪「ふぁい」

騎士「あ、よかった、無事か。……じゃなくて、どうしたんだよこれは」

銀髪「頑張って片付けようと思ったけど、駄目でした……」シュン

騎士「……うーむ……そうか……」

さらに数日後――

騎士「上官殿! 上官殿!」

上官「どうした騎士」

騎士「もう無理です。銀髪には家事は向いていません」

銀髪「ダメでした……」

上官「そうなのか?」

騎士「掃除を頼めば余計散らかすし、料理は見てくれだけいいものの食べたらお互い卒倒するし」

騎士「まあとにかく家事全般向いてないですね」

上官「そ、そうか」

騎士「俺の手には余ります」

上官「ではどうしたものか」

騎士「それなんですが、今日はちょっと俺の任務に連れ出そうかと」

上官「任務だと?」

騎士「今日は確か魔物の討伐任務でしたね」

上官「ああ。お前一人なら余裕だろうが……しかし彼女を連れてやれるのか?」

騎士「それはご心配なく。何でも武道の心得があるそうで」

銀髪「暗殺諜報なんでもござれ、です」

上官「お、おう……そうか……」

騎士「ですので、ちょっくら行ってきます」

騎士「……それでですね、彼女の実力次第では騎士団に推薦しようと思うのですが」

上官「そこまでの実力が?」

騎士「まだわかりませんが……確かに日々の身のこなしはなかなかのものと」

上官「ふむ……何にせよ今日の任務次第だな」

騎士「はい」

【王都・飛空船乗り場】

銀髪「ここは……?」

騎士「飛空船乗り場だ」

銀髪「ひくうせん……?」

騎士「空を見てみるといい。船が飛んでいるだろう」

銀髪「あ……あぁ……すごい……」

騎士「記憶喪失ってのは厄介だな。飛空船も忘れちまったのか」

騎士「原理は知らんが、飛空船は空を飛べる船なんだ」

騎士「俺たちが任務で国内を駆け回る時の大きな手助けになる」

騎士「俺たち騎士団も何隻かお抱え飛空船があるしな」

銀髪「騎士さんは、自分の船を?」

騎士「まさか。……欲しくはあるけどなあ」

銀髪「どうして……?」

騎士「そりゃ、飛空船があれば世界を巡る旅もしやすいってもんだろ?」

銀髪「旅がしたいんですか?」

騎士「ああ、旅……いや、冒険だな。心躍るような冒険がしたい」

銀髪「冒険……」

騎士「聳える巨人、空飛ぶ宮殿、まあ、いろいろ伝承があるのさ」

銀髪「そうなんですか……」

騎士「ま、そんな夢は叶わんだろうな。さ、乗るぞ」

銀髪「はい」

【飛空船】

兵士「お久しぶりですね」

騎士「よう兵士、今日もお前が操舵か。いつも世話になる」

兵士「いえ! 銀髪さんも、お久しぶりです。今日は騎士様の任務に同行するとか」

銀髪「お世話になります」

兵士「いやいや、こんな美人さんが一緒だったら空夫のやる気も出るってもんですよ」

騎士「はいはい。後で好きなだけ口説いていいから船を出してくれ」

銀髪「……照れちゃいます」

兵士「では出航しますよ!」

銀髪「すごい! 王都があんなに下に!」

騎士「空を飛ぶってすごいだろ? 良いもんだろ?」

銀髪「はい……!」

騎士「俺は空が好きなんだ。任務とはいえ飛空船に自由に乗れるから騎士でいるのも悪くはない」

銀髪「騎士じゃないと乗れないんですか?」

騎士「一般市民が飛空船に乗るには高い金を払わなきゃならないな」

騎士「だが空賊って連中もいる」

騎士「どうしたわけか飛空船を手に入れて乗り回す無法者……まあ中にはいろいろいるけど」

騎士「あいつらは自由気ままに空を飛んでるな。うらやましいよ」

銀髪「空賊になりたい?」

騎士「それも悪くはないよな……。あ、上官殿には内緒だぞ」

銀髪「私もなりたいです」

騎士「え?」

銀髪「騎士さんが空賊になったら私もついていきます」

銀髪「私も、空が好きです」

騎士「そうか、君も空に魅かれたか。いいよな、空」

銀髪「はい……広くて素敵です……。土とは違う……」

騎士「土? なにか思い出したりしたのか」

銀髪「わからない……けど、連れて来てくれて、ありがとう」ニコッ

騎士「ああ……気にするな。いつまでも家においておくわけにもいかないからな」

兵士「騎士様、今日の任務は風の谷に住む怪鳥の討伐でしたっけ?」

騎士「ああ、怪鳥の雛だな。親が餌取りに行ってる隙にサクッとな」

銀髪「ひな? 子どもを殺すんですか?」

騎士「怪鳥は成長すると人間に手を出しはじめるからな、とっととその芽を摘むのさ」

銀髪「だったら親鳥を殺さなくちゃいけないんじゃ?」

騎士「さすがに親鳥はでかすぎて一人じゃ無理なんだ。武装飛空船が必要になる」

騎士「でも雛だとそう時間はかからない。で、こいつは巣の中にいるから生身じゃないといかんのさ」

銀髪「なるほど」

騎士「君の実力がどれほどか、ぜひ俺に見せてくれよ」

銀髪「ご期待に添えるよう頑張ります」

兵士「もうすぐ風の谷に到着です。ですが……」

騎士「わかってる。風が強すぎて飛空船は谷に入れやしないってんだろ」

兵士「そうなります。ですからお二人は谷の手前で下ろすことになりますが」

騎士「了解了解。聞いたな銀髪、こっからは歩きだぞ」

銀髪「はい」

騎士「んじゃ着陸頼む」

兵士「承知しました。着陸よーい!」

【風の谷手前】

騎士「さてと……こっから巣まではちょっと時間がかかるんだよなあ」

銀髪「準備万全です。朝食、間食、昼食、間食、夜食、おやつ……食事は大丈夫!」

騎士「君は本当に食事が好きだな」

銀髪「美味しいものがいっぱいですから。食べると幸せです」

騎士「そうかい……さて、それじゃ行くとしましょうかね」

銀髪「お腹が空いたらいつでも言って下さいね」

騎士「はいはいどうも」

銀髪「騎士さん」

騎士「ん?」

銀髪「どうして風の谷に飛空船は入れないんですか?」

騎士「うん、風の谷はその名のとおり風が強く吹き荒れてる地帯なんだ」

騎士「四方八方からめちゃくちゃな風が押し寄せてくるから、並の飛空船は風に煽られ墜落する」

騎士「谷底には墜落した飛空船が何隻も散らばってるっていうぜ」

銀髪「可哀想……」

騎士「まあな……」

グエーッ グエーッ

銀髪「!?」

騎士「怪鳥の……親鳥の鳴き声だな。餌を探してるんだ」

銀髪「私たちは大丈夫でしょうか」

騎士「奴らは空の獲物しか狙わない」

銀髪「もしかして谷底の飛空船って」

騎士「怪鳥のせいで落ちたのもあるよ、もちろんな」

【怪鳥の巣】

騎士「驚いたな」

銀髪「ふぁい?」モグモグ

騎士「ここにたどり着くのがこんなに早いとは」

銀髪「そうなんですか?」

騎士「俺ひとりならあと二時間はかかってる」

騎士「君の戦闘力と行軍速度は特筆に値するらしい」

銀髪「褒めても何も出ないです」

騎士「飛空船に戻ったら話がある。とりあえず任務を果たすぞ」

銀髪「あ、はい」

雛「くえー」

銀髪「あ」

騎士「雛だな。こいつだけか」

銀髪「サクッと?」

騎士「サクッと」

銀髪「わかりました」サクッ

雛「くえ……」バタッ

騎士「早いな……雛とはいえ怪鳥だ、俺ならもう少しかかってたが」

銀髪「急所を一突きしただけです」

騎士「ほう……やっぱり君が欲しいな」

銀髪「えっ……」

騎士「あ、いやそういう意味じゃない」

銀髪「……で、ですよね」

騎士「さあ、戻ろうか」

クエーッ

銀髪「親鳥が鳴いてる……」

騎士「とっとと飛空船に戻ろう」

銀髪「あ、待ってください、あれ!」

騎士「ん?」

銀髪「飛空船が飛んでます。風の谷に来たら、落ちちゃうのに!」

騎士「……なにい?」


銀髪が指差す先を見やれば、確かにそこには一隻の飛空船があった。
風の谷の危険性は一端の船乗りであれば重々承知のはず。
だというのにいったいなぜ? 混乱する騎士の思いをよそに、飛空船はなおも飛行を続ける。

騎士「見えるだけしかできんのがもどかしいな……」

銀髪「無事に抜けてくれるでしょうか」

騎士「さあな……だが、任務が増えるかもしれないぜ」

銀髪「……墜落船の調査ですか?」

騎士「ああ……」



怪鳥「クエーッ!」



騎士「げっ」

銀髪「あ、ああ……船が……!」

銀髪が思わず叫び声を上げる。
大きな翼を羽ばたかせ、怪鳥が獲物を求めて飛空船に襲いかかったのだ。
対する飛空船も船に積んである大砲で応戦するが、風の谷という地形が不利を招いていた。

騎士「俺たちの飛空船で援護ってわけにもいかねえからな……くそっ」

銀髪「……」


怪鳥「クエエエエーッ!」


甲板で怪鳥に応戦する船員たち。
だが、当の怪鳥は彼等の抵抗を意にも介せず、そのうちの一人をその大きな鉤爪でひっとらえた。
並の剣以上の鋭さと太さを持つ鉤爪に捉えられれば、ひとたまりもない。
深々腹をえぐられた船員が直ちに絶命したのは、苦痛を長く感じない分幸せだったという他ない。


銀髪「あんな……」

騎士「あのバケ鳥め……。銀髪、あいつらの応戦地帯へ向かうぞ」

銀髪「え」

騎士「……もう無理だ、じきに堕ちる。日が落ちて見失わない前に」

銀髪「彼らは勝てないでしょうか?」

騎士「無理だな。怪鳥に分がありすぎる」

銀髪「……」

騎士「見てみろ。マストが折られた。もう無理だ」

銀髪「むごい……」

騎士「俺たちも奴の雛を殺したからな、トントンだ」

銀髪「……」

騎士「どうした?」

銀髪「騎士さんって存外シビアですね」

騎士「そうかな」

銀髪「ああ……船が落ちていく……」


銀髪の嘆きと共に、コントロールを失った飛空船が風に煽られながら墜落していく。
唯一幸いなのは、谷底でなくその手前に落ちそうなところであろうか。
そこに落ちれば、もはや搜索もなにもかなわない。死体は打ち捨てられ朽ちる時を待つのみだ。


銀髪「あっ」

一瞬の地響きが起こる。
飛空船がついに墜落したのだ。

騎士「いくぞ」

銀髪「……はい」

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