一方通行「痴女ファッションと垣根帝督と俺」 (143)

「ちまちま戦うなんて面倒くせえな。世界でも終わらせてやるか」


宣言通りだった。
直後に、全てが壊れ─────、

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世界が死んでいる。
正しくそう表現するのが適切に思える光景だった。
見上げれば空は雲一つ浮かんでおらず漆黒に染まっていて、
見渡せば色の抜けたような白で埋め尽くされた殺風景な荒野が広がっている。

そんな、生気を微塵も感じさせない世界を、一人の少女が歩いていた。

鍔広の帽子によって陰のかかった顔に、緑色に輝く眼は片方しか見られない。
羽織ったマントの中は最低限隠されているものの、強風でも吹けばポロリといきそうなぐらい露出の多い衣装に身を包んでいる。
全身の衣装は黒で統一されており、それが余計に彼女の白い肌を際立たせているようにも見える。
しかし見る者によっては、そんな彼女の奇抜な衣装よりも右手に握られた槍型の霊装の方に目を引かれたかもしれない。

彼女を知る者ならこう呼んだだろう。
魔神。
あるいは、オティヌスと。

彼女の右手の中にある霊装の名は『主神の槍』。
神にも等しい力を持つ魔神の唯一の欠点である『無限の可能性』…要は成功する可能性と失敗する可能性を均等に孕んでいるという特性を、
成功する可能性に傾けさせる為の霊装である。

その槍の製造の際、紆余曲折とあって彼女は『100%の成功』と同時に『100%の失敗』をも手に入れたのだが…
何にしろ、女はその力を振るってこの世の万物を破壊し尽くしたのだ。

そんな少女の靭やかな脚が刻む足音には、どこか苛立ちが込められていた。
踏み潰すように歩く少女は、ポツリと呟く。


「……『幻想殺し』はどこへ行った?」

色のない大地に溶け込むような、白い少年がいた。
雪のように白い髪は乱れている。
整った顔立ちは苦悶に歪んでいる。
そして、触れれば折れてしまいそうな危うさを感じさせる体は大きな血溜まりの上に浮かんでいる。

端的に言うと、彼は血を流して這い蹲っていた。
人は彼を『一方通行』と呼ぶ。

学園都市の最強の超能力者であり、幾多の地獄を潜り抜けて来た怪物である彼は、
その過程で科学とは異なる法則…『魔術』に触れている。
彼は魔術について隅から隅まで知り尽くしている訳ではないが、魔術師との戦闘やレイヴィニア=バードウェイなどから得た断片的な情報を解析して、『反射』に組み込んでいた。
それが功を奏したのか、オティヌスの『魔神の力』による大破壊から難を逃れたようだ。

とはいえ、それも致命傷を避けただけに過ぎない。
全身からは止め処なく血が流れている上に、
とある事件で演算能力を失ってから代理演算を任せていた『妹達』が残らず死滅した為、
能力使用は疎かまともに歩く事も言葉を理解する事も出来ない状況に陥っている。

このままでは死ぬ。
正常な人間なら誰もがそう思うはずだが、今の一方通行にはそれすらも理解できない。


その時。
音が聞こえた。
彼が正常な状態なら、こう判断しただろう。
こつこつ、という硬質な音。
より正確には、ブーツの底が鳴らす音がこちらへ近付いて来ている。
足音は次第に大きくなり、ぴちゃり、という水音と共に白い少年の浮かぶ血溜まりにさざ波が立った。


「ァあ……が……?」

「……なぜお前が生きている?」

「ぐ………ォ………」

「チッ。解る言葉で話せ」


言葉と共に少女は指を鳴らした。
対応するように、一方通行の体ががくんと大きく跳ねる。


「…………?」


一方通行は怪訝そうに眉をひそめた。
思考が元に戻っている。
それを自覚すると同時に、遅れて脳が情報を処理していく。

世界が消えて無くなっている。

自分が瀕死の重症を負っている。

正面に少女が立っている。

そして。

打ち止めが。
番外個体が。
黄泉川愛穂が。
芳川桔梗が。
どこにもいない。

「……、」

声すらも無く。
跳ね起きた一方通行の指先が、首元のチョーカー型演算補助デバイスの電極を切り替える。

能力使用モード。
その瞬間、学園都市最強の怪物が起動した。

色の抜けた地面に亀裂が走り、大気が滅茶苦茶に掻き混ぜられ、遅れて爆音が炸裂する。
しかしそれすらも余波に過ぎない。
一方通行は自らの脚力のベクトルを操作し、最短最速で眼前の少女へと突撃していく。
怪物の魔手が、少女を肉塊に変えるべく突き刺さる。
その寸前に。
ぱし、と間抜けな音が聞こえた。


「…………あ?」


掴まれている。
あらゆるベクトルを操作し、触れただけで即死するはずの、怪物の手が。


「ご苦労な事だ」


力を込めるどころか、リラックスした調子でオティヌスは辺りを軽く見渡して言葉を紡ぐ。


「私が『これ』をやったとも限らんだろうに」

「な、ン……!?」

「だがまあ、安心しろ。 世界を滅ぼしたのは私なのだから」


言い終えると同時に。
オティヌスは、掴んでいる一方通行の手首を木の枝でも折るかのようにへし折った。


「がァァァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」


白い少年の口から激声が吐き出された。
オティヌスはその様をつまらなそうに見ながら、左手で一方通行の胸倉を掴んで強引に引き寄せ、彼の耳元でそっと囁く。


「生き残るのはお前ではなく『幻想殺し』だったはずなんだが」

「…何者、だ…、オマエ…?」

「参ったな…本当に参った。これでは、お前を生かしておくべきなのか殺すべきなのかも分からん」


言葉と共に、ぶちゅり、と水っぽい音が鳴った。
オティヌスの細い指が一方通行の皮膚に食い込んだ音だ。

「ぐ………がァ……ッ…」


胸の辺りから全身に、押し潰されるような感覚が広がっていく。
単純な痛みによるものではない、もっと別の異様な重圧。

知っている。
一方通行は、過去に何度かこの感覚を味わっている。

『グループ』の魔術師、海原光貴から。
第三次世界大戦の戦場で、打ち止めを救う手掛かりとして入手した『羊皮紙』から。
そこで見た『水の天使』から。
そして、天空の要塞から放たれた『黄金の光』から。

今まで彼が経験したそれもかなりのものだった。
時には心臓がどうにかなってしまうのではと思うぐらいの苦痛を感じた。
しかしこの重圧はそれらを超えていた。最早「苦痛」の域に留まっていなかった。
これはもう、爆発だ。ヒトを構築するあらゆる器官が絶えず爆発している。それ以外に比喩のしようがなかった。
むしろ本当に比喩で済んでいるのか怪しかった。この瞬間、己の体が爆ぜてしまわないのが不思議ですらあった。

恐怖、痛み、不安、寒気、戦慄。その全ての危険信号が一気に押し寄せ、思考の余裕すら得られない。
必死で息を吸い、何度も発声しようとする度に抜けていく酸素に苛立ちを覚え、やっとの思いで言葉を吐き出す。


「オマエ、っ……」

「なあ、」


オティヌスは自身の吐息がかかりそうな程に一方通行の耳へ口を近付けて、


「生かすか殺すか、どっちがいいと思う?」

「……、」

「まあ後から考えりゃいいか」


容赦など無かった。
少女の白い左手が、一方通行に風穴を開けた。

『船の墓場』。
東京湾に位置する、『グレムリン』の拠点となっていた場所。
魔神オティヌスは、そこに積み上げられた客船にある屋外プールで『未元物質』を利用し霊装『主神の槍』を製造したのだが…
やはりというか、そこも世界の終わりと共に跡形もなく消え去っていた。
海は根こそぎ蒸発しており、スプーン状の大穴が広がるのみ。
最早、『船の墓場』の跡地と判別する事すら困難な状態だった。

そんなスプーン状の大穴の中心部……より正確には、その地中から、突如として白い水溜まりが生じた。
一度表出した『それ』は爆発的に広がり、大穴を3分の1ほどまで満たすと、逆再生のように一点へと収束していく。
塊は人型へと整えられ、やがて繊細な顔立ちの少年の姿へと変貌する。

垣根帝督。
学園都市に7人しかいない超能力者、その順位にして第二位の『未元物質』を操る少年である。

「がは…、げほ、ッ………ぐ…」


大きく咳き込むと、血の代わりとでも言うかのように『未元物質』が吐き出された。

彼の体は一部の臓器を除いて全て未元物質で構成されている。
脳だけしか残っていない状態でただただ『未元物質』を吐き出し続ける存在だった屈辱の時代に獲得した、臓器を複製する技術。
それを活用し、『儀式』を終えた魔神オティヌスが出払った隙を突いて生身のままの臓器と大量の『未元物質』を地中奥深くへと潜り込ませ、地球というシェルターに浸み渡らせたのだ。
ほぼ賭けに等しい方法だったが、なんとかうまくいった。
臓器か『未元物質』、その欠片でも残っていれば復活できる垣根にとって、この程度は造作もない事だ。


「……なんだこりゃ」


ぐるりと辺りを見渡した垣根は、思わずそんな言葉を漏らした。
白と黒。
たったそれだけの色で表現された荒れ果てた世界が、彼の目に飛び込んできたからだ。


「これじゃ生きてる奴はいねえか………?いや、あのよく分かんねえ痴女みたいな格好した奴は生きてるのかね」


言いながら、垣根はゴキゴキと首を鳴らした。
それを合図に、真っ白だった衣服と体が、徐々に『垣根帝督』色に着色されていく。
しばらくして、外見上はかつての『垣根帝督』と変わらない姿になった彼は自身を観察して、


「やればできるもんだな」


と、満足気に唇を歪めて歩き始めた。

「…お?」


ふと、立ち止まる。
どこか遠くを見上げた彼は、一つ小さく舌打ちしてから足を向ける方向を変えた。


「くせー匂いがしやがる。忌々しいクソ野郎の匂いだな」


言葉とは裏腹に、少年の表情は趣味に没頭する子供のようだった。
大きすぎる因縁を持つ『第一位』の元へと、垣根帝督は歩みを進める。

「…………、」


白い少年が、のそのそと起き上がった。
どうやら気絶していたらしい。

覚醒と共に激痛が押し寄せ、少年は顔をしかめた。
開けられたはずの風穴は、なぜか跡形もなく塞がっている。
彼は『肉体再生』の類の能力者ではない。……そうなると、思い当たる節は先程の少女しかないのだが…
まさか、一度開けた風穴をわざわざ塞いでくれたとでも言うのだろうか?
余りに目紛るしく変化する状況に、一方通行は頭が痛くなった。

頭を2,3度振って、少し冷静になり、首元のチョーカー型電極のスイッチを『通常モード』に切り替えてから、状況を確認する。

あの少女は消えている。
少なくとも視認できる場所にはいない。
何が目的かは不明だが、目下の撃破対象である事は間違いない。

そして次に、打ち止めや番外個体…『妹達』も消えている。
あくまで勘だが、おそらく死んだ。
そうなると自身が演算能力を取り戻している事実に矛盾が生じてくるが、
先程の少女と相対した時から発信源不明の電波によって演算補助が行われているようで、
『よく分からないがあの少女がよく分からない力を使っているのだろう』と納得するしかなかった。

そもそも前提からしてぶっ飛んでいる。
あの少女は「世界を滅ぼしたのは私だ」と言っていた。
それを通りすがりの少女に言われたのなら何の信憑性もない。
だが世界は原型もない程に木っ端微塵にされ、空は異様な漆黒に染まっている。
そんな中に一人生き残り、涼しい顔で一方通行の『反射』をすり抜けた少女。
「私が滅ぼしました」と言うのにこれ以上ない人材だ。

……『妹達』が消えたのに(比較的)冷静でいられるのは、まだ死んだという確証が無いからに他ならない。
もし『妹達』の衣服の切れ端でも落ちていようものなら、その瞬間怒髪衝天する自信がある。
しかしそれすらも見つからない。
はっきり言ってこの状況で彼女らの生存は絶望的だとは思うが、それでも可能性はある以上冷静さを失って見す見すその芽を摘む訳にはいかないのだ。

だとすれば。
とにかく先程の少女を見つけ出して撃破し、その後で『妹達』を捜索する。
あの少女を野放しにしていて事態が好転するとは微塵も思えない。

今にも怒りに任せて辺りを破壊し尽くしたくなる衝動を必死に抑え、白い少年は色の抜けた大地を歩き出そうとする。

その時。

邂逅があった。
あまりにも見覚えのある姿を認め、両者は軽く失笑する。
かつて二度の死闘を繰り広げた、二人の怪物。
一方通行と垣根帝督の視線が交差する。

「元気してたか」

「オマエの顔を見ると気分が悪くなンだよ、消えろ」

「お変わりないようで何よりだ」


しばらく会っていなかった悪友を迎え入れるような調子で会話しながら、彼らは自然と距離を図る。
『一方通行』と『未元物質』。
互いの絶対的な力が最も発揮される位置を取ろうとするのを牽制し合う、そんな動き。
暫し音もない戦いが続き、同時に立ち止まった瞬間──それを合図として、怪物と怪物が激突した。

先に動いたのは垣根帝督だった。
背中から白い翼が開かれ、折れ曲がり、無数の槍となって一方通行へと殺到する。

対する一方通行は、回避の意思すら見せなかった。
代わりに首元の電極のスイッチを切り替える。
それ以外の動作は一つも無かった。
しかし彼が串刺しになる事はない。
彼を貫こうとした白い翼が、寸前で全て『反射』されたのだ。

そして、垣根帝督の胴体が反射された自らの翼で真っ二つに切り裂かれた。

彼の笑みは崩れない。
そもそも回避も防御も必要ない。
そう、表情だけで語っているかのように。

ぐしゃ、と地面に転がった上半身から、新たな下半身が生み出される。
それと同時に、取り残された下半身からも上半身が生えた。
無限の創造性。
かつて一方通行を追い詰めた永遠の驚異が、再び芽吹いていく。

そして。
片や満身創痍、有限の破壊。
片や元気溌剌、無限の創造。
どちらが優勢かは余りにも明白だった。

二度目の激突は無かった。
学園都市最強の怪物が、あまりにも簡単に膝をついたからだ。
垣根帝督…正確には上半身から再生した方の少年はその様に呆れながら、


「情けねえな。こうもあっさりしてると何の感慨も抱けねえ」

「………無駄に潰し合う暇があンなら、手遅れになる前にあのクソを潰した方が遥かに賢明だって事も理解出来ねェのか?」

「よせよ。そんな無様な命乞い吐かれたらこっちが悲しくなっちまうっつーの」


荒い息を吐きながら、一方通行は暫し何かを考えていた。
辞世の句でも詠むつもりか?と垣根が茶化そうとした時、


「協力しろ」

「あ?」

「あのクソは一人じゃ倒せねェ。だから協力しろ」


その言葉に、垣根は思わず吹き出しそうになった。
あれほどまでに屈辱を味わされた『壁』が今や無様に命乞いをするばかりか「協力しろ」などと宣ったのだ。
あまりにも深い失望。
その一色が、胸に広がっていくのを自覚してしまう。


「小物にも程があるぞ、虫けらが」

「今更何寝吐いてやがる。お互い様だろォが、そンなモン」

「…………、」


垣根の頬がわずかに引きつった。
お前はともかく、なぜ俺まで小物の仲間入りを果たさなければならないのか。
言いかけて、咳払いをして言葉を飲み込む。
そんな『正しく小物』な台詞を吐く訳にはいかない。
と、そういった考えが浮かんだ時点で小物なのだという事に気付かないまま、垣根は言葉を紡ぐ。


「俺の目的は、お前という壁を乗り越えて『未元物質』がどこまで通用するのかを知る事だ。それ以外はどうでもいいんだよ」

「だったら絶好の晴れ舞台じゃねェか。オマエの『未元物質』は、少なくとも世界をぶっ壊したクソよりは上っつゥ証明になる」

「…………、」


確かにそう、かもしれない…?
『未元物質』の限界を知る為、彼は第一の壁として『一方通行』を選んだ。
そして、間違いなく越えた。
今まさに、無様に膝をついている一方通行がそれを証明している。
では二つ目の壁があるとすれば?
それは強大な…『魔神』とかいう、世界を滅ぼすほどの力を持った存在であるならば?
『未元物質』の限界を知るという目的に合致するのでは?

しかし…その為に一方通行と手を組むという事に違和感を覚えるのだ。
何というか…水と油を混ぜるような…そんな絶対的違和感がそこにある。
垣根はその事に暫し葛藤し……遂に、釈然としないままに一方通行に手を差し伸べた。


「いいぜ……クソ、仕方ねえ…」

「足引っ張るンじゃねェぞ」

「こっちの台詞だクソ野郎」


一方通行と垣根帝督。
絶対に相容れなかった二人の怪物が、手を結ぶ。



そして。

かつては『窓のないビル』と呼ばれていた瓦礫の山の上で、隻眼の少女は呟いた。

「くす…そうか。 これがかのアレイスター=クロウリーでさえ予測不能だった『イレギュラー』とやらの正体か」

静寂のみが支配する世界に、音もなく真っ白な少年が起立する。
一人や二人ではなく。
一万、二万という単位で。

白。
その一色に、一帯が塗り潰された。
数にして二万の軍勢から生み出される十二万の白い翼の矛先が、たった一人の少女へと向けられ、一斉に殺到する。

だが。
全方位から降り注ぐ十二万の翼は、一瞬にして消滅した。

オティヌスは寸分も動いていない。
放たれたのは殺気。
例えようのない圧倒的な『威圧』が、迫る翼を全て薙ぎ払ったのだ。

殺気だけで物理的に干渉し、破壊する。
余りに次元の違う光景に、未元物質の軍勢の一人…『本物』の垣根帝督は失笑すら漏らした。


「想像以上だ。端から常識なんざ通用しねえらしい」


垣根としては独り言のつもりだったのだが、返答があった。
声の主はくすりと笑いながら、


「こんな程度で魔神を知った気になってもらっては困る」


………音源は、背後だった。
ギョっとした垣根は、振り返る事もせず翼を使って一気に前へと飛び出した。

とにかく距離を取る為の急加速。
人の身で行うには余りに酷な動作を強いられた垣根の体が悲鳴をあげる。
彼の体が未元物質製でなければ、皮膚が剥がれたりしていたかもしれない。

少し遅れて、オティヌスの左手が前へと伸ばされる。
この時点で両者の距離は200m。
当然ながら、少女の左手は虚しく空を切る。

そのはずだった。

少女の左手が拳の形に握られ、左半身ごと拳を引くような動作と同時に、垣根が一気に引き寄せられた。
未元物質製と言えど、耐え難い風圧に襲われた垣根の皮膚が、今度こそボロボロと剥がれ落ちていく。
断末魔などあげる暇もなかった。


「あちらの方はどうなるか分からないが、お前は元々あそこで死んでもらう予定だったんだ。今更殺しても支障はあるまい」


垣根帝督の色が白に戻り、殆ど白い肉塊と化しながらも、その体は拳へと一直線に吸い寄せられていく。
最早人の原型すら失いかけている垣根には、止めとばかりに放たれようとしている魔神の拳を認識する事は出来なかったかもしれない。

万物を破壊し尽くしてなお余りある程の一撃が、垣根帝督に突き刺さる。

ただし。

垣根帝督の体はバラバラにはならなかった。
横に弾かれるように、垣根の体が派手に吹っ飛んだ。ただそれだけだ。
その現象に、その場にいた者…二万の未元物質の軍勢も、魔神オティヌスも、当の垣根帝督でさえ皆一様に驚愕した事だろう。
たった一人の乱入者を例外として。

結論を言おう。
垣根に突き刺さったその拳は、魔神オティヌスによるものではなかった。
吸い寄せられる垣根の軌道を変えるべく、横から現れた一方通行が放ったものだ。


「よォ…随分楽しそォな事やってンじゃねェか。俺も仲間に入れてくれよ」

「…くは…本当に予測不能だ…素晴らしいぞ、イレギュラーども!!」


両者は同質の笑みを湛えて、一瞬のうちに激突する。

見渡す限りの怪物。
血みどろの殺戮ショーが、いよいよ幕を開ける。

色の抜けた大地に、絶え間ない爆音が木霊した。
拳が爆発を生み、踏みしめる脚が地面を砕き、音速の頭突きが飛んでそれを回避し、返す刀の回し蹴りが空気を裂くその光景はあまりに常軌を逸している。
だが拮抗も長くはもたない。
爆音の中、オティヌスが涼しい顔で口を開いた。


「私は好物は後に取っておくタイプでな」

「俺は好物しか食卓に並べねェタイプだ。死ね」


少女の動きが止まった所へ、情け容赦なく必殺の魔手を叩き込もうとした、その瞬間。
ピーッと、間抜けな機械音が一方通行の首元から聞こえた。


「が…?」

「悪いが眠ってもらおう。お前は増えるしか能のない奴らを先に片づけてから、じっくりいただく」


崩れ落ちる一方通行に、その言葉は理解できなかった。
彼の首元の電極は馬鹿の一つ覚えのように機械的なエラー音を吐き出し続けている。
それが意味するのは電波障害。
『発信源不明の電波』に供給されていた演算能力が途絶えたのだ。

どさり、という砂袋を落としたような音を聞きながら、オティヌスは先ほどから突っ立っている未元物質の軍勢を一瞥した。
ふん、と軽く鼻で笑ってから、どこかに言葉を投げかける。


「役者不足の雑魚にはご退場願うとしよう」


転がっていた白い肉塊は、いつの間にか元の『垣根帝督』の姿に戻っていた。
ただそれでもダメージは抜けきらないのか、荒い息を吐きつつ、


「…たく、常識ってやつを理解してねえな…。策なしに突撃するだけの馬鹿なんざ真っ先にやられるのが関の山だろうが」

「それはお前が言えた事か?数だけ立派な雑魚を引き連れて突撃してきたのはお前だったと記憶しているが」


聞いて垣根は呆れたように笑った。片膝を立て、ゆっくりと立ち上がりながら、そっと呟く。


「そうだな。俺が策なしに突撃するだけの馬鹿だったならの話だが」

「…何?」

「知ってるか?あの糞…じゃなかった第一位、感情が極端に上下すると背中から『翼』が出るんだよ。
 ああなっちまうと電池切れになろうがなんだろうがお構いなしで暴れまくる。論理の範疇から飛び出してる、ってヤツだな。
 俺は相当第一位に関するデータを集めたが、結局あれの特性に関しては長らくあやふやなままだった。
 だが最近、遂にその傾向が分かってきてな」

「…何か勘違いしているようだが、私は『魔神』だ。どんな事でも意のままに成功できる。
 子供とじゃんけんして勝つにしても、世界を滅ぼすにしても、その『翼』とやらをへし折るにしても、私の前では同義なんだよ。
 難易度なんて関係ない。やった時点で私の成功は確約されている」


最後までオティヌスの言葉を聞く前に、思わずといった調子で垣根は笑った。
楽しそうに、意味深な含み笑いを浮かべて、


「その『成功』とやら、果たしてどんな方向に働くのか見ものだな」

「…何を言っている?」
       
「さあて。この数だけ立派な軍勢はどうして用意されたのか、答え合わせといこうか」


オティヌスが怪訝そうに眉をひそめると、垣根は決定的な一言を告げる。


「あの『翼』は多数の能力者から発生するAIM拡散力場を操作する事で現出する。
 …要するに、この二万の軍勢はAIM拡散力場を即席で作り出す電波塔って訳だ」

「…っ!?」


全てを理解し、勢いよく背後へ振り返った頃には、既に遅かった。

オティヌスの片方しかない瞳には、背中に黒い翼を携えて全てを薙ぎ払わんとする一方通行の姿が映っていた。

轟!!という爆音は、目に見える現象より遅れて聞こえた。

不可視の力が吹き荒れ、唯でさえかつての科学の繁栄を微塵も感じさせない程に荒れ果てていた大地は、更なる破壊の爪痕に彩られる。
破壊と殺戮の具現。
形容するにはそれが一番相応しいとすら思わせる、圧倒的なまでの力。
余波で発生した土の粉塵が立ち込め、視界は全て奪われた。

割方遠くにいたはずの垣根帝督だが、それでも身体中に無数の傷が走っている。
もっとも、今の垣根にとって是式の事態は問題には成り得ないのだが。


「げほ…さてはて、うまくいったかね」


粉塵を鬱陶しげに翼で掃った垣根は、そこで壮絶な光景を見た。
先ず目に飛び込んで来るのは血飛沫。色の抜けた大地が殺戮の赤で色づいているその有様は、ともすると芸術的にすら見える。
そして血を噴き出して倒れている人間。蓮の花が咲いているようで、やはり歪んだ見方をすれば美しい。

ただ。
倒れている人間は一方通行で、血飛沫はそこを中心に広がっているという点が、異様でしかなかった。

いったん投下終了
続きは明日の夜あたりに

トリップ

赤く染まった大地の上にただ一人立っている少女とその周囲だけが、血の一滴も付着していない。
その簡素な事実が、全てを物語っている。


「随分派手な前演説をするから少しは期待していたんだが、まさかこの程度とは……肩透かしにも程がある」


気付いた時には、既に少女は眼前にいた。
何か言う間すらもなく、冗談みたいに呆気なく垣根の体は貫かれていた。


「あ…が……」

「さて、これでようやく二人っきりだな」


言って、オティヌスは血塗れの少年の方へ向き直る。
…信じられない事に、一方通行の生命活動は未だ停止していなかった。
意識は怪しいが、一応は五体満足のまま保たれていて、首の皮一枚で繋がっている状況だ。

仰向けに倒れたまま気絶している一方通行だったが、すくに目を覚ました。
何度か咳き込み、口から血を吐いて、ようやく息をする余裕が生まれ、荒い息を吐きながら自嘲的な笑みを浮かべる。


「……笑っちまう…、なァ、本当に」

「そうだな。私の方も、ここまで呆気ないとは思わなかった」

「違ェよ」


一方通行は一拍置いて、言い放つ。







「こンなにうまくいっちまうとは、笑えて物も言えねェっつってンだ」







何回も読み直したんだけどなー
やっちまった。
>>33
すくに の所、 すぐに でした。ごめんなさい

暇ができたので投下するやで。

漆黒の空に巨大な裂け目が生じた。
仰ぎ見れば、裂け目からは見たこともない情景が垣間見える。

一方通行と垣根は直感的に理解した。
あれは『新しい世界』だ。
雄大な緑の大地も、青々と茂る木々も、煌めきを放つ海原も、全てが滅ぼされる前の世界と似ていて、決定的に違っている。

多分あれは、無駄がないのだ。

裂け目の中の世界には、黒い煙を吐き出す煙突も、灰色のコンクリートジャングルも、張り巡らされた道の上を走る鋼鉄の塊も、一切合切存在しない。

何よりも、裂け目の中から漏れ出る光はあまりに澄んでいた。
人類が知る世界は、あんなに美しくない。
もっと残酷で、排他的で、欺瞞に満ちている。


「お前達は新たな時代の幕開けの目撃者となる」


地鳴りが轟く中でもその声はよく聞こえた。
巨大な裂け目を背に、長らく会っていなかった友人を迎え入れるような面持ちで両手を広げているオティヌスを、一方通行と垣根は呆然と見つめる。


「お前達には身に余る光栄だ。悔悟し絶望し恐怖しろ!!」


言葉を投げかけている割には、オティヌスは一方通行や垣根に一瞥もくれなかった。
視線は常に裂け目から覗かれる新世界に注がれている。自らの最高傑作に陶酔する芸術家のように、外野の事など眼中に無いのだろう。

「………はは、はははは」


崩れゆく世界に、垣根帝督の全く感情の篭っていない笑い声が木霊した。

自暴自棄になって壊れたか。音源を目で辿った一方通行は思ったが、どうも違う。


「……たく。そんなにお恥ずかしい心中を開陳してえならもっと人の多いとこでやりゃあいいんだ。こんなに客入りが寂しくちゃ興奮しねえだろ」


地鳴りだけが音を奏でる世界の中に、その言葉はいやによく響き渡った。
昂揚していたオティヌスの思考が一瞬真っ白になる。


「……あ?」

「露出趣味が転じてそんなクレイジーな真似してんのかと思ってたんだが、違うのか?
気に入らないから壊すなんて稚拙な思考は小学校高学年あたりで卒業するもんだろ」

「……………」


羞恥か怒りか、少女の顔に赤みが差す。

一方通行は呆れを通り越して尊敬すらした。
全容もまだ知れない『魔神』を相手にここまで命知らずな口が利けるのは最早一種の才能だ。

瞳の奥に瘴気を滾らせ、怒気を一切隠さないオティヌスの口がようやく開かれる。


「…よほど死に急いでいるらしいな」

「いいや?俺はまだ死にたくない。生憎『未元物質』なんて底の知れねえ力を持ってるせいで、やるべきことが山積みだ」


肩を竦めて、垣根帝督は言う。

『未元物質』に不可能など無い。
垣根帝督が研磨し続ける限り、いくらでも成長し、創造し、進化する。
ならば垣根帝督は自らの生涯をも捧げて、永遠に終わらない実験を繰り返すのみ。

『助けたい』という自身の内に湧く感情に従って奔走する、とあるツンツン頭の少年と同じように。
彼にとっての未元物質もまた信念であり、信条であり、生きる理由なのだ。


「だから、テメェの勝手は許さない」


その表情には一片の混じり気も見て取れない。
かつての垣根帝督には無かった揺るがぬ信念だけが、はっきりと醸し出されている。

いつも通りの、自信に満ち溢れた笑みを湛えて、強く、強く、宣言する。


「この俺を縛る常識は存在しねえんだよ」

一方通行は、暫し垣根の言葉の意味する所を考えていた。

垣根の理念は結局の所『気に入らねえから壊す』に抵触する。
彼自身の言う、稚拙な思考そのものだ。
でも、それでいい。
垣根帝督という器に満たされた探究心という強さは、素直で、稚拙で、愚直なまでの真っ直ぐさの基に成り立つものなのだから。

だから垣根帝督にとっての選択肢は『立ち向かう』。その一択。
考える必要などない。
これは分岐点ではなく、何度も何度も繰り返した確認作業なのだ。
だから垣根は、いつもと同じ、いつも通りの選択肢を選ぶだけでいい。

自分はどうなのだろう。
愚かな人間という究極の無駄に溢れた、汚い世界と。
愚かな人間という究極の無駄を排除した、綺麗な世界。
果たして、どちらを選択するべきなのか。

何時ぞやの自分は、己の力で誰かが傷付くぐらいなら、いっそ戦う気力すら起きないほどの絶対的な力を手にするという野望の実現の為に躍起になって『妹達』を虐殺する日々を送っていた。

その頃は、色々な事を考えた。
誰かを守る為に誰かを殺しているのでは、本末転倒なのではないかとも思ったし。
こんな腐った実験を平気で実行する研究者やそれにGOサインを出す上層部のような人間達を守る意味があるのかとも思った。
ならばもう、絶対能力者とかいう存在に成り上がったらその力を行使して、全て壊してしまおうか、とも。

そんな思考も、百人、千人と『妹達』を殺すうちに見失ってしまったのだが。
今でもたまに、顔を出す。
こんな腐った世界には付き合いきれない、全て壊して楽になってしまいたい、というどす黒い感情が。

あの裂け目の中に広がる世界は美しい。
ゴミクズのみが跋扈するような闇の中で生きてきた一方通行でさえそう思えるのだから、もっと純粋で豊かな感性を持った善人なら一入そう思う事だろう。

命に代えても守ると誓った少女は、もういない。
だったらもう全てかなぐり捨てて、新たな世界の誕生する様を見届ければいいのではないか?

……やめよう。最初から答えなど出ているのに、いちいち立ち止まるなんてあまりにも無意味で馬鹿馬鹿しい。

初めて、どこまでも純粋なあのガキに出会ったあの日から、選ぶ選択肢はいつでも同じだった。

初めて、誰に言われるでもないのに誰かを救いたいと思える少年に出会ったあの日から、思う事はいつでも同じだった。

初めて、悪意の中に生きてきて、それでも生きたいと願える勇気を持った少女に出会ったあの日から、取った行動はいつでも同じだった。

そして。
初めて、やっと、ようやく救えた命を蹂躙しようと降りかかる得体の知れない力の塊に真っ向から激突したあの日。
選んできた選択肢の、胸の内に広がった思いの、取ってきた行動の、その意味を知った。

何かを守るとは、きっとこういう事だ。

何かを守ると誓ったその瞬間、選択肢は、思いは、行動は、既に決定されている。
そこに勝算など必要ない。理由など必要ない。迷いなど必要ない。

ただ、守る為に。

確認作業は終わった。

後は、いつも通りにやるだけだ。

一方通行の背中から噴出されている漆黒の翼は、もう原型も分からない程に消えかかっていた。
論理など通用しないとも思える程の力とはいえ、『何か』を消費する事には変わりない。
破壊と殺戮の具現の供給が、遂に絶たれる。


「ぐァ………」


足の力が抜けると同時に、一方通行の体がふらりと揺れた。
力を失った体を、重力が冷たい地面へといざなうように絡め取る。

それでも、一方通行が倒れる事はなかった。

絶対に、絶対に倒れまいと、一方通行の足が、再び地面を踏み締める。


「まだ、だ」


意識が復活する。


「こンな所で、終わってたまるか」


全身に力が通う。


「こンな所で、終わってたまるか!!」


そして、背中から翼が噴出した。
その翼の色は先程のそれとは異なるものだった。
雪のような純白。
その白は彼の心境の変化を示しているようにも見える。
頭上に同色の小さな輪が生じ、それを合図に空の漆黒が拭い取られた。

もう、誰も絶望する必要はない。
ここから先は希望だけを見せてやる。

決着の時は近い。
次の激突で、全てが決まる。

少しずつ、少しずつ、一方通行とオティヌスの距離が縮んでいく。
ふとオティヌスが指を鳴らすと、折れた『主神の槍』が傷一つなく元通りになった。
魔神に、再び100%の成功が宿る。


「終わりにしようか」

「そォだな」


それだけのやり取りがあった。
両者はただ一直線に、最短最速で懐に飛び込むべく飛び出した。

足りない。
一方通行には、まだ力が足りない。
このまま激突しても、まず間違いなく粉砕されるのは一方通行だ。
足りないものは何か。
満たすには何が必要か。
欠けたパズルのピースとは何か。

思えば、彼らはいつも敵同士だった。
立場上の問題ではなく、もっと内面的な所でも、互いに『気に入らない』という感想を抱いていた。

相容れない存在。
一方通行と垣根帝督。

パズルのピースは、あまりに歪で、繋げるには時間がかかったかもしれない。
それでも。
今だけは、彼らの理念は一致する。
一度限りの共闘が実現する。


「使え」


短く、どこからか声が聞こえた。
それだけの言葉で、不思議と一方通行は垣根帝督の意図を汲み取れた。
未元物質の白い翼が、一方通行の白い翼に突き刺さる。
ふたつの白は、喰らい合い、縺れ合い、絡み合って、より洗練された形へ創り上げられていく。

神にも等しい力の片鱗を振るう者と、神が住む天界の片鱗を振るう者。
片鱗と片鱗が重なり合い、剛強な鱗が生み出される。
さしずめ、天界より降臨せし神の力を振るう者。
この瞬間、その翼は神の力そのものへと昇華した。


「「………ッ!!」」


迷いなく、両者は激突する。
決着は着いた。


静寂を破る、少年の倒れ伏す音だけが、世界に浸透した。

投下いったん終了

「………なぜ、だ」


勝者であるはずのオティヌスの表情は、愕然の一色で彩られていた。
それもそのはずだ。
『裂け目の中の世界』が、木端微塵に砕かれてしまっているのだから。

あの瞬間、一方通行はオティヌスの方を見ていなかった。
翼の矛先は裂け目に向けられていて、激突と同時に振るわれた『神の力』は裂け目だけを捉えていた。
あれがもし、自分に向けられていたら。
ぞくり、と、背筋の方から全身の血の気が引いていく感覚を自覚してしまう。
それがオティヌスにとって、どうしようもなく屈辱だった。
自分は成功を約束された『魔神』であるはずなのに。
いくら敵が強大だろうが、挑戦した時点で勝利が確定するはずなのに。
目の前の敵に恐怖を抱いてしまった。
「負けるかもしれない」という不安に、戦慄を覚えてしまった。
それはすなわち自らを未だ不完全であると認めるのと同義なのだ。

怒りとも恐怖とも取れない感情が腹の中で渦を巻いていく。
こんな事ならいっそあの時殺されていた方がマシだったとさえ思えた。
永遠に解消できない失態。
魚の骨が喉に刺さって取れなくなった時のようなむず痒さが鼓動に変換され、殷々として頭の中で鳴り響く。
ある意味、これがオティヌスにとって最も苦痛の大きい事態なのかもしれない。
張り裂けそうな胸を必死に抑え、絶命した一方通行に強引に命と演算能力を吹き込む。


「……あァ?何で生きてンだ俺」

「ふざけるなよ糞ったれが!!なぜ私を狙わなかった!!狙えばお前は…私に、か…勝っていた、かもしれなかったのに…!!」


状況を確認する間も与えず、馬乗りになって一方通行の胸倉に掴みかかる。
平静を装おうと努めても、ほとんど勝手に語気が荒くなってしまう事にオティヌスは歯噛みする。
そんなオティヌスの姿を見た一方通行は、心底可笑しそうに笑った。


「オマエこそふざけンなよクソッタレ。オマエ殺したら誰が世界を元に戻すンだっつゥの」

「……ッ」


自然、胸倉を掴むオティヌスの左手に力が込もる。
自分が見逃されたのはそれだけの理由なのか。
不殺主義でも慈悲でもなく、「殺さないほうが得」と思われる程に、オティヌスという存在は下に見られていたのか。
…実際は一方通行の言葉にそこまでの意味は含まれていない。なのに、単語から連想しうる刺を抽出し、的確に貶める言葉の刃へと、脳内で勝手に処理されてしまう。

全身の血液が蒸発するような錯覚を覚え、ようやくオティヌスは我に返った。
危うく引き千切りそうになった一方通行のジャケットを掴む手に込める力を緩め、一つ大きく息を吐く。


「片腹痛いな。私に何の得がある」

「何の話だ?」

「世界を元に戻す。それをやって、私に何の得があるのかと聞いている」


そう。
オティヌスには古い世界に未練などない。
『魔神』という名を冠するだけで世界を敵に回す事を余儀なくされた彼女は、人間の汚い側面を余す事無く知り尽くしている。


「人間とは総じて愚かだ。
 奪い合い、利用し合い、争う。団結とは名ばかりの寄ってたかって袋叩きにする愚行を『正義』だと本気で抜かすようなゴミクズ共を沢山見てきた。
 …でなければ、人をひとつの集団にする事を許さず、バラバラの個に押し留める事で停滞させるなんて『人の愚かさ』に付け込んだ作戦なんか使いはしない」


それがオティヌスの知る人間達だ。
科学が跋扈するのを許容できない魔術師達。
我が身可愛さに強大な力を持つ者が現れれば一斉に叩いて潰してしまいたい各国の首脳陣。
藪をつついて蛇を出したくないが為に行動に移れず、挙句仲間割れを起こしてしまう民衆。
庇護欲に駆られたばかりに魔神に成り損ねた哀れな男。
世界の基準点であり修復点でもある『幻想殺し』を持ったが故に数多の死地を駆けずり回る事を運命付けられた少年。
誰も彼もが余りに惨めで醜い者ばかりだ。付き合いきれない。もうたくさんなのだ。
いっそ世界ごと壊してしまいたくなる程に、オティヌスは心身ともに疲労困憊してしまった。
だから癌細胞を駆逐するべく『主神の槍』などという大仰な霊装を作ってまでして完膚なきまでに世界を破壊した。
その力を用いれば、彼女が予てより渇望してきた安息の世界をも手に入れられる。
ようやくオティヌスは眠りにつくことができたはずなのに。
世界を元に戻すなど言語道断だ。これでは何の為に尽力してきたのか分からない。

それ程の拒否感。

しかし。
傍観していた垣根帝督が、ややあって口を挟む。


「はぁ。身に余る力を持つ奴は自分が見えなくなる法則も、いよいよ現実味を帯びてきたな」


そう、憐れむような声音で、オティヌスの信条を真っ向から切り捨てた。

「……何だと?」

「言葉通りの意味だよ。自惚れれば自惚れるほど自分が見えなくなるもんだ。自己完結して世界を知った気になっちまうんだよ」


さしものオティヌスも眉がひくついた。
暗に彼は「お前は自惚れている」と、そう言っている。


「私の何が間違っていると言うんだ…これが真理だろうが!! 愚かで醜くて腐った癌細胞、それが人間なんだよ!!」

「そうかもな。でもそれはお前とて例外じゃない。不完全で未熟で不十分。そもそも完璧な人間なんていない、お前の言う通りな」

「ほざくなよ虫けらが…!! 私はここまで上り詰めた…100%の成功を手にしたんだ!!
 これが完璧じゃなくて何だ……人間と同列に並べてくれるな、虫唾が走る!!」


言うと垣根は待ってましたとばかりに笑った。


「なら何故お前は失敗した?」

「なっ…」

「一方通行は殺しそびれた。『主神の槍』とやらは折られた。『白い翼』には危うく殺されかけた。そうだろう?」

「そ、れは」

「お前は確かに100%の成功を手にしたかもしれない。でもそれは無意味だ。なぜならお前は失敗する事に『成功』できるんだから」

「あ、あ」

「結局そんな大げさな力持ってても何も変わらないんだ。ジャンケンで負ける事が正しいと思っているならそれがお前にとっての『成功』になる。
 お前が選択を間違う度に、『成功』に姿を変えた『失敗』が付いて回る。お前の言う100%の成功は、視点を変えれば100%の失敗と同義だ」

「やめろ、」

「お前は完璧なんかじゃない。選択肢を間違えれば人間と同じように失敗する、ただの人間だよ」

「やめろォォォぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」


これ以上聞いてはいけない。オティヌスの本能的な感覚がそう訴えていた。
不可視の力が垣根を一撃で絶命させる。
糸の切れた人形のように呆気なく崩れ落ちる垣根を、オティヌスは茫然とした表情のまま視界に捉え続けた。

オティヌスの成功に関しては失敗で成功できるならその逆も然りみたいな解釈でした。

途中で色々失敗したけど読んで下さってありがとうございました
またどこかでお会いしましょう

過去作はないです。今回が初めてです
半角イコールの件とか本当に助かりました

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2013年12月30日 (月) 09:47:44   ID: SGMiaGpY

続きはないの?

2 :  SS好きの774さん   2014年02月27日 (木) 15:21:40   ID: iJ1j3kcS

これで、一方さんと垣根が上条さん達と『船の墓場』で戦う所が見てみたい。

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