とあるカッパと黄泉川家 (753)


とある魔術の禁書目録×カッパの飼い方クロスオーバー

メインは番外通行止め黄泉川家なので、カッパの飼い方知らん人でも違和感ないように書いていきます

地の文





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ここは奈良県吉野のとある山奥だ。『私』は二人と三匹で、今日もカッパの泉へと足を運んでいる。
人間はわたしと坂本さん。三匹というのは、我が家の仔ガッパ、かっくん、キューちゃん、かぁたん、である。

齢二十一にもなる老ガッパ・カーサンは、魂を吸い取られるといって、このカッパの泉を避けているので、農作業をしている母とお留守番だ。


カッパ喘息を発症して、東京育ちのかっくんはうちの子となった。
カッパに不思議な生命力を与えるこの泉に足繁く通い、かっくんの回復を促しているわけだが、
おまけのキューちゃんとかぁたんはまったくのお遊び気分だ。

「かっくーん、あんまりはしゃいじゃダメよー」
「キャッキャッ」

三匹で水中をはしゃぎ回り、兄貴分のかっくんを追いかけっこに巻き込んでいる。
見かねて坂本さんが注意しているのだが、泉の中の彼らには右から左だろう。

関係ないが、なんとはなしに、結婚の気配を漂わせている私と坂本さんだけど、私は未だに彼女を『坂本さん』としか呼べていない。


「クワっ」
「クパパパパパ」
「キャー」

おいおいおい、いくら かっくんが元気を取り戻しつつあるとはいえ、ちょっと無茶が過ぎるぞ。
私は水中相撲三つ巴を始めた三匹を引き離すべく、リュック片手に泉に突入した。
実際には坂本さんの『なんとかしなさい』という無言の圧力に屈したのだが。


「ほぉ〜らやめろー。イイコにはきゅうりあげるぞ。カッパ水(天然水のキュウリ漬)もあるよ〜」

やはりきゅうりは偉大だ。腰まで浸かりながら、リュックの中のおやつを見せると、
仔ガッパ達は一斉に私に跳びついてきやがった。

「うわぁー!」

急なことに私は後ろへひっくり返った。深くはない水の中で、上と下の感覚を一時的に失って混乱してしまう。
あ゛、今誰か踏んだぞ……。願わくば かぁたんでありますように。

「ごほっ、ごほっ。無事か かっくん!」
「クポっ」
「ごほっ、キューちゃんは!?」
「ケケケケ」

良かった。元より坂本さんのペットであるキューちゃんを踏んだとあっては彼女に申し訳ないし、
かっくんは言わずもがな。私にとっては かぁたんが一番遠慮がいらない仲なのだ。

「結構強く踏んだ気がするけど、かぁたんどこだ〜?」
「カー!」
「クワー」
「どーしたの? ねぇ、かぁたんは?」

坂本さんが岸辺から手を伸ばして私を引っ張り上げようとしてくれているが、私はそれを遮り水中を覗き込んだ。

い、いない。さっきまですぐそばにいた かぁたんが見当たらない! 
暴れて一瞬だけ濁った水は、もうほとんど澄んでいる。なのに かぁたんが……

「そういえばリュックも無いやん〜! どうなってんの。おーい、かぁたーん!」

かぁたんは消えてしまった……


遠い遠い、時代さえも違うどこかで、いたいけな仔ガッパが飼い主に踏まれて目を回した頃……

「ふっふーん!ってミサカはミサカはスキップしてみたり! 番外個体はスキップできるー?」
「出来るけどやんないよ。卵が割れるっつーの。最終信号が代わりに怒られてくれるなら披露してもいいかな」
「断固拒否する!ってミサカはミサカは卵とミサカの名誉を守ってみたり!」
「うるせェぞ。落ち着け。オマエの袋には瓶が入ってンだ」
「おぉーっと! お宝発見どんぶらこだぁ!!」
「聞いてンのかクソガキ」

手に提げた袋の中の瓶をがちゃがちゃ鳴らせ、打ち止めは土手を駆け下りて河原へと走る。
どんぶらこと言うからには、この幼女のお宝は川にあるのだろうと、視線を先行させていた番外個体が疑問の声をあげた。

「……ナニあれ?」

普段の悪意や嘲笑を感じさせない純粋なその声音に、一方通行も彼女と同じ場所を見る。


「キューン……」
「つんつんつん、ってミサカはミサカは謎の桃太郎ならぬリュック太郎を棒きれでつついてみる。生きてる? ねぇコレ生きてる!? ゲコ太!!?」

大人が一抱えもする大きくて古臭いカーキ色のリュックサックと、緑色のぬいぐるみが水際に落ちている。
一見ぬいぐるみかと思ったその緑色がもぞもぞ蠢き、声まで聞こえるものだから、打ち止めが興奮して両手をそれに伸ばす前に、

「馬鹿野郎ォ! 訳分かンねェモン触ってンじゃねェよ!」
「ふぎゃっ」

一方通行に襟を引っ張られて尻もち寸前の所をさらにチョップされ、打ち止めは頭を押さえてうずくまった。

「えーんえーん、ってミサカはミサカは嘘泣きしてみたり。あー、番外個体には怒らないんだずるい」
「生きてるねぇ。でも残念ながらゲコ太には見えない」

追いついて来た分別(?)のある二人が現状把握に乗り出す。
番外個体が両脇の下に後ろから手を差し込んで一方通行の眼前にソレを掲げる。

「……なンだこりゃ」

体長五十センチほどのぬいぐるみは生きていた。呼吸に合わせて肩や腹が動いている。
苦しげに歪められていた表情がピクピク動き、閉じられていた目がしばたいた。

ぱっちり開いた黒く丸い瞳と鋭く赤い瞳が交錯した。

「……パコン!」
「!?」
「うげ」

いきなりぬいぐるみのクチバシ(としか表現できない)が震え、微かな衝撃波と大きな音が。
一方通行は一歩退き、番外個体は謎の生き物を放り出した。

「知ってる! これは河童だよ!ってミサカはミサカはアニメから取り入れた知識をひけらかしてみる!」
「クパパ?」

それが、かぁたんと学園都市の子供達の出会いであった。


次回へ続く

変なモノとのクロスを始めてしまった……

一方さんにでれるヘラクレス…
あのカッパ軟弱体型好きだったよーな 

ほのぼの一方陣営は好きだ

期待

期待

>>7 ヘラクレスはどっちかというと、子供好きだから打ち止めにデレるかも
そしたら「こら! そンなのと遊ンじゃいけませン!」ってママセラレータ必死になる

続きいきます


リビングにて、芳川桔梗は足を組み、腕も組み、指先を顎に当てて珍客を眺めていた。
子供達がお使いから帰って来たら、リストには無かった物が混ざっているのでそれを観察している。

「この生き物は一体何なのかしら?」
「河童ー」
「そうね。そうなのよね。……わたしは混乱しているわ」

打ち止めはタオルで河童の湿った髪を拭いてやっている。あと風通しの良くない首の裏と甲羅の中も念入りに。


一方通行と番外個体は、河童と一緒に落ちていたリュックサックから中身を出している。
ベランダに紙やバスタオルを敷き、水が効率よく捌けるように角度をつけながら色んなものを並べていった。

「マジかよ。見てよこれ、『世界河童大辞典』だってさ」
「こっちは『カッパの飼い方』だとよ……」

ハードカバーのその辞典と本は、聞いたことがない出版社の物であった。濡れているせいで開けるページは少ないが、
ちゃんとした活字が印刷されており、いかにもまっとうな学術書と思わせられる。……カッパ、カッパ書かれていなければ。


「お? 底の方にきゅうりがあンぞ」

一方通行がきゅうりを手にした途端、打ち止めの元からカッパが駆け寄ってきた。

「クパー。クパクパっ」
「な、なンだ?」

少年の足元で、目をキラキラさせて(いるように見える)カッパが跳びはねる。
小さな手を伸ばして「くれ、くれ」とアピール。

「カッパはきゅうりが大好物なのだよ、ってミサカはミサカは日本昔話の言うことが本当だったと感動していたり」
「食べたがってるってこと?」

番外個体がもう一本取り出してあげると、

「クハ〜」

うっとりと目を細めてきゅうりに頬ずりしたあと、カッパは美味しそうにポリポリ食べ始めた。

「昔話の伝承がひとつ裏付けされたからといって、簡単に結論に至るのは良くないわ、と桔梗は桔梗は慎重になってみる」
「落ち着け、芳川」


きゅうりを食べたあと、カッパはポンポンと腹を叩いて「ふー、満足満足」と人間臭い動作で四人を驚かせた。
ちなみに家主の黄泉川愛穂は仕事で、今は留守をしている。


「どうしたのかな、急にソワソワしだしたよ」
「なんか……、悲しそう? 不安そう?ってミサカはミサカは後をつけてみる」

カッパは二足歩行でチョロチョロ動き回り、それを番外個体と打ち止めが追う。ドアを開けては、

「くぅ〜ん、キュー」

と悲哀を感じさせる鳴声をあげた。

「おっとと、そこは玄関だから」

ドアノブにジャンプしていたカッパを再び後ろから抱き、番外個体がリビングへ戻ろうとする。

「キュウ……」
「そんな顔されてもなぁ」
「どんな顔なのミサカも見たーい」

打ち止めが番外個体のアオザイを引っ張る。「ホイ」と歩きながら手渡され、打ち止めはおっかなビックリで受け取った。

「ありゃりゃ。泣きそう、ってミサカはミサカはカッパを元気づけるためにはどうすればいいのか考えてみる。ねぇ尻子玉って売ってる?」
「何さソレ……」


リビングでは一方通行と芳川が、浸水被害の少ない物の調査を続けていた。
この『河童』と思われる生物の謎を少しでも明らかにできないかと、特に紙製の物を破損に注意しながら調べていく。

「あら……、手帳に写真が挟まっていたわ」

芳川の手には一枚のカラー写真。縁取りは白く、男性とあのカッパが写っていた。
木造建築物の入り口の前で、男性に抱っこされているカッパ。短い指で、どうにかピースサインをしている。

「飼い主かしらね」
「ペットだってェのか?」
「飼い方の教本まであるのでしょう? 実は学園都市外ではカッパをペットとしてるんじゃない?」
「馬鹿言え」
「……ウソ」
「あ? どォし……」

二人、同時に同じことに気づいて会話が止まった。

濡れて皺が寄り、色も所々禿げているが、左下隅の文字はしっかりと読み取れる。それはこう書かれていた。


S49/01/01


「ちょっと、二人ともフリーズして密着してなーにー? これから見つめ合ってキスでもするの?」
「ゆ、許さん! ミサカはそんなの許さんぞ!ってミサカはミサカは阻止すべく突進してみるー!!」

カッパを抱っこしたまま走る幼女の突進を受け、二人の時は再び動き出した。


次回へ続く

尻子玉とは、尻付近にある元気玉のようなもの。
河童はこれを尻の穴から抜くのが得意であり、やつらの大好物である
抜かれると死にかけのオクレ兄さんのようになってしまうので注意

乙でした

カッパと聞いて一瞬に○りかと思ったらカッパの飼い方ww……昔ハマったなあ

期待してます!


「んんー! ふんんー!」

打ち止めの口と手足を拘束し、写真の確認は芳川に任せる一方通行。
彼女の手の中でそれが裏返され、『49年正月 かぁたんと』と手書きの文字が彼にも見えた。
ちなみにカッパは既に解放されて床に尻をつけて座っている。

「四十九年? まさか昭和四十九とか言ったりしないでよね」

三人の頭上から手を伸ばした番外個体が写真を取っていく。

「表の左下を見てみろ。偽造とは考え難い……」
「ふがー! ぷは……、それって何年前なの?ってミサカはミサカは計算してみたり。えっと」
「……わたしの両親の青春時代よ。ちょっと信じられないわね」
「待てよ。この写真のコレがソレとは限らねェだろ」
「えぇー、ソックリだよ?ってミサカはミサカはこのカッパはタイムスリップしてき」
「止めて最終信号。これ以上混乱するようなことを一度にわたしに与えないで」


どうしたものか、と各自溜息をついた。打ち止めだけは興奮の鼻息と思えないこともない。

「この写真の男が裏に『49年正月 かぁたんと』と書いたンだろう。コイツを探せば」
「パコン」

「「「……」」」

一方通行の言葉に、カッパが反応する。

「今の音はなに?」
「外でも一回鳴ったけど、どーもこの子の口かららしいよ。この人ったらビビってやんの」
「うっせェな。オマエこそ『うげェ』とか言ってたろォが」
「やーめーてー、ってミサカはミサカは喧嘩を仲裁してみる。かぁたんが怖がってるでしょ」

この程度の諍いは、最早この家では珍しくもなんともないのだが、
カッパはオロオロした様子で打ち止めの後ろへ身を隠している。顔だけ覗かせてなりゆきを見守っていた。


「かなり知能が高いようね。いちいち人間っぽい仕草だわ」
「ふっふっふー。すごいね! かぁたん!ってミサカはミサカはお鼻が高々」
「つーか名前それで当ってンのかよ」
「呼ばれて返事してんだから、そういうことなのかねぇ。やい かぁたん」
「……パコン!」

今度は右手で挙手までされた。これは、このカッパは かぁたんであるという流れである。
とするならば、かぁたんは打ち止めが言うように、昭和四十九年からナントカスリップしてきたのだろうか。

「待て、カッパなンざ民間伝承だ。迷信だ。それだけじゃ説明つかねェ」
「あー、ミサカもうどうでもいいよ。とりあえずオヤツ食べたいし」
「ヨミカワに飼わせて、ってお願いしよー、ってミサカはミサカは今から作戦を練ってみる。プリン食べながら」
「そうね。難しいことは君に任せるわ。わたしも今はとろとろプリンが気になるの」
「……」

一方通行以上に、細かいことは気にしない性格の彼女達である。

彼はオヤツを後回しにして、怪しい『世界河童大辞典』や『カッパの飼い方』を調べ始めた。


女性陣だけのオヤツタイムが終わって三十分ほど経った。

「芳川。ルーペとか、拡大鏡になるモン持ってねェか」
「あるけど、何に使うの?」

質問に答えず、一方通行は左手を揺らして催促した。芳川は自室からルーペを持ち出して彼に渡す。

食卓の椅子に座らされて、打ち止めのおままごとに付き合わされていたカッパに一方通行が近づいて行く。
かぁたんは切り方色々きゅうり御膳を食べていたが、横に立たれて何事かと少年を見上げた。

「クポ?」
「……一歳」

見上げてきたカッパの頭を押さえ、皿の部分をルーペで凝視しながら呟く。
打ち止めはまな板の前に踏み台を置き包丁を握っていたが、刻みかけのきゅうりをひとまず置き、
一方通行とカッパの所へ合流してきた。芳川と番外個体も加わり、椅子に座った かぁたんは右から左に忙しく視線を振る。

「一歳ってどーして分かるの、ってミサカはミサカはあなたに訊いてみる」
「カッパは一年成長するごとに、頭の皿に輪が増えていく。拡大鏡等で確認すると年が分かるそォだ」
「まるで樹木の年輪のようね」
「まったくだな。その名も皿年輪だとよ」


黒ゴマプリンを一人おあずけにして、一方通行は『カッパの飼い方』基礎知識編を勉強していたのである。
『世界河童大辞典』よりも紙質が硬く、厚くできており、
なんとか一枚一枚はがして読むことができたのだ。それでもたった数ページだが。

「最終信号が連れ帰ろうとしたら散々文句言ってたクセに。結局こうやって頑張っちゃう親御さんは相変わらずやっさしーい」
「俺に想定される被害を事前に回避するために、一番効率良い作業をしてるだけだ」

もしも かぁたんに万が一のことがあったら、打ち止めはきっと悲観する。それは一方通行にとって避けたいことだ。
ちなみに打ち止めの感情に振り回されている番外個体だって、その際には陰鬱とした悲しみに浸されるだろう。
彼女もそれは嫌なので、少年が苦労して取得した情報を共有しておきたいのは当然だ。簡潔に口頭で教えてもらいたく、先を促した。

「あとは? あんだけ読んでて歳しか分からないってことないでしょ?」

その生意気な物言いに、「オマエも読めばいいだろ」と返したくなったが、芳川と打ち止めにも教えておきたいことなので我慢した。
一方通行だって一度の手間で情報の共有を終わらせたい。

そういやピエールと愛穂さんの
料理対決はあるんでせうか


「……まァいい。まずコイツを飼うにあたり、気をつけることは食い物だ。呆れることに最適なのがドッグフードらしい」
「キャットフードではいけないの?」

そこが疑問に思うべきところだろうか。

「それも可だ。あときゅうり、魚介類等々」
「カッパフードは無いんだね、ってミサカはミサカは簡単に入手できるごはんなので安心してみる」
「主食が尻子玉だったら面白かったのにね」

尻子玉とは何ぞや、と幼女からご教授受けていた番外個体は、
力なく地に伏せる大勢の人々を想像して意地悪く笑った。その絵の中心にはもちろん一方通行がいる。

「博識な第一位サマは尻子玉って知ってる?」
「基本雑食だから何でも食うが、ネギはアウト。ワサビもアウト。拾い食いはさせない方が賢明」
「華麗に無視すんなよー」


その他、基礎知識編で分かったことは、


・カッパは少なくとも三歳をすぎるまでは雌雄の判別がつかない。

・個体差はあるが、六歳ぐらいまでは子供であり、それ以上が成獣。

・知能は高く、成長したカッパとなら、かなりの意思疎通が可能である。

・一般に温厚で人懐こく、きゅうりと相撲が好きなのは絶対。
 

「あとは……」
「待って、かぁたんが寝てしまっているわ」

「すー、すー……クペペパピ、すー」


寝言(?)を挟みつつ、かぁたんは椅子に座ったまま夢の世界へ。
一方通行先生の講釈は中断され、仔ガッパの寝床をしつらえなければならない。

打ち止め以外が毛布や枕といった寝具を思い浮かべたが、この幼女はさっさと仔ガッパを抱えてリビングへ。
食卓につくには背が足りないために尻の下に敷かせていた座布団ごと運び、部屋の隅にそっと寝かせる。

「あとはバスタオルを重ねて掛け布団にしちゃおう、ってミサカはミサカはテレビを消して安眠させてみる」

小さなお布団買わなきゃね、と無邪気に笑う打ち止め。飼う気満々である。
そりゃあの一方通行がエサの注意点まで調べるくらいなのだから、飼うことになるのだろうと空気を読んでいた他の面々ではあるが。

果たしてこの家の女主人、黄泉川愛穂はなんと言うだろうか……


次回へ続く

>>23 なんだそれ楽しそう。私も読みてぇです

審査員「カッパ茸だとォ!? カッパから生えたキノコが食えるかボケェェェェェ!!」

ピエール「ヒィ〜」

なにこれかわいい


「別にいいじゃんよー」
「あのなァ黄泉川、居候かましてる分際の俺が言うのも変なハナシだが、色々と真面目に考えろよ」
「だぁってさー、この……なんだっけ?」
「かぁたんだよ、ってミサカはミサカは新顔をボスに紹介してみる」
「かぁたんを追い出したら、あんたらも追い出さなきゃいけないみたいじゃん」
「居候ではあるンだが、俺達とカッパをまったくの同列に扱われるのはシャクだ」

カッパの飼育許可が降りる確率は、黄泉川の性格なら八十パーセントと睨んでいた一方通行だったのだが、
予想以上のハードルの低さに肩すかしを食らう。

昔からの親友に請われるままに、見ず知らずの、でも『ワケあり』なのは一目瞭然だった自分と打ち止めを受け入れてくれた黄泉川愛穂。
そこへ番外個体も後日転がり込ませたが、その際も迷惑そうな素振りは一切なかった。

彼女は大人で、厳しくて優しくて、一方通行が頭の上がらない数少ない人物だ。


「パコン」
「何の音じゃん?」
「クチバシが鳴るんだよ。黄泉川に挨拶してんじゃない?」
「へぇ。礼儀正しいじゃんか」


夕方になり黄泉川が帰宅してから かぁたんはお昼寝から目覚めた。
早速おねだりに取りかかる打ち止めがドタドタ走り、騒がしくなったのだ。

我が家のくつろぎ空間で見慣れぬ小動物(緑色)が動いているのを見て黄泉川は、

「打ち止めの新しいオモチャか? 良く出来てるじゃん」

と素通りしようとした。

「違うのー! お願いっていうのはこのカッパ飼いたい飼いたい!ってこと!」
「愛穂、よく見て。オモチャじゃないわ。これが昔話に語られるあの河童と同一なのかは不明だけど、とにかく生きているのよ」
「えー? マジじゃん?」

鞄を食卓の椅子に置き、上着をソファに放り、冷蔵庫から出したペットボトル飲料を飲みつつ、
視線で追ってくる かぁたんを見て家主は言った。

別にいい、と。

「軽っ! ほんと軽いよね黄泉川って。まぁその軽さがあったから、ミサカも今の寝床をゲットできたんだけどさ」

番外個体が生まれてからというもの、落ち着いて居を構えた経験はここでしかない。
他の場所は知らない。でも今の暮らしは嫌いではない彼女なのであった。


夕食の仕込みが済んでいる炊飯器達のセットをしながら、黄泉川は一方通行の小言を半分くらい聞いていた。

「見てよおチビ。あの人が黄泉川に説教みたいなことしてる」
「あうぅ、せっかくOK出てるのに、ヨミカワの気が変わるようなこと言わないで欲しい、ってミサカはミサカはあの人に観念してほしかったり」
「自分から積極的に飼い方の本まで読んでたクセにねぇ」


変なモノには用心しろとか、考えも無しに面倒事を背負い込むなとか言われ、
黄泉川はとにかく一方通行が自分を心配してくれているらしいことは分かった。

(こちとら警備員。ヒトを見る目や判断力に自信が無いわけじゃないじゃん)

あんな大人しそうな、小さな生き物が家族に増えたってどうってことない。
むしろ打ち止めの情操教育には良い効果をもたらすのではないかと、教育者っぽい観点も含んだ上での『別にいい』だった。


「今は小せェが、数年すりゃ俺らと大差ない背丈まで成長するかもしれないンだ。先のこと考えるとだなァ」
「ったくもー。一方通行はさぁ、私に飼っちゃだめと言ってもらいたいの?」

言葉に詰まる少年の背後で、打ち止めが「あなたのバカ余計な事言うから」と焦っている。

「ここは誰の家?」
「……黄泉川」
「あんたはここのナニ」
「……」
「現時点でうちの子じゃん。三匹の子ブタちゃんその一じゃん。その三が『カッパ飼いたい』とお願いしてきて、私はそれを良しとした」
「……」

あの人は子ブタってかオオカミだよね、と番外個体が忍ぶ気もないヒソヒソ声で打ち止めに囁いている。芳川、思わず吹き出した。

「そんなことより、子ブタその二ポジションが番外個体であることっぽいのが不満!ってミサカはミサカの方がホントは姉なのに」


炊飯器は順調に今日の夕食を調理してくれている。黄泉川は食器棚から小皿を数枚取り出すと、
食卓に並べろと一方通行に押し付けた。杖を持たない左手で少年が受け取る。

「一方通行、かぁたんを飼うからといって、あんたのことおざなりにしたりしないからね」
「ハァ!?」
「ちゃんと今までどおりに可愛がるじゃん。時には厳しくするけど」
「オマエ何言ってンだ」
「やきもち妬くなじゃーん」
「ふっざけンな!」

危うく頭を撫でられそうになった。杖と、割ったらいけない皿を持った一方通行は両手が塞がりガードできない。
慌てて後ずさりしながら怒声をあげると、

「ギャァァァ」

ジョロロロロジョジョボビ。

「わぁぁあああ かぁたんがお漏らししてるー! ってミサカはミサカは! どうしたら!?」

てっきり怒った一方通行踏まれるとでも思ったのか、ビビった仔ガッパは盛大に漏らした。床に広がるきゅうり臭い水たまり。

「うん。カッパを飼う条件がひとつあったじゃん」

まったく焦ることはなく、黄泉川愛穂は巨乳の下で腕組みをした。

「早急にトイレのしつけをすること!!」
「クポポ……」


次回へ続く

ジョボジョボミラジョボビッチ

黄泉川さん、お母さんやなぁ。未婚だけど


乙でした

じゃぁ、自分がお父さんに

>>36 させるものか 

続きいきます

 
夕食の席、かぁたんはフォークとスプーンを使って人間達をまたも驚かせた。

この家にドッグフードがあるはずもなく、きゅうりも無くなってしまったので困っていたら、
テーブルを見上げて腹を鳴らすので人間用の食べ物を与えてみる。
打ち止めが握っていたフォークを欲しがるので貸し与えると、おかずを刺して美味しそうに口に運んだ。

「すごい、ってミサカはミサカは席を取られたことも忘れて かぁたんの凄さに驚愕してみる」
「クパパ」

身長五十センチに満たない仔ガッパは椅子の上に立ったまま食事している。
一時的とはいえ打ち止めはお茶碗片手に立ちんぼうになっていた。


「こちらの言うことも理解している様だし、ずっと人と暮らしていたのは間違いないみたいね」
「普通のごはん、こんなに食べさせてもいいの? どうなの?」
「知らねェよ。元の飼い主に訊け」

番外個体が一方通行に判断を仰ぐ。少年は言葉とは裏腹に傍らに置いた『カッパの飼い方』を開いた。

「……雑食って書いてあるし、毒になるモンじゃなきゃいいンじゃねェか」
「なぁ、かぁたんて捨てられてたんじゃないわけ? 元の飼い主がいるなら返してやった方がいいじゃんか」

黄泉川は帰宅が夕方だったため、 S49/01/01 と記録された写真のことを知らない。
芳川をはじめ、一方通行達も かぁたんが時空を超えてやってきたなどと百パーセント信じた訳ではないが、

「いろいろな可能性を模索してみたが、俺達が至った仮説によると、コイツを飼い主に返せる算段がつかない。ほぼ不可能だと思う」

深くは追及すまい、というのが共通見解となった。

黄泉川に詳しことは説明せずとも、これからの生活に変化はない。
新しい同居人のためにいくらかの手間が掛かることは確かなのだから。


夕食後は各自の時間を自由に過ごすのがいつもの黄泉川家だが、今日は違う。

「なンで俺が」
「あんたが我が家唯一の男だからじゃん」
「コイツがオスと決定したわけじゃねェだろ! 雌雄は三歳過ぎまで」
「こんな小ささじゃ、便座に座って用を足すより立ってする方がやりやすいでしょう? 君だけが頼りよ」

黄泉川と芳川に、かぁたんのトイレ指導を押し付けられようとしている一方通行なのだった。
彼にしては非常に珍しいことだが、助けを求めるような視線をつい他の二人に投げかけてしまう。

「ぐふっ。ミサカ達オンナノコだからぁ〜、ついてないもぉ〜ん。分からないもぉ〜ん」
「いいかね かぁたん。お漏らしの罪はキレイ好きヨミカワの家では大罪なのだ、ってミサカはミサカは真面目にあの人の教えに従うよう促してみる」
「くぅぅ」

打ち止めが かぁたんの手を引き、一方通行は保護者達に突き飛ばされるようにしてトイレに追いやられる。

「納得できねェ」


無情にも扉は閉められた。

「…………」
「クポ?」
「オマエ、オスじゃなかったら承知しねェぞ」

二人の目の前には便器。狭い個室の中で一方通行だけ気まずさが高まっていく。
かぁたんは初めて見る洋式のトイレが物珍しく、ペタペタ触っている。やがてトイレットペーパーに気づき、
ここがトイレなのかと勘付き始めた。
カラカラ紙を引き出し、慣れたそぶりで千切る。

(トイレってェのは分かってンのか? 一体コイツはマジで何なンだよ)

いる? とカッパがペーパーを少年に差し出すが、無表情で首を振られたので顔を曇らせてしまった。

(今のが否定の意思だと認識があるのか。人間と同等の思考や知能があるのは確かだな)


「ねー、まだ出してない? ドア開けるよー」

出してない、とはアレのことだ。番外個体はろくに返事も待たず扉を開けた。

「痴女かオマエは」
「はいこれ。最終信号のだけど使えるんじゃねーの」
「あーぁ。ミサカの愛用の品だったのに、ってミサカはミサカはトイレ用品となった台の献身に敬礼してみる」
「新しいの買ってやるから我慢するじゃん」

それは打ち止めが家のあちこちで使っている踏み台だった。
背の低い彼女が高い場所の物を取る時や、先程のように台所で料理の真似ごとをする時に活用していた物である。

「全員で聞き耳立ててたのかよ。変態だらけだな」

打ち止めが一方通行と かぁたんの間に割り込み、便器の前に踏み台をセット。さっさと退散して、再び扉は無情に閉められた。


かぁたんは早速自ら台に登り、未知なる便器の中を覗き込む。

「クハー」
「その溜息は一体どンな意味だよ?」

とりあえず、トイレの水を流した際の反応を確認してみよう。

「それ、中に捨ててみろ」
「クポ!」

言われるままに、握っていた紙を かぁたんが便器の中に投入。一方通行が水洗レバー捻る。

「クワー」
「……」

水に巻き込まれ、きりもみされて吸い込まれていくトイレットペーパー。
一方通行は かぁたんを便座の上に立たせ、手を取りレバーに触れさせてみた。

「動かせ」
「クパ」

仔ガッパはすぐにレバーと水洗の関連を理解した模様。

(コレ、別に俺じゃなくても……)

しかし本番はここからだ。


「あなた、どう?ってミサカはミサカは水の音に進展を期待してみたり」
「汚したらちゃんと掃除しとくじゃんよ」

外から女達の気配が。彼女達は普段は見られない(ドアの中の出来事だから見えてないけど)一方通行の行動に妙な興奮を覚えている。

トイレの外で異性が聞き耳を立てているとなると、決まりかけていた少年の覚悟を鈍らせた。
あっち行ってよ! と声を荒げるのも恥ずかしい。

「さぁ、わたし達は向こうに行きましょう。彼もお年頃なのだからこれじゃ落ち着いて出るモノも出ないわ」

芳川のフォローさえも恥ずかしい。一方通行は個室の中で額に手を当て、盛大な溜息を吐いた。


次回へ続く

これはこれで下ネタ…



まさに子供の教育wwww


ぐったりしてトイレから出てきた一方通行は濡れていた。

「あなたまさか…!?ってミサカはミサカは試されていたり!?」
「違ェよ」

かぁたんがウォシュレットを弄って、二人して下からのシャワーを被ってしまったのだ。

「なぁんだそうだったのー、ってミサカはミサカは安心してタオルを進呈してみる」
「で? この子はトイレはマスターできたのかじゃん?」
「多分……」

小さい方は打ち止めの踏み台のおかげで大変教えやすかった。大きい方は、

「天井から紐下げるのはどォだ」
「なるほど。それに掴れば便座の上で出来るということね」

天井に穴を開けずに済む方法を、芳川桔梗と黄泉川愛穂が考える。
紐の件は彼女達に任せよう。髪も服も濡れてしまったので、一方通行は先に風呂に入ることにした。


非常に疲れた。

日常を受け入れようと、日々慣れない事に取り組んできたつもりだが、
今日は特に疲れた。湯船に全身を預けた少年は、

「あ゛ー……」

脱衣所に人が入ってくる気配がした。首を巡らす気にもなれないので見えはしないが、
軽やかな足音で打ち止めだと分かる。

「ミサカも一緒にいーれーてー」
「……」

打ち止めが小学校に通っていれば五年生だという年頃だ。この家の風呂にも慣れ、そろそろ一人で入れるのに。
なにより血を分けあわぬ男と少女が云々……と毎度も言い聞かせたが、打ち止めはきいてくれない。
黄泉川は「今だけじゃん」と言っていたし、労力ももったいないし、もう知らねェ、というのが彼の結論だ。

「おじゃましまーす、ってミサカはミサカは返事が無いのは肯定と受け取ってみる」
「クポー」


打ち止めだけかと思ったら、疲れの元凶も一緒だった。
げんなりした少年の顔を見て、打ち止めが先回りで言い訳を始める。

「あのねー、ミサカ達もあの本読んでみたの。そしたらカッパもお風呂に入れて清潔にした方がいいんだって、ってミサカはミサカは正当な理由を提示してみる」
「どォせ番外個体だろ」

隙あらば一方通行に憎らしい所業を働きたい番外個体。
カッパも風呂に入れるべき、との教本の記述を発見し、打ち止めと仔ガッパを派遣したのだろう。

「ミサカ体洗うからあっち向いてて、ってミサカはミサカは乙女モード発動してみる」
「見られたくねェのに、なンで入ってくンだよ……」

ウォシュレットでもそうだったが、シャワーという物を初めて目にする かぁたんが大はしゃぎし、
風呂場からは大層賑やかな声が響いた。


学園都市初日の かぁたんは、昼寝の時と同じように座布団の寝床で就寝した。
打ち止めと番外個体の部屋の床を提供されていたが、どうも眠りが浅い。

「……キュウ」

たった一歳の仔ガッパは、暗い部屋の中で一匹起き出した。
背伸びと跳躍でドアノブに触れ、廊下へと抜け出す。ぺたぺたと足音が向かうのはリビングであった。


カーテンを透かして入ってくる灯りで、微かに視界が利く。
ローテーブルに置かれた写真を手に取り、かぁたんはじっと窓際で見つめる。

「くぅーん」

自分を抱っこしてくれている男性を恋しがる かぁたん。

馴染みの人々、場所から突然離れ、訳も分からぬ内にこんな所へ来てしまった。
今日会った人たちはなんだか優しそうだけど、かぁたんは帰りたい、あの人に会いたい。

「……」


「こぉーら、チビチビ。ドア開けっぱでナニしてんだぁ」

勘の鋭い番外個体は、かぁたんが部屋を抜け出したことに気づいていた。
別にイケナイことじゃないのに、仔ガッパは焦った様子で写真を背後に隠す。

「クハッ、クハッ」
「怒ってないって。やっぱこの男んとこに帰りたい?」
「くぅ……」

写真を握ったままの かぁたんを、その図と同じように抱き上げた。
昼間に何度かこのカッパを持ち上げたけど、こうしてしっかり抱っこしたのは今が初めてだ。

「この家はさぁ、そんなに悪いトコじゃないよ。ムカつく奴もいるけどね」

果たしてどこまで伝わっているのか不明だが、番外個体はそう言い聞かせながら部屋へと戻る。

「おチビは随分チビチビのことに御執心だし、あの人も芋づる式で世話してくれるハズだから」

大丈夫、と彼女なりに励ます。

「このミサカでさえ何とかなってんだし、あんまり心配しすぎんなよ、かぁたん」

いつか帰れる日が来るといいね……


次回へ続く

乙でした



このミサワさんなら
お皿グリグリやりそうな予感

>>54 鼻の穴ウリウリもするよ、きっと

続きいきます


翌日、一方通行と番外個体、打ち止めと かぁたんは揃ってお出掛けした。
かぁたんに必要な物を買いそろえるためだ。
朝から先発部隊(芳川桔梗)が仔ガッパに着せる子供用の服を一着だけ入手し、それを身につけての外出となった。

「かぁたん似合ってるよ、ってミサカはミサカは褒めてみる。靴のサイズもいいみたいだね」
「クポ」

打ち止めがしっかりと かぁたんの手を握りお姉さんぶっている。
普段なら迷子をはじめ、率先して保護者と一方通行に面倒をかけるのに。小さな かぁたんが隣に居ることで気を張っているのだ。

「服着て帽子被って靴履くだけで、結構ごまかせるでしょ。基本、人型だし」
「つっこまれるコトがありゃ、クソガキのおもちゃで押し通せ」

例の写真に写っている かぁたんは暖かそうなセーターを着用していた。(真冬の正月だからか)
なので、ここでも衣服を纏えば街を歩いてもあまり気にされないのでは、との番外個体の意見だ。

例えば、打ち止めとまだまだ未知の生物カッパを家で留守番させるのは非常に不安だ。
黄泉川も芳川も自分達の用事や仕事で不在となる今日なので、いっそ子供達全員とカッパで買い物に繰り出した訳である。


「服はとりあえずこんだけあればいいでしょ。足りなきゃまた買えばいいし、あなたが」
「……」

まだ寝具や食器を買わなければいけないのに、黄泉川から渡された予算はもう残り少ない。
子供服が予想外に高かったのだ。
一方通行は金銭に困っている身ではないので、かぁたんに関する出費など取るに足らない。むしろ彼が気になっていることは、

「オマエが積極的にコイツのために出張るとはな」

かぁたんを一緒に連れて行こう、と強く主張したのは番外個体だった。
服を着せれば目立たない、先に一着だけ買って来よう、と提案したのも彼女。

「べーつにー? ミサカが言わなくたって、どうせ最終信号がダダこねてたし」
「ふン。その割にはヤケに指示が具体的だったじゃねェか」
「何が言いたいのよ」
「…………」


番外個体にしては、なんだか異様に……優しい気がする?

今は打ち止めと かぁたんが手を繋いで一行を先導しているが、
マンションのエレベーターを降りるまでは番外個体が胸にしっかりと抱いていたし。

違和感があると一方通行は思っていた。


「むむ、むむむー! あれに見えるはヒーローさん&シスターさん、ってミサカはミサカは知り合い発見!」
「あァ? なンであいつがこンな真昼間に……」
「今日は日曜だろ。やーだねー、曜日の感覚無くすほどぐぅたらしてるから」
「オマエが言うンじゃねェよ」

そういえば、私服の若者がだんだんと多くなってきている気がする。
午前中は惰眠を貪る者がいるのでこの程度だが、これから遊びに出る学生達で、街はもっと賑やかになるのだろう。

「パコンっ」
「そうだよ。あの二人はミサカ達のお友達、ってミサカはミサカはパコする かぁたんを又も褒めてみたり」

この音は『パコ』といい、主にカッパのコミュニケーション方法のひとつである。このように挨拶に多用されている。
打ち止めが嬉しそうに前方に手を振るので、かぁたんはパコで対応したのだ。

歩道を一方通行達に向かって歩いていた上条当麻とインデックスも彼らに気づいたようだ。
妙な音に周囲の幾人かが首をかしげているが、
その発生源が足元の仔ガッパとは思うまい。というか、まさかカッパがいるとは思うまい。



「よー! 買い物か? 俺達も……」


上条が打ち止めに応えて大きく右手を振る。そこで一方通行達はピタリと歩みを止めた。


右手。上条当麻の右手。


幻想殺しが かぁたんに触れたらどうなるの??


じりじり、と打ち止めが後ずさる。かぁたんを引きずるように一方通行の背後に隠れた。

「どうしたの? らすとおーだー?」

上条と共に近づいてきたインデックスが顔に疑問符を浮かべる。いつもの元気な笑顔はなりを潜め、打ち止めは警戒の眼差しであった。

それはそうだ。幻想殺しのせいで、もしも最悪かぁたんが消えてしまったらエライことだ。

「ちょっと止まれ。オマエらも止まれ」
「これ以上ミサカ達に近寄んないで。今はめちゃめちゃタイミングが悪い」
「え? え? なんで?」

いきなりの言葉に、上条も困惑する。
打ち止めが言うように『お友達』と気軽に呼び会える仲だとは彼も認識していない。でも、この態度は異常だと感じた。
時には協力して困難を乗り越えてきたじゃないか。道で会ったら雑談ぐらいしてもいいだろう。


「俺達はある理由で忙しい。このまますれ違うのが最適だ」
「どう見ても平和にお買い物してたように見えるんだよ」

インデックスは三人がそれぞれ手に持った袋を指さす。打ち止めはキャラクター物のリュックも背負っており、
閉まり切らない蓋の中身も購入した商品が入っているように見えた。ちなみにドッグフードである。

「あれ? その子はだぁれ? 私初めて会うよね」

一方通行の背後の打ち止めがさらに後ろに隠していた かぁたんに目をとめるインデックス。

「あぁ、この子のことで忙しいのか? ちっちゃいなー。黄泉川先生のお子さんだったりして? んなわけないか、独身だもんな」

上条が番外個体の側から回り込もうと一歩を踏み出す。かぁたんに近づいてくる。

「やめてよ!」
「わ!?」


耳慣れた音が鳴り、鋭い電撃の矢が番外個体から放たれる。
それは威嚇のためだったので、上条の右手どころか、体のどこにもかすることなく空中で消えた。

上条が感じた異常はいよいよ強まる。さきほどの拒否の言葉といい、この電撃といい、一体どうしたことか。

「な、なにか気に障りましたでせうか」

現在、貴方の右手に触れると、大変具合が悪くなってしまうかもしれない小動物を保護中です。
最悪生命に、いや、その存在自体に深刻な事態を及ぼすかもしれません。なので近寄らないでください。

こう告げればいいのだが、一方通行達はよく分かっている。上条当麻のたぐいまれな不幸体質を。
いつ何時、面倒事が彼の身に起こり、不測の事態が押し寄せるか……

一秒でも早く上条から遠ざかりたい。


ずりずりと、足を擦って距離を取る。
一方通行と番外個体が揃っているのに後退するという珍しい光景だった。
打ち止めに至っては、既に来た道を駆け戻り始めている。

「クポ? クポポ?」
「緊急事態であります! カミジョウは友達だけど、かぁたんにとっては超危険人物だったのだ!ってミサカはミサカは駆け足してみる!」

足早に去ろうとする顔馴染み達。上条はその後を追おうとする。

「待てよ! 理由ぐらい言ってけって!」
「うるせェばーかこっち来ンなァ!」
「!? な、な、なんだよ、なんだよーその小学生みたいなセリフは! 一方通行のクセにー!」
「あ、まってよとうまー!」


次回へ続く

一方さん、焦って小学(低学年)男児に

なるほど、幻想生物←幻想殺し

幻想が取れて只の「生物」になるのか。

番外個体さんが母性に目覚めておらるる!!??


一方通行かわいい

乙でした

乙とか、感想をありがとう

続きいきます


「ごめんちょっと何言ってるのか分かんない」

聞かされたのは、打ち止めが拾ってきた河童を保護している、ということ。
上条当麻はファミリーレストランの一角で首を振った。

しつこく一方通行達に追いすがった彼は、しんがりを守る少年を易々と捕まえた。
当然だ、一方通行は杖をついているのだから。

一方通行は逃走の際に能力の使用も考えたが、一瞬の躊躇いの内に幻想殺しに肩を掴まれてしまったのだ。

御坂遺伝子を持つ大小の妹達が謎の子供をがっちりガードし、
赤い目に睨まれながら上条はこのファミレスへと誘われた。

番外個体が強引に店側に頼み、一番大きな席を陣取っている。
十人は座れるか、というテーブルの端と端で、カッパと上条のファーストコンタクトは成された。


「河童って昔話に出てくる妖怪だろ?」
「名前は かぁたんだよ、ってミサカはミサカはニューフェイスを紹介してみる」
「クポ!」

打ち止めが かぁたんに被せた帽子を数秒だけ脱がせる。そこには見事なお皿が。
よくよく見れば服から覗く肌は緑だし、クチバシがあってそれは黄色だし。

「……まじ河童? 本当?」
「妖怪って日本のフェアリーみたいな存在だよね? どうして学園都市にいるのかな」

メニュー表を見ながらインデックスが言う。 

「これ頼んでもいい?」
「家に帰ったら昼飯だろ。材料買ったじゃねぇか。今月はもう外食しません」
「えぇーっ、せっかくレストランに来たのに飲み物だけなのぉ……」

銀髪の少女は、ウルウル瞳を揺らして一方通行に圧力をかける。

「……ちっと早ェが俺達はここで昼を食うか」
「あうぅ〜…」
「……クソガキどものついでだ。一品だけなら」
「ありがとう! あくせられーた!」
「ハナシ進まねぇー」

文句を言いつつ、番外個体もメニューを選び始めるのであった。


「カッパという伝説上の生物の存在に驚くべきか、タイムスリップという現象に驚くべきか」
「そのどちらも真実という確証は無いがな」

結局上条も軽く食事を取った。
他の面々が食べているのに、自分だけ飲み物というのは寂しい。それに食べ盛りの胃袋には拷問だった。

「問題はそこじゃないんだね。あくせられーた達がとうまから逃げようとした理由が分かったよ」
「うーん……。うっかり触らないで本当に良かった」

番外個体と打ち止めに挟まれて、かぁたんは席の端でジュースを飲んでいる。クチバシがあるのでちょっと飲みづらそう。
テーブル対角線の一番遠いところから、上条はしげしげと不思議生物を観察した。

強制されてこの席に座らされたが、今なら納得だ。


「カッパ君の正体がハッキリしないうちは、俺の近くにいるのは危険だとは思う……が」

「?」

「一方通行達が良ければ、『こっち』で当たってみる?」

上条が隣のインデックスをアピール。なるほど、魔術師達に太いパイプを持つ彼と禁書目録なら何か分かるかもしれない。
正しく真実である知識や情報は得難いものだ。あるのと無いのとでは、いざという時の対応が変わってくる。

「コイツの存在が『ソッチ』に知れることによって、不都合が起こらねェなら」
「あぁ、もちろんだ。特に仲良いヤツだから心配すんな。実際かぁたんを見せた方がいいよな」

上条が「行こうぜ」と席を立つ。彼に真っ先に続くのはインデックス。

「帰ったらお昼作る?」
「今食っただろ。しかも奢りで」
「それはそれ、これはこれなんだよ」
「話が終わったらな。簡単なもんでよければ」

この二人は家に帰る気らしい。嫌な予感がした。


「ちょっと待っててな。あ、座布団足りねーかな」
「にゃ」
「クワー!」
「……にゃ?」
「ケケケケケ」

上条とインデックスが暮らす学生寮にやってきた。
部屋に上がるなり、かぁたんは猫に走り寄って嬉しそう。逃げずに触らせてくれると見るや、笑って撫で始めた。

「かぁたん笑ってる、ってミサカはミサカは初めて聞く笑い声にミサカも嬉しくなってみたり!」

インデックスが座布団を集めて敷く。上条はというと、鍵を開けるなり部屋にはあがらず出掛けてしまった。

猫をかまう仔ガッパを羨ましそうに眺める打ち止め。どこに座るか定まらないのか、
立ったままの番外個体は、一応「いい?」とシスターに訊いてからベッドの端に腰かけた。
一方通行はさっさと敷かれた座布団に胡坐をかく。

深々とした溜息をつき終わらないうちに、上条がもう一人連れて帰って来た。


「カミやん、これは一体どういう集まり?」
「特に名称は無い。それよりこの子見てくれよ。土御門はカッパのこと何か知らないか?」
「……どういう集まり?」

大して広くもない部屋に自分を含めて六人と、何より変な生物。
土御門元春のまったりした休日は、隣人によって中断された。


次回へ続く

乙でした


皆可愛いな
上条さんインさんが微妙に面倒くさいwwww


こんなに大勢の来客など、普段は想定していない。湯呑が足りなくて、ガラスのコップまでテーブルに並んでいた。

「粗茶ですが」

最後のグラスに急須を傾け、上条が再度土御門に訊く。

「カッパについて、有益な情報の提供を頼む」
「無茶言うにゃー」

サングラスを額の上にずらし、裸眼で かぁたんを確認する。頭のお皿、緑色の肌、襟から覗く甲羅。

「昔話に描かれる河童そのものだな」

一方通行は かぁたんを拾った時の状況から、昭和の日付が入った写真の事、
矛盾の感じられない本格的な学術書、教本のことも話した。

「水浸しで、まだ全部読めてねェが」


お茶受けの煎餅を齧りながら、土御門は静かに聞いていた。
この煎餅は上条が今日の買い物で買ってきたばかりのものである。
菓子皿に纏めておくとインデックスが全部片付けてしまうものだから、彼によって三枚ずつ配られた。
当然だが、シスターの手の中はもう空である。

「こンな訳分かンねェ物のことを、オマエらが把握しているとは思ってないが、一応だ」
「人に頼みごとをする時は、嘘でももうちょっと殊勝な態度に出るべきだぞ? 一方通行」
「グラサンのお兄さん、ミサカがこの人に代わってお願いするよ、ってミサカはミサカは行儀よくペコリとしてみる。かぁたんもパコして、ほら」
「パコン!」

番外個体と一緒にベッドに座った かぁたんがパコと共に挙手。
 
「おぉ! 幼女は素直だなー。そして今の音は?」
「クチバシが鳴るの。カッパの挨拶です、ってミサカはミサカは偉そうに解説してみたり」
「俺が本を読んで教えてやった知識だけどな」


残念なことに、土御門元春もカッパについて一方通行達に助言を与えてやることはできなかった。
知らないものはしょうがない。

「天草式の連中はどうだ? 五和とか」
「いやー……、多分無理だと思うけど」
「そんなっ。ミサカのペコと かぁたんのパコを返して!ってミサカはミサカは請求してみる」
「はい、残りの煎餅一枚で許してちょーだい」

一方通行も知らない人名だが、土御門の様子からすると望みは高くなさそうだ。
上条はできるだけの協力と情報収集を土御門に依頼した。

「カミやんのお願いなら別に構わんぜよ。ただし、慎重にやらないと」
「うん、悪いけど頼むわ」

土御門はカッパという存在よりも、数十年の時を越えてきたのではないか、という可能性の方を重要視している。

それは一方通行も上条も同じだった。


もしも過去に戻ることができたら、現在に影響を及ぼすことができたら……

犯してしまう罪を防げないか。無くしてしまった記憶を取り戻すことができないか。


白髪とツンツン頭の青年が、守りたい少女達に一瞬だけ視線を投げる。

似たような形で二人の唇が歪み、微かに頭を振る。ずいぶん前に決心したことは変わらない、揺らがない。


「大して期待はしてなかったぜ。あとは科学の立場からコイツのことを調べるアテはある」
「そっか。この子に危険があるってぇのに連れて来て悪かったかな」
「話は終わった? じゃあ早く行こうよ」

番外個体がベッドから立ち上がった。小脇にかぁたんを抱え、この部屋から出て行こうと促す。

「待ちんさい、お譲さん。この土御門さんがまったくの役立たずで終わっちゃいられないにゃー」


「こうしてカッパをカミやんから離しておかないと心配ってことだが……」
「もしものことがあったら大変、ってミサカはミサカはヒーローさんの右手を警戒してみる」
「そこで俺からひとつ提案があります。インデックス、ハサミ持ってきてくれい」
「ん? ちょっと待って」

手がつけられていない各人の煎餅を狙っていたインデックスが、
台所からハサミを取って来て手渡す。ちゃんと持ち手の方から。

「ちょいと失礼するぜよ。その、髪の毛? 少し切らせてもらうぜ」
「クポ?」
「あ、狙いが分かったよ私。爪切りも持ってくる。その子爪もあるでしょ」

切った髪、爪に幻想殺しを触れさせてみようというのだ。
何も起こらないからといって、かぁたんが幻想では無い、という証拠にはならないけれど。


(もしあの髪や爪が消え去ってしまったら、このチビチビは幻ってことなの?)

「きゅうっ」
「あ、わりーわりー」

思わず かぁたんのお皿を押さえつけてしまった番外個体であった。


メモ用紙の上に髪の毛と爪。それが上条の左手に乗せられている。

「では、触ってみるぞ……」

左手と かぁたんを見比べ、上条が右手をかざす。

「……」
「……」
「……」
「あのー、そんなに見つめないでよ。緊張しちゃうだろ」

三毛猫以外の視線が上条当麻の手元に集まる。

「いいからさっさとやりやがれ」
「もったいぶってないでよ。焦らしプレイかってーの」

目つきの悪い客人達から厳しい言葉。「おぉ、ぉう」と気押されつつ、上条は右手を動かした。

カサリ、という微かな音が部屋に響く。


「クポ? クパパ?」

誰も動かず、また話さない。

「消えない、な……」

メモ用紙の上には、相変わらず数本の毛と爪。

「ふぃー。これで かぁたんの存在が確固たるものだということが補強された、ってミサカはミサカはもっともらしく汗を拭ってみる。良かったね! 番外個体!」
「あくまで補強だから。まだ完全に安心できないよ」
「上条さんを危険人物みたいに言わないでくださいな」

番外個体の言うとおり、これで幻想殺しに対する不安が払拭されたわけではなかった。
あくまで本体から切り離した部分なのだから、かぁたんの体に触れても無事でいられる保証は無い。

「ふン、まァいい。邪魔したな」
「お、やっと買い物の続き行くわけ?」
「あらもうお帰り? つってもカッパ君が居るから俺んことじゃゆっくり出来ないよね。またなー」
「愉快にカッパを囲む会。今回はこれにて終了かにゃー」
「次回があるみてェに言うンじゃねェ」


次回はあるよ

乙です
カッパの飼い方知らないけどなごむ


>>86 そう言ってもらえると嬉しい。

両方知ってる人にはほくそ笑んでもらえるかな、と思っていたけど
カッパ知らなくても、黄泉川家や打ち止め達が好きな人に楽しんでもらえたら超幸い

続きいきます


カッパの かぁたんが黄泉川家の一員となってから数日後。

「パコン」
「おはよーじゃん。かぁたんは我が家の一番の早起きじゃんね。他のやつらはまだ寝てる?」
「クペペ…」
「悪いけど起こしてきてほしいじゃんよ。もうすぐ朝ご飯じゃーん」
「クポー!」

夜に時々寂しそうにしていることはあるけど、仔ガッパはなんとかここで暮らしていた。
みんな優しくしてくれるし、注意して世話してくれるし。


かぁたんはまず番外個体と打ち止めの部屋へ。
ちなみに、ここで彼も寝ているので、床には小さな布団が敷かれている。
抜け出したばかりのその布団を踏み、少女達が寝るベッドへと近づいた。

「クポ、クポポ」
「うー〜…、ってミシャカ……」
「クパー!」
「うるせー。起きてるよぅ……」

すぐ起きるから、と言われ、かぁたんは次なる部屋へ。


「あら、おはよう。起こしに来てくれたのね」
「パコン」
「偉いことだけど、部屋に入る時はノックをするといいのよ。分かる?」

芳川桔梗は開いているドアを軽く叩いて見せた。かぁたんは彼女の真似をしてみる。

「そうそう。特に女性の部屋に入るときには忘れないで」
「グ」

親指を立てて了解の意。芳川が返事の代わりに柔らかく微笑み、
かぁたんは掛け足で最後の部屋へ……向かう途中に、だんだんと足取りが重くなっていった。

「……クハ〜」

ここは一方通行の部屋の前だ。
いつものように背伸びとジャンプでドアノブに触れる前に、教わったばかりのノックを試してみる。

コンコン、コン。

返事は無く、かぁたんは出来るだけ静かにドアを開けた。


「……すー…」

カーテンを透かして入ってくる光で視界は確保されている。その部屋に小さな寝息が。
ベッドの中には一方通行がいる。かぁたんは静かに、静かに足を踏み入れた。
起こしにきたのに、まるで目を覚ましてほしくないみたいだ。


そう、かぁたんは一方通行のことが、ちょっと怖い。

「クポポ……」

ゴクリと唾を飲み込み、黄泉川愛穂のお願いを実行するべく、かぁたんは頑張った。
とりあえずベッドに近づく。クイクイ、と布団を引っ張ってみるが反応は無い。
床に放り出されていた本や雑誌を数冊重ねて乗ると、ようやく一方通行の寝顔が見られた。

「……パコン」
「……ン」
「パコン!」
「……あァ?」

穏やかだった寝顔が歪み、低い声が漏れる。それは迷惑そうな響きで、かぁたんは怯みながらも少年の体を揺り動かす。

「クポ、クペポ」
「……眠ィ」

あと少しで起きてくれそうな予感。勇気を奮い立たせて、仔ガッパは一方通行を揺らし続けた。


その時、バァァン! と大きな音だ響いた。ドタドタ走る振動も。

「ごーはーんーだーよー!!ってミサカはミサカはあなたの睡眠を強制終了させてみるー!」
「っう!!」
「クワァー!」

打ち止めが勢いよく開けたドアが壁にぶつかって跳ね返る。
その衝撃が収まらぬうちに、少女のフライングボディアタックが炸裂した。

「こンのクっソガキ、その起こし方やめろと何度も……! 覚悟できてンだろォなァァァああ!」
「きゃー! ごムタイなー!ってミサカはミサカはイジメられちゃうぅぅぅ」
「逃げンなァ! ……あっ」
「あーあ。かぁたんってば……」

「キュー……」

ジョジョ——。

かぁたん作の小さな水たまり(きゅうり臭い)が、床に広がる。

打ち止めに乱暴する(かのように見えた)一方通行が、やっぱり怖かったらしい。


「やるねぇ、チビチビ。このミサカだってそこまで思い切ったことは出来ない。ベッドの上でしちゃえばもっと良かったのに」
「ちょっとした拍子でつい漏らしちゃうみたいじゃんね」

全員そろっての朝の食卓。
かぁたんも子供用の椅子を用意してもらい、ちゃんと座って食べている。今日は目玉焼きとドッグフード。

「ちょっとした拍子、というか……」

仔ガッパの口から聞こえるポリパリポリポリという小気味良い音とは対照的な、
申し訳なさそうな芳川の声音。彼女はわざとらしく上目づかいで一方通行を見た。

「なンだよ」
「もう少し振舞いに気をつけたら? 小さい子にお漏らしさせる程だなんて、考えものよ」
「……」

それは打ち止めが無茶苦茶な起こし方をするから、教育的指導を試みただけだ。
そんな言い訳をしたいけど、一方通行は堪えた。
無意識に出てしまった舌打ちに、かぁたんがオドオドして少年を見ている。

(慣れねェのは、単に俺が男だからじゃねェンかよ)


「ミサカや番外個体とはすっかり仲良しだよ。あなたはもう少し努力するべき、ってミサカはミサカはスキンシップの必要性と有効性を述べてみる」
「あんまり家にいない私や桔梗にも結構懐いてるしね。一方通行だけ避けられてる、ってのはあんまり良くないじゃん。つーかトイレ担当がお漏らしの原因になってちゃダメじゃんか」
「おい、いつの間にそんなモノの担当にされたンだ俺は」
「よっしゃ、ほんじゃ今日からあなたと かぁたんの絆を深める強化週間にしよっか。一緒にお昼寝、一緒におやつ、一緒に散歩、一緒に就寝はこなすべきだよ」

そうね、そうじゃんね、そうだねー!ってミサカはミサカは……

番外個体の提案はあっさり受け入れられた。

とりあえず、これから仔ガッパと少年は家に取り残されて二人きりにされる。

 
次回へ続く


乙です
すごいなごむSSだなあ
一方さんがかぁたんを呼ぶときは「かァたン」になるのかな

第一位、人外に好かれるはずだが…

でも、困難があったほうが面白い。

だから>>1続けて欲しいのである。

乙でした

一緒にお昼寝とかなごむわぁ
乙です

>>95 それちょっと悩んだよ
『かぁたん』もしくは『かァたン』か……

楽しんでもらったり、なごんでもらってるみたいで嬉しいねぇ
良いクリスマスプレゼントですよ、ありがとう

続きいきます


朝食から一時間もしないうちに、黄泉川家の女性達は全員お出掛けしてしまった。
保護者二人はともかく、番外個体と打ち止めはどこへ行ったのだろう。

行き先は一方通行に告げられなかったが、
打ち止めはアレコレ鞄に詰めて肩に掛けて行ったので、しばらく帰ってこないかもしれない。

当然だが、一方通行と二人で留守番というのは かぁたんも初めてだ。
トイレに籠ったことならあるけど、ドアを開ければ優しい少女達がいたことだし。

四人が玄関から出て行ってしまうのを心細く見送った後、かぁたんはトボトボとリビングに戻ってきた。

「クポ?」
「……」

テーブルの上にあったテレビのリモコンを触り、一方通行に「つけてもいいか」と聞く。
驚くことに、このカッパはテレビを娯楽とする習慣があった。
リモコンの使い方もすぐに覚え、子供らしく子供番組を楽しむことが多い。

一方通行はソファに寝転がりながら頷いて視聴の許可を出す。
かぁたんはチャンネルを回し、やがてアニメの再放送を見つけた。

「キャッキャッキャ」

(このままテレビ見て時間を潰してくれりゃァ楽なンだがな……)


そう上手くいくわけもなく、アニメが終わると かぁたんは一気に退屈になった。部屋の中をウロウロし始める。

一方通行はアニメを視界の半分の半分くらいで見ながら仔ガッパを観察……しつつ、読みかけの本を読んでいたが、
いよいよ かぁたんの世話というか、相手をしなければならないかと覚悟を決めようとしている。

「……くぅーん」

(お、見てる、見てる……)

一方通行を床からふと見上げた かぁたんだったが、すぐ視線を移して積み木セットで遊び始めた。
高く高く塔を作ったり、長く長く連ねて床に並べたり。 

かぁたん、一歳にして一人遊びが得意のようだ。


カラフルな彩りのこの積み木は、様々な大きさと形をしている。
同じ色の面と面を重ねると、不思議な事にくっつく仕様だ。

かぁたんの積み木作品が、だんだんと大きくなって一方通行の方に伸びてくる。

ふとイタズラ心が湧いて、一方通行の指がオブジェの先に触れた。
お互いくっついているはずの積み木が、ガラガラと崩れ落ち床に散らばる。

こんなことのために、学園都市第一位は能力を使ったのだ。

「ふっ」

目を丸くして茫然となる仔ガッパ。おかしな表情につい吹き出してしまう少年。

なぜ崩れてしまったのかは分からないけど、積み木に触った指先と、
一方通行の意味ありげな笑いがあまりに因果関係がありすぎて、さすがの かぁたんも意地悪されたということが分かった。

「キィーッ、キィィー!」
「ンだよそりゃ。抗議の声か?」


腕を振り回して地団太を踏む かぁたん。
寝転がっていた一方通行が大儀そうに立ち上がると、怒りも忘れて慌ててテーブルの向こうへと隠れる。

嫌われたりはしていないようだが、やはり怖がられている。

このままでは、いつまた二人きりにされるか。現状を打破しなければならないことは確かなので、
ここは一方通行から歩み寄らなければならない。

彼も床に座り込み、似合わない子供用のおもちゃを手に取った。

「クポポ?」
「……」

黙々と作業をこなし、だんだんと上に向かって出来あがる構造物。
もう読まない雑誌を破いて、積み木と積み木の間に挟み、器用に組み合わせていく。

「クハ〜」
「あとちょっとだ」


所々が紙で構成されたアーチが完成した。アーチといっても、サイズ的にくぐれるのは かぁたんだけだ。
この仔ガッパの身長は大人の膝くらいまでだから。

「クパー!」

早速くぐって遊ぶ。一方通行はその間もデコレーションや補強を重ね、アーチをよりアーチらしく作り上げていく。
やがて全ての積み木を使いきる頃には、かぁたんから尊敬の眼差しを頂くことになってしまった。

(ちょろすぎンぞコレ)

これなら関係の改善は早そうだ。


一方通行が かぁたんに帽子を渡す。自身は上着を羽織って玄関へ。
外へ行く時は必ず帽子を被らされたので、これからお出掛けだと、かぁたんは大喜びでついて来た。

「おい、靴忘れンなよ」
「グ」

二人だけで外出も、もちろん初めてだ。


バスも使い、半時間ほど掛けて移動する。ちなみに乗車時は一方通行が かぁたんを抱き上げてやった。
その扱いは荷物もいいとこだったけど、こうして仔ガッパを抱くのは初日のトイレ講習以来じゃなかったか。

(言われてみれば、打ち止めと番外個体がいたから全然触ってねェな)


辿り着いたそこは、大型おもちゃ販売店。入口に入るなり、賑やかな音が二人を出迎える。

「クワ! クワ!」
「勝手にどっか行くンじゃねェぞ」

積み木で遊べて、テレビアニメを見て、人語さえある程度理解できているっぽい。
(人間の)幼児用のおもちゃで充分楽しめるだろうと思い、こうして連れて来た次第である。

つまりは物で釣るという短絡的思考だが、かぁたんは非常に嬉しそうだ。


打ち止めと一緒に買い物に来た際には、テレビゲームや女児用のおもちゃコーナーに引っ張られた。
だから一方通行は他のコーナーにどんな物があるのか詳しく知らない。

(どォせこいつが好むのが何か分からねェンだ。端から順番に見て回ればいい)

ゆっくり歩き出せば、かぁたんは一方通行の左側に寄り添った。
騒がしく鳴り、時に光りさえするおもちゃ達が高く積まれているので、それらと少年を見比べるのに忙しい。

「俺じゃなくて、もっと商品を見ろよ。変なモンじゃなきゃ買ってやる」
「クパ!?」
「分かるか? どれでもいいから、何か選べ」
「キャー!」
「走るなって……」


次回へ続く

この一方さんを誰か目撃しろーーー淡希とか海原とか


乙です
二人がかわいすぎてヤバい



一方上条家にはヘラクレスだったりして…


固有名詞や引用は一方語にならなかった気がする
なった方が面白いけどww

河童の時流れ…

みなさん、レスをありがとうございます
やる気の素

>>110 だね。呼ぶことがあったらそうする
>>111 ウマイこと言いやがってー

続きいきます


「キャッキャッ」

かぁたんは今、床から二メートルの高さをオートで飛びまわるラジコン飛行機に夢中である。
手に取りたいのか、近くのミニ滑り台に乗って近づこうとしている。

(ラジコンか……。しかし操作できンのか?)

テレビのリモコンも時々押し間違っているのでラジコンは難しそうだ。
平日故、人が少ない店内で顎に手を当てる一方通行。


「ン? 何してンだオマエ」
「クパ、クポ」

かぁたんがいつの間にか少年の足元に。足の甲に乗り、ズボンを握ってよじよじとよじ登ってくる。
器用に足を掛けて、ものの一分で一方通行の肩まで辿りついた。

これでラジコンのすぐ傍まで登ることが出来たが、相手は飛行中なので捕らえることは難しいし、
一方通行が かぁたんのために動いてくれるわけでもないし。

「キュウ」
「やめとけ。怪我するぞ」
「……パコンッ!!」
「!?」

それは今までに聞いたことが無いほど大きなパコだった。
音と同時に衝撃が感じられ、ラジコン飛行機が吹っ飛ばされて床に墜落する。


「ッター!」
「たー、じゃねェよ! そンな威力があンのかよソレ……」

誇らしげなガッツポーズで雄々しさを表現している仔ガッパ。
怪しい音を出す飛行機の捕獲に向かおうと、一方通行から降りようとしている。
少年はそれを制して歩き出し、かぁたんが落ちないようにしながら屈んで飛行機を拾う。

「あーァ、壊れちまってンじゃねェの」
「クポ、クポ」

かぁたんが欲しがるので持たせてやる。動かないのなら怪我をする心配も少ないし、どうせ買い取らなければならない。

「あ、あの、お客様……」

パコの音を聞きつけて来たのだろう。店員が丁度近づいてきたので、買い取りの旨を告げる。

「はぁ、左様ですか。別料金になりますけど、よろしければ点検修理を致しますが」
「……そォだな。あとでカウンターに取りに行けばいいか?」
「は、はい。お願い、します……」

子供かと思ったら、人間とは思えない小動物の かぁたんをチラチラ気にしながら店員は去っていった。
何か言いたそうだったが、物言わさぬ一方通行の眼力に押された形だ。

「今度壊したら承知しねェからな」
「くぅーん」


「全然分かってねェ……」
「クワッパー! ッター!」

かぁたんは大量のぬいぐるみが置かれる一角で、それらを相手に相撲を披露してくれた。
しおらしくしていたので、てっきり反省したのかと思っていたが。
いや、反省はしたのだろうが、それが長続きしないし活かされないのだろう。

がっぷり掴みかかり、上手投げ、下手投げ、押し出し(土俵無いけど)。
相手は動かないぬいぐるみなので連戦連勝である。自分より大きい相手なのに楽勝なのが楽しいようだ。

初めてのことだが、ここは一方通行もやってやらねばなるまい、番外個体や黄泉川のように。

「この熊どもすべて買い取らされるなンて冗談じゃねェンだよ」
「オェ〜」

グリグリ、と皿を押すようにしてオシオキしてやる。頭の皿をグリグリするのが仔ガッパのしつけなのだ。
こうすると気持ち悪くなるらしい。

「…………」

グリグリ。

「オエー」
「どォいう仕組みなンだか」
「オェ。……クパー!」

さすがに不条理なオシオキと感じたのだろう。かぁたんは逃げ出した。


逃げ出した かぁたんを追って急いだ一方通行だが、すぐ追いついた。
角を曲がった先で、すぐに次のおもちゃに目を奪われていた仔ガッパ。

「クハー」

ビリビリビバリピシャーン! コレデキミモヒーローダ!

「クハ〜」

ここはテレビで人気の変身ヒーロー特撮番組のグッズコーナーだった。

ヒーローの等身大ポップが置かれ、作中で主人公が乗るバイクを小さくしたもの、
子供用の全身スーツ、音と光が出るベルト等々。子供(男児)の心をくすぐるおもちゃがたくさん置いてある。
そういえば、これ系のテレビ番組もかぶり付くようにして見ていたっけ。

「こォいうモンが良いわけ? やっぱオスか」
「クパ、クパ」
「……まァな。ヒーローは誰だって好きだよな」

一方通行のズボンを引っ張り、ポップを指さす かぁたん。とても興奮している。

「ふーン。そンなに好きなら、ここにあるヤツから欲しいの選べよ」
「クポー!」


かぁたんはヒーローが着ている全身スーツ子供用を欲しがったが、身長五十センチ弱の彼には大きすぎる。
無理だと言い聞かせて、変身ベルトで妥協してもらった。
これだって かぁたんの腰には余るけど、なんとか着けられないことはない。

展示品を元に戻し、新品が入った箱を持って会計に行く。
道すがら、さっき相撲稽古の相手にされていた熊のぬいぐるみも手に取った。
ふたつも買ってやるつもりは無かったが、これなら打ち止めも気に入るだろう。

会計の後で壊したラジコン飛行機を受け取るが、電気系統の故障だそうで、すぐには直らなかった。
そのままでいいと、引き続きの修理を断り家に戻る。

熊のぬいぐるみが何より大荷物だが軽い。男である自分を気遣ってくれたのか、ラッピングは厳重だった。

「クポポ♪」
「家に着くまで開けンなよ」

かぁたんの荷物は、もちろんあのベルトである。


ニッコニコの仔ガッパと一緒に家に帰ると、番外個体と打ち止めも戻って来ていた。

「ミサカの積み木を芸術的なトンネルにしたのはだーれ、ってミサカはミサカは決まりきってるけど尋問してみる」

あれではもう遊べないではないかと文句を言われた。崩すのがもったいないらしい。

「オマエ最近積み木で遊ンでなかっただろ。あとあれはトンネルじゃねェ」

大きな袋を打ち止めに投げつけ、開けてみろと促す。
中から現れた大きな熊に、少女はすぐに顔をほころばせた。

「これミサカの!? ミサカのクマ!?」
「オマエの土産に買ってきたワケじゃねェが、こいつの相撲の相手になるかと思ってな」
「……相撲。……かかってこい、かぁたん! はっけよーい!」
「クワッパー!」

熊を抱え、打ち止めは中腰となり立ち合いを求める。かぁたんはすぐ掴みかかってきた。
打ち止めは途中で熊から離れ、ぬいぐるみがリビングを舞う。
せっかくのアーチの上に落下しそうになったので、番外個体がそれを防いだ。足で。

「おっとと、あなたのデレの結晶が」
「そンなモン結晶にした覚えは無い」
「ここはちょっと危険だね、ってミサカはミサカは蹴り返されたクマと一緒に移動してみる。行こ!」
「クパー!」


一方通行はラジコン飛行機を番外個体に投げて寄越す。

「何さコレ。最終信号にはぬいぐるみなのに、このミサカはラジコン?」
「だからオマエらの土産ってワケじゃねェンだよ。どンだけ欲しがりなンだ」
「ん? これ壊れてるね」

番外個体が能力を使ってラジコンを調べる。彼女の意思に従って、飛行機は室内を飛び始めた。

「電気系統がイカれてンだ。あいつが店で壊した」
「ほうほう」
「そのまま買い取ってきたンだが、オマエやクソガキならそォやって動かせるだろ」
「へぇへぇ」

一直線に少年に向かってラジコン飛行機が突っ込んでくる。彼はそれを眼前で防いだ。

「あーん、邪魔しないでよぉ」
「この馬鹿野郎が」
「なんかー? たった少しの間にすっかり仲良くなっちゃったー? デレる相手が増えて親御さんも大変だぁね」
「……馬鹿野郎が」


次回へ続く

何か番外さんが静かに嫉妬してるように見えてワクワク

乙でした

>>109 のおかげで考えました小ネタです

非凡な右手をもつ平凡な男子高校生(本人談)の上条当麻。ここは彼の住む学生寮である。

上条は同居人のシスターと一緒にテーブルを囲んでいた。正確には隣合って座っている。
なぜなら、もう一人居るからだ。『人』という言葉を使うのはどうかと躊躇うような客人だった。

「グパッポ」
「すんません。なんて言ってるか分かりません」
「お腹空いた、って言ってるんじゃない?」
「それはお前の意見だろ」

上条とインデックスの目の前には、一匹のカッパが座っている。身長は上条と同じくらい。
カウボーイハットに首にはスカーフ。黒いベストとハーフのレザーパンツ。
ワイルドなファッション以上にワイルドな鋭い眼光と、深緑色の肌。

「グポ?」
「あ、なんでもありません」
「あくせられーたの所の かぁたん連れてくれば何か分かるかも」
「!? グワァッ?」
「ひぃっ」

かぁたんの名を出したとたん、カッパさんのテンションが上がった。
ベランダに引っかかっていたのを保護してから二時間もおとなしくしていたのに、片足立てて大声をあげる。


「や、やっぱりあくせられーたのカッパと関係があるみたい」
「そうみたいだな。でも何でアッチは可愛くてコッチはこんな怖いの?」
「ガータン、グパグポ!」
「あぁ〜、やめていきなり外行かないで大騒ぎになるからー!」

ここが玄関だろうと見当をつけて、カッパさんが出て行こうする。
上条は慌てて引き止めようとしたが、うっかり触って良いか不安なのでそれも出来ない。

「待って! どこに行けば会えるかわからないでしょう!?」
「グッ……」

インデックスの言葉に、カッパさんは戸惑う。すごい、会話出来ているみたいだ。
カッパさんはベランダに出て、空にクチバシを向けて「フンフン、フン」と匂いを嗅ぎはじめた。

「犬かよ……」
「! グポ!」


バコォォン!!


それはそれは桁外れのパコだった。音もそうだが衝撃もすごい。
隣から「にゃー!?」の悲鳴が聞こえ、あちらでも窓ガラスが割れたのだと察する。

散らばるガラス片。外れてはためくカーテン。ひっくり返ったマグカップ。

少年だけでなく、シスターからも同じセリフが出た。

「不幸だ」
「不幸なんだよ」

 
次回は無い

本編はまた今度

河童≒相撲≒根性さん?


     か へ っ た  -‐─── ‐-    お な か へ
   な  ,. -──- 、=ニニ二二ニニ=-‐─── 、っ

. お  / __    -‐\──── ≠         \ た
   / /   \       \    /       厂 ̄ 丶、\
.  〈_r'′  ___ \     丶〜"       / ___  \_〉
    |  /ハ ー─ ヽ \          //─‐  ハ\ /
    |/八从 ●  � \       /〃  ●  ノノV/
    }ハ●    ゙゙゙   |从へ=ニニ=イ从// ゙゙゙    ●{
    |八゙゙  へ    イ   \  ̄/ ノ人   ¬   ゙ソ
.    | 丶 .. __ /リヽ/⌒ヽ/⌒ヽ、/  .. _  イ
    \\ / !/   人\ /  \\ \/!   /
      ,>'⌒ヽ }{ /⌒ヽ \ i!    ,>'⌒ヽ{\ (
      (  _ノ、リ {  丿       人__ノ  /⌒ヽ
      `r‐イ\\\ \       / / \\ゝ_ノ
       丿 |                     |


俺、浜面仕上はフレメアと一緒に公園に来ている。
伸びてきた髪を切るために美容院へ付き添った帰りだが、案の定寄り道になっちまった。

別に急いで帰らなきゃいけない理由があるわけでもなし、まぁいっか、と思っていたのが二十分くらい前まで。

今は早く帰りてぇ。

「いやぁ〜、子供は無邪気だよねぇ」
「……」
「ははは、すっげぇ漕いでる。あいつら一回転する気じゃないだろな」
「……」
「さすがに返事が欲しい今日この頃」

ベンチに並んで座るのは、上記の浜面と一方通行である。
彼らの視線の先では、アホ毛と金髪の少女がブランコ揺さぶり対決に興じていた。(二人の少年は対決しているとは知らない)

先にブランコで遊んでいたフレメアの元へ、打ち止めが駆け寄ってきて二人は遊びはじめた。
浜面が真っ先に考えたのは、これで帰りが遅くなる、とかの心配ではなく、
いつも打ち止めについてくる凶悪なハッピーセットのことだった。

「やっぱお前も居るんだ。いつも一緒で仲のよろしいこと」
「うるせェよ。他人のこと言えたクチか」


それから普通に一方通行は浜面の横に座り、特に気にさわる様子もなく子供を見守っていた。
途中で浜面が席を立ち飲み物を買ったが、チラチラ一方通行を気に掛けていると思ったら彼のコーヒーを奢ることにしたようだ。

「飲む?」
「……貰う」

(アラ、素直)

と持ったのは束の間、話しかけても一方通行はあまり返事をしてくれなかった。

「別にさー、昔というほど昔のことじゃねーけどー。ほら、ああして幼女達は微笑ましく遊んでんじゃん」
「なンかすっげェ言い争ってるよォにも見えるが」
「ケンカするほど仲が良いんだろ? んぉ!? ようやく会話らしい会話キタ」

一方通行は会話していないつもりは無かった。ただちょっと考え事をしていただけだ。

「オマエさァ」
「あんだよ」
「カッパっていると思うか?」
「……」
「返事ィ」
「……」


なんとなく、本当になんとなくだが、一方通行は浜面仕上に かぁたんのことを喋りたくなった。

あの仔ガッパを拾ってから半月近く経つが、自分達の日常に外部からの干渉は今のところ無い。
土御門元春も心配していたが、まさかのタイムスリップ的な方面で
上層部がちょっかいを掛けてくるかも、と危ぶんでいたがそれも無い。

(俺という存在が抑止力として働いているのか。それとも単に気づいてねェのか)

現段階での状況は平和だ。

これまでに かぁたんという不思議生物のことを知っているのは、自分含めて黄泉川家の五人。
上条当麻とインデックス、土御門。

土御門は幾人かの魔術師に何らかの情報を与えているかもしれないが、
一方通行の危惧する事態が起こらないように注意すると言っていた。

信用はならない男だが、実力はグループ時代に肩を並べたこともあり承知している。


このまま何事もなく日々が過ぎて行ってくれるのでは、と一方通行は評価し始めていた。
そう考えていたところへ、浜面が横に腰を落ち着けている今、

(急にこいつに言いたくなってきちまった)

それは、「あンなぁ、俺ンち今すげーンだぜ? すげーモン飼ってンだぜ? 聞きてェ?」

みたいな小学生(低学年)っぽい幼稚さを多少含んでいたかもしれない。

(じゃなくて、カッパなンつーモノと暮らす異常を、第三者の視点から感じることで分析し、
冷静に現状の把握をしたいだけだ。しかしこいつ変な顔してやがンなァ)


「何言ってんだよ……」

浜面はかなり驚いていた。学園都市第一位から聞くにはあまりに意外な言葉。それは河童。

「あ、カッパ巻きのこと? 俺はやっぱりちゃんとした魚介類がネタの方が好きだけど」
「いや、日本に古くから伝わる妖怪の方。甲羅しょってるやつ」
「育児疲れか?」
「実は今それがウチのペットでよォ。クソガキが拾ってきちまったンだが」
「噛み合ってない。噛み合ってないよ……!!」

この男は一体どうしてしまったのだろう。
幻想殺しに触れてもらうべきだろうか。それとも冥土帰しに診てもらうべきだろうか。

「おかしくなっちまったのか!? しっかりしろよ一方通行。妖怪なんて、そんなUMA(ユーマ)みてぇなもんペットとか……」
「居るンだからしょうがねェだろ。俺だって驚いてンだよ」
「あ、でもお前自体がエンジェルチックだもんな。UMAがペットってアリかも。大丈夫、俺は味方だ」
「様々な反応を予想していたが、これはかなりムカつくぜ」

なンだったら見せてやる、という一方通行と、えぇ〜マジかよー、という浜面。
二人が立とうとしたところで、ジャランジャランとブランコの鎖が鳴った。


「にゃー! 信じない! 私は信じない!」
「ふっふっふ。言うがよい、今だけだ、ってミサカはミサカは余裕の態度を表してみる」
「カッパは日本昔話の中だけのハナシだもん。本当に居るワケないもん」
「はーはっはーはー!ってミサカはミサカはその強情が打ち砕かれる瞬間を今から想像して大笑い!」
「にぁー……、なんというちょーしょー(嘲笑)。だったら見せてみろー!」
「待ってましたその売り言葉! だったらついて来い!ってミサカはミサカは買い言葉を発しつつダーッシュしてみるー!」
「にゃーにゃー! カッパなんて、カッパなんてにゃー!」

同じ年頃の少女二人が、一方通行と浜面の目の前を走り去って公園から出て行く。
まだブランコが揺れる公園に取り残された保護者役の少年達。
甲高い少女達の言い合いは、走りながらもほぼ全て聞こえていて、
そちらでも同じような話をしていたのだと容易に想像できた。

「俺ら幼女と同レベル?」
「……」
「つーか、あいつら俺達がここにいること完全忘却の彼方で行っちまったよ。成長してねぇぇぇぇ……」
「まァ、行き先は分かってンだがな」

少年二人も、公園を後にした。


次回へ続く

幼女、幼女、この手にとまれ



そして1の手にアキレスが
とまるのですね

そして、手首には輝くブレスレットが

うp乙。 そして、あけおめ

あけましておめでとうございます

幼女はとまってくれそうにないな… 

続きいきます



一方通行と浜面が黄泉川愛穂のマンションに着き玄関を開けると、
既にフレメアの元気な声が。まだ昼間なので、家主と芳川桔梗は帰って来ていない。

「すごーい!」
「ふはははは、恐れ入ったかー!ってミサカはミサカは鼻高々だったり」
「すーごーいぃー!!」
「ク、クパポ……」
「もー、うーるーせぇー! 幼女うるせぇー! あ、第一位とそこのオマケ! 静かにさせてよこの二人。チビチビも驚いてんじゃん」

ピョンピョン跳びはねて かぁたんを周回するフレメア。高笑いの打ち止め。
いきなり知らない人が来るし、騒がしいしで戸惑う仔ガッパ。不機嫌そうな番外個体。

「オマケってなんじゃい。……うわぁ、まじカッパだ。どこで拾って来たんだよぉ」
「川」
「あぁうん、それっぽい」

少年達も部屋に上がり、リビングは一気に人口密度が高まった。


「遅かったと思ったら浜ちゃんと金髪ロリ拾ってくんだもんなぁ。ミサカのオヤツはぁ?」
「あ、忘れてた、ってミサカはミサカはお出掛けの理由を思い出してみたり」

そもそもはコンビニに行くという一方通行に、打ち止めがついて来ただけなのだった。
番外個体が希望したお菓子を仕入れ帰路につく途中、フレメアを見かけた打ち止めは、
菓子が入った袋を一方通行に押し付けて、ついには彼のことさえ忘れて帰ってきてしまったのである。

「おらよ」
「さんきゅー!ってミサカはミサカはナイスキャッチしてみたり」

ちゃんと一方通行が持ってきてくれていた。


「ねぇ触ってもいい?」
「いいけど、頭のお皿は弱点だからダメだよ、ってミサカはミサカはフレメアにお手本を見せてみる」
「にゃ? 歯ブラシ?」

歯ラシで甲羅をゴシゴシ擦るととても気持ちが良いのだ。
打ち止めは かぁたんの服をめくり上げるとブラシを宛がった。仔ガッパはうっとりして床に寝そべる。

「クハ〜」
「やらせて、私もやりたい!」


ソファは番外個体に占拠されている。
一方通行と浜面は戯れる子供達とカッパを眺めながら台所のテーブルにいた。
公園と大して変わらないこのシチュエーション。

「まさかあれほどカッパとは。えーと、かぁたん?……って一体なんなの?」
「今ンとこ有力な説は、タイムスリップしてきたカッパと表現するしかない生物」
「……不思議な事は結構体験してきたつもりなんだがなぁ」
「そンな訳ありのペットだ。不必要に吹聴すンなよ」
「言っても信じてもらえそうにねぇな。あ、でも写真撮って滝壺達に見せてもいい?」

浜面が携帯端末のカメラモードを起動してリビングに戻ろうとする。
しかしそこはいつの間にか金髪ロリVS仔ガッパの両国国技館と化していた。

「のこったのこったー!ってミサカはミサカはどこまでが土俵か分かんない!」
「ぬぬぬ、ちっこいクセにけっこうやる、にゃー……」
「クワ、クワ、クワッ…パー!」

もはやパンツ丸見えで かぁたんと取り組むフレメア。相手が小さすぎるので、力のかけどころが難しい。
どうあがいてもパンチラ(チラどころではない)激写となってしまうため、
そんな写真は撮影できない。恋人や同居人に見せたら大変な事になる。浜面は一旦手を降ろした。

「カッパはきゅうりと相撲が好物」
「へぇ……。詳しいね」

ボソリと呟いて、一方通行が解説してくれた。


「きゅーん!」
「にゃあー! 勝利は私のものだぁ!」

背中を床につけたらすでに負けなのだが、フレメアは両足で空中に かぁたんを放り上げた。
あ、と思ったところで番外個体が衝撃をやわらげながら救出する。

「ちょっとぉぉぉ! このロリいい加減に……」
「おのれー!ってミサカはミサカは かぁたんの仇を取ってやるー!!」
「ら、乱入だ! セコンドー!」

もはやプロレスである。フレメアと打ち止めはパンツどころかへそまで露わにしてリビング中を転げ回った。

目に眩しい縞々と純白が踊る。

「撮ンなよ」
「撮らねぇよ!」

未だ携帯端末を握ったままの浜面に、一方通行が釘を刺した。


「っふー、っふー」
「にー、手ごわい」

もう何ラウンドになるか、少女達のプロレスごっこは続く。

「クハァ」
「おチビって馬鹿だよねぇ。チビチビの方がよっぽどイイコじゃね? 一応最終信号応援してやっか」

番外個体に守られながら、かぁたんは眼下の修羅場に釘付けである。
戦場を避け、番外個体はソファの上に立ったままだからかなりの高さがあった。

打ち止めは かぁたんの仇討ちのつもりだからか、意気込みが違う。
ついにフレメアをブン投げることに成功した。
ところがフレメアはミニアーチに接触してしまい、かぁたんお気に入りの積み木製アーチはばらばらに崩れた。

「キャアァァァァ」
「あー……。このロリ達ほんとタチ悪い」

番外個体の腕の中で、仔ガッパの悲痛な悲鳴。半泣きでダイニングの製作者に訴える。「壊れちゃったよー」と。

「また作ってやっから……」

泣くな、と手を振って かぁたんを宥める一方通行。

(あれお前が作ったんかい……っ)

浜面は吹き出すのを堪えた。


「どうだぁ、はぁはぁ、ってミサカは、はぁミサカは勝利宣言してみたり!」
「うー! くそー!」

大げさに床を叩きつけて悔しがるフレメア。キッ、と打ち止めを睨んで立ち上がった。

「ふーんだ! 相撲で勝ったって、私の方が大人なのは間違いない!」

相撲じゃなかったし。そもそも相撲の勝ち負けが大人の定義でもないし。

「なにを根拠に、ってミサカはミサカは」
「私は既にせーりがきている!」
「な、なんだとぉう!?」

生理。女性に訪れる月のものである。どちらかと言えばそっちの方が大人の定義に相応しい。
しかし、男性もいるのに大声で叫ぶのはいただけない。

「あー、そういや麦野が赤飯炊いてたわぁ」
「……」

一方通行は黄泉川が赤飯を炊いていなかったかと思い返す。
炊いていたことはあるが、それは季節の行事に関しての時だけだったような。

特別に打ち止めのナニかを祝っていた様子は記憶にないが……

気になる。


次回へ続く



アグネスの足音が…

>>麦野が赤飯炊いてた

シャケの身の色で赤かったりして

>>146 またあんたか。健全な保健体育なので帰ってください!

続きいきます



「大人勝負は私の勝ちだ!」

拳を突き上げ、フレメアは勝手に勝者に収まろうとしている。打ち止めは両手を震わせて悔しそう。
それはまだ初潮を迎えていないからなのか、
それともフレメアのように宣言するのが恥ずかしいという当然の羞恥心故なのか、
一方通行には判別がつかない。

(どうなンだよ、オマエなら知ってンだろ)

視線で番外個体に問いかける。

「死ね!!」

その時の彼女は司令塔である打ち止めの感情を受けて、とても気分がよろしくなかった。心のままに暴言を吐く。
小さな姉が何も言えず震えているのは、一方通行(と浜面)という男性が聞いているからに決まっているのに。
デリカシーの無い男だと憤っているのだ。

「うわ、怖ぇー」

浜面が言われたわけではないのに、一方通行のとなりで縮こまるほどだった。
ちなみに彼女の腕の中の かぁたんも怖がっている。


この家には女性四人と男が一人。大人の女性に毎月訪れる現象のことは彼の身近で感じられていた。

トイレに行けば、レディースボックス(たまに蓋が閉まってない)が置いてあるし。
たまにナプキン(未使用)がトイレの床やペーパーの上に忘れられているし。
鎮痛剤は常に大量に薬箱に完備であるし。夏でもカイロがごみ箱に捨ててあったりと(腹を温めているらしい)……

つまりはそんな生理現象について、一方通行はすっかり慣れっこなのだ。

膨らんできた胸とか、細くなっていく腰とか、一方通行も気づいていた。
だからこそ、ここらへんで線を引くべきだと判断する。番外個体が教えてくれないなら本人に訊いてやるだけだ。また視線で。

一方通行に見つめられ、打ち止めは頬どころか首や耳まで赤くなっていく。

どうなンだ? もう初潮を迎えているのかいないのか。

(もしそうなら、もォ風呂と寝るのは完璧に別々にしねェと)


さぁ、さぁさぁさぁ言ってみろ。俺は別に下衆な動機で訊いてるわけじゃないから。

一方通行の視線が打ち止めを射ぬく。

「う、あ、あ、あなたのバカー!!」
「!? あ、が」
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁ!? ナニこれどーしたのオイ!」

打ち止めが叫ぶと同時に一方通行が倒れ込む。羞恥と怒りの極みに達した打ち止めに演算を止められたのだ。
肩にもたれかかってきた超能力者を、ビビりながら浜面が支えた。腕を彷徨わせながら体を掴んでくる一方通行の異常に混乱する。

「ちょっと俺そーゆー趣味ないし滝壺いるし」
「あーひゃっひゃっひゃ、馬っ鹿! クソ馬鹿! ざまぁーみろ!」
「何がどうなってんのか分からないけど、大体私が打ち止めより大人ということはやっぱり確実のようだ。えっへん」

ブラジャーもしているしね。


「……」
「……」

男二人、やっぱり会話は弾まない。

ここは一方通行の自室である。一方通行を背負わされた浜面は、番外個体にここに追いやられたのだ。
「ちょっとすりゃ普通になるから」と言われ、ベッドに寝かせてオロオロしながらその時を待った。

(ナニこの状況。なぜ俺が男の、しかも第一位の目覚めを待ってこんな心配してんの助けて滝壺)

幸い、一分もしないうちに彼は正気になった。
自室で意識を取り戻したと思ったら、目の前には浜面仕上なので露骨に眉を顰める。

「なンでオマエもここにいるンだ」
「それは追い出されたからです。俺はお前の巻き添えを食らいました」
「あァそォ」
「……」
「……」

会話が弾まない。


必然的に周りに目を配る浜面。彼だってリビングに戻るのは気まずいし、フレメアを置いて帰るわけにはいかない。
それに一方通行の部屋というのに興味があったし。

「へー、普通だな。普通の部屋だ」
「どンなイメージ持ってたわけ?」
「何か小難しい本もあるけど、漫画も結構あんな」
「それは打ち止めが持ち込ンだやつで、俺の趣味じゃねェぞ」

キラキラの少女漫画を好んでいると勘違いされるのは嫌だった。

「分ぁってるって。俺だって趣味じゃねぇけど読むことあるぜ?」

浜面も同居人が自分以外女という特殊事情から、そうだろうと見当をつけていた。
そういえば一方通行とはそこが大きな共通点だと思い至る。

会話のきっかけ発見。

「ね、ねねね」

つつつい、と忍び足でベッドの一方通行に浜面が近づいてくる。図体がデカいので、可愛いなどと爪の先ほども感じられない。

「ンだよ……」
「エロ本とかDVDってどこに隠してる?」
「窓から捨てられるか腹に一発か、好きな方を選べ」


次回へ続く



さすが浜面さん…

そういやコーヒーって刺激物ですよね
飲んだらかぁたんは煙だすんかいな

>>155 かぁたんなら出ると思われ

正月が終わる、悲しい

続きいきます


衝動激しい青少年の苦労を語り合いたいと思ったのに、一方通行はなかなかノってくれない。

「パソコンも共用だから素敵サイトにアクセスも気軽に出来ねぇ」

浜面が机の上に備えられているパソコンを羨ましそうに見た。自室にあるのだから、一方通行個人の物に決まっている。

「だから本が一番確実なンだろ、さっきも聞いた」
「でも場所取るんだよ」
「だから隠し場所に苦労すンだろ、さっきも聞いた」
「これは発見されん!っていうポイント無いか?」
「そンなくだらねェことに使う脳みそは持ち合わせてねェンだよ、クソ色ボケ野郎」

さっきからこの調子だ。打ち止めの不興を買って落ち込んでいるかもしれないので、
エロ話で気が紛れるのでは、という気遣いも(僅かに)あったのに。

「こんな話、普段は出来ないだろ? 今がチャンスだよ〜」
「何がチャンスだ」

浜面の話にまともに付き合えないのは、実は彼の気遣いが的を射ていたからである。


演算を止められる直前に見た、打ち止めのあの顔。目に涙を溜めて真っ赤になって。
一方通行は、黄泉川が言っていた「今だけじゃん」の『今』の終了を感じていた。
その覚悟があったから打ち止めに真偽を尋ねたのだが、

(もォ一緒に風呂とか無ェかもな……)

いわゆる思春期と言われるものがきたのだと、哀愁を感じる。


「あ? なんかあっちの方うるさくねぇか。また喧嘩でもしてんのかね」
「……変だな」

思考に耽っていたので、先に異変に気づいたのは浜面だった。

少女達と仔ガッパだけを残したリビングが騒がしい。騒がしいだけならいいが、絹を裂くような悲鳴が混ざっている。

「おい、なんか」

浜面と一緒に腰を上げようとしたところで、叫び声と一緒に足音が部屋に近づいて来た。
猥談ともいえる会話を聞きつけられて、またも株が下がるのではないかと、一方通行は一瞬冷や汗をかく。

「わぁぁぁあーっ!!ってミサカぁぁぁあー!!」
「にゃあぁぁぁああー!!」


必死の形相の打ち止めとフレメアが飛び込んできて、空気椅子状態の少年達にそれぞれ飛び付く。

「でたぁぁぁぁ! アレが出たよー!ってミサカはミサカは救助要請を発信してみるぅぅぅぅぅぅぅ!!」

浜面は床の上に、一方通行はベッドの上に転ばされ、この少女達は根っからプロレスが好きなのか。

「落ち着けってフレメア……」
「大体私の足が狙われた! 飛んだぁぁぁー!」

どうやらゴキブリが出たらしい。
てらてら光って俊敏に動くアレが例に漏れず大嫌いな少女達は、半ばパニックに陥っている。

「発電すンなよ、コラ」

助けて助けて。

先ほどとは逆の感情が込められた涙目で訴えられる。
ぎゅう、としがみついてくる打ち止めに、湧き上がる安堵と喜びは認めるしかない。


「てめぇら、一番年下のこのミサカを残して逃げるなんて薄情すぎだよ」

なんとあの番外個体でさえ、若干顔を青くしてやってきた。

打ち止めさえいなければ指一本動かすことなく仕留められるが、上位個体がこんなに混乱、恐慌していると出力も狙いも定められない。
過去に一度無理した時は、家電が数台イカレてしまった。

「あ、ミサカもミサカもー」

そわそわしながらも、番外個体はベッドに飛び乗って先客二人を揺らす。
打ち止めを真ん中にして圧し掛かり、一番下となった一方通行に圧力を掛けた。

「重いよ!!ってミサカはミサカはこれみよがしに押し付けられた二つの脂肪の塊に恐怖より苛立ちが勝ってきたり!!」

「いいなぁ」、とはフレメアを宥め続ける浜面の言である。


「重い。どけ、この馬鹿姉妹……」
「にゃぁ! 信じられない追って来た!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
「ぐォォおおお」

開け放された一方通行の部屋のドア。そのすぐ外の廊下に恐怖の象徴が現われた。
黄泉川も芳川もいない。こんな時は一方通行が切り込み隊長役を担わされていたが、

「浜面、俺は今動けない。オマエが、何とかしろ」
「ちょい待ち、なんか武器…… フレメア痛い! 待ってそこはいやぁ!」
「ひぃ! こっち来るにゃ!」

少女達の天敵が方向転換し、こちらを向く。恐怖故、「ケケケケケケケ」という余裕の笑い声まで聞こえるような……

「クポ!」

かぁたんの笑い声だった。


かぁたんに追いかけられるようにして、黒い昆虫がとうとう部屋に入ってくる。
一旦は落ち着きかけていた子供達から、形容し難い悲鳴。少年たちからは苦しみと痛みの唸り声。

かぁたんはそんな面々を順繰りに眺め、最後に足元のソレを見て、

「パコンッ!!!」

こてん。 ぴくぴく、ぱた。

「「「…………」」」

パコとは案外恐ろしいもので、カッパの意思しだいでこのように生き物にダメージをあたえることもできるのである。
一方通行はおもちゃ屋でラジコン飛行機を壊した威力を思い出した。

「すっげ…… カッパすげぇよ」
「ケケケケケ」

浜面の賞賛と、あっけにとられた人間達の眼差しに かぁたんは大得意。


「晩ご飯食べてけばいいじゃん。黄泉川先生が栄養たっぷりの家庭料理作ってやるじゃんよ。なんなら泊まってくか?」
「いい。帰る」
「いきなり過ぎるわよ、愛穂。こちらも宿泊の準備なんてしていないのだし」
「でしょ? だから帰る」

夕方になり、黄泉川愛穂と芳川桔梗が帰宅した。黄泉川を見て、浜面は非常に落ち着かない。
食事のお呼ばれや宿泊など、たまったものではなかった。

「麦野が作ってくれたの食べるから。また来る」

浜面が連れている子供なので、つい食生活のおせっかいを焼きそうになった黄泉川。
フレメアにそう言われて、よっぽど麦野飯が好まれていると一安心した。

(毛ヅヤも良いじゃんね。麦野って人ちゃんと食わせてるみたいじゃん)

なでなで頭を撫でられながら、フレメアは打ち止めに手を振る。

「ばいばい」
「またなー!ってミサカはミサカはリベンジを誓ってみる!」
「パコン」

隣の仔ガッパからはさよならのパコを貰い、フレメアはビクリと浜面の背中に隠れる。
パコでゴキブリを倒した かぁたんに、すっかり畏敬の念を抱いてしまった。

「この恩はいつか返す。にゃあ。大体私は礼儀正しいのだ」


まったく礼儀がなっていない来客が帰り、夕食を食べ、散らかった部屋の片づけを黄泉川に命じられる子供達。

「クソガキ、こォやって菓子食い散らかすからゴキブリが寄ってくるンだ」
「は、反省……ってミサカはミサカは落ち込んでみる。
 でも かぁたんがいればこれからは平気だよね、ってミサカはミサカは今日の雄姿を思い出してみたり!」
「クポクポ」
「へっちゃらで手掴みだったし。どこかで潰れてた人よりずっと頼りになっちゃう」
「テヘッ」

そんなぁ。かぁたんは恥ずかしげに頭をかく。

「やかましィわ。オマエも菓子ばっか食って太ったンじゃねェのォ? 重いンだよ」
「ミサカの脂肪はおっぱいに集まるからいいの」
「理不尽だ! 不公平だ!ってミサカはミサカは地団駄踏んでみる!」
「キャッキャッ」


いつもどおりの夜だったが、打ち止めは一方通行と風呂に入らなかった。次の日も、その次の日も。

「まさかこれから毎晩オマエと入らなきゃならねェのか?」
「クパー!」



次回へ続く



一方さん、涙ふけよ

乙でした

娘を持った父親は辛いなぁ



かぁたんにはまだ鼻から
ピーナッツ砲とゆう技もあるんだぜぃ

1がどう料理するんだろぅ

以外に便利な、指向性音波破砕能力河童

木原くーん、あたりに狙われそうやな。



奇河童居くべし…

乙等をありがとう

続きいきます


今日は番外個体と打ち止めの調整をするために、いつもの病院へ来ている。

打ち止めだけだと、芳川桔梗か一方通行が付き添うことが多いが、番外個体が一緒だとその限りではない。
二人だけで行かせることもあったが、今日はこの四人が勢ぞろいである。(黄泉川愛穂は学校へ出勤した)

「やぁ、その子がカッパかい? 変わったモノを拾ってきたね」

病院の設備で、かぁたんという謎過ぎる生命体をわずかでも理解できないか調べてもらうのだ。

「パコン」
「こんにちは。僕は冥土帰し。お医者だよ」

普通に返事と自己紹介をする冥土帰し。ここまで平然とパコが受け入れられたのは一方通行達にとって初めてだった。
病院に居る妹達からどこまで聞いていたのか知らないが、この医者はやはり只者ではないと、一方通行は再確認する。

打ち止めや番外個体は、かぁたんのことを他の下位個体にネットワークを通じて明かしている。
面倒臭いので、タイムスリップしたかも、ということは内密にしてあるが。

「忙しいのに悪いわね。この子達の調整が終わったら……」
「平気だよ、同時進行で出来るさ。今回は二人とも時間はそうかからないし」

消毒薬の臭いと高い天井。かぁたんは不安そうにキョロキョロしている。

「怖くないよ、大丈夫だよ、ってミサカはミサカは勇気づけてみたり」
「クパ」
「勝手を言うが、検診データは早々に処分する」
「……ふむ、構わない。好きにするんだね?」

冥土帰しはちょっと一方通行の顔を伺ってから了承する。


まず血液や生態細胞を採取し、遺伝子データを調べる。
さすがにすぐには分からないので数日ほど結果待ちだ。

あとはレントゲンやMRIといった、まるで健康診断、人間ドックのようなことを受けさせた。

やっぱり怖がるし、じっとできない仔ガッパは随分手を煩わさせた。
調整組の二人は、もともと大掛かりなメニューではなかったこともあり先に終わらせている。
一方通行の喝と、番外個体と打ち止めの宥めすかしを駆使し、三時間も掛かってようやく かぁたんも解放された。


「キュウ……」
「はい、お疲れ様。もう帰れるわよ」

検査機器の中から かぁたんを持ち上げる芳川。両手を広げていた打ち止めに抱かせようかと思ったが、
まだ非力な彼女にグッタリした かぁたんを任すのは危険かと考えて止める。
かといって番外個体は我関せずみたいな様子だし。

「かぁたんが疲れてるいみたいだから、このままわたしが抱っこするわ。最終信号はまだ手が小さいから落とすかもしれないし」
「うー、分かった、ってミサカはミサカは小さい体を恨めしく思いつつ従ってみる」


検査の結果を詳しく確認するため、一方通行はこのまま病院に残ることにした。

「オマエらは先に帰ってろ」
「……わたしも同席するわ」

芳川はウトウト船を漕ぐ かぁたんを番外個体に押し付けた。

「ゆっくり歩いてあげて」
「ふん」
「じゃあ難しいことはそちらにおまかせしてミサカ達は帰るね、ってミサカはミサカは冷蔵庫のアイスに思いを馳せてみる」

姉妹の背中は中々廊下から消えない。微笑む芳川は見送りを中断して冥土帰しと一方通行の元に戻った。



「かぁたんのこと、何か分かるといいね、ってミサカはミサカは期待してみたり」
「さーね。あの人も芳川も、分かれば御の字、って認識みたいだけど」
「確かに。本の内容を裏付けするのが第一の目的だ、とか言ってた」
「スヤー」

眠たい仔ガッパと少女二人は家に向かいながら話している。

かぁたんを学園都市の技術で調べているのだが、最初から多大な望みはかけてはいない。

生体のことなら、真偽は別として『世界河童大辞典』や『カッパの飼い方』に書いてあることだし。
それらの書物の記述が現代の、それも学園都市の科学で裏打ちされたなら、

「やっぱり過去からやってきたってことになるのかねぇ、こいつ」
「その説がますます有力になるよ、ってミサカはミサカは実はそこにこだわりが無かったり」
「まぁね」


過去のあれやこれやを覆すことが出来るかもしれないのに。

「このままでいいんもーん、ってミサカはミサカは未来志向の明るい子!」
「そもそもミサカ達なんて生きてきた時間が短いし。過去そんな持ってねぇし」

痛々しく、辛く、凄惨で苦しい過去があっても。

失われた命。奪った命。守った命。
勝手な行いだとしても、これまでに重ねてきた贖罪。
それらに価値が無かったとは思いたくない。

ではなぜ一方通行は念入りに調べようとしているのか。

「やり直したい、とか、未来を知って今のうちに対策を万全にしたいと考えてるのか……」
「その予想、前者は否定する、ってミサカはミサカは断言してみる」
「……」
「口も目つきも悪いけど、ミサカ達の事はちゃんと考えて守ってくれてる。
 ミサカは今のあの人の方が前よりずっといいなー、ってミサカはミサカは未来志向の元気な子!」
「ハイハイ。泣いて悔やまれて、リセットされちゃあ気色悪いよ確かに。
 大体このミサカも最終信号も製造されない可能性が高いじゃん」


きっとこの先、その思いがもっと強くなる。


レントゲンやMRIの結果はすぐ分かる。それらのデータを見ながら一方通行はつぶやいた。

「やっぱ本のとおりだったか」
「あら、何が?」
「オマエ読ンでねェのに何故ここに残った?」

それは素直じゃない番外個体を思いやっての行動だ。
芳川は一方通行のように教本を熱心に読んではいなかったので、彼のように納得しようがない。

「だってあれ、バリバリに痛んでいて読みにくいんだもの。君に任せていれば大丈夫でしょう?」
「……」

かぁたんと一緒に河原で発見した辞典やらその他の物は全て濡れていて、本は解読不能な箇所さえある有様だった。
芳川も黄泉川も、仔ガッパのことは基本子供たち(というか一方通行だけ)に任せるつもりである。


「なんだい、この空洞も隙間も存在は知ってたんだね?」

冥土帰しが呆れた声を出した。
当て馬とまでは言わないが、今日の検査が確認のみに利用されたのだと知る。

ちなみに空洞は甲羅の内部のこと。隙間は頭の皿と頭蓋骨の間にある。

「これでも僕はこの世界じゃ一目置かれる存在だと自負してたんだけど、やってくれるじゃないか」
「そんなつもりじゃなかったのよ。機嫌を悪くしないで」
「今後明らかになるデータには大いに期待してるぜ」
「怒っちゃいないよ、まったく」

あからさまにヨイショされるのも嫌だ。老医師は鼻を鳴らした。

 
次回へ続く

やだ、拗ね冥土ちょっとかわいいいと思ってしまった

病院にいるミサカは早く先生を慰めるんだ

娘が父親に対するように




リアルゲコ太を慰めるのは
美琴さんの役目だぜ

冥土帰し、試す無かれ。


まだ新約6巻発売日当日だが、もう我慢できないな、叫ぶ

よ、よ、芳川さん萌えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇえええええええええ!!!!!!!!!!

かわいい!かわいいよ! しょげる芳川さんかわいいよ慰めてあげる!

慰めてアゲルよおおおおおおおおおおおお!!!!! ああああああああ!!!!!!!っしゃーーー!!

どんなに困難でもお守りいたします電気あんまなんてさせないからね!!!


続きいきます


「ははぁ、この甲羅の中に水や空気を溜めて泳ぐんだねぇ」
「尻から入れると書いてあったが……」
「うん、ここに弁があるからそれで調節するんだ。人間の喉みたいなもんだよ」
「頭蓋骨とお皿に隙間があるから押さえると気持ち悪くなるのね。脳が揺れるんだわ」

冥土帰し、一方通行、芳川桔梗が揃う室内。
少年以外は未知なる生体に幾ばくかの興味を持ってデータを検証していた。

「おい、『確認』はもォいい。このデータはさっさ消去するぞ」
「せっかちだね、君は」
「わたしもあの本読んでみようかしら。他に面白そうなこと書いてあった?」
「浮力調整が可能な優れた浮き袋だよこれは。実際泳ぎは上手なのかい?」
「オマエの興味のポイントなンざ知るか。……あー、泳がせたことねェから分かンねェよ。……そォいやねェな」

投げかけられる質問に答えていたら、泳がせたことがないのに気づいた。

カッパは漢字で河童と書くのに。泳ぎが得意、というのが定説なのに。


「試してないのかね?」

試してなかった。教本には、泳ぎの得手不得手は個体差があり、練習次第で改善できると書いてあった。
それは泳ぎ下手のカッパもいるという意味だ。
さらに かぁたんはまだまだ未熟な二歳に満たない子供であるため、カッパの定説に当てはまるとは限らない。

「お風呂に入っている時はどうなの? 溺れたりしていない?」
「そンな様子は無い。浴槽に掴まってるとか、俺の足に乗ってるかで泳がせるよォなことしてないしな」

芳川に風呂のことを聞かれるのも変な話だ。彼女だって かぁたんと一緒に風呂に入ったことはあるだろうに。

「俺に聞かなくたって知ってることだろ?」
「あー……、それがそうでもないのよね。あなたに内緒にしてたわけじゃないのだけど」

芳川の内緒話とは——


「あははは、それは内緒にするべきエピソードだねぇ、一方通行のためにも」

冥土帰し、今度は可笑しそうに笑った。かえって一方通行は複雑な表情。


かぁたんは女性陣とお風呂に入る際、その性の象徴ともいえる乳房を揉んでくるらしい。嬉しそうに。


「かわいい顔と声なものだから、いやらしいとは思わないけど。母性を求めてる赤ちゃん、って表現がふさわしいかしら」

その膨らみに掴まっている状態なので、その入浴風景は『泳ぐ』とは程遠い。

「ひょっとしてそのせいで俺に風呂の世話が回ってきてンのか……」
「そういう側面もあるわね。わたしも愛穂もあの子も、揉まれるのが大好き、というわけではないし」
 
あの子とは言わずもがな、番外個体である。打ち止めはそもそも掴まれるほど発達していない。

「一方通行も青少年だもの。若い劣情を刺激しないように気を遣っていたつもり」
「それをこういう形で俺に言ったら全てぶち壊しだよな」

その心遣いも、今打ち明けられている現状も、お年頃にはちょっとキツい。
それで声を荒げるような真似はもうしないけど。


「一方通行との入浴でも泳ぐという行為は確認されていない……と。どうだね、これを機会にカッパの代表的能力も把握しては」

冥土帰しが提案する。

「ウチの患者にリハビリ用のプールを提供してくれてる所があってね」

そこに口をきいてあげる、とのことだ。貸し切りに近い状態でプールを使用できるように。

「ふゥン……」

別に悪いハナシじゃない。冥土帰しの息がかかる施設なら。

「条件は何? そちらにも利益があるからこその提案でしょう?」

当然だ。でなければ施設を貸し切るなど、かぁたんの水泳技術を確認するだけの事に大げさすぎる。


「簡単だよ。ついでの事だからさ」
「何のついでだ?」
「ここにいる妹達の個体がね、泳ぎたいって言うもんだからね?」
「……」
「前々からお願いをきいてあげる約束はしてたのさ」
「……」

みんな一緒に行きたいというので、さすがにそれは一般人が驚くだろうと機を見ていた。
そこにカッパの泳ぎは如何に? という疑問が訪れたので、ねじ込んでしまおうというのだ。

「さて、今週中には都合がつけられると思うよ。日程は後で打ち止めに連絡が行くはずだ」

医者が腰を上げる。さっそくコネを利かせようとプール施設に連絡を取ろうとしているのだ。

まるで、こちらも行くことが決定事項のような……

「おい、ちょっと待て」

冥土帰しに手を伸ばす一方通行の肩を芳川が押さえる。振り向くと、

「水着持ってる? 買ってあげてもいいわよ」


冥土帰しはどういう心遣いか、日曜にプールの貸し切りをもぎ取ってくれた。

「これでヨミカワも一緒に行けるよね!?ってミサカはミサカは興奮してみたり!」
「たぶん大丈夫じゃんよ。学校以外のプールなんて久しぶりじゃん」

はしゃぐ面々。番外個体は芳川と一緒にパソコンで水着のデザインをアレコレ見ている。
一方通行は自分も行くことになってるんだろうな、と達観していた。

「つーかよォ、よく日曜に貸し切れたな。儲け時だろ」
「えーと、ミサカ達が使っていいのはただの競泳用のトコだけらしいよ、ってミサカはミサカはそれでも嬉しかったり」
「他にもあンのか?」
「うん。同じ建物にスライダーとか流れるプールがあるけど、あくまでそこだけ、って条件」

二十五メートルが八コース。
そういえば、患者のリハビリにも使用している、と冥土帰しは言っていた。
リハビリに滑り台や流れるプールや波が起きるプールは不適切だろう。

「いいじゃないの。水入らずで楽しめるんだから」

年甲斐もなくウキウキした声音の芳川。番外個体と一緒にディスプレイを覗き込む顔は輝いている。


「最終信号、あなたもこっちにいらっしゃい。どんな水着がいいの?」
「あのねー、可愛くてこの人をノーサツできるやつー、ってミサカはミサカは希望を述べてみる」
「いひ、じゃあこのコテコテ胸元デコレーションの貧乳隠蔽お子ちゃまビキニだね」

胸囲にコンプレックスを抱く少女に、番外個体が芳川からマウスを横取りしてある一着を勧める。

「むっきぃー!!ってミサカはミサカは怒り心頭しつつも確かに可愛いデザインに心揺さぶられてみる……っ」
「ミサカはこの赤かピンクのがいいかな」
「ちょっと大胆すぎないかしら? もうちょっと布地が多いのにしなさいな」
「ミサカの胸にはこれくらいが一番映えると思って」
「ぎぃぃぃぃー!!」

乳の話は耳に痛い。一方通行はソファで寝る かぁたんを布団に寝かせに行くという名目で席を外した。

楽しそうだ、どいつもこいつも。

「クペ……スー、スー」
「オマエのためにプールへ行くはずなンだがな」

要はみんなで楽しく騒げればいいのだ。そう、みんなで。


次回へ続く



これは海原の盗撮を見破るかぁたんが
みれるのか!

乙でした

>>185 え? 妹達へ河童紹介したか?

カエル先生は妹達経由で知らされてるから、
ネットワークで流されてるんじゃね

>>191 >>192

そうです。妹達はMNWでカッパのことを知っている
でもタイムスリップ疑惑はめんどいので秘密、というか言ってない

続きいきます


乳の話が終わっていますように、と祈りながらゆっくり戻る。

リビングでは打ち止めが芳川に縋りついて泣いていた。
黄泉川が呆れつつ打ち止めを宥めようとしているが、彼女はそれを拒否するように手を振り払う。

ますます芳川の胸に顔をすりつけて……

一方通行が席を外していた数分に何かがあったのだ。

「……う、ううう〜ここにもミサカが求めてやまない塊が!!ってミサカはミサカは
 この悲しみは誰にも理解されないと自暴自棄になってみたりー!」
「受け入れなよ、それが現実ってもんだぜ」

芳川からも離れ、駄々っ子は番外個体が座るソファに飛び乗ってバタ足。今から泳ぎの練習なのか。

「なンの騒ぎだ、これは」
「あなたぁー! 無い者どうし慰め合おう!ってミサカはミサカは硬いお胸にダイブしてみる!……って避けないでぇーっ」
「いやいや下には『有る』だろ。落ち着けよ、おねーちゃん……」
「オマエは何口走ってンだ」
「ナニ」
「教育が必要か? あァ?」


(性教育でもするのかしらね?)
(桔梗、それセクハラ発言じゃん……)


そもそもこの騒動の原因は、やはり乳だ。


「愛穂も水着新調しない? 一緒に買いに行きましょうよ」
「いやぁ〜、日曜までは出ずっぱりじゃんか。今持ってるやつで行くからいいじゃんよ」
「じゃあさ、通販でも今なら間に合うかもしれないよ。なんなら希望のデザイン教えてくれればミサカ達が買ってきてあげる」

番外個体のありがたい申し出だが、それでも黄泉川は丁重に断った。

「ん〜、せっかくだけど。下着も水着もやっぱり手に取って確認しないと買えないじゃんね、私は」
「あぁ、そうだったわね。愛穂の場合はその問題があったわ」

あまりに豊満すぎる胸だから。

表示されているサイズだけをあてにすると、装着不可能な場合がある。
手に取ったり試着しなければ、買ったはいいが泣く泣く手放すハメになりかねない。

そんな知られざる巨乳事情に衝撃を受けた打ち止め。ショックで涙が滲んできた。
まさかに涙が出るという事実が、自らの心の内を認識させてよりショックを強めていく。

こんなに欲しているものを、自分は持っていない。手に入らないのだと。

よもやマジ泣きされるとは思わなかった有乳女性陣も困った。
年頃の娘には大問題だと分かるので一笑に付すこともできない。さすが番外個体だけは少し笑っていたが。


打ち止めは絨毯に座り込んで拗ねている。
胸囲が小さいのは当たり前だ。まだ肉体年齢が幼いのだから。

しかし彼女のオリジナル御坂美琴や、番外個体以外の下位個体を見る限りでは悲観するのも無理はない。

「いちいちうっとォしいな、いい加減にしやがれ。時間の経過を待てばいいだろォが」
「それを待てないのが子供じゃん」
「胸の成長より、最終信号がそのあたりを理解するのが先かしら」
「どーせ、どーせミサカには乳貧乏な未来しかないんだ、ってミサカはミサカは自暴自棄になってみる」
「ちょい待ち。どうしてそこで諦めるじゃん!?」
「昼間は自分で未来志向、って言ってなかった? そんな簡単に信念曲げてちゃ、お子ちゃま卒業はだいぶ先だぁね」
「つーん、だ。ふーん、だ。
 ミサカのご機嫌はちょっとやそっとじゃ直らない、ってミサカはミサカはいっそ何らかの利益を引き出そうと企んでみる」


面倒臭い。
一方通行はさっさと自室で休むことにする。男の身ではここにいても具合が悪いだけだ。

ただ、慰めのセリフだけは置いていってやろうと、

「オマエもちったァあるじゃねェか。去年に比べりゃ確実に成長はしてるぜ」

背を向けて退出しようとしたら、女性陣から視線を感じた。

「……なンだよ」
「いえ。よく見てるのね、親御さん」
「そろそろブラジャーさせるべきかじゃん?」

そんなこと俺に訊くなよ、と顔をしかめる。
実際口に出そうとしたが、慰めたかった当の打ち止めの様子が変なのに気づいた。
そろそろと、後ろ歩きで一方通行から距離をとる。

「……えっち、ってミサカはミサカは吐き捨ててこの話題はお終いとばかりに就寝の準備をしてみたり」
「はァ!?」

ソファに身を沈めたままの番外個体の背後から小声で呟く打ち止め。
リビングをグル〜、と小走りに、わざわざ一方通行を避け、キッチンを経由して廊下へと姿を消した。

直後、響き渡る女達の笑い声。


少女の成長に振り回される頻度が増えた。
これからこんなことばかりかと、少年は見ざる言わざる聞かざるを心掛けることを誓う。


日曜日になった。

「パコパコパコパコ!」
「はいはいはいはい、ってミサカはミサカは高速パコで興奮を表す かぁたんにつられてワクワクしてみたり!」

プールや、そこで遊ぶ人々の動画を見せ、「今日はここへ行くんだよ」と告げれば、仔ガッパは今までになく興奮しだした。

やはり水にまつわる生き物だ。
これは華麗な泳ぎを見せてくれて、普段のトロさに対して挽回してくれるに違いない。

人間達の期待は高まる。口には出さねど、多少は一方通行もそう思っていた。


「クワ! クワ!」

玄関を叩き、かぁたんは早く行こうと急かす。
この調子じゃ、ひとりで歩かせたら車道に飛び出してしまいそうなので、
今日は黄泉川愛穂がベビーキャリア(背中に背負うタイプ)で連れて行くことになった。
といっても、芳川の運転する車で行くからほとんど歩かないが。

「こらこら、背中で騒ぐなじゃんよ。おやつのきゅうり置いてくぞ」
「キャー!」


プールに着き、受付を済ます。
楽しそうなざわめきと、水の匂いでも嗅ぎつけたのか、かぁたんの高速パコが再発した。
仕方がないので黄泉川の背中から降ろされ、番外個体の脇に抱えられてクチバシを押さえ込まれる。


一方通行は足の事もあり泳ぐ気はなかったが、服が濡れるのもなんなので、彼も着替える。

さて、気は進まないけど行くか、と男性用更衣室を出ると、よく知った顔とすれ違った。

「よう! 今日はサンキューな。にしてもほっそいなー」
「……」

疑問の表情の一方通行を残し、意気揚々と浜面仕上が入れ替わるように更衣室へ入っていった。

「——はァ……」


関係者以外立ち入り禁止の簡易バリケードを過ぎ、先に行っているであろう保護者達を探す。
女子更衣室の方がここに近かったので。

ガラス張りの屋根と壁から明るい日差し。何の変哲もない長方形のプール。

ところが誰も見当たらない。今日は少なくない人数とカッパがここに集まるはずだったが。
場所を間違えたかと思ったが、そんなはずはない。


「あれ? まだ誰も来てねぇの?」
「あァ」
「あー、オンナノコは準備に時間が掛かるもんだからな。フレメアはきっと滝壺を待ってんだろ」
「あいつらも来てンのか」
「うん」

おそらく打ち止めか芳川が、浜面に声を掛けたと予想をつける。そこにフレメアと滝壺がついてきたのだろう。

男二人、入口に突っ立っているのも変なので、とりあえず入ってプールサイドを進む。

「俺ボート持ってきちゃったよ。浮かべてもいいよな? 貸切なんてスゲー!」

やけに大きいバッグを持っていると思ったら、色々用意がいい浜面であった。
小型のコンプレッサーでゴムボートに空気を入れ、いざ水面に浮かべようとしたら、

「いいですね。このミサカも乗せてください、とミサカ一〇〇三二号は丁重に要望を伝えます」

ぷか。

「ずるい。このミサカだって、とミサカ一九〇九〇号も便乗します」

ぷかり。

「待ちやがれ。その権利は息止め我慢大会優勝者たるこのミサカのものだ、とミサカ一三五七七号は、
 ぜぇ、乱れる呼吸をかえりみず主張します」

ぷかぁ。

「!!? はぁぁぁぁぁぁぁああああ! 船幽霊じゃあぁぁぁぁぁああ!」


次回へ続く

ミサカは漢数字番号だと見づらいッス……

漢数字→壱万参拾弐号

確かに…

>>1です

ほんじゃアラビア数字にするかね
10032号 のような表記でいく

ついでに聞きたいんだけど、

「……なンだよ」
「いえ。よく見てるのね、親御さん」
「そろそろブラジャーさせるべきかじゃん?」

↑このような会話文も ↓ みたいに一行空白入れた方が読みやすいかな?


「……なンだよ」

「いえ。よく見てるのね、親御さん」

「そろそろブラジャーさせるべきかじゃん?」


私はマウスいっぱいクルクルするのめんどい派なので、ずっと改行してこなかったが……


いつも楽しみにしてますよ。


ミサカ一〇〇三二号とかの表記は公式だっけ?
公式なら問題ないどころか本来はそうしないといけないけど、作者が余りに見難いと判断した場合は個人の自由だと思う。

空行も作者が余りに見難いと判断した場合は自由だと思う。

それも含めてSS独自の形式をどのくらい取り入れるかは作者のさじ加減だと思う。
俺は昔、完全小説形式でSS書いたけど、書いた自分自身も見難くてしょうがなかった。
一ページあたり一行四十二文字、十七列、段落は字下げ、数字は固有名詞以外を漢数字で統一とか、紙媒体ならいいけどPCで見るもんじゃないね。

縦書きと横書きの違いだわな
縦書きだとアラビア数字の方が見づらいが、横書きだと漢数字の方が見づらいという

>>205 すごく的確なアドバイスだありがとう!

>>206 そういうわけでやっぱアラビア数字にする

続きいきます


一方通行と浜面の同居人達がようやくやってきた。

「キャッキャッ」
「走ると危ないわよ。滑るから」

芳川の警告空しく、かぁたんは早速転んだ。
甲羅で衝撃が軽減されて痛くはなさそうだが、うごうご蠢いて起き上がれない。
丸い甲羅が揺りかごのように作用して自由がきかないのだ。

「今こそ恩返しのチャンスだ!」

フレメアが駆け寄り、かぁたんを助け起こす。自分も転びそうになっていては世話は無い。
よろける幼女を見て、腰を抜かしかけていた浜面は恋人と被保護者の元へ。
おっかなびっくり振りかえった水面からは、妹達がゾロゾロ上がってくるところだった。

「実際にこの目で見ると小ささが際立ちますね、とミサカ10032号は抱っこ一番乗りを目論みます」
「無駄口叩いている間にこのミサカが……っ、とミサカ10039号は一足早くダッシュします」


全身から水をしたたらせた妹達が、べちゃりと足跡を残しながら近づいてくる。
浜面はよっぽど船幽霊に胆を冷やしたのか、滝壺の背に隠れた。

「クパパー!」

かぁたんは何本もの細い足の間をくぐり抜け、一直線にプールへ。早く水の中へ……

その歓喜と興奮がにじみ出る姿に、誰もが華麗な泳ぎを期待した。

「かぁたんに続け! ミサカ達も行くぞー! GOォォォ!」
「にゃあー!」
「こらー! 準備運動しろじゃんよー!」

黄泉川の叫びは二人が着水する水音にまぎれてしまった。
打ち止めとフレメアは素早く浮き輪を装着し、こちらも水面に向かって大ジャンプ。
このプールの最大深度は二メートルを超えるため、あらかじめ用意されていた。


甲高い少女達の歓声と、二人がまきあげる水しぶき。
浮き輪のおかげで溺れることはない。一方通行は かぁたんの姿を探す。
芳川や滝壺、水から上がっていた妹達も同様に、スイスイ泳ぐ仔ガッパを見ようと集まってくる。
まるで水族館で行われるイルカショーでも見に来た観客の様だ。

「……??」

見当たらない。どこにも。

打ち止めとフレメアそれに気づいた。きょろきょろ周囲に視線を巡らせる。
そこへ、ずっとプールの中にいたミサカ13577号が平泳ぎでギャラリーの元にやってきた。

「皆さま、足元をご覧ください、とミサカ13577号は観光ガイドのように案内します」

一行は反射的に下を見る。

「珍しい溺れるカッパです。それともこれがカッパという個体特有の潜水技術なのでしょうか、とミサカは希望的観測を呟きます」

水中、底の方で緑の塊が苦しげに手足をバタつかせていた。


「泳げないのかよっ!!」


心はひとつだった。
複雑で様々な因果関係を持った面々だったが、放たれた一声はほぼ同じもので。


「わぁー大変だ早く救助を!ってミサカはミサカはっ」
「待ってろ今行くぞ!」

するりと浮き輪から滑り落ち、二人の少女が救助という名の二次災害を自ら招く。

「! この馬鹿野郎ォが……っ」
「ちょちょちょ、待てっておい!」

この場でたった二人の男手が慌てて水に飛び込む。
風呂じゃないのだ。足がつかないここで、底に沈むかぁたんを助けることなど無理に決まっている。

案の定、打ち止めとフレメアは かぁたんに触ることもできずに、中途半端な深さでもがいているだけだった。
一方通行(能力使用モード)と浜面が、それぞれの被保護者を捕まえたところで、番外個体も水の中へ。
こちらは落ちついた風で、へりに手をかけたままゆっくりと。

かぁたんはほぼ飛び込んだ位置のまま沈んでいたので、少年達のようにする必要はない。

「ったくもう」
「ゲホゲホ! キュウ……」
「それでもカッパかよ。泳げないのになんで飛びこむのさ」

カッパでも泳ぎの得手不得手はあると、あらかじめ教本おかげで知ってはいたが、ここまで泳げないとは……

「こりゃチビチビにも浮き輪が必要だ」

番外個体の肩にしがみつき、かぁたんは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「テヘッ」


番外個体が かぁたんを助けたのを確認し、一方通行はたゆたっていた打ち止めの浮き輪に彼女を掴まらせる。
自身も手を掛けて、早々に首元のチョーカーへ手を伸ばした。もう大丈夫だろう。
視界の端では、浜面も同じようにしてひと息ついていた。

まったくこのクソガキどもには、いつもいつも冷や汗をかかされる。二人揃うと効果は抜群だ。

「んー」
「……」

濡れた髪を鬱陶しく振るっていると、眼前の少女が顔を寄せてくる。

「何だ」
「ミサカは溺れちゃったのよ、ってミサカはミサカは王道イベントを期待してみたり」

唇を尖らせて。

「あァ。早速世話ァ焼かせてくれやがったな、クソガキ」
「レスキューイベントはここからが本番!ってミサカはミサカは人工呼吸を求めてみる!」

一方通行がチョップをかまそうとしたが、何かが彼の背中に接触してバランスを取り損ねた。

「そこまでだ、このロリコンが、とミサカ19090号は上司を魔の手から守ります」
「手ぇ出しやがったらこの銃が火を吹くぜ、とミサカ10032号は狙いを定めます。まぁ水しか出ませんけどね」
「あ、俺のボートなのにっ」

浜面が放り出していたゴムボートに乗って、妹の『救助』にやってきた姉なのであった。


「人工こきゅー……! お、大人だ! にゃあにゃあ! 浜面!」
「アホなこと言ってないで、お前もさっさとボートに引きあげてもらえ」

まさかやりたいなんて言わないだろうな。

ここからならプールサイドよりゴムボートの方が近い。浜面は足と片腕で水をかき始めた。

と、そこへ。
陸からピンク色のワンピースタイプの水着を纏った少女が喧噪の中へ飛び込んでいく。
教師らしく「だーから準備運動!」と、まだ注意を促す黄泉川だったが、
今日集まった子供たちはどいつもこいつも言うこときかないワルイ子ばかりだ。

滝壺は今日一番の大跳躍を見せ、ざっぱぁぁあん! と恋人のすぐ傍に。
浮き輪に掴まる一方通行も、ボート上の下位個体に引きあげられようとしていた打ち止めも波に揺られた。

最も驚いたのは、衝撃を一番に受けた浜面とフレメアだ。

滝壺は勢いのままに深く沈み、プールの底を蹴ってこれまた勢いよく二人の前に浮き上がってくる。
ガシリ、と浮き輪を掴み、子供用の小さなそれは三人分の重さを受けてほとんど水に浸かりかけていた。


「わわ、アブねっ……」

自分と滝壺はともかく、このままではフレメアがまた溺れてしまうかもしれない。

直後、浜面の心配はフレメアから己が身の安全へと切り替わった。この滝壺の顔ときたら。

「人工呼吸……? はまづら?」
「なぁ!? ち、ちが」
「にー……。修羅場ってやつか」

ぎゃあぎゃあ喚く声は、音の反響が強いプールの中で誰の耳にもうるさく響く。

「おい、あいつらのとこにも『救助』に行ってやったらどォだ」
「ふむ。痴話喧嘩に介入するのは極めて煩わしく、また、見せつけてんのかコノヤローと不快に思うミサカ10032号ですが……」
「ま、あの金髪ロリは上司の友達だしな、とミサカ19090号は早く押せと一方通行にエンジン役を求めます」

一方通行は再度電極のスイッチをONにし、じゃれあうバカップルに向けてゴムボートを押した。


次回へ続く

乙です
番外個体が面倒見よくて微笑ましい
かぁたんて泳げないんだね
まだ子どもだから?

溺れるカッパ…

シュールですわ

第一位…「もやし」も沈むのでは?

>>216 いいや。かぁたんとほぼ同じ時に生まれた友達仔ガッパは上手に泳げる
かぁたんが極端にヘタッピなのです

>>218 脂肪ないから…… 
浮かないでしょうね

続きいきます


「はーい、いっちに、さーんっし、じゃーんよー」

ややハズれた掛け声のもと、教師の命ずるままに少女達が準備運動をしている。
ほとんどの者がすでに濡れ鼠の様相であったが。

「ほらほら かぁたんも真面目になー」
「クポ! クパ!」

打ち止めの足元では仔ガッパも参加しているが、その動きは滅茶苦茶なものだった。

ミサカネットワークで話題の可愛いカッパに会えるということで、
とある病院で生活をしている妹達は今日をとても楽しみにしていた。

しかし今は珍妙な舞を踊るカッパよりも、正面で指揮を取る黄泉川愛穂の方が気になる。

正確にはその胸が。

「おおおぉう……、見てくださいあの谷間の密着具合、とミサカ13577号は屈伸しつつ顎だけはキリリと上を向けて目を離せません」
「ジャ、ジャンプだと!? はぅっ、おぅっ、なぁっ、なんと!? とミサカ10039号は弾む乳に驚愕します!」
「うぬぬぬ…… 背を反らしても万歳しても悠々と存在を主張してやがる、とミサカ19090号は圧倒的な敗北感を味わいます……」

(なんかやりにくいじゃん……)


準備体操の集団から離れること十数メートル。
黄泉川の集合に従わなかった数名が、だらしなく足を伸ばしてくつろいでいた。

「あぁー、素晴らしい光景だ。女の子達があんな、わぁお……。水着で体操って。なぁ?」

目の周りの筋肉が痛むほど眼球を精一杯端に寄せて、浜面は手や足先を落ち着かなく擦り合わせていた。
堂々と顔を向けて鼻の下を伸ばせば痴漢扱いされるかもしれないし、
なにより滝壺に気づかれてさっきより恐ろしい目に遭うかもしれない。

隣では肩にタオルを掛ける一方通行が呆れた溜息を零すが、そっちに気を取られている暇はなく、
もうすぐ終わってしまう素晴らしき光景に神経を集中しなければ。


少年二人からほんの少し、
荷物が詰まったバッグや弁当が詰められたバスケットがあるだけの距離には芳川桔梗と番外個体。

「紫外線は完全カットされてるんでしょうけど、屋根も窓もガラス張りで日差しがキツいわね。番外個体も日焼け止め塗る?」
「いーよ。ミサカ泳ぎたいし」
「塗って五分くらいすれば、専用クレンジングじゃないと流れ落ちることはないわ」
「ふーん。ミサカよりそこの軟弱な真っ白けに塗ってあげたら?」

誰よりも白い肌を持つ一方通行を指さし、番外個体はいつもの笑み。
浜面は、だからタオルを被っているのか、と隣の彼を見て頷いた(準備運動は終わった)。

「要るかボケ。そこまでヤワじゃねェ」
「恥かしがらなくてもぉ、ミサカがヌリヌリしてあげるよぉ? 日焼けするとイタイイタイだよぉ?」
「いいな! いいなー! 一方通行イイナー! 憧れのシチュだなぁー!」
「オマエはその憧れを実現するための人間関係を構築してンじゃねェのかよ? 俺が達壺に進言してやってもいいが」
「だだだだだだめ、そんなおま、ばっか、はずかしーこと。んっもぅ、できるかよっ」


きゃっ、と両手で顔を覆ってしまった気持ち悪い浜面。
そんな彼の前を横切る人影があった。軽い足音なので、フレメアか打ち止めだと、すぐに分かる。

「ねーねーヨシカワ、ってミサカはミサカは上目づかいで呼びかけてみる」
「あら、これはどんなワガママを言われるのかしらね」
「ミサカも髪縛りたいー」

打ち止めが指さすのは、これもこっちに駆け寄ってくるフレメアだった。
今日の彼女は長い金髪を二本のおさげに結っている。これなら泳いでも邪魔にならない。
それに比べて、打ち止めはさきほど水に飛び込んだせいで乱れに乱れていた。

「ゴムやヘアピンがあれば縛ってあげるけれど……」
「ヨミカワに聞いたけど、余分に持ってないって、ってミサカはミサカは物資の不足を訴えてみたり」


水抵抗を上手く利用すれば、髪を結ばなくてもここまでひどい有様にはならない。
だが子供では、ましてや打ち止めには無理な話だ。

腰にまで届く長髪のフレメアだから、浜面か滝壺(もしかしたら麦野か絹旗かもしれないが)は、
その心配を解消していたのだ。向こうはこんな細やかな保護者の役目さえこなしていたというのに……

打ち止めの髪が肩までしかないといえども、一方通行も人知れず敗北感。


「では売店で買ってきなさい。ついでに かぁたんの浮き輪もね」

芳川からお小遣いをもらった打ち止めは嬉々として走り出す。

「待て! 私が付き添ってや……っ」

打ち止めを追おうとしたフレメアの肩を滝壺が捕まえる。
芳川から、ほら行って、と仕草で合図され、一方通行は舌打ちと共に立ち上がった。


「ほれほれ、こっちにおいで、とミサカ10032号はボートの上から かぁたんに呼びかけてみます」
「クポ」
「ヘイ、そこのイカした緑のベイビー。こっちの浮き輪に乗らないか、とミサカ13577号はナンパします」
「クパ」

浮き輪を入手した仔ガッパは、久しぶりの水泳を存分に楽しんだ。
少しだけなら浮き輪が無くても浮かんでいられるらしく、
自分を取り巻く妹達を休憩所にして、あっちこっちに愛想を振りまく。

「ククク、ここで秘密兵器を見せてやる、とミサカ19090号は……じゃーん。きゅうりー」
「クパー!」

10032号と一緒にボートに乗っていた19090号が、隠していたカッパの大好物を掲げる。
かぁたんは目を輝かせて泳いできた(沈みかけながら)。

「なんて卑怯な、とミサカ10039号はしてやられます」
「このミサカだってきゅうりを与えようと用意はしてありますが、もちろん陸地に置いたまま。
 今ここでそれを繰り出すなど……っ、とミサカ13577号は歯噛みします」
「こぉーらー! 水の中で食いもん食わせるなー!」

黄泉川は持参の水中眼鏡をかけて、
ザッパザッパと二十五メートルのプールを往復していたのに、子供の行いはよく見えている。


「ちっ。あの乳にはさからえません、とミサカ19090号はきゅうりをしまいます」
「キューッ?」
「19090号に同意です、とミサカ10032号はボートをプールサイドに進めます」

目の前できゅうりが隠されてしまい、かぁたんがっかりする。
そんな仔ガッパを10032号がボートに乗せようとしたところ、真下から現れた番外個体にアイドルを奪われてしまった。

「っぷは!」
「クワ!?」

番外個体の背に乗って、かぁたんは妹達から遠ざかる。

「信じられません。四六時中 かぁたんと暮らしていながらミサカ達からカッパを奪っていきやがりました、
 とミサカ10032号は驚愕します」
「おのれ。バストだけならず かぁたんまで手に入れる気なのか、とミサカ10039号は末っ子の貪欲さに敵意を抱きます」

ボートや浮き輪を放棄し、妹達は水中追いかけっこに興じる。

「うわおっかねー。追って来た」
「キャッキャッ」
「ん? たのしー?」
「クポー!」
「そりゃよかった」

背の仔ガッパが溺れぬよう、気をつけながら泳ぐ。
そんな泳ぎ方では追いつかれるのも当然で、番外個体は早々に上がって難を逃れた。
ずっと泳いでいたので、休憩を取ろうと思っていたことでもあるし。

「ほい。またあいつらと遊んできな」

よこせ、よこせ、と水面から手を伸ばす妹達に かぁたんを渡し、番外個体は悠々とリラックスタイムへ突入。


イルカに乗った少年ならぬ、ミサカに乗ったカッパ

次回へ続く

なにこの楽園

かぁたんもげなくていいからちょっと交代しろ

>>1乙、海原や黒子には天国に見えそう…


と、思っていたが。

「レジャーシートだけ。タオルだけ。こんなんじゃやってられないね」

硬いプールサイドにそんな敷物だけでは味気ないし、なにより尻や背中が痛い。
ここは競技用としても使用されるプールなので観客席もあるが、
水から離れてしまうし、寝転がったりすることはできない。

番外個体はもっとゆったり休憩したいのだ。

このプールに来る途中に見たあのパラソル。あのビーチチェア。
他のリゾート系のプールには置いてあった、あのような、いかにもというグッズで休みたい。

でもここには無い。

「だったら持ってこよう。うん。当然の行動だ」

二十分後、流れるプールやウォータースライダーがあるリゾート系のプールから色々失敬してきた番外個体。
さも当然といった彼女の堂々とした態度が幸いしたのか、監視員や職員に見咎められることはなかった。


「オマエ、これは一体どこから持ってきやがったンだ」
「ここじゃないトコからに決まってんでしょ」

がちゃがちゃ、かちゃん、とビーチチェアを設置し、番外個体はそこに寝転ぶ。
張られたビニールが、濡れた皮膚と摩擦して耳触りの悪い音を出した。

一方通行は上着を着て腕を枕にしていたが、物音と振動に身を起こすと横にはビーチチェア。
おおよそ褒められない方法で持って来ちゃったんだろうと、少年は嘆息した。

「フルーツがいっぱいぶっ刺さった甘ったるいジュースでもありゃ完璧なのに」
「……」

そういえばそろそろ腹が空いた。時間を確認すると、まさに昼時である。
ランチが入ったバスケットを見、次いで作った黄泉川を見、一方通行は思案する。

二十五メートルの往復はひと段落した黄泉川は、打ち止め、フレメアと一緒に戯れている。
浜面は滝壺と一緒に取り返したボートの上。
病院暮らしの妹達は言わずもがな。かぁたんが構われ過ぎて疲れないか心配してしまう。

芳川は浮き輪に揺られながらプールの隅っこで読書。
番外個体は昼食の事を忘れているのか、まだ空腹ではないのか寝る様相だ。

(匂いがすりゃ寄ってくるだろ)


一方通行は新しくレジャーシートを敷き、その上に昼食を並べ始める。
大きな水筒からスープを注ぎ、首のチョーカーに手を伸ばす。
広い空間では匂いが伝わりにくいため、気流を操って他の面々の嗅覚に訴えるのだ。

飯だぞー、と。


思惑どおりだった。

すぐに全員やってきて、滴る水を拭いはじめる。
かぁたんはそのまま一直線で、御馳走を前に腹を鳴らして涎を垂らした。

「そういえばそんな時間だったじゃん」
「おいしそー!ってミサカはミサカは唐揚げの前にスタンバイしてみる!」

打ち止めを皮切りに、みんな座り始める。
どうしたものか、と様子を伺っていた下位個体達も、黄泉川と芳川に促されて正座した。

「浜面君達も一緒にどうぞ。そのつもりでたくさん作ってきたのよ、愛穂が」
「俺達は売店でなんか買おうと思ってたんだけどよ、そう言ってくれるなら食わせてもらおうか」
「うん。お返しにデザートは私達で用意しようよ」

フレメアは打ち止めとほぼ同時に着席してしまっているし、浜面は横の滝壺に同意を求め、彼女の案に頷く。

番外個体以外が食べ物の周りにぐるりと円を描き、「いただきます」の号令。


「ミサカにおにぎり取ってよ。梅じゃないやつ」
「寝ながら食べるなじゃん」
「遊んでるときぐらい大目に見てほしいな。ねぇ かぁたん持ってきてよーぅ」
「クポポ?」

ごろ寝の不良娘は、仔ガッパを使いパシリにする気だ。
素直な かぁたんがおにぎりを持って番外個体に近づいていくものだから、
一方通行がビーチチェアの足を持ち上げて番外個体をひっくり返した。もちろん能力を使って。

「いったぁ!」
「さぁさぁ、行儀悪い子は観念して、ここに座んなさい」

芳川が席をつめてスペースを確保する。そこに胡坐をかいたら、今度は黄泉川に膝を叩かれるのであった。


「どうぞ、とミサカ10039号は きゅうりを進呈します」
「いやいや、こっちをどうぞ、とミサカ19090号は10039号を遮ります」
「なにしやがるこのー」
「やんのかおらー」
「クハァ……」

カッパの大好物であるきゅうり。
自分が用意してきたそれを食べて欲しくて、小競り合いを繰り返す妹達である。
かぁたんは両手にきゅうりを持っているが、食べていいのか困り顔だ。


食事が終わり、浜面と滝壺が奢ってくれたデザートで別腹を満たす。
アイスを舐めたりスプーンを口に運びながら、病院暮らしの下位個体達がチラチラと一方通行を見ては何事かを囁き合っていた。

「……なンだよ」
「用があると言えばあるのですが、とミサカ10032号は言葉を濁らせます」
「?……」
「ええい。やはりこういう役割は幼女たる上司が最適だ、とミサカ10032号は丸投げしてします。頼んだぞ、幼女」
「あのねー、あなたの能力でプール遊びがしたい!ってミサカはミサカの代表でリクエストしてみたり!」
「にゃあ。大体あなたは全然遊んでない。もう少し子供の相手をしてくれてもいいはず」


こんな時だけ子供の特権を振りかざすのは、まさに子供の証なのだが。
それはさておき、多くの者がこの後の時間が楽しいことになるのを確信した。

ここはただの競泳用で、流れもしないし波も起こらないし、ましてや滑り台なんかあるわけもない。
それは承知でレジャーに来たのだが、受付からここへ歩く道すがら、
または売店へ買い物へ行く時に見かけたリゾート系のプールを羨むな、というのは無理な話で。

「やったれよ、それくらい。安いもんでしょーが」

言葉に詰まる一方通行を、アイスのコーンを齧りながら番外個体が煽る。

「末っ子をいたぶるのに比べたら、よほど有意義な使い道だとは思いませんか、とミサカ13577号は主張します」
「お、イイこと言うね。もっともっとー」
「俺がしょっちゅう番外個体を折檻してるみてェに言うンじゃねェよ。やらない、とは言ってない」


そんなわけで腹休めの後、一方通行はプールの端にいた。芳川以外が期待と興奮の顔で彼を見つめている。

「おぉ、波がきたぞ!」
「はまづら、落ちないでね」
「それはこのちびっ子に言ってやれ」

ゴムボートには浜面と滝壺。それぞれフレメアと打ち止めに万一の事がないように手を掴んでいる。
あとは浮き輪やビーチボールに掴まっていたり、黄泉川や番外個体のように水中を泳いでいたり。


「かぁたん大丈夫ですか、とミサカ19090号は気遣います」
「キャッキャッ! ケケケケケ!」
「とても楽しそうです、とミサカ10039号は自分の手柄のように得意になってみます」
「ミサカのおかげだ!ってミサカはミサカはおねだり能力の高さを誇ってみる」
「違うんだにゃあ。あの人のおかげだ」

珍しくフレメアが正しいと評した浜面だった。


「けっこう調子に乗っているわね。水がはみ出しているじゃないの」

一人プールサイドに残っていた芳川が、濡れては困る荷物を移動させる。
安全地帯まで運び終わる頃には、みんなの歓声と笑い声がピークに達しており、さすがの彼女もそれにつられてしまった。

「溺れたら助けてね!」

そう叫んで、珍しい物を見るような珍しい表情の一方通行の頭上から飛び込んだ。


ここまで波が大きくなると、しばらくは能力を行使しなくても大丈夫だ。

一方通行は電極のスイッチを通常モード戻し、自身を水の中へ沈める。
浮力が働く水中では杖がなくても足が使えた。
もっとも水深が深いので息継ぎが必要になるが、いざとなっても彼なら溺れることは無い。

中心あたりへさしかかった頃、彼の足を引っ張る不埒者が。番外個体だった。

(この野郎)

再び電極のスイッチが入れられ、番外個体に向かって力強い水流が押し寄せる。

「ぎゃーっはははは! ポロリでも狙ったわけぇ!?」

噴水に押し上げられたように、彼女の体が飛びあがって落ちて行く。
下へ押し沈めることもできたが自重してやったのに。
まぁそこは分かっていながらも減らず口が出るのが番外個体だ。


「それミサカもやりたーい!ってミサカはミサカはダーイブ!」
「私も! にゃー!」

懲りない少女達が、浜面と滝壺の隙をつく。
慌てて二人の浮き輪がボートから投げ込まれ、一方通行は二人にそれをくぐらせた。

「浜面ァ! しっかり見てろよ!」
「無茶言うな! 片っぽはお前んとこの責任だ!」
「アクセラレータ、はやくこのボートにもやって」

第一位の叱責など物ともせず、普段は眠そうな瞳を輝かせる滝壺。

え? という反応の浜面をよそに、彼女は一方通行に目で身振りで訴える。

「ふン、ひっくり返っても恨むなよ」
「待てよ、心の準備がぁああああああああ!?」


波に揺られ、時に噴水によって押し上げられ。

一段と軽い かぁたんは浮き輪から放り出されてしまい、みんなを焦らせた。
波の中での救助は困難で、やはり一方通行が底からすくい上げる。

怖いとは思わず、終始笑っていたが。

妹達も、黄泉川と芳川さえ大人げなく……


全員がへとへとになるまで、電極のバッテリーはもってくれた。


後日、一方通行は冥土帰しに呼び出された。

「この間の検査の結果か?」
「うーん、それもあるけどね? 本題はそれじゃないんだ」

はい、と一枚の紙切れを渡される。一番早く目に入ってくるのは、数十万円の請求額。

「……」
「かなりはしゃいでくれたみたいだね。みんな楽しかったと言っていたよ」
「……そォか」

ベクトル操作によってプールの水は大量に外に溢れ、一部は壁や観客席にまで飛び散り。
清掃代や水道代、消毒薬代が冥土帰しに請求されたのだ。

「僕の提案で決行されたわけだからね? 君に全額払わせる気はない。仲良く折半といこうじゃないか」
「分かった」

笑っているが、内心は分からない。この医者は底が知れない。

「ところで かぁたんは泳ぎがヘタだったって? プールで練習したいなら、また口をきいてあげようか」
「嫌味かよ。当分は結構だ」

当分の間は。


次回へ続く

乙でした


波にはしゃぐ芳川さんかわえーーー!!!!!

>>1乙 第一位、良い父親だ。

>>242 最近私は芳川さん萌えなので

続きいきます


かぁたんはとても慣れた。この家にも、共に住む人々にも。
それは喜ばしいことであるが、遠慮がない仲になった、とも言える。

家の中のどこに何があるのか覚えたし、一方通行達の行動パターンもある程度読んで行動するようになった。


ある日の午後。「クワァー」と欠伸をひとつ。
かぁたんの他には一方通行と打ち止めしかいない。

面白いテレビ番組は夕方までない。おやつもまだ。
お昼寝もしたくない、ときたならば、何か遊びを発見して時を過ごさなければならない。

「……ハッ」

として、いそいそとキッチンへ姿を消した。

「あなた、かぁたんが台所へ行ったよ、ってミサカはミサカは小声でお知らせしてみる」
「知ってる」

仔ガッパは左手に何かを握り、リビングに戻ってきた。

「ケケケ、ウケケケ……ふんっ!」
「イタ!ってミサカはミサカは攻撃を受けてしまったり!」

かぁたんの変な能力。鼻から米。


黄泉川家の米のしまい所を覚えた かぁたん。
ここ最近、鼻に詰めた米を鼻息で飛ばし住人にぶつける、というイタズラをするようになった。
番外個体にやったら容赦なくお皿をぐりぐりされたので、彼女の留守を狙っている。

「ふん!」
「っ、……てェ」

痛い、という声が出るも、たかが米なので全然痛くない。

「こいやぁ!ってミサカはミサカはうちわ装備で応戦してみる」
「ハイ反射、反射ァ」

打ち止めはこのイタズラをコミュニケーションのひとつだと認識しているのか、あまり かぁたんを咎めない。
一方通行は叱るのが面倒なだけかもしれないが。

打ち止めは米の軌道を読んでうちわを盾に。
一方通行は反射を使って防ぐ。

米の反射先は 単純にかぁたんばかりではない。
明後日の方向に飛ばすこともあるし、たまに反射せず、わざとダメージを負ったりしてランダムにしている。

(じゃねェと、俺に攻撃しても無駄だと学習しちまうからな)

「ふん!」
「なんの」
「ふん、ギャ!?」
「ばァーか」
「ふん!」
「はぅっ、防ぎ損ねた、ってミサカはミサカは防御率の低さに危機感を抱いてみたり」


やがて手の中の米も尽き、イタズラタイムは終わりを告げた。
楽しいひとときだったが、この後が少々面倒臭い。

「ささ、拾ったお米はここに入れて、ってミサカはミサカはお皿を持ってきたり」

食器棚から適当な小鉢を選び、そこに散乱した米を回収する。
かぁたんの手は小さいが、それでも尚小さい米粒はいくつ撒き散らされただろうか。

ソファの隙間やテーブルの下。自分達の衣服に引っかかってはいないか。
ちまちま、ちまちまと地道に拾う。

「もォいいンじゃねェの? こいつの手に握れるとしたらこンくらいだろ」
「そうだね」
「クポ!」
「お、まだあったのか、ってミサカはミサカは諦めない かぁたんを讃えてみる」


打ち止めと かぁたんはダンボールの板と集めた米をベランダに持って行き、

「はいここにザラー、っとして、ってミサカはミサカは準備OK」
「クワ〜」

ダンボールの上に米を撒いて部屋に戻る。
レース生地のカーテンを半分だけ閉めて、待つことしばし……


「はっ、来た! 来たよ!ってミサカはミサカは小声で観察成功を報告してみる!」
「キャー」
「あンまり動くと逃げるぞ」

膝を立ててソファの背もたれから顔だけを出す様子は、車窓に夢中になる電車内の子供の様だった。
ベランダを見守る打ち止めと かぁたんの視線の先にはスズメ。

嬉しそうな二人に急かされ、一方通行も上半身をよじって振り向いてやる。
三羽の小鳥がツンツンと米をつついていた。

鼻に詰めたものを米びつに戻すのはちょっと、ということで行き着いた処理方法がコレだ。スズメに食べて頂くのだ。

「かわいいねー、ってミサカはミサカはスズメの可愛さがここまでとは盲点だったり」
「クパ」
「可愛いからって、これ以上餌をやるのは禁止だかンな。分かってるか?」
「うぃー、ってミサカはミサカはしぶしぶ承知してみる」

度を越して餌付けすると、ベランダの許容範囲を超えた個体数が集まる可能性がある。
果ては鳴声や糞害といった問題を引き起こし、ご近所から苦情が出てしまうだろう。

小さな手の一握り。これくらいが丁度いいのだ。


「クパポ、クポクポ」

かぁたんがスズメを指さし、何かを訴える。首をひねる人間達だったが、協力して解読した結果、

「スズメを触りたいのかな?ってミサカはミサカは見当をつけてみたり」
「ウンウン」
「食う気じゃねェだろうな」
「クポ!」

違う! と激しく首を振られた。カッパにとってもスズメは可愛いく思えるらしい。

しかし、

「ク、ワー……」
「チュ!? チチチチチチ」
「キュ〜ン」

人(カッパだけど)の気配をほんの少し感じるだけで、こうして逃げてしまうスズメを手に乗せて愛でるなど困難だ。
窓にそっと近づいたつもりの かぁたんは、恋しげに空を見上げる。

「元気だしてぇ、ってミサカはミサカは慌てて駆け寄ってみたり!」
「クゥ」

一方通行は焦りなどしない。このカッパがとても単細胞だということはよく理解している。

「ほれ」
「キャアアー」

きゅうりの威力は絶大だ。

打ち止めの手をすり抜け、かぁたんはきゅうりの元に一直線。

「ミサカの心配を返せ!ってミサカはミサカはきゅうりの足元にも及ばなかったりー!?」


次回へ続く

>>168 こんな風に料理しましたよ



かぁたんが教育れてる…

ここは芳川さんの甘さの出番やな

タイトル見てハゲるのかと思ったがこいつはいいものだ…

乙でした


「ぬーりぬーり、ってミサカはミサカは力作を完成させてみる」

打ち止めは かぁたんと二人でお留守番である。
久しぶりにお絵描きセットを持ちだして芸術活動に勤しんでいたら、
いつの間にか かぁたんがテレビの前から移動していた。

「……かぁたんも絵、描きたいの?ってミサカはミサカは熱い視線を感じ取ってみたり」
「クワ」

打ち止めはキッチンテーブルに色鉛筆を置き、画用紙を並べる。
かぁたんを座らせ、色鉛筆を握らせると……

「キャッキャッ」

(おぉぉぉ、軽快な手さばき、ってミサカはミサカはもっと早くお絵描きさせてみるんだったと後悔してみたり)

絵を描く、という行為になんの戸惑いもない。おそらく学園都市に来る前から、慣れた一人遊びなのだろう。

少女は自分のお絵描きを中断し、横目で仔ガッパの創作に注目。

「独創的で前衛的でシュールだね、ってミサカはミサカは言葉を選んでみたり」
「クポ?」
「いいのいいの。気にしないでどんどん描いて、ってミサカはミサカは画用紙おかわりもういっちょー」


一方通行と番外個体は近所のスーパーマーケットに買い物に来ていた。
銀行やクリーニング店も巡ったので、打ち止めと かぁたんは置いて行かれたわけである。
ここが最後の目的地だ。さっさとお使いを終わらせて帰りたい。

「ちょっと、最終信号が、画用紙か…… とにかくなんか紙買ってくれ、だとさ」
「はァ?」

あとはレジをくぐるだけだというのに、番外個体が一方通行を呼び止める。

「チビチビと二人で落書きしてんだけど、もうすぐ紙が底を尽くみたい」
「コピー用紙にでも描いてろ」
「……デカくないと創作意欲がうんぬんかんぬん言ってる」
「面倒臭ェな」

舌打ちする一方通行。見越したように彼の携帯端末が鳴る。打ち止めからだった。

『おーねーがーいー!ってミサカはミサカは願いの強さを声の大きさに乗せてあなたに伝えてみる!!』
「うるっせェェェ!!」


ミサカネットワークを介して手早く欲しい物をおねだりしたが、一方通行が簡単に了承してくれないようで……
打ち止めは電話を掛けて直接交渉を試み要求を通した。

後に残るは精神を消耗した少年の不機嫌顔である。

「どーせあなたは最終信号の言うことならきいてあげちゃうんだから、無駄な手間は省くべきだと思う」
「オマエもうるせェよ」
「ミサカはおチビみたいに大声出してないけど?」
「俺の精神がうるせェと感じたら、それは確かに騒音なンだよ」
「りっふじーん」

B4サイズの画用紙が追加され、二人はやっと家路に着いた。


しかし帰りついた我が家では、キッチンという名のアトリエがひどい有様になっていて、一方通行はさらに消耗することになる。

床にはカラフルな紙が散乱し、細かい木屑も積もっている。
踏むとパリパリ鳴った。これも色鮮やかで、色鉛筆の削りカスだとようやく気づく。

「クソガキどもが、この散らかりようはどォいうこった」
「芸術はバクハツだ!ってミサカはミサカは画伯ぶってみる!」
「クォォォォー!」
「あー、テーブルにも色塗っちゃってる。黄泉川怒るんじゃね?」


留守番組のハイテンションは長くは続かなかった。

お出掛け組二人の呆れ顔と叱責を受け、打ち止めと かぁたんは急に現実に引き戻される。
よくよく見回してみたら、たしかにヤバイ状況だった。

「ミサカ達怒られる? ごはん抜き?ってミサカはミサカは震えてみたり」
「クポクポ……」
「さァな。黄泉川が帰ってくる前に片付けときゃ、なンとかなるかもな」

さっきまでは創作活動。今は清掃作業。
焦って手際の悪い子供達をよそに、一方通行と番外個体は数枚の画用紙を拾って傑作とやらを拝見させてもらう。

「なんじゃこら。何が描いてあるのか全然わかんなーい」
「色も滅茶苦茶だな。もしかして色の見え方、認識が人間とは違うのか?」
「あ、でもこの絵は『人』だ、って分かる。目がピンク……? じゃあこれ、あなたを描いたんかね」


見る? と、番外個体が紙を寄越したかと思いきや、ついと引く。

「あっひゃひゃひゃ、見たいんだー」
「馬鹿が。おら、こっちはオマエとクソガキのツーショットみてェだぞ」

番外個体の目の色が変わった。お互いに交換して紙の中の自分を見る。
それはとてもヘタクソな作だったけど、確かに一方通行と番外個体(と打ち止め)だった。

「えー、ミサカ金髪じゃないのに。チビチビには金色に見えてんの?」

(俺の髪はちゃンと白色で塗ってある……。だが目がピンクってオイ)

「クワッ、クワッ」
「二人ともちょっと手伝ってほしいな!ってミサカはミサカは机がキレイにならなくて焦ってみる!」

洗っても擦ってもテーブルに付いた色が消えない。
自業自得だが、ここは助成を請いたい打ち止めと仔ガッパであった。


次回へ続く

>>252 若ハゲに悩む一方さんか…… 

乙でした


テーブルは結局、一方通行と番外個体の協力を得て綺麗になった。
少しキズがついたが、保護者達が気づかないことを祈るばかりだ。

三人と一匹はリビングに落ち着き、丁寧にまとめられた画用紙を順々に眺めている。
二十枚ほどにもなる かぁたんのお絵描き。どれもこれも色が薄く、色彩の認識がやはり人間と違うらしい。

「でもでも、きゅうりの絵はちゃんと緑で濃く塗ってあるよ、ってミサカはミサカはその予測が当たっているとは限らないと証拠を見せてみる」
「ていうかさ、食べ物の絵は割と真っ当に描けてるんだよね。色も」
「じゃあなにか? 俺達ゃ食いモンより印象が薄いだけってか?」

それは、一緒に暮らして仲良くなった(と思っている)人間にとっては悲しき現実である。

「オマエ、何よりも食い気かよ」
「テヘッ」


残念な現実の他に、気になることがもうひとつ。

「この……、『目』みたいなのは一体なんなワケ?」

番外個体が自分の肖像画(?)の一部を指す。

楕円の中心あたりに黒丸と、まつ毛と思しきちょんちょんが数本。人間の目に見える。
肖像画自体にはちゃんと瞳が二つ描かれているので、抽象画のように顔面から目が飛び出ている、というデザインではない。

「ミサカの似顔絵にもあるけど、『目』は足の下だよ、ってミサカはミサカは謎のマークを探してみたり」

半分以上の絵に『目』が描かれていた。

花瓶に活けられた花にも、テレビの中の変身ヒーローらしきものにも。


「これはヨミカワとヨシカワだよね、ってミサカはミサカはマークを三つも発見してみる」
「この緑人間は、もしかしたら他のカッパか? コイツの知り合いかもしンねェな」
「カックン、カックン」

かぁたんが少年が持つ絵に、嬉しそうに手を伸ばす。「カックン」とは友達の名なのだろうか。
二・五等身の かぁたんだから、五等身のそれは自画像ではあるまい。
がその絵には『目』がない。

『目』は被写体に被っているとは限らず、紙の端ギリギリに描かれていたりと、数、大きさ共に統一性がない。
ただ確実なのは、

「第一位の絵だけやたらとたくさん描かれてるってのは、どーいう意味があんの?」
「謎ですなぁ、ってミサカはミサカは首をかしげてみたり」
「…………」

一方通行自身も不思議だ。

このマークは一体何だ、と仔ガッパに訊いても、

「クポポ? クパペ」

かぁたんはただ部屋のあちこち、あるいは一方通行達を指し示すだけだった。


保護者達が帰宅し、打ち止めは早速 かぁたんの作品を見せてみる。

最初は微笑ましく見ていた黄泉川愛穂と芳川桔梗だったが、
子供たちから『目』の指摘を受けると、やや顔を曇らせはじめた。

「桔梗……、これってもしかして」
「愛穂、余計なことは言わないのよ。気にしない気にしない」
「んー、そうじゃんね。悪い。気の持ちようじゃん」

二人は思い当たるふしがあるものの、勝手に結論に至り、意思を疎通させた。

「どーゆーことなの教えて、ってミサカはミサカは秘密にしないで情報開示を請求してみる」
「さーねー。かぁたん、私達も描いてくれてありがとじゃんよー」
「テヘヘ」
「でも」

バサリ、と画用紙の束をキッチンのテーブルに置く家主。

「テーブルにキズつけたな? あと同色だから見逃がしたんだろうけど、茶色が残ってるじゃん!」
「はいしばらくお絵描き禁止ー」

テーブルの端に置いてあった色鉛筆のセットを、芳川が自室に没収する。

「打ち止めと かぁたんは今夜のデザートおあずけの罰じゃんよ」
「ギャァアアア」
「ぎゃー!ってミサカはミサカは詰めの甘さを呪ってみるー!」

賑やかな黄泉川家。
奇妙なマーク、『目』の話題は大人達によって遠ざけられるのであった。


次回へ続く

業が深いよ一方さん

目……ああ、そういうことか

……え?
もしかして、一方さんの周りの目って、かぁたんの絵が上手かったら、打ち止めや番外の目とそっくりに書かれたりするのか……?

変態とスネークの気配に気付いたか…

心霊現象的なアレか…
いろんな意味で乙


ある日の休日、キッチンにて。

かぁたんは椅子に座る芳川桔梗の膝に乗せられていた。
後ろから彼女が小さな緑の手を取り、ぱちん、ぱちんと爪を切る。

床には新聞紙が敷かれ、そのまま落ちた爪ごと処分できるようになっていた。

(あら……?)

爪切りを終え、曲げていた腰を伸ばす。そこで芳川はあることに気づいた。
確証を得るために、かぁたんを抱えたまま自分の部屋へルーペを取りに行く。

はやる心を抑え、リビングにいる三人の子供の元へと急いだ。

「ねぇねぇ」

片手にカッパ、片手にルーペという出で立ちの芳川を見て、思い思いに時を過ごしていた一方通行達が注目する。

「かぁたんがいつの間にか二歳になっているわ。多分」


どよめきを聞きつけ、昼食の準備をしていた黄泉川愛穂も駆けつけた。

「やっぱり。ほらみんな見て」

仔ガッパがひとつ歳を重ねたということを、一人抜け駆けせずにみんなで共有したいと思い、
あらためてルーペで頭の皿を拡大する芳川。

小さな頭部に、五人の視線が集まった。

「ほんとだ! 輪がふたつある!ってミサカはミサカは全然気づいてなかったり!」
「ウチに来た時は、既に二歳になる直前だったてことかにゃん。誕生日を境に、急に年輪が増えたんかね」

少女達が頭を突っつくので、かぁたんは逃げ出す。といっても黄泉川の足元だが。

「皿年輪が実際にどのように増えるのか確認できなかったが、コイツがつい最近満二歳になったことは間違いねェだろう。
 目視でも気づくぐらいだ」
「もしかしたら、昨日か今日かもしれない、ってことかじゃん?」

まさか芳川が かぁたんの爪を切っている瞬間だったりして……

いつかのように、自分を取り囲んで相談をしている人間達を不思議そうに眺める仔ガッパ。


「クポポ?」
「心配しなくても大丈夫。かぁたん、おめでとー!ってミサカはミサカは誕生日パーティーの開催を宣言してみたり!」

打ち止めの宣言に、他の者が目を丸くする。
黄泉川と芳川はすぐに顔をほころばせたが、一方通行と番外個体は戸惑いを隠せない。

誕生日パーティーなど、縁がなかった。

一方通行は言わずもがな。
少女二人は、見た目こそ小学生と高校生だが、生を受けてから一年で、誕生日も判然としない身の上だ。

「なにも、そンなことする必要は無ェだろ」
「まぁ、ウマイもんやケーキ食べて飲んで騒ぐだけでしょ? 楽勝ー」

勝ち負けなど無いのだが。

「二人とも考え違いをしていないかしら? 誕生日を祝う家族の行事よ。必要だし、気持ちが大切なんだから」
「プレゼントも用意しなくちゃね、ってミサカはミサカはスポンサーの活躍を期待してみる」

打ち止めが一方通行の服を引っ張る。今からお買い物に行く気だ。

「私は料理担当じゃん。桔梗はケーキ。打ち止め達は かぁたんのプレゼント係に任命するじゃんよ」


夕方までになんとかしてこい、と仰せつかって、子供達は昼食後外に放り出された。

「キューン」

一人置いていかれる かぁたんが寂しそうなので、あまり長いこと外出してはいられない。
スポンサーは打ち止めに引っ張られ、番外個体にせっつかれて道を急ぐ。

「テキトーに、また子供だましのおもちゃでいいンじゃねェの?」
「もう少し真面目に考えてよ、ってミサカはミサカは注意しつつも妙案が思い浮かばなかったり」
「ミサカもおもちゃでいいと思うけどさー。確実なのはやっぱ」

きゅうりだよなぁ……、と三人同時にスーパーマーケットへ足を向けた。

おもちゃ屋へは、後で行く。


「あんたらが誕生日パーティーってのを、一般的に認識してないのは分かってたじゃん」

言われたことをしただけなのに、なぜお説教のようなことをされるのか。

一方通行、番外個体、打ち止めは一様に不満顔だ。

「でも、さすがに子供の誕生日プレゼントに軽く五桁もかけるのは常識の範囲外じゃんよ。
 大体パーティー自体に疑問を呈しておきながら…… 矛盾してないか?」
「喜ンでンだからいいだろ、別に」



おもちゃ屋さんで、さて何を買えばいいのか番外個体と打ち止めが悩んでいると、一方通行が一人歩を進めて奥へ。
彼は以前ここへ かぁたんと二人で訪れたことがある。
その際、テレビ番組の変身ヒーローグッズのコーナーで盛り上がった仔ガッパのことは記憶に新しかった。

「このスーツを欲しがってたンだが……」
「あー、でもこれ、かぁたんには大きすぎだね、ってミサカはミサカは足の長さも足りないと判断してみる」
「甲羅も邪魔になるし。他にアテは?」

少女二人と同じ見解だったので、一方通行は変身ベルトで妥協するよう仔ガッパに言いきかせたのだ。

(確か、他に欲しがってたモンは)


「コレだな」
「ちょっとデカすぎない? 場所取ると黄泉川がヤな顔しないかね」
「んーと……、三つに分解して収納できるんだって、ってミサカはミサカは説明書を読んでみる」


それはヒーローが乗るバイクのミニチュアだった。
ミニチュアといっても子供が実際に乗って運転でいる代物だ。
大型の掃除機並みのサイズである。
幼児が転倒しないように、分かりにくく四輪になっていて、最高時速は三キロメートル。

お値段は数万円という、子供用のおもちゃの中ではトップクラスの価格だが、
ちょっと普通ではない彼らにとって、これくらいの値段は選択に影響を及ぼさない。

寂しそうな声で鳴いていたので、早く帰ってやらねばと、三人は「もうこれでいいや」と即決で購入してしまった。
スポンサーが大半の資金を提供したが、番外個体も打ち止めもちょっとずつ財布からカンパする。
これは三人からの贈り物にしたかったのだ。


「初めての事なのだから仕方ないわよ。今回は純粋にこの子たちを労ってあげましょうよ」

芳川が助け舟を出してくれた。黄泉川だって三人の心遣いは理解しているが、限度があると、つい嗜めてしまったのである。

「うん……、まあ、じゃん。実際かぁたんはあの調子だし」
「キャー! キャッキャッ! クワッパー!」

パーティーはこれからだというのに、かぁたんは一足先に渡されたプレゼントに大喜び。家中をバイクで疾走している。
時速三キロはぶつかっても何にも被害は無い。

「分かった分かった。黄泉川先生が悪かったじゃんよ。そんな恨めしそうな目で見るなじゃん」

善意の行動が全て吉と出るとは限らない。しかし今回の高額プレゼントで凶となった者がいるか、と問えばそれは否だ。
ただ、子供達の一般常識の無さを再確認して、ちょっと保護者の責任感が騒いだだけである。


「ほらねー、ってミサカはミサカはミサカ達の苦労が正解だったと胸を張ってみたり」
「だったら最初から文句言うな。細けェンだよ。年だな」
「腹減ったよー。もう食べれる?」

まったく反省のはの字もない子供達。
一方通行には特に強めにゲンコツを食らわせ、黄泉川は手を洗ってくるよう洗面所へと促した。


「かぁたん、ツーリングはそれくらいにしてこっちへいらっしゃいな」
「ほらほら、これからチビチビが主役の祭りだぜ? はっちゃけろよ」

楽しいおもちゃも貰えたし、今日はいつもと違うと感じていた かぁたん。
全員に呼ばれて、愛車から降りてキッチンへやってきた。
一方通行からでさえ、「来い」と目で語りかけられたような気がする。

黄泉川が抱き上げて幼児用の椅子に座らせると、いつもより豪勢な料理、テーブル中央に陣取る大きなケーキ。
ロウソクが二本立っていた。

「クハー」

ホールのケーキとは、心が踊る食べ物だ。それは仔ガッパも例外ではなく、かぁたんの目が輝き、涎が垂れ始めた。


ロウソクはまだ灯っていない。番外個体が指先からほんの僅かに放電し、火がつく。
黄泉川によって照明が消され、室内はぼんやりと、あたたかなオレンジに照らされた。

「さん、はいっ、じゃん」

ハッピーバースディ トゥーユー
ハッピーバースディ トゥーユー

お決まりの歌が歌われる。一方通行だってこの歌は知っていたが、声に出す気にはならない。あまりに似合わなさすぎるから。
そんな彼を、同居人達はロウソクの火のように見守るだけだ。番外個体は「あなたも歌えよ!」と合いの手を入れる。

やがて拍手が起き、きょときょとうろたえる かぁたんも、ようやく事の次第を把握した。
みんな自分のことをお祝いしてくれているのだと。
誕生日を理解しているかは不明だが、気持ちは伝わるものだ。

「さぁ、かぁたん火を吹き消して、ってミサカはミサカはケーキをずずい、っとな」

打ち止めがクチバシの先までケーキを持ってくる。

かぁたんは ちょっと火にビビりつつ、大きく息を吸い……」


「パコォンっ」


…………

沈黙が場を支配した。


てっきり「フー」で火が消されると思い込んでいた人間達。
カッパはこんな時でもパコを使うのか。

隣のリビングは明かりがついているので、ロウソクが消えても完全な暗闇ではない。視界は確保されている。

ケーキの上部は三分の一ほどの生クリームが吹っ飛び、辺りに白いシミとなって散乱した。
一方通行の髪は白いので分かりにくいが、たまたま正面にいた彼の被害が一番ひどい。

部屋の照明をつけると、その惨状がいっそう確かなものになって一同のテンションを急降下させた。

「クワァ……」

かぁたん、責任感じてうなだれる。わざとじゃないので勘弁してもらいたい。


「ぷは…… あーっははははははひゃっははー! あなたのその顔! チョ〜甘そうなんですけどー!!」

番外個体の大笑い。一気に下がったテンションが、それ以上の早さで戻ってくる。かぁたんはほっと一安心。

「確かに。もったいないから舐めてやろうかじゃん?」
「結構だ、馬鹿野郎ォ」

自分の指で拭い、自分で舐める。デザートが最初に口に入ることになってしまった。
各自一方通行を見習って、舐められるクリームは舐めてから、タオルやティッシュペーパーで一時的に体裁を取り繕う。

「おいしいわね、このケーキ。スタンダードに苺ショートにして正解だったわ」
「抉れたケーキをきっかり等分するのって難しいね、ってミサカはミサカは……」
「こらこら、そんな震えた手で刃物持つなじゃん!」

他の料理も生クリーム爆弾を被っていたが、些細なもので、味にそう影響は無い。
体や部屋をキレイにするのは後回しにして、パーティーの始まりだ。


テーブルの上の料理もほぼ片付き、各々見栄えの悪いケーキをたいらげたところだ。
保護者達は酒も入り、姿勢も顔もだらしない。

「いやぁー、かぁたんの誕生日のおかげで美味い酒が飲めたじゃーん」
「やーね、愛穂。それじゃあわたし達が誕生日を利用して飲んだくれたいダメ人間みたいじゃないの」
「クパポ?」
「酔っ払いの言うことなんて相手にしなくていいよ」

番外個体が、かぁたんを膝に呼ぶ。

「それにしてもチビチビが二歳たぁね。このミサカ達より年上だったんだー」
「言われてみれば!?ってミサカはミサカはお姉さんぶっていたのにその事実に衝撃を受けてみたり」

確かに、この世に産まれてからの純粋な日数だけなら、かぁたんの方が番外個体と打ち止めより長いことになる。
二人とも、それでも かぁたんを弟扱いするのを改めるつもりはもちろんない。

「こいつが一歳になった時は、どこにいたンだろォな……」

なんの気なしに口から出た言葉だが、みんな一方通行を見て動きを止めた。

一歳の誕生日は、かぁたんはあの写真の男に祝われたのだろうか。大事にされていたのだろうか。
『カックン』とやらの友達もいるようだし。


「本当は帰りたいのかな、ってミサカはミサカは寂しさを感じさせない健気な かぁたんを不憫に思ってみる」
「どうかしら。とっても能天気に、食い意地たっぷりに過ごしているように見えるけれど」
「……だからといって、ミサカ達にはどうしてやることも出来ないでしょ」

番外個体は、写真に写った飼い主らしき男を見て恋しそうに鳴く かぁたんを見ている。
帰れるなら、会えるならば、この仔ガッパは行ってしまうに違いない。

「暗い雰囲気嫌じゃーん! 大事なのは今! そしてこれから! 笑え! 飲めー!」
「そうだそうだー!ってミサカはミサカは飲酒というオトナな行為に憧れを抱いてみる!」
「ダメよ」
「ちぇー、酔ったヨミカワ、ヨシカワなら許してもらえると思ったのにな」
「いつか隙を見てミサカがおチビに教えてやんよ。かぁたんも飲みたい?」
「パコン」
「二人が酔い潰れてよォが、俺が許すはずねェだろォが。クソガキども」

カッパは大層酒が好きと、『カッパの飼い方』に記述があったが、成長するまで飲ませないのがいいとあった。それは人間と一緒だ。

「こんな楽しいパーティーならしょっちゅうやりたいじゃんね。次はいつにする?」

いつといっても……

「そぉいや、一方通行と番外個体と打ち止めの誕生日って? 去年はそんな暇なくて誕生日やんなかったけど」
「……いつかなぁ?ってミサカはミサカは唯一ハッキリしてそうなあなたに訊いてみたり」
「忘れた」


子供達三人の出自、事情は複雑だ。誕生日など意識したことはない。

黄泉川は友人に目で問う。問われても、芳川も返答に困ってしまう。三人の背景を良く知っているだけに。
明確に答えられないとみるや、黄泉川は景気良く両手を叩いた。

「うん! じゃあこうしようじゃん! 一方通行達が初めてウチに来た日を誕生日にしよう。そうなると……、次は番外個体じゃんねー」

あっさり決められた。

「わぁー、ミサカとあなたの誕生日同じだね!ってミサカはミサカは舞いあがってみたり!」
「俺、あの日ほとンどここにいなかったンだが」
「細けェことは気にするなじゃん! しまったな、もう少し早く決めてりゃ二人のお祝いできたのに……」

今は秋。一方通行と打ち止めが黄泉川愛穂のマンションに初めて来た日から、丁度一年が過ぎた頃であった。


「やっほう。ミサカへのプレゼントは気合い入れてもらわないと、満足してやんないよー?」
「かぁたんも、その時は番外個体をお祝いしてあげてね」

芳川の言葉に、しばし番外個体の膝の上で首を傾げる仔ガッパ。

「クポ」
「えぇー? きゅうりなの? しかも今じゃないし、食いかけだし」

ずっと手に握っていたきゅうり一本が、彼女に差し出された。今夜は嫌というほどきゅうりを食べた。

「そいつにとっちゃ、きゅうりをやることが最大限に祝いなンだろォよ」
「テヘヘ」

初めて開催される黄泉川家の誕生日パーティーの夜は、楽しく更けていくのであった。
これも かぁたんがやってきてくれたおかげだろう。


次回へ続く

>>267 絵が上手になると、写実的に描けるようになる。
かぁたんはヘタクソなので『目』で表すが、普通(?)の心霊写真みたいになるよ


打ち止め「ヨミカワとヨシカワの誕生日は?ってミサカはミサカはそれもお祝いしたかったり」

芳川「わたし達はもうお祝いされても嬉しくないのよね」

黄泉川「……じゃん」

>>285
おっつー。かぁたんには何が見えてるの?飼い方未読だから説明あると助かる。

10031人分の妹達だろ?

……フレメアの後ろにごつい男が見えたりするんだろうか?

>>286 オバケです。カッパはほとんどの個体が見える。

妹達もいるだろうし、猟犬部隊もいるかもしれんし、いろいろいるかもしれん。
かならずしも妹達全個体が憑いているとは限らないかも。

通りすがりの浮翌遊霊さんが寄ってきてたりね。「なんかあそこ霊だかりできとんなー」的な。

これは個人の生死観、宗教観が関わってくる、意外にデリケートなネタでしたね。

>>288
お、サンクス。カッパには霊が見えるのか。一方さん、包まれてるなww

河童は水妖棲、この世とあの世の狭間が見えても不思議はないか…


他にもカッパには驚きの能力があるんだけど、それを紹介しきることなく終わりが近づいてきました。

続きいきます。


番外個体と打ち止めは、かぁたんを連れて散歩に行っている。
黄泉川も芳川も出掛けているので、家には一方通行ひとりきり。

彼はたった今、携帯端末で通話を終わらせたばかりだった。相手は土御門元春。

魔術サイドとしての土御門にカッパに関する情報の提供を(可能なら)頼んでいたので、経過報告を求めたのだ。
これは上条当麻の紹介でもある。良きにしろ悪きにしろ、土御門とは知った仲の彼である。
それなりの信頼でもって、科学とは対極的な観点からのアプローチを睨んでいたのだが、

『すまん。全然分からん。ねーちん……、こっちの重鎮な。河童がいるなら見たい、って言うくらいだ』
「役立たず」
『ちょっとは下手に出る、という処世術を覚えろ。この先困るぞ』


(病院での検査結果も、俺の予想の範囲内のものだった)

プールへ行く前に行った かぁたんの診察。冥土帰しの助力も得て、徹底的に調べたが、
圧倒的な謎や、新たな事実が明らかになった……わけではない。


血液型はA。人間と酷似する骨格、筋肉組織。高い知能。
遺伝子データも、まったくの未知ではなく、甲羅やクチバシがある生き物と似ている部分が見られた。
たとえば亀。たとえば鳥。
教本には卵で繁殖すると書かれていたので、産卵する生物と似ているのでは、との予測も当たった。


(完璧に、動物だ)

一方通行達が生きるこの世界に、たった一匹のカッパだけど。
思わず上条当麻の幻想殺しを警戒してしまったが、こんなにもあの仔ガッパは現実だ。

(きっと上条が触っても平気なはずだ)

少年はそう結論付けた。

切り離した毛と爪になんの変化も無かったように、本体も影響はないだろう。かぁたんは、幻想ではないのだ。

機会があれば、上条に かぁたんを接触させようと考えていた。


「多分とかおそらくで、わざわざ危険を冒す必要はないでしょ」

その提案を聞いた番外個体は良い顔をしなかった。

「確信はあるンだが。まァ……、こっちから三下に会いに行く気はねェよ」
「あなたがそう言うなら、きっと大丈夫なんだと思うけど、ってミサカはミサカは
 番外個体の心配も理解できるから無理強いはしなかったり」
「ふん」
「クハ、クハー」

不穏な空気を感じて かぁたんが慌てた。何でもないよ、と打ち止めは仔ガッパの気を逸らす。

「久しぶりに歯ブラシで甲羅をゴシゴシしてあげる、ってミサカはミサカは服を脱いで欲しかったり」
「クワ!」

かぁたんは大喜びで少女の前に転がった。静かで愛おしい時間だ。
この瞬間が続くなら、幻想殺しの問題はそんなに大事ではない。


そう思いつつも、同じ街に住み、浅くはない因縁を持つ上条当麻といつまでも会わないでいることは難しい。

一方通行が『接触』を許容できると判断してから半月が過ぎた。
ある日の夕方、彼の幻想殺しは黄泉川家に来ている。


いつかのように街中で会い、そのまま自宅へと誘うことにしたのだ。
一方通行は番外個体と一緒に買い出しの帰りであり、彼女はやはり危惧を抱いたようだが、

「ま、ミサカも大丈夫だとは思うけどさ……」
「だったらそンなシケた面、いつまでもしてンじゃねェよ」

(ねぇねぇとうま、みさかわーすともあくせられーたも様子が変だよ?)
(おう。急に『来い』って言われたけど、何なんだろうなぁ)

インデックスも一緒にいる。
彼らは玄関をくぐった所で内緒話をしており、廊下の向こうから一方通行に、早く来い、と呼ばれた。


「あー! ヒーローさんだ!ってミサカはミサカはいきなり決定的瞬間が訪れたことを察してみる!」
「パコン」

リビングでは打ち止めと かぁたんが留守番をしており、上条とインデックスを出迎えてくれた。
保護者二人は、まだ帰宅していない。

「おいおい、あぶねーぞ。こっち来るなよ」
「クポクポ」

一度だけしか会ったことのない人間二人を、かぁたんが覚えているか分からない。
だが親しげに近づいていく。上条は間違って右手で触れないように万歳しながら仔ガッパから距離を取った。

「いい」
「え?」
「触ってもそいつは消えない」

一方通行の言葉に、上条はぐるりと周囲を見回す。
打ち止めはアホ毛を揺らして頷き、番外個体も顎をしゃくって同意を示す。最後に目を合わせたインデックスは、

「あくせられーた達は、きっと確信があるんだよ」

一際大きく頷かれ、背中を押された。


「責任、取れないぞ」
「大丈夫だから責任追及なんてしないよ、てミサカはミサカは緊張を隠して余裕を装ってみる」
「万が一、ってことは? 俺が触って大丈夫だとしても……」

それになんの意味があるのか、と問おうとしてやめた。

この小さな生き物が幻想なのか、現実なのか。その違いは一緒に暮らす人にとって重要に決まっている。

「……大事にされてんだな、カッパ君は」

確かな存在として、共にありたいと。

その願いに応えるべく、かぁたんを抱き上げようと背をかがめ、両手を伸ばす。


「軽ーい」
「ッター!」

高い高ーい、と上下に揺らされ、かぁたんは上条の手の中でガッツポーズ。

リビングは自然と安堵のため息で満ちた。



しかし、それは長くは続かない。


次回へ続く

 乙

まさか…

乙でした


まず異変に気付いたのは上条だった。

「ん? 何だ? 冷てっ」

かぁたんを抱き上げた腕に、濡れた感触が。
それはタラタラと止めどなく流れて来て、脇や胴体まで濡れる。

「うお! 水が、どこから」
「あぁ!? まさか久しぶりのお漏らし!?ってミサカはミサカはカミジョウに大被害が及んだことを申し訳なく思ってみる!」
「にょおー!?」

お漏らしと聞いて、大慌てで仔ガッパを降ろす。

「?…… でも冷たいし、臭くないし。お漏らしなの? これ」
「クパ〜?」

かぁたんはお漏らしの自覚がなくて、でも体は濡れていて、自らもおかしいと感じて体を確認する。
その間もどんどん水は溢れてくる。かぁたんを中心として染みだすように。
緑の皮膚や甲羅から染みだしているように見えたが、
よく目を凝らすと何もない空間から突如水道のように流れていた。


「クワ? クパパ?」
「なンだよこりゃあ……」
「やだぁ。どうにかしてよ! 変でしょこれ!」
「か、かぁたん……っ」

飼い主の三人が、あまりの異常に仔ガッパを取り囲む。だがどうしようもない。
ついに水が床を叩く音まで聞こえ、リビングのあらゆるものが濡れ始めた。人間五人の足も浸かっている。

「上条ォ! 何かしたか!?」

まさか自分の幻想殺しが原因なのかと、右手とカッパを凝視していた上条に、一方通行が怒鳴る。

「っ……、いや、特に感じなかったが」
「タイミングが良すぎるんだよいくらなんでも! とりあえず魔術は絡んでないみたい!」

一歩下がったところで事態を見守る上条とインデックス。
上条はこれ以上家の中が水浸しになるのはいけないと思い、

「えと、一旦外に出る? それとも風呂がいいか!?」
「そうだね、まずお風呂に行こう!ってミサカはミサカは排水機構が充実している場所をチョイスしてみる」
「キューン、キュウ〜」

怖くて泣き始めた かぁたんを、番外個体が小脇に抱える。あっという間に体が濡れるが気にしていられない。
纏わりつく衣服が、僅かだが動きを制限してもどかしかった。


ドアに向かって走り出す彼女の邪魔にならないよう、客人の二人が道を譲ったとき、

どばばば!!

「!!」
「番外個体!!ってミサカは……っ!」
「! 待て」

壊れた消火栓のように、水が噴き上がった。もちろん かぁたんを中心として。
そこに飛び込んでいく打ち止めを引き止めようと、一方通行が手を伸ばすが間に合わない。

「きゃっ」
「インデックス!」

呼び散る水は、上条とインデックスにも襲いかかった。
勢いが良すぎて、小石をぶつけられた様に痛みが走る。上条が傍らの少女を庇って覆いかぶさり、

「——……」
「と、とうま。もう大丈夫みたいだよ」
「あ、おぉ」

数秒の後に、二人は周囲を確認する余裕を得た。静まり返った室内には……

「い、いねぇ」
「どうして……?」
「分かんねぇよ。どうなってんだ」

黄泉川家のリビングは、上条とインデックスの二人だけ。
水は二人と床だけでなく、天井や壁までをびしょ濡れにしており、家具やらカーテンやらまで浸水被害を被っている。
滅茶苦茶な有様だった。

(それだけじゃないな。テレビも無くなってるし、テーブルの上にあった雑誌も……)

ソファに置いてあったクッションも。辺りを見回しても、どこにも落ちていない。

「そんなのはどうだっていいんだ。問題は」
「みんな、どこに行っちゃったの」

一方通行達は消えてしまった……


遠い遠い、時代さえも違うどこかで、幻想殺しの少年と禁書目録の少女が途方に暮れている頃……


ガボガボ、ゴボゴボ。ばしゃばしゃ。

光差し込む山の中。普段は穏やかな泉が騒がしい。

「がはっ。一体なんだってーのもー」
「あっぷ、あっぷ、ってミサカはミサカは足が……、なんだ浅いのかぁ」
「……どこだよ、ここは」

一方通行と番外個体と打ち止めは泉の中にいた。
水と土と木々の生々しい匂いが鼻をつく。学園都市ではまず感じられないことだった。

「クワー! クワ!」

かぁたんも三人と一緒だ。いち早く岸に泳ぎ着いて、興奮した様子で呼びかけている。早く来て、と。


セミの鳴き声。鳥の羽ばたき。

ずぶ濡れの人間は呆気にとられる。この大自然はなんだ。自分達は家の中にいたというのに。

「つ、繋がらない。あなた、ミサカネットワークが!」
「……だね。完全に遮断されたワケじゃないみたいだけど、他の個体の意識が遠いっていうか……」
「そうだったら、俺がこうして意識があるわけねェしな」
「能力の使用は?」
「このカンジじゃ、大丈夫そォだが」


「クポー!」

獣道で かぁたんが呼んでいる。走り去った……かと思うと戻ってくる。
岸に上がったのについてこない一方通行達に苛立ち、後ろから押すが、
身長五十センチに押されても膝が折れるだけで進めやしない。

「分かったから待ちやがれ。靴も無ェのにこンな山ン中歩けるかよ」
「水の中にいろいろあるよ、ってミサカはミサカはテレビは引きあげておくべきだったり?」
「お、スリッパはっけーん」

少女達が再度水の中へ。
季節は秋のはずだが、セミの声もするし気温も高い。太陽が出ている今なら寒さで風邪を引く恐れは低い。

(俺達以外にも、部屋にあったモンが色々巻き込まれたのか)

テレビにクッションに雑誌と菓子皿のお菓子。
それらを見るに、単純に かぁたんの近くにあったものがここに流れ(?)着いているようだ。

(上条とシスターがいないのは、幻想殺しの効果というより、運よく範囲外にいたからか)


杖を腕から外さないでおいて幸いだった。そ
の辺の棒きれだって一時しのぎにはなるが、やはり使い勝手が違う。


スリッパは一足しかなく、靴下も履いていない打ち止めに与え、仔ガッパに案内されるように山道を歩き始めた三人。
落ち葉と柔らかい土で覆われているうちは良かったが、やがて剥き出しの石や木の根が行く手を阻みだす。

かぁたんは裸足でも平気らしく、人間の遅々とした歩みに堪え切れない様子だった。

「クゥー……」
「こっちは足いてーのよ」
「疲れたー、ってミサカはミサカはスリッパ下山の辛さを訴えてみる……。歩きにくい」
「俺が一番難儀だろ、どう見ても」

痛い。足が。
服も濡れたままで体に貼り付いて重い。

もう三十分も歩いているが、ここは相変わらず山の中の獣道。
木々の隙間から遠くまで見える景色が時々あったが、山と空だけだった。

一応道もあるし、かぁたんが先導してくれている(はずだ)し、このまま進めばどこかへ繋がっていると思われた。
しかしそこがどこかも不明では、痛い足が益々重くなるだけだ。

一方通行は意を決してチョーカー型電極に手を伸ばした。


「大丈夫なの?ってミサカはミサカは心配してみる」
「念のためだ、ちょっと離れてろ。万が一暴走するようなことがあったら、すぐ代理演算を止めろよ」

少女達が見守る中、一方通行は静かに電極を操作する。

結果はすぐに分かった。
少年の体から、霧状の水が飛び散ったからだ。反射を使って一気に身軽になる。

駆け寄ってくる打ち止めを尻目に、学園都市第一位は地を蹴って跳躍し、岩が剥き出しの崖に掴まる。
今いる山の頂上付近のそこからは、ふもとが一望でき、遠くに電柱、電線、走る電車が見えた。
人工物があったことに安堵する。

(家か? あれ)

平屋ばかりの家屋が集中する一角が見え、方向からして かぁたんはそこに自分達を連れて行こうとしている。

(いや、きっと……)


帰ろうとしている。


次回へ続く

ただいま かぁたんと
いらっしゃい一方さん、番外ちゃん、打ち止め

乙でした



あっちの住人とからんでいくんですね
ワクワクしてきたわ 

>>310 そう言ってもらうとやる気がでる。あんがとね
禁書しか知らない人が大多数だから、そのへん気をつけていきます

番外通行止めの田舎ライフwithカッパ、はっじまーるよー


今のペースでは、あの集落に着くまで何時間もかかってしまう。
それに到着前に足を負傷するに違いなかった。

一方通行は背中に番外個体、両脇に打ち止めと かぁたんを抱えると、

「キャァァァアー!!」
「やっほー!!ってミサカはミサカは絶景かな絶景かなー!」
「背中に意識集中したら殺すかんね!」
「落とすぞ」

番外個体を背負っていては、竜巻を発生させて推進力を得ることは出来ない。
何度か跳躍を繰り返し、時に走って下山する。途中誰にも会うことなく山から降りられた。

道は今までよりもずっと道らしいが、アスファルトで舗装などされていない。
時々踏む小石に顔をしかめながら、かぁたんの後をついて行く。

「ほんのちょっとだけど、ミサカネットワークがまた、ってミサカはミサカは接続不能がさらに悪化したことを確認してみる」
「んー……、もう完全に下位個体の声が聞き取れない」
「…………」

代理演算の支障が何よりも不安材料だ。
もし一方通行が倒れてしまうなら、いっそいない方が番外個体と打ち止めの負担にならないだろう。


「あ、人だ!ってミサカはミサカは一安心してみたり!」

畑で農作業に従事する人影があった。背の高い作物に紛れているが、確かに人間だ。
崖肌から、もしくは大跳躍の空中から人工物は見えていたので人間はいると判断していたが、
あらためて無人ではないことを知る。

(当ォ然だ。ここにゃ例の写真の男がいるンだからな)

かぁたんの本来の飼い主が。

「パコーン! パコーン! パコーン!」
「あ、ちょっとー。待てよチビチビ」

いくらか歩くうち、突然かぁたんがパコを連発しながら走り出す。
もともと足も短く小さい彼は走るのが遅いが、靴を履かない三人にとっては同じ速さで後を追うのは困難だ。

慌てるが、かぁたんの姿が完全に見えなくなることはなかった。
遠くから、別のパコの音が返事のように響いてくる。それも複数。

かぁたんの他にカッパがいるのだ。

「カー! カー!」
「キュー!」
「カー!」
「キュー!!」

まず一番初めに現れたのは、かぁたんにソックリな仔ガッパ。
野球帽を被り、息を切らせて かぁたんにしがみ付いて転げる。お互いに泣き笑いでじゃれ合っているようだ。


「感動の再会ってヤツ?」
「ここって、もしかして かぁたんの故郷なの?ってミサカはミサカは衝撃の事実に眩暈を起こしてみたり」
「多分な」

「クワー!」
「カックン!」

さらにもう一匹。こっちらも帽子を被っているが、かぁたん達よりずっと大きい。
きっと年上なのだろう。身長は打ち止めに迫るほどだ。

あれが『カックン』かと、いつぞやの芸術作品を思い出した三人だった。

カックンはかぁたんを抱っこして、近づいてくる見慣れない人間に首を傾げる。

「クパパー、クパペピ」
「……パコン」
「パコン!」

どうやら かぁたんが簡単に一方通行達のことを紹介したようだ。二匹のカッパはパコで挨拶をしてくれた。

「まだ誰か来るよ、ってミサカはミサカは更なるカッパにもう驚きはしなかった、り……」
「……めっちゃジジイじゃん」


一方通行のように杖をついたカッパが現われた。
モンペに長靴、手拭を首に巻いた、お百姓さんスタイルが似合っている。腰は曲がり、顔は皺だらけ。
頭の皿は地上から百五十センチにもなるか。腰がまっすぐだったら、もう少し高いだろう。

「随分年寄りみてェだな。この歓迎のラッシュはやっと終いか?」
「クポ?」

年寄りガッパがひとしきり かぁたんを撫で回した後、少年少女を見て、これも首を傾げる。

カックンがじたばた暴れる かぁたんを地面に降ろす。彼は打ち止めの手を取ると、『早く、早く』と引っ張った。


人間達はカッパ四匹に先導されて土の上を行く。

「パコーン!」

かぁたんが大きくパコを鳴らし、打ち止めの手を離して走り出す。土手を駆け下りた先は畑。

ツナギを着た男性が農作業を中断して振り返り、持っていた野菜を落とす。代わりに かぁたんを抱きとめて、

「ど……、どこ行ってたんだ かぁたーん!! もぉ〜! 心配したぞー!」
「クワー!」


かぁたんはやっと、帰ってきたのだ……

一方通行と番外個体と打ち止めは、ひしと抱き合う彼らをしばし見下ろして動けなかった。



「ほいほい、カルピスいれたで〜」

大きな長方形のちゃぶ台。風鈴の音。青々しい畳みの香り。
庭への一面は雨戸が開け放たれ風通しの良い平屋の居間。

「ありがとうございます、ってミサカはミサカはおいしく頂いてみる」

確かに喉は乾いていた。白く、甘いジュースを飲む一方通行と番外個体と打ち止め。
机の反対側には かぁたん以外のカッパ三匹。
例の写真の男。彼の母だという年配の女。彼女がカルピスを用意してくれた。あとは男と同年代の女が一人。

「いやぁ、ありがとうね。かぁたんを連れて来てくれて」
「半月前に急にいなくなっちゃって心配してたのよ」
「ほんま、もうアカンと思っとったで。かぁたん小さいしなぁ」
「テヘッ」

『半月』という言葉に、客人は顔を見合わせる。自分達が かぁたんを拾ったのは三ヶ月以上も前だったからだ。

「ん? どうかしたかい?」
「いや……。何でも」

その事には、今は触れまい。


簡単な自己紹介を受けた。

男はやはり かぁたんの飼い主で、名を遠野という。年の頃は三十前後。
父は既に亡い。最近まで東京で会社勤めをしていたそうだ。(どうりで訛った標準語だ)

そして彼の母親。
遠野が東京に出てから十年間、ずっと老ガッパと二人暮らしをしていたが、今は見ての通り大所帯である。

遠野と同年代の女は坂本美沙子。
東京でペットショップの店員をしていたが、最近辞めてこの家に押し掛けている。遠野とは東京で知り合った。

カックンは、正しくは『かっくん』といい、現在五歳の雄。とても頭がいいらしい。
カッパ喘息を発症し、空気の悪い東京に居られなくなったため、ここ奈良県奥吉野に養子に出された。

かぁたんそっくりの仔ガッパはキューちゃん。坂本が東京から連れてきた彼女のペット。
野球帽がなければ かぁたんと見わけがつかないほどそっくりだ。

そして皺くちゃの老ガッパはカーサン。雄。
二十一年前に山から拾われてきた天然カッパ。
元々は彼が『カータン』だったが、その名は一方通行達が会った かぁたんに継承され、尊称も込めて『カーサン』と改名された。

(名前が一緒だとややこしいから、ってテキトーすぎな理由だよね、ってミサカはミサカはゆるさに脱力してみる)
(ミサカ達は一万人近くが『ミサカ』だし、その辺はノーコメントで)

二人だけのネットワークで会話する姉妹だった。


「天、然……?」
「そうだよ、珍しいだろう? どこのカッパも大抵養殖だからね〜」

養殖て……

カッパが犬猫のように繁殖されて、ペットショップで売られているのか?
思わず頭を抱えたくなる一方通行。

「ちなみに かぁたんもキューちゃんも、私がいたお店で売られてたの。同じケージにいたのよ〜。ねー」

坂本がキューちゃんを撫でる。更に溜息が出る予想的中だった。

この世界はとても身近にカッパが存在している。
首を巡らせてみれば、壁にはカレンダーが掛けられていて、『昭和50年9月』とあった。

例の写真は S49/01/01 だったので、辻褄は合う。

「ほんで? アンタらどこの子やねん」

遠野母が茶菓子を齧り、それを見慣れぬ子供達にもすすめながら聞いてくる。

「……」

困った。なんと説明したものか。

「へっきゅしゅっ、ってミサカはミサカは日陰に入ったせいで急に寒くなってきたり」
「あら、そういえばお譲さん達ちょっと濡れてない? どうしたの」
「ミサカ達池に落ちちゃってさー。外は日が照ってたけど、ここはちっと涼しいね」

それはいけない、と。すぐに風呂が沸かされることになった。
話題が逸れてくれた上に、「だから靴が無かったんだね」と勘違いまでしてくれたので助かる。


一人反射を使って乾いていた一方通行の上着を被った打ち止めと番外個体が、沸いた風呂へと案内される。

「うっへぇ、すげーレトロ感。シャワー無いし」
「でも大きいー!ってミサカはミサカはわくわくしてみる」


少女達が冷えてしまった体を温めている間、一方通行は縁側でぼんやりと庭を眺めていた。
この家の住人達は、それぞれ席を外していて一人である。

薪割をするための切株と斧がある。もちろん積み上げられた薪も。
手入れはされていないようだが、目に楽しい庭木と石。すぐそばを流れる小川から聞こえる水音。

「…………」

のどかである。

「おや、空になったかね。もう一杯いるかね?」

一方通行の手の中で空になったコップを見て遠野母が言う。少年は首を振った。

「そうかい。おばちゃんちょっと隣にお譲ちゃんの服借りに行ってくるでね〜」
「あァ……」
「大きい子のは、今、美沙子さんが見繕っとるよ」


「あんたの靴もどうにかしたるでちょっと待っとき」と、遠野母は縁側から降りて庭の外に消えていった。
ちなみに隣の家はここから見えない。一軒一軒が離れている。

それを見送っていた一方通行の虚ろな横顔にまた声がかかる。

「ねぇ、この靴どうだい。ちょっと大きいかな」

遠野が一足の運動靴を持って縁側を歩いてくる。何故か片手に かぁたんを抱っこしたまま。
一方通行は汚れた靴下を脱いで裸足だった。

「あー、やっぱり」
「別に。履けりゃなンでもいい」
「……えっと、そういえば君の名前は?」
「一方通行(アクセラレータ)」
「外人さん? 日本語通じてるよね?」
「こンなナリだが日本人だ。連れのでかいのは番外個体(ミサカワースト)。小さいのは打ち止め(ラストオーダー)」
「外人さん?」
「そンな名でも日本人だ」
「クポパポ」

埒が明かない会話を遮り、遠野に抱えられたままの かぁたんが、居間の隅に集まっていた仔カッパ二匹を手招きにする。


かっくん、キューちゃんは物珍しげに少年を眺めていた。
学園都市に来たばかりの かぁたんのように、少し一方通行を怖がっている。(ちなみにカーサンは畑仕事に戻った)

かぁたんに促され、かっくんとキューちゃんは遠野とは反対側の隣に座る。
この見慣れない客人の顔を見上げて反応を待った。

会ったばかりのカッパ二匹に見つめられて、一方通行は困る。何を言えばいいのか。

「ん〜、ん〜」
「なんだよ。どしたの かぁたん」

遠野の腕の中で かぁたんが暴れる。

「なンでずっと持ってンだ?」
「いやぁ、目を離すとまたどっか行っちゃわないか心配でねぇ」

遠野が かぁたんを廊下に降ろすと、仔ガッパはテテテ、と一方通行の膝に登った。
マンションのリビングにいると、時々こうして甘えてきたものだ。

「あらららら。なんだー、ずいぶん懐いてるじゃん」
「ケケケケ」

(ま。あンだけ一緒にいりゃあな)

「まったくぅ、こっちの心配も知らないで かぁたんは気楽だなぁ」

呆れた言い草だったが、遠野の表情はどこまでも穏やかだ。
かぁたんが無事に帰って来て、よっぽど喜んでいるのだ。


「あなたー見て見てー!ってミサカはミサカは大変身してみたりー!」

浴衣を着た打ち止めと、坂本のワンピースを着た番外個体がこちらへ近づいてくる。後には坂本も続いていた。

「女の子用の服が無かったんですって。浴衣ならあったみたいなの」
「こんな恰好、このミサカじゃなくて最終信号がお似合いなんだけどな」

確かに二人とも見慣れぬ姿だ。特に番外個体。
朝顔模様の浴衣の打ち止めはまだしも、花柄の黄色いワンピースの少女が……

「ナニその顔。ムッカつく〜。ちょっとこの人にも服貸してやってよ」

ランニングシャツと短パンとか?


次回へ続く

トイレはぼっとんです

おつー
雰囲気がいいなぁ。意外な組み合わせがいい味を



とりあえずかっぱ水をみんなに
飲ませるべき

例のお祭りも期待してる

1975年の奥吉野…

カ−ドも紙幣も換わってるから使えない。

三人無一文に近い?

乙でした

乙等、ありがとう

>>325 あの祭りかぁ…

>>326 ほぼ無一文です

続きいきます


慣れぬ山道、未舗装の道を歩いて来た一方通行達は少し疲れていた。
彼らの疲労を見てとった遠野達は、急がないのならゆっくり休んでいってと勧めた。
急ぐどころか、彼らは今帰るところさえ無い。

「そうするー、ってミサカはミサカはオコトバに甘えてみたり」
「じゃあ俺達はそこの畑にいるからね。なんかあったら呼んでよ」

既に畑仕事に戻っている遠野母を手伝うため、坂本と一緒に外に出掛けて行く。
家には仔ガッパ三人と人の子三人が残された。

かぁたんの懐き具合で信用を得たのだろうが、初対面なのにいささか不用心だと思う。

「このテレビ、どうやって点けんの?」
「リモコン無いね、ってミサカはミサカはきょろきょろしてみる」

無骨な箱。サイコロの如く奥行きがある。
これが昔のテレビだと知っている少女達だが、リモコンなど無く本体操作のみだとは思い及ばず。

「クポ」
「あ、点いた! ありがとう かっくん!ってミサカはミサカは親切にお礼を言ってみる」
「クパパ」

チャンネルの変え方も見せてくれる。
人間の五歳児よりも利口かも、と遠野は冗談交じりに評していたが、頭が良いのは確かなようだ。


一方通行もテレビの前にやってくる。一応カラーではあるが、映像は荒い。時代を感じさせた。
刑事ドラマ。時代劇。もういっちょ時代劇。

「それだ」

一方通行の声に、打ち止めがチャンネルを回す手を止める。情報番組のようで、ニュースが放映されていた。
事件事故、政治、為替、世界情勢……

「一ドル二百六十円以上だってよ」
「ここは本当に昭和五十年なんだね、ってミサカはミサカは実感してみたり」

画面には様々な最新の映像が映る。
だがそれは三人にとってはレトロと称していいほどのものばかりだった。

(テレビCMにカッパを起用してやがる。どンな世界だここはよォ)

『きゅうりの匂いもひと洗いでスッキリ! 新しくなった洗濯洗剤ナイエール!』


こんな所に来てしまってどうしようか、と三人はちゃぶ台に肘をついて黄昏た。

「大体あなたが幻想殺しに触らせるから」
「オマエだって最終的には黙認してただろォが」
「確信がある、って言ってたのは誰デスカー?」
「……」

ただでさえ悪い目つきが、さらに鋭くなって睨み合う一方通行と番外個体。
二人のいがみ合いに慣れていない かっくんとキューちゃんは震えあがった。さすが かぁたんは動じない。

「あーもう。こんな時にケンカしてもしょうがないでしょ!ってミサカはミサカは建設的な意見以外は禁止してみたり!」
「……」
「……」
「無いの!? 建設的な意見。……じゃあここはミサカが。こほん、カッパさん達集合〜」
「パコン」
「パコン」
「パコン」
「うむ。良いパコだ」

仔ガッパ三匹は行儀よく彼女の前に集まった。打ち止めが腰に手を当てふんぞり返る。

「さぁみんな、いきなり未知の世界というほど未知ではないけど、
 右も左も分からない異邦人なミサカ達にご近所を案内して!ってミサカはミサカは頼んでみる」


疲れてンだけど、という一方通行の意見は聞き入れられなかった。


かっくんがニコニコして頷く。
かぁたんとキューちゃんもお出掛けを察知してもろ手を挙げて喜んだ。
小さいの二匹は虫籠と虫取り網を持ち出す張り切りようだった。

かっくんとキューちゃんは普段から野球帽がトレードマークだが、かぁたんは普段何も被っていない。
お兄さん役の かっくんが小さな麦わら帽を与えて、三匹は玄関から客人を呼ぶ。

少女達も履き物を貸し与えられており、総勢六名は吉野の空の下へ。
まだ子供は学校の時間で、農作業に精を出す人以外は見受けられなかった。

家の敷地外へは小さな橋を渡った。
小川には鱗を光らせる魚が泳いでおり、打ち止めはそれに見入って置いていかれそうになる。

「最終信号ー、早くー」
「わぁ待って待って、ってミサカはミサカは草履に悪戦苦闘しながらダッシュしてみたり」


「あれー、散歩かねー?」
「ちょっとお散歩してきまーす、ってミサカはミサカは手を振ってみるー」

数十メートル歩いたところで、畑から遠野母の見送りに会う。
そばにはカーサンもいて、こちらにいってらっしゃいのパコをしてくれた。


まず一番初めに案内されたのは池。
時々波紋が浮かび、小川で見た魚よりも大物が潜んでいることを伺わせた。

「クポポ? クポ」

かっくんが水面を示した後で、両手を握り合わせて振る。
『釣り』のジェスチャーのようだ。ここでは釣りをして遊ぶらしい。

「そんなことを言葉が通じないのに伝えられる かっくんてスゴい、ってミサカはミサカは感心してみたり」
「おいおい、あいつ水に入っちまうぞ」

キューちゃんが帽子とシャツを脱いで池の中に。
一方通行達は かぁたんのカッパにあるまじき泳げなさを知っているので、少し焦る。
だが かっくんも かぁたんも平然としたもので、

「ほーう、上手いもんじゃん。あれが本来のカッパの姿だよねぇ? ねぇチビチビ」
「クハァ」

キューちゃんの産まれは、かぁたんとほぼ同じだと聞いた。なのにこの泳ぎの上手さはどうだ。
甲羅が水面を滑る早さに溜息が出た。
(かぁたんはフライングバースデーを迎えているが)同じ歳でこんなに明暗が分かれるとは。


「クパー!」

ほどなくキューちゃんは体長二十センチの魚を捕らえて戻ってた。
それを かぁたんに渡す。お帰りのお祝いみたいなものか。

「クポクポ」
「え、な、生だよ?ってミサカはミサカは衝撃を受けてみる!」

かぁたんは生のまま美味しそうに魚を食べてしまった。
かっくんが「平気、平気」と打ち止めを宥めるので、カッパとはそういうものだと心を落ち着ける。

「本には『雑食』と書いてあったから、悪影響は無いンだろ……」
「ウチじゃあ生で食べさせたことなんてなかったからねぇ。どっちがウマいのかな。まぁミサカ達だって刺身食べるけどさ」

生魚どころか、カッパはセミなどの昆虫も美味しくそのまま食べてしまう。
雑食とは、人間のような雑食ではなく、まさに野生動物でいうところの『雑食』なのだ。

カッパの飼い方とは懐かしい…
飼い主の人の声って確かカイジだよねェ?


次に訪れたのは川。家の前の小川と違って大きくて急流だ。
ゴツゴツした岩は一方通行にも草履の打ち止めにも歩きにくかった。
淵になっている流れの大人しい場所で、かぁたんとキューちゃんが泳ぎはじめる。

「かっくんは泳がないの?ってミサカはミサカは訊いてみる」
「ゴホゴホ」

かっくん、今度は咳をするジェスチャー。

「喘息を患ってる、って言ってたじゃねェか」
「そっか。大変だね、ってミサカはミサカは元気になることをお祈りしてみる」
「クポポ」

ありがとう、と かっくんは片手を掲げた。


「あー! チビチビが流されたよ!」

仔ガッパ二匹をずっと見守っていた番外個体が、声をあげて一方通行の腕を引っ張る。早く救助に行けと。

「キュキュ〜ン」
「カー!」

懐かしの故郷に、ついはしゃいでしまったのか。
かぁたんは淵からはみ出してしまい、あっという間に早い流れに捕まってしまった。

キューちゃんが慌てて助けようとするが、そんな彼の斜め上を横切る人影が。一方通行だ。

少年は流される かぁたんの少し先に着水する。腰まで急流に浸かりながらも能力を使っている彼は微動だにしない。

「クペペ……」
「オマエなァ、大して泳げないのにどうしてそう無茶すンだよ」
「テヘッ」

またもひとっ飛びで岸に戻ってきた一方通行。
岩の上に かぁたんを降ろすと、待っていたのはキューちゃんと かっくんの称賛と憧れの眼差しだった。

「クワッ、クワッ」
「クパー!」
「な、なンだよ……」

初日から懐かれた。


次回へ続く

昭和40年代製のテレビだと、リモコン機能付のやつもあるだろうな

>>338
おっつおっつ。うちは平成になっても部屋によってはガチャガチャテレビだったな。



かぁくんにとって一方さんの能力みたら
ヒーローにしか見えませんぜ旦那

そういあ坂本さんがこっちに
来てるってことはピエールのレストランがそろそろ

水洗ですらない、和式トイレ。

カルチャ−ショックやろうな。

今頃、上条が土御門辺り呼びだしててんやわんや……

というか、MNWが上位個体失ってえらいことになってるんじゃないだろうか

MNWは繋がってはいるんでしょ

>>342 >>343 かろうじて、かろうじてMNW繋がっている
でも下位個体達は慌ててんだろうなー 
もちろん上条さん達も

続きいきます


「もォ今日は水があるところは勘弁だ」
「クポポ……」
「クワ」
「クパ」

じゃあどこにする? えーっと……

三匹の仔ガッパは次なるスポットを相談し始める。

ほどなく かっくんが、ポンと手を鳴らす。良い場所を思いついたらしい。

「おいで、おいで」と手招きされて、来た道を戻る。
家屋が並ぶ場所まで来て、家とは違う方向へ。
「ここだよ」と指さされた看板には『石田商店』と書かれていた。

「パコーン」

そのパコはきっと「くーださーいなー」という意味。

「あいよ、いらっしゃい」

薄暗い部屋の中から老婆の声がする。
所狭しと土間に駄菓子やおもちゃが並べられ、埃臭さが鼻をつく。でもなんだか嫌とは感じない。

「おぉおおお! こ、この、心の奥底から込み上げてくる情熱は一体!?ってミサカはミサカは興奮してみたり!」
「駄菓子屋、ってヤツか。懐古趣味でわざとボロっちく作られたウケ狙いの店舗があるけど、これが本物の雰囲気ね」
「おい、クソガキども、勝手に……」

目撃者が河童+二人だけでよかった。

知らない人が見れば、まるで白天狗…


仔ガッパに続いて、打ち止めと番外個体も店の中へ突撃する。
この店の対象年齢を鑑みるに、明らかに異質な見た目の番外個体。
狭く入り組んだ店内で、お尻を使ってカッパと打ち止めを押しのける。

「ちょっとやーめーてー、ってミサカはミサカは脂肪の攻撃にヘキエキしてみる」
「あっは、ナニコレー。どうやって食べんの?」
「クパクパ」

ワンピースなのに、はしたなくヤンキー座りするお姉さん。かっくんが駄菓子の食べ方をレクチャーする。

(ったく。金も無ェのに……)

一方通行は財布を持っていた。が、ここは昭和五十年。カードも使えないし、紙幣も変わってしまっている。
使えるとするならば、

(昭和五十年以前の硬貨だな……)

一方通行の(使用可能な)所持金、しめて四百六十一円。

これまで金銭に困ったことはない身分の一方通行。(過去にどエライ借金をこさえたことはあるが)
この駄菓子屋での少女二人の買い物を凌ぐことは出来るが、いかにも寂しい懐具合であった。


「え、かっくんが奢ってくれるの?ってミサカはミサカは恐縮してみる」

店の外で財布を開けて頭を悩ませているうちに、太っ腹な五歳児が見せ場を攫っていく。
しっかり者の かっくんは、わずかだがお小遣いをもらっており、それをガマ口財布に貯金していた。
気前よく店主の老婆に代金を支払ってくれる。

「はいよぉ、ありがとさん。……娘さん達、学校はどうしたね」

かぁたん、キューちゃん、かっくんはこの店の常連客だ。
仲良さそうに彼らと一緒なので、見慣れないが怪しい子ではなかろうと、老婆の声はあくまで穏やかだった。

打ち止めが返答に困っていると、番外個体が事もなげにそれらしい理由を。

「ミサカ達、東京から観光に来てんだ。この子達のお家におじゃましてる」
「あれぇ、東京から。勉強はええの?」
「優秀だからねー。この旅行は情操教育の一環なの」

じょーそー教育? と首を傾げる老婆だったが、最終的には「偉いのぉ」と褒めてくれた。


「はい、あなたの分、ってミサカはミサカは分け前はちゃんと確保してあったり」
「年下の、しかもカッパに奢られるとはなァ」

入口から覗きこむだけで、ずっと外で待っていた少年に渡されたのは、
かなりの着色料が使用されている緑色のゼリー。
細長い棒状のビニールで包装されており、口で吸い上げるようにして食べる。

「オマエら、躊躇わずに買い物すンなよ」

いつも一方通行が(本意ではないにしろ)心強いスポンサーを努めてくれるので、
お金の心配はあまりしたことがない姉妹も、ここではそうはいかないと思い至る。

「そォいや財布は?」
「ミサカは部屋に置きっぱなし。大体、持っててもあなたと同じで何百円か何十円しか使えなかったよ」
「あうぅー。ミサカの百円玉貯金箱があれば、ってミサカはミサカはどうしようもないことを言ってみる」

お手伝いの度に貰っていた百円玉は、百枚に迫る勢いだった。
そのうち何枚が昭和五十年以前の硬貨なのかは不明だが、手元にあれば助かったことであろう。


学園都市どころか、元いた時代では、もうお目にかかることは難しいお菓子を齧りながら家に戻る。

小川の小さな橋を渡る時、あらためて外から家を眺めた。

「藁ぶき、っていうんでしょ?ってミサカはミサカは雨漏りしないのか不思議だったり」

トタン屋根の部分もあるが、大部分は藁で屋根が葺いてあった。
トタンのところは他より経過年数が少なく見え、増築と思われる。
藁葺きにも驚くが、この家には囲炉裏さえもある。
先程は何も掛かっていなかったが、真新しい焦げた薪と灰が、今でもそこで煮炊きをしていることの証明だ。

「冷蔵庫とガスはあったから、見た目より現代的なんだろうけど」
「金も無ェし、帰るアテも無ェ。しばらくの間はこの家に厄介になるしかない」
「じゃあ今度はミサカ達が かぁたんの家で飼われるんだね!ってミサカはミサカはまさかの立場逆転に開き直ってみたり」
「そーいうことになるよね。しっかりお世話してよ?」

足元の かぁたんに、嘘か本気か分からないお願いをする番外個体。

「グッ!」

かぁたんは「まかせとけ!」と力強く親指を立てた。


申し訳ないが、いくら かぁたんが「グ!」っとしてくれても、ここの主は遠野達である。
彼の心遣いはありがたいが、それは保証にはならない。

居間に戻ってきた人間三人は、『この家に厄介になる方法』を会議中だ。
家人が畑仕事から戻ってくる前に済ましておこうと、一方通行は電極の充電をしながら。
電気が通っている時代で本当に良かった。

「案その一。素直に全部ぶちまける」
「信じてくれるかな?ってミサカはミサカは心配してみる」
「無理に決まってんじゃん。頭イッちゃってる可哀そうな子認定で、しかるべき施設に強制連行かな」
「案その二。出来る限り不自然じゃない嘘を並べて居座る」
「さっきのお菓子屋さんで番外個体が言ってたみたいな?ってミサカはミサカは……、情操教育を目的とした観光客だっけ」
「その嘘には第三者、しかもミサカ達の身分を証明してくれる人物がいずれ必要不可欠となる」

それに、旅費もなく、宿泊先の宛もなく……。それでは不自然すぎだ。
数日は誤魔化せるかもしれないが、その後は不審がられて嘘だとバレる。

何日経ったら帰れるのか、そもそも帰宅の方法さえ分からないのに。


「案、その三……」
「……」
「……早く言えよ」
「俺ばっかじゃなく、オマエらもちったァ頭捻りやがれ!」

コンセントがある部屋の隅で、こそこそ話をしていたお客さんが怒鳴るものだから、夕方の子供番組を見ていた仔ガッパ三匹が驚く。

「大丈夫。なんでもないよ、ってミサカはミサカは異常無しを伝えてみる」
「実際、その二パターンしかないんじゃない? ミサカ達に残された策はさ」
「……はァ」

もうすぐ日が暮れて、遠野達が戻ってくる。早く言い訳を考えなければ。

「あのおじさんは、言っても大丈夫な気がするな、ってミサカはミサカは案その一を推してみる」
「その根拠は何だってーのよ」
「なんとなく」

またそれか。この子供の行動原理は、行き当たりばったりが多過ぎる。
しかしそれで積み上げてきた結果は——


「あーもぉっ、あーもぉ! ぶっちゃけるしかないかー? これ」
「あとあと、おじさんに かぁたんが二歳になってること教えないといけないし、ってミサカはミサカは
 あっちで三ヶ月、こっちで半月マジックを思い出してみる」

そうだった。かぁたんは一方通行達に保護されている間に二歳の誕生日を迎えてしまったのだ。
学園都市組は三ヶ月以上 かぁたんと過ごしていたが、遠野達は行方不明期間を半月だという。
彼らの中では、かぁたんはまだ一歳のはずだ。

「……心許ないが、それが俺達の立場を納得させる一助にはなるかもしンねェ」
「じゃ、……言うの? ミサカ達未来から来ましたー、って。行くトコないから助けてー、って」
「まず、あの男にだけは。……どォにかして」
「個別に接触できるかな、ってミサカはミサカは具体的なアクションを構想してみたり」

坂本と母親の目を盗んで、遠野本人にだけ伝えたい。

「デカい家だし、そこはなんとかなるっしょ。それよりも最終信号」
「なぁに?」
「おじさんじゃなくて、お兄さんね。その方が心象良いから」
「そういうものなの?ってミサカはミサカは効果に疑問を抱いてみる」
「あったりまえよー。黄泉川におばさん、って言ってみ? ぶっとばされるよ?」

こいつ、言ったことあンのか……、と一方通行は感心した。


次回へ続く

10円の怪しいヨーグルト食いたい!

聖徳太子の一万円札がさ、自分の思い込みよりも最近まで使われていて驚いたわ

>>335 あれ? アニメ化してたっけそういえば
……それどころかゲームまであんのかい。カッパ大出世だな




うまい棒の描写がないだと…

それはおいといてかぁ君マジ天使

外伝の子泣き爺の飼い方が好きだったな。
終わりが短命で余命いくばくもないとか切なかった。
河童もカーサンでもう老人なんだよな10年いや五年後あたりには……

水先案内河童

>>355 うまい棒は学園都市にもあるだろうと思って特筆しませんでした
コンポタとめんたいこが好きです

>>356 カッパの作者さんは、もしかして(カーサンの)『死』『別れ』を
あからさまに『カッパの飼い方』で描写しなかったので、『子泣き』の方で表現したのかもね
ごめん『子泣き』読んでないからテキトー言いました

続きいきます


遠野が帰ってくるのを待っていたら、先に母親と坂本が戻ってきた。
夕食の準備のために、遠野に先駆けて仕事を切り上げてきたのだ。

「あんたら、ごはん食べていくやろ? 今日は若い子多いで沢山こさえな」

「はい」とも「いいえ」とも返事をしないうちに、二人は炊事場へ行ってしまった。

「これはおじ……、お兄さんに接触するチャンスだよ、ってミサカはミサカは待ち伏せを提案してみる」
「めんどいけど、行きますか」

縁側があり、しかも平屋だと出入りが楽だ。
仔ガッパ達についてこないよう言い含めてから、一方通行達はこっそり抜け出した。


遠野は農機具を納屋に戻し、カーサンと一緒に汗を拭き拭き家路を歩いていた。

「?……あれ、どーしたの」

目の前に、かぁたんの恩人であるお客さん三人が現れる。

「大事な話があるのです、ってミサカはミサカはお兄さんに告げてみたり」
「時間は……、取らせるかもしンねェが、ちょっと来てくれ」

(ええぇ〜、不良に呼び出されたイジメられっこみたいやん〜)

「クポ?」

固まってしまった遠野を、カーサンが小突く。

「あ、えっと、俺だけでいいの?」

頷いて、静かな場所へ誘おうとする三人の子供達。遠野は未練たらたらにカーサンを先に帰らせた。

「で、何かな? 話って」
「人に聞かれたくねェ。どっか……」
「それならこっちがいいよ」


遠野が道から外れ、林の中に姿を消す。見失わないように追いかけると、すぐに開けた場所に出た。

「ここって、アンタの家の庭じゃん?」
「裏の方はほとんど使ってないからさぁ。椅子もあるし」

椅子とは切株のこと。三つしかなかったので、打ち止めが一方通行の膝の上に乗ろうとする。

「邪魔だ、自分で何か探して来い。静かに、な」
「ぶーぶー、ってミサカはミサカは心の狭いあなたに不満を表してみる。番外個体……」
「やーだよ。最近、最終信号重いもん」

ツレない、そして失礼な拒否の言葉に打ち止めは頬を膨らまして砂を蹴る。結局、立ったまま一方通行の背中にもたれた。

本題はまだかな、と様子を伺っている遠野に一方通行が気づき、

「単刀直入に言う」
「ここでミサカ達を飼ってください、ってミサカはミサカは三食昼寝付きを希望してみる!」
「はぁ?」
「ちょっと黙ってろクソガキ」


この家の庭は広い。
声を出しても坂本達に届かないと思って、ここでの密談を始めたのだが、遠野自身は何も言えなかった。

「冗談にしては……」

腕を組んで、首をひねる。今この場で「信じろ」とは、無理だと分かっていたので、三人は焦らない。

「三十年以上未来からタイムスリップだなんて、まさかぁ」
「信じるか信じないかは置いといて、ミサカ達帰る手段が分かんないんだよねぇ。困ってんのよ」
「だから三食昼寝付き!ってミサカはミサカはそこに要約されると話を元に戻してみたり」
「色々、辻褄は合うと思うぜ。例えば……」

晩夏の空は暗くなりかけてきた。戸惑いの表情に、さらに影を落としていく遠野。
しかし子供達から聞く『証言』に、だんだんと声のトーンは上がっていった。


かぁたんと一緒に川に流れついていたリュックサック。

「確かにリュックと一緒に かぁたんは行方不明になったんだ」

S49/01/01 と記された、自分と かぁたんのツーショット。

「あー、撮った、撮った。確かに東京にいた頃のお正月に撮ったわ〜」

そしてなにより、かぁたんが二歳になっているという事実。

「えぇ!? まさかそんな。まだ先のはずだよ!?」
「嘘だと思うなら、後で確認してみるンだな」


「確認なら今しちゃえば?」

番外個体が指さす方。小さな影が、家の壁から半身を覗かせている。
かぁたんが盗み見をしていて、番外個体が手招きすると小走りにやってくる。

「かぁたんだけだろうな。カーサン達は?」
「クパポ」

家の中だよ、とかぁたんが居間の方角を指す。
遠野は仔ガッパを抱っこして、皿年輪を確かめようとするが、

「あ、もう暗くて見えないや」
「はい明かり、ってミサカはミサカはケータイで照らしてみる」
「ナニそれ。変な懐中電灯だな〜」
「携帯電話だよ。未来のテクノロジーなのだ、ってミサカはミサカは自慢してみたり」

ライトで照らされた かぁたんの頭の皿には、確かに輪がふたつあった。
遠野にとって、彼はまだ一歳のはずだ。だって二度目の誕生日はまだ二ヶ月近くも先のはずだから。

「これで俺達の言ってることが、完全に嘘じゃねェことだけは納得してくれよ」
「……お前本当に かぁたんか?」
「そこからかい!ってミサカはミサカはその発想は無かったり!」
「あんた本当に飼い主?」


ちょっとだけ、ちょっとだけ待っててと言い、遠野は林を抜けて出掛けてしまった。
本物の かぁたんだと証明する方法があるという。

「あんな飼い主で満足なの?」
「クハァ」

番外個体の膝の上で、かぁたんは肩をすくめた。


遠野は十分足らずで戻ってきた。手に何かを握っている。

「これ、これを食べさせれば分かるから」

それは駄菓子だった。先程、一方通行達も訪れた石田商店にひとっ走りしてきて、遠野が買ってきたものは、

わたパッチン。

わた菓子だが、口に入れると混ぜ込まれた飴が弾けるという刺激的なお菓子。

「かぁたんはこれを食べると耳から煙が出るのだ」

なんだその判別方法は……
偉そうに解説する遠野を、三人の子供が呆れ顔で眺める。

「はい、かぁたん、あーん」
「アーン……、パチパチ」

もくもくもく。

「本当に出やがった」
「間違いない、お前は かぁたんだ!」
「クポ!」

かぁたん元気に挙手。

「違うから、そこ。誇らしげにしてんじゃないよ。呆れろ」

この飼い主も大概である。


「いやでも、かぁたんは間違いなく本物だけど、タイムスリップ……!? う〜ん」
「キイィー! クポ、クポ!」
「イタタタ、痛いがな〜」

煮え切らない御主人様の足を、ペットが踏む。
番外個体にお世話するよう頼まれたので、こうして援護射撃をしているつもり。

「分かった、分かったよ。とにかくこの子達のことは俺がなんとかするから。かぁたんの恩人であることは確実なんだし」
「ウンウン」

それでいいのだ。かぁたんは大仰に首を振った。最早どっちが飼い主なのか。


飼われることは確定したが、あとは坂本と遠野母に対する言い訳を捏造しなければならない。

「お……姉さんにも言わない方がいいの?ってミサカはミサカは疑問を口にしてみたり」
「その方がいいよ。あの人の研究心に火がつくと手がつけらんないし」

かぁたんが駄菓子で煙を出すという珍妙な習性を発見したのも彼女だ。
普段からカッパで(というより かぁたんで)実験をするのが趣味なのだそうな。

「かぁたんも大変な目に遭ったのね、ってミサカはミサカは親近感が湧いてきたり」


旅行中に、池にはまってさぁ大変。お金も靴も無くしたよ。言い訳はこれにまとまった。
あとは細かい打ち合わせを重ねていこう。

「ねぇ、こんなのは? 実はこのミサカは大富豪のご令嬢で、
 政略結婚を強要されそうになったところを使用人のあなたにかっさらわれて逃避行中——というのはどうだろう」

番外個体が新しい提案を真面目な声で言う。

「どうだろう、じゃねェよボケ」
「ちょっとミサカのポジションは!?ってミサカはミサカは憤慨してみる!」

切株に座る三人の間を、打ち止めが忙しく動き回る。
一方通行にもたれたり、遠野に携帯を見せたり、妹に体当たりしたりなどしていると、台所から遠野母の大声が響いてきた。

「もうすぐごはんやでー! 手ぇ洗って来ぃやー!」
「もう行かなきゃ。お腹空いたでしょ? 詳しいことは次の機会に話そっか」

連れ立って戻っては怪しまれるので、まず かぁたんだけを帰らせ、
次いで一方通行達三人。最後に遠野という順番で食卓に集まった。


「お家の中でたき火できるんだ!ってミサカはミサカは合法的火遊びに興奮してみる」
「この辺の家はけっこう囲炉裏まだ残っとるよ」

物珍しい囲炉裏に、早速火が入っていた。いかにもな鉄製の鍋が掛けられて、中には豚汁が煮えている。

人間六人とカッパ四匹ではちょっと狭いので、ちゃぶ台を囲炉裏の傍に持ってきての食事となった。

旅行、池ドボン、泊めて、だけで通じるか心配だったが、坂本も遠野母も、いたって楽天家だ。あっさりと了承してくれた。

「ウチは何泊でもかまへんで。大変やったなぁ」
「ご両親たちに連絡入れなきゃね」

坂本が電話機をチラ見する。慌てて遠野が取り繕った。

「あ、明日俺がしときますよ」

一瞬焦った学園都市組であった。自分達が知るどの番号に掛けても、きっと誰にも繋がらない。


(冥土帰しはどォだろォな……)

淡い望みを抱くが、すぐ首を振った。薄々感づいているが、『ここ』には学園都市がおそらく無いのだ。
一方通行達の『あっち』にカッパがいなかったように。


シリアスな思考は長くは続かなかった。遠野母が有無を言わさず、

「え〜っと、あんたらの名前の事なんやけど」

とても呼びにくいので、

一方通行は あーくん
打ち止めは ミサカちゃん
番外個体は お姉ちゃん


に決定されてしまった。豚肉を箸で摘まんだまま、表情を固める一方通行。
打ち止めと番外個体の肩は震えていた。

「レータくんの方が良かったかねぇ」
「そういう問題やないで、おかん……」


次回へ続く



遠野ェ…

そういやその頃の立川はモノレール
なんか通ってないから超田舎なはずですよ

三人がいったらびびるだろうねぇ


田舎はこういうものなのか。
この家はとても広く、急な宿泊客が三人も来たのに部屋が宛がわれ、布団が敷かれる。
姉妹と少年のために、襖を隔てて二部屋も用意してもらった。

「ふとんは明日干しとくわ。今夜はこれで勘弁してや」
「充分であります! ありがとうございます、ってミサカはミサカは優しくしてもらって恐縮してみる」

遠野母はミサカちゃんの頭を撫でて、

「今日は疲れたやろうで、早うおやすみ」

一人息子だし、カーサンも雄だったからか、小さい女の子がことさら可愛く感じられるのだ。


「おばちゃん行っちゃったよ、ってミサカはミサカはミーティング開始を許可してみたり……、ってもう寝るの!?」

一方通行も番外個体も布団に潜り込んでいた。少年は何も言わずに襖を閉めようとする。

「閉めなくてもいいじゃない、ってミサカはミサカは川の字というもので寝てみたいと訴えてみる」
「うるせェな。俺は疲れてンだよ。オマエもさっさと寝ろ」
「夜這いとか冗談じゃねぇから。ちゃんと閉めてよ」
「仲良く!ってミサカはミサカは三人で協力して困難を乗り越える必要を訴えてみたり!」
「だったらまず俺に安眠を提供しやがれってンだ」


三十センチほど、襖を開けておくことになった。
一方通行はピッチリ閉めたが、打ち止めがこっそり手を伸ばして静かにずらしてしまうのだ。
閉める、開けるの攻防を繰り返していたが、ここが妥協点らしい。

壁に照明のスイッチはない。電灯から下がる紐を引っ張って暗くし、打ち止めだけの挨拶で就寝する。


静かになると、代わりにある音が耳につく。虫の鳴き声だ。

「……第一位、起きてる?」
「おォ」
「ミサカも起きてるよ、っていうか寝れない、ってミサカはミサカはリンリンガチャガチャにストレスを感じてみる」

廊下への障子は閉めてあるが、雨戸は開け放されたままで、庭の物音はよく聞こえる。
泥棒や不審者はいないものとされているのか不用心である。田舎はこういうものなのか。

「ミサカは『ジーー』が一番ムカつく。あーうるさー」


初めて聞く虫の大合唱。
長く住んで慣れてしまえばいいのだが、初心者には辛い。どうしてもうるさくて眠れない。

雨戸を閉めてしまおうか、と思案していると、

「パコォォン!」

廊下からパコの音が。その衝撃を浴びて驚いた虫達の合唱がピタリと止んだ。
静かになったので、「フッ」という鼻を鳴らす気配も分かった。
そして得意げな足音が去っていく。

「今の かぁたんかな、ってミサカはミサカはミサカ達の安眠のために駆けつけてくれたのかと感激してみたり」
「いやぁー? 学園都市生活の夜が静かだったから、チビチビ自身もうるさくて寝られなかったんじゃね?」

動機はともあれ、チャンスだ。
羊を数えるような努力をしなくても、静寂さえ手に入れば、三人はすぐに眠りについた。

衝撃の一日目が終わった。


翌日の朝、三人は仔ガッパ三匹に起こされた。
疲れからかずいぶん深く寝入っていたようで、体を揺すられ、パコが鳴らされ。

それぞれ手を引かれ、味噌汁の香りがする食卓に呼ばれた。

寝間着(として用意された服)のまま、白飯の茶碗が手渡される。特に一方通行の分が山盛りだった。

(ちょっと多過ぎじゃねェかこれ)

「あーくんは細っこいで、いっぱい食べなアカンで!」

よそった本人、遠野母がピシャリと告げる。
華奢な少年を心配するおばちゃんは、とにかく食べさせなければと思っている。無理やりにでも。

「おまたせー、食べよー」
「クポ〜」

朝一の畑仕事に出ていた遠野とカーサンが野良着のまま席について、全員が揃った。
遠野母の「いただきます」で、朝食が始まる。


朝食後、遠野が、

「とりあえず今日もゆっくりしたら? 家の中のものは壊れなきゃ自由にしていいし、危なくなければ外で遊んでもいいけど」
「しかしお世話になる身としては、グータラするのは気が引ける、ってミサカはミサカはお手伝いを申し出てみたり」
「いいよぉ、気を遣わなくて。それに あーくんは足が悪いでしょ?」

女の子だけ仕事をして、少年はお留守番では彼の立つ瀬がなく、又、退屈だろう。
それにまったく農作業の経験がない素人の面倒を見る方が重労働だったりするのだ。

「このミサカの馬力はそこらのもやしと段違いだけど、オニーサンがそう言ってくれるなら遠慮しないよ」

生まれの由来もあって、番外個体の筋力は見た目をはるかに凌駕する。
能力を使えば一方通行だって何においても有効性を発揮するが、時間制限がある。
細く、腕力の乏しい少年をあざける少女は、彼ではなく打ち止めからお叱りを受けた。

「こら『お姉ちゃん』! いくら飼われてるからって贅沢し放題はダメなんだぞ!ってミサカはミサカは
 今後の暮らしのために配慮してみたり!」
「オマエの本音が割と腹黒で褒められねェよ」
「大体『飼う』って冗談じゃないの……?」

苦笑いの遠野。カッパの飼育は経験豊富だが、人間は飼ったことがない。


せめて仔ガッパ達のことを見てあげて、と言い残し、遠野は仕事に出掛けた。

「面倒見ろ、って言われてもにゃー。アイツら既にいないんだけど」

ごはんを食べたらもういない。と思ったら庭の方から声が。

「なんだ、お庭にいたのね、ってミサカはミサカは一安心」

かぁたん、キューちゃん、かっくんが居間にいる一方通行達の元に走ってくる。
虫取り網とバケツを持って、小川で何か捕まえたようだ。

「クパパー!」

誇らしげに見せられる。中には小魚とザリガニが入っていた。

「クポ、クパ」

かっくんがバケツを指し、囲炉裏を指し、クチバシをもぐもぐ動かした。

「まさかこれ食べるの!? 魚は分かるけどザリガニだよ!?ってミサカはミサカはたじろいでみる」

三匹は動じることなく頷いた。普通に食しているらしい。

「エ、エビみたいなもんなのかなー、ってミサカはミサカは今日のオカズだったらどうしよう……」


また小川に駆け戻る仔ガッパ達。打ち止めはウズウズする心を足踏みに表しながら、

「ミサカも一緒に遊んでくるー!ってミサカはミサカは突撃してみる! 待ってろ大物ー」
「……溺れるンじゃねェぞ」

背中から追ってくる声に、「浅いからへーき」と返事をした。
川遊びなんて、学園都市ではしたことがない。遊んだところで、魚やザリガニが捕れるとは思えなかった。

「子供は元気だねぇ。かぁたんなんてブランク全然感じさせないし」
「そォだな……」

…………

童心など既に無いのか、一方通行と番外個体は笑い声とセミの鳴き声の中、楽な姿勢で休み始めた。


現金の調達や、この世界と自分達の世界との共通点、相違点を調べたりなど、やった方が良いことはある。
が、そんな気が起こらない。

「おい、足こっちに向けンじゃねェよ」
「あなたがあっち向けばいいでしょ」

番外個体は今日も坂本から借りたワンピースだ。にもかかわらず、ゴロゴロと畳みの上を転がっている。
裾がめくれてきわどい。
ちなみに一方通行は遠野のシャツとズボン。打ち止めはまた浴衣(本日の柄は金魚)

ここには、一方通行達にとっての『敵』がいない。
打ち止めに害なす存在から完全に脱力できる現状に、いつもより険がない声と表情だった。
無論、いつまでもこうとはいかないが。


「平和だー退屈ー。ねー?」
「……」
「ミサカのスカートの中、気になっちゃうくらい?」
「見て欲しい、ってンなら頑張ってやるよ」
「やっぱり幼女のパンツがいいのか」
「反論が面倒臭ェ……」

意味のない、安らかなときが過ぎていく。
ところが小川から大切な少女の叫び声が聞こえ、一気に二人の普段が舞い戻ってきた。

「ぎゃあああああ! いやぁぁぁぁあああ!」

慣れない浴衣が災いして水にでも落ちた、にしては切迫している。
一方通行は杖さえ持たずに飛びだし、番外個体もそれに続いた。


「タイムターイム! こっち来ないでぇ!ってミサカはミサカは拒否してみるぅぅぅ」

草の上に尻もちついた打ち止めは、一方通行の姿を見るなり彼の腰にしがみついて後ろに隠れた。
無事な姿に安堵するが、一体なにが……

「クワッ、クワッ」
「キャハハハ」
「クポ〜」

かぁたんとキューちゃんが、得体の知れない塊を持って川の中から上がろうとしている。
かっくんは腰を抜かす打ち止めに少し済まなさそう。

「でっかぁ! トカゲ?」


やんちゃ仔ガッパが二匹がかりで抱えているものは、確かにトカゲに似ていた。しかしデカ過ぎる。
ここは秘境の南の島じゃなく、奈良県奥吉野だ。体長は明らかに五十センチを超えていた。

「オオサンショウウオ……だと思う」
「なにそれ、ってミサカはミサカはグロテスクな見た目にブルブルしてみたり……」

打ち止めがますます一方通行にしがみつき、彼のズボンが下がりそうになる。遠野の服は、特に横のサイズが合わない。

「離せ」
「やるねぇ最終信号! いっちゃえ、いっちゃえ!」

一方通行は少女二人にチョップをかまし、打ち止めに杖と靴を持って来させてから電極のスイッチを通常モードに戻した。

「ミサカのためにそんなに慌ててくれたのね、ってミサカはミサカはうおぉぉぉ!」

足元に、ベチャリとグロテスクな両生類が。打ち止めは飛び上がって逃げる。

「これトカゲじゃないの?」

さすがの番外個体も触れる気にならない。打ち止めの恐怖も伝わってくるし。


「個体数が少なくて、天然記念物になっている水辺の生物だ。……昭和五十年の時点でも、既に指定されてるハズだが」
「っへぇー! さすが昔の田舎。こんなもんが家の近くにいるんだ。ねぇ、こいつ売れば儲かるんじゃね?」

悪い子だ、番外個体は。
もっと捕ってきて、と言いだしそうな勢いに、打ち止めが、

「天然記念物なんて捕まえちゃ怒られるぞ!ってミサカはミサカは冗談じゃないと阻止してみたり!」
「馬鹿なこと言ってンなよ」

一方通行も一緒になって番外個体を説得してくれると思ったら、

「この世界じゃツテがねェし、大体、足がつきやすいから敬遠されるに決まってンだろ」
「その止め方もどうかと思う、ってミサカはミサカは良い子はミサカだけかと孤軍奮闘してみたり!」

はやくオオサンショウウオを逃がしてきて、と かぁたん達をせっつく打ち止めだった。


次回へ続く

食べると美味しいらしい、山椒魚

>>377で、童心の頃がない番外さんに気付いてちょっとしんみりした



村の若い衆にミサワさんをみせてみよう〜

乙でした


「お小遣いちょーだい」

天然記念物でひと悶着があった後、やれやれと息をついた一方通行に片手を差し出した番外個体。

「百円でいいからー」
「……何に使うンだよ」
「お菓子買う」

駄菓子屋が気に入った彼女は、昨日はチョイスしなかったお菓子を食べようと、なけなしの資金をせがむ。

「あー、ミサカも!ってミサカはミサカは姉妹平等をうたってみたり」

たかだか数百円など、あっても無くても変わらないと思い至り、一方通行はそれぞれに百円ずつ渡した。

「あなたは行かないの?ってミサカはミサカはおみやげのリクエスト受付中だったり」

シッシッ、と手を振り、行って来いと促した。

「甘いのはいらねェ」
「じゃあ『みっちゃんイカ』ね、ってミサカはミサカはしょっぱい系を約束してみる」

仔ガッパ達と姉妹は少年を残して庭から出て行った。

一方通行は座布団を枕にして寝転んだが、ガサガサ鳴る音に身を起こす。
どこかと見渡せば、バケツの中のザリガニが足やハサミをぶつける音だった。

「……」

食用ということで打ち止めはビビっていたが、一方通行も好んで食べたいとは思わない。


昼になり、腹を空かせた子供と畑仕事に出ていた大人が戻ってくる。
そうめんが茹でられ、昼食となった。

「あーくんらは、午後は美沙子さんと街に行っといで」

食べながら、遠野母が言う。
荷物を全て無くしてしまった(という設定)なので、最低限の日用品を揃えてこいと。

その費用も世話になるしかなく心苦しいのだが、服から何から借り物なのも褒められない。
ここは素直に甘えることにした。


数が少ない電車に乗って街へ。
坂本に連れられて、一方通行達はお買い物。

「買い物なんて久ぶりだなぁ。ミサカちゃんはどんな服が好き?」
「ミサカはミサカワ……お姉ちゃんが着てるみたいなワンピースがいい、ってミサカはミサカは好みを明かしてみたり」
「あーくんは?」
「この人、結構ブランド物にうるさいんだよねぇ。とにかく白ければ満足だと思うよ」

番外個体が代わりにいらぬ返事をしてくれる。


駅を二つ過ぎた頃、少年に異変が起きた。

「あ、ゥ?……」

急に体がグラリと揺れ、隣の打ち止めに倒れ掛かる。

「ど、どうしたの あーくん!?」

坂本が慌てて助け起こす。
打ち止めも足りない力で少年を支えるが、異変の原因が分かっているので焦らない。

(最終信号……)
(ネットワークがほとんど繋がらなくなっちゃったからだね、ってミサカはミサカはこの人を心配してみる)
(昨日から変化ないから気楽にしてたんだけど、こりゃあ『距離』だ)

番外個体の予想に、打ち止めも頷いた。
奥吉野から遠ざかるほどに、僅かに接続されていたミサカネットワークがさらに調子が悪くなっていたからだ。

「だ、い」
「大丈夫じゃないでしょ、どう見ても。どうしよー、次で降りて救急車呼ぶ!?」

「あー、平気平気。この人、足の怪我したときの後遺症で、時々発作起こすんだ」
「安静にしてたらすぐ治るの、ってミサカはミサカはおねえさんの心配を払拭してみる」

とてもそうは見えないが、平然とした姉妹の様子に坂本も冷静を取り戻す。


「本当に? 本当に二人で帰れる?」
「逆の電車に乗るだけだから大丈夫、ってミサカはミサカは自信満々だったり」

次の駅で一方通行と打ち止めだけ降りて帰ることにした。

かろうじて歩ける程度の少年に不安を感じる坂本。
せめて一方通行に付き添わせるのが番外個体なら、と思うが、
これからする買い物の量を考えると、小さな打ち止めでは頼りない。

「だぁーいじょうぶだって。ほら、電車出るよ。あなたのパンツはこのミサカにおまかせだかんね」
「……、無理だろうが、オマエの良識とやらに、賭けとくぜ」

喋るのも精一杯なのに、憎まれ口とはいっそ見上げたものだ。
坂本を車内に引き戻し、番外個体は閉まるドアの向こうで手を振った。
打ち止めは一方通行に手を貸して、戻りの電車のホームへと歩く。

「次の電車はすぐ来るみたいで良かったね、ってミサカはミサカは気弱にならないでと励ましてみる」
「……アホ」

それでも彼女の肩に置かれた手は、出来るだけ負担を掛けないように気遣われていた。


奥吉野に近づくと、一方通行が普段の調子を取り戻す。

「……距離、か」
「ミサカがあそこにいればなんとか大丈夫みたいだね、ってミサカはミサカはお出掛けを諦めてみる」
「帰ったら試してェことがある。付き合え」

試したいことの見当がついている打ち止めは、デートだ、とはやし立てることはしなかった。


家に帰ることはなく、二人は山の方へと歩く。
人目が無くなる獣道への入り口に辿り着くと、一方通行は打ち止めを抱えて、飛んで駆けた。

初めて『こっち』に来てしまった時と同じように。でも道のりは逆だ。

二人はあの泉に向かっている。


「どうだ、ネットワークは」
「下位個体の声は何を言ってるのか分かんないけど、
 それでも確かに良くなってる、ってミサカはミサカは……集中してみたり」

爽やかな木漏れ日と、木々のざわめき。二人は静かに水面を眺めた。

こっちへ来た時のことを思い返せば、たしかにこの泉が無関係だとは考え難い。

しゃがんで水に触れてみる。ぴちゃぴちゃと水音と波紋が起こるだけ。

「向こうにオマエの話は通じてるか?」
「無理。でもミサカが無事だ、ってことは認識できてるはず、ってミサカはミサカは
 ヨミカワ達にも安否をお知らせしてほしかったり」
「そう、だな」

急にいなくなってしまって、その様子を上条から聞いた保護者達はきっと——


帰れる……だろうか。


次回へ続く

>>383 童心の頃は無くとも、今現在しっかり持ち合わせていたらかわいいよね
食い意地がはっているだけだろうか

乙でした

空間の歪み? に直接幻想殺しぶつけられるだろうか?

具体的には、結標か黒子のテレポ由来の空間認識能力利用して

乙ありがとうございます

続きいきます


夕食の直前に、やっと坂本美沙子と番外個体が帰ってきた。
二人が持つ荷物は随分な量だが、袋を四つもぶら下げている番外個体は飄々としている。

「あんまり重いから途中で一個持ってもらったけど、お姉ちゃんは力持ちなのねぇ」

一方、袋二つの坂本は痺れる手を揉んで感嘆していた。

「まぁね。この人と最終信号がついてきてようが、確かにこのミサカが一番の戦力だったでしょうよ」
「そうだった、そうだった。あーくん、もう平気?」

出先からの公衆電話で、無事に一方通行と打ち止めが帰ってきていることは確認していたが、
坂本は買い物中も体調を崩した(と思っている)一方通行を気にかけていたのだ。

「ご覧のとおりだ。大したことねェ」


昼下がりに家に戻ってきた一方通行と打ち止めは、けたたましく鳴りだした電話に出るべきか否か躊躇した。
だが、遠野家への緊急の連絡ならば知らせないといけないと思って受話器を取ってみれば、
それは坂本からの安否確認であったので、一方通行が出て正解であった。

心配を掛けた上に、こうして大荷物を持たせることになってしまい、金銭的負担も含めて心苦しい。

「ほら、ミサカちゃん、これ着てみて」
「わぁ、ありがとー!ってミサカはミサカはおニューにはしゃいでみたり!」
「今日はもうごはんの後はお風呂やで、明日にしいや」

一方通行が体調を崩し、買い物を中断して帰って来たと聞いた遠野母が、朝よりも更にこんもりと飯を盛りつけた。

「おかわりもあるでね」
「……」

一方通行は無言でお茶碗を受け取る。

危惧していたザリガニは食卓に並べられていなかった。「本当に食べるの?」と訊いてみれば、
「明日の方が泥が抜けて美味しいから」という返事で、都会っ子は明日がちょっと怖い。


翌日は日曜日で、今夜はみんな夜更かしだ。
カーサンを含めた大人四人の酒盛りが始まった。

「クポポ? クパ」
「いらねェよ」

カーサンがお猪口を一方通行に差し出す。「飲む?」と勧められているのは一目瞭然である。
少年が首を振るので、お猪口は番外個体に向いた。

「お、さんきゅ」

躊躇いなく受け取ろうとする番外個体に、一方通行のチョップが。

「ナニ自然に飲もうとしてやがる。俺が目を光らせてるうちは飲酒なンてさせねェと言っただろう」
「うっざ、硬ぇこと言うなよ。親御さんぶるのは最終信号だけにしてよね」
「……ここにゃオマエらの調整ができる人間も施設もね無ェンだ。万が一の事を考えろ」
「へぇーい、お優しいことで」

飲酒程度で重大な不調が現れるとは思えないが、番外個体はあっさりと引いた。

「あーくんは真面目やなぁ。あんたなんてカータンが飲んでるの見て、さんざ真似して潰れとったもんや」
「親父もお母ちゃんも止めもしんかったで、加減が分からんかったのっ」

遠野達は、子供が酒を飲もうとすることに頓着ないようだ。時代が時代だし、田舎だし、酔っ払っているし。

これは席を外せないと、一方通行は胡坐をかいて宴会に付き合う覚悟をした。


やがて仔ガッパ達が船を漕ぎだし、つられて打ち止めも目を擦りだした。
そろそろ打ち止めは寝た方が良い時間だ。一方通行が時計を見ながら言う。

「寝るなら部屋行けよ」
「まだ平気だもん、ってミサカはミサカは映画を最後まで見ると誓ってみたり……」

古い西洋映画が写るテレビ。ありきたりな勧善懲悪の西部劇だが、打ち止めには物珍しいのだ。

「かぁたん達も、もう寝たら〜」

少年に同調した坂本が、座布団の上で丸くなる甲羅を揺らすが、年少組は立つ様子が見られない。

「どォせ結末は読めるだろォが」
「それをこの目で確認するのとしないのでは大違い、ってミサカは……」
「このミサカが代わりに見といてやるよ。ま、それを共有してやるとは約束しないけどね」
「だったら尚更寝られない、ってミサカはミサカは保安官の雄姿を目に焼き付けてみる」

言葉とは裏腹に、打ち止めの瞼はますます重くなっていく。

溜息ついた少年は、電極のスイッチを能力使用モードにして打ち止めを抱き上げる。
布団にさえ入れてしまえば、彼女はすぐに寝るだろう。

杖をつかずに軽々と打ち止めを運ぶ少年だったが、
酔った大人達と眠たい仔ガッパ達はそれを異常と気づけなかった。


「オマエはそっちを運ンでやれ」
「ふー、今日は三匹もか」

黄泉川家のマンションでも、かぁたんを布団に運ぶのよくある光景だった。
番外個体は、まず両手に キューちゃんと かぁたんを抱える。
二匹より体が大きい かっくんを最後に運ぼうと思ったが、お兄さんはどうにかこうにか体を起こす。

「クパ……」
「自分で行く?」

お兄さんの自覚が、番外個体に甘えられないと喝を入れたのか。フラフラしながらも寝床へ歩く かっくん。

あっという間に子供達がいなくなった。

「あーくんはぶっきらぼうに見えて、小さい子の面倒見がいいなぁ」
「なー」
「今日はキューちゃん達の事、気にせず飲みましょお〜」
「クポ〜」

これだけ世話になっているのだから、便利に使われるのは構わない。
しかしこんな会話がされている居間に戻るのは、一方通行の性格上、容易ではなく……

「ぶっはー。照れちゃってんのぉ?」
「オマエも寝ろよ……」
「ミサカはまだ眠くないもん」

このまま彼女も打ち止めの隣で寝てくれれば良かったのに。
足取り軽い番外個体が、彼をあざけりながら居間に入っていくので、一方通行も後に続いた。

見張っていなければ、間違いなく飲む気だ。


やがて映画も終わり、酔っ払い達の挙動がいよいよ怪しくなってくる。

「おい、……おい、寝ないのかよ」

なんだかんだで男同士。一番声を掛けやすい遠野の耳元で、一方通行がやや大きく声を掛ける。

「いいの、いいの。大抵いつもこうだから……」
「いつも、って……」

机に突っ伏す母親と坂本。畳に大の字でイビキをかくカーサン。
カッパの二十一歳は随分な老齢だというのに大丈夫なのだろうか。

「どうすんのよ。コイツらも運んであげる気?」
「……」

一方通行は黄泉川愛穂のマンションでの日常を思い出す。

いつからだったか、このように酔い潰れてしまった家主や芳川桔梗を各自の部屋に運んでやるようになったのは。

「さァてな。ま、フローリングと違って冷えにくいし、この気温なら風邪を引くことはねェだろ」

布団や毛布を引っ張りだし、それぞれの体に掛けてやるにとどめた。


(酒、飲めてっかなァ、あいつら)

自分と番外個体と打ち止めがいなくなってしまい、ノンキに酒など飲めてはいないだろうことは承知している。
それぐらいの絆はあると、素直に肯定できた。

すぐには帰ってやれない自身が、恨めしかった。


次回へ続く

一方さんにピザフラグが立っとる



三人がいない間の向こうの世界も見たいなぁ……チラッチラッ

ザリガニは焼いて食べると上手い。

味はエビに似ている。

乙でした

おつ。
時間の流れ違うしあっちは大変そう。上条さんは責任感じて、黄泉川家は心配してるんだろうな。

>>402 そのうちに

>>403 あるの? 食べたことあるの?

続きいきます


日曜日の朝、いつもと同じ時間に起こされた。仕事が休みの日でも、この家の起床時間は変わらない。

朝食の後、学園都市組の三人は買ってもらったばかりの服を身につけた。
遠野は居間でテレビを見てごろ寝。坂本は隣で本とノートを開いて書き物をしている。遠野母は縁側で針仕事。


「あれ、どっか行くの?ってミサカはミサカはお出掛けモードのあなたを追いかけてみたり」
「ちょっとな。ついてくンなよ」
「えー。どーしてどーして、ってミサカはミサカはぶーたれてみる」


二時間もしないうちに帰ると言い聞かせ、一方通行は一人で外に出た。

見晴らしのいい景色なので、学校がある場所は分かっていた。
一方通行はこの村の中学校に行こうとしている。図書室で本を閲覧したいのだ。


学園都市が無いのは分かっているが、地図、歴史書などを読めばその他の相違点が分かるだろう。
日曜日の今日なら、学校の職員や生徒に見られないと思っての事だった。

鉄筋コンクリートの三階建。グラウンドでは部活に励む野球部員がいたので、裏の方から敷地内に侵入した。

(開いてンじゃねェか)

施錠されていても簡単に入ることが可能な彼だが、昇降口は全開になっていた。
補修でも行われているか、文化部が屋内活動をしているのかもしれない。

「ま、見られたってどうってことねェ」

近くの水場で靴の裏を水に浸してから、反射を使って汚れを落とした。
土足で行くつもりなので、足跡を残さないように。

予想したとおり、校内には人の気配がした。入口すぐの職員室には教師がいるようで、そこの前は避けて二階へと。
この階は一般教室が集まっているらしく、引き戸の上にはクラスの表札が。
二年一組、二組……と、一方通行には縁遠かった子供の日常がある。


ふと興味が湧いて、近くの部屋の中を覗いてみた。
壁に張られた習字の作から、墨の香り。使い古された机と椅子たち。

(やっぱ打ち止めも、そのうち学校行かせるか……)

三階にも昇ってみたが三年生のクラスと空き教室だけだった。

(じゃあ、あの渡り廊下の向こうだな)

渡り廊下の両端には鍵のついた扉があったが、単純な造りなのですぐに開けられた。
渡り廊下なので、当然外に面している。グラウンドの野球部員の一人がこっちに気づいて見上げているが、

(わざわざ騒ぎ立てる様子はないようだしな)

声をあげるでもなく、周りに知らせることもしないので、捨て置くことにする。


図書室は当然誰もおらず、しんと静まり返っていた。一方通行は目当ての書を探して視線を巡らせる。

ほどなく数冊の本を持って、日当たりのいい、でも外からは見えない席を選んで座る。
打ち止めには二時間で戻ると言ったのであまりゆっくりできない。
遅れれば、あの子供は自分を探しに一人でも飛び出してしまうだろう。


地図を開いてみたが、やはり学園都市は存在しないようだ。
だがそれ以外は見慣れたもので、一方通行が知る世界と地名、地形、共に共通している。世界地図も然り。

ただ歴史書の方は、ところどころに信じられない記述があって頭を抱えた。

「あー……、マジか」

古代の古くから人間社会に関わってきたカッパ。人と一緒に農耕を覚え、時に独特の能力で人を助けてきた。

マルコ・ポーロがカッパというのは眉唾かも、と本自体が否定的だったが、火の無い所に煙は立たないというではないか。

(松尾芭蕉のお供、曾良がカッパというのは確定なンかよ……)


近代、現代のページには写真もある。

日本軍と一緒に大戦に従軍するカッパ。
野性的勘とパコの能力を活かして漁業に携わるカッパ。
電車の車掌を勤めるカッパ。

世界史の年表に載る出来事は自分の知る歴史と同じでも、そのインパクトに圧倒された。
改めてカッパという存在に驚く。


当然だが、昭和五十年代以降の歴史は記されていない。ベルリンの壁も健在だ。
今後の歴史も一方通行の世界と同じ道を辿ると思われたが、それでも可能性を感じないでもない。

(ハッ。学園都市さえ無ェこっちで、何ができるってンだ。馬鹿か、俺は)

知りたかったことは大体押さえた。もう帰ろうとしたところで、図書室へ近づいてくる人の気配を感じた。

「……」

本を抱え、棚の奥へと隠れる一方通行。

カラカラと、ゆっくり扉が開かれる。入ってきたのは、イガ栗頭の野球少年。
渡り廊下で一方通行を目撃した彼は、休憩直前にトイレと偽って実習棟へ謎の人物を探しに来たのだ。

(まさか、わざわざ来るモノ好きが。どォすっか)

上履きに履き替えた彼は忍び足で図書室を歩く。
目に止まったのは、ひとつだけ乱れた椅子だった。たった今まで誰か座っていたような。

「なンか用か」
「おっわ!」
「よくここが分かったな。他にも色々と教室はあるだろォによ」
「だ、だってよぉ、科学室とか木工室よりゃ、音楽室か図書室のが可能性あると思って……、ってあんた誰やん?」


急に声を掛けられて振り向けば、探していた白い人が立っていた。驚きつつも答える野球少年。

「幽霊、とちゃうよね? 誰?」

なるほど、オバケに似合うのは、科学室などよりは図書室、音楽室だろう。

「地毛だぜ。目も。俺は一方通行(アクセラレータ)。もう帰るところだ」

既に本は元の棚に戻した。一方通行はジロジロと見つめてくる不躾な視線を無視して扉の外へ。

「あくせら……? なぁ、ちょっと待ってや。なんて?」
「不法侵入は認めるが、単に本を読みに来ただけの観光旅行中のよそ者だ。気にすンな」
「俺、二年一組の井畑(いばた)」
「聞いてねェっつの」
「土足はアカンで、あくせら君」

あれ、でも足跡や汚れが無いな、と井畑は後ろを振り向きつつ後をついてくる。
よりにもよって、変なのに見つかった。
一方通行は舌打ちして歩を進める。が、杖をつく身で元気な野球少年が振りきれるはずもなく。

「旅行なんてホント? ここなーんもあらへんよ?」
「……」
「どこに泊まっとんの?」
「なンでそンなこと訊きやがる」

赤い目にギロリと睨まれて、井畑が怯える。それは本意ではなかった一方通行はバツが悪そうに、

「教えるから、教師にゃ言うな。黙ってろ」
「! ……おうっ」


「あぁ、カータンとこにいんのか」

遠野の家と教えたが、あそこは『カータンの家』としてまかりとおっているらしい。

「有名なのか?」
「ちょっと前、二十年も生きた天然カッパ、っちゅーことでテレビにも出たで。しかも今はカッパが増えとるし」
「四匹も飼ってンのは珍しいのか」
「? とーぜんやん」

この世界の当然など知るか。自分の置かれた環境は、やはり『こっち』でも特殊な部類に入ると再確認した。

「おら、もう戻れよオマエ」
「あ、うん。またね」

「またね」とはどォいう意味だ、と問い質す間もなく、井畑はグラウンドへ走っていった。

(不審人物がいたと吹聴されるぐれェなら、と居場所を教えちまったが、失敗だったかもな)


一方通行が村の中学校へ忍び込んでいる頃、遠野家では番外個体が遠野母の手元を興味深げに覗き込んでいる。

「おばちゃーん、それ何縫ってのー?」
「ただの雑巾や」
「雑巾て、家で縫うものなんだ」

この子は何を言うてんのや、と遠野母は針を止めた。

「東京じゃ、どうやって掃除しとんの」
「そりゃ雑巾は使ってたけど、普通は売ってるものを買ってたよ」

番外個体の普通とは、もちろん学園都市の黄泉川家のことだ。

「お姉ちゃんは、針と糸は使えんへんの?」
「やったことない」
「あらー、それはアカンよぉ。嫁の貰い手があらへんで」
「稼ごうと思えばいくらでも出来るし。いざとなったらあの人にタカるから平気だもん」
「イカンイカン。ほれ、これ縫えたでちょっと自分らの部屋掃除しといで」
「えぇ、めんどいなぁ」


番外個体が雑巾を押し付けられるのを見ていた かっくんが、今後の展開を察してバケツを用意する。
ザリガニ入りではなく、ちゃんと掃除用のものだ。

「クポ!」
「ほれ、かっくんも手伝ってくれるんや」
「あーあ、墓穴掘った」

(ミサカまで余波が飛んできませんよーに、ってミサカはミサカはおねーさんの影に隠れてみたり)

打ち止めはちゃぶ台でノートを拡げる坂本を盾に、小さな体を番外個体と遠野母から隠した。

「アホ毛が見えてんよ。ほらぁ、共同部屋なんだから」
「ぬぁー、ってミサカはミサカは連行されてしまったり……」
「ケケケ」

大げさにがっかりする打ち止め。かっくんが笑って宥めた。


次回へ続く

野球少年が出てきたのは、別にWBCは関係ない
名前が井畑なのは、井端さんに関係がある


「掃除の基本は何かな?ってミサカはミサカは番外個体が覚えてるか質問してみたり」
「『まず換気からじゃん』って黄泉川がいつも言ってたねー」
「クパパ」

かっくんが障子と襖を開ける。水が汲まれたバケツに雑巾を浸し、絞ろうとすると、

「ちょい待ち。もうちょっとであの人が帰ってくるから」
「そういえばそろそろ二時間になるね、ってミサカはミサカは楽しようとする番外個体に呆れてみたり」
「なんやかんやでさ、あの人はこーいう日常とかで自分の能力が効果的に役立つことに、自己の価値を肯定できて喜んでるんじゃん?」
「よけいな世話だ、クソッタレ」

本当にタイミングよく帰宅した少年。庭から直接廊下に上がった。

「掃除してンのか」
「番外個体が墓穴を掘っちゃったの、ってミサカはミサカは巻き添えを食らってしまったり」
「ほォ。素直に言うこと聞くとは珍しいじゃねェか」


一方通行は電極のスイッチを構い、能力を使って部屋の中の埃を撒きあげる。

「ほら、逃げないとばっちぃよ、ってミサカはミサカは かっくんを保護してみる」

あとは風を操って、それらを外に出すだけだ。

「やー、終わった終わった。あとはそれらしく雑巾汚しときゃOKっしょ」
「なンだ、そのセコイ隠蔽工作は」
「でもヨミカワにはすぐバレたよね。『能力使ってズルするな』って。
 ミサカはミサカはおばちゃんにも通じないことを予想してみたり」

真面目に掃除した雑巾と、そうじゃない雑巾は、玄人(?)の目には一目瞭然なのである。

「どうやって綺麗にしたのかつっこまれンのが面倒臭ェ。オマエらでテキトーにそこらを拭いとけよ…… あン?」

クイクイ、と少年の服を引っ張る かっくん。
今、目の前の思議が一方通行によってもたらされたことに、改めて憧れの眼差しを注ぐ。

「……遠野達にゃ、言うンじゃねェぞ」
「……ウンウン」
「オトコとオトコの約束なのだ、ってミサカはミサカは感動してみたり」
「あなたが『シー』ってやってんのが見れて、このミサカは爆笑寸前だよ」


昼飯の後、遠野母と坂本美沙子が片づけに台所に立ったのを見計らって、
一方通行はゴロ寝を再開したグータラ男を小突いた。

「イタ。なにさ、もう〜」
「ちょっと話があンだよ。顔貸せ」

(だからいちいち怖いんだよ、あーくん……)

カーサンは食後の一服。仔ガッパ達はお昼寝タイム。
遠野と学園都市組三人は、あの裏庭でまた顔を向き合わせる。
ただし、今日は前回と違って昼間である。残暑厳しい九月なので、切株の椅子を日陰に移動させた。

「で、何なの?」
「何なの、じゃねェだろ。まだまだ聞きてェことが山積みだ、俺達は」


聞かれるままに、遠野は記憶を手繰り寄せて答えた。

そもそも、かぁたんが失踪したときの状況を詳しく訊いていなかったので、そこを追求する。
すると、山中のあの怪しい泉が現場だというではないか。

「どーしてそういう大事な事を最初に言わないのかな!?ってミサカはミサカはおじさんの要領の悪さに憤慨してみる!」
「おじ、……だってぇ、君達訊かなかったや〜ん」
「ミサカ達も『こっち』に来たらあの泉の中だったし。あそこって一体何なワケ?」


あそこは地元住民の間では『カッパの泉』という、神秘的な力を持った場所であること。
カッパ限定だが傷や病を癒し、かっくんの喘息治療にも大きく役立っているらしい。

「定期的に かっくんを泳がせに行ってたんだけど、かぁたんが消えちゃったもんだから、あれ以来ご無沙汰だなぁ」
「俺と打ち止めは昨日行ってきたが、何も変わったことはなかったぜ」
「でも、ミサカネットワークは接続状態に改善がみられたよ、って
 ミサカはミサカはやはりあそこは怪しすぎる、って結論に至ってみたり」

聞き慣れない単語と、見た目に似合わない言葉を発する少女に、遠野が目を白黒させる。

「え? え? 行って来た? 昨日? だってあーくん、昨日は体調不良で……」
「嘘に決まってンだろ」
「えぇー!?」


もう少し、こちらの事情を明かさないと話がスムーズに進まない。
未来は未来でも、純粋な時間の経過を経ただけの未来ではないことを説明した。

「平行世界とか、パラレルワールド、ってヤツかね。聞いたことある? オニーサン」
「俺達が住ンでたのは学園都市、っつー…… あー……」
「簡単にいうと、超能力を人工的に開発する科学の街だよ、ってミサカはミサカは
 この世界に学園都市が存在しないことがパラレルワールドの証明だと力説してみる」
「超能力? ユリ・ゲラーがいっぱいってことっ?」
「誰よソレ……」

スプーン曲げの超能力者なんて、彼らは知らない。


「あの泉が大きく関係してンのは確実だ。今からでも、もう一回行きてェ」
「無理だよぅ。あそこまでは大人の足でも二時間はかかるし」
「だァーから、昨日も行って来た、っつってンだろォが」

一方通行はチョーカーの手を伸ばし……

「あーら、見せちゃっていいの? さっき かっくんに『シー』してたのにぃ?」
「うるせェな。こうでもしねェとこいつ、全然話信じねェし」
「あれ!? あーくん歩けるんじゃん!」

杖を置いて立ち上がる少年。
歩けるどころではない。彼は足元の拳大の石を拾うと、遠野の目の前で粉々に砕いて見せた。

「うへぇ!?」
「ベクトル操作…… まァ、詳しい原理は気にするな。俺は時間制限付きだが。こっちの二人の方が分かりやすいぞ」

一方通行に促され、番外個体と打ち止めが、紫電をバチバチと額の前、指先で躍らせた。

「ミサカ達は電撃使いなのだ。驚いたかエッヘン、ってミサカはミサカはふんぞり返ってみたり」
「停電したら供給してやんよ。ミサカの恩返しだね」
「!? !?」
「能力を使えば、あの程度の距離は大して関係ない。ここから泉までも数分で到着するし……」

仰天する遠野に、一方通行の声は右から左だった。打ち止めの指先から走る青い光の方が衝撃的で。

「触ってもいい?」
「あ、まって出力が」
「いったぁ——!!」
「話聞けェ! 子供かよ!」


余計な混乱を招かないように、母親と坂本には秘密にしておくよう重々言い含めた。

「ほんとだったんだー……」
「だから最初からそう言ってる」
「なんとかワールドといってもさ、この先の未来の事は大体分かってんでしょ?」

遠野の興味は、超能力から先の時代の出来事に移った。それはそうだろう、誰だって。

「オニーサンが興味あるようなことは知らないよ。
 ソ連が崩壊するとか、バブルが崩壊するとか、円高が百円以下にまで進むとか。どーでもいいでしょ?」
「う、うん。そういうのじゃなくってさぁ……」

やけに崩壊ばっかりする未来よりも、遠野には気になることがある。
だが彼の口は重い。頭を掻きながら俯いて、ボソボソと。

「あ? 聞こえねェよ」
「俺と坂本さんて、いつ結婚すんのかなぁ……と」
「……」
「……」
「……」
「そろそろじゃないかとは思ってんだけどね」


「早くプロポーズしろ」とアドバイスしておいた。


次回へ続く

まことに今さらながら、『遠野』とは私がこの作品を書く都合上考えた捏造名前です

原作では一人称『私』 
二人称『あなた』『かぁたんのパパ』等で通っています。本名不明

かぁたんの血統書に記載されている本名が 『遠野川太郎ジュンプライド』なので、『遠野』にした次第です




そぅいや主人公って私なんだよねぇ

基本主人公視点だから名前いらんし


とりあえずそろそろかぁたんの
天才なところを(ry

1970年代サタ−ンプロジェクトで何回も月へ人間を送り込んだが。

この世界だと河童の宇宙飛行士は居ないのかな。

>>426 おるで。カッパ宇宙進出しとる

続きいきます


さすがに今日はカッパの泉に行くことを自重した。
大体、昨日一方通行と打ち止めが訪れてもミサカネットワークに僅かな変化しかみられなかったのだ。
行ったところで、学園都市に戻れる手段を見いだせるとは考えられなかった。


翌日の月曜日、番外個体も伴って期待少なく訪れてはみたが、やはり何事も起こらない。
二人の少女は懸命にネットワークで下位個体達と意思を交換できないか試してみたが、
いくら粘ってもこれ以上は無理だった。

「ヨミカワとヨシカワに、大丈夫だって伝わりますよーに、ってミサカはミサカは……力んでみるぅ……っ!」
「ヒーローさん、黄泉川になんて説明したんかね。芳川はたぶん状況を把握してんだろうけど」

かぁたんがタイムスリップした(かもしれない)ことは、
黄泉川愛穂はともかく芳川桔梗は一方通行達と同時に気づいている。
上条から一方通行たちの異変の詳細を聞いた彼女なら、もしやと感づいてくれているかもしれない。


(まさか幻想殺しが関わらないと帰れねェとかだったら厄介すぎンぞ……)

だが、かぁたんは幻想殺しなどなくとも学園都市にやってきた。そこに望みを見出したい。

平行世界の昭和五十年に初めて来たのが三日前。
その時水から引きあげたテレビに、落ち葉が降り積もっていた。
何故だか、とても寂しさを感じる光景だった。
いつもくつろいでいた黄泉川家のリビングに置いてあり、見慣れた文明の利器だったのに。

とにかく遠野の家で時を過ごすことだけが、一方通行たちにできることである。

それしか、できない。


それから数日後、ここでの暮らしにも慣れ始めた科学の街の子供達。
田舎の静けさと、外敵がいない安穏も悪くはないと、一方通行は感じてしまっている。

(あいつら、適応能力高っけェよ。楽しそうでなによりだが)

「カーサン早く、早くぅ、ってミサカはミサカは急かしてみる」
「クポ〜」
「ちょっとぉ、ミサカだって作ってんだけど」

カーサンと番外個体が小刀片手に作っているものは、竹トンボというオモチャである。
二枚羽のプロペラのように竹を薄く削り、竹串に刺す。
両手で串を摩擦しながら放つと、宙を飛ぶという単純なものだ。


押し入れの奥からそれを見つけた打ち止めと仔ガッパ達はすっかり気に入り、
カーサンにねだって人数分こさえてもらおうとしている。

作業がじれったいので番外個体も見よう見まねで自作しているが、なにぶん初めてのことゆえ、
器用な彼女ではあるけど打ち止めはカーサンにばかり期待をかけている。面白くない。

「見てろよー。あそこの白モヤシに直撃するようなヤツ作ってやらぁ」

打ち止めと同じように、かぁたんもキューちゃんも かっくんもカーサンばかりに注目している。
……番外個体は面白くない。 

「クポ!」
「出来たの!?ってミサカはミサカは目を輝かせてみる!」
「ホッホッホ」

まだまだ、とカーサンは小刀を背後に隠し、羽を頭の上へ。あとは串を刺せば完成する。

「おいクソガキ、刃物持ってンのに飛び付くな!」

庭から少年のお叱り。彼はというと、小さな斧で薪割りをしている。
力を掛けるコツさえ掴めば、細腕の彼でも座ったままで可能だった。
丸太から半分に割る時だけは、人目を避けてベクトル操作を行使したが。


「キリなんかより、こっちのが早いよ」
「クワ?」

番外個体が、自分の作業を中断してカーサンから竹の羽を受け取る。
カッパ四匹が見守る中、彼女が指先から走らせた電撃が、焦げ臭さを伴って羽に小さな穴を開けた。

「おぉ、これで作業時間短縮だね、ってミサカはミサカはワクワクしてみたり」

薪を割りつつ、その光景を見ていた一方通行が心中で舌打ち。

(あンの馬鹿、誰が見てるとも知れねェのに安易に能力使いやがって)

「クポー?」

指から光を出した番外個体の手を、キューちゃんが不思議そうに弄くり回す。

「クッ、ちょっとくすぐったいー。続き作るから危ないって」


ほどなく番外個体も処女作を完成させ、竹トンボはお古を含めて合計三個になった。

「よーし、誰が一番遠くまで飛ばせるか競争だ!ってミサカはミサカはスタンバイしてみたり」
「クパ!」
「クォォォ!」

打ち止めと かぁたんとキューちゃんが縁側に並んだ。
もう一匹の仔ガッパはというと、かっくんはお兄さんなので大人しくカーサンが自分の物を作ってくれるのを待っていた。
まずはお客様の打ち止めと弟分の二匹に譲ったのである。大した漢なのだ、かっくんは。


(平和だなァ、おい)

一方通行を狙った番外個体の竹トンボが飛んでくるまでのことだったが。


カーサンは遠野達を手伝いに畑に戻っていった。今は居候の三人と、仔ガッパ三匹だけ。

打ち止めと仔ガッパ達は相変わらず竹トンボで遊んでいる。番外個体は二つ目の竹トンボを鋭意製作中。

「オマエらなァ、俺の周りでヤメロよ」
「だって屋根の上に行っちゃっても、あなたならすぐ取ってくれるもーん、ってミサカはミサカは便利にあなたを活用してみたり」
「イイ根性してンじゃねェか、クソガキが」

便利に活用というか、かぁたんとキューちゃんは率先して竹トンボを屋根の上に飛ばしているようだ。
そうすれば、薪割を中断して一方通行が大ジャンプして屋根に登ってくれるのが楽しい。
かっくんもそれが待ち遠しくて、弟分を諌めることができずにいた。
 
「キュー」
「クゥーン」
「ったく、またかよ。わざとやってンだろ」

さぁ出番だよ、と小さいの二匹が一方通行に「取って」とアピールする。
最初の方こそ、目撃されるのを警戒して裏庭から壁を伝って屋根に上がっていたが、既に少年は表の方から直接跳躍していた。
能力を使用モードにすれば、周囲に人がいないのを確認できるし。

一度、自転車の郵便配達員がやってきて、地上と屋根で目が合った時はちょっと気まずかった。

「あや〜、落っこちんようにねぇ」
「……」


そろそろ村の子供の下校時刻だ。
一方通行はもう屋根には上がってやれないことを告げ、竹トンボ遊びは(今日は)終了になる。
夕方の子供番組が始まるので三匹の仔ガッパはテレビの前へ。

「あなた おっねがーいよー」

(もう少し割ったら、あとは急速乾燥させて……)

「席を立ったなーいでー」

小刀を操る番外個体と、斧を振るう一方通行の間を行ったり来たりする打ち止め。
テレビで覚えたばかりの歌謡曲をエンドレスで歌い続けている。
と、そこへ番外個体が、

「ヘイヘイホー」
「へいへいほ〜……、って番外個体! 今からイイとこだったのに!ってミサカはミサカは邪魔をされてご立腹してみる」

ここまで簡単に釣られるとは予想以上だった。


「だぁーって、ウチのヨサクが木ぃ切ってるから」

チビどものおかげで薪割りがはかどらなかった少年。パカーン、とやっと最後の薪が転がる。

「……ンだよ」
「よさくぅうううううう!!ってミサカはミサカはあはははははははは!!」 
「あーひゃっひゃっひゃひゃひゃっはははははっ」
「あーの〜」
「学園都市第一位のヨサク!!ってミサカはミサカは笑いのツボにストライクー!!」
「まさにそれをしに来たんやけど」
「あっははは、はー、はー、……アンタ誰よ」

姉妹の大爆笑を聞き、驚いてテレビを見ていた仔ガッパ達も集まってくる。
いつの間にか、イガ栗頭の少年が庭に立っていた。手には野球グローブ二つを持って。

先日、一方通行が村の中学校に忍び込んだ際に知り合ってしまった井畑(二年一組)であった。


次回へ続く

かぁたんの血統書、『遠野川太郎ピエールジュンプライド』だったわ。訂正。どうでもいいけど。

乙でした

名前は大切です

>>1 乙 地に足が着いていて面白い。

>>429 TV流れ着いているのか!

Oパ−ツとして遠野に売ってもらって、苦しい生活費の足しに…


乙ありがとう

>>438 他にもリビングの物が巻き込まれました。スリッパとか

続きいきます


(こ、こんなおねーちゃんがおるなんて聞いとらんで……)

笑い過ぎで目に涙を溜め、それでも鋭い視線の番外個体にたじろぐ。
小さなオンナノコもいるのだが、年頃井畑の目にはあまり入らない。

「オマエ、何しにきやがった」

一方通行がいまいましげに問う。こうなることを危惧していた。

「あ、あぁ。えーと、えーと」
「野球かな?ってミサカはミサカはグローブをつんつんしてみる」
「おう、そうそう。キャッチボールくらいなら、あくせら君でも出来ると思ってよ」
「キャチボール!? この人が!! そりゃまた笑えるわ。どうしよう、ミサカは今日この人に笑い殺されちゃうのかも!?」

とうとう小刀をほっぽり出し、番外個体は縁側で両足をバタつかせた。
すかさず かっくんが小さな鞘に納める。お姉さんが怪我をしたら危ない。


図書を見るために中学校に侵入したはいいが、あっさり見つかったと知られてしまった一方通行。
大して警戒していなかったからだと分かってはいるが、それでも番外個体は嘲笑のチャンスを逃さない。

「あなたらしくないねぇ。こっちに来て、すっかり平和ボケしちゃったんだ」
「……」
「まさか、このまま帰れなくていいなんて思ってんじゃねーの? 罪も罰も無いここが居心地良くて」
「馬鹿言ってンな。……もうこの話はよせ」

剣呑な雰囲気を感じ取り、仔ガッパ達、ましてや井畑は訳が分からず。

「んふ。このミサカだけはあなたの味方だから大丈夫。イロイロな意味で、さ」

がっしり肩を組み、衝撃で少年の体が傾いだ。
それを支えるつもりだったのか、反対側から打ち止めがタックルをかます。


「重ェ」
「ミサカは早くキャッチボールするあなたを見たい、ってミサカはミサカはリクエストしてみたり」
「冗ォ談だろ。俺の体力はもう限界だ。おい、寄越せ」

限界、と言いながら、一方通行は左手をかざして井畑が握る野球ボールを要求する。

(やらないんじゃねーんか)

疑問に思いつつ、井畑が球を渡すと、一方通行は番外個体と打ち止めを引き剥がして縁側へ。
そこで かっくんに球を放り投げ、

「おらよ。よかったな、いいモン貰えてよ」
「キャッ、キャッ」
「あ゛、それ俺の小遣いで買ったヤツやでっ」
「ケチ臭いコト言ってんなよ、少年。ほら、それ貸しな」
「あう、あい……」

グローブ二つをかっぱらうように頂き、番外個体は かっくんを手招きする。

「これで投げたボールを捕るんでしょ」

番外個体が右手にグローブをはめようとして、

「せやけど、普通は左手にはめるもんや。ねーちゃん左利きか?」
「……お手本っ!」
「わぁ、お、怒んなや……」


かぁたんとキューちゃんに、井畑が持ってきたグローブは大き過ぎた。
よって二匹はもうひとつ鞄から白球を出してもらい、素手でキャッチボールをしている。
しかしまったく捕球がままならず、羨ましそうに番外個体とかっくんを眺めていた。

「あのねーちゃん、飲み込み早いわ。良いフォームや」
「……あれでだいぶ手加減してンぞ。相手がガキだからな」
「そうだよ……、っと。あなたがキャッチャーなら全力で投げられ、……んのになぁ!」
「キュウ!」
「わりーわりー。ついつい力んじゃった。てへ」

かっくんが痺れた左手を擦る。打ち止めがここぞとばかりに かっくんからグローブを貰い、それを一方通行に差し出す。

「さぁ、ここでいよいよあなたの番! 満を持して第一位の登場です!ってミサカはミサカは実況中継してみたり!」
「ン」
「え? 俺?」

マイクを持った演技でノってる打ち止めだったが、グローブは一方通行によって横に立つ野球少年の元に帰ってきた。

「おー、次は本職が相手かぁ?」
「俺キャッチャーとちゃうで……」

文句を言いつつ、井畑は番外個体の正面に立った。


手加減を少し緩めた番外個体。井畑の手も、ほどなくして痺れ始めた。

「もう、もうアカン。タイムや」
「っふー。ここまで体動かしたのは久しぶりかにゃー」

もうすぐ日が暮れる。井畑はグローブをまとめ、白球を鞄にしまった。
かぁたんとキューちゃんが持つもうひとつの球は、ちょっと考える様子を見せた後で回収を諦めた。貰えるらしい。

「ウチのピッチャーに爪の垢飲ませたいわ。女にしとくの勿体ない。今度ウチのピッチャーに指導したって?」

遠野とその家族以外に深い関わりを持つのは、できれば避けたいと考えていた一方通行だが、
向こうから近づいてくるのを拒むのも怪しまれる。

「……ここは俺達の家じゃねェンだ。人を連れてこられちゃ迷惑だ」
「ほんじゃガッコに来てくれよー」
「行ってもいいの?ってミサカはミサカは目を輝かせてみたり!」

時代が時代だからか、土地柄なのか。学校関係者以外が出入りするのはそれほどタブーではないという。

「ふーん…… 気が向いたらね」

雨の日と金曜日以外は、大抵グラウンドで部活をしているから、と帰り際に井畑が誘う。
番外個体は気の無い風の返事をしていたが……


その夜、虫の声が鳴り響く庭を、ひとり一方通行が歩く姿が見られた。
円に近い月が天を照らし、景色が青白く見える。

「………」

本格的な秋が近づいているせいなのか、虫の鳴き声が以前と違う。
しかし音量に変わりはなく、少年が土を踏みしめる足音はそれに紛れている。
どうせ彼以外の家人は寝静まっているけれど。


——罪も罰も無いここが居心地良くて——


そんなことはない。打ち止めと番外個体が一緒にいるではないか。
それとも自分は彼女達にすっかり甘えきり、まるでそのように感じられていたのだろうか。

(どうしようもないクソ野郎だな)


月を仰いで溜息をついた時、昼間にさんざん聞かされたあの歌が聴こえてきた。

「あなた おっねがーいよ〜」
「……ガキが夜更かししてンじゃねェぞ」
「お散歩ならミサカを誘ってくれればいいのに、ってミサカはミサカは単独行動を咎めてみたり」

シーツを肩に掛けた打ち止めが、それを引きずりそうになりながら近づいてくる。

「もう夜は冷えるんだから風邪引いちゃうよ、ってミサカはミサカは片方どうぞとお裾わけしてみる」

庭石に座りながら、シーツを握る右手を拡げて隣を促す打ち止め。

「尻が冷えて風邪引くのァ勘弁だな」
「わわ、っと……」

肩は暖かいだろうが、石に直接座るのはいただけない。彼女の寝間着はワンピースだ。

「いつも重い、って文句言うくせに、ってミサカはミサカは矛盾を感じてみたり」
「…………」

膝に打ち止めを抱いて、一方通行は黙ってしまった。
何を言えばいいのか分からない。言い訳になるような気がして。


すると、打ち止めがまた歌い出す。

(よっぽどその歌が気に入ってンのかね)

「あなた おっねがーいよ〜 席を立ったなーいで〜」

夜だからか、控えめな声で——

「息がかっかるーほど〜 そばにいーてほーしい〜」

少女が上を見上げる。アホ毛が一方通行の首をくすぐった。

「……」
「えへへ……」

息が掛かるほど、いつまでもこうして……

腕に力を込めて、言葉に替える少年だった。


次回に続く



田舎の少年にはミサワさんは
まぶしすぎる…

>>449 しかも中二だし

今日は学園都市居残り組の話です

続きいきます


ここは現代の学園都市。

一方通行達が忽然と姿を消してしまった黄泉川家のリビングでは、上条当麻とインデックスが茫然と空を眺めていた。

「マズイ、マズイぞこれは……」
「どうしよう、とうま」
「カッパ君と俺の右手が何かの反応を起こしたのか? やっべぇ……」

頭を振り、上条は抱えたままだったインデックスの肩から手を離す。
何をすればいいのか思考を巡らしつつ、びしょ濡れの室内を歩いた。
テレビの台には何も乗ってない。彼らと共に消えてしまっていた。

(どうすんだ。とりあえず土御門に知らせて……)

歩きにくくて、靴下を脱いだ。

(でもインデックスは魔術は関係ないって……。畜生、いっそ俺も一緒に巻き込まれてりゃ良かったのに!)

土御門元春には、元々かぁたんのタイムスリッップについて魔術関係から謎が解明できないか依頼していたが、
芳しくない状況だと聞かされていた。
事態を把握、改善できるとは思えない。


インデックスも上条を追うように立ち上がり、

「お片づけ、する……?」
「……そうだな。黄泉川先生が帰ってくる前に、ある程度どうにかしねぇと」

それまでぼんやりしているぐらいなら、何かをした方がマシだ。


「これは一体何事かしら」
「おかえりなさい……」
「おかえりなさいなんだよ」

夕方になり、黄泉川愛穂に先駆けて帰ってきたのは芳川桔梗だった。

外されたカーテン。家具や小物が色々と無くなっている。壁や天井には水の染み。
ソファはベランダに引っ張り出され天日干し。テレビが無いのが特に違和感だった。

「すんません、洗濯機とか掃除道具とか、勝手に使わせてもらってます」
「何が、あったの……? あの子達は?」

あの子達。その言い方に心が痛む。

「順を追って説明します」

上条とインデックスは雑巾を置き、被害の少ないキッチンテーブルで経緯を芳川に説明した。


「あぁ……、何てことかしら」

芳川は仰向いて額に手を当てた。由々しき事態だ。最悪だ。

「すみませんでしたぁあああ!!」
「ごめんなさいぃぃ!」

正面の二人が、頭を下げる。あまりの勢いで、テーブルの上の物が揺れる。

「……上条君達のせいじゃないでしょう? 大体君たちをここに誘ったのは一方通行なのだし」
「でもですね、やっぱ俺の右手が原因としか」
「止めましょう。とにかく今はあの子達の安否確認が先だわ」

芳川は携帯電話を取り出し、

「病院の下位個体に聞いてみるわ。ミサカネットワークで何か分かるかも」
「!! そ、そうか、その手があった」

芳川はまさに電話を掛けようとした時に、玄関のチャイムが来客を告げた。
こんな時に誰だ、と芳川が壁に取り付けられたモニターでドアの向こうを確認し、大慌てで出迎えに走る。

その様子に上条もピンと来るものがあって、彼も走る。


「こんにちは、とミサカ10032号は熱烈な歓迎にのけぞります」
「み、御坂妹! 良かった、丁度良かった! 一方通行達は!?」
「クールビューティー? わざわざ来てくれたの?」
「あの子達は? 無事なの? どこにいるの?」

安堵と喜びが滲む、矢継ぎ早の質問攻め。
期待には答えられない10032号は顔を俯ける。

「……」

それだけで充分だった。上条達には分かる。

一方通行と番外個体と打ち止めは、手の届かないところに行ってしまったのだと。

「さぁ、上がってちょうだい」

せっかく来てくれたのに、がっかりした態度ばかりではいけない。
芳川は笑顔を作って10032号を部屋に上げた。


「上位個体達に起こったことはミサカ達もネットワークを介して知っています、とミサカは説明を省略します」
「あぁ。だから俺達がここにいることも知ってて来てくれたんだな?」
「はい」

芳川は人数分のお茶を淹れる。来客用の湯呑みを用意する際に、子供達専用の物が目に入る。
次に使われる日は、一体いつになるのか。そもそもその日が来るのだろうか……

「まずはみなさんを安心させなければ。上位個体と番外個体は無事です。
 おそらく一緒に消失した一方通行も、とミサカは良いニュースからお知らせします」

無事。

その報に三人が大きく息をつく。それさえ分かれば落ち着くことができる。

「ん? じゃあ悪いニュースって何かな? ねっとわーくで あくせられーた達の事が分かるなら……」

自力では連絡もできないような、帰宅も困難なところにいるなら、早く迎えに行ってやらなければ。

「それしか、分からないのです……、とミサカは悪いニュースを続けます」


打ち止めと番外個体が生きていることは分かるが、言葉も交わせず、位置も掴めない。
世界中に散らばる妹達がネットワーク内でも自らの足でも大捜索を掛けているが、現段階では絶望的だ。

「そんな」

頼みの綱のミサカネットワークでもお手上げなんて。上条はまた茫然となる。

「……生きてさえ、いてくれればいいわ」

自分に言い聞かせるように、芳川桔梗が湯呑みを両手で握った。


そうだ、生きているならいい、と誰もが心の中で唱えていると、家主が帰って来た。
元気のいい足音。これから告げなければならない事件を思うと……

「ただいまじゃーん……、ってなんじゃこら! 泥棒か!?」

滅茶苦茶になったリビングに目を丸くし、次いでお通夜のような雰囲気のキッチンに異常を察知する黄泉川愛穂。

「愛穂……」
「桔梗……、それに上条? 何があったじゃん……」


三人の子供たちが失われた。
その事実に、さすがの黄泉川も顔を青くした。

「黄泉川先生、すみません。俺が、俺が……」

黄泉川も上条の責任ではないと言ってくれるが、それでも上条の後悔と自責の念が薄まることはない。
もっと注意するんだった。かぁたんの由来を考えれば、警戒を解くべきではなかった。

「さきほど、さらにネットワークの接続が希薄になりました。しかしその後は一定を保っています、とミサカは追加情報を述べます」

それは悪いニュースでは、と10032号以外が露骨に顔をしかめる。

「そう悲観することはありません。上位個体からは信号のような合図はありますし、
 むしろネットワークの変化が向こうの行動を裏付けていると言えるでしょう、とミサカはポジティブに考えます」
「そっか……。ありがとじゃん」

励ましにも聞こえる御坂妹の言葉だった。


「よっし! 片づけの続きするか。上条達もまだ手伝ってほしいじゃんよ」
「は、はい!」
「もちろんなんだよ」
「及ばずながらこのミサカも参加させてもらいます、とミサカは腕まくりします」

芳川も頷きながら立ち上がる。
子供たちが帰って来た時のために、綺麗にしておいてやるのだ。新しいテレビも買ってやろうか。

「あと、今日は晩ご飯食べて行けじゃん」
「いや、そこまでお世話に」

言いかけて、上条は口をつぐんだ。きっと、既に五人分用意されているのだ。

「……じゃ、ご馳走になろうな、インデックス」
「うん……」
「そっちの女の子はよく食べるんだろ? おかわりもしていいじゃん」
「うん……。ありがとう」

せめてと思い、上条もインデックスも、ミサカ10032号もたくさん食べた。

これからいつまでか分からないが、この家の食事は二人だけになるのだ。


「そのうち帰ってくるじゃんか。前もちゃんと帰ってきたし」
「そうね。そうよね……」

保護者の二人は、ただ子供達を信じて待つ。いつかのように。


次回へ続く



……一方さん、みんな待ってるぞ

もしかしたら、向こうの方がある一点の意味だけで楽なのかも知れないけど

乙でした


「クポポ」
「クッパー」
「キャッキャッ」

朝も早くから、遠野家の仔ガッパ三匹は緑が茂る土手に繰り出していた。
しゃがんでは何かを拾い、小さいの二匹は かっくんに走り寄る。お兄ちゃんに協力しているような素振りである。

「ケケケケ」

礼を言いながら かっくんが何かを受け取って帽子に入れた。

「カッパさんだ〜。おはよう」
「パコン」

部活の早朝練習に向かう学生が、可愛らしい彼らに挨拶をくれる。

「……ハッ!」

学生が歩いているということは、お家でも、もうすぐ朝ごはんの時間だ。間に合わなくなってしまう。
かっくん達は駆け足で戻った。両手に持った帽子の中身がこぼれてしまわないように。

>>1


「ごはんできたでー! みんな起きやー」

噌汁のいい匂いと、遠野母の呼声で目が覚める。番外個体も早起きにすっかり慣れた。

この昭和五十年の奈良県奥吉野には、夜遊びできるものがなんにも無い。
深夜営業の店も無い。自動販売機も無い。大きい通り以外には街灯さえも無い。
よって、番外個体も規則正しい生活にならざるを得なかった。

「あーっふぁ〜。きょーおの(味噌汁の)具はナーニかなぁ」

大根の葉なんて、この家に来て初めて食べた。
あきらかに野菜の多い食生活と夜にしっかりとした睡眠。
生活の変化は、若い盛りの番外個体の見た目にも変化を現わしていった。
肌は瑞々しく、荒れていた髪の毛は輝いてしなやかだ。爪も唇も桜色で美しい。


『なんだかキレイになったね、ってミサカはミサカは嬉しかったり』
『同じ顔してんのに、嬉しいもないでしょうが。自我自賛?』
『そうじゃなくって、ってミサカはミサカは本当に番外個体を褒めてるの!』

そんな話を小さな姉としたばかりだ。
言われなくても毎日鏡で見ていれば彼女も気づく。体長もすこぶる良い。


「起きて最終信号、飯だぞー」
「んんん……」
「どーせ、ゆうべあの人とイチャコラして寝てないんだろ。チビチビにくすぐられても知んないからね」

昨夜の一方通行と打ち止めの逢瀬に自分は気づいていると、堂々と言ってやった。
薄く開いた襖の向こうで一方通行が起きているかもしれないけれど、気にしない。

(顔でも洗ってくるか)

布団から抜け出そうと畳に手をつき、枕元のそれがやっと目に入る。

「花?」

青いの黄色いの白いの。色とりどりの草花が、麻紐で結ばれている。
きょろきょろと周囲を見回すが、どう見ても番外個体に宛がわれている。隣で寝る打ち止めではなく。

茎の長さもバラバラで彩りのバランスも悪いが、確かに花束だった。片手で簡単に握れる、小さな小さな。

「……なんで?」


もじもじ、もじもじ。

「かっくん、今日変ですね」
「坂本さんもそう思う? さっきからずーっとこうなんですよ」
「ケケケ」
「ウケケケケ」
「かぁたんとキューちゃんは何か知ってるみたいだなぁ」

遠野が起きた時には、仔ガッパ三匹は先に食卓に座っていた。
いつもは「早く食べたい」とやかましいのに、今日はみんな変だ。

「カーサンはなんか聞いてる?」
「クポポ〜?」

知らん知らん、とカーサンも首を振る。子供たちだけの秘密のようだ。


「なんや、あーくんとミサカちゃんはまだ寝とるん?」
「お姉ちゃんも……、あ来た来た」
「ハッ、クパパ〜……」
「かっくんがますます変になってるわ」

番外個体が現われたとたん、かっくんの様子が更に変になる。彼女が花束を手にしていたから。
手櫛で充分指が通る髪は多少跳ねている。番外個体はボリボリ頭を掻きながらあくび。

「おっはよーん」

パコと普通の挨拶が帰ってくる。
番外個体は定位置に座って味噌汁の具を確認する。最近の朝のお約束だった。

「かぁたん、キューちゃん、あと二人起こしてきてよ。くすぐっても噛んでもいいぜー」
「グッ」

お姉ちゃんの指令を受けて、二匹が目覚まし役の使命を果たしに行く。
全員揃わないと「いただきます」ができない。


「ひぃ、酷い目に遭った、ってミサカはミサカは朝から体力消耗してみたり」
「歯型がついたぞ、おい」

噛んでくすぐられて、寝ぼすけ二人も起こされた。さぁ今日も田舎の一日が始まる。


机の上のごはんが片付きつつある頃、

「あれ、番外個体の足の上に……花束?ってミサカはミサカは見慣れないものを発見してみたり」

腹が満たされてくると、打ち止めの注意力はごはん以外の物にも向けられる。

「んあ? あぁ忘れてた。これ置いたの誰? 朝起きたらミサカの寝床にあったんだけど」

起きぬけに見つけた素朴な花束を、番外個体が掲げる。

「クッハ〜……」
「クポクポ」
「キャー」

緑の皮膚でも、赤くなったと分かるものだ。かっくんは又もじもじもじ。
かぁたんと キューちゃんが「このこのー」と脇をつついた。

なんて分かりやすい子達だろう。遠野と坂本はすぐに合点がいった。

「ははぁ、なるほど」
「やるなぁ、かっくん。さすが五歳のオスだわ。この求愛行動は個体独自なのか、一般的なのか調べないと……」

求愛行動? 番外個体が花束と かっくんを見比べる。

「いやはや、年上好きは田舎に来ても相変わらずかぁ」

東京に住んでいる頃から、かっくんは女子高生に告白したりと、恋におませな一面があった。


「しかしあの時のプレゼントが棒付きキャンディーだったのに、今回は花束ですよ。成長の証……と」

遠野から、特にカッパの生態に対して研究熱心と評された坂本が、律儀にノートにメモを取る。

「テヘヘヘッ」
「…………」

照れて笑う かっくんと、どう反応したものか困る番外個体。
いつもなら鼻で笑ってやるのに。それでも見所があれば、たまにツルんでやる程度。
それがいつもの彼女だった。無邪気なこの好意に応える術を持たない。

「ど、どうしよう。どうすればいい!?」
「あァ? 知るか。オマエの好きにしやがれ」

遠野母におかわりを強制されたので、一方通行はそれを消化するのに忙しい。

「だってさ、だってさ、だってぇ」
「だーだーうるせェ野郎だな」
「ほれ、お姉ちゃん落ち着いて。お茶淹れてやろ。あーくんは後でコーヒーやな」
「……ン」

打ち止めが、「あの人は大のコーヒー党だよ」と暴露してくれたおかげで、
日に二杯までだが一方通行にコーヒーが提供されるようになった(飲み過ぎは子供の体に悪いから)。

口には出さねど、打ち止めにも遠野母にも結構感謝している少年なのである。


「ぷはー、食後の一杯は格別ですなぁ」

打ち止めの芝居がかった仕草とセリフ。珍しく戸惑う妹に、アドバイスを送った。

「まずはお友達から始めましょう、ってやるんだよ、ってミサカはミサカは軽い対応をオススメしてみる」
「……今までどおりでいいンだ。難しいこと考えンな」

一方通行も打ち止めと同じように言う。

「今までと?」
「そォだ」

「そうそう」と坂本も同意。

「女子高生にも女子中学生にも手ひどくフラれたからねぇ〜。優しくしてあげて?」
「意外に恋愛歴豊富なのね、ってミサカはミサカは番外個体が弄ばれていないか心配してみたり」
「あっはっは。そんなオトコじゃないよぉ、かっくんは」

遠野のあっけらかんとした笑い声。番外個体は、自分ひとりが重大に考えて突っ走っているだけだと思い至る。


「あっそ。……そんじゃあさ、ミサカ食後のデザートはアイスがいいなぁ。アイス食べたーい」
「クポ!」

まかせて、と かっくんが席を立とうとする。
きっと石田商店にひとっ走りする気だ。カッパはみんな純心なのだ。

打ち止めが純情かっくんのズボンの裾を引っ張り、

「冗談だよ冗談、ってミサカはミサカは引き止めてみる」
「ガキに貢がせンな!」
「やぁ〜ん! 暴力反対たすけてぇ」

(……変わったと思ったら大間違いだ、このクソガキめ)

チョップを振り上げる一方通行と、似合わない仕草で畳みに倒れ込む番外個体。
二人の間に かっくんが慌てて割り込む。

「クワッ、クワ」

お姉さんをいじめないで、という無垢な瞳の後ろで、いつもの意地悪な笑み。

艶やかに美しくなろうとも、本質は番外個体である。
一方通行も彼女の変化に気づいていたが、中身に大差ないことにほっとしたような、残念なような。

「ありがとー、かっくん。かっくんもこの人に噛みついちゃっていいんだゾ?」
「クポ〜」

いやぁ、さすがにそれは……

かっくんはお姉さんと あーくんの間で板挟みとなる。
番外個体は彼の頭を帽子越しに撫でた。皿を揺らさないように、優しく。

(いや、……ちったァ変わったか?)


朝食の後には、コップに活けられた素朴な花束が部屋の中を明るく彩っていた。


次回へ続く

なごむなあ…乙!

番外個体可愛い

かっくんその女性だけは…

番外さん素材は良いから、磨けば…

静かにしていれば皆だまされる…

>>475
あれ、こんなところに黒焦げのオブジェが


「クゥーン、キュー」
「あァ?」

昼下がり、新聞を読んでいた一方通行の服の裾が後ろから引っ張られる。

一緒に遊ぼう、と かぁたんからのお誘いであった。
今日は番外個体と打ち止めは、野球部員、井畑のお誘いに乗って村の中学校に遊び(?)に行ってしまった。
かっくんも彼女に同行している。

家に残された かぁたんとキューちゃんは、同じく留守番を買って出た少年に相手をしてもらうつもりなのだ。

「遊ぶったってなァ、俺とナニすンだよ」

首を傾げる一方通行。キャッチボールはグローブが無いし、そもそもこの二匹は捕球ができない。
竹トンボだと、一方通行の役割は主に回収係になってしまう。

(学園都市なら、遊ばせられるオモチャがあるンだがな)

買ってやったばかりの電動式ミニカーは、乗る主も無く、黄泉川のマンションに置きっぱなしになっていることであろう。

一方通行の真似をして短い首を傾げている仔ガッパだったが、やがて手をポンと鳴らして少年を外に連れ出した。

「どこ行くンだよ。番外個体のとこは駄目だからな」
「クポクポ?」
「決めてねェのか?」
「テヘ」

つまりは散歩か。
たまにはいいか、と少年と二匹は空の下へ。


雲は高く、赤とんぼが稲にとまっている。秋の始まりだ。

二匹は虫籠と網を持ち、先を行く。歩幅は小さいが、杖を突く一方通行には丁度いい。

「山に行くのか? ほどほどにしろよ」

カッパの泉がある所とは方向が違う。そこよりも道らしく整備された砂利道が、ゆっくり上り坂になっていた。

「クポポ?」
「クパパ?」

足の悪い一方通行を気遣い、かぁたんとキューちゃんが後ろを振り向きながら歩くので、うっかり彼らを踏みそうになる。

「あっ、ぶねェな。オマエらの歩幅に遅れるほどじゃねェっての」


季節は秋に移り変わっていく頃だが、まだ山の中は虫の声がけたたましい。
緑も青々としていて、むせかえる様な草の匂いに酔いそうだった。

(すげェ匂いだが、最初と変わってる気がする)


身近に迫る自然。初めて見る木、草花。一方通行が手を伸ばして近くの枝葉を触ろうとしたら、

「キキィー!」
「!?」

かぁたんが虫取り網を放り出し、慌てて少年の足にタックルをかます。
よろめくことさえなかったが、何事かと驚いた。

「クペペペ。ペッペッ」

(触ると……)

「ボリボリ、クポ〜……」

(なるほど、痒くなる……と)

触ると害のある植物から、一方通行を守ってくれたらしい。
自然の中では、かぁたんやキューちゃんに一日の長がある。科学の街の少年は大人しく従った。

この人間は田舎慣れしてないようだからしっかり見ておかないと危ない、ぐらい思っているかもしれない。


見て見てー、と棒きれを振り回すキューちゃん。
何をする気かと一方通行が注目してくれていると見るや、それをコツコツついて歩きだした。杖を持つ少年の真似である。

かぁたんも辺りを見回して手頃な棒が落ちていないか探すが、太すぎたり小さすぎたり。
結果、棒の取り合いが始まった。

ちょっと貸してよ、いやだよ、ケチ! といった具合に。

「キィー、キキィー!」
「おいおい、やめろ。くだらねェ」
「クパー!」

もういいもん、と かぁたんが山道から逸れて木々の間へ探しに行こうとする。そんなに杖をつきたいのか。
自分の真似をしたがることには、分かりやすい好意が透けて見えてくすぐったい思いだが、
かぁたんを山の中に放すのはとても危険な気がする。

「待て。歩いてりゃそのうち拾える」
「クゥ……」

暴走仔ガッパを引き止めて宥め、一行はさらに上へと進んだ。
村が見降ろせる高さまで進むと、さすがに少し疲れたので手頃な石に腰かけて休む。


「……喉乾いた」

水筒を失敬して水かお茶でも詰めてくるのだったと後悔した。
家を出る時は山に引っ張られるとは思っていなかったので。

一方通行の呟きに、二匹のカッパが顔を見合わせる。

ちょっと待ってて、と少年に合図を送り、かぁたんは道を下り、キューちゃんは上に。
道からはみ出す様子がないので、一方通行は止めることなく見守った。

(何探してンだ?)


ほどなく二匹はお互いに数本の棒のような物を持って帰って来た。
名前は分からないが、そこらじゅうに生えていた、見覚えのある植物。

直径二、三センチの茎をポキリと手折り、躊躇うことなくカッパ達は、

「……食うのか?」
「もぐもぐ」
「もぐりん」

バナナのように皮を剥くと、筒状の茎の中には僅かに水が入っていた。
身の部分も、キュウリのように水分が豊富で、確かに乾きは潤されそうだが。

皮部分の赤い斑点が毒々しく見えて、一方通行は少しためらう。
剥いてもらったそれを、恐る恐る上に向けて、まず数滴の水を飲んでみた。

(意外に、普通……)

ちょっと青臭いが、水を欲していた体に染みる。次いで齧ってみると、

「——よく平気で食えるなオマエら」
「ケケケ」

酸っぱくて、少し苦い。
でもせっかく自分のために取ってきてくれたのだから、もう少し食べないと悪い気がした。


次回へ続く

そんなもの(イタドリ)食べて、一方さんが腹こわさないか心配

おつ。一方さん、学園都市住まいの上に反射生活だったから普通の人より免疫弱そうだしな。

イタドリ… スカンポか♪ 

>>482 確かに生だと、すごっく酸っぱい。

乙等ありがとう
>>484 スカンポ、って西の方の方言かな。生でしか食べたこと無いけど、調理できる山菜なんだね

続きいきます


さて、休憩からさらに三十分も歩いたわけだが、上り坂だし道は曲がりくねり、三人の歩みは遅い。

「なァ、どこまで行く気だよ?」
「クポ」

もうちょっとだから、と かぁたんが指さす方向。耳をすますと、川のせせらぎが聞こえてきた。

「川なら家の前にも近所にもあるだろォが。なンでわざわざ……」


やがて、道からも煌めく水が見える所まで来た。水際へと降りやすい位置から歩きにくい河原へ。
上流のここは河原というほど広くもなく、大きめの石が多い。一方通行にとっては非常に歩きにくい。

かぁたんとキューちゃんは、川の中に足をつけて石をひっくり返しはじめた。
ここら辺りは下流と違って浅く、溺れる心配は無さそうだ。一方通行は座ってなりゆきを見守る。

「……キャー!」
「クポポ!」

二匹は興奮した様子で、水の中から何かを拾う。

「ヒィー!」

かぁたんの悲痛な鳴声。
イタタ、イタタと右手を振り、五百円玉サイズの物体が一方通行の足元に落下した。


(カニか)

沢ガニだった。蟹といえば、海で捕れる大きなものばかりを想像していた。
冬のお鍋に入っているヤツだ。黄泉川家での食卓を思い出す一方通行。

「淡水の川にもいるンだよなァ、そういえば」
「キャッキャッ」

かぁたんが身を挺して陸に上げたそれを、キューちゃんがちゃっかりゲットする。
わずかに水を入れたカゴに捕獲して誇らしげに見せられた。

「カニ捕ってどォすンだ?」

分かっちゃいるけど訊いてみる。

「モグモグ」
「やっぱ食うわけね……」

ザリガニと比べたら、よっぽど馴染みがあった。食用という認識を初めから持っている。


二匹の仔ガッパ、それぞれのカゴがカニで埋まる頃。

「もォ充分だろ、帰るぞ」

もっと川遊びに興じたい二匹だったが、背を向けた一方通行に慌ててついて行く。
山道に戻り、登りよりはいくらか楽な下り道を歩き始めた。

「……クンクン」
「クポ、クンクン」

かぁたん達が立ち止まり、辺りの匂いを嗅ぐ。こっち、こっち、と一方通行の引っ張り、茂みの中に誘った。

「何があンだ?」

訊いてもこればかりは分からない。
後をついていくにも、少年の身長だと葉っぱやツタに引っかかって、背丈が低い二匹よりも障害が多かった。
仕方なく能力を使って両手で払いのける。

(毒のある植物もあるみてェだしな)

ちょっと開けた場所までくると、キューちゃんが上を指さした。
崖のようになった土手の上に生える木。それには重そうな赤黒い実がついていた。

一方通行も知っている。石榴(ザクロ)だ。


「食べたことはねェけど」
「クポポ!」

取ろう! という気満々で、かぁたんとキューちゃんが崖に挑む。
網とカゴを置いて、草や木の枝を掴んでよじ登りだした。体は小さくて軽いのだが、そのぶん非力な子供である。
ほんの三メートルの高さだが厳しい。

「掴まれ」
「キャー! キャハハハ」

一方通行は二匹を抱えて一気に崖の上へ。
このまま自分が石榴を収穫してもよかったのだが、楽しみが減るだろうと、二匹のしたいようにさせてみた。

木登りは見事なもので、するする上に辿り着く かぁたんとキューちゃん。
実をもぎ取るのに苦労しながら、一方通行にぶつからないように下に投げた。

「落っちまうだろ、そンくらいにしとけよ」

あまりに枝の先の実まで欲を出すと、体を支えることができない。枝が折れてしまう。
石榴の木はそれほど高くはないが、一方通行が見上げるほどだから怪我をするのは間違いない。


実は肉厚の皮が裂けて、赤い内部が見えている。食べ頃だ。
一方通行だって初めての味に興味がある。
試しにひとつを半分に割って味見してみよう。もう半分は仔ガッパに渡した。

「ギャ!」
「ケケケ」

汁が目に入って痛がる かぁたん。
一方通行は かぁたんを反面教師に、粒がやぶれないように気をつけた。

「っ! ……この山は酸っぱいモンばっかかよ」

ただ、美味しいことは美味しい。行きに喉を潤した植物と違って。

(土産にはなるよな)


地面に転がる、数個の石榴。取ったはいいが、この野球ボール大の果実をどうやって持ち帰ろうか。

「クポ?」
「全部入らねェよ。被っとけ」

キューちゃんが帽子を提供しようとするが、せいぜい二つか三つしか入らない。虫カゴの中にはカニだし……

仕方なく、上着のシャツを脱いで一方通行はいびつな風呂敷のようにして石榴を包んだ。
皺になるだろうが仕方ない。遠野母も坂本も、石榴と引き換えならばむしろ喜んでくれるかも。

「もう寄り道しねェぞ」

この調子では着る物が無くなる。今度こそ、山を降りた。


次回へ続く

更新がおそくて申し訳ない
忙しさも一段落してきたので、以前の調子に戻れたら、……いいな



奥吉野って自給自足できそうすよね

まぁ遠野さんもどってから
観光に力いれてるけどさ

>>487 沢蟹、素揚げで塩、酢醤油等につけて殻ごと食べた。

ビ−ルのつまみかな、身はどこにあるのか判らん。

もうかなり前だけど、たまたま川海老が捕れた事を思い出した
和むなあ

「カッパの飼い方」の方、知らないんだけど和むな
ずっとここの生活見てたくなるわ。でもあっちで帰りを待ってる人々もいるんだよな

ささやかな描写なんだけど
楽しみが減るだろうと、彼らに実を取らせてあげる ってのも何か良かった

乙や美味しいエピソード、感想をありがとう

>>493 みそ汁のダシにしても美味い

続きいきます


「すっげーねーちゃん連れてきよったな、井畑」
「やろ?」

同級生の感嘆の声に、井畑はなんだか鼻が高い。

番外個体が「やっほー、来たぞー」と野球部の部活中にやってきたのが半時ほど前。
井畑(二年一組)が慌てて部員に紹介した。
三年生の部員は、女が何を……と思わなかったでもないが、遠慮のない態度の姉御肌番外個体にタジタジ。
投げさせてみてもっとタジタジ。

監督は初老の教師で、井畑が言ったとおり部外者の乱入に異議を唱えたりしなかった。
どこでピッチング覚えてきたの、と気安く番外個体に話かける。

「ちょい前にそこの少年に。運動には自信あるんだよね。体動かすのは好きだしー」
「井畑は打者やっちゅうに大したもんや。ほんなら、バッティング練習につき合ってもろてもええか?」
「おっけー」
「ピッチャー不足やから助かるわぁ」


「番外個体ばっかりチヤホヤされて遺憾の意、ってミサカはミサカはつまんなかったり」
「クパ〜」

お姉ちゃんを盗られてしまったと感じているのか、かっくんも肩を落としている。

「どーせミサカには野球できないと思ってんだ、ってミサカはミサカの力をあなどるなと意気込んでみる」

打ち止めはグラウンドの隅で かっくんと部活を見学していたが、見ているだけでは流石に飽きてくる。
かっくんの手を引きながら、立てかけてあるバットを失敬した。
そして速球を待ち構えるバッターボックスに近づき、何食わぬ顔をして野球少年達に混ざって順番待ち。

「……ミサカちゃん、やっけ。まさか打つ気か? そっちのカッパも」
「当然だ、ってミサカはミサカは」
「やめとけー。チビには無理やで」
「ば、馬鹿にしてー! ミサカの方がほんとはお姉ちゃんだし、こう見えて強能力者(レベル3)だし!」

呆れた笑いの部員に大層憤慨する打ち止め。
かっくんは「無理しない方が……」と、わきまえているのでバットを持っていない。打ち止めに手を引かれて来ただけだ。


「いいよいいよー。手加減してやっから、打たしてみて」

白球を片手で軽やかに弄ぶ番外個体が、ほんの少しだから、と姉妹対決を受けて立つ。
部活動の邪魔なのだが、誰もそこには触れない。

「さぁこーい!ってミサカはミサカは狙うはホームランだったり!」

無理に決まっているホームラン宣言に、周囲から失笑が起こる。


見学中にバットの構え方は覚えたのだろう。なかなか様になっている打ち止めだったが、

「……っ、んわぁ!」

番外個体が放ったど真ん中ストライクがミットに収まってから、たっぷり一秒後に空を切るバット。しかも下から上へと。
危うく尻もちつきそうになる打ち止め。そして気が気ではないキャッチャーの少年。あと少しで当たるとこだった。

打ち止めはバットを地に叩きつけて悔しがり、そこだけはプロ選手の様だ。

「まだまだ、もう一回!」


まったく諦める気のない女の子に、ついに大きく吹き出す野球少年達。

番外個体は手加減するどころか、第一球よりも、さらに球威を上げて投げた。
今度はミットに収まるより早く腕を振った打ち止めだが、勢いがつき過ぎて手からすっぽん、とバットが抜けてしまった。
幸い誰もいないところに落下したバット。見かねた井畑が、

「な? あれじゃ誰かにぶつけて怪我させてまうで。もう少し大きくなってからや」
「…………」
「どうかしたんか」
「なんでもないよ、ってミサカはミサカは……今日のところは勘弁してやると捨てゼリフを吐いてみる」

かっくんがすっぽ抜けたバットを小走りに回収してくれて、打ち止めと二人で隅に戻った。


(手ぇ痛い? あの人怒るかもな。あーヤダヤダ)

二人だけのネットワークで番外個体が話かける。
打ち止めが手を痛めたことは、ネットワークを介さなくても、目ざとい彼女は把握していた。

(ちょっとシビれただけ、平気。ミサカは かっくんと学校探検に行く、ってミサカはミサカは疎外感ゆえに単独行動を取ってみたり)
(単独じゃねぇし……)


慣れないことをしたせいで、カッコ悪いし痛い目にも遭った。
実は痺れただけでなく、打ち止めの右人差し指の爪は、僅かに剥がれて血が滲んでいる。
軽傷なのだが、じくじくと気になる痛みだった。

「キュキュ〜ン」

打ち止めが指を見つめていたら、隣の かっくんが心配そうに鳴いた。絆創膏を持っていないかと、自分のポケットをまさぐっている。

「二、三日で治るから大丈夫だよ、ってミサカはミサカは大したことないのをアピールしてみる」
「クパパポ、クポ」

多分、「無理をしないように」と言われていると思い、打ち止めは笑顔で頷いた。

待ってたぞォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


「シャリシャリシャリシャリ」
「ちょっとこっちの茶色と白にも分けてあげて、ってミサカはミサカは黒いのの強欲さに呆れてみたり」

さすがに校舎内に入るのはどうかと思い、外をうろついていたら校舎の裏でウサギ小屋を見つけた。

打ち止めと かっくんは辺りに生える草を摘み、金網の隙間からウサギに与えている。
わらわらと集まってきた毛の塊が、とても可愛い。

「よーし、かっくんはそっちから草入れて引きつけて、ってミサカはミサカはフェイント攻撃を仕掛けてみる」
「クポ」

強いウサギが他を押しのけるせいで、なかなか餌にありつけないコがいる。
不憫に感じた打ち止めは、どうにか食べさせてやろうと工夫して、

「ほら、ほらほら今だよ!ってミサカはミサカは白と茶色にやっと……っ」


どうやら、味の好みがあるらしく、せっかく摘んで集めた草の中には見向きもされない物があった。ぜひ今後に活かしたい。

「これなら家の周りにたくさん生えてた、ってミサカはミサカは今度持ってきてあげることを約束してみる」
「シャリシャリシャリ」
「ケケケケケ」


すっかりウサギの虜になってしまった。

金網の前でうずくまる女の子と仔ガッパに話しかけてくる生徒や教師がいたが、やはり咎められはしなかった。
どこから来たの、名前は? と訊く人も当然あったが、少女がウサギに夢中なので、まともな返事がないと見るや、すぐに離れてしまった。


そして夕暮れ前、バッティング練習に付き合っていた番外個体が迎えにやってくる。

「いたいた。そろそろ帰ろ……、なんだ、ウサギじゃん。中学で飼うか? 普通なの?」
「草あげてるの、ってミサカはミサカはこれ全部やるまでは帰れなかったり」
「しょうがねーなー」

かっくんと打ち止めの足元には、あと両手に乗せられる程度の草がある。
これならそんなに時間は掛からないと踏んだ番外個体だったのに……


「ねぇ、人気があるのってコレ?」
「違うよ、こっち。この辺のはミサカと かっくんが取り尽くしちゃったみたい、ってミサカはミサカは残念なお知らせをしてみる」
「んー、家ならたくさん生えてんのかぁ」

帰ってむしって、その足でまたここに戻ろうか、とさえ考える。
番外個体も、ついつい餌やりに夢中になってしまった。モコモコしている小動物も悪くない。


草が尽きかけては摘んでの繰り返しで、姉妹は中々帰ろうとしない。
そろそろマズイのでは……、と校舎に取り付けてある時計を気にするのは かっくんだけだった。もうすぐ五時だ。

「クポ〜、……ン?」

かっくんが耳に手をあてる。おなじみのパコが、自分を探しにきたようだ。

「パコーン!」

すぐにパコを返し、居場所を伝えた。

「急にビックリさせないでよ。どしたの」
「カー、カー。キュー」
「かぁたんと、キューちゃん?ってミサカはミサカは解読してみたり」
「ウンウン」
「もしかして近くに来てるとか?」

打ち止めと番外個体にも、離れた場所からのパコが聞こえるようになった。そこにきて、すでに五時が近いことに姉妹はようやく気づく。

「迎えに来てくれたのかな、ってミサカは……あ、あなたー!」


校舎の角からあらわれたのは二匹の仔ガッパだけではなかった。一方通行もいる。


山へ散歩組が家に帰ってしばらく。

番外個体達が戻って来ないので、かぁたんとキューちゃんが「迎えに行こう」と、再度一方通行を連れ出したのだ。

村の中学校に行っているハズだから平気だと言い聞かせる手もあったが、結局来てしまうのは彼の性分である。
なんやかんやで心配症なのだ。「今どこだ」「いつ帰るのか」と、携帯電話で気軽に訊くこともできないし。

お迎えの少年達に駆け寄るのは打ち止めと かっくんだけ。番外個体は一瞥をくれただけで、ウサギ小屋の前から動かない。

来たくはなかったここに足を運ばせたあげく、無視ときた。
彼女に頼まれた迎えではないが、一方通行はちょっと不愉快。

「おい、帰るぞ」
「うーぃ……」
「……帰るぞ、っつってンだろォが」
「これ全部あげたらね」

それは一時間ほど前に打ち止めが番外個体に言ったセリフだ。


さすがに一方通行はうずくまってウサギの餌やりに時を忘れたりしない。
意思の強いお目付け役の登場で、一行は日が暮れる前に家路につくことができた。


「うう、グロテスクな見た目に躊躇いを隠せない、ってミサカは、ミサカは」

夕食前だが、子供達は山の幸をつまみ食いタイム。
三匹の仔ガッパと、学園都市の三人はそれぞれ赤黒い実を手にしていた。打ち止めはその色と形状に怖れをなしている。

「すっぱー! けどイケる。ビタミン豊富そう」
「もぐもぐもぐりん……クパー」
「ケケケケ」

自分以外の評価は良い。一方通行も黙々と食べている。意を決した打ち止め。

石榴は細かい粒が皮の中にギッシリ詰まっており、それを指でほぐすように取り出して食べる。
みんなの真似をしようと、打ち止めも指を宛がい、

「イタッ」

忘れていた。右手の人差指の爪を怪我していることを。
一方通行が有無を言わさず打ち止めの右手を掴んで目の前に持って行く。強引に見えて、実は痛くない気遣いはされていた。

露骨に顔をしかめる少年に、慌てて言い訳を始める打ち止め。結局、番外個体に一切合財暴露されてしまったけれど。


「はァ……、ったく」

呆れの溜息に、打ち止めはアホ毛と共にしゅんと項垂れる。

「おら、手ェ出せ」
「??」


おずおずと差し出した手の平に、石榴の粒が数個転がった。

「その指じゃァ、どうせコイツの二の舞だ」

コイツとは かぁたんのことである。
彼は上手に粒を取り出せず、破れさせてばかりだ。おまけに汁が目に入って痛い。
よって かぁたんは番外個体に世話を焼いてもらっている。

「えへへ、ありがとう、ってミサカはミサカは一気にお口に放り込んでみたり」
「あ、いきなりオマエ」
「うひぃぃぃっ!?」

あの酸っぱさは、慣れなきゃ驚いて当然だ。しかも人生初の味。
一方通行やカッパ達が、ひと粒ずつ食べているのを見ていただろうに……

未来の学園都市では食べ難いこの田舎の味覚。打ち止めに体験させたい一方通行の心遣いが仇となったのか。

「で、でも美味しいね……、ってミサカはミサカは次を催促してみる」


次回へ続く

あっちゃん、ミサカを甲子園につれてって



ふと思ったんやけど
うまい棒とかよっちゃんいかとかって
俺らが生まれる前からあったんだょなwwww

打ち止めさん多分学園都市の学生はみため的に
甲子園ムリっすよ

>>502 おぉ、そんなに… ありがとう

>>510 よっちゃんイカはともかく、うまい棒の発売って1979からだとさ
……微妙だ。読んでる方々の中には、うまい棒より先輩がいやしまいか
うんきっといるはず、だよ、ね

続きいきます


「いーもーいーもー」

大人用の長靴ではちょっと無理がある。がっぽんがっぽん言わせながら、打ち止めは進む。
遠野家の畑ではサツマイモが収穫時期を迎え、畑仕事に参加するのだ。

かれこれ半月も居座ってしまっているため、初めのうちこそお客様していたが、最近は普通に農作業を手伝ったりしている。
特に見た目に反して馬力のある番外個体は重宝された。打ち止めはオマケ扱い。

「じゃあ行ってくるでな、あーくん。昼になったらよろしく〜」
「あァ」

一方通行は遠野母を見送る。彼女が出掛けると、この家に残された人間は彼だけとなる。

足が悪い一方通行はもっぱら留守と、仔ガッパのお目付け役を任されていた。
遠野母と坂本美沙子が拵えた弁当を届ける役も、こうして時々こなす。


「……寝るか」
「キィィー!」
「クパポパ!」
「うーるせェなァ。昼前になっても寝てたら起こせよ」

寝ないで、遊ぼうよ! と仔ガッパ達から抗議の鳴き声が。

(薪も置いてある分は全部割っちまったし、屋根の補修も終わった)

やることがない。能力を有効活用して人知れず仕事をこなしていたが、こっそり遂行できることは限られている。

「毎日ガキの相手ってのも疲れるモンだ。しかもカッパだしよ」
「クポ?」
「……なァ、オマエはどォして学園都市に来たンだ?」

ゴロリと寝転がりながら、かぁたんに問いかける。そんなこと訊かれても、かぁたんに答えようがないことは明白だが。

「いつまでもここで世話になるワケにはいかねェ……」

学園都市に帰れる手立てはないものかと、カッパの泉には更に数回行ってみた。
かぁたんを抱っこして連れていったり、わざわざ夜を選んだりしたが、何も起こらなかった。
ただ、打ち止めと番外個体のネットワークの接続が改善されるのは確実で、泉から遠ざかるごとに悪化するのも確実だ。


「出ていくにしても、せいぜい隣村までだな」
「クパ〜?」

行っちゃうの? と寂しそうに かっくんが袖を引く。何気ない独り言も理解できる賢い彼。

「……誤魔化すにも限界があるだろ、そろそろ」


遠野母と坂本には、難儀している東京の旅行者だと言ってあるのだ。いつまでそれが通用するのか。

親は? 学校は? 連絡をしている素振りすらないのは何故だ? そんな不信を抱かれて当然のはずだ。
それなのに、相も変わらず衣食住をすっかり賄われ、まるで親族の様に快く迎えてもらっている。

きっと、この家の人々も、黄泉川愛穂と同じ人種なのだ。おおらかで優しい……

恩義を感じるも、嘘をつき、家業をろくに手伝うこともできない。そんな我が身をちょっと情けなく思う。
番外個体のように戦力になれなくて拗ねているわけでは、決してない。


考え事をしていたら、いつの間にか船を漕いでいた。肩を揺らされて目を覚ます。
体にはタオルケットが掛けられていて、おそらく かっくんが気を利かせてくれたのだろう。

「……昼か」

手分けして弁当と水筒を持ち、一方通行と仔ガッパ達は畑に向かった。


離れていても、打ち止めのはしゃぎ声が聞こえてくる。きっと泥だらけになっていることだろう。

その予想はまったく正しく、鼻、額にまで茶色をつけた笑顔の子がこちらに手を振っている。片手には芋。

「見てぇー、ミサカの今日一番の大物!ってミサカはミサカはあとで番外個体と勝敗を競う予定だったり!
 あなたが審判だよ、重さ測ってね!」
「それはともかく、オマエはあっちで全身洗ってこい」
「はーい」

大物を かぁたんとキューちゃんに預け、打ち止めは水路へ。
もう秋なので風邪を引きやしないか心配だが、そんなこと言っていられない汚れっぷりだった。

「オマエらも普通に受け取ってンじゃねェよ。泥がつくだろ」
「テヘヘ」

二匹も水路へ。ついでなので、そのサツマイモも洗ってくればいい。


人間六人、カッパ四匹のごはんは結構な量だ。
木陰に入りきらない弁当を拡げて腹を満たす。元気に働いた面々はすごい食欲だ。
女の坂本でさえ、一方通行と同じくらいを平らげている。遠野母のおかげ(?)で、最近食べる量が増えている少年なのに。

「はい、きゅーちゃん、あーん」
「アーン」

坂本の膝の上で甘えるキューちゃん。独占欲なのか、彼女へ近づくオスへの風当たりは強い。人、カッパ関わらずに。
こんな時は構わないに限る。

「……アーン?」
「えぇ、かぁたんも?」

かぁたんまで遠野に甘えだした。男どうし(たぶん)で何やってんだか。
呆れている一方通行に向かって、「ねぇねぇ」と、ぱっかり開けられた口がふたつ。

打ち止めには沢庵。番外個体にはおむすびを丸ごと突っ込んでやった。

「ひゃにふんだこのひゃろー」
「何言ってるか分かンねェ」


お昼の後、なんとなく一方通行はそのまま帰らず草の上で休んでいた。やはり腹いっぱい食べさせられて苦しいし。

となりでは茶を啜る遠野母と、食後の一服をふかすカーサン。かすかな煙が風に乗って流れていく。
二人とも歳がトシだからか、若い者より多く休憩を取っている。

「プハー。……クポ?」
「いらねェ」
「これ、子供にタバコ吸わせたらアカンで」
「クポポ〜」

煙管(キセル)なんて物も、ここに来て初めて目にした。
体に悪いという常識は持っているが、カーサンがあんまり美味そうに吸うので、ちょっと興味が湧く。
今度、遠野母がいないところで誘われてみたい。
一方通行の視線を上手に汲み取ったのか、カーサンが頷きながら笑ってくれた。

「ホッホッホ、ウンウン」

(本当ォに分かってンのかね)

「あんたら、悪ーい相談しとるやろ」


次回へ続く

番外ちゃんなんか、自らすすんで吸いそうだ

和むなあ
こういうゆったりした時間の流れ方って憧れる

>>518 秋…山火事起こさないとよいが…

>>519 うん。こんな老後を送りたいよ

続きいきます


カーサンも芋掘りに戻っていった。これで木陰には遠野母と一方通行だけ。

仔ガッパ達は目に見えるところで遊んでいる。かぁたん、キューちゃんは水路の中に浸かってしまい、冷たいだろうと少し心配になる。

(ま、カッパだし大丈夫なンだろう)

「は〜、苦し。食べ過ぎたわ」

自分にも客にもたくさん食べさせるのが遠野母流。膨れた腹を擦り、正座していた足を投げ出した。

「……」

自分と番外個体と打ち止めが来たことによって、食費だけでもかなりの額ではないか。
この村からろくに出て行くこともできない身の少年には、遠野家を頼るのが一番の策だ。

しかし、感情は既に策云々では済まないところにきている。

——また、暗欝とした気分になってしまう。

一方通行の口から自然と言葉がついて出た。


「いろいろと、悪い」
「え? なんやて?」
「迷惑を掛けてるだろ、俺達」
「……」

芋掘りの光景から視線は動かさず、謝罪を述べる少年。遠野母は一瞬間を置いて、やがてにっこり微笑んだ。

「子供がそんなこと気にせんでええよ」
「だが——」

おかしいと、変だと思ってるんじゃないのか? そう言葉を続けられない。大きな墓穴だ。

「あーくんらが、おりたいだけウチにおったらいいんや」

畑仕事と水仕事で荒れた手が一方通行に伸びてくる。しわしわで浅黒く、太く節くれ立った指。爪は分厚い。
それでもなぜか柔らかく、撫でられた頭は気持ちが良かった。

「……」

少年は手を振り払うことはしなかった。自分達の立場を慮った打算ゆえではない。
ただ、自然とその必要を感じなかったから。


正体不明の怪しい子供たちでも平気。やさしく守ってあげる、と言われているようで。


その日の夜のことだった。

「今日さ、おばちゃんとなんの話してたの?ってミサカはミサカは訊いてみる」

一方通行が遠野母に頭を撫でられているのを見ていたらしい。寝床に転がりながら打ち止めが問う。
手元でリリアンという編み物のような子供用のオモチャを弄りながら。

学園都市の子供達は三人とも寝間着で、あと少しで電灯を消して寝る時間だ。

「だいたいの見当はつくけどさ。あなたの頭イイコイイコするなんて、おばちゃんスゲー」

番外個体も知っているのか。一方通行は内心で毒づきながら、表情を変えずに、

「大したハナシはしてねェよ」
「うそだ、ってミサカはミサカは断じてみる」
「……本当だ。ただ、もう半月も世話になってるから、礼ぐらいは言ったか」
「そっか。ここに来て、もうそんなになるっけ」


数日前から布団は夏用の物ではない。ずしりと重い寝具に番外個体が潜り込んだ。電気を消すのは一方通行に任せている。

「おじさんもおねえさんも、ミサカ達にどこから来たのとか、いつ帰るのとか訊いてこないね、ってミサカはミサカは
 危惧していた事態が来そうになくてほっとしてみたり」
「察しはついてるに決まってる。特に追及する気はないってことだな」
「てきとーな家だね」
「良い意味でね、ってミサカはミサカはフォローしてみる」

甘えさせてもらっているのだと、打ち止めも番外個体も分かっていた。
遠野達の気遣いは、この三人にとって、とてもありがたい。


「ミサカ達、帰れるのかなぁ、ってミサカはミサカは不安を吐露してみたり」

静かな夜にこんな会話をしたことと、昼間の光景が、押し殺していた黄泉川家への郷愁を呼び醒ます。

「行きの道があるなら、帰りの道もあるのが道理だ。……そォいや、オマエら体調はどうだ」
「悪くないよ。平気」
「ミサカも!ってミサカはミサカはあなたを安心させてみる」

だが、ずっと調整なしではいられない。自分達が生きていけるのは、やはり学園都市なのだ。


黄泉川愛穂が作ってくれる、珍妙な、でも美味しい料理。寝心地良いソファ。たまに喧嘩する狭い洗面所。
洗濯するから脱げ、と早朝から部屋に押し入ってくる芳川桔梗。


さまざまと思い出せる、あの懐かしい——我が家。そう呼べるだろうか。


「あぁ! カナミン全然見れてない! ミサカは流行に乗り遅れてしまったぁ、ってミサカはミサカは嘆いてみる」
「どーせあなたがDVDでも買ってやるんでしょうよ」
「……明日、芋掘りは早々に切り上げろ。もう一度泉に行ってみたい」

サツマイモはまだ半分埋まっている。番外個体と打ち止めは明日も農作業の予定であったが、

「分かった、ってミサカはミサカはリリアン中断してみる」

一方通行が電灯の紐に手を掛けたので、枕元の箱にオモチャを仕舞い、打ち止めも布団に潜り込む。
何度行っても成果の上がらないあの泉だが、番外個体からも異論は上がらなかった。

みんな、帰りたいから……


その夜、一方通行と番外個体と打ち止めは、そろって同じような夢を見た。

泣いていたり笑っていたり殴られたりと、保護者達の様子は様々だったが、間違いなくよく似た夢だった。


次回へ続く

芳川さんは、早々に黄泉川家から出て行ってしまわないでほしいです



芳川さんは禁書終わるまでニートかもよ

乙でした

でも、芳川さんが早朝から洗濯する姿は想像できない

>>529
ぶっちゃけ家事の中では洗濯が一番簡単だぞ
洗濯機に入れてスイッチ押すだけで、あとは機械がやってくれる

徹夜→早朝に洗濯物集めて洗濯機にin→「終わったら干しておいてね。おやすみなさい」ファー
こうかもしれないだろ……

芳川さんは、やればできる子なんだよ……
友達に済まないと思って、わりと家事やってたりするんだよ
打ち止めにピーマン食わせようとしたりさぁ


続きいきます


さて翌日、予定通り一方通行達三人はカッパの泉に向かっていた。
山に入り、人目が無くなると、少年は胸と背に少女らを抱いて背負って駆けて跳んだ。

あとニキロメートルで到着というところで、打ち止めと番外個体が同時に声をあげる。

「あぁ!ってミサカはミサカは! 興奮してみたり!」
「! ……あなた、ミサカネットワークが、接続状況が以前より回復してる」
「……朗報だ。他の個体と会話できるか」
「誰か〜ぁ、お返事プリーズ!ってミサカはミサカは呼びかけてみる」

とにかく早く泉へ。しっかり掴まってろ、と注意を促し、一方通行は遥か上空へと跳躍した。
頂上付近の岩の絶壁、その棚になっている場所に降りる、のは一瞬。
遥か下、生い茂る木々の隙間にキラリと光る水面を確認すると、そこを目掛けて一足で飛んだ。


山菜狩りか他の所用で山に入っている村人に見られたら大事だ。
夜ならいざ知らず、こんなに派手な方法で泉を目指したのは初めてだった。
周囲に人らしきものがいないのは、能力を駆使してある程度は把握していたが。

(遠くから見られたところで、人間だとは思われねェだろ)

なにせ今の自分は少女二人をくっつけていて、遠目からだとシルエットさえ人の形に見えない。

一方通行の大胆な行動は期待の表れだ。
打ち止めと番外個体は空を駆ける間もネットワークで下位個体達に呼びかけ続ける。

(聞こえ……はしないよねぇ。この人がっかりするかなぁ)
(諦めるな!ってミサカはミサカは望みをかけてみたり!)


着地は静かなものだった。赤に黄色に色づき始めた葉っぱ。まだ落ちてはこないようだ。
美しい紅葉に目を奪われることなく、三人はただちに泉を臨む。

「どォだ、話せそうか?」
「う〜ん……、ってミサカはミサカは腕を組みつつ首をかしげてみる」
「会話には至らないみたい。でも、だいたい向こうの感情とかは分かるね」
「うん! あっちも興奮気味だよ!ってミサカはミサカは懐かしさに目頭が熱くなってみたり」
「…………」

どうしたことか、一方通行にとって命綱ともいえるミサカネットワークの接続が急に改善された。
完全に復旧とはいかないまでも、これは良い兆候だった。

もしも時間が経つごとにネットワークが弱まり演算補助を受けられなくなってしまったら、迷惑どころではない事態に陥ってしまう。
一方通行はそれを恐れていた。


「ヨミカワとヨシカワは?ってミサカはミサカはイメージだけでも受け取りたかったり」

姉妹はどうにかこうにか情報を得ようと頑張る。
それは、まるで趣味じゃない抽象画から、画家の心理を推察するような苦労を伴った。

「……元気、みたい。……なんでそこでヒーローさんが登場すんのよ。こっちゃ誰も訊いてねーってのに」

(三下? ……責任感じて黄泉川に詫びでも入れたか)

元気にしているだろうとは分かっていたが、やはり肩の荷が降りる。
保護者達の様子もさることながら、一方通行には気になっていることがもうひとつ。

「学園都市は、今、何年何月か知りてェ」
「えぇっ? そりゃミサカも気になるけど、そんな具体的には……」
「季節だけなら? あっちは春か? もしかしてもう夏か?」


一方通行達が かぁたんを黄泉川家で預かったのは三ヶ月間以上だというのに、『こっち』での失踪期間はたったの半月だった。

自分達も半月『こっち』にいるということは……

一方通行達が学園都市から消えた時、『あっち』は丁度秋だった。
なので、学園都市は既に三月か四月なのではないか、と見当をつけている。

「そっちの季節はどうデスカ? 春かなぁ…… え!? 冬!? まだ冬!?」
「ちょっとちょっと、まさか丸一年過ぎちゃってるワケじゃないでしょうね」
「まさかぁ。えーと、えーと、お正月は……? ……まだなんだね、ってミサカはミサカは予想外だったり」

(どォいうこった。まだ年も明けてねェだと?)


時間の流れ方が、予想と違う。結果的には良いことなのだが。
このパラレルワールドである昭和五十年と、学園都市が存在する元の世界との時間の経過速度が、どうやら同一に等しいのだ。

(考えられる可能性は、やはりミサカネットワークだな)

弱々しくも、ずっと繋がっていたから。

まさしくそれが綱となって、あちらの加速をとどめてくれたように思う。

(もしも移動したのが俺一人だけだったら、とっとと溺れ死ンでただろう)

『こっち』に来た時は、いきなり泉の中だったから、演算補助の無い一方通行は水深数十センチで溺死していた可能性が高い。

あらためて、三人揃って流されたことを幸運だと感じる。
こうした現実的問題だけではなく、精神的にも負担を減らしてくれているのは明白だった。


「早く帰ってこい、だってさ」

ちゃぷちゃぷ水面を叩きながらネットワークを解読していた番外個体が、一方通行を振り仰ぐ。

「……」

それは、誰が誰に宛てたメッセージなのか。

妹達が、オマエらに?

黄泉川と芳川が、俺に?

それとも——


(分かってる。あァ分かってるさ。俺が足掻くのはここじゃねェってことは)

こんな自分でも、待ってくれる人もいる。
打ち止めと番外個体を無事に学園都市に帰すという責任もある。


かならず、帰る。


次回へ続く

乙だゾ☆



しかしどうやって帰るんだろwwww


ここは現代、学園都市。
第七学区、ファミリーサイドのとあるマンションのバスルームで、上条当麻はパンツ一丁で鏡に向かっていた。

(うわぁ……俺、今、一方通行のパンツ履いてるよ……)


事の始まりはこうだ。


一方通行と番外個体と打ち止めが消えてしまってから、もうじき二週間になる。
上条は数日おきに黄泉川愛穂のマンションを訪れ、なにか変化はないかと様子を伺っていた。なにしろここが現場だ。

「ネットワークの状態も相変わらずです、とミサカはこちらも進展が無いことを報告します。
しかし時々、楽しそうな信号が流れるんですよ」

ミサカ10032号も、こんな風にネットワークの状況を教えに来てくれる。
彼女もかなりの頻度で黄泉川宅を訪れているので、落ち合う約束などしていないのに、上条はここでよく10032号に出会った。


今日の夜もそうだった。

「お」
「む、とミサカは良いタイミングに目を瞠ります」
「あ、クールビューティーだ。こんばんはなんだよ」

大して驚いた様子のない10032号。毎度のことなので、ツッコむことはしない上条とインデックスである。


まず出迎えてくれたのは芳川桔梗だった。

「いらっしゃい。愛穂、ちょっと出掛けてるの。でもすぐ戻ってくるわ」
「おじゃまします、とミサカはおじぎして靴を揃えます」
「お茶淹れるから、座ってて」
「すんません、いつも」


びしょ濡れだったソファはクリーニングされ、元の座り心地を取り戻している。いつ子供たちが帰って来てもいいように。
客人三人は、最早定位置になった場所に腰掛け、出されたお茶を啜った。


「はいどうぞ。栗を使ったシュークリームなんですって」
「わーい、ありがとう」

芳川がお茶請けのお菓子をテーブルに置く。
幸せそうに食べてくれるインデックスのため、この家では大量におやつが常備されるようになった。

(栗って……。それってお高いやつじゃないんすか芳川さん)

恐縮するが、上条も遠慮なく頂いた。その方が喜ばれるのだ。


「ただいまじゃーん!」

勢いよく玄関が開き、元気な足音がリビングにやってくる。

「おふぁえりなふぁい、とミハカは口をおはえつつ挨拶をひます」
「今日あたり来るかと思ってたら、やっぱりじゃんねー」

家が賑やかなのは良い事だ。黄泉川愛穂はにっこり微笑んだ。


毎度の様に、情報交換をした。
進展があれば、こんなにのんびりしているわけないので、結果は分かっている。
ただ、ミサカネットワークを介して10032号から伝え聞く三人の様子が僅かな希望だった。

生きて、元気に活動しているという。

「まったく何をしているのか、こっちの心配も知らないで。
 美味しいもの食べて遊んでいるようです、とミサカは切迫した状況ではないことを報告します」

自分も口元にクリームをつけているのだが……


「良かったわ。お腹を減らしてはいないのね」
「何食べたとか、何して遊んでんのとかは分からないじゃん?」
「すみません。そこまでは……、とミサカは項垂れます」

いいや、元気そうなのが分かるだけでもありがたい、と黄泉川と芳川はしきりに礼を言う。


(実は、このようにある程度のイメージが流れるのはかなり稀なのです、とミサカは心中だけで告白します)

あとは、ただ活動を感知できるだけ、というのがほとんどだ。
もしかしたら、打ち止めと番外個体が意図して『辛さ』『苦しさ』『悲しさ』というものを
ネットワークに流れないようにしていたとしたら……

(この人達には、そんな心配はさせたくありません)

他のミサカ達も同意見である。
ふと、10032号と芳川の目が合った。小さく頷かれ、10032号は「気づかれている?」と感じた。

(ミサカ達に詳しいこの人にはお見通しなのかもしれません、とミサカは下手な事は言えないと自分を戒めます)

とりあえず嘘をついているわけではない、と開き直ることにする。

「それではミサカはこれにて失礼します、とミサカは長居を自重します」
「あ、じゃあ俺達もそろそろ」

ほとんど聞いているだけだった上条も立とうとする。しかしそれを黄泉川が制する。

「まぁそう慌てるなじゃん。今日は晩ご飯食べてきなよ」
「いえいえ、悪いですよ」
「なんで? せっかくだからごちそうになろうよ、とうま」
「そーそー。それにもうすぐ完成するじゃんよ。あの量は手伝ってもらわないと、どんだけ残飯として廃棄しなきゃならなくなるか」


そんな料理をいつの間に拵えたのかと、疑問に思うのは一瞬だった。

『今日あたり来るかと思ってたら、やっぱりじゃんねー』

(黄泉川先生、最初からそのつもりだったのかな)

そういえば、キッチンの方から複数の炊飯器が稼働する音がかすかに聞こえる。仕込みはずっと前に完了していたのだ。

上条がここに頻繁に来る理由は、事態の解決を求めるだけではない。
訪問すると黄泉川と芳川が嬉しそうにしてくれるからだ。

(五人暮らしが、急に二人になっちまったら当然か)

だからインデックスも連れてくる。
初めの方こそおやつ代を気にしたが、さすが大人の経済力の頼もしさを知った。
それよりも彼女達の心が晴れるなら、と来訪を心掛けている。

「捨てるなんてもったいねぇ。それじゃあご馳走になります!」
「いただきまーす!」
「ミサカの胃袋も準備万端です、とミサカは素直に好意を受け取ります」


食事の後は、他愛のないこと、進路のこと、世間話などで花を咲かせた。
一方通行達の話も、あえて面白おかしく語り合う。
そして楽しい時は過ぎるのが早く……

「そろそろ本当に帰らなければ、とミサカは時計を確認します」
「あら、もうそんな時間になってしまったの?」
「あっちゃー、黄泉川先生としたことが。うっかりしてたじゃん」

とっくに完全下校時刻を過ぎている。

慌てて帰り支度をする子供達に、黄泉川先生は、

「あんたら、もういっそ泊まってけ」
「はい?」
「こんな夜に子供を外に出すのは教師として避けるべき選択じゃん」
「でもですね、俺は明日も学校がありますし」

さすがにそれはマズイと思い、上条は辞退を試みる。

「朝イチに上条の寮まで車で送ってやるじゃん」

だったら今送ってくれたらいいじゃん、と言いそうになる。

「着替えなんてもってきてませんし」
「そんなのあの子の服を借りればいいじゃない。平気よ。女の子ふたりは番外個体のね」

(あの子って一方通行のだろぉぉぉ!?)


芳川が友人を後押しして、上条はますます分が悪くなる。

ミサカ10032号とインデックスはまったく上条の味方をしない。泊まっていけというならそうします、という認識なのだ。
そこは高校男子である上条とは事情が違うから当然なのだが。

(学校の先生、しかも黄泉川先生の家にお泊まりなんて絶対イケナイ気がするです! 青ピに知られたら俺危うし!)

「あぁ、下着なら、まだおろしてないのがあるから気にしないで。サイズも大体同じくらいでしょう」

芳川に腰をじろじろ見られて、パンツの心配までされて、お年頃の少年は固まってしまった。
その隙に芳川が未使用のパンツを探しに奥の部屋へ行ってしまい、黄泉川も、

「さーて、それじゃ風呂沸かしてくるじゃーん」

足取り軽く、楽しそうにバスルームへと。

「観念しましょう、とミサカは無駄な抵抗を諦めさせます」
「……はい」

かくして上条は、一方通行のパンツ(未使用)を履くことになったのだった。


上条と一方通行は伸長こそ差は無いが、体重は全然違う。華奢な彼の服は上条にはちょっとキツい。
芳川は伸縮性のあるスウェットの上下を用意してくれたので、なんとか着られた。

(黄泉川先生と芳川さんと御坂妹(とインデックス)が入った風呂に浸かり、
 そのあとは一方通行のパンツ……未使用、これ大事だよな。パンツを履いて、服もあいつのを着てる)

そしてこれから一方通行のベッドで寝るのだ。

(不思議な状況になっちまったなぁ)


ミサカ10032号とインデックスは番外個体と打ち止めの服を借りていた。もちろん寝床も二人のところを使わせてもらう。

(先生たち、やっぱ寂しくて泊まらせたんだろうか……)


いつもは五人の食卓。五人が使う風呂。五人で交わす挨拶。それが無い日々。

(ちょっとでも気が紛れるなら、まぁいっか)

結局、上条もそんな結論に至る。


窮屈そうな上条の姿に、就寝前のひとときをリビングで過ごしていた女性達、とくに黄泉川と芳川は大いに笑った。

「ひどいなぁ、もう」
「ごめ、ごめんなさい。上条君がどうこうじゃなくて、あの子がいかに……うふ」
「モヤシすぎじゃん!ってこと! 帰って来たら筋トレさせるか」

実は、昭和五十年のパラレルワールドを過ごしている一方通行は、薪を割ったり、山を登ったり、
おばちゃんの押しの強さに負けてごはんをおかわりさせられるなど、脱モヤシに向かっているのだが、上条達は知る由もない。

「さ、もう遅いからあんた達は寝たら? 明日は朝ご飯食べたら送ってく、ってことでいいじゃんか?」
「はい、それでお願いします。じゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい。とうま、寝坊しちゃだめだよ?」
「そっちこそ。御坂妹、一晩だけどこいつをヨロシクな」
「了解しました。かならず予定時刻に起床させると約束します、とミサカは全ミサカの威信をかけて任務を全うしてみせます」
「お、起きなかったら私はどんな目に遭わされるんだよ!?」


(はー、やっぱ全身を伸ばしてベッドで寝るっていいなぁ〜)

見慣れない風景。しかもあの一方通行の部屋ということで緊張したが、照明を消して目を瞑れば、安らかに眠りに落ちていく。

(漫画とかもあったし、思ったよりフツーだ。エロ本とか隠してあんのかな。……探しませんけどね、あとが怖いから)

彼らが帰ってきたときのことを考える。
勘が鋭く、ベクトル操作の超能力者である一方通行は、家探しの痕跡など易々と気づくだろう。


(……ここがお前達の家なんだ。黄泉川先生も芳川さんも、ミサカ妹達も待ってるぞ。このベッドで寝るのはお前なんだ、一方通行……)


明日は、彼らの代わりに「おはよう」を言おう。

(これも一種の代返になるのか?)


次回へ続く

インデックスは打ち止めのパンツを履きました

乙です。
インデックさんは打ち止めと同じ体型なのか
(T_T)/~~~


大人二人見てると切なくなる……

子供パンツはサイズに余裕ありますしそんなインさんが10歳体型なんてそんな

芳川さん、お腹空かしてるかどうか気にするって、完全にお母さんやん……

乙でした

この事件の学術的価値は計り知れないが…

>>1です

ちょっと他の話の構想を練ったりするので休憩します

ごめんね

舞ってます

ごゆっくりどうぞ

待ってます!

>>1です。お久しぶりです

10日以上もご無沙汰してしまったのですね反省

続きいきます


ミサカネットワークが劇的に回復した。
それは学園都市への帰還の可能性を高めてくれる、とても喜ばしいことだった。
だが、かといってすぐにそのアテがついたわけではない。

「泉から離れると、やっぱりこうなっちゃうのね、ってミサカはミサカはがっくりしてみる」

山を下る最中から、下位個体とのやりとりがおぼつかなくなった。

「あの泉が鍵だという証明でもあるけどな」
「どうしていきなり接続出来たんだろ? 何がきっかけだったんかね」
「さァな……」

特別に何かをした記憶はない。単に時間の経過かもしれない。

行きと違って、三人はゆっくり歩いている。どのあたりまでネットワークで意思疎通が可能か調べたかった。

「ミサカね、帰れるなら帰りたいし、もちろんそうしなきゃならないのは分かってるけど……」

打ち止めが繋いだ手をクイクイ引く。一方通行は見降ろして言葉を促した。

「おばちゃんや、おねーさんやおじさん、かぁたん達とお別れなのは寂しいね、ってミサカはミサカは複雑な心境だったり」
「……馬鹿、言ってンじゃねェよ」

その声音からは、いつもの説得力が欠けていた。


その日の午後から、いつもの田舎ライフが始まる。
打ち止めと番外個体は、売り物にならない菜っ葉を持って村の学校のウサギ小屋へ行ったり、農作業を手伝ったり。

一方通行の最近のブームは木工細工である。
元々は竹トンボを作る カーサンと番外個体の影響だったが、今では良い暇つぶしになっていた。
細工といっても、たった数日の経験なので簡単なものしか作れない。昨日から取りかかっているのは、打ち止めの箸だった。
手が小さい彼女が勝手よく扱えるように、竹を削って拵えている。

縁側で猫背になっていたら、傍らに淹れたてのコーヒーが置かれた。

「御苦労さま。休憩したら?」

坂本美沙子の心遣いであった。洗濯物を取り込みに畑から戻って来たら、少年が没頭していたので。

「どォも」
「一日二杯までらしいから、内緒ね」

朝夕のお楽しみだったが、今日は坂本がオマケしてくれた。
遠野母の「子供はコーヒー飲み過ぎたらアカン」という、ありがた迷惑な気遣いのおかげで、そう決められている。


「へぇ〜、上手だね。あーくんは器用だなぁ」
「危ねェだろ」

一方通行の手元を覗き込む坂本。そんなヘマはしないが、一応体を反らせて刃物を遠ざける。

「ミサカちゃんいいな。竹のお箸なんていい匂いで羨ましい」
「……作ってやろォか?」
「え? 私の分も?」

頷く。どうせ、時間はたっぷりあるのだ。……多分。

「ありがとう〜。それじゃあ かぁたんのパパとお母さんにも作ってくれる?」
「ン? あァ」

かぁたんのパパって誰だっけ、と一瞬戸惑う。遠野のことだ。

東京にいた頃は、坂本と遠野はお互いのペットであるカッパを通じて交遊していたので、その呼び方が定着しているのだろう。
それに坂本は かぁたんとキューちゃんが売られていたペットショップの店員だったから、尚更だ。


「あなたが人妻に興味があるなんて。それともロリコン疑惑を払拭してるつもり?」
「ミッサカのおーはしー、ミッサカーのおーはし〜。出来た?」

ウサギ小屋から戻ってきた番外個体と打ち止め。
かっくん、かぁたん、キューちゃんも同行していたようで、姉妹の後ろから現れた……かと思ったら、キューちゃんがダッシュで縁側に。

「ッキィー! ギギィー!」
「なンだなンだ」

坂本と一方通行の間に割り込んで、全身で少年を押す。

「キューちゃんのヤキモチっておじさんにだけ適用されるんじゃないんだね、ってミサカはミサカは徹底ぶりに感心してみたり」

キューちゃんは甲羅にキズがある。そのため、ペットショップで売れ残っていたのを、
店員の坂本が引き取ってくれたのだ。言わば命の恩人だ。

その恩義を分かっているからか、彼女に近づくオスに対しての妨害行動は凄まじいものであった。
もちろん、その一番の被害者は遠野である。

「懐かれてると思ってたのにショックぅ? ねぇねぇ」
「馬ァ鹿。……これでいいンだろ」

坂本との間に一人分のスペースを空けて、一方通行はキューちゃんの攻撃を交わした。
キューちゃんは鼻息荒く、まだ一方通行を睨みつけている。本当に大した忠義だ。


「ところで」

空いたスペースに座ったのは打ち止めだった。

「人妻に興味アリってホント?ってミサカはミサカは重要事項の解説を求めてみる」
「馬鹿ばっかりか」

箸作りは最早中断せざるを得ない。小刀は既にしまわれており、鮮やかなチョップがすぐさま振り下ろされた。

「あのねぇ、私はまだ独身なんだけどなー」

これ以上キューちゃんが暴れないように膝に抱えた坂本が、「人妻」という単語に頬を染めながら訂正する。

「あーらら、照れちゃってカーワイイんだ」

オモチャ発見、といった具合で、番外個体が坂本の横に座る。これで彼女は姉妹にサンドイッチされてしまった。

「おねーさんは、いつおじさんと結婚するの?ってミサカはミサカはズバリ訊いてみる」
「ワオ。いきなりド直球だね最終信号は」
「や、やだ。大人をからかわないのっ」
「ウ〜、グルルル、グルルルル」

自分にとって、面白くない話が展開されている。キューちゃんが恐ろしい声で唸る。
とばっちりはごめんだと、一方通行はさらに女性陣から身を離す。
彼に隠れるようにして、かっくんと かぁたんも身を縮こまらせた。

「ひょっとしてオマエらも痛い目に遭ったクチか?」
「クポポ〜」
「キュキュ〜ン」
「あっそ……」


「東京での仕事辞めて、こーんな田舎に押し掛けてきたんでしょ? 嫁になる気満々じゃね?」
「そりゃーあの、そのつもりですけど!?」

やけっぱちの坂本。娘二人に声を荒げた。全然怖くはないが。

「おねえさん可愛い、ってミサカはミサカはとっておき情報のリークを決心してみたり」

以前、裏庭で遠野を交えて密談していた時、彼は未来からやってきたと明かした学園都市の三人にこう訊いた。

『俺と坂本さんて、いつ結婚すんのかなぁ……』

遠野が一番気になる未来が、坂本との結婚である。
(タイムスリップとか超能力のことをごまかしつつ)打ち止めが坂本にそのことを告げたら、

「もー! だったら早くプロポーズしてくれればいいのに」
「ミサカ達もそう急かしといたけど、まだしてないんだ。もうオネーサンからしたら?」
「……そんなこと出来ない。女からなんて」
「女ってプロポーズしちゃだめなの?ってミサカはミサカは知らなかったり」
「絶対ってわけじゃないけど、普通は男性からするものなのよ」

そうなのかー、ふーん、へーえ。と、しきりにわざとらしく大声で相槌を打つ打ち止め。
チリチリ刺さる視線が痛いが、一方通行は無視。こういう話題は無視に限る。

(付き合ってらンねェ)


「とにかく、おねーさんが遠野のおじさんと結婚するのは遠い日のことじゃないみたいね、ってミサカはミサカは
 気の早いお祝いをしてみたり。おめでとー」
「でもこの話は女の子だけの秘密だからね?」
「心得ております!ってミサカはミサカは敬礼してみたり」
「いやいや、そこであの人もカッパ達もしっかり聞いてるし。そこのキューちゃんはますます唸ってるし」
「ググググ、ウーグルルル」

「うわ、これはおじさんの大ピンチ?ってミサカはミサカは気の毒になってみる」

落ち着いて、と打ち止めはキューちゃんを撫でる。
自分達が楽しんだ恋の話で、遠野がキューちゃんに噛みつかれるのは申し訳ない。

「慣れてるから大丈夫だよ」

自分のペットが恋人に暴力を振るうことを『慣れてる』ときた。
遠慮のない仲なのだろうが、一方通行は遠野を不憫に思う。帰ってきたらそれとなく忠告してやろうか。

「ありがとう。ミサカちゃんは可愛いね」

キューちゃんを撫でる打ち止めを、お返しのように坂本が撫でる。

「えへへ、ってミサカはミサカは照れてみる」
「私が結婚して子供ができたら、ミサカちゃんみたいな女の子だといいなぁ」
「ほんと!?」


小刀を操っていた一方通行の手が止まる。

「——……」

そうか、結婚とはそういうものだった。


「やめときなよ。このおチビはうるさい、わがまま、うるさいの三拍子なんだから」
「うるさい二回言ってる!ってミサカはミサカは抗議してみたり!」
「あははは、二人目はお姉ちゃんみたいな子だともっと嬉しい!」
「え、えぇー?」

自分の様な娘がほしい? 冗談かもしれないが、そう言われて戸惑う番外個体。

「じゃあ三人目はこの人みたいな男の子ね、ってミサカはミサカは流れを読んでみる」
「ぎゃっははははは! 最悪なクソガキじゃん!」

(オマエが言うな)

「ん? あれ? それだと現状とあんまり変わらないぞ?ってミサカはミサカは気づいてみたり」
「大違いだ。なンで俺がオマエらの弟なンだ。そもそも順番おかしいだろォが」
「んっふふふ。いいねぇ、あなたがこのミサカの弟? いびり倒してやんよ」
「やられたらやり返す主義だからな、俺は」

無視はしきれない少年だった。


次回へつづく



カッパ水を遠野さんにかけまくりだなこれは

乙でした

乙パコッ

いつも乙をありクポ

続きいきます


天高く、馬肥ゆる秋——の日曜日。
遠野を筆頭に、人間とカッパの子供達はまた山に入った。今日の目当てはキノコと栗だ。

「おかんの栗ご飯はめっちゃうまいんだ。行くぞ皆の者!」
「クパー!」
「おー!ってミサカはミサカは気合いを入れてみるー!」

上り坂の最後尾、番外個体と一方通行が、

「笑い茸ってヤツ? あなたに食わせてやりたい」
「……ったく。これ、俺まで行く意味あンのか?」

まだ栗が地面に落ちてなかった時用の人員として、「是非!」と、遠野は一方通行を説得していた。
彼の超能力で木を蹴って揺らしてもらえば助かるな、と。

もちろん、そんな人員だとは伝えていない。


「キノコはこの辺で探そう。栗の木はもう少し先だし、キノコの方が軽いからね」

遠野の音頭で、さっそく散らばる子供達。

「ねぇねぇ、お……にーさん。
 ミサカ達キノコの種類なんて分からないから毒のあるやつ採っちゃう怖れがあるよ、ってミサカはミサカはリスクを心配してみたり」
「まぁそこは採ってから、俺かおかんが見分ければいいって」
「……俺のとこに持ってこい。成分を分析してやる」
「そんなこと分かるの!?」

遠野が仰天している。この少年の超能力は、「色々応用が利く」と聞いてはいたが……

「おーい、これ松茸ぇ?」
「キャッキャッ」

番外個体と子ガッパが、嬉々として駆け寄ってくる。もう収穫したらしい。

「うんそう松茸……、じゃなくって。あーくん何者?」
「やったぁ。これ売ろうぜ!」
「やーだー。せっかくだからミサカ達で食べようよ、ってミサカはミサカはがめつい番外個体に反対の意」


一方通行は岩に腰掛けながら、目の前の籠に投入されるキノコを判別していた。

遠野は田舎に対しての経験が違うので、毒キノコを採ってくることはない。
番外個体と打ち止めは当然だが、かっくんも学習能力が高く、同じ種類の毒キノコは二度と採らない。
ただ二匹、かぁたんとキューちゃんが問題であった。

「はいヤリナオシー」
「クハァ」
「クゥ〜」

持ってくるキノコ、ことごとく毒である。特に かぁたんがひどい。八割が食べられない物ばかりだった。

「どンな才能だよこりゃ」
「テヘッ」
「褒めてねェ。オマエらの兄貴を見習えよ……」


幸いにして周辺のキノコは豊作のようで、一時間ほどで籠は満たされた。

「人手が多いとすぐ一杯になって楽だー。そろそろ栗に行こっか」

遠野の案内のもと、一行は栗の木がある場所へと。



「わぁ、お山のウニだね、ってミサカはミサカは栗を海の幸に例えてみる」
「オマエ、実際にウニを見たことあンのか?」
「ないよ。ミサカはウニを見たらきっと海の栗と例える気がする、ってミサカはミサカは自己分析してみる」

ちらほらと、茶色いイガ栗が落ちている。遠野が拾い方のお手本を見せてくれて、いざ栗拾い。


「ギャー!」
「まったく予想どおりだよ、このチビチビは……」

かぁたんは手をイガに刺しまくっていた。番外個体が絆創膏を巻いてやるが、追いつかない。

「キュウ〜」
「よしよし、かぁたんは俺が足でイガを剥いたやつから実を回収しなさい。それなら恰好がつくでしょ」

今日一番の目的は美味しい秋の味覚を収穫することだが、子供達、特に子ガッパに思い出を残してやることでもあるのだ。
遠野はそう考えている。「怪我するくらいなら、じっとしてなさい」では可哀想すぎる。


「あなたー、こっちも! こっちも揺すってー!」
「やれやれ、人使いの荒いガキだ」

文句を言いつつも、電極を構って栗の木の幹を揺さぶる。
蹴ってもらおう、と遠野は目論んでいたが、能力を使用する一方通行にとっては、小指で幹に触れるだけでよい。

「きゃっほーい! 大漁だー! もっともっとー!ってミサカはミサカはリクエストしてみる!」
「これで落ちてこねェやつは食べ頃じゃないンだろ。次の木にしとけ」
「きゃっほーい! それもそうだー!ってミサカはミサカはイテッ。納得してみたり」

(ミサカちゃん達も楽しそうだなぁ。未来の東京には、栗の木なんて無いんだろうなぁ)

子ガッパだけでなく、あーくんとお姉ちゃん、ミサカちゃんも楽しそうで、遠野はとても満足していた。

自分の故郷でさえ、年々田畑は減り森は切り開かれているのだ。
未来の東京で自然と触れ合う機会の少なさには、容易に見当がつく。


(それにしても、あーくんは栗が頭にぶつかっても痛くないの?)

木を揺さぶって落ちてくるイガは、当然真下の一方通行に向かう。
遠野は心配しているが、実は反射しているので、当たっているように見えて当たっていないのである。

(遠野はよく理解しきれていない)パラレルワールドの未来からやってきた子供達は、とても不思議であった。

(どういう超能力なのか教えてもらったけど、まったく意味不明だったなぁ、そういえば)

直接訊いたことがある。
番外個体と打ち止めは電気を操れる、という至極分かりやすい能力だったが、一方通行のベクトル操作は難解だった。
一方通行は簡単に説明したつもりだが遠野にはさっぱりだったので、講釈の途中でギブアップしたのだ。

(あの時の あーくんの目が忘れられない……ん?)

「クポクポ」
「あぁ、ごめんごめん」

早く実を拾いたい、と足元で彼のペットが鳴いている。
遠野は思考を中断し、足でイガを剥く作業に集中した。彼だって美味しい栗ご飯が食べたい。


「あらー、仰山とれたねぇ」
「すごーい。キューちゃん、みんな、御苦労さま」

家に帰って成果を見せると、遠野母と坂本美沙子は大層喜んでくれた。
打ち止めと かっくん、かぁたん、キューちゃんは素直に誇らしげな笑顔を見せる。
本当はそれが何より大人を喜ばすのだ。山の幸よりも。

「あーくん、転ばんかったかい? 疲れとらん?」
「あァ……」

能力を使えば杖など要らない。
それどころか学園都市で最強と謳われる超能力者であることは、彼女達には内緒にしている。適当にごまかした。

「山歩きにもだいぶ慣れたからな」
「うんうん。さ、今日はキノコづくしやで!」

遠野母が、キノコが入った籠を持って台所に行く。

「栗は?ってミサカはミサカは栗ご飯が楽しみだったり」
「栗はなぁ、皮剥くのが大変やし、寝かせた方が甘くなるで」
「ガーン!ってミサカはミサカは……っ」
「きんとんもこさえたるで、勘弁や」

栗きんとん。お正月に食べたあの甘いお菓子。それも食べられるとあって、打ち止めの機嫌は一気に直った。

(あなたの能力ってさ)
(あン?)

番外個体が一方通行に耳打ちをしている。

(栗の皮剥き一瞬で出来ないの?)
(…………)

番外個体も栗きんとんが好きらしい。


二日後の夕飯は、念願の栗ご飯であった。
ちなみ半分以上の栗は、農作業を手伝えない一方通行が(地道に)昼間に皮を剥いた。

「もぐもぐ、クパパ」
「もぐりん、キャハハ」
「おいひぃね!ってミサカはミサカは大満足!」

とても美味しい。番外個体も一方通行も、箸のすすみ具合が普段と違う。
自分達で収穫した栗だから、こんなに味がいいのか。

(三杯食えそォ)

遠野とカーサンは、囲炉裏でキノコをあぶっては醤油を垂らし、それを肴に酒を飲み。子供達は栗ご飯をかき込み。

囲炉裏の炎に照らされた遠野母の顔には、いつにも増して笑顔の皺が深かった。

「春にはタケノコご飯やで。そっちも負けずに美味しいんよ」
「それは楽しみだ!ってミサカはミサカは太ってしまうかも!?」


春。

(春——。そんな先の事は)

簡単に言ってくれる。
数ヶ月も先まで、自分達の面倒を見ることを考えてくれているのか。

番外個体も一方通行と同じように思ったのか、箸の動きを鈍くして少年を一瞥した。でもそれだけ。


(春には、きっと俺達はここにいない)

そんな予感がする。

遠野母の方を見られない。

一方通行は茶碗を大きく上向けて、彼女の視線を遮った。


このォ木 なンの木 栗なる木ィィィ!

次回へ続く



この〜木なんの木

木原の木〜

乙でした。



この〜木なんの木

くかきけこかかきききき……


子どもたちみんなかわいいな〜ほのぼのした
郷愁と空腹と、ほんの少しの寂しさを誘われるスレだわ

まだ春なのに栗ご飯食べたくなったじゃないか…
仕方がないから明日うちの前の竹林でタケノコ掘って焼いたので我慢する

栗ご飯ってレトルトのものしか食べたことないけど、こんな風に自分で採って食べたら美味しいんだろうな

>>591自分で取ると野生の栗になるからあんま美味しくないからスーパーとかで栗買って炊き込みご飯にするのがオススメ

乙ですじゃ

>>592
なんで>>591の期待をそんな簡単にそげぶ出きるんだ!かわいそうやろ!

みなさん、乙等、いつもありがとう

>>590 充分 羨ましいんですけど

続きいきます


今朝から遠野家の人々は、居候含めて家に閉じこもっていた。買い物、所用をたまに済ます以外は、退屈に過ごしている。

遅い時期の台風襲来であった。

ガタガタ! と強風に家が揺れる度、小さい面々がビクリと震える。

「キュキュ〜ン」
「うひゃひゃひゃはは、くすぐってー」
「うぅぅ怖い、ってミサカはミサカはあなたにしがみついてみる」
「邪魔くせェー」

かぁたんは番外個体に、打ち止めは一方通行にひっついていた。キューちゃんは家事をする坂本に纏わりついている。

「台風ってこんなに強いものなの?ってミサカはミサカは経験したことない風におびえてみる」
「この家が木造だからだ。別に吹き飛ンだりしねェよ……」

黄泉川愛穂の住まいは鉄筋コンクリートの、それはそれは丈夫な構造物だったので、
昨年体験した台風よりも風の音、衝撃が強く感じられるのだろう。


「はい、お茶や」
「あーくんはコーヒーだよ」
遠野母と坂本美沙子が居間に飲み物を持って来た。
席を外していた遠野がお茶を飲みに居間に入ってくると、かぁたんは番外個体から彼に乗り換える。

(……ムカついてないムカついてない。ミサカ、ムカついてなんかないよ)

「じきに雨も降ってくるなぁ。稲刈り終わった後で良かったわ」

遠野家は米を作っていないが、近所は田んぼが多い。稲刈りする前に台風が来ると被害が大きい。

雨戸を閉めていたので、薄暗い室内は電灯が点いている。
全員揃っているし夜の様だが、テレビ番組は昼の内容で変な気分だ。
風がうるさく、遠野はテレビの音量を上げた。


ゴォォオオオ! ガタガタガタ!

「キュッ!?」
「わぁ!?ってミサ……!」

打ち止めは言わずもがな、年上だから、とずっと堪えていた かっくんも、たまらず番外個体に縋りついた。

「今年はもう平気だって油断してたけど、強いねぇ、これ」

なんの補強もしなかった納屋の心配をしながら遠野が呟く。

「やっぱりこの台風強いのね、ってミサカはミサカはあなたのテキトーな推測に惑わされなかったり」
「…………」

お、来たか!


夕暮れ、いよいよ風は強まり、ついに雨が降りだしてきた。窓や屋根を叩く音まで加わる。
この異常事態にちょっと慣れた打ち止めと子ガッパ達は、台所にあるガラスの窓に張り付いて荒れる景色を眺めていた。

真横に殴りつけるような雨。根ごと持っていかれそうになっている庭木。荒々しい光景に、どこか心身が高揚する。

「ふぉぉぉう……」
「クハァ〜」
「もーう、あっちに行ってなさーい」

晩ご飯の調理をする坂本と遠野母にとっては、非常に邪魔な存在達。
かっくんは注意されたらすぐにどいたが、かっくんとキューちゃん、打ち止めは聞く耳を持たない。

「クポクポ……」

早く居間に行こうよ、とお兄さんが諭しているが……

「パコン」
「晩ご飯無くてもいいのか君たちは」
「キュ〜」
「やーん降ろしてほしいの、ってミサカは抗議してみる!」

カーサンと遠野によって、ちびっ子達は強制退去させられた。


夕食を食べている頃から、電灯がまたたき始めた。

「こりゃ停まるかもしれんな」

遠野母が仏壇から蝋燭をもってきた少し後、部屋が暗くなった。停電だ。
囲炉裏の炎のおかげで真っ暗闇になることはない。その火で蝋燭を灯せば、柔らかい橙の光が広がる。

「非常事態だね、ってミサカはミサカはなぜか興奮してみる」

子ガッパ達もソワソワしている。見慣れない蝋燭の照明に特別を感じているようだ。
だが、非日常に面して楽しんでいられるのは、自分が安全地帯にいてこそだ。

ゴ、ゴゴゴ、ガタタタタゴォォォオオオオ!

「キュキューン!」
「ひゃあ!」

地震かと思うほどに揺れた。風でこんなになるなんて。

「おー、木造はすごい影響だね」
「おお落ち着いてる場合じゃないよ番外個体。屋根が吹き飛んだらどうするの?ってミサカは」
「そこまではなぁ、流石になぁ……」

多分大丈夫だよ、という言葉を飲み込む遠野。

「この家はともかく、俺、納屋が心配」
「ベニヤでも打ちつけときゃ良かったかね」

納屋には大事な農機具などが置いてある。自宅よりは強度が低いあそこが心配で、遠野は立ち上がった。


「ちょっと様子見てくるわ」
「やめといたら? それってミサカ達に言わせると死亡フラグなんだけど」
「?? 平気だって。すぐそこだし」

傘は役に立たない。雨合羽に懐中電灯を持ち、荒れる外へ大黒柱は出て行った。
玄関には一方通行も見送りに来て、腰をかがめて空を見上げた。

「クゥ……」
「アカン、アカンて」

カーサンが遠野を追おうとする。いつまで経っても、カーサンにとって遠野はかわいい弟だから。
老ガッパが遠野母と坂本に止められてひと悶着している間に、風雨に負けない大声が外から響いてきた。

「あ゛〜〜〜大変だぁあああー!」

ただ事ではない。

「みんな、ここにいるのよ」
「あんたらは出ちゃイカンよ!」
「そこで大人しくしてろ」
「クポ!」

坂本、遠野母、一方通行、カーサンも次々に出ていく。仔ガッパ三匹と姉妹ふたりは、暗い玄関に取り残された。


家の前の小川はかなりの水位で、たった三歩だろうと渡るのは危険だ。遠野は木立を抜けて畑に行こうとした。

「え? あれって」

納屋までは五十メートルもあるが、この悪天候の中、遠目だというのに異常が見て取れた。
納屋がいつもの形と違う。

簡単に言えば、半分ひっくり返りかけていた。

風が直撃する側の壁が地面から持ち上がり、反対側は荷重が掛かり過ぎてひしゃげ始めている。
なんとかしたいが、人間の力ではどうしようもない。近づくことさえ危険だ。

呆然とする彼に、傘も雨合羽も使わないままで他の家族が追いついた。が、同じくその光景を見ていることしかできない。

「来たの? 見てあれ。ベニヤなんか問題じゃないよ」
「ありゃりゃー、エライことになっとるわぁ」
「吹き飛んでご近所さんに被害がでたらどうしよ」

口を開けば雨が入ってくるこの状況で、けっこうのんびり困っている大人達。一方通行は自分がするべき行動を考えていた。

(あとで人目を盗んで納屋を戻す。川の水を逃がす水路も作りてェな)


「あー! 小屋が大変なことに!?ってミサカはミサカは自然の脅威にたじろいでみたり」

後ろに かぁたん達を引き連れて、打ち止めまでも来てしまった。一方通行は舌打ち。
自分だけちゃっかり雨合羽を着た番外個体が一歩遅れて、

「怒んな。こいつらをミサカ一人で面倒見れるかってーの」


これで遠野家勢揃いとなった。揃ったところで成す術はないが。……一方通行以外には。

「あ、あ、あー。倒れるぅ〜」

遠野の諦めが混じった声。遠目から、納屋が更に持ち上がっていくのが見えた。
聞こえないけど、きっとミシミシと軋んだ音も鳴っていることだろう。

納屋が倒壊してしまったら遠野家には大ダメージだ。新しく立てるのも大変。
きっと強風で飛んで行ってしまう農機具を新たに揃えるのも大変。

ただでさえ居候が三人もいるのに……

(クソが、どォする?)

後で人目を盗んでこっそり……などという時間的猶予はなさそうだ。あと数分もあれば、納屋は完全にひっくり返る。

「あなた、ねぇ……」

打ち止めが、びしょ濡れの一方通行の服を引っ張る。彼女の大きな瞳は、暗がりでも潤んで輝いて。

「——、分かった」

少年の左手が、首に伸びた。


次回へ続く

昔はよく停電したもんだ。晴れててもしてた気がする

乙っした!!!!

停電か…台風後の落ちた電線に触れないように言われたものだ。



台風だと学校が休みになった記憶しかないわ

台風が弱まる東北住まいの自分には、去年の爆弾低気圧が19号以来の恐怖だった。

台風とか大嵐とかって何故かワクワクするよなwwwwww

大人になっちゃうと、嵐が来てもワクワクしないんだよね
雪が降っても然り

続きいきます

待ってた


首のチョーカー型電極のスイッチを入れた一方通行。体に着いていた水分が、反射により細かく弾け散る。

「ひゃ?」

杖をつかず、髪から服までスッキリした少年を見つめる遠野母と坂本美沙子。
遠野だけは察しがついて、

「あーくん、まさか」

一方通行は軽く頷いて地を蹴った。木立を飛び越え、電車のような早さで走り去る白い影。

呆気にとられる遠野家の人々が見守る中、一方通行はベクトル操作を駆使して納屋を元に戻した。
何をしているのか距離があってはっきり見えないが、十数秒の後に頭上から庭に戻ってくる。

「手近に転がってた角材で補強しておいた。一晩はもつンじゃねェか」
「……」
「はぁ……」

おばちゃんとおねえさんは、ろくな返事ができない。番外個体と打ち止めが、そんな二人と一方通行を交互に眺める。

「……あとはそこの川、どォにかしてくっから、先に家入ってろ」

返事は待たず、また飛び出した。


蝋燭の火を頼りに、びしょ濡れの服を着替える。
居間に集まった頃、いつものように杖をついて一方通行が帰ってきた。
この嵐の中を出歩いていたというのに一切濡れておらず、異常を感じさせた。

「上流に水の逃げ道を作っておいた」
「うむ、御苦労さま、ってミサカはミサカは労ってみたり」

そんな一人公共事業を、この短時間で? 

こともなげに言い放つ少年を、ごく当たり前に出迎える打ち止め。

誰ともなしに食卓の定位置についたが、カッパ達四匹だけは蚊帳の外の雰囲気を感じ取っていた。寄り添い合ってなりゆきを見守る。

「えー、どこから話せばよいのやら」


しどろもどろだが、遠野が彼の母と恋人に説明してくれる。学園都市の子供達は大人しく黙っていた。

「そんな漫画みたいなことがあるもんかねぇ」
「事実は小説よりも奇なり、ですか」

一人だけ秘密を明かされていたという遠野は、僅かだが非難の視線を母達から浴びせられている。
雨なのか汗なのか、額を拭った。

遠野母が、黙っていた居候三人に視線をやる。

「……」

さて、なんと言われるか。


正体がバレたからには、もォここにはいられねェ。出ていくぜ。

「なんて言わへんね?」
「そんな鶴みたいな、ってミサカはミサカは否定してみる」
「他に行くとこねーし。ミサカ達、まだまだタダ飯たかる気満々だよ?」
「よしよし」

未来、しかもパラレルワールドとやらから来た超能力者だという怪しすぎる子供達。そうと知っても尚……

一方通行の表情がいつもより緩んでいるのは、頼りない蝋燭の明かりだけが原因ではあるまい。

「クポポ」

にこにこ笑顔の かぁたんが、少年達の傍で「グ!」と親指を立てた。

「……もォ少し、飼われといてやるよ」

周りに聞こえぬよう、小さな声で囁いた。


まさに台風一過。翌日はすっかり晴天となった。

公共事業は上流だけにとどまらず、一方通行は庭の小川の前に数十センチの堤防も拵えていた。
堤防の体積の分だけ抉れた地面。それが少年の足踏みの度に元に戻っていく。

「おぉー」
「大したもんやぁ〜」
「すっげぇ〜」
「って、あなたは あーくんの秘密知ってたんでしょ。なんで驚いてるんですか」
「いや、だって……」

坂本の叱責に小さくなる遠野。
一頭通行達に、こぞって「超能力見せて見せてー」とせがんだことはない。
石を握り潰したり、指先で木を揺すっているのを見ただけだ。

女性陣には内緒にしておいた方が良い、と遠野自身も意見していたが、一方通行は、

(尻に敷かれた男の末路とはいえ、その関係者としては責任を感じるぜ)

呆れの溜息をつきつつ、電極のスイッチを通常モードに戻した。


「あーくん、あーくん!」
「っ、おォ」

杖がつかれたのを見計らい、興奮した坂本が駆け寄ってくる。

「まったくなんで黙ってたのよー! いろいろ調査させてもらいますからね!」
「あ、おいこら」

遠野が危惧していたとおりの事態である。
彼女の研究への熱意は、特にカッパに発揮されるが、ここまでの神秘となれば……

後ろめたさもあるのか、大人しく連行されていく少年を見送る親子。キューちゃんも慌ててついていった。

「さぁて、お母ちゃんは朝ご飯作らな。あんたはミサカちゃんらと片付けしといてな」

ゴミで荒れた庭は、カッパと姉妹が面倒をみている。

「うん。あのな、お母ちゃん」
「なんや」
「ありがとな」
「あんたも礼が言えるようになったんやねぇー」

遠野にだって反抗期はあった。彼はふと思う。

(これで、もっとここでの暮らしを楽しんでくれるといいなぁ)

別れの気配を感じているのは、一方通行だけなのか……


次回へ続く

乙、一方さん良かったね
俺は大人になってからもわくわくするなあ
雪で電車が止まって線路の上を歩いたりとか

乙でした。

鶴→お通→通行と進化…

乙でした

乙です

>>618 大人の皮をかぶった子供だろうそれは

続きいきます


絶大な力を発揮する あーくんの『一方通行』。
それは遠野家の暮らしにとても役立った。のだが、重機よろしく畑を耕している姿を目撃されるのはまずい。
実力を発揮できる場は限られていた。

それにバッテリーの制限時間がある。これまで遠野達に隠れて充電していたが、今後はその必要はない。
しかし、コンセントに繋がって充電する姿を間近で観察する坂本美沙子には辟易した。

「それ、あーくんなりのおしゃれだと思ってた」

無遠慮な視線が、首のチョーカーとコードをなぞる。

「……まァ、そォ思ってると思ってた」
「刺さってるの? 直に刺さってるの? 痛くないの?」

うなじを覗いてくる坂本。邪魔な白髪を掻き上げようと伸ばされる指がくすぐったい。辟易する。

(こいつの前で充電すンのはもうやめよう……)


ある昼下がり、一方通行は研究ノートを持って自分を探す坂本を避け、ひとり草むらの木に背を預けていた。
日の当らない場所は寒く、勝手に遠野の上着を拝借している。

(……)

殺して殺して、クソったれな自分が優しい人たちに好意を持たれて暮らしているこの現状。
そして帰還を予感している自分。

遠く、打ち止めが叫ぶ声が聞こえた。また畑ではしゃいでいるのだろう。

(番外個体は中学校に行くっつってたな)

村の中学校の野球部は、もうすぐ練習試合があるそうだ。負け越しているという隣の中学校が相手だ。

『このミサカが支援してやってんのに、負けるとかありえないから』

(随分肩入れしてやがる)

頭上で鳶が鳴いた。訊いてもいない鳥の名を以前に教えてくれたのは遠野母だ。
ぼんやり鳶を眺めていたら、ガサリ、ガサリと足音が近づいてくる。

「パコン」

軽く片手を挙げ、カーサンに応えた。


畑仕事に一区切りをつけたカーサンは、汗を拭きふき一方通行の隣に座る。

「……」
「……クポ」

ごそごそ懐をまさぐり、カーサンが巾着袋を取り出した。
草むらをならして中身を広げ、手慣れた動作で煙管(キセル)に煙草を詰める。やがて美味そうな溜息が洩れた。

「クパ〜」

視線を感じ、カーサンが隣の少年を見る。
無言の要求を感じ取り、老ガッパは辺りを確認した。よし、遠野母の姿は見当たらない。

カーサンは新たに煙草を詰め直し、「ン」と煙管を差し出した。
一方通行も白髪を揺らしてキョロキョロした後、それを受け取った。

まじまじと煙管を観察し、見よう見まねで口をつけた。
途端、しかめられる、これも白い眉。

「ホッホッホッホ」
「……美味くねェぞ」

言いつつも、まだ味わう。慣れかもしれない。


ニヤけるカーサンは、「まだまだ」と、さらに懐から小さな瓶を取り出した。
チャプンと水音が鳴る。酒だ。
まったく、遠野母に怒られそうなことばかり。断るつもりはない少年であったが。

少しだけ口に含むように、と身ぶりで注意され、煙管と瓶を交換した。
陶器製の瓶はつるりと手触りが良い。しばしそれを楽しんでから栓を抜くと、立ち上る酒の匂い。

黄泉川家でビールを失敬したことはあるが、これは清酒だろうからアルコール度数はもっと高い。
カーサンが言うとおり、ほんの少しを流し込んだ。

「ンー……」
「クポポ?」

どう? と様子を伺うカーサン。こくり、こくりと二口、三口。はぁ、と酒臭い息が出る。喉が熱い。

「このあと泉に行くし、今日はもういい」

また今度、隙を見て誘ってくれと頼んだ。

その外見で煙草(キセル)とか完全に不良じゃないですかー


顧問に貰った野球帽を被った番外個体が帰って来た。野球部はまだ部活中だが、打ち止めに呼び出されたのだ。
打ち止めは一方通行に請われてのことである。

「別に、毎日行かなくたってもいいんじゃない? 寂しんぼか」
「素直に帰ってくる番外個体こそ寂しんガールだね、ってミサカはミサカはさらっと流してみる」

ミサカネットワークが回復してからというもの、ほぼ日を空けずカッパの泉に出掛けていた。
会話には至らないまでも、イメージを送り合うことで意思を疎通出来た。

こちらから伝えられるのは、いつもと同じ。元気にやっている、と。栗を採ったり野球をしたり、畑仕事をしている。
最近は一方通行の力を居候先にバラしたこと、それ以後も仲良く同居させてもらっていると伝えた。

妹達からは、黄泉川愛穂と芳川桔梗からのメッセージ。学園都市の様子などを教えてもらう。
あっちではクリスマスの飾り付けが、街を賑わし始めているという。


「新しいテレビを買ったんだって、ってミサカはミサカは何インチか詳しく知りたかったり」

とにかく、そこで朽ち果てているテレビよりは大きいとのこと。

「つーか、俺達と一緒に無くなっちまったってェのに、今まで買ってなかったのかよ」

一方通行達とテレビとその他の居間の小物達がこっちに流れ着いてから、軽く一ヶ月以上経っている。
今更テレビを買ったということは、黄泉川家の方でも子供達の「ただいま」に期待を高めているのだ。

「あと、なんでか知んないけどミサカ達とあなたのパンツも新品が用意されてるってよ」
「はァ?」
「ヒーローさんがどうのこうの、ってミサカはミサカはパンツに上条当麻が関係していることに困惑してみる」
「また三下か……」

パンツはともかく、あの二人が自分達を待ってくれていることはよく分かる。

二人の声。炊飯器製の料理。殴られた痛み。叱られたり、庇われたり、騒がしく暮らしたあの日々。

「変な柄じゃねェといいンだがな」

帰らなくては、という気持ちが強くなる。


その時、泉の中心あたりで水面が揺れた。
この泉に魚は棲んでいない。透明度も高く、日は暮れかけていたが水中はまだ見える。

番外個体も打ち止めも見ていたようで、三人は顔を見合わせた。

「風かな?ってミサカはミサカは推測してみる」
「底から湧いた水の影響かもね」

風など吹いていなかった。湧水で水面が揺れるという現象は、今まで確認したことがない。
一方通行は何も答えず、空の一升瓶を打ち止めに渡した。
三人がカッパの泉を訪れていることも秘密にする必要はなくなり、喘息を患っている かっくんのために、水を持ち帰ることにしていた。
この瓶が、そろそろ遠野家に帰るという合図。

薄闇が迫り、一方通行は大小の姉妹を背負って抱く。最後に振り返ったが、水面は静かなもので。

落ち葉を蹴って飛び上がった直後に、こぽりと水音が鳴ったのを聞き逃してしまった。

次回へ続く

お酒もタバコも二十歳から
できれば呑まない方がいい

お土産は、干し柿、柿の葉寿司…


パンツの柄わろた
帰りの日が近そうで寂しくなってきたよ

一方さん、いつぞやの酒盛りで打ち止め&番外の飲酒を厳禁してたが
本人はビール失敬したことあったのねw

>>636 「俺はいいンだよ」の俺様理論

続きいきます


今日は番外個体がコーチをしている野球部の練習試合の日だ。

「オマエ、いつの間にコーチになってンだよ」
「いつの間にかそう呼ばれちゃってた」
「始まるよ、ってミサカはミサカは緊張してみたり」

じゃあベンチ戻るね、とコーチは背を向けた。頑張って、というパコに片手を挙げ、帽子を深く被り直す。

グラウンドの端っこで、一方通行と打ち止め、かっくん、キューちゃん、かぁたんが観戦している。
一方通行にとっては災いでしかないが、試合はこの村の中学校で行われるので、打ち止めと仔ガッパに無理やり連れてこられたのだ。

試合観戦に行くと言ったら遠野母が弁当とお茶を持たせてくれたので、それを摘まみながらなりゆきを見守った。

垣根「俺の変化球に常識は通用しねぇ」


中学校の生徒達にしてみれば、見慣れぬ少年と見たことある小さい女の子。
しかもカッパを三匹も引き連れていて目立っていたが、少年の人を寄せ付けぬ雰囲気が見えない壁を築いていた。

「ルール分かる?ってミサカはミサカは解説してあげようかと親切してみる」
「結構だ」

野球ぐらい、大体知っている。
それに遠野家では野球中継がお茶の間で幅を利かせていたので、彼もそれを見ることはあった。
もっとも、秋となった最近ではシーズンオフで中継はもうないけれど。

「キャー」
「クパクパ」
「おぉー! 一点入ったよあなた!ってミサカはミサカは興奮してみる!」

カッパ達も番外個体がコーチしているチームが識別できるので、その活躍に一喜一憂する。いや、喜ぶ瞬間が圧倒的に多い。


(楽勝じゃねェの、これ)

「あくせらくーん」

野球部員が一人駆け寄ってきた。一方通行をこう呼ぶのは一人だけだ。

「来てくれたんやなぁ。な、どうや。俺ら圧勝やろ」

井畑(二年一組)は誇らしげに汗を拭った。このイガグリ頭のおかげで、番外個体は野球にハマったのだ。
井畑と知り合いになったのは一方通行が最初なので、一方通行自身がきっかけともいえるか。

「良かったな」

世辞でも義理でもなく、純粋にそう思った。

「ミサカねーちゃんのおかげや。言うとおりに練習したら、みんなほんまに上手くなったもん」

昭和五十年には広く認知されていなかったスポーツ科学。
番外個体に植え着けられているのは戦闘方面の技術が主だったが、
人体が行う運動を効率良くするという目的においては、それでも役に立つ。

根性論だけでは得られない成果を、この小さな村の野球部にもたらした。


(よくもあンなやつに指導させたモンだ。教師どもは何考えてやがる?)

「もう、ずっとコーチしてもらいぐらいやけど……」

井畑の顔色が沈んでいく。ずっとは無い。それが分からない年齢ではない。

「ねぇ、もしかして あくせら君達ってもうすぐ帰るの?」

今は試合中なので、長居は出来ない。井畑は行儀悪くヤンキー座りで内緒話をするように囁いた。
声の大きさが、彼の心情を表している。

一方通行達は、東京から来た長期旅行者ということになっていた。
遠野家の大人達には(信じたかどうかは不明だが)正体を明かしている。でも流石にそこまでだ。中学生に言うわけにはいかない。

「どうしてそう思うの?ってミサカはミサカはイバタに質問してみたり」
「最近、ねーちゃんがたくさん部活に来るんや」
「……そォみてェだな」
「そんで、すげー熱心に練習してくんだよ」

焦ってるみたいに。


「……」
「おい、もう戻れ。呼ンでるぞ」

ハっと振り向けば、仲間の部員が手を振っている。井畑は慌てて駆けて行った。
それで巻き起こった風が、人間二人とカッパ三匹の頬を撫でる。

「ミサカ達、もうすぐ……帰るの?ってミサカはミサカはズバリ訊いてみる」

ほんの少し前、『帰れるのかなぁ』と不安げにしていたではないか。名残惜しそうに眉を垂れる打ち止め。

そんな表情をしているのは、果たして自分のせいではないかと勘繰るのは、もはや少年の癖だ。


ここには彼の、罪がない。罰もない。
ここは『楽』だ。真の意味で『楽』だ。


(あまり俺を甘やかしてくれるなよ)

「黄泉川、芳川」
「ふぇ?」
「オマエといい勝負にうるせェ金髪のクソガキ。あとカブト虫。妹達も心配してンだろ?」
「うん」
「会いたくねェのか」
「そうだね、ってミサカはミサカは故郷を懐かしんでみる!」

(ふるさと、ねェ)


あそこでしか生きていかれないのは事実だ。
番外個体と打ち止めの体は、安定してきているとはいえ、特別な調整が欠かせない。

「ク〜ン」
「キュキュウ」

ふと気づくと、かぁたんとキューちゃんが一方通行の膝に縋って彼を見上げている。寂しそうな眼差しで。
かっくんは膝の上で両の拳を握りしめていた。

カッパはとても純粋で、人を愛し、人と共に在りたがる。優しい、いきもの。

「悪ィなァ……」
「クゥゥ……」

順番に頭を撫でた。きもち悪くならないように、そっと。


次回へ続く

初めて垣根(カブト虫)の名前を書いたら>>639だったのでちょっと驚いた

乙なんだよ
カッパ…さびしいね


ワースト健気じゃんよ

 乙
乙乙

野球少年達の初恋が…


いつも乙等をありがとう。励みになります

続きいきます


別れが迫るからといって、特別なことはしない。次の日曜日の予定ぐらいは話し合ったけれど。

打ち止めと番外個体は畑の手伝いへ……そして時々野球部。
一方通行は(目立たないように)解禁となった強大な能力を振るった。主に農業に。

昭和五十年という時代背景もあり、遠野家では、車を含め大型機械などは取り入れていない。ほとんどが手作業だ。
一方通行がやってくれると、大人三人で三十分はかかる運搬作業が五分で終わる。大助かりであった。

「暗いのによく転ばないもんだね〜」
「周囲の障害物も検知できるからな」
「ふーん」

人目が無くなった夜。里芋が入ったダンボールを抱え、土手を飛び越えては積み上げる。
坂本美沙子は闇夜に舞う白い肌と髪を目で追っていた。
近所の人に目撃されないよう、見張り役を務めていたが、

「……周囲の状況が分かるんなら、見張りっていらないのでは?」
「……まァな。どっちかってェと、作業監督に徹してほしい。……コレで最後だぜ」
「はい。あとは小屋の中に入れておしまいね」


夜間作業の二人が遠野家に戻ると、すでに夕食の用意がされていた。

「おかえり。はい座って座って」

遠野が飯をよそいながら促した。
坂本が一方通行(の超能力)に付きまとうので、彼が家事仕事を手伝っている。
東京で会社勤めをしていた十年間は、遠野も自炊していたので手慣れたものだ。

「あーくん、美沙子さん、ご苦労さんやったね。はい、いただきまーす」

遠野母の音頭で、旬の野菜いっぱいの夕食に各人の箸が伸ばされる。
かぁたんとキューちゃんは、まだフォークだが。

「お、そういえば俺の箸も今日から あーくん作なんだよね」

毎日毎日、地道に竹を削り続けた結果、ついに遠野家のカッパを含めた面々は、一方通行の手作り箸を使うに至っていた。
一応家長である遠野を最後にするのが一方通行らしい。


「評判どおり摘まみやすいよ。ありがとう」

(『ちょっと手ェ見せろ』って言われて握られた時はビビったけど)

「ン……」
「ねぇカーサン、良いよねこの箸」
「クポ!」

それぞれの手の大きさ、指の長さを考慮して作られた、オーダーメイドといえる箸だった。
カーサンも手放しで褒めてくれる。一方通行はいよいよ言葉もない。

「もうそれぐらいにしてやって。この人血ぃ吐いて死ぬかも」
「もっと言って言ってー、ってミサカはミサカは照れるあなたをからかってみる!」
「黙って食え」

番外個体と打ち止めも、もちろん彼お手製の箸。

賑やかな夜だった。


「あれ、あーくん、まだ起きとるの」

居間の電灯を消しに来た遠野母が、畳に新聞紙を広げて背を丸める少年を見て驚く。

「あァ、そろそろ寝る。迷惑か?」

こんなに遅くまで起きているのは。

「ええけど別に。……また箸? 誰のやねん」

少年の手元では、おなじみの竹が削られていた。
本日完成した息子の物で、もう全員分作ったのではないのか。

「……あとどれくらい先のことかは知らねェが、チビ二匹の」
「そうかね……」
「へぇ、それ かぁたんの? ありがとね。でもやっとフォークが様になったばかりだからなぁ〜」

話声を聞きつけてか、遠野も寝間着でやってきた。

そして二人は言うのだ。君は優しいと。良い子だと。


(……お人好しどもが)


何も知らないだろ。

何も教えてないだろ。

俺がどんなヤツなのか。


どうしてか、イラつく。
やめた方がいいのに、満杯になった水を解放するような独白が始まった。


「学園都市は」

いつもぶっきらぼうな声だが、普段は無い冷たさが含まれていた。
俯く顔には白い髪が掛かって表情は見えない。遠野と母親は続く言葉を待つ。

「俺がいた街は、……分かるだろ? こンな能力を人工的に生み出す狂った世界だ。ロクな事にはならねェ」

一瞬緩んだ手が、小刀を握り直す。シュ、シュ、と削りカスが新聞紙に落ちていく。

なぜこんな事を言うのだ。おびえさせ、混乱させるだけなのに。

「納屋直すとか、野菜運ぶなンてのァままごと……、俺の本質じゃねェンだ。勘違いだ」
「っ、あ……!」
「——!」

一方通行の左手が一瞬首へ。次いで新聞紙の上にその手の平を置く。右手は小刀を持ったまま頭上へと。
少年は喋り続けたまま、握っていた右手が開かれた。

小刀は重力に従って落ちていく。

左手へ一直線の刃物に、遠野達が息を飲んだ。危ない、と叫ぶ間もなく、

「え!?」

信じられない光景。小刀が畳に転がった。一方通行の左手は無傷で。

「……銃弾も、鈍器も、こんなモンも全部弾き返す。俺の指一本で人は死ぬ」

——俺は殺したんだ。

「あーくん……」
「身の程ってのがある」

関わりない者から向けられる愛情が、罪を含んだ己に甘く、毒を持って刺さる。


「…………」
「…………」

あぁ、言うんじゃなかった。どうせもうすぐオサラバだと思ってヤケになったのか。
こんな正体のバラし方、恩を仇で返すようなものだ。

楽しい思い出だけ置いていくことも出来ただろうに……


「大丈夫や」
「!」
「大丈夫やで……」
「おかん……」

いつかの原っぱでの、昼休憩のときの様。
遠野母の皺深い手が一方通行の頭を撫でる。ばしばしと、肩や背中を叩く。痛くはなく、それは暖かい。

「なンで……」
「大丈夫や」

何も知らない人から、ひたすらに告げられる。

慰め? 同情? 愛情? 

ただ、胸が苦しかった。


「もう寝なさい」

新聞紙や小刀、削りかけの竹を横からさらって片付けられる。

「明日もお手伝いしてくれる?」
「……」

こくりと頷く少年。

大人二人は、笑って あーくんに「おやすみ」と言った。



足取りは不思議と重くない。一方通行は宛がわれている部屋に戻った。

番外個体と打ち止めはすでに布団に潜り込んでいたが、部屋の灯りは点いている。
どういうわけか、就寝時に電灯を消すのは一方通行という決まりになっていた。

姉妹を踏まないように襖の向こうへ、自分の布団に入る。

睡魔は穏やかに、あっさりと降りかかってきた。
知りもしないのに、無条件に示される親愛の情が、彼の全てを包む。

(やっぱ、あいつらも黄泉川と同類だ)

知っても抱きしめてくれる、暖かい腕。

同じ物だと思った。



突然、隣の二人がガバリと布団を跳ねのけた。

「寝てたンじゃねェのかよ」

タヌキ寝入りが通じる一方通行ではない。確かに寝ている呼吸と気配だったのだが。

暗い部屋の中、半身を起した番外個体と打ち止めの声が重なる。


「……繋がった」
「繋がった」
「——……」

突然だとは思わなかった。

喜びと、寂しさが入り混じる。


次回へ続く



とうとう帰るのかぁ…

気持ち的にはかっくん連れていって
カッパ喘息を治療させてやりたい

乙です



なんか切ないなぁ


すぐ帰っちゃうのかな

一方さんの偽悪っぷりはなぁ……
仕方ないとは思うんだけど、なんというか……悲しいな

うわああァこのタイミングでか!
せめてお別れ言える時間があるといいんだが…
乙乙

乙!!!


番外個体と打ち止めは、わたわたと慌てながらミサカネットワークで下位個体との通信をしている。
「えーと、えーと」「あー、今こっちは……」など、立て続けに質問に答えているようだ。

「あなた、今から10032号がヨミカワのマンションに行ってくれるって」
「あァ」
「心配、してるんだって、ってミサカはミサカは報告してみる」
「……そォかい」

灯りは点けずに、一方通行は縁側から外を見る。
雨戸は真冬か嵐でも来ないと閉めていない。夜空と色を分けている山の稜線。あの付近に『カッパの泉』がある。

カッパの傷や病を治すという神秘の泉。そして、『向こう』と『こちら』を結ぶ鍵だと思われる泉。
自分達がこっちに流されてきたらあそこの中だったし、かぁたんは水中で遠野に(誤って)踏まれたら行方不明になった。
そして学園都市にやってきたのだろう。

あの泉は怪しすぎる。


「今から、行く気?」

番外個体が背後に立つ。暗いから表情はよく見えない。
もぞもぞ布団を抜け出して、転びそうになりながら打ち止めも傍にくる。瞳が不安げに揺れているのは分かった。

「ネットワークはいいのか」
「あっちの学園都市は夕方なんだとさ。寝るから静かにしろって言ってみたけど」
「あんまり効果ないけどね、ってミサカはミサカは……くぁ、あくびをかみ殺して接続を終了してみたり」
「今晩は、……寝ろ。明日の朝、とりあえずあの泉に行ってみる」
「……それでいいの?」
「あァ」

悠長に構えていて、帰還のチャンスを逃してしまったら大事だ。
それなのに番外個体の問いかけをあっさり肯定し、一方通行はさっさと自分の布団に戻った。姉妹もそれに倣う。

彼がそう言うなら、たぶんそれでいい。


翌朝、まだ日も登りらない早朝。一方通行はひとり『カッパの泉』に来ていた。

空けていく空の下、泉の中心が揺らめいていた。

(アレに接触すりゃいいのか……?)

一歩近づき、水際に立つ。

ゴボリ。底から勢いよく湧きだしているかのように。

「——分かりやすいじゃねェか」

道は開かれているようだった。

「さて、なンて言うかねェ」


下り道の途中までだが、少年はわざわざ落ち葉を踏みしめた。
きっと、こんな自然の中を静かに歩くことは、今後そうそうない。


遠野家では、すでに朝食を作る気配と匂いがしていた。こっそり縁側から戻る。
おかしなことに、番外個体と打ち止めは起きて着替えているにもかかわらず、
まだ敷きっぱなしの布団の上で座り込んでいた。

「何してンだ、オマエら」

いつもなら呼ばれるまで寝て、着替えも後回しで朝飯にありついているのに。

「……」
「……なんて言うの?ってミサカはミサカは大きな難題に頭を抱えてみたり」
「あァ、それか」

ふいに、初めて遠野家を訪れた時のことを思い出す。
当時は『どうやって居座るか』で悩んだ。居候になるための言い訳を大急ぎで考えて……

「来る時も去る時も、どっちにしろ面倒臭ェ」

姉妹も同じ光景を思い出したようで、苦笑いを浮かべる。

「あの日は暑かったね。ミサカ、ワンピースなんて初めて着たもん」
「まだ九月だったからね、ってミサカはミサカはカレンダーを眺めてみる」

もう十一月になっていた。


いつものように寝坊していない子供達だったが、不審には思われなかった。
できるだけ、普段と同じ態度で朝ご飯を食べる。食べたそばから、番外個体は かぁたんを膝に抱えた。

「ン〜、ン〜」

まだ食べ足りないのに、と かぁたんがメーワクそうにフォークを伸ばした。

「こぉら、大人しくしてろって。もうオシマイなんだから」
「は?」

さて、片付けるか、と腰を上げようとしていた遠野母と坂本美沙子の動きが止まる。

「……」

一方通行は何も言わず、コーヒーが入ったカップを持っている。その様子を見て打ち止めが、

「ミサカ達、帰る……ことになりました、ってミサカはミサカはお知らせしてみたり。今日……だよね?」

隣の少年は、茶色の液体に白い髪を映しながら頷く。

いきなりすぎる、今日なんて。
顔色を変えて焦るのは遠野達で、

「帰りたくても帰れないって言ってたやんか」
「例の泉に『道』が出来てる。今朝、確認してきた」
「えぇ、えぇ〜! 私まだまだ あーくんのこと調べ足りないのに」
「そりゃ残念だったな」

遠野と坂本に、軽い調子で淡々と答える。ちょっと思い切って顔を上げれば、悲しそうな表情の遠野母と目が合った。

(昨日の今日で、そンな顔かよ)

「午後には出る。今まで世話になった」


その日、遠野家は家業を休んだ。畑より、子供たちを送り出す準備の方が大切だ。

とにかく遠野母のお土産攻撃は凄まじかった。あれもこれも、土地の名産から、遠野家の庭で干された梅干しまで。

「おばちゃーん、ミサカ達、水の中に突っ込んでく予定だし、食べ物はマズいよ」
「あれ、そうなん!? 美沙子さーん、ビニール、なんか袋っぽいの出してぇ」
「あっはは、何が何でも持ってけってか」

貰った鞄だけでは到底収まらない。


打ち止めと番外個体に荷造りを任せ、一方通行は縁側で小刀を握っていた。
背中には かぁたんがべったりとくっついている。

「オマエの箸作ってンだよ。邪魔してンじゃねェぞ」
「……クゥ」
「お別れって分かるんだね。みんなも」

同じく荷造りの役に立たない遠野が隣に座っている。
あとカーサンとキューちゃんと かっくんもいる。つまり、男性陣全てだ(性別不明が二匹いるが)。


「随分、急だったねぇ。俺達に遠慮なんてしてる?」

昨夜のことがあったから?

「ハっ、今更するわけねェだろ。……本当に、偶然だ」
「そっか、寂しくなるよ」
「クポポ」

カーサンが、懐から巾着袋を出して一方通行に渡す。中には煙管と煙草が入っていた。
大事な愛用品だろうに、餞別にくれるという。

「いいのかよ」
「いいよ、いいよ。ところでカーサン、あーくんにタバコ吸わせてたの?」
「テヘ」
「もう〜。お母ちゃんには内緒だぞ」
「キャハハ」
「クパパ」

男だけの内緒。やっと、子ガッパ達から笑い声が漏れた。


「おねえさん、おばちゃん、気持ちは嬉しいけど流石にこれは多過ぎ、ってミサカはミサカはお土産の量にビビってみる」
「もはや引っ越しレベルなんだけど」

あらゆるものがビニールで包まれ、グルグルに梱包され、風呂敷やリュックサックに押し込まれていた。

「大丈夫よぉ。あーくんがいるんだから」

彼が量や重さなど、ものともしないのは、畑のお手伝い姿で見ている。
坂本はよく観察していたので、それはそれはよく知っている。

「せっかくのご縁やで、思い出として持ってってな」
「……うん。ミサカ、とっても楽しかったよ、ってミサカはミサカは一生忘れないと誓ってみる」
「うん、うん。かーわいいねぇ、ミサカちゃんは」
「えへへ」
「あと、お姉ちゃん」
「……なに」


うりうりと、打ち止めの頭を撫でていた遠野母が、しゃがんだまま番外個体を見上げる。猫なで声はなりを潜めて、

「年頃なんやで、もうちょっと綺麗にせなアカンよ。あと掃除と針と、お料理も覚えること」
「はいはいはい。はーいはいはい」

実は生まれて一年ほどの彼女だが、遠野母にしてみれば、嫁入り修行をしてほしい年頃なのであった。

「あーくんもその方が喜ぶやろ」
「なんでそこであの人の名前が出んのよぅ。勘弁して」
「まったくだ、ってミサカはミサカは呆れてみたり」

げんなりした番外個体と、不服そうな打ち止め。遠野母と坂本は、そんな姉妹を眺めて微笑みあった。


昼食には、急きょ用意された鳥肉が振舞われた。近所の家から買い取った、絞めたての新鮮なもの。
いつものごはんもおいしいが、やはり若い体は動物性蛋白質を求めている。

土産という名の大荷物が積み上がった居間で、他愛無い、いつもどおり会話をしながら食べる。ゆっくりと味わった。

それでも、一時間もあれば、食卓の上は空になる。もう席を立たなければならない。

最初に立ち上がったのは一方通行。次いで番外個体も。彼女は、

「ちょっと行ってきてもいい?」
「遅くなるなよ」
「その顔ムッカつくー」

一方通行は茶化してないつもりだったのだが。
コーチしていた野球部の所へ行きたいのだろう。彼女らしくない行動だった。


残った面々で、荷車に荷物を積む。一方通行がいれば一人でも運べるのだが、真昼間では目立ち過ぎる。
一方通行達は今日でこの村から去るので関係は無くなるが、
残される遠野家の人々に奇異の視線が集まるのはいただけない。

そんなことを気にするような間柄になってしまった。

番外個体にはネットワークを通じて「先に出る」と伝えてある。カッパ四匹、人間五人は連れ立ってあぜ道を歩いた。

ガタゴト車輪が鳴る。カッパの泉がある山まであと僅か、というところで番外個体が追いついた。

「ちゃんと挨拶できた?ってミサカはミサカは訊いてみる」
「ま、ね。ちょうど昼休みだったし」

番外個体の手には野球ボール。これが彼女への餞別なのだろう。
一方通行はこっそり受け取ったカーサンの巾着袋をポケットの上から押さえた。
女性陣の手並みを見習ってビニールで巻いたが、大丈夫だろうか。


やがて、山の入り口に着く。少し登ったところで荷物を降ろし、それらは全て一方通行が担いだ。

「じゃ、先に運ンでおく」
「おぉ〜」

彼が飛び上がって見えなくなるまで、坂本美沙子はその姿を見送った。
ぶつぶつ呟いている文句は、みんな聞こえないフリをした。

番外個体は かぁたんを抱き、片手は かっくんと繋いでいる。キューちゃんは言わずもがな坂本の足元。

「クゥ〜ン」

一方通行が飛び去った方を見やって、かぁたんが鳴いた。これっきりと勘違いしているのだろうか。

「んー? あの人とは後で会えるよ。荷物運びしてるだけだって」

すぐに、本当のお別れだけど。


番外個体が言う以上にすぐのことだった。
山を登る一行を待ち、一方通行が石に腰かけていた。
荷物を泉の近くに置き、そのまま能力使用モードで下っていたのだ。彼は今日の早朝から、この山を行ったり来たりであった。

「キャッキャッ」

番外個体の腕から かぁたんが抜け出し、一方通行に駆けていく。お別れは嘘だったのか、という期待で。
久しぶりに、実に久しぶりに少年は かぁたんを抱っこする。

「……」
「キャハハ」

無邪気な笑顔に、言葉をかけづらい。

「わざわざ戻ってこなくても、上で待ってりゃいいものを」
「うるせェ」

かぁたんを取られた番外個体の憎まれ口。それでも子ガッパを離さず、一方通行も歩く。
杖をつく彼に合わせて、自然と速度は緩やかになった。

歩行困難な場所だけ、能力を使った。
かぁたんを抱きながらでは非常にスイッチを押し難いが、それでも降ろさないし、誰も降ろせとは言わない。

やれ紅葉が綺麗だ、あそこには春に百合が咲く、
今年は寒くなるのが遅くて良かった——水もちょっとはぬるいだろうから——など、話しながら泉を目指す。

そして、いつもならおやつの時間というあたり、カッパの泉に辿り着いた。


「うわ、なんだあの水」
「あんなの初めて見た……」

ゴボリ、ゴボリと湧き上がるような泉の中心に、遠野と坂本が声を上げる。
二人とも慣れ親しんだ風景の一部が、明らかに異質だった。

「あそこから、帰れるんかい?」
「うん。大丈夫だよ、服もあるから向こうに着いたらすぐ着替える、ってミサカはミサカは風邪の対策もバッチリだったり」

学園都市はクリスマス間近だ。ここよりも寒いであろうことは、心配をかけるので黙っておいた。特に遠野母には。

「あ、あっちにテレビが転がってっから、悪ィが始末しといてくれ」
「へ? あぁうん。いいけど」

どうしてテレビが? という疑問を浮かべる遠野に、

「俺達と一緒に、向こうからくっついて来ちまったンだよ」

山の自然には悪影響だろうと、一方通行は少し気になっていたのだ。


カッパも人も静かな中で、水音と一方通行が荷物を背負う音だけが聞こえる。
ぐずぐずしていると、いつまでもふんぎりがつかないことを、経験で知っていた。

「も、もう行くの?ってミサカはミサカは……」

打ち止めが彼の裾を慌てて掴む。風呂敷包みひとつを引き受けた。

番外個体も鞄を受け取り、三人は泉のほとりに立つ。それだけで、湧き上がる水の勢いが増した。

水を潜って、未来に帰る。

常識離れした現象が、遠野家の人々にやっと現実味を帯びて感じられる。

足を浸す前に、子供達は振り返った。見送ってくれるカッパと大人達に最後の言葉を掛けようと。
もう、会えることはないから。


「さよなら、ってミサカはミサカは涙を堪えて言ってみたり」
「うん、さようならミサカちゃん……。元気でね、私達の事忘れないでね」
「おねーさん、おじさんと仲良くね、ってミサカはミサカは忠告してみたり。キューちゃんも、あんまり邪魔しちゃだめだよ」

キューちゃんは、つん、とそっぽを向いた。まだまだやる気のようだ。

「ふふ、ミサカちゃんみたいに可愛い女の子を産むんだっけ?」
「そうそう。二人目が番外個体で、三人目がこの人だよ、ってミサカはミサカは約束させてみたり」

え!? 何その話。遠野が目を白黒させる。
子供を産むためには父親が必要なのだが、そのアテは自分で間違いないのだろうか。

「もっと言ってやり。この子は昔っから抜けとるんや……」

一番やきもきしていたのは遠野母で、この機会を逃すまいと、若い二人(主に息子の方)にはっぱをかける。

「えー、うぉっほん。さようなら、あーくん、お姉ちゃん、ミサカちゃん。君達は かぁたんの恩人であり、もう俺達の家族も同然だよ」

ごまかしも含んでいるのだろう、遠野の口上。そんなものでいよいよ訪れる帰還の時が、いかにも自分達らしい。


白い少年の口が動いた。その音は、過去にも発せられたことがある。
でも、こんなにそのままの意味を持って話されたのは初めてのことではないか。

左右に居た姉妹があんぐりと口を開け、番外個体に至っては目まで丸くなっている。
二人は視線を交錯させて、片や微笑み、片や苦笑い。

「ありがとう……」
「ええよ、ええんよ。元気でなぁ……。あーくん、ご飯いっぱい食べるんやで。もうちょっと肉つけなぁ」
「あァ……、はいはい」

遠野母のおかげで、すっかりおかわりの習慣がついた一方通行である。

最後に片膝をつき、かぁたんを撫でる。

「キュキュゥ……」
「早く、あの箸使えるようになれよ」

出発の直前に、かぁたんとキューちゃんの箸は完成した。むしろ、箸が完成したから出発できた。


何故、かぁたんは学園都市に来たのだろう。
何故、自分達は昭和五十年の奈良県奥吉野に来たのだろう。
切ない別れが待っているのに。


神様なんてものは……


「いるのかもな、オマエ達には……」
「クポ?」
「何でもねェよ。……じゃあな!」

片手に打ち止めを抱え、彼は泉の中心へ跳んだ。

「あーくん!!」
「クパー!」

番外個体は泣いている仔ガッパ達に手を振り、一瞬遅れて踵を返す。
彼女の体は一方通行が操る風に押されて、先んじた二人とほぼ同時に着水した。

見送る大人達とカッパは、水柱と白い輝きに目を覆う。

(……羽……?)

数秒後、遠野は静かになった周囲を伺う。
辺りの木々から滴る水。泉の水面は揺れているが、先程のように湧き上がってはいない。

「あーあ、行っちゃったんだなぁ……」

これから元の暮らしに戻るのだ。

(いやいや、せっかくもらったチャンスだ)

帰ったら、まず坂本美沙子にプロポーズしようと決心した遠野。

なにせ、三人も子供をもうけなければいけないらしいので。


次回へ続く

幼女に弱い一方さんだが、おばちゃんにも弱いと思うんだ

おつ

乙!寂しくてしょうがないよ
ちゃんとお別れができて良かったなー

あっちでもこっちでも子供達が大事にされてて嬉しい
あとカッパ、可愛くてたまらない
昔一方さんが怖くてしっこチビってたかぁたんが走馬灯のように巡る…
泣いた

おつ



静かな描写だけどほろっときた

乙でした

丁寧であったかくて田舎エピ好きだったなあ
みんな少し大人になって帰ってくるんだろうね。再会が楽しみ

>>694
丁寧であったかい田舎エビってなんだろうって悩んでたら田舎エピだった

田舎エビワロタ
ザリガニとかか?

乙や感想や田舎エビをありがとうございます

続きいきます


バシャバシャ。バチャン。

予想どおり、数か月前に かぁたんを拾った川の中に三人は現れた。

「うあ、さ、さっみぃぃぃぃ!!」
「ガタガタガタ!ってミサ、ミサ……、は、早く……」

岸へ。
手にしていたお土産入りの鞄、風呂敷包みを川の中に残し、一方通行と番外個体と打ち止めは河原へ急いだ。
川の中に置きっぱなしのお土産が心配だが、浅いので流されはしまい。

一方通行は能力使用モードのままだったので、反射によって濡れてはいない。
しかし二人の少女は一刻も早く対策をしないと風邪を引く。それどころか肺炎を起こす恐れもあった。

ミサカネットワークの情報によれば、『こっち』はクリスマスが間近の真冬なのだ。

「待ってろ」

川の流れに残された荷物を岸に上げ、一方通行がビニールで梱包された着替えやタオルを引っ張り出す。上手い具合に濡れていない。

冷たいを通り越して痛い。
二人の姉妹はロクに体を動かせず、少年の出したタオルでとりあえず体をくるんだ。

「今、何時だ」
「八、八時、ご、五十九分」

太陽の位置から、午前中ということは知れていた。
学生達の登校時間が過ぎていることを確認できたので、少年の決断は早かった。


「あう?」

打ち止めを抱き上げ着替えを持つと、「来い」と番外個体を呼び寄せて橋の下へ。
そこで地面に降ろした打ち止めの服を、力任せに左右に破いた。

「ぎゃあああああああ!?」
「うるせェ」

濡れてぴったりと肌に張り付いている肌着までビリビリと容赦なく。
玉ねぎの皮を剥くように、(決してそうではないが)無造作に取り払った。パンツは一応見逃す。

(うっわー……。ミサカも剥かれないように、さっさ脱ご)

番外個体は震えて動かしにくい四肢を叱咤し、一方通行が自分の方を振り向かないうちに、どうにか体裁を整えた。

うずくまる打ち止めに自らの上着を被せ、タオルで髪から水気を拭ってやる一方通行。
背後で番外個体が歯を鳴らしながら着替えた気配がするので、一応これで落ち着けるだろう。

見た目など気にしていられる余裕はない。持って来た服を着られるだけ着込み終わったところで、

「上位個体達を発見しました、とミサカ13577号は報告します」


数分の後、ワンボックスカーが河原の近くに停められた。
中から毛布を持った妹達が現われ、まだ震える番外個体と打ち止めをつつむ。

「ふぁ、あったかい……、ってミサカはミサカはとろんとしてみる」
「はい。温めておきましたから、とミサカ10032号は的確な対応を誇ります」

おそらく川の中に放り出されるであろうことは下位個体に伝えていたので、こうして用意しておいてくれたのだろう。
あとは風呂にでも浸かれば、大きく体調を崩さずに済む。

「さぁ、行きましょう。乗ってください、とミサカ10032号は車へと誘います」

本当は、冥土帰しがいる病院へ行って、さっそく検査や調整を受けた方が良い。
それなのに妹達が運転する車は、黄泉川愛穂のマンションへ向かってくれた。


「あなた方の住居まで、信号にひっかからなければ四分弱です、とミサカ10032号は到達時間を予測します」

後部座席にて、彼女がヘアドライヤーを構える。
コードが荷物室に続いていたので、そこから電源を取っているようだ。

「清潔でない川の水を浴びて冷えたからには、入浴は必須ではありますが……」

ぶおぉぉぉ〜。
10032号が打ち止めの髪を乾かしていく。
家に着くまでに乾き切らないかもしれないが、とにかくこれ以上冷えないことが重要だった。
時々毛布の中に温風を送り込んでやり、体も温める。

「あぁ〜生き返る、ってミサカはミサカはほっこりしてみたり」
「番外個体もどうぞ、とミサカ19090号はドライヤーを提供します」
「おう、御苦労」


番外個体と打ち止めの世話は、病院の妹達にまかせてよさそうだ。
一方通行は能力を通常モードに戻し、溜息をついた。窓際の席から見えるのは、慣れ親しんだ摩天楼。

青々しい畑も無い、魚やザリガニ、果てはオオサンショウウオまでが棲んだ川も無い。
茸や栗、石榴が実る奥深い山も……

ビルディングとアスファルトのおかげで、全体的に灰色の印象を受ける街、学園都市。
彼らが生きていく街。

(帰って来たか……)

明日から、いや、たった今からでも、自分達に害成す敵を警戒、排除していくという緊張を抱えた日常が再開される。

ここしばらくは見られなかった暗い光が、一方通行の赤い瞳に宿った。だが……

「あー! ヨミカワとヨシカワだ!ってミサカはミサカはお出迎えに感激してみる!」

打ち止めが一方通行の膝の上に身を乗り出し、窓に顔を張り付ける。

会いたかった黄泉川愛穂と芳川桔梗の姿を見た途端、少年の目から険が消えた。


スライド式の後部座席ドアが開けきらないうちから、座ったままの一方通行を避けて打ち止めが駆け降りる。

「最終信号! おかえりなさい」
「おかえりじゃん!」
「うわぁぁあああん!ってミサカはミサカはただいまー!!」

黄泉川の胸に顔をすりつける打ち止め。
少女を抱き上げた女教師と芳川が、小走りでワンボックスカーに近づいて行く。
打ち止めは走りながら毛布を落としていたので、芳川がそれを拾った。

「おかえりなさい、一方通行、番外個体」
「俺は別に濡れてねェよ」
「でも寒いでしょう?」

上着は打ち止めに貸したままだ。芳川によって一方通行の肩に毛布が掛けられる。

「第一声がそれか? まったく」

打ち止めを地面に降ろした黄泉川が、右手で一方通行の、左手で番外個体の頭をグシャグシャに撫で回す。


「ただいまー。お土産あるよ」

二泊三日の旅行に行ってきました、みたいな調子で番外個体があっさり言う。
次いで、隠そうともしない肘打ちが、ガツガツと少年の脇腹を襲った。
反対側はツンツンと打ち止めに突かれ、

「チっ。……ただいま」

殴られはしなかったが、肺から息が押し出されるほどに抱きしめられる。

「おかえり……!」
「黄泉川、苦しい、おい」

いつものメンバーだけではなく、病院の下位個体も見ている。
一方通行はかなり必死に黄泉川を引き離そうとした。
杖をつかなくとも、倒れることはないので両手を使って。

むなしい抵抗は黄泉川が満足するまで続けられ、「さて、次は……」と、今度は番外個体が絞められる番だった。

「ぐぁ、マジで苦しい」

いい気味だ。
黄泉川の抱擁が一方通行以外にもされたことで、いくらか羞恥もおさえられた少年だった。


次回へ続く



帰ってきたんだねぇ…

乙です

乙です

ふおぉぉぉ、おかえり!
別れと出会いは紙一重だよね…

乙でした

乙っした!
よく見たらコレ去年の12月からやってんのな
凄いわ


乙をいつもありがとうございます

今日が最後なんですよ

続きいきます


「病院へ来るのは明日で結構です」と告げて、妹達は去った。今日は再会を祝え、という気遣いである。

お土産入りの濡れた鞄、風呂敷包みを各自持ち、黄泉川愛穂、芳川桔梗は子供達を囲うようにして部屋に登った。
エレベーターの中やマンションの通路で、

「疲れてない?」
「今日は登山したし、びしょ濡れになったからちょっとお疲れかも、ってミサカはミサカは体力の消耗を訴えてみる」
「すぐに風呂沸かすじゃん。番外個体も一緒に入るじゃんよ」
「あー、シャワーがある風呂久しぶり」

そんな、何てことないような会話。

「シャワーがなかったの? 君達がお世話になってた家には」
「後でゆっくり話聞かせるじゃん」

二人の保護者はニコニコしている。


懐かしい家に入り、一方通行、番外個体、打ち止めは自然に溜息がついて出た。

「わー! 新しいテレビだ大きい!ってミサカはミサカは喜んでみたりー!」
「さっさと風呂に行け」

打ち止めに貸しっぱなしだった上着を一方通行が脱がせる。すぐに番外個体も風呂へと追いやった。

(……無事だな)

こっそりとポケットを触り、カーサンから貰った煙管入りの巾着袋を確かめる。
反射の恩恵にも預かったようだし、ビニールでグルグル巻きにしたので肝心の煙草も濡れてはいなかった。

「一方通行、コーヒー飲む?」
「あァ」

リビングのローテーブルに、芳川によって彼のカップが置かれた。
ソファに座って、一方通行はフカフカの座り心地に気がついた。汚れてもいない、というか以前よりキレイだ。

「俺達が消えた時、びしょ濡れにならなかったか?」
「クリーニングに出したじゃん。それはあんたも気に入ってるみたいだし、買い換えるのはやめといた」
「……随分、片付けが手間だっただろ」

昭和五十年の奈良県奥吉野に流れ着く直前、
かぁたんを起点として溢れた大量の水が、このリビングを浸した。


「上条君とシスターさん、10032号も手伝ってくれたのよ」

上条当麻とインデックスが片付け、というのは分かる。
あの二人は現場に居合わせていたから。だが、何故10032号が? 
一方通行の眉が上がったのを見て、芳川が、

「君達の異変を知って駆けつけてくれたの。
 今日の今日まで、ネットワークから拾える情報をわたし達にずっと教えてくれたのよ」
「そォか」

妹達が、特に打ち止めの安否に気をつけるのは当然のことで、
それを黄泉川、芳川に報告することは絶対必要なわけじゃないのだが。
それなのに、さっきだって『再会』を優先させてくれた。

奥吉野でミサカネットワークが完全回復したのは十六時間ほど前。
番外個体と打ち止めは、その間にこちらでの経緯を下位個体を通じて共有したに違いない。

(礼ならあいつらが言うだろう)

「今度お礼を言っておきなさいよ」

心を読んだように、芳川が少年に注意するものだから、彼は露骨に顔をしかめてそっぽを向いた。



風呂からあがってきた二人もリビングに腰を落ち着け、久しぶりの専用カップでそれぞれの飲み物を啜った。

「そういえば、向こうに着いた時もお風呂とカルピスだったね、ってミサカはミサカは思い出してみたり」

池に落ちて濡れてしまった、という嘘をつき、初対面の家で早々からあつかましく過ごしたのだった。
かぁたんの恩人だという立場を利用し、信用を得て、人の好さに付け込んだ。

これだと一方通行達が随分あくどい詐欺師みたいだが、
あの日から流れた時間はとても優しく、のんびりとしたものだった。

カッパ達と一緒に戯れ、川で遊び、山に登り、野球をしたり、ウサギに餌をやったり。

黄泉川と芳川にとっては、まさに夢のような話だった。

昭和五十年? タイムスリップ? カッパはたくさん存在するけど、学園都市が無いパラレルワールド? 

そういう現象の意味だけでなく、目の前の子供達がそんな暖かい日常を体験してくれたことが、夢のよう。


「そういえば、一方通行はちょっと逞しくなったみたいじゃん?」

一方通行はよく食べ(させられ)、それなりに体を使って働いた。言われてみて自分の体を見降ろしてみる少年。

「番外個体は綺麗になったわね」
「そう? これでもっとアホな男に貢がせることができるかな」

菜食と睡眠、適度な運動のおかげだ。
せっかく瑞々しい美しさを発揮できたというのに、
彼女は元の夜遊び大好きっ子になって、不良の世界に身を投じていくのだろうか。

「ミサカはー?」
「打ち止めは、……う〜んと」
「日に焼けて健康的よ。ちょっと髪も伸びて大人っぽくなって」

大して変わってないよ、という内容なのだが、単純な打ち止めはコロっと言いくるめられてご機嫌になった。


田舎ライフの土産話は、打ち止めと番外個体にまかせていた一方通行。
だんだんと黄泉川が時計を気にする回数が増えているのに気づいた。

「そォいや、今日は平日だってェのに学校はいいのか」
「ん、まだ大丈夫じゃんよ」

『まだ』ってどういう意味? 首を傾げるのは打ち止めだけ。 

「愛穂ったら、半休取ったのよ」
「わざわざ……」

そこまですることはないだろう、と言いかけてやめた。一方通行も情緒が無いわけじゃない。

「いつもお仕事で忙しいのに、ミサカ達のお出迎えしてくれたんだね、ってミサカはミサカは感激してみる」
「こんなに面白い話を聞き逃すなんてもったいないじゃん。続きは夜にしてよね。桔梗だけなんてズルイじゃーん」
「ハイハイ。抜け駆けはしないわ」


黄泉川が名残惜しそうに出勤していった。
玄関まで見送りに行っていた打ち止めがリビングに戻ると、
テーブルの上にあったカップや、お昼代わりの軽食が片付けられていた。

「疲れてるんでしょう? 夕御飯まで休んでなさい。今日は愛穂がご馳走を作ってくれるから」
「平気だよ、ってミサカはミサカはカナミンのDVDを見たいと訴えてみたり」
「でも、冷たい川に浸かったんだから。お布団干したから気持ちいいわよ?」
「あとね、あとね、向こうで見てたアニメの続きも気になってて」

やけに必死な様子で食い下がる少女。
困っている芳川の背後から一方通行が近づき、能力を使って打ち止めをひょいと抱き上げた。

「……」
「あ、やだやだ、ってミサカはミサカはベッドへ連行されないためにジタバタしてみたり!」
「大人しくしてろ。番外個体はもう行ってる」
「うー。だって寝たら」

寝て、目が覚めて、起きても、そこはもうあの家じゃない。
かぁたんがいて、キューちゃん、かっくん、カーサンがいた、畳の敷かれたあの家。

全部、本当に全部お終いになってしまう気がして。

「俺達は帰って来たンだ」
「……うん、ってミサカはミサカは頷いてみる」

俯く打ち止めの目に映るのは、フローリングの床を歩く一方通行の足。すぐにベッドの前に着いてしまった。


番外個体は既にベッドの中で、打ち止めもその隣に体を滑り込ませる。
それを見届けると、一方通行は背を向けた。

(行っちゃうんだ)

昨日まで、ほとんど真横に布団を敷いていたのに。
襖はあったけど、薄く開けていたから寝息も聞こえていた。

ふと、一方通行の足が止まる。
打ち止めが彼の視線を追うと、そこには小さく纏められた かぁたんの寝床があった。
かぁたんを拾った翌日から、あれで寝かせていたのだ、この部屋で。もう使われることはないだろうけど。

一方通行が出て行った後、番外個体が寝返りを打って小さな姉の方を向く。

「やっぱベッドの方が寝心地いいよね」
「うぐ、……っ、そうだね、ってミサカはミサカは……」
「なんであの人がいなくなってから泣くのよ。最終信号を慰めるのはミサカの仕事じゃないってーのに……」
「だって、かぁたんのお布団がぁ、ってミサカはミサカは鼻を啜ってみるぅ」
「……チビチビは、あそこで元気にまぬけに馬鹿しながら暮らしてるよ。どうせ今頃は……」
「あっちは晩ご飯終わったかな?ってミサカはミサカは時差を計算してみる」
「そんくらいだね。多分あの人が作った箸に挑戦して玉砕してる」

その光景がありありと思い描ける。姉妹ふたりは、ベッドの中でクスクスと笑い合った。


一方通行はベッドに寝転んでいたが、眠るつもりはなかった。
久方ぶりの自室と、懐かしいベッドの感触を確かめていただけだ。

ほどなく体を起こし、芳川に見つからないように玄関から出ていく。
向かう先は屋上だ。

誰もいないことを確認し、手摺にもたれる。

(当ォ然か。こンな平日の昼間じゃ)

ポケットから巾着袋を取り出し、慣れない手つきで煙草を煙管に詰める。
一緒に入っていたマッチで火をつけようとするが、
カーサンのように上手く煙草に火が回らず、マッチを二本使ってしまった。

やがて立ち込める匂いが、ほんの数時間前までいた遠野家を思い起こさせた。

(いつ美味く感じるようになるンだ? これ)

ぱ、と小さな煙を吐く。カーサンのように、感嘆のため息が出るほどになるには時間がかかりそうだった。


(刻み煙草って、今でも売ってンのかねェ……)

探してみよう、と思う。あと、打ち止めが気に入っていた歌謡曲。あれも探そう。
続きが気になると言っていたから、向こうで見ていたアニメDVDも手に入れたい。有るか無いかは不明だが。

番外個体は……

(あンまり夜遊びさせてやンねェ)

それは、後に杞憂であることが分かった。


一方通行の耳に届くのは、鳥の声、虫の声、木々を渡る風の音ではない。街の喧騒。

無意識に、かぁたんを拾った川の方向を見た。



一方通行、番外個体、打ち止めは少し変わった。
三人が帰って来てから数日経つが、黄泉川愛穂と芳川桔梗はそう感じている。

帰還後の一方通行に会った上条当麻は「なんか……良かったですね、黄泉川先生」と言ってくれたので、
第三者から見てもそうなのだろう。

「昨日なんて、番外個体が料理手伝うなんて言い出したじゃん。後ろから打ち止めもついてきて」
「手伝うっていっても、炊飯器製なのだけれどね……」
「あとね、一方通行がさぁ」
「えぇ、やたらと」

なんというか、接触が多い。

今まで一緒に暮らしていながらも、一歩か二歩引いた態度だったが、

「ベタベタしてくるわけじゃないけど、けっこう喋りかけてくるじゃん」
「ご飯にも遅れずに来るし」

むしろ率先して席に着いているし。

「あといっぱい食べるよな」
「おかわりするわよね」


三人の子供達が消えてしまった時は不安で心配でたまらなかったけど、結果オーライだった。とても良い変化だ。

「遠野さんちで、いい体験させてもらったじゃんねぇ」
「そもそも かぁたんのおかげかしら」
「あぁ、そうじゃんね……」

かぁたんは飼い主である遠野家に置いてきたと告げられて、保護者二人はつい顔に出してしまったのである。
寂しいのは子供達の方だろうに。

一方通行達がいつ帰ってきてもいいように、ソファをクリーニングに出し、パンツを新調し、テレビも買った。
同じように かぁたんの布団も干し、おもちゃをキレイに拭いて取っておいた。

あの子の物は、全部捨てずに置いてある。子供服も、食器も。

なんとなく、そうしている。


なんとなく、ここに来てしまう。

正月を間近に控えた真冬の日曜日。学生たちは冬休み、大人は年越しの準備で大忙しの師走。
誰が好き好んで、こんな寒い河原に来ようか。この三人以外は。


「……」
「……」
「……魚いないねぇ、ってミサカはミサカは川を覗き込んでみたり」

当然だが、カッパもいない。

一方通行と番外個体と打ち止めは、しばし水面を眺めた後、

「帰ンぞ」
「はーい!ってミサカはミサカはダッシュしてみる!」
「だーから、走ると瓶が割れるって言ってんでしょー」

三人がそれぞれ持つ買い物袋の中には、正月に必要なものが詰まっている。

鏡餅、みかん、しめ縄、お屠蘇、大掃除につかう道具などなど。


(来年までに雑巾マスターすりゃ充分だよね)

遠野母が縫っていたように、雑巾を手作りしてみようかと思ったりもした番外個体。
針と糸と布を揃えるより、既製品を店で買う方が安かったのでやめた、という言い訳だ。
ボロ布を取っておく習慣などない黄泉川家では仕方のないことだ。

「おい、何やってンだ」
「おいてくぞー、ってミサカはミサカは番外個体を呼んでみるー」

自分が持つ袋の中の雑巾を見ていたら、番外個体はうっかり足が重くなっていた。

「へいへい。仲良し、ってか。ミサカがいないとさみちぃ、ってか」

三人は我が家へと帰っていく。

この河原へ来る度に、きっと切ない想いに襲われる。それが分かっていて尚、きっと何度も訪れるだろう。

かわいいあの子を思い出して。一緒に過ごした日々を懐かしんで。

そして奇跡のような、罪も罰も存在しない田舎での暮らし、やさしい人たちの事を。



「あ゛ー、これから掃除かよ。面倒臭ェ」
「がんばったらお年玉いっぱい貰えるかもよ?ってミサカはミサカはあなたを励ましてみる」
「いるかボケ」
「そんじゃあ、あなたのお年玉は最終信号とミサカで山分け?」
「やるかボケ。金にがめつい野郎どもだな。ったくよォ」


軽口を叩き合いながら、日常へと——




とあるカッパと黄泉川家 完


これでおしまいです。
今まで読んでくれたみなさん、ありがとうございました。

『黄泉川家と、小さくてカワイイものを絡ませよう』という動機で書き始めましたが、無事に終わって本当に良かった。

まん丸(忍ペンまん丸)と いぬまるくん(いぬまるだしっ)とクロスしようか、という案もあったが、かぁたんにしておいてマジ良かった。

それでは、さよ海原。


最初から最後までほっこりさせてもらったよ

出来ればIFの番外編のようなのも……チラッチラッ
他の学園都市組にも会わせたいなぁ……チラッチラッ

乙乙!
ほんのり寂しくてそれでいて心あたたまるいいお話だった
読後感がいいってのはこういうことかな
始まりから終わりまでずっとおもしろかったよ、ありがとう

おつでした。

乙!
カッパの飼い方は見たことなかったけど面白かったよ!wikiとかで勉強した!
祭りのあとみたいな切なさだ

乙でした。終わり方がいいね。カッパは話までは知らなかったけど楽しく読めたよ。

乙ー
最後まで最高に楽しませてもらったありがとう!

面白かった!読むといつも優しい気持ちになるスレだった
楽しくてかわいくて、子供たちの顔と情景が見えてくるようなお話だったよ
別れは切なかったな

このスレ見てカッパも全巻揃えてしまったw超ハマったwww
絶版書だからここ読んでなかったらカッパも知らないままだったよ
1にありがとう。乙!

切ないのにほんわかするよ
こんなお話が書けるってすごい。最初から最後まで楽しませていただきました
寂しくなるなぁ…


…雪の線路を歩いたのは途中停止したモノレールから脱出するためなんだからねっ!遊んでたんじゃないんだから!



完走御苦労様でした!

個人的にはピエール…外伝あれば

乙です

カッパの飼い方は知らないけど、すごくおもしろかった

敢えて乙とは言いません。
本当にお疲れ様でした!!!

お疲れさまでした

よくぞここまで完走なされた!

ここまで綺麗に終わったの最近無いんじゃないかな
更新毎日楽しみに待ってました、お疲れ様でした

HTML化依頼してないみたいだけどまだ書くのかな?

マジで見事!すげーよかったわ
キャラ崩壊もなく、自然と穏やかになる一方通行が素敵だったわ

たくさんの乙と感想をありがとうございます。感激だなぁ

あー書いてよかった

小ネタいきます


「学園都市は」

いつもぶっきらぼうな声だが、普段は無い冷たさが含まれていた。
俯く顔には白い髪が掛かって表情は見えない。遠野と母親は続く言葉を待つ。

「俺がいた街は、……分かるだろ? こンな能力を人工的に生み出す狂った世界だ。ロクな事にはならねェ」

一瞬緩んだ手が、小刀を握り直す。シュ、シュ、と削りカスが新聞紙に落ちていく。

なぜこんな事を言うのだ。おびえさせ、混乱させるだけなのに。

「納屋直すとか、野菜運ぶなンてのァままごと……、俺の本質じゃねェンだ。勘違いだ」
「っ、あ……!」
「——!」

一方通行の左手が一瞬首へ。次いで新聞紙の上にその手の平を置く。右手は小刀を持ったまま頭上へと。
少年は喋り続けたまま、握っていた右手が開かれた。

小刀は重力に従って落ちていく。

左手へ一直線の刃物に、遠野達が息を飲んだ。危ない、と叫ぶ間もなく、

「え!?」

信じられない光景。小刀が畳に転がった。一方通行の左手は無傷で。

「……銃弾も、鈍器も、こんなモンも全部弾き返す。俺の指一本で人は死ぬ」

「なにそれケンシロウみたい」

「身の程ってのが……、……誰だよケンシロウ、って」

え!? 知らないの? と呆れられた。遠野に呆れられるなんて、とても不本意な一方通行だった。


ケンシロウは、『○斗の拳』という漫画の主人公とのこと。
遠野は「知らねェ」とのたまう少年に説明をしてあげた。

『北○の拳』とは——

誰もが知ってる超有名な漫画で、アニメにもなったらしい。

一方通行が言ったように、指先ひとつで悪漢どもをダウンさせる世紀末のマッチョが、
ストイックに運命に立ち向かい、恋人や力ない人々を守るというハードボイルドストーリー。


「漫画あったよ〜。良かった、捨てられてなくて」
「あんたのモンは カータンが捨てさせてくれへんでな」

ダンボールに押し込まれた漫画の単行本。埃を払いながら遠野が第一巻を一方通行に手渡す。


「あァ、なンか見たことあるわ、この眉毛の絵」

一方通行の世界には、○斗の拳が存在しないのか、と危惧した遠野だったが、そうではないようなので一安心。

「なーんだ、あーくんが読んだことがないだけか」

そういえば三十年以上も先の未来の子なんだっけ、と遠野は頭を掻いた。
むしろ一方通行が見覚えある時点で、北斗○拳の偉大さを痛感する。

「あーくんにとっては古臭い漫画かもしれないけど、面白いからぜひ読んでみて」
「もう読んどるで」
「…………」


胡坐をかき直し、膝の上に漫画を抱え、一方通行は初めて体験する感動に圧倒されていた。


(かっけェェェェ……)


「あーくん? ちょっと?」
「夢中やなぁ……」


もう何も聞こえない。一方通行の意識は、黄ばんだ紙に釘付けだ。

世紀末は、ひでぶであべしでアタタタタだった。

ケンシロウは傷つきながら、残酷な運命に抗い戦う。
愛する恋人を取り戻すために。修羅に堕ちた兄のために。

(これも、ヒーロー……。最高だぜ……)

「あーくん、俺ら先に寝るよ?」
「お茶置いとくでね。夜更かしはほどほどにな」

遠野と母親は、少年らしく瞳をキラキラさせる一方通行を居間に残して去った。
これで外野に邪魔されることなく集中できる。いや、外野など最初から意識していなかった。

俺も、ケンシロウのように——

そんな憧れが胸中をよぎる。

(つーか俺、北斗神拳使えるンじゃね? 秘孔つけるンじゃね?)

なにせ自分はベクトル操作のレベル5だ。

(余裕、北斗神拳余裕)

筋肉無いけど。


破いた一張羅は誰が縫ってンだ? という疑問も湧かないほど、一方通行は漫画に熱中していた。

「あなた、あなた、ネットワークが繋がったよー!ってミサカはミサカは、いたいた」
「ちょっと! 漫画なんか読んでる場合じゃないって!」

打ち止めと番外個体が大慌てで居間に駆け込んできた。

彼女達はミサカネットワークの完全回復を受けて、
一刻も早く一方通行に報告をと、明かりの点いている居間にやってきた。
そうしたら、一方通行が漫画を積み上げるという珍しい所業に出くわしたのである。

しかも、ノロノロと向けられた彼の表情が怪しい。

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