白望 「二者択一……?」(811)

ID:A7g99lC00
代行

ホラー?サスペンス?ミステリー?的なものが苦手な人はごめんなさい

だそうです

>>1代行thxです
ホラー?サスペンス?ミステリー?的なものが苦手な人はごめんなさい


私は真っ白な空間にいた。

白望 (……ここはどこ?)

一昨日まで、全国大会の舞台で戦っていた。
結果は……チームは二回戦で負けてしまった。

だから、昨日はみんなと東京観光を楽しんだ。
朝から夜まで、みんなと思い出をいっぱいつくって。

夜に滞在先のホテルに戻ると、一日の疲れからか、すぐに眠りに落ちた。
もし目が覚めたのならば、そこにはホテルの部屋内の風景があるはず。

白望 「……」

だが、周りは見渡す限りの白。
何もない。誰もいない。音もない。

白望 (……夢、だろうか)


夢にしては、妙に現実感がある。

例えば、私自身を形容する姿かたち。
現実と変わらない立体感・質感を保っている。

ただ、服装は寝るときに着ていた寝巻きではなく制服だ。

頭。

首。

腕。

足。

一つ一つ、丁寧に動かしてみる。
私自身の意思に背くことなく、四肢や関節は正常な動きをした。

白望 (夢の世界で、ここまで自由に動けるものだろうか?)


頭の中で、いくつかの疑念が浮かぶ。

この世界は現実か?夢か?
現実だとすれば、ここはどこだ?

ホテルに泊まっていたみんな――
一緒の部屋のエイスリン、隣の部屋の塞、胡桃、豊音はどこにいってしまった?

しかし、考えても現状に変化が起きる様子は無い。
仕方ないので、私は再び寝る体勢に入ることにした。

白望 「……ん」

寝返りをうつ。なかなか寝付くことができない。
不安のせいもあるだろう。ただ、それだけではない。

やたらと、喉が渇くのだ。


白望 「……水」

私は飲み物を探す。
しかし、もちろん辺りにそんなものは見当たらない。

白望 (……暑いなぁ)

無機質と思われた白の世界だが、温度という概念はあるようだ。

さきほどまでは気づかなかったが、けっこう暑い。
実際に行った事は無いが、まるで砂漠にいるような気分だ。

額からは汗が滴り落ち、水分を欲した身体は唾をゴクンと飲み下す。

白望 「水が飲みたい……」

水を渇望したそのとき――目の前の景色に変化が起きた。


まず、白の世界の一部が茶色に塗られていく。
それは歪な形に広がりながら、凹凸が現れ立体感を増していく。

土だ。地面だ。
小石が散らばり、小さな虫が這っている。

次に、地面にぽつぽつと深緑色の植物が生え始めた。
雑草ばかりではない。小さな木々の芽も顔を出している。

自然物の成長は尋常ならざる速度で進んでいく。
草や葉は生い茂り、芽を出したばかりの木々は天に向かって伸びていく。

目の前には、一瞬で森林地帯が形成された。
背の高い木々に囲まれ、奥の空間は暗闇に包まれている。

そして、森から私の方へと、徐々に橋が形成されていく。
やがて私の足元を端として、年季の入った木造の橋が架かった。


私は目の前の超常現象にも、何故か冷静でいることができた。
逆に言ってしまえば、既に理性を失っているのかもしれない。

後ろを振り返る。そこには、未だ何も存在しない白い空間が広がっている。
前に向き直る。そこには、草木に囲まれた黒い空間が奥へと続いている。
私の足のつま先は、ちょうど白と黒の世界の境界線だ。

行くべきか。

行かざるべきか。

白望 「……行ってみよう」

少し逡巡し、その結論に至った。

そして私は、朽ちかけた橋へと足を踏み出した。


いつも以上に重い身体を引きずりながら、森の中をさまよい続ける。

白望 「……はぁっ、はぁっ」

口癖が「ダルい」の私だが、果たしてここまで体力が無かっただろうか。
全身に乳酸が溜まっている。腕も、足も徐々に上がらなくなってきた。

白望 「……っ」

しかし、それでも行かなければならない。私は進むことを選んだのだから。
それに、今まで迷った末の選択が悪い結果を招いたことはない。

それから、どれくらい歩いただろうか。
どこまでも続くと思われた森だが、やがて開けた空間へと出た。

白望 「……うっ」

暗闇に馴れて拡大した瞳が、急に差し込んだ光に痛みを感じた。


やっと、瞳が明るさに慣れてきた。
収縮した瞳で目の前の光景を確認する。

眼前には、立派な黒い門を構えた大きな屋敷がある。
そして、屋敷の庭には紅や白の花が咲き乱れ、
人為的に作られたであろう囲いの中には、沢山のニワトリ、牛や馬などの家畜がいる。

白望 (誰か住んでいるのかな……?)

しかし、屋敷は不気味なほどに静寂に包まれている。
廃墟だろうか。

白望 「……ん」

不意に喉の渇きを思い出す。

元はと言えば、水を欲してこの森に入ったのだ。
屋敷の中には、きっと何かしら飲み物もあるだろう。

白望 「……お邪魔します」

私は鉄製の黒い門に手をかけた。


屋敷は外見だけでなく、中身も立派だった。
内装は和を基調としており、私の故郷である岩手に多い家の造りにも似ている。

今、腰を下ろしている座敷は、食事をとる場であろう。
歪な形をした木製の机には、綺麗な柄の食器が多数並べられている。

白望 「すみません、誰かいませんか?」

恐らくいると思われる家主に呼びかけてみる。
が、返事はない。

白望 (本当に誰もいないのか……?)

見れば、火鉢にはまだ火が生きていた。
そして、囲炉裏には沸きっぱなしのお湯がかけてあるのだ。

人がいないと言うには、あまりに不自然な状態だ。
姿は見えないが、僅かに人の気配も感じる。


白望 「……」

しばらく、ぼんやりと火鉢を見つめていた。
暖をとるにしては、少々火の勢いが強いように感じる。

一点を見つめていると、握った手、額、脇が冷たい汗で滲んだ。
とにかく、喉が渇く。早く水が飲みたい。

白望 「誰かいませんか?」

少し、大きな声を出してみる。
けれども、やはり返事はない。

白望 (……家を探ってみるか)

私は重い腰を上げ、屋敷の探索に取り掛かることにした。
まずは、一番先に目に付いた扉に手をかけよう。


扉を開けると、そこには小さな空間が広がっていた。
光源は天井に吊るしてある小さなランタンのみだ。薄暗い。

そして、この小部屋の探索はものの五分で終わってしまった。
なぜなら、なにも無いのである。

存在するのは、小さなランタン。
今入ってきた、後方にある扉。
そして、更に奥に続くであろう前方の扉。

白望 (……どうしようか)

これ以上、勝手に他人の家の中を進むのも気がひける。
一旦、さきほどの部屋に戻ったほうが良いだろうか。

念のため、座敷の様子を少し確認してみよう。
そう考え、入ってきた扉を引こうとする――が、開かない。


白望 「……?」

おかしい。
確か、木製の扉には鍵のようなものはついてなかった。

たてつけが悪いのだろうか。
もう一度、引いてみる。しかし、微塵も開く気配が無い。

白望 (閉じ込められた……)

そう思ったときだった。

信じられない光景が目に飛び込む。
目の前の扉に、銀色に輝く文字が浮かび上がってきたのだ。

『み』

白望 「……み?」

『みずを』

白望 「……みずを?」

『みずをのまない』


白望 「みずを……のまない?」

扉には、銀色の文章が煌々と輝きを放っている。

みずをのまない。水をのまない。
……ああ、『水を飲まない』か。

そのままの意味で理解すると、水を飲むな、ということか。
それとも、水を飲まない? という疑問文だろうか。

考えを巡らせていると、今度は背後から金色の光の靄を感じた。

白望 (まさか……)

振り返ると、そのまさかだった。
奥に進むため、と思われた扉にも文字が浮かび上がっていた。

金色。短い文章。

『みずをのむ』


白望 (水を……飲む)

文章を心で反芻した瞬間、喉がごくりと鳴った。

水。

欲しい。水が欲しい。

白望 「……」

私の身体は自然とそちらの扉へと向かう。
頭の中には、この異常な状況に対する疑問は一切浮かんでこなかった。

ふらふらとした足取り。恐らく、目は虚ろになっているのではないか。
気づけば、それほど水を求めていた。

『みずをのむ』

金色の光を放つ文字の前に立ち、ポツリと呟いた。

白望 「私は……水を飲む」

扉に手をかけ、ぐっと力を込めた。


白望 「……ふー」

喉の渇きが満たされ、一息つく。
傍らには、机の上に置かれたガラス製の水差しとコップ。

白望 「……ダルい」

少し眠気を催したところで、不意にそんな言葉が口をつく。
この未知の世界に迷い込んで、初めて口癖が出た。
水分を補給したことで、精神が安定してきた証拠だろう。

白望 (それにしても……ここは一体どうなってるんだ?)

私が扉を開けたその先にあったのは、まったく同じ小部屋だった。

存在するのは、小さなランタン。
水を求めて開けた、後方にある扉。
そして、何処へ続くかわからない前方の扉。

違ったのは、机と、その上の水差しとコップだけ。

白望 (恐らく水が置いてあったのは、『みずをのむ』と書かれた扉を選択したから)

二つに一つの選択が、結果として現実に反映された。
馬鹿馬鹿しい結論ではあるが、それ以外あり得ないのも事実だ。


思えば、白い空間で目を覚ましたときから、森を抜け、
この屋敷に迷い込むまで、不可思議の連続であった。

夢か否かはわからないが、この世界ではあり得ることなのだ。

白望 (みんなは……どうしてるかな)

眠気におされて瞼を閉じると、部活の仲間たちの顔が浮かんでくる。

……塞。……胡桃。……豊音。……エイスリン。
……それから、熊倉先生も。

もし、この世界から戻ることができなかったら、みんなとはもう会えないのだろうか。
いや、これ以上そんなことを考えるのは……。

白望 (……ダル……い……)

さ迷う思考をシャットダウンし、私は眠りへと落ちていった。


それからとういもの、私はこの不思議な空間で何度か二者択一を行った。

食事をするか、否か。
体を洗うか、否か。
排泄をするか、否か。

水を飲むか、否かの選択も何度か行った。

私はこれらの二者択一に対し、迷うことなく前者を選択してきた。
何故なら、これらの二者択一には迷う要素が無い。一方がメリットで、一方がデメリットなのだから。

第一、扉に文字が浮かび上がるのは、きまって私が何かを望んだときだった。
それに気づいてからというもの、私は生理的欲求に従い、人間としての生活に関する事項を優先的に望んだ。

白望 「……ぁ」

しかし、もはや限界だった。
薄暗い空間、そして長い長い時間の中で、私は孤独に耐えることができなかった。


白望 「だめだ……」

白望 「頭が変になりそうだ……」

白望 「だ、誰か……話がしたい」

白望 「誰でもいい……話し相手が……」

部屋の中央に蹲った私は、右手で頭を掻き毟り、左手の親指の爪を噛む。

「誰でもいい」と口にしたものの、錯乱寸前の頭の中で浮かぶのは、
やはり、宮守女子で一緒に過ごしてきた仲間たちの顔だった。

そのとき、視界の両端にぼんやりとした光が入り込んできた。

白望 「……!」


私は慌てて立ち上がる。
まずは左だ。選択の度に入り口となる、後方の扉を見る。

『く』

白望 「……く?」

銀色の文字は、そこで動きを止めた。
そしてしばらくすると、続きの文字が浮かび上がってくる。

『くまくら』

白望 「くまくら……」

『くまくらとしとはなす』

白望 「熊倉トシ……先生と話す」

思わず、扉を開こうとした。
先生と会える。話すことができる。
そう考えただけで心が躍ったが、その思考は金色の光に遮られた。


白望 「……」

ゆっくりと動きを止める。
そうだ。これは二者択一なんだ。
もう一つの選択肢が、私には用意されている。

振り返った先の文字は、あまりに魅力的な光を放っていた。

『うすざわさえとはなす』

白望 「……塞」

決して、熊倉先生が嫌いだったとか、そういう訳ではない。
先生のことはとても信頼している。豊音とエイスリンに引き合わせてくれて、
インターハイ予選出場すら危ぶまれた麻雀部を、全国まで率いてくれたことも感謝している。

ただ、それ以上に会いたかったのだ。話したかったのだ。
かけがえのない友達である、臼沢塞に。


金色の光に誘い込まれるように、私はゆっくりと歩みを進める。

白望 「……」

塞に会いたい。

白望 「塞……」

塞と話したい。

白望 「塞っ……」

塞。塞。塞。

私は縋り付くように、扉の取っ手を掴もうとする。
緊張しているためか、なかなか取っ手を捉えることができない。

カリッ、カリッ、とさ迷う指が扉を引っかく。
その様は、まるで隔離された者の末路を辿っているかのようだ。


やっとの思いで取っ手を掴むことができた。
震える右手を左手で抑える。体の芯から深呼吸をする。

大丈夫。塞はこの扉の向こうにいる。

白望 「……よし」

気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと扉を押す。
扉がギギ……と軋みをあげる。金色の光の筋が漏れ出す。

白望 「私は……」

扉を引く速度を、徐々に速めていく。
それにともない、金色の筋は太さを増し、帯となる。

白望 「私は……臼沢塞と話す」

完全に扉を押し切ると、私は金色の光に包まれた。


白望 「……」

光が徐々に引いていくと、次の小部屋の様子が明らかとなってくる。
小部屋は相変わらず殺風景で、ぼんやりと光を放つランタンが揺れ、机が置かれているだけ。

そしてそこには……塞の姿は無かった。

白望 「そ、そんな……」

膝から崩れおちる。
待ち望んでいた結果が、裏切られたのだ。

ひどい裏切りだ。ルール違反だ。
期待させてから、どん底に落とす最悪のやり方だ。

私は誰かも分からない、存在するかもわからない、
この二者択一の小部屋を用意した『ナニカ』を呪った。


しかし、『ナニカ』は決して私を裏切ったわけではなかった。

白望 「……ん?」

よくよく見ると、机の上に何かが置いてあった。
凝視する。白い物体。……携帯電話?

体勢を立て直し、机の上の物体に手を伸ばす。
なるほど、確かに白い携帯電話だった。
ただし、液晶画面はいやに小さい。子機といったほうが正しいか。

そして、ボタンは「通話」の一つしかない。

白望 (なるほど……)

白望 (確かに、選択肢は臼沢塞と「話す」だった)

話す、だけということか。会うことはできない。
妙に細かい選択だと文句も言いたくなるが、贅沢を言える状況ではない。

白望 「……」

私は震える手で、通話のボタンを押した。


『――ザザッ』
『――ザザザッ』

耳障りな雑音が鳴る。

『――ザッ……ザッ』

ドクン、ドクン。
それ以上に、胸を打つ鼓動の音が煩わしかった。

白望 「……塞」

頼む。繋がって欲しい。
願うように、友の名前を口に出す。

そのときだった。

『――シロ?』


白望 「塞、だよね……」

塞 『当たり前じゃない。シロから掛けてきたんでしょ』

白望 「塞っ……」

塞 『っていうか、シロから電話なんて珍し……ってどうしたの?』

気づいたときには、声が震えていた。
久方ぶり――経過した時間はわからないが――の友の声。
安堵から流れる涙の雫は、私が人間を取り戻した証拠だった。

塞 『シロ……もしかして泣いてる?』

白望 「……泣いてないよ」

塞 『だって、なんか声が震えてるし、様子も変だし……』

大きく深呼吸をする。
私は友を心配させないようにと、精一杯、平静を保って言った。

白望 「大丈夫。ちょっと、ダルいだけだから……」


どうやら、塞は私が風邪を引いたと認識してくれたようだ。
お見舞いに行こうか、と言われたが丁重にお断りする。
ここに来ることができるのならば、是非とも来てほしいものだが。

塞 『本当に大丈夫なの? 夏風邪?』

白望 「馬鹿じゃないから、違う……」

白望 「でもダルいから、今日の部活は休もうかなと……」

塞 『シロ、本当に馬鹿になったんじゃない? 私たちはもう受験生でしょ』

白望 「あー、うん……そうだった」

どうやら、塞の様子からすると私たちは受験の夏を迎えているようだ。
恐らく、インターハイを終えて岩手に帰った後なのだろう。
……ということは、私もホテルから岩手に帰ることが出来たのだろうか。

塞 『あー、わかった』

白望 「……うん?」


どうやら、塞は私が風邪を引いたと認識してくれたようだ。
お見舞いに行こうか、と言われたが丁重にお断りする。
ここに来ることができるのならば、是非とも来てほしいものだが。

塞 『本当に大丈夫なの? 夏風邪?』

白望 「馬鹿じゃないから、違う……」

白望 「でもダルいから、今日の部活は休もうかなと……」

塞 『シロ、本当に馬鹿になったんじゃない? 私たちはもう受験生でしょ』

白望 「あー、うん……そうだった」

どうやら、塞の様子からすると私たちは受験の夏を迎えているようだ。
恐らく、インターハイを終えて岩手に帰った後なのだろう。
……ということは、私もホテルから岩手に帰ることが出来たのだろうか。

塞 『あー、わかった』

白望 「……うん?」


塞 『本当は寂しいから電話したんでしょー?』

白望 「いや……」

塞 『シロは照れ隠しが下手だからねー。そーゆーとこ、可愛いよね』

そこで塞が笑い声をあげる。
あながち嘘ではないから、否定することもできない。

塞 『まー、私もちょっと勉強が手につかないから』

塞 『少し、長電話でもしちゃおっか!』

白望 「胡桃がいたら、注意される……」

塞 『あははっ、確かに!』

塞 『そこ! ちゃんと勉強する! ってね』

白望 「……ふふっ」

塞の快活な話し方につられて、思わず笑みが零れる。
非日常に迷い込んだ私にとって、日常の会話ができることは素晴らしいことだった。


随分と長い時間、話続けたのではないだろうか。
私は決して饒舌な性質ではない。
人との会話を渇望していた今だって、そのスタンスに変わりはない。

塞 『それで、豊音が鹿老渡の佐々野さんのサイン貰ったって喜んでてさ』

塞 『見せてもらったら、豊音ちゃんへ、ちゃちゃのんより。って書いてあるの』

塞 『やっぱり、ちゃちゃのんって書いてくれるんだ! って豊音が感激してたよ』

白望 「豊音の様子が目に浮かぶ……」

塞 『でしょ~!すっごい喜んでて、可愛かったよ~』

それも、彼女の人柄のお陰なのだろう。
しっかり者で面倒見が良い反面、どこか抜けているところもある。
イジられポジションのときもあり、大会で辛いときでも明るく振舞ったりする。

彼女がいたからこそ、私たち宮守女子麻雀部はここまで仲良くやってこれたのだろう。

そんな塞のことが大好きなんだと、私は改めて感じた。
ずっと話していたい。いや、今すぐ会って話したい。強くそう思った。

だが、終わりの時間は必ずやってくるのだ。


塞 『あ、もうこんな時間。すごい話し込んじゃったね』

白望 「うん……」

塞 『も~、シロのせいで全然勉強できなかったじゃない』

塞 『私だけ、みんなと同じ大学行けなかったらどうしよう……』

「そしたら、シロのせいだからね!」、と塞の明るい笑い声が響く。

白望 「大丈夫。私も勉強できなかったから……」

塞 『そうだけど、シロのほうが成績良いじゃない』

塞 『まあでも、今日はシロと話せて楽しかったから、全然オッケーかな』

白望 「うん……」

会話の流れが、去り際の様相を呈してきた。
一縷の希望が、あと少しで絶たれようとしている。


塞 『じゃあ、そろそろ……』

白望 「……塞」

塞 『ん? どうしたの?』

白望 「えーと……塞の好きな食べ物って、なんだっけ」

塞 『は? 好きな食べ物?』

とってつけたような質問。ボキャブラリーの無さに溜め息をつきたくなる。
塞との会話を終わらせたくないためとはいえ、あまりにも適当すぎる。

塞 『今更な質問ね……。っていうか、マジでそろそろ勉強しないと!』

白望 「一日は24時間もある。まだ時間は使える……」

塞 『シロらしくないポジティブ発言!?』


塞 『……もしかして、電話切りたくないの?』

唐突な塞の切り替えしは、私の言葉を詰まらせた。
その言葉に、私の真意だけでなく、この孤独な状況すら見透かされている気がして。

塞 『まー、受験生で不安だし、その気持ちもわかるけどさ』

塞 『大丈夫。またすぐ、遊んだりできるからさ』

白望 「また今度……?」

また今度、とはいつのことなのだろう。
友人の何気ない一言が、ひどく理不尽に感じる。

塞にとってはこの電話も、忙しい一日の中の一瞬の出来事なのだろう。
しかし、この先、一生この小部屋に閉じ込められるかもしれない私にとっては……
塞と会話しているこの瞬間が、長い長い孤独の中にある、短い「生」の時間かもしれないのだ。


塞 『――ザッ、……ど―― たの? ―― ロ?』

塞の声にノイズが混じり始める。どうやら、終わりには抗うことができないらしい。
それを悟った瞬間、私には伝えなければいけないことがある気がした。

『――ザザッ』

もうすでに、塞に私の声は届かないかもしれない。
それでも言わなければ、私はきっと後悔するだろう。

私は携帯電話を強く握り締め、涙を流しながら言った。

白望 「塞、友達になってくれてありがとう。本当に大好きだから……」

『――プッ』

電話が切れた。
もうただの無機質な塊でしかないそれを机の上に置き、私は床へと腰を下ろす。

左腕で両目を覆いながら、天を仰ぐ。
目じりから溢れる涙の筋は、覆った腕の間から伝っていく。

再び、長い孤独の時間が訪れた。


塞との会話が終わった直後は、私はみんなと会うことを望み続けた。
望みは、言葉に出した。誰かの耳に届いているかもわからないのに。
私が望むことで、二者択一が提示される。そう信じていたから。

しかし、提示される二者択一は、どれも生理的欲求に関わるものだった。
食事、水分、排泄、入浴。人間の最低限のサイクルだ。

私が望もうと望むまいと、それらは定期的に提示される。
まるで、私をここに閉じ込めた『ナニカ』が私の顔色を窺うかのように。

どうやら殺すつもりはないらしい。
いや、飼い殺しにはするつもりなのかもしれない。

しばらくして、私は言葉を発することをやめた。

薄暗い小部屋の中で、揺れるランタンの光を見つめ続ける。
ときおり提示される二者択一に対して、選択をする。

それの繰り返しだった。

食事の回数は減った。体を綺麗にすることは辞めた。
鏡を見れば、さぞみすぼらしい格好をしていることだろう。


ただ、水分摂取と排泄の回数は減ることはなかった。
この空間ではやたらと喉が渇く。
だから、水を飲む。そして、体内循環の摂理に従い、尿意を催す。

それだけの話だ。その行為に、人間らしさは全く無かった。

しかし、思考が停止したわけではない。
常に考えていた。この状況に対する答えを。

白望 (きっと、みんなは私を待っていてくれている……はず)

それだけが、心を保つ最後の砦だった。
絶望の中にも、希望があった。
塞との会話が、私の中で希望となって生き続けている。

冷静な心で考える。

白望 (まず、この空間は一体なんなのか)

夢か。現実か。それとも異世界か。パラレルワールドか。
塞が順調に時間を進めていたことを考えると、後者二つの可能性が高いかもしれない。

いずれにしても、非現実的な空間であることには変わりない。
この答えを出すことは、今の状況下では困難に近い。


白望 (次に、二者択一の発動条件)

当初は私が望むことだと思っていた。だが、それも長い過程で否定された。
まったく別の何かが条件か。あるいは望むだけでなく、他の条件を付加しなければならないか。
そもそも、発動条件など無く、偶発的、あるいは『ナニカ』による恣意的な操作か。

白望 (次に、その『ナニカ』の目的)

まず、水や食事の選択を与え続けているところから察するに、私を殺すつもりは無いのだろう。
あくまで今の段階では、だが。この先、何らかの理由で私を捨てることもあるだろう。
目的があるとすれば……異常者、あるいは怨恨による監禁ぐらいか。

白望 (どちらにせよ……)

白望 (この空間、もしくは『ナニカ』かが特殊であり)

白望 (私の脳にある情報、深層心理を読み取ることできる可能性は高い)

そうなると、こちらはお手上げ状態だ。
流石にそのような超常現象に対抗する術は持っていない。


白望 (後、もう一つ気になることが……)

思考を巡らせていると、私の両サイドにある扉が光を放ち始めた。
脳の働きが遮断される。また、定期の二者択一だろうか。

白望 (いや、水も食料も摂ってからあまり時間は経ってないはず)

時計の類がないので、正確な時間はわからない。
しかし、現在では体内の器官の働きが、おおよその時間を教えてくれる。

経験と勘が告げていた。
この輝きは、新たな二者択一であると。

白望 (みんなと会いたい。元の世界に帰りたい)

私が望み続けたものが、そこにはあると思っていた。
何故なら、今まで私にとって害のある選択は無かったから。

しかし、そんな想いはいとも簡単に裏切られた。

白望 「……え?」

『かくらくるみがしぬ』

『えいすりんうぃっしゅあーとがしぬ』

それは、悪魔の選択だった。


死ぬ?
誰が?

『かくらくるみがしぬ』

『えいすりんうぃっしゅあーとがしぬ』

どちらかが死ぬ?

白望 (胡桃か、エイスリンが……死ぬ)

白望 (それを、私が選ばないといけない……?)

孤独の果てに迫られた選択。

孤独の中で、心の底から会いたいと願った二人の友達。
その二人の生死を、この馬鹿げた二者択一で決めなければいけない。

白望 「……けるな」

白望 「ふざけるな……っ!!」

地面を思い切り、拳で叩いた。
普段の自分からは想像できない叫び声だった。


しかし、無情にもそれらの文字は変わることはない。
金と銀。暗がりの中で、まるで目を背けるなと言わんばかりに輝いている。

私が何をした?
胡桃とエイスリンが何をした?
何故人が死ぬことを、神でもない、ただの人が選択できる?

白望 「うぁぁあああああぁぁっ……!」

両手で頭を掻き毟る。
意味不明な叫びをあげる口からは、構うことなく唾液が垂れ落ちる。
瞳はもう涙で霞んで、正常に機能していない。

普段から怠惰な生活を送ってきた私が人生の中で、
これほど感情を、本能を、吐露したことがあっただろうか。

白望 「くそっ…ひぐっ…くそっ!くそっ……!!」

白望 「うああああああああああああああああああああっ!!」

薄暗い小部屋の中で、死んだように生き続けた私。
その叫びは、皮肉にも最も人間らしく感情を露わにした瞬間だった。

そして、私は狂気の淵へと歩み寄っていった。


どれくらい、時間が経過しただろうか。
叫び、拳を握り、自傷行為に走り。
その結果、喉は潰れ、体は傷だらけ、拳には血が滲んでいた。

白望 「……ぁ……ぁ」

叫びつかれても尚、私は無理やり何かを吐き出そうとする。
瞳はとうに渇いている。今の私の見てくれは、廃人だった。

私が選ばなければいけない。
胡桃か、エイスリンか。
どちらを生かし――どちらを殺すか。

どちらも生かすことは出来ないのか……。

白望 「……いや、待て」

このとき、死んでいた脳が動き出した。
少しずつ、少しずつ思考回路を活動させていく。

果たして、この選択で本当にどちらかが命を落とすことになるのか?
今までの二者択一は、どれも当たり障りのないものだった。

第一、ここは未知の空間だ。
選択の先に、現実に影響を及ぼすかはわからない。


白望 「いや……それでも駄目だ」

現実に影響を及ぼすかはわからない。
これじゃ、二者択一のルールに従うことは、あまりにリスキーだ。

確実に、現実に影響を及ぼすことがない。
ここまで断定できないことには、この選択には一考の余地も無い。

それに、仮に賭けが成功したとしても……。

白望 「二人を天秤にかけることはできない……」

そう、これは私自身の気持ちの問題だ。
形式的にとはいえ、二人の命を比べることなどできるはずがない。

例え、この空間が私自身の夢の世界であったとしても、
選択の先には、罪の意識に苛まれる私がいることは間違いないだろう。


白望 (そうなると……)

この二者択一からは、逃げることは許されないのだろうか。
それが逃れられない運命だと言うならば――

大きく深呼吸をする。
右ひざを立て、左手は頭にそえる。

白望 「……ちょいタンマ」

悩んだときにでる、私の口癖だ。
麻雀をするとき、些細な物事を決めるとき、
そして自分の人生に関わる、大事な決断を下すとき。

いつだって、私は悩みぬき、そして選んできたはずだ。
後悔することのない、私にとって最善の選択を。

……。

……。

……・。

これまでにない、長い逡巡だった。

白望 「……決めた」

白望 「私は……」


白望 「私は、どちらも選ばない……」

それは第三の選択肢だった。
胡桃も死なない。エイスリンも死なない。
それが私にとっての、後悔することのない最善の選択だ。

もし選択をしない限り、文字が消えないと言うならば。
いいだろう。私が一生ここで、孤独の中で生き続けよう。
あるいは、ここで死を選んでも良いかもしれない。

どちらにせよ、人間としての私は死ぬのだから。

白望 「そう……」

私は、どこかにいるかもしれないナニカに向かって呟く。

白望 「私の選択肢は一つ」

白望 「小瀬川白望が死ぬ」

白望 「ただ、それだけだ」

ちょっと15分程度席を外します
さる避け・支援ありがとうございです

戻りました
続きいっきまーす


正直に言えば、怖い。
この先も、この狭い空間で一人で生きていかなければならないのかと考えると、
今にも発狂してしまうかもしれない。いや、いずれ発狂するだろう。

ただ……。
だからこそ、最後に人間らしい選択をしたいと思った。

口下手で、感情表現も苦手な私。
そんな付き合いにくい私に、彼女たちは優しく接してくれた。
胡桃、エイスリン、塞、豊音。

現実では照れくさくて言葉にすることはできなかったけど、
四人には本当に感謝している。

白望 「……ありがとう」

目を
瞑る。
瞼の裏に、四人の顔が浮かんでくる。
笑顔のみんなが、私を愛称で呼ぶ。

ただ、それだけで幸せだった。
金色と銀色の光に包まれて、その色で脳裏まで満たされていった。


正直に言えば、怖い。
この先も、この狭い空間で一人で生きていかなければならないのかと考えると、
今にも発狂してしまうかもしれない。いや、いずれ発狂するだろう。

ただ……。
だからこそ、最後に人間らしい選択をしたいと思った。

口下手で、感情表現も苦手な私。
そんな付き合いにくい私に、彼女たちは優しく接してくれた。
胡桃、エイスリン、塞、豊音。

現実では照れくさくて言葉にすることはできなかったけど、
四人には本当に感謝している。

白望 「……ありがとう」

目を瞑る。
瞼の裏に、四人の顔が浮かんでくる。
笑顔のみんなが、私を愛称で呼ぶ。

ただ、それだけで幸せだった。
金色と銀色の光に包まれて、その色で脳裏まで満たされていった。


白望 (金と銀の光……?)

疑問を抱く。
想像の中の彩りにしては、嫌に自己主張が激しい。

そこで、はっと息を呑む。

白望 「まさか……」

目を開ける。
先ほどまで脳裏に広がっていた、金と銀の光が萎んでいく。

白望 「……!」

私は驚きで目を見開いた。
何故なら、胡桃とエイスリンの名前は消え――

――新たな二者択一が提示されていたから。


『つらいげんじつをしる』

『しらなくてもいいげんじつからめをつむる』

これが、新たな二者択一だった。
金色に輝く文字、辛い現実を知る。
銀色に輝く文字、知らなくてもいい現実から目を瞑る。

白望 (二者択一が変わった……)

私の選んだ、第三の選択肢が正解だった?
それとも、いるかもしれない『ナニカ』の気まぐれか?

いや、理由はどうでもいい。
私は、最悪の選択をせずに済んだのだから。
それよりも……。

白望 (辛い現実……)

きっと、それはこの空間に私が閉じ込められていることと関係しているのだろう。
そして、銀色に輝く文章から察するに、それはこの世界で行き続けるより辛いことなのかもしれない。


銀色の選択肢を見て、私は初めて『ナニカ』に親近感を覚えた。
私の心情を察し、気遣うかのように、諭すかのような、人間味溢れる優しさが感じられる。

大丈夫だよ、知らなくてもいいんだよ。
辛いことは投げ出して、ここで次の二者択一をしよう?

そんなナニカの囁きが、聞こえてくるようだった。

白望 (それでも私は、一度自ら死ぬことを選んだ)

白望 (みんなと一生会うことができないかもしれない)

白望 (それより辛い現実……私には考えられない)

意を決して、金色の文字が輝く扉の前に立つ。

『つらいげんじつをしる』

改めてみると、禍々しい輝きだった。
煌びやかなイメージとして使われる金色だからこそ、
ネガティブな選択に対するギャップで、より言葉に重みを感じる。

白望 「私は……辛い現実を知る。……いや、知りたい」

扉を右手で押す。軋みと光の筋が、五感を刺激する。
そして開け放った扉の先には――慣れ親しんだ部室があった。


白望 「……!」

正方形の木板がはめ込まれた床。
ブロックごとに二本の溝が刻まれ、それが縦・横と交互に配置されている。

部室の隅には、ソファーと小さなテーブル。
このソファーは私の定位置だった。

中央に設置された全自動の麻雀卓。
古い機種であり、長い間使い込まれてきたせいか、あまり綺麗では無い。

そして――

塞 「やっと来たね、シロ」

胡桃 「ほら、早く卓に着いて!」

豊音 「もう席決めは終わってるよー」

エイスリン 「ワタシ、ウシロデミテル!」

トシ 「さあ、とりあえず東風で打ってもらおうか」

――みんながいた。


感情が零れ落ちそうになる。
抱きしめたい。抱きしめたい。抱きしめたい。
手を伸ばしかける。

胡桃 「?」

塞 「シロ、どうしたの?」

伸ばしかけた手を、グッと我慢する。

――落ち着け。冷静になれ、私。

私は『辛い現実を知る』という肢を選択した。
きっと、ここは本当の現実では無い。
まだ、真実の姿を見せてはいないはずだ。

私は、最後の椅子に手を掛けた。

白望 「ルールは……?」

トシ 「そうだね……。大会ルールに従おうか」


パイプ椅子に腰を掛けた、熊倉先生が言う。
私の上家に座った胡桃、対面の豊音、下家の塞が頷く。

エイスリン 「ソレデイイトオモイマス!」

背後から、エイスリンが元気な声で返事する。
だけど、私の返事は違った。

白望 「……赤ドラは無しが良い」

大会では赤を四枚採用している。赤は打点を高めるという利点がある。。
関西の雀荘が発祥のローカルルールなのだが、今では広く一般に広まっているルールだ。

赤ドラの拒否。
何故、私がそうしたのか。自分でもわからない。

胡桃 「……ふーん」

塞 「やっぱりかー」

だが、みんなはわかっているようだ。


思いかげず、みんなと麻雀を打つことになった。
もちろん、心は躍る。ただ、楽しむだけではいけないことはわかっている。

胡桃 「サイコロ回すよー」

東一局。
起家は胡桃。私はラス親か。

白望 「……」

配牌は五向聴。アガリを目指すには少々足が遅いかもしれない。
字牌を残して防御を高めつつ、混一を目指すのが最善か。

エイスリン 「シロ、ガンバッテ!」

白望 「あー、うん」

エイスリンなら五向聴でも真っ直ぐにアガリを目指すことができるだろう。
彼女は理想の牌譜を卓上に描き出すことができる。有効牌の引きが異常に速い。

白望 (無いものを羨んでも仕方が無いしなぁ……)

私は、第一打を切り出した。


打牌の音が部室に響く。

塞 「今日の豊音は何を出すのかな?」

トンッ。

白望 「背向だけは勘弁……」

トンッ。

胡桃 「まあ、今日も塞に頑張って塞いでもらおうよ」

トンッ。

豊音 「まあまあ、見てのお楽しみだよー」

トンッ。

日常と変わらない、和気藹々としたやり取り。
不気味なくらいに平穏な時間が流れていく。


最初に動いたのは、豊音だった。

豊音 「チー!」

胡桃の捨てた牌を鳴くと、あっという間に三副露。
豊音の下に残った牌は四枚だ。

白望 (……友引か)

あと一つ鳴かせれば、裸単機で豊音が聴牌だ。
対面の私は、二枚以上見えている牌、
あるいは手元の暗刻を落としていけば鳴かれることはない。

塞 「うーん……」

どうやら、塞は豊音の手を塞ぐつもりはないらしい。
それもそうだろう。晒した牌を見る限り、ドラがなければ役牌のみ。
それに、豊音の友引はツモ上がりだ。手が高くとも、親被りは胡桃だ。

>>129訂正


>私の上家に座った胡桃、対面の豊音、下家の塞が頷く。


>私の下家に座った胡桃、対面の豊音、上家の塞が頷く。


白望 (とはいえ……)

聴牌気配の見えづらい胡桃が親である以上、未だ三向聴の中盤から攻めるのは賢くない。
ここは、豊音の裸単騎と胡桃への振込みを警戒しておくことにしよう。

白望 (二筒……)

場に二枚捨てられている二筒を切り出す。
胡桃の現物であり、豊音に鳴かれることも無い。

胡桃 「……」

山から牌を引いた胡桃の手が、一瞬だけ止まる。
そしてツモ牌を手牌に引き入れると、ドラの四萬を切り出した。

豊音 「ポン!」

これで、豊音が裸単騎の満貫聴牌だ。
生牌のドラを切った胡桃も、張っていると考えて良いだろう。


豊音 「ぼっちじゃないよ~」

塞 「もー、こっちは全然手が進まないっていうのに……」

塞が牌を切る。
捨て牌は最後の二筒。

白望 (塞はオリか……)

私の手牌には、幸いにも共通安牌がいくつか残っている。
序盤から字牌を残したことで、どうやらオリきることもできそうだ。

白望 (とはいっても、どっちかがアガるだろう)

そして三巡後――

豊音 「ツモだよー。2000・4000」

胡桃 「ぎゃー! 親被りだー!」

豊音が満貫をツモあがりした。


豊音への点棒の支払いが行われる。

豊音が三三〇〇〇点。
私と塞が二三〇〇〇点。
親被りの胡桃が二一〇〇〇点だ。

豊音 「東二局だね。それじゃあ、サイコロ回すよー」

白望 「ちょいタンマ……」

場の進行を遮る。三人が不思議そうな顔で私を見る。
私は椅子の背もたれに体を預け、天井を仰ぎ見た。

エイスリン 「シロ、ドウシタノ?」

背後に立っていたエイスリンが、私の顔を上から覗く。
両手には愛用のホワイトボード。髪から覗く愛用のペン。

ここににる彼女らと、麻雀をする時間を楽しむ。
これ以上、私が望むことはない。ただ……。

白望 (……それでいいわけがない)


私は選んだのだ。辛い現実を知ることを。

確かにこのひとときは、穏かで安らぎを与えてくれる。
だが、先ほどまで非日常にいたからこそ感じる。
この空間が日常に近づけば近づくほど、違和感が滲み出てくるのだ。

白望 (まるで、私が事実を知ることを遠ざけているかのようだ……)

胡桃 「どうしたの? ダルくなっちゃった?」

塞 「いくらなんでも早すぎでしょ……。始まったばっかだよ」

豊音 「……サイコロ振っちゃってもいいかなー?」

トシ 「いいんじゃないかい。エイスリンも待ってるわけだし」

エイスリン 「シロ! ツヅケヨ!」

また、微かな違和感。
私の知っている彼女たちは、こんなに先を急かしていただろうか。
私が「ダルい」といったとき。手に迷って、考えを巡らせたとき。

白望 「なんか変だわ……」


トシ 「シロ、どうしたんだい?」

笑顔。

塞 「私たちが、変?」

笑顔。

胡桃 「今日はシロのほうが変だよ」

笑顔。

豊音 「麻雀続けようよー」

笑顔。

エイスリン 「マージャン、タノシクナイ?」

笑顔。

張り付いた笑顔。
渦巻いていた違和感が深まる。


白望 「私は、現実を知るためにここにきた」

私の一言で、部室はうって変わったように静まり返った。
笑顔だった五人は、一瞬で無表情に変わる。

塞 「なんのために?」

白望 「……この空間から抜け出すために」

正すような、詰問。

胡桃 「辛い現実を知る必要があるのかな?」

白望 「……もう、私はそれを選んだ」

試される、覚悟。

トシ 「その先に、シロの大事な人たちがいない可能性があってもかい?」

白望 「……っ」

揺れる、心。


エイスリン 「イママデドオリ……ソレガイチバン!」

今まで通りってなんだろう。
朝起きて、学校へ行って、部活をして、家に帰って寝る。
塞がイジられて、胡桃が注意して、豊音がはしゃいで、エイスリンが絵を描く。

変わらない日常があって、みんながいれば、今まで通りなのだろうか?

胡桃 「まあ、シロが知りたいなら話すしかないんじゃないかな」

塞 「そうだね。知った上で、また考えることもできるわけだし」

豊音 「じゃあ、麻雀続けながら話そうか。サイコロ、回すよー」

豊音がサイコロを回した。
流されるままに、私は山から引いた牌を揃えていく。
しかし、とてもじゃないが麻雀に集中できる状況では無かった。

トシ 「さて、どこから話せばいいものかね……」

打牌の音が響く中、熊倉先生が話を切り出す。
視線を河と手牌に移しながらも、聴覚は自然と研ぎ澄まされる。

支援


白望 「そもそも、この空間はなに……?」

トシ 「この空間は、あくまでイメージだよ」

白望 「イメージ……?」

豊音 「簡単に言えば、現実ではないっていうこと」

それと同時に、豊音が「ポン」と発生する。
手元から二枚牌を晒すと、塞が捨てた牌を引き入れた。

白望 「じゃあ、ここにいるみんなは偽者……」

塞 「んー、それはちょっと違うかな」

塞 「現実にいる私たちが本物で、ここにいる私たちが偽者かどうかは」

塞 「気にする必要の無い概念だね」


胡桃 「気にする必要があるのは……」

胡桃がツモ牌を引き入れ、手元から河に牌を捨てる。
綺麗に並ぶ捨て牌は、彼女の几帳面な性格を如実を示している。
しかし、私の頭は河から情報を拾おうとはしない。

トシ 「どこで生きていくか」

エイスリン 「トシサン、セイカイ!」

どこで生きていくか。
生きる場所が本物になる。現実か、否かは関係ない。
つまり、この空間で生きることもできるということか。

白望 (でも、ここで生きていくことを選択したら……)

白望 「現実の私はどうなる……?」

気づけば、上家の塞からリーチがかかっていた。
対面の豊音も四副露し、裸単騎で待ち構えている。

私は少し迷った末、二人の現物を河に捨てた。

胡桃 「現実のシロは、死ぬよね」

胡桃は、山から牌をツモろうとしなかった。

しえん


胡桃 「――ロン。5200」

胡桃が手牌を倒す。
タンヤオ、ドラ2。私らしくない振込みだ。

胡桃はいつもリーチをかけない。
だからこそ、聴牌気配と捨て牌には気を配らないといけない。
迷彩をかけつつ、出和了りを誘うために他家の安牌に待ちを寄せてくる。
そんなことは、当然わかっていたはずだ。

白望 「……はい」

胡桃に点棒を渡す。これで、私の一人沈みだ。
豊音が三三〇〇〇点。胡桃が二六二〇〇点。
塞が二三〇〇〇点。私が一七八〇〇点。

それほど、冷静でいられていないということだろう。
そして、塞の一言がそんな私に追い討ちをかけた。

塞 「……まあ、現実の私たちは、死の淵をさ迷っているんだけどね」


白望 「……え?」

自然と口から言葉が漏れる。
視界が揺れる。動悸が激しくなる。呼吸が苦しくなる。
それでも、意志が折れないようにと、無理やり言葉を捻り出す。

白望 「それは、どういうこと……?」

胡桃 「シロは、この世界に来るまでの記憶はどこまである?」

この世界に来るまでの記憶……。
全国大会の二回戦、私たちは清澄と姫松の前に敗退した。
翌日はオフを利用して、みんなと東京を巡り遊んだ。
そして、遊びつかれた私たちはホテルに戻り、それぞれの部屋で寝た。
記憶にあるのは、ここまでだ。

白望 「……ホテルに戻って眠りに就いたところまで」

胡桃 「そっかー、そうだよね……」

胡桃が俯く。僅かに窺うことのできる瞳は、濡れているように見えた。
が、それも束の間。胡桃が顔を上げ、キッと強気な視線を私に向けた。

胡桃 「私たちはね、大規模なホテル火災に巻き込まれたんだよ」


白望 「……ホテル火災?」

塞 「そう、今私たちは病院に運ばれて、処置を受けているの」

塞 「有毒なガスを吸い込んだり、火傷もひどいみたいで……」

塞 「シロ、あなたも意識不明の重体なんだ」

火災?火傷?
意識不明の重体?
唐突に事実を突きつけられ、頭が混乱する。

豊音 「ちょー熱かったねー……」

豊音 「この空間に来てからも、思い当たる節は無かった?」

白望 「思い当たる節……?」


豊音に言われて、この空間に来てからのことを思い返してみる。
火事……。火傷……。熱い……。

そこまで考えて、ハッと息を飲む。

水。

この空間に来てから、嫌に喉が渇いたことを思い出す。
水を求めて森をさ迷い、屋敷にたどり着いた。
そこで初めて提示された二者択一……水を飲むか。否か。

火。

屋敷の火鉢には、まだ火が生きていた。
墨が徐々に赤みを増していく様を見て、汗が流れ落ちた。
熱いからではない。それは、恐怖からくる冷や汗だった。

そして、赤ドラの拒否。

これも恐らく、精神的なものが関係しているのだろう。
火を連想させる赤。これが、恐怖の対象として、無意識に脳に刷り込まれたのか。

他にも、いくつか思い当たる節があった。

書き溜めはあるのかないのか

リトバスの内容も同じようなものだからリトバスかっていっただけ他意はない


胡桃 「火災が起きた時刻は、夜中だったみたい」

胡桃 「火元は2階。私たちの部屋があった3階のすぐ下だね」

胡桃 「遊びつかれた私たちは熟睡してて、火事に気づくのに遅れた」

胡桃 「煙はもちろん、火も3階に達した」

胡桃 「シロは煙を吸い込んで気を失った」

胡桃 「だから、シロの記憶は眠りに落ちたところで止まっているのかな?」

胡桃 「本当に知らないのか、それとも記憶にしまいこんだのか……」

胡桃はゆっくりと言葉を紡いでいく。
子どもに言い聞かせる母親の如く、優しい笑顔を私に向ける。


エイスリン 「ツライ、ゲンジツ……」

エイスリン 「シラナクテ、イイコトモアル」

エイスリン 「シロ、ソウオモウヨネ?」

白望 「……」

エイスリンの質問に、私は答えることができなかった。

辛い現実。
意識不明の私たちが、全員揃って目を覚ますことがあるのか。
仮に全員で生きることができたとして、体には大きな火傷を負っている。
後遺症もあるかもしれない。女性として生きていくには辛い身体になっているかもしれない。

何より、一番考えたくないこと。
私が生きていても、誰かが、みんなが、死んでいるかもしれない。
そんな現実を、生きていかなければいけないということ。


トシ 「誰もあなたを責めたりはしないわ」

熊倉先生が、諭すように言う。

トシ 「辛い現実を選ばないことは、逃げることじゃない」

トシ 「誰もがそんなに強い人間じゃないのよ」

白望 「ちょい……タンマ……」

出てきたのは、酷くかすれた声だった。
私の選択は間違っていたのだろうか。
そう思えるほど、私は動揺し、心は深く傷ついていた。

塞 「まだ考える時間はあるから……続けよっか」

両手で頭を抱え、思考が整理されない私を他所に、
塞がボタンに手を伸ばしてサイコロを回した。

さーせん、明朝から用事があるんで今日はここで終わりにします
続きは明日の昼ごろから、スレが残っていればここに投下します

支援、さる回避等ありがとうございました

>>173
ある
>>174
ええんやで、なんかすまんな

乙、俺も寝る

まだー

戻りました、保守thxです!
夕方からバイトなので、それまでに投下できるようにテンポ良くいきます


東三局。
場は淡々と進行していく。
しかし、思考の海に溺れている私は、流れを目だけで追っている状態だ。

塞 「ツモ、1300オール」

胡桃 「むむ……」

塞 「ロン、12000の一本場は12300」

豊音 「わっ」

今局初めての親の連荘。
豊音から親満を出和了りした塞がトップに躍り出る。

塞が三九二〇〇点。豊音が一九四〇〇点。
胡桃が二四九〇〇点。私が一六五〇〇点。

白望 (トップとの差が、約23000点……)

私がラス親であることを考慮すれば、決して逆転できない点差ではない。
ただ、ここで誰かに大きい手を、あるいは塞に連荘を許すと厳しくなるだろう。

来たか!支援でー


白望 (どうすればいい……)

塞はまだ考える時間があると言った。
果たして、それはいつまでか?
この東風が終わるまで?それとも、その次の局まで?
それとも、ここで麻雀を続ける限り、ずっとその時間は与えられるのだろうか?

胡桃 「今のところ、シロだけ和了りが無いねー」

白望 「私だけ焼き鳥……」

ここまで一回も和了が無い、いわば焼き鳥状態。
引きが悪いのか、三人に圧されているのか。
それとも、この非常識な空間で頭が正常に働いていないのか。

塞 「シロが和了れないなんて、珍しいね。まあ、まだ親番が控えてるけどさ」

豊音 「色々と辛いことがあって、頭が混乱しているかもしれないけど……」

豊音 「今のこの時間は楽しまないと損だよー?」


白望 (今のこの時間を楽しむ……)

確かに、意を決して扉を開けてから、みんなと卓を囲むことになったとき。
出会えた喜びと同時に、みんなと麻雀ができることに対する胸の高鳴りを感じた。

トシ 「シロは気を張りすぎよねぇ」

塞 「いつもは、ダルい……、ばかりでユルユルなのにね」

胡桃 「え? 塞、今のシロの真似のつもり?」

エイスリン 「ニテナイ!」

塞 「え……」

豊音 「でもでも、ちょーかわいかったよー」

みんなが笑う。私もつられて、口の端を吊り上げる。
このいつもと変わらないやり取りが……楽しい。
この空間で過ごす時間は、私の心の傷を癒してくれる。


白望 「……」

辛い現実は忘れてしまえばいい。
確かに、その通りかもしれない。

塞 「それじゃあ、二本場いくよー」

思考が徐々に切り替わっていく。
ホテル火災、意識不明、生死の境……。
……みんなとの麻雀、会話、時間。

胡桃 「そろそろ塞を止めないと!」

白望 「コンビ打ちしよ……」

豊音 「トリオ打ちでもいいよー」

塞 「ちょっと、なんで私だけ!?」

トシ 「ふふ……」

エイスリン 「シロ、ガンバッテ!」

気づけば、私の視野は目の前の光景に限定されていた。

さるよけ


塞 「うー……ノーテン」

胡桃 「ノーテン!」

豊音 「ノーテンだよー」

白望 「……テンパイ」

東三局二本場は、私の一人聴牌で流れた。
オーラス突入。本場継続で、私に親番が回ってきた。

白望 (さて……)

両面待ちの聴牌がうかがえる、二向聴の好配牌だ。
これなら真っ直ぐ和了りを目指すことができる。

次巡、ドラの四萬を引き入れ一向聴。
さらに二巡後、五筒を引き聴牌。五筒と西のシャボ待ちだ。


白望 (聴牌……)

役無し聴牌。リーチをかければ、立直・ドラ2。
五筒も西もまだ一枚も切れていない。和了の目はある。

だが、立直をかければ豊音に追っかけられる危険性がある。
背向のトヨネ――。先制リーチ者から、ほぼ100%の確立で出和了する。

白望 (ここは、手変わりを待とう……)

まだ序盤だ。
豊音が聴牌していない可能性もあるが、場の支配に常識は通用しない。
ここは闇聴で和了れる手を作るべきだろう。

白望 (張った……)

次巡、六筒が入った。

周辺の牌は、二筒・三筒・四筒・五筒・五筒。
五筒との入れ替わりで、一筒・四筒・七筒の三面聴、平和がついて聴牌。
和了り牌は、まだ九枚も残っている。私は迷わず五筒を河に捨てた。


白望 「ツモ、2900オール」

聴牌から二巡後、四筒を引いた。
どうやら、今回は配牌、ツモの引き、流れが私に傾いたようだ。

豊音 「リーチかけずかー」

胡桃 「私の真似だ!」

塞 「豊音がいるからでしょ……」

塞が三五三〇〇点。豊音が一五五〇〇点。
胡桃が二一〇〇〇点。私が二八二〇〇点。

白望 (7100点差か……)

本場を差し引けば、五九〇〇点。
塞の背中をほぼ捉えたと言って良いだろう。


トシ 「引きが強いねぇ」

麻雀に「流れ」が存在するか、否か。不毛な議論だと私は思う。
「流れ」の存在を信じる人もいるだろう。一時の牌の偏りだと切り捨てる人もいるだろう。

ただ事実として、今回のように自然と上手くいってしまうことがあるのは確かだ。

白望 (楽しい……)

こうした時間を過ごしているだけで、自然と表情が緩む。
私は表情の変化に乏しい性質だ。
それでも、ここにいる彼女らは私の些細な変化を見逃さない。

胡桃 「シロが笑ってるー」

塞 「本当だ。やっぱり、こうやってみんなと打つのは楽しいよね」

豊音 「私もちょー楽しいよー」

穏かな心で過ごせる、大切な時間。
その大切な時間を、みんなで共有し続けることはとても魅力的だ。

よけ


白望 「エイスリン」

椅子の背もたれに体を預け反り返り、後ろにいる彼女に顔を向ける。

エイスリン 「?」

名前を呼ばれた彼女は、上下が反転した私の顔を不思議そうな表情で見つめている。
手招きをする。彼女が私の横に立つ、耳元に口を寄せる。心なしか、耳が赤く染まって見える。

白望 「みんなで、ずっとここに居てもいいかもね……」

返事を確認することなく、私は体勢を立て直して前へと向き直った。
心はとても穏かだった。暖かな何かで満たされていた。

胡桃 「なに、二人で内緒話?」

白望 「何でもない……」

豊音 「ちょー気になるんですけどー」

白望 「……塞の牌を覗いてきてってお願いした」

塞 「ちょっと!」

異質な空間は、暖かな笑いに包まれた。


今度は、私には「流れ」とやらは味方しなかったようだ。

理牌する直前まで、十三不塔ではないかと疑うほどの配牌の悪さ。
有効な牌はなかなか来ず、たまに幺九牌の周辺牌がお情けに来る程度。

白望 (まあ、そういう時もあるか……)

麻雀を長くやっていれば、必ずどうしようもなく悪い時がある。

塞 「とどめのリーチ!」

豊音 「追っかけるけどー」

早速、他家から連続で立直が入った。

塞も豊音の特質を理解している。
モノクルの汚れを拭いて、掛けなおすと豊音を見つめる。
どうやら、豊音の手を塞ぐ作戦のようだ。

白望 (参ったなあ……でも)

これからここで長い時を過ごすのだ。
今、このときの勝負に拘る必要は無い。

私は身体を少し右に避けて、後ろにいるエイスリンにボロボロの手牌を見えるようにする。
そして眉を少し寄せて、「参ったわ」という表情を作りながら後ろを振り返った。

しえん


白望 「……エイスリン?」

エイスリン 「シロ……」

彼女は、青い瞳を潤ませていた。

突然の出来事に、私は動揺する。
何故、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしているのか?

そして彼女は、一筋の涙を流しながら呟いた。

エイスリン 「ホントニ、ソレデイイノ……?」

白望 「え……?」

質問の意味をすぐには理解できなかった。
恐らく、私は怪訝な表情をしていたのだろう。
彼女は、続けて言った。

エイスリン 「ズット、ココニイル。シロ、コウカイシナイ?」

支援


後悔?私が?
みんなとずっと、ここで過ごす。
素晴らしい時間……のはずだ。

トシ 「……シロ、手が止まってるよ」

熊倉先生に言われて、私は慌てて卓に向き直る。
これで、後ろにいるエイスリンの表情は見ることができない。

白望 「……」

二家立直の一発目だ、冒険はできない。
とりあえず、引いてきた三枚切れの北を捨てる。

河に視線を落とす。しかし、思考は対局から徐々に離れていく。
私は彼女の目を直視することを避けた。
卓に向き直ったのは、その真意を隠蔽することに都合が良かったからだろう。


胡桃 「……」

塞 「……」

豊音 「……」

胡桃、豊音、塞が引いた牌をそのまま捨てる。
立直をかけた二人は声を発さない。どうやら、和了りではないらしい。

一転して、場は静まり返った。

沈黙が私に言う。逃げるな、答えを出せ、と。

胡桃 「シロ、なにを迷ってるの?」

塞 「ここで、ずっと過ごせばいいじゃん」

豊音 「私たちもずっと一緒だよー」

トシ 「今までと変わらない、誰も傷つくことが無い世界でいいじゃないか」

私を引きとめようとする言葉。
甘美な誘惑だ。私だって、それで良いんじゃないかと思っている。

……本当にそれでいいのか?


白望 (私は……)

後ろを振り返る。
エイスリンの言葉を聞きたかった。

何故なら――
さっきの涙は、きっと私のために流してくれたものだと思ったから。

白望 「……エイスリン」

私は彼女の瞳をまっすぐに捉える。

白望 「エイスリンの気持ち、教えて」

エイスリン 「ワタシハ……」

エイスリン 「シロ、シンデホシクナイ」

それだけ言うと、エイスリンは俯いて黙ってしまった。
両手で持ったホワイトボードは、微かに震えている。

白望 「……ちょい、タンマ」

これはきっと、最後の逡巡だ。

しえん


二者択一。

辛い現実を受け入れて、なおそれでも生き続けるか。

辛い現実から目を背けて、誰も傷つくことのない安穏の世界を選ぶか。

前者の選択は……怖い。
私が現実で目を覚ましたとき、もしみんなが死んでいたら。
あるいは、心に、身体に、大きな傷を負っていて、生きていくのも辛い状況だとしたら。

恐怖が増大すればするほど、後者を選択したくなる気持ちが強くなる。

――辛い現実を選ばないことは、逃げることじゃない。
――誰もがそんなに強い人間じゃないのよ。

熊倉先生はそう言った。
後者の選択への後ろ盾とするわけではないが、
私はその言葉が間違っているとは思わない。

ただ、それが「自分」だけの問題ならば。


私は、エイスリンの一言で大切なことに気づいた。

宮守女子麻雀部の仲間。
きっと、私たちはお互いのことを大切な存在として認識しているだろう。

だからこそ、想いは共通しているはずだ。
私はみんなに対して、みんなは私に対して――


生きていてほしい、と。


もし私が今、現実で目を覚ましたら、みんなの無事を祈る。
例え、みんなが目を覚ましてから、辛い現実が待っていようと。

断言する。
ただただ、願うはずだ。

どうか、死なないで。


それはきっと、逆の立場でも同じ風に考えてくれるのではないか。
みんなが目を覚まして、私が死の淵をさ迷っているとき。

塞。

豊音。

胡桃。

エイスリン。

熊倉先生。

みんなは、私に生きていてほしい、そう願ってくれるはずだ。
……なんて、驕りかもしれないけど。

白望 (ならば……)

私がもし、この空間で悠久の時を過ごすことを選ぶ。
イメージの中で、みんなと麻雀を打ち続ける。
いつまでも、いつまでも、いつまでも、変わることの無い世界で。

そのとき、現実の私は死ぬだろう。
その選択は、私の生を望んでいるみんなに対する、裏切りだ。

さきほどの考えを、頭の中で訂正する。
誰も傷つくことのない安穏の世界――それは違う。

みんなのためじゃない。自分が傷つくことを恐れているだけの、逃げの選択なのだ。


人生はいつも上手くいくことばかりではない。
時に理不尽な不幸が降りかかることもあれば、
どうしても乗り越えなければいけない、大きな壁が立ちふさがることもある。

上手く事が運ぶときは、力を入れずとも、自然に前に進むことができる。
障害を乗り越えなければいけないときは、流れに抗いながら、全身全霊の力を込めて、前を目指さなければならない。

白い空間で目を覚ましてから、ここでみんなと麻雀を打つまで。
私はいくつかの二者択一に迫られてきた。

突如現れた、森。
はじまりの選択は、その先に進むか、否か。

水を求めてさ迷った。人との関わりを渇望した。
友人の死を拒絶した。現実に目を向けることを決めた。

そう。私は常に、選び続けてきたじゃないか。
前へ進む、その選択を。


白望 「……お待たせ」

みんなに一礼し、河と手牌に視線を送る。
まずは、この一局を闘いぬかなければならない。

これはお遊びではない。
私が前に進むための、通過儀礼なのだ。

状況を整理する。
対面でラスの豊音、上家でトップの塞から立直がかかっている。
下家の胡桃も、両者の立直一発目に危険牌をツモ切りしてきた。
胡桃のツモ切りは三巡前から続いている。張っていると考えて良いだろう。

手がまったく伸びず、親被りの危険性もある。辛い状況だ。

続いて、点棒状況の確認だ。
塞が三四三〇〇点。豊音が一四五〇〇点。
胡桃が二一〇〇〇点。私が二八二〇〇点。

四本場、リーチ棒が二本。
和了には三二〇〇点がついてくる。
誰かが和了れば、順位の変動は自然についてくるだろう。

支援、いいねー


そして、私の手は……。
二索・三索・五萬・七萬・八萬・八萬・九萬・一筒・三筒・五筒・八筒・九筒・西
三向聴のクズ手で、攻めるにはあまりに不格好な形だ。

八萬は、塞が今ツモ切りした。完全に安牌だ。
また、八萬は私から四枚見えている。九萬は場に出ていないが、一応壁の向こう側だ。
九筒は胡桃と豊音の現物で、塞の捨て牌には六筒がある。ドラだが、比較的通りやすい牌だろう。
西は胡桃が二枚切っている。三元牌の白が四枚切れ。西は、地獄単騎以外は有り得ない。

落としていくならば、八萬・西・九筒・九萬の順だろう。
残りのツモが八回。オリきることは恐らく可能だ。

他家同士で叩きあいもあるが、お互いにアタリ牌を手に抱えている可能性もある。
もし流局になれば、私の一人ノーテンでも二位は確保できる算段だ。
一ゲームの結果としては、悪くない。

山から牌をツモる――九萬。
向聴数は変わらない。捨てやすい牌が増えたというところか。

白望 (いつも上手くいくことばかりではない、か)

こんなところで、ふと人生と共通したものを感じる。
いや、人生と麻雀を同列に語るなんて、あまりに馬鹿馬鹿しいか。

私はツモった九萬を手牌に引き入れると、五萬を河に捨てた。


そこからも、私は危険牌を切り続けた。
手牌から、まず五筒、続いて三筒。
さらに山から引いてきた、六萬、七索。

胡桃 「……むむ」

塞 「突っ張るね……」

豊音 「ちょっと怖いよー……」

振り込むこと、他家が和了ることなど考慮せずに。
ただ、真っ直ぐに前を進み続けた。

そして、五萬を捨ててから五順後、私は手牌から西を切り出した。

白望 (やっとかぁ……)

二索・三索・七萬・七萬・八萬・八萬・九萬・九萬・一筒・一筒・七筒・八筒・九筒

平和・一盃口・ドラ1、高めで純チャン。
安めでも塞を捲くることができるが、そんなものは関係無い。


二巡後、三人が引いてきた牌を河に捨てる。
私はそれを確認すると、残り少ない山へと手を伸ばす。
そして掴んだ牌の下側を、親指でなぞる。

白望 (深いところにいたなぁ……)

確認。そして、確信する。

白望 「みんな……」

深く、深く、深く、息を吸い込むと、一人ずつに顔をしっかりと向けた。

何故かカップラーメンを啜る、熊倉先生。

ホワイトボードにペンを走らせる、エイスリン。

背筋をピンと伸ばして椅子に座る、胡桃。

目深に被った黒い帽子を少し上にずらす、豊音。

モノクルを外して布で磨いてる、塞。


瞼を閉じる。
吸い込んだ空気を、ゆっくりと時間をかけて吐き出していく。

全て吐ききると、私は前を向いた。
対面に座る豊音の向こう側には、新しい扉がぼんやりと現れていた。
金色の光が輝いている。まるで豊音に後光が射しているかのようだ。

白望 「……私は、前へ進む」

白望 「辛い現実を、生きていく」

白望 「それが……私の選択だから」

一索を卓に置く。
そして、ゆっくりと手牌を倒す。

白望 「……ツモ。6400オール」

勝負が、決した。


トシ 「これで、終わりだね」

熊倉先生がパンと手を叩く。
……とても暖かな笑みを浮かべている。

胡桃 「あーあ、負けちゃったかー」

豊音 「最後の和了りは、全く迷いが無かったねー」

塞 「やっぱり、シロはそっちを選んだかー」

三人も私に笑顔を向けている。
優しさに溢れた微笑みだ。

そして……。

白望 「エイスリン」

エイスリン 「シロ……ヨカッタ」

涙で顔を濡らしたエイスリン。
それでも、やっぱり彼女もまた笑顔だった。


白望 「それじゃあ、私はそろそろ行くから」

別れに時間はいらない。
私は席を立つと、豊音の背後にある扉の前へと進んだ。

『げんじつのせかいをいきる』

金色に輝く文字。
もう一つの選択肢は……いや、確認する必要も無いか。

トシ 「シロ、これからきっと辛いことがたくさんあると思う」

塞 「でも……私達も力になるから」

胡桃 「そうそう、現実の私たちが助けるよ」

エイスリン 「シロ、……ガンバッテ」

豊音 「ちょー力を合わせていこう!」

餞の言葉は、前に進む足を重くする。
固めたはずの決心を鈍くさせた。


断ち切らなければならない。
足を前に進めなければいけない。
それでも。それでも、最後に。

白望 「みんな……ありがとう」

誰にも聞こえないように。
誰にも気づかれないように、私は一筋の涙を流した。

さようなら。
さようなら、私のイメージの中のみんな。

必ず、現実で一緒に生きていこう。

扉を見据える。
取っ手に手を掛ける。手が、震える。
この扉の向こうには、きっと辛い現実が待っているだろう。

白望 「それでも……」

扉に全体重をかけた。心なしか、今までの扉より重く感じる。
ゆっくり、ゆっくり扉が開いていく。

白望 「私は、現実の世界を生きる」

そして、私は金色の光に包まれた――。

支援


見知らぬ、白い天井。
焦点は定まらず、頭はぼんやりとしている。

白望 (……生きてる、のかな)

生の実感が無い。
意識が朦朧としていると、空間もあやふやだ。
本当に、帰ってきたのだろうか。

手を動かしてみる。問題なし。
膝を曲げてみる。こちらも問題なし。

首を傾けてみる。
左。何やらよくわからない機器だらけだ。
右。右……。

胡桃 「シロ……」

大泣きした胡桃が抱きついてきたのは、その直後だった。


どうやら、私は約一週間も意識を失っていたらしい。
体は少し痩せていたが、幸いにも目立つ火傷は無かった。

唯一、退院を許されている熊倉先生から現状を聞いた。

熊倉先生は軽傷で済んだらしい。
火と煙が充満するホテルから助け出され、担架で運ばれている最中には意識がはっきりしていたとのこと。
病院で軽い手当を受け、翌日には病院を出たとか。

まず、塞が二日目に目を覚ました。
右足に火傷が残っているが、塞は「まあ、ラクショーってことで」と笑顔だったらしい。
心配をかけさせまいとする、彼女らしい気遣いだと思った。

次に、目を覚ましたのは胡桃。
丸三日間、意識不明だったそうだ。私たちの中では比較的、体は健康に近いらしい。
目を覚まさない私たちと、まだ歩けない塞の病室を行ったりきたりしていたとのこと。

さらに、豊音が昨日、目を覚ました。
豊音は外傷がひどく、背中に大きな火傷を負った。
床にまで届きそうな長い黒髪も焼け焦げ、肩口程度の長さまで短くなっているらしい。
まだ起き上がることはできないが、笑顔を見ることができたとか。

うう…


そして、エイスリンは……。

トシ 「……エイスリンは、昨日の夜亡くなったよ」

白望 「え……?」

動きが止まる。体が冷気に包まれる。
……エイスリンが、死んだ?

トシ 「あの子も昨日まで意識不明だったんだけど……」

胡桃 「エイちゃん、昨日の夜目を覚ましたの」

胡桃 「シロ、シロって言いながら……」

熊倉先生の隣に座っていた胡桃が言葉を引き継ぐ。
目に涙を浮かべた胡桃が、手に持っていたホワイトボードを差し出す。

そこにはこう書かれていた。

『ごめんなさい ありがとう』


それを見た瞬間、私は全てを理解した。
長い孤独の間に考えていた、『ナニカ』に関する違和感が溶かされていく。

もう一つ気になっていたこと、それは『ナニカ』の正体。

白望 (塞との会話を選んだ二者択一……)

あの二者択一に、私は大きな違和感を感じていた。
それまでの生理的欲求に関わる二者択一とは、明らかに異質だ。

白望 (熊倉トシと臼沢塞、という固有名詞……)

扉の文字には二人の名前があった。
だが、私は「誰かと話をしたい」と願いはしたが、名前を口にした覚えはない。

『ナニカ』が私の思考を読めるという説も立ててはいた。
だが、私はどうしても……二人の名前を、私たち宮守女子麻雀部を、
その『ナニカ』が初めから知っていた、という考えを忘れることができなかった。

『ナニカ』の二者択一は、私に対してあまりに優しすぎた。
ただ、一つの二者択一を除いて。

全身に鳥肌が立つ。
景色が、エイスリンのメッセージが霞んでいく。


胡桃 「シロ。エイちゃんは最後、笑顔だったよ」

胡桃 「目を閉じた後も、綺麗な顔だった」

胡桃が何かを言っている。
だが、言葉は頭に入ってこない。
聴覚が、視覚が、五感が正常な機能を失っていく。

胡桃 「シロ、私たちはずっと友達だから……」

誰かの、咽び泣く音が聞こえる。ひどく耳障りだ。

死の淵をさ迷っていたときに、あの空間にいたのは私だけではなかった。
確かにいたのだ。いるかどうかわからなかった『ナニカ』が。

エイスリン。
どうして、どうしてあのとき――。

エイスリンに言いたいこと、聞きたいことが溢れ出しそうになる。
けれど、白い病室には延々と嗚咽の音が漏れ続けるだけだった。








白望 「二者択一……?」 おわり

『かくらくるみがしぬ』

『えいすりんうぃっしゅあーとがしぬ』

どういうことでしょうかね…(震え声)

支援・保守・乙、ありゃたーす
長らく付き合っていただいて、感謝です

バイトから帰ってきたら、エイちゃん視点のepisode of side-Aを、
このスレが残ってれば、ここに投下します
もし付き合ってくださる人がいれば、またよろしくお願いします

じゃあぼちぼちバイト行ってきます

おいおいそんなの見ない手はないぞ!
いつ頃帰るか教えてくれ

>>329
混み具合によるんで、早ければ夜の10時くらい
遅くてすまんな

俺もバイトだから保守できないわ

残ってたらいいなー

新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内

新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内

6時までは保守する

落ちてなかった、すばら!保守

僕アルバイトォォォ!

保守thx
まさかまだ残ってるとは思わなくて感動したわ

十分後くらいに、書き溜めてるとこまで投下しゃす












       白望 「二者択一……?」 episode of side-A

       エイスリン 「ニシャタクイツ……?」










私は暗闇の中で目を覚ました。

エイスリン (……ココ、ドコ?)

電気が点いていないだけだと思ったが、どうも様子がおかしい。
気配が無いのだ。物も、音も、そして一緒にいるはずのシロも。

昨晩はシロが先に寝てしまったので、胡桃と夜遅くまで話していた。
色々な話をした。大会の話。学校生活の話。……恋の話。

部屋に戻ったのは、12時を回った頃だろうか。
シロは穏かな寝息を立てていた。幸せそうな寝顔だった。

エイスリン 「……マックラ」

だが、周りは見渡す限りの闇。
何もない。音もない。シロがいない。

有るのは、私がいつも携帯しているペンとホワイトボードだけだ。


エイスリン 「シロー……?」

シロの名前を呼ぶ。
しかし、返事はない。

エイスリン 「シロ! ドコ!?」

声を張り上げる。
やはり、返事はない。

急速に、体の芯から不安に蝕まれていく。
私にとってシロが傍にいる、という安心感は絶対だった。

エイスリン 「コワイヨ……」

両膝を腕で抱える。所謂、体育座りの形になった。
体を寄せ抱えていないと、自分が闇に消え行きそうで怖いのだ。

すると、闇の奥から馴染みの無い声が聞こえてきた。

「小瀬川さんは、ここにはいないですよ」


エイスリン 「ダレ……?」

他に人がいる、という安心感。
得たいの知れない何かがいる、という恐怖感。

私の声が震えていたことから察するに、後者の感情が上回ったようだ。

咲 「こんにちは、エイスリンさん。いや、こんばんは、ですかね?」

エイスリン 「アナタハ……」

見たことのある顔だった。いや、忘れるはずが無い。
彼女は私たちを二回戦で負かし、豊音を泣かせた高校の大将だ。

咲 「ここには時間の概念が無いんですよ……。まあいいや、うん」

咲 「宮永咲っていいます。よろしくお願いしますね」

咲 「当然名前は知ってるはずですよね?」

宮永咲は、一人でどんどん言葉を紡いでいく。
それに対して日本語が不自由な私は、言葉が喉に閊えてうまく喋ることができない。


そんな私の様子を見て、宮永咲は笑顔を見せる。

咲 「落ち着いて、エイスリンさん。ゆっくり話しましょう?」

……思ったより、優しい人なのだろうか。
私は口の中に溜まった唾を飲み下すと、少し落ち着いた。

エイスリン 「ココハドコ?」

咲 「うーん、なんて言えばいいんでしょう……」

私の質問に対して、宮永咲は握った手を顎にあてて難しい表情をする。
なんだがその動作が演技臭くて、滑稽な印象を受けた。

咲 「まず、ここは現実じゃない。それは、なんとなくわかりますよね?」

私はコクンと首を下げる。
言葉には形容できないが、雰囲気でそれは察することができた。

咲 「まあ、単刀直入に言うと……」

咲 「エイスリンさんは、現実の世界で死ぬ寸前なんですよ」


エイスリン 「……シヌ?」

咲 「そう、死ぬ。あなたの状態は、死に限りなく近い生」

咲 「ちょっと難しいかな、うーん……」

死ぬ。もちろん、私はその意味を理解している。
だが死の宣告はあまりに唐突で、あまり現実感が湧いてこなかった。

咲 「えっと、エイスリンさんはどこまで現実の記憶がありますか?」

現実の記憶……。
掘り起こすまでも無い、ホテルに戻って眠りにつくまでだ。

エイスリン 「ホテルデ、ネタ」

咲 「なるほど……。じゃあ、状況を一から説明しましょう」

親切な物腰の彼女に対して私がお礼を述べると、
宮永咲は「これも私の役目ですから」と、笑顔で返してきた。


宮永咲は淡々と説明をしてくれた。
丁寧な喋り口調で、ときおり私のために易しい言い回しを用いる。
内容がかなり衝撃的なのだが、彼女はそれを気にする様子は無い。

彼女の説明が終わると、私は現実の状況とこの世界についてほぼ把握することができた。
日本語が苦手な私に、この不可思議な現状を理解させる。彼女は説明力に長けているようだ。

私が所属する宮守女子麻雀部は、就寝後にホテル火災に巻き込まれた。
私たちは病院に運ばれ、現在治療中。

トシ先生は既に目を覚ましており、後の五人は私を含めて未だ意識不明の状態。
どうやら、私はその中でも特に重体らしく、死ぬことは確定事項らしい。

エイスリン (ワタシハ、シヌ……)

そしてこの空間は、死後の世界に近いものだと言っていた。
”近い”と彼女が表現したのは、私がまだ死んでいないからだ。

日本的表現を使うと、ここは「サンズノカワ」と呼ばれるものに似ているらしい。

咲 「まあ、エイスリンさんは、向こう岸に上半身が乗り上げている状態なんですけどね」

彼女の言っていることは理解できなかったが、
きっと愉快なことを言っているわけではないのだろうと思った。


宮永咲は、自分のことを「シシャ」と表現した。
これから私がなるであろう、「死者」とは違うものらしい。
死の世界へ導く役割を担う、それが彼女の言う「シシャ」なのだ。

咲 「なんか格好つけた表現ですけど、多分これが一番適切な表現なんですよ」

私は彼女に、「あなたは“the god of death”か?」と尋ねた。
“the god of death”とは、死を司る神を指す。いわゆる、死神のことだ。

このとき、彼女は表情を渋くした。

咲 「死神はちょっと心外ですね……。まあ、でもあながち間違っていないのかも」

咲 「私の本来の姿は、あなたが見ている姿とは違うんです」

咲 「では何故、私が宮永咲の姿をしているのか。それは、あなたのイメージです」

咲 「闇から現れた私を、あなたは恐怖の対象とみなしました」

咲 「そして、あなたにとっての恐怖の対象……宮永咲が、私の外見に複写されたんでしょう」

咲 「もちろん、中身は違います。なので、口調に違和感があるかもしれませんが、ご承知おきください」

きてた!すばら!支援!


そこまで言うと、彼女の眉間の皺は更に深くなる。
相手が本物の宮永咲ではないと知りながらも、すごく申し訳ない気持ちになった。

エイスリン 「ゴメンナサイ、デシタ……」

咲 「あ、いえいえ。どうぞ、お気になさらずに」

咲 「それに……」

彼女はそこで言葉を遮る。
そして、小さな声で「あっちよりはマシか……」と呟いた。

エイスリン (ワタシノ、コワイヒト……)

宮永咲は私にとって……確かに、恐怖の対象である。
嶺上開花による超人的な和了、圧倒的な場の支配。

モニター越しに感じたのだがら、卓を囲んだトヨネは辛かっただろう。
ちなみに、私を惑わせた清澄の眼鏡さんは、恐怖の対象ではない。
究極的な表現を用いるとしたら……憎悪の対象だろうか。

エイスリン (……ゴメンナサイデシタ)

私は心の悪魔をコツンと叩くと、二度目の謝罪をした。


エイスリン (ワタシ、シヌ……)

自分の死に対しては、何故か冷静でいられた。
ニュージーランドから岩手に留学したとき、私は長らく一人だった。
母国の両親、友達はいない。ホームステイ先の家族とも馴染めない。

見知らぬ土地で、一人ぼっち。
それは生きていながらも、死に等しい状態だったから。

しかし、友達の死に対しては、ひどく動揺した。

エイスリン (クルミ、トヨネ、サエ)

私にとって、日本の初めての友達。
彼女達に出会ってからは、毎日が楽しかった。
そして……。

エイスリン (シロ……)

最も大切な人。
ある日、私を孤独な世界から連れ出してくれた。
彼女に出会ってからは、毎日が幸せだった。

同性でありながら、異国の人がありながら、
私は彼女に恋をしてしまっていた。


みんなは私に、生きることの楽しさを教えてくれた。
だからこそ、みんなが死んでしまうかもしれないと考える度に涙が止まらなかった。

シロが、クルミが、サエが、トヨネが、生死の世界をさ迷っている。

どうか、死なないで。生きていてほしい。

私は深く、強く、願った。

咲 「エイスリンさん」

どのくらいの時間を過ごした頃だろう。
一度闇に姿を消した宮永咲が、再び私の前に姿を現した。

一人で退屈していた私は、寝転がってホワイトボードにペンを走らせて飽きをしのいでいた。
みんなの似顔絵を描くのはとても楽しかったけれど、反面寂しさも感じていた。

咲 「久しぶりですね。って言っても、どのくらいかはわからないけど」

彼女が言ったとおり、この空間には時間の概念が無い。
お腹が空くことも無ければ、喉が渇くことも無い。

彼女は「用件があります」と言った。
――小瀬川白望が、死の淵に辿りつきました、と。

しえん


エイスリン 「シロッ……!」

私はひどく狼狽した。
流しきったと思った涙は、すぐに溢れ出てきた。

咲 「エイスリンさん、落ち着いて」

咲 「小瀬川白望は、まだ死んだわけじゃないんです」

彼女は私の震える肩をを抱き寄せ、両腕で包んでくれた。
暖かい。彼女は自分を「シシャ」と言ったけど、そこには人間に近い暖かみがあった。

私が泣き止み、体の震えも止まった頃、彼女はシロの現状について教えてくれた。
シロは私に次ぐ重体で、生きるか死ぬかの瀬戸際であること。
そんなシロもやはり、イメージの中で戸惑っていること。

そして……私がシロを助けることができるかもしれない、ということ。

咲 「これを見てください」

彼女はそこに小さなボールがあるかのように、両手で闇の一部を包み込む。
すると小さな白い光が芽生え、それは徐々に丸く膨らんでいく。
やがて40インチのテレビ画面ほどのサイズになると、膨張を止めた。


そこに映る景色は、真っ白だった。
完全なる純白。私の世界とは対照的だった。

その空間に、ポツンと寝転がるシロの姿があった。

エイスリン 「シロ!」

エイスリン 「サキ! シロガイルヨ!」

咲 「わかってます。わかってますから、肩を揺らさないで……」

私は慌てて、彼女の肩から手を離す。
しかし、これがどうして落ち着いていられるだろうか。
シロがすぐそこにいるのだ。私の大好きな、シロが。

そのときだった。
寝返りをうったシロが、ポツリと呟いた。

白望 『……水』

ふぅ~む なるほどなるほど~


エイスリン 「シロ! ミズガホシイ!?」

シロが喋った! シロが生きている!
私は興奮を抑えきれず、無意識に宮永咲の肩に手をかけた。

咲 「ちょっと……、揺らさないで……」

エイスリン 「アッ……、ゴメンナサイ」

咲 「別に大丈夫ですけど……」

咲 「エイスリンさんは、小瀬川白望のことになると、感情的になるきらいがありますね」

身体に平穏が戻った彼女は、「ふぅー」と大きく息を吐いた。
私は顔が熱くなるのを感じ、ホワイトボードで顔を隠した。
恐らく、ひどく赤面しているに違いない。

白望 『水が飲みたい……』

エイスリン 「シロ!? ノドガカワイタノ?」

声に反応して、ホワイトボードを顔から外す。
顔に汗が浮かんだ、ひどくダルそうな顔をしたシロ。


エイスリン 「サキ! シロ、ツラソウ!」

エイスリン 「ナニカシテアゲナイト! カワイソウ!」

私は宮永咲に必死に訴えた。
彼女は感情を表に隠したまま、何も言葉を発さない。

エイスリン 「ワタシ、シロヲ、タスケタイ!」

エイスリン 「サキ、イッタ! ワタシ、シロタスケルッテ!」

それでも、彼女は動こうとしない。ただ、私を見つめてくるだけ。
私にはあなたが何を言っているのかわかりません、まるでその瞳はそう言っているようだった。

とても歯がゆかった。目の前の人に、気持ちを伝えることができない。
日本の地に降り立ったときから、ずっとそうだった。

そんなとき、言葉が伝わらないとき、私はどうしたか――
私は思わず、ホワイトボードにペンを走らせようとした。


咲 「それです」

エイスリン 「……エ?」

私の動きが止まる。
さきほどまで微塵も動く気配を見せなかった、宮永咲が指を指している。
その先は、恐らく私のホワイトボードとペンだ。

咲 「それが、小瀬川白望を助ける鍵です」

エイスリン 「……What?」

咲 「あなたは、麻雀において特別な能力をお持ちのようですね」

咲 「理想の牌譜を卓上に描き出す、ですよね」

同意を求められたので、私はコクコクと頷いた。
いや、相槌を打ったのは、先を急かすためだろう。

咲 「同じことです、この世界でも」

咲 「あなたはそのホワイトボードにペンを走らせて」

咲 「小瀬川白望の世界に、理想を描き出せばいいんです」


言っていることは難しかったが、重要なことはわかった。
とにかく、このホワイトボードとペンを使えばいいのだ。

咲 「ただ、理想を描き出すといっても、そう上手くはいきません」

咲 「必ずしも、自由にあなたの世界が反映されるわけではない」

咲 「ほら、見てください」

宮永咲に促されて、私は再びシロの世界に視線を戻した。
すると、そこにはさっきまで無かった森林が広がっている。

咲 「エイスリンさんに不思議な力があるように」

咲 「小瀬川白望もまた、不思議な力を持っています」

咲 「それが……マヨヒガ」

その言葉と、シロが森林の中に消えていったのは、ほぼ同時だった。


咲 「迷う家、と書いて迷い家(マヨヒガ)と呼びます」

咲 「マヨイガ、と呼ぶほうが一般的でしょうか。遠野物語に記されている奇談ですね」

咲 「山の奥に迷い込んだ男が、黒く立派な門を構えた屋敷にたどり着く」

咲 「そこの庭には、紅白の花が綺麗に咲いていて……」

彼女の語りは、ほとんど頭に入っていなかった。
私はただシロの姿を追っている。
息を切らせながら、険しい森林の小道を進んでいくシロ。

咲 「……というお話なんです」

咲 「エイスリンさん……。ちゃんと、聞いてました?」

エイスリン 「エッ? ……アッ」

もう何度目になるかわからないが、私は頭を下げるしかなかった。


宮永咲は、シロの能力について詳しく説明してくれた。

――マヨヒガ。
麻雀においては、悩むことで手が高くなる傾向がある。
ここで注意するのは、手を高くするために逡巡したのではなく、
悩んだら手が高くなった、ように見えることだそうだ。

そういえば、確かにシロが「ちょいタンマ」と言った後は、高確率で高い手を和了っていた。
そのときばかりは、私が理想の牌譜を描き出そうとしても、及ぶことはできなかった。

そして、あそこの空間では、その能力がどのように反映されるのか。
突如現れた森林、そして最終的にシロが辿りついたお屋敷。
これらはいわば、シロの「迷い」を生み出すための舞台、ということらしい。

シロは、無意識で迷っている。
自分が生きるべきか、死ぬべきか。

そこで生まれたのが、あの森林とお屋敷だ。

お屋敷の中で、シロはさまざまな「迷い」に対する「答え」を出す。
そうすることで、自分を正しい方向へと導こうとしているらしい。
その「答え」が、果たして生か死はわからないが。

支援


咲 「あの屋敷の中は、かなり小瀬川白望の能力に縛られている」

咲 「だから、エイスリンさんの理想をそのまま描き出すことはできません」

エイスリン 「ジャア、ドウスレバイイノ……?」

咲 「あの空間の本質を変えることなく、あなたの能力で干渉しましょう」

咲 「狙うのは、迷いの肝となる選択肢です」

彼女の説明は、簡単なことだった。
私が直接、シロの思考を変えることはできない。
ただ、選択肢を与えることはできる。シロを悩ませることはできる。

咲 「それはつまり、間接的に彼女を導くことができる、ということです」

咲 「それがエイスリンさんの、小瀬川白望を助けることができる力です」

その言葉は、私の胸に深く響いた。
紐を通して首から提げてあるホワイトボードを、ギュッと力強く抱いた。


咲 「文字は書けますか?」

エイスリン 「アルファベット!」

咲 「……できれば、日本語で」

エイスリン 「……ヒラガナ?」

咲 「急に自信が無くなりましたね。いいでしょう、必要ならば私が教えます」

自信なさげな態度をとったのは、実は照れ隠しだった。
日本に来てからひらがなの会得に苦心していたが、最近になってメキメキと上達しているのだ。

エイスリン (クルミト、ヒミツノトックン、シテルカラ!)

咲 「それでは、ペンを二本貸してください」

彼女に言われるまま、私は左右の耳に挟んだペンを手渡す。
彼女が二つのペンを軽く撫ぜる。

咲 「これで、大丈夫です」


片方には、「gold」の文字。
もう片方には、「silver」の文字。

咲 「色分けしたのは、選択肢を書き分けるためです」

咲 「二色ですので……二者択一になりますね」

ニシャタクイツ?
私が尋ねると、宮永咲は丁寧に意味を教えてくれた。
二つの選択から、一つを選び出すこと。
なるほど……。また一つ、私は日本語を覚えた。

咲 「では、早速……小瀬川白望が水を欲しがっていましたね」

咲 「ゆっくりでいいです、書いてみましょう」

シロは薄暗い部屋にいた。
ひとしきり部屋を見回した後、扉に手をかけた。

エイスリン (シロ! ミズ! ハヤク、ノマセナイト!)

私は「silver」のペンを手に取り、慌ててホワイトボードにペンをあてる。


咲 「ゆっくりでいいです。ゆっくりでいいですから……」

咲 「まずは、『み』の文字を。書けますか?」

エイスリン 「ウン!」

私はホワイトボードに『み』と書く。
急いで書いたが、自分的に綺麗に書けたことに少し満足する。

咲 「あ、文字の形は反映されないんで、汚くても大丈夫ですよ」

エイスリン 「エ……」

咲 「さあ、続きを書きましょう。『みずを』まで書いてください」

言われるがままに、ペンを走らせる。
もう形など気にしていない。一刻も早く、シロに水を飲ませたい。

咲 「そしたら……そうですね。水を得る、とでもしましょうか?」

私の耳に、彼女の言葉は入ってなかった。
一心不乱に私は文字を書いた。彼女との、初めての会話を思い出しながら。

エイちゃんこの後胡桃が死ぬって書くんだよな


―――――――――――――――――――――――――

エイスリン 『パン、タベル?』

白望 「うん」

―――――――――――――――――――――――――

懐かしい、教室での一場面。シロとの初めての会話。
そしてこの直後に、私はシロに引かれて麻雀部の部室へ行ったのだ。

エイスリン (……シロ!)

そして出来上がった、選択肢は――

『みずをのまない』

水を飲まない?……思い出に影響され、疑問文となっていた。
いや、見方によっては否定文だろうか。

咲 「エイスリンさん……。もしかして、小瀬川白望のこと嫌いなんですか?」

私がこの後、必死に説明したのは言うまでもないだろう。

おちょこちょいなエイちゃん可愛い

ただエイちゃんて書くとどうしても永ちゃんの方が頭に浮かぶ


咲 「仕方ないですね。では、次の選択肢で整合性を図りましょう」

咲 「ホワイトボードを裏返してください」

エイスリン 「……Why?」

咲 「両面、描けるようにしておきましたから」

ホワイトボードを裏返すと、確かにそちらも表面と同様の材質になっていた。
宮永咲は、「二色にした意味が無い」や「でも、きっとやらかすから」などと呟いてる。
そして彼女は私に金のペンを手渡すと、しかめっ面でこう言った。

咲 「いいですか、私の言うとおり、一字一句間違わずに書いてくださいね」

エイスリン 「……ハイ」

こうして、初めて私がシロに選択肢を与えた。

『みずをのむ』と『みずをのまない』。
試行錯誤して完成させた二者択一だったため、シロが正しい選択をできるか不安だった。
しかし、シロが迷わず前者を選んだのを見て、私はホッと胸を撫で下ろしたのだった。

>>515
おっちょこちょいなヤザワ


それからとういもの、私はこの不思議な空間で何度も二者択一の提示を行った。
シロが求めれば、私はすぐにホワイトボードにペンを走らせる。

食事をするか、否か。
体を洗うか、否か。
排泄をするか、否か。

水を飲むか、否かの選択については、気を遣って何度も行った。

咲 「小瀬川白望は、現実で起きた火事に無意識でうなされています」

咲 「彼女が頻繁に水を求めるのは、そういったことなんでしょう」

エイスリン 「ワタシ、オナカスカナイ……Why?」

咲 「あなたは99.9%死んでいますから。生に関する欲求が芽生えないんでしょう」

咲 「小瀬川白望はどちらかと言えば生に近い状態ですから」

なるほど。
生に近しい状態のシロは、生の象徴である食欲や睡眠欲を覚えている、ということか。
まだ、死の淵に引きずりこまれないように、必死に闘っているのだろう。


当初、私はシロに選択肢を与えることで、なんとも言えない満足感を得ていた。
私がシロを支えている。いや、シロは私によって支えられている。
……この感情は、背徳感、支配欲といったほうが正しいのかもしれない。

しかし、それらはやがて罪悪感へと変わっていく。

日に日に、シロが死んでいくのだ。
それは、生物としての肉体的な死ではない。
長い孤独の中で理性を徐々に失っていく。いわば、人間としての死だ。

白望 『……あー』

白望 『うぅ……うぁっ……ぁ、あ、あ!』

シロ 「サキ! シロガ、シロガ……ドウシヨウ!?」

シロがおかしくなっていく姿を見る度に、私は慌てふためいてペンを握る。
しかし、その度に彼女は私を諌めるのだ。「まだ、そのときではありません」、と。

どうすればいい? 私に何が出来る?
彼女に必要なものは、一体なんだろう?

支援


私は答えを知っていた。
何故なら、状況は違えど同じ心境に立たされたことがあるから。
孤独から死んだ人間を救い出す方法。それは……。

咲 「……小瀬川白望に会いに行く?」

私の提案に、宮永咲は眉をしかめた。
この表情をするということは、彼女は提案を快く思っていないのだろう。
しかし、それでも私は必死に訴えた。すると、彼女も思慮に耽っていく。

咲 「ふーむ、なるほど、なるほど、なるほど……」

咲 「そうですね。そろそろ、いい頃合いでしょうか」

エイスリン 「ジャア、イッテキマス!」

シロの様子が映る白い液晶のようなものに向かって、私は走り出す。
しかし、首から提げたボードを宮永咲に掴まれると、喉から「グエッ」と音が出た。

咲 「落ち着くことを覚えましょう。あなたが行くのは、得策ではありません」

エイスリン 「ドウシテ……?」

俺「グエッ」


咲 「今、興奮状態のあなたが向こうに行けば、何をするかわかりません」

咲 「ましてや、向こうの空間は不安定です。精神状態にかなり左右されすい」

咲 「エイスリンさんという刺激が、小瀬川白望にどのような変化をもたらすか予想できません」

「あまりにリスキーです」という言葉で彼女は締めた。
ならば、どうすればいいのか。きっと、私は必死の泣き顔だったのだと思う。
教えを懇願する私に、彼女はとても優しい表情を見せた。

咲 「ここも、あちらも核はイメージです。他の親しい人を、具象化させましょう」

エイスリン 「グショーカ……?」

簡単に言えば、私以外の誰かをイメージとして登場させる、ということらしい。
そんなことが出来るのか、とも思ったが、シロのマヨヒガと私の理想を実現する力は、
この空間においてかなりの支配を発揮するため、可能なことなのだそうだ。


エイスリン 「デモ……」

咲 「どうしました? なにか、問題でもありますか?」

エイスリン 「ズルイ! ワタシモ、シロニアイタイ!!」

咲 「……はぁ」

溜め息をつかれた。私の嫉妬に対する、深い深い失望だろうか。
それでも彼女は、「どうしましょうか……」と私のために思索をしてくれる。

白望 『だ、誰か……話がしたい』

エイスリン 「!」

咲 「話を、ですか……。なるほど、これでいきましょう!」

彼女は笑顔でポンと拳を打った。

彼女の提案はこうだ。
今回提示する二者択一は、「私以外の誰か」と「話だけをする」こと。
やはり、私の登場は危険すぎるとの判断を下したらしい。
ただし、他の人についても、姿は現さず声のみの登場にする。
そうすることで、私の嫉妬をなるべく抑える作戦だ。


エイスリン 「……OK」

私はその提案を了承することにした。
少々不満な点もあったが、何よりこれ以上シロが苦しむ姿を見たくない。

私は銀色のペンを持つ。誰にするべきだろうか。
クルミ? トヨネ? サエ? トシセンセイ? ……決めた。
ボードにゆっくりと文字を書き出す。が、一文字目で宮永咲からストップがかかった。

『く』

咲 「ちょっと、待ってください」

エイスリン 「?」

咲 「……なんと書くつもりですか?」

エイスリン 「クルミト、ハナス!」

私が自信満々に答えると、彼女は何度目かわからない溜め息をついた。
何が不満だったのだろうか。……日本人の言う、「空気を読む」ということは非常に難しい。

支援


咲 「よく考えてみてください」

咲 「鹿倉胡桃を、胡桃と呼ぶ。そんな人は限定されています」

咲 「小瀬川白望は勘が良い。すぐに、近しい誰かが選択肢を用意していると察するでしょう」

咲 「さっき、言いましたよね。向こうの空間はとても不安定だ、行動は慎重にしたい、と」

エイスリン 「モ、モウシワケ、アリマスデス……」

咲 「次から気をつけてくれれば、いいですよ。さて、どうしたものか……」

どうも彼女には頭があがらない。
しかし私の失敗を、その都度彼女にフォローしてもらうのは申し訳ない。
どうにかできないものだろうか。

エイスリン 「ク……ク……」

く……。ク……。
……ク、クマクラ? クマクラトシ!

エイスリン 「ジャア、トシセンセイデイイヤ」

またしても溜め息が聞こえてきたが、私は聞こえないふりをした。


『くまくらとしとはなす』

『うすざわさえとはなす』

二者択一が完成した。
センセイを選んだのは前述した通りだ。
サエを選んだのは、クルミと並んでシロと付き合いが長いと思ったから。
なんとなくだけれど、彼女らは私とトヨネよりシロを理解している気がした。

咲 「さて、小瀬川白望はどちらを選ぶんでしょうか」

エイスリン 「……ドキドキ」

シロは吸い込まれるように、『うすざわさえとはなす』と書かれた扉の前に進んでいく。
必死に扉を開けようとしているのだが、手が震えているのか、うまく取っ手を掴むことができていない。

エイスリン 「シロ……ガンバッテ……」

そして、やっとのことでシロが取っ手を掴むことに成功する。
ゆっくりと扉を押し、徐々に速度を上げていくと……扉を完全に開け放った。

エイスリン 「ヤッタ! サキ、ヤッタネ!」

喜びのあまり、隣にいた宮永咲に抱きつく私。
「キョーキランブです」と呟きながらも、彼女は頬を掻いてはにかんでいた。


しかし、喜びで膨らんでいた心は徐々に萎んでいった。
何故か。簡単に言えば、嫉妬だ。
塞と楽しげに話すシロの姿を見て、また私の心の汚い部分が姿を現したのだ。

白望 『えーと……塞の好きな食べ物って、なんだっけ』

エイスリン 「マーマイト、タップリノ、パン……」

シロと擬似的に会話をすることを試みるも、空しくなってすぐにやめた。
確かにシロの孤独は辛いと思う。けれど……私だって、孤独なのだ。

心が急速に冷えていく。

エイスリン (シロ……デンワオワラナイカナ)

ぼんやりと、そんなことを考えていた。
いけないとはわかりつつも、心の悪魔はチラチラと自己主張する。
きっと、私はシロと「孤独」を共有することで、自我を保とうとしているのだ。

そして次の瞬間……

白望 『塞、友達になってくれてありがとう。本当に大好きだから……』

私は心の底から、親友であるサエに嫉妬してしまった。


「本当に大好きだから」
その言葉が私ではなく、他の人に向けられたことが悲しかった。

もちろん、シロがみんなのことを好きなのはわかっている。
それと同様に、私だってみんなのことが大好きだ。

ただ、死を待つしかない運命、この暗闇での長い孤独。
シロだけではない、気づけば私も狂気の世界へ堕ちているのだ。

エイスリン 「シロ……ヒッグ……エグッ」

涙が止まらない。
シロの名前を呼べば呼ぶほど、涙の量が増えていく。

このとき私は初めて、自分の死に対する運命を呪ったのだった。

咲 「エイスリンさん……」

涙を流し、嗚咽を漏らし、肩を震わせる。
そんな私を、宮永咲はずっと抱きしめてくれていた。

支援


それから私は死んだように過ごした。
何をするわけでもない。ただ、シロの様子を眺めているだけ。

シロの様子を定期的に確認する。。
必要に応じて、私は生理的欲求に関する二者択一を示す。
それに対して、シロが選択をする。

単純な作業だ。
気づけば、私は言葉を発することをやめた。

塞との会話の直後から、私たちと会うことを望み続けたシロも、
宮永咲の指示に応じて無視し続けていたら、やがて言葉を話さなくなった。

やがてシロも、私が提示した二者択一に対して拒絶を示すようになった。
食事の拒否。入浴の拒否。……度重なる、拒否。
宮永咲は「生に対する執着が減少しています」と言っていたが、
私は、私自身そのものがシロに拒絶されているようで、とても悲しくなった。

確かに、私はシロと「孤独」を共有することとなった。
しかし、私と彼女の心はとても離れた位置にあると感じていた。


現状に変化をもたらしたのは、現実における変化だった。

咲 「エイスリンさん、報告があります」

エイスリン 「……」

咲 「臼沢塞が、現実で意識を取り戻したそうです」

エイスリン 「サエ……」

咲 「鹿倉胡桃がほぼ死の淵から脱し、生きることになりそうです」

エイスリン 「クルミ……」

サエが助かり、クルミがほぼ助かることが確定した。
嬉しい報告には違いない。だが、渦巻く感情は喜びだけでは表現できなかった。

エイスリン 「ワタシ、ヒトリボッチ、ナルノカナ……」

寂しさ。
死が確定している私に対して、センセイ、サエ、クルミは現実で生き残る。
トヨネはわからない。シロは……まだ、わからない。


みんなから取り残されていく。
私だけ死の世界に飲み込まれていく。

寂寥、恐怖、嫉妬、諦念。
犇くのは、暗い感情。

そのとき、「シシャ」が私に囁いた。

咲 「……不公平ですよね」

エイスリン 「……?」

咲 「エイスリンさんは、こうやって死ぬのを孤独に待っている」

咲 「なのに、友人達は生きることを選ぶ、いや、選ばれている」

エイスリン 「……サキ?」

咲 「これで姉帯豊音と……小瀬川白望が生きることになったら」

咲 「……あなたは、どうなるんでしょうか」

エイちゃん…


私が感じていた恐怖を口に出されると、背筋が凍った。
他人に可能性を突きつけられることで、恐怖が現実感をもって迫ってくる。

独白めいた「シシャ」の囁きは続く。

咲 「彼女達は、きっと力をあわせて困難を乗り越えていくでしょう」

咲 「あなたの死、という困難すら」

エイスリン 「……ッ!」

思わず身体が震える。

咲 「まあ、それも些細なことです……」

些細なこと? 私がみんなに置いて行かれることが?
「シシャ」の自分勝手な言い方に怒りを示そうとするも、続く言葉に身体が凍った。

咲 「鹿倉胡桃、でしたっけ?」

咲 「あの子もエイスリンさんと同様に……」

咲 「……小瀬川白望に恋愛感情を抱いているんですよね」

支援


宮永咲が、なぜそれを知っているのか。
私とクルミだけの秘密。二人で交わした約束。

咲 「……不公平ですよね」

咲 「もし、鹿倉胡桃と小瀬川白望が生きることになったら」

咲 「無抵抗で、鹿倉胡桃に大好きなシロを取られちゃうンダカラ……」

エイスリン 「アッ……アッ……」

私は彼女の表情に足を振るわせた。
これまで見せることの無かった、その残忍な笑顔に。

エイスリン 「クルミナラ、イイモン……」

捻り出した言葉は、弱々しいものだった。
そんなガラクタの言葉の壁は、いとも簡単に破壊される。

咲 「それ、嘘ですよね。だって、気づいているんでしょう?」

咲 「あなたが望んだことによって、小瀬川白望があの空間に閉じ込められていることに」


心の鎧が破壊されていく。
私の本心が丸裸にされていく。

咲 「取られたくなかったんでしょうね……彼女を」

咲 「あなたは小瀬川白望を飼い殺しにすることを選んだんですよ」

咲 「考えても見てください、臼沢塞との会話を」

咲 「姉帯豊音の話のくだり。小瀬川白望は知らなかった」

咲 「イメージは知らない事実を具現化することはできません」

咲 「小瀬川白望は関係ない」

咲 「あそこに現れるイメージは、全てあなたが描き出したものなんですよ」


咲 「さあ、そろそろ気づいてくださいよ」

私はホワイトボードを両手に抱えて、顔を隠して蹲る。
彼女から逃れたい。「シシャ」から逃れたい。宮永咲から逃れたい。

咲 「あなたの願望に」

でも、それは無理だと悟っていた。

咲 「私の正体に」

「シシャ」と名乗った宮永咲の正体、私が恐れていたものとは――

咲 「じゃあ、次の二者択一を提ジシマショウ」

悪魔が囁く。

「 「……シロガ、クルミヲエラブカ、ワタシヲエラブカ」」

――心の中に棲む、どす黒く汚れた私だった。


考えた選択肢は、「どちらが死ぬか」をシロに選ばせることだった。
死ぬことが確定している私を蘇らせることは、能力を超えた選択肢だったから。

咲 「この二者択一、あなたにはデメリットがありません」

咲 「まず、鹿倉胡桃が死ぬことを選択した場合」

咲 「まだ、生きることが確定しているわけではない鹿倉胡桃は死にます」

咲 「そうすると、もう現実で小瀬川白望を奪われることはありません」

咲 「そしたら、死の世界で、彼女と仲良くいきていきましょうか」

そこで彼女が皮肉めいた笑い声をあげる。
汚い。汚い。汚い。……汚いのは、私。

咲 「そして、悲しいですがエイスリンさんが死ぬことを選んだ場合……」

エイスリン 「……」

ゴクリと唾を飲み下す。
ホワイトボードを握った手が汗で湿る。

咲 「小瀬川白望を殺して、長い時を二人で過ごしましょう」

支援


――シロを殺す。
私にとって最も有り得ない選択肢は、最も魅力的な光を放っていた。

エイスリン 「デモ、ドウヤッテ……?」

咲 「簡単です。彼女が、現実に失望するように仕向ければいいんですよ」

咲 「あの空間に留まりたい、そう思わせてから、選択させればいいんです」

エイスリン 「……ウン」

こうした話し合いを経て、私は残酷な二者択一を提示した。
私は死ぬことが確定している。現実では、もはやシロに選んでもらうことはできない。
ならば、この空間で選んでもらうしかないだろう。

『かくらくるみがしぬ』

『えいすりんうぃっしゅあーとがしぬ』

その選択に対して、シロはひどく混乱していた。
それも仕方が無いだろう。
孤独の中に救いの糸が垂らされたと思ったら、それは地獄からの釣り糸だったのだ。

でも、大丈夫。
ワタシガ、タスケテアゲルカラ。


白望 『ふざけるな……っ!!』

地面を拳で叩き、怒りを吐くシロ。
私が初めて見るその姿に、一抹の不安を覚える。

咲 「大丈夫。大丈夫ですよ」

安心させようと思ったのか、宮永咲が私の肩に手を置く。
しかし、その彼女の手からも震えが伝わってきた。

白望 『うああああああああああああああああああああっ!!』

エイスリン 「ウッ……ウッ……。シロ、ゴメンナサイッ……」

両手で頭を掻き毟り、意味不明な叫び声をあげる。
唾液を口から垂れ流し、理性を失っていく彼女の姿を見るのは辛かった。

長い時間が経った。
その間、シロは金魚のように口をパクパクさせるだけで、
それ以外は、まるで死んでいるかのように動きを見せなかった。


しかし、微妙な変化が現れる。

白望 『……』

何かをブツブツと呟いている。
さきほどまで死んでいた瞳には、微かな光が宿っているように見える。
その瞳を見たとき、私の心が微かに揺れるのを感じた。

白望 『……ちょいタンマ』

私と宮永咲の間に沈黙が訪れる。

今のは悩んだときにでる、シロの口癖だ。
ということは、「答え」を出す時が近づいている、ということだ。

白望 『……決めた』

咲 「……小瀬川白望」

エイスリン 「……シロ」

白望 『私は……』

咲 「ワタシヲ、ワタシトノジカンヲ、エランデ!!」

エイスリン 「ドウカ、クルミヲ、コロサナイデ……」

二人の私は、同時に強く願った。


白望 『私は、どちらも選ばない……』

白望 『私の選択肢は一つ』

白望 『小瀬川白望が死ぬ』

白望 『ただ、それだけだ』

そこには私のよく知る、人に優しいシロの姿があった。
とても、力強い言葉だった。
私たちに向かって言ったように見えたのは、果たして気のせいだろうか。

咲 「そんな……どうして……」

エイスリン 「シロ……」

座り込んだシロは、「ありがとう」と呟くと目を閉じた。
透き通った白い肌。その綺麗な顔は、どこか笑っているようにも見えた。

咲 「……」

エイスリン 「シロ……」

私たちが提示した悪魔の二者択一。
彼女は、自分が犠牲になることによってそれを拒絶したのだった。


エイスリン 「クルミ……ヨカッタ」

過程は違えど、結果的にクルミの死を選択しなかったこと。
直前になって正気を取り戻した私は、それに心から感謝していた。

――ポツッ。
ホワイトボードに、穢れの無い涙の粒が落ちる。

さきほどまでいた、悪魔の面をした私は霞んでいく。

咲 「……でも、小瀬川白望はここから長い孤独に苦しむことになりますよ」

エイスリン 「……ダイジョーブ。ワタシ、タスケルチカラ、アル」

咲 「それは、どういう……」

以前とは立場が変わっていることに、私は思わず苦笑を漏らす。
強い私が戻ってきた証拠だ。そしてこれからは、私がシロを導くのだ。

そのためには……。
まずは、シロにも現実を知ってもらわなければいけないだろう。

支援

さるくらったか

ちょーねむいんだけどー


それでも、シロには最大限の配慮をする必要がある。
シロが前へ進むことを選ぶのならば、もちろん現実を伝えるべきだ。
ただ、シロだって強くあり続けるわけではない。前に進むことを、強制してはいけない。

涙で悪魔の選択が消えていた。
そこに私は、新たな二者択一を書き込んだ。

『つらいげんじつをしる』

『しらなくてもいいげんじつからめをつむる』

――シロは前へ進むことを選んだ。
私の知っている以上に、シロは強い人間だった。

エイスリン 「ソレジャア、ワタシモイクネ」

私も行かなければならない。そう思った。
現実を知ったとき、きっとシロは辛い気持ちになるだろう。
そのとき、私は彼女を助けてあげなければならない。


咲 「……本当に、これで良かったと思いますか?」

エイスリン 「……ウン」

咲 「……何故ですか?」

エイスリン 「ダッテ、シロガ、エランダカラ!」

咲 「本当に大好きなんですね……いや、大好きですよね」

「私はそこまで、強く信じることができなかった」と、宮永咲は呟いた。
弱い彼女を、いや、弱い私を、私は強い心で抱きしめた。

エイスリン 「……アリガトウ」

さあ、私はシロの元へと向かわなければならない。


な世界を進んでいく。
この空間は、かつて私が孤独だったときのように寒い。

でも、もう少しで会える。シロに。
私を外の世界に連れ出してくれた、大好きなシロ。

今度は、私が連れ出してあげるから。

エイスリン 「……」

それでも、決心は常に恐怖と隣り合わせで闘っている。
取り残される恐怖。死を待つ恐怖。みんながいない恐怖。

みんなは、私のいない世界を憂いてくれるだろうか。
……私は、宮守女子麻雀部のみんなを信じている。

クルミが、サエが、トヨネが、シロが、トシセンセイが。
きっとお互いに支えあって、辛い現実を生き抜いていけるはずだ。

エイスリン (クルミ……)

特に、シロのことはクルミが支えてくれるだろう。
何故なら、彼女と私は秘密を共有し、約束を交わした仲だから。

しえん


私のシロに対する気持ちを知っているのはクルミだけだ。
麻雀部の面子が揃い、全国大会の予選に挑む直前のこと。

エイスリン 「ワタシ、シロガスキ……」

必死の覚悟で、私の秘密を打ち明けた。
同性というタブーを犯していることで、彼女から忌避されるかもしれない。
それでも、私はこの素晴らしい気持ちを、苦しい心を誰かに開放してほしかった。

そんな私の告白に対し、彼女は一瞬驚いた表情をした。
そして――頬を赤く染めて、幸せそうに笑った。

胡桃 「……エイちゃんもなんだ!」

そのときから、私とクルミは秘密を共有する仲になった。
恋敵ではない。お互い、大切に思うものが一緒の仲間だ。
二人でシロの好きなところを語り合うこともあった。

胡桃 「エイちゃん、ひらがなの練習しよ!」

エイスリン 「Why?」

胡桃 「だって、エイちゃん恥ずかしがりだし」

胡桃 「気持ちを伝えるとき、手紙も書けたほうがいいよ!」

そしてクルミは自分の気持ちを顧みず、私を最大限にサポートしてくれた。


約束を交わす仲となったのは、あの悲劇が起きた晩だった。
三人が早々に寝てしまったので、私はクルミといつものように話をしていた。
切り出したのは、やはり強い心を持ったクルミからだった。

胡桃 「ねえ、エイちゃん。いつ、シロに気持ちを伝えるの?」

エイスリン 「……」

気持ちを伝える。それは即ち、今までの関係が崩れる恐れがあるということ。
それに仮にうまくいったとしたら、目の前にいるクルミは深く傷つくだろう。
その行為に対して、良い結果があるとは思わなかった。

胡桃 「私ねー、エイちゃんならシロを取られてもいいかな、って思ってるんだ」

エイスリン 「……エ?」

胡桃 「それに、高校卒業したらニュージーランドに戻っちゃうんでしょ?」

彼女の言わんとしていることはわかっている。
帰国したら、次はいつ会えるかわからない。いや、一生会えないかもしれない。
そしたら、きっと私は後悔する。でも……。

エイスリン 「ワタシモ……」

エイスリン 「クルミナラ、シロ、アゲル!」


胡桃 「……エイちゃん」

それは正直な気持ちだった。大好きな二人が、さらに仲良くなる。
そこに私が入れなくても、きっと幸せな気持ちになれるだろう。

胡桃 「じゃあさ、こうしよう?」

エイスリン 「……What?」

胡桃 「もし、どっちかが気持ちを伝えようと決めたときは」

胡桃 「……二人で一緒に伝えよう?」

エイスリン 「……ウン!」

いわゆる、抜け駆け禁止の約束だった。
あくまで平等に、どちらが選ばれても、相手の幸せを喜ぶ。
これが私とクルミが交わした約束だった。

今思えば、選ばされるシロからしてみれば、たまったもんじゃないかもしれない。
第一、シロが同性を好きかもわからない。そしたら、単なる気持ちの押し付けだ。

だから私達は、なかなか動こうとしなかった。
あまつさえ、この現状のままで良いのではないかとも考えていた。

そして、突如最期の夜が訪れた。

>>591訂正


>な世界を進んでいく。


>真っ暗な世界を進んでいく。

この「咲さん」が日本語ぺらぺーらすらすーらな理由はなんだろう


エイスリン (クルミ……)

クルミはほぼ生きることが確定しているらしい。
そうなると、私は現実の世界で彼女と会うことはできないだろう。

やがて、長い長い暗闇の先に、小さな白い粒が現れた。
歩みを進める度に、粒は点へ、点は空間へ、肥大していく。
そして、白い光は私の暗闇の世界を包み込んだ。

エイスリン (マブシイ……)

目が眩む。瞼を閉じざるをえない。
……光が徐々に収束していく。よし、もう大丈夫だ。

目を開く。
そこには、慣れしたんだ麻雀部の部室が描き出されていた。

胡桃 「やっほー、エイちゃん」

塞 「これで役者が揃ったね」

豊音 「ウキウキしてきたよー」

トシ 「さ、シロが来るまでに色々と決めないとね」


みんなは、私のイメージによって産み出されている。
それがわかっていても、涙を止めることはできなかった。
もう二度と姿を見ることができないかもしれない、そう思っていたから。

塞 「ちょっとー、涙はシロのためにとっておこうよ」

エイスリン 「ダッテ……エグッ……」

胡桃 「それで、どうするつもり?」

エイスリン 「……ゲンジツ、オシエル」

豊音 「そんな一直線にいくんだー」

トシ 「いきなりは、シロもきついんじゃないかねぇ」

胡桃 「そーそー、とりあえず麻雀打って、ゆっくりしようよ」

エイスリン 「ミンナ……?」

微かな違和感を覚える。
彼女らは、果たして本当に私が産み出したイメージだろうか。

「「「「だって、小瀬川白望が離れていくのが、まだ怖いんでしょう」」」」


エイスリン 「……!」

重なる声。明らかに違和感のある口調。
……失念していた。私の中の悪魔は、まだ死んでいなかったようだ。

エイスリン 「サキ……?」

呼びかけてみるも、反応する人はいない。
あくまで白を切るつもりか。いや、ここにはいないのかもしれない。

ここはいわば、シロの世界だ。
もう一人の弱かった私は、私――エイスリンの世界に残った。
ということは、向こうから理想を描き出すべく、干渉している可能性は大いにある。

塞 「シロだって長い孤独を経験したわけだし、少しは楽しい時間を過ごしたいはずじゃない?」

豊音 「その結果、シロがここにいることを選ぶこともあるかもしれない」

胡桃 「最期に選ぶのはシロなんだから……ねっ?」

そんな彼女らの言葉に、私は逆らうことができなかった。
鉄で繕ったつもりの私の意志は、甘い誘惑にいとも簡単に絆されていく。
きっと、私自身の心の中に、シロと一緒に過ごしたいという気持ちが残っていたのだ。


トシ 「それで、誰がシロと打つんだい?」

胡桃 「んー……どうしよっか?」

エイスリン 「……ワタシハ、イイヤ」

豊音 「エイスリンさん、どうして?」

座ってはいけない気がした。
これから死にゆく私が、席を奪ってはいけない気がした。
これから生きるかもしれない四人が、座るべき場所なんだと思った。

トシ 「じゃあ、胡桃と塞と豊音が座りなさい」

クマクラセンセイに促されて、三人はそれぞれ卓に着く。
そしてセンセイもパイプ椅子に腰を掛けると、私に笑顔を向けた。

トシ 「エイスリンも、不自然なに振舞いをしないようにね」


それから少しして、部室の扉のノブが回る。

エイスリン (シロ……ゴメンナサイ)

シロ (ワタシマダ、アキラメルコトガデキナカッタ)

そして――

塞 「やっと来たね、シロ」

胡桃 「ほら、早く卓に着いて!」

豊音 「もう席決めは終わってるよー」

エイスリン 「ワタシ、ウシロデミテル!」

トシ 「さあ、とりあえず東風で打ってもらおうか」

――シロを騙すための、醜い演技の時間が始まった。

書き溜め終了・・・
何度もさるってすまん。せっかく保守してもらったのに。

夜中の一時、二時ごろ書き溜め切れる→朝方までに完成させる
→明日の昼過ぎ投下する→夕方バイト行く

という黄金の方程式がおさるさんに崩された。錦織も負けるし。

ちょっと書き溜めてきます。

面白い
超絶支援


初カキコ…うそ…

俺みたいに徹夜してSS書き上げる腐れ野郎、他に、いますかっていねーか、はは

今日の雀卓での会話
嶺上開花ツモ とか 海に映る月を掬い取る とか
ま、それが魔物ですわな

かたや俺は電子の海で画面を見て、呟くんすわ
ツモ、中のみ。和了ってる?それ、役無しね。

好きな麻雀漫画 ぎゃんぶらあ自己中心派  
尊敬するキャラ エイスリン・ウィッシュアート(二者択一はNO)

なんつってる間に朝の9時っすよ(笑) あ~あ、徹夜明けの辛いとこね、これ



というわけで、さすがに体力きついんで仮眠します
昼頃に投下します

保守の時間かね

ほー

新・保守時間目安表(休日用) 00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内

新・保守時間の目安(平日用) 00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内

おはようございます、保守あざす
残り約30レス 投下していきます

よし来た

来た!すばら!


本音を言えば、みんなと一緒に卓を囲んでいたかった。
シロの後ろに立つ。輪に入ることができない私の、唯一の贅沢だった。

それから、私はみんなに併せて道化を演じ続けた。

エイスリン 「ソレデイイトオモイマス!」

エイスリン 「シロ、ガンバッテ!」

シロが、こっちの世界から抜け出せなくするために。
現実から目を背けさせ、私と一緒に過ごすことを選ばせるために。

エイスリン 「シロ! ツヅケヨ!」

エイスリン 「マージャン、タノシクナイ?」

ひどい無理をしていた私は、きっと上手く笑えていなかっただろう。

そのような状況下でも、シロは私たちの画策を跳ね除けてきた。


白望 「私は、現実を知るためにここにきた」

シロの一言で、この空間はうって変わったように静まり返った。
無理やり笑顔の仮面を被っていた私たちは、一瞬で無表情に変わる。

エイスリン (シロ……。ヤッパリ、ワタシ、オシエルッ……!)

塞 「なんのために?」

白望 「……この空間から抜け出すために」

胡桃 「辛い現実を知る必要があるのかな?」

白望 「……もう、私はそれを選んだ」

トシ 「その先に、シロの大事な人たちがいない可能性があってもかい?」

白望 「……っ」

三人の詰問に対して、シロは黙り込んでしまう。
弱さを露呈するシロを見ると、現実を伝えることに手が控える。
彼女に深い傷を負わせてしまうのではないかと怯えてしまう。

エイスリン 「イママデドオリ……ソレガイチバン!」

口から出た言葉は、虚飾なのか、本心なのか。
私自身にもわからなかった。

支援でー


結局、彼女らは現実をシロに伝えても構わないと判断したようだ。
対局は続けつつも、シロの疑問を解消するように言葉を発していく。

トシ 「この空間は、あくまでイメージだよ」

エイスリン (ワタシガツクッタ、イメージノセカイ)

白望 「じゃあ、ここにいるみんなは偽者……」

エイスリン (チガウ、ワタシダケハ、ニセモノジャナイ)

白望 「現実の私はどうなる……?」

エイスリン (ゲンジツノ、シロハ……)

ここまで強く前に進んできたシロも、動揺しているようだ。
彼女がらしくない振込みをしたのは、その直後のことだった。

胡桃 「現実のシロは、死ぬよね」

胡桃 「――ロン。5200」


そして、とうとうシロは辛い現実を知る。

私たちがホテル火災に巻き込まれたこと。
私たちが意識不明の重体であること。

知るたびに、シロの顔は悲壮に満ちていった。
そんな彼女に、追い討ちをかけることが、どうしてできただろう。
気づくと私は、彼女を傷つけたくない気持ちでいっぱいだった。

エイスリン 「ツライ、ゲンジツ……」

エイスリン 「シラナクテ、イイコトモアル」

エイスリン 「シロ、ソウオモウヨネ?」

白望 「……」

私の質問に、シロが答えることはなかった。
綺麗な瞳が揺れる。彼女の意思が、薄弱なものへと変化したことがうかがえた。


トシ 「誰もあなたを責めたりはしないわ」

トシ 「辛い現実を選ばないことは、逃げることじゃない」

トシ 「誰もがそんなに強い人間じゃないのよ」

センセイが諭すように言う。
この言葉は、シロの精神に大きな影響を与えたようだった。

白望 「ちょい……タンマ……」

擦れ出た声。
まるで、彼女の弱い部分が露わになっているようだった。
きっともう、現実に生きることを否定し始めているのだろう。

そんなシロの様子を確認すると、塞がサイコロを回した。
第一段階、現実の拒否。次にやることは、決まっている。


豊音 「今のこの時間は楽しまないと損だよー?」

そう、第二段階は、この空間への執着。
みんなと麻雀をする。
変わらない安心を感じさせることで、ここで生きることを考えさせる。

トシ 「シロは気を張りすぎよねぇ」

塞 「いつもは、ダルい……、ばかりでユルユルなのにね」

胡桃 「え? 塞、今のシロの真似のつもり?」

エイスリン 「ニテナイ!」

塞 「え……」

豊音 「でもでも、ちょーかわいかったよー」

普段と変わらないやり取りをする。
一見、微笑ましい光景だが、本質は酷い戯曲だ。

それでも、シロはその光景を見て微笑んでいた。


それからは、ただただ麻雀をする時間だった。
当初は手が控えていたシロも、流れを掴んで初めて和了った。

白望 「ツモ、2900オール」

シロの微笑が、更に深くなる。心から楽しんでいるようだ。
表情に乏しい彼女だが、私達はその変化を見逃さない。

胡桃 「シロが笑ってるー」

塞 「本当だ。やっぱり、こうやってみんなと打つのは楽しいよね」

豊音 「私もちょー楽しいよー」

シロは、私達の罠にかかった。
恐らく、この世界で生きていたいと、思わせることに成功した。

シロが私を手招きする。
来た。明らかになる、彼女の意志が。

横に立つと、私の耳元に口を寄せた。鼓動が高鳴る。
大好きなシロの息がかかる。頬が紅潮するのを感じる。

シロ、この世界でワタシと――。

私は、幸福の絶頂に達しようとしていた。


白望 「みんなで、ずっとここに居てもいいかもね……」

エイスリン (――エ?)

彼女は今なんて言った?
みんなで? ワタシとではなく、みんなで……。

一気に転落する。悲しみが私の体中を覆う。
浮かれたいた自分に、ひどく腹が立つ。

普通に考えれば、当たり前のことだった。
みんなとの日常を過ごすことで、シロに現実への未練を断ち切らせる。
その先にシロが望むのは、宮守女子麻雀部のみんなと過ごす時間なのだ。

この後、シロが現実での死を選択したとして、
死の世界に住まうことになったとき、私しか居なかったらどう思うだろう。

それは、完全なる裏切りだ。


エイスリン (シロ……)

きっと、私だけの力で、この空間でシロの傷を癒しても、
さきほどの耳打ちのような言葉は、きっと出てこなかっただろう。

みんながいる場所にいたい。
それが、シロの選択なのだろう。

そうだとすれば……この空間に留まらせることは、
最終的に、シロの望まない選択をさせたことになってしまう。

エイスリン (シロ)

私は何故、ここにきた。今一度、思い出せ。

エイスリン (シロ、ワタシハ、アナタノチカラニナリタイ)

エイスリン (アナタヲ、ササアエテアゲタイ)

エイスリン (アナタニ、シアワセニ、ナッテホシイ!)


大好きな人に、二度と会えなくなる。
それはとても辛い。その苦しみに、耐えられる自信が無い。

だが。

大好きな人が、不幸になる。
それは、会えなくなることより辛い。

だから私は――。

白望 「……エイスリン?」

シロが困惑した表情で私を見ていた。
大丈夫。ボードを使わずとも、私があなたの「迷い」を産み出してあげる。

エイスリン 「シロ……」

孤独に苛まれた、シロの今まで。そして、辛い現実が待つであろう、シロのこれから。
私はシロのことを想いながら、一筋の涙を流した。

エイスリン 「ホントニ、ソレデイイノ……?」

白望 「え……?」

エイスリン 「ズット、ココニイル。シロ、コウカイシナイ?」


シロは返事をしなかった。
だが、挙動に、空気に、些細な変化が現れる。

胡桃 「……」

塞 「……」

豊音 「……」

三人の視線が私を貫く。だが、そんなことは関係ない。
私はシロに選択肢を与えただけなのだから。
最後に決定するのは、シロ自身だ。

胡桃 「シロ、なにを迷ってるの?」

塞 「ここで、ずっと過ごせばいいじゃん」

豊音 「私たちもずっと一緒だよー」

トシ 「今までと変わらない、誰も傷つくことが無い世界でいいじゃないか」

弱い私たちの、必死の誘惑。
沼の奥地に引きずり込まんとする、泥に塗れた罠。

支援


だが、シロはそれらを振り切った。
甘い誘惑を断ち切って――私のほうを振り返った。

白望 「……エイスリン」

彼女は私の瞳をまっすぐに捉える。

白望 「エイスリンの気持ち、教えて」

彼女の瞳からは強い意志を感じる。
それでいて……とても、優しい。
そこにいるのは、私の知っている、いつものシロだった。

だから、私は正直な気持ちを吐露した。

エイスリン 「ワタシハ……」

エイスリン 「シロ、シンデホシクナイ」

目尻に涙が溜まっていった。


白望 「……ちょい、タンマ」



長い、沈黙。



白望 「……お待たせ」

そこからの、シロは凄かった。
塞と豊音の立直、胡桃の闇聴に臆することなく牌を切っていく。
まるで、その先が見えているかのように。
序盤に見せた、守りを重視した麻雀はもうそこには無い。

「ちょい、タンマ」
この口癖は、彼女が逡巡に陥る合図だ。
そして、今迷うことなく手を進めていく彼女を見ればわかる。
シロは「迷い」、そして「答え」を出したのだ。

やがて、シロが聴牌する。
平和・一盃口・ドラ1、高めで純チャン。

そして二巡後、彼女は引いてきた牌をなぞると呟いた。

白望 「みんな……」

支援


この瞬間、私は彼女の意志を完全に理解した。
ならば、私には急いで用意しなければならないものがある。

彼女が前に進むための、二者択一を。

ホワイトボードに金色のペンで文字を書く。
……できた。

『げんじつのせかいをいきる』

続いて、ボードを裏返して銀色のペンを握る。
が、手が止まる。
選択は決まっているのだ。書く必要があるのだろうか。

エイスリン 「……」

最後のわがままだった。
シロはきっと選ばないだろう。
いや、この選択肢を見ることすら、ないかもしれない。

エイスリン (シロ……ゴメンナサイデシタッ……)

それでも、書かずにはいられなかった。


『りそうのせかいをいきる』

――理想の世界。
それは私にとっての、理想が描かれた場所。

シロと一緒に。ずっと一緒に。
絵を描いたり、お話をしたり、手を繋いだり。
それだけでいい。二人で仲良く、ただただゆっくりと……。

エイスリン 「ウッ……ウッ……」

涙が止まらなかった。
私の恋が、人生が終わろうとしていた。

白望 「……私は、前へ進む」

白望 「辛い現実を、生きていく」

白望 「それが……私の選択だから」





白望 「……ツモ。6400オール」

その時が、きた。

辛いわ…


トシ 「これで、終わりだね」

センセイがパンと手を叩く。
……とても暖かな笑みを浮かべている。

胡桃 「あーあ、負けちゃったかー」

豊音 「最後の和了りは、全く迷いが無かったねー」

塞 「やっぱり、シロはそっちを選んだかー」

三人もシロに笑顔を向けている。
優しさに溢れた微笑みだ。

どうやら弱い私は、最後の最後に折れてくれたようだ。

白望 「エイスリン」

エイスリン 「シロ……ヨカッタ」

言葉は本心だった。ただ、涙が止まることは無かった。
だけど、シロのために、強い私でいたい。
だから私も、精一杯の笑顔をシロに向けた。

支援


白望 「それじゃあ、私はそろそろ行くから」

シロが席を立つ。前だけを向いて進んでいく。
決して後ろを振り返ることなく、トヨネの背後にある扉の前へと進んだ。

『げんじつのせかいをいきる』

その瞬間、私は幸福に包まれていた。

不思議な能力も、道具もいらない。
私の言葉で、シロを間接的に彼女を導くことができた。
私の気持ちで、シロを助けることができたのだ。

トシ 「シロ、これからきっと辛いことがたくさんあると思う」

塞 「でも……私達も力になるから」

胡桃 「そうそう、現実の私たちが助けるよ」


シロを送り出す言葉。
「力になる」、「助ける」
現実の彼女達に、これからがあるからこその言葉。

でも、私にはこれからが無い。
シロと、クルミと、サエと、トヨネと、センセイと生きるこれからが無い。

だから、私はこう言うしかなかった。

エイスリン 「シロ、……ガンバッテ」



視界が霞む。意識が薄れていく。

エイスリン (ミンナ、バイバイ……)

必ず、みんなで現実を一緒に生きぬいてください。
どうか……シロを支えてあげてください。












白望 「みんな……ありがとう」









薄れゆく意識の中。
最後に私が聞いたのは、大切な人の感謝の言葉だった。

支援


見知らぬ、白い天井。
焦点は定まらず、頭はぼんやりとしている。

エイスリン (……テンゴク、カナ)

死の実感が無い。
意識が朦朧としていると、空間もあやふやだ。
本当に、私は死んでしまったのだろうか。

手を動かしてみる。問題なし。
膝を曲げてみる。こちらも問題なし。

首を傾けてみる。
左。何やらよくわからない機器だらけだ。
右。ミギ……。

胡桃 「エイちゃん……」

大泣きしたクルミが抱きついてきたのは、その直後だった。


胡桃 「良かった……。良かったっ……!」

ボロボロと涙を流しながら、抱きしめる力は徐々に強くなる。
その圧力が、暖かさが、私に生きていることを実感させる。

エイスリン (ワタシハ、イキテル……?)

ズキン。
激しい頭痛が私を襲う。
それと同時に、胸が痛む。呼吸が荒くなる。目が霞む。

エイスリン 「ウッ……ウゥ……」

胡桃 「エイちゃん、どうしたの!?」

あまりの痛みに呻く。体が捩れる。
細めた視界の隙間から、泣き叫ぶクルミが見える。

どうやら、これは神様が……。
いや、“the god of death”が与えてくれた、僅かな時間のようだ。


ならば、この残された時間をどう使うか。

エイスリン 「ク、ルミ……。シ、ロ…… シロハ……」

胡桃 「エイちゃん……シロは、まだ意識を取り戻してないの」

エイスリン 「ソ……ナン……ダ……」

胡桃 「エイちゃん! 大丈夫!? 苦しいの!?」

エイスリン 「キイテ、クルミ……」

私は力を振り絞って、クルミの目元に手を添える。
そして震える人差し指で、そっと涙を拭った。

胡桃 「エイちゃん……」

エイスリン 「ホワイト……ボード……ペ、ン」

さる


胡桃 「ホワイトボードとペンだね!?」

クルミが慌てて、辺りを見回す。すぐに見つかったようだ。
手渡された愛用のボードは、少し黒く焦げていた。

死神が私に時間を与えてくれたというのなら、
私はここに記そう。シロへのメッセージを。

全身全霊の力を込めて、私は右腕を動かしていく。
一字、一字、ゆっくりと。震える右手で。だが、なかなかうまく書けない。

胡桃 「エイちゃん、頑張って」

クルミが目を瞑ったまま、手を添えてくれる。
震えが止まる。……いつも、クルミには助けられる。

たった十一文字が、とても遠かった。
やっとの思いで完成させたそれを、クルミに渡す。

エイスリン 「クルミ……コレヲ、シロニ……」

クルミが頷きながら、ボードに視線を落とす。
すると、クルミは私をキッと見据えてこう言った。

胡桃 「エイちゃん、一番伝えたい気持ちを書かなきゃだめだよ」

強気な瞳は、濡れていた。


エイスリン (……フフッ)

やはり、クルミには敵わない。
必死に書いたにも関わらず、あっさりと本心を見抜かれた。

『しろ だいすき』

本当はこの六文字が書きたかった。
だが、私はそれを書かなかった。いや、書けなかったのだ。
これから死んでいく私の気持ちを押し付けたら、シロを困らせてしまうことになる。

エイスリン 「マエニ、イッタヨネ……」

胡桃 「……エイちゃん?」

エイスリン 「クル……ミナ……ラ、シ……ロ、アゲル、ッテ……」

胡桃 「嫌だ。嫌だよ、エイちゃん、約束したじゃない……」

ああ、どうやら、クルミとの約束は破棄したほうが良さそうだ。
告白するときは、二人一緒に……。でも、もう私には時間が無い。

大丈夫、クルミ。
私のことは気にしないで、シロに気持ちを伝えて。

エイスリン 「ク、ルミ………シ……ロ…ヨ……シ……ク…」

胡桃 「エイちゃん! エイちゃん!!」

支援




シロ。



散々迷わせて、ごめんなさい。



そして。








前に進んでくれて、ありがとう。




私は一人、病室のベッドでホワイトボードを抱えて震えていた。
さんざん泣き腫らした顔は、きっとひどいことになっているだろう。

胡桃 (エイちゃんを助けられなかった……)

後悔の波が押し寄せる。自責の念に苛まれる。

シロと、エイちゃん。
二人が一緒になれるように、色々と画策をしてきた。
だが、それも全て泡に帰した。

やはり、あのときに選ばれるべきだった。
悔やんでも仕方が無い。だが、それでも……。




胡桃 (あのとき、私が死ぬべきだったんだ)

支援


三日の意識不明の間、私は不思議な体験をしていた。
まるで幽霊のように、現実と、暗い世界をいったりきたり。

ベッドで機器に繋がれている自分の姿も見た。
お医者さんと、熊倉先生が話している声も聞いた。

お医者さんは言っていた。
エイちゃんは、助かる可能性がほぼない、と。

それを聞き、私は絶望した。
助けることはできないのだろうか。

その直後、エイちゃんの世界が出来上がった。
何故か私もそこにいた。

そして、私はエイちゃんに近づいた。
芽生えた能力、「自分を隠す力」を利用して。

起きたらepisode of side-Kが始まってたでござる


助けられると思った。
シロも、エイちゃんも。

だけど、どうしても駄目だった。
エイちゃんの死は確定事項だった。

ならば、どうするか。
エイちゃんを一人ぼっちにさせたくない。
誰かが寄り添うことが必要だ。

一番は、シロだった。
私の大切な人。もちろん、死んでほしくない。
けれど、この先に待ちうけているであろう、エイちゃんの想像を絶する孤独を考えると……。
シロには心の中で何度も謝罪した。エイちゃんを独りにすることなど、私にはできなかった。

あるいは、自分が死んで、一緒にあの空間で生きていくことも考えた。
私がシロの変わりになるとは思っていない。
少しでも、エイちゃんの孤独に寄り添うことが出来るなら……。

それが、あの悪魔の二者択一だ。
どちらに転んでも、エイちゃんが独りになることは無いと思った。

だが、シロに拒絶された。

支援


エイスリン 『ダッテ、シロガ、エランダカラ!』

あの一言は、とても眩しかった。
私はそこまで、シロを強く信じることができなかった。
ずっと、シロが私の死を選ぶかもしれない、と恐れていた。

そのとき、思った。
ああ、私はこの子に敵わないな、と。

その後も、必死にシロが向こうの世界に留まるように画策した。
だけどそれも……シロを想うエイちゃんの心に、拒絶された。

そこで、私にできることは無くなった。







……本当に、そうだろうか?


シロのところへ行こう。
まだ意識を取り戻してはいないが、きっと目を覚ますはずだ。

何故なら、シロは前へ進むことを選んだのだから。

ベッドから降り、シロが隔離されている部屋へと向かう。
二度、ノック。返事は無いが、私は扉を開ける。

胡桃 「シロ……」

人工呼吸器が取り付けられ、目を閉じたままのシロ。
痛々しい姿だった。すぐに、元気になってほしいと思った。

胡桃 「エイちゃん……」

今、考えられる範囲で、私がエイちゃんにしてあげられることは二つ。

一つは、このホワイトボードに書かれたメッセージをシロに渡すこと。

もう一つは……悲劇の夜に交わした、エイちゃんとの約束を守ること。

支援


予感がする。
シロが意識を取り戻すときが近い。

大丈夫。私はできる。
だって、自分を隠すことは得意だから……。

そのとき、シロの瞼がゆっくりと開き始めた。

大丈夫だよ、エイちゃん。
私は約束を守るから。










さあ、シロが間もなく目を覚ます。




白望 「二者択一……?」 episode of side-A

エイスリン 「ニシャタクイツ……?」 おわり

                     _..  -‐……‐-  .._
                  ´             `丶、
                /                 、   \\
                            \  `、 ヽ
               /,     i    i、       `、  `、
           //   i  |    「\ \       ゙,   ゙, ;:.      オツデシタッ!
.           .:'/ ,   i   |j     `、-‐…‐-ミ.゙.   Wハ
        / ,′,′ i   圦    、 ゙;:、   iハ :   【_Vハ
.           ´ ;      /\   \ }iハハj止_ハ;   Г)、}
       /   :;  ; i  ij jⅩ   `  ‐-- ,㌢゙⌒¨ ,′  Г  \
     {{   ; iiⅱ jⅣ     __    ″    /   ;     \
.     \   !iⅱi{ {い.:\  ,㌢⌒         /    ,゙    ;:.. `、
         ‘リ从W辷} }::} #             .゙     /     ;゙;::. ゙,
              》'´ ノ人__        _,ノ  ;     / ,!  }ii ; }}  }
              ,´ ,   厂}込、       .:;  .::/ ,;゙| ,ハj   /
             ,゙ /   .::/. :√ ` ._;ァ=‐‐ ´! : ;゙_jWル1 },゙ /
         /  ; .゙i; .:::/{ : :{い ''7「    Vv  ,:.  :{ }トミ」|__/イ}
        {ノ ;; ii ;:::;゙{_V゛   ;; |     Vv/^゙:、 ゙、]     ̄ミメ、
         i ‘i八{::i{'ヤ ;、  ii |     ,氷   \`      ハ
         U ! \〈   ゙,  ⅱ|   /⌒^\  `  ‐- }   ハ
          __     /` ‐- }i 从|__/_____\/    ノ/  ,ハ    xzx_
       i毯i二二二二二二二二二|亠亠亠亠亠亠|二二二二二二二二二爬i

       |[|「 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄]           「 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||]|
       | || | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ===========  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| || |

       | || |                     . +∽o,            | || |
       | || |              o∽*o。     .+°     ゚%        | || |
       | || |           +゜     %。...。゚       $          | || |
.      _」乢j」__       ゜           ゚$゚         ∮         _」ユL|
     , '´_.. ..__,ノ         ;                 ∮      <´_..   .._\

金曜日から三日間、つたない創作に付き合ってくれてありがとうございました
支援・保守・乙、すごく励みになりました

余談ですが、話のラストについては、最後まで三者択一で悩んでいました。
でも、他二つがあまりにバッドエンドすぎて、やめました。

バイトまでまだ時間があるので、
内容やその他、質問などあれば答えます。

今まで書いたもの知りたい
または今後書く予定など

参考にした話とかあったりする?

もし書いてくれるなら、お蔵入りしたバッドエンドの概要を知りたい

乙!!
残り2つだとどんな感じだったの?

>>783
咲のSSに限定すると、
霞 「戦犯を決めましょう」
エイスリン 「ナマエ……ゲンツキ・ホー?」 和 「ホーwwww」
咲 「この本なんだろ……。『まーじゃん部昔話』?」

今後はどうだろう。
草案は10本くらいあるけど、今回でけっこう疲れたので書くかはまだわからない

>>784
参考は無い
スレの途中で似た話はいくつか取り上げられていたけど、それほど飽和してるネタやね
話の核にしようと思ったのは、原作でもシロのモデルになってる遠野物語のマヨイガ


ゲンツキ・ホーの人かよ!

>>785->>786

①胡桃が黒幕エンド(>>728まで一緒)
→エイスリンは普通に生きてる
→胡桃が>>750->>759を告白する(ただし、これは嘘)
→エイちゃんがボードに『しろ だいすき』って書く
→胡桃がエイスリン殺す
→シロにボードを渡す前に、『ごめんね ありがとう』って書く
→胡桃 (一緒にひらがなの練習してきたから……真似ぐらい、簡単にできるよ)
→さあ、シロが間もなく目を覚ます。
→エイちゃん、シロは私のものだから。

自分を隠すっていう胡桃の特質を、悪意の嘘で固めたラスト
『ごめんね ありがとう』でシロにエイちゃんが関わっていたことを察せながら、
疑念を抱かせて、エイちゃんに全部を押し付ける。死人にくちなし。
二者択一は、シロを助け出すために、エイちゃんを利用した

という話

物書き志望?

エロ・セーシとか言ってたやつと一緒とは考えられんな

>>785->>786

②やっぱり胡桃が黒幕エンド(>>759まで一緒)
→今、考えられる範囲で、私がエイちゃんにしてあげられることは一つ。
→ごめんね、シロ。待ってて、エイちゃん
→今、シロがそっちに行くから

けれど、白い病室には延々と嗚咽の音が漏れ続けるだけだった(>>316
シロの首を絞める胡桃の嗚咽、と首を絞められて苦しむシロの嗚咽

という話

みんな色々とthx

>>795
全くど素人やね、よく見ると文章ガタガタやで
昔、他のVIPの創作系で書いてたから、地の文多目の読みにくいものになっちまった
すまんな

ちなみに胡桃=宮永咲というオチを、>>598で見破られたかと思ってドッキリした

おつおつ

>>316で胡桃が、ずっと友達云々ってところで違和感があった
なんでこの流れでそんなこと言うんだろうって
>>768の約束を守るってそういうことだったのかな?

話す相手の胡桃が駄目で塞になったってところの理由が微妙だったのは
咲=胡桃だったから?

>>807->>808
だいたいそんな感じです

胡桃=咲については、>>566のくだりで矛盾させたつもりです
本人が知らないことは、具象化することはできない
咲=もう一人のエイちゃんなら、咲が遠野物語の話をしたり、日本語ペラペラだったり、
三途の川とかいう単語を初めて知ることもない。

あとは、咲がエイちゃんと胡桃の共通の秘密を知っていたことが決めてっす

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