モバP「コンビニでのちょっとした葛藤」 (31)


わたしは葛藤していた。

コンビニに行くことに、ではない。
いらっしゃいませ、という店員の元気な声が聞こえる。
事務所の近くに新設された、新しいコンビニに足を踏み入れていた。

入り口のすぐ右がレジ、そのまま直進すると飲み物コーナー。
入って左が雑誌や美容関係の陳列棚がある。
わたしはちらりと目をやった。

4列構成になっていて、奥から2列目は、パンや惣菜だ。
手前から2列目は、カップ麺、電池や雑貨が置いてあった。
レジの真向かいの最奥にはお弁当がたくさん陳列されている。

いつも通り、いくつかのおにぎりとお茶を手にとった。
どうにも、ここのレジの店員は笑顔が絶えない。
きちんと教育されているおかげだろうか。

レジを済ませ、数百円の小銭を受け取った。
きちんと手を握って渡してくれるあたりがいい。
大事なお金を、零すこと無く受け取れるのだから。

わたしは葛藤していた。

昼間から何を考えているのか、と思われてもおかしくはない。
けれど、読みたくて読みたくて、仕方が無いのだ。
ファッション雑誌の奥の…その棚を。

成年雑誌を。



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成年雑誌という言葉には、魅力が詰まっている。

子供には、読むことのできない雑誌なのだ。
大人だけが、成人だけが読むことのできる雑誌。

わたしはこの歳になっても、それを読んだことがなかった。

わたしは、少年漫画の熱い展開の方が好きだった。
努力、友情、絆。この歳になっても、それは忘れられない。
けれど…それに反して、少年漫画というものは、全く異なると聞いた。

昨今の、少女漫画のあまりに過激な表現に驚いた事がある。
これは本当に少女の為の漫画なのか、と。
エロ本ではないか。

エロ本。

思わず頭のなかで俗的なその単語を反芻していた。
なんと禁忌溢れる単語であろうか。
非常に読んでみたい。

その前に、昼休憩が終わってしまう。
事務所に戻らなければ。
エロ本。

読みたくてたまらない。


わたしは手早く昼食を済ませ、事務作業に戻った。

契約内容の確認を済ませなければ。
やはり紙の方がよい質感だ。
めくる楽しみがある。

めくる楽しみがあるのは、紙に限った話ではないのだが。

ああ、そうじゃない。今はそんな事を考えてはいけない。
今はアイドルを支えるものとして、適切な態度を。
そう思っていても彼女らの薄着には困る。

そろそろ5月を迎えようとしている今、衣替えがはじまる。

先取りしたような薄い服を身に纏い、彼女らはここへやってくる。
ボディライン…身体を強調するような服を、誰が開発したのだろうか。
是非、その調子で開発を進めて行ってほしいと思う。資金援助してもいい。

けれど、わたしは仕事の場では一切、そういうそぶりは見せない。
仕事は仕事。公私混同はしない。当然のこと。

それでも目線をやるくらいは許してほしい。人間の性なのだ。


レッスンを終えたアイドルたちが出てくる。

わたしは壁1枚隔てた部屋で仕事をしていたため、彼女らは気付かない。
相変わらず、コピー機は調子が悪いときは、とことん悪い。
そして、アイドルたちの会話が聞こえてきた。

「社長、今日もコンビニのおにぎりを食べてた」

「うん。あまり、健康にもよくないから、心配」

彼女らは何と優しい存在なのだろうか。
共に働けて、一緒にいられることですら幸せを感じる。

だからこそ、わたしは個人的な趣味に走っているのかもしれない。

アイドルを支えるものとして、彼女らに憧れを抱いている。
ああ、けれど、それは恋愛感情という類ではない。
そんなことは、決してあってはならない。

アイドルを支えるものとして、人として、常識として。

残りの仕事も済ませて、今日は帰ろう。
あまりに疲れてしまった。
ああ、とても。

成年雑誌が読みたい。


ならば買えばいいではないか、と思うが、その勇気がなかった。

プロデューサーの彼と酒の席でそういう話題になったが、難しい。
読んだことがないんですか。彼はそう言って、驚いた。
興味はある、ということを付け足しておいた。

そうすると彼は納得したように微笑み、笑った。

酒の席でもどこでも、こういうネタに話題は付きない。

付き合いで行った先の席では、女性のそれは酷いものだった。
なので、今のようなソフトなものの方が、話しやすい。
本日の会計はわたしが済ませ、店を後にした。

彼は申し訳なさそうにしていたが、気にしないでほしいと伝えた。
相談に乗ってくれた礼を含めて、だったのだから。

そこまでをベッドの上で思い出し、スーツを整え、わたしは眠りについた。


どうにも、スーツのサイズが合わない気がする。

その理由にも気がついている。わたしは太っているからだ。
ああ、新調しなければならないのだろうか。
違う。そう考えるべきではない。

わたしが痩せればいい話なのだが、それは難しい事だった。

社会人になってからというもの、何かとあると酒の席だ。
その付き合いでわたしの腹は少し出ているように思える。

だからこうしてスーツで隠しているが、もうそろそろ厳しい。

出社前、特に用事もないのにコンビニに寄った。
いつもの笑顔の眩しい店員が、なんだか赤面している。
雑誌の棚を横目に、決行は昼だと思い直し、お茶を手にとった。

いつも通りレシートを受け取り、小銭を…
なんだか、おかしい。1枚多い。

よくみると、レシートの裏にメールアドレスが記載されていた。


どういうことだろう。

わたしをからかっているのだろうか。
そのレシートの意図にはすぐに気付いた。
けれど…まさか、本当にそうだというのか?

相手はどうみても高校生くらいの子だ。

綺麗に髪を整え、目もぱっちりとしている。
童顔で、中学生に間違われてもおかしくはない。
そんな子が、わたしに…好意を、寄せるというのか。

太った人が好き、という趣味でもあるのだろうか。
店員の肩は、小刻みに震えていて、ああ。
それを受け取り、店を後にした。

どうするべきか。そうだ。彼を昼食に誘うことにしよう。


「ええ。すごいじゃないですか」

昼食に彼を誘い、第一声がそれだった。
わたしは懸命に蕎麦を啜っていた。

「そ、それで…連絡、するつもりなんですか」

なんだか慌てているようだった。
確かにプラトニックな交際は難しいだろう。
けれど、わたしにそんなつもりは、毛頭なかった。

高校生に手を出して逮捕、なんてニュースになりたくはない。

「そ、そうですか」

これ以上事務所の人員が減ったら、誰がアイドルを支えられよう。
メールを待っているだろうけれど、連絡はしない。
きっと、恋に焦がれているのだろう。

せっかく新設されたコンビニだと言うのに、もう足を運べない。


あそこは、事務所のみなも知らぬ穴場だと言うのに。

わたしがのびのびと、成年雑誌を読める場所はどこにあるのか。
TSUTAYAのアダルトコーナーにも勇気がなく入れない。
そんなわたしが得たチャンスは消えた。

あの暖簾の奥には未知なる夢が詰まっているのだ。

そう思い返したわたしは、迷わずTSUTAYAに向かった。
無論、アダルトコーナーへ向かいたいからだ。
彼に少しオススメを教えてもらった。

そこから出てきたものは、大抵穏やかな顔をしている。
何をみれば、そこまでの顔ができるのか。
その片腕には、紗倉まな。

やはり人は胸で女性を判断するのだろうか。
何度か入ろうと試みはしたが、結局それはできなかった。

結局、コマンドーを借り、家に戻った。


アーノルド・シュワルツェネッガーはたくましかった。

感想としてはそれだけだった。来いよベネット。
わたしもロケットランチャーを打ちたい。
誰しもが抱く、暴力的な夢だった。

わたしは深夜のテンションのせいでおかしくなっていた。

そうだ。ネットの無料視聴のアダルトビデオを見ればいいではないか。
なぜ、こんな簡単なことを思いつかなかったのであろうか。
いつもは面倒で消してしまう広告が待ち遠しい。

素早く腰をふる男優はレイザーラモンを彷彿とさせた。
そして加藤鷹は喘ぎ声が耳障りだと覚えた。
背景はあのプールが映っていた。

けれど、彼のオススメのそれを発掘することはできなかった。
それを見なければ、意味がないと思った。
どうしようかと頭を抱えた。

髪が抜けた。


そうだ。彼のオススメを見なければ意味が無い。

思い直したわたしは、Googleのアダルトコンテンツ表示をONにした。
単刀直入に淫猥なワードを打ち込むことに抵抗を覚えた。
けれど、その結果手に入った戦果はめざましい。

ああ、なんといやらしいのか。こういうのが彼の趣味なのか。

どれもこれも、非常に胸が大きかった。
なるほど。彼の趣味は正直でよろしい。

彼の誠実さはここで発揮されなくとも良いとは思うのだが。

画面越しに映る、彼女らの胸に触れてみたいと考えた。
しかし、それは叶わない。悲しいことだ。
触れたい。ああ、そうだ。

自分の胸を揉めばいいではないか。


わたしの胸は、あまり大きいわけではない。

けれど、揉むことが可能なくらいには、それはあった。
言うなればBカップだろう。いいや、Bカップだ。
なんだか悔しさを覚え、わたしは思った。

わたしの胸をじっくりと観察してみる。

乳首の色は、綺麗なサーモンピンク。
美しい。他人に見せても恥はない。
恥じるとすれば今の現状だろう。

乳頭の周りにはうっすらと産毛が生えている。

さて、この場においてどうリアリティを捻出するかが問題だ。
直に揉んでも、感動は薄いのではないだろうか?
ならば、やることは1つだけだろう。

わたしは、先日買ったブラとショーツを取り出した。


うむ。やはりBカップで間違いはなかった。

成長しているのは腹なのだから、腹にカップを被せたい。
ゆっくりと躊躇う事無く慣れた動作で装着した。
うむ。うむ。やはり、ぴったりだ。

やはりBカップだ。

改めて動画に向き直る。そういえば、ヘッドフォンをしていない。
大音量で、鷹の喘ぎ声がお隣まで響いていることだろう。
レオパレスの恐ろしさには、頭が痛くなる。

ふむ。こういう手つきで揉むのか。なるほど。

けれど、どういうわけかいかがわしい気分にはならなかった。
自分がその立場でないからだろうか。
きっとそうだ。

それでも乳首は屹立していた。困った。


ひと通り自らの胸を揉んでも、成果をあげられなかった。

淫猥なる精神はわたしを救ってはくれなかった。
乳首の屹立を抑えられないまま、夕食を作った。

最近は料理を作れる人間がもてるのだそうだ。

テレビを見ていて、ああ、そうだ。確かに。そう思った。
わたしはパスタを作り終え、粉チーズをふりかけた。
太るとわかっていても、それはやめられない。

これでわたしの胸に栄養が行ってくれればいいのだが。
そうすれば、画面越しにではなく、満足に豊満な胸を揉めるのに。
ああ、この腹の肉を、全て胸に移し替えてはくれないだろうか。神に祈った。

また髪が抜けた。


わたしはシャワーを浴び、そっとベッドに潜り込んだ。

ああ、スーツがしわになっているではないか。
しっかりと装着されていたブラとショーツを脱ぎ捨てた。
深夜のテンションの延長線として、屹立した乳首に絆創膏を貼りつけた。

なんといやらしい光景なのだろう。

あまりの軽率な行動に恥を覚えると共に、新たなる興奮を手に入れた。
もしかしたら、わたしは変態という存在なのかもしれない。
わくわくが抑えきれない。ゴロリはいない。

言葉では到底形容し難い興奮に苛まれ、わたしはしばらく眠れなかった。
明日も仕事だと言うのに、何をしているんだろうか。
…本当に何をしているんだろうか。

乳首の屹立が収まったときには、わたしの意識はなかった。


朝の陽ざしと共に、わたしの枕元には絆創膏が落ちていた。

恐らく絆創膏が痒くて掻き毟ってしまったのだろう。
おかげで片方の乳首が寒いではないか。
もう片方は暖かそうだ。

わたしは寝間着からスーツに着替える際、絆創膏を剥がした。
若干跡になっていた。変わらず乳首はサーモンピンクだった。

そして迷わず女性用下着のブラとショーツを履き、呼吸を整えた。

今まではユニクロの女性用下着を履いていた。
だが、今は違う。この高級感。肌触り。素晴らしいものだ。
これが社会人としてのわたしの装備なのだ。これだけは譲れないことなのだ。

少しぴっちりとした感覚を臀部に覚えながらも、昼食を作り家を出た。


そして遠回りにはなったが、わたしは事務所の裏のコンビニへ寄った。

男性店員は、なんだか頬を赤らめていた。
前述のような趣味なのだろうか。
世の中は変わっている。

ファッション誌を読むふりをして、仕切りの限界までよりきった。
少し隣に目をやれば、淫猥な表紙がそこにはあった。

さて。

どうしてわたしが成年雑誌を立ち読みしたいか、について考えなおした。
まずは当然、読んでみたいからだ。読んだことがないからだ。
そして、理由はさらにもう1つあったのだが。

わたしは恋心を抱いている。

趣味を理解し、それが共有できるのならば、自然と好意を抱いてくれる。
恋愛経験のないわたしからすれば、それが精一杯の努力だった。
優しく微笑むその顔に、恋心を抱いてしまったからだ。

無論、彼のことである。


アイドルたちの姿に目をやるのも、わたしと比べていたからだ。

太ったわたしと、健康的なスタイルを保つ彼女らとはとても比べられない。
腹に一物抱えているわたしと、それは雲泥の差があると思っている。

けれど、彼女らを美しく見せられるのならば、資金援助は惜しまない。

やはり彼は、わたしよりも彼女らに目をやるだろう。
なんだか悲しいことだが、それも仕方がないと思っている。
若い女性の方が、圧倒的に魅力的であることは、明らかだからだ。

店員は、朝から成年雑誌の仕切りギリギリで泣きそうなわたしを見ていた。


わたしは葛藤していた。

こうなれば、わたしはもうやるしかない。

痩せようと決意し、健康的なメニューまで作ってきたのだ。
ひじきの煮物、ほうれん草のおひたし、玄米と。
髪も手入れをしなければならない。

彼の趣味を理解し、わたしに心を開いてもらえる為にも。

わたしは新たな一歩を踏み出した。そこに迷いはない。
男性店員は嬉々とした表情でわたしを見つめていた。
やはり、そこには…物珍しさが、あるからだろう。

成年雑誌を手にとった。そこに葛藤はなかった。

美麗な黒髪の女性が並んでいる。そのうちの1つを手にとった。
わたしの手は、やはり震えていた。無理もない。
手にとったことが一度もなかった。

意を決してわたしは手に力を込めた。

…おかしい。開かない。なぜ…だろう。
よくみると、そこには、封をされていた。
これでは開けられないではないか。まずい。

いらっしゃいませ、という店員の声が聞こえる。

振り向くと、入り口には彼がいた。気付かれてしまう。
慌てて視線を逸らしたが、もう、遅かった。
彼はわたしをみて、こちらに来た。

そして、彼は言った。

「…何を、やっているんですか?」









「ちひろさん」

                 おわり


ありがとうございました。以上です。
html化依頼を出させていただきます。

確かに以前に モバP「なにげなくなやむしゃちょうのいちにち」を書きました。

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