二宮飛鳥「魔法の星から届いた電波」 (27)

この季節の曇り空は、冷たくて重くて。

人一人くらいなら、簡単に殺せてしまいそうだと思ってしまった。



だから、まぁ、冬は嫌いかな。

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二宮飛鳥(14)
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世間は、どこもかしこもクリスマスで染まっていた。
その次の週には年が明けるっていうのに、せわしない話だ。

爆発しろ、なんて叫んでる連中もどうかとは思うけど、少し浮かれすぎてやしないだろうか。
顔も知らない聖人の誕生日を祝うより先に、やるべきことがある気がしてならない。

『トラプリの三人は、クリスマスの予定とか決まってるんですか?』

『今年は、蘭子や聖ちゃんと一緒にライブをするよ。その後は、事務所でパーティーかな』

『先月大きなパーティーやったばっかりだし、集まれる子だけ集まってーって感じだよな』

『菜々さんは? 川島さんが誘うって言ってた気がするけど』

『いや、あれはちょっと……ナナはJKなので、お酒の出る女子会は行けないかなって、あはは……』

『あれ? でも去年のクリスマス、菜々って確かシャンパ』

『うわぁぁぁぁ!!』

『えーっと、ムーンウェーブラジオ、お便りが届いているので読ませていただきます!』

『菜々さん、ちょっと露骨すぎ……』

いつも聞かせてもらっているラジオも、今日はクリスマスの話題で盛り上がっている。
……仕方ない。動画サイトでも適当に漁るか。
そう思ってアプリを落とそうとして、

『メルヘンネーム、ブルーバードさん』

音量を、二段階ほど上げる。

『ナナさん、そしてゲストの方、こんばんは』

『こんばんはー』

『僕は中学二年生です。二学期も終わるのですが、最近世界がつまらなく見えて仕方がないのです』

それは多分、ボクが背伸びしたいだけの子どもだからなんだとは思います。
でも、学校も家も何の変化も無くて、退屈で……息が詰まりそうです。
このまま、目的も持てないまま大学を出て社会人になって、
社会に対して斜に構えた、何もできない大人になるのかな……と少し不安になります。
ボクはどうしたらいいのでしょう。
いつかボクにも、灰色の世界に色を付けてくれるヒーローが現れるのでしょうか。

……気まぐれで送りつけた、ラジオの雰囲気にはそぐわないメール。
まさか、採用されるとは。

『いやぁ……なんか、すごいメール来たね』

『心配ご無用ですよ♪ ナナのラジオは、ウサミン星の秘密から恋のお悩みまで、どんとこいです!』

『なんて言うんだっけな、こういうの……中二病?』

『でも、気持ちはなんとなく分かるかな。私もデビュー前は無愛想で、クラスでもちょっと浮いてたから』

渋谷凛。普段テレビを見ないボクでも、雑誌の表紙やラジオで顔と声を覚えているほどの有名アイドル。
ポスターに写る彼女は、学年二つ分以上に大人びて見える。

『ふーん、あんたが私のプロデューサー? ……まあ、悪くないかな』

『……奈緒。あとでちょっと加蓮と二人きりにさせて』

『あーあ。あたしは知らないからな、加蓮』

『まあまあ、そんな凛ちゃんも、今では笑顔が似合う素敵なアイドルなんですから』

『凛もだいぶ変わったよね。前から話したらいい子なのに、周りと壁を作ってる感じでさ』

『今じゃすっかり、ツッコミ役と苦労人属性が板についてきて……あたしゃ嬉しいよ。およよ』

『好きでツッコミしてるわけじゃ……それに、うちの弄られ属性はずっと奈緒でしょ』

『だ、誰が……っ!』

『ほらね? でも、私自身変わったとは思うよ。スカウトされてから、毎日が変化の連続だからね』

『私はオーディション組だけど……うん。アイドルになってから、前よりも真剣に生きてる気がする』

渋谷凛、北条加蓮、神谷奈緒、緒方智絵里、十時愛梨、高森藍子……そして、安部菜々。
彼女たちはいつも、「アイドルになって自分は変わった」という。
そして、今自分たちが見ている世界は光り輝いている、と。

ボクも……アイドルになれば、違う世界を見られるだろうか。

……なんて。そんなの、サンタクロースのような絵空事だ。
どこまで行っても一般人でしかないボクは、彼女たちのようにはなれないだろう。

「もしかしたら」ボクの何かが評価されて、アイドルになれるかもしれない。
そんな、ほんの僅かな希望に縋って生きていくなんて……今以上に息が詰まりそうだ。

『でも、いいのかこれ? なんかアイドルになろう、みたいな結論になってるけど』

『うーん……じゃあナナからも、アドバイスしちゃいますね』

『ナナは、デビューするまで何度かオーディションを落ちてて……ひとりぼっち、でした。
 ウサミン星にも帰りづらくて、どうしよう、このままでいいのかなって、悩んでた時期もあったんです』

ウサミン星という、未知の星からやってきた彼女の言葉には……不思議な、力があった。
他のDJと比べて、トーク力が秀でているわけではないのに、彼女の世界に引き込まれているような錯覚。

『いつかアイドルになれるって漠然と信じたけど、現実と向き合ったら目を背けたくなりました。
 でも、立ち止まりたくなかったんです。止まったら、二度と動けなくなりそうだったから』

彼女は動き続けている。ボクは……一歩も踏み出せずに、立ち止まったままだ。
彼女にはアイドルになるという明確な夢があった。ならボクには?

『今いる世界がつまらない。でも、外の世界は怖い。きっと誰だってそうです。
 だけど、ヒーローは待ってるだけじゃ来てくれません。助けを叫ばないとね。
 魔法使いがシンデレラの前に現れるのは、できることをやりきった後なんですから』

『……なんて、ちょっとかっこつけちゃいましたね、あはは……』

『菜々さん、よくアイドルは夢がないとって言ってるもんね。私、ちょっと感動しちゃった』

「……敵わないな」

気がつけば、そう呟いていた。冷たい空気に混ざった言葉は、エアコンに吸い込まれて消えていく。
世間知らずの、分かったつもりになっているボクの薄っぺらな言葉とは、まるで重みが違う。

『なんつーか……あたしらもホラ、結構背伸びしちゃってるガキみたいなとこあるしな』

『奈緒は衣装着るとスイッチ入るよね。凛も歌の時は集中力すごいし』

『トラプリは仲良いですよねー。ナナ、ちょっと羨ましいです』

『喧嘩もするけどね。仲間だけど、ライバルでもあるし』

仲間。ライバル。親友。
学校に友人がいないわけではないけれど……そういった類の単語とは、あまり縁がない。
「ほんとうのともだち」探しを言い訳に、ボクは一定の距離を保っていた。

『少しは参考になったかな? ブルーバードさん、そして世界中の……あー、ナンデモナイデス』

『……? あ、菜々さん曲紹介だって』

本当は分かっていたことだ。
世界が灰色に見えるのは、ボクが灰色のフィルターを被っているからだってこと。

『な、なんでもないんですってば。えー、それでは聴いてください。
 ブルーバードさんのリクエストで、パンダヒーロー』
 
でも、ボクにそのフィルターを外す勇気があるか?
グレースケールを取り外した世界が極彩色ではなく、曖昧な灰色のままだとしたら。

答えは出ないまま、夜は更けていく。
ボクの部屋の窓からは、星は見えなかった。

昨日が終業式だったから、今日からは冬季休暇になる。
新しいエクステでも買いに行こうと街まで出てきて、クリスマスシーズンだったことを思い出す。
人々は大勢街を歩いているけど、ボクを見ている人間は一人もいない。
せめてもの抵抗として学外ではエクステを付けているけど、それでもボクは人の群れに埋もれてしまっている。

駅前の大型ヴィジョンでは、サンタの格好をした少女たちがライブの宣伝をしていた。
……東京、か。あの大都会に行けば、ボクも変われるだろうか。
いや、違うかな。何も持たないボクが都会に出たからといって、結局はこの街同様埋もれるだけだ。

結局、素直に親や教師に従って勉強をするのが近道なんだろう。
頭では分かっている。でも、ボクにも……一歩を踏み出すことができるなら。

「アイドル、興味あるのかい?」

「!?」

気が付くと、ヴィジョンを見上げて立ち止まっていたらしい。
振り返ると、スーツの上にコートを着込んだ大男が笑っていた。

「知ってるかい? 真ん中で歌ってる彼女、実はホンモノのサンタなんだ」

「は、はあ……それで、ボクに何か用かな? ナンパとかなら、悪いけど」

「おっと失礼。警戒させてしまったね……俺は、こういう仕事をしててね」

名刺を渡されて、言われるがままに肩書を見る。
どこかで聞いたことのある社名の下には、「プロデューサー」と書かれていた。
名刺の真贋が分からない以上、彼の胡散臭さは消えないけど……

「神崎蘭子とか、トライアドプリムスとか知らない? まあ、あの辺の担当は俺じゃないんだけど」

聞いたことがあるはずだ。数多くの売れっ子アイドルを排出している、新進気鋭のアイドル事務所。
普段テレビを見ないボクですら、ネットや街角でその名前を刷り込まれるほどの。

「ああ……安部菜々の所属事務所」

「お、菜々のファン? ちょうどいいや、今からミニライブあるんだけど見ていかないか?」

昨日のラジオでは、そんな告知は無かったように思う。
ゲリラライブか、あるいは彼の方便か。

「……変なところに連れ込むようなら、警察を呼ばせてもらうけど」

「ま、それが普通の反応だよね……良かったらアイドルに、なんて思ってたんだけど」

「アイドル? ボクがかい?」

「担当が俺になるかは分からないけどね。君からは、何か不思議な魅力を感じるんだ」

プロデューサーとしての勘だと、彼は言う。

「もし良かったら、お試し体験ってことで。生で見ると、やっぱり違うものだからね」

……ボクは今、背中を押されている。彼に。昨日の彼女の言葉に。
だったら……進むべきだろう。一人で進むのは怖いけれど、一緒に歩いてくれる人がいるのなら。

彼が足を止めた広場には、ステージは無く……大型のトラックが一台止まっていた。
どこかでは告知されていたのだろう、トラックの前には観客が集まっている。

「静岡班、配置つきました、どうぞ……了解、ちひろさんの方で時計合わせお願いします」

トラックの後ろには、観客から隠れるように資材の山ができていた。

そして……十五時ちょうど。
コンテナが展開され、聞き覚えのあるイントロが流れだす。

――お願い!シンデレラ 夢は夢で終われない――

曲が終わるまでの約五分間。
ボクは、その光景に見蕩れていた。

「おつかれ、菜々」

菜々、と呼ばれた彼女は。ボクよりも背の低い、小さな女の子だった。

「お疲れ様です、プロデューサー。ええと……そちらは?」

「ボクはアスカ。二宮飛鳥」

「飛鳥ちゃん、ですね。はじめまして、安部菜々です」

声の雰囲気は似ている気がしたけれど、やはり彼女が安部菜々らしい。

「む……ナナの顔、なにかついてますかね?」

「いや失礼、思っていたより、幼い印象を受けたのでね。電波に乗せられた声は、大人びていたから」

「ラジオのリスナーなんだってさ。見るのは初めてみたいだが」

「キミがボクのことを知らないように、ボクはキミのことを電波を通してしか知らなかったということかな」

「は、はぁ……」

「今こう思っただろう、『こいつは痛いヤツだ』ってね。でも、思春期の十四歳なんてそんなものだよ」

「まあ、痛さで言えば菜々の方がよっぽど……冗談だよ、そんな目で見るな」

「最近の若い子ってすごいですねえ……美玲ちゃんや蘭子ちゃんも、結構衝撃的でしたけど。髪型とか」

「これかい? エクステだよ、ささやかな反抗ってやつさ」

「ああ、ルーズソックスみたいな……んん゛っ」

「……?」

彼女は、自分の中に独特の世界を築いている。
それはボクにはできなったことで……だから少し、羨ましいと思う。

「じゃあ、今日からアイドルってことですか?」

「いや、アイドルの仕事を見てもらっただけだから……彼女次第かな。どうだった?」

ボクに視線が集まる。

「……アイドルになったら、ボクも何かを得られるかな?」

「そうですね……ナナはアイドルになりたくてなったので、ピンと来ないかもしれないですけど」

もしも。アイドルになったとしても、世界が何も変わらなかったとしたら、ボクは。

「何を得られるかは、その人の努力次第です。
 何も手に入れられずに業界から去っていった子も少なくありません。でも」

「……でも?」

「自分を変えたいと思っているなら、きっと後悔はしないと思います。
 ナナは……アイドルになって、たくさんの光に包まれましたから」

「……うん、いいね。悪くない」

彼女の言葉を受けて。彼についてきたのは、どうやら正解だったらしい。

「ボクにとって未知の存在だけど……見てみたいな。どんな未来にたどり着くのか」

この非日常の日常は……そこにいるだけで、退屈なんてできなそうだ。

「じゃあ……契約もろもろは後にして。よろしく、飛鳥さん。君は今日から、うちのアイドルだ」

「よろしくお願いします、飛鳥ちゃん」

「ああ……改めて、よろしく」

ボクを抑えつけていた色々なものから解き放たれて。
今、ボクは自由だった。

とりあえず、本編おわりです
鮮度がいいうちに書き切ろうと思って思いついたままにガガガッと書いたけどこれあれですね、肉ネームさんとこの凛ちゃんの漫画ですね?

飛鳥ちゃんかわいいです。書いてて昔の自分を見てるようでグサグサくる感じがたまりません。
再登場したらまた違った一面を見せてくれそうですが、第一印象ではたぶんこんな子だと思います。どうでしょ。

これから夜勤なんですよね……キリもいいのでとりあえず依頼だします
飛鳥ちゃん再登場したらこの酉でまたなんか書くとは思いますはい

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