律子「オトメリツコ」 (100)
いちおう前作あり
律子「悪くないですね」
不定期更新、上を読んでいなくても問題ない内容です。たぶん。
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――12月19日
「さささ寒かったぞー!」
「お疲れさま!はい」
先ほど買っておいた缶コーヒーを手渡す。
「うあ、ありがとー!」
「貴音もはい、お疲れ」
「ありがとうございます」
「ささ、入った入った」
「うあー、あったかいぞー!」
暖房をつけておいたロケバスの後部ドアを開け、二人を中に入れる。
「さーて、じゃあ私はスタッフの方と話してくるからちょっと待っててね。あ、その間にちゃんと着替えて置いて。衣装を返し次第すぐ駅に向かうから」
「わかりました」
「りょうかーい!」
返事を聞いてから窓にスモークの貼られたドアを閉める。
「さってと……」
あとは掲載予定の最終確認、アイドルたちの評価確認、次に繋がるあいさつ……かな?
しっかり仕事をしたアイドルのためにも絞めをきっちりしないとね。
おっと、申し遅れました。
私の名前は秋月律子。
芸能事務所765プロダクションのプロデューサーをやってます。
プロデューサー歴は……。
……約半年。
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――――――
「あれは真に美味でした。『くえ』なる魚があれほど美味だとは……」
「へぇー」
「自分も今日知ったんだけど、沖縄にもいるらしいぞ。たぶんミーバイの中に入ってるんだろうけど」
「みーばい?」
「こっちではハタって呼ばれてる種類の魚を沖縄では全部ひっくるめて『ミーバイ』って言うんだ。で、その中でも貴重な種類が今回食べたクエ……おいしかったなー」
「うらやましいわね」
「残ってたら律子も食べれたかもしんないのにね。ほら、スタッフがおいしくいただきましたってやつで」
「……まあ」
窓際の貴音を見ると実に満足そうな顔をしている。
「残るはずがないとは思ってたけどね」
「真、美味でした。特にあの歯ごたえがこう……」
貴音のグルメレポートの続きに生返事をしながらスケジュール帳を開く。
この後は東京に帰り着くのが大体4時、それから……
「響、この後の予定は?」
「6時からボーカルレッスン、終了予定は8時」
「よろしい」
できるだけアイドルたちには自分のスケジュールを自分で把握させるためこうしてことあるごとに確認するようにしている。
特に忙しくなってくれば来るほど自分でスケジュールを把握して動くことが大切になる。
これは私がアイドルをやっていたことから得た教訓の一つだ。
そろそろ高校生以上のアイドルにはシステム手帳を買ってあげて自分でスケジュール管理させることを本格的に提案しようかと思っている。
「律子はグルメレポートとかはしたことなかったの?」
「あるわよ」
「へぇー、なに食べたんだ?」
「……イナゴの佃煮とか」
「ほう、それは興味深いですね」
「うへー……だいじょうぶだったのか?」
「まあ……味は悪くなかったけど」
「ふむ……響、今度……」
「自分は食べないぞ!」
「響、新幹線では静かにする」
現在アイドルたちの仕事は地方のロケや取材の仕事が多い。
そのため自然と新幹線での移動が多くなる。
本や資料を読んだりアイドルたちの様子を聞いたりなど、することはあるにはあるのだが、事務所のデスクワークや他の現場での仕事にこの時間を当てられたらなーという思いは常にある。
……そう考えると私がアイドルをやっていた去年の一年間で大きな仕事をいくつかできるようになったのは本当に運がよかったんだと思う。
運もあるし、なによりも――
「りつこー?」
「あ……な、なに?」
「やっぱり聞いてなかったさー」
「ああごめんごめん」
「律子嬢は『くりすます』の予定はあるのですか?」
「あー……そういえばもうクリスマスねー……」
「プロデューサーとかと」
「なっ……!?」
ぼんやりとプロデューサーのことを考えていたせいか思わず大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえる。
「……なんでプロデューサーが関係あるのかしら?」
「うひひ、べっつにー。なんとなくだけど」
「……クリスマスは仕事です。予定はありません」
事前に把握しているスケジュールでは会議・打ち合わせ等の予定は入っていないが……そう、おそらく仕事だろう。
「なーんだ。面白い話が聞けると思ったのになー」
響は頭の後ろに手を組んだままけらけらと笑っている。
……まったく。
私が正式にアイドルを引退したのが今年の3月、そして改めて正社員として765プロに就職したのが4月。
その後、私はアイドル時代の経験を生かし敏腕プロデューサーとして日々辣腕を振るっている。
……といけばよかったのだが、今現在私は自他ともに認める半熟プロデューサーだ。
まあ当然と言えば当然である。
アイドル時代から事務仕事を手伝ったりはしていたが、会社の外でのプロデュース業はすべてプロデューサーに任せていた。
企画の立ち上げからスケジュール調整、営業をし仕事を取り、アイドルをいかに売り込むかなどなど。
小鳥さんや社長と分担しているとはいえ、今までそのすべてをプロデューサー一人で回していたのだ。
驚いたと同時に、呆れた。
尊敬の念を覚えたと同時に、心配にもなった。
そして、やっぱり私がプロデューサーになったのは正しかったと思った。
そして一日でも早くその負担を軽くできるように私もがんばっている。
がんばってはいるのだが、一度に覚えられる仕事には限界もあり、もともと私は器用な方ではなく失敗を繰り返して上手くなっていくタイプだと思われ……。
……うん。
ということで、もう今年も終わろうとしているが、私の主な仕事はアイドルの仕事の付き添いや現場監督、レッスンの指導などがメインである。
スケジュールは重要なものは事前に聞いたりするが、あとは週初めのミーティングで確認することになっている。
だから正式には25日の予定は今のところはわからない。
しかし、特に何も言われていないことから考えるといつも通りの仕事なのだろう。
「……はぁ」
「律子嬢?どうかしましたか?」
「え? ……ああ、なんでもないわ」
そう、クリスマスは仕事、特別な予定はない。
ええ、ないですとも。
とりあえず今日は以上。
――12月22日
「ふむ……」
検索結果を一つ一つ開いてみるがなんだか読む気も起きない。
正確には一つ目をある程度読んだところで辟易してしまい二つ目からは開いては閉じを繰り返している。
「ぷろでゅーさー?」
「ん……」
やよいだった。
左手に雑巾のかかったバケツを下げている。
「なにか調べものですかー?」
「ああ、別に重要なもんでも……掃除終わったのか?」
「はい!今日の分は終わりですー!」
やよいは765プロの入っている貸しビルの清掃もしていた。
社長が斡旋したものでちょっとした小遣い稼ぎ……いややよいの場合は違うか、ともかくわずかばかりの収入にはなっている。
「クリスマス……?」
パソコンを覗き込んだあと、くりんと頭を回してこちらを見る。
「やよいだったらクリスマスはどう過ごしたい?」
さりげなく検索ワードの『デート』の文字を消しながら聞いてみた。
「そうですねー……と、とりあえずおいしいものが食べれれば満足かなーって……」
「おいしいものね……七面鳥とかか?」
「しちめんちょーってなんでしたっけ?」
「鳥の丸焼き。ローストチキンだったらわかるか?」
「はわっ!?そ、そんな高級そうなものは……!」
やよいは感情がそのまま表情や行動に出るのでおもしろい。
「なんのお話ですかぁ?」
やよいの一オクターブ高くなった声につられたのか雪歩と真が近づいてきた。
「クリスマスの話だ」
「クリスマス?の、何の話ですか?」
「クリスマスはどう過ごしたいかって話。女の子の意見を聞きたいと思ってやよい先生に聞いてたんだ」
「へぇ~……ボクには聞かなくていいですか!?」
「……いや」
「えー!?なんでですかあ!?」
「悪いが真の答えは想像できるんでな……雪歩は?」
「はぃぅ!?わ、何ですか!?」
挙動が不審だ。
「なにを慌てておる。クリスマスはどう過ごすのが理想的か、雪歩的にはどうだ?」
「そ、そうですねー……私はクリスマスは大抵お家のみんなで誕生会になってしまうので、たまには違ったクリスマスになればそれだけで……」
ああ、なるほど。
雪歩の場合は誕生日=クリスマスだから大体誕生日の方がメインに来てしまうのか。
「じゃあ今年はいいんじゃないか?みんなと……」
「あーーーーーーーー!」
「……!」
言いかけたところをやよいの大声でかき消された。
「……なんだ?」
「あ、いえー……その……ゆ、雪歩さん!」
「な、なに?」
「お、お茶飲みたくないですか!?私淹れてきますね!」
「え?あ?ちょ……や、やよいちゃん?」
急に給湯室に駆けだして行ったやよいの後を雪歩が追っていく。
「……なんだ?」
「プロデューサー……」
「あん?」
残された真が声を潜めて言う。
「一応雪歩の誕生会は秘密ってことでですね……」
「……ああ、そういうこと」
「まあ雪歩はなんとなく気づいてるとは思いますけど……やよいは真面目ですから」
「マジメだな」
「ちなみにクリスマスと言えば白馬の王子様がですね」
「いや聞いてないから」
「聞いてくださいよ!まずですね……!」
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結局その後20分は真の話を聞かされたが大して参考になる意見は得られず。
どうしたものか。
正直クリスマスなんて……いや、この『なんて』ということ自体まずいのかもしれないが、
気づいたら過ぎ去っているイベントの一つになっていた。
それは12月になって街を歩けば『赤鼻のトナカイ』だって一度は聞くし、イルミネーションも目には入る。
コンビニに入ればクリスマスケーキ予約の広告が張られ、ローストチキンが売り出される。
それを見るとああ、もうクリスマスか、とは思うがいつからか自分が楽しむものではなくなっていた。
とりあえずネットで調べはしたものの、高級レストランの予約だの夜景の有名スポットだの、少し見ただけでなんとなくお腹いっぱいになってしまった。
なんとなく「楽しそうだな」と思わない。
少なくとも自分が楽しんでいるところは想像できない。
だから却下、となれば話は楽なのだが、そうもいかず。
なにしろ相手のいることだ。
ということで先ほど「女の子としてはそういうクリスマスが良いのか」をさりげなく聞いてみたのだが、収穫はなかった。
……うーむ。
アイツは。
……どんなクリスマスを過ごしたいと思っているのかな。
そんなふうに思考が同じ場所をぐるぐるさまよっているうちに、22日も終わってしまった。
残された時間は少ない。
本日は以上。
―――12月24日
『到着。地下二階駐車場エレベーター前』
メールを送りしばらくすると、エレベーターから春香が降りてきた。
助手席のドアが開く。
「おうお疲れ」
「お疲れ様ですー」
シートベルトを締めながらキーを回し、Rにギアを入れ頭から突っ込んでいた車を出す。
案内板に従いながらぐるぐると駐車場内を回り出口へ向かう。
「帰る前に美希も拾ってくぞ。帰り道だからな」
「あ、はい」
美希といえば。
「そういや、約束は守ったぞ」
「約束?」
「千早はあいつの実力なら問題ないだろうし、美希も今日きっちり仕事を終わらせたらしいからな。これで明日はみんな空いてるはずだ」
得意げな顔を作って助手席に目をやると、春香はきょとんとしていた。
うれしくないのかと聞こうとした瞬間に、
「あ!ありがとうございます!!」
ダッシュボードに頭をぶつけんばかりの勢いで春香が頭を下げた。
「あ、ああ……」
「やっぱりプロデューサーさんはすごいですね!正直何人か欠けちゃうかもって思ってたんですけど、あ、その、信じてなかったわけじゃなくてですね……!」
「わかったわかった」
「はー、でも本当にありがとうございますー……」
これだけ喜んでもらえるなら苦労したかいもあろうというものだ。
「ふふふ、まあな。そういえば最近はアイドルじゃなくてもサンタの格好をするもんなのか?」
「へ?」
今日ちょっと駅中をぶらぶらしていた時のこと。
まあ普段駅を利用するといっても何かしら目的があったり移動の最中だったりでそんなに人の格好なんて気にするものでもない。
なのでたまたま今日気づいただけなのかもしれないが――
「いや、なんだかその辺りを歩いている普通の女の子たちもいろんな恰好してたからさ」
「いろんな恰好?」
「ああ。サンタみたいな真っ赤なスカート履いたり、真っ赤なブーツだったり」
……あとよくわからないが着ぐるみを着ている集団もいた。
スティッチとかガチャピンとか。
もちろん普通の街中に。
「へー……流行ってるんですかね?まあクリスマスですしね!」
「……」
受け入れ早いなコイツ。
俺はかなり驚いたんだが。
「そういうもんかね……」
「クリスマスですからね!」
こいつ……。
「……なあ春香。一つ聞きたいんだが」
「なんですか?」
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「お待たせしましたなのー!」
「おうお疲れさん。そんじゃ帰るか」
「はぁー、疲れたの……って、春香?」
「……」
「プロデューサー、春香なんか落ち込んでる?」
「あー……落ち込んでるんじゃなくてだな……」
「美希!ちょっと聞いてくれる!?」
「は、はいなの!?」
怒っていた。
こちらとしてはちょっと思いついてみたことを聞いてみただけだったのだが。
『クリスマスって、なにがそんなに楽しいんだ?』
まずこの質問自体がお気に召さなかったらしい。
それに対して春香は素敵なイルミネーションを見たり、おいしいご飯を食べたり、カラオケに行ったりいろいろと楽しいと自論を展開。
それに対し当方、『でもそれってクリスマスじゃなくてもできるだろ』。
クリスマスは特別なんです!と春香。
『クリスマスはやっぱりみんなと過ごしたり、それに……その』
『やっぱり特別な……素敵な人と過ごしたいって言うか……その』
誘ってほしいと思うものなんです!女の子は!
そういうものなのか?
そういうものなんです!
うーん、前々から疑問に思ってたんだが……。
なんですか!?
『……なんでクリスマスは特別なんだ?』
これ以降、春香は口をきいてくれなくなりました。
「ふーん……」
顛末を春香から聞いた美希は一言。
「あはっ、プロデューサーってモテないんだね」
ざっくり。
「ほんとだよねー……はぁ」
春香、同意。
「お前らな……」
「じゃあ残念なプロデューサーにミキがわかりやすく教えてあげるの!えーと……質問なんだったっけ?」
「……まあ、要点を絞ると『なんでクリスマスは特別なのか』ってことかな」
「ふむふむ。じゃあ教えてあげる前にいっこ質問に答えて?」
「なんだよ」
「どうしてリンゴは赤いんですか?」
は?
「なんだそれ」
「いいから答えるの」
なんでリンゴが赤いか?
一応真面目に考えてみた。
「赤い色素を持ってるから……かな?」
「なんでリンゴは赤い色素を持ってるの?」
「……知らん」
「それとおんなじなの」
「……」
わけわからん。
「さっすが!美希はいいこと言うね!」
隣で春香が同意しているが、こいつは美希が何を言いたいかわかってるんだろうか?
「……すまんがもう少しわかりやすく」
「やれやれ……美希、教えてあげて」
軽くイラッとした。
「答えはね……リンゴが赤いのに理由なんかないの。たぶんリンゴ本人に聞いてもわからないの」
「リンゴは人じゃないけどな」
「っていうかそんなこと疑問に思う人いないでしょ?『リンゴは赤いもの』、それで終わり」
「まあ……」
「クリスマスが特別な理由もおんなじ。『特別だ』って感じることに理由なんてないの。女の子はね」
「……」
「わかった?」
「……理論とか理屈じゃなく、女の子にとってはクリスマスは特別なもの、ってことか?」
「そうそう!そんなこと当たり前!ってカンジなの!」
うーむ……。
わかるようなわからんような。
「私もそう言おうと思ってた」
……。
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結局、美希の自宅に着くまでオトメゴコロとはなんたるかを先生方に無理やり教えられた。
「じゃあ春香、また明日なのー!」
「うん!また連絡するね!」
「……お疲れ」
やっと解放されるか……。
と思っていたら、降りた美希が運転席側に回り込んできた。
ウインドウを下げる。
「どうした?」
「ふふー、最後にプロデューサーにいいこと教えてあげるの」
もう完全に顔が悪戯する前の亜美の顔だ。
「……なんだよ」
「さっき話した女の子がクリスマスに誘われるとうれしいって話」
ただし好意のある人限定らしいが。
なぜか声を潜めて美希が続ける。
「……見分ける方法、聞きたい?」
「……話半分で聞いてやる」
「むー。じゃあほんとにそうだったらババロアおごりなの!いちごの」
「……」
「女の子はね……好きな人に誘われるとルンルンになるんだよ!」
るんるん?
「……なんだそりゃ」
「それは律子でも例外ではないの」
「なん……」
何で律子が出てくる。
「じゃあね!せっかく教えてあげたんだから、どうせならがんばってなの!」
そう言い残して美希は駆けて行った。
助手席からつぶやきが聞こえる。
「さすが美希……もう教えることは何もないわね」
「……誰だよお前」
その後、ほんのり小鳥さんじみた春香を家まで送って帰った。
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春香たちを送り届けた後一度事務所に戻ったのだが、なぜその時に電話をしなかったのか自分でもよくわからない。
受話器手に取り短縮番号を押しかけたのだが、なんとなくそこで手が止まった。
どうせなら明日の出たとこ勝負の方が良い気がしたからだ。
……直前まで行動しなかった自分への戒めもあったのかもしれない。
とりあえず明日直接会って話してみよう。
断られたらその時はその時、しょうがない。
……うん。
こうして24日、聖夜の前日は終わった。
はるかさんは油断すると小鳥さんチックになる。なぜなのか。
今日は以上。
―――12月25日
「はぁ……」
ため息は私一人しかいない事務所に吸い込まれていく。
現在時刻は午後7時を回ったところ。
クリスマスの夜に、私は一人で残務処理をしているのだった。
クリスマスといっても私の一日はいつも通りだった。
お昼前に出勤し、デスクワーク、その後千早のレコーディングに同伴。
千早は3テイクでレコーディングを決めて見せた。
『萩原さんの誕生会があるから』
そんなことを言っていたが仕上がりは文句なしだった。
私も担当の方と少し話をしたが、初撮りの1テイク目がベストだということでそれでいくことに決めた。
千早を送り事務所に戻ってきたのが6時ごろ。
誕生会は7時からと言っていたので千早は問題なく間に合っただろう。
ちなみに小鳥さんも定時で上がっていった。
『今日って平日ですよね?』
最後の言葉が妙に印象に残っている。
プロデューサーは朝から営業回りだった。
なので今日は一度も顔を合わせていない。
ボードに目をやると
『営業→直帰(予定)』
と雑な字で書かれている。
「……ふぅ」
まあ、いいんだけどね。
残った仕事もあと30分もあれば終わる。
8時になれば締めても問題ないはずだし、早いとこ帰ろう。
「おー、まだいたか」
「」
階段を上がってくる足音に全く気付かなかった。
「あ、お、お疲れ様です」
「ああ」
直帰(予定)じゃなかったんですか、と聞く前にプロデューサーが口を開いた。
「千早のレコーディングどうだった?」
ソファーにどっかりと身を沈めたまま言う。
「あ、はい。全然問題なかったですね。納得の出来です」
「そうか」
「一発撮りでも良かったくらいですね。3テイク撮ったんですけど結局1テイク目でいきましたし」
「はは、千早っぽいなあ」
「まったくです」
「ところで、この後時間あるか?」
「……はい?」
落ち着け秋月律子。
ビークール。
「まあ、今日ってクリスマスだろ?」
「ああ、そうですね」
「せっかくだから、どっか行かないか?」
「そうですね」
正直に言おう。
口は勝手に動いていたが、思考はまとまっていなかった。
え、冗談?
いやいや冗談にしてはたちが悪すぎるって言うか、私もう諦めてたんですけど今日はこのままいつも通り家に帰っていつも通りの夕飯を食べて何事もなかったかのように――
「まだ仕事ありますし」
「あー……」
いやいや仕事とかなに言ってるの私そんなの無理やり明日に回しても最悪なんとかなる――
「手伝うか?」
『マジっすか!?おなしゃす!!』
と言いたい気持ちをぐっとこらえた。
いつも通りの律子なら
「結構です。自分の仕事ですから」
よしよしオッケ、いつも通りいつも通り。
「そうか……」
マズイ!修正!
「じゃあ、片付くまで待ってもらってていいですか?あと30分ぐらいで片付きますんで」
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――――――
「すぐそこにファミレスあるのわかります?」
「ああ」
「じゃあそこで待っててもらっていいですか?すぐ行きますから」
「わかった」
そう言い残して律子は車を降りて行った。
正確には後部ドアから。
去っていく律子の背中が角に消える。
瞬間、一気に体の力が抜けた。
「ふぅ~……」
……疲れた。
「……なにがルンルンだこのヤロウ」
むしろいつもより不機嫌そうに見えたぞ、美希よ。
なんとか直接会いに行って誘ってみたはいいのだが、律子はそっけなかった。
とりあえず律子の仕事が片付くまでデスクに向かっていたが自分の仕事は全く進まず(仕事が手につかないってこういう状態なのかと実感した)、必要以上にトイレに行ったりお茶を淹れたりしていた。
律子の仕事が終わると、
『とりあえず家に帰ってもいいですか?』
と言うので一旦律子の家まで送ってきた。
ちなみに車内はほぼ無言。
律子が乗ったのは後部座席。
ちらちらと様子をうかがってみたが、律子は何かを考え込んでいるような、とにかくなんだか容易には話しかけられない雰囲気を出していた。
おかげで律子を相手に気疲れするという、初めての経験を強いられることになった。
「……ババロアはなしだな」
一人ごちたあとハザードを消し、ファミレスに向かうべく車を発進させた。
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玄関を開ける。
ここからはスピード勝負だ。
ここからの行動はさっき車内できっちり優先順位をつけてきた。
自室に飛び込む。
まずは服。
クローゼットの中から確定の服と候補の服を片っ端から出す。
コートは確定、ブラウスも……OK。
問題は下。パンツかスカート。
スカート……冒険しすぎ!?
でも普段はパンツスーツだしなくはない……か?
ベッドの上で合わせる。
うん……。
生脚はさすがにないかな……いや……。
所有している服のあいまいだった色合いや形、組み合わせたときのバランスを再インプットし、シャワーに入る。
頭をガシガシ洗いながらコーディネートを再検討。
髪を乾かした後、実際に考えた組み合わせを試す。
着る。
脱ぐ。
また着る。
脱ぐ。
メイクをしながら再検討。
っと、メイクは……。
気合が入りすぎてるとキツイわよね……でもクリスマスだし……それより服は……ああそう言えば髪型どうしよう考えてなかった……。
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「お待たせしました!」
息せき切って律子が現れたのは四杯目のコーヒーを取りに行こうとしている時だった。
まあ……小一時間ってところだ。
「……」
「さ、行きましょ!」
「お前な、待ちましたかとかないのか?」
「待ちましたか?」
まあ待ったが。
なんだか律子の姿を見たらどうでもよくなってしまった。
「待った」
「ふふ、まあいいじゃないですか!時間もないことですし早く早く!」
「んじゃ行くか。先出ててくれ」
「はい!」
伝票を取り会計に向かう。
「ルンルン……ね」
レジのスタッフがはい?と顔を上げたので、慌てて支払いをした。
……こりゃ、美希におごらなきゃならんな。
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――――――
「行きたいところですか?」
「ああ、誘っておいてなんだが何も考えてないんだ。ケーキすら買ってない」
「うーん」
行きたいところか。
すぐには思いつかない。
「まあいい、何かあったら言ってくれ。それまではこのままちょっと適当に流すか……そういや、今日はおめかしさんだな」
「ば、べ、別にアベレージですけど!?」
「ふーん、てっきり俺のためにきめてきてくれたんだと思ったが違ったか」
「思い上がりじゃないですか?」
「そうかい」
なんだかこういう会話をプロデューサーとするのは久しぶりだ。
こうして助手席に座って――
「……ふふ」
「なんだ?」
「なんだか私がアイドルをやってた頃みたいだなってちょっと思ったんです」
「ああ……そうかもな」
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「うわぁ……」
「おお、結構すごいな」
とりあえず適当に車を走らせ、俺たちはお台場まで来ていた。
なんとなくそこらへんに行けばまあイルミネーションが見れると思ったからなのだが。
「うーむ、探すとかそういう問題じゃないな」
普段も夜でも明るいところだが、今日は一層そこかしこ光で彩られていた。
「そこらじゅうイルミネーションだらけですね」
「確かに。そして風情がない」
クリスマスの有明は人が多かった。
「人多いですねー」
「ああ。っても他人のことは言えんがな」
俺も何となくここが真っ先に思いついたクチだ。
あとは表参道とか六本木あたりだろうか。
まあ出る気マンマンで『少し歩くか?』と聞いてみたのだが、
「いいです、寒いんで」
「……風情ないね」
断られてしまった。
「さっきプロデューサーだって風情ないって言ってたじゃないですか」
「まあ」
「それより車出しません?走ってたほうが色々見れますし」
「了解」
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――――――――
「メシどうする?」
「高層ビル上階のレストランとか予約してないんですか?」
「してる訳ないだろ」
「ですよねー。まあプロデューサーですからね」
「ぐ……!」
「ふふ、冗談ですよ。でも一応ケーキくらい買いますか」
「ん」
「……ちゃんとローソクもね。去年のクリスマスみたいなのは勘弁ですから」
「去年?」
プロデューサーは少し考えていたが、やがて。
「……了解」
「ま、今だに覚えてるってことはあれはあれで思い出に残ったってことですかね。ふふ」
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「おお、あるもんだ」
正直、クリスマス当日にケーキなんて買えるだろうかと思っていたが意外に売っていた。
信号待ちをしている途中に目に入ったコンビニは、外に販売所を作ってケーキを販売していた。
「……中にカットされたやつが2つとか入ったやつがあるんじゃ」
「バカな。ここはホールだろ、どう考えても」
「きっと食べきれないですよ?」
「そういう問題ではないのだよ、律子くん。それより中に入ってローソク探しといてくれよ」
「はいはい。あ」
「ん?」
「……行きたいとこ、決まったかも」
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――――――
ということで。
「ふぃ~……」
一度は閉じた扉に鍵を差し込み、扉を開ける。
2時間は空けていたので事務所の空気はすっかり冷え切っていた。
とりあえずテーブルに買ってきた食料を下ろし、暖房をつけた。
「あ、私お皿とグラス持ってきますね」
コートを脱いだ律子が袋を持ったまま給湯室に向かう。
律子が言った行きたい場所とは、事務所だった。
「ふふ、じゃーん!」
戻ってきた律子が得意げになにか取り出した。
「……シャンパンじゃん。買ってたのか?」
「ええ。飲みたいかなーって。私はシャンメリーですけど」
「……いいんすか?」
「まあ、今日ぐらいはいいんじゃないですか?あ、ケーキの用意して下さいよ」
言われるがままケーキを箱から取り出す。
……結構でかいな。
残っているのは6号と8号になりますと言われとりあえず小さい方を頼んだのだが、予想より大きかった。
箱は大きくても中身はそうでもないだろうと踏んでいたのだが。
まあ買ってしまったものはしょうがない。
クリスマス用のローソクも開けてケーキに突き立てる。
「わ、結構大きいですね」
律子も同じ感想を持ったようだ。
「まあ、最悪明日でもなんとかなるだろ」
ローソクに火をつける。
「あ、電気消します」
意外にマメなやつだ。
4本目をつけていたところで事務所の明かりが消えた。
残りのローソクも付ける。
普段は日光か無機質な蛍光灯の光で照らされている事務所を照らしているのはローソクの光のみ。
「はい、プロデューサー」
「ん?」
シャンパンが手渡される。
「あ、蛍光灯には当てないようにしてくださいね」
栓を抜いて、メリークリスマスということだろうか。
シャンパンを持ち直し親指に力を込めたところで、あることを思いついた。
「律子、歌」
「は、はい?」
「歌だ歌。アイドルだろ」
「う、歌って……」
顔はあまりよく見えない。が、どんな表情をしているかはわかる。
「誕生日じゃないんですから……」
「いいからなんかほれ!ローソク溶けるぞ!」
「え、あ……もう!」
小さな咳払いの後――
「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas――」
アイドルの歌声が響いた。
「And a Happy New Year――」
コルクに添えた親指に力を込める。
「We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year――」
ポン!!
「……メリークリスマス」
数秒の静寂の後、
「……っていうか、私『元』アイドルなんですけど」
暗い中でも若干わかるぐらい赤い顔の律子がポツリと言う。
『俺にとって今もアイドルだよ』
……流石に言う度胸はなかった。
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