奉太郎「千反田がラブレターをもらった?」(121)

立て

ある日の放課後、俺は一人で地学講義室にいた。

一人で部室にいるのは特に珍しいことでもない。

その内誰かが来るだろうし、来ないなら来ないでゆっくり読書ができる。

これ幸いと俺はいつもの席に座り、読みかけのペーパーバックを開いた。

最近はすっかり夏らしくなり、容赦ない日差しが外で部活動に勤しむ生徒たちを苦しめている。

できることなら太陽が高いうちは外を出歩きたくないので、

俺の古典部への出席率が高くなったのも自然の帰結だ。

ああエネルギー消費の少ない古典部の活動、万歳。

しかしその日の放課後の安寧は、千反田えるの来襲によりあっさりと崩壊してしまったのだった。

俺が読書を始めて少し経った頃、見るからに挙動不審な様子で千反田は部室にやってきた。

える「あ、こ、こんにちは。あの、折木さんだけですか?」

奉太郎「ああ。今のところはな」

える「そうですか」

これは珍しい。

好奇心の権化となって周りが見えなくなるところは何度も見てきたが、

こんなふうに動揺している姿はほとんど見たことがない。

さてどうしたものか。

千反田は何か俺に話したいことがあるのだろう、何度も不自然に俺の方をちらちらと盗み見ている。

話を聞いてしまえば十中八九面倒なことになる。

しかし千反田のこの様子だと遅かれ早かれ俺は千反田の話を聞いてやることになるに決まっている。

やるべきことは手短に、だ。

える「折木さん、あの、今日はどんな本を読んでいらっしゃるんですか?」

千反田が遠慮がちに声をかけてくる。

なるほど、そうきたか。

だが俺はそのどうでもいい世間話には答えない。早く済ませて読書に戻りたいのだ。

奉太郎「千反田。何か俺に用があるならさっさと言ってくれ。まどろっこしい」

える「え?な、なんで分かったんですか折木さん?」

奉太郎「お前を見てれば様子がおかしいことくらいすぐに分かる。

    で、どうしたんだ?いつもの気になりますとも違うようだが」

える「気になることといえば気になることがあったんですが……」

奉太郎「何なんだ一体。さっさと言ってくれ」

える「は、はい。実は、あの、今日の朝下駄箱にこんなものが入っていて……」

自然の帰結×
当然の帰結○

奉太郎「何だこれは?手紙か?」

える「はい、あの、中身も読んでいただけないでしょうか」

奉太郎「いいのか?お前宛てのラブレターなんじゃないのか?」

える「どうして分かったんですか折木さん?

   わたし、まだ何も言っていないのに」

やはりそうか。

昔から下駄箱に入れられる手紙はラブレターだと相場が決まっている。

>>16
指摘ありがとう

千反田にラブレターか。

想像もしていなかったが、考えてみればおかしな話でもない。

あの異常な好奇心さえ表に出さなければ容姿にも成績にも優れた奴だ。

惚れる男がいるのも無理からぬことだろう。

むしろこれまでそんな話が耳に入って来なかったことが不自然だったのかもしれない。

しかし、だ。

奉太郎「俺に恋愛の相談相手が務まるとは思えんな。

自慢じゃないが俺は今まで色恋沙汰とは無縁で生きてきたんだ。

    伊原あたりにでも聞いてもらえばいいじゃないか。

    それにそのラブレターを寄越した男にも悪い。

    どこの誰だかは知らんが、他の男に愛の告白の手紙を読まれたくはないだろう」

惚れた腫れたといった話は非常にエネルギーのいるものらしい。

相手の一挙手一投足が気になり、そのひとつひとつに一喜一憂する。

夜は眠れず、飯は喉を通らない。

そんなに大変なら恋などしなければいいと思うのだが、そうもいかないらしい。

曰く「恋はするものではない、落ちるものだ」とかなんとか。

あいにくその大変さを味わったことのない俺だが、

自分の恋だけでも十分に大変そうなのにどうして他人の分まで引き受けられよう。

俺はどうにか話を誤魔化してしまおうと試みた。

だが、それに対する千反田の態度は俺の予想とは違っていた。

える「それなんです!」

奉太郎「それなんです?」

える「この手紙を書いてくれた方が、どこの誰なのか分からないんです!」

つまり千反田の話を要約するとこうだ。

朝学校に来たらラブレターがあった。

それには差出人の名前が書いていなかった。

誰が書いたのか、わたし気になります。

奉太郎「おいおい、俺は筆跡鑑定はできんぞ」

える「そうじゃないんです。

   手紙の内容に気になるところがあって……。

   ですから、一度これを読んでみてください!」

ラブレターが入っているのであろう便箋をこちらに差し出し、千反田が近づいてくる。

近い。いつもとは違って顔ではなく便箋だからいくらかましではあるが。

しかしこうなってしまった以上、千反田の頼みを聞かずに済ますのは難しい。

なにせ目の前に例の物が突き付けられている。

奉太郎「分かったよ、読めばいいんだろう。

    だが、読むだけだ。

    答えは期待するなよ」

える「はい!ありがとうございます!」

途端に千反田の顔がぱっと明るくなる。

まったく忙しいやつだ。

俺は千反田から受け取った便箋を開き、中身を見た。

そこにはこうあった。


『千反田える様

突然このような手紙を書く無礼をお許しください。

どうしても伝えたいことがあるのですが、一身上の都合で直接伝えることができないためこうして手紙を書きました。

私は千反田さんのことが好きです。初めて目にしたときからずっと好きでした。

私は千反田さんに思いを伝えることを許される人間ではありません。

しかしこの思いを抑えることができなかったのです。

悪戯だと思われても構いません。

思いを伝えることができるだけでいいのです。

無垢で、偽ることのできないあなたへ。』

残念ながら俺は今までラブレターを書いたことも受け取ったこともない。

当然一般的なラブレターの文例も知らない。

そのせいだろうか、少しばかり変わっているというか、気障な文章だという印象は受けたが、

そこまでおかしな部分はないように思う。

奉太郎「すまんが、俺はお前がどの部分に気になっているのか分からん。

    直接言えないから手紙を書いた。

    思いを伝えるだけでいいから名前は書かなかった。

    それだけのことじゃないのか?」

える「いえ、違うんです。

   この手紙は、わたしが今まで頂いたものとは全然……」

そこまで言って千反田は、しまった、といった顔で口を閉じた。

そして慌てて言い訳を始める。

える「いえ、あの、違うんです。

   わたしは、その……」

奉太郎「お前は男子に人気があるんだな」

よほど知られたくなかったのか、千反田は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

この学校には随分と古風なことをする男がいるものだと思ったが、

千反田は携帯電話を持っていない。

メール機能という便利なものが使えない以上、

千反田とお近づきになりたい者は直接会いに行くしかない。

それが出来ない奴はこうして手紙を書くことになるわけか。

奉太郎「まあ、お前が何通ラブレターをもらってきたかは聞かんさ。

    それで、これはお前が今までもらってきた数々のラブレターと比べてどう違うっていうんだ?」

える「で、でも、ちゃんとお断りしています!」

奉太郎「そうかそうか。そいつはよかった」

える「あまりからかわないでください……」

奉太郎「ああ、悪かった。

    それで、ラブレターなどには縁のないこの俺にこれがどういう風に気になるのか教えてくれないか。

    それを聞かないとどうにもならん」

なおも続く俺の軽口に、千反田は顔を赤くしたまま俺を恨めしそうに見てきたが、

自分の好奇心には勝てないと見えて、静かに話し始めた。

える「『一身上の都合で』とか『思いを伝えることを許される人間でない』といった部分です。

   なんだか、ラブレターにしては少々ものものしいような気がしませんか?

   戦争に行く兵隊さんのような、そんな鬼気迫るものがあります。

   わたし、この人のことが少し心配です!もしこの人の身に何かあったら!」

戦争へ赴く前に書いた恋文とでも言いたいのか。

戦時中はこんなこともあったかもしれないが、今は現代だ。

確かにあの古風なお屋敷に住んでいると自分がいつの時代に生きているのか分からなくなる気もするが。

奉太郎「考えすぎだろう。それに今は徴兵制はない。

    それだけお前を強く想って書いたっていうことなんだろう。

    まったく羨ましいもんだ」

また余計な軽口を叩いてしまう。

自分の言葉に棘が混じるのを感じる。

千反田が少ししゅんとした顔になる。

奉太郎「あー、すまん。言い過ぎたな。

    だが、本当に気になるところが分からないんだ。

    参考までにお前が今までもらった他のラブレターはどんな感じだったのかも知りたいんだが」

俺の軽口が止まったのにほっとしたのか、

一度知られてしまったからもう隠す気がなくなったのか、

意外にも千反田はこの質問に快く答えてくれた。

える「そうですね、やっぱりわたしが一番気になるのは、

   『思いを伝えることを許される人間でない』というところです。

   こういった手紙をくださる方々は『直接言う勇気がないから』

   と書いてくることが多いのですが……」

奉太郎「まあ、直接言う勇気のある男はそんなことしないな」

える「わたしは、思いを伝えることを許されない人なんていないと思います。

   誰にだって権利はあるはずです」

奉太郎「しかし、相手の方はそう思ってなかったんじゃないか。

    事実お前は旧家の娘だし、そこに向こうが引け目を感じたとか。

    それに、文字どおりの意味が込められているかも分からん。

    全体的に気取っているような文の書き方だし、

    『面と向かって話もできない自分のような人間は、

    本当なら思いを伝える権利はない』

    というようなことでも言いたかったのかもしれない」

える「それはそうかもしれませんが……」

奉太郎「どっちにしろ、これっぽっちの手掛かりじゃ答えは出せん。

    悪いが、お手上げだ」

える「そうですか……」

千反田はまだ納得できないといった様子だが、

こればっかりはどうしようもできない。

奉太郎「さすがにこの手紙しかないんじゃあな。

    ふう。しかしこいつは読めば読むほど気取った文章だな。

    毎回こんなのに対応するのは大変だろう」

える「そうなんです。

   特にこういった手紙をくださる方は大抵が知らない方ですので、

   放課後呼び出されてしまったときなどはきちんと会ってお断りしなければいけないんですが、

   一人で初対面の男の人に会うのはとても緊張してしまいます」

奉太郎「確かに気の進まん話だな。

    いつもそんな風に断っているのか?」

える「はい。でも、何も知らずに会いに行くのは怖いので、

   福部さんに相手はどういった方か聞いてから呼び出された場所に行きますね」

奉太郎「ん?なぜそこで里志が出てくるんだ」

える「わたしの知り合いの中では福部さんが一番お顔が広いですから」

確かにそう、まったく自然なことだ。

ラブレターをもらったが相手の人となりは分からない。

そんなときに古典部の友人にしてデータベースを自認する里志にそいつがどういう奴かを尋ねてみるのも当然だろう。

冷静に考えれば当たり前のことだ。

だが俺は冷静ではいられなかった。

千反田がこんなにも他の男子生徒から人気があるという事実を突き付けられて動揺していたのかもしれない。

そしてその動揺の矛先を、あろうことか俺は千反田に向けてしまった。

奉太郎「つまりお前は、普段は里志を頼っているのに、

    こういう時だけ俺に相談してきたわけか」

自分でも驚くほどの冷たい声だった。

千反田がびくりと怯える。

える「い、いえ、わたし、そんなつもりは」

奉太郎「そんなつもりも何も、そういうことだろう。

    俺を便利屋か何かとでも思ってるんじゃないのか」

える「そ、そんなこと……」

奉太郎「今回もいつも通り里志に相談してみろよ。

    あいつならこの差出人の筆跡も分かるかもしれないぜ」

最後に嫌みをもう一つ言い、俺は席を立った。

千反田は俯いたまま何も言わなかった。

俺もこれ以上は何も言わずに無言のまま部室を出た。

奉太郎「どうしてあんなことを言ってしまったんだ……」

その夜、俺は自室のベッドの上で激しい自己嫌悪に陥っていた。

本当にどうしてあんなことを。いや、理由など知れている。

勝手に動揺し、里志に嫉妬し、それを目の前にいた千反田にぶつけてしまった。

千反田と出会って以降、自分の省エネ主義が揺らいでいるとは思っていたが、

ここまで感情のコントロールが出来なくなってしまうことがあるとは。

やはり認めざるを得ないのかもしれない。

俺は千反田に他の奴とは違う特別な感情を抱き始めていることを。

奉太郎「……明日ちゃんと謝ろう」

そう決めたものの、一体今までどんな男が千反田に告白してきたのか、

今回は誰が差出人なのかをずっと考え続け、その日はなかなか寝付けなかったのだった。

翌日の放課後、さてどうやって謝ったものか、

そもそも千反田は昨日あんなことがあったのに部室に来るだろうか、

とぐずぐず悩んでいると、ふいに後ろから声をかけられた。

摩耶花「折木、ちょっと来なさい」

さすがの俺も見たことのないほどの怒りを体中に漲らせている伊原と、

いつも通り困ったようににやついている里志がそこにいた。

まあ、大方千反田のことだろうと思い、おとなしく伊原について教室を出る。

もっとも逆らえるような雰囲気でもなかったわけなのだが。

人気の少ない階段の踊り場まで来ると伊原は俺の方へ向き直り、口を開いた。

摩耶花「あんた、ちーちゃんに何したの」

思いのほか静かな声だ。

いきなり怒鳴られることも覚悟していたのでひとまず安心する。

奉太郎「千反田から何か聞いたのか?」

摩耶花「何よ、しらばっくれるつもり!?」

摩耶花、と里志が伊原を諌める。

珍しい光景だ。

感謝の意を里志に目で伝える。

里志「昨日僕らが部室に向かっていたら、部室から出てきた千反田さんとばったり会ったんだ。

   そのときの千反田さんの様子がちょっと変でさ、もしかしたらホータローと何かあったのかと思ってさ」

摩耶花「ちょっとなんてもんじゃなかったわよ!」

里志「摩耶花、落ち着いて。

   どうかなホータロー、何か心当たりはないかい?」

心当たりも何も、ほぼ間違いなく原因は俺だろう。

こいつらにはちゃんと説明をしておかなければ。

つい昨日自分勝手にあれだけの嫉妬心を向けた里志にも面と向かって説明しなければいけないのは

少々、いやかなり辛いところではあったが、俺は正直に部室で起こったことを話した。

摩耶花「折木、あんたって……」

里志「ホータロー……。うん、まあホータローらしいと言えばらしいのかな」

確かに自分でもどうかと思う話だが、

こうもはっきり第三者に言われるとさすがにダメージがある。

摩耶花「ちーちゃんがラブレターもらったことをふくちゃんには相談して、

    折木には隠した理由、本当に分からないの?」

伊原がため息交じりに言う。

奉太郎「だからそれは、里志のほうが顔が広いから……」

里志「じゃあさ、もしホータローが誰か知らない女子からラブレターをもらったとして、

   摩耶花と千反田さんだったらどっちに相談しようと思う?」

奉太郎「その二人だったら、まあ、伊原だろうな」

里志「うん。それはどうしてだい?」

奉太郎「別に大した理由はないが、ただ、なんとなく……」

里志「なんとなく、千反田さんには言いたくないよね。

   ホータローがなんとなく普段から意識している千反田さんには、ね」

奉太郎「なっ……」

里志「そうだろ?普段ちょっと意識している異性にはあんまりこういうことは知られたくないよね。

   こういう言い方はよくないけど、どうも思っていない相手の方が言いやすい。

   その相手が、ホータローは摩耶花で、千反田さんは僕だった」

奉太郎「おい、どうしてそういう話になるんだ。

    お前はどうなんだ、里志。

    お前がラブレターをもらったらまず彼女の伊原に言うんじゃないのか?」

摩耶花「そりゃーふくちゃんとわたしの関係は『気になる』っていう段階じゃないもん。

    あんたとちーちゃんの関係とは違うに決まってるじゃない。

    それに、あんたのその理屈で言うとあんたはわたしの彼氏かなんかみたいになっちゃうわ。

    気持ち悪いから、やめて」

奉太郎「ぐっ……」

里志「ちょっとは素直になりなよホータロー。

   ま、それは千反田さんにも言えることなんだけど」

摩耶花「ちーちゃんももうちょっと自分の気持ちを自覚してたらこんなことは起きなかったのにねー」

なんだか言いたい放題にやられてしまっている。

俺の千反田への感情はそんなにも分かりやすかったのだろうか。

自分でも昨日ようやく自覚ができたくらいだというのに。

だがこうもはっきり言われてしまったからには、もう誤魔化すこともできないだろう。

奉太郎「ん、まあ俺は、千反田のことが、気になってはいる。

    ……だが、俺が千反田のことを、っていうのは、

    お前たちいつごろからそう思っていたんだ?」

すると、またしても二人は呆れたような目をこちらに向けた。

いや、哀れみすら感じる。

なんだなんだ。せっかく勇気を出して自分の気持ちを認めようとしたというのに。

摩耶花「ねえ、あんたほんとに気付いてなかったの?」

里志「まあ、いつからって聞かれたら、ずっと前から、っていうのが答えになるのかな。

   千反田さんに対するホータローの態度は僕らに向けるものとは全然違っていたよ。

   自分では気付いてなかったのかもしれないけどね」

奉太郎「そ、そうか……」

里志「ま、それもホータローらしいといえばらしいと言えるよ。

   こういったことにはそれぞれ自分のペースがあるからね。

   ホータローと千反田さんはそのペースが合ってると思うよ」

摩耶花「ちーちゃんには他にもっといい人がいると思うんだけどなー。

    なんでこんな奴なんか……。

    とにかく!ちゃんとちーちゃんには謝って許してもらいなさいよ!」

奉太郎「ああ。分かってる。これから部室に行くつもりだ。

    千反田がいるかは分からんが」

そう。伊原の怒りは収まったが、千反田とのことは何一つ解決していないのだ。

伊原と里志にせっつかれながら、俺は祈るような気持ちで特別棟四階地学講義室の戸に手をかけた。

最悪のケースも想像していたが、あっけないほどすんなりと戸は開き、

ひとりぽつねんと窓際の席に座る千反田の姿が見えた。

千反田が入口に立っている俺たちに気付く。

すでに半分泣いているような顔で俺を見る。

いかん。早く何か言わなければ。

伊原が後ろから俺を小突く。

奉太郎「あー、千反田、昨日は悪かった。

    昨日はちょっと気が動転してて……」

える「はあ……」

千反田は俺が何を言っているのかよく分かっていないようだ。

無理もない。千反田にしてみれば俺がなぜ昨日いきなり怒り出したのかも分からないのだから。

奉太郎「ああ、言葉が足りなかったな。つまり、俺は昨日……」

摩耶花「ああもう!はっきりしないわね!

    あのねちーちゃん、こいつは昨日、

    ちーちゃんはいつもラブレターもらったときにふくちゃんに相談してたって知って、

    それでふくちゃんにやきもち妬いてちーちゃんに八つ当たりしたの!

    だからちーちゃんが気に病む必要はまったくないのよ。

    全部このバカのせいなんだから!」

える「そ、そうなんですか?折木さん」

奉太郎「まあ、その通りだ。

    昨日はひどいことを言った。悪かった」

再度、頭を下げる。

伊原はそんな俺を見てふんと鼻を鳴らしたが、千反田の表情は暗いままだ。

やはり謝っただけで簡単に関係は修復できないのか。

俺が改めて前日の過ちを悔いていると、千反田が意を決したように口を開いた。

える「でも、確かに折木さんのお気持ちも理解できます」

そこから飛び出した言葉は俺にとって驚くべきものだった。

俺はまた、今日何度目かもはや分からないのだが、ひどく動揺する。

俺の千反田に抱いている感情は伊原や里志だけでなく千反田本人にさえ筒抜けだったのだろうか。

動揺して声も出せない俺の心中を察してくれたのか、里志が千反田に話しかける。

里志「千反田さん、ホータローの気持ちが理解できるって……?

   それって……」

える「はい。折木さんには秘密にして、福部さんにだけ相談するというのは、

   やっぱり同じ古典部員である折木さんからしてみると、

   自分だけ信用されていないようでとても不愉快なことだと思います。

   相談するのであれば、最初から古典部の皆さんに聞いて頂くべきでした。

   今回のことは、わたしが軽率でした。

   折木さん、不愉快な思いをさせて申し訳ありません。

   でも、決して折木さんのことを信用してなかったわけではないんです。

   ただ、折木さんに話すのはなんとなく恥ずかしくて……」

そう言って千反田は恥ずかしそうに俯いた。

どうやら千反田は俺の怒りと、伊原の言った『やきもち』を別の解釈でとらえてくれたようだ。

ほっとして里志を見ると、里志も同じようにこちらを見た。

『僕の言った通りだろう?』その得意げな目は俺にそう語りかけてきた。

俺は鼻を鳴らしてそれに応える。

里志「なんにせよ、これで一件落着かな?

   そうだ千反田さん、せっかくだし例のラブレターをちょっと僕にも見せてくれないかな?」

える「そうでした!

   もとはと言えばわたし、どうしても気になることがあったから恥ずかしいのを我慢して折木さんに

   相談していたんでした。

   皆さんもぜひ一緒に考えてもらえないでしょうか?」

俺としては今回の原因となったもののことは忘れてしまいたいのだが、

そういうわけにもいくまい。

千反田が鞄から取り出した例のものを里志が受け取る。

その脇から伊原も覗き込む。

里志「うーん。確かにこれは今までのとはちょっと違った感じだね。

   でも、やっぱりこれだけでどんな人が書いたのかは特定できないな。

   僕が分かることと言えば、最後の一文がユリの花言葉になってるってことくらいだよ」

奉太郎「そうなのか?」

里志「そうだよ。ユリの花言葉は『無垢』とか

   『あなたは偽ることができない』なんだ。

   二つも一文の中で使われているんだからこれは間違いなくユリを指していると思う」

える「そうだったんですか。わたし、全然知りませんでした」

奉太郎「だがなぜこの差出人はユリの花言葉なんか書いたんだ?」

里志「それは分からないな。

   千反田さんをユリにでも見立ててみたってところじゃないかな

   他に意味が込められているかどうかは僕には判断がつかないね」

まあ確かに清楚な女学生然としたたたずまいの千反田をユリの花に例えてみるというのは分かる気がする。

立てば芍薬云々といった言葉もあることだしな。

言葉には出せないが。

やっぱりこれは単なるちょっと気取ったラブレターだったのだろうかと俺が思い始めた時、

伊原が口を開いた。

伊原「あのね、百合っていう言葉には、他にも意味があるの。

   マンガの用語なんだけど、百合っていうのは女の子同士の恋愛を指す言葉なの。 

   だからわたし思ったんだけど、この手紙を出した人は女の人だったんじゃないかなって。

   女だから直接告白するわけにいかないし、

   女同士の恋愛なんて現実ではまだまだ認められてないから、

   自分は思いを伝えるのを許される人間じゃないって書いたんじゃない?

   でも自分が女だって気付いてほしい気持ちもあったから、

   最後にユリの花言葉を添えた。

   どうかしら?ちょっとこじつけって感じもするけど」

一瞬、全員に沈黙が流れる。

みんな伊原の言ったことを踏まえ、ラブレターの内容を考えているようだ。

最初にその沈黙を破ったのはやはり千反田だった。

える「すごいです摩耶花さん!どうして気付いたんですか!?」

摩耶花「いや、わたし漫研に入ってたし、ただ知ってただけっていうか……」

里志「僕も摩耶花の言った通りだと思うよ。

   矛盾がないし、ただの気取ったラブレターですってよりも説得力がある」

奉太郎「なんだ、二人に話したらこんなに簡単に答えが出ることだったのか」

里志「どうやらホータローは千反田さんのことになると頭がうまく働かないみたいだね」

摩耶花「そうね。省エネとかはどこに行ったんだか」

奉太郎「別に今回の件はたまたまお前たちが知ってたことだっただけだろう」

里志「まあそうなんだけどね。

   でも冷静さを失ったのは本当だろう?」

それを言われると何も言い返せない。

千反田の方を見ると、なんだか千反田も照れくさそうにしている。

里志「さーて、これで本当に一件落着だね。

   じゃ、僕はこの辺で帰るよ。

   総務委員でやらなきゃいけないことがあるんだ」

摩耶花「わたしもちょっと用事があるから帰るわ。

    ふくちゃん、途中まで一緒に行こ」

なんだか気まずい俺たちを残して、二人はさっさと部室を出て行ってしまった。

古典部とはなかなかにドライな連中の集まりなのだと再認識する。

まあ、今日はただ俺たちに気を遣ってくれたのだろうが。

ちらりと千反田の方を盗み見る。

千反田もこちらの様子を伺っているようだ。

……こういうときは男から話しかけるものだろう。

奉太郎「悪かったな、昨日のこと」

える「いえ、わたしにも非がありますから」

奉太郎「お前、一人で知らない男のところに断りを言いに行くのは大変だと言っていたよな」

える「はい。やっぱり何度やっても慣れないものはあります」

奉太郎「そのことなんだが、もしお前がよければ、なんだが、

    俺が付き添って行っても、いいぞ。

    お前がどうしても一人で行くのが嫌なら」

千反田は少し驚いたように目を見開いた。

さてどう出る。

これで結構ですなどと言われたら俺はもう本当に古典部に顔を出せなくなるかもしれない。

自分の顔が赤くなるのを感じつつ、千反田の方を見る。

える「そうですね。一人で行くのはどうしても嫌です。

   折木さんが一緒にいてくださったら安心できるのですが」

千反田はそう、とびきりの笑顔で言ってくれた。

俺は口許が緩むのを精一杯どうにかしようとしながら、そっぽを向いて答える。

奉太郎「まあ、お前がどうしてもというなら」

える「はい。ありがとうございます」

千反田は笑顔のまま深々と頭を下げた。

雨降って地固まる、というにはあまりにも俺の非が大きすぎた一件だが、

里志と伊原のお陰もあって無事解決となった。

入須にしてやられたときもだが、一人で先走ると碌なことにならない。

慎むべし慎むべし、と俺は自らの行いを反省するとともに、

誰かまた千反田にラブレターを渡してくれないものかとあまりよくない期待

を胸に抱くのだった。

END

以上です
駄文に付き合ってくれた方々に敬礼

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