男「ふたりごと」 (9)

男「僕は最高とは決して言えないけれども、最低よりもまだまだ遠いような、まあ結局のところ何を取っても過不足のないような生活を送っている」

男「それでもたまに、自分が自分たることに強烈な違和感を覚えることがある」

男「例えばふと死について考えてみたとき、自分がわかりやすい作り笑いを浮かべていると気づいたとき、大嫌いな奴に大好きだと言ったとき」

男「きっとこれは、社会というシステムに従ずる生き物として生きられない、可哀想な人間特有のものなのだろうとなんとなく知っていた」

男「それでも僕が自分のことがカーストだと割り切れないのは、ある少女と出会い、自分の胸元を占拠する黒い靄がただの陳腐な不幸ごっこだと思い知らされたことが理由であると認識もらえば、そこに誤解は生まれだろう」

友「今、何か言ってたか?」

男「聞こえてた?」

友「いや、あんまり」

男「取るに取らない独り言さ。気にしないでくれ」

後輩「ああ、男さんじゃあないですか。奇遇ですね」

男「後輩ちゃんか。振り向かなくてもすぐわかったよ」

後輩「声でですか?」

男「最近、似たようなパターンで振り向いたら毎回後輩ちゃんだからね」

男「正直なところ、声を聞くよりも前から警戒してたんだ。そろそろ後輩ちゃんが来るぞっ、てさ」

後輩「えへへー。ずっと私のこと考えてたんですね先輩」

男「…………」

男「まあ、そういう考え方ができなくなくないこともないかな」

男「僕はこうして彼女と馴れ合うことで、お互いの体温を確かめ合う」

男「いや、そんな甘い言い方では伝わらないだろう。探り合う、と言った方が近いかもしれない」

男「相手は自分の理解者たり得るか。自分は相手にどこまで見せられるか。自分はこの相手を、どこまで好きになれるか」

男「僕の方では、とっくに答えは出ていた」

男「結論から言うと、彼女は僕の理解者たり得るし、深い中になれば自分の全てを見せられる自信がある」

男「そして何より、僕はすでに彼女のことが大好きだった」

男「ただ、僕は同時に気づいていた。気づいてしまっていた」

男「何年一緒にいても、彼女が自身の全てを僕に曝け出すことは絶対にないだろうと」

男「だからこの恋は、恐らく、きっと、たぶん、実らないだろう」

後輩「どうしました男さん?」

男「独り言だよ、気にしないでくれ」

男「それでも自分の陰を粗悪品のペンキで黒く塗り潰し、彼女の王子様を演出した僕は、恐ろしく浅ましい人間なのだろう」

男「自分に酔っているただの勘違い野郎であったがゆえに、本物よりも狂気満ちた何かに思えたのかもしれない」

男「そんなこんなで彼女、後輩ちゃんは、僕のことを同類として認めつつあった」

男「でも僕は、そんな自分がやっぱり認められない」

男「だから僕は避ける。僕と彼女の距離が縮まるであろう決定的なポイントを、根刮ぎ避ける」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom