菫「今週の宮永照お世話係は淡だから」(269)

淡「は?」

菫「ああ、淡は一年生だから知らないのか」

淡「なんですか、お世話係って……」

菫「読んで字のごとく、照のお世話をする係だ。
  うちの麻雀部員が一週間ごとに交代で担当することになってる」

淡「はあ……」

淡「なんでそんな意味不明な係があるんですか」

菫「あー……照が母親と二人暮らしなのは知ってるか?」

淡「はい」

菫「照のお母さんが忙しい人でな。
  夕方から深夜に仕事をしてて、照が家にいる時間にお母さんはいないんだ。
  つまり照は実質一人暮らしに近い生活をしている」

淡「へえー、一人暮らしですか。宮永先輩しっかりしてそうですもんね」

菫「しっかりしてないからお世話係が必要なんだ」

淡「……というと?」

菫「あいつは一人で飯も作れないし、風呂も沸かせない。
  誰かがつきっきりで面倒を見てやらないといけないんだ。
  放っておいたら何をしでかすか分からないからな」

淡「よ、幼稚園児じゃあるまいし……」

菫「信じられないかもしれないが事実だ。
  天才とは得てしてある部分が突出している代わりにそれ以外の面がてんでダメになるらしい」

淡「そういうもんですか」

菫「というわけで淡、一週間照の世話を頼んだぞ」

淡「嫌どす」

菫「言っておくがお前に断る権利はない」

淡「なんでですか、嫌ですよ。
  てゆーかいまの弘世先輩の話を聞くに
  1週間宮永先輩の家に泊まりこんで面倒見ろってことですよね?」

菫「察しが早くて助かる。1週間分の着替えを持って照の家に行ってくれ。
  日用品は照の家に全部用意してあるから」

淡「嫌ですって。だいたい親からの許しがおりませんよ、そんなの」

菫「じゃあ今ここで親に電話して確認してみてくれ」

淡「絶対ダメだって言われると思いますけどね……」ピッピッピッ

淡「…………あ、もしもしママ? うん、実はちょっと」

淡「宮永先輩の家に1週間くらい泊まりこむことになって……」

淡「うん、宮永照……だめだよね? 無理だよねそんなの。ダメって言って」

淡「え? あ、うん、そう、はい、はーい…………」ピッ

菫「なんて言われた?」

淡「あの宮永照と泊まれるチャンスなんてそうそうないから是非お邪魔させてもらえって……」

菫「心の広いママさんで助かるな」

淡「ただミーハーなだけかと思います」

淡「てゆーか宮永先輩的にはオッケーなんですか?
  週替わりで部員が泊まりに来るなんて……」

菫「まあそうしないと生活できないというのもあるが……
  あいつは結構楽しんでるみたいだぞ」

淡「そうなんですか?
  なんか宮永先輩がそういうことで楽しむなんて想像しにくいんですが」

菫「特に淡の当番が回ってくるのは楽しみにしてたぞ。
  今年入った1年の中では、お前が一番のお気に入りらしいからな」

淡「え、私目付けられてたんですか」

菫「お前をチーム虎姫に推薦したのもアイツだし……」

ガラッ
照「こんにちは」

菫「おお、来たか。ちょうど淡に今週のことを話してたところだ」

淡「宮永先輩、マジなんですか?
  一週間も宮永先輩のおうちに泊まりこむなんて……」

照「ああ、まあそういうことをみんなに頼んである」

菫「誰も行ってやらなければ3日目あたりで照の家から変死体が発見されるだろうな」

淡「脅しですか」

照「ああ、そういえば今週は淡の担当だったな」

淡「なんかそういうことになってるみたいですね。
  まったく知らなかったんですけど」

照「じゃあ淡、これから一週間よろしく頼む」

淡「よろしくって言われたって……
  何をどうすればいいのかさえよく分かってないんですが」

照「私の家に来て、私のご飯を作って、私と一緒にお風呂入って
  私と一緒に寝て、私と一緒に起きて、私と一緒に登校してくれるだけでいい」

淡「ええー、そこまで面倒みなきゃいけないんですか……?
  私は宮永先輩のメイドですか」

照「なんならメイド服も用意してあるが」

淡「いらねえよ」

照「じゃ、私は先に帰ってるから。
  淡も一度家に帰って泊まる準備をしてから、また私の家に来てくれ」

淡「はあ、どうしてもいかなきゃならないんですか……」

菫「往生際が悪いぞ、淡。
  他の後輩なんか尻尾振って犬のごとく喜ぶのに、お前ときたら」

淡「私はそこまで宮永先輩のこと崇拝しちゃいませんよ」

宮永家

淡「結局来てしまった」

淡「はーあ、これから宮永先輩と同居か……」

淡「友達同士ならいいけど、先輩後輩でお泊りって……しかも1週間も」

淡「しかもご飯とかも作ってあげないといけないらしいし」

淡「なんで私がこんなことしなきゃいけないんだろ」

淡「気が重いなあ……」

 ピンポーン

ガチャ
照「おお、淡。やっときたのか、遅いぞ」

淡「行くべきか行かざるべきか悩んでいましたもので」

照「でも結局来てくれたんだな。
  ま、来てくれないとものすごく困るんだが」

淡「自分で生活できるようになってくださいよ、もう高校3年生なんですから」

照「まあ、一応努力はしているつもりだ。
  最近自分でお風呂掃除ができるようになった。すごいだろう」フフン

淡「そうですか、私は小学校の頃からできてました」

照「しかし、済まないな。
  ノリ気ではなかったのに無理やり来させてしまったみたいで」

淡「いえ、もういいです。 まあ嫌なのには違いないですけど、
  一応宮永先輩と1週間過ごす覚悟が着いたからこそ来てあげたわけですし」

照「そうか……でも嫌がられてるのは変わりないしな。
  こちらもタダで面倒を見てもらおうとは思ってない」

淡「なんか貰えるんですか」

照「ああ、お世話係の当番だけに贈られる特別な特典だ」

淡「へえ、そんなのあるんですか。
  それで、特別な特典ってなんなんです?」

照「この1週間の間、私のことを『てるてる』と呼んでもいいぞ!」

淡「呼ばねえよ!」

照「な、なんでだ……?
  他の後輩はみんな喜んで呼んでくれるのに……」

淡「それはしぶしぶ宮永先輩に付き合ってあげてるだけか
  ていよくバカにされてるだけだと思いますけど」

照「そ、そうだったのか? そういえば尭深が私を『てるてる』と呼ぶ時
  なぜかいつも半笑いだった……」

淡「ああそりゃ確実にバカにされてますよ」

淡「そろそろ荷物置かせてもらっていいですか。重いんで」

照「ああ、そのへんに適当に置いといてくれ」

淡「どっこらせっと」

照「何を持ってきたんだ?」

淡「一週間分の着替えと、学校の制服と教科書とか」

照「なんだ、面白みがない荷物だな……」

淡「別にいいでしょ……で、私はこれから何をしたらいいんですか?」

照「ん、ああ……そろそろ夕方だし、晩御飯作ってくれ。
  食材は1週間分買い込んでるから」

淡「はいはい、晩御飯ですね」

照「淡、料理できるのか?」

淡「まあカレーライスとかなら作れますけど」

照「カレーライス以外は?」

淡「カレーライス以外には……カレーライスとか、カレーライスですかね」

照「……1週間カレーライスか……」

淡「文句あるなら自分で作ってくださいね~」

淡「…………」

照「はーあ、暇だな……」

淡「…………」

照「あ、カレーにピーマン入れないでね」

淡「…………」

照「そうだ、今のうちにTwitter更新しておこう」

淡「宮永先輩、Twitterなんてやってたんですか」

照「え、ああ……顧問にやれって言われてな。宣伝になるからって」

淡「へーえ、じゃあ宮永照本人としてやってるってことですね」

照「まあそういうことになるな」

淡「フォロワーどれくらいいるんですか?」

照「30万人弱」

淡「多っ!!」

照「滅多なこと書けなくて気疲れするんだ……
  だからといってやめるわけにもいかないし」

淡「大変ですね……」

淡「どんなこと書いてるんですか?」

照「えー……身内に見せるのは恥ずかしい」

淡「いいじゃないですか、30万人に見られてんでしょ」

照「まあ、そりゃそうだが……」

淡「見せてくださいよ、ピーマン入れますよ」

照「わかったよ……仕方ないな、はい」

淡「えー、どれどれ……」

 『最近暑い日が続きますねっ(*^_^*)
  部室は冷房が聞いていますが、私はクーラー苦手な方で……( ´Д`)
  夏ですが冬用のひざ掛けが手放せない生活が続いております(^_^;)』
 『@katsudon_fujita 藤田プロ、お久しぶりです><
  インターハイの会場ではありがとうございましたm(_ _)m
  またカツ丼おごってくださいねミ☆』
 『今日の夕飯はカレーライス(^o^)
  みなさんカレーライスのトッピングはなにが好きですか~?』

淡「なんすかこれ……」

照「こういうキャラを演じるのも疲れるんだ」

淡「営業用のキャラ作りなんかしなけりゃいいのに……」

照「私も後悔してるが今さらやめられることじゃない」

照「それよりご飯まだ? おなか空いたんだけど」

淡「はいはい、もう出来てますよ。どうぞ」

照「おお、なかなか美味しそうじゃないか……」

淡「遠慮無くお召し上がり下さいませ」

照「いただきます」

淡「いただきまーす……モグモグ」

照「淡が私のために作ってくれたカレーか……」パクリ

淡「そんなに思い入れは込めてませんけど」

照「…………」

淡「どうしました? 美味しさのあまり絶句ですか?」

照「か、か、辛口じゃないかこれ……」

淡「え、もしかして辛口苦手だったんですか?」

照「私甘口じゃないと食べられないんだけど!」

淡「知りませんよ……小学生かよ」

照「うう、舌がヒリヒリする……」

淡「作り直しましょうか?」

照「いや……せっかく作ってくれたのに残すなんて……」

淡「でも辛口食べられないんでしょ?」

照「だ、大丈夫……我慢して食べるから」

淡「は、はあ……」

照「よし、食事再開するぞ……えいやっ」パクッ

淡「…………」

照「うっ、ううっ、辛い、辛いよお……」モグモグ

淡「…………」

照「も、もう一口……」パクッ

淡「…………」

照「ああうう、辛い、辛すぎだよ、ううう……」モグモグ

淡「…………」

照「はあ、はあ、はあ……もう一口……」

淡「も、もうやめてください!
  宮永先輩のぶんは残り全部私が食べますからっ!」

照「なんかすまんな……」

淡「いえ、私が確認せずに作ったのが悪かったので……」モグモグ

照「ところでお母さんの分も作っといてくれたか?」

淡「え、ああ……明日の朝ごはんとお弁当にもするつもりだったので
  余分には作ってありますけど」

照「そうか、ならいい……
  てゆーか晩御飯だけじゃなく3食カレーなのか……」

淡「ところで宮永先輩のお母さんって何されてる人なんですか?
  弘世先輩は夜に仕事してるって言ってましたけど」

照「ん…………ああ、まあ……なんというか」

淡「…………あ、すみません……言いづらいこと、聞いちゃって……」

照「ああ、いや気にしないでくれ。そういう仕事してるってのは……事実だし」

淡「すみません……」

淡(バカバカ、私のバカ……ちょっと考えたら分かることなのに
  なんでこんな気まずくなっちゃうような質問を……)

照「あ、あんまり気にしないでくれ。そうだお風呂はいろう、お風呂」

淡「え、あ、はい……」

風呂場

淡「えー、一緒に入るんですか……」

照「当然だろう。先輩と後輩で裸の付き合いをすることで
  より一層部員同士の団結を深めることが出来るんだ」

淡「……本音は?」

照「一人でシャンプーできないから……」

淡「さいですか……」

照「あ、淡。入浴剤入れて。そこの棚の上にあるから」

淡「えーと……あ、これですか……なんかいっぱいありますけど」

照「尭深が泊まりに来た時、持ってきて置いていったんだ」

淡「へー。じゃあ別府温泉のやつにしますか」

照「尭深も別府温泉が一番お気に入りだと言っていたな」

淡「いらん情報をどうも」

照「じゃ、私は先に入ってるから。淡もさっさと脱いでこいよ」

淡「タオルまいちゃダメですか……」

照「ダメです。全裸です」

ガラッ
淡「うう……」

照「やっときたか、待ちくたびれてのぼせてしまいそうだったぞ」

淡「いやあ、恥ずかしいですね……」チャプン

照「恥じる必要はない、女同士なんだから」

淡「女同士でも恥ずかしいですよ……
  小学校卒業以来、赤の他人とお風呂入ったことなんかないですし」

照「修学旅行とかで入るじゃないか。大浴場」

淡「ホテルの個室に備え付けのお風呂に入ってました」

照「最近の子は贅沢だな、まったく」

淡「2つしか歳違わないのに……」

照「…………」

淡「はあ……今日はちょっと疲れました」

照「そうか……ふうむ」

淡「な、なんですか。あんまりジロジロ見ないでくださいよ」

照「いやあ……胸ないなあと思って」

淡「な、どこ見てるんですか!?
  てゆーか宮永先輩も人のこと言えないじゃないですか!」

照「いや……私は平均的位はあるから。
  でも淡のは正真正銘のぺったんこじゃないか」

淡「余計なお世話ですよ……
  これからそれなりに成長するかもしれないじゃないですか」

照「女性の胸が最も成長するのは小学6年~中学2年の頃だ。
  無い乳のまま高校生になってしまった淡は残念だが、もう……」

淡「そんな哀れみの目で見ないで下さい」

照「まあ菫くらい大きくなれとは言わないが……
  そんな貧乳じゃ将来苦労するぞ」

淡「いいでしょ貧乳でも……胸は小さいほうがスリムでいいですし。
  小さいほうが好きだっていう男性もいるらしいですよ」

照「そんなもんロリコンこじらせた気持ち悪いオタク男だけだろ。
  目立ってなんぼのセックスアピールポイントを見視して
  あえて未発達のほうを選ぶ時点で脳みそに欠陥があると言わざるを得ないな」

淡「全国の貧乳女子と貧乳派男子に謝れよ」

照「まあせいぜい頑張れ。
  女性の魅力は胸だけで決まるものでもないからな」

淡「先輩もたいして大きくないくせに……」

照「私はアレだ、胸はそんなになくても他の魅力でカバーできてる」

淡「なんですか、宮永先輩の女性的魅力って」

照「えー…………えっと……
  ……あー、その、うーむ……
  うーんと、えーと………………髪とか」

淡「たっぷり10秒悩んで出した答えがそれですか」

照「私の髪、綺麗じゃないか? ピンク色で」

淡「ピンク色というより、さつま芋とか紅生姜みたいな色ですけど」

照「嫌な喩え方をするな……」

淡「まあ、そうですね。ピンク髪は淫乱ってよく言いますし、
  男受けはいいのかもしれないですね」

照「いんらんって何?」

淡「知らないなら知らないままのほうが幸せです」

照「あ、そう。いいよ、あとでTwitterで聞くから」

淡「確実に炎上しますよ」

照「炎上寺怜……なんちゃって」

淡「はいはいおもしろいおもしろい……」

照「淡、体洗ってくれ」

淡「シャンプーだけじゃなくて体洗うのも一人じゃ出来ないんですか……」

照「いや、石鹸を上手く泡立てられないんだ」

淡「どんだけ不器用なんだよ」

照「はい、タオルと石鹸」

淡「まったく、仕方ないですね……」アワアワ

照「あわいだけに泡泡……フフン」

淡「ダジャレ好きなんですか……?」

照「しかし淡は器用だな」

淡「誰だってできますよ、これくらい……
  はい、じゃあ背中から洗いますよー」

照「うん、じゃあ頼む」

淡「前は自分で洗ってくださいね」ゴシゴシ

照「え、なんで? 前も洗ってよ」

淡「先輩は羞恥心とかないんですか?」

照「いいじゃないか、女同士なんだから」

どこかのホモビで見たような展開いいゾ~これ

淡「イヤですよ、こっちが恥ずかしいですよ。
  自分で洗って下さい、ほら」

照「えー、もう仕方ないな……」ゴシゴシ

淡「まったく……」

照「あ、じゃあこれ頼む」

淡「……なんですかこれ、カミソリ……?」

照「ああ。剃ってくれ」

淡「はぁぁぁ!? 絶対イヤですよ!?
  何が楽しくて先輩のムダ毛処理しないといけないんですか!!
  これこそ自分でやるべきでしょうよ!!」

照「自分でやると血でちゃうんだ」

淡「だからって他人にやらせないでくださいよ」

照「あ、じゃあやってくれたら淡のもしてあげるから」

淡「お断りします、先輩がやると出血するんでしょ」

照「出血しないようにするから」

淡「そう出来るならなおさら自分でやれよ……」

照「うう、菫はいっつもやってくれるのに……」

淡「弘世先輩の場合ガチっぽいから怖いわ」

照「じゃあこれはもういいや、シャンプーしてシャンプー」

淡「はいはい、シャンプーハットは使わなくていいですか?」

照「そんなもん使うわけないだろう。
  先輩をバカにするのもいい加減にしてくれないか」

淡「さっきから馬鹿にされる要素しか見えてこないですよ……」

照「いいから早くやってくれ」

淡「はいはい……じゃあお湯かけますよ」ジャー

照「ギューッ」

淡「そんな必死に目つぶらなくても……」

照「目に入ったら痛いだろうが!」

淡「マジで切れられた!?」

照「だからなるべく私の目の付近に泡が垂れてこないようにシャンプーしてくれ」

淡「クソめんどくさい注文だな……じゃあ洗いますよー」シャカシャカ

照「ギューッ」

淡「他人の頭シャンプーするのなんて初めてなんですけど、大丈夫ですか」

照「ん、ああ……気持ちいいぞ」

淡「お痒いところはございませんか」シャカシャカ

照「足の裏かな」

淡「当店ではそういうサービスはやってないんで」シャカシャカ

照「あ、そう……」

淡「先輩の髪、思ったよりさらさらですね」シャカシャカ

照「そうだろ、どうだ見直したか」

淡「ま……髪が女性的魅力だってことに関しては」

照「ふふん、淡も私のような女性的魅力を身につけないといけないぞ。
  ただでさえ体が残念なんだからな」

淡「失礼な……私だって内に秘めた魅力がありますから」

照「ほう、なんだそれは」

淡「えー………1人じゃ何にもできない先輩をつきっきりで面倒見るくらい
  世話好きで甲斐甲斐しくて優しさに満ち満ちてるところですかね」

照「なるほど、それはモテそうだな」

淡「でしょ」

居間

淡「あー、いいお湯でした」

照「冷凍庫にアイスあるから食べていいよ」

淡「あ、じゃあいただきます」

照「私の分も取ってきて」

淡「はいはい……なんか山ほどありますけど」

照「ああ、尭深が買い込んできたんだ」

淡「はあ、そうですか……で、どれにします?」

照「ん? 全部抹茶味だろ?」

淡「え、嘘でしょ……うわ、ほんとに全部抹茶味だ……」

照「どれでもいいから適当に持ってきてくれ」

淡「はいはい……じゃあこれ、どうぞ」

照「ああ、ありがとう。やっぱ風呂あがりはアイスだな」ムシャムシャ

淡「そっすね」ペチャペチャ

照「…………」ムシャムシャ

淡「…………」ペチャペチャ

照「…………」ムシャムシャ

淡「…………」ペチャペチャ

照「…………」ムシャムシャ

淡(暇になっちゃったな……)

照「もう1本食べようかな」

淡「お腹壊しますよ……あ、先輩もゲームとかやるんですね」

照「ん?」

淡「ほら、ゲーム機いっぱいあるじゃないですか」

照「ああ、尭深が色々持ち込んできてな」

淡「また渋谷先輩の仕業ですか」

照「それにゲーム機って言っても、古いのばっかりじゃないか。よく知らないけど」

淡「えーと、スーファミ、ネオジオ、3DO、PCエンジン、セガサターン……
  なんでこんな古いのばっかり?」

照「さあ、好きなんだろ」

PS系を持ち込まない渋谷先輩に親近感

淡「まあいいや、何かやりませんか」

照「うん、じゃあマリオカートやるか」

淡「おっ、いいですね……
  私小学校の頃、麻雀の次に得意だったのがマリオカートなんですよ」

照「ほう、それは期待できそうだな」

淡「本気で行きますからね、先輩も本気でやってくださいよ」

照「ああ」


淡「……………………」

照「……………………」

淡「……………………」

照「………………あ、負けた」

淡「先輩、3週遅れじゃないですか……」

照「いや、ここはステージが悪い。おばけぬまは駄目だ、落ちるから」

淡「それ以前の問題だった気もするんですが……
  じゃあチョコレー島にしますか」

照「うん、そこならまあ」

照「よし、リベンジマッチだ」

淡「……先輩ってマリオカートやったことあるんですか?」

照「尭深が一人で延々とタイムアタックしてるのを横で見てたくらいだ」

淡「人の家に来て一人でタイムアタックって……」

照「えーと、チョコレー島、チョコレー島……よし、はじめるぞ」

淡「はいはい」

照「………………」ガチャガチャ

淡「………………」カチャカチャカチャカチャ

照「お……おおおおお」ガチャガチャ

淡「………………」カチャカチャカチャカチャ

照「……おおお……おおおお」ガチャガチャ

淡「ちょっと、先輩!
  カートが曲がるのに合わせて体動いちゃってますよ」

照「え? 普通こうなるだろ」

淡「ならねえよ!」

照「……あ、また負けた」

えっ動かないの?

淡「相手にならないですね」

照「このコースはダメだな……悪路にタイヤを取られる」

淡「てゆーか先輩、それ以前に初心者なら
  クッパじゃなくてノコノコとか使ったほうがいいんじゃないですか」

照「えっ、キャラによって違うの?」

淡「そんなことも知らなかったんですか……」

照「仕方ないだろ、まともにやったこともなかったんだから」

淡「はいはい……」

照「ゲームはもうこれくらいにしとこう。
  もう寝るぞ」

淡「え、もう寝るんですか? まだ10時ですけど……」

照「ああ、いつもこれくらいの時間に寝てるけど。
  なんかおかしいか?」

淡「いや……まあ、そうですね……
  今日は私も色々あって疲れたんで、もう寝ますよ」

照「これくらいで疲れてたらあと6日間もたないぞ」

淡「先輩のせいで疲れてるんですけどね」

実は花も恥じらう乙女だったらどう責任を取るのか

亦野さんはお世話というより護衛だな

周囲の気配を伺いながら決して座らず壁を背に立っている感じ

寝室

淡「あっ」

照「どうした?」

淡「パジャマ持ってくるの忘れちゃいました」

照「なんだ、じゃあ予備のパジャマがあるから貸してやろう」

淡「あ、すみません」

照「これなんかどうだ? ウサギさんのパジャマなんだが、
  ほら、フードのところに耳がついてるんだ。可愛いだろう」

淡「……先輩、そういう趣味あるんですか?」

照「いや、私が買ったんじゃない。
  菫が持ってきて、置いていった」

淡「弘世先輩、こういうの着るんですね……」

照「自分では着なかった。どうやら私に着させるために持ってきたらしい。
  しつこく着てくれとお願いされてな……まあ、断固拒否したけど」

淡「やっぱ弘世先輩って宮永先輩のことアレっぽいですね」

照「ほら淡、これを着てウサギさんになれ。多分可愛いぞ」

淡「自分がやられて嫌なことを人にしないでくださいよ」

照がダンボールを無下にしたら
小一時間ダンボールの素晴らしさを語り始めるのか

照「でも結局着るんじゃないか」

淡「これしかないなら仕方ないじゃないですか」

照「…………」

淡「どうですか、可愛いですか」

照「うーん……可愛い可愛くないという以前に、なんかアホっぽいな」

淡「すっげえ失礼ですね……
  まあ確かに頭ユルそうな女子中学生とかが好きそうなパジャマではありますが」

照「フードもかぶって。完全なウサギさんになってみてくれ」

淡「イヤですよ、右手に構えたスマホで写真に収める気でしょ」

照「まあ、めったに見られないからな、淡のこんな格好」

淡「誰かに言いふらしたりしたらぶっ飛ばしますよ」

照「そうだな、じゃあ写真撮らせてくれたら秘密にしとこうかな」

淡「どっちもイヤですよ! もう電気消しますよ」

照「あっ、真っ暗じゃなくて豆電球にしてね」

淡「はいはい……おやすみなさい」

照「おやすみー」

―――
―――――
淡「あっ、おかえりなさいてるてる!」

照「ごめんごめん、遅くなっちゃって」

淡「もー、待ちくたびれちゃったよお~」

照「すまないな、ケーキ買ってきたから機嫌直してよ」

淡「ケーキ? モンブラン? モンブラン買ってきてくれた?」

照「うん、あわあわの大好きなモンブランだよ」

淡「わーい、やった~!」

照「ふふっ、あわあわは本当にモンブランが好きだなあ」

淡「うーん、でも……もっと大好きなものは別にあるの」

照「へえ、なんだい?」

淡「それは、てるてるだよっ! えへへっ」

照「嬉しいこと言ってくれるじゃないか、あわあわ……」

淡「あっ、てるてる……」

―――――
―――

淡「うおああああっ!」ガバッ

淡「はあ、はあ、はあ…………夢か」

淡「あれ……ここは……」

淡「あ、そっか。宮永先輩の家に泊まってたんだっけ」

淡「今は……まだ4時か」

淡「6時くらいに起きればいいかな……」

淡「宮永先輩は……」

照「すう……すう……すう……」

淡「よく寝てるな……まるで子供みたい」

照「……それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンだよ、菫ぇ……ムニャムニャ」

淡「どんな夢見てんだ」

照「んー…………あれ、淡……?」

淡「あっ、すいません。起こしちゃいました?」

照「私のウルトラアイは……?」

淡「何寝ぼけてんすか」

照「今何時?」

淡「4時ですね」

照「そっか、じゃあ二度寝しよう」

淡「はい、おやすみなさい」

照「…………」

淡「ふぁあ……私も寝よう」

照「あ、淡」

淡「なんですか、寝たんじゃないんですか」

照「お風呂場からタオル持ってきて……
  寝汗いっぱいかいちゃって気持ち悪い」

淡「はいはい、もう仕方ないですね……」

照「お風呂場の場所わかる?」

淡「分かりますよ、そんな迷うほど広い家でもないでしょ」

照「それもそうか……あ、淡、ついでに扇風機つけて」

淡「自分でつけてくださいよそれくらい……」パチッ

照「あー、生暖かい風が……」

淡「えーと……風呂場風呂場……」

「あら、照? もう起きてきたの?」

淡「え? だ、誰ですか!?」

「え……そちらこそ、どちら様? 照のお友達?」

淡「え、あ、もしかして宮永先輩のお母さんですか」

母「ええ、そうですけど」

淡「あ、そうだったんですか、すみません……
  私宮永先輩の後背の大星って言います、おじゃましてます」

母「ああ、照のお世話係で来た子ね……
  ごめんね、うちの照が迷惑かけちゃって」

淡「いえいえ、迷惑だなんてとんでもないこともないですけど……」

母「ごめんなさいね、あんな子で。
  麻雀はすごい才能を持ってるんだけど、それ以外はてんでダメで」

淡「ああ、いえいえ……」

母「私が昼間のお仕事が出来れば、部員の人に頼る必要もないんだけれど」

淡「…………」

淡(夜の仕事してるって聞いてたからもっと派手な人かと思ったけど
  何の変哲もない普通の人だな……)

母「照はまだ寝てるの?」

淡「はい、まあ、二度寝してると思います……
  あの、タオルをお借りしたいんですけど」

母「ああ、お風呂場から持って行って構わないわよ」

淡(宮永先輩と違って礼儀正しくて物腰柔らかだし……
  なんとなくもっと厳格な人を想像してたけど)

母「それより、あなた」

淡「はい?」

母「可愛いパジャマ着てるわね。あなた、そういうの好きなの?」

淡「え、パジャマ……? あっ」

母「あっ、フードに耳ついてるわね。ちょっとフードかぶってみてくれない?」

淡「いや、これは違うんです、私の趣味とかじゃ……」

母「あなたの趣味かどうかなんてどうでもいいわ。
  ねえ、写真撮らせてくれないかしら、いいでしょ、ねえ、ほら」

淡「うう、血筋だ……」

ガチャ
淡「先輩、タオル持って来ましたよ」

照「くかー……すぴー……」

淡「もう寝入ってるし……」

淡「まあいいか、私も寝よう」

淡「はあ……」

淡「こんな生活があと6日続くのか……」

淡「最初に想像してたよりはきつくもないけど……」

淡「でも宮永先輩のおうちも色々大変みたいだし」

淡「私にできることがあるなら……」

淡「…………」

照「うーん、淡~……」

淡「はい?」

照「新潟まで餅を食べに行くなんて許さないぞ……ムニャムニャ」

淡「なんだ、寝言か……」

淡「私も寝よ……」

翌日

ガチャ
淡「こんちゃーっす」

菫「おう、淡」

淡「宮永先輩はまだ来てないんですか」

菫「アイツは今日便所掃除の当番だ」

淡「ああ、そうですか」

菫「それより、どうだった? 照のお世話係は」

淡「そうですね……まあ大変でしたけど、楽しかったですかね」

菫「そっか、楽しかったなら何よりだ」

淡「でも今日含めてあと6日もあると思うとちょっと憂鬱なんですけど」

菫「まあ頑張ってくれ。照もきっと楽しんでると思うし」

淡「ならいいんですけど」

菫「ゴホン……それより、淡」

淡「なんですか?」

菫「まさかとは思うが、照と……変なこととか、してないよな?」

淡「あ?」

菫「いや……その、あれだ、照と一緒に風呂入ったり、
  寝たりするだろう」

淡「はあ」

菫「それで、その、万が一間違いが起こってたりすると……アレだしな」

淡「なんですか、アレって……」

菫「具体的に言うと、処女膜の喪失とか、えらいことだしな」

淡「バカじゃないですか」

菫「いや、お前を疑ってるわけじゃないぞ? 一応確認の意味で聞いてるだけだからな?
  本当に昨夜、照とは何でもなかったんだな?」

淡「何もしてませんよ、ていうかそんな趣味ありませんから!」

菫「お前にもしその気がなくとも、万が一ということもあるしな……
  ほらアイツ、可愛いからさ」

淡「はい?」

菫「だから、その……女にそういう興味がなくても、
  照と一晩過ごす内にだな、その、そんな気分になってくることもあるだろ」

淡「ねえよ」

菫「ほんとか? ほんとだな?
  もう一度確認するけど、ほんとに照のこと好きになったりしてないな?」

淡「してませんよ!
  なんなんですか、さっきから……やっぱり弘世先輩って」

菫「な、なんだよ、やっぱりって」

淡「……よろしければ、当番変わってあげましょうか?」

菫「なっ……ば、バカなこと言うな!
  これはちゃんと決められたローテーションで回ってるんだ、
  お前のわがままで誰かと交代したりしていいもんじゃないんだぞっ」

淡「別に私のわがままじゃないですよ。
  利害は一致してると思うんですけどね~」

菫「くっ……卑劣な……」

淡「てゆーか、そんなに不安なら他の部員にやらせないで
  ずっと弘世先輩がつきっきりで面倒見てあげてればいいじゃないですか」

菫「わ、私も出来ればそうしたかったんだが……」

淡「なんでそうしなかったんですが」

菫「いや、最初はずっと私が照の面倒を見てたんだけどな。
  でも照がある日こう言ったんだ。
  私は他人とのコミュニケーションがヘタだから他の部員といまいち打ち解けられない……とね」

ドム「キャストオフ」

淡「はあ」

菫「んで、他の部員と仲良くなる機会を作るために
  今みたいな持ち回り制にしたんだよ」

淡「……弘世先輩としては、大いに残念だったんじゃないですか」

菫「いや、別にそんなことはないぞ……これが照のためだしな、うん」

淡「そうですか」ニヤニヤ

菫「なんだよニヤニヤして……」

淡「いやあ、別に……
  そうだ、今度宮永先輩に例のウサギパジャマ着せて写真撮ってきてあげますよ」

菫「ほ、ほんとか、マジで言ってるのか!? いくらで売ってくれる!?」

淡「いや、別に金はいりませんけど……」

菫「優秀な後輩を持って嬉しい。ぜひ成功を納めてくれ」

淡「変態な先輩を持って大変ですよ」

ガチャ
照「やあ」

菫「おお、照に尭深、遅かったな」

尭深「こんにちは……ちょっと大変なことになりましたよ」

淡「なんですか、大変なことって」

尭深「これ見てください」スッ

菫「明日発売の某週刊誌じゃないか」

尭深「同じクラスの人が一日早く入手してたんです」

菫「これがどうかしたのか?」

尭深「ここ、見て下さい」

菫「えー、なになに……
  『日本最強・白糸台高校はチャンプ宮永照のレズハーレムだった』……なんだこれ」

尭深「どうやら、宮永先輩のお世話係を誤解されて
   こんなスキャンダルになっちゃったみたいですね」

淡「ええっ、こんな嘘八百書いていいんですか?」

菫「こういう雑誌は真偽なんて気にしないだろ。誌面が盛り上がればそれでいいんだ」

淡「そんな……」

照「Twitterのリプ欄もさっきから炎上寺怜だ」

淡「気に入ってるんですかそのネタ」

菫「2ちゃんねるにもいっぱいスレ立ってるな」カチカチ

あーあ出版社ゴッ倒される

???「がっかりしました、咲さんのお嫁さんになります」

淡「えーと、記事の本文は……」ペラペラ

『高校生麻雀最強校、白糸台高校の名を知らない人はよもやおるまい。
 その白糸台高校について、当誌の記者がとんでもないスクープを手にした。
 なんとチャンピオン宮永照が毎日のように自宅に部員を連れ込んでいるのだ。

 しかもその女子部員とは毎日お泊り。夕方に二人で家に帰り
 翌朝二人で仲良く登校する様子も当誌記者がバッチリ抑えている。
 さらにチャンピオンは部員を1週間単位でとっかえひっかえしており
 一人の女の子に飽きたらすぐに他の女の子に乗り換えるという無法ぶり。
 適当に遊ばれて用がすんだら捨てられるとわかっていても
 宮永照に抱かれたい女子部員は掃いて捨てるほどいるだろう。
 憧れのチャンピオン、尊敬できる先輩という立場を利用して
 手近な女の子を食いまくる……まさにチーム「虎姫」の名にふさわしい暴食っぷり。

 家に連れ込むと家族の目があるのでは? と思われる読者もおられようが
 彼女の母親は夜の仕事をしており、また母子家庭のため日没後は家に宮永照一人だけ。
 親が親なら子も子、母親がどこかの男に身を委ねて日銭を稼いでいる間
 娘は女の子を家に連れ込みやりたい放題。宮永家はまさにラブホ照である。
 我々は高校生麻雀クイーンの隠された一面を垣間見てしまった』

淡「うわ、ひどい……よくもまあこんな憶測だけで記事を書けるもんですね」

菫「顧問にも一応報告しておくか……ウチの名誉にも関わるしなあ」

淡「それに宮永先輩のお母さんがそういう仕事してることまで書くなんて……ひどすぎますよ」

照「ん? うちの母親はただの介護職だけど」

淡「え、そうなんですか?」

菫「保守しとけ」

淡「じゃあなんでお母さんの仕事のこと聞いた時
  ちゃんと答えてくれなかったんですか?」

照「いやあ、『親は介護する側なのに娘は介護される側ですね』
  とか言われるのが嫌で……」

淡「んなアホみたいなこと誰も言いませんよ!」

照「でも尭深に言われたし」

尭深「てへぺろ」

淡「言ったのかよ」

誠子「そんなアホなこと言い合ってる場合じゃないですよ。
   どうするんです、こんなこと書かれちゃって」

照「おお、いたのか誠子」

菫「今、顧問と職員室に報告してきた。
  記事は完全な事実無根のものとして、出版社に撤回と謝罪を求めるそうだ。
  名誉毀損で訴えることも考えてるらしい」

淡「おお、それならもう安心……」

尭深「いや、安心するのは安易すぎる……こんな記事が出まわってしまった以上、
   世間の人が宮永先輩を見る目はそういうバイアスが掛かってしまう」

菫「そうだな……それに照だけじゃなく、うちの部員や照のお母さんも……」

誠子「ネットにも色々あることないこと書かれまくってますしね」

照「Twitterを見るのが怖い」

菫「ほとぼりが覚めるまでは、耐えるしかないか」

尭深「残念ですがそれしかないでしょう。
   出版社とのことも学校側に任せるしかないですし」

照「すまないな、みんな……私のせいでこんなことになってしまって」

菫「なんでお前が謝るんだ」

淡「そうですよ、悪いのは全部このクソみたいな雑誌じゃないですか」

照「しかし、突き詰めていけばすべてのきっかけは私にある。
  本当に申し訳ない、みんなに迷惑かけて……」バッ

淡「か、顔を上げて下さい、先輩」

尭深「そうです。頭を下げるなんて宮永先輩らしくない」

淡「今日はもう家に帰りましょう、ねっ。
  美味しいカレー作ってあげますから、今度は甘口で」

照「いや……それももうやめにしよう」

淡「えっ、やめにするって……」

照「私のお世話係……これのせいであらぬ誤解を招いたんだ」

亦野「ちょっと行ってきます」

淡「えっ、でも……大丈夫なんですか、一人で」

尭深「そうですよ。台所洗剤で顔を洗っちゃうような宮永先輩が
   一人で生活できるとはとても思えませんが」

照「心配するな、大丈夫だ。
  実はこっそり料理とか練習しててな、結構上手くなってきたんだ」

淡「そ、そうなんですか?」

照「ああ、ぶっちゃけもう一人で何でも出来るようになってたけど、
  みんなと泊まるのが楽しかったから、
  それを隠してお世話係を続けてもらってたんだ」

菫「…………」

照「だからもうお世話係はやらなくていい。
  家で一人で過ごすのは寂しいが、まあすぐに慣れるだろう」

淡「はあ……」

照「じゃあ、今日はもう帰る」

菫「一人で帰って大丈夫か?
  家の前にマスコミとか変な人が集まってたら……」

照「大丈夫、タクシー拾って家まで送ってもらうから。それじゃ」
ガチャバタン

菫「照……」

淡「ホントなんですかね、一人で料理とかできるようになったって」

菫「嘘に決まってるだろ」

尭深「虚勢。つよがり。みんなに迷惑をかけまいと……」

菫「まったく、困ったチャンピオン様だな」

淡「はあ……」

菫「とりあえず今日は私たちも帰るか」

尭深「そうですね、とても部活できるような状態じゃない」

誠子「他の部員もこの件で動揺してますしね」

淡「…………」

菫「どうした、照のことが心配か」

淡「べ、別にそんなんじゃないですけど……
  弘世先輩は心配してないんですか」

菫「心配っちゃあ心配だが……なにかあればすぐ連絡くれるだろう。
  あいつなりの気配りも汲んでやらにゃな」

淡「はあ」

菫「さて、じゃあ今日は解散。
  この件に区切りがつくまで部活は自由出席にするから」

菫「…亦野、殺れ」

誠子「…ハッ」

大星家

淡「ただいまー」

ママ「あっ、淡!」

淡「ど、どうしたのママ」

ママ「あなた、昨日宮永照の家に泊まったのよね、
   まさか何か変なことされたんじゃないでしょうね、大丈夫なの?」

淡「べ、別になんともないよ……
  もしかしてあの記事読んだの?」

ママ「ええ、驚いたわ……まさか名門白糸台の麻雀部が
   こんなに爛れたものだったなんて……そんなところに娘を……」

淡「ママのバカっ。ほんとにあの記事が事実だって信じてるの!?」

ママ「でも……」

淡「宮永先輩はそんな人じゃないし、部活だって別に普通だよ。
  私がこの目で見てきたんだから間違いない」

ママ「淡がそういうならそれを信じるけど……でももう部活に行くのはやめなさいね」

淡「えっ、なんで」

ママ「世間体だってあるでしょう、ご近所の目とか……」

淡「世間体って……」

ママ「こんな記事が出回っちゃった以上、
   やっぱりそういうレッテルを貼られるというか……
   それが事実であっても、嘘であっても、イメージがね……
   分かるでしょう、こういうこと」

淡「それは分かるけど……
  でも部活や先輩を裏切るようなマネは」

ママ「裏切るだなんて、そんな大げさなこと……
   ほとぼりが冷めるまででいいのよ。
   部活の皆さんだってきっと分かってくれるから」

淡「…………」

ママ「ね、わかってちょうだい。
   私だって近所の人からどんな目で見られるか」

淡「…………」

ママ「淡、わかるでしょ。もう高校生なんだから」

淡「わかるわけない、わかりたくないよっ!」

ママ「淡っ!」

淡「ママのバカッ、もう知らない!」ドタドタ

ママ「淡、待ちなさい淡!」

淡ルーム

淡「はあ……」ドサッ

淡「何かややこしいことになっちゃったなあ」

淡「ママの言ってることも分からなくはないし……
  それはそれで正しいんだろうけど」

淡「このまま部活に行くのやめちゃうのは違う気がするし」

淡「でもやっぱり来なくなる人もいるんだろーなあ」

淡「宮永先輩は大丈夫かなあ……」

淡「お世話係から解放されたのは嬉しいけど……」

淡「嬉しい……んだよね……」

淡「あー、もうなんかワケわかんなくなってきちゃった……」

淡「はーあ……昼寝でもしよ」

淡「…………」

 プルルルル プルルルル

淡「ん、電話……誰から……?」

淡「……みっ、宮永先輩!?」

淡「もしもし!? どうしたんですか先輩っ」

照『ううぅ、ぐすっ、あ、あわぃぃぃ……ひぐっ……』

淡「な、泣いてるんですか? 何があったんですか、
  まさかまた雑誌の記者かなんかが……」

照『ち、ちがうの、そんなんじゃなくで……ううっ、ひっぐ』

淡「なんですか、落ち着いて話して下さい」

照『ご、ごはん……』

淡「はいぃ?」

照『ごはんの用意、しようと、思ったら……ひぐっ、えぐっ、
  じぇんじぇん、できなぐて……野菜とか、生で……うっく、
  お米とか分かんなくて……ばらばらになって……』

淡「……ははあ」

照『もうやだよお、淡、ウチ来てよお……ごはん作ってよお……
  カレーでいいから……辛口でもいいから……ひっく』

淡「分かりました、先輩。今からマッハで向かいますんで。
  美味しいカレー作ってあげますから、今度は甘口で」

照『あうう、あわぃぃ……』

淡「先輩は余計なことしないで、じっとしててくださいよ。いいですね」

淡は人間の鏡

ドタドタドタドタ
淡「ママ、ちょっと出かけてくるから。泊まりになるかも」

ママ「どこに行くの……泊まりってまさか……」

淡「そう、宮永先輩の家」

ママ「もうあの先輩とは関わっちゃダメだって言ってるでしょ、
   どうして分からないの!?」

淡「ほっといてよ、宮永先輩が困ってるの!
  あの先輩は誰かがそばについてあげてなきゃいけないのっ」

ママ「そうやって部員をたらしこんでるのね、宮永照は……
   騙されちゃダメよ、目を覚まして淡!」

淡「目を覚ますのはママのほうだよっ!」

ママ「どうして分かってくれないのっ!」

淡「ママの言うことなんて、分かりたくもないっ!」

ママ「私はあなたのために言ってるのよ!」

淡「私は宮永先輩のために行くんだよっ!」

ママ「あっ、ちょっと待ちなさいっ、淡っ!!」

淡「いってきますっ!」

>ママ「私はあなたのために言ってるのよ!」
>淡「私は宮永先輩のために行くんだよっ!」
感動的だ

淡(この調子でチャリを飛ばせばすぐに着く……)

淡(待っててくださいよ、宮永先輩……)

淡(家に一人で、寂しいかもしれないけど)

淡(世間の人から冷たい目で見られて、心細いかもしれないけど)

淡(今、私がそこに行きますから!!)


キキーッ
淡「ふう、到着……あれっ」

菫「フッ、遅かったじゃないか、淡……」

尭深「遅刻は罰金」

誠子「しかしこれでチーム虎姫全員集合」

菫「ま……照はいないがな」

淡「な、なんでここにいるんです? みなさんも先輩から電話を……?」

菫「いや、あいつが一人で生活できないことはわかりきっていたからな。
  あいつが私に泣きついてきたらすぐに助けに行けるようにここで待ってた」

淡「はあ、そうですか……さっき私に泣きついてきたんですけど」

菫「なにっ!?」

菫「そんな……照、やはりお前は私より淡を……うううぅ……」

尭深「あーあ、先輩泣かせたー」

淡「泣かせるつもりはなかったんですけどもね……
  渋谷先輩と亦野先輩は何してるんですか」

誠子「簡単に言えば見張りかな」

尭深「あの記事を真に受けた人が嫌がらせに来たり、
   ゴシップ誌の記者がさらなるスクープを求めて来たり……」

誠子「そういう奴らを……屠る」

淡「お二人が言うと冗談に聞こえなくて怖いんですけど」

尭深「ところでさっき、宮永先輩が泣きついてきたって言ってたのは」

淡「あっ、そうでした。無謀にも料理に挑戦したみたいなんですが、
  どうやら完全に失敗してしまったみたいで、ご飯作りに来て欲しいと」

菫「なにっ、そうだったのか!? 待ってろ照、今助けてやるからな!!」ガチャッ

尭深「勝手に入っていっちゃった」

淡「では私も宮永先輩のもとに行ってまいります」

誠子「おう、外の警備はまかせろ」

尭深「がんばれ、お世話係」

宮永家 台所

照「ひぐっ、ううう……ぐすっ」

菫「こ、これはひどい……」

淡「一体何をどうしたらこんな惨状が出来るんですか?
  本当に晩御飯を作ろうとしただけですか?」

照「淡が昨日、やってたとおりにやったんだけど……」

菫「お前はこんな豪快なやり方で料理をつくるのか?」

淡「そんなわけないでしょ……」

照「もーやだよお……結局みんなに迷惑かけちゃうし……
  一人で頑張ってみても何も出来ないし……ううう」

淡「別に迷惑だなんて……」

照「Twitterにも悪口ばっかり書かれるし……
  さっき乗ったタクシーの運転手からも変なこと言われたし……ひぐっ」

淡「よしよし、つらかったんですね」ナデナデ

照「もうやだあ、長野帰るう、咲に会いたいぃ、うええええん……」

淡「先輩……」ギュッ

菫「もしもし亦野、さっき照が乗ったタクシーの運ちゃん……もう処理済み?よし」

照「う……ぐすっ」

淡「泣き止みました?」

照「うん……」

菫「お、おい淡!自分の胸で照を泣き止ませたからって良い気になるなよ!?」

淡「弘世先輩さっきからちょっと頭おかしいですよ」

照「それより淡、ご飯……」

淡「ああ、そうでしたね……その前にまず台所片付けないと」

照「すまない……私も手伝うから」

淡「いえ、もう先輩はそこでじっとしててください……
  余計散らかりそうな未来が見えるので」

照「そ、そうか」

菫「ようし、じゃあ晩ご飯は私も腕をふるってやろう。
  照の好きなイワシの梅煮を……」

照「あ、いや今日は……淡のカレーをお腹いっぱい食べたいから」

菫「そっ……そんな……」ガクッ

淡「弘世先輩も邪魔なんで外で見張りでもしてて下さい」



菫「はあ……追いだされてしまった」

尭深「ようこそ」

菫「くそう、今ごろ照はエプロン姿の淡とイチャイチャと……」

尭深「エプロン似合いそうですね、淡」

菫「私だって似合うと自負している」

尭深「弘世先輩の場合はエプロンより割烹着かな」

菫「あ? 老けてると言いたいのか?」

尭深「貫禄があるということです」

菫「褒めてるのかそれは……ところで亦野は?」

尭深「食べようとしてた菓子パンがトンビに奪われたので追いかけて行きました」

菫「アイツも大変だな……」

尭深「……宮永先輩、大丈夫ですかね」

菫「まあ、大丈夫だろ……淡がついてれば」

尭深「このまま淡に盗られちゃったりして……
    ……いやすみません、そんな怖い顔しないで」

尭深「8切りで、4トリプルで上がり」

菫「あっ、くそ……また負けた」

尭深「これで私の15連勝ですね」

菫「しかし二人で大富豪やってもつまらんな……」

尭深「そうですか? 革命とか階段とか連発できて楽しいじゃないですか」

菫「つーかお前がローカルルールを盛り込みまくるから訳が分からん」

尭深「別にローカルでもないと思いますけど。
   スペ3、砂嵐、5飛び、8切り、9リターン、救急車、10捨て、11バック、縛り、都落ち」

菫「半分くらい初耳なんだが」

尭深「しかし暇ですね……なんで私たちここに来たんでしたっけ」

菫「照が心配だからだろ」

尭深「でももう淡がついてるから大丈夫じゃないですか」

菫「まあ、そりゃそうだが……ああ、カレーのいい匂いが」

尭深「私たちもご相伴にあずかりますか」

菫「そーだな……」

亦野「おーい、尭深ー、弘世先輩ー」ブンブン

尭深「あ、帰ってきた」

菫「トンビの死体を振り回して歩くのはやめろ」

誠子「トンビ以外にも収穫がありますよ、ほらっ」ドサッ

男「すみません、もう許してください……」

菫「だ、誰だよこの人」

誠子「例の雑誌の記者ですよ。
   またスキャンダル狙いで張り込んでたみたいです」

菫「なるほど、こいつか……こいつのせいで照は……」

男「ひいっ、すいません、もう勘弁して下さい、許してくださいいい」

誠子「もう自分の行いを悔いるくらいには痛めつけておきましたし、
   今までに撮った写真のデータも全部破壊しました。
   でもまあ腹の虫が収まらんというなら、あと10発くらいどうぞ」

男「ひいいいい!」

菫「……いや、やめとく……暴力に訴えてもなんにもならん。
  そのかわり、事実無根の記事を書いたこと、公に謝罪しろよ。
  それから照にも直接な」

男「はいっ、ほんとに申し訳ありませんでしたああああっ!!」ダダダダッ

尭深「あ、逃げた」

誠子「大丈夫だ、あいつの個人情報は全て控えてある」

尭深「さすが。ぬかりないわね」

菫「まったく……あんなヤツのせいで照や私たちは……」

誠子「まあ多分反省してるでしょうし、もうああいう記事は書かないでしょう」

菫「だといいんだが」

ガチャッ
淡「あのー」

菫「おお、どうした」

淡「カレーが出来たので、みなさんも一緒にどうかなと」

菫「私たちのぶんもあるのか?」

淡「はい、山ほど作りましたから」

尭深「じゃあいただこうかな……お腹ペコペコだし、
   淡の手料理にも興味あるし」

誠子「じゃあ私も」

菫「まずかったら承知しないぞ」

淡「大丈夫ですよ、自信作です」

宮永家 居間

菫「ほー、なかなか美味そうじゃないか」

尭深「これは期待できる」

誠子「ほほう、やるなあ淡」

淡「遠慮しないで食べて下さいね」

照「いただきます」モグモグ

菫「…………」パクッ
尭深「…………」パクッ
誠子「…………」パクッ

菫「あ、甘っ! なんだこれっ!」

尭深「甘口というか、甘ったるいというか……」

誠子「こんな甘いのとてもじゃないが食えん!」

淡「宮永先輩のリクエストにそって、甘口カレーに
  ハチミツとミルクとすりリンゴをいっぱい入れてみたんですけど」

照「すばらしいぞ淡! これこそが私の求めていたカレーライスだ!」バクバク

尭深「ええー……」

菫「む、胸焼けが……」

―――

―――――

―――――――――


照「みんな帰っちゃったな」

淡「皆さんのお口には合わなかったみたいですね」

照「まあいい、そのぶん私がいっぱい食べられたから」

淡「まさか一人で全部食べるとは思いませんでいたよ」

照「美味しかったからな……
  それに、淡の作ってくれたご飯だったし」

淡「そうですか。そう言っていただけると、作った甲斐があります」

照「なあ、淡」

淡「なんです?」

照「これからも……うちに来てくれるか?」

淡「…………」

照「いや、ほら……私、ご飯作るのも一人じゃ出来ないし……
  お風呂だって、シャンプーできないし」

照「あ、でも私といるとまた迷惑かけちゃうかもしれないし……
  淡も変な目で見られることになるかも」

淡「いえ、そんなこと気にしないで下さい。
  今日も明日も明後日も、私は宮永先輩と一緒にいてあげますよ」

照「えっ、いいのか……?」

淡「今週の宮永照お世話係は私ですから」

照「あ、淡……」

淡「最初は面倒でしたけど、一度引き受けてしまった以上は、
  最後までとことんやらせてもらいますからね。何があっても」

照「ありがとう…………実はな、淡」

淡「なんですか?」

照「お世話係の当番だけに贈られる特別な特典はもうひとつあるんだ」

淡「え、『てるてると呼んでもいい』以外に、ですか?」

照「うん。最終日まで私の面倒を見てくれたご褒美として、
  私のほっぺたにチューしてもいいという特典だ。どうだ嬉しいだろう」

淡「いや……別に」

照「えっ!?」

照「な、なんでだ……?
  他の後輩はみんな喜んでチューしてくれるのに……」

淡「えー、マジっすか……てゆーかそんなことしてたってことは
  あの記事は完全に間違いでもなかったということに……」

照「ちなみに菫はくちびるにチューしようとしてくる。断固拒否してるが」

淡「報われないなあ弘世先輩」

照「尭深はなぜか首すじにチューしてくるんだよな……跡が残るほど」

淡「それまた違うスキャンダルを生む恐れがありますよ!?」

照「で、だ。本題に戻るが」

淡「はい」

照「淡にはくちびるへのチューを解禁してもいいと思ってる」

淡「はあ、さいですk…………ええええええええ!?」

照「どうだ、これは嬉しいだろう」

淡「いや、どういう反応すればいいのかわかりませんよ。
  てゆーかくちびるは弘世先輩に捧げたほうがいいんじゃないですか」

照「は? なんで菫とくちびるのチューをしないといけないんだ?」

淡「弘世先輩が本気でかわいそうになってきた」

淡「てゆーかなんで私にだけくちびる解禁なんですか?」

照「あー……まあ、私が困ってる時にすぐ来てくれたし、
  それに泣き顔とか恥ずかしいところも見られちゃったし……
  お礼というか、新愛の証というかなんというか……
  まあそういうのを全部ひっくるめて、くちびるのチューだ。
  どうだ、私とくちびるのチューがしたくないのか」

淡「したいのは宮永先輩のほうじゃないんですか……」

照「ば、バカ言うな! あくまで淡がしたいかどうかの話であってだな……」

淡「そうですか……じゃあ宮永先輩とチューすべきかどうか、
  じっくり考えてから答えを出させてもらいますよ。
  最終日まではあと今日含めて6日もありますからね」

照「うん、じっくり考えてくれ」

淡「それに、お世話係の担当が終わっても
  宮永先輩との毎日は続いていくわけですから、そのへんも考慮しないと」

照「それは…………いい意味に受け取っていいのか?」

淡「ご想像にお任せしますよ……」

照「なんだ、意味深だな」

淡「うふふ」

       お      わ      り    

いい話だった
乙乙

あ、わたくし本家の嫌どすの人ではございませんので……

意味深エンドいいゾーこれ(歓喜)
おつおつ

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