P「三日月島なんちゃって殺人事件」(183)

響「うぉー! 海だー! 気持ち良いなぁ!」

伊織「さっきからアンタそればっかりじゃない。落ちるといけないから落ち着きなさいよ」

小鳥「うぶ……」

あずさ「あらあら~、だいぶ酔っちゃってますね~」

雪歩「だ、大丈夫ですか? 小鳥さん」

律子「春香、酔い止めが救急箱に入ってるはずだから持ってきてくれる?」

春香「は、はい! すぐ持ってきまうわわわわ!」

千早「慌てるから……。甲板はそれでなくとも滑りやすいのだから気をつけないと危ないわよ」

美希「海に落ちたらさまようリボンになりそうなの」

P「うぅ……、気持ち悪いよう……」



伊織「ちゃんと全員いる? まさかもう落ちてないわよね?」

雪歩「はわわ……、じゅ、十一人いますぅ!」

律子「あんた船長さんも数えたでしょ」

天気晴朗なれども波高し。

潮風を切り裂く勢いで、元気よく海の上を突き進む船はちょっと小さい。

元は釣り船だったのを改造したらしく、むき出しの甲板の上に並んで座っていると激しく上下に揺さぶられる。

おかげで港を離れた時は元気一杯だった俺と小鳥さんは見事に船酔いしてた。


春香「二人とも横になったほうが……」

P「すまぬ……すまぬ……」

小鳥「かたじけない……」

気を使われて思わず古式ゆかしい武士言葉になってしまった。



寝転がると空が広くなった。

青々としてこんな体調でなければビールを飲みたくなるほど清々しい。

和気藹々とした雑談に耳を傾けながら頭を転がすと、青天に負けないくらい青ざめた小鳥さんの顔が見えた。

たぶん俺も似たような顔色なのだろう。

船は嫌いだ。

どうしても抜けられない数人を除いて、俺たちは内海に浮かぶ無人島を目指していた。

いわゆるバカンス。骨休み。夏休み。アバンチュール……はちょっと違うか。

とにかくそんな感じで向かっている。


島は冬休みに遊びに行ったペンションのオーナー、小林さんの知り合いの所有らしい。

アイドルが泊まったという口コミでペンションは連日満員御礼なのだそうだが、
それを聞いた知り合い―――香山さんと言ったか―――もそれにあやかりたいと言い出したそうだ。

なんでもゆくゆくは無人島をリゾート化するそうで、
その時のために是非に、と小林さん経由で持ちかけられたのだ。

小林さんには世話になったし、こちらとしては断る理由もなく、むしろ嬉々として了承した。


一番楽しみにしていた社長が熱中症で入院したのは残念だったけど、そういう星の下に生まれたのだろう。

雪歩「真ちゃんたちはいつくらいに来られるんですか?」

三半規管の弱い俺たちを素通りして律子に問いかけた。

律子「うーん……、早ければ明日の夕方。遅くともあさってには着いてるはずよ」


やよいと真は仕事で、貴音は帰省している。

亜美と真美は夏休みの宿題を全然やってなかったので家で猛勉強をしているはずだ。

宿題をやらないと参加できないと知った双子の悲痛な叫び声を思い出して、俺はニヤッと笑ってオエッとえづいた。



船長「おー、見えてきた。もうすぐ着くでなぁ」

船に合わせたみたいに小柄な船長の爺さんが、少し訛りながら教えてくれた。

身を起こすと弾けた海水が顔にかかる。

白く泡立つ飛沫を飛ばした舳先を見れば、大きく湾曲した入り江が見えた。

三日月島だ。

三日月島はその名の通り窪んだ入り江を持ち、真上から見下ろせば欠けた月のような形をしている。

内部は深い森に包まれて、昔は寂れた漁村があったそうだ。

そこを明治の豪商が買い取って別荘を建てたそうだが……。

船長「ちょっと揺れるでな」

ガクガクと船が暴れだして慌てて縁に掴まると、込み上げてくるものがあった。

P「うぷっ……、もう……ダメだ……」

俺は鎖を解き放った。

簡素な船着場に停留すると荷物を持ってぞろぞろと降り立つ。

どっしりと構えた大地は信頼の安定感で頼もしい。

口の中にすっぱいものを感じながら俺は思った。


美希「ハニー、生きてる? 顔色がドラえもんみたいになってるよ?」

P「青い? それとも白い?」

抱えた荷物はずっしりとしてけっこうな重量だ。

一週間の滞在に備えてそれなりに用意してきたのだが、もっと少なくてもよかったかもしれない。



響「早く早くー!」

海は、俺と小鳥さんから胃の内容物を奪い、響には溢れんばかりの活力を与えたようだ。

苔むしたレンガで造られたトンネルの前で響は背中に大きなリュックをしょいながら飛び跳ねていた。

景色を眺めながら歩くと、リゾート化するにはもったいないほど景観は美しく野鳥のさえずりが聞こえた。

トンネルからの一本道は平坦で、乱立する木々は瑞々しい。

生い茂った草木は時としてわずらわしい感情を想起させるものだが、
ここでは力強くも荘厳な雰囲気で自然と無言になった。

上部を枝で編んだ天蓋が覆うと、陽光がさえぎられて影が濃くなる。

アリのように一列になって黙々と歩くと、左手に人工物が見えた。

千早「神社……? こんなところに?」

あずさ「なんの神様なのかしら?」

船を降りてから20分ほど歩いてきたのだが、船酔いで奪われた体力と重過ぎた荷物のせいで休憩がしたくなった。

P「……ちょっとお参りして行こうか」

ブーイングの一つも飛んでくるかと覚悟したのだが、これと言って何もなく鳥居を潜る。


伊織「ちょっと冷えるわね……」

美希「ん? そう? ミキは平気だよ?」

虫刺されも日焼けもまったく考慮していないいつものノースリーブで美希が言った。

伊織「アンタはそうでしょうね」

伊織は溜息をつきながら日陰に腰を下ろした。

律子「うーん……、石碑はあるんだけど、これなんて読むのかしら?」

P「へぇ、律子にも読めない漢字があるのか」

からかうつもりはなかったけれど、ちょっとムッとされてしまった。

P「どれどれ……、えーと……」


【軻遇突智神】


ぜんっぜん読めん。

でも名前は分からなくても拝んでおいて損はないだろう、なんて打算的な考えで小銭を入れて頭を下げた。

セミが本土と同じ歌を歌っていた。

P「つ、着いたぞ……」

小鳥「もう……ダメ……」

俺と小鳥さんは息も切れ切れに、残りのメンバーは軽やかに深い森を抜けた。

傾斜を登ると建物が見え始める。

すっぽりと抜け落ちたような広場の真ん中に、違和感を覚えるほど高い壁だ。


響「え」

雪歩「あ、あれですか?」

P「他にないだろう……」

予め資料を見ておいてよかった。


壁は無骨で愛嬌がない。

入ることも出ることも拒むように、高くそびえている。

伊織「まるで監獄ね」

P「元刑務所だからな」

さらっと言ったのに全員の足がピタリと止まった。

春香「……え?」

P「ここは元々刑務所なんだ。それも私設の」

全員「…………」

P「昔さびれた漁村があったんだが、廃村になったんで明治時代にとある富豪が買い取ったんだ。
  
  彼はあちこちから人を買い集め、ここで死ぬまで働かせたらしい。相当劣悪な環境だったと聞いてる。
  
  ……当然反発もあったんだろうな。逃げ出す人、武器を手に取る人、自殺しようとする人……。

  そういった人たちを収容するために建てたんだと。
  
  殺された人たちの怨念は凄まじく、その富豪も晩年は発狂しながら死んでいったそうだ。
  
  それ以来ここは誰の手にも渡ることなく数十年放置されてたんだってさ」


美希以外の全員が青くなっていた。

雪歩と小鳥さんなんかは泡まで吹いていた。小鳥さん、さては資料ちゃんと読んでなかったな。

春香「あ、あはははは……、プロデューサーさんなかなか冗談が上手ですね。ちょっと信じちゃいましたよ……」

P「うん、まぁ建物なんかはそのままってワケじゃないし、問題ないと思うよ」

あちこちからすんごい目で睨まれた。

夏向けの物件だと思ったんだけどなぁ……。

やたら重たい鉄の扉を横に開き中庭に入る。

正面には噴水がある。……が、水が濁って逆に気味が悪い。

建物は手を入れたはずなのに、壁にツタが這ってなんだか本物のお化け屋敷みたいだった。

一階部分に窓が見当たらないのも、元刑務所だと言う与太話を助長しているようでタチが悪い。



玄関前の小さな階段を上って、荷物から銅の古臭い鍵を取り出した。

重たい手応えを感じながら右に回すと、ガチャンと大きく響いた。

P「ギロチンみたいだね」

率直な感想を笑顔で述べてみた


ドスッ。


誰かにわき腹を殴られた。

痛かったけど文句は言わなかった。

伊織「なによ、中はマトモじゃない。心配して損したわ」

千早「えぇ、最悪外で寝ることも考えてたけど、これなら平気ね」

あずさ「素敵ね~」

赤い絨毯が正面奥の階段まで続き、見上げれば豪奢なシャンデリアがぶら下がっていた。

バロック調の優美なつくりは階段の手摺りにまで及んで精緻な細工が施してある。

曰くありげな外観とは裏腹に溜息が出るほど洗練されていた。

香山さんはきっとセンス溢れる芸術家肌の人なんだろうな、と俺は思った。



一階部分は中央の広間から左右に繋がる扉を持つ。

左手の扉を開けると廊下が続き、その中央に向かい合う形でドアが見えた。

左が応接室で右が食堂だ。



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俺は手元のスケジュール表を見ながら全員を連れて応接室に入った。


部屋は洋書が詰まった本棚に囲まれて、黒檀のテーブルが壁に近い場所に配置されている。

真ん中には低いテーブルが置かれその周りを囲むようにソファーがあった。

長旅で疲れた体を思い思いに休めているところに声をかけた。


P「あー、エヘン!」

わざとらしい咳払いに反応してくれたのは、春香と律子だけだった。


P「ちょっといいかな? これからの予定なんだけど」

すでに半分ほど外に出掛かっている響を捕まえて俺は言った。

小鳥さんに目配せすると、共犯者の目つきで頷き返される。

P「せっかく遊びに来たんだし、これからみんなでゲームをしようかなと思います」

伊織「ゲーム? こんなトコまで来て?」

バカらしい、とあからさまに表情に出ていた。

響「だったら遠泳勝負にしないか? 自分さっきから体がうずいて仕方ないんだけど……」

P「まぁまぁ、きっと楽しんでもらえると思うんだよね。……それとも逃げるの?」

伊織「……どんなゲームよ。言っとくけどつまらなかったらお仕置きだからね」



俺は一瞬ゲームの内容をしりとりに変更しようかと真剣に悩んだ。

いおりんのお仕置き……。

それは非常に魅惑的な響きだったからだ。

小鳥「じゃあ名前を呼ぶから取りにきてね。封筒の中身は他の人に見せないように」

小鳥さんが茶封筒を一人ずつに配る。

中には簡単なスケジュール表と、各々の部屋の鍵が入っていた。


春香「? なんですか、これ?」

千早「これがなんだと言うんですか?」

早くもうんざりと言った様子で千早が質問してきた。

P「ミステリーツアーってわかるかな。旅行先で事件が起きてそれを探偵役になって考えるアレ」

ミステリーマニアなら一度は参加したいと思うツアーだ。

P「今日はそれをやろうと思う。……もちろん正解者と協力者にはご褒美もあるぞ」

気乗りしてないようなのでエサをチラつかせた。

雪歩「ご褒美?」

P「うん、なんでも……とはいかないけど。俺と小鳥さんができる範囲なら」

響「ふーん……。自分推理小説も好きだからやってみたいな。面白そうだよ」

うんうん。さすが響だ。

律子「……マジメに仕事してください、とかでも良いんですか?」

P「他に質問はあるかな?」

律子「マジメに仕事してくれるんですか?」


P「そのスケジュール表に従って行動してもらうと事件が起きる、……お芝居だけどな。

 犯人と被害者は特に気をつけてくれよ? 

 ある程度余裕は見てあるけど、うっかりでバレたら面白くないから」


律子「…………」


P「それと共有部屋のいくつかと廊下にはカメラがついてる。

  俺もハンディカメラで撮影するぞ。

  終わったら後発組に見せたいのでくれぐれも真剣に楽しくやろう!」


律子は呆れたような顔をしていたが、部屋を出るときは諦めの色に変わっていた。

一階隅の管理人室に荷物を置くと中からハンディカメラを取り出した。

今日の俺はカメラマンでもあるのだ。

ズームインとズームアウトを繰り返して壊れていないか確認してから厨房を覗いた。

冷蔵庫には一週間どころか一ヶ月は滞在できそうなほど食材が入っている。

大きなかまどの隣に近代的なシステムキッチンが鎮座していてなんだかアンバランスだった。

俺は適当にチェックを済ませて―――ひとつふたつつまみ食いもして―――広間に出た。



思わず録画を開始してしまった。

カメラ越しに見える世界は、中世の雰囲気をより強く捉えて幽玄だ。

シャンデリアのあかりが立ち止まった影を揺らめかせて不思議な気持ちにさせる。

P「今は全員客室だっけ」

カメラを下ろしてゆっくりと階段を踏んだ。

二階は一見したところ一階と同じに見えた。

長く伸びた広間の中央には左右に廊下がある。

全員の様子を収めようとカメラを構えなおして右に曲がった。


もう一度右に曲がると片側に三室、向かい合わせでもう三部屋の客室がある。

奥まった部屋をノックすると返事がした。

春香「はーい」

部屋は小さなベッドと小さなクローゼット。これまた小さなテーブルがあるだけだ。

住み慣れた部屋のように春香は収まりよく荷物を片付けていた。

P「どう? 大丈夫そうかな?」

春香「そうですねー、鏡がないのが不便ですけど……。それ以外は問題無さそうです」

開け放った窓から柔らかな森の息吹が流れ込んでカーテンを泳がせた。

P「うん、わかった。なにか問題があったら教えてくれ」

春香「はい、わかりました」

P「あとスケジュール表はくれぐれも間違えないように頼む」

釘を刺して部屋を出た。

斜向かいの千早の部屋をノックする。

コンコン。


P「あれ? おーい、千早ー」


返事がない。寝てしまったのだろうか?


P「千早ー。ちーちゃーん。ちっぱいちっぱいちーちゃ……」

俺はゾクリとした。

背中に冷たい汗が流れる。

なんだこれは。

後ろになにか得体の知れない存在を感じた。

ノックしかけた手をそのままにゆっくりと振り返ると

千早「いま、なにか、いいましたか?」

阿修羅も裸足で逃げそうな表情で765の歌姫が腕を組んでいた。


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P「ぐすん……」

怖かった。

半泣きになりながら今度はあずささんの部屋に行く。

あずささんは案の定道に迷って、千早に案内してもらったそうだ。

いくつかのやり取りをしてから廊下をまたぐ。

本当はあの豊満な胸に抱かれてそのまま死にたかったけど我慢した。



左右に分かれた廊下は対称的な構造だ。

こちらの六部屋には響、律子、雪歩がいる。

今度は手前から声をかけることにした。

響「うー……、泳ぎに行っちゃダメなの?」

パレオとダイビング用のドライスーツ―――どんな組み合わせだ―――を抱きかかえたまま
響が子犬のような目で訴えかけてきた。

ついつい許可したくなるのをグッと堪えて言い含める。


P「一週間もいるんだから我慢してくれないかな? それに天気予報だとそろそろ雨が降るらしいぞ」

響の部屋は配置上窓がないのでよく分からないだろうが、廊下の端から見えた空は遠くに灰色の雲を孕んでいた。


響「うううう……」

P「ちゃんと正解できたら残りは響に付き合ってやっても良いから、な?」

響「約束だぞ……」


渋々と言った様子で響が頷いた。

俺は例によってスケジュール表の通りに動くよう念を押してから部屋を出た。

次は……。

P「いや、律子なら大丈夫だろう」

遠いかなたへ旅立った記憶の片隅には、ワケの分からない質問をする律子がいたからだ。

ガチャッ。

地獄の釜が開いた。目の前で。



律子「完全に素通りしようとしてましたよね」

P「いえそんな……滅相もない」

架空の汗を架空のハンカチで拭いながら俺は弁明した。


結局もし律子が謎を解き明かしたら、仕事中におふざけをしないと約束をさせられた。小鳥さんの分まで。

思ったよりも時間を取られたので、雪歩の部屋は手短に済ませようとノックまで性急にする。


コココココン。

キツツキみたいだ。

近くの窓を見ると、高い壁に阻まれて森はよく見えない。

外の空気でも……、そう思って開けると、ちょっと湿った空気が流れてきた。

雨が近いらしい。

窓をきっちり閉めると、まだ返事がないことに気がついた。


P「あれ?」

この時間は部屋にいるはずなのだが。

再びノック、再び静寂。

しばらく待っていたが戻ってくる様子もないので移動した。

トイレかもしれない。

中央広間を抜けて今度は反対側に。


右側は大部屋になっていて風呂場になっている。

時間帯を間違えるといろいろな意味で危険だ。


主に十八歳以上のカテゴリーに類する危険、そう、すなわちピンクデンジャーだ。


魅惑の桃色空間には強く心引かれるものがあったが、
今の時間は誰も入っていないので左に折れて部屋を順繰りに廻る。


奥から、美希、小鳥さん、伊織の部屋だ。


予想に反して美希は起きていた。

ドアを開けると嬉しそうに部屋に招いてくれる。

美希「座って座って!」

シーツがシワだらけでさっきまで寝そべっていたに違いない。

シワを伸ばしてやってから腰を下ろすと、隣に座ってもたれかかってきた。

美希「あのね、ミキ、もう犯人わかっちゃったかも!」

なんだと。

俺と小鳥さんがあちこちからパク……、
雑多な資料の山から相応しいトリックを見つけ出したと言うのにもう解いただと。


P「……マジで?」

美希「マジなの!」

悔しい。

しかし認めざるを得まい。


P「そ、それで犯人は誰?」

美希「小鳥なの!」



自信満々に告げる美希を見て、そういえば、と俺は思った。

P「……ところでなんの犯人なんだ? まだ事件は起きてないぞ」

美希「え? まだ起きてなかったの?」

溜息が漏れた。

P「証拠もなしに人を犯人呼ばわりしてはいけません!」

小鳥さんにその事を告げるとおかしそうに笑っていた。

小鳥「なんというか……、美希ちゃんらしいですね」

P「まいっちゃいましたよ」


小鳥さんが入れてくれたお茶をすすると生き返ったような気がした。

P「さて、あとは伊織ですね。行ってきます」

小鳥「あ、プロデューサーさん。マスターキー貸してください」

P「え? いいですけど。どうかしたんですか?」

小鳥「いえ、一応年頃の女の子ばかりですからね、気をつけないと」

P「信用してくださいよ!」


信用は行動で得るものなので大人しくマスターキーを渡した。

伊織の部屋をノックする。

どこも同じような部屋なので、キチンと確認しないと間違えてしまいそうだ。

木製のドアは艶光して高級ホテルみたいだった。


P「あれ? 伊織もいないのか?」

まったく、あれほどスケジュール通りに動けって言ったのに。


ぶつくさ言いながら離れようとすると、中から物音がした。

殺される練習でもしているのだろうか?

ノブを回すと鍵は掛かってない。

P「無用心だなぁ……」

呟きながらドアを押すと音もなく扉は開いた。


伊織「この伊織ちゃんが最初の被害者だなんて本当にナンセンスだわ! そう思わない!?」

憤懣やるかたないといった様子で、伊織は一方的に喋り続けていた。

相手もいい迷惑だろうと見てみると案外平気そうな顔をしていた。

伊織のグチに付き合い慣れているのかもしれない。

伊織「それにしても正解者にはご褒美か……。
   アンタだったらなにしてもらいたい?」

P「おーい」

声をかけると座ったまま器用に飛び跳ねた。


伊織「な、なに! ……かしら? うふふ」

カメラを向けている事に気づくと一瞬で営業用スマイルになったのはさすがだ。

女優の素質十分だね、これ。



構えっぱなしだったカメラを下ろすと

伊織「ノックぐらいしなさいよ!」

途端に怒られた。

P「したよ、したけど、返事がなかったんだよ。お喋りに夢中で気がつかなかったんじゃないの?
  なにを話してたのか知らないけどさ」

立ち聞きまでしたことがバレたらもっと怒られそうなので聞こえてなかったフリをした。

伊織「フン!」

苦笑しながら同意を求めると、すっ呆けた表情で明後日の方向を向いていた。








                解答編のために、犯行の一部始終をカメラに収めた。








哀れな被害者であるところの伊織に手を振ると、舌を出して追い出される。


スケジュール表を見て応接室に移動した。

応接室には小鳥さん、あずささん、それに雪歩がいた。

5人は座れるだろうソファーを贅沢に一人で使いながら雪歩に聞いてみる。

P「さっき部屋に行ったんだけど留守だったよね? どこ行ってたの?」

雪歩「あぅ、すいません。 お茶を入れに……」

P「お茶? 部屋に電気ポットなかった?」

小鳥さんの部屋にもあった白い湯沸かし器を思い浮かべる。

雪歩「それが使い方が分からなくて……、ごめんなさい」

P「あぁいいよいいよ。特になにがあったわけじゃないし。でも今後は予定通りに動いてくれよ?」

雪歩「はい」


柱時計が一度鳴る。

見れば十一時半だ。

そろそろかなと、体を伸ばすと

響「おーい、事件が起きたぞー」

緊迫感のカケラもない声で響が入ってきた。

いおりんs'ルームの前に全員が集まっていた。

扉には【事件発生!】の張り紙がある。


春香「あ、プロデューサーさん! 事件ですよ、事件!」

P「うん」

楽しそうで何よりです。

律子「鍵が掛かってるわね、どうするんですか?」

P「えーと……、あ、そっか」

マスターキーを探ってすぐに思い出す。


P「小鳥さんお願いします」

小鳥「はいはい」

扉の前に立ち、鍵を差し込む……前に振り返った。

小鳥「さっき言い忘れてたけど、私は審判役も兼ねてるからね?」

あずさ「と、言いますと?」

小鳥「うーんと、例えばミステリーだと死んだフリとかあるわよよね」

響「うん、自分はあんまり好きじゃないけどな」

小鳥「でもこの事件では実際に……、ええと、そういう状態にするわけにも行かないし、
    かと言って、『やっぱり生きてました!』、はずるいと思うの。
    だって本当は生きてるわけだから、そんなこと言われたら確認のしようがないものね」


うんうんと響。

推理小説が好きだというのは本当みたいだ。


小鳥「だから私が『本当に死んでます』とか、あるいはそうね、『犯人はこの中にいる』って言ったら
    それは全部本当のことなのよ」

千早「……よくわかりません。つまり音無さんは犯人じゃないのですか?」

小鳥「それはどうかしら? あくまでも審判役よ。犯人かもしれないし、被害者になるかもしれないわ」

小鳥さんは含み笑いをしながら答えた。


P「あと俺たちは犯人を知ってる。当然だけどな。だから推理の手助けは出来ないぞ」

春香「えぇ……。ヒ、ヒントは貰えないんですか?」

P「基本なし。ただ小鳥さん判定は信用してもらって構わないぞ」

納得行ったのか行ってないのか、よく分からない沈黙の中で小鳥さんがさえずった。


小鳥「それじゃあ最初ね。『この屋敷にはマスターキーはないことになってます』」

雪歩「え? それマスターキーじゃないんですか?」

小鳥「マスターキーよ。ただ設定上マスターキーは無いことになってるの」

響「むむむ」

何かを感じ取ったのか響がうめいた。

部屋に全員が入るとひどく狭い。

窮屈な思いをしながらベッドに近寄ると伊織が迫真の演技で寝ていた。

……本当に寝ているのかもしれない、とちょっと思った。


律子「死因は?」

律子がドラマに出てくる女刑事みたいに格好良く質問した。

小鳥「刃物で心臓を一突き、ほぼ即死ね。
   死体はまだ温かくてそれほど時間がたっていません。
   凶器はどこにでもあるようなナイフで、少なくともあなたたちには特定できませんでした」


GMの小鳥さんが状況を簡潔に教えてくれる。

しかし開け放された扉から廊下に出てた。ずるい。

 
律子「ふーん……、鍵は?」

小鳥「それは探してみないとなんとも」

あずさ「あら? 伊織ちゃん、なにか持ってないかしら?」

あずささんの言葉に一斉に視線が集まった。

伊織の小さな右手から光沢のある金属が覗いていた。

P「どれどれ」

一番近い俺がみんなに見えるように摘み上げる。

ついでに手をサワサワしたらつねられた。


春香「カギ……ですね」

鍵は伊織の体温でしっとりと温まっていた。

旧式ながらもしっかりしていてずしりと重い。

頑丈極まりないその形状は容易に変化を受け入れない職人のような頑固さがあった。

響「ねぇ、窓はどうなってるの?」

春香「んと、鍵が掛かってるね」


それを聞くと

響「これは……不可能犯罪だ!」

ババーンと効果音を伴って響に集中線が走った。ような気がした。

全員の視線が響に集まると、名探偵のようにアゴに手を添えて語りだした。

響「いわゆる密室だぞ」

律子「密室って……、あんなのお話の中だけじゃないの?」

千早「でもこれはお芝居だし、ありえない話じゃないと思います」


いきなり本格派の空気が漂いだした。

みんなから見えるように、カギをテーブルの上に置いて傾聴することにした。

一歩下がって全体を見ると、千早が落ち着き無さそうなのが気になった。


響「まず、密室はいくつかに分類できるんだけど……。
  
  一つ、犯人は部屋に入らなかった。
  二つ、犯人は部屋から脱出した。
  三つ、犯人は部屋から脱出していない 」

春香「? 三つめがよく分からないんだけど……」

響「うんと、外で襲われた被害者が中に入って力尽きるパターンとか」

うろ覚えなのか言葉を選びながら響は続ける。

響「あとは、実は自殺とか、まだ現場に隠れているとか……。
  すごいのだと部屋にある焼却炉に入って犯人が自殺した、なんてのもあったよ」

雪歩「ううぅ……」

青ざめた雪歩が開いたドアにもたれかかった。


千早「……それで、これはどれに分類されるの?」

講義に興味は無いのか、千早がテーブルに手を置いてせっかちに聞いた。

響「うんと、犯人はこの中にいるんだよね? つまり自分達の知らない外部犯はいない……ってことなんだけど」

小鳥「ええ、『犯人は私たちの中にいる』わ」

響「さっきドアの前には全員がいた。
  これはつまり三番目の可能性、部屋のどこかに隠れていることは考えなくてもいい」


丁寧に可能性を潰しながら推理を続けている。

ついていけてるのは律子だけのようだ。

美希は早々に興味をなくしてベッドにもたれてうつらうつらしていた。

春香「自殺は無いんじゃないかな……」

おずおずと春香が言った。

P「へぇ、どうして?」

聞いてしまってから慌てて口を閉ざす。

俺と小鳥さんは当然犯人を知っているので、下手に口を出すと余計なことまで言いかねない。


春香「だって、理由が無いし……」

小鳥「動機については考えなくても良いわよ? それを言い出したらそもそも事件なんか起きないわけだしね」

律子「それは宣言してもらっても良いですか?」

小鳥「うーん……、あんまり最初からヒントを出すと面白くないんだけどね。いいわよ
   『伊織ちゃんは自殺、病死、事故死、老衰じゃありません』」


老衰という単語に千早が反応して笑っていた。

響「そのカギちょっといい?」

春香「うん、はいどうぞ」

春香が鍵を手渡すと、鍵を見つめながら響が部屋を出た。

窓の無いこの部屋は少々息苦しいので俺たちも続いた。


伊織「まだなの? いい加減辛いんだけど」

P「えーっと……、どうしよう」

被害者役がウロウロしてるのは好ましくないが、いつまでも死体じゃ可哀想かな。


P「じゃあ、応接室で大人しくしてて」

伊織「子供じゃないわよ!」

一喝してそのまま部屋を出て行った。

響「いくぞー」


鍵穴にピタリと入った鍵がスムーズに回る。

カチャン。


響「うーん、違ったか」

雪歩「どういうことなんですか?」

響「うん、もしかしたら似たような鍵を使ったのかもしれないって思って」

千早「贋物の鍵を部屋に置いて私たちを欺くってことね」

律子「他にはどんなパターンがあるの?」

分析が得意な律子はすっかりハマってしまったようだ。

メガネを光らせながら聞いた。


響「一杯あって覚えきれないんだけど、隠し扉とか鍵穴に細工をするとか……」

えらく古典的だ。

春香「隠し扉!?」

千早「オーウ、ジャパニーズニンジャ」

春香が痙攣した。

千早のしてやったりといった表情が笑いを伝染させる。


小鳥「な、ないわよ、クク……」

律子「本当に無いんですね?」

小鳥「『隠し扉とかその類の一切の事物は存在しません』、……普通に考えてある訳ないでしょ?」

そりゃそうだ。そんなホテルに誰が泊まるというのか。


響「鍵穴……」

覗き込んで首を振った。

響「新しい傷はないぞ。もしかしたら高性能なピッキングツールとかあるのかもしれないけど」

小鳥「持ち物検査でもする? 一応言っておくけどあなた達に出来ない方法は使われて無いわよ?」

例えば道具もなしに施錠開錠を行うとかそういうことは出来ないわけだ。

ボーン…… ボーン…… ボーン……

  ボーン…… ボーン…… ボーン…… 

     ボーン…… ボーン…… ボーン……

        ボーン…… ボーン…… ボーン……



柱時計がお昼を教えてくれた。



美希「お昼なの!」

P「お昼だー!」

一旦推理は棚上げして俺たちは食堂に向かった。

調理担当の春香、あずささん、律子、雪歩は直接厨房へ移動した。

食堂に入るとすぐに椅子に座った。

伊織が小鳥さんに連れられて応接室からやってくる。


美希「お腹すいたの……」

P「がるるるるる」

響「どーどー」

伊織「落ち着きなさいよ」

小鳥「伊織ちゃん気をつけてね」

伊織「わかってるわよ」

千早「まだ時間ありますよね? 少し部屋に戻りたいんですけど……」

P「いいよ、お前らも今のうちにトイレは済ませておけよ」


なぜか三回殴られた。


そのまま食堂でからかったりからかわれたりしながら「ごはんですよー」を待ちわびた。

雪歩「えと、上手に出来たかわからないんですけど……」


謙遜しながら雪歩が食器を運んできた。

シルバーはシンプルに一揃いのみと迷わなくていい。

伊織も含めた全員で昼食に舌鼓を打った。



あずさ「半分レトルトなんですけどね~」

申し訳無さそうにあずささん。

P「いやいや、十分ですよ! うまいなぁこれ」

響「それ食べないの?」

あずさ「ええ、ちょっと油が強くて……。よかったら食べてくれる?」

美希「美味しいの!」

響「取るなよー!」

春香「プロデューサーさん、それどうです? お魚の」

P「うまいよ。これ春香が作ったの?」

春香「は、はい」

P「お菓子だけかと思ってたけど料理も上手いんだな。見直したぞ」

春香「えへへ……」

美希「デレデレしないで欲しいの!」


グキリ、と首からいやな音がした。

細い腕を振り払ってなんとか正面を向き、抗議の声をあげた。


P「なんてことするんだ! 首の骨が折れるかと思ったぞ!」

あずさ「えぇ!? 美希ちゃんが犯人だったの!?」

律子「こんな隠す気の無い犯人は初めて見ますよ……」

小鳥「春香ちゃん、私のお嫁さんにならない? お婿さんでも良いわよ?」

P「そこまでにしとけよ音無」

殺人事件のさの字も出ないままに昼食が終わった。

時計を見ればそろそろ13時半だ。


雪歩「コーヒーと紅茶と緑茶のどれがいいですか?」

……メイド服を着てもらいたくなった。

今度そういう仕事を探してこよう。

カラカラとカートを転がして、その上には湯気の立ったポットが三つ。


伊織「オレンジジュースある?」

雪歩「ご、ごめんなさい。すぐ取ってきます!」

伊織「あ! ちょっと! いいわよ!」

パタパタと甲斐甲斐しい足音を立てて厨房に引き返す雪歩は、苦労人の性がよく見えた。

P「おまえなぁ……」

伊織「なによ、ちょっと聞いただけじゃない……」

一番気にしてたのは伊織だったのでそれ以上は言わなかった。

その後、角砂糖とミルクを忘れて雪歩は二回、食堂と厨房を往復した。

雪歩「コーヒーの方は?」


俺とあずささんと響、それに律子が手を上げた。

真っ黒な液体がカップに注がれていい香りだ。

雪歩と小鳥さんは緑茶の入った湯飲みを抱えてご満悦。


千早「砂糖とってもらえます?」

自分のカップに三個入れたあずささんが春香と響を経由して砂糖壷を渡す。

一つ一つの席が微妙に遠いのでお互いに腕を一杯まで伸ばしていた。


千早「ありがとう」

一つ紅茶に溶かして今度はミルクを探し出した。

忙しいものだ。

俺はニヒルに笑ってブラックのままコーヒー本来の味を……

P「にっが!」

口をへの字にした。


響「カッコつけてるからだぞ。自分はちゃんとカフェオレにしてるからな」

砂糖とミルクをこれでもか! と溶かしながら響がのたまう。


P「ふ、ふん! この方が美味しいもん!」

美希「ハニーは大人だもんね」

ちゃっかりオレンジジュースを飲みながら美希が言った。

春香「あはは……」

場を取り繕うように笑った春香はストレートティーだ。

砂糖もミルクも無しでとても美味しいとは思えない。

もしかして小癪にもダイエットを始めたのだろうか?

角砂糖を5,6個放り込んでやろうかと思ったけど、コントロールに自信がないので止めておいた。

それにアイドルなら自分の体型にも責任を持たないといけないし。



なんて珍しくマジメなことを考えていたら異変が起きた。

あずさ「うぅ……! ぐふっ!」

声に驚いてカメラを向けると、シーツが倒れたカップで真っ黒に染まった。

とても演技とは思えなくて心配になってくる。

見ているとズルズルと床に倒れこみ、洋画の女優みたいにセクシーな格好で寝そべっていた。


春香「え」

一部を除いてポカーンとした表情をしていた。

小鳥「大変! これは事件ね!」

小鳥さんのセリフでこれがお芝居だと思い出したようだ。

コーヒーがかからないように芋虫チックな動きを見せるあずささんの周りに集まりだした。


律子「これは……毒殺?」

小鳥さんを窺いながら律子が聞いた。

小鳥「ええ、見ての通り『毒殺』。なにを使ったかは今の段階ではわからないわね」

響「ふむ……」

名探偵我那覇君が実況見分に入る。

響「即死……だよね。なにか分かることは?」

小鳥「『死体からはアーモンドとコーヒーの匂いがします』、顔色は真っ青ね」

響「青酸カリ、かな」

律子「ドラマとかでよく使われるやつね」

春香「ど、どうしよう! コーヒー飲んだ人全員死んじゃうの!?」


いやいやいや。

美希「演技なんだから本当に入ってるわけないの。春香はちょっと慌てすぎなの」

美希に突っ込まれると春香が照れくさそうに舌を出した。

千早「でも、演技だからってあずささんだけが倒れたのはおかしくないかしら?」

お、千早が鋭い指摘をした。


P「うん、もちろん全員が同じものを飲んだわけじゃないぞ。あずささんだけが毒を飲んだんだ。
 
 実際に毒を飲ませるわけには行かないし、被害者役をアドリブで決めるわけにも行かないんで

 あずささんには予め伝えてあったけどな」


いつの間にか起き上がったあずささんが新しくいれたコーヒーを飲みだした。

律子「それって無差別殺人ということですか?」

小鳥さんと目を合わせた。


小鳥「そうね、ある意味そうとも言えるかな?」

煮え切らない答えに律子が舌鋒鋭く切り込んだ。

律子「もし本当に毒が入っていたとしたら、他の人が被害者になった可能性はありますか」

小鳥「……『はい』。もちろん犯人は除くわ」



春香が誰がなにを飲んだかまとめていると響が感心したような声を出した。

響「芸が細かいなぁ」

律子「なにが? あずささんの演技のこと?」

響「いやアレもすごかったけど、コーヒーに混ぜたってトコだよ。
  青酸カリって実際にはものすごく苦くて、普通はおかしいってわかるんだよね」

春香「あー、それで苦いコーヒーに混ぜたんだ」

実際ものすごく苦かった。

そもそもコーヒーなんてMAXコーヒーくらいが丁度いいのである。


ハードボイルドとはほど遠い嗜好をこっそり暴露してると、千早が待ったをかけた。

千早「待って、コーヒーに入ってたのなら他にも飲んだ人がいるわよね」

俺と律子だ。


響? アレはコーヒーじゃないだろ。

などとアホ臭いことを言っても仕方ない。


律子「んー……、胃の中で溶けるカプセルとか、あるいはお昼ご飯に混入してたとか?」

律子が可能性を提示した。

響「それはないと思うぞ」

春香「どうして?」

響「青酸カリは即効性なんだ。お昼食べて30分以上経ってから効くなんてことはないよ」

千早「じゃあカプセルは?」

響「んと……、カプセルは不確実なんだ。
  胃液に反応して青酸ガスを出すから溶けなかったらそのまま出ちゃうんだぞ
  そもそも無差別ってさっき言ったじゃないか」

そうなのか!

俺は感心した。


小鳥「よく知ってるわねぇ。ええ、響ちゃんの言った通りよ。
   『あずささんが毒を飲んだのは倒れる直前でした』」

律子「となると、このコーヒーに混ざってるわけなんだけど……」

律子の目線が、クロスに染みこんだコーヒーから給仕人へと変化した。

律子の目線が、クロスに染みこんだコーヒーから給仕人へと変化した。

雪歩「わ、私じゃありません!」

これが演技ならアカデミー賞……、いや日本アカデミー賞くらいは貰えるだろう。

雪歩はお遊びだということも忘れて震えていた。

律子「別にそんなこと言ってないわよ、このコーヒーはどこで買ってきたの?」

春香「えぇと、これは昨日スーパーで買ったヤツですね。特売品だったんで自分の分も買っちゃいました」

小鳥「あ、今度私もお願いしていい?」

春香「いいですよー」

横道にそれたのを察した響が咳払いをした。

響「ミルクと砂糖は?」

雪歩「ミ、ミルクはわかりませんけど、お砂糖は事務所に一杯あったので……」

律子「砂糖は開封してあった?」

雪歩「え、ええと、開いてた……と思います」

春香「ミルクも一緒に買ってきましたよ。普通の値段でしたけど」

千早「カップに直接塗った、と言うのはどうかしら?」

響「うーん……、それだとどうしてもなぁ……」


全員の飲み物を入れたのは雪歩で、配ったのも彼女だ。

必然チャンスは誰よりも多かっただろう。

視線が集まるとさらに震えて小さくなった。

美希「ミキが犯人なら他の人の分までいれたりしないかな」

珍しく美希が推理に参加したので全員の視線が集まった。


律子「と言うと?」

美希「せっかくミッシツまで作ったのに、雪歩が犯人じゃ面白くないの」

怪しすぎるから犯人ではない、と言う事だろうか。


千早「あからさまに怪しく見せることで容疑を逃れる、というのはどうかしら」

春香「うーん……、あからさま過ぎない?」

響「そうだなぁ、それにカップに塗るって言っても、汚れてるから変えて欲しいって言われたらアウトだぞ」

カップを見てもそれらしい痕跡はなかった。

小鳥「もちろん透明だったとか、見えないほど薄く塗ったってワケでもないわよ?
   その辺はちゃんと考えてあるから安心して。
   『もしカップに塗られていたとしたら、誰かが気がついていたでしょう』」



……とても最初は未知のウィルスを使おうとした人の発言とは思えなかった。

律子「厨房にいたのは私とあずささん、それに雪歩と春香ね」

響「自分はずっと食堂にいたぞ」

P「俺と美希もだな」

千早「私はトイレの帰りに少し顔を出したくらいで厨房には入ってないわ」

律子「小鳥さんは?」

小鳥「私は一度部屋に戻って本をとって来たわ」

ヒラヒラと薄い本をかざした。


P「そういうのはこっそり読んでくださいよ……」

小鳥「エ、エロいのじゃないもん!」

律子「はいはい……、どのくらい時間かかったか分かります?」

小鳥「10分もかかってないと思うけど……」


記憶を呼び起こす。

まず食堂に来て割合すぐに千早が部屋を出た。

響をからかっていると今度は小鳥さんが食堂を出て、伊織に怒られた。

千早が戻ってすぐくらいに小鳥さんが帰ってきたな。

うん、だいたい10分弱だろう。


P「そんなもんだったよ」

響「厨房のほうはどうだったんだ?」


春香「えと、時間がなくてバタバタしてたから他の人のことはちょっと……」

雪歩「私もですぅ」

律子「そうね、角砂糖は料理に使わなかったからずっと隅のほうに置いたままだったような気がするわ」

響「隅ってどの辺り? 外からこっそり入って混ぜたりできる?」

春香「う、うーん……」

律子「場所は入り口に近いところだけど、流石に誰か入ってきたら気がつくと思うわ」

雪歩「私は特に何も……」

響「…………」


響が考え込むと静かになった。

春香「本当にミルクか砂糖に混ざってたのかな?」

のヮの顔で春香が意見した。


千早「そう言えば他の人も使ってたわよね」

響「自分は両方入れちゃったぞ」

半分ほどなくなったカップを示して響が言った。

コーヒーもミルクも砂糖も使われていて、全員が眉をしかめていた。



伊織「まだ気がつかないのかしら」

あずさ「うふふ。ダメよ、伊織ちゃん」

訂正。のんきにお茶をしている二人を除いて、だ。

しかしちょっと意地の悪い問題だったかもしれない。

少しヒントを出そうかと口を開きかけたところで

律子「これって本当にあずささんを狙ったのかしら」

進展がありそうなので再び口を閉ざした。



響「ん? どういうことだ?」

律子「まだ考えがまとまってないんだけど……。

   食器に塗ったにせよ、なにかに混ぜたにせよ、ひどく不確実に思えるの。

   食器は変えられたらオシマイだし、コーヒー以外のものを頼む可能性もあるわ。

   砂糖やミルクなんかは、気分で入れてもらえなかったりしたらそれだけで破綻するじゃない」



なるほどなるほど。

律子らしい筋道の通った思考だ。

無論あずささんの行動はこちらで指示してあるので、気分で変わったりはしないのだけど。

ヒントはもう少し後でもいいだろう。

結論が出ないまま二時になった。


柱時計が二度鳴ると、

雪歩「わ、わたしじゃありません!」

なんの脈絡もなく雪歩が叫んだ。


そのまま食堂を飛び出してしまい唖然とした空気になる。

P「なんてこった! もしかして雪歩が犯人だったのか!?」

棒読みで俺が叫んだ。

小鳥「そんな訳ないわ! みんなで雪歩ちゃんを探しましょう!」

小鳥さんも似たり寄ったりだった。


食堂に被害者の皆さんを残して、俺たちは外に出た。

P「えー、では二階を響と千早で。一階を俺と美希で、外を律子、小鳥さんと春香で探します」

スケジュールには【指示に従う】としか書かれていないので、引率の先生よろしく俺が持ち回りを決めた。

ゾロゾロとまったく慌てた様子がないのは俺たちの演技が大根だったからではないはずだ。たぶん。


階段と玄関に分かれた集団を見送ってから美希に声をかける。

P「応接室を探してくれ。物が多いから丁寧にな。
  終わったら一応食堂も頼むぞ。俺は奥を探すから」

美希「ヤ、一緒がいいの」

P「頼むよ……」


犯行現場を撮影しないといけないので、一緒に行動はできないのだ。

膨れる美希をなんとか説得すると時間ギリギリだった。

携帯を閉じて小走りになりながら資材庫を目指す。


薄く扉が開いていた。

もう来ているのだろうか?

加速して勢いよく扉を開くと、二つの人影が目に入った。

撮影が終わるとちょうどバッテリーがなくなった。

荷物から予備を取り出して廊下で交換していると、広間に繋がる扉が閉じたのが見えた。

P「なんだずいぶん時間がかかったんだな」


少し待機してから哀れな犠牲者に頼んで外と二階に行ってもらった。

他の組を呼んでもらうためだ。

雪歩「一階はプロデューサーだけなんですか?」

P「いや、美希もそうなんだけどちょっと遅いな」


応接室を覗くとソファーの上でスヤスヤ寝ていた。

二人がかりで美希を起こした。

難敵だった。

美希「あふぅ……」

ショボショボと目を擦りながら美希が起きあがった。

資材庫は物置に変更してください

屈伸運動をしてると大きくきしんだ音がして外担当が帰ってきたとわかった。

P「おーい、こっち来てくれ」

玄関組に声をかけると、ちょうど二階組も降りて来るのが見えた。


律子があずささんの手を掴んでいるのを見て、「危なかった……」と呟く。

屋内なら大丈夫だろうと思っていたのだが、一つ間違えれば本当に事件になるところだった。

胸をなでおろしながら全員いる事を確認した。

P「ここなんだけど……」

物置の前に立つ。

扉は押しても引いても動く気配すらない。


律子「施錠されてるんですか?」

P「あぁ」

来たときには開いてたけどね。

律子「鍵は……、管理人室ですか?」

P「見たけどぶら下がってなかったよ」

空っぽのキーボックスを思い浮かべた。


小鳥「開ける? 一応設定上はドアを叩き破ったことになるけど」

特に意味は無さそうなので満場一致で鍵を開けてもらった。

誰かが悲鳴を上げた。

真っ暗な部屋には廊下の明かりが差し込み、天井から吊り下げられた姿がボンヤリと見えた。


律子「人形でしょ」

クールな律ちゃんが電気をパチリとつけると、巨大なテルテル坊主だった。

真っ白な体からはどう作ったのか手足が伸びている。

顔には大きく【これは雪歩ちゃんです】と書いてあった。


雪歩「うぅ……」

本物の雪歩が後ずさって俺にぶつかった。

雪歩「あ、すいません……」

P「いいよいいよ、ここから見てれば」


俺は雪歩を廊下に残して物置に踏み込んだ。

物陰が多くてカメラに収まりきらないからだ。

ゴチャゴチャと積まれた道具は何に使うのかよく分からない物ばかりだ。

ホルマリン漬けの死体とか、拷問道具があってもおかしくない雰囲気で、全体に口数が減った。

響が足元を調べてかぶりを振った。

響「足跡は残ってないぞ」

とはいえ当然ながら掃除は行き届いている。

そんなものが残っているはずもなかった。


春香「い、遺書はあるんでしょうか?」

響「それっぽいのはないかなー」

律子「うーん……、鍵はどこに行ったのかしら?」

乱雑な資材をかき分けて小さな鍵を探すのは難しいだろう。

俺が小鳥さんを見ると、心得たように頷いた。



小鳥「『鍵はこの部屋にある』、宣言するわ」

響「え?」

響は驚いた。

春香「それってどういうことなんですか?」

春香は良くわからないという顔になった。

律子「自殺……なの?」

律子はますます混乱した。

千早「そろそろ止めませんか?」

千早はとっくに飽きていた。

P・小鳥「「うふふふ」」

俺と小鳥さんは意地悪く笑った。


そして……、

美希「ねえこれが最後の事件なんでしょ?」

小鳥「え、えぇ……。そうだけど……」

美希「じゃあ全部わかったの」

美希はズバリと謎を切った。

美希はその場でくるりと回ると、カメラ目線で

美希「犯人は、あなたなの!」

数万のファンを魅了してきたウィンクを決めた。

美希「アハッ☆」

推理編は以上です。

もうほとんどの方は謎が解けている事でしょう。

捕捉しておきますと、
『犯人は一人です』
『地の文に嘘はありません』
『犯人以外は意図的な嘘はついてません』。


第一問

犯人は誰か?

第二問

伊織の密室トリックは?

第三問

あずささんの毒殺の狙いとは?

第四問

雪歩の事件は自殺なのか?


お暇でしたらおつきあいください。

ご飯食べてきます。

俺は 大変なことに 気がついた。

伊織の部屋に窓は無いのに、窓に鍵が掛かってると書いてしまったのだ。


ただのミスなので推理に影響はありません。 ごめんなさい。

後片付けが終わったら再開します。

ジジジッ……とプロジェクターから音がした。

細かい埃が宙に待っているが誰も気にしていない。

特に後発組は食い入るようにスクリーンを見ていた。

画面が揺れて俺と美希が写りこむ。

小鳥さんにカメラを渡したのだ。


ビシッと指差された俺は客観的に見ても犯人っぽかった。

キャスティングの時点で失敗していたのか。

P「ほう、俺が犯人だったのか。知らなかったよ」

スクリーンの中の俺がふてぶてしくすっとぼけていた。


春香「そうなんですか!? プロデューサーさん!」

P「証拠はあるのか? んー?」

響「なんだか凄いムカつく顔してるぞ……」

伊織「我慢よ、全部白状してからにしなさい」

見ている俺もムカついた。今後は自重しよう。

―――――――――――――――

P「雪歩が犯人だろ? 最後に自殺したようにしか見えないんだが」

ぶら下がった人形を指差して言った。

雪歩「うぅ……モガッ」

小鳥さんが雪歩の口を塞いだ。

諦めるには全然早い。


美希「それはありえないの」

律子「ど、どうして? まだ小鳥さんは宣言してないじゃない」

響「調べてもいないのになんで分かるんだ?」

美希は無言でスイッチを切った。

途端に窓の無い部屋は真っ暗になる。

奥にいる響などは、いるかどうかも怪しいほどだ。

響「うぎゃー! なにするんだー!」

パチンと音がして部屋が白い光で満たされた。

美希「ね?」

千早「……どういうこと?」

美希「このドアは閉まってたの。今よりもずっと暗くてなにも見えなかったんじゃないかな」

春香「そ、そっか……、こんな真っ暗じゃ自殺するのは難しいよね……」


P「ほうほう、懐中電灯でも使ったんじゃないかな」

春香「う……」

美希「なんで?」


P「さぁ、雪歩に聞けばわかるんじゃないかな」

雪歩「モゴ……」

律子「探せば一つくらいはあるかもね」

資材の山を見つめて律子が溜息混じりに言った。

美希「一度も使っていないこの部屋を最後に選んだ理由は?」

P「さぁ、雪歩に聞けばわかるんじゃないかな」

雪歩「モゴ……モゴ……」


美希「これは証拠が無いからただの憶測だけど、雪歩は犯人に呼び出されたんじゃないかな」

P「呼び出された? いつ?」

美希「電話とかメールとか。いくらでもあるの」

P「おいおい、忘れたのか? ここでは殺人事件が起きてるんだぞ?
  犯人かもしれないのにノコノコ呼び出しに応じるか?」


あずささんなら来るかも知れないけど。

いや、やっぱ無理か。途中で迷子になってしまうだろうな。

美希「そうだね。でも例えばこういうのはどうかな?
   『真犯人の手がかりを物置で見つけた』とか、そんなの」

律子「うーん……」

美希「雪歩は錯乱してたし、自分が犯人じゃないって証明出来ると知ったら一人で探すくらいはしたと思うよ」

響「ぴよ子、携帯電話は? 雪歩の」

小鳥「『この部屋には無い』、宣言するわ」


雪歩が持ってるんだけどね。

壊すわけにもいかないので、電源だけは切ってもらっていた。

美希「他にもおかしいところはあるの。
   なんで自殺したの? 遺書はどこ?
   ドーキは考えなくても良いって言ったけどこれはおかしいの。
   だってこれは殺人事件で探偵物だよ? 犯人が自殺するならもっとピッタリな方法があるの」


千早「鍵を閉めて普通に自殺するのはおかしいと?
   でもそれってメタじゃないの?」


メタ。要はこの事件がお芝居である前提で動くのはルール違反だと言いたいのだ。


美希「そんなの、あずさが死んだ時点でとっくに破ってるの。
   確実に毒を飲ませることが出来るのなら、無差別殺人だなんて言わないよね?
   もちろん他にも理由はあるよ」


P「ふむ」

確かにその通りだ。

あずささんだけに飲ませられないからこそ、芝居ということを利用して倒れてもらったのだ。

実際に仕込んだブツは誰が飲んだか分からない。

もちろん俺は飲んでない。

P「じゃあ俺以外の人は? 例えば春香とか」

春香「え”」

凄くショックを受けていた。


P「例えばの話だよ。外は広いし千早と小鳥さんの目を盗んでこっそり帰ってきた、とか」

美希「現実的じゃないの」

律子「アンタの口から現実的なんて単語を聞くとは思わなかったわ」

律子が目頭を押さえていた。


美希「律子……さんと小鳥の目を盗んで、あのうるさいドアを静かに開けて
    一階にいるミキとハニーに見つからずに、雪歩を殺して自殺に見せかけて、
    怪しまれない程度の時間で、また隠れながら戻るのは無理があるんじゃないかな。
    
    だから外に出た人は犯人じゃないの」


響「じ、自分は犯人じゃないぞ!」

美希「知ってるよ? もちろん千早でもないの」

なんの邪気もなく美希は言った。

ん? またミスってます 修正しますね

P「じゃあ俺以外の人は? 例えば春香とか」

春香「え”」

凄くショックを受けていた。


P「例えばの話だよ。外は広いし律子と小鳥さんの目を盗んでこっそり帰ってきた、とか」

美希「現実的じゃないの」

律子「アンタの口から現実的なんて単語を聞くとは思わなかったわ」

律子が目頭を押さえていた。


美希「律子……さんと小鳥の目を盗んで、あのうるさいドアを静かに開けて
    一階にいるミキとハニーに見つからずに、雪歩を殺して自殺に見せかけて、
    怪しまれない程度の時間で、また隠れながら戻るのは無理があるんじゃないかな。
    
    だから外に出た人は犯人じゃないの」


響「じ、自分は犯人じゃないぞ!」

美希「知ってるよ? もちろん千早でもないの」

なんの邪気もなく美希は言った。

春香「じゃ、じゃあ、あずささんの事件は? プロデューサーさん、自分のカップ以外は触ってないよ?」

美希「コーヒーはハニーも飲んでたの。でも他の物は入れてなかったよ」

響「ん? じゃあミルクか砂糖ってことか。でも自分も飲んだぞ」

美希「ミルクだと全部に混ざっちゃうから砂糖に入ってたの。
    角砂糖は開封済みだったよね?そのうちの一個だけに入れたんじゃないかな。
    入れるのは……事務所でも出来たと思うよ。こんなのは謎でもなんでもないの」


実際には来てすぐ厨房に立ち寄って、砂糖壷の一番上にのっけておいた。

角砂糖の中に粉砂糖を入れるというまったく意味のない仕掛けだったけど。



美希「だから砂糖を入れた、響、千早は犯人じゃないの」

千早「そう……」

ホッと千早が息をつく。

演技とは言え疑われるのは心苦しかったのだろう。

美希「この事件の狙いはね、雪歩に疑いを持たせるためなの」

律子「確かに雪歩が怪しいって空気にはなったけど……」

美希「響も言ってたの」

響「自分が? なんだっけ?」

美希「『青酸カリは苦くて、すぐにおかしいってわかる』だっけ?

   ……あずさはコーヒーだったから気がつかなかったんだろうけど、
   もし紅茶に入ってたら苦くて飲めないんじゃないかな」


春香「え? ……その場合はどうするつもりだったんだろ」

美希「人が殺されて、すぐに飲み物に何か混ぜられてたら春香はどう思う?」

春香「うーん……。毒、が混ぜられてると思う、かな?」

美希「その場合でも一番怪しくなるのは雪歩だよね?
   雪歩はいつも緑茶を飲んでるから、それを知っていれば誰にでも出来るの」

響「なるほど……」

美希「雪歩が犯人ならこんな馬鹿なことはしないの。
   誰が死ぬか分からない上に自分が怪しまれる。
   オマケに最後は自殺とか無茶苦茶なの」

律子「偶然、あずささんを狙ってたまたま上手く行った、とかは?
    それで満足して自殺した……と」

美希「それもないの。
    それだったら他の人に手伝ってもらって疑いを逸らすくらいしただろうし、
    自分だけが疑われる状況をわざわざ作る必要はどこにもないの」

律子「アンタ時々凄いわね……」

美希「あはっ」


P「まぁ待て待て、もしかしたら錯乱してたのかもしれないぞ?
  違う人を殺しちゃって、それで後悔して自殺。自然じゃないか。」

美希「そんなことで自殺するくらいなら、もっと確実な方法を取ればいいの」

P「む……、じゃあ……、そうだな。
  最初からおかしかったとかはありえないよね! やっぱり!」

雪歩が泣きそうになっていたので慌ててフォローしていた。


美希「でこちゃんの事件が無ければそれもあったかもしれないけど。
    でもやっぱり犯人はハニーなの」

響「も、もしかしてあの密室が解けたのか!?」

美希「あれ、ミッシツじゃないよ?」

千早「え?」

春香「鍵は掛かってたよね」

律子「うーん……、やっぱり道具を使って鍵をかけたとか?」

じれったそうに美希が手を振った。


美希「普通に考えてそんなことできる訳ないの。練習しないとああいうのは難しいらしいよ?
   ノックすればでこちゃんは開けてくれるくらいはするし、中に入るのは簡単なの」

伊織「………………」

口を挟みたいのにそれが出来なくて伊織がやきもきしている。


小鳥さんはその姿をバッチリ納めていた。

小鳥「いいわよー、そのままー」

変な声を出してたけど誰もツッコミを入れなかった。

春香「じゃ、じゃあ出るときは?」

美希「それはもちろん鍵をかけたの」

律子「は?」

美希「部屋を出て、ドアを閉めて、鍵をかけたの、普通に」

子供に言い聞かせるように丁寧に美希が説明した。


律子「じゃ、じゃあ、あの鍵はどうなってるのよ!?」

美希「どの鍵?」

律子「どのって……」

美希「ニ個あるよ?」

響「交換したのか」

ミステリー慣れした響はすぐに飲み込んだようだ。

P「今更こんなトリックを使うのも気恥ずかしかったんだけどね」

鼻の頭を掻きながら言い訳をしていた。


春香「ニ個? 交換?」

春香はちんぷんかんぷんだ。


美希「部屋に入って、死体を見つけて、鍵に気がついたよね」

春香「う、うん」

美希「ずっと見てた?」

春香「えーと……、自信、ないな」

美希「ミキも見てなかったけど、ハニーがテーブルの上に置いたのは見たよ」

P「見えるように置いたからな」


響に視線が集まってる間に入れ替えただけだ。

特別難しい話ではない。

美希「あの鍵に触れたのは、ハニーと春香と響だけ。

   もし他の人が犯人なら自分が開けるって言うよね?

   そうじゃないと鍵がニセモノってバレちゃうの。

   ……見てないうちに部屋に投げたとかは無理だからね。

   でこちゃんしっかり握ってたし」


P「人肌でした」

伊織「キモイ!」

スパーン!

なぜ俺のときだけ……。

でもちょっと気持ちよかった。


美希「もちろんテーブルの鍵をこっそり取り替えるようなことは出来ないよ?
    誰かに見られたらその場でオシマイだもの」

形のいい指を一本ずつ折りながら美希が俺を追い詰めてくる。

ひどく愉快だった。

美希「一番目の事件が出来たのは三人だけ。
   
    二番目の事件で響は犯人じゃない。
   
    三番目の事件で春香も犯人じゃない。
   
    二番目と三番目の事件を併せて考えると雪歩は自殺してない。
      

    そもそも容疑者が死んで一番喜ぶのは誰?
    自殺を最後まで推してたのは?
    飲みなれないブラックコーヒーを無理して飲んでたのは?
    部屋の鍵を交換できたのは?
    雪歩を探す時、都合よく一階を探してたのは誰?」

美希が全員を見回した。

美希「それが全部できたのは誰?」

この屋敷にいる全員が見つめる中、俺は降参だとばかりに両手をあげる。

物置の鍵がチャラチャラと手の内で鳴った。

P「やるなぁ、美希」

完敗だった。

――――――――――――――――――

俺はここに来てからの行動を思い出した。

まず、ルールを説明してから管理人室でカメラと砂糖を出す。

無人の厨房に入り、角砂糖を入れた。

もちろんそのシーンはしっかり撮影した。

犯行のシーンは俺が撮らないといけないのだ。


つまみ食いしてるところでは停止してたからバレてないだろう。

その後すべての部屋を回り、伊織の部屋に行った。

ウサギのぬいぐるみに話しかけてたのが恥ずかしかったのか、伊織は怒ってたっけ。

俺の部屋の鍵を握らせて、応接室で時間を潰した。


先頭で部屋に入ると、鍵を交換……するまえにあずささんに気がつかれた。

響に注目が集まった隙に無事鍵をすり替えることが出来た。危なかった。

テーブルの上に伊織の部屋の鍵を置いた。

後は出来るだけ近寄らないように下がって……、あぁ千早はトイレに行きたかっただけだな。

お昼は旨かった。

あずささんが角砂糖三個の指示を気にしてゴハン残してたっけ。

夕食はキチンと食べてたから平気だろうけども。



もうちょっと雪歩を疑うと思ったんだけど、予定よりもずいぶんと早かった。

おかげで演技が不自然になってしまったな。反省。

組み分けをして、美希を説得して、携帯で連絡して……、それから物置に向かった。


先に来ていた雪歩と雪歩人形は同じくらいの大きさで、ちょっとビビったのは内緒だ。

人形をぶら下げて、バッテリーを交換しに管理人室へ向かって、えーと……。

そうそう、このときにキーボックスを見たんだ。

当然のことながら空っぽだった。


雪歩のやつやたらビクビクしながら歩いているもんだから、俺が戻った時にようやく食堂側の扉を閉めてたな。

それから他の人たちを呼びに行って貰ったんだ。

探している人に探されるのもなんだと思ったけど、あずささんが迷うことを考えたら電話でよかったかもしれない。


―――――――――――――――



そんなことをつらつらと考えていると、いつの間にかジッと見られていた。

とっくに再生は終わっていて部屋が明るい。


真「なんでボク達がいないときにこういう面白いことするんですか?」

P「うっ……、だって人が多いと準備とか大変だったもん……」

やよい「プロデューサーは悪い人だったんですかー!?」

P「違う、あれは全部演技だから!」

亜美「も→、亜美たちがいればすぐに解決してたのに」

真美「まったくだよ、さては兄ちゃん真美たちのサイノーにビビっちゃった?」

P「んなわけないだろ!」

貴音「あなた様……」

P「な、なに?」

貴音「美希がそうして離れないのはあなた様の意思ですか?」

P「いや、これは正解者へのご褒美……らしい、うん」

ずっとくっついたままなので左腕が汗ばむほど暑い。

美希「あふぅ……」

いつもの寝顔からはだらしなく涎がたれていた。

眩いばかりの才は今はどこにも見つからず、幸せそうな寝息が漏れるばかりだった。






                                      完

こんな……バカな……!
俺は呻いた。
書き溜めておいたのに、ミスがいっぱいあったからだ。


憤怒の表情で強く鼻息を押し出すと一本だけ伸びた鼻毛がなびいた。

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